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【バンパイアを殲滅せよ】資料庫

158菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE:2020/10/31(土) 06:54:52
「何の日か……ですって……?」
「然様。さすれば、おのずと答えが見えましょう」

聞き返したわたしに、ニィ、と笑った田中さん。
……実にイヤらしい笑みさ。田中さんも、こんな嗜虐的な顔をするんだ。

「今日は……10月31日。臨時国会の初日。わたしに取っては……初めての所信表明を行った記念すべき――」
「ばーか。てめぇのコトは聞いてねぇよ」

シャリン! とシリンダーを回し、魁人がコルトを構える。麻生も同じモーションでそれに続く。
銃の的になるのは何度目だろう。
いい気分じゃないのは変わらすだ。向けられただけで胸の辺りがヒリヒリする。

「(答えを)外したら撃つ。それがルールです」

感情の籠らない麻生の言葉。
外す? 違う答えを言うたびに撃つと?
いいさ。撃てばいい。どうせ何を言っても最後には撃たれるんだ。
ただ初発から弾が出るかどうかは運次第。
さっきのが聞き違いじゃなければ、コルトには弾丸が1発ずつ装填されているはずだからね。
あのシリンダーの装填数は6発。つまり、出る確率は6分の1。

左右から、撃鉄(ハンマー)のコッキング音がカチリと響く。同時にシリンダーが回る音。

――撃たれる!

そう感じた瞬間、耳に届いたのは、ハンマーが打ち付けられる2発の乾いた打撃音。それだけだ。
一瞬だけ、目を閉じたかも知れない。
浅い息が漏れている。トクトクと心臓が鳴っている。
なるほどこれは……来るものがある。これこそがロシアンルーレットの醍醐味だと言うが……心臓に悪いね。
満足気に眼を細めた田中さんが、ゆっくりと口の端を吊り上げる。

「……ほう……再びお答えを聞く機会(チャンス)が……頂けましたな?」

数歩、距離を詰める魁人に麻生。
答え(理由)は知りたいが、どうせやるならとっととやって欲しいというのも正直なところ。
真剣に考えるか否か。

「さあ、答えを頂けますかな。元……伯爵どの?」
「もと……」

その呼び方は少し……ひどくない?
……確かにそうだけどさ。裏切者認識されてるこのわたしに、伯爵と呼ばれる資格なんかないって解ってるけどさ。

「わざわざ口に出してそんな風に呼ぶなんて……人が悪くありません?」

思わず零した文句に、ぐっと眉を寄せた田中さん。
再び構える2人。撃鉄の立ち上げ音と共に、引き金が引かれ――

眼を閉じる。2発目も不発。
不満を訴えても撃たれるのか。
なら適当でも答えるべきか。何かヒントは? 田中さんの顔に、何か書いてやしないか?

「旧暦で……クリスマス、とか?」

恥ずかしながら、ほぼ山勘。
今日の田中さんの羽織の柄が、ヒイラギ(クリスマスに良く飾る、棘のある葉っぱのあれ)だったからさ。
田中さんもその意図を察したのか、自身の肩の模様に眼をやって、でもやれやれと言った風に首を振り。

「……なるほど。しかし今日は……旧暦9月15日と記憶しておりますが?」

159菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE:2020/10/31(土) 06:57:43
チャキ! っと銃を構える音。発砲に至る再度のモーション。

――カチン!

またもや不発。
3度目だが、この感覚に慣れるという事は無く、むしろ緊張度は増している。
浅い呼吸しか出来ない。顎を伝い、ポタリと垂れる脂汗。

「かように難しく考えずとも宜しい」

……って言われても。
……ん。
朝香が……何か言ってる。……なんだろう? 
ア? タ? オ、リ……?
え? なに? ア? いや、タ? ……オ…………

「わかった! 誕生日! 彼女の……朝香の誕生日だ!」

一部の人間にはヤケクソに聞こえたかも知れない。だが確信ありだ。
読唇を習ったことがあるわけではないが、あの動き、間違いない。
そして、少なくとも自分自身のそれではない。
なら必然的に彼女の、となる。
きっと田中さんが朝香に聞いたんだ。誕生日の贈り物は何がいいかと。
朝香は答える。
このわたしの命が欲しいと。
何しろわたしは……佐伯の命を奪った(奪うよう命じた)……何より憎む仇、らしいからね。

流石の田中さんも呆気に取られた顔してる。
やはり……そうか。
いや……あの朝香の顔……え? ちがう?
……ごめん。いやその……その眼……怖すぎるからやめてくれるかな?

