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バトル・ロワイアル 〜狭間〜

461Made in Fiction ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:28:18 ID:iMlYWmW60
「どういう状況だよ……。」

 真奥は眼前に広がる光景にただただ困惑を吐き捨てる。視線の先には、一人の少女。訪れた真奥に対し怯えの表情を見せる。一目見るや、その少女の全身を包むクラシックなメイド服はとりわけ異質に映った。奉仕の精神の現れながらも通常の飲食店の店員服と一線を画すその衣装は、日本の基準で言えばコスプレに近い。それを身に纏いこの地に存在すること、それ自体が異常な光景ではあった。

 だが、真奥の心を乱したのはそれのみではなかった。温泉旅館に入った途端に目に付いたメイド服の少女――マリアは、手脚を縛られた状態でそこにいたのだ。

(罠にしか見えねえ……だが、どういう類の罠だ?)

 非現実的な出来事の裏には何かの思惑を疑うのが定石だ。現代日本で男所帯の世話を焼いてきた和装美人が予想通りスパイであったように、メイド服の美少女が温泉旅館で縛られて助けを求めているなど現実離れも甚だしい。

 だが、罠が疑わしくとも見捨てるという選択肢は真奥にはない。本当に助けを求めている可能性もゼロではないし、もし本人や第三者の思惑が潜んでいるのなら、その思惑を引きずり出して根源をとっちめるのが真奥の性分だ。

「た、助けてもらえませんか……?」

 対して、罠も奥の手もなく、半ば終わりを悟ったような顔で真奥の顔色を伺うマリア。

 気絶から目を覚ましてみれば、縛られた上で放置されていた。おそらくは襲撃に失敗した竜司や歩の仕業だろう。

 そして間もなくして、Tシャツとパンツ姿の青年、真奥が訪れる。その姿にギョッとさせられるが、そんなことを気にしている場合ではない。もしも真奥が殺し合いに乗っていたら、自身の現状はまさに絶好の餌でしかない。最悪の場合、殺されるに留まらず慰みものとなる恐れすらある。この出会いが吉と出るか凶と出るか、確定するのは真奥の次の出方ひとつ。マリアが肩唾を飲んで見据える中、真奥はのそのそとマリアへと近づいていく。

 次にマリアの身体へと伸びるであろうその手が、いかなる意図に基づくのか。覚悟を決めて、マリアは目を閉じた。

「その前に、何があったのか話しな。」

「……え?」

「お前を縛った奴が殺し合いに乗っているなら、今ごろお前は死んでるはずだ。現にそうなっていないのには理由があるはずだろ。」

(っ……! しまった、考えていませんでしたわっ……!)

 真奥の警戒はもっともだ。マリアの現状は、ゲームに乗っていない西沢歩と坂本竜司の両名を殺そうとし、それに失敗したという奇怪な巡り合わせの果てにある。生殺与奪の権利を握られながらも存命している以上、自身が単に被害者でしかないと言いくるめるのはかなり無理がある現状にマリアは気付く。

「ええっと……。」

 その天才的な頭脳をフル回転させ、刹那の時間、言い訳を思考するマリア。

 冷静に、現状を分析する。竜司への襲撃に失敗し、気絶に至ったのは服を脱いで温泉に入っている最中だ。実際に今着ている服は歩から着せられたものであり、着衣の乱れも少なからず出ている。それならば、命ではなく身体目当ての変質者の犯行に仕立てあげてもいいだろう。

462Made in Fiction ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:29:11 ID:iMlYWmW60
 だが、問題は誰を犯人に仕立て上げるかということ。ここで適当な男の名を名簿から見繕って犯人として挙げてしまえば、真奥の知り合いを摘発してしまいかねない。その人物の言動や特徴について何も話せない以上、それは真奥の信頼を勝ち取る意味で最も避けたいことである。

 しかし交友関係を全て把握しているわけではないとはいえ、真奥の知り合いでないと思われる人物なら何人か知っている。そう、マリアの知り合いたちだ。その殆どは女の子であるが――たった一人、男の子の知り合いがこの世界に呼ばれている。ああ、そうだ。綾崎ハヤテ――彼ならば行動を偽証しても真奥に不信感を持たれる可能性は低く、整合性も取りやすい。それに何といっても、彼には三千院家の女湯に突撃した前科もある。

 真奥の信頼を勝ち取ることのみを考えるなら、ハヤテの名を出すのが最善。その思考に至った末に、マリアは語り始める。

「実は……私を縛ったのは私の知り合いだったのですわ。」

 話すまでに多少の時間を要したことも、嘘を考える時間ではなく知り合いを告発することへの躊躇いであると言い訳できる。虚構を騙る土台は整っていた。

「それは……複雑だな。で、それは誰なんだ?」

 悲しそうな顔を演じながら、マリアはその名を提示する。

「――西沢歩。普通の女の子です。」

463Made in Fiction ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:30:05 ID:iMlYWmW60

 真奥はペラペラと名簿を捲り、間もなくして、この子か、と顔写真をマリアに突き付けた。マリアは無言で頷く。

 ナギを生還させる、それがマリアの願いだ。だけど、ハヤテはナギに人生を救われた恩義がある。雇用契約に基づく主従関係やねじれた恋愛関係を抜きにしても、ハヤテはナギを見捨てない。仮にナギが死んでハヤテが優勝したとしても、ハヤテはナギの蘇生を願うだろう。つまりここでハヤテの悪評を流すことは、ハヤテの生還率の低下、さしあたってはナギの生還の可否に直接関わってくる。多少、自分が不利な位置に立ったとしても、ここで語る嘘の物語は、決して彼を貶めるものであってはならないのだ。

「おそらくあちらの料理に、睡眠薬を盛られたのだと思いますわ。かねてより仲良くしていた西沢さんだったから信頼して食べて……私の記憶はそこで途切れました。」

 縛られた後ろ手で、何とか料理を指さすマリア。歩に食べてもらう予定だったその料理には致死性の毒を盛っているが、当然それは隠さなくてはならない。

 実際は竜司の使った魔法によって気絶させられ、そのまま拘束を受けたマリア。しかしマリアの説明では、体格差のない少女に拘束を受けていることになる。それならば、それを許す程度の昏倒の原因を何かに見出すことは必須である。そこに竜司の絡む風呂場での出来事は絡められないために、実際に食べてはならない料理の内容を睡眠薬入りであると偽った。

「そして気付けば縛られた上で、支給品を全部奪われていました。……おそらくですが、仮にもお友達でしたもの。西沢さんは……私に直接手を下す覚悟まではなかったのだと思いますわ。」

 歩がマリアに手心を加えたことに一切の偽りはない。仮に真奥が自分の預かり知らぬところでの歩の知り合いだったとしても、歩の行動として殊更不自然に映ることはないだろう。

 また、竜司の存在は隠しておくことにした。歩が殺し合いに乗っていることを語る上で、歩に同行者がいるという事実は不都合でしかない。歩の名を出した際に名簿から歩の顔を探していた辺り、真奥はここに来る前に二人と接触したわけでもないようだ。それならば、真奥は真実を知り得ない。竜司のことは話さない方がいいだろう。

(……なるほどな。確かに筋は通っちゃいる。)

 真奥もまた、考えていた。マリアの話を嘘だと断定できる根拠がない。だが、全て真実だと盲信するほど単純でもない。

 ひとつ気になるとすれば、旅館内から感じた魔力の残滓。何かしらの魔法戦闘がこの旅館内で行われたことは分かるが――しかしその主はマリアではない。だとすれば、マリアと歩の訪問前に戦闘があったと見るべきか。

 マリアの話には、魔法を扱う余地がない。料理を食べている途中に催眠魔法を受けて眠り、それを睡眠薬と勘違いしたという可能性も、魔力の残滓のある場所が温泉内であることから否定できる。

464Made in Fiction ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:31:44 ID:iMlYWmW60
(分からねえ、ひとまずは保留だな。)

 浮かんだ疑問は保留し、しかしもう一点、ツッコミを入れずにはいられない箇所がある。

「……ところで、何でメイド服なんだ?」

「……何か問題でもありまして?」

「え?ㅤああ、いや、別にいいならいいんだけどさ。」

「というか下着姿の貴方に服装をどうこう言われたくありませんわ。」

 結局、真奥の疑問に対しマリアから飛んできたのは正論のみ。

「まあいっか。とりあえずこのロープはほどいてやるよ。」

「あら……ありがとうございます♡」

 腹黒さを隠した微笑みと共に答えるマリア。その眼前へと真奥は平手を突き出し、制止のポーズをとる。

「勘違いすんな、俺はまだお前を完全には信用しちゃいねえ。例えばお前が歩って子を殺そうとして返り討ちにあった可能性だって残ってるからな。」

 マリアは内心どきりとし、反論する。

「わ、私はそんなこと――」

「おっと、気を悪くしたならすまない。ただ、善人ヅラして他人を騙そうとする奴ってのはいるからな。もしお前がそういう奴だった時のために釘は刺しておきたかっただけだ。」

「……でも、私が言うのも何ですが……それなら最初から助けない方がいいんじゃありません?」

「別に俺は、仮にお前が誰かを殺していたとしても見捨てるつもりはねえよ。」

「……え?」

 ここまでの心理戦がすべて茶番と化すひと言を、真奥は紡いだ。茫然とするマリアをよそ目に真奥は続ける。その声が少し震えていることに、マリアは気付く。

「……そもそも俺は、他人の悪を裁けるような奴じゃねえ。そう言えるくらいにはたくさんの命を犠牲にしてきたんだ。こんな悪趣味な催しに呼ばれるのも仕方ないんだろうよ。」

 エンテ・イスラにおける人間と悪魔の戦争。その中で悪魔の頭領格だった真奥――魔王サタンの判断により犠牲となった者は数え切れない。魔界の民を死地へと送り込み、人間も悪魔も、多くの命を失わせた。

 不要な戦いだったとは言わない。魔界の存続のためには侵攻以外に道などなかった。だが、共同体を築き集団の中に生きる人間という生物を理解せぬままに判断を下し、そのせいで失われた命があること、それもまた事実。

「だから俺は……もう無駄に命を散らしたくないんだ。お前が例えどんな奴だろうと助けるし……そんで姫神はぶっ倒す!」

 姫神に殺し合いを命じられた時、真奥はふと思った。自分は姫神と同じなのではないか。エンテ・イスラに送り込んだ魔界の民も、侵略を受けた人間たちも、きっと自分に『殺し合い』を命じられたに等しかったのではないか――

 そんな想いはすぐに吹き飛んだ――少女の首とともに。まるで舞台装置を起動させるかのごとく消された命。姫神に一切の躊躇は感じられなかった。

 確かに自分は悪党だ。己が野望を貫き通すために他人を踏みにじることすら厭わぬ邪悪だ。だけど、関係のない人物をも巻き込みながら、心も痛めないほど腐ってはいない。奪った命と向き合うこともしない姫神とは根本的に悪のあり方が違う。

「……さて、こんなもんか?」

「ふぅ……ありがとうございます。」

 そして、間もなくマリアの拘束は解かれた。

 しかし、喜んでもいられない。誰も死なせず殺し合いからの脱出に臨む真奥の掲げる理想は、確かにマリアの願いとも反しない。自分もナギもハヤテも、他の知り合いの皆も、誰も死なずに帰れるのならそれに越したことはないだろう。だが、所詮それは理想に過ぎない。脱出の宛もなく、やはり最後の一人になるまで殺し合わなくてはならなくなる可能性の方が十全に高い現状は何も変わっていない。むしろ、姫神の執事としての采配の良さを知るマリアだからこそ、脱出の余地は無いとすら思っている。

 仮に自分が危険人物であっても助けると断言した真奥。それは、自分のみならずナギを殺しかねない思想の人物まで助けるということ。それは決してマリアの決意とは相容れない信念。

465Made in Fiction ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:33:04 ID:iMlYWmW60
(この方も殺さなくてはなりませんが……しかし、手段がありませんわね。)

 凶器となり得るものは歩と竜司に没収されている上、唯一殺傷力のある毒入りの料理も睡眠薬入りであると説明している。仮に説明しておらずとも、そもそも真奥が自分を警戒している以上食べさせるのは難しいだろう。

(料理といえば……)

 思い出したようにマリアは先ほど自分が作った料理の方に向き直る。致死毒の混入したあの料理を放置するわけにはいかない。

 普通に考えて、殺し合いの世界に放置された料理を食べる者はいない。だが、作ったのは三千院家でも振舞ったことがある盛り付けの料理だ。その料理の作り手が誰だか分かる人は存在する。そう、絶対に死なれるわけにはいかないハヤテとナギは、あの料理を自分が作ったと理解し、そして信頼の上で口にする可能性があるのだ。

(睡眠薬は咄嗟のでまかせでしたが……料理を処分する口実ができただけ悪くない嘘だったかも。)

 毒入りの料理と、カモフラージュに用意した普通の料理の両方をごみ箱に流し込む。その手際の良さに真奥はマリアの様子を訝しげな目で見るが、特にそれ以上の詮索は無かった。

「とりあえずお前はその歩って奴以外はこの旅館で見てないってことでいいんだな?」

「ええ。私がここに来たのはゲーム開始から数時間後ですので、それ以前は分かりませんが……。」

 真奥は小さくため息をつく。竜司と出会える手がかりがようやく見つかったと思ったところでのニアミスだ。

 彼は明確に、姫神への反逆を示した人物だ。姫神打倒に力を貸してくれる可能性が高い。だが――真奥は知っている。自分のせいで失われた命というものが、呪いのようにまとわりつくものであると。

 何らかの形でケジメをつけなくては、その呪いは終わらない。それができるのは、きっと死んだあの子と最も深く関わってきた自分しかいないだろうから。

 だから、竜司と出会ったらぶん殴る。これで手打ちだ、と言えるように。彼が、失われた命と前向きに向き合えるように。そして共に、ちーちゃんの真の仇である姫神を倒すために。

(エミリア。お前も死ぬんじゃねえぞ。俺はまだ、お前に斬られちゃいねえんだからさ。)

 その祈りは、届かない。間もなく、彼はそれを思い知ることとなる。

「そんじゃ、これ以上この旅館を探しても意味は無さそうだな。行くとするか。」

「そうですわね。行くアテはあるんですか?」

「いや、特にねえけど……できれば人が集まる中心部の方がいいな。」

「でしたら、見滝原中学校なんていかがです? 学校となれば設備も充実しているでしょうし、ここのような辺境に比べれば人も集まりやすいのでは。」

 人が集まるために中央に向かうのであれば、負け犬公園が筆頭候補だ。だが、そこはナギとハヤテが出会った場所。思い出の地として、二人が目指していてもおかしくない。二人ともこんな殺し合いに乗るような性格ではないから、きっと自分の行いに反対する。そうなれば、殺人のために動きにくくなるのは間違いない。

 あえて別の目的地を設定し、真奥や他の参加者を殺せる隙を伺うとしよう。今はまだ警戒されていて武器もない状況だが、気を待てばチャンスは必ず訪れる。

(私は裏で人数を減らしますので……ハヤテくん、どうかナギをお願いしますね。)

「そうだな……よし!ㅤとりあえず見滝原中学校ってとこに向かうとするか!」

「あの……いい加減服を着ませんか?」

【B-5/温泉/一日目 早朝】
※マリアが作った料理はゴミ箱の中に捨てられました。

【マリア@ハヤテのごとく!】
[状態]:負傷(小)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:三千院ナギ@ハヤテのごとく!を優勝させる。
一.真奥に着いていき、殺せる機会を待つ。
二.姫神くん、一体何が目的なの?
※メイドを辞めて三千院家を出ていった直後からの参戦です。

【真奥貞夫@はたらく魔王さま】
[状態]:健康 右ほほ腫れ 
[装備]:Tシャツにパンツ
[道具]:基本支給品、不明支給品1〜3(本人確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:姫神にケジメをとらせる
一.見滝原中学校に向かう。
二.マリアを警戒(基本的に信じるが、鵜呑みにはしない程度)。
三.パレスについて知っている参加者を探す。ついでに服を調達するか…
四.坂本に会ったら、一発殴る
※参戦時期はサリエリ戦後からアラス・ラムスに出会う前
※会場内で、魔力を吸収できることに気づきました。
空間転移…同一エリア内のみの移動 エリア間移動(A6→A1)などはできない。
ゲート…開くことができるが、会場内の何処かに繋がるのみ。
魔力結界…使用できない。
催眠魔術…精神が弱っている場合のみ効果が効く。

466 ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:33:32 ID:iMlYWmW60
投下完了しました。

467 ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 23:45:17 ID:iMlYWmW60
【お知らせ】
現段階で早朝に到達していない組み合わせはいくつかありますが、それぞれの状況を見て、黎明〜第一回放送の二時間ほどの間に何かしら動きがないと不自然な『マミVS鈴乃』『ヒナギク達6人』の2箇所における時間帯「早朝」の話が投下され次第、第一回放送を投下しようと思います。

もちろん、その他の箇所の話の投下も歓迎します。
それでは、これからもよろしくお願いします。

468 ◆RTn9vPakQY:2021/07/21(水) 14:44:01 ID:rche79G.0
明智吾郎 予約させて頂きます。

469名無しさん:2021/07/24(土) 15:41:17 ID:9CBeEcWo0
>>466
新作乙であります
奉仕対象の安全を冷静に考え窮地を脱したマリアさん流石
天才肌でマーダーでありながらも一般人に近しい立場の少女としての心理描写に引き込まれました
真奥の過去から来る苦みと信念も痛いほど伝わり行動原理が改めて気持ちいいくらい解りやすかったです
それとは別に下着姿なのが知っていても気になるw

470 ◆s5tC4j7VZY:2021/07/27(火) 18:50:46 ID:4Y3c/vhw0
投下お疲れ様です!

Made in Fiction
不審に思われる状況からの切り替えしは流石はマリアさん!
そして、自分の過去から殺しに乗っていても見捨てずに助けようとする。それでいて悪党でも姫神と自分は違う!と真奥のカッコよさが凄く感じられました。
「そうだな……よし!ㅤとりあえず見滝原中学校ってとこに向かうとするか!」

「あの……いい加減服を着ませんか?」
↑いや、もうこのやり取り、脳内再生バッチリです(笑)

感想有難うございます。

岩永琴子の華麗なる推理
ハヤテと真のバイクレースが脳内に浮かびまして、こうした話にしようと書きました。
真は怪盗という場を守るために殺しを選んじゃったので、会社や家族を守るために怪異にたよっちゃった音無会長と似ているなと個人的に思ったので、オーラを纏わせちゃいました。
ただ、純粋に戦闘能力は真の方が上なので、果たしておひいさまとハヤテの命運は!と自分でもハラハラしております。

471 ◆RTn9vPakQY:2021/07/29(木) 01:47:31 ID:AxbMRr4w0
遅くなりましたが投下します。

472考える葦 ◆RTn9vPakQY:2021/07/29(木) 01:48:38 ID:AxbMRr4w0
「ここが展望台か」

 遊佐恵美の精神を暴走させた明智吾郎は、その後エリア内にある展望台を訪れていた。
 外観は茶色い円筒状のタワーで、入口の自動ドアの上部には、いかにも観光施設らしい、カラフルな丸ゴシック体で書かれた『はざま展望台』という看板が掲げられている。
 高さは目測でマンションの二階程度。展望台の周辺はなだらかな傾斜が付いていることを含めて考えると、最上階は地上から十メートル弱。それだけの高さがあれば、周辺のエリアはほとんど見渡せるはずだ。

「待ち伏せや罠の類はなさそうかな」

 呟きながら、入口のまわりに参加者の痕跡がないかを確認し、中へと入る。
 温かみのある茶色を基調とした内装は、殺し合いとはまったく無縁な雰囲気で、明智は拍子抜けした。
 展望台は二階建てで、一階は休憩スペースとしてソファが数脚と観賞用の熱帯魚が泳いでいる水槽、そして自動販売機が置かれていた。
 入口の反対側にはエレベーターと階段があり、そこを上がると二階の展望スペースだ。
 室内はほとんどの壁がガラス張りで、全方位を見渡せる設計となっている。

「ご丁寧に、望遠鏡まで完備されているとはね」

 さらに東西南北に備え付けられた望遠鏡を用いることで、二つ隣のエリアまでも視野に入れることができた。
 草木や建造物などの障害がなければ、一方的に参加者を観察することも可能である。
 まさに人探しにはうってつけの施設だ。

「……まあ、僕には探し人はいないけど」

 是が非でも殺したい相手はいる。
 しかし、その相手をわざわざ探して出向くことはないと、明智は考えていた。
 心の怪盗団のリーダー、ジョーカーこと雨宮蓮とは、この殺し合いにおいても必ず邂逅することになる。
 理知的な探偵らしからぬ第六感めいた発想が、明智の脳内に生まれていた。





 ひとしきり展望台の内部を視察した明智は、再び二階へと戻ってきた。
 これといった収穫がなかった苛立ちは露ほども見せずに、明智は中央のソファに腰掛ける。その手には階下の自動販売機から拝借した、コーヒーのペットボトルが握られていた。
 派手な仮面を外し、くるくるとペットボトルの蓋を開けて中身を口に含む。毒物が混入されていないことは、水槽の熱帯魚で実証済みだ。おかげでクリアな水を幾分か濁らせてしまったが、これも安全のためなので仕方がない。
 一息つくと、壁に掛けられたアナログ時計を見る。

「ふむ……」

 放送まで残り三十分。明智はこの放送で得られる情報を重要視していた。
 もちろん、放送により基本的な方針――殺し合いで優勝するという決意――が変わるわけではない。
 考慮するべきなのは六時間で脱落した人数と、そこから推察される殺し合いに肯定的な参加者の人数だ。
 自らも殺し合いに肯定的な明智としては、それが多いほど都合が良い。

「さすがにゼロではないと思うけど……八人くらいはいて欲しいね」

 全参加者の約二割。それが明智の予想する脱落者の人数だ。
 そして、殺し合いに肯定的な参加者も、同じく二割かそれ以上いると明智は予想した。
 二割“以上”としたのは、明智自身のように優勝する意志はあれども、いまだ殺害には至らない参加者もいると考えたからだ。

