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( ^ν^)ふわふわぬいぐるみわんだーらんどのようです
1
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:40:15 ID:EEhMu.9.0
( ^ν⊂)”「んあ」
頭の中がふわふわする。頭の外、手足、指先、顔のあたりがふわふわする。それは眠気を誘う安堵の香り。暖かな眠りの香り。
( ^ω^)「おはようお、ニュッくん」
( ^ν^)「おあよ」
目やにを払ってこじ開けた視界に現れる少しくたびれた白。鼻先をくすぐる慣れ親しんだ匂いと肌ざわり。柔らかな体を抱きしめて毛布の中に潜り込むと中から聞こえる話し声。
( ^ω^)「あったかいお、ツンもおはようお」
ξ゜⊿゜)ξ「なまたかーい」
( ^ω^)「ブーンもニュッくんにだっこしてもらいたいお!」
( ^ν^)「ブーンはちいせえから枕」
( ´ω`)「おーん……」
――ここは、ぬいぐるみと言葉を交わす少年の部屋。
( ^ν^)ふわふわぬいぐるみわんだーらんどのようです
157
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:54:16 ID:BBn7uM5w0
( <●><●>)「……今日から仕事に戻りますが、問題ありませんか」
('、`*川「そうかぁ、そうなっちゃうよね。なーんかさみしい」
( <●><●>)「事情聴収やら何やらあったとはいえ、関係者の親というだけで流石に一週間も休めませんからね」
ポットの湯をコーヒーメーカーに注ぎ、休んでいた期間のことを考えながらたらたらと流れる液体を眺める。コーヒーを飲んでから家を出るのは決まって仕事の日。ポットを出した時から感づいていたのか、妻は特段諌めることもしなかった。
('、`*川「ニュッくん、パパは今日からお仕事だって。さみし―ね」
( ^ν^)「ん……いっへらっふぁい」
寝ぼけ眼でホットサンドをかじる息子に手を振り返しながら家を出る。時計を見ると、急げば何とか既定の出勤時間には間に合いそうだった。
158
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:54:47 ID:BBn7uM5w0
普段ならとっくに会社に着いているはずの時間。普段より少しだけ空いている電車の中で、24時間営業のスーパーで買った菓子折りを抱えて流れる景色を眺めていた。
職場からはほんの数日、ほんの数日離れていただけ。一週間の出張や、下手したら数か月単位の単身赴任だって経験してきた。
それなのに、今はまるで着慣れないスーツに身を包んだ入社初日のような気持ちだった。
事務所のドアを開けば、既に殆どの職員が自分の席についている時間だった。
159
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:55:09 ID:BBn7uM5w0
( <●><●>)「……おはようございます。課長、この度は」
( ´∀`)「おっ、入速くん。大丈夫モナか、テレビに追い回されて大変だったモナね」
デスクの上のマグカップを両手に握り、笑い皴のある目を細めて手を挙げたのは入社当初からお世話になっている菜々藻課長。毎朝の日課として目を向けていた新聞を丸めて脇に挟むのは、かつて記者だったころの名残の癖らしい。
( <●><●>)「はぁ、それよりも……」
とにかくお詫びの一つでも入れなくては。タイル張りの床に鞄を下ろし、代わりに持った紙袋の中の包みを差し出そうと膝を折る。
その背中に、ぐぐ、と重力以上の重みが加わった。
(,,゚Д゚)「ゴルァ、入速!!」
( <●><●>)「……古木」
私の背中に手を付きながら濁った声を上げ、やんちゃそうに笑うのは私の同期の古木だった。
160
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:55:37 ID:BBn7uM5w0
古木は課長に書類を手渡しながらギコハハハ、と癖のある笑いを上げる。
(,,゚Д゚)「お前、やっと今年の有給ノルマ達成じゃねーか。超勤面談は免除だとよゴルァ」
