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緊急投下用スレ
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此処はニュー速VIPがサーバー落ちになった場合や
スレが立ってない場合などに使用するスレです
作品投下のルールは本スレと変わりありません
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投下完了です。
失礼しました。
作中の“中西章一”、“塚本英雄”は原作コミックに登場はしてます。
……名前だけだと思いますが。ほとんどオリキャラに近いですかね?いまさらながらですが。
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以上>>863->>884までをどなたか、大変ですが転載していただけないでしょうか?
これから、ちょっと投下できない環境になりますので……。
どうか、よろしくおねがいします。
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ファンタスティック翠ドリームって甜菜されてたっけ?
アルマゲドン吹いたwww
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甜菜確認いたしました。
どうもありがとうございました!
後日、wikiに加筆修正を上げるつもりです。
少しアクションシーンが増えます。
次回、見せ場の予定。
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一昨日にアクセス規制解除されたばかりなのに、二日で再発とか、もうね……。
たまにはスレ立てしたいのよね、ホントは。
>>805-808 【愛か】【夢か】
加筆修正版を投下します。一応、NGワード sinineta で。
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「おかえりなさい」
夜更けの非常識な来客を、凪いだ海のように穏やかな声が出迎えてくれた。
僕の前に佇む君に、あどけない少女の面影は、もうない。
けれど、満面に浮かぶのは、あの頃と何ひとつ変わらぬ夏日のように眩しい笑顔で。
「疲れたでしょう? さあ、入って身体を休めるかしら」
そんなにも屈託なく笑えるのは、なぜ?
君が見せる優しさは、少なからず、僕を困惑させた。
――どうして?
僕のわななく唇は、そんな短語さえも、きちんと紡がない。
でも、君は分かってくれた。
そして、躊躇う僕の手を握って、呆気ないほど簡単に答えをくれた。
「あなたを想い続けることが、カナにとっての夢だから」
なんで詰らないんだ? 罵倒してくれないんだ?
僕は君に、それだけのことをした。殴られようが刺されようが、文句も言えない仕打ちを。
ここに生き恥を曝しに戻ったのだって、たった一言、君に謝りたかったからだ。
君の手で、僕を罰して欲しかったからなのに――
「……僕を……恨んでないのか?」
君との愛よりも、身勝手な夢を選び、飛び出していった愚かな男。
その夢も破れ、なにもかも失い――ボロ布みたいになって、おめおめと戻った僕を。
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>>888
「本当に……まだ、想ってくれてたのか?」
君は、笑顔を崩さなかった。無垢な少女のような笑みを。
けれども、君の大きな眼からは、もう大粒の涙が零れだしていた。
「ずっと、待ってた」
「……すまない」
もう、なにも言わせたくなかった。
君の唇から、「嘘よ」という単語が紡がれるのが、今の僕には怖ろしかった。
だから、僕は君を抱きすくめて、強引に唇を重ねた。
「あなただけを――」
ほんの息継ぎの合間に、君が言いかけた想い。
それが、再び触れ合った唇の中に広がってくるのを感じた。
▼ ▲
「お腹、減ってるでしょ?」
玄関で、どれほど長く抱き合っていたのか――
時間を忘れて続けられた抱擁は、恥じらい混じりの問いかけで終わりを迎えた。
僕としても、歩きづめで疲れ切った脚を休めたかったから、いい頃合いだ。
それに、実のところ、彼女の言うとおりでもあった。
「うん……腹ぺこで倒れる寸前なんだ」
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>>889
情けない話だが、今日は朝から、なにも食べていない。
ここ数日は一日一食にありつければマシで、明日の食い扶持にも困る有り様だった。
野草や木の根の味は憶えた。遠からず、昆虫の味すら憶えることにもなっただろう。
都会に出て大金持ちになって、故郷に凱旋する……
そんな野心を抱いて故郷を飛び出したのは、もう何年前になるのか。
あの頃の僕は怖い物知らずな子供で、頑張れば、どんな夢も叶うと思っていた。
いや、違うな。子供なりに現実は知ってた。叶わない夢もあるってことは。
ただ、その現実が自分の身に降りかかるとは思ってなかっただけだ。
「待っててね、ジュン。残り物しかないけど、すぐに温めなおすかしら」
もう一度、やりなおせたら……。
彼女――金糸雀の朗らかな表情を見ていると、虫のいい考えが脳裏に浮かぶ。
そんなこと望めた義理でもないのに、君の好意に甘えてしまいたくなる。
「ん? どうかした?」
むっつりと黙り込んだ僕を見て、金糸雀の顔に不安の色が広がる。
僕は繕い笑って、ゆるゆると頭を振った。
「いや、別に。それより、君の料理は久しぶりだからな。すごく楽しみだよ」
「またまたぁ〜。お世辞がうまいんだから〜」
「本当だって」
僕が真顔で返すと、金糸雀は頬を上気させて、はにかんだ。
目まぐるしく変わる彼女の表情の中でも、特に好きな顔だった。
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>>890
「ホントに……ホント?」
「ん……実はウソ」
「もぅ、からかって! どーせ、そんなコトだろうと思ったかしら」
「――と言うのもウソだよ。本当に、楽しみにしてるって」
「もう怒った。お料理に毒盛ってやるかしら!」
可愛らしくむくれて、金糸雀は厨房に駆け込んだ。
その後ろ姿が可愛らしかったから、抱きすくめたくて追いかけたけれど……
「ジュンは、あっちで待ってるかしらっ!」
うーん。追い返されてしまった……。
▼ ▲
温めなおすと言う割に、金糸雀は二品ほど新たに調理してくれた。
久しぶりに食べる彼女の手料理は、数年前とは比べ物にならないほど美味しかった。
でも、頬が溶け落ちるくらいに甘いタマゴ焼きは、相も変わらず。
懐かしい味に心が震えて、途中から、微妙に塩味が加わった。
「うまいよ、すごく」
「泣くほど嬉しいかしら? ま、当然ね。なんてったって愛情という妙薬入りだもの」
「ドーピング料理でも構わないよ。毒食らわば皿までだ。死んでも悔いはないさ」
「ふふ……たぁ〜んと召し上がれ」
食事をしながらの他愛ない会話も、僕を心地よく癒してくれた。
時間を忘れて語り合ううちに、時計の針は、いつしか午前二時を指していた。
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>>891
「あ……もう、こんな時間かしら」
「うん。もっと話してたいけど……ちょっと眠いかな」
僕は疲れ切っていた。そこに満腹とくれば、辿り着く先は明らかだ。
食卓に頬づえを突いて頭を支えるが、ウトウトと船を漕ぎだすのを堪えきれない。
ここで気を緩めれば、五分と要さず眠れる自信があった。
「待ってて。今、お布団を敷くかしら。一組しかないから、ジュンが使って」
「でも……それじゃ、君が……」
「いいから、いいから」
歌うように応じると、金糸雀は軽い足どりで布団を敷きに行った。
そして、気がつけば僕は彼女の肩に担がれ、寝室に運ばれていた。
「……ねえ」
布団に僕を横たえながら、金糸雀が囁く。「あっちで、恋人はできたかしら?」
寝物語としては、適切じゃないように思えるが、隠し立てすることでもない。
街での生活を思い出すと胸が苦しいけれど、その痛みもまた罪滅ぼしだろう。
苦い想いに溺れかけながら、彼女の質問に、僕は答えた。
「いいや。そんな余裕なかったよ」
「でも、気になるヒトは居たんじゃないかしら?」
「……それは、まあ……片想いくらいならね」
「ホントに片想い?」
「本当だよ。挨拶を交わすことさえなかった。あっちは深窓のご令嬢だったし」
「世が世なら、王侯貴族のお姫様だった……ってトコ?」
「だな。流れるような長い金髪が綺麗でさ、深紅のドレスがとても似合ってて……
絶世の美女って表現がピッタリの乙女だったよ」
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>>892
あまりに僕が絶賛したからだろう。夜の暗がりにもハッキリと、金糸雀の表情の翳りが見て取れた。
つまらなそうに。哀しそうに。そして、口惜しそうに。
「もし――」
「ん?」
「そのヒトと仲良くなれていたら、ジュンは戻ってきてくれなかったかもね」
「可能性は否定しない。でも、所詮は希望的観測だよ。仮定は、どうあっても仮定でしかない」
言って、僕は布団から手を出し、金糸雀の手を握った。
心の底から沸き上がる感情が、僕を衝き動かしていた。
「こんなの柄じゃないって自覚してるけど、これだけは言わせて欲しい。
僕は一日たりとも、君を忘れなかった。他の誰に対しても、強い感情は生まれなかったよ」
本当だろうか? 胸裡で反芻するほどに、白々しさが増幅される。
けれど結局、僕は強い力で、それら白けた気配を残さず押し潰した。
そう。あの美しい令嬢への想いは、突き詰めれば羨望の一形態でしかない。
しかしながら、金糸雀への気持ちは……。
ずっと意識していた。もっと有り体に言えば、好きだった。
気の合う仲間としても、異性としても。
それ故に、夢を選んで金糸雀を置き去りにした僕の胸には、深い傷が残った。
喪失感なんて陳腐な言葉に変えられないほどの、深く大きな傷が。
でも、あの頃とは違う。夢は潰え、二択ではなくなった。
だからって、今更やりなおせるハズもないけれど、それでも……
僕は、伝えようと思っていた。そう。どんなに遅かろうとも、伝えなきゃならない。
ところが――
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>>893
「はぁ〜。今日はもう疲れたから、カナも一緒に寝ちゃうかしら〜」
おいおい、そりゃないだろう。せめて、僕の話を聞いてからにしてくれよ。
そう告げようとしたけれど、僕の唇は金糸雀の指に封をされてしまった。
「ジュンも、もう休んで。あなたは充分に闘ったかしら。だから、もういいの。
大切なお話なら、また明日……ゆっくりと聞かせてちょうだいね」
金糸雀の囁きは、まるで睡魔の歌のようで、僕を朦朧とさせる。
もう限界だ。意識を手放して、意識が閉じかけた一瞬、金糸雀の声を聞いた。
「おやすみなさい、ジュン。ずっと愛してる。ずっとずっと――」
夜闇の中、眠りに落ちる寸前の、低く澱んだ囁き。
それは、なぜか、地の底から響いてくるようだった。
「ずぅっと、ずぅっと」
▼ ▲
眩しい日射しが、僕の顔に照りつけていた。
もう朝か。それとも昼ちかくだろうか。ずいぶん眠った気がする。
その証拠に、身体の疲れは、すっかり抜けていた。
「そうだ……金糸雀は!」
我に返って身を起こした僕は、そこで自分の目を疑った。
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>>894
僕の目の前に、一面の草むらが生い茂っていたからだ。
布団も、部屋も、家そのものが消失していた。
なんだ、これ? 呆然と立ち上がって、また呆然とした。
そこで改めて、自分の居る場所を知った。
僕は、腰ほどまである夏草の藪の、ど真ん中に居た。
「どうなってるんだ? 金糸雀! おい、金糸雀っ! どこに居るんだよ」
叫びながら、辺り構わず藪を掻き分ける。
草の端で指が切れて、血塗れになろうとも、腕は止めない。
そして――僕は、見つけてしまった。すべてを理解してしまった。
草に埋もれた石碑。
金糸雀と刻まれた、小さな小さな墓標。
金糸雀……君は……ずっと、僕を待っててくれたんだな。
姿が変わっても、僕だけを想い続けてくれてたんだ。
「ごめんよ。こんなにも待たせて、ごめん」
僕は、墓標にすがりついて、泣き濡れた頬をすり寄せた。
そして、心の中で誓った。もう、どこへも行かない。
彼女が僕を待ってくれていたように、僕もまた、ここで彼女を待ち続けるのだ。
たとえ運命の気まぐれに過ぎなくても、夢幻で再会を果たせるまで、ずっと――
それが、僕の見つけた『夢』と言う名の新しい希望だから。
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>>895
『そして、蛇足という名のエピソード』
いきなり肩を叩かれて、僕は我に返った。
半ばまで出た欠伸が引っ込むように、意識が身体に飛び込んでくるのを感じた。
僕は今、人も疎らな博物館の館内に立っている。
高校の夏休みも、残すところ僅かとなった日の午後一時。
だらだら先延ばしにしてきた自由研究を、ここらで片づけてやろうと一念発起したのだ。
ちなみに、僕らは郷土史についてのレポートを書く予定だった。
それにしても、誰なんだ。人が妄想に耽っているところを驚かせやがって。
苛立ちも隠さず振り返ると、人好きのする陽気な笑顔にぶつかった。
「……おまえかよ」
彼女――幼なじみにして腐れ縁の金糸雀は、僕に仏頂面を向けられるや、ぷぅっと頬を膨らませた。
「まっ! 曲がりなりにも共同研究者に対して、ヒドイ言い種かしら。
なんか難しい顔してるから、心配してあげたのに」
「はいはい、そりゃどうも」
こいつは下手に突っつくと、口喧しく反撥してくる。根が負けず嫌いなのだろう。
