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(*`Д´)ノ!!!スレ的オリジナル・ネット小説販売所

1名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 10:27:24 ID:ORiTd2es
ここは(*`Д´)ノ!!!スレ的オリジナルネット小説を販売しております。ベンツくん関連・余談雑談・東亜等々から湧き出た小説など、貴方のオリジナル溢れる作品を発表し、読者が購入していく場所です。こちらの通貨は、感想やレスが代金となっております。皆様、よろしゅう。楽しんでね♪

※その他のルールは、サブ板ルールに準じます。
※人の嫌がること、ダメダメダメヨー。
※コテさんを登場させるときは、あらかじめ、そのコテさんに了解を得ましょう。それがきっかけでトラブルになった場合、本人同士で解決ヨロ。解決の自信が無い方は、設定を変えましょうネ。
※エロを投稿する場合は、題名や冒頭に【エロ注意】など入れて下さい。エロの基準がわからない場合は、その旨表記。
※ネット小説のオススメなどは、小説スレでご紹介お願いします。
こちらは、オリジナル作品発表となっています。

じゃんじゃんバリバリ書くんだよ(*`Д´)ノ!!!

66名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 10:56:33 ID:ORiTd2es
151 名前: ミセスリーフ ◆8d/HDubVr. :2015/04/17(金) 00:04:45 ID:ee8c8bc96 [sage]
 ショーウインドウの中にいた、雪子は思わず叫んだ。
 外にいた圭介も同じようなことを叫んだにちがいない。
ただ、かなりの疲労がたまっているのか、窓越しに見える彼は、
立ちくらみを起こして、ショーウインドウにもたれかかり、座り込んだ。
 雪子は咄嗟に、外に出て、圭介を店の中に入れることを考えた。


 生きている人がいる!生きている人がいる!!
 助けたい!!

 それは、雪が降り始めて7時間余りが経ち、ラジオなどで外界の様子を知り、室内からわかる限りで確認してきた・・・・・・現実の中で、一番うれしいことだった。
 ガツン
ショーウインドウから音がする。硬い物が当たる音だ。
座り込んだ圭介の右手に携帯電話が握られていて、その画面には電話番号が表示されている。
その行動の意味するところを悟り、自分でも行動を起こした。
 何回かのかけ直しの後、やっと繋がる。パンク状態だった回線が復活しているためなのか、それとも他の理由か。
 時間が経過するごとに、電話もかかりやすくなっているようだった。

「・・・・・・もしもし」
「あ、えっと、何ていえばいいのかわかんねえけど」
「はい」
 雪子は、数時間ぶりに聞く人の肉声に感動を覚えた。
「俺、圭介っていうんだ。あなたは?」
「雪子って言います。今、扉を開けて、あなたを中に・・・」
 普通は苗字を名乗るべきなのかもしれないが、思わず下の名前を名乗る。
続けて、自分がこれからする行動を話した。

「だめだ。」
 きっぱりと、拒絶された。
「いや、でも」
「だめだよ。どうやら、この雪に触れると、同じようになっちゃうみたいでさ。」
「・・・・・・」
「知らなかった?」
「いいえ。ラジオとか、友達や家族のメールで、少しは・・・・・・」

67名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 10:56:56 ID:ORiTd2es
「今って、どんな状況?」
「政府からの避難指示とかは出てなくって・・・・・・録音なのかしら、
 同じ内容のニュースが繰り返されてる状態で・・・・・・」
「うかつなことが言えないのかな。よくわかってないのか。他の国とか、
 地域のこととかはどうなんだろう・・・・・・」

「この地区一帯だけみたいなんでしょうけど、時間が経ってからは、よくは・・・・・・」
「・・・・・・そっか。じゃあ、まあいいや」
 圭介は、これ以上、雪子に情報を聞き出すことはやめた。
 どうも自分が持っている情報と雪子が持っている情報に変わりはなく、世の中にもなんら動きがないようだ、ということがわかったのだ。
 そして、それは同時に、すぐに助かる術もわからないということだった。

「俺さ。雪、触っちゃってさ。」

 雪子は、声にならない、声を飲み込んだ。圭介の言葉の意味は、もうわかっていた。
 さきほどの圭介の話だけじゃなく、家族や友人から来た、何通ものメール。
 それらの最後の文章などから察するに、圭介自身も、雪子の大切な人達と同じようになるのだということを。
 地下街から上がってきた圭介が、今、ここで雪になるということは、地下街の様子自体も予想できる。
 おそらく、雪子に店番を頼んだ田中も、その妻も、きっと地下街で同じようになっているのだろう。
 願わくば、二人が落ち合っていることを祈るだけだが、真相は雪子にはわからない。


 圭介は、雪子の沈黙の意味を推し量りながら、言葉を続ける。


「もちろん、触らないようにここまで来たんだけど、さっき地下街からの出口でさ、
 若いっていっても、俺とおんなじぐらいなんかな。恋人同士がさ、崩れ落ちちゃって。
 そのかけらが俺に落ちてきてさ」

「・・・・・・ええ」
「なんかさ、ごめん。聞いてもないのに、しゃべっちゃって。」
「いいえ」
 雪子は、しゃくりあげながら、必死に答えた。
「わ、私、たった一人になるんでしょうか・・・・・・」



 圭介は、しまった、と思った。

 そして、同時に、さっき崩れ落ちた恋人同士の、最後に残った男性の言葉を思い出していた。
 恋人同士なら、一緒に逝けて本望なのかもしれない。でも、他人同士は。
いや、他人同士でも、恋人同士でも、誰かの最後を看取るなんて、辛すぎるだろう。

 しまったな、と、圭介はまた思った。

68名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 10:57:18 ID:ORiTd2es
「雪子さん、年、いくつ?」
 話を変えるために、なんでもないこと聞いた。
「26です」
「ええ???!!俺より年下?!!俺、29だよ。まいったなあ」
 圭介は、心底驚いた。和装は、大人びた雰囲気を人に装わせるのか。
 雪子の洋服姿を見ていたら、もっと違う反応なのかもしれない。

「なんで私の方が年上に見えたんですか?」
「着物のせいかなあ。落ち着いている女性に見えるからさ。
 実際、落ち着いている人でしょ?俺なんか落ち着きなくてさ。彼氏さんと全然違うでしょ。」
「・・・・・・彼氏さんなんかいません。・・・・・・そうだ!圭介さんの彼女さんは」
「彼女さんなんかいません。」
「え・・・・・・でも」
「29でもいないもんはいないんです。それを言うならさ」
「26でもいないもんはいないんです」
 雪子は、圭介の口ぶりを真似た。二人は、少し笑いあった。

「でも、なんか、俺、よかった」
「え?」
「俺さ、20の時に両親亡くしてて。親しい人、あんまいなくてさ。」
 圭介は、ぽつりぽつりと話し始める。
「友達も、彼女もいなくって。それで、いや、さっきから考えてたんだよ。
 結局、俺、死ぬじゃん?どう死ぬかなーって。
 喉がカラカラに乾いてて、ジュース飲んで幸せーで死んでもいいかなーって思ってたけど」


「私は、嫌です」
「何が?」
「私は、もうこれ以上、人が死ぬとこ、見たくないです・・・・・・」


「だよね。ごめんね。それは、ほんと、ごめん」

 君に会えて、誰かと話せてから死ねるなんて、よかった。
 君みたいな綺麗な子に出会えてさ、というらしくないセリフは、きっと言えない、
 
 自己満足なセリフを飲み込んだ。

 そうだよな。
 脳裏にさっきの恋人同士の言葉が浮かぶ。
 愛し合っている者同士っていうのは、普段から築き上げてるものが違うのだろう。
 先に逝く覚悟も、看取る覚悟も。
 それらをすべて超えたところで、なお、一緒にいたいと思うものなのかもしれない。


 圭介は、力なく笑った。
 耳に流れ込んでくるのは、哀しみにつぶされそうになっている、
 今出会ったばかりの女性だ。しかも彼女は、人の死に目に合いすぎて、かなり疲労してる。
 自分は、何ができるのか。・・・・・・何がしたいのか、考えてみた。
 圭介は、しゃがみこんでいる足を道路に投げ出す形に、ベタすわりをした。
 足や尻にかけてアスファルトの感覚が、ズボンから伝わってこなくなっている。
 全身のけだるさを感じながら、目を閉じた。雪子との会話に集中するために、目を閉じたのだ。

69名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 10:57:39 ID:ORiTd2es
「雪子さん」
「はい」
「生きてね」
 その言葉の重みに、雪子はまた泣く。

「辛かったら、どうしても辛かったら、雪に触れるといいけど」

 雪子は、目の前の圭介の腰付近に目をやった。
 少し、白くなってきているのが見てわかる。
 雪子は、小さな悲鳴を飲み込んで、その場にへたりこんだ。
 雪子のそんな様子を感じながらも、圭介は話し続けた。
「見送るのって辛いじゃん。残されるのっていやだよな。でも、俺、今わかったわ」
 一呼吸おく。

「先にいくのも、嫌なもんだな」

「もっと雪子さんと、話したかったな。雪子さんの話、聞きたかったよ。
 なんで着物着てるのとかさ、着物の魅力とかさ・・・・・・一緒に生きたいなって思ってる」

「泣いちゃうこと、言わないでください。そう思うなら、まだいかないでください」
「うれしいねえ。女の子にそんな風に言われるの、初めてだ」
 圭介は、また一呼吸おいた。

「言ってほしいセリフ、リクエストしちゃおうかな」
「・・・・・・当店は、そんなサービスはしておりません」
「いいね、いいね。なんか、俺、生きてたいってかなり思えてきた」

「好きだよ」
 圭介は、必死に声を振り絞った。
「こんな状況だからとか、余計なこと思わないで。素直に思ったんだ。
 好きだ。だから生きてほしい。いや、生きて」

 雪子は、圭介の声を、言葉を逃さないように、聞き入った。
 圭介は、なおも言葉を続ける。


「ありがと。・・・・・・マジで。」
「・・・・・・いいね、まずは1週間は生き延びることを考えて。
 店の中の食べ物とか探して。外に出ちゃだめだよ。雪に触れちゃ、だめだ。
 そこで、情報をまずは、集めて・・・。パソコンとか、いろいろ探すんだよ」

 がさっ

 たぶん、外ではそんな音が聞こえたのかもしれない。
 圭介の、電話を持っていない腕が白い雪となって、地面へと落ちた。
 電話からの声は、まだ、続いている。



どうか生きて。
ここで会ったのは偶然だけど
こんな恐怖と絶望の白で埋め尽くされた場所に、
残していく君に言うことじゃないかも
それでも
君の幸せを祈らずにいられない
どうか
俺にとっての恐怖の白が
君にとっては「ひかり」の白でありますように

君にとっては、はじまりの白でありますように。



 圭介の声は、もう聞こえない。
 どこからかの、交差点の音が、携帯から聞こえる。
 雪子は、その携帯の音を聞きながら、店の奥にある給湯室に向かい、
ポットの中のお湯を確認すると、急須にたっぷりの茶葉を入れ、熱い緑茶を入れた。

 また、そのお湯を小さなボウルにためて、白い清潔なミニタオルを浸し、
 しっかりしぼると、顔にのせたり、首筋を拭いたりした。

 ふう、と一息つく。

 緑茶の熱さと、タオルの熱さに雪子は安堵を覚えた。
 そして、店の展示してある、小物のところから、白い香炉と香木を持ち出し、
携帯が置いてある場所に、そっと置いた。
 煙は、ショーウィンドウにあたる。白い煙が、外のもたれかかるように、積もった雪に消えていくようだった。
 携帯は、まだつながっているようで、外の音を拾っているようだ。

「圭介さん、あなたの好きな香り、聞いとけばよかったな」

 そう、雪子はつぶやくと、親指に思いっきり力を込めて、通話ボタンを切った。
「切っちゃって、ごめん。・・・・・・でも、さ。情報収集するから」

 雪子は、長い髪の毛をひとまとめにし、携帯を持ち、店の奥に進んだ。

「さて、はじめよう」


  了

70名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 10:58:51 ID:ORiTd2es
152 名前: ミセスリーフ ◆8d/HDubVr. :2015/04/17(金) 00:05:54 ID:ee8c8bc96 [sage]
以上です(*`Д´)ノ!!!

短くなかった・・・すごい長かった・・・m(_ _)m
気が向いた方だけお読みくだされ(*`Д´)ノ!!!

153 名前: イザベル :2015/04/17(金) 07:49:38 ID:9cdda1fc3 [sage]
一気読み(^.^)
またのちほど(*`Д´)ノ

154 名前: ポール :2015/04/17(金) 08:49:33 ID:977ae53f4 [sage]
恐れ入谷の葉葉母神
塩にはこんな恐怖は入っていなかったよ...
お見事です(*`Д´)ノ

155 名前: イザベル :2015/04/17(金) 09:50:29 ID:9cdda1fc3 [sage]
雪の切片が思いがけなく唇にはりついたときの
ひんやりと心地良いあの感触・・・どころじゃない!
経口感染じゃないのん?
皮膚感染もあるのん?
服の上からでもあかんのん?
鉄は錆びるだろうけど綿100パーセントならおk・・・じゃない!
ケータイを握っていない手がばさっと落ちて、ケータイの声はまだ続く((((;゚Д゚)))))))
ガクブル状態に目がいきがちですが、ここはやはり圭介と雪子の最初で最期の出会いに思いを馳せなければ。

ケータイの番号を窓ガラス越しに見せるというシーンは良いですね(^.^)おぉ、と思いました。
虚無的に自分のことだけ考えて生きてきた圭介が、最期に考えたのは雪子さんのこと。
「先に逝くのも嫌なもんだなと今わかった」という箇所で自分を残して先に逝った両親(事情は妄想済みw)を許し、他者をいたわるという気持ちを思い出したようです。
「どうしても辛くなったら雪に触ればいい」という逃げ道も示しておくところに圭介らしい優しさが現れていると思います。
「白」は虚無的であると同時に清新さも感じさせる不思議な色ですね。
色と呼んでよいのかわかりませんがw
HP、MPがわからない華麗種(´・_・`)
血糖値的なこととは思うのですが・・・
156 名前: ポール :2015/04/17(金) 12:08:03 ID:977ae53f4 [sage]
でもね、女の怖さというか逞しさまで表現されているよねw
アンナの強さかもしれないけど...
塩の遼一と海月の部分では
遼一はどういう行動を取りましたか?
ある意味、男は純だね(*`Д´)ノ

71名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 10:59:23 ID:ORiTd2es
157 名前: アマデ :2015/04/17(金) 12:19:28 ID:66616ac90 [sage]
自信過剰で短絡的、頭がいいんだ俺は。そう自分を評価している男
自分がどういう人間かよくわからず、ゆっくり確かめながら生きてきた女

2人が出会った時、自分の評価と違う一面を認識するところがなんとも切なくて・・・
携帯のやりとりはバッチリですね(*^_^*)
イザベルさんと同様におぉその手があった!!と思いました
おそらくはその携帯で幾人かの最後を看取ったかもしれないなぁと・・

原因が何かわからないままの恐怖もたっぷり
ちょっと白の世界が怖くなったかも∑(゚∇゚|||)

158 名前: イザベル :2015/04/17(金) 12:26:02 ID:9cdda1fc3 [sage]
>>156
ポール、「塩の街」ではくらげ(海月)も出てくるの(・◇・。)?

