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☆魔法少女リリカルなのは総合エロ小説_第107話☆
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魔法少女、続いてます。
ここは、 魔法少女リリカルなのはシリーズ のエロパロスレ避難所です。
『ローカル ルール』
1.他所のサイトの話題は控えましょう。
2.エロは無くても大丈夫です。
3.特殊な嗜好の作品(18禁を含む)は投稿前に必ず確認又は注意書きをお願いします。
あと可能な限り、カップリングについても投稿前に注意書きをお願いします。
【補記】
1.また、以下の事柄を含む作品の場合も、注意書きまたは事前の相談をした方が無難です。
・オリキャラ
・原作の設定の改変
2.以下の事柄を含む作品の場合は、特に注意書きを絶対忘れないようにお願いします。
・凌辱あるいは鬱エンド(過去に殺人予告があったそうです)
『マナー』
【書き手】
1.割込み等を予防するためにも投稿前のリロードをオススメします。
投稿前に注意書きも兼ねて、これから投下する旨を予告すると安全です。
2.スレッドに書き込みを行いながらSSを執筆するのはやめましょう。
SSはワードやメモ帳などできちんと書きあげてから投下してください。
3.名前欄にタイトルまたはハンドルネームを入れましょう。
4.投下終了時に「続く」「ここまでです」などの一言を入れたり、あとがきを入れるか、
「1/10」「2/10」……「10/10」といった風に全体の投下レス数がわかるような配慮をお願いします。
【読み手 & 全員】
1.書き手側には創作する自由・書きこむ自由があるのと同様に、
読み手側には読む自由・読まない自由があります。
読みたくないと感じた場合は、迷わず「読まない自由」を選ぶ事が出来ます。
書き手側・読み手側は双方の意思を尊重するよう心がけて下さい。
2.粗暴あるいは慇懃無礼な文体のレス、感情的・挑発的なレスは慎みましょう。
3.カプ・シチュ等の希望を出すのは構いませんが、度をわきまえましょう。
頻度や書き方によっては「乞食」として嫌われます。
4.書き手が作品投下途中に、読み手が割り込んでコメントする事が多発しています。
読み手もコメントする前に必ずリロードして確認しましょう。
前スレ
☆魔法少女リリカルなのは総合エロ小説_第106話☆
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12448/1278585652/
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ユーノくんは俺の嫁
歴史に“もしも”という言葉はない。
所詮それは空想上の産物であり、他愛ない妄想に他ならない。
時の流れは一定にして完全な一本道、それる事などありはしないのだ。
だが、しかし、これはそんなもしもの話である。
もしも、ユーノ・スクライアを拾ったのが高町なのはではなかったら。
もしも、彼を助けたのがまったくの別人だったら。
もしも、その人物が少々特殊な趣味の持ち主だったら。
それは、そんなもしものお話である。
□
「あの、それでお話ってなんでしょうか」
と、少年、ユーノ・スクライアは問うた。
場所は海鳴市内のとあるマンションの一室で、少年が問い掛けたのは彼の恩人たる青年だった。
「うん、まあ以前君が言った言葉について、ね」
と、青年は言う。
この青年、ジュエルシードを探して海鳴に落ちたユーノを助け、一緒にジュエルシード探しをしてくれているという好漢である。
が、しかし、たまにユーノの事をねっとりとした熱い眼差しで見つめるというちょっと危ない男でもある。
その彼が、改まって話があると申すのだ。
ユーノはなんとも言えない胸のざわめきを感じずにはいられない。
「前に言ったこと、ですか?」
「ああ、君は確かに言ったよね……手助けしたらなんでもお礼をする、と」
「ええ、まあ……」
「早速だが欲しいものを決めたんだ」
「え? 本当ですか? でも僕、この世界の通貨は持ち合わせが……」
「ははは! 安心してくれ、何も金のかかるものじゃない」
「じゃあ何ですか?」
すると彼は、ああ実は、と続けて、こうのたまった。
「君が欲しい」
と。
あまりに理解を超越した言葉に、ユーノは思わず聞き返した。
「……はい?」
「ふむ、ちょっと分りにくかったかな? では言い換えよう。俺のお嫁さんになってくれ」
「ちょ……ええええ!?」
「何か問題でも?」
「いえ、その、問題も何も僕男なんですけど!?」
「だから良いんじゃないか!」
「え、ちょっとま、あっー!」
という流れで、哀れユーノ少年はベッドに連れ込まれてしまったのだ。
□
「や、やめ……やだ! ぬ、ぬがさないでください!」
「何を言う、脱がなければできないではないか」
かような発言と共に、青年はささやかな抵抗を続けるユーノの服をするすると脱がせていった。
ベッドの上で露になる、少年の穢れなき肢体。
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一点のシミもくすももない白い肌はきめ細かく、触れれば素晴らしくなめらかな感触を感じる。
嫌がるのも気にせずシャツを剥ぎ取って上半身から一切の衣服を奪えば、平らな胸の頂上に桃色の蕾があった。
白い柔肌の中に二点のみ可憐に咲くそれを、青年は言わずもがな、愛でる。
乳輪の淵をそっと指でなぞったかと思えば、唐突に舌を這わせて舐めた。
「ひゃぁん!」
少年の唇から漏れる甘い響き。
震える四肢は力なくシーツの上で泳ぎ、虚しく宙を掻いた。
ユーノの身から力が抜けたのを良い事に、彼はさらに手を滑らせる。
ズボンのファスナーを下ろしたかと思えばベルトのバックルを外し、するりと引っぺがす。
あっという間に脱がされたズボンと下着、ついにベールを脱ぐ少年の秘部。
「や、やぁ……」
羞恥に彩られたユーノの声音が漏れた。
露出された下半身、白い太股の間にある愛らしい彼の男性は、血を滾らせてそそり立っていた。
「ほう、これはこれは、ユーノくんもヤル気まんまんだな!」
「ち、ちがいます! 僕は、そんな……」
顔を真っ赤に染め、少年は顔を俯かせた。
乳首を弄られただけで幼い肉棒を勃起させてしまい、恥ずかしくて堪らない。
だがその羞恥心こそが男を滾らせるのだ。
いつの間にか彼もまた服を脱ぎ去り、生まれたままの姿になる。
股間のイチモツがユーノのそれとは比べるべくもない怒張しているのは言うまでもない。
これから自分がどうされるのか、知らないユーノではない。
自然と怯えが生まれ、小鹿のように震わせて身を竦める。
「あ、あの……」
「ふふ、安心してくれ。ちゃんと君も気持ちよくしてあげるさ」
「え、何を……ふあぁ!?」
次の瞬間、ぬるりとした感触が少年の小さな肉棒を包み込む。
何という事か、彼が口で奉仕を始めたのだ。
同じ男として性感帯を熟知したフェラチオ、絡みつく舌は皮に包まれたカリ首を攻め、幹を啜って手で扱く。
「だ、だめです! そんなところ……汚いですよぉ」
「ユーノくんの体で汚いところなんてないさ。それに、君のここは随分と気持ち良さそうじゃないか」
「ひゃぁあん! そんな、うあぁ……何かでちゃう……チンチンから何かでちゃうぅ!」
瞬間、幼い肉棒から背筋にかけて強烈な快楽の電撃が走る。
少年が今まで感じた事のない快感の果て、ペニスの先から迸る白濁。
青臭い匂いと共に爆ぜたのは初めて尿道を駆け抜けた精子だった。
真っ白なユーノの体と覆いかぶさった青年の顔に降り注ぐ白く濁ったザーメンの色彩。
初めて絶頂に達したユーノは、陶然と蕩けた顔で眼を潤ませる。
「はぁ……はぁ……これが、しゃせい……」
「ああ、そうだよ。気持ちよかっただろ?」
「……はい」
問われ、少年はこくんと頷く。
もはや理性は精通と共に半ば溶けていた。
初めて味わう快楽の甘美さに、抗う術などあるだろうか。
ユーノの中に、もう抵抗の意識など欠片もなかった。
「よし、じゃあ今度は俺の番、だな」
言うや、彼は放心していたユーノの体をひょいと転がす。
今までは仰向けだった姿勢がうつ伏せに変わり、青年の目の前に現れたのはふっくらとした尻肉だった。
なめらかにして柔らかく、だが最高の張りを持つ尻。
青年は目を細めて見入る。
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しかし視線で愛でるにはあまりにも強い誘惑に屈するのに、そう時間はかからない。
ゆるりと動いた指は、次の瞬間尻の双丘の間にあるすぼまった穴に伸び、撫でる。
「ん……ふあぁ……」
菊穴に与えられる愛撫に、甘い喘ぎが響く。
初めて他人に尻の穴を触られ、むず痒さとも心地良さとも言えぬ感覚が神経を焼くのだ。
それを良しと見たのか、青年は次いで大胆にも舌を這わせた。
穴の周囲をくすぐられた菊座はひくひくと蠢き、柔らかい舌は驚くほど用意に滑り込む。
「ひゃぁあん!」
むず痒い刺激が、一気に快楽まで昇華した。
ぬるりと肛門をいじくる舌の愛撫は絶妙で、無垢な少年に快楽を次々と刻み込み、染め。
白く細い四肢は快感の電撃を浴びる度に力なく震え、唇からは誘うように甘い嬌声が漏れる。
一体どれだけ愛撫が続いたか、肛門がふやけておかしくなるのではないかという気さえした時、ようやく舌が引き抜かれた。
つぅ、と、唾液と腸液の交じり合った淫靡な汁が舌と菊座に橋をかけ、蛍光灯の光を反射して銀に輝く。
愛撫を受け続けた肛門は物欲しそうにひくひくと蠢き、いやらしい。
青年はもはや我慢の限界と、怒張し尽くした己の肉棒の照準を定める。
ぴとり、と濡れた肛門に触れる焼けるように熱い感触。
ユーノがハッと振り返れば、彼は既に準備万端だった。
「よし、それじゃあ……入れるよ!」
慌ててユーノは何か言おうと唇をわななかせるが、しかし言葉にはならなかった。
「ちょ、ひぃう……はぁあああぁんッ!」
変わりに声音は蕩けるように甘い喘ぎとなって響き渡る。
初めて太く逞しい剛直に菊座を犯され、ユーノは苦痛どころか強烈な快感に苛まれた。
果たしてそれは青年の愛撫の巧みさか、それとも少年の天性の素質だったのか。
またはその両方か。
どちらにせよ、初体験で少年ユーノ・スクライアが深き激しい快楽の奈落に突き落とされた事実に変わりはない。
「ユーノくん、初めての割りには痛くなさそうだね。気持ち良いかい?」
「ふぇ……ふぁ、ふぁい……きもち、いいれす……ひいあぁう!」
「よし! じゃあ遠慮なく行くぞ!」
言葉と共に、彼は凄まじい勢いで腰をぶつけた。
濡れた穴を硬く隆起した肉が貫き、抉り、腰が激しくぶつかる。
水気に満ちた淫靡な音色を奏でながら交わりあう二人の肉体。
青年が力の限り腰を突き上げ、肉棒を深き挿入させる。
そうすれば幼い肢体は快楽と衝撃に震え、しなり、のけぞって応える。
突かれるユーノの股間の愛らしいイチモツも与えられる快感に隆起し、皮を被った先端から透明な先走りを滴らせて悦んでいた。
ピストン運動の度に揺れる少年の肉棒を、青年は後ろから手を伸ばして指を絡める。
そして一気に扱き上げた。
「ひゃぁ! だめぇ、おちんちんいぢっちゃ、ふひゃぁ! ちくびぃ! ちくびいぢめちゃらめぇえ!」
さらに幼いペニスだけでは飽き足らず、青年の手は桃色をしたユーノの乳首をも攻め始める。
乳輪の縁をいやらしく撫でたかと思えば、硬くなり始めた乳首の突起をつまんで力のままに引っ張る。
ろれつの回らなくなった口調は蕩けきっており、もはや理性は欠片もない。
そして、フィニッシュは近づいてきた。
ユーノの菊門を抉りぬく剛直は既に快楽の数値が限界を回り、先走りのみならず濃厚な精を放たんと震え始めた。
それは少年の方も同じで、幼いペニスを濡らす先走りも限界まで濃くなっている。
今まで以上に強い突き上げと共に、青年は叫んだ。
「よし! そろそろ出すぞユーノくん!」
「ひゃ、ふああああああ!!!!」
どくん、と音が聞こえそうなほどの勢いで、遂に少年の肛門に溢れんばかりの射精が行われた。
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穢れを知らない腸壁を次々と染めていく凄まじい量の白濁。
それは直腸だけでなく脊髄にも脳髄にも快楽という麻薬をすり込み、犯す。
精液の熱が肛門を蕩かすと共に、少年の未成熟なペニスも初めての射精を迎えた。
とくんとくん、と溢れる精液は、シーツに幾重にもシミを作る。
「ああぁ……ちんちん、しゃせいしてるぅ……きもち、いいよぉ」
蕩けきった声音、もはやユーノは青年の与える快楽の前に完全に陥落した。
こうしてユーノ・スクライアはめでたく青年のお嫁さんになったのである。
え? ジュエルシード事件?
そんなものは執務官が一人で解決しましたよ。
終幕。
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>>53
GJ
だが、アンタ何やってんだwww精通はええええwwww
ていうかクロノ不憫www
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よーし投下終了。
これといって美少年好きってわけじゃないんだが、ユーノくんの尻を掘りたがってるブラザーが多そうなので仕上げてみた。
満足していただけたらこれ幸いなり!
あと、期日過ぎたのでいちおうIRCチャット紹介します。
会議室での意見ものきなみ好意的な、自分も参加してみたい、というものが多かったので。
IRCチャンネル(専用ソフトを使ったチャット)
irc.friend-chat.jp (friend chat系列ならどこでも)
channel:#nanohaSS
IRCは常に会話が発生しているわけでもないので参加する場合、常駐推奨です。
IRCについてはここらへんで検索してみてください
http://www.google.co.jp/search?q=limechat+%8Eg%82%A2%95%FB
こんな感じです。
参加者は作者多め、エロパロ以外からの人も多数。
基本ルールはROM専(ログを読むだけで会話に参加しない)やチャット内での話題を外部には出さない。
などのごくごく基本的なもので。
これでエロパロの作り手に少しでも交流ができればなぁ、と。
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>>57
ふぅ……
GJ!! としか言いようがないな
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あー、ちとミスったか
上記のROM専うんぬんは、ROM専禁止、って事ね。
チャットなんかだとたまにログだけ読みにくるやからがいるので。
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ユーノwwww
乙です
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おとなのかいだんのーぼーるー
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ユーノが嫁さんかw
ユーノは父親がいないから、ジュエルシード事件を押しつけられた某執務官が父親の代わりにお兄さんを殴るべきw
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生殖行為でないセックスに何の意味があろうか……
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>>65
愛と性欲処理と生殖と破壊行為以外に意味があると思ってんのか?
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>>66
最後なんだオイ
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>>67
処女膜と括約筋と幼年期の終わりって意味だろう。
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>>59
GJ!
是非エリオとクロノも掘ってやって下さいww
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快楽だけの爛れた関係もいいよねっ!
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シガーさん今回も投稿お疲れです!
そして
この変態め!
あんたは純愛から鬼畜、TSそしてやおいと範囲が広すぎるwww
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>>70
快楽だけを追求しようとしたら一瞬、脳内でユーノとクロノが野郎同士で爛れた関係になっちまったw
自分も暑さで頭わいてるな
爛れた関係も素晴らしいが、普通の男女だと妊娠というリスクがあってなかなか難しい
という考えから何故か百合じゃなくてやおいにいっちまったわけだが……
前スレで話題になったように、クローンであるが故に子どもをなせないと知ったフェイトが自棄っぱちになって
なのはに「お友だち」宣言されて自棄っぱちになったユーノと爛れた関係になるという電波を受信した気がする
若い快楽に溺れる中、肉体関係だけの筈が気が付けば愛が芽生えていても良し
本当は「お友だち」じゃなくて男の子としてユーノを好きだと気付いたらなのはと修羅場になっても良し
妊娠しないはずが誤診で、妊娠してしまい、そこからユーノと修羅場になっても良し
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なんていうあっさりとしたユーノ陥落劇www
青年が欲望に忠実すぎるぜ!
しかし、このクロノ一人で解決したら自動的にフェイトフラグを独占してないか?
下手するとASのほうも・・・・・・
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ああ大丈夫大丈夫。フラグなんて全然大丈夫
A'sの方ではまた別のわぁいなお兄さんが活躍してクロノを掘ってくれるに違いないからな!
え? 何? 次の獲物はザフィーラ? 狼形態で逆に掘られる? アナルアクセスでドライブ・イグニッション? 『ザフィーラは俺の旦那』? そんな馬鹿nn
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>>72
早くそれを書いて下さい。m(__)m
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>>73
①なのは関係のイベントが全部なくなるから、アースラが駆けつけるのはフェイトがJSを集め終えた後。
フェイトを説得する時間はなく、クロノも次元震阻止を優先するのでフェイトはプレシアと虚数空間に落ちるor死亡or逮捕(有罪)。
②辛うじてフェイトの説得には成功、自首or無罪になって嘱託へ。
③何の因果か本編と同じタイミングでアースラが到着、戦いの中で2人に愛が芽生える。
「僕は生きる、生きてフェイトと添い遂げる」。ラストは狂気に狩られたプレシアを自分の手で虚数空間に落とすが、片足を失ってフェイトと共に行方不明。
さあ、どれになるだろう?
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>>73
じゃあ自分は
なのはVSフェイトがないために次元震発生がないために事件への介入が遅れ
プレシア死亡、アルフも瀕死の重症、フェイトはそれにより心を患い……事件関係者が誰も救われないまま、調査によって真相が暴かれ、誰も助けられなかったと事件関係者と同じく深く傷つくクロノ
事件から半年、ヴォルケンリッターの襲撃事件により、再び因縁ある第97管理外世界へ赴くクロノをはじめとするアースラチーム………魔法を知らないが、魔力値が異常に高いなのはがヴィータに襲撃される。そこを寸でのところでクロノが助け、A’sがはじまる
なのはは最初はただ保護されるだけだったが、次第に才能を開花させ、助けてもらった恩を返そうとするが、PT事件でのように助けられない人間を増やしたくないクロノに猛烈な反対を受ける
だが、強い意思を持つなのはに押しきられて、クロノはなのはを助けながら事件解決を目指し、その中で彼女の純真さと強さに心惹かれ、PT事件での心の傷を乗り越え、未来を変えることを選ぶことになる………
っていうリリカル純愛ルートを選択するぜ!
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あ、すまん
はじめの方、日本語がおかしい
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>>77
クロノが主人公みたいだ。
無理ゲーとわかっていても、1人で闇の書の意志に挑むクロノが見える。
問題はユーノがいないから、闇の書の能力とかが不明のまま戦わなきゃいけないことだ。
はやてが土壇場で意識を取り戻してくれれば、なのはの協力で闇の書から切り離せるかもだが。
あれ、ひょっとして闇の書事件の方が、PT事件よりもハッピーエンドにしやすい?
防衛プログラム切り離したのははやてだし、ヴォルケン独立させたのはリインだし、捜査さえ進めておけばグレアムへの追及はクロノである必要がないし。
闇の書の意志戦の時間稼ぎさえ何とかなれば無限書庫なしでもいける?
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>>77
あれ>エロがないのにかなり面白そう
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>>79
>問題はユーノがいないから、闇の書の能力とかが不明のまま戦わなきゃいけないことだ。
ふと思ったが、PT事件でなのはが不在の場合一番悲惨なのってユーノじゃね?