田中氏が顎をしゃくる。2度。
2度……引き金を引けと?
仕方ない。不正解に加え、彼女の誕生日を覚えていないという失態に対するペナルティか。

――カチン!
もう一度、カチン!

……次こそはと覚悟を決めて身を硬くするも、またもや不発。魁人と麻生、どちらもだ。
ここまでくると、読めて来た。6発目が当たり、そういう事なんだろう。
ギリギリまでわたしの反応を愉しむ気なのさ。
無論操作は簡単だ。2人は折り紙付きのハンター、「プロ」だからね。
シリンダーを回す塩梅ぐらい、心得てるって言うわけだ。

……いいさ。
このバイタル(心音や呼吸、血圧など)は官邸内に届いてる筈だからね。
異状の可能性に気付いた沢口たちが、色々手配してくれている。
ヴァンパイアの弱点も把握済み。例えあの装置が作動しなくても、このホールごと水に沈めることだって出来るんだ。

そう思い、顔を上げたその時だ。
見てしまったのさ。
ついさっきまでわたしと魁人が座っていた客席。
その後席に沢口が座っているのをね。その隣には宇南山もいる。
沢口の秘書官である日比谷麗子もね。彼女は旧姓使用者だけど、今や魁人の細君だ。
あろうことか、5歳になる息子まで連れている。腕に包帯を巻いたその子は……宗や秋桜同様眠っているのか。
しかしそうか。
そうだったんだ。
国会の会期中に、こうもすんなり事が運ぶ(フラッと出歩くとか)と思ってたけど……そうか。沢口も噛んでたのか。

160菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE:2020/10/31(土) 06:59:53
「如何されました? そろそろ降参、ですかな?」
「いいえ」

かぶりをふる。沢口の意図は解らない。ヴァンパイア達と手を組み、何を仕出かそうとしているのか。
このわたしを吊るしあげ、秘密裏に抹殺するくらいだ。良からぬ事には違いない。
撃鉄の起きる音を遠くに聞く。
頭の中のCPUは……まだ回っている。
どうせなら答えてもいいかとも思う。無論、この事態とは何の関連もないだろう。正解である可能性はこれっぽちもない。
わたしとはついぞ無縁の行事。だが街はその喧騒で溢れていた。
今朝がたにベッド脇で鳴っていたラジオでも、大半のコメントはそれだった。(国会中継の内容なんかそっちのけでね!)
一歩、足を踏み出す。自然と……背筋が伸びる。

「今日は10月31日。ハロウィンです。しかもハロウィンにして満月。実に……四十数年ぶりだそうですね?」

カッ! っと眼を見開く群衆。
フッと笑う田中さん。それに合わせるように、会場も忍ぶように笑いだす。
……いいさ。笑いなよ。馬鹿な事を云いだす首相だと。

1人、1人が立ち上がる。またぞろ……まるで大海原が波立つように。
皆が皆、あのジャックオーランタンのような笑みを浮かべている。
今頃は渋谷のあの場所も、思い思いの姿に扮した若者で賑わっているだろう。
各地の大勢も。我を忘れ、この日、この夜を大いに楽しんでいる筈だ。愉しんでくれているようで何よりだ。
ああそうさ! 大いに楽しむといい! その眼で見届けるがいいさ! 「元伯爵」の惨めったらしい最期をね!


ついにその時は来た。
今度こそは不発じゃない、正真正銘、火薬の炸裂する破裂音だ。
パッと散る血の飛沫。照明を受けやたらとキラキラ光っている。
強く眼を閉じる。
……がおかしい。撃たれた実感が無い。

自分自身の経験はないが、柏木やその他のハンターは良く言っていた。
胸部に受けても、急所を外れていれば反撃が可能だとか。
32口径の弾を腹に受けた時、殴られるような衝撃はあったが痛みはほとんど感じなかった……が、意識はすぐに無くした、とか。

2人の使用している弾は35口径(9mm)のマグナム弾。
ライフル弾ほどではないにしろ、もう少しこう……衝撃があってもいいんじゃないのか?
それともあれか? 見栄えが悪いとかそんな理由で、火薬の量を加減しているのか?

