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中学生バトルロワイアル part6

1 ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 19:54:26 ID:rHQuqlGU0
中学生キャラでバトルロワイアルのパロディを行うリレーSS企画です。
企画の性質上版権キャラの死亡、流血、残虐描写が含まれますので御了承の上閲覧ください。

この企画はみんなで創り上げる企画です。書き手初心者でも大歓迎。
何か分からないことがあれば気軽にご質問くださいませ。きっと優しい誰かが答えてくれます!
みんなでワイワイ楽しんでいきましょう!

まとめwiki
ttp://www38.atwiki.jp/jhs-rowa/

したらば避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/14963/

前スレ
ttp://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1363185933/

参加者名簿

【バトルロワイアル】2/6
○七原秋也/●中川典子/○相馬光子/ ●滝口優一郎 /●桐山和雄/●月岡彰

【テニスの王子様】2/6
○越前リョーマ/ ●手塚国光 /●真田弦一郎/○切原赤也/ ●跡部景吾 /●遠山金太郎

【GTO】2/6
○菊地善人/ ●吉川のぼる /●神崎麗美/●相沢雅/ ●渋谷翔 /○常盤愛

【うえきの法則】3/6
○植木耕助/●佐野清一郎/○宗屋ヒデヨシ/ ●マリリン・キャリー /○バロウ・エシャロット/●ロベルト・ハイドン

【未来日記】3/5
○天野雪輝/○我妻由乃/○秋瀬或/●高坂王子/ ●日野日向

【ゆるゆり】2/5
●赤座あかり/ ●歳納京子 /○船見結衣/●吉川ちなつ/○杉浦綾乃

【ヱヴァンゲリヲン新劇場版】2/5
●碇シンジ/○綾波レイ/○式波・アスカ・ラングレー/ ●真希波・マリ・イラストリアス / ●鈴原トウジ

【とある科学の超電磁砲】2/4
●御坂美琴/○白井黒子/○初春飾利/ ●佐天涙子

【ひぐらしのなく頃に】1/4
●前原圭一/○竜宮レナ/●園崎魅音/ ●園崎詩音

【幽☆遊☆白書】2/4
○浦飯幽助/ ●桑原和真 / ●雪村螢子 /○御手洗清志

男子11/27名 女子10/24名 残り21名

290波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:00:06 ID:TZA2pd2M0
「さ、早く探しますわよ。これだけ建物や研究所がありますし、きっと包帯やお薬だってあると思うんですの」
少女が言って、ふらふらと竜宮レナへと駆け寄り、土色の腕を持ち上げる。
「やめろって」
少年は懇願する様に呟いた。やめてくれ。
「そういうわけにはいきませんわ。辞めれば、諦めれば、死んでしまいますのよ? 馬鹿な事言わないで下さいまし!」
「……やめろ」

むっとした表情に向かって、喉から捻じり出す様に、言う。少年の肩は震えていた。
少女は眉間に皺を寄せ、つかつかと少年の目の前へと足を進める。

「あのですね……私だってさすがに怒りますのよ! 一体何をやめろと」
「――――――それをやめろって言ってんだッ!!!」


少女の肩をがしりと掴み、身体を揺さぶる。ぐしゃり、と少女の背から物言わぬ骸が落ちた。
ぎょっとして、少女は体を強張らせる。困惑に、眉が歪んだ。
少年は項垂れた顔を上げて、少女の双眸を真っ直ぐに見つめる。底無しに暗い瞳に、動揺の色が走った。

「もういいだろ! 認めてやれよ! 逃げてんじゃねえ! 見ろよ! ちゃんと!! 現実を!!!」

じわり、と少女の瞳に鈍い光が差す。ぴしりと罅が入る音。はっとした様に少女はふらふらと後退り、少年の両手を剥がそうと身体を揺さぶった。
逃がすものかと、少年の指が肩に食い込む。ずきりと皮膚の内側に鋭い痛みが走り、苦悶に表情が歪んだ。
ぱきり。少女の鼓膜の内側で、罅が広がる。崩れてゆく。砕けてゆく。
灰色の世界に色が差す。虚構の景色が滲んでゆく。現実が、生きた命を屍にしてゆく。
横たわる遺体。広がった血。全身を染める赤。焦点が合わない目。がたがたと肩が震えて、上手く声が出せない。
心臓が跳ねている。息が詰まる。目の奥が熱い。
ぼろぼろと、風化した土壁の様に崩れてゆく。必死になって積み上げた偽物の覚悟と現実が、跡形も無く消えてゆく。

「げ……現実? あ、貴方、なにを、言って」

少女が言って、後退ろうとする。少年は逃がさない。
少女の頭の中で警鐘がけたたましく鳴った。
逃げろ。頭の中で何かが叫んだ。今すぐ耳を塞いで、逃げろ。

「いいか、白井」
「やめてくださいまし……痛いですの」
「よく聴けよ」
「い、痛いですの……や、やめっ」
「船見は! 竜宮はな!」
「や、やめて下さいまし……聞きたくないですの!!」
「あいつらは、もうッ」

暴れる少女の視界の隅に、二つの死体が映り込む。瞳孔の開いた目と、視線が交差する。死が、夢幻を侵食してゆく。
嗚呼、そうだ。少女は諦めた様に表情筋の裏側で自嘲した。
何も、違わなかった。ただ、怖かったんだ。認めてしまえば、最後に縋るものすら喪ってしまいそうで。

正義すら亡くしてしまいそうで。

それだけが、こわかった。






「――――――死んじまったんだよ!」






その一言で、全てが終わっていた。これが現実だ。嘘になんか、していいはずがない。二人とも、もう此処には居ない。
あれもこれも、全部、全部全部全部全部全部全部、ホンモノだったのだから。

291波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:00:38 ID:TZA2pd2M0
「う、そ」
「嘘なんかじゃない! 死んだんだ! 俺達を助けてくたばった! 無力な俺達を救って!
 ちゃんと見てやれよ! こんなの、あんまりだろ! 託して死んだあいつらが馬鹿みたいじゃないかよ!
 あいつらの命を犠牲にして、死体を踏み台にして! 俺達は生きてる! それが現実だ!!」

がらがらとハリボテの外壁が崩れ去って、空洞の肉が剥き出しになる。最早、少女を守る外装は無くなった。嘘で固められた鎧が、錆びて風化してゆく。
ただ、守りたいものはそれでも残っていた。肉の内側に、汚れた正義が一つだけ。
くしゃくしゃの醜い顔が、目の前の少年の瞳の中に映り込んでいる。それが自分なのだと気付くまで、さして時間は掛からなかった。

「自分だけ不幸な主人公みたいな顔してんじゃねぇ!! 辛いんだよ、みんな!
 俺は認めない、認めないぞ白井! あいつらの犠牲を嘘にしちまうなんて、そんなの認められるわけがない!
 あいつらの分まで生きなきゃいけないんだよ! 生きるんだ、死んだ奴の分もな!! 無駄になんかしていいもんかよ!
 現実から逃げようだなんて甘えが許されるわけがない! 死者を冒涜していいはずもない!
 そうやって狂った演技をして自分を守るくらいなら――――――そんな下らないプライドなんて、捨てちまえッ!!!」

夕暮れの街に、感情が爆発する。肩を掴み少女を揺さぶり、少年は喉を焼ききらんと叫び散らした。
少女は鼻水を垂らしながら、嗚咽を漏らしながら、そんな少年の腕を力の限りで振り払う。
反動で、体が転がった。二回転して、漸く止まる。腕が傷んだ。擦れて、血が滲んでいる。口の中に砂が入っていた。土の味がする。

逃げよう。

半秒かからず、当然のようにそう思った。
立ち上がろうと、遁走しようとして、少年に押し倒される。
力の限り逃れようとしたが、とてもマウントポジションの男一人を押しのけることなど出来なかった。

「逃げるなよ白井! そんな勝手が許されると思うな!!」

……解っていた。そんな事、初めから。
知っていた。世界には、哀しい事が沢山あるって。
知っていた。自分が守りたい正義が、この島ではボロクズ以下の下らない代物だったって。
知っていた。きっと自分じゃ誰も守れないって。
知っていた。
知っていたのだ。
それを知っていないように取り繕っていただけで、あれもこれも全部、解っていた。
ただ、それを受け止めるのが厭だった。
だって、もう自分に出来ることが何もないかもしれないのだと、理解しなければならなかったから。
だからそれを他人に言われるのは。解った様な顔で上から説教されるのが。



「ぅ、るッ、ざい……ッ!」



本当に、気に入らない。

少女は震えながら息を吐く。身体中の二酸化炭素を吐き出して、大きく息を吸った。酸素を肺に、肺胞に、血液に、全身に。
今まで言いたかった事。叫べなかった事。沢山ある。一息じゃ言い切れないくらい、後悔も絶望もしてきた。
愛する人が一人で出歩く夜も、傷だらけになって帰ってきたあの朝も、自分じゃ力になれないだろうと自覚してしまう無力さも。
全部、まるごと飲み込んできた。それらが――――――身体を裏返して中身を吐き捨てる様に、全て決壊した。

「五月蝿い五月蝿い五月蝿いッ! 私だって不安になりますの!
 いつもにこにこ馬鹿みたいに騒いでるだけじゃ、忘れられない事だってあるんですのよ!
 何が常盤台、何がレベル4、何が大能力者!
 そんなもの、なんのッ、なんの役にも、立たなかったッ!!
 我慢ばっかりして、堪えて、頼られない事も、弱さも、全部全部全部ずっと飲み込んで!
 本っ当に!! 馬ッ鹿みたい!!!」

声が裏返って、喉が裂ける。拳の中から血が滲む。鼻は垂れ、唾を撒き、歪んだ表情から心の声が漏れてゆく。
止まらない。止められない。止められるわけがない。
自分を拘束する手が緩んだ。すぐさま少年を蹴りあげ、立ち上がる。逃げる気はもう無かった。

292波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:01:02 ID:TZA2pd2M0
「毎回毎回馬鹿の一つ覚えみたいにお姉様お姉様って、おちゃらけて電撃くらってるだけじゃ立ち直れない事だってありますの!
 いつも阿呆みたいにふざけて! 馬鹿みたいに笑って!
 好きでそうなってるわけじゃないんですの!
 私だって、私だって!!
 いい子なだけじゃ生きられない事くらい! 知ってますの!!
 下らないプライドは捨てろ!? 捨てられるもんなら、そんなもんとッッッくに捨ててますの!
 何も知らない癖に、知った様な事ばかり好き放題に!! 貴方に何がわかるんですの!?
 必死でここまでこの生き方をしてきて今更やめられるわけないですのに!
 私だって知っていましたの! 捨てたほうがいい事くらい! でもそうしないと、何も守れないから!!
 私が、私じゃなくなるからッ!!!」

それは、きっと誰にも言った事のない本心だった。
いつだって風紀委員は皆から頼られるヒーローで、学園都市の平和を守るべき強い存在だったから。
それを目指した自分はそうあるべきだったし、ましてやそれを此処でなく学園都市で口にする事など出来るはずが無かった。
期待と信頼と希望と、平和と、そして正義と。全部背負った身体から、こんな言葉を出していいはずがなかった。
ぜえぜえと全身で息をしながら、少女は鼻水を啜る。涙はそれでも、流さなかった。
弱さなんて、見せない。最早今更という感覚はあったが、風紀委員としての最後の意地がそこにあった。

「……わかった」

荒い息遣いの中、最初に口を開いたのは少年だった。腕を組みながら、神妙そうにそう呟いた。

「わかったよ、お前の気持ちは」

少年は暫く目を白黒させて少女の言葉に呆気にとられていたが、やがて諦めた様にそう呟いて肩を竦める。
だけど、と少年は静かにかぶりを振った。そして、悲しそうな顔のまま、言うのだ。




「でもさ……なんで泣かないんだよ、お前。
 もういいだろ。やめてもいいだろ。泣いたって、いいだろ」




はっとして、息を飲む。
少年の言葉を、その意味を理解した瞬間に、糸が切れた様に膝が崩れた。
背負っていた重みが、潮風に消えてゆく。

「白井、もう休め。疲れただろ。お前は十分頑張ったじゃないか。今止まっても、誰もお前の事を責めないよ」

ぺたりとアスファルトに座り込んで、少女はきょとんとした目で少年を見上げた。少年は目を逸らす。

……救われるというのは、きっと、こういう事なのだ。

どれだけ、自分を偽ってきただろう。
苦い感情は全部飲み込んで、こうあるべきだという理想を目指して走ってきた。
足を止めると、今まで風紀委員として積み上げてきた何もかもが終わってしまう気がして、全部胸の中に仕舞い込んだ。
無茶をして、我慢して、転んで、怪我をして。だけどそうして感謝されれば、それで良いと思った。
その一言で全てが救われた。だけど、それはきっと、役割と結果と労力を納得するための言葉。
“ありがとう”。
そうじゃなかった。本当に欲しかったのは、感謝じゃなかったのだ。
“お疲れ様”、と。
ただ、それだけ言って欲しかった。認めて欲しかった。解ってもらいたかった。労って欲しかった。
頑張ったねと、だからもう羽を休めろと――――――その言葉を、誰かに言って欲しかったのに。

「たまには馬鹿じゃなくたって、強くなくたっていいだろ。だって俺達、ただの無力な中学生じゃないか」

293波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:01:20 ID:TZA2pd2M0

背を向けながら、少年が言った。
少女の視界が滲んで、堰を切った様にぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。
馬鹿みたいだ、と思う。
散々頑張ってきたのに、目の前の少年は言うのだ。頑張らなくても良いのだと。年相応だって、いいじゃないかと。
それを、今更。殆ど失ってしまった、今になって。
こんなに滑稽なことって、ないじゃないか。

「本当、馬鹿みたいですの」

少女は鼻水をごしごしと拭いながら、笑って立ち上がった。目の前の少年は背を向けながら煙草を吸っている。
柄にもない事をしたと、きっと後悔しているのだろう。
なんだかそんな少年の事が少しだけ可笑しくて、少女はとてとてと少年の元へと歩き、背に背を重ねた。
背中越しの大きな背中はごつごつしていて、レベル0の彼がこれでも屈強な男なのだと語っている。

「……いまだけ」

少女は呟く。少しだけなら、頼ってやってもいいか。そう思った。

「いまだけ、ほんの少し、煙草を吸うのを許しますの。私、今は風紀委員でもなんでもない、ただの中学生ですので」
「そりゃあどうも」

少年は鼻で笑って、肩を竦めた。背中ごしの温もりはとても儚くて、柔らかな感触は抱き寄せれば消えてしまいそうなほど、脆かった。

不味い煙草を惜しむように、吸う。少しでもその脆さを支えている時間が、長くなるように。
畜生、と少年は煙と共に溜息を吐く。まったく、アンコールは無しだとか言っておきながら随分と甘くなったもんだ。
だけど、たまにはそういうのも必要なのかもしれない。
少年はちびた煙草を指で弾くと、胸ポケットから二本目を取り出す。煙草を吸いたいんだ、と自分に言い聞かせて、空を仰いだ。
橙が、紫に変わりつつあった。もうじき、太陽が沈む。夜が降りてくる。
不味い煙草を咥えながら、少年はポケットのライターに手を伸ばしかけて、指先が止まった。
少しだけ迷ったのだ。
……きっと、今どうすればよいのかを自分は知っている。それは多分正解だし、相手だってそんな事、知っている。
だけどきっとその役目は自分には荷が勝ちすぎて務まらない。それは、自分なんかに求めていい事じゃない。
今更こんなに汚れた手で誰かの手を取り抱き寄せる事など、烏滸がましいじゃないか。
誰かを慰める資格など、頼られる力など、求められる優しさなど、自分にはありはしない。
だから、小刻みに震える小さな肩も、聞こえる嗚咽も、きっと、気のせいだ。

「悪い。もう一本、吸わせてくれ」
「……本当、酷い殿方ですの」

全部、気のせいなんだ。

294波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:02:19 ID:TZA2pd2M0
一面に敷かれたコンクリートが、目の前に広がっている。
しかしそれは真新しいものでは決してなく、随分と年季が入ったものだった。
あちこちに亀裂が入り、苔が生え、海藻とフジツボとカメノテが、側面にびっしりと張り付いていた。
その向こうに、海があった。穏やかな波が、地平線の向こう側まで続いている。
そこは、砂浜の無い人工的に作られた浜だった。

「―――leeps in the sand.
 Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly,Before they're forever banned.
 The answer, my friend, is blowin' in the wind,The answer is blowin' in th―――」
「……何かの詩ですの?」

口を尖らせてなにやら英語を口ずさむ少年に、少女が問う。

「好きな唄さ」少年は言った。「ボブ・ディラン。あの渋い声が聞けないってのは本当に損してるぜ」

学園都市とか超能力は少し羨ましいけどな。そう続けると、少年は背にもたれる骸を横たえた。
二人をちゃんと、埋葬してやろう。そう提案したのは意外にも少年だった。
幾らなんでも忍びないし、今まで放ってきた分、たまには埋葬したってバチは当たらない、と少年は言った。
それがきっと、自分に気を使っているのだろう事を少女は察したが、詮索も野暮だ。少女はその言葉へ素直に頷いた。

「“殺戮が無益だと知るために、どれほど多くの人が死なねばならないのか”。
 ディランはそう言ったよ。答えは、なんだと思う?」

少年が言う。少女は小首を傾げた。

「皆がそれを無益だと分かればよろしいんですの? ……私だったらそれを止めて、ひたすら道を説き、違えたものには償いをさせますの」
「30点だな」ふん、と鼻で笑いながら少年が答える。「“答えなんざ風に吹かれて、誰にも掴めない”。ディランはそう唄ったんだ」

卑怯な答えだ。少女は思って口をへの字に曲げたが、少年の表情が悲しそうなのに気付き、開きかけた口を閉じる。


「分からないんだよ、誰にも。正しい事は分からない」


少年は少しだけ笑った。眉が下がっていて、ちっとも楽しそうには見えなかった。
「だからきっと、無くならないんだ」
夢物語は、所詮夢物語さ。少年はそう続けると、口を閉ざす。

「夢を見て、何が悪いんですの?」少女は言った。「夢物語でも、見るだけで救われることだって、あるはずですの」

「悪くはない」数拍置いて、少年が答える。「だけどな、それは正解でもない」

そこで少年は少しだけ思いつめた表情を見せたが、かぶりを振って言葉を吐いた。
何かに迷っているような声色だった。

「散々解っただろ。何度も言うけどな、現実を見ろよ白井。夢を見て救われるのは最初だけだ。
 夢は醒めるもんだ。いつかは醒めて、その差を知る。その時にあるのは、救いじゃない。絶望だ。
 だから、もう諦めろ。さっきの自分に懲りたなら、いつまでも夢を見るな。理想なんか捨てちまえ。
 期待しても現実に裏切られて、傷付くだけじゃないか。だったら最初から諦めればいいんだ」

少年が突き放すように言う。
少女を見つめるその双眸は、日が沈みかけていることを踏まえても遥かに暗く、潜って来た闇の深さを物語っていた。
反駁しようと口を開くが、それよりも早く、或いはそれを認めないかのように少年は続けた。

「認めろよ。お前の仲間だって死んじまってるだろ。船見も、竜宮もな。
 現実なんだ、此処は。よくある漫画や、ハリウッドの映画じゃない。
 感動のシーンもないし、大逆転劇もありゃしないし、熱血展開も奇蹟の一手もなければ根性論も通じない。
 皆で脱出してハッピーエンドなんざ、世間知らずの阿呆が夢見る御伽噺だ。違うか?」

295波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:04:03 ID:TZA2pd2M0

否定など、出来るものか。少女は押し黙ったまま、視線を滑らせる。
何故って、それが紛れも無い事実だったから。身を以て知ってしまった以上、そのロジックを否定することは出来はしない。
ただ、それでも立ち向かうための理由があった。だから、少女は再び少年の目を見て口を開ける。

「……正義に反します。私は、それでも風紀委員<ジャッジメント>ですもの」

少年が肩を竦め、目を細めた。馬鹿にする様なその仕草に、少女はむっとする。

「なんですの?」
「正義、正義って馬鹿の一つ覚えみたいにな……」
「引っかかる言い方をしますのね。それがどうかしましたの?」

ぶっきらぼうに吐き捨てる少女に溜息を吐くと、少年はやれやれとかぶりを振った。
言うか言わまいか、少しだけ躊躇する。それでも、いつかは当たる壁、いつかは告げねばならぬ事。
ならいっそ、今此処で刺してしまうほうが良いのか。
「潮時だな」
ぼそりと呟くと、少年はその重い口を開く。

「ずっと、黙ってたことがある。あいつらが生きてた手前、言わなかった事だ。
 あいつらにバラすのは可哀想だったからな」

見えない刃が、抜かれる。ぎらりと光る言霊の白刃が、少女の喉元に突きつけられた。
嫌な予感がした。こいうい予感は、厄介な事に大体当たる。少女は生唾を飲み、舌を巻いた。
それでも、ここで聞くのを止める訳にはいかない。

「なんですの、それは。はっきり言って下さいな」
「まだ分からないのか? ならはっきり言ってやるよ―――――――――――――――何が正義だ下らねえ」

思わず、呆気にとられる。開いた口が塞がらない。そこまで、そこまで初撃からストレートに狙ってくるとは思わなかった。
何を言われたのかを理解するのと同時に、足元がふらつく。目眩がした。
青筋がこめかみに浮かぶのが、鏡を見なくとも分かった。頭に血が上ってゆく。表情がみるみるうちに険しくなってゆく。
自分の性格を否定されるのはいい。それはいい。でも正義だけは、それだけは、他人に否定されたくはなかった。

「……もう一度言ってみなさい」

五秒遅れて、震える声で漸く紡げた言葉が、それだった。

「ああ何度でも言ってやる。“何が正義だ下らねえ”。
 だいたいな、お前の言う正義って何なんだよ?
 困ってる人を助けることか? 犠牲を出さない道を目指す事か? 理想を貫く事か? 仲良くする事か?
 それとも、マーダーを殺さず仲間を殺されることか? 都合の良い幻想に逃げる事か?
 それは最早正義じゃなくてただの餓鬼の駄々だろ」
「……貴方に何が分かりますの? 私の正義は、私が守ります。貴方にだって正義はあるでしょう?
 それを、誰かに否定される覚えはないですの!」
「ああ、ある。俺にだって正義くらいあるさ。安売りするほどのものじゃないけどな」
「安売りですって!?」

気付いた時には、少年の胸倉を掴んで吠えていた。拒絶しなければならない。原因不明の警鐘がそう言っている。
息が、詰まる。動悸が激しくなっている。何かが警鐘を叩き続けていた。

「安売りじゃないなら何なんだ、そのわざとらしい腕章は。
 じゃあ聞くけどな、その正義とやらは、本当に自分がそうしたいって思って貫いてるものなのか?」

少年は少女を睨みながら、吐き捨てた。少女は唖然とした表情を少年に向けている。
何を訊かれているのか分からない。そんな表情だった。

296波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:04:37 ID:TZA2pd2M0
「な、なにをおっしゃってるんですの? 当たり前ですの」
「―――いや、違うな。思ってないだろ。お前は、その言葉を口実に、拠り所にしてきただけだ。
 お前は、自分が風紀委員だから安心してただけじゃないのか? その大層な大義名分の中身を考えたことがあるか?」

ばつん、と学生服の第一ボタンが弾ける音。
コンクリートに三度跳ね、やがてボタンは波が押し寄せる石影に吸い込まれて消えていった。

「今までは、誰も否定してこなかっただろうがな。俺は違う……白井。正義ごっこはここまでだ」
「ごっこですって?」

鸚鵡返しのように訊くことしか出来ない自分を、少女は客観的に見ていた。理解が追いつかない。相手が何を言っているのかが、分からない。
ただ、このままではいけないと感じた事だけは確かだった。
だから、反論しなくては。否定しなくては。何かを守るために、失わないために。でも……その何かって、何?