いい加減、こっちも長い付き合いなので、その辺のあしらい方は心得ているつもりだ。
暖簾に腕押し。のらりくらりと躱すに限る。
案の定、金糸雀は吊り上げた眉毛を、すぐに弓張り月へと戻した。
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>>896
この気の変わりようの早さはどうだ。いつもながら感心してしまう。
そのくせ、譲れないことは頑として譲らない、一本気な性格ときている。
敢えて一言で表すなら、『健気』が最適だろうか。
「ところで、ジュンは何を見てたかしら? かなり真剣な表情だったけど」
そんな顔してたかな? 思わず頬に手を遣った直後、「ええ、とっても」
金糸雀に心を読まれていた。いつもながら、察しのいいやつだ。
それとも僕は、自分で思っている以上に、感情が仕種に現れる質なのか。
「今にも頸を吊りそうな雰囲気だったかしら。なんか心配になっちゃって」
「なんか嫌だな、その形容。……まあ、いいけど」
僕は、ショーケースの中にある展示物を指差した。「これなんだけどさ」
江戸時代――元禄の頃の書だというソレは、達筆すぎて簡単には判読できない。
母国語を読めないなんて変な話だけど、良くも悪くも、僕らは活字に慣れすぎているのだ。
たぶん、意外に才女な金糸雀でも、原文は読めないだろう。
僕の見立てはドンピシャで、金糸雀は、くりくりした瞳を注釈へと向けた。
そして、「ああ……夫婦岩のお話ね」と、哀れみを含んだ相槌を打った。
「知ってるんだ?」
「この近所に伝わる民話としては、割と有名な哀話かしら」
「へぇ、そうなのか。恥ずかしながら、僕は、これが初見だよ。
口語訳を読んでたんだけど、なんか感情移入しちゃってさ」
見かけに拠らずロマンチストだねと、冷たい笑みを浴びせられるかと思いきや――
「解るなぁ、それ」
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>>897
金糸雀は愁いを込めた眼差しを、茫乎として彷徨わせた。
「特に、ラストで男の人が岩と変じて、彼女の墓石と寄り添うところが一途よね」
「だな。ある意味、ハッピーエンドなのかも」
僕としては、あまり好きになれないラストシーンだけど。
だって、そうだろう。人間、いつかは死に別れる。避けようのない現実だ。
そこで後追い自殺なんかするのは、後味悪い想いの転嫁に過ぎないじゃないか。
「ちょっと座らないか」
「……そうね」
いい加減、歩き詰めの立ちっぱなしでくたびれた。気分転換もしたかったし。
僕らはロビーに置かれたベンチに陣取って、肩を寄せ合った。
すると、五秒と経たないうちに、金糸雀が話しかけてきた。
「ジュンは……」
「うん?」
「愛と夢と、どっちかしか選べないとしたら、どうするかしら?」
『夫婦岩』の逸話は、彼女の心理に少なからぬ影響を及ぼしているようだ。
僕は腕組みして、一寸、考えてみた。
「正直、分からないな。そういう状況になってみないと」
「想像もできない?」
「と言うより、する気がない」
どちらを優先するかなんて、その時々の状況で変わるだろう。
だから、僕には、どちらとも言えない。言う気もない。
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>>898
今ここで真剣に悩むことに、何ら意義を見出せなかった。
金糸雀は、そんな僕をしげしげと眺めて、「ふぅん」と。
ちょっとばかり興を削がれたような面持ちになった。
けれど、すぐに持ち前の性質を発揮して、表情を輝かせた。
「愛か夢か……カナは、好きな男の子には夢を選んで欲しいかしら」
「どうしてさ。『夫婦岩』の話に感化されたか」
「んー、そんなつもりはないけど。強いて言えば、女の子としての望み、かな」
「女の子だったら、普通は愛を優先してもらいたいんじゃないの?」
「そんな女々しいヒトは、願い下げかしら。闘うべき時に、闘ってくれなければ、
百年の恋も冷めるというものよ。頼りないし、応援のしがいもないかしら」
「……なるほどな。歯がゆい気分にはなるかも」
我が意を得たとばかりに、金糸雀は「でしょ」と破顔一笑する。
不思議なもので、いつの間にやら、僕の口元にも微笑が移っていた。
「女の子ってね、本気で好きになったら、全力で支えてあげたくなっちゃうものなの。
本能的なものかも知れない。考えてみたら、損な役回りかしら」
「かもな。結局、『夫婦岩』の女性だって気苦労が祟って、早世しちゃった訳だし」
「でも、彼女は幸せだったと思うかしら」
「そうであってくれたら、こっちも救われるけどね」
帰らない人を待ち続けるなんて、よほど強い想いがなければ、できやしない。
生前だろうと、死後だろうと、健気な想いが遂げられて欲しいと願うのは人情だ。
おそらくは『夫婦岩』の逸話も、第三者の願望と自己満足が生みだした幻想なのだろう。
「ねえ、ジュン」
「なんだよ」
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>>899
「男の子は、どうなのかしら」
「なにが?」
「だから、愛か夢か。好きな女の子には、どっちを選んで欲しい? 男の子としては」
「ん、そうだな……」
男としては、愛を選んで欲しい……気がする。
無条件で、好きでいてもらいたいと――独占欲が上回ってしまうんじゃないだろうか。
そう答えると、金糸雀は小鳥のように、ちょこんと頸を傾げた。
「そうなのかしら? 女性の夢を応援したいって男性も、大勢いると思うけど」
「上辺の意見じゃないのかな、それって。世間体とか、理解あるフリをしてるとか」
「擦れた見方をするのね、ジュンって」
「ひねくれた性格なんでな。でも、反対のための反対をしてるつもりはないよ」
「……と、言うと?」
「つまりさ、男は根が甘えん坊だから、自分に注がれていた愛を奪われるのが怖いんだよ。
夢だなんて漠然としたモノでさえ、男にとっては恋敵なんだ」
だから、男女の仲は見解の相違から破綻するのだろう。
――なんて、したり顔で言う僕はまだ、そこまで深い恋愛をしたことがないけれど。
もしも恋人ができたとして、そのヒトが僕よりも趣味の世界に傾倒していったならば、
やはり穏やかでは居られないと思う。
ともすれば、顧みて欲しいばかりに、彼女の趣味を憎悪するかも知れない。
「そっか……そういうものなのね」
金糸雀は、思い出したように呟いて、頻りに頷いた。
「とっても面白い意見だったかしら。また、聞かせてね」
「僕の意見なんか、あんまり参考にならないぞ」
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>>900
「い〜のい〜の。お喋りできることに意義があるんだから」
「少しばかり、背伸びしすぎな話題だったけどな」
愛か夢か、だなんて――
僕らはまだ、それほど多くの選択肢を見出せるほど人生経験を積んじゃいない。
今は、その練習期間の真っ最中なのだ。
けれど、僕も金糸雀も、いつかは想い悩む時がくる。
降りることが許されない勝負で、選択を迫られる時が。
僕はその時、不退転の覚悟を示せるだろうか。
『夫婦岩』の男みたいに、夢に挫け、儚い愛に縋ってしまわないだろうか。
――まあ、先々のことを不安がっても詮ないことだ。
それより今は、目と鼻の先に横たわる、もっと深刻な問題を片づけなければ。
「さて、と。すっかり話し込んじゃったな。ぼちぼち再開するか」
勢いつけて立ち上がった僕を追って、金糸雀も腰を浮かせた。
そして、僕の肩に手を乗せ、耳元に囁きかけてきた。
「もし……もしもね、ジュンが愛か夢かで悩んだ時は……
カナよりも、夢を選んでね」
「はあ? なにトチ狂ったこと言ってんだ、おまえ」
いきなりな台詞だったので、僕も意地悪く、ぶっきらぼうに応じた。
「おまえが僕の彼女になるだなんて、想像もできないっての」
「んもう、ジュンったらイケズぅ〜」
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>>901
「それにな、幼なじみは大概、親友どまりなんだよ。はい残念でした!」
「えぇ〜、そんなぁ」
金糸雀は瞳を潤ませて、さも残念そうに肩を落とした。
さすがに、ちょっと冗談が過ぎて虐めになったかも知れない。
僕は、「けどな」と切り出すなり、金糸雀の頭をぽんぽんと叩いた。
「もし……もしもだぞ、僕とおまえが付き合うようになったとして、だ。
そんな選択を迫られた時には、約束するよ。お前の願いどおりにするって」
「ホントかしら?」
「ああ。ただし、僕はこれで意外に欲張りなんでな」
「……だから、なに?」
僕の言わんとすることが本気で理解できないらしく、真顔で訊ねてくる。
普段、必要もない場面では察しがいいくせに、なんでこう肝心なところで鈍いかな、こいつは。
それとも、分かっていながら、トボケているとか。
案外、ありそうなだけに、うまうまと踊らされるのは癪に障るが――
まあ、いい。ここで意地を張り合っても仕方がない。
金糸雀の深く澄んだ瞳を、まっすぐに見つめて、僕は言った。
「僕が夢を追う時には、おまえも連れて行く。引き摺ってでもな」
「カナが、嫌だって言っても?」
「応援してくれるんだろ?」
「それは、まあ……かしら」
「じゃあ問題ないじゃん。ま、もしもの話だよ。あんまりムキになるなって」
「……そうよね。もしもの話だったかしら」
金糸雀はコツンと自分のおでこを叩いて、ちらと舌を出して見せた。
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>>902
こいつの、こんな陽気な仕種が、僕はとても気に入ってたりする。
口に出したことは、一度としてないけれど。
「さっ! そろそろレポート書き始めなきゃね」
「ああ。できれば今日中に終わらせたいな」
「それはちょっと無理っぽいかしら」
「ズバッとテンション下がること言うなよ。気の持ちようが大事だぞ」
「あははっ。ごめ〜ん」
――なんて。
僕らは軽口を叩きながら、また、展示されている民俗学の資料を見て回った。
その途中、金精さまを見た金糸雀が茹でダコみたいに真っ赤になったりもしたけど、
基本的には、普段どおりの一日だった。
帰り道でも、いつもと同じポジション。歩調を合わせ、ふたり、並んで歩く。
世界が焼け色に染まっていく中で、僕は徐に切り出した。
「あ、そう言えばさ」
「なぁに?」
「さっき説明書きを読んで知ったんだけど、『夫婦岩』って割と近所にあるのな」
「そうね。カナたちの町からだと、自転車で三十分くらいの距離かしら」
「明日、どうかな」
「えっ?」
「だから、見に行ってみようかと思ってさ。明日、暇か?」
いきなりの誘いで呆然とするかと思いきや。
金糸雀は、瞬時にして満面の笑みを湛え、僕の腕に抱きついた。「もちろんっ!」
「カナは、いつだって付き合ってあげるかしら」
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>>903
「……微妙に言葉のニュアンスが違ってるような気が、しないでもない」
「気のせい気のせい。うふふ……明日、晴れるといいなぁ」
「ああ、そうだな」
過ぎゆく夏の夕暮れ。街にはまだ、昼間の熱気が居座っている。
そんな時に抱きつかれたら、正直、暑苦しくてかなわない。
実際、触れ合っている箇所は、もう汗ばんでいた。
でも、どうしてだろう。
今日に限って、汗をかいた素肌がぺたぺた吸い付く感触が、不思議と心地よかった。
こういうのも悪くないかな……と、素直に思えた。
▼ ▲
あの頃の僕らは、想像さえしていなかったよな。
数年後に、『もしも』と茶化していた話が、こうして現実となっているだなんて。
ひょっとしたら……そう、これは僕の勝手な思い込みに過ぎないのだけれど。
僕らは、超自然的なナニかで結びつけられた、空前絶後の腐れ縁だったのかも知れない。
抱き合って、ひとつの岩に変じてしまうほどに強力なナニかで――
「ジュン。そろそろ時間かしら」
僕は回想を中断して、傍らに佇む金糸雀へと、顔を向けた。
当時を知る友人たちに言わせると、こいつは見違えて美人になったそうだけど……本当かねぇ?
毎日のように顔を合わせてる僕には、よく分からない。
-
>>904
高校を卒業してからも、僕らは自然と近くにいて、いつの間にか交際していた。
愛の告白とかラブレターを書いたとか、そんなのは一切なかった……と思う。
それなのに、なんでだろう? これもまた、今もって分からない。
ただ、あの時、博物館で語ったとおり、金糸雀は僕を支え続けてくれている。
夢を掴むべく邁進するあまり、たまに辛く当たったりもしたのに。
それでも、ここまで付いてきてくれた。
「本当に、ありがとな。マジでさ、感謝してる」
今日、僕らは夢に向かって、さらなる大きな世界へと羽ばたく。
そのスタートラインに立って、僕は素直な気持ちを伝えた。
金糸雀は、意表をつかれたように、ぱちくりと瞬きをした。
「どうしたの、急に。ちょっとセンチメンタルになったかしら?」
「ん、いや……今まで、ちゃんと言ったことなかったから、それで」
「へぇ〜。一応、気にしてくれてたんだ?」
「当然だろ。そこまで人非人じゃないって」
「うん……知ってる。ずっと前から、ね」
こんな風に、僕らは語り合ってきたし、これからも語り合っていくのだろう。
七十億に達しようかという人類の中で巡り会った、奇跡のふたり。
この縁を愛おしく思えないのなら、それは究竟の不幸と言わざるを得ない。
「愛か夢か、じゃないよな」
「愛も夢も、でしょ?」
「ああ! これからも、よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いするかしら。ずぅっと、ずぅっと、ね」
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>>905
ずぅっと、ずぅっと――
なぜだろう。遥かな昔にも、誰かに囁かれた憶えがある。
あれは、いつのこと?
