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アメリカ軍がファンタジー世界に召喚されますたNo.15

355ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:47:02 ID:pfN/LKiE0
「その前に、空気を入れ替えなければ」

窓辺に立ち、窓に手を触れようとしたその時……
不意に、ドアをノックする音が室内に響き渡る。

「すいませーん。宿の者ですが、ベッドシーツの交換に参りました」

ドアの外から、宿の従業員が声を掛けて来た。
声からして女だ。

「シーツの交換か……」

ヘミートゥルは間の悪い時に来たなと、心中で思った。
ふと、鏡に自分の姿が映る。
シャツは腹の上辺りまで開けられており、開かれた胸元から豊満な胸の谷間が曝け出されている。
また、胸の下には引き締まった腹も見えており、腹筋のラインが浮き上がっていた。

「この格好はまずいかな……でも、ドアの向こうにいるのは男ではないし。このまま行くか」

乱れた格好にやや顔を赤らめつつも、ヘミートゥルはそのまま応対する事にした。
腰には、外す予定だった長剣も付いたままだが、外すのも面倒なので、これも付けたままにした。
そそくさとドアの前に移動すると、ヘミートゥルはドアを開けて従業員に声を掛けようとした。

「遅くなって済まない。申し訳ないが、今は…!?」

この時、ドアの前に居たのは、茶色の薄汚れた外套をつけた不審者だった。
そして、その不審者は、外套の中から長剣を構えて、ヘミートゥルに突っ込んできた。

356ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:47:51 ID:pfN/LKiE0
「うっ!」

不審者と体がぶつかり、ヘミートゥルは部屋の中に押し倒され、直後に後ろに体を回して起き上がった。

「チッ!その腹を串刺しにできたかと思ったのに!」

不審者は忌々し気に言いながら、部屋のドアを閉めた。
ヘミートゥルは咄嗟に体を捻ったため、相手の刺突をかわす事ができたが、相手の体を避ける事は出来なかったため、後ろに転ばされる事になった。
だが、彼女は態勢を素早く立て直し、相手と間合いを開け、腰の長剣を抜いて威嚇した。

「何者だ!」

不審者はそれに答える事無く、小声で何かを呟くと、空いていた左手を大仰に振り回す。
その直後、部屋の中に薄い緑色の幕のような物が現れ、それが部屋全体を覆った。

「これで……外には音が漏れない」
「な……防音効果の魔法か……!」

ヘミートゥルは、不審者が部屋の中で魔法を展開した事に気付く。

「命……貰うよ!」

不審者は、穴開き手袋を被った手で着ていた外套を掴み、それを勢い良く脱ぐと、ヘミートゥルに向けて投げた。
ヘミートゥルの視界が、相手の投げた外套に覆われる。
彼女の反応は素早かった。
咄嗟に体を踏み込み、剣を下に向けて振り下ろす。
すると、突進して逆袈裟に切り込もうとしていた不審者の剣先に当たり、金属音と共に火花が散った。
そのまま剣と剣が幾度となく打ち合わされる。

357ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:48:38 ID:pfN/LKiE0
ヘミートゥルが顔を切り裂こうとすれば、相手は刃先を当てて塞ぎ、逆に相手が肩口から切り下げようとすると、ヘミートゥルは受け流して、
攻撃を空振りに終わらせる。
そして、ヘミートゥルが相手の右わき腹を蹴り飛ばし、ベッドの上に転がす。
その無防備な体に剣を刺そうと、両手で構え直して刺突する。
間一髪、相手は右に転がってその刺突を交わした。
今度は、隙のできたヘミートゥルに、不審者がその背中めがけて切りかかるが、ヘミートゥルは左腰に隠し持っていたナイフを投げた。
意表を突かれた相手は、咄嗟に剣の腹先で投げナイフを弾いたが、そこに剣をベッドから引き抜いたヘミートゥルが襲い掛かり、腹めがけて
斬撃を放つ。
それを間一髪受け流し、ヘミートゥルに隙が生じたのを見計らって、不審者も脇腹に蹴りを放つが、それはヘミートゥルが腹を後ろに反らした
事でかわされてしまった。
銀髪の不審者はヘミートゥルの繰り出す一撃を受け止め、更に右横から撫でるように斬りかけるが、それも受け止められ、剣を下側に弾かれる。
バランスが崩れ、上半身が無防備になった時、ヘミートゥルはその銀髪めがけて剣を振り下ろした。
銀髪の若い女性は間一髪のところで、それを受け止めた。

今までにない金属音が室内に響き渡る。
不審者とヘミートゥルは、互いに剣を合わせたまま、鍔迫り合いを演じていた。

「く……あんた、強いな!」

銀髪の若い女性は、感心したようにヘミートゥルに言う。その浅黒い肌の顔には笑みを浮かべていた。

「当たり前だ!8年も軍に努めているからな!」

ヘミートゥルは相手を睨みつけ、吠えるような声音が返される。
その直後、相手の顔が大きくなったかと思うと、額に鈍い衝撃が伝わった。

(な……)

358ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:49:43 ID:pfN/LKiE0
ヘミートゥルはその衝撃で後ろに大きく仰け反り、合わせていた剣が外れてしまう。

「これで終わりだ!」

不審者は早いスピードで剣を振りかぶった。
その狙う先は……ヘミートゥルの首であった。
不審者の脳裏に、剣が仇であるエルフの首に食い込み、そのまま切り裂かれて反対側に抜け、血飛沫と共にその首が胴体から離れる光景が思い浮かぶ。

(もらった!)

手応えを確信した不審者は、邪悪な笑みを浮かべた。
繰り出した斬撃は、予想通り、ヘミートゥルの首を跳ね飛ばす事は無かった。
首があった場所に、最初からそれが無かったのだ。

「なっ」

手応えが全くない事に笑みが凍り付くが、その直後に、剣を持っていた右手が、凄まじい衝撃を受けて大きく上に跳ね上がった。

「!?」

不審者は態勢を大きく崩しながら、後ろに下がった。

「なるほど……そう言う事か!」

不審者は、目の前で足を大きく上に振り上げてから、後転して態勢を立て直したのを見て、状況を理解できた。

それは簡単な話だった。
ヘミートゥルは、上半身を大きく仰け反らせて、紙一重の所で首の斬撃を交わし、その勢いに乗じて左足を素早く蹴り上げ、斬撃を繰り出した
不審者の右手を跳ね飛ばしたのだ。

359ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:50:16 ID:pfN/LKiE0
「チッ……その右手を蹴り砕く筈だったが」
「あいにくと、私の体はそうヤワじゃないんでね!」

不審者は気丈に返しつつ、乱れた息を徐々に整えていく。
一方のヘミートゥルも、激しい動きで乱れに乱れた息を、ゆっくりと整え始めるが、ヘミートゥルの方が、不審者よりも息が上がっていた。
両者とも激しい運動で汗をかいているが、態勢を立て直したのは不審者の方が早かった。

「どうした?ミスリアルのエルフ戦士さんよ。息が上がったままだ」

彼女は余裕すら感じらせる口調でヘミートゥルを挑発する。

「若作りもいいけど、体力作りも怠っちゃ駄目だぜ?」
「ほざくな!」

ヘミートゥルは気丈に返すが、この時、彼女は追い詰められていた。
背後には壁があり、あと3、4歩も歩けばすぐにぶつかる。
相手の攻撃をいつまでもかわし切る事は出来なかった。

「そうか、じゃあ……!」

不審者は口角を吊り上げ、勢い良く斬撃を繰り出してきた。
右下から切り上げる鋭い斬撃だが、それをヘミートゥルは剣で弾き飛ばした。
思いの外大きな衝撃に、不審者は一瞬体を反らしてしまうが、すぐに次の攻撃移ろうとする。
直後、ヘミートゥルは背後を向けた。

(は!こんな時に背中を向けるとは、血迷ったか!!)

不審者は心中でヘミートゥルをあざ笑ったが、次の瞬間、彼女は目を疑った。

360ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:50:50 ID:pfN/LKiE0
ヘミートゥルは壁に体を振り向けたと思いきや、素早い動作で壁の右側を蹴り上がり、次いで正面の壁も蹴り上がる。
そして、勢い良く体が不審者に向き直ると、右足で不審者の顔を蹴り飛ばした筈だったが、相手は咄嗟に左腕を顔の前に上げて防ごうとした。

左腕に勢い良く放たれた蹴りが食い込む。
鈍い音が響き、不審者はそのまま右斜め後ろに勢いよく飛ばされ、壁に掛けられていた鏡に右半身を叩きつけられた。
けたたましい音と共にガラス片が飛び散る。

「ぐ……はぁ……!」

余りの衝撃に不審者は顔を歪め、苦痛の声を漏らしたが、そこにヘミートゥルが追撃に入る。
不審者は痛みを感じる間もなく、素早く反応して、真下から繰り出されるヘミートゥルの斬撃を、体を反らす事でかわそうとする。
剣の刃先が服に引っ掛かって、胸元まで切り裂かれるが、体は無事のままで、そのまま後ろに一回転してから間合いを取る。
そして、最初と同じく、右手に剣を構えながらヘミートゥルと対峙するが、整えていた息も、今では大きく乱れた。
鏡の破片で傷ついたのか、短い銀髪からうっすらと血が流れ、彼女の右目は血の流入を防ぐため、閉じられていた。

「はぁ…はぁ……はぁ……」
「ふー……いい動きだ。敵にしておくには惜しい」
「うるさい!」

ヘミートゥルが不審者の腕前に感心の言葉を漏らすが、相手はそれを挑発と取ったのか、罵声を上げる。

「余裕そうな事を言う割には、大分動きが雑になってるじゃないか!」
「それはお互い様だと思うが」
「フン!あたしはあんたより素早いさ!あんたはその胸にぶら下がっているモノがでかいから、割かし動き辛そうだ」
「ほう……」

ヘミートゥルは、不審者にそう言われて何も思わなかったが、彼女は彼女で不審者の体つきをまじまじと観察していた。

361ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:51:29 ID:pfN/LKiE0
最初は外套に覆われて分からなかったが、今は不審者の詳細がわかる。
この銀髪の不審者は、なかなかに端正な顔立ちをしており、体つきも悪くなく、むしろ良い。
ヘミートゥルの豊満な胸を馬鹿にした不審者だが、この不審者もまた、その胸に立派な物を下げている。
身につけている長袖の水色の上着は、腹の辺りから胸元まで切り裂かれているが、それはヘミートゥルの斬撃によってできたものだ。
そこから割れた腹筋と、豊満な胸元が露わになっており、体つきに関してはヘミートゥルと比べても全く遜色ない程である。
むしろ、腹筋が割れている分、ヘミートゥルより勝っているかもしれない。
銀色の髪は長くなく、首元までしかないが、髪はサラサラであり、褐色の肌と相俟って、より戦士然とした物となっている。
男物の服を着れば、女とは分からない程であり、ボーイッシュな女性とはこの事かと思うほどだ。

「そう言う貴様こそ、非常に恵まれた体つきをしているようだが。戦場ではその色気を活かして敵を調略したのか?ん?」
「あんたよりは男にモテる。それは確かさ!」

不審者は、口元まで流れて来た血を舌で舐めると、ヘミートゥルに攻撃を仕掛けた。
再び激しい剣の打ち合いが繰り広げられ、時折蹴りや、拳が繰り出される。
しばしの間、応酬が続くが、ヘミートゥルが不審者の剣を弾き、間合いが開いた所で互いに動きが止まった。

「はぁ……はぁ……その腕前からして、貴様、ただの物取りじゃないな……」
「なんだと……思う……?」

お互いに剣を構えつつ、息を切らせながら言葉を交わす。

「一般兵では……無い。だが、貴様の目つきからして、何が何でも、私を殺したいという意思は感じられる。どこかで、貴様の恨みを買ったか?」
「けっ!あんたは覚えてないのか?1週間前に、あんたの部隊がやった事を!」

銀髪の女性兵は、言葉に怒気を滲ませる。
それを聞いたヘミートゥルは、不意に不気味な笑みを浮かべた。

「ああ……思い出した。あの害虫達か!てことは、貴様はコソコソと隠れていた害虫共の生き残りという事だな。ハハ!惨めな姿だな!!」
「ほざけえぇ!!」

362ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:52:31 ID:pfN/LKiE0
怒りに任せて、ヘミートゥルに突進し、斬撃を繰り出す。
それをヘミートゥルは受け流し、逆に右足を踏み込んで刺突を加えようとするが、それを相手はかわして間合いを取る。

「私は昔、貴様らの軍に生まれ故郷の村を焼かれ、家族を殺された!その時に誓ってやったのだ!いつの日か、追い詰めた敵をじわじわと
嬲り殺しにしてやるとな!」

それまで、澄ました表情を維持していたヘミートゥルが憎悪に歪み、口角を上げながら敵に斬りかかる。
それまでとは打って変わったヘミートゥルの攻撃に、不審者は防戦一方となった。

「あの害虫達は確かに勇敢だった。死を目前にしても、私に屈さなかった。だが……その死に様はなんとも惨めだったぞ!」
「!!」

ヘミートゥルの斬撃を弾き、一瞬の隙が生じ来たのを見計らって、彼女の右腕に斬りかかるが、それも避けられ、逆に顔に拳を当てられて間合いを開けられる。

「……ん?もしかして、貴様は……レニエスという名前か?」

ヘミートゥルの口から出た唐突の質問。
だが、銀髪の不審者はそれを聞くなり、表情を凍り付かせた。

「な……なんで、あたしの名を!?」
「ああ、そうか。なるほどな……」

ヘミートゥルは不気味な笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

「あの時、首を跳ねた敵の指揮官が、最後に名前を出していたが……」

363ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:53:21 ID:pfN/LKiE0
辺り一面、真っ白な雪に覆われ、周囲の木々には雪化粧が施されていたあの日。
いつになく寒く、残り少なくなった薪を拾いに部隊から離れたあの日。

レニエス・モルクノヌ軍曹は、信頼し、そして、恋人でもあった上官を失った。

レニエスの部隊は、元々シホールアンル軍第6親衛石甲師団のキリラルブス部隊や、石甲化歩兵連隊に所属していたが、部隊が壊滅してからは、
生き残りの兵が集結してゲリラ活動に転じ、広大な森林地帯を根城として連合軍相手にゲリラ戦を展開していた。
レニエスのゲリラ部隊の指揮官は、所属の石甲部隊の指揮官を務めていた人物で、レニエス自身とは7年以上の付き合いだった。
そして、個人的な付き合いも深く、いつしか、レニエスと指揮官は恋人同士となっていた。
だが、あの日……レニエスのゲリラ部隊は、ミスリアル軍に急襲を受け、奮戦空しく壊滅した。
レニエスはこの時、薪を拾いに部隊を離れていたため、巻き添えを受けなかったが、彼女はすぐに来た道を戻り、敵に気付かれない所まで
接近した時……彼女は自分の目を疑った。
ミスリアル軍は、部隊の生き残りを集めるや、隊長と思しき将校が指揮官を始めとする仲間達を罵倒していた。
その罵倒に、周りのミスリアル兵も加わり、捕虜に暴行を加えた。
レニエスは、今にも飛び出して、周囲の敵を皆殺しにしたかったが、周りに戦車を含む重火器部隊が展開している中では、動くに動けなかった。
そして、その時はやって来た。

「聞け!シホールアンル兵達よ!貴様らは味方の降伏勧告に応じることも無く、しつこく戦い抜いた。今はこうして降伏しているが……貴様らの
害虫の如き鬱陶しさは閉口する。しかし、そのしぶとさだけは褒めてやる。そして、それに敬意を表して……」

将校は、腰に携えていた長剣を抜くや、捕虜の一人の首に刃先を当てた。

「私自身が、引導を渡してやろう。私の大切な人達が殺された同じ方法で……」

将校はそう言い放つと、有無を言わさずに捕虜の首を切り落とした。
生き残っていた7人の捕虜は、次々と首を跳ねられていき、首を失った胴体が力なく倒れ伏していく。
そして、最後の一人……指揮官の出番がやって来た。

364ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:54:09 ID:pfN/LKiE0
将校は素早く首を跳ねようとするが、何を思ったのか、一瞬だけ動きを止めた。
無表情だった将校の顔が、この時、初めて笑みを浮かべた。
それも、悪魔の如き邪悪な笑顔を。

「心配するな!そいつも、じきに貴様の後を追わせてやる!」

将校は、あからさまに大きな声を上げると、剣を振り下ろし……指揮官の首を切断した。
この瞬間、レニエスの脳裏に、指揮官と付き合った素晴らしき日々が奔流となって、頭の中を駆け抜けた。
彼女は、無我夢中でその場から走り出した。

初の軍務で、頼りない自分を支えてくれたのは彼であった。
初めて負傷した時も、介抱してくれたのは指揮官であった。
連合軍のランフック大空襲で、家族を失った彼女を必死に慰め、立ち直らせてくれたのも彼だった。
そして、初めてを捧げたあの夜で、素晴らしき言葉を発してくれたのも、彼だった。
その彼が、殺された。


(目の前の……エルフに……!!)
レニエスは再び剣を繰り出し、ヘミートゥルを討ち取ろうとする。

「その名前の主と会えてどんな気分だ!?」

彼女は叫びながら、ヘミートゥルの剣と再び打ち合い、鍔迫り合いが起こる。

「決意を抱いた素晴らしき敵と、直に出会えた!そう思ったさ!」

互いに剣を押し合うが、力はほぼ互角であるため、膠着状態に陥る。

「そう、あたしはあの時決意したさ。仇であるお前を殺すってな!」

365ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:55:06 ID:pfN/LKiE0
レニエスは叫びながら、ヘミートゥルの腹を蹴り、後ろに弾き飛ばす。
彼女は一瞬、構絵が崩れ、そのまま転倒すると思われた。
そこにレニエスは、空いた左手にナイフを握り、ヘミートゥルを刺そうとするが、ヘミートゥルはそのまま一回転してナイフを掠らせ、
起き上がって態勢を立て直した。
彼女は右の足に微かな痛みを感じたが、それは、レニエスがナイフで刺そうとしたのを避け損なったためだ。

「しぶといエルフの女だ!あのまま串刺しにされていればいい物を!」

ヘミートゥルはその言葉を無視し、剣を構えてレニエスへの攻撃に移ろうとする。
しかし、この時……ヘミートゥルは体に痺れを感じ始めた。

(な……何だこの感覚は……)

「でも……痺れ薬が効き始めた状態で、いつまで持つかな?」

レニエスは不敵な笑みを浮かべながら、持っていたナイフを腰に収め、両手で剣を構える。

「……毒か……薄汚いシホールアンル人らしいな」
「へ、抜かせ!」

レニエスはニヤリと笑いつつ、剣を振ってヘミートゥルに斬りかかる。
それをヘミートゥルは防ぐが、先程と比べて明らかに動きが鈍くなっていた。

「く!」
「どうしたどうした!手元がふら付いているぜ!」

レニエスの剣裁きにヘミートゥルは押され始める。
そして、生じた隙を見て、レニエスが素早く刺突に入る。

366ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:55:40 ID:pfN/LKiE0
だが、

「甘い!」

ヘミートゥルは体を捻ってそれを交わし、レニエスの付き出した右腕を掴む。
そして、あろう事か、レニエスはそのまま投げ飛ばされ、2台目のベッドの上に背中から叩きつけられた。

「うっぐ……ぅ!」

柔らかいマットレスがクッションの役目を果たすが、衝撃は完全に殺し切れず、背中が圧迫されて息が一瞬止まった。

(体が毒に冒されているのに、まだこんな事が!)