「竜宮や船見はな、馬鹿だし甘いけど、確かに立派だった。あいつらは悩んで悩んで、それで決めた事だったからな。
 自分の正しいと思うことを、無理矢理にでも貫いてた。なるほどそれは確かに正義だよ。すごいと思うさ」
「だったら、なんで」
「だからだよ」

掴まれた胸倉から手を無理やり振り解き、少年は刃を突き刺す様に言った。
そう、それが正義だ。本来あるべき、人一人に備わる正義だ。


「白井、お前の正義は風紀委員<ジャッジメント>の借り物の正義じゃないか」


少女の腕に付けられた腕章をぐいと掴み、少年は少女の体を腕章ごと寄せた。
ずっと、ずっとそれが言いたかった。風紀委員としての正義を、剥ぎ取ってやりたかった。
そんな紛い物の為に桐山が死んだとは言わないまでも、いい加減うんざりしていた。
それを見せびらかす節操の無さも、それに依存して全て風紀委員と正義で話を終わらせてしまいそうなおこがましさも。

「挙句お前はそれほど自分の正義にこだわりがない。
 何故ならお前にとって正義とは、自分の信じるべきものではなく、皆が守るべきものだからだ」

少女の体から力が抜けるのが、腕章越しにも分かった。それでも少年は少女を倒れさせまいと腕章を握る手に力を込める。
何より許せなかったのは、そんなものに依存したまま、少女が光の道を見ていることだった。
絶望して諦めた自分から見て眩しすぎる道に、そんな紛い物を支えにして未練がましく縋る少女が、許せなかった。
風紀委員の正義は、この島では何の役にも立たない。
此処が学園都市ではなく法が機能していない以上は、そんなものに頼り、道を語る事は滑稽でしかないのだから。
その正義は、組織のものだ。皆が守る正義であって、自分が貫く正義ではない。
それをこの殺し合いに持ちだした時点で、最初から間違っていた。

「強くて、頼り甲斐があって、皆から正義扱いされる。それに、憧れて、何が、悪いん、ですの」

少女は荒れた息を飲み込みながら言った。吐いた言葉に対しては全くの見当違いの問いだったが、少年は答える。

「悪くはない。だけど、その正義は此処では何の役にも立たないぞ。
 今まではそれでも平気だっただろうな……お前は強いもんな。否定されるような絶望的な状況もなかったはずだ。
 いいよな、平和な世界はそれでも許されるんだから。きっと、自分を疑ったことなんてないんだろ?
 俺は弱い。でも、お前よりはちゃんと自分を見てるぜ。自分を知ってる。現実を知ってる」

酷い事を言っている自覚は少年にもあった。放って置く事だって出来たはずだった。
これがただの一方的な妬みと知っていたし、そんな事を一方的に突きつけている自分の性格の悪さに、無性に腹が立った。
そしてその捌け口を、目の前の消耗した少女に向けることしか知らない卑怯な自分を、心底軽蔑した。

297波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:04:58 ID:TZA2pd2M0
「なんで」少女が震える声で呟いた。「そこまで。貴方だって、碌なものじゃ、」
「そうだ。俺は最低だよ。でもお前だって似たようなもんだ」

少年は嗤った。とても同年代の女に見せるような笑みではなかった。

「逃げるなよ風紀委員<ジャッジメント>。落とすなよ、全部飲み込め。そして、認めろ。お前の正義は空っぽだ。
 認めて、そこに立て。そうして初めて、同じ土台から見渡せる」
「空っぽなんかでは……ないですの」

青褪めた表情のまま辛うじて呟かれた虚勢に、少年は乾いた笑みを零した。

「そうかい。ま、別に認めずにいるならそれもいいと思うよ。
 だけどな、教えてくれ」

それでも、刃を止めない。喉元を引き裂いて、胸を抉って、腹を捌いて、髄を砕いて背まで突き抜ける。




「―――――――――――そんな中身のない空っぽの正義で、一体何が救えるんだ?」




決定打だった。腕章ごと少女を突き放し、少年は後悔に顔を歪める。
地面に倒れこむ少女を冷静に見ながら、最低だ、と思った。
ただ、同時に安心する自分も居たのも確かだった。これで、少女を守る下らない偽物は無くなった。自分と同じ景色を見れるはずだ、と。
そうすればあんなことにも、もうならずに済む。心をさほど傷めず、現実を直視できるはずだ、と。
そこまで考えて、少年は自嘲した。自分勝手なのはどっちだ。
何の事はない。ただ、自分が正しいのだと、間違っていたいのだと、思いたかっただけじゃないか。


「中身のない正義で、結構ですの」


……だから、その一言が本当に埒外だった。吹っ切れた様な表情で、少女は少年を睨む。
今度は、少年がたじろぐ番だった。何でだ、と思わず口をついて出る言葉。

「わからねぇな。どうしてそこまで、その偽物に縋る?
 今更止まれないからか? その正義が間違ってる事くらい、猿でも分かるだろ? 俺が剥ぎ取っても、なんでまだ認めない!?」

諸手を前に突き出して、少年は叫んだ。少女は起き上がり、尻についた砂を手で払っている。

「私が、私だからですの」
「――は?」
「私が、風紀委員<ジャッジメント>だからですの」
馬鹿か、こいつ? 少年は思った。それを今否定したばかりじゃないか。
「……何かの冗談か?」
少年は質した。
「いいえ」
少女が答える。即答だった。
「馬鹿げてる!!」
少年が声を裏返して叫んだ。

「いつか、きっと後悔するぞ!?
 お前にとっての正義がずっと“せいぎ”でしかない以上、必ず歪む! このゲームは、そういうもんだ!
 それでも自分を捨てないっていうのか、お前は。これだけ剥いでもまだ“白井黒子”を続けるつもりなのかよ?
 何でだ? 辛いだけだろ、またさっきみたいになっちまうだけだろ!?
 捨てる事はそんなに悪い事かよ? 俺が間違ってるってのか? そうまでして苦しんで、何があるんだよ!?
 お前だってもう何も無いだろ、違うか!? なのに何で諦めない? 俺とお前の、何が違うんだ!!?」

否定するつもりが、刺すつもりが、壊すつもりが、自分が必死になって説得していた。
少年は舌を打った。何時の間にか少女のペースに持っていかれてしまっている。
何故だ。少年は思う。どうして、ここまで、違う。自分は、ただ、ただ……。

298波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:06:14 ID:TZA2pd2M0
「違わないですの。私も無力でしたし、何も無いかもしれませんの。
 ……ただそれでも、私は、止まりません。諦めません。逃げて、悩んで、結局いつもいつも駄目な結果で。
 絶望しても、あの時こうしてればとか、私は色んな事を後悔し続けておきます。
 確かに現実は非情ですけれど、まだ私達は生きてるんですもの。全部放り投げて諦めるのは……まだ早いんじゃないですの?」

少女が言った。それでも辛く険しい道を、自分は歩き続けるのだと。
少年は項を垂れて、肩を竦める。理解が出来ない。

「……そうまで言い切れるのは、借り物の風紀委員と、偽物の正義があるからか?」
少年が尋ねた。
「それを本物にする為にも、ここで諦める訳にはいきませんもの」
少女は答える。
「逃げてるだけだ、それは。本物になんかなるはずがない!」
「こうやって不器用に生きる事が、私の生き方ですの。
 それに、それを決めるのは貴方でなく私です」
「詭弁だ!」

少年が叫んだ。あまりに屁理屈がすぎる。楽観的的思考に、希望的観測。役満だ。話にならない。

「何とでも言ってくださいな。私は譲りませんから」
「……。……呆れたぜ。甘いな、本当に。おまけに馬鹿だ」
「馬鹿は余計ですの」
「正気、なんだよな?」
「勿論」

言葉が止まること約10秒。堪え切れず、少年は吹き出した。ここまでくると笑わずにはいられなかった。
これ以上は無駄だ。そう悟るまでもう時間は要らなかった。理屈ではないのだ、きっと。
目の前の少女のきょとんとした表情を見ながら、少年は小さく為息を吐く。

「……分かったよ、もういい。そうだな。それがお前だったな」
目尻に浮かんだ涙を拭きつつ、少年は続けた。今度は、その表情から笑いが消えている。
「でも俺は、俺の生き方を変えるつもりはない。お前の生き方がそうだってんなら、俺の生き方はこうだ。
 認めないぜ、そんな考え。俺はあくまで現実を見続ける。
 だからいつか、またすれ違う。絶対にな。……その時はどうするつもりだ?」

少年の問いに少女は顎に指を当て暫く考えていたが、やがてうんと頷いて人差し指を立てた。

「その時は、また喧嘩をすればよろしいのでは?」

少女の答えに、少年は顔を曇らせる。

「喧嘩すら間に合わない時だってある。遅いんだ、そうなってからじゃ」
「そうならない様にするのが、風紀委員<ジャッジメント>の務めですの」
「ったく、参ったぜ。とんだ我儘なお姫様だ。いいぜ、やってみろよ。そして絶望しろ。きっとその先は諦めしかないんだ。
 でも……」
そう言うと少年は小さく息を吸った。そして、悲しそうに笑って続ける。



「見せてくれないか? あの日あの時あの場所で、俺が理想を諦めてなかったら、信じられていたら、どうなってたのかを」

299波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:06:32 ID:TZA2pd2M0
きっと、それでも待っているのは、真っ黒な未来だ。理想なんてものは叶わない。やっぱり、夢は夢で理想は理想。
黙っていてもゲームは進み続けるし、死人は出る。
これ以上死者を認めないとほざくのは簡単だ。言うが易し、行うが難し。
否が応でも誰かが死んで、誰かが壊れて、誰かが嗤って、誰かが喪って、誰かが涙を流す。
綺麗事なんてものは、直ぐに現実に潰される。
それでも少女の願いを尊いと思うのは、少女の愚直さを羨んでしまうのは、きっと、その理想の行き着く未来を見てみたいから。
自分にはもう信じる事は出来ないけれど、少女にも同じ様に諦めて楽になって欲しかったけれど。
自分は間違ってなかったんだと納得したかったけれど。それでもどこかでその理想を、自分の過去を守りたかったから。
過去を殺す事は出来ても、否定する事なんか、誰にも出来ない。

「ええ。きっと」

少女の笑顔に、少年は口を歪めた。
未だに七原秋也を捨てられない未練が、何処かで燻っている事実には、最早笑うしかなかった。

「……だけど多分、それを貫いたらお前は壊れちまう」

血が流れているのを確かめる様に、自分の手を握る。汗で滲んで生温い。
腰に下がった獲物を手に取る。グリップのひんやりとした温度と、ずっしりとした感触が、掌から伝わってきた。
少年はそれを目の前の少女に構えた。紛れもない。これは、いのちを奪う道具なのだ。

「でも、安心しろ。そうなったら、俺がお前を殺してやる」

少年は言って、バン、と銃を打つ真似をする。暗い未来の予感を、撃ち砕き払拭する様に。

「責任持って、殺してやる。だからそれまでは―――死ぬな」

少女は眉を下げたまま、微笑む。希望が砕けるその時まで、その決意はきっと、揺るがない。

「ええ。約束ですの」

太陽に焼かれて落ちる蝋の翼と知っていながら、それでも飛ぶ事は、少なくとも悪とは呼ばない筈だ。

300波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:07:54 ID:TZA2pd2M0
いざ別れの時となると、やはり辛いものがあった。
灰色のコンクリートで作られた浜の先に、二人は立ち尽くしていた。二体の遺体が、そのすぐ側に横たえられている。

水葬にしようと提案したのは、少女だった。
土に埋めるのは何か妙な罪悪感があったし、そのうえ辺りはアスファルトの地面ばかりだった。
唯一、研究所の入り口周辺は原っぱが広がっていたが、そこを掘る気力は彼等には残っていなかった。
火葬などは論外だった。死体とは言え、焼いてしまうのは何か再び殺してしまう様な気がしたし、煙で自分達を居場所をマーダーに教えかねない。
故に水に目を向けるのは半ば必然で消去法にも近かったが、幸い近くに海もあった。
水葬が良い。少女がそう呟くまでさして時間はかからなかった。
水葬なら、彼女達を綺麗な姿のまま葬る事が出来る。
そうと決まれば準備は直ぐだった。
少女達は彼女等を沈める為の重りを研究所から持ち出し、そして原っぱに生えていた幾分かの白い花を摘んだ。
「マーガレット」少女は言った。
「ふぅん」少年はさして興味がなさそうに相槌を打つ。

そして、岬に彼女達を運んだ。別れの準備は拍子抜けするくらいに直ぐに整った。
少しだけ跪いて、少女は祈りを捧げる。
いざ何を祈るか考えると、ありきたりな言葉ばかりしか出てこなくて、胸の奥が何やらきりきりと痛んだ。

「そういえば、これ」
ふと少年が思い出した様に言って、二つ折りの小さな紙切れを投げる。
「走り書きだけど、多分、船見だ。後丁寧に研究所の入り口に置いてあったよ」

胸ポケットから煙草を取り出しながら、少年はぶっきらぼうに言った。
少女はひらひらと舞うそれを受け取り、開くべきか開かざるべきかを己に問うた。
知ることが、少しだけ怖かった。それでも少女は躊躇を飲み込むようにかぶりを振ると、その羊皮紙の紙切れを開いた。



――――――あと、任せたから。



書いてあったのは、それだけだった。
中学生の女の子らしい小さな丸文字で、掠れた黒いインクで、たった、それだけ。
ああ、と少女は観念した様に項を垂れた。

……かなわいませんわね、本当に。

腹の底から唸る様に少女は泣き崩れ、震える手でその紙切れをくしゃりと握る。ぽたぽたと零れる涙に、黒いインクが滲んでゆく。
嗚咽を漏らしながら、少女はアスファルトに爪を立てた。がりがりと、綺麗な爪が割れてゆく。
たかだか九文字のそのメッセージは、しかしあまりに強くて、優しくて、眩しくて。
とても今の自分では、敵わない。
彼女は、死を享受してまで自分達を助けたのだ。未来を託すために、守りたいものを守るために。
自分の命と私達の未来を天秤にかけて、彼女の腕は未来を、理想を選んだ。
そして彼女自身と、未来と、皆を、信じた。最期まで信じきったのだ。自分達が彼女の死を乗り越えて、理想を繋いでゆく事を。
想いのカケラを、結んでゆく事を。そうでなければ、任せて逝けるもんか。
……あんな、満足した笑顔で。

「任され、ましたの」

生温い雨の中、ぼそりと呟く。湿った海風と、ざぁざぁと波打つ潮に攫われて、その言葉は中空に溶けてゆく。

「なぁ、悪いけどそろそろ」

竜宮レナの骸を背負った少年が、少女の肩を叩く。
言葉の続きは決して紡がれる事はなかったが、それが別れを意味している事くらいは、少女にも理解出来た。
ええ、と呟き、ついでに少年の煙草を奪い取りながら少女は立ち上がる。
いつまでも泣いてばかりではいられないのだ。
立ち上がって前を向いて進まなければ、道は愚か、未来だって見えやしない。
止まるものか。挫けるもんか。確りと、未来を任されてやらなければならないのだから。
少女は少し歩いて横たわる船見結衣の前で膝を折り、足と肩に手を回す。傷付ける事が決してないように、優しく。

「ありがとう」

少女がぽつりと呟いた。

「守ってくれて、ありがとう。救ってくれて、ありがとう。生かしてくれて、ありがとう、ございます」

決して届かぬ謝辞と共に彼女を抱き、ゆっくりと立ち上がる。本当に、幾ら感謝しても足りないくらいだ。

そして、顔を上げて目の前を見て――――――息が、止まった。

301波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:08:10 ID:TZA2pd2M0
心臓が、とくんと跳ねる音。
海が広がっていた。風が吹いていた。夜が空を覆いだしていた。雲が流れていた。波が押し寄せていた。
闇が、降りてくる。太陽が彼方に沈む瞬間だった。
地平線の向こう、空と海の狭間から、細く、それでいて力強く一筋の光が差している。
それは、死にゆく太陽の最後の欠片だった。きらきらと輝いて、さざなみを一直線に儚く金色に染めていた。
まるでそれは、彼方に誘う天の階段。空へと昇る道。彼女達の為に世界が用意したとしか思えない、天の悪戯。
頬を、生温い雫が伝う。我慢しようにも、とめどなく溢れ出た。

「あいつらも、これで少しは浮かばれりゃいいけどな」

後ろで呟く少年へ少女は少しだけ辛そうに笑って、彼方に続く金色の道に寝かせるように、彼女を波に優しく預ける。
掌の傷が、潮水にいたく染みた。



「―――さようなら」



呟かれた言葉は、誰の耳にも届かない。
死人に聴覚などないし、期待など元より無かった。少年に聞かせようと思ったわけでもない。
それは誰の為でもない。自分が彼女達と別れる為の言葉だった。
想いを断ち切り、喪う事を本当の意味で受け止める為の、決意の印。
隣の少年はそれを尻目に、担ぎ上げた骸を海に晒す。
屍達は、海に浮かばない。手を離せば、きっと重力に従うように落ちてゆく。墜ちてゆく。
白い肌が、濡れていく。透き通った青に、染まってゆく。
しかし少女は躊躇しなかった。覚悟を決めるように息を一つだけ吸って、ゆっくりと手を離す。
華奢な足が沈んで、白い指が沈んで、控えめな胸が沈んで、端正な顔が沈んでゆく。
穏やかな波紋を水面に残して、彼女達の輪郭が消えてゆく。紫色の髪が水にゆらゆらと靡いて、金色に吸い込まれてゆく。
夕日と夜、橙と紫。寄せては返す細波の音。波に黄昏、海に夢。
生と死の境の向こう側に、笑顔が溺れて、溶けてゆく。血が滲んで、消えてゆく。
生きた証も、なにもかも。

夕闇に沈み、斜陽に燃ゆ。
闇に溺れ煉獄に足を運んだ何処かの人間と、同じ景色を見て、同じ想いをして、同じ幻に出会って、じぶんをしんじて。
それでも少女等は悪魔と同じ道を辿らなかった。道を違えれば叱ってくれる、支え合う仲間がいたから。一人じゃなかったから。
それだけの違いが、なんて、大きい。

ほどなくして、太陽が沈んだ。
波に映る金が糸のように細くなり、やがて耐え切れず千切れていった。
地平線が、藍色に染まる。海は暗闇のように深い黒に塗り潰され、底は見えない。
彼女達は、疾うに視界から消えてしまっていた。
目を閉じても、もうそこに都合の良い幻は映らない。彼女達の体と一緒に、きっとあの夢物語は海に飲まれてしまったのだ。
しかしきっとこれでよかったのだ。
少女は最後に、打ち寄せる白波に細やかな花束を放る。白い花びらが、泡と一緒に海に弾けた。
そして何かを納得する様に頷いて、立ち上がる。
立ち上がらなければ、泡沫の様に弾けてしまった小さな命達も、きっと報われない。

無駄になんか、なるものか。するものか。

その決意は、夜の海を照らす灯台の様に。街を彷徨い向かう方角を忘れたあの時に見た、輝かしい“せいぎ”の様に。
誰かを喪って、何かを失って、信じるものもわからぬまま、決意も定まらぬまま。
ただがむしゃらに走って、戦って、泣いて、血を流して、想い出も希望もいのちも、何もかもを犠牲にして。
それでも彼等は進んでゆく。
心に空いた穴を埋め合って、今にも消えそうな灯火を重ねあって、傷を舐め合って、二つの心を寄せ合って。

斬るべきを忘れ、いつかは砕ける折れ曲がった正義の直剣を振るいながら。

醜く足掻いて、生きてゆく。

302波に黄昏、海に夢、泡沫の聲は銀の浜 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:09:01 ID:TZA2pd2M0

【D−4/海洋研究所前/一日目・夕方】

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:健康 、頬に傷 、全身打撲(治療済み)、『ワイルドセブン』であり――
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾7)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:放送を待つ。研究所においてきた二人分の支給品の回収。
2:白井黒子の行く着く先を見届ける。
2:走り続けないといけない、止まることは許されない。
3:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる?
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。

【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:精神疲労(大)、肉体疲労(大)、全身打撲および内蔵損傷(治療済み)『風紀委員』
[装備]:メイド服
[道具]:基本支給品一式 、テンコ@うえきの法則、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)@バトルロワイアル
基本行動方針:自分で考え、正義を貫き、殺し合いを止める
1:そろそろテンコを出してあげないと……。
2:二人の意思を継いで、生きる。
3:初春との合流。お姉様は機会があれば……そう思っていた。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。
第二回放送の内容を聞き逃しました。

303 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/17(日) 03:09:41 ID:TZA2pd2M0
これにて、投下終了です。問題などあればご指摘下さい。

304名無しさん:2014/08/17(日) 08:06:28 ID:G2IDm61o0
投下乙
理想を諦めたものと諦められないものの衝突
ハイレベルな文章と、昨日まで読み返していたということもあって、テイルズロワ1stのカイルとミトスを彷彿とさせました
現実を知り諦めたものとしては、理想論なんて否定したくなるんだろうなぁ…

305名無しさん:2014/08/17(日) 10:09:46 ID:MtS1nxsM0
ゲリラの人投下乙です!
まとまらないくらい中身が濃いお話だったし長さにしては戦いもしないんだけど、長さなんかどうでもよくなるくらい入り込めるしすごく面白かったです
黒子の正義は言われるまで自分も気付かなかったけどたしかにちょっとずれてたんだなぁ
それでも喧嘩して風紀委員であろうとする黒子がすてきでした。GJです

306名無しさん:2014/08/17(日) 15:09:18 ID:VVm2/Vwg0
投下乙です
雄大ささえ感じる風景描写も等身大の心理描写も上手いなあ、濃いなあ。思わず惹きこまれてしまいました
届かない理想もハリボテの正義も自覚して、それでも風紀委員(ジャッジメント)であり続ける黒子の強さが眩しい
その一方で彼女を突き放しながら優しさと希望を捨てきれない七原もかっこいいなあ

307名無しさん:2014/08/17(日) 21:24:48 ID:ufFXk30A0
投下乙です
黒子と七原の苦しみが、痛みが、あがきが、ありありと伝わってくるようでした。
投げ出したい気持ち、諦めたくない気持ち、納得できない気持ち、納得したい気持ち、
悩んで悩んで悩みきって、たとえ醜い足掻きに見えようとも、それを選択する真剣さは尊いと思わされます

時間にして短く、文字数にして長いお話だったけれど、
時間も長さも忘れて没入するほど濃いものを読ませていただきました

ただ、これを言うのは野暮かとも思いましたが、一点だけ気になりましたことが

>被さる旗を剥ぎ取って、隣の焼死体を押し退けて、横たわる彼女をがばりと抱き上げる。

結衣の死体の近くにあるのは手塚の死体なので、「焼死体」ではありません。

ーーーー

そして放送についてですが、今回の投下も含めて生存キャラほぼ全員の時間帯が放送直前まで進行しており、
私としてもこの流れのまま放送案の募集に移っても問題ないと思っています

方法としては前回と同様に、放送案の募集(一週間程度)→複数案がきた場合は放送の決定
→一日程度をはさんで予約解禁、という形のままでいいと思います。

また、こちらは放送後の予約に関する提案ですが、
予約期間について、現在の5日という期限にくわえて、延長期間を設けてみてはと思います。
本ロワも現時点で残り20人を切るほどに進行しており、
ある程度まとまった時間をとって予約を仕上げたいという方も今後増えてくると予想されます。
さしあたっては、予約期間5日+延長期間7日(さらに一週間)という形を提案します。

延長制を導入すべきかどうか、また延長期間の長さなど、書き手さんのご意見を伺いたいです。


長々と書きましたが、ご検討のほどお願いします

308名無しさん:2014/08/18(月) 00:10:50 ID:uInxaAQcO
投下乙です。

理想は現実に勝てない。
正義なんて下らない。
夢から醒めたら、現は悪夢。
現実から逃げないなら、諦めるかどうかは、個性だ。そこに善悪は無い。

309307  ◆j1I31zelYA:2014/08/18(月) 18:34:23 ID:ezvWYenM0
鳥忘れでした。申し訳ない…

310 ◆Ok1sMSayUQ:2014/08/18(月) 20:42:30 ID:U81M8jbg0
>>307
概ね予約の期間については問題ないかと思います。
キリを良くするなら7+7の14日でもいいかと思いますが、基本的には他に大きな意見がないようならトップ書き手のj1氏が決定するくらいでもいいかもしれません。
放送案については現状こちらは特には思いついていません…w

311 ◆sRnD4f8YDA:2014/08/18(月) 23:13:19 ID:mvjcigwk0
>>307
ミスすみません。
>被さる旗を剥ぎ取って、隣の焼死体を押し退けて、横たわる彼女をがばりと抱き上げる。
被さる旗を剥ぎ取り、隣の死体を押し退けて、横たわる彼女をがばりと抱き上げる。
に修正します。

放送については異存ないです。
予約は、自分はしないのであまり関係はないのですが、きりが良い14日でいいと思います。

312 ◆jN9It4nQEM:2014/08/20(水) 00:17:17 ID:IrilsRqs0
異存はないです。

313 ◆j1I31zelYA:2014/08/20(水) 07:35:20 ID:uuktoy4M0
ご意見ありがとうございます。

それでは、キリが良い方を採用する形で、
予約期間7日+延長7日としたいと思います。

放送案については自分から一週間以内に投下する予定ですが、
他に書きたい書き手さんがいらっしゃいましたら同じくお待ちしています

314 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:35:01 ID:VJ11pumk0
放送を投下します

315第4回放送  ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:37:56 ID:VJ11pumk0
円形の広間。
その中心に、巨大な玉座があった。
見上げれば天井が見えないほどに高く、見下ろしても床はなく奈落の底がある。
その中間を浮遊する玉座に、座るものはいない。
空っぽの玉座を囲むようにして、『彼ら』は無秩序に騒ぎ、おしゃべりをしていた。
さながら、主君が不在にしていることを利用してさぼりを決め込んだ小間使いたちのように。
――否、『彼ら』に性別があるのかどうか定かではないが、便宜上は『彼女ら』と言い表すべきだろう。

「うおーい、そっちの漫画は、まだ読み終わらんのかー?」
「今、いいところなのじゃ!ムルムル6がテレビを占領しておるから、原作で話を追うしかないのじゃ!」

「わからん……この『びでおてーぷ』とやらは、どうやって操作するのじゃ?
これでは、録画してもらった『黒の章』が再生できんではないかー」

「ほいっ! これであがり。ジジ抜きはワシの十連勝なのじゃ!」
「くそっ……もしやお主、トランプに刻まれたミリ単位の傷跡まですべて記憶しておるな」

「なぁ、その弁当は本当に美味いのか? グロテスクな触手の丸焼きにしか見えんのじゃが……」
「トウモロコシよりずっと美味いのじゃ! 森とかいう奴は料理上手なのじゃ!」

第三十六因果律大聖堂。
その中央に座しているべき運命神の姿はなく。
ぐるりと配置された十二の謁見席を占めるのは、くつろいでいる同じ外見をしたムルムル達だった。
その数合わせて、八匹。
別のムルムルの位置におしかけてトランプに興じるようなムルムルもいるから、謁見席はまばらに空いている。
それぞれに思い思いの手段で、退屈しのぎに熱中していた。

316第4回放送  ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:39:05 ID:VJ11pumk0

「おかしいのう。オリジナルのムルムルによれば、女子とは『少女漫画』なる異性との恋愛ロマンスを好むらしいのじゃが……この漫画、ちーっとも恋愛する女が出てこぬではないか」

額に『7』という数字を表記したムルムルが、寝そべりながら両手に持った漫画のページをめくる。
その脇には既刊らしき単行本が十冊ばかり積まれていて、様々な属性の美少年たちがずらりと勢ぞろいした表紙絵を晒していた。
とある平行世界から取り寄せた人気漫画で、タイトルを『ラブラブ王子様』という。
帯には『無限の輝き、無二の個性派』というキャッチコピーが書かれ、原作者である男性が気取ったポーズをとる写真が掲載されていた。

「それを言うなら、こっちの漫画だってちーっとも男との恋愛が出てこないのじゃ。
どころか、この漫画だと女同士で恋愛することについて語り合っておる」

その隣、『8』の字を冠されたムルムルのとなりにも、同じく漫画が山と積まれていた。
タイトルは『百合男子』『きものなでしこ』『恋愛彼岸〜猫目堂こころ譚〜』『ふ〜ふ』『飴色紅茶館歓談』『レンアイ女子課』などなど。
タイトルや作風は異なるけれど、ジャンルとしては同じものを取り寄せている。

「そう言えば、オリジナル……ムルムル3がためこんでいた少女漫画はどこにいったのじゃ?」

そう尋ねたのは、小型テレビとビデオデッキにむかって格闘していた『6』のムルムルだった。

「おそらく、ムルムル3が大東亜共和国にまで持ち込んでおるのではないか?
殺し合いの経過報告で忙しいとはいえ、休憩くらいは欲しいところじゃからの」

答えたのは、トランプ遊びに興じていた『9』のムルムルだ。
その相手をしていた『10』のムルムルが、カードを切りながら会話に加わる。

「『オリジナル』も大変じゃのう。ワシらより長く生きているというだけで、仲介役まで押し付けられるのじゃから」
「その点、末妹のムルムル『12』は羨ましいのう。今頃は前線で殺し合いを眺めながら、我妻由乃あたりでも焚きつけておるのではないか?」
「わしらにも記憶を共有するスキルがあれば良かったのじゃがな。元ネタの『妹達』みたいに」
「それは無理というものじゃ。あのネットワークは超能力あってのものじゃから。
悪魔を脳力開発する方法など、まだ確立されておらんしのう」
「しかし、こうして『複製(クローニング)』には成功したではないか。悪魔の超能力者出現だって、そう先のことではないはずじゃ」

