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都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……代理投下スレ

499死を従えし少女 寄り道「焦りは禁物」 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/09(日) 22:29:44 ID:jzBUuuJg
 観客席にて。
「藍はどう思う?」
「あの溶けるような崩れかた…『コーラは骨を溶かす』を拡大解釈してるのかも」
 澪は頷きつつ、思索を巡らせる。
「溶ける…崩れる…もしかして」
「何か考えがあるの」
「あるじゃない、他にも人体が溶ける都市伝説」
「…あ!」
 緑は話についていけず不満げだ。
「話が見えない。お前ら何が言いたいんだ」
「藍、せーので言うわよ」
「早く言え」

『人肉シチュー』

 観客席の憶測はさておいて、キラは頭上に降りかかる溶け崩れた家屋の対処を急いだ。
(これだけの建物を全部凍らせるヒマはない。それなら…)
 頭上に力を集中し、降りかかる建物を凍らせる。
「行けっ!」
 そのまま左右と足下に張り巡らせた氷をアンナの方まで延ばしてゆく。
 分厚い、氷のトンネルが出来た。
「たあああああっ!!」
 氷の上を滑りながら手元に氷を生み出す。先の尖った細い棒。氷の槍だ。
 ひゅんと投げると、アンナはなんと言うことのないようにひらりとかわす。
「かかった!」
「!?」
 下半身の違和感に気づいたアンナが視点を下げる。
 …下半身が全て、分厚い氷に覆われている。氷の槍は、下半身を凍らせる間、注意を逸らせる罠だったのか。
「これっくらいなら、直ぐには溶かせないでしょー!」
 キラは拳を氷で固め、アンナに向かって振りかぶる。
「アイス・ナックルパーンチ!」


「この勝負、同士浅葱はどうみるの?」
「互いの能力を喰い合っているうちは互角、だとおもう」
「同士桃の攻撃範囲は、どれくらい?」
「一応、視認できる範囲全て。吹雪はもう少し広範囲に出せるけど。それより…」
「それより?」
「戦況が膠着状態になって、決着を急ぐと、キラが危なくなる」
 キラはせっかちだしね、と澪は苦笑いして、拳をアンナに振り下ろそうとするキラに、真剣な眼差しを注いだ。



続く

500続々・溶け融ける  ◆nBXmJajMvU:2016/10/10(月) 22:22:35 ID:S9i7Ko.s
 建物を溶かし崩すような大技を使った
 その時点で、「あぁ、焦れてきたんだな」と遥は判断していた
 なにせ、自分の姉である。ある程度考え方はわかる

(……と、なると。こりゃ「奥の手」使うかもしれないな)

 「奥の手」はいくつか持っているはず
 そのうちの一つは確実に使うだろうな、と

 その遥の予想は、すぐに当たる事となる


 振りかぶられた拳を、アンナは確かに見ていた
 下半身の分厚い氷を溶かすには間に合わないはずだった

 そう、「氷を溶かす」のは、間に合わない

「…………え?」

 ぐちゃっ、と
 キラの目の前で、アンナの体が「溶け崩れた」
 すかり、キラの拳は空を切る

「どこに……!?」

 分厚い氷での中には下半身すら、残っていない
 慌てて覗き込めば、どうやら地面を「溶かして」地面に逃げ込んだらしい……と、言うよりも

(まさか、「自分の肉体も溶かし崩せた」!?)

 先程からの能力の及ぶ範囲を見るに、視界の範囲内を溶かし崩しているのだろう、と言うのはわかっていた
 なるほど、たしかに自分自身にも視線は届くだろうが………

(……待って。自分を溶かす、なんて無茶をやって………そもそも、「溶け崩れた」状態で視界の届く範囲、ってどれくらい?)

 警戒して辺りを見回す
 どこから、飛び出してくるのか、とそこを警戒し……

 ………ぼごぉっ!!

「っわわ!?」

 キラが立つ位置、その周りをぐるっ、と囲むように、地面が一気に崩れ落ちた
 バランスを崩しそうになり、急いで体勢を立て直す
 そして、その直後………溶け落ちた地面の向こう側から、アンナが飛び出してきた


 少しだけ、遡る
 実況席から試合の様子を見ていた神子は、アンナの体が溶け崩れた瞬間、思わず「うわぁ」と声を上げていた

「慣れないなぁ、アンナのあの「奥の手」」

 自らの肉体に向かって「人肉シチュー」の能力を使い、溶かし崩す
 アンナが使う「奥の手」の一つだ
 溶け崩れた状態でもアンナの意思は残っており、痛みを感じる事もなく、その溶け崩れた状態のまま自由に行動出来る
 若干、視界の広がる範囲が狭くなるのが欠点、とは当人が言っていた言葉だが、溶け崩れた体を広範囲に広げれば、広がった分視界が届く範囲は広がるのだから、半分詐欺だ
 しかも、溶け崩れた状態から元の姿に戻るのは、ほぼ一瞬で完了してしまう
 当人が能力を使いこなす為に努力した結果とはいえ、なかなかに反則気味だろう

(ただ、流石に長時間溶け崩れた状態ではいられない、とも言ってたのよね。となると………)
「……こりゃ、アンナさん本気になってきたな」

501続々・溶け融ける  ◆nBXmJajMvU:2016/10/10(月) 22:23:15 ID:S9i7Ko.s

 神子の思考を知ってか知らずか、そう口に出した直斗
 そう、先程までも決して手加減していた、と言う訳ではないのだが、本気でもなかった
 しかし、あの奥の手を使った以上、本気と見ていいだろう

「そうなりますと、そろそろ………」

 次にアンナが使う、今まで使っていた能力
 「人肉シチュー」の応用で発動可能なその能力を使うだろうと、龍哉が口に出しかけたのと
 アンナが、それを使いだしたのは、ほぼ同時だった


 繰り出された蹴りを、キラは分厚い氷を作り出す事で不正だ
 しかし……

(攻撃が、さっきまでよりも重たい!?)

 それだけ、ではない

「早………」
「遅いっ!!」

 っひゅっひゅっひゅ、と連続して繰り出される蹴撃
 早い
 一撃一撃のスピードも、上がっているのだ

「まさか、身体能力が上がって…………熱!?」

 攻撃を避けながら、気づく
 自分の、足や腕の部分だけ、「体温が上がってきている」と

 ……一定ラインよりも体温をあげられたら、溶かされる!!

 ひゅうっ、と自分の足と腕を氷で覆い、体温を下げる
 が、相手は能力を発動し続けているのだ
 遅かれ早かれ、溶かされる可能性はある

「なら、一気に……」
「……決める!!」

 相手も、考える事は一緒だったのか
 アンナのスピードが、さらにあがった

 半ば残像すら残しながら、一気にキラの懐へと潜り込んで

「ーーーーーーっ!!??」

 重たい一撃
 いや、一撃ではない。連撃を浴びたのだと理解したのと
 キラの意識がぶつりっ、と途絶えたのは、ほぼ同時だった


「ーーーーっふぅ」

 きゅう、と気絶したキラを見下ろし、アンナは息を吐き出した
 「人肉シチュー」の能力を自分に使用し、「意図的に体温をあげる」事によって、「熱量エネルギーを身体能力へと変換させる」
 ……父親である日景 翼が、「日焼けマシンで人間ステーキ」の能力を自分自身に使う事によってやっていることと同じ事を、アンナもまた出来た
 ただ、父親とは違いかなり最新の注意を使いながらでなければ間違って自身の肉体を溶かし崩してしまうため、精神力の消耗が激しい
 使いだしたからには、一気に勝負を決めるしかなかったのだ

「…に、しても。自分を「溶かし崩す」のも、「溶かし崩さない程度に体温を上げて身体能力をあげる」のも、使わないつもりだったのに」

 使わなければ勝てなかった
 つまり、自分はまだまだ、と言うことである

 もっと、鍛錬が必要である
 アンナはそう、自覚したのだった




to be … ?

502戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/11(火) 01:07:22 ID:mbRrA322
 キラとアンナの戦いの決着がつき、(主にアンナが)戦闘部隊を派手に壊したので修復と言うか次の試合までの準備というその時間
 慶次はフリー契約者の情報をタブレットPCで確認していた
 郁が望逹に渡した物と同じ情報だ
 普段。CNoが管理している情報をここまで自由に見る機会は慶次にはないため、これを機会に試合の合間合間に読み込んでいた

「……「人間にも発情期が存在する」の契約者は、流石に来てねぇか」
「そのようだね。まぁ、いくらでも悪用できる都市伝説と契約しながらも、それを悪用せずに何年も過ごしている人物だ。どこの組織にも加わっていないようだし、今後もそのつもりであるなら、こういう目立つ場には現れないだろうね」

 何人か、契約都市伝説の関係や当人の人間性から「要注意」となっている者を主に確認し、この会場に来ているかどうか探してみる
 今のところ、その手の人物で目立っていたのは「九十九屋 九十九」くらいだろうか
 他も、ちらちらと姿は見かけたが試合にはまだ参加していなかったり、そもそも参加する気がなさそうな者のようであった

「………っと、どうやら、次の試合のようだよ」
「ん?あぁ、そうか………って」

 ちょっと待て
 モニターに映し出される会場の、その中央に立つ人物の姿に、慶次はそのツッコミの言葉を叫びそうになったのを、すんでのところで、押さえ込む事に成功した


「……それでは、次の試合は特別試合。スペシャルマッチとなります!」

 実況席にてそのように言いつつ、「大丈夫なのかなぁ」ともちょっぴり思う神子
 そう、スペシャルマッチ、である
 それも、1対多数の
 モニター越しに映る会場のど真ん中に、全身「白」と言い表したくなるような男の姿があった

「「組織」X-No,0事ザン・ザヴィアー!本来なら色々仕事でこういう場に参加できないはずなのですが、明日で日本に滞在していられる時間が切れるとの事で……」
「日本で発生中の仕事に手を付けると半端になるから、と言う理由で仕事に手を付ける訳にはいかない、と」

 「マリー・セレスト号」と「さまよえるオランダ人」の多重契約をしてしまい飲み込まれたザン
 能力は強大であるが、欠点として「さまよえるオランダ人」の特性により、一つの場所に長い間とどまる事ができないのだ
 今回も「狐」の件やら「怪奇同盟」の盟主暴走の件やら、本来上位Noも仕事は山積みであるはずなのだが、そちらの仕事をさせてもらえないための、今回の試合への特別参加だ
 ……もっとも、ザンにとっても、これに参加することである程度情報を集めようという意図があるのかもしれないが

「えー、流石に「組織」上位Noとなると、ヘタな人とぶつかっても瞬殺が予想されます。よって、今回は特別ルールとして、ザン・ザヴィアーと他多数の契約者との1対多数の戦いとさせていただきます」
「ザンさんの勝利条件は、参加者全員を気絶、もしくはギブアップさせる事。他の参加者の方々は、誰か一人でもザンさんに一撃を加えられた時点で勝利となります」

 他にも、ザンは一部の能力に関しては使用しない、などの制限がある
 制限があってちょうどいいくらいなのだ、あの「組織)上位Noは
 一時期「組織」を離れていたあの男が「組織」に戻った事は、「組織」にとって大きな利益である事だろう

「…………では、説明終わり!試合開始!!」

 神子が試合開始を宣言すると同時
 ザンの周辺の空間がぐにゃり、歪んで

「あっ」
「おー、さっそくやったな」

 ザンの周辺に出現した大量の海水と巨大な烏賊の姿に、直斗は感心したような声を上げた


 ビルが立ち並ぶオフィス街のような戦闘フィールド。その地面を海水で満たしていく
 もしかしたら溺れた奴がいるかもしれないが、多分大丈夫だろう。死にはしない

 己の周辺にはクラーケンを出現させ、ザンは海水の上に立ちながら辺りを見回す
 自分以外は全員倒せばいい。なんともシンプルな事だ

「さぁて、どこから来る?」

 遠距離からの狙撃か、それとも正面から来るか
 警戒していると……近づいてくる、気配
 水中から迫るそれに気づくと同時、ザンはクラーケンの足へと飛び乗って、高く跳ぶ
 その瞬間、一瞬前までザンの立っていた位置をがぶりっ、と
 巨大な生物の牙が、空振った


「…………でっか!?」

 ザンへと襲いかかった巨大生物を見て、思わずそう口にした神子
 龍哉は、モニターをじっと見つめて首を傾げる

503戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/11(火) 01:08:07 ID:mbRrA322
「ずいぶんと、大きな鮫ですね。どのような都市伝説でしょうか?」
「……「メガロドン」辺りじゃね?UMA系の。確か、それと契約してるフリー契約者の情報あったよな」

 直斗がそう口にすると、えっと、と神子はタブレットPCで「組織」から渡されたフリー契約者の情報を見る
 そうすると、たしかに、いた
 「メガロドン」との契約者が

 メガロドン自体は、約1,800万年前から約150万年前にかけて実在したとされる巨大鮫である
 その歯の化石は、日本においてはしばらく「天狗の爪」とも呼ばれていたと言う
 一時期は最大個体の全長は40メートルはあるだろうとも言われていたが、流石に否定されており、推定値で約13メートルや20メートルと言われている

 ……が、今現在、ザンへと飛びかかり、再び水中へと潜った巨大鮫の姿は、全長40メーTPル程であった
 メガロドンは今現在も生存している、と言う生存説としての都市伝説のメガロドンなのだろう
 契約者本体とは別にメガロドンが出現するタイプなのか、契約者自身がメガロドンに変化するタイプなのかは、わからないが………前者であった場合、契約者は海水に飲み込まれずに無事だと言うことだろうか

「しかし、巨大クラーケンと巨大鮫の対決………」
「前にみんなで見た、鮫映画を思い出します」
「うん、ちょっと思い出すけど、流石にあれはハリケーンと一緒に飛んできたり………は………」

 …モニターに、ちょっぴり信じられないものが、映る

「おー、すげぇな。メガロドンってビルを泳ぐのか」
「泳ぐわけないでしょ!?いや、たった今、泳いでるけど!?」

 そう、そうなのだ
 メガロドンが、ビルの側面を「泳いでいる」。まるで、ビルの側面を「海面」として認識しているかのように

 某国において、何故か鮫系パニック映画は人気があるのかB級C級Z級と低予算っぽい鮫映画は覆い
 その中で、「鮫がこんなとこ泳ぐ訳ねぇだろ!?っつか、こんなところに鮫でるか!?」と言うのがあったりなかったりするが………それの影響でも受けたのだろうか

 とにかく、ビルの側面を泳いだメガロドンは、そのままビルから飛び出してザンへと襲いかかっている
 ぐるりっ、とクラーケンの足に捕らえられ、みしみしと潰されそうになってはいるが……海面を、すぅー、すぅー、と巨大な鮫の背びれが横切る
 どうやら、メガロドンは複数いるようである

「ちなみに、他の参加者は……?」
「あ、溺れている人を回収している方が」

 モニターの済を、時折ふっ、ふっ、と船の影がよぎっていたのを、龍哉は見逃していなかった
 ボロボロの漁船が、契約者以外の人間も救助している最中らしい

 今のところ、ザンへ攻撃を加えているのはメガロドンだけだが………まだまだ、攻撃参加者は増えそうだ


 海水を出してもらえた事は、彼にとっては幸運だった
 「首塚」所属、「良栄丸事件」の契約者である良永 栄(さかえ)は、自らの契約都市伝説で生み出した漁船でもってザンが大量召喚した海面を進んでいた
 大地も走れるこの漁船だが、流石にスピードが落ちてしまうのだ
 だが、こうして海面であれば本来のSピードで移動出来る
 自身は船の制御に集中し、船とともに召喚した乗組員のミイラにおぼれている他の契約者を回収させていく
 ザンへの攻撃も行いたいが、今は他の契約者の回収が優先である
 自分以外の契約者に、ザンへの有効な攻撃を行える者がいるかもしれないのだから

「……っと、うわ!?」

 が、油断はできないようだ
 ミイラが回収しようとした相手が契約者ではなく、ザンの能力で呼び出された狂える船員で襲い掛かってくる事もある
 慌てて、ミイラ逹に命じて再び海へと突き落としたが、他の回収した契約者も同じように狂える船員に応戦している
 そう簡単には、終わらせてはくれない、と言うことだ



 まるで水没した都市のようになった戦闘フィールド
 そこを舞台に、ただ一人を狙った戦いは、まだ始まったばかりである








to be … ?

50401 兆し:2016/10/11(火) 01:47:45 ID:9o7CJllQ
..読み切り_01


 「駄目だ、足取りはさっぱり」

それが、半ば無理矢理三万円を押し付ける形で依頼した調査に対する回答だった
まあ予想はしてたとはいえ手がかりが何も無いというのは、実際きつい

風が回っている
昼過ぎまでは殺人的な日差しだったのに
夕方から広がり出した暗雲が今や空を覆っている
こりゃ本格的な土砂降りになるだろう

 「だが何もないわけじゃないぜ、かなり匂う話も聞いた」
 「どんな?」
 「『モスマン』だ、しかも群れで目撃されてる」
 「『モスマン』? ただの都市伝説では無い、ってことか?」
 「北区だ、たまに深夜に東区でも見られてる
  少なくとも自然発生した『野良』じゃない、最近だ
  最近になって他の連中も連中を急に見かけるようになったんだ
  しかも『モスマン』だぜ? 誰かが外から持ち込んだって考えるのが自然だろ」

誰かが、持ち込んだ
か、あるいは外から入り込んで来た
確かに時期が時期だ、マークしておいた方がいいだろう

目の前の人面犬は前脚を器用に使って缶の日本茶を啜っている
不意に周囲を見回した
南区は学校町の中でも賑やかな地区だがそれも場所によるらしい
現にこの公園の所在も南区だが人の気配が全く無い

50501 兆し:2016/10/11(火) 01:51:17 ID:9o7CJllQ

 「細々した話は色々聞いたが最有力はこれだな」
 「なんか悪いね」
 「へっ、金を受け取ったからにはな、きっちり仕事はするぜぇ」

人面犬は顔を歪めて笑っている

 「『組織』が動いてるかは知らねーがな、知り合いのとこは『モスマン』と小競り合いになったらしい
  ただ、おおっぴらに人間を襲ったって話は聞かなかったし、向こうも考える頭はあるってことじゃねーの?
  だからっつって、『野良』なら襲ってもいいってことにはならないけどな」
 「今はまだ積極的には動いていない、か」
 「まあそんな所だろ」

仮に、「モスマン」が統制の取れた駒なのだとしたら
今はまだ命令待ちの状態なのかもしれない

 「なあ」
 「うん?」

人面犬はいつの間にかこちらに背を向けていた

 「いざって時は『モスマン』の退治、シクヨロな」
 「俺が?……『組織』に任せた方が良くない?」
 「強いんだろ?契約者さんよぉ」
 「何言いだすんだよおい、勘弁してくれよ」

当初この町に越してきた時は能力をあまり使わない、昔みたいにしないと誓いを立てたもんだ
しかしこうして知り合いが出来て頼まれたりもすると、容易く揺らいでしまう
まあこれもぼんやりと予想してたことではある

50601 兆し:2016/10/11(火) 01:52:59 ID:9o7CJllQ

 「なあ、おっさん」

人面犬の背に呼び掛けた

 「やばい時は逃げてくれよ?」

ハッ、そんな答えが返ってくる

 「こちとら逃げ足だけは他の連中より速えーんだよ」

一体、どう脚を器用に動かせばそんな芸当ができるのか
人面犬のおっさんがさっきまで飲んでた缶が小気味いい音と共に蹴り飛ばされた
放物線を描きながら自販機の隣の缶籠の中に放り込まれる

 「一応まだまだ調べてやるぜ、俺も興味湧いてきたしな」
 「あんま無理すんなよおっさん」
 「ばっきゃろ、ほどほどに無理しとかないと生き物は錆びちまうんだよ」

んじゃな
そう言って人面犬は公園を走り去っていった
空模様は一段とよろしくない雰囲気になってきている
頃合いか、俺もベンチから立ち上がった

50702 誰何:2016/10/11(火) 01:55:33 ID:9o7CJllQ


この町はヒトにあらざるモノを魅き憑けると、そう言われてきた
町の外からナニがやって来たのか、という噂はこの町に棲む闇の住人達の間で囁かれるのが常だった

そしてこれは
嘘か真か、「狐」がやって来たという噂が闇の間を流れ始めた時期のことだ




 「こんにちは、ちょっとすいません」

“学校町”西区、林立する工場の影が落ちる路地で、警察官が制服姿の少女に声を掛けた
着ている制服は町の外部にある私立高校の制服だ
少女は静かに振り向いた

 「こんにちは、帰宅途中ですか?」
 「私に何か御用でしょうか」

警察官の質問に少女も質問で返す
にこやかな顔をした警察官の口元が一瞬ひくついた

 「少しうかがいたい事があるのですが。あ、こちらへどうぞ」  「私に、聞きたいことが、あるのですか?」

時分は夕暮れ
丁度路地の影に黄昏の赤が混じる頃合いだ
笑顔を貼り付けた警察官は路地のひときわ暗い奥へと少女を誘おうとする

 「お巡りさん」

少女は素直に警察官の後に付き従った
彼女の声に警察官は一切答えず振り向きもしない

不意に警察官は立ち止まった

 「こんな路地裏で、私に、何を聞きたいのです、か?」
 「何だと思う?」

少女の問いに、彼は嗤いを押し殺したような声で答える
不意に響く鋭い金属音とほぼ同時に、警察官は少女の方へと振り返った

その手には警棒が握られていた
顔面の微笑みからは最早隠すつもりも無い悪意が滲んでいる

 「いやぁ、こんなにあっさり引っ掛かるなんて、ねッ!」

警察官は今や嘲りと共に、少女の頭部へ警棒を叩き付けようと腕を大きく振りかぶり

50802 誰何:2016/10/11(火) 01:56:48 ID:9o7CJllQ


 「  玉兎、十六式 ―― 『"影" 鳥 "闇" 猿』  」


あっさりと阻止された
“何か”が警察官の動きを邪魔したのだ

 「んなッ!? こッ、これは、グぬわッ!?」

警察官が驚く猶予も与えず、“何か”が彼を地面に叩き伏せる
弾かれた警棒が乾いた音を立てて地に転がった

 「ふふ」

暗がりに響くのは少女の笑い
はっと警察官が少女の方を見ようとした
だが彼の首が動く前に、“何か”が頭を掴んで再度顔面を地面に打ち付けた

 「私に、一体、何の御用ですか? 『偽警官』さん?」

苦悶の声を上げる警察官に少女の声が掛かる
警察官は彼女の顔を見るどころでは無いのだが、少女は笑っているようだった

いきなり警察官の体が引き摺られる
“何か”が警察官を引き摺っているのだ
不自然な挙動で警察官の体が起き上がるとそのままコンクリートの壁に叩き付けられた

 「なっ、なっ、何だ、何なんだっ!? 誰だお前はっ、誰なんだっ!! 契約者か!?」

体中を締め上げられる苦痛に喘ぎながら彼は悲鳴のような問いを発する
前方は先程やって来た路地の方だ。西日の赤が闇を深め始めている
少女の顔は逆光となって覗う事ができないが笑っているのは確かだ

 「私の名前を、聞きたいのです、か?」

彼女の声は穏やかだった
警察官の口から断続的に怯えた声が漏れる
彼女の声を聞いて警察官は恐怖に駆られているようだ

 「ならば、名乗りましょうか
  
  私は、ノクターン
  マジカル★ノクターンと、申します」

50902 誰何:2016/10/11(火) 01:58:14 ID:9o7CJllQ

視界の端を、“何か”が動く
警察官は怖さのあまり眼だけを動かして正体を確かめようとした

 「『偽警官』さん」

少女の声
警察官は悲鳴を上げて、再度少女の顔を見た
その顔は闇と影でよく分からない

 「私も
  あなたに、訊きたいことが、あるのだけれど
  いいかしら?」

警察官は少女の声を無視した
“何か”を振り解こうともがくが拘束からは一向に逃れられない

 「『狐』」

その言葉を聞いた瞬間、警察官の動きが止まった
彼の顔には先程より明確な恐怖の色が現れている

 「御存じ、でしょうか? 最近になって、“学校町”に入り込んで来たらしいのです、が」

警察官は少女の顔を凝視した

 「『偽警官』さん、あなた、ご存じ、ないですか?」
 「知らないッ」

応答は殆ど反射的だった
だがその声色には顔面と同様に明らかな恐怖が滲んでいる

 「嘘は」

少女は一歩、警察官に向かって歩み寄った

 「あなたの、身の為になりませんよ? 『偽警官』さん」

「偽警官」、そう呼ばれた彼の背筋にうすら寒いモノが走る
少女の顔がはっきり見える。この状況に不釣り合いなほどの笑顔だ

目の前の恐怖から逃れようと視線を彷徨わせる
少女の周囲には地面から無数の“何か”が生えていた

今はそれが何なのか、はっきりと見えた

それは細く、周囲の影より暗く、天に向かって伸びていた
その先端はまるで、人間の手のような形状をしている
それこそ「偽警官」の動きを封じた“何か”の正体だ


少女は「偽警官」に対して微笑んでいた

51003 馬鹿者共:2016/10/11(火) 02:02:38 ID:9o7CJllQ



 「ワタシ、キレイ?」



夜道、前方に立ちはだかったのは 真っ赤なコートに口元を大きなマスクで覆った女だった

尋ねられたのはこれまた真っ赤なコートに鍔広の麦わら帽子を被った人物だ
人気のない路地、その中央に立ち止まり、突如現れた女を睨んでいるではないか


 「ワタシ、キレイ?」


再び質問
同時に麦わらの人物が動いた

女との距離を一気に詰めると、不意に――そのマスクを引き千切るようにむしり取ったのだ!
何ということだろう! 女の口は耳元まで裂けているではないか!
この女こそ、かつて一世を風靡した「口裂け女」である!

いきなりの事態に女は固まる
が、麦わらは一気に畳み掛ける!


 「貴様はッ!! 醜いッ!!」


言うが速いか麦わらはコートを肌蹴ると同時に腰に差していた得物を抜刀!
女が動く隙も与えず一気に叩き斬ったのである!
これこそ、俗に言う袈裟斬りである!

 「ええい! 噂には聞いていたが、これ程とは!」

麦わらはそう吐き捨てると、ぐっと帽子の鍔を持ち上げ、振り返った
やや離れた街灯のおぼろげな明かりに照らされたその顔面は真っ赤な包帯によって覆われていた

それだけではない
刀を握る手も、肌蹴たコートから覗く身体も、真っ赤な包帯が幾重にも巻かれているのだ

 「今の御時世で真正面から吹っ掛ける口裂けは久々に見たぜェ! しかし兄者、やはりこの 町は地獄ではないのかァ!?」  「何度も言うがヤッコよ、地獄と極楽は何ら矛盾せんのだ」

麦わらの後方に控える、ヤッコと呼ばれた者もまた顔や手が真っ赤な包帯で覆われている

 「『学校町はケダモノの如く襲い掛かる分別無き魑魅魍魎の巣窟』……、それもまたこの町の一面よ」
 「俺は『地獄の一丁目』とも聞いたぜェ兄者ァ!!」
 「然らばヤッコよ、この町のもう一面を忘れたわけではあるまいな?」

兄者、そう呼ばれた麦わらの男はおもむろに刀を鞘へ納める
やはり人の気配がしない路地に、遠くからの遠吠えが幽かに響いた

 「応よ兄者! 『学校町には人も妖も美女が多い』! まさに桃源郷ォ!」
 「然れば嫁探しを疎かにしてはならぬのは道理だろう
  無論、俺達は団長より受けた命を成し遂げねばならん
  しかし本分には出精するが嫁は探せなかった、では許されんのだ!
  命を成し遂げ、浮世の連れ合いも獲る! こうでなければ『師団』の剣客とは言えん!
  いや! これが出来なくして焉んぞ我が生を知らんや!!」  「おお! 惚れ直したぜ兄者ァ!! 恰好いいぜェ兄者ァ!!」
 「そうだろう、そうだろう
  然れば本分を全うし嫁探しも為し得る、というのが正しき道よ」

今やこの怪しい二人組は何やら威勢の良い話で盛り上がっている

 「いざ征かん! 嫁獲りの道を!」
 「応ォ!!」

光の粒となって滅した口 裂け女には最早目もくれず
彼らは夜道の路地にて決意を新たにするのであるが

この二人組は現在、学校町に潜伏中の身
その正体は、都市伝説集団「朱の匪賊」に属する都市伝説、「トンカラトン」である!

511はないちもんめ:2016/10/11(火) 20:28:09 ID:Gyt1zb0A
医務室にて
「……………咲季さんみたいにいなくなってしまうのは…………嫌だよ」
「居なくなりはしない、その為の力だ」
まぁ…確かに
「親父お袋は愚か姉さんまで失踪してる現状信じろと言うのは酷かもしれんが……俺だって置いてかれる気持ちはよく分かってる積りだ、燐や遥よりは長生きする予定だしなぁ」
だから泣くなと、年上の幼馴染の頭を撫でてため息をつく。
しかしさっきの試合、買ったと思ったが負けた。
いや、何となく美亜が最後に撃った能力のタネはわかってるので最初から焼き殺すつもりで行けば勝ててた可能性は高い。
反省点は多い。

『……それでは、次の試合は特別試合。スペシャルマッチとなります!』
「スペシャルマッチ?」
医務室のモニターから聞こえてくる声に思わず首を傾げる。
見れば隣のベッドで先生とやらが作った服に袖を通してる美亜も同じ様子だ。

『「組織」X-No,0事ザン・ザヴィアー!本来なら色々仕事でこういう場に参加できないはずなのですが、明日で日本に滞在していられる時間が切れるとの事で……』
「「……………」」
『えー、流石に「組織」上位Noとなると、ヘタな人とぶつかっても瞬殺が予想されます。よって、今回は特別ルールとして、ザン・ザヴィアーと他多数の契約者との1対多数の戦いとさせていただきます』
「燐スマン」
「先生、この服もらって行きますね」
「「ちょっとX-No.0ボコってくる!」」
「ダメー!?」
「組織の上位ナンバー相手に戦うチャンスなんだよ!?」
「美亜さん、アンタご両親にバレてヤバイってさっき言ってたじゃないか」
「お小言確定してるなら後どんだけ暴れても関係ないよね!?」
「俺はさっきの反省点を見直したいからだな」
「まなはさっきあんだけ無茶したんだから絶対安静!!」
ギャーギャー言い合いしてる間にも試合は進んでいき…場面が少し動いた。

『さぁ、いぜん勢いを増すクラーケンvsメガロドンのB級クリーチャー対決!まるでアルバトロスの映画だ!?』
『鮫映画に鮫が出てくるだけでも評価できるな……お?』
実況席から上がる疑問の声。
モニターに映るは宙に浮かぶ無数の刃物がクラーケンの足をメッタ刺しにする光景。

「……………」
医務室の全ての視線が美亜に突き刺さる。
「い、いや…私じゃないよ?」
「て、なると誰が………」


クラーケンの足の上で戦場を見渡していたザンの目がそれをとらえた。
クラーケンの足をメッタ刺しにした刃物の群れ。
それは正確には刃物では無く…
「刃物を握った腕?」
こんな事をする存在に少しだけ心当たりがある。
刃物が飛んできた方へ目をやる。
やはりいた。

宙に浮かぶ無数のメイド姿のマネキン人形の群れ。
それぞれが手に大型の刃物や鈍器、あるいは盾を装備している。
人材不足を解消する為に投入された都市伝説によって稼働する自律駆動型のマネキン人形。
K-No.の黒服達。
そして、それらを統括し操る存在がいるとすれば………いた。

「加減が効かないかごめかごめと刃物は縁を切るは使用禁止、となると今回は私しか使えないわよ?」
「それで十分…なんて言える相手じゃないが手数は足りてる、暴れるにはちょうどいい」
「実戦からかなり離れてるけど勘鈍ってない?」
「ならここで取り戻すさ」
「OK、行くわよ契約者」
「あぁ、行くぞ希」
組織の幹部、No.0の1人にして唯一の人間。

「K-No.0」
「腕試しです、付き合ってもらいますよ…X-No.0」

影守蔵人が参戦した。

続く?

512単発ネタ:2016/10/12(水) 22:39:10 ID:DXTy7baI
信じられることで都市伝説は実体化し、力を持つ。
信じる者のいなくなった都市伝説は、力を失い、消えていく。
自分を都市伝説などという矮小なものだと思ったことはないが、
残念なことに、信じる者がいなくなれば消えてしまうのは私も同じであった。
しかし、当時の私は、自分が消える日が来るなど露ほども思っていなかった。
私たちを認識できる人間はごく僅かであったが、
それでも地平の果て、あの国の全ての者が、私たちを信じていた。
私の主は冥界を治め、私はその敵を打ち滅ぼす。
永遠に続くと思っていた。
信仰が失われたのはいつの日か?
忌々しい唯一神か?王国の滅亡か?
今となっては分からない。
消えゆく力、薄れゆく意識。
最後の日はいつだったか……

消える日が来るとは思っていなかったが、
再び力を持つ日が来るなどと、誰が思おう。
気が付けば私の故郷より遙か遠くの地。
想像もつかぬ幾夜を超えて、私は目を覚ました。
「こっちむいてー!」
最初こそ戸惑ったものだが、しばらくこの世で過ごしてみて理解した。
「一緒に写真、良いですかー?」
やはり、私は信仰を失っている。
だが、この人気だ。この人気が、私に力を与えている。
「よくできてんなー……」
ならば、私のやるべきことは一つだ。
さらに人気を集める。
いづれはソレを信仰に昇華してもいいが、
ともあれ、今は人気だ。大人気だ。大ブームを引き起すのだ。
「スゲェ!目が光ってる!」
それが私の力となる。
いつの日か私が全盛期へと近づいたなら、主や友に相見える日も来るかもしれない。
「はーい、それではみなさーん、集まってくださーい」
ただ、不思議なことがある。
以前の私は不可視の存在だったはずなのだが、この白い布のような姿は何だ?
「それじゃー、集合写真撮りますねー」

――――――
――――
――

組織某所
「大変です!」
「なんだ、どうした?」
「ゆるキャラグランプリに、メジェドが……!!」



513治療室にて  ◆nBXmJajMvU:2016/10/12(水) 23:10:14 ID:rfZkYn3Y
「…K-No,0まで出ているとなると、やっぱり参加し」
「駄目ーーーっ!?まなっちはまだ絶対安静ーっ!!」

 引き続き、ザン相手のスペシャルマッチに参加しようとする愛人を引き止める憐
 愛人の様子にちょっとは精神的な余裕が出てきたのか、喋り方が3年前からのものに戻りつつある

「…つーか、先生!先生もっとちゃんと止めて!今、この現場で一番医療知識しっかりしてる人!!」
「うむ、まぁ止めてもあまり効果がない予感しかないのであるが。とりあえず、そこな少年」
「何だ?」

 何やら、また新たに布を手にしている「先生」に声をかけられ、とりあえずそちらを見る愛人
 にこり、と「先生」は特に怒っている様子もなく笑ったままで、こう告げる

「先ほどまで、私があちらのお嬢さんの服を優先して作っていたのでうっかり忘れがちであると思うが、今の君は全裸だ。流石に医務室出るのやめよう?」

 そう、そうなのだ
 「先生」が女性優先だと言わんばかりに服がボロボロになった美亜の服の作成を優先していた為見落としがちかもしれないが、愛人は今現在全裸なのだ
 あの戦闘の結果全裸になって、そのままだったとのである

 この姿のまま、バトルフィールドに向かうというのは、大変と問題がある

「…シーツまとえば」
「チラリズム満載になるねぇ。どちらにせよやめようか」

 ちらり、愛人が憐を見れば、「絶対安静じゃないと駄目」とでも言わんばかりの表情
 ちらり、今度は灰人を見れば、「いいからおとなしくしておけ」と言わんばかりの表情

 ………総合して考えた、結果

「構わない、行く」
「駄目ーーーーっ!!」

 がっし!!
 それでも行こうとした愛人を、憐が全力で止めた

「憐、あのな。戦闘中は服が破けようが全裸になろうが、そんな事を気にしているようじゃ勝てる勝負にも勝てなくなるんであって……」
「それは戦闘中や緊急事態の話であって、今のお前は戦闘中じゃないし、あの戦闘はお前がどうしても参加しなきゃいけないような緊急性のあるものじゃない」

 憐に対して喋っていた愛人だったが、そこに灰人が容赦なくツッコミを入れた
 っち、と愛人はこっそり舌打ちする

「とりあえず、憐。離せ」
「離したら、まなっち、即戦いに向かうでしょ?」
「あぁ」

 ごがっ

「〜〜〜〜っ!?」
「清々しいまでに即答しない」
「あ。アンナさん」

 いつの間に、治療室に来ていたのだろうか
 アンナがごんっ、と愛人にげんこつ喰らわせ、強制的におとなしくさせた
 瞬間的に身体能力を強化して、強めにげんこつしたらしい。じんじんと痛むのか、愛人が頭を抑えている

「先生、大丈夫とは思うんだけど、ちょっと診察してくれるかな?遥が「念の為診てもらって来い」ってうるさくて」
「うむ。来なかったら我が助手に呼んでこさせようと思っていたからちょうど良かった。肉体を溶かし崩して戻す、と言うことをやったのだからね」

 憐が撒き散らしてしまった治癒の力がこもった羽毛を半分避けつつ、椅子を引っ張り出してくる先生
 取り出していた布地を、一旦端に置いた
 ……愛人の服の替えをなんとかするのは、またもや後回しになったらしい

「ほら、まなっちー。そもそも、冷静に考えたらもう選手受付終わってると思うから参加無理っすー。ここで大人しく見てるしか無いと思うっす」
「っく……なんという事だ………!」

 がっくりと、愛人がうなだれている間にも、モニターには試合の様子が映し出され続けている


 ………また、少し、戦況が動き出そうとしていた

514続・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/12(水) 23:13:50 ID:rfZkYn3Y



 無数のマネキン人形の群れを見て、さて、とザンは思案する
 普段と違い、今回は試合であり、自分は一部の能力を使用しない、と言うことになっているのだ
 どう片付けたらいいものか………と、言うより

「影守、希。お前ら仕事はどうした」

 そう、仕事
 希が操るキューピー人形逹はこの試合の撮影を続けているはず……であるし、観客の誘導も、あのメイド姿のマネキン逹が動いているはずである
 医療班……は、問題ないのだろう。そもそも、あの「先生」が本気で仕事をするのなら、一人でも十分なのだし、本気で仕事をするのなら

「私の制御下ではあるけれど、殆ど自立行動させてるから大丈夫よ」
「この試合に参加した程度で、それらの制御が外れる訳でもないからな」
「なるほど」

 ……ただ、これは仕事があるからと今回の戦技披露会に参加できない天地が悔しがりそうではある
 後で教えておいてやろう

「だが、クラーケンを攻撃しているだけじゃあ、俺には届かないぞ?「クラーケンの足を落とせばいい」と思っているわけでもないだろう?」

 確かにクラーケンの足は滅多刺しにされている
 されてはいるが、この程度でどうにかなるクラーケンではない……と、言うよりも、それ以前に
 ザンが召喚できるクラーケンは一体ではない
 ざばぁあああっ、ともう一体。今度はタコ型のクラーケンが出現した
 それに、ザンの能力はクラーケンを呼び出す事だけではなく………

「撃ち方用意っ!!」

 と、その時
 突如として、少女の声が響き渡った
 その直後

「ーーーーー撃てぇっ!!!」

 そのような号令と共に
 大砲の発射音が、連続して響き渡った


「なんかすごい事になったーっ!?ザンに向かって、大砲が連続発射されてる!?って言うか、大砲ってここまで連射できたっけ!?それと何、あの海賊船!!??」

 思わず一気にツッコミする神子
 モニターに映し出されているのは、巨大な海賊船
 それが海賊船であるとわかるのは、その大きな帆は黒く、中央にドクロマークが描かれていたからだ

「……黒髭辺りじゃないか?海賊の。あの船、大砲40門近くあるだろ?「クイーン・アンズ・リベンジ」……アン女王の復讐号だと思うんだが」
「よく見てるわね、直斗。それと、よくそれで黒髭だってわかるわね」

 海賊黒髭
 それは、都市伝説ではない……が、伝説的な海賊と呼んで良い存在である
 大航海時代が終わった直後の海賊時代、その時代に生まれ落ち、大暴れした大海賊………エドワード・ティーチこと黒髭
 一般の船人だけではなく他の海賊逹からも恐れられたと言うその男は、ところどころに導火線が編み込まれた豊かに蓄えられた黒い髭が特徴であり、爛々と光る目は地獄の女神そのものである、とも言われた
 深からすらアクマの化身と恐れられたその男はカリブ海を支配下に置き、避け、女、暴力に溺れ場くださいな財産を手に入れた
 世界でもっとも有名な大海賊であり、海賊としてのイメージを決定づけた大悪党である

 今、ザンに向かって大砲を撃ちまくっているその巨大な船は、その黒髭が使っていたと言う海賊船「クイーン・アンズ・リベンジ」………日本語で言うところのアン女王の復讐号のようだ
 40門もの大砲から、絶え間なく、連続してザンを攻撃し続けているが……

 だが、その猛撃はザンには届いていない
 ザンとその海賊船との間に、巨大な闇が生み出され、それが大砲の攻撃を全て飲みこんでしまっているからだ
 まるでブラックホールのようなその闇は、ザンが「マリー・セレスト号」の神隠し説の応用で生み出したものである
 その闇はザンと影守との間にも生み出され、マネキンの接近を防ぎ始めた

「あぁ、あの能力は使用可能だったのか」
「防御に使うのはオッケー。攻撃に使ったら問答無用で相手死にかねないから駄目だけど」
「なるほど、通りで「メガロドン」相手は使ってない訳だ」

 神子の説明に、直斗は納得したような声を上げた
 あの闇に飲み込まれると、その部分は容赦なく消滅させられてしまう
 生きた人間に使うと、高確率で一撃必殺になりかねないのだ
 死亡者を出す訳にはいかないので、攻撃には使えない

 ………だから、ザンを攻撃し続ける「メガロドン」に対して使えないのだ
 複数出現しているメガロドンであるが、その中のどれかが、契約者が変化した姿である可能性を否定できない
 故に、メガロドン相手には使えない
 ザンは「メガロドン」の攻撃を、ずっとクラーケンによって防ぎ続けている

515続・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/12(水) 23:15:07 ID:rfZkYn3Y
「ただ、あれだけ闇の範囲が広いとモニター越しだとちょっと状況わかりにくくなっちゃってるわね」
「ですね。それに、闇の範囲が広すぎて、狙撃が難しくなったようです」
「そうねー………って、龍哉待って。狙撃って何」
「試合開始してすぐの頃から、ザンさん、ずっと狙撃され続けていましたよ。さりげなく、クラーケンの足で防いでいましてけれど」
「え、マジ?」

 はい、と神子に対して龍哉は頷いて見せた
 オフィス街のような戦闘舞台、その立ち並ぶビルのどこかに狙撃手が潜んでおり、ザンを攻撃し続けていたらしい
 最も、さり気なく防がれ続けている為、あまり効果はないようだが……

「あぁ、ザンさんも動きましたね」
「え、え?」

 囲まれた闇の中
 いつの間にか、ザンの姿が消えていた


「撃て撃て撃てぇっ!!弾幕を薄めるなぁっ!!」
「はっはぁ!!今の御時世で、ここまで派手にぶっ放せるとは思っていなかったぜ!野郎共、マスターの指示通り撃ちまくれぇ!!!」

 甲板の上で、前髪をカチューシャでしっかりとまとめているせいで少々でこっぱちに見える海軍提督のような服装をした少女と、いかにも海賊と言った出で立ちの豊かな黒髭を持った男が船員に指示を出し続ける
 「海賊 黒髭」の契約者である外海 黒(とかい くろ)と、契約された存在である黒髭は、それはもう生き生きと攻撃を繰り出していた
 「クイーン・アンズ・リベンジ」を召喚し、それに付属する船員逹と共に戦うと言う戦闘方法が主流であるが為、現代社会においては非常に戦いにくくて仕方がなかったのが、ここでは思う存分に戦えるのだ
 楽しいに決まっている
 相手は「組織」のNo,0クラス、これくらいやっても問題あるまい

 自分達の攻撃によって仕留められるか、と問われると………絶対に出来る、と断言出来ないのは少々悔しいが
 だが、こちらが絶え間なく攻撃し続ける事によって、他の者へのザンの注意が引きつけられるならば、一撃を当てるチャンスくらいにはなるだろう

 と、その時
 何かに気づいた黒髭が、黒の腕を引いた

「……!マスター。こっちだ!」
「っむ!?」

 ごぅんっ、と
 ザンが生み出した闇の範囲が狭まったと思うと、ごぅっ!!と、クラーケンの烏賊足が横薙ぎに襲い掛かってきた
 人間の身長を有に超える野太い烏賊足が、「クイーン・アンズ・リベンジ」のマストを掠める
 ぐらり、と風圧で船が多少揺れた
 これくらいならば、問題は…………

「……ったく、再生能力はともかく、身体能力強化なし、となればこういう手段とるしかないんだよな」

 先程、烏賊足の被害を免れたマストのすぐ傍で白いコートが、はためいた

「貴様……っ!?」
「おい、マスター。あの野郎、さっきの烏賊足で自分自身をここまで運ばせたみてぇだぞ」

 いつの間にか船に乗り込んでいたザンの姿に警戒する黒と、どうやってここまで移動してきたのかを見抜いたようにそう口にする黒髭
 …その通りである、黒髭の言うとおりに、ザンはここまで移動してきた
 生み出した闇でもって、烏賊足に己の身を包ませる様子を誰にも見せようとせず、こうして移動してきたのだ
 かなり、無茶苦茶な移動方法である
 ザンのように優れた再生能力持ち……と言うより不死身でなければ、衝撃で死にかねない

「むちゃくちゃな………っだが、わざわざこちらに飛び込んでくれるとは!」

 船に乗り込まれては、大砲による攻撃は使えない
 だが、自分達が使える能力はこの「クイーン・アンズ・リベンジ」の召喚使役だけではない
 海賊が扱う武器………カットラスやフリントロック銃を手元に出現させる事もまた、出来るのだから
 黒は手元にフリントロック銃を出現させ、ザンへとその銃口を向けた

 外海 黒は、その外見通りの年齢な中学二年生である
 いかに黒髭と言うトップクラスの海賊と契約していたとしても、当人の戦闘経験はさほど多い訳ではない
 故に、彼女は気づけなかった
 あたりに漂いだした、アルコールの香りに
 彼女が契約している黒髭の方が先に気づいて

「ばっか、マスター。今すぐ逃げ………っ」

 黒髭の言葉が終わるよりも先に
 ニヤリ、笑ったザンを中心に、爆音と爆風が撒き散らされた

516続・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/12(水) 23:15:59 ID:rfZkYn3Y
 「マリー・セレスト号」。乗組員が誰一人残っていない状態で漂流していたところを発見されたその船には、様々な都市伝説が語られた
 何故、船員が誰一人残っていなかったのか、そこには様々な説が好き勝手に唱えられた
 それらの中には「船員が皆神隠しにあってしまった」だの「クラーケンに襲われた」だのと言うものがあり、ザンの能力はそれらに由来したものなのだ
 そして、その様々な説の中にはこんなものも存在する
 「船の中には、空になったアルコールの樽が9つあった。すなわち、それらの樽からアルコールが漏れ出し、船内にアルコールのモヤが発生。それを見て船が爆発すると危険を感じた船員が船を脱出した」と言うもの

 その説の応用であろう大爆発は、黒と黒髭を吹き飛ばし………更にいえば、「クイーン・アンズ・リベンジ」そのものをも、吹き飛ばした
 黒髭は黒を抱え込み、海面へと着水する

「ぷはぁっ!!……マスター、気絶していねぇだろうな!?」
「げほ……っ。見くびるな。この程度で意識を飛ばすものか」

 黒髭に抱えられた状態で、海面から顔を出す黒
 気絶してしまえばそこで失格だ。そう簡単に意識は飛ばせない
 しかし………

「ティーチ、すぐに船に戻……」
「戻りてぇのは、山々なんだがな」

 二人の目の前で、「クイーン・アンズ・リベンジ」が沈んでいっている
 ザンが起こした爆発でマストが吹き飛んだ上、船底まで穴を空けられてしまったらしい
 「クイーン・アンズ・リベンジ」はたとえ沈められようとも、また召喚は出来る………ただし、一度沈められた場合、最低24時間後でなければ、改めて召喚はできない

「あの男は……」
「向こうだ」

 黒髭が指した先。再びクラーケンの足に乗ったザンが先程までと同じ位置へと移動しようとしている最中だった
 ……届かせられる攻撃手段が、なくなってしまった
 もはやリタイアも同然の状況に、黒は悔しげにザンをにらみあげた


 繰り出され続ける影守からの攻撃と、何処かから繰り出され続けている狙撃。そして「メガロドン」の攻撃を防ぎながらザンは考える
 どうやら、こちらの様子を伺っている者も複数いるようだ
 先程の海賊船相手だけではなく、もうちょっと、仕掛けてやろうか

 クラーケン逹へと、指示を出す
 まだ海面には姿を出していないクラゲ型クラーケンは引き続き待機させ、烏賊型とタコ型へと司令を飛ばす

 巨大な烏賊の足とタコの足が、暴れ狂い出す
 あちらこちらのオフィスビルを薙ぎ倒し、飛びかかってきた「メガロドン」をぐるり、絡め取って

 ぶぅんっ、と
 全長40メートルもの巨体の「メガロドン」を、影守に向かって、投擲した




to be … ?

517はないちもんめ:2016/10/13(木) 00:02:55 ID:uiOyFFdY

「影守!!」
こちらに向かって落ちてくるメガロドン・・・回避はまぁ間に合わない。
地上ならともかく、今は空中で、それも浮遊してるのではなく、周囲に浮かせたバラバラキューピーを足場に跳躍してるだけだ。
「希、来い!」
希が自分に捕まったのを確認すると同時に刀を鞘に納め居合いの構えを取る。
やる事は今までとかわらない。
「かごめかごめ」
次の瞬間影守の姿はその場から消え、メガロドンより遥か上空で、黒服の首が一つ飛んだ。

『K-№0が消えた?』
『かごめかごめの瞬間移動能力!?』
『あらかじめ上に待機させていた黒服さん達が一人を囲む形を取っていたのですね』

影守の「かごめかごめ」は斬首の歌。
囲った対象の行動を制限し、あらゆる条件を無視しその背後への移動と斬首が一体化した都市伝説である。
「かごめかごめを回避に転用したのか」
「普通にやっちゃ避けれませんでしたし、貴方と同じで攻撃には使えませんが回避ではその限りじゃない」
そう、影守の「かごめかごめ」もまた一撃必殺、模擬戦では本来使用できる能力ではない。

「っと、助かった・・・大丈夫か?」
影守が片手で握っている今しがた切った部下の首に声をかける。
「はい、首のパーツが真っ二つですが部品交換で即座に復帰可能です」
「あんたは一度下がって部品の交換を、残りは4体1組で散開、常に中央に1体置いて残り3体で囲むように動きなさい、影守の回避で首が破損した場合は速やかに離脱、首の部品交換が済み次第復帰、良いわね?」
戦場に召還された全てのマネキンから了解の声が上がる。
「行け!」
指示通りに4人一組となった黒服達が四方八方からザンに迫る。
「黒服程度でどうにかなると・・・」
投げられたメガロドンを避け、クラーケンの攻撃をかわし、闇による足止めすらくぐりぬけた一部の黒服達は、しかしてザンに届かずあるいは返り討ちになる、が
「は思ってませんが」
そのザンに直接返り討ちにされた黒服の首を切り落としながら影守と希がザンの目前に現れる。
「どれか一組でも肉薄できれば後は俺達が届く!」
「有りかよそれ」
「都市伝説の応用なんて言ったもん勝ちでしょう」
「違いない、が・・・ここは俺の領域だぞ?」
そう、影守とザンがにらみ合っているこの場はクラーケンの足の上・・・つまり
「お前等だけ振り落とすのは簡単だよな」
「影守、それ位想定済みよね?」
「・・・・・・どうしよう」
「もっかいやり直せ」
ザンのその一言でクラーケンの足はうねり、影守は海へと落下していった。

続く?

518ゴルディアンの結び目 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:09:58 ID:n0vvDrQU
都市伝説『トンカラトン』は路地裏に隠れてようやく一息ついた。
語られている通りに人を襲おうとしたが、逆に何者かの襲撃を受けたのだ。
細長いものに巻き付かれた自転車は恐ろしい力で引きちぎられてしまった。
このまま走って逃げるのか、意を決して襲撃者に立ち向かい撃退するのか……

そんなことを考える『トンカラトン』を上から見つめる者がいた。
正面に(▼)マークの描かれた覆面で顔を隠し
トレンチコートに中折れ帽を着用したその人物は、
腕に巻きついている細長い布を下に向かって数本伸ばすと
音もなく『トンカラトン』の首へと巻きつけ
彼が反応するよりも早く布を引っぱりその首をへし折った。


[警邏記録 G.K記]

『注射男』1体 
『赤マント』2体 
『トンカラトン』1体
今日だけでこれらの都市伝説を始末した
"学校町"を漂う嫌な匂いに惹かれてやってきたハエ共だ
やはり元を叩かなければキリがなさそうだが
あいにく俺には原因を探るために使えるツテがない
この街でいったい何が起こっているのか
それが分かるまではハエを消すことに注力しよう

519ゴルディアンの結び目 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:10:39 ID:n0vvDrQU
相生真理にとって幼馴染の奇行はよくあること
もうとっくに慣れている……と自分では思っているつもりであった。
風呂上がりに自分以外いないはずの家のリビングで
仮装でもしているかのような格好をして
手帳に何事か書き連ねている幼馴染を見つけるまでは。

「邪魔シてルゾ。窓の施錠ハ忘レルな、都市伝説に襲わレかねない」
「……気をつけるわ。都市伝説以外に不審者が入ることもあるみたいだし」

乾いた物が擦れ合うような声で話す幼馴染の忠告に皮肉で返す。

「それで、なんでその格好してるの?またヒーローごっこ?」
「ソのようなものダな。最近ハ、都市伝説の出現数ガ増えていルようダ」
「だからヒーローごっこするわけ?その格好、えーと……なんだっけ?」
「"ゴルディアン・ノット"ダ」
「そうそう、そんな名前だったわね。それ」

(▼)模様の覆面で顔を隠し、トレンチコートを羽織って中折れ帽を被る。
全身に巻きつく細長い布と縄、胴体にだけ巻きついた二本の鎖。
某アメリカンコミックのヒーローをモデルにした幼馴染の描くヒーロー像。
それが目の前の"ゴルディアン・ノット"だ。正直不審者にしか見えないが。

「おじさんとおばさん、反対しなかったの?いや、黙ってやってるのか」
「ソのことダガ、家出シてきた」
「……ごめん、なんて?」
「家出シた」
「はぁ?いやいや、学校とかあるでしょ?」
「荷物なラ持ってきていル」
「ここか!滞在先もとい家出先は私の家か!!」

一軒家のくせに両親は海外を飛び回っているため
部屋が余っているのは事実だ……しかし私を巻き込むなと言いたい。

「今この街で戦闘向きでハない契約者が一人暮らシなのハ不安ダ」
「それは……まあそうかもしれないけど」
「俺なラ大抵の都市伝説ハ倒セル」
「だから家に置いとけと?」
「悪い話デハないダロう?」

確かに私の契約都市伝説『小玉鼠』では
都市伝説に襲われたとき対処しきれるか疑問がある。
それを言われると強行には反対できない。
……なにより幼馴染の頼みである。あまり無下にもしづらい。

520ゴルディアンの結び目 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:11:09 ID:n0vvDrQU
「分かったわよ。しばらく置いてあげる」
「感謝スル」
「でもちゃんとおじさんたちにも顔見せなさいよ?」
「元よりソのつもリダ」
「あとずっと気になってたんだけど」

覆面の下で顔を隠した幼馴染が
訝しげな表情をしたのが、なんとなく分かった。

「なんでずっとその声なの?」
「この後また警邏に行くかラダガ?」
「えー……もう夜の11時だけど」
「今日ハ土曜日ダ」
「まあいいけど、せめて私だけのときくらい普段通り話さない?」
「"ゴルディアン・ノット"デいル間ハこのままと決めていルかラ断ル」

それだけ言うと幼馴染は階段を上がっていってしまった。
窓から入ってきたと言っていたから、靴も窓のそばにあるのだろう。
おそらくそのまま窓から出て行くに違いない。

「……合鍵渡しとこ」

いつも窓から出入りされるのは流石に困る。
そう思って合鍵を幼馴染に渡すべく、私も階段を駆け上がっていった。

521ゴルディアンの結び目 02 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:11:45 ID:n0vvDrQU
[警邏記録 G.K記]


警邏中に『くねくね』を倒した後、"組織"の活動を目撃した
相手は『ひき子さん』だったようだが
戦闘していた契約者は危なげなく倒しているように見えた
できることなら契約都市伝説も確認したかったが
黒服の方がこちらに気づいたようだったので撤退する
この距離で俺に気づく相手と戦闘の駆け引きができると考えるほど
自分の力を過信しているつもりはない
それと"組織"の追手かと思い撒こうとした相手は知り合いだった
鼻が利くというのは俺の強みでもあるが
対策と、さらにその対策を考える必要がありそうだ


南区 喫茶店「ヒーローズカフェ」

「――というわけでうちにいますので」
「連れ戻したほうがいいか?」
「いえ、それはいいです。あ、でも食費とかがちょっと」
「分かった。後で届けるよ」

相生真理は幼馴染の家である"ヒーローズカフェ"に来ていた。
喫茶店に思い入れのある幼馴染の母、瑞希さんが提案し
夫である幼馴染の父、美弥さんが承諾して始めたというこの店だが
いたるところにヒーローもののフィギュアやポスターが飾られている。
さらに店内のテレビではヒーロー系の映像が営業中に流され
隅に置かれた本棚には海外のヒーローコミックまで置かれている。
断言しよう。幼馴染がああなったのはこの両親のせいだと……!