レニエスはヘミートゥルの粘りの前に舌を巻いた。
チャンスとばかりに、ヘミートゥルが剣を顔めがけて振り下ろす。

(やられる!)

彼女は死を覚悟した。
しかし、粘り強いのはレニエスも同じだった。
その意思とは裏腹に、体は素早く反応して横に転がる。
左頬に鋭い痛みが走るが、この時にはベッドから床に落ち、すかさず剣を構える。
ヘミートゥルは、ベッドを串刺しにしたが、剣先が床に刺さったままとなってしまった。
レニエスの反応は早かった。

(チャンスだ!)

彼女は刺突を繰り出す。一瞬遅れて、ヘミートゥルは剣をベッドから引き抜き、刺突を防ごうとした。

367ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:56:37 ID:pfN/LKiE0
それはごく短い隙だったが、その一瞬の隙が、明暗を分けた。
その次の瞬間、レニエスの体はヘミートゥルの胴体にぶつかった。
ヘミートゥルは、腹から何かが食い込み、背中から飛び出す感触に驚愕の表情を浮かべる。
レニエスの刺突は、ヘミートゥルの腹に決まっていた。
その剣はヘミートゥルの臍からやや上の部分に刺さると、根元まで食い込み、刃先はやや斜め上を向いた状態で背中から飛び出した。
レニエスは確かな手ごたえに満足したが、すぐに剣を引き抜いて後ろに飛び退く。
一瞬前まで顔があった所に、ヘミートゥルの剣が振られて空を切った。

「く……は……」

ヘミートゥルは串刺しにされた腹から血を流し、苦痛に顔を歪める。
しかし、それでも諦めていないのか、両手で剣を握り、レニエスに向け直した。

「本当……しぶといよねぇ……」

レニエスは、瀕死の重傷を負っても尚、戦おうとするヘミートゥルに半ば呆れたように言う。

「なら……久しぶりに、とっておきの奴を使ってあんたにトドメを刺してやる」

レニエスが再び不敵な笑みを浮かべながら、頭の中で術式を発動させる。
彼女は目をヘミートゥルに向けながら、意識を剣に集中させる。
すると、剣が青白い光に包まれ、剣先から徐々に赤く染まり始めた。

「それは……念導術……!」

ヘミートゥルが再び驚愕する。

「まさか……念導術は習得の難しい魔法の筈……何故……貴様が!」
「なんでだって?習得したから、だよ!」

368ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:57:38 ID:pfN/LKiE0
レニエスが吠えるように答えた直後、前方に大きく右足を踏み込み、赤く染まった剣をヘミートゥルの真下から振り上げた。
ヘミートゥルは咄嗟に剣を構え、剣の腹でその斬撃を食い止めようとする。

(傷を負っている割には、素早い動きだ!)

腹を串刺しにされても尚、並み以上の速さで防御に入る姿を見て、レニエスはヘミートゥルというエルフが余程の猛者である事を思い知らされる。
レニエスの剣は、勢い良くヘミートゥルの剣に当たり、金属音が鳴り響くかと思われた。

(でも、既に手遅れだよ)

心中でそう呟いた時、ヘミートゥルの剣がレニエスの剣をするりと抜けた。
そして、レニエスの剣がヘミートゥルの股間に素早く食い込んだと思うと……


気が付くと、ヘミートゥルは股間からせり上がって来た衝撃に顔を仰け反らされてしまった。

「ぐがっ……は」

視線が天井を向く。視界には、レニエスの剣が一瞬だけ見えるものの、すぐに前を向く。
目の前には、半ばしゃがみ込み、剣を持った右手を大きく上に振り上げたレニエスがいる。
右足を前に出し、左足の膝を床に付けたレニエスは隙だらけであり、どうぞ攻撃してくださいと言わんばかりの態勢である。

(舐めた真似を……!)

ヘミートゥルは腹の激痛に顔を歪めつつも、最後の力を振り絞って剣を向けようとした。
だが……体は直立したまま、何故か動かない。

369ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:58:13 ID:pfN/LKiE0
この時、剣が3分の2辺りの位置で折れてしまい、室内に固い金属が落ちる音が響いた。
そして、どういう訳か、身につけていたズボンのベルトとシャツが真ん中から切れ、ポニーテール状に結んでいた髪は、結んでいた紐が切れて、
髪がはらりと解かれて、腰のあたりまで髪が垂れてしまった。

(な……なん……で……体に、力……が……)

急に体の力が入らなくなった。
腰まで下げた両手は上に上げる事ができず、体は微かに痙攣を始め、立つ事すら困難になって来た。

「へっ……久しぶりにやったが、決まると気持ちが良いもんだ!」

レニエスは満足気に言っているが、ヘミートゥルは自分の体に何が起こっているのか、全く理解できなかった。

「どうだ?体が思うように動かないだろう?」

彼女はヘミートゥルを嘲笑しながら聞いて来る。
ヘミートゥルは尚も、レニエスを睨みつけるが、体に感じる脱力感は更に増していく。
そして、立つ事も出来なくなったヘミートゥルは、遂に両膝を床に付けた。
真ん中から切れていたシャツがはだけて、左右の乳房が露わになり、ズボンは履いていた下着諸共、膝の上までずり下がり、股間の辺りが
丸出しとなっていた。

「教えて上げてもいいけど……もう、時間が無いな」
「………」

レニエスに向けて、ヘミートゥルは気丈に言い返そうとしたが、言葉すら出せなくなっていた。
次の瞬間、股間から頭頂部を貫くような鋭い痛みが全身に走った。
ヘミートゥルはそれが何なのか気付かぬまま、不意に視界が左右に開いたような気がした。
そして、そのまま……意識が暗転し、永遠の暗闇に覆われた。

370ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:59:00 ID:pfN/LKiE0
レニエスは、ヘミートゥルの体が左右に別れ始め、そのまま後ろに倒れるまでの一部始終を、満足気な笑顔を浮かべながら見つめ続けていた。
鈍い音と共に倒れた2つの肉塊は、左右の断面から臓物と血を吐き出し、その周辺には急速に血の海が形成されつつあった。

「念導術で剣の切れ味を増し、一気に両断する……これがあたしの得意なやり方さ」

レニエスは、縦真っ二つに切断された物言わぬ死体に向けて、自慢気にそう言い放った。

念導術とは、口での詠唱を行ず、心中で詠唱しながら術式を発動させる魔法である。
この念導術は声を出しての呪文詠唱よりも術式の発動が難しく、適性のある者でも習得には長い年月を費やすという。
だが、レニエスは若干24歳という年齢でこの念導術を使いこなす事ができ、過去に担当した裏仕事では、この念導術を用いた剣術で
敵を圧倒してきた。
また、レニエスが使っている剣も特殊な物で、帝国租借地であるロアルカ島産の希少な魔法石を基に作られているため、魔力付加がし易く、
剣の耐性を思うように上げられるという利点がある。
彼女はこの利点を最大限に活かし、ヘミートゥルを討ち取ったのである。

「へ……へへ……ざまあねえな」

レニエスが下卑た笑いを浮かべる。
同時に、部隊の仲間や恋人に死を与えた憎き仇を、ようやく討ち取った喜びが沸々と湧き上がってくる。
だが、別の想いも抱いていた。
討ち取ったとはいえ、ヘミートゥルは予想以上の手練れであり、過去に訓練施設を経て、特務戦技兵旅団で経験を積んだレニエスに対して
上手く立ち回り、幾度か死を覚悟した場面もあった。
一歩間違えていれば、レニエスが血の海に沈んでいたかもしれないのだ。
どう見ても、ヘミートゥルは強敵であった。

「本当、良く勝てたよな……」

レニエスは小声でそう漏らした。
この時、体に強い疲労感が襲い掛かって来た。

371ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:01:30 ID:pfN/LKiE0
「う……はぁ……はぁ……体が…重いな」

彼女は顔を顰めながらも、剣に付いた血をベッドのシーツで拭い、鞘に納めた。
ふと、彼女はある事に気付いた。

「やば……防音魔法が展開されていない……!」

いつの間にか、部屋を覆っていた防音魔法が解除されていた。
そして、ドアの向こうから慌ただしく走り寄る音が聞こえたかと思うと、それはドアを激しく叩く音に代わった。
レニエスとヘミートゥルの剣戟は、中盤までは全く気付かれなかったものの、後半近くになってからは、剣戟の音や
彼女らの声が外に漏れており、不審に思った店員や宿泊客が近場のMPを呼び付けていた。

「開けてください!MPです!何かありましたか!?」
「く……アメリカ軍!?」

レニエスは、思いの外早い敵の登場に仰天し、すぐさま窓辺に走り寄った。
鍵のかかっていたドアが蹴破られると、MPの腕章を付けた3人のアメリカ兵が室内になだれ込んだ。

「畜生、なんだこれは!?」
「あいつだ!あいつが犯人だぞ!撃ち殺せ!!」

レニエスは素早く腰のナイフを抜き、目も止まらぬ速さでアメリカ兵に投げた。
1人の右肩に命中して悲鳴を上がる。

「ファック!」

2人の米兵は、グリースガンをレニエスに向けた。
この瞬間、レニエスは両手で顔を覆い、窓めがけて飛び込んだ。

372ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:02:54 ID:pfN/LKiE0
けたたましい音と共に窓ガラスが砕け散る。
ほぼ同時にアメリカ兵がグリースガンを乱射し、窓枠や壁に弾が着弾して無数の破片が飛び散った。
レニエスは2階の窓から、ちょうど下にあったゴミ箱に落下していた。
程よく、柔らかいゴミ袋などが詰まっていたゴミ箱は、落下の衝撃を和らげてくれた。
彼女はヘミートゥルを襲撃する前、部屋の窓辺の下にゴミ箱があるのを確認しており、もし不利となったら、窓から脱出して逃亡する予定だった。
今回は、襲撃前の周囲の下見が無事に活かされたようだ。
レニエスは、ヘミートゥルとの戦闘で疲労した体を無理やり動かし、ゴミ箱から出て通りに向けて走り去ろうとする。
そこに、窓辺から顔を出した米兵がサブマシンガンを向けて発砲してきた。

「くそ!流石に銃相手じゃ逃げるしかない!」

レニエスは悔し気に言いながら、通りに出て脱出を図る。
通りには人がまだ居たが、先程と比べて行き交う人は少ない。

「おい!止まれ!」

不意に、背後から声がかかる。
先の米兵の仲間が外にも居たらしい。
レニエスは振り返らぬまま、そのまま通りを走り去ろうとした。

(西に行けば、出口がある。そこまで行ければ後は……!?)

彼女は頭の中で脱出路の確認をしていたが、それは唐突に打ち切られた。
眼前には、ハーフトラックを先頭に、戦車も含む完全武装のアメリカ軍部隊が走っていた。
距離はあまり遠くない。

「おぉーい!その着崩した女はシホットのゲリラ兵だ!」

ハーフトラックから顔を出した米兵がMPの声につられ、レニエスに顔を向けた。

「そこの女!止まれ!!」
「!?」

373ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:03:37 ID:pfN/LKiE0
ハーフトラックのM2重機関銃を構えていた米兵がそう叫びながら、機銃を向けた。
レニエスの周囲にいた人々が、巻き添えを避けるためにあっという間に離れる。
彼女は自分が窮地に陥った事を悟った。
ふと、左斜め後ろに路地がある事に気付き、咄嗟にそこへ入っていく。
レニエスが逃げると見るや、機銃手が引き金を引いた。
路地の入口に12.7ミリ機銃弾が着弾し、壁や地面に煙が吹き上がり、大穴が開いた。

「馬鹿野郎!市街地で重機を撃つ奴があるか!!」

後ろから怒声が聞こえるが、レニエスはそれに構わず路地を抜けようとする。
だが……そこから先は行き止まりであった。

「な……あ……」

レニエスは自らの失態を悟った。
彼女は袋小路に入ってしまったのだ。
無意識のうちに腰の鞘から長剣を引き抜き、路地の入口に向き直る。
その先には、M2重機を向けるハーフトラックと、無数のアメリカ兵が銃を構えてレニエスの前に立ち塞がっていた。


パイパーはその銃声を耳にするや、ポリーストとパイルに向けていた笑みを一瞬にして打ち消した。

「銃声!?」

パイルが素っ頓狂な声を上げる。
外から聞こえた銃声は複数であり、連なって聞こえた事からサブマシンガンの類が撃たれたと、パイパーは心中で確信していた。

「一体、外で何が……!?」

374ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:04:24 ID:pfN/LKiE0
ポリーストが眉を顰めながら言うと、またもや銃声が響いた。
そして、外に視線を向けると、店の前で何かが走り抜け、それをMPが追いかける姿が目に入った。
パイルはカメラを携えながら、すかさず席を立ち、店の外に出た。

「お、おい、パイルさん!ああ、もう!」

突然動き始めたパイルを追う為、パイパーは慌ただしく代金を払って後に続き、ポリーストもパイパーの後ろについて、店を後にする。
すると、店から30メートル離れた場所で、急に人だかりが一瞬にして散らばり、ある区画でただ一人だけ取り残された。
水色の長袖に茶褐色のズボンを付けた人物が居るが、どうやらそれが、今回の騒動を引き起こした張本人のようだ。

「そこの女!止まれ!!」

不審人物から40メートル程離れた手前には、ハーフトラックに先導されたアメリカ軍の車列が止まっている。
その機銃手がM2重機関銃を不審者に向けていた。
だが、不審者はそれに応じる事無く、やや後ろの路地に飛び込んで姿を消す。
そこに逃さぬとばかりに、射手が容赦なく機銃弾を数発撃ち込んだ。
路地の入口に白煙が立ち上がり、一瞬だけ煙幕に包まれた状態になる。
ハーフトラックは急発進し、路地の入口にM2重機を向けながら、出入り口を遮るように停止し、その周囲に下車した歩兵がライフルや
カービン銃、30口径機銃等を構えて展開し、逃げ道を塞いだ。
その集団に走り寄ったパイパーは、開口一番に怒声を放っていた。

「馬鹿野郎!市街地で重機を撃つ奴があるか!!」
「あ、これはパイパー中佐!」

指揮官と思しき大尉が、慌てて敬礼する。
よく見ると、その車列はパイパーの所属部隊である第3海兵師団の物であり、彼らはB戦闘団の将兵であった。

「自分はB戦闘団のウェルター大尉であります」
「敬礼はいい!それよりも、どうしてここに居る?」

375ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:04:56 ID:pfN/LKiE0
「自分らはクロートンカ南の演習地に向けて移動するため、基地を出発したのですが、ちょうどこの町の道路が目的地までの近道になりますので、
ココを通り過ぎようとした時に、その憲兵に協力を求められたのです」
「おい憲兵、この騒ぎはなんだ?」

パイパーは、不審者を追っていたMPに状況の説明を求めた。

「は、中佐殿!自分達はミスリアル軍将校殺害の容疑者を追っておりまして、ちょうどこの路地に追い詰めた所です。容疑者はシホールアンル軍
特殊部隊出身の兵のようで、我が方も1名が敵の攻撃で負傷しております」
「ミスリアル軍将校の殺害だと……?その将校の名は?」
「今確認中であります」

パイパーは、久方ぶりの休みをぶち壊しにした下手人の顔を見るべく、ハーフトラックの後ろに回り込んで路地の奥をこっそりと見る。
路地は、入り口から15メートル程の所で行き止まりとなっており、その壁の前に、着崩した銀髪の女性が片手に剣を持ったまま、
その場で立っていた。
水色の長袖は、腹の辺りから大きく左右に開かれており、胸の谷間が露出し、鎖骨もはっきりと見て取れる。
肌は褐色で、両腕や顔の右半分と左の頬からは、何かしらの原因で負傷したのか、うっすらと血を流している。
ボーイッシュ然とした格好だが、剣を握る手は、穴開きの黒い手袋で覆われており、その手袋もどこかボロボロに見える。
銀髪の女性は既に息も絶え絶え、肩で大きく息をしていたが、その双眸は鋭く、その気があれば今にも襲い掛かって来そうな予感がした。

「おい、一体何だありゃ。彼氏とSEXしようとしたらフラれて怒りが爆発したのか?」
「そんなの知らんよ。というか、あれは欲求不満で単に暴れたかっただけじゃねえのか」
「そんなに欲求不満なら、俺のアソコを突っ込んで満足させてやりたいね。あの格好見ろよ、どう見てもヤリ手だぜ」
「ああ。ありゃビッチだな。俺たち全員で相手してやれば、奴さんも満足するかもしれんぞ」

パイパーの後ろで警戒に当たる別の海兵隊員が、好き勝手な事を言っては笑い声を上げて、事態の推移を見守っている。

(まるで野次馬気分だな)

それを聞いた彼は、苦々しい気分になった。
この時、パイパーはパイルの事が気になった。

376ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:05:37 ID:pfN/LKiE0
「そう言えば、パイルさんはどこにいるんだ?」

彼はパイルを探したが、ちょうど、路地の左側の壁を構成する鏡屋に入っていくパイルの姿が目に留まった。

パイルは鏡屋に入ると、店にいる初老の店主に声を掛けた。

「親父さん、少し頼みがあるんだが、いいかね?」
「頼みを聞くのはいいんだが、外では一体何が起こってるんだ!?見てくれ、あんたらの撃った武器のお陰で、壁に穴が開いちまったぞ!」

初老の店主は、外で起きた事件にすっかり狼狽しつつ、50口径弾によって開けられた穴を指差してパイルに怒鳴り散らした。

「そ、その事に関しては、外にいる兵隊さんに言ってくれ。それはともかく、店の奥に縦長の窓があると思うんだが、そこから見える物を
コイツで収めたい」

パイルは、両手に持つカメラを店主に掲げた。

「なので、その窓がどこにあるか教えて欲しいんだが」
「あんた、もしかして噂に聞くカメラマンとか言う奴かい?」
「ああ。その通りだ。正確には従軍記者だけどね」

店主はまじまじと、パイルの全身を見回していく。

「カメラマンさん、こっちだ」

店主は右手を店の奥にかざしながら、パイルを案内する。
店の中には、商品である様々な鏡が置いてあり、足の行き場がその鏡のせいで狭くなっているため、歩くのになかなか苦労させられる。

「気を付けてくれよ。割ったら弁償させるからね!」
「OKOK。充分に気を付けてるよ」

377ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:06:25 ID:pfN/LKiE0
店の中を慎重に歩きつつ、パイルはやっとの事で、目当ての窓辺に辿り着いた。
2つある窓のうち、奥の窓の外には、長剣を片手にアメリカ兵と対峙する銀髪の女性が立っている。
位置的には、女性の左斜めから見る形になるが、距離は思いの外近く、パイルは女性に見つかったらまずいと思い、慌てて物陰に隠れた。

「ヒヒヒ……カメラマンさん。その心配は無いよ」
「え?心配は無いって……どういう事だ?」
「あれはね……ちょっと特殊な作りの窓でね。騙し鏡を使ってるんだ」
「騙し鏡……なんだそれは」