「というより、いてくれないと困る」

 先の予想には、多分に明智の希望的観測が含まれている。
 単純な話、殺し合いに肯定的な参加者が少ないということは、殺し合いに否定的な参加者が多いことになる。
 優勝するためには全ての参加者を殺害する必要があり、それを一人で成し遂げられると空想するほど、明智はうぬぼれていない。
 ゆえに、明智は脱落者の多さに期待していた。

473考える葦 ◆RTn9vPakQY:2021/07/29(木) 01:49:23 ID:AxbMRr4w0
「まず間違いなく、心の怪盗団の偽善者どもは、殺し合いには乗らないだろうな。
 それにあの女の話では、エンテ・イスラとやらの関係者も殺し合いに乗ることはなさそうな口ぶりだった」

 顔写真つきの名簿を眺めながら、明智は苦々しく顔を歪めた。
 明智が危惧するのは、殺し合いに否定的な参加者たちが徒党を組むことだ。
 怪盗団のリーダーである雨宮蓮や、魔王サタンの人間体である真奥貞夫のような実力者が、主催者に対抗するグループを作り上げるために、仲間を増やそうと画策することは想像に難くない。
 そうなれば、単独で優勝を目指す明智は、必然的にそのグループと対立せざるを得ない。
 仲間のフリをして潜入した怪盗団のメンバーに引けを取るつもりは毛頭ないが、なにしろ異世界出身の参加者の実力は未知数なのである。遊佐に勝利したからといって、エンテ・イスラの関係者を過小評価するのは早計だ。同様の理由で、まだ素性の知らない参加者も軽視はできない。
 それゆえに、明智は遊佐に対して強者の数を減らしてくれることを期待していた。

「ん?」

 そのとき視界の端に捉えた、紅い光の奔流。
 思索を止めて、壁際に近づく。展望台からほど近い場所で、光の残滓が煌めいていた。
 遠くからでも凄まじい威力だとうかがえるその正体が、つい先程まで対峙していた相手の技だと思い当たり、明智は嗤いを抑えきれない。

「フフ……その調子だよ」

 堕ちた女勇者は、順調に暴れてくれているらしい。
 精神暴走がどこまで続くかは不明だが、せいぜい場を荒らしてくれることを祈るのみだ。

「さて、どうしたものかな」

 再びソファに腰掛けて、明智は顎に手を当てた。
 このまま展望台で待ち構えて、訪れた参加者を殺害するのも一つの手だ。しかし、それではいささか消極的といえる。
 心の怪盗団は明智からすれば烏合の衆だが、それでも徒党を組まれると厄介ではある。
 そして、時間が経てば経つほど、集団が大きくなる可能性は高まる。

「希望的観測を持つよりは、自ら行動あるべし……かな?」

 疑問形にしつつも、明智の心意は定まりつつあった。
 暴走した遊佐や、その他の積極的な参加者に期待するばかりでは始まらない。ひとまず展望台から離れて、参加者たちが徒党を組む前に見つけて叩く。できれば障害となる怪盗団のメンバーを優先的に潰しておきたい。
 おそらくメンバーからは明智の悪評が流されているだろうが、その程度は明智の頭脳を以てすればいくらでも誤魔化す自信がある。

「……それにしても」

 明智は名簿をザックへとしまい立ち上がると、中身を半分以上残したままのペットボトルを、手近なゴミ箱へと投げ入れた。
 ゴトンという鈍い音。ため息。そして、呟き。

「あそこのコーヒーには遠く及ばないね」


【E-3/展望台/一日目 早朝】
【明智吾郎@ペルソナ5】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:呪玩・刀@モブサイコ100 オルバ・メイヤーの拳銃(残弾数7)@はたらく魔王さま!
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜1(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに優勝する
一.雨宮蓮@ペルソナ5だけは今度こそこの手でブチ殺す。
二.少人数で動いている参加者を積極的に狙う。優先順位は怪盗団>その他。

※シドウ・パレス攻略中、獅童から邪魔者を消す命令を受けて雨宮蓮の生存に気付いた辺りからの参戦です。
※スキル『サマリカーム』には以下の制限がかかっています。
①『戦闘不能』を回復するスキルなので、死者の蘇生はできません。
②戦闘不能回復時のHPは、最大の1/4程度です。
③失った血液など、体力以外のものは戻りません。

474 ◆RTn9vPakQY:2021/07/29(木) 01:49:50 ID:AxbMRr4w0
投下終了です。

475 ◆2zEnKfaCDc:2021/07/29(木) 14:06:45 ID:3zWwPfgs0
投下お疲れ様です。
シュッと纏まっているのに詳細になされた展望台内部の情景描写に惹かれました。珈琲片手に座っている絵面や、遊佐と伊澄たちの戦闘を俯瞰していたことが明らかになったところなど、影で暗躍している感がいっそう増していますね。それでいて自らも積極的に動こうとしているあたり、どことなくシドウパレスの明智らしい。

>>「あそこのコーヒーには遠く及ばないね」
この台詞、ルブランでのひと時への明智の想いが滲み出ていてすごく好きです。

476 ◆2zEnKfaCDc:2021/08/02(月) 01:57:33 ID:n/ot0kd20
初柴ヒスイ、桜川九郎で予約します。

477 ◆2zEnKfaCDc:2021/08/02(月) 14:34:00 ID:n/ot0kd20
投下します。

478人と妖怪の狭間を語ろう ◆2zEnKfaCDc:2021/08/02(月) 14:35:11 ID:n/ot0kd20
 逃げるでもなく隠れるでもなく、少女は一本の刀を手にそこに立っていた。

(邂逅を恐れているわけではないみたいだけど……)

 強引に殺し合いに巻き込まれた状況には到底そぐわぬその有り様に、桜川九郎は訝しげに目を細める。

(ああ、それは僕にも言えることか。)

 何にせよ、殺し合いを命じられている中でも冷静に話ができるのならそれに越したことはない。無害をアピールしながら正面から歩いていく。

「……つまらんな。」

 そして、少女は一言呟く。

「烏間という男も、久しぶりに出会ったナギも、モルガナとかいう猫も。未だ私を殺そうとする者とは一人も出会えていない。それに続いて、お前もか。」

 面白くなさそうに、少女――初柴ヒスイは刀を抜く。同時に、刀より流れ込む魔力が想像を絶する苦痛をもたらす。対面する九郎もそれに気付かぬほどに、ヒスイは苦しみを表に出さない。気付くのは、その刀にべっとりと染み付いた血の跡のみ。

「……君は、その出会ってきた人たちをどうしたんだ?」

 答えは想像がつく。刀の血の意味が分からない九郎ではない。だが、それでも一片の希望に縋り、聞かなくてはならない。

「一人は殺したよ。残りは……おそらくは生きているだろうが。」

 ナギを見逃したことを、どことなく自嘲気味に笑うヒスイ。しかし殺しへの躊躇いも、後悔も、その語り方からは感じ取れない。むしろ戦いそのものを楽しんでいるかのような語り口だ。

 九郎の目から見ても、ヒスイは倫理観のタガが外れていた。説得することも、おそらくは難しいだろう。

 刃を手にした殺人鬼を前にした状況であっても、九郎の心臓は平静時と変わらない拍子を刻んでいた。この殺し合いの世界で不死能力にいかなる制約が掛かっているかも分からないままだというのに、自分が死ぬというイメージがまったく湧いてこない。安易には死ねないと理解していながらも、死への恐怖という本能は俄然、喪失したままだ。

(……いや、本来はこっちが正しいのか……? 少なくともこの子は普通じゃないのだろうけど。)

 先ほど出会った鷺ノ宮伊澄という子にも、実際に自分は一度殺された。人魚とくだんの混じり物として彼女から見た自分が異形であったという特異な事情こそあれ、この世界に人が人を殺すのは珍しくもないということか。思えば、首輪で命を握られているのだから、主催者の言いなりになっても何らおかしくはないのだろう。

「それで……僕も殺すのかい?」

 ヒスイを試すように問い掛けた。彼女が優勝目当てならば、その答えは分かっている。

「――馬鹿を言うなよ。時間の無駄だ。」

 しかし返ってきたのは、そんな九郎の予測と真逆の答えだった。

 殺し合いに乗っていない者も殺したと語ったヒスイ。しかしその殺意の矛先は、九郎には向いていない。その矛盾に、九郎は首を傾げる。

「賭け事は、財が有限であればこそ成立する。ベットに値する命をお前は持っていないだろう?」

 風ひとつない空間に、ざあと音が聞こえた気がした。ヒスイの答えに、心がざわつかずにいられなかった。

479人と妖怪の狭間を語ろう ◆2zEnKfaCDc:2021/08/02(月) 14:36:05 ID:n/ot0kd20
「君は何故、僕の体質のことを知っている? もしかして――」

 ヒスイが出会ったと語った者たちの名に、岩永や紗季さんの名は無かった。仮に出会っていたとしても、ヒスイのような危険思想の持ち主に易々と自分の情報を流す二人ではない。だとすれば、心当たりはただ一人。桜川家の事情を知っており、この殺し合いの裏にいると確信を持っている人物――

「――悪いけど、こちらは君を逃がすわけにはいかなくなったようだ。」

 彼女に桜川六花との交流があるのだとしたら、この殺し合いの打破にも繋がる情報を持っているかもしれない。簡単に口を割る人物でないのはここまでのやり取りでもわかる。それでも、ヒスイには聞きたいことが山ほどある。

「はっ! 枯れたネズミだと思っていたが、いい顔をするじゃないか!」

 六花から、九郎の体質のことなどヒスイは聞かされていない。それでも、ヒスイの洞察力を持ってすればその体が人間のそれとまったく異なることとて理解は容易い。そこに一切の理屈などない。ただ、運命がヒスイを選んでいるかのごとく、正の結果が先行するのみ。

(そんなにもあの女のことが憎いのか。もしくは――まあ、どうでもいいか。)

 しかし九郎がヒスイに見出した六花との繋がりにも、何ら誤りはない。ヒスイから情報を引き出すことが可能であるならば、この殺し合いの裏側に接近できることも十全に正しい。

 ようやく降って湧いた手がかり。未来決定能力が機能しておらずとも、必ず掴み取る。刀に対しても臆することなく、九郎はヒスイへと向かっていく。

「だが言っただろう、時間の無駄だと。お前に構っている暇はないんだよ!」

「ッ……!?」

 次の瞬間、九郎の身体は宙に浮いていた。

 ヒスイの背後に突如として顕現した異形――法仙夜空より高速で放たれた拳にその身を打たれ、吹き飛ばされていく。

 何が起こったのかすら理解が追いつかぬままに、九郎の身体は海へと落ちていった。

「ぶはっ!」

 水面から顔を出せば、港からそれを見下ろすヒスイと目が合った。

「王が未来を決定するのではない。」

 登り始めた朝日が後光となって、ヒスイの顔に刻まれた刀傷を照らし出した。干渉を許さず、そこに存在する絶対者。それはまさに、『王』と呼ぶに相応しい佇まいであった。

480人と妖怪の狭間を語ろう ◆2zEnKfaCDc:2021/08/02(月) 14:36:31 ID:n/ot0kd20
「勝利が約束されている者こそが王なのだ。お前も、桜川六花も、王の器には程遠い。」

「待っ――!」

 そして最後に、六花との関わりを仄めかしながら、ヒスイは背を向けて立ち去って行った。追おうにも、港と高低差のある海に落ちた以上、すぐには戻れない。

(くそ……ようやく、六花さんに続く手がかりを見つけたというのに……!)

 しばらくして、何とか港まで這い上がるも、その頃にはヒスイがどこに消えたか分からなくなっていた。とはいえ、ヒスイは人を殺す気だ。それならばきっと、これから向かう先は人の集まる中心部。少なくとも、岩永との合流を目指して向かっていた真倉坂市工事現場ではないだろう。

(岩永とも合流しなくてはならないが……むしろ積極的に殺し合いに乗る人物と出会いにくいであろう工事現場に向かっているなら安全か? それなら、僕が取るべき行動は……)

 仮に岩永にヒスイのことを伝えたとしたら、間違いなくヒスイを追うことになるだろう。そうなれば、ヒスイから彼女を守れる保証はない。現に今、自分はヒスイに触れることとて適わなかった。

(このまま単独で、あの子を追う!)

 九郎の目に、鈍い光が宿る。当てもなく殺し合いの世界をさまよっていたところに、突如として湧いた手がかり。それを掴む為ならば――きっと、この命を賭ける価値だって、あるだろうから。

【C-1/港/一日目 早朝】

【桜川九郎@虚構推理】
[状態]:健康 全身が濡れている
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜3)
[思考・状況]
基本行動方針:初柴ヒスイを追う。
1.桜川六花の企みを阻止する。
2.もしかして不老不死にも何か制限がかけられているのか?
※件の能力が封じ込められていることを自覚しました。
※不老不死にも何か制限がかけられているのではないかと考えています。

【C-2/草原/一日目ㅤ早朝】

【初柴ヒスイ@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康
[装備]:サタンの宝剣@はたらく魔王さま!
[道具]:法仙夜空@ハヤテのごとく! 武見内科医院薬セット@ペルソナ5 基本支給品×2 不明支給品(0〜2個)、烏間惟臣の不明支給品(0〜3個)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝利する。
1.次の闘いへ向かう
2.王となるのは私だ。
3.本当に、願いで死者さえも甦らせることができるのなら―――
4.次に出会ったときナギと決着をつける…どちらかの死で。
5. 誰が相手でも躊躇しない
※原作51巻、ハヤテから王玉を奪った後からの参戦です。

【支給品紹介】
【サタンの宝剣@はたらく魔王さま!】
エミリアが砕いたサタンの角からつくられた魔剣。真奥貞夫を魔王サタンの姿に戻すほどの魔力を宿しており、手にした者にその魔力を供給する。鞘に収まっている間は魔力の供給は起こらないが、常人には鞘から抜くことすらままならない。

【法仙夜空@ハヤテのごとく!】
ヒスイに力を授けるために英霊となった法仙夜空。すでにヒスイと融合しているが、天王州アテネと融合したキング・ミダスの英霊と同じように不可逆的な破壊が可能だと考えられるため、状態を整理しやすいように道具欄に記載してある。その形状は上段に人間のような二本の腕、下段に骸のような二本の腕であり、現在は下段の右腕が粉砕された。残りは3本

【武見内科医院薬セット@ペルソナ5】
武見妙が扱う医薬品。効果は確かに効く。
内訳 ナオール錠50mg×2 ダメージ・疲労を(低)回復させる
   ナオール錠100mg×2 ダメージ・疲労を(中)回復させる
   全快点滴パック×1 ダメージ・疲労を全回復させる※参加者との戦闘中は使用不可

481 ◆2zEnKfaCDc:2021/08/02(月) 14:36:48 ID:n/ot0kd20
投下完了しました。

482 ◆s5tC4j7VZY:2021/08/02(月) 19:15:58 ID:pi3Dtnp20
投下お疲れ様です!
考える葦
明智の心情がとてもよく伝わるお話で読んでいて勉強になりました。
「あそこのコーヒーには遠く及ばないね」
↑特に、ここの台詞は明智が一時とはいえ、あの場所を気に入っていたんだなと伝わりとても好きです。

人と妖怪の狭間を語ろう
さて、ヒスイは九郎君をどう対処するのかなと思っていたらなるほど!そうきたか!と息を呑みました。
登り始めた朝日が後光となって、ヒスイの顔に刻まれた刀傷を照らし出した。干渉を許さず、そこに存在する絶対者。それはまさに、『王』と呼ぶに相応しい佇まいであった。
↑ここの地の分、ヒスイの風格が実に感じられてとても好きです。
さて、九郎君はヒスイを止められるのか……次話以降が楽しみです。

483 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/07(火) 15:44:03 ID:oMxiJfT60
桂ヒナギク、鎌月鈴乃、滝谷真、ファフニール、鹿目まどか、巴マミ、佐倉杏子、潮田渚、弓原紗季で予約します。

この話の後に第一回放送を投下しようと思います。(現状同時進行で書いているので、直後になるか時間を空けるかは進捗次第です)

484 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/14(火) 15:37:40 ID:mVVOP2aE0
予約を延長します。

485 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 10:30:32 ID:JgrdMADY0
投下します。

486Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 10:31:50 ID:JgrdMADY0
「良かった、無事だったんだな。」

「……杏子ちゃん!」

 出会った集団の中に含まれていたまどかを見て、杏子はほっと安堵のため息をついた。

 魔女化の行方が気になっているさやか、まったくもって目的の読めないほむら、死んだはずのマミ――杏子の知り合いたちは再会に際し何かしらの不安材料を抱えている。そんな中でも純粋に再会を望めるのは、まどかただ一人だった。魔法少女としての実力を持たず、それでいて危険を顧みず戦いの場に出向くタチ。言葉を選ばず評すると、真っ先に死んでもおかしくないタイプだ。だからこそ、出会えたことは素直に喜ばしいことだ。

「おっと。」

 出会い頭に駆け寄ってくるまどかを杏子は制止する。きょとんとした顔持ちで向き直るまどかを見て、今度は侮蔑の意味を込めたため息をつく杏子。

「あのなぁ……あたしがどんな奴だったかもう忘れたのか? ここじゃ簡単に他人を信用するもんじゃないよ。」

「でも、杏子ちゃんは信用できるから。」

「……ちっ、チョーシ狂うぜ。ホントに分かってんのか?」

 元より、佐倉杏子という魔法少女は自分のために魔法を使うのだと公言してきた。信念を巡り、強制されるまでもなくさやかと殺し合いになったことだってある。己が損得勘定で他害すらも厭わない、佐倉杏子は行動原理の根底にエゴを見据えて評すべき人間だ。そして、まどかはそれを少なからず知っているのだ。

 文字通り命を懸けた決心に横やりを入れられ、姫神に対する怒りが先行した現状だからこそ殺し合いへの反逆を掲げている杏子であるが、仮に巡り合わせが少しズレていたら、今も殺し合いに乗っていたとしても、何らおかしくはない。そういう人間に対し――目の前のまどかは無条件に信頼を見せた。

 現に乗っていないのだから、自分のことは信頼してくれても構わない。だがまどかは、同じようにさやかもマミも、ほむらも信頼するのだろう。彼女たちの状況やスタンスの分からない今、それはまどかの命取りとなりかねない。そんな警告もかねて、まどかの額を指で小突く。それを受け照れくさそうに笑うまどかを見て、杏子はもう一度、様々な感情の入り混じったため息をついた。

(ま、合流できたことだし、こっからはあたしが気を付けてりゃいいか。)

 そんなまどかに絆された経験のある杏子としては、それがまどかの長所であることも知っている。性善説を抱いて他人と接するだけの人間であれば、ただの平和ボケだ。鹿目まどかという人間はそれだけでなく、他者に優しさを「伝達」できるという強さを持っている。根底の芯の強さに裏打ちされた真っすぐな言葉で、相手をも引き込んでしまう。

ㅤ彼女のそんな一面を変えてしまうよりは、危険人物への警戒の面では自分が仲介する方が良いと思えるし、何より手っ取り早い。

487Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 10:33:48 ID:JgrdMADY0
「あなたが鹿目さんのお友達?」

「ん? ああ。」

 会話がひと段落したのを見計らってか、まどかの同行者三人の中の一人、桃色の髪の少女が杏子へと駆け寄ってくる。口ぶりから見るに、まどかから自分のことをすでに聞いているというところだろう。

「私は桂ヒナギク。白皇学院の生徒会長よ。」

「……佐倉杏子だ、よろしく。」

 ヒナギクの凛とした立ち振る舞いからは、気高さだけでなく頭の良さも感じ取れる。

(あたしもさやかのこととか色々と紗季さんに話しちゃいるけど……一方的に知られてるってのはちっとやりにくいもんだな。)

 元の世界での行いにどこか後ろめたさがあるからか、杏子は少しだけそう感じた。が、それだけではないことに気付く。

「なんだよ。あたしの顔に何かついてるか?」

 ヒナギクは、物珍しいものを見るかのようにじろじろと杏子の顔を凝視しているのだ。

「ああ、ごめんなさい。ただ鹿目さんから聞いた話と食い違うから……えっと……」

「……?」

 妙な話をするものだ、と杏子は首を傾げる。まどかと出会ってからまだほとんど会話をしていないし、その内容だって今までの自分と乖離したものでもなかったはずだ。一体何が、まどかの話と食い違うというのか。

 その答えは、どことなく気まずそうな表情をしたまどかの側から返ってきた。

「えっと……杏子ちゃん、どうして生き返ってるの……?」

 刹那、あまりの想定外の発言に思考が停止する。言葉の咀嚼が即座に追い付かなかった。何せ、生き返るということはすなわち死を前提としているわけで、そしてまどかは、"自分"に対して何故生き返っているのかを問うているわけで……

「……はぁぁぁ!?」

 その意味に到達するや否や、喉が張り裂けそうなくらい叫んだ。つまるところまどかは、自分が死んだと認識した上で話しているのだ。

488Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 10:34:19 ID:JgrdMADY0
「ちょ、ちょっと待て。一体どういうことだ?」

「えっと……杏子ちゃんだけじゃなくてマミさんやさやかちゃんもだけど……どうしてなのかなって。」

「悪ぃ、順序を追って話してくれ。」

「うん。えっとね……」

 確かに、疑問はあった。死んだはずのマミに、魔女になったはずのさやか。この世界に、いるはずのない者が呼ばれているのは分かっていたのだ。しかしそれでも、自分は疑問を抱く側であると信じていた。まさか、自分もマミやさやかと同じ括りの、疑問を抱かれる側であるとは思っていなかった。

「んと……つまりまどかから見ればあたしは、数日前に死んだってことか?」

「うん……。」

 話を聞いてみると、自分は魔女となったさやかを道連れに自爆したとのこと。その物語は確かに、自分が辿ろうとしていた道だ。だが、それを決行に移した覚えはない。杏子はその直前に、この殺し合いに招かれたのだから。

「にわかにゃ信じられねーけど……嘘には聞こえねーしな。マミの奴やさやかがここにいるって事実とも合致するのは確かだ。だが……そうなるとあたしたちは別の時間から集められてるってことか?」

 これから反逆する主催者は、時間を超える力を持っているかもしれない。すなわち、もし上手く反逆の作戦が立てられても、全部なかったことにされる可能性すらあるということだ。