( ´∀`)「そういうことモナ。最近は入速くんがあんまり頑張るおかげであやうくモナ達労基さんに怒られるところだったモナ」
( <●><●>)「はあ、それはなんというか……申し訳ないというか」
結婚を機に本部勤めから離れた今でも、半ば残業をしてから帰るのは癖のようなものだった。決して多くはない事務所の人員を顧みて、せめて明日の仕事の中で今日出来るものがあるなら今日のうちにやる。そんなことを繰り返しながら働いていれば、自然と月の残業時間というものは意識しないうちに積み重なっていく。仕事が苦でない以上、それはなおさらだった。
( ´∀`)「モナモナ。入速くんがいない間はみんなでのんびりしながらやってたから、入速くんもゆっくり体慣らしていくモナ。モナからは以上モナよ」
( <●><●>)「……ありがとう、ございます」
私はもう課長に一度頭を下げて、席に着いた。
机の上には様々な地名の書かれたパッケージの包装紙の菓子類が散らかっている中、ほんのわずかな量の期限的余裕のある書類だけがバインダーの中に残っていた。
161
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:56:06 ID:BBn7uM5w0
(,,゚Д゚)「……入速ー」
( <●><●>)「はい」
(,,゚Д゚)「ねぎらえよー」
( <●><●>)「はい、本当に……面倒を掛けましたね。別に、自分の子供が死んだわけでもないのに」
(,,゚Д゚)「バカ、俺ねぎらってどうすんの。お前の代わりに班の子に仕事教えたのは渡辺さんだし、なにより頑張ったのはお前の班のやつらだろうが」
ずる、とバインダーを片手にコーヒーをすする古木が向かいの席を顎でしゃくった。そこにはなんだか前に会った時よりものんびりとした表情の女性、渡辺女史が座っていた。
从'ー'从「あれれ〜? でも古木さん、入速さんがいない間は一番遅くまで残ってたのに〜」
(,,゚Д゚)「だっ……それはお前が早上がりしてただけだゴルァ!」
从'ー'从「えへへ〜」
162
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:56:53 ID:BBn7uM5w0
渡辺女史は一年前の秋口に営業部から転がり込んできたやり手と名高い元本部職員だった。部署も違い、ただでさえ慌ただしい場所だったから当時は気にも留めなかった彼女が、まさか当時の鬼のような眼を丸めて今の職場にやってきたときには部内が騒然とした。
( <●><●>)「渡辺さんが残業どころか早上がりなんて。私と同類だと思っていたのですがね」
从'ー'从「も〜、こっちに来てからやっと素直に定時で上がれると思ったのに入速さんが全然帰らないんだもん〜」
( <●><●>)「……はは、二時間程度じゃ残業ですらなかった頃が懐かしいですよ。今じゃ、ここでひとりになってようやく人恋しくて帰るようになったんですから」
163
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:57:52 ID:BBn7uM5w0
(´・_ゝ・`)「まあまあ、これからは入速代理がたまにはお休みできるぐらいに僕たちも頑張りますから」
(,,゚Д゚)「しっかし盛岡、しばらく秘湯巡りで忙しいとか言ってたくせにちゃっかり今日戻ってきやがったな」
(´・_ゝ・`)「僕は必要な時を理解している人間なんですよ。ね、代理」
( <●><●>)「まったく、調子だけは一人前になりましたね」
盛岡は2年前に入社した、新入社員の少ない職場では一番の若手だった。真っ先についたあだ名が「饅頭王」になるほどの饅頭、そして甘味に目ざとい男だ。
もちろん、今の彼の穏やかな目はじっくりと私の手元の包みに注がれている。
从'ー'从「あ〜、おいしそうなお菓子見えちゃった〜。お茶、入れてきますね〜」
( <-><->)「……まったく。盛岡さんも渡辺さんも目ざといんですから」
( ´∀`)「モナにもいっこくれモナ」
遠くから響く課長の声。私は包みの中から自分のデスク周囲に配る分だけを取り、残りを朝会で配るように箱ごと課長に押し付けた。
( ´∀`)「二個食べちゃっていいモナ? これ余るモナよ」
( <●><●>)「お好きに」
164
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:58:35 ID:BBn7uM5w0