店主はニヤニヤしながら窓辺により、女性に向けて手を振る。
しかし、相手は全く気が付かなかった。

「ちょっとした魔力付加がかかっていて、この鏡は向こう側から見えない作りになっとるんだ。この騙し鏡のお陰で、今までにいいモノが
幾つも見れてきた物さ」


店主はそう言うと、下卑た笑いを浮かべた。

「カメラマンさん、ここからなら存分に写真とやらが撮れるだろう?わしはこの場を提供して、あんたに協力するよ」
「協力、感謝しますぜ」

店主はパイパーに手を振ってから、店のカウンターに戻って行った。

「しかし騙し鏡か……あまり深く考えん方がいいか」

パイルは色々思う所があったが、今は従軍カメラマンとして、その役割をこなす事に集中しようと考えた。

378ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:07:03 ID:pfN/LKiE0
レニエスが追い詰められ、止む無く剣を抜き放ってアメリカ兵達と対峙してから1分程経つと、ハーフトラックに指揮官らしき将校が上がり、
彼女に向けて話しかけた。

「そこのシホールアンル兵!降伏しろ!」

張りのある声音が路地に響く。

「私はこの部隊を指揮するウェルター大尉だ。今降伏すれば、名誉ある捕虜として君を遇する。武器を捨て、我々に投降しろ!」

その凛とした声音に、レニエスはいい声だと心中で感心しつつ、不敵な笑みを浮かべ、ウェルター大尉を見据えた。

「投降だと?ふざけるな!!」

レニエスは右手の剣をアメリカ兵達に向ける。

「中隊長、撃ちますよ!」
「待て!」

逸る兵が発砲しようとするが、ウェルターは制止した。

「繰り返す。直ちに降伏しろ!大人しくすれば、君の命は取らない!」
「ふ……フフフ……」

ウェルターは尚も説得を試みるが、レニエスはそれに応じず、ひたすら不気味な笑みを浮かべる。

(前に居るのは、あの憎きアメリカ軍か……復讐も果たし、もはや、あたしのやる事は無くなった。いっそ突入して敵を何人か道連れに……は、
できないか)

将校は幾度となく降伏を要求する中、レニエスは心中で考えを巡らせる。

379ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:07:38 ID:pfN/LKiE0
(目の前のアメリカ兵達に、最も効果のある嫌がらせは何だろうか……ああ、そうか。ふむ……どうせ、生きる気力も無くなった。ならば……ヤルだけだね)

レニエスは、心中でそう決めると、浮かべていた笑みを消して、アメリカ兵達を睨み据えた。

「聞け!アメリカ兵達よ!」

彼女は、女性らしからぬ肝の据わった大きな声を響かせた。

「私はレニエス・モルクノヌ軍曹だ。ここではっきりと言おう……私は、貴様らに攻撃は仕掛けない。喜べ!」

彼女が発した予想外の言葉に、米兵達は唖然となった。

「では、降伏するか」
「降伏はしない!」

ウェルターの要求を、レニエスはつっぱねた。

「では、何故その剣を下ろさん!」

ウェルターは逆に聞き返すが、レニエスはそれに答えなかった。

「……私の家族は、ランフックに居た。本当の両親では無かったが、彼らは私を実の子のように愛し、育ててくれた。そして、2人の弟も、
一番上の私を実の姉のように慕ってくれた。そんな、何の罪もない家族を……お前たちは爆弾で皆殺しにした!」

彼女は怒気を孕んだ声音で、アメリカ兵達に語り掛けていく。

「アメリカは自由を標榜し、過度な暴力を禁じた近代的な国家であり、蛮族とは一線を画すと聞いていた。だが……ランフックでやった事は、
一体なんだ?帝国本土で行っている事は、一体なんだ?」

380ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:08:20 ID:pfN/LKiE0
レニエスの双眸が更に鋭くなり、その舌鋒にも切れが増していく。

「お前たちの味方は、何の罪も無い無辜の市民を業火で焼き尽くしたんだ!何が近代的な国家だ……貴様らは格好がいいだけで、中身は何も
できない民を嬲って楽しむ、ただの蛮族だ!!」

レニエスの独白に、アメリカ兵達は半ば圧倒されていた。

「そんな汚らわしい蛮族共に、私は決して、降伏などしない!」

いつの間にか、彼女の持っていた剣が青白い光に包まれ、剣先から徐々に赤く染まり始めていた。

「いいか、良く聞け!たとえ、このシホールアンル帝国を下したとしても、貴様らアメリカを狙う国は決して無くなりはしない!なぜなら……
頂点に立つ者は、常にその座を狙われる物だからだ!」

剣先の赤身は徐々に濃ゆくなり、剣の真ん中あたりまで赤く染まる。

「そして、このシホールアンルも……これから先、貴様らの進軍に立ち向かい続けるだろう!帝国が落ち目になろうとも、我が軍の将兵は、
その秘めた決意と共に戦い抜く!」

剣は全体がほぼ赤く染まった。
口上を述べている間に、念導術を発して剣に魔力付加を行ったのだ。
彼女の武器は、その最大の威力を発揮できる状態に仕上がっていた。

「中隊長!奴の剣が……!」

M2重機を構える兵が、機銃を発射しようとする。

「まさか、あいつは剣から何か魔法を出そうとしているのか……!」

ウェルター大尉は、瞬時に自らの失態を悟った。

381ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:09:22 ID:pfN/LKiE0
敵は自らの剣で何かの魔法を出そうとしている!
今までの演説は、その魔法を使える状態にするまでの時間稼ぎだったのだ。
レニエスの顔に、笑みが浮かんだが、ウェルターはその笑みを見て心臓が跳ね上がるような気がした。

(なんて凄みのある顔だ!)

「これは、私の決意だ。アメリカ兵達よ、しかと見届けろ!!」

レニエスは大音声で叫ぶと、剣を両手に持ち替え、素早く上に振り上げた。

(仕方ない!)

大尉は全員に射撃を命じようとした。

「全員、撃ち方」

と言う言葉が出たと同時に、レニエスの腹に、彼女が持っていた剣が深々と突き刺さった。
路地に異様な音が響きわたる。

「うぐ……ぅ……!」
「……え?」

ウェルターは、予想外の光景に体が凍り付いてしまった。
いや、ウェルターのみならず、その場でレニエスの一挙一動に注視していた全員が、時が止まったかのような感覚に見舞われていた。

レニエスの腹には、赤い剣が根元まで突き刺さり、その剣先は背中を突き破り、斜め上に向けて飛び出した血染めの剣が、背後に赤い飛沫を撒き散らした。
刺さった位置は、奇しくもヘミートゥルと同じく、臍のやや上の辺りであった。
刺突の瞬間、レニエスは体中を伝わる激痛に気を失いかけが、寸での所で意識を保つ事ができた。
彼女は、刺した位置に目を向ける事無く、ただひたすら、アメリカ兵達を睨みつける。

382ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:10:20 ID:pfN/LKiE0
(ま……まだ……だ!)

苦痛に見悶えながらも、両足を踏ん張り、柄の辺りまで刺さった剣を強く握り締め、上に押し上げていく。
腹と、背中の傷口が上に斬り広げられ、内臓が体内で剣の刃先に振れ、しばし持ち上げられてからブツブルと切断され、固い腹の筋肉も、剣の刃によって、
薄い木板を切り裂くような感触と共に裂けていく。

「うく……ぐ……っ!」

レニエスは歯噛みしつつ、悲痛めいた声を漏らすが、両手は更に剣をせり上げ、傷口は上に、上にと広がり続ける。
鍛え抜かれた腹筋が、赤い剣によって左右に斬り広げられ、そこから血がドクドクと流れ出ていく。
そして、そこからは血だけではなく、両断された内容物までもが、湯気を放ちながらはみ出て来た。

窓辺の側でそれを見ていたパイルは、レニエスと名乗ったその女性兵の狂気に満ちた行動を目の当たりにして、心中で何故降伏せずに
自殺を選んだのかと叫んでいた。
しかし、従軍記者としての本能が体を無意識のうちに手を動かし、カメラのシャッターを切り続ける。

(なんでそうなる運命を選んだ……死のうとする勇気があるなら、もっと別の事ができる筈なのに!)

目の前のボーイッシュ然とした女性兵士は、自らの体を刺しただけでは飽き足らず、刺した剣で体を更に切り裂いているのだ。
見るに堪えぬ光景だが、パイルは、迫り来る衝撃に屈する事無く、無我夢中でカメラを構え続けていた。


体の中の剣は、胃を切断して更に上がった所で、固い何かに当たって止まる。
それは、自らの胸骨だった。
度重なる激痛で、彼女の全身は痙攣し、意識も途絶えかけていたが、不思議にも、体は望む通りに動き続けていた。
レニエスは、淀む意識の中で、アメリカ兵達が目を見開き、驚きの表情を浮かべるのを見て内心満足した。

「さ……て……これで……仕上げ……だ……!」

レニエスは歯を食いしばり、鳩尾の辺りまで上がった剣に力を籠める。
そして、最後の力を振り絞り、剣を上にせり上げた。
胸骨が刃にあっさりと切れ込まれた直後、圧力に屈して音を立てて砕け、胸の真ん中の皮膚が、胸板の下辺りまで左右に切り裂かれた。
そして、心臓が縦に両断される感触が伝わると、レニエスは顔を上に仰け反らせた。

383ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:10:55 ID:pfN/LKiE0
「か……は……ぁ」

血を吐いた彼女は、胸の谷間までせり上がった剣から手を放し、両脇にだらんとぶら下げる。
そして、顔をガクりとうな垂れさせ、自分の血で濡れた地面に、両膝を付ける。
意識が急速に薄れ、視界が暗くなる。
彼女はふと、好きだった恋人の顔を脳裏に思い描いた。

(いま……そっちに行くから……ね……)

心の中で呟くと、レニエスは半目になり、体の右半身から地面に倒れていった。


ウェルター大尉はハーフトラックから降りると、路地に向けて歩いていく。

「おい。衛生兵!」

彼は、味方が負傷した場合に備えて待機していた衛生兵を呼ぶと、共にレニエスの元へ近付いていった。
大尉は携えていたトミーガンを構えながら、1歩1歩、ゆっくりと近付く。
程無くして、レニエスの傍まで歩み寄った。
辺りには、咽ぶような血の匂いが充満している。
右肩から地面に倒れたレニエスは、自らの血の海に沈んでいた。
大尉はその体にトミーガンを向けていたが、彼女の様子を見てその必要はないと判断し、構えを解いた。
衛生兵が無言で彼女の体を診るが、その酷さに顔をしかめる。
水色の長袖服から露わになった豊満な乳房の間には、剣が柄の辺りまで深々と刺さり、それは腹の傷口と繋がっている。
背中からは剣が飛び出し、背骨に沿う形で一条の傷口が開かれ、そこから流血している。
腹からは、血と臓物が零れ落ち、凄惨な様相を呈している。
体つきを見る限り、女性らしいラインを保ちながらも、兵士として必要な筋肉を身につけているようだ。
恐らく、軍務の合間を縫って体を鍛えて来たのだろう。
女としても、その魅力は充分にあり、平時は男の視線を誘った事は想像に難くない。
だが、彼女は自ら、自らの人生に終止符を打ったのだ。
衛生兵はレニエスの首元に手を当てた後、顔を左右に振り、半目になっていた目を、手でそっと閉じた。
それを見たウェルターは、後ろに振り返り、両手で大きく手を振ってから言った。

「担架とポンチョを持って来い!」

384ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:11:34 ID:pfN/LKiE0
迷彩柄のポンチョ(雨合羽)に包まれた担架が路地裏から運ばれると、配置についていた兵達が再び乗車し始めた。

「凄まじい光景だったな」

遠回しに事件の一部始終を眺めていたポリーストは、気晴らしにタバコを吸うパイパーに話しかけた。

「ヤケクソで攻撃を仕掛けると思ったら、まさかの自害とは」
「酷い光景だよ。せっかくの休日が台なしだ」

パイパーは顔を顰めながらそう答える。
この時、鏡屋からパイルが出て来た。

「パイルさん。何か撮れたかい?」

パイパーは徐に声を掛ける。パイルは渋い表情のまま、彼と同様、タバコを咥えて火を付けた。

「何とか写真は撮った。だが、あそこでハラキリを見せられるとは、まったく思っても見なかった。正直、クレイジーだな」
「この事は記事にするつもりかい?」
「……そこはまだ考え中だ。余りにも衝撃的だったからな」

パイルは肩を竦めながら答える。

「しかし、ジャーナリストは真実を伝えるのが仕事だ。個人的には、この事件の詳細を本国に伝えたいとは思う。だが、その一方で、
彼女の事を考えると、記事にしても良いのだろうか?という思いもある。彼女は彼女で、大分苦しんだ末の行動のようだからね……
まぁ、もう少し考えてから決めるさ」

彼はそう言うと、深く溜息を吐いた。

385ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:12:09 ID:pfN/LKiE0
「パイパー中佐でありますか?」

ふと、パイパーは背後から声を掛けられた。
振り向くと、MPの腕章を付けた中尉が、いかつい顔を上げて尋ねていた。

「ああ。そうだが」
「宿屋で死亡したミスリアル軍将校と、あそこの酒場で会話を交わしたという証言を聞きました。中佐殿、我々にご協力願いたいのですが」
「いいだろう。パイルさんとポリースト中佐も一緒に連れて行くかね?」
「はい。そこのお二方も、我々とご同行願います」

パイルとポリーストは互いに目を合わせてから、仕方なしに頷いた。

「やれやれ……せっかくの休日が台なしだ」

パイパーは忌々し気にそう吐き捨てると、吸っていたタバコを地面に落とし、靴で火を踏み消した。

後に、アーニー・パイルはこの事件の詳細を記事にし、本国で大きく報道された。
1947年には、レニエスの写真はピューリッツァー賞に選ばれ、そのキャプションには「ゲリラ兵の決意」と付けられた。
この写真は、第2次世界大戦を代表する写真の一つとなり、戦後、多くの人の記憶に残る事になる。

386ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:13:17 ID:pfN/LKiE0
1486年(1946年)1月29日 午後1時 ヒーレリ領オスヴァルス

アメリカ太平洋艦隊司令長官を務めるチェスター・ニミッツ元帥は、オスヴァルスにいるアメリカ北大陸派遣軍司令官
ドワイト・アイゼンハワー大将を訪ねていた。
2人は会談の後に昼食を終え、今は食後のティータームを楽しみながら雑談を交わしている。
彼らの表情は、先日に起きたある事件が話題に上ると、次第に暗くなり始めていた。

「……現場ではそのような事があったのですね」
「ホーランド・スミス司令官の報告を見る限りは、凄惨な光景が広がっていたようです。しかし、クロートンカ事件は、本国でも大きな
話題となっています。一般市民の中には、シホールアンルの断固たる決意を垣間見た気がした、という者も現れ始めているようです」

アイゼンハワーは溜息混じりにそう答えながら、本国から送られてきたニューヨークタイムズの新聞に視線を向けた。
クロートンカ事件とは、1月22日に解放の成ったクロートンカで発生した事件で、クロートンカに潜入したシホールアンル軍ゲリラ兵が
ミスリアル軍将校を殺害した後、逃走中にアメリカ軍部隊に追い詰められ、降伏勧告を無視して自殺している。
この25日付けの新聞には、追い詰められた女性兵が、自らの腹に剣を刺し、苦痛に顔を歪めながらも前を睨み据えている写真が一面で掲載され、
見出しには

「シホールアンルゲリラ兵、独白の後の一突き」

という文字が大きく書かれていた。
この報道は、アメリカ本国で大きな話題となり、新聞に書かれた事件の詳細を知った国民の間で議論が巻き起こっていた。
その中には、

「軍が敵の捕虜を追い詰めすぎて、ハラキリを強要させたのだ!」

という軍を批判する声も上がり始めており、軍上層部はその対応に追われているという。
だが、国民の多くは、追い詰めても降伏せず、自らの命を絶った敵兵に背筋を凍り付かせると同時に、覚悟を決めたシホールアンルが、予想される
帝国本土侵攻で死に物狂いの抵抗を行いかねない事態に、憂鬱めいたものを感じ始めていた。

387ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:14:08 ID:pfN/LKiE0
「本国では色々と議論が沸き起こっておりますが、私としては、この事件は様々な要因が重なって起きたと思います」
「と、言いますと?」

ニミッツは怪訝な表情を浮かべながら、発言を促す。

「この事件は、我々連合国が行った行為が原因で起こった物かもしれないのです。まず第一に考えられるのは、現在実施中のシホールアンル本土に対する
戦略爆撃です。自殺したレニエスと言う名のシホールアンル兵は、あの場所で、我が軍の行為を糾弾したと言われています。そして、次に考えられるのが、
同盟国軍将兵が抱える、心の闇です」
「心の闇……ですか?」

アイゼンハワーは頷いてから、言葉を続ける。

「合衆国も加入している南大陸連合は、既に8年以上もシホールアンルと戦っています。この北大陸にいる同盟軍将兵の中には、緒戦から戦い抜いた者も
多数在籍していると聞きます。歴戦の将兵というと、頼りになる印象がありますが、一方では、それは……戦場の闇を多く見てきたという事にもなります」

アイゼンハワーは新聞にある顔写真に視線を向ける。

「クロートンカ事件で殺害されたリヴェア・ヘミートゥル少佐は、ミスリアル軍の中でも歴戦の第8機械化歩兵師団で大隊長を務める程の優秀な軍人で、
ラルブレイト閣下(マルスキ・ラルブレイト大将。ミスリアル軍派遣軍司令官)とも面識があり、彼曰く、優秀なミスリアル軍軍人を具現化したかのような
人物と言われていました。ですが……」

アイゼンハワーは語調を重くしながら、言葉を続ける。

「彼女は、4年近く前のミスリアル本土決戦で、故郷を焼かれ、家族を失ったという辛い過去がありました。その後も、ヘミートゥル少佐は軍に在籍し、
赫々たる戦果を収め続けていたようですが、彼女の部隊は、先月の中旬に行われたシホールアンル軍残党の掃討で、捕虜殺害の残虐行為を行っていた事が
明らかになりました」
「捕虜殺害……」

ニミッツは表情を曇らせる。

388ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:14:49 ID:pfN/LKiE0
「ヘミートゥル少佐は真面目であったが故に、その内心には、敵に対する憎しみを溜め込んでいたかもしれません。それが、先の掃討戦で一気に
溢れ出した可能性が高い……と、私はラルブレイト閣下から、そうお聞きしました」
「もし、そのヘミートゥル少佐が捕虜殺害を命じていなければ、助かった可能性はあると思われますか?」
「ゲリラ兵がどのような動機でヘミートゥル少佐を害したかは不明ですが……もし、ゲリラ兵がその部隊の所属していたのならば、自暴自棄の
復讐に走る可能性はあるでしょう。ですがもし、捕虜として遇していれば……」

アイゼンハワーは、右手の人差し指で、新聞を3度ほど小突いた。

「本国で、このような新聞記事が出る事は無かったと、私は思います」

彼はそう言ってから、新聞を脇に避けた。

「さて、重要なのはここからです。この一件で、同盟国軍内でも同様の問題を抱えている、または、問題が起きつつあるという事が考えられる
ようになりました。今後は、帝国本土での戦いとなり、周囲にいるのは純然たるシホールアンル帝国の臣民ばかりになります。既に、先の
戦略爆撃でシホールアンルの一般市民に多数の犠牲が出ている事は、誠に痛ましい事ですが、逆を言えば、外れ弾の多い爆撃だからこそ、
ある意味仕方ないという諦めも生まれます。ですが……これからは爆撃機のみならず、地上部隊が大挙して敵国本土に押し寄せます。
そこで更なる残虐行為を我が連合軍が行ってしまえば……敵側をより焚き付ける事になり、それは戦線にも多大な影響を及ぼします」