「別の時間……。」

「鹿目さん? 心当たりでもあるの?」

「……ええと。」

 脳裏に過ぎるのは、別の時間を生きているというほむらの言葉。

 みんなの命が失われていった中、彼女だけは最後までそこにいてくれた。でも、周りを拒んで独り走り続ける彼女の語る言葉は、頼りなくて。命なんて、簡単に掻き消えてしまいそうで。

「……いえ。分かりません。」

「そうよね。時間を超えるなんて、ネコ型ロボットじゃあるまいし……。」

 分かっている。自分だけでなく他の皆の命が懸かっているこの状況下、情報となり得るものは惜しまず出していくべきだ。それを理解した上で――ほむらの能力については黙っていることを選んだ。

 そもそもほむら自身がこの殺し合いに招かれていることや、ほむらへの信頼も含め、彼女の意思によって彼女がこの催しに関与しているとは思えない。そして何より、それがほむらの戦う理由だと、あの瞬間に分かったから――それは、不用意に踏み込んではならない領域だ。彼女が何を願ったのか、正確に理解しているわけではない。ただ、それがどんな願いであれ、人並みに傷付き、人並みに悲しむ一人の少女が、死と隣り合わせの戦いの宿命を受け入れてまで享受した願いであることに変わりはない。

 不用意に情報を流すことで、主催者との繋がりの疑念が生まれ、結果的にほむらに不利益が及ぶ可能性が、低いだろうがゼロではない。したがって、まどかは沈黙を選んだ。

489Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 10:56:31 ID:JgrdMADY0


ㅤ杏子たちから少し離れ、紗季はひとり考え事に耽っていた。

 知人の情報を語った時の杏子が一般人であるまどかの身を案じていたのは自分も知るところだ。その再会にあえて水を差すつもりはない。杏子たちから一時的に離れていることに、そんな気持ちが含まれているのは確かだ。

(……なんて、空気を読んだだけならいいのだけれど。)

 本当は、自覚している。新しい恋人を作っていた九郎に深入りせぬよう、再会してからも一定の距離感を保っていたことにも、未知なるものを遠ざけようとする思惑が少なからず混じっていたことを。

 言ってしまえば、まだ怖いのだ。魔法少女という非現実に、ずぶずぶと深く関わっていく自分が。

 黄泉竈食という概念があるように、関わりを深めてしまえば、もう普通の人間には戻れないとでも思っているのだろうか。それとも、見知ったものが常世の理を変えてしまったあの時の得体の知れない恐怖を、もう知りたくないと身構えているのだろうか。

「――お互い、大変なことに巻き込まれたものですね。」

 間もなくして、まどかの方の同行者の男、二人のうちの一人が話しかけてきた。どことなく九郎に似た、人畜無害そうな男性。名簿によると、滝谷という人か。

「ええ、本当に。」

 ただでさえ元の場所で怪異や想像力の怪物といった存在と立て続けに出くわし、さらには杏子という魔法少女やモバイル律という超科学との邂逅。

「ところで……あなたも怪異とか魔法少女とか、そういったものに類するタチなのかしら……?」

……真っ先に、その点においての疑問があった。

「いや、ただの人間ですよ。」

 にっこりと微笑みながら、滝谷はそう言った。我ながら魔法少女の例えは無いよな、などと思いながら、どこか安堵している自分がいた。

「ただ、あっちにいるファフ君はそういうのに分類されるかもしれません。 彼は俗に言うドラゴンと呼ばれる生き物なので。」

「えっ……ド、ドラゴン!?」

 非科学的な存在への心の準備は、既にできていると自負していた。その上で、ドラゴンとは予想の斜め上だった。

 妖怪が人の形をしていても頭の中のイメージとの差異はない。魔法少女は、むしろ人の形でなければ意外に感じるだろう。だが、ドラゴンはそうではない。人間離れした体躯と風貌――仮にドラゴンを模した想像力の怪物が生まれるとしても、その形は崩れることがないだろう。

 滝谷の指した先にいる男、ファフニールはそうではなかった。ドラゴンと銘打ちながらも、その姿はどう見ても人間のそれ。それだけで滝谷の言葉を嘘と断じるつもりはないし、ここで無駄な嘘をつく意味もないためおそらくは事実なのだとすら思っている。思った上で――諦念を込めて、苦々しく呟く。

490Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:00:24 ID:JgrdMADY0
「……何でもいるのね、この世界って。」

「はは、だから殺し合いなんて言われても……何とかなる気がしているんでしょうね。」

 何とかなる――何とかできるでも、何とかしようでもなく。

(ああ、そういうこと。)

 滝谷にとっては何気ないひと言だったかもしれないが、それを聞いて納得がいった。

「あなたも、わけのわからない存在たちを傍観している側ということね。」

 滝谷は自分と似ている――そう思った。非科学的な出来事が周りに存在することをすでに受け入れている。そして、その上で当事者になるまいと努めている。何とかなる、と――否、正しくは、何とかなればいいなあと流れに身を任せている。その思考形態は、非現実的な存在と関わりを深めることを恐れる自分と、きっと根底では繋がっている。

「でももしかすると……私たちも変わらないといけないのかも。」

 不死身の体質を持つ九郎や、『撃破』の概念が無い鋼人七瀬。そして、一般的な通念にしたがえば人間よりも上位存在であるドラゴンや魔法少女といった存在。殺し合いというゲームの体を成していながらも、あまりにも、自分や滝谷といった一般人が勝てる仕様となっていない。弱者を強者が一方的に嬲り殺すショーが目当てならば、それでもいいのかもしれない。だが、姫神が仮にもこれを殺し合いと銘打ったからには、自分たちに対し何かしらの変化を要求するメッセージをその中に感じ取らずにはいられないのだ。

 その言葉に――滝谷の表情が一瞬だけ、変わったような気がした。

「……まったく、耳が痛いよ。」

 滝谷の目指すところは、ドラゴンたちを中心に形成された今のコミュニティを維持するところにある。当事者にならなくとも、外部から眺めているだけでも楽しいものがそこにはある。

 その現状を保つことは、日常の中ではともかく、殺し合う世界では容易ではない。だから、傍観者でのみはいられないと思ってはいた。だけどそれは、人間にできる範囲の当事者性であり。人間を辞めるべきかどうかという瀬戸際である自覚など、一切なかった。変わる決意も結局は、現状維持のための決意でしかなかった。

「これは、僕も魔法少女にならないといけませんかね。」

「……その例えは、忘れてちょうだい。」

 その時、滝谷の傍らで何も言わず佇んでいたファフニールが、談笑が始まった二人を見かねてか腹立たしそうに近付いてきた。

「……いい加減にしろ。これからの方針を立てるのだろう?」

「……そうだね。じゃあ、向こうで話している子たちも集め、話し合いといこうか。」

 合流のため、まどか達三人の方へと向かっていく。その傍らで、滝谷は物憂げな様子で自身のザックを覗き込んでいた。その所作に、誰も気付かない。或いは、気付いたとしても何も関心を抱かない。

491Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:02:35 ID:JgrdMADY0



「そう……鋼人七瀬と出くわしていたのね。」

 これまでに起こったことを簡潔に纏めたヒナギクから、これまでの経緯を大まかに聞いたところ、鋼人七瀬との交戦があったようだ。

「実はヒナギクさんが守ってくれて、助かったんだ。」

「そっか、サンキューな。コイツ命知らずなとこあるからさ、心配だったんだよ。でも、出会いに恵まれたようで何よりだ。」

「どういたしまして。何にせよ、全員無事で良かったわ。」

「ええっと……ただ気になるのは……倒すと霧のように姿を消したってどういうこと? 私の知る限り、鋼人七瀬にそんな特性は付与され得ないはずなのだけれど。」

 ヒナギクの語る鋼人七瀬は、あの想像力の怪物のそれと概ね一致していた。だが、岩永とともに、人々が鋼人七瀬について如何なる想像をし得るのかは調べられる限り調べたはずだ。一般人が知り得る程度にネットの世界の表層に存在している鋼人七瀬の噂は、全て紗季の頭に入っている。だがその中に、「消える」類のものは存在していなかった。鋼人七瀬に消滅されては困る六花が予言獣くだんの能力まで用いて情報操作をしていたのだから、むしろそのような特性はあってはならないとすら言えるだろう。

「消えたんなら成仏したんじゃねーの? 実際、あたしらは鋼人七瀬を倒せるかもって言ってただろ?」

「だと良いのだけれど……」

 確かに実際に消滅したのならなんの問題もない。だが、岩永があれだけ知恵を駆使して消滅させようとしていた怪物を、単なる実力行使で倒せてしまえたと言われれば、そう簡単にことが運ぶはずがないと言いたくもなるというものだ。鋼人七瀬に存在していて欲しいというわけではないが、拍子抜けだとでも言うべきか。

「それでも、あれは元々不死身の怪物よ。警戒を怠るべきではないでしょうね。」

「当然だ。宝を守りたいのなら、アイドルの亡霊とやらに限らず全てを警戒しろ。必要ならば殺せ。」

「……なあ、コイツ本当に殺し合いに乗ってないのか?」

「それ、私が最初に貴方に感じたことだから。」

「ファフ君は、ここに来る前からこうなんだよね……。」

「……っていうかツッコミそびれていたけど。」

 話の流れを戻しつつ切り出したのはヒナギク。その話の向く先は、ファフニール。

492Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:03:51 ID:JgrdMADY0
「あなた、名簿には大山猛って書いてたはずよね。何でファフ君って呼ばれてるわけ?」

「む、コセキやジューミンヒョーとやら名のことか? それならばトールがフドーサンとやらのために勝手に作った名だ。俺のものではないし、この名前が通じるのもトールと滝谷くらいだろうな。」

「はは……」

 サラリと戸籍の偽造をカミングアウトする危なっかしさにハラハラしながら、滝谷は薄ら笑いを浮かべていた。

「ただ正直、僕も忘れかけていた名前だ。写真が付属してるからファフ君だと分からない知り合いはいないと思うけど。」

「つまり主催者は戸籍を頼りに名簿を作ったってことかしら。……でも、『小林さん』なんて人もいたわよね?」

 最初に、杏子と共に疑問に感じた名前を挙げる紗季。

「ああ、それも僕の知り合いだよ。あの人滅多に名乗らないからなぁ……。とはいえ、こうなるとたぶん、主催者は僕らの事情には疎いんじゃないかな。」

「――その可能性は高いと思います。」

 名簿の考察を遮って紗季の方向から――しかし紗季のものとは異なる声が聞こえた。

「……律。突然喋り出さないでちょうだい、ビックリするから。」

 その声は、紗季のポケットから取り出された携帯電話から聞こえてきたようだ。

「律……参加者の名前ね。連絡できてるの?」

「いえ、どうやら参加者とは別の律みたい。」

「おはようございます! 自律思考固定砲台、縮めて律と申します!」

 携帯の中で、二次元の少女が挨拶をしていた。戸惑いながらも会話を少し交わすと、滝谷とファフニールもそれが定型文ではなく一定の思考能力に基づくものであると理解できる。

「……滝谷。これは何だ。」

「……さあ、僕にも分からないなぁ。高度な技術が用いられているのは分かるけど。」

 唐突に提示されたバーチャル美少女に対し、湧き上がるヲタク心を抑え猫をかぶる滝谷。

「ところで、主催者が僕たちの情報をあまり持っていない可能性が高いという話だけど……何か分かることがあるのかい?」

「はい。僭越ながら、名簿を拝見させて頂きました。」

 液晶画面に支給された名簿をパラパラと捲る律が表示される。そして、『茅野カエデ』の名と顔写真が示されたページが、アップで提示された。

「……コイツは。」

 苛立たしげに、ファフニールは画面を睨み付けた。不意打ちからの一撃離脱を決められ、左腕を落とされた相手の顔だった。

「私の中には彼女のデータが存在しますが、この名前は本名ではありません。プライバシーもあるのでこれ以上は伏せますが、戸籍を改ざんしていた彼女のことを主催者側が把握しているのかは疑問です。」

 知り合いへの分かりやすさを重視するならば、『茅野カエデ』の名を使うことに疑問はない。ただし、その場合はファフニールの名をほとんどの者が知らない『大山猛』と表記したことと矛盾する。

493Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:04:27 ID:JgrdMADY0
「……めんどくせーな。結局、主催者のリサーチが不完全だったってことだろ? つまり敵は万能でもなんでもなく、限界はあるってことだ。それなら付け入る隙だってあるかもしれねえ。話が早いじゃんかよ。」

「そうね、この上なくシンプルだわ。」

「こうしている間にも誰かが死んでるかもしれないんだ。これからのことを決めようぜ。」

 原点回帰。結局、殺し合いの反逆のための手段が、『人数を集める』ことに落ち着くのは変わらない。

 そして改めて、これまでの動向を紗季の側から話し始める。杏子としか出会っておらず話すことは少ないものの、しかし見滝原中学校に向かう方針とその理由について話し終えた。

「もちろん、協力するわ。」

「私も、足手まといになるかもしれないけど……それでも、一緒に行きたい。」

 ヒナギクとまどかは彼女ら自身の性分も相まって二つ返事だった。特にまどかは、見滝原中学校でさやかとマミとほむらと合流が見込めるという点からも前向きだ。

「――くだらんな。」

 しかし、ファフニールにとってはそうではない。

 吐き捨てられたひと言に、杏子はムッとした顔で反論する。

「何だよ。何か文句あんのか?」

「脱出を目指すことに異論はない。だが、人を集める意義が何処にある? 徒党を組めば姫神の目にも留まる上、裏切り者が紛れ込む可能性も上がる。脱出なら、少数の信頼出来る者のみでするべきだ。」

「それは……。」

 杏子はそれに反論できなかった。姫神の隙をつく以上、姫神に察知されないことは必須であることはファフニールの言う通りだ。それに――裏切り者が集団を崩壊に導くことだって無いとは言えない。ステルスマーダーが紛れ込めばもちろんの事だが、有り合わせの集団など、仮に明確な悪意がなくとも何かがすれ違って瓦解することも有り得るだろう。……家族の繋がりでさえ、そうなのだから。

「……それでも、あたしはやるよ。酔狂かもしれないけどさ、ハッピーエンドっていうのを諦めたくないんだ。」

 それが理想主義者だというのなら、それでもいい。さやかの、眩しいくらいに真っ直ぐな性分が思い出させてくれた、大切なもの。いつか憧れた父のように、誰かのために行動することは、愚直だと言われようとも、綺麗だ。

「……好きにするといい。」

 最初から、ファフニールは杏子の脱出手段をアテにはしていない。首輪のせいか制限されているドラゴンの力さて取り戻すことが出来たなら、殺し合いからの脱出など容易いとすら考えている。

「ごめんね、僕はファフ君に着いていくよ。」

 滝谷にとっても、ファフニールに着いていくことは自身の安全に繋がると理解している。同時に、自分が居ないとファフニールがどう動くか分からないという懸念でもある。

「僕たちは元々放送を聞いてから方針を立てるつもりだったからね、ここに残ろうと思う。」

「そう、残念だけど……仕方ないわね。」

 ファフニールの言うことにも一理あり、否定する気は紗季にもない。何なら、これまでの言動から予想の範疇だった。

 しかし、続くヒナギクの言葉はこの中の誰にとっても予想外だった。

494Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:06:08 ID:JgrdMADY0
「だったら……ごめんね、鹿目さん。やっぱり私は別行動にしようと思うわ。」

「えっ……どうして?」

「ファフニールさんみたいに、自分たちだけで助かろうとはしたくないの。それだったら、別々に回った方が効率的でしょ?」

 ヒナギクを突き動かすのは、殺し合いを強要するなんて許せないという通念上の正義感であり――そして、千穂を目の前で失ったことの後悔でもある。

 この世界にいるのは、鋼人七瀬のような意思のない怪物もいるにはいるが、誰もが姫神によって集められた被害者だ。救える命であるかもしれないというのに、警戒心などという曖昧な根拠で失わせてしまうのは、悲しいことだ。

「……でも、危険よ。」

「大丈夫。私、元の世界で使い慣れた剣が支給されていたからある程度は戦えるわ。」

(……元の世界で使い慣れてたらそれはもう銃刀法違反なんじゃないかしら。)

 浮かんだ疑問はひとまず不問にするとしても、彼女の話によれば、その剣に鋼人七瀬の振り下ろす鉄骨を受け止めるだけの力があるのは確かなようだ。その地点で、彼女の戦力は自分の遥か上を行く。やもすれば、杏子以上かもしれない。その場合はむしろ、3人と1人に分かれたとしても、戦力の天秤はヒナギクの側に傾くだろう。

「……ヒナギクさん。また、会えるよね……?」

「ええ、もちろんよ。ひとまず次の0時を目安に見滝原中学校に向かおうと思うわ。」

 再会の約束をして、三人は見滝原中学校の方向へと向かって行った。それを見送った後、ヒナギクが向かった方向は、南。ひとまずは負け犬公園を目指し、知り合いとの合流を図る腹積もりだ。

 そしてその場には当然、滝谷とファフニールのみが残された。

 憑き物が取れたように、大きくため息を漏らす滝谷。その様子が気になって、ファフニールは尋ねた。

「……滝谷。お前はこれで良かったのか?」

「どうして?」

「ドラゴンが群れないのは強者たるゆえの摂理だ。だが、人間は……お前は、そうではない。」

 それを受け、クスリと笑う滝谷。

「もしかして、心配してくれてるのかい?」

 ファフニールは、思いやりという言葉からは遠くかけ離れたドラゴンだった。生き方がそもそも人間のそれと違ったのだから、当然のことだ。

 だけど――そんな、人間よりも永い時を生きた者たちが、人間ににじり寄り、何かが変わりつつあるのだ。

(――でももしかすると……私たちも変わらないといけないのかも。)

 頭の中で、紗季の言葉が反芻する。紗季が語ったのは、あくまでも精神面での話でしかない。例えば、人魚とくだんの肉をそれぞれ食した九郎の話がフラッシュバックして、今でも肉を食べることができない。未知なるものへの根源的な拒絶反応。それの克服に繋げるべきという話に過ぎない。この殺し合いからの脱出にあたり岩永や九郎の手を借りるつもりなのだから、トラウマの克服が彼女の生還に繋がることに疑いはない。

 だが――滝谷にとってはそうではなかった。彼は、望めば今すぐにでも、『肉体的に』変わることが出来るのだ。

 殺し合いの世界に招かれ、現状把握がてら真っ先に開いたザックには――説明書の付属した、液体入りの注射器の箱。『試作人体触手兵器』と呼ばれるらしいその薬品は、接種することにより強大な力を得られるとともに、メンテナンスを怠ると地獄の苦痛が待ち受けているという。

 それが事実であるかどうかはどうも眉唾ものだ。強大な力というのも、存在としての規模が違うドラゴンと比べられるほどのものなのか分からない。だが、その真偽も、その効力も、さしたる問題では無いのだ。ただ、それを用いようと思った地点で。ただ、人間の手に余るだけの力を求めた地点で。それは、人間を辞めることに他ならなかった。

 滝谷はそれをそっと、封印するかのようにザックの底にしまいこんだ。今はファフ君が傍にいて、自分が何かをする必要もなく守ってくれている。コミュニティはまだ維持されている。だけど、この世界ではそれがいつ脅かされるやも分からない。そんな時は――或いは僕も、何かに変わらないといけないのだろうか。

495Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:06:47 ID:JgrdMADY0
【C-3/平野/一日目 黎明】

【桂ヒナギク@ハヤテのごとく!】
[状態]:腰の打撲 疲労(低)
[装備]:白桜@ハヤテのごとく!
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本行動方針:誰も死なせない
一.負け犬公園へ向かう
二.18時間後、見滝原中学校に向かう
三. 佐々木千穂の思い人に出会ったら、共に黙とうを捧げたい…
※名簿を暗記しました。
※参戦時期は姫神と面識を持つ前です。
※情報交換によりドラゴンや異世界の存在、鋼人七瀬、魔法少女について知りました。

【滝谷真@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜2(本人確認済み)、試作人体触手兵器@暗殺教室
[思考・状況]
基本行動方針:好きなコミュニティーを維持する
一.放送に耳を傾けて今後の方針を考える。
二.ファフ君がドラゴンとして殺し合いに乗るのを防ぐためにも、まずは自分が死なない
三.小林さんの無事も祈る
[備考]
アニメ2期第6話(原作第54話)より後からの参戦です。

【大山猛(ファフニール)@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:左腕喪失(再生中) 人間に対するイライラ(低)
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜3(本人未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:姫神を殺す。
一.放送に耳を傾けて今後の方針を考える。
二.ひとまずは滝谷を守りながら脱出の手段を探す。
[備考]
滝谷真と同時期からの参戦です。

【支給品紹介】
【試作人体触手兵器@暗殺教室】
滝谷に支給された薬品入りの注射器。接種することで殺せんせーが得たものと同じような触手を後天的に植え付けることができる。原作では、雪村あかりが使用した。
本ロワでは制限の代わりとして、以下の設定を適用する。
『原作のようにマッハ戦闘を可能にするほどの速度を出せるまで身体に適合するには、この殺し合いの実質的な制限時間である三日間では足りない程度の期間を要するため、実際に得られる力はパワーバランスを著しく破壊しない程度に絞られる。』

496Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:08:12 ID:JgrdMADY0


「……!」

 紗季とまどかと杏子の三人がその銃声を聞きつけたのは、ファフニールたちと別れ、10分ほど経った頃だった。

 紗季は、その音を知らなかった。警察官として発砲音やその危険性を察知できており、相応に危機感を覚えていたが、認識はそこで止まっていた。

 まどかも、その音を知らなかった。その音の意味を理解できないほど楽観的ではないが、しかしその主を識別できるほど"彼女"との仲を深めていなかった。

(この音……)

 一方、杏子は――その音を知っていた。むしろ、現物の銃器の音を知らないからこそ、それにしか結び付けられなかった。

(……ティロ・フィナーレじゃねえかよっ!)