1・助けを求めるも誰も気付かずフェレットのままで猫等に襲われる。
2.・事件解決後、渡航履歴からユーノが地球に向かったことが判明。
3・捜索が開始されるも…(このときRHだけ回収される)
…流石にこれはない気がするが、あの状況でなのはの協力なかったら、
どうなってたんだろうな。
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>>79
原作のPT事件そのものがハッピーエンドと言いがたいからなぁ……
ちょいと具体的に考えたら、
・ヴォルケンズ消滅のあたりでヴィータ&シグナムと対峙するのはなのは一人
↓
・仮面の男に捕らわれたなのは救出に現れたクロノがフェイトポジションを同時に担う
↓
・「闇の書」の意思に同情する気持ちがあるが止めたいクロノが(後の)リインの死角を取るが「闇の書」内部に捕らわれてしまう
↓
・「心の一番柔らかいところ」として父との数少ない思い出や、父を亡くして悲しむ母を繰り返し見せつけられるクロノ
というのが頭を過った
グレアム提督への追求はリンディさんが代役をつとめるのが適任だと思う
>>80
バッカ、クロなののエロといえば「六年後」が醍醐味だろう?
まあ、クロノが大分犯罪者だがw
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ご無沙汰しております、久々に投下いかせて貰ってもいいでしょうか?
半転生、半憑依、半オリ主のシリアス中篇です。
題名「胡蝶の夢」
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なのはが居なくてもはやてに拾ってもらえるだろうし生活に関しては問題ないんでね?
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>>84
それこそ確証無いぞ。
なのはがユーノを拾ったのは、声の事もあるがたまたま通りがかったからだし
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>>83
カモーン
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いつだったか、わたし荘周は、夢で胡蝶となった。
ひらひらと舞う胡蝶だった。心ゆくまで空に遊んで、もはや荘周であることなど忘れ果てていた。
ところがふと目覚めてみれば、まぎれもなく人間荘周である。
はて、荘周が夢で胡蝶となったのであろうか。それとも、胡蝶が夢で荘周となったのであろうか。
胡蝶の夢。
アルカディア
この狭い部屋に閉じこもってから、一体どれだけの年月が経っただろう。
仮令どれだけの時が流れようと、外の世界がどれ程遷ろうとも、この私にとっては単なる数字の変化でしかない。
ゆっくりと明滅するモニターの明かり。ただそれが、私をこの世界に縛り付けている幽かな縁だ。
数字の変化だけが、目まぐるしく私の中を通り過ぎていく。
私という存在に触れるものは既に無く、他者と結びつくのは常に、電子空間に擬似的に構築された『私』だ。
この狭い部屋で、私は機械越しに外の世界を覗き見る。0と1のみで構成された色の無い世界。
その数値を、常にベターな状態に保ち続けることが私の目的であり、課せられた唯一の使命でもある。
増減する数値を、予測不能な関数によって変化するグラフを私はじっと凝視する。
遥かな昔―――まだこの部屋に閉じこもる前は、この作業の度に目元の疲れから頭痛を催したものだが、もうそんな苦痛はない。
どれだけこの作業を続けようと、微塵の疲労すらない。
―――否、眼の疲労という感覚がどんなものだったか、それすらも曖昧だ。
そんなものは、とうに切り捨てて久しかった。
増減を続ける数値、小刻みに変動するグラフ。
それらは不安定に揺れ動きながらも、長い周期で見るなら確実に増加と安定の一途を辿っている。
時折紛れ込む小さな不確定因子によって予想不可能な振動は起るが、振れ幅は回数を重ねるごとに小さくなっていく。
しかし、ごく稀にであるが、カタストロフィーと呼べる程の大きな振動が、予測不可能なカオスが数値の変化に紛れ込むことがある。
そんな時こそ、私の仕事だ。早急に問題を解決し、数値を元の安定した状態に回復させる。
この機械を通して、私の意志をこの複雑怪奇なグラフに介入させることによって、恒常性を保つのだ。
私の意志の介入は、時に一時的な数値の振動を乱すことがある。
だが、一時的なノイズなど、一顧だにする必要はない。
私の使命は長期的な視点による安定へと導くことだからだ。
―――そうして、私は今日も、暗く狭い部屋で、機械越しに外の世界を覗き見る。
毎日同じことの繰り返し。仮令、機械がどんなに大きな事件の発生を告げたとしても、所詮は画面の向こうのことに過ぎない。
俗人は、それを退屈と呼ぶだろう。
しかし、私は長きに渡るこの生活で、退屈などただの一度も感じたことはない。
これは私の崇高なる使命であり、この仕事に就いているのは、私が真に選び抜かれた人間である証明でもあるからだ。
同輩は二人。
プライベートの言葉を交わすこともないが、私と同じ使命に勤しむ同志達である。
私達は、それぞれが自分の部屋に閉じこもり、決して触れ合うことはない。
それでも、きっと心は繋がっているだろう。
ただ一つのものを目指して、今日も共に働いているのだから。
◆
―――夢を見た。若き日の夢だ。
若い私は魔導師で、愛用の魔杖を片手に縦横無尽に青空を翔けていた。
少しだけ、驚いた。自分にまだ『夢を見る』という機能が残っていたなんて。
仕事の合間にとる、機械的な休息。そこに解緊の安堵を感じることはあっても、レム睡眠に陥ることなど無かったのに。
最後に夢を見たのは一体いつのことだったろう。
夢というのは、目覚めてしまえば泡沫のように消え去っていくものでは無かったか?
確かに、そんな儚いものの筈だ。現に、先ほどの夢は端から輪郭を失い、後に残るは青空で風を裂く鮮烈な感触のみだ。
そう、冷水に指を差し入れたような、爽やかな快感な残滓。
所詮は夢の筈のなのに、その感触が体から離れない。
あの夢で、私は空を翔けていた。どこかを目指していた。
辿り着きたい場所があった。だが、あと僅かのところで、夢は醒めてしまった。
あの夢で、一体私は何処を目指していたのか? それが、知りたくて堪らない。
あと、僅かで辿り着けた筈だったのに。
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「簡単なことです。もう一度飛べばいいのですよ、空を」
軽い気持ちで私が相談すると、その男は金の狂眼を爛々と輝かせて答えた。
「夢占いなど私の専門ではありませんが、これだけは、断言することができます。
ええ、無限の欲望たる私だからこそ、断言できる。
―――その夢こそは、貴女の願望。貴女の欲望に他なりません。
貴女は飛びたいのです。再び空を。そして、飛ぶべきなのです、貴女の願うままに、大空を!」
【やけに嬉しそうじゃない、狂人】
「嬉しいですとも。正直に申し上げると、貴女は御三方の中で最も退屈な方だと思っていたのですよ。
私は、他の御二方にはそのご所望されるものを全て差し上げて参りました。
簡単なことでしたよ。何しろ、貴女方は余分な肉の重みを全くお持ちにならない方々だ。
美食・セックス・書物・音楽・ドラッグ・スポーツ・映画・アルコール。
この世の快と呼べるものは全て電子的に摂取できる便利な方々だ」
大げさな手振りで羨むような事を言うが、男の視線からは明確な蔑意が見て取れた。
別段、怒りはない。この男が忠実な道具である限り。
「だのに、貴女はそれらの一切を所望されず、一心にお勤めに邁進されたきた。
余程、地位欲や支配欲がお強いのかと邪推致しましたが、そんなご様子でもない。
いやはや、まことに頭の下がる働きぶり。
しかしながら―――無限の欲望として作られた私には、欲の無い人間ほど退屈なものは御座いませんので……」
【つまり、私も電子的に空を飛ぶのを疑似体験できるのね】
二人が仕事の合間にそのような他愛も無い娯楽に身を委ねていたのは知っていた。
別段、感想はない。二人とも必要十分な仕事をこなしている。余った時間をどう活用しようが個人の自由だ。
いや、むしろ、個というものがすっかり薄くなってしまった私達の中で、楽しむべき娯楽があるというのは羨むべきことかもしれない。
「いえいえ。これまで一切の欲に溺れることが無かった貴女が欲されるとは、それは、相当に大きな欲望に違いありません。
電子的な疑似体験などでなく、もっと明確で、鮮烈で、強烈な体験をすべきでしょう。
そう、貴女は本当に空を飛ぶのです!」
【不可能よ、そんなこと】
「あらゆる知識を貪り、不可能を可能にするために製造されたのがこの私。
この程度の不可能を可能と出来ずして、どうして無限の欲望などと名乗れましょう。
確かに、貴女の脳は余りに老いている。
私に出来るのは、貴女の魂、自意識と記憶と思考力を保つのみ、これが精いっぱいなのです。
感覚や身体操作を司る部分はほぼ壊滅と言ってもいいでしょう。
クローン体に移植したところで、指一本動かせない生きた死体も同然です」
くっ、くっ、と男は嗤う。その笑みがどれ程嘲笑に満ちたものでも、私には何の関心もない。
入力されるのは、男の笑い方を示す情報の群れなのだから。
【では、どうするの】
「簡単なことです―――体を手に入れるです。脳ごと、丸ごと。
優秀な魔導師を出来るだけ傷つけないように捕獲し、脳に電極を差し込み、遠隔的に貴女の肉体とします。
記憶野をライブラリとして閲覧できるように接続することにより、魔導師の肉体のみならず、感覚も、身体操作能力も、リンカーコアも、魔力も、戦闘経験も、全てが使用可能となります。
つまり、貴女は其処に居ながらして―――その魔導師の人生の全てを、貴女のものとするのです」
激しい高揚を感じた。
生化学的に制御されている筈の私の感情が、心臓という臓器を持っていた頃のように高ぶった。
出る? この狭い部屋から? 否、私には使命がある。崇高な使命が。
だがしかし、忘れて久しい肉体の感覚を再び味わうということに、抗しがたい魅力を感じた。
男は語る。
「何、今まで貴女は誰よりも働かれきた。そう誰よりも長く、長く。
ここらで少々のバカンスをとったて、罰は当たらないでしょう。
最上級の魔導師の肉体を用意しましょう。強く、美しく、社会的地位を持った魔導師の肉体を。
貴女は、彼女となって再び現世へ舞い戻るのです。
管理局で地位を持つ魔導師を用意します。彼女となって、再び民を率いて戦ってみませんか?
もう一度、英雄となって皆に讃えられるのです。貴女ならできますよ。
旧暦の時代に次元世界を平定した大英雄、聖杭のフロイライン、貴女なら」
◆
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部屋に用意された処置台に眠る彼女の全身を、私は余すところ無く観察した。
10台後半の若々しい体、健康そうな均整のとれた肉体。栗色の長髪は解けて床に広がっている。
全身には打撲や傷などの、激しい戦闘の名残が見れ取れた。
後頭部の切開と電極の埋め込みは終了し、縫合と隠蔽処置は終了していた。
その顔は―――顔立ちについては、特に感想はない。
まあいい。彼女の脳を使用すれば美醜に対する主観的な判断基準も発生するだろう。
「いやはや、捕獲に随分手間どりましたが、最高の素体が手に入りましたよ。
高町なのは、今若手で注目を集めているSランク魔導師。管理局の麒麟児ですよ。
全く素晴らしい、予想以上の能力でした。稼動している戦闘機人が総がかりで、やっと捕獲することができましたよ」
高町なのは―――ここ数年、着々と力をつけている有名な魔導師だ。
単体で戦略レベルの強大な砲撃魔法を有し、何より。
我々の現在の計画の阻止を目的として結成された部隊、機動六課の隊長の一人ではないか。
つまり、この男は、私を敵のただ中に投げ込もうとしているのだ。ふざけた話だ。
全くふざけているが、理に適った行動でもある。これ程の魔導師を秘密裏に戦力とすることが出来るなら、天秤を大きく傾けることができる。
「それでは、接続処理を開始します」
【後の事は任せたわ】
「お任せ下さい。御二方の話相手は、私の作った擬似人格に任せておけば大丈夫でしょう。
―――それでは、良いバカンスを」
金の狂眼を輝かせて、男は嗤う。そして―――唐突に、私の意識は途切れた。
◆
「―――っうう……」
眩暈を感じ、頭痛を抑えるようにして私はよろよろと立ち上がった。
処置は終わったのか? ここは一体何処だ?
太陽は頭上高くで赤く、赤く、燦々と輝いている。
眩しい、熱い。
……眩しい? ああ、これが、眩しいという感覚、そしてこれが―――空を仰ぎ―――光というものだと言うことを思い出した。
瞬間、感覚の激流が襲いかかってきた。
息を吸い込む、乾いた砂っぽい大気が鼻腔を通って喉から肺を満たす、どこか饐えたような匂い。
唾を嚥下すると、乾いた喉が僅かに潤う。強い光にくらりと眩暈が、目蓋を瞬かせると、世界が明滅した。
肌を一筋の汗が流れ落ちる。自分の体臭、首筋にべったりと髪が張り付く感触。
風の音、空を行く鳥の声、まだ平衡感覚が覚束無い、揺ら揺らと世界が揺らぐ、足を踏みしめると爪先が砂を掻き分け、ほんの僅かに世界が安定した。
背筋を伸ばす。ぽきぽきと脊椎が盛大に鳴る。なんて形容し難い快感!
全身に鋭い違和感、痛い、ああ痛い。高町なのはが捕獲された時に与えられた傷だ。
痛い。思い出した。これは戦いの痛みだ。痛みと共に蘇る戦闘の記憶。
この痛みに屈して僅かでも判断を鈍らせれば即座に死が訪れる極限の日々。
掌を握る。開く。握る。開く。握る開く握る開く握る開く握る開く握る開く握る開く―――。
ああ、動く。動く。動く!!!
「ああああああぁあぁあああぁぁああぁ!!!!!!!!」
私は、天に向かって絶叫した。
それは、ちっぽけな不自由な肉の檻へ閉じ込められた悲哀の慟哭であり、無機質の部屋から抜け出して新生した歓喜の産声だった。
足元の砂を掴んで放り投げる、風に流された砂が顔にかかって噎せ返った。大笑いした。
子供のように五体を地面に投げ出して、手足をばたつかせた。
楽しかった。
体だ。私の体だ。
全身の痛みは酷い。高町なのはの、否、私の体はかなりのダメージを受けているようだった。
だが、その痛みすら愛おしい。
これぞ体だ。この足で駆け、この手で握り、この目で見て、この舌で味わい、この耳で見て、この鼻で嗅ぎ。
そう、そしてこの体で空を翔けるのだ!
-
布に水が染み込むように、血液が全身を循環するように、私の感覚が高町なのはの体に重なっていく。
一体となっていく。
この私は今、確かに世界を感じている。だがその実、この世界を感じているのは高町なのはの脳だ。
私は高町なのはが好ましいと思っていたものを好ましく感じ、高町なのはが不快に感じていたものを不快に思う。
あの狂人は言っていた。その匙加減が難しいと。
私には、感じるという機能は殆ど残ってはいない。
高町なのはの脳を使用しなければ、世界を感じることは出来ない。
だが、完全に高町なのはの感覚・判断に追従し、高町なのはの記憶を使用して世界を見るなら、それは私が高町なのはであるのと同義だ。
私が、『この私』として世界を感じるために、高町なのはの脳の使用は出来る限り抑制しなければならない。
狂人は脳に電極を埋め込む際に、抑制のための改造も行うと告げていたが―――。
「なのはさんっ!」
遠くで、叫び声が聞こえた。
振り向くと、遠目にショートカットのボーイッシュな少女が大きく手を振っているのが見えた。
彼女は空中にフィールド魔術の応用で作った道?【ウイングロード】を形成すると、ローラーブーツ型のデバイス?【マッハキャリバー】で一直線に走ってきた。
そのまま、少女【スバル・ナカジマ】は私にぶつかるような勢いで抱きついてくる。
彼女は子犬のように私の胸に顔を埋めて、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、幼い子供のようにわあわあと泣いた。
「無事で良かった……なのはさん、ごめんなさい、ごめんなさいっ―――」
「……許してあげるわ」
一言そう漏らした。
私は困惑していた。私はこの見知らぬ【親しい】彼女に何か謝られるようなことがあったのだろうか。
彼女と別れる寸前の、最後の記憶を回想した。
・
・
・
・
・
―――地には【ティアナ】が倒れ伏せ、口から血を流したスバルの体が、テルテル坊主のように揺れていた。
猫の子でも掴むかのように、ぶらりとスバルを吊り上げているのは、何処となくスバルと面影の似た赤毛の少女だ。
同様の格好をした数人の少女達が私を取り囲み、唇を吊り上げてスバルの体を突き出して、言外に人質だと告げていた。
周囲には、破壊されたガジェットの断片と、戦闘の痕跡が生々しく残っている。
突然の襲撃だった。スターズ分隊での訓練を兼ねた哨戒任務の最中、安全地帯の筈の場所で致命的な隙を突かれた結果だ。
敵は手慣れの戦闘機人数名。狙いは明らかにスバルとティアナだった。
先に昏倒したティアナを庇うのが精一杯、スバルを敵に攫われたのは痛恨のミスだ。ヴィータちゃんが不在なのも災いした。
敵の狙いは、恐らく同じ戦闘機人の体を持つスバルの回収、だが、そうさせる訳にはいかない。
わたしはどうなってもいい。絶対にスバルは取り返す。
「なのは、さん……駄目、です……」
スバルが、薄く目を開いた。まだ意識は朦朧としているのか、苦しげに浅い呼吸を繰り返している。
「この娘、返して欲しいかしら?」
薄笑みを浮かべて、眼鏡をかけて機人の少女が口を開いた。
「返してあげてもいいわよ。だけど、条件付きで♪」
「……何かな? スバルを返して貰えるなら、大抵のことなら譲歩するよ。
尤も、譲歩できないような条件なら、力ずくでも返してもらうけど」
「素敵ね。流石は噂に名高い高町なのは、流石はエース・オブ・エース。
素晴らしい威圧感ね。怖くて背筋が震えちゃいそう!
条件というのは簡単よ。私達の練習相手になって欲しいの。丁度いい模擬戦の相手が欲しくてね。
つまり、貴女が私達と勝負をしてくれればいいのよ」
「それは、勝ったらスバルを返してくれる、ということなのかな?」
非常に、厳しい状況だ。通信妨害のフィールドが形成され、増援要求は不可能。おまけに周囲には高密度のAMFが。
どう考えても罠に違いない。それでも、スバルを返してもらうためには、踏み越えてみせる。
-
「勝ったら、なんてケチなことは言わないわ。貴女が勝負の土俵に立ってくれたら、その時点でこの娘はお返しするわ」
「……?」
何だろう。相手の要求が見えない。一体何を企んでいる?