159 名前: アマデ :2015/04/17(金) 12:26:21 ID:66616ac90 [sage]
>>155
イザベルさん
HPはヒットポイント、MPはマジックポイント
ゲームのライフゲージだった思いますよ(*^_^*)
私も詳しくはないですが(;^_^A

160 名前: ポール :2015/04/17(金) 12:30:21 ID:977ae53f4 [sage]
名前だけだよw みつきちゃん
すでに塩になっているんだけど、
きっとかわいい娘だったんだろうな,
と思わせる。 純な私は涙したのだ(*`Д´)ノ
161 名前: V3 :2015/04/17(金) 12:57:25 ID:cf061a5b7
不思議なご縁ですね
有川浩の「塩の街」自体は読んでいないリーフさんが、まさかその派生作品に感化されて小説を書かれていただなんて…

この作品は、正に塩害が起きた時、数多遭ったエピソードの一つだとストレートに受け止めました


リーフさん、是非、「塩の街(全作品収録の文庫本)」を、読んで見て下さい
運命的なモノすら感じるかも知れません
(私は、感じてしまいました)

もっと詳しくリーフさんの力作の感想を書きたいのですが、「塩の街」のネタバレになりかねないのでグッと堪えておきます(;^_^A

162 名前: ミセスリーフ ◆8d/HDubVr. :2015/04/18(土) 01:32:47 ID:349adf5b1 [sage]
>>154
辛抱さん
さっそくお読み頂いてありがとうございます(*`Д´)ノ!!!
読むの、早くてびっくりしましたw
塩の街を読んだら、また色々変わってくるのかもしれません。

>>155
イザベルさん
ありがとうございます。
恐怖の白を、ここまで読み取ってくださるとは。感無量でございます(*`Д´)ノ!!!
HPMPは、HPが体力MPが精神力みたいなニュアンスです。
ゲーム用語を出すことで、圭介たちの年齢を表したかったため出しました。

>>156
いやはや、私が現れてますかね・・・?テレテレ
切り替えていかなきゃ!というのが、最後の雪子ですね。ああ、生き延びて何かを掴んでほしい・・・。

>>157
アマデさん
お読みいただき、ありがとうございます。
わあ、ここまで読み取って頂くとは・・・・もう本当に素直に嬉しい。頑張っちゃうw
触れずに出会うにはどうすれば・・・?と考え抜いたんですよねえ。ええ。

>>161
V3さん
お読み頂きありがとうございます。いやはや、お恥ずかしい。
正直言うと、小説スレで塩の街の話が出るたび、ドキドキしていました。
私のこの作品を、V3さんたちに読んでいただきたい・・・とドキドキしてました。
そして、その後、塩の街を読み、小説談義に参加したい(*`Д´)ノ!!!なんて勝手に順序を考えてましたw

塩の街を読みますので、是非またV3さんの私の作品の詳細な感想をお聞かせくださいませm(_ _)m

72名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 10:59:44 ID:ORiTd2es
163 名前: イザベル :2015/04/27(月) 09:57:47 ID:427e16cb0 [sage]
《R barにて》

ふと目にとまった、あるレトロなビルの一角にその場所はあった。
オーク材の美しい扉に引き寄せられたからだと説明するしかないだろう。事務所にはみえない。看板の類も一切無い。しかしその美しい木目の扉に立ち去りがたい魅力を感じ、そっとなでてみる。真鍮の握り手の横にある小さな金属の板には「R bar」と刻印されていた。通りから眺めるだけでは気づかない。なにせ立派なオークの扉があるだけの店構えなのだから。扉の小さなすりガラス窓の向こうは明るい。一瞬の迷い。のぞいてみようか。おそるおそる、身体が半分入るくらい扉を開けてみる。同時に流れ出てくるピアノの音。

「いらっしゃいませ」

ピアノの音色とゆたかなバリトンの声に誘われて、気がつけば足を踏み入れていた。

そこは天井までオーク材がふんだんに使用された落ち着いた佇まいの、カウンターのみのバーだった。オークの褐色以外にほとんど目に付く色は無い。英国小説によく描かれる紳士クラブとはこのような感じなのだろうか。比べるには少し狭すぎるが、雰囲気はまさにそのとおりだ。「いらっしゃいませ」ふたたび柔らかなバリトン。声の主に目を向けるとバーテンダーと思われる男性がひとり。立ち姿も面差しもすっきりとした30代くらいの、白く清潔な上着にネクタイを締めた男性がカウンター越しに柔らかい微笑みとともに迎えてくれた。その微笑みに、いちどに緊張がほぐれる。

手触りのよいモールスキンの品書きを手に取る。
ワイン、ビール、ブランデー、ウィスキー、そして正統派のカクテル類。
料理はイタリア風のものが多い。バーの品書きにしては頁数が多いなと感じながらさらにページをめくっていくと・・・。

数学・・・物理学・・・化学・・・?!

品書きを手に固まってしまった私に優しく声がかかる。
「あいにく本日はわたくしだけですので物理学のみの対応となります。ご了承くださいませ」
物理?混乱する頭であわてて再び品書きに目を落とす。難しい単語の羅列。
その中でただひとつ・・・「フレミングの法則」にぼんやりと記憶がよみがえる。

「フ、フレミングの法則をお願い・・・します」
「承知いたしました。その前に、お飲み物はいかがいたしましょう」
あぁそうだった。まだ混乱する頭であわてて考える。カクテルは苦手なのだ。
「し、白ワインをグラスで」「トスカーナの白が本日はおすすめでございます」「お願いします。それから鰯のフリットとカプレーゼサラダも」「承知いたしました」

レモンと塩が添えられ、からりと揚がったイワシとよく冷えた白ワイン。はやくも心地よく酔いがまわってくる。カプレーゼも絶品だ。店内に流れるピアノの音が途切れ、バーテンダーは慎重な手付きで取り替えたレコードに針を落とす。吐息をもらすようにひそやかに音楽が始まる。やがてわたしはチェロの深い響きに全身を包みこまれた。

「そろそろフレミングの法則になさいますか」
目の前の、バリトンの彼は微笑んだ。
「お・・・願いします」さらにワインをひとくち、どうにでもなれという気分。
「では」と彼は私の目の高さにすっと手を差し出した。

「・・・以上でございます」
白状しよう。手品師のようにしなやかに動く細長い指先にみとれるばかりで話の半分も理解できていなかった。

「ごちそうさまでした。あの・・・」
まさか初対面の男性の手の美しさを誉めるわけにもいかず、あわてて話題を探す。
「店に入ったときにかかっていたピアノ曲は何ですか」
「バッハの平均律です」
「チェロの曲は?あの、ワインを出していただいたときのあの曲がとても心地よくて」
あぁ、そうでしょうとも、という表情で微笑む。
「バッハのプレリュードのことをおっしゃっているのでしょう。無伴奏チェロ組曲第一番。
ウイスキーのお客様もブランデーのお客様も同じようなことをいわれます」

「おやすみなさいませ。お気をつけて」
静かにオークの扉が閉まった。扉を背にしたまま、わたしは呆然と立つ。
不思議な店。
てっきり、日本料理店の板前が身につけている白い上着を着ているのだとばかり思っていた。バーテンダーがドアのところまで見送ってくれたときにはじめて気がついたのだ。

裾が膝下まで長い、つまり、白衣だった。

======================

73名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 11:00:05 ID:ORiTd2es
164 名前: ポール :2015/04/27(月) 10:32:19 ID:f801b0186 [sage]
イザベル
いいね。
雰囲気もイザベル(?)の緊張までもが伝わってくる。
さぁ、躊躇は要らない、続編行ってみようか
(。ー@д@)ノ...

165 名前: アマデ :2015/04/27(月) 15:50:37 ID:1d89092c4
すばらしい(*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ
この店どこにありますか??
せひ行ってみたい・・・

都会の?隠れ家のようなバーって憧れるし
バーなら異次元の雰囲気のあるのがサイコーだと(思ってるだけなのですがww)
おいしいお酒、おつまみ、洒落た会話・・・なにより(イケメン)バリトンのバーテンダーとくればもう何話してんのか解らなくてもおk(*^▽^*)oエヘヘ!

続きがすごく気になる・・・
じっくり考えていただきたいけど・・早く読みたいです+(0゚・∀・) + ワクワクテカテカ +

166 名前: イザベル :2015/04/27(月) 16:19:04 ID:427e16cb0 [sage]
>>165
アマデさん、ありがとうございます。
法則を
身近な何かにたとえて説明できるバリトンの彼(*`Д´)ノ
そのような設定ですが、いかんせん私の理解力が足りん(´;ω;`)
物理呪文と思ってください。
雰囲気に酔えれば良し!ということで(^.^)

74名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 11:00:28 ID:ORiTd2es
167 名前: イザベル :2015/04/28(火) 10:31:04 ID:35def9310 [sage]
第2回《幻 まぼろし》

オークの扉のすりガラス窓の向こうに灯りはみえない。
定休日なのだろうか。足に羽が生えたかと思うほどうきうきとした気分でたどりついただけに落胆は大きい。

あの日、定休日の確認をし忘れたことに帰宅してから気づき舌打ちをしたくなったのだが、大丈夫いまは便利な時代なのである。
ところがだ、いくら検索しても見つからないのだ。
不思議に思いながらも、自分自身を納得させることにした。
あのお店を見つけたことをわたしは他人に教えるだろうか?
情報が無いことに、かえって踊りだしたいほどの高揚感を覚えたのである。

ため息とともにうなだれて、扉の握り手に目がいったときに気がつく。
「R bar」と刻印された真鍮の板が、無かった。

今日も行ってみる。たしかにあの場所。あのドア。
しかし「R bar」と刻印された真鍮の板は無い。
灯りももれていない。次の日も、その次の日も。
なんとなくこのまま帰るのもためらわれて未練がましくビルのまわりを一周してみることにした。そして妙なことに気がついたのだ。ビル一階のかなりの部分を占めていると思われるのに、どうしてカウンターだけの店?
これでは調理場が広すぎる計算になってしまう。
==============================
168 名前: ポール :2015/04/28(火) 10:43:28 ID:6d25b3f27 [sage]
予想外の展開...
イザベルは救われるのか
(。ーOдO)ノ

169 名前: イザベル :2015/04/28(火) 10:57:05 ID:35def9310 [sage]
>>168
妄想の翼はどこまでも〜です(^.^)

170 名前: ポール :2015/04/28(火) 11:01:59 ID:6d25b3f27 [sage]
ワシはやっぱりオオカミか...

171 名前: アマデ :2015/04/28(火) 17:15:23 ID:a0d531249 [sage]
えっ???r(・x・。)アレ???
ミステリアスな展開+(0゚・∀・) + ワクワクテカテカ +

店の半分は○○○なの??
いやー楽しみぃヾ(〃^∇^)ノ

172 名前: V3 :2015/04/28(火) 17:30:56 ID:4ba8f57cd [sage]
おお、幻想譚?
続きが非常に楽しみです(*`Д´)ノ♪♪♪

173 名前: イザベル :2015/04/28(火) 20:37:30 ID:35def9310 [sage]
アマデさん、V3さん、
読んでくださってありがとうございます。
勝手気ままに妄想中で(ノ´∀`*)どうなることやらw
とりあえずはアタマの中のものを徐々に吐き出すことにしますw

75名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 11:00:49 ID:ORiTd2es
174 名前: イザベル :2015/05/03(日) 20:37:36 ID:c696b03da [sage]
《R barにて》第二夜

今日で最後にしよう。
もともと閉店予定だったのかもしれないし。
他にもバーは星の数ほどあるのだし。
本当に今日で最後。
あきらめと期待がない交ぜになった気持ちのまま扉の前に立つ。

「R bar」の板はあり、灯りはともっていた。

扉を開けるとまず目に飛び込んできたのは、正面の壁に額縁をかけようとしている白衣の後姿だった。「いらっしゃいませ」と振り返ったのは眼鏡をかけた青年。先日のバーテンダーよりはかなり若いようだ。人懐こい笑顔を浮かべている。カウンターに座った私は相手の若さにたじろぎ、願いがかなって嬉しくもあり、ずいぶんと待たされて腹立たしくもあり、照れ隠しで少し攻撃的な態度に出たくなった。
「あのですね」
「はい?」
「何度もお店の前まで来たのです。でもいつも真っ暗。いったいどういうことなのですか」
「え〜と、営業日はいつ?とおたずねくださるほうが、と言いたいけどそれも難しいな」
「はあ?」
「ほぼ週に一度は開店しています。はい」私の非難がましい口調に、あわてて彼は答えた。
「ほぼ?」
「学会とかフィールドワークとかあるので・・・すみません」とさして申し訳なくもなさそうに答える。本物の白衣を着る人なのか、と一瞬納得しかけるが、いや待てそんなほぼ週一バーなんて許されるのかとか、そもそも研究者バーテンダーなんて嘘だろうとか心の中で首をふりつつ意地悪な質問をする。
「研究者というからには企業や大学などに勤務しておられるのでしょう?副業は禁止されているのではありませんか」
「この店で報酬は受け取っておりません」
「趣味か道楽だとおっしゃるのですか」
返事のかわりに人懐こい笑顔。脱力して攻撃の手を緩めざるをえなかった。
もう、おいしくて楽しければなんでも良しとするか。

「どうしてわざわざ白衣なのですか」
「オーナーが個性的なひとで、人にも店にもクセがあるほうがいいとかなんとか・・・ところでご注文は何になさいますか」
「・・・ワインがいいです」
「本日のおすすめはラングドックの軽めの赤ですね。白ならオルビエートがあります」
「では赤をグラスで。牛ほほ肉の赤ワイン煮とスペイン風オムレツもお願いします」

軽めの赤ワインの酔いはじわじわとやって来る。
カウンターには先日は見かけなかった木彫りのキツツキ。キツツキの黒と赤がオークの褐色以外にほとんど色の無い店の中で目立っていた。ふと思い出して彼が壁にかけていた額縁に目をやる。ふくろうのリトグラフだった。店内に流れる音楽はギター曲。
「この音楽はなんですか」
「ジプシーキングスのインストゥルメンタルです。ヴォーカルのも流したいけどアクが強すぎるという人もいるから。僕はあの潮がれ声好きなんだけどなあ」
「かっこよくていい感じですね」
「そうでしょう?じゃあ、ヴォーカルのも鳴らしていいですか?」
ちょうどオムレツをほおばっていた私はうなづいた。青年はうれしそうにCDを取り替えた。流れてきたのは早口の渋い声のスペイン語。
「バー」が「バル」に早変わりだ。

「あの、お店の名前についてききたいのですけど。“アールバー”ってどういう意味なのですか」
「“あるバー”ってことですよ」
「え?」
「すいません。冗談です。ええとですね、“理科バー”あるいは“リカヴァー”の略です。あ、bとvの違いは見逃してください」

「理科バー」はわかる。そのままだ。でも「リカヴァー」は?
彼いわく、そのままの意味だという。研究疲れから復活するという意味。
飲み客の相手をすることで疲労が取れるのか疑問だが、彼の話によると、専門的な内容を素人相手に噛み砕いて説明し、相手が起こす反応で思いがけず研究開発のヒントが得られることもあるとか。
よくわからないが、もうおいしくて楽しければいいやという気持ち。
白のおすすめワインも当たりのようだし。

「外からみるとカウンターだけじゃなくてもっと広そうな印象ですね」
「えぇと、厨房や倉庫はゆったりとしたつくりですね。これもオーナーの主義です」
理科系の人間が好きな、商売っ気の無いオーナー?
これまたよくわからないが、もうどうでもいい。そろそろお願いしてみようかな。

「それで、あなたのご担当分野は何なのですか」
「僕は、鳥です」
まじめな顔で、彼はくいっと人差し指で眼鏡をなおしながら言った。
==============================

76名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 11:01:16 ID:ORiTd2es
175 名前: ポール :2015/05/03(日) 20:49:39 ID:b7e4a1ec8
イザベル
やっぱりお客は君かな^^?
今日のバーテンダーは誰かな、と思わせつつも
次回は彼に鳥を語らせるという...
展開も流れが出てきてとてもいいですね。
待った甲斐があったし次回が楽しみです
(。ー@д@)ノ...

176 名前: V3 :2015/05/03(日) 20:54:37 ID:41fbe8972 [sage]
>飲み客の相手をすることで疲労が取れるのか疑問だが、彼の話によると、専門的な内容を素人相手に噛み砕いて説明し、相手が起こす反応で思いがけず研究開発のヒントが得られることもあるとか。


そう来ましたか!
BARの存在理由、ビタリと嵌まって目から鱗です!
成る程と、唸ってしまいました(*`Д´)ノ♪♪♪

続き、楽しみにしてます( ´ ▽ ` )ノ

177 名前: イザベル :2015/05/03(日) 21:09:44 ID:c696b03da [sage]
>>175
ポール読んでくれてありがとう。
ちゃんとフクロウもだしましたよ。
なんてったって”願望小説”ですから。
好きなモノだけで出来ています(`・ω・´)

178 名前: イザベル :2015/05/03(日) 21:13:14 ID:c696b03da [sage]
>>176
V3さん読んでくれてありがとう。
存在理由はもうひとひねり考えているところです(^.^)

179 名前: アマデ :2015/05/05(火) 09:29:08 ID:4a9d29115
趣味でやってるサークルみたいですねww
ん〜どうなるんでしょう??
萌えるの?ねぇ萌える??