まあ、それは機内で思い出せばいいか。先は長いのだから。
僕らは荷物を手にして、国際便の搭乗口へと向かう。
いつものように、ふたり、肩を寄せ合いながら――
〆
これにて終了。
元々は、13日の金曜日にちなんだ即興書きでした。
ウィキに載せる当たって加筆修正したら、とんでもなく長くなったでござる。
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>>906
甜菜しました。
-
>>861
いまさらですが甜菜しました。
>>885
ここは一応本スレ扱いらしいので、特に希望がなければ甜菜はしなくてもおkだそうです。
まぁ、需要あるみたいなんで勝手にしちゃいましたが。
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空はまるで怒り狂っているかのように荒れ果て、大地は低く震えている。
稲妻に照らされた丘の上に稲妻が走り……一つの十字架を照らし出した。
「さあ、答えなさい!ジュン!!」
まるで処刑人のように、赤い服の少女…真紅は十字架に掛けられた少年に声をかけた。
真紅の隣には、黒衣の告死天使として水銀燈が……さらには翠星石、蒼星石、雛苺に金糸雀まで立っている。
「一ヶ月……そう、一ヶ月も考える時間は有った訳よねぇ……?」
「もう、いい加減に素直に白状しやがれですぅ」
「僕を選んでくれるなら、少なくとも僕は君を赦してあげなくもないよ?」
「ヒナはジュンの事が大好きなのー!」
「この才女・金糸雀に好意を寄せてたのはバレバレかしらー!」
十字に張付けにされたジュンの前で、乙女達はそれぞれの想いを告げる。
今は、バレンタインデーからちょうど一月。
ホワイトデーという名の断罪の日であった。
「答えなさい!ジュン!!貴方は誰の想いに応えるというの!?」
処刑場のような丘に、真紅の叫びが雷光を伴いながら木霊した。
-
―※―※―※―※―
「桜田君が、さらわれた?」
ジュンの姉・のりの言葉に、巴は耳を疑った。
何故、そんな事になったのか、と。
「そうなのよぅ……ジュン君、バレンタインにいっぱいチョコ貰ってたでしょ?
それで、ホワイトデーには誰にお返しするのか、って真紅ちゃん達が……」
のりは困ったような表情を浮べながら状況を説明する。
つまりは、誰もがジュンは自分に好意を寄せてると勘違いした上での暴走、という事だった。
「早くジュン君を助けてあげないと……」
のりはそう言うと、手に持ったラクロスのラケットをギリ、と握り締めた。
「だって、ジュン君は真性のシスコンで、本当はお姉ちゃんの事が好きで堪らないないのよぅ?」
眼鏡に光を乱反射させギラリと目元を輝かせながら、のりは「ふふふ…」と笑みを浮べる。
巴は、そんなのりの姿を見て……そして、暴走した真紅たちの事を考え……確信した。
全員、真紅たちも、のりも、完全に病んでいる。そんな連中に桜田君を渡すわけにはいかない。
それに……皆勘違いしている。
桜田君は真性の変態で、幼馴染というシチュエーション以外は受け入れられない人物なのだ。
「私も、一緒に行きます」
とりあえず、ブラコンの変態とは(あくまで真紅たちを始末するまでだが)手を結ぶ。
そう決断した巴は、背中から竹刀を抜き放ち……妖しげな、薄暗い笑みをその顔に浮べ始めていた。
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―※―※―※―※―
頸骨を叩き折るラクロスのラケット。そして兵器と言っても過言ではない程の威力を秘めた竹刀。
それらを手に歩き出したのりと巴の背中を見つめる影が、電信柱から姿を現した。
「……きらきーの計画通り……」
「ふふふ……お互いに潰しあって頂いて……そして最後に全てを手に入れるのは……」
病的な美しさの二人…雪華綺晶と薔薇水晶の計画は、実にシンプルだった。
暴走した真紅たちと正面からぶつかり、ジュンを確保するのは至難の業。
だったら巴やのりを呼び、互いに争わせて……漁夫の利を狙えば良い。
全てが計画通りに進む中、雪華綺晶と薔薇水晶は異常な光を宿した瞳を楽しそうに輝かしていた。
「さあ、ばらしーちゃん。好機を見逃さないよう、私達も行きましょうか」
「……うん……」
二人は作戦の成功を確信しながら、奇襲を仕掛ける為に移動を始める。
空からは再び稲妻が解き放たれる。
その光によって伸びた雪華綺晶と薔薇水晶の影は……まるで異形の存在であるかのように、妖しく蠢いていた。
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―※―※―※―※―
「……来たわね」
真紅は小高い丘の上から、こちらに近づくのりと巴……
そして、本人達は隠れているつもりなのだろうが、高い所からでは丸見えな雪華綺晶と薔薇水晶を見下ろしていた。
「待っていて頂戴、ジュン。すぐに蹴散らして、貴方からの告白を聞いてあげるから…」
そう言うと、十字架に括られたジュンの頬にそっと指をなぞらせる。
完全に開ききった真紅の瞳孔には、何の光も見出せない。
「全く、勘違いもここまで来ると滑稽ねぇ?……すぅぐに戻ってくるから、心配ないわぁ……」
水銀燈もジュンにそう声をかけるが、歌うように軽やかな口調がどこか不気味だった。
「人の恋路を邪魔するとは、許せん奴らですぅ!」
「そうだね。せいぜい後悔させてあげようか」
翠星石は鈍器のような鋼鉄製の如雨露を、蒼星石は禍々しい輝きを放つ巨大な鋏を、それぞれ手に取る。
「大丈夫。ジュンはヒナが守ってあげるの」
まるで蟻の足を捥ぐ子供のような純真な笑みを浮べながら、雛苺も十字架の上のジュンに声をかける。
「その程度の戦力でカナのジュンに手を出そうだなんて、ちゃんちゃら可笑しいかしら!」
バイオリンを野球のバットのように振り回しながら、金糸雀が異様に楽しげな声を上げる。
誰もが、狂っていた。
皆が、愛という名の常闇に飲み込まれていた。
そして……程なくして、ホワイトデーという名のアルマゲドンが始まる。
誰が勝っても、人類(ジュン)に未来は無い。
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>>909-912
終了です。
ホワイトデーだから書いたけど、規制されてたよ。
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>>907
おお、甜菜ありが㌧!
お猿などの関係で、甜菜依頼するのは気が引けてしまうのですが……そうですね。
スレを賑わすためにも、次からは素直に甜菜依頼するようにします。
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>>913
ホワイトデーには間に合わなかったけど天才しました。
モテモテいいなぁ。ヤンデレしかいないっぽいのは辛そうだけど
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その青年は突然に、私たちの乙女の園――有栖川荘にやってきた。
上下揃いのタキシードを品よく着こなし、口元に笑みを絶やさない優男だった。
一見すると人畜無害そうで、どっか慇懃無礼な気配。こういうタイプ、私はあまり好きじゃない。
「今いる方たちだけで構いませんから、食堂に呼び集めてはもらえませんか」
柔らかい口調で伺うも、そこには有無を言わせない響きがあった。
アルバイトに行った数名を除く面々が一堂に会すると、青年は恭しく名刺を配りだした。
「白崎と申します。このたび、学園からの連絡事項を、みなさんに伝えに来ました」
彼の語るには、学園理事会が、このほど有栖川荘の風紀について難色を示したのだとか。
つまり、管理人不在のまま、学生の溜まり場にはしておけないという見解だ。
その意見には、私も賛同したい。学生だけでは、なにかと心配だもの。
「学園としては、有栖川荘そのものを一時閉鎖する方向で纏まりつつあります」
「ちょ、ちょーっと待ったです! じゃあ私たちは、どうなるですか!」
「学園側が斡旋する寮、アパートに移ってもらうことになりますねぇ」
冗談じゃない。入居して早々、追い出されるなんて嫌だ。みんなと離ればなれになるのも、だ。
ならば、選ぶ道はひとつ。学生たちが資金を出し合って、新規の管理人を雇うしかない。
「私たちは、ここで暮らし続けたいです。だから絶対に、この有栖川荘を守るですよ!
真紅さんの帰りを待つためにも、入居を希望するだろう未來の乙女たちのためにも」
ただの独りよがりかも知れないけれど、それが今の住人である私たちの使命だと思う。
幸い、みんなも私の意見に賛意を示してくれたので、問題提起のキッカケは掴めたようだ。
「なるほど……解りました。これは一度、理事会と話し合いの席を持つべきですね」
白崎さんは、また後日に来訪すると告げて、今日のところは引き上げて行った。
そして私たちも、当面の管理人代行および運営委員を二名、民主的手段で選出したのだった。
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私は今、春先の柔らかな朝日の下で、有栖川荘のそこそこ広い庭を掃除している。
どうしてかと言えば、他でもない。私が運営委員だからだ。
先輩と新入生から各一名を投票で選んだ結果、私と水銀燈先輩がその任に就いたのである。
「はぁ……あの微生物ジャンキーは、ちゃんと働いてくれるですかねぇ?」
冗談めかし、ボヤいてみる。なにしろ、アンニュイで勝手気ままな彼女のことだ。
「気が乗らないわねぇ」の一言で、一切合切をこちらに丸投げされては堪らない。
まあ、先輩にとっても真剣にならざるを得ない問題だし、大丈夫だとは思うけれど……。
寝ても醒めても、先行きへの不安から、気分が鬱ぎがちだ。溜息の回数も増えた。
そして、通算何度目かの吐息を漏らした私は、不意に話しかけられて背筋を伸ばした。
振り返ると、朝のジョギングから戻った雪華綺晶さんが微笑んでいた。
アディダスの白いジャージが朝日に映えて、ちょっと神秘的だ。
「困ったことになりましたわね。私たちは、どうなってしまうのでしょう」
言いながら、雪華綺晶さんは庭の隅に植えられた灌木に、琥珀色の瞳を向けた。
あの木が、なんだと言うのだろう? 訊ねると、彼女は教えてくれた。
「私が入居するとき、記念で植えたのです。管理人さんの許可をもらって。もう3年になりますわね」
「そうだったですか。でも、どうして桃です?」
「実がなる方が楽しいじゃありませんか。美味しい果物なら、なお良しでしょう」
なるほど、いかにも彼女らしい発想だ。桃栗3年と言うし、これなら在学中に収穫を楽しめる。
その日まで、この有栖川荘に住み続けたいものだ。ううん……是が非でも、そうしなければ。
「楽しみですね」と告げたら、雪華綺晶さんも「そうですわね」と――
そして私たちは顔を合わせ、どちらからともなく笑い合った。
あとで、三周年記念のケーキを焼いてあげようかな……なんて、私は思ったりしていた。
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>>916-917
ひとまず二話だけですが、スレタイ物のつづきを。
本スレへの甜菜をお願いします。
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>>918
転載しました。
こういうスレタイものがあると、スレタイ決めるのも楽しくなるので面白いと思います。
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>>915
ありがとうございます!
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>>919
どうもありがとう!
またお願いするかも知れないけど、その時にはどうぞよろしく。
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「結菱って警察署の設計もしたはずだよな?