317第4回放送  ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:40:08 ID:VJ11pumk0

悪魔の遺伝子の成り立ちを解明することは、学園都市から輸入した遺伝子研究をもってしても難しいブラックボックスだった。
しかし、性別無しの無性生殖をする生命体と仮定することで、『神』と桜見市はその生き物を複製することに成功する。
もちろん単に複製しただけでは成長速度をはじめとした色々なところで無理が出てくるものだから、『学園都市』の『複製人間(クローン)を急速に成長させ、かつ長持ちするように維持する方法』が利用された。
同じ手段を使って大量生産された少女達のように、情緒面が未成熟に育ってしまうのではないかとの危惧はあったけれど、元よりムルムルは人間らしい感情を持たない悪魔だったので問題視されなかった。
複製することにこだわったのは、『何周もの平行世界からムルムルを連れてきて手駒にする』よりも手間がはぶけると踏んだからだ。
ムルムルはどの世界でもデウスの支配下に置かれている生き物だし、基本的には異なる世界の介入者からちょっかいをかけられるなんて良しとしない。
別世界のデウスを敵に回すよりも、よく手懐けられたムルムルを一から生み出す方がリスクが少ないと、ジョン・バックスは『ムルムルシリーズ』の量産を提言した。

自分たちの世界のムルムル――『3週目の世界』を意味する『ムルムル3』をオリジナルとして、12の数字まで続く、10匹のムルムルを。

「もっとムルムルの数を増やしてもよかったと思うのじゃがなぁ……」
「それはしょうがなかろう。ワシらはいちおう不死身じゃし、人間より強いのじゃ。
あまり『桜見市』側の戦力を強化しすぎては、大東亜から難癖をつけられる」
「それは共和国の方が神経質すぎるのじゃ。因果律大聖堂にさえ、坂持の私兵が見回りに来るなんて聞いてなかったのじゃ」
「まったくじゃ! おちおち予備の支給品でサボ……遊ぶこともできん」

ぶうぶうと不満を漏らすムルムルたちだったが、かの国との関係にも『大人の事情』があることは理解している。
理解した上で、それを面白がってすらいる。
たとえば、安易に考えれば『市』である桜見市の方が『国』である大東亜共和国に対して、ヘイコラと阿るかあるいはビクビクとへりくだる関係になりそうだが、決してそうはならないということだ。
むしろ、坂持の護衛にしては多すぎる私兵が動員されたことなど、かなりの部分でその国の裁量に委ねている。
それは相手に逆らえないがゆえの低姿勢ではなく、むしろ相手から信頼を買おうとする余裕に近いものだった。
ともかく、今の桜見市は使おうと思えば使える大きな発言力を、強力な一国家に向けて持ち得ている。

「のう……前から気になっておったのじゃが」

空飛ぶミニチュアバイクにまたがって玉座のてっぺん周りをドライブしていたムルムル11が、エンジンを停めた。
カワサキ750RSZⅡという名前の二輪車から排気が止んで、中空で動きをとめる。

「あの国の連中は、ちょっとワシらのことを警戒しすぎておる気がするのじゃ。
坂持は友好的にしてくるから分かりにくいが、どうも兵士たちがワシらを見る目が感じ悪いというか、トゲがある気がするのじゃ」

高所からの問いかけに、他のムルムルたちが一斉に呆れ顔で見上げた。

「お主、オリジナルや11thたちの話を聞いておらんかったのか?」
「連中がワシらに目を光らせるのは、当たり前なのじゃ」
「そもそも、別の世界に時空移動できるのは、今のところ『神』やワシらだけなのじゃし」
「そうなると、異世界と繋がる主導権はどうしてもこちらにあるのじゃから」
「ワシらが縁をきった場合、仮にあの世界のアメリカにでも情報を売られたりすれば、連中はマズイことになるからの」
「そうならぬように、監視しつつ友好的にするしかないのじゃ」

たくさんのムルムルから口々に反論されても、ムルムル11は納得していない風を見せる。

318第3回放送でしたごめんなさい ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:41:03 ID:VJ11pumk0

「殺し合いのことなんかを暴露されたらマズイのは、桜見市も同じではないか?
それにこっちだって、あの国以外にいいスポンサーは見当たらなかったのじゃ。
裏切られたら後がないのは、お互いさまだと思うのじゃが……」

「分かっておらんのう、お主は」

同じムルムル同士の間にも優劣があったことが嬉しかったのか、ムルムル4が得意げに『やれやれだぜ』という仕草をする。

「違うのじゃよ。
『ワシらの世界』で『ワシらの交流』が世間に知れわたることと、
『大東亜共和国がある世界』で『それ』が明るみになることは、全く意味が違ってくるのじゃ。
あいつらは、『マズイ立場に追い込まれる』ぐらいではすまん。
おそらく国家の開闢以来、最も恐れていることが起こるぞ」

それでも理解が追いついていない同胞に向かって、
そのムルムルはため息をひとつ。
そして、こう言った。

「オリジナルによれば、な。

ワシらが住む『別世界』のことを詳しく知った時、あの国の要人どもは狂乱した。

なぜか分かるか?」





319第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:42:32 ID:VJ11pumk0

並行世界など、存在してはならない。

坂持金髪にとって、同僚にあたり上司にあたり、主君とその取り巻きにあたり、神様よりも恐ろしく尊い立場にあたる人々は、そう結論づけた。

(得られるものが多いってのは、ゲームを見てるだけでもよーく分かるんだけどなー。
やっぱりマズイだろ。我が国の……いや、若者の“未来”のためには)

一服してタバコの煙を吐き出すと、坂持は殺し合いの中継映像を漠然と眺めていた。
現在進行形で、戦っている中学生がいる。
疲れ果てて、じっと座り込む中学生がいる。
かろうじて生きている中学生たちが、等しく踊らされて踊っている。

(『こんなに中学生がいる中の、たった二人しか大東亜共和国を知らない』なんてのは、マズイ。マズイんだよ)

大東亜共和国が、どこにも存在しない。
数多ある世界のほとんどがそういう仕組みだと聞かされて、そこにいた高官たちは愕然とした。

世界中のどこを探したってこんなに素晴らしい国は存在しないと、信じていたがゆえに。
かくあるべき理想郷だと確信して、運営してきたからこそ。

おぞましくも、それは事実だった。
自分たちの住む世界と変わらない文明を持つ、二十世紀の現代の世界でも。
あるいは、ずっと近未来の文明を持つ、『学園都市』を抱えた世界でも。
あるいは、『天界』や『霊界』のように、常識で考えても有り得ない領域を抱えこんだ世界でも。
あるいは、『セカンドインパクト』が起こり地球の環境が激変するような、まったく違う歴史をたどっている世界でも。
若者たちは同じように学校に通って、同じように授業を受けて、色々な部活動にいそしんで、友人と談笑して、流行の音楽の話題や恋愛の話題で盛り上がり、変わらない日常を過ごしているのに。
そこで行われている教育に、『大東亜共和国』の名前はおくびにも出てこなかった。

その代わりに居座っているのは、国名にして漢字二文字の、憎き米帝を劣化コピーしたような薄っぺらい自由主義国家でしかない。
どうしてそんな国家体制が生まれたのか、そこに至るまでの歴史を調べた調査員達は吐き気を催した。
にも関わらず。
その国はたいそう発展していた。
それこそ、GNPにおいて大東亜共和国と遜色ない値を叩きだすぐらいに。
それこそ、多くの世界の若者が、この国の中学生とさして変わらない”日常”を過ごすぐらいに。
それらの国では、大東亜共和国のような思想こそが、一時期だけ染まりかけた黒歴史にも等しい扱いを受けていた。
あたかも、大東亜共和国の方こそが『何かの手違いで生じた間違えている国家』だと証明するかのように。

「現在時刻は17時56分……市長はそろそろ放送席に座ってる頃だな」

腕時計を確認すると、ソファに深く身を預けてモニターだらけの部屋でひとりごちる。
静かだった。
”プログラム”を実施している本部に特有の、スーパーコンピューターや大型発電機が駆動する音もないし、兵士たちがせわしなく動き回る気配もない。(もっとも呼べば出現する場所に控えているけれど)
共和国とは文字通りの意味で違う”世界”に来てしまったのだから、ムルムルを呼びつけない限り本国と連絡を取ることもできない。

(……ま。教育長からの電話にビクついたりしない分には、楽なんだけどな。たまーに”もっと大切にしなきゃいけない方々”から問い合わせがあった時なんか、ヒヤヒヤものだし)

当初、見なかったことにしようと高官たちは言った。
存在を容認してしまえば破滅が待っていると、予見した。

現在のところ、共和国を転覆させようと企む不穏分子の活動はごくごくささやかなものだ。
地下でそういう活動を続けている一派はいても、とうてい国民全体にまで波及することはない。
公権力はそういう因子をすぐに特定するだけの能力を持っているし、表に出るやり方で”処刑”したり、表には出ないやり方で”処理”したりと無力化することも容易い。
それならば不満を訴えるよりも、現状の豊かな社会だって悪くない、むしろ最善だと信じきって日々の幸福に甘んじる方が賢いと国民の大半がつつましく暮らしている。
しかし、裏を返せば『クーデターを起こそうとする因子』は常に存在する。
そんな因子を内包している国民たちが、『並行世界のような在り方こそが理想であり、現在の政府が無かったとしても繁栄したまま暮らしていける』と煽られてしまえばどうなるか。

320第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:46:04 ID:VJ11pumk0
「じゃあ放送が終わったら見せてくれ。その後はしばらく仮眠取るからな。きっちり三時間たったら起こせよ。あと、ゲームに急展開がありそうでも起こせ」
「ああ」

加藤はともかくとして、急を要する連絡があれば検閲役の兵士が伝えてくるだろう。
ならば、今回もおそらく『異常なし』という報告に、トトカルチョの中間予想。
まずは放送を聞いてから連絡文に目を通し、その後はゲームのクライマックスに備えて仮眠する。
頭の中で予定を組み立てると、モニターの視聴から目を休めるためにまぶたを閉じた。

別世界にある本国に、電話や通信が繋がるはずもない。
だから、連絡を取るためにはムルムルの行き来に頼るしかない。
開催場所の都合をかんがみれば致し方ない事情とはいえ、それが現地スタッフにとってはストレスと緊張感を担わせる一端になっている。

(ただ、あちらさんに情報を握り潰される恐れは無いな。
文書の封入には『目印留』を使ってるから、ムルムルにすり替えられたりの危険は無いし。
それにムルムルはともかく、市長の方は信用ができる)

目的のためにはおよそ手段を選ばないジョン・バックス市長だが、しかし別の一面ではとても寛容かつ、紳士に徹することは、これまでの監察から理解している。
ムルムルは胡散臭いし『神様』とやらも得体が知れないけれど、少なくとも市長については同盟者としての信頼関係を築いていた。

思想だけをとれば、彼らは相反する者同士だ。
愛国心と郷土愛。
根っこは似通ったものからできているけれど、目指すものは相容れない位置にある。
全体主義国家の歯車をしている官僚と、地方分権の権力を利用して台頭してきた市長。
全体主義国家と、民主主義国家。
片方は、全体のためには国家による統制が必要不可欠だとする姿勢。
もう片方は、市民に未来日記をばら撒こうとしたように、全体が発展するためならば競争を推奨する姿勢。
そんな二つの勢力には、しっかりと目的を同じくさせる『理想』があった。

(どっち側も、”今よりいい未来”を獲得したいってだけだ。
違う世界にその可能性があるなら、そりゃあ取り入れるさ)

市長もまた、初めて『新たな神』と邂逅した折には困惑したという。
次の神を決めるための『未来日記計画』を中止して間もない頃に、その存在は突如として現れた。
数多ある並行宇宙の中でも遠く離れた世界から侵攻してきたそれは、当時の『デウス』と呼ばれた時空王を排除して、現行の神に成り代わる。
かつての協力者であった神が呆気なくすげ替えられたことに、動揺と警戒心がなかったと言えば嘘だったらしい。
しかし、元よりデウス当人を含めたその世界が『新しい神』を求めていたこともあって、神の交代はその臣下や使い魔たちの間で最終的には受け入れられた。

何よりも、その神が提示してきた新たな『未来日記計画』が、世界にとってはより有益なものだとジョン・バックスを再燃させた。

321第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:47:41 ID:VJ11pumk0
(死者さえ呼び戻しかねない技術革新……クローン人間やら超能力やら、ATフィールドやら妖怪やら……。
どれもこれもトンデモない代物だけど、うかつに導入したりしたら大混乱になる。あんまりにももったいない。ウチの技術部だってそう言ったな)

可能性は、無限に広がるだろう。
並行宇宙を探せば、まだまだ人知を越えた未開拓地は広がっている。
例えば、科学で支配された世界の裏側には、ひそかに魔術の世界が交差しているかもしれない。
例えば、人間界と天界と地獄界の三界にとどまらず、大昔にその三界から分離独立した新たな能力者の世界が隣接しているかもしれない。

かつて、桜見市長も『未来日記』というシステムを使って現行人類を『進化』させようとした。
二週目の世界で起こったことを知って、一度はその計画を中止した。
自分が敗北する未来を知っただけでなく、桜見市民をより優れた民族にするという野望も叶わないとネタばらしされたのだから。

そして新たな神の元で。
制作されたまま放置されていた『原初未来日記(アーキタイプ)』のひとつを動かして、『このまま異世界へと門戸を開いてしまった未来』を観測したところ、『ALL DEAD END』という未来が示された。
それはそうだろう。
急激な環境の変化に、生物としての人類は耐えられない。
自分たちに役立つ害のないリソースから取り入れようとしたところで、小さな穴をあけられた貯水庫のように、我が身の利益を追求する人々の手で穴を広げられて決壊を迎える。
とあるシナリオの一つでは、世界の多くが『総人類補完計画』もどきの発動によって、生命のスープになってしまうという予測もあった。
たとえ控えめに言っても、かつて別の世界で市民全員に『未来日記』を与えた時の比ではない争いが起こる。
混乱はジョン・バックス市長としても是とするところだが、さすがにヘタをすれば今ある世界が滅んでしまうともなればいただけない。

しかし、ここに一つの希望的観測がある。
未来日記による『DEAD END』は回避することができる、という事実だ。

(人間の手で因果律を捻じ曲げる奇跡ってやつが創れるなら……究極的には『大人が書いたシナリオ通りの未来』だって作り出せる。
『天野雪輝が起こした因果律改変』の話を聞かなきゃ、誰も『できるかもしれない』なんて思わなかったよな)

それが実現する確率を、正確なところを坂持は知らない。
肝心なのは、『できるかもしれない』と信じた人々が坂持の上にいること。
そして、その『実験』を行うにあたって生じる犠牲を、その人々は『ごく軽微なもの』と見なしただけのことだ。
とある最先端都市での『実験』だって、きっとそんな風にして日々進められている。

322第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:48:46 ID:VJ11pumk0
元より、この国に退路はなかった。
桜見市からの同盟を拒もうとも、『異世界からの侵攻は起こり得る』と政府が知った以上、知らなかった頃には戻れない
とっくに、これからも理想的な未来が続くという安堵は失われている。
ならば。

求めるものは、世界の因果律を掌握する力。
片方は、理想的な管理国家が、永久に滅ばない世界を創る。
もう片方は、愛すべき市民が新人類となり、絶対的な導き手となれるような世界を創る。
理想とする世界の形は異なるけれど、『決められたシナリオ通りの未来を創りたい』という点に置いては一致している。

モデルとしたのは、『戦闘実験第六十八番プログラム』。
ただし、『支給品』という形で『未来日記計画』に使われた多数の日記を貸し与えられる自由をつけた。
そして、とある世界で開かれている、『能力者バトル』をも参考として、対象年齢を中学生に設定する。
『これからの未来を担う中学生に、応用のきく”力”を持たせてバトルロイヤルをさせる』という発想が、今回の企画の主旨に通じると見なされたためだった。

提示するのは、状況だった。
突然に、予知能力を与えられた時。
人を殺さなければ己が殺されるという時。
神にも匹敵する力が手に入ると言われた時。
他人を犠牲すれば、夢が叶うやもしれない時。
死人が生き返る可能性を提示されてしまった時。
異なる世界に生まれた、様々な人間と出会った時。
盤上で、己の果たすべき役割について思い悩んだ時。
そして、大人になれないという未来を与えられた時。

選択肢の幅は、無数にある。
異なる世界との戦いがあり、右も左も分からない大混乱があり、人知を超えた『力』との対峙がある。
『観測者』でさえ追いつかないほど、頻繁に未来が書き換わる。
逆に言えば。
『人間が未来を書き換えるための何か』が、そこにはある。

「デモンストレーションですよ」と言って、市長は説明した。
それに対して、その計画に耳を傾けた人々は尋ね返した。
あまりにも不確実ではないか、だとか。
行動パターンを解析するには、状況が限定的すぎる、だとか。
中学生に様々なアイテムを持たせたところで、活用法などたかがしれているのではないか、だとか。
しかし、市長の続く言葉を聞いて反応を一変させた。

これはあくまで『第一回目』の企画だ、と。

323第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:49:56 ID:VJ11pumk0
なるほど、と彼らは頷いた。
そして、すぐさま『二回目から先を行うための話』へと話題を移した。
(その結果、殺し合いを『黒の章』のように副次収入源として霊界に売り出せるか検討しよう等のアイデアが出た)

彼らにとって、平和な別世界の中学生など存在してはならないし、最初からなかったことにする扱いに等しい。
さらに言えば、自らの世界から選出した中学生たちもまた『プログラムで死んでいたはずの者たち』だった。
最初から存在しない者は、殺したことにならない。
理想とする“未来”を手に入れるために、摘み取る“未来”が1人でも2人でも、51人でも。
1万人、2万人だろうとも、さしたる違いはない。
何度も何度も、参加者を変えて、選出条件を変えて、『ALL DEAD END』を繰り返すことぐらいは厭わない。

その代わり、最後の一人として生き残った子どもには褒美で報いてみせる。
現時点では『ALL DEAD END』の未来が待っているけれど。
しかし、『もし優勝者が現れたら願いを叶える』という約束そのものは嘘でなない。

ただし、手に入れた力を使って次の殺し合いを阻止されないためにも、『元の世界には帰さないやり方』で。
デウスの核の力によって作り出した“幻覚空間”で。
『願いが叶った世界』を与えて、そこで永久に暮らしてもらう。

願いは、叶うだろう。
しかし、未来は与えない。



だからこれは、行き止まりのために始められた物語。




坂持金髪は、仮眠を取る準備を始めながらその放送を聞いた。

ムルムルたちは、サボりをやめて殺し合いのモニターを再開しながら、その放送を聞くために電話を取った。

そして、舞台上にいる者も、舞台の外にいる者も、全員がその音声に耳を傾けた。

324第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:50:29 ID:VJ11pumk0

『では、第三回目の放送を始めよう。
今回は死者の名前を告知した後に、諸君らにとっても有益な情報を開示する。
死者の名前を記憶したからといって、ゆめゆめ聞き漏らしの無いようにしてほしい。

この6時間で新たに舞台から退場した者は、8名。

吉川ちなつ
御坂美琴
神崎麗美
遠山金太郎
高坂王子
宗谷ヒデヨシ
船見結衣
竜宮レナ

前回よりも死亡した人数が少ないことに、安堵した者もいるかもしれない。
あるいは、苛立ちを覚えた積極的な者もいることだろう。
そんな諸君の双方に、ここまで生き残った褒美となるものを授けたい。
この通話が終わったら、まずは携帯電話のプロフィール画面を開くことを勧める。
そこには、君たちが持つ携帯電話の番号とメールアドレスとが記されているはずだ。
ゲームが開始された時点では、プロフィールを確認しようとしてもエラーが出る仕様になっていた。
『交換日記』を搭載した電話のように二台でひとつの例外を除いて、他者の連絡先をあらかじめ手に入れることはできなかったはずだ。
しかし、この放送が終了しだい、会場における参加者同士の通話、メールの遣り取りを解禁しよう。
アドレス交換をすることで、いずれ殺し合う人物の動向を把握するか。
あるいは残り半数をきった競争相手を捕捉するために、他者のアドレスを奪い取って利用するか。

いずれにせよ、自らが生き延びるための選択肢として活用してくれることを願っている。
告知することは以上となる。6時間後にまた会おう。

――もっとも、6時間後には何人が生きて会えるか分からないがね』

325第3回放送 ◆j1I31zelYA:2014/08/26(火) 22:53:40 ID:VJ11pumk0
投下終了です

正式なタイトルは「第3回放送 〜神ならぬ身にて天上の意思にたどり着こうとする大人たち〜」です

電話の解禁、主催者側に関する内容など踏みこんだ要素もありますので、
予約の解禁は、24時間ほどおいて8月28日(木)の0時から始めたいと思います

326名無しさん:2014/08/27(水) 19:57:41 ID:6nPKuVA20
投下乙です

大人らの事情、現実世界のリアルさ、この殺し合いの目的、
行き止まりのために始められた物語、か

327名無しさん:2014/08/28(木) 00:09:11 ID:IGl5oANYO
投下乙です。

全滅エンドが基準で、優勝エンドが出るまで繰り返し。
優勝した中学生は「願いが叶った世界」に閉じ込めて、大人達は「望んだ未来を手にする力」を手に入れる。

通話とメール解禁は、単独行動を促しそう。

328天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:49:08 ID:A3R4pZ5g0

夕闇が、なぎ倒されたたくさんの木々に淡い影を落としていた。
その木々は、人ふたりが通れるぐらいの道を作るように左右に切り開かれて続き、
やがて少しだけ開けた場所へと行き当たる。
オレンジ色の夕焼けを顔に浴びて、人殺しの少年と人殺しの少女が座っていた。
少年は、どこを見ているともしれない虚ろな目をしていて。
少女は、そんな少年のことをじっと見ていて。

口を開こうとしてはパタリと閉じて。
酸素を求める金魚のような動きで、言葉を作ろうとしては黙りこんでを繰り返す。

「もしかして、死にたい……とか、考えてる?」

しばらくの時間をおいて、言葉は弱々しく放たれた。
切り株に座して放心した浦飯幽助に向かって、常盤愛はそう切り出す。
失敗した。
生き地獄に堕ちた。
ただの最低人間になってしまった。
そういう目に遭った人間が、次にどんな行動を取るのか。
かつて病院のベッドに寝たきりでカウンセリング漬けになっていた常盤は、すぐに『自殺』という選択肢を想像する。

「どうなんだろうな。俺、頭が良くねぇから、”自殺すれば楽になる”って言われてもよく分かんねぇしよ。
死んだら死んだで、コエンマの部下とか出てきて色々面倒なことになるんだろうし。
それに、俺が死んだらプーに悪い。アイツ死んじまうしな」

能天気な答えだ。しかし、浦飯らしい答えでもある。
地獄巡り真っ最中みたいな顔をしている今でさえ、この男はそんな風らしい。
常盤はそれを笑おうとしたけれど、「ハッ」と乾いた吐息が漏れただけだった。

「そう。一回死んでるヤツも大変なんだね。
……あたしは、死んだら全部終わると思ってたのに」

以前にも、こんな風に絶望したことがある。
自分自身がひどく汚れた、みじめな生き物に思えてきて。
それなのに、己を哀れむ気持ちだけは、あさましくも残っていた。
そんな自分が可愛い人間だったから、きっと自殺しようとしても死にきれなかったのだろう。

「本当は、あたしも浦飯と少し似てる。
一回、死んで生き返ったことがあるんだ」

過去のことなんか語るつもりはなかったのに、口は動いていた。
浦飯が、驚いたようにこっちを見る。

329天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:51:45 ID:A3R4pZ5g0
「あの時、付き合ってた男に仲間たちと輪姦(まわ)されてね。
その頃はテコンドーとかできなかったから泣き寝入りしたんだけど。
それがきっかけで自殺未遂して、一命を取りとめて。
運ばれた病院で、カウンセリングを受けたのよ」

こんな話を聞けば、いくら浦飯でもぎょっとした顔をする。
悪いなと思ったけど、語り始めると止まらなかった。
言語化するにつれて、記憶にもありありと蘇る。
生まれ変わった、あの日のこと。

「そのカウンセラーの先生が、あたしの恩人で……。
あの頃は、『もう死ぬしかない』って思ってた。
そしたら、その先生から『もう死んだんだと思いなさい』って。
一度、死んだと思って、強くなりましょうって。
新しい命をあげるから、生まれ変わりなさいってその人は言ってた」

――今からあなたは天使よ。天国からこの間違った世の中を正すために遣わされた、神さまの遣いなのよ。

その言葉に導かれたから、ここまでやって来た。
強くなるために努力して格闘技を身につけて、強くなるために涙を封印して。

『天使』として、間違ったことを正すつもりで。

それが。

「バカみたい……本っ当にバカみたいよ。
やり直して……強くなるつもりだったのに。
人を傷つけて、脅して。ここに来てからも、悪いことして。
男に復讐したつもりで、自分の痛みを紛らわしてただけ。
被害者から、加害者に変わっただけだった!」

握り締めた拳を、膝上へと力いっぱい振り下ろす。
バシン、と打ち付けられた両の脚は痛みを生んだけれど、黒く濁った感情はどこへも動かなかった。

「そうか。……常盤も、大変だったんだな」

曇った顔のまま、しかし神妙そうに、浦飯がつぶやく。
いい先公じゃねぇか、と。
常盤も、うんと頷く。

「俺にも目をつけられてた生活指導の先公がいてよ、もっとまっとうに生きろとか何とかうるさかった。
けど、まっとうな人間らしく生きるって、難しいな」

まるで浦飯は人間じゃない、みたいな言い方だ。
ずいぶんと妖怪だか幽霊だかと関わってきたせいで、麻痺しているのかもしれない。

330天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:52:23 ID:A3R4pZ5g0

「でも、常盤は冷静なんだな。俺と違ってどこがどう悪かったのかしっかり分かってるし。こうやって話しかけてくれるしよ」
「ちょっと違うかな。あたしがしっかりして見えるとしたら……それは、苦しいのと同じぐらい、ムカついてるからだよ」
「ムカつく?」
「そう、ムカついてるの」

ミニスカートの裾を、破けんばかりにギリギリと握りしめる。
いつも隠し持っていたシンナーが、殺し合いで没収されていて良かった。
もし気晴らしに吸い込んでいたら、浦飯でさえみさかいなく殺しかねない、今の常盤愛はそんな気分だった。

「ムカついてるのよ。あんなげすい猿男の狙いが読めなかったことも。
戦ってる途中なのに、あんな挑発に耳を貸したことも。
大口を叩いておいて、あんなヤツにてんで歯が立たなかったあたしのことも!
あたしがアイツを逃がしたせいで、浦飯が手を汚すハメになったことも!
よりによって菊地に見られて、完全に誤解されたことも!
あの野郎にも、そんな結果をつくったあたしも、さいっこうに、さいっていに、ムカついてるの!!」
「おいおい、それは全部が全部常盤のせいじゃねぇだろ。
俺が霊丸を撃ったんだし、あいつが庇いに現れなくても、植木ってヤツを撃ってたんだ。
だいいち、アイツだって悪人じゃなくて洗脳されてたかもしれな――」

常盤は半目になり、言った。

「あのさぁ。浦飯は絶対に負けたくない喧嘩で負けちゃったときに、
『お前が負けた後にカバーできなかった俺だって役立たずだから気にすんな』とか言って慰められたい?」
「すいませんでした」
「分かればいいの」

武闘派の性格をした少年は謝り、同じく武闘派の少女はそれを許す。

「だいたいねぇ。洗脳だかなんだか知らないけど、あたしが『ああいう考え方』が大っきらいだってことは話したじゃない」

そう、浦飯幽助はともかく、常盤愛が気づかないはずがない。
浦飯幽助や宗屋ヒデヨシとは違って、常盤愛には不思議な能力を持つ相手と戦った経験などなかった。
だから、あの場で『もしかしたら宗屋ヒデヨシは洗脳ないし思考誘導されたのかもしれない』という発想には至れないこともあった。
しかし、浦飯幽助とは違って、常盤愛がまだ『怒りの感情』を失っていない理由は別にある。

――お前らは生き返るって知ってて、選ばなかったのか?