その日は、定時のチャイムと共に何かを期待されるような目線に押しやられてニコニコ顔の部下たちと共に社員証を打刻機にかざした。
从'ー'从「お疲れ様〜」
(´・_ゝ・`)「お疲れ様です、お菓子ご馳走様でした」
( <●><●>)「ああ……はい、お疲れ様でした」
(,,゚Д゚)「お疲れ様ー。ほれ、家庭持ちはとっとと帰りやがれ」
今日は仕事らしい仕事をした感じもないまま、ただ自分の部下や同僚の休暇の話を聞いていた気がする。私が不在にしていた間、何故か夏休みでもないのに数日のまとまった休みを取って国内旅行にいそしむ職員が大勢いたせいで、机の上にたまっていた土産物の菓子類が息子へのずいぶんと良いお土産になった。
鞄の中に土産品を入れていると、事務所の人がひとり、またひとりと帰っていく。奥からぽつ、ぽつんとカウントダウンのように電気を消しているのはモナー課長だった。
165
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:58:58 ID:BBn7uM5w0
( ´∀`)「入速くーん」
( <●><●>)「……課長、あの」
初夏の陽気のおかげで電気を消されてもシャッターの隙間から入る夕日が幸いする。だが、すでに荷物をまとめて最終施錠用のセキュリティキーを指先でくるくると弄ぶ課長は有無を言わさない様子だ。
せめてあの机の上のファイルぐらいは片付けたかった。だが、それも所詮は「明日できる仕事」なのだろう。
( ´∀`)「早く帰らないとモナが戸締りできないモナ。明日できることは明日やるモナ」
( <●><●>)「……そうですね。では、お先に失礼いたします」
( ´∀`)「おつかれさまモナー」
こんなに明るいうちに帰るなんて随分久しぶりだ。まだ息子が小さい頃に妻が体調を崩し、古木や当時の上司に随分頭を下げてなんとか早退した時以来かもしれない。
こんなに早く帰ったらかえって妻が困惑するだろうか。少し考えてケータイに手を伸ばし、多少文面に悩みつつペニサスへメールを入れる。
『今から帰ります。少し早いですが』
( <●><●>)「……わざわざ言う必要もなかったでしょうか」
駅までの道のりを歩きながらそんなことをひとりごち、差し込む西日に目を細める。
すると、メールから間もなくポケットからペニサスからの着信音――彼女とおそろいの着メロ、「エリーゼのために」が流れ出た。
166
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:59:25 ID:BBn7uM5w0
ニュッくんはまだ学校に行く元気がないみたい。お父さんに買ってもらったのか、ちょっと見慣れないタイプのお人形を片手に今日も一日ぼんやりしてる。
いろいろある前にニュッくんのお誕生日の話はしたけれど、いつの間に買ったのかな。ぬいぐるみの毛糸とは違う、着せ替え人形のような細くてつやつやのまっしろな髪。まるで人間の子みたいに滑らかに動く手足。なんだっけ、アルカイックスマイルって言うのかな。
白い肌に伏し目がちなほほえみを浮かべた不思議なお人形は、今日もニュッくんとなかよしみたい。
('、`*川「ニュッくん、その子と仲良しだねえ」
( ^ν^)「うん!」
167
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 21:59:52 ID:BBn7uM5w0
ニュッくんはお人形をティッシュ箱に座らせて一緒にテレビを見たり、とにかくご執心。
また学校に戻れたらその間にこっそり体を測って、ないしょでお洋服でも作っちゃおうかしら。そんなことを考えちゃうぐらい可愛らしいお人形。
麦茶のお供のお煎餅をつまみながらテレビを横目にそんなことをなんて考えていると、エプロンのポケットがぷるぷる震える。
('、`*川「あら、あらら」
メールの文面と時計を見比べて、三回ぐらい。CMのタイミングで振り返ったニュッくんがどうしたの? って。
('ー`*川「ねえ、ニュッくんもうパパ帰ってくるって!」
何だか私が一番嬉しいみたい。はーい、なんて呑気に答えるニュッくんのそばであわててお米を洗い、晩御飯の支度をする。
ご飯の時間には少し早いけど、その分誰かさんのお気に入りのおかずに手をかけたっていいんだから!