「今日は光の巨人なんですか?しかも海外の」
「流して欲しいって私物の持ち込みがあったんだ」

そして悲しいかな、私もそれなりに知識を植えつけられている。
うちの両親は昔から家を空けることが多かったので
私は頻繁に両親の知り合いである篠塚夫妻に預けられてきた。
東区の家を第一の家とすると、ここは第二の家のようなもの。
なので今回は一言断って居住スペースに上がり込み
美弥さんが休憩に入るのを待っていたわけである。
……家出した子の動向とか、店の中でする話じゃないし。

522ゴルディアンの結び目 02 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:12:28 ID:n0vvDrQU
「でも止めないんですか?」
「最近街の雰囲気がおかしいのは俺たちも感じているからな
 しかし俺も瑞希も昔みたいに我武者羅には戦えない
 ならやらせてみるのもいいんじゃないか、と思うわけだ
 まあ何も考えてないわけじゃない。一応見張りにザクロをつけてある」

ザクロさんは美弥さんの契約都市伝説で
『ブラックドッグ』という火を吹く能力を持った大きな黒い犬だ。
底なしのスタミナと体格に見合ったパワーに犬の俊敏性も併せ持つ。
おまけに嗅覚を始めとする知覚能力も高く、人間としての姿まで有している。
私の『小玉鼠』なんて足元にも及ばないハイスペックである。
なるほど。居住スペースにいないのは幼馴染についているからかと納得した。

「"怪奇同盟"が活動停止状態でなければ、まだやりようはあったんだがな」
「"怪奇同盟"……ですか」

"怪奇同盟"の名前は、今まで何度も耳にしている。
それが私の両親と幼馴染の両親が所属していた集団の名前だからだ。
両親はこの集団に所属することが縁で出会ったと聞いている。
だが、現在"怪奇同盟"は活動できない状態にあるのだという。

そもそもこの街は都市伝説をよく引き寄せるとかで
いくつか都市伝説に関連した名のある集団が拠点を置いているそうだ。
例えば"組織"と"首塚"……この2つは両親の話でもたまに名前が挙がっていた。
"組織"は都市伝説の存在が表に出ないよう活動している集団らしい。
黒服と呼ばれる者たちと"組織"の庇護下にある契約者によって構成され
危険な都市伝説を狩り、後ろ盾のない契約者を保護しているとか。
しかし昔は巨大な集団であるため派閥争いがあったようだとも
"組織"の構成員と話す機会があった両親や篠塚夫妻からは聞いている。
"首塚"はそんな"組織"に対して反感を抱いた、
かの有名な平将門の怨念なる都市伝説が率いるという集団だ。
自主自立に重きを置く比較的自由な気質の集団であると聞いている。
現在は彼らも"組織"に対して積極的に抗争を起こすことはないという。
では肝心の"怪奇同盟"はどんな集団だったのかと
美弥さんに聞いたことがある。その時美弥さんは

「自警団という表現が一番近いんじゃないか」

と言ってから私に説明をしてくれた。
"怪奇同盟"の行動規範は街とそこに住む人々を都市伝説の脅威から守ること。
確かにこれなら自警団という言葉が相応しいだろう。

523ゴルディアンの結び目 02 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:13:17 ID:n0vvDrQU
では何故彼らが活動できなくなったのか
"怪奇同盟"には"首塚"でいう将門公のように明確なトップがいた。
都市伝説『墓場からの電話』であるという彼女は"盟主"を名乗り
学校町に点在する墓地を起点にこの街を裏から監視しつつ
構成員である盟友(同志と言い換えてもいいかもしれない)と共に
"組織"や"首塚"、あるいはその他の集団と牽制しあいながら
この街を守るために戦い続けていた。
特に20年ほど前は盟友たちの前にその姿を何度も現すほど
精力的に動き大きな事件の解決に尽力していたという。

だが15年ほど前に、彼女は姿を見せなくなった。
どころか彼女の眷属のような立場である幽霊……
"墓守"たちですら彼女の動向がつかめない状況であった。
それでも盟友たちは各自で自警活動を続けていたが
"盟主"を欠いたことで集団として活動することは難しくなっていた。
それから数年経ち学校町の都市伝説による被害が減り
街が比較的安定した状態になったことを受けて
暫定的なリーダーであった東の墓地の"墓守"は
"盟主"の動向が分かるまで"怪奇同盟"としての活動を停止し
都市伝説と関わりのない表の生活に注力するよう盟友たちに通達した
こうして"怪奇同盟"は今のように名ばかりが残る状態になったのである。

「"怪奇同盟"は無くなったわけじゃない
 俺や瑞希は今でも所属しているつもりだし
 真理ちゃんの両親だってそうなんじゃないかな」
「そう、だと思います」

私の両親は学者だ。それも民間伝承や神話、都市伝説を研究している。
たぶん海外を飛び回っているのも2人にとっては戦いなのだと思う。
彼を知り、己を知れば、百戦危うからず。という言葉がある。
いずれ来るかもしれない戦いのために知識を蓄え備えようとしているのだ。
それが最終的には街と人を、私を守ることに繋がると信じている。
私を放っていることには不満の言葉しか出ないが
たまに帰ってくるとこれでもかと構い倒してくるので
愛されていないとは思っていない。

「それはそれとして、もっと頻繁に帰ってきてほしいですけどね」
「俺もそれは思う。学者ってのはそんなに大変なのかね」
「…………まあ、たぶん、そうなんじゃないですか」

喧嘩腰になりやすく行動力のある母と、妻の押しに滅法弱い父。
帰国が延期になる理由の3分の2くらいは母の暴走の結果だと
気がついてしまったのは何年前だったか……
お願いだから他国で人様に迷惑をかけるくらいなら早く帰ってきてください。
思わず手を組んで天に祈った私を美弥さんが不思議そうに見たが、些細なことだ。

524ゴルディアンの結び目 03 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:14:17 ID:n0vvDrQU
空中を滑るように移動し隙を窺う『モスマン』に対して
覆面の人物……ゴルディアン・ノットもまた地上から
『モスマン』を地に落とす機会を待っていた。
やがてしびれを切らしたのか音もなく突撃してくる『モスマン』が
間合いに入ったとみるやいなや、ゴルディアン・ノットは
両腕に巻き付いた布と縄のほとんどを『モスマン』目掛けて撃ち出し、
回避しきれなかった布の一本が『モスマン』に絡まったのを感じとると
すかさずその一本を引っ張り『モスマン』を地面に叩きつける。
追加で布を、縄を絡ませながら何度も地面へと叩きつけるうちに
やがて『モスマン』は光の粒となって消えてしまった。


[警邏記録 G.K記]

『モスマン』を1体倒した
空を飛び回るガを叩くのは面倒だが
光へ近づこうとする限りできないことではない
本当に厄介なのは空を飛びながら水をかけるセミだ
これも何か対策を打つ必要がある
問題は多いがこれくらいは解かなければ
難題を断つことなどできないだろう



相生真理が玄関の扉を開けると、珍しい人物が立っていた。

「文さん?こんにちは、どうしたんですか?」
「こんにちは、真理ちゃん。兄さんに頼まれて結ちゃんの分の生活費をですね」
「あー、そういうことですか。とりあえずあがってください」

篠塚文さん。中学一年生の私と同い年くらいにしか見えない彼女は
美弥さんの妹、つまり我が幼馴染の叔母にあたる。

「結ちゃんはどうしてますか?」
「今は部屋にいる……はずですけど」

そう言って部屋の前まで文さんを案内し、扉をノックする。

「入っていいよー」

返事が戻ってきたのを確認して扉を開けると
手帳に何かを書き込む幼馴染の少女の姿がそこにあった。

525ゴルディアンの結び目 03 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:14:48 ID:n0vvDrQU
「あれ、文さん?なんでここに」
「結ちゃんがここで居候してるっていうから生活費を届けに来たんですよ」
「なるほどなー」
「私も無理に帰ってこいとは言いませんけど
 たまにはちゃんと帰ってお父さんに顔を見せてくださいね」
「はーい」

なんというか、仲のいい姉妹の会話を見ているようである。
外見年齢が近いからそう見えるのか、それとも……

「話は変わりますけど、能力を使ってみてどうですか?」
「んー……別になんともないと思うけど」
「私の時とはまた別のパターンですからね。何かあったらちゃんと伝えるように」
「あいあい」

文さんは都市伝説から人になり、その後都市伝説として契約者を得たという
簡単には説明しづらい、ややこしい経歴がある。
その結果、契約時から肉体の成長が止まってしまったそうだ。
そして誕生したのが見た目は子供、頭脳は大人の稀少存在というわけだ。

結もまた文さんと同じ……ではないが、奇妙な運命を背負って生まれている。
彼女の両親、美弥さんと瑞希さんは"都市伝説化した契約者"だ。
都市伝説と契約した者はたまに、その力を制御しきれず
あるいはその力を使いすぎてしまった結果、人間ではなくなることがある。
例えるなら、吸血鬼の力を使いすぎて自らが吸血鬼に変じるような……
都市伝説に呑まれる、などと表現するその現象を2人はその身に受けた。
それゆえに2人の外見は、10代後半の頃から変わらないままだという。
そんな2人から生まれた娘は、残念なことに普通ではなかった。

『ドラゴンメイド』。ヨーロッパに伝わる半竜半人の乙女。
それが篠塚結……私の幼馴染が生まれ持った都市伝説としての性質。
彼女は人間でありながら都市伝説でもある、異質な存在だった。
都市伝説の力を持ちながら、都市伝説と契約することができる。
ハッキリ言おう。私の幼馴染はバケモノである、と。

526ゴルディアンの結び目 03 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:15:41 ID:n0vvDrQU
「ハッキリ言おう。私の幼馴染はバケモノである」
「そんなことを言うのはこの口かー」

文さんが帰った後の部屋で、言葉の刃を携え斬りかかった私に
結は何が楽しいのか笑顔で近づいてきて、私の両頬をぐにんと引っ張った。
……結は自分がバケモノであることを認めている。
同時にバケモノであるからこそ、自分が何者で、どうあるべきなのか。
その答えを探しているのだと私に言ったことがある。
ゴルディアン・ノット。あるいはゴルディアンの結び目。
その意味するところは"手に負えないような難問"。
彼女のヒーロー像は、彼女なりの答えなのだろう。
古代の王ゴルディアスがどのような答えを期待して
複雑で固い結び目を用意したのかは誰にも分からない。
しかしアレクサンドロス大王は自分なりの答えで結び目を解いてみせた。
それと同じなのだ。彼女は己の答えで、道を切り拓こうとしている。

「んー、そろそろ日が暮れるねー。着替えるからちょっと部屋出てくれる?」
「はいはい」

部屋を出ると中からゴソゴソと音がして、しばらくすると再び中へ呼ばれた。

部屋の中にいたのは篠塚結ではなく"ゴルディアン・ノット"だった。

「夕食の前に俺ハ警邏に行ってくル」
「言うと思ったよ。気をつけてね」
「ああ……済まない。いつも迷惑をかけル」
「いいよ。幼馴染の頼みだからね」

乾いた物が擦れあうような声で詫びる幼馴染に苦笑しつつも言葉を返す。
(▼)模様の覆面の下ではきっと、縦長の瞳孔を持つ瞳を伏せ
ところどころ鱗に覆われた顔で申し訳なさそうにしているのだろう。
その様子を想像して吹き出しそうになったが、なんとかこらえられた。

「実は今日、文さんが肉を買ってきてくれたからね
 帰ってきたらホットプレートで焼肉パーティーだよ」
「ソうか。楽シみにシておく」

一見そっけなく返したようだが、付き合いの長い私は誤魔化せない。
今、声がちょっと上ずったね?

「でハ、いってきまス」
「うん、いってらっしゃい」

今日も私の幼馴染が無事に帰ってきますように。
私は静かに手を組んで、いつものように天へと祈った。

                                         【了】

527スペシャルマッチ side-G.K ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 01:56:15 ID:n0vvDrQU
(治療室はここですね。少し遅くなりましたが、そろそろ治療も終わっているでしょうか)

心の中で呟きながら歩いてきたのは、大きく見積もっても中学生くらいの見た目の女性
かつて都市伝説から人となり、人から都市伝説に返ったレアケース
自在に境界を定め、表裏を分け隔てる結界能力を持つ防衛のエキスパート
篠塚文。篠塚瑞希と契約した都市伝説"座敷童"にして、瑞希の夫である美弥の妹だ

(兄さんは笑って流していましたが、義姉さんには体を大事にしてもらいたいものです)

治療の最中に邪魔するのも迷惑かと思い、時間潰しに兄へと事の次第を電話してみれば
「瑞希が問題ないと思ったんだったら、大丈夫だろ」と笑って切られてしまった
もしやアレは信頼という名の、のろけだったのだろうか。と頬を膨らませつつ文は中に入る

「……なんですかこの有様は」

治療室は大量の羽が撒き散らされていた。状況が分からず中を見渡すと
翼を生やした人……よりも寝かされている見知った人物に目がいく。というか瑞希だった

「文、よく来てくれました。割と真面目に口以外動かないので助けて。料理はそこの人が」
「そこまで満身創痍になる必要あったんですか?……すみませんうちの義姉が」

周囲に頭を下げて近くの男性から料理を受け取り、瑞希の口に突っ込んでいく

「ほういえばふぁ」
「飲み込んでから話してください」
「……んくっ。そういえばさ、アレ」

瞬く間に消化されたとでもいうのか、いやその辺りは突っ込みきれないことの多い瑞希だが
彼女が右手でモニターの方を指差す。今映っているのは……

「スペシャルマッチで"組織"の幹部と対決ってすごいですよね……それで?」
「うん。いや今ちょっと色々乱戦で荒れてるけど、ほらビルの上」
「ビルの上…………あれ?」

水没したオフィス街。水面下からいくつものビルが突き出ている
一瞬、その屋上の一つに人影が見えた……というか、見覚えのある衣装が……

「ゴルディアン・ノット…………え、参加させたんですか?!」
「うん」

あっけらかんと言う瑞希に対して、文は思わず額に手をついて俯いた

528スペシャルマッチ side-G.K ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 01:56:54 ID:n0vvDrQU
戦技披露会。"組織"幹部のX-No.0ことザン・ザヴィアー対複数というスペシャルマッチ
水没したオフィス街へと変わった戦場は序盤から既に混沌とし始めていた
なにせ最初の一部の参加者が水に呑まれてしまったうえに
クラーケンvs巨大な"メガロドン"という大怪獣バトルが勃発
さらに挑戦者としてK-No.0という組織の大物二人目が殴り込みをかけたのだ
見方を変えると、彼ら以外は大量の水に即応できず出鼻をくじかれたか
あるいは一旦、様子見をすることにしたか。このどちらかなのであろう
そんな中、主戦場から離れたビルの屋上に佇む者がいる
トレンチコートに中折れ帽を被り、黒い逆三角模様の覆面を被った怪しい人物
ゴルディアン・ノット。高所に移動し水を逃れた彼は静かに観察を続けていた
彼が様子見を続ける間にも戦場は動く。海賊船が砲撃を開始し砲撃音が響き渡る
しかしザンの周囲に展開された闇が肝心の砲撃を無力化している
そこまで確認してゴルディアン・ノットは視線を主戦場から、眼下の水面に向けた
おもむろに腕や脚に巻かれた細布や縄がしゅるしゅると動き始め――


「…………うわぁ」
「思ったより派手にやるわね」

治療室でモニターを見つつ、文は絶句し瑞希は面白そうに呟いた
注目しているのは怪獣大決戦でもNo.0同士の戦いでもない。見知った者の動向だ
隣の屋上に渡されたロープを巻き取って、人影が別の屋上へ飛び移る
その間にも下から漂流者を装っているらしい狂える船員が
細布に絡めとられ水面から上空に釣り上げられる
さらに他の細布がその体に絡んで……ブチリと力任せに引きちぎられた
恐ろしいことにこれを数体分同時に、素早くこなしながら
無事なビルの屋上へと移動を繰り返し主戦場に近づいているのである

「相変わらずなんというか、凄まじい戦い方ですね……」
「そういうの気にしてないみたいだから」

篠塚結が使う"機尋"の恐ろしいところは、一本一本に無視できないパワーがあることだ
今は移動しながらだが本腰を入れて操作を始めると手元で布が分裂し始めて
数の暴力と化すこともある。まあそれを軽くあしらえるのがそこの篠塚瑞希なのだが

「あ、海賊船爆発した」
「何が起こってるのかサッパリ分からないんですけど……」
「X-No.0が何かしたってのは分かるのにねー」

529スペシャルマッチ side-G.K ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 01:57:27 ID:n0vvDrQU
さて、主戦場に近づきつつあったゴルディアン・ノットだが
残念なことにクラーケンが暴れたことで進む先のビルはほぼ倒壊していた
しかし彼は一旦立ち止まると、ある方向を見つめる
そして長すぎる距離を苦もなくロープを渡して、無事そこに降り立った
そう、沈みかけている海賊船"クイーン・アンズ・リベンジ"に

「…………難題ダ。ダかラこソ、挑戦シガいガあル」

ゴルディアン・ノットの体を中心に細布とロープが爆発的に広がる
伸長自在の繊維の束がボロボロの船体に巻きつき、ついには覆い始めた
同時に沈みかけていた船が少しずつ浮上し始める
水面下で無数の布が柱のように絡まり合ってつっかえ棒のように
船底と地面を押し離そうとしているのだ。だが……

「hmm......」

さしもの彼にも当然限界というものがある。無理やり沈没を防いでも
元のように動かすことはできない。どうにか動かしても亀の歩みだ
このままでは狂える船員が乗り込んだり、クラーケンのいい的となるだろう
ではどうするのかといえば、答えはこうである

「……あレガいいか」

呟くと崩れたビルの残骸に向けてさらなる布やロープを幾重にも渡す
そして布を縮めることでビルの残骸に向けて船体を引っ張り動かす
近づいたところで今度は船底から伸ばした布の柱で船体を持ち上げた
船底がほぼ水面より上に出て、ビルの残骸に船底が引っかかる
傍から見れば座礁したようにしか見えないが
なんにせよこれで船が水没することは一時的とはいえ防ぐことができる
なお彼が船に降り立ってからここまで1分もかかっていない
クラーケンに襲われることを考えてのスピード勝負で
彼は簡易的だが固定砲台を作り上げたのだ。まあ、肝心の砲手がいないのだが

「サて、ここかラドうスルベきか……」

必要のない布やロープを巻き戻しながらゴルディアン・ノットは独白する
戦闘はまだまだ、始まったばかりであった

                             【続】

530死を従えし少女 寄り道「戦いへの興味」 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/13(木) 20:12:16 ID:dcHFK89o
 観客席の片隅にて。
 黒髪を顎のあたりで切りそろえ、ベレーを被った、浅倉澪・マリアツェル―にしか見えない少女、しかしその正体は澪の母親、浅倉ノイ・マリアツェルがお手製の弁当を広げていた。
「さー、召し上がれ!」
 いの一番に手を付けたのはキラと轟九。
『いっただきまーす!』
 ノイお手製のおにぎりにかぶりつき…動きが停止する。
「む…」
「ぐ…」
「?どーしたの?ふたりとも」
 その様子を見た柳と緑がおにぎりを口に運ぶ。
「うん!ノイちゃんの作るものなら、何でも美味しいよ!」
 あてにならない柳に代わり、緑が事実を告げる。
「…このおにぎり、甘いぞ」
 ノイはしばしぽかんとして、数秒後。
「うそー!」
 自身もおにぎりを口に運び、がっくりと肩を落とす。
「粗塩とお砂糖、間違えちゃったんだ…」
 慌ててフォローを入れようとしたのはキラ。
「ま、まあおかずは食べられるし!ほら緑、あんたもフォローしなさい、あんたの将来の義理の母なのよ!」
 その言葉にはてなマークが飛び交う大人たち。
「義理の…?」
「母?」
 よせ止めろと制止する緑を押しのけ、キラが堂々と宣言した。
「緑はねー!澪のボーイフレンドなの!」
 しばしきょとんとする大人たち。一瞬おいて。
「…澪に、ボーイフレンドだと!」
「澪ちゃん、ホントなの!?」
「澪ってば遅ーい。あたしが澪くらいの頃には、もう柳と」
「ちっ、違う、違う!」
 緑の必死の否定も、大人たちには届かない。
「いいじゃない、緑」
「藍!ああもう、なんで女ってやつはこうなんだ!」

 周囲の喧噪とは離れたところで、澪は熱心にザンとメガロドン、それに海賊船の戦いを眺めていた。
「澪ちゃん、興味ある?」
 澪の様子を見てとった真降が水を向ける。
「うん。あれと戦えたらおもしろいかなって」



続く

531ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:35:52 ID:f80yHIr.
       「コナミとハドソンとバンナムと」

お久しぶりです、任天小奈美です。今丁度授業が終わったところなの。
今日はクラブもないし、真っ直ぐ御家に帰るんだ。ちなみに私は卓上ゲームクラブよ。
将棋にチェス、リバーシに囲碁。トランプ、双六人生ゲーム、遊戯王にTRPGまで。
ありとあらゆるテーブルゲームで遊ぶ――競い合うクラブよ。

「こーなーみーちゃん!」
「きゃっ!?」
「一緒に帰ろ?」
「もう、驚かさないでよ南夢子ちゃん……。そうね、一緒に――」

っていきなり抱きついてきたこの子は坂内 南夢子(ばんだい なむこ)ちゃん。私と同じ卓ゲクラブのメンバーで、友達よ。

「ふぇぇ……ありえないよぉ……。小奈美ちゃんと一緒に帰るのはわたしなのぉ……」
この変な……もとい個性的な喋り方をする背の低い子は波戸村 明香(はどむら はるか)ちゃん。同じく友達よ。
ちなみに汎用理論の使い手なんだって。

「はっ、先に小奈美ちゃんを誘ったのは私なのよ? 先手必勝よ先手必勝」
「先手必勝? 先走りの間違いでしょぉ? 早い者勝ちだなんて思考が『ようち』だよぉ……」
「あらあら? もしかして負け惜しみ? いやだわ、喋り方だけじゃなく中身までガキなのねぇ」
「やすい『ちょうはつ』だよぉ……。だけど受けて立ってあげる。
 南夢子ちゃんってなんだか水着鯖もふみふみもイリヤちゃん引けずにおこづかい全部消費してそうな顔してるよぉ(笑)」
「戦争よ戦争! 表へ出なさいこの口調の奇抜さだけの一発キャラ! あなたなんてどうせこの回しか登場しないわよ(笑)
 大体汎用理論って役割論理の二番煎じじゃない(笑)」
「タブーに触れやがったよぉ……! その言葉宣戦布告と受け取るよぉ……泣いて謝っても許さないんだからぁ!」
「ね、ねぇ二人とも、喧嘩は……」
「「小奈美ちゃんは黙ってて!!」」
「ご、ごめんなさい……」

えっ、ちょっと待って……なんでこうなるの? 普通に三人で帰ればよくない?
それより今のって決闘するほどのだったかしら……なんて言うとこっちにまで飛び火するから言わないけど……。

「行くよぉ……小奈美ちゃん」
「善は急げだよ、善は急げ!」
「そんなに慌てなくても……」
と言いつつ、荷物の用意はもうできていたので、私は二人に手を引かれながら学校を後にした。

「それでぇ……フィールドはどこにするのぉ? 南夢子ちゃんが選んでいいよぉ……私が勝つからぁ」
「それはこっちの台詞よ! 私も鬼じゃないから『弱い者いじめ』には心が痛むのよ」
「ふぇぇ……口だけは立派みたいだよぉ」
「あなたこそ、実力じゃ勝てないからハッタリかましてるんじゃないの?」
「……このままじゃあ千日手だよぉ」
「そうね。ここは……」
「「小奈美ちゃんに決めてもらいましょう」」
「えー……(なんで私が……)。じゃ、お兄ちゃんを呼んで……」

『ゲーム脳』でフィールドを作ってもらいましょう。

「「は?」」
「今あのシスコンは関係ないよね?」
「『まじめ』にやってよぉ……小奈美ちゃん」
「至って真面目だよ!? こういう時は空間系に頼るのが……」
『オ待チクダサイ』

と、突然明香ちゃんから機械的な声が聞こえてきた。

「今の……明香ちゃん?」
『否定シマス。<!>結論から申し上げますと狙われています――明香サマのご友人』

『機械的な声』の『警告を』聞き、周囲を確認すると、私の背後に赤いマントをした男が立っていて、今まさに私を攻撃しようとしていた!

「ッ! 『エスターク』!」
「小奈美ちゃんっ!」
私は反射的にエスタークを召喚し、赤いマントの男を殴る。それと同時に、明香ちゃんが私に触れていた。

「わっ!?」
と、私はエスタークが殴った反動でか、大きく跳んでいた――まるで発条でも仕込まれていたかのように。
明香ちゃんと南夢子ちゃんも私につかまり、結果として赤いマントの男と大きく距離をとる結果となった。

『ああ、惜しい。惜しいな。もう少しで「攫える」ところだったのだが……』
「! やっぱり『赤マント』……!」
「それも『赤いマントが好きか青いマントが好きか聞く方』じゃなく……」
「『子供を誘拐する方』の赤マントだよぉ……!」
赤いマントを羽織った、誘拐犯――間違いなく人攫いの『赤マント』だわ。
人攫い――正確には少女攫い。

532ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:37:57 ID:f80yHIr.

『本当は紳士として気付かないうちに攫って気付かないうちに玩具にしてあげようと思ったのだがね……まあ、仕方あるまい』
「意味不明よ、意味不明! 紳士の意味を今すぐ辞書で調べてきなさいよ!
っていうか自称紳士赤マントって前回も出て来たじゃない! キャラに幅がないのよ! 出直してきなさいよ!」
『赤マント』の言葉に南夢子ちゃんが答える。
……そういえば、この『赤マント』、どうやら全身が真っ赤なわけではないらしい。
全身を覆うマントこそ赤いが、それ以外の部分――手足や顔(仮面?)、被っている帽子は白だ。
まぁ、だからどうしたというわけではないが……

『はっはっはっ! 元気な子供は可愛らしいなあ!
それと私はあの憂鬱に負けた自称紳士とは別物さ! そも、紳士は絶望などしないのでね。
まぁ、安心したまえ。君たち三人仲良く攫ってあげるとも!』
「させないよぉ……!」
「あれ……?」
改めて『赤マント』を観察すると、何か大きな違和感を感じる――。

「……? どうしたのぉ……?」
「いや……何でもないわ。勘違いかもしれないし」
『遊んでていいのかね?』
『<!>来ます』
「ふぇぇ……『ゴースト』!」

そう言うと、ゴースト――幽霊じゃなく、ポケモンのゴーストが召喚される。
それと同時に明香ちゃんの身体が薄ピンク色になっていた。
……というかこれも見慣れている――おそらく『ピクシー』だ。ポケモンの。

「『ヘドロウェーブ』だよぉ!」
明香ちゃんが命令すると、ゴーストがヘドロを噴射し、『赤マント』に叩きつける。
どうやらハイリンク産らしい。

『おっと!』
しかし『赤マント』がマントを翻すと、『ヘドロウェーブ』はいとも簡単に受け流されてしまう。

「な、なんでぇ……? 『ぼうだん』でもふせげないはずなのに……もしかして『はがね』タイプ!?」
『どうした? そんなものかね?』

「見たところ『アサシン』ね……今『描き上がってる』のはこれだけ……」
と、いつの間にかスチームに囲まれている南夢子ちゃんが言う。
南夢子ちゃんの周りに展開されてるのはそう、『デレステ』のルームアイテム、『アロマディフューザー』だ。

「『ナーサリーライム』ちゃんっ!」
『一緒に遊びましょう?』
南夢子ちゃんが持っていた紙からメルヘンな幼女が飛び出した。絵を具現化する――お兄ちゃん(光輝)と同じタイプの能力かしら?

533ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:39:04 ID:f80yHIr.

「……このカードなら……『一方その頃』からの『アーツブレイブチェイン』!」
『“くるくるくるくる回るドア。行き着く先は、鍋の中――!”』
『うふふふふ! 楽しいわ! 嬉しいわ!』
『あはっ……うふふふっ……どうかしら?』
『なくなっちゃうの……?』
ナーサリーライムの『冬の野の白き時』が『赤マント』に炸裂する。だが――

『はははははは! 涼しい涼しい!』
今度もマントに身を包むだけで防いで見せた。
「そ、そんな……! 反則よ反則!」
『何を言う。ジェントルマンシップに則って君たちの攻撃を真正面から受けているではないか!』
ヘドロウェーブも受け流し、アーツブレイブチェーンも通じない。

「だったら……!『宝具』よナーサリーライム!」
『さぁ、一緒に遊びましょう。うふふふ! 楽しいわ!』
『繰り返すページのさざ波。押し返す草の栞――すべての童話は、お友達よ』
『あはっ、どうかしら?』
今度はナーサリーライムの本から童話のキャラクターが飛び出し、『赤マント』を攻撃する。宝具ブレイブチェインだ。

『ずいぶん可愛らしい攻撃だ!』
でもやっぱりマントだけで防いでしまう! これはやっぱり……。
「なんなのよアレ……! 『赤マント』じゃなくって『ひらりマント』なんじゃないの『ひらりマント』!?」
宝具攻撃まで防がれた南夢子ちゃんが悪態をつく。

「いや……それどころじゃないよ南夢子ちゃん。ヘドロウェーブも効かない。通常攻撃も、宝具攻撃も通じない。
そして何よりさっきの私のエスタークの攻撃のダメージも見られない……! ええ、確信したわ。見間違えじゃなかったのね」
「どういうことぉ……?」
「二人とも私の『異常性』のことは知ってるわよね? 覚悟して聞いてほしいんだけれど……。
さっきから『赤マント』を観察してるのに、全く見えないのよ――私たちの『勝ち筋』が、一本も!」
「なっ……! それって……!」
「ええ、文字通り『勝ち目がない』ってことよ……」
忘れている方もいらっしゃるかもしれないので改めて解説しよう。私の異常性『大詰め勝記(チェックメイト)』。
勝ち筋が見えるスキル。自他問わず、個人戦団体戦問わず、勝負の形式を問わず、ありとあらゆる勝ち筋――
現在から『勝利』までの手順が全て見えるスキルよ。

「いつもならこの時点でほぼ無限に見えているはずの『それ』が一本も見えないのよ!
最初は『発動』できてなかったのかもしれないとか、そんな風に思っていたけれど、相手の勝ち筋は普通に見えたわ」
『おや。おやおやおやおやおや。「異常性」か……それは誤算だったよ。私の計画がご破算だ!』
「け、けいかく……? なんなのぉ……?」
『ははははは! 決まっていよう!』

『君たちの攻撃をすべて受け切り……。逆転の秘策も力を合わせた友情パワーも奇跡的に都合よく契約できた新都市伝説の力も!
全てを真正面から否定してゆっくり心をへし折った後で――じっくりいただこうって計画だよ!
私はこの通り紳士なのでね。真の紳士なのでね。希望に燃える少女を攫うのは実に忍びない!』

「クズよクズ……! あなたろくな死に方しないわよッ」
『なんとでも言いたまえ! 計画は頓挫したが……君たちの運命は変わらないのだからね!』
その通りだ。私の目で勝ち筋がない以上、私たちでは『赤マント』に勝つことができない……!

「どうしたらいいの……? 『赤マント』の勝ち筋を潰していく……?」
「そもそもおかしいじゃないのよ……! 『勝ち筋』が『ない』だなんて……!」
『はっはっはっ! 絶望しているようだね! なんなら神様にでも祈ったらどうかね? あるいは奇跡が起こるやもしれん!』
「……ッ! そうね……こんな状況、神頼みしか……」
「『詰み』ってこと……? 『神の一手』を文字通り神様に任せるしかないの……?」

534ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:40:57 ID:f80yHIr.

「ふぇぇ……それはちがうよぉ」
私たちが折れかける中、明香ちゃんは言う。
『違う? 何が違うというのかね?』
「そうよ……こんな状況神頼みしかないわよ、神頼み。それともダンガンロンパアニメ完結にあやかってるの……?」
「……『かみだのみ』なんて『ろんじゃ』でじゅうぶんだよぉ……。『はんようりろん』にかみさまはいない。
『はんようじょ(わたしたち)』は『かみさま』にはいのらないんだ。
だって『ハケモン』は『どんなじょうきょうでもたたかえるはんようせいのたかいポケモン』なんだから……!
『せいとうは』でも『へんたいがた』でも! 『ぶつりうけ』でも『とくしゅうけ』でも! 『がいあくせんぽう』でも!
『きゅうしょ』や『クソはずし』でじこっても! のこった『ハケモン』でたおしてかつ! それが『はんようりろん』なんだからぁ!」
『なるほど、まだ絶望していなかったのか! いいねぇ元気な子供は大好きさ!
だが希望を抱こうと信念を貫こうと負けが勝ちになったりはせんよ。諦めた方が身のため心のためだ』
「そうだねぇ……『かちすじ』がないいじょう、『やくわりろんり』だろうと『はんようりろん』だろうとどうしようもないよぉ……
でもねぇ……。そう、『なむこちゃん』がさっきいったことはただしいんだよぉ」
「私……? えっと……『神頼みしか』……?」
「そのまえだよぉ」
「その前……『おかしいじゃない、勝ち筋がないなんて』?」
「そう! そうだよぉ……『おかしい』んだよぉ。『ありえない』んだよぉ!」
『ははははは! 何かと思えば現実逃避かね? 現にありえているではないか!』
「そうだねぇ……。どんなにぜつぼうてきなせんりょくさでも、『かちすじ』が0ってことは『ありえない』。
でもその『ありえない』が『ありえてる』……だったらそこには……」
「! そっか! 『勝ち筋を0にするだけの理由がある』ってことね!」
「盲点だったわ……! なまじ勝ち筋が見えるばっかりに、どのルートを辿るかばっかり考えてた……!」
「そういうことだよぉ!」

希望が見えてきた。いえ、実は状況は全く進展していないけれど……。折れかけた私たちの心に再び火が灯った。

『なるほど燃えてきたというわけか! しかし折った上に火をつけたらどうなるか知っているかね? 燃え尽きるんだよ!』
「言ってなさい……!」

「『アイ』、てつだってくれる?」
「『アイ』? 誰よそれ」
『(i)私デス。AI、人工知能の「アイ」です。以後お見知りおきを』
明香ちゃんのタブレットが喋っている。そういえばさっきはゴタゴタしてて気付かなかったけど、これって『Siri』ってやつ?
「じゃあ『アイ』、かいせきおねがいねぇ」
『承諾。都市伝説「赤マント」。誘拐犯の赤マント。子供――それも少女を攫い、暴行して殺すとされる都市伝説です。
少女を攫う――ある種の空間移動系、あるいは支配系……そういった能力を持つ場合が多いとおもわれます。
更なる解析のため、調査用機を向かわせます――』
言うと、タブレットから小さな軍用機のようなものが飛び出した。機銃の代わりにカメラやレーダーのようなものを積んでいる。
一応銃も積んではいるが、とても小さい。あくまで補助、といった感じだ。

535ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:41:56 ID:f80yHIr.

『召喚攻撃かね? 無駄だと分かっているだろう!』
案の定弱弱しい銃撃をマントで防ぎ、そればかりか出現させたナイフで飛行機に反撃する。

『おや!』
が、当たらなかった。正確には飛行機が巧みな飛行テクでかわしたのだ。

『なるほど避けるか……ふむ、AI、軍用機、回避力……差し詰め「できすぎたAI」といったところかね?』
「……こたえるひつようはないよぉ」
『ははは! 正解と受け取ろう! どちらでも同じだがね!』
『できすぎたAI』――『ハドソンが開発した出来過ぎたAI』。
ハドソンのゲームソフト『ボンバーマン』のAIは、爆弾を避けたりアイテムを拾ったりなど『高性能』過ぎたため、
『軍事転用』できてしまう――確か、そんな内容の都市伝説だったはずだ。

『(i)解析結果が出ました。彼は『赤マント』には間違いありませんが、それだけではありません。もう一つの都市伝説を内包しています』
「……! 『飲まれた元契約者』!」
『肯定シマス。おそらくはそうでしょう。「赤マント」のほかにもう一つの都市伝説反応を感知しました。
<!>しかし特定まではできませんでした』
「のまれた、もとたじゅうけいやくしゃ……」
「『それ』が『無敵』のトリックなのよね、トリック!」
『肯定シマス。(?)調査を続行しますか?』
もう一つの契約都市伝説。勝ち筋のなさ――無敵性。私たちのいかなる攻撃も防ぐトリック。
『赤マント』……少女を誘拐する……一説には『異界に攫う』っていうのも……契約してたんなら『拡大解釈』で
『魔物を召喚』したり『異界を通ってテレポート』したりしても……。
この『赤マント』がやったことって『ナイフを飛ばす』以外では私たちの攻撃を防いだだけ。つまりそこがメイン……?

「『たじゅうけいやく』っていっても……あの『あかマント』、ぜんぜんのうりょくつかってないよねぇ?」
「うん。私たちの攻撃を無力化しただけね。あとナイフ。ここまでの情報じゃどう見ても一点特化よ一点特化」
「そうね。『アイ』の解析がなければ『多重契約』だなんて発想には絶対に至らなかったわ」
通常、多重契約とあれば能力を2つ以上持っていて然るべきだ。たとえば私にしたって「倒した相手を仲間にする」『エスタークを5ターン以内に倒すと仲間にできる』と、
「死んでから一定時間内の相手を回数制限つきで蘇生する」『水中呼吸のマテリアでエアリスが復活』と複数の能力を持ってるんだから。
……実は最近『自動販売機の隠しコマンド』とも契約したんだけど……それはまた今度。

「ねえ二人とも。ここは推理を進めるために、みんなの都市伝説を教えあわない?」
もちろんあいつには聞こえないように――と付け加える。

「いいよぉ。かくすほどのものでもないからぁ」
「もちろんよもちろん。こういうのは話し合いが大事よね」

二人とも賛成してくれたので、まずは言い出しっぺの私から説明する。
説明が終わると、それじゃあ次は私が行くわ、と南夢子ちゃんが言った。

536ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:43:25 ID:f80yHIr.

「私の契約都市伝説、まず一つ目が『蒸しちひろ』――を核とした、『ガチャのオカルト』。
単発だとか、午前二時にやるだとか、光が強くなった瞬間に引くとか大成功・極大成功が出た時に引くだとか、そういうの。
今回は『アロマディフューザー』で私自身を蒸して、二つ目の都市伝説を補助したわ。つまりほぼサポート能力ね」
「二つ目は『描けば出る』。能力はオーソドックスに絵の具現化――なんだけど、単体で使っても出てきてくれないことがあるの。
……ガチャや某お船ブラウザゲームなんてこんなものよね、って話だけど割愛よ割愛。
ともかく、これにさっきの『ガチャのオカルト』を組み合わせることで、確実に具現化できるようにしてるの」
ちなみにレア度が高いほど出にくいのよ――底なし沼よ、底なし沼、と南夢子ちゃんは言う。

「三つ目は『1STPAI』。存在しない音を聞かせる能力よ。今も念のため使ってるわ。この会話が盗み聞かれないように」
『1STPAI』。太鼓の達人wii2に入ってる、存在しないはずの71曲目。公式も認知してるらしいけど、都市伝説としての体裁は保ってるわよね。
『ないはずのものがある』――都市伝説の基本だもの。『十三階段』とか。

「四つ目は『Zエンド』――『Zエンドは都市伝説』。能力は『最悪な結末をなかったことにする』……まぁ、バッドエンド回避の能力よ」
最悪しか回避できないから中途半端よ、中途半端、と南夢子ちゃんは自嘲する。
確かに『最悪の結末しかリセットできない』という点ではお兄ちゃんの『ゲーム脳』に大きく劣る。
でも、それは逆に言えば『何が最悪か確実にわかる』ってことで、その点は長所なんじゃないかしら?
お兄ちゃんのじゃ納得いかない限りすべての結果に総当たりしないといけないしね。

「以上、今のところこれだけよ」
と、南夢子ちゃんが説明を終えると、じゃあさいごはわたしだねぇ……と明香ちゃんが言う。

「わたしの契約都市伝説はねぇ……まず『高橋名人逮捕説』。これは『触れたものにバネを仕込む能力』だよぉ」
なんか一気にジョジョっぽくなってきた。

「二つ目は『ゲンガーはピクシーにゴーストが憑りついたもの』。昔契約してたけど今はなくなっちゃった、『XYには新たなタイプとしてようせいタイプが登場する』の影響でぇ……」
『ようせいタイプ』――確かにXY発売前なら都市伝説でも、発売されて――しかも現実になっちゃったら、都市伝説としての形は保てないわよね。
「わたし自身が『ピクシー』になって、『ゴースト』を操れるんだぁ。もちろん『ゲンガー』にもなれるよぉ」
やはり憑依させてゲンガーになるのだろう。

「それで、『ゴースト』はふつうに技が使えるんだけど……私が変身する『ピクシー』は、どうも相性が良くなかったのか……ほとんど技が使えないんだ。
具体的に言うと『はねる』だけ。……特性はちゃんとあるんだけどねぇ」
メロメロボディ、マジックガード、てんねん……どれも有用だが、技が『はねる』だけじゃ直接戦闘には向かないだろう。
でも使役って……ますますジョジョっぽくなってきたわね。

「それを補うために契約したのがぁ、『はねるを使うと低確率でじしんやじわれがおこる』だよぉ」
ナマズなんかが跳ねたりするのが地震の前兆だったことから生まれたポケモンのガセネタ……だったはずだ。詳しくは知らないけど。
「能力は簡単に言うと『ゆびをふる』。わたしが『はねる』とランダムで『技』が出るんだぁ」
なるほど、全ての技からランダムでひとつ出す――相対的に、じしんやじわれも低確率で出る、ってわけね。

「それで最後が『できすぎたAI』。AIの超高性能化、AI制御のミニチュア兵器の召喚、あとゲームの軍事転用なんかが能力だよぉ。
これはとびっきり相性がよかったんだぁ」
こうしてみんなの都市伝説紹介が終わった。なるほど、私のは全部別能力だけど……

「似たような能力で別の能力を強化する――そういうのもあるのね……あっ!」
「どうしたのぉ小奈美ちゃん?」
「何か気付いたの?」

537ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:44:18 ID:f80yHIr.

「……ねぇ『アイ』」
「なんでしょう明香サマのご友人――小奈美サマ」
「もしも、もしもの話なんだけれど……『ほとんど同じ系統の都市伝説と多重契約したら』……。
たとえばそう、『雪女』と契約してる人が『つらら女』と契約したりしたら……どうなるの?」
『(i)場合によります。二つの都市伝説を「違うように解釈」すれば全く別の能力になります。
……同じように解釈した場合、同じような能力を二つ持つことになります』
「……じゃあ、全く同じ解釈をしたら?」
似たような能力で能力を補強する――だったら、全く同じ能力で補強しようとしたら?

『(i)その場合、能力を起点に都市伝説が融合し、何倍にも増幅する――「強化契約」となります
あるいはそう、それらしい言い方をするならば「同一視」でしょうか。別々の伝承がどこかで習合される、というのはよくあることです。
この例とは異なりますが、「客の消えるブティック」と「だるま女」や「臓器売買」だって、組み合わされば「消えた客の末路は」――あるいは「だるま女はどこから来たか」の両方を解決することで、説得力を増しますからね』
「やっぱり……! 分かったよ二人とも!」

少女を攫う都市伝説。無敵性。それにばかり目が行っていた。だが、『赤マント』の姿にヒントが隠されていた。
白い顔、白い手、白い帽子、白い足。どうでもよくなかった。重要だったんだ。

「わかったって……としでんせつがぁ?」
「そう! 二人とも、おかしなことを聞くんだけれど……。あの『赤マント』が、もしも赤マントを羽織ってなかったらどう思う?」
「どうって……。『赤マント』が赤マントを羽織ってなかったら何でもないわよ。ただの白い帽子かぶった全身真っ白の――あっ!」
「あああああ! もしかしてぇ!」
「そう! おそらくもう一つの契約都市伝説は『歩行者専用道路の標識は少女誘拐が元』!」
「『赤マント』と同じ『少女誘拐系都市伝説』……!」
「ええ、そして多分能力――解釈は、『少女を誘拐する都市伝説』であるが故の、『少女に対する絶対性』なんじゃないかしら?
魔法少女だろうと怪力幼女だろうと、最終兵器小学生だろうと、等しく攫う――」

ぱちぱちぱちぱち、と、『赤マント』が拍手していた。

『ブラボー! ブラボー! いやあ実にすばらしい! 元気な少女は大好きだが賢い少女も大好きさ!
ああ、その通り正解だとも。私は元「赤マント」と「歩行者専用道路の標識は少女誘拐が元」の契約者!
少女からの如何なる抵抗も通じない――相手が少女である限り必ず勝つ。それが私の能力だよ。
ははははは! どうだね! せっかく頭をひねって出した結論が「絶対に勝てない能力でした」だった気分は!
君たちの思考は無駄だったのだよ!』

と、私たちの話し合いの間一切攻撃をしてこなかった『赤マント』が言う。
どうもおかしいとは思ったけど、絶対有利ゆえの余裕だったのね。

「笑止千万よ笑止千万。そんなわけないじゃない。ねぇ?」
「その通りよ。トリックが分かったのと分からないのとじゃあ天と地ほどの差があるわ」
「そうだよぉ……『むてきというのうりょく』ってわかった。それだけでしゅうかくなんだよぉ」

『負け惜しみだ!』
「勝てないなら勝てないでやりようはあるのよ!」
言うと、南夢子ちゃんが丸めた紙を上空に投げた。
『……? そんなもの……』

538ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:46:25 ID:f80yHIr.

なんということでしょう。
その時(とき)空から、不思議な光が降りてきたのです――

「あれは……?」
『誰だ? 誰だ? 誰だ? 誰なんだ!?』

『それは……ナナでーっす☆』
『うわぁ』
『ああーっ! ちょっと引かないで下さい! ん゛ん゛!
ウサミンパワーでメルヘンチェーンジ!
夢と希望を両耳に引っ提げ、ナナ、頑張っちゃいまーす! ブイッ♪』
『うわああああああ! キツイ!
これは少女か? 少女なのか!? 17歳なら少女……いやしかし17歳にしてはキツすぎる……
これが少女か!? 少女なのか!? 見た目は17か18かそれくらいの少女だが……いやだがしかし……』
『ナナは17歳ですよ! ピチピチのウサミン星人ですっ』
『ピチピチとかいうやつは最早少女じゃな……あっ
いや待て少女も何も、どう見たってあいつが召喚したんだから私の能力の範囲内ではないか! 関係なかったわ!』
如何に無敵でも、心は動揺する――元人間であるが故の弱点。もちろん都市伝説だって慌てるし焦るが、人間はそれがより顕著だ。

「もう遅い。手遅れよ手遅れ」
『なっ――』

その時はすでに、私たちは大空を飛んでいた。巨大になった『エスターク』の背に乗って。

「『エスターク』を『ぐんじてんよう』したよぉ。ふぇぇ……おなじ『ゲームけい』だからあいしょうがよかったみたいだねぇ」
「もちろん私も手伝ったわ。『描けば出る』――艦娘ならぬ艦エスタークってところかしら?」
などと言っても聞こえないくらい遠くに飛んでいた――跳んでいた。

『逃がすものか! 降りて来い!』
などと言って降りる人間なんているわけないじゃない。
このまま遠くまで逃げてしまおう。あれは子供には無敵でも、大人相手じゃ無力だろうから。
正面切って勝てなくとも、逃げるが勝ち――

『ああ、何ということだ! そんなに遠くまで逃げられたら……』
悔しそうに『赤マントは』叫ぶ。どうやら作戦は功を奏し……

『追いかけるしかないではないか!』
ていなかった。『赤マント』はそのマント姿に似合う『飛行』を行った。
……って、ウソでしょう!? 『如何なる抵抗も通じない』って逃走も!?

「『ゴースト』、『くろいまなざし』!」
明香ちゃんが出現させたゴーストが『赤マント』を睨む。
『むっ……』
『赤マント』はしばらくその場から動けなくなるが、
『甘い!』
と、すぐに拘束を振りほどいてしまう。

「ふぇぇええええええ! どうしよぉ!?」
「落ち着きなさい! 一瞬でも足止めできるなら、何度も使ってその間にできるだけ逃げればいいでしょ!」
「あっ、そっかぁ! ……って、『くろいまなざし』のPP5しかないよぉ!」
「はぁああああ!? ポイントアップくらい使っときなさいよ!」
とはいえ、たとえ最大まで使っていても8回しか使えない。そもそも永遠に逃げているわけにもいかないし……

「決め手に欠ける……やっぱりどうにかして倒さないといけないのね」
「そうだねぇ。ぐんようきやなむこちゃんの『かけばでる』をつかっても、あしどめにはげんどがあるだろうし……」
「私も賛成よ賛成。あいつを倒せばすべて解決。『不可能だ』って点に目をつむればね」
そう、問題はそこなんだ。今現在もあいつの勝ち筋は消えてないし――私たちの勝機も見えない。
少女に対して絶対無敵――私たちにとってはこの上なく恐ろしい能力。というか、そんなのがこんなキャラ紹介話に出てきていいものなの……?

539ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:48:01 ID:f80yHIr.
「……ねぇ小奈美ちゃん。大人に頼るしかないんじゃない? 今から探すんじゃ無理だろうけど……たとえばあなたのお兄さんなら、あいつの能力も通じないでしょ? だから小奈美ちゃんの家に行くっていうのはどう?」
「そっか、そうだね。いい考え――ああ! ダメだわ。お兄ちゃんは今部活……まだ学校よ。お父さんもお母さんも家には居ないわ」「それならちょくせつがっこうに……あっ、うん。だめだねぇ。さわぎになっちゃう」
如何に都市伝説契約者が多い学校とはいえ、こんなに目立つ姿で入れば私たちまで指名手配されかねない。組織?とかに。

「最悪よ最悪……! これでまだ最悪じゃないってのが最悪よ……!」
大人を探す――だけならまだしも、大人でしかも契約者、それでいて協力的な人間を探すなんて到底不可能。
つまり知り合いに限ることになるけど、お兄ちゃんもその知り合いもみんな学校。
そして学校に飛び込むわけにはいかない――つまり手詰まり。いや別に韻を踏んだわけじゃなく。

「どうしよぉ……こなみちゃんのおにいちゃんがぶかつとなると、こうこうせいはみんなぶかつだよねぇ……
だったらおなじしょうがくせいしか……でもそれじゃあ……」
同じ小学生に頼るしかない。……けれど、たとえ竜を召喚できても少女である以上は敵わない。
いったいどうすれば……今度こそ神様に祈るしかないっての? ……神様? ……あっ

「そうだわ! 神様の力を借りればいいのよ!」
「突然何を言い出すの!?」
「そうだよぉ! さっきのたんかはなんだったのってことになるよぉ!?」
「二人ともよく思い出して。ほら、居るでしょう? 私たち卓ゲ部きっての『演技至上主義(リアル・ロールプレイヤー)』。
『狂人の振りとて大路走らばすなわち狂人なり』を地で行く二人。邪神に魅入られた狂信者と神様に愛されてるとしか思えない幸福者」
「「……あっ!」」
二人は声をそろえて言う。どうやら気付いたらしい。

「クトゥルフしんわTRPGがだいすきなじゃしんマニア、『縷々家 蓮香(るるいえ れんか)』ちゃんと……」
「パラノイアをこよなく愛する幸福厨、『原野 伊亜(はらの いあ)』ちゃんね!?」
「そう! あの子たちなら場所もわかるし……何より『赤マント』をどうにかできそうだわ!」
「そうと決まったらさっそく電話するわね!」
と、南夢子ちゃんがスマートフォンを取り出す。今時の子供はほとんど持ってる。……もちろん、蓮子ちゃんと伊亜ちゃんも。
「わたしはあしどめにせんねんするよぉ!」
「それじゃあ私は『エスターク』の操縦ね!」
『私もバックアップいたします』
3人で役割を分担する。うん、希望が見えてきた。

「………………もしもし、伊亜ちゃん?」
【あら南夢子ちゃん。幸福ですか?】
「ええ、幸福よ幸福。ところで今どこにいるの?」
【それは重畳。市民としての義務を果たしていますね。……今ですか?
そうですね……えーっと、近くに『パチンコ噂話』があります。蓮子ちゃんも一緒ですよ。……何かあったんです?】
「ええ……実は今ピンチなのよ。無敵の『赤マント』に襲われてて……」
【『赤マント』と『歩行者専用道路の標識は少女誘拐が元』の元多重契約者――少女に対する絶対性ですか。わかりました。友達の幸福を侵すものは見過ごせません】

【……と、言うことです。聞こえていましたね蓮香ちゃん?】
【うん、もちろんだよ! その赤と白で構成される生物の忌まわしき所業に私の中で黒いタールの如き不快感が這いずり回るわ。
そのものを神々の生贄にせねば気が治まらない――狂気じみた名状しがたき使命感を覚えたの】
【それでは蓮子ちゃん。南夢子ちゃんたちが来られるように、目印をお願いします】
【いあ! 任せておいてよ! 『キタブ・アル・アジフ』――いあ! いあ! ハスター! ハスター・クフアヤク・ブルグトム・ブグトラグルン・ブルグトム! アイ! アイ! ハスター!
……『バイアクヘー』、少し『目印』になってくれるかしら? 見るものを混迷と恐慌に陥れる感じで……】
【いや陥れたら困るんですよ。南夢子ちゃんたちが来るんですから――と、そういうわけです。お待たせしました南夢子ちゃん。
蓮香ちゃんの『バイアクヘー』……『ビヤーキー』が目印です。その近くに私たちはいますよ】
「うん、わかったわ。ありがとう伊亜ちゃん! すぐに向かうわね!」

540ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:48:47 ID:f80yHIr.

「……小奈美ちゃん、『ビヤーキー』が目印よ、『ビヤーキー』!」
と、通話を終えた南夢子ちゃんが言う。
「オーケー。全速前進よ!」
空の高い位置に蝙蝠とも違う名状しがたい生物が見える。あれが『ビヤーキー』ね。

「『エスターク』、GO!」
なので、私達はそちらの方向にまっすぐ飛んでいく。追いつかれないように。

『む! いきなりスピードを上げた……何か見つけたか? しかし無駄というもの!』
「ふぇぇ……くろいまなざしのPPもきれたし、あしどめもそろそろげんかいかもぉ……!」
「もう少しよ……! 踏ん張って!」
「……うん! はんようじょはさいごまでしょうぶをすてないよぉ……! 『はねる』!」
明香ちゃんが小さく跳ねる。(落ちないように)。しかし何も起こらない。
――わけではなく。明香ちゃんの口から巨大な光線が発射される。まるで何もかもを破壊するかのような威力。そう……

明香ちゃんのはかいこうせん!

『おお! ずいぶんと子供に似合わぬ高威力だ! ああ、強い子供も大好きだとも――しかし無駄だ!
どれほど威力が高くとも、私に子供の癇癪など――!?』

たしかに『赤マント』にはかいこうせんは通じない。しかし……私たちの『エスターク』はその反作用で加速していた。ロケットのように。

『くっ……そのような使い方が……! 無駄だというのがわからないのか!?』
「はぁ……はぁ……むだじゃないよぉ……」
「その通り。そしてそろそろよ!」
「オーケー小奈美ちゃん。『黒いもや』!」
南夢子ちゃんがただ黒く塗っただけの紙を掲げると、後ろに文字通りの黒いもやが現れる。

『くっ……前が見えん……! いったん降りよう、いつでも追える!』
どうやら『赤マント』は地面に降りたらしい。だけど下には……

「あなたが『赤マント』ですね? 市民、あなたは幸福ですか?」
「私は不快感を必死で抑えながら空から降りてきたその異形の物体を凝視した。
ただれた皮膚のように、あるいは滴る血液のように狂気じみた赤色が純白の……薄汚れた白を包んでいるわ」

うん、相変わらずね。

『何だ!? ……いや、しかし私は紳士なのでね。意味の分からない子供でも……』
「質問に答えなさい。もう一度問います。市民、あなたは幸福ですか? ……次はありません」
『わけのわからないことを……』
「幸福ではない? ……幸福は市民として当然の義務です。反逆者を発見しました――蓮香ちゃん」
「ああ、済んだ? 今回ばかりはいつものそれ、やらなくてもよかったんじゃないかな……?
私は名状しがたい赤色を眺めながら、唸るように呟いたわ」
「あることないこと叙述するのはどうかと思いますよ……。普通に赤いし唸ってもいないです」
「ともかく、やりましょう。『ニトクリスの鏡』」

蓮香ちゃんの目の前に鏡が出現し、ショゴスをはじめとした悍ましい生物が深淵の暗黒から這い出てくる。
その不定型な身体を引きずりながら、狂気じみた赤色を捕えるべく、名状しがたい這いずるような、舐め回すような不快な音とともに
這い寄るのであった」
「途中から声出てますよ!」

……なんか地の文を乗っ取られた気がするけど、ともかく。
『な……なんだこの……ひっ、ひぃぃいいい……お、落ち着け……こっ、子供が召喚したものじゃあないか……私には到底……』
どうやら正気度ロールに失敗したらしい。目論見通り人間の根源的恐怖――未知への恐怖を煽るという作戦は成功かしら。

「さぁ、もっともっと暴れましょう! 徹底的に冒涜的に! 名状しがたいほど忌まわしく! コズミック・ラグナロクよ……!」
こっちもなんか狂気(あが)ってらっしゃる!?
強力な神話生物を次々召喚し、『赤マント』を攻撃する……というかこれ見つかったらまずいのでは?

541ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:49:28 ID:f80yHIr.
「もやで隠しておいて本当によかったわね……」
南夢子ちゃんが言う。そう、ここでの状況は外からは見えないだろう。ちなみに私たちには見えないこともないのだが、やはり霞がかって見えている。だから発狂しないで済んでるけど、そこは割愛。

『わ……私は紳士……そして無敵だ……こっ、このような子供の悪戯に慄くことなど……!』
しかしやはり、神話生物の猛攻も赤マントには到底通じず、弾かれてしまう。周囲の壁に当たったりなど、『赤マント』にはノーダメージだ。

『はぁっ……はぁっ……動け……! 動け……! 「誘拐」……!』
すると、『赤マント』を這いずっていた『ショゴス』らが消えた。

『く……くくく……はははははははは! やった! やったぞ! 誘拐してやった! これで私は解放される!』
「あらあら、随分楽しそうですね反逆者。しかし幸福とは程遠いといえましょう。反逆者は排除です」
言いながら、伊亜ちゃんが何かを投げる。

『む? ふん! 何をするかと思えば小石を投げただけか! 子供らしくて好ましいが、それで排除とは!』
どうやら石だったようだが、当然『赤マント』には通じず、弾かれる。……ん? その方向は……
しめたわ、『解放』!

ぶぅぅぅぅぅぅぅぅううううううん、と耳障りな音が響き渡る。
弾いた石の行き先が悪くて――良くて。そこには蜂がいた。石をぶつけられて怒り狂った蜂が飛び出す。
狙いは当然、『赤マント』。

『なっ……!? そんなところに都合よく蜂だと!?』
都合よく――ではない。私が待機させておいた、私の仲間(はち)だ。それをこのタイミングで解放(にが)した。
私の支配下だと何のダメージも与えられないが、野生とあらば話は別。これほど恐ろしいものはない。

『おおおおおおお!』
当然、『赤マント』もそれが野生であると理解しているらしく、思わず飛びのいた。

『うお!?』
飛びのいた先にぬかるみかバナナの皮でもあったのか、『赤マント』が体勢を崩す――整えようとするも間に合わず、壁にぶつかる。
『くっ……早く離脱を……! 蜂に刺されては流石の紳士もたまったも』
といったところで、突如崩れ落ちた瓦礫に『赤マント』が埋もれた。下敷きになったのだ。

542ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:50:08 ID:f80yHIr.
……石を投げただけでこの結末。本当、神様に愛されてるとしか思えない。

「……やはり反逆者でしたね。市民として当然の義務も果たせないとは。あなたの敗因をお教えしましょう。……聞こえていないでしょうけど。
慢心したから? いえ、違います。 能力を悪事に利用したから? そんなわけがありません。 契約都市伝説が悪かった? まさか。寝言は寝て言うものです。
答えは単純。私は『幸福だった』――義務を果たした。しかしあなたは義務を果たさなかった。
完璧で幸福であるという義務を果たしている善良な市民が勝利を収めるのは当然の帰結です」

この場合、幸福というより幸運って感じだけど……そう、そこが伊亜ちゃんの恐ろしさ。
この子はただひたすら、寒気がするほど運がいい!