なぜなら常盤愛は、知っている。

――全部チャラにした方が、誰も傷つかずに済むじゃねぇか。

それが洗脳された結果であれ何であれ、アイツが『優勝することでみんなを生き返らせて、すべてをチャラにする方針で殺し合いに乗っていた』ことを知っている。
もちろんその言葉は、浦飯幽助もその場で聞いていた。
しかし浦飯はいったん喧嘩を始めるとそれしか見えなくなるような少年だったのだから、植木なる少年と戦ううちに記憶から抜けてしまっても仕方がない。
だけど、常盤愛からすれば忘れようもない。なぜなら、戦いを始める前にわざわざ尋ねたのだから。

331天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:53:41 ID:A3R4pZ5g0

「あたしは怒ったから、言い返したのよ。でもアイツ、答えなかったじゃない」



――百歩ゆずって、みんな生き返らせてチャラにするとしても、殺し合いに乗る理由は無いよね?



聞いたのに、答えなかった。
『どうせ全員生き返らせるんだから殺したっていい』とか『もう手を汚してしまったのだから、今さら後戻りできない』とか、そんな反駁さえなかった。
『答えられなかった』わけではないとしたら、常盤視点での可能性はふたつだ。
『聞かれなかったことにした』のか、もしくは『答えは出ているけど、教えてやる価値もない』と見なされたのか。
戦っている時からして、そうだった。
口八丁を使って、常盤の未熟さを馬鹿にしたり。常に余裕を崩さなかったり。
そして、言うにことかいて『オレの願いのために消えてくれ』と、そう言った。
『願いを叶えるために殺す必要は無いはずだ』と言ったことには答えずに、お前は願いのために邪魔だと言った。
『宗屋ヒデヨシは絶対的正義のために戦っているけれど、常盤愛は気に入らない人間を見て癇癪を起こしているにすぎない』という論旨に擦り替えた。

擦り替えられていた常盤も褒められたものではないけれど、それが策略の一環だったにせよ侮られたことに変わりはない。
それが宗屋ヒデヨシの意思だろうと、背後で操っていた何者かの意思だろうと、『そいつ』は常盤愛なりの信念と『許せない』という想いを、『かわいそうな少女』の妬みにすぎないと決めつけた。

「あんなの、勝ち逃じゃないわよ。勝ったヤツが逃げることを勝ち逃げって言うのよ。
あいつは……あたしを相手にすることさえ、しなかったもの」

怒りを向ける対象のは、逃げきって霊界とやらに旅立っている。
それも、仲間を庇って死ぬという、最高にかっこいい死に方で。
べつに、あの男がそうしたことは驚かない。
浦飯と違って、冷静になった常盤はヒデヨシの狙いが『やり直し』だと気付けるのだから。
それに、悪事をする人間だって身内を思いやる心を持っていることを、『天使隊』にいたから知っている。
それこそ『天使隊』には、大門校長のためとなれば命も捨てられる過激派が何人もいた。

あの男が外道だったことと、仲間想いだったことは矛盾しない。
だとすれば、あの結末は確かにあいつにとっての最良だった、と常盤は結論づけた。

「……そうよ。アイツの勝ちだったかは別として。どっちみちあたしは、負けたのよ」

332天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:54:52 ID:A3R4pZ5g0

怒りを吐き出して空っぽにすれば、そこは真っ暗に侵食される。

仲間を殺した殺人鬼だと糾弾してくる菊地に、何も言い返せなかった。
浦飯が菊地の仲間を殺しかけたことは真実だし、常盤の敗北がその暴挙を招いてしまったことも真実だ。
それに、常盤が本当についさっきまで、殺し合いに乗ったも同然だったことも、真実だ。
もはやどう取り繕ったところで、否、取り繕うつもりも無く、この命は許されざる罪人だった。
どうしようもないし、どこにも行けない。

「常盤」

浦飯が、名前を呼んだ。
常盤をまっすぐに見つめて、言葉を――





――ぐうぅぅぅぅ、と。





ウシガエルの鳴くような音が、常磐のお腹から大きく響いた。

そう言えばずっと何も食べてなかった、と思う。
浦飯がきょとんとして、少女のお腹を見下ろしている。
だんだんと頬が紅潮してゆくのが、顔の体熱で分かった。

「…………あーもうっ!!」

よく分からない苛立ちがほとばしって、乱暴に立ち上がった。
浦飯に背を向けて、どかどかと、乱暴な足音をたてて歩いていく。

「おい、どこに行くんだ?」
「食べるのよ! なんでお腹すかせてヘコまなきゃいけないわけ!?
ヘコむなら、ご飯食べてからシリアスなことでヘコむっつーの!」

ちょっと自分でも何を言ってるのか分からなかった。
なぎ倒された木でできた道をもと来た方向へと、常盤は歩き出す。

「食料ならリュックの中にあったんじゃねえのか?」
「どうせパンか何かでしょ? そんなもん一日経ったら固くなって食えるかも分かんないじゃん」

とはいえ、その言葉で落ちているリュックサックを回収しなければと思い出した。
拾い集めるために引き返しながら、捕捉説明する。

「ちょっと、元の場所に戻る。東屋で話してたときに、ちらっと土手の下に見えたんだよね」





土手を降りれば、南方の入江から海岸線がのびている。
砂浜に打ち捨てられたようにひっそりと、『それ』は停まっていた。
木製の車体は、年季が入っているらしく色褪せたものだったけれど、外装はしっかりしたものだ。
車内をのぞきこめば、業務用の巨大な鍋があり、それを煮るための業務用のガスコンロ(お祭りの飲食屋台で見かけるようなもの)があり、食材を収納するための小型冷蔵庫や、食器や食材を洗う簡易水道もある。
屋根から吊りさがった赤いぼんぼり提灯には、黒くて太い毛筆で『ラーメン』と書かれている。

333天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:56:36 ID:A3R4pZ5g0
「こんなもん、よく見つけたな」
「だって今時、屋台のラーメン屋なんてめずらしいじゃん?」
「そうかぁ?」

屋台の中へと入り込んで冷蔵庫を開け、麺をはじめとしてチャーシュー入りのタッパーやらかつおぶしやらスープやらの存在を確認する。
業務用のものとはいえ、使い方は家庭用のものと大差ないはず。楽勝、とたかをくくって腕まくりをした。あぁ、今のあたし逃避に入ってるなぁ、という自覚ならある。
底の深い寸胴鍋は持ちにくかったけど、どうにか目分量で水を注ぎ終えて、コンロにセット。
鉄鋳物製ガスコンロとプロパンガスをあれこれいじって着火すると、鍋の中に麺の束を――

「おい、沸かす前に麺入れんのかよ」
「え、違うの?」

浦飯は分かりやすく呆れた顔をした。
まるで某週刊少年誌でいつものごとく休載をしているやる気のない漫画家が手を抜いて描いたディフォルメ顔のように、見ていて気まずくなる呆れ顔だった。

「常盤、おめーもしかして、料理したことねーの?」
「べ、べつに無いわけじゃないよ。こう見えても一人暮らししてるんだから」
「じゃあ、麺類を作ったことがねーんだな?」
「そんな目で見ることないでしょ! 女の子だから料理が上手なんて偏見よ、男女サベツ!」
「へいへいゴメンナサイ。もういいから代われ」

ラーメンなんてスープの素にお湯をいれて、茹でた麺をぶっこめばいいだけじゃんと思ってた、とはさすがに言えない。
少なくとも常盤の作り方は意気消沈していた男でさえも見ていられないものだったらしく、追い立てられるように調理場をゆずってしまった。

「普通の醤油ラーメンでいいんだな?」
「え? なに? まさか浦飯、作り方分かるの?」
「男だから料理ができないと思いこむのは偏見じゃねーのかよ」
「ううん。あんたの場合、『男だから』じゃなくて『浦飯だから』」
「るせー。文句あるならコショウ特盛りで入れるぞコラ」

口を動かしながらも、浦飯はじつにテキパキと手を動かしていた。
元からあったスープを味見するや、それを煮込むところから始めて、沸き具合を見ながらかつおぶし(常盤はトッピングに使うものだと思っていた)を加えて煮こんでいく。

「ずいぶん慣れてるじゃない。浦飯、料理得意なの?」
「おふくろが悪酔いすると三日は起きてこないダメ女だったからな。
生きるために覚えたんだよ、生きるために」
「ふーん、なんか大変な家だったんだね」

334天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:57:25 ID:A3R4pZ5g0
あっという間……というほどではないが、ぽつぽつと話をするうちに調理工程は終わりに近づいていった。
ラーメンを茹でるための穴あきお玉(麺てぼという正式名称を常盤は知らない)を鍋から取り出し、さっさと水切りを済ませる浦飯の手つきは意外なほどサマになっていて、じっと動きを目で追ってしまう。

「へい、お待ちどー」

ドンと威勢のいい音がして、湯気をたたえたどんぶりがカウンターに差し出された。
上から覗き込めば、まずは湯気が顔を火照らせる。
そして醤油ラーメンならではの半透明さがあるスープに、薄黄色の細麺がなみなみと漬かっていた。
トッピングとして使われているのは、チャーシューとメンマと青海苔。
薄切りにされたチャーシューは五枚、大きく開いた花びらのように浮かんでいる。
女子中学生が食べるにしては、かなりのボリュームだった
体重を気にするお年頃のことも考えてよ、といつもなら文句が出ていたけれど、飢えている体は違う言葉を言わせた。

「いただきます」

屋台には椅子がなかったので、立ち食いになる。
割り箸を割り、少量を掬うとぱくりと咥えてちゅるちゅると流しこむ。

「……美味しい」

スーパーで安売りされているひと袋いくらの粉末スープ付きラーメンとはぜんぜん違うことが、ひと口目からすぐに分かる。
専門店の味……というには大げさかもしれないが、家庭料理として作るラーメンよりもはっきり抜きん出ていた。
浦飯もまたどんぶりに自分のラーメンを盛りつけ、屋台の中でずるずると食べ始める。

続けて、れんげでスープをひとすくいして口に入れた。
あっさりしているのに、深さみたいなものがあるスープだった。
作るところを見ていたはずなのに、「ちょっとこれ隠し味に何を入れたの」と聞いてみたくなる、そんな味がする。

美味しい。
飲みこんでから、改めてそう思った。



「あ――」



ぽとりと、涙が頬をつたってラーメンに落ちていった。

335天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:59:04 ID:A3R4pZ5g0
ぽとりと、涙が頬をつたってラーメンに落ちていった。

『あれ?』と理解が遅れた。
箸を持った手とは逆の手で頬をなぞると、たしかに濡れている。
まず思ったのは、どうしてだろうということ。
今までどんな男と対峙した時も、神崎麗美の言葉で打ちのめされた時も、菊地たちから誤解を受けた時も、涙は出てこなかった。

しかし、今は泣いている。
そう自覚した瞬間に、『何か』が来た。

「どうしてよ」
「常盤?」

『何か』が一瞬にして胸を突き上げ、体の外側へと爆発する。

「どうして、こんな時なのに、美味しいのよっ!!」

叫んだ。
箸を持った手がぶるぶると震えた。
涙で視界がくもって、ラーメンの器がぐにゃりとした。

「美味しいよ。めちゃくちゃ美味いよ。今までに食べたラーメンの中で、いちばん美味しいよ」

美味しいのに、あたたかいのに。
そのことがひどく理不尽で、身の丈に合わないもてなしを受けたかのようだった。

「あたし、苦しいのに! 自業自得なのに! サイテー人間なのにっ!」

こんなに美味しく(やさしく)してもらえる資格なんて、ないはずなのに。
それなのに浦飯は、ここまで褒められると思ってなかったみたいに目を丸くしている。

「ラーメン食べたくても、食べられずに、死んだひと、いっぱいいるのに。
あたし、なんで、まだ、生きてるんだろ、って、思って……でもっ」

涙はぼろりぼろりと、顔から何かを引き剥がしていくように後から後から流れる。

「生きてると、ラーメンが、美味しいんだもん……」

浦飯は、常盤の言葉を否定しなかった。
ただ、このままだと麺がのびるぞ、と言った。




336天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 21:59:52 ID:A3R4pZ5g0

「もっかい、生まれ変わったらいいんじゃねぇか?」
「……ん?」

先に食べ終わった浦飯に話しかけられて、常盤は顔をあげた。
麺も具もほとんど食べきったラーメンから、れんげを動かす手を止める。

「さっきの話だよ。てめーは一回死んだら二回は死ねないとか言ってたけど、
そうやって生きてるなら、もう一回死んだ気になってみればいいじゃねぇか。
やり直せるのは一回だけなんて、誰が決めたんだよ」
「あたしが悪いことした連中……菊地とか、中川典子の知り合いとかはそうもいかないでしょ。
『今までの常盤愛はもう死にました』で済まないもの」
「かもな」
「でもね、『全部チャラにして、なかったことにする』ってやり方だけは選ばない。
ここまできたら、もうあたしの意地だから」
「そーか」

れんげを置いて、常盤は空を見上げる。
もうほとんど紺色をした夕空があった。
ラーメンの湯気に当てられていたせいで、額には汗がにじんでいる。

「……自分のことは棚にあげるけど。あたし、浦飯にはやり直してほしいと思ってる」

目線を下げると、視界にはラーメンの器が戻ってきた。

「だって、こんなに美味しいラーメン作れるヒトが生きていけないなんて、もったいないよ」
「オレの価値はラーメンかよ」

浦飯はぼりぼりと頭を書いて、ふいと目をそらす。

「今だから言えるけど、人生やり直せても螢子と桑原がいないんじゃ張り合いねぇしな」

オレは元から鼻つまみ者だったからよ、と浦飯は言った。

「けど、オレと違ってあいつらは、まっとうに地に足つけて生きてる奴らだったよ。
なんだかんだ、オレを学校に通わせてたぐれぇだからな」

所属する群れを失って、途方にくれた一匹狼。
そんなふうに見える横顔だった。

不良学生として社会に馴染めていなかった浦飯幽助という少年を、常盤は想像する。
煙草を吸ったり喧嘩をしたり学校をフケたり、そんな少年でも『してはいけないこと』にあたる悪事が『人殺し』だったのだろう。
それが最悪の形で人殺しを重ねてしまっただけでなく、少年の地を足につけてくれていた少女たちはもういない。
失われた命は、取り返しがつかない。

「残念。ラーメン屋の浦飯、似合うと思ったんだけどなー。
こんなふうにヘイヘイ言いながら酔っぱらいの愚痴とか聞いてくれてさ。
さっき言ってた先生とか、妖怪の友達とかも常連になったりして……」

軽口を叩いているうちに、屋台の提灯に火が入った。
薄闇の海岸に、針で穴をうつような明かりが灯る。
他に、光は無い。
土手からのびた海岸は東に向かって水平線があったので、日没に向かおうとする太陽の光なんてどこにも無かった。
鈍色をした波がゆっくりゆっくりと、穏やかな音で打ち寄せる。
これが夕日の沈む海岸だったら、ドラマでよく見かける『青春する若者たち』が似合ったのだろう。
例えば。
水平線に夕日が半分だけ沈んだ海岸で、6、7人の男女がじゃれあうように遊んでいる。
波打ち際を走って、ひざ下まで波に浸かって、笑顔で水をかけあって。
その中には、海水で髪とシャツを濡らした数年後の浦飯もいて、そんな浦飯を指差して笑っている髪の長い女性がいて。

(……なんてね)

そんな幻が、一瞬だけ見えた。

337天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 22:01:04 ID:A3R4pZ5g0

ディパックを背負い直し、海へと背を向ける。

「もう、いいのか?」
「うん。できるだけ『更生』ってやつ、やってみる。
そのうちあたしも裁かれる時が来るかもしれないけど、それまでは」
「更生か……どこに行くんだ?」
「やっぱ秋瀬との合流になるのかな……あれ? 御手洗とかいうヤツを追ってたんだっけ? とにかく来た道、もどろ」

『もどろ』と口に出してから、そもそも浦飯を付き合わせる義理があるのかな、と気づく。
今まで一緒にいたのは、ほとんど『女一人を放っておけない』という浦飯のお節介みたいなものだ。
しかし当の彼はというと、どんぶりを雑に片付けて出発の準備を始めていた。

「ねぇ」
「なんだ?」
「あたしたちって、結局、どういう関係なんだろ?」

一緒にいるための、これと言った理由はない。
しかし、浦飯はすぐに答えた

「友達(ダチ)じゃねぇか?」

その答えは、常盤の想像を外れていた。

「男と女で、友達?」
「おかしくはねぇだろ。俺にも、螢子は別にしても、ぼたんとかいたしよ」
「ふーん。男友達、か」

まさか、男から”友達”呼ばわりされるなんて思わなかった。
男友達、とその言葉を反復する。
悪くなかった。頼もしい響きがするけれど、しかし近すぎてベタベタしたニュアンスでもない。

「じゃあ、”友達”からの命令。あたしより先に、死なないで」
「おう。てめーより長生きするだけならな」

最初に出会って、殺し損ねて追いかけられた時は、頼ることをよしとしなかった。
他に相手とする女性がいる男に、寄りかかることなんてできないと思っていたから。
でも”友達”なら、少しだけ許せるかもしれない。

「あたしがいなくなったら、その時はよく考えて。
自分のこととか、どうしたいか考えて……その後は、浦飯の好きにしていいよ」
「不吉なこと言ってんな。裁きだかなんだか知らねぇが、てめーはそこまで悪いヤツにも見えねぇよ」

失ったものの代わりにはなれないけれど、せめて前くらいは向いていてほしかった。
彼が諦めかけている地に足のついた幸せを、
常盤が諦めてほしくないと望むのも、”友達”としてのわがままだろうか。

そこから太陽は見えなかったけれど。
会場のどこかではきっと、沈む夕日が茜色に輝いていて。
それは同時に、夜が始まるということでもあって。
ちょうど、地獄の催しが始まってからきっかり十八時間を知らせるコール音が鳴った。





死んでもやりなおしがきく人生を。
しかし、死んだらとりかえしがきかない人生を。

天使の翼を持たない人間は地を這いずって、死ぬまで生きていく。


【E-6/F-6との境界付近/一日目 夜】

338天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 22:02:55 ID:A3R4pZ5g0

【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲 、全身打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]: 基本支給品一式×6(携帯電話は逆ナン日記を除いて3台)、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達、パンツァーファウストIII(0/1)予備カートリッジ×2、 『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0〜6、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲、警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達、木刀@GTO、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様、
ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則
基本行動方針:なかったことにせず、更生する
1:足掻く
2:浦飯に救われてほしい
3:秋瀬と合流する
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。


【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、貧血(大)、左頬に傷
[装備]:携帯電話
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1〜3
基本行動方針: もう、生き返ることを期待しない
1: ――――。
2:常盤愛よりも長生きする。
3::秋瀬と合流する

339天国より野蛮  ◆j1I31zelYA:2014/09/10(水) 22:03:28 ID:A3R4pZ5g0
投下終了です

340名無しさん:2014/09/11(木) 20:59:02 ID:FI9P0r8Y0
投下乙です

この二人もいいコンビなんだよなあ
その二人のしんみりとしていい雰囲気がよく書けてるわあ…
よかったです

341解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:17:52 ID:gTKxbL7.0
「――ぷはァ。で、おい。都合が悪くなったら閉じ込めて、良くなったら出して、ご感想のほどをまずは伺いたいね」

 開口一番で憎まれ口を叩くテンコに、白井黒子は呆れるよりも安心する気分を味わった。
 渋るテンコを半ば無理矢理デイパックの奥に押し込んだのは他ならぬ黒子であるのだから、「大丈夫か?」などと言われようものなら黒子こそが答えあぐねるところだった。
 不満そうな様子を隠しもせず、デイパックの縁で頬杖をついてギロリと睨むテンコに、黒子は「それは謝ります」と頭を下げた。

「アホ!」
「あいたっ!」

 べしっと頭を叩かれた。思ったよりも重量の乗ったテンコのジャンピングブローが黒子の脳を揺らした。
 遠巻きに見ている七原秋也が、何やってんだあいつらとでも言いたげに大仰に肩を竦めた。

「なんだよもう! やっぱとっくに解決してんじゃねーか! すまし顔で言いやがって! オレなんかいなくてもお前と、ええとシューヤでよろしくやって整理したってか! ざけんな!」
「え、ええと……」
「言わせんなよ! オレなんかいらなかったってことだろ! オレじゃお前の愚痴だって聞いてやれないってことなんだろが!」

 がーがーとがなるテンコは既に涙目で、それは怒っているというよりも拗ねているようでもあり、仲間はずれにされたという寂しさがあるようでもあった。
 実際、状況だけ考えてみればそうとしか取れず、黒子自身もあの時はどうしようもない、という気持ちでしかなく、テンコに話を聞いてもらおうなどとは考えもしなかった。

「別によろしくなんかやってない。それにこっちからも言わせてもらうが、じゃあお前がいれば解決したのかって話にもなるが」

 さらに厄介なことに、七原がそこに割り込んできたので、黒子は「まずいですわ!」という顔になった。
 七原にしてみればテンコなど事情も知らないただのマスコットでしかなく、
 黒子と七原の間にある深い断絶、絶望の深さ、進もうとしている道は一歩間違えば破滅であることなど分かりようもないというところだ。
 それを脳天気に「オレも混ぜろ!」などと言おうものなら七原の感情を刺激することは疑いようもなく、黒子は己の不明を恥じた。
 しかしテンコもテンコで言っていることは正しくはあり、黒子は言い返しようもなかったというか、
 キレられていることに安堵すらしていたので、七原のように正論で黙らせる側に回るわけにもいかなかった。
 が、そんな黒子の困惑と焦りと葛藤など意に介してくれるわけがなく、七原の言葉を受けたテンコが「あぁ!?」と剣呑な言葉で答えていた。
 黒子はこの瞬間、あ、止められない、と他人事のように思った。

「勝手言ってんな! オレはそんな偉くねーよ! 止められんならとっくに止めてるわバカヤロウ! オレが言いたいのはテメーら揃いも揃って自分勝手なんだよ! 身の程知れってヤツだ!」

 その言葉を受けた瞬間、七原のこめかみがピクリと動いたのを黒子は見逃さなかった。
 アカンこの子地雷踏み抜くどころか地雷原で踊ってますわ! と黒子は顔を蒼白にした。
 身の程を知れ、などと目の前の珍獣、それも子供のようにがなり立てるようなのに言われようものなら、七原は多分理屈と論理をを持ってテンコを黙らせにかかる。
 徹底的に現実を目の当たりにしてきた七原の言葉は重く、ひたすらに、冷徹なまでに、理しかないのだ。

342解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:18:38 ID:gTKxbL7.0
 黒子はそれに抗する言葉を持ち得ない。術を持ち得ない。できることと言えば、場当たり的な対処でしかない。それが七原曰くの「中身のない空っぽの正義」だ。
 誰が死んでも、親しい者が殺されようと、敵討ちや復讐をしようとは思わず、『なにか』が裁くに任せる。
 自分で裁こうとは思わない。それをするのは自分ではないという観念がある。それは七原……いや、『理』からすれば判断を放棄し、ここでは意味のないものに縋り付いていることでしかない。
 ここには『正義』なんてものはない。殺さなければ殺されるし、自らが侵される、侵略される恐怖を克服するためには、形のない正義に成り代わって自らが『正義』になるしかない。
 殺さなければ殺される現実を認め、それまで信じていたものは無力だったと認め、はっきりとした価値観を己の中に作り上げ、冷徹に世の中を見据え、為すべきことを為す。
 今必要なのは、綺麗事と言う名の幻想に身を委ねている己を殺し、己の価値観に従って行動することだ。万人の考える『正義』はなく、あるのは己の中に唯一つ打ち据えた頑強で揺るがない『正義』。
 それさえあれば曖昧で形のない、ぼんやりとした万人の正義に惑わされることはない。苦しむこともない。壊れて人間でなくなってしまうよりはマシだ――。
 七原が言いたいことはきっと、そういうことだ。黒子も言っていることは正しいと分かる。いや、紛れも無く正しいのだろう。
 環境に合わせて変えていくのは当然の事であるし、そうなっても誰も責めはしない。各々の中に各々の考えを持つようになった時点で、誰がどういう考え方をしようが気にすることもなくなる。
 誰も否定はしない。誰にも侵されない。――分かっている。分からないほど黒子は愚かではない。赤座あかりが死んだ時点から……、いや、ここに連れて来られた時から心の底では分かっていた。

 だけど、それでも。私は……。

「どうせお前ら、帰ってこないあいつらのことを立派だのなんだの言って、残されてしまった俺達が頑張るとかそんな感じにまとめたんだろ、冗談じゃねえや」
「……なに?」

 だが、テンコの口から飛び出してきたのは自分を置き去りにするなという不満ではなく、既に鬼籍に入ってしまった竜宮レナや船見結衣も含めての、罵倒だった。
 黒子も、そして恐らくは攻撃に備えていた七原でさえも、予想もしていなかった方向への攻撃に対応できずに口をつぐんでしまう。