署内の見取り図と、手に入るのであれば、警官の制服と手帳」
「確かに設計もしたはずですが、探すのはちと時間食いそうです。
制服は手に入ると思うですが、多分手帳は無理です。他に道具は何か必要じゃないですか?」
「道具は……、スタンガンかな。拳銃は調達出来ると思うし。やっぱり手帳は無理か……。
なら、警察署のパソコンにハッキング出来ないかな? 今から言う交番のシフト表が欲しいんだ」
「スタンガン……。取り寄せられると思うですけど、多分直接買いに行った方が早いですよ。
あと、ハッキングですか……。ジュンは知識あるですか? 一応、機材的にはいいのがあるですけど」
「多少なら出来ると思う。知識もあるし、何度か試したこともある。……暇人だったからね」
翠星石は笑った。
「こりゃあいいです! 元自殺志願者と、元犯罪者の暇人タッグですか!」
ジュンもつられて笑う。確かにそうだ。
ひとしきり笑った後、ジュンはもう一つ尋ねた。
「あと、この緩衝材の性能についても聞きたいんだ。どこまでの衝撃を抑えられるかって……」
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頭の中でジュンはもう一度これからの予定を整理した。
交番の奥のトイレに気絶した警官は制服を奪われ、縛られて放置されている。
もう一人が返ってくるまでが勝負だ。戻ってきたら、全ての署に連絡が行きわたり、この手帳は使えなくなってしまう。
制服は一度試着してみたが、ぴったりと合っていた。問題ない。ただ、腰についた拳銃が落ち着かない。
もう遊びではないのだ、と言い聞かせる。
そう。これから彼は大きな罪を犯すのだ、と。
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――――――――――――――――――――
「ジュンは時計持ってるですか?」
「時計? 持ってないな。普段からつけないし」
「そーですか。ちょーど、腕時計が一つあったですから、これ。持ってけです」
「え? いいのか?」
「計画、失敗したらヤですからね。あくまで計画のためです。勘違いしないでです」
段々と早口になっていく翠星石。彼女の視線はジュンを捕えていない。
それにジュンは気付かず、腕時計を見て、感謝を述べた。
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プシュウと言う音がして、電車の扉は開いた。
-
電車の中でも何度も見ていたが、再び左腕につけた時計を確認する。背中に負ったカバンが重い。
時刻は十一時三十二分。時間帯のせいであろう、ここで降りる乗客はほとんどいなかった。
ジュンは電車を降り、辺りを見渡す。
警察署前。ホームに人は数人しかいないようだ。
登りと下りのホームは別となっている。そのためなのだろうと、彼は判断した。
そして駅の中にあるトイレを見つけ、向かった。
ベンチ、自動販売機。ここにあるのはそれぐらいのものだ。
WCと書かれたプレート。入るとそこにはすぐ、大きな鏡があった。洗面台のためのものだ。
小便器は全部で七つ。個室は全部で四つあった。入口から三番目の個室トイレのドアを開き、中に入る。
ドアの板は中が立ったままなら見えないほど長い。
背負ったカバンを便器のふたの上に下ろし、中身を取り出す。制服だ。警官の。
手に持って、まじまじと見つめた。眉にしわがよる。
そして、上着を脱ぎ、着替え始めた。
シャツは着替えていない。彼にとって革靴を履く、そして帽子を被るのは久しぶりだった。
上着と、穿いていたジーンズ。そして、シューズを鞄に詰め、その個室トイレの天井――何かしらの工事のためであろう、蓋を押しあけ、その中に隠した。
蓋を戻し、時計を確認した。時刻は午前十一時二十四分。
個室を出る。トイレを出る時、鏡に警官の姿が映り、体が強張ったのだが、それは彼自身の姿だった。
改札を出て、駅を出る。スプリンクラーの雨が降り注ぐ。
濡れないように小走りで行く。目の前の階段を下りて、警察署の前についた。
彼は不安だった。本当にこの服装だけで騙し切れるのかどうか。
ままよと、彼は腹を括った。数人の警官とすれ違った。
制服、スーツ。両方ともいたが、誰一人として彼の行動を怪しむそぶりを見せなかった。
入口の自動ドアを通り抜け、関係者以外立ち入り禁止と書かれた看板の奥の改札まで行ってから一つやり残していたことを思い出した。
周りを見回しても、目的のものは見つからなかった。軽くため息をつき、玄関へ戻る。
自動ドアの前に立つ。丁度目の前に、入ろうとしている人間がいることに気づき、一歩右にずれた。
ドアは開き、その男と対面する。その時彼は気付いた。
-
――自身を逮捕したあの警官、白崎だ。
予想外のことに緊張が走る。思わず帽子のつばに手をかけ、目深にしてしまった。
そのまま、すれ違う。振り向くなと、言い聞かせた。
きっと振り向けば、全てが水泡に帰すと。
背中に視線が突き刺さるのを感じた。そのまま速度で歩き続ける。
すぐそばの通りの角を曲がり、一息ついた。
心臓の鼓動は全力疾走したかのように激しく脈打つ。
ある程度落ち着いてから、辺りを見回した。
あった。
彼はそれに向かう。
フォンブースの扉を開け、中に入り財布を取り出し、受話器を持ってから小銭を投入する。
そして、番号をプッシュした。プルルルというダイヤル音が数回。
ガチャリという音で相手は応答した。
「はい、結菱です」
「翠星石か?」
「ジュン? 今どこです?」
「警察署の前。制服も着てる」
「了解です。じゃあ、信頼できるやつをそっちに向かわせて、鞄を回収させるですよ」
「ありがとう。場所は駅の男子トイレ。入口から三番目の個室の天井だ。でも、本当に信頼できるんだよな?」
「大丈夫です! 任せるです!」
「分かった、ありがとう。事が上手く運べばまた電話する」
「合点承知の助です。では、健闘を祈るですよ!」
会話は短い。それもそうだろう。予定の時間と言うものがあるのだ。
それを逃してしまったらどうしようも無くなってしまう。
フォンブースを出、再び警察署へと向かった。
今度は、誰ともすれ違うことはなかった。
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自動ドアを通り、改札へ向かう。
震える手で懐から警察手帳を取り出し、かざした。
ピッという電子音とともに、バーは開いた。彼は足早に通り抜ける。
手帳を懐にしまいながら、エレベーターのスイッチを押した。
エレベーターが到着するのが、彼には長く感じた。
足が震えている。
ポンという音がした後、ドアは開いた。
その中に入り、階数スイッチを押す。
監視カメラはその様子を無機質にとらえ続けていた。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
緊急警報が署内に鳴り響く。
白崎は取り調べていた容疑者から目を放し、スピーカーを見つめた。
「刑事さん。言った方がいいんじゃないの? 事件だってさ」
容疑者は笑いながら言った。
「いえ、貴女の取り調べの方が先です。あれは別の方に任せますよ。心配どうもありがとうございますね」
今、取り調べ室には白崎、婦警、容疑者の三人だ。
鳴り終わり、再び書類に目を向けようとした途端、また警報が鳴り響いた。
-
今度は別の場所らしい。しかし、先ほどの内容とほぼ同じだ。
それが鳴り終わった後、三度警報が鳴り響く。さらに別の場所で同じ事件が起こったという知らせだ。
しかし、それだけでは終わらなかった。同じことが数回繰り返され、ようやく静かになった。
彼は混乱していた。彼だけでない、署内全体が混乱していた。
思い当たる節があるのだ。五日前の7th組織、一斉摘発。その残党の仕業なのかもしれないと。
もしそうなら、ますます大変なことになる。
完全に組織を潰せていなかったことにより招いた混乱は警察の信頼は失落させ、治安は悪化する。
署内は大急ぎで、人員を裂き、別の課からも人を呼ぶはめになっていた。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
目的の階に着いたことを知らせる音が鳴り、ドアは開いた。
署内の地図は頭に叩き込んである。迷いなく、監視・アナウンス室へと向かった。
ドアをノックし、入る。そこには男女の警官、二人がいた。
彼は懐に隠していたスタンガンを左手に持ち男の警官に、背後から押し付けスイッチを押した。
通電し、びくりと体は仰け反る。彼はそのまま倒れた。
その音に驚いた婦警に、右手に持った拳銃を向ける。
彼女はとっさに何かのスイッチを押そうとしたが、それを阻んだ。
そのスイッチは間違えて押さないように、プラスチックのカバーがしてあったために、間一髪で防げたのだ。
ジュンのこめかみを一筋の汗が伝う。
銃口をそらさず、スタンガンをしまい、左ポケットから一枚のメモを彼女に手渡した。
-
「これを、読み上げろ。緊急入電だ」
汗は顎から、滴となって落ちた。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
緊急入電に白崎も大急ぎで、廊下に飛び出す。
「状況はどうですか!」
すぐ外にいた警官を捕まえる。
「人員は大丈夫そうです! 白崎刑事はここで指示を、とのことです!」
「了解です! お気をつけて!」そう白崎は返す。
呼び止められた警官は駆け足で去っていった。
取り調べ室に戻り、容疑者と向き合う。
「残念ですが、ここで一旦中断させてもらいますよ。すぐに戻ってきますので」
「残念だったなぁ。そろそろ話そうかと思ったのに」
「……。代わりの者が来ますのでその方にお願いします」
「いやだね。ぼくは、あなたなら話すよ」
白崎は迷った。そして、椅子に再び腰を掛ける。
部屋にいたもう一人に、指示は別の警官に少しの間、出させることを伝えるよう命じた。
部屋に残ったのは、二人だけ。
「では、お願いします。蒼星石さん」
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
-
婦警の持っていた手錠で彼女自身を拘束した。気絶している警官も同様だ。
ジュンは監視カメラで慌ただしい署内を見つめる。
「見つけた!」
彼は思わず叫んでしまった。
「これはどの部屋!?」監視カメラの映像を指差しながら婦警に尋ねる。
「と、取り調べ室です」彼女はすっかり脅え切ってしまっていた。
「何階?」
「一つ上の階です」
彼はそのまま急いで、部屋を飛び出した。
だが、出る直前に立ち止まり、婦警に向かって彼の出来る最大限の笑顔で安心させようとするために感謝を述べた。
「ありがとう。桑田さん!」
彼女の胸のネームプレートに書かれていたその名前を呼んだ。
ひい、と悲鳴は上がり、彼は走って行った。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
「では、お願いします。蒼星石さん」
白崎は彼女に向きなおる。
本来なら、女性に取り調べをするときには、婦警も同伴しなければならないのだが、場合が場合だ。
「じゃあ、何から話そうかな?」
-
蒼星石は言う。
その時、ガチャリとドアは開き、制服警官が入ってきた。
「どうしました!?」
白崎は驚いて尋ねる。
その男は後ろ手でドアを引き、閉めた。カギはない。
そして、
「お久しぶりです。白崎刑事」拳銃を突きつけた。
「ジュン君!?」「桜田!?」
二人同時に驚きの声が上がる。
「どうしてここに!」
蒼星石は怒ったように言った。
「借りを返しに来たんだ。君が逮捕されたのは僕のせいかもしれないしね」
「ふざけないで! なんでそんなことのために来たのさ!」
「落ち着けって。今は急いでここを出るぞ」
銃口は白崎に向けられたままだ。
「白崎刑事。あなたは人質です。ついてきてください」
そう言って彼の首に左腕を回し、右手に持った銃をこめかみに突き付けた。
「行こう」
そう一言、ジュンは告げた。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
エレベーターが三階についたことを示すランプがともった。
-
扉が開く。彼らはデジャビュを感じた。
しかし、今回は銃口が待ち構えてはいなかった。
だが、警官達はいた。移動前だったのだろう。
「どいて下さい」
ジュンは言いながら、拳銃を軽く振った。
人だかりは割れ、道が出来る。その間を三人は素早く通った。
そして、白崎を盾にするように向き直る。
エレベーターの先には何もない。
彼は警戒しながらゆっくり移動し、一つのドアの前に立った。
フロアを仕切る壁は全てガラスでできており、外から見通せるようになっていた。
その彼の選んだ部屋は、最も多くの警官がいた。一目で分かるほどにだ。
自動ドアは開く。左右をよく見ながら、ジュンは蒼星石を背後に移動させ、警戒しながら窓に近づいていった。
「もう、やめにしませんか?」
人質の白崎が口にする。ゆっくりと警官たちは近付いてくる。
「逃げ場はありませんよ」
ジュンも蒼星石も答えない。
「あなたはここまで、よくやりました。いまなら罪は軽いですよ」
ジュンは腕時計で時間を確認し、「そろそろだな」と呟いた。
そして、拳銃を真後ろの窓に向けて撃つ。
ジュン以外、その音に身をすくめた。
ガラスは砕け散り、地面へ落ちてゆく。
綺麗にその枠のガラスは全て、無くなった。
よく外の音が聞こえる。
「諦めましょうよ」白崎の声。
ガタンゴトンと音がする。
「ね、まだ間に合いますから」
その音は近付いてくる。
そして――。
ジュンは蒼星石をそこから突き落とし、自身も白崎を掴んだままそこから落ちていった。
-
落ちてゆく彼らの視界に急いで窓枠に近づく警官たちが映った。
自由落下ではない。この建物の斜面に沿って落ちてゆく。
ガタンゴトンと音は近付いてくる。
雨にぬれて、摩擦係数は減っている。
この警察署の形は五角錘だ。
ガタンゴトンという音の先頭は通り過ぎた。
落ちてゆく彼らの向きは足が下だ。
二人はすぐに待ち受けるであろう未来を想像した。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
「あと、この緩衝材の性能についても聞きたいんだ。どこまでの衝撃を抑えられるかって……」
「分かったですけど、何ですか?これ」
「貨物車のコンテナの下に使われているやつなんだ。人を支え切れるかどうかが心配でさ」
「……?どういうことです?」
「簡単にいえば、ここ目がけて落下するつもりなんだ」
「ほあ!? 何寝ぼけたこと言ってるですか!」
-
「大真面目だ。確か、この素材は最も優れているって聞いたからね」
「ま、まぁ、調べてやらんこともないですが……」
「よろしくお願いな」
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
彼らはコンテナの詰まれていない貨物車の上に落下した。
その緩衝材の性能は確かだったらしく、着地した位置で彼らの体はとどまった。
ただ、白崎は着地の仕方が悪かったらしく、痛みに呻いていた。
しかし、結果として誰ひとり命を落とすことなく、ジュンは目的を達成した。
彼は全て、計算通りだったのだ。
時間が全てだった。タイミングを逃してはならなかったから。
この地域の特色として交通の面では、クモの巣のように張り巡らされた鉄道が完全にダイヤ通りに動いていることが挙げられる。
SEAVEN 第六話「Sick」 了
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投下完了です。
wikiの第五話、間違えて修正前のを載せてしまいました。
また今度、修正版載せます。
次回、最終話。
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>>934
転載しました
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>>935
甜菜どうもありがとうございました!
