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バトル・ロワイアル 〜狭間〜
561
:
バイバイYESTERDAY
◆2zEnKfaCDc
:2022/03/24(木) 04:59:27 ID:80WX/zh60
「……どうして、死に急ぐかなぁ。」
しばしの時。静寂を切り裂いてカルマがようやく発した言葉が、それだった。自己嫌悪の言葉はとめどなく湧いてくる。しかし、さやかを止められなかったのは自分だけでないことも知っているのだ。それを吐き出せば、その言葉は同時に相手の責任をも問うことになる。それはカルマの本意ではない。
「……それは知らない、けどさ。」
さやかと同じく、カルマの制止を振り切ってでも戦場に戻ろうとしていた杏は、それに同意などできない。杏もまた、死に急いだつもりなどはなくとも無謀な戦いに挑もうとしていた自覚はある。さやかの矜恃は、杏の抱くそれと同じ方向を向いていた。しかし、杏はそれを貫けなかった。あの時さやかに気絶させられていなければ、或いは呼ばれていた名前は自分の名前だったかもしれないのだ。
杏が向かっていた場合の戦局など、今となっては知りようもない。それでも――否、だからこそ、だろうか。さやかは、自分の身代わりに死んだのだと、そう思わずにはいられなかった。カルマの追想に返すべき言葉は、同意でも謝罪でもなければ、ましてや慰めでもない。理不尽を前に反逆の意思を掲げるは怪盗の美学。傷の舐め合いに終わるなど真っ平御免だ。
「今は、先にやることがあるから。」
「……そうだね。」
冷徹な、しかし冷静な現状判断。なぜなら、刈り取るものの名を冠した異形は未だ存在し、殺し合いにその身を投じているのだ。
「っていうかアンタ、そもそも逃げろ派だったよね? 来るわけ?」
「ま、戦局が明らかに崩れているのが分かってるし……人命救助くらいにはね。」
トールが死んで、さやかも死んで。あの戦場に残されているのはあと二人。刈り取るものが生き残っていることへの恐怖の先には、エルマがまだ生き残っていることによる焦燥がある。まだ救えるかもしれない命があの場には残っているのだ。
仮にエルマまで放送で呼ばれていたのなら、敗北を認め潔く撤退するという選択肢もあった。しかしエルマの名が呼ばれていないことこそが、撤退の選択肢を杏の行動選択から除外した。二人もの罪も無い人の命を奪われておきながら、これ以上の喪失を看過するわけにはいかない。それが少なからず仲良くなれたエルマであるなら尚更だ。
「ただし、エルマの救出を果たしたら撤退してもらうよ。それ以上の無茶は駄目。ヤツは改めて人数を揃えてから叩くってことで。」
「……ん、分かった。」
その言葉を前に、僅かに呆気にとられたような表情で、杏を見つめるカルマ。
562
:
バイバイYESTERDAY
◆2zEnKfaCDc
:2022/03/24(木) 04:59:59 ID:80WX/zh60
「なに?」
「いや、意外だなあって。」
「もっと聞き分けのない女だとでも思ってた?」
「……まーね。」
カルマの言葉に少しムッとした顔を見せた杏は、しかし次の瞬間には伏し目がちになりながら、ひと言。
「……まあ、私も。アンタはもっと、冷酷な奴だと思ってた。」
「はは、否定はしないけどねー。」
さやかの末路を見たからか、戦いに戻ると聞かなかった杏もカルマの言葉に素直に応じているし、撤退を唱えていたカルマもエルマの救助に向かおうとしている。トールとエルマを助けに行くか行かないかで揉めた時も、撤退を前提とした上での加勢であれば、さやかは乗っていただろうか。この結論をもう少し早くに打ち立てられていたならば、結果は違っていたかもしれない。タラレバに意味は無いが、それでも、考えてしまう。
二人が昏倒するに至り、さやかが死ぬという結末を導いたあのいざこざは、当事者がいざ落ち着いて話し合ってみれば、こんなにも簡単に解消されてしまうものだったのだから。
(……どーでもいいことだった、とは言わないけどさ。)
人と人は、時に分かり合える。言葉は人間に与えられた高度な技能だ。そんな当たり前のことが、あの時は見えていなかったのだ。
(熱くなると、周りが見えなくなるもんなのかね。)
撤退すべきか、戦場に出向くべきかなどという話でなくとも、提唱した行動が食い違うことくらい、いつだって起こり得る。例えば――殺せんせーを助けるべきか、殺すべきか。この催しのせいで重要度の下がった問い掛けだけれど、元の世界に帰ったら目下に抱えたそれを改めて向き合わなくてはならない問題には他ならない。
刈り取るものという脅威に立ち向かおうとしている今、その先に殺せんせーを殺すかどうかの話なんて、どうでもいい。だけど、それでも――その決意が、そして殺意が、どこか揺らいでいる自分がいた。殺せんせーを殺す派についた理由は、それが殺せんせーが命を賭けるに足る信念であったのだと分かったからだ。
だけど、その信念の裏に遺された者たちの気持ちもまた、知ってしまった。喪失に伴う感情は、そんなものと吐き捨てられるものでないことも理解してしまった。
今でも、殺せんせーを殺すべきと言い放ったことは間違っていないと胸を張って言えるだけの矜恃は抱えている。だけど同時に、「それはアンタのエゴではないか」とぶつけられる自分も見付けてしまった。殺せんせーと同じく、命を賭けるに足る願いを見出したさやかを失ったことを、まだ割り切れていないから。そして――あの教室の恩師のひとりも、殺せんせーに最も強い殺意をぶつけた少女も、放送で呼ばれていたから。
(……ダメだ。殺意を、鈍らせちゃ。)
この世界には、烏間先生という怪物を殺せる人物がいる。曲がりなりにも自分たちと同じ訓練を受け、死線をくぐり抜けてきた少女を殺せる人物がいる。殺す気で挑まないと――殺される。
563
:
バイバイYESTERDAY
◆2zEnKfaCDc
:2022/03/24(木) 05:01:54 ID:80WX/zh60
「……あ。」
間もなくして、カルマより前を走っていた杏が小さく声を漏らした。その視線の先にカルマが気付くよりも早く、杏は足を速めてその場へと向かう。
「……エルマッ!」
エルマは、荒れ果てた大地に横たわっていた。二度と開かない目に降り注ぐ陽光が、その表情を明るく照らし出す。
「……っ!ㅤそんな……。」
すでに手遅れだった。だけど、やもすれば間に合ったかもしれない命でもあった。エルマの身体はまだ温かく、放送時には間違いなく生きていたことを踏まえても死からさほど時間が経っていないのは明らかだ。
しかし、それにしては妙な箇所が一点。おそらくエルマに手を下した存在であろう刈り取るものの姿が、辺りを見回してもどこにも見当たらないのだ。
「……シャドウは倒したら姿かたちも残さず消えてしまうはず。ってことは……」
「相打ち……ってことかもね。」
エルマを殺した後に逃げた可能性も無いではないが、エルマと刈り取るものの生存が確認できた放送からさほど時間は経っていない。それだけの時間は、許していないはずだ。仮にそれを許してしまっていたとしても。エルマが放送直後に殺され、刈り取るものが即座に撤退を選び自分たちの前から姿を消されていたとしても。元より撤退を前提にここに駆け付けてきた二人に、それを追いかける選択肢はない。
そして何より――大願を遂げたかのごとく貼り付けられたエルマの笑みが、それが無念の戦死などではないことを饒舌に語っていた。刈り取るものの消滅は次の放送で確認するまでは真偽不明のままではあるが、一旦は討伐したものと仮定して問題無いだろう。
「……埋葬とか、した方がいいのかな。」
杏がぽつりと呟く。この世界で多くの命が奪われたこと。さらに、今もなお誰かの命が脅かされつつあるのも、分かっている。だけど、少なくとも放送で、怪盗団の仲間は誰も死んでいないと確認できた。さやかもトールも、共に絆(コープ)を深めた時間は、ほとんど皆無に等しかった。明確に"仲間"と呼べる者との死別は、初めてだ。
「穴掘って埋めるのは大変かもしれないけどさ……せめて、火葬だけでも。」
「……火元はどうすんの?」
「カルメン。」
「あー、あの背後霊みたいなやつ?」
「そうそれ。説明はめんどいしぶっちゃけ私も分かんないから。アンタ頭は良さそうだし、何となくで感じ取ってよ。」
何でもアリだな、という感想もといツッコミは、すでにマッハ20の超生物に出し尽くしている。殺せんせー以上に科学で説明が付かない存在も、それを当たり前に扱っている杏のことも、もはや受け入れるしかないようだ。
564
:
バイバイYESTERDAY
◆2zEnKfaCDc
:2022/03/24(木) 05:02:34 ID:80WX/zh60
「じゃ、任せるよ。俺は念のため、近くの見回りとかやっておくから。」
エルマの火葬に立ち会わないのは、無意識に感じている罪悪感からでもある。少なくともカルマは一度、エルマとトールを見捨ててさやかと共に撤退する選択肢を打ち出したのだ。
そんな複雑な想いを察してか、杏は黙ってカルマを見送った。どの道エルマに別れを告げるべきは、あの長いようで短い刈り取るもの戦線で少しばかり共闘しただけのカルマではなく、それ以前から数時間に渡って同行し、絆を紡いだ自分に他ならないのだ。
「……エルマ。」
カルマが去って一人になって。そして改めて、物言わぬ骸となった竜と向き合う。
「フルーツ好きっていう共通点見つけてから、食べ物の話とかいっぱいしてくれたよね。」
"好き"を語るエルマは、幸せそうに笑っていた。今のエルマも、同じ表情をしている。腐敗していくのが勿体ないくらいに、一切の無念を感じさせない、幸せの顔だ。
「私も、美味しいもの食べてる時は、幸せだった。一人で食べてる時も、誰かと一緒に食べてる時も。そんな幸せな日常がずっと、ずっと続いてくんだって思ってたんだ。……でも、そんな些細な幸せを壊して笑ってる奴らが、この世界にはうじゃうじゃいる。」
誰かを虐げる悪意が、この世界には蔓延っていて。その悪意に踏みにじられる幸せは、数え切れない。自分が心の怪盗団としてここに立っている根源でもある友人、鈴井志帆もその一人だった。醜悪な悪意に晒されて、幸せを奪われて。
「私、許せない。この催しの裏で笑ってる奴がいるのなら、怪盗としてそんな楽しみ、奪ってやる。だから……見守ってて。」
仮面に手を翳すと同時に、顕現するひとつの影。死に伴ったエルマの痛みが、どうか熱さの中に溶けていきますように。
「――踊れ、カルメン。」
――アギダイン
ぱちぱちと音を立てて、骸は炎に包まれていく。最後までエルマは幸せそうな顔のまま、ゆっくりと灰へと変わっていった。
565
:
バイバイYESTERDAY
◆2zEnKfaCDc
:2022/03/24(木) 05:05:27 ID:80WX/zh60
■
「……見つけた。」
少し離れた岩陰に、さやかは横たわっていた。その身体に目立った外傷はなく、血も大して流れていない。どう見ても、傍目には眠っているようにしか見えない。
「……どいつもこいつも、死んでるくせに満足そうな顔、しちゃってさ。」
エルマに続いてさやかも、何かをやり遂げたような、そんな表情を浮かべている。志半ばに戦死したとは思えない、そんな顔だ。だからこそ眠っているだけのようにしか見えなくて。だからこそ、死という現実から逃げ出したくもなってしまう。
だけど、"さやか"がこの眠っている少女ではないのは、知っていて。
「……本当に、こっちがさやかなんだ。」
青く煌めいていた宝石に、今や輝きは点っていない。刈り取るものの銃撃を受け、粉々に砕け散っていながらも――しかしその装飾部の痕跡は残っている。さやかがソウルジェムと呼び、彼女の魂が篭っていると説明していた宝石。さやかの死因が人間の肉体の損傷でないことは、連鎖的にあの話も、紛れもない事実であると証明している。
「……後悔とかでうじうじするの、嫌いだからさ。ごめんねとかは言わないし、責めるつもりも別にないよ。」
互いに肯定も否定もすることなく、不干渉。それがさやかとの関係の、始発点だった。どの道この殺し合いの間だけの関係であると、ビジネスライクに。冷や水のように、冷徹に。
「だから、これは俺の独り言。」
だけど、ほんの少しだけ。運命的に僅かに重なり合った因果に、意味を見出すのなら。
「あの悪徳商人はさ、ちゃんと俺がボコボコにしとくから――殺す気で。」
放送を担当していた者は、キュウべえと名乗っていた。それは、さやかから聞いた、契約した相手の名前だ。願いを餌にさやかの人生を弄び、さらには殺し合いという催しにまで落とした存在。
さやかの抱えている戦いに干渉しようなんて心持ちはなかったはずだ。だけど、そのやり口に心から気に入らないと思ったからには、それはすでに自分の戦いでもある。それに、脱出して主催者をぶん殴るのに、モチベーションは多ければ多いほどいい。
最後に、手を合わせた。湿っぽい別れは嫌いだけれど、これでお別れだと終止符を見出すことは、生者が死に見切りをつけるのに必要な儀式だ。恩師との別れまで、こんならしくない真似は、とっておくつもりだったけれど。どうやら感情とは、そう簡単にいくものでは、なかったらしい。
「……ほんっと、らしくないけどさ。」
ㅤ僅かに零れそうになった涙は、無理やりに抑え込んだ。これを流すのは、全てが終わった後にするために。
566
:
バイバイYESTERDAY
◆2zEnKfaCDc
:2022/03/24(木) 05:05:50 ID:80WX/zh60
■
「それで、ここからどうするの?」
それぞれがそれぞれの形で、かつての同行者との別れを終えた。ここからは、新たな同行者と共に、これからの話に移るフェイズだ。
「霊とか相談所ってとこに向かおうと思うよ。」
「別に異論はないけど……理由とかあるの?」
「特に。ただこれといったアテもないし。」
「じゃあその前に……ここ、純喫茶ルブランってとこに寄ってもいい?」
「ん、別にいーけど……ここは?」
「私たちの拠点。心強い仲間、必要でしょ。 」
やるべきことは、次第に見えてくる。殺し合いなどという理不尽を前にしても、彼らのやることは凡そ変わらないのだ。権力を振りかざす大人たちの存在と、エンドのE組。彼らにとって、世界は元より、理不尽だった。
今が苦しみに満ちていたとしても、未来が暗雲に閉ざされていたとしても、それでも弱者なりの戦い方がある。反逆の意思を胸に掲げていられるために、強者に奪われた過去は決して忘れない。掴み取る明日に笑っていられるのなら、踏み躙られた昨日までにも、きっと意味があるから。
【E-6/住宅街エリア外/一日目 朝】
【赤羽業@暗殺教室】
[状態]:ダメージ(中)
[装備]:マッハパンチ@ペルソナ5
[道具]:不明支給品1〜2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:元の日常に帰って殺せんせーを殺す
1.キュウべえを倒す
2.純喫茶ルブランに寄った後、霊とか相談所で首輪の解除方法を探す
3.渚くんを見つけたら一発入れとかないと気が済まないかな
※サバイバルゲーム開始直後からの参戦です。
【高巻杏@ペルソナ5】
[状態]:ダメージ(中) 気絶
[装備]:マシンガン※対先生BB弾@暗殺教室
[道具]:基本支給品(食料小) 不明支給品1〜2
[思考・状況]
基本行動方針:姫神を改心させる
一.純喫茶ルブランに向かう。
二.島にあるであろうパレスの主のオタカラを探し出す
※参戦時期は竜司と同じ9月怪盗団ブーム(次の大物ターゲットを奥村にする前)のときです。
※姫神がここをパレスと呼んだことから、オタカラがあるのではと考えています。
567
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/03/24(木) 05:06:05 ID:80WX/zh60
投下完了しました。
568
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/04/18(月) 04:04:59 ID:HlQLjCVA0
雨宮蓮、小林さん、漆原半蔵、花沢輝気で予約します。
569
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/04/20(水) 22:06:02 ID:6G79CgFU0
投下します。
570
:
つわものどもが夢の跡
◆2zEnKfaCDc
:2022/04/20(水) 22:06:39 ID:6G79CgFU0
放送を迎える心持ちとしては、決して穏やかではなかったにせよ、それでも比較的落ち着いたものであったはずだ。
確かに、私たちを守って死んだ少女、鷺ノ宮伊澄については未だ割り切れているわけではない。だがそんな死別があったとはいえ、その死を改めて突きつけられたとて殊更心を乱されるわけではないだろう。少し時間が経っているのもあって、それくらい私は落ち着いている。
そうなれば、放送に向かう心持ちも比較的平穏だと言えるはずだ。強いて言うなら私と同じく戦う力なんて持っていない滝谷くんが心配だというくらいか。何なら、先走ってるかもしれないあの子らに、ひとまず私の無事を伝えられるというひねくれた期待もあった。不謹慎かもしれないが――私はこの放送を、どこか待っていたような心持ちでいたのだ。
「――小林トール」
私は断じて、その心配だけはしていなかった。
「……は?」
当たり前のように私の隣にいたあの子が。終焉をもたらすだけの力を手に、日常を謳歌していたあの子が。
「……嘘、だろ。」
すでに死んでいる、なんて。
■
571
:
つわものどもが夢の跡
◆2zEnKfaCDc
:2022/04/20(水) 22:07:05 ID:6G79CgFU0
最初から分かっていたことだ。トールとの日々は、永遠ではない。
日常の中であの子はたまに、ふと顔つきに陰りを見せる時があった。そんな時はその陰りを押し隠すように、あの子は笑って――それを見ながら、私は考えた。トールはこの暮らしが終わる瞬間を、すでに脳裏に思い描いてしまっているのだ、と。ドラゴンのあまりにも果てしない寿命。それを前にすると、きっと私という人間など、風前の灯火のように、脆弱で儚い命にしか見えていなかったのだろう。
トールはずっと、終わりを見据えていた。けれどその終わりは、私の死によって訪れるものではなかったのか。まさか私が残される側になるなんて、考えたことすらなかった。私だけが、永遠でないひと時を永遠であるかのように錯覚していた。
(どうして、忘れていた?)