 かつて魔法少女の先輩、巴マミとタッグを組み、魔女と戦っていた時に幾度となく背中を預けてきた、"正義"の音。何の因果が巡ったかは知らないが、彼女の正義は今――殺し合いの渦に呑まれている。敵が鋼人七瀬のような怪物であればいいのだが、名簿に載った人間の割合を考えても、その確率は低い。

「悪ぃ、あたしは先に行く。」

「……杏子ちゃん?」

「ちょっと、落ち着きなさい。銃撃戦が起こってるのよ。」

「……それでも、だ。」

「あっ……待ちなさいったら!」

 二人の制止も聞かぬまま、杏子は大地を蹴って加速し、森の中へと消えていく。

(一体どうしたの、杏子ちゃん……)

 俯いたまま戦場へ向かって行った彼女は、ついさっきまでの彼女とは打って変わって、思い詰めたような様子だった。何があったのかは、マミと杏子の関係を知らないまどかには推理できるまで至らない。だが、苦しそうに戦場へ走る杏子の姿からは、死ぬ間際のさやかの姿が思い返された。そのまま、永遠の別れになってしまうような気がしてならなかった。

「私も……行きます!」

「ええ……佐倉さんを追う必要はあると思うわ。でも……」

 そして紗季にとっても――嫌な予感が頭をめぐって離れなかった。都市伝説などに警察は動かないからと独自調査のために単独行動をとって、そのまま鋼人七瀬の手によって帰らぬ人となった、寺田刑事。今の杏子だけではなく、危険な地帯にあえて飛び込もうとしているまどかも例外なしに、彼と重ねてしまうのだ。

「……私の傍は、離れないで。」

 痛ましいほどに必死なその言葉に、まどかは頷くことしかできなかった。そして同時に――この世界に渦巻く絶望の種に、得体の知れない恐怖が襲ってきた。

【C-4/平野/一日目 早朝】

【鹿目まどか@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:健康
[装備]:綾崎ハーマイオニーの鈴リボン
[道具]:基本支給品 不明支給品1〜2(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを終わらせる
一.杏子たちと見滝原中学校に向かう
二.キュウべえが居るなら、魔法少女になってでも
※情報交換によりドラゴンの存在と向こうの世界(異世界)と鋼人七瀬について知りました。

【弓原紗季@虚構推理】
[状態]:疲労(小)
[装備]:モバイル律
[道具]:不明支給品1〜2、ジュース@現地調達(スメルグレイビー@ペルソナ5)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いの破綻
1:杏子を放っておけないため見滝原中学へ同行する
2:可能であれば九朗君、岩永さんとの合流
3:美樹さやかに警戒(巴マミの存在も僅かに警戒)
4:魔法少女にモバイル律……別の世界か……

※鋼人七瀬を倒す作戦、実行直後の参戦です
※十中八九、六花が関わってると推測してます
※杏子から断片的ですが魔法少女に関する情報を得ました
※モバイル律からE組生徒の情報及び別の世界があるという可能性を得ました。
※杏子とのコープが4になりました。以下のスキルを身に付けました。
「警察の追い打ち」杏子の攻撃で相手をダウンできなかった場合、追撃する。
「現実トーク」相手との会話交渉が決裂した時に、人間であれば、交渉をやり直せる。


【C-4/D-4境界付近/一日目 早朝】

【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:姫神に対するストレス、魔法少女の状態
[装備]:なし
[道具]:不明支給品1〜3 ジュース@現地調達(中身はマッスルドリンコ@ペルソナ5)
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず姫神を殴らないと気が済まない
1:紗季と見滝原中学へ向かう
2:鋼人七瀬に要警戒
3:さやかに会ったら…

※魔女化したさやかと交戦中の時の参戦です
※最初の場のやり取りを大雑把にしか把握していませんが、
 大まかな話は紗季から聞いています
※紗季から怪異、妖怪と九朗、岩永の情報を断片的に得ました
※モバイル律からE組生徒の情報及び別の世界があるという可能性を得ました。
※さやかは魔女化した状態と思ってます
※パレスの中では、鋼人七瀬が弱体化してる可能性は仮説であるため、
 実際に彼女が本当に弱体化してるかどうかは分かりません

497Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:10:02 ID:JgrdMADY0



 ある地点の森の中で繰り広げられている銃撃戦は、しばらくの間、停滞を見せていた。木々という遮蔽物が、弾の命中精度を大きく下げている状況。弾薬に限りがある中、無駄撃ちを避けながらの様子見が長く続いている。

 銃撃戦を担う片側、鎌月鈴乃は暗殺を生業とする戦闘スタイル。弾幕をくぐり抜け、武身鉄光による一撃を当てること、それが最も手っ取り早く相手を制圧させる手段だ。十字架を模したロザリオを大槌に変化させられることはすでにバレている。不意打ちは通用しない。

 もう一方の巴マミ。魔法で形成し、魔力の続く限り放てる弾薬も、鈴乃の魔避けのロザリオの効力で回避され続け、得意とする手数で押し切る戦術が機能していない。

 両者の最も得意とする戦術がともに有効に働かない現状。見せていない手札は両者ともにゼロではない。聖法気を用いた小技の連撃と、一撃で敵を仕留める大技ティロ・フィナーレ。ともにこれまでの戦闘スタイルを一新する緩急差を利用した不意打ちでありながら――そのどちらもが、これまで戦ってきた相手の得意な土俵であると理解している。リスクは、少なからず伴う。

(それでも……)

(だからといって……)

 ただでさえ、誤解やすれ違いから始まった決闘。戦う理由は同じ方向を向いていようとも。

(――カンナ殿を助けるために……)

(――渚くんを守るために……)

 どちらの信念も、リスクを甘受してでも止まれない理由に足り得るのだ。

「「負けるわけにはいかないっ!」」

 遮蔽物となっていた木から飛び出し、聖法気を練り上げる鈴乃。それに対し、マミは変質させたリボンを木に横巻きに結び付ける。

「武身鉄光……」

 鈴乃の手には、魔法を弾く性質を付与された大槌。しかしその狙い澄ます先はマミではなく、その前方の空間。

「――武光烈波っ!」

 破壊力に特化したそれを振るうと、それに伴う衝撃波がマミへと吹きすさぶ。襲いかかる風塵がマミの視界を覆い、鈴乃の姿はその瞬間に隠される。即座、サイドステップ。視界から消えている間に素早い動きで撹乱せんと、利き腕と逆なマミの左側に跳んだ。

「――前が見えないのなら……」

 次の瞬間、木に巻き付けてあったリボンがまるで触手のようにうねり、大地に根付いたはずのそれを引き抜いた。

「薙ぎ払ってしまえばいい!」

「なっ……ぐあああっ!!!」

 巻き付けた木ごと、前方に振り払う。予想だにしていない反撃に、持ち前の素早さまで加算され激突する鈴乃。その衝撃に、一直線に吹き飛んでいく。その先には、一本の大樹。阻むものなく激突し、全身から血を吹き出しなが崩れ落ちる鈴乃。

(今が……この上ないチャンスっ!)

 マミの追撃の中身に思考を費やす余裕は、今の鈴乃にはない。マスケット銃の追撃でも充分に脅威だ。

(くっ……急いでこの木の裏に……!)

 だからこそ、それが咄嗟の判断から導き出された行動であり――

(もちろん、そう動くわよね。なら……)

498Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:12:19 ID:JgrdMADY0
「……そいつごと、吹き飛ばすっ!」

――それはマミの計算の、範囲内。

 鈴乃が立ち上がったその時に、砂煙の奥に見たのは――身の丈に合わぬ巨大な大砲を、鈴乃に向けて構えた姿。

「しまっ……!」

「――ティロ・フィナーレ!」

 しかし、照準を鈴乃と、その背後にある巨木に定めたその時。

「えっ……?」

 マミの視界に、映ってはならないものが映った。

 撃ち抜こうとしているその巨木の裏から。唐突に吹き飛ばされてきた鈴乃から、逃げるように。

――走り去ろうとする、塩田渚の姿だった。

(――あっ……)

……駄目だ。

 トリガーを引く指は反射でも停止できる段階にない。必殺技の、発射自体は止められない。

 だから、撃ち殺しちゃう――――――誰を?

 決まってる。鎌月鈴乃、渚くんを傷付けかねない私の敵。

 それだけ?

 近くには、南で待っておくように言っていたはずの渚くんが何故か隠れていた。

 それは、つまり?

……あっ。



 守るはずの、渚くんごと――殺しちゃう。



「いっ……いやあああああっ!」

 直後、マミの背中から生えたリボンが大砲の先に絡み付く。発射そのものは止められるものでなくとも。絶望から一気に放出された魔力はその一瞬だけ、渚の知る殺せんせーの"触手"並の速度を展開し、発射よりも早くその銃口の向く先を強引に捻じ曲げた。

 的外れの方向に放たれたティロ・フィナーレ。それは誰ひとり撃ち抜くこともなく虚空へと消えていく。そして、強引な停止のために魔力を使ったマミは、その場にどさりと崩れ落ちる。

「まずいっ……!」

 自分の存在に気付いていないマミの大砲の照準が自分へと向いた時、渚は命の危機をこの上なく感じ取った。だからマミがギリギリで自分の存在に気付きその照準を強引に変えてくれた時――命が助かったことによる安堵が先行し、その場で呆然と立ち尽くしてしまった。

 そのせいで――目の前にマミと戦っていた鈴乃が――殺し合いに乗っているようにしか見えない少女が、自分を発見したことに気付くのが、遅れてしまった。

(――殺されるっ!)

 恐怖がまず、心の中を支配した。次に、何をすべきかが見えてきた。腰のナイフへと、手を伸ばし――

「――逃げろ。」

 次に聞こえた言葉は、渚の認識を反転させた。

「……えっ?」

 殺せんせーを殺すための教室で、一年近く殺意を磨いてきたからこそ、分かる。その一言には、凡そ殺意というものが籠っていなかった。

 そもそも、マミと鈴乃が戦っているのは、鈴乃が殺し合いに乗っているからだという前提があったはずだ。それならば、鈴乃の標的はマミに留まらず、当然に渚も含まれるはずだ。

「あの女の相手は私がするから、早く逃げるんだっ!」

(あっ……この人……)

 渚は、気付く。

(何か、誤解がある……! マミさんと戦う理由が……ない……!)

 この決闘が、何かの間違いによって導かれていたということに。

 そして、それと同時のことだった。




「――やあ、調子はどうだい?」




……殺し合いが始まって6時間が経過し、第一回放送が開始した。

 或いは、殺し合いにまで発展したが、誰も死なずに解かれ得る誤解の連鎖かもしれない。しかしこの場で巻き起こっているのは、少なくとも今はまだ完全には終わっていない決闘である。

 まだ、未来は確定していない。しかしただひとつ言えるのは――この放送が、彼女たちの局面を充分に変え得るものであるということだけだ。

499Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:12:45 ID:JgrdMADY0
【C-4/D-4境界付近/一日目 早朝 放送開始時刻】

【鎌月鈴乃@はたらく魔王さま!】
[状態]:ダメージ(中)
[装備]:ミニミ軽機関銃@魔法少女まどか☆マギカ、魔避けのロザリオ@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜1(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:皆が幸せになれる道を探す
一.マミを無力化する。
二.カンナ殿、千穂殿、すまない……。

※海の家に行った以降からの参戦です。
※小林カンナと互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。

【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:ダメージ(中)、魔力消費(大)渚の保護を重視
[装備]:魔法のマスケット銃
[道具]:基本支給品、ロッキー@魔法少女まどか☆マギカ(半分)、不明支給品(0〜2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。殺し合いに乗る者を殺してでも、皆を守る。
一:鎌月鈴乃が……渚くんの近くにっ!
二:渚、まどか、さやかを保護する。杏子、ほむらとは一度話をする。
三:渚くんと会話をしていると安心する...彼と一緒に行動する。

※参戦時期は魔女・シャルロッテに食われる直前です。
※潮田渚と互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。

【潮田渚@暗殺教室】
[状態]:健康
[装備]:鷹岡のナイフ@暗殺教室
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜2)
[思考・状況]
基本行動方針:暗殺の経験を積む...?
一:鈴乃さんは殺し合いに乗っていない……?
二:何ができるか、何をすべきか、考える。
三:暗殺をするかどうかはまだ悩み中。
四:とりあえず巴さんの通っている見滝原中学校へ向かう。

※参戦時期は死神に敗北以降〜茅野の正体を知る前までです。
※巴マミと互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。

500 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:20:58 ID:JgrdMADY0
投下完了しました。

元々はティロ・フィナーレが紗季さんを撃ち抜くつもりでしたが『さすがに放送で名前呼ばれたら東に向かわせるつもりのないヒナギクやファフニールが動くだろう』と没にした結果、マミと鈴乃の対決別話で書けばよくない?みたいな話になってしまいました。

第一回放送は、数日以内には投下しようと思っています。

501 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/18(土) 22:48:24 ID:v64Pj4eA0
第一回放送を投下します。

502第一回放送 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/18(土) 22:49:46 ID:v64Pj4eA0
 時刻は5時58分。死亡者の発表と、禁止エリアの通達が行われるという放送の開始時刻まで、すでに2分を切っていた。

「……まるでエンタメとでも言いたげじゃねえか。」

 殺し合いの会場、〇〇〇〇〇〇〇〇パレスの一角。真奥貞夫は、震える拳を握り込む。見据えるは、己を慕っていた少女の仇。

「上等だ。お前の一言一句を、俺の魂に刻み込んでやる。」

 彼を突き動かすのは――身を焦がすほどの怒りであり。凍てつくばかりの悲しみであり。平然と他者を傷付けられる邪悪への嫌悪でもあった。その身が何ら潔白でなくとも――否、悪の代償をその背に負った王であればこそ――悪より悪しき邪悪に、断罪を。

 但し――彼の悪を唯一裁くことのできるはずであった勇者はもう、どこにもいない。



「……姫神。お前は一体どうして……」

 殺し合いという非日常に巻き込まれながらも――幼き頃より殺し屋に命を狙われ続けた三千院ナギにとって、死の恐怖は日常と隣り合わせにあった。この催しとて、未だ日常の延長線上を著しく逸脱してはいない。

「……なあ。この放送とやらで、何かを教えてくれるのか?」

 彼女を突き動かすのは――ただただ純粋な疑問であった。何故あの人は、自分たちを殺し合いなどというものに巻き込んだのか。その答えは――かつてあの人が自分の元を去ったその理由にも繋がっているという確信があった。

 但し――彼女にとって死の恐怖が茶飯事であったとしても、親友の死そのものはそうではない。



「……間もなくね。」

 暁美ほむらにとって、主催者の目的を探ることは最優先事項であった。そして主催者からの直接のコンタクトを得られる定時放送は、彼らの情報を得られる数少ない機会である。

「何の狙いかは分からないけど……利用させてもらうわ。」

 彼女を突き動かすのは――いつかの日の約束。もう歴史の彼方へと葬られたその世界線に、今も彼女は囚われている。インキュベーターの魔の手からまどかを守るため――利用できるものは、例え悪魔であっても利用してみせる。

 但し――――――

503第一回放送 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/18(土) 22:50:55 ID:v64Pj4eA0




 時計の針が、6時を示した。

 各地に散らばる参加者たちは、その思惑こそ様々なれど、その殆どがごくりと生唾を飲み来たる放送に備える。

 だが、屋内に位置する参加者はともかく、屋外に放送機器らしきものは存在していない。如何に放送を伝達するのか――抱き続けてきたその疑問は、間もなく解消された。


「――やあ、調子はどうだい?」


 その軽口は何かの装置を介してではなく、脳内に直接送信された。その手段こそ一部の者たちにとっては驚くべきものであるが、それ以上に着目すべき点が他にある。

「ほとんどの人にとってははじめましてになるね。」

 その声は――姫神のものではなかった。抑揚のない、単調な語り口。知り合いを含む面々を集めての殺し合いという残酷な催しに対し、憐れみも愉悦も、何の感情をも感じさせない声色が、この世界の不気味さにいっそうの拍車をかけていた。

「――ボクはキュゥべえ。厳密にはシャドウだけど、ひとまずはそう呼んでくれるといい。」

 会場内にいる何人かは、その名前に顔をしかめて反応を見せた。

「すでに誰かを殺した人も殺されかけた人もいるだろうね。もちろん、殺された人はこの放送を聞いていないわけだけどね。」

「さて、前置きはこれくらいでいいかな? じゃあまずは禁止エリアの発表だ。うっかり聞き逃したりして禁止エリアに入ると首輪が爆発するから気をつけてくれ。」

「……まあ、ボクたちも鬼じゃない。境界線をつい越えてしまうことくらいはあるだろう。その時は今みたいにテレパシーで警告して、30秒はそこから出る猶予をあげよう。」

「それじゃあ改めて、禁止エリアは以下の通りだ。」

「今から二時間後、8:00にF-4。」

「四時間後、10:00にC-3。」

「そして六時間後、12:00にA-2。」

「続いて、脱落者の名前を読み上げるよ。興味がなければ人数だけ覚えてくれればいい。」

『影山 律』

『茅野カエデ』

『烏間惟臣』

『小林トール』

『鷺ノ宮伊澄』

『美樹さやか』

『遊佐恵美』

「以上、七名だ。」

「うーん、お世辞にもよく進んでいるとは言えないね。君たちの中にもまだ殺し合おうとしない人がいるようだ。」

「でも、きっと時間の問題だね。君たちの抱く恐れや不安、そして絶望――いわゆる負の感情は次第に増幅しているはずだ。」

「全部分かっているよ。だってこの会場は――ボクの認知で構成されているからね。」

「それじゃあがんばって。生き残れたら、六時間後にまた会おう。」

 テレパシーによる放送が途切れる。姫神に闘志を燃やしていた者、姫神の接触を待っていた者、そして――姫神に協力することが、キュゥべえの企みの阻止に繋がると考えていた者。その情報は、盤面に大なり小なり干渉し、それぞれに様々な想いを残しつつも――殺し合いは再び開始する。





「……まったく、わけがわからないよ。」

 無表情のままに、放送を終えたシャドウキュゥべえは呟く。視線の先には、長い鼻をした一人の老爺。

「どうして認知に一切歪みの無いボクに、認知の歪みに由来するパレスが存在するんだい?」

 そこはパレスの内部ではなく、夢と物質、精神と現実の、狭間の場所――ベルベットルーム。既に用済みとなったがために処刑を執行された双子の死骸を目下に据えながら、老爺は笑う。

「人は、認知のフィルターを通して世界を見る。そこには平常、少なからず歪みが生じるものだ。その歪みが強ければ、大衆心理<メメントス>から独立しパレスを生む。だが……」

 姫神にイセカイナビを与えた老爺、イゴール。ベルベットルームの住人にして――大衆の願いを統制する聖杯の化身。

「……聖杯の名の下に人々の歪みの存在それ自体を是とするならば――歪みの無きこそ真なる歪みと言えよう。」

 殺し合え、狭間に生きる者たちよ。その舞台の名は――

「――『インキュベーターパレス』。司るは、空白。」

504第一回放送 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/18(土) 22:52:00 ID:v64Pj4eA0

【カロリーヌ@ペルソナ5ㅤ死亡】

【ジュスティーヌ@ペルソナ5ㅤ死亡】


【???/ベルベットルーム/一日目ㅤ朝】

【キュゥべえ(シャドウ)@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:健康
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを運営する。
一:???

【イゴール@ペルソナ5】
[状態]:健康
[思考・状況]
基本行動方針:人々の願いを統制する。
一:???

505 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/18(土) 22:53:48 ID:v64Pj4eA0
投下終了しました。

皆さまのおかげで第一回放送を突破することができました。この場を借りて、御礼申し上げます。
そして、これからも狭間ロワをよろしくお願いします。

予約は明日の正午から解禁しようと思います。

506名無しさん:2021/09/21(火) 16:08:13 ID:aEK57LaU0
第一回放送突破、おめでとうございます!
インキュベーターは放送役にピッタリですね。
インキュベーターのパレスという発想はおもしろく、司るものが『空白』というのも納得できてしまいます。
P5主人公の参戦時期、殺されたジュスカロ、そしてイセカイナビを与えたイゴール…その意図が明かされるのが楽しみですね。

507 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/23(木) 17:32:24 ID:avrtFjpc0
エルマ、刈り取るもので予約します。

508 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:04:58 ID:.RMltRaY0
投下します。

509生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:06:12 ID:.RMltRaY0
――無味。

 喰らい尽くしたドラゴンからは、何の味も感じなかった。肉も尾も鱗も、その全てがまるで水のように後味が無い、透明な。

 食べることへの喜び、おいしいものへの執着――数あるドラゴンの中でも、私だけが特に見せていた特質。それが、消えた。消えてしまった。

 私じゃなかったものが取り除かれて、本来の私の輪郭が浮かび上がる。残ったのは、聖海の巫女としての、調和勢のドラゴンである私。かくあるべしと、固められた私。

――私が消えてなくなってしまう。

 残ったものこそが私であるはずなのに――不意に、そんな感覚が胸の中に襲って来た。

 また一つ、私が固まっただけなのに。

 また一つ、輪郭がはっきりしただけなのに。

 また一つ、あるべき姿へと変容の歩みを進めただけなのに。

 まるで、大切な何かを失ってしまったかのような、そんな錯覚。

 まるで、否定されて然るべきだと信じてきた価値観が、真逆へと転換してしまうような、そんな感覚。

「……まあ、どちらでもいいか。」

 ああ、今は本当にどちらでもいい。

 私が、いち調和勢の龍であったとしても。

 私が、本能のままに生きる、捉えどころのない水のような存在であったとしても。

――調和を乱す存在でありトールの仇でもある、眼前の死神を見逃す道理なんて、どこにも有りはしないのだから。

510生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:06:54 ID:.RMltRaY0
 死神の虚ろな眼と、視線がぴったりと合った。片時も外さぬその様相、向こうもこちらを天敵と認識したのは明らか。

「……さて。」

 誰に語りかけるでもなく、口を開いた。本来その言葉の向かうべき相手がもうこの世に居ないことは分かっている。

 だけど、吐かずにはいられなかった。

「最後の――勝負といこうか、トール。」

――トールとは、勝負するのが好きだった。

 混沌勢と調和勢、馴れ合うには互いの背負うものの違いから生まれる溝が、あまりにも大きすぎた。あいつとの関係の根底にあるのは、対立。けれど、あいつが人間たちの宮殿を破壊したあの時までは、決して殺し合うことを是とする仲では無かった。

 その結果として生まれたのが勝負という儀だ。戦闘でなくとも、闘争ではある関係性のいち形態。混沌と調和の狭間にあるような、その程度の仲が私たちには丁度よく、そして心地よかった。

 しかしその決着は、一度も付かなかった。互いが負けを認める性分では無かったから。保留している限り、"次"が約束されていたから。

 しかし、今やもう、その"次"は約束されていない。

「お前が倒せなかったコイツを私が倒したら……私の勝ちだ。文句はあるまい?」

 多くの者と連戦を重ね、少なからず深い傷を負っているはずの刈り取るもの。しかし、未だ満身創痍にはほど遠い。特に、スキル『超吸血』によりさやかの死骸から力を吸収したことがその要因として大きかった。魔法少女としてのさやかの力は、想い人の腕の大怪我を治すための『癒し』に由来する。力の属性は、すなわち回復。その力を吸収した死神は――エルマが切断していた腕ごと、既に再生を果たしていた。それならば、純粋な戦力としてはトールと戦った片腕の死神よりも――

(……だから、どうした!)