足元を見下ろす。
自分はまだこの舞台に2本の足で立っている。腕も無事。
撃たれた事は確実だ。だってこの床に散っている赤い……赤いテープ…………??

「おい」
「……え?」
「いつまでそうしてんだ? いい加減、気づけっつーの」
「え?」

魁人が向けている銃口に、ヒラヒラした何かがぶら下がっている。
短冊のような何かだ。
何か文字が書いてある。T、R、I、C、K……

振り向く。麻生の向ける銃口に似たものが。それにも……T、R、E、A、T……。

「トリック……オア……トリート……ってか?」

魁人が腹をかかえて笑い出す。

「え……は? いや……ええええええええええええ!!!!!???????」

161佐井 朝香 ◆GM.MgBPyvE:2020/11/02(月) 17:30:09

ハムくんの絶叫がホールいっぱいに響き渡って。
それを見た魁人がまたまた笑って。

――ああ! もう我慢できない!!

「ちょっと! いくら何でもやり過ぎよ!!」

矢も楯もたまらず彼の傍に駆け寄ったわ! 舞台の上にぴょんと飛び乗って!
とうぜんじゃない?
彼……顔色も唇もすっかり青ざめちゃて、尻もちついたまま口をパクパク。

そりゃあ……あたしも率先して協力したわよ?
普段頑張ってる彼を喜ばたい、なんて田中さんが言うから? 
真っ先に賛成したのはこのあたし。
でもなに? みんな、あんなに真に迫っちゃって。魁人なんか本気しか見えなかったわ!
ほら、桜子さんのお屋敷で、ハムくんに憑依された麗子に同じことされたでしょ?
あの時の恨みを今こそ晴らすつもりじゃないかって、実は実弾籠めたまんまなんじゃないかって、気が気じゃなかったんだから!
田中さんも田中さんよ! あんなに意地悪い引っ張り方しちゃって!

……ハムくん、見た目は平静を装ってたけど……魁人たちがトリガー引く度に心臓が跳ねてた。
血圧もガクンと下がったり、逆に上がったり。
ほんとよ! 手に取るように解るんだから! いつ倒れてもおかしくなかったんだから!

手首を取って、脈を診て。おでこで熱を確認して。仕上げにその瞳を覗き込んで。
そんなあたしの仕草を、彼は熱に浮かされた顔して……じっと見上げて。
黒い瞳の……さらに奥……
ほんと。魁人の「見立て」は間違いない。沢山居た……あの「眼」はもう……何処にも居ない。

「完璧ね」

え? って顔して顔を上げる彼。明らかに不振の色を浮かべてる。
そっか。そうよね。上手く行って喜んでるのはあたし達だけ。彼にはまだ気付いてない。

「ハムくん、良く聞いて?」

取った手は、じっとりと汗ばんで……とっても冷たくて。

「あたしの能力は知ってるでしょ? 触れるだけで、生き物の身体を治す……そんな力」
「うん。田中さんからも聞いてるよ。それこそゲノムの改変にも至る可能性のある力だと」
「でね? ハムくん前から言ってたじゃない。ヴァンパイアの弱点克服の為に、ゲノム自体を組み替えちゃえばいいって」
「……言ったね。でもそれは無理なんだろ?」
「そうね普通は無理。数十兆個はある細胞を、全部作り替えるなんて出来っこないもの。でも――」
「でも?」
「やってみたら出来ちゃったの」
「まさか」
「それが、ほんとなのよ!」
「……じゃあその人に会わせてよ」
「いるわ、そこに」
「そこ?」

ハムくんが右と左をきょろきょろ見て。

「どこ?」
「そこ。ハムくん自身」
「わたし?」
「そう」
「このわたしが?」
「そうだってば! ハムくんは人間になれたの! それこそ遺伝子レベルで!」

162佐井 朝香 ◆GM.MgBPyvE:2020/11/03(火) 06:43:27
ハムくんは一瞬ポカンとして、手をにぎにぎしたり、顔をペタペタしたり。

「わたしのゲノムを……弄ったってこと?」
「いじくるなんて! 大昔に組み込まれていたヴァンパイアのゲノムを……意味のない配列に置き換えただけよ?」
「さらっと言うね。それってそんなに簡単なことかい?」
「そりゃ簡単じゃないわ。うまく説明は出来ないけど……『あるべき姿』をイメージすると、『それ』が『そう』なるって言うか?」
「たしかに良く解らないけど、つまりもう『覚醒』する心配はないってこと?」
「そうよ。仮に誰かに噛まれたとしても『発症』には至らないわ!」
「いつやったんだい? もしかして麻生達の……演奏の最中に?」
「うん。あたし、クラシックを聴くと簡単にトランス状態になれるから」
「じゃあこの手首のこれも……それのせい?」