168
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:00:14 ID:BBn7uM5w0
いってきます、ただいま帰りました。朝夕の挨拶を繰り返すうちに少しずつではあるものの、かつての当たり前の日々が取り戻されてきた気がした。
課長の目付きは変わらず柔和ながらも鋭く、明日、という一言とともにわざとらしい腕組みで私のルーチンだった残業を牽制し、オフィスの戸締りを穏やかな笑みで済ませて路線を別つ。
朝はコーヒー、昼は弁当、夕食は妻の料理。土日は身体を休め、気の向く時にはグラスを傾ける。これが私の日常だったのか、と取り戻すて仕舞えば随分と大したことはない日常だった。
169
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:00:54 ID:BBn7uM5w0
そうしているうちに、息子の誕生日の日がやってきた。
相変わらず混み合う電車の中で帰りにケーキを買って帰らなくては、と意識を切り替える。13歳の誕生日祝いは息子の好きなフルーツタルトのケーキ、それと妻が贔屓にしている店のカスタードシュー。
帰りの電車は定期外でも、とにかく急いで帰らなくては。そうだ、今日こそ言われる前に帰ってしまおう。そう考えながら、私は朝一番の会議の資料をまとめて渡り廊下を足早に進む。
その時、耳に響いたのはMIDIキーボードの奏でるAmコード。
小さなLEDで表示された着信窓には、妻の名前があった。
170
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:01:36 ID:BBn7uM5w0
(,,゚Д゚)「おーい入速、ケータイ鳴ってんぞ。この着メロ奥さんだろ?」
( ´∀`)「モナ、先に済ませとくモナよー」
咄嗟に携帯を取り上げるが、同時に目に入るデジタル時計が示すのは会議の予定時間のおよそ2分前。
あいにく、この短期間で上司の前で電話を取る勇気が生まれるほど出来た人間ではない私は、無意識に通話終了ボタンに指を伸ばしていた。
( <●><●>)「……後で掛けなおします」
(#´∀`)「ったく——いいから、ちゃんと出るモナ!」
私がボタンに力を込める寸前に声を張り上げたモナー課長。柔和な表情に珍しく皺を寄せた課長は、私と同様に一瞬固まった古木と共に私の手から資料を奪うようにひったくり古木の腕を引き早足でエレベーターホールに向かって行ってしまった。
171
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:01:56 ID:BBn7uM5w0
ぽつり、取り残された私と着信音。
しばらく周囲を見渡すが、他の職員の姿は見受けられず、ゆったりとした音楽だけが流れ続ける。
私は右に寄せた指をずらし、着信を取った。
( <●><●>)「……もしもし、ペニサス?」
('、`*川「もしもし、あなた? ごめんなさい、お仕事中なのに……」
( <●><●>)「いえ……。それより、どうしました?」
小さな静寂。それから、静まった廊下で耳を澄ませなくては聞き逃してしまいそうなほどか細い泣き声。
('、`*川「——あのっ、あのね……」
( 、 *川「……ニュッくんがね……ニュッくんがまた、おかしくなっちゃったかもしれないの」
堰を切ったような妻の声が、小さなスピーカーから溢れ出した。
172
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:02:19 ID:BBn7uM5w0
くすくす。くすくす。
おかしいね。
くすくす。くすくす。
おかしいよ。
ぬいぐるみたちと、はなしてる。
ぬいぐるみたちが、はなしてる。
ξ゜⊿゜)ξ『ニュッくん、あーそびーましょ!』
爪'ー`)y-『ニュッくん、遊ぼうぜ』
( ^ω^)『おっお、ニュッくーん、あそぶおー!』
('A`)『あそべーあそべー』
173
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:02:44 ID:BBn7uM5w0
ひそひそ、かたかた。ゆかのうえ。
こそこそ、もぞもぞ。もうふのなか。
ぐらぐら、ゆらゆら。いまなんじ?
きりきり、じりり。いまはだれ?