オーナーってもしや?あの人ですか??
続きがたのしみぃぃぃぃぃぃ♪ゝ(▽`*ゝ)(ノ*´▽)ノワーイ♪
180 名前: イザベル :2015/05/05(火) 09:45:13 ID:ea22da348 [sage]
>>179
アマデさん、読んでくれてありがとうございます
わたくしは常に萌えながら書いておりますw
このお話はすべて私のひとりよがりの萌えから成っております

「パリは燃えているか」
いや
「読者は萌えているか」

ともに萌えていただければ幸甚でございますm(_ _)m

77名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 11:01:36 ID:ORiTd2es
181 名前: イザベル :2015/05/05(火) 19:17:21 ID:ea22da348 [sage]
《R barにて》第二夜 オークの扉のそれぞれの向こう側

「あぶないところだった。勘の良い女性だな」
「だから言ったじゃありませんか。もっと外観に偽装を凝らしたほうがいいって」
「きょうはもう閉店にしよう。読みたい本もあるし」
「じゃあスペイン風オムレツの残り、みんなで食べてもいいですか?」
「いいよ。お疲れさま」
「お先に奥でくつろがせてもらいます」
「フクロウとキツツキも連れていくの忘れないで」


週末に双眼鏡を買いに行こう。まずは近くの公園からはじめるといいらしい。
さらさらの砂のグラウンドの端っこにある、楕円のお椀形のような窪みを探しに行こう。

「鳥見に興味ありますか」
「トリミ?」
「あ、すみません。野鳥観察のことです」
「特に興味ないですけど。まあ、スズメはときどきながめたりしますね。歩いてると自然に目に飛び込んできますし」

彼は満面の笑顔になって言った。
「自然に目に飛び込んでくるというのは、とても、素晴らしいことです。道を歩くほとんどの人は小鳥の存在なんて気にもしていませんからね」

「鳥の名前を聞いたことがあっても実物がどんなものだかは知らないことがほとんどです。残念ながら」
「鳥の立場からすれば名前なんて人間が勝手に付けたものだけど、やはり知ると楽しいものですよ。分類して名前をつけたがるのが人間のクセですね」
「“ものさし鳥”という鳥がありまして、まあだいたいスズメ・ハト・カラスの3種類が基本かな。この地域だとムクドリなんかも加えたらいいかなあ。この鳥たちを観察して、鳥の見分けをするときのヒントにします。スズメよりは大きいがムクドリよりは小さいとかいうふうにね」
「なるほど、ものさし、ですか」
「歩き方も鳥によってちがいますよ。ハトはウォーキングタイプ。ハトがぴょんぴょん跳ねているところ見たことないでしょ?スズメはホッピングタイプ。スズメがのこのこ歩いてませんよね。カラスは器用なやつらで、両方できるんだよなあ。ムクドリもセキレイものこのこタイプだな。ヒヨドリなんかは滅多に地上に降りませんね」

いわれてみると確かにその通りだ。

「足の長い小鳥は地上生活が多く、短い鳥は樹上生活が多い。一般的にですが」
「飛び方もハトは直線的だし、カラスはふわふわ上下にゆれる。セキレイは波型です」

えっと、つまんないですか。
いえ、とんでもない。ワインのおかわりをお願いします。
あ、これは気がつかなくてすみません。赤?白?
白で。オルビエート以外にありますか?3杯も飲むなんてめずらしいわ。

「観察方法の説明ばかりするのもなんですし、とっておきのをお見せしましょう」
そう言って彼はカウンターの下からファイルのようなものを取り出した。
「これひょっとして、ご自分で撮影なさったのですか」
「そうです」くいっとメガネを直しながら彼は答えた。
「どの鳥もみなそれぞれに美しいと僕は思っているけれど、まずは女性に人気の青い鳥」
「綺麗ですね!オオルリという名前は聞いたことありますが、意外に顔が黒い。
ルリビタキには黄色い部分があるのですね。コルリは白い部分が多くて青色とのコントラストが美しいです」
彼は、じゃあ赤い鳥、次は黄色い鳥、と次々にページ繰って見せてくれた。

「派手な色に目がいきがちですけど、これはどうですか」
といって最後にみせてくれたのはスズメが翼を広げて羽づくろいをしているところ。その美しい茶色のグラデーションにしばしみとれた。
野生のものはすべて美しいのです、と彼は微笑んだ。

ごちそうさまでした。とても楽しかったです。
それはよかった。ところでスズメの水浴びはみたことありますか?
あ、ときどき道にできた水溜りでやってますね。
じゃあ、砂浴びは?
砂浴び?
公園の、さらさらした砂のあるところでこんな形の窪みを見つけて、ときどき通うといいことあるかもしれません、そう言って彼は両手の親指と人差し指で楕円形をつくった。
==============================

78名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 11:01:56 ID:ORiTd2es
182 名前: ポール :2015/05/05(火) 19:33:56 ID:60a67a570 [sage]
イザベルワールドに入って来ましたねw
まだ全体像が語られていないところをみますと、
かなり続きますね^^
楽しみはこれからだ(*`Д´)ノ
かな(。ー@д@)

183 名前: イザベル :2015/05/05(火) 19:42:14 ID:ea22da348 [sage]
ポール読んでくれてありがとう。
オーナーを一瞬出演させました(^.^)

184 名前: ポール :2015/05/05(火) 19:53:32 ID:60a67a570 [sage]
オーナーだったのかw
若い感じがしたなぁ( ゚д゚)

185 名前: JB :2015/05/05(火) 20:22:52 ID:ea22da348
>>184
あちゃ、オーナーとわかりませんでしたか。
私の筆力の無さですorz

186 名前: イザベル :2015/05/05(火) 20:26:15 ID:ea22da348 [sage]
あう、イザベルになってなかった(´;ω;`)
二重のorz

187 名前: モニカV3 :2015/05/05(火) 23:23:54 ID:cbeb55ab7 [sage]
ついに幕を開けましたね(*`Д´)ノ♪

イザベル的理科バー、どんな貌を見せるのか、とても楽しみです( ´ ▽ ` )ノ

188 名前: アマデ :2015/05/06(水) 11:44:48 ID:569bc6669 [sage]
何が始まったのでしょう?
偽装?なんのための?
すごい気になります(゚▽゚*)▽゚*)▽゚*)▽゚*)▽T*)ニパッ♪

189 名前: イザベル :2015/05/06(水) 21:09:22 ID:b9705e1e9 [sage]
モニカV3さん、アマデさん、
読んでくれてありがとう。
いや、ちょっと、「偽装」という言葉は刺激的すぎたorz
そんなたいした構成じゃないんだ・・・(´;ω;`)
なまあたたかく見守ってくださいm(_ _)m
とりあえず突っ走りますw

79名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 11:02:19 ID:ORiTd2es
190 名前: イザベル :2015/05/08(金) 07:22:35 ID:7a7b1fd8b [sage]
《R barにて》第二夜 フェロールーム

小説、哲学、歴史、音楽の本を中心に天井までぎっしりと本・本・本
アナログレコード・CDの専用棚
食卓、書き物机、工作机、ローテーブル
長椅子、肘掛け椅子、揺り椅子、書架の前にも小さな椅子・・・

フェロールーム鉄の掟三か条
部外者を入れるな
飲食の後始末をせよ
「そのとき」が来たら速やかに撤収せよ


「オムレツ3人分もってきました。オーナーの焼くオムレツ、絶品ですよね」
「あれ、もう閉店?」
「読みたい本あるらしくて」
「あの人も気まぐれだな。あんたは何読んでんの?またバッハ関連?」
「バッハの無伴奏チェロ組曲、弾いてみたいんですよね。ここにチェロ置かせてくれと言ったらオーナー許してくれますかね」
「オーナーが許してもおれが許さん。音程の狂った弦楽器は聴いてられん!」
「ぼくも嫌ですよ。チェロってそんなに簡単に弾けるもんすか?」
「バイオリンやってきたから、独学で弾けるようになるかもと思ってるんだけどやっぱり無理かな」
「ヘッドフォンでサイレントチェロなら許す。いや、それより耳よりな情報をやるよ。こないだバッハのチェロ組曲バイオリン版の楽譜を発見した。これで解決」
「え、サノ書店で?!おおおお、明日さっそく行ってきます!」
「キツツキに色塗ったのか。それらしくなったな。木彫ってそんなに楽しいか?」
「バード・カーヴィングっていい加減覚えてくれたらうれしいっす」
「いま彫ってるちっちゃいのはなんていう鳥?」
「これはシマエナガ。きょうは野鳥観察講座にしました。バイオ工学なんか話しても退屈させるかなと思って。一応鳥に関してはセミプロの自覚あるし。そうそう、きょうの女性客から鋭く指摘されました。外から見た感じだともっと広そうなのに、って不思議そうに言われちゃった。テキトーに誤魔化したっす」
「べつに怪しい実験室があるわけじゃなし、バレても構わないんじゃありませんか」
「だめ。ここは紳士クラブだぞ」
「そういえば、どうして女性研究者がここにはいないのですかね」
「女性は男性よりも気分転換が上手いからこんなクラブ必要ないんだって、オーナーが言ってたっす」
==============================

80名無しさん@おーぷん:2015/05/12(火) 11:02:41 ID:ORiTd2es
191 名前: ポール :2015/05/08(金) 08:13:22 ID:279de1eda [sage]
バックヤードが明かされていく。
イザベルの妄想は尽きることなく膨らむ予感( ゚д゚)
しかし、大学の研究室の雰囲気が漂うのは妄想だけじゃないね
(o。゚д゚)ノ
192 名前: アマデ :2015/05/08(金) 12:47:55 ID:28b885876 [sage]
こんなバックヤードになってたんですねo(*^▽^*)o~♪

研究に憑かれた男たちの趣味の部屋?
秘密基地ってやつですね?
覗いてみたいわ〜〜(o^∇^o)ノ

193 名前: ミセスリーフ ◆8d/HDubVr. :2015/05/08(金) 15:51:19 ID:931f49757 [sage]
なんという素敵なバー・・・うっとり・・・

イザベルさん、遅くなりましたが、読みましたw
ああ、オークの扉、美味しいオムレツ、鳥談義と弦楽器に花が
咲く理系の男前たち。
わかります、すごくわかります。萌え〜〜。
続きがすごく楽しみです。

女性は、男性たちの楽しみに自然と溶け込んでいくのか
掟どおり、こつ然と姿を消すのか
wwわくわくww

194 名前: イザベル :2015/05/08(金) 18:15:50 ID:7a7b1fd8b [sage]
>>192
アマデさん、ありがとう
ライバルからも家族からも恋人からもちょっと離れて
自分たちの時間を楽しむのです(^.^)

>>193
リーフさん、ありがとう
理知的な男たちがゆっくりと疲れを癒し息を吹き返す場所
萌えますやろ(^.^)

195 名前: V3 :2015/05/08(金) 20:26:44 ID:09d5a7a8b [sage]
遅参しました(;^_^A

男性陣の生き生きとした様子がいいですね〜♪
ウエイターとして登場した時の抑制的な感じが剥がれたら、こんな感じなのですね♪

会話の内容は教養高いものですが、楽し気な様子は男の子そのものって感じが、またイイw
好きな事に全力な理系男子達

多くの女性を虜にすること、請け合いですね(*`Д´)ノ♪♪♪

196 名前: JB :2015/05/08(金) 20:57:43 ID:7a7b1fd8b
>>195
V3さん、ありがとう(^.^)
世間にきっとこんな場所はあると思います
小人になって誰かのポケットの中から観察してる気分で妄想w

81ミセスリーフ ◆8d/HDubVr.:2015/05/12(火) 11:03:53 ID:ORiTd2es
以上がお引越し内容になります♪♪

引き続き、じゃんじゃんバリバリ書き込みお願いしますm(_ _)m

82V3:2015/05/12(火) 13:38:15 ID:Eeqqmv9I
お疲れ様でしたm(_ _)m

こちら、字数制限がキツいみたいですね
一レス、千字位なのかしら?

私の小説は長文傾向にあるので、お手間取らせてしまいましたね(;^_^A
ご面倒おかけして、すみませんでしたm(_ _)m

83V3:2015/05/13(水) 22:10:52 ID:52nUka1Q
ここに書くのは筋違いなのは百も承知で…

リーフさん、良かった(*`Д´)ノ!
実はずっと、気になってました
でも、引っ越しがきっかけになったようで、取り敢えずおめでとうです!

ひとまず、これだけw

84ミセスリーフ:2015/05/16(土) 22:20:25 ID:KFoVlWTk
V3さん
引っ越し、楽しかったです。
このスレは誤爆なく、引っ越し終えてよかったですww
みなさんの文章をお預かりしている気分でしたw

自分の過去分が掲載されているあの部屋も、いつのまにやら
引っ越しが終わってました。エルミタージュ図書館には小人さんが
多数いらっしゃるみたいで。またもしかしたら、図書館だけでなく
サブ全体にいらっしゃるのかもしれませんがw
助かりましたよ。小人さんたち、ありがとう〜〜。

V3さんが気にかけていらっしゃるのは、ずっとわかってました。
ありがとうございます。
ただ、以前と違って私は、時間的に厳しい状況なので
以前のように文章を読み込むことや交流する等、できないので・・・。
そういた理由もあるので、あまり深読みせずにV3さんも
また気にかけて下さる方々も、
ご心配なさらずに♪♪

こちらでもよろしくお願いします(*`Д´)ノ♪♪♪

85イザベル:2015/05/18(月) 17:00:40 ID:sUgA2xno
《R barにて》 鳥とバッハと

ゴルトベルク変奏曲。本日の散歩のお供。不眠に悩む貴族のためにバッハが作曲したという。最近のお気に入りだ。今まで興味が持てなかったことが信じられないくらいに今はバロック音楽に浸りきってしまっている。

実は公園のとある場所についに見つけたのだ。“楕円のお椀形のような窪み”を。

公園にある遊具の鉄棒。その支柱の根元付近にその窪みはあった。そばを通りかかったときに数羽の雀がいっせいに飛び立ったので気がついたのだった。それはまるで小さなすり鉢のような逆円錐形の窪み。しばらく様子を見ようと少し離れたベンチに腰掛けてみたものの、あいにく子供達が遊びにきてしまった。しばらく去りそうにもない様子。その日は時間つぶしの一冊の本すら持ってきていなかった。

きょうは本を一冊忘れずに持参した。三浦しをん作「仏果を得ず」。この小説を選んだ理由は、面白いことがわかっていて、そして、もう既に2回読了しているから。だから雀たちが来たことに気づいたらすぐに中断できる。そして耳に流れるはゴルトベルク変奏曲。全曲聴くとほぼ1時間。ピアノ版ではなくヴァイオリン・ヴィオラ・チェロの弦楽三重奏版にした。

鉄棒の近くに子供たちは見当たらない。しかし小鳥たちの姿もどこにもない。“雀のお風呂”に詰まった葉っぱを取り除いておく。ベンチに腰かける。あせる必要はどこにもない。ただ音楽を聴きに来ただけ。鳥見するときに重要な事、それは“何気なさ”だ。

美しい織り物を織り上げていくかのような変奏曲。第17変奏にさしかかったころ、視界の端に何かが動いた。数羽の雀。本を閉じてそっとイヤホンをはずす。まるで、だるまさんがころんだ、をしているかのように雀たちは徐々に円をせばめるように“窪み”に近づいてくる。その用心深さには感心せざるをえない。

86イザベル:2015/05/18(月) 17:02:02 ID:sUgA2xno
一羽の雀が窪みにすぽりと入り、4、5回羽ばたきを繰り返した。その羽音は私の耳にも聞こえてくるほど意外に力強いものだった。細かい砂が羽ばたきを繰り返す雀の周囲に散る。いれかわりたちかわり雀たちは“入浴”を繰り返す。軽やかなその羽ばたきに思わず私は両手のひらでお椀形をつくり、その中にすっぽりと雀がおさまったところを想像する。
ぱるるる〜、ぱるるる〜、ほんのりと温かくてくすぐったい手触りなのだろうか。

子供達が歓声をあげながらこちらに向かって走ってくる。雀たちはまだ随分と距離があるというのに用心深く、さっと飛び去っていった。
==============================

87イザベル:2015/05/18(月) 17:03:22 ID:sUgA2xno
《R barにて》第三夜

オークの扉を開けると、今夜は美しいクラリネットの音色が流れ出した。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ」
30代後半くらいの浅黒い肌の少し無愛想な雰囲気の男性がひとり。
なんとなく緊張しながら、品書きを見る。
「エゾ鹿肉の赤ワイン煮と、リヨン風じゃがいものグリルをお願いします」
「承知いたしました。お飲み物は?」
「ワインのおすすめはありますか」
「店のおすすめはモンテプルチアーノダブルッツォの赤ですけれども・・・」
「・・・?」
「個人的にはタウラージを推したいですね」
その皮肉っぽい微笑みに少し反発を感じながらも、そのバーテンダーの薦めに従うことにした。

タウラージはかなり濃厚な味で、鹿肉とよく合った。酔いがまわるうちに私の緊張もほぐれてきた。口重な感じのその人にも負けない気がしてくる。
「これはクラリネットですね」
「ええ、モーツァルトのクラリネット五重奏曲です」
その後横たわる沈黙。
「ご専門は何ですか」
「医療関係です」
「わたしが日常生活で一番会う機会のある白衣の人ですね」
「まあ、ぼくは研究のほうですけどね。店のルールでは専門の話をする事になってますが、おいしいものを食べたり飲んだりするときに病気や怪我や細菌や薬の話なんか誰も聞きたくないでしょう?医療相談を受けるわけにはいかないし、いい病院紹介してくれとおっしゃるお客様もおられますが、それも困るし、あんまり期待しないでください。すみません、まるで予防線張るみたいな言い方ですね」
頭をかきながら必死で言い訳するその姿に親しみを感じ、酔いも手伝ってますます余裕が出てきた。
「では、趣味のお話なんてどうでしょうか」
「趣味ですか。う〜ん山かなあ」
「登山?わたしは高校生以来、していませんね」
「まあ、わざわざしんどい思いをして何が楽しいのかとはよく言われます」
「ではわたしもお尋ねします。何が楽しいのですか」

