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( ^ν^)四月、僕は泥棒になったようです
154
:
名無しさん
:2024/08/04(日) 01:30:36 ID:ZRamFMRU0
( ^ν^)「……大丈夫か?」
ζ( ー ;ζ「……まぁまぁ、かな」
椅子に腰を落ち着け、持ってきた荷物を床に下ろしてから、デレの頬に触れる。
手の甲に、淹れたてのコーヒーを彷彿とさせるような暑さが滲んだ。
ζ( ー *ζ「……ふふ。ニュッ君の手、冷たい」
( ^ν^)「こんなので冷たく感じるのに、何が”まぁまぁ”だ。嘘吐きめ」
豪雨に晒され、あのボロボロなバス停で雨宿りをした日から3日。
“憎まれっ子世に憚る”とはよく言ったものだと感心すると同時に、”馬鹿は風邪をひかない”とはやはり妄言だとも確信した。
風邪を引いたのは、自分ではなく、デレだった。
ζ( ー *ζ「……手が冷たい人は、心があったかい人なんだってね」
( -ν^)「どうやら相当重症らしい。せん妄の気もありそうだな」
軽く聞き流しつつ、デレの周りを見る。
ベッドの棚の上には、医者である彼女の父が置いていったらしき薬がいくつか見られた。
155
:
名無しさん
:2024/08/04(日) 01:34:53 ID:ZRamFMRU0
ζ( ー *ζ「…お見舞い、ありがと」
( ^ν^)「気にするな。大した手土産も持ってきてない」
( ^ν^)「お陰で、ツンには露骨に嫌な顔をされた。”バイオリンの一つでも持ってきてよ”だと」
ζ( ワ *ζ「へへ、そういうとこも、かわいーでしょ」
“ツン”というのは、年が離れたデレの妹のことだ。
まだ小学生だというのに、その言動はデレよりも成熟したものを思わせる。
だが、似ているのは精々、顔のつくりのみ。昔からずっと、どうしてか俺には懐いてくれない。
今日も「見舞いに来た」と顔を出した瞬間、まるで人殺しでも見るような顔で睨まれた。性格だけを見れば、とてもデレと同じ血が流れているとは思えない。
( ^ν^)「顔以外まるで似てないよな。それこそ赤ん坊の頃から知ってるが、僕に笑ってくれたことなんて一度もないぞ」
ζ(- - *ζ「………昔から、好きになっちゃダメって言ってるからね」
( ^"ν^)「…?なんだ、君が黒幕か。どういう嫌がらせだ?」
ζ( ー *ζ「ふふ、お姉ちゃんだって、回りくどいワガママの一つくらいあるのです」
いまいち言葉の意味が理解できずにいると、デレはゴホゴホと咳き込んだ。
広いからこそ、この部屋は嫌に静かに感じる。
ただの咳が、末期癌の患者のそれのように掠れて聞こえた。
156
:
名無しさん
:2024/08/04(日) 01:36:39 ID:ZRamFMRU0
窓からは、未だにパラパラと降る雨の音が聞こえてくる。
3日前のそれと比べれば小雨とはいえ、今日の天気は紛れもない悪天候だ。
ζ( ー ;ζ「……昨日に比べれば、けっこう、元気になったんだよ」
そう言って、唐突にデレはその上体を起き上がらせた。
頬は明らかに異常な赤みを帯びている。時々聞こえる異常な呼吸音は、外の微かな雨音では誤魔化しきれないような悪音だ。
ζ( ー ;ζ「……だから」
ζ( ワ ;ζ「今からなら、さ、ギリギリ――」
( ^ν^)「ダメだ」
デレの言葉を途中で遮る。
この家に来た時、彼女の母親からも、妹のツンからも、きつく言われている。
“今回ばかりは何があっても、デレのお願いを聞かないで”と。
157
:
名無しさん
:2024/08/04(日) 01:39:21 ID:ZRamFMRU0
デレの言いたいことは、それこそ手に取るように分かる。
「隣町の夏祭りに行きたい」、だ。
約10年、一度もかかさず、行ってきた夏祭り。
最初こそデレの母親に連れられていたのが、気が付けば、二人で行くようになっていた。
途中で雨が降ったり、電車が事故で来なかったり、アクシデントが起こった年もあった。
それでも、「行かない」なんてことは、今まで一度たりともなかった。
その無念は痛いほど分かる。忌憚なく本音を言えば、僕もずっと楽しみにしていた。
だが、デレに過大な負担をかけてまで、行きたいとは思わない。
世の中には、仕方のないことはある。デレの引越ししかり、今回のことしかり。
( ^ν^)「……僕も行かない。そもそも今日は雨だ。どうせ祭りは中止だし、紙芝居もない」
( ^ν^)「もしかしたら後日、またやってくれるかもしれないだろ。…今日はもう寝ろ」