( ><)『ニュッくん、おはようなんです』
きい、きい、きしむ、ほんとのゆめは。
( -ν⊂)”「んあ……」
すっかりきみと、ぬいぐるみだけのせかい。
( ^ν^)「……おはよ、みんな」
174
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:03:09 ID:BBn7uM5w0
(*><)『えへへ、ニュッくんねぼすけなんです』
( ^ν^)「んー……」
( )^ω^)『おっお、むぎゅっとくるしいおー』
ぬいぐるみたちは、お部屋の中でわいわいがやがや。だいすきな男の子が起きてきて、みんな遊んでほしくてたまらないみたい。
ξ゜⊿゜)ξ『ニュッくん、おふとんおりてきて、いっしょにあそぼー』
爪'ー`)y-『あそべー、んでもってめしくえー』
('A`)『めしめしー』
ざわざわと騒ぎ出すぬいぐるみたちの中、小さな人形のこどもが一歩、ぴたりと手を上げ前に出ます。
( ><)『みんな、今日がなんの日かわかりますか?』
175
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:09:31 ID:BBn7uM5w0
小さな指先が指し示したのは、枕元に飾られたのキャラクターもののカレンダー。毎年新しくなるたびに、真っ先に丸印を書かれるのが今日この日。梅雨のじめじめが消えて、すっきりと暑いこの夏の日は、ここにいるぬいぐるみたちにたくさんの思い出が生まれた日でした。
ξ*゜⊿゚)ξ『わあ、もうなのね!』
(*^ω^)『……お、ほんとだお!』
爪*'ー`)y-『はは、あっというまだな』
ぬいぐるみたちはそれぞれに思い返します。自分がここにやってきた日。綺麗な包みの中から出て、笑顔の男の子に思いっきり抱きしめられたあの日を!
( ><)『今日は、ニュッくんのおたんじょうびなんです!』
176
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:09:59 ID:BBn7uM5w0
ぬいぐるみの集団の中、くるり回ってベッドを見上げるこども。その目に映るのは、自分の持ち主。だいすきな、だいすきな大親友の男の子。
毎年、ちいさい頃から男の子の誕生日プレゼントにえらばれてきたぬいぐるみにとっては、自分の生まれた日に等しい日。だって、その子が生まれなければ、みんなはだれにも愛されなかったのかもしれないのですから!
( ><)『ニュッくん……』
( ><)『おたんじょうび、おめでとうなんです!』
爪*'ー`)y『……おめでとう!』
(*^ω^)『おめでとうだお!』
ξ*゜⊿゚)ξ『おめでとー!』
(*'A`)『おめっとー』
( ^ν^)「……ん!」
177
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:10:41 ID:BBn7uM5w0
ベッドの上でてれくさそうに頭をかく男の子は、床に集まったぬいぐるみたちを順番にぎゅうっと抱きしめました。
( ^ν^)「ん」
爪'ー`)y-『……やー、いい加減照れるって』
くたびれたきつねのぬいぐるみは、男の子がはじめて行った動物園で出会いました。
( ^ν^)「んーっ」
ξ*>⊿<)ξ『きゃー!』
おおきなサメのぬいぐるみは、男の子がはじめて行った水族館で出会いました。
( ^ν^)「んー」
(*'A`)『……ん!』
くったりしたたこのぬいぐるみは、おさかなのずかんと一緒に出会いました。
( ^ν^)「ん!」
(*^ω^)『ぎゅ、だお!』
まっしろなおまんじゅうのようなぬいぐるみは、おもちゃ屋さんで出会いました。
178
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:11:24 ID:BBn7uM5w0
そして。
( ><)『えへへ……』
( ^ν^)「……おいで」
ずっとずっと、男の子となかよしだったこどもの出会いがいつなのか。
どこで出会ったのかさえも、ぬいぐるみたちは誰も知りませんでした。
( ><)『これで、ずっと、いっしょなんです!』
( ^ν^)「……ん」
男の子のひざの上に座ったちいさなこどもは、まるでどこにも逃さぬようにと独り占めをするよう広がった手の中で、ずっとずっと大切そうに抱きしめられていました。
179
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:11:47 ID:BBn7uM5w0
(*^ω^)
ξ*゜⊿゚)ξ
(*^ν^)
ぬいぐるみたちのおしゃべりはいつまでもつづきます。
爪*'ー`)y
(*'A`)
(*><)
しあわせな思い出がこれからもたくさん生まれますように。
それから、今までのたのしい思い出を、男の子がずっと大切にしてくれますように。
180
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:12:15 ID:BBn7uM5w0
男の子と、ぬいぐるみたちの誕生日パーティーは続きます。
( 、 *川
(;、;*川
ただずっと遠く、ドアの向こうの大人ひとりを置き去りにして。
181
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:12:38 ID:BBn7uM5w0
第6話:へんじはあるよ、「おはよう」と。
おしまい。
182
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 22:13:18 ID:BBn7uM5w0
今気づいたけど小学生と警察さんと古木のAA全部ギコで被っててサーセンwwwサーセン……
小学生はまたんき、警察のギコは適当にフサギコだと思って
183
:
名無しさん
:2023/06/15(木) 23:46:59 ID:kRRCKGMs0
乙です
184
:
名無しさん
:2023/06/17(土) 00:43:10 ID:WnMYsQjA0
乙乙
185
:
名無しさん
:2023/06/20(火) 01:49:29 ID:v9qZER1.0
世界には酷似した人間が三人はいるという専らの噂
186
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:19:37 ID:0vH0sg520
第7話:おはよう、さあ始めよう!