ハムくんが両手首をこっちに向ける。うっすらと……赤い痕が残ってる。

「たぶんそれ、全身の細胞が抵抗した反動ね。彼等に取っては恐るべき事態だった筈だから。あちこちチクチクしなかった?」
「……チクチクどころか、経験した事もない激痛だったよ。千枚通しで身体を突き通されたらあんな感じかもね」

足を組みかえて、胡坐の姿勢になったハムくん。ちょっと考えて、口を少し尖らせた。

「こんな手の込んだ事しなくても、『治験』するならするって最初から言ってくれれば良かったんじゃない?」
「……ごめん。言えばすぐには「うん」て言ってくれないと思ったの」
「そんな事ないよ。わたし1人の施術に『機関』の許可は要らないさ」
「……違うの。治験対象はハムくんだけじゃなく『みんなも』だったから」
「みんなって?」
「だから、ここに居る人達み〜んな」
「はあ!!!??」

ハムくんがひょいと腰を上げて立ち上がった。
トットッと駆けだして、舞台上を行ったり来たり。立ち止まっては客席をゆっくりじっくり、隅から隅まで眺めまわして。
そしやら客席のみんなは、げらげら、くすくすって。たぶんあの……キリっとして自信たっぷりなハムくんしか知らないから?
でもハムくん、「……そういう事か! 魁人まであっさり裏切るとか……おかしいと思ったんだ!」なんて叫んでる。
そして真面目な顔してあたしの方を振り向いて。

「しかし信じられない。……この規模を……ぜんぶ……君1人で?」
「ううん。麻生君と桜子さんも」
「彼等の――音の力を借りた?」
「そうよ。だんだんと……みんなの心がひとつになるように……だっけ? 麻生君?」
「えぇ。シンクロナイゼーション(同期化)です。それを意識して選曲しました。心と鼓動がひとつになるように」
「……そうよ、それそれ!」
「菅さん、脅かしてしまってすみません。どうせ今夜を選ぶなら、一発かましてやろうなんて、魁人が――」
「あ? なに自分だけいい子ぶってんだ? てめぇこそノリノリだったじゃねぇかよ」
「……菅さんもそういうの、好きかと思って……でもちょっと……あれはやりすぎたかなぁって」
「いいんだよ。何なら手足に一発ぶちこんでやっても良かったぜぇ俺は」
「そんな口きいて……今日は(国会の)初日だから体力持つか〜とか、明日の質疑大丈夫か〜なんて一番心配してたの魁人じゃない!」
「こいつじゃねぇ、てめぇの心配だっつーの! 苦労すんのは秘書の俺だからよ! よりによって満月に初日かって――」
「……満月? ……あ! そうか!」
「そういうこと! あたしやみんなの――ヴァンパイアの力が最大になるのは満月の夜だから!」
「ハロウィンも、ですよね?」
「そう! 地球のみんなの……高揚感? それがこう……手伝ってくれて、もう……ブワッって。こう……ブワッて。わかる?」
「わかんねぇよ」
「とにかく凄かったの! ときどき田中さんが手をギュッとしてくれなかったら、制御不能になってたかも!」
「……うおぃおぃ。俺ぁもともと半信半疑だったからよ? 手首のあれが吹っ飛んだ時ぁ、マジで青くなったんだからな!」
「結果的にはオーライだったじゃない!」

「そうですとも。これを僥倖と言わずなんと言いましょう?」

優しく笑いながら立ち上がったのは、今まで腕組んで眺めてた田中さん。
ゆっくりと会場を見回しながら手で差して。

「総理。今の言葉で『サプライズ』というらしいですな。日頃の貴方への感謝の意を伝えたかった」

163如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE:2020/11/03(火) 06:48:39
大先生が、うえ見上げたまま、眼ぇ閉じてやがる。
「感謝」、ねぇ……
まあ……そういうこった。