デレの上体を軽く押し、寝るように促す。
力無くベッドに倒れこんだ彼女は、ひどく申し訳なさそうに片腕で顔を隠した。
ζ( ー *ζ「………ごめんね」
( ^ν^)「気にしてない。いいから今日は…」
ζ( ー *ζ「今年、もう最後だったのに」
“最後”という言葉に、継ごうとした二の句が喉の真下で霧散した。
158
:
名無しさん
:2024/08/04(日) 01:40:57 ID:ZRamFMRU0
ζ( ー *ζ「……浴衣、見せたかった」
ζ( ー *ζ「綿飴食べたり、金魚掬いとか、スマートボールとか、やりたかった」
ζ( ー *ζ「紙芝居、見たかった、聞きたかった」
ζ( ー *ζ「……………ごめん」
( ^ν^)「…………いいって」
普段と違って、少しボサッとした髪を撫でる。
ここまで元気がないのは、なんというか、随分と彼女らしくない。
なんだか先日から、変に謝られてばかりに思う。
そもそもあの日だって、自分が変に問題を起こさなければ、デレはいつも通りの時間に帰れた。
あんな突発的な大雨に遭うことはなかったのだ。
いや、3日前に限った話じゃない。
僕に巻き込まれてデレが辛酸を舐めた出来事が、今まで一体いくつあっただろう。
デレは来年でいなくなる。僕はもう、彼女の世話になれなくなる。
そんな事実を目の前にして、ようやく気付いた。
今の今まで、数えきれないほど、僕は彼女に迷惑をかけていたということに。
159
:
名無しさん
:2024/08/04(日) 01:42:45 ID:ZRamFMRU0
ζ( ー *ζ「……ねぇ」
( ^ν^)「なんだ。いいから、もう寝た方が…」
ζ( ー *ζ「あの鳥、結局、どこに飛んでいったのかな」
デレの問いかけに、僕は少しだけ目を泳がせた。
何の話をしているのか、僕にはよく分かる。
去年、途中で雨が降り始めたせいで中止になってしまった、夏祭りでの紙芝居の話だ。
聞いたことのない童話だった。
いや、何かしらのモデルや、引用元はあるのだろう。話を全部聞いた訳ではないから、そこまで強い確証はないが。
160
:
名無しさん
:2024/08/04(日) 01:43:25 ID:ZRamFMRU0
一羽の、白い鳥を主人公にした物語だった。
その鳥は、何かを探して長い旅をしていた。
日が照りしきる夏を渡り、香り豊かな秋を飛び、寒さ厳しい冬を凌いだ。
巡る季節を旅して、色んな生き物や考え方と出会って、ようやく、暖かな春に辿り着けそうになった、その途端。
空気の読めない雨が降ってきて、そこで、その話は終わってしまった。
そして残念なことに、どうやらあの話はオリジナルだったようで、何をどう調べても類似する話は見つからなかった。
いや、厳密には少し似た話は見つかった。
だが、それはどれもこれも、ほんの一部が似通っているだけ。
例えばオスカー・ワイルドの”幸福な王子”だったり、宮沢賢治の”よだかの星”だったりと、言われてみれば少し設定が似てなくもないと、うっすら感じるものばかり。
結局、今に至るまであの話の正式な続きは知らない。
あの白い鳥は果たしてどこに辿り着いたのかは分からない。
161
:
名無しさん
:2024/08/04(日) 01:43:58 ID:ZRamFMRU0
ζ( ー *ζ「……続き、聞きたかったなぁ」
ζ( ー *ζ「今日、やってくれたのかな」
結末の分からない話だったが、デレは随分と気に入ったようで、自分たちなりの終わり方を想像してはそれを互いに話しあったりしていた。
“暖かな春に辿り着いた”、”春は夢で、あの話は冬の厳しさを耐えられなかった鳥が見た走馬灯だった“、”各々の季節の素晴らしさに気付いた鳥は、また四季を巡る旅に出た”など。
あの紙芝居の朗読をしてくれるおじさんは夏祭りでしか会えないのだ。
彼に会わない限り、どうやったって本当のところは知る術がない。
それでも、僕らはこれで満足だった。十二分に楽しかったし、面白かった。
話の続きや終わりを空想しては、学校のからの帰り道や課題をしている途中に、楽しく話しあっていた。
それだけで、僕らは充分に笑えたのだ。
162
:
名無しさん
:2024/08/04(日) 01:44:23 ID:ZRamFMRU0
( ^ν^)「………」
僕は黙ったまま、床に置いた荷物をそっと手に取った。
家にあった中で、一番綺麗かつ真面に見えた紙袋。
その中からは、一冊の本が見える。
…いや、”本”と呼んだのは些か、形容が華美すぎたかもしれない。
上から袋の中身をちらと覗いただけでも分かる。