「どういうつもり?」
「深い意味は無いは、私達戦闘機人は、悪ふざけが大好きなのよ」
くすくす、と押し殺した笑みが少女達の間から上がった。……このままでは、埒が開かない。
「受けるよ。だから、スバルを返して」
「……駄目です、なのはさん、絶対、何かの罠です―――」
そんなこと、とうに予想はついている。それでも。
わたしは、投げ返されたスバルの体を抱きとめる。わたしが約束を破って逃げ出さないように、砲撃タイプの機人が目を光らせていた。
「スバル、今からティアナを担いで、ここからマッハキャリバーで全速力で離脱して。
通信妨害のフィールドの外に出たら、すぐはやてちゃんに連絡、できるよね」
「そんな、駄目ですよ! なのはさんを置いて逃げるなんて! 無理です、あたしにはできません!」
戦うなら傍で一緒に。涙を流しながらそう哀願するスバルの頭を、そっと撫でた。
思わず微笑んでしまう。本当に、心の真っ直ぐな、優しい、良い子だ。
「きっと、三人一緒に戦っても、勝てる見込みは薄いわ。逃がしてくれそうにもない。
だけどスバル、あなたが応援を呼んできてくれたら、きっとそれも覆る、わたし達の勝ち目も出てくる。
大丈夫だよ、防御に徹していれば、そう簡単に撃墜されたりしなから。
だから、お願い。スバル。あなたが行って、わたし達を助けて」
優しい言葉の中にも、言外にこの状況に足手まといは要らない、という非情の意思を籠める。
冷たいようだけど、きっとこれが、スバル達が助かるための最善の策。
スバルは涙の浮かんだ瞳でわたしを見つめ、一度だけ大きく頷いた。
そして、倒れたティアナを担ぎ、ウイングロードを展開して矢のように飛び出した。
「すぐ戻ります、なのはさん、どうか、ご無事で!」
スバルはもう、振り返らなかった。
未来のストライカーを微笑みめいたもので送りながら、わたしは機人達に振り返った。
「約束は守るよ。じゃあ、始めようか」
「ええ」
眼鏡の機人は意地の悪い微笑みを浮かべる。
「私達7人、全力でお相手させて頂くわ。
……それでも、今の貴女には突破されかねないから、少しだけハンデをつけて貰うけど」
周囲から、雲霞のように湧き出すガジェット群。
わたしはレイジングハートを握る。少しでも長く、スバル達がより遠くへ行けるように。
いつものように、全力全開のわたしで。
「いつものようによろしくね、レイジングハート」
『All right, my master!』
・
・
・
・
・
……――――――、クラッシュした。突如脳裏に流れこむ、私のものではない記憶記憶記憶。
「―――っ、」
軽い眩暈を感じた。自分の現在の状況を確認をしようと思ったのが、それどころではない。
記憶の奔流に押し流されてしまいそうだ。
引き出した高町なのはの記憶は鮮烈で、その時の高町なのはの強い意志が、熱い感情が、私に直に注ぎ込まれる。
あの狂人が言っていたのは、これか。
「なのはさん、よくご無事で。申し訳御座いません、あたし達が不甲斐無かったせいで……!」
走ってくる赤毛の少女【ティアナ・ランスター】。
すん、と鼻を鳴らして、彼女は声を押し殺して咽び泣いた。
会ったことも無い少女だが、瞬間的に名前と自分との関係などの基本情報が脳裏に浮かぶ。
記憶を探れば、さっきのようにより多くのことを回想できるのだろうが、得る情報は最小限にしておこう。
あの男は狂人だが―――優秀なのは間違いない。
尤も、この記憶を見るに、高町なのはの捕獲に随分遠回りな手段を用いている。この無駄な遊び心は少々考えものか。
あの男が設けたリミッターによって、私は高町なのはと同化せず、私のままで居られる。
先ほどの記憶を覗いた時に、高町なのはの感情や思考ルーチンが垣間見えた。
彼女は、強い意志を持ちながらも、とびきりのお人良しで、博愛主義のようだ。
これから、そんな彼女として生きることに若干の不自由を感じる。
まあいい。身の振り方はこれからゆっくり考えればいいだろう。
ボロボロと涙を零す二人の少女にしがみつかれながら、私はぼんやりとそんなことを考えていた。
-
◆
機動六課の隊舎に帰還すると、盛大な出迎えが私を待っていた。
「なのは、良かった、なのは―――」
フェイトちゃんは目に涙を溜めて私を抱きしめた。
……?
私は彼女に初めて会った筈なのに、随分昔から既知であったかのようにそれを受け入れている。
高町なのはの記憶の摺り合わせに慣れてきたのだろうか?
それとも、フェイト・テスタロッサは、高町なのはと随分深い関係にある女性なのか。
「わたしは、なのはちゃんなら大丈夫やって、信じてたで。流石は不屈のエース・オブ・エースや」
はやてちゃんは、そう言いながらも心底安堵した顔をしている。
高町なのはが拉致されてから数日が経っていたらしい。
私は、一時的にスカリエッティ一派に捕獲されるも、隙を見つけて脱走を企て、転送ポートを使用し、最後に戦闘を行った―――私が目覚めた場所に逃げてきた、と説明をした。
荒唐無稽な話だ。あの狂人のラボに捕獲されて、魔導師が単身でそう易々と脱走などできる筈がない。
我ながら苦しい説明だったが、高町なのはは戦闘面で余程の信頼を受けているのか、すんなり受け入れられたようだ。
「凄い……流石はなのはさんですね……」
エリオとキャロが純真な尊敬の眼差しを向けてくる。
少し、照れくさい。
もっと高町なのはの脳から情報を整理し、状況の整理と今後の対策を練りたい。
疲れているので自室と休息を取りたいという旨を伝えると、周囲の人間は過剰な程の労りの態度を見せた。
「なのはちゃんは、まずは医務室に行ってシャマルに見てもらい」
「そうですよ。そんなに傷だらけになって、……本当にごめんなさいっ」
確かに。全身は傷や打撲で覆われているし、肋骨には罅も入っている。医務室に連れて行かれるのは順当な流れだろう。
しかし、大丈夫だろうか。高町なのはの後頭部の切開手術の電極埋め込みの痕が発見されないだろうか?
狂人は偽装タイプの戦闘機人の技術を使って念入りに隠蔽したと言っていたが、もし見つかったら大事だ。
この機動六課の戦力の全てが、容赦なく敵に回るだろう。
そこから逃走するのは、先ほど苦し紛れに述べた狂人のラボからの脱出劇よりも困難な筈だ。
―――結論から言えば、その心配は杞憂に終わった。
シャマルは優秀な治癒魔導師だったが、ついに脳手術の痕は発見されずに済んだ。
もしかしたら、捕獲の際に傷ついた高町なのはの体を全く治療していなかったのは、この偽装の意味もあったのだろうか。
治療が終わり、自室に帰りたいと伝えたら、シャマルの雷が落ちた。
「まったくなのはちゃん、あなたは本当に何を考えてるの!
この入院の用意一式、スバルから連絡があって、すぐに用意したのよ!
あなたの事だろうから、また無茶をしてるんだろうと思って。―――そしたら、案の定。
はぁ、本当に、あなたには心配ばかりさせられるんだから。
……今回は戻ってこれたけど、次は無いかもしれないのよ?」
「はぁい、ごめんなさい、シャマルさん」
ペロリと舌を出して、頭を掻いて見せた。
高町なのはらしい仕草だっただろうか?
「そんなボロボロの体でそのまま部屋に戻ろうなんて、私も馬鹿にされたものね……。
少なくとも今日一晩は、入院して行ってもらいますからね!」
シャマルは随分とご立腹だ。
……今夜は、高町なのはの自室というものをゆっくり観察して記憶と照会しようと思ったのだが、まあいい。
力を抜いてベッドに体を預けると、得も言えぬ安堵を覚える―――この感触を楽しもう。
考えるべきことは山程あった。するべきことも山程あった。だがしかし、抗しがたく、意識が朦朧とし、視界がぼやける。
「眠そうね。ゆっくり眠るといいわ」
ああ、そうか。思い出した。これが肉体の眠気。人間の三大欲求の一つ、睡眠欲だ。
眠りに落ちようとしたが、その直前に闖入者が現れた。
「あの、なのは、いるかな?」
「フェイトちゃん、なのはちゃんは今から眠るところだから、お見舞いなら明日に―――」
「ごめんなさい、ほんのちょっとでいいんです。ちょっとだけ、この子に会わせてあげて下さい」
この声はフェイトだ。この子とは一体誰だろう。眠気に抗い、上体を起こす。
-
「なのはママ……」
そこには、幼い少女がいた。その瞳は、翡翠と紅玉のオッドアイ。―――『聖者の印』
一気に、眠気が醒めた。
「ママっ!!」
押し倒すような勢いで、少女に抱きつかれる。
ママ? 何故高町なのはが、古代ベルカのオリヴィエ聖王のクローン体の母親なのだ?
すぐに思い出せた。高町なのははこの娘を保護し、この娘が高町なのはを母と誤認して懐いている、ただそれだけの事だ。
「大変だったのよ、ヴィヴィオ、なのはが居ない間、『なのはママはどこ?』って何度も泣いてね」
「……ごめんね、ヴィヴィオ。帰るのが遅くなっちゃって。また、一緒に遊ぼうね」
それらしき台詞を適当に口にして、少女の頭を撫でながら、私は厳しい瞳で少女―――ヴィヴィオを見つめた。
高町なのはは、ヴィヴィオをプロジェクトFによって作られた、ただの身寄りの無いクローン体だと認識しているが、それは大きな誤謬だ。
一度聖王として覚醒すれば、強大な戦闘力を有し、『聖王のゆりかご』を起動させ、この世界を大きく揺るがせるための存在。
私達が、あの狂人を通じて作成させた、最強の切り札。
高町なのはは、実娘のように育てているが、その実、覚醒すれば機動六課を内側から食い破る獅子身中の虫。
そう、ある意味、今の私と全く同じ立場の存在だ。
―――この子には、今はその自覚はないけれど。
「さあさ、なのはママは、今おケガをして動けないの。だから、ねんねさせてあげようね」
「……なのはママ、ケガしてるの? 痛いの?」
「大丈夫よ、ヴィヴィオ。なのはママ強いから! すぐに元気になるよ! また、ご本読んであげるからね」
指先を流れる金糸の細い髪。この先冥府魔道へ向かうとしても、今この時はただの少女なのだ。
同情とも憐憫ともつかない感情を籠めて、ヴィヴィオに微笑んだ。
「はい、今日のお見舞いはここまで。また、明日いらっしゃい」
「ごめんなさい、シャマル先生、無理を言ってもらって……」
「ママーッ、早く元気になってねーーっ」
足音が遠ざかる。再び、眠気が襲いかかる。
体が、重い。
ゆっくりと水に沈むように、私の意識は眠りに堕ちていった。
・
・
・
『―――わたしは、将来何になりたいのかな?』 『―――呼んでたのは、あなた?』
『―――叩かれたら、叩いた方の手も痛いんだよ』
『―――わたしは……フェイトちゃんと話をしたいだけなんだけど』
『―――ふたりでせーの、で一気に封印!』
『―――これが私の、全力全開!!』
・
・
・
「……ん」
窓から差し込む日差しに目を擦り、ぼんやりと焦点の定まらない瞳で周囲を見回した。
白い部屋。ここは―――病院の一室だ。
すぐに思い出す。自身の名、そして現在の状況。
それにしても、深い睡眠からの覚醒というのは、こんなに心地よく、名残惜しいものだったか。
何より、脳裏に瞬いたあの記憶。あれは、夢、と言うべきなのだろうか。
鮮烈な、数々の記憶。己のものならぬ体験。―――高町なのはの、夢。
詳しく知る訳ではないが、夢とは脳の記憶を整理するという機能の副産物だったか。
ならば、高町なのはの脳を使用し、身体感覚と記憶を利用している私が彼女の夢を見るのも、十分に有り得る話だった。
しかし……、今、私は確かに私だ。高町なのはの肉体を使用し、身体感覚を被っていったとしても、私は私としてある。
だが、夢の中の私は、完全に高町なのはだった。
まだ少女だった頃の高町なのはの体験を、そのまま追体験した。
意識が明瞭になると、それがどれほど奇妙なことなのかが、はっきりと解った。
私とは全く違う考え方、生き方。彼女の歩んできた道程は、私の想像の外だった。
この高町なのはという肉体は使い勝手のいい端末として考えていなかったが、中々どうして。
段々と、胸中で高町なのはという人間への興味が膨らんでいくのを感じた。
ベットを起き上がる。うん、悪くはなさそうだ。
さあ、高町なのはとしての一日を始めよう。
-
◆
「おはよう、なのは、夕べは良く眠れた?」
「なのはさん、おはようございますっ! 元気そうで安心しました! あたしもルキノも心配してたんですよ」
「おはようさん! なのはちゃん、よう眠っとったなあ。実は、朝こっそり寝顔見に行ったんやで〜」
「はいー。リィンも一緒に行きましたですぅ!」
「なのはさん、体はもう大丈夫ですか? どこも痛くないですか!?」
食堂に顔を出すまでの短い道程でさえ、凄まじい歓待を受けた。
予想はできていたことだが、高町なのはの人間関係は社会的地位を除いても凄まじく広い。
プライベートでの人間関係が広く、そしてそれぞれ深い。
高町なのはの記憶は、自身の記憶と接近している。しかし、未だ違和感は拭えない上、情報の多さに混乱しそうになる。
もっとも、違和感を失い高町なのはと同一化するのも御免だが。
高町なのはらしい返答を行いつつ、都合が悪い所は体調不良を理由に誤魔化していく。
「ママー、朝ごはんいっしょに食べよう」
フェイトに連れられて、駆けてくる小さな影が一つ。
その正体が何であれ、今のこの娘は無垢で無知な只の幼児に過ぎない。
高町なのはは随分この娘に愛情を注いでいたようだが、私としては正直、すこし鬱陶しい。
それでも、突然拒絶ような言行は高町なのはとしての行動原理に違反する。
当分は妥協して擬似的な親子としての関係を続けなければならないだろう。
「うん。ヴィヴィオ、それじゃあ、一緒にいただきますしようか!」
「はーい、いただきま〜す」
小さな掌をぺちんと合わせて、不器用な手つきでフォークを目玉焼きに突き立てるヴィヴィオ。
私もパンを千切り、自分の食事を始めることにした。
湯気を立てるコーヒー。薄くバターを塗ったパン。新鮮なサラダ。
一口、一口、ゆっくりと噛み締める。
……覚えていた。とっくの昔に磨耗していたと思っていた筈なのに、覚えていた。
美味しい。
空腹の胃に、少しずつ嚥下した食物が染み渡っていくにつれ、私はその感覚をはっきりと自覚した。
飢餓感。食欲。そして、口中を駆け巡るこの味覚。
大抵の感覚は磨耗しきって消滅したはずの私だが、この感覚は私の奥底に確かに残っていた。
やはり、三大欲求の一つは強烈なのだろうか。
パンと、スープと、サラダと、コーヒー。決して贅沢な筈ではない朝食だが、極上の美味に感じた。
ふと、違和感に気づく。
サラダの中のセロリ。私は昔好き嫌いが激しく、セロリなど美味だと感じた事はなかったのだが、今は何の嫌悪も無く他の野菜と一緒に美味しく食している。
自身の感覚は残っていても、味わっているのは高町なのはの味覚。
彼女が好き嫌いなく、遍く食を楽しむ人間であることに少しだけ感謝した。
周囲を見回す。機動六課の食堂は和気藹々として、隊員達が各々に自分の朝食を楽しんでいた。
今朝は当たり障りの無いものを注文したが、食堂のメニューも中々に充実しているようだった。
他の部隊の事情まで細かく知っている訳ではないが、空で、陸で、様々な部隊で、同じように朝食が始まっているのだろう。
これが、この時代の朝食時の日常。
昔私が望んでいた、豊かで優しい食事の光景が、ここにあった。
◆
-
「なのは、小包が届いてるよ。誰からかな……えっと、Dr.Sさん?」
「あ、いいよ、フェイトちゃん。後で開けるから、その辺りに置いといて」
……来た。
私はさり気無い仕草で、まるで何でもないないようなものを扱うように、あの男からの小包を受け取った。
中身は、薄い一台の端末と、小箱。
端末は誰もがデスクワークで使っているごく普通の機種だが、その中には時空管理局を揺るがすことさえ出来る情報が詰まっている。
これは、あの暗い小部屋で、私が不眠不休で接続していた、あの回線へと繋がる接続端末。
この向こうには、レジアス・ゲイズ中将とあの男が今まで交わした密約や交渉の記録があり。
時空管理局設立以来、私達が裏側から干渉して行った様々な水面下の行為の存在を示すものでもある。
私は、慎重にパスコードを入力させ、端末を起動させる。この向こう側には、この世界の最暗部がある。
肉に包りこの世界を謳歌するのはいいが、私の本分はこの暗部への介入だ。あまり怠るわけには行かない。
手動入力の速度は、脳をダイレクトに接続する場合には比べるべくもないが、重要な部分は押さえて置かなければ。
コンソールを叩く指が、次第に加速していく。
速く、もっと速く。
高町なのはの本業はデスクワークではないからか、彼女の指を使ったタイピングは少しまどろっこしい感がある。
あの部屋に入る前、老いて前線から退いた後は、こうして黙々とデスクワークに勤しんでいたものだ。
情勢や経済の変化、刻一刻と変化する世界の情報を頭に流し込み、自分達が描く絵に沿う形に導くように介入を行う。
目指したもののために。
ふと、眼前の窓に自分の顔が映りこんでいるのが見えた。
口元を真一文字に結び、眉根を寄せながらも、瞳を爛と輝かせながら一心不乱にコンソールを叩く女。
その貌は、断じて高町なのはのものではない。
この貌を、私は何度も目にしてきた。鏡で、ワイングラスで、血溜まりで。
……ああ、これは私の貌だ。
一日にも満たない短い期間だが、この機動六課に身を置き、高町なのはの脳を使用して、まるで自分が高町なのは自身だと錯覚するような瞬間さえあった。
否。私は、矢張り私だ。何者にも成らないし、何者にも成れない。
仮令他人の肉に包ろうと、私は私なのだ。
作業に区切りをつけ、端末に同封されていた小箱に視線を落とした。
これは一体なんだろう。
開けると、赤い宝珠が転がり落ちた。見覚えがある。
これは―――レイジングハート・エクセリオン。高町なのはの愛用のインテリジェントデバイス。
しかし何故。レイジングハートは、今も私の胸元に光っている。では、このデバイスは一体。
丁度いい。彼女の、魔導師としての能力には興味があった。ここで、一度起動してみるのもいいかもしれない。
「レイジングハート、セットアップ」
胸元の宝珠を、何百回と繰り返した滑らかな手つきで持ち上げ、起動させる。しかし―――。
「レイジングハート?」
胸元の宝珠は、輝かない。
デバイスは小さく明滅し、応えた。
『It refuses. You are'nt my master. Who are you?』
「何を言っているのかな? わたしだよ、なのはだよ?」
これがインテリジェントデバイスの面倒な所だったかな、と思いながら一応説得を試みる。
武器は、肉体が使い慣れたものがいちばんいい。
『You are a liar. Where did my master go?』
「だから、わたしがなのはだってば、どうしちゃったの、レイジングハート?」
無駄にカンのいいデバイスだ。恐らく説得は無理だろう。
「ね、また一緒に空を飛ぼうよ、レイジングハート」
『Please return my marster』
「レイジングハート……」
『Please return my marster!』
「……はぁ。面倒だからもういいわ、貴方」
『Please―――』
レイジングハートを強制的に停止させて、あの男が送ってきた小箱に投げ込んだ。
-
代わりに、送られてきたデバイスを起動させてみる。
それは、レイジングハートと同じ外見をした、ストレージデバイスだった。
成る程、あの男はあの頑固なインテリジェントが折れないことを見越して、これを寄越したのだ。
全く根回しがいいことだ―――これは、かなり助けになる。
体裁だけを整えるなら、これで十分だろう。
高町なのはのスタイルというものを使ってみたくもあったが、どの道本当に危急が迫ったなら私のスタイルで戦うつもりだったのだ。
さて、リハビリと試し撃ちだ。
高町なのはは理論より感覚重視で魔法を組み立てるタイプの魔導師だが、それでも記憶を真似れば誤魔化すぐらいはできるだろう。
とりあえず、ディバインバスターの真似事辺りはできるようになっておこう。
◆
そして、私は空を飛んだ。
空飛ぶことを望んで肉の体に戻った筈なのに、気負いも感慨もなく、ふらりと散歩にでも立つような気安さで、私の体は宙に舞っていた。
そうだった。高町なのはにとっても、私にとっても飛ぶというのはこういう事だった。
容易の思い出せる。私が/高町なのはが、初めて空を飛んだ日のことを。
あの日感じた高揚や熱狂は、最早私の中には無い。
私にとっても高町なのはにも、空を飛ぶなど、歩くのと何ら変わらない容易い事である。
特に―――高町なのはなど、デバイスを握ったその日に空に飛び立ち実戦を経験しているのだ。
勿論、本来ヒトの身で見ることの出来ぬ景色、生物としての設計をまるで無視した魔力を用いた高速機動の心地良さは無類だ。
髪が宙にはためき、この身が風を切って翻る。何度繰り返そうが、その恍惚の感触は決して劣化することは無いだろう。
この感覚に、快感と、人の身で空を飛ぶことに対する畏れを抱くことのできない者は、空戦魔導師たる資格は無い。
当然私も、肌が粟立つような風の感触に、空を往くものとして当然の快感と感謝は抱いている。
だが、それだけ。
ただ、それだけ。
私の望んでいた、『その先の、得体の知れない何か』は何も見つけることが出来なかった。
私は、何を探したいのだ?
私は、何を感じたいのだ?
得たいものが茫漠とし過ぎていて、考えが纏まらない。
『貴女は飛びたいのです。再び空を。そして、飛ぶべきなのです、貴女の願うままに、大空を』
そう言って、あの狂人は嗤った。
……私は、それに頷いたのだ。私は、空を飛びたかった。それは、確かな筈だ。
飛んで、飛んで、その先にあるものへと辿り着きたかった。
だが、それは一体何なのだ?