88イザベル:2015/05/18(月) 17:04:07 ID:sUgA2xno
その人は苦笑しながらこう言った。
「登った者にしか見ることの許されない景色、と言いたいですが、天気が悪ければ何にも見えない。でも別に不満を感じるわけでもない。また今度来るからと思うだけ。登っている途中辛くなってくると、家でビール飲んでるほうが良かったなあ、と思うこともしばしば。さっき下ったばかりなのになんでまた登るんだよとやるせなくなったり。ほんとになんで登るんですかね。でもつい下を向きがちな視線のなかに好きな高山植物を見つけたり、いち早い紅葉を見つけたりなんかしたときに一瞬で気分が変わって疲労が消し飛ぶこともあります。“山とは人生だ”と言う人がいますが、ぼくはそんな大げさな事は思いませんが、天候不良による停滞も含めて全行程を楽しんでいるのは確かです」
「世間では百名山が人気ですけど」
「あれは個人が好きに選んだ山々だし、ぼくは興味ないです。北アルプスに行くことが多いですね。大学の夏休み中はほぼずっと信州入りしてます。診療所手伝って合間に登ったりしています。夏は登山者も多いので結構忙しいですけど」
「私でも北アルプスで登山できますか」
「行き先にもよりますが、経験者と共に行動すべきですね。それと山道具は充実させたほうがよいでしょう。安全のために」
「山道具というと?」
「まずは登山靴が最優先かな。だいたい山にハマった人が道具に凝るのは靴、ザック、レインウェアの順といわれています」
「高校生の頃に使ったリュックサックしか持ってません」
「北アルプスへ行くならテント泊か山小屋泊になりますよ。山小屋で1,2泊なら最低40リットルのザックが必要です」
「リットル?」
「ザックの容量表示はリットルです。山道具専門店へ行けばわかります」
「山小屋泊ってどんな感じですか」
「小屋によっていろいろですよ。旅館並みの設備の小屋もあればせいぜい雨がしのげるだけの避難小屋もあります。風呂は期待できない、石鹸・歯磨き粉の類は使えない、トイレは有料、これは当然と思わなくてはいけません。最近、不満を言う登山客が増えているみたいですが、ちょっと僕には理解できませんね。小屋の従業員達は遭難事故発生時の救助にも入ってくれるのです」
「やっぱり私には無理そうです」
その人は軽快に笑いながら言った。
「無理に行く必要はまったく無いところです。ぼくには昔からやってみたいことがあって。北アルプスを一週間散歩してみたい。島々宿から入山して徳本峠・蝶ヶ岳・常念・大天井・槍・大キレット・北穂・涸沢岳・奥穂・前穂、岳沢経由して上高地へ下山。空中漫遊散歩です。今年こそはと毎年思うのですが、好天が続かないことには難しいです。一週間風呂無し。女性なら近づきたくもないような風体になりそうですね」

山に興味など無い。登ってみようという気にもならない。それなのに、なぜあんなに楽しい気分で山の話に耳を傾けることができたのだろうか。
==============================

89イザベル:2015/05/18(月) 17:05:13 ID:sUgA2xno
《R barにて》第三夜 フェロールーム

「おつかれさん。朝比奈玉露はいったよ」
「あれ、オーナーが閉店後に顔見せるなんてめずらしいっすね。しかもとっておきの玉露をふるまってもらえるなんて」
「残念なお知らせだよ。どうも“そのとき”がきてしまったみたいなんだな。最近、電話の問い合わせも急に増えてきて」」
「あぁ、ついに。どうして皆ブログにいろいろ書いちまうんだ?そんなことして何が面白いんだか」
「店の名前や場所やら完全に隠してくれればいいのに。それじゃ情報発信にならないですから不満なんでしょうね」
「店内の撮影禁止は徹底できても、外観撮影は止められないっすからね。「隠れ家」的な場所が好きなんだろうけど、人に教えてどうすんのって感じっす」
「おれたちの隠れ家も終わりか。最高の居心地だったのにな」
「まあ、しばらく辛抱してよ。またそのうち面白い場所みつけて再開するから」
「サイレントチェロ、明日買いに行こうと思ってたところなんですよ」
「オーナー、最近姿見せないけどあのおもちゃメーカーのエンジニアの人、あの人にも連絡取らないと。お客さんからすごいヒントもらえるってホクホク顔で接客してたからな。オレたちみたいにフェロールームでうだうだするのだけが目的じゃなかったよ。彼は」
==============================

90イザベル:2015/05/18(月) 17:06:10 ID:sUgA2xno
《幻 一期一会》 

「それで、夕べ行ってみたら影も形も無かったというわけね」
「店の扉に貸し物件の張り紙がありました」
ため息が出るばかり。先生がだしてくれた大好物のサブレの味もわからないくらいに気分は落ち込んでいる。
「で、どのバーテンダーが好みだったの?わたしはバリトンバッハ君が気になるわね。ウチには居ないタイプだもの」
「別にそういうつもりじゃ・・・」
「じゃあ、眼鏡のトリミ君?」
「せっかく見つけた別世界。私なんかが一生出会わないだろう人達でした」
「私なんか、とか言うのやめたほうがいいよ。それにしてもどうして誘ってくれなかったのよ。ちょっと行ってみたかったわ、その“理科バー”とやらに」

たった一度出会って会話をしただけだったとしても、街角で彼らとすれ違ったら私は絶対に彼らに気がつくだろう。でも彼らが私に気づくことは無い。
語るべき“何か”をわたしも持っていられればよかったのに。
先生のように自分の世界を持っていたらよかったのに。

「あなたの書く仮名の線、品があってきれいよね。でも今日は気合を入れる意味で漢字の楷書にしましょうか。4文字がいいかな」
「一期一会・・・」
「ちょっと、ため息つくのやめなさいよ」
「二度と会うことがないかもしれない出会い、もっと大切にしたらよかった」
「あのねえ。一期一会というのは“天から降ってきたような人との出会いを大切にせよ”という意味じゃないと思うよ。しょっちゅう会っている人でもその瞬間は一度きりだから真心を尽くしましょう、って意味よ。よし、景気づけに今日は特別に貸してあげる、ハイ、これ」
「・・・・・」
「なによ、要らないなら無理に使わなくてもいいわよ」
「あ、いえ、ありがたく使わせていただきます」
断ったらバチがあたる。これを貸してくれるのは先生の最大の好意の証しなのだ。
わたしは戦艦大和型文鎮を、丁寧に半紙のうえに置いた。
==============================

91イザベル:2015/05/18(月) 17:07:02 ID:sUgA2xno
《杉の板戸のそれぞれのむこう側》

「フェローさん達、元気にしてるかしら」
「“フェロー”という単語やっと覚えたね」
「ご隠居生活でのんびり、と思ってたら急にこんなこと始めるんだもの」
「のんびり関西暮らし、できてるじゃないか」
「まあ、そうだわね」
「好きなお茶飲んで、奥さん手作りの和菓子食べて、本読んで、ちょっと人と話できればいいと思ってたんだけどね。あの三人と会うまでは。日本の技術者や研究者はもっと厚遇されていいはずなんだよ。彼らの疲れを癒して、自分も楽しめるなにか目新しい事をやってみたかったんだな」
「おもちゃ開発の人以外、仕事に役立った話は聞かないわね」
「いいんだよ、それで。きょうのお菓子はなに?」
「もうすぐ6月だから紫陽花と水無月」
「店の前掃除してくるよ」



「今日は良い料紙が手に入ったわ。最近伝統的で上品な柄が少なくなってきたからね」
「紙を選ぶのがこんなに楽しいとは、わたし知りませんでした」
「急に上手くなってきたわよ。なんというか筆運びに自信が出てきた感じよ」
「ほんとですか。書の歴史関係や和歌の本を読んだり、博物館へ行って古筆を見たりしていたら楽しくなってきて」
ふ〜ん、エライわねえ、と言いながら先生は地図本を広げてなにか調べている。
「先生はいつも地図を持ち歩いてるんですか」
「そういうわけじゃないけど。たまに普段と違う道を通るといい事にぶつかったりするのよね」
そう言って、先生は勝手に歩き出した。

「あら、このお宅の引き戸、すてきだと思わない?」
北山杉かしら、とつぶやきながら先生はつかつかとその家の玄関へ近寄った。
つられて近づいたわたしもその木目の美しさに感心しつつ、感じていた。なんだろう、この既視感は・・・。
「ここお店なのかな。だってこの表札みてよ」
梟庵、と透かし彫りされた美しい表札。
近づいてじっくり眺めないと読み取れないような・・・。
そのとき、いきなり引き戸が開き、箒を手にした袴姿の上品な男性が現れた。
==============================

92イザベル:2015/05/18(月) 17:16:33 ID:sUgA2xno
《梟庵にて》 あらたな予感 What a Wonderful World

嬉野 八女 知覧 宇治 伊勢 ・・・
季節の和菓子 紫陽花 水無月

「こんなところに日本茶専門店があったとは知りませんでした。うちのお義父さんも連れてこようかしら。きっと喜ぶわ」
ひっそりとやってましてね、と袴姿の物静かな店主は微笑みながら答えた。
「わたしは八女の玉露と紫陽花にするわ。あなたは?」
「嬉野茶と紫陽花にします。嬉野という地名、昔から好きなんです」
定休日は?何時から開店ですか?と矢継ぎ早に質問する先生に私は思わず言った。
「先生、このお店はあんまり人に言わないでくださいね。消えちゃうといやだから」
物静かな店主は二人の会話を楽しそうにききながら、週二日の開店であること、ごらんのとおりの小さな店だからあまりお客さんが押し寄せて来てくれるのも困りますので、と言った。

「今度の夏休み、ひさしぶりに山行くのよ」
「先生が山登りするとは知りませんでした」
「そうだ、あなたもどう?人生変わるかもよ。すてきなところなんだから。そこへたどりつくと夫がいつもくちずさむのは“What a Wonderful World”。私はベートーベンの「田園」が頭の中でぐるぐるしてる。お義父さんはチャイコフスキーが流れるらしいわ」
“人生変わるかも”魅力的な言葉だ。でも・・・。
「山登りなんて高校生以来ですが、そんな私でも大丈夫ですか」
「ふつうの体力と根性があれば登れるところよ。フミも貴方なら大歓迎よ」
「フミちゃんは山が好きなんですか」
「あの子、海上自衛隊と山岳救助隊が大好きなの。夏休みの間は登山指導所があってね、長野県警山岳救助隊が常駐してるのよ。涸沢ってとこなんだけど、夏山診療所も休み中は開設されるからなにかと安心よ」
「今なんて?」
「フミの好きな山岳救助隊が常駐・・・」
「そのあとです!」
「え〜と、夏山診療所?」
「どこの夏山診療所って?」
「涸沢だけど?」
「涸沢岳という山ですか?」
「涸沢岳は涸沢からザイテングラートという急なルートを登って穂高連邦の稜線上に出てからさらに登ってやっとたどりつくのよ。私たちは行かないわよ。子供を連れて行くには危険なところだから」
「ぜひご一緒させてください。夏までにできるだけ身体を鍛えておきます」
「どうしたの?急に登る気満々になっちゃって」
ひょっとしたら、ひょっとしたら。新たな予感。
「もういちど、一期一会を大切にしたい。それだけです」
そういってふと顔を上げて気づいた。その上品な茶庵の店主が微笑みを浮かべながら、わたしを優しく見つめていてくれたことに。

おわり

93辛抱三郎:2015/05/18(月) 18:08:11 ID:toS7CipA
全く別の世界かと思っていたことが、運命の糸で結ばれている。
日々の新たな出会いを大切にしていると、いつの日にかすべてが繋がる、
そんな予感、恋の予感(?)

DNAの増幅装置のことを「PCR」といいます。
PはともかくCRとは,チェイン・リアクションの略です。
まさに「IWCR」だね、次回作にも大いなる期待を持ちます(o。゚д゚)ノ

94イザベル:2015/05/18(月) 18:41:13 ID:sUgA2xno
>>93
辛抱三郎さん、読んでくださってありがとうございます
ふたつのお話をつなごうと思ったのは途中からですw
いきあたりばったりですw
音楽にしても、山にしても、
自分の好きなものをふんだんに詰め込みました
研究者や技術者がもっと報われるべきだという事は
以前からずっと私自身が感じていることです
そして北ア涸沢岳には私は3回登ったことがあります
槍ヶ岳も大キレットも見渡せる、美しくも怖いトコロです
その涸沢岳の頂上で実際に空中漫遊散歩中の男性登山者に
遭遇しました
話を聞いて実際にそんなことができるものなんだと驚愕しました
その達成にはとにもかくにも天候が良好であることが必須です
一週間天気が持ちそうなので決行したと言ってました
その登山者と別れたあとも2,3日は好天は続いたので
きっと無事に彼は北ア一周を果たしたと思われます

95V3:2015/05/18(月) 21:34:52 ID:p9rqiz2g
芳醇なワイン、心地良い音楽、湯気を感じる食事、知的な会話、素敵な男性達、謎めいた背景
徐々に変わりゆくヒロイン、日本的美意識、お茶の深み、山の風


堪能しましたm(_ _)m

あ〜、面白かった(*`Д´)ノ♪♪♪

96イザベル:2015/05/18(月) 22:45:35 ID:sUgA2xno
>>95
V3さん、ありがとうございました
願望全開小説
全部吐き出して今スッカラカンです( ゚д゚)
またどこかからひっぱりだしてこないとw

97アマデ:2015/05/19(火) 09:33:30 ID:AZGOPHMQ
ヴゥラバァ〜〜〜イザベルなんだよ(*`Д´)ノ♪

どう袴喫茶と結びつくのか?ワクテカしてたら関西移住までからんで・・・
素晴らしいの一言(*`Д´)ノ♪

この話、どこかの誰かが映像化してくれないかしら??

98イザベル:2015/05/19(火) 10:58:24 ID:/b38k35E
アマデさん、ありがとうございます
楽しんでいただけたようでなによりです(^.^)
梟庵の和菓子職人はもちろん○○○様ですw
○○○様、ご本人は掲示板にはいっさい登場なさらないのに
存在感たっぷりでおわしますw

99イザベル:2015/06/02(火) 22:48:32 ID:Le7nnNhc
《アヒル道場からの招待状》
たまには請求書と投げ込みチラシ以外のものが見てみたいわ。
そうひとりごちるJBの指は郵便受けの中に少し厚みのある封筒を探り当てた。
ひょっとして。
キタ〜ッ
見覚えのある毛筆による達筆。ひっくり返せばアヒル印の封蝋。
キタキタキタ〜ッ
半年ぶりですよ、先生!
ちぎり絵の紫陽花に彩られたメッセージカードにはこうあった。
〜初夏のお誘い〜
JBさん、アマデさん、お元気でお過ごしですか
初夏のお菓子を試作しました
味見がてら遊びにいらっしゃいましな  
アヒルより
(追伸)合言葉は覚えてらっしゃるわね

アマデちゃんに電話だ!
急いで電話をかけるJB。
10回コールしてもアマデは出ない。留守?
「お待たせしました〜。アマデDEナイトのリハーサル準備中だったの。JBさんおひさしぶり」
「アヒル様からの招待状来た?」
「来た来た!」
=============================

梟庵の前に立つふたり。定休日のため表札は出ていない。呼び鈴もない。
ケータイを取り出すJB。くすくす笑いだすアマデ。
「しかたないやん。アヒル様の鉄の掟には誰も逆らえん。何事も決まりごとは大事にせな
あかんの」
梟庵の番号にかけるJB。
「梟庵は本日定休日です。またのお越しをお待ち申し上げます」
あきらかに自動音声ではない声。
JB「こちら、風林火山ロードショー」
アヒル「泰然自若スクリーン、入ってよし」
=============================

あの佇まいからなぜこんな合言葉を思いつくのか。
まったく、アヒル様というお方は・・・。軽く首を振ってJBは引き戸を開けた。
「よくいらっしゃいました。JBさん、アマデさん、元気だった?」
出迎えた道場主は爽やかな藍色の紬に紫陽花柄の帯、福福しい顔に童女のような屈託のない笑顔を浮かべていた。
アヒル道場というのはJBが勝手につけた名前である。
アヒル様自身はほんの試食会、茶話会と認識しているにちがいない。そうにはちがいないのだが、JBもアマデもこのお方からいつも、なにかを学んで帰るのである。
=============================
「外は暑かったでしょう。まずは冷茶でほっと一息ついてちょうだいな」
アヒル様はそう言って切子ガラスの器に淹れた冷茶を二人の前に置いた。
「あぁおいしい。汗がすぅ〜っとひいていきます、先生」とJB。
あなたがたどうして私のこと先生と呼ぶのかしらね、まあ細かいことはいいのだけど、と言いながらアヒル様は釜に火を入れた。
「おもてなしの仕方を学ばせて頂いてます。この冷茶はふつうに淹れたお茶を冷やしただけではないようですね」とアマデ。
「アマデさん、さすがね。これは氷で淹れたお茶ですよ。茶葉をザルにおいてその上に氷をのせて時間をかけて淹れたものです」
甘みがぎゅっと凝縮された冷茶。客をもてなすのに手間を惜しまないその姿勢。

「さてと、こちらが初夏のお菓子、紫陽花です。お湯もいい具合だわ。点てているあいだにどうぞ召し上がれ」
会津塗の菓子皿に薄青・薄紫・白のきんとん。餡はしろ。黒文字できって頂く。
「・・・・ほっとする。おいし」「ほんと」
しゃらしゃらと茶筅の音。萩焼の器でお薄をいただく。
「日本人でよかったねえ」「ほんとだねえ」
なんともおいしそうに食べてくれるわね、とアヒル様は微笑んだ。
「先生、きょうのお着物も帯も素敵ですね」
「あら、ありがとう。これをはじめて着たのはね・・・」
はじまった。ここからが“道場”なのだ。