ふと私は、トールと初めて出会った時のことを思い出していた。酩酊のままに引き抜いた神剣――あの日もトールは、私がいなければ死んでいたのだ。
ドラゴンと死とは、決して無縁の概念なんかじゃない。そりゃあ、そうだ。盛者必衰の理というように、命あるもの、いつかは終わる。ドラゴンという生命に何かしら特異性があるとしても、それはただ長いか短いか、強いか弱いかの差でしかない。そんな当たり前のことが、ずっと頭から抜けていたのだ。
(……違うな。たぶん私は……忘れていたんじゃなくて、考えないようにしていただけなんだ。)
ああ、これはどうしようもない現実逃避だ。
トールが私の関与しないところで死んでしまい得ると認めてしまえば、あの子たちを、人間というちっぽけな枠組みからもっとスケールの大きい枠組みに、切り離してしまうような気がして。せめて共に過ごすひと時だけは、彼女たちには人間の枠組みを生きてほしかったのだろう。
「……さん。」
もちろん、私はどうしたってドラゴンにはなれないし、あの子たちだって人間にはなれない。絶対的な種族差それ自体を変えることはどう足掻いても不可能だ。だけど、その違いを受け入れた上で、楽しむことはできる――私はそれを、前向きに捉えていたはずだ。価値観の違いを受け入れ、擦り合わせることの楽しさを、例えばそれを人間ごっこだと言い放ったファフニールに、時には、ドラゴンの価値観に囚われていたイルルに、はたまたその領域を理解しようとすらしなかったキムンカムイに、伝えたかった。
だというのに、結局私は、あの子たちに人間であってほしかったのだ。戦いに生き、そして死にゆくドラゴンの枠組みの概念を、あの子たちから遠ざけたかったのだ。
572
:
つわものどもが夢の跡
◆2zEnKfaCDc
:2022/04/20(水) 22:07:37 ID:6G79CgFU0
(何が違いを楽しむ、だ。)
それを違いであると認めたくなかったのは。
ドラゴンの死を、人間の基準で起こりえないものであるとみなし目を背けていたのは。
人間ごっこから、都合よくドラゴンの価値観だけを排除しようとしていたのは。
他でもない、私じゃあないか――
「――小林さん!」
耳に響く花沢くんの声と共に、私の意識は現実に引き戻された。
「あ……ごめん。ボーッとしちゃって……。んと、どしたの?」
「放送、聞いてなかったのかい!?」
「あ……うん。ゴメン……。」
トールの名前が呼ばれてから以降の名前は、全く耳に入っていなかった。トールが死ぬ世界だ。滝谷くんはもちろん、カンナちゃんやエルマ、ファフニールに至っても無事である保証なんてない。
「えっと……誰の名前が呼ばれたか、覚えてる?」
きっとこの時の私は、間の抜けた顔をしていたことだろう。花沢くんは少し、じれったそうな顔をして――
「悪いけど今は……それどころじゃないんだ!」
次の瞬間、私の身体はふわりと持ち上がった。
「えっ……」
「少し荒っぽく運ばせてもらうよ。」
さらにそのまま――私は一陣の風となった。方向感覚もなくなるくらいの速度で、どこに向かうかも分からぬまま強引に高速移動をさせられる。
573
:
つわものどもが夢の跡
◆2zEnKfaCDc
:2022/04/20(水) 22:08:02 ID:6G79CgFU0
「う……うわああああああっ!」
まるで前に向かって落下しているような、そんな感覚。トールに初めて乗った時も、これに近い恐怖だった気がする。それに並走するように一緒に飛んでいる花沢くんの姿も、向かい風に晒されほとんど機能していない視界の端に、ギリギリ見て取れる。表情は見えないが、彼が何かしらに真剣であるのは間違いない。
そして私たちは、"現場"にたどり着いた。
そこには先に漆原がいて、私たちを横目で確認すると、それまで見ていた箇所に再び視線を移す。まるで信じられないようなものを見たとばかりのその目の向かう先。自ずと私の視線も、そちらへ吸い寄せられ――そして理解する。私が聴き逃した放送が、誰の名前を呼んでいたのか。
視線の先で、僅か数分前まで遊佐恵美だったであろうものが、一本の大木に吊り下がって揺れていた。その細い首にはロープらしきものが架けられており、言うなれば典型的な、『首吊り自殺』の単語が浮かんでくる光景だった。
「……馬鹿なヤツ。」
その光景を見て、漆原は小さく吐き捨てる。人間の文化に精通しているわけではないが、執行を重力に委ねることができる首吊りは、エンテ・イスラでも典型的な自殺の手段である。彼の頭に浮かんだ想像も、他の二人と大差は無い。あえて気になることといえば現場に踏み台に類するものが無いということ。しかしそれについても、遊佐の脚力ならば必要ないと言えよう。
「お前にとって罪って、そんなにまで受け入れられないものだったのかよ。」
死を選んだ理由は、想像できる。明智吾郎という男との交戦の末に促された精神暴走により、罪のない少女の命を奪ってしまったこと。
仮にも漆原は、魔王軍として人間と戦う中で、相手を殺したことも数え切れないほどある。しかしだからといって、遊佐にとってそれがそんな些細なことと吐き捨てられるほど、軽いことであるとは思わない。奪った命への償いの気持ちというのも、今なら少しは理解できる。
574
:
つわものどもが夢の跡
◆2zEnKfaCDc
:2022/04/20(水) 22:08:35 ID:6G79CgFU0
「……白くあり続けようとするのは、尊いことだ。だけどそれに溺れてしまうくらいなら、深淵よりも真っ黒に、堕天してしまえば良かったんだ。」
生き方がほんの少し変わってしまうことくらい、天使にだって――そして悪魔にだって、ある。それを悪いことだとは思わないし、かの勇者エミリアであれば、どれだけ変わってもきっと根底の正義は揺らがないだろうとも思っていた。ちょっと独りにしてほしいと言った遊佐を送り出したのは、偏に信頼だったのだ。アイツならきっと、自分の罪と向き合って、それを糧に正義を志してくれる。だから大丈夫だ、と。少しながらも遊佐を知っているからこそ、その言葉に頷いたのに。
(行かせなければ良かったのか?ㅤそれとも……死なせてやった方が、アイツのためには正解だったのか……?)
もう、どんな感情を抱くべきなのかも分からない。そもそも遊佐は魔王軍から見たら敵勢力なわけで、ここまで馴れ合ってきたこと自体がイレギュラーであるとも言えるのだ。旧敵がいなくなったこと、その事情だけ見れば、喜ぶべきなのだろう。だけど、とてもそんな気分にはなれない。
ひとつだけ、明確に言えるとするならば――こんな形の決着、真奥のヤツも望んじゃいなかったろうに、と。ただ、それだけだった。
「……まだ、助からないかな?」
そう切り出したのは、花沢だった。言葉と同時に放った念動力が、ひとまず遊佐の身体を空中にキープし、重力で締め付けられていた首を解放する。
「確かに放送では死んだと言われていたけど、そもそも医者であっても立ち会わずして厳密な死亡宣告なんてできるわけがない。もしかしたら仮死状態にあるだけかもしれないだろ?ㅤ僕が念動力で浮かせておくから、このまま縄を解いて降ろそう。できるだけ、慎重にね。」
「……そうか!」
遊佐との親交が薄いからこそ、花沢は冷静だった。その言葉を聞いて、ハッとしたように遊佐の方へと走り出す漆原。
その隣で、小林はどこか考えるような素振りを見せていた。
575
:
つわものどもが夢の跡
◆2zEnKfaCDc
:2022/04/20(水) 22:09:42 ID:6G79CgFU0
(具体的な根拠が、あるわけじゃない。)
小林から見ても確かに、最後に見た遊佐は精神的に弱っていた。漆原ほど彼女を知っているわけではないが――それでも、思わずにはいられない。彼女が本当に、自殺という手を選んだのか?
かつてトールは、私を慕ってくれていた。下等で愚かな生物だと謳っていた人間である私を。ドラゴンという私たちとは比べ物にならないほどの存在が、たった一晩で心を変えたのである。そして、彼女を変えた何かは間違いなく存在しているのだ。
トールを変えたのは小林さんであると、トールは言っていた。でもね、私はただ酔った勢いであの山にフラフラとたどり着いただけのただのOLなんだ。私自身が特別ってわけじゃあない。トールが言うような価値なんて、私にはないんだよ。
(でもトールはあの時――震えてたんだ。)
そう、トールを変えたのはきっと、私なんかじゃないんだ。
(ドラゴンであっても……きっと生物である限り、簡単には抗えないんだよね。)
トールと初めて会った山の中。私に信仰心があれば、抜けなかったであろう神剣とやら。死という、あらゆる変化の終着点を前にしたトールは、抗えない恐怖と戦っていた。
死ぬのは怖い――生物に定められた生存本能。それに逆らうのは、ドラゴンの心すら変えてしまうほどに、決して容易なことなんかじゃなくて。
私たちと別れてから放送が始まるまでの数分間で、旧知の相手にまで気持ちを隠し切ったまま、生存本能を振り切って自殺に走る。そんなの、心の弱った彼女に――いいや、心が弱っていればこそ、できるわけがない。死という不可逆的な変化を受け入れるその心は、ある種、強さと呼べるものだから。
だからこれは、自殺じゃない。だとすると、この現場を作り上げた第三者がいるのだ。
わざわざ手間をかけて、遊佐が自殺したかに見せかける、その者の狙いは――
576
:
つわものどもが夢の跡
◆2zEnKfaCDc
:2022/04/20(水) 22:10:10 ID:6G79CgFU0
「……待てっ!」
突然の小林の発言に、漆原はピタリと静止する。
「えっ?ㅤ…………なっ!?」
――次の瞬間。遊佐を吊るしていた巨木の影から、ひとつの影が漆原へと飛びかかった。
突然の出来事に、的確な反応なんてできようはずもない。その影の手にしたナイフの刃先が、漆原の喉を掠める。僅かに届かなかった一撃に、影は小さく舌打ちをしながら、空いた左手を顔に装着した仮面へと当て、そして、発する。
「――アルセーヌ!」
続いて襲撃者――雨宮蓮の背後より顕現したペルソナ、アルセーヌから放たれた斜めの斬撃が、漆原の胴に裂傷を刻む。
「ぐっ……このッ……!」
更なる追撃を許すわけにはいかない。血が流れ出て脱力する身体に鞭打って、支給された三叉の槍をぶん回す。遠心力を味方にした横薙ぎの槍術で、振り下ろされるアルセーヌの腕とぶつけ合って、互いに弾き合う。
攻撃されていると理解してからは、正面戦闘に遅れを取る漆原ではない。しかし、心の準備が相手より二手分は遅かった。遊佐の身体に超能力を使っていた花沢も、直ぐに対象を切り替えるには至らず、また最も襲撃を警戒できていた小林とて、単独で戦局を動かす力はない。アルセーヌの『スラッシュ』によって胸に深く刻んだ傷とて甘受して然るべきと言えるまでに、全員が襲撃者に対して遅れを取ってしまっていた。仮に小林さんの警告が無く、あと一歩踏み込んでいたならば――喉元を掠めた斬撃を前に、その先の想像は容易い。
「……お前が遊佐を、殺したのか?」
状況を見るに、この男が遊佐を殺したのは間違いない。むしろ、遊佐の自殺を突きつけられた時に覚えたあの失望にも似た動揺を思えば、殺されたという方が――明確に仇討ちの相手がいる方が、精神的にも楽ではある。だが一方で、漆原はそれを信じたくなかった。
何せ、明智や自分たちとの連戦で心身ともに弱っていたとはいえ、仮にも遊佐は勇者と呼ばれた人間だ。それを、自分たちと別れてからの短時間にいとも容易く殺し、そればかりか自殺偽装により来訪者の不意をつく準備を許す時間まで残しているのだ。それは目の前の男の実力を証明するには十分過ぎる事実。
それを改めて突きつけるように、静かに、そして荘厳に、男は口を開いた。
577
:
つわものどもが夢の跡
◆2zEnKfaCDc
:2022/04/20(水) 22:10:34 ID:6G79CgFU0
「――そうだ。俺が殺した。だが、大丈夫だ。すぐにお前たちにも後を追わせてやる。」
いつか不殺の誓いを打ち立てた怪盗団のリーダー。聖剣の勇者の名の下に人々を率いて戦った少女。悠久の時を生きるはずだったドラゴン。もう、どこにもいなくなってしまった者たち。
生きている限り、誰もが常に、その在り方を変えていく。いずれ死ぬその時までは、誰かを信じて、時に疑って、されどまた信じて、そんな巡りを続けていく。だからこそ、かつて敵だったものは、明日の仲間かもしれなくて。
今のこのひと時が、たった一発の銃声で掻き消えてしまうほどに儚いものであると、知っているから。
相手の命を奪ってでも、生にしがみつくその理由なんて――それでいい。それだけで、十分だ。
【D-3/草原/一日目 朝】
【雨宮連@ペルソナ5】
[状態]:健康
[装備]:綺麗なナイフ@虚構推理
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜2(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る
一.…やるか(殺るか)
二.怪盗団のメンバーも、殺そう。
三.明智五郎は、この手で殺された借りを返す
※11月20日新島冴との取引に応じ、明智に殺されてBADエンドになったからの参戦です。
※所持しているペルソナは【アルセーヌ】の他にアルカナ属性が『正義』のペルソナが一体います。詳細は後続の書き手様にお任せします。
【小林さん@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:胴体に打撲
[装備]:対先生用ナイフ@暗殺教室
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜2) 折れた岩永琴子のステッキ@虚構推理
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1.トールの死による喪失感
【漆原半蔵@はたらく魔王さま!】
[状態]:腹部の打撲
[装備]:エルマの三叉槍@小林さんちのメイドラゴン
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜2)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界の知り合いと力を合わせ、殺し合いを打倒する。
一.雨宮蓮を打倒する。
※サリエルを追い払った時期より後からの参戦です。
【花沢輝気@モブサイコ100】
[状態]:念動力消費(大)
[装備]:金字塔のジャケット@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
一.雨宮蓮を倒す。
二.影山茂夫への尊敬と、無意識な恐怖。
三.影山茂夫には頼りきりにならないようにする。
※『爪』の第7支部壊滅後からの参戦です。桜威に刈られた後のカツラを装着してますが、支給品ではなく服装扱いです。
578
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/04/20(水) 22:11:00 ID:6G79CgFU0
投下完了しました。
579
:
名無しさん
:2022/04/21(木) 04:32:01 ID:MWAULjhY0
投下乙です。
第二回放送後の感想を、好きな文章を引用しながら書いていきます。
・生生流転――ふたりぼっちのラグナロク
前回からも示唆されていたように、味覚が消失したエルマ。
ある種、人間との繋がりでもあるそれを失い、なおも刈り取る者を打倒することをめざすエルマ。
しかし一歩及ばず、死の危機に瀕したときに思い出すのは、許されない本当の気持ち。
>「ただ……お前と……一緒にいたかったんだああああっ!!」
ここの叫びは、調和勢としてごまかしてきたのであろう感情をついに吐露したように感じられて、とても熱いものでした。
そこからの、トールの力を借りた二人での勝利。語りかけた言葉は、もはや嘘偽りも、建前すらもない、正直な感情なのでしょう。
>「お前を元の世界に連れて帰る……だっけか? もうそんな建前は言わないよ。」
>「……今度こそ二人で、一緒に旅をしよう。人間の世界を見定めるなどという目的もない、ただ私たちが楽しむためだけの、自由な旅だ。」
>「人間の姿のままでの食べ歩きもいいな。お前が隣(そこ)にいてくれるなら、きっとどんなものでも、美味しいだろう。」
心が締め付けられるようなセリフの数々でした。
・このちっぽけな世界で大いなる退屈を遊ぼう
このキャラクターは未把握なのですが、異世界の存在であるサタンの宝剣を十全に取り扱うだけでも、格の違いが見て取れます。
>二度と――鷺ノ宮伊澄に"勝利"することは、果たせなくなってしまった。
>「……時間が惜しいな。綾崎ハヤテ、どうかお前は私に殺されるまで、死なないでくれよ?」
覚悟はすでに決まり、戦力的にも精神的にも不安のないヒスイ。
付け入るスキがあるとするならば、綾崎ハヤテへのこだわり、なのでしょうか。
・共に沈めよカルネアデス
おひいさまこと岩永が、どこまでも、冷徹と言えるくらいに冷静沈着。
虚構を用いてハヤテを説得し、さらにクイーンとの怪盗攻略議会も有利に進めていくさまは、見ていて空恐ろしいですね。
論理展開の巧さは原作の『虚構推理』を読んでいるかのようで、岩永の再現度の高さには舌を巻きました。
>「『放送で岩永琴子の死亡が確認された場合、新島真、ならびに彼女の仲間と思われる怪盗の名を冠する集団、その全員を危険人物として他の参加者に周知せよ。』」
>「――みんなは……関係ないじゃないっ!」
>直後、真は自分の発した言葉にハッとしたように、慌てて口を押さえた。
それに対する真は、チェスでいうなら次第に詰められていくようなもの。
引用した部分は、「推理漫画で探偵にカマをかけられて犯人しか知り得ない情報を口走ってしまったとき」のやつ。好きです。
もちろん、ハヤテとヒナギクのバトルの結果も気になるところです。
ラストの地の分にもあるように、彼らが不器用だからこそ起きた戦闘。取り返しのつかない結果をもたらさないと良いのですが。
・バイバイYESTERDAY
>「私、許せない。この催しの裏で笑ってる奴がいるのなら、怪盗としてそんな楽しみ、奪ってやる。だから……見守ってて。」
>仮面に手を翳すと同時に、顕現するひとつの影。死に伴ったエルマの痛みが、どうか熱さの中に溶けていきますように。
>「あの悪徳商人はさ、ちゃんと俺がボコボコにしとくから――殺す気で。」
>僅かに零れそうになった涙は、無理やりに抑え込んだ。これを流すのは、全てが終わった後にするために。
共闘した相手を悼む。言葉にすると単純ですが、とても丁寧に描いてくれていて好感が持てます。
主催者からすればちっぽけな存在だとしても、彼らは昨日までを無為にしないために、反逆の意思を絶やすことは無いでしょう。
580
:
名無しさん
:2022/04/21(木) 21:48:57 ID:MWAULjhY0
・つわものどもが夢の跡
放送後の反応で、気になっていたうちのひとつである小林さん。
『小林さんちのメイドラゴン』への理解はまだまだ浅いのですが、小林さんが“人間として”ドラゴンたちと対話をする点が面白い要素だと考えています。
異種間のコミュニケーション。そこにある徹底的な隔たりのひとつである寿命は、ともすれば普通の日常を生きている人間も忘れてしまうことです。
>トールはずっと、終わりを見据えていた。けれどその終わりは、私の死によって訪れるものではなかったのか。まさか私が残される側になるなんて、考えたことすらなかった。私だけが、永遠でないひと時を永遠であるかのように錯覚していた。
>トールが私の関与しないところで死んでしまい得ると認めてしまえば、あの子たちを、人間というちっぽけな枠組みからもっとスケールの大きい枠組みに、切り離してしまうような気がして。せめて共に過ごすひと時だけは、彼女たちには人間の枠組みを生きてほしかったのだろう。
>だというのに、結局私は、あの子たちに人間であってほしかったのだ。戦いに生き、そして死にゆくドラゴンの枠組みの概念を、あの子たちから遠ざけたかったのだ。
トールを“ドラゴンとして”扱うより“人間として”対等に扱っていた小林さん。
ただトールの死を悲しむだけではなく、こうした思考の過程を描くことで、小林さんの特異な点を描き出している作品だと思います。
>死ぬのは怖い――生物に定められた生存本能。それに逆らうのは、ドラゴンの心すら変えてしまうほどに、決して容易なことなんかじゃなくて。
>私たちと別れてから放送が始まるまでの数分間で、旧知の相手にまで気持ちを隠し切ったまま、生存本能を振り切って自殺に走る。そんなの、心の弱った彼女に――いいや、心が弱っていればこそ、できるわけがない。
>死という不可逆的な変化を受け入れるその心は、ある種、強さと呼べるものだから。
さらに思考を発展させて、遊佐が自殺するはずがない、という結論に辿り着かせるのがお見事。
そして、殺した遊佐の死体を利用して奇襲をかけたジョーカー。手段を選ばない覚悟が見て取れます。
>いつか不殺の誓いを打ち立てた怪盗団のリーダー。聖剣の勇者の名の下に人々を率いて戦った少女。悠久の時を生きるはずだったドラゴン。もう、どこにもいなくなってしまった者たち。
>生きている限り、誰もが常に、その在り方を変えていく。いずれ死ぬその時までは、誰かを信じて、時に疑って、されどまた信じて、そんな巡りを続けていく。だからこそ、かつて敵だったものは、明日の仲間かもしれなくて。
>今のこのひと時が、たった一発の銃声で掻き消えてしまうほどに儚いものであると、知っているから。
>相手の命を奪ってでも、生にしがみつくその理由なんて――それでいい。それだけで、十分だ。
ラストの地の文章がめちゃめちゃ好きです。
命の儚さを知り、あるいは再認識した者たちの、決死の勝負が始まりますね。
581
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/05/10(火) 02:05:20 ID:S70Bmxgk0
感想ありがとうございます。
いつも励みにさせていただいてます!