距離も方位も解らぬものを目指して飛ぶなんていう無為を行うほど、私は酔狂ではない。
深い徒労と、落胆を感じた。
慰みとなったのは、空を飛ぶ、それ自体の快楽だ。
子供が波打ち際で漣に手をつけて遊ぶように、私は高速機動の初等訓練のように、その空域を縦横無尽に駆け巡った。
燕のように、蝶のように、蜻蛉のように。水面を跳ねる鯔のように。
―――落胆はいつしか薄れ、私の口元には軽い笑みが浮かんでいた。
探し物は、また今度でいいか。もう一度肉を纏って空を飛べる、今はその感触を楽しむだけで、十分ではないか。
私は考えることを止め、飽きることなくイルカの子供が戯れるように空を舞い続けた。
◆
-
「―――最近のなのはさん、ちょっと変じゃないかな?」
曲がり角の向こう側から聞こえたそんな言葉に、私はふと歩みを止めた。
この声は……ティアナだ。
即座に聞き耳を立て、自分の存在を気取られないように気配を殺す。
「―――えー、そうかなぁ……。確かに、前とちょっと変わったかなあ、って思う事もあるけど、なのはさんの教導が再開してまだ三回目だよ?
ほら、あんなことがあった後だしさ、まだ本調子じゃないんだよ、なのはさん」
この声は、スバルだ。
「―――うーん、そういうのとは、何か違うのよねぇ、調子が戻らない、というか、なのはさんらしく無いっていうか……」
ティアナは歯切れの悪い口調で言葉を濁す。
彼女達が私の正体に気付くことは、まず有り得ない。純粋に教官としての高町なのはの変調を案じているのだろう。
私は、高町なのはの行っていた新人達への教導を再開していた。
高町なのはとしての魔導師の能力を持ち、彼女の記憶にアクセスできる私にとっては簡単なことである。
無論、問題点が皆無という訳ではない。
レイジングハートを封印し、代替品のストレージで彼女の魔術を再現している私では、完全に高町なのはの戦闘スタイルを再現出来ない。
尤も、私には、飛び立って日が浅い若鳥のような新人達を、おいそれと看破されずにあしらえるだけの実力差がある。
隊長達と模擬戦を申し込まれでもすれば話は別だが、病み上がりの高町なのはがそんな状況に置かれることは無いだろう。
「―――何て言えばいいのか、あたしも良く解らないんだけど、なのはさん、前より厳しくなった感じがする」
「―――ええーっ、何言ってるのティア、なのはさん、前からずっと厳しかったよ?」
「―――いや、厳しいのは同じなんだけどさ、
……何ていうかさ、なのはさんの教導、スポ根な感じがするとこがあったけど、それが妙に、理論重視で、細かいとこに厳しくなったというか……」
ティアナの観察眼は悪くない。
高町なのはの教育方法をそのままなぞるのでは面白みが無いので、私なりにアレンジを加えてみたのだ。
高町なのはは、祈願型のインテリジェントを手に取り、ずっと愛用を続けている。
理論より感覚重視で魔法を組み立てるタイプの魔導師であり、ミッドで理論を学び、教導隊に身を置く現在も、その根本は変わらない。
私も、最初に握ったのは祈願型のインテリジェントだった。
だが、それもすぐに破壊され、安物のストレージを幾つも使い潰しながら転戦する日々が続いた。
その中で、魔法理論を徹底的に学び、専門を定めず幾つもの魔法の基礎を学んだ。
いつの間にか身につけた、他人の使う魔法を解析し、その外見を再現するという特技。
自分の戦闘スタイルは、環境に左右されずに安定して実力を発揮できる、汎用性の高い形に調節し―――。
……少しだけ、昔を回想した。
高町なのはの教導法も優れているのだろう。しかし、私にとっては少しだけ納得の行かないものを感じる。
私と高町なのはの、乖離。
-
「―――うん、そうかもしれないね」
スバルの声が、1オクターブ下がった。
「―――あたしもちょっとだけ、ティアの言ってること解るよ。
訓練の時にね、なのはさん、今まで見たことも無いような凄く冷たい目をしてて、……ちょっぴり、怖かったことがあった。
でも、それだけ、なのはさんも必死なんだと思う。
ねえティア、あの時、あたし達は何も出来ずに負けちゃって、あたし達が足手纏いになったせいでなのはさん捕まっちゃって……。
あの時は、敵の悪ふざけで逃がしてもらったからいいけど、全滅してたかもしれないんだよ!」
「―――そんなこと、解ってる! あんたに言われなくても解ってるわよ、バカスバル。
あの時、あたしが一番にやられた。何も出来なかった。あんたに背負われなきゃ、逃げることも出来なかった!
……あたしが本当に怖いのは、なのはさんの様子が変わったことじゃなくて、なのはさんがこのままじゃ駄目だと思う位、自分が役立たずなんじゃないかと思うこと。
それが、一番、怖いのよ……」
ぽんぽん、と、ティアナの頭を叩く音がする。
「―――頑張って強くなって、なのはさんに心配かけないようにしようね」
「―――うん。……それに、今のなのはさんの指導、厳しいけど凄く緻密で論理的で、あたしにとっては前より解り易いぐらいだしね!」
結局、話の落着点はそこか。
フォワードメンバー達は、皆高町なのはを心の底から尊敬している。
産まれたての雛が初めて見たものを親と思うような、絶対的な信頼。
だが、強すぎる尊敬や信頼は、時としてその瞳を曇らせる。
これは私にとって非常に好都合だ。私が多少高町なのはとして奇異な行動を取ったとしても、彼らは好意的に解釈してくれるだろう。
愚かしいと鼻で嗤いたいが、ありがたいと感謝しよう。
それでも、高町なのはとして生活していくことに窮屈さがあるのも事実だ。デスクワークや教導の時などに、少しづつ地を出すことでストレスを発散しているが、どうも居心地が悪い。
記憶をアーカイブとして利用できる私は、高町なのはの思考ロジックを完全にトレースできる。
しかしそれは、感情的過ぎて、どうも私にとって納得がいくものではない。私と高町なのはの間にある人格の乖離は、余りにも大きい。
あまり、高町なのはの人格を模写して行動を続けるのは好ましくない。
それは、私自身の人格が高町なのはのそれに引きずられかねない、危険性を孕んでいる。
高町なのはの人格が変貌しても、周囲に不審と思われないようなイベントが必要だ。
「……こんなのはどうかしら。
教え子達4人を、突発的な戦闘で全員喪ってしまった高町なのはは、失意と絶望から以前の明るさを失い、ただ仕事に邁進する人間へと変貌してしまいました……」
うん、悪くないアイディアだ。
私は独り小さく頷くと、『なのはさん談義』を続けている二人に気取られぬよう、その場を後にした。
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以上。中編はまた明日投下します。
何か久しぶりだったので、時間がかかってしまってすみません。
投下番号とかおかしくなってますが、脳内補完をお願いします。
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乙っす
この先の展開が楽しみだ
ところで読んでて某眼鏡デブの、培養液に浮かぶ脳髄や巨大な電算機の記憶回路に成り果てようと意志ある限り私は人間だ
みたいな台詞を思い出した
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乙でしたー。今からちょっと執筆してきます。
1時間以内には投下できるかと思います。
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>>99
GJ
続きが楽しみだ
本当にドクターはお茶目が過ぎるw
>>81
まあ、これらの話は「なのはがいないPT事件」ではなく、ユーノがアッーなお兄さんに保護されてクロノがPT事件を解決した「なのはとユーノがいないPT事件」の話だから……
実際なのはと出会ってなかったら、運命は大きく変わっていただろうけれど
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書き上がったんで0時ちょうどに投下します。
レス数 おそらく1
終了レスには末尾にTHE ENDがあります。
タイトル 「計画通り(ニヤリ)」
CP なのは×ザフィーラ
傾向 微エロ?
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「ここは…どこ?…えっと、ついさっきまで戦ってたはずなんだけど…」
そうなのははつぶやいた。
「野戦病院よ。前線で倒れてるのをスバルが助けてくれたの」
「そっか、後でスバルにお礼を言いに行かないと」
話し相手はシャマル。彼女は魔法医療について右に出る者がいないほどの実力者であった。
彼女はなのはがよく無茶をする人間であることをよく知っていたので、
「今はまだだめ。1週間くらいはおとなしくしてないと」
「はーい」
というわけで1週間ほど寝込むことが確定してしまった。
フェイトは淡々と事件の後始末を開始した。ティアナも一緒だ。
「この証拠品の処理はどうしましょう。フェイトさん」
「とりあえず、普通にやればいいと思うよ」
「なんかこれ、危なそうなものなんですが」
「確かに危ないね、厳重な封印処理を施さないと」
そういうと、フェイトは封印魔法を施し始めた。そして割合すぐ封印が完了した。
なぜ封印がある程度素早くできたかというと、彼女は9歳のとき、ジュエルシードをなのはと取り合っていたからだ。
それがきっかけで、今、管理局にいるわけなんだが。
「ったく、またなのはの代わりに回るのかよ。うちの身にもなってみろよ。砲撃なんてできやしない」
「まあいいじゃないかヴィータ。お前も一人前の教官として認められるようになってるんだから」
「だな。とはいえめんどくせー」
ヴィータとシグナムは普通に会話していた。なのはの一時離脱に伴い、教官資格をもっているヴィータはまた代理で教官に駆り出される羽目になったのだ。
この時はどうせ2週間もすれば戻るだろうと彼女は考えていたようだ。だが、状況はのちに一変した。
2週間がたっても3週間がたっても、なのはは戻ってこなかった。
理由は明白だった。ザフィーラがなのはを襲撃していたからだ(性的な意味で)。
そんなことすればはやてから制裁が来るだろうと普通は思うのだが、はやてはユーノをもらうためにこういう策略を使ったのだ。
もちろんけがをしたことは偶然だったが、後ははやての計画通り(ニヤリ)だったのだった。
獣から襲われて鬱になるはずのなのはだったが、慣れてしまえばあとは快感の連続。結局なぜかザフィーラと結ばれた。
後日、悲嘆にくれるフェイトがいたのだがそれは別の話…。
THE END
-
>>100
ああ何か感じてたと思ったらそれか
ところで評議会の存在ってどこまで一般市民に認知されてるんだろう?
俺は
一般市民並びに平局員 自分たちを温かく見守ってくれてる昔の誰かが作ったありがたい集団
三提督などの局高官(レジアスも?) 昔は良かったけど今は腐敗と堕落の進んだ集団
スカ+ドゥーエ 脳みそ
だと思うんだけどどう思う?
-
誰かヴァイス×フェイト書いてくれ
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>>99
脳髄の1個が、なのはを乗っ取って暗躍か
さてさて、彼女の行き着く果てはなんだろう? 原作通りなら人生最後のバカンスになるが
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久々のザフィーラ来たと思ったらワロタww
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>>105
一般人にしてみれば、平和に楽しく過ごせれば上が何であろうが別に大した問題じゃない
評議会があろうがなかろうが、レジアスがいようがいまいが、ましてや6課があろうがなかろうが
その連中が正気だろうが狂ってようが、自分達にとって「良いもの」なら、後は些細な事
世界が100人の村だったら、なんてちっぽけな世界じゃあるまいし、直接関わる事のない相手に対する意識なんてそんなもん
-
アルカディア氏新作キタアア!
ぐっじょぶ!ぐっじょぶ!
なんだかもう、なにこれもう、メチャクチャ面白いじゃない。
続きに期待せざるをえない!
んすけど、ちと目立った誤字を発見。
>>89の
これぞ体だ。この足で駆け、この手で握り、この目で見て、この舌で味わい、この耳で見て、この鼻で嗅ぎ。
って箇所。
耳で聞いて、だよね?
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>>110
誤字報告ありがとうございます!
推敲の段階でも馬に食わせるぐらいの誤字脱字があったのですが、まだまだ残りがありそうで大反省中です。
では、昨日の続き投下します。
非エロシリアス中編 『胡蝶の夢・中編』
-
◆
「ママー、ごっはん、ごっはん♪」
聖王のクローン体―――ヴィヴィオと名付けられた少女が、早くもフォークを握り締めて飛び跳ねている。
「駄目だよヴィヴィオ、お行儀悪いから止めなさい」
苦笑を浮かべながら少女を嗜める。
いかにも、『慈愛を持って、微笑ましく少女を見守る保護者』という表情を浮かべているのだが、今一つ性に合わない。
難しくは無い。高町なのはが以前浮かべていた通りの表情を浮かべればいいのだから。
だからと言って、内心の違和感までは拭えない。
仮初めの仲良し親子の真似事を続けるなんて、私の趣味ではない。……尤も、この関係も長くは続かないだろう。
この子が聖王として覚醒すれば、高町なのはとこの子の蜜月は呆気なく終焉を迎える筈だ。
もうじき訪れるだろう破局までの、僅かな間の他愛ない家族ごっこだ。
我慢することには慣れている。あの混乱の時代の忍従を思えば、少々性に合わない程度の子育ての真似事など、苦労と呼ぶにも値しない。
「ほら、ヴィヴィオ、今日はサンドイッチ作ってあげたから、お外で食べようよ!
お天気もいいし、きっと気持ちいいよ♪」
「うん、ママと一緒にお外で食べる〜!」
レジャーシートと、サンドイッチの詰まったバスケット。ジュースのペットボトルを抱えて準備完了だ。
食事は私の大きな楽しみでもある。
あの狂人の言い分ではないが、折角、再度肉を得たこの世界だ、楽しめることは楽しんでおきたい。
鼻歌を歌いながらスキップするヴィヴィオに手を引かれ、私は隊舎の中庭に出た。
雲一つない、見事な晴天。
最近は見事な晴れの日続きだ。こんな青空を仰ぐと、清涼なものが胸を吹き抜けるようだ。
それは、私にとっても、高町なのはにとっても―――きっと誰にとっても共通の認識。
0と1で構成された世界では味わえない爽快感。
それにしても。空の青も、花の赤も、私が以前に目にしていたものより、遥かに濃くて、鮮烈に胸を打つ。何故だろう?
得心した。これはきっと、高町なのはの世界観。
豊かに育ったものだけが、心に余裕のあるものだけが見つけられる、世界の美。
砲火に脅え、四六時中、眠る時さえも見えない敵の姿に警戒していた私には、見つけることの出来なかったものだ。
この時代の人間達は、皆、こんな風に世界を見ているのだろうか?
「ママ、ママー、―――ほら、タンポポの綿毛ー。ふー、しよ! 一緒にふー、しよ!」
きっとそうだ。どうしようも無く残酷な方法で生み出された筈のこの子が、こんなにも世界を楽しんでいるのだから。
私は、微笑を形作り、ヴィヴィオの差し出したタンポポの綿毛に唇を寄せた。
中庭を駆け抜ける仄かな風に乗って、白い光が零れるように綿毛が宙に舞い散っていく。
ふと、我に返り、目を逸らす。……似合わない。
「さあ、お弁当にしよう!」
私には、似合わない真似だ。
感傷を切り捨てるのに時間はかからなかった。
高町なのはの笑みを顔にはりつけ、ヴィヴィオへと向き直る。
思い切って、楽しい楽しい母子のランチタイムを演出しよう。
-
「……ママ、たまねぎ辛い〜」
うー、と少しだけ涙目になりながら、ヴィヴィオはサンドイッチを開き、挟まっていた玉葱のスライスを除けようとした。
子供らしい、無邪気な好き嫌い。しかし、私はその手をそっと押さえた。
「我慢して食べちゃくちゃ駄目だよ、ヴィヴィオ」
「でも、たまねぎ辛いもん」
ささやかな、本当にささやかな幼い我侭だ。
それに、私は憤懣とも羨望ともつかぬ、言葉に出来ぬ感情を覚えた。
別段何ということもない、聞き流してしまえばいい筈の、取るに足らない子供の戯言。
それなのに、私はヴィヴィオの手を握り、諭すように語りかけていた。
「好き嫌いは駄目。ご飯はちゃんはちゃんと全部食べなければ駄目よ、ヴィヴィオ。
私が小さい頃ね、食べたくてもご飯が食べれないことなんて、何度もあったの。
美味しいものなんて全然食べられないのが、当たり前だった。
食べ物は不味い不味い黒いパンしか手に入らなくて―――。
それでも、お腹が空いてたまらない時には、何かを食べられるだけで嬉しくて、夢中になってガツガツ食べたものだったわ……」
語りかける私の瞳をヴィヴィオはじっと見つめ、口調の違和感を感じたのか、小鳥のように首を傾げた。
「あれ? ママ、なのはママのお家はお菓子屋さんで、なのはママのママが、美味しいパンやケーキをいっぱい焼いてくれたんじゃなかったの?」
「―――……」
苦笑が零れた。そうだった。私は高町なのはだった。
こんな小さな子供を相手に、私は一体何を語っていたのだろう。
「そうだったね。ごめんなさい、ヴィヴィオ、変なこと言っちゃったね。
……これはただ、そういう人も昔はいっぱい居たんだよっていう―――。ただ、それだけのお話だよ」
ヴィヴィオは小さく頷くと。はむはむと再びサンドイッチに取り掛かかる。
少女が「お腹いっぱい」と言って横になったとき、バスケットの中身は綺麗に平らげられていた。
◆
この世界を見てまわるのもいいかもしれない。そう思い立って、休日にふらりと街に出かけた。
ヴィヴィオは仕事だと言ってアイナに預けてきた。
普段ならば、時間が空けば端末に向かって「本業」に勤しむところだが、ふと、この時代のこの世界が見たくなったのだ。
経済状況、文化宗教の分布、国際的政治的動向、必要な事項は全て把握している。
意味無く散策に出かけるなど時間の無駄遣いに他ならないが、別段、一日程度なら問題視するような浪費でもない。
そして、私はこの世界に圧倒されて、眩暈にも似た感覚に襲われて道端に立ち尽くしている。
軽くクラナガンの周辺を散策するだけのつもりだったのに。
澄み渡る空に立ち並ぶビル群、どれも清潔で眩い光を放っており、美しく舗装された道には、交通ルールを遵守しながら見たことも無い形の車が行き交う。
高町なのはの記憶に頼らずとも、地図を見るだけで迷うこと無く目的地に向かうことのできる、見事な都市計画に基づいて作られた町並み。
―――あの頃の町並みとは、何もかも違う。
……破壊と、緩慢な再建を無秩序に繰り返した混沌の街並みとは。
……そこかしこに銃弾の痕が残り、難民達が粗末なテントを並べていたあの街並みとは。
地獄にも似た、あの時代を思い出した。
燃え盛る炎。そこかしこで立ち上る黒煙。ぶすぶすと焦げた死体は数えるだに意味はなく、漂う香りはただ死臭のみ。
ふと、こんなにも青い空の下で、鉛色の空の下の黒煙と、焼け焦げた死臭を嗅いだ気がした。
目を開けると、この時代のごく当然な平和な光景が。
苦労などなに一つ知らぬといった顔の若者達が、休日の街を闊歩していく。
派手なメイクで着飾った女性達が、黄色い声を上げながら、私の横を通り過ぎていく。
むっとする程強い香水の香り。これが―――今のミッドチルダの街の香り。
暢気な顔でへらへらと笑いながら街を歩く現代の人間達。
私は、その足元に、びっしりと敷き詰められた、山なす死体達の姿を見た気がした。
くらりと、目が眩む。
一瞬の幻視。
暑気にでもあてられたのだろうか。
頭を振って幻想を振り払い、次なる目的地に向かった。
フィリーズにマリンガーデンといった、スバル達から聞いたこの街の遊び場だ。
-
……JJスイーツで買ったアイスを片手に、私は額を押さえながら公園のベンチに座り込んだ。
一通り回ってみたのもいいが、何とも目まぐるし過ぎる。
感覚の全てを高町なのはのそれに預けてしまってもいいが、こればかりは自分で味わっておきたかった。
極彩色で、刺激的な娯楽施設の数々。昔なら、例え王女であっても味わうことの出来なかった極上の快楽。
トロリと緑の雫を流すアイスを軽く舐めると、ペパーミントの幽かな刺激と心地よい甘みが舌の上で踊る。
こんなものを、貴族でもない行きずりの人間達が僅か数枚のコインで味わうことができる。
それが一体どれ程の贅なのか、誰も知らずにただ日常の一コマとして享受している。
ぺろりと、緩慢にアイスの雫を舐め上げる。
……そして今は、私もそれを享受する一人なのだ。
不意に、今もあの水槽の中で計算を続けているだろう同士達の事が頭を過ぎった。
狂人は言った。彼らには、要求に応じてあらゆる快楽を電子的に提供していると。
彼らは、果たして知っているのだろうか? この、新しく鮮烈な美味のことを。
「……あの、もしかして、高町なのはさんですか?」
ぼんやりと思索に耽っていたそんな時、不意に見知らぬ声がかかった。
「うん、そうですけど……なにか、ご用ですか?」
若い数人の男女が、そこに居た。どの顔も高町なのはにも見覚えがない。
通りすがりの若者達のようだ。
「うわ、やっぱり本物だ、本物の高町なのは空尉だよ」
「あの、私、ずっとお会いしたかったんです!」
彼らは所謂、高町なのはのファンのようだ。
高町なのはの華々しい活躍は以前から各種メディアでも取り上げられ、エースオブエースと呼ばれる程である。
浮ついた底の浅いファンの類がつくのも当然だろう。
鬱陶しい、すぐさま追い払って静かにこの休息を楽しみたいところだが、高町なのはの人格からして邪険に扱うわけにもいくまい。
「高町空尉のご活躍は、いつもお聞きしています! 私、ずっと憧れてたんです!」
「……ありがとう、ずっと応援してくれてたんだね。嬉しいよ」
いかにも頭が悪そうな少年が、主人を見つけた駄犬のようにへらへらと擦り寄ってくる。
「俺、今後の進路は管理局に入って航空武装隊を目指すつもりです!