「相変わらず名状しがたいほど冒涜的な幸運だね、伊亜ちゃん!」
「幸運ではなく幸福です。私は市民(ひと)として当然のことをしているまでですよ」

「ありがとう、二人とも!」
安全を確認すると、私はエスタークから降りてお礼を言った。

「たすかったよぉ……いちじはどうなることかとぉ……」
「感謝感謝よ、本当に!」
続いて明香ちゃんと南夢子ちゃんも降りてきた。

「礼には及びませんよ。友達の幸福は私の幸福でもあります」
「そうだよ。友達を脅かす忌まわしい存在は深淵に飲まれればいいのよ」
頼もしい。

「それじゃあ、今度こそ帰ろうか」
「いあ! そうだねっ!」
「小奈美ちゃんと手をつなぐのはわたしだよぉ……」
「は? どう考えても私でしょ? 抜け駆けは禁止よ、禁止!」
「ああもう! 明香ちゃんは右南夢子ちゃんは左!」
「「はいっ!」」
「相変わらずいちゃいちゃと幸福そうで何よりです。……ところで蓮香ちゃん」
「いあ? どうしたの?」
「そう、それです! その『いあ!』って返事とか掛け声、私が呼ばれてるみたいでドキッとします!」
「……ダメ? もしかして嫌だった……?」
「い、嫌ってわけじゃ……その、蓮香ちゃんに呼ばれるのは悪い気もしないっていうか、幸ふ……っていうか……その……」
「伊亜ちゃんは人間には発音できないような声で、唸るように、吠えるように、咳き込むように呟いた。
当然私は聞き取れなかったので、何か言った? とそう尋ねるわ」
「だーかーらー! 私は唸っても吠えても咳き込んでもいません! そして何でもないですっ!」
そっちもいちゃいちゃしてるし……いやそもそもわたしたちはいちゃいちゃなんてしてないし……

「登場早々キャラが崩れ始めたわね、伊亜ちゃん」
「うるさいですよ!」
私の指に指を絡ませながら、南夢子ちゃんが言うと伊亜ちゃんは声を荒げる。

「ふぇぇ……そういう南夢子ちゃんはどういうキャラなのかつかめないよぉ……」
「明香ちゃんが名状しがたいほど冒涜的な言葉を発した。この場の誰もが思っていたが口に出さなかった忌まわしき事実。
それは南夢子ちゃんを混沌とした深淵に――」
「あーもう! だから蓮香ちゃんはいちいちくどいのよ! そういうのは自分の一人称視点の地の文でやりなさいよ!
そしてこの場の誰もが思ってたってどういう意味よ!」

明香ちゃんは私と腕を組んでいる。
うん、確かに蓮香ちゃんの叙述はいちいちくどいけど、それにしても南夢子ちゃんはここにきて畳み掛けるようなメタ発言ね。

「……やっぱり気にしてるの、南夢子ちゃん? 別に私は良いと思うよ? 一部の単語の繰り返しとメタ発言が個性でも。
使いづらくてもさ、それが南夢子ちゃんなんだから」
「小奈美ちゃん……! 小奈美ちゃんならそう言ってくれると……ん? これって喜んでいいのかしら?」

ともかく、これ以上襲われないように今日は集団下校だ。
怪人でなくとも子供を攫う変質者は恐ろしい。都市伝説だってたくさんいる。
いざというとき一人だと何もできないんだから。





                   続く

543続々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/14(金) 23:06:15 ID:1lA8qsyE
 さて、治療室は忙しくなっていた
 原因は、只今行われている、X-No,0ことザンとのスペシャルマッチだ
 試合開始と同時にザンがステージの地上を海水で満たしてしまった為、それに対応しきれず溺れて気絶した者がどんどこと治療室に運ばれ続けているのだ
 更に、ザンが戦闘舞台に立ち並んでいたオフィスビルを派手に破壊した結果、初手の海水を逃れて潜んでいた者が烏賊足もしくはタコ足になぎ倒されて気絶したり、落ちて溺れたりで更に気絶者が増えた
 治療室には憐が撒き散らしてしまった治癒の力がこもった羽根が大量にあるとは言え、溺れた者に関してはきちんと処置をする必要がある

「……それを、こうしてパッパッと対応出来てんだから。やっぱり優秀なんだよな、あんた」
「はっはっは、もっと褒めても良いのだよ、我が助手よ」

 が、だ
 そうしてたいへんと忙しいさなか、「先生」は特に慌てた様子もなく、てきぱきと対処していっていた
 治療室のベッドに、どんどんと治療を終えた患者が寝かされていく
 灰人ももちろん手伝っているが、それにしても早い
 一人で数人分もの仕事をこなしていっている

「これ、私はそろそろ回復したし、邪魔になるかしら?」

 次々と患者が運ばれてくる様子に、瑞希がそう「先生」に問うた
 ある程度食べた為、動けるようにはなっている

「あぁ、いや。念の為、検査をしたい。治療はすでにすんでいるが、何かしら身体に問題がおきていては困るしね」
「特に問題はないと思うけれど……」
「自分ではそう思っていても、知らず知らずのうちに何か起きている、ということはあるものさ」

 手慣れた様子で治療していきながら、「先生」は瑞希にそう告げた
 ぼろぼろと問題発言をしている「先生」であるが、一応医者としてはしっかりしているし、優秀であるらしい

「に、しても。全くもってあの御仁は容赦がない事だ。一部「今回はこれは使わない」と言うような制限があるからこれですんでいるのであろうなぁ」
「そうね、ぜひとも戦いたかった………!」
「やめよう、ご婦人。あの御仁容赦ないのと烏賊足タコ足にご婦人のような女性が絡め取られたら青少年の何かが危ない」
「何言っているんですか、この医者」
「殴りたかったら殴って大丈夫だぞ」

 文のツッコミに、灰人がそう助言した
 助言と言って良いのかどうか不明だが、殴っても問題ないらしい
 灰人にとって「先生」は師匠のような存在であるはずであり、この扱いでいいのかと問われそうではあるが、少なくとも灰人はこの扱いを問題であると感じていないようであるし、「先生」も全く気にしていない

「……あれは、昔と変わっておらんね、本当に」
「?…貴方は、ザンの事を以前から知っているのですか?」
「まぁね。私は「薔薇十字団」所属だ。「組織」から逃げ回っていた頃のあの御仁とは何度も会っているよ」
「………貴方、年齢いくつなの」

 思わず、そう口に出す瑞希
 この「先生」とやら、外見年齢は20代半ばから後半程度に見える
 しかし、ザンが「組織」から逃げ回っていた頃、となると20年以上も前の話になる
 都市伝説関係者となると、幼少期からそれらに関わっていた可能性があるとはいえ、「薔薇十字団」所属でザンと接触していた、となればそれなりの年齢になるはずなのだ
 瑞希の言葉に、「先生」は楽しげに笑って

「さてね。見た目よりは爺のつもりであるよ」

 と、そう答えた


 ………ザンとのスペシャルマッチは、まだ、続いている

544続々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/14(金) 23:07:00 ID:1lA8qsyE

 ざざざざっ、とボロボロの漁船が「クイーン・アンズ・リベンジ」へと近づいていく
 ゴルディアン・ノットがそちらに視線を向けると、そこから黒と黒髭が飛び出し、「クイーン・アンズ・リベンジ」へと乗り込んできた

「何者かは知らんがよくやった、褒めてつかわす!これで、また大砲による攻撃が可能だ」

 黒は、ない胸をはりながらそうゴルディアン・ノットへと告げた
 彼女は、相手が何者であろうとも常にこの態度を崩さない
 そのせいで中学校の教師からは再三注意されているのだがお構いなしだ
 故に、この場においても初対面(実は初対面ではない可能性があるのはさておく)であるごルディアン・ノットに対してもこのような態度だった

「コの船の持チ主か……砲撃ガ、可能ナんだナ?」
「あぁ、そうだ。「大海賊 黒髭)と契約している外海と言う。無事な砲台があれば、可能だ」

 ザンの起こした爆発によって、大砲も何門か破壊されてしまっている
 流石に、40門もの大砲での一斉発射は流石に不可能だろう
 ……少なくとも、20門程度は無事なようであるが

「どうする、そっちの船に残るのか?」

 と、下の方から、声
 黒と黒髭をここまで運んだ栄が、良栄丸から声をかけたらしい
 「クイーン・アンズ・リベンジ」の周辺には、まだザンが呼び出した狂える船員の姿はないようで、良栄丸に救出された契約者逹もほっと息をついているようである

 今、この段階になってようやく
 少しは、参加者同士で話し合えそうではあるが

「…………」

 クラーケンを操り、飛びかかる「メガロドン」の攻撃をいなしながら
 ザンが、何かを探し始めていた





to be … ?

545ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/15(土) 22:20:29 ID:IaA3KFhI
            「私に近づかないで」
         


私の名前は迎(むかえ)。誰とでも仲良くできるように、来る者拒まずと付けられた名前。
私のお母さんは最高のお母さんだ。料理も上手だし、私をたくさん可愛がってくれる。
私のお母さんはモテモテだ。とっても美人だし、笑顔も素敵。誰にでも優しいので、男も女もみんな夢中。

……あ、そろそろ暗くなってきた? 早く家に帰らなきゃ。
幽霊やお化けと言えば真夜中のイメージがあるけれど、こういう夕暮れ時も怪異が出やすい時間帯なんだよね。
なんて言ったっけかな、こういうの。黄昏時、もそうだけど、もう一つの……

――ああ、そうだ。思い出した。

「逢魔ヶ時――」
逢魔ヶ時。魔に逢う時間。昼と夜の境があやふやになる、人と魔の境界が曖昧になる時間帯。
噂には聞いていたけれど、本当に出るんだね……。

……私は影のようなものに囲まれていた。噂に聞く逢魔時の影だろう。
影は私に近づいてくる。私を襲おうと近づいてくる。
こいつらはこう見えて触れるから、物理攻撃で倒せるらしい。
でも、触るとよくないことが起こるらしい。

うん、正直触りたくない。

「こっ……来ないでください!」
だから私は拒絶する。来る者拒む。えんがちょ。
だけど当然影に言葉が通じるわけもなく、近づいてくる。

けれど、影は私に触れない。
磁石のN極同士が反発しあうように。あるいはそこに壁でもあるかのように。
逢魔時の影は私に触ることができない。

「あ……あなた達みたいなわけのわからないものは好きじゃないんです……!」
私は来る者を拒む。怪しいものは、気味の悪いものは歓迎しない。
そうすれば私は侵されない。私の領域は侵されない。
私は悠々と、間を通り抜けて逃げられる。……向こうから避けてくれる。

「見つけ、ました。人ならざるもの……」
逢魔時の影をまいた私だが、背後に恐ろしい気配と、女性の声を感じ、思わず振り向く。
そこにいたのは半透明の女性。
幽霊――どころではなさそうな、そんな気配。別に、霊感に自信があるわけじゃないけれど。

「排除しなければ。人を守るために人外は排除しなければ。この地を守るために異物は撤去しなければ……」
「な……なんなんですか……! やめてください! 私は関係ない……近づかないで!」
「人ならざるものは排しましょう。全て、すべて、スベテ。余すことなく滅ぼしましょう――」

さっきの影が女性の周りに現れ蠢く。ああ、どうやら話は通じないらしい。
私も話し合う気はないけれど。私はただただ拒むだけ。

「あなた達は嫌い。嫌い嫌い嫌い! 近づかないで……!」
だけど、どれだけ出そうとさっきと同じ。逢魔時の影は私に触れない。

「いけない、イケナイ、いけません。滅ぼさなければ。排斥しなければ。これが駄目なら私が――」
半透明の女性は電撃を飛ばす。やっぱり、私を敵と認識しているらしい。私を倒すべきものと認識しているらしい。
どうして。私は何もしてないのに。

「来ないで……!」
だけど、その電撃は私を避ける。私は電撃も拒む。私が拒めば触れない。

「人ならざるものはあってはなりません。人の平和を侵す怪異は滅ぼさなければなりません」
今度は炎を飛ばしてくる。いわゆる鬼火だ。

「いや……! 火は嫌い! 私に関わらないで……!」
だけどやっぱり炎も私に触れられない。
私は鬼火だって拒絶する。私が拒めば触れない。

「これでも、駄目なのですね……。いけません、イケマセン。排除しなくては、殲滅しなくては――」
特殊攻撃は通じないと見たか。先程の攻撃の影響で崩れた瓦礫を浮かせる。
サイコキネシスまで使えるんだ――いや、当たり前か。幽霊にポルターガイストは付き物だ。

「私は悪くない……! 私は関係ない……! 私は人間! 関わらないで、近寄らないで! 痛いのも重いのも大嫌い!」
私に向かって全方位から、正確なコントロールで瓦礫が襲いくる。いや、正確かどうかはわからないけど。
まさに八方塞。全方位攻撃を、避けることなどできはしない。少なくとも私には。

……だけど、避けるのは私じゃない。全方位からの瓦礫は壁にでも阻まれたかのように弾かれる。
私に触れず止められる。……地面に落ちないのは、サイコキネシスの影響だろう。

私は嫌なものは受け入れない。近寄らないで、関わらないで。
私はまっすぐ進む。だって、そっちが私の帰り道。

546ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/15(土) 22:21:18 ID:IaA3KFhI
「何もかも弾かれます。やはり危険です。いけません、いけません。なりません。残らず排さなければ――」
半透明の女性は私に敵意を向けている。横を素通りしようとする私を、電撃を帯びた手で排除しようとする。
幽霊ならば自分の電気で痺れたりはしないだろう――別に、ゴーストタイプにでんきわざが無効ってわけじゃないけれど。

「都市伝説は、契約者は。人ならざる魔性は。全てすべて全てスベテ滅ぼさなければ。そうしなければ、人に明日は訪れない。この地の平和は守れない」
……ああ、そうか。
この人は私と同じなんだ。私はこの人と同じなんだ。

……そう、『怪異を受け入れない』という点で、この人と私は似通っている。
私の契約都市伝説、『吸血鬼は招かれないと入れない』。
吸血鬼の弱点、そのうちの一つ――とだけ契約した。『悪魔は歓迎されない場所に入れない』という伝承から派生した弱点。

「似ているけれど。親近感を覚えるけれど。出会い方が違えば仲良くなりたくなったかもしれないけれど。
だけどごめんなさい。私はあなたが嫌い。私はあなたを受け入れない。私はあなたを歓迎しない。
少なくとも、このあなたに私の敷居は跨がせない。だって――」

電撃を帯びた腕は。半透明の女性の身体は。壁に拒まれるように、磁石が反発するように。
私の身体を避けて通る。

「だって、自分に敵意を向ける人間を。自分を攻撃する人間を。好きになる人間がどこにいましょう。
少なくとも私は当てはまりません。私はあなたが嫌いです」

……これが、私の能力。『吸血鬼は招かれないと入れない』の拡大解釈。
『すべての怪異は、私が招かないと入れない』。私が迎え入れない怪異は、許可しない都市伝説は、何であっても私に干渉できない。
だから私は受け入れない。
迎なんて名付けられたけど――来る者拒まずと願われたけど。
私は来る者拒んで去る者追わない。私はこんなものに関わりたくない。

「逃がしません、逃がしません。排除します。すべて、スベテ――」
ああ、やっぱり追いかけてくる。だけど私は受け入れない。
怪異そのものも、不思議な力も、不思議な力の影響を受けたものも。

たとえ親近感を覚えても、私は敵対する怪異を受け入れない。
どうせ捕まることはないけれど、私は走って逃げよう。より、拒絶を強く伝えるために。
……やんわり断ろうと、激しく拒もうと、能力の効果に影響はないけれど。
結界能力――というより、フィルター能力。
『受け入れるか』『受け入れないか』の二者択一。
だけど、こんなことからは早くおさらばしたいでしょう?

あれから、どれだけ逃げたか。どれだけ攻撃を拒んだか。
辺りはすっかり暗くなっていた。もう、あの女性は追ってこなかった。
ああ、よかった。だけど、そろそろ夕ご飯かしら。
今日は焼きそばが食べたいな。

……そしてタイミングよく、家に着いた。

547ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/15(土) 22:21:53 ID:IaA3KFhI

「ただいま」
私はドアを開ける。

「お帰りなさいまし、迎ちゃん。ええ、もう大丈夫ですわ――」
と、お母さんが私を迎え入れ、そしてぎゅっと抱きしめる。
あったかい。

「怖かったですわよね……もう大丈夫ですわ。安心して?」
……そう、正直怖かった。私はお化けが大嫌いなんだ。
だからこんな都市伝説と契約した――こんな能力を手に入れた。
だけど、お母さんに抱きしめられるとそんな気持ちも薄れてくる。体の震えも止まってくる。

……止まったからって、お母さんはすぐには離さない。
私はお母さんの温もりを感じる。感じて、感じて、ひとしきり満足すると……。

「さぁ、もうしばらくしたら御飯ですわよ。ご飯の前は手を洗ってね?」
そのタイミングで、私を離す。
やっぱりお母さんは理想のお母さんだ。
私の心も、してほしいことも、手に取るようにわかるみたいに。
私はお母さんが大好きだ。

「……うん。ありがとう。私は上に行く……から。できたら呼んでね?」
「ええ、もちろん。……そうそう、今日は焼きそばですわよ」
……お母さんは本当に理想のお母さんだ。
私が食べたいと思ったものが必ず出てくる。カレーを食べたいと思えばカレーが。スパゲティを食べたいと思えばスパゲティが。
私はお母さんが大好きだ。

……だけど、私はそんなお母さんがちょっぴり怖い。
私の理想のお母さん。だけど、隣の人には理想の隣人に見えるらしい。
クラスメイトには理想のお姉さん――年上の女性に見えるらしい。
先生は理想の保護者と言ってたし、お母さんの友達に、お母さんを悪く言う人は一人もいない。
……妬ましい、が口癖の人も、良く聞くとお母さんの悪口は全然言ってない。
どころか知らない人でさえ、お母さんを嫌うことがない。

……お母さんは誰からも愛されてる。誰からも理想的に思われてる。私はそこが恐ろしい。
だって――だって。誰にとっても理想的な八方美人で。それでいて嫌われないなんて。
まるで――人の理想を演じてるみたいじゃない。
『いいお母さん』を、『きれいなお姉さん』を、『良き隣人』を、『好ましい保護者』を、
『親愛なる友人』を、『好感を持てる他人』を。完璧に演じてるだけで――本当のお母さんがないみたいじゃない。
お母さんはプロの俳優だ。テレビで見るたび、劇場で見るたび、雰囲気が全然違って見える。
普段の生活さえ、その延長なんじゃないか――って、ちょっぴり思ってしまう。怖くなってしまう。

……私の名前は形桐迎。お母さんは形桐飾。
理想的だけど、理想的すぎる。優しくて怖いお母さん。


                       続く

548飢えた子の為に  ◆nBXmJajMvU:2016/10/16(日) 17:37:21 ID:8VsKja/g
 スーパーの中を、買い物籠抱えて歩き回るミハエル
 愛らしい西洋の少年な容姿を利用し、オマケしてもらう為に商店街で買い物する事が多いミハエルだが、どうしても商店街では揃わない物を買うためにスーパーに入ることだってある
 そのミハエルの傍には、いつものようにファザー・タイムが付き添っていた
 ファザー・タイムとしては、自分が買い物籠を持ってやりたいのだが、残念ながらそれを実行した場合、籠がひとりでに浮いていると言う怪奇現象として一般人の目には映ってしまう
 その気になれば人間の目に見える状態となる事もできるが、自分の外見でそれをやっても不審がられるだけだろう、とファザータイムは考えていた
 自分の姿が、今の時代に即していない事はよくわかっている

 ……そして
 今日、こうやって外を歩いているのは、買い物のためだけではない

「話があるそうだな」
「や、悪いね。直接会って話したほうがいいかって思ってさ」

 す、と
 さり気なく近づいてきた黒髪の少年……黄に対して、ミハエルはにっこり、笑いかけた
 周囲からは、たまたま友達同士がスーパーで遭遇した、程度にしか見えないように装う
 何か、非現実的な話をしていたとしても、ゲームや漫画の話だと周囲は勘違いすることだろう
 このあたりは、子供の利点と言えるのかもしれない

「「大きな獲物」についてなんだけどさ………その中で、「餌」にしてもいいのっているかな?」
「餌?」
「そう。お腹空かせちゃってる子がいるから」

 ミハエルのその言葉に、黄はすぐに察した
 「人間を食べる存在」が、あの御方の配下の中にいるのだろう、と
 中には、人間を食べなければ死んでしまう存在とて、都市伝説の中にはいるのだ
 あの御方の配下にそう言った存在がいたとしても、おかしくはない
 以前にミハエルから聞いた話からすると「皓夜」とやらの事なのだろう

「…飢餓が進んでいるのか?」
「うん。ある程度、確保はしているつもりだけど………足りないみたい。この学校町でボクらが合流するまで、うまく食べてこれなかったみたいでさ。その分、足りてないんだと思う」
「……今のままでは、能力を全て発揮できぬし。そう遠くない未来、飢餓で命を落とすことになる」

 こそり、ファザータイムが付け加える
 死神であるファザータイムが言うのだから、餓死の危険性に関しては間違いない

「…なるほど。その腹をすかせている者は。あの御方の配下の中では重要な存在か?」
「うん。そうだよ。あの御方が「死なせないように」って言ってたんだから」

 いつ頃から、皓夜があの御方の配下となったのかは、ミハエルとファザータイムも知らない
 ただ、自分達よりも前からあの御方の配下だった、と言うことだけは把握している
 そして、あの御方は言ったのだ
 「皓夜を死なせてはならない」、と
 だから、皓夜を死なせる訳にはいかない
 その為に「餌」がいる

「そっちの上位メンバーの能力も、新たにわかった事あったら、出来る限り教えてよ。厄介な奴はヴィットに閉じ込めてもらうから」
「閉じ込める?」
「あぁ………仲間の能力で。一人だけ、と言う限定はあるが。閉じ込めて無力化できる。閉じ込められている間は、都市伝説能力も使えない」
「あの御方がいれば、誘惑してもらっておしまいだけど……」
「……まだ見つからないまま、か」

 あの御方さえ見つかれば、「凍り付いた碧」のメンバーを全員、こちら側に引き込む事もできる


 だが、まだだ
 未だに、あの御方は見つからない


(ヴィットリオの能力では、一人を無力化するのが限界。「凍り付いた碧」の上位の者を全て捕らえるのは無理、か……だが、一人でも確保できれば、上々なのやかもしれんな)

 もっとも、まだ慎重に動くべきだ
 皓夜の飢えを凌ぐ事

 それが最重要課題であると、彼らはそう認識していた



 ……近々、鬼の飢餓は、ほんの少し、解消される事となるのだろう




to be … ?

549スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/17(月) 21:47:26 ID:6gtR5bQg
半壊した海賊船"クイーン・アンズ・リベンジ"の元に集まった参加者達
今回のスペシャルマッチの条件が1対多の戦いであることを考えると
これは貴重な機会である。そう判断したのだろうか、栄に返答する外海を
半ば押しのけるようにしてゴルディアン・ノットが甲板から下へ顔を覗かせる

「おい、少シ聞きたいのダガ」

突然出てきた黒い逆三角(▼)の覆面男(?)に参加者達が思わず沈黙する
彼らの驚き、あるいは困惑をよそにゴルディアン・ノットは言葉を重ねた

「あのザンという男に一撃入レル自信があル奴ハいルか?」
「それは、どういう意味だ?」

困惑する彼らを代表して良永栄が意図を尋ね返すと
ゴルディアン・ノットは乾いた物が擦れるような声で説明を始める

「見たとこロあの男、遠距離かラの攻撃ハほボ無力化シてシまうラシい
 役割を分けルベきダロう。あの男に攻撃スル者と、デカブツを抑えル者とダ」
「そういうことか……」
「今ここに集まっていル者達にも戦闘のやり方デ向き不向きがあルハズダ
 俺ハ近接戦闘もデきルガ、本気デやルなラデカブツの方ガ相手シ易いかラな」
「何か手があるのか?」
「切ル手札くラいハ当然持っていルとも。ソレデ、お前達ハドうなんダ?」



参加者達が集まってザンを倒す手立てを考え始めた頃
メガロドンとザンが操るクラーケンの戦いに変化があった

「……ん?」

モニターを見ている者にはザンが唐突に何もない水面を注視したように見えた
その下にクラゲ型クラーケンが潜んでいることを知っているのは
指令を出したザンのみ。仮に途中で誰かが気がついたとしても水中だ
そう簡単に手が出せるものではない……そのはずだったのだが

550スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/17(月) 21:48:32 ID:6gtR5bQg
クラゲ型クラーケンから伝わってきた意思は「攻撃を受けた」と「とても疲れた」だ
疲れたと訴えるほど攻撃に抵抗したのだとすれば、流石に気づかないのはおかしい

(つまり……攻撃を受けた結果、疲労させられたか?)

抵抗を指示するが、思ったように動けず攻撃を受け続けているらしい
その結果どんどん疲労が酷く……動きが悪くなっていく悪循環に陥っている
これ以上は隠れていても無意味と判断し、ザンは一度クラゲ型を浮上させることにした
ゆっくりと水面上に顔を出したクラゲ型クラーケン……その頭の上に、誰かいる

「ぷはぁ……ん〜、やっぱり空気があるってステキっ」

水に濡れて体に張りつく金色の髪をかきあげながら
黒いマイクロビキニで豊満な肢体を申し訳程度に隠した美女が立ち上がる
しばらくキョロキョロ周囲を見回したかと思うと

「イエ〜イ!在処ちゃん見てるぅー?お姉さんが帰ってきたゾ☆」

唐突にカメラ目線でダブルピースをしながら謎のアピールを行った
さらにウインクをした瞬間に何故か彼女の周囲でピンク色のハートマークも飛んだ
モニターの向こうで一部の人々が困惑と混乱の渦に飲み込まれたのとは対照的に
ザンは内心のアレコレに蓋をして冷静にタコ型クラーケンに攻撃を指示する
ふざけた格好と態度だがクラゲ型を疲弊させたと思われる相手を放っておく理由もない

「うわっとと?!……もう、女性にはもっと優しくしなきゃダメよ?」

タコ型の触手による薙ぎ払いに対して、彼女は空中に逃げた
コウモリのような黒い羽に赤く輝き始めた瞳。そして攻撃により引き起こされた事象
ザンが脳内で彼女の都市伝説の正体を絞り込む。恐らく――

「まったく!おイタをする子にはお姉さんがお仕置きしちゃうよ!」

ヒラリヒラリと触手を避けながら、ついにタコ型の上に降り立ちしゃがむ女性
例の攻撃が来るとタコ型に振り落とすよう指示を出し

「なに?」

一瞬。本当にわずかな時間、驚きでザンの意識に空白ができる
想定とは違った攻撃方法、そんなこともできるのかという思考の逸れ
本来なら特に問題なかったはずのそれは、エネルギーを充填した直後の
彼女にとって千載一遇のチャンスであり……結果、彼女はやり遂げた

「きたきたきたぁ!これはもう在処ちゃんの評価うなぎのぼり待ったなしでしょ☆」

タコ型クラーケンの体表にいくつものハートマークが浮かぶ
予想外なことにタコ型クラーケンの支配権が彼女に奪われていた
彼女への警戒レベルを引き上げながら、ザンは面白そうに笑みを浮かべた

                                             【続】

551続々々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/17(月) 22:56:40 ID:71xyWEJI
 ゴルディアン・ノットの問いかけに……少し悩んだのは、栄
 その様子に、クラーケンがビルを薙ぎ倒した際に落下し、良栄丸に救出されていた蛇城が気づいた

「できそうな者に心当たりが?」
「…あぁ、いや。俺の知らない奴だから断言は出来ない。ただ、「ずっと攻撃機会を狙っている」奴がいる事は、把握している」

 この試合が始まってすぐ、ほんの一瞬だけ良栄丸に乗り込んできた存在
 足場がほしい、とそう言ってきた相手の条件を飲んだ結果、今、「メガロドン」が複数出没していると言ってもいい

「……そういえば。かなりの速度で動き回っている影がちらほら見えましたね」
「確かに、視界の済をちラほラと黒いものガ横切ってハいたな……」
「忍者みたいな格好していたから、ようはそういう都市伝説なんだとは思うが。しっかりとどんな能力かは聞いていない。この感じだと、気配遮断やスピード強化とかそういうったもんだとは思うんだが」

 今のところ、接近しきれていないようではある
 烏賊やタコの触手の合間を掻い潜れていないのだろう

「烏賊やタコを抑えるんなら、「メガロドン」……と言いたいんだが、現状防がれてんだよなぁ。ビルに潜って不意打ち、もやっているはずなんだが。それでも駄目か」
「クラーケンの攻撃を引きつけてくれているだけありがたいと思うべきか。しかし、あの男。どれだけのクラーケンを呼び出せるのだ」

 ちらり、ザンの様子を見ながら黒がそう呟いた
 烏賊型とタコ型のクラーケン。それに加えて、水中にも何やら、いる
 生半可な契約者であれば、一体の召喚使役が精一杯だろうところだが、「マリー・セレスト号事件」に飲まれたザンはザンは、その都市伝説のうちの「クラーケン説」だけで、三体同時召喚使役等やってみせるのだから、規格外だ

「クラーケンにゃ、ドラゴンみてぇな姿やら、シーサーペントみてぇな姿やら説がたくさんあっからな……エビやらザリガニやらの甲殻類の姿で描かれた事もある。そこら辺まで召喚して操れたりしたら、流石にこっちの手が足りなくなるぜ」
「流石に、そこまでの数の同時使役はないだろう………ないよな?」
「途中から気弱になんなよ、マスター………大砲は、やっぱせいぜい使えて20門だな。爆発でだいぶやられた」

 さすが本来は海の男と言うべきか、黒髭はクラーケンに関する知識もある
 ……あったとしても、絶望に傾く情報が増えるだけに終わったが
 一応、警戒すべき事が増えたと思えば良いのだろうか

「そちラの女性ハ?一撃、当てラレルか?」
「…口惜しい事ですが、難しいですね。何度も狙撃を試みましたが、クラーケンによって防がれました」

 昔と違い、サングラスとマスクは外すようになったものの、相変わらず口裂け女と誤解されそうな赤いコート姿の蛇城が答えた
 にょろり、胸元からは「白い蛇」が顔を出し、ちろちろと舌を動かしている
 この「白い蛇」の力で多少は水を操れるものの、残念ながらこの大漁の海水をどうにかできるか、と言うと別問題である


 そして、彼らがそうして話し合っている間に、再び戦況は動き出す
 サキュバスの出現と共に

552続々々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/17(月) 22:58:14 ID:71xyWEJI



「神子さん、視界を塞がれますと、試合状況が見えないのですが。お母さんの名前が呼ばれた気がしますし」
「うん、何ていうかね。龍哉には見せちゃいけないものが映ってる気がしてね。ワタシ的にはあぁ言うのも見たほうがいいと思うんだけど、後で蛇城さん辺りがうるさそう」
「蛇城さん参加してるしなー。ザンじゃなくてサキュバス狙撃しなけりゃいいんだけど」
「そうねー。とりあえず直斗、サキュバスの姿写メとるのやめなさい」

 神子の言葉に、直斗はっち、と小さく舌打ちした
 まぁいい。恐らく、晃辺りがちゃんとムービーで撮ってくれていると信じよう

「タコの支配権奪われたのか、あれは………っと?」

 画面越しに、ニヤリと笑うザンの表情を見て
 あぁ、まだ呼んでない奴呼ぶ気だな、と直斗は感づいた


 影がさした
 自分の頭上に、何かが出現したのだ、とサキュバスは気づく
 先程から、烏賊型クラーケンに迎撃されまくっているメガロドンが飛んできたわけではない。何か、別の……

「……!?」

 ぐわっ!!と
 サキュバスの頭上に出現したそれを見て、サキュバスがまず抱いた感情は

「グロッ!?」

 耐えきれずに、思わず口に出してしまった
 そう、グロい
 あえて言うなら、短めの触手がびっしりと生えているような、そんなものが……サキュバスに向かって、落ちてきている
 慌てて避けようとするのだが、そのクラーケン並の大きさのものが落ちてくるとなると、回避は非常に困難であり
 サキュバスに操られているタコ型クラーケンが慌てて撃退しようとしたのだが、触手を絡みつかせて引っ張ろうにも、同程度のパワーのものに落下の勢いが加わっている訳で……

 サキュバスの頭上に召喚された、ヒトデ型クラーケンは、そのまま容赦なくサキュバスへと襲いかかった


 あのヒトデ型まで呼ぶのは久しぶりだ
 疲れているクラゲ型はしばらく休ませるとして、烏賊型だけだと少し防御に不安があるか

「……そうなると、他にも呼ぶべきだな」

 そう呟くザンの後方から、ビルの残骸から飛び出してきた「メガロドン」が襲いかかる
 その巨大な牙はザンへと………届かない

 メガロドンのその巨体が、叩き落される
 ごぅんっ、と腕を振り上げた、それは。これまで召喚されてきたクラーケンと同程度の大きさの…………ザリガニ型クラーケンだった




to be … ?

553 ◆HdHJ3cJJ7Q:2016/10/18(火) 01:04:24 ID:izY9HYqA

戦技披露会。
組織のX-No.0であるザンVSその他大勢というむちゃくちゃなスペシャルマッチ。
開始早々に水没したビル街と化した会場ではそれぞれが自分の能力を活かして動いていた。
その中で主に救助を行っている良栄丸、そのぼろぼろの船の操舵室の屋根の上にY-No.660、黒服Yは立っていた。
見た目はどこにでもいる普通の黒服であるが、目立つ所を上げるとすれば、背中に1.5mほどの巨大なライフルを背負っていることか。
髪も服もびしょ濡れの状態ではあったが、特に戦闘に支障はないようだ。
人差し指と親指を立て銃の形にし、ザンをいる方向へ向けると。

「アーマーショット(徹甲弾)、装填」

手の横の空中に黒色の弾丸が現れる。
まるで、そこに見えないリボルバー式拳銃があるかのように、6発ずつ円形に計12発が浮いている。

「発射」

宙に浮いていた銃弾は左右に別れて弓なりの軌道を描いてザンへと飛んでいく。
しかし隙間を狙ったにも関わらず、クラーケンの触手の滑らかな動作によって全て防がれてしまう。
的に対して弾が小さ過ぎるのか、ほとんどダメージも通ってはいないようだ。
黒服Yは新しく弾丸を作り出してはあらゆる角度、さまざまな軌道を取って発射するものの、その全てはクラーケンに防がれてしまう。
撃ちながら反応を観察し、次はどう撃てばよいのか考えていく。
タコ型のクラーケンはおそらく攻撃用で、接近してきた者を薙ぎ払うべく動いている。
イカ型はおそらく防御用、頻繁には攻撃せずに守りを固めているようだ。
威嚇するかのようにゆらゆらさせている触手が、魔弾を防いだ時と同様にたまに位置を変えていることから、他にも遠くからの攻撃を受けていることが窺える。
1対多数という状況で、クラーケン2体を使役して防御を固めたうえで攻撃までしている。

「……うん。無理だね」

そう言いつつも今度は背負っていたライフルを手に取り構えた。
銃口からは黒い霧のようなものが溢れている。

「よーし、ちょうどチャージ完了したぞ」

守りが固いなら、守りを崩せるほどの一撃を。
脚を前後に開き反動に備える。
ストックを肩に当て、慎重に狙いを定める。
衝撃に負けぬようにしっかりと脚を踏ん張る。
通用するかどうか分からないなら、とりあえず今撃てる最大出力で。

「行け、ブラックジャベリン!」

発射の反動で肩が軋む。
風が唸りをあげて吹き抜ける。
放たれた魔弾は一直線にクラーケンへと突き進む。
そして触手に突き刺さると肉を抉りとるように蹂躙し、大砲で撃たれたかのような大穴を開けた。

続く

554スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/18(火) 02:06:19 ID:vg/Bw8rc
支配権を奪われたタコ型に代わってザリガニ型が投入されたため
依然としてメガロドンはクラーケン二体を突破することができずにいた
ザンはチラリとタコ型に絡みつかれるヒトデ型を見たものの
すぐメガロドンの契約者を探すべく目線を外した

(あそこまでやれる奴がこの程度で終わらないのは分かりきったことだしな)

気絶でもして支配権を手放してくれればそれに越したことはないが、本命は時間稼ぎだ
ヒトデ型はさっそく例の攻撃……エナジードレインを受け始めている
そこまでは予想の範疇だ。巨大なクラーケンが疲弊し切るまで生命力を奪うのに
どれだけ時間がかかるかはクラゲ型が攻撃された時の状況を元に推測できる
さらにクラーケン一体分を平らげられたところでこちらにそれほど影響はない
だがこの間にメガロドンをなんとかできれば状況は大きくこちらに傾くだろう
そう考えるザンの目の前で烏賊型の触手が一つ、穿たれた


一方、良栄丸とクイーン・アンズ・リベンジに集まった参加者達は
依然としてザンとクラーケンに対抗する有効な手段を見出せずにいた
主戦場となっているザンの周囲でなにやらクラーケンがやられたり
逆に増えたりといった動きはあったが、状況が良くなったとも言い難い

「この海水が無ければやりようはありそうですが……」
「そうは言ってもなぁ」

この状況に適応できる能力者ではいまいち攻めきれていないのが現状だ
蛇城が言うように海水が無ければ取れる手が増えるとは栄も思っている
しかしそれで勝てるかも分からないし、そもそも海水をどうにかする手段がない
さらに言えば海水を一旦どうにかしてもまた水没させられる可能性が高い
どう考えても八方塞がりだろう……そう思っていると

555スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/18(火) 02:06:53 ID:vg/Bw8rc
「要スルに足場ガ必要なのダロう?」
「確かにそういう話だが、もしやできるのか?」

覆面の男の発言に黒が聞き返す。確かに彼の能力はどうやら布や縄を操作できるらしい
それならば一時的に足場を組むこともできるだろうが……少し心許ないのが正直なところだ

「手札を切レバ、10分ダけ足場を作ルことガデきル」
「10分だけか」
「ああ。暴走サセないためにもソレガ限界ダ」
「ちなみになにをするつもりか聞かせてくれるか?」
「水面上に布と縄を張リ巡ラセ足場を編む。修復も随時可能ダ」
「ふむ……範囲はどうだ」
「街一つやレないことハないガ、負担ガ大きい。会場の端まデハ勘弁シてくレ」
「待て待て待て」

今こいつはなんと言った。街一つを布と縄で覆えるということか
10分だけだとしても、地形を変えるという点ではザンと似たようなことができると

「お前それ、本当か?」
「このゴルディアン・ノット。この場デ出来ないことを言うほド、阿呆デハないつもリダガ」
「船一つ覆い包む奴が切札を使うと言うんだ。それくらいは出来てもおかしくはないだろう」
「ああ、切レと言うなラスグにデもやレルゾ。一度切レバ試合中ハもう使えんガ」

栄は今更ながら知った覆面男の名前も含めてどうしても怪しく思わざるをえなかったが
黒のほうはクイーン・アンズ・リベンジの一件もありこの話に信憑性があると感じていた
有効な手段は未だ見つからず、しかし議論は着実に進展していた――

                                                   【続】

556スペシャルマッチとゴスロリ少女 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/18(火) 23:04:53 ID:xBYkdMHg
「あれと戦ったら、面白そうかなと思って」
 澪の言葉に素早く反応したのはキラ。
「澪もそう思う!?あたしも行きたーい!」
「だめよ同士桃。あなたもう負けたでしょ」
「あーあー。あそこで食らうなんて。やっぱり体術もやっとけばよかったかなー」
「まあまあ、勝負なんか時の運なんだから」
 キラを宥める柳に便乗して、ノイも言い切る。
「うん。一生懸命戦ってるキラ、カッコ良かったよ!それで十分じゃない?」
「ノイさん…」
 ちょっぴりうるうるするキラの頭上に、不意に黒い影が現れ…落下する。

 ひゅる…どしーん!!

 わずかな風切り音と共に落下してきた少女は、キラの頭上にものの見事に衝突した。

「…!き、キラ!?」
「キラっ!」
 黒い影の衝突で一発KO、気絶したキラに、隠れシスコンの真降と親友の澪が駆け寄る。
 黒い影の正体は少女。年の頃なら7〜8歳程度の、白いフリルいっぱいのブラウスに、タックと共布フリルがたっぷり施された白いジャンパースカート。
 肩ぐらいまでのピンク色の髪には赤い薔薇が両端にあしらわれた、レースたっぷりのやはり白いヘッドドレス。所謂白ロリといった格好だ。
「…まほろ?」
 ノイの口から、学校町から姿を消した親友の名がぽろりとこぼれる。
「あたしは、ひかりよ」
「ひかり?それがあなたの名前?」
 少女は頷き、一通の手紙を出すと、ノイに向かって差し出した。
「これ読んでね」
 はてなマークが飛び交う一同を余所に、「ひかり」が両手を天に差し上げる。
 その手の中に、少女の身の丈以上の長さの、無骨だがそれ故に美しい、銀の槍が現れた。
「アカシックレコードに接続…データロード完了!よしっ!」
 そしてひかりは、一同に向かってばいばいと手を振った。
「じゃーあたし、あのザンって人と戦ってくるから、そのキラって子、救護室に運んであげなよ。じゃーまたあとでね!」
「ちょっと待って、あなた一人じゃ危ない!」
「澪ちゃん、僕も行くよ、水上戦なら足場がいるだろう?」
 慌てて澪と真降がひかりの後を追う。
 残されたノイたちがひかりに渡された封筒を開けると、ひらりと落ちたのは一枚の便せん。

『ボクのムスメのひかりを、学校町で修行させたいのですよ。よろしくですよ。 幻』
「幻…!」
「ああもう分かってたよ。こういう手紙書く子だっていうのは、つくづくわかってた…でも。帰ってきてくれたんだね」

557スペシャルマッチとゴスロリ少女 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/18(火) 23:05:54 ID:xBYkdMHg
 ノイは感激しきり、柳は文句は言いつつも、内心ではノイの親友が戻ってきたこと、ノイが喜んでいることを喜んではいた。
「じゃ、俺たち、こいつを救護室へ運んできます」

 「場所ちょっと貸してね?」
 クイーン・アンズ・リベンジの舳先にちょこんと陣取ったひかりは、お辞儀をした。
 他の選手たちは不審顔。いくら契約者とは言え、こんな年端も行かない子どもが戦えるものなのか?
「わー!ロブスターだー!」
 ザリガニ型クラーケンを見たひかりは歓声を上げ、手鏡を取り出した。
 「アルキメデスの鏡」この都市伝説との契約で、ひかりは鏡さえあれば、光と熱を自在に操ることが出来る。
 手鏡の照準をザリガニ型クラーケンに合わせようとするが…
「あーもう!あっちこっち動いて、ねらいがさだめられない!」
 気がついたら、フィールド内の水がちょっとした温泉くらいの温度になっていた。
「こうなったら、水温をもっともっと上げて、みんなゆでちゃえば…!」
「参加者で溺れている奴もいるんだ。やめてやれ」
 他の参加者が止めに入ったその時。
「ひかりちゃん、大丈夫?」
「全く、いきなり水の温度が上がるから、氷が溶けて溺れるところだったよ」
 凍らせた水を足場にして、澪と真降がクイーン・アンズ・リベンジにたどり着いた。
「さっ、どうする?澪おねえちゃま、真降おにいちゃま?」
「あれ?ひかりちゃん、なんで…」
「あたしたちの名前を知っているの?」
 問われたひかりは手にした自らの銀の槍を、さも大事そうに抱きしめた。

「アカシックレコード、だよ」



続く?

558はないちもんめ:2016/10/18(火) 23:35:55 ID:.o3.YA2g
「K-No.0ともあろう者が情けない…」
「それは自虐でしょうか?K-No.02」

宙に浮くマネキンと希が見下ろすそれは巨大な烏賊型クラーケンの足に絡め取られているK-No.0 影守である。

「返す言葉もない…」
「そんなんだから教え子にも舐められてんのよ、アンタは、私の契約者なんだからもっとしっかりと……」
「これで愛想尽かさないのだからK-No.02も大概底抜けの阿保かお人好しかと」
「最近アンタ等私に対してキツくない?」
「いえ、人形と人形使いと言う立場上別に逆らえない鬱憤を晴らしているとかそういうことはございませんよ?」
「ええ、何がメイド服だよもっとマシな服着せろやボケとか思っていても口にはしませんよ?」
「してる、今めっちゃ口にしてるよ!?」
「「「何のことやら」」」

マネキン一同の言葉に希は宙に浮いたまま膝を抱える。

「覚えてなさい、この模擬戦終わったら辱めてやる」
「格下の煽りで逆ギレとか小物臭が半端ないですよ」
「もう少し心にゆとりを持ちましょう」
「余裕の無い女性はモテませんよ?」
「同年代のK-No.1(望)やK-No.2(在処)が旦那は愚か子供までいるのに1人独り身で焦るのは分かりますが」
「あんた等マジで覚えてろよ!?」
「いっそ誰か紹介して貰えばどうでしょう?」
「どこの馬の骨ともわからん輩に希はやれんぞ」
「………親の過保護も嫁き遅れの原因でしたか」
「いや、別に紹介とかされても…」
「そもそも未だに初恋拗らせて引きずってる時点で負け組ですよね、先に進める筈無いですよね」
「相手が結婚どころか子供までいるのに未だに引きずるのは流石にどうかと」
「いやしかし義娘兼契約都市伝説として手元に置いたK-No.0も悪いかと」
「その辺りどうなんです?」
「答え辛いわ!」

まぁ確かに聞かれても答え辛い。
あの頃のゴタゴタとか美緒との関係とか一言では説明しにくいし。

「てかさっさとこれ解いて戦線に復帰するぞ!」
「私達に捨て身同然の戦いさせておいて失敗とかしばらくやる気になれません」
「「なれません」」
「仕方ないわね……」

先程まで膝を抱えていた希がゆらりと立ち上がる。
顔は笑っているがその目は笑っていない。

「影守…しばらくそこでぶら下がってなさい………ちょっと私は八つ当た……X-No.0ぶっ飛ばしてくるから」
「えーと…希?」
「自立させてたバラバラキューピーの制御権全部私に戻して強制操作、そのまま全機時限自爆装置起動!」
「「「「「「「「ちょっ!?」」」」」」」」
「目標X-No.0、全機まとめて突っ込みなさい?」
「強制特攻とかそれが人のやる事でしょうか!?」
「残念ね、私人じゃ無いもの」
「これが初恋拗らせた恋愛敗者の闇ですか…」
「いいからとっとと行けや」
「「「「この鬼!悪魔!喪女!」」」」

そんな叫びと共にマネキン達はザンへと突撃し、大きくな爆炎が上がった…

続く?

559T ◆mGG62PYCNk:2016/10/19(水) 21:42:54 ID:svqqfaIE

 合同戦技披露会の会場を歩き回っていた舞は、知った顔を見て挨拶をしに行った。
「黒服Dさん。それにはないちもんめの嬢ちゃん。お久しぶり」
 気付いた二人は舞を見て一瞬目を細め、それぞれ納得したように頷いた。
「ええ、久しぶりね」
「お久しぶりです」
「いやぁ、将門サンに酌でもしてやろうと思って行ったら本人居なくてさ、
ごみごみしてるとこ行っても疲れるからVIP席に誰か知り合いいねえかなって歩いてたらいい感じに寛いでるの見つけちまった」
 舞は手に持った酒を置いて二人の傍に立つと、少女が確認するように口を開いた。
「あなた、半分ここに居ないわね?」
 はないちもんめの契約者、望の言葉に舞は頷き、
「まあ、いざという時に俺たちの意思でここから抜け出せるように、な。別の異界が体に干渉してるんだ。自衛自衛。
 それより、さっきのX-No.0の戦闘、凄かったな! リアル怪獣映画だぜ!」
 そう言うと、舞は二人とこれまでの試合について軽く意見を交換した。
 あらかた話した上で、舞は懐かしむように目を細め。
「今回の参加者にもけっこういるっぽいけど、学校町の契約者って今もかなり居るんだろ?」
「私達が外見年齢相応だった時と比べるとあまり変わらないか、少し少ないくらいよ」
「ってことはかなり異常だな」
 苦笑が漏れる。
「それでもなんとかしていくわ」
「おお! 立場がある奴のそういう言葉はかっこいいぜ」
 手を打ち鳴らして応えた舞は、「しっかし……」と二人に視線をやる。
「Dさん、その絵面けっこう犯罪ちっくだな」
「恥ずることのない夫婦のワンシーンよ。ねえ、大樹さん?」
 当の本人は観戦用のモニターを見つめている。試合はまだ始まっていないのにだ。
 舞としてはからかってやろうかと思ったが、それより先に望が言う。
「今更ナンバーで大樹さんを呼ぶのってどうなの?」
「出会い時点でそれだったからなあ、今更ってのもある。それに、俺たちにとってDさんのDは≪組織≫でいう№のDとはまた違う意味あいがあるからなあ」
 望が「そうなの」と頷き、大樹がスクリーンこら目を移した。
「舞さん、そのお酒は?」
 舞は嬉しそうに瓶を振る。
「ここに来る前にフィラちゃんに頼んでVIP席進入許可のお礼に行ったらヘンリエッタ嬢ちゃんが逆にくれたワイン。なんと本物の≪悪魔の蔵≫の代物だそうだぜ」
 美味し過ぎて盗み飲みが多発したためにそれを防ぐ意味を込めて流れた悪魔の蔵の噂があるが、本物ということは、本当に悪魔がいる蔵から持ってきたのだろう。
「≪組織≫の備品でないことを祈りたいわね」
「あの方でしたら大丈夫なはず……です」
 大樹は相変わらず胃がキツそうだ。その不憫な姿に郷愁じみた親愛を舞は感じる。
「しっかし、文字通り尻にしかれちゃってるね、Dさん」
 望は大樹の足に収まっている。犯罪的な画とは言ったが、これはこれで微笑ましい。
 大樹はこほん、と咳払いし、
「一応、仕事もしておりますのでご容赦を」
「いや休めよ」
 思わずツッコミをいれるが彼は聞かないだろう。それは望の顔を見ればよく分かる。
 これは彼の不治の病なのだと思いながら、舞はこの二人にも縁が深い契約者が試合に出ていた話を蒸し返す。
「そういえばさ、チャラい兄ちゃん――いや、翼さん、か。あいつの娘大きくなったよな」
「ええ、時間は過ぎていきますね」
 大樹が感慨深く頷く。

560T ◆mGG62PYCNk:2016/10/19(水) 21:46:24 ID:svqqfaIE
「始めはあの兄ちゃんが産んだんじゃないかと思ったもんだ……」
「ああ、≪801穴≫との契約が一部界隈で疑われてたみたいね」
「そんな騒ぎも、もう十年以上前なんだもんなあ」
 舞も深く時間を噛みしめる。
 普段はあちこちを転々としては≪マヨヒガ≫に迷い込んだ者の相手や問題の解決などを行っているものだが、
後進の本格的な育成なんてものに手を出してみるのも面白いかもしれない。
「舞さんは今日はお一人ですか?」
 大樹の問いにいや、と舞は手を振る。
「元T№1と0。それに昔≪首塚≫に居たモニカって子と、その契約都市伝説の≪テンプル騎士団≫が来てるよ。
フィラちゃんは≪首塚≫の本島に行って昔の仲間と話してるんじゃねえかな」
 言っていると、妙齢の女と初老の男がやって来た。
「ここに居たか、舞」
「やあ、いろいろ買って来たよ」
 元T№の1と0。高坂千勢と高部徹心は、二人揃って大量の袋を持っていた。
 徹心は隻腕に≪夢の国≫のロゴが入ったものをいくつも下げている、千勢も同じ物を持っていたが、それ以外にテキ屋の屋台で買ったかのようなビニール袋があった。
「ああ、ちょっと面白そうな屋台を見つけてな、ちょいと買ってきた」
 指差す先にあるのはどう見ても死人が働いている屋台だ。手を振ってきているが、その動きで肉が剥がれ落ちそうで見ていてハラハラする。
 ……あれ、食品に混ざってないか?
 舞と同じことを思ったのか、望が言う。
「衛生的に大丈夫なの?」
 千勢は「大丈夫大丈夫」とあっけらかんと言って地面に座り、
「≪桃源郷≫の桃を毎日食ってるんだ。今更異物を食った所で死にゃしない」
 ここら辺の無頓着っぷりは舞にはまだ理解できない。
 徹心が苦笑で「まあ、こちらでもお食べください」と言って≪夢の国≫産の食べ物を渡す。
 舞は世界一有名なネズミの顔の形をしたピザを受け取り食すことにした。
「そういえば、Tさんはいらっしゃらないんですか?」
 大樹があたりを見回しながら言うと、望が「あ」と応じる。
「そういえば、急遽Tさんの名前が今日の参加者に追加されてたらしいわよ」
 大樹がおお、と唸り、千勢が笑う。
「あれはせっかくの機会だからと言って過去の負債を精算しに行ったよ。これにて晴れて昔のT№は円満に≪組織≫から離れることができるというわけだ」
「過去の精算?」
 望の疑問に、徹心が応じる。
「昔……たしかR№の物資調達の責任者の女性だったかな? 彼女直々にエリクサー合成の際の副産物として出来たアルコールを返却してくれと言われていてね」
「当時徹心は引きこもってたから、これを知ったのはしばらく後に出された≪組織≫の季刊誌でなんだ。
 たまに痴漢術みたいな面白いネタがあったので愛読していたが、ちと海外に出てる間に購読を忘れていた……。今ではどうなっているのだろうな」
「よく考えたら≪神智学協会≫との決戦の前に≪組織≫での資料を処分していた時、あの時破り捨てたあれの中に請求書があったんだろうなと思うんだけれど……」
「いかんな徹心」
「破り捨てていたのは君だよ」
 そんな幹部達の光景を見つつ、舞はこう思う。
 ……世界よ、これが≪組織≫だ……っ!
「ああ、そういえばそんな呼びかけもありましたね」
 大樹が思い出している呼びかけは、もう何十年も前のものだ。自分が所属している№でもないのにそれを覚えているということは、その時かなり胃を痛めていたのだろう。
「参加することで≪組織≫に対する負債を帳消しにするとなると、普通の参加の仕方ではないんでしょう? 連戦でもするの?」
 望の言葉に、舞は首を振る。
「俺らはただの契約者でしかねえからそんな大それたことはしたかねえな。
 ヘンリエッタの嬢ちゃんとかに掛け合ってここら辺を落としどころにしてもらうかとなったのは……まあ、あれだ」
 モニターに視線をやると、そろそろ次の試合が始まりそうだった。
「参加したのはいいけど、警戒されて相手が居なかった子の相手をするって感じかな」
「あら、ぼっちの子が居たの……ねえ、それってもしかして」
 望が言いかけた言葉の後を引き継ぐように、実況が次の対戦カードを告た。
『次の試合は…………≪夢の国≫と――T?』
『なんなのこのあからさまな偽名』
 舞は頷く。
「相手は夢子ちゃんだ」

561T ◆mGG62PYCNk:2016/10/19(水) 21:48:01 ID:svqqfaIE

   ●

 舞は実況の声を聞いて二人に問うた。
「この声、Dさんと嬢ちゃんの娘さんの声か?」
「ええ、そうよ」
「≪組織≫に提出されている偽の情報そのままで紹介するようにお願いしていますので、面倒なことにはならないと思いますよ」
 会場がどよめく中でそんな会話をしていると、実況がプロフィールを読む声が聞こえた。
『えー、Tは、かつて≪組織≫に存在したT№に所属しており、
№0を含めて構成員全てが≪組織≫を去るきっかけとなった≪神智学協会≫との≪太平天国≫後継を巡る争いの最中、
上位№から年季明けということで≪組織≫脱退を許可された構成員とのことです』
 説明にほう、と頷きが会場のそこかしこで上がる。元≪組織≫所属ということである程度の戦闘はできるだろうと判断したのだろう。
『続きまして、≪夢の国≫ですが、これは説明するまでもありませんね。彼のテーマパークにまつわる都市伝説の集合体です。
過去に諍いもありましたが、今回は≪組織≫≪首塚≫と共に屋台なども出して戦技披露会の盛り上げに一役買っております。
――是非屋台に買い物しに来てね。って、これただの宣伝じゃないの』

『未確認情報ですが、どうやら≪夢の国≫はかつて≪神智学協会≫とT№の決戦の際、戦闘参加者の友人として参戦したことがあるとのことです』
『決戦には≪首塚≫からも幹部クラスが参戦したという話も出ていますね。こうしてみるとこの対戦カードはなかなか因縁深いとも言えます』
 宣伝に続いた男の声での補足説明に、舞はそういうことになってるのかと内心で呟く。
 その横で、千勢が莞爾と言う。
「縁だな」
「こういう運びになった発端がどさくさに紛れて請求書や返還要求を破り捨てたことだというあたり、
親の因果が子に報いていてなんとも味わい深いね」
「私は良い息子を持っただろう徹心」
「不憫でならないよ」
 そんな会話の周りからは「あの胡散臭い名前の奴、かわいそうに」というニュアンスの言葉が聞こえてくる。
 舞としては不思議なシンクロに頷くしかないが、
「知らないって怖いわね」
 望が言い、スクリーンが試合会場を映した。

562T ◆mGG62PYCNk:2016/10/19(水) 21:49:02 ID:svqqfaIE

   ●

 試合会場は無人の繁華街をモチーフにした場所だった。
 左右に商業施設らしい背の高い建物が並ぶ無人の目貫通りに、数メートルの間を空けてTさんと夢子は向かい合っていた。
「今回催しの相手になってくださったこと、≪夢の国≫の王たる私、夢子の名において感謝いたします」
 可憐に、それでいて威圧感のある夢子にTさんは会釈を返した。
「この度は王にまみえる幸運にあずかったこと、感謝いたします」
 Tさんが礼から顔を上げると、夢子が歯に何か挟まったような顔をしていた。
 彼女は少し考えた末に、手を上げて指を一つ鳴らす。
「よし」
 改めて、と言うように夢子は簡素なワンピース型の服の裾をつまんで華麗に堂々とカーテシーを決めた。
「≪夢の国に流れるカラス避けの電波≫を拡大したものを流しました。映像と音は届きますが、声だけは拾えませんよTさん」
「そうか」
 Tさんは、口元を隠して楽しそうに笑う夢子に親しい口調で言う。
「今回の件だがな、俺たち……というか母さんがやらかした件への精算という意味合いもあるので俺の方にもメリットはある。お互いにその辺りの感謝は無しにしよう」
「あら、そうなのですか。あの方も愉快なお人ですね」
「まあ、たまに起こるならそういう判断でもいいのだがな」
 Tさんは肩の力を抜き、次の呼吸で気を引き締めた。
「ともあれ、せっかくだ。十分に力を尽くさせてもらう」
「ええ、私たちも、力を入れてかかります――このような機会、滅多にございませんもの」
 夢子の表情があけすけに楽しげなそれから、奥に何かを隠した意味深なものに変わる。
 戦技披露会ということで、今回Tさんと夢子はそれぞれに戦闘に際して条件を付けていた。
 曰く、 
 ≪夢の国≫は主要なマスコットは全て屋台で出張らせた状態で戦う。
 Tさんは生身一つで戦闘する。
 ≪夢の国≫は王を対戦相手の可視範囲内に存在させる。
 攻防の様こそこの見世物の華であるため、Tさんは戦術的に優位を得るためであっても隠伏や遁走を極力行わない。
 アトラクションを長引かせず、短期決戦にする構えだ。
 それらの条件でもって互いをどう倒すか、Tさんも夢子も考えていた。

   ●

 ……≪夢の国≫があらゆる手を尽くしてくるならば、俺一人では決して敵わない。

 ……Tさんがあらゆる手を尽くしてくるのならば、≪夢の国≫はおそらくその総力を挙げても落とされてしまう。

 しかし、

「この限定条件下ならば」
「勝たせていただきます」

 こうして試合が始まった。

563はないちもんめ スペシャルマッチ 幕間:2016/10/19(水) 23:58:42 ID:anNj5Wks
実況席にて
「神子さん、僕は何時まで視界を塞がれていれば良いのでしょう?」
「うーん、もう暫くかなぁ・・・具体的にはアレがやられるまで」
「しかし、見えなければ実況もままなりません」
「気になるなら後でこの神子姉さんが手取り足取り個人授業やって上げるから今は我慢しといてねー」
「神子、何気にトンデモ無いこと言ってるけどお前大丈夫か?」
「ハハハ、私こそ蛇城さんに狙撃されそう・・・あ、絵里さんに齧られるのが先かな?直斗、そん時はフォローよろしく」
「神子さん、大丈夫ですか?」
「一寸顔色悪いぞ?」
「うーん、ちょっとしたら落ち着くと思う・・・・・・・・・あの何だっけ、飛びこんできたロリっこ?ひかりちゃん?何かあの子が出てきた辺りからこう体の内側がゾワゾワする感じがね?何か妙なテンションになると言うか・・・・・・」

所変わってvip席
「・・・あら?」
「望さん?」
「・・・このスペシャルマッチ、アカシャ年代記・・・アカシックレコード関係の契約者が混ざってるわね」
「何ですって?」
「神子が何かゾワゾワしてるわ・・・多分そこまで極端な影響は無いし大丈夫だと思うけど・・・・・・この件で下手に動く方が危ないわ、何かあるって言ってる様な物だもの・・・あ、希が自爆した」
「影守さんは放置ですか・・・」
「元人間の都市伝説にとって契約者はそれ程重要じゃないから・・・・・・まぁ、影守も見せるべきものは見せたし仕事は済んだと思って良いんじゃないかしら?」
「仕事?」
「攻撃用、それも一撃必殺のかごめかごめを回避に使ったでしょ?都市伝説は使い方次第だって言う実演よ、それにここでザンに一撃与えて見なさいな、そんだけ出来て前線にも出ずに後進育成・・・現場からすればふざけんなって今でも言われてるのに風当たりが余計キツクなっちゃう」
「現場との軋轢が?」
「そりゃあねぇ・・・それなりに戦えるのに前に出ずに後ろに引きこもってる訳だし、しかも首塚とか獄門寺組とか外部の人間で上位No.固めて・・・・・・事の経緯とか立場をちゃんと把握してる昔っからの連中ならそうでもないけど、最近入ってきたような連中の陰口は酷い物よ?」
「成る程」
「組織も一枚岩じゃないとはよく言った物だわ・・・・・・あ、戦場が・・・・・・いえ、ザンが動いたわ」

続く?

564続々々々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/20(木) 01:09:49 ID:q6NasD3k
 それに、一番はじめに気づいたのは蛇城が契約している白蛇だった
 すぅ、と首を伸ばし、空を見上げ始める
 その様子に、実況者の約一名を後で狙撃すべきかどうかわりと本気で悩んでいた蛇城が、白蛇に問う

「……?どうしました?」
「巫女よ、どうやら一雨きそうだぞ」
「雨?……あれ、戦闘フィールドって、お天気変わるんだっけ?」

 蛇城と白い蛇のやり取りに澪が首を傾げ、頭上を見上げ

「…………え?」

 いつの間にか、戦闘フィールドの空、と呼べる高さに、黒い雨雲が出現し始めていた
 それも、戦闘フィールド一帯、全てを覆うような……

「……!そちらの白い蛇、水の操作できますか!?」
「可能です」

 何かに気づき、慌てた様子の真降の問いかけに蛇城が答えた、その直後

 ーーーーーざぁあああああああああああああああああああああ!!!