「本当、冗談じゃねえ。勝手にオレを押し込んで、出たと思ったら死にやがって、何か言おうと思ったらまた押し込めやがって」

 一体何を言っているんだ? 黒子は言葉の中身を理解できない。自分達はともかく、レナや結衣がこうまで言われる理由など、どこを探してもないはずではないのか。
 身を挺して守り、命を賭けて、削って、ついには落としてしまったあの二人を、こいつはなんで責めているのだ? そもそもこいつは、レナや結衣と親しげに話していたこともあったじゃないか。
 それがどうしてこんな口を叩く。何故二人の死を汚すようなことを言う。死人に鞭打つとかそんなのじゃない、役立たずだったと見下げているかのようじゃないか。

「お前」

 頭の中が真っ白に弾け、言葉の意味を論理的に繋げられずにいた黒子の横から、七原が伸ばした腕がテンコを掴んだ。
 思いっきり、握りつぶすように。ギリギリと指にかけられた力は既に柔らかい果物程度なら中身が弾けるくらいには入っていた。
 あまりにも無表情にそれを為す七原は、まるで桐山和雄のように、黒子には見えた。

「何様のつもりだ」

343解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:19:17 ID:gTKxbL7.0
 返答次第ではそのまま殺す。ナイフのように研ぎ澄まされた七原の言葉は、殆ど真っ直ぐな怒りだったと言っていい。
 テンコの答え方次第ではそのまま殺してしまうだろうという確信がありながら、黒子は何も言えなかった。
 あまりの言葉に脳が追いついていなかったというのもあるが、掴まれたテンコが苦しそうにしながらも七原を睨み返していたからだった。
 自分は間違っていない。何の淀みもなくそう主張する視線を、黒子は見ていた。いや、目を離せなかった。薄情者と切って捨てられなかった。

「やっぱりな。お前も、お前も! 死んだヤツが皆正しいと思ってやがる」

 改めて突きつけられた宣戦布告だった。黒子にも、七原にも。お前たちがたどり着いた結論はどっちも間違っていると蹴飛ばす言葉だった。
 違う。否定したいのではない。黒子は拒絶の色もない、心の奥底まで見定めようとするテンコの瞳を見て、それだけは確信した。
 では何だというのだ? 攻撃であることには変わりがなく、そちらに対する結論は得られない。七原も同様に思ったらしく、力の入れ方はそのままに、受けて立つ言葉を返す。

「守ってもらってたお前が、それを言うのか。言う資格があるのか」
「あるね。あいつらはオレからしてみりゃ『逃げた』んだ。死んで『逃げ』やがった。逃げたヤツのどこが正しいってんだ」
「……あいつらはな、立ち向かっていったんだぞ!」

 普段の七原であれば「そんな大声を出すと誰かに気付かれるかもしれない」などと言って窘めるほどの大声だった。
 あまりの声の大きさに、声が反響して聞こえるほどだった。
 それは空間を、空気を、あらゆるものを震わせる魂の慟哭だった。あれほどに黒子の正義をなじり、意味がないと一蹴した七原が。
 死を侮辱されていることに、強い怒りを見せている。
 そうだ、と黒子は思い出す。七原はレナや結衣の死を認めろと言ったし、誰も死なないハッピーエンドなんてないとも言った。
 だが、死そのものを否定はしなかった。二人の死に対して、テンコのように責めるなんてことはしなかった。
 目を逸らそうとした黒子に逃げるなと言った。それほど――、七原にとって『死』とは大きいものなのだと、今更のように黒子は理解した。

「立ち向かってったら死んでもいいのか。それが正しいなら死んだっていいのか! 自分達だけで勝手に行動を決めて!」
「……それはお前の見方だ。あいつらは逃げてなんかいない! そもそも隠れてたヤツが言うんじゃねえ!」
「お前がそう思うんなら、オレはそう思ってるって話だ! それにオレは隠れてたんじゃねえ! 置き去りにされたも同然なんだよ!
 こんなことになるって分かってたら隠れてなんかいなかった! 好き好んで殺させたりするもんかよ!」
「話にならない……。お前は自分を正当化したいだけなんだろうが!」
「正当化したがってるのはお前だ!」

 テンコの言葉もまた正しい。理屈は通っていなくても言い分は認められるものがあり、否定もできない。
 テンコからしてみれば、自分の行動の権利も与えないまま死んでいった二人は置き去りにしていったとも言える。怒るのは、分かってしまった。
 黒子も置いて行かれるような感覚は、何度も味わったことがあるから。知らないまま関われないというのは……無力であること以上に、辛い。
 だが実情を知っている七原からでは、頭ごなしに否定しているようにしか見えない。感情に任せ筋の通らないことをわめいているだけ。
 だがテンコは黒子と違い「レナと結衣はもう死んでしまった」という事実をきちんと理解している。した上で感情を撒き散らしている。
 ゆえに七原は黒子にしたときとは別の怒りを見せているのだ。置き去りにされたとは考えない。託されたと考える。
 いや、そうして自分を少しでも正しいと肯定できなければ……、
 まだ生きている理由があると己を雁字搦めにしなければ、『理』を信奉していられないのかもしれなかった。
 そんな七原と対極にいるテンコが衝突するのはある意味では当然の帰結とも言えた。
 極論ではあるが、七原はレナと結衣を正しいとし、テンコは間違っているとしているのだ。
 己の価値観に従って、自分の理屈をぶつける。わからないならそれでいい。自分の正しさは自分だけが知っていればいい。そんな風に見えた。

344解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:19:46 ID:gTKxbL7.0
 だから。

「ちょっと、待ってよ」

 交わらないことが、無性に悲しくて、黒子は掠れた言葉で割って入っていた。
 しかしそれは思ったよりも強い調子だったらしい。ぎょっとした様子で黒子を見る一人と一匹は、きっと次の言葉も頭から抜けているのに違いなかった。

「なんで、レナさんと結衣さんのことで言い合ってるんですの? 正しいとか正しくないとか、それは私達の視点であって、レナさんや結衣さんが死ぬ直前に考えてたことじゃないでしょう?
 きっとそんなことなんて考えてない、当たり前の人間として、当たり前のことをしようとしただけで……前も後も先も、きっと考えてなんてなくて……」

 結論のない言葉の羅列。断定などできない。真実は分からない。けれど……同じ人間で、僅かな時間であっても同じ時を過ごしたのだから、感ずることは、できた。

「必死だっただけで……それでもなんとか頭に浮かんだ言葉を残して」

 ――――――あと、任せたから。
 そう綴られた紙を取り出す。
 黒子自身、自分が何を言いたいのか判然とはしていなかった。むしろ何かを語ろうとすればするほど、テンコの言いたいことも分かってしまう。
 どうして殺されなければいけなかったのかではなく、どうして死ぬようなことをしたと焦点を変えれば、理解できないと思っていたテンコの言葉もすっと通る。
 一方で、二人が決して自分勝手に死んだのではないことも分かっている。そうでなければこんな言葉を残したりはしない。誰かを、信じたりはしない。
 きっと正しいし、正しくもない。

「そうとしか、生きられなかったんだと思います」

 だが結局のところ、何も分からないし結論もできない。その上黒子には、七原やテンコのように自分を信じきるなんてこともできない。
 恐らくはきっと、この中で最も愚かな人間であるのだろうし、最も凡俗な考えしか持ち合わせていないのだろう。
 それでも。黒子は言葉を重ねるうちに、やっぱり自分は、あいまいで形もはっきりしない正義を信じたいと思った。
 きっとそれは、黒子自身が愚かで平凡な心しか持ち合わせていないからなのだと思える。
 愚かだから『空っぽの正義』を信じていたのではなく、『空っぽの正義』を信じてしまえるから愚かだと言われてしまうのだと思える。
 そう。当たり前の人として、当たり前のことしかできない、そうとしか生きられない人間だから――、
 何かひとつだけを信奉もできないし、これだと結論もできないのだ。
 例えそれで、救えるものが救えなくなったとしても……。

「……すまね。カッとなった」

 黒子の言葉を最後にしばらくの沈黙が泳ぎ、やがて空気が湿った色を見せ始めたころに、テンコはぽつりと漏らして、するりと七原の腕から抜け出した。
 実際のところは、沈黙している間に七原が力を抜いていたのだろう。
 七原もばつが悪そうに顔を逸らし、しかし口にできる言葉がないようで、小さく息をつくだけだった。

345解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:20:35 ID:gTKxbL7.0
「頭冷やしてくるわ。多分オレがガキなだけだから。コースケにもよく言われてたし」
「……お待ちなさいな。私もお供します」

 とぼとぼと離れていこうとするテンコに向かって、黒子が追随する。意外そうに見返してきたのはテンコで、大きな瞳が訝しげにしていた。
 テンコにとっては七原と黒子は同じような考えの持ち主であり、ついてくるなどとは思いもしていないのだろう。

「アイツ置いといていいのかよ」
「テンコさんに逃げられても困りますし」
「逃げねーよ」
「七原さんも、私の目がない間にやりたいこともあるでしょうし」

 振り返って、黒子は七原に対してライターを擦るような仕草をしてみせる。テンコ以上に意外そうに目を丸くしたのは七原で、
 お前それはいいのかと口に出さず指差し動作で伝えてきたので、黒子はぷいっと顔を背けた。目撃していなければ実際やったかどうかなど分からないことだ。
 黒子は今は目撃しないことにしておいた。それに、七原とは別に黒子も黒子でテンコには言いたいこともあった。

「……勝手にしろい」

 心底うんざりしたという様子で、テンコはのしのしと歩いてゆく。
 黒子ももう七原の方を振り向くことはなく、その後を追った。

     *     *     *

「全く、落ちぶれたもんだ」

 黒子達が視界から消えたことを確認してから、七原は疲れたという様子を隠すつもりもなく、地面に身を投げ出した。
 本当に疲れた。体力の浪費でしかない言い合いをどうしてする気になったのか。他者の戯言と流すことがどうしてできなかったのか。
 そもそも現在の状況を考えれば、ここで二手に別れることは危険な行動ではないのか。
 人数が減ったということは貴重な戦力もなくなり、敵に対する攻撃力も防御力も低下しているということだ。
 こんなところで寝ている暇などないだろう。状況を認識しているなら今すぐ起き上がり白井達に合流して、先程の言い合いは適当に落とし所をつけて……、

346解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:21:08 ID:gTKxbL7.0
「やめだ……」

 そういうのを『大人の判断』ということに気がついた七原は、クソくらえという毒と一緒に思考を蹴り飛ばす。
 虫唾が走る。大東亜の大人達の薄汚い顔も思い出した七原は、五分の間だけ判断をかなぐり捨てることにしたのだった。
 気持ちを少しでも切り替えられないかと仰向けになって空を眺めてみるが、既に陽が落ちた空は雲の影で見える程度で、陰鬱とした気分を晴らす足しにもなりそうになかった。
 ならば物に頼るに限る。せっかく黒子が目こぼししてくれたのだ。やらない手はないと七原は煙草を口に咥え、火をつける。
 思い切り吸い、吐き出す。それだけの行為が妙に心地よい。煙草の成分だけではなく、吐き出した煙と一緒に、一時的に賢しい考えを捨てられたように思えるからかもしれなかった。

「言いたい放題言ってくれるぜ……」

 思い出したくなくとも、直前まで言い争っていたテンコの言葉が浮かんできてしまう。
 勝手に死にやがって。置き去りにされた。
 ロクに状況にも関わっていない奴の言い分、と退けつつも、テンコが言い放った言葉の力に絡め取られている自分がいることも認識していた七原は、オーケイ認めよう、ととっくの昔に燃え尽きて灰になっていたはずのものに声をかけた。
 多分それは、昔から声に出したくても出せなかった嘆きの一部であり、今を生きながらえている七原秋也になるために捨てなければならなかった弱さであり、闇なのだろうと思った。
 口に出してしまえば呪詛になり、己を冒し、朽ち果てさせる猛毒。他者の……それも人間でもない奴の口から聞かされることになるとは笑えない話ではある。

「どうしてこうも、俺が選ばなかった最悪の道を選ぶような奴ばかりと出会うんだろうな」

 白井にしろ、テンコにしろ、選んでしまえば破滅か自滅かの二択しかない道を進んでいる。
 自分が利口などというつもりは毛頭ないが、ならばこの数奇的すぎる出会いは一体何だというのか。
 運命や宿命などというものは七原は信じていなかったが、縁というものだけはまだ信用はしていた。
 慶時、三村、杉村、川田、典子、そして桐山でさえ。出会っていなければ今の自分はない。思うところは数多いが、呪うつもりだけはなかった。
 憎んでしまえば、自分を置いていったとその死を怨んでしまえば――、残された選択肢は二つしかなくなる。
 世界を呪い続けて死ぬか、死者を踏み躙って奪う側に回るか。七原はどちらでもない、その死を糧に、因縁を結んで、戦い続ける道を選んだ。
 考えは変えるつもりはないし、揺らぎはしない。勝つまで続けてやると心に誓っている。

「勝たなきゃな」

347解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:21:32 ID:gTKxbL7.0
 その言葉を締めくくりにして、七原はつかの間の休息を終えた。たった数分の間とはいえ、とりとめのない思考に身を浸して考えていられたこと自体は悪い気分ではない。
 それが生産的、建設的かどうかはともかくとして、久々に自由な感覚を得られたという実感があり、この一点についてだけはテンコに礼を言ってもいいくらいだった。
 今まではずっと、眼前の事態をどうするかだけしか考えてこなかったのだから……。
 立ち上がり、少しのびをして体をほぐした七原は、気持ちばかりの駆け足で黒子とテンコが向かったであろう場所に移動を開始する。
 そういえば、と七原はそろそろ放送の時間帯でもあることを思い出した。禁止エリアがどのように設定されるかを聞き逃してはならない。死者の情報についても同様だ。
 ここまでくれば流石に白井も錯乱することだけはないだろう、と七原は思っていたが、不安要素はあるにはある。さらにテンコもいる。むしろ騒ぎだすとすればこちらだ。
 なるべく、放送が始まるまでに合流した方がいいだろう。研究所内に残してきた荷物の回収もある。早いに越したことはない。
 七原は駆け足を、さらに速めた。

     *     *     *

「で、言いたいことってなんだよ。早く言えよ」
「……前置きはしておきますけど。別にテンコさんを否定しようってわけじゃないですの」

 どうだか、といった風に鼻息を荒くし、テンコは手近にあった小さな岩の上に座って黒子の攻撃に備えているようだった。
 黒子には座るような場所はなかったため、樹の幹に体を預ける形でテンコとの話を再開する。

「テンコさん、これだけは何があっても信じられる……、いえ、そのためになら死んでもいいと思えるようなものはあります?」
「なんだそりゃ。殉教者か? …………んー、まあ、役に立ってやっていいと言えるのはコースケくらいだが」
「そうですか」

 黒子にとっての御坂美琴。だとするなら、テンコの考え方には『コースケ』の思想が深く根付いているはずだった。

「そのコースケさんがここにいるとしたら、やっぱり怒っていたでしょうか。テンコさんみたいに」
「そりゃ間違いねえよ。アイツは自分より誰かが死ぬのが死ぬほど嫌いだからな……。『死ぬつもりなら行かさねえ。オレが絶対に行く』くらいのことは言うだろうしやるだろうぜ」
「それ、さっきのテンコさんじゃないですの」
「違うよ。オレは多分出来なかった。いや実際出来てないしな……。オレ、基本的に他人ってヤツが嫌いだったからよ。それが今も尾を引いてる」

 初めて聞く言葉だった。溌溂としていて闊達なテンコが人嫌いだったという話は意外で――、いや、話そうとはしてこなかったのだろう。
 テンコは苦笑して「んな困った顔すんなよ」と努めて軽く言った。

348解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:21:58 ID:gTKxbL7.0
「オレの種族ってヤツは今までさんざ迫害を受けてきたからな。ヒトなんて信じられねえ、自分勝手な野郎ばかりだって考えが今もまだ根付いてる。
 コースケのお陰でちょっとばかしは信じてもいいって程度になっただけだ」
「だったら」
「最初からクロコと別れていりゃ良かった、んだろうけどな。こうして今不貞腐れてるくらいならそうしときゃ良かったんだろうさ。でもよ、なんか出来なかった」
「なんかって……」
「なんでだろうな……」

 自分でも不思議だと言わんばかりに、テンコは長い溜息をつきながら虚空に漏らした。
 理屈でも感情でもない、不可視の力によってここまで来てしまったのだという感嘆が含まれているようでもあり、黒子はテンコが見ているものを見たくて、テンコが視線を向けた先に目を凝らした。
 しかし黒々とした夜の闇が見えるばかりで、何も分かりそうはない。正確な答えなど、ないということなのだろう。

「言っとくけど、あいつらが嫌いだったわけじゃなからな。でもやっぱり除け者にされたって考えは変わらねえ。あいつらが言わない限り変えない。
 ……だけど、もう何もあいつらから答えは聞けない、聞けないんだよ、ちくしょう」

 過去から堆積してきた人間への不信と、ある人間との出会いによって変化してきた『今』、そういうものがない交ぜとなって憎まれ口として飛び出してしまったのだろう。
 それはそれで、遥かに人間らしいとも黒子は思ってしまう。死は簡単に割り切れるものでもなければ、単一の感情だけでまとめられるようなものでもないというのは、
 水が喉を通るようにすとんと落ちてくるものだった。もっと複雑に感じてもいいし、すぐに結論を出せるようなことでもないというのは、分かっていたはずなのに。

「でも、こういうこと言うとコースケは多分ぶん殴りそうなんだよなあ……。死んだヤツのこと悪く言ってんだもんなあ……。そういう意味じゃシューヤもコースケと同じか……」
「なら、相手が私で良かったですわね」
「それは違いない」

 うむ、とテンコが頷くのを見て、黒子はやはり、自分は中途半端な人間なのだと思ってしまう。
 テンコが悪態をつきたくなってしまうのを理解できる一方で、七原が言うような、この場でそのようにごちゃごちゃと正負の感情を混ぜて考えるのはいつか死を招くというのも正しいと分かっている。
 狂いきれず、正しさに染まりきることもできない。当たり前のことというものを捨てられない、凡庸で特別などではない人間……。

「良かったのかもな、クロコがいてくれて。なんというか、多分、一番お前がまともだよ」
「え?」

 出し抜けに紡がれたテンコの言葉が唐突すぎて、黒子はぽかんと口を空けて間抜けな声を出してしまっていた。
 勘違いすんなよ、とテンコは前置きしてから、しかし今度は刺の抜けた柔らかな口調で続きを言う。

「クロコが正しいってことじゃない。コースケが言いそうなことをシューヤが言ってんなら、きっとシューヤが一番正しいんだろうよ。でも理屈じゃねえんだ。
 昔のオレが、『あいつらはオレを置いてったんだ』っていうのに頷いちまう。理屈じゃ自分は切り離せないんだよ。でもそれを分かってくれるヤツがいなきゃ、オレはきっと悪者でしかなくなる」

 いや、一歩間違えばそうなっていたのかもしれない。黒子が七原の言葉に頷いていれば。テンコは単なる身勝手者として扱われ、放り出されていたであろうことは想像に難くない。
 訥々と語るテンコは、どこか安心しているようにも見えた。まとも、の言葉の中身。その輪郭がぼんやりと掴め始めてきた黒子は、身を固くして言葉の続きを待った。

349解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:22:25 ID:gTKxbL7.0
「正しいことは分かってる。でも正しくなくても信じてしまうものがある……。クロコの中にもあるんだろ?」
「それは……」

 ある、と言い切ることはできなかった。言い切れるほど確固としたものではなく、口に出していいのかどうかも定かではない、なんとなく、にしかなっていないなにか。
 そんなものに縋っているなんて馬鹿らしいとさえ言い切れてしまうもの。誰も救えないとまで言われてしまったもの。
 ――ひとの心の中にある、誰もが持っている当たり前の感性というもの。

「別に言わなくていーよ。多分オレじゃ理解できない。出来てたら、シューヤにガチでキレてねえだろうしな。オレから言えるのは、お前がいたからオレはオレを悪者にしなくて済んだってことだけだ」
「……それって」
「はけ口になったってことだよ、最後まで言わせんな」

 憎まれ口を叩くと、テンコはぴょんと岩から飛び降りて、会話の時間は終わりだと示した。
 結局、テンコの話を聞くだけの形ではあったが、本来黒子が聞こうとしていたことはテンコが話してくれたのでおおよそ目的は達せられた。
 迷い、惑い、これだという答えを出しきれない人達。敵と出会っても敵と認めきれず、同情さえしてしまう人達。
 正しくなんかない人達。
 私は、きっと、それを捨てられないから――、

「――ロコ、クロコ! なんか奥に……!」

 黒子の中で結論が固まりかけた、その瞬間だった。
 何かを叫んで、目の前で大きく跳ねていたテンコの体が、赤いものを撒き散らしながら吹き飛んでいったのは。
 飛沫の一部が黒子にかかる。妙に粘度が高く、まるでよく煮込んだソースのようでもあった。

「ハハハ、ヒャハハハハハッ! まずは、一匹……、お前、どうだ気分は」

 耳障りな高笑い。夜の闇が濃くなってもなお爛々と光る深紅の色をした瞳。
 黒子の全身が総毛立つ。こいつは、間違いない。今テンコに致命傷を与えたと思われる、こいつは……!

「言ってみろよ、置き去りにされた気分をよォ!」
「切原赤也……!」

350解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:22:47 ID:gTKxbL7.0
     *     *     *

 この世で一番の呪いがあるとするなら……それは、きっと言葉だ。
 言葉がどこまでも自分を苦しめる。いつまでも体内の奥深くに沈積し、毒を生み出して痛みを与える。
 俺は、ひたすら苦痛だった。頭の底がひりつくように熱い。どんなに忘れようとしても浮かんできてしまう。

 たるんどる。

 亡霊の言葉。未だに聞こえる……、いや、『ここ』を自分の居場所と定めたときから、より鮮明になって聞こえてくる言葉だった。
 副部長。分かってるんですよそんなことは。俺だってガキじゃない。人間を殺しても副部長が戻ってこないなんてとうの昔から知ってますよ。
 でもあんたはもう戻ってこないんだ。殺しをやめたってあんたは戻ってこない。あんただけじゃない、手塚国光も跡部慶吾も。どんなことをしても戻ってはこない。
 ならせめて殺しはやめろって? 冗談じゃないですよ、俺の一番大切な宝物をブッ壊されて黙ってたら負けでしょ? 怨みぐらい晴らさせてくださいよ。
 それに……、そんな俺を、きっと、これから殺しにいく『悪魔』達は誰も分かっちゃくれないんですよ。殺そうとしてますからね、そりゃそうでしょ。
 だから俺はあいつらにとっちゃ『悪』でしかないし、それで上等っすよ。俺もあいつらは血も涙もない最低野郎どもだとしか思ってないですからね。
 耳を貸してくれるかって期待した連中も、結局俺を置き去りにしやがった。綺麗事を言いたいことだけ言って、残される俺のことなんか考えもしないで。
 じぶんを信じろって? 悪魔じゃないからって? なら生きててくれよ。生きて俺の味方を、なんでしてくれなかった。
 俺を救う言葉を吐くくらいなら、なんで俺に殺された。できないなら最初から吐くんじゃねえ。ただの言い逃げだ。俺にとっちゃ最悪の呪いだ。

 こんなのがただの感情だなんてことも、分かっている。
 でもこうすることでしか――、この無茶苦茶な感情を俺だけは正しいと思わなきゃ、俺は発狂する。
 狂って、野たれ死んで、怨みも晴らせず負けて死ぬよりは、このまま全部殺しつくしてから死ぬ方がマシってもんだ。
 そうさ、だから、俺は、俺は……。

     *     *     *

351解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:23:32 ID:gTKxbL7.0
「どうした! 反撃しないのかァ!? ほら、今なら俺はまだ無防備だぜ! 俺がワンゲーム取ったから、次はお前のサーブだ。俺を止めてみろよ、前も、それにさっき言ったみたいにさぁ!」

 哄笑する赤也。持っていたラケット、それにデイパックを無造作に地面に放り、挑発するかのように手をぶらぶらとさせる。
 丸腰の完全なノーガード。絶好の攻撃チャンスだというにも関わらず、目の前のツーテール女は歯をギリッと噛みしめるのみで何もしてこようとはしない。
 どこまでも汚い女だと赤也は思う。奪ってやったのに、あの女から奪って、置き去りにしてやったというのに。
 性懲りもなく「あなたを、止めます」という言葉が出てきたとき、赤也はこの女をいたぶって苦しませてから殺してやると決意した。
 物陰から機を伺い、最も油断したと思われるタイミングで、弱そうな方から不意打ちをかけて殺したという、悪役の見本のような真似までしてやったというのに。
 反吐が出る、と赤也は思った。

 怒れよ。憤れよ。嘆けよ。お前は今俺と同じになったんだ。こんなどうしようもないクソみたいな世界に置き去りにされたんだ。
 醜い心を出せ。何もかもが間違ってるこの世界で、正しいのは自分だけなんだと言え。全てを呪え。そして殺しあって、忘れようぜ。
 俺達はただの敵同士なんだから。敵を倒す自分は正しい。そうだろ。俺達は殺しあっているときだけ正しさを実感していられるんだ。
 倒すべき敵と戦っているときだけ――、俺達は苦しみから解放されるんだ。そう、これは……これは、戦争(テニス)だ!