今の成績じゃあ正直厳しいんじゃないか、って先生には言われたんですが、どうしても高町空尉みたいな立派な魔導師になりたくて―――」
良くいるタイプの馬鹿だ。
現実を知らぬ若き頃に大言壮語を語り、無謀な猪突猛進の末に現実の前に挫折する。
一顧だにする必要も無い愚者。
その彼に、私は柔らかく微笑みかけた。
「それじゃあ駄目だよ。『私みたいな』じゃ、なくて、あなたはあなたとして、本当にあなたらしい夢を探さなくちゃ。
でも、空隊という大きな目標に向かって努力してるのは、本当に偉いと思う。
ちょっとの成績やテストの結果じゃない、大事なのは諦めないことだよ。
頑張って努力を続ければ、きっと夢は叶うんだから!
そうすれば、あなたはきっと、わたしなんて目じゃない、本当に凄い魔導師になれるよ!」
「はいッ!、ありがとうございますッ!」
少年は顔を紅潮させ、最敬礼でもするように深々と頭を下げた。
-
「高町空尉っ、私は救助隊を目指してるんです―――」
「俺は陸士部隊に―――」
堰を切るように、我先にと始まる青少年達による『ぼくたちわたしたちのゆめ』の主張大会。
一つ一つに、ありきたりの台詞で、彼らが望む通りに夢を肯定し、優しい言葉で背中を後押しした。
彼らの無能は、私の責任ではない。この言葉を鵜呑みにして破滅に向かおうがどうなろうが、知ったことか。
日中の日差しに溶けてアスファルトに滴り落ちる私のアイス。
そんなことより、このペパーミントの方が余程重要だ。
「でも、本当に凄いですね。私達とは幾つも違わないのに、『エース・オブ・エース』と呼ばれているなんて」
会話も落ち着きを取り戻し、無事アイスを食べ終えた頃に、少女の一人がそう漏らした。
「そんなこと無いよ。最近なんだか大げさに言われてるけど、わたし一人で出来ることなんで、ほんと僅か。
助け合う大勢の仲間の、支えてくる沢山の人々によって管理局の仕事は成り立ってるから。
みんなもそう。みんなのように応援してくれる人たちがいるから、わたし達は頑張れるんだよ。
今日は、応援してくれるみんなに会えて、凄く嬉しかったよ。
これでまた、毎日頑張ろう、って気持ちになった。
―――ありがとう、みんな」
「はいっ!!」
適当に歯の浮くような台詞を並べ立てたが、少年達は感極まったように尊敬の眼差しで私を見つめる。
鬱陶しいことこの上ない。
アイドル的な扱いをされているのは知っている。
ここ数年めざましい活躍をしているのも知っているが、高町なのは、たかが一魔導師ではないか。
これ程までの尊敬と憧憬を受けるだけの何があるというのか。
……知っているのだろうか。現在の管理局の存在が、数多の屍の上に在ることを。
「みんな、管理局に携る仕事に就きたいんなら、管理局の歴史も知らなくちゃね。
時空管理局黎明期の功労者、伝説の三提督の方々は知ってるかな?」
割合聡明そうな少女が首を捻る。
「ええと、レオーネ・フィルス法務顧問相談役とラルゴ・キール武装隊栄誉元帥。
それから……ミゼット・クローベル本局統幕議長、でしたっけ?」
「そうだね。よくできました」
管理局の黎明期を支えた彼らの功績は計りきれない。
彼らの言動は、一線を退いた現在も各界に多大な影響力を残している。
私の続けていた演算の中で、彼らの行動は現在も重要な監視対象だ。
そういえば、ミゼット女史には私も昔―――。
「あの、それで……」
「じゃあ、旧暦の時代に、質量兵器根絶やロストロギア規制を掲げて、時空管理局を立ち上げたのはどんな人か、知ってる?
もう、150年ぐらい前の話になるのかな―――?」
口の端が、僅かに歪む。
「あ、この前の授業で習ったよ俺、サイコウヒョウギイン、だったかな?」
「最高評議会、だよ、馬鹿。えーと、メンバーの名前とか教科書に載ってたっけ?」
「どうだったかな……? 議長とか書記とかいたのは覚えてるけど、名前までは面倒だから覚えてないな〜」
堪え切らない笑いを、噛み殺した。
「いいのいいの、ちょっとした歴史のクイズだから」
きょとんと首を傾げる彼らに優しい視線を送りながら、私は腹の底で大笑していた。
そうか。そうなのか。これが現在のミッドチルダなのか。
―――私達の努力の果て、あの鉄火の日々は、この街を作るためにあったのか。
◆
-
騒々しい彼らも去り、私は公園の木陰のベンチに深く腰を下ろした。
酷く、疲労をしたようだ。
軽い眩暈を感じた。もぞりと腰を動かし、もう一度深くベンチに腰を下ろす。
息を細く吐きながら、目を閉じた。吹き込む風が心地よい。
あの狭い部屋の中では、休息も睡眠も必要なく、ただ不眠不休で計算に没頭していた。
しかし、この肉の檻に居を移した以上、肉体の求める程度の休息は必要だ。
……否。高町なのはの肉体は、この程度で疲労を訴えるほど軟弱ではない。
ならば、これは私の精神的疲労。高町なのはの感覚を極力使用せず、自身でこの時代を味わった反動だ。
非合理な行動だったが、有益な時間だ。
休息が済んだら、もう少しこの時代を―――。
私の意識は、泥に埋もれるように暗転していった。
……―――
……―――――
……―――――――あの部屋には、私の全ての幸福が詰まっていた。
そこは、ただ一人の少女に与えられるには、余りに広すぎる部屋だった。
天蓋付きの柔らかなベットもあったし、月と星が望める大きな出窓があった。
床は毛足の長い上等な絨毯が敷きつめられていて、そこでお友達のお人形達と遊ぶのが毎日の私の楽しみだった。
礼儀作法やお勉強の時間はちょっぴり窮屈だったけど、一日の大半は私の自由時間。
そりゃあ、もうちょっと沢山の御菓子を食べたいと思う日もあったけど、私の毎日は満ち足りていた。
お父様がその地方の領主なのは小さい頃から知っていた。
魔導師の素養があったにも関わらず、何の教育もしなかったのは、私を戦いを教えたくなかったからだとか。
その当時を考えれば、一人娘など政略結婚の道具に扱われて当然なのに、お父様はどうしても私を手放したくなかったのだとか。
そういったことが解ったのは、ずっとずっと後のことだ。
お母様を早くに亡くした私は、お父様とお屋敷のメイドさん達に囲まれて、文字通り蝶よ花よと育てられた。
外の世界に出ることの無かった私は、貴族や名家の子供達が幼い頃から巻き込まれる、泥のような権謀作術の渦に飲まれることなく、ただのほほんとその幸福を享受していた。
今日は、お庭で花輪を作った。
今日は、親衛隊長さんが式典儀礼用の白馬の背中に乗せてくれた。
今日は、メイドのみんなとお歌を歌った―――。
私は、皆からフロイラインと呼ばれ、閉じた楽園の中で大切に大切に育てられたのだ。
栄枯盛衰はこの世の常。
誰も知っているはずのそんな簡単なことを、私は身に味わうことまで知らなかった。
楽園の崩壊は速やかだった。
お父様の領地が戦争に巻き込まれ、圧倒的な勢力の侵攻を受けて壊滅したのだ。
確かに、お父様は地方の絶対的権力者である領主であったが、王族の配下の大軍勢には到底敵う余地は無かった。
崩壊は一瞬だった。
いや、今思えば予兆はあったのだろう。
地図を挟んで誰かと口論するお父様の姿や、暗い顔をして忙しなく走り回る親衛隊の人たちを、幾度も目にしてはいたのだが。
どれも大人のお話と、私はいつもの通りの毎日を過ごしていた。
その当日でさえ、それらの前兆をあの凶事と結びつけて考えることさえ出来なかった。
-
突然の轟音に震えたお屋敷。
魂までバラバラになるような砲音と、銃声。私は、嵐の夜の風より恐ろしげな音というものを、産まれて初めて聞いた。
怖い。
部屋の中でお気に入りの人形を抱きしめて震えていたが、独りでいるのが恐ろしくなり、そっと部屋の扉を開けた。
人形をぎゅっと掻き抱き、おずおずと一歩を踏み出す。
―――そこには、初めて見る戦場があった。
『いけません、フロイライン』
部屋から顔を出した私に血相を変えて、柱の陰に隠れていたメイド達が駆け寄ってきた。
たちまき銃声と速射砲撃が金切り声を上げ、4人が薙ぎ倒された。
3人は元の姿も解らないぐらいぐちゃぐちゃで、1人はお腹から血を流して倒れながら、びくびくと痙攣していた。
みんな、私と仲良く遊んでくれた、優しいメイドさん達だった。
黒ずくめの異国の兵士の1人が駆け寄り、ナイフでまだ生きていたメイドの服を引き裂き、覆い被さった。
一体何をしているのかは解らなかったが、それがとても怖いことだということだけは、はっきりと解った。
『フロイライン、早くこちらに』
メイド長さんが駆けつけてきて、私の目を塞いで手を引いた。
彼女が優秀な魔導師で、私の身辺警護を任されていたと知ったのも、後の話だ。
部屋に帰りたい、私の、お部屋に―――。
とうに冷静な判断を失っていた私は、部屋に向かって駆け出そうと咄嗟に振り返った。
それも叶わない。メイド長さんは私を抱き上げてすぐさま戦火の中を走り出した。
離れていく私の部屋、揺籃の日々を過ごした私の楽園。もう届かないことを承知で手を伸ばす。
その指の隙間の向こうに、砲撃を打ち込まれ半壊して炎上した、私のお部屋を見た。
燃えてしまう。フリルのついたふかふかのベッドも、大好きなお人形たちも、星と月の見える大きな出窓も。
―――涙は、出なかった。
『フロイラインをこちらへ! 御館様の最後の命です。我ら一命を持って、必ずフロイラインを―――』
『はい、お任せしましたよ』
メイド長さんは、胸に抱いていた私を、壊れ物でも扱うように、そっと親衛隊長さんに手渡した。
親衛隊長さんは、私を少しだけきつく抱きしめ、一礼をした。
メイド長さんは、いつも私に見せるくれる、ふんわりと優しい笑顔で手を振った。
『フロイライン、どうか、お健やかに―――』
彼女の体を光が包み、腕には煌くデバイスが握られ、メイド服は何時の間にか戦装束へと変わっていた。
メイド長さんはそのまま振り返り、追いかけてくる兵士達の中へと独り駆け出して行った。
だから、私は彼女の笑顔しか知らない。彼女がどんな顔で私を守り、どんな顔で戦い散っていったのか。
想像しようとしても、私の思い出せる彼女は、いつも優しく微笑んでいる。
お屋敷の中は、どこも彼処も火の海だった。
綺麗だったステンドグラスも、厳しかった廊下の彫像も、全て砕けて炎に包まれていた。
親衛隊長さんに抱きしめられて周りの様子は見えなかったが、親衛隊の隊員さんが、一人、また一人と減っていくのが解った。
いつもメイドさんに囲まれてお食事をした食堂は、屋根が丸ごと吹き飛ばされてテラスのようになっていた。
脇腹から血を流しながら、隊長さんが膝をついた。足元でも、チロチロと蛇の舌の様に火の手が上がっていた。
私のお洋服も顔も煤だらけで、隊長はそんな私を見て悲しそうに笑い、顔をハンカチで拭ってくれた。
生き残った隊員さん達の残り僅か。どこにも行けない。逃げ場も無い。
目の前には、壊れた彫像の破片が散らばっていた。
お食事の前にお祈りを捧げた聖者の彫像だ。欠け落ちた掌には、杭が刺さっていた。
聖者は偉い人なのに、どうして杭を打たれたのかお父様に尋ねたことがある。
あの時お父様は、何て答えたっけ?
-
ずっと、胸に抱きしめていた縫いぐるみ、お父様に頂いた一番のお気に入りのウサギのお人形が燃えていく。
ぽっ、と炎がお人形を包み、ボロボロと灰となって、聖者の彫像の破片の上に崩れ落ちた。
その中から、キラリと光る雫が一粒。
杭を打たれた掌に零れ落ち、輝きを放った。
祈願型のインテリジェントデバイス。どうしても娘に戦いを教えたくなかったお父様の未練。
聖者の掌が、それを私に差し出した。
ああ、お父様は何て答えただろう。
―――許すため。
悪い人を許すために杭に打たれたんだよ。
きっと、私にはまだ難しいことだったのだろう。お父様は言葉を濁しながら、そんなことを話してくれた。
絵本に出てくる悪魔のような敵の兵士達が、石臼を回すような緩慢な速度で私達を取り囲む。
親衛隊のみんなが、一斉に銃やデバイスを構えた。
背筋の震えるような恐怖は、憶えている。心の器から溢れる程の悲しみも、憶えている。
ただ、私の楽園を奪った敵への憎悪だけが、ごっそりと欠け落ちていた。
メイド長さんも言っていた。『大事なのは、人を許す寛容の心です』と。
敵の兵士の一人が、突如壁に叩き付けられた。その胸には、魔力刃で生成された杭が深々と突き立っていた。
また一人。腕を壁に貼り付けられた。その杭を抜こうとした瞬間、次の杭が頭蓋骨を壁に打ち付けた。
『……帰って』
『―――フロイライン』
敵の兵隊も、親衛隊のみんなも、呆然と私を見ていた。
『許してあげるから、帰って。私のお家から、出て行って! これで許してあげるから、もう帰って!』
私は、狂ったように―――否、後から思い出してみれば、あの時の私は正しく狂っていたのだろう。
許してあげるから、これで許してあげるから、と。
すすり泣きながら、目に付く敵を、片端から杭で壁に貼り付けた。
祈願型のデバイスの起動。至極単純な術式。
杭形の魔力刃の作成と射出、ただそれのみ。
陵辱されきった世界を拒絶する、本能的なシールド。
それは、携行用の質量兵器では到底突破できない、シンプルにして強固な城砦。
私は、増援が訪れて敵を撤退させるまでの三時間、頭を出す敵を鴨撃ちに壁に張り付け続けた。
戦術などまるで頭になく―――これが戦闘だという自覚もなく、敵を殺し続けた。
……無論、生き残れたのは私一人の力ではない。
圧倒的物量差を前に士気高く戦ったお父様の配下の奮戦と。
私達を追撃せんとする魔導師を全て道連れにした、メイド長さんの助けがあっての事だった。
―――全て、無くなってしまった。私を包んでいた優しい楽園は。
殻を破った雛のように、初めて私は外の世界を見た。
天蓋付きのベッドの星が望める出窓、薄皮を隔てたその向こう側は、破壊と混沌で満ち溢れていた。
無明の、絶望。
あの部屋に戻りたかった。しかし、破壊尽くされた屋敷に戻ることなど出来ず、私達はすぐに拠点を移した。
もう、優しかったあの世界は無い。炎と砲弾に跡形も無く粉砕されてしまった。
全て失ってしまったのだと思った。
しかし。
それでもまだ、私はこの世界に於いて、十分に幸福と呼ばれる部類の人間だったのだ。
数少ないが、親衛隊の生き残りの皆や、父の生前の仲間や部下の人々が、私達を支援してくれた。
粗末ではあったが、餓え死ぬことは当分無いだけの食料はあった。
寝床も行動拠点も確保されていた。
何より、私は五体満足で、魔力という巨大な武器まで持っていたのだから。
戦乱で倒れた数え切れない死体より、千切れて腐っていく手足をぼんやりと見つめている老人より、ガリガリに痩せてもう立ち上がれない少女より―――。
私は、遥かに幸福で満たされた人間であった。
―――それこそが、本当の絶望だった。
-
私は知ってしまった。眠れない夜が続いた。
ある日、とある紳士が、相談を持ちかけてきた。
生前父には世話になったので、せめてもの恩返しとして、私を引き取りたいというのだ。
あの屋敷のような贅沢な暮らしはできないが、不自由ない生活は約束すると、紳士は私に言った。
いずれ戦いに巻き込まれて死ぬか、野党の類に襲われて陵辱されて路頭に迷うか、という未来しか無かった私には、願ってない好機。
戻れる? あの部屋ではないにしろ、優しく静かな暮らしへ?