100イザベル@:2015/06/02(火) 22:50:52 ID:Le7nnNhc
「何年前だったかしら。ちょうど今頃の季節よ。京都と奈良へ主人と旅行したときに着たのよ。マイカー旅行だったから着物も帯も何枚か持参したの。うふふ。着物で古都めぐり、がしたくてね。宿の手配も食事の店も着物で行動することを考えて主人がぜんぶ企画してくれたの。着物姿で京都そぞろ歩き、楽しいわよ。奈良公園の鹿にも会いたくてね。二月堂のあたりの鹿はおとなしめなのが多いらしい、と主人が調べてくれて。子供みたいにはしゃいじゃった。夫が私の両肩を急にさっと掴むもんだから、あらどうしたの?って訊いたら何でもないって言うんだけど、どうも鹿の頭突きを私の代わりに受け止めてくれたみたい。あとで腰さすってたわ。ひょっとして着物を守っただけかしら?あら、二人ともそんな顔しないで。もちろんわかってるわよ。主人のエスコートにいつもぬかりはないの」
=============================
さあ、次はお煎茶にするわね、どのお茶碗にしようかしら、と先生は奥へ入っていった。
JB「すごいね」
アマデ「ほんとだね」
JB「妻の我侭に付き合うのは夫の歓び・・・」
アマデ「JBさんとこはどう?」
JB「まあ、私も無理は言わない性分だから、たいていは付き合ってくれるけど。
  そのあとがね」
アマデ「あとって?」
JB「きょうは○×△へ行ったから〜ができなかったな、とかあとで言うのよ」
アマデ「それはいやだな」
JB「でしょ?本人は客観的事実を言っただけで他意は無い、とか言うんだけどね」
アヒル様のご主人は最後までスキをみせないのだろうか、とJBは思った。

水まんじゅうと水羊羹、どちらにする?と訊かれ、「どちらも」と答えるJBとアマデ。
お煎茶は唐津焼の器が選ばれたようだ。
アヒル様のお話は続く。
「ふたりとも、私のわがままに夫が付き合ってると思っているかもしれないけど、お出かけの誘いはいつも夫から提案があるのよ。私は家に居るのが好きなほうなので私を引っ張り出すのにいろいろ工夫を凝らしてくれるの。だから私も楽しかった気持ち、感謝の気持ちを表現するのに手抜きはしませんよ。素直に言葉で伝えることにしています。これは大事な事よね」
=============================
感謝の言葉で封じ込め作戦でいくか、とJBは思った。
わかってはいても忘れがちな事を気づかせてくれたアヒル先生に感謝。
「先生、次にご招待くださったときに3人ほど連れてきてもかまいませんか」
「そうねえ。どんな方たちかしら」
「同好の士です(腐の人、情熱のコラムニスト、縦笛名人)」と声をそろえるJBとアマデ。
「まあ、おふたりのお友達なら・・・。JBさんが例の合言葉をその人達の前で言うのが恥ずかしくないなら構わないわよ」
梟庵、いやアヒル道場を後にするJBとアマデ。
「JBさん、JBさん側の合言葉はわかるけど、アヒル先生はなんて言ってるのか教えてよ」
「それは絶対にナイショ」

おわり

101名無しさん@ベンツ君:2015/06/19(金) 22:21:28 ID:mQjrOXGc
てすと

102イザベル:2015/07/04(土) 15:09:01 ID:bboSsq/Q
《 涸沢夜話 》 そしてR bar 後日

特急「しなの」。関西に住む者にとっては信州への玄関口にあたる列車だ。
「しなの」に乗るといつもわくわくする気持ちが抑えられない。今回の山行の相棒がもうすぐ乗り込んでくるはずなのだが。ジュンコは窓ガラスのむこうに小走りに駆けてくる姿を見つけた。
「ジュンちゃん、おひさしぶり!ザックどこに置いた?」
「入って右側の棚に」
「オッケー」
特急「しなの」にはザック専用スペースがあるので便利だ。
「アマデちゃん、元気だった?新しいテント買ったんだって?」
「びっくりするくらい軽いよ。風に飛ばされないかな」
「お天気よさそうだし。ペグきちんと打ったら大丈夫でしょ」
「夕べは遅かったから眠いわ」
「松本に11時だからその少し前にお弁当食べることにして、それまで寝てたらいいよ。
「そうさせてもらお」

「おっと10時45分、お弁当の時間!アマデちゃん、起きて」
「ふぁい、お弁当。そっちは焼鯖寿司ね」
「アマデちゃんの四季彩幕の内弁当、豪華ですな」
特急「しなの」は松本駅に定刻到着。二人は島々(しましま)線のホームへ移動した。
「アマデちゃんは北アルプスひさしぶりなんでしょ」
「そうなの、楽しみ!上高地は相変わらずかな」
「外国からの観光客がわんさか増えた印象がある。でも奥上高地は相変わらず。
涸沢はいつ訪れても美しい。ありがたいことに」

松本駅の島々線ホームから二人は列車に乗り込んだ。ジュンコはいつも島々線車内では、早く到着すればいいのにと気があせる。車窓に眺めるほどの景色が見当たらないせいかもしれない。やっとのことで新島々駅到着。ここからはバスである。

バスは上高地バスターミナルに着いた。
「うわ、すごい数の観光バス停まってる」
「そうでしょ。帰りのバスの整理券確保してくるから、アマデちゃんは入山届出しといてくれる?」
「了解」
気もそぞろになりながらも、しっかりとストレッチ準備運動は怠らない。

103イザベル:2015/07/04(土) 15:10:41 ID:bboSsq/Q
「よし、じゃあ出発。13時20分。これから横尾まで3時間ひたすら歩くよ」
河童橋の人混みを横目に先を急ぐ。とにかくサンダル履きの観光客の波からのがれたい一心である。小梨平を過ぎるあたりからその観光客の数はしだいに減り始める。

上高地バスターミナルを出発して45分で明神に到着。明神までは普通の観光客も足を伸ばすが、ここから先に用事が有るのはほとんどが登山者である。ほぼ林の中の道であるが、梓川沿いまでやってくると一気に展望が開け明神岳が見える。
「ケショウヤナギがきれいだね。明神岳も」
「この天気だと徳沢で前穂高もくっきり見えそう」

明神を出て50分で徳沢へ到着。キャンプ場があり、山小屋ではない立派な一軒宿もある。
「アマデちゃん、休憩する?」
「さっき明神で小休止したから私はノンストップで行けるよ」
「じゃあ、ちょっとキャンプ場から前穂高を拝んでいこうか」
梓川寄りに位置する登山道からはよく見えないのだが、キャンプ場の奥のほうへ入っていって振り向けば・・・立ち並ぶ樹木越しに雪を残した前穂高がそびえ立つ。ザックを背負ったまま、二人はしばし息を呑んでその姿を見つめた。徳沢を出発してしばらくは鬱蒼とした森の中を行く。ニリンソウはさすがに咲き終わっている。6月頃ならば大群落が楽しめるところなのだが。昼なお暗いこのあたりはクマが出やすいところなので、熊鈴を鳴らしながらもときどき立ち止まってぱんぱんと柏手を打ってみたりした。クルマユリ、ゴゼンタチバナがところどころに咲く森を抜けて、梓川沿いに道はつづく。前穂高を左手に見ながらひたすらに歩く。

徳沢を出て50分。横尾到着。槍ヶ岳方面と涸沢方面との分岐点である。山小屋と国設テント場がある。この山小屋はまるで立派なユースホステルのようで、二段ベッド8人部屋で入浴もできる。受付を済ませ、指定された部屋へ向かうと、じゃんけんで上段・下段を決めた。
「さあ、混み合わないうちにお風呂行こうよ。そのあとは例のお楽しみ、でいいよね」

夏とはいえ山の夕暮れ時は涼しいを通り越して少し寒い。湯冷めしないようにしっかりと着込んで、小屋の外のベンチに座ってお茶の時間を楽しむ。バーナーでお湯を沸かしている間に、各自持参のティーバッグを見せ合う。
「披露!宇治玉露、ジャスミン、アッサム、アール・グレイ、ローズヒップ」
「対抗!八女玉露、フルーツ・ロンドン、ベルガモット・ピーチ、アップル・ガーデン」
「アマデちゃんのお茶、おしゃれだねえ」
「実はまだ飲んだことないの。ベルガモットとアップル、試してみようか」
山で自炊できるほどの荷物を担ぐ余裕は無いが、お茶を楽しむくらいはできる。設備のよい山小屋があることに感謝だ。横尾テント泊もしてみたいけど熊が出たら怖いよね、などと言ってるうちに、山の陽が落ちるのは早く、明日の快晴を予想させる夕暮れの空に期待は高まる。目の前に見える山は明日の山行のほんの端っこが見えているだけ。涸沢はその奥のそのまた奥の・・・。

104イザベル:2015/07/04(土) 15:12:09 ID:bboSsq/Q
関西地区午前6時。片桐家。ワゴン車に乗り込む5人。
「お義父さんは助手席、タカコさんとフミと私はうしろよ」
「前泊までさせてもらって助かりました」
「いいのいいの、上高地に1時までに入らないといけないから、迎えに行ってたら時間のロスになるもの」
「山小屋には3時までに入るのがルール、だよね」
「フミちゃんよく知ってるのね」
「フミの言うとおり。でもきょうの宿泊地の横尾はまだアプローチだから4時でいいと思うの。というか関西から向かう場合はそれより早く着くのは難しいの。
さあ出発!かっとびだ〜!」
「おい、超安全運転でいくに決まってるだろ」
「そうそう。タカコさんも居るんだから安全運転、ゆっくり急げ、だな」

午前7時、小屋を出発したジュンコとアマデは横尾大橋を渡って、涸沢へ向かった。橋を渡ってしばらくは樹林帯が続く。ぬかるみの多い登山道は石がごろごろとしていて歩きにくい。平坦であることだけが救いだ。歩き始めでペースを乱すとすぐに辛くなるので、なるべく歩幅は一定に保つ。樹林帯を抜けると川沿いの登山道となり視界が急に開けて目の前に屏風岩と呼ばれる断崖絶壁が現れる。ロッククライマーの聖地である。川沿いにしばらく進むといきなり道は細くなり階段状に重なった岩をのぼって樹林帯の中へ入る。まだまだ平坦な道がつづく。屏風岩の巨大さに感嘆しながら進み、沢音が聞こえてくるようになると、まもなく本谷橋にたどりつく。
「本谷橋到着。小休止。お饅頭たべよ」
「ジュンちゃんのそれ、京都の有名な御菓子屋さんのだよね」
「そう。デパートでこのときとばかりに買ってきたの。糖分補給制限無し!の状況なんて滅多にないもん」
「登山ぐらいだよね。そんな状況」
これからが本格的な登山である。

午前11時半、片桐家一行は沢渡駐車場に車をあずけてバスへ乗り換えた。バスは約30分で上高地バスターミナルへ到着した。
「タカコさんは上高地に来るのは初めてじゃないのよね、たしか」
「はい。でもツアー旅行だったし、河童橋ぐらいしか覚えてません。しかも天気は雨でした」
「きょうは快晴。明日も期待できそうだわ。これから横尾まで3時間がんばりましょう。ときどきアップダウンがある程度でほぼ平坦だから大丈夫」
3時間!しかもまだ“登山”ではない。バカなことしたかしら、そんな考えがふと頭をよぎる。絶対に会える確信があるわけでもない、涸沢岳と診療所、この2つの言葉だけを頼りにここまで来てしまった。
「タカコさん、3時間にたじろいでるみたいだけど、辛いのは最初の20分。あとは身体が勝手に動くから大丈夫。ただし、ストレッチはしっかりとやりましょう」

本谷橋からの急登を、ジュンコとアマデはゆっくりとペースを維持しながら登り終えた。「何度来てもここは辛い。いきなりの急登だから」とジュンコは言った。その後もときどきガレ場をトラバースしながらひたすら登る。ほとんど眺望のきかない登山道である。終点に待ち受ける絶景を知っている身にはこんな辛さなどどうということはないと自分に言い聞かせながら、ひたすら進む。

いよいよ最後の登りである。ここで登山道は2つに分かれる。一方はテント場を横切って涸沢小屋へ、もう一方は涸沢ヒュッテへ。迷わず涸沢小屋へのルートを選ぶ。なぜならこちらのほうが断然、心がおどるから。ナナカマドに両側を覆われた登山道を残りの力を振り絞って進むと、突然に視界は開け、穂高連峰の山々が眼前に迫ってきた。二人は立ち尽くした。
「いつもこの瞬間、涙がにじんでくるの」とジュンコは言った。
「神々よ、お邪魔いたしますって感じだね」手を合わせながらアマデが言った。

105イザベル:2015/07/04(土) 15:13:21 ID:bboSsq/Q
テント受付小屋で手続きをする。積み重なったレンタル用のテントやマットや寝袋の山を背景に、飄々とした雰囲気で座っている若い男性の指示に従って受付票に記入し幕営料を支払い、番号札を受け取る。幕営中はテントの見えやすいところにぶら下げておくように、と言われた。空腹を我慢しながら、二人は急いでテント設営にとりかかった。

昼食をとりに涸沢小屋の売店へと向かう。涸沢カールには涸沢小屋と涸沢ヒュッテの二つの小屋がある。ヒュッテは涸沢カールの下部に位置し、登山指導所やテント場に近い。一方、小屋は北穂高への登山ルート脇の高台になっている場所に位置し、テント場からは少し登っていかなければならない。それぞれに魅力があり、涸沢2泊の間に両方とも味わうつもりのジュンコとアマデであった。
「やっぱりカレーかな、それともおでん?」
「カレーは明日の穂高岳山荘で食べようよ」
「そうだね。じゃあラーメンとおでんにしよう。注文はアマデちゃんにお願いして、わたしは受付で夕食の予約してくるよ」
綾瀬はるか似のかわいいお嬢さんに、アマデはおでんとラーメンを二人分注文した。
夕食の受付をしてくれた小屋番の女性はリーフ柄の洒落たバンダナを首に巻いていた。
「そのバンダナ素敵ですね」
「ありがとうございます。小屋オリジナルで、私のデザインなんです」
「あら、欲しいなあ」
「赤・緑・黄の3色あります。紅葉のイメージで作ってみました」
「赤と黄をいただきます」
アマデちゃん、赤黄どっちがいい?黄色?じゃああげるよ黄色。あら、おはぎ売ってたの?
売店の人が可愛いお嬢さんで「私の手作りです」なんて言うからつい注文しちゃった。バンダナのお返しにおはぎどうぞ。ねぇ前穂Ⅰ峰からⅧ峰まで数えていつも一個足りないんだけどどこで間違えてるのかなあ。どれどれ1,2,3・・・・9?あれ?いいや、全部まとめて前穂高だもん。雲の形がどんどん変わっていく。稜線上は風が強いんだね、きっと。いろんな色のテントが並んでまるで涸沢カールに花が咲いているみたい。

テントの中で昼寝をする。もぞもぞと這い出ると穂高連邦が見下ろしている。ちょっと歩き回って写真を撮る。涸沢ヒュッテのテラスの売店で白ワインを注文する。持参の干し葡萄とクルミとチーズで乾杯する。お湯を沸かして宇治玉露と八女玉露を飲む。登山靴を脱いで帽子を顔の上にのせてトカゲになる(山で昼寝することをトカゲになる、と言う)。夜。満天の星。こぼれおちてくるのでないかと思うほどの。それぞれのテントの中に吊るされたランプの明かりが夜の闇にぼんやりと浮かぶ。涸沢小屋のテラスからはまるで蛍のように見えることだろう。

 翌日早朝、昇る朝日が徐々に穂高連峰の山肌を赤く染めていくモルゲンロートをながめながら、二人はパンとお茶の朝食を摂った。きょうはザイテングラートを経由し穂高稜線上に出て、さらに涸沢岳へ足を伸ばす予定である。ザイテングラートとは穂高連峰の主稜線を背骨にたとえたならそこから伸びた一本の肋骨のような尾根道である。ザイテングラートへたどりつくまでには高山植物のお花畑があり、ミヤマキンポウゲ、ヨツバシオガマ、ハクサンイチゲ、イワギキョウなどが二人の目を楽しませた。

 クサリ場やハシゴもあり、緊張のザイテングラートを登りきって、二人は稜線上に到達した。
「おつかれさまでした」
「ちょっと怖かったね。あのサメの歯みたいな岩の上で転んじゃったらどうしようかと思った。下りも緊張するなあ」
稜線上に建つ穂高岳山荘のカレーを堪能し、二人は涸沢岳へと向かう。

106イザベル:2015/07/04(土) 15:14:30 ID:bboSsq/Q
 涸沢岳の頂上はオーバーハング状に斜め上に突き出た岩、といえるだろう。ジュンコはいつもここでは立ち上がることすら怖くてなかなかできない。しがみついた岩肌の裏側はえぐられたようになっていると考えただけでぞっとする。しかしここから眼前に広がる絶景はどうだ。北穂高、大キレット、槍ヶ岳、遠くに剣岳、左手には笠ヶ岳・・・。
同じようにしがみついたアマデもおそるおそる谷底を見下ろしながら
「カールから見上げたピラミッドのような涸沢槍の穂先が真下にあるね」
とおおはしゃぎである。