「理屈じゃ、ない」
「……は?」

 赤也は言葉を待った。どんなことでもいい、自分を悪かどうか確かめようとする言葉でもいい。何かを言えば、赤也は徹底的に神経を逆撫でするような口を叩くつもりだった。
 だが女の口から飛び出てきたのはどれでもない、まるで独り言のように呟かれた「理屈じゃない」という言葉だった。
 話す気がないのか、それとも錯乱でもしているのか。しかし「あなたを止める」という台詞も耳にしていた赤也は、そうじゃねえな、と思い直す。
 哄笑を吹き消し、つま先を、落としたラケットの柄にかけながら赤也はその次を待つ。
 つまらない事を宣うのならば、すぐにでも痛めつけてやる。錯乱させる暇なんて与えない。

「理屈じゃ自分は切り離せない。私が私でしかないように、あなたもあなたでしかない」
「はっ、なぞなぞのつもりか?」
「だから、たとえ間違っていたとしても。自分を裏切らないために、正しいと信じるために、自分で自分を殺してしまわないために。あなたはそれをなさるのでしょう?」

 話す価値はないか。そう思いかけていたところから、懐に隠されていた鋭い刃を喉元に突き付けられたように赤也は感じた。
 一瞬息が止まる。心臓の鼓動が跳ね上がる。頭の髄を揺さぶられ、鷲掴みにされた感覚があった。
 心を読まれた、などという生易しいものではない。識られている。ネットを飛び越えて、こいつは赤也のコートに踏み込んできたのだ。
 敵……いや、違う。ランクが一つ違う。ただの敵ではない。同じ目線に立ち、同じ地平に立つこいつは――真実の敵だと、赤也の感覚が告げていた。
 吹き消したはずの表情が再び笑いに戻る。しかしそれは侮る哄笑ではない。歓喜の笑みだった。

352解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:23:56 ID:gTKxbL7.0
「分かったような口を利くじゃねぇか」
「私は先程、あなたのような方とお話しておりましたから。
 人を恨みもするし、信じたくもなる。そんな自分を捨てられない、愚かでどこにでもいる当たり前の方と」
「……なぁるほど、さっき殺したのがそいつか。そうかそうか、俺みたいなのが死んで良かったな? 道理で動じてないわけだ」
「いいえ、置き去りにされたと思ってます。あなたの言うように。私に危険を知らせるくらいなら、逃げるなり隠れるなりすれば良かったのに……」

 女が拳を強く握り、震わせる。怒っているのだと分かる。だがそれは赤也が当初意図していたのとは違い、怒りの対象は殺した獣に向いているようだった。
 意外な成り行きではあった。先程殺した二人のようになるかと思えば、今度は赤也が自分の知る全ての知り合いに対して思っているように、この女は怒っている。
 それはそれで、赤也には喜ばしいことだった。先程感じたことは正しかった。同じ地平に立っている。同じ場所に墜ちた同類がいる。嬉しかった。

「ヒトなんかまだまだ信じられないみたいなことを言ってたくせに、結局こうして庇って。竜宮さんや船見さんと同じ。同類です。本当に……」
「そういうこった。最後には誰も彼もが自分勝手に置き去りにしていくんだ。俺達のことなんか考えもしねぇ、テメェの論理だけを押しつけてな。だから――」
「――それでも。私は、白井黒子は、あなたを止めます」

 赤也の言葉を遮り、凛とした姿勢、強い口調、そして真っ直ぐな思惟を伴って、女――、黒子はは赤也を見返して言い放つ。
 あなたとは同類だ。だがあなたとは違う。だから止める。放たれた矢のような視線に射竦められ、赤也は次に言うはずだった言葉を失う。
 代わりに出てきたのは「なぜ」という困惑の呻き。
 お前が俺と同類なら、お前は強くなんかないはずだ。強がってんじゃねえ。お前は何を信じている。
 困惑はやがて、強い反抗の思惟へと変わる。赤也はつま先でラケットを蹴り上げ、空中に浮かせ、利き手で掴み、同時に礫を宙に放っていた。

「何も信じられないような『俺』が! いい子ちゃんぶってんじゃねェぞ!」

 ラケットを振り抜く。『悪魔』の超人的な膂力によって打たれた礫は殺人的な加速力を得て一直線に黒子へと向かう。
 この距離で視認してから動いたところで回避する暇はない。しかし黒子は全く身を動かすことなく、フッとその場からかき消える。
 瞬間移動。先の戦闘でも使われたことを思い出した赤也は、ちっと舌打ちして、木の幹に当たって跳ね返ってきた礫を器用にキャッチする。

「分かってんだろうが。そんな綺麗事が無意味で何の力も持たねェってことくらい。そう抜かす奴から死んでくんだ。
 綺麗事で俺達を否定する奴も、肯定する奴も平等にだ。言いたいだけ言って俺達を苦しめる。死んで勝ち逃げだ。俺はそれが許せねぇんだよ。
 お前だって、何人から言われた? 何人に勝ち逃げされた? さっきの放送じゃ何人知り合いが死んだ? 言ってみろよ?」
「……っ、放送……?」

 声は真後ろから。すかさずバックハンドで礫を放つ。手応えはないが、黒子が赤也の真正面に移動してくる。
 その表情に焦りがあったのを、赤也は見逃さない。

「なんだ聞き逃したってか? それともバッグの中にでも入れてて気付いてなかったか? まあいい、俺が教えてやるよ。さっきの放送で死んだのは――」

353解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:24:24 ID:gTKxbL7.0
 滑らかな口調で死者の名前をひとつずつ挙げてゆくと、そのうちの一人に大きな反応を黒子が示した。
 明らかな動揺。明らかな隙。それを見逃すほど切原赤也というテニスプレイヤーは甘くない。
 すかさず礫を取り出しラケットで打ち出す。黒子は赤也の正面にいたため動作は見えていた。しかし能力の行使に精神の影響でも出たのか、
 回避の瞬間移動は少し横にズレただけで先のように大きな距離を移動していない。そうなることを赤也は分かっていた。
 テニスでもメンタルは試合運びに大きく影響するからだ。ワケの分からない超能力であってもそれは同様。そして、次の一手は既に打ってある。
 『取り出した礫は二つあった』。移動した後の黒子がまだ宙に浮いているもう一つの礫に気付いたようだが、遅い。
 二射目。間を置かず放たれた二射目の礫は、黒子に能力行使の暇も与えず右手に直撃させた。まずは利き手を潰す。
 違っていても今度は反対を潰せばいいだけの話だった。
 プロのテニスプレイヤーの打球を受け、なおかつ打球が硬い礫であれば甚大なダメージは免れない。
 黒子は右手をやられた上に球威に耐えられず吹き飛ばされ、無様に地面を転がる。

「ヒャハハハハッ! ビンゴォ! やっぱりいやがったみたいだな。さあ言ってみろよ、ミサカミコトって奴が死んだ感想をよォ!」

 赤也はゆっくりと、倒れた黒子に近づいてゆく。
 あの動揺の走り方からして、相当親しい間柄であったことは想像できる。普通に放送を聞いていれば、ショックで崩れ落ちるくらいには。
 止めようなどとほざいている黒子の知り合いだ。同じように綺麗事を言うような奴で、さぞ立派な奴だったのだろうと赤也は想像する。

「俺も一人死んでたよ。遠山金太郎ってガキでな。そんなに知ってる仲じゃねえが、能天気でバカほどテニスが好きな、いいプレイヤーだった」
「うっ、ぐ……」

 ダメージは思いの外あるらしく、起き上がろうとするが上手く力が入らないようだ。
 赤也は周囲に警戒を払いつつさらに黒子に近づく。

「いい奴から先に死ぬ。でも悲劇なんかじゃねえ。勝利宣言して逃げてっただけだ。こっちから何もできないのを良いことにな。
 正しいことをして死ねば残った奴が魂を引き継いでくれるとか思ってやがるし、改心してくれるとか思ってやがるんだ。副部長も、あの女どもも」
「……そう、でしょうね。正しく受け止めてくれるとばかり思ってる……」
「はっ、やっぱ分かってんじゃねぇか」
「……正しいからって、それがひとを救うとは限らない……。いえ、それが却って毒になってしまうようなひともいる」
「そうだ。後を継いだって、どうしたって……もう取り返しがつかない。俺は別に自分の志なんてなかったんだ……。
 こんなゲームなんてどうだっていい。俺はただ、皆でテニスがしたかっただけなんだ……。テニスの試合をして、勝ちたかった……」
「……そんな『過ち』を、あの人達は認めてくれないと思ったから」
「俺は俺だけを正しいと思うことにした。お前の考えてる通りだ。間違ってる俺を正しいと。
 お前なら分かるだろ? 誰も守れねェ矛盾した正義を抱えたお前なら。そして、俺に残された道はただ一つだ」
「ぐうっ!」

 倒れた黒子の、礫を直撃させた右手。赤也は容赦なくそれを踏みつけた。くぐもった声に合わせて黒子の体が跳ねる。
 相当の激痛であることは容易に想像がついたが、構わず靴底をぐりぐりと擦りつける。

354解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:24:48 ID:gTKxbL7.0
「立海大付属は常勝不敗。俺に残されたものはそれだけだ。勝って勝って勝ち続けて、間違った俺が最後には絶対に勝つんだってことをどいつにもこいつにも分からせる」
「……かはっ、それ、で、勝って……どうする、んですの」
「喋れる余裕があるのか、ちっ」

 横腹を思い切り蹴飛ばす。頭でも良かったが、それでは気絶してしまう恐れがあった。
 気絶なんてさせない。逃げさせない。ボロボロにして、痛めつけて、抵抗の口も利けないくらいにしてから殺す。
 蹴られた黒子は何度か地面をバウンドし、いくらか転がった後に止まった。

「言ったろ、それしかないって。勝った先なんてねぇ。終わりなんてねぇんだ。勝つ俺を示し続ける。俺の未来なんてとうに死んじまってんだよ」

 空っぽの立海大付属テニス部。そんなものでも、赤也は縋ってしまう。黒子が言うように、いまさら自分を切り離すことなんてできないのだ。
 違う、間違ってる、まだやり直せる。分かり切っている。それでも――自分は自分でしかないから。
 だから俺は、大人になれない。

「……ひとりで勝ち続けて……全部振り払って……でも、それは」

 まだ減らず口を叩けるのか。
 転がった先で黒子が掠れた声を出すのを聞いて、赤也は少し早いと思いながらも左腕を潰すために礫を取り出す。
 骨を狙って、折れるまで球を叩きこんでやる――。

「……寂しい、ですわよ」

 そう考え、礫を宙に放った赤也は、しかしそのまま硬直した。
 寂しい。間違ってるではなく、そのように考えるのは寂しいと。白井黒子は投げかけたのだ。
 大切な人、が、『どっか』にいるって、それだけ、信じて、くれても――。
 突然反芻されるあの時の言葉。嘘吐きの言葉。勝ち逃げした奴の言葉。未だに俺を苦しめようとする言葉……!

「だったらなんだってんだ!!!」

 ざわりと、まとわりつく虫を払おうとするように赤也は礫をラケットで打ち出す。
 しかし狙いをロクにつけていなかったためか、礫は明後日の方向へ飛んでいき、黒子には掠りもしなかった。

「本当は、それだけじゃないかもしれない……。正しさだけを伝えようとしたんじゃない……。生きて、欲しかったから出した言葉だってことも、あるかもしれない」
「……そんなワケがあるかよ! だって、それなら、なんで俺に殺され……俺より強いんなら、俺を止められるはずだ! 弱いから、正しいことしか言えないから俺が殺した!」
「そうじゃない……。たとえ殺されるかもしれなくても……、そうとしか生きられなかったから……! 当たり前の人間として、当たり前のことをしようとしたから……!」

355解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:25:24 ID:gTKxbL7.0
 血を吐くように論理を紡いで、白井黒子は立ち上がる。当たり前のこと。礼儀を守る、困っている人がいれば助ける――。
 誰もが持っている道徳。こんな殺し合いの場でも無意識のうちに出してしまう、手を差し伸べる優しい気持ちのこと。
 普通に生きていれば、どうしようもないくらいに奥底に根付いてしまっているもの。
 人を愚かにもしてしまう、憐れで尊い、ただ一つのもの。

「正しくはないです。それどころか無価値で、無意味で、何の力も持たないかもしれない。
 人を救わないかもしれないし、悲しませもする。空っぽで中身のない正義も同然かもしれません。
 でも、それを信じて、従って、行動しているひとがいるから……! 竜宮さん、船見さん、テンコさんのように、最期まで信じてたひと達がいるから!
 私は、その『正義』を守る、《風紀委員》ですの!」

 凛として咲く花の如く。力強く《風紀委員》の腕章を握りしめて告げる黒子は、赤也の目から見ても間違いなく――正義だった。
 そうか、だからコイツは……。
 黒子の信じるものの正体を知った赤也は、薄く緩やかに納得の吐息を出した。

「弱者の側に立ち、弱者を守る。……なるほど、正義の味方だ」

 もう少し早くお前に出会えていたらどうだっただろうな。赤也はその言葉は飲み込む。
 所詮は仮定の話。置き去りにされた自分を救ってくれたかもしれないということも、自分で自分を殺さずに済んだかもしれないということも――。

「じゃあ俺は、やっぱお前が何も守れないし救えないってことを証明しなきゃなァ!」

356解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:25:41 ID:gTKxbL7.0
 全ての空想を掻き消し、赤也は地面に落としていた礫を、地面ごとすくい上げるようにしてラケットで打つ。
 礫と共に黒子に飛来する無数の土と砂塵。殆ど指向性地雷のように前方広範囲に撒き散らされたそれを避けるには瞬間移動しかない。
 果たして赤也の予想通り、黒子の姿がフッと消える。その瞬間に赤也は、お辞儀をするように頭を下げた。

「なっ!?」
「読めてんだよバーカ! 格の違いを知れ!」

 読みは単純。殺さずに戦闘力を奪おうとするなら脳天に強い打撃を加えての打撃しかない。手をやられているのだから、足で打撃を行うしかない。
 ならば蹴りだ。しかし小柄な黒子が赤也の頭に蹴りをぶち当てるためには、高さが足りない。届かせるためには。瞬間移動しかないということだ。
 そして赤也は天才的テニスプレイヤー。ただ回避しただけではない。既に次の攻撃は放たれていた。

「そら、戻ってきたぜ!」
「っ!?」

 黒子の視界には、『木の幹に当たり跳ね返ってきた礫』が映っているはずだった。
 元々初撃で当てるつもりなどない。跳ね返した第二射こそが本命だ。土を派手にめくったのもそのために過ぎない。
 赤也はさらに礫を取り出しながら、さあどうすると黒子にサディスティックな問いかけをする。
 また瞬間移動して逃げるか? したとしてもたかが距離は知れている。即座に見つけて第三射。それで今度こそ左手を潰してやる。
 受けても結果は同じ。ふわふわした空中姿勢でロクにガードもできるとは赤也は思っていない。無駄と分かっていても逃げるしかない。
 ここで逆転する手段などあるものか。そう考え、黒子がどこに逃れても追撃できるようにラケットを構えようとしたところで、
 赤也の培われてきたテニスプレイヤーとしての勘が一つの可能性を告げた。

「……っとォ!」

 高く跳躍し、器用に側転を繰り返しながら、『赤也に向かってきていた銃弾』を回避していく。
 銃弾など所詮は変化球のかからないテニスボールに過ぎない。打ち返すのも容易いが、避けることなどもっと容易い。
 勢いを殺さないまま地面を滑りつつ、赤也は挑発するように、発砲した主へとラケットを向ける。

「まーたやられに来たのか?」
「借りを返してもらいに来たんだよ。……白井、無事か?」
「……すみません、不覚を取りましたわね、七原さん」
「全くだ、間一髪だったぞ」

 瞬間移動を使って、黒子は助け舟を出した七原へと合流する。
 どうやらこの二人はまだ行動を共にしていたらしい。或いは男の方――七原――が、銃口を向けて牽制しつつ黒子に態勢を立て直させている。
 二人には以前にはなかった繋がりが生まれているように思えた。息の合ったダブルスには程遠いが、形にはなっている。
 関係ない。勝つだけだ。手を差し伸べさせてたまるものか。お前達なんかに、負けてたまるものか。

357解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:26:03 ID:gTKxbL7.0
「……助けられておいてなんですけど、しばらくあの方のお相手は私に任せていただけませんか?」
「助けられておいて、随分な言い草だな……。お前、まさかアイツを止めるとかいうつもりじゃないだろうな」
「そのまさかですけど」
「……正気を疑うな。いいか、アイツは」
「竜宮さんと船見さんを殺した。そのうえテンコさんまで殺しました」
「な……」
「だから――、だからこそなんです。あの方はどうしても私が止めなきゃいけないんです」
「……オーケイ」
「ほー、ご相談の結果はシングルスか。いいぜいいぜ、俺はそっちのが得意だ」

 七原が下がったのを確認して、赤也は黒子を見る。
 タイマンで勝負してくれるというのだ。赤也としても願ったりかなったりではある。
 この女は。白井黒子という女は、切原赤也がこの手で始末しなくてはならない。あれは先程殺した二人以上の、真実の敵であるから。
 同じ場所に立っているのに、正しさを認めきれないことを知っているくせに。それでもと言うこの女だけは、自分が殺さなくてはならない。

「七原さん。手出しはしてくれて構いません。やれると思ったら、やってしまっていいです。それも正しいと私は思いますから」
「お前に俺は止められねェし、そっちも俺は殺せねェよ。勝つのは俺なんだからな」
「あなたにも、七原さんにもやらせないつもりではありますけど。どうでしょうね、分かりません。でも私は結局、私でしかありませんから」

 赤也は悪魔のように舌なめずりをし、天使のように笑った。
 俺は俺でしかないし、お前はお前でしかない。
 同じだったはずなのに、可笑しいね。

「さあ――。試合を始めようぜ。俺が勝って、お前のちゃちな幻想をぶっ殺してやる!」
「……想いは、死なない!」

358解答:割り切れない。ならば――。 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:26:18 ID:gTKxbL7.0


【テンコ@うえきの法則 死亡】




【B−5 森/一日目・夜】

【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:悪魔化状態
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本、瓦礫の礫(不定量)@現地調達
    燐火円礫刀@幽☆遊☆白書、真田弦一郎の帽子、銛@現地調達
基本行動方針:立海大付属は常勝不敗。残されたものはそれだけだ。

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:頬に傷 、『ワイルドセブン』であり――
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾5)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:黒子にある程度は任せるが、いざとなったら自分が赤也を殺す。
2:白井黒子の行く着く先を見届ける。
2:走り続けないといけない、止まることは許されない。
3:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる? 研究所においてきた二人分の支給品の回収。
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。

【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:全身打撲および内蔵損傷(治療済み)『風紀委員』
[装備]:メイド服
[道具]:基本支給品一式 、テンコ@うえきの法則、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)@バトルロワイアル
基本行動方針:レナや結衣が守ろうとした『正義』を守る。その上で殺し合いを止める
1:七原よりも先に赤也を止めてみせる。
2:初春との合流。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。

359 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/12(金) 21:26:38 ID:gTKxbL7.0
投下は以上となります。

360名無しさん:2014/09/13(土) 21:36:26 ID:mU/BqGzQ0
投下乙です

テンコ、お疲れ様
本当に死ぬ時はあっさりと死ぬのがロワの無常さ
さて、七原と黒子のコンビの前に悪魔が現れた
黒子はその正義を抱えたままこの悪魔を止められるのか…

361名無しさん:2014/09/13(土) 22:48:24 ID:sWdpUijwO
投下乙です。

自分は自分でしかいられない。
変則三つ巴。その勝者は誰か。1か2か3か。


小さいテンコは、手甲から上半身を出してるので、歩けません。

362名無しさん:2014/09/13(土) 22:51:05 ID:F3stySE60
投下乙です。
割り切ろうとした者も辛いし、割り切れるはずないと罵倒する者も辛い
それでも立ち上がるのは、悲しいことを悲しいだけにしたくないから
否定されたままで終わりたくないから

テンコは本当にお疲れ様…こいつも”子ども”の一人だったのだなぁと思わされる

363 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/14(日) 21:36:43 ID:HNPnQbrM0
確認したところ、
・禁止エリア設定はされていないのに七原が言及している
>>361の指摘の通りテンコが歩いている

上記二点がありましたので修正した後に修正箇所部分を再投下したいと思います。
ありがとうございます。

364 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/14(日) 22:58:43 ID:HNPnQbrM0
以下のレス箇所を下記に差し替えたいと思います。この後特に何もなければそのままwikiに収録したいと思います。
>>345

「頭冷やしてくるわ。多分オレがガキなだけだから。コースケにもよく言われてたし」
「……お待ちなさいな。私もお供します」

 とぼとぼと離れていこうとするテンコに向かって、黒子が追随する。意外そうに見返してきたのはテンコで、大きな瞳が訝しげにしていた。
 テンコにとっては七原と黒子は同じような考えの持ち主であり、ついてくるなどとは思いもしていないのだろう。

「アイツ置いといていいのかよ」
「テンコさんに逃げられても困りますし」
「逃げねーよ」
「七原さんも、私の目がない間にやりたいこともあるでしょうし」

 振り返って、黒子は七原に対してライターを擦るような仕草をしてみせる。テンコ以上に意外そうに目を丸くしたのは七原で、
 お前それはいいのかと口に出さず指差し動作で伝えてきたので、黒子はぷいっと顔を背けた。目撃していなければ実際やったかどうかなど分からないことだ。
 黒子は今は目撃しないことにしておいた。それに、七原とは別に黒子も黒子でテンコには言いたいこともあった。

「……勝手にしろい」

 心底うんざりしたという様子で、テンコはぱたぱたと翼をはためかせて飛んでいった。
 黒子ももう七原の方を振り向くことはなく、その後を追った。

     *     *     *

「全く、落ちぶれたもんだ」

 黒子達が視界から消えたことを確認してから、七原は疲れたという様子を隠すつもりもなく、地面に身を投げ出した。
 本当に疲れた。体力の浪費でしかない言い合いをどうしてする気になったのか。他者の戯言と流すことがどうしてできなかったのか。
 そもそも現在の状況を考えれば、ここで二手に別れることは危険な行動ではないのか。
 人数が減ったということは貴重な戦力もなくなり、敵に対する攻撃力も防御力も低下しているということだ。
 こんなところで寝ている暇などないだろう。状況を認識しているなら今すぐ起き上がり白井達に合流して、先程の言い合いは適当に落とし所をつけて……、

365 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/14(日) 23:00:02 ID:HNPnQbrM0
>>347

 その言葉を締めくくりにして、七原はつかの間の休息を終えた。たった数分の間とはいえ、とりとめのない思考に身を浸して考えていられたこと自体は悪い気分ではない。
 それが生産的、建設的かどうかはともかくとして、久々に自由な感覚を得られたという実感があり、この一点についてだけはテンコに礼を言ってもいいくらいだった。
 今まではずっと、眼前の事態をどうするかだけしか考えてこなかったのだから……。
 立ち上がり、少しのびをして体をほぐした七原は、気持ちばかりの駆け足で黒子とテンコが向かったであろう場所に移動を開始する。
 そういえば、と七原はそろそろ放送の時間帯でもあることを思い出した。以前参加させられたときと異なり禁止エリアが設定されることはないが、死者の情報については一緒に聞いておいた方がいい。
 ここまでくれば流石に白井も錯乱することだけはないだろう、と七原は思っていたが、不安要素はあるにはある。さらにテンコもいる。むしろ騒ぎだすとすればこちらだ。
 なるべく、放送が始まるまでに合流した方がいいだろう。研究所内に残してきた荷物の回収もある。早いに越したことはない。
 七原は駆け足を、さらに速めた。

     *     *     *

「で、言いたいことってなんだよ。早く言えよ」
「……前置きはしておきますけど。別にテンコさんを否定しようってわけじゃないですの」

 どうだか、といった風に鼻息を荒くし、テンコは手近にあった小さな岩の上に座って黒子の攻撃に備えているようだった。
 黒子には座るような場所はなかったため、樹の幹に体を預ける形でテンコとの話を再開する。

「テンコさん、これだけは何があっても信じられる……、いえ、そのためになら死んでもいいと思えるようなものはあります?」
「なんだそりゃ。殉教者か? …………んー、まあ、役に立ってやっていいと言えるのはコースケくらいだが」
「そうですか」

 黒子にとっての御坂美琴。だとするなら、テンコの考え方には『コースケ』の思想が深く根付いているはずだった。

「そのコースケさんがここにいるとしたら、やっぱり怒っていたでしょうか。テンコさんみたいに」
「そりゃ間違いねえよ。アイツは自分より誰かが死ぬのが死ぬほど嫌いだからな……。『死ぬつもりなら行かさねえ。オレが絶対に行く』くらいのことは言うだろうしやるだろうぜ」
「それ、さっきのテンコさんじゃないですの」
「違うよ。オレは多分出来なかった。いや実際出来てないしな……。オレ、基本的に他人ってヤツが嫌いだったからよ。それが今も尾を引いてる」

 初めて聞く言葉だった。溌溂としていて闊達なテンコが人嫌いだったという話は意外で――、いや、話そうとはしてこなかったのだろう。
 テンコは苦笑して「んな困った顔すんなよ」と努めて軽く言った。

366 ◆Ok1sMSayUQ:2014/09/14(日) 23:01:25 ID:HNPnQbrM0
>>349

「正しいことは分かってる。でも正しくなくても信じてしまうものがある……。クロコの中にもあるんだろ?」
「それは……」

 ある、と言い切ることはできなかった。言い切れるほど確固としたものではなく、口に出していいのかどうかも定かではない、なんとなく、にしかなっていないなにか。
 そんなものに縋っているなんて馬鹿らしいとさえ言い切れてしまうもの。誰も救えないとまで言われてしまったもの。
 ――ひとの心の中にある、誰もが持っている当たり前の感性というもの。

「別に言わなくていーよ。多分オレじゃ理解できない。出来てたら、シューヤにガチでキレてねえだろうしな。オレから言えるのは、お前がいたからオレはオレを悪者にしなくて済んだってことだけだ」
「……それって」
「はけ口になったってことだよ、最後まで言わせんな」

 憎まれ口を叩くと、テンコはぴょんと岩から浮いて、会話の時間は終わりだと示した。
 結局、テンコの話を聞くだけの形ではあったが、本来黒子が聞こうとしていたことはテンコが話してくれたのでおおよそ目的は達せられた。
 迷い、惑い、これだという答えを出しきれない人達。敵と出会っても敵と認めきれず、同情さえしてしまう人達。
 正しくなんかない人達。
 私は、きっと、それを捨てられないから――、

「――ロコ、クロコ! なんか奥に……!」

 黒子の中で結論が固まりかけた、その瞬間だった。
 何かを叫んで、目の前で大きく動いていたテンコの体が、赤いものを撒き散らしながら吹き飛んでいったのは。
 飛沫の一部が黒子にかかる。妙に粘度が高く、まるでよく煮込んだソースのようでもあった。

「ハハハ、ヒャハハハハハッ! まずは、一匹……、お前、どうだ気分は」

 耳障りな高笑い。夜の闇が濃くなってもなお爛々と光る深紅の色をした瞳。
 黒子の全身が総毛立つ。こいつは、間違いない。今テンコに致命傷を与えたと思われる、こいつは……!