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馬鹿と思うぐらい正直に好きだということを伝えるべきか、それとも叶わぬ恋だと思って心の奥底に気持ちを秘めておくべきか。
それは想いを寄せる相手の身分や立場、自分と相手の関係なども含めて考えなければいけないことだと、ずっとずっと思っていた。
しかし、いざ片想いをしてみると。
今まで僕が考えていた理屈たちはもろくも崩れさっていき、たった一つ、どうしても彼女に好きだと伝えたい、小さく純粋な気持ちだけが残っていた。
ここまでくるとどうしようもない。
彼女がいれば目で追ってしまうし、ほんの少しでも言葉を交わすと緊張の為か顔の筋肉が引き攣り、心拍数も異常なほどに上がる。片想い、こんなに辛いと知らなかった。
いい加減、その片想い生活にもピリオドを打とうと考えたのは昨日。彼女に告白しよう、そう決心したのもつかの間。すぐに不安と恐怖が僕を襲ってきた。振られたらどうしよう、明日からどう暮らして、彼女に会えばいいんだ。いかにも恋をしたことがない奴が陥る事態に僕もはまってしまったのだ。どんどん心へのしかかってくるプレッシャーから逃げるように布団を被り、まどろみの中で彼女を呼び出す為の口実を考えていた。
お嬢様、雪華綺晶。
僕の片想いは果たして実るのか。それは全て明日にかかっている。
いよいよ、決戦の日。すなわち今日が来てしまった。
僕以外の人間にとってみれば、なんの変哲も無いただの木曜日。
朝から緊張のあまり、がちがちになっている僕にとっては幸せの木曜日になるか暗黒の木曜日となるか、どちらかしかない。
こういうときは頭をかきむしると気が紛れるって誰かが言ってたっけ。
ああ、駄目だ。気を紛らわす前にお嬢様はやってきた。それもとびきり可愛い笑顔を見せて、
「おはようございます、ジュン様」
何事も不意打ちというものは驚くべき威力を持っている。
まさに今のお嬢様は、世界最強。
ひらひらと揺れるチェックのプリーツスカートからのぞく足は僕が見てきた女の人の中で誰よりも綺麗で。
「おはよう。今日も……いい天気だ」
本当は綺麗だね、なんてかっこつけてでも言ってみようかと思ったけれど、さすがにそんな勇気はなかった。
すでにお嬢様の絶対領域のおかげで、勇気なんぞ粉々に砕けちっていたからだ。
僕の裏の深意までは汲み取れなかったものの、不審な言葉の間にお嬢様は眉をひそめながらも輝く笑顔までは曇らせることはなかった。
荷物を置きながら席へつくお嬢様を目で追いながら、一つため息をついた。
ちらっと窓の方を見れば、外は雲ひとつさえ浮かんでおらず、青色の絵の具で塗ったような空色が広がっていた。
青空に比例するように、僕の心もすうっと真っ青になっていった。
「溜息をつくと幸せが逃げますよ?」
「幸せは放し飼いでこそ育つものだ」
ジュン様らしいです、そう言ってくすりと笑いを零すお嬢様。
「なぁ」
「なんです?」
「今日、何か用事あるかな」
自分でもびっくりするほど、すんなりと言葉が出てきた。
無心というものはこういうときにありがたい。
お嬢様は少し首を傾けてスケジュール帳を広げて、
「……ありませんわね。どうかされたのですか」
「話したいことがあってな」
ちょっとした人生相談だよと冗談で言ってみると、お嬢様は何が嬉しいのかわからないけれど、やけに弾んだ声で「まかせてください」と張り切っていた。
君のことで悩んでいるんだよとは言えず、ただただ苦笑いを浮かべている僕だった。
-
お嬢様は終業のチャイムが鳴るまでずっとわくわくしていたのだろうか。
終始笑顔を絶やすことなく――それも明日遠足に出かける小学生の様な無邪気なものだった――周りからは怪しいやら、可愛いやら、いろいろな言われようをしていた。
「何か変なものでも拾って食べたんじゃないの?」
挙句の果てにはこんなことを言う輩が居る始末。
もちろん、その不適切な発言をしたのはお嬢様の大親友である水銀燈である。
「あのなぁ、お嬢様が拾い食いなんてしてたら恐ろしいだろうが」
拾い食いなんぞお嬢様の品格に関わる大問題になりかねない。
本人とその親友はさほど気にしていないようだが、こういうのは全く関係ない第三者が焦るだけ。
まさに、僕だ。
「きらきーにお嬢様の品格とかなんとかを求める時点で駄目よぉ。あの子が小学生のときなんて、それはもう……」
「やめてくださいっ、これ以上言っては駄目です!」
水銀燈の減らない口を慌てて塞ぎ、悍ましい過去の汚点を否定するかのように首を振って喚いたお嬢様の顔は茹で蛸までには及ばないものの、十分赤くなっていた。
そして、思いがけない驚きの一言を、水銀燈は発してしまった。
「だぁい好きなジュンには聞かせたくないからってそんなに必死にならなくてもいいじゃない」
帰りのSHR前、ざわついていた空気が一瞬のうちに静まり、今までに感じたことのない雰囲気が僕とお嬢様と水銀燈を包んでいく。
なんてことを言ってくれるんだ、こやつ。
「前言ってたでしょ、ジュンのことが好きって……」
この空気だというのに、水銀燈は相変わらずのいたずらっ子の笑みを浮かべて満足げに身振り手振りで語っている。
僕は奇妙な敗北感が体中を支配していくのをひしひしと感じながら、横に居るお嬢様をちらっと見てみた。
そこには、さっきより比べ物にならないほどに顔を赤くさせて――それも耳の先まできっちりと――ぷるぷると小さく体を震わせる姿があった。
お嬢様はうなだれた頭をゆっくりと上げて、一瞬。時が止まったのではないかと覚えるほどに、耳をつんざく大声で叫んだ。
「銀ちゃん……なんてことをしてくれるんですかぁああああ!!!」
品格もなにもかもを全て吹き飛ばす決死の叫びは僕の敗北感さえも拭い去っていくのだった。
-
教室の開け放たれた窓から、夕日のオレンジ色をのせた少し冷たい春風が吹く。
「さっきは取り乱してごめんなさい」
春風はお嬢様の髪の毛をふわりと舞い上げて、遊んでいる。
「いいよ、煽った水銀燈が悪いんだし。きらきーのせいじゃない」
「私のせいなのぉ?」
当たり前だろ、そう戒める視線を水銀燈に向けると、ぷいと他の方を向かれた。
自分の比を認めないところはさすが薔薇乙女の一員といったところか。
「でも私のおかげできらきーはジュンに好きって言えたじゃない! それは悪くないわよねぇ」
悪いも悪くないも、それ以前の問題としか考えられない。
しかし、お嬢様はぎこちない笑みを浮かべながら頷いている。
「ほぉら」
それを見て、勝ち誇った表情をする水銀燈。
「それでジュンはどうなの。きらきーのことどう思ってる?」
目を潤ませて僕を見るお嬢様と、口の端を上げてにやつく水銀燈を見て、
「僕はずっと……うん、きらきーのこと好きだったから」
変な形ではあるけれど、お嬢様に対する気持ちを告白することが出来た。
そんな僕を見て、さらに水銀燈はにやつく。
「きらきーさえ良ければ、僕と付き合ってくれないかな」
言い終えたと同時。お嬢様は勢い良く立ち上がった。
そのせいで椅子ががたんと音を立てて転がる。
何をされるのかと、心の中で悲鳴を上げてしまった。それほどまでに威圧感が今のお嬢様にはあった。
「ジュン様のことずっとずっと好きでした。私なんかでよければ……お願いします」
白く輝く八重歯をちらりと覗かせながら、お嬢様は見たことも無いとびきりの笑顔で。
たったそれだけで、僕の心は一瞬のうちに捕われる。
もうお嬢様から離れることができないくらい、きつく、そして優しく、心を締め付ける。
「さぁて、邪魔者はお先に退散することにするわぁ。また明日ね」
勝手気ままな水銀燈はひらひらと手を振って、教室のドアを閉めた。
がらんとした教室はいつもより広く見えて、ぽつんと立っているお嬢様が大きく感じる。
「そういえば、用事があるって仰ってませんでしたか?」
ふと思い出したようにお嬢様は口を開いた。
「あー、あれはもういいや。だって、こうなったことだし」
「ジュン様?」
僕も立ち上がり、お嬢様の華奢な肩に手を置いて、
「きらきーのこと、誰よりも大好きだってこと言おうと思ってたから」
目の前で薄いピンク色の髪の毛が舞うのを見る。
どうやら春風は可愛い女の子に目がないらしい。誰でもかれでも悪戯をする癖がある。
だが、お嬢様には、春風にさえも渡す気はさらさらない。
「ジュン様のことは私が絶対に幸せにしてみせます!」
手をぐっと握りしめてそう言い放つお嬢様はかっこよくもあり、可愛く見えた。
僕はちょっとずれたこのお嬢様のことが大好きでたまらない。
だから、こうしてキスの不意打ちなんてやってしまうのは仕方の無いこと。
全部、春風のせいにしてやろう。
-
投下終了です。
春はもうすぐそこですねー
-
「……めぐ……お願い……」
手術中を示す赤く光るランプに照らされた廊下。
そこに置かれた長椅子に座りながら、私は小さく祈りの言葉を呟いた。
コチコチと鳴る時計の音は、硬質な廊下に何の余韻も残してはいない。
手術室の扉が開く幻聴に顔を上げる事も何度もあった。
その度に、遠く隔てられた現実を知り、再び祈る。
時間の感覚なんて、とっくに無くなっていた。
祈りに意味など有るのだろうか?
全ては神の御心に委ねるしかないのか?
何度も自問を繰り返す。
答えは見つからないまま、再び祈る。
「……お願い……もう……貴方を失いたくない……」
冷たい地面を見つめながら呟く。
私の声に応える者は無く、ただ時計の音だけが小さく、永遠に続くようにさえ思えた。
-
―※―※―※―※―
私は、夢を見た。
その夢の中で、私は全身に包帯を巻いていた。
戦火は広がり、私の生まれ育った場所は米軍の空襲により焼き払われた。
それで、広島に住む祖母の家に疎開に来て……
……確か……警報が聞こえて……防空壕に逃げ込んで………突然、光が広がって………
そこまで思い出し、私の思考は全身に針を刺したような激痛に遮られた。
叫びを上げようにも声も出ない。
体を動かそうにも、指すら動かない。
どうしてこうなったのか。何で私はこんな所に居るのか。ここはどこなのか。
何も分からない。
ただ、地獄のような痛みだけが、私に全てが現実であるという事を告げてくる。
苦しかった。
悲しかった。
叫びたかった。
泣きたかった。
でも私に出来るのは、歯を食いしばりながら痛みに耐えるだけだった。
-
このまま私は、訳も分からないまま死ぬのか。
包帯に遮られた、小さく、ぼやけた視界で天井を眺めながら、私は考える。
不思議と、死ぬのが怖くなかった。そうなるのが当然という風にさえ思えた。
痛みは相変わらず絶え間なく続くが、それすらもう、どうでも良い事に思えてきた。
ふと、右手だけ痛みが和らいだ気がした。
首も動かす事が出来ない私は、それでも目だけを動かして原因を探ってみる。
そこには、私の手を握る、黒髪の女医が居た。
「 ――――――」
まるで祈るように私の手を両手で包みながら、女医は歌を歌う。
私はその歌を聞くうち、急に怖くなってきた。
死にたくない。
生きていたい。
助けて…助けて…
まるで動かぬ体のまま、私の瞳からは涙が零れはじめる。
女医は指先で私の目元をすくい……横たわったままの私の体を、そっと、抱きしめてくれた。
-
黒髪の女医は献身的に私の為に働いてくれた。
そして数週間が過ぎた頃には、起き上がる事は出来ないにしても、包帯だけは外れるようになった。
背中には抉られたような大きな傷跡が残っているが、それでも私は何とか生き延びた。
女医は回復しつつある私の事を、まるで自分の事のように喜んでくれた。
そして、いつかと同じように、私を優しく抱きしめてくれた。
彼女は涙を流しながら、「ありがとう…本当にありがとう…」と何度も告げてくる。
礼を言うのが逆な気もしたが、私は何だか抱きしめられてるのが恥ずかしくって黙ったままだった。
いたる所の骨が折れていた上、あまりにも長いベッド生活。
お陰で、私は歩く事すら満足に出来ない体になってしまった。
私は、早く元のように歩きたかった。
歩けるようになれば、もっと彼女と一緒に居られると思っていた。
もっと一緒に居れば、彼女の歌をもっと聞けると信じていた。
苦しみも悲しみも溶けるように消してくれる、彼女の歌を。
-
だがある日を境に、彼女は私の前に現れなくなった。
これは、後で聞いた話だ。
彼女の体は、私と出合った頃には既に放射能に蝕まれていたらしい。
生まれつき体が弱かった上での、さらなる追い討ち。
長くは生きられないと悟った彼女は、最後に私を救う事を決意し……そして静かに生涯を閉じたという。
私の記憶に暖かな思い出だけを残し、彼女は永遠に手の届かぬ所へと行ってしまった。
-
―※―※―※―※―
私は、夢を見た。
その夢の中で、私は聖女だった。
100年という、気が遠くなる程の時間続いた戦争。
私はそれに終止符を打つため、自ら戦場へと赴いていた。
多くの戦果を挙げ、次の戦場へと向かう私。
その傍らには、いつしか彼女の姿があった。
「……大丈夫?」
野営地のテントの中。彼女は私の肩の矢傷に薬を塗りながら、小さく声をかけてくる。
「……ただのカスリ傷……心配する程でもないわぁ……」
私は薬の冷たさに一瞬顔をしかめるが、はっきりとした声でそう返した。
前は、矢も剣も、全てが、まるで見えない何かに遮られているかのように私の身に当たる事は無かった。
しかし最近は小さな油断から、このような『カスリ傷』を受ける事が増えてきた気がする。
それはつまり、どういう意味なのか。
「……もう……私は『聖女』じゃあないのかしらねぇ……」
心に秘めていたはずの不安が、つい小さな呟きとして漏れてしまう。
そして呟いてから、この場には治療の為に彼女が居る事を思い出した。
-
私の存在。つまり、聖女の肩書き。
それが軍にとって大きな求心力となっている現在、この呟きは痛手だ。
弱気になっていた自分に小さく舌打ちし、私の肩に包帯を巻き始めた彼女の様子を横目で窺う。
だが、彼女は私の予想に反して、どこか楽しそうな笑みすら浮べていた。
「……綺麗な髪……
そうね。聖女というより、天使ね」
私の髪を撫でながら、彼女は屈託の無い笑顔で告げてくる。
一瞬だけ、自分の鼓動が聞こえた気がした。
私は彼女の手を乱暴に払いのけると「もういいわ」と言い、持ち場に帰るように伝えた。
天蓋を持ち上げ、テントから出ようとする彼女。