「あっ」
「やっぱやったか。思いっきり画面見えにくくなるが、仕方ねぇか」

 実況席で、呑気にそんな声を上げる直斗
 戦闘フィールド全体に、強烈なスコールが降り注いでいる
 視界も、音も、何もかもかき消してしまう程のそれを発生させたのは、間違いなくザンだろう
 彼の「マリー・セレスト号」には、スコールを発生させる能力もあったはずだ

「神子さん。現場がよく見えない状況でありましたら、そろそろ目隠ししている手を外してくださっても良いかと」
「カメラがサキュバスどアップにしちゃうと言う事故を否定しきれないからまだ駄目」
「駄目でしたら、仕方がありませんね」
「龍哉、もうちょっと粘れ。あと、神子。お前が絵里さんに噛まれそうになっても俺はフォローしないぞ。ポチ辺りに頼め」
「人語理解できる程度に頭いいとは言え子犬に頼れってのもどうよ」

 ここまで酷いスコールが振られるとまともに実況は出来ない
 龍哉が目隠しを外されたとしても、流石に難しいだろう
 ………ただ

「……おや?何か聞こえましたね」
「え?」
「………だな。何か、鳴き声みたいなのが」

 微かに、微かに
 スコールの音に混じって、何か……


 雨の音が、視界も何もかも塗りつぶしていく
 それでもかろうじて、そのスコールは良栄丸とクイーン・アンズ・リベンジの周辺へは降り注いでいなかった

「ギリギリ、間に合ったようですね」
「助かった。こんだけ酷い雨だと良栄丸も少しヤバイ」

 蛇城が契約している白蛇が、水を操る力で持って、この辺りのみ雨が届かぬようにしてくれたのだ
 ただ、本当にごく狭い範囲のみである。雨を防げているのは
 ザンがいる辺りなど、この位置からは全く見えなくなってしまった
 ヒトデに襲われたサキュバスもどうなったかわからない
 なお、余談ながらヒトデは基本肉食なのだが……死人を出してはいけない試合なので、食われては居ないだろう。多分

565続々々々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/20(木) 01:10:37 ID:q6NasD3k

「雨か………ソろソろ、動かなけレバ危ないかもシれんな」
「…そうだね。この雨に乗じて、X-No,0が何か仕掛けてくるかもしれない」
「動くべきか。号令をかければ、すぐにでも大砲は発射出来……」

 黒が、大雑把にザンがいた方向を見据えながら、そう口にした………その時

「……ッマスター!5時の方向だ!」

 この大雨の中でもかろうじて見えるのか、それとも経験からくる勘か
 黒髭が、己の契約者たる黒へと警告を飛ばした
 その警告に、黒は黒髭が告げた方向へと向き直り

「撃ち方用意っ!!………撃てぇ!!」

 黒が司令を出したその瞬間、クイーン・アンズ・リベンジに無数の船員が現れた
 それらは大砲を構え、黒が見据える方向へと砲撃を開始する

 ーーーーークルァアアアアアアアアア

 スコールによる轟音の向こう側から、何かの鳴き声が、響き渡る
 一瞬だけ、ゆらり、と、巨大な影が見えた

「…おい。ありゃシルエットから見てシーサーペントだぞ」
「シーサーペント、と言っても形状色々いるからなんともいえないが……それっぽいな」

 黒髭と栄は、見えたそれをシーサーペントである、と判断した
 先程の20門もの大砲の砲撃で、それにどの程度ダメージが入ったかはわからない
 ひかりもまた、微かに見えるシーサーペントと思わしきシルエットに攻撃しようと………

「……栄!」

 と
 栄しかいないはずの良栄丸の操舵室の中から、別の男の声がした
 数人がぎょっとしてそちらを見ると、操舵室の中にあった大きな箱の蓋が開いており、そこから男が顔を出している

「深志?お前、見つかったらヤバいから隠れてろって………」
「もうバレた!「メガロドン」がザンの闇で防がれ始めてる。それと、あのシーサーペントっぽいクラーケンの他に、もっとドラゴンよりの顔のクラーケンがこっちに向かってきてる!まだ少し遠くてはっきり見えないが、他にももう一体!」

 栄から深志と呼ばれたその男が、そう警告した
 その発言内容に、気づいた者が数名

「「メガロドン」の契約者か」
「あぁ、そうだ……召喚使役型とバレたから、ザンが遠慮なく闇で「メガロドン」を攻撃し始めたんだろ。視覚は共有できるが、ダメージ共有はないからな」

 近づいてくる影に関しては、「メガロドン」との視覚共有で確認したらしい
 今も、深志は視界を半分、「メガロドン」と共有し、何匹もの視界を切り替えて状況を確認し続けていて

 その「メガロドン」の一体が、巨大なハサミによって切り裂かれ、消える
 ヒトデ型クラーケンと共にサキュバスに襲いかかっているザリガニ型クラーケンとはまた別に、はさみを持つ個体………エビ型クラーケンが、ゆっくりと良栄丸へと近づいていっている

 別方向、良栄丸の真下からは、翼を持たぬ巨大な竜の姿をしたクラーケンが
 さらにもう一体、先程クイーン・アンズ・リベンジの砲撃を受けたシーサーペント型クラーケンが
 それぞれ、良栄丸へと襲いかかろうとしていて


 ……そして、さらにもうひとつ、クラーケンとは別の攻撃手段をいつでも放てるように構えて
 さてどう動くか、と、ザンは笑った



to be … ?

566T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:22:00 ID:DR6zPiOs

『あー、申し訳ございません。どうやらお二人の声を拾うことができない不具合が発生してしまっているようです。
皆さまにおかれましてはそのまま観戦ください』
 実況がそう知らせてくる。
 傍目にも≪夢の国≫が何かしたのは明らかだが、試合続行には問題はなさそうでなによりだと舞は思う。
 体に干渉している≪夢の国≫から漏れる声を聞くに、二人はやる気満々らしい。
 ……あんま大きな怪我をするようなことにならなければいいんだけどな。
 あの二人の様子では、それは難しそうだ。
「あんなに戦意に満ちていてくれると主催者側としては嬉しいかぎりね」
 そう言いつつ、望は舞に目を向ける。
「声を消しても唇が読める奴らには無意味よ。いいの?」
「まあ、何を言ってるのか完全に読み取るのは難しいだろうし、
もしTさんと夢子ちゃんの親密さに気付かれても昔Tさんが≪夢の国≫に招待されたことがあるからとか、そんなふうに言い張ればいいだろ」
「まあ、そうね。音声に完全に残されているわけでもなし、気にする必要もないか」
 画面の中ではTさんの体の各所が光り始めていた。
「そろそろ動く」
 千勢が言うと同時、Tさんが一気に距離を詰めて夢子の肩と足にそれぞれ自分の手と足を引っ掻けた。
 接近の勢いを利用して横回転させるように夢子を転ばせにかかったTさんは、倒れかけの夢子の腹に続けざまに膝を入れた。
 ……うわっ。
 その絵面に思わず自分の腹を押さえてしまう。
 その間にも、Tさんは止まらずに夢子を蹴り上げている。
まるでサンドバッグか何かのようだなどと思っている間に一分近く経ったが、Tさんの攻撃は続くし夢子は反撃をしない。
 ……反撃どころか夢子ちゃん、ろくに防御もしてないんじゃないか?
 一切防御をしているように見えない夢子の様子に、舞は少し違和感を覚えた。
「夢子ちゃん、なんで攻撃を防がないんだ?」
 もう気を失っているというわけでもないだろうと思って言うと、答えてくれる声があった。
「馬鹿息子は今≪ケサランパサラン≫への祈祷による身体強化で格闘戦を仕掛けているな。
 あれは直接やってみると分かるが、くせ者だ」
「ってーと、どういうこった?」
「同じ力の入れ方でも、発揮される力が祈りの具合によって異なるんだ。
これは戦闘慣れしていればいる程に無意識下で行われる力の入れ具合による動きの先読みを裏切ってくるから感覚が狂わされることになる」
 へえ、とリカちゃんが感心した後に首を傾げ、
「でも、夢のお姉ちゃん、近くで戦うこと、あんまりないの」
「そうだぜ。夢子ちゃんはあっちこっちに瞬間移動してヒットアンドアウェイするタイプだから格闘戦ばりばりってわけじゃねえ。
 素人ならあれ、逆に避けやすいんじゃねえの?」

567T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:22:53 ID:DR6zPiOs
 その問いに、千勢は指を二本立てた。
 一本の指を曲げ、
「馬鹿息子の動きに対して先読みを行わず、
見たままで対応することになるから素人の方が避けやすいというのは正しいが、素人が反応できる速度で攻撃は行われていない」
 それに、と千勢はもう一本の指を曲げる。
「馬鹿息子の足元を見てみろ」
 言われるがままに見てみると、なんとも面妖なことに、
「地面が光ってたりするな」
「そうだ。いやらしいことに足を踏むごとに地面になんらかの幸せを願っているらしい。
その結果、偶然にも足元が崩れたりといったことが起きているようだな。
 そうした仕組まれた偶然の積み重ねで何発かに一発。夢子が体勢を立て直そうとするタイミングだろう、
体が動いた瞬間に攻撃が決まっている瞬間がある」
「動いた瞬間には一発当たってるってことか?」
 そのような動きには記憶があった。
 ……ルーモアの所のカシマさんができるって言ってた気がするな。あれはたしか……。
「無拍子ってやつか」
「擬似的なものになるが、その通りだ。あれは素人ではどうしようも無い」
 千勢は食料を漁りながら話を締める。
「認識を二重にずらした攻撃に対応できないのなら、あの距離では夢子は不利だ」

   ●

 的確に呼吸のタイミングを潰す攻撃を受けながら、夢子はこのままでは鞠つきの鞠扱いされてしまうと考えていた。
 一撃もらうごとに視界が暗転し、明らかに内蔵がダメになっている。
 Tさんもこちらが不死なものだからか、加減をしてくれるつもりはないようだ。
 ……では、
 そろそろ反撃でしょうか、と夢子は来る一撃に対して急所を晒した。

   ●

 Tさんは夢子が敢えて体の中で骨も無く肉も薄い部分を晒し、反射的なものも含めた防御手段の一切を捨てて一撃を受けたのを感じた。
 深く肉に足先がめり込む。
 人体相手ならばそれがどこだろうと骨を砕いて内蔵を潰せる一撃だ。それが人体の特に柔い部分に入った。
 致命の一撃。だが、その手応えにTさんが感じたのは焦りだった。
 ……しまった。
 蹴りの反動で力を失った夢子の体が遠くに飛ぶ。追いすがるために一歩動かなければならない位置だ。
 思考のタイミングを潰すように叩き込んできた攻撃のテンポがずらされる。
 身をもって空けられたその一瞬で、
 ――≪夢の国≫の王様はね?
「どこにでも居て、どこにも居ないんだよ?」
 Tさんが姿勢を下げると、その直上を風切り音が走っていった。
 大げさなほど反った刃を振り抜いた夢子が笑みで告げる。
「攻守交代。です」

568T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:23:32 ID:DR6zPiOs

   ●

 攻撃を抜けた夢子が、今度は転移しながらTさんに次々と攻撃を繰り出していた。
 さっきまでと攻撃する側と受ける側が入れ替わった状態だ。
「これが、≪夢の国≫の中に一人しかいないがどこにでも居る住人という都市伝説。偏在化の力か」
「どう思う徹心?」
「うーん、僕では対応できないね。あれを受け切れるのは勘がいい者だけだろう。僕はその辺りはさっぱりだ」
「あれ、わざと隙作って攻撃を誘ってるわね。ある程度手管をわきまえているのならあっちの方が消耗は少ないのかしら」
 望の言葉に徹心は「そういうものなのか」と感心する。
 ≪夢の国≫が在る所にはどこにでも、住人と一緒に王様が居る。
 どこにでも居るから、攻撃の当たる場所には居ない。
「どこにも居ない夢のお姉ちゃんにどうやったら攻撃を当てることができるの?」
 リカちゃんが肩で首をかしげるので舞は少し考えてみた。
 これまで夢子に攻撃を当てる人は結構居た。攻撃を当てる方法は有る。
 それを事実として理解した上で、舞は結論を出す。
 ……分からん!
 なのでこの場の誰かに問うことにした。
「どうやって当てるんだ?」
「核となる王様は一人必ず存在しているということが肝だな」
 なんかよく分からない生き物の肝を食べながら千勢が言う。

   ●

 夢子が背後に現れるのを読んだTさんは、身を捻りながら肘を打ち込んだ。
 読みは当たり、Tさんの肘に骨を砕く手応えが来る。
 と、同時に足元のアスファルトが突然砕けてバランスが崩れる。体が後方に傾いて、その胸先を刃物が薙いで行く。
 幸運にも攻撃を逃れたTさんの目の前で「あれ?」という顔をしている夢子は骨を砕かれているはずなのに平気そうだ。
 ……もう治っているのか……。
 刃物が振り直される前に夢子を殴りつけようとした拳が空を切る。
 消えた夢子の次の一撃が来る前に、Tさんは道の端に跳んだ。
 跳びながら商業施設のセールを告知する幟を片手に一本ずつ取り、着地の際に幟の竿を地面で削って先端を尖らせる。
 夢子が、今度は眼前で腰だめにテーブルナイフを構えた状態で現れるので、Tさんは足腰の強化を願いもう一歩後ろに跳んだ。
 射程からTさんが離れたのを見て動きを止めた夢子に向けて、Tさんは両手に持った幟に加護を付与して投擲する。
「わっ!?」
 驚いた顔の夢子が消失する。
 次の瞬間、彼女はガードレールの上にしゃがみこんで座っていた。
「あぶないあぶな――」
 その彼女めがけて光の玉が一つ向かっていた。
「っ」
 Tさんが、幟の投擲と同時に夢子を追うよう願った光の玉を放っていたのだ。
 夢子はその場から転移して回避するが、光の玉は尚も彼女を付け狙う。
 夢子は追ってくるそれを見て、首を傾けた。
「困ってしまいましたね」
 そんな言葉を残して夢子は消え、次の瞬間にはTさんの直上に現れた。
 抱きつくように両手を広げた夢子が迫り、Tさんは勘か、それともその行動も読んでいたのか、自然な動作で一歩を下がった。
 すかされた夢子は空の腕を虚しく抱きしめて不満げに言う。
「いけずです」
 その背後には光の玉が迫っている。
 それを気にしているのかいないのか、夢子は両手の指で×を作ってまた消える。
 彼女を追っていた光の玉は、追尾対象の消失に対応しきれず、勢いを残したままTさんに向かって来た。
 Tさんが回避しようとすると、背後から声が割って入る。
「だぁめ」
 背からTさんの両脇に両手が突き出す。
 細く華奢なそれは夢子のものだ。
 Tさんを拘束して逃さないつもりらしい。
 迫る自身の攻撃を視界に入れながら、Tさんは口を開いた。
「点では当てるのが難しいか」
「王を討つならば並の幸運では足りませんよ」
「なるほど」
 Tさんが頷くと、柔らかい物に何かが突き刺さるぐちゃ、という粘着質な音が聞こえ、彼を締め付けようと迫ってきた夢子の腕の動きが止まった。
「では、もう少し工夫をこらす」
 Tさんがその場で身を回した。
 背後に居た夢子は右肩から左脇を抜けた幟によって地面に縫いとめられていた。
 Tさんの背後では、迫っていた光弾がもう一本の幟に貫かれた破裂音がする。
「体内から拘束してくれと願をかけた。幸せの圏内に引きずり込んだぞ」
 夢子がワンピースをみるみる赤く染め、血の泡を零しながら言う。
「っ……お、みごと……っ」
 こいつで勝つことができれば幸せだと願い、Tさんは掌を夢子に向けた。
「破ぁ!」

569T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:24:23 ID:DR6zPiOs

   ●

『大金星でしょうか? 今、幟に貫かれた≪夢の国≫が、なんか謎の光に飲まれました……っ』
 そして、Tさんから放たれた光の残滓が消えた後。幟に貫かれた夢子の姿はなかった。
 あるのは、大通りを下水が見えるまで抉り抜いて対面にあったビルに穴を空けた光の軌跡だけだ。
「うわぁ、Tさんえぐい攻撃をしましたね」
「決めるにはよいタイミングだったのです。あそこで変にためらえば幸運を侵食した≪夢の国≫がまた反撃に出ていましたよ」
「あ、ユーグのおっちゃんにモニカ」
「おや、そちらは……たしか」
「Dさん、紹介しとくぜ。こっちが元々≪首塚≫で匿われてたモニカって子で、こっちの騎士のおっちゃんが≪テンプル騎士団≫のユーグだ」
 挨拶をする二人の内、蜂蜜色の髪をした大学生くらいの女性、モニカが舞に言う。
「あの……ここってVIP席になりませんか? 勝手に入ってきちゃってますけど……」
「≪組織≫の知り合いにOKとってあるから大丈夫だって。それに、ほら、ユーグのおっちゃんが自分の正体まったく隠そうとしないせいで人が多いところだと注目されるだろ?」
 望がユーグの甲冑を見て納得する。
「あー、いかにもって感じですものね。教会の連中なんか、心中複雑になりそうだわ」
 ユーグが鼻で笑って言う。
「そのようなこと、いちいち気にしても仕方ありません。やましいことなど無いのですから、堂々としていればいいのです」
「騎士殿はそれくらいの意気でモニカを襲ってやればいいのにな」
 海洋生物っぽい何かの肉の串を食中酒といただく千勢が試合会場を眺めながら言うと、騎士が反論する。
「それとこれとは話が違います千勢。道を共にするという約束を違えず、傍に侍る騎士として私は在るだけです」
「あら、でもそんな騎士様のせいで私も成長が止まってしまいましたし、いろいろな意味でこんな体にされてしまった責任をとってくださってもいいのではありませんか?」
 この二人はここ数年相変わらずの関係だ。
いつまでユーグがモニカを突っぱねられるかを見ているのが楽しいので積極的な手出しはしていないが、これはもう時間の問題だろう。
 ……陥落するとしたらそのおっぱいにだな?! ええ?!
「……舞、何か私に言いたいことでもあるのですか?」
「いや? ただ、その時が来たらどういじめようかとか考えてる」
「そうです。盛大にいじめてあげてくださいな」
「お嬢様、いじめはいけません」
 至極まっとうなことを言いながら、ユーグはこういう話題の時にいつもするように露骨に話の流れを変える。
「ところで、今のでどれだけのダメージを与えられたとお嬢様は考えますか?」
「あの状態からの攻撃です。これで王様本人は相当な痛手を負ったのではありませんか?」
 それにいつも乗っかってあげるモニカの優しさ溢れる解答に対して、その場のほとんどの者が首を横に振った。
「そうだね、たしかに≪夢の国≫の核に一撃を見舞えたけれど、せいぜい一回殺したといったところだから、まあ効果は微々たるものだと思うよ」
「殺したら死んじゃうんじゃないの?」
 そう言ってリカちゃんが首を捻る。
 よく考えると頭のおかしい会話を理解できずにいるらしい。頭に浮かぶ疑問符が見えるようだ。
 徹心のおっちゃんは言葉を探すように宙を眺め、
「あの子と戦うなら対人戦闘だと思ってはいけないってことかな」
 リカちゃんが首を捻りすぎて人体では再現できない珍妙な状態になる。
「伝わらないかー」と徹心が困った笑みを浮かべる。
 と、実況が≪夢の国≫の健在を告げた。

570T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:24:56 ID:DR6zPiOs

   ●

「本命をあの追跡弾と思って他をあまり気にかけていませんでした。油断です」
 Tさんの目の前に出てきた夢子には傷一つ付いていなかった。
 隠しているとか、そういうことはありえない。
 なぜなら、
『≪夢の国≫、これ、全裸ですけど大丈夫なんでしょうか?』
 夢子は未完成な少女のものにも、これこそが完成形である美術品のようにも見える自らの体にぺたぺた触れて、興味深げに頷いた。
「寺生まれってすごいですね!」
「いや……服くらい着たらどうだろう」

   ●

「ダメージ受けると服が破れるってどこの漫画よ」
「ああ夢子ちゃん、もう少し恥じらいを持つようにって言ってるのに……」
 望と舞がそれぞれ言う。その横で騎士の目を塞ぎながらモニカがスクリーンを眺め、
「大事な部分に光が映り込んでいて見えないですね」
 撮影班は頑張っているのかちょくちょくアングルを変えてくるが、謎の光は見事に局部を隠していく。
 それを見るにつけ、モニカは幼い頃から折に触れて感じることを呟いた。
「寺生まれってすごいなぁ」

   ●

「ふふ、衣服なんて無くても困りはしませんよ」
 夢子はそんなことを言いながら、長い髪で胸元を隠してみたり、気に入らないのか肌蹴てみたりしている。
 正面からそれを見せられているTさんはこめかみを押さえつつ、
「そうはいかんだろう。マスコットたちが慌てている姿が目に浮かぶ」
「でも、Tさんが隠してくれていますし、私としてはあなたになら裸も内蔵も全部見せても差し支えありません」
「俺はあるのだが」
 Tさんの言葉を受け流して、夢子はくすくすと笑いながら解放感全開で両手を大きく広げた。
「ああ、楽しくなってきちゃいました。
 それでは第二幕です。
 もっと楽しみましょう――私の王子様!」

571T ◆mGG62PYCNk:2016/10/21(金) 22:57:32 ID:1gyCdL6.
 大の字で裸を見せつけていた夢子が敵意の欠片も感じさせないままに髪の中からテーブルナイフを抜いて投げつけた。
 あんな自然体で攻撃されたら、ナイフが刺さっても誰に攻撃を受けたかなんて分からないんじゃないかと思いながら舞が試合を見ていると、
唇を読んだらしい望が口を開いた。
「あら、あの子ったらあんなこと言ってるわよ」
「あれなぁ、夢子ちゃんが≪夢の国の創始者≫から助けられた時にあの場に居た人が王子様認定されてるから、
黒服さんも俺もあの子の王子様なんだよな」
「ほう……」
「嬢ちゃん怖い怖い」
 舞は笑い、
「夢子ちゃんが恋をすることは生涯ないよ。
 あの子は王様であってお姫様であり、少女であって女性でもあるんだけど、それよりもなによりも≪夢の国≫だからな。
国は民や文化を愛することはあっても人に恋をしねえ」
「……なんというか、あなた、賢くなったわね……」
「これでも博士号持ちだぜ!」
 人や、単なる生命とも異なるもの。それが≪夢の国≫という存在だ。
 とはいえ、元人間である彼女は感情をもっている。長い付き合いから推察するに、特に喜楽の感情が強く出るタイプであり、
「あー、ありゃ結構テンション上がってるな」

   ●

 ナイフを弾いたTさんの目は、夢子が消えた代わりに、一瞬前まで存在しなかった建物が屹立している様を映していた。

572T ◆mGG62PYCNk:2016/10/21(金) 22:58:03 ID:1gyCdL6.

   ●

 モニカが「あ」と呟く。
 試合を映すカメラの映像が乱れたのだ。
 映像がガタガタと音をたてて揺れ、見ていると酔いそうになる。
 思わず目を逸らそうとしたモニカは、スクリーンに一瞬表示された世界一有名なネズミのロゴを見た。
 それを期に、映像が安定する。
 しかし、試合を観戦する者達は回復した映像に違和感を覚えることとなった。
 スクリーンに映し出される映像のアングルがそれまでとは明らかに違うのだ。
 ≪夢の国≫がまた何かしたのだろうと判断していると、主催者に近しいらしい≪組織≫所属の夫婦がため息交じりに言うのが聞こえた。
「……会場、乗っ取られたわね」
「後でカメラは返してくださいね」
「まあ、たぶん返してくれるんじゃねえかな」
 舞が答えているが、目線を合わせようとしていないので自信はないのだろう。
 おお、と観戦者が唸る声が聞こえてくる。
 スクリーンの中ではカメラが映し出す光景が、アングルなど問題にならないレベルで異変をきたしていた。
 カメラがゆっくりと周りを映していく動きに合わせて建物群があぶり出しのように、
あるいは元からそこにあったものが騙し絵のごとく別の姿を観察者に認識させたかのように、ファンシーなものへと変わっていく。
 そんな自分の視覚か脳を疑いたくなるような光景を360度分じっくりと見せつけたカメラが最後に映したのは――

   ●

 Tさんは、つい先程までは近代的な大通りだったはずの道の奥に忽然と現れた山を見ていた。
 急峻な岩肌からは勢い良く水が流れており、その源泉である山の頂には夢子が居る。
 そして彼女の足の下には巨大な影があった。
 黒い表皮に、人など楽に丸呑みにしてしまいそうなその巨体は、
「クジラ……モンストロか?」
「山鯨です!」
「俺の知る山鯨は四つ足なのだが」
「気にしては負けです。先程の鮫を見て思いつきました! ビルを泳ぐ鮫がいるなら山に浮かぶクジラが居てもいいのです!」
「なら鮫を出せばよかったのではないか? 人間に捕えられた魚を探す作品で出ていたろう」
「大きさをりすぺくと? しました。それに原作では彼は鮫です!」
 夢子は胸を張って得意満面な顔だ。
 そんな彼女はデフォルメされたおかげで一目で不機嫌なのだと解る表情のクジラの上で仁王立ちになり、Tさんを指差した。
 その指とTさんを結ぶように、急流の流れが続いている。
 Tさんは、足元を流れる下水――から姿を変えた整えられた水路を見て、また山に視線を戻す。
「……それはマスコットでは?」
「あやつり人形の男の子はグレーゾーンと言ってました」
 今頃、その子の鼻が伸びているのかいないのか、不意に賭けをしたくなる。
 そんなTさんをよそに、高みで夢子が告げる。
「幸運では回避できない、面の攻撃をお見舞いしますね」

573T ◆mGG62PYCNk:2016/10/21(金) 22:58:46 ID:1gyCdL6.

   ●

『ピノキオのクジラですかね?』
『≪夢の国≫からTまで一直線の道になっています。これは急いで逃げなければまずいのではないでしょうか』
 実況を聞きながら、千勢が謎肉を齧る。
「クジラか……先程の海産物達といい、今日は漁に出たくなる日だな」
「あれって食えるのか?」
 千勢と舞の感想にユーグが唸る。
「なぜこの国の人間はなんでも食べようとするのだ……」
「国民性かなぁ」
 徹心が苦笑で言葉を重ねる。
「さて、クジラがあの急流を下ってくるしかないというのなら、回避はそう難しくはないのかな?」
 ユーグが首を振る。
「あれはまずい。私も過去に苦労させられた……」
 大樹が同意する。
「あれは……狙われていますね」

   ●

 Tさんはその場から動くに動けない状況に陥っていた。
 水路を挟むようにして並び立っている建物の中から無数の視線を感じたのだ。
 物陰や扉の隙間、窓の格子の奥からそれらの視線は来る。
 こちらの一挙手一投足を綿密に観察しているようなのにどこか子供の尾行ごっこのようにおざなりで、
こちらを見て楽しげに笑う声が聞こえてくるようなのにもかかわらず密やかで張り詰めたような、
そんなどこかにズレを感じさせる歪な気配
――≪夢の国≫の住人の気配だ。

 おそらくTさんが動けばそれがスタートの合図となって建物から攻撃が飛んでくるのだろう。
 そうなれば蜂の巣かハリネズミになった後にクジラの餌食だ。
 クジラに狙われているにもかかわらず回避のための行動を一切取らないTさんの様子に、
自分たちが狙っていることがばれたと遅ればせながら悟ったのか、もはや隠す気もないらしい気配が重圧として押し寄せてくる。
 そんな下々の様子を把握しているのか、夢子はクジラの頭の上にぺたんと座りこんだ。
 裸の王様に座られたせいか、明らかにクジラの顔がデレデレとしたものになる。
 それに反応してか、周りから感じられる住人の気配がガラの悪いものに変化した気がする。騒がしい。
 ともあれ、夢子は慕われているようだ。
 ……重畳重畳。さて、強引に逃げようか。
 そう考えて移動しようとしたTさんは、足首に違和感を得て目を向けた。
 左足に、異様に長い手が絡みついていた。
 その手の先は排水口の中へと続いている。
「――っ」
 気配が多すぎて水路に潜んでいたモノの気配に気付くことができなかった。
 まずい、と思う間に建物のそこかしこから飛び道具が放たれた。

574T ◆mGG62PYCNk:2016/10/21(金) 22:59:18 ID:1gyCdL6.


   ●

 石から光線銃までを含めた雑多な攻撃がTさんが居る場所を穿っていく。
 飛び道具が着弾する衝撃で土埃が舞い上がって視界が塞がれるが、夢子はTさんの位置を電波で把握している。
 それによると、Tさんは射撃の集中箇所にて現状健在。
 物量で穿つ面の攻撃はTさんをその場に釘付けにすることに成功したようだ。
「それでは――」
 夢子は手を振り上げ、叫んだ。
「スプラッシュ!」
 発声と同時に足元のクジラが急流を下り始めた。
 クジラの巨体は山肌を削りながら攻撃の収束地点に向けて駆け下っていく。
 その進路を塞ぐように、投擲用の槍が幾本か突き立てられた。
 槍が地面に刺さると、その周囲が何かを主張するように発光する。
 幸福の加護で補強し、道を塞ぐつもりだろうか。
 彼に物が渡る可能性があるような攻撃は控えるように指示しておくべきだったろうかと思うが、たった数本の槍ではいくら幸福で固めようとも、この巨体を止めることはできまい。
 だから、と夢子は結論する。
「いっちゃえ!」
 言葉に応じるようにクジラが潮を噴く。
 元、目抜き通りを抉っていったクジラは、Tさんが居る位置で土砂ごと唐突に跳ね上がって地面ごと彼が居る位置を丸齧りにした。
 盛大に座礁したクジラが潮を噴いて土埃を鎮める。
 淡水に濡れる体に心地よさを感じながら、夢子は息を吐いた。
「あー、スリル満点でした」
 満足の言葉は、こう続く。
「ね、Tさん?」
 問いに対して、荒い息で返答があった。
「たしかに、丸呑みにされそうになるのは、心臓に悪いな」
 そう言ってTさんはクジラの口の端から出てきた。
 クジラがなんとかTさんに噛み付こうと口をモゴモゴさせるが、額に立ったTさんがバランスを崩すことはない。
 食べることは諦めたのか、泥で汚れた体を水で流す彼を振り落とそうとするかのようにクジラが身を揺する。
 流石に立っていられなくなったのか、額から飛び降りて地面に逃れたTさんは、クジラから距離を取る。
 彼に合わせるようにカメラも下がり、距離を空けたことによってTさんがクジラに齧られなかった理由がはっきりと観戦者にも明かされた。
 クジラの口には槍がつっかえ棒として挟み込まれていたのだ。
 クジラが悔しそうな呻き声をあげて口を閉じようとする。その動きに合わせて槍は今にも壊れそうにきしむが、なんとか耐えていた。
 そのつっかえ棒の結果として、Tさんは泥で汚れてはいるものの、それ以外に目立った外傷は見られない。
 夢子は頬に手を当てる。
「それはもはや幸運ではなく、幸いを鍵にして運命を捻じ曲げていますね」
 そう零した夢子は、ぺちん、と音を立ててクジラの表皮を叩いた。
 同時に、クジラの口から煙が漏れ出す。
 Tさんはそれを見て、体を発光させた。
 彼が何らかの行動に出る前に夢子は告げる。
「私たちの方が早いです」
 クジラが口から何かを吐き出した。
 それは≪夢の国≫の住人だった。
 ≪夢の国≫側の新たな行動に合わせるように、建物群からの攻撃が再開される。
「――っ」
 Tさんの体を中心にして結界が張られ、攻撃の第一陣は防がれる。
「まだ、このまま押し切ります」
 彼の結界が、途切れず続けられる攻撃に耐え忍ぶ音を聞きながら、夢子は次の指示を出した。
「とつげき!」
 声に従ったのはクジラから吐き出された住人達だった。
 彼らは皆、手に黒い球体に縄の導火線という、デフォルメされた爆弾をそれぞれ抱えており、当然の如くそれには火が着いている。
そんな者たちが銃火飛び交う中へと突撃した当然の帰結として、
 大爆発が起こった。

   ●

 爆発の余波は、ファンシーさを追究した結果歪な形になっていた建物群のいくつかを吹き飛ばしていた。
 瓦礫の中からはそれぞれ個性的な腕が伸びては自分たちの無事を知らせている。
 そんな彼らに手を振り応えると、夢子はその手を打ち合わせた。
 ぱん、と射撃音の中でも耳に通る音がして、建物の瓦礫の下から何かがせり上がってきた。
 電飾できらびやかに飾られたそれは、場違いなほどに愉快なメロディーを流して移動を開始する。
 パレードのフロートだった。
 女性型の住人が慌てて持ってきた新しいワンピースを頭から被されながら、夢子は言う。
「第三幕――≪夢の国≫(わたしたち)のパレードをお楽しみください、ね?」

575夢幻泡影Re:eX † 合同戦技披露会“虹vs機龍” ◆7aVqGFchwM:2016/10/22(土) 00:18:16 ID:yUU.1ptc
「えーと、皆さんこんにちは。多分知らない人の方が多いよね…
 黄昏京子(けいこ)、昔それなりに活躍してたらしいパパこと黄昏裂邪の娘です
 こっちは「ネッシー」のグルル」
「ぐぎゅぐばぁ」
「えへへ…あ、今はちょっと小さいけど、大きくなったら強いんだから!」
「「京子姉ちゃん誰と話してるの?」」
「っちょ、天架に天美、ステレオで喋るのやめなさい!」
「姉ちゃん、早く来ないとなくなるぞ。好きだろステーキ」
「英哉(えいや)! 人前でそんなこと言わない! ダイエット中なの!」
「へっ、そんなだからいつまで経ってもぺちゃぱい姉ちゃんなんだったたたたた!?」
「何か言ったかな昂平くぅ〜ん??」
「そんなことよりお姉ちゃん? そろそろ始まるよ、大好きな“おにぃ”の試合♪」
「ひゃ、わ、ちがっ、る、琉羽(るう)! そんなんじゃないってば!」
「…京子姉ぇ、顔真っ赤」
「言那(ことな)まで茶化さないで!///」
「みくるおにーちゃーん、ぱぱなんてやっつけろー!」
「バカ、パパに勝てるわけないでしょ」
「そんなことないわよ亞里早(ありさ)
 心玖郎(しんくろう)、たくさん応援してあげてね
 私達のおにぃなんだから…負けたら許さないんだから…!」
「見て見てお姉ちゃん、あっちに未來兄さんよりカッコイイ人いっぱいいるよーw」
「琉羽! あんた後で[ピーーーー!!!!]からね!!」
「おほほほ…ちょっと過激だったので伏せておきましたの」
「え、あ、ローゼさん、いつも父が、その、えっと…
 お、お恥ずかしいところをお見せしてしまって…」
「元気が一番なのは殿方も、ワタクシ達女の子も同じですわ♪
 もうすぐ裂邪さんと未來さんの試合が開始なさるけど、
 お食事でもしてゆっくりしてらしてね♪」
「ありがとうございます、いつもすみません」
「いえいえ、お気になさらずですの
 裂邪さんのご家族の方はいつでも大歓迎ですわ」
「…そういえば今日もモニターの前が凄いですね」
「あー、ファンの方が少し多いお方ですので…お見苦しいですわね;」
「え、大丈夫、です、パパが皆に好かれてるのはちょっと嬉しいし…」
「ドラマみたいなクズい奴なら未來兄さん頑張れー!なんだけどね」
「しかも母さんやシェイドさんまでいるだろ?」
「裂邪さんや皆さんのことだから、恐らくは---あ、始まりますわ!」


   to be continued...

576T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 00:28:18 ID:WkzAuzrk

『圧倒的な物量で圧してるわね』
『T選手は大丈夫なんでしょうか?』
 実況の声を聞きながら、千勢は≪夢の国≫の甘味に手を出す。
「ここまで囲まれた状況に追い込まれてしまったのなら、一度撤退して立て直すしかないわけだが、
それは馬鹿息子たちが取り決めたルールでは違反か。王自らが前線ではしゃいでいるからまだ勝ちの目はあるが、さて、どうするのかな?」
 スクリーンの中では光の玉がいくつも飛んでいる。
 でたらめな方向へ光が飛んでいくのを見るに、盲撃ちではないだろうか。
 実況がTさんがここから勝ち目があるのかと煽る声が聞こえ、それを受けた形で千勢は一人ごちる。
「≪夢の国≫は不死者をその構成員とする不死の国だが、倒せないということはない。
 私の経験から言うと、不死者は殺し続ければいずれ死ぬ」
「千勢姉ちゃん、なんかすっげえバカっぽい」
「とはいえ事実だね」
 徹心が支持するとそれだけで何故か発言に説得力が出る。
「なるほど……っ」
 舞が真剣に頷く姿にこれも人徳かと思いながら、千勢は言葉を継ぐ。
「そもそもこの世に存在するもの全てがいずれ壊れ死に滅びゆく。
物も生命も現象も概念もいずれは果てる。そんな世界の中で不死を装っている以上、その不死には綻びがあったりする」
「あー、昔に物品系都市伝説で不死になってた奴がいたんだけど、道具が失われて不死を失ったな。つまりそういうことか?」
「それも一つの例だな」と応じて続ける。
「≪夢の国≫には、その不死性によって病に倒れてからも死ねずに苦しみ狂った創始者が居たな。その狂う、というのも人格破壊という一つの殺害方法だ」
「あ、病は効くっていう部分を狙って夢子ちゃんを襲ってきた奴も居たぜ」
 その試みが行き着く先は≪夢の国≫の消滅ではなく、発狂した夢子の統治による≪夢の国≫再びの狂化であった。
「でもそれじゃあ≪夢の国≫を倒すってことには繋がらねえな」
 それが実現していたら、世界は今よりもう少し殺伐とした方向に舵をきっていたのだろうと千勢は思う。
「と、まあそんなわけで死ぬまで殺し続けるというのは、彼女については、この試合のルールや画的にもあまりおすすめの方法ではないな。
 馬鹿息子も美少女を殺しまくるヒール役を務めたくはなかろう」
 千勢の結論に頷きつつ、大樹が手を挙げた。
「それでは、創始者が病に倒れてから冷凍睡眠によって眠っていたという都市伝説にあるように、氷漬けにしてしまうというのはどうでしょうか?
 夢子さんも≪夢の国≫の主である以上、凍結による封印と、指揮者不在による≪夢の国≫の混乱は対≪夢の国≫の手段として有効だと思うのですが」
「アレは≪冬将軍≫と正面から対決して消滅させている。やるならよほどのものでなければ封印しきる前に何らかの脱出手段を使われてしまうだろう」
 ユーグが、こちらも手を挙げて応じる。
 つまり、と受けたのは望で、
「元TNo.0のおじさんがさっき言ってたけれど、≪夢の国≫……彼女を個人として捉えたらいけないのよね。
それこそ国落としをするつもり――国という概念を落とす気でいなければいけないと、そういう方向で考えてみるとどうなの?」
「そうだね……≪夢の国≫の領域から夢子君を隔離する。あるいは、≪夢の国≫を侵食して彼女の領域を奪ってしまうというのはどうだろう? 彼女の不死性を剥ぎ取れないかな?」
「いえ、元TNo.0。夢子さん自体が≪夢の国≫でもあるので不死性の剥奪はできないでしょう」
「黒服さんの言うとおりだな。つってもそれで夢子ちゃんの力を大きく制限できるってのは試合が始まった時の夢子ちゃんと今のテンション爆上げな夢子ちゃんを比べりゃあ分かる」
 スクリーンの中ではいつの間にか存在していた火山が唐突に噴火して、狙いすましたかのように噴石が射撃の集中する辺りに降り注いでいる。
 千勢はチュロスの先端でスクリーンを指し、
「そう。国土を荒らす、というのは有効な方針であるわけだ。少なくとも≪夢の国≫の核である王を引っ張り出せるか、彼の国を撤退に追い込める。
 手段としては数で侵略をかけるのもいいし、天災規模の攻撃を長時間継続させるというのもいいだろうな
――それに対する処置に耐える覚悟が仕掛ける側にも必要だが」
「そうなると、終末論系の都市伝説は応手として使えますね」
 モニカが仮に終末論を操れる者がいた場合、どのような結果になるのかを想像するように目を細める。
「王を捕らえた上で叩き込むことができれば勝てるやもしれません」
 ユーグがモニカの肩に手を置き、大樹と徹心、舞が思考の正しさを肯定するように頷く。

577T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 00:29:09 ID:WkzAuzrk
「でも」
 舞が言い、その後を千勢が引き継ぐ。
「馬鹿息子はそれらの大規模な攻撃手段を持っていない」
 食後の酒に手を出した千勢が「代わりに私が出ておけばよかったか……」とのたまい出すのを見るに、彼女は良い気分のようだ。
 野球観戦をするおじさんとか、そんな気分なのだろう。
「Tさんは、攻撃の規模で国を傷つけることは叶わないのですよね」
「ええ、そうなると、彼は別の手段を考えなければなりません」
 モニカの言葉に答えを理解しているらしいユーグが応じる。
 騎士が答えを知っていると見て取ったモニカは眉間に皺を寄せて考え始め――会場がどよめく声を聞いた。
 見ると、城が浮いていた。

   ●

「以前からこのお城、なかなか攻撃力が高いんじゃないかと思っていたのです」
「その思考の出所如何では試合後に少し説教の必要があるかもしれんな」
「より尖ってるから眠り姫版よりも灰かぶり姫版の方が強いという結論に満場一致で達しまして」
「皆まとめて反省会だ」
 灰被り城が宇宙船と海賊船の艦隊に上下逆さまで吊り上げられている。
 上下逆さなのは先程の発言どおり、尖った方が下の方が攻撃力が強そうだからだ。
 ……そろそろ建て直しを検討していましたし、よい機会ですね。
 そんなことを思いながら、夢子は空に鎮座坐する白亜の城を見上げた。
 視界の端でTさんが放つ光弾が城の先端をかすって空に消えていく。
 フロートと住人からの攻撃は続いていて、時たま爆発音などが聞こえてきているが、
Tさんの声はその中から無事を報せるように聞こえてくる。
 返答一つに応じるようにパレードのフロートが一つ破壊される。
マスコット勢が居ないとはいえなかなかのハイペースだが、フロート破壊の間隔は攻撃開始時よりも開いている。
 彼は常に動き続けて体力を削られているのだ、このまま時間をかければ制圧することも可能だろう。
 そう、国という概念の前では一個人が抗しきれるはずがない。
 そうは思うが、
 彼とは倒し、倒され、助けられ、共闘した仲だ。その強さは理解している。
彼ほどの英雄ならば一国を一人で相手取ることも可能かもしれない。
 ……油断はなりません。
 今後、何かしらの手段による形勢逆転の可能性がある以上。
物量で押さえ込んでいる今、大物で押し潰して早々に決着をつけるのが最善の一手。
 だから、
「城の落下が目に見えているのに降伏をしないのも、きっと生き残るあてがあるからですよね?」
 そんな信頼をもって、
「これにて終幕です!」
 遠慮なく、夢子は城を落とした。

578T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 00:30:24 ID:WkzAuzrk

   ●

 落下したおとぎ話の城は、地面を打撃しながら砕けていった。
 地面が鳴動して、土砂と建材と住人が土煙のように舞い上がる。
 巨大な建造物が自重によって先端から順番に潰れては崩壊していく様子は、
子供の積み木遊び染みたコミカルさと相まって現実感がなく、しかし崩壊に巻き込まれていく建物を見るに見まごうことなき現実だ。
 収まる気配がない土煙を眺めながらユーグが呆れ顔で言う。
「今日はよく建物が投げつけられる日ですね」
「祭りだからな。ほら、トマト投げる国もあるんだから城投げる国もあるさ……っと、ありゃあ……」
 舞が目を凝らす。
 ≪夢の国≫では、収まらない土煙に紛れて人の形をしたもやが発生していた。
 よく見ると、崩れた城の窓やら隙間やらからもやは出てきているようで、それらは普通の
≪夢の国≫の住人とは違う体の欠損のしかたをしている。
 具体的には、体や顔に分かりやすく包帯などを巻いており、
「なんつーか、分かりやすく衣装を整えた幽霊って感じだな」
「あれならば、落下に巻き込まれようとも瓦礫に埋もれようとも動き続けることができるね」
 舞が感想し、徹心が評する。
 1000人目を求めているという都市伝説が囁かれる、≪夢の国≫の999人の幽霊達だ。
「お兄ちゃん、だいじょうぶなの?」
 城の落下が収まって惨憺たる光景の一部が見えるようになったせいか、リカちゃんが流石に心配そうに訊く。
 そんな人形の小さな頭を撫でて舞は頷いた。
「大丈夫大丈夫。リカちゃんも知ってるだろ?
 寺生まれはすげえんだ」

579 ◆HdHJ3cJJ7Q:2016/10/23(日) 17:43:03 ID:wSweiFtw

突如降り始めた豪雨によって視界は遮られた。
海賊船からの砲撃によって、豪雨の奥に一瞬だけ大きな影が見えたが、黒服Yにはそれが何なのかは分からなかった。
他の参加者の会話の内容を聞くに、シーサーペント型のクラーケンらしいことは分かった。
そもそも分からないなら黒服Yも会話に加われば良いのだが、最初にタイミングを逃して以降、どうにも入れないでいる。
どうせ参加しても新しい情報を出せるわけでもないし、自分が考えたことは誰かが似たような事が言ってるからなど思って、結局そのままである。
そんな状態のまま黒服Yはシーサーペントのか影が見えた方向を見ていたが、あまりダメージを与えられてないように感じた。
攻撃をしようとする気配が衰えてないからだ。
そして、足下からも這い上がってくるような悪寒を感じた時、すぐさま操舵室の屋根から飛び降りた。
いきなりの行動に着地地点の近くにいた者が驚いていたが、構わず船の縁に駆け寄り下を覗きこんだ。
何が居るのかは分からないが、何かが下から攻撃しようとしているのは分かった。
波打って奥がほとんど見えない海面にライフルを向けると、

「クラックショット(破砕弾)装填! ごめん、ちょっと足支えてて!」

クラックショット。
貫通力の高いアーマーショットに対して、クラックショットはほとんど貫通力を持たない。
かわりに、着弾時に弾丸の持っているエネルギーを全て解放する。
つまり着弾した箇所で破裂し、その衝撃でダメージを与える技である。
今、ライフルを囲むように、数十発の弾丸が現れている。

「ちょっと揺れるかも。クラッカー!」

技名の合図と共に、すべての弾丸が海中へ発射される。
弾丸は、迫ってくるクラーケンへと向かっていき、その直前で全ての弾丸が一点に集まり、お互いに衝突しあい、一斉に破裂した。
重なりあった衝撃は、指向性を持った衝撃波となって、クラーケンの眼前で炸裂した。

続く

580T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:27:16 ID:WkzAuzrk

 夢子は逃げていた。
 転移に転移を重ね、倒れた建物を壁にし、崩れきれずに残った城の一室に隠れるが、その彼女を追って光の玉が群れになって追ってくる。
「撃って!」
 号令に応じて空から大砲や光線が降ってきた。
 光弾を上から叩き潰すつもりだった砲撃は、しかし光を消すことはできずに地面に突き刺さる。
 思い起こせば、おかしかったのだ。
 Tさんの光弾は、願いさえすればその通りに飛ばすことができる。にもかかわらず、
制圧戦に持ち込んでからというもの、彼の光弾はこちらに当たっている様子がなかった。
 願掛けをする余裕すらないのだと判断していたが、こうなってみて理解が及ぶ。
彼が砲撃に押し込められている間に放っていた光弾は全て夢子を囲い込むために放たれていた。
 それに気付いた時には既に手遅れだった。
 ……失敗しました。
 城を落として自分から今回投入したパレードと住人の大半を一時戦闘不能にしてしまった。
 現在行われている空からの砲撃で彼を倒すのは、建物からのそれでも仕留めることができなかった以上、難しいだろう。
「というか、城の下敷きになってどうしてあの方は生きてらっしゃるのでしょうか」
 あの人は、そう、あくまで一生命体のはずなのに。
 砲撃に紛れてゴーストがTさんに襲いかかっているはずだが、彼に対して幽霊を差し向けるのは流石に相性が悪い。
 光弾の囲みから転移しつつ、こうなればTさんの所に自ら飛び出してみようかと考えていると、目の前に当のTさんがいた。
「あ……」
 砲撃が彼を避けて降る中、両手に幽霊を掴んで消滅させたTさんは夢子を迎える。
「導いてくれる幸福を招くことに成功したようだ」
「幽霊を掴まないでくださいよ、不条理ですねえ」
 既に光弾が追いつき周りを囲っている。
 Tさんの体は各所が光っており、夢子が何らかの動きを見せればその瞬間に彼女に攻撃が殺到するだろう。

581T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:28:09 ID:WkzAuzrk
 ……逃げることは、たぶんできますね。
 が、この光の群れだ。すぐに囲いは追いつくだろうし、態勢を立て直すことを考えれば彼の可視範囲外まで逃れておきたい。
 しかしそれはルール違反。≪夢の国≫のアトラクションとしては興行失敗だ。
 ……いつの間にか形勢逆転ですね。
 悩む夢子にTさんの言葉が来る。
「意趣返しでもあったんだ。≪ケサランパサラン≫との契約者としての俺が≪夢の国≫に勝てるのか、とな
 だが、俺一人では君にはどうやら届かないようだ」
 Tさんは肩をすくめた。
「なので、ここからはいつかの祭りの続きをしようと思う」
 そう言って、Tさんは口端を吊り上げた。
「以前は革命になってしまった国落としの続きだ。
 あの創始者のように住人達に裏切られてくれると俺としては楽なのだがな。
どうだろうか、≪夢の国≫。今ひとたびの落陽を迎えないか?」
 その言葉に、夢子は自身でも珍しいと思う感情を得ていた。
「……そのようなことを言わないでください」
 一度溢れれば、言葉は止まらない。
「あのような方と、一緒にしないでください」
 淡々と感情を言葉に変換していくごとに。この場を一時やり過ごそうという考えが選択肢から消えていく。
「私達は、あのような在り方を変えようとしてここまで来たのです」
 変化を否定できる者はいないと胸を張って言えると夢子は思う。万人にそう思われるよう努力をしてきた。
 だからこそ、
「私を解き放ったあなたが、それを言わないでください。なにより」
 両の手を広げて大切に思う皆に王は告げる。
「≪夢の国≫の皆は、これまで誰一人として、≪夢の国≫を裏切ったことなどありません」
 彼らが反旗を翻すとすれば、それは為政者に対してのみだ。
「そして、皆の信任を受けた私は王として告げます。私はこの国の旗を巻くことはありません」
 夢子が手を上げると袖の中から抜き身のナイフが飛び出した。
「たとえ相手があなたの全てでも、です!」
 感情の正体を怒りに近しいなにかだと感じながら彼女は転移を行う。
 Tさんの背後に回ってなんの変哲もないナイフを――狙いを定める余裕もなく突き刺そうとする。
 突き立てることができれば内蔵売買の都市伝説で相手の力を奪い吸収して勝ちが決まる。
 が、Tさんの体は夢子が触れる寸前に振り返った。
「今後の課題は夢子ちゃん本人の近接戦能力かな」
 そして、試合開始直後に見せられたあの認識できない動きで光が放たれる。
「破ぁ!」
 反応出来ないそれは、しかし夢子にしてみれば食らって尚自身の攻撃を続けられる一撃のはずだった。
 だが、
 ……え?
 その一撃は、先程夢子を呑んだ光の一撃とは種類が違った。
 バラバラに刻まれても行動を繋げられるはずの体が動きを止める。
 自身を確立させるための大切な何かが失われたような脱力感。
 それは、夢子をして自身を構成する目に見えない要素が直接削られるという、未知の感覚を得る一撃だった。
「――――」

582T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:30:50 ID:WkzAuzrk

   ●

 倒れた夢子にTさんが近づいてくる。
 周りには光の玉が油断なく浮いており、その外には住人が集い始めている。
 空にはファンタジーとSFの混成艦隊があって、土台部分が残った城が噴火と決壊した水路の音を背景に哀愁を漂わせて聳えている。
 自分が暴走してしまった際に見る最期の景色はきっとこれだろうとぼんやり思いながら、夢子は口を動かす。
「≪寺生まれで霊感の強いTさん≫……その力、今回の戦闘で今、始めて使いましたね」
 挑発に乗って啖呵まで切ってこれだ。夢子は自身の至らなさに呆れてしまう。
それでも住人達が伝えてくる意思が彼女を心配するものであると知覚して、先程の感情を洗い流すような笑いが込み上げてきた。
「都市伝説殺しの力を使うにあたって逃げられなくなるタイミングをはかっていたんだ。いきなり使ってこれを警戒されてしまうと勝ち目がなくなってしまうのでな」
「私は死が遠いので、いろんな殺され方を体験したつもりなのですが、初めての感覚です……戦ってみてわかりました。なるほど、貴方の在り方は私たちとは少し違うのかもしれませんね」
 都市伝説として己を構成している部分を抉られている。この感覚を言葉に替えるには己の中に体験が足りなかった。
 ……せめてこれを受けた経験が過去にあれば、あんな行動はとらなかったのにな。
 そんな一撃を食らわせたTさんは降ってくる噴石を砕きながら「大した違いはないさ」と言い、頭を下げた。
「それよりも、先程は済まなかった。あのタイミングを逃せば勝てないと思ったんだ」
「いじわるを言う人は嫌いです」
 首を背けると、Tさんはどう言葉をかけようか迷うように唸り、
「あー……今度、舞やリカちゃんと一緒に遊びに行くので許してはくれないか?」
 夢子は深く息を吸い込んだ。
 一瞬吸い込んだ空気が体内に取り込まれずに漏れだしていくような感覚に襲われる。
 負傷の種類としては自分の内蔵売買の都市伝説と同列の攻撃だろうと思うが、これはきつい。
 ……≪冬将軍≫様は、よく耐えたものですね。
 違和感無く動かすことができるようになった上半身を起こして砲撃も噴火もやめさせると、さて、と状況を確認する。
 Tさんは自分を狙っている。
 自分は中途半端に転移で逃げると光弾の陣に囚われるだろう。遠くに逃げるのは試合の形にならない。……やはりルール違反だ。
 住人に光を破壊させようとすれば住人が光を食らう。不死の住人とはいえ、あの攻撃では再生も一瞬では済むまい。
 空の船を落とすことを含め、住人たちが総攻撃をしても、これまでの様子を見るに、Tさんは逃げ延びられる。
いつまでもは続かないだろうが、この距離で互いに喰らい合えば形成不利なのは彼が作った檻の中で王という核を天敵に対して晒し続ける夢子だ。

583T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:31:49 ID:WkzAuzrk
 Tさんの困り顔を納得として、夢子は言った。
「よろしい。特に許します。そして……私の負けですね」
「そうか」
 Tさんは体から力を抜くと、大儀そうに伸びをした。
「なんとか、判定で俺の方が優勢か」
「ええ。悔しいですけれど、今後の課題も見えました。それで良しとしましょう」
「そうだな。近接戦闘もだが、挑発にも乗らない落ち着きが必要だな。煽るのならば母さんが天下一品だ、今度語録を作らせようか」
「挑発はですね、あなただから熱くなってしまったのですよ」
 Tさんは夢子の発言の意を取りかねたのか首を傾げた。
 それに対して答えるつもりはない。夢子はTさんの疑問を微笑で流す。
 先の発言を意味を正確に伝えられる必要のない言葉だと判断したのか、Tさんは話題を変えた。
「が、まあ無名の俺が勝つと正直まずい。≪マヨヒガ≫も満員御礼になったら安穏な生活が崩れるし、
≪夢の国≫を与しやすいと考える手合いが荒らしにこないとも限らん」
「そうですね。私も格闘戦を指南して頂きたいですし、そのためにもお互いの安穏とした生活は護らなければなりませんね」
 笑う夢子が「どうぞ」と示すと、地面には棺が現れていた。
「キスすると目が覚めると評判のベッドです」
「寝ないようにしなければな」
 Tさんが苦笑して棺型ベッドに寝転がると、周囲に浮遊していた光が消え失せた。
 同時にもやと土煙が沈静化する。
 アトラクションの終了だ。

『≪夢の国≫の勝利です!』

584T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:32:28 ID:WkzAuzrk
 実況が告げるのを聞きながら、目を閉じたTさんが思い出したように言う。
「カメラを返しておくように。それと、この異界も返還しよう」
「はい。では、会場に戻ったら宴とまいりましょう。舞さんがおいしいお酒をお持ちのようですよ」
 Tさんが頬を緩めた。
「それは楽しみだ」
 弓なりに曲がる瞼を見やりながら彼女が手を打つと、≪夢の国≫は異界を返還して消え去った。

   ●

「さて、じゃあ俺そろそろ行くわ。また会おうぜ」
 試合終了を確認した舞が手を振ると、彼女が連れて来ていた者達がそれぞれ礼を言って会場に散り始める。
 気付けば買ってあった食料がなくなっている。相応の時間が経ったのだ。
「夫婦水入らずにしてやらねえとな。俺達は一足先に宴だ」
 そう言いながら舞が足を向ける先にはTさんと夢子が居た。
「お久しぶりです」
 そう大樹たちに挨拶をしたTさんは、舞から瓶を渡される。
 どういう経緯でもらった酒なのかの説明を聞き、Tさんは実に嬉しそうに笑った。
「それはそれは、礼状を出さねばな」
「だな。せっかくもらった酒だし、一足先に俺達は俺達でお疲れ様会して飲んじゃおうぜ」
 舞が言うと、夢子が心底無念そうに言う。
「舞さん、申し訳ないのですが私はこれから少し、マスコットの皆からお説教を受けなくてはいけないようです」
 夢子が≪夢の国≫の屋台の方を見るので舞が目で追いかけてみると、屋台に詰めているマスコットが妙な威圧感で夢子を見ていた。
「あー、そりゃついてねえな」
「いえ、いいのです。後の説教のことを考えなくなるくらいに楽しかったのですから」
 夢子は舞に微笑みかける。
「次回は舞さんもリカちゃんも、一緒にアトラクションを楽しみましょうね」
「あんまり激しいもんじゃなけりゃ遊びにいくぜ」
「そうおっしゃってくれるから大好きです」
 そう言って夢子は舞に抱き着く。
「絶対に、ぜったいにまた来てくださいね?」
 犬か猫のように体を擦り付けると、リカちゃんを舞の肩から攫い上げ、夢子は名残惜しそうに舞から離れた。
「では、苦行に挑んでまいります……。リカちゃんも一緒に、ね?」
「おつきあいするの」

585T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:33:05 ID:WkzAuzrk
 仕方ない、というように応じたリカちゃんを撫でると、夢子は大樹と望に向かって頭を下げ、
「それでは、また後で。あなた方もしばらくは夫婦水入らずでお過ごしください」
 夢子はリカちゃんを胸元に抱いたまま忽然と姿を消した。
 そして気付いてみれば、周りには大樹・望夫妻と自分達しか居ない。
「……あ、そうか、だからリカちゃんを連れてったのか」
「の、ようだな」
 Tさんと舞は顔を合わせて笑い合う。
「そんなもの、今更気にしなくてもいいのにな」
 とはいえ、せっかく気を遣ってもらったのだからと、舞はTさんの腕に両手を絡めた。
「で、どっか怪我とかしてねえのか? ん?」
「わざわざ言わなくともその内治る」
「じゃ、それまでどっかで木陰で休もうぜ。ほら、Dさんと望嬢ちゃんみたいな感じでさ。俺が枕になってやるよ」
 そう言ってその場から離れながら、舞は大樹と望に手を振った。
「邪魔したな。また、今度はキナ臭くない時にゆっくり茶でもしようぜ。
なんなら家に来てくれてもいいしさ」
 むしろ大樹については≪マヨヒガ≫の家具を持って帰ってもらうべく無理矢理宴会にでも招こうかと考える舞の背に、二人の声が届く。
「ええ、よろしくお願いするわ。またね」
「お元気で」
 見送りの言葉に「おう」と答え、舞とTさんは会場のいずこかへと姿を消した。

586戦技披露会・観客達  ◆nBXmJajMvU:2016/10/24(月) 00:16:53 ID:A4dblyFY
 「先生」による診察を終えて、アンナはぐぅ、と背伸びしながら観客席へと戻っていっていた
 ついでに、「夢の国」が出している屋台で何か買っていこうかと思って、そちらへと足を向けた時だった

「アンナ」
「え?……あ、お父さん」

 声をかけられ、立ち止まる
 肩まで伸ばされた金の髪は毛先が赤や緑など色とりどりカラフルに染められている……と、言うか、そもそもその金髪自体、確か染めたものだったとアンナは記憶していた
 褐色の肌も、日焼けによるもの。元は色白だと聞いている
 自分の父親だと言うのに、せいぜい20代後半くらいに見えるのは………何故だろう
 飲まれた訳でもないのに妙に若々しい点に関しては、「血筋ではないだろうか」と言うのが祖父の言い分だった。そういえば、祖父も年齢のわりにはだいぶ若く見える

 とまれ、アンナを呼び止めたのは彼女の父親である日景 翼だった
 「首塚」においては古参メンバーの一人であり、「首塚」首領の平将門の側近の一人でもある
 アンナにとっては、誇らしい父親である

「「先生」に診察してもらってきたか?」
「えぇ。遥に言われたから」
「言われる前に行けよお前も。全身溶かしたとなると、何か異常起きる可能性高ぇんだぞ」
「はーい。特に異常感じなかったし、大丈夫だと思ったんだけどな」
「油断はするな、って遥共々、言われてんだろうが」

 わかってる、と苦笑してみせるアンナ
 アンナ当人としては少し心配しすぎでは?とも思うのだが、翼は翼で都市伝説の影響が知らず知らずのうちに強くなっていた事があるそうなので心配なのだろう
 …それに、遥の件もあるのだし、心配しすぎくらいがちょうどよいのかもしれない

「とりあえずさ、「先生」が大丈夫、って言ってくれたんだから大丈夫よ。そういうとこで嘘つく人じゃないもの、「先生」は。性格色々問題あるけど」
「……まぁ、たしかにそこは安心か。性格には問題ある奴だが」

 当人が聞いていたら笑いながら抗議しそうな事で父娘同意する
 事実、あの「先生」は若干性格に問題があるのだから、仕方ない

「私は、これから「夢の国」の屋台で何か適当に買って戻ろうと思ってたけど。お父さんは?」
「俺は、ちょっと話したい奴いるからそいつ探してた………糞悪m,メルセデス見てないか?」
「氷の司祭様?……試合に出てたのを見た以外は、見てないけれど」

 なにせ、あの試合は一瞬で終わった
 メルセデスは傷一つついていなかった為、治療室にも行っていないだろう
 案外、自分の出番はもう終わったから帰っているかもしれない

「そうか………わかった。もうちょい探してみる」
「見つけたら連絡する?」
「あぁ。頼んだ………っと、そうだ。お袋も来てるから、見かけたら適当に挨拶しとけ」
「マドカさんも来てたんだ。わかった」

 年齢の割には気持ちが若く(父に言わせれば「年甲斐もない若作り」らしいが)、祖母と呼ぶには抵抗がある祖母が来ていると知ってアンナは少しうれしい気持ちになる
 きちんと、挨拶しておかなければ

 それじゃあ、と別の道へと歩きだした父を見送り、自分も屋台へと歩きだして

「……そういえば、お父さん。氷の司祭様に何の用事なのかしら」

 と、小さく、アンナは首を傾げた


「そうかい。そっちも大変なんだねぇ」
「えぇ、多少は………でも、マドカさんだって、旦那様が社長ともなれば、大変なのでしょう?」
「あたしゃ、会社の経営関連はさっぱりだからねぇ、その方面は一切ノータッチだから」

 楽させてもらってるよ、とマドカが笑う
 その様子に、彼女もまた小さく笑った
 今でも占い師を続けている彼女だが、夫は「大」がつくレベルの富豪である
 彼女は彼女で、それなりに気苦労があるはずの立場だ
 果たして、どちらの立場の方がより気苦労が多いか………となると、そこは個人差が出るところになるが
 ただ、一つ言えること
 それは、二人共立場ある人間の妻であると同時に、自分も旦那も都市伝説契約者である、と言う共通点があり

「近頃は、「狐」とやらの方でむしろ神経尖らせてる感じだねぇ、あの人は」
「あぁ………それは、あの人も同じですね。「薔薇十字団」も関わっている「アヴァロン」と言う場所に、「狐」に誘惑されかけた人が入り込みそうになったとかで……」
「……そういや、うちの人もそんな事を言ってたねぇ………ヨーロッパの方の色んな組織が混乱しかけたそうだね。「レジスタンス」なんて大変だったとか」

 自然と、このような会話になることもある
 どちらも亭主がヨーロッパを拠点とする組織とつながりがあるから、余計なのだが

587戦技披露会・観客達  ◆nBXmJajMvU:2016/10/24(月) 00:18:13 ID:A4dblyFY
「今は日本の、それも学校町に来てるんだろう?あんた、占いは昔通りテントでやってるって言うけれど、大丈夫なのかい」
「えぇ………「薔薇十字団」の方が、警護についてくださっていますので、なんとか。マドカさんは……」
「こっちも、亭主の部下が警護についてくれてるから、なんとか」

 約20年ぶりの、学校町での大事件だ
 あちらこちらバタバタとしているし、危険も増える

 ………マドカにとっての孫も巻き込まれた二度の事件は、彼らにとっては大事件であっただろうけれど、学校町全てを巻き込む程ではなかった
 これほどまでに大きな事件は、本当に久しぶりなのだ

「……色々、心配ではあるんだけどね」
「あるのですけれどね」

 戦技披露会、その観客席から試合を見ながら、2人はそっと笑う

「…割合、大丈夫そうなんだよねぇ」
「そうなのですよね」

 なにせ、平和な学校町であっても、これだけの若い契約者が存在している
 そして、少し悲しい事ではあるが戦い慣れている
 …きっと、大丈夫なのだろう

(………そう、きっと、大丈夫)

 大丈夫なのだ
 彼女は、そう信じるしか無い

 …………たとえ
 たとえ、学校町の今後を占ってみた、その際に引いたカードが
 いつの間にか混ざっていた、白紙のカードだったのだと、しても


 もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ
 ハムスターのごとく、ご飯を食べているちみっこがいる
 赤いはんてんを羽織ったそのチミっ子は、それはそれは美味しそうに、「夢の国」の屋台で買ったパストラミのサンドウィッチを食べていた
 その様子に、彼女を膝の上に座らせている赤いマントの男は少しほっとする
 ようやく、「夢の国」に対するわだかまりが薄らいできた証拠だろう
 そうじゃなければ、「夢の国」が提供する物を口にするのも嫌がっていた可能性が高いのだから

「ん、これ美味しいのです!赤マント、そっちのチョコクロワッサンとスイートポテトパイもよこすのですよ!」
「赤いはんてんよ、買ってきた物を君一人で食べ尽くすつもりかい?あんまり食べすぎると、いくら都市伝説とは言え太………よーし、落ち着こうか、はんてんをひっくり返そうとするのはやめたまえ」

 はんてんをひっくり返して「青いはんてん」状態になろうとした赤いはんてんに、そっと要求された物を差し出す赤マント
 赤いはんてんは、ぱぁああああ、と表情を輝かせてそれらを受け取ると、またもきゅもきゅもきゅ、と食べ始めた
 ……このライスブレッドだけでも、奪われる前に食べておこう、と判断し、赤マントはそれを己の口へと運ぶ

「はむ……に、しても。すげー戦いっぷりなのですよ」
「うむ、そうだな。やはり私は参加せずとも正解であった」
「赤マントだったら、数秒でノックアウトな可能性もあったのです」

 まぁな、とあっさり答える赤マント
 X-No,0ことザンとのスペシャルマッチに参加しようかとも考えたが、結局やめたのだ
 今現在、学校町を騒がせている問題の一つである赤マント事件、それに自分が関わっていない事を示すチャンスではあったが、相手が相手なので「役に立てそうにもないな!」と判断して男らしく参加しない事にしたのだ
 ……なお、余談であるが。赤マントが参加していた場合、転移能力でもって一瞬でザンに接近できる為、一瞬で勝負をつけることができたのだが、赤マントはそれに気づきつつもスルーしていた
 根本的に、当人が戦闘に向いていない……ということにしているのだから、仕方ない

「「狐」とか、久々に騒ぎが色々あるですからね。あんまし外出歩けないし、こう言う時だけでも思いっきり羽目をはずすですよ。だから、後でまたもうちょっと「夢の国」の屋台の食べ物買いに行くですよ!」
「全くもってその通りだな。我々のような契約者なしの都市伝説はおとなしくしているに限る。で、赤いはんてんよ。その屋台に払う代金だが」
「当然、赤マントが払うのです」
「うん、わかっていたがね!」

 ……まぁ良い、彼女が元気であるのなら
 赤マントはそう結論づけて、己の財布が瀕死となる覚悟を決めたのだっ



to be … ?