「言ってみろよ、置き去りにされた気分をよォ!」
「切原赤也……!」

367名無しさん:2014/09/15(月) 08:01:43 ID:Kq910CTY0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
100話(+4) 18/51(-0) 35.3(-0.0)

368 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:49:41 ID:rGsWCH4k0
投下します

369――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:51:53 ID:rGsWCH4k0

実のところ菊地善人は、これまでの人生で『後輩』というものを持ったことがない。

もちろん、彼は吉祥寺学苑の三年四組に所属する学生なので、同学苑の一年生と二年生の全員が彼の『後輩』にあたる。
しかし、部活動だとか生徒会のような活動もしていない上に、人間関係もクラスメイトもしくはネット上で作った交友関係のなかで満足している菊地にとって、『自分の後輩』と呼べる存在はいなかった。

それが、ここにきてたくさんの『後輩』を持った。
杉浦綾乃、越前リョーマ、綾波レイ、植木耕助、碇シンジ。
さらに言えば、彼等の友人でありこれからの護るべき対象でもあるアスカ・ラングレーや天野雪輝を加えたっていいかもしれない。
ことに植木耕助や杉浦綾乃とは友人として対等に仲良くしてきたけれど、『先生』になったつもりで年長者ぶってきたのも、先輩としての責任感やら格好つけたい気持ちやらがあってのことで。
相談に乗ったり、見守ったり、からかったりするのは、新鮮で心地が良かった。

『変な意味じゃないぞ』ときつく前置きした上で言うなら――後輩たちは、可愛かった。
『死』を何度も突きつけられて、年相応に泣いたり傷ついたりしながらも、成長しようとしている。
未熟なりにできることを見つけて、大切なものを守ろうとしている。
そんな彼らを応援してやりたい、もう誰ひとりも死なせたくないという想いが菊地にはあった。

(だから、許せねぇ。許せるはず、ないだろ)

耐えるように、痛みを背負ってザクザクと歩く植木耕助。
それを見ていると、やりきれない悔しさで胸が痛んだ。

碇シンジも、神崎麗美も、高坂王子も、宗屋ヒデヨシも、まるで虫けらのように容易く殺されてしまった。
彼らの精一杯に足掻くことを嘲笑うかのように。人の命を奪うことに、何の痛みも感じていないかのように。

(最初は、俺だって信じようとしたんだ。あの常盤がまた手を汚してるなんて、思いたくなかったからな。でも……)

菊地が自ら体当たりでぶつかって本音を吐露させ、人災とはいえ最終的には“キス”までする仲になった常盤愛の改心が嘘だったなんて、いつもの菊地ならまず信じないだろう。
しかし、そうとでも考えなければ説明がつかない。

それは、あの時の常盤たちが“あの場から離れる植木と菊地を追撃しなかった”ことに対してだ。
素直に考えれば、おかしい。
新たな戦力として菊地が参入したとはいえ、あの時の三人は重傷のヒデヨシをかばいながらの撤退で、浦飯の力に対する備えなど何も無かったのだから。
さらに言えば、あの二人組が『殺し合いに乗っていない振りをして参加者を襲う』というスタイルを取っているなら、既にやり口がバレている植木たちの口封じをしないのは明らかに不味い。
『凶悪なビームで植木を殺そうとして何も悪くないヒデヨシを死なせたが、その後は何もせずに見逃した』ことを説明する合理的な理由など、ひとつしかない。つまり――

(つまり、アイツらは”俺たちを利用しようとした”ってことになっちまうんだよ。
『もしかして何かの誤解だったんじゃないか?』って、クラスメイトの俺に思わせるために)

事実、もしあの場に現れた菊地が『植木を探して追ってきた仲間』ではなく『ただの通りすがりのクラスメイト』だったとしたら、常盤を信じようとしていただろう。
植木とヒデヨシの側が悪者だった……とは考えないまでも『植木たちにも殺意を持たれてしまうような落ち度があったんじゃないか? その証拠に菊地のことは攻撃しなかったんだから』と思いなおして、南へと引き返すぐらいのことはしたかもしれない。
そして、そうなっていたら。
彼女が得意とする泣き落しと口八丁で信用させられて、杉浦綾乃や越前リョーマに綾波レイといった後輩たちの情報を全て売りわたしたあげくに――彼らのところまで合流するや皆殺しを実行されていただろう。

370――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:53:59 ID:rGsWCH4k0

だから、ぞっとする。
よりにもよって、『三年四組の絆』を利用して大切な仲間たちを殺そうとした、その謀略に虫唾が走るし、許せない。

「負けるもんかよ。勝ち残るのは――おれ達だ。そうだろ、植木」
「どうしたんだ、急に」

再確認するように声に出すと、植木が足をとめ、振り向いた。

「いや、放送を聞いて色々考えてたのも落ち着いたし、決意表明ってやつかな。
アドレス交換で別行動もとりやすくなったけど、今後もまとまって行動する。
放送前に出くわした連中にリベンジするためにも、今は結束を固める時期だからな」
「ああ。とりあえず、海洋研究所に行って綾乃を探す。そこに誰もいなかったら、『天野雪輝』たちを探すのも兼ねて南下する。
ただし、あの二人組がいそうなホームセンター周りは避ける。それでいいんだよな?」

放送前に打ち合わせしたことを、植木はしっかりと覚えていた。
そして、放送が終わってからもその方針は変わらない。むしろいっそうの急務となる。

「現時点では、そうするしかないな。越前たちの無事は放送で確認できたし、今は杉浦の捜索を優先したい。
放送で知り合いの名前が二人も呼ばれちまったから、動揺してるだろうし……もともと『海洋研究所』ってのは、学校で待ち合わせした後に向かう場所だったからな。
はぐれた杉浦が、そこで合流するために先回りしてる可能性もある。
シンジや日野日向さんの遺言を後回しにするようで、心苦しいところなんだが」

最後に関しては、今は亡き二人だけでなく植木に対しても心苦しいところだ。
亡き友達から天野雪輝や綾波レイを護ってほしいと頼まれたのに、その合流が後回しにされているのだから。

「たしかにシンジ達との約束は大事だけど、後悔なんてしねぇよ。綾乃だってとっくに友達なんだ。
それにシンジだってきっと、『自分の知り合いを守ってほしいから、綾乃を見捨ててくれ』なんて言わねぇよ」
「そうだな」

碇シンジがしっかりと植木のなかで生きていることを再確認して、ほっとする。
気を取り直して野道を歩きながら、しかし思うことがあった。

(植木は今でも、『自分を含めて、全員を救う』つもりでいる。
その『全員』の中には『あいつら』も入ってるのか?
……いや、問題は植木じゃなくて俺だ。俺はたぶん、『あいつら』を救う数に入れてない)

少なくとも、バロウ・エシャロットや浦飯と常盤のような悪党を救いたいという意思はない。
連中が心底から罪を悔いて殺し合いを終わらせるために力を尽くしてくれるというのなら、菊地は後輩たちのまとめ役として、唯一の三年生としてそれを認めて受け入れるべきなのだろう。
しかし、連中がそんな真似をするとはとうてい信じられなかった。信じるには、あまりにも菊地から奪いすぎている。
連中の命と仲間のそれが天秤にかかれば、菊地は後者を優先する自信があった。

(だから……『ここから先は大人の時間だ』ならぬ『先輩の時間』ってわけか?
もっとも、そんなふうにカッコつけて敵を排除するには、覚悟が足りてないけどな)

『全員を救いたい』という植木の夢は、友達として応援してやりたい。
『人を殺さないですむ方法を見つけたい』という綾乃の宿題は、叶ったところが見たい。
綾波レイがバロウを殺そうとした時に止めるべきだったとしたのも、弾みで一線を超えて欲しくなかったからだ。
しかし、そろそろ菊地善人自身の選択をする時が来ているんじゃないか。
自分のために、失いたくないものを護るために、どうありたいのかを選びとらなければ。
そっと、制服の内ポケットに忍ばせたデリンジャーをなでた。
それは図書館で杉浦綾乃に覚悟を問うた時から、ずっと持っていたものだ。
バロウ・エシャロットとの二度目の戦いでは、この拳銃を使わなかった。
その時に使っていたジグザウエルを天野雪輝に与えてしまった今となっては、この武器こそが菊地善人の『最終手段』となる。

371――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:55:05 ID:rGsWCH4k0
(つっても……一人で抱え込んでちゃ世話ねーよな。
アイツらとまた会った時の対処も打ち合わせしときたいし、まずは相方に相談といくか)

煮詰まってきたことを自覚して、ふぅと吐息する。
なぁ植木、歩きながらでいいから聞いてくれるか。
そう切り出そうとした時だった。
植木が、前方を向いていた。
より正確に言えば、進行方向からはやや東にそれた山際の景色を。

「おい、菊地。あれ……!」

指さされた方角を、菊地も見る。
現在地との位置関係を考えればC-6のあたりだろうか。
山裾の手前、少し丘になった地形の上に、背の高い建物が見えていた。
おそらくはホテルだろう。問題は、そのエントランスが遠目にも分かるほど半壊していることだ。
外壁には巨大な鉄球が貫通したような穴があき、地面が黒ずんだようにぼやけているのは夕闇にも焼け跡だとわかる。
学校周辺の騒動の余波にかかずらっていた菊地たちには、その争いがいつ行われたものなのか分からない。
もしかするとまだ負傷者があの場所にとどまっているかもしれないし、もっと言えばここからは確認できないだけで、戦闘は継続しているかもしれない。
さらに言えば、杉浦綾乃がその争いに巻き込まれている可能性も低いけれどゼロではない。
『海洋研究所で待っているかもしれない』というのも彼女に冷静な判断力が残っていたとしての話でしかなく、急にはぐれてしまった上に知り合いも全滅したショックでどこにさ迷い歩いていくかなど断定できやしない。

「菊地」
「その顔を見るに、そっちも同じ意見みたいだな」

二人は頷き合い、進路の変更を決めた。





ヒュン、と空気を裂くような音。
そして、石の礫が反響する重たくて鈍い音。
それらが連続しながら、山の中を駆け抜けていた。

「どうしたァ!! 逃げてばっかじゃ、俺からエースは取れねぇぞ!」
「そういう貴方こそ! 狙いが、甘くなってますのよ!」

狙い放たれた剛速球の数々を、黒子は木の幹を盾とすることで防ぐ。
道中で補充したらしき石の塊は、人間の腕力で撃ったとは思えない威力で木の幹をドカドカとえぐった。
当たらなかった幾つかの礫は後方の木々にあたって反射し黒子の足元を襲ったが、それを黒子は瞬間移動ではない、ただの跳躍で回避する。

「逃がすかよォ!」

しかしタイムラグを利用して、切原は移動していた。
素早く回り込んだのは、黒子の姿が丸見えになる、木の側面方向だ。
次弾を撃つために、ぐるりと弧を描くようにその位置へと移動して――

「まだまだ、です!」
「ぶはっ……!!」

だが、その眼前を塞ぐように太い枝が落下してきた。
直撃は避けた。しかし枝先が白い髪にひっかかり、はらいのけるための時間を要する。
その落下を生んだのは、黒子が拾って転移させた落ち葉だった。
葉っぱを使って枝を切断する――手品のような芸当だが、これも『移動した物体は、移動先の物体を押しのける』からこその応用技だ。
追撃にうつるべく、さらに瞬間移動で跳ぶ。
頭上からの飛び蹴りは読まれると踏んで、低い位置での足払いを選択。
しかしその払いは、スプリットステップによる横方向への跳躍でよけられた。
体勢を立て直すために費やされた時間は、双方ともにほぼ同時。
そして、さらなる攻防を交わすために両者は駆ける。

372――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:56:35 ID:rGsWCH4k0
「お前ら……少しは、付いて行く方のことも考えろっ!!」

拳銃を片手に、機関銃を背負って山を下りながら、七原は悪態を大声にした。
すっかり汗だくになっている。
ぜぇはぁと喘ぎながら、走っている。
七原はこれでも一応、『必要ならば介入してもいい』と双方から了解までもらっているはずなのだが――この二人、かなり、知ったこっちゃないように動いている。
元から速さを強みにしている二人だけに、山の中を追尾するとなると、もう、追うだけでも必死だった。

「とっとと倒れた方が楽だぜ!苦しまずに済むんだからなァ!」
「そう言う貴方こそ、現在進行形で苦しんでるくせに!」

切原は礫を地面から掴み上げて補給しながら、手を休めないために右手の燐火円礫刀を使って手近な木を倒す。
幹を切断された木は、とどめとばかりに蹴りを食らって白井黒子へと直線的に倒れ、しかし黒子は瞬間移動でその姿を消失させた。
礫を携えて返り討ちの姿勢を取る切原だったが、黒子は幾つかの木々を間にはさんで、枝の重なりに隠された樹上へとその姿を垣間見せる。
ちっと切原は舌打ちして、射線を確保するためにまた走る。
黒子が止まっている間に、切原は止まれない。
立ち位置を一秒以上も固定すれば、瞬間移動(テレポート)による遠隔攻撃を受けるからだ。

(――それでも、白井が戦いの場を移したことは正解だったな)

その判断については、七原も認める。
切原赤也は障害物を叩き壊して進むことはできても、あるいは障害物を回避して進むことはできても――障害物をすり抜けることはできない。
彼我の射線を森の木々が邪魔していれば、回り込むかなぎ倒して進むしかない。どうしても動きが限定される。
白井黒子は、瞬間移動能力者(テレポーター)は、違う。
進行方向に壁があろうと木々があろうと関係ない。移動コースも、出現場所も、選び放題になる。
さらに言えば、森の中には木の葉がある。小枝がある。瞬間移動(テレポート)の素材が、たくさんある。
研究所の中庭のような、何もない平地ではない。遮蔽物だらけの地形を、移動しながらの戦いとなれば――黒子の取れる手数が、圧倒的に増える。
研究所では一方的に攻撃されるばかりだった戦いが、膠着するまで肉薄している。
そしてその奮戦に、切原は舌打ちをした。

「ウゼェんだよ!! んなこと言っておきながら、避けてばっかりじゃねぇか! いつまで続くと思ってんだ!」
「それはもちろん、貴方を止めるまで、ですの!」

373:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 22:58:32 ID:rGsWCH4k0

切原へと宣言して、十数度めかの打球を回避して、黒子は姿を消した。
赤い目をギラつかせて周囲を見回し、気配を尖らせて出現場所を探す。しかし、

「――いねぇ?」

森の中には、切原と離れた位置から走る七原の姿しかなかった。
攻撃音がやんで、静かになった森への困惑で切原の足が、止まる。
その見計らったようなタイミングで、次の手は来た。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン、とテレポートの出現音が連続して鳴る。
それらは全て、悪魔のいた四方の頭上からのもので。

「上か!」

テレポートによる飛び蹴り攻撃が来るよりも、さらに上空。
四方八方に転移させられた木の切断によって、落下する枝と幹の無差別攻撃が切原を襲った。

「なんだこれぁ!」

切原はとっさに持っていた礫を全て打ち上げ、木の幾本かを跳ね返し、吹き飛ばした。
しかし波状になっていた落下攻撃の全てを防ぎ切ることはできず、肩や背に少なくない打撲を受ける。

「ぐっ……!」

そして落下攻撃には、別の効果もあった。
それは、その後に来る“本命”の気配と姿を紛れさせること。

樹上よりもさらに高高度へ瞬間移動していた白井黒子のライダーキックが、突き刺すように迫っていた。
手持ちの打球を撃ち尽くし、フォロースルーのまま体勢も崩れた切原めがけ、黒子は重力も加わった蹴撃を乗せる。
次の瞬間には、ラケットを持った肩を外すはずがない。

「――バーカ。だから、甘いんだよ」

そんな瞬間は、来なかった。
ついさっき撃ち尽くされていた打球の最後の一球が、『時間差をともなって』白井黒子を直撃していた。

「があ゛っ!!」

まるで『一球だけ上空ではなく地面に打ち付けられていたけれど、ぬかるんだ地面にめりこむことなく直前でホップして上空へと逆襲してきた』ような動きで。

「サザンクロス……っつったか。墓標はねぇが、十字架を背負って……死ね」

かつて二回ほど目の当たりにしたその隠し球の名前を呟いて、死刑宣告をする。
上空へと打ち上げられた白井黒子の体は、木の枝に何度も衝撃を殺されるように落下し、地面に落ちた。
体を折り曲げるように身を起こし、幹にもたれかかるようにして上半身を持ち上げれば、円礫刀が首元にあてられる。

「どこが甘いのか教えてやろうか。
『葉っぱで枝を切る』なんて真似が出来るなら、『俺の首を切り落とす』ことだって狙えたはずじゃねぇか。
それが、俺を止めるための甘くない手っ取り早いやり方だったんだよ」

374:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:00:22 ID:rGsWCH4k0
勝負アリと言わんばかりに、赤い瞳が冷酷な目で見下ろす。
枝を切り落され、サザンクロスの余波を受けて、枝が消失した天蓋から月明かりが森に差し込んできた。
差し込まれた月光を背にして、切原の顔が翳る。
赤いようにも白いようにも見える、そんな光だった。

「研究所の時から、そうしてりゃ良かったんだ。あの時なら俺もお前の力をよく知らなかったし、不意打ちで首を切るぐらいはできただろ。
そうすりゃ、あの二人だって俺に殺されることは――」
「そうかもしれません。でも、今の私には……七原さんが、いますから」

やっと追いついてきた七原の足が、十メートルばかりの距離でぴたりと止まった。
ほかならぬ自分自身を、名指しされたのだから。

「理想の行き着く先を見せると約束したんですの。その私が、『私』を曲げたところは見せられません」
「アイツには殺させるけどテメーは殺さねぇのかよ。汚れ役を押し付けてるだけじゃねーか」

血だらけで制圧された黒子に逃げる余地を与えるために、そしてあわよくば切原を仕留めるために、肩で息をしながらもグロックを構える。
構えながら、言われてみればそうかもな、と思った。
出会ったばかりの黒子だったら、七原が誰を殺そうとしても『これ以上の殺人者にするのは見過ごせない』とか言って阻止しただろう。
だとしたら、今の七原と黒子に、『それもまた正しい』と言わせているものは――

「――そうじゃない。どんな形であれ、繋がっていたいんですの。誰もいなくていいなんていうのは、寂しいからっ」
「だったら――どうしてアイツは『居場所がない』って言ったんだよ!」

その言葉のどこが燗に触ったのか、切原は声を荒らげた。
すぐそばに七原がいるのに黒子に向かって叫んでいるのは、ただ無視されたのか、それとも黒子だけが話せる相手として認識されているからなのか。

「アイツは、自分の帰る場所なんかどこにもないって言ったんだぞ!
『俺たち』と違って、勝ち逃げされても文句ひとつ言わねぇくせに。
無念を晴らすとか、仲間を汚すなとか、言葉ばっかり強ぇくせに。
お前が一緒にいても『帰る場所がない』とかぬかすなら、現実なんてそんなもんじゃねぇか!」

――俺には何もないんだよ! 誰も『おかえり』なんて言ったりしない!

「確かにそう言ったけど、根に持つのかよ……」

切原には聞こえないようにぼそりと呟く。
この隙に背中を撃とうかとも思ったけれど、それができなかったのは動悸を自覚したからだ。もちろん、運動後の息切れが原因じゃない。

――誰も一緒にいてくれないなんてこと、絶対にない。 自分の知ってる人たちはいい人達だったってことを、あんなに必死に叫べるのに……

七原秋也にだって、思い出すだけで硬直してしまうことはある。

「七原さんの心のことは、七原さんにしか分かりません。
もしかしたら、七原さんにだって言葉にできないかもしれません」

がっしと、黒子は左手で円礫刀を掴んだ。
手のひらがざっくり裂けるのも厭わずに刀身を首から外すよう押しのける、その動きに切原は驚き、困惑から動きを止めた。

「けれど、貴方が七原さんをそんなふうに怒っているのは……居場所なんか無いと思いたいから、ですか?
居場所が無いと信じ続ける限り、貴方は止まらずにすみますから」

375:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:01:58 ID:rGsWCH4k0
ずざっと、右腕の肘から先を、地面の腐葉土に擦りつけるように動かした。
傷ついた右手がこすれ、顔を歪めながらも、

「だから、わたくしはぜったいに諦めません!!」

そのまま、『触れた物体』に対して転移が実行された。
左手の円礫刀はどこか遠くへと。そして、右手にこすりつけられた大量の砂粒は、

「ぶはっ」

切原の顔面へと転移し、目くらましとなってその体をのけぞらせる。
すかさず黒子は、立ち上がった。

「貴方を、止めます!」

血で濡れた手を伸ばし、ワカメ状の髪の毛をがっしりと掴む。
そして、位置を逆転させる瞬間移動(テレポート)。
ぐるりと切原の上下百八十度が、切原の視界にとっては天地が、入れ替わった。

「――ふんぬっ!」

しかし、切原はその反射神経を人間離れした動きで駆使する。
ぐるんと体を丸め、頭を地にぶつけさせながらも宙返りを果たした。
黒子もすかさず動きを追う。切原もラケットを握り、殴り返しつつも優位を奪い返そうとする。
ラケットが浅く額を掠め、黒子の頭から血の軌跡が走った。

「止まらねぇ! 止まったら負けだ!」
「止めます!『任され』ましたもの!」

そのまま二撃をはなとうとする切原の突撃を、黒子は横に流していなす。
そのまま脇から固めるように切原を組み伏せようとした結果、二人はもつれ合うように木の後ろへとたたらを踏んだ。
そこで、偶然が攻防を左右した。
山の斜面が、急勾配になっていた箇所。
山の麓へと続く、最後の急な獣道。
背後がそうなっていたことを三人ともが見落としていたのは、ひとえに月明かりしかない暗さのせいで。
足を踏み外し、体を傾かせたのは二人同時。
しかし驚くのも一瞬のことと、戦意を失わなかったのも二人ともだった。

「離せっ! 潰れろォ!!」
「離しません! 絶対に!」

鏡写しのように、上下左右が逆転するように交互に。
両者はもつれ合うように斜面を転がり落ち、揉み合い、噛み合いながら、山の出口へと互いを転がしていった。





「……この場所に戻りたくは、なかったぜ」

そう言ったのは切原だったが、追いついてきた七原も同じ感慨を抱いただろう。
急斜面の転倒しながらの空中戦は、麓まで転がり落ちるとそのまま取っ組みあいに切り替わった。
両者ともに打撲と擦過でズタボロになっての乱闘は、集中力を全て眼前の相手へと使い果たし、舞台の移りかわりに気づく余裕を奪う。
やがて二人の動きが止まった時、彼らはやっとその場所に戻ってきたことを自覚した。

そこにあったのは、夜闇に黒々とそびえたつホテル。
そして、周囲から漂う異臭と、それを発するは幾つかの死体の影。
ホテルの玄関からより強い匂いが漂ってくるのは、そちらに犬の群れや桐山和雄の遺体があるからだろう。

「……もしかして、貴方も、『ここ』から始まったんですの?」
「なんだ、お前もかよ。だったら、俺がどんなのを見たのか分かっただろ」

376:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:03:42 ID:rGsWCH4k0
切原の右手は黒子の首を絞めるように掴み、左手は肩を地面へと押さえつけている。
体制の上下関係はさっきと同じで。違うのは、黒子もまた切っ先の鋭い石片を切原ののどにあてがい、血に濡れたもう片方の手でも相手の服を掴んでいることだ。
その腕を痛みと疲労でがくがくと震わせて、それでも両者は力を緩めない。

「お前が見せつけられたのはどれだ? 俺の見た死体は、いちばん酷いことになってたよ……見るんじゃねェぞ。
誰だろうと、『あの人』を見たやつは、みんな殺す」

言葉の後半は、ギロリと後ろを睨みすえて、七原に向けたものだ。
背中をジグザウエルの銃口にさらして、その上で黒子に服をつかまれている以上はテレポートから逃げられないというのに。
戦いの勝ち負けで言えば、黒子と七原の勝ちが見えているのに。
死ぬことさえ乗り越えて復讐を果たすと言わんばかりに、瞳には憎悪が再燃している。

「『これ』を見ても綺麗事を言えるお前には分からねぇ……違うな。
理解できたとしても、越えることなんてできねぇんだ。
『これ』を見てみんな死んじまえって思ったのは、もうずっと前のことだ。
止まれるわけねぇだろうが。今さらなんだよ!」
「でも、止まらずに『自分』を殺し続けるなんて、きっと破綻します。
どこかで終わらせなければ、倒れる時がきます。
現に、私も貴方も、もうボロボロでしょう……?」
「認めねぇ! 負けるなんて認めるかよ。認めるぐらいなら、死んだ方がマシだ!」

もはやラケットも地面に放り出して、空手になった右手で黒子の首を絞め殺さんばかりに圧迫する。
このまま、因縁の戦いを終わらせる。
理解しあって、しかし決定的に断絶したまま、勝利の矜持だけを抱いていく。
そんな意思が言葉にならずとも、のどを潰さんばかりに力をかける少年の手のひらから伝わってきた。

――もう、いいんじゃない? 黒子はよく頑張ったんだから。

頭に、そんなふうに囁く声があった。
七原の声にも聞こえたし、御坂美琴の声のようにも聞こえた。

黒子は黒子の最善を尽くしたし、切原は黒子に負けて止まる。
このまま黒子が切原を殺さなければ、七原が撃ち殺して終わりだろう。
それもまた正しいし、それでいいじゃないか、と。
むしろ、こいつを改心させたところで、誰が救われるの?
こいつは『居場所なんかどこにもない』と信じたがっているんだし。
『じぶんを信じた』おかげで、発狂せずに自分を守ってこれたんだよ?
今さらそれを取り上げて、生きていけるほど人間は強くないんだから。
ここで死なせてあげた方が、こいつにとっては救いなんじゃないの?
最後の最後で黒子みたいな人間と戦えただけ、マシな結末だったじゃない。

377:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:05:05 ID:rGsWCH4k0
分かる。
それは分かる。
そういう結末になったとしても、黒子は自らの《せいぎ》を裏切らずには済むだろう。

だけど、それでも。

「そんな、どこにも帰る場所がないなんて、悲しいですっ!
私は、貴方に手をっ――」

首を絞める力が強まり、声は中途で遮られた。
切原さん。
貴方が私を敵と定めたように、私も貴方を諦めたくないんです。伝わりませんか。
伝わっていたとしても、それは声にならず。

七原がカチリと、撃鉄をあげる音が聞こえて。



「おいおい、これはどういう騒ぎなんだ?」
「何をやってるんだよ。佐野やロベルトが死んじまってるのに……ここにまた遺体を増やすつもりなのか!?」



闖入者、だった。

二人の少年が、ライトを照らしてホテルの中から現れる。
一人は、飄々とした口調ながらも引きつった顔をした眼鏡の少年で。
もう一人は、その手に謎の木札のようなものをぶら下げている芝のような髪をした少年で。
そして状況は、一時停止をした。





下手な誤解をされても仕方のない状況ではあったし、そんな状況下で首を絞めていた切原までもが一時停止していたのは間抜けなことだったかもしれない。
それでもそうなったのは、七原がいつでも引き金を引けるという緊張状態と、少なからず闖入者に興を削がれたところがあったのだろう。
(さらに言えば、とっさに『殺し合いに乗っているのは七原の方です』という類の作戦が浮かぶほど、切原は計算高い頭脳を持たない。少なくともテニスが関係ないところでは)

ともかく、全員にとって頼もしいことに七原秋也が冷静だった。
間の悪いタイミングで乱入されたり誤解されたりをとっくに経験済みとなれば、対処法も学習するのだろうか。
ペラペラと場違いなほど流暢に、殺し合いに乗っているのは切原一人だということ。
分かりやすくかいつまんで、たった今まさに仲間を殺されて何度もぶつかった因縁の戦いの決着がつくところだったのだと説明した。

「分かりやすく言うぞ。『空気読んでじっとしててくれ』。
それから、『他人の問題に首を突っ込むな』」

378:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:06:21 ID:rGsWCH4k0
銃口は切原に向けたままでも、菊地と植木を牽制するようにじろりと睨むのは、横槍を恐れてのことだろう。
そりゃそうか、と菊地は思う。
殺し合いに乗った人間を、他に手段はないと決めて殺そうとしているのだから。
一部の善良な対主催派ならば、『殺して解決するのはよくない』などと止めにかかる危険がある。
……どころか、菊地と一緒にいる植木耕助はまさにそういうタイプだ。

「手を出すなって言われてもなぁ……救けられないって諦めるのは、嫌いだ」

たとえ当人たちが決断したことだろうとも、何もできずに目の前で人が死ぬような理不尽を見過ごす人間ではない。
まして、殺す側も殺される側も苦しそうな顔をしていればなおさらに。
地面から木を生やして三人全員を止める算段くらいはつけていそうな、そういう顔をしている。
植木を止めようと、決めた。
七原が、このまま植木に銃口を向けかねないほどピリピリしていたからというわけではないのだが。
(菊地視点ではさっさと切原を撃って終わらせればいいように見えるけれど、七原視点では植木がどんな能力でどう動くのか読めないから躊躇することも分かる)
その判断は、すっと菊地の心から生まれていた。

「植木、ほっといてやろう。俺は、あいつらの言いたいことも分かる」
「菊地? 分かるって……」
「もし、これが常盤たちと再会した時の俺だったら、あいつらと似たようなことをするかもしれない。
その時は、俺だってあの場にいなかったヤツに邪魔されたくない。たとえ常盤たちを殺して、植木と喧嘩になったとしても」

本心だったけれど、それは裏切りかもしれなかった。
ここで死人を出すばかりか常盤たちをも殺すということは、『全員を救う』という植木の信念を曲げることになるのだから。
愕然とした植木の顔に見つめられることを、菊地は覚悟して顔を引き締める。



「――わかった。手は出さねぇ」



しかし、あっさりと。
さも簡単に気分を変えたかのように、彼はそう答えた。

379:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:08:21 ID:rGsWCH4k0

「でも、これだけは言わせろ」

なぜ、と。
疑問で頭を埋める菊地を横目にして、さらに言う。

「シンジが――友達が言ってたんだ。誰かを――何かを守るために戦うなら、自分自身を救えなきゃ出来っこないんだって。だから俺は、自分のこともちゃんと救うって決めた。
だから……俺が『他人』なら、お前らに『他人じゃないヤツ』はいないのか。
今生きてる人間でも、これから会うことになるのも、死んだら悲しむヤツはいねぇのかよ。
お前らは手を出すなって言ったケド……言ったからには、そこを分かってないと駄目だからな!」

そう言って、両手につかんでいたゴミをばっと捨て、腰をおろして座った。
言いたいだけ捨て台詞を吐いて、手放した。
これまでの植木を知らなければ、そう見えたかもしれない。
しかし、菊地には理解が追いついた。

――『正義』がいつもいつも正しいとは限らない。最後の一点はいつだって自分以外の誰かが持ってる。

植木耕助だって、彼なりに考えて成長している。
出会った人間のことをちゃんと見て、その全てを背負っている。
きちんと背負うことを、約束してくれる。そういうヤツだからこそ、日野日向も、碇シンジも、宗屋ヒデヨシも、後を託すことができたのだろう。





植木という少年のことは、テンコから聞いたばかりだ。
『死なせるぐらいなら絶対に行かせない』という少年。
だから、その彼が許しているこの時間が、特別サービスのようなものだということは察せられる。

少年の言葉を聞いて、頭をよぎったのは初春飾利のことだった。
まだ生きている風紀委員の同僚。
再会して、ともに生きて帰りたいと思っている友人。

(帰り、たい……?)