だが気が付けば、それこそ無意識のうちに、私はその背中に声をかけていた。
「待ちなさい!」
勢いだけで言ったは良いが、それからが続かない。
首をかしげて私を見ている彼女の視線が、ほんの少し私の体温を上げる。
「そ…その……私に何かあったら大変だから……
貴方はテントの中で、私が寝てる間の護衛をしてなさい!」
そう命令すると、私はベッドに横になった。
目を閉じると彼女の嬉しそうな顔が容易に想像できるから、何だか腹立たしい。
-
私はベッドの上で寝返りを打ち、彼女に背中を向けながら再び命令を下した。
「……気が利かないわねぇ……
無愛想に突っ立ってる位なら、暇つぶしに、歌でも歌ってなさいよ……」
最後にそれだけ言うと、私は眠りに付くために全身の力を抜く。
「 ――――――」
瞳を閉じた中で聞こえる歌声は、今まで聞いたどの讃美歌より澄んだものに感じた。
そして翌日。
銀の甲冑を身に付けた私は、ついにパリ奪還の為に軍を動かした。
予想以上の防衛網。
神の使いである天使を畏れぬイングランド兵。
激戦の末……あろうことか、この私が逆に追い込まれていた。
-
「チッ…!」
小さく舌打ちをして、考える。
退くべきか、決死の覚悟で進むべきか。
最早、私からは聖女としての力は失われたのか。
考えてる間にも、敵は勢いを増し攻め寄せてくる。
「……癪ねぇ……」
私は爪を噛み……それから、全軍へと指示を出した。
「退くわよ!!」
それを合図に、全軍が馬を後退させる。
降り注ぐ矢を弾きながら、私も撤退を始めた兵達へと視線を向ける。
嫌な予感がする。
彼女は無事なのか。
生き延びているのか。
私は胸に広がる悪寒を振り払うように、戦場へと……全部隊へと視線を巡らせた。
居た。
彼女は部隊が撤退するまで、ギリギリまで敵兵と戦っている。
傷つき、血は流してはいるものの致命傷ではなさそうだ。
私が安堵の息を吐きかけ、彼女が撤退の為に戦場に背中を向けた瞬間。
私の目は、彼女の背中に一本の矢が深く突き刺さる瞬間を見た。
-
その場に崩れ落ちる彼女。
自分の呼吸が、鼓動が、やけに大きく、耳障りに聞こえる。
誰かが私の腕を引っ張り、無理やりに戦場から離脱させる。
私は倒れた彼女へと手を伸ばすが……指と指の間から零れ落ちるように、彼女の姿は見えなくなった。
この戦いで多くの兵を失った。
そして私は、彼女を失った。
-
―※―※―※―※―
私は、夢を見た。
夢の中で、私は豪族の娘だった。
私は、夢を見た。
夢の中で、私は集落の巫女だった。
私は、夢を見た。
夢の中で、私は洞窟に住んでいた。
夢の中で、私は一匹の猿だった。
夢の中で、私は小さな魚だった。
私が見る全ての夢。
そこでは必ず、彼女が私の隣に居た。
-
ある夢では私の盾になり、ある夢では災害により、またある夢では私の腕の中で。
いつの時代も、どの場所でも、最後には必ず、彼女は私の隣から失われてしまった。
私は、夢を見た。
目を覚ませば忘れてしまいそうな…
例え忘れても、決して心からは消えないような…
とても、とても、長い夢を。
-
―※―※―※―※―
最初に目に飛び込んできたのは、病院の無機質な天井だった。
霞がかかったように不明瞭な意識を、頭を振って覚醒させる。
めぐの手術を待つ間、不覚にも眠ってしまったのだろう。
ここまで移動した記憶が無いから、きっと看護師が気を利かせて簡易ベッドに……
「めぐは!?めぐはどうなったの!?」
水が地面に染み入るように戻ってきた記憶と共に叫び、ベッドから飛び起きた。
そして目の前の扉を開け、廊下へと飛び出そうとした時 ――――
「水銀燈?……どこか行っちゃうの?」
後ろから、声が聞こえた。
私は振り返る。
ベッドの上で、点滴の管をつけたままの、相変わらず屈託の無い笑みの、彼女がそこに居た。
-
やっと会えた。ずっと会いたかった。
心が痛いくらいの幸せを感じる。
頬に熱い何かがとめどなく流れてくる。
「水銀燈?どうかしたの?」
私の様子に、めぐがそう声をかけてくる。
「寝起き…だから……あくび…した……だけよぉ……」
頑張ってそう言おうとするけれど、どうしてだろう、涙が止まらなくて上手く喋れない。
私は腕で涙を隠しながら、めぐへと近づく。
やっと会えた彼女を、二度と離さないよう抱きしめる為に。
-
―※―※―※―※―
一万年と二千年前から愛してる
八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった
一億と二千年後も愛してる
君を知ったその日から僕の地獄に音楽は絶えない
―※―※―※―※―
投下終了です
-
>>940
wiki掲載だけなのもなんなので、本スレに転載しました。
最初のところは既に投下済みだったようですが、便を考えてすべて投下しました。
最初のレスで行規制があったので改行のタイミングを変えたのと、
30行規制にひっかかったところは分断しました。
-
板別規制だから、なかなか解除されないね。
悔し涙を飲みながら、こちらに、ひっそりと投下。
− − − − − −
「またまたぁ、ご冗談を」
私は、信じなかった。
だって、今日は一年の内でも、特別な日だから。
「いくら親友でも……私、マジギレしちゃうよ」
腰に手を当てて、ツンと唇を突きだす。眉毛は軽く吊り上げ気味に。
普段から、表情に乏しいと言われる私だけど、このくらいの演技はできる。
「エイプリル・フールだからって、吐いていい嘘と悪い嘘の区別くらいつくでしょ」
目の前に佇む彼女は、私に嘘を吐いた。
そう。嘘に違いない。嘘でなくては、ならない。
なぜならば、それは到底、信じられない戯言だったから……。
「お父さまの乗った飛行機が墜落しただなんて、冗談でも許せないよ」
確かに、私のお父さまは仕事の関係で、早朝の便でヨーロッパに発った。
今頃はファーストクラスのシートに身を預け、仮眠をとっているはずだ。
だから――
「嘘……なんだよね?」
問いかける声が震えている。顎や膝に、力が入らない。
どうして? たった今、嘘だと確信したばかりなのに。
-
>>957
自信が揺らいでいる。
いや……そもそも、自信の裏付けとなるものが、私にはなかった。
確信ではなく、希望的観測。
「……ねえ。答えて…………真紅」
名を呼ぶと、真紅は伏せていた顔を、ゆっくりと上げた。
そこに浮かぶ表情を、どう形容したらいいのか。
私には、その言葉を見つけられなかった。
「薔薇水晶」
歪められた唇が、私の名を紡ぐ。
潤んだ真紅の瞳が、私の瞳を射抜く。
そして――
「嘘じゃないのよ」
残酷な一句。それが真実であることは、真紅の目が語っていた。
「今さっき、私のお父さまから電話があったの」
真紅の双眸から、雫が流れ落ちた。
堰を切ったように、後から後から溢れてくる。
それを拭おうともせずに、真紅は涙声で続けた。
「飛行機の消息が絶えた付近では、雷雲が発生していたらしくて――
もしかしたら、落雷による墜落かもしれない、と。
乗員、乗客は…………全員……絶望的だって」
-
>>958
ありえない――
私の胸の奥で、ギュッと何かが押し潰された。
私自身が、押し潰したのかもしれないけれど……どっちでも構わない。
「どうして、そんな嘘を吐くの?」
「え?」
「おかしいよ、真紅。そんなお芝居までして、私を騙したいの?」
「そんな……私は……」
「言い訳なんか聞きたくないっ! 謝ってよ、真紅っ!」
自分の感情を、コントロールできない。
怒鳴るつもりなんかないのに、私の口が、勝手に罵声を生みだしている。
まるで――
そう。まるで、誰かに操られているかのように、私は目の前の親友を面罵した。
「お願い…………謝って、真紅。嘘だって、言ってよぉ……」
激情の嵐と共に、私の全身から力も噴き出してしまったらしい。
私は立っていられなくて、その場にへたりこんだ。
息が苦しい。頭がガンガンする。気持ち悪い。吐きそう……。
そう思った直後、私は嘔吐していた。
お気に入りの、すみれ色のスカートが、私の吐瀉物にまみれていく。
誕生日に、お父さまがプレゼントしてくれた靴も、穢れていく。
(お父さま、帰ってきて。早く、私を迎えにきて!)
-
>>959
そして、一緒に……おうちに帰ろ?
発作のように、苦い液を小刻みに吐く苦しみの中で、私は考えていた。
背中をさすってくれる真紅の手が、お父さまの手ならいいのに――と。
▼ ▲
「お気づきになられましたか」
芽生えたばかりの意識に注がれる、柔らかくも明瞭な声。
促されるように、僕は覚醒へと芽を伸ばした。
瞼を開くと、水中にでもいるかの如くに、視界が滲んでいた。
けれど、それも瞬刻。目に映る世界は、急速に像を結んでいった。
「……ここは?」
問いかけてみて、口の中が乾ききっていることに気づいた。
どうやら、僕はベッドで眠っていたようだが、どのくらい眠り続けていたのか?
「私の家ですわ」
またしても、明瞭な声が届いた。
そちらへと顔を巡らせた僕は、唖然としてしまった。「……え?」
-
>>960
他人のそら似というのは、間々ある。
今、僕の視線の先に佇んでいる娘も、そうだ。
「薔薇……水晶?」
違う。それは自信をもって言える。
自分の娘と、赤の他人を見間違えるようでは、親として失格だ。
しかし、それにしても、彼女は僕の一人娘に生き写しだった。
僕の呆けた様が可笑しかったのか、くすくす――
彼女は口元を手で覆って、笑みを零した。
「私は、雪華綺晶といいます。そんなに、お知り合いの方に似ていますか?」
「え、と……知り合いというか……娘にそっくりだな、と」
「お嬢さんが、いらっしゃるの?」
「薔薇水晶という名でね。君と、よく似ている。驚いてしまったよ」
なぜ、僕は暢気に、こんな話をしている?
何か、もっと大事なことが、あったのではないか?
暫し記憶を辿って、僕は思い出した。
「そう言えば、飛行機は……どうした」
僕の乗っていた旅客機は、墜落した。
墜落感や、シートに押し付けられる圧迫感、食い込んでくるベルトの痛み……
それら全てを、僕の身体は、はっきりと憶えている。
「僕は、どうして、ここにいる?」
-
>>961
解らないことだらけだが、とにもかくにも、師匠に無事だと連絡を入れるべきだろう。
それに、薔薇水晶にも。
あの娘のことだ。今頃きっと、心配で両眼を泣き腫らしているに違いない。
だが、取り出した携帯電話は、電源が入らなかった。
バッテリーが切れたのか、それとも墜落の衝撃で壊れてしまったのか。
「あの――」
「すまない。先に電話を貸してもらえないか」
「電話……ですか?」
「ああ、頼むよ。大至急、連絡したい人がいるんだ」
僕の慌てようは、仕種から伝わっているはずだ。
それなのに、雪華綺晶は眉を曇らせるばかりだった。
「どうしたんだい? まさか、この家には電話がないのか」
「いえ、あの……そのぉ……」
「ん?」
「電話って、なんですか?」
またまたぁ、ご冗談を。
僕は思わず、薔薇水晶の口癖を呟きそうになった。
21世紀の世にあって、電話という文明の利器を知らないだなんて、ありえない。
からかわれているとしか、僕には思えなかった。
「悪ふざけは、よしてくれないかな。本当に、急いでいるんだ」
「ですから、私は本当に知らないんです」
「……そんなバカな」
-
>>962
失笑が漏れる。ここは、どんなド田舎なのやら。
家の内装を見る限り、文明から隔絶された土地とも思えないのだが……。
「埒があかないな。もういい」
僕はベッドを抜け出した。
身体に痛みはない。あれだけの墜落で、怪我ひとつないのは不可思議だ。
……が、それよりなにより、帰りたい想いが勝っていた。
「どこか別のところで、電話を借りるよ。ベッドを貸してくれて、ありがとう」
そのまま玄関と思しいドアに向かいかけて、僕はふと、今日の日付が気になった。
確か、四月一日。エイプリル・フールだ。
と、言うことは――
「まさか、電話を知らないというのは、嘘なのかい?」
振り返って訊ねると、雪華綺晶は心外だとばかりに顰めっ面をした。
「私、嘘なんか吐いてません! どうして疑うんですか!」
「いや、だって、君……それは」
あまりの剣幕に圧されて、僕の口調が弱まる。「あまりに意外だから」
一人一台、携帯電話を持っているのが普通という感覚からすれば、疑って当然だ。
けれど、雪華綺晶の言動には、欺瞞の色など窺えない。
「君は本当に、電話を知らないのか」
「電話という言葉自体、初めて聞きましたわ」
-
>>963
これは、さすがにダウトではないのか。
よもや電話の存在しない時代でもあるまいし。
苦笑を堪えつつ、僕は今一度、室内をぐるり見回した。
そこに、文明の利器を探したのだ。テレビジョンぐらいは、あるだろうと。
ところが、テレビすらも、この家には存在しなかった。
ひょっとして、雪華綺晶はアーミッシュの類なのだろうか?
訊ねてみたが、答えはノー。テレビ? なにそれ美味しいの? といった具合だ。
僕の方が、頭が変になってしまいそうだ。
「どうなってるんだ、一体」
「さあ……どうなっているのでしょうねぇ」
のほほん、と。雪華綺晶は、危機感の危の字さえ見せずに相槌を打つ。
彼女のペースに合わせられるのなら、どれほど気楽か分からない。
「21世紀だと言うのに、まるで19世紀に来たみたいだよ」
僕は頭を抱え、吐息混じりに独りごちた。
すると、雪華綺晶が、急に笑いだした。
「嫌ぁね。エイプリル・フールだからって、ひどい冗談ですわ」
「え? なにを言っているんだい?」
「だって、未来からきたようなこと言うんですもの」
ちょっと待ってくれ。それこそ、ひどい冗談ではないのか。
だったら今は、何年だと言うんだ?
-
>>964
「ちなみに……」僕は微苦笑しながら、雪華綺晶に訊いた。
「今日の日付は?」
「1800年4月1日ですわ」即答。
まさか、そんな。今日は2009年4月1日だろう?
僕は、腕時計に目を遣った。
しかし、日付を表示する液晶は真っ新で、時計の針は六時ちょうどを指していた。
午前なら6:00。午後なら18:00だ。偶然にしては、出来過ぎな気がする。
「本当に?」
「ええ、本当に。神さまに誓ってもいいですよ」
「……分かった。君を信じるよ」
便宜上、そうは答えたものの、僕は半信半疑だ。
なにがなんだか、さっぱり理解できない。
「僕は、どうしたらいいんだ」
ここが19世紀だとして、どうしたら21世紀に戻れる?