アイゼンハワーは一旦言葉を止め、コーヒーを少し飲んでから続ける。

「そこで、私は連合国派遣軍の司令官をもう一度集め、派遣軍将兵に対する心のケアを重視するように提案するつもりです。要するに、
カウンセリングや、戦闘後のサポートを強化させるのです」
「なるほど……我が海軍も、その面に関しては抜かりのないよう心がけているつもりです。ですが、同盟軍は元々、そう言った考えが
根付いていないのが現状ですからな。それに、我が合衆国軍も努力しているとはいえ、問題は山積みのままです」

ニミッツは腕組をしつつ、渋い表情を張り付かせたままアイゼンハワーに言う。

「とはいえ、不確定要素を減らすためには、必ずやるべき事だと思います。心の闇は必ず取り払うべきであり、それが完全に出来ぬとしても、
せめて和らげるべきです。骨は折れますが、幸いにして、派遣軍の将星達は皆、聡明な方ばかりです」

389ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:15:30 ID:pfN/LKiE0
「そこが救いですな」

ニミッツは微笑みながら、相槌を打った。

連合国派遣軍の司令官達は、それぞれの本国内では一癖も二癖もある軍人として知られているが、実際は聡明であり、アイゼンハワーの
提案にも良く応じてくれていた。
無論、彼らは彼らなりに物事を考え、異論を挟むことも決して少なくない。
だが、アイゼンハワーは、この小さな事件で明らかとなった、連合軍将兵の心に潜む闇を顕在化させないためにも、根気よく彼らに提案し、
説得して行こう……と、心中でそう決意していた。

「私は、戦争終結後に連合軍がシホールアンルと同じになる事は決して望みません。ですが、このまま何もしなければ、他の侵略軍と一緒と
罵倒されるのは必定……となるでしょう」
「その為の改革、という訳ですな」

ニミッツが言うと、アイゼンハワーは深く頷く。

「戦争に勝者と敗者と言う間柄は必ず出る。しかし、勝者だからと言って敗者に対してやりたい放題とは限らない……その考えが広まれば、
後の占領政策も円滑に進むと、私は確信しております」


1486年(1946年)1月30日 午前7時 ヒーレリ領リーシウィルム港

リーシウィルム港には、幾多もの艦船が沖に艦首を向け、煙突から排煙を上げて今しも出港しようとしていた。

「出港用意!」

アメリカ太平洋艦隊所属の第5艦隊旗艦である戦艦ミズーリの艦橋では、第5艦隊司令用長官を務めるフランク・フレッチャー大将が、
周囲の僚艦を双眼鏡で眺め回しながら、出港用意の報告を聞いていた。

390ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:16:24 ID:pfN/LKiE0
「長官、そろそろです」

第5艦隊参謀長であるアーチスト・デイビス少将の声に、フレッチャーは無言で頷いた。
第5艦隊の主力である第58任務部隊は、先の第2次レビリンイクル沖海戦で大きく損耗したが、それ以降は損傷艦の修理と戦力の補充に努めた為、
TF58に在籍する各母艦航空隊はフル編成で出撃が可能となった。
第58任務部隊は現在、正規空母9隻、軽空母7隻を有している。
3日前までは正規空母8隻、軽空母7隻であったが、先の海戦で損傷したリプライザル級空母のキティーホークが、修理を終えて戦列復帰したため、
母艦戦力は16隻に増えた。
TF58はこれらの空母を4つの任務群に分けている。

TG58.1は、正規空母リプライザル、ランドルフ、ヴァリー・フォージ、軽空母ラングレーを主力に据えており、この空母群を戦艦ミズーリと、
重巡ヴィンセンス、軽巡ビロクシー、モントピーリア、サンディエゴと、駆逐艦24隻が護衛する。

TG58.2は正規空母レンジャー、グラーズレット・シー、軽空母タラハシー、ノーフォークを主軸に据え、これを戦艦アラバマ、重巡セントポール、
ノーザンプトン、軽巡フェアバンクス、フレモント、デンバーに加えて、駆逐艦24隻が周囲を固めている。

TG58.3は正規空母サラトガ、モントレイ、軽空母ロング・アイランド、ライトを主力とし、重巡デ・モイン、軽巡ウースター、ロアノーク、
ウィルクスバール、メーコンの他、駆逐艦26隻で構成される。

TG58.4は正規空母キティーホーク、ゲティスバーグ、軽空母サンジャシント、プリンストンを主力としており、この4空母を戦艦ウィスコンシン、
重巡カンバーランド、ボイス、軽巡サヴァンナ、スポケーン、メンフィス、駆逐艦24隻が護衛する。

正規空母9隻のうち、3隻は最新鋭のリプライザル級航空母艦であり、残り6隻も、未だに新鋭艦に部類されるエセックス級空母ばかりである。
航空戦力は総計で1400機にも上り、今回の作戦でも、その威力を大いに発揮するであろう。
双眼鏡を洋上に向けると、既に出港を終えたTG58.2の空母群が、陣形を整えながら沖へ向かいつつある。

「それにしても、久方ぶりの出撃ですな」

デイビス参謀長がようやくと言いたげに、フレッチャーに話しかける。

391ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:17:09 ID:pfN/LKiE0
「陸軍も連合軍と共同で、ヒーレリ領からシホールアンル軍を完全に叩き出したと言います。我々も、これに乗じて暴れ回りたいものです」
「参謀長の言う通りだが、肝心のシホールアンル海軍は既に戦力を消耗している。残りの敵竜母が決意を決めてこっちに向かってくれば、
こっちも多少楽にはなるが」
「決意と言えば……先日のクロートンカ事件の記事を思い出しますな。全く、追い詰められたとはいえ、言いたい放題言ってくれたものです」

参謀長の言葉を聞いたフレッチャーは、苦笑しながら返答する。

「だが、当たっている所もある。我々も油断していたら、敵に痛いしっぺ返しを食らわされるぞ」

フレッチャーは戒めの言葉を発した。

クロートンカ事件の顛末は、第5艦隊内にも伝わっており、将兵の中には、自害したゲリラ兵をクレイジーだと罵倒する者も現れたが、
フレッチャーのように、油断せぬように改めて気を引き締める者も、少なからずいる。
現に第5艦隊は、これまでに敵の主力艦隊と死闘を繰り広げており、多数の僚艦を失っている。
クロートンカ事件の顛末を、戒めとして捉える雰囲気が艦隊内で醸成されつつあった。

「先導駆逐艦、出港します!」

見張りの声が艦橋に響き、フレッチャーは双眼鏡をミズーリの艦首方向に向ける。
先導役のアレン・M・サムナー級駆逐艦4隻が、発行信号を放ちながら外界へと向かっていく。
それにニューオリンズ級重巡のヴィンセンスが続き、僚艦のクリーブランド級軽巡ビロクシー、モントピーリア、アトランタ級軽巡のサンディエゴが後を追う。
ミズーリの発する機関音が徐々に大きくなり、程無くして、艦体がゆっくりと前進を始めた。
艦前部に据えられている2基の48口径17インチ3連装砲は、仰角をやや上げ、砲身は空を睨んでいる。
長い艦首は海水を掻き分け、先導した駆逐艦、巡洋艦の後を追っていく。

「リプライザル、出港開始!」
「ランドルフ、ヴァリー・フォージ、出港開始しました!」

見張り員から僚艦出港の報せが次々と艦橋に伝えられる。

392ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:17:42 ID:pfN/LKiE0
リプライザル級航空母艦のネームシップであるリプライザルは、ミズーリの後に続いて、その巨体を前進させていく。
重量的には、満載時に6万トン以上の重量を誇るミズーリに分があるが、全体的にはリプライザルが大きい。
特に、飛行甲板も含めた艦の長さは295メートルと、リプライザルの方が長い。
その威容は、合衆国海軍の期待を担った新鋭艦に相応しい物であった。
後に続くエセックス級空母のランドルフとヴァリー・フォージも、体のでかい後輩に負けじとばかりに、誇らしげに洋上を航行する。
後続するインディペンデンス級軽空母ラングレーは、それらに追随する従者と言った感があるが、1943年に初陣を飾って以来、幾つもの大海戦に
参加した歴戦の軽空母だ。
乗員から「ラッキー・ラングレー」というあだ名を頂戴した軽空母は、今回もまた、その任を十二分に果たすべく、威風堂々と出港しつつあった。

ミズーリはリーシウィルム港を出港した後、時速12ノットで所属する僚艦と共に輪形陣を組みながら航行を続ける。

「長官。今回は敵の本土西岸部の拠点を順次攻撃する予定ですが……昨日の会議で、状況次第ではルィキント列島ならびに、ノア・エルカ列島の爆撃も
考慮すると言われていましたな」

デイビス参謀長の問いに、フレッチャーは頷いてから答える。

「同地点には、現在、潜水艦部隊が進出して海上交通路の寸断に当たっているが、敵が何らかの対応策を行った際、通商破壊に支障を来す可能性がある。
例えば、針路を大きく北に大回りさせ、本土と列島の直通路は使わない……と言った感じに」

フレッチャーは、右手で大きく半円を描いた。

「だが、元を叩いてしまえば、そんな事をする余裕は無くなる。聖地であった辺境の島にまで空母機動部隊が襲撃してくる……敵からしてみれば、
溜まったものじゃないぞ」
「まさに、悪夢と言えますな」

デイビス参謀長は、唯一の聖地すら、高速空母部隊の射程に捉えられたシホールアンルに対して、ある種の同情すら感じていた。

「とはいえ、ルィキント列島とノア・エルカ列島の攻撃はまだ決めてはいない。まずは、沿岸部を叩いて、そこから天気と相談してから決める事だな」

フレッチャーはそう言ってから、視線を空に向ける。
空は久しぶりに晴れ渡っていた。
本来なら、第58任務部隊は1月22日に出港をする筈であったが、進出予定の現場海域が予想以上に荒れ続けていたため、出港日は延期となった。
陸軍が地上戦で活躍を続けている間、待機を続けていた艦隊の将兵は切歯扼腕の想いで天候の回復を待っていたが、今日、それがようやく叶う事となった。
また、出港日が繰り延べになった事で、キティーホークという強力な援軍を迎え入れる事も出来た。
キティーホークは先の海戦で、思わぬ損傷を追って戦線を離脱したが、本国での修理を終えて前線復帰を果たしたのだ。
今日の好天は、戦力を再編したTF58の出港を祝っているかのようであった。

「さて……今度はこちらの決意を見せる時だな」

フレッチャーはミズーリの動揺に身を任せつつ、小声でそう呟いていた。

393ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 20:18:33 ID:pfN/LKiE0
SS投下終了です。

394名無し三等陸士@F世界:2018/06/29(金) 22:24:18 ID:7GZKSXek0
乙です。
レニエスの言い分はわからんでもないが、一応仕掛けてきたのはお前達シホット側なんだぜ?
それとも情報は末端兵のレニエス達には伝わってなかったのか?
情報統制敷かれてた場合は一番惨めだろうな。

ただシホットの執念というべきものを理解したとしても、彼らが敗戦後にまってるのは地獄しかないだろうな。
生き残ってる働ける層の若者達の人数を考えると執念でなんとかなるとはもう思えないな。

395名無し三等陸士@F世界:2018/06/29(金) 22:48:20 ID:xcVmLF4g0
乙でした
二人の復讐者(アヴェンジャー)、どちらも真っ当な死に方は出来なかった(しなかった)か
だがそれが復讐者という存在が均しく背負う運命なのかも知れない…

しかしこの一件、メディアに取り上げられた結果これほどまでの影響を及ぼすとは
ペンは剣よりも強し(この場合はカメラですが)とはまさにこのことか

396名無し三等陸士@F世界:2018/07/03(火) 07:21:24 ID:QFrqX0M20
あ、あれ?
更新されてる。。。。

なんだこれ、神か?

397名無しさん:2018/07/08(日) 21:01:23 ID:bwOFyX2Q0
全く、さっさと殺しておけばよかったのに

ならば、二度と立ち上がらないように徹底的に叩き潰すのみだ

398名無し三等陸士@F世界:2018/07/08(日) 21:13:25 ID:Jc/oq3m20
彼らも我々と同じように祖国を愛し、家族を愛している。だから彼らに最高の敬意を払い、細心の注意をもって…皆殺しにしろ…  師団長ヴァンデグリフト少将(ジパング)

この言葉はいいよな

399名無し三等陸士@F世界:2018/07/12(木) 00:24:50 ID:Z7mT7VDw0
投稿乙

ある意味恨みつらみが浅い、新参者の米軍が侵攻軍の中心だから
この程度で済んでる。って感じなんだよな。

もしソビエトポジの国がこの世界にあったら今頃犠牲者数一桁多かったろうな…

400名無し三等陸士@F世界:2018/07/13(金) 00:58:03 ID:Z7mT7VDw0
戦後には『非人道的魔法兵器全面禁止条約』とかできそうとかふと

401ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:23:13 ID:ATfagNLg0
皆様レスありがとうございます!

>>394氏 特殊部隊出身とはいえ、彼女は末端兵ですから上から伝えられる情報も多くは無かったですね
開戦の理由などは都合よく伝えられているだけですので

>敗戦後
罪深き先人達の愚挙として糾弾される事もあり得そうです
国土は開戦前と比べても、既に荒れまくっておりますから、もう悲惨な物です

>>395氏 >しかしこの一件、メディアに取り上げられた結果これほどまでの影響を及ぼすとは
内容からしても非常にショッキングでしたからね。ただ、連合軍側での綱紀粛正も進むでしょうから、
ある意味ではいいタイミングで起きた事件とも言えるでしょう。

>>396氏 お待たせいたしました。ごゆるりとお楽しみください

>>397氏 石器時代に戻してあげましょう(鬼畜

>>398氏 その言葉、自分も好きですね。海兵隊らしさが前面に押し出されている感じが特にいいです。

>>399氏 >もしソビエトポジの国がこの世界にあったら今頃犠牲者数一桁多かったろうな…
そんな国があったら、戦場のみならず、普通の市街地でももっと悲惨な状況になってましたね。
占領地での略奪暴行なんかは当たり前でしょうし。

>>400氏 フェイレに施されたような戦略級魔法は、間違いなく禁止にされるでしょうな。

402ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:37:14 ID:ATfagNLg0
それでは、これよりSSを投下いたします

403ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:38:17 ID:ATfagNLg0
第287話 狭間の国の使者

1486年(1946年)2月1日 午前8時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

シホールアンル帝国首都ウェルバンルの北1ゼルドのホメヴィラと言う集落に差し掛かった馬車は、そこで首都方面より
出てくる避難民の群れに巻き込まれた。
それまで快調に進んでいた馬車は急に速度を緩め始め、程無くして止まってしまった。

「特使殿!申し訳ありませんが、しばらく通りの流れが悪くなります!」

御者台に座る男が、内装の施された車内に向けてそう伝える。
馬車に乗る2人の男は、それを聞いても特に気にする様子は無かった。

「相分かった。道を行く民に気を付けながら動かしてくだされ」

黒い三角状の帽子を被った2人の男の内、茶色を基調とした、特徴のある服装をした男が顔に笑みを交えながら、御者にそう返す。

「了解いたしました」

返事を聞いた御者は、そのまま前に向き直った。
もう1人の男は、一旦窓に顔を向け、複雑そうな表情を浮かべてから、仕えている彼に顔を向ける。

「若殿、見て下さい。シホールアンルの民が大勢、家財道具を抱えて都から逃れております……ウェルバンルは、シホールアンル随一の都の筈ですが」
「うむ……やはり、見通しが暗いのであろうな」

若殿と呼ばれた男は、鼻の下に整えた髭を触りつつ、付き人である彼に言う。
若殿……もとい、イズリィホン将国特別使節であるホークセル・ソルスクェノは、特に何も感じていないような口調で部下に言いはしたが、
彼も内心では、世界一の超大国であるシホールアンルで見るこの光景に、心の中で驚きを抱いていた。

404ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:38:51 ID:ATfagNLg0
「となると……幕府上層部はやはり、この国を」
「クォリノよ。ここはこれぞ……?」

彼は、クォリノと言う名の付き人に対し、自らの口の前に人差し指を置いた。
特別使節補佐兼、ソルスクェノの付き人であるクォリノ・ハーストリは、それを見て軽く咳ばらいをした。

「は、少し口が過ぎましたな」
「とはいえ、そちがそう思うのも無理からぬ事だ。幕府の言う事も、ようわかる」

ソルスクェノは、先日受け取った本国からの通信を思い出し、頷きながらそう言う。

「しかし、これでイズリィホンに戻れますな。実に6年ぶりでございますか……大殿や奥方様も、今頃は首を長くして待っておられる事でしょう」
「おいおい、気の早い奴よ」

ハーストリの言葉に、ソルスクェノは思わず苦笑してしまった。
2人は雑談をかわして暇を潰していくのだが、馬車は避難民の列に引っ掛かったまま、思うように進まなかった。
そのまま10分程過ぎた時、それは唐突に始まった。
馬車の外から、急に異様な音が響き始めた。

「これは……」
「若殿!」

ハーストリは、血相を変えてソルスクェノと目を合わせた。

「くそ!こんな時に空襲警報か!!」

御者台にいた国外相の男が苛立ち紛れに叫びながら、馬車を道の脇に止める。
そして、慌ただしく御者台から降り、馬車のドアの向こうから避難を促した。

405ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:39:26 ID:ATfagNLg0
「特使殿!空襲警報が発令されました!これより最寄りの退避所まで走りますので、馬車から出て下さい!」

2人は、互いに目を合わせたまま頷くと、ハーストリが先に立って、ドアを開いた。
周囲にいた人だかりは、突然の空襲警報にパニック状態に陥っていた。
そこに現れた2人は、一瞬ながらも周囲の注目を集めた。
視線が集中するのを感じた2人は、半ば恥ずかしい気持ちになるが、それも空襲警報のサイレンと共にすぐに消えうせた。

「さあ、こちらへ来てください!」

2人は、御者の男に先導されながら、待避所まで走った。
程無くして、官憲隊が開放してくれた半地下式の防空待避所の傍まで走り寄った。

「来たぞ、あれだ!」

官憲隊の若い男が、空を指差しながら叫んだ。
ハーストリとソルスクェノは、男の言う方向に目を向ける。
冬晴れと言える心地の良い青空には、南の方角から無数の白い線が伸びつつあり、それはウェルバンル方面に向かいつつあった。
彼らは知らなかったが、この時、南方より出現したB-36爆撃機40機が、首都周辺に残存する戦略目標を叩く為、
飛行高度14000を保ちながら目標に接近しつつあった。

「あれが、音に聞こえるアメリカと言う国の……」
「特使殿!まもなく敵の爆撃が始まります。急いで中に!」
「う、うむ!」

ソルスクェノは、御者に勧められるがまま中に入ろうとしたが、何かを思い出し、その場に踏み止まった。

「クォリノ!例の物は持っているか!?」
「若殿!抜かりなく!」

406ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:40:04 ID:ATfagNLg0
ハーストリは、背中に抱いた貢ぎ物をソルスクェノに見せた。