三千院ナギ、モルガナ予約します。
582
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/05/13(金) 06:09:42 ID:XQc5FwDQ0
投下します。
583
:
朝焼けすらも許さない
◆2zEnKfaCDc
:2022/05/13(金) 06:11:27 ID:XQc5FwDQ0
「……キレイだな。」
燦々と降り注ぐ朝の陽射しを浴びながら、三千院ナギはどこか遠い目のまま呟いた。落ち着いているようにも見えるが、先ほどまでの天真爛漫な様子から、放送を受けた後に一転しての様相である。
主催者の姫神がナギの昔の執事であるという話はすでに聞いている。不安げな想いを隠せないままに、モルガナはナギを見ていた。ナギの小さい身体よりもいっそう小さな身体であるが、その様子から労りの気持ちは伝わったようで、ナギはゆっくりと口を開いた。
「……私さ、朝は遅いんだよ。平日は学校に行くギリギリまで寝てるし、休日なんか昼に起きてるし。」
「お、おう……?」
ぽかんとしたモルガナを前に、ナギは続ける。
「だから、朝日が出てくるところなんて、ほとんど見たことないんだ。」
いつか、柄にもなく早起きをして見た、早朝の世界。立ち上る朝日に、感動した。気だるい身体をラジオ体操で動かして、思った以上の爽快感に包まれた。
「でも、私の執事もメイドも、早起きだ。朝日よりも早く起きて、私の朝ご飯とか弁当とか作ってくれてたりさ。ハヤテもマリアもそうだし……姫神も、そうだった。」
そしてそこには――どこかいつもと違う、執事の姿があった。私に呼びつけられる心配もなく、ひとり台所で食事を用意するハヤテ。その横顔に差し込む朝日が、すごく綺麗だと思った。
私が普段眠っている時の三千院家には、私の知らないものが詰まっていたのだ。
「たったそれだけだけどさ。でも、私と、私の周りの人間ではこんなにも、見てる世界が違うんだなって、そう思うんだよ。」
私が小さな冒険をしているような感覚で歩んでいた早朝の世界は、とうに彼らの日常のルーティンに組み込まれていた。私だけが、お嬢様というカゴの中に取り残されているような、そんな気すら湧いてくる。
そしてナギは俯いたまま、か細い声で紡いだ。
584
:
朝焼けすらも許さない
◆2zEnKfaCDc
:2022/05/13(金) 06:12:03 ID:XQc5FwDQ0
「やはり、傲慢だったのだろうな。こんな私が、姫神のことを理解しようなんて。」
最初から分かっていた。ただ、認めたくなかっただけだった。自分は背伸びをしているだけの子供で、ちっぽけで、まだ何も見えていない。私と違うものが見えている姫神のことを理解しようとすること自体、そもそも間違いだったのだと。
「私さ、待ってたんだ。姫神が、放送に乗じて何らかの殺し合いの打開策を教えてくれる。かつて私を守ると誓ってくれたあの男は、何だかんだで最終的には私のために動いている……って。殺し合いを命じられてるのに、そんな信頼が、心の底にはあった。」
「いや、まだこれからでも……」
「……いいんだ。」
フォローを入れてくれようとするモルガナに、キッパリと返す。間違っていたのは私だった。その事実は、事実として受け止めるから。
「だって、姫神の言葉で巻き起こった殺し合いで、現に人が死んでる。」
「……まあ、そうだよな。」
「それに……」
ああ、もう手遅れなのだ。仮にこの殺し合いが、よく分からない因果の先に、私のために行われたようなものであったとしても。
「……伊澄が殺されてる地点で、もう私たちに分かり合う道は残ってない。だから……これでいいんだ。」
その犠牲に伊澄を選出した地点で、私がそれを認めることは絶対にないのだから。
「伊澄は、マイペースで何考えてるか分からないし、どこに行くかもどこから来るかも分からないし、ボケは多いし、一緒にいると色々大変だったけどさ。」
伊澄には、いつも困らされるばかりだった。
すぐに迷子になるからトラブルメーカーになるばかりだし、向けられる好意に鈍感すぎるが故に起こるワタル関連のとばっちりを受けるのは主に私だし、時に私のハヤテを勝手に買収していったこともあった。
咲夜やワタルも含めての幼なじみという関係性だからどうしたって縁が切れることは無く、向こうも同じく大金持ちの家系であるから旅行などにも気軽に着いてくるし、そしていつも大規模な迷子になる。まるで予測も回避も不可能な台風と言わんばかりのタチの悪さだ。
「それでも……」
585
:
朝焼けすらも許さない
◆2zEnKfaCDc
:2022/05/13(金) 06:13:07 ID:XQc5FwDQ0
『――その漫画の……続きはどうなるの?』
「……伊澄は私の世界を、認めてくれたんだ。」
どれだけ困らされようとも、一緒にいる理由なんてそれだけでよかった。
「みんなが私の下手な漫画を笑いものにしてたパーティーの中でさ、伊澄が……伊澄だけが、面白いと言ってくれたんだ。私が漫画を投げ出さずに描き続けられたのは、そのひと言があったからなんだよ。」
私の世界は、誰かと分かち合うことができるのだと、そしてその喜びは言葉じゃ言い表せないくらい大きいものなのだと、伊澄は私に教えてくれた。
だからこそ、私も伊澄の世界に触れたいと思った。伊澄のマイペースがどれだけ困りものだろうと、それが伊澄の世界であるならば、私は受け入れる。
それが私たちの、幼なじみという関係をも超えた親友としての在り方だった。間違っても、何かを得るために犠牲にしていいものなんかじゃなかった。
「そんな伊澄をこの殺し合いは……姫神は、奪ったんだ。もう、元になんか戻れないよ。」
「ナギ……」
己の言葉を省みて、安直な慰めの言葉だったかもしれないと、モルガナは思った。ナギはすでに事実と直面し、等身大の気持ちで受け止めている。それが彼女の生まれ持っての強さなのか、或いはすでに姫神よりも大切な執事がいるからこその強さなのかはわからない。
だが少なくとも、今の彼女にかけるべき言葉は、慰めではなく。
586
:
朝焼けすらも許さない
◆2zEnKfaCDc
:2022/05/13(金) 06:15:48 ID:XQc5FwDQ0
「だったら、もっと……もっと、怒るんだ。」
「え……?」
「理不尽に親友を奪われて……それなのに感傷に浸っている暇なんて、ありゃしないだろ?」
ナギの強さに対してかけるべき言葉は、共鳴に他ならない。その強さを、踏みとどまるためではなく、前に進むために導くこと。姫神の犠牲となり、死んでしまったものに強者を挫くことはできない。その遺志を継いで、力を振りかざす強者を刺すことができるのは――いつの世も、喪失を乗り越えた弱者だ。
「怒って、そして反逆するんだよ。向こうから反故にされたいつかの約束なんて気にするな。戦う道理はこっちにある。」
ぽかんとした顔で、ナギはモルガナを見ていた。
意地になって、ハヤテに酷いことを言ってしまった時に、謝罪の一歩を踏み出せない私を優しく諭し、背中を押してくれたマリアのような。はたまた何かにつけてはサボりがちだった私を諌めてくれたハヤテのような。私の中のモヤモヤを言葉にした上で、やるべきことに導いてくれる。
「……そうだな。うん、そうだった。」
ああ、そうだ。私の大切な人は、いつかの約束を放棄して消えた執事なんかじゃない。今ここに、私のために言葉を投げかけてくれるヤツがいる。
「忘れてたよ。そういえば私は……ワガママお嬢様だったのだな。」
最初から、間違っている。
最初から姫神のことなんて、理解しなくて良いのだ。だって私はお嬢様なのだから、執事である向こうが私に気を使うべきではないか。姫神はそれに応じないどころか、あろうことか私の、本当に譲れない大切な親友を奪ったのだ。クビにしたって、引っぱたいたって、全然足りやしない。
「そうだ、姫神を理解する必要なんてどこにもないじゃないか。私は私の視野のまま――伊澄が認めてくれた、私の世界のままで。とんでもない無礼を働いたダメ執事の姫神を断罪すればそれでいいのだ。」
今までだって、気に入らない使用人に対してはそうしてきた。私を目覚めさせる朝焼けにだってその矛先を向けるくらいには――怒りとは、私がお嬢様たる所以ではないか。
「さあ行くぞモナ。あのふざけた元執事をなぎ倒してやるのだ。全速前進で私についてこい!」
「よーし、その意気だナギ!」
587
:
朝焼けすらも許さない
◆2zEnKfaCDc
:2022/05/13(金) 06:16:22 ID:XQc5FwDQ0
【B-4/一日目 朝】
【三千院ナギ@ハヤテのごとく!】
[状態]:疲労(大) 不安(小) 膝に擦り傷 手の爪に砂や泥
[装備]:CD火炎放射器と私@虚構推理
[道具]:基本支給品 CDラジカセ
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗らない
1.姫神…何をたくらんでいるのだ?
2.次に出会ったとき、ヒスイと決着をつける
3.ハヤテー!マリアー!どこだー!……生きているよな?
4.烏間なる人よ……成仏してくれ
※モルガナとのコープが5になりました。以下のスキルを身に付けています。
「駒さばき」集団行動のとき、メンバーに的確な指示を出すことができるようになる
「お嬢様の追い打ち」モルガナの攻撃で相手をダウンできなかった場合、追撃する。
※ヒスイとのコープが9になりました。まだスキルは解放されません。
※ヒスイが姫神側の人間であると知りました。
※ペルソナの存在について理解しました。
※ロトの鍵捜索中からの参戦です。
※もしかして自分は「運動が実は得意」なのではないかの思いが内心、芽生えました。
【モルガナ@ペルソナ5】
[状態]:ダメージ(低)、疲労(中)、SP消費(小)
[装備]:ノーザンライトSP@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品(1)(不明支給品にモルガナが扱える武器は含まれていません。)
[思考・状況]
基本行動方針:ナギとの取引を果たす
1.姫神の目的はなんだ?
※ナギとのコープが5になりました。
※ヒスイが姫神側の人間だと匂いでわかりました。六花の匂いにも気づきましたが、異様な匂いだと感じています。
※シドウ・パレスのレストランで政治家・大江を倒した時よりは後からの参戦です。
588
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/05/13(金) 06:16:43 ID:XQc5FwDQ0
以上で投下を終了します。
589
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/03(土) 18:51:39 ID:pbzklRQ.0
鎌月鈴乃、小林カンナ、鹿目まどか、巴マミ、佐倉杏子、潮田渚、弓原紗季で予約します。
590
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/10(土) 15:18:14 ID:nbgMbBOU0
連作の1話目のみになりますが、投下します。
591
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/10(土) 15:24:13 ID:nbgMbBOU0
ㅤかたちあるものは。
ㅤいつかはこわれて、きえてしまう。
ㅤぴしりと、おとをたてながら。
ㅤぽろぽろと、あふれるままに。
ㅤひびわれて、こぼれて。
ㅤそして、かたちをなくしていく。
ㅤ――ああ、まただ。
ㅤわたしのかたちが、とけだしてゆく。
ㅤこわい、こわいよ。
ㅤだけど。
ㅤわたしがいつか、かたちをなくしたそのあとは。
ㅤ――かたちなきしあわせを、つかめますように。
592
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/10(土) 15:25:23 ID:nbgMbBOU0
■
身体が軽い――巴マミがそんな感覚に陥ったのは、おおよそ6時間ぶりのことだった。6時間前は、幸福感、もとい高揚感から。鹿目さんが魔法少女になる決意を固めて、一緒に戦ってくれると誓ってくれた時のもの。ずっと欲しかった私の居場所というものがようやく与えられたような気がして、それが魔女との命を賭けた戦いの場であるというのに、どこか舞い上がってしまっていた。その結果――眼前に迫り来る、死という底知れぬ恐怖を垣間見ることとなった。
そして今、マミは再び、同じ感覚に陥っている。しかしその裏に秘められた感情は、6時間前とは真逆であった。憔悴、焦燥、そして絶望――全身の脱力が感じられるほどに、脳裏を駆け巡る様々な想い。
数時間に渡る鎌月鈴乃との戦闘は、マミの精神を着実に蝕んでいた。確かにマミは、幼少期にキュゥべえとの契約を果たし、以降長きに渡り魔女と独りで戦ってきたベテランの魔法少女である。しかし鈴乃も同様、幼い頃から暗殺の訓練を受け続けてきた歴戦の暗殺者。二人の年齢差をも考慮に入れれば、むしろ鈴乃の方が戦いに身を投じてきた年期は長い。さらには、消耗すればするほど失われていくソウルジェムの輝きに対し、鈴乃は大気から聖法気を取り込むことができる。最初の段階で互角に撃ち合っていた地点で必然的に、戦いが長引けば長引くほどマミの側の不利が広がっていく。
そんな戦局の中で、鈴乃の警戒の外側にあった唯一の切り札、『ティロ・フィナーレ』は確かに、鈴乃を捉えたはずであった。そう、その瞬間に、鈴乃の後方に潜んでいた庇護対象、潮田渚の姿さえ見えなければ。
護るべき相手を、射殺しかけたことによる焦り。そして鈴乃と渚に向いていた銃口を強引に捻じ曲げて阻止したとしても、未だ護りたい相手である渚が、殺し合いに乗っている(と思っている)鈴乃の射程圏内に入ってしまっているという事実。焦燥が加速する要因は、この上なく出来上がってしまっていた。
「――やあ、調子はどうだい?」
極めつけに、狙ったかの如きタイミングで流れ始めた第一回放送。本来であれば、1秒先の自分の未来すら閉ざされているかもしれない戦場で、耳を傾けるに値するだけの情報ではなかっただろう。
事実、鈴乃はその声をいったん、意識の外に置いていた。完全に音声をシャットアウトすることなどできはしないものの、心持ちを眼前の光景に集中すれば、ある程度を除外することは可能である。
一方で、マミの側。最初に聴こえてきたその声を、意識の外に飛ばすことなど――到底、できるはずもなかった。
593
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/10(土) 15:25:59 ID:nbgMbBOU0
「キュゥ……べえ……?」
その声の主――殺し合いの主催側の人物であり、自分たちをこの死地にたたき落とした紛うことなき敵であると認識していた相手は、マミのよく知る存在であったのだから。
魔法少女としてのマミの隣には、誰もいなかった。守る側と、守られる側。同じ人間であろうとも、両者の隔たりは大きい。研鑽を怠れば命を落とし得る者と、当たり前のように日々を謳歌している人たち。成績を維持する程度の勉強を行っていれば、趣味に費やせる時間が無い者と、文武両道を為せる者たち。歳を重ねるごとに、その溝は大きくなっていった。
そんな中でも、隣にとまでは言えずとも、常に共にあり続けた唯一の存在。それが、キュゥべえだった。その企みも知りえぬままに、家族の代わりとすら言えるだけの、歪な信頼関係がそこにあった。
この殺し合いの主催側に、彼がいる。その事実は、簡単に拭えるはずもない。
「……そっか。そうなんだ。魔法少女って、そういう……」
放心にも見える表情で、何かを呟いているマミ。そして、暗殺者、鎌月鈴乃はその隙を逃さない。放心状態のマミへと即座に銃口を向ける。魔法少女の身体の耐久性は先の応酬で理解している。厳密には、偶然にソウルジェムに当たっていないがためにマミへと致命打を与えられていないだけで、実際の耐久性とは認識の齟齬がある。ただ少なくとも、魔法少女の秘密など知る由もない鈴乃にとっては『ただの銃撃では殺せない』と判断するには十分な要素でしかなく、『殺さずに無力化する』という目的のために銃撃を選ぶ結果となった。
「っ……待って!」
「なっ……!?」
そんな鈴乃に対し、発せられた声。その主は、鈴乃の言葉を耳にして、この戦いが誤解から始まっていることをすでに察している少年、渚だった。
獲物に対して銃口を向ける鈴乃の行いは、ただの人間である暗殺者、潮田渚から見れば『マミの殺害』を試みる挙動に他ならない。魔法少女となったマミが、鈴乃から銃撃では殺せないと判断されるまでの能力を持っていることは、実際に戦っているわけではない渚にまで伝わっているわけではない。
しかし一方で、鈴乃は殺し合いに乗っているわけではないことも察している。当然、戦いが始まる前に接していたマミも同様。
渚には、殺し合わなくてもいい二人が殺し合っているようにしか、見えないのだ。止めなくては――単純明快な理屈に裏打ちされたその一心で、鈴乃の手にした銃へと思い切り右手を伸ばし、根本から銃口を逸らした。
渚が教室で暗殺を学んだ一年にも満たない期間など、鈴乃の暗殺者としての経験には遠く及ばない。しかし、鈴乃も決して完全無欠なる人間ではなく、注意を渚に逸らされ、物理的に銃の側面からの力を加えられたままに使い慣れていない銃を正確無比に扱うことなどできはしない。発射された弾丸はマミへと命中することはなかった。
そして――その一瞬はマミの意識を戦場に引き戻すには十分であった。
594
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/10(土) 15:26:29 ID:nbgMbBOU0
「――渚くん。」
改めて見た光景には、銃を構えた敵の姿があった。護るべき相手の姿もあった。そして――それ以上の認識はできなかった。キュゥべえによる放送の困惑も、未だ抜けてなどいない。短い期間で矢継ぎ早に突きつけられた様々な情報の波はマミの脳にキャパオーバーを起こすには充分すぎる。
明確に隙を晒した自分に対して行われようとしていた攻撃が最大威力の武身鉄光ではなく、鈴乃に殺意が見受けられないこと。そもそも鈴乃が渚を狙う様子を全く見せていないこと。そういったミクロの観察など、今のマミにできようはずもなく。さらには鈴乃と渚が会話を交わしているという聴覚情報すら、キュゥべえを主とする放送に集中力を奪われ阻害されてしまっていて。
――ボンッ!