薔薇水晶の元に帰る術は、どこにある?
頭を抱えて吐息する僕を見て、不憫に思えたのだろうか。
雪華綺晶は、僕の背に手を添えて、言った。
「帰る場所がないのでしたら、ここに居ても構いませんわよ」
そこに慌てて、「もちろん、勤労奉仕はしていただきますけど」と付け加える。
なんだか大胆というか、純朴な感じの娘だ。僕が悪人だったら、どうするのか。
-
>>965
そんな雪華綺晶の持つ危うさが、僕を刺激する。
彼女が薔薇水晶に似ている点も、僕を迷わせる。
「……いいのかな。君の申し出に、甘えてしまっても」
「ええ、ええ。もちろんですわ。困ったときは、お互い様。
それに、少々、独りで暮らすのにも飽きていたところですので」
「じゃあ……よろしく頼むよ。僕の名は、槐だ」
差し出した右手は、雪華綺晶の両手に包み込まれた。
「こちらこそ、よろしく。槐さん」
はたして、これが最善の選択だったのか、どうか――今は、まだ分からない。
けれど、薔薇水晶を迎えに行くための一歩には違いなかった。
僕は必ず、帰る術を見出してみせる。
だから、薔薇水晶……少しだけ、待ってておくれ。
−プロローグ− 終わり
次回、第一話『明日に向かって』 に続くにょ〜。
-
な / ______
ぁ 訳/  ̄ヽ
ぁな / \
ぁ い レ/ ┴┴┴┴┴| \
ぁ じ / ノ ヽ | ヽ
ぁ ゃ> ―( 。)-( 。)-| |
んぁ > ⌒ ハ⌒ | /
!ぁ> __ノ_( U )ヽ .|/
ん |ヽエエエェフ | |
\ | ヽ ヽ | | |
√\ ヽ ヽエェェイ|/
\ `ー― /ヽ
うん、お約束のネタなんだ。すまない。(´・ω・`)
日付が変わる前に投下したかったよ……悔しい。でも、ビクビクッ……。
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>>967
いつも思うんだが、読ませる文章と魅力的な話を、よくもまあいくつもこう使い潰せるものだな。
尊敬するよ。
wikiにアンタの投下したウソ予告だけ別に纏めてくんないかなぁ・・・。
-
できた できたよ できました〜♪
雨ニモ負ケズ 規制ニモ負ケズ 連続スレタイ物いきます。
― ― ― ― ― ―
「ひどい顔してるね」
私を見つめながら、蒼星石が言った。
だから、私も彼女の鼻先に、指を突き返した。「蒼星石だって、窶れてるですよ」
「目元にチカラが感じられないです」
「キミだって、他人のことは言えないでしょ」
その自覚はある。運営委員に選出されてからというもの、心身ともに憔悴気味だ。
不慣れな環境で、慣れない役目を全うしようと思えば、当前の反応だろう。
眉間になじみつつある縦皺が気になって仕方がない、今日この頃だ。
「でも……休むワケには、いかないです」
もう一人の委員である水銀燈先輩に、私の分まで負担をかけられない。
すべてを投げ出して逃げるなんて醜態を曝すのは、私のプライドが許さなかった。
蒼星石だって、私が無様な真似をすれば怒るに決まっている。
「なぁに、この程度のこと、余裕のよっちゃんイカですぅ」
口にしたのは、気持ちを奮い立たせるための空元気。
そんな私に、「そう言うと思った」と、蒼星石が微苦笑を投げかけてきた。
「強がるのもいいけど、あんまり無茶しないようにね」
「解ってますです。蒼星石、お姉ちゃんを見くびるんじゃねーですよ」
存続を訴える活動で入院なんかしたら、有栖川荘にとってマイナスイメージになる。
それに、もしそんなことになれば、私は実家に連れ戻されてしまうだろう。
だから、心配ない。そう言って笑いかけると、蒼星石も――鏡に写った私も、笑みを返してくれた。
くだらない独り芝居。重圧による心細さを誤魔化そうと、陳腐な演技をしただけ。
でも、本当に蒼星石とお喋りできた気がして、私は少しばかりの安らぎを覚えていた。
-
「はーい、ちょっと注目ぅ」
水銀燈先輩が切り出したのは、みんなが顔を揃えた夕食の席でのこと。
一同の注目を浴びながら、彼女はテーブルに両手を突いて、立ち上がった。
なにやら思惑があるようだが、はてさて……。
この人が率先すると、どうにも嫌な予感がするのは、私だけだろうか。
「私たち、ここの存続に向けて一致団結すべきよねぇ」
「なにを今更。もう既に、みんなの意見は合致していますわよ。ねえ?」
同意を求める雪華綺晶さんに、全員が頷いた。やっぱり、離ればなれはイヤだ。
越してきて日の浅い私ですら、そうなのだから、先輩たち古参組は尚更だろう。
水銀燈先輩は、我が意を得たとばかりに、ぼよよ〜んと胸を張った。
「オッケェ〜ィ! だったら、明確な団結力を示してやりましょうよ」
「いいけど……具体的には、どうするかしら?」
なるほど、これが本題か。ならば、もう答えは用意してあるに違いない。
案の定、カナ先輩に問いかけに、水銀燈先輩は間を置かず答えた。
「団体名を名乗るのよ。と言うワケでぇ、ここにSOS団の結成を宣言するわぁ。
ちなみに、SOSは『水銀燈と おまぬけな しもべたち』の略称だから」
この人、脳ミソを乳酸菌に蝕まれてるのかも……。今度ばかりは非難囂々。
そんな名称では、学生たちが有栖川荘の占拠を画策していると、学園側に誤解されかねない。
悪い案ではないけれど、理事会を説き伏せるに足る説得力を持たせないと。
……で、みんなが知恵を出し合った結果――
『真紅さんに おかえりなさいと シャンパンぶっかける』SOS団、結成。
なぜなの、涙が止まらない。こんなことで、いいのかしらん?
-
困難に直面した時にこそ、その人の真価が問われるもの――
じゃあ、私はどうなのだろう?
床を雑巾がけしていた手を止めて、私はふと、庭へと顔を向けた。
今日は朝から雨模様。細かな春雨が、静かに窓を叩いている。
濡れたガラス越しに仰ぐ空模様は、一面の灰色。ああ……私の心と同じだ。
昨夜、白崎さんから連絡があった。理事会との会合は、ちょうど一週間後。
ちゃんと交渉役が務まるかな? 正直、憂鬱だ。不安に押し潰されてしまいそう。
会談の席で意見を求められても、しどろもどろになって終わりかもしれないし、
緊張のあまり、いきなり失神しちゃったりして。
できるものならば、真紅さんのように、泰然自若としていたい。
けれど、臆病で人見知りな性格が災いして、私はいつも二の足を踏むばかり。
直さなければ、とは思うものの、『三つ子の魂百まで』とも言うし……。
「はー、やれやれ。諺で自己弁護だなんて、情けないですぅ」
こういうネガティブな発想が、徒に状況を悪化させているのかもしれない。
いっそ、この機に勢いを借りて、自分を変えてみようか。
「――なんて、ね。思うだけで変われるのなら、とっくに変わってるですよ」
そう。私は変化を恐れている。これまでの緩い満足を失うのが怖いのだ。
ぬるま湯のような日常に浸って、ふやけてもなお微睡んでいたくて、
安らぎが欲しいばかりに、いつしか妥協する癖を身につけた、私――
今はまだ、無理に変わらなくてもいい。成り行きに任せておけばいい。
でも、諦めたのではない。闘う決意は、もうできていた。
それによって生じる変化を甘受する覚悟も……。
-
私は今、猛烈にドキドキしている。なぜなら、管理人室に立ち入っているから。
当たり前だけれど、ここには真紅さんの気配が、まだ濃く残っている。
ゆったりと余裕のあるソファに金糸のような抜け毛を見て、私は胸の奥に痛みを覚えた。
正直、荒らしたくはない。このままドアに鍵をかけて、そっとしておきたい。
「なにボサッとしてるのよぉ。探すの手伝いなさい」
でも、そんな感傷に浸っていたら、水銀燈先輩に叱られてしまった。
先輩と私が、ここを訪れたのは、真紅さんの行方を探る手懸かりを求めてのこと。
彼女を連れ戻すことで、有栖川荘の存続に一応の目途を立てようとの算段だった。
「……やっぱり、勝手に触れるのは気乗りしないですぅ」
「私だって、そうよ。でも、仕方がないじゃない」
こうするしかない。先輩は自分に言い聞かせるように繰り返して、書架を眺めた。
実際には、別の方法だってあるのだけど、この人は意図的に無視している。
新しい管理人を置くのが、どうしても気に入らないらしい。
まあ、先輩の気持ちも、解らなくはない。私も、真紅さんに帰ってきて欲しいから。
本意ではなくとも、仕方がないこともある。有栖川荘のため、みんなのため。
私もまた胸裡で言い訳して、真紅さんの執務机に取りついた。
そして、引き出しから小冊子を見つけた私は、上擦った声で先輩を呼んだ。
もしかしたら――わき上がる予感が、否応もなく私たちの肌を粟立たせる。
けれど、それは日記とかメモではなく、五線譜を紐で綴じたもの。手書きの楽譜だった。
音楽は聴き専門の私だけれど、これが未完成曲らしいことは分かった。
彼女は、どんな気持ちで、この五線譜に音符を書いていたのだろう。
願わくば、未完成であることが、再帰の誓いであって欲しい。
そして、きっと真紅さん自ら演奏して欲しいと……本気で、そう思えた。
-
およそ半日を費やして探してみたものの、手懸かりは見つからなかった。
真紅さんの行方は、杳として知れず、理事会との会合だけが日一日と近づいてくる。
「問題は、代理の管理人ですわね」
例によって食事時に、その話題が取り沙汰された。切り出したのは、雪華綺晶さん。
大人しそうな見かけに寄らず、行動力に溢れた人だと、いつも感心させられる。
そこに、同じく行動派のカナ先輩が、言葉を添えた。
「それについては、カナに案があるかしら」
「どんなぁ?」
今や名実共に有栖川荘のトップである水銀燈先輩の瞳が、カナ先輩を射る。
くだらない冗談でも言おうものなら、ダーツの如く箸を飛ばさんばかりの気迫だ。
私なら言葉を呑み込んでしまいそうだけど、カナ先輩は気丈に水銀燈先輩と目を合わせた。
「新規で募集しても、期限までに見つけるのは難しいと思うかしら。
だけど、のりさんに代理を頼むのは、さすがに申し訳ないでしょ」
今だって、賄い婦として、月曜から金曜まで勤めてもらっている。
管理人ともなれば、週休二日どころか、住み込みを要求しないといけない。
のりさんなら快諾してくれるだろう。でも、そこまで甘えたくはなかった。
……で、カナ先輩の策とは、有栖川荘の住人にして嘱託医でもある女性を担ぎ出すこと。
言われてみれば、なるほど。現状では、それがベストな選択かもしれない。
なにより、オディールさんは理事長に招聘され来日した人だ。信頼度は抜群。
ガラス細工のように脆く儚い私たちにとって、彼女は希望となり得る存在だった。
有栖川荘を――私たちと真紅さんの帰る巣を守るための、ささやかな抵抗。
願わくば、この決意の羽ばたきが、幸せな未来を招き寄せてくれんことを……。
-
はたして、オディールさんは、私たちのジャンヌ・ダルクになってくれるだろうか。
その夜遅く、ほろ酔い加減で帰宅した彼女に、みんなを代表して懸案を伝えた。
「なるほどね。落としどころとしては、悪くないと思うわ」
仕事で疲れているだろうに、オディールさんは嫌な顔ひとつせずに話を聞いてくれた。
彼女としても、私たち――殊に、身内である雛苺の住環境について案じていたのだろう。
そこに、この申し出。渡りに船の、持ちつ持たれつと言ったところか。
「でも……ね」
「なんです?」
でも、は反意の接続詞。思わせぶりな間の置き方に、つい、私の口調もキツ目になる。
深夜を憚り潜めた声と相俟って、ややドスが利いた感じだ。
それで怯んだワケでもなかろうが、オディールさんは形の良い眉毛で八の字を描いた。
「誤解しないでね。協力を惜しむつもりはないのよ。
私も……みんなと暮らすここを守りたい。本当の家族みたいに思ってるから」
「たぶん、同じです。みんなも……もちろん、私も」
「貴女、けっこう献身的よね」
他愛ないお喋りで、いくらか気分が紛れたところで、「だけど――」
オディールさんが口を開いた。「ひとつ問題があるわ。他でもない、就業規則のことよ」
そう。彼女は嘱託とは言え、大学と正式な契約を交わした勤め人。
民間の物件である有栖川荘の管理人を務めれば、規則にある『副業の禁止』項目に抵触する。
強行すれば、私たちにも、オディールさんにとっても、嬉しくない結果となろう。
だけど、なんとかしたい。来年もまた、みんなで春の訪れを喜び合いたいから。
第二の我が家とも言うべき、この有栖川荘で……。
-
学園側との話し合いまで、残すところ、あと四日。
依然として、コレといった決定打を見出せないままだ。
気分転換でもすれば、なにか名案が浮かぶかしらと、庭いじりをしてるけど……
「そんな都合のいい展開になるのは、マンガくらいっきゃねーですぅ」
あぁもう! 真紅さんのどあほう! てるてるぼーず! にんじん!