「わっ」
「どうしたの、アマデちゃん」
「いま双眼鏡でのぞいてたら、ありえないところからひょいと人の頭が飛び出してきたもんだから」
「地図のここ、かな。クサリ場で危険なところみたいよ。北穂高から涸沢岳へのルートもよく事故が起きるものね」

 そのひょいと急に現れた男性登山者が二人のいる涸沢岳頂上へとやって来た。

「こんにちは」と二人は挨拶した。
こんにちは、と返しながらその男性は、二人が怖くてしゃがみこんでいる横で、腰に手を当てながらこともなげに立ったまま絶景をながめている。
「涸沢カールから北穂まわりですか」とジュンコは男性を見上げたまま、たずねた。
するとその男性はくすっと笑いながら言った。
「いえ、徳本(とくごう)峠からですよ」
「島々から歩いて入山ですか。すごいですね。ということは槍ヶ岳、大キレットからいまここへ到着ということですか」
「ええまあ、梓川沿いではなく稜線沿いに、ですがね」
「え?」
「えええ?」

夏の涸沢には長野県警山岳救助隊管理の登山指導所と指導所内に診療所が設けられ、警備隊員と医師が常駐する。
「本日は開店休業だな。いや実にめでたい。安全登山がなされている証拠だ」
「篠田隊長、またドクダミ茶ですか」
「熊谷隊員、きみは上司の目のまえで鼻をつまむのかね」
「葛根湯をじかに舐めて、おいしい!と喜ぶ人の味覚は絶対おかしいです」
「それは私も同意しますね」
「風見先生も葛根湯は好きなんじゃないの?」
「そりゃ風邪をひいているときは好きですよ。でもそうじゃないときは京都イノダの珈琲とフォションの紅茶がいいわ。今回も持参しました。荷物になってもまったく苦になりません」
「風見先生、僕はいまだご馳走になってませんが」
「貴重なものだからそう簡単に消費するわけにいかないもの。それにしても本当にきょうは静かな日だわ」

107イザベル:2015/07/04(土) 15:16:05 ID:bboSsq/Q
横尾を出発して約4時間後、目の前に広がる大パノラマにタカコは言葉を失っていた。
「左から前穂高1・2・3ええと8峰まで、奥穂高、馬の背みたいになったところにごく小さく見える赤い屋根が穂高岳山荘、涸沢岳、ちょっと下がって涸沢槍、これを槍ヶ岳か?と言う人がいるけど、ちがうわよ。涸沢槍はまるでピラミッドね。そして北穂。北穂高の頂きはここからは拝めないわ。あの涸沢小屋のすぐ横に見える登山道が北穂へつづいてる。北穂高の向こうには大キレットがつながっていてその先に槍ヶ岳があるの。涸沢岳に登れば槍ヶ岳は見えるわ」
「この風景を神々のオーケストラと呼ばずして何と言おう、だね」
「お義父さん、チャイコフスキーが流れてきたわね。どう、タカコさん、バッハは流れた?」
「今流れてます、一番好きな部分が。美しすぎて・・・言葉が出ません」
神々の遊ぶ庭、そんな表現がふさわしいと思った。登山に何の興味もなかった自分が今この場所にいる不思議を思った。あの人のおかげだ、とも思った。
「さて、わたしたちの宿泊は涸沢小屋のほうだからね。このテント場をつっきってもうひとふんばり。フミ、そっちじゃなくてこっち。登山指導所見学は休憩してからね。男性陣、ビールが待ってるわよ」

涸沢小屋のテラスでは前穂高が視界を圧倒する主役である。
「みんな、おつかれさまでした。受付は私にまかせて、男性陣はもう宴会始めてくれていいわよ。タカコさんも好きなもの食べててね。フミ、一緒に来る?」
「ビールと枝豆、おでん、至福のとき!」
「オヤジ、俺の分も頼んだよ」

「こんにちは。本日お世話になる片桐です」
受付の女性は笑顔で、お疲れ様でした、宿帳にご記入を、と言った。
「あら、そのバンダナ素敵ですね」

テラスでは男性陣はビール、タカコは紅茶で乾杯だ。
「おい、売店の女の子が綾瀬はるか似のお嬢さんだったぞ」
「2杯目はオレが買ってくる!」

涸沢小屋支配人の機嫌は上々だった。コーヒーを持ってきた売店の従業員が言った。
「あれ、支配人ご機嫌ですね」
「リーフ柄バンダナが大人気なのよ」

タカコは登山指導所へ行きたくてそわそわしているフミの様子に気がついていた。私だって早く行きたいのよ。フミちゃんの気持ちはわかる。
「お母さん、救助隊のケンガク行っていいでしょ」
「ひとりでは行かせられないわ。一緒に行くからもう少し休憩させてちょうだい」
「先生、よかったら私が付き添いで行ってきますよ」
「タカコさんも疲れてるでしょ」
「わたしもどんなところか興味ありますし」
「じゃあ、お願いしようかな。ほんとに助かるわ。フミ、お仕事の邪魔は絶対にしてはダメよ。見学させてもらえますかって訊くのよ。タカコさん、お願いします」

「それにしてもさっきの男の人、すごい体力だね」
「徳本峠・蝶ヶ岳・常念・大天井・槍・大キレット・北穂・涸沢岳を順番に、でしょ。そういう事をする人の話は聞いたことはあるけど。徳本峠までだって島々宿から8時間かかるよ」
涸沢岳での眺望を存分に味わった後、二人はサメの歯状に突き出た岩の上で転倒したりしないように注意を払いつつザイテングラートを慎重に降っていった。そして涸沢カール内へと無事下山し、あとはいつものお茶をすることばかり考えながらなだらかな登山道をのんびりと歩いていたとき、前方に座ったまま足をさすっている女性の姿を見つけたのだった。60代と思われるその女性はザイテングラートで足を痛めたとのことで、なんとかここまで下山してきたものの、とうとう座り込んでしまったらしい。登山指導所まではまだ少し距離がある。ジュンコが肩を貸し、アマデが3人分の荷を持って夏山診療所まで女性を介助しながら連れて行くことにした。

108イザベル:2015/07/04(土) 15:17:20 ID:NTraa94E
風見医師にフォションの紅茶とドクダミ茶との交換を篠田隊長が交渉し始めていたちょうどそのとき、ジュンコ達3人は登山指導所の前にたどり着いた。
「登山指導所に入るの初めて。緊張するなあ」
そう言いながらアマデは引き戸の扉を開けた。
「すみません。足を怪我した人を連れてきました。診ていただけますか」
「あら、たいへん」
紅茶のカップを口に運ぼうとしていた風見医師が言った。
「奥に診察室がありますから、こちらへどうぞ」

 ジュンコとアマデがカーテンで仕切られた診察室から戻ると、篠田隊長が二人に椅子を勧めてくれた。
「どこで怪我を?」
「ザイテンで足を痛めたとしか知りません。私たちはパーティではないので。通りすがりの者です」
「おや、そうだったのですか。それはご苦労さまでした」
風見医師がカーテンの奥から出てきた。
「捻挫のようですが、そんなにひどくはなさそうです。きょう、お友達が入山してくるということなのでそれまで安静にしておくしかないですね。ヒュッテのほうに宿泊してるとのことです」
ジュンコは言った。
「じゃあ、ヒュッテまで私たちが送りましょうか?」
「それは助かります。御礼になにか飲み物をご馳走しますから、よかったら送ったあとここに戻ってきてください」
 申し訳なさそうに何度も御礼を言うその女性をヒュッテまで連れて行き、二人は指導所へと戻った。風見医師は二人に紅茶とコーヒーどちらにするか訊ね、菓子も出してきてくれた。

二人が登山指導所でお茶をご馳走になっているちょうどそのとき、タカコとフミは指導所の前に立っていた。
「タカコおねえちゃん、早く入ろうよ」
「ちょっと待って、緊張してるから深呼吸。ええとなんて言おうか」
「こんにちはケンガクしてもいいですか、でいいんでしょ?もう行く」
フミはがらっと勢いよく引き戸を開けた。中には5人。そのうち白衣の女性がひとり。あの人は・・・いなかった。
「こ、こんにちは、ケンガクしてもいいですか」
突然の小さな来訪者に5人は驚いた様子だったが、一番近くに居た背の高い若い男性がにこやかにフミのほうへやってきて優しく声をかけた。
「なにか困ったことがありましたか」
タカコはあわてて、がっかりした表情を自分は今浮かべてはいないだろうかと気にしつつ答えた。
「すみません。この子が山岳警備隊の大ファンでして、もしお邪魔でなければ見学させていただけませんか。無理ならすぐに退散いたします」
「別にかまいませんよね、篠田隊長」とその若い隊員は年かさの男性に尋ねた。
「いいよ。未来の隊員にいろいろ教えてあげて」
篠田隊長と呼ばれた男性は続けた。
「かわいいお嬢さんですね」
タカコは、いいえ、友人の子です、とまたあわてて答えた。

109イザベル:2015/07/04(土) 15:18:20 ID:bboSsq/Q
熊谷隊員にザイルの結び方を教えてもらっているフミをほほえましく眺めながら、アマデはその付き添いの女性の様子が気になっていた。ジュンコはといえば、先生、このビスケット美味しい!関西では見かけたことないです、などとお菓子に夢中である。その女性はしきりに、奥にあるカーテンで仕切られた診察室を気にしているようなのだ。タカコのそわそわぶりに、とうとう風見医師も気がついた。
「ご気分でも悪いのですか?奥で診察しますか?」
「いいえちがいます。すみません、涸沢は今回初めてでして、診療所があることに驚いてしまって。あの、先生おひとりで診察しておられるのですか」
思い切って質問してみたって感じだ・・・とアマデは思った。
「夏季のみ常駐ですが、通常は二人体制ですね。いまは一人ですが」
「そういえば、彼の空中散歩計画はどうなったのかな?えぇと、あれ?名前なんだっけ?」と篠田隊長が言った。
「隊長、そこで思い出したら脳のシナプスがひとつつながるんですよ、がんばって」とフミのとなりでザイルを結びながら熊谷隊員が言った。
「熊谷くん、随分エラそうに言うじゃないか」
「熊谷さんの言うとおりですよ、隊長」
「先生まで・・・ええと、しかし物好きなことするよなあ、徳本峠からずっとまわってくるなんてさ」
あれ、いま彼女は生唾飲み込んだ?とますますアマデはいぶかしく思った。
それまでむしゃむしゃ菓子をほおばっていたジュンコが、そのとき、あっと声をあげた。
「午前中に涸沢岳で会った人かも」
「あら、そうでしたか。藤堂っていう人なんだけど」と風見医師。
「そう!藤堂君だ。やった、シナプスつながった」
「いや隊長、つながり損ねたんですよ」
「名前は聞いてないです。立ち話しただけで」とアマデ。そう言いながらもタカコの表情を観察する。なんだかすごく嬉しそうだ。頬に朱が差したような・・・。
「正確に言うと、私たちは岩にはりついたままで、怖くてとても立ち上がれなかったよね、へへ」
「ジュンちゃん、細かいことはいいの。大キレットの手前で停滞させられたから上高地まで進めなくなったとか。稜線で一泊して明日涸沢へ下山するようなこと言ってましたよ」
「きっと彼だよ。そのうち小屋から連絡入るんじゃない?」と篠田隊長。
「さて、定時の目視行ってこなくちゃ、ごめんね、お仕事だから」
熊谷は双眼鏡を手に立ち上がった。フミは名残惜しそうにしながらもタカコにうながされてきちんと御礼を言った。

「やっぱりカッコイイなあ。クマガイさんも背が高くてかっこよかったし」指導所を出てから、うれしそうにフミが言う。
「親切な隊員さん達だったね」となかば上の空で答えながら、タカコはある決心をしていた。片桐家の人々とは明日別れて、この涸沢でもう一泊しよう。

110イザベル:2015/07/04(土) 15:19:29 ID:bboSsq/Q
「ごちそうさまでした、先生、隊長」
「いやいや、こちらこそご協力ありがとうございました。明日は気をつけて下山してくださいね」
ジュンとアマデが指導所を出ると、ちょうど熊谷隊員がもうひとりの男性と戻ってくるところだった。すれちがいざまに挨拶をかわしたとき、アマデが言った。
「あ、やっぱりあの人よ、あの人が藤堂先生だったんだ。結局すぐに下山したのね」

翌朝10時ごろ、テントを撤収し、ヒュッテのテラスでぎりぎりまでお茶をするジュンとアマデの姿があった。名残惜しいが、あまり長居するとあとの行程が厳しくなる。もうそろそろあきらめねばと思っていたそのとき、紅茶のカップを抱えながらアマデは何気なく登山指導所の入り口近くで立ち話をしている男女に目を向けた。

あれは・・・藤堂先生と昨日の女の人?

片桐家の人々に自分だけ涸沢にもう一泊することをなんとか納得させたタカコが、下山する一行を見送り、テント場を登り返してきたちょうどそのとき、登山指導所の入り口からひとりの男性が姿を現し、あくびをしながら大きく伸びをして体をほぐしはじめた。
その男性の顔を目にして、タカコはその場に立ちつくしてしまった。どうする?このまま背を向けるか、それとも?彼女は決然と一歩前へと踏み出した。

「あの・・・」
「はい?」
突然話しかけられて、藤堂はあわててあくびをかみ殺した。
「驚かせてごめんなさい。私のこと覚えてらっしゃらないとは思いますが」
「・・・」
困惑した表情の藤堂を見て、いまにもくじけそうな気持ちを奮い立たせてタカコは続けた。
「失礼を承知でお話ししています。Rバーで客としてお会いした者です。ご記憶にないのは当然だと思います」
藤堂があっと思い出したような表情を浮かべたようにも見えたが、もう一気にしゃべってしまわなくては、とタカコは思った。
「北アルプス空中散歩のお話の中で聞いた涸沢岳と診療所のことをたよりに友人一家の登山にくっついてきました。歩きすぎて疲れて変になってしまいそうでした。会える確信もないのに馬鹿な自分にあきれて途中後悔もしました。でもこんなにも美しい世界があったなんて。たとえ会えなかったとしてもいいや、と思いました。でも貴方は本当にいた」
「どうしてももう一度お会いしてお話がしたかったんです。お店が閉店するなんて考えてもみなかった」
あの、と言いかける藤堂をさえぎるようにタカコは続けた。
「ご迷惑ならそうおっしゃってください。自分でも馬鹿なことしていると思ってます。でも、今日だけでもお時間つくっていただけませんか。お仕事の邪魔はしません。休憩時間にもういちどお会いできませんか」
「あの・・・」
「はい」
「お名前を、まだ聞いていません」
「ご、ごめんなさい。タカコです。小笠原貴子といいます」

頭をかきつつ藤堂が指導所へ戻ると、そこには風見医師が笑顔で腕組みしながら待ち受けていた。
「嬉しさが全然隠せてないな、藤堂先生。顔なでても何もはりついていませんって。あの女性、きのう診療所に来たわよ。小学生くらいの可愛い女の子と一緒に」
「えっ?」
「だいじょうぶ。友人の子供だって言ってたから安心して。休憩時間、わたしの分も使っていいから」
「ほんとにいいの?」
「ただし。いままでの経緯をくわしく。ほら、イノダの珈琲も特別に用意するから」

111イザベル:2015/07/04(土) 15:21:00 ID:bboSsq/Q
アマデとジュンコはようやくザックを背負った。仕方が無い。ここに住めるわけもない。テント場の中を数メートル降るたびに振り返り穂高連峰を仰ぎ見た。穂高の山並みが、ふっとそれ以降視界から消え去ってしまう地点があるのだ。そこから先はどうあがいても穂高とはお別れなのだ。だからその地点までは何度も振り返るのだ。もうあと一回。二人同時に振り返った。もう見えなかった。

無言で足元を確かめながら下山する。神々の遊ぶ庭を見た喜びとそこを去らねばならない寂しさと、そのふたつを感じながら。アマデがふいに言う。「ジュンちゃん、わたしたち涸沢でとあるロマンスの目撃者になったのかもよ」
「いったい何の話?」
「ふふ、横尾まで2時間半、上高地まで3時間。時間はたっぷり。妄想タイムのはじまりだ」
「それって乗鞍の温泉と蕎麦より魅力的な妄想話?」
「もちろんよ」
「じゃあ聞かせてもらおうか」
                                    

 涸沢山行の一週間後、梟庵にはそろって極上の煎茶をすする片桐家4人の姿があった。
「庵主さん、彼女に山の話をしたのはこのお店に初めて来たときなんですよ。おぼえておられませんか?あの時の彼女の反応には驚いたけど、そういう事だったのよねえ」
そうでしたかなあ、と庵主は微笑みながら首を傾げた。
「で、タカコさんはその男性医師とお付き合いすることになったというわけか」
「ロマンチックでしょ、お義父さん」
「恋のためなら何時間でも歩ける、か。恋は登山、登山は人生、つまり、恋は人生ってか」
「あなたときどきすごく冴えた事いうのね」
となりでフミが蕨餅をほおばりながら、わたしはクマガイさんがいいな、と言った。

おわり

このお話はすべて書き手の妄想にもとづいております。
夏の涸沢は未経験なので、夏山診療所も登山指導所も現場を見たことがありません。
まったくの想像・妄想で書いております。
夏山診療所、長野・岐阜両県警、民間救助隊関連の皆様、いつも登山者の安全を守ってくださり感謝申し上げます。
涸沢ヒュッテ、涸沢小屋、穂高岳山荘、横尾山荘の皆様には実際に何度もお世話になりました。
この場を借りて御礼申し上げますm(_ _)m

