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【バンパイアを殲滅せよ】資料庫

164菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE:2020/11/08(日) 08:14:15
「総理。今の言葉で『サプライズ』というらしいですな。日頃の貴方への感謝の意を伝えたかった」

そんな事を呟いた田中さんの声がしゃがれている。
何か……込み上げる何かを堪えている、そんな声だ。

「感謝など……なぜわたしに?」
「皆、貴方を認めております。共存を前提とした政策、その為に身を粉にして来られた貴方の努力、そして誠意を」
「……買い被りです。わたし自身ヴァンパイアだったからね。法整備云々はそのための手段に過ぎない」

ふ、とため息をつく田中さん。
草履が擦れる音と、絹布が擦れる音。足を踏みかえ客席に向き直った姿が目に映る。

「いいえ。貴方は表向き人間となった後も、意見を曲げなかった。貴方はこの5年間、常に『伯爵』であった」
「伯爵? さっきわたしの事を、『もと伯爵』って――?」
「今の貴方は完全なる『ヒト』ですからな。私も含め、『もと伯爵』でありましょう?」

再びこちらに向き直った彼が、こちらに手を差し出して来た。
その手首にも赤い輪の徴がうっすらと残っている。

「みな心の底から、貴方様を敬い慕っとる。ただの1人も欠けず、己の意思で駆け付けたのがその証拠ですわ」
「え? 田中さんが命じたわけじゃ――」
「一言、案内文(ぶみ)を送ったのみにて。『完全なるヒトとなり、伯爵様をあっと言わしたい者これへ』と」

いつの間にか関西のイントネーションになっている田中さん。
両の手でわたしの手をがしりと掴んでさ、その力の強いことと言ったらないのさ。

「痛たた……それって……悪戯心が背中を押しただけでは?」
「それもあるやも知れませんな」
「もって、他にもあるんですか?」
「大いにありますやろ。元々の『お達し』や」
「え? わたしが何か?」
「仰いました。ヴァンパイアゲノムを解析し、ヒトのそれへと組み替えるが悲願と」

トン、と胸を突かれた気がした。
そうだ。わたしはずっと……伯爵になってから……そのワードと最終的な目的として掲げて来た。
ゲノム治療なんてあまりに先が見えないから、実を言えば言った本人がさほど期待してなかったんだ。
それを――
そう言えば、朝香を紹介してくれたのも――

「如何です?」
「……え?」
「今宵の趣向。演奏も含め……楽しめましたかな?」
「えぇ。とても。三日三晩、生死の境を彷徨ったくらいに」

満足気に眼を細める田中さん。
そして今更ながら、その変わりようにハっとしたのさ。
白く染まった髪に、目尻や口端に刻まれた深い皺。
彼はすっかり歳を取ってしまっていた。おそらくは人であった時の、その時の年齢に。
ならば残された時間は、あと少し。ほんの……僅かなのでは?

そんなわたしの思いを察したのか。田中さんがくしゃっと顔を綻ばせた。

「御案じ召されますな」
「でも貴方は――」
「十分生き申した。70に届くだけでも天寿であろうものを……かようにも醜く、永く、生きさらばえ申した」

わたしに取って「岳父」とも呼ぶべき男の手。
その大きく、厚ぼったい手がそっとこの手を離れ、羽織越しにその腹を撫でたから、わたしには解ってしまったのさ。

「その羽織の色、利休茶、ではありませんでしたか? その袴も確か――」


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