無性に悪態を吐きたくなって、それを呑み込めば、今度は涙が溢れそうになって。
「なに……植えるの?」
そう話しかけられるまで、私は唇を噛みながら、スコップで庭土を掘り返してばかりいた。
手を止めて振り返れば、自転車を押しながら門を潜ってくる娘と目が合った。
「ああ、ばらしーですか。どうしたです、その自転車?」
「お買い物とか……通学用。お姉ちゃんのお友だちに……譲ってもらった」
彼女が押していたのは、いわゆるママチャリと呼ばれる自転車。
白かったボディは薄汚れ、ところどころに錆も目立つが、中古にしては程度が良い。
元の持ち主が、どれだけ大事に使っていたのかが窺える。
「雨ざらしだと、すぐ痛んじまうですよ。玄関ホールにでも入れとくですぅ」
玄関ホールは二階まで吹き抜けになっていて、なかなかの収納スペースを誇る。
薔薇水晶は頷いたが、「綺麗にしてから」と言って、庭の芝生の上に自転車を停めた。
そして、屋内からバケツと雑巾を手にして小走りに戻り、車体を磨き始めた。
いつもは表情の変化に乏しい娘だけど、鼻歌混じりで、随分と上機嫌だ。
何気ない日常は、巡る車輪のよう。しかし確実に愛着を育んで、私たちを離れ難くさせる。
自転車を掃除する薔薇水晶の背中に笑みを贈り、私もまた、庭いじりに戻る。
将来への悲観ではなく、咲き乱れる花々で彩られた庭を想い描きながら。
-
朝から、南風の強い日だった。
お陰で気温もぐんぐん上がり、セーターなんか着ていたら汗ばんでくる。
いよいよ春一番かと思いきや、一緒にアフタヌーンティを楽しんでいた院生の桑田さん曰く。
「これで、もう春三番くらいよ」
「……それって異常気象じゃないです? なにかの前触れですかねぇ」
難問を抱えた身としては、こじつけたくもなる。気休めにもならないけれど。
「こう風が強いと、床や畳が砂埃でザラザラしちゃって嫌よね」
確かに、あれは気持ち悪い。窓を閉めていても、どこからか吹き込んでいるのだ。
風が止んだら、また雑巾がけしないと――なんて思ったところに、「思い出すわ」と。
桑田さんが、遠い目をして呟いた。「こんな風の強い日には……」
なんのことやら? 訊くと、桑田さんは照れくさげに教えてくれた。
高校の卒業式の日も、春の嵐みたいな日だったのだとか。
「いきなり突風に煽られて、転んでしまったの。バッグの中身も、ブチ撒けちゃって。
その時、助けてくれた男の子がいたのよ。散らばった荷物を、一緒に拾ってくれた」
彼も今日みたいな日には、同じ場面を思い返しているのかしらね、なんて。
頬を両手で包み込んで語る桑田さんは、正真正銘、恋する乙女だ。
淡い片想いを、胸の中で大切に温め続けているなんて、実に奥ゆかしい。
ノックもなしに飛び込んできた恋に、私、あなたを離さないわ――
古い歌を、私は思い出した。祖母が針仕事をしながら、ラジオに合わせて歌ってたっけ。
桑田さんは、その彼とやらを離す以前に、捕まえてさえなかったみたいだけど。
理由は、敢えて訊かないままにした。
-
柿崎さん、桑田さん、オディールさんらが、私たちを仇のように凝視している。
その鬼気迫る空気に呑まれ、私の身体も竦んでしまう。
決戦を明後日に控え、私たちは、食堂を会議室に見立ててディベートの練習をしていた。
事が事だけに、ぶっつけ本番とはいかないとの判断からだ。
この特訓が、どれほどの役に立つかは知れないけれど、備えあれば憂いなし。
「女は度胸! なんでも試してみるですぅ」
とは言ったものの、正直ここまでのプレッシャーだとは思わなかった。
顔見知りが相手だし、水銀燈先輩も味方だからと、甘く考えていたフシもある。
今からこんなコトでは、本番が思いやられてしまった。
憂鬱と絶え間ない圧迫感に否応なく曝されて、あわや失神しかけた、矢先――
玄関のドアが開かれる音がして、無駄に甲高い歓声が有栖川荘に谺した。
その声は、小走りの足音を伴い、食堂へと向かってくる。
「ただいまなのー。これ、おみゃーげよ。おんまじない、なのっ」
フランスの留学生、雛苺だ。短期間で、ここまで日本語に慣れたのは凄いと思う。
たまにアヤシイ発音をするけれど、日常生活には差し支えないレベルだった。
少し遅れて、雪華綺晶さんも顔を覗かせた。
地理に不案内な雛苺に請われ、同伴していたらしい。両手には買い物袋を下げている。
袋を膨らませていたのは、大福やら素甘など、いわゆる餅菓子のオンパレード。
どうして餅なのだろう? うにゅーっと粘り強く交渉に当たれ、とでも?
しかし、満面の笑みでイチゴ大福にかぶりつく雛苺を見ていると……
実は、お前が食べたかっただけじゃないのかと、小一時間、問い詰めたくなった。
でも、この休憩中だけは……おまじないとやらに、ちょっぴり期待しておこう。
-
今日もディベートの練習を終えた夕方、私は心労から、自室に戻るや畳に横臥した。
ドアがノックされたのは、それから一分と経たない内だ。
水銀燈先輩が、明日のことで最終的な打ち合わせにでも来たのかしらん?
気怠い身体を起こして、ドアを開けると、そこには予期せぬ人物が……。
「ウソっ?!」
「なにさ、嘘って。そんなに驚いたかい?」
心外だとばかりに、肩を竦める彼女。でも、すぐに人懐っこい笑顔になった。
「驚くに決まってるです。来るなら来るで連絡しやがれってんですよ、バカちん!」
「はは……変わりなさそうだね、姉さん。安心したよ」
「蒼星石こそ。……まあ、あがって休むです。今、お茶を煎れるですぅ」
「うん。それじゃ、お邪魔するね」
蒼星石の手荷物は少なかった。日帰り旅行のついでに、立ち寄ってみたとか?
IHクッキングヒーターでお湯を沸かしながら、私はチラチラと様子を窺った。
想像だけでは埒が開かないので、単刀直入に切り出す。「独り旅してるですか」
「急に思い立ってね。そうそう、来る途中、桜が早咲きしてたよ。すっかり春だねえ」
どこか白々しい口振り。この娘は不器用で、誤魔化すのが下手だ。
私が真っ直ぐに見つめ返すと、蒼星石は決まり悪そうに瞳を逸らし、鼻の頭を掻いた。
「ホント言うと、心配してたんだ。姉さんってば最近、メールで愚痴ばかり零してたから」
それでか。様子を見てこいと、祖父母にも背中を押されたのかもしれない。
私としても、学園側との会合を明日にして、勇気をくれる援軍を帰したくなかった。
「蒼星石っ! 今夜は泊まってくです。もっとお喋りするですぅ!」
ぎゅーっと抱きしめると、「仕方ないなぁ。よしよし」だなんて、髪を撫でられた。
これじゃあ、どっちがお姉ちゃんだか分からないけど……まあ、いい。
折角だし、妹になりきって、思いっきり甘えてみよう。たまには、ね。
-
>>969-978
これにて連続スレタイ物 『今そこにある未来』 編 おわり
前スレのタイトル見て途方に暮れたのはナイショ。
そっか……ニンマリの意味だったんだ、アレ。
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「・・・ドイツ語って難しいな・・・」
昼休み、小難しそうな参考書を広げる君はそう呟いた。
「そのうえ高校生だから英語も一緒に勉強しなきゃならないんだから大変ね。とりあえず糖分補給するかしら!」
私はお気に入りの甘い卵焼きを君の口に近づける。「ありがと」そう言って口を開いたので卵焼きを入れてあげる。もう少し君の反応を楽しみたくて、つい「ジュンと間接キスしちゃったかしらー♪」なんておどけてみる。
慌てて周りのクラスメートに取り繕う君の姿は小学校上がりたての時とあまり変わっていない、ふふふ、改めて考えると私達の付き合いって長いね。初めて話したのは・・・もう11年も前になるのかな?
私がクラスの男子にからかわれてた時に助けてくれたんだっけ。結局からかってた男子たちが「おまえたちデキてんだろ」なんて言い出して今見たいに取り繕ってたよね。
「な、なに笑ってんだよ」
ちょっと不機嫌そうな声で現実にもどされる。
「ごめんね、ちょっと昔のこと思い出したらおかしかったのかしら」
「変なヤツ」
む、変なヤツはヒドくない?
「涙が出るほど面白かったのかよ」
・・・え?
・・・そっか・・・
「な、なんでもないかしら!ごちそうさま」
そう言って席を立つ
「どこ行くんだよ」
「ちょっとトイレかしら、ジュンのエッチ///」
「ば、ばか!」
私は少し意地悪して歩きだした。
「あ」
「どうした?」
「ドイツ語なら真紅に教わるといいかしら」
「真紅?分かった、サンキュ」
来年、高校を卒業したら君はすぐドイツに裁縫の勉強に行ってしまう。
当然私はついていけない。
君の話しでは7〜10年は戻って来れない。
戻って来たとき、君の中に本当に私の存在が残っているか、考えるのが怖い
そして、好きな人が遠い場所に行ってしまうこと自体がもっと怖い。
「泣いちゃだめ、だめかしら、今からこんなんじゃ一年なんて持たないわよ、金糸雀」
そっと自分を鼓舞する。
ねぇ、君の笑顔を焼き付けるために、君が忘れても私が覚えていられるように
ずっと君のことを見ていてもいいですか?
【貴方を】【見ているわ】
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書いたら落ちてて悔しかったのでこっちに投下しました。
だってスレタイを題材にしたからつぶしようがないんだもん
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書き込みボタンを押して初めて、アクセス規制に巻き込まれたことを知ったでござる。
なんとも、やるせない。
観念して●買えってことですかね。
とまあ、ここを使うのも久々ですが、連続スレタイ物の続きを投下します。
−−−−
なにはさておき、当初の用件を済ませてしまおう。
私は気を取り直して、居住まいを正すと、額が膝に届くぐらいに頭を下げた。
「先日は酷いことして、ごめんなさいです。火傷まで負わせてしまって――」
「ああ……話って、そのことか。謝らなくたっていいよ、別に」
こちらが拍子抜けするほど呆気なく、ジュンは言った。
「僕にも非があったしな。言い過ぎたと反省してる。悪かった」
あれ? なんだろう。この前のピリピリした感じとは、雰囲気が違う。憑き物が落ちたような穏やかさだ。
訝しげな私の目つきを察知したらしく、ジュンは気まずそうに目を伏せた。
「なんて言うか……いきなり未知の領域に連れてかれたんで、テンパってたんだよ。
あのアホ姉貴にしつこく勧められてて、苛ついてたのもあったけどさ」
「それなら、今日は違うですか?」
「住み慣れた家だからな。ホームグラウンドなら、気持ちにも、ゆとりが生まれるさ。
もっとも、うるさいアホ姉貴がいるから、安息の地とは言い難いけどな」
なんとなく、得心がいった。たぶん、ジュンは他人より少しだけ理想家肌で、ナイーブなのだ。
高望みや社会的な名声を欲してはしても、傷つくのを恐れて一歩を踏み出せないタイプ。
もしくは、もう胸の奥に深い傷を負っていて、痛みのあまり動けないのか。
必死に虚勢を張って、自分の周りを防護壁で固めてしまおうとするあたり、後者のような気が、しないでもない。
「大学は、夜学だと聞いたです。そこは、居場所じゃねーですか?」
「違うな」電光石火の即答。
「それを期待して進学してみたけど、なにか違うんだよ。僕の居場所は、もう現実になんか存在しないのかもな」
その唾棄するような物言いに、私は危うさを感じた。極限まで引き延ばされ、切れる寸前のゴムを想って、胸が騒いだ。
よくないことが起きる予感。このまま、放置しておいたらいけない。
別に、ジュンなんて、どうでもいいけれど……こいつの名に不名誉な徒花が咲けば、のりさんが深く悲しむ。
だから――私は膝を進めた。のりさんのためにも。
-
「じゃあ、どこなら居場所になるですか」
訊いた私に返されたのは、言葉ではなく、無気力で弱々しい笑み。
ジュンは大仰に肩を竦めた。「樹海……とでも言って欲しいのかよ」
また、ひねた受け取りかたをする。いったい、なにが原因で、こんなにも性根が捻れてしまったのだろう。
それについて更に疑問を投げ返すと、今度は微かな怒りを孕んだ視線と声が、私にぶつけられた。
「なんなんだよ、おまえ。ウザイな……。もう、ほっといてくれよ。
くだらない説教なんか聞きたくないね。用が済んだのなら、もう帰れって」
ジュンの陰湿な想念が、前のめりになっていた私を押し戻す。正直、近寄りがたい。
少しはマシな人かと見直しかけていたけれど、ただの誤解だったらしい。
根が腐ってしまった樹は、もう救いようがない。緩やかに枯死するのを待つだけだ。
「……そうですね。お邪魔したです」
ソファーから腰を浮かせる。しかし、そこで、私の中の負けん気に火が着いた。
帰れと言われて、素直に従うことへの反撥。多少なりとも言い返してやらないと、気が済まなかった。
「だけど――変わろうとする気持ちは、忘れないで欲しいです。
いつか、居場所が見つかるといいですね。じゃあ……アバヨです」
「余計なお世話だっての。もう来なくていいからな」
背中に、弱々しい呟きが届いたけれど、私は振り返らなかった。
ジュンも、それは望んでいないだろうと思ったから。
そう。私は気づいていた。この人は、どこか私と似ている。
引っ込み思案な性格とか、ペースを乱されると弱い点とか、素直じゃないトコロとか。
もしかしたら……さっき感じた私のイライラは、同族嫌悪だったのかもしれない。
心の裡で、私は繰り返した。前に進もうとする気持ちだけは、忘れないで――と。
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