俺が計画を持ち掛けられたのはつい今朝方だ。
沢口の野郎が、あだ暗ぇうちに官邸の俺の部屋(詰所)に来やがってよ?
「菅総理に、ひと泡吹かせてみないか?」なんて言うんだぜ。
「あの時の恨みが少なからず残ってるだろ?」ってさ。
だから言ってやったぜ。「忘れた」ってな。
奴ぁ奴なりに最善を尽くした。たまたまその相手が俺だっただけだってな。

……らしくねぇが、ほんとのこった。
毎日こうしてべったり張り付いて……見せつけられたからよ。
じっさい総理ってのは大変な仕事なんだな。
新聞雑誌ぜんぶ読むのはとうぜん、閣議に議会、挨拶の出張、災害がありゃあ飛んでいく、なんて公務をこなす傍らで……
馬鹿丁寧に地元や地方の陳情って奴を聞くわけよ。アメリカや中国の要人から電話がくる、その合間にもよ?
ほんと、いつ寝てんだか。不平も言わねぇ。デカい事と小せぇ事を区別しねぇ。
妖しい勧誘はきっぱり断る、大臣どものお誘いすらノーサンキューだ。
少しでもヒマがありゃあ……家帰って家族サービスってな。
清廉潔白が過ぎるきらいもあるにはあるが、俺ぁこんな奴とやり合ってたのかと思うと、な〜んかどうでも良くなっちまってな。

したら沢口の奴、それならそれでいいって言うんだ。
とどのつまり、サプライズがしてぇって事なのよ。
どんなサプライズだ? って聞けば、ヴァンプ達を集めて人間にしちまう計画だって言うから驚くじゃねぇか。

「……はあ。田中が首謀か。決行はいつだ?」
「急で悪いが、今夜さ」
「マジで急だな。場所は?」
「麻生結弦のリサイタルの会場だよ。チケット、届いてるだろ?」
「あ! あれかぁ?! 菅がやたら愉しみにしてたぜ!」
「君は総理を確実に会場に連れて来るんだ。途中で邪魔が入らないとも限らない」
「……それはいいが……菅の奴、頼まれごとに弱ぇからな。急用がっつってどっか行っちまうかもしんねぇぞ?」
「心配ない。午前も午後も閣議に本会議、取次を受ける暇などない。昼の休憩も……他との接触がないよう引き付けておくよ」
「じゃあそこは予約しとくが…………ほんとのほんとに大丈夫なのかよ」
「……なにがだ?」
「あの女医、ちゃんと仕事できんだろな? しくじってヴァンプに囲まれんのは御免だぜ?」
「そうならないよう、今日という日にわざわざ決めたそうだ」
「ハロウィンに……満月……ねぇ」
「その事はあちらに任せて、自分の仕事に専念するんだ。成功するか否かは君の腕にかかっている」
「腕ぇ? 演技のかぁ?」

直前まで気が進まなかったってのが本音だ。沢口はああ言ってるが、術式とやらが成功する確率は100%じゃねぇからな。
だから菅の眼ん玉の奥確認した時ぁ……心底ホッとしたんだぜ。
これで司令も浮かばれるってな。
もちろん、菅に取っても悪くねぇ。
……相当悩んでたからな。
今の防衛大臣、実は結構なタカ派でよ?
ヴァンプを兵隊として活用したらどうか、なんて言いだしやがってよ?
いざとなりゃ激戦区に送り込める特殊部隊ってな。遠隔で操作できる腕輪やら、銀のチップやらを心臓に埋め込むってな。
むろん菅は反対するわな。人権侵害も甚だしいだろ。
したら奴め、ネットの掲示板やらSNSやら駆使して強引に「国民の総意」なんてもん取り付けて来やがった。
同意する国民も国民だが……まあヴァンプを毛嫌いするのは当然っちゃあ当然だが……
とにかくあの菅が「参ったな」なんて零してよ? 憲法何条だかを掲げても、いまいちインパクトが弱ぇとか?
いまいち対策も十分じゃねぇ状態で、明日の本戦(本会議)、奴と真っ向勝負する予定だったのよ。
……そのヴァンプが、綺麗さっぱり居なくなっちまった。
――へへっ! ざまぁ! 無い袖は振れねぇってな!!