「よろしい!中に入るぞ!」

空襲警報のサイレンを聞きながら、2人は待避所の中に入っていった。
内部には、既に避難してきた住民が溢れんばかりに入っており、2人は御者と共に、窮屈な中で爆撃が収まるのを待ち続けた。

どれほど待ったのかは判然としなかったが、唐突に大地が揺れ動き、次いで、轟音が響くと、ソルスクェノは自らの鼓動が急に
高まるのを感じた。
伝わって来る衝撃は大きく、待避所の内部が揺れ動くたびに、天井の埃が上から落ちてくる。

(これが、空襲という物か……なんて恐ろしい物じゃ)

ソルスクェノは心中で、恐怖を感じていた。
祖国イズリィホンでは、名のある武家の後継ぎとして多くの事を学び、その中でも武芸の類は小さい頃から習得に励んできた事も
あって、どのような状況においても冷静になれるとの自負があった。
だが、今……ソルスクェノは、異界の国が作った、戦略爆撃機の空襲から逃れ、どこかで炸裂する爆弾の振動や衝撃に体を小さく
して堪えるだけだ。
昨年12月のウェルバンル空襲も、彼は自らの目で見、計り知れない衝撃を受けたが、あの時は遠巻きに見ているだけであり、
危険範囲内にはいなかった。
しかし、今は違う。
今日体験する爆撃は、自分達も巻き添えを受けた物だった。
唐突に、一際大きな爆発音が響き、待避所内がこれまで以上に大きく揺れた。
中では悲鳴が起こり、赤子の鳴き声も響く。

(爆撃という物は、やたらに外れ弾が出るとも聞いている。という事は、わしが隠れているここに爆弾が落ちるという事も……)

ソルスクェノはそう思うと、背筋が凍り付いた。
実際、過去の爆撃では、防空壕や待避所に爆弾が直撃し、多数の民間人が死亡した事例も発生している。
彼は、爆弾炸裂に伴う揺れが続く中、ただひたすら、自分達が生き残る事を祈り続けた。

407ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:40:47 ID:ATfagNLg0
それから20分後……
真冬であるにもかかわらず、大勢の人で詰まった待避所の内部は暑苦しかった。
しかし、空襲警報解除の報せが伝えられると、2人はようやく外に出る事ができた。

「ふぅ……全く、肝を冷やしますな」

ハーストリは、額の汗を拭いながらそう言うが、隣のソルスクェノは、ある方角を見たまま立ち止まってしまった。

「……若殿。如何なされました?」
「クォリノよ……武士という者は、死を恐れてはならぬと古来より教えられている物じゃが……」

彼は目を細めながらクォリノに言いつつ、北の方角に右手を伸ばした。
その方角からは、幾つもの黒煙が立ち上っている。

「手も足も出ぬまま、空から一方的に狙われるのは恐ろしい物だ。見よ、あの惨状を」
「確か……そこにはさほど大きくはないとはいえ、この国の工場が幾つか建てられておりましたな」
「高空から来た爆撃機とやらは、どうやら、あの工場を叩いたそうじゃな。クォリノよ……この惨状を見て、そちはどう思う?」
「は………幕府上層部のご指示は、正しかったと思われます。あの煙の下には、工場だけではなく、民の暮らす家々も数多にあったはず……
恐らくは、上方も、我々が巻き添えを食らう事を恐れて」
「ふむ……わしは、もっと見たかったのだが……この国の行く末を……のう」

彼は、懐から扇を取り出すと、それを広げて自らの顔に向けて仰ぐ。

「特使殿!敵の爆撃機は退避行動に移りました。国外相へ移動を再開いたします故、馬車へお乗りください」
「うむ、それでは」

御者に勧められると、ソルスクェノはパチンという小さな音と共に扇を閉じ、袴の内懐に収めた。
程無くして、馬車に戻ると、御者が扉を開けて2人を招き入れた。

408ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:41:30 ID:ATfagNLg0
御者は扉を閉めながらも、上空に顔を向け、苛立ったような表情を見せた。
高空には、無数の白いコントレイル(飛行機雲)がまだ残っており、そのやや下では、高射砲の炸裂した黒煙が見える。
その下の空域には、迎撃に向かった10機前後のケルフェラクが編隊を維持しながら、魔道機関特有の爆音を響かせて飛行していた。

「畜生!届かない高射砲を撃ちまくって、敵の高度に辿り着けない飛空艇は遊覧飛行をするだけか……!」

御者は苛立ち紛れにそう吐き捨てながら、御者台に座って馬を前進させた。


午前8時45分 首都ウェルバンル 国外省

国外相の正面前まで辿り着いた一行は、職員の案内を受けながら、館内の応接室前まで歩いた。
2人は、袴に頭に付けた烏帽子といった、シホールアンル国内では滅多にお目に掛かれないイズリィホン国武士が身につける服装のため、
国内省の面々からは道中、注目を集めていた。
応接室前まで到達した2人は、ふと、部屋の内部から荒々しい声が響いているのに気付いた。

「ん……?若殿」
「ああ、何やら聞こえるが……」

2人は小声で言い、互いに頷き合うと、そのままの態勢で室内に聞き耳を立てる。

「敵機動部隊がまた首都方面に接近しつつあるだと!?それで、また退避命令か!」
「前回のように、官庁街に敵の艦載機が向かってくる可能性もあります。ここは軍の指示通りにされるのが良策かと」
「く……仕方ない。私はこれから大事な客人と合わなければならん。今は軍の指示通りに動く事にし、後に詳細を詰める事にする」
「了解いたしました」

部屋の中から聞こえる会話はそれで終わり、程無くしてドアが開かれた。
中から、職員と思しき男が会釈しながら退出し、かわって、2人に付き添っていた職員が手をかざして入室を促した。

409ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:42:11 ID:ATfagNLg0
「お待たせいたしました。どうぞこちらへ……」

2人は入室すると、居住まいを正したグルレント・フレル国外相が満面の笑顔を浮かべて出迎えた。

「これはこれは、ソルスクェノ特使!お久しぶりでございます」
「国外相閣下、お久しゅうございます。国外相閣下におかれましては、お変りも無く」

ソルスクェノとフレルは、挨拶を行いつつ、固い握手を交わした。

「ささ、どうぞこちらへ」

フレルは、室内のやや奥に置かれた2つのソファーの内の1つに2人を座らせると、彼はその対面に座った。

「いやはや、こうしてお顔を合わせるのは、実に2年ぶりになりますかな」
「は。その通りです。それがしも、あの日からもう2年経ったのかと、いささか驚いております」
「もう2年……短いようで長い。しかし、長いようで短いのか……まぁそれはともかく、敵爆撃機の襲来もあるこの情勢の中、
使節館より足を運ばれて頂いた事に、心から感謝しております」

フレルは感謝の言葉を述べてから、本題に入った。

「さて、本日お二方にお越し頂きましたが、あなた方から直接、私にお話ししたい事があると聞き及んでおります。そのお話したい事とは、
一体何でしょうか?」
「は……先日、幕府外務所より命令を承りました。その命令でありますが……それがしは使節館の共を率い、此度の任期満了を待たずして
イズリィホンに帰還せよ、との命令をお受けいたしました」

ソルスクェノは懐から、白い包みを取り出し、それをフレルに手渡した。
フレルは、それを両手で取ると、包みを開き、その中にある折り畳まれた白い紙を開いて、黒い墨で書かれた文字をゆっくりと呼んでいく。
書かれた文字はシホールアンル語である。

410ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:42:53 ID:ATfagNLg0
「なるほど。つまり、離任の挨拶に参られた、という事ですな……」

文を読み終えたフレルは、しばし黙考する。

「貴国外務所の判断は正しいと、私も思います」

彼は顔を上げてから、ソルスクェノにそう言った。

「我がシホールアンル帝国は、不本意ながらも、南大陸連合軍相手に不利な戦を強いられています。貴方達も、昨年12月に起きた首都空襲や、
断続的に行われている、首都近郊の戦略爆撃は目にしておられる筈です。その現状を知った貴国上層部が帰還命令を出すのは当然の事であると、
私は思います」
「国外相閣下。我が祖国イズリィホンとシホールアンルは300年の間、友好国として関係を深めてまいりました。いずれは、軍事同盟を結び、
戦の際は迷う事無く陣に赴き、ともに轡を並べて、雄々しく戦場を駆け抜ける事を夢見ておりました。ですが、それも叶わず……終いにはこのような
事に至り、面目次第もござりません」

ソルスクェノは、沈痛な面持ちで謝罪の言葉を述べる。
だが、フレルは頭を左右に振りながら口を開いた。

「いえ、それは違いますぞ、特使殿。この度の現状は……いわば、シホールアンルに対する罰なのです。そう……業を背負いすぎた偉大なる帝国が
受ける罰です。ですが、友好国の使節の方々にまで、我が国はその罰の巻き添えを負わそうとしている。特使殿、あなた方は悪くありません。
むしろ、悪いのは……このシホールアンルなのです」

彼は深く溜息を吐く。

「思えば、シホールアンルは北大陸を統一した時点で、歩みを止めるべきだったのかもしれません。ですが、それだけでは満足できずに、更にその
先へと足を運んだ。そして、行きつく先がこの現状となるのです。貴国上層部の判断は正しい。私は……その判断を尊重いたします」
「国外相閣下……」

ソルスクェノは顔を上げて、フレルを見つめる。

411ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:43:24 ID:ATfagNLg0
柔和な笑みを浮かべるフレルには、前回会った時に感じた刺々しさは完全に失せており、今では顔全体に疲れが滲んでいるように見える。
傍から見ても、フレルが内心苦悩している事が容易に想像できた。

「……わがイズリィホンが、貴国との友好関係を結んだのは今から300年前。きっかけは、沖合で難破した貴国の船の乗員を、イズリィホンの民が
救助した事でございました。以来、イズリィホンとシホールアンルの関係は深まり、様々な面でご支援を賜ってまいりました。それがしも、この国に
来てから多くの事を見て学び、各所で見聞を広めてまいりましたが、ただただ、シホールアンルと言う国の大きさに圧倒されるばかりでした。
そのシホールアンルが、異世界から来たアメリカと言う名の国に追い詰められつつある……それがしは、今もその事が夢のようであると思うております」
「若殿……」

ソルスクェノの言葉に含まれていたある部分に、ハーストリは血相を変えた。
彼は慌てて何かを言おうとしたが、それを察したフレルが片手を上げて制した。

「ハーストリ殿。大丈夫ですぞ」
「国外相閣下……!」

フレルは、何故か清々しい表情を浮かべていた。

「さすがは、イズリィホンの中でも有数の武家であるソルスクェノ氏のご子息だ。次期棟梁と呼ばれるだけあり、やはり聡明なお方ですな。
南大陸軍が実質的に、アメリカ軍が主導している事もご存じのようで」
「は……それがしの知識は、風の噂を聞き続けた程度ではござりますが……その噂の中でも、アメリカという国に関する噂は興味が尽きませぬ。
あれほど、烏合の衆とまで呼ばれた南大陸連合の軍勢が、何故、再び息を吹き返し、この北大陸に押し掛けて来たのか。そして、その軍勢に多くの
戦道具を与えながらも、自らの軍にも十分な武具を揃える事ができる、その力……!」

ソルスクェノは次第に語調を強めていく。

「それがしは、その果てしない力を持つアメリカを知りたいと、心の底から思うております。狭間にあるイズリィホンの将来の為にも」
「なるほど……しかし、イズリィホンは尚武の国。これまでに、フリンデルドを始めとする諸外国の侵攻を全て阻止した実績があります。
貴国の軍は強く、数も多いと聞く」

412ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:44:03 ID:ATfagNLg0
「軍は確かに強い。されど、過去のそれは、島国という特徴を活かした事で得た勝利でもあります。兵の扱う武器は依然として、旧態依然とした
ままでございます。もし、イズリィホンがアメリカと戦を行えば……」

ソルスクェノは、しばし間を置いてから言葉を続ける。

「国は一月と持たずに、アメリカに攻め滅ぼされる事になりましょう」

その言葉を聞いたフレルは、ソルスクェノに半ば感心の想いを抱く。
同時に、あの時……シホールアンルにも彼のような冷静さと、探求心があればという、強い後悔の念が沸き起こった。

「今の所、イズリィホンは貴国のみならず、200年前は敵であったフリンデルドとも国交を結び、よしみを深めてまいりました。しかし、
国際情勢という物は移り変わりがある物でございます。今こうしている間にも、イズリィホンを取り巻く環境は変わりつつあると、考えております」
「……正直申しまして、特使殿の考えはよく理解できます。思えば、私も特使殿のように、よく考え、良く判断できれば……と思う物です」

フレルが言い終えると、ソルスクェノは無言で頭を下げた。
顔を上げた彼は、改まった表情を浮かべながら口を開く。

「幾ばくかお話が長くなり、申し訳ございませぬ。さて、此度の儀につきましては、ご多忙の中お会いして頂き、感謝に耐えませぬ」
「いえ。こちらこそ、空襲警報が鳴る中、郊外より端を運んで頂いた事には、深く感謝しております。特使殿、この離任の挨拶の後ですが、国を
離れるのはいつ頃になられますかな?」
「準備が出来次第、早急に移動するように言われております故、さほどを間を置かぬ内にお国を離れるかと思います」
「それがよろしいでしょう」

フレルは顔を頷かせながら相槌を打つ。

「軍の情報によりますと、敵の機動部隊がシギアル沖に向かっているようです。昨年12月のような大空襲も予想されますので、なるべく早い内に、
首都を離れられた方がよろしいでしょう……それから、お国の帰還船はどちらから出られますかな」

413ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:44:49 ID:ATfagNLg0
「予定では、北西部の一番北にあるミロティヌ港で船に乗り、祖国へ向かう事になっております。万が一の場合を避けるため、ルィキント、
ノア・エルカ列島付近は大きく北に迂回する航路を取る予定になっております」

一瞬、フレルは眉を顰めたが、すぐに真顔になって頷く。

「アメリカ海軍は北西部沿岸部のみならず、同列島の中間地点にも潜水艦を差し向けておりますからな。妥当な判断と言えるでしょう」
「は……それでは国外相閣下。それがしはこれにて帰国いたしまするが、最後にお渡ししたい物がございます」

ソルスクェノは隣のハーストリに目配せする。
ハーストリは傍らに置いてあった、紫色の棒状の包みを手に取ると、それを両手でソルスクェノに渡す。
ソルスクェノも両手で受け取ると、ゆっくりとした動作で、フレルに差し出した。

「これは……?」
「貢ぎ物でございます」

フレルは困惑しながらも、恐る恐ると手に取った。
包みを取ると、中には剣が入っていた。
剣は、柄に質素ながらも、白と茶色の模様が付いており、それは半ば湾曲していた。
イズリィホンの特徴である湾曲した剣は、イズリィホン軍の将兵の主要武器として採用されており、その切れ味は他に類を見ないと言われている。
鞘から剣を抜くと、銀色の刃が現れる。
剣は光に反射して美しく光り、その滑らかな刃は、長い時間見つめても飽きを感じさせないような気がした。

「これを、私に……?」

フレルの言葉に、ソルスクェノは無言で頷く。
噂では聞いていたイズリィホンの太刀を、初めて間近で見たフレルは、その美しさに見とれていたが、程無くして我に返り、剣を鞘に納めた。

「よろしいのですか?このような、立派な剣を……」

414ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:45:31 ID:ATfagNLg0
「構いませぬ」

ソルスクェノは微笑みながら言葉を返す。

「その剣は……太平の剣と呼ばれた物でございます。わがソルスクェノ家伝来の剣で、父上から餞別として譲り受けたものですが……その剣が
作られたのは、今から300年程前でございます。作られた当時、ソルスクェノ家は田舎の小さな一豪族にしか過ぎませんでしたが、それ以降、
我が一族は幾つかの戦乱を経て、今日のように幕府の要職を任されられる程の大名にまでなりました。その時の流れを、代々の当主と共に経て来た
この剣ですが……実を言いますと、この剣は人を斬った事が一度もないのです」
「なんと……」

その信じられない事実に、フレルは目を丸くしてしまった。

「し、しかし……この剣は当主に代々受け継がれてきた物だと……」
「それがしはそう申しました。ですが、この剣は不思議と、戦場において抜かれる事がなかったのでございます。ある時は、敵の軍勢が逃げてしまい、
戦が終わった。ある時は、戦が始まる前に敵を調略して戦わずに済んでしまった。また、ある時は、剣を一時的に紛失してしまい、代わりの剣で
戦場に臨んだ等々……不思議な事に、人を斬る機会を逸し続けたのでございます。そして、先代当主においては、この剣を持つと何かしらの不幸が
起きると決めつけ、別の剣を刀匠に鍛えさせた末に、この剣を、蔵に押し込んでしまったのです」

それまで、淡々と話していたソルスクェノは、途端に表情を暗くしてしまう。
だが、彼は何事も無かったかのように、表情を明るくして言葉を続ける。

「しかしながら、現当主である父は、それがしがシホールアンルに赴任する前に、「この剣は、遥か昔に鍛えられて以来、一度も人を斬る事は無かった。
何故、斬れなかったか分かるか?それは……この剣が戦を嫌う、太平の剣であるからだ」と、それがしに申したのでございます。父がこの剣を渡したのは、
未だに戦を行うシホールアンルで、それがしが災いに巻き込まれないで欲しい……と、願ったからではないのかと思うのです」
「……」

フレルは、無言のまま剣を見つめ続ける。
そのフレルに向けて、ソルスクェノは言葉を続けた。

415ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:46:06 ID:ATfagNLg0
「今、貴国は文字通り、民草をも挙げての大戦を行われております。国外相閣下も、いつ果てるとも知らぬと思われている事でしょう。
しかしながら……始まりがある物には、必ずや、終わりが来る物でございます。それ故に……」

ソルスクェノは、一度は剣に視線を送る。
そして、再びフレルと目を合わせた。

「それがしは、大戦の終わりを切に願いたく思い……この太平の剣をお渡ししたのでございます」
「そう……でしたか……」

フレルは、思わず言葉が震えた。
しばし呼吸を置くと、フレルは語調を改めて、ソルスクェノに返答する。

「この貢ぎ物。謹んでお受けいたします」

フレルは、太平の剣を両手で掲げながら、感謝の言葉を送った。
彼の言葉を聞いた2人も、深々と頭を下げた。

「それでは、我らはこれで」

2人は立ち上がると、室内から退出しようとした。
ソルスクェノが部屋から出かけたその時、フレルは彼を呼び止めた。

「特使殿!」
「……は。国外相閣下」

ソルスクェノは振り返り、フレルと目を合わせた。

「シホールアンルとイズリィホンの関係が今後も続く事を、私は心から願っております。例え……帝国でなくなったとしても」

ソルスクェノは数秒ほど黙考してから、言葉を返した。

「それがしも、貴殿と同じ思いでございます」

416ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:46:50 ID:ATfagNLg0
国外相本部施設を出たソルスクェノらは、午前10時30分には北に5ぜルド離れた町にある、イズィリホン将国使節館に戻っていた。
馬車から降り、地味なレンガ造りの使節館に入った彼は、一室にハーストリと共に入室し、室内にある椅子に腰を下ろした。