588世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:34:30 ID:epUM/I5c
「【忍法】は便利な能力だよね。あれ一つだけで、何でもできる」

 黒服達が去った後、空井は羨ましがるように言った。
 ちなみに、今は移動中。
 空井の案内に従って行動している。

「撤退まで煙でドロンだもん。僕も、あんな能力が欲しかったな」

 確かに、【忍法】は万能だ。
 敵のアジトに潜入したいのなら透明化、翻弄したいのなら影分身、捻り潰したいのなら遁術と様々なことが出来る。
 隠密はもちろん、戦闘でも活躍が期待できる能力だ。
 口寄せの術も使えるとなれば言うことなし、ただ一人で戦場を掻き回せる。
 他の契約者からすれば理想の都市伝説だろう。
 ただ、空井が口にすると皮肉にしかならない。

「お前には、今の能力がベストだろ」

 二年前、俺はこいつの能力を両方見た。
 【催眠術】と【■■■】。
 どちらも、土台をひっくり返すためにあるような都市伝説だった。
 その上、空井はどちらも使いこなしている。
 正直、敵に回したくない人間の一人だ。

「うん、わかっているよ」

 実感を込めた俺の言葉に、空井は薄笑いを返した。

「わかっているんだ。でも、裏方ばかりやっていると申し訳なくてね」
「相方にか」
「うん」

 相方、いくつかの光景が思い浮かぶ。
 爛爛と燃える炎、■■の■■、■■によって強化された身体能力。
 どれも、脳裏に焼き付いてる。 
 彼女に付けられた、「最高」という二つ名もだ。

「系統や能力の関係上、仕方ないとはわかっているんだけどね」
「だったら、気にするな」
「……その返しは酷くない?」
「酷くない」

 俺は、一息に言い切った。

「お前が気にすると相手も気にするだろ」
「……」

 空井が、呆然とした後に苦笑した。

「そっか、そうだね。まさか、君に指摘されるとは思っていなかったよ」

 「最悪」という二つ名をつけられた少年は、ひどく愉快そうに顔を緩ませた。

589世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:35:46 ID:epUM/I5c
「ところでさ、六本足の契約者」
「なんだ」
「まだ、自分だけで歩けない?」
「ああ」
  
 空井の肩に寄りかかりながら、俺は首肯する。

「戦闘が終わったら、反動がどっと来たからな」
「まー、相手が凄腕だったから無理もないか」

 横を歩く契約都市伝説も頷いた。

「戦闘中は、アドレナリンやエンドルフィンで誤魔化されてたのかな。君の場合、特にすごそうだし」
「そうなのか」
「いや、質問を質問で返さないでよ……。っと、あれだよ」

 路肩に停る黒塗りのベンツを、空井が指さす。

「あれで、君を途中まで送るよ。中には、治療薬もあるから」

 ドライバー席から、初老の男が降りた。
 後部座席のドアを開け、俺達が来るのを待ち構えている。

「一ついいか」
「なんだい」
「お前の依頼主ってヤク――」
「いや、違うから」

 真顔で否定された。

590世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:39:27 ID:epUM/I5c
「はい、じゃあこれ飲んで」

 ベンツの車中。
 同じく、後部座席に乗っている空井から青い瓶を渡された。
 
「なんだ、これ」
「さっき言ってた治療薬だよ」
「どう見ても、ただの清涼飲料水だ」
「飲むタイプのお薬なんだよ」

 押し問答を繰り広げた後、俺は試しに口をつけてみた。

「どう?」
「ソーダだ」

 紛れもなく、炭酸飲料。
 爽やかな喉越しと、癖のない味がいい感じだ。

「そうじゃなくて、傷の治り具合」
「こんなので、傷が――」

 言いかけた時だった。
 
「治ってるな」

 本当に、傷が塞がり始めたのは。
 痛みがどんどん消えて行き、皮膚が再生していく。
 他の都市伝説性の薬と比べても、恐ろしい程に効いていた。
 左腕の嫌な感触も消えていく。
 どうやら、軽い骨の罅なら治せるらしい。

「一体、何を飲ませたんだ」
「【エリクサー】のソーダ割り」

 返答は、予想以上に酷いものだった。

「冗談なら受け付けてない」 
「いや、本当だって。雇い主が、面白半分に作った品物でね。一時期、試しに売ろうとしたらしいよ。裏の人間に」
「値段は」
「日本円にして、一本百万円」

 俺の感想はシンプル。

「安いな」
「うん、だから周りの人達に止められたみたい。割と本気で」

 【賢者の石】と同一、又はそれから抽出した物の値段としては安すぎる。
 錬金術師に殴られてもしょうがない話だ。

「でも、やっぱり君はこっち側の人間だね」

 唐突に、空井が言った。

「あっさりと、安いと言う辺りが」
「契約者だからな」

 霊薬の価値くらいわかる。

「……そういう事にしておこう」

 空井が、何か言いたげな目をしたが構っている暇はない。
 俺も、そろそろ聞きたいことがある。

591世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:41:37 ID:epUM/I5c
「でだ」
「何?」

 こちらの声音で感じ取ったのか、空井の態度が変わった。
 緩んだ気配が一瞬で引き締まる。
 切り替えの早い奴だ。

「結局、お前の依頼主は俺に何を求めているんだ?」

 これを、ずっと聞きたかった。
 足元の契約都市伝説も頷いている。

「お前の話だと、依頼主は俺と面識がない奴だ。なぜ、そんな人間が俺を気にする。手助けをしようとする」

 俺の問いに、空井は額に手を当てた。

「まあ、気になるよね。でも、それには依頼主の事を説明しないと駄目なんだけどいいかな?」
「ああ」

 目的地周辺には、まだ距離がある。
 聞いておいて損はない。
 一つ呼吸をして、空井は話し始めた。

「まず、今回の依頼主はひどくお金持ちなんだ」
「それはわかる」

 面白半分で、【エリクサー】をどうこう出来る奴だ。
 富豪でない訳が無い。

「そして、お金持ちにはよくある事なんだけどさ。とてつもない道楽家なんだ。それも、すごい変な方向の」
「変な方向」
「そっ。依頼主はさ」

 趣味で正義の組織を運営してるんだ、嘆息紛れに空井は言った。

「二年半前、この街に来たのも依頼主の仕事。この街に蔓延る悪を退治しろってね」

 金払いはいいんだけどさ。
 呆れた声に、ジェスチャー付きだった。

「随分、おめでたい頭をした奴だな」
「と、思うだろ? ところが、そうじゃない。別に、善人でも偽善者でもないんだよ。依頼者は」
「というと」
「……正義の組織を設立した理由がさ。商売であくどいことをし飽きたから、なんだよ」
「なんだ、それ」

 想像していた以上に、ろくでもない。

「僕に言われても困るよ。ただ、正義感の欠片もない人間だとは明言できるけど。組織を設立したのは、単なる面白半分だろうし」
「面白半分か」

 話が見えてきた。

「つまり、俺を手助けするのも面白そうだからってことか」
「そっ、君の選択の行先を見たくてしょうがないんだ。あの件以来、いやその前から依頼主は君に注目していたから」
「趣味が悪いな」
「同感だよ。ちなみに」

 信号が赤になり、車が停止した。 

「君も、組織も、彼女をどうこう出来なかった場合はさ。僕らが倒す事になっている」

 依頼主曰く、彼女は「世界の敵」らしいよ。
 おどけた口調で、空井は言った。

592世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:45:10 ID:epUM/I5c
 車は、街外れの峠道で停まった。

「さ、降りて。いい所まで案内してあげる」

 空井の先導に従い、俺と契約都市伝説は数分程歩いた。
 着いたのは、見晴らしがいい開けた場所。
 眼下には、例の森もある。

「いい場所でしょ、ここ」
「ああ。で、俺にどうしろと」
「簡単な話だよ。ここから、あの場所まで飛んでほしいんだ」

 軽い頼み事のように、空井は口にした。

「君に会う前、森の周辺をチェックしたんだけどさ。黒服がガッチガッチに囲っていて、通り抜けるのが難しそうだったんだ」
「だから、空からか」
「そっ。流石に、上空は警戒していないだろうし。地上からよりは相当マシ。このために、助っ人も呼んでおいたから」
「助っ人」
「うん、空を飛べるね。もう少しすれば、来ると思うよ」
「ん」

 どうやら、突入までは完全にサポートする気のようだ。
 当然といえば当然、空井の依頼主は俺の選択を見たいのだから。
 恋人と会う前に死なせる気は無いんだろう。

「一応、言っておくと僕達が手伝うのは突入まで。後は、自分で何とかしてね」
「ああ」

 元から、そのつもりだ。
 空井は、満足したように頷いた。

「よし。助っ人が来るのを待――」
「じゃあ、行ってくる」
「へ? あの、話聞いてた? 助っ人は、まだ来てないよ」
「必要ない」

 俺は、最初から空を飛んで突入する気だったのだから。
 ポケットから、真紅の羽を取り出した。

「それは、火遁を吸い込んだ」
「ああ。【迦楼羅】、【ガルダ】の羽だ」
「やっぱり、そうだったんだ。でも、羽だけでどうするつもり? 流石に、それで空は飛べないでしょ」
「飛べないな。飛べないが」

 膝を曲げ、契約都市伝説と目を合わせた。
 つぶらな瞳が、俺を見つめ返す。
 覚悟は、出来ているとばかりに。
 俺がそっと羽を差し出すと、受け入れるように体に当てる。
 変化は、すぐに起きた。
 
「飛べるようにする事は出来る」

 契約都市伝説の肉体は、水のように波紋を立てながら羽を取り込んだ。
 一瞬の出来事。
 だが、これだけでは終わらない。
 次に、全体が赤く光り始めた。

「これは」
「こいつの特性を利用してるんだ」
「特性。……遺伝子組み換えか」
「正解」

 六本足の鶏は、遺伝子組み換えで生まれたと言われている。
 おかげで、カスタマイズが容易。
 共通点のある都市伝説を取り込みやすい傾向があるらしい。
 師匠からの受け売りだ。

「便利な裏技だね」
「試すのは、今が初めてだけどな」
「……それ、大丈夫なの?」
「大丈夫だ」

 契約都市伝説は、既に鶏としての形を保っていなかった。
 大きな光の塊となりながら、徐々に形を整えていく。

「もう終わる」

 光が消えた。

593世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:47:00 ID:epUM/I5c
「へえ」

 空井が感嘆の声を上げた。
 視線の先には一人の幼女、擬人化した六本足の鶏だ。
 変化したばかりのせいか、瞳を閉じたまま微動だにしない。
 
「まさか、人型になるなんてね」
「ああ」

 言うほど、俺は驚いてなかった。
 夢の中で、擬人化した姿を見ていたせいかもしれない。
 あの時と違い、肌が純白から褐色になっていた。

「インド風か」
「カレーみたいに言わないでよ……。あっ、目を覚ますよ」

 契約都市伝説が瞼を上げる。
 すると、真紅に染まった瞳が表れた。
 【ガルダ】の羽根と同じ色だ。
 
「ん、んー」

 次に、体を伸ばし始めた。
 両手の指を組み、前に突き出す。
 ストレッチを終わると、俺に視線を向けた。

「この姿だと数時間ぶりじゃな、主様」
「だいぶ、イメチェンしているけどな」

 軽口を交わすと、次に空井を見やった。

「久しぶりじゃな」
「うん、お久しぶり」

 それ以上、二人は口を開かなかった。
 大して、面識もないので話すことがないんだろう。
 契約都市伝説は、すぐに顔を逸らした。

594世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:52:44 ID:epUM/I5c
「ところで、主様」
「何だ」
「いっぺん、ぶっ飛べ!」

 みぞおち目掛け、鋭い拳が放たれた。

「突然どうした」

 躱しながら、俺は尋ねる。

「何かしたか」
「何もしなかったから問題なのじゃ!!」

 契約都市伝説は、肩を怒らせた。

「どうして、最初からわらわに羽根を組み込まなかったのじゃ!!」
「ん」
「ん、じゃないわ! わらわを強化していれば、もっと楽に戦えたのじゃ!!」
「あー」

 納得したとばかりに、空井が手を叩いた。

「じゃろ! なのに、この馬鹿主は強敵を相手にしても舐めプしおって! そんな余裕、なかったじゃろ! なぜ、今の今まで羽根を組み込まなかったのじゃ!!」

 詰め寄る契約都市伝説。
 俺は、面倒くさくなったので理由を話そうとした。

「それは隠すためだよ」

 しかし、答えたのは空井だった。

595世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:54:31 ID:epUM/I5c
「隠す?」
「そう、六本足の契約者は隠したかったんだよ。この裏技を、君が取り込んだ能力を」

 首を傾げる契約都市伝説に、笑顔で解説を始めた。

「確かに、最初から君を強化していれば楽に黒服を倒せたかもね。でも、おそらく全員は倒せない。数人は逃げるはずだ。すると、どうなると思う」
「そりゃ、こちらの情報が漏れるの。……あ」
「そういう事。あちらは、君が神鳥【ガルダ】の力を取り込んだ事に気づくかも知れない。すると当然、上空からの侵入を警戒することになる」
「あくまで、過程の話じゃろ!」
「うん。でも、六本足の契約者は『もしも』のケースを想定した。未来の危機を避け、今の危機を選んだ訳だ。そうだよね?」
「ああ」

 俺は頷く。

「鶏を警戒する奴はいないからな」
 
 空を飛んだり、火を吐いたりしない限りは。
 
「……なんじゃ、その言い分は」

 契約都市伝説は俺を睨んだ。
 
「力を隠すじゃと? 確かに、それはいい手なのじゃ。じゃがの」

 一呼吸をおいて、怒声が響いた。

「それで死んだら意味がないのじゃ! もっと、慎重に行動しろ!!」

 見た目に似合わぬ、激しい剣幕だった。
 眉を吊り上げ、拳を固く握り締めている。
 本気で怒っている、判断するのに時間はかからなかった。
 
「確かに、お前さんの直感は精度が高い。安安と死ぬことはないじゃろう。じゃがの、万能ではないのじゃ! 『もしも』というのなら、自分が死ぬケースも――」
「わかった」
「適当なことを言うな!」
「言っていない」
「っ! この!!」

 再び、拳が振るわれる。
 前と違い、俺は避けなかった。
 腹に軽い軽い一撃。
 続けて、連打が繰り出される。

「この! この! このっ!!」

 契約都市伝説を、俺も空井も止めなかった。
 ただただ、俺は殴られる。
 痛くはない。
 むしろ、微かな振動が心地よかった。
 
「どうして、お前は。どうして、お前は! どうして、お前は……」

 最後の打撃は、一際弱い力だった。

596世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:57:52 ID:epUM/I5c
「……取り乱したの」
「別にいい」

 数分後、契約都市伝説は落ち着きを取り戻していた。
 肩で息をしながら、顔を背けている。

「じゃがの、これだけは言っておく。わらわは、別に死んでもいいのじゃ。もう、この世に未練もないしの。じゃが、お前は」
「後、八十年は向こうに行くな」
「……その通りじゃ」
「俺もそのつもりだ」

 銀の髪に手を乗せる。

「死ぬ気はない。まだまだ、生きる理由がある」

 脳裏に浮かぶのは、自宅の居間。
 三人で過ごした日常。
 何よりも大切な時間。

「お前も知っているだろ」
「じゃが、お前さんの戦い方は危なっかしい」
「ああ」

 手に力を入れ、髪を撫でた。
 銀の髪が、揺れながら光り輝く。
 契約都市伝説が俺を見上げた。

「悪いが性分だ。今更、直せない。だから」
「だから?」
「次からは支えてくれ。俺が死なないように」
「……自分で注意をする気はないのか?」
「できると思うか」
「まあ、無理じゃろうな」

 赤い目が細められた。

「わかったのじゃ。わらわが主様を支える」
「助かる」
「ああ、大船に乗ったつもりになるのじゃ」

 薄い胸を張り、契約都市伝説は言い切った。

「これからは、本当の意味で一心同体じゃ」
「なら、いい加減名前をつけないとな」

 改めて契約都市伝説を観察する。
 褐色の肌、銀色に輝く髪、そして真紅の瞳。
 名前はすぐに決まった。

「真紅、でどうだ」
「真紅……。うむ、悪くないのじゃ」

 契約都市伝説改め真紅は苦笑した。

「少し、安直じゃがな」
「もっと捻った方がいいか」
「いや、必要ないのじゃ」

 主様がつけた名前じゃからな。
 そう呟くと、真紅は俺の手を握った。

「もう一度、言ってくれ。わらわの名前を」

 俺は、そっと握り返した。

「真紅」
「もう一度」
「真紅」
「うむ、馴染んできたのじゃ」

 そのまま、俺と真紅は手を離さなかった。
 理由はない。
 ただ、こうしていたかった。
 それだけだ。

597世界の敵END4【六本足】:2016/10/25(火) 00:00:44 ID:l/IfoibY
「主様、もう一度――」
「あのー、君達」

 割って入った声に、俺達は反応した。

「もしかして、僕の事忘れてない?」

 声の主は空井。
 げんなりといった様子の顔をしている。

「そういえば、いたな」
「すっかり、忘れていたの」
「……あのねー」
    
 ため息を吐くと、空井は俺達を窘めた。 

「仲がいいのは結構だけど人前では遠慮してもらえないかな。というか、傍目から見ているとロリコ――」    
「じゃあ、行くか。森に」
「主様、それなんじゃがな」
「……息ぴったりだね、君達」

 空井の呟きを聞き流し、俺は真紅に向き合った。

「ちょっと問題があるんじゃ」
「問題」
「ああ、羽根を組み込まれて気づいたんじゃがな。まあ、取り合えず見るのじゃ」

 真紅は、手を離し歩き始めた。
 俺から数メートルほどの所で立ち止まる。

598世界の敵END4【六本足】:2016/10/25(火) 00:01:57 ID:l/IfoibY
「よし、この辺で」

 変化は、すぐに起きた。

「へー」

 空井が感嘆の声を上げる。
 視線の先には、もちろん真紅。
 詳しく言うと、その光り輝く背中だった。
 色はオレンジ、目を瞑りたくなるほどに眩しい。
 その光の名から、飛び出るものがあった。
 翼だ。
 真紅の体を、容易に包む込むほど巨大。
 動物の翼というより光の集合体といった感じだ。
 両翼が広がると、周囲に熱気が立ち込めた。

「【ガルダ】の羽根を取り込んだだけはあるね」
「ああ」

 俺と空井が感想を述べていると、真紅は難しげな顔をした。

「立派な翼じゃろ、主様」
「ああ」
「だが、問題があるんじゃ。主様、新しい能力を発動してくれ」

 言われた通りに、俺は能力を発動する。

「ちょっと、近いよ!」

 慌てて、空井が離れていった。
 その間にも、能力は発動している。
 俺の場合、背中ではなく足に変化が起きた。
 両足の回りが光り輝き、強い熱を発している。
 都合のいいことに、履いているジーンズが燃える様子はない。
 中々、便利な能力だ。
 
「よし。では、ちょっと飛んでみるんじゃ」
「ああ」

 俺は、垂直に跳ねてみた。
 すると、身体が自然と浮き上がり宙を自由自在に飛んだ。
 ――ということはなく、普通に落下した。
 一方、真紅は翼をはためかせ辺りを飛び回っている。
 これは。

「そういうことか」
「ああ、そういうことじゃ」
「えっと、どういうこと?」

 空井の疑問に、真紅は簡潔に答えた。

「わらわは飛べて、主様は飛べないということじゃ」

599世界の敵END4【六本足】:2016/10/25(火) 00:04:00 ID:l/IfoibY
「組み込んだのが羽根一本じゃからな。効果が中途半端なのじゃ」

 地上に降りると、真紅は俺が飛べない理由を語った。

「わらわが飛べて、主様が飛べないのはそれが原因じゃろう」
「俺を抱えて空を飛ぶことは?」
「……できると思うか? この体で」

 華奢な体を見せつけるように、真紅がくるりと回る。
 白のワンピースがふわりと揺れた。

「確実に墜落するのじゃ」
「そうだな」

 世の中、都合のいい話は続かないらしい。
 
「どうやら、当てが外れたらしいね」

 そこで、空井が割って入ってきた。

「ここは大人しく、僕らの助っ人を頼ってよ。せっかく、用意したんだから」
「……それしか、ないじゃろうな」

 俯いた真紅が頷く。

「仕方ない。主様、ここは助っ人とやらに頼るのじゃ」
 
 不本意じゃろうがな。
 真紅はそう呟くと、労わるように俺を見上げた。

「時には、こういうこともあるのじゃ。ここはおとなしく――」
「必要ない」
「……え?」

 真紅の言葉を遮るように俺は言った。
 同時に、腰をかがめ視線を合わせる。

「必要ない。お前だけで十分だ」
「……無茶苦茶を。さっき言ったように、わらわらだけでは無理じゃ」
「お前がそう思っているだけだ」

 真紅の肩に手をのせる。

「お前が取り込んだのは【ガルダ】の羽根だ。この程度の状況を切り抜けられないような力じゃない」
「……それも直感か?」
「いや、違う」

 目を合わせながら俺は囁く。

「信頼だ」
「……言うおるな」

 返ってきたのは苦笑。
 だが、すぐに勝気な笑みに変わる。

「わかった、信頼に応えてやるのじゃ。わらわは、主様を支えると決めたからの」

 言うやいなや、真紅の背中が再び輝き始めた。
 再び、オレンジ色の翼が姿を見せる。
 
「この先じゃな、主様が望むのは」
「ああ」

 俺は短く答える。

「頼む」
「簡単に言うの」

 まっ、主様らしいが。
 そう呟くのと、真紅の全身が光に包まれるのは同時だった。

600世界の敵END4【六本足】:2016/10/25(火) 00:06:04 ID:l/IfoibY
 真紅の変身が終わった後。
 空井は、頭を掻きながら尋ねてきた。

「確証はあったのかい?」 
「ああ」

 軽く頷いた。

「【ガルダ】の羽根を取り込んだ時、真紅は鶏から人間に姿を変えた。なら、他の姿に変わることも出来ると思った。おまけに」
「おまけに?」
「俺は変化系だ。あいつとの相性はいい」
「……支えることが出来ると?」

 俺は答えず、空井に背中を向け歩き出した

「行ってくる」
「行ってらっしゃい。もし彼女を正気に戻せたら、逃亡の手伝いくらいはしてあげるよ」
「手伝うのは、突入までじゃなかったのか?」
「ちょっとしたサービスだよ。君には愚痴を聞いてもらったからね」
「そうか。だが」
「必要ないとは言わせないよ。そっちが拒否しても、こっちが勝手にやるから」

 プロらしくないことを言い、空井は微笑んだ。

「個人的な所、君達には死んで欲しくないんだよ」
「自分達と重なるからか」
「まあね。ラブストーリーはハッピーエンドに限るよ」

 君もそう思うだろう?
 無言の問いが聞こえた。
 だから、俺は返す。

「いや」

 変身した真紅。
 光り輝く翼を持つ、巨大な六本足の鷲の前で。

「グッドエンドで十分だ」

 真紅に跨り飛び立つまで、空井は何も答えなかった。

――続く――

601スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/25(火) 07:39:13 ID:wtlFSBzc
ザンの能力により豪雨に覆い隠された会場
良栄丸とクイーン・アンズ・リベン周辺のみがこの影響から逃れていた
逆に言えばその他は例外なく豪雨の只中に存在するということだ

「もー、いきなり乗りかかるなんて大胆……って、なにこれ!?」

水上、もといクラーケンの上で戦っていたサキュバスも例外ではない
すっかり萎びたヒトデ型をタコ型に持ち上げさせてみれば
周囲は先の見えない豪雨という状況だ。しかし彼女の動揺は長く続かなかった
雨の中からザリガニ型クラーケンがはさみを突き出して、それどころではなくなったのだ
タコ型を強く叩いたはさみだがその軟体にはあまり効いた様子はない
肝心のサキュバスの方もまた、タコ型の上を転がって難を逃れていた
タコ型はヒトデ型を放り捨てるとザリガニ型に絡みつき動きを封じにかかる
抵抗するザリガニ型の上に、タコ型の触腕を伝ってサキュバスが飛び乗った

「雨痛い!風強い!こうなったら……効率は悪いけど速さ重視で行きますか!」

サキュバスの体に翼や尻尾が生え、彼女の瞳が赤く輝く
体の表面から、あるいは翼や尻尾が変化しぬらぬらとした触手が現れる
伸びた触手はタコ型とは別にザリガニ型の体に絡みついて

「お姉さんの全力、見せちゃうんだから☆」

ニッと笑うと同時、サキュバスの体や触手に触れたところから
ザリガニ型の生命力が吸収されていく。身悶えるザリガニ型だが
タコ型に押さえつけられている状態ではサキュバスを振り落とすことも叶わない
だが速さ重視とはいえ相手は巨体のクラーケン。吸い尽くすのに一分はかかる
様相の変化したこの会場で一分という時間は果たして短いのか、長いのか
大量の精気を溜め込みつつも、サキュバスは内心焦りを感じていた

602スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/25(火) 07:40:36 ID:wtlFSBzc
ところ代わって良栄丸とクイーン・アンズ・リベンジに集まった契約者達
彼らは豪雨に包まれた会場と、メガロドンの契約者である深志の証言から
ザンが攻勢に出始めたということを否応無く認識させられていた
豪雨の限定制御に大砲での砲撃、水中での爆音……彼らはそれぞれ
自身の持つ能力を駆使してザンの攻勢に抗い反撃の機会を探す
そしてそれは覆面の彼も、例外ではない

「外海」
「む、なんだ?見ての通り忙しいのだが」
「帽子を預かってくレ。俺もデル」
「おわっ!?」

返答も聞かず中折れ帽を黒の頭に被せると甲板を歩き
クイーン・アンズ・リベンジの舳先から水面を見下ろすゴルディアン・ノット
彼のトレンチコートからザンのものにも似た闇が溢れ体を包み始めた
彼が覆面を脱ぐと同時に頭部も闇に包まれて見えなくなり……

「おい!水中には今クラーケンが――――」

気づいた黒の声は聞こえなかったのか、無視されたのか
ゴルディアン・ノットは空中に身を投げ出し、水中へと落ちた

 ゴォン    ゴォォン

水中から先ほど黒服の男の銃撃が齎した破裂音とは明らかに違う
まるで鉄の壁に重いものを打ち付けるような鈍い音が響く
立て続けに二回、三回と繰り返す音に数人が水中に意識を向け

 バキンッ

鎖が断たれる鋭い音が、鳴り響いた

603スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/25(火) 07:42:02 ID:wtlFSBzc
最初に事態を理解したのはメガロドンの契約者、深志だった
視界を共有しているメガロドンの目に映っているのは
先ほど攻撃を受けて一旦良栄丸から距離をとったドラゴン型クラーケン
その首に掴みかかる黒い鱗を纏った巨大な腕だった
豪雨の向こうでドラゴン顔のクラーケンが水中から顔を出し
続いてヒレのある足、どっしりとした体がなんとか見えたところで
何名かがドラゴン型を持ち上げる巨大な黒い腕という異常に気づく

 ――――――ギュラァアアアアア

腕から逃れるように咆哮をあげつつ身をよじるドラゴン型に対し
黒く長い鞭のようなものが水中から現れてその身を打ち据えた
やがて水中から出てきたのはビルを悠々と見下ろす巨体
ドラゴン型クラーケンにも劣らないドラゴンに似た頭部
左右に一本ずつ、さらに背から長く伸びた一本の合計三本の腕
ビルを軽く越す体高よりさらに長いように見える尻尾
全身は黒い鱗に包まれており、その姿は直立した黒いドラゴンと形容するほかない
強いて言うならば翼の類がないことが特徴かもしれない

 ヴァアオオオオオオオオウウ

黒いドラゴンの咆哮が一瞬、雨の音すらかき消した。思わず数名が耳を抑える
さらなる異変に最初に気づいたのは、やはり深志だった
水中を縦横無尽に何か細いものが行き来しながら水面へと向かっている
やがて隙間なく編まれた繊維製の足場が水面に浮上する
少し離れたところではシーサーペント型のクラーケンが
まるで水揚げされる魚のように水中から引きずり出されていた

「……怪獣映画再び」

誰かが漏らしたその言葉に、周囲が心の中で同意した

                                     【続】

604戦技披露会スペシャルマッチ 観客席のチキン野郎一行:2016/10/26(水) 23:28:50 ID:j2ILWUFE
「戦技披露会?」
「そうっす」

 すっかり肌寒くなった頃、ボクは憐君から戦技披露会へのお誘いを受けた。

「組織や首塚が合同で開催するイベントっす。すずっちも来ないすか?」
「うーん。でも、ボクどこにも所属してないよ。行ってもいいのかな?」
「問題ないっす! 契約者なら、観戦も試合への参加も自由っすよ」
「そっか。なら、行ってみようかな」
「わかったす」

 そんな経緯で、ボクは戦技披露会に来た訳なんだけど……。

「何、この怪獣大決戦!?」

 ひたすら、度肝を抜かされっぱなしだった。

「No,0ってあんなに強いの!?」
「そりゃ、No,0は各Noのトップだからな。チートで当たり前なんだよ」

 取り乱すボクに比べ、トバさんは冷静。クラーケンと黒い竜の戦いを見ながらも、呑気に寝そべっている。
 周りを見ると、殆どの人が同じように落ち着いた様子だった。屋台の料理を食べたり、仲間同士で話したりと思い思いに過ごしている。あのくらい、驚くことじゃないとばかりに。
 契約者ってすごい、ボクは改めて思った。
 
「……ボクも、いつかはこうなるのかな」
「何の話ですか?」
「あ、ううん。何でもないよ、緋色さん」

 笑みを浮かべ誤魔化す。

「それより、ボクちょっと治療室まで行ってくるから」
「お友達に会いにいくんですか?」
「うん。何か食べたくなったら渡した財布で買ってね」

 ボクは、二人に背を向け歩き出した。

――続く?――

605続く契約と守るもの  ◆nBXmJajMvU:2016/10/27(木) 17:51:16 ID:j4WSQCWw
 塾の門前。そろそろ授業が終わる時間帯なのか、子供のお迎えの車が集まってきていた
 車のない保護者もお迎えで集まり、保護者同士でお喋りに花を咲かせてもいる
 最も、中には仕事の電話をしながら子供を待っている保護者もいて

 ……そんな中、ひときわ目立つはずのその男も、携帯で何やら話しながらお迎えすべき相手を待っているようだった
 目立つ「はず」としたのは、その男の容姿からして明らかに目立つはずだと言うのに、周囲が全く、彼へと視線を向けていないからだ
 二メートルをゆうに超える、がっしりとした大柄な体格の西洋人。携帯で何やら話しているその言葉も、どこの国の言葉やら周囲の者は恐らく理解できないだろう
 この学校町はわりと日本人以外も多いとはいえ、この巨体であれば、目立つ
 目立つはずなのだが……誰も、彼へと好奇の視線すら向けていない
 まるで、男がこの場に立っている事実に気づいていないかのように

『……そうか。やっぱ普段守りが堅い分、壊されると修復にも時間がかかるのか…………「薔薇十字団」「レジスタンス」に加えて、「教会」からも一部人員来てるんだろ?その分マシではあるだろ』

 かなり古い、現代の人間では聞き取れぬだろう言語で男は携帯越しにそう話していた
 会話している相手がいるのは国外、それもヨーロッパの方だ
 携帯越しに、少し苛立っているような声が聞こえてきて、苦笑する

『仕方ないだろ。お前の能力は悪人見極めるのに適してんだから………さっきも言ったが、あちらこちらの組織が手を貸してんだから、時間かかるっつっても少しは早く修復完了するんじゃないのか?………「組織」からも、少し遅れるが誰かしら向かうはずだし………』

 と、携帯の向こう側から大きな声でもしたのか、携帯を耳から話す
 話してもきちんと声は聞こえているのだから、どれだけ大きな声を出しているのか
 そして、周囲にもその声が漏れているだろうに……誰も、気づかない

『んな声出さなくてもいいだろ。耳の鼓膜破ける………わかった、落ち着け。行くとしたらダレンやヘンリエッタが信頼している相手が行く。ついでに言えばザンもセットだ。これなら問題ないだろ?』

 己の上司とその同僚の名前を口に出してみたが、携帯の向こう側の相手はまだ警戒しているままだ

(……まぁ、仕方ねぇか。あいつも一時期、「組織」に追われていた身だしな)

 「組織」が危険視した気持ちも、わからないではないが

606続く契約と守るもの  ◆nBXmJajMvU:2016/10/27(木) 17:52:02 ID:j4WSQCWw
 なにせあちらは、本気を出せば国を滅ぼしかねない程度の事は出来るのだ
 かつて、朝比奈 秀雄に憑いていたタイプとは違うとは言え、厄介さで言えばむしろ上だ
 派手にやらかす気はないのだと「組織」に納得させるまでだいぶ手間取った覚えがある
 それを手伝った自分も、お人好しに分類されてしまうのかもしれないが

『とにかく、今回の件でしっかりやれば、またあちらこちらからの警戒もゆるくなるだろ。ちゃんとやっとけよ?……間違っても誰かに囁きかけるなよ。またややこしくなるぞ』
『………やりませんよ。囁きかけてもつまらない連中しかいませんから』

 違う、そういう問題じゃない
 ツッコミをいれたいところだが、入れても無駄だろうと判断して、黙った
 と言うか、ツッコミ入れると話が長くなりそうだ

『……んじゃあ、そろそろ切るぞ?契約者の子供逹連れて帰らないといけないんだからな、こっちは』
『貴方、まだ契約を続けていたのですか。もうそろそろ、契約を切ってもいいでしょうに』
『一応な。看取って……子供達の方は都市伝説と関わることになるかどうかわからんが、そっちもある程度は見守るさ』
『………………お人好し』

 呆れたような声がして、ぶつり、通話が切られる
 少しは機嫌が悪いのが緩和されたならいいのだが

(…まだ機嫌悪いままだったら。がんばれ、「アヴァロン」の入口付近の結界修復に関わる連中)

 仕事はきっちりとやるだろうが、八つ当たりも酷い事になるだろうが、頑張れ
 自分がその場にいない事をいいことに他人事のように考えていると……あぁ、来た
 本日の分の塾の授業が終わって、生徒逹がぞろぞろと出てくる
 契約者の子供逹、あの双子は、いつものようにきゃいきゃいと何やらお喋りしながら歩いてきた

「雅、渚」

 日本語で声をかけてやると、2人はすぐに気づいて視線を向けてきた
 ぱっ、と表情を輝かせ、駆け寄ってくる

「ジブリルだー!」
「今日はお迎え、貴方なのね!」
「あぁ。ここんとこ物騒だから俺に行け、と」

 全くもって都市伝説使いが荒い契約者だ
 自分としては、契約者の娘と息子たるロリとショタを守れるのならば守ってやりたいので、これくらいならば請け負うが

「まぁ、そう言えばそうね。怖い事件が多いと聞くわ」
「怖いね。怖いよ。でもジブリルが一緒なら、そんな事件に巻き込まれる事なく帰れるね」
「えぇ、そうね!とっても素敵な事だわ。でも、寄り道出来ないのが残念」
「あぁ、そうだね。そこはちょっと残念だ」
「……運転手が毎度、お前ら連れてどっか寄り道してるってのは本当だったか」

 そこは後で伝えておこう、とそう思いながら、二人と手をつなぐ
 二人はきゃいきゃいとジブリルに手を引かれていく
 三人の姿は、周囲の者逹にはまるで見えていないかのように人混みの中へと消えていき
 ……その人混みの中からも静かに、消えた




おしまい

607 ◆HdHJ3cJJ7Q:2016/10/28(金) 04:03:17 ID:exWfXAA.
ーー戦技披露会 

「三尾、お前は医務室に行け」

戦技披露会の当日、いきなり三尾はそう告げられた。

「医務室ですか?」
「ああ、そこで治療の補助をしろ。もう話は通してある。
 今日は治療系のが集まってるからな、お前の能力の参考にできることがあるかもしれん」
「ありがとうございますっ、葉さま」

医務室での治療の仕事となると、他の仕事を同時こなす事はできない。
だから、三尾が今日やろうと思っていた事を、他の人に頼むために確認すると、既に他の人達へ割り振られていた。
おそらく葉が先にやっていたのだろう、こういうイベント事となると手際が非常に良い。
なぜ普段からこの性能を発揮してくれないのか。
問いただした所で逃げるか、はぐらかされるかのどちらかなのを、長く仕えている三尾はよく知っている。
むしろ、流れに逆らうと労力が増えるだけなので、そのまま流れに乗った方が結局早く済む。
手際よく身支度を整えた三尾は、小走りで部屋を出ていった。
それを見送った葉は大きく背伸びして呟いた。

「よっし、これでゆっくり観戦できるな」



ーー医務室

三尾が戦技披露会会場内の医務室に行くと、すでに連絡は来ていたらしく治療のサポートや備品の整理などを指示された。
能力的にも止血の即効性はあるものの、傷自体の治癒には時間がかかるため、治療するとしても軽症の患者のみだろう。
医務室なので、白衣か何か着た方がいいのだろうかと思い、先生と呼ばれていた白髪の男性に尋ねると、

「では服が汚れてはいけないからこのナース服を」
「なに着せようとしてんだっ!」

どこからか純白のナース服を取り出した白髪の男性は、即座に少年によって蹴り飛ばされた。
その弾みで服は三尾の手元へ飛んでくる。
三尾は生地や縫い目などを確認するが、コスプレ用ではなく、実用に耐えうるちゃんとしたものだ。
デザインとしてはややスカート丈が短いようだが、普段夢魔が三尾に着せようとする服と比べると露出も少ない。
見た感じではサイズもちょうど良さそうである。

「ありがとうございます。着替えて来ますね」


ーーー


着てみるとサイズは体のラインに沿ってぴったりだった。
一般的な半袖タイプのもので、左前に並んでいる大きなボタンで留めるタイプだ。
丈は太ももの中程まで見える、やや短めのもの。
受け取った時には気付かなかったがオーバーニーソックスとナースキャップも入っていた。
全て着用して、再び白髪の男性の所に行くと、

「うむ、私の見立てに間違いはなかっ」

白髪の男性はセリフの途中で少年にまた蹴り飛ばされた。

続く?

608単発ネタ:2016/10/29(土) 04:04:47 ID:nO95j6tI
おぼろげな記憶だが、司書になりたかった。
それを諦めたのは、司書が思った以上に狭き門だったからだ。
司書を諦めて、その後どうしたのかは覚えていない。
私は司書になりたかった。その事だけを覚えている。
たぶん、私は司書になれなかった事に未練があったのだろう。
しかし。
だからと言って。
組織の書架の管理を任されたかったわけではない。
「司書資格持ってるんだ」とか言われたが、
そもそも、黒服になった時に人間だったころの私は死んだようなものなわけで、
人間だったころの資格に何の意味があるのか、
というか、組織の図書室は図書館法の適用外だと思うのですが絶対。
大体において司書の仕事というのはハードだ。
本の収集、整理、保管、提供、レファレンス、その他もろもろの図書館に関する雑務。
図書そのものと図書館に関するあらゆる仕事をするわけだが、
組織の図書室だと、も一つ仕事が増える。
そりゃあ、都市伝説的な組織の図書室だものね!
あるよね!!都市伝説的な本とか!!魔導書とか!!!

「あの、なんかこの人おかしいんですけど」
「あばばばばばばbbbb」
ああ、ドグラマグラですね。「読んだら気が狂う」らしいですよね。
医務室へ連れて行けぇい。

「小人が!小人が襲ってくるんです!!」
それ「クロムウェルの聖書」です。早く本閉じろ!

「ええと、同僚が死にかけてるんですけど……もしかして」
はい、そうですね。「ブックカース」付きの本は返却期限守ってください。

ま、これくらいの事は日常茶飯事ですよ。泣きたい。
ていうか、ブックカースは私が対処することじゃなくない?
返さない人が悪いよ。返さない人が。
ちなみに、もちろん、普通の司書の仕事もある。忙しいね。辛い。

「法の書って無いんですか?」
「オカルトの棚を探してください」
なんで法律関連の棚探してるの?

「天使ラジエルの書を至急借りたいんです!」
「貸し出し中です」
あ、ていうか返却期限過ぎてる。ブックカース付けとけばよかった。

「Sナンバーの名簿見たいんだけど」
「閲覧制限かかってます」
出直せぇい。

「アッピンの赤い本を寄贈しに来たのだけれど」
「わー、ありがとうございますー」
これ閉架書庫だな。危なそう。

しんどい。疲れる。
司書補欲しい。いつでも募集中。
本が好きな方。司書になりたい方。あとすぐに死んだり発狂したりいなくなったりしない方。
待ってます。是非に。

そうそう、特に関係ないけど、私ね、
こんなところで働いていて、本に囲まれていて、
本は好きだし、司書になりたかったし、司書資格も持ってるんだけど、
別に、本に関する都市伝説と契約していたわけじゃないの。
可笑しいね。



609治療室から  ◆nBXmJajMvU:2016/10/30(日) 01:46:25 ID:LbSIkrQU
「……おや、「アカシックレコード」か。実に懐かしいねぇ」

 恐らく、そう口にした当人は、本当に何気なくそう言っただけなのだろう
 そもそも、あの「組織」X-No,0とのスペシャルマッチの現場に「アカシックレコード」などという規格外の都市伝説契約者が本当に参加しているのかどうかは不明である
 だが、そうだとしても、その可能性が少しでもあるのならば、この場を一刻もはやく離れるべきだ、とそう感じた
 「先生」と呼ばれている白髪赤目の白衣の男が件の言葉を口にしたのは、スペシャルマッチの様子を映し出している画面を見ながらだった
 それだけで、ほんの少しでも「アカシックレコード」の契約者、もしくはそれに類似した能力の持ち主が、この治療室に来る可能性があるのならば
 ここから離れるべきだろう、何かしらの理由で、己について調べられる前に

「……運ばれてくる人数も増えてきたし、俺はもうここを出るが。構わないか?」
「うん?治療は終わっているし、違和感や痛みが残っていないなら、問題ないよ」
「あぁ、どこも痛みは残っていないよ」

 なら良し、と「先生」とやらは笑って、こちらの対戦相手だった女性の診察に入った
 こちらが与えた傷も治療したのだし大丈夫だと思うのだが、「念の為」だそうだ
 恐らく、都市伝説やその使い方の関係なのだろう
 「人肉シチュー」の契約者についても、己の肉体を溶かすと言う使い方をしていたせいか、当人に目立った怪我がなくとも診察していた
 万が一がないようにしっかり診察している、そういうことなのだろう

(…記憶方面を読まれる、と言うことはなかったから、良かったな)

 そうなっていたら、まずかった
 自分が「あの方」の配下であることは、絶対に知られてはいけないのだ

 九十九屋 九十九はす、と治療室を出ると、観客席へと向かって歩き出した
 途中、治療室に知り合いでもいるのかそちらに向かっている少年とすれ違いながら、思案する

(診療所もやっていると言う「先生」とやらの治癒能力がどんなものか見たかったんだが………まぁ、いいか。別の治癒能力者を確認できた。聞いていた話通り、あちらの治癒能力はかなり優秀だな)

 「ラファエル」の契約者、荒神 憐。「ラファエル」の治癒能力に特化した契約者であると言う話は本当だった
 あれは「使える」
 「あの方」が見つかり次第、あの少年を誘惑してこちらに引き込むべきだろう
 治癒能力者が一人いるかいないかで、生存率と言うものは大きく変わる

(あの少年の精神的な弱みもわかった。うまくやれば、「あの方」が見つかる前でもこちらに引き込めるな)

 大きな収穫を得られた
 この情報を、今後に活かさなくては

 観客席が並ぶエリアへと入っていくその時、ふと、冷たい空気を感じたが九十九屋はあまり気にせず観客席へと向かい
 ………自分を見ていた、凍れる悪魔の視線に、気づくことはなかった

610治療室から  ◆nBXmJajMvU:2016/10/30(日) 01:48:35 ID:LbSIkrQU
 空井 雀がそっと治療室を覗き込むと、そこは忙しさのピークは脱したようだった
 スペシャルマッチの初手で溺れた人達の処置はもう終わったのだろう
 ぐっしょり濡れている服を乾かしている者や、まだ意識が戻らない……と言うより、気絶からスヤァへとモード移行した者がベッドで寝ていたりしているが、慌ただしい様子はない
 そんな中で、雀は自分を戦技披露会へと誘った相手を探す

「……あ、いた」

 憐は、ちょうど溺れた拍子に怪我をした人の治療をしているところだった
 ぽぅ、と掌から溢れ出す白い光が、傷を癒やしていっている
 傷を癒やす様子は以前にも、見た
 以前と違うのは、憐の背中から淡く輝く天使の翼が出現していた事だ
 よくよく見ると、治療室の床や寝台の上に羽根が散らばっている

「おや?怪我人かな?」

 と、何やら女性を診察していたらしい白衣の男性が雀に気づいた
 診察は終わったようで立ち上がり、雀へと視線を向けて

(………あれ?)

 何か
 じっと、「視」られたような
 そんな感覚を、確かに感じた

「……っと、すずっち。来たっすね」

 その感覚は、憐に声をかけられたことで途絶える
 怪我人の治療が終わったらしい。普段通りのへらりとした笑顔を向けてきた

「わが助手の従兄弟よ、もうそろそろ、その翼はしまっても大丈夫だよ。君も疲れただろうし、だいぶ羽根が散らばっているから治癒の力はそれで十分だ」
「ん、そうっす?……あんま疲れてないし、平気っすけど」

 と、白衣の人に言われて憐はすぅ、と天使の翼を消した
 白衣の人の言い分からすると、散らばっている羽根にも治癒の力があるのだろう………ようはこの治療室は今、治癒の力に満ち溢れていると言っていいのかM沿いれない

「そちらの少年、知り合いかい?」
「はぁい。クラスメイトっす」

 へらん、と笑って白衣の男性に答えている憐
 ぱたぱたと、雀に駆け寄ってきた

「大丈夫?忙しくない?」
「ん、平気っすー。俺っちは、「先生」やかい兄のお手伝いしてるだけっすから」

 雀の問いに、憐はへらりと答えてくる
 一応、その顔に疲労の色は見えないが、実際のところはどうなのだろうか

「他のみんなも来ているんだよね?龍哉君や直斗君、神子ちゃんは実況やってるみたいだけど…」
「来てるっすよー。はるっち逹は観客席にいるはずっす。後で合流するっす?俺っちはっもうちょいこっちのお手伝いしてるっすけど………」
「君は、もう休んでも大丈夫なのだけどねぇ」

 白衣の男性が苦笑する
 そうして、こっそりと、雀に話しかけてきた

「……すまんが、少年。後で彼をここからなんとか連れ出してくれるだろうか?」
「え?」
「当人、顔に出さないようにしているが、これだけ治癒の羽根をばらまいたのだからだいぶ疲労している。ヘタをシたら倒れかねんからね」

 それは困る、と
 「あとで怒らられるのは渡しだからねぇ」と、自分のことだというのにまるで他人事のように言いながら、白衣のその人は苦笑したのだった


to be … ?