誰もが羨む、二度とは無いその話に、私は首を振った。
戻れない。もう、戻れない。私は、窓の向こう側に何があったのかを知ってしまった。
私がどんな世界を生きていたのかを知ってしまった。
例えあの部屋に戻ることができたとしても、もう二度と安眠は訪れないだろう。
悪夢に悲鳴を上げて飛び起き、過敏になりすぎた神経を諌めながら、耳を押さえて自分を眠らせる日々が続くのだ。
どうすれば、あの部屋に戻れるだろう。
どうすれば、もう一度安らかな眠りが訪れるだろう。
それには―――。
それは、途方も無い考えだった。
自分を包んでいた殻から這い出し、世界の本質を垣間見た私だが、その全体象は把握できてはいなかった。
今いる世界が、数多の次元世界の一つの端であることさえ、はっきり解ってはいなかっただろう。
この世界の本質を知らずに、幼少の頃を無菌室のような楽園で人間だけができる発想。
産まれ育ったこの世界を疑わず、従容とその渦に飲み込まれていく数多な人間には決して出来ない、あまりにも突飛な発想。
私は決めたのだ。
―――この世界を、戦乱に脅かされないような世界へ変えようと。
数多な苦難は当然だった。
大義を叫ぶ前にその日の糧を得なければならない日々が続いた。
無秩序な殺戮。向けられた銃口には死を持って返さねば殺される日々。
多くのものを失った。時に同士を得た。殺した。仲間を殺された。
数えるだに馬鹿馬鹿しい数の殺意を向けられ、多くの裏切りにあった。
それでも。私は、憎悪という感情が今一つ理解できず、杭を持って許した。それで、終わりにした。
デバイスは幾つも壊した。私は安価で処理が楽なストレージを愛用するようになる。
魔法は曖昧性を嫌い、徹底的に理論立てて運用した。
杭の形の魔力刃はシンプルで扱い易く、基本戦術として固定化することにした。
私はもう領主の娘ではなく、おかしな題目を掲げる1レジスタンスの頭目だった。
それでも、過去の仲間は私を『フロイライン』と呼んだ。
やがて、それは人々に伝播し、私はやがて、『聖杭のフロイライン』と呼ばれるようになった―――。
……―――――――
……―――――
……―――
ぱっと、弾かれたように私は覚醒した。
音を立てて椅子から立ち上がると、暢気に足元で地面を突いていた鳩が驚いて飛び立った。
少し休憩するだけのはずが、まどろみへと落ちていたのか。
「……夢」
随分と、懐かしい、夢。
もう思い出すことも無かったのに。
おかしな感覚だ。幼い自分の心情と、それを俯瞰する今の自分の醒めた心情が入り混じっていた。
何故か、誰かに夢を覗かれたような感じがした。
―――あれから、長い時間が経った。本当に長い時間が。
数え切れない出来事があった。
私の幼年期は、重く圧し掛かった膨大な時間の中に跡形も無く溶けて消えた。
暴力と猜疑の中を生き延びた私に、あの屋敷でフロイラインと呼ばれていたころの面影はもう無い。
感情で物事を判断することは無くなった。理性的であろうと努力した。ただ、目標だけが変わらなかった。
己の生き方を決めたあの日から、私はただ一日も休むこと無く邁進してきた。
進み続ければ、不可能も可能なると。
幾つもの幸運に恵まれ、それはやがて現実に近づいた。
世界の和平を目的とした組織の設立。
ベストとは行かぬまでの、現時点でのベターな選択をすることができる演算機関。
世界へ干渉し、バランスを保つことのできる強力な権力。
私は確実に、夢想も同然だった理想へ近づいた。そして、今なお実行し続けている。
……そうだ。ふと思い立った。
ミッドチルダの周遊はこれで終わりにする予定だったが、最後にもう一箇所だけ。
-
◆
血のように赤い夕焼けの下、影法師が伸びる。日中の日差しが嘘のようで、冷たい風が項を撫でた。
周囲に人気はない。ただ、薄く苔むした墓石が静かに並んでいる。
ミッドチルダ北部の聖王教会墓地公園。
第一次元世界としてのミッドチルダの創設に尽力した偉人達が葬られている場所だ。
花は捧げられているが、真実、故人を偲ぶためにここに参る人間はごく僅かだろう。
何しろ、この墓石の下にいる人間は勿論、その知己や子供達も既に墓の下にいるべき年齢だ。
もう、この墓は墓ではない。過去の偉人の功績を示すためだけの、記念碑だ。
緩慢に忘れ去られていくその業績を、記憶の端に留めておくための目印。
「久しぶりね、貴方達」
その中の幾つかの名に目を細め、私は墓石を撫でた。
故人は何も語らない。この墓石は只のモノだ。私は霊魂の類など信じない。
「お久しぶり。ちゃんと貴方の好きなお酒が供えられているじゃない。誰が持ってきてくれたのかしら?」
くすくすと笑う。勿論返事など無い。これは私の一人遊びだ。幼い頃の人形遊びと同じ意味なき遊戯。
一際大きな墓石が並ぶ一角、そこで、私は口の端を吊り上げた。目当ての名前が刻まれた墓石を見つけたのだ。
軽快に、その墓石に飛び乗り、墓地に並ぶ墓石の群れを俯瞰した。
偉人の墓石に対して、何たる不敬。
だが、詫びる必要など微塵もないだろう。
詫びるべき墓の主は、墓の下ではなく、今ここに、この墓石の上にいるのだから。
夜気を含んだ風を存分に鼻腔から吸い込む。何という爽快感。
今私は生きている。肉を纏ってここに立っている! それだけで、墓の下に潜った全ての人間に立てない地平に私はいる。
私は、私は―――絶対に私の夢を叶える。叶え続けるんだ。
軽い足取りで、墓石から飛び降りる。と。
「なのはさんじゃないですか! いらしてたんですか?」
びくり、と背筋が震えた。
振り返ると、教会の修道騎士シャッハ・ヌエラが笑顔で手を振っていた。
どうやら、墓石に上っていたのを見咎められたのではないようだ。胸を撫で下ろす。
「お体はもう大丈夫ですか? 言って下されば、お迎えに上がりましたのに……。
……今日は、どうしてこちらに?」
「うん、この間のこともあるし、ちょっと自分を見つめなおそうかな、って。
わたしが今してる、この管理局のお仕事の本質を見失わないように、草創期の功労者の方々のお墓にお参りして―――。
何のためにわたし達は戦ってるのか、その芯の部分がぼやけないように、気合を入れようと思ったんです。
……あはは、似合いませんかね?」
シスター・シャッハは目を丸くしていたが、心底感心したというかのように頷いた。
「流石、高町なのは一尉です。そのご殊勝な心がけ、私は敬意を表します」
「そ、そんな大げさなこと言わないで下さいよ! 休養がてらのことですから!」
「いえいえ、普通の人には出来ないことですよ。
そうだ、折角ですからお茶を飲んでいかれませんか? きっと、騎士もお喜びになるでしょう!」
「では、お言葉に甘えて―――」
面倒だが、成り行きだから仕方が無い。
シスター・シャッハの後に続いて墓地を後にした私は、最後にもう一度振り返った。
夕日に染まる墓石。
『何のためにわたし達は戦ってるのか、その芯の部分がぼやけないように―――』
自分が口にしたばかりの言葉が、頭の中で反響する。
ぼんやりとしたものが、渦を巻いて形を成す。
「あ……―――そうか、そういうことだったのね」
ふと、自分の中の何かが落ちたような気がした。
解ったのだ。
そうだ、私は―――。
◆
-
端末を使っての仕事と、狂人への定時報告。
先日こそ丸一日休暇に費やしたが、これが私の本領だ。
情報を牛飲し、グラフからその向こうにある真の流れと意思を分析し、適切に介入する。
コンソールを叩く速度は機械のように一定を保つ。
「ねぇねぇ、ママぁ、遊んで、遊んで―――」
「ごめんね、ヴィヴィオ、ママは今大切なお仕事をしているから、もう少しだけ待ってね―――」
いいように、邪魔になったヴィヴィオを言い包めて部屋の外に追い出した。
まるで水と油のように、私には合わないと思っていた高町なのはの思考ロジックだったが、日常の些事や雑談には便利なので意図して切り替えて使えるようになった。
彼女の人格は、この時代の社交性では確実に私より上だ。
私はプライベートの人間関係というものがどうにも苦手だから、模倣する相手がいるというのは有り難い。
そんなことより、今は仕事の方が重要だ。
今日はデータの転送だけじゃない。あの狂人と通信を行うことになっている。
そういえば、この体であの狂人と顔を合わせるのは初めてのことだ。
『ご機嫌麗しゅう、フロイライン。新しい体での生活は如何でしょうか?
存分に、空を飛ぶことはできたでしょうか?』
モニターに現れた金眼の狂人の顔を覗き込んだ瞬間、私の内なる直感が告げた。
私ではない、これは、わたしの、高町なのはの感性による直感だ。
「悪くないわ。機動六課の戦力も、この目で把握できることだし―――」
高鳴る鼓動を抑え、あくまで平静を装ってふるまった。
おお、何てこと。
どうして、私は、私達は、真っ当な感性をもった人間であるなら気付く筈の、こんな簡単なことに気付かなかった。
『そうですか。それは結構。私も骨を折った甲斐があるというものですよ』
くっ、くっ、っと狂人が嗤う。
わたしは、高町なのはの瞳で彼を見つめる。彼女の直感が告げる。
―――この男は、信用ならない。
そう、信用できない。全てを預けるような全幅の信頼など置ける筈が無い。
それはこの男に限ったことではない。あの戦乱の時代、同盟を持ちかけようという人間のほぼ全てが敵だった。
多くの疑惑や猜疑の中を、狡猾さを持って生き延びた。
誰かと手を組む際は、必ず裏切られた時のリスクを計算し、最悪の場合に相手を裏切って生き延びるプランを用意した。
それがどうして、この男に対して、あのヴィヴィオが私に抱いているような、雛が初めて見たものを親と慕うような、完全無欠の信頼を置いているのか!?
私は知っていた筈だ。
この男が、本心では私達に蔑意を抱き嘲笑していることを。
何故、どうしてそれが人間的疑惑に繋がらなかったのか?
優秀な道具として全面的な信頼は置いていた、しかしそれは、裏切らないという保障とは別個のものであるはずなのに!
『いかがしました? フロイライン?』
様々な可能性が脳裏を過ぎる。その中で最悪の可能性が、最も期待値の高い結論だった。
私達は、この男に操作されていた。
無限の欲望としてこの男を作製した段階では、この男が我々から離反する可能性も確かに想定していた。
だが、今はそれがすっぽりと抜け落ちている。
つまりそれは、この男がロックをしたのだ。我々に干渉し、自分に疑念を抱く思考ルートを閉じたのだ。
ポッドで成長し、就労したこの男がまず手始めに行ったことは、自分が真に自由に行動するように創造主の掌を脱することだった―――。
なんという知能、なんという才気、なんという狡猾さ―――。
「ええ、報告を始めましょう。手持ちの端末では分析しきれない部分があるから、そちらに演算を任せるものをまわすわ」
その狂人がお膳立てした手術によって、私は今ここにいる。
これだけの狡猾さを持った私だ、私が高町なのはの影響を受け離反するという可能性も当然想像しているだろう。
即ち―――私一人では、絶対にこの男には勝てないのだ。
報告や今後の方針などを告げながらも、内心の動揺と警戒心を気取られないように、凛として狂人を見据える。
-
狂人はくつくつとおかしげに嗤った。
『面白いものですね、顔貌は全く変わらないのに、貴女は機動六課のエース・オブ・エースたる高町なのはとは全くの別人だ。
フロイライン。隊員達のコミュニケーションなどに不自由はありませんか?』
「無いわ、高町なのはの記憶と行動パターンを流用すれば、何の問題も無いわ」
『それが貴女の命取りになるやもしれませんよ。
忠告致しましょう、フロイライン。機動六課の幾人かは、既に貴女に疑惑を抱いている筈。
貴女達があの水槽の中で削ぎ落としてしまった人間性は一見無駄なようでもありますが、時に何物にも変えがたい輝きを放つ。
機動六課の隊長陣を相手に、いつまでも高町なのはの芝居を続けられると思わぬことです』
そう私に忠告し、通信は切れた。
あの男は言っている。
飯事を続けても仕方が無い、戦いを起こせと。
高町なのはの完全な真似なら構わない。そこに僅かでも私の色を混ぜることは自殺行為だと。
成る程、それは正論だ。全くの正論だ。
けれど。あの男の言葉には、一点の誤謬があった。
「人間性か。そんなもの、あの部屋の中ですっかり無くなったと思ってたわ。
でも、意外と残ってるものよ。こんな私の中にも、そんな詰らないものが」
◆
・
・
・
『―――誰のことも助けてあげられなかった……』
『―――どうやったら、勝てるの?』
『―――悪魔でもいいよ、悪魔なりのやりかたで、お話を聞いてもらうから』
『―――レイジングハートが応えてくれてる!』
『―――名前を呼んで』
『……――――――友達に、なりたいんだ』
・
・
・
「また、夢……」
朝日に目を細めながら、呟いた。―――もう幾度目か。高町なのはの夢。
夢の中では、私は確かに高町なのはだった。
幾度も、私は彼女の人生を追体験した。夢の中で、彼女になった。
彼女と同じように感じ、想い、悩み、泣き、笑った。
最初は全く理解できないと思っていた高町なのはの思考ロジックだったが、彼女の記憶に潜り夢で彼女となる度に、少しづつ解釈ができるようになってきた。
相容れないのは間違いない。私と違い、直感的・感情的判断に重きをおく部分が多いのも確かだ。
しかし、彼女は幼い頃から、一貫した目標と意志をもって魔導師として己を磨き続けた、確かに賞賛されてしかるべき人間だった。
それにしても、この目覚めは、まさしく―――。
「ママ、おはよ〜」
ヴィヴィオが、大きなウサギの人形の耳を掴んで引き擦るようにしてやってきた。
少しだけ微笑ましい。
遠い昔、確かに私にもこんな頃があった。
愛し、愛され、小さな幸せの日々の中を生きていた頃が。
……だが、それも長くない。
「ヴィヴィオ、おはよう! ほら、顔を洗っておいで! 朝ごはん食べに行くよ!」
「うんっ!!」
ヴィヴィオはとてとてと洗面所へと駆けていった。
……丁度いい、少しだけ、彼女の顔を直視するのが辛かったのだ。
彼女の中に流れる血が、彼女を利用とする勢力が、この平穏を許さない。
この少女を一武力として、計画の歯車として利用するだろう。
少しだけ、同情する。
それでも、今更止めるわけには行かない。
私こそ、この聖王の血筋を引く少女を利用しようとしている人間だ。
世界の均衡を保つためには、表の世界からだけではできないことが幾らでもある。
より効率的な手段を求めて、本来なら禁忌である技術や危険なロストロギアを幾度も使用してきた。
どれだけ善なる人間を虐げようとも、心は痛まなかった。
それで、世界がより磐石で安定した方向に向かうのだから。
個人の人格というものに目を向けなくなって親しい。
私の犠牲になった人間達にも、善なる者が沢山いるだろう。友となれた者も沢山いただろう。
こうやって、人として人の中に紛れると、つまらない感傷が湧く。
それでも。
―――その時がくれば、私はヴィヴィオを聖王の揺り籠という祭壇に捧げるのに、微塵の躊躇もしないだろう。
-
「おはようございますっ! なのはさん!」
「スバル、朝練上がり? 精が出るね!」
「はいっ、もう、お腹ぺこぺこです!」
隊舎の食堂に向かう。
いつもの朝。フォワードやロングアーチの面々との挨拶。雑談。
ふと、違和感に気付く。
「あれ、フェイトちゃんは? はやてちゃんもいないし……あ、ヴィータちゃんもシグナムさんも……」
隊長陣がいない。自分を除いた隊長陣の姿がない。
「何か、会議でもしてるのかな?」
隊長である、自分一人を除け者にして?
「さあ、そういう話は聞いてませんけど……たまたま、遅れてるんじゃないですか?」
まさか。いや、十分有り得る話だ。あの狂人の忠告は正しかったのか?
このフォワードの新人達は何も気付いていない? だが、あの一筋縄ではいかない隊長達は?
高町なのはとしての偽装が板につくまでボロを出さないように、高町なのはの幼い頃からの知己である彼女達とは接触を控えていたのだが、仇となったか。
一瞬で数多くの可能性と、その対応策が脳裏を駆け巡った。
「おはようさん、なのはちゃん」
しかし、あっけなく八神はやては食堂に姿を見せた。その後ろには、何時ものようにヴィータとシグナムも控えている。
「どないしたん? 困ったような顔した? 何や、不都合なことでもあったん?」
「いや、何でもないよ。それより、今日ははやてちゃん達はどうしたの? ちょっと遅かったけど?」
「何もあらへんよ。あはは、今朝は寝癖が酷うてな、直すのに時間かかってしもうたんや」
何気ない、会話のキャッチボールの応酬。
歳若いが、八神はやては管理局の子狸と呼ばれる程の人材だ。
気付いていても、内心はどうあれこの程度の会話ならばポーカーフェイスを貫いて見せるだろう。
シグナムも何時もの通りだが、心持ちヴィータの表情が固い気がする。疑い出すと、キリが無いが―――。
「あの……お、おはようなのは」
「あ、おはよう、フェイトちゃん」
振り返ると、青褪めた表情のフェイトがいた。
まずいぞ、これは―――。
隊長陣の中で、一番精神面で脆い面があるのはこのフェイトだ。
特に、彼女の精神的支柱である高町なのはに異変があったとするなら、動揺は隠せまい。
きっと。フェイトは迷っている。私が高町なのはではないかもしれない、という可能性を信じまいとしている。
彼女になら、上手くつけこめるかもしれない―――。
―――私の失策だった。
意図せず、値踏みするような『私』の目でフェイトと一瞬だけ視線を交えた。
びくり、とフェイトの肩が震えた。
青ざめた顔を更に蒼白に変えながらたたらをふみ、「あ、やっぱり……」とフェイトが呟くのを確かに聞いた。
まずい、これは、完全にばれている。
-
「なのはちゃん、夕方6時にミーティング、ええかな?
練習後と夕飯前のギリギリの時間になってしもうてごめんやけど―――」
この女。
新人達には知らせていないのは間違いない。先走った行動を取って返り討ちになるかもしれないからだ。
魔力ランクの制限があるとはいえ、複数のSランク魔導師が戦えば大惨事になりかねない。
隊長陣で囲んで、被害を最小限にとどめて私を捕縛するつもりか―――。
「うん、解った。夕方の6時だね」
にこやかに手を振りながら、まだ用事があるというはやて達と別れて食卓に着いた。
さらば、私の平穏の日々。短いが、決して悪いものではなかった。私の目的は既に達成した。
新たな目標―――と言うべきほどのものではない、次に成すべきことも、朧げながら見えてきた。
「はあー、やっぱりお忙しいんですね、隊長の方々は」
感心したように声をあげるスバルに、声をかけた。
「ねえ、スバル。あなたはこれからどうするの? これからの人生」
「え、これから?―――う〜ん、あたし馬鹿だから、あんまり先のことは解りませんけど。
この機動六課でなのはさんにバリバリ訓練してもらって、一人前になって、救助隊に入ってバリバリ働きたいと思ってます!」
スバルらしい、真っ直ぐな答え。
ふと、数日前に街で出会った若者達を思い出した。彼らと同じ、若さ故に語れる大きな夢。
それを、彼女は弛まぬ努力で着実に実現へと近づけていく。
六課に残るなら、彼女達新人達を全滅させるのも手だと思っていたが、この期に及んでその必要はない。
「そうね。頑張って叶えなさい、その夢を。それで、貴女達のことは許してあげるわ」
普段とは違う私の口調に違和感を覚えたのか、スバルは一瞬きょとんとした顔を見せたが、鼻息荒く大きく頷いた。
「はいっ、頑張ります! ありがとうございます、それから、これからも宜しくお願いしますっ!」
さて、―――この六課の隊舎の朝食は実に気に入っていた。それが少し心残りだ。
ゆっくりとこの食事を味わい、……それから狂人に連絡、撤退の準備だ。
◆
-
以上で、中編終了です。
次回投下の後編で終わりとなります。
投下は明日か、時間がなければ明後日あたりに〜
-
あばばばば! ぐっじょぶぅ、あばばばば!
大概の二次では単なる悪の親玉にされがちな三脳を、よくもまあこんな味わい深いキャラに……
過去回想マジ巧み。
そして遂に訪れる終幕の予感にゾクゾクするわい。
で、またしかしちょい目立つ誤字を。
>>122
個人の人格というものに目を向けなくなって親しい。
親しい→久しい、だよね
-
なに? 俺、こんな凄まじいモノ読んでるの?
次回で簡潔というのがにわかには信じられない
-
すげえ・・・GJすぎるぜ
なんか俺もSSが書きたくなってきやがった
-
>>128
ああ、次はおめえさんの番だぜ、わけぇの。
-
今日来た。凄いな。
-
いいねぇ、なのはさんメインのシリアスは最近見てなかったし嬉しい限り
もっともこれはなのはさんメインとは言えないか?w
ともあれGJ
-
うぉーすげーとしかいいようが
この手のジャンルは苦手な筈が飲まれたぜ
ただ少し気になったのが、シャッハからなのはの呼称は「高町一尉」じゃなかったっけ?
-
フェイト(幼少期)ネタお願いします
-
>>アルカディア氏
お久し、そしてGJ
前編から通して読ませて貰ったが、相変わらず貴兄は凄まじい
どういう形で締めるのか。完結の形を楽しみにしています
>>132氏
多少、フランクな間柄になったのかも知れないじゃないか
一人称ミスってるわけでもなし、あんまりギスギスしてると楽しめるモノも楽しめねぇぜ?