手のひらに生成されたマスケット銃は即座に、<庇護対象>の近くにいる<敵>へと放たれた。咄嗟に成された判断ゆえ、その起動計算も大雑把だ。ただし間違っても、鈴乃の右手側に位置する渚へ当たらぬよう、弾丸は左へと大きく逸らされている。その結果――
「ぐっ――!」
――鈴乃の左肩が、大きく抉れた。
側面からの渚の突撃により僅かに体躯の逸れた鈴乃は、魔避けのロザリオの効力を持ってしても魔力により生成されたその弾丸を躱すことができない。当たる箇所によっては人の脆弱な身体など容易に弾き飛ばすであろう殺傷力の弾丸を初めてその身に深く刻んだ鈴乃。危険信号としての痛みすら吹き飛ばしてしまうほどの、強大にして単純な破壊力。
同時に、思い至る。カンナ殿は、これを頭部に受けたのだ、と。いくら彼女がドラゴンであるとはいえ、これを脳にまともに受けて生きていられるはずがない。
カンナに命中した弾丸が跳弾に跳弾を重ねて速度が落ちていたことや、本当は頭部ではなく、特に硬い角に命中していたことを知らない鈴乃は、その表情を曇らせた。追い打ちをかけるかのごとく、次の瞬間。
"――小林トール"。
半分以上を聞き流していた放送から微かに聴こえてきた『こばやし』の四文字に、鈴乃は背筋が凍り付くような感覚を覚える。呼ばれている名前が死者の名前であるという最低限の認識は持っており、その上でカンナ殿の苗字が耳に入ってきたのだ。
(……違う、カンナ殿ではない。カンナ殿の……家族、か。)
襲い来る安堵の感情。同時に、カンナ殿は家族を失ったというのに、少なからず安堵してしまったことへの罪悪感もが、僅かに遅れて到達する。これまでの放送も殆ど聞いておらず、死者の発表が五十音順に為されていることなど理解していない。だから、トールが呼ばれた地点でカンナの生存が確定していることも察していない。まだ、鈴乃の中に猫箱は閉じられたまま存在している。
だが、関係ない。カンナ殿の存否に今やるべきことは左右されない。
マミのターゲットにならないよう、肩を撃ち抜かれた自分を前に呆然としている渚を押しのけ、鈴乃は前に出る。左腕が使えない現状、単純計算で攻撃力も防御力も半減。殺さずに無力化、などと甘いことを言っていられる状況でもなくなった。この場で殺意を鈍らせては、殺される。そう認識するや、鈴乃の動きは未だ混乱中のマミよりも早かった。
595
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/10(土) 15:27:35 ID:nbgMbBOU0
一瞬遅れて、マミの魔法少女衣装のフリルから漂うリボンが鈴乃へと伸びる。罠を張るような余裕が今のマミにあるようにも見えない。先にも受けた拘束魔法を、今度は搦め手無しに放っているに過ぎないと判断。そしてその予測は、一切の誤りなく的中していた。ステップによるフェイントを織り交ぜ、リボンを回避。それに伴い鈴乃の前進が一瞬止まったその時間、マミは先ほど放ったマスケット銃を放り捨て、実弾入りのマスケット銃を生み出す。
両者の距離はいま一度、近接戦闘と呼べるまで近付いた。ゼロ距離で鈴乃に向くマスケット銃の銃口。そして――それより一瞬早く、紡がれし詠唱。
「――武身鉄光っ!」
「しまっ――」
大槌へと膨張したロザリオが、突きつけられたマスケット銃を弾き、銃口を明後日の方向へと導いた。
鈴乃へと向かう攻撃はもはや何も無い。このまま右手に握った大槌を振り下ろせば、マミの殺害――うまくいけば、無力化。どちらにせよ、カンナ殿の下へ心置き無く戻ることができる。
ただひとつ、気になることがあるとするならば、マミへと銃を向けた自分を渚が止めたということ。単に殺し合いに反対しているだけなのか、それともマミと組んでいるマーダーであるのか。はたまた――何か見落としている誤解があるというのか。
事実確認をする時間はない。それに時間を費やしてマミへの対処を怠れば、最悪の場合は自分も渚も、立て続けに殺されてしまう結果となる。
「……すまない。」
僅かに漏らしたのは、命を十全に奪い得る一撃を放つことへの、贖罪の言葉。これまでも暗殺対象に、数え切れぬだけの回数、紡がれてきた言葉である。
その者の全てである命を消し去ってしまうには、あまりにも空虚で、軽く。しかし冷徹さの裏側に添えるにはどこか重みのあるその言葉の意味が、見い出せない。マミの顔は、不可思議なものを見たように、疑問に歪む。ただその表情も、つかの間。振り下ろした大槌が、マミの頭部を強く殴打した。回避する余裕もなく脳への強いショックを受けて、必然的にぐらりと揺れる視界。勝利を確信し、冷徹さに満ちた仮面の如く、ポーカーフェイスを浮かべる鈴乃。
そして。
ㅤ直後、鈴乃が見たのは――
596
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/10(土) 15:28:10 ID:nbgMbBOU0
「……まさか謝るとは思わなかったわ。随分と、余裕があるのね。」
――その一撃に足元を大きくふらつかせながらも、勝利を確信したかのごとく口元に笑みを浮かべた、マミの表情だった。
一度逸らしたマスケット銃の銃口が、再び鈴乃の胸に突きつけられる。魔避けのロザリオも作用しないほどの至近距離からの、一撃で肩を吹き飛ばすほどの弾丸の威力。鈴乃の絶対的な死が、目の前に迫る。
マミが武身鉄光を死亡も気絶もすることなく耐え切ったのには、理由がある。今の鈴乃は片腕しか使えず、武身鉄光の威力を存分に発揮できなかった点。経験を積んだ魔法少女ができる、痛みをシャットアウトする方法により、痛みにより防衛的に気を失う作用が起こらなかったこと。しかし、前者はもちろん、後者も先の応酬の中の会話で、鈴乃には伝わっていた。これらも計算に入れた上で、鈴乃は渾身の一撃を放つことができていた。
鈴乃の計算外があったとするならば、ただひとつ。
"――遊佐恵美"。
攻撃の直前に、放送で唐突にもたらされたその一言により、一瞬だけ、躊躇が生まれてしまったということ。
カンナ殿の名前は放送で呼ばれ得ると、最悪の場合の想像はすでに脳内にあった。ややもすると、魔力を失って全盛期より弱体化している真奥や芦屋、漆原の名なども呼ばれ得ると認識していた。
だけど、遊佐の――勇者エミリアの心配は、最も遠くにあった。その一撃の軸を不確かなものにしてしまう程度には大きい動揺が、かの瞬間に鈴乃の胸中を迸った。
(……ありえないな。私が、仲間の死ごときに、ここまで動揺するなんて。)
クリスティア・ベル。それはエンテ・イスラ随一の、冷酷にして冷徹なる暗殺者のコードネーム。鈴乃がその名を冠していた頃のように、放送で呼ばれた仲間の名など気にも留めないほどに、ただ冷たく在り続けていたならば。
(……まさか、な。)
そんなもしもの自分を想起させ、そう在れなかった己に僅かに、自嘲を零す。教会に仕えていたあの日々のままの――クリスティア・ベルとしての自分で、仮にこの殺し合いと向かい合っていたならば。
それはきっと、初めに出会ったカンナ殿を無慈悲に殺し、次の獲物を求めてここに立っていた自分でしかなかっただろう。この敗北が、そしてその先の死が、追慕の情などというクリスティア・ベルにあるはずのない情念によるものであるのなら――仮に散ったとしても、それは鎌月鈴乃としての死だ。
その私は、ずっと捨て去りたくて、だけど捨て去るには振り払ってきたものが重すぎた殺し屋の仮面を、外せているだろうか。
それを本望とは言わない。カンナ殿の屈辱を晴らすという誓いに反する無念の敗北でしかない。けれど、私の本質は殺戮では無かったのだと、せめてそんな微かな想いを胸に抱きながら逝く事も、できるだろうか。
597
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/10(土) 15:28:54 ID:nbgMbBOU0
コンマ一秒後に襲い来るであろう銃撃を、半ば諦めたように受け入れたその時。
「――させるかよっ!」
斜め上から縦に凪がれた赤い閃光が、マミのマスケット銃を瞬時に切断した。ごとり、と小さく音を立てて落下する銃口から弾は撃ち出されず、空砲の音だけが辺りに鳴り響く。
予想だにしていなかった第三者の介入。いかなる人物の救援か視線を向け――その先にいた人物の目視と同時、顔を顰めたのはマミの側。
「……ご無沙汰ね、佐倉さん。まさかこんな再開になるとは思わなかったわ。」
「あたしもだよ。……マミ先輩。」
視線の先に立つのは、赤いワンピース型の装束に身を包み、体躯ほどの大槍を構えた少女、佐倉杏子。遠い過去に決別し、違う道を歩むこととなった存在。
「それで? 用は何かしら。また、私の邪魔をしようってわけ?」
今しがた杏子が行なった戦場への介入が戦局に刻みつけたのは、鈴乃の救出という結果のみ。仮に杏子が殺し合いに積極的であるならば鈴乃が撃たれた直後にマミに不意打ちを仕掛ければ良いのだから、客観的に見て、杏子が殺し合いに乗っていないのは明らかだった。それに対し、邪魔をするなと言わんばかりに発せられた、マミの一言。この戦いの始まりが何であったかは定かではないが、たった今マミは明確に、眼前の少女を殺害しようとしていたのだ。
「……確かに、一体あたしは何でこんなことやってんだろうな。」
だが、マミが相手を殺そうとしていたからなんだと言うのか。
何せ魔法少女と、それに類する力の持ち主が戦っているのだ。過程がどうあれそんなもの、喧嘩の範疇を超えて殺し合いになるに決まっている。
その認識の下、杏子は厳かに口を開いた。
「仲裁とか、ほむらのヤローの真似事みてえなことも気に食わねえし、そもそもあたしの柄じゃねえかもしれねえけど――」
杏子が殺し合いに反逆しているのは、正義だとか信念とか、そういった大層な思想からではない。ただただ自分がそうしたいからそうしているだけだ。
殺し合いに乗っている者に気に入らないと思うことはあっても、間違っているなどとは思わない。むしろ、己のために他者を蹴落とすそのあり方は、誰かのために力を使う奴なんかよりもずっとずっと正しいとすら思える。
それでも、その上で――たとえ、己が信念に逆行する行いであったとしても。
598
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/10(土) 15:29:53 ID:nbgMbBOU0
「――だからって。殺し合いたい奴が勝手に殺し合ってるだけだとしたって。今の……そんな辛そうな顔で凶器を振りかざすアンタを放っておくときっと、後悔するからさ。」
事実としてあたしはそう選択するしかないんだから、もう仕方がないじゃあないか。
「……さて、アンタが乗ってるかどうかは知らねえけど、ここから離れな。」
緊張の糸が張り詰める中、傍に立つ鈴乃に対し、そう告げる。
「……いや、殺し合いには乗ってない。それに私はまだ戦える。」
一方、あの時に不覚を取り殺されかけていたとはいえ、鈴乃はまだ致命傷を負ったわけではない。そう主張する鈴乃を、片手で制止する杏子。
「……アンタを殺そうとした相手の処遇を、知り合いだからってこっちが決めようとしてるんだ。その不義理にアンタが付き合う道理は無いし……何よりあたしが、一人でアイツとカタをつけたいんだ。……頼む。」
「……そう、か。」
物憂げそうに紡がれたその言葉を曲げるだけの信念を、鈴乃は持たない。そもそも目の前の少女がマミの相手をしてくれるのなら、自分は最優先事項、カンナ殿の下に戻ることを果たすことができる。言われたままに、カンナ殿が倒れた場所へと向かい、駆け出す。すでに放送は終わっており、カンナ殿の生存は確認できている。
(それにしても、義理だの道理だの、まるであの魔王のようなことを言うものだな。)
ふと、そんなことが頭をよぎった。
真奥貞夫がエンテ・イスラへにゲートが繋がった時に戻らなかったのは、日本へ与えた影響を元に戻してからでないと帰れないとのことだからだ。もし彼らが帰郷を急ぐあまり、誰かへの迷惑も厭わぬ巨悪であったならば――きっと、勇者と魔王の宿命はとうに終わっているだろう。それがどちらの勝利によるものかは、定かでは無いが。
そして鈴乃が撤退した戦場には、魔法少女が二人。マミとしては当然、渚にその刃を向け得る鈴乃を逃がすのは本意ではない。だが鈴乃自体の戦闘力に加え、昔タッグを組み、決別にまで至った魔法少女、佐倉杏子が立ちはだかっている。追跡は困難を極めるだろう。
ㅤ――それに、だ。今のマミには、杏子と戦うだけの理由がある。
「……変わったわね、佐倉さん。」
刺々しく飾ったマミの言葉の裏には確かに、共に魔法少女の仲間として過ごした日々がある。
599
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/10(土) 15:30:38 ID:nbgMbBOU0
――そうだろう、な。
アンタに最後に見せたあたしと、今のあたしはきっと、違う顔をしている。あの時はあたしから突き放しといて、今さらアンタに手を伸ばそうとしている。変わってしまったのは、あたしなのだろう。
……と、そう結論付けてくれてれば、まだ振るう槍は軽かったのだろうけれど。
「……それとも、変われなかったと言う方が正しいのかしら?」
「……。」
続くひと言は、確かにあの時の"あたし"を知っている、マミさんのものに違いなくて。あの日の延長にいるマミが、あの日と全く違う言葉を吐くのが、忌々しくて仕方がない。
「……好きに解釈してくれたらいいさ。」
「そうね、どっちでも構わないわ。」
マミは、嘲笑うようにあたしを見た。続く言葉は、びっしりと棘を、纏って。
「――キュゥべえに選ばれた剣奴でしかない私たちにとって、今さら戦う理由なんて些細なことでしかないものね。」
杏子はまるで時が止まったかのように、その言葉を吐いたマミの姿を呆然と、見つめていた。躍起になったかのような言葉の吐き出し方が、いつかのさやかと、重なる。
間もなくして、理解が追随してきた。
マミは、キュゥべえの正体を知らないままここにいる。だからこそ、主催者側にヤツがいたことの受け取り方は、あたしたちとは違うのだ。
「……なんだよ、その言い草は。」
「何か間違ったこと、言ってるかしら?」
その言葉は正しいのだろう。死の運命すら覆し、なお殺し合うために呼び出された自分たちは、剣奴――見世物のために戦わされる奴隷に等しく、マミの言葉を否定する材料なんて何一つ持っていない。
「……それ、死んじまったさやかにも、同じ言葉を吐けんのかよ。」
でも、だからといってそんな言葉を簡単に認めていいはずがない。何せマミの――正義の味方の、背中を追っかけて魔法少女になった奴がいる。それはさやかの憧れた生き様に唾を吐くに等しい言葉だ。
しかしマミは、不可思議な表情で首を傾げるばかり。
「変なことを言うのね。魔法少女の話であって、あの子たちを含んだつもりはないわよ。……そもそもあなたたち、いつの間に知り合ったの?」
そういやそうだったか、と呟きを零す。マミも自分と同じく、死の運命を曲げられて、この場に立っているのだと、先ほど予測したばかりだ。さやかが契約したのはマミの死亡後なのだから、さやかも魔法少女となったことなんざマミには知る由もない。
「……ただ、そうね。あの子たちも、私が無闇に関わったせいで巻き込んでしまった。もう私に、あの子たちの先輩面をする資格はない。」
ただし、死んださやかが魔法少女であったことをマミが知らなかったとしても、ふたりを巻き込んでしまったというマミの認識に大きな誤解はない。魔法少女として独りで戦うにあたっての孤独感から無理にふたりを勧誘したからこそ、キュゥべえに目をつけられてしまった。さやかに至っては、それで死なせてしまったという負い目までもがマミにはある。
600
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/10(土) 15:32:10 ID:nbgMbBOU0
「――そうよ。こんなの、間違ってる。」
その上で。それだけのマイナスを、背負ってしまった上で――マミはまだ、心を壊してなどいない。魔法少女の契約が殺し合いという見世物の参加者の選定であると考えたとして、それならばと優勝を目指すよう方向転換できるほど器用ではない。彼女の抱く正義は、簡単に曲げてしまえるほど軽くない。
「だから、決めたの。」
――でもね。
それを間違いであると断じたからといって、魔法少女の本質は変わらないわ。勉強、部活動、恋愛――一般に青春と呼ばれる多くのものを、魔女の退治に捧げてきた。それで人々を守れるのなら構わないと、心の底にあるわだかまりから目を逸らしながら。
……それすらも、この戦いのための訓練だったというの?ㅤそんな薄汚れた枠組みの中で、私はずっと踊っていたというの?
「――魔法少女が、殺し合いのために契約させられた、殺戮を生業とする存在だというのなら……それは魔女と何が違うって言うの?ㅤそんな汚れた存在、私は認めない。」
だって、そうでしょう?
仮にこの殺し合いに勝ったとして、キュゥべえとの契約は残ってる。きっと待っているのは、次の殺し合いの日に向けて魔女退治をさせられる日々。誰かに手を伸ばせばその人も鹿目さんや美樹さんみたいに、契約をしていなくても殺し合いに巻き込まれるかもしれない。現に、私が気にかけてしまったせいで美樹さんは死んでしまった。
これって、魅入った相手を死に誘う『魔女の口づけ』と、何が違うっていうの?
誰にも心を開けないまま、孤独のままで――そんなの、悲しすぎるから。
私が憧れた魔法少女とは、誰かのために泥を被って、誰かのために戦えるそんな存在。
でも分かってる。私はそうじゃない。
誰かのために戦うのは、誇り高いことだと分かっていても、心が、叫びを辞めないの。独りは寂しいって、誰かを求めて止まないの。
「だから――私は魔法少女を"救済"する。」
ずっとずっと……信じてた。
誰かの命を救うことが、私の、使命なんだって。
そして今も、信じてる。
事故で死んだ両親が戻ってくるわけではないけれど、紙一重で繋がれたこの命で、誰かを助けられたならば。両親の命を繋ぎ止められなかった私が、その分、誰かに手を、差し伸べられたならば。その時私は、あの時生き残って良かったんだって、思える気がするの。
――だから、ね。
これが最後の、人助け。
呪われた存在になってしまった魔法少女をみんな救済――すなわち殺して。そして。
ただ魔法少女に魅入られ、巻き込まれただけの、鹿目さんや――渚くんのような。守られる側の人たちを解放してあげるの。
――もう、大丈夫。
魔法少女(あなたたち)はもう、独りじゃない。
魔法少女(あなたたち)はもう、戦わなくていい。
私がその殺意ごと全部、受け止めるから。
だから――私と一緒に、いきましょう。
601
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/10(土) 15:34:03 ID:nbgMbBOU0
投下完了です。
続きの執筆のため、同メンバーで引き続き予約します。
602
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/17(土) 00:18:15 ID:j.nYY.e60
中編その1投下します。
603
:
Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/17(土) 00:20:14 ID:j.nYY.e60
この殺し合いの開始直後、催しの裏にキュゥべえの存在を察知したまどかは、殺し合いを終わらせるために契約の合意となる言葉を叫んだ。
だが、それには何の返答もなく、契約という最終手段ですら無力と化したという事実が突きつけられたのみだった。
だからこそ、この殺し合いの裏にあるのはキュゥべえの目論見ではないのだと、そう思っていた。だが――そうではなかった。放送を担当していたのは、『シャドウ』というよく分からない言葉こそ発していたものの、紛れもなくキュゥべえであった。
さて、放送よりも先に戦場へと駆け出した杏子の後に続いていた、鹿目まどかと弓原紗季の二人組は、紗季の指示により放送が始まったことでいったんその足を止めていた。放送でいかなる情報が開示されるか分からない。戦場でそれを冷静に聞く余地は無いだろうし、役割分担を考えるなら自分たちが率先して放送を聞いておくべきだと思ったのだ。
そして結果的に、その判断は正解だったと言える。放送の中途、虚ろな目でまどかが呆然と立ち尽くすその様を、戦場の中で晒すことがいかなる危険を招き得ていたか、想像に難くない。
(7人……多いとも少ないとも言い難いところね。)
情報交換した相手が多かったこともあり、大まかに知っている人物の名前はいくつかあった。ヒナギクの知り合いが一人、滝谷やファフニールの知り合いが一人、そしてまどかの友達であり、杏子が命を賭けて助けようとしていた少女の名もまた、呼ばれてしまった。
幸いかつ不幸にも、紗季の知る名前は呼ばれなかった。九郎や岩永が死んでいないのは喜ぶべきだけれど、ヒナギクやファフニールとの交戦で消失したという鋼人七瀬も、やはりというべきか、生きていた。
とはいえ岩永以外は、不死の力を持つ者たちが生きているという当然の帰結でしかない。彼女の無事に安堵しなくてはならないのもどこか癪ではあるが、少なくとも死んでいてほしいわけではない。ひとまずは良しとしよう。
604
:
Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/17(土) 00:20:58 ID:j.nYY.e60
(でも……今放送で呼ばれたトール、だったかしら……この子もファフニールさんと同じ、ドラゴンって言ってたわよね。)
伝承には地方性があるとはいえ、ドラゴンを虚弱な生物として語るものは無いだろう。それほどまでにドラゴンと力とは強く結びついた概念だ。そんなドラゴンを殺せる者がこの会場にいる。杏子と同じ規格外の身体能力を持つ魔法少女を殺せる人物も、いる。
(はぁ、ほんと、勘弁してよ……。)
物理的な危険性の比較的少なそうな河童相手にすらあれだけ遠ざけようと努力してきたというのに、鋼人七瀬事件に続いて、結局このようなものに巻き込まれている始末。というよりは、現に本人が参加している以上、これも鋼人七瀬事件の続きのようなものなのかもしれないが。何にせよ、割に合わない、と。そう思わざるを得ない。世の中には、私なんかより刺激的な出来事を求めている人はごまんといる。職業柄、世の中の平穏さに馴染めず刺激を求めて道を外してしまった人々を多く見ている。河童もアイドルの亡霊もドラゴンも、そういった存在を前にすればむしろ群がっていきそうな人間はもっと他にいただろうに。
「……さやかちゃん?」
唐突に、まどかの側から、叫び声が聞こえた。もう、ここにいない友の名を呼ぶ声が。その目線の先を追うと、そこに立っていたのは、青髪の――少女、だろうか。呼ばれた名前に戸惑うように、キョトンとしたまま立っている。
「あっ……ごめんなさい、友達と間違えて……。」
美樹さやかは、死んだ。それはかつて、まどかが受け入れた現実である。二度目となるその通達を、まどかは受け入れていないわけではない。だが、中性的な顔立ちに、ショート気味の青髪。眼前に現れた潮田渚をそう見間違うのも無理のないことだった。
「ううん……それより鹿目さん、だよね。巴さんから聞いてる。」
「マミさんが!?」
杏子ちゃんに続いて見付かる知り合いの手がかり。本来は死んでいるはずの、という枕詞も共通のものだ。
「っ……それじゃあ、向こうで戦ってるのって……」
「うん。僕たちを襲撃してきた敵の相手を、引き受けてくれて……。」
それまで、戦場から聞こえてきたティロ・フィナーレの銃撃音がマミのものであると、まどかは気付けていなかった。だが、マミと同行していたらしい渚の来た方向と、証言。これだけ様々なものが噛み合いながら、なお気付かないまどかではない。
「ところで気になるんだけど……巴さん、中学生とは思えないくらい、動きが人智を超えてるっていうか……。いったい、どんな訓練を受けてきたの?」
「あ……それは……。」
渚からの疑問に、言い淀むまどか。ここが殺し合いの場であることを差し引いても、その理由――彼女が魔法少女であることについて話していいものか、迷っているのだ。
605
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Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/17(土) 00:21:41 ID:j.nYY.e60
情報共有したはずの相手が知らないということは、マミさんは自分が魔法少女であることを積極的に話してはいないということだ。もし、マミさんが魔法少女であることを迂闊に話して、それが彼女の絶望を後押しする羽目になってしまったら?