611世界の敵END5【六本足】:2016/10/30(日) 22:09:13 ID:AJPUzMtA
 街外れの森。
 普段は人が近づかない静かな場所だ。
 特別、珍しいものがある訳ではないが子供には幽霊が出ると恐れられている。
 その中央に野原があった。
 半径は約数百メートル、空中から見ると綺麗な円形をしていることがわかる。
 これだけだと、別に不審な点はない。
 偶然、森の中に出来た円形の野原。
 たった、それだけの説明で事足りてしまう。
 おかしいのは、こんな場所が昨日までなかったということ。
 そして、地面に無理矢理へし折られた木々が横たわっていることだ。
 
「これが本当の森林破壊か」
「破壊というより蹂躙じゃな、これは」

 野原の端に、人間体に戻った真紅と俺はいた。
 今さっき、ここへ降り立ったばかりだ。

「ここまで、豪快にやられると一周回って清々しいのじゃ」
「蹂躙される側にはなりたくないけどな」
「モチのロンなのじゃ。……で、主様」
「何だ」

 真紅は森の中央、そこに佇む人物を指差した。

「話しかけないのか?」
「もう少ししたらな」

 俺は中央に居る人物、ひどく見慣れた彼女を観察した。
 腰まで伸びた艶のある黒髪、雪のように白い肌はいつも通り。
 ただし、目に生気はなく澱んだ空気を醸し出している。
 何より、変わった服装をしていた。
 分類はいわゆる巫女装束だが色が違う。
 上半身に纏う白衣は漆黒に、緋袴は艶めかしい鮮血の色に染まっていた。
 巫女の持つ神聖のイメージとは程遠い格好だ。
 ……カンさんが隣に立っていたら対照的だろう。

「主様」

 真紅が袖を引っ張る。

「ああ、行くか」
「なのじゃ」
  
 二人揃って歩を進める。

「作戦は簡単。【忍法】の黒服達にやったように本能に介入して正気に戻す。それだけだ」
「纏めるとな。で、具体的には?」
「あいつは今、暴走状態だ。中々、付け込む隙は生まれない。だから、一度叩きのめして弱った所に介入する」
「……自分の恋人に言う言葉じゃないの。まあ、状況が状況だから仕方ないんじゃが。あまり、手荒く扱うなよ?」

 俺は小さく頷いた。

612世界の敵END5【六本足】:2016/10/30(日) 22:11:50 ID:AJPUzMtA
 野原中央に近づいている内に、恋人は俺達に気づいた。
 向けられたのは、

「笑顔じゃと?」

 満面の笑みだった。
 おまけに、手まで振っている。
 予想外の行動に、真紅は困惑した態度を見せた。

「どういうことじゃ、主様。なんか、滅茶苦茶ニコニコしておるぞ。これは、あれじゃ。愛の力で正気に戻ったパターンなのじゃ」
「いや」

 俺は首を振った。

「そんな都合のいいことはない」
「いや、しかっ!?」

 瞬間、真紅の背から翼が展開。
 間髪入れずに、無数の輝く羽根が矢のように放たれる。
 なぜ、こんなことをしたか?
 答えは迎撃。
 先に、恋人が笑みを浮かべたまま無数の黒い札を飛ばしてきたからだ。
 ぶつかる黒の激流と熱の塊。
 勝つのは、もちろん後者。
 空を埋め尽くすほどの灰が宙を舞い、羽根の残骸が光の粒へと変わる。
 
「そんな技使えたんだな」
「呑気に言うとる場合か!? なぜじゃ、なぜいきなり攻撃してきた! あんなに、ニコニコしておるのに!!」
「表面上はな」
「表面上じゃと?」
「ああ、何となくわかる」

 今の恋人は、俺をまともに認識できず敵と判断していることを。
 【野生】が包み隠さず教えてくれた。

「仮面をつけているのと一緒だ。表情に意味はない。中身はドロドロだ」

 溢れんばかりの殺意、敵意を恋人は発していた。
 人間時代の面影は一切ない。
 あるのは、人に裏切られた都市伝説だからこそ持つ闇だけ。
 完全に【姦姦蛇螺】の色に染まっていた。

「ぬるい展開は期待しないほうがいい」
「……そのようじゃな」

 真紅も、どうやら向けられた感情に気づいたようだった。
 顔を引き締め、背中の翼をはためかせる。
 すると、恋人の方にも動きがあった。
 目を細めたかと思うと、腕を広げ宙に浮いた。

「空中浮遊だと!?」
「ああ、師匠の話にあった」

 昨夜は、宙に浮いたまま札をばらまいたらしい。
 空中からの一方的な攻撃なので、かなり厄介だったそうだ。

「ちなみに、さっきの札。生命力を吸う効果がある。貼り付いたら、最悪ミイラだ」
「そういうことは、もっと速く言うのじゃ!」

 怒鳴る真紅に、俺は言葉を返す。

613世界の敵END5【六本足】:2016/10/30(日) 22:19:51 ID:AJPUzMtA
「安心しろ。昨日、大抵の黒服や人間を殺したのは札じゃない」
「……逆に言うと、札以上の脅威があるということなのじゃ」
「気づいてはいたろ」
「まあ、この森の惨状を見ればわかるのじゃ。それに、相手は【姦姦蛇螺】となればな」
「あれしかないだろ」
「あれしかないのじゃ」

 二人揃って同意する。
 その様子を見てか、空中で恋人は口元を歪めた。
 まるで、お気に入りの玩具を披露する子供のように。
 機会を逃さんとばかりに、魔法の呪文を言い放った。

「カ■さ■」

 突然、大地が揺れた。
 前方からは土煙が上がり、倒木がマッチのように飛び散る。
 嘘のような光景。
 しかし、それを作り出したものは更に圧倒的だった。
 
「……なあ、主様」
「なんだ」

 土煙が消え、元凶が姿を現す。

「わらわは、大蛇が出てくることは想像できていたのじゃ」
「だろうな」
「じゃがな」

 全長数十メートルの大蛇を眼前に、真紅は声を張り上げた。

「多頭竜が出てくるとか予想できる訳ないのじゃ!!」

 元凶は、ただのでかい蛇ではなかった。
 六つの長い首と尻尾を持つ、正真正銘の多頭竜。
 異形の中の異形だった。

「【姦姦蛇螺】の逸話は、巫女を食った大蛇について詳しい説明がされてないからな。別に、多頭竜でもおかしくはない」
「いやいや! あんなもんが出てくるとか想像すらしないわ! 大体、主様は!」

 真紅が騒いでいる間、多頭竜は複雑怪奇な身体をくねらせていた。
 それだけで地響きが立ち、倒木が無数の破片へと変わっていく。
 本人からしたら、ちょっとした準備運動のつもりなんだろうが。
 やはり、巨大なものは強い。
 今頃、腹の中では【獣の数字】の契約者が揺られているだろう。

614世界の敵END5【六本足】:2016/10/30(日) 22:23:12 ID:AJPUzMtA
「――おい、聞いておるのか。主様!」
「聞いてない」
「……どうやら、一回炙ったほうがよさそうじゃな」
「後でならな。それよりも、一応説明しておく」

 俺は多頭竜を顎で示した。

「昨日、恋人が都市伝説化した時に二人の姿は大きく変化した。恋人は巫女服に、カンさんは多頭竜の姿になった。理由は不明だ」
「……それぞれ、巫女と蛇の力を分担したということか。やけに強いのは、個々の属性を分離したせいかの」
「かもな。とにかく、属性を分離しているというのだけは覚えてろ。今の姿のカンさんは、札を使うことが出来ない」
「了解じゃ。で」

 真紅が目配せをした。
 あの二人とどう戦うかという意味を込めて。
 俺は即答する。

「先に、カンさんを正気に戻す。その間、真紅はあいつと戦って時間を稼ぐか弱らせてくれ」
「まっ、妥当なとこじゃな。しかし、大丈夫か? いくら、【ガルダ】の力を使えるとは言え相手は多頭竜じゃ。そう簡単にはいかんぞ」
「問題ない」

 真紅の頭に手を乗せる。
 見据えるは、多頭竜いや「カンさん」。

「相手は、多頭竜である以前にカンさんだ。なら、突破口はある」
「ふん。まあ、策があるならいいのじゃ。わらわの方も」

 恋人を見上げ、真紅は肩をすくめる。

「相性的には悪くない。この翼がある限り、ミイラになることはないのじゃ」

 背の翼が一段と輝きを増す。
 呼応するように、俺の両足も強い熱と光を発する。
 まるで、札から俺達を守ると誓うように。
 
「なら、行くぞ」
「のじゃ」

 真紅は飛び立つ。
 笑顔の面を被り続ける巫女と相対するために。
 俺は脚を広げる。
 六つの頭と尻尾を持つ大蛇と対峙するために。
 目的は救済、俺のエゴによるもの。
 だからこそ、ここまで来ることが出来た。

「殺した、殺した」

 上から声が聞こえた。

「憎い、憎い、憎いあいつを殺した」

 よく知っているようで、聞いたことがない声。
 
「だから」

 俺は能力を展開。
 あまりにも慣れすぎた痛みが走り、下半身から四本の足が生える。
 
「お前達も殺す」

 空中で閃光が走るのと、俺が駆け出すのは同時だった。

――続く――

615スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/31(月) 00:50:33 ID:5zXd39x6
戦場に現れたクラーケンと同等、あるいはそれ以上の体躯を誇る黒い二足歩行型のドラゴン
この姿こそがゴルディアン・ノットの切札であり、彼の真骨頂であった
"機尋"と並ぶ彼のもうひとつの契約都市伝説。それは"鎖室エリア"
某駅の鎖で封鎖された扉と、その奥から現れた黒く大きな五本足のトカゲという都市伝説
この都市伝説は彼が生来持つ都市伝説を補助・強化する形でその力を発揮した
平素は都市伝説としての力に制限をかけて万が一の暴走という危険を減らし
有事には体を巨大化させ腕などの部位を増やして戦闘能力を向上させることも可能
さらには機尋の使用にも支障なく、むしろ普段以上に使うことができるのだから
まさに切札と称するに相応しい能力であると言えるだろう
だが無論のこと、この切札にも欠点が存在する。それが時間である
制限をかけて抑えていた力を強化して解放するというのは
人間と都市伝説の間を行き来する彼にとって、天秤を大きく傾ける行為に他ならない
一度大きく傾いた天秤はそれだけ平衡へと戻るのに余計な時間がかかる
力を解放し続けた時間に比例した期間、都市伝説側へ性質が固定されてしまう
それが鎖室エリアによる強化による欠点であり、彼がこの能力を多用できない理由だ

背から伸びる腕が掴んだドラゴン型クラーケンの首を潰さんとばかりに握りこまれる
時折鞭のように振るわれる尻尾に打たれながらも暴れて抵抗するドラゴン型
ゴルディアン・ノットは空いていた両腕を使いドラゴン型の体を押さえにかかった
その腕の表面から解けるように布や縄が剥離してドラゴン型を拘束していく
動きが緩慢になったドラゴン型、その前足を噛み千切らんと
ゴルディアン・ノットは巨大な口を開き、咆哮をあげて牙を突き立てた
ミシミシブチブチという骨が軋み肉が裂かれる音が豪雨と強風の中に消える
だが突然、風雨を貫くようにして水流がゴルディアン・ノットの背に襲いかかった
背後からの攻撃に体勢を崩し、ドラゴン型を取り落としつつ振り向いた彼は
鎌首をもたげて口を開き、ゴポゴポと喉奥に水を蓄えたシーサーペント型を睨む
再び水流が放たれると同時、大量の海水が再び会場を水で満たさんと放たれた

ヴァアオオオオオオオオウウ

再び黒いドラゴンの咆哮が会場の空気をビリビリと揺らした

616スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/31(月) 00:52:02 ID:5zXd39x6
咆哮と呼応するように侵食する海水を逆に飲み込むように足場全体がせり上がっていく
シーサーペント型の放った水流は、対抗するようにいくつも屹立した布と縄の柱で
勢いを幾分か散らされつつも再びゴルディアン・ノットに直撃した
しかし水流に逆らうようにゴルディアン・ノットはシーサーペント型との距離を詰め
その体を三本の腕と巨大な顎で捕まえ持ち上げにかかった

 ―――――クルァアアアアアアアアア

己に食らいつく黒いドラゴンに三度目の水流をぶつけようと口を開くシーサーペント型
その頭部を"四本目の"黒い腕が殴りつけ、口を抑えて閉じさせる
ゴルディアン・ノットは鎖室エリアの能力を使い体に新たな部位を追加したのだ
さらにギョロリと後ろ向きに一対、新たに生えた両眼が背後に迫るドラゴン型を睨み
長い尻尾が迎撃のために振るわれる。同時にシーサーペント型を掴んだ腕と顎には
その体を引きちぎろうと力が込められていく。布と縄に覆われながら
黒いドラゴンの四本の腕と顎によって引っ張られ続けたシーサーペント型は
ついに断末魔の咆哮を上げながら体を引き裂かれて活動を停止したのであった
動かなくなったシーサーペント型の体を放り捨てたゴルディアン・ノットは
尻尾で牽制していたドラゴン型に向き直り、咆哮と共に掴みかかった


「もー!いったいどこにいるのよ!!」
一方、無事にザリガニ型から生命力を奪って虫の息に追いやったサキュバスはといえば
あまりの風雨の強さから完全にザンの姿を見失って困っていた
「というかこれカメラ中継できてるの?在処ちゃんにお姉さんの活躍見せられなくない?!」
こんな時にカメラの心配をするのは余裕の現れか、それとも変わり者の証明か
なんにせよハート柄のタコ型クラーケンを連れて彼女は足場の上を移動していく
その先にあるはずの、座礁した海賊船を目指して

                                        【続】

617組織の蔵書 誰かのレポート あるいは黒歴史ノート:2016/10/31(月) 01:34:58 ID:R/FHrSjY
ここに記されている内容はあくまで私の憶測に過ぎず、確かな裏づけがなされているものでは無い事を先に明記しておく。
これは本来チラシの裏にでも書いておくべき物であり、恐らく時が経てば若気の至りとして恥ずべき記憶として脳の奥底に封印しておく類の物であり、ここまで読んだ諸兄らにはこのままページを閉じていただきたい。
では何故これを文として記すかと言うと、私自身の為の覚書である。

618組織の蔵書 誰かのレポート あるいは黒歴史ノート:2016/10/31(月) 01:35:42 ID:R/FHrSjY
我々契約者にとっては今更の説明は不要だと思うが、都市伝説とは近代あるいは現代に広がったとみられる口承の一種である。 大辞林 第二版には「口承される噂話のうち、現代発祥のもので、根拠が曖昧・不明であるもの」と解説されている。
都市伝説の概念は1969年のフランスで最初に記されたとされており、また日本で都市伝説という言葉が使われたのは1988年が最初との事でだとすれば我々を定義する「都市伝説契約者」という言葉もそれ以降に定着したものという事になる。
無論、それ以前の古い時代にも契約者の存在は確認されているので、都市伝説契約者という呼称が用いられたのが最近であって、契約者自体の起源はさらに古く何処までも遡れる筈である。

では、我々の契約している存在について確認したい。
我々の契約している存在、即ち都市伝説は口承の一種であり噂や伝承と言い換えても良い。
あくまで近代に定義された「都市伝説」の呼称を用いている為混乱を招きやすいが我々の契約している存在は口承や伝承で語られる存在が何らかの力(何かはわからない、その辺りはF-No.がいずれ解明してくれるのではないかと期待している。)によって実体を持った物だと言える。(この際、未確認生命体、UMAは少々ややこしい立場となる。口承が実体を得た存在なのか実際に発見されていなかっただけの生物なのか、我々には判断がつかないからだ)

口承、面倒なので以後噂で統一させて頂くが、噂が元となり何らかの力の作用によって実体を得た彼らは非常に不安定な存在だ。
噂が広まれば広まる程、語られた本質は希薄になり余分な情報が付与される。その付与された情報は実体を得た彼らにもフィードバックされ、語られれば語られる程に力を増す。
その反面で弱点が付与される可能性もあり、一長一短ではあるが、そんな噂一つで能力が変動しかねない彼らは言い換えれば語られなければ消滅しかねない為、己の存在を維持する為に人を襲い語らせようとする。
首塚の将門公の様に古くから存在し最早一種の信仰となれば消滅の心配とは無縁なのだろうが…

619組織の蔵書 誰かのレポート あるいは黒歴史ノート:2016/10/31(月) 01:36:29 ID:R/FHrSjY
ここで一つ疑問が発生する、例えば口裂け女は今までま延々と語られた為か多くの個体が確認されているがその反面で強力な個体は珍しい。
対して同じ様に語られた将門公は強大な力を持つ代わりに(恐らくは)1個体、単体の存在である。
この差が何処から来るのかは気になるところではあるので今後調べてみても良いかもしれない。

話を元に戻すがそんな不安定な存在である彼らからすれば契約者はどういう存在なのか。
契約によって人間を契約者にする事でその都市伝説は人に力を分け与え同時に自身も強化されている事が多い。
恐らく契約という行為を通じ契約者に存在を認識される事により噂の浸透具合と無関係に個人でも常に認識してくれる存在を得ることで消滅のリスクから解き放たれるのではないだろうか。
また強化についても同様で契約者と繋がる事で元々不安定な彼らは契約者の影響(イメージと言い換えても良い)をダイレクトに受ける事になり、その影響によって生じた変化が強化された力ではないだろうか。
もっと踏み込むなら我々が都市伝説から与えられたと認識している契約者側が得る契約による付与能力もまた、契約者のイメージに都市伝説が影響された結果引き出された物なのではないかと考えられる。
(まぁ、この理屈ではイメージ次第で都市伝説は何処までも強くなれるという事になるが、契約者のイメージ次第で能力ご拡張されている例は確かに存在しているので検証が必要である。)

続けて飲まれた人間について。
人間は一人一人に器としての容量が定められており、その容量を超える存在との契約を結ぶと器から溢れ出した噂に侵食され飲み込まれ都市伝説へと変貌してしまう。またこの際に記憶障害を引き起こす等の情報があるが何が原因かまでは解明できていない。
また、都市伝説へと変貌しても契約時の能力を保有しているパターンは多々あり、人間の頃の性格も残っている事から人間としての要素が完全に消えてしまうわけではない様だ。

都市伝説に飲まれた人間は人間としての人格を残しながらも都市伝説よりの不安定な存在へと変化しており、人間との契約も可能である事はこの身をもって確認している。
ただ、彼と契約した事で私が新たな力を得たわけではない。それが元人間と契約したからか、私が彼から引き出せる力をイメージできなかったからかはわからない。
噂一つで存在が変化する程不安定な都市伝説にとって、契約者のイメージは強烈であり、双方合意の上でなされるとは言えど契約によって存在が歪められる事もあるだろう。

では、私と契約した彼は?
私は彼を愛してしまった…いや、正確には彼に恋してしまった、その事を今更否定はしない。
そして、彼もまた私を愛してくれた、私たちの思いは通じあったのだと信じていた。
しかし、彼は都市伝説で私は契約者だ。
都市伝説は契約者の影響を強く受ける。
彼が私に対して抱いた愛情は私が彼に対して望んでしまったから、彼の存在を歪めてしまった結果ではないか?
もしそうなら、私は、私は…私は怖い。

彼の思いは本当に彼の物で私は本当に彼に愛されているのか、彼の思いは私がねつ造してしまったもので今の関係は私の一人遊びではないのか?
もしここまで読んだ人がいるなら誰か教えてください、私はどうすればそれを確かめることができますか?

2012年 2月 大門望

620単発ネタ:2016/11/01(火) 00:37:57 ID:qhN9ofT6
はーろうぃーんですー!よく知りませんけど!
お化けになって、お菓子もらうそうです。
なので、今日はこれをきます。きぐるみぱじゃま?とかいうのです。
おーかみさんのです。
今日のわたしは、おーかみおとこですよ。がおがお。
それでは、いってきます!
……。
…………だれもお化けのかっこうしてません!
どうしてでしょう?今日は31日ですよね?
むむぅ。
……あ!いました!
すごく、せの高い、まっくろな、のっぺらぼうさんです。
なんのお化けなんでしょう。
よくわかりませんけど、あの人についていきましょう。

まよいました。
のっぺらぼうさん、せまい道ばかりいくんです。
こんなところでお菓子がもらえるんでしょうか?
「あら、子供?」
おんなの人がいました。すごいおっきいマスクです。
「がおー」
「オオカミ少女、なの?いやあね、最近はなんでも可愛くなっちゃって」
おんなの人は行ってしまいました。
おーかみおとこですよ。あとお菓子ください!

「なんだい、ゴミはやらないよ」
人みたいなかおの犬さんがいました
「がおー」
「ふん」
犬さんはお菓子くれないですよねー。

「足はいらんかn……四つもあるねえ」
「がおー!」
おーかみさんですからね!
それよりおばあさん、お菓子ください。

「……」
「がお」
おねーさん、やっぱりそこせまいですよ?

「ぽぽぽ」
「がおー」
「ぽぽぽぽぽ、ぽぽ」
「がおがお?」
「ぽぽぽぽぽぽ、ぽ、ぽぽぽぽ、ぽぽぽ」
なに言ってわかりません!どうしましょう、この人もお菓子くれそうにないんですけど。
「……お嬢ちゃん」
……!この声は!
「ねk、もごもご」
ネコさんです!クロネコさんが、顔に、顔に!
「もごもごもごもご!」前が見えません!
「喋らねえでください」
「もが?」はい?
「そのまま走って!」
「もがー」はいー
前見えてないんですけどー。

――――――
――――
――

「にゃー」
ネコさんが顔から下りると、家のまえでした。
……どして?
ああ!そしてネコさんがいません!すばやいです!
「あら、そんなところでどうしたの?」
「がおー!」おかーさん!
「……?」
「がおがお!」お菓子ください!
「じゃあ、手を洗ってきなさい?プリンあるわよ」
「プリン!」がお!
プリンープーリンー今日のお菓子はプリーン♪
「はぁ、疲れた」
むっ、ネコさんの声が!
…………いませんね。
「どーしたのー」
はっ、それよりプリンでした!
「今行きますー」



621凍れる悪魔と燃える魔人  ◆nBXmJajMvU:2016/11/04(金) 01:47:20 ID:3bEjpm5s
 ひやり、と辺りの空気が冷え込んでいる
 その事実を気にした様子もなく、その男は思案していた
 悪魔としての本性を表には出していないものの、その男がこの場にいると言うただそれだけで、空気が冷え込む
 こうして能力が漏れ出しているのは、思考の海に沈んでいるせいなのかもしれない

(さて、どうするか……)

 軽く首を振ると、ぱきぱきと空気中の水分が凍りつく音がした
 じわりと染み出す力の余波で生まれた小さな氷の結晶は、すぐに空気中に溶けて消える

(試合ではつまらない雑魚にあたったが、他に面白い奴はいたな。これからどう動くか、楽しませてもらうか)

 彼、メルセデスは悪魔である正体がバレた今も、様々な裏取引の結果「教会」にとどまり続けている
 メルセデス自身、「教会」に所属したままの方が自分にとって都合よく動けるのか、そのまま所属し続けているのだ
 故に、今の彼は(一応)「バビロンの大淫婦」の捜索自体は真面目にやっていた
 今回の戦技披露会への参加も、「バビロンの大淫婦」絡みの契約者がいないかの確認が主な目的である
 自分の対戦相手を含め、今まで試合に参加していた者逹。そして観客席にいる連中からは、「バビロンの大淫婦」の気配は一切、なかった
 ようは本来の仕事に関してはハズレだ
 その代わり、見つけた「面白い」もの
 この情報をどう活かすか、考え込んでいた時だった

「あぁ、居やがった」
「あ゛?……お前か」

 声をかけながら近づいてくる気配に、メルセデスは小さく舌打ちする
 …辺りの気温が、平常通りに戻る
 メルセデスから溢れ出ている冷気の影響が消えた訳ではない
 近づいてくるその人物の周囲が、ほのかに温かいのだ

「よぉ、氷野郎」
「よぅ、暖房野郎」

 「首塚」側近組筆頭。「日焼けマシンで人間ステーキ」の契約者。日景 翼
 能力的に相性が悪いはずのその男が、睨みつけるような表情を浮かべながら近づいてくる様子に、メルセデスは楽しげに笑った



 正直なところ、翼としてはこの凍れる悪魔の事は苦手だ
 セシリアと結婚した事で年上の義弟となったカラミティは随分懐いているらしいが、翼にとっては「厄介な相手」以外の何物でもない
 今も、何か面白い玩具でも見つけたような表情を浮かべてきている

「俺に何か用か?」
「あぁ、「狐」絡みの件でな」
「………「狐」、ねぇ?「教会」は「狐」関連はほぼ動いちゃいねぇんだ。俺は情報らしい情報は持っていないぜ?」

 残念だったな、と肩をすくめてくるメルセデス
 そんな彼に翼は疑いの眼差しを向けた

「おぉ、怖い怖い。こっちとしては現状、「狐」サイドから直接ちょっかいかけられてもいないからな。そっち絡みは積極的に動けないんだよ」
「ヨーロッパの方で「アヴァロン」に「狐」辛みのやつが侵入仕掛けたんだろ?ありゃ、「教会」にとっても問題なんじゃねぇのか?」
「表向き、「関係ない事になっている」。直接命令がこないかぎりは、積極的に動く理由にならねぇな」
「「教会」としては、か。じゃあ、お前個人としては?」

 「狐」絡みで、この男は何か知っている
 翼はそう確信していた
 メルセデス当人の性格を考えると「狐」に加担していると言う事はないだろうが、何かしら情報を掴んでいるのは確かなのだ

(「教会」本部から、何か資料を取り寄せてたっつーし……ちょっとでも、何か聞き出せれば、と思ったんだが)

 …自分では、少し聞き出すには難しいかもしれない
 メルセデスに気づかれぬよう、翼は小さく、舌打ちした





to be … ?

622アダム・ホワイトの焦燥  ◆nBXmJajMvU:2016/11/06(日) 21:09:39 ID:H3g.jQ3k
「………だからさぁ、そいつの家に上がり込んでやったらさ、漫画なんて描いてやがったんだよ。そいつ。それも、すっげぇへたくそなの」
「はぁ」
「くっだらねぇだろ?くそみてぇな時間の使い方しやがってよ。残業嫌がるから何かと思ったらそれだよ。あんまりにも腹たったからビリッビリに破いてやった訳」
「……はぁ」
「傑作だったぜ、そん時のあいつの顔。あんな事に無駄な時間使ってたって、ようやく気づいたのかねぇ」

 違うと思う
 彼なら確か、今日、社長宛に退職届を出したとかって聞いている
 なるほど、原因はコレか
 と、言うか、聞いた感じだと土足で上がり込んでいるじゃないか
 よく警察呼ばれなかったな

(よくもまぁ、酔っ払ってるからってこんな事自慢げにぺらぺらと………あー、もう。俺もこの職場辞めるかな……)

 こんな事する人間が、社長から表彰されるような会社ならさっさとやめようか
 自分が持っている資格なら、東京あたりにでも出れば他に仕事見つかるだろうし

 電水している上司の散々たる姿に、彼はため息を付いた

「すいません、自分、そろそろ帰らないと最終バス逃すんですが」
「あ゛ー?タクシーで帰れりゃいいだろうが」

 うっわ。まだこの蛮族みたいな自慢話聞かせる気か
 いい加減、こんな奴の話聞いても体内に毒がたまるだけだから帰りたいのに
 他の連中め、こっちに押し付けてさっさと帰りやがって覚えていろ

「課長だって、早く帰らないと奥さんが五月蝿いでしょ。玄関、鍵かけられてても知りませんよ」
「ぐ………仕方ねぇな。あの女、ヘタに遅く帰ると水ぶっかけてくるしな……」

 電水して帰るからでは、と言いたかったがぐっ、と抑える
 と、言うか。奥さんを「あの女」呼ばわりか。浮気されているという噂は本当かもしれない

 会計を済ませて店を出る
 課長はふらっふらな訳だが、タクシー乗り場にぐっと押し込んだ

「寝ないでくださいよ?自分はバス逃す前に全力で走らないと駄目なんで)
「おー、走れ走れ。バス行っちまったらそのまま走って帰れ」

 ふざけんな。そんな事したらぶっ倒れるわ
 てめぇと一緒にするなお手本にしたくない体育会系め

 薄暗いタクシー乗り場からダッシュで離れていく
 背後で、何か聞こえた気がするが気にせず走る。次のバスが本当に今夜ラストなのだ。逃すとまずい
 何か言われたとしても、もう知らん


 彼は気づかない
 あの電水した姿が、最期に見た課長の姿になるなどと



 ガリッ、ボリッ、ガリッ、ボリッ

「かたいー」
「まぁ、柔らかい肉ではねぇだろうよ」
「でも、おなかやぁらかいー」
「たるんできてたみたいだからなぁ」

 もっしゃもっしゃもっしゃ
 口の周りを真っ赤に染めながらそれを食べる皓夜の様子に、、アダムはほっと息を吐き出した
 今日はなんとか、皓夜の食事を確保できてよかった

「なー、このおっさんの鞄とかはどうする?」
「財布の金は使うとして……身分証やらクレジットカードやらは、ヘタに使うわけにもいかないな。なんとか処分するか……」

 ヴィットリオが持っていた、皓夜の「食事」の鞄を受け取りながらそう答えるアダム
 今回は、今までのように「いなくなっても、すぐには気づかれない」対象を狙えなかった
 と、言うより、そろそろそういった対象を狙う事を気づかれて、「組織」やらに警戒されつつある
 少々、危ない橋を渡らなければならなくなってきた

(ミハエルが、まとまった「食事」を手に入れられるかもしれないとは言っていたが………)

 それがうまくいかないと、まずい
 今夜の中年男性を食べきっても、皓夜の腹は満たされないだろう
 何も食べられずにいた時間が、あまりにも長過ぎたのだから

 早くしなければ、早く何とかしなければ
 アダムは、足元に火がついたかのような思いだった
to be … ?

623単発ネタ:2016/11/07(月) 03:32:59 ID:4z/XvGjE
世界の崩壊が近づいていた。
それは瞬く間に、賞賛したくなるほど手際よく行われた。
さながらホラー映画、いや、パニック映画?スプラッタ映画かもしれない。
とにかくまるで映画のような光景が繰り広げられていた。
文明は崩壊し、多くの人が死に、
そして、死人が歩き出した。
「ゾンビ」だった。
「ゾンビパウダー」だったのかもしれないし、もっと別の都市伝説だったのかもしれない。
一人だったのか、複数だったのか、都市伝説単体なのか、契約者なのか。
今となっては知りようもないが、このテロにより、多くのヒトがゾンビと化した。
こういう事態を防ぐために、組織はいたはずだった。
しかし、渋谷の交差点でゾンビの集団発生が確認されたのとほぼ同時、
組織の中に、大量のゾンビが発生した。
黒服、契約者、果ては上層部にまでゾンビとなったモノが現れ、組織は大混乱に陥った。
そうして組織が、いや、組織以外の都市伝説集団もかもしれないが、
とにかく誰もかれもが混乱し、機能不全をおこしている間にもゾンビは増え続けた。
そして、気が付けば、世界の崩壊が近づいていた。

わずかな望みを託して入ったコンビニは無人だった。
もちろん、このゾンビ社会で営業しているはずはないし、
むしろ誰かいたらゾンビの可能性大なので別に人がいないのは良いのだが、
問題は食料も留守らしいことだ。
おそらくは先にここに来た奴が持って行ってしまったのだろう。
インスタント食品や缶詰は軒並み持ち去られている。菓子パンもお菓子もない。
アイスもない。溶けたからだ。
おにぎりはあった。が、数か月前に賞味期限の切れたおにぎりだ。食べていいものだろうか。
餓死寸前の死にかけなら、迷うことなく食べるだろうが、まだ断食二日目だ。もう少し耐えてみよう。
食料を諦め、コンビニから外の道路を覗く。ゾンビがイのニのサのヨの……6体。見える範囲でだが。
突破することはできなくもないが、下手に戦闘すると物音で奴らが集まってくるかもしれない。
来たときは2体しかいなかったのだ、もう少し時間をつぶしてみよう。いなくなるかもしれない。
「ふぅ……」
静かに、ため息をつく。
どうして、こうなったのか。

624単発ネタ:2016/11/07(月) 03:33:34 ID:4z/XvGjE
こんなサバイバルを数か月もやっていたわけじゃない。二日前まではそれなりに安全だったのだ。
ショッピングモールにいた。そう、ショッピンモールだ。ゾンビものの定番だ。
そこにバリケードを張り、籠城していた。
他の生き残り達と生活していた。一般人十数名、契約者三名、黒服二名といったところか。
都市伝説の関係者が五人もいたのだ、ただのゾンビなど問題にならない。
モール内のゾンビをあらかた排除し、安全を確保した。
食料はあった。毛布だってあった。なんあら娯楽だってある。しばら生活していけた。
このまま待っていれば、事態は収束するかもしれない。そう、思っていた。
だが、バリケードは破られた。二日前の話だ。
車が突っ込んできた。ローススロイスだ。そう「壊れない」やつ。
誰かが助けを求めてやりすぎたとか、そんなんじゃない。
そのロールスロイスの契約者はゾンビだったのだから。
ついでに言えば、そのロールスロイスから降りてきた他の奴もゾンビだった。
口裂け女のゾンビ。100m3秒の超速ゾンビ。こいつに速攻二人ゾンビ化された。
ダウジングの契約者のゾンビ。隠れたやつを的確に見つけ出していく。
錆びない鉄柱の契約者のゾンビ。こっちの攻撃がさっぱり効かない。むしろどうやってゾンビにやられたのか。
当然のことだが、ロールスロイスが突っ込んで空いた穴からも、ゾンビはぞろぞろと入ってきた。
あっという間に、地獄と化した。
ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、口裂け女のゾンビ、ゾンビ、戦う契約者、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、銃を撃つ黒服、
ゾンビ、ロールスロイス、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ダウジングするゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、
ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、黒服のゾンビ、契約者のゾンビ、ビッグフットのゾンビ、花子さんのゾンビ、ゾンビ、
噛まれる契約者、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ……
俺は逃げた。無理だと思った。
まだ戦っている契約者や、立ち向かおうとする一般人がいるのは見えていた。
彼らがどうなったかは知らない。
きっと死んだ。そして歩き回っているだろう。
俺は生きている。未だに逃げ回っている。
「いつまで……?」
答えはない。恐ろしい答えにたどり着く前に、考えるのをやめる。気分を切り替える。
ゾンビはいなくなっただろうかと、コンビニ前の道路を覗く。
ゾンビは、いなくなっていた。
「こんにちはー」
代わりに、黒服の女が立っていた。

625単発ネタ:2016/11/07(月) 03:34:08 ID:4z/XvGjE
ゾンビが数体倒れている。
その頭には穴が開いている。黒服の光線銃だろう。
黒服の女はのんびりと歩いてコンビニに入ってきた。
「生きてる人なんて久しぶりに見ましたよぉ」
「俺もです」
「一時間ぶりくらいです」
「さっきぶり!?」
「嘘ですけどね」
「え、あ……え、嘘?」
「はい。それより食べ物ありませんか?」
「え?あ、ああ、ない、みたいです。黒服さんは?」
「サルミアッキなら」
「何故……」
「嘘ですけどね」
……なんだこの人。頭おかしいんじゃないのか。こんな状況で笑って、いや、目が笑ってないが。
まあ、こんな人でも貴重な生存者だ。協力していきたい。協力できなくても、何か情報が欲しい。
状況はどうなっているのか。組織は何をしているのか。事態は沈静化の見込みがあるのか。
「あのっ、、、むぐ……」
口を開こうとしたが、その口に人差し指がそえられた。
「しー……」
静かにしろと、黒服の女がジェスチャーで示す。ゾンビが来たのかと警戒し、身を固くした瞬間、
「まあ、嘘なんですが」
一気に脱力した。
何なんだ?本当になんだこの人。
「冗談はこの辺にして」
急に、黒服の女の雰囲気が変わる。いや、変わった、ような気がした。
表情も立ち振る舞いも、何も変わっていないのに、雰囲気だけが変わった気がした。
「いくつか、私に質問に答えてください

626単発ネタ:2016/11/07(月) 03:34:39 ID:4z/XvGjE
何故そんなことを聞くのか?そう思うような質問ばかりされた。
ゾンビが発生したのはいつだったか。犯人は誰か。組織が何をしていたか。今までどうしていたか。たけのこ派か。契約している都市伝説は何か。
そして、
「平和だった時の最後の記憶を教えてください」
「平和だった時……」
覚えている。もちろんだ。今でも正確に思い出せる。
いつものように仕事を終えて、いつものように夕食を食べた。家族はいないから、一人でコンビニ弁当だ。鶏肉の乗ったペペロンチーノ。風呂はシャワーで済ませた。缶ビールを飲みながらテレビを眺め、今日は都市伝説や契約者と遭遇することもなく平和だったと思いながら、布団に入った。
そして、そして次の日、目が覚めた時には、世界は一変していた。
その後の記憶はあいまいだ。俺も、他の全員もパニック状態だったのだから、仕方がないといえば仕方ない。
「あ、そこですね」
「……え?」
「そこですよぉ」
……なにが?どこ?え?
「どうしてそんなに詳細に思い出せるんですか?数か月の前の、何でもない日を」
……え。
「どうしてゾンビ発生時の状況を知っているんですか?渋谷の事も、組織の事も。貴方、組織所属じゃないですよね」
…………あれ?
「お気づきですか?」
………………まさか。
「これ、夢ですよぉ」
嘘?
「本当ですよぉ」
黒服の女は笑っている。だが、その目は何もかもどうでもよさそうだ。
そりゃそうだ。どうでもいいに決まっている。これは、夢だ。
「サキュバス。猿夢。ナイトメア。バリバリ。インクブス。夢と違う。他、いろんな夢系の都市伝説や契約者が集まった、壮大な悪戯です
 結構な人数巻き込んじゃってまして、困りますね」
たぶん、俺は三日前か、四日目か、ショッピングモールの中にいた時、その時から、夢の中にいる。
その前までの記憶はあいまいだ。当然だ。そんな記憶はないのだ。
ゾンビの事。組織の事。ただの情報だ。「ごっこ遊び」をするために、知っているべき前提の情報だから知っている。いや、与えられている。
なんてことだ。茶番にもほどがある。
だが、これが夢だと分かった今、一つだけ、大きな問題がある。
「あ、私、起きます」
突然、黒服の女がそんなことを言った。
「え?」
「目覚まし鳴ってますから」
そう言った瞬間、黒服の女の姿が霧のように消えていく。
「ちょ、ちょっと待って!!」
慌てて呼び止めると、
「あ」
霞んでいた姿が、再びくっきりとしてきた。
「言い忘れてました。これは夢ですけど、リアルすぎる痛みでショック死すr」
消えた。ちょっと待って。くっきりした状態から、いきなり消えた。じゃあ、最初に薄くなってたのは何だったんだ。
嘘か?嘘だったのか?
「え、ていうか、え?何?死ぬことあるの?夢なのに?」
最後の最後、言い切らずに消えやがった。凄く重要そうなこと言ってたのに。言ってたぞ。
「嘘ですけどね」って最後に言うつもりだったんだ。きっとそうだ。そうだよね?
落ち着こう。いや、落ち着けない。無理だ。
さっきの、そう、さっきの続きを言おう。
これが夢だと分かった今、一つだけ、大きな問題がある。
こうして三、四日ゾンビの夢を見ているわけだが

「……どうやって起きるの?」



627死を従えし少女 寄り道「たのしいエビフライの作り方」 ◆12zUSOBYLQ:2016/11/24(木) 22:44:43 ID:7FGUyC7.
 一方その頃。クイーン・アンズ・リベンジの上では。
「わーい!おっきなエビ!エビフライにしたら、なんにんまえかなあ」
 鋏を振り上げたエビ型のクラーケンを前に、上機嫌の幼女と苦笑いをする黒髪の少女に、色素の薄い青年。
「さて澪ちゃん、どうしようか?」
 肩をすくめて問う真降に、澪は銀の大鎌を呼び出し、
「殺ります?」
 紫色の瞳を眇め、いたずらっぽく笑う澪。本気か否か真降にも判断が付きかねる。
「いや、死人は出さない事になっているし、都市伝説といえど、それは良策じゃないね」
「じゃあ真降さんには良策が?」
 真降はまあねとだけ応えると、とととっと前に走り出していった幼女に視線を向けた。
「とりあえずお手並み拝見といこうか。危なくないように目は配るよ」

「ふぁいやー!」
 ひかりが手鏡をかざすと、周りの気温が俄に上がり、炎が巻き起こる。
 エビ型クラーケンが鋏を振り回し抵抗すると、炎が風にかき消され、鋏と胴体の一部に熱が入り、赤く染まる。
「殻の焦げる、いい匂いが…」
「いやいや、食欲をそそられる匂いだね、これは」
 突然浴びせられた熱に、エビ型クラーケンは鋏を振り回して怒り狂った。
「あれー!?エビフライにならないの。おかしいなあ」
 手鏡をのぞき込み首を傾げるひかりに、年長者たちは苦笑いだ。
「ひかりちゃん、エビはね、衣を付けて油で揚げないと、エビフライにはならないんだよ」
 しっかり者の澪が、珍しく斜め上なアドバイスをした。
「やっぱり、はじめからこうすればよかったー!」
 ひかりは無骨な銀の槍を掲げ、何事か呟く。
「全知全能なる記録。その光と闇よ。わが意に応えその記すところを書き換えんことを」
 天上から光が降り注ぎ、エビ型クラーケンは…
 一尾の、巨大エビフライと化していた。
「えびー!」
 様子を見ていた澪と真降は茫然自失。
「そんな、バカな…」
「これが、『ロンギヌスの槍』…『アカシックレコード』の力…」
 エビ型…否、エビフライ型クラーケンは、自らに起こった変化もつゆ知らず、鋏をふりふりひかりに向かってゆく。
「えびー!」
「ひかりちゃん、危ない!」
 間一髪、真降が水面ごとクラーケンの下半身を凍らせて動きを封じる。
「これで当面は凌げるね」
「でも…時間の問題ですよね、これ」
 クラーケンが氷を割る前に、何とかしなければならない。

628死を従えし少女 寄り道「たのしいエビフライの作り方」 ◆12zUSOBYLQ:2016/11/24(木) 22:46:34 ID:7FGUyC7.
「全身凍らせることは、可能ですか?」
「時間があるなら」
「分かりました。時間の稼ぎ方を考えます」
 二人の会話は、それで十分だった。


その頃観客席では、一人の少女がもじもじそわそわしていた。
「神子、どうしたの」
「んっ…いや、なんでも…」
(なんだろ、この…体の中をかき回されるような、変な感じ)
 なにかを感じ取るように、闘技場で銀の槍を手にした幼女に、視線を向けた。


続く

629続々々々々・戦技披露会・スペシャルマッチ ◆nBXmJajMvU:2016/11/26(土) 00:13:11 ID:3Nktl4Mg
 神子が、まるで何かを感じ取っているかのようにそわそわとしている
 その様子に気づいた直斗は

「………………厄介な能力使いやがった」

 と、ぼそり、実況のマイクには入らないよう、そう呟いた
 その声は、忌々しそうな、今にも舌打ちしそうなものだったが

「?何か言った?」
「いや、何も」

 神子に問われた時には、普段通りの軽い調子の声に戻っていた
 そうしながら、神子に告げる

「とりあえず、さっきからそわそわしてるみたいだけど。この試合終わったらすぐ手洗い行けよ。こういう場で漏らしたら属性付けられるぞ」
「そういう意味でそわそわはしてないっ!?」

 力いっぱいの神子のツッコミを軽く流しながら、直斗は試合会場を映し出すモニターに視線を戻した
 激しいスコールによって、ほぼ何も見えないも同然の状態が続いているが……

「龍哉、今、どんな状態になってる?」

 龍哉なら、自分達より多少は見えているであろう
 そう判断し、直斗は龍哉に問うた
 ようやく、龍哉が神子の目隠しから解放されたおかげで、もう少しマシに実況できそうだ
 そうして、龍哉はその問いに答える

「そうですね。ザンさんが呼び出していましたエビ型のクラーケンが、エビフライになりましたね」
「「何が起きてる試合会場」」

 思わず、直斗と神子の言葉が重なった
 本当に何が起きている、試合会場

「……まぁ、どちらにせよ。そろそろ決着つくだろ」
「どうしてそう思うの?」
「思ったより時間かかってるし。そろそろ、ザンが焦れてくるだろうからな」

 スペシャルマッチの試合の経緯を思い返す
 ザンは「試合の最中に武器を補充していた」のだ
 そろそろ、それを使うだろう、と。直斗はそう確信していた


 次々と特攻し、自爆してくる人形逹をクラーケンの足で防ぐ
 ただ、そろそろ決着をつけるべきだな、とザンはそう考え出していた
 さて、人形を特攻させまくっている彼女をどうしようか………

 ごぅんっ

「あ」
「影守ーーーーっ!?」

 あっ
 何気なくクラーケンの足で特攻を防いだら、クラーケンの足で絡め取ったままだった影守が人形の自爆特攻をもろにくらった
 あれ、生きてるだろうか

「っく……なんて酷い事を……!」
「会話聞いてた感じ、人形に八つ当たりで自爆特攻させてる時点でお前も酷くないか?」

 希の言葉にザンは思わずツッコミを入れた
 が、希はそれを華麗にスルー(と言うより聞かないフリ)して、ザンを睨みつけた

「しかも、さっき影守に当たったので人形ストックがほぼ尽きた……!なんて事なの……!」
「そら、あんだけ特攻かましまくったら残機なくなるわ」

 自業自得だろう、とツッコミを入れながら、ザンは傍らにブラックホールを思わせる穴を空けた
 その真っ黒な空間を見て、希が警戒する

「…それ、攻撃には使っちゃ駄目なんでしょ?今回は」
「あぁ、「直接」攻撃に使うのは、駄目だな」

 そう、「直接」は駄目だ、「直接」は
 ……だが、この使い方なら許される
 漆黒のその向こう側から顔を覗かせ始めたそれに、希は対応しようとして………

630続々々々々・戦技披露会・スペシャルマッチ ◆nBXmJajMvU:2016/11/26(土) 00:14:07 ID:3Nktl4Mg

 時は、ほんのちょっぴりだけ遡り

「はぁい、来ちゃった♥」

 ようやく、クイーン・アンズ・リベンジと「良栄丸」の辺りまで移動完了したサキュバス
 そこにいた面子に、ウィンクを一つ飛ばし

 ………っぱん、と、銃声が響き渡った

「危なっ!?いきなり撃ってくるなんて大胆……♥」
「……っち、外しましたか」

 何があったか、と言えば。蛇城がサキュバスを見た瞬間、問答無用で発砲したのである
 残念ながら(?)、サキュバスが支配権を奪い取ったタコ型クラーケンによって防がされたようだが

「味方を銃撃するのはどうかと思うんだけど」
「若に見せてはいけない姿をしていたので、今のうちに撃ち落としておくべきだと判断しました」

 黒服Yのツッコミにもこの反応を返す蛇城
 反省している様子はない、と言うより、隙あらばまた撃ち込む構えだ

「そのタコの支配権、完全に奪い取っているのか?突然、支配権を奪い返され、タコが暴れだすなどということはないだろうな?」
「大丈夫大丈夫、そう簡単に支配権奪い返されるほど、お姉さんは甘くないぞ♥」

 ゴルディアン・ノットの帽子を抱えた外海に問われ、セクシーポーズとりつつ答えるサキュバス
 そう、彼女とて熟練の実力者サキュバスである
 一度誘惑して支配権を奪った存在を、そう簡単に奪い返されたりはしない
 そう、やる気がなくならない限りは………

「在処ちゃんにお姉さんの活躍見せなきゃいけないんだもの、無様な姿は晒さないんだから」
「念のため言うが、奥方様……在処様は、会場には来ていないぞ」
「えっ」

 蛇城からの容赦なき言葉に、一瞬霧散しかけるサキュバスのやる気
 が、ギリギリのところで、サキュバスは耐えた
 落ち着こう、淫魔はクールかつ情熱的であれ。会場に来ていなくとも、後で録画映像を見たりとかあるかもしれない。どちらにせよ無様な姿を晒す訳にはいかないのだ

 と、茶番を切り上げ、真面目にこの状況をどうすべきかとなった、その時

「………あ?」
「黒髭、どうかしたのか?」
「…今、爆音がしなかったか?」

 直ぐ側の音しか聞こえない…どころ、その音さえかき消しかねないスコールが降り注ぐ中、黒髭が何やら聞きつけた
 そして、その音は彼にとって聞き覚えのある、馴染みのある音であり

 直後、この場にいる全員が悪寒を感じた
 びちびちっ、と、タコ型のクラーケンがビチビチと暴れだす

「っきゃ!?あれ、どうしたの?」

 サキュバスが問いかけるが、タコ型クラーケンは人語を話すことはできない
 代わりに、びっちんびっちん足で海面を叩き、何かを訴え……その足の動きが、おかしい
 何か、痺れているような

「痺れ………まさか!」

 深志が慌てて、辺りを泳がせていた「メガロドン」と視界を共有した
 近場を泳がせていた「メガロドン」の視界が、それを捕らえる

「げ……っ栄、今すぐ「良栄丸」をこっから移動させろ!」
「無茶言うな。海水がなくなった分、スピードが落ち……っ!?」

 しゅるり、と
 何か、半透明の細いものが「良栄丸」に絡みついてきた
 黒服Yと蛇城が絡みついてくる触手のようなそれを銃撃するが、後から後から伸びてくる

「なにこれ!?」
「クラゲ型のクラーケンだ!サキュバスに吸われた後放置されてんのかと思ったら、一旦引っ込めて召喚し直しやがったんだな!?」

 澪の叫びに応える深志
 そういえば、サキュバスに生気を吸われ放置されていたはずだったのだが………スコールが降り注ぎ始めて以降、姿が見えないと思ったらそういうことなのだろう
 スコールに紛れて、接近してきていたらしい
 触れた瞬間に相手を痺れさせるであろうその触手から、「良栄丸」に乗り込んでいる面子は距離を取る

「…でも、このお船を沈めるだけのパワーはないのかな?」

 エビフライ型クラーケンがびたーんびたーんと己の進撃を封じる氷を破壊しようとしている様子を横目で見つつ、ひかりはクラゲ型クラーケンの触手の様子に首を傾げた

631続々々々々・戦技披露会・スペシャルマッチ ◆nBXmJajMvU:2016/11/26(土) 00:15:44 ID:3Nktl4Mg
 そう、どうやら、「良栄丸」を沈めるようなパワーはクラゲ型クラーケンにはないらしい
 もしも、沈められるのならばこれだけ絡みつかせた時点でとっくにやっているはずだ
 では、このクラゲは何の為に?

「まるで、ここから移動させないために絡みついているような……」

 そう、口にしたのは誰だったか
 その言葉が最後まで続く前に、クイーン・アンズ・リベンジ、「良栄丸」、そして黒いドラゴンと化していたゴルディアン・ノットの真上に、漆黒の闇が生まれる
 触れたものを容赦なく吸い込み消し去るその闇の向こう側から、何かが、無数に………

「…あれは、まさか」
「クイーン・アンズ・リベンジが放った大砲の弾!?」

 そう、黒と黒髭が容赦なくザンに向かって撃ち込みまくっていた大砲の弾
 ザンの能力で闇の向こう側に吸い込まれていたそれらが、一斉に姿を表して
 希相手にやったように、大砲の弾は容赦なくザンへの挑戦者逹に降り注いだ


 厄介な連中は一箇所に集まっていたようである
 召喚しなおしたクラゲ型クラーケンで「良栄丸」の動きを封じ、そこに吸い込んでストックしておいた大砲の弾を返しまくる
 これで、「良栄丸」は落ちるだろう
 大砲の弾だけで落ちなかったら、他にも過去に吸い込んだ攻撃を放出していけばいい

「あとは、あそこに合流していない、まだ潜んでる奴一人ずつ見つけて落としていけば終わるだろ」

 そうじゃなくとも、これだけのスコールだ
 運が良ければ、もう落ちているだろう
 このエリアから回収されていないところを見るに、まだ気絶していないらしい影守の方も、もう少し強めにクラーケンに絞めさせて落とせば………

「っと」
「が!?」

 ザンへの奇襲を試みた小さな人影が、イカ型クラーケンの太い足に叩き落された
 ずっと、気配を潜ませ攻撃のチャンスを狙っていたらしい
 ザンが攻勢に転じた様子を見て、今仕留めなければ挑戦者側は勝てない、と踏んだか
 叩き落された、忍びのような服装の人影は、そのまま地面へと落下していって

 ぺふしゅるんっ、と
 イカ型クラーケンの足に、そっと抱きとめられた

 スコールがゆっくりと晴れていく

「…………やりやがった」

 ぽつり、呟いたザンの右肩
 そこに、小さな苦無がざっくりと、突き刺さっていた



【戦技披露会 スペシャルマッチ ザンへ一撃を加える事に成功しました 挑戦者側の勝利です!】 彼女は、己の容姿に絶対の自信を持っていた




to be … ?

632チキン野郎in医務室:2016/11/27(日) 21:13:09 ID:hmWCfQog
 医務室に来たボクは、いきなりお医者さんに頼みごとをされた。

「……すまんが、少年。後で彼をここからなんとか連れ出してくれるだろうか?」
「え?」

 それは、憐君をここから連れ出して欲しいというもの。
 どうやら、治療の羽を出しすぎたせいで疲労しているらしい。このままだと、倒れる可能性もあるとの事だった。

「わ、わかりました!」

 あまりに予想外な出来事。ボクは、慌てて返事をした。

「頼むよ。そう焦らなくていいから」

 お医者さんは、軽く微笑みながら次の怪我人の下に向かっていった。
 入れ替わりに、憐君が話しかけてくる。

「すずっち、『先生』と何の話してたっすか?」
「え。いや、大したことじゃないよ。それよりも凄いね。この部屋中の羽根、全部憐君が出したんでしょ」
「そうっすよ。このくらい、朝飯前っす! なんで、もうちょっと治療を――」
「も、もう十分じゃないかな!! ほら、あのお医者さん。『先生』も羽根だけで十分だって言ってたし」
「いや、念には念を入れるっす!」
「入れちゃうかー!」

 説得の失敗に、ボクは一人頭を抱えた。うん、もうちょっとコミュ力を上げる必要がありそう。
 さてさて、次はどうしようかと考えていると鶴の一声が飛んできた。

「憐、ここはもういいから休んでこい」
「ちょっと、かい兄まで何っすか。俺っち、まだまだいけるっす」
「いいから、行ってこい。お前が倒れたりしたら患者も心配する」
「え?」
「もしかしたら、自分達のせいで倒れたんじゃないかと思うかもしれない」
「そ、それは……」

 かい兄と呼ばれる人の説得に憐君は揺れた。自分のことだけでなく、患者さんの話を持ち出されたのが効いたらしい。
 そして。

「……わかったす。あと少ししたら休憩に入るっす。すずっち、それまで待ってもらっていいっすか?」
「うん!」

 内心、ほっと一息つきながら返事をする。完全に、あの人のおかげだけど目的は達成できた。……後で、機会を見てお礼をしておこう。
 憐君が離れていき、一人残されたボクはテレビに目をやり

「エビフライ!?」

 絶句した。

続く?

633次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:31:21 ID:i6wXlp0c
 

 人面犬のおっさんと別れた後、俺は何をしていたか
 一言で言うと、追い掛けてくる数名の「赤マント」から逃げていた

 まさか土砂降りの中を逃げ回る破目になるとはね
 トホホだぜ畜生

「マジなんなの、ホントなんなの」

 赤いマントはいらんかと直球で尋ねられたので平静にスルーしてその場を立ち去ったら、これだ
 どこから湧いたのやら徒党を組んで追い掛けて来やがった
 もう少し頭を使うべきだった

「撒いた、よな?」

 長いこと逃走した

 振り向いてみたがもう連中の気配もニオイもない
 ひとまずは安心って所だろうけど、もちろん油断はできない
 ここ最近は特に「赤マント」と出くわすのが増えている
 特に人っ気のない道と時間帯は遭遇の確率が高い気もする


 辺りを見回す余裕もある
 やたらガムシャラに走った所為か見覚えのない場所に来ていた
 多分、東区のかなり奥の方だ
 閑静な住宅街、そう言えば聞こえはいいが、まだ宵の口だっていうのにこの静けさは何だ
 薄気味悪く感じるのは雨に降られて濡れ鼠になった所為だけでは無い

 雨に濡れて服が重い
 おまけに靴の中までグショグショだ
 いい加減この履き古しは買い替えよう
 そうだな、明日にでも買い替えた方がいい

 もう今日は帰るぞ、これ以上「赤マント」に出くわさないといいけどな
 そう思いながら、とりあえず勘で南区方面へ向かうことにした

634次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:34:17 ID:i6wXlp0c
 
 その勘が、知らせる
 うしろ、と


「こんばんは」


 俺が振り返ったのと、振り返った先から声がしたのは、ほとんど同時だった

 傘を差した女の人が立っていた
 灯りが遠いのではっきりとは見えない
 なので、目を凝らしてしっかりと視ようとした

「ずぶ濡れ、ね
 大丈夫?」

 俺に声を掛けてるのだという当たり前のことに数秒置いて気づく

「あ、はい。大丈夫っす」
「私の傘に、入りますか?」

 目が慣れてきた
 女の人は美人さんだ
 そして恐らく、俺と年齢は近い

 先程よりも弱まりはしたものの、雨自体は未だに降り続けている
 傘に入らないか、とは嬉しいお誘いだ

「ありがとうございます、でも大丈夫っす。俺ん家はもう近いんで」
「そう
 本当に、大丈夫?」

 だが相手は初対面の女性
 ここは断っておくのが男としての、ほら、なんかアレだ

「あなたは、雨に降られて、走っていたの?」
「はい。まあ、そういう。最近は天気予報当たんないですね」

635次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:35:48 ID:i6wXlp0c
 
「今夜は、少し、騒がしいわ
 こんな夜は、早く帰るに、限るわね
 ――なにと行き遭うか、分からないし、ね」

 目が慣れてくるとよく分かる
 女の人がじっとこちらを見つめていることを

「例えば
 『赤マント』、とか」
「はあ、そうっ、す、ね――!?」


 待て

 今、何と言った
 目の前のこの人は、今、何と言った

 確かに「赤マント」と、そう言ったのではないか


「本当に、何も、されなかったかしら」

 息が詰まった
 急に緊張がこみ上げてくる

 俺を追っていたあれが赤マントであると知っている
 知っているということは、つまり
 “視える”人なのか、それとも契約者なのか

 集中しろ
 自分にそう言い聞かせて、感覚を押し拡げる

 微かだがこの人から夜の大気のようなニオイが滲んでいた
 このニオイは純粋に、都市伝説由来の感覚だ

 間違いない
 契約者だよこの人

636次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:37:14 ID:i6wXlp0c
 
「気をつけて
 最近は、以前より、殖えているわ」


 この町に越して来たからには、こういうことが起こるのは予想していた
 こういうことってのは、もちろん契約者との遭遇だ
 ただ四月から随分この町をうろついたのに契約者と出くわすなんて無かった
 いや、遠巻きに見かけることなら何度かあったが今回みたいなのは初めてだ
 いくらなんでも急過ぎる


「人気のない道には、特に」


 正直言って心の準備が間に合ってない
 落ち着けって、俺
 落ち着くんだ


「ごめんなさい、唐突過ぎた、でしょうね」


 女の人の言葉に我に返る
 目の前の美人さんは目を伏せていた

「お喋りが、過ぎたわ」

 声がどこか申し訳なさそうなのは、気の所為ではない
 先程よりも一段とトーンが低めだ

 俺がさっきからずっと黙ってた所為か
 何か返事しないと
 頭の中を掻き回すが言葉が出ない

「こういう日は、早く帰った方が、いいわ
 特に、こんな夜は、ね」

637次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:39:29 ID:i6wXlp0c
 
 女の人は踵を返した
 いいのか? この人を行かせてしまって
 いいのか!? 契約者で、しかも美人さんだぞ!?
 いいのか!? 俺!!


「あ……、あの、あのぉっ! すいません!」


 思った以上に大きい声が喉から飛び出ていた
 女の人は振り返った


「こ、今度、一緒に……お茶でもどうですか」


 口から飛び出た言葉に、頭が真っ白になった

 なに言ってるんだ俺は
 これじゃ、ただのナンパじゃねえか


「あら」


 美人さんの表情は大きく変化したわけではない
 でも、少し驚いているような感じがした
 あくまで印象だ


「そうね」


 美人さんが微笑んでいるのに気づく
 これは俺の印象じゃない、確かに微笑んでる


「じゃあ、今度、会えたら、また、誘ってください、ね」

638次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:41:11 ID:i6wXlp0c
 
 今
 この人、なんて言った?

 また、誘ってください??

 正直、やっちまったと思ったが、これは
 もしやこれは、成功した、だと?

 何が成功したってんだ
 落ち着けって

 普段の俺なら舞い上がっていただろう
 だが今は状況が状況だ、心臓もドコドコ鳴いてる

「さようなら
 気をつけて」

 女の人は今度こそ踵を返して歩き出した

 彼女の別れの言葉に返事が詰まる
 ここでさよならと返したら二度と会えなくなるような気がしたからだ

 未だ頭は真っ白のままだ
 後ろ姿を呆然と眺めるより外ない
 傘に隠れて彼女は笑っているのではないか、そんな感じがした



 美人さんは行ってしまった








□□■

639次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:42:56 ID:i6wXlp0c
 



男@自宅

男 「本当何言ってるんだ俺……」
男 「出会ったばかりの人にお茶とか、馬鹿か俺は」  ☜ソファの上で体育座りしている
男 「しかも相手は契約者なのに」

 チラッ

コンビニで買ったエンタメ雑誌「女性の『また今度』は、ヤンワリとした断り文句。まさか本気にしてる男性はいないよね?
                   この程度の本音が読めないようではモテ男君を目指すだなんて無理です。素直に諦めましょう」

男 「まあそりゃそうだよね」
男 「いきなりナンパとか、そりゃ警戒するよ」


男 「馬鹿か俺は……」  ☜ソファの上で体育座りして反省している






 高校生
 名前はいずれ出る
 四月に学校町へ越してきた

マジカル★ノクターン
 詳細は不明
 “学校町”外の出身らしい
 「シャドーピープル」の契約者らしい
 学校町には情報収集(比重9割5分)と害を為す都市伝説の撃退(比重残り5分)に来ているらしい

 ゴシック趣味があるらしいがこちらも詳細は不明
 「組織」とは関わらないらしいがこちらも詳細は不明
 ただ一つだけ確かなのはこのお話のヒロインではない



朱の匪賊
 「トンカラトン」で構成された都市伝説集団
 この内の一部が現在学校町に潜伏中

兄者
 ヤッコから兄者と呼ばれた「トンカラトン」
 鍔広の麦わら帽子と赤いコート姿
 刀の腕だけは確か

ヤッコ
 「兄者」からヤッコと呼ばれた「トンカラトン」
 おつむはやや残念

 団長から受けた命令とか潜伏中の理由とか
 口裂け女を斬ったのに「トンカラトン」の能力が発動しなかった理由とかは追々(多分)

640次世代ーズ 05 「ソレイユ、参上!」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 23:51:40 ID:i6wXlp0c
 

 雨に濡れた夜道をユキオ少年は走っていた
 勿論それは後ろから追いかけてくる変質者数名から逃れるためである

「ハァッ、ハァッ」

 角を曲がり、走り、更に角を曲がり
 少年はブロック塀にもたれかかって荒い呼吸を繰り返した

 動揺する心を抑えながら彼は耳を澄ませる
 何ということだ――あれだけ逃げたというのに、連中の迫りくる足音が聞こえてくるではないか!

「なんで……っ!」

 パニックのあまり叫んでしまいたくなるのを堪える
 ユキオ少年は変質者が未だ執拗に彼を追跡しているという事実に恐怖していた

 発端は学習塾からの帰宅途中に近道しようと街灯の少ない道へ入ったことだ
 すると奇妙な装束に身を包んだ彼らが急に現れ、奇声を上げて追い掛けてきたのだ

「どっ、どうしよう……っ!」

 こうなったら民家に逃げ込んで警察を呼んでもらうしかない
 パニックながらもユキオ少年の判断は的確かつきわめて常識的なものだった

「変な人に追い掛けられてるんですって、事情を説明すれば……!」

 だが問題は少年を追う彼らにその常識が通用しないという点にある!
 言うまでもない! ユキオ少年を追い回す不埒な輩とは、その実、都市伝説なのである!

「留守だったらどうしようっ!? でもっ!!」

 グズグズしている暇はない
 ユキオ少年は意を決し、近くの家宅に駆け込もうと次の曲がり角を飛び出た、次の瞬間!

「赤いマントはいらンかァァァッッ!!!」
「うわああああああああああっっっっ!?!?」

 曲がり角からコンニチハしたのは、なんと先程の変質者ではないか
 そう、その変質者とは近頃の学校町内を跋扈する都市伝説「赤マント」である!

「あか、あか、あかーいィィィィィィィィィィィィィィィィー……」
「マぁぁぁぁぁントはぁ、いーらんかァァァァァァァァァァァァァァー……」

 ユキオ少年は驚きのあまり後退ろうとして躓いてしまった
 角から現れたひとり。そして、何ということだ、少年の後方からも更にふたり、赤マントが近寄ってくるではないか

「あっ、ぅあ……っ」

 完全に不意を突かれた彼の口から漏れるのは悲鳴ではなく吃音
 少年の恐怖を知ってか知らずか、赤マント達は緩慢な挙動で距離を詰める

「  赤い マントは いらんか  」

 そして、遂に
 彼ら変質者がマントの下から凶刃を覗かせて、少年に迫ろうとした

 次の瞬間だ!


「レン・ディルレット!          (阻止して!)」


 熱風のように熱い奔流が、少年と変質者の間を駆け抜ける!
 大振りのナイフを少年に突き出そうとした赤マントの体が、弾き飛ばされた!

 一体何が起こったというのか!?
 ユキオ少年はほぼ反射的に、声のした方向へと振り向いていた

.

641次世代ーズ 05 「ソレイユ、参上!」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 23:53:23 ID:i6wXlp0c
 
 そこに立っていたのは、少女だった
 鮮やかな赤い髪がユキオ少年の目を引いた

 一瞬ユキオ少年は自分の置かれた状況を忘れ、その少女に見惚れていた


「ユル・ヴェジュ――レン・レヴェット!          (矢を放って!)」


 少女は真っ直ぐに腕を伸ばし、叫んだ!
 同時に腕の先、手に握られた何かから眩い光が迸る!

 少女から発射された赤い閃光が尾を引くように空中を奔った!
 一瞬にして赤マントに直撃!

「おごォォーーッッ!!」

 赤マントは絶叫と共に吹き飛ばされる!
 直撃した赤マントの体は何やら炎上しているようにも見えるぞ!

「大丈夫!?」

 少女が駆け寄ってくる
 ユキオ少年は思考が麻痺した頭で彼女の顔を見た

「メリー! この子をお願い!」
「まかせてなのね!」

 少女とは別の声が、少年の手元から聞こえた
 考えるでもなく、彼はそちらの方へ視線を落とす

 何時からいたのだろうか、そこには何やらぬいぐるみようなものがあった

「わたしメリー! 今、東区二丁目大通り300メートル手前南側の十字路にいるの!」

 突如、未知の感覚がユキオ少年を襲う
 まるで臍が外側へと思いっきり引っ張り出されるようだ

「んひぃっ!!」

 思わず変な声が出る
 立ち眩みの時のように目の前が真っ暗になり

「あれ? ここ、どこ?」

 未知の感覚は一瞬だった
 視界が明るい、というより眩しい。思わず手で目の前を遮った。直ぐ近くの街灯の光のせいだ

 おかしい、ユキオ少年は違和感に気付いた
 ここは先程の場所ではない。変質者達から逃げていたあの道には街灯は無かったのだ

 少年はアスファルトにへたり込んだままの体勢で周囲を見回す
 ここは学校町の東区、それは間違いない

 ただしこの場所は、先程いた場所とは全く別の場所で、厳密に言うと距離的に離れている
 近道しようとして通った道からはだいぶ離れた、大通りに近い場所だ

「えっ、どういうこと?」
「んふー」

 可愛らしい声が手元から聞こえる
 驚いてそちらを見れば、先程のぬいぐるみだった

「んふー……。んふ、やっぱり、ピンポイントの転移は、んふー、きつきつ、なのー……」
「えっ、嘘、ぬいぐるみが、喋った……!?」


..