その言葉が、不思議と意識に引っかかった。

しかしまず気になったのは、水入りを挟んだことで切原が苛立ちを増していないかどうかだ。
植木たちの方へと回していた首を頭上へと戻し、切原の表情へと向かう。
そこに、明確な動揺を見た。
髪から、白色が失せている。
目と全身の充血が、引いている。
怒っている顔はそのままに、しかし上目づかいで植木たちの存在を見ている。

(なんで? さっきの言葉の、どこが?)

一時停止から再開されそうになっているわずかな時間を使って、黒子は考える。
さんざん世界に居場所がないことを、力説してきたばかりだ。
だとすれば彼にとっての『他人じゃないヤツ』は、死んだ人間のことではなく。

380:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:09:22 ID:rGsWCH4k0
(今と、これから……)

盲点に気づいた、感触があった。
他人は自分にとって『悪魔』でしかないし、他人だって自分のことを『悪魔』と呼ぶはずだと少年は言った。
だがしかし、本当に帰りを待っている者がもう一人もいないなんて、誰が決めた。

(七原さんみたいに『どうせお前には家族だってクラスメイトだって生きてる』なんて楽観論は言えませんけれど……)

もしかしたら、失った人の他にも、彼のいたチームにはまだまだ仲間がいるのかもしれない。
同じチームではなくとも、『放送で知り合いの名前が呼ばれた』と言っていたぐらいだから、彼のいた世界にはもっと広い人間関係があったのかもしれない。
その全員が切原を拒絶するなど、どうして決めつけられる。
友達を殺された黒子でさえ、切原と共感することができたのに。

「貴方にとって、まだ貴方を見捨てていない人たちもみんな『悪魔』ですか? 殺されても仕方のない人ですか?」

途切れたはずの、かける言葉が湧いてきた。
切原の黒い眼が、黒子を見る。

「まだ大切な人が残っていれば他の大切な人が死んでも耐えられるなんて、私はぜったいに思いません。
ですが、それでも残された大切な人達は、あなたを心配して待っているのではありませんか?」

あまりに失い過ぎた黒子でさえ、初春飾利を失いたくないと思っているように。
断言するように放たれた声に、悪魔の口元が引きつる。そして、吠えた。

「そんなの、幻想だ!! 人を殺した! 戻る場所なんかねぇ!」

首を絞める殺意が再開される。でも、まだだ。まだ、黙らない。
疲労の積載された神経からなけなしの集中力を使って、瞬間移動(テレポート)を実行。
くるりと、黒子と切原の位置関係が入れ替わった。
切原の背中がジグザウエルの銃口から外れて、舌打ちをする音が背中から聞こえる。
ごめんなさい、と内心で七原に謝った。

「でも、貴方はみんなでテニスがしたかった、とおっしゃいました!
それが貴方の心なら!私の志を幻想だと言うのなら!
貴方のその否定こそ、幻想です!否定させたまま、死にはさせません!」

また首へと向かってくる手を、右拳で殴りつけて制する。
殴った反動で、血を流しすぎた頭がぐらぐらと揺れた。
研究所で負った傷は治療されていたけれど、それは流された血が戻ってきたということじゃない。
ここに至るまでに合わさった裂傷も加われば、体調はおそらく極大の貧血。
テレポートの余裕はおそらく一回きりで、残っているのは言葉と、マウントから振りかざす右手のみ。
それでも訴える。なぜなら、許せないから。

「私、船見さんと竜宮さんを失わせたことを絶対に許せません。
でも、そんな私と貴方が戦って……相容れないけど、言葉を交わしたのに。
『どうせみんな拒絶する』とか決めてかかっている貴方が、絶対に許せません」

許せない。
置き去りにされる痛みを知っているのに、自分が置き去りにする誰かのことは『幻想だ』と否定するこいつが許せない。
ひとりにひとつ、もしかしたらそれ以上。誰にでもあるしあわせギフト。
弱いからそれを失ってしまうというのなら、そんな幻想をぶっ殺したい。

381:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:10:29 ID:rGsWCH4k0



――きみが気にするべきは、きみを待っててくれる人にだ。



(あ……)

カチリ、と噛み合った。
植木の言葉はきっかけだった。
植木に流されたのではなく、その言葉が最後のピースになって全体像が見えてくる。

――もし、もしよ。私が、学園都市に災厄をもたらすようなことをしたら、どうする?

そう言って部屋から出ていった、ひとつ年上の少女の背中。追いかけることができず、『帰ってきてください』と祈ることしかできなかった夜。
『しばらく自分を見つめなおして、もう一度出直してくださいな』と、連行される不良学生に、それとなく言い聞かせていたこと。
『欠けることなく元の日常に帰りたい』と言っていた竜宮レナたち。
友達のことを大切そうに話していた、赤座あかり。
空っぽなんかじゃない。
定形の基準などない虚ろな《せいぎ》だったとしても、その虚ろをかっこいいと思わせ、重力を与えている、目に見えないものは確かにある。
白井黒子が、たどり着きたかった理想の果ては、

「帰った世界でも、ひどい現実が待っているかもしれません。敵意で迎える人もいるかもしれません。
でも、そんな現実を生きると言った七原さんは、私を一人にしませんでした。
相容れないと言いながら、一緒にいてくれました。
ですから、貴方も一緒に帰るんです。どこかで誰かが願い、この私が賛同したとおりに」

――迷子になっている子どもは、家に帰さなければいけない。

首に向かってのびていた切原の手が、だらりと力を失った。

「……やり直すのが、どんだけ苦しいと思ってんだよ。俺がどんなヤツか、お前なら知ってんだろ」
「では、貴方の論理に合わせた言い方をしましょうか。
私は貴方に殺されませんでした。つまり貴方は、甘ったるい私でさえ殺せないくらい、悪い人間ではなかったということではありませんの?」

泣きそうに見える顔で、切原が唇を噛んだ。
続く言葉を、黒子は待つ。
この言葉も届かずに、舌を噛み切って自殺されたらもう私には打つ手がありませんけどねと、嘆息して。

382:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:12:00 ID:rGsWCH4k0





ピシリ、と亀裂の入る音が崩壊の始まりだった。





「「「「「え?」」」」」

傷だらけの外壁を晒していたホテルの外壁が、それでもずいぶんあっけなく天辺から崩れ落ちてくる。
ひとつひとつが大人でも抱えきれないほどの鉄筋コンクリートが、死体だらけの地獄絵図になった広場の全てに落ちる。
それはもちろん人為的な災害だったのだけれど、この時の彼等にはただ『落ちてくる』という認識で精一杯だっただろう。

菊地善人の逡巡も。
植木耕助の成長も。
切原赤也の慟哭も。
白井黒子の答えも。
七原秋也の信念も。

――ホテルは逃走する時間も与えずにガラガラと倒壊して、『一人を除いた全員』を、瓦礫の山へと飲み込んだ。






バロウ・エシャロットが電光石火(ライカ)でホテルのもとへと立ち寄った理由は、およそ植木耕助たちがそこへ向かった理由と同じだった。

ただし、いるかもしれない誰かを救けるためではなく、いるかもしれない誰かと集まってくる誰かを、全て潰すために。
もとより、残り人数が20人を切ってしまった終盤において、非戦派が隠れ潜むための場所もたくさんあるような巨大施設をそのまま残しておくメリットもない。
たどり着いたホテルの外壁に隠れて様子を伺えば、その表面には脆く亀裂が入っていることが伺えた。
日が暮れてから近づいてくる参加者には暗さで判別できないだろうが、おそらくホテルの受けたダメージはざっと見た外観よりも酷い。
神器の力を使えば、崩落させることはいかにも容易だった。

383:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:13:32 ID:rGsWCH4k0
電光石火(ライカ)でホテルを回り込むようにして山を登り、C-6の北側に布陣してホテルの背面を見下ろす。
自然に任せても壊れるかもしれないホテルで、いるかもしれない程度の参加者を探し回るよりも合理的だったからだ。
まずは高所から“鉄(くろがね)”を連続で発射し、ホテルの屋上近くの階層を連続で撃ち抜き、真下へと崩した。
ちょうどダルマ落としの要領で、崩された瓦礫が落下して1階のホールとその前庭を埋め尽くす計算だ。
続けて“唯我独尊(マッシュ)”を呼び出し、ホテルの後ろ壁の二、三階層にあたる部分めがけて突撃させる。
一段階目で広場正面からの逃げ場を塞ぎ、二段階目で裏手にある非常口を崩すように。
あとは、アリの巣に閉じ込められたアリと同じだ。
たっぷり十分はそんな作業を続けて、念入りに虫一匹も逃がさないように破壊し尽くした。

煙が晴れたホテル跡を見下ろし、全てが終わったことを確認する。
ホテルの周囲を囲む街灯に照らされた広場には、それこそ山のような瓦礫が層をなしていた。
そこでバロウは、初めて気付く。
山の下の方に、まるで地面から人為的に生やしたような木が幾本も、下敷きになってはみ出ていることに。

「植木君、いたんだ……」

そこで初めてバロウは、軽率な行動をとってしまった気持ちになった。
いくら『ゴミを木に変える能力』でも、せいぜい木によって瓦礫がぶつかる衝撃をちょっとだけ殺すぐらいで、瓦礫から身を守ることなどできないだろう。
再戦を誓ったのに、こんな形で決着がついてしまった。

そう思ってしまいそうになり、バロウは頭を振る。
どんなに『過程』が酷いものだろうとも、『結果』こそが全て。
あの中学校で神器を使う重みを刻みながら、改めて誓ったじゃないか。

「そうだよ。こんな”結果”を見せられたら、どんな馬鹿でも理解できるよね」

つまり、植木耕助の『正義』は、バロウ・エシャロットの『夢』に敗北した。
彼に乗せられていた人々の想いも、同じく。

「最良の選択肢を選んで勝ったのは……僕だ」

”誰か”によって踊らされることを自ら進んで選んだ”子ども”は、振り返らずに歩み去った。


【C−6 ホテル近辺/一日目・夜中】

【バロウ・エシャロット@うえきの法則】
[状態]:左半身に負傷(手当済み)、全身打撲、疲労(小)
[装備]:とめるくん(故障中)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2(携帯電話に画像数枚)、手塚国光の不明支給品0〜1
基本行動方針: 優勝して生還。『神の力』によって、『願い』を叶える
1:施設を回り、他参加者と出会えば無差別に殺害。『ただの人間』になど絶対に負けない。
2:僕は、大人にならない。
[備考]
※名簿の『ロベルト・ハイドン』がアノンではない、本物のロベルトだと気づきました。
※『とめるくん』は、切原の攻撃で稼働停止しています。一時的な故障なのか、完全に使えなくなったのかは、次以降の書き手さんに任せます。
(使えたとしても制限の影響下にあります。使えるのは12時間に一度です)


【菊地善人@GTO 死亡】
【植木耕助@うえきの法則 死亡】
【白井黒子@とある科学の超電磁砲 死亡】
【七原秋也@バトルロワイアル 死亡】

384eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:15:14 ID:rGsWCH4k0
【残り14 …




その瞬間に、崩落を予測できた人間はいなかった。

ホテルの外壁が傷ついていることは四人ともが知っていたけれど、日が暮れてからの闇はその甚大な亀裂の判別を難しくさせている。
そもそもホテルの支柱が見た目よりずっとボロボロに崩れやすくなっていることは、戦闘が終わった後にそこで破壊活動を振りまいた切原赤也しか知らない。
その切原にとっても、崩落に気を配れるほどの余裕はない。
七原秋也と白井黒子にせよ、研究所で起こったことから、建物ひとつを崩せる力を持った参加者がいることは身に染みている。
しかし、その時に起こった崩落は、順番に手間をかけて建物の柱を崩していくことで実現した『周囲に逃げる余裕を与えてくれる無差別の倒壊』だった。
計画的かつ迅速な破壊で建物の下にいた人間を圧殺するような、大量破壊兵器をその身に宿した中学生のことを、彼らは失念していた。

ただ、真下にいた白井黒子は少しだけ早く、その落下を察知した。

頭上を見上げて、ホテルの上層階が、巨大な『何か』のせいで破壊されるのを、うっすらと視認する。
そして巨大な岩塊が、数秒とかからず落ちてくることを知ってしまった。
直撃される地点には、力尽きて伏している自身と切原がいる。

逃げなければ、逃がさなければ。

壊れていく世界のなかで、強く思ったのは、死なせたくないということ。
それが、『切原赤也を崩落の巻き添えから外れた瞬間移動の射程ギリギリまで転移させる』という無茶を生み出す。
ぽかんと口を開けている切原の腕をつかみ、弱った計算能力を総動員して、飛ばす。
一秒で実行してから、後悔した。

自分ごと逃がせなかったのは、疲労による能力限界だった。
自分を転移させるのは、他人を飛ばすよりもはるかに難しい。
だから自分自身の転移ができる能力者は無条件で大能力(レベル4)認定されるし、それができない間は強能力(レベル3)止まりと規定されている。
自分ごと逃がそうとしたけれど、無理だった。
黒子からすればそうでも、切原にとっては『また自分を置いて死なれた』のと同じことではないか。

――ごめんなさい。

止めると言っておきながら、これでは無責任に放り出したのも同じだ。
力無さと、間違ってしまったのではないかという不安で唇を噛み、視線を遠くに向ける。
切原を飛ばした場所と、七原が逃げられたのかどうかを見ておきたかった。
そのはずだった。

致命傷が降ってくるまでの、短い時間。
スローモーションの視界で、黒子は”有り得ないもの”を見た。
七原秋也が、落下してくる瓦礫を厭わずに、黒子に向かって駆けてくる。

385eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:16:51 ID:rGsWCH4k0
何をやってるんですか、と叫ぼうとした。
切原赤也みたいな人間は殺すべきだし、私みたいな人間は糞食らえと言っていたのに。
それに、私が行き着く先を見届けるって約束したのに。
私が死んだら見せられないけれど、あなたが死んでも実現不可能になる約束なんだから。
だいいち、そんなに必死に駆けてきても、この崩落の規模で救けることなんか――

しかし、胴体を何か大きいものが潰すように貫いたことで、その声は口から出なかった。
視界のなかで、夜目にも赤黒い血液が散ったことと、地面から生えた木々が焼け石に水のように崩落を防ごうとしては折れるのを見届ける。

そこからは、夜の闇ではないほんとうの『漆黒の闇』に包まれた。

かろうじて最初の崩落で二人が埋まらずに済んだのは、ホテルの玄関にいた二人の少年がかばうように引っ張り込んでくれたかららしい。
しかし、月明かりも届かないホテルの中でもまた、崩落は止まらなかった。
七原に抱き抱えながら、黒子はこの場所そのものがガラガラと崩れていく音を耳にする。
崩落の中を逃げ惑いながら、三人の少年たちの会話を聞いていた。

この場所から脱出するための道具は何かないのかとか。
ホテルで犬の死体がくわえていた『宝物』が使えるんじゃないか、とか。
そこに書き込むべき『言葉』が思い当たらないから無理だ、とか。
理解したのは、このままだと全員が死んでしまうということ。
そして、三人の少年がそれぞれに怪我を負っていること。
その三人の誰よりも、まず黒子が先に死んでしまう傷を受けていること。

(嫌ですの……)

終わりにしたくなかった。
誰も守れていない。
切原赤也に、弁解していない。
初春飾利とも、再会していない。
何より、七原に何も伝えられていない。
船見結衣と竜宮レナから『任された』のに。
七原に殺されるまで、死なないって約束したのに。
ようやく、自らが正義を貫いた先で、どこに行きたいのかが見えたのに。
それを知りたがっていた七原に、生きて見せなきゃいけなかったのに。

七原秋也を、一人ぼっちにしたくないのに。

(竜宮さんのことを言えないじゃありませんの……任せたとさえ言えないだけ、彼女たちにすら敵いません)

相容れない少年と。
鏡写のような少年と。

戦ったり争ったり殺し合ったりしながら、それでも少しだけ繋がれた気がしていたのに。

386eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:17:48 ID:rGsWCH4k0
(もっともっと……ずっと先まで、繋がっていたいんです!
殺し合いが終わるまで! 終わってからも! 十年先も、百年先だって!!)

誰にも届かないはずの声で、しかし、誰かに届けたくて。
崩落していく暗闇を薄目で見上げて、光を探した。

(――永遠、それよりも長く!!)



ドクン、と鼓動の脈打つ音を聞いた。



それは、白井黒子の心臓の鼓動の音だった。
しかし同時に、白井黒子ではない、別の人間の鼓動だった。
それも、この場にいない『あの人』の鼓動の高鳴りだった。
なぜか白井黒子はそう思ったし、それが誰なのかも理解できてしまった。

387eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:21:31 ID:rGsWCH4k0
(切原、さん……?)

そして、光があった。

その光は、白井黒子の内側からこぼれだす。
白井黒子が、もっと感知する力に長けた能力者だったならば、それを『AIM拡散力場のようなもの』と知覚したかもしれない。
とにかく、それができない彼女は『それ』を、”不思議な浮遊感”として自覚した。

周囲にいる少年たちから驚きの声が出たことから、それは黒子の錯覚ではない、現実の出来事だと理解する。





白井黒子の体が、うっすらと白く光る、霧のようなオーラを纏って中空に浮かんでいた。








行かなければ、と思った。

自らだけが生き残ったことよりも、
それを『結局、勝ち残ったのは自分だった』と誇るよりも、

切原赤也が思ったのは、『まだ、生きているかもしれないなら』ということ。
生きていれば、まだ間に合う。
動くことに、不思議と迷いはなかった。
白井黒子は、『お帰りなさい』と言った。
それは、彼女自身にも『ただいま』と言える、言いたい場所があったから言えたことなのだろう。
そのことを指摘してきた乱入者の二人組も、きっと似たようなものだ。
あの七原だって、居場所がないとか抜かしていたけれど、自分よりよっぽどマシな人間なのに見つけられないなんてことはないはずだ。
だったら、自分にさえそれがあると主張していたあいつらが、無いなんてことは絶対にない。
白井黒子の言ったことには言い返せなかったけれど。
切原赤也はどんな結末にせよ、あの連中の手によって止められるなら、それでもいいかと思ったのだから。

瓦礫の向こうに行ってしまった白井黒子のことを、どうやって知るのか。
彼女のことを深く知る前の切原だったら、できるわけないと諦めていた。
でも、今の切原赤也ならばできる。
できるはずだ。絶対に、できるようにしてみせる。

だってアイツは『俺』なんだから。
違っていて、でも、もとは同じはずだったんだから。
他人は他人で、自分は自分で。人間なんて一人きりで、居場所なんて無いはずで。
それでも、人と人とが、向き合って『もうひとりのじぶんだ』と繋がる瞬間は、あるはずで。

じぶんを信じろと、暖かい手で、背中を押された気がした。



ドクン、と鼓動の重なる音を、切原赤也は聴く。



そして、切原赤也の『左目だけ』が、赤く染まった。

388eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:22:30 ID:rGsWCH4k0





『Personal Reality(自分だけの現実)』という言葉がある。
学園都市の学生ならば誰もが知っているけれど、具体的にこうだと説明できる者は少ない。
とある人間は、『自分だけにしか見えない妄想』と表現し、またある人間は『可能性を信じる力』だと言った。
手から炎を出す可能性。他人の心を読む可能性。一瞬で別の場所に瞬間移動する可能性。
それが見える人間でなければ超能力は使えないし、逆に言えば見えるようになると普通の人間に戻れない。
現実には見えないものが見えているのだから精神異常者と大差なく、見える者はもはや『正気ではない』とすら呼ばれる。
そして一般人がそれを『見えるようにする』ために必要な脳改造のことを指して能力開発(カリキュラム)という。
時には薬漬けにしたり、時には脳みそに電極をぶっ刺したり、時には洗脳装置による刷り込みを与えたり。

しかし反則的にも、そういった能力開発を受けていない一般人によって能力を発現させる手段がないわけではない。
その反則技のひとつを”幻想御手(レベルアッパー)”という。
ざっくばらんに説明すれば『能力者の脳波と自身の脳波を同じもののように調律して同期(リンク)させることで、そいつの能力を任意で借りうけて使えるようにしました』ということになる。
もっとも、このやり方でも能力を使っているのは貸し主の脳みそでしかないのだから、一般人にも『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が見えるようになったりはしない。

一方で、テニスの世界には脳波はおろか視界(パーソナルリアリティ)、動き、思惑の全てを共有し、相手の見えている世界を手に取るように理解するすべが存在する。

それは、『同調(シンクロ)』。
心が通じ合った者のみに起こる、ダブルスの奇跡。

そして、無我の境地。
覚醒したテニスプレイヤーは、その目で見て学び取った技を無意識で再現することができる。

その時、切原赤也は見た。
白井黒子に見えているのと同じ『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を。

389eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:23:58 ID:rGsWCH4k0




――七原秋也は、飛んでいた。



白井黒子の体が、不思議な輝きを放ち始めたことは覚えている。

そしてその輝きに呼応するように、切原赤也らしき影が瓦礫の破砕が続くその場に『瞬間移動』してきたのも見えた。
それはおかしなことだった。しかし、瞬間移動と呼ぶしかなかった。
切原赤也に――ただのテニスプレイヤーに、障害物を無視してすり抜けることなど、できないのだから。

そして、同時に死に体だった白井黒子の体も浮遊したまま動きだしていた。
植木耕助の手から、彼が持っていた木札――『空白の才』をつかみとり、指先から滴る血で何かを書き込んだ。
そして、それを七原に向かって、持たせるように押し付けた。

そこから先は、おぼろげな記憶しかない。

ただ、不思議な場所にいた。

高く、高く、ホテルなど豆粒ほどの大きさに見えるような、高い空の中。
上昇気流をつかむように、空を飛ぶ少女に手を惹かれて、雲の上のようなところにいた。
少女は、白井黒子の姿をしていた。
背中には天使のように白くてふわふわした羽根が生えていた。
雲のかたまりを集めて作ったような、そんな形の羽根だった。
強く凛々しく、羽ばたいていた。

お前、その翼はどうしたんだ、と聞こうとした。
笑顔の黒子と、眼があった。
悪魔のような天使の笑顔だった。

その顔を見ていると、どうしてか得心がいった。
悪魔のような、しかし天使のような顔をしていた、あのワカメ頭からの餞別なのだろう。

その時、初めて七原は気づいた。
七原の背中にも同じ翼が生えていて、白井と同じ速さで羽ばたいていた。

その時間は、楽しかったような、ほっとするような。

なんだかツンデレのデレのところばかり過剰放出されているように、白井は優しかった。
そして、言ったのだ。

――泣いていたんですのね。

七原は首をかしげる。
とっさに目元に手をあててみたが、そこは乾いたものだった。
泣いてないじゃないか。
そう言ったけれど、白井はそういう意味じゃないと言いたげげに首を振った。


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