それは、”本”と言うにはあまりに杜撰な代物だった。
だが、作ってしまったものは仕方ない。
それをここまで持ってきたのだから、尚のこと仕方ない。
僕はゆっくりと、紙袋に手を入れて中に入っているものを取り出した。
163
:
名無しさん
:2024/08/04(日) 01:45:03 ID:ZRamFMRU0
( ^ν^)「…………なぁ」
遠慮がちに声をかける。
隠れていたデレの左目だけと視線が合う。
一瞬の躊躇いが生じた。
こんなものを作って、何の意味があるのだろうかと。
こんなもので、彼女は喜んでくれるのだろうかと。
けれど生憎、デレを少しでも喜ばせられるものが、他に思いつかなかったのだ。
うちは決して裕福ではない。僕が持っている中で一番高い服は制服だし、古本屋でしか本を買ったことがない。そんな家庭だ。
とても年頃の女子が喜びそうな物は買えないし、用意も出来ない。
そんな中、唯一、思いついたものがこれだった。
( ^ν^)「……僕なりに、あの話の続きを書いてみたんだ」
紙袋の中から現れたのは、紙の束だった。
店で売っているような文庫本じゃない。
それどころか、あの夏祭りでおじさんが作った、絵本のような形にもなっていない。
ただ、文章が印刷されただけの紙の束。
それを、ホッチキスで無理やり綴じた、不格好にも程がある代物だ。
164
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:18:27 ID:cfzOUW3g0
ζ(゚、゚;ζ「……え…?」
デレの両の瞳が、平時より更に大きく開かれた。
それはそうだろう。見舞いにフルーツでも経口補水液でも手紙でも花でもなく、ただの紙クズを持ってきただなんて話、小説でもドラマでも中々見られるものじゃない。
( ^ν^)「…去年から、よく考えてたんだ。あの話の結末」
( ^ν^)「君みたいに、綺麗なハッピーエンドは思いつかなかった。どうしても僕は、あの白い鳥が円満に春を迎えられるとは思えない」
( ^ν^)「…でも、今は少し、違う。前に僕が話した、”ただ雪に埋まって息を引き取る”だなんて終わり方も、やっぱり違うんじゃないかって思うようになった」
紙束をベッドの上に置く。
表紙も何もない、ただ手書きの文字の羅列が並んでいるだけの、とても本とは呼べない物体。
165
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:19:40 ID:cfzOUW3g0
( ^ν^)「……昨日、ふと、思いついたんだ。これなら僕だけじゃなく、君も、納得できるんじゃないかって、結末が」
(; ^ν^)「紙芝居の代わり……になるかは、分からないが…」
(; ν )「…これなら、その……」
まただ。
あのバス停前での出来事みたいに、言葉が喉に詰まる。
けれど、臆する訳にはいかなかった。
もう、デレと一緒に過ごせる時間は半年ほどしかない。
その間も今までのように、心ない言葉を投げつけるのか。
せめて、これから、春が来て君がいなくなるまでは。
不格好だろうが、恥ずかしかろうが。
そのままの本音を、本心を、言うべきだと決めたのだろうが。
166
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:21:39 ID:cfzOUW3g0
(; ν )「………君も」
(; ^ν^)「気に入ってくれる。……と、思う」
視線は合わない。合わせられない。
伏せた目の先に映るのは、デレの白い指先だった。
デレの手がゆっくりと動き、僕が置いた紙束に触れる。
彼女は、まるで水面に浮かぶ宝石を掬うように、両手で紙束をゆっくりと持ち上げる。
そして、愛おしそうな笑顔を浮かべながら、ぺらりと紙を一枚捲った。
ζ( 、 *ζ「………」
ζ( 、 *ζ「……私のために、書いて、くれたの?」
視線は紙へと向けられたまま、咳交じりの質問だけがふわりと投げかけられる。
未だ中途半端に閉まった喉に苛立ちを覚えつつ、僕はコクリと首と縦に振った。
ζ( 、 *ζ「………そっか」
ζ( ー *ζ「私のための、本なんだ」
星が転がったような声が部屋に響いた。
167
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:23:34 ID:cfzOUW3g0
(; ^ν^)「……いや、別に本と言えるものじゃ…」
ζ( ー *ζ「はい」
デレの手がこちらに差し出される。
その手には未だに、僕が持ってきた紙束がある。