その躊躇が、まどかの口をつぐませた。
「話せないなら、無理にとは……。」
一方で――まどかの躊躇は、渚には別の意味に受け取られた。
巴さんが隠していた、未知なる力。元よりの知り合いであるらしい鹿目さんは、それを話そうとしない。恐らく――鹿目さんも、巴さんと同じ力を持っているのだろう。
初対面で信用が無く話してもらえないのは当然だ。僕だって、殺し屋としての技術を隠している。でも、この世界にいる人たちが、虫も殺さぬ顔で鋭い刃を隠し持っている光景を、僕は何度も目にしてきた。
「ええっと、ところでだけど。あなた、潮田渚くん、よね?」
鹿目さんと一緒にいた女性から、唐突に呼ばれた名前。名簿は写真付きで全員に配られているのだが、その写真を見て、といった様子ではなさそうだ。
弓原紗季というらしいこの人がどうこうというわけではないのだが、凛とした顔立ちやボーイッシュな短髪。どうしても母親のことが頭にチラつき、苦手な人だ、と本能的に感じた。
……と、そんなことよりも、だ。
「誰か知り合いと出会ったんですか?」
情報共有をする程度に和合しながらも、その相手は今この場にいない。もしかして、茅野か、烏間先生か……。
606
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Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/17(土) 00:22:22 ID:j.nYY.e60
「まあ、そうね……。あなたにとって喜ばしくはないかもしれないけど……あなたのことはこの子から聞いているわ。」
と、差し出された手には、スマートフォンが握られている。まさか、と思い画面をそっと覗き込む。
「おはようございます、渚さん。」
液晶に映し出されていたのは、『支給されました』と書かれた看板を掲げた紫髪の少女。ビデオ通話とかじゃないってことを、僕は知っている。
「律……なんでこんなところに……。」
「姫神にインストールされ、こちらの端末に支給品としてお邪魔しています。……律は持ち主に付き従う立場ゆえ、あなたのこともお話ししました。」
「申し訳ないけど……こんな非常事態、得られる情報は少しでも欲しかったの。律からは色々と取り調べさせてもらったわ。その……"暗殺"のこととかも。」
――ドクンッ……
鼓動が高鳴った音が、聴こえたような気がした。
鹿目さんはマミさんのような未知なる力を秘匿しているのに対し、向こうには自分の得意分野を含め、色々と知られてしまっているのだ。
「そう、だったんですか……。」
本当にこのままで、いいのか。暗殺という石で研がれた僕の刃は、正面戦闘に持ち込まれた瞬間、ただのなまくらに変わる。
もしも、もしもだ。
何らかの要因が重なって、誰も殺さずにこの殺し合いを脱出することができたとしよう。それが理想なのは間違いないのだけど、きっとその僕は、脱出に大した貢献はできていないだろう。首輪を解析する技術も、姫神やキュゥべえの下に辿り着くだけの推理力も、僕には無い。地球を救うために身に付けた力を発揮することも無く、ただ誰かの技術に乗っかって。そうやって偶然助かった僕に、殺せんせーを暗殺して地球を守れるのか?
そしてもしも、そんな技術を持っている誰かが居なかった場合。その時は脱出なんてできるはずもなく、結局は最後の一人になるまで殺し合わされるのみだ。そうなってしまえば、やることは暗殺ではなく戦闘だ。烏間先生を殺せる人間がいる中で生き残れるはずなんてなく、残るのは、茅野や烏間先生のように、放送で通達されるただの文字の羅列。
けれど、現実。すでに僕が"暗殺者"であることは、二人に知れ渡っている。律がどれほどの精度の情報を与えたのかは定かではないけれど、その度合いによっては、僕の考えすら、とっくに分析され見透かされているかもしれない。"暗殺者"という僕の刃すら、現に刃こぼれしかかっている。そんな懸念と共に、おそるおそる、紗季さんの方を見た。
607
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Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/17(土) 00:23:16 ID:j.nYY.e60
(……いや、違う。)
そして――気付く。
これは、僕がこれまでに何度も見てきた目だ。僕という人間の、表面を知ったその上で――期待も警戒も、していない者の目。それが力あるゆえの驕りなのか、別の理由があるのかは分からない。だけど――
もう一度、心臓が跳ね上がる。
(――殺れるかもしれない。)
だって、この人たちにも――暗殺者(ぼく)の姿が、見えていないから。
いや、きっとこの人たちが普通なのだ。力があるのに、見下さず同じ視点から真っ直ぐ僕を見てくれた、防衛省の先生も。同じエンドのE組の立場で一年近くも、僕の隣で同じターゲットを狙っていた少女も。
もう、この世界から脱落してしまった。あんな人たちの方が、むしろ特殊なのだ。もう帰ってくることのない、どうしようもなく幸せだった日々たち。
……ようやく、分かった。
ああ、そうだ。僕は――誰かに見て欲しかったんだ。
見放されて、期待も警戒も、認識すらもされなくなって。ただ、上に立つ者に足蹴にされるだけの人生。殺せんせーは、そんな僕を、僕として見てくれた。
殺せんせーを殺せば、地球を救える。それはまさに、正義とでも呼ぶに相応しい、立派なことだ。だけど僕は、地球の終わりとか、そんな想像も及ばないことを防ぐために頑張ってきたのではない。ただ、あの先生の教えに報いたかった。
先生が見つけ出してくれた、僕の暗殺の才能。それを、最後に見てほしい。
――他でもない僕が、僕自身の手で、殺したいんだ。
確信がある。この殺し合いは、僕を殺し屋として成長させてくれる。僕に、殺せんせーを殺させてくれるだけの殺意をくれる。事実、この殺し合いに巻き込まれることなく、この本心に気付けなかったとしたら――僕はきっと、殺せんせーを殺さずに地球を救う道を、模索していたことだろう。
僕は、気分が悪くなったかのように唐突に、その場にうずくまった。実際に気分は決して良くなかった。胃の中のものを全部吐き出せたら、幾分かは楽になれるだろう。もちろん、貴重なエネルギーを戻すようなことはしていられないのだけれど。
608
:
Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/17(土) 00:23:42 ID:j.nYY.e60
「――■■■!?」
「――■■■■■!」
僕を心配して駆け寄ってくる二人の、慌てるような声がした。でも、いっぱいいっぱいでよく覚えていない。
「え゛…………」
覚えているのは、うずくまってお腹の下に隠して取り出したナイフを突き刺した時の、鹿目さんの声にならない声、それだけだった。マスケット銃を生成する巴さんの不思議な力に類する能力を持っているであろう人物。確実に殺せるように、一撃で喉を引き裂いて。
何も事情が掴めないまま、鹿目まどかは血溜まりの中へと沈んでいく。
「いっ……いやぁぁぁぁ!!」
ようやく事情を飲み込めた紗季さんが、一拍子遅れて叫ぶ。本当はそんな暇もない程度に、一瞬で二人とも殺せたら良かったのだろうけど、人から刃物を引き抜くのが思ったよりも硬くて、即座に斬り付けられなかった。
実際に経験しないと分からない、人を殺すという重み。やっぱりこれまでの僕は、とても殺し屋として完成されているとは、言えたものではなく。鹿目さんの首筋からナイフを引き抜いた頃には、紗季さんはすでに数歩引き下がって、一定の間合いができていた。
「ああ……鹿目さんっ……!ㅤどうして……どうしてこうなるのよっ!」
仮にも、日頃から有事に備えた訓練を行っている警官である。錯乱はすぐに収まらずとも、渚の想定よりも早く平静を取り戻しつつあった。
鹿目さんの血に染まったナイフを手に取った渚は、紗季の方向へと向かう。
対刃物の訓練は受けている。迫り来る刃。一直線に、向かってくる死の象徴。格闘術で弾いて――
錯乱しつつも冷静に、最適解を導き出していく紗季。そんな彼女の解答を、掻い潜るかの如く。
「――えっ……?」
ナイフは、突き刺す射線上の中途で、私に届くことはなく。渚の手を離れ、地面へと落ちていく。
609
:
Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/17(土) 00:24:11 ID:j.nYY.e60
助かった?ㅤ何故?
様々な疑問が瞬時に駆け巡る。
次の、瞬間。
――パァンッ!!!
盛大な爆音をかき鳴らしながら、紗季の眼前で何かが弾けた。ナイフという死と直結する脅威を前にして、集中していた意識に直接ぶつけられた音という名の爆弾。
――クラップスタナー、すなわち猫騙し。
熟練の殺し屋ロヴロから直々に教わった、戦闘を暗殺へとスワップさせる渚の必殺技である。
殺し屋にとって、"必ず殺す"を意味する必殺技という単語は、決して軽くない。ただの柏手を、音の爆弾に昇華させるまでの訓練が常に成されてきた。
何が起こったのかも理解出来ぬまま、メスを入れられた緊張の糸が切れるままにその意識を瞬間、失わせて。
殺し屋はその瞬間を、逃さない。流れるように、もう一本の凶器を取り出す。それは、基本支給品として全員に支給されている鉛筆だった。
「っ……!ㅤああああああああああっ!!!」
それ自体は殺傷力からは程遠い。しかし、鋭利さを備えたそれは、狙い済ましたかのごとく紗季の目を一突きに貫いた。
「……ごめんなさい。すぐ、楽にしますから。」
片目を失い、その場に倒れ込んで痛みに悶える紗季を救えるものなど、何も無かった。一度落としたナイフを拾い上げるにも、充分すぎる時間。
610
:
Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/17(土) 00:24:43 ID:j.nYY.e60
「――――っ!」
せめてもの、慈悲だろうか。心臓を一突きにされた紗季は僅かな時をじたばたともがき苦しんで――間もなくして動かなくなった。
弓原紗季は、普通の人間であった。
河童、人魚とくだんの混ざり物、知恵の神、想像力の怪物――彼女はあまりにも多くの人ならざるものと関わってきた。
そしてそれは、この世界においても例外ではない。魔法少女に、ドラゴンに、超科学。
人知を超えた存在たちは確かに、普通の人間でしかない紗季の常識を塗り替えていった。自分の命を奪い得るのはそういった存在であると、そんな固定概念に無自覚に縛られていた。
なればこその、視野狭窄。
鉛筆一本あれば、人の視力を永久に喪失させることができる。原始的なナイフが一本あれば、魔法少女でなくとも、ドラゴンでなくとも、他人は殺せる。そんな、当たり前のことが紗季には見えていなかったのだ。彼女と同じく、普通の人間に過ぎないと律から情報をなまじ得ていたからこそ、渚は彼女の警戒対象から外れてしまった。
渚はたった今殺した二人の死体から、支給品を漏れなく回収していく。クラスメイトが入った端末も、例外なく。
「……渚、さん。」
画面の中の律は、戸惑うような声を出力しつつも、変わらず笑顔を浮かべている。E組との協調にあたって、表情は明るい方がいいと殺せんせーからプログラムされた、笑顔を。
「律、怖い光景みせちゃってごめんね……。でも君は……持ち主に付き従うって言ってたよね。」
「……私個人としては、あなたの選択が正しいものなのか、即座に判断はしかねます。」
律は、先ほどまで殺し合い脱出派のために主催者たちの考察を算出していた。それは、少なからず律自身の人格によるものもあっただろう。
「ですが――」
だが、それ以前に――彼女はあくまで、支給品である。
611
:
Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/17(土) 00:25:06 ID:j.nYY.e60
「――それがあなたの選択であるなら、いち支給品である私はそれに従うのみです。」
それを受け渚は、静かに返す。
「……うん。これは誰かの意思じゃない。僕が、決めたことだよ。この殺し合いで優勝して、殺し屋としての研鑽を積んで……そして殺せんせーを、殺すんだ。」
「承知しました。それでは――共に参加者を、殺害して参りましょう。」
電子音声が、朝の平原に不気味に鳴り響く。
たった今、二つの命が喪失したというのに。歩みを進める二人の顔は――まるで通学路を歩く男女のように、晴れやかだった。
彼らは、"殺し屋"。
これまでも、そして、これからも。
612
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/17(土) 00:26:23 ID:j.nYY.e60
投下完了しました。
四分構成の予定です。
引き続き、予約します。
613
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/17(土) 00:27:50 ID:j.nYY.e60
書き忘れていましたが、状態表や死亡表記は最後の話で纏めてやります。
614
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:17:43 ID:JNq/2/aU0
投下します。
615
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:18:47 ID:JNq/2/aU0
ぼんやりと霞がかった景色が、視界いっぱいに広がっている。どっちが前で、どっちが後ろなのか。その境界線である自分の姿すらも、分からない。
――私、どんなかたちしてたっけ。
私が霞に溶けていくような、そんな感覚。
そんな中でカンナは、ただぼんやりと、視界に映るものを見ていた。果てしなく長い時間を、延々と、ただぼんやりと。
「……寒い。」
そういえばあの日も、こんな冷たい風が吹いていた気がする。だからあの日は、あったかいところを探していた。見つけた洞窟では、ふたりのにんげんが火を炊きながら、ひとつの布にくるまっていた。
あったかそうだと思った。だから、お父さんに真似をしてみた。お父さんは不思議そうにしていたけど、思っていたよりもずっと、あったかくて。
……その日から、だ。
あったかくなる方法を知りたいと思った。そして、寒さとかじゃない、何か。自分の心の奥にずっと、冷たい風が吹いていたことを知った。
だけど、冷たい風はもう止んでいた。今は、コバヤシがいて、トール様がいて、才川も、イルルもいる。お父さんも、最近はとても優しい。
だから、これでいい。この居場所は――あったかいから。
「こら、カンナ?」
声が、聞こえる。私を、呼ぶ声が。
「……ん。」
「ん、じゃありませんよ。いつまで寝てるんですか!」
その声とともに、霞がかった視界が次第にクリアになっていく。そこは、コバヤシ家のかたちをした空間だった。そして目の前には、見慣れたメイド服を着たトール様が立っている。その手には、たった今私から剥ぎ取ったであろう布団が掴まれており、起こされたのだと分かる。いつもの、毎朝の光景だ――ただ一点だけを除いて。
616
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:19:45 ID:JNq/2/aU0
その景色には、色というものがなかった。
部屋もトール様も、見えるものすべてが、古い写真のようなセピア色に染まっていた。
「……なんか、変。」
頭がボーっとする。明確に異常をきたしている景色にも、疑問を断定できない。まるで、夢の中にいるかのような感覚。
「ま、夢ですからね。」
夢だった。これ夢じゃね、とは思っていたけど、やっぱり夢だった。
でも、それでもいい。
「夢でもいいから遊ぼう!」
――本来ドラゴンは、夢をみない。
脳の基本構造が人間と根本的に異なるドラゴンは、そもそも生態的に、睡眠というものを必要としないのだ。それでも人間と交わり、人間を模倣する内に睡眠という習慣、そして眠気という概念が後天的に足されたのだ。
だからこそ、夢の中とは悠久の時を生きてきたカンナにとってもなお、たくさんの『楽しい』が詰まった未知の世界だった。
「ダメです。」
「え。」
キッパリと、本気の意志のこもった拒絶。いつもトール様は、時々は呆れながらも何だかんだ相手をしてくれるのに。呆気にとられている内に、トール様は続ける。
617
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:20:36 ID:JNq/2/aU0
「そもそも寝てるヒマなんかじゃないんですよ。現実では今、殺し合いの真っ只中なんですから。」
「殺し合い……。」
その単語を聞くと、胸の奥がつんと冷たく感じた。それ以上、考えたくない。
「……や。」
殺し合いなんて、やりたくない。
トール様と草原でじゃれ合っていると、楽しい。コバヤシと家でゴロゴロしていると、楽しい。才川と通学路でお喋りしていると、楽しい。
この世界には、誰かと傷つけ合わなくても、楽しいことなんてたくさんある。なのに、どうして殺し合わないといけないのか。
「……私、こっちにいたい。トール様……遊ぼう……。」
「……。」
塞ぎ込んでしまった私を前に、トール様はじっと立っている。悪いことを言ってるわけではないはずなのに、つい身体が竦んでしまう。このままじゃいけないのだと、本能が疼いているかのような感覚。
「カンナ。私たちはドラゴンです。」
「……うん。」
「終焉をもたらせるだけの力が、私たちにはあります。その全てを賭けて、己が強さを証明する。私たちはかつて、そんな場所に身を置いていましたね。」
――それは。
言葉に詰まる。また、自分のかたちを無くしていって、世界が曖昧になっていくような、そんな感覚。まるで殺し合いという現状すら、ドラゴンの避けられない本能であると、そう言っているようで。
「トール様も……殺し合えって言う?」
ドラゴンはみんな、みんな戦いのことばっかり。
群れの長として君臨しているお父さんも、戦いに明け暮れるばかりで私のことをまったく見てくれない。
そして――だったら今のトール様も、おんなじ。
そう、思った。
そう、思っていた。
618
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:21:25 ID:JNq/2/aU0
「少し、違いますよ。」
「……?」
「殺し合わなくてもいい。でも……戦わないといけないんです。」
「それ、どう違う?」
「さあ。どこが違うと思いますか?」
「……トール様、イジワル。」
分からない。
戦ったら殺し合いになる。
殺し合うには戦わないといけない。
一体、その差はなんだというのか。
「少し、ヒントをあげましょうか。」
むむむ、と頭を抱え始めた私に、トール様は優しく言った。
「あなたは……自分の目で見て、自分の耳で聞いて、そして自分の頭で考えて……カンナだけの答えを見つけたはずです。」
「私だけの……答え?」
おぼつかない思考を何とか捻り、そして思い出す。この殺し合いが始まって、間もなくして出した答えを。
「……カンナ勢。」
混沌勢と調和勢、対立する二つの勢力があるから争いが生まれる。『楽しい』を追求することを、やめてしまう。
そんなの、私がやりたいことじゃない。そう、思った。だから、そう在れる居場所を――かたちを、作れたらと、願った。
「あれはあの場限りの口から出まかせだったんですか?」
「……それは。」
新勢力を作ることの難しさは、他ならぬトール様に教えてもらった。敵対勢力となり得る集団は、弱い内に叩かれる。
それでもカンナ勢を樹立したいと願ったのは、何故だったか。
619
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:21:52 ID:JNq/2/aU0
殺し合いが始まって間もない時、スズノは私を殺しに来たのだと、分かっていた。
ドラゴンが人間に命を狙われることは珍しいことではない。力を持つ者は狙われる。それはある種の摂理だ。だから、それ自体を怖いとは感じなかった。
だけど、それでも怖いと感じたのは――スズノがハンマーを振り上げた時に見た、あの表情。それは自分の心を押し殺して、何か大切なものを失いながらも戦いに向かおうとする、いつかのトール様と同じ表情だった。
かつてその先に待っていたものは、トール様が死んだという報告。日本に向かい、偶然トール様の魔力を検知するまでにぽっかりと心に空いてしまった穴と、それに伴う心の寒さを、今もまだ覚えている。
ああ、そうだ。
またあの寒さを、味わいたくなかった。仲良くなれるかもしれない人たちと殺し合ったら、また独りになってしまう。それが、イヤだったのだ。
「ですが力無き絵空事に、他者はついてきません。だからこそ――戦わなくては掴めない。」
ここには、それを邪魔する者たちがいる。
殺し合いに乗ってしまった者もいるだろう。
すでに死んだ者たちは、憎しみの種となり、かくして蒔かれた争いの火種は、放っておいても燃え上がる。
さらには、姫神という戦いを煽る者もいる。
その争いの連鎖を、止めたいと願うなら――相応の力を、覚悟を示さなくてはならない。
「っ……!ㅤでも……!」
ああ、そうだ。
夢の世界で現実逃避をしている場合ではないと、すでに理解は追い付いているのだ。
「でも……。」
弱々しくなっていく声。
それでも、認めたくないものがあるのだ。
「カンナ、あなた……」
この胸にずんとのしかかる、冷たさが。
まだ、この夢を出たくないと、叫んでいるのだ。
620
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:22:26 ID:JNq/2/aU0
「……放送を、聞いてたんですね。」
「っ……!」
胸がきゅっと締まるような感覚が襲ってくる。トール様の死を伝えられたのは、これが二度目だった。
「……なんで。」
ぽろぽろ、ぽろぽろと涙が零れ落ちてくる。
「なんで死んじゃった……? もっと一緒にいたい……。トール様、いなくならないで……。」
トール様は、噛み締めるように少し笑い、そして小さく、ため息を漏らす。
「……ありがとう、カンナ。」
間もなく、私の肩に、ぽんと置かれた手。温度なんて無いはずなのに、何故なのだろう。すごく……あったかい。
「――でも、ダメです。」
我が子を諭す母親のような、厳しくも温かい言葉だった。頬に伝う涙を拭いながら、そっと、ひと言。
「いつか別れの時が来ても、その時は笑顔で。そう、決めていましたから。」
コバヤシは、たったの百年もしない内に死んでしまう。いずれ来るその終わりを、なるべく考えないようにしていた。ドラゴンのスパンで考えると、ほんの僅かの時しか一緒にいられないと、分かっていた。
でも、僅かな時でしかないと、知っているから。その一瞬を、無駄にしないよう足掻いて、もがいて。そして、散りゆくその時まで、戦い抜く。それが、人間の強さだ。
トール様は、その強さに倣おうとしていた。別れすらも儚き生の道すがらに組み込んでしまえる、人間の強さを身につけようとしていた。
「……だから、お別れです。」
ああ、そっか。
それが、殺し合うではなく戦うための強さなのだ。
胸を刺す冷たさを知っているからこその、別れを受け入れる強さ。その上で、今ある居場所を失わないように、前を向いて戦える強さ。
621