642次世代ーズ 05 「ソレイユ、参上!」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 23:54:49 ID:i6wXlp0c
 
 ぬいぐるみ、小さな羊のぬいぐるみだ
 白いもこもこに黒い顔のそれは確かに羊のぬいぐるみのはずだ

 ぬいぐるみが、喋った
 ユキオ少年の思考は未だに麻痺したままである

「ぬいぐるみじゃないのー! わたしはメ……、あっ、……と、とにかく、ぬいぐるみじゃ、ないのー!」

 ぷんすか、という表現が適当だろうか
 そのぬいぐるみは可愛い声で抗議の意思を表明している

 少年はよろめきながら立ち上がった
 僕は、夢でも見てるんだろうか?

「あっあっ、わたしも抱っこしてほしいの、ぬれぬれの地面はいやなの!」

 少年は未だに喋るぬいぐるみに視線を落とし、言われるままに持ち上げた
 アスファルトは数時間前の雨でひどく濡れていた。ぬいぐるみだから汚れたくはないだろう

「なんだか、瞬間移動したみたい」
「うん、そうなのー」

 ユキオ少年が先程起きたことの感想を漏らすと、あっさりその答えが返ってきた
 驚いてぬいぐるみを見ると、何やら得意そうに鼻をふんふん鳴らしていた

「あれは、わたしの能り、あ、えっと、ソレイユちゃんの能、あっ、魔法なの。すごいでしょー、褒めてくれてもいいのー」
「ソレイユ、ちゃん?」
「うん、えっと、さっきキミを助けたお姉さんなの」
「あ……!」

 そうだ、あのお姉さんだ
 ユキオ少年の頭の中で先程の出来事が鮮明に甦る

 赤い髪の、綺麗なお姉さんだった。僕より年上かもしれない
 可愛い感じの羽織りものの下は、何だかエッチな格好をしていた気がする

 ユキオ少年は心臓の鼓動が駆け上がっていくのを感じていた
 そしてそれが先程の恐怖の余韻なのか、はたまたあのお姉さんの為なのかは、分かっていなかった

「あっ、電話なの」

 ぬいぐるみの声で我に返った
 羊のぬいぐるみはどこから出したのか携帯電話を抱えていた

「ソレイユちゃん、終わったの? うん、分かったのー」

 鼓動が一際高鳴るのを感じた
 通話相手はきっとあのお姉さんだ

「ソレイユちゃんは今、私の前にいるの」

 一瞬、目の前の空間が捻じ曲がるような錯覚がした
 その直後、そこにはなんと先程のお姉さんが立っているではないか

「ソレイユちゃーん!」

 突如ユキオ少年の手からぬいぐるみが飛び上がる
 放物線を描くように、ぬいぐるみはお姉さんの手元へ収まった

「お疲れメリー、ありがとね」
「もうくたくたなのー」

 お姉さんと目が合う
 彼女は少年に近寄ってきた



...

643次世代ーズ 05 「ソレイユ、参上!」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 23:57:12 ID:i6wXlp0c
 
「きみ、大丈夫だった?」

 お姉さんは心配そうな顔でユキオ少年を覗き込む
 お姉さんは白の長い手袋をしているのに今更気づいた

「あいつらに何かされなかった? 怪我してない?」

 そしておもむろにお姉さんは少年の体をあちこち撫で始めたのだ
 手袋越しに撫でられる不思議な感覚が少年を襲う。ゾクゾクするのが止まらない

「大丈夫? どこも怪我してない?」
「あっあっ、はいっ、だっ大丈夫ですっ」

 緊張のあまり妙な声色になってしまった
 返答を聞いたお姉さんの顔に安堵の表情が広がった

「本当? 良かったぁ」

 思わず見惚れてしまう
 この瞬間、ユキオ少年は胸の奥と股間の上辺りがきゅうと甘く締め付けられる謎の感覚に囚われた

 クラスの片想いの女の子を見つめていてもこんな風になったことは一度も無いのに
 そう、ユキオ少年はこの時、思春期の扉を開け放ちその第一歩を踏み出していたのだ

「あ、あの、さっきの変質者の人達は」
「大丈夫、私が全員退治したわ!」

 お姉さんはユキオ少年の問いにはっきりと答える
 間をおいて「あ」という顔をしたお姉さんは、前屈みになってずいと顔を近づけてきた

「それより、どうしてこんな時間にあんな暗い道を通っていたの?」
「え、あ」
「それも独りで。感心しないわ」
「あの、あっ、ごめんなさい」

 お姉さんは怖い顔で問い質してきた
 今、僕はお姉さんに叱られてるんだ。ユキオ少年の胸に謎の興奮が生まれる

 お姉さんの顔はうっすらと濡れていた
 それが汗なのか、だいぶ前に止んだ雨の所為なのかは分からない

 お姉さんの羽織りものから覗く体に、少年は視線を奪われる
 ぴったりと肌に密着するタイプの生地なのだろうか、スクール水着のようなのを着ている

 そして、前屈みになったお姉さんの胸に彼の目は釘付けになってしまった
 その膨らみはふっくらと柔らかそうな丸みを帯びていた

 グラビアのアイドルのような特別大きな胸というわけではない
 でもそれは少年の同級生の女子達が持っていないものだ

 心臓の鼓動がどんどん駆け上がっていく
 少年は自分の内部で何かが高まっていく錯覚を覚えた

「学校で暗い夜道は通ったらダメって言われなかった? 最近は変質者も増えてるから危ないのよ?」
「ごめんなさい、僕、塾の帰りで、急いで帰ろうと、近道しようとして、それで」
「近道かもしれないけど、あんな人気のない道は何があるか分からないわ」
「あ、はい……」

 お姉さんは少年の前に右手を掲げて小指を立てる
 もう怖い顔はしていなかった

「お姉さんと約束して? もうあんな暗い道は通らないって。必ず人気のある明るい道から帰るって。約束できる?」
「あ、はい。約束します。危ない所は通りません」

 お姉さんはもう一方の手で少年の手を取って、小指と小指を絡めた
 指切りげんまんである

「うん! じゃあ、約束ね!」
「はっ、はい」

 お姉さんはにっこり笑顔で頭を撫でてきた
 この時、少年の心臓は喉から飛び出そうなほどに高鳴った

 不意にお姉さんの体が離れる
 未だに思考が麻痺しているとはいえ少年は愚かではない。お姉さんとのお別れの時は着実に近づいている


....

644次世代ーズ 05 「ソレイユ、参上!」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 23:58:17 ID:i6wXlp0c
 
「あ、あの! お姉さん、あの、あ、名前を、教えてください!」
「え、私?」

 少年の突然の質問にやや面食らったようだ。お姉さんは少し困ったようにぬいぐるみの方を見た
 先程のぬいぐるみは、いつの間にかだっこちゃんのようにお姉さんの腕にしがみついている

「私は……、ソレイユよ。マジカル☆ソレイユって言うの。それで、ええと、あなたのお名前は?」
「あっ、コバヤシ ユキオです」
「ユキオ君って言うのね」

 お姉さんは困った顔のままだ
 そしてその表情はどこか硬い

「あの、ユキオ君。お姉さんのことは、誰にも言わないで欲しいの」
「ソレイユちゃんの魔法が他の人にバレたら魔法の国に帰らなくちゃいけない、なの」

 お姉さんの言葉にぬいぐるみが付け足してくる
 しかし少年はお姉さんの言葉を半分しか聞いていなかった

「僕、絶対に誰にも言いません。約束します!」
「本当? ありがとう!」

 誰にも言うもんか、こんなエッチなお姉さんは僕だけの秘密にするんだ
 ユキオ少年が胸に秘めた決意は固い、非常に固い

「それで、あの。お姉さん、僕、いつかまた、お姉さんに会えますか?」
「えっ? そ、それは、あの」

 少年の質問にお姉さんは先程よりも露骨に困った顔をしていた
 狼狽えた様にぬいぐるみの方をチラチラと見ている

「ユキオ君がお姉さんとの約束を守っていたら、いつかまた会える……かもしれないなのー」
「そっ、そうね! ユキオ君が私との約束を守ってくれてたら、また会えるかもしれないわ!」
「分かりました! 約束守ります!」

 ユキオ少年の返答はほぼ反射的だった
 未だに彼の心臓は謎の興奮で高鳴り続けている

 お姉さんは少年の答えに頷くと、数歩後退った
 そして片腕を揚げて、頭上で大きく二回円を描いた

 突如、熱風が吹き抜けた
 お姉さんの体の周囲を幾重にも赤い光の輪が取り巻いている

「ユキオちゃん、ばいばいなのー」
「気をつけて帰るのよ!」

 それは、一瞬の出来事だった
 目の前の空間が歪むような錯覚と同時にお姉さんは消失した

 行ってしまった。残念な気持ちが胸いっぱいに広がり始める
 少し前に怖い目に遭ったことなど遥か昔の事件のような気がした

 ぼんやりした頭に浮かぶのは、お姉さんの格好と、体、そしてあの優しい笑顔
 ユキオ少年は、未だにお腹の下の下辺りに熱が高まっていく不思議な感覚に憑りつかれていた

 少年は果たしてあのお姉さんに再会できるのだろうか
 実の所、彼の中でお姉さんとの約束はすべて吹き飛んでいた

 あの危ない夜道を通り続けていれば、必ずまたあのお姉さんに会える
 ユキオ少年はそんな、根拠はないが自信に満ち満ちた絶対の確信を握りしめていたのだ






□□■

645次世代ーズ 05 「ソレイユ、参上!」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 23:59:55 ID:i6wXlp0c
 









コバヤシ ユキオ
 赤マントに襲われたしょうがくせいのおとこのこ
 マジカル☆ソレイユに助けられて何かに目覚めてしまった


赤マント
 今回の被害者
 複数でコバヤシ少年に襲い掛かったが
 マジカル☆ソレイユに捕捉され、滅!された


マジカル☆ソレイユ
 赤マントに襲われたコバヤシ少年を助けたお姉さん
 コバヤシ少年曰く、「ちょっとエッチな」コスチュームを着ている
 彼女は良い子のみんなに夢と希望を与えるマジカル少女などといったメルヘン存在ではない
 その正体は言うまでもなく、怪奇不可思議で魑魅魍魎な暗黒存在である“都市伝説”と契約した能力者である


メ…ぬいぐるみ
 マジカル☆ソレイユの使い魔的ポジションなマスコット
 外見は小さな羊のぬいぐるみだが、人語を話す
 もこもこしておりかわいい
 使い魔じゃないのー



.

647スペシャルマッチ終了後・治療室 ◆nBXmJajMvU:2016/12/03(土) 23:35:27 ID:TvshVvXY
「いやはや、派手にやったよねぇ、彼も。流石と言うべきか」

 等と口にしながら、「先生」はてきぱきと怪我人逹の手当てを終えていた
 次いで、行っているのは何やら服の作成

 ……くしっ、とくしゃみの音が治癒室に響き渡った
 ザンとのスペシャルマッチは挑戦者側の勝利となった訳だが、ザンが返した「クイーン・アンズ・リベンジ」の大砲の弾が降り注いだ「良栄丸」と「クイーン・アンズ・リベンジ」は見事に撃沈した
 そんな中でも、重傷者が出なかったのは幸いだ
 あの場に居た誰頭が、とっさに防御でもしたのかもしれない
 一番の重傷者は大砲の弾の直撃を受けたらしいサキュバスだが、契約者ではなく都市伝説(それも、結構な実力者)であるおかげか、意識が飛んだ状態であったものの今はすぷー、と心地よさ気な寝息を立てている
 どちらにせよ、船が撃沈した以上、そこに乗っていた者逹は水中に落ちたのだ
 スコール+クラーケン召喚の歳に付属するらしい海水に落ちてしまえば、ずぶ濡れにならない方がおかしい
 よって、スペシャルマッチ参加者のほとんどがずぶ濡れ状態になり、大きなバスタオルに包まっている状態だ
 着替えはあまり、どころかほぼ用意されていなかった為、また「先生」が作っているのである
 …………なお、「具体的にきちんとリクエストしておかなければ、どんなデザインの服が出されるかわからない」と言う事実は、灰人が一気に運ばれてきた怪我人の治療に専念した為、伝え忘れたままである
 今現在、白衣が作ってる服は思いっきりフリルたっぷりの物なのだが、はたして誰用なのだろうか

 もっとも、大半がバスタオルに包まっている中、そうではない状態の者もいる
 一人は、ゴルディアン・ノット
 その出で立ちのせいもあり、ずぶ濡れ度はかなり高いのだが「大丈夫ダ」の一点張りだ
 「先生」は「後でちゃんと診察させてもらうよ」と言っていたのだが、それに関しても「大丈夫」と告げている
 大砲の弾を受けこそしたが、ダメージを受けた際の形態が形態だった為か、さほど大きなダメージとならなかったのだ
 一応、水分は絞ってきた……つもりであるし、急いで着替える必要もないはず、と当人は判断しているのかもしれない
 もう一人、ずぶ濡れの服を脱ごうともせず、バスタオルにも包まっていない人物
 それは、スペシャルマッチにてザンに一撃を当てる事に成功した忍び装束の人物だった
 目元がかろうじて見えるだけのその忍び衣装は、スコールに晒された為にぐっしょりと濡れている
 ゴルディアン・ノット同様、一応絞って水分は落としたようであるが、忍び装束越しでも小柄で細身とわかる体付きの為、心配そうに見ている者もいる(主に、まだ治療室から出ていなかった憐)

「…お前ハ、ソロソロソの装束を脱いデ、着替えた方ガ良いのデハないか?」

 ゴルディアン・ノットがそう声をかけたが、その忍びは声を発する事もなく、ふるふる、と首を左右にふるだけだ
 ぽた、ぽた、と水滴が床に落ちる

648スペシャルマッチ終了後・治療室 ◆nBXmJajMvU:2016/12/03(土) 23:36:02 ID:TvshVvXY
 この忍び、治療室に来てからと言うもの、一言も言葉を発していない
 「先生」が治療を行う為に診察しようとした際も、手で軽く制してふるふる、と首を左右にふってみせた
 診察なしでの治療は困難……と思われたが、憐が治療室にばらまいてしまった治癒の羽がまだあった為、それで治療sをシたから怪我はもう問題ないだろう
 ただ、そのずぶ濡れ状態では風邪を引きかねない
 そして、ずっと口を聞く様子がない
 声を出せない、と言うよりも、むしろ……

「そういえば、試合中も身振り手振りだけで話していなかったような………声がでない?」

 ずぶ濡れの髪をタオルで拭きながら深志が問うたが、ふるふる、とまた首を左右に振ってきた
 「喋れない」のではなく「喋らない」。そういうことなのだろう
 顔は隠す。体型も、細身とはわかるが忍び装束ゆえ細部はわからない。そして声も出さない、となると

「まぁ、大方「レジスタンス」所属だろ。それなら、正体は隠すわな」

 黒髭がそう口にした瞬間
 ぴくり、その忍びの身体が小さくはねた
 黒髭の言葉に、バスタオルに包まっていた黒が首をかしげる

「どういうことだ?」
「あのな、マスター。「レジスタンス」は元々、少数精鋭でのステルスや潜入捜査が得意なんだよ。「MI6」には流石に負けるが、スパイの数もかなりいる」
「正体がバレたらまずい、と」

 なるほど、と真降は納得した様子だ
 中には堂々と「レジスタンス」所属である事実を公言している者もいるが(灰人の母親なんかがその例だ)、「レジスタンス」所属の大半は、おのれが「レジスタンス」所属である事を公言することはないという
 この忍びも、そうした「レジスタンス」の一員であるならば、正体を晒すような真似はしない、そういう事なのだろう

 そうではない、と言う可能性は、この時、治療室に入ってきた男によってあっさりと否定された

「そういう事なんだよ。まだその子は自分の正体バラせるだけの子じゃねーんだわ」

 ひょこり、と治療室に顔を覗かせた大柄な男の姿に、「げ」と黒髭が嫌そうな顔をした
 オールバックにして逆立てた銀髪にサングラス、ライダースーツという出で立ちの、どうやらヨーロッパ方面出身らしい外見の男だ

「おや、「ライダー」殿。日本に来ていたのか」
「おーぅ。お仕事あるんでねー。さて、「薔薇十字団」の「先生」よ、うちの、回収してっていいな?」

 「ライダー」と呼ばれた男は、そう「先生」に告げた
 …黒髭が、先程までは「先生」の視線から黒を守るようにしていたのが、「ライダー」相手からも守るような位置へと移動した事に、気づいた者はいただろうか?





to be … ?

649続スペシャルマッチ終了後・治療室 ◆nBXmJajMvU:2016/12/22(木) 00:29:52 ID:4D9eGzIg
 すくり、と忍びが立ち上がった
 とととっ、と「ライダー」と呼ばれた男性に近づいていき………そっ、とライダーの背後に隠れた
 まるで、人見知りの子供のような行動だ
 単に、「正体が見抜かれる可能性」を減らそうとしただけなのかもしれないが

(……こりゃ、この中に顔見知り、もしくは、少なくともあの忍者が知ってる奴がいる、って事か)

 そのように黒髭は考えた
 ……そう言えば、自分の契約者の方をなるべく見ないようにしている

(マスターの学校関係者か……もしくは近所に住んでいるか。はたまた契約者の親の会社関連か………どっちにしろ、あまり関わり合いたくはねぇな)

 「レジスタンス」にはあまり関わり合いたくない
 それが「海賊 黒髭」としての考えである
 契約者である黒が関わると言うのならわりと全力で止めるだが、今後どうなる事やら

(「レジスタンス」とは何度かやりあってるし、関わり合いたくねぇ……味方にできりゃ心強いだろうが、あそこは支部っつか、「どこに対するレジスタンス」かによって違うしよ)

 ようは、色々と面倒だから嫌だ、と言う理由なのだが
 ……後で、契約者に、もうちょっときっちり「レジスタンス」について説明しよう
 この時、黒髭はそう強く、心に決めた


「一応、服越しとは言え治療はした。ただ、何かあったら、すぐに連絡………こっちに、その子の正体が知られたくなかったら、そちらの治療役に頼んでちゃんと見てもらうように」
「おーぅ。一応、確認はしとくわ。傷残ったら可哀想だし」

 手元で何やら作業しながらの「先生」の言葉に、ライダーは軽い調子でそう返した
 見た目からシて日本人ではないようなのだが、日本語ペラペラだ。それを言うなら、「先生」も明らかに日本人ではないのだが

「あんたは、スペシャルマッチに参加しなかったのか」
「いやぁ、本国の上司に参加していいかどうか確認したら「僕は面倒かつつまらない仕事中なのに、そんな面白そうな事参加するなんてズルい」って却下された」

 栄の言葉に、ライダーは肩をすくめながらそう答えている
 どうやら、上司は日本には来ていないらしい
 参加したかったんだがなぁ、とライダーは残念そうだ……どこまでが本心かは不明だが

「じゃ、そういう事で。この子の着替えはこっちがなんとかするけど、他のスペシャルマッチ参加者逹は風邪引くなよ」

 そう言うと、ライダーはひらひらと手を振りながら、治療室を後にした
 忍びはその後をついていき………ぺこり、一礼してから、治療室を出た
 不意打ちとはいえ、ザンに一撃を与えたあの忍びは、どこの組織にも所属していなかったのであればスカウトがあちこちからきた可能性があるが、「レジスタンス」にすでに所属していると判明したならば、そういったスカウトも来ないのだろう
 ライダーがわざわざ忍びを迎えに来たのは、そう言ったスカウトの類が来ないように、「レジスタンス」所属の者であると知らしめるために来たのかもしれない

「……ある意味、過保護だねぇ」
「?何が??」

 ライダー達を見送りながら、ぽつり、「先生」が口にした言葉が耳に入ったのか、ひかりは首を傾げた
 「なんでもないよ」と「先生」は笑いながら、作業を続けている
 ひかりはもう一度首を傾げて……が、特に気にする事でもないと判断したのか、思考を切り替える
 彼女が考えることは、一つ

「せっかく、おっきなエビフライ作ったのになぁ……」

 そう、これである
 あの巨大なエビ型クラーケンをせっかくエビフライにしたのに、食べることが出来なかった
 彼女は、それがとっても残念なのだ

「せめて、ひとくち食べたかったな…」

 と、そう口にすると

650続スペシャルマッチ終了後・治療室 ◆nBXmJajMvU:2016/12/22(木) 00:31:10 ID:4D9eGzIg
「ふむ、しかしお嬢さん。あのスコールの中にさらされていたならば、あのエビフライ、水分でぶよぶよになってしまって味が落ちていたのでは?」

 ……………
 「先生」の言葉にっは!?となり、ガビビビビン、とショックを受けるひかり
 そう、誠に残念ながら、「先生」の言う通りだろう
 かなりの水分に晒されたであろうエビフライは、揚げたてさくさくの美味しい状態ではなかったのだ
 美味しく食べる事など、あの試合会場にスコールが降り注いでいた時点で無理だったのだ
 ガーンガーンガーン、とショックで固まった後、若干、涙目でぷるぷるしだしたひかり
 と、そこに「先生」が救いの手を差し伸べる

「さて、お嬢さん。可愛らしい服がずぶ濡れになってしまっているからね。はい、乾くまでこちらを着ているといいよ」

 ひらりっ、と
 「先生」が、先程までずっと作っていたそれを広げてみせると、ひかりが「わぁ」と嬉しそうな声を上げた
 それは、可愛らしい、黒いゴスロリのワンピースだったのだ
 首元のリボンやスカートを見るに少々デザインは古めかしいが、ひかりにぴったりなサイズである

「おじさん、ありがとう!」
「どういたしまして。さて、次作るか」
「だから、せめてリクエスト聞いてから作れ」

 っご、と灰人に脳天チョップツッコミをしたが、「先生」はスルーしてさっさと次の服を作り上げている
 どうやら、また女性物を作ろうとしているらしい。レディーファーストだとでも言うのだろうか
 なんとなく楽しげに、「先生」はその作業を続けていた


(……際立っておかしなところはない、よね?)

 「先生」の様子を何気なく伺いながら、三尾は少し不思議に思っていた
 この「先生」に関して、実は「組織」で少し、話を聞いたことがあるのだ
 三尾が担当する仕事絡みではない為、又聞きだったり噂が大半なのだが、共通している事は一つ
 「あの「先生」は厄介だ」と言う事
 何故、よりにもよって学校町に来たんだ、と、学校町に来た当初、天地が頭を抱えていた様子も見たことあるような。ここで「先生」を見ているうちに、それを思い出した
 ……何故、そのような評価なのか?
 治療の手伝いをしつつ何気なく観察していると、「海賊 黒髭」は自分と自身の契約者に関しては、「先生」に治療されないように、と言うより、接近すらされないようにしている事に気づいた
 契約者の方はともかく、黒髭の方はかなり「先生」を警戒している
 その警戒っぷりは、「先生」が学校町に定住し始めた頃の天地にどこか似て見えて

(彼に聞けば、わかるのかな)

 と、聞く聞かないはともかくとして、三尾はそう判断したのだった


to be … ?

651チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/23(金) 23:16:20 ID:nOZbdaUs
・九話 姉から逃げられない!その一

 時計の針が午前五時を示す頃、ボクは着替えと準備を終えていた。
 いつもの習慣。日曜日でもそれは変わらない。

「よし!」

 着慣れたジャージ、時間を確認するための時計、いざという時のための小銭。ジョギングの支度はばっちりだ。昨夜、【首なしライダー】と戦ったせいで寝不足気味なのを除けば。後で昼寝でもしよう。
 朝日が差し込む自室を出て、階段を降りる。すると、玄関に佇んでいる緋色さんが目に入った。

「おはようございます、師匠」
「おはよう、緋色さん」

 緋色さんはいつものように、姉ちゃんから貰ったジャージを着ていた。
 ……うん、似合ってない。大人な彼女には、きっちりとした服装が向いている。ジャージのような活動的な格好はいまいちだ。

「師匠? どうしました」
「ううん、何でもないよ」

 思ったことを顔に出さないようにして笑う。
 こんな失礼なこと、本人に悟られるわけにはいかない。

「緋色さんは、今日もいつものコースを走るの?」

 本心を隠すために話を振ってみる。

「はい、あの辺りは人気が殆どないので。全力で走っても問題がありませんから」
「いいよね、あそこ」

 ボクも、能力の訓練で使ったことがある。
 人気がないのに不気味な感じはしない不思議な場所だ。むしろ、あそこにいると心が落ち着く。運動をするのには最適な場所かも知れない。

「師匠もいつものコースですか」
「うん」

 ボクが走るのは、契約者となる前と同じく河川敷。ランナーには人気のある道で、毎朝多くの人がジョギングをしている。ウォーキングや犬の散歩をする人も多い。
 もちろん、今も能力を使わずに走っている。

「わかりました。指導はいつも通り夜に?」
「うん」

 ボクは生意気にも、緋色さんに走りの指導なんかをしている。
 といっても、親から教えてもらったコツや経験からの知識を教えているだけなんだけれど。緋色さんは、タメになると言ってくれている。

「わかりました。では、『訓練』の方も」
「いつも通り、ジョギングが終わったらで」

 靴を履きながら、約束を交わす。

「今日こそは頑張るよ」

 決意表明をしながら、玄関のドアを開けた。

652チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/23(金) 23:21:04 ID:nOZbdaUs
【注射男】の件に片がついた翌日から、緋色さんは我が家で暮らすようになった。……もちろん、ボクから言い出したわけじゃない。今でも、あんなに綺麗な女の人と同居するのには抵抗がある。
 ことの発端は、【注射男】を退治した翌日。彼女を自宅に招いたことにある。

「本当にいいんですか?」
「もちろん」

 学校からの帰り道、ボクは合流した緋色さんを自宅まで案内した。

「これからは、今まで以上に深い付き合いになるだろうしね」

 緋色さんは、契約都市伝説でもないのに一緒に戦ってくれると言ってくれた。いわば、仲間だ。
 自宅に招いて、親交を深めるくらい当然だろう。

「ふ、深いお付き合いですか……」
「うん。あ、緋色さん」
「? なんですか」

 首をかしげる彼女に、大事なことを質問した。

「緋色さんってマスク外せる?」
「ええ、外せますよ。それが何か?」
「いや、どうせなら一緒に夕食でもどうかなと思ってさ」

 都市伝説は情報生命体だ、殆どの個体は食事を摂る必要ない。けれど、生物の形をしていれば食べることはできる。実際、トバさんはボクや姉ちゃんと一緒に食卓を囲む。

「はい、もちろん。……いえ、でも」

 顔を曇らせたので、慌ててフォローする。

「ああ、口のことなら気にしなくていいよ。姉ちゃんも気にしないし」

 姉ちゃんと口にすると、緋色さんは敏感に反応した。

「お姉様がいるなら、ますます」
「あーうん。大丈夫、姉ちゃんは誰よりも大丈夫」

 実際は大丈夫どころではなかった。
 姉ちゃんは緋色さんを気に入り、家にいる間ずっとべったり。緋色さんは、困惑しながらも嬉しそうにしていた。
 その内、姉ちゃんは彼女から帰る家がないことを聞き出した。……念の為に言っておくと、これはおかしなことじゃない。都市伝説は情報生命体。人間と違い休息を取る必要がない。 住処を作る習性のある都市伝説でもない限り、家がなくても平気だ。
 ただし、姉ちゃんは都市伝説のことを知らない。だから、

「なら、うちに住めばいい」

 と言い出した。
 緋色さんは大いに慌てた。真面目がゆえに、本当の事を言ってしまったことを後悔しながら。
 迫る姉ちゃん、困り果てる緋色さん。

「おい、どうすんだよ」

 トバさんは、ボクに決断を求めてきた。

「どうするも何も決まってるよ」
「まあ、そうだよな。お前みたいなチキン野郎が認めるわ――」
「空いてる客間を使ってもらうよ」
「おい!?」

 押し入れに、来客用の布団があることを思い出した。早速、取りに行こうとすると足に猛烈な痛み。

「ト、トバさん! 痛い! 痛い! いきなり噛み付かないでよ!!」
「うるせえ。どうして、今日に限ってお前が破廉恥なのか説明しろ! いつものお前なら、顔を真っ赤にして逃げてるだろ」
「そ、そりゃ」

 決まりきった答えを口にした。

「姉ちゃんの決定には逆らえないし……」

 こうして、緋色さんは同居人となった。

653チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/23(金) 23:26:43 ID:nOZbdaUs
 同居人となった緋色さんは、今まで以上にトレーニングに力を入れるようになった。そればかりか、家のお手伝いもしてくれている。ボクがやらなくてもいいよ、といってもだ。姉ちゃんなんか、頼んでも絶対にやってくれない。自分の洗濯物すら、僕に任せっぱなしだ。
 こうして、緋色さんは我が家に馴染んでいった。しかし、彼女にはもう一つ役目がある。

「師匠、もっと前へ」
「う、うん」

 それはボクの指導。
 
「当たることより当てることを考えてください。師匠は、まずそこからです」
「わかってはいるんだけど……」

 ナイフ術のコーチだ。
 ジョギングから帰ってきたボクらは、いつものようにゴム製のナイフを持って対峙していた。

「緋色さんの剣筋、まったく読めないよ!?」

 実力差がありすぎて、まともな勝負になっていけどね!
 目、首、心臓。急所を狙って繰り出されるナイフに、ボクは対応できずに後退。壁際へと追い詰められる。
 その間に、無防備な腕や足が斬られていく。これが実戦だったら、今ごろ動けなくなっているだろう。

「大丈夫です。その内に慣れます」
「とてもそうは思えないよ!」

 緋色さんは【口裂け女】。
 人間を圧倒する膂力を持っている。でも、それだけならただの剛剣。いくら、速くてもワンチャンスぐらいはある。実際、目で刃を捉えることはできていた。
 ボクが、ここまで手も足も出ないのは緋色さんの技術が高いから。次にどこを刺突してくるか、どんな軌道で来るかがわからないせいだ。これじゃあ、刃を見ることができても意味が

ない。
 彼女は、刃物の扱いに関してはプロ中のプロだ。包丁を握らせても天下一品。あっという間に皮を剥き、野菜を切り終える。魚を下ろすのだってちょちょいのちょい。……昔、料理を覚えるまで苦労した身としてはかなり羨ましい。
 戦闘では、腕がさらに発揮される。ナイフの距離だと都市伝説を圧倒し、遠距離でも投げナイフで応戦。完璧だ。
 そんな彼女を、慣れだけで攻略できるなんて思えない。いくら、ボク用に手を抜いていたとしてもだ。

「あっ」

 ついに、壁が背中についた。もう逃げ場所はない。
 こうなったら、イチかバチかだ。
 膝を曲げ腰を下ろす。同時に、頭上をナイフが通り過ぎた。うん、ラッキー。ナイフがくるかなんて全然わからなかった。
 体勢を低くしたまま、瞬時に能力を発動。両足が熱くなり、気持ちも高まる。

「えいっ!」

 ナイフを前に構え、緋色さんめがけ突っ込む。ボクに出来る精一杯の奇襲だ。
 拙いけれど、能力のおかげで速度だけはある。もしかしたら、当たるかも――

「師匠、バレバレです」

 期待はあっさりと崩れ去った。
 ナイフは空を切った上、緋色さんによって足払いされた。加速しているボクは、勢いを止められないまま床に飛び込む。
 ……前にも似たようなことあったね! デジャブを感じながら顔面スライディング。滅茶苦茶痛い。
 畳みが、ボクを笑っている気がした。

654チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/23(金) 23:30:42 ID:nOZbdaUs
「はあ」

 ナイフ訓練後、ボクは体育座りをして落ち込んでいた。

「師匠、元気を出してください」
「ありがとう、緋色さん。でもさ……」

 溜息がこぼれた。

「ここまで進歩がないとね」

 【注射男】の一件で、ボクは自分の無力さを実感した。だから、戦うための技術を身に付けようと模索を始めた。
 まず、最初に試したのが蹴り。
 トバさんの能力のおかげで、足が速くなったんだから蹴りも強くなっているんじゃないか。という、単純な発想だ。でも、全くの適当という訳じゃない。
 トバさんと緋色さん曰く、能力には系統というものが存在するらしい。主なものは五つ。 強化、放射、操作、変化、創造だ。二人の場合は、主に強化の能力が使える。身体能力が高いのが証拠だ。また、緋色さんのナイフを作る力は創造に分類されるらしい。
 系統には契約者との相性がある。
 放射系は得意だけど、変化系は苦手。創造系は達人級だけど、それ以外はからっきし。といった感じに。
 ボクの場合は、トバさんの能力しか試してないから厳密にどうとは断言できない。けれど、脚力の増大していることから強化が得意なタイプ。いわゆる、強化型じゃないかと診断された。なら、キック力も高いだろうと予想されたので試してみた。
 結果、

「……おい、サンドバック全然揺れてねえぞ」

 駄目駄目だった。どうやら、強化されているのは脚力ではなく走力だったみたいだ。理屈がよくわからない。
 落胆するボク。そこで、緋色さんが話を持ちかけてきた。

「良かったら、私のナイフ術を教えましょうか?」と。

 刃物なら、力が弱くとも傷を負わせることができる。それに、師匠の能力とは相性がいいと思いますと勧められた。確かに、コンパクトなナイフと速度に特化したボクの能力はぴったりだ。両方の利点を殺すことなく運用できる。
 緋色さんの説明にボクは納得。早速、翌日から教えてもらうことになった。
 ……結果はこの通りだけど。

「ボク、向いてないのかな」

 思わず、出た言葉に緋色さんが反応した。

「そんなことありません! だって、師匠は!」
「? ……師匠は?」
「あ、いいえ。何でもありません」
「そ、そう」

 やけに、余所余所しい態度を取られてしまった。せっかく、教えてくれているのに弱気な発言をしたのはまずかったかもしれない。
 反省しながら、ある提案をしてみた。

「だからさ、緋色さん」
「……はい」
「夜も練習に付き合ってもらってもいいかな」
「はい、私なんかじゃコーチになりませんよね。別の戦い方を考えましょう」
「……ん?」
「……え?」

 見事に食い違った。

「え!? 私、てっきり師匠が止めるのかと」
「いや、止めないよ!? 多分、ナイフがボクの能力に一番合っているし。それに――」

 昔は、傷だらけだった手の甲を見つめる。今はもう、絆創膏一つ貼っていない。

「練習するのは慣れているから」

 それと、失敗することにも。

「……師匠はすごいですね」
「当たり前だよ、このくらい。じゃないと、何も身に付かないし」

 時間と労力。
 この二つを割かないと、人は何も得られない。だから、二つとも惜しみなく差し出す。必要な力を手に入れるために。

655チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/23(金) 23:33:04 ID:nOZbdaUs
「まっ、それでも身につかねえこともあるけどな」

 突然、廊下から声。そこには、見慣れた同居犬がいた。
 大型犬らしいがっちりとした体、ふわふわの毛並み、そしてアンバランスな中年男性の顔。

「あ、トバさん」
「おはようございます」
「おう」

 ボクの契約都市伝説である【人面犬】、トバさんは悠々とした足取りで部屋に入ってきた。どこか、チンピラっぽい。

「また、今日もボロ負けか」
「うん、見事に」

 苦笑で返す。

「いまだに刃筋が読めないし、ナイフも擦りすらしないよ」
「……本当に進歩がねえな」

 我ながら、その通りだと思う。
 心の底から同意していると、トバさんは緋色さんに視線を向けた。

「まっ、お前が強すぎるってのもあるんだろうが」
「……私がですか」
「ああ」

 首をかしげる緋色さん。一方、トバさんは珍しく真剣な表情をしていた。

「自分じゃ自覚がねえかもしれねえが、お前のナイフ術は一級品だ。うますぎる」
「そんなことありませんよ、【口裂け女】ならこのくらいできます」
「いや、それを差し引いてもだ」
「え?」

 どういうことだろう。ボクにも、よく分からない。

「確かに、【口裂け女】には刃物に関する話がある。けどな、刃物扱いが上手いっていう話はあんまりねえんだよ」
「あー、そうだね。でも、たまたまじゃない。ほら、同じ都市伝説でも地域によって伝承が違うし」

 情報の違いは、都市伝説に影響を与える。
 同じ都市伝説でも、地域が違うだけで異なる能力を持ったりするらしい。それを考えると、おかしいことじゃない。彼女を形作る情報の中に、人を解体するとかの噂が混じっているだ

けの話だ。

「特別、気にすることじゃないよ」

 ボクとしては、ナイフ術を教えてもらえるので助かっているし。

「……お前、適当だな」
「トバさんが敏感なんだよ」

 嘆息したトバさんに言い返す。なんで、そんな細かいことを気にするんだろう?
 疑問に思っていると、緋色さんが口を開いた。

「……私にとって、刃物はあくまでトドメを刺すための道具です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「あんなにうまいのに?」
「ええ、一番重要なのは足の速さだと思ってますから」

 緋色さんは、速さを求めるためだけにボクに弟子入りしたような人だ。この答えには納得できる。

「もっとも、最近はタイムが伸び悩んでいますけど……」
「あー、うん」

 ボクに弟子入りをしてすぐの頃、緋色さんのタイムはぐんぐんと伸びた。
 当然だ。今まで、身体能力だけで走っていた彼女に技術を教えたんだから。けれど、一通り教えると伸びは下がってきた。ある程度、実力が上がり低迷期に入ったからだ。ずっと成長できるように、人も都市伝説も出来ていない。
 ここは励ました方がいいのかな、脳裏に考えが浮かぶ。でも、その必要はなかった。

「ですが、頑張ってみます。……師匠も精進していますから」

 嬉しい一言を付けてくれた。

「うん、ありがとう」
「いえ」

 感謝の言葉に、カンさんは微笑みを返してくれた。美麗な顔立ちが更に輝く。なんだか、見ているだけで心が洗われる。
 すっかり、浄化されたボクは静かに立ち上がった。

「じゃあ、朝ご飯にしようか。姉ちゃんは、まだ起きてないから三人分だけ――」
「それは違う」

 廊下から遮る声。すぐに、その持ち主が足音一つ立てずに姿を表す。

656チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/23(金) 23:35:46 ID:nOZbdaUs
「今起きた」
 
 まず、目に入るのは180cm以上はある長身と栗色のロングヘア。次に、人形のように整った無表情な顔を瞳が映す。肌は適度に焼けていて、体には無駄な肉が一切ない。相変わらず、完璧を体現したような容姿だ。世の男性からしたら憧れ、世の女性からしたら天敵だろう。
 そのどちらにも属さないボクは、いつものように挨拶をする。

「おはよう。今日、日曜日なのに早いね」

 もちろん、呼び慣れた愛称付きで。

「姉ちゃん」 

 ボクの問いに、姉ちゃんこと空井燕(うつい つばめ)はお腹に手を当てた。

「お腹減って目が覚めた。ご飯は?」
「うん、これから作るよ。それまで」

 後ろを振り返る。

「緋色さん。手伝いはいいから姉ちゃんの相手をしてもらっていい?」
「はい、任せてください」
「姉ちゃんも、いつも通りそれでいいよね?」

 返ってきたのは無言の首肯。我慢できないとばかりに右手が差し出される。

「じゃあ、すぐに作るから」

 ボクは、姉ちゃんにゴムナイフを手渡した。

657チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/24(土) 09:29:30 ID:hibDrTLs
「では、行きますよ。燕さん」
「いつでもいい」

 二人を部屋に残し、ボクとトバさんは廊下に出た。

「……相変わらず、朝から血気満々だな。お前の姉は」
「姉ちゃん、バトルジャンキーだから。それに、相手が緋色さんっていう強者だしね」

 苦笑しながら、台所に向かって歩き出す。

「今はマシになったほうだよ。中高生の時は、道場掛け持ったり喧嘩したりと大変だったから」

 主に洗濯が。そう付け加えると、トバさんは苦い顔をした。

「普通、気にかけるのはそこじゃねえんだけどな」
「しょうがないよ、姉ちゃんだし」
「そうだな。なんせ」

 トバさんは、部屋の方を向いた。

「【口裂け女】と互角に斬り合いをする女だからな」

 模擬戦をしていると言うのに、物音は殆どしなかった。たまに聞こえるのは、僅かな足音だけ。
 そのくせ、部屋の入口からは静かな殺気が溢れ出ていた。

「達人同士の戦いは、静かなものだっていうがここまでとはな」
「得物が刃物だから特にね。今は、お互い牽制しあっている感じかな」
「……慣れてるな、おい」
「姉ちゃんの弟だからね」

 リビングに通じるドアを開ける。

「しっかし、緋色の奴と互角とはな。あいつの剣捌き、【口裂け女】としても異常に高いレベルだぞ」
「姉ちゃん、『システマ』とか『富田流』とかも齧ってるから。それでじゃない? 緋色さんも、全力は出してないみたいだし」
「まあ、それもあるんだろうが。……色々とおかしすぎるだろ、この家」
「うん? 何か言った?」

 首を傾げ、トバさんを見つめる。けれど、首を振られた。

「いや、何でもねえよ。それより、早く飯作れ」
「はーい」

 何を言おうとしたんだろう? そう疑問に思いつつ、ボクは台所に立った。

――続く――

658治療室 外海とゴルディアン・ノット ◆MERRY/qJUk:2016/12/27(火) 01:21:00 ID:cC0o4zhc
忍びが「ライダー」と呼ばれた男性と共に退室してから少しして

「……ソロソロ頃合いか」

唐突に乾いたものが擦れるような声でそう呟くと、
ゴルディアン・ノットはゆっくりと外海の方へ近づいた

「外海、帽子を」
「うむ。確かに返したぞ」

外海が差し出した中折れ帽をグローブをはめた手で受け取ると
ゴルディアン・ノットはまだ湿った様子の▼模様が描かれた覆面の上から被った

「シかシ今回ハ試合にこソ勝てたガ、己の未熟サを痛感スル戦いダった」
「確かにそうかもしれないな……」

ゴルディアン・ノットの言葉に悔しそうな表情を見せる外海
それが見えているのかいないのか、彼は言葉を続けた

「俺ガヒーローを名乗レル日はまダ先のようダ
 目と手の届く者スラ守レないようデハな……」
「……だがお前は、最後のあの時に」
「結果を伴わない過程に大シた意味ハない
 それは過程の無い結果もまた然リ……
 二つが揃ってようやく、俺ガ目指ス在リ方となルのダ」

外海の言葉を遮って言い捨てると
ゴルディアン・ノットは背を向けて歩こうとする

659治療室 外海とゴルディアン・ノット ◆MERRY/qJUk:2016/12/27(火) 01:22:36 ID:cC0o4zhc
「待て」

その背にもう一度、外海が言葉を投げかける

「余計な世話かもしれないが、本当に診察を受けなくていいのか?」

戦場で言葉を交わし共闘した相手に対して
外海は純粋な善意、その体を心配して確認の問いかけをする

「大丈夫ダ」

そして返された言葉に「ああ、やはりそう答えるか」と思って

「ソレにあの男に体を見セルのハ、少々気乗リシない」
「………………うん?」

続いた言葉に違和感を覚えて、声を漏らした頃には
ゴルディアン・ノットは治療室を出て行った後だった


                                           【続】

660ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:02:35 ID:cQ6fb3cU
夏休みも半ばを過ぎたある日のこと
相生家に電話の着信音が鳴り響いた

「――――肝試し?学校で?」
『うん。真理ちゃんも来るよね?』

なぜ行くのが前提なのか。それよりちょっと整理させてほしい

「あのさ、学校って普通夜は施錠されてるでしょ」
『鍵が壊れて施錠できない場所が一階にあるんだよね』
「……監督の先生とか」
『いないよ』
「…………本気なのね?」
『真理ちゃんもしかしてこういうのダメなの?』
「いや、そういうわけじゃないけど」
『うーん、どうしても嫌なら来なくてもいいけど』
「まあできれば、あんまり行きたくないというか……」
『でも篠塚さんは来るって言ってたよ』
「行きます」
『じゃあ夜の11時集合だから』
「時間遅くない?」
『じゃあまたね』

電話が切れた。受話器を置いて、ゆっくりと息を吐く
…………あのバカを問いたださなければ
私は幼馴染を詰問すべく、飲み物を用意して部屋へ向かった

661ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:03:27 ID:cQ6fb3cU
「で、どういうつもり?夜の中学校なんて明らかに危険じゃない」
「んー、それはそうなんだけどねー」

ベッドの上でゴロゴロしていた結が起き上がって座り直す
視線がコップに向かっているが、飲み物の前に回答が欲しい

「登校日があったでしょー?その時に集まって計画しててさー」
「ああ、草むしりの日に……それで?」
「私も最初止めようと思ったんだけどさ、全然聞いてくれないしー」
「普段一人のあんたがいきなり話しかけても、そりゃそうなるでしょ」
「いかんのいー」

頬を膨らませる結だがこれは自業自得だろう
完全な人ではない結は、人と距離をとりたがる傾向がある
人が嫌いだからではない。人ではない自分が人とどう接するべきか
至極真面目に思い悩んだ結果そうなったのである……不器用かっ!
もちろん話しかければ普通に答えるし、当たりが強いわけでもない

ところがここである要素が足を引っ張った。容姿である
結の母親である瑞希さんは十人中九人が美人と答える容姿で
ここに持ち前の明るさが加わり高校生時代男女問わず人気があった
……という風に美弥さんからは聞いている。その結果として
仲良くしていた美弥さんは同級生から睨まれたとか。これはたぶん事実なのだろう

662ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:04:07 ID:cQ6fb3cU
結も母親の容姿の良さをしっかり受け継いでいる
可愛いというより美人という言葉が似合う顔立ち
同年代と比べて細身でスラッとした体型
加えて人に踏み込まず人に踏み込ませずという立ち回り
この結果、私の幼馴染は学校ではまるで『孤高の花』であるかのように
扱われている……というか周囲も接し方に困っているようだ
色々探ろうとしてものらりくらりと誤魔化され
分かることといえば私の幼馴染であり仲が良いということくらいらしく
であれば接触するのは私に任せて遠巻きに眺めるほうが
よほど気が楽なのだろう。いい子なんだけどなぁ、趣味以外

「だからねー、止められないなら一緒に行って万が一に備えようかなって」
「そういうことか……というかそういうのは私にも教えておきなさいよ」
「真理ちゃんまで誘われるとは思ってなかったんだもん」

どうやら気を使ってくれていたらしい
確かに私も好き好んで深夜の学校になんて行きたくはない
が、それはそれとしてみんなの中に結を一人放り込むのも……うん

「とにかく今回は私も参加します」
「うん!みんなと真理ちゃんは私が守るからね!」
「はいはい」

とはいえ本当に何かが起これば私ばかり守るわけにもいかないだろう
私も万が一に備えなければ。結に飲み物を渡しながら、心の中で呟いた

663ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:05:01 ID:cQ6fb3cU
そして肝試し当日、夜の11時
私は電話をかけ誘ってきた友人の両肩を掴み揺さぶっていた

「半数以上!ドタキャンって!おかしいでしょ!!」
「あはは、ごめんごめん!まさかここまで集まりが悪いとはねー」

首とポニーテールと自己主張の激しい胸を揺らしながら彼女が苦笑する
というかブラジャーはちゃんと着用してほしい。後ろの男子絶対困ってるから
当初は私と結を含め、10人で行うはずだった肝試し
蓋を開けてみれば、集まったのは私たちと彼女以外は男子一人だけ
他の6人はといえば、2人は親の目を盗めず外出できないということだが
残り4人はゲームがしたいとかテレビが面白いとかで来ないそうだ
そりゃあ同級生に危ないことはしてほしくないが、これはあんまりだろう

「ま、元々適当に夜の学校見て回って帰るだけなんだしさ。気楽にやろうよ」
「むしろこのまま解散でいいんじゃないかと思うんだけど……」
「えー、せっかく来たんだから真理ちゃんと肝試ししたーい」
「ちょっと結?」
「俺も、来たからにはやりたいって思うんだが……相生さんは嫌なのか?」
「…………あー、もう!分かったわよ!行けばいいんでしょ行けば!」
「そうこなくっちゃね!じゃ、ついてきて。鍵かかってないとこ案内するから」

そう言って彼女が近くの低いフェンスを乗り越えていく
続いて竹刀袋らしきものを背負った男子がフェンスを越えた
最後に大きめの鞄を抱えた結とウエストポーチを確認した私が越える、と

「結」
「うん」

フェンスを越えると空気が明らかに変わったように感じる
結も同じように感じたようで、隣の彼も違和感があるのか眉をひそめていた
もっとも彼女だけは立ち止まった私たちに首をかしげていたが
どうやら予想通り、肝試しは何事もなしとはいかないようだ……

664ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:05:46 ID:cQ6fb3cU
「よし、ちゃんと開いてる……ところでさ」
「なに?」
「せっかく一緒に肝試しやってるんだし、改めて自己紹介でもしない?」

校舎に侵入可能な窓を確認していた彼女がそう言った
といっても、結の方に視線を向けているので、主に結のことが気になるのだろう

「なら私からやるわ。相生真理。結の幼馴染よ」
「えっと、篠塚結。真理ちゃんの幼馴染だよー」
「……真面目にやってよ!」
「だっていまさらでしょ自己紹介なんて」

仮にも同じクラスで数ヶ月一緒だったのだ
懇切丁寧に自己紹介をするほうが変だろう

「あー、じゃあ次は俺が。半田刀也(はんだとうや)だ。怪談とか大好きだ」
「ぐぬぬ……潮谷豊香(しおたにゆたか)!私も怪談好き!」
「あ、私もー」
「私も嫌いじゃないわ」
「この便乗犯!!」

どうしろというのか

「紹介してよ!謎めいた篠塚さんの真実の姿ってやつを!!」
「ないわよそんなもの」

例のヒーローごっこはむしろ仮初の姿なのでウソにはならない
そして結は尻尾が生えたりもするが、紛う事なく人間だ
ならば普段見せている姿もまた真実の姿。つまり話すことはない

665ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:06:26 ID:cQ6fb3cU
「く……ま、まあそれは置いておいて。ここから校舎に入れるわけよ」
「ならさっさと行きましょ。早く帰りたくなってきたし」
「真理ちゃんに同意ー」
「あー……俺も長居はしたくない、かな」
「あんたたち盛り上がり悪くない?!」

いやだって、ねえ?

「とにかく入るわよ!ふっ……ほら、さっさと入って入って!」
「はいはい。よっ、と。ありがと結」
「お安いご用だよー。よいしょ」
「内履き下駄箱に置きっぱなしなんだよな……っと」
「よっし、じゃあ出発!……まずは玄関ね」
「おう、助かる」

豊香が意気揚々と先頭に立ったところで、私と結と彼が窓を振り返る
……校庭に墓石が立ち並び、土の下から青白い手が伸びているのが見える

「"墓地を埋め立てた学校"ってことね」
「やっぱすぐ帰った方がよかったか……?」
「なんとかなるよ。ね、真理ちゃん!」
「いやあんたは大丈夫だろうけど……えーっと、半田君は?」
「一応付いてきてもらってる。ほらアレ」
「どこ?……ああ、"テケテケ"か。戦闘は?」
「俺はともかく彼女はそれなりにできる方、だと思う」
「うーん……じゃあパパッと終わらせたほうがいいわね。一応近くに呼んどいて」
「わかった」
「ちょっとー!?なんでついてこないのよ!!」
「はいはい。今行くから」
「……なあ、潮谷さんさ」
「私と結に聞かれても分からないからね」

雰囲気的に(あと結の嗅覚曰く)彼女も契約者のはずなのに
緊張感がなさすぎではないだろうか。鈍感なのか大物なのか……
なんにせよ、今はこれ以上の厄介事が舞い込まないことを祈るばかりである

666ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:06:58 ID:cQ6fb3cU
ダメでした。何故か開いていた玄関から"ゾンビ"っぽいのがなだれ込んできた
いくらなんでも防犯がザルすぎるでしょ?!

「いやあああああこないでええええええええ!!!?」
「豊香邪魔!ひっつくな!結、頼んだわよ!!」
「ああ、任セロ」
「篠塚さん顔怖っ?!変身系か!!?」
「危ないから刀也さんも下がってください!ここは私が抑えます!」
「でもテケテケ、この数は……!」
「問題ない。俺ダけデ十分ダかラ、テケテケハ反対側の警戒を頼む」
「えっ?!でも刀也さんのご友人を危険に晒すのは」

結を説得しようとしたテケテケの頭上をビュンと影が横切る
結の背中側から黒い鱗に覆われた長い尻尾が伸びて死体の群れに振るわれたのだ
迫ってきた死体の群れが紙屑のように元いた方へ吹き飛ばされていったのを見て
半田君とテケテケは呆然としているようだ。まあ無理もないが……

「ドうシた?一階に留まルのハ不味ソうダ、二階に上ガルゾ」
「いやいやいや!えっ、なに、篠塚さんそんなに強かったのか?!というか声が違う!」
「結は基本週六で都市伝説退治しに行ってるわよ」
「えっ。私と刀也さん週末くらいしかそういうのやってないんですけど……」
「のんきに会話してないで篠塚さんの言う通りに逃げよう?!」
「じゃあ早く立ってよ」
「ごめん真理ちゃん。腰抜けたから担いで」
「無茶言わないでよ。半田君、手伝ってもらっていい?」
「お、おう。で、どうやって運ぶんだ?」
「とりあえず脇に腕を通すように後ろから抱えて。私が足持つから」
「分かった……テケテケは先に階段を登って警戒してくれ」
「分かりました」

半田君が指示を出すとテケテケが階段を駆け上っていった
結の方は……うん、安定して追い払ってる。とはいえ早く上に行こう

667ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:07:28 ID:cQ6fb3cU
「ところで半田君」
「なんだよ」
「たぶん豊香の胸を触ることになると思うけど私が許可する。思いっきりやれ」
「はぁ?!」
「ちょっと真理ちゃん!!?」
「下手に遠慮して力抜いたら落としかねないでしょ。どうせ減るものじゃないし」
「減るよ?!心の中の大切な何かがゴリゴリ削れちゃうよ!!?」
「…………あ、ダメだ。触らないようにすると思ったより力入らねえ」
「でしょう?というわけで豊香。覚悟決めなさい。緊急事態なんだから」
「うー…………や、優しくしてね?」
「いや落とさないようにしっかり持ってね?それじゃそろそろ行くわよ」
「わ、分かった……よっ!」

半田君と二人がかりで発育良好な分、重量のある豊香を抱えて二階に上がる
豊香はその間ずっとこっちを睨んでいた。気持ちは分かるけど必要だったのだ。許せ
さて二階は……ひとまずゾンビに先回りはされていないようだ

「二階に異常なし!」
「分かった、スグ向かう!」

結に声をかけてしばらくは鈍い音が鳴り響いていたが
やがて静かになったかと思うと、顔や喉に黒い鱗を生やした結が上がってきた

「ゾンビは?」
「殴っていたラ消えた。数は多いガ随分と脆いようダ」
「とはいえまた出てきそうよね……どうしたのそわそわして」
「着替えたい」
「……手短にね」
「ああ」

結が鞄を開けていつものトレンチコートと覆面を身に着け始める
こんな時でも格好は気になるのか。と思っていると豊香が話しかけてきた

668ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:08:38 ID:cQ6fb3cU
「みんな……契約者だったのね」
「気づいてなかったの?」
「全然。って、もしかして真理ちゃんは分かってたってこと?」
「結もね。あと半田君もでしょ?」
「まあ、そうだな。流石に何と契約してるのかは分からないけどさ……」
「そんなの私と結だって知らなかったわよ」
「えぇー、なんでみんなそんなに分かるの?」
「雰囲気かな」
「というか豊香が鈍感すぎるんじゃない?」
「そんなバカな」

心なしか肩を落とした様子の豊香だが、すぐ顔を上げて話を続けることにしたようだ

「私の契約都市伝説は"蛤女房"よ。飲むと回復するポーション的なものが作れるわ」
「えっ、尿から?」
「違うわよ!手に湧かせたりもできるの!」
「……も、ってことは尿自体に効果はあるのね」
「の、ノーコメント……」

その反応はもう答えを言ってるようなものだと思う
それにしても回復系は珍しいと聞いた覚えが……となると

「所属は?」
「しょ、所属?」
「あ、俺とテケテケはフリーだから。今のところ困ってないから"組織"のは断った」
「組織のは、っていうと……"首塚"あたりにも接触されてる?」
「前に危ないとこ助けられて名前聞いたくらいだよ。よければ来るか?とは言われたけど」
「助けられたといえばこの前の、かめんらいだー?の方々は何者だったのでしょうか?」
「フリーだったのかもな。ライダーって都市伝説扱いなのかって驚いた……相生さん?」
「……ねえ、そのライダーってショートヘアの女の人か、黒い犬と一緒にいなかった?」
「え?ああ、確かにどっちもいたけど。もしかして知り合いなのか?」
「それ、"怪奇同盟"って集団に所属してる人。というか結のお父さんよ」
「マジかよ……世間は狭いってこういうことなんだな」
「でも怪奇同盟というのは聞いたことがないですね?」
「トップが不在で実質解散状態らしいわよ。良かったら今度会いに行く?」
「本当か!色々話を聞いてみたかったんだよなー!」
「よかったですね刀也さん!」
「ねえ待って。私が置いてけぼりだから!所属ってなに?!組織?首塚?なんのことよ!?」
「潮谷さん……」
「豊香どっちも知らないんだ……」
「その哀れむような感じやめてくれる!?」

669ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:09:11 ID:cQ6fb3cU
いやまあ、実際のところ知らない可能性はあってもおかしくない
契約したとして目立つようなことをしなければ目をつけられることもないはず
半田君は積極的に都市伝説退治をしているようだから接触しやすかったのだ
しかし豊香の都市伝説は戦闘向きではない。表立って動いたことがなかったのだろう
逆に言えば表立って動いていたならば既にどこかに勧誘されていなければおかしい

「そもそも豊香、どうやって契約したのよ」
「昔海水浴に行った時、砂を掘ってたらすごく大きい貝を見つけたの
 それを使って遊んで最後に海に投げたんだったかな……で、最近になって
 夢の中に女の人が出てきて、実はあの時契約してましたって色々説明された」
「なにそのパターン初めて聞くんだけど……待って、昔っていつ?」
「えーっと5年前かな」
「小2から?よく襲われなかった、って豊香は小学校卒業後にこっち来たんだっけ?」
「そうだけど……襲われるってどういうこと?」
「契約者は都市伝説に襲われやすいって聞いたことない?」
「初耳なんですけど?!」

たぶんその夢の女の人、蛤女房なんだろうけど色々抜けてそうな気がする
あと半田君とテケテケは小6の11月頃に出会ったそうだ。意外と最近だ
そんな話をしていると着替え終わった結、もといゴルディアン・ノットが近づいてきた

「待たセたな。ソレデ、ここかラドうやって脱出すル?」
「一番早いのはあんたに窓から運んでもらうこと。でも気になるのよね、この状況」
「ねえ篠塚さんなんでそんな格好してるの?」
「俺もソレは気になル。ソもソも正面玄関の扉ガ開いていルのハ、おかシいダロう」
「確かに妙だよな。普通は施錠されてるはずだし」
「そのマスク手作りとか?ねえ篠塚さんってば」
「何者かが既に校舎に侵入しているということでしょうか……?」
「可能性はあるわね。ゾンビの出たタイミングからして、私たちとほぼ同時だったのかも」
「半田君とテケテケちゃんは気にならないの?気になるでしょ?」
「そういえばゾンビたちが出始めたの、俺たちが入ってすぐだったよな」
「しかも彼らは普段施錠されている玄関から入ってきた。開いてると知っていたのよ」
「奴ラハ我々デはなく施錠を解いた侵入者を追ってきた。ソう言いたいのか?」
「本当に可能性でしかないけどね。でもこれが事実だとすれば……」
「無視しないでよ!!」

豊香が地団駄を踏んでいるが、大事な話をしているのでそういうのは待ってほしい

670ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:09:41 ID:cQ6fb3cU
「私たちの選べる道は二つ。このまま帰ること。もう一つは調査をしてから帰ること」
「俺とシてハ、真理にハスグにデも帰ってほシいところダガ……」
「あれ、篠塚さん真理ちゃんの呼び方変えた?」
「冗談でしょ。私一人で帰宅するくらいならあんたと一緒にいる方が安全よ」
「確かに篠塚さん強いみたいだからな」
「ゴルディアン・ノット、ダ」
「あー……今はゴルディアン・ノットだから、ってさ」
「どういうこと?」
「ああ、ヒーローネームってことか!分かるよそういうの!」
「まあ長いし適当に省略して呼んであげてくれる?」
「えっと、じゃあ……ゴルディーさん?」
「hmm......ゴーディ、デいい」
「おー!愛称もかっこいい!」
「えー、そう?」

男子と結のセンスについていけないのは喜ぶべきなのだろうか
もっとも、ヒーローネーム自体に首をかしげている豊香より染まっている自覚はあるが

「それより刀也さん、私たちは……」
「おっと、そうだな……といってもここまで来て引き下がるのもかっこわるいだろ」
「そうですよね!それなら私は、全力で刀也さんを助けるだけです!」
「ありがとうテケテケ。頼りにしてるからな」
「お任せ下さい!」

そうこうしているうちに半田君は覚悟を決めたようだ
となるとあとは一人だけだが……

「豊香に選択肢はありません。ついてきなさい」
「ひどくない?!」
「逆に聞くけど一人でどうやって脱出するつもりなのよ」
「…………私も連れて行ってください」
「よろしい」

全員の意思は固まった。なら次にやるべきことは――――

671ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:10:18 ID:cQ6fb3cU
「後ろ三秒後行くわよ!3、2、1、ゼロぉ!!」

後方に放り投げた"小玉鼠"が破裂し爆風と共に血肉を撒き散らす
体勢の崩れた"動く人体模型"をテケテケが体当たりで空中に浮かすと
半田君が鉄パイプをフルスイングして叩き壊す。戦い慣れを感じるいい連携だ
手の中に戻った小玉鼠を今度は何も言わず前方のゾンビの群れへ放り込む
ゴルディアン・ノットも心得たもので布紐でそっと落下位置を調整してくれる
群れの中に小玉鼠が落ちたのを見て即座に爆破。ゾンビがいくつか消えたようだ

「ぎゃー!!肉片飛んできたー!!?」
「安心して。小玉鼠の肉片はしばらくすれば消えるから」
「しばらく私このままなの?!」
「戦ってもないのにごちゃごちゃ言わない!……にしても、多いわね」

言ってるそばから後方にまた新しい人体模型がやってくる
幸い"人骨で作られた骨格標本"も人体模型も同時に1つずつしかいられないようだ
後方にゾンビは回り込んでいないので敵が2体だけなのは助かる
なにせ前方では階段を上がってきたゾンビの群れが渋滞を起こしているのだ
ゴルディアン・ノットも奮闘しているがなかなか数が減ってくれない
二階から上は一通り調べた。もう一階しか手がかりを得られそうな場所は残っていない
それなのにいざ降りようとしたら上に向かって溢れ出してくるゾンビたち
慌てて二階廊下に下がったのが裏目に出た。強引に通るべきだったのだ

「手ガ足リないな」

ガシャリとゴルディアン・ノットの胴体に巻きつく鎖が音を立てる
しかしそれに続く幼馴染の呟きを私は否定する

「進展はしているわ。無理をする必要はないでしょ」
「時間ハ有限ダゾ」
「でも手札を切るには早すぎる」
「……なラ、ペースを上ゲルとシよう」

ゴルディアン・ノットの腕や体に巻きついていた布が、縄が、さらに鎌首をもたげる
それは糸と共に紡がれた女性の負の感情から、蛇の姿に変じた帯の妖怪
拡大解釈により蛇の異名である"朽ち縄"をも操るようになった彼女の契約都市伝説
"機尋"――繊維を束ねて形作られた無数の蛇が、主たる女の心の赴くままに牙を剥く
まあ、所詮は布と縄なので牙はないのだが……数の暴力はそれだけで脅威となりうる

672ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:10:51 ID:cQ6fb3cU
長さすら自在の無数の布と縄がゾンビを締めつけ、時に四肢を千切って捨てる
ゾンビの消えるスピードは早まったがゴルディアン・ノットの動きは鈍ってきた
いくら人外とはいえ無数の蛇を操りながら肉弾戦というのは難しいのだろう
ここが踏ん張りどころだと自分の心を叱咤して小玉鼠をゾンビに放る
できるだけ爆発の威力を上げ、より効果的に倒すため群れの奥へ向かって投げる
正直、投げる腕が辛くなってきたがここで私が休むと他の負担が増えるわけで
結局のところ無心で投げて起爆するしか私にできることはないのであった
だから豊香。投げるのに邪魔だから話しかけたり縋りつくのやめてくれないかな?