「若殿、帰国準備は順調に進んでおるようです。この分なら、一両日中には出立できるかと思われます」
「うむ。いよいよ、この地から離れるのだな……」

ソルスクェノは感慨深げな口調で返しながら、脳裏にはこの国で見てきた事が次々と浮かんでいた。
初めて目にする大きな軍艦や、イズィリホンとは違った街並みには心を大きく揺り動かされた。
シホールアンルで見る物全てが、イズィリホンには無い物であり、超大国とはこうである物かと、何度も思い知らされてきた。
だが、ソルスクェノは、シホールアンルと言う国の在り方や、文化を見て学んだだけでは無かった。
彼は、シホールアンルが指揮する対米戦を直接見た訳ではなく、目にした物と言えば、アメリカ軍機の爆撃を受ける街並みぐらいだ。
だが、彼は戦のやり方が従来の物と比べて、大きく変わったという事を肌に感じていた。
それに初めて気づいたのは、昨年12月に、首都周辺を散策していた時に遭遇したあの空襲を見てからだ。

「クォリノよ。わしは、国に帰ったら……この国で見た事を全て話すつもりじゃ。国に帰れば、執権を始めとする幕府のお歴々と会見し、
そして、父上とも話し合うであろう。そこで、わしははっきりと申し上げる」
「若殿……それがしは、大殿はまだしも……幕府の上方が話の内容を完全に理解できるとは思えませぬ。逆に、幕府上層部から、法螺を
吹聴するなと言われるかもしれませぬぞ?」
「何故じゃ。わしは見てきた事、わしの心で感じた事を、包み隠さず話すだけじゃ」
「しかしながら、幕府は若殿の話を理解できましょうか……幕府の猜疑心は強い。今まで、謀反の疑いを掛けられ、族滅の憂き目にあった
御家人や、大名は少なからずおります。若殿が、このシホールアンルでの出来事を執拗に公言しようとすれば、国の不安を煽るものと見なされ、
最悪の場合は謀反を起こし、幕府を揺るがそうとする!と、捉えかねませぬが……?」
「幕府の名誉を選ぶか……わしの命……いや、ひいては、ソルスクェノ一門の命、いずれかを選ぶという事になる。そちはそう言いたいのだな?」
「御意にござります」

ハーストリは深々と頭を下げた。

417ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:48:00 ID:ATfagNLg0
「……祖父は一門を救うために、自ら命を絶たれた。謀反の疑いを晴らすために……確かに、ソルスクェノ一門の運命は、父や、わしに掛かっている
とも言える」

ホークセルは顔を俯かせるが、すぐに上げて、ハーストリを見つめる。

「だが、今の情勢は……幕府だの、一門だのと言っている場合ではない。イズィリホンは文字通り、大国の狭間と言える国じゃ。北には、急速に
発展しつつあるフリンデルドに、東にはシホールアンルがおる。いや……おったのじゃ。敵であったフリンデルドがイズィリホンとの関係を良好に
したのは、シホールアンルの機嫌を伺っての事。しかしながら、機嫌を伺ったシホールアンルは、もはやこの有様じゃ」

彼は、頭の中で浮かぶ地図の一部分に、大きく斜線を引いた。

「幕府の名誉や、一門の名誉にこだわる事は、もはや小さき事に過ぎぬ。これからは……イズィリホンという国家の事を考えなければならぬのだ。
そうしなければ、遠からぬうちに、イズリィホンは選択を誤る。そちも見たであろう?あの地獄の如き光景を」
「は。今も夢の中に出る程、心の奥底に刻み込まれております」
「わしは国に帰った時、この経験を問う者に対して……例外なくこう申していく。決して、アメリカという国だけは敵に回してはならぬ。
そうでなければ、この国のようになる……と」
(むしろ、アメリカは味方にした方が良いかもしれぬ)

彼は、最後の一言は国出さず、胸中で呟いた。





後に、イズリィホンは様々な困難を経て、米国も含む東側陣営国の一角として、大戦後の世界でその役割を果たす事になる。
ホークセルは、新生イズィリホン民主共和国の初代国家主席として辣腕を振るう事になるが、それは遠い未来の話である。

418ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:48:32 ID:ATfagNLg0
1486年(1946年)2月2日 午前8時 カリフォルニア州サンディエゴ

アメリカ太平洋艦隊情報主任参謀のエドウィン・レイトン少将は、サンディエゴの太平洋艦隊司令部に出勤するや否や、司令部の地下室より現れた
ロシュフォート大佐に引き留められた。

「おはようございます、主任参謀。出勤早々で何ですが……お付き合い頂いてもよろしいでしょうか?」
「どうしたロシュフォート。私は司令部で会議に出席しなければならんのだが……それに、君。体が匂うぞ」
「はは。ここ数日、風呂に入る暇もありませんでしたので。ささ、まずはこちらへ!」

ロシュフォートは小躍りしかねない歩調で先導し、司令部の地下施設へレイトンを案内した。
地下室には、太平洋艦隊司令部で傍受した魔法通信を分析するための特別室が設けられており、そこでは南大陸より派遣された各国の分析官や補助官が、
海軍情報部の将兵と共に入手した情報の解析に当たっていた。

「カーリアン少佐、新しい文言は傍受できたかね?」
「いえ、今の所は入っておりません。傍受できるのは、確認された言葉だけです」
「よし!これで決まりだな!」

バルランド海軍より派遣されたヴェルプ・カーリアン少佐から伝えられると、ロシュフォートは掌を叩いて喜びを表した。

「ロシュフォート。何か進展があったようだが……私をここに呼んだのは、それを伝えるためかね?」
「その通りです」

彼はそう答えつつ、壁一面に張られた言葉の羅列を見回した。

「暗号通信の中で、最も気を付ける事は何だと思われますか?」
「暗号のパターンを見破られる事だろう」
「正解です。ですが、それだけでは、完璧とは言い難いですな」

ロシュフォートはレイトンに体を振り向ける。

419ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:49:10 ID:ATfagNLg0
「気を付ける事は、他にもあります。それは……使っている暗号を“変えない事”です」

この時、レイトンは、ロシュフォートが何を言おうとしているのか、瞬時に理解する事ができた。

「通常、暗号文を使用する時に、文字のパターンや使用のタイミングも重要ですが、それ以上に気を付ける事は……暗号に使う文を固定しない事です。
それを防ぐために、暗号帳を定期的に更新して解読を避けようとします。こちらをご覧ください」

ロシュフォートは、黒板や壁に掛かれた文字の羅列に手をかざす。
それぞれの文字は、貴族や地名、罵声等、様々な種類に分類され、その下に今までに記録した名や文字が書かれている。

「これらの文字の数々は、我々が今までに記録した文字の全てです。我々は、この合同調査機関が設立されて以来、読み取れる文字を記録し続けて
きましたが、この記録の更新が、昨日夜以降……終了したのです」

ロシュフォートは右手の人差し指を伸ばした。

「記録が終了したという事は……敵側は、これまで通りの暗号帳を使用したまま、暗号文を流している事になります。そう、敵は暗号帳を更新していないのです」
「つまり……敵は暗号を使用して日が浅い為、我々が常識としていた、暗号帳を更新するという事を知らない、と言いたいのだな?」
「そうです」

ロシュフォートは頷きながら答えた。

「戦時であれば、暗号帳の更新は3カ月に1回。早ければ2カ月に1回の割合で行います。しかし、シホールアンル側は、暗号を使い始めて2カ月以上
経つにもかかわらず、同一系列の暗号を使い続けています」

彼はニヤリと笑みを浮かべた。

「そして、敵は未だに、ミスを犯した事に気付いてはおりません」
「なるほど……それはビッグニュースだ」

420ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:49:55 ID:ATfagNLg0
レイトンは満足気に頷く。

「して……解読はできそうかね?」
「努力しておりますが、解読に至るまでは、いましばらく時間が必要です」
「ふむ……」

未だに解読不能という事実に、レイトンは幾分落胆の表情を見せた。

「ですが、敵が暗号帳の更新を行っていない事が判明した今、解読までの道は幾ばくか見え始めたと言えます」
「横から失礼いたしますが……私達が見る限り、この暗号書は何かの文を参考にしながら、作られている可能性が高いと思っております」

口を閉じていたカーリアンが、付け加えるように説明を始める。

「文面の綴りや、名前からして、恐らくは……何らかの本の内容を当てはめて、暗号通信を行っている可能性があります」
「何らかの本とは……これまた信じがたい物だが」
「しかし、内容を繋げてみれば、納得できるつづりも幾つか発見されています。これは間違いなく、何らかの本……有り体に言えば、小説の類や、
物語の内容を当てはめているのではないかと」
「……我々の世界では考えられん事だ」
「通常は、乱数表や数字をメインに暗号を作りますからな。ある意味、この世界の暗号は文学派と言えます」

ロシュフォートは皮肉交じりの口調でそう言った。

「よろしい。この事は、今日の会議が始まる前に長官に報告しよう。ロシュフォート、よくやってくれた。引き続き、解読作業に当たってくれ」

レイトンは彼の右肩を叩いてから、地下室から退出しようとしたが、彼は再び引き留められた。

「主任参謀、もう少しだけお待ち下さい」
「なんだ。まだ何かあるのか……?」
「は………このまま解読作業を行っても、我々は無事に暗号を解読する自信があります。ですが、今は戦争中であるため、何らかの大事件が発生し、
友軍に思わぬ損害が生じる事も考えられます。昨年行なわれた、カイトロスク会戦のような事も……」
「ふむ。今は非常時だ。敵も死に物狂いで抵抗を試みているからな」
「それを防ぐためにも、あらゆる手段を使って、暗号の解読を速める必要があります。そこでですが……」

ロシュフォートは一旦言葉を止め、タバコを咥えて火を付ける。

「少しばかり動いて、敵をせっつかせて見ましょう。そうですな……陸軍のB-36も動いて欲しいと、私は思います」

彼は紫煙を吐きながら、レイトンに説明を始めた。

421ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/13(金) 18:50:31 ID:ATfagNLg0
SS投下終了です

422名無し三等陸士@F世界:2018/07/13(金) 20:54:04 ID:QFrqX0M20
いい話だった!
作者超乙!

423名無し三等陸士@F世界:2018/07/13(金) 21:08:54 ID:xcVmLF4g0
投下乙でした
また新勢力登場ですか
フリンデルド帝国、ウディンヒエヌ魔教国、ヲリスラ深海同盟、そしてこのイズィリホン将国
これまで触れられた内容からするといずれの国も興味深い存在ですが、今回の戦争では出番ないんでしょうなぁ…残念
そしてフレル国外相の変わりよう…最初の頃とはもはや別人状態だ
まあ自分の軽はずみな言動のせいで自国が滅亡の瀬戸際に追い詰められてるともなればこうなるのも当然か

424名無し三等陸士@F世界:2018/07/13(金) 22:20:28 ID:stF6nFig0
乙です。
東側陣営国だ・・・と!?

つまり、戦後アメリカと明確に敵対する超大国が率いる西側陣営国ができるというわけか・・
どの国だろうか?

425名無し三等陸士@F世界:2018/07/14(土) 22:13:48 ID:EqI2eCk20
気がついたら2話投稿されてるヤッター!
投下乙です!
>第286話
>「アメリカは自由を標榜し、過度な暴力を禁じた近代的な国家であり、蛮族とは一線を画すと聞いていた。だが……ランフックでやった事は、
一体なんだ?帝国本土で行っている事は、一体なんだ?」
>「お前たちの味方は、何の罪も無い無辜の市民を業火で焼き尽くしたんだ!何が近代的な国家だ……貴様らは格好がいいだけで、中身は何も
できない民を嬲って楽しむ、ただの蛮族だ!!」

アメリカ合衆国憲法「自由と平和と正義はアメリカ国民に対して保証するのが目的なのでアメリカ以外ではセーフ」
ハーグ陸戦条約「シホールアンルは条約に加盟してないので明確に禁じられてないのでセーフ」

戦争が終わったら酷い目にあった人たちと捕虜で比較的温かい扱いを受けた人で
国内に対立構造ができれば戦後としては勝ちだからね
情報統制が都合よく解ける戦後にどこまで情報が浸透するのか
アメリカがシホールアンル国内の戦後復興も支援し始めたら一体何を思うことやら
戦争写真関連だとベトナム戦争で撮影された「サイゴンでの処刑」がいろいろと過酷なものです
ペンは剣よりも強しのペンが戦後アメリカ合衆国が握るとあとは(ry

>>400
戦後アメリカが核兵器を開発したあとに一言
「魔法じゃないのでセーフ」
IFでシホールアンルとアメリカが膠着状態で講話した後の核時代のSSなんても書いてみたいなぁ
オールフェスの苦悩がとんでもないことになりそうだけど

>第287話
ここに来てすごい和風の国が第三者視点から見たシホールアンルの惨状が続きますね
でも中身としてはトルコに近い感じかな?
エルトゥールル号遭難事件っぽい話もあるし
もはや時代が変わったのを肌で感じ取り戦後の新構造に向かって行く各国

そして色んな意味で悟りつつあるフレル
首都への爆撃定期便
迎撃できないシホールアンル軍

暗号解読はまさか「AFは水が不足している」をやるのかな?
エニグマ暗号を解読できることを知られないよういろいろやってたイギリスとかも面白かった

426名無し三等陸士@F世界:2018/07/15(日) 13:05:50 ID:Z7mT7VDw0
投稿乙ですー

フレル国外相、大丈夫か?
主戦派帰属に聞かれたら粛清されそうなこと言っちゃってるけど?
何気に心折れてる?

427名無し三等陸士@F世界:2018/07/15(日) 14:11:21 ID:JnIo5dbc0
イズリィホン殿・・・
これからジェット機の時代へとなっていくのに、それを見ずして帰国ですか・・・残念

428名無し三等陸士@F世界:2018/07/15(日) 19:43:08 ID:C2/f9OHQ0
投稿乙です。

まとめの方に上げましたが、ナンバリングミスで一つ削除をお願いしたいのですが…。
ttps://www26.atwiki.jp/jfsdf/pages/1617.html

429名無し三等陸士@F世界:2018/07/15(日) 21:55:05 ID:EDnbw3UE0
イズリィホンのモデルって、もしかして、鎌倉時代末期から南北朝時代の日本だったりして
して、作中の米さんは今後、冷戦に入るから……
まさか、南北朝戦乱+ベトナム戦争みたいになるのか……

430名無し三等陸士@F世界:2018/07/15(日) 22:11:03 ID:iZKiRALk0
>>429
さすがにそこまで作者様はやるとは思えないな。
そもそも現在の対シホールアンルを考えたら
それ終わった後は現代戦へと進んでいくんだから
作者様の大好きなWW2のアメリカから外れてしまうため、多分シホールアンル戦役で終わらせて
後日談的にちらっと描写して完結って流れのほうが現実的だな。

431名無し三等陸士@F世界:2018/07/16(月) 18:41:53 ID:F8sqVas.0
>>424
実は西側にはソ連が召喚されていてな・・・なんてね

432名無し三等陸士@F世界:2018/07/17(火) 17:16:46 ID:3SNTDbVY0
投下乙です。
以前少し話題に出てた日本みたいな島国がついに登場しましたね。
西洋ファンタジーが大半を占める異世界モノに、イズリィホンみたいな東洋ファンタジーの国が出てくると何か新鮮でいいですね!
今後アメリカとイズリィホンが接触した場合、アメリカ側の交渉役は日本出身の野村元大使が担当したりするんですかね?

433名無し三等陸士@F世界:2018/07/23(月) 22:36:59 ID:pfN/LKiE0
皆様レスありがとうございます!

>>422氏 ありがとうございます。
嫌われ物のシホールアンルとはいえ、それでも友好を保つ国が居る。
イズリィホンはその典型とも言える国ですので、今回登場させて良かったと思っています。

>>423氏 はい。また新しい国が出てきました。
この話で出ていない国はまだまだあり、戦後はこの国々をも巻き込んだ、様々な出来事が起こります。

ですが、今回の戦争では、良くて名前だけが出るぐらいで、この太平洋戦史においてはなんら役割を果たす事も無いまま
蚊帳の外に置かれる形になりますね。

>フレル国外相の変わりよう…最初の頃とはもはや別人状態だ
やらかした後に、今の祖国の現状ですからね……むしろ、発狂していない分まだマシと言えるでしょう

>>424氏 西側陣営国ですが、それは後の年表で明らかになりますので、それまでしばしお待ちを……
とはいえ、大方予想は付くと思います

>>425氏 恥ずかしながら、またまた舞い戻って来ました。

>アメリカ合衆国憲法「自由と平和と正義はアメリカ国民に対して保証するのが目的なのでアメリカ以外ではセーフ」
ハーグ陸戦条約「シホールアンルは条約に加盟してないので明確に禁じられてないのでセーフ」

レニエス「」

って事になりそうですね

>戦争写真関連
第286話を作るきっかけとなったピューリッツァー賞受賞の写真も、非常にえぐい物がちらほらとありますが、その分色々と
考えさせられてしまいますな。
ツイッターの方でも言いましたが、この話を作るきっかけとなったのが、ピューリッツァー賞関連の写真を見てからですので、
作成中は良い勉強になりました。

>IFでシホールアンルとアメリカが膠着状態で講話した後の核時代のSSなんても書いてみたいなぁ
オールフェスが精神に変調来たして指導者交代……という場面も見れそうな予感

>ここに来てすごい和風の国が第三者視点から見たシホールアンルの惨状が続きますね
下の方が仰られていますが、どちらかというと、鎌倉時代末期から南北朝期の日本がモデルとなっていますね
その時代の資料や、大河ドラマ太平記等を見れば、すぐに合点が付くと思います

さて、このイズリィホンですが……彼らは遠からぬ未来に、様々な困難に立ち向かう事になります
このイズリィホンは文字通り狭間の国……今後出てくる武器は弓矢、魔法だけではありませんので
非常に苦労しながらも、時代の流れを突き進む事になるでしょう

434ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/07/23(月) 22:37:35 ID:pfN/LKiE0
>>426氏 バッキバキに折れまくっています。
ですが、正気を失わずに国外相としての地位を投げ出さないだけ、まだ根性があると言えます

>>427氏 ジェット機は見れずじまいでしたが、米高速空母部隊の空襲や、B-36の戦略爆撃を体験しているので、それだけでも
大きな経験と言えるでしょう。

>>428氏 纏めに上げて頂きありがとうございます。いつもながら、非常に感謝しております。
修正に関しては誰かがやって下さるかと……

>>429氏 いやーなかなか……
ここで、ある言葉をお贈り致しましょう
「あなたのような感の良い読者様はとても(MPに逮捕されますた

>>430氏 はい。自分はシホールアンル戦役だけで終わる予定です。
戦後の世界の動きは、ズラッと年表に記す形で掲載しようと考えております。

>>431氏 残念!ソ連は元の世界に残ったままでございます。
まぁ、とある平行世界では転移先で大いに暴れておるようですが(ヤメイ

それにしても、昔は自分のアメリカSSとソ連SSがこの版で掲載されて、勝手に米ソ召喚の時代じゃ!と小躍りした物ですが……
時の流れは速い物です

>>432氏 今回の話で、イズリィホンは歴史の表舞台に姿を現し始めました。
東洋風のファンタジー国家は自分も出したいと思っていましたが、この太平洋戦史での出番はこれだけになりそうです

>アメリカとイズリィホンが接触した場合、アメリカ側の交渉役は日本出身の野村元大使が担当したりするんですかね?
野村元大使は米本土で市民権を得て、一般市民として悠々自適の生活を送っているだけで、歴史の表舞台からは姿を消しております。
交渉はアメリカ国務省や、政府官僚が行う事になるでしょう。

個人的にはキッシンジャーとソルスクェノが秘密会談を行って、米国の容赦ない工作にソルスクェノが引く姿を想像していたりしますね。

435名無し三等陸士@F世界:2018/08/21(火) 17:16:52 ID:bjezr75g0
フリンデルドとイズリィホンの位置関係ってどんな感じなんだろ?
ロシアと日本的な位置関係なのか、中国と日本的な位置関係なのか…?