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:22:58 ID:JNq/2/aU0
「トール様……私、甘かった。まだ、スズノもコバヤシも戦ってる……。なのに私、逃げようとした。」
己が孤独を受け入れられないが故に、居場所を求めた。だけど、欲しいのはそれだけじゃない。
スズノが、泣いていたから。
スズノのことが大切な誰かにも、そんな空白を味わってほしくないと、思ったから。
「もう私、逃げない。あのあったかさを、誰かにあげられるようになる。」
皆が仲良くなれる道が、スズノたちの居場所になれるのなら。そんな想いのままに宣言したのが、カンナ勢でもあったのだ。
「あなたには、願いがあります。それは決して、殺し合いによって叶えられる願いではありませんね。」
「……うん。」
「それはきっと、途方もない願いでしょう。誰かの居場所になるのは、何かを壊すことよりもずっと、難しい。」
ドラゴンであれば、大概のものは壊すことができる。それは種族の誇りであり、価値であり、そして――孤独でもある。友達の垣根なんてなく、親も子も常に牽制し合う孤高の種族。
その孤独が、さびしかった。誰かに見てほしくて、ずっとずっと、心の奥底が冷えきったように寒くって。
「……私はずっと応援していますよ、カンナ。」
人間がくれた、終焉をもたらせるだけの炎よりもずっと身を包んでくれる温もり。それは、独りでいられるだけの強さではなく、むしろ"弱さ"と呼べるものなのだろう。ドラゴンにとって、忌避すべきもの。だけど、それを求めている者にとっては、居場所となれるものだ。
コバヤシがくれた、そんなあったかさ。それを、私も誰かに与えたい。だから、戦うのだ。
「さよなら、トール様。」
私は、走り出した。
前の見えない、暗い道を。
凍てつくような、冷たい道を。
それがどこに続いているのかも分からないまま、ただ、ひたむきに走り続けた。
622
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:23:54 ID:JNq/2/aU0
すると、暗闇のその先。
「……殿。」
声が、きこえる。
「……ナ殿。」
私の名前を呼ぶ、声が。
その声の方向に、ただ一心に、走り始めた。
その先に何が待っているか分からないけれど――感じたのだ。あの声はどことなく、あったかい、と。
■
「……カンナ殿!」
「……ん。」
目を覚ましたカンナが目の前に見たのは、彼女を揺すり起こした鈴乃の姿だった。戦闘中で流し聞きだったとはいえ、放送の中にカンナの名前が無いことを確認し、急いで走ってきた鈴乃。カンナに残る弾痕を確認し、銃弾が角に命中していたことを見て、生存理由と大した怪我ではないことがハッキリと分かったところでほっと胸を撫で下ろす。
「よかった……ああ、無事……だったか……。」
「……スズノ、一体何があった!?」
心配そうに語る鈴乃には、おびただしいほどの傷痕。自分が寝ている間に、一体何があったというのか。
「それは……話せば長くなるが……。」
鈴乃は語る。
襲撃者との戦いの決着が付かないままに、カンナの下に駆け付けたこと。
襲撃者と関係があるかもしれない青髪の少年のこと。
その際に助けてくれた、襲撃者の知り合いらしき少女に、襲撃者の相手を任せているということ。
「……行こ。」
それらを受けて、カンナは答えを出す。
鈴乃の話によると、元の世界からの知り合い同士が殺し合っているとのことだ。殺し合いなんて強制されなかったら、手を取り合えていたかもしれない二人。混沌勢と調和勢、対立する勢力であっても時に仲良くできるというのに、それでも戦う羽目になってしまった二人。
そんな悲しい宿命に、差し伸べられる手があるのなら。
623
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:24:21 ID:JNq/2/aU0
「殺し合いは、止める。トール様が教えてくれた強さの形……無駄にしないために。」
「カンナ……殿……?」
気絶する前とは、まるで別人のようなその決意。カンナの中で何かが変わったように見える。
「正直に言うと、私は反対だ。襲撃者の強さは身をもって体験したし、カンナ殿の安全も次こそ保証できないかもしれない。」
それは、当然の発露だった。
カンナの生存に、鈴乃がどれだけ安堵を得たのか、カンナは知らないのだろう。
そこに、重ねてカンナに死のリスクを背負わせるのが、本意であるはずがない。
「……だが、他ならぬ私を救ってくれたカンナ殿の決意に、私は報いたい。」
それでも。
その覚悟は、本物だと身をもって知っているから。
カンナ殿であれば、かの殺し合いの渦中にも、心を届けられるかもしれない。彼女の言葉には、力がある。まさしく、この殺し合いの参加者にすら至ることなくその命を散らした少女、佐々木千穂のように。
「こっちだ。共に行こう、カンナ殿。」
初めにカンナ殿に抱いた印象も、同じものだった。だが、だからこそだろうか。ドラゴンであると分かっていたはずなのに、カンナ殿も彼女と同じ、護るべき対象として見ていたところは否めない。
だが、今のカンナ殿からは、魔王や勇者と同じ、己が信念のために戦おうとする意志をひしひしと感じ取れる。
なればこそ、伝えるべき言葉は『ついてきて』ではない。殺し合いに反逆する同士として、隣り立つことを要請する言葉であろう。
(そうだな。先ほどまで殺し合い、互いの命を奪いかけた相手……。上等じゃないか。)
利害関係や運命的な特異点があれば、勇者と魔王ですらその手を取り合うことがある。分かり合うことを諦めるには、あまりにも早すぎる。
ふと、零した笑み。カンナ殿の無事な姿を見れば、存外全てがうまくいくのではないか、と、そんな希望すら湧き上がってくる。
624
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:25:20 ID:JNq/2/aU0
そんな考えを抱いていた、その時だった。
「今のは……!」
「悲鳴だった!」
鈴乃とカンナが遠くに感知した、轟くばかりの悲鳴。マミと杏子が戦っていたはずの場所からは少し離れており、彼女らによってもたらされたものであるかは不明瞭だ。
だが、そんなことは関係ない。あの絶叫を無視できる二人ではなかった。一瞬、互いに目を合わせ、頷き合う。
■
それは、名状し難き悲惨な光景だった。
少女は、首を切り裂かれて死んでいた。
女性は、片目を潰され、心臓を一突きにされて死んでいた。
「遅かった、か……。」
あまり動じないほどに死体を見慣れている自分に、どこかモヤモヤした気分を残しながらも、すぐさま死体に駆け寄る。
「どうやら営利な刃物で殺されているようだ。それにまだ温かい。時間はさほど経っていないようだな……。」
つまり、何かが少しズレていれば助かっていたかもしれない命だ。その責任を抱え込んでしまうような性分ではないが、どうしても、救えたもしもがちらついてしまう。
「……支給品も奪われている、か。回収の手際も良いようだ。最初からそのつもりで殺したのだろうな。何より厄介なことに――魔力戦闘の痕跡が残っていない。」
魔力の隠密に特化した暗殺者も、いるにはいる。だが、これほどまでにまったく魔力の痕跡を消せるとなると、相当な手練れだと見ざるを得ない。或いは、そもそも魔力を用いていない場合も考えられる。どちらにせよ、近くにいたとしても探知は困難だという結論を出さざるを得ない。
そんな時、死体の傍で何やらじっとしているカンナに気づく。
「カンナ殿、無理に見る必要は無い。検死ならば私が……。」
しかしカンナは俯いたまま、ある方角を指さした。
「……あっち。」
「む……?」
625
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:25:56 ID:JNq/2/aU0
意図が即座に読めない鈴乃。
カンナの指さした方向は、先ほどまでマミと戦っていた戦場に向いている。
「来て!」
走り出したカンナを慌てて追いかける。彼女には何が見えているのか、まだ、分からない。マミと杏子の戦場は元々目指していた場所であるため、その方向に向かうことに不都合は無いのだが、それでもカンナには他の何かを感じ取っているように見えた。
そして、走り出すこと僅か数十秒。
「あれは……!」
聖法気で視力に補正をかけた鈴乃の目が、ある少年の姿を捉えた。
(もしやあの二人を殺したのは……!)
その時、様々な物事に合点がいく。
潮田渚――あの少年が、自分とマミの戦いに居合わせた無力な一般人などではなく、マミと組んで参加者を排除するために動いているのだとしたら。
先ほど渚が明確にマミを庇うかのような行動を取ったにもかかわらずそれを疑うことができなかったのは、違和感があったからだ。たとえば、現に渚は一度、マミの攻撃の射線上に入っていた。あの戦いの中で明確にこちらに殺意を向けて来ることもなかった。
どれも決定的な要因とは言えないが、それでも、マミと渚が手を組んでいると断じるには、矛盾する点が見られたのは確か。
そしてそれは確かに、間違っている。あの戦い自体が勘違いから始まったことなど、今となってはもはや把握のしようがない。何故なら、その事実に唯一感づいた渚自身が、それを秘匿することを選んだのだから。
だとしても、この状況下。渚が二人を殺害したことはもはや疑いの無い事実である。
”カンナ勢”が他人を殺した渚の処遇をどうするのかは、ただちに決められるものではない。だが、どういう処遇にせよそれは渚の拘束が先んじる必要がある。
(くそっ……何故私は、気づけなかったんだ……!)
鈴乃は渚を追い始める。なるべく遮断していた気配であるが、間もなくして向こうもこちらに勘付いたようだ。殺害現場から速足で離れていたのが、全力疾走での逃げ足に変わる。向かう先は、マミと杏子が戦っている場所。そして――
626
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:27:00 ID:JNq/2/aU0
「スズノ……あのケータイ、何かがいる。気を付けて……。」
先ほどカンナが行なったのは、魔力探知ではない。ただの人間に過ぎない渚に、その方法での追跡は通用しない。
カンナが感知したのは、モバイル律から発せられる微弱な電波である。電気をエネルギー源として用いるカンナには、ドラゴンとしてのスペックも相まって、空気中の電波すらも感じ取ることが可能である。
「……思ったよりも早く気付かれたみたい。じゃあ、それでいいんだね、律。」
「はい。私の収集したデータによれば、その方法が最も効率的かと思われます。」
この戦いに、殺し合いに乗っている者なんて一人もいないはずだった。
だけど、運命の悪戯によって手のひらから零れ落ちた不安の種は、悪意という名の花となって開花した。
枝分かれするように生まれた、魔法少女たちの戦場と、殺し屋と暗殺者の戦場。
――二つの戦いは、一つの戦場へと収束していく。
627
:
Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】
◆2zEnKfaCDc
:2022/09/24(土) 03:28:00 ID:JNq/2/aU0
連作の一部投下を終了します。
引き続き、同メンバーで予約します。
628
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/01(土) 01:27:43 ID:8dOUvn3I0
申し訳ありません、予約を延長します。
629
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/08(土) 02:10:24 ID:YdXq94EQ0
申し訳ありません。もう1日だけ延長させて下さい。
630
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:30:23 ID:/xQ2Ewqo0
重ねての延長失礼しました。
投下します。
631
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:31:18 ID:/xQ2Ewqo0
「――私は魔法少女を"救済"する。」
救済――何ともまあ、前向きで希望に満ちた言葉だ。だが、その本質はねじ曲がっている。
「……本気で、言ってんのかよ。」
「私がこういう時に冗談を言ったこと、あったかしら?」
「はっ……冗談より100倍タチ悪いぜ。」
その意味するところは、すなわち魔法少女の掃討。
「……でも、良かったとも思っているのよ。」
「はぁ……?」
マミが、手を天に翳す。この座標は、先程まで長きに渡り鈴乃とマミの戦いが繰り広げられていた場所だ。すでに戦場全体に魔力で練られたリボンの糸が張り巡らされている。マミの手の動きに連動し、杏子の足に糸が絡み付く。
「っ……!?」
「最初に、あなたを終わらせることができたなら……」
糸は足に巻き付いたまま、上昇。それに伴って持ち上がる杏子の身体。
「……もう昔のことで迷わなくて済むもの。」
直後、銃声が鳴り響く。杏子の幻惑魔法を絡めた小細工の巧さはマミも知るところ。だったら――下手に行動を許す前に……不意の一撃で仕留める!
「……そうかよ。」
次の瞬間、杏子にしっかりと狙いを定めたマミの眼前に展開されるは、咲き乱れるがごとき閃撃の嵐。
拘束を成していた糸は即時引きちぎられ、自然落下と共に狙い済まされた銃撃は空を切った。
「まだアンタは……そこにいるんだな。」
『――また負けたー! マミさんのリボン卑怯だよ!』
かつて、宙に吊るされながら発したひと言。マミと修行していた、あの時のあたしだったらきっと、この一撃で決まっていたのだろう。
だが、そうはならなかった。
着地と共に射程の差を埋めるため、前進。遠距離から放たれる砲撃の厄介さは分かっている。だが一発限りのマスケット銃を捨て、新たに生成するまでのリロードは必須。それなら、その合間を叩く!
632
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:32:01 ID:/xQ2Ewqo0
「――あなたこそ、また手加減してもらえる、なんて思っていないわよね?」
その時、銃が動かされる金属音を感知した。音の方角に目をやることはできない。なぜなら、その方向は東であり、西であり、北でも南でもあった。気が付いた時には、足元の草木で覆い隠しながらリボンによって遠隔操作された幾つもの銃口が杏子を狙っていた。
「ぐっ……!」
気付いた瞬間、足元の糸を切断し、背後の銃の操作を裁ち切る。処理しきれなかった分の銃弾は槍をぶん回して受けるも――受けきれなかった弾が胴を撃ち抜く。その痛みの一部を遮断、そして一部を甘受しながら突撃に割く魔力を温存し、殴り込む。
その一撃を受けるは、すでに発砲済みのマスケット銃を横に構えての防御。先の銃撃の痛みで腕に力が入らず、そのような即席の防御であっても受け止められる。
(だが、この射程なら押し勝てる。このまま――)
その時目に映ったのは、マミが背中のリボンを用いて引き金を引かんとしている一丁
咄嗟に防御の構えに入る杏子。相対するは、ふっと口元に笑みを浮かべたマミの姿。直後に、下っ腹に衝撃が走る。
防御を潜り、腹部に打ち付けられたのは魔法でも銃弾でもない、ただの蹴りであった。仄めかされたマスケット銃は使用済みで、弾が込められていないブラフ。それは、鈴乃に対しても一度用いた手だ。
だが、魔法少女として増幅された筋力から放たれた蹴りは、偏食により一般的な少女の体重よりも軽い杏子の身体を吹き飛ばすには十分な威力を持つ。結果として生み出された距離は、新たなマスケット銃を生成するだけの時間稼ぎには十分だった。
「っ……このっ!」
「なっ……ぐうっ……!」
だが、吹き飛ばされる寸前に、鎖鎌状の槍をマミの腕に巻き付け、引っ張り上げる。右肩が外れてもその拘束が緩むことはない。そのまま槍を振り下ろせば、土煙を巻き上げながら、マミの身体は大地に思い切り叩き付けられた。
「はぁ……ちったあ、目ぇ覚めたかよ?」
確かな手応えと共に、土煙の先に向けて問い掛ける。次第に晴れゆく視界に映ったのは、負傷した右腕を庇いながら、のそのそと立ち上がるマミの姿。
「その腕じゃあもう撃てないだろ。この勝負、あたしの勝ちだ。」
「……。」
元より、鎌月鈴乃と戦い続けていたマミに対し、杏子は戦いらしい戦いをしていない。消耗度合いから見ても、この勝負は杏子の側に傾いていた。殺すことなく無力化するという杏子の目的に沿った措置も、互いに全力を出している時には難しかっただろう。
だが、もう利き腕を潰した。この状態では狙いを定めるのも困難だ。だが、その目に諦めの色は宿っていない。
「……あなたは、それでいいの?」
静寂が訪れた戦場で、マミはゆっくりと口を開く。
「もう私たちは普通の人間には戻れない。もしかしたら、周りの人間を巻き込みながら、殺し合わされ続けるかもしれない。」
「……んなもん、元締めとの接触無しには分かんねぇだろ。」
「元締めとの接触って……姫神と世間話でもするつもり?」
そもそも、これは殺し合いなのだ。最後の一人だけしか生き残れないという前提がある。
「それに……どちらにせよ、同じことなのよ。この疑念を抱いたまま、誰かと交流することなんてできない。だったら――」
633
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:32:30 ID:/xQ2Ewqo0
その瞬間、マミの腕に絡み付いたリボンが、強引にマミの腕を動かした。外れた関節を無理やり動かす痛みに、マミの顔が大きく歪む。痛み自体は魔力で抑えることができるが、残り少ない魔力をそんな事に回す余裕はない。
「――ここでその連鎖の根本を絶つ方がみんなのためだって、そう思っちゃうじゃない?」
杏子の心臓めがけ、引き金が引かれる。
槍はマミの拘束に用いており、防御には使えない。
「……そう簡単に、この命くれてやるわけにはいかないさ。」
しかし硝煙のその向こう、杏子は息絶え絶えながら立っていた。支給された小道具を前面に構え、銃弾を防御。それはただのマンホールであったが、槍で成すことができない、面の防御となる。
「救済とか何とか言ってさあ、結局それ、魔法少女みんな巻き込んでのただの心中じゃんか。」
――いつかの記憶が、頭をよぎる。
あたしの願いが、バラバラに引き裂いてしまった家族の記憶。
あたしのかたちがなくなっていくような、絶望。
――そして。
そんなあたしにかたちを与えてくれた、たった一人の"家族"の記憶。
「そう、かもしれないわね。もちろん、最初からあなたに受け入れてもらえるなんて、思ってないわ。」
マミが口を開く度、いつかのしあわせが段々と、色褪せていく。記憶が、塗り替えられてしまう。
「だから恨みつらみは……向こうで聞いてあげるわ。全部が終わった後に、ね。」
――かたちが、きえてしまう。
634
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:32:53 ID:/xQ2Ewqo0
■
「はっ……はっ……!」
――渚は、走っていた。
走り込みの訓練を行なったことはある。
だが、ターゲットが殺せんせーである以上、逃げるための訓練は全くしていないではないが、どうしても比重は小さい。元より、身体能力ではクラスでも底辺の渚だ。相手の視界に入ってしまった地点で、追跡者を撒くのは不可能に近い。
「このまま逃げても追い付かれる確率、99%。」
戦況を俯瞰している律が、分析を述べた。だがそれは、このまま逃げた場合の確率。
「しかし私であれば足止めは可能です。一時しのぎにしかならないでしょうが。」
「……分かった。お願い。」
「承知しました。」
その掛け声と共に、支給品を詰めたザックから飛び出た"それ"に、追跡者の二人はぎょっとした様相を見せた。
「何だ、これは?」
「らじこん……!」
カンナの評した通り、それは数台の電動式ラジコン。
しかし、その実は子供の玩具とは違う。超能力集団『爪』の幹部、羽鳥が戦闘用兵器として用いていたものである。
「――対象、参加者:鎌月鈴乃。射撃を開始します。」
笑顔と共に発せられた電子音声に対応するかの如く、搭載された幾多の銃器を惜しみなく撒き散らす。
「なっ……ぐあっ……!」
日本に来て日が浅い鈴乃に、電子機器の心得などない。仮にあったとて、ラジコンと銃器が結びつくはずもないだろう。不意に受けた一斉射撃に、全身を撃ち抜かれることとなった。魔力で生成されたものではないため、魔避けのロザリオの効力もはたらかない。
635
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:33:42 ID:/xQ2Ewqo0
「スズノ!」
後ろを走っていたため、射撃のダメージ自体は浅かったカンナ。しかし、鈴乃の受けた傷を放置して追跡する選択肢は彼女にはなかった。鈴乃に駆け寄り、その前方に立ち塞がる。
「――続けて攻撃を開始。」
律も渚も分かっている。この程度の射撃で迎撃できる相手ではない、と。それ以上に超次元の戦いを、特に渚は、マミの戦場で目に焼き付けている。しかし、不意を付くことができた今だからこそ、追撃のチャンスがある。
そして再びの、一斉射撃。対象はカンナではなく、初撃で膝をついた鈴乃。仮に庇うのであれば、カンナに確定的に命中させることができる。
「……! あのケータイから操ってる!」
ラジコンを操作しているのが渚ではなく、モバイル律から発せられる電波であるとその能力によって勘づいたカンナ。
「痛っ……!」
だが、その理解においついたとて、射撃を封じるには至らない。避けられない鈴乃の代わりに弾丸を受け、その身におびただしいまでの弾痕を刻んでいく。
「カンナ殿!」
患部を押さえつつ、何とか立ち上がる鈴乃。追撃に備えられた銃器へと改めて対峙する。
そして、放たれた銃声と共に、ひと声。聖法気を、解き放つ。
「――武光烈波!」
大槌より発された聖法気の嵐が、銃弾を纏めて吹き荒らした。
「――っ!」
人工知能の知識と経験の外にあった、エンテ・イスラの魔術。物理法則の通用しないそれを前に、軌道の計算も安易には不可能だ。
「……次の射撃も防がれる確率、88%」
律がはじき出した答えは、渚の心に焦燥を積もらせていく。敵へと続く道は、開け始めている。
だが、律としては次の射撃を放つより他にない。しかしそれは、計算通りにすべて弾かれ――
「――武身鉄光っ!」
ラジコンの中の一機に向けた一閃。破壊力に特化したそれは、元は玩具でしかない電子機器を即座に粉砕した。
636
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:34:07 ID:/xQ2Ewqo0
「あと二機だ! カンナ殿!」
ロザリオを元に生成した大槌を手に、カンナに呼びかける。
「――攻撃を開始します。」
律――そのフルネームは、自立思考固定砲台という。
その名に集約されている通り自立思考を生業とし、生徒と共に成長していく人工知能である。その学習力たるや、殺せんせーの速度に対しても即座に適応するレベル。その演算力は、この戦場においても発揮される。詠唱から発現までの時間、その威力、狂わされる弾道。エンテ・イスラの魔術という科学にとって未知の領域に対しても、間もなくしてその計算に組み込んだ。
(っ……! 何という精密な操作か……!)