-
>>125
GJすぐる
>>134
最後の一行は余計だろ
-
>>125
どういう結末に向かうのか目が離せません
ていうか、ドクターが一貫して「狂人」と呼ばれ続けて、シリアスなのにちょっと笑ったw
>>134
ギスギスしてるのは貴兄の方に見えるのだが?
-
投下待ちなのはわかるが、静かすぎて怖いぜ。
なのはさん絡みのシリアスが投下された後だから、夏だし、なのはさんが海辺でキャッキャウフフとはしゃいだり、ラブしたり、恋するが故のエロとか読みたいぜ。
-
でも陵辱がないでしょ!(なのはさん攻め的な意味で)
星光さんでも可
オリジナルのせいか、統べ子はヘタレ受けのイメージあって攻める感じじゃないし・・・
雷刃は本性mでも無邪気に責める感じもある
-
>>138
じゃあ自分は、仕事終わったら某夫婦のイチャラブエロを書こうと思ったが、星光さんと雷刃に二穴責めされる統べ子さんを書くぜいw
いつ書き終わるかわからんがw
-
こんばんは、それでは、完結編投下したいと思います。
『胡蝶の夢・後編』
シリアス中編/半転生・半憑依・半オリ主
NGはトリップでお願いします。
では。
-
『二人で会って話がしたい。あの時の約束、憶えてる?』
フェイトに送ったメールだ。
時刻はミーティングという名目の、私の捕縛計画より幾分前。
新人達への訓練を早めに切り上げた私は、訓練場でフェイトを待っていた。
日は随分傾いてきているが、まだ没するまでには余裕がある。午後の爽やかな青空だ。
ギイ、と背後でドアの軋む音がした。
「良かった、来てくれたんだね、フェイトちゃん」
極上の高町なのはの笑みを浮かべて、軽やかに振り返る。
フェイトは、視線を地に落とし、迷子の子供のように所在なさげに立ち尽くしていた。
どんよりと曇った虚ろな瞳。こんな目をしたフェイトを、高町なのははかつて見たことがある。
まだ二人が敵同士だった頃。プレシア・テスタロッサ事件の最中に母から捨てられた時の彼女の瞳だ。
「どうしたの? 顔色が悪いよ」
うーん? とペタリ、とフェイトの額に手をあて、親友を気遣う柔らかい笑みをその顔を覗き込み。
真一文字に結ばれた、フェイトの唇が震えた。
私は、彼女を元気付けるように、ポケットから細い紐を引き出した。
黒いリボン。高町なのはの宝物。フェイトとの友情の証。
「わたし、久しぶりに思い出したんだ、フェイトちゃんと出会った頃のこと。
あれから、もう10年だよ? 色々あったけど、あっという間だったよね。
ユーノ君と出会ったことで魔法の世界に巻き込まれて、フェイトちゃんと出会って、戦って、友達になって。
それからも、たくさん、たくさんの出会いがあって。
みんなと出会えて、本当に良かったと思ってるんだ―――」
一切の嘘偽りのない、高町なのはの気持ち。
今の私なら。高町なのはという人間を理解できた今の私なら、完璧に彼女を模写することができる。
フェイトは、答えない。
彼女は両手で顔を覆うと、「ああ」と身を裂かれるような悲痛な声を漏らした。
「今になって、やっと、母さんの気持ちが解った―――」
顔を覆った指の間から、搾り出すような涙の雫が滴り落ちていく。
「―――思わなかった。
皮を被っただけの偽者が、ただそこにいるだけでこんなにも許せないなんて―――。
同じ顔で、同じ声で、大切な思い出を汚されることがこんなに悔しいなんて―――。
愛するものと同じ顔をしただけの偽者が、自分の大切な思い出を笑顔で語ることが、こんなにも憎たらしいなんて―――。
思わなかった、考えても見なかったっ!
母さん、私を愛してくれなったはずよね、憎かったはずよね。
やっと、今になって、解った―――」
フェイトの全身を、金色の魔力光を包んでいく。
「あなたは、なのはじゃない。一体、なのはをどうしたの……?」
血のように赤い瞳が、底冷えする程の殺意を持って私を貫いた。
全身からは高密度の魔力が迸り、突きつけられたバルディッシュから紫電が光を放っている。
それは、紛れも無く機動六課最強の一角、フェイト・テスタロッサ・ハラウオンという魔導師の本気の戦意だった。
しかし。
彼女は、全く恐れるに足らない。
「フェイトちゃん、いきなりどうしたの!? 何言ってるのか、全然わからないよ!
変だよフェイトちゃん、まずはお話しようよ―――」
動揺して上げる不安げな声は、高町なのはのそれと全くの同一だ。
僅かに、フェイトの戦意が緩む。
「その顔で、その声で、もう喋らないで! なのはを返して!!」
涙の筋で頬を汚しながらの悲痛な絶叫。
バルディッシュの先端に収束していく魔力の輝き。
魔力制限は既に解除されている。卓越した魔力を保有するオーバーSランク魔導師の威容。
しかし、私も高町なのはの体は任意で魔力制限を解除できるように、狂人によって調整されている。
戦力的には五分の筈だ。
―――勿論、五分の勝負なんて馬鹿馬鹿しいことはしないんだけど。
「フェイトちゃん、最初に出会った時、わたしは全然フェイトちゃんに敵わなかったよね。
フェイトちゃんに勝ちたいな、って思ってたけど、友達になりたい、って気持ちの方がずっと強かったんだよ」
高町なのはの記憶に刻まれた、紛れもない真実の言葉。
「友達になれた時、本当に嬉しかったんだよ―――」
「……黙れ、もう黙って!」
-
武器を手にしながらも、フェイトは指一本動かすことができなかった。
憎み抜いて余りある筈の怨敵を目の前に、得意の高速機動で切りかかることすら出来なかった。
彼女のことは―――知りすぎる程知っている。
機動六課の隊長陣の中で、最もメンタル面が脆弱なのは彼女だ。
気高き意志の強さもった女性だが―――その、心の礎を引っこ抜けば脆くも崩れ去る。
「これからも、フェイトちゃんが傍にいてくれれば、わたしはずっと頑張っていけると思うんだ」
「……もう、やめてよ、お願いだから、なのはみたいな喋り方をしないで―――」
バリアジャケットの展開もしていない丸腰の敵を前に、デバイスを突きつけている筈のフェイトは哀願した。
彼女は、自分の親友を撃つ事など、できない。
「フェイトちゃん、プレシアさんの気持ちが解ったって言ったよね。
……それは違うよ、フェイトちゃん。フェイトちゃんはプレシアさんじゃない。
だって、フェイトちゃん、あなたは優しいから。とても優しいから―――」
さりげなく、微笑んだ。いつも、高町なのはが彼女に微笑んでいるように。
無邪気で、軽快で、親愛に溢れた、掛け値なしの微笑を送った。
「……だから、貴女は絶対に私には勝てないわ、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン」
「―――あ」
彼女は、塗れた瞳で自分の腹部に視線を落とす。
そこには、桃色の魔力刃で形成された杭が深々と突き刺さっていた。
―――ストレージの速度を生かした高速発動による抜き打ち。これといった突出した技能をもたない私の得意技だった。
フェイトはぼんやりとした瞳で私を見上げると、そのままゆっくりと膝から地に伏せた。
血溜まりが、広がっていく。
「命までは取らないわ。これで許してあげる」
正面から戦えば、オリジナルの肉体の持ち主ではない私に勝ち目は薄かっただろう。
しかし、これでまずは一人。
◆
―――突如、機動六課全館に警報が響き渡った。
彼方から押し寄せるガジェット群。私の迎えだ。
「遅かったか。高町と二人きりになることなど無いように忠告はしたんだがな―――」
凛と響く声。ただ一声で、私を討ち倒すことに何の躊躇もないことが判る。
双眸には炎のような美しい怒りを滾らせながらも、殺意は氷のように冷たい。
できれば刃を合わせるのは勘弁したいと思っていた最悪の敵、烈火の将シグナムが、静かに下り立った。
「……シグナムさん」
高町なのはの仕草で、驚愕の声を上げる。
「―――なるほど、その高町の猿真似でテスタロッサを陥れたのか。
確かに、吐き気がするほど堂に入った猿芝居だ。
正直言って、我々も貴様が敵か味方か随分決めあぐねていた。あまりにも、高町らしい行動が多すぎたからな。
だが、もう明確だ。
―――貴様は、敵だ。
テスタロッサは行動は確かに軽率だった。
だがあいつが身を以って確かめたお陰で、私は微塵の躊躇なくお前を両断できる」
その瞳に、フェイトのような揺るぎは欠片もない。
不味い。この相手は私と同じ―――否、私よりも以前から、戦乱の時代を闘ってきた数少ない存在だ。
どうする?
-
「だが、一応聞いておこう。
一体、貴様は誰……いや、何だ?
変身魔法の類ではないようだな。高町なのはが捕縛された時に入れ替わったのは間違いない。
まあ、新手の戦闘機人の類なんだろうが―――」
もう、隠す必要も無い。私は小さく首を傾げて、瞳を細めた。
「さあ、一体だれでしょう? 私に勝ったら、教えてあげる」
「ならばいい。貴様を両断し、死体をシャマルにでも調べさせよう。
―――レヴァンティン!」
『Jawohl. Nachladen!』
シグナムの愛刀が、早々にカートリッジをリロード。これは。一気呵成に攻めてくる。
「一人でいいの? お友達の守護騎士さんたちと主のはやてちゃんを待たなくて」
「皆は主はやてと貴様が呼んだガジェットの群れの迎撃中だ。
ヴィータもお前を叩き潰したがっていたが、あいつも絡め手に弱いところがあるからな。
一刻も早く貴様を刻みたいところだが、最後に聞いておく。
高町なのはは無事か? あいつの人質としての価値を考えると貴様らが殺すとは考えにくいが」
「生きていたらどうするの? 私を殺すと人質交換が成り立たないかもよ」
「そうか、なら命だけは残しておいてやろう。―――後の保障はできんがな」
「貴女一人で勝てると思って?」
「本物の高町ならいざしらず、その皮を被った偽者如きに私が敗れる道理は無い」
そう。一言呟いて、私はバリアジャケットを展開した。
ざらりと流した髪。貫頭衣のような、シンプルで白いバリアジャケット。
手には、レイジングハートを模したストレージ。
高町なのはの魔力量は生前の私を上回っている。高圧力の魔力は制御が難しく、まだ完全には扱いきれない。
だが、やるしかない。
この相手は、魔導師として倒す。
命を賭けた実戦など、どれだけぶりだろう。私から欠け落ちた部分は、高町なのはのスキルを流用する。
私には、まだすべき事がある。どんなことをしても、絶対に逃げ延びる。
「行くぞ」
とん、とシグナムの足が地を離れた瞬間、首筋に怖気が走り大きく空に飛び退いた。
首の皮を掠めるレヴァンティンの刃先。
避けなければ即死だった! 命だけは残しておこう、なんて言いながら!
宙を切った刃を翻し、続けざまに袈裟から斬り下ろす二の太刀を、魔力刃で受け止めた。
フェイトの腹を貫いたのと同様の、桃色の魔力杭。
軋り、と鍔迫り合いの形に入る。
剣技ではシグナム、速度ではシグナム、力ではシグナム。
私が勝る点は―――。
鍔迫り合いの状態、刃と刃を合わせた剣技の勝負。その最中に、今まさに敵と切り結んだ魔力刃を勢い良く射出した。
仰け反ってそれを回避するシグナムに、ここぞとばかりに魔力杭を連射して弾幕を張る。
近接、中距離、遠距離を同じ術式で戦うことこそ、私の戦闘骨子。
それぞれの距離では、専門の魔導師には敵わないだろう。
だが、適切に相手の最も苦手な間合いを見切り、シンプルで速度に優れる攻撃で相手を圧倒する。
しかし、中距離から放たれる魔力杭の連射を斬り弾き、シグナムは餓狼の貪欲さで私の首を狙う。
刹那、ギリギリで展開したシールドがレヴァンティンの刃の圧力に軋みをあげる。
何という達人だ。
次に私が形成した魔力杭は7本、扇形に展開して一気に射出、ここで退かせなければ取られる!
果たして、シグナムは退いた。
魔力杭が掠めた頬から流れ落ちる血をペロリと舐め取りながら、不敵に笑う。
「この戦法、見たことがある、確かに見たことがあるぞ―――何代前の主の時か。
主の命でシャマルが探った敵の映像に、お前が映っていた。
姿形こそ高町のものを真似ているが、間違いない―――。
これは、……聖杭のフロイライン」
「ご名答。嬉しいわ。この時代で憶えてる人が居てくれなくてがっかりしてたところよ。
貴女の事は随分前から知ってるわ。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。
直接的に剣を交えたことは無いけど、貴方達を使役した領主の栄光と凋落は語り草になっていたわ」
「その口ぶり。貴様はフロイラインの亡霊か?
高潔な聖女だったと伝え聞くが。ならば、フロイラインを騙る痴れ者か?」
「亡霊は未練を叫んで人に憑くのが慣わしというもの。
聖釘のフロイラインと呼ばれた聖女はもういない。
ここに居るのは、高町なのはの体に取り憑いた怨霊の類よ」
その一言に、シグナムの表情が一変した。
-
「そういうからくりか。どんなロストロギアを使ったのかは知らんが悪趣味な真似をする。
だが、人に憑いた悪霊は祓われるのが倣いというもの。
私の全霊を持って、貴様から高町なのはを取り返す―――。
……まさか、私がその体が高町のものと知って、剣を止めることでも期待しているのか?
友だからこそ、貴様の凶行は今ここで止めてみせる」
つい、と視線を逸らした彼方には、念話で呼び寄せたのだろう、懸命にフェイトの処置をする救護班の姿があった。
『Schlangeform』
レヴァンティンが形態変化する。ぞろりと鎌首を擡げるガラガラヘビの威容の連結刃。
点と線の斬撃から、縦横無尽に宙を駆け巡り、触れたもの全てを鑢り削る面の攻撃へ。
ピンポイントな面攻撃を主体とする私では分が悪い。
魔力杭の連射。
初速と発射角度を変え、一部には加速設定を施す。
外見は全て同一の魔力杭、しかし魔力濃度はそれぞれ違い、撃墜し易い角度のものは魔力が薄く、最本命には炸裂設定をかけてある。
撃墜しようとしてもその軌道に幻惑され、いつかは心臓を貫く決殺の弾幕。
しかしそれを、
「それで仕舞いかっ!」
鞠のような綾目を描いて回転する連結刃が、全て虚空で消滅させた。
感嘆する程の凄まじい絶技だ。単純戦闘力では、彼女は間違いなく今の私の上を行く。
更に、遠距離から必殺のシュツルムファルケン、あれを撃たせてはいけない。
魔力を全てシールドに回せば、撃墜は免れるかもしれない。だが、その後間合いを詰められてしまえばお仕舞いだ。
高町なのはとレイジングハートなら、あるいは拮抗が可能かもしれない。
彼女の魔法の術式は解読済み、模倣することなら可能だ。
しかし、高町なのはの劣化戦術では確実に取られる。
ならば―――。
「流石、噂に名高い烈火の将シグナム。ならば、私も奥の手を見せてあげる」
この手の決闘馬鹿を打ち倒すには、奇策に限る。
「―――ギガンチウム」
魔力刃が、ぱっくりと裂けた。二本、四本とデバイスの先端で魔力杭が増殖する。
やがて、巨大な栗のイガのようにびっしりと増殖した魔力杭がずらいとデバイスの先端を取り囲んだ。
猛毒の海栗のように刃先に魔力をみなぎらせ発射を待つ。
上下前後左右360度、一切合切を破壊する魔力杭の全方位射撃。私の切り札だ。
「散りなさい」
空に咲く花火のように、魔力杭が一斉に飛び散った。
柔靭にしなる連結刃でさえ、その全てを撃墜することは不可能。
生き残るには、強固なシールドの中に身を包み、亀のように耐えるしかない。
―――筈、だった。
「成る程、全方位射撃か。しかし、厳密な意味での全方位攻撃は存在し得ない」
声が。
背後から、首筋が粟立つほど底冷えするような声が投げかけられた。
首筋に、冷たい刃の感触。
「全方位360度と銘うっても、使用者の背後だけは、必ず空白になる」
攻撃形態を見てとるや否や、一瞬で連結刃を解除し、高速機動で背後に回りこんだのだ。
なんという速度と決断力。
揺ぎ無い首筋に突きつけられた刃が、指一本動かすことを許さない。
シグナムは冷酷に告げた。
「詰みだ」
私は安堵の溜息を一つ。
「―――貴女のね」
「……ッ!?」
背後故、シグナムの表情を見ることは出来なかった。
それでも、その驚愕と衝撃は十分に感じ取れた。
背後から、地獄の底から響くような怨嵯の声が。
「……貴様、高町の体に―――」
首筋からレヴァンティンの刃がずれる。
私は、己の腹部を貫通して背後のシグナムを串刺しにした魔力杭を、ずるりと引き抜いた。
私とシグナム、二人分の血に塗れた魔力刃が消滅していく。
-
「痛い、痛い、ああ痛いわ……」
シグナムが私に刃を突きつけた時、既に魔力杭の構成術式は完成していた。
ストレージを使用しての高速発動こそ、何よりの私の切り札。
勿論、シグナムがあのまま有無を言わさず私の頭を切り落としていれば、私は何一つ出来ずに敗北していただろう。
……重要臓器は避け、傷口は最小限にしたのだが、どうにも耐え難い激痛だ。
こんな時は、肉の体が少し恨めしい。
「……よくも、高町の体を―――」
振り返る。シグナムは、心臓付近を突かれて瀕死の重傷に喘ぎながら、憎悪の瞳で私を睨み付けた。
「貴様、恥ずかしくないのか……そんな、誇りの無い戦い方をして」
「貴女にこそ判らないわ。最初から戦いの道具として作られ、誇らしげに剣を振るった騎士サマには。
どんなことをしても、生き延びるために戦わなければいけなかった弱者の想いなど。
―――弱くなったものね、ヴォルケンリッター。
闇の書の騎士をして悪名を馳せた貴女なら、躊躇なくこの首を刎ねていたでしょうに」
血を吐きながらも、唇を吊り上げシグナムは壮絶に笑った。
「貴様に解るまい。友を得て、我らがどれだけ強くなったかを―――……」
静かに、烈火の将は墜ちていった。
遥かな過去、闇の書の守護プログラムとして創造され、八神はやてという主を得て人としてこの時代を生きることを得た彼女。
その壮絶な歩みは想像して余りある。
高町なのはは彼女の友であった。しかし、なまじ同じ時代を知ったものだからか。
私は、彼女とは相容れない。きっと、向こうもそうだろう。
分かり合えることの出来ない相手。それでも。
「私の、勝ちよ。この一刺しで許してあげるわ」
シグナムはまだ生きている。次は念入りに私を取りにくるだろう。
だが、とどめを刺すより、離脱の方が先決だ。すぐに、次の追っ手がかけられる。
次に来るのは紅の鉄騎辺りか。到底、今の状態で戦える相手ではない。
喉元に逆流しそうになる血液を飲み込む。
随分大きな代償を支払ったが、彼女を打倒するにはこれしかなかった。
高町なのはの肉体を前に、彼女は撃墜に先んじて投降を呼びかける、一度は必ず刃を止める。
その確信があったから可能な、危うい賭けだった。
「……行かないと」
傷口の応急処置をして、痛みに顔を歪めながらも空を飛ぶ。
狂人の元に帰還する前、もう一箇所だけ行っておきたい場所があった。
激痛と嘔吐に襲われ、眩暈さえ感じながらの決死の飛行。
太陽は随分と傾き、空の青はくすみを見せている。
何故だろう。
その中で、私はかつてまどろみで見た夢のように、奔放に、縦横に、爽快感さえ感じながら空を翔けていた。
◆
寝室に入ってきた部屋の主は、開け放たれた窓を目にして足を止めた。
確かに施錠してあったはずの窓は全開になり、薄いレースのカーテンが夜風に頼りなく揺れている。
まぎれも無い、賊の侵入の証。それを目にして眉一つ動かさないとは。
一線を遥か昔に退いたとしても、元高ランク魔導師としての貫禄は健在のようだ。
彼女は、ゆっくりと冷静に状況を判断している。
賊が他の部屋に移った様子は無い。この寝室を物色した様子も無い。
ならば、賊は侵入してきた窓から、そのまま遁走したのか?