ζ(゚ー゚*ζ「君が読んでよ」
(; ^ν^)「………は?」
デレの口から出たのは、まるで予想していなかったお願いだった。
ζ(゚ー゚*ζ「紙芝居の代わり、でもあるんでしょ?」
ζ(゚ー゚*ζ「なら、君が朗読してよ。私、風邪ひいてるから、文章読むとしんどくなっちゃうし」
そう言って、彼女は可愛らしく小首を傾げながら僕に再び紙束を差し出す。
風邪のせいもあっていつも以上に儚げに見えるものの、その笑顔にはどこか有無を言わせぬ迫力があった。
168
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:26:11 ID:cfzOUW3g0
朗読など、今までの人生でやったこともない。正しい読み方も、面白く聞かせるための技術も知らない。
小学生の時にあった音読の宿題なんて、自分で判子を押してやったことにしていたし、劇や舞台などといった文化的イベントに足を運んだ経験もない。
それこそ、唯一ある朗読の記憶は、夏祭りの紙芝居くらいのものだ。
ζ( ー *ζ「…ふふ、風邪ひいて良かっただなんて、初めて思った」
ζ(^ー^*ζ「じゃあ、私のために読んでね。ニュッ君」
無言のまま精一杯嫌そうな顔をしてみたのだが、デレはお構いなしに再び上体を寝かして横になった
紙束を開く。
生まれて初めて自分で書いた、物語を綴るための文章。
我が文字ながら、手書きということもあって読み辛い。なにより、物書きでもない完全な素人である自分が、自分で書いた文章を朗読するなど恥ずかしいにも程がある。
169
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:27:03 ID:cfzOUW3g0
(; ν )「………はぁ」
寸でのところで堪えた舌打ちの代わりに、重い溜息が漏れる。
ベッドの上で寝転びながら、嬉しそうに微笑むデレの顔を一瞥する。
( ^ν^)「……下手でも、面白くなくても、文句言うなよ」
ζ(^ー^*ζ「はーい」
笑ったままの彼女にいよいよ観念し、手元の紙束に視線を落とした。
軽く咳払いをし、一番最初の行を読む。
自分で書いた文章だ。
読まずとも一言一句全て記憶しているが、僕はいつも夏祭りで紙芝居のおじさんがやっていたように、しっかりと文字を追いながら口を動かした。
句読点のある箇所では、少し止まり、息継ぎをする。
その少しの空白に、外を流れる雨粒の音が混ざる。
風景を読む。台詞を読む。感情を読む。物語を読む。
決して長くはない。だが、とても短いかと問われればきっとそうでもない。
文字数で言えばきっと、3万字あるかどうか。
字書きとしてはこれが長いのかも分からない。だが、一読者として言うなら、3万字というのは比較的読みやすい短編程度の長さのように思う。
170
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:30:31 ID:cfzOUW3g0
はたと、音が止んだことに気が付いた。
結末まで読み終わり、紙束から顔を上げる。
ベッドの上に視線をやると、そこには、満足そうに眠っている少女の姿があった。
ζ(-、-*ζスースー
どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。
( ^ν^)「………こりゃ、また後日、アンコールかな」
紙束を閉じ、ベッドの隣に置く。
これはデレのために書いた話だ。自分が持っていたって仕方ないし、そもそも見舞いの品として持ってきたもの。ここに置いていくのが妥当だろう。
デレの寝顔を盗み見る。
彼女の柔らかな前髪が、瞳の上に被っている。
静まりかえった部屋の中、彼女の髪に軽く指先で触れ、目の上にかからないように払う。
ふと、静かすぎるのが気になって、僕はベランダへ続いている部屋の窓を見た。
雨風が止んでいる。
その窓の隣、細長く、綺麗なクリアブルーの花瓶に挿された、一輪の花が空調の風で揺れている。
171
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:33:08 ID:cfzOUW3g0
僕は、その白い花の名前を知っていた。
アネモネ。
花に興味がない人間でも惹かれるほどに、大きな花弁が特徴的な春の花。
この部屋にあるみたいに白いものだと、確か4月2日の誕生花になる。
花言葉も色々とあるが、代表的なものなら、確か――。
(; ^ν^)(―――いや、待て)
(; ^ν^)(なんで、そんなこと、知ってるんだ?)