「刀也さんあれ!」
「おいおい、マジかよ……」

豊香を軽く蹴っ飛ばして引き離していると後ろで動きがあったようだ
人体模型と骨格標本、その後ろから近づいてきたのは……

「"歩く二宮金次郎像"……しかも石像じゃなくて青銅製か」
「真理ちゃん真理ちゃん!これマズいんじゃないの?!」

お荷物状態の豊香に指摘されるのは癪だが、実際状況は悪い
後ろは半田君とテケテケに私の援護があってなお拮抗していたのだ
ここで敵の増援が現れたということは……このままだと後ろが崩れる
どうする?進むことも引くこともできない。足りないのは、戦力……

「やるしか――――」
「――――お前達、伏セていロ!」

ゴルディアン・ノットの声に思考の海から意識が浮上する
見えたのは前方から後方に伸びる、複数の布と縄……それが向かう先は

673ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:11:54 ID:cQ6fb3cU
「早く伏せる!」
「ふぎゃっ?!」

ハッとして状況を分かっていない豊香の頭を掴み、強制的に伏せさせる
廊下にどこかぶつけたらしく痛そうな音と悲鳴が聞こえた。ごめん
チラッと後ろを見るとテケテケは伏せ、半田君は横に飛び退いていた
そしてその奥、布と縄で縛り上げられた二宮金次郎像が持ち上がり……
ゴウッと音を立てて私たちの頭上を通過する。その先にはゾンビの群れ
まるでボウリングでもしているかのようにゾンビという大量のピンが
二宮金次郎像という大質量のボールに弾かれて光の粒へと変わっていく

「走って!階段まで!!」

叫ぶと同時に豊香の手を引っ張って走り出す
廊下からゾンビが一気に減った今が一階に降りるチャンスだ
まだ残る少数のゾンビを消していくゴルディアン・ノットの横を抜けて
階段で未だにひしめき合っているゾンビ達に小玉鼠を放り投げる

「これで……どうよ!」

着弾と同時に今夜一番の威力で起爆。耳に痛い破裂音と
ビリビリと空気を震わせる爆風が階段に空間をこじ開けた

「よし、ゴーディは先に降りて蹴散らして!後は私がやる」
「心得た」
「半田君は豊香をお願い」
「分かったけど、相生さんは?」
「残りを足止めするわ。早く行って!」
「でも……」
「刀也さん行きますよ!」

全員が横を通り抜けたのを確認して小玉鼠を放り、爆破する
集まりかけていたゾンビと人体模型、骨格標本が
まとめて吹き飛んだのを確認して私もみんなの後を追った

674ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:12:34 ID:cQ6fb3cU
「おい、アレなんだ?!」

半田君の声に一階廊下の奥へと目を凝らす
ひしめくゾンビの向こうに白い巨大な何かが暴れるのが見えた

「あの辺りは……なるほどね。ゴーディ、白いのに向かって!」
「分かった!」

ゾンビを蹴散らすゴルディアン・ノットの背中を追うように
肩で息をする豊香を連れて半田君やテケテケと共に移動する
後ろから追いつこうとするゾンビを小玉鼠を散らしていると
遠目で見えていた白いものの姿がハッキリと見えるようになった

「なにこれ……紙で出来た巨人と、ゾンビが戦ってる?」
「いや頭に角がある。巨人というより鬼じゃないか?」

豊香と半田君が何か言っているが、たぶんコイツは……

「ゴーディ!」
「分かっていル」

ゴルディアン・ノットの腕から布と縄が飛び出し鬼を拘束する
振りほどこうとする鬼を、ゴルディアン・ノットが尾で打ち据えた
そして私は……

675ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:13:17 ID:cQ6fb3cU
「二人とも伏せて!」
「へぐぅ?!」
「潮谷さん?!」

豊香の後頭部を掴んで強引に伏せさせるのと同時に
小玉鼠を鬼とは反対の方向に投げつける。そこには

「紙で出来た鳥?!」
「鼻が……鼻が潰れたぁ……」
「テケテケさんお願い!」
「分かりました!」

突撃するも小玉鼠に撃ち落とされた鳥に
テケテケが組み付き床に叩きつけると、鳥はバラバラの紙片になった

「……こレデドうダ?」

鬼の方を見ると、ゴルディアン・ノットが頭部に掌底を叩き込んだところだった
頭が爆散するように吹き飛び、体も後を追うように紙片へと変わっていく

「よくわかんないけど……終わった、のか?」
「終わってない終わってない!だってほらゾンビが!」

豊香の言う通りゾンビが徐々に包囲を狭めて迫ってくる
だが……

676ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:14:00 ID:cQ6fb3cU
『持ち場に戻れ』

威厳を感じる声がすぐ近くの扉の中から発せられる
同時にゾンビは私たちに興味を失ったように踵を返して歩いて行った

『下校時間は過ぎているぞ。君たちも早く帰りなさい』
「……ど、どういうこと?」
「もう肝試しは終わりってことよ」

混乱している豊香の手を引っ張って玄関の方へ歩いていく

「あれ、校長室だよな?てことはあの声は……」
「"歴代校長の写真が動く"とかそのあたりだと思うわ」
「校長だから学校の都市伝説に命令できる、ということでしょうか?」
「たぶんね。何かしら命令出してるのがいそうだな、とは思ってたから」

半田君とテケテケに受け答えしながら考える
二階での襲撃が執拗だったことから、都市伝説に司令塔……
何かしら命令を出している存在がいる可能性は考えていた
問題は私たち以外のもう一方の侵入者だ
紙で出来た鬼と鳥。あれは恐らく――――

「なぁ真理」
「ん、なに?」
「肝試シハ楽シかったか?」

覆面の下に表情を隠して冗談を言う彼に、私も意味深な笑みで言葉を返す

「ま、あんたがいたから退屈はしなかったかな」

                                  【続……?】

677ゴルディアンの結び目 04:肝試し(裏) ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:14:53 ID:cQ6fb3cU
――中学校から少し離れた電柱の上に人影があった

「で、陽動の"式神"は両方とも潰されたと」
『ああ。でもまぁ、問題ねえよ。肝心の仕込みは済んだんだろ?』
「ひっひっひ……当たり前だよぉ。儂にかかればちょちょいのちょいさね」
『相変わらず気味の悪い話し方になってるな……しかし見られちまったか』
「消すかい?」
『消すまでもねえよ。それより次だ』
「そうかい。やれやれ、婆使いが荒いねえ」
『だから俺より年下だろうが……』

その言葉を最後に電柱の上から人影は消える
この街の深い夜闇に紛れて、今日も誰かが策謀を巡らせる――

                                            【続】

678夢幻泡影:2016/12/29(木) 23:36:14 ID:6X98F7cU
“出会い”とは時に残酷である



「あれ、何か動いた?」



決して交わるはずのなかった一人と一人



「――――何ダ、“アレ”ハ?」



やがて彼等は邂逅し



「ヘビでもいるのかな? 野生のヘビとか興奮だわ。おーい」



「私ハアノヨウナ“異形”ヲ見タ事ガ無イ……一体何ダ!?」



そして



「つってヤマカガシやマムシだったらどうしよ…う?」

「待テ! オ前ガ何者カ……ッ、光ッ――――――」






―――――――開闢の時だ。がっひゃっひゃっひゃ……

679夢幻泡影:2016/12/29(木) 23:38:25 ID:6X98F7cU
「…何あれ」

黄昏町という町がある
時は2004年8月、熱いナイフのような日差しの中、セミの合奏が響くその黄昏町の山奥
小学校低学年程の少年―――黄昏裂邪は、不思議そうに独り呟いた
それもその筈である
ガサガサと草の中を動くヘビか何かを追いかけていた彼にとって、その光景はあまりにも想定外だった
木に凭れ掛かる人間……の、ような“何か”
黒いローブを身に纏い、顔は窺い知れない
いや、本当に顔はあるのだろうか
覗き込めば忽ち飲み込まれてしまうような、見るからに黒しかないそれは、
まるで闇がローブを纏い形を持っているかのようだった
仮に裂邪が現実を見過ぎ、常識に埋もれた大人だったなら正気を保てなくなるだろう
だが彼は幼かった
ヘビじゃないけど凄い奴見つけた――――そのくらいにしか気に留めていなかった

「ねぇねぇ」
「……子供カ……何ノ用ダ?」

胃を揺さぶるような重い声で、“何か”は答える
よく見れば、肩で息をしているようだった

「えっと…誰? てか、人間?」
「…質問ガ多イナ……マァ、良イダロウ
 少年…都市伝説トイウノヲ知ッテイルカ?」
「あ、知ってる知ってる、「口裂け女」とか「トイレの花子さん」とかでしょ?
 ……え、もしかして都市伝説なの!? うわーナマで初めて見た」
「騒ガシイナ…如何ニモ、我々ハ「シャドーマン」ト呼バレル都市伝説ダ
 都市伝説ハ、同種デモ性質ガ異ナル場合ガ多イ…
 我々ハ人知レズ影ヲ彷徨イ渡リ歩ク……ソウヤッテ今日マデ過ゴシテキタ」
「今日までって?」
「クフフフフ…我ナガラ馬鹿ナ事ヲシタモノダナ
 我々ハ光ニ弱クテナ…少シ外ニ出レバ、コノ様ダ」
「ッ……死んじゃう、のか?」
「人間ニ譬エレバ…ソウナルナ
 コノ世カラ我々ハ跡形モ無ク消エル
 強イテ言エバ、オ前ノ記憶ノ片隅ニ残ル位ダロウ」
「おい、消えるって…死ぬってそんなことなのかよ
 辛いとか悲しいとかないのか!?」
「人間ヤ他ノ生物、或イハ他ノ都市伝説ニハアルダロウ…私ニソンナ便利ナ感情ハ無イ
 只、私ハコノ世界ヲ見タカッタ」
「……世界?」
「ドウイウ理由デ、ドウイウ工程デ我々ガコノ世ニ生マレタノカ…
 分カリ得ナイガ近付ク事ハ出来ヨウ
 コノ世ニ存在スル全テノ生物、事象、光景―――――ソノ全テヲ記憶シタカッタ
 最早戯言デシカ、無イガナ……全テガ、遅カッタ」
「遅くないよ。まだ、間に合う」
「……何?」

裂邪は、「シャドーマン」の傍でしゃがみ込むと、
顔をのぞきながら、すっ、と手を差し伸べた

680夢幻泡影:2016/12/29(木) 23:39:01 ID:6X98F7cU
「…何ノ真似ダ?」
「ボロっちい本に書いてた。都市伝説は、人とケイヤクできる
 どうやればいいか分かんないし、どうなるかも分かんない
 でも、ケイヤクすればお互いに強くなれるって…そう書いてたと思うんだ」
「正気カ? オ前モ死ヌカモ知レンゾ」
「俺は死なない。俺にも夢があるんだ
 お前と…「シャドーマン」と、同じ」
「ッ……」
「俺も生き物が好き。黄昏町の山も川も、いっぱい遊んでいっぱい探した
 違う。こんな小さな町で生き物を見たいんじゃない
 ライオンやパンダ、ジンベエザメ、ホッキョクグマ、ペンギン
 この世界の生き物を、ありのままで見てみたい
 頑張って生きてる姿を、そのままで
 だから……一緒に行きたいんだ、「シャドーマン」と」
「少年…」
「ねぇ、「シャドーマン」…俺と、契約しない?」

裂邪が言い終えるや否や、「シャドーマン」の身体が、僅かに震え始めた
笑っているのか、それとも泣いているのか
それはもう、誰にもわからない

「…強カナ少年ダナ…良カロウ、気ニ入ッタ
 ドノ道消エユクコノ命……オ前ニ預ケヨウ!!」

瞬間
裂邪がふと、己の両掌を広げてみた
熱い
何かが流れ入ってくるような、不思議な感覚
今までに感じたことのない体験が、暗に成功したことを知らせてくれる
都市伝説との、契約を

「こ、これって、成功したのか―――――うおっ、「シャドーマン」?」

気が付けば「シャドーマン」は、すくっと立ち上がっていた
こちらもまた、不思議そうに辺りを見回して

「……何トイウコトダ……奇跡カ?」
「おぉ、元気になったじゃん!
 あれ? でも光、苦手じゃ…」
「成程、契約スレバ都市伝説モ力ヲ得ルト聞イタガ…コレ程トハ
 少年ヨ、有難ウ。オ前ハ命ノ恩人ダ」
「え、あ、いや、その…ウヒヒヒ、バカ、照れるだろ」
「ダガ…都市伝説ノ契約者トナッタ今、何ガ起コルカ分カラナイ
 我々モ尽力スルガ…常ニ死ト隣合ワセダトイウコトヲ忘レルナ」
「大丈夫大丈夫、俺喧嘩強いし
 あ、そうだ、「シャドーマン」」
「ム?」

681夢幻泡影:2016/12/29(木) 23:39:34 ID:6X98F7cU
「折角だから名前決めようぜ?
 ほら、「シャドーマン」って長いし」
「名前…我々ニハ無カッタ文化ダガ、良イダロウ」
「よし! じゃあ今日からお前は“ツキカゲ”な!」
「エッ」
「え? ダメ?」
「イヤ、何カコウ……シックリコナイ」
「んーじゃあ……何かない?」
「ソウダナ…“シェイド”、ハ如何ダ?」
「おーカッコいい! んじゃ改めて、俺は黄昏裂邪! よろしくなシェイド!
 あともう一つ、“我々”って言ってたけど、シェイドって一人じゃないの?」
「…ホウ、随分面白イ所ニ気ガ付クナ」
「生き物観察大好きだからね」
「先ズ質問ダガ、『カツオノエボシ』ヲ知ッテルカ?」
「電気クラゲって言われる猛毒のクラゲだね
 でも本当はクラゲじゃない、それは見た目が似てるだけ
 幾つものヒドロ虫っていう小さな生き物が集まって、それぞれの役割を持って1匹の生き物に……
 え、ってことはどっかに違う形の「シャドーマン」が幾つもいるってこと?」
「…私モモウ一ツ聞コウ。年齢ハ?」
「ん? 8歳。小学2年生」
「ア、ソウ……ソノ通リダ
 移動ヤ捕食、ソレゾレに長ケタ個体ノ“私”ガ影ノ中ニイル
 私ハ“脳”―――思考ヤ記憶、ソシテ意思疎通ヲ司ル」
「マジか! すげぇな、じゃあ1回出してみ―――――――――――――、て、」

ふら、と膝をつき、少し呼吸が荒くなる
裂邪は自身に何が起こったのか分からなかったが、それでも気づいた
――――死ぬかと思った、と

「ドウシタ?」
「…なんか、影の中のシェイドを意識したら…」
「ソウ、カ……恐ラク、未ダソノ時デハ無イノダロウ
 オ前ガ成長シタ時……ソノ時ハ見ラレルダロウナ」
「うーん、残念だけど、まぁいっか」
「デハ私ハ戻ルトシヨウ
 必要トアラバ呼ンデクレレバ良イ
 我々ハ、常ニ影ノ中ニイル」

そう言って、すぅっ、とシェイドは裂邪の影の中へと消えていった
「じゃあな」と呟いて、裂邪は笑みを浮かべて山の中を歩き出す
陽は傾き始め、黄昏時を迎えようとしていた

682夢幻泡影:2016/12/29(木) 23:40:29 ID:6X98F7cU











自宅の押し入れに隠してあった1冊の古い本
父親に強く叱られたが、その内容はしっかりと覚えていた

「ウヒヒヒヒヒ……ヒハハハハハハハハハハ!!
 本当に…本ッ当に出来るんだ、世界征服!
 これからシェイドと一緒に! 邪魔する奴らをぶっ殺して!!
 この綺麗な地球を、俺のものにするんだ!!
 ヒハハハハハハ!! ヒィッハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

山奥に、少年の高笑いが木霊する









(ウワァ………大丈夫カ、コノ先……)






   ...to be continued

683足音、足音? ◆nBXmJajMvU:2016/12/31(土) 00:08:01 ID:pjJTxBTM
 治療室を出て少し歩いたところで、ゴルディアン・ノットは冷たい空気を感じた
 比喩表現ではなく、本当に空気が冷たい
 まるで、真冬の寒空の下を歩いているかのような冷気
 完全に乾ききっていない布の表面が、ぱきり、凍ったような

 冷気の主はすぐに見つかる
 司祭服を着た髪の長い男その男を中心に、辺りに冷気が広がっている
 戦技披露海が始まってすぐ、その実力を見せつけていた「教会」所属の男だ
 契約者……ではなく、契約者付きの都市伝説。飲まれた存在でもなく、契約者本人は戦技披露会には参加せず、単体で参加したという変わり種だ

 男は、何やら思案している様子だった
 己が強い冷気を発しているのだという自覚もあまりない様子だ
 このように辺りに冷気が漏れているせいか、辺りに他に人影は見えない
 別の通路を通るべきか、とゴルディアン・ノットが考えだした、その時

「あーっ!メルセデス司祭様、駄目っすよ。冷気、思いっきりダダ漏れ状態っす!」

 後方から、そんな声がした
 振り返ると、ぱたぱたと少年が駆け寄ってきていた
 ゴルディアン・ノット……にではなく、レイキの発生源たる男、メルセデスにだ
 少年の姿は見覚えが合った、と言うよりつい先程までいた治療室で見た顔だ
 ぱたぱたと忙しく「先生」の手伝いをしていたうちの一人で、「先生」から「休もう?君がばらまいた羽で十分治療できるから君はもう休もう??」と何度か言われていた……確か、憐とか呼ばれていたか
 憐の背後、もう一人同じ年頃の少年が居て、駆け出した憐のあとを追いかけてきている
 メルセデスは憐に声をかけられた事に気づいたようで、顔を上げ………冷気が、弱まっていく

「もう。考え事してる時に冷気ダダ漏れになるの悪い癖っすよ」
「別に、このふざけた催し物の参加者ならこの程度平気だろ」
「戦闘向きじゃねー人もいるっすし、冷気が弱点な人もいるだろうから、っめ、っす」

 自分より有に頭一つ以上大きい上、正体を隠す必要もないからか悪魔独特の威圧感を放つメルセデス相手に、慣れているのか恐れた様子もなく注意をしている
 …もっとも、憐のような少年の注意等、メルセデスは意に介していないようだが
 その事実は憐も理解しているようで、むぅー、と少し困ったような顔をしてこう続ける

「……カイザー司祭様も、気をつけるように、って言ってたでしょう」
「っち」

 あからさまな舌打ちをして、漏れ出していた冷気が完全に止まった
 契約者の名前なのだろうか。流石にそれを出されると従わざるをえないのだろう
 メルセデスは、ゴルディアン・ノットや憐の後から駆けてきた少年にも気づいたようで、この場を立ち去ろうとし

「あぁ、そうだ、憐」
「何っす?」
「………「見つけた」からな」

 ぴくり、と
 一瞬、憐の表情が強張った様子を、ゴルディアン・ノットは確かに見た

 メルセデスはそのまま、すたすたとどこかへと立ち去っていってしまう

「憐君、どうしたの?急に走り出して……」
「あ、えーっと。なんでもないっすよ、すずっち。問題は解決したんで」

 追いついてきた少年に、へらっ、と笑いながら答える憐
 そうして、ゴルディアン・ノットにも視線を向けて

「んっと、メルセデス司祭の冷気の影響、受けてないっす?凍傷とかの問題なさげっす?」

 と、心配そうに問いかけてきた

「あぁ。特に問題ハない」
「そっか、ならいいんすけど………じゃ、すずっちー、観客席戻る前に、何か屋台で買っていこう。死人の屋台以外で。死人の屋台以外で」
「大事な事だから2回言ったんだね……って、死人の屋台?」

 ぱたぱたと、少年二人は立ち去っていく
 憐の方は少しふらついているようにも見えたが、とりあえずは大丈夫なのだろうか

 ……あのへらりとした笑みに、一瞬強張った瞬間の、感情を一切感じさせない表情の影は、なかった




.

684足音、足音? ◆nBXmJajMvU:2016/12/31(土) 00:09:27 ID:pjJTxBTM
 時刻は、少し遡る

「年頃のレディの身体に何かあっては大変だし、きちんと検査したかったのだが」

 仕方ないねぇ、と退室していくゴルディアン・ノットを見送りながら、「先生」はぽつり、そう呟いた
 ……つぶやきつつ、また服を完成させている

「うむ、こんなところか。フリルをもう少しつけても良かったが、他の者の服も作る必要ある故、これで」
「わぁ、見事にフリルいっぱいのホワイトロリータ」
「白き衣纏いし死神がいても良かろうて」

 はい、と「先生」から渡された、フリル多めのホワイトロリータワンピースを受け取る澪
 恐ろしいことに、サイズを聞いてもいないのにサイズがぴったりだ
 目測で、完全にサイズを把握したというのだろうか

(……「先生」。もちろん、これは本名ではなく通称。所属は「薔薇十字団」。学校町にやってきたのは三年前……)

 …そのような「先生」の様子をチラ見しながら、三尾は考える
 やはり、きちんと思い出せない
 「先生」に関して、特に天地が何か言っていた気がするのだが、三年前と言えば久々にバタバタしていた時期であったし、そもそもYNoはCNoとさほど親しく付き合いがあるわけでもない
 元々、他のNoからの情報が不足しているとも言うが

 念のため、もうちょっと知っておくべきではないか
 そう感じたのは、黒髭が異常なまでに「先生」を警戒しているせいだ
 灰人の「先生」に対する扱いのぞんざいさ(一応師弟関係らしいのにいいのだろうか)のせいで、「先生」が危険人物とは思えないのだが、あそこまで露骨に警戒していると流石に気になる

「連絡先の交換?」
「あぁ。このところ、「狐」だの人を襲う赤マントの大量発生だの……それに、誘拐事件が相次いでいるとも聞く。私は組織だった集団とはほぼ縁がなく、都市伝説関連の情報源が乏しくてな……少しは情報がほしい」

 なので
 黒髭の契約者たる黒が、「首塚」所属である栄と何やら話している間に、三尾はこっそりと黒髭に近づいた

「あの、ちょっといいですか?」
「あ?……「組織」か。何か用か?」

 三尾に声をかけられ、黒髭は怪訝そうな表情を浮かべた
 少し警戒されている気がしたが、構わず問う
 流石に、小声でだが

「「先生」の事、警戒しているようですが。何故です?」
「……お前、「組織」だろ。あの白衣のことわかっているんじゃないのか」
「立場上……と言うか所属Noの性質上、そういった情報が少し入りにくいものでして」
「…マジか」

 把握していなかったのか、と言うように黒髭が少し頭を抱えたような
 ちらり、と黒髭は「先生」と灰人の様子をうかがってから、三尾に告げる

「あの白衣、元は指名手配犯だぞ」
「え」
「何が原因かまでは知らねぇが、発狂して正気失って、かなり色々やらかした奴だぞ。「組織」「教会」「薔薇十字団」「レジスタンス」、全てを敵に回して戦いきった化物だ」

 ちらり、三尾はまた、「先生」を見る
 ……正気を失っている様子はない

「今は、一応正気に戻ってるらしいぜ。じゃねぇと、指名手配も解除されないし、「薔薇十字団」に所属も出来ねぇだろ」
「でしょうね。天地さんが頭を抱えていたのは、そういう事ですか」

 恐らく、だが
 「先生」が学校町に来たのは、学校町が様々な意味で特殊な場所だからだ
 いくつもの組織の勢力がひしめき合い、しかし全面戦争にはならない場所
 …そこに「先生」を置くことによって、かつて指名手配されていた頃に買った恨みで何かしら起きないように、との処置なのだろう

「しかし、今はもう指名手配されていないのであれば、警戒する必要は…」
「ある。正気戻ったつっても、腹の底では何考えてるかわかりゃしねぇ。今、噂の「狐」絡みじゃないだけマシではあるが」
「そこは断言するんですね?」
「……断言してぇんだよ。あれが「狐」の勢力下に入っていたら、シャレにならねぇ」

 吐き捨てるように、黒髭は言い切った

「いくら俺だって、「賢者の石」と契約したと言われるような奴とは戦争したくねぇよ」





to be … ?

685:2025/01/12(日) 20:57:27 ID:sAaYCGhY
これは入院中に、こんな展開有ったら面白いなーと妄想してたものです。能力が異なる場合があります。
ーーーーーーーーーー
視線の先には、付近一帯を吹き飛ばすための巨大な火の玉がある。
おそらく先ほどから姿を隠していた、ツングースカ大爆発の仕業だろう。
僕たちがここにいる事を相手が認識しているかは知らないが、あれに巻き込まれればひとたまりもない。
どのみち、今から退避するのは、もう無理だろう。
こんな時に仲間と逸れてしまうなんて、本当にツイてない。
右目も能力の使いすぎで、白目と黒目が反転した悪魔模様になっていて、さっきから破壊衝動を囁いている。

「ああもう! リボルバーもマスケットも壊れてる! 全部材料にするか……」

それても、少しでも可能性を広げるために、何もしない訳にはいかない。
黒服Yは自分のバッグをひっくり返して、使える物をかき集めいた。
持っいた護符の類は全て、黒服Oに押し付けてある。
彼女はいま怪我て走れる状態ではないが、治癒の護符や結界の札もあるから、多少はマシになるはずた。

「今創りたせ、あれに対抗出来る魔弾を……!」
「ねぇY! 待ってよ! ねえってば!」

魔弾の自由度はかなり高い。
『弾』のみならず、頑張れは撃ち出すための『銃』も生成出来る。
あとは想像力と材料と気力次第だ。
ガラクタもスクラップも使える物は集めた、やる気も沸騰するぐらい滾ってる、あとは組み立てるだけだ。

「魔弾・生成……」

目を閉じる。
ーーーーーー
 ▶一人で作る

「力を貸せよ悪魔。今から最高のおもちゃを作るんだ」

開いた目は左右とも悪魔模様に染まっている。

「モデルは戦艦の主砲だ、敵を打つ砕け! カスタム・サイズオフ・ラストショット・アンカーで固形!」
「ちょっと聞いてるの! Y!!」
「ロマンを詰め込めっ! しっかり護れよ、古の戦艦!」

材料は形を崩し、混ざり合い、望み通りに形を成していく。
ロマンを詰め込んだ、唯一無二の最高のおもちゃ。
黒服Yは少しだけ後ろをすり替えって。 

「大丈夫だから、そこに居てよ、O」

轟音と赤い閃光か視界を埋めつくし、何も見えなくなってゆく。



「……ゲホッゲホッ……くっ」

黒服Oが目を覚ました時、周りは瓦礫の山になっていた。

「足は…まだ動く、両手も力は入る。……どうなったのよ、Y……」

ふらつきながら、辺りを探していく。
そして、それを見つけて、その場に座り込んでしまった。

「だから待ってって……言ったじゃない……」

エンド1

686:2025/01/12(日) 20:59:21 ID:sAaYCGhY

ーーーーーー
▶二人で作る


目を閉じたまま、長く息を吐いて。

「O! Oも手伝ってよ」
「……えぇ。……えぇ! 当たり前じゃない!」

黒服Yの目は普通の色に戻っていた。

…………

「できたわ! 名付けて、堕ちた陰陽師・一縷の光と叛逆の矢よ!」
「うわぁ……今冬公開とか言いだしそう名前……」

出来上がったのは弓矢だった、正確に言えばバリスタと鏑矢だ。
渡した護符や、黒服Oの手持ちの布を全て使って、雅な雰囲気が出でいる。
顔を見れば、やり切った満足感が窺える。

完成した魔弾について、説明したくないけど説明しよう。
まず鏑矢、これは破魔矢と同じで悪い物を退けるこうがあり、音をよく鳴らすために何故か高速で回転して飛ぶ。
バリスタは、普通の弓だと威力や反動を支えきれないため、固定式の射出装置になった。
そして魔弾は魔属性、悪属性があるため、そのままだと聖属性、善属性の物は扱えない。
そこを『堕ちた陰陽師』と名付て作成する事で、悪属性を持たせて制限ん回避。
名付の後半部分は、強大な敵に抗う1本の矢という現在な状況を示し、状況を限定することで威力の底上げをしている。

黒服Yは、もしかしたら黒服Oの方が自分よりも魔弾の性質に詳しいんじゃないかと不安に感じた。

「よし。征け!

放たれた鏑矢は、甲高い音を響かせる飛んでいく。
その音は護られている安心感があり、黒服Yはこれなら王蟲もすぐに鎮まりそうだと変な事を考えていた。

発射後のバリスタを壁になるように起こし、2人でそこに隠れた。
黒服Yは黒服Oを守るように胸に抱く、衝撃に備えた。

「きっと、大丈夫だよ」

轟音と赤い閃光か視界を埋めつくし、何も見えなくなってゆく。




「……痛って……どうなった……?」

黒服Yは気を失っている黒服Oをバリスタにもたれかけると周囲を見回した。
自分達を中心にして、ほぼ円形の範囲でほとんど被害が出ていないようだった。
どうやら鏑矢の音その物に護りの力があり、周囲のみを守ったようだ。

「ははっ、すごいな、Oは。まだ矢の原型が残ってる」

黒服Yのみで魔弾を設計すれば、こんな強力な魔弾は作れなかっただろう。
矢を引き抜た黒服Yは、黒服Oを起こすため戻っていった。

エンド2

687コカトリスVS:2025/06/28(土) 22:29:28 ID:5Br.uEN2
「六本足のコカトリス?」
「そうっす。先輩、知らないんすか?」

 深夜、人々が眠りにつく頃。
 郊外の廃工場に彼らはいた。
 共にフードを被った二人は、物陰に身を隠し『獲物』が来るのを待っていた。

「結構有名なフリーの多重契約者っすよ。あちこちで派手に仕事しているとか」
「生憎、聞いたことねえな。よくわからんが【コカトリス】と契約しているのか?」
「いや、それが違うんすよ」

 どこか得意げに『後輩』は人差し指を振った。
 
「契約しているのは【六本足の鶏】と【姦姦蛇螺】っす。で、鶏と蛇繋がりでコカトリスって呼ばれてるんすよ」
「ああ、それで『六本足のコカトリス』か。で、噂になるってことは強いのか?」
「そりゃもう、一時期は『組織』と敵対していた時期もあるみたいっすから。でも」
「でも?」

 先輩と呼ばれた男は、話に耳を傾けながら外に目を向けた。
 雲一つない空には、煌々と輝く満月が浮かんでいる。
 獲物はまだ来ない。
 
「強いのはあくまで【姦姦蛇螺】本体らしいっすね。何でも特殊個体で大蛇と巫女が分離しているとか」
「へえ、特殊個体か。そりゃ珍しい」
「ええ。大蛇の方は怪獣並のサイズで暴れたら手が付けられなくて、巫女も巫女で即死クラスの弾幕を連発してくるとか」
「……ヤバいな。で、契約者本人と【六本足の鶏】はどうなんだ?」
「ああ、そっちはあんまり大したことないらしいですよ」

 へらへらと後輩は笑った。

「【六本足の鶏】は鉄火場に姿を現さないし、契約者本人は体術が少し使える程度とか。主力はあくまで【姦姦蛇螺】っすね」
「契約者本人を叩けば何とかなるタイプか。分断するか奇襲すればどうにでもなりそうだな」
「そっすね。……元ボスを殺した契約者とは真逆っすね。あいつは白兵戦の鬼でしたから」
「ああ、俺達は運良く生き残れたけどな。……おい、来たぞ」

 外から聞こえた足音で二人は意識を切り替えた。
 物陰に身を隠しながら、そっと入り口の方を窺う。
 そこから現れた契約者を襲うのが今夜の『彼ら』の任務だった。

「……確か『雇用主』が偽の依頼で呼び出したんですよね」
「ああ、だから相手は交渉のつもりでこの場に来る。その隙を利用して仕留める」

 能力を使う暇も与えずに、屋内へ足を踏み入れた瞬間に襲う。
 それが事前に決めた作戦だった。
 単純極まりない内容だが、彼らには性に合うやり方だった。

「手筈通り、最初に仕掛けるのは『犬達』だ。それで仕留められたら万々歳。例え失敗しても」
「俺達が仕留めればいいっすよね」

 鋭い『牙』を覗かせ、後輩は舌なめずりをした。
 同じく身を潜めている仲間達や『犬』を確認するように工場内を見回す。

「外にも犬を潜ませているから逃げられる心配もない。ここにノコノコ来た時点で向こうの詰みだ」
「袋の鼠ってやつっすか。ところで先輩、相手の能力はわかってるんすか?」
「都市伝説名まではわからないが炎を操る力を持っている。使わせるつもりはないが最悪」
「犬達を盾にすればいい、ですよね?」

 後輩の言葉に男が頷く。

「減ってもまだ増やせばいい。昔のように派手には動けないが欠員を補充する分には問題ない」
「そっすね。ああ、早く昔みたいに派手に暴れたいっすね」
「今は我慢の時だ。仕事をこなして後ろ盾を得るまでな。……と始まるぞ」

 廃工場の入り口前に獲物である契約者は姿を現した。
 ラフな格好をした三十代くらいと思われる男だ。
 彼は警戒した様子もなく、廃工場へと足を踏み入れた。
 その瞬間

「一方的な狩りがな」
 
 物陰から飛び出した複数の【人面犬】が彼に襲いかかった。

688コカトリスVS:2025/06/28(土) 22:38:40 ID:5Br.uEN2

 この時点で勝敗は決した筈だった。
 後は【人面犬】によって肉塊となった獲物を処分か、弱ったところを嬲るだけ。
 いつもの簡単な任務だと男達は思っていた。
 しかし現実は違った。
 
「せっ、先輩。あれは一体」

 思わず言葉が漏れた後輩の口を男はふさいだ。
 自分も息を潜め、冷や汗を掻きながら入り口の方を見る。
 そこには未だ健在の契約者と横たわる人面犬達の姿があった。
 男は自分の見たものが信じられなかった。
 【人面犬】が獲物である契約者に襲った時、彼は特にこれといったことをしなかった。
 それにも関わらず、人面犬達は突如動きを止めると仰向けになり服従の姿勢を取った。
 自分達が把握していない能力を敵は持っているのか?
 焦りを押さえながら、男は思考を巡らせた。
 次にどう動くか頭を働かせようとしたが

「っ! あのバカ!!」

 それより先に仲間が行動に出てしまった。
 入り口の近くに潜んでいた一人が、隠れるのをやめ契約者に飛びかかる。
 勇ましい咆哮を上げ、刃物より鋭利な『爪』を突き出しながら。
 だがその一撃が届くことはなかった。

「がはっ!?」

 襲いかかった同志は逆に吹き飛ばされた。
 契約者の放った強烈な横蹴りによって。
 返り討ちにあった同志は、受け身も取れず床を転がり蹲(うずくま)る。
 一方、契約者は気にした様子も見せずに男達の潜む方へと歩いてくる。
 すると、他の隠れていた同志達も物陰から姿を現し襲いかかった。
 正体不明の敵に対する恐怖心を隠せないまま、叫びを上げて。
 彼らは皆、フードを脱ぎ頭部を剥き出しにしていた。
 人間とは程遠い、犬にしか見えない顔を。
 【犬面人】。
 【人面犬】とセットで語られる狼男もどきの都市伝説が彼らの正体だった。
 ただ、男と後輩の二人だけは依然姿を隠していた。

689コカトリスVS:2025/06/28(土) 22:39:38 ID:5Br.uEN2

「せっ、先輩! あいつ一体何なんすか!? 事前の情報と全然違うじゃないですか! 先輩!!」
「黙れ! それより早くずらかるぞ。これ以上、ここにいたら不味い」
「ずらかるって。他の連中は」
「見捨てるしかねえ。わかんねえのか、俺達は」

 二人が言い争う間にも、犬面人達は打ち倒されていった。
 ある者は上段廻し蹴りを食らい、ある者は膝を踏み砕かれ、ある者は腕を取られ頭から床へと叩きつけられた。
 攻撃を食らった者は立ち上がることなく倒れるしかない。
 どこまでも一方的な蹂躙だった。

「嵌められたんだよ!!」

 説得する暇も惜しいとばかりに、男は後輩を促し一刻も早く逃げだそうとする。
 このわずかの間に彼はわかってしまった。
 自分達が『雇用主』に嵌められ、逆に狩られる側になったことを。
 
「で、でも待って下さい! あいつさえ倒せばまだ」
「駄目だ。どうせ別働隊もいる。外の犬共も今頃やられているかもしれない。それに」

 契約者の男の背後から二人の【犬面人】が攻撃を仕掛ける。
 彼が正面の同志へ対処している隙を狙って。

「あの契約者は普通じゃない」

 攻撃が届くよりも先に、二人の【犬面人】は事切れた。
 契約者の背中から、服を突き破って生えた二本の腕に首を折られて。
 そのまま雑に投げ捨てられる。
 
「……あ、あんなのって」
「わかっただろ。早く逃げるぞ。このままじゃ俺達も――」

 男の言葉はそこで止まった。
 契約者の視線が自分達に向けられている事に気づいたために。
 
「ひっ」

 人間味を感じない、ガラス玉のような目に後輩が悲鳴を上げた。
 崩れ落ち、身動きを取れずにいる。
 先程の人面犬達と同じように。
 怯えた様子こそ見せないが男も同様だった。
 彼は目の前の契約者に、恐怖心を植え付けられたことを自覚せずにいられなかった。
 本能が目の前の化物に逆らうことを拒絶していた。

「……蛇に睨まれた蛙、か」

 これから自分達に待つ末路よりも、目の前の契約者の方が男は怖かった。

690コカトリスVS:2025/06/28(土) 22:42:22 ID:5Br.uEN2

「仕事が済んだから朝までには帰る。飯も用意しといてくれ」
「わかりました。契約者さんに伝えておきます。でも無理はしないでくださいね?」
「大丈夫だ。特に怪我もしていない。それに」
「それに?」
「カンさん達の顔が早く見たい」
「だから、そういうのは私ではなく彼女に言ってあげてください。……私へは時々だけでいいですから」
「わかった、毎日言う」
「だーかーらー!」

 その後も些細な事を喋り通話を終えた。
 携帯をポケットにしまい、先程出てきたばかりの廃工場を見上げる。

「相変わらず仲がいいですね」

 投げかけられた言葉に振り返ると、案の定【首切れ馬】の黒服がいた。

「家族ですから。それより後処理の方はもういいんですか?」
「ええ、後は捕らえた【人面犬】と【犬面人】を護送するだけなので」

 彼女の視線の先を見ると、他の黒服によって拘束され連れて行かれる犬面人達の姿があった。
 【人面犬】はケージのような物に入れられ運ばれている。 

「あなたのお陰で、こちらへの被害を出さずに制圧出来ました。ありがとうございます」
「いえ、仕事をこなしただけです。外に潜んでいた【人面犬】の対処はそちらに任せましたし」
「このくらいしないと、こちらの面子にも関わります」
「そうですか」
「そうです」

 会話をしている間にも、ケージが到着したトラックの荷台に積み込まれていく。
 犬面人も同様だ。
 拘束されたまま乱暴に床に放り出されている。
 あのトラックも何かしらの都市伝説なのかもしれない。

「今回の件で『山犬』の残党である彼らも再起不可能でしょう。生け捕りにした者から詳細な情報を聞き出せる筈です」
「山犬、ですか」
「ええ、それが彼らの集団の名前。いえ、だったと言うべきでしょうか」

 彼らの首魁はとっくに倒されていますから、【首切れ馬】の黒服は呟いた。

「人面犬に噛まれた人間は人面犬になってしまう、という話はご存じですか?」
「人面犬の有名なエピソードの一つですね」
「ええ、その特性を利用して人々を人面犬に変えて勢力を拡大した集団が彼ら『山犬』です」
「つまり今日襲ってきた人面犬は」
「お察しの通り、元々は何の罪も無い一般人です」

 哀れみを含んだ目を彼女はトラックに向けた。

「『山犬』の構成員である【犬面人】は忠誠の証としてあの姿になりますが【人面犬】については完全な被害者です」
「元の姿に戻すことは」
「出来ません。洗脳を解いて意識を取り戻すことは出来ますが本人達からすれば」
「地獄でしかないかもしれない」
「……はい。ですから彼らについての扱いは組織でも別れています」

 そのために保護をするつもりなのだろう。
 彼女が仕事前に「人面犬は出来れば無傷で捕らえて欲しい」と言った理由がわかった。

691コカトリスVS:2025/06/28(土) 22:43:47 ID:5Br.uEN2

「けど、そんな派手に活動していれば組織にすぐ潰されそうですが」
「……組織の中に彼らと通じている一派がいたんです。おかげで実態が明らかになるまで時間がかかりました」
「隠蔽していたってことですか」
「ええ。事態が表沙汰になったのは、洗脳を自力で解き『山犬』から脱走した一人の【人面犬】の存在があったからです」

 【首切れ馬】の黒服は語った。
 その後、人面犬が学校町へと辿り着き一人の少年と契約したことを。
 彼らは幾つもの都市伝説と戦った末に、【人面犬】の古巣である『山犬』と決着をつけることになった。

「組織が事態を完全に把握した頃には、『山犬』の首魁は少年達によって倒されていました。脱走者である人面犬の犠牲と引き換えに」
「今日の連中は、その時にうまく逃げおおせた面々ですか」
「はい。当然、組織が征伐に乗り出しましたが緊急だったので漏れがありました。……通じていた黒服の方はすぐに『処理』されましたが」

 ため息を一つ、彼女はした。

「ちなみにその後、少年はどうなったんですか」
「……それが現在消息不明だそうです」
「消息不明?」
「私にも詳しいことはわかりませんが、事件が解決してすぐに学校町から姿を消したようです」

 【首切れ馬】の黒服によると、少年は自分の意思で失踪したらしい。
 何でも同居していた家族に書き置きを残していたようだ。
 
「事件を通して何か思うところがあったのかもしれません。元々、優しい少年だったようなので」
「そうですか」

 契約した都市伝説を失ったことは俺にもある。
 だからといって、気持ちがわかるかと言えば答えは否。
 人は人、自分は自分だ。  
 
「ちなみに彼の名前は?」
「珍しいですね。あなたが他人に興味を持つなんて」
「もしかしたら出会うことがあるかもしれないので」
「……その時は一報をお願いします。彼と知己の者が今も捜しているらしいので」

 少し待って下さいと言うと、彼女はポケットから手帳を取り出しめくった。

「ああ、思い出しました。中々、珍しい名字と名前です」
「珍しい名前ですか」
「ええ、彼の名前は」

 一拍置き、【首切れ馬】の黒服は読み上げた。

「空井雀。空に井戸の井と書いて空井、雀はそのまま漢字です」

 知り合いと同じ名字を持つ少年の名を。

692コカトリスVS:2025/06/28(土) 22:46:01 ID:5Br.uEN2

 最後のトラックが廃工場の敷地内を出て行く。
 飛脚が描かれた車体は、すぐに遠ざかり闇の中へと消えていった。
 俺はそれを、【首切れ馬】の黒服と共に門前から眺めていた。

「……これで依頼は完了です。お疲れ様でした」
「はい。こちらこそ、お疲れ様でした」
「報酬はいつも通り口座に」
「ありがたく」

 区切りを付ける挨拶を交わす。
 長い付き合いなのもあり、わずかに彼女の気が緩むのを感じる。
 
「……しかし、今でも不思議に思います」

 すると、彼女はそんなことを呟いた。

「何がですか?」
「あなたと今もこうして、共に仕事をしていることがですよ」

 【狂骨】に憑依された私が目を覚ました時には、取り返しの付かない事態になっていましたから。
 悔いを隠さず【首切れ馬】の黒服は言った。 

「暴走した今の奥方『達』を止めた上で組織と敵対。彼女らを連れて逃走した、とは。最初は信じられませんでした」
「やりたいことをやっただけです。それに助けもあったので」

 空井の助けもあって森に辿り着いた俺は、【姦姦蛇螺】として暴走した二人を異常を使い正気に戻した。
 そのまま契約を交わしたものの、犠牲が出ている以上組織が黙っているはずもない。
 ゆえに、包囲網を無理矢理こじ開けて脱出。何人かの協力もあって、予定通り駆け落ちした。
 空井やそのパートナー、葛藤しながらも手を貸したヒーロー、黙っていられなかった師匠。
 そして

「……【獣の数字】の契約者が生きていた上で、あなたの逃走に協力したと聞いた時は本当に耳を疑いましたよ」
「協力というか好きなように引っ掻き回しただけですけどね」

 そもそも恋人が呑まれ、カンさん共々正気を失って暴走したのも奴の仕業だった。
 でなければ、あんな特異な変化を遂げるわけがない。
 あの場で手を出したのは、このまま黒服の手によって俺が倒されるのが自分の望んだ結末ではなかったから。
 ただそれだけだ。

「逃亡生活中も何かと絡んできましたから。『決着』はつけましたけど」

 追手の黒服達も、しょっちゅう襲ってきたので中々大変だった。
 特に【忍法】の黒服とは何度もぶつかった。

「……逃亡中に今の体に変えたんですよね?」
「ええ、必要だったので」

 俺の体を眺める彼女に頷く。

「【六本足の鶏】の特徴である遺伝子操作。それを応用して、自分の肉体を戦闘向けに弄りました」 

 地力を上げる必要性は、【スレンダーマン】や【忍法】の黒服との戦闘を通じて痛感していた。
 逃亡生活を続けるなら強化は必須。
 躊躇う理由は無かった。

「師匠には後で怒られましたけど。手っ取り早く、身体能力を上げるのにはこれしかなかったので」
「相応のリスクもあったはずですが」
「成功したので問題なしです」
「……そうですか」

 もちろん、それだけで戦い抜けるほど甘くもなかったので一から技も磨き直した。
 【姦姦蛇螺】と契約したことで得た能力と異常、全てを含めてスタイルも再構成。
 幸いというか不幸にも、新しいやり方を試す機会は幾らでもあった。
 追手の黒服、【獣の数字】の契約者が寄越した刺客、現地の都市伝説や集団。
 今まで以上に実戦を重ねた時期だった。
 そんな日々が終わったのは、【首切れ馬】の黒服のおかげだ。

693コカトリスVS:2025/06/28(土) 22:47:56 ID:5Br.uEN2

「目を覚ましたあなたが、こちらと組織の間に立って仲介をしてくれなかったら死んでいたかもしれません」
「私は私の仕事をしただけです。【姦姦蛇螺】の暴走が【獣の数字】の契約者による仕業な以上、あなた達と敵対する必要もありませんから」

 彼女はそう話すが、事態はそう簡単ではなかったはずだ。
 暴走により、黒服だけでなく一般人にも犠牲者は出ていた。
 いくら正気に戻ったとはいえ、【姦姦蛇螺】を討伐対象から外す理由に本来はならない。
 【首切れ馬】の黒服の尽力があったのは容易に想像できた。

「……それに元はといえば、私の失態のせいです」

 けれど、彼女はあくまで自分に非があると思っていた。

「私が【狂骨】に憑依され、あなたを撃ったりしなければあんな事態にはならなかった。あなたや、あなたの大切な人達が窮地に陥ることもなかった」
「前にも言いましたけど不可抗力ですよ。あれはどうしようもなかった」

 実際、【獣の数字】の契約者が刺客として差し向けた【狂骨】は強大な力を持っていた。
 あれに抗うのは、カンさんのように浄化の能力でも持っていないと不可能だった。

「そもそも【獣の数字】の契約者に狙われていたのは俺です。あなたは巻き込まれただけだ」
「ですが」
「それに」

 彼女の言葉を遮るように言う。

「今もこうして、定期的に依頼を寄越してくれている。感謝はしても恨む筋はありません」
「……監視の意図もあることはわかっていますよね?」
「同時に敵意がないことを証明する手段でもある」

 俺の返答に彼女は小さく笑った。

「こういうことには頭が回りますよね、あなたは」
「出なければとっくに屍になっていたので」
「ええ、では」

 初めて会った時からは想像のつかない、柔らかい表情がそこにはあった。 

「これからも末永く、お付き合いが続くことを祈ります」

694コカトリスVS:2025/06/28(土) 22:49:35 ID:5Br.uEN2


 【首切れ馬】の黒服と別れた俺は、工場を出て最寄りの駅へと向かい歩いていた。
 「本当に送っていかなくていいですか?」と彼女は言ったが俺は丁重に断った。
 歩きたい気分なんです、という言葉に向こうは少し首を傾げていたが。
 丑三つ時を過ぎた暗い田舎道を通り過ぎていく。
 車通りはなく、僅かな電灯だけが辺りを照らしている。虫と梟の鳴き声だけが耳に響く。
 しばらく歩いた後、開けた野原を見つけた俺は足を止めた。
 この辺でいいだろ。

「そろそろ出てきたらどうだ?」

 呟きに返答はない。
 ただ、反応はあった。

「ほう」

 今まで闇しかなかった空間に、突如霧が出始めた。
 それも血を思わせる緋色の霧が。
 瞬時に辺りを包み込んだそれは、こちらの視界を奪った。

「毒ではないか」

 肉体は特に問題ない。
 しかし、俺の異常である【野生】は「ここは危険だ」と訴えていた。
 それを事実だと示したのは、後ろ斜め前から飛んできた数本のナイフだった。

「やるな」

 躱しながら敵がいると思われる方向に突っ込む。
 気配を感じた場所に前蹴りを叩き込むが感触はない。
 同時に空中から殺気を感じた。

「なるほど、そういう能力か」
「っ!?」

 背中から腕を生やし、敵の足を掴み地面に叩きつける。

「変則的な結界か。霧によって空間を支配して瞬間移動等を可能にする」

 ダメージを与えたはずの相手は既に、俺の手から逃れていた。
 代わりに、今度は四方八方から狂気を含んだ殺意を感じる。
 まるで複数人の殺人鬼に囲まれているようだ。
 どうやら敵は、霧が出てきた時点で予測した都市伝説そのものらしい。
 だが。

「何か混じっているな」

 俺に向かって、それらは襲いかかってきた。
 正体は大小様々なナイフ。まるで悪霊に取り憑かれたかのように俺を殺そうと飛んで来る。
 先程の投げナイフと違い、縦横無尽に悪意を持って刺突と斬撃を繰り返してくる。
 手っ取り早く息の根を止めようと首を狙ったかと思えば、機動力を奪おうと足に襲いかかってくる。
 お次は心臓、脇の下、顔面と中々の節操無しだ。それらを躱し、捌き、砕いていると痺れを切らしたのか大きな気配が迫ってきた。
 おそらく先程の本体だ。かなりの俊敏さで距離を詰めたそいつは、白いマスクを着け赤いコートを身に纏っていた。
 それで答え合わせは済んだ。なるほど、【口裂け女】が混ざっていたか。
 こちらの内心とは関係なく、敵は二振りのナイフを手に突貫してきた。それだけで手慣れなことはわかった。
 先程の瞬間移動や他のナイフによる攻撃、それらを複合させるとかなり厄介だろう。だから俺は

「やれ、真紅」 

 熱き烈風で全てを吹き飛ばすことにした。

695コカトリスVS:2025/06/28(土) 22:54:26 ID:5Br.uEN2

 血の霧が晴れた野原に、光り輝く翼を持つ六本足のガルダは舞い降りた。

「やれやれ、主様や。手札を出来るだけ切りたくなかったのはわかるが」

 そう苦言を呈しながら、いつもの姿へと変化していく。
 褐色の肌、銀色に輝く髪、そして真紅の瞳を持つ少女へと。

「さすがにギリギリすぎじゃろ。あんまり悠長なのは問題じゃぞ。昔と比べればマシじゃが」
「ああ、悪い。観察に回りすぎた」

 【六本足の鶏】、俺の契約都市伝説である真紅に謝る。
 彼女には仕事の際、姿を隠して貰いながら状況によって支援するよう頼んでいた。
 伏兵として重要な働きをする場面もあるので、安易に頼らないようにしているが今回はさすがに判断が遅いと思ったのだろう。

「少し気になる相手だった」
「ふむ。まあ確かに」

 二人、襲ってきた敵に視線を向ける。
 強烈な熱風に霧ごと吹き飛ばされた【■■■■■■■■】と【口裂け女】の混じりは、膝をつきながらもこちらを睨んでいた。
 手には変わらずナイフ。体は傷ついても、闘争心は衰えていないようだ。

「異なる都市伝説が混じっているタイプは稀に見るが、ここまで強力なのは中々いないのじゃ」
「そうだな。それに、もう一人がどう仕掛けてくるか気になった」
「もう一人? ……ああ、契約者がいたのか。じゃが、それらしい人影は上からは見えなかった――」

 赤い閃光が真紅の首元を襲ったのはその直後だった。

「なっ!?」

 咄嗟に真紅を蹴り飛ばし、契約者の顔面目がけ突きを放つ。
 完璧なタイミングの一撃。昔と違い、拳打の技も身につけた今なら確実に仕留められるはずだった。
 しかし。

「主様っ!?」

 突きを放った左腕は、肘から下を切り落とされた。
 神速の斬術。そうとしか形容できない、相手のナイフによる一撃によって。
 すれ違いざまの神業だった。更に相手は、手を緩める事無くこちらへ再び襲いかかる。
 圧倒的な俊敏性、それに接近戦に特化した歩法が厄介だ。
 今もそれで拳打を躱され腕を斬られた。この距離での戦いなら、あの【忍法】の黒服をも上回るかもしれない。
 目に捕らえきれない程のスピードを前に俺は

「……はっ?」

 切り飛ばされた左腕を右手で掴み、相手に向かい横薙ぎに思いっきり振った。
 溢れ出す血液諸共に。
 目潰しを兼ねた殴打に対して、【口裂け女】と同じく赤いコートを着た契約者の反応は悪くなかった。
 飛び散る血液を意に介さず、左腕を骨ごと切り払い、俺の首を狙ってきた。
 迷いのない行動だ。実力も申し分ない。だが

「甘いな」
「っ!」

 これが囮だということには気づかなかった。
 左腕による攻撃に注意を引きつけ、契約者の右足の甲を踏みつける。
 確かに骨を砕いた感触がした。だが、相手はこちらが追撃を仕掛ける前に飛び退いた。
 やはり判断が早い。苦痛を顔に出さないのも見事だ。

「主様、また滅茶苦茶な戦法を」
「あの場面だとこれがベストだった」
「だとしても絵面がヤバすぎるじゃろ!」

 呆れ顔の真紅と軽口を交わしながら左腕を生やす。
 左腕のストックはあと二本。両腕合わせれば五本。
 どうせ時間が経てば回復するので出し惜しみする必要もない。
 【姦姦蛇螺】と契約して得た能力で重宝していた。
 カンさんは「どうしてそう毎回、後ろ斜め上なんですか」と頭を抱えていたが。

696コカトリスVS:2025/06/28(土) 23:00:58 ID:5Br.uEN2

「しかし主様。あの相手は一体」

 真紅が【口裂け女】と契約者に視線を向ける。
 向こうも距離を保ちながら、こちらを観察していた。
 【口裂け女】の方は、ある程度ダメージが回復したのか立ち上がり戦闘体勢を取っている。
 契約者の方も同様。マスクを着けていない以外は、【口裂け女】と変わらない服装と髪型をしているので姉妹のように見えた。

「かなりの手慣れじゃが何者じゃ。襲われる心辺りは……山ほどあるな、うん」
「ああ」

 ただ、契約者の顔には見覚えがあった。
 真紅は気づいてないようだが。

「なんじゃ。心辺りでもあるのか?」
「まあな。今はそれよりも」

 真紅を後ろに下がらせ前に出る。
 向こうも同じ、契約者が歩き出す。

「決着を着けるのが先だ」

 野原の真ん中で相対する。
 こうして見ると、やはり契約者の顔は知人二人と似ていた。
 幼さを残しながら整った顔立ち。強い意志を感じる大きな瞳。
 それぞれの特徴を兼ね備えている。

「六本足の契約者。あなたを『世界の敵』として斬る」

 口火を切ったのは向こうだった。

「世界の敵、か」

 昔、二人がそう呼ばれたことを思い出す。
 目の前の契約者の顔。【首切れ馬】の黒服が話していた内容。それらが結びついていく。
 真相はわからないが、俺の知らないところで何かの思惑が働いているのはわかった。

「かつて、あなたの契約都市伝説である【姦姦蛇螺】が引き起こした惨劇は決して許されるものではない」
「それは【獣の数字】の契約者のせいで――」
「だとしてもです。罪は裁かれねばならない」

 真紅の反論に、契約者はきっぱりと言い切る。
 『彼』は長い黒髪を揺らすと、今度は俺に矛先を向けた。

「そして、何よりあなた自身だ。六本足の契約者。あなたの存在はそれだけで世界を乱す」
「ああ、そうかもしれないな」

 覚えないがない。とは言えるわけがなかった。
 否定できない程度には、様々な相手と戦い事件に関わってきた。
 少なくとも、俺がいなければ【獣の数字】の契約者が暗躍することはなかっただろう。
 二人が【姦姦蛇螺】に呑まれ暴走することもなかった。
 正体がわかった今ならそう断言できる。
 だが 

「だからといって大人しく斬られるつもりはない」

 かつて貫くと決めたエゴを捨てる理由にはならない。

「俺は最期の瞬間まで家族と生きていく」
「……ならば」

 契約者の雰囲気が変わった、人から都市伝説へ近いものへと。
 昔、聞いたことがある。都市伝説に呑まれるギリギリの境界線に立つ事で力を発揮する体質があると。
 目の前の相手がそうかもしれなかった。 

「『ボク』はその覚悟ごとあなたを切り捨てる」
「やってみろ」

 月の下、本当の戦いが始まった。
   
「おわり」


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