終わりよければすべて良しってな。
ちょい手荒だったかも知んねぇが、楽しませてもらったぜ。
やり過ぎなんて思わねぇ。てめぇはそんな……小せぇ人間じゃねぇ。この程度でファビョるわけがねぇからな。

164菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE:2020/11/08(日) 08:14:15
「総理。今の言葉で『サプライズ』というらしいですな。日頃の貴方への感謝の意を伝えたかった」

そんな事を呟いた田中さんの声がしゃがれている。
何か……込み上げる何かを堪えている、そんな声だ。

「感謝など……なぜわたしに?」
「皆、貴方を認めております。共存を前提とした政策、その為に身を粉にして来られた貴方の努力、そして誠意を」
「……買い被りです。わたし自身ヴァンパイアだったからね。法整備云々はそのための手段に過ぎない」

ふ、とため息をつく田中さん。
草履が擦れる音と、絹布が擦れる音。足を踏みかえ客席に向き直った姿が目に映る。

「いいえ。貴方は表向き人間となった後も、意見を曲げなかった。貴方はこの5年間、常に『伯爵』であった」
「伯爵? さっきわたしの事を、『もと伯爵』って――?」
「今の貴方は完全なる『ヒト』ですからな。私も含め、『もと伯爵』でありましょう?」

再びこちらに向き直った彼が、こちらに手を差し出して来た。
その手首にも赤い輪の徴がうっすらと残っている。

「みな心の底から、貴方様を敬い慕っとる。ただの1人も欠けず、己の意思で駆け付けたのがその証拠ですわ」
「え? 田中さんが命じたわけじゃ――」
「一言、案内文(ぶみ)を送ったのみにて。『完全なるヒトとなり、伯爵様をあっと言わしたい者これへ』と」

いつの間にか関西のイントネーションになっている田中さん。
両の手でわたしの手をがしりと掴んでさ、その力の強いことと言ったらないのさ。

「痛たた……それって……悪戯心が背中を押しただけでは?」
「それもあるやも知れませんな」
「もって、他にもあるんですか?」
「大いにありますやろ。元々の『お達し』や」
「え? わたしが何か?」
「仰いました。ヴァンパイアゲノムを解析し、ヒトのそれへと組み替えるが悲願と」

トン、と胸を突かれた気がした。
そうだ。わたしはずっと……伯爵になってから……そのワードと最終的な目的として掲げて来た。
ゲノム治療なんてあまりに先が見えないから、実を言えば言った本人がさほど期待してなかったんだ。
それを――
そう言えば、朝香を紹介してくれたのも――

「如何です?」
「……え?」
「今宵の趣向。演奏も含め……楽しめましたかな?」
「えぇ。とても。三日三晩、生死の境を彷徨ったくらいに」

満足気に眼を細める田中さん。
そして今更ながら、その変わりようにハっとしたのさ。
白く染まった髪に、目尻や口端に刻まれた深い皺。
彼はすっかり歳を取ってしまっていた。おそらくは人であった時の、その時の年齢に。
ならば残された時間は、あと少し。ほんの……僅かなのでは?

そんなわたしの思いを察したのか。田中さんがくしゃっと顔を綻ばせた。

「御案じ召されますな」
「でも貴方は――」
「十分生き申した。70に届くだけでも天寿であろうものを……かようにも醜く、永く、生きさらばえ申した」

わたしに取って「岳父」とも呼ぶべき男の手。
その大きく、厚ぼったい手がそっとこの手を離れ、羽織越しにその腹を撫でたから、わたしには解ってしまったのさ。

「その羽織の色、利休茶、ではありませんでしたか? その袴も確か――」

165菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE:2020/11/08(日) 08:18:24
田中さんの瞼がピクリと持ち上がる。
流石にこの質問は唐突だっただろうからね。
けど70という年齢と、その仕草。かねてからの推測を裏付けるに十分すぎる。
およそ500年前、寿命は50とも言われていた安土桃山のあの時代に、「かの人」は70まで生きたとされている。
秀吉の怒りを買い、武士でも無いのに「切腹」を命ぜられ、周囲の嘆願むなしく命を落とした茶道の筆頭、「千利休」。
実名を千与四郎(せんのよしろう)。その元の姓を……田中。