記憶の矛盾に気が付いて、思考を止める。
僕は花になど興味がない。小説を読んで触れた程度の知識なら知っているが、いつの誕生花なのかだの、花言葉だの、そんなことは知らないし調べた覚えもない。
僕は知らない。興味もない。
花が好きなのは僕じゃない。僕の幼馴染だ。
学校からの帰り道や、暇を持て余して休日に外へ遊びに行った時、いつの季節でも道端に咲いている花を指差しては愛でる、奇特な少女の方だ。
では、何故。僕が知っているのか。
いつ、どこで、どうして、こんなどこにでもありそうな花の名前を、覚えているのだろうか。
172
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:38:19 ID:cfzOUW3g0
( ^ν^)「………あぁ、そうか」
一人、納得した声が漏れる。
雨の音も、窓を揺らす風の音もない静かな部屋の中で、僕はやっと気が付いた。
思えば、最初から変だった。
気が付いたら土砂降りの外にいたり、バスに乗ったと思ったら、幼馴染の家に居たり。
いや、そもそも。
君がまだ、僕の前で笑ってる時点で、気が付くべきだったのだ。
ベッドへと視線を移す。
健やかな寝息を立てて眠るデレの頬に、軽く手の甲を当ててゆっくりと撫でる。
思い出した。
僕が一番最初に書いた話は、これだった。
何かの童話をモデルにしたであろう話を、幼馴染のアイデアを勝手に拝借し、更にオマージュしただけの話。
つまらないにも程がある、いわば、盗作の盗作の、そのまた盗作。
そうだった。
一番最初に筆を執った理由は、ひどく陳腐で、つまらないものだった。
例えるなら、盗んできた無地の絵に、盗んできた絵の具で色を付けたような、そんな泥棒みたいな思い出だ。
それでも、そんなものでも。
理由も、行動も、結果も、どれもがひどくつまらないものに思えたとしても。
他人にどう思われようとも、僕自身がどう思おうとも。
173
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:40:23 ID:cfzOUW3g0
( ^ν^)「………………デレ」
( ^ν^)「……………」
( ^ν^)「……君。そういえば、そうか」
君が笑ってくれたのなら。
それだけでいいかと、心の底から思えたのだ。
「そんな顔で笑ってたんだな」
全てが白に染まっていく。自分の輪郭すら、まるで知覚できなくなっていく。
名残惜しくも、彼女の頬からゆっくりと手を離す。
寸前、少しだけ、デレの口角が上がった気がした。
174
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:40:50 ID:cfzOUW3g0
*
目が覚めると、そこは、見慣れたカフェの中だった。
175
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:42:01 ID:cfzOUW3g0
正確にはカフェじゃない。
『ファンファーレ』という、カフェスペースのあるパティスリー。要するに、ケーキ屋だ。
顔を上げる。テーブルの上には白紙のままのメモ帳と、すっかり冷たくなったエスプレッソが置いてある。
カップの中の液体は未だになみなみとしていて、減った様子がない。
( ^ν^)(………寝すぎた)
頭をガシガシと掻き、眠気覚ましにコーヒーを一気に飲み干す。
ひどく冷たく、苦い液体が喉を痛いくらいに潤し、胃の中へと注がれていった。
ポケットからスマホを取り出す。
時刻は夕方。もうすぐ店は閉まる時間だし、進めるつもりだった文字は一字すら進んじゃいない。
諦めの色を含んだ溜息を吐く。
まぁ、久しぶりに良い夢を見れた。その分、リフレッシュは出来たと考えることにしよう。
176
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:42:28 ID:cfzOUW3g0
テーブルに掛けられていた伝票を持ち、席を立つ。
左のポケットから財布を取り出しつつ、ガラス越しに外を見た。
傘を持ってはいるものの、開かずに歩いている人々がちらほらと見える。
どうやら、とっくに雨風は止んでいたようだった。
177
:
名無しさん
:2024/08/05(月) 00:45:14 ID:cfzOUW3g0
第二話は以上となります。
第三話の公演開始まで、今しばらくお待ちください。
178
:
名無しさん
:2024/08/13(火) 00:24:43 ID:p6ZSnx..0
茜ちゃん見て投下気付いた、おつ!
ファンファーレって店に、バイオリン好きのツンちゃんがいるデレちゃん…もしやプラ心ともリンクしてる?
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