 正しさに裏打ちされた理屈なんていらない。逃げる選択肢を取るつもりがないのなら。

「ぶつかって……ありったけをぶつける、それだけだぁぁっ!!」

 一歩近付くと、眼前に核熱がほとばしる。逃げるつもりがないとの予測の上で、こちらの前進を待っていたのだろう。力量に明確に差があるならば、先手を打って即座にねじ伏せればいい。逆ならば、先手を打たれる前に逃げるより他にない。その上で、こちらの攻撃を"待って"いるのなら、その意味はひとつ。

「受け止めるつもりか、ドラゴンの一撃を。」

 武器を持っていないからか。それとも頭数が減ったからか。この程度の攻撃で止められるつもりとは、随分と甘く見られたものだ。

 意にも介さず走り抜ける。振り抜くは、拳。ドラゴンの身体能力に、本来人間の身の丈に合った武器など、必要無し。

――空間殺法

 応戦に用いられたスキルは瞬速の妙技なれど、トールがその軌道を見切り、受け流したもの。超えねばならぬ壁に、他ならない。

「負けないよ。」

 見舞った体技と相殺し、両者は再び見合う。先のトールのように、完全なカウンターを叩き込むには至らない。

 喪失も、怒りも。精神論など――決定的なスペックの差を埋めるには、足りない。普段の戦いの実力はほぼ同じであっても、普段と異なる徒手空拳の戦闘スタイルにおいてはトールのそれに一歩及ばない。

511生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:07:21 ID:.RMltRaY0
(まだだ。)

『――馬鹿だな。崖から足を滑らせた人間など、放っておけばよいものを。今回は、我の勝ちだな。』

――追想するは、いつかの、トールとの勝負。

(まだ、足りない。)

 鳴動する剛炎が、再び懐に潜り込もうと迫るエルマの行く手を塞いだ。

『――旅人のコートを脱がせれば勝ち? 馬鹿馬鹿しい。そんなもの吹き飛ばしてしまえばいいではないか。』

――単なる競走であるときもあれば、変わったルールを設けたこともあった。

(あいつのように。)

――あいつは、いつもドラゴンとしての威風に満ちていた。だから――

 翻した右手より顕現するは、トールより喰らった魔力を用いて発した激流の魔力。炎を打ち消し、進む道を開く。その先には当然、刈り取るものの姿。

(――奴に終焉をもたらせるだけの、闘志を!)

 再び、ぶん殴る。腕に襲い来る、今度こそ明確な手応え。剛腕が刈り取るものの胴体を打ち付け、その巨体を大きく後退させる。

 全身の体躯がぐらりと揺れる味わったことの無い感覚に、かの刈り取るものとて動揺を覚えずにはいられない。

「まだだっ!」

 その一撃に終わらず。跳躍し、徒手空拳から繰り出される連撃。

 一撃目は、胴体を大きく揺らした。

 二撃目に、反撃に突き付けられた二つの銃口を払い除け、大地に叩き落とす。

 三撃目に、真っ直ぐに打ち付けられた正拳が刈り取るものを吹き飛ばす。

「……しぶといな。」

 その上で――常人ならば両の指で数えられぬ回数肉片に変わるドラゴンの連撃を受けてなお、刈り取るものはそこに在り続ける。落としたはずの拳銃も、両の腕に収まっている。存在自体が認知で構成されている刈り取るものというシャドウは、武器である拳銃も含めた認知存在。腕の再生とともに、必然的にそこに"在る"同体。

――至高の魔弾

 無造作にばら撒かれた弾幕。その一つ一つが、命を文字通り刈り取らんとばかりに、どす黒く煌めいて――されど、足りない。怒れる龍を鎮めるには、到底。

512生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:07:48 ID:.RMltRaY0
「うおおおおッ!!」

 両腕を掲げるとともに、エルマの激情を具現化したかの如き竜巻が、亜音速の弾丸の全てを吹き荒らして消し飛ばす。

 同時に、嵐に身を隠し疾走する影。それに刈り取るものが気付けど、もはや手遅れ。両手を頭上で組み、上方から頭部を叩き付ける。刈り取るものを通して大地にまで亀裂が走るほどの衝撃。弱点としての脳など存在しないが、しかし衝撃で大きく体勢を崩した刈り取るものを加えて蹴り付ける。ダメージを許容しつつ何とか起き上がった刈り取るものは、『スキル』を詠唱する。次は炎か氷か、或いは雷か。どの有形力にも対抗できるよう、一歩引き下がって獄炎のブレスを準備し――

「……ッ!」

――サイダイン

「ぐっ、ああああっ!!!」

 しかし反撃に繰り出されたのは、有形の属性ではなく、脳に向け直接送り込まれた害悪。不可視の脳波に抗う術もなく、頭を内側から掻き回されているかのような振動に膝を着く。

 元より戦闘不能に至るだけのダメージを、食によって無理やりつなぎ止めていただけの肉体。そもそもにして限界は近かったのだ。視界が揺らぐ。栓が外れたように全身から力が抜けていく。幻か――刈り取るものに重なってトールの姿まで見え始めた。

(……遠いな。)

『――トールが行方不明だそうじゃ。』

 死神――冥界の王ハデスの系譜であるそれは文字通り神性を帯びた存在であり、ドラゴンよりも種族としての格においてひとつ上に位置する。

『――神々の軍勢にたった一人で戦いを挑んだらしい。』

(お前も、こんな景色を観ていたのか……?)

 世界の調律者たる神を打倒するのが容易であるならば、調和勢と混沌勢など生まれ得なかった。ドラゴンという絶対的存在として管理を受けることを嫌悪しながらも、しかしそれでも既存の秩序に組み込まれることを良しとする調和勢が生まれたのは――偏に神族の格を絶対視しているからに、他ならない。神の打倒が成せぬという共通の理念の下に、調和勢は存続している。刈り取るものへと食らいつくことは、間違いなくドラゴンの戦争の歴史に裏打ちされた無謀であった。

『――おそらくは、生きてはおらんじゃろう。馬鹿なことを……。』

(ああ、知ってるよ。だって、この死神に挑まずにはいられない私も――)

 あの時は、神々の軍勢へ報復に単身向かおうなどとは考えなかった。結果的にトールが生き延びていたとはいえ、当時はトールの死を確信していながらも、ただただトールの身を案じることしかしなかった。だが、今は違う。刈り取るものにその身をもって報いを与えんと挑戦している。

 あの時と今の差異は、何か。そんなもの、分かりきっている。

 あの世界でトールと新たに築いた絆が、刈り取るものを逃がすことを許容しないんだ。それくらいに――

513生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:08:12 ID:.RMltRaY0
(――どうしようもない、大馬鹿なのだから!)

 おぼつかない足をその地に立たせているのは、単に気合いでしかない。そんな満身創痍の状態のエルマに追撃で与えられる銃撃。二度、三度……人間を遥かに超越するドラゴンの皮膚の硬度を持ってしても、ギリギリでつなぎ止められた生命の糸を揺らすには十分過ぎるだけの痛みがエルマを襲う。

 銃撃の数が二桁に達したその時、耐え難い衝撃についに膝をつく。銃撃に撃ち抜かれた脚は、もはや身体を支えるのに役に立たない。ならばと下半身を水竜のそれへと変貌させ、浮遊。

 全身のドラゴン化はパレスに制定された制限により不可能。しかしドラゴンの力を解放した半身は、人間形態を超えた速度で接近を可能とする。ただし――

「……あっ。」

――力の代償。超速接近を臨んだ以上、途中では止まれない。

(まずいまずいまずいっ!)

 不審に思うべきだったのだ。刈り取るものが何ら『スキル』を付与せぬ銃撃を繰り返していたことに。銃口のその向こう、硝煙に隠れた先。死神には、何かを準備する猶予があった。

――メギドラオン

 真に強者と認めたものにのみ放たれる、刈り取るものの切り札。トールを葬った、混沌よりも深い終焉。刈り取るものにとって、すでにエルマは真っ先に排除すべき天敵であった。

「……く、そぉ……っ!」

 あの銃撃は確実な死をもたらす爆心地への誘導だったのだ。死神のもたらす死、その真骨頂。

――ふと、自嘲が漏れる。

 殺意に身を任せ、攻撃のみに一点集中した結果が、これだ。ああ、トール。私は……どうやらお前のようにはなれないらしい。輪郭が見えず、自分だけの色を持ちながらそれでも何色にも染まろうとする、透明な――水みたいな。そんな、ただそこに在り続けるだけの生き方が。

――私は、羨ましかったんだ。

514生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:08:40 ID:.RMltRaY0
『――さすがはテルネ様の一族だ!』

 私には、立場があるから。自分というものが、すでに周りによって固められているから。

『――聖海の巫女様! どうか私たちに恵みを……』

 そんな私が――お前のように生きられるはずがなかったんだ。お前のようにひとりぼっちで神に挑んだとて、お前のように……或いはお前よりも無様に、その身を散らす結果にしかなり得ない。そんなの、最初から決まっていたじゃあないか。

『――お前……一生そうしてるつもりか?』

「っ……!」

 だから、やめろ。やめてくれ。私は水にはなれないと、知っているから。

――私を変えようと、しないでくれ。

「私は……。」

――立場が定められた私は、変わっちゃいけないんだ。だから……

「私、は……!」

 刈り取るものの眼が妖しく煌めく。崩壊が、発動する。

――だから私は、何も選べない。





――だけど。

 たった一つ、夢を語るなら。

 たった一つ、希望を謳うなら。

 たった一つ、本当の気持ちを吐露するならば。

515生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:09:06 ID:.RMltRaY0
「ただ……お前と……一緒にいたかったんだああああっ!!」

 たった一つ、叫びと共に――空間が空白に包まれていく。

 これは、無謀に等しい神への挑戦。確定された終末の訪れ。

 なればこそ、戦いによる戦いの終結を願ったドラゴンが、神剣によって撃墜された、かつてのラグナロクと同じ結末も――

――"独り"で戦う私には、必然的な到来か。








――但し。








――本当に、それが"独り"であるならばの話。

「……そうか。」

 死神が、その名の通り相手の命を確実に刈り取ることを確信して放った必殺の絶技。その残滓の中――エルマの命の灯火は、消えずそこに存在していた。虚ろな眼が、驚愕に見開かれたのも束の間。すでに残像を残して消えていたエルマの動きに、反応が追いつかない。

「お前が救ってくれたんだな、トール。」

516生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:10:48 ID:.RMltRaY0
――時に、食べるという行為は儀式的・呪術的な意味合いを内包する。

 肝臓が丈夫な生き物の肝を食せば、肝臓が良くなる。目の良い生き物の目を食せば、目が良くなる。或いは――不死の象徴たる人魚の肉を食せば、予言の力を持つ妖怪くだんの肉を食せば、それに応じた力を得られる。これらは一例であるが――他者の一部を取り入れるという行為は、その相手の能力や資質を取り入れるという発想とかなり近いところにあるのだ。

 エルマは――混沌の龍トールの肉を骨ひとつ残さず喰らい尽くした。

 本来であれば食すという行為で得られる力は、体内に存在した魔力や栄養素を取り込む程度の効力しか発揮し得ないだろう。しかし――ここは桜川六花についての知識を有するインキュベーターの認知で構成された世界。そこで成された『食』の行為には――少なからず、力の継承という意味が生まれる。

 異世界と空間を接続し、そこへ物質を転送するトールの魔法。出自の違いから、エルマには到底扱い得ぬ類のものであったが――食によってトールの力を受け継いだことで、その魔法は発動した。エルマを消し飛ばすはずであったメギドラオンは、その力の根源ごとどこか異世界へと転送され、パレス内から消滅した。

 その因果を経て――今、エルマはここに立っている。そしてメギドラオンという絶技の反動で動きが鈍ったその瞬間を、エルマは逃がさない。冷徹なる調和の意志を宿した拳が、刈り取るものの顔面を打ち付ける。みしり、と音をかき鳴らしながら沈んでいく拳。

「さあ……終わりだ。」

 その瞬間、冷たさに満ちていた拳が、熱く熱く、燃え上がった。そこに宿るは、調和とはほど遠い、混沌の意志。勢いを増した拳は容易に刈り取るものの顔面を砕き、貫いていく。

 その瞬間を以て――死神の名を冠した大型シャドウ、刈り取るものの巨躯は塵芥へとその身を散らし、虚無の中へと沈んでいった。

 その散りざまは、あれだけの存在感を示していた割に、いやに呆気なくて。虚構に生まれた存在というものの儚さを、提示しているようで。

 何にせよ、これで終わったのだと、確かな実感を込めて静かに呟いた。

「……勝ったよ、トール。」

517生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:11:38 ID:.RMltRaY0
 そして、それと同時に――その場で仰向けに倒れ込んだ。

「勝負は、引き分けだな。お前がいなければ勝てなかった。だけど……この、勝利だけは。味覚の壊れた私にも、勝利の美酒の味わいを与えてくれるものなんだな。」

 見上げた先には、眩しいばかりの太陽と――それが照らし出す青空が、広がっていた。

「……なあ、トール。」

 そしてその先に――いつもと変わらない、トールの姿を見た。

「お前を元の世界に連れて帰る……だっけか? もうそんな建前は言わないよ。」

 ぼんやりと霞みゆく視界の中でも、トールの姿だけは変わらずそこに在り続ける。いつか仲直りした時と同じように、何処か照れ臭そうにこちらを見ている。

「……今度こそ二人で、一緒に旅をしよう。人間の世界を見定めるなどという目的もない、ただ私たちが楽しむためだけの、自由な旅だ。」

 死神の多彩なスキルを、少なからずその身に受け続けたこと。それに加え、メギドラオンの衝撃も完全に異空間に消し飛ばすことは出来なかったこと。すでに身体は、限界を迎えていた。

「人間の姿のままでの食べ歩きもいいな。お前が隣(そこ)にいてくれるなら、きっとどんなものでも、美味しいだろう。」

 そもそもの話――この二度目の戦いに出向けたのも、トールの死骸から得られた体力と魔力を糧としたものに過ぎない。戦う前から、とうに限界など超えていた。

「それに……そっちだったら、小林さんも連れてこいとは言うまい?」

 だから――この時は、必然的な到来であったのだ。

「……ああ。」

 どこか満足気な表情のまま、エルマはそっと目を閉じた。

「――本当に……楽しみだ。」

 その様相たるや、漂う水のように。静かに、そして、安らかに。


【刈り取るもの@ペルソナ5ㅤ死亡】
【上井エルマ@小林さんちのメイドラゴンㅤ死亡】

【残りㅤ36人】

518 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:12:15 ID:.RMltRaY0
投下終了しました。

519 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/25(土) 01:30:11 ID:dd/3R.PM0
全滅で状態表がなかったので時間帯が伝わらなくなってましたが、【E-6/朝】です。wiki収録時に追加します。

そして連絡を忘れていましたが、件のwiki荒らしの対策のため、wikiの編集権限を制限しています。何か追加したい事項があればこちらのスレか、もしくは私のTwitter(@私の酉、もしくは#狭間ロワ のハッシュタグでいちばん頻繁に発言している奴)にお願いします。(死者スレのネタなども是非……

520 ◆s5tC4j7VZY:2021/10/02(土) 20:47:19 ID:3CTLlQug0
遅くなりましたが、投下並びに第一放送突破おめでとうございます。

Turning Points

まどかも、その音を知らなかった。その音の意味を理解できないほど楽観的ではないが、しかしその主を識別できるほど"彼女"との仲を深めていなかった。
↑参戦時期故に気づかないのは、なるほど!と思いました。
そして、戦闘中の放送が、もたらすのは……次の話が楽しみです。

第一回放送

何人かの参加者の独白がまた味があっていいですね。
ペルソナ勢がいるだけに誰かのパレスとは思っていましたが、まさかの正体に脱帽しました!!!
さて、会場がパレスと言うことは”オタカラ”果たして奴のオタカラとは……

生生流転――ふたりぼっちのラグナロク

もう、文章を一文読むごとになんというか色々な感情が胸にこみ上げてきました。

「――本当に……楽しみだ。」

 その様相たるや、漂う水のように。静かに、そして、安らかに。
↑エルマには本当にお疲れ様の言葉をかけたいです。
死者スレではトールと2人旅しながら過ごす姿が見たいですね……

狭間ロワのさらなるご活躍をお祈り申し上げます。

521 ◆2zEnKfaCDc:2021/10/08(金) 05:32:02 ID:GoEHiShI0
ゲリラ投下します。

522このちっぽけな世界で大いなる退屈を遊ぼう ◆2zEnKfaCDc:2021/10/08(金) 05:32:44 ID:GoEHiShI0
 ぽっかりと空いた空白があった。如何なる財物を得ようとも、万能の英智を駆使しようとも、決して埋まることの無かった心の空白。しかもそれは、内側から蟲が喰い破っていくかのごとく、年月の流れと共にじわじわと広がっていく実感があった。

 ただ私はそれを、埋めたかった。ただ、それを埋められるのが何であるのか、分からなかった。

 その一方で、私には力があった。望むものを、望んだように手に入れられるだけの力が。運命とやらさえ引き寄せるだけの、王の資質が。その空白を埋めること以外は、何であろうと実現は可能だった。

 強欲に、されど貪欲に。望んだ数だけ世界は私の手の中に収束していく。まるで世界全てが最初から私であったかのように、パズルのピースが難なく型にはまっていく。私がひとつずつ、出来上がっていく。

 だけど行方不明のピースが、たったひとつ。それはまだ、形すらも見えてこない。その空白がある限り、私という存在は決して完成しない。手に届く場所にあるのか、それすらも分からない。

 だけど、私が本当に何もかもを手に入れられるのなら。私が本当に、願いを掴み取る力があるのなら――真に全てを手にした時、答えは必ずその中にあるだろうさ。

――その確信を軸に据えて、私はここに立っている。

 自分という存在を完全なものにするがために。唯一、望むだけでは得られないものを得るために。

 そして、その因果の先に――



「……適合した、か。」

 今ここにまたひとつ、初柴ヒスイという名のパズルに、ピースが当て嵌められた。彼女がそれを求めていたなればこそ、この結果は必然的な到来だった。

 その手に握っているのは、魔王の宝剣――手にする者に魔王の絶大なる魔力の一部を供給し続ける魔剣。魔力の受容体を持っていても許容量を超えやがて発狂に至るであろうその魔力を、あろうことかヒスイは、受容体すら無しに強引に取り込み続けた。そしてその結果――ヒスイの体内には確かに、魔力を受容し、はたまたコントロールをも担う器が、形成されたのである。

 無尽蔵の精神力は、人間の肉体の限界すらも超克した。生まれ持っての素質より扱い得ぬ力をも、その身に宿したのだ。

 そして、そのリミットさえ超越してしまったならば――

523このちっぽけな世界で大いなる退屈を遊ぼう ◆2zEnKfaCDc:2021/10/08(金) 05:33:11 ID:GoEHiShI0
「ふむ、悪くない。」

 軽く振り回した宝剣に、供給され受容した魔力を、試しとばかりに宿した。

 ひと凪ぎ。

 剣の軌道に沿って、朱い焔が煌めいた。

 ふた凪ぎ。

 残火に揺らめく空気が凝結し、急速にその温度を無くして凍り付く。

 3、4、5……素振りのひとつひとつに、あらゆる属性のエンチャントが成されていく。それはエンテ・イスラに点在する多くの魔法剣士たちが、幾年もの修練の果てに漸く掴み取れるであろう絶技の数々。魔力――もとい、聖法気の受容体という基盤を同一にしたその瞬間から、ヒスイはその応用となりうる全てを手に入れていた。これこそが、巨額の富を築いた三千院帝をして驚異と言わしめた、初柴ヒスイの真骨頂。

「夜空を操る霊力とはまた違う。イメージを具現化するかの如き、万能の力。異世界にまで視野を広げれば、まだこのような力は眠っていたのだな。」

 素晴らしい、と感嘆の声を漏らす一方で、心の空白は少しだけ広がったような気がした。三千院家の令嬢、ナギとその執事を殺すことが確定してもまだ、手に入れていないものがあるらしい。

「……それにしても。伊澄、お前が死んだか。」

 霊力について想起したからか。先ほどの放送の余韻が、今さら襲ってきたようだ。

「残念だよ。私も鬼じゃあないんだ。せめてひと思いにお前を楽にしてやるくらいの情けはかけてやるつもりだったんだが……。」

 光の巫女、鷺ノ宮伊澄の、人間として規格外の霊力。伝承の中で神性を得たキング・ミダスの娘、法仙夜空をしても苦戦を強いられた強敵として、彼女はこの戦いの中で立ち塞がるものだとばかり思っていた。それが、最初の放送を迎える前からこのざまだ。

 落胆、とは少し違う。伊澄には、野心が決定的に足りないという認識は昔からあった。十二分に王を目指せるだけの才覚を持ちながら、現状に甘んじ、誰かから差し伸べられる手を待っている。殺し合いの世界でなくとも、心の在り方が根本的に王の器から遥か遠く。ましてや他者を蹴落とすこの世界では、遅かれ早かれ敗北を喫することはもはや確定していたに等しい。

 だが伊澄が脱落した現状に感じる物寂しさをあえて言語化するならば――きっと、同化した夜空の追想といったところだろうか。伊澄を含むナギの執事との王玉を巡る戦いにおいて、姫神の乱入や夜空の英霊化などにより、結局夜空と伊澄の戦いの決着は付かずじまいだった。負けず嫌いな一面のある夜空としては、その再戦は望むところだったのだろう。それが、もはや二度と果たせなくなってしまった。二度と――鷺ノ宮伊澄に"勝利"することは、果たせなくなってしまった。