112ポール:2015/07/04(土) 19:48:00 ID:K.fH9OPw
イザベル( ゚д゚)
最近、図書館の滞在時間が短いから体調が良くないのではないかと心配していたのに...
こんな力作を書いていたんだね、安心したよw
それにしても細かい描写だ(。 ゚д゚)ノ
ワシも死人でなければ山登りしてみたいな、と思う程だよ。
三郎の出番が少ないのが残念だったけど、そこは
次回作に期待しちゃおうかな(。 ゚д゚)ノ♫

113イザベル:2015/07/04(土) 20:20:16 ID:bboSsq/Q
>>112
ポール、読んでくれてありがとう(^.^)
心配させていたようでごめんなさい
ところでご自分の出番が少ないとおっしゃるけど
篠田隊長
片桐家の爺
梟庵の庵主

これ全部アナタなのよ(´・ω・`)?
あ、でもセリフ量は3人足しても少ないわね、たしかにw
とにかく読んでくださってありがとうm(_ _)m

114アマデ:2015/07/04(土) 20:41:16 ID:aE2JI2qc
イザベル様すごーいですね(^◇^)

点が線になり、赤い糸になり…
これぞ人生!
登ったことないのにすっかり登った気になりました(*⌒∇⌒*)テヘ♪
お察しの通り、そういうのは意外と鋭いですよ、私ww

登山の楽しみの中にも食に対するこだわりを持つ女性陣
これもなかなかくすぐられました(*^-^)
タカコさんのフルネームもいいですね♪

これって、涸沢小屋支配人とかわいいお嬢さん目線の物語もいけそうじゃないですか?
梟庵の話もいいな〜チラッチラッ

とにかく楽しませていただきましたo(*^▽^*)o~♪
お疲れ様でした<m(__)m>

115イザベル:2015/07/04(土) 20:53:27 ID:bboSsq/Q
アマデさん、読んでくださってありがとうございましたm(_ _)m
バーチャル登山楽しんでいただけたようで嬉しいです
小屋支配人とお嬢さんの目の前で繰り広げられる藤堂とタカコの休憩デイト
という設定は良いなあとは思っております
ヒュッテでデイトすると風見医師にニヤニヤされそうですからね
さてどうなりますやら(^.^)

116モニカV3:2015/07/04(土) 21:06:49 ID:fPzwKnS2
ふふふ、私は気がついてましたよ♪
イザベルさんが不在がちなのは、執筆に没頭されているからなのだと(*`Д´)ノ♪

実は私、登山小説は全く読んだ事がないので、登山文化に触れる事が出来るこの作品が、とても新鮮で面白かったです
急登、ガレ場、トラバースなど、初めて見る登山用語でした
「何故、人は山に登るのだろう?」と疑問を持っていましたが、こんな豊かな時間を過ごす為なら、苦労を厭わない気持ちが少しだけ理解出来たような気がします

おまけに、腹の据わってそうな女医役を振っていただきまして、ニヤつく頬が抑えられませんでしたw
天海祐希で脳内再生しちゃいましたよ、ええ(*`Д´)ノw
図書館スレ住人総出と言っていい配役も愉快で、嬉しかったです♪

そして、理科BARからの伏線を見事ハッピーエンドに纏めた爽やかなラストが最高!
藤堂さん、エースを決められちゃいましたね(^◇^)♪

次回作も、楽しみにしてます(*`Д´)ノ♪

117アマデ:2015/07/04(土) 21:19:44 ID:aE2JI2qc
(風見先生、私は吉瀬美智子で脳内再生でしたw)

118イザベル:2015/07/04(土) 21:55:10 ID:bboSsq/Q
V3さん、読んでくださってありがとうございました(^.^)
風見医師役も気に入っていただけてよかったです
藤堂さん、ほとんどなんもしゃべらんうちに決められてしまいました(・◇・。)
理科バーの後日談ではあるのですが
このお話はどちらかというと私の「涸沢讃歌」です(^.^)
カステラ讃歌とかわりませんなw
語感も似てることに今気づきましたw
あ、「からさわ」と読みます
天海祐希も吉瀬美智子もたしかにぴったりですね

119常時苦労人@熊谷&林の熊:2015/07/05(日) 05:53:23 ID:cEGvJUAo
力作、お疲れさまでしたm(_ _)m
自分にはこれまで全く接点の無い山が舞台でしたが、モデルが判ると面白く読みました

登山と言えば棒ラーメン位しか知りませんでしたので…ww

タカコさんが鈴木でなくて良かった!w


(=・(エ)・)ノ.。oO(林から出てくる熊も自分かもとワクテカしてた…www)

120イザベル:2015/07/05(日) 10:00:28 ID:0F0uXtHM
>>119
クマーさん、読んでくださってありがとうございました
童女のココロをわしづかみにした熊谷隊員です
隊長とのやり取りも誰かさんとの普段のやり取りと同じでしょ(^.^)
実際に明神から徳沢の間でクマに遭遇したことあるんですよ(´;ω;`)
あれ、心臓が飛び出そうになりますねorz

121イザベル:2015/07/05(日) 10:36:29 ID:0F0uXtHM
すずきたかこ、とは
北海道の民主党議員のことですね(^.^)

122常時苦労人@森の熊:2015/07/05(日) 11:10:49 ID:cEGvJUAo
>>121

宗夫さんの愛娘!です…ww
(;´(エ)`)

123音色:2015/07/05(日) 11:23:12 ID:cYgzsDwo
JBさん お疲れ様です。すごいです!!

読み終わってもドキドキが止まりません。タカコさんと藤堂さんの再会の
場面、思いっきり感情移入しました。
実はJBさんの作品、私を初登場させてくれたアヒル道場からの招待状しか
読んでおりませんでした。今回初めて、登山のお話とR bar、ちびミリオタちゃんの
作品も読んで、すべてがつながっていた事を知りました、それもあっての
ドキドキです。
これから二人がどうなっていくのかとても楽しみです(∩´∀`)∩

今回は売店のお嬢さんとして登場させてくれたのですね。
ありがとうございます。
おはぎを手作りしているんですねw(実際の私はできませんが)

とても面白かったです。ありがとうございました♪テヘッ(・´∇`・)ノ〝ε=ε=φ

ところで、時々話しに出て来るおもちゃ開発に人とはスレ住人の方
でしょうか?もしかして私が1度もお話しした事のない方ですか?

124名無しさん@ベンツ君:2015/07/05(日) 12:05:34 ID:cYgzsDwo
テスト

125イザベル:2015/07/05(日) 14:45:59 ID:0F0uXtHM
>>123
ドキドキさせてしまいましたか?
音色さんらしい素直な表現でとてもうれしゅうございます(^.^)
全作品読んでくださったのですか
ありがとうございますm(_ _)m

小屋の売店では
おはぎ、五平餅 チーズケーキの三種は目撃したことありますよ
売店担当者の技術と保管している材料の種類・残量で決まるんじゃないかと
思っています
なにしろすべてヘリによる空輸ですから、いつもあるとは限りません
値段も高いです
ビールは都会の倍くらいの値段です

アールバーのおもちゃ開発者は地の文のみの登場です
ひとりくらいマジメな人をと思い、まぎれこませました(^.^)

126イザベル:2015/07/05(日) 16:06:46 ID:0F0uXtHM
>>125
自己レス訂正m(_ _)m

おもちゃ会社の人は登場人物の会話の中に登場するだけです

127V3:2015/07/05(日) 17:08:22 ID:PVFEqHwY
(アライグマ犬Jr.さんかと思ってました(;^_^A アライグマさんて、理科BARメンバーに居てもおかしくない知的なイメージなのでw←食道楽って辺りも、理科BARメンバーにピッタリかと♪)

128イザベル:2015/07/05(日) 17:38:40 ID:0F0uXtHM
>>127
(実はバリトンバッハ君を”図書館の君”にしようかと・・・
以前アライグマさんのイメージはこれ!
とリーフさんと描写したときのを使って(^.^) )

129V3:2015/07/05(日) 19:08:07 ID:PVFEqHwY
(既にアテはあったのですねww 余計なこと言いましたm(_ _)m)

130音色:2015/07/05(日) 19:24:11 ID:cYgzsDwo
イザベルさん

作品は海保のお話も含めて、多分すべて読みました♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф
人物相関図や人物の特徴などメモしながら、そしてわからないワードを
ググりながら読みました
海保のお話は、フミちゃんのパパの友人の有川ヒロ君のお話しかな?
と思いながら読みました ちがったりして(~_~;)

ヘリによる空輸とはすごいですね!!
山での食を楽しむには、地上よりも多めのお小遣いが必要と言う事がわかりました(^_-)-☆

おもちゃ開発の人はモデルとなる方はいなかったんですね。
時々ちらっとしか出ないのに、印象に残りました。

ご解答ありがとうございます(∩´∀`)∩

131イザベル:2015/07/05(日) 19:51:37 ID:0F0uXtHM
>>130
ヒロ君の職業がですね、どうしたもんですかね?
ものすごくテキトーに発進したんですね、あのお話は(^.^)
ヒロ君は海保のひとで海自マニア?
そんな人もいるかもしれませんが
わたしの手にはあまりますね(^.^)

132イザベル:2015/07/05(日) 20:19:17 ID:0F0uXtHM
ちなみにフミちゃんの2大フェイバリッツ海自と山岳警備隊
そのまんま私の好みですね(^.^)

海自は人がどうとかいうのではなく艦のフォルムが好きです
艦隊組んでる写真なんか大好きです
登山姿がばっちり決まってる男性をみるとホレボレしてしまいます
きっと街でみるよりかな〜り輝いて見えますね
かっこよく見えるポイントは登山ウエアの選択よりも
ザックの収まり具合にあると私はにらんでおります
すっきりと偏りなく荷を詰めるというのが難しくかつ重要です
登山中のストレス量を左右しますからね
ザックの両脇などにやたらとモノをぶら下げてない、水筒すら出してない
というのはカッコイイなあと思います
水筒を出してないということは
自分の水分補給のタイミングを確実に把握している、とか
補給をあまりせずとも一気に登れるスタミナがあることを示している
と勝手に解釈しています
ウルサイこといってますが、
私自身は一年に一度登るか登らないか程度のヘタレ山好きです

ドラマで山岳警備隊モノをみると
「君のザックの腰ベルトの位置はオカシイ。プロの姿やないで〜」
とよく思います(^.^)

133音色:2015/07/05(日) 20:22:45 ID:cYgzsDwo
イザベルさん

( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)ハッ!
そうでした 失礼いたしましたm(__)m

134音色:2015/07/05(日) 20:32:18 ID:cYgzsDwo
ザックの収まり具合
確かにスッキリ形よく収納していると後姿がスマートに見えそうですね。
水筒を出しているかいないかで見えて来る事あるのですね
さすがイザベルさん すごいです!!

135イザベル:2015/07/21(火) 16:40:02 ID:RnuOjy4Y
《涸沢夜話》 ふたりのテラス

ああ、どうしよう、なにを話せばいい?
貴子は藤堂と涸沢小屋のテラスで会う約束をしていた。
やはり、あの話題がいちばん障りがないと思われた。
「お待たせしました」

「支配人、アップルティーいれましたよ。お茶にしませんか」
「ありがとう、ハルカちゃん。あらどうしたの。ニヤニヤしちゃって」
「藤堂先生が女の人とおしゃべりしてます。どうしてわざわざ小屋まで上がってきたのかな?ヒュッテのほうが近いのに」
支配人はテラスへ目をやると笑いながら言った。
「藤堂先生は風見先生の忍びがここにも居るとは知らないみたいね。
ハルカちゃん、藤堂先生にコーヒーを。わたしからだといっておいて」

「あの、Rバーはなぜ閉店してしまったのですか。素敵なお店だったのに」
「オーナーがひっそりとやりたい主義の人なので、ネット上に情報が載るようになったりするとお終いにするというのが当初からのルールでした。ぼくも楽しんでいたので残念でしたけどね」
「たしかに皆さん楽しそうでした。バッハの素晴らしさも野鳥観察の楽しさも皆さんに教えてもらって、わたし、あのお店のおかげで人生変わったと思ってます」
「それは少し、おおげさじゃありませんか」と藤堂は笑いながら言った。
ああ、この笑い方だ。唇の片端だけで笑う。でも眼差しは優しい。
ちっともおおげさじゃありませんよ、と答えながら、まだ緊張の解けない貴子はかねて用意の話題を口にすることにした。

136イザベル:2015/07/21(火) 16:40:50 ID:RnuOjy4Y
「お店の奥がどうなっているのか、気になってたんですよね。なにか隠してました。確実に」
貴子は思い出し笑いしながら言った。不思議な店だった。狐につままれているのでは?と思うほど。なんとなくだまされている感じがするのだが、それが不快ではない。そして店は幻のように消えてしまった。でも今は目の前に、わたしが自分で探し出したこの人がいる。
「皆さん、なにを隠してたのかしら」
「それはいわゆる“守秘義務”がありまして、僕一存ではバラせませんね」
という藤堂の答えに、そうなんだあ、と笑いをふくんだ声で答えながら、貴子は前穂高に目をやった。なんと美しい眺めなのか。そのとき、藤堂が軽く笑い声をあげたような気がしたので、貴子はあわてて視線を戻した
「なにかわたし変な事いいましたか」
「いえ、その反対ですよ。ここで食い下がって無理に聞き出そうとする人なら嫌だなと思って・・・。ほっとしましたよ」

先生こんにちは、と言いながらハルカがコーヒーをもってきた。いぶかしげな顔をみせる藤堂に、支配人からです、と告げた。あわてて藤堂が受付のほうに目をやると、支配人が片手を挙げてよこした。目が笑っている。

「空中散歩プランは最後まで実行できなかったんですね。残念でしたね」
ほっとした、という藤堂の言葉に、貴子は嬉しくて動揺を抑えきれない。わたしの顔、いま赤くなっていないかしら。声はうわずっていないかしら。
「残念だとは思わないです。山の神の庭で遊ばせてもらってるという謙虚な気持ちを常に忘れずにいようと思っています。だから、山の神から今回はここまでにしておけと言われたのだと考えています」
「わたしには、これよりさらに上へ登っていくのは無理です」
「登山には高いとか低いとか関係なく、危険がつきものです。このルートは簡単だ、と言い切る人はたまたま事故に遭っていないだけです。慎重に考えるのは良いことですよ。どうですか、この涸沢の美しさ。ここまでたどり着いただけでも素晴らしい体験でしょう」
「ほんとうに、ほんとうにそう思います」
貴子は心をこめて、そう答えた。

137イザベル:2015/07/21(火) 16:41:44 ID:RnuOjy4Y
「藤堂さんは夏の間ずっと涸沢でお仕事なのですか」
「この先一週間はここにいますが、そのあといったん山をおります。学会出張とかスケジュールがぎっしりで忙しくて。お盆明けにはまた涸沢に戻る予定です」
貴子は迷っていた。どうしよう、言ってしまおうか。
「私の勤め先では夏季休暇制度がきちんとありまして」
「はい」
「連続で取得してもそうでなくてもどちらでもかまわないのです」
「なるほど」
「今回まだ少ししか休暇を使っていないので、まだ日数は残っているのです」
「・・・」
藤堂の沈黙にがっかりして、貴子は下を向いてしまった。あなたのほうから言って欲しいけれど、それはやはりかなわぬことか。唇をなめて貴子が顔をあげたそのとき、
「・・・ますか?」
「え?」
「この夏にもういちど、ここへ来ますか。もしよかったら、新幹線で待ち合わせて一緒に登るのはどうですか」
目に優しさをたたえた藤堂がいくぶん照れた様子で頭をかきながら、そう言った。
「はい、そうしたいです。ぜひご一緒させてください」
きっと自分はいま、泣き笑いのような、馬鹿みたいに嬉しそうな顔をしていることだろう。
貴子はぬけるように青い空を見上げた。
美しい前穂高の峰々に目を向けた。
この人に会えるという確信もなく疲れ果てて辿りついた先に目にした涸沢の美しさと、
この人と共に登った先に目にするであろう涸沢の美しさに違いはあるだろうか。
きっとあるはず、そう貴子は思った。
だって
いままでと違う自分を
私自身がいま、意識し始めたのだから。

《涸沢夜話》おわり

138三郎:2015/07/21(火) 16:53:56 ID:CXCufouk
イザベル
すっかり乙女になっちゃったねw
Ψ( ̄∇ ̄)Ψ

139アマデ:2015/07/21(火) 17:05:17 ID:fGKWaQCc
ニヤニヤニヤニヤ(o ̄∇ ̄o)
ニヤニヤが止まりませんがなぁ(o ̄∇ ̄o)

逢えるかどうかわからないのに山に登り
ダメでもともと、でもダメにならないで〜の思いの告白
もう、運命としか思えないわヽ(〃^・^〃)ノ
風見先生に冷やかされる藤堂さんが目に浮かびますww
はるかちゃんの意外と冷静なツッコミに笑って答えてるリーフ支配人の姿もww
この夏の涸沢の話題はこの二人で持ちきりですねwきっとo(*^▽^*)o~♪