ずっと、もしかしたらと思ってた。
彼の庵の設え、名前、背格好、すべてがあまりにそうだったしね。
でもまさかってね。聞くのも何だか怖くてね。
利休茶。やや緑を帯びる――その抹茶を思わせる明るい色合いは、千利休が好む色だったとか。

田中さんはしばらくわたしの顔を見て、そして豪胆に笑ってね。溢れた涙を袂で拭いながら言ったのさ。

「……袴の方は利休鼠(ねず)、ですな。如何なる色かと江戸に出かけ、手に取ればこれがなかなか。以降、愛用しております」

どんな事情で田中さんが人ではなくなったのか。
最期を見届けた武将の1人がそうだったのか。それとも最初から人ではない――真祖であったのか。

時間が許せば聞いてみようか。
信長や秀吉が、どんな人間であったか興味があるしね。

もちろん……深い詮索はしないさ。
天下人達が何をしてどうやって人を動かしたのか知りたいだけさ。
後学の為だよ。

166佐井 朝香 ◆GM.MgBPyvE:2020/11/08(日) 08:20:31


これって……ハッピーエンドよね?
何が面白いのか解らないけど、田中さん、涙が出るくらい笑ってたし、ハムくんも嬉しそう。

……で。お話も終わったみたいだし、そろそろ……
って麻生君を見れば、眼を真ん丸にして明後日の方を見てるじゃない。
つられてその方を見て……あたしまで眼を奪われちゃった。

再後席の、あの一番高いところに、桜子さんと柏木さんが立ってたの。いつもの白いドレスと、黒のスーツを着て。
うっすらと後ろの扉が透けて見えてて。二人とも笑ってて。
振り返ればまだスヤスヤ眠ってる宗に秋桜ちゃん。
で、もう一度そっちを見れば……もうその姿は何処にも無くて。

眼がキュッと熱くなって……でも堪えたわ。まだ仕上げが残ってるもの。

『麻生君! ほら!』

合図に気付いた麻生君が、噛みしめてた唇をフッと緩めて、そして――両腕を斜め上に持ち上げて――

始まったわ! 大合唱の続き!
凄い音量! ホールの壁がビリビリしてる!
もう我慢なんかしなくていいわね?! 泣いちゃってもいいわね!!?
ガシッと宗が腰に抱き付いてきて。
あはっ! 流石に起きたみたい!
そしたらハムくんがこっちに手を伸ばして、宗を軽々と持ち上げて。
魁人も、子供さん(陸翔くんって言ったかしら?)を肩車とかしてて。
見れば麻生も、娘ちゃんを腕に座らせてる。

そんなあたし達を、歌い手たちにあっと言う間に囲んで。手を繋がれたりして。
あはっ! もう一緒に歌うしかないじゃない!

ほんと凄い!
天を劈(つんざ)くってこのことよね! そして最後の……ほんとに最後のクライマックス! 



余韻が唸る大ホール。
ハムくんが、差し出された花束を受け取って。囲まれた人達に握手とか写真とかせがまれちゃって。
可愛い〜! ハムくんったら、すっごく照れてるの!
たぶん、初めての経験なのよね!
でもやっぱりハムくんはハムくんだった。すぐに我に返った顔して叫んだの。

「沢口はいる!!?」
「ここです! すぐ後ろに!」
「記者会見の準備だ! いますぐ現状を国民達に伝えるんだ! 急げ! 閣僚たちを招集しろ!!」
「それについて、たった今、二木元総理から連絡が入りました!」
「え!? 二木さんが、なんだって!!?」
「会見内容についての閣議書はすでに回し終えたと! あとは総理の花押(閣僚の署名)を頂くだけだと!」
「ず……随分手回しがいいね! もしかして報道陣への手配も済んでる!?」
「すでに官邸に集まっています! 明日の朝刊の差し替えに間に合うかと!」

群衆を押し分けながら、舞台袖に向かうハムくんたち。

「待ってハムくん! ひとつだけ、言っておきたいことが!!」

でも駄目! ぜんぜん聞こえてない!
ほんと……ハムくんたちのお仕事って……息つく暇も、ないのよねぇ……。

167佐井 朝香 ◆GM.MgBPyvE:2020/11/08(日) 08:25:00
『本日を持ちまして、ラミア発症者――いわゆるヴァンパイアと呼ばれた存在が、日本において撲滅した事を宣言いたします!』