「……時間が惜しいな。綾崎ハヤテ、どうかお前は私に殺されるまで、死なないでくれよ?」

 勝利は、疑いを差し込む余地もなく確信している。初柴ヒスイという少女が殺し合いに降り立った地点で、あらゆる運命はヒスイに味方をすると決まっている。求めるものは、それではない。

 この胸に在る空白を。常に望むものを手に入れてきた私が、唯一手に入らない充足を。

 

【C-2/草原/一日目ㅤ早朝】

【初柴ヒスイ@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康
[装備]:サタンの宝剣@はたらく魔王さま!
[道具]:法仙夜空@ハヤテのごとく! 武見内科医院薬セット@ペルソナ5 基本支給品×2 不明支給品(0〜2個)、烏間惟臣の不明支給品(0〜3個)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝利する。
1.次の闘いへ向かう
2.王となるのは私だ。
3.本当に、願いで死者さえも甦らせることができるのなら―――
4.次に出会ったときナギと決着をつける…どちらかの死で。
5. 誰が相手でも躊躇しない
※原作51巻、ハヤテから王玉を奪った後からの参戦です。

【支給品状態表】

【法仙夜空@ハヤテのごとく!】
ヒスイに力を授けるために英霊となった法仙夜空。すでにヒスイと融合している。上段に人間のような二本の腕、下段に骸のような二本の腕がある。現在は下段の右腕が粉砕されており、残りは三本。

【武見内科医院薬セット@ペルソナ5】
武見妙が扱う医薬品。効果は確かに効く。
内訳 ナオール錠50mg×2 ダメージ・疲労を(低)回復させる
   ナオール錠100mg×2 ダメージ・疲労を(中)回復させる
   全快点滴パック×1 ダメージ・疲労を全回復させる※参加者との戦闘中は使用不可

524 ◆2zEnKfaCDc:2021/10/08(金) 05:34:07 ID:GoEHiShI0
投下完了しました。

525 ◆2zEnKfaCDc:2021/10/08(金) 05:34:52 ID:GoEHiShI0
すみません。状態表の修正を忘れていました。
【C-2/草原/一日目ㅤ朝】です。

526 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 07:23:21 ID:2dE7nyjY0
綾崎ハヤテ、新島真、岩永琴子で予約します。

527 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:21:46 ID:2dE7nyjY0
投下します。

528共に沈めよカルネアデス ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:23:00 ID:2dE7nyjY0
「――お待ちしていました。」

 数十分前に殺し合いを繰り広げた間柄とは到底思えぬほどに、新島真と相対する岩永琴子の表情は余裕に満ちていた。

「……何のつもり?」

 この現状が不可解であることに気付かぬほど考え無しな真ではない。先手を許してしまった以上、綾崎ハヤテの運転する自転車に乗っていれば、ヨハンナの追跡から逃れ切ることは充分に可能であったはずだ。仮にハヤテと何らかの衝突があり別れることとなったにしても、ルブランと負け犬公園の間に位置する場所で待機していれば自分と遭遇するリスクが高いことは承知のはず。この場に岩永が留まり、自分を待ち構えていたという事実、その地点で何かの罠を疑うのが鉄則というもの。何より、岩永の同行者であったハヤテの姿が見えないのが気にかかる。

「準備が整いましたので、然るべき提案をしに来ただけですよ。」
「準備……?」
「ええ。」

 暴力で捩じ伏せるのは容易であるはずなのに、それを行使してしまったら破滅への道を歩み出す結果となるという感覚がどうしても抜けないのだ。ゆえに真は、それ以上踏み込むことができなかった。安直な暴力への躊躇を感じ取った岩永は僅かに会釈し、一拍間を置いて答える。

「といっても中身はシンプルです。……和解といきましょう。」

529共に沈めよカルネアデス ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:23:56 ID:2dE7nyjY0



 時は遡り、放送直後。

 放送の情報を纏めてメモし終えた岩永と、そのために移動を止めていたハヤテ。岩永は何かを考え込むように指を顎に当て、一方そんな彼女の様子も目に入らないほどに、ハヤテは戦慄していた。

(まさか……伊澄さんが死んでしまう、なんて……。)

 殺し合いなどというフィジカルに特化した催し、お嬢さまの身が危ないという意識は充分にあった。西沢さんやマリアさん、さらには武闘派のヒナギクさんに対しても、そういった危機感は少なからずあったはずだ。だが、それでも伊澄さんに関しては、その点の心配は殆どしていなかった。不思議な力を操り、この世のものならざるものも日常的に相手にしてきた伊澄さんが、まさか他の皆よりも先に殺されてしまう事態など――正直、起こり得ないと思っていた。伊澄さんは守るべき相手ではなく守る側であるのだという油断があった。そんな気の緩みの中に叩き付けられた、彼女の死。それはお嬢さまだけでなく、西沢さんもマリアさんもヒナギクさんも――他の知り合いたちだって当然に殺され得ることを示していて。

(……僕は本当に、お嬢さまを守れるのか……?)

 浮かんできた考えも当然にネガティブなものにならざるを得なかった。根性論でもご都合主義でもどうにもならない死という不可逆を、改めて提示されたのだ。やもすればそれをも覆してしまうかもしれないゴーストスイーパーは、もうこの世に存在していない。

 ぐるぐるとから回る思考が、ハヤテを焦らせる。結局やるべきことは1秒でも早くお嬢さまを見つけることに収束するというのに、それができないことがもどかしい。そもそもお嬢さまがどこにいるのか分からないし、そういう『取引』をした以上は岩永さんも守らなくてはいけないし……

『――ハヤテさまにとって、一番守りたいものはなんですか?』

ㅤふと、ハヤテの脳裏に悪魔が囁いた。

『――ハヤテさまにとって、一番大切な人は誰ですか?』

 ……否。厳密には囁いたのは悪魔ではなく。強いて言うならば、亡霊か。

 この世界で唯一数えた喪失である伊澄のことを思い返したことによって、生前の彼女に言われた言葉が不意に頭の中に反芻されたという、ただそれだけの事象だ。だけど、その事象が示す意味は、明確に悪魔の囁きと呼んでも過言でないものであった。

 お嬢さまに相続されるはずである三千院家の遺産を実質上放棄せねば、アーたんこと天王州アテネを救えない、と。お嬢さまの将来か、アーたんの命か、どちらかを犠牲にするよう突き付けられた時の言葉。現状も、その時と同じであるからだ。岩永さんをここで見捨てれば、お嬢さまを探すことだけに集中できる。僕が本当に守りたい人だけを、守れる。

(そうだ。取引といっても、結局は口約束。岩永さんとお嬢さま、仮にどっちかを切り捨てないといけないのなら、僕に迷いはない。)

530共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:25:17 ID:2dE7nyjY0
 岩永さんは未だ何かを考え込んでいる様子で、彼女の支給品であったデュラハン号は自分の手の届く範囲に放置している。もし、自分がデュラハン号に即座に乗り込んで颯爽と逃げ出したとしても、彼女には何も手出しは出来ないだろう。岩永さんと二人乗りで自転車を漕ぐ場合、岩永さんに配慮した速度で乗り回さないといけない。それは……お嬢さまを探す自分にとって邪魔な事実でしかないじゃないか。

(別に彼女を殺そうというわけじゃない。だったら……)

 かつて、お嬢さまを守るためだったら法律すらどうでもいいと豪語したことがある。それに一切の誇張はないし、ましてやこの場で試されているのは法律ですらない、倫理観という曖昧なものだ。ひとつの舟板に、掴まれるのはただ一人。大切な人を掬い上げるためには、もう一人を沈めるしかない。

 ここまで岩永を裏切るに値する条件が揃ってなお、あえてハヤテを躊躇させているとすれば、それがお嬢さまを守る結果に確実に繋がるとは言えないこと。理想は当初の予定通りに岩永さんを守りつつお嬢さまも守ることであり、それへの道も決して閉ざされているわけではないということ。極論、今この瞬間に目の前の草むらからひょっこりとお嬢さまが現れ、岩永さんと三人で脱出を目指すことになっても何らおかしくはないわけで、まだ理想を追う道は充分に残っているのだ。しかし、仮に見捨てる選択肢をとってしまえばもう岩永さんとの信頼は回復しない。岩永さんを見捨てた上で、彼女がどうにか一人で生き残ったとしても、僕は彼女の脱出に協力する資格を失うのだ。それに、少なからずお嬢さまのために動いてくれている岩永さんを裏切ることだって、悪いと思わないはずもない。

『――もちろんあなたには力ずくでこれを奪うという選択肢もありますよ。』

 岩永さんにデュラハン号を提示された時の言葉が、今さらながら脳裏に浮かんできた。あの時は心配性だ、なんて思いながら否定したけれど。こうして殺し合いという事実に改めて向き合ってみると、僕がそれを選択するもしもすら現実的なものであったのだと分かる。僕は伊澄さんの死によってようやくこの殺し合いの非情さを認識したが、岩永さんはこの殺し合いがどういうものなのか、あの段階で大まかに見通していたということだ。

(そうだ、岩永さんは僕に見えないものも見えている。お嬢さまを守るのなら、彼女の力を借りるのは必要で……)

 取引を放棄すれば岩永さんを敵に回すことになるのは、どう見積っても間違いないのだ。彼女の性格を考えると、仮に裏切ったとてお嬢さまを報復に殺すような真似は流石にしないとは思うが、ここまで彼女の頭脳の片鱗を少なからず目の当たりにしている以上、なるべく彼女は味方につけておきたい存在であることは確かだ。

 結局先に浮かんだ想像を、気の迷いとして切り捨てたハヤテ。同時に、自己嫌悪が襲い来る。

(……はぁ。最低だ、僕は。)

 彼女を裏切ることを実行し得る選択肢として挙げたこともであるが、更にはそれを止めたのは道徳ではなく、彼女の頭脳を当てとする打算でしかなかった。

531共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:26:10 ID:2dE7nyjY0
 もし、世の中が打算のみで回っていたとすれば、僕は今ここに立っていない。ヤクザに売られ、誰からも見放された僕をつなぎ止めてくれたのは、お嬢さまの、打算なき優しさだった。だというのに、僕が今の今まで考えていたことは、その優しさに真っ向から反する行いだ。

 そんなハヤテの後悔すら、見透かしたかのように――岩永は、唐突に切り出した。

「デュラハン号はこのままあなたに差し上げます。その上で――同行関係は、一旦ここで打ち切りとしましょう。」
「……えっ?」

 それを本心では望んでいた自覚があったからこそ、必要以上の驚きがあった。

「い、一体どうして……」
「そもそもの話をしましょうか。」

 唖然とするハヤテをよそ目に、デュラハン号の方へと歩みを進めながら岩永は口を開く。

「殺し合いを命じられていながらも私たちが同行に至った理由は大きく分けてふたつ。あなたの探し人の保護と、私の安全の確保です。
 ここで、あなたの探し人の保護のみに観点を置くのであれば、彼女の捜索にあたっての移動手段として、デュラハン号があればそれ単体で足りるでしょう。その点、私は重りでしかないし、むしろ私と手分けした方がナギさんの発見に至る可能性は高いとまで言えます。
 つまり私たちが同行していることのメリットは、全て私の安全確保にのみ直結しているのです。
 これは私にとってはリスクでしかありません。あなたがあなたの目的にのみ忠実に動くのなら、私を切り捨てるのが最適となるのは自明なのだから。」

 そんなことはしない、とハッキリと言えたら良かったのだろうけれど。彼の脳裏に過ぎった考えと完全に一致していたからこそ、何も言えなかった。だけどこのまま俯いていても心の底を見透かされてしまうような気がして、黙ってこくりと頷いた。

「……そしてこれはここまでの同行であなたを信頼しているからこそ伝える情報でもあるのですが……リスクを承知の上であなたに同行していた理由のひとつに、私の探し人であった桜川九郎があります。
 彼は、自分の身の危険に対してすごく疎い。このパレスとやらによる制限が彼の体質にいかなる影響を及ぼすか不明だったので、可能であれば彼に一言、注意喚起をしておきたかった。
 ですがこの6時間で彼と会うことは叶いませんでした。それでも、彼が死んでいないことは放送から分かっています。パレスに人魚の力への制約がなかったのか、はたまた彼自身が身の危険を察知し死なないように立ち回っているのか……どちらにせよ、私が彼を急いで探す必要が薄れたことは今の放送から明らかになったということです。」

 岩永は語り続け、ハヤテは下を向いたままだ。まともに直視ができない。今、彼女はどんな顔をしているのだろう。何もかもを見透かしているかのような印象すら受ける岩永の眼光は今、どこを向いているのだろう。心苦しさに胸が詰まりそうだった。何かを言わなくては、耐えられなかった。

「……岩永さんの身の安全はどうするんですか?」

 震えた声で、ハヤテは尋ねた。ハヤテにとって何より腑に落ちない点はそこだ。岩永を置いていくことで得をするのは自分のみ。彼女を放置して逃げる想像を先ほどまでしていたからこそ、それは特に理解している。それをあろうことか彼女の側から提案してきたのだから、疑問に思わないはずがない。

「ご心配なく。それについてもアテはあります。」
「そのアテとは何ですか?」

 さらに食い下がるハヤテに、キョトンとした顔持ちで見つめる岩永。

532共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:27:18 ID:2dE7nyjY0
「……一応、現状この話はあなたにとって悪い話ではないはずだと思いますが。」
「それでも、心配に決まっているじゃないですか。」

 それは紛れもなくハヤテの本心であるが、同時に裏切りを考えたことへの罪滅ぼし的感情でもあった。このまま彼女を置いていくことが、自分の裏切りの結果のように思えてならなかった。

「……なるほど。確かにこの条件はあなたに有利です。私としてはそれでも構わないと思っての提案なのですが、それであなたに罪悪感を与えてしまうのはやぶさかではありませんね。
 では、ひとつ条件を付けましょうか。あなたの支給品の中から……そうですね、それをデュラハン号と交換の形でいただく、というのはどうでしょう。」

 岩永が指したものを見て、いっそうの戸惑いを見せるハヤテ。それは彼のよく知る道具だったからだ。

「こ、こんなもの……何に使うって言うんですか。」

 あまりにも殺し合いという用途からはかけ離れたその道具が本当に岩永の役に立つのか、そんなことはどうでもよかった。ハヤテにとって重要なのが、その道具を彼の前で用いた者が、いかなる末路を辿ったかということ。

「こういうのもアレですけど……これ多分ハズレですよ?」

 岩永が指した道具は、クルミ割り器。それは決して、殺し合いの武器などにはなり得ぬただの道具だ。殺し合いの世界における支給品としてハヤテが称した『ハズレ』との評価も、何ら間違ってはいない。

 しかし彼にとっては、それはお嬢様の『自己犠牲』を象徴する、忌むべき道具でもあった。岩永がそんなことを知る余地はないと理解していても、彼女も彼女と同じ道を進んでいるのではないかと、心のふちに刺さった邪推が抜けなかった。

「用途は思いついています。少し賭けの要素も含みますが……」
「……じゃあ、そのアテとやらを確保できるまでは同行します。」
「それはできません。そのアテの確保にはあなたがそこに居ないことが必須であるからです。」
「でも……危険ですよね?」

 そのアテというのが誰のことを指すのかは明らかだった。これまでの経路で二人が出会うか、または大まかな位置を把握し得るのは『新島真』と、彼女との情報交換で得た『刈り取るもの』の両名のみ。彼女によれば後者はむしろ回避すべき危険そのもの。消去法的に、新島真しか有り得ない。

 半ば決別的に別れた彼女を用いた安全確保とは、一体何であるのか。それは、自分という存在を切り捨ててでも確保する価値のあるものなのか。

533共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:28:42 ID:2dE7nyjY0
「ええ、危険です。しかしこの6時間で13人が死んだことが示している通り、このパレスと呼ばれる世界にいること自体が少なからず危険なものなのですから、リスクを承知で動くことに価値はあります。」
「でも……」
「何より――」

 ハヤテの反論を遮って放たれた岩永のひと言は――

「――彼女は、三千院ナギという少女に戦闘能力が備わっていないことを、知ってしまった。」
「っ……!」

――ハヤテにとって、決して無視できないものとなった。

「彼女は、私たちを出会い頭に殺そうとはしませんでした。彼女が実際に殺し合いに乗っていない可能性こそありますが、それならば特に何も困ることはありません。ただ、そうでない場合……一体何故彼女は、即座に私たちを殺そうとしなかったのでしょうか?」
「――もったいぶらず教えてくださいっ!」

 これまでの温厚さから一転、上擦った声で叫ぶハヤテ。ここでお嬢さまの名前を出されたことへの焦燥が、正常な思考力を奪っていた。その形相に一瞬怯む様子を見せた岩永。しかし次の瞬間には再びポーカーフェイスを纏い、淡々と語り始める。

「……頭数だけで見れば1対2、人数的不利があったからというのが有力な見解でしょう。彼女もまた、私たちの力を警戒していたんです。体格で遥かに劣る私すらも警戒対象にあった辺り、単純な暴力とは違う、人間の規格を超えた力というものを彼女も知っていると見られます。彼女自身がそれを扱えるかは定かではありませんが……。」

 厳密には、真が即座に襲って来なかった理由はそこが怪盗団のアジトである純喫茶ルブランであったためだ。怪盗団の信念である不殺生に真っ向から反する行いが、ルブランでの殺し合いを真に躊躇させた。とはいえそれに至るまでの根拠を、岩永は持っていない。岩永としても、自身の語った推理が必ずしも正しい答えであるとは思っていない。

 だが、その正誤はどちらでもいいのだ。ハヤテの説得、ただその一点において、三千院ナギに迫る危険を語るこの仮説は、何よりも効果的であるのだから。

「……ですが、警戒による時間稼ぎの余地はもはやナギさんには働かない。人数差があったとしても、彼女はその人数に計上せずとも戦局に影響を及ぼさないと知られてしまった。つまりナギさんが新島さんと出会ってしまった場合、私たちの時とは違い、新島さんは躊躇なくナギさんを殺しにかかる可能性がある。」
「それ、は……。」

 それを聞いたハヤテの顔色が一気に青ざめるのが岩永にも分かった。ナギのことを真に語ったことが、失敗だったという認識についてはハヤテにも間違いなくあった……が、浅かった。それがナギが殺されることに直結する情報であるとまでは考えが及んでいなかった。

534共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:29:22 ID:2dE7nyjY0
「安心してください。私なら、真さんがナギさんに手を出さないよう調整することもできる。」

 ナギのことを恩人であると語っていたハヤテ。垣間見えるは、恋愛感情とは似て非なる、異様なまでの忠誠心。

 ハヤテとの同行関係を繋ぎ止めていたのは、ナギの存在に他ならない。彼女に危険が及びやすい状況が生まれてしまえば、それはハヤテが自分を裏切る危険性も比例的に増していくということだ。現に、ナギに迫っているかもしれない危険を伝えたハヤテは、仮に目の前に居ようものなら真に襲いかかりかねないほどに血走った目をしている。

 当然、ハヤテとしても、提案がお嬢さまを守ることに繋がるとなれば反対できない。むしろ、最初からこうなることを望んでいたかのようにも思えてしまう。

「では、そちらの道具とデュラハン号を交換するということで。取引、成立ですね。」
「……はい。ですが、お気を付けて。」

 間もなくして、ハヤテは負け犬公園へと向かって行った。岩永を乗せていた時よりもさらにいっそうギアのかかった、文字通り『疾風』の如き速度。配慮を求めたあの時も全力ではなかったのか、とハヤテの脚力に改めて驚愕を見せる。

「……できることならば、また会いましょう。」

 岩永の放った声が、虚空に消えていく。文字通り音を置き去りに走り去ったハヤテに、その言葉は届かなかった。

535共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:30:42 ID:2dE7nyjY0


 時はいま一度、冒頭の場面に遡る。

 岩永の和解の申し込みを受けて、真は思案を巡らせていた。実力行使に出ることは難しくない。先ほど岩永が用いた電撃を発生させる何らかの装置は確かに驚異であるが、それが支給品の力であるならば、岩永を殺せばそれが自分や、自分を含む怪盗団のための道具として利用できる。何故か殺人者だと気付いた風の岩永の口封じも兼ねて、このまま岩永を処理できるのは理想の流れだ。

 しかし岩永としても自分を殺人者に見立てた上でこうして現れているのだから、そのリスクも承知の上だろう。その点について何も対策を仕込んでいないとは到底思えない。

「……あのねぇ。和解も何も、そもそもあなたが勝手に私を殺人者呼ばわりしたんでしょう?」

 しかし様子見を選ぶにしても、殺人を認めるのは真にとって好ましくない。それを認めてしまえば岩永の言い分が全て正しかったことを認めるに等しく、仮に岩永の提案通りに和解する道があるにしても、こちらに有利な条件を出すことはほぼほぼ不可能になる。

 そしてそもそもの話、だ。未だ真は、何ら殺人の証拠を提示されたわけではないのだ。それならば、『一方的に言いがかりを付けられ、その訂正に来た』の体を装うこととて、それ自体は無理筋ではない。もしも岩永が何らかの証拠を握っているのであるとしても、それを提示するまでは譲歩しない。岩永が求めているのが和解である以上、紛争の前提となる証拠を提示する義務は向こうにあるのだ。

「私は誰も殺してなんかいない。この一件は完全に貴方が先走っているだけよ。」

 もちろん、完全なる嘘っぱちだ。すでに真は影山律を不意打ちで殺害しているし、先のルブランでの一件とてハヤテと岩永を殺害しようとしていたのも事実だ。

 確かに律は、真を裏切って殺す算段を心内で打ち立てていた。真が心の怪盗団の不殺の信念に従い、律と共に主催者を打倒して脱出を目指していたとするならば、屍となっていたのは真だったかもしれない。結果だけを見るならば、真の行いは正当防衛に近しいものだ。しかし、律の思惑を知らなかった以上、少なくとも確定した現実において真は無実の少年を殺した罪を背負っているし、本人もその事実を認識している。