140イザベル:2015/07/21(火) 22:45:21 ID:RnuOjy4Y
>>138
>>139
三郎さん、アマデさん、読んでくださってありがとう(^.^)
貴子さんみたいな
地味でおとなしめだけれど芯の強い感じの女性が好きです
こんな若い女性は応援したくなります

141V3:2015/07/24(金) 17:59:38 ID:6Gp.fVSo
遅参しましたm(_ _)m

大人同士の、静かにドラマティックに始まる恋愛って、グッと来ますね
はたから見れば特別な事件が起きてはいないように見えても、当事者にとっては一生を左右するような出会いって、誰にでも経験があると思います

そんなことを思い出させてくれた二人の成り行きに、しばし時を忘れました
私にも、涸沢の風が吹いて来たのかもしれません

142イザベル:2015/07/24(金) 20:23:11 ID:1r0RLZrs
>>141
V3さん
きわめて常識的な、節度ある、誰にもメイワクをかけない
大人同士のロマンスですw
わたしの性格的にこんな風にしか描けませんw
といいますか、こういうのが好きです(^.^)

読んでくださってありがとうございましたm(_ _)m



V3さん、読んでくださってありがとう(^.^)

143イザベル:2015/08/04(火) 17:43:57 ID:BzxovYBU
Labyrinth Library 第1回 樫の扉の向こう側

この会員証は親友からのプレゼント、である。
彼女と彼女の母親が紹介者として私を推薦してくれたのだ。
ちなみに彼女を紹介したのは彼女の両親。
彼女の両親を紹介したのは・・・やめておこう、長すぎる話だ。
会費は高額である。
そのため私には入会前に両親を見学させて納得させるという手続きが必要だった。
その親友の一家は現在海外赴任中である。
彼女が私を推薦してくれたのは、もちろん、友情の証しだとは思う。
しかし本当のところは、自分の留守中にも私の口からこの場所についての話が聞きたかったからではないのか?最近そう感じているのである。
それほどここは、特異な場所だった。

Lab.Lib.という小さな金文字の彫られた樫の扉を私は勢いよく押し開ける。

「こんにちは」
守衛デスクに座っているいつもの男性がにこやかに挨拶してくれた。
熊谷さん、という人である。背が高くて素敵な人だ。親友はたびたびこの人の様子を聞きたがる。きょうはどんな服装だったかとか・・・。服装を見分ける目は持っていないので、いつも適当に創作して親友には伝えている。
私はカッコイイ男の人は苦手だ。きょうも熊谷さんの顔が直視できず、なんとなく視線をそらせながらそれでも精一杯きちんと挨拶して会員証を渡した。熊谷さんは会員証を機械に通して、私の顔をちらっと見てから返してくれた。私は会釈してロッカーのほうへと向かう。ここでは貴重品以外はロッカーに荷物を預けるのがルールである。私は財布にきちんと会員証を戻し、携帯の電源オフを確認して、それぞれを制服のポケットに入れた。最後にハンカチを確認して、さあ準備万端だ。

両手が空いた身軽さのまま
“本の森”へさまよいに出かけるなんて
なんという幸せな時間!

ここはLabyrinth Library(Lab.Lib.)、迷宮図書館である。

144リチャード(。 ゚д゚)ノ:2015/08/04(火) 17:51:54 ID:.hPSZ2u6
本の森 導入部としては、いい感じだねw
熊谷さんカッコ良さそうだね
(。 ゚д゚)ノ

145モニカV3:2015/08/04(火) 19:34:32 ID:PIYWyIp.
迷宮図書館、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

導入部でこれだけワクワクするって、名人芸の域に達してませんか!?
続きが楽しみです(*`Д´)ノ♪♪♪

146常時苦労人@???(。・(エ)・)ノ:2015/08/04(火) 19:44:57 ID:qWfrjKXM
JBさん

乙っす!(´・(エ)・`)ノ…
続き楽しみにしておりマッスル♪

.。oO(…出して頂き、どもです!w
良い男役で、ちと照れマッスルなぁ…)



サササッ
|)彡

147アマデ:2015/08/05(水) 16:21:27 ID:9jiTrbwU
やったぁヾ(〃^∇^)ノ
開幕ですね♪
もう((o('∇'*)oドキドキo('∇')oワクワクo(*'∇')o))
楽しみです(*`Д´)ノ♪♪♪

148イザベル:2015/08/05(水) 18:11:32 ID:AoLbGo1.
辛抱さん、モニカV3さん、クマーさん、アマデさん
読んで下さってありがとうございます

妄想はいろいろ湧き上がるのですが、まとめられるかしら(*`Д´)ノ
がんばりまっするw

149音色:2015/08/06(木) 22:29:17 ID:BkGsiIhI
本の森へさまよいに出かける〜
なんて素敵な表現なんだろう♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф

どんなドラマが待っているのか楽しみです(∩´∀`)∩

150イザベル:2015/08/09(日) 16:47:21 ID:hSnVYo1E
Labyrinth Library 第2回 迷宮の掟 

この迷宮の中では、走ることはゆるされない。すべての動作はゆっくりと丁寧に、かつ優雅に。私はいつも、手を後ろに組んで胸を張って書架の間をめぐり歩く。紳士淑女方のひとりとして大人になった気分で。そもそも会員の多くは大学生か社会人で、高校生はほとんど見かけない。
館内でのペン類の使用は厳禁である。鉛筆とメモ用紙は司書席に設置されており自由に使うことができる。なお、携帯電話などは取り出すことさえも原則禁止である。
おかげで私は切取式のメモ帳にひんぱんに書き込むことが多くなった。キーボードで打ち込むよりも文字を書くほうが頭の中を整理できることを最近実感している。良い傾向ではないだろうか。
重要な事を言い忘れていた。この図書館では貸出は受け付けない。閲覧のみ可能である。私はその事を知ったとき「図書館なのにありえない」と思った。しかし、これが実に良いのである。なぜなら本が常に綺麗である。そして他の会員が閲覧中でない限り、目的の本が必ず書棚にある。
入会資格について説明すると、まず16歳以上であること、数々の厳しい規約を遵守すること、高額の会費を納めることが求められる。そして、これが一番の関門であるのだが、2名の既会員の推薦が有り、かつ、この推薦人2名が図書館側の審査に応じることが必要なのである。この2名の推薦者に対し、図書館側から事前に新規会員候補に関する質問がなされるらしい。審査を受けているのが入会候補者なのか推薦者なのか。候補者本人は規約を音読させられたうえで、同意の署名をするだけなのだが。
館内には絨毯がしきつめられており、足音もほとんどしない。頁を繰る音や、本を書架から取り出したり戻したりする音、ささやくような会話、それら以外は静謐さが支配する世界。このように表現しても決して大げさではないと思う。そしてその世界に馴染んだ人々が静かに歓喜の声をあげる場所、それがこの迷宮図書館である。

151リチャード:2015/08/09(日) 19:54:29 ID:cNkQ2wTo
「掟」と来たかw
私がリファレンスコーナーでやろうとしていたことは言語道断だ(; ゚д゚)ノ
イザベルが図書館とどう向き合いたいか、
が表現されていくんだね、
益々楽しみになってきましたよ (o。゚д゚)ノ...

152モニカV3:2015/08/09(日) 20:42:45 ID:uBIlD93Y
理科BARでも感じましたが、この幕開けのぞくぞくするような開陳の仕方、憎いですね〜w

世の中に普通に存在している場所で、大抵の大人ならば誰もが訪れた事がある場所なのに、イザベルさんの手にかかると、何と魅惑的で不思議な空間に変貌することか

虹色に輝く宝石のように、光の当て方次第でこんなにも違う姿が浮かぶことがある

イザベルさんの視点で描かれる新世界、密かにときめきながら、足を踏み入れてます♪

153アマデ:2015/08/09(日) 23:00:57 ID:hvDExGJE
すばらしい図書館o(*^▽^*)o~♪

高額の会費も、2名の既会員の推薦も納得ですねw

ますますワクワク♪o(^o^o)(o^o^)oワクワク♪です♪

154音色:2015/08/10(月) 00:43:46 ID:O3UAL63o
イザベルさんお疲れさまです(∩´∀`)∩
続きも楽しみです

155イザベル:2015/08/10(月) 09:18:35 ID:5oQFAe3U
>>151
読んで下さってありがとうございます(^.^)
リチャードはお茶目でお洒落な予定です

156イザベル:2015/08/10(月) 09:24:48 ID:5oQFAe3U
>>152
モニカさん
最大級の賛辞いただきました
ありがとうございます
アプローチでぞくぞくするの大好きなんです
涸沢へ向かうまでの上高地〜横尾の3時間と同じですね
本スレでくださった「展覧会の絵の音楽が流れてきた」とのコメント
うれしゅうございましたm(_ _)m

157イザベル:2015/08/10(月) 09:28:26 ID:5oQFAe3U
>>153
アマデさん、読んで下さってありがとうございます(^.^)
とにかく
常識のある人々に囲まれた静寂な空間が欲しい(*`Д´)ノ
ただそれだけなのです
それを望むことが難しい時代ですorz

158イザベル:2015/08/10(月) 09:40:06 ID:5oQFAe3U
>>154
音色さん、読んで下さってありがとう(^.^)
私の夢物語です
こんな図書館があってもいいデスヨネ(^.^)

159イザベル:2015/08/10(月) 15:45:06 ID:5oQFAe3U
Labyrinth Library 第3回 迷宮をかたちづくるもの

街の通りと迷宮を隔てる鉄柵門は掛け金錠式で開閉するつくりになっており、その握り手のまわりに施されている装飾模様をひとしきり指でなでてから中へ入るのが私の習慣である。それは葡萄の実と葉と蔓を組み合わせた美しいもので、ああここに色硝子を嵌めこんだとしたらどんなに素敵かしら、といつも想像してしまう。
 門を抜けると、さほど広くはないがよく手入れされた前庭の中を、ひと筋の石畳の小道が樫の木でできた美しい玄関扉まで続いており、欅と樟に囲まれながら古色蒼然とした佇まいで建つ古い洋館へと誘(いざな)う。ユトリロの描く絵のような色をした外壁には蔦がからまり、秋には美しい紅葉をまとった姿を見せるという。その季節がめぐってくるまであともう少しだ。洋館は2階建ての建物であるが、英国によく見られる、地上から下へ階段を降りていくと扉がある半地下部分を持つ構造となっている。その半地下部分に人の気配はなく、階段をおりてみたいのだが、錠がおろされた鉄柵門に阻まれている。
 樫の木でできた玄関扉を開け、守衛席を過ぎるといよいよ迷宮だ。館内に使用されているのは書架、閲覧机にいたるまですべて樫材である。吹き抜け構造になっており、2階へと続く美しい階段が存在感を見せている。2階には1階を見下ろせるようにぐるりと回廊がめぐらされている。その階段の彫刻を施された手すりは、年月を経て多くの人々の手になでられて滑らかになっている。踊り場の横にはステンドグラスの窓がある。その手すりの感触を味わいながら、まるで鹿鳴館の伯爵令嬢になった気分で、つんと顔をあげて背筋をまっすぐにのばして優雅に上り下りするのが私の密かな楽しみだ。芥川龍之介の短編に、薔薇色のドレスを身にまとった美しい少女が階段を軽やかに駆け降りて行くのを、すれちがう人々が目を見張って感嘆の眼差しをおくる場面がなかっただろうか。
 この図書館の蔵書はある実業家のコレクションで構成されている。1階には文学・歴史関係、2階には芸術関係の書物が収められている。私は源氏物語が好きで、その渋すぎる(と友人達は言う)趣味のため、読書に関しては友人達と話が合わないことが多い。読書は独りでするものだから別にかまわないのだが、やはり語り合える仲間が欲しいと思うときはある。この図書館の文学関係の蔵書は、古典と“古典に近いもの”が中心になっている。つまり近・現代文学もあるのだが、親友の表現を借りるなら「もう死んじゃってて全集が出てる系の大御所作家」の作品、が中心なのである。親友はその点が気に入っていたようだ。源氏物語に関していえば、原文、現代語訳はもちろん、物語中に出てくる有職故実、伝統色、襲の色目(かさねのいろめ)の事典や、和歌の引用元の歌集、その他の研究書なども同じ書架に並べてくれている。豪華な源氏物語絵巻の図録もある。

160イザベル:2015/08/10(月) 15:46:30 ID:5oQFAe3U
2階の芸術の書架には西洋絵画、日本画、仏教美術、書道、写真、陶磁器、西洋音楽、邦楽、演劇、華道、香道、茶道などの関係の書物が並ぶ。中でも圧巻なのはクラシカル音楽の楽譜が充実していることである。交響曲・室内楽さまざまな合奏の総譜、ピアノ、バイオリンその他の器楽曲の楽譜が書架3台を独占している。この芸術の階には閲覧机を配置する場所があいにくと無いのであるが、その代わりに上げ下げ式の窓のある壁際にそって、猫足の素敵な革張椅子が数脚置いてある。天窓から入る陽の光もあるので奥まっていても意外と明るい場所だ。ここも私のお気に入りである。机と椅子を共にならべることはできないが、そうはいっても画集など重くて大きな書物が多いため、書見台として使う平机は置いてある。
迷宮内で使用されている家具、つまりは机と椅子のことであるが、これらはすべて机と椅子が対になった一点ものの手作り家具である。そのため迷宮中の閲覧席はデザインも色目も同じものはひとつとして無い。しかしすべてに樫材が使用されているので全体として調和のある美しい眺めを形作っている。親友の情報によると(彼女はなんでも知っている!)ある家具工房の作品展示場もかねているらしい。会員は同じデザインのものを希望があれば注文できるのであるが、ほぼすべての人がいま迷宮で使用中のその机と椅子が欲しいと言うそうである。それゆえ閲覧机と椅子の顔ぶれは、年々少しずつ変わっていくとか。
1階にある司書席のとなりには、ひときわ立派な二脚の椅子と机が置いてある。椅子は対面式に置かれている。革張りの肘掛け椅子と回転椅子である。私は木製の回転椅子というものを初めて目にした。親友によると、その席には知識の豊富な会員が自分の得意なテーマを掲げて座ることがあるらしい。静けさを重んじるこの迷宮の中で、唯一公然とおしゃべりができるのがこの司書席周辺であるといえよう。どんな会員がどんな顔をして座るのか私はとても興味がある。親友によると、自分と嗜好を同じくしている人が座っていると話がはずんでたいへん楽しいらしい。読書の幅が広がるのだとか。たとえ席にやって来た会員の質問に関する答えがわからなくとも双方問題ない。ああでもない、こうでもないと二人で考えたりしてゆるやかな時間が流れる。どうしても解決したい場合は、後は司書に任せればよい。もっともこの図書館の会員になるような人々はそれぞれに自分の世界を持っており、他人に回答を仰ぐような種類の人々ではないといえるだろう。そのため自然と“同好の士の穏やかなおしゃべり”の場と化すことが通常であるとか。

161リチャード:2015/08/10(月) 16:01:18 ID:Z5O3gx8g
まだ入り口じゃないか( ゚д゚)
イザベル、どれほどの構想を練ったのだろう。
流行りの会話調じゃないぞ、一人語りは大変だぞ、どうなるんだろうか、
余計なお世話だよね、失礼いたしましたw
まぁ、お盆休みは退屈せずに済みそうだな(。 ゚д゚)ノ

162イザベル:2015/08/10(月) 16:12:13 ID:5oQFAe3U
>>161
リチャードさん、ありがとう(^.^)
ちょっと足踏みしすぎかなw
思いついたら全部入れてしまえという勢いで書きました
今後どうなるのでしょう( ゚д゚)

163モニカV3:2015/08/10(月) 16:14:39 ID:RDU0hdwE
第三回、堪能させて頂きましたm(_ _)m

>(彼女はなんでも知っている!)

この表記!
実に「小説的」だなあと、感嘆しました
上手い言葉が出て来ないのですが、小説の世界でしか表現し得ない、こうした表記が差し挟まれていることに、イザベルさんの是迄の膨大な読書量が想像出来るかのようです


前回はクラシックが静かに聞こえて来るかのようでしたが、今回は本の香りが漂って来たような気がしました
磨き込まれた樫の家具に、映り込む自分の姿も見えたような気がw

BARやお茶、山、そして図書館と、広がる世界は違えども、イザベルさんの作品を読むと、何だか自分がアリスになったかのような錯覚を覚えます♪

164イザベル:2015/08/10(月) 16:35:43 ID:5oQFAe3U
>>163
モニカさん、読んで下さってありがとうm(_ _)m
「膨大な読書量」だなんてノシノシそんなことありません
現実には難しい設定を思いつくと、採用せずにいられなくなりますね(^.^)
せめて妄想の中だけは妥協したくないです

165はるか:2015/08/10(月) 23:37:40 ID:O3UAL63o
歴史のある建物なのですね♪~(・´Ⅴ`・)ノ⌒Ф
いつ頃建てられたんだろうと想像しました。

半地下部分  気になります(・´з`・)/
人の気配はないようですが、まさか・・。

総譜とはスコアの事だったんですね。
窓際の場所魅力的です(*`Д´)ノ♬


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