攻撃の隙間を縫って、明確にこちらの弱みに対して密度の高い攻撃を仕掛けてきている。一機落としたからといって、決して弱体化はしていない。
「……電気には……電気!」
直後、カンナの周りに強力な電磁波が発生する。
「む……制御ができません!」
「えっ!?」
律のラジコンの遠隔操作にも干渉するだけの電磁波。それを体内で生成させるカンナの魔法も、やはり科学の想定し得ぬところ。
ラジコンは地に落ち、鈴乃とカンナの行く手を遮ることはなくなった。
「制御を取り戻すまで30秒ほどかかります。そして、30秒後には、渚さんの逃げ道を確保しましょう。……それまで時間を稼げますか?」
「そうは言ったって……。」
鈴乃の身のこなしは、マミとの戦いを観察していて織り込み済みだ。それに付いてきているカンナも、見た目年齢に適さない力を秘めている。
一方の渚は、一般人上がりでしかない。魔力や聖法気といった人間の逸脱性もなく、ただ暗殺の訓練を受けているだけの中学生。そしてそれは、戦闘の訓練とは違う。警戒され、戦いを挑まんとされている今、その素養は大きなアドバンテージとなり得ない。
ラジコンの制御を取り戻すまでの30秒は、この場で戦い続けなくてはならない。
637
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:34:29 ID:/xQ2Ewqo0
(……いや、やれるかどうかは関係ない。)
律の妨害無しに逃げたところで、すぐに追い付かれるのは間違いないから。
やる以外の選択肢は無い。だったら――殺す気で。
「……仕方ない、か。」
観念したように立ち止まった渚に、一瞬、怯む二人。その眼には、裏の仕事を手に付けてきた鈴乃から見ても、はたまた闘争にすべてを賭けてきたドラゴンを多く見てきたカンナから見ても、底の見えない殺気が宿っていた。
「聖職者、クリスティア・ベルの名において、汝の罪を問う。」
それでも怖気付くことなく、鈴乃は厳かに口を開く。
「何故殺したか……この世界においてそれは愚問だ。その一切を不問としよう。」
力のある者に殺しを命じられた。
殺しに走ってしまった子供に、それ以上の理由なんて必要無いだろう。
「私が問うは、ただひとつだ。……貴様はこれからどうする。」
殺し合いを、促進する者がいる。その認識は、初めから持っていた。
他ならぬ鈴乃自身が殺し合いに乗ろうとしていたことのみではない。この世界に蔓延する悪意のような醜悪な気配。人々を殺し合いに駆り立てている何かが、ここにはある。
そんな悲しみに呑まれてしまった者たちに差し伸べる手が、カンナ勢だ。すでに死者は13人。中には罪を犯した者もいるだろう。カンナ殿の家族を殺した者も――遊佐を殺した者も。
そう、これは――彼らを赦すための、戦いなのだ。
638
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:34:58 ID:/xQ2Ewqo0
■
辺り一面に撒かれたリボンと糸の罠。それだけ見ても、相当な手数の魔法を用いている。さらにそれだけではなく、生成しては使い捨てられるマスケット銃のひとつひとつも、折れた腕を無理やりに動かす回復魔法自体も――マミを戦いから離脱させる限界というものを、魔力を浪費することで繋いでいるのが現状。
片や鈴乃と戦っていた後であるにもかかわらず杏子とマミが互角に渡り合えている裏には、魔力量においての代償が伴っている。
「なあ、ソウルジェム、濁りが溜まってんじゃんか。もう、限界なんだろ。」
その結果待っている結末を、杏子は言えない。
誰かを守ることを戦う理由に据えているマミに、その根底を揺るがす、魔法少女の真実を伝えるわけにはいかない。それはまさに、願いが絶望へと反転する瞬間に他ならない。
「敵の心配なんて、随分と余裕ね?」
マミには、止まれない理由がある。たとえそこに前提知識の欠落があったとしても、戦うに値するだけの願いを携え今この場に立っている。
「私は選んだの。この殺し合いに勝ち残るべきは、私やあなたじゃない。」
世の中には、誰かを脅かす存在がある。だけど、誰かを守る存在があって、そんな存在に守られる側の人間もいる。
魔法少女は、誰かを守る存在であると、ずっと思っていた。奇跡を信じてキュゥべえに縋ることしかできなかった自分のような、救いを求める誰かに、手を差し伸べられるのなら――あの夜に家族を見捨てて命を繋ぎ止めた意味も、きっとあるだろう、と。
だが、他ならぬ選定者であるキュゥべえが、この力で他者を殺せと言っているのだ。魔法少女に誰かを守る生き方など認めないと、首輪と共にそう叩き付けられたのだ。
「だってそうでしょう? 生きているだけで他者を巻き込んで死なせてしまうなんて……そんなの魔女と同じじゃない。」
「……。」
杏子には、何も言い返せなかった。魔法少女が魔女そのものであることを、すでに知っているから。
「私はそれでも――誰かを守りたいと思う。だったら滅ぼすべきは何かなんて、決まっているでしょ? それが私の選択。それが私の、最後の正義。」
たとえ飛躍した論理であっても、マミの言い分に相応の理を認める真実がある。それは決して、マミには知られてはならないということもわかっている。
真実に力はなく、虚構のみがマミを止める手立てとなる。紗季さんから鋼人七瀬の話を聞いた時、そんな器用な真似は自分にはできないと、そう思った。だが、それを諦めてしまえばマミは救えない。
639
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:35:23 ID:/xQ2Ewqo0
「納得なんてしなくていいわ。結局は私のエゴだもの。でも――」
一方のマミ。納得も理解も、とうに諦めている。
それを求める相手が仮にいたとして、それはグリーフシードを落とさない使い魔を倒すのをやめてしまった杏子ではない。
「――信念も無ければ、私を殺す覚悟も無い。そんなあなたに、私は負けない。」
力は自分のために使うべきだと、かつてそう謳ったことがある。だが、その信念は現状、曲げられている。彼女自身を守るためのみに行動するのなら、魔法少女を殺そうとしている自分を殺せばいい。
だが、現実はどうか。
杏子の槍に宿るのは殺意ではない。信念を曲げながら、ただ私の前に立ち塞がっている。
私とは違い、何も選んでいない者。選べないとも、言えるだろう。そんな甘さを見せた相手に、負けたくない。負けてなるものか。
――そんな奮起と共にかけた言葉だった。
「……そうかよ。」
返ってきた言葉に纏った感情が何であるのか、マミには検討がつかなかった。
「そうかもしれねーな。アンタから見たあたしは、軸なんて何もなしに、ただ止めに来ただけの奴に見えるだろうよ。」
銃撃を警戒してか、跳躍。木々を伝っての空襲を謀る杏子を前に、マミは魔力の糸を生成し、木々の合間に張り巡らせる。
そのまま空中に留まれば、糸による拘束が。地上に降りれば、着地狩りとばかりの砲撃が、備えられている。
640
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:35:53 ID:/xQ2Ewqo0
「でも――浅いね。あたしの本質なんざ、ハナから何も変わっちゃいないさ。」
対する杏子――そのどちらの手も、想定済み。第三の択として、足場であったが今や罠と化した木を、一閃にて斬り倒す。倒れた木は銃弾を受ける盾となる。魔力の糸は地に落ち、杏子の進路を阻むことはない。
(ああ、そうさ。あたしがどうしてここにいるか。そんなの、分かりきってんだ。)
――落ちていく。
まるで足場が、最初からなかったかのようにどこまでも、落ちていく感覚。伴うは、喪失。
――ああ。
何もかもが、うまくいかない人生だった。
隣人のために身銭を切ることを厭わない、父さんみたいな。そんな正義のヒーローに、憧れていた。だから、そんな父さんが、少しでも報われてほしくて――手を伸ばした奇跡は、絶望の入口だった。
願った奇跡の分、それが絶望として返ってくる。それが魔法少女のさだめだと謳われるくらいに、必然的な結末だったのかもしれない。
――だけど、それでも。
もしもやり直せるのなら――今度こそはハッピーエンドってやつを目指してもいいだろ?
神様ってやつは皮肉なもんだ。全て投げ打って、その先に与えられた、【やり直し】の機会がそこにあった。
あたしと同じ誤ちを犯そうとしていた魔法少女、美樹さやか。彼女は結局、分かり合うことのないまま魔女になった。救う方法を模索して、だけどそれの叶わないまま、あたしの人生は幕を閉じる。
報われず、奈落へと落ちたままに、かくして終わりを迎えるはずであった。
――しかし、神の祝福は与えられた。
突如として開かれた殺し合い、それには魔女になったはずのさやかも、おそらくは人間として、参加させられていた。これは二度目の挑戦だ。今度こそ、彼女を救えるかもしれない。まだ、あたしの目指すべき道は途絶えていない。
そう、思っていた。なればこその、痛みだった。
期待をすればするほど。登れば、登るほど。
裏切られ、落ちた時の痛みはよりいっそう、大きくて。
定時放送で呼ばれた、さやかの名前。崩れゆく願い。
――ああ、まただ。
かたちを失っていくかのごとき、この感覚。
あたしが、きえてしまいそうなこの剥離に身を委ねてしまえれば、どれだけ心地よいだろうか。
641
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:37:00 ID:/xQ2Ewqo0
『……ねぇ、マミさん。』
――いや。
『マミさんは、あたしのこといつも友達って言ってくれるけどさ……』
まだだ。まだ、あたしに与えられた神の祝福は、残っている。
『あたしにとってのマミさんは、友達っていうのとは……ちょっと違うっていうか』
かつて失ってしまった"家族"が、目の前でまた、皆を巻き添えに死のうとしているんだ。
贅沢な大円団なんざ、とっくに終わってるかもしれない。これをハッピーエンド、なんて言っちまったら、零しちまったさやかに失礼かもしれない。でも、零したもんばかりに執着して、手の届く範囲にある守れる大切なものをまた零しちまうのは御免だ。
盾代わりの大木の、その向こう。露わになったマミの姿が、視界に映る。
「ティロ――」
「――なっ……!」
自身よりも大きな大砲を前方に構え、こちらへ突き付けていて。
「――フィナーレ!」
いつ、道を間違えたのか。
決別したはずのマミの死を聞いて、その後釜の魔法少女の様子を見に、見滝原に戻った時か。
――或いは。
そもそもマミと決別を選んだ時か。
――或いは。
ハッピーエンドなんて、父さんの夢に縋り始めてしまった時か。
――ああ、落ちていく。
まるでかたちを、失ったかのように。
想い出が、セピア色の中に沈んでいく。
鳴り響くは、割り砕くが如き砲撃音。
『――お願いっていうか……図々しいついでっていうのもなんだけど……。あたしを、マミさんの弟子にしてもらえないかな?』
642
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:37:40 ID:/xQ2Ewqo0
――罪を犯した者が報いを受けるとするならば、それはいつのことだろう。
かつて、ある執事は、虚空に向けてそう問い掛けた。
王として進むべき道を誤った罪を背負った真奥貞夫は、その報いとして今がある。最後まで、王であり続けること。それを責務として、己に課している。
いつ、報いを受けるのか――その答えを鈴乃が答えるとするならば、『常に』である。
赦すと、宣言することは簡単だ。だが、それだけでは禊となり得ない。遊佐が、親の仇である真奥に対し、一時的とはいえ刃を納めている現状。それは、真奥の背負った報いによるものだ。
平常、己の罪と向き合う覚悟を以て、報いと成せ。これは、『カンナ勢』を口先だけの夢物語にしないため、その覚悟を問う審判である。
その言葉の裏に垣間見える鈴乃の境遇など、渚に伝わることはないのだろう。だが、試すが如き鈴乃の瞳。適当にはぐらかせる類のものでないことは、十二分に伝わった。
「……僕、は。」
――罪、か。
誰かを殺すことが罪なのだとしたら、僕たちは、罪のために進んでいる。
恩師に、この刃を突き付けるため。
恩師に、銃弾を叩き込むため。
恩師を――殺すため。
「――選んだこの道を、間違いだなんて思わないし、言わせない。」
もしも、殺せなかったら。
烏間先生が導いてくれた道も、茅野が隣で歩いてくれていた道も、その全てが――欠けた思い出になってしまう。
先生を、殺す。その目的を、果たすため。
「だから、その選択に伴うものは全部、背負っていく。」
たった、40人程度。
この殺し合いにも勝ち抜けない僕が、果たして、殺せんせーを殺せるか?
証明するんだ。僕の力を、他ならぬ僕自身に。
「そうか……。ならば多少、手荒な方法を取らざるを得ない。」
直感めいた確信が渚の中にある。
この人は、僕よりもずっと優れた――暗殺者だ。
伝説の殺し屋"死神"のような、乗り越えられない高い壁。
(でも、今回は殺せば勝ちというわけじゃない。)
カンナは電磁波の維持に精一杯で即座に動けそうにない。普段の、ドラゴンの力をもってすれば電磁波を撒き散らしながら身体能力で敵を圧倒することもできたかもしれないが、パレスに課せられたドラゴンの力の部分的な制限により、精密な力の操作を不可能にしている。
(30秒。ただ、それだけ凌げば、こっちの勝ちだ。)
それは偏に、律への信頼である。
30秒稼げば、カンナの電磁波による電子干渉を突破できると彼女は言った。だったら、信じるのみだ。
643
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:38:13 ID:/xQ2Ewqo0
「――武身鉄光っ!」
ロザリオを大槌へと変質させる鈴乃の奥義。先ほどまでマミに向けられていたそれが、今度は渚に牙を剥く。
質量という殺傷力の塊を前にして、怖くないはずがない。己が死を忌避するは、避けられない本能。
(集中力を、研ぎ澄ませ!)
だが――見える。
対殺せんせーを想定した訓練、そして実践の賜物か。人間離れした脚力と腕力から繰り広げられるその軌道は決して、見切れないものではない。
「うぐっ……!」
両腕を前面に出し、かつバックステップを挟んで防御。途方もない痛みが腕越しに伝わってくるが、その大部分を軽減する。
腰には、ナイフが備えられている。先ほど二人を殺害した凶器であり、返り血で赤く染まっていることだろう。そして弓原紗季の支給品にも、一本のナイフが入っていた。すなわち武器は二本。クラップスタナーの準備も整っている。
(……反撃、して来ない?)
鈴乃が感じた違和感。
二度、三度、攻防を交わすにあたって、その疑念は確信へと変わる。
(――殺気が、感じられないだと?)
鈴乃もまた、殺さない程度に無力化することを意図し、渚を追い詰め続けた。だが、決定打が入らない。
こちらの攻撃の芯が見切られているかのごとく、一撃の重みを完全に"殺され"ている。
「――お待たせしました、渚さん。」
そしてカンナの電磁波の干渉を無力化する電波を編み出した律が、戦いの終了の合図を唱える。同時に動き出すは、地に落ちていた二台のラジコン。
「ゴメン、スズノ。これムリ……!」
電波を放出し続けて疲れきったカンナが、それでもなおラジコンの制御を奪われた上で膝をつく。
ラジコンの照準が向かうは、明確に隙を見せたカンナ。
「カンナ殿っ!」
即座に聖法気で編み出した嵐がその弾丸を逸らすが、その反動で次の一手は遅れてしまう。
その間に、渚は180度向きを変え、再び走り出した。
「しまっ……」
カンナ殿の無事が最優先であり、この場における最善を打っているのは間違いない。だがその上で、渚の逃走を許してしまう結果となった。
(くそっ……完全に調子を狂わされた……!)