 だが、その認識の上で。真はさらに岩永を騙そうとしている。自身を死神に殺された悲劇の少年の死を看取った者に置く、虚構の物語で丸め込もうとしている。

「ええ、その可能性も充分にあるでしょう。あなたは複数人分所持している支給品は、刈り取るものに襲われた律という少年を看取った時のものだと言いましたが、私はそれを嘘だと断じることはできません。もしかするとあなたの言ったことが全て真であり私が勝手にあなたを警戒して止まないだけかもしれない。」

 そして現に、それを否定するだけのものを岩永は持たない。そもそも真を殺し合いに乗ったと断じたことに、何ら具体的な根拠があったわけではない。言ってしまえば、その由来は印象論という山勘に過ぎない。ここが現世であったならば、知恵の神として怪異・あやかしの類と連携し、確たる証拠を押さえることもできただろう。或いはより精巧な調査をする時間さえあったならば、真の真意をより正確に掴むことも可能だっただろう。しかしここは万物に宿る妖怪を排除された認知世界であり、同時に時間制限付きの殺し合いの世界でもある。

「ですがそんなこと、最初からどちらでも構いません。先のみならず、現段階においてもその正誤を問うつもりはありません。……ただ、これだけは言える。」

 ただ、仮に影山律を看取ったのではなく殺していた場合も、そこの真実の判断がつかないこと。証拠を用意できず、虚構を語れる舞台は真の側に整っている。

536共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:31:16 ID:2dE7nyjY0
 なればこそ、岩永はその土俵に立たない。

「私が見てきた限り、あなたは理性的な人間だ。少なからず無礼を働いた私に対し、殺し合いを許された場においてこうして落ち着いた対応を取っていることからもそれは明確です。そして、私があなたをそう評価しているからこそ、こうして交渉のテーブルを用意するに至ったのです。……そして同時に、私はこうも評価している。あなたは真顔で嘘が吐ける、と。少なくとも私はあなたの語る虚構を、直感では見抜けない。この認識が私にある以上、あなたの語る言葉は私の警戒を解くに値しません。」
「……そう。随分と高く見られたものね。」

 それは、おかしい。

 岩永の言葉に理を認めるとすると、岩永がこの場に和解を申し込みに来ていること自体と矛盾する。自分の言葉が岩永を信頼させるに足りないのであれば、そもそも言葉の上での和解など理論上、出来ようはずもない。その和解に、口約束以上の効力を持たせられる執行者はこの世界に存在していないからだ。むしろ、唯一執行者足り得る姫神こそが、その裏切りとそれに伴う殺し合いこそ要請しているとすら言える。

「じゃあ、聞かせてもらえないかしら。そこまで警戒している私とわざわざ談合する目的は何なのか。」

 だからこそ、真としてはそれを聞く他なかった。岩永が明確に筋の通った行動方針を貫いていることはこれまでの語りから少なからず分かる。それだけの一貫性ある頭脳をもってして、その論理矛盾に気付かないはずがない。ならばその矛盾を解消する理論は間違いなく存在しているのだ。さもなければ和解の提案そのものが無意味であるから。それが何であるのか、知らないままには岩永を殺せない。殺されるリスクを承知で岩永がこの場に臨んでいる以上、向こうには何かの交渉材料があるはず。

 そして、岩永を直ちに殺そうとしないのなら、殺し合いに乗っていないフリをするのが自然だった。乗ったことを認めれば、そのような嘘をつく道理がないためにそれは事実として確定してしまう。殺し合いに乗っていないと言い張っているからこそ、背負った罪の量高において対等である岩永から情報を聞き出すことができるのだ。

(ここまででボロは出していない、はずだけど……)

 客観的に見て、岩永を殺さないことも、殺し合いに乗っていることを認めないことも、真の行動は理にかなっている。だが、どちらもあくまで消去法で導き出されたものでしかない。岩永を殺して死人に口なしと言えたなら、それに越したことはないのに。だが岩永がそれを警戒していないはずがないからこそ、こうしてただ岩永の話を聞くことしかできなくなっている。

 まるで、岩永にそう誘導されているかのごとき進行具合が、どうも不気味に思えて仕方がない。

 そして岩永は、静かに語り始める。そして同時に、開かれるは怪盗攻略議会。論者はただ二人、怪異たちの英智を司る知恵の神と、女王の名を冠する怪盗団の参謀。一方で、傍聴人は一人としていない。二人の語る虚構を真実をもって指摘する者は、どこにも存在しない。まるで幻影のように、真実は覆い隠されている。

537 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:33:01 ID:2dE7nyjY0
前編投下終了です。
後編も近く投下します。

>>526に加え、桂ヒナギクを追加で予約します。

538 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:39:47 ID:2dE7nyjY0
一点修正します。
>>533の冒頭

「ええ、危険です。しかしこの6時間で13人が死んだことが示している通り、このパレスと呼ばれる世界にいること自体が少なからず危険なものなのですから、リスクを承知で動くことに価値はあります。」

の台詞の「13人」の部分を「7人」に修正します(表裏ロワかゲームロワの死亡人数が混ざっちゃいました)

539 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/25(木) 02:30:53 ID:Zupfd7Zs0
予約を延長します。

540 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:33:02 ID:jig807Q60
後編を投下します。

541共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:33:44 ID:jig807Q60
「あなたは、殺し合いに乗っていないと言いました。」
「でもあなたはその言葉を信用できないんでしょう?」

 開口一番に発された言葉は、和解とはほど遠い険悪なものだ。しかし岩永の言葉が理不尽な言いがかりであると主張する以上、そこで真は引いてはならない。

「ええ、その正否は分かりません。……しかし、あなたがこの殺し合いに『乗らない』選択肢を少なくとも現実的に取り得ると見ていること、それだけは分かります。」
「……どういうこと?」
「考えてもみてください。現状、私たちは爆弾付きの首輪を嵌められて殺し合いを強制されているんです。
ここで我が身が最も可愛い正常な人間であれば、生き残るために誰かを殺す選択をする。それならば、『乗らない』選択肢などそもそも脳内に生まれ得ないものですよ。
 ……にもかかわらず殺し合いに乗らない選択肢を選ぶ人間には、ふたつの理由が考えられます。他者を殺してまで生き残りたくなく、生を諦めているか――或いは、殺し合わずとも脱出ができる可能性に賭けているか。
 そしてその規範は当然に、殺し合いに乗らないことを詐術に用いる者にも存在しています。」

 真の語った殺し合いへのスタンスは、嘘である。そして岩永はその嘘を嘘であると断定できない。しかしそれが嘘であるという仮定の下では、真が、その嘘をもって他者を騙せると判断したこと。それは紛れもない真実として岩永に提示されているのだ。それは、真の中に『生き延びるためであっても他者を殺したくない』という意識規範があること、もしくは真が『脱出の可能性とて現実的なものと考えている』ということに他ならない。

「……つまり、仮に私が殺し合いに乗っていた場合であっても、殺し合いに乗らないことを平常として謳えるだけの意識が私の中にある――そう言いたいわけね?」
「ええ、話が早くて助かります。その意識が小なりともあるのであれば、仮にあなたが殺し合いに乗っているとしても、交渉の余地は充分にある。つまり私がすべきは、殺し合いに乗らないことのメリットが乗るメリットを上回ること――もとい、殺し合いに乗るデメリットが乗らないデメリットを上回ることを提示することに他なりません。」
「……回りくどいことをするのね。私は最初から乗っていないのだから、そんな小細工は必要ないのに。」
「だとしたら、私の用意した回答はあなたへの無礼も相当に含むでしょう。何故なら私は、乗らないことのメリットだけでなく、乗ることのデメリットも用意してきたから。……それはある種、あなたへの『脅迫』を意味します。」

 頭角を現した本題を前に、真はため息を漏らす。全てを見透かすがごときこの少女が前に立ち塞がっている地点でろくな話じゃあないと想像はしていたけれど、それがハッキリと明示されたのだ。

「……ホント、厄介な相手に捕まったものね、私も。」

 それだけではない。少なくとも岩永が語る予定の語りの中には、殺し合いに乗ること――すなわちこの場で岩永を殺すことに、何らかのデメリットがあることをあらかじめ提示されたのだ。その地点で、それが何であるか問い質さないことには真は岩永を殺せない。

「では……まずは定義を確認しておきましょうか。私の言う『和解』とは、不干渉ではありません。殺し合いを打破するために以降の行動を共にし、情報を共有することまでを含みます。」

 岩永がまず切り出した内容は、さっそく譲歩できないところだった。真の目的は、心の怪盗団『ザ・ファントム』の存続、すなわち怪盗団全員の生還にある。放送によれば彼等はまだ誰も死んでおらず、まだその目的はくじかれていない。みんなが生還できるのなら、心の怪盗団以外の他者と手を組むこととて選択肢に入るのは真のスタンスからして間違いない。

542共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:34:10 ID:jig807Q60
「まずはそのメリットを提示しておきましょうか。私はこの殺し合いの主催者、姫神葵の裏にいるであろう人物を知っています。」
「……! それ、確かなの?」

 それを聞いた真の表情が驚愕に染まる。真には全く裏の読めていないこの殺し合いに、姫神以外の人物が関与していることを岩永は確信しているのだ。

 仮に名簿に明智吾郎の名が無かったら、彼の関与を疑っていたかもしれない。仮に明智についてもう少し調査が進んでいれば、獅童正義やその軍門の関与を疑っていたかもしれない。仮に世界の真実に辿り着いていたならば――統制を担う聖杯の関与を、察知していたかもしれない。

 真は、そのどれでもなかった。姫神葵という人物にこそ面識は無かったが、世を賑わす心の怪盗団であるというだけで誰からでも狙われる原因ならば有している。

「少なくとも私はそう確信しています。放送の主が姫神の声でなかったことから、主催側が一枚岩でないことは容易に想像つきますし。」
「一体、それは誰なの?」

 口から出まかせだとは思えないが、現状、岩永と真の情報交換において、岩永は自身の持つ情報をほとんど出していない。興味ありげに質問で返す真。

(……この名簿に鋼人七瀬が載っている地点で、彼女に自身の存在を秘匿する意思はない。それなら、名前を出したくらいで首輪を爆破されることはないでしょう。)

 少しだけ、考える風な表情を見せた岩永であったが、間もなくして口を開いた。

「――桜川六花。世の秩序に干渉してでも己が目的を叶えんとする者です。」
「……抽象的すぎて分からないけど……要は悪党ってことよね。」
「今はまだ詳細は伏せますが……ひとまず、これで情報の前払いということで。ところで、桜川六花の名前に聞き覚えはありますか?」
「いいえ、特に無いわね。強いて言うなら、桜川の苗字は名簿にあったかしら。」

 名前だけでなく、イセカイナビを取り戻した時に、桜川六花なる人物がいかなる認知の歪みを有しているのか、その内容となるキーワードも手がかりがあるのであれば手に入れておきたいところだ。少なくとも、真の最終的な目標は優勝ではなく姫神の改心にある。しかし奴に協力者がいるというのなら話は変わってくる。姫神だけでなくその人物もまた改心の対象であるのだから、その人物の情報を知る者がいると言うのならば、協力する理由にもなるだろう。

 あえてその選択肢を遠ざけている理由として、真たち怪盗団の現状があった。改心後の会見中に廃人化し、そのまま死亡した奥村邦和の一件。それ以来、世間における心の怪盗団の信用は地に落ちたと言っても過言ではないのだ。

 特に最初の会場で姫神は、竜司を怪盗たる集団に属する者であると実質的にカミングアウトした。厳格には心の怪盗団であると言われたわけではないが、怪盗と言えばそれを示すのだという世論は形成されてしまっている。仮に対主催者の集団ができたとしても、少なくとも正体がバレている竜司は爪弾きにされる可能性が高いのだ。

 ではそうなった場合に、心の怪盗団のメンバーは竜司を見捨てるか? 否、彼等は、そして真自身とて、絶対にその選択を取らない。竜司が対主催集団から孤立するのであれば、それらと敵対してでも竜司の側に付くだろう。それが弱気を助け強きをくじく怪盗団の反逆の意思であり、それがかつての真を救った怪盗団の誓約であり、そしてそれが真が居場所であると感じている怪盗団の信念なのだから。

543共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:35:07 ID:jig807Q60
 だから、対主催同士であったとしても怪盗団のメンバー以外と組むのは困難だという認識は真の中に存在する。そして、なればこそ敵対者の淘汰という結論がある。怪盗団と敵対し得る勢力を残すくらいなら、最初から怪盗団の礎にする方が合理的だ。真が殺し合いに乗っている考えの根底には、世間が怪盗団を見る目への不信が根付いている。

「私から提供できる協力のメリットはこの情報にあります。逆に私を殺すと、主催者に繋がる情報を得られる機会は喪失するともいえます。」

 百歩譲って、岩永が心の怪盗団の支持者、もしくはそれを受け入れる度量の持ち主だったとしよう。そうすれば、彼女自身とは協力していけるかもしれない。しかし、彼女が増やしていくであろう他の協力者についてはそうではない。岩永が自分だけでなくさらに他の者たちとも協力するスタンスを取るのであれば、必ず怪盗団に不信を抱く人物も存在するだろう。

「……しかし、これだけでは不十分です。何故なら、私が私の持つ全ての有力な情報を提供したならば、私を生かしておく価値がなくなる。つまり私は、常にあなたに与えられる情報を温存しなくてはならないことになる。」
「だから、私はそんなこと――!」

 言い返そうとした時、真は気付いた。少なくとも殺し合いに乗っていないと謳っている以上、協力を要請する岩永の言葉には、全て二つ返事で返すしかないということに。殺し合いに乗ることのデメリットとやらの話に語りが進んでいないから、問答無用で殺す選択肢が取るに取れない。つまり真としては岩永の話を、基本的には黙って聞く他ないということだ。様々に言い分を許しつつも、最終的には「本当に殺し合いには乗っていないのだから構わない」の常套句で許容しなくてはならない。

「……いいえ、何でもない。」

 それの何が和解だ。まるでこれが対等な話し合いであるかのごとく進行させているが、真の反応は最初から誘導されている。何を主張しようとも、自分が真顔で嘘をつけるという前提に岩永が立っている以上、この場では自分の語る真実に力はない。一切の反論が、許されていない。

 そう、これは――言うなれば、推理だ。探偵が容疑者を集め、それぞれに納得のいくように言論を進めていくかのごとく進行しつつも、しかしその導線はすべて犯人を追い詰める、ただそれだけのために敷かれている。議論の進むべき道は最初から決まっている。

 確かに、その予兆は最初から感じていた。わざわざ姿を現した岩永の意図が読めず、迂闊に殺せないこと。そして、殺せないがために殺し合いに乗っていないフリをするしかないということ。消去法的に選ばされた行動の、まるで全てが岩永の思う通りに誘導されているかのような。

544共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:35:39 ID:jig807Q60
「……いや、待って。」

――気に入らない。

 "推理"を語る岩永が初めから潔白であるかのように見なされる土台がそこにあることが、気に入らない。

「そもそもこの談合には、重要な視点が抜け落ちているわ。」

 "探偵"こそが正義であると誰が言ったか。

 "探偵"は真実を語ると誰が決めたか。

「だってそうでしょう? あなたが私に取り入って、私を背後から撃つつもりである可能性は否定できないじゃない。」

 岩永と対等であるというならば、真の側にも疑念を発露する余地がある。岩永が真を警戒するが故の討論ならば、真にも同等の主張をする権利がある。殺意の無い証明を成すことが無理難題であればこそ、二人の邂逅はこうして捻れているのだ。

「そもそもの話、殺し合いに乗らないにあたっての同行者が欲しいのならさっきまで一緒だった綾崎ハヤテでも良かったはずよね? にもかかわらずあなたは私に接触し……同時に彼はこの場にいない。その地点で、彼がすでにあなたに殺されている可能性まで浮かんでくるわ。」

 真はさらに続ける。岩永との討論においてようやく見出した優位性だ。自らの置かれた立場が不利であったのならば、その立場を反転させてしまえばいい。

(綾崎ハヤテを切り捨てた理由……深堀りされると都合が悪い。)

 一方、岩永がハヤテを一人で行かせた理由は、三千院ナギを最優先とするハヤテのスタンスが時に己の安全確保と衝突し得るからだ。しかしその真実を語るのは、後に紡ぐ予定の虚構との折り合いがつかない。少なくとも綾崎ハヤテの行動の手網は、岩永がある程度握れる立場にあることは仄めかしておく必要がある。

「確かに、私とて殺意が無いことの証明はできません。でも、私はその上であなたと協力体制を築くことを最優先としたいのもまた確か。」

 真は、パレスとは何であるのか、その知識を有している。仮に現状、殺し合いに乗っているのだとしても、脱出のために動いてもらうだけの理由がある。だからこそ、真の協力を得ることを最優先事項に据えた一手を打つ価値がある。

「では、これでいかがでしょうか。」
「っ……!」

 岩永が懐から取り出したのは、かつて九郎の力を借りて処分に当たった隕石の欠片。それから発される電撃の威力は真もすでに知るところであり、岩永を殺してでも奪う価値を見出してすらいる産物だ。真は一歩引いて、岩永の出方を伺う。

 もしも発射しようものなら、電撃ごとヨハンナで打ち払えるよう準備して――

545共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:36:14 ID:jig807Q60
「ちょっと、何を――!」

 しかし岩永がもう片方の手に握ったものを確認するや、真はその顔を驚愕の色に染めた。

――パキィンッ!

 次の瞬間、ハヤテから受け取った支給品、クルミ割り器が隕石の欠片を粉々に砕いた。基本支給品である腕時計のベルトに用いられた絶縁性のナイロンを挟み込むことで漏電を起こすこともなく、電撃発生装置としての役割を失った欠片がその場に零れていく。

「っ……!」
「これで、私があなたを物理的に害する手段は失われました。」

 隕石の欠片の破壊の意味は、武装解除に留まらない。有用な支給品の奪取という、真が岩永を殺すに足る理由のひとつが失われた。

 そもそも、岩永琴子は秩序を重んじる知恵の神である。本来、宇宙的な怪異の産物である隕石の欠片に秘められた電撃の力は、否定して然るべきものに他ならない。

 桜川六花の企みを阻止するという目的の下に桜川九郎の人魚・くだんの力を利用しているように、その力の持ち主に殊更秩序を破壊する目的が見られず、かつ一定の妥当性・必要性があれば秩序に反する力を利用することも視野に入れないではない。その一方で、その力を封じることにこそ、真への武装解除という明確な理由が生じている今、隕石の欠片を破壊することにも何ら躊躇する理由はない。むしろ、秩序維持を生業とする知恵の神の本分であるとすら言える。

「……どうかしてるわ。」

 だが、そんな事情など真は知らない。知る由もない。支給品に人の命以上の価値を置いて、怪盗団のためにそれを確保しようとしている真にとって、岩永の行動は狂気じみたものにしか見えない。

「私のことを警戒していると宣っておきながら、その一方で私への抵抗手段を自ら捨て去るなんて。」

 そして、その手段を真には到底、真似出来ないのだ。他者を殺してまで集めた支給品を捨てることはもちろんであるが、己の心の一部であるペルソナは物理的に武装解除が出来ない。たとえヨハンナが、岩永にはただのバイクに見えていたとしても、そもそもバイク自体が充分に凶器であると見なせるのだ。

 確かに、目の前で支給品を砕いた岩永とてペルソナ、もしくはそれに準ずる異能の力を持っていないとは限らない。だが、真はその疑問を岩永にぶつけることはできない。一般人には到底浮かびえないその疑問を呈すること自体が、自分が異能の力を持っていることのカミングアウトと同義だ。

 別にペルソナはバレてはならない類の力というほどではないが、それは律を殺害した力。万が一ルブランを訪れる前の岩永が律の死体を目撃していたとしたら、彼に残った傷跡と照合するなどして彼の殺害が発覚しかねない。

 そして丸腰となった岩永は、再び口を開く。

「確かに私は、この談合はあなたへの脅迫でもあると言いました。しかし、脅迫材料が武力であるなどとはひと言も言ってませんよ。」
「……じゃあ、何だって言うの。」

 着地点は、未だ見えない。しかし真は、思い知ることとなる。着地点を遠くに見据えた岩永琴子のやり口を。

「――この場にいない綾崎ハヤテ。それこそが、私があなたに提示する脅迫材料です。彼がこの場にいないからこそ、仮にあなたが殺し合いに乗っていたとしても、あなたは私を殺せない。」

 言葉の刃を振りかざしながらも、片や見えないところで猛毒を注入するかのごとく――

「つまり……武器は彼に預けている……そういうこと?」
「いいえ。あの自転車は確かに彼に譲り渡しましたが、武器として渡したものは何もありません。
 この談合に当たって私が彼に与えたのはただ一つ、言伝です。その内容は、以下の通り。」

546共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:37:45 ID:jig807Q60
――最後の一撃は、指し示された。



「『放送で岩永琴子の死亡が確認された場合、新島真、ならびに彼女の仲間と思われる怪盗の名を冠する集団、その全員を危険人物として他の参加者に周知せよ。』」



――真っ赤な嘘だ。

 ハヤテに対し、岩永の死後の言伝などされていない。仮にそれがなされていた場合、進んで死に向かうかのような岩永の行動を、ハヤテはむしろ躍起になって止めていただろう。

「そんなっ……」

 言葉の上ではともかく、行動の上で岩永は何も真の実力行使に対する対策を練っていない。しかし、仲間の居場所が脅かされかねないその虚構は、真に致命的なひと言を、言わせてしまった。

「――みんなは……関係ないじゃないっ!」

 直後、真は自分の発した言葉にハッとしたように、慌てて口を押さえた。だが、手遅れだということはその場の空気が物語っている。姫神に怪盗の肩書きを暴露された竜司と真の繋がりが――世間的に悪と見なされている怪盗団であることが――岩永の前に露呈してしまった。

 ただし、現実として心の怪盗団を知らない岩永にとって、それはさしたる問題ではない。

「……。」
「ともかくこれで、あなたは私を殺せない。さらには、見捨てることもできない。私があなたと関係ないところで死んでも、綾崎ハヤテにそれを区別することはできませんから。」

 何より、武力で圧倒的に上回っていながら口封じもできないのがもどかしい。岩永の仕掛けた爆弾が爆発するのは、岩永を殺したその時である。

 怪盗団以外を死の海に蹴落としてでも、怪盗団の皆だけは守りたい――真のそんな決意に、鉄の鎖で巻き付くのごとく、岩永は己の命を怪盗団の命運に結び付けたのだ。

「……これで私が本当に乗っていなかったら……ううん、事実乗っていないのだから、随分な不義理を働いてくれたものじゃない。」
「人殺しすら許容される空間で、今さら何を言いますか。」