436名無し三等陸士@F世界:2018/08/24(金) 19:14:29 ID:5.4QAROI0
>>435

>ロシアと日本的な位置関係なのか、中国と日本的な位置関係なのか…?

大雑把に言えば、後者の位置関係になります

437名無し三等陸士@F世界:2018/09/06(木) 23:08:32 ID:B8RxRp8k0
ここまで来るとオールフェスは独ソ戦末期のヒトラーのごとき疫病神に
なってきてますね。
政治体制そのものが近世のそれなので情報統制さえしていればある程度は
反乱や国民の不満を抑えられるとは言え、反省すらしないようでは寝首を
掻かれる前に国民の1割くらいが戦禍で消えそうです。

438ヨークタウン ◆b.dHcowXAI:2018/11/03(土) 10:20:05 ID:T.Wu/A/c0
>>437氏 オールフェスの精神状態は加速度的に悪化しつつあります
下手すれば、もっと消えそうですね……

439ヨークタウン@cv79yorktown:2019/01/31(木) 23:09:07 ID:m8U/qgi.0
こんばんは。これよりSSを投下いたします

440ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:11:16 ID:m8U/qgi.0
第288話 天空を翔ける流星

1486年(1946年)2月2日 午前8時30分 シホールアンル帝国領ドムスクル
シホールアンル帝国領ドムスクルは、ヒーレリ領北部とシホールアンル本国領の境界から、北に60マイル離れた位置にある
小さな町である。
連合軍は来たる大攻勢の前準備として、各地で小規模な攻勢を継続しており、2月1日には、米軍の先鋒部隊がドムスクルから
南20マイルの位置に到達した。
これと呼応する形で、アメリカ軍航空部隊がシホールアンル帝国領中部地区に向けて盛んに航空作戦を展開しており、防戦準備
にあたるシホールアンル軍地上部隊に対して、断続的に空襲を仕掛けていた。
事態を重く見たシホールアンル側は、前々より温存し、未だ戦場となっていない本国北部地域より徐々にかき集めつつあった
航空戦力を、本国領中部地域に投入することを決め、2月2日より連合軍航空部隊に対して、迎撃戦闘を挑む事となった。

シホールアンル軍第78空中騎士隊に所属する38騎のワイバーンは、同僚部隊である第66空中騎士隊の29騎と共に、ドムスクル方面
へ向けて進撃中の敵戦爆連合編隊を迎撃すべく、猛スピードで敵の推定位置に向かいつつあった。
第78空中騎士隊第2中隊長を務めるウルグリン・ネヴォイド大尉は、指揮官騎より発せられた敵発見の魔法通信を受けるや、
指示された方向に顔を向けた。

「いたぞ……アメリカ軍の戦爆連合編隊だ」

ネヴォイド大尉は恨めし気に呟きながら、右手で顔の左頬を撫でた。
彼の左頬には、横に引っ掛かれたような傷跡がある。

「昨年の1月に負傷して以来、苦心惨憺しながらもようやく回復できた。復帰したからには、以前よりも増して、多くの敵を撃ち抜き、
連中を血祭りにあげてやる!」

彼は顔を憎悪に歪めながらも、自らの士気を大いに奮い立たせた。
ネヴォイド大尉は、対米戦では南大陸戦から戦い続けてきたベテランであり、これまでに21機の米軍機を撃墜している。
個人の技量も優秀でありながら、媚態の掌握術も巧みであり、ネヴォイド大尉の指揮する中隊はどのような戦況にあろうとも一定の
戦果を挙げ続けてきた。
だが、その栄光は長く続かなかった。
昨年1月下旬に起きたアメリカ機動部隊のヒーレリ領沿岸の事前空襲で、ネヴォイド大尉の属していたワイバーン基地は米艦載機の
奇襲を受け、所属のワイバーン隊はその大半が、飛び立つ事もままならぬまま、地上で次々と撃破されてしまった。

441ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:11:53 ID:m8U/qgi.0
ネヴォイド大尉はその巻き添えを受けて瀕死の重傷を負い、前線から離脱せざるを得なくなった。
それからと言う物の、ネヴォイド大尉は本国送還となり、首都ウェルバンル近郊の陸軍病院で治療を受けたが、医師からは竜騎士へ
の復帰は絶望的であると伝えられた。
だが、ネヴォイド大尉は決死の覚悟で回復に励んだ。
その様は、復帰は出来ぬと判断した医師を大いに驚かせるほどであった。
懸命のリハビリの甲斐あってか、12月初めには無事退院し、12月5日には、シホールアンル西北部にあるワイバーン隊予備訓練所で
完熟訓練にあたり、そこでも抜群の成績を収めて前線復帰を果たすことができた。
そして今日……彼は待望の循環を迎えたのである。

「前方に敵編隊視認!距離、6000グレル!(12000メートル)

指揮官騎から新たな魔法通信が飛び込んできた。
言われた通りに、前方に目を凝らすと、確かに敵編隊と思しき多数の黒い物体が見受けられる。
位置的に敵を見下ろす形になっているため、高度差の有利はこちら側に取れているようだ。

「第1、第2中隊は敵の護衛機!第3、第4中隊は敵の爆撃機を攻撃せよ!」
「了解!」

ネヴォイド大尉は魔法通信でそう返してから、指揮下にある第2中隊の部下に命令を伝達する。

「第2中隊の目標は敵の護衛戦闘機!繰り返す、目標は敵の護衛戦闘機だ!訓練通り、2騎一組となって敵と戦え!」

彼が命令を伝え終わると同時に、指揮官騎直率の第1中隊が増速し始めた。
ネヴォイド大尉の第2中隊や、第3、第4中隊も負けじとばかりにスピードを上げる。
程なくして、敵側もワイバーン群の接近に対応し始めた。
爆撃機の周囲に張り付いていた戦闘機と思しき機影が多数離れ、ワイバーンに向けて上昇しつつある。
第1、第2中隊のワイバーンはそれを下降しながら向き合う形となっていた。

「敵はマスタングか」

ネヴォイド大尉は、うっすらと見え始めた敵影の機種を言い当てる。
細長い機首に涙滴型の風防ガラス、胴体化にある細長い穴……

442ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:12:49 ID:m8U/qgi.0
アメリカ軍の主力戦闘機であるP-51マスタングだ。
機体の格闘性能はワイバーンに劣るものの、機体自体のスピードが速く、上昇性能や下降性能が高い。
それに加え、近年は性能を幾らか向上したマスタング(P-51H。P-51Dと比べて最大速度と運動性能が向上している)が
前線に出始めているため、非常に厄介な敵の1つとなっている。
マスタングに対等に近い形で渡り合えるのはケルフェラクぐらいだが、この場には居ない。
ワイバーンのみで、目の前の難敵と渡り合うしかなかった。
眼前のマスタングは、3000グレル程の距離に近づくと、両翼からポロポロと、何かを投下し始めた。
ネヴォイドは、そこからマスタングがやにわに増速したように思えた。
戦闘態勢に入る敵戦闘機の後方には、箱形の密集隊形を組んでいる爆撃機群が見える。
おぼろげではあるが、その特徴のある2つの垂直尾翼や、上方向に反った主翼の根本がはっきりと見て取れた。

「ミッチェルだな」

ネヴォイドは、南大陸戦初期から見慣れた爆撃機の機種名を呟いた。
B-25ミッチェル双発爆撃機。古強者となった彼から見れば、ある意味馴染み深い敵と言える。
だが、その馴染み深い敵は、南大陸から、この神聖なる帝国本土上空にまでその姿を見せつけてきた。
祖国の空を侵した以上は、生かして帰すべきではない。
しかし、ネヴォイド達の任務は、そのミッチェルを護衛するマスタングを引き付ける事だ。
その間に、第3、第4中隊が容赦なくミッチェルを叩き落としてくれる事を期待するしかなかった。

先頭を行く第1中隊が敵との距離を急速に詰め、程なくして互いに頃合い良しと判断した距離で攻撃が開始される。
ワイバーンの光弾とマスタングの機銃弾が発射されるのは、ほぼ同時であった。
下方から競り上がるマスタングに光弾が降り注ぎ、上方目掛けて駆け上がるワイバーンに機銃弾が撃ち上げられる。
ワイバーン群の何騎かが被弾し、その周辺に防御魔法起動の光が明滅した。
第1中隊は防御魔法のお陰で脱落騎を出す事なく、マスタングの集団と瞬時にすれ違った。
一方のマスタング側は数機が被弾し、うち1機が発動機付近から濃い煙を吹き出して編隊から脱落し始めた。
マスタングはそのまま第2中隊目掛けて突っ込んで来る。
ネヴォイドは、隊長機と思しき先頭のマスタングに狙いを定めた。
マスタングも、ワイバーンも互いに250レリンク(500メートル)以上の高速で接近しているため、あっという間に距離が縮まる。
彼は、目標が距離200レリンク(400メートル)に迫った瞬間、相棒に光弾発射を命じる。

443ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:13:50 ID:m8U/qgi.0
竜騎士とワイバーン、互いの魔術回路を繋げ上で発された命令は即座にワイバーンに伝わり、大きく開かれた顎から
光弾が複数初連射された。
対して、マスタングも両翼から発射炎を明滅させる。
主翼の下から多量の薬莢を吐き出すのが見え、それ同時に、真一文字に向かってくる6条の火箭がネヴォイド騎に向かってくると思われた。
ネヴォイドは一瞬だけ身を屈めたが、機銃弾はネヴォイド騎の左側に外れていった。
ネヴォイドは、マスタングに光弾が命中する事を期待したが、マスタングは特有の発動機音をがなり立てながら、あっという間に
すれ違っていった。

「散会!2騎ずつに別れて戦え!」

第2中隊のワイバーンは、2騎単位で別れると、それぞれの目標に向かい始める。

「カンプト!離れるなよ!」
「了解!」

ネヴォイドは、僚騎を務めるカンプト少尉にそう念を押しつつ、新たなマスタング目掛けてワイバーンを進ませる。
そのマスタング2機は、右に反転しようとしている。
距離は800レリンク(1600メートル)程だが、全速力で突っ込むワイバーン2騎は、即座に距離を詰めていく。
マスタングはネヴォイドのペアに気付くや、機首を向けて増速し始める。

「一旦下降だ!」

ネヴォイドはそう叫び、ワイバーンが急に下降を始める。
2騎のワイバーンは下降したが、その時、彼我の距離は300レリンク程にまで縮まっていた。
マスタング側からすれば、狙いをワイバーンに定め始めたところに、そのワイバーンが目の前から消えた格好になる。
数秒ほど下降したネヴォイドは、今度は急上昇を命じ、相棒がそれに応えて体をくねらせ、瞬時に上昇をへと移る。

(相手がベテランなら、この方法はすぐに見破られる。さて、どうなるか!)

彼は心中で呟き、急上昇の圧力に顔を歪めながらも、マスタングに視線を向ける。
目標のマスタングは思いのほか動きが鈍く、ようやく機体を左に旋回下降させようとしていた。

「フン!相手はヒヨッコだな!」

444ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:14:22 ID:m8U/qgi.0
ネヴォイドの口角が吊り上がる。
マスタングのパイロットがネヴォイド達に顔を向けるのが見えたが、その頃には、ワイバーン2騎は射撃位置についていた。
ワイバーンは、マスタングの左側面に光弾を撃ち込む形となった。
マスタングが不意に機体の角度を傾けた事もあり、光弾は被弾面積を増大させた敵機に容赦なく突き刺さった。
敵機の両主翼や胴体に次々と命中し、特に左主翼部分には多数の光弾が叩き込まれた。
防弾装備の充実した米軍機とはいえ、一定箇所に光弾を受け続けて耐えられる筈がなかった。
左主翼から紅蓮の炎が噴き出したマスタングは、断末魔の様相を呈しながら急激に高度を下げていく。

「1機撃墜!次だ!」

ネヴォイドは次の目標を、マスタングの2番機に定め、即座に光弾を放つ。
しかし、2番機は1番機と比べて幾分反応が速かった。
ワイバーン2騎が放つ光弾の弾幕を、機首を急激に下げることで回避しようとした。
全部をかわすことは出来ず、数発が胴体や右主翼に突き刺さったように見えるが、マスタングは気にすることなく急降下に移った。

「クソ!」

ネヴォイドは舌打ちしながら、逃げに入ったマスタングを睨み付ける。
米軍機が急降下に入れば、追撃することはほぼ不可能である。
ワイバーンの急降下性能では米軍機に追いつけないからだ。
ネヴォイドの操る85年型汎用ワイバーンは、開戦時のワイバーンと比べて速度性能は大幅に改良されているが、それでもマスタングやサンダーボルト
といった米軍機の急降下性能には及ばない。
追撃が全く出来ないわけではないが、敵機は350グレル(700キロ)ほどの速度で下っていくため、ワイバーンでは追いつくどころか、
徐々に離されていくのが現状だ。

「不毛な事はやらん。次の目標を探すぞ!」

ネヴォイドは逃げ散る敵は放っておき、次の敵を探す事にした。

第1中隊10騎、第2中隊12騎のワイバーン群に対し、向かってきたマスタングは38機にも上ったが、第1、第2中隊の各騎は数の差に怯む事無く
空中戦を続けた。
最初の正面攻撃を終えた後は、彼我入り乱れての乱戦となる。

445ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:14:55 ID:m8U/qgi.0
反転したワイバーンが飛び去ったマスタングに追い縋る。
上手い具合に背後を取ったワイバーンのあるペアは、不覚を取ったマスタングの背後目掛けて光弾のつるべ撃ちを放った。
たちまち胴体や主翼に被弾し、痛々しい弾痕を穿たれたマスタングが黒煙を吐きながら墜落する。
その横合いに別のマスタングが突っかかり、ワイバーンのペアに12.7ミリ弾のシャワーを浴びせた。
防御魔法が起動し、殺到する機銃弾を悉く弾き飛ばすが、2番騎の防御魔法が耐用限界を迎えたため、一際大きな輝きを発した。
直後、横合いから複数の機銃弾に貫かれ、竜騎士共々射殺された。
撃墜された2番騎を悼む暇もなく、1番騎は別のマスタングの攻撃をかわし、隙あらば背後を取って光弾を浴びせる。
しかし、1騎のワイバーンに対し、4機のマスタングが断続的に攻撃を行ったため、しまいには下方からマスタングが放った機銃弾をまともに
受け、致命傷を負って真っ逆さまに墜落していく。
第1、第2中隊は数の差に幾分押され気味になりつつあったが、その事は想定内であった。

「第3、第4中隊、爆撃機群に取り付きます!」

新たなマスタングと格闘戦を行うネヴォイドは、その最中に入ってきた魔法通信を聞くなり、緊張で張り付いた表情を微かに緩ませた。

「いいぞ!計画通りだ!」

この時、第3中隊、第4中隊のワイバーン16騎は、敵爆撃機群の右上方より接近していた。
爆撃機の周囲についていた10機ほどのマスタングがワイバーンに立ち向かい、空戦に引きずり込もうとする。
だが、16騎のワイバーンはマスタングと短い正面攻撃を行っただけで、あとは猛然と爆撃機群に迫った。
ミッチェルの胴体上方と側面部に取り付けられた機銃が銃身をワイバーンに向けられ、機銃弾が放たれる。
ワイバーンは体をくねらせ、または横滑りさせる等して機銃弾をかわしていく。
48機のミッチェルが放つ弾幕は、なかなかに凄まじい物があるが、ワイバーンが常用している防御結界は、それが無駄な努力と嘲笑するかのように、
明滅しながら機銃弾を弾き飛ばし、瞬時に射点へ辿り着いた。
ワイバーンの光弾が、編隊の一番外側を飛行するミッチェルに叩き込まれる。
光弾が主翼の外板に突き刺さり、キラキラと光る破片が大空に吹き荒ぶ。
カモとされたミッチェルに1番騎、2番騎、3番騎と、光弾が次々と注がれ、被弾数が増していくが、流石は防御力に定評のあるミッチェルだ。
多量の光弾を叩き込まれても墜落する気配がない。
だが、操縦席に光弾が注がれてからは、状況が一変する。
直後、ミッチェルが大きく動揺し、右に機体を傾けながら編隊から離れ始めた。

446ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:15:45 ID:m8U/qgi.0
第7航空軍第451爆撃航空師団第621爆撃航空団に属する第601爆撃航空群のB-25H48機は、横合いからワイバーンの襲撃に遭い、今しも1機のB-25が
撃墜されようとしていた。

「81飛行隊の5番機が被弾!墜落していきます!」
「クソ!マスタングの連中は何やってやがる!」

第601爆撃航空群第92飛行隊の指揮官であるカディス・ヘンリー少佐は、不甲斐ない味方戦闘機を呪った。

「アリューシャンからこの前線に転戦して、最初の戦闘でこの有様とはな!」

ヘンリー少佐は怒りの余り、操縦桿を思い切り握り締めた。
第7航空軍は、元々はアリューシャン列島防衛の戦力として、1943年2月からアリューシャン列島ならびに、アラスカ島に主戦力を常駐させていたが、
1945年9月には北大陸戦線への異動が決まり、新設された第9航空軍と交代する形でアリューシャン、アラスカ島から離れた。
第7航空軍の前線到着は昨年の12月末であったが、既に敵の反攻が失敗に終わり、大勢も決した事もあって、第7航空軍の出番はなかった。
それから今日までは、ひたすら訓練に明け暮れていた。
他の味方航空部隊が前線で次々と戦果を挙げる中、第7航空軍の将兵は悶々とした日々を過ごしたが、今日の作戦が伝えられると、彼らの士気は高まった。
ヘンリー少佐は、必ずや敵の前線陣地に爆弾を叩き込み、搭載してきた機銃弾や75ミリ砲弾を1発残らず撃ち込んでやると意気込んだが、その初戦で
味方はまずい戦をしつつあった。

「マスタングの連中、半分以上が経験未熟なパイロットですからな。なんとなく予想はしてましたが、まさか当たるとはねぇ」

副操縦士のコリアン系アメリカ人であるブン・ジョントゥル中尉が苦り切った口調でヘンリー少佐に言う。
ヘンリー少佐もジョンケイド中尉も、第7航空軍に属するまでは別の部隊でB-25に乗り続けてきた猛者である。
出撃前、マスタングのパイロットたちをひとしきり見回したが、前線で戦い通した熟練者と比べると、明らかに不安があった。
601BG(爆撃航空群)の護衛には60機のP-51が当たり、その半数以上が制空隊として敵ワイバーンと戦い、残りが爆撃機の周囲に張り付いて
突破してくるワイバーンを食い止めるはずであったが、それが失敗した事は明白だ。
B-25への攻撃を終え、一旦距離を置くワイバーンに他のP-51が追い縋るが、そこの空域に護衛機は居なくなり、がら空きとなる。
そこを別のワイバーンが衝いて、猛スピードで爆撃機に肉薄し、光弾を叩き込んでいく。
コンバットボックスを組んだ爆撃機編隊も弾幕射撃で対抗するが、B-25はB-24やB-17のように多くの機銃を搭載してはいないため、打ち出す弾の数はどうしても
少なくなる。

447ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:16:15 ID:m8U/qgi.0
「81飛行隊3番機被弾!編隊から落伍します!」
「191飛行隊に向けて新たなワイバーンが接近!新手です!」
「あ、護衛機が1機やられたぞ!」

レシーバーに刻々と戦況が伝えられて来るが、どれもこれもが凶報であるため、ヘンリー少佐は心の底から不快であった。

「ええい!何かいい報告はないのか!?」
「味方戦闘機、新手のワイバーンに向かいます!敵騎の数、約20!」
「指揮官騎より各機に告ぐ!編隊を密にせよ!繰り返す、編隊を密にせよ!」

601BGの指揮官騎より、所属する3飛行隊各機に命令が下される。

「そんな事は分かってるわ!それより、味方のマスタングは何をしてるんだ!?」
「敵ワイバーンを追い掛けてますな」

ジョントゥル中尉が眉を顰めながら、機首の右側に向けて顎をしゃくった。
先に攻撃してきたワイバーンと、マスタングが空戦をしている様が見て取れる。
格闘戦に誘い込もうとするワイバーンに対し、マスタングは本国で教えられた通り、一撃離脱戦法に徹して空戦を進めているようだ。
だが、それは同時に、与えられていた護衛任務をすっぽかして敵を落とす事のみに集中している証だ。

「ヒヨッコ共が!頭に血が上って護衛任務のやり方を忘れてやがる!帰ったら連中を一人残らずぶん殴ってやるぞ!」
「一応、全部のマスタングが編隊から離れている訳では無いですな」

ジョントゥル中尉は、B-25の付近に展開したまま、ジグザグ飛行を続ける5,6機のP-51を指さした。

「いい奴らだ。これからも上手くやって行けるだろうさ」

ヘンリーは微かに笑みを浮かべ、命令を遵守したマスタングに心中で感謝の言葉を贈る。

「敵ワイバーン、191飛行隊に突っ込みます!数は10騎!」
「了解!」

448ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:17:01 ID:m8U/qgi.0
新たな報告を耳にしたヘンリーは、一言だけ返してから現在地を確認する。
現在、601BGは目標であるドムスクルまで40マイルの地点に到達しつつあった。
今は200マイル(320キロ)の速度で飛行しているため、30分以内には目標である敵の野戦陣地を攻撃できるであろう。
しかし、敵ワイバーンの迎撃は熾烈だ。
昨年の一連の戦闘で、シホールアンル帝国軍は正面の航空戦力を大量に損失した他、後方地域にあった予備航空戦力も、海軍が首都近郊へ不意打ちを
掛けたため保有数が払底し、航空戦力は壊滅した思われていた。
このため、今日の出撃では、シホールアンル航空部隊の反撃は少ないであろうと予測がされていた。
ところが、現実はこの有様だ。
敵は後方地域から残っていた航空戦力をかき集め、惜しげもなく前線に投入してきている。
負け戦にあっても、一歩も引こうとしない敵航空部隊の信念は、敵ながら見上げた物だと、ヘンリーは素直に評価していた。

「191飛行隊に被弾機あり!あっ、指揮官機です!指揮官機被弾!!」
「なんだって……指揮官機がやられただと!?」

ヘンリーは思わずギョッとなり、191飛行隊が飛んでいるであろう、左側の空域に顔を向ける。
ヘンリー機からはうっすらとだが、191飛行隊の先頭を行くB-25が、左右のエンジンから紅蓮の炎と黒煙を吹きながら、機首を下に墜落していく様子が
見て取れた。

「くそ、ゼルゲイ……!」

ヘンリーは歯噛みしながら、指揮官騎を操縦していたパイロットの名前を呟いた。
191飛行隊の指揮官であるヒョードル・ゼルゲイ少佐は、ロシア系アメリカ人の出であり、ロシア人らしい濃い顎髭と堂々たる巨躯、それに似合わず、繊細な
飛行を行うことで有名なベテランパイロットであった。
ゼルゲイ少佐とは大して面識が無かったが、年末の宴会で話したときはその人懐っこい性格から、ヘンリーも付き合っていて面白いパイロットであると思った。
年末のパーティーでゼルゲイと意気投合したヘンリーは、楽し気に会話を交わした物だったが……

「ホント、いい奴から居なくなっちまう」

ヘンリーは幾分意気消沈したが、任務中という事もあり、すぐに我に返る。

「護衛のマスタングより緊急信!新たな敵編隊接近中!敵編隊の一部にはケルフェラクも含む模様!」
「畜生!連中総出で殴りに来たぞ……!」

449ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:17:31 ID:m8U/qgi.0
彼は忌々し気に愚痴を吐いた。
直後、レシーバーに切迫した声が響いた。

「右上方より敵ワイバーン4騎!こっちに向かってきます!!」

それは、胴体上方の旋回機銃手の声だった。

「こっちにだと!?機銃手、野郎をぶち落とせ!」
「言われなくてもやりますぜ!」

レシーバーに威勢の良い返事が響く。
胴体上部機銃を任されているウィジー・コルスト軍曹は、12.7ミリ連装機銃を下降しつつあるワイバーンに向けた。
敵は緩降下しながら急速に向かいつつある。
彼はワイバーンの1番騎に照準を合わせ、距離800で機銃を発射した。
2本の銃身から機銃弾が放たれ、曳光弾が敵ワイバーンに注がれていく。
ワイバーンは体をくねらせたり、ロールを行いながら機銃弾をかわそうとする。
そのトリッキーな機動は、米軍機では絶対に真似できない代物だ。

「いつもながら、気持ち悪い動きを見せやがるぜ!このゴキブリが!!」

コルストはワイバーンに罵声を放ちつつも、敵の未来位置を予測して機銃を発射し続ける。
だが、敵の細かい動きに対応しきれず、弾が当たらない。

「ファック!この機にもB-29に積まれている遠隔機銃が付いていれば、少しはマシになると言うのに!」

B-25に搭載されている旋回機銃は、目視照準で敵に狙いを定めて発砲を行うが、B-29には遠隔装置式で、照準器に敵の未来位置を予測して
射撃を行える新型の機銃が搭載されている。
この新開発の機銃は、従来の旋回機銃と比べて格段に操作性が良い上に、複雑な動きをするワイバーン相手でも命中弾が出やすく、経験の未熟な機銃手でも
1ヶ月半ほどの訓練を積めばそれなりに扱うことができるため、故障が多い事を除けば敵の迎撃がやりやすい傑作機銃と言えた。
このため、B-29や、最新鋭のB-36以外の爆撃機は、肉眼で敵を見据えながら、難しいワイバーン迎撃をこなすしかなかった。

450ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:18:09 ID:m8U/qgi.0
敵1番騎との距離はあっという間に縮まり、距離200メートルまで迫ると、ワイバーンが大きな口を開いた。
コルストは、その口に機銃弾を食らわせようとし、12.7ミリ弾を発射し続ける。
ワイバーンも光弾を発射し、緑色の輝く光弾が機体目掛けて降り注いできた。
けたたましい機銃の発射音と共に、足元に太い50口径弾の薬莢が断続的に落下して金属的な音が鳴り響く。
その直後、機体に光弾が突き刺さり、不快気な音と共に機体が振動で揺れ動く。
コルストは、1番騎に注いだ機銃弾が外れ、1番騎が下方に飛び去って行くのを横目で見つつ、新たに2番騎へ機銃を向けて、発砲を再開する。
2番騎に夥しい数の機銃弾が注がれるが、2番騎もまた、トリッキーな機動で機銃弾をかわす。
だが、その未来位置を見計らったかのように、右側法の銃座から放たれた射弾が、上手い具合にワイバーンの横腹を抉った。
短時間で多数の機銃弾を横腹に受けたワイバーンは、断末魔の叫びを発し、横腹から出血しながら、真っ逆さまになって墜落していった。

「ハッ!思い知ったかクソが!!」

コルストは、撃墜されたワイバーンに悪態をつきながら、続けて突進してくる3,4番騎に機銃を向け、発砲を開始した。
ワイバーン3,4番騎に対して、多数の機銃弾が注がれるが、この敵ワイバーンは怖気づいたのか、400メートルから300程の距離でひとしきり光弾を撃ちまくると、
そそくさと下方に向けて飛び去って行った。
この射弾も敵の狙いが甘かった事もあり、2発が胴体部に命中しただけで大半は機体を逸れていった。

ヘンリー機は10発ほどの敵弾を受けたが、当たり所が良かったせいもあり、機体は快調に動き続けていたが、状況は悪くなる一方だ。

「敵の新手、更に接近中!」
「制空隊は何している!敵のワイバーンを殲滅できんのか!?」
「は……何騎かは撃墜したようですが、敵も今だに士気旺盛で、依然として制空隊と空戦中の模様です」
「ええい、こっちの増援はどうしたんだ?」
「その点に関しては、まだ何とも……」
「チッ!第一波の俺達が貧乏くじを引かされる形になるか……!」

ヘンリーは、護衛のP-51隊の指揮官に忌々し気にそう吐き捨ててから、一旦通信を終える。

「今日だけで、第7航空軍500機以上の攻撃隊を差し向けるが、敵の出方からして、第一波の俺たちはまだまだ叩かれ続けることになりそうだ」
「代わりに、第二波、第三波の連中は悠々と敵陣を爆撃できるって事ですかな」
「そうなるかもしれん」

451ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:18:42 ID:m8U/qgi.0
ジョントゥルの皮肉気な言葉に、ヘンリーは自嘲めいた声音で相槌を打った。

状況は悪い。
601BGのB-25のうち、一体何機が、復仇の念に燃える敵の猛攻の前に生き残れるのか。
次は燃えるのは自分か。
はたまた、隣を飛行する僚機なのか……
そんな憂鬱めいた空気がB-25編隊の中に流れ、唐突の味方編隊出現の方を聞いた時は、誰もが無反応なままであった。

戦場に到達した時、先行していた味方の戦爆連合編隊は、敵航空部隊の予想を超える抵抗の前に苦戦を強いられており、その状況は、
高度8000を行く彼らからも把握する事ができた。

「こちらホワイトスターリーダー。爆撃機編隊の指揮官騎へ。聞こえたら返事をしてくれ。応援に来たぞ!」

彼は、無線機越しにB-25編隊の指揮官騎を呼び出した。

「こちら601BGの指揮官、ラパス・ホルストン大佐だ。応援に来てくれたか!感謝するぞ!!」
「遅れて申し訳ありません。今から援護に向かいます!」
「君達は今どこにいる……あぁ……そんな所にいたのか……!」
「そちらの周囲に張り付いているワイバーンは、P-51がどうにか食い止めているようですが、貴編隊10時方向より敵の密集編隊が
迫りつつあります。我々はそちらを叩きたいが、大佐はどこを叩いてもらいたいと思われますか?」

無線機の向こうにいるホルストン大佐はしばし黙考したが、強い口調で決断を下した。

「10時方向の新手を迎撃してくれ!こっちに取り付いている敵ワイバーンはこちらで何とかしよう」
「了解!敵の新手に向かいます!」

彼はそう告げると、指揮下の各飛行隊に命令を下す。

「よく聞け!これより、B-25編隊に向かいつつある敵の新手に向かう!この機体に乗っての初の実戦だ。ヘマするなよ!」
「「了解!!」」
「よし、各機、俺に続け!」

452ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:19:22 ID:m8U/qgi.0
彼……第74戦闘航空師団第712戦闘航空団所属の第551戦闘航空群指揮官を務めるリチャード・ボング中佐は、愛機を緩やかに
左旋回させ、目標となる敵編隊の上方に付こうとしていた。
ボング中佐は、新しい愛機の発する強烈なエンジン音にこれまでに無い頼もしさを感じる。

「この機種には一度、事故で殺されかけたが……手懐ければこれほど凄い奴は居ないな」

ボング中佐は、本国勤務時に起きた出来事を思い出しつつも、自信ありげな表情を浮かべた。
愛機の速度計は600キロどころか、700キロを軽く超え、800キロに迫ろうとしている。
今までのアメリカ軍機ではあり得ない速度だ。
だが、彼が乗る機体なら、これぐらいの速度は軽々と出す事が出来る。
いや、800キロどころか、それ以上のスピードを出す事も可能である。

程なくして、ボング中佐の指揮する戦闘機隊は、敵編隊の上方に到達し、機体の右下から敵編隊を見下ろす形になった。

「全機、ドロップタンクを投棄。突っ込むぞ!」

ボング中佐は短くそう言うと、両翼についていた予備の燃料タンクを投棄し、愛機を右旋回させつつ急降下に入った。
プロペラ機とは全く異なる、金切り音を強くしたようなエンジン音が更に高くなり、スピード計は更に上昇を始める。
800キロすらも優に超えてしまうどころか、900キロ台にすら到達し、そして更にスピードが上がる。
急降下のGで体がシートに押さえつけられてしまうが、ボングはそれを気にすることなく、眼前の敵編隊に視線を集中する。
敵との距離は、文字通り、あっという間に縮まってしまった。
彼は短いながらも、敵編隊の最先頭を行くワイバーンに照準を合わせた。
ワイバーン編隊は反応は、何故か鈍い。

(フッ。それも当然だな!)

彼は心中でそう思い、いまだに相対できないままのワイバーンに向けて、機首に搭載されたの12.7ミリ機銃を猛然と撃ち放った。
機首に集中して6門配備されている為か、機銃の曳光弾はまるで、一本の太い棒のように見えた。
射撃の機会は2秒ほどしかなく、すぐに敵機の姿が後方へと消えてしまう。
10秒ほど下降してから、ボングは操縦桿をゆっくりと引いて旋回上昇に入る。

「各機、最初の攻撃が終わった後はペアに別れて動け!良い狩りを期待する!」

453ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:20:01 ID:m8U/qgi.0
ボングは970キロから、700キロ程に速度を落としながら旋回上昇を続ける。
各機に指示を伝えつつ、今しがた攻撃した敵編隊を見据え続けた。

敵編隊は、ボングの率いる戦闘機隊が攻撃したため、大きく隊形を崩し、墜落し始めている敵も5、6騎ほど確認できた。

「ようし!P-80の最初の攻撃は成功したようだな!」

ボングは最初の攻撃で敵を撃墜した事に、心の底から満足感を覚えた。


ボング中佐の操る戦闘機の名は、P-80Aシューティングスター。


アメリカが開発した、合衆国軍最新鋭にして、世界初のジェット戦闘機である。

P-80シューティングスターは、アメリカのロッキード社で開発された。
初飛行は1944年9月25日に行われ、その日から各種のテストと量産型へ向けた更なる開発がすすめられた。
前線部隊への配備は1945年11月に、アリューシャン・アラスカから前線に移動中であった第7航空軍の部隊に組み込まれる形で
進められ、45年12月末には、48機のP-80が配備を終え、今日まで出撃の機会を待ち続けていた。
P-80シューティングスターの性能は、従来のプロペラ戦闘機と比べて速度や高空性能が格段に向上した等、様々な面で特徴付けられている。
機体の性能は、全長10.5メートル、全幅11.81メートル、機体重量は無装備状態で約4トン、燃料や弾薬を搭載した場合は7.6トンとなっている。
同じ陸軍航空隊に属しているP-51と比較すると、サイズは若干大きいぐらいだが、重量自体はP-51よりも幾分重く、重戦闘機であるP-47と遜色ない重さだ。
この重い機体を、アリソン社製のJ33-A-35ターボジェットエンジンが動かし、その最大速力は970キロにも上る。

機体の外観は流線形を多用した事もあり、全体的にスッキリと引き絞られたような形をしている。
F6FやP-47等の武骨なフォルムが、米軍機のイメージとして浮かびやすいとされているが、P-80はどことなく、P-51のような優美さを連想させる
姿となっている。
この機体に搭載される武装は、12.7ミリ機銃が機首に6丁集中配備されており、機銃を発射する時は敵に対して、点を穿つような格好になるため、
射撃スタイルはP-38を思わせる形となっている。
この他にも、外装として1トンまでの爆弾、またはロケット弾が10発、あるいは12発搭載でき、地上攻撃にも対応できるよう設計されている。
P-80の性能はまさに、新時代の戦闘機と言っても過言ではない物であるが、P-80もまた、新兵器に付き物である各種の不具合に悩まされている。
特に、P-80を最も特徴付けているアリソン社製のターボジェットエンジンは故障が多く、配備直前までは四苦八苦しながら問題解決に当たっていた。

454ヨークタウン ◆qGl8aTYr6.:2019/01/31(木) 23:20:37 ID:m8U/qgi.0
551FG(戦闘航空群)を束ねるボング中佐も、テストパイロットとしてP-80を操縦中にエンジントラブルに見舞われ、九死に一生を得たほどだ。
とはいえ、前線部隊に配備後は、ターボジェットエンジンの不具合も改善されつつあり、稼働率は高いレベルを維持し続けている。
今回は初の実戦参加という事もあって、整備員達の努力の甲斐もあり、全機が戦場に向けて出撃できた。

アメリカ陸軍航空隊の期待を背負って出撃したP-80は、その期待に応えるべく、圧倒的な速度差を活かしてシホールアンル軍のワイバーンを
次々と撃墜したのである。

ボングは次の目標を、編隊の最後尾を行く3機編隊に定めた。

「敵はワイバーンの他に、ケルフェラクも引き連れていたか」

彼は幾分、苦みの混じった口調で呟く。
前線でP-38に乗っていた時は、ワイバーンよりもケルフェラクの方に何度も煮え湯を飲まされていた。
一撃離脱戦法をメインとするP-38は、ワイバーンを襲った後にそのまま急降下してしまえば、敵は追いつけずに諦めていくので楽だった。
だが、ケルフェラクは機体自体の性能もよく、頑丈であるため、一度離脱に掛かろうとしても追い縋ってくるのだ。
急降下性能も優秀なケルフェラクは、P-38に追いつく事も多々あるため、逃げ切れずに光弾を浴びせられ、撃墜された機は多い。
ボングも過去に、ケルフェラクとの空戦中に死にかけた事があるため、ケルフェラクに対する敵愾心は強かった。

「次の目標は、2時方向上方にいるケルフェラクだ。ついて来い!」

ボングは、僚機にそう命じると、増速してケルフェラクに向かった。
エンジンの出力が再び上がり、甲高い金属音が唸りをあげてスピードが増していく。
ケルフェラクとの距離は急速に縮まり、距離500で機銃の発射を行おうとした。
だが、ケルフェラクはP-80の接近に気付き、すぐさま散会して狙いを外した。

「チッ!勘のいい奴だ!」

ボングを舌打ちしつつ、ケルフェラクの下方を通過した。
ケルフェラクは、背後を見せたP-80に光弾を放ってきたが、コクピットからは、右側に大きく光弾が外れていくのが見えた。
P-80は800キロ以上の猛速で離脱していたため、狙いがつけ辛かったのだろう。
ボングはスピードを落とさぬまま、左旋回しながら次の射撃の機会を待つ。


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