30秒の間、渚はナイフを用いなかった。
仮にナイフを取り出していたならば、それは"殺し合い"となり鈴乃の対応もまた変わっていただろう。
30秒を稼ぐのに、これが鈴乃による"詰問"の体のままでいたこと――たった今、渚が地に両足をつけて立っている要因はただそれだけである。
644
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:38:43 ID:/xQ2Ewqo0
■
――硝煙のその向こう。
まだ、杏子の命は絶えることなくそこに存在していた。
防いだわけではない。大木に隠し、杏子の隙を突いた一撃だった。
マミが手心を加えたわけでもない。命を奪う覚悟は、決まっていた。
その上で、杏子が今、地に両足を付けて立てているその理由――
「――これは、幻……!?」
魔法少女の魔法の力は、叶えた願いに由来する。
親友との出会いをやり直した暁美ほむらの魔法が、時間操作であるように。
想い人の腕を治した美樹さやかの魔法が、再生の力であるように。
自身の命を繋ぎ止めた巴マミの魔法が、対象の拘束であるように。
杏子の扱う魔法は、幻惑。人を惑わせ、誑かす魔法。その願いの根底がくじかれ、一時期は扱うことのできなくなっていた魔法であったが――今、再び発現した。
ティロ・フィナーレによって撃ち抜かれた杏子は、魔法によって生成された虚像。蜃気楼の奥から現れた、本物の杏子が今、マミへと飛びかかる。
「いい加減――観念しやがれっ!」
槍に紐付られたチェーンは、ティロ・フィナーレの反動で一時的に動きが鈍くなったマミを、即座に捕縛した。
マミは木々に縛り付けられ、最初こそもがく様子を見せるが、間もなくして無駄だと悟ったようで、次第に大人しくなっていった。
645
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:42:11 ID:/xQ2Ewqo0
「……これで、落ち着いて話ができるな。」
「……。」
「よくわかんねーけど、先走っちゃってさ、アンタらしくないよ。」
「……この殺し合いの裏にキュゥべえがいるってわかった時。確かに驚いたわ。そんなことないって、思いたかった。」
観念したのか、その言葉には先ほどまでとのトゲとは違い、どことなく柔らかさがあった。
「でも、同時に……すごく、しっくりきたの。キュゥべえは……なんというか、根本的に価値観が違うって思ったこと、これまでにもたくさんあったから。」
基本的に魔法少女は、損得勘定で動いていた。
成長したら人々を襲うと分かっていながらも、グリーフシードを落とさないからと魔女の使い魔を放置することなんて、当たり前であるかのような。
キュゥべえにも、それを勧められたことは数え切れない。今にして思えば、他の魔法少女たちにも、キュゥべえはそうやって接していたのだろう。
「だから私は、最初から間違えていたの。あんな悪魔の囁きに乗って……ずっと魔法少女として誰かを守っているつもりだったのに……そしてきっと、これからも、間違え続けるんでしょうね。」
「――違う!」
その気迫に、マミは気圧されてしまう。
「魔法少女のシステムにどんなに醜い裏があったとしてもさ……マミが助けた人たちは、マミが居ないと死んじまってた。そこは曲がらねえんだ。そして――」
それは、かつてのすれ違い。
かつて、己が願いで家族を失って、絶望の淵に立たされた杏子が、それでも魔女になることなくいられたのは。
そんな杏子を気遣い、見守ってくれる存在がいたから。魔法少女だとか関係なく、誰かを救おうと頑張る人間が、周りにいたから。
たった、それだけ。
マミを魔法少女の呪いから解き放ち得るひと言が、交わされていなかったから、二人はここまで、すれ違ってしまったのだ。
――そして、それは。
この場にいる誰もが、予期し得ぬ出来事であった。
646
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:43:48 ID:/xQ2Ewqo0
「――巴さん!」
ボロボロになりながら駆け付けてきた少年の姿。
拘束されたままのマミは、その姿を見て名前を呼ぶ。その声に現れているのは、若干の焦燥と、また生きてここに現れたことへの安堵。
マミの知り合いであると察しをつけ、拘束を受けたマミに駆け寄ってくる少年に、マミの敵ではないと釈明を始める杏子。
それを受け、少年は落ち着いた表情で立ち止まって小さく笑みを零した。改めて、杏子がマミの方へと向き直り――
「……っ!?」
――次の瞬間、杏子の首筋に一筋の閃光が走った。
首から生えた、一本のナイフ。
「……お……前……まさ、か……!」
潰れた喉で、懸命に言葉を紡ぐ杏子。何とか振り返った彼女が、その眼に映したのは――
「……っ!」
――杏子が置いてきた二人、まどかと紗季さんが持っていたはずの、端末。
あの二人がどうなったのか、想像には難くない。現にこうして――自分は虚をつかれ、首を切り裂かれているのだから。
そして杏子の視界は、黒く、黒く塗りつぶされていった。
その執行者は、たった今、警戒すらされずに二人の前に現れた少年――潮田渚であることは、それを目前にしたマミには分かった。
「なぎ、さ……君?」
だが、その行動が彼と結び付かない。
だって、渚くんは。
魔女のような、誰かを傷付ける存在じゃなくて。
――この殺し合いで生き残ってほしいと願った、守られる側の人で、あるはずで。
「……嘘。」
「ごめんなさい、巴さん。」
渚の手には、もう一本のナイフ。
目の前には、拘束されたままのマミの姿。
首筋に、さらに一閃。
頸動脈を切り裂かれた少女が二人、その現場に出来上がった。
「――渚さん。急いで、この場を離れてください。」
電子音声に導かれるまま、渚は走り去っていく。
647
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:44:11 ID:/xQ2Ewqo0
■
「――スズノ、まだ息ある!」
「――頸動脈をこれほど深く損傷しているのに信じられないが……」
閉ざされた意識の中に、声が聞こえてきた。
杏子とマミの"死体"を見つけた鈴乃とカンナ。その身体に残された傷跡は、まどかと紗季のやり口と酷似している。そもそも、取り逃した相手が逃げた先。犯人は、考えるまでもなく分かっている。
「……あたし、は。」
死体が起き上がるような光景だった。
まどかと同じ程度に、首をぱっくりと斬られていた赤髪の少女が、何事も無かったかのように――とは言えないが、それでも傷口に対してあまりにも軽傷のように立ち上がった。
「っ……! おい、マミっ!」
弾かれたように、杏子は動き出した。連戦の疲れも、あるのだろう。自分より目覚めるのが遅く、横たわったマミに、手を伸ばす。
死んでいないのは、分かっている。魔法少女の生命を繋ぐコアはソウルジェムだ。首を切られたところで、それが原因で即座に死に繋がることはない。
だが、肉体の再生にも魔力を消耗する。いや、それ以前に、あれが少なからず信頼関係を築いていたように見えた相手からの、裏切りだったのはあたしにも分かる。
だってあの時、消えゆく視界の淵に映った、少年を見るマミの眼は――あの時と同じだったのだから。
嫌な予感がする。一度、掴めなかった経験に裏打ちされた、確かな予感。そして、その予感は――的中する。
「待ってくれ、マミ――」
伸ばした手の先、巴マミの髪飾りに装飾されたソウルジェムが、ドロドロとその色を濁らせていき――そして、砕けた。
「――っ!!」
直後、世界がぐにゃりと大きく歪んだ。
緑が広がる森は、クレヨンでされた子供の落書きのように、不気味に混ざった色に染まっていく。
「何だ……これは……!」
「何が起こってる!?」
「――くそっ……あたしは、また……!」
648
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:44:49 ID:/xQ2Ewqo0
■
かたちあるものは。
ㅤいつかはこわれて、きえてしまう。
ㅤぴしりと、おとをたてながら。
ㅤぽろぽろと、あふれるままに。
ㅤひびわれて、こぼれて。
ㅤそして、かたちをなくしていく。
ㅤ――ああ、まただ。
ㅤわたしのかたちが、とけだしてゆく。
ㅤこわい、こわいよ。
ㅤだけど。
ㅤわたしがいつか、かたちをなくしたそのあとは。
ㅤ――かたちなきしあわせを、つかめますように。
649
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:45:08 ID:/xQ2Ewqo0
【C-4/D-4境界付近/おめかしの魔女の魔女結界/一日目 午前】
※D-4境界付近に、『おめかしの魔女の魔女結界』が生成されました。おめかしの魔女(巴マミ)が死亡するまで残り続けます。また、近付いた人物が結界に取り込まれることも起こり得ます。
【おめかしの魔女(巴マミ)@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:魔女化
[思考・状況]
基本行動方針:無差別
[備考]:魔女化に至るまでの状況が原作スピンオフとは異なるため、本ロワオリジナル要素が付与されている可能性があります。
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:ダメージ(大)
[装備]:なし
[道具]:不明支給品0〜2 ジュース@現地調達(中身はマッスルドリンコ@ペルソナ5)ㅤマンホール@モブサイコ100
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず姫神を殴らないと気が済まない
1:現状を何とかする
2:鋼人七瀬に要警戒
※魔女化したさやかと交戦中の時の参戦です
※最初の場のやり取りを大雑把にしか把握していませんが、大まかな話は紗季から聞いています
※紗季から怪異、妖怪と九朗、岩永の情報を断片的に得ました
※モバイル律からE組生徒の情報及び別の世界があるという可能性を得ました。
※パレスの中では、鋼人七瀬が弱体化してる可能性は仮説であるため、実際に彼女が本当に弱体化してるかどうかは分かりません
【鎌月鈴乃@はたらく魔王さま!】
[状態]:ダメージ(大)
[装備]:ミニミ軽機関銃@魔法少女まどか☆マギカ、魔避けのロザリオ@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜1(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:皆が幸せになれる道を探す
一.目の前の存在と戦う
二.千穂殿、すまない……。
※海の家に行った以降からの参戦です。
※小林カンナと互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。
【小林カンナ@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜3(本人未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:新勢力、カンナ勢を作ってみんな仲良くしたい!
一.姫神はたおす!
二.スズノをまもる!
※トールとエルマが仲直りした以降からの参戦です。
650
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:47:19 ID:/xQ2Ewqo0
「……何、これ。」
渚は自分の行動の結果起こった出来事について、詳細を把握していない。鈴乃とカンナに気づかれ、それだけの時間は与えられなかった。律の言う通りの攻撃を行い、言われるままに立ち去った結果、背後の景色が消失したという現状。それは、殺せんせーという常識を逸脱した超生物と関わってきた渚から見ても異常な出来事だった。
『――なるほど。現状は把握しました。向こうで参加者巴マミと佐倉杏子が交戦中なのですね。』
律と手を組み、殺し合いに乗ることを決めて間もなく。二人の殺し屋は大まかな状況を共有し合っていた。
『――でしたら、作戦があります。』
律の提唱した作戦は、以下の通り。
『――作戦その1。二人の戦闘に割り込んで、佐倉杏子と巴マミの両名を殺害してください。おそらくは死にませんが、殺す気で構いません。』
律は、紗季に支給されていた頃、杏子と紗季の情報共有のすべてを聞いていた。その際に、彼女たちの交友関係と、魔法少女とは何であるのかを含め、情報を"学習"していった。
『――作戦その2。その際に可能であれば、佐倉杏子に私のいる端末を見せてください。彼女に鹿目まどか、弓原紗季の死を伝達するにはそれで充分でしょう。』
魔法少女が魔女と化す条件――絶望。
杏子とマミの関係性や、彼女たちの人格を統合して計算した結果、最も最悪の形で彼女たちの絶望を引き起こす計画を、律は導き出したのである。
『――作戦その3。その後、可能な限り素早くその場を撤退してください。それに失敗したら、その時は……死を覚悟した方がいいかもしれません。』
そして渚は、鈴乃とカンナの介入という想定していない自体に遭いながらも、それを実行し、そして成功させた。
それは偏に、渚の才能の結果である。
暗殺の才能のみならず、死をも恐れずに窮地に飛び込んでいけるその胆力。
「上手くいけば二人の魔女が生まれているはずですが……少なくとも一人は成功したようですね。」
「えっと、ひとまず……何が起こっているのか説明してもらってもいい?」
「はい、もちろんです!ㅤでは……どちらに参りましょうか?」
【鹿目まどか@魔法少女まどか☆マギカㅤ死亡確認】
【弓原紗季@虚構推理ㅤ死亡確認】
【残りㅤ34人】
651
:
Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:47:37 ID:/xQ2Ewqo0
【D-4/教会付近/一日目 午前】
【潮田渚@暗殺教室】
[状態]:健康
[装備]:鷹岡のナイフ@暗殺教室
[道具]:基本支給品 モバイル律 不明支給品(0〜2) 、鹿目まどかの不明支給品(1〜2)、弓原紗季の不明支給品(0〜1)、ジュース@現地調達
[思考・状況]
基本行動方針:暗殺の経験を積む
一:どこかで腰を据えて律と詳しい情報共有をする。
二:何ができるか、何をすべきか、考える。
※参戦時期は死神に敗北以降〜茅野の正体を知る前までです。
※巴マミと互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。
【支給品紹介】
【マンホール@モブサイコ100】
佐倉杏子に支給。何の変哲もないただのマンホール。
【羽鳥のラジコン@モブサイコ100】
弓原紗季に3個セットで支給され、渚に渡ったのちに鈴乃たちによって破壊。
原作では詳細が判明する前に破壊されたが、何らかの武器が搭載されていたものとしている。
652
:
◆2zEnKfaCDc
:2022/10/09(日) 01:47:52 ID:/xQ2Ewqo0
投下完了しました。
653
:
◆2zEnKfaCDc
:2023/01/08(日) 04:01:07 ID:nYiRLucc0
ゲリラ投下します。
654
:
眠り姫を起こすのは
◆2zEnKfaCDc
:2023/01/08(日) 04:01:43 ID:nYiRLucc0
C-2にある森の中の木かげで、僕――桜川九郎は思索していた。
岩永を巻き込まないよう単独で初柴ヒスイを追うという行動方針を決めたのはいい。岩永が僕との合流を考えているのであれば向かう先はおそらくB-2、真倉坂市工事現場だろう。それ以外に僕らの知る固有名詞の地名は地図上に存在せず、暗黙の了解的に集まろうと企てられる場所が存在していない。
また、同様の理由で紗季さんもB-2での集合を目指し得る。元より地図の端にあるB-2に、積極的に他害を試みる者が向かうとも思い難い。僕がいなくても、B-2を目指す岩永の安全は比較的確保されているのだ。安心、と呼んでしまえる状況ではないけれど、少なくとも危険は未来決定能力のない僕がいたところで大きく改善されるものでもない。
それよりも、気にすべきはヒスイの側だ。彼女は六花さんのことを語っていたし、僕の不死の力と未来決定能力についても知っているようだった。未来を掴めなくなった僕が唯一、この両手で掴めるもの。絶対に、逃がしてなるものか。
それに、殺し合いに乗っている彼女を止めることは岩永や紗季さんの安全にも直結する。個人的な事情を抜きにしても、彼女を追わない理由はなかった。
だが、一度不覚を許し、海に落ちたところからスタートしているのだ。岸に上がった時にはすでにヒスイの姿は見えなくなっていたし、石製の港であったために足跡を辿るようなこともできそうになかった。つまり今は、海に落とされる前にヒスイが向いた先に向かって何となく進んでいるに過ぎない。彼女が進路を僅かばかり逸らしてしまえば見失ってしまう。
もしもくだんの力がパレスの制約を受けていなければ、死んでは未来を掴み取って、正しい方角へ向かうことができただろうが、この世界でそれは叶わない。
さらに、くだんの力に制約があるのならば、殺し合いを茶番と化してしまうだけの人魚の力すら、どうなっているのかは分からない。怪我を避けるよう行動するのは、一般的な人間が当たり前のように行なっているものでありながら、それが習慣から抜けてしまった僕にとっては簡単なものでも無い。高低差があろうものなら安易に飛び降りてショートカットしそうになる。入り組んだ地形では足場の悪さに足を取られれば、立ち止まらなければ足を欠損し得る。
……何とも、不都合だ。
一応、伊澄さんに爆殺された時に人魚の力で蘇ってはいる。これからも復活できるのか、どこまで機能するのかなどは分からないが、それでも普通の人間とは異なる身体ではあるらしい。だというのに、命を惜しまないといけない限り、この身体はただの人間よりも動きが鈍くなってしまう。
655
:
眠り姫を起こすのは
◆2zEnKfaCDc
:2023/01/08(日) 04:02:07 ID:nYiRLucc0
(伊澄さんといえば……どうやら亡くなってしまったみたいだ……。)
今しがた思い起こした名前を、放送から聞こえた声と重ね合わせた。ゲームが始まって間もなく出会った少女。自分を殺した相手であるとはいえ、それでも和解に至り、情報交換のためにひと時を共にした彼女の死に、思うところがないはずもない。
鷺ノ宮伊澄は、口を閉ざした岩永と同じようなお嬢さまらしさを備えながら、岩永と違う意味で心配になる少女だった。まるで彼女の周りだけ違う時間が流れていると錯覚させてしまうような。他者を惹き付け、釘付けにしてしまうような。高嶺の花、と言うとうまく言い表せているだろうか。この催しは、そんな花を無理やりに摘み取ってしまった。
何故、殺されなくてはならなかったのか。そんな哲学的な疑問よりも先に、浮かぶ疑問がある。
何故、彼女が殺されたのか。
何せ、僕はそんな彼女に一度殺されている。
仕組みなんて分からない、遠距離からの有無を言わさぬ爆殺。たとえ殺意をもって襲ったとしても、普通の人間であれば彼女に近付くことすらできないだろう。
不意打ちで殺したか、伊澄さんの射程外から銃殺でもしたのか、それともその相手が伊澄さんを超える超常的な力を持っていたのか。だとして、一般人だったはずの小林さんが同行しながらも生きているのはどういう状況なのか。
(……なんて考えても、仮説を出すことくらいしかできないな。深入りはやめておこう。)
結局、伊澄さんの力をこの目にした以上、心に留めておくしかないのだ。この世界ではどんな不思議な事が起こってもおかしくないのだ、と。
656
:
眠り姫を起こすのは
◆2zEnKfaCDc
:2023/01/08(日) 04:02:32 ID:nYiRLucc0
――そして僕は、その心持ちを改めて実感することになる。
考え事に耽っている間に、木々の合間から陽の光が差し込んだ。そろそろ放送から一時間が経過し、時刻にして七時頃。本来だったらベッドから目を覚ます時間か、と、恨めしげに眠い目を擦る。
「……ん?」
そんな時、ふと、背中に違和感を覚えた。
いつの間にかザックの重量が変わっているような気がする。
いや、そればかりか――確認しようとザックを降ろしてみれば、明らかにザックの中で何かが暴れている。幼い頃に受けた実験の代償に、全身の痛覚が機能していない僕は衝撃を信号として受け取ることはなかったが、一体何時から暴れていたのだろうか。
「いや、でも最初に支給品を確認した時は生き物の類は入っていなかったはず……。」
それに最初から暴れていたとしたら、一時的に同行していた小林さんか伊澄さんが気付くだろう。
と、これまでのゲームの流れに思考を回したところで――気付く。そもそも、何故このザックは、伊澄さんに殺された時、身体が爆散するほどの衝撃に見舞われながらも、無事でいるのか?
「……見てみるとするか。」
不死身の癖はなかなか抜けない。危険物かもしれないというのに、気付けば躊躇無くザックを開け放っていた。
657
:
眠り姫を起こすのは
◆2zEnKfaCDc
:2023/01/08(日) 04:03:03 ID:nYiRLucc0
「……う?」
中から出てきたのは――幼子であった。
「子供……?」
見るに、3歳かそこらといったところだろうか。背丈ほどある銀髪の中に混ざるメッシュの、瞳と同じ紫色の髪が文字通り異彩を放っている。
「……君は、一体……。」
「なまえ?」
見てくれは外国人のそれをしている幼子は、感嘆交じりに漏らした言葉に、同じ日本語で返してきた。
「――アラス・ラムス。」
「アラス・ラムス……?」
「う。なまえ。」
教養レベルの外国語知識の辞書の中にないその名前が、どの国の言語体系に沿うものなのか分からない。だが、それを差し置いても疑問は山ほどある。
アラス・ラムスはいつからザックの中に入っていたのか。
アラス・ラムスはこれまで何をしていたのか。
アラス・ラムスは何者なのか。
だが、それらの疑問を差し置いて、真っ先に込み上げてきたものがあった。
自立歩行が自在にできる年齢ではないアラス・ラムスは、やむを得ず僕の腕の中に収まっている。得体の知れない存在であるとはいえ、この殺し合いの環境の中で放置するほどの薄情さはさすがに備わっていない。
そう、僕は今――まるでこの子の父親のように赤子を抱き抱えている。平凡な顔つきだという自覚はあるが、それ故に、20代前半の父親というパブリックイメージにも相応に沿っている光景なのだろう。
(なんていうか、岩永には見せられないな……。)
ショウジョウバエの如く喚く自称恋人の面持ちを脳裏に浮かべては、小さくため息。
ああ――どうやら今日は、厄日の予感だ。
658
:
眠り姫を起こすのは
◆2zEnKfaCDc
:2023/01/08(日) 04:03:18 ID:nYiRLucc0
【C-2/草原/一日目ㅤ朝】
【桜川九郎@虚構推理】
[状態]:健康 全身が濡れている
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜2)、進化聖剣・片翼(アラス・ラムス)
[思考・状況]
基本行動方針:初柴ヒスイを追う。
1.桜川六花の企みを阻止する。
2.もしかして不老不死にも何か制限がかけられているのか?
3.アラス・ラムスについて知る。
※件の能力が封じ込められていることを自覚しました。
※不老不死にも何か制限がかけられているのではないかと考えています。
【支給品紹介】
【進化聖剣・片翼(アラス・ラムス)】
桜川九郎に支給された意思持ち支給品。
「イェソド」の欠片の一つである宝珠のアラス・ラムスが、遊佐恵美の持つ進化聖剣・片翼と融合し、意思を持った聖剣となった。
殺し合い開始時は0時であり、九郎の支給品袋の中で聖剣のフォルムで眠っていた。005話では、聖剣の力で鷺ノ宮伊澄の「八葉六式『撃破滅却』」を防いでいる。
7:00に起床。幼子のフォルムへと変化した。
659
:
眠り姫を起こすのは
◆2zEnKfaCDc
:2023/01/08(日) 04:03:53 ID:nYiRLucc0
以上で投下を終了します。
660
:
ニアミス
◆EPyDv9DKJs
:2023/09/29(金) 18:21:09 ID:qA5aa4tg0
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