547共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:38:13 ID:jig807Q60
 岩永としても、真以外に原因を置く自身の死によって、真や怪盗団に不当な不名誉を被せるのは面白くない。真が自分を殺すことさえ封じられれば、ひとまず同行関係は築けるのだから、それで良い。

 だからこそ、その不義理をも『岩永琴子ならやりかねない』とまで思わせるために、ルブランでは根拠の揃わぬ内に真を殺人犯と糾弾した。証拠もなく、疑惑の段階で真相に先走り得るという印象を真に植え付けた。

 その一方で、岩永は真を殺人犯だと明らかにした根拠を『女の勘』と曖昧にしか説明していない。仮に岩永の死亡が次の放送で明らかになった場合、ハヤテは真を警戒することはあっても、確信を持って殺人犯だと触れ回るようなことはないだろう。

 ただ一つ、不安要素があるとするならば、『ハヤテごと口封じができるのなら真は岩永を心置き無く殺せる』ということだ。ハヤテが負け犬公園に向かうことは真も想像している通りだろう。岩永を殺害し、負け犬公園でナギの捜索をしている最中のハヤテの口封じに向かうことが、岩永の推理に対する最大のカウンターであった。

「……そして、これまで長く話してきたことにより、すでにハヤテさんは負け犬公園の探索を終えている頃でしょう。ナギさんを見つけられていれば良いですが……どちらにせよ、捜索を終えた彼がどこに向かっているか、もう私たちには分かりません。」

 だからこそ、あの脅迫を語りの最後の一撃に据えた。真が現状に気付いた時に、ハヤテを追う猶予を与えないために。

――怪盗攻略議会は、今ここに終結を迎えた。

 和解は、成功。真は岩永を殺せない状況が形成され、そして心の怪盗団のブレインと妖怪怪異の知恵の神が、主催者への反逆のために情報を統合するに至った。ふたつの世界の叡智が揃うこの談合は、殺し合いの世界を打ち破る鍵となるか。

548共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:38:48 ID:jig807Q60
【D-4/草原/一日目 朝】

【岩永琴子@虚構推理】
[状態]:健康 義眼/義足装着
[装備]:怪盗紳士ステッキ@ペルソナ5
[道具]:基本支給品ㅤクルミ割り器@ハヤテのごとく!
[思考・状況]
基本行動方針:秩序に反する殺し合いを許容しない
一.不死者を交えての殺し合いの意味は?
二.九郎先輩と合流したい。
※綾崎ハヤテと三千院ナギの関係について大体を聞きました。
※鋼人七瀬を消し去った後からの参戦です。
※この会場がパレスと呼ばれる認知の世界が混ざっていると知りました。
※新島真は暗所恐怖症だと勘違いしています。
※新島真ならびに正義の怪盗団は何かしらの異能の力を有しているのではと推測しています。

【新島真@ペルソナ5】
[状態]:健康 焦り(大)
[装備]:アーザードの聖法衣@小林さんちのメイドラゴン
[道具]:基本支給品×2 不明支給品(0〜3) 影山律の不明支給品(0〜1) さやかのバット@魔法少女まどか☆マギカ マグロバーガー@はたらく魔王さま!×2
[思考・状況]
基本行動方針:心の怪盗団全員で生還する。
1.双葉……頼んだわよ……。
2.明智を見つけたら、殺して自分の罪を被ってもらおう。
※ニイジマ・パレス攻略途中からの参戦です。
※ハヤテの探し人(三千院ナギ)を知りました。
※ハヤテ・岩永の関係する場所を知りました。

【支給品紹介】
【クルミ割り器@ハヤテのごとく!】
綾崎ハヤテに支給され、岩永琴子に渡った。
三千院家で使っていたクルミ割り器。豪華な意匠が施されており、おそらくは高級品と思われる。

549共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:39:24 ID:jig807Q60






 岩永がいなくなった今、空いたハヤテの背中には代わりのものが収まっていた。聖剣デュランダル――煌びやかに輝く装飾の成された抜き身の剣。何ら意思を持たぬその剣を前にして、移動速度に気を使う必要など一切ない。お嬢さまの身の安全、ただそれだけを考慮し、保護にのみ走るのであれば、探索及び敵の排除の両面で岩永以上に優れた相棒であると言えよう。

 ハヤテの方針にとりたてて大きな変化はない。ただ、武器を背負いながら二人乗りができなかったからこれまではザックにしまっていたものを、岩永との別れによって所持し始めたというだけに過ぎない。強いて言うならば、この世界では誰もが大なり小なりしている武装を強くしたというだけだ。だが、それはあくまで大まかな方針の上での話だ。

 お嬢さまの幼なじみである彼女が死んだ。

 お嬢さまよりも遥かに強いゴーストスイーパーである彼女が死んだ。

 取り留めのない日常をお嬢さまと共に過ごしてきたはずの彼女が、死んだ。

 その事実と向かい合えば向かい合うほど、現在進行形で何かが崩れ去っている実感が抜けない。伊澄の死による焦燥は、確かにハヤテの心に深く根差していた。その背に主張する刀剣は、紛れもなくその表れと言える。

「――着いたっ!」

 元は最速の自転車便と呼ばれた男である。目的地である負け犬公園に到着するのに、さほど時間は要さなかった。開放された門をくぐり抜け、急ブレーキを踏み込み停止する。

――その瞬間。

「わっ……!!」

 急ブレーキによって機体にかけられた負荷によってデュラハン号は空中分解した。

 デュラハン号は元を辿れば、一文無しで日本に降り立った真奥貞夫が、得始めたばかりの僅かな収入を振り絞って購入した格安自転車である。さらには、二人乗りやハヤテ特有の高速運転で機体のキャパを超えて強引に乗り回したこと。すでに、限界を迎えていた。

550共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:40:03 ID:jig807Q60
「……くそっ!」

 デュラハン号から叩き付けられ地面に叩き付けられても、まるで何事も無かったかのように立ち上がるハヤテ。新幹線から振り落とされた上にトラックに轢かれても無傷で立ち上がるまでの頑丈な肉体は、その程度で壊れはしない。だが、お嬢さまを探す効率を格段に高めていた自転車は壊れてしまった。

 もっと言えば、デュラハン号は岩永さんと取引したものだ。彼女と離れ離れになった上にこうしてデュラハン号まで失って――ああ、この殺し合いにおける彼女との絆はもう、失われてしまったのだと、そう思わずにはいられなかった。

(……何としても、守らないと。)

 もはや僕は今、岩永さんを捨ててここに立っている。もちろん、それを提案したのは向こうからだ。だけど裏切りを考えていたことは事実であり、さらにその想像の通りにことが進んでいることもまた現実。心の上では、岩永さんを切り捨てたのは僕だ。

 決意と共に背中の剣を手に取る。お嬢さまを脅かす敵がいるならば、すぐにでも、1秒でも早く敵を殲滅して、お嬢さまを守れるように。

 真っ先に向かったのは、自動販売機前。お嬢さまの誘拐を企てた己の過去の戒めの場所にして、お嬢さまと出会った思い出の場所。

「っ……!」

 そこは凄惨な有り様だった。肝心の自動販売機は側面からの衝撃で大きくひしゃげている。周辺の遊具や木々もおびただしい数の裂傷のようなものが刻まれている。

 もしお嬢さまがこの場所を目指していたら。そしてそのまま留まっていたとしたら。この破壊を実行した危険人物と出会わずに済むとは思えない。実際、その惨状を作り上げた人物である佐倉杏子は殺し合いには乗っていないのだが、少なくとも負け犬公園の現状からそれを推察することは不可能だ。

「――お嬢さまっ!ㅤいらっしゃいませんか!」

 負け犬公園の自動販売機は、これまでの日常を共にしてきた光景のひとつ。そして、そこに刻まれた破壊の痕。これまでの日々は決定的に破壊されてしまったのだと、嫌でも思い知らされてしまう。

「お嬢さま……お嬢さまああああっ!」

 剣を握った手を血が滲むほど強く握り締めながら大声で叫んだ。当然、その相手はここにはいない。そのためその叫びに返す者など、いるはずもなく。お嬢さまがいると予測していた地点に大破壊がぶちまけられていたことも含め、焦燥感ばかりが膨らんでいく。

 だが、どれだけ叫び見回そうとも、お嬢さまの姿は見つからない。もしかしたらどこかに隠れているのかもしれないと、園内のランニングコースへと向かい、駆け出す。

 しかし、間もなくぐるりとひと回りを終えても、何の成果も得られない。公園内のどこに身を隠していても、ハヤテの声または視線が届かないはずがない。

 お嬢さまは負け犬公園にたどり着いていないという、ただただ無情な結論だけがそこに示された。

551共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:41:27 ID:jig807Q60

「そんな。それじゃあ……」

 それはお嬢さまがいる可能性が最も高い場所、つまり唯一の手がかりが潰えてしまったことに他ならない。他の場所を探そうにも、お嬢さまがいる可能性が高いと推測できる場所はない。現在進行形で負け犬公園に向かっている可能性もあれば、殺し合いの開始から負け犬公園から遠く離れた場所にいて、体力的に向かうことすら諦めている可能性だってある。この場に留まるか、それとも探しに行くか。仮に行くとして、どの方角に向かうか。いかなる行動を取ろうとも、お嬢さまと出会える確率が最も高い場所など想像が及ばない。岩永さんなら何かしらの根拠の元にその答えを導き出してくれたかもしれないが、彼女とはすでに別れている。

 公園を一蹴した後に自動販売機前に戻ってくると、そこには当然のようにデュラハン号の残骸があった。せめてこれさえ使えたならば、しらみ潰しに探すにも効率的に行えていたはずだ。しかしチェーンが千切れてペダルの折れたその鉄くずにその役割がもう果たせないのは明白だった。

「ああ、もうっ!!」

ㅤたまりたまったモヤモヤを叩きつけるように、手にした剣をひと凪ぎ振り下ろした。その剣の『何でも斬れる』という評価は決して飾りではなく、鈍い音と共にデュラハン号の残骸は両断される。

「まったく、どうしていつもいつも……!」

 まるで、呪われているかのように立て続けに起こる不幸。鉄くずを刻んだところで、苛立ちは癒えない。お嬢さまを探す過程でランニングコースを全力疾走で駆けてきたために呼吸は荒くなっており、息苦しさが感情の昂りをさらに加速させる。

 ハヤテの脳内を占めているのは、お嬢さまの行方だけだった。だから、考えもしていなかったのだ。負け犬公園という地を目指し得るのは、お嬢さまだけではないということを。

 そして――

552共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:41:59 ID:jig807Q60


「ハヤテ君?」

――今の自分が客観的に見て、いかなる様態を晒しているのかということを。

「誰だっ!?」

 その声に反応し、咄嗟に振り返る。手にした剣を構えながら。その剣幕に一瞬怯みつつも、声をかけた少女――桂ヒナギクは、想い人でもある執事と向き合った。

「ヒナギクさん……。」

 負け犬公園に辿り着いたヒナギクが見たのは、植え込みから自動販売機に至るまでことごとく残された破壊の痕――そしてそれを前に、鉄くずに当たり散らし、負け犬公園の中に存在するオブジェクトに新たなる裂傷を刻み込むハヤテの姿だった。

「良かった、無事だったんですね。」
「……その前に。事情を聞いてもいいかしら?」

 駆け寄ろうとするハヤテを静止して告げるヒナギク。そこでようやく冷静になったハヤテが、今の自分を取り巻いている状況に気付く。公園内をめちゃくちゃにしたことまで自分の仕業であると、勘違いされているのではないか、と。

「っ……! 違うんです、これは……!」
「……言葉にしなくても分かってるわ。」
「……えっ?」
「ここに残っているほとんどのキズはその剣よりも細いもの。剣と言うよりは、槍のようなもので付けられたように見えるわね。」

 誤解は、生じない。誰が呼んだか、完璧超人。その観察眼も一般的な女子高生の域を優に超えている。

「はい!ㅤだから……」
「……でも、私はその上で。ハヤテ君の現状を看過できないの。」

 しかし、なればこそ。ハヤテの精神状態が危うい状態にあることも、理解していた。

「らしくないじゃない、やたら焦って。何かあったの?」
「……まあ、これはヒナギクさんも分かっていることでしょうけど……」

553共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:42:29 ID:jig807Q60
 伏し目がちになりながら語るその様子に、ヒナギクには次の言葉が概ね、予想がついた。そしてその予想通りの言葉を、ハヤテは紡いだ。

「……伊澄さんが、亡くなったんです。」

 その焦燥の原因を、ハヤテは簡潔に――しかしこの上なく荘厳に、述べる。それを受けたヒナギクは少し俯きがちになりながら返す。

「……ええ。」

 目の前で死んだ佐々木千穂の時とはまた違う。いつどこで死んだのかも不明瞭なままに、単に放送という曖昧な手段で知り合いの死を突き付けられたことは、ヒナギクの心にも少なからず影を落とした。どうすれば彼女が死ななくて済んだのかなど、後悔する余地すらも残してくれない。関わることも最初から許されぬままに、死という結果だけがそこにあった。

「つまり……この世界には伊澄さんを殺せるような人がいるってことなんですよ……!」

 切羽詰まった様相でハヤテは語る。

 伊澄の持っていたゴーストスイーパーの力を、ハヤテは何度も見てきたから、そんな彼女を殺せる相手がこの世界で殺し合いに乗っているという事実に対し、お嬢さまの身の危険を感じずにはいられない。

 しかしその一方で、ヒナギクは伊澄の力のことを知らない。成人男性に見える者も一定数いるこの殺し合いに、伊澄を殺せるような人など決して少なくないだろうという認識がヒナギクにはある。

 言葉は、不完全だ。この場においてハヤテの言葉がヒナギクに正しく伝達されることはない。

「……だったら、どうするの?」

――だけど、それでも。

「……お嬢さまを、守ります。」

 言葉が不完全でも、発した言葉が正しく受け取られる保証なんてどこにもなくても。

 言葉の裏の心だけは、きっと等身大のままに伝わることのできるものだから。

「――もし敵がいたとしたら、命を奪ってでも?」

554共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:43:48 ID:jig807Q60
ㅤそれは、考えないようにしていたことだった。

ㅤそれを認めてしまえば、岩永さんの信頼を本当に、裏切ってしまうことになるから。

「…………ええと、それ、は……。」

 ぼかすことも、或いはできたかもしれない。だけどヒナギクの視線が、ハヤテの逃げ場を無くした。安易な虚構は通用しないと、彼女の目が物語っていた。

「……はい。お嬢さまを守るためなら、その覚悟はできています。」
「…………そっか。」

 時が止まったように、しばらく二人とも声を発さなかった。そしてその沈黙に疲れたように、先に声を発したのはハヤテの側。

「……ごめんなさい、ヒナギクさん。もう、行きます。」

 そう言って明後日の方を向いて、ハヤテはナギの捜索のために立ち去る。一瞬だけ垣間見えた、視線の逸れた横顔からでも、ひしひしと伝わってくる真摯な感情――その片鱗すらも、向いている先は決して自分ではなく。

「ねぇ、ハヤテ君。私は――」

 痛々しいほどに痛感する。この恋はもう、終わっているのだ、と。否――最初から始まることすらもなかったのだ。

「――ハヤテ君のことも心配だわ。」

 だってあなたは最初から、私のことを見ていなかった。あなたの見る先には常に、ナギがいた。

 この想いは、伝わらない。

 真っ直ぐに伝えるには感情が追い付かなくて。だけど遠回しな気持ちなんて、あなたに届けるには足りないから。

「……でも。」

――だけど。

 言葉にしないと伝わらない想いならば。私の心だけを届けるに足る想いが、あなたに無いのならば。

「――今回ばかりは私も、譲れないんだから。」

 鈍感なあなたにも伝わるよう、言葉にすればいい。

 あるがままの想いを、"告白"すればいい。

555共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:46:30 ID:jig807Q60
ㅤ勇気を出して、あと一歩――




「私はもう……誰も死なせないって決めたのっ!」



――強引にでも、振り向かせてやるんだからっ!



「――白桜ああぁッ!!」

 陽光の煌めく空の下に、一陣の風が吹き抜けた。

「……うわあっ!」

 今や亡き友の忘れ形見となった剣は、まるで太刀風の如く瞬時に、ヒナギクをハヤテの眼前へと運んだ。そして同時に、その剣はハヤテへとその矛先を向ける。

「なっ……ヒナギクさん!?」
「構えなさい、ハヤテ君。」

 この恋に、飾った言葉なんていらない。ただ想いの丈をぶつけ、一歩を踏み出す勇気さえあればいい――ほんとはずっと分かっていたのに。

「どうして……どうしてジャマをするんですかっ!」
「……違うのよ。私は別に、ナギを助ける邪魔をしたいわけじゃない。」

――罪を犯した人間が、その罪の報いを受けるとするならば、それはいつのことだろう。

 私は、嘘をつき続けてきた。皆にも、自分の心にも。

 友達である歩を、裏切るのが怖くて。あなたとの関係が、少しでも変わってしまうのが怖くて。ぐるぐる、ぐるぐると同じところを廻り続けて。

 たった一言の告白、その一歩を踏み出す勇気をいつまでも保留してきたが故に――今ここに、あなたと剣を交わす因果が生まれた。

「でも、この気持ちまでもを抑え込んで、ここでハヤテ君を行かせて……そのせいで誰かが犠牲になってしまったら私、殺されたあの子にもう顔向けができないもの。」

 ハヤテの脳裏に過ぎるは、いつか遠い昔の光景。些細な、しかし致命的なすれ違いの果てに、互いに剣を取り戦うまでに至った天王州アテネと、決定的に道を違えたあの時。

「だから、ハヤテ君。この先へ進みたければ、私を倒してからにしてもらうわ!」
「っ……! だったら……」

 今も、あの時と同じだ。正しいのは目の前の少女で、間違っているのは、僕で。

「僕は、進みます! たとえ……ヒナギクさんを倒すことになっても!」

 僕らは、弱くて、不器用で、何もかもを手にすることなんてできない。二兎を失うのが怖くて、進んで何かを切り捨てる。言ってしまえば、幸せの妥協だ。譲歩できないラインを切らぬギリギリまで、幸せを放り捨てていく。

556共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:46:57 ID:jig807Q60

【D-3/負け犬公園/一日目 朝】

【綾崎ハヤテ@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康 焦り
[装備]:聖剣デュランダル@はたらく魔王さま!
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜1
[思考・状況]
基本行動方針:お嬢様を守る
一.たとえ、この命にかえても。
二.ヒナギクさんを倒して、先に進む。
三.新島真並びに注意する。
四.真さんにお嬢様の事を話したのは失敗でした……
※ナギとの誤解が解ける前からの参戦です。(咲夜から初柴ヒスイの名を聞かされています)
※新島真は暗所恐怖症だと勘違いしています。

【桂ヒナギク@ハヤテのごとく!】
[状態]:腰の打撲 疲労(低)
[装備]:白桜@ハヤテのごとく!
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本行動方針:誰も死なせない
一.綾崎ハヤテを止める。
二.二日目スタート時までに、見滝原中学校に向かう
三. 佐々木千穂の思い人に出会ったら、共に黙とうを捧げたい…
※名簿を暗記しました。
※参戦時期は姫神と面識を持つ前です。
※情報交換によりドラゴンや異世界の存在、鋼人七瀬、魔法少女について知りました。

【支給品紹介】
【聖剣デュランダル@はたらく魔王さま!】
天使ガブリエルが扱っている聖剣。本人曰く『何でも斬れちゃう』ほどの斬れ味を誇る(アルシエルの肉体や遊佐の聖剣に弾かれているため、そういった特殊効果は無い)。

557 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:47:11 ID:jig807Q60
投下完了しました。

558名無しさん:2022/03/03(木) 12:22:06 ID:xQS6KVUY0
遅れてしまいましたが乙です
情報量の違いもありますが、すれ違いが焦りを加速させてますねえ
気づいているのかいないのか、そのタイミングだからこそできる衝突が物悲しくも熱かったです

559 ◆2zEnKfaCDc:2022/03/24(木) 04:57:43 ID:80WX/zh60
投下します。

560バイバイYESTERDAY ◆2zEnKfaCDc:2022/03/24(木) 04:58:54 ID:80WX/zh60
「ねぇ。起きなさい。早く起きなさいったら!」
「……ん。」

 赤羽業の意識は、強引に揺すり起こされることにより覚醒を果たした。開けた視界に、女豹を象った装束に身を包んだ女怪盗、高巻杏の姿が映し出される。

「……ああ。」

 そして体を起こし、数秒ほど寝惚けたようにキョロキョロと辺りを見回して――間もなく、思い出す。何故自分が気を失う羽目になっていたのか。そして杏と自分を昏倒に至らせたのが、誰であったのかを。

「さやかは、一人で……?」

 その下手人の行方は聞くまでもなく分かっていた。杏は自分よりも早く気絶していたのだから、自分の気絶後に杏がさやかを止める手段などあるはずがない。それ以前に、そもそもこの場にさやかがいないのだから、戦場に向かおうとしていた彼女を引き留めることに失敗しているのはもはや明らかだ。それでも、何か想像もつかない要因が――奇跡とでも呼べる何かが、さやかを止めていることを信じたかった。だが、杏はただ黙ってそれに頷いて返すことしかできない。魔法と呼ばれる異能はあれど、それは奇跡とは程遠く。

 それを思い知らせるように、様々な死別を告げる定時放送が彼らの聴覚を支配したのは、それと同時のことだった。

「…………。」

 ここで放送が流れなければ、さやかもまだ刈り取るものと戦っている最中であるのだと、まだ間に合う可能性に縋ることが出来ていたかもしれない。しかし、答えは提示された。箱の中の猫が死んでいることは明かされてしまった。

 杏もカルマも、不覚を取ったという自覚はある。美樹さやかという人物を理解していなかった杏は、さやかの奇襲を予測できなかった。逆に、カルマはそれを予測こそしていたが、魔法という異能力を前にして力が足りなかった。足りないものを持っている隣人がいながらも、それを補い合うこともできなかった。


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