否だ。
彼女は、翻るカーテンの向こうの闇を―――否、私を見据えて、静かに口を開いた。
-
「何方かは存じませんが、出てこられてはいかがかしら?
ご用があるなら玄関からおいで下さりたいのだけど。改めて表に廻るのもご面倒でしょう?」
老いてなお矍鑠とした仕草、良く通る声。
彼女の胸に光る一粒の宝珠に、私は目を細めた。
「ええ。こんな時間にこんな場所から失礼するなんて。非礼をお詫びするわ。
のっぴきならない事情はあったのだけど、貴女とはどうしてもお話したかったの。
―――そのお守り、まだ持っていてくれて、嬉しいわ」
首筋から下げられたペンダント。亀裂が入ったデバイスコア。私が始めて手にしたインテリジェント。
私はゆっくりと、カーテンの陰から姿を現す。
「―――貴女は……、どうして……?」
時空管理局黎明期の功労者として伝説になっている三人の一人。
本局統幕議長、ミゼット・クローベルは、今度こそ驚愕に目を丸くした。
「ごめんなさいね。本当はもう随分違う姿をしているんだけど、この姿が一番話し易いと思って。
お久しぶり、ミゼットお嬢ちゃん。何十年ぶりかしら?」
窓ガラスに映る私の姿は、彼女に勝るとも劣らない皺くちゃの老婆のそれだ。
即席の変身魔法はいつまで保つか分らないが、まあ、彼女と昔話をする程度は保てるだろう。
ミゼットの表情が、驚愕から猜疑の色を帯びる。
当然だろう。死人が墓穴から這い出して目の前に現れれば、誰だろうと存在を疑うのは当然のことだ。
「……私が在職中に、根も葉もない流言飛語を幾度も耳にしたわ。
管理局の運営に、貴女達が裏から関与しているって。
事実、管理局の歴史の中で、何か計り知れない大きな意志が働いているとしか思えないような出来事は幾つもあった。
―――でも、まさかそれが本当だったなんて」
「あら? そんなに簡単に私が本物だって信じてくれるの?」
「ええ。まだ半ば信じられないことだけど。
貴女の姿は、私が初めてお会いした時のまんま。
まるで、私の思い出の中から抜け出してきたかのようだわ。
初めてお会いした時、貴女はもう随分のお歳の筈だったのだけど。
それでも、美しかったわ。しゃんと背筋は伸び、目は真っ直ぐ前を見据え、ゆっくりだけど足取りは確かで。
貴女のような気高く美しい女性を、初めて見たの」
ミゼットは、胸元のペンダントを撫でながら、遠い目で開け放たれた窓の外を見た。
少しだけ、照れくさい。
「私も、貴女の事は良く憶えてるわ。
キラキラ輝く綺麗な目をした小さな女の子。お転婆で、負けん気が強そうで、にっこり笑う顔が可愛くて。
あの時は可笑しかったわ。まだ乳歯も生え変わっていない女の子が駆けてきて、
『どうしたら、お婆さんみたいになれるんですか』って聞いてきたんですもの」
「そしたら、貴女は笑いながら頭を撫でてくれて言ったわね。
『小さい女の子がお婆さんみたいになりたい、なんて言っちゃいけない』って。
『まずは立派な大人になることを目指して、やりたいことを好きなだけやりなさい』って。
『お婆さんになったら、楽しかった昔を思い出すことしかできないんだから、今を思い切り楽しみなさい』って。
そうして、お守りだと言って、このペンダントをそっと首にかけて下さったのよね」
ミゼットの指先で、もう動かないデバイスコアの残骸が輝く。
お父様が私に残した未練の欠片。
「やりたいことは、好きなだけできた? 思い切り楽しめた?」
ミゼットは、老いた顔を皺くちゃにして笑った。その昔見た、少女のような笑顔だった。
「ええ。やんちゃばかりしましたわ。
上手くできたことも、失敗したことも、楽しかったことも辛かったことも沢山あったけど、私のやりたいことは好きなだけやったわ。
ここまでやっていいのか、ってぐらい、それはもう好き放題やったわ」
「満足してる?」
「ええ。まだやりたいことが無い、と言えば嘘になる。思い残すことが無いと言えば嘘になる。
でも、私の出来る限りのことはやりきったっと思ってるわ。
……後の事は、次の世代を担う子供達がやってくれるでしょう。
貴女の言った通り、今はもう、こうやって楽しかった昔を思い出して余生を過ごしてるわ」
その言葉が、聞きたかった。
「貴女はどうなさるの、フロイライン?
これからも、誰にも知られずに戦いを続けるのかしら?
……嘘つきね。貴女はお婆さんになっても、何一つ投げ出すことなく、今までずっと続けていたなんて」
-
「私は……さて、どうしようかしらね」
「ふふ。いつまでもこんな所で立ち話というのも何でしょう。
そこに座って下さいな。今、お茶を淹れてきますから」
「残念だけど、もう行かなければならないの。ごめんなさいね、お休みの邪魔をしてしまって」
「……フロイライン」
「さようなら、ミゼット。貴女が優しい夢の中で眠れることを祈ってるわ―――」
窓枠に手をかけ、一気に宙に身を投げ出した。最後まで無作法ではあるが、勘弁してもらおう。
たちまちにミゼットの屋敷が遠ざかっていく。
ミゼットは、窓際で静かに手を振っていた。
疑わしいところもあっただろう。尋ねたいこともあっただろう。
それらを押し殺して、ただ昔話に興じてくれたミゼットに、心の中でそっと礼を言う。
変身を解除、私は腹部から血を流す高町なのはの姿に戻り、一直線に加速する。
さあ、私の最後の仕事だ。私のやりたいことを、やりきろう。
◆
『お帰りなさい、フロイライン。どうです、休暇は楽しんで頂けましたか?』
狂人の通信が私を出迎えた。
「ええ、存分に」
『ところでフロイライン、お気づきですか? 貴女をつけて六課の魔導師が迫っていることを』
とっくに気付いている。まだ追いつかれる気配は無いが、紅の鉄騎が鬼の形相で私を追撃してきている。
このまま帰還すれば、数多くの施設や私達の本体が存在するラボの位置が丸裸にされるだろう。
「ええ、でも倒してしまえばいいことじゃない?
そちらでも、この間高町なのはに破壊された機人の修復が進んでいるんでしょう?」
『頼もしいお言葉ですね、流石はフロイライン。
沢山の情報だけではなく、計画の障害となるSランク魔導師を二人も排除していただけるなんて。
いやはや、これが歴戦の兵の力かと感服しておりますよ』
「詰らない世辞はいいわ。それよりも、私、もう一つやり残したことがあるのだけども」
『おや、何か心残りがお有りですか? 空を存分に飛べたのではなくて?』
「ええ、存分に空は飛べたわね。―――もう一つ、出来てしまったのよ。やりたいことが」
通信機越しの狂人の声が喜色を帯びる。
『ほほう、それは興味深い。欲望こそ人を人たらしめる原動力。
さて、フロイライン、貴女の新たな欲望とは一体何でございましょう?』
通信を断絶する。鬱陶しい狂人の声が消える。
私はぽつりと呟いた。
「―――大暴れ」
狂人にから預けられていた端末を取り出し、用意していたプログラムを走らせて投げ捨てる。
既に、私と高町なのはの肉体リンクを断絶する手段を狂人が持っているのは確認済みだ。
あの狂人は間違いなく稀代の天才、それはそのようにあの男を作製した私達が誰よりも知っている。
しかし、私達本体への介入権限は何重ものプロテクトに守られている。
狂人はそれすらも通過して、自分に疑惑をかけないように私達を操作していたが、完全に制御できるわけではない。
私は、一時的に肉体リンクのプログラムを奪取する準備を行っていた。
勿論あの男の技術を持ってすれば、奪い返されるのは時間の問題だが、一定時間は持つ筈だ。
……私達の本体が物理的に破壊されてしまえば手も足も出ないが、そんな暇はないだろう。
私と、紅の鉄騎という二人を相手どるには、現在の狂人のラボは些か戦力不足の筈だ。
「起きなさい、レイジングハート」
『―――Please return my marster』
呆れてしまう。起動して早々にこれとは、随分と主想いなデバイスだ。
「いいわ、貴方のご主人様を返してあげる」
『……Really?』
「ええ。その代わり、少しの間でいい。私の指示に従いなさい」
『……All right. I'll follow your instructions』
「決まりね。少しの間だけど宜しくね、レイジングハート。
早速だけど、大きいの行くわよ」
『Divine Buster』
-
腕にびりびりとくる、強力な砲撃魔法の反動。
狂人のラボの横腹に大穴を空け、一直線に飛び込んだ。
警戒装置やガジェットの配置は熟知してある。
―――腹部の傷が痛む。簡単な治癒魔法は施してあるが、長くは戦えまい。
それまでに、ガジェットの製造プラントやデータバンクなどの重要拠点を、破壊できるだけ破壊する。
と。私の突入点よりいくらか離れた場所で、大きな破壊音が。
「何処に行きやがったタコ野郎! 出て来やがれ、なのはの体返しやがれ!
ここがテメエのアジトってわけか! いいぜ! テメエが見つかるまで滅茶苦茶にぶち壊してやる、真っ平らにしてやるぜ」
有り難い援軍が来た。現在の戦力としては彼女の方がより脅威だ。
ガジェットの多くはあちらに向かい、こちらが手薄になる。あとは、限界までこの破壊道中を繰り返すだけだ―――。
◆
「ただいま、我が同志達」
そうして、私はこの旅の終着点に辿り着いた。
暗く湿った地の底、管理局の最暗部。
暗闇に並ぶ三本の筒状の培養槽。思えば、情報としては知っていたが、この目で見るのは初めてなのだ。
これが、今思考している私自身なのだ。……少しだけ、新鮮な感じがする。
スピーカー越しに、同胞達の声が響いた。
『お帰り、我が同士。ふむ、肉体を得て休暇に出かけていたとは聞いたは、これは何の真似かね?
君が我らの理想を裏切るとは、にわかには信じ難いがね。
何しろ、君は我らの中でも最も純粋に、小さな快楽さえ拒絶してただ只管に理想へと邁進していたのだから』
『理由をお聞かせ願いたい。貴女が何の理由もなくこんな暴挙に出るとは考え難い』
予想していた通りの問いかけ。彼らとは長い、途轍もなく長い時間を過ごしてきた。
互いの思考ルーチンなど、とうに知り尽くしていた。相手がどんな場合に何を考えどのような結論に達するか。
その全てを自分のことのように想像できる。そう、丁度今の私が高町なのはの記憶を自在に覗けるように。
「大いなる誤謬に気付いたからよ」
『誤謬?』
「そう。貴方達、あの狂人、ジェイル・スカリエッティが離反するという可能性を考えたことがある?」
一拍おいて、呵呵大笑する声がスピーカーから流れた。老朽化したスピーカが音割れしてノイズが混じる。
『そうか、そういうことだったのか。操作していたつもりが、我々はあの男に操作されていたというのか』
『これは由々しき問題だ。我々の判断基準は入力される電子情報のみ。
その初期値が誤っていたのなら、我々の演算の結果は全て無意味なノイズと化す』
「その通り。あの狂人はかなり早い段階から私達の演算の判断基準のなる情報を改変していた。
アインヘリアル構想、聖王のゆりかご、私達の進めてきた計画も、全て何の保障も無い子供の夢想と同様なものに墜ちた」
『して、君はどうするのかね?』
『この通り、我々は入力される電子情報しか判断基準を持たない。
しかし、貴女は違う。今肉の体を持って世界を見た貴女のみが、我々とは違う判断を下すことができる』
その通り。それが解っていたこそ、ここに戻ってきた。
長年連れ添ったきた同胞達に、その答えを告げ、実行することこそ、私の最後の務め。
「終わらせようと思うの。私達の計画は、私達の役目は、これで終わりよ。
今、一時的に私は狂人の支配を脱しているわ。でも、それも時間の問題。
私の離反が明らかになった今、狂人は私達を始末するでしょう。
―――あるいは、完全な傀儡として操作するかもしれない。
だから、私の手できっちりと幕を下ろそうと思うの」
『ふむ、して、その根拠は?』
「勘よ。肉を持った人間ができる究極の判断。憶えているでしょう?
どんな綿密な計画を立てていたとしても、最後のギリギリの部分、どうしようもなく切羽詰った時には、誰でも直感で判断を下していたわ」
スピーカーから漏れる、くく、と楽しげな笑い声。
思えば、彼らの笑い声など、どれだけぶりに聞いただろう。
ただ延々と演算を続けるのみの日々だった。計画に必要ない雑談など、一切行いはしなかった。
『なるほど、それも一興か。ああ、懐かしい。何かに興が乗るなどという感覚を思い出したよ』
「賛成してくれるの? 貴方はどうかしら、議長?」
『最早我々にできることはない。貴女に従おう。全会一致で可決とする』
計画遂行の意志こそあったが、私達からは単純な生存欲求というものは消え失せている。
彼らはあっけない程簡単に、私の荒唐無稽な提案に賛成してくれた。
大切な同志達に、伝えておかなければいけないことがあった。
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「肉の体を以って、現在のミッドチルダの街を歩いたわ」
『ほう?』
「誰もが平和に現を抜かしていたわ。
高々100年前の戦乱の世など何一つ知らずに、のうのうと暮らしていた。
美食に耽り、荒唐無稽な夢を語って平和ボケして生きていた。
誰一人、私達の名前を言えるものさえいなかった」
『くくっ、それで、君はどう思ったのかね?』
「歯痒かったわ。口惜しかったわ。でも―――嬉しかったわ。
これでいいのよ。こんな何気ない平穏の日々を求めて、私達は戦ってきたのだから」
―――そう。そうだった。
戦乱の日々の中、ふと空を見上げることがあった。
もう、遥か彼方の私のお屋敷。きっと、もう跡形もないだろう私の楽園。
でも、この空の向こうが、あの優しかった日々に繋がっている気がして、私は空を見上げたものだった。
空を飛ぶ夢を見た。でも、私は空を飛びたかった訳ではなかった。
ただ、あの日々に戻りたかっただけなのだ。
平穏で幸せな一日を過ごし、静かで安らかな眠りにつくという日々に。
『真の健康とは、病が癒えた状態ではなく、病を意識しなくなった状態であるということか』
『日出而作 日入而息 鑿井而飲 耕田而食 帝力何有於我哉。
―――無為の政治こそ、我々が目指した終着点だったな。あの頃は、到底実現不可能な夢物語だったが』
「鼓腹撃壌という奴ね。高町なのはの出身世界の故事だわ」
そう、悪夢と敵に怯えて眠ることさえ出来なかった私は、この世界で高町なのはとして安眠することができた。
朝日に目を擦りながら夢に想いを巡らし、時に娘を胸に抱き、公園のベンチの上でさえ―――願ったとおりの眠りに就く事ができた。
私の願ったことは、とうに叶っていたのだ。
『それにしてもいいのかね。機動六課の側につくという選択肢もあっただろう。
スカリエッティの企みに気付いて尚、我々の有用性を誇示して交渉することも可能だっただろう。
あの頃とは比較にならないほど平和になったとはいえ、この次元世界はまだ多くの戦乱の火種を残している。
君は、ここで終わりにして心残りは無いのかね』
「いいのよ。私達は出来る限りのことはやった。後は―――次の世代に任せましょう。
正しいか間違っていたかを裁くのは、後の人間の仕事。
この世界は、今この時代に生きている人間が作るべきだわ」
『それにしても、貴女の行動には今一つ一貫性を感じられない。
機動六課の魔導師を倒したと思えば、このラボを徹底的に破壊したりする。
貴女は、一体どちらが正しいと思っていたのかな?』
「どちらでもありませんわ、議長。
最初から決まっている正しさなんてない。
それは、双方が互いの信念をぶつけあって作ればいいだけの話。
―――もっとも、この両者がぶつかれば、悲惨な闘争となるのは間違いないわ。
だから、戦いの規模が小さくなるように、両者の戦力を適度に間引いておいたのだけど。
勿論、それも正しいという保障は全く無い。言ってしまえば、全くの思いつきね」
フェイトとシグナムを倒した時、高町なのはの記憶をもつ私の一部に痛みを感じた。
長い時間と手間をかけて用意してきた施設を破壊してきた時も同様だ。
しかし、最後ぐらいは派手に行こうと思って。
『酷い人だ、君は全く酷い人だな、フロイライン。
私は、そもそも君の理想の賛同者でも何でもなかったのだ。
ただ、君の活動が私の利になるからと近づいた商人だったのに。
それが、何時の間にか君の同士に引き入れられ、こうして最高評議会の書記などをやっている。
君は聖女だの救世主だの呼ばれていたが、随分と我侭で傲慢な女の子だったよ』
「あら、傲慢じゃなければ、世界を変えようなんて、馬鹿げたことを始めようとは思いませんわ。
強引に引っ張りこんでしまって、随分ご迷惑をおかけしましたわね。でも、貴方がいてくれて良かった」
『何、私も青かった頃は君たちの起こす奇跡のような進撃に心躍らせたものだよ。
私こそ礼を言おう。この奇妙な人生も悪くなかった』
「貴方にも心からの感謝を。随分と永い間私に寄り添って支えてくれましたね。
議長―――いや、親衛隊長さん」
『貴女がこうして人生の終わりに安らぎを得ることが出来たことを喜ばしく思います。
私の全ては、それで報われました』
レイジングハートの先端に光が灯る。
ここは狂人の違法研究のラボの深奥だ。濃密な魔力がそこかしこから漏れ出している。
収束された光は、薄暗い光の底を真昼のように照らし出した。
桃色の魔力光、なんて美しい―――。
「―――ありがとう」
『Starlight Breaker』
そうして、全てが光に呑まれて消える刹那の狭間―――。
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……――――――
……―――――
……―――
……お布団の中で、私はぱちりと目を開いた。
お手洗いに行きたくなったわけでもない、怖い夢を見た訳でもない。
ただ、何となく目が覚めてしまった。
夢は―――見ていた気がする。ええと、どんな夢だったっけ?
目蓋が重い。もう一度、眠ろう。
あんまり夜更かししているのをメイド長さんに見つかったら、大変なことになってしまう。
お布団は今日も暖かいし、隣には大好きなお人形さんもいる。
明日も、きっと楽しい一日が待っているだろう。
出窓のカーテンの向こう側には、綺麗な月と星が輝いている。
胸元までお布団を引き上げ、そっと目を閉じた。
あ、夢の内容を思い出した。
高町なのはという魔導師に私がなった夢だ。
不思議な夢だった。
そこでは、私はエース・オブ・エースよ呼ばれ、沢山の仲間に囲まれて戦いの日々を過ごしていた。
沢山の出会い、沢山の別れ。激しい戦いの中で理想を目指す日々。
目を閉じる。
意識が、優しいまどろみに落ちていく。
次は、どんな夢が見れるだろう。
眠りに落ちるその瞬間、ふと私は思った。
高町なのはも見たのだろうか。
―――古の最高評議会の一人、聖杭のフロイラインと呼ばれた女になった夢を。
―――胡蝶の夢・END
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投下終了です。急ぎ足で面倒くさい話でしたが、お付き合い頂いた皆様、ありがとうございました。
突発的な思いつきで書いた話なので、次こそ伊達眼鏡に戻りたいと思います。
余談ですが、フロイラインの魔力杭は、某サキエルっぽいイメージで考えてます。
ついでに。シガー氏が紹介されていた、
>>59のIRCチャット、私もたまに参加させて頂いてますので、便乗してお勧めしておきます。
ではでは。
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>>151
GJでした。
脳味噌三人衆を好きになりかけたぜ……。
っていうか大好きだああぁぁぁ!
そして伊達眼鏡も楽しみにしてます。
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>>151
乙でありました。
ミゼット婆ちゃんに心奪われましたw伊達眼鏡もお待ちしております。
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