画面に大写しになったハムくんの顔に、パシャパシャっと焚かれるフラッシュが当たってる。
あたしは……リモコンのスイッチを押した。
プツン、とブラックアウトするモニター画面。

「もう……ハムくんったら。ほんと早とちりなんだから」
「宜しいのではありませんか? 『一応の区切り』と、そう考えればいいのです」
「柏木さんったら、随分と丸くなったんじゃない?」

あたしは腕を組んで、椅子の背中に寄り掛かった。ギシッ、と軋む背板のスプリング。
出入口の扉の傍に立ってるのは、黒スーツの柏木さん……の幽霊。
……驚かないわよ。
死んだと思ったら生き返ったり。消えたと思えば当然のように出て来たり。柏木さんったら、いつもそうだもの。

「大勢に影響はないでしょう。なにしろ貴方には通常のヴァンパイアが持つ悪しき特徴が何一つない」
「血を吸わなきゃいい、迷惑かけないからいいって話じゃないわ。情報が正確じゃないって事が問題なのよ」
「まあ……そうですけどね」
「そうよ! あたしはまだヒトじゃない! ヴァンパイアのままなんだから!」

そういう訳! あたし自身は治ってなんかいないの!
あたしは医者であって患者じゃないもの。自分で自分は治せないもの。

「ですが貴方の力はまだ必要です。この世のすべての人間から……ヴァンパイアゲノムが消え去らない限り」
「わかるわ。真祖はいつどこで出現するか解らない。そういうことよね?」

柏木さんが何も言わずに頷いて。でもあたしは複雑。
そりゃあ……もともとのあたしの願いは叶ったわよ? ずっとこの仕事を続けていたい。それがあたしの望みだもの。
でもあたし……宗やハムくんとお別れしたくない。
宗やその子供たちや孫たちが、歳をとって死んでしまっても……あたしだけが若いまま。それって凄く――

「あたし……この先ずっと……先に逝ってしまうしまう人達を送らなきゃならないの?」

柏木さんが哀しそうな眼であたしを見て。
あたし、また「あの言葉」を言われるのかと思って胸のあたりがキュッとして。
でも柏木さんは言わなかった。「ヴァンパイアの道は永遠の闇」だと。

「いつか貴方も見つける筈です。田中さんが貴方を……見つけたように」
「そうかしら」
「そうです。田中さんも言っていました。ヴァンパイアは決して滅びない。滅びないわけがあると」

すっかり葉が枯れ落ちて、オレンジ色の柿もぜ〜んぶ?がれちゃって。
でもそのてっぺんに、しがみついてる柿の実がひとつだけ。
来年も沢山実がなりますように。無事にすべて済みますようにって。
あたし……そんな御役目を果たせるかしら。
たった一人で。田中さんみたいに。

「貴方らしくもない。差し当たってやるべき事がおありでしょう?」
「え?」

コンコン、とノックの音。
ドアの摺りガラス越しに映る黒い人影。あたしを呼ぶ苦しそうな声。
そうよね、ここは診療所で、あたしは診療医だもの。やるべき事は……決まってる!

カチャリとドアを開ける。廊下には点々と散る赤い血痕。

「またあなたなの? 無茶しないでってあれほど――」


ヴァンパイアを殲滅せよ――FIN――

168佐井 朝香 ◆GM.MgBPyvE:2020/11/08(日) 08:35:39
あらら、柿の実をもぐの「も」が文字化けしちゃったわね!
最後の最後まで詰めが甘いんだから!

169 ◆GM.MgBPyvE:2020/11/08(日) 08:47:57
ようやくの終了です。

水流先輩には心からの感謝を!
始まりのきっかけを与えて下さり、しかも桜子という素敵なキャラまで頂いて……
近いうち、自分の書いた分をそれらしくまとめ、しかるべき場所へ投稿しようかと目論んでおりますが……あくまで目論みですが……


いままで読んでくださったり、応援くださった方々には心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました!

170名無しさん:2020/11/16(月) 10:28:23
おつかれさま
読んでたよ

171名無しさん:2020/11/17(火) 01:03:31
お疲れ様
無事完結おめでとう

172 ◆cGQ3.aXF/Q:2021/05/29(土) 23:09:13
ようやく「しかるべき場」への投稿が完了しましたのでご報告いたします
(18禁要素を出来るだけ削除しております)

https://ncode.syosetu.com/n3265gw/


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