187
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:20:00 ID:0vH0sg520
ばしん、と白い診察室に響いた平手打ちの音。残響が、白いリノリウムにこびりつく。
目を丸くした看護師の手からボールペンが落ちる音を皮切りに、白衣の男は声を上げる。
(#-@∀@)「君がしたことがどんなに残酷で身勝手で、愚かで、愛がなくて、最低な事か、分かってるかい!」
ぼんやりとした頭に徐々に痺れるような痛みが生まれる。
この医者、患者を殴るのか。いや、私は患者ではないから殴られたのかもしれない。いや、私だから殴られたのかもしれない。アサピーは、私がワカッテマスだから殴ったのだろうか。
(#-@∀@)「頭のいいキミのことだから奥さんの病気に自分の行動が関係ないのは分かってると思うよ。ああ、言ってみろよいつもみたいに何でもかんでも『分かってます』ってさあ!」
また始まった。アサピーの早口はまるで講義の録音を早回しにしたようで、時折甲高いイントネーションが混ざる。スツールに座った私を見下ろしながら手ぶりを加える彼は、さながら檄文を読む政治家のようにも見えて。
(#-@∀@)「でもねえ、間違いないよ。息子くんがそうなったのは君が原因だ。君のせいだよ! ただでさえあの中で奥さんが正気で居られたのは単なる奇跡なんだよ、普通の人間だったら追い詰められて、壊れて、それで――」
( <●><●>)「とっくのとうに死んでいた、とでも」
眼鏡の奥の目つきから怒りが消える。代わりに浮かんだのは、そうだ、軽蔑だ。
軽蔑をたたえるアサピーの目。その瞳の奥に映る私の目。
私の目は、いったい何を映しているのだろう。
188
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:20:30 ID:0vH0sg520
('、`*川「ニュッくん、おねがい、ママとお話ししよう……」
あれから毎日のように部屋から聞こえるのは、楽し気な息子と「何か」が話す声ばかり。扉はこちらの声など聞こえないように固く閉ざされ、なんとか鍵をこじ開けたとしても息子の目は声はこちらを認めることはなかった。
(;、;*川「ニュッくんおねがい、ママの方を向いて……」
爪'ー`)('A`)( -ν(つ^ω^)ξ゚⊿゚)ξ
目線はまどろむように伏せられ、視線はボタン、あるいは刺繍に吸い込まれるように虚ろに輝く。毛布の中で色とりどりのぬいぐるみに囲まれる姿。細い指は私達の手を握り返すことなく、くたびれた布地に絡みつき続ける。
( <●><●>)「……ニュッ、聞こえていますか」
( -ν(つ^ω^)『おっ、パパとママだお。こんにちはだお』
( <●><●>)「あなたはニュッですか、それとも」
( -ν(つ^ω^)『ぶっぶー、ちがうお。ブーンはブーンだお! よろしくですお』
間の抜けた声色に合わせてぷらぷらと上下するのはぬいぐるみの手足。毛布に隠れた息子の表情を伺うことは出来ないが、何にせよこれ以上は何をしても無駄なのでは、という一種の諦観が私の中に生まれ始めた。
189
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:20:56 ID:0vH0sg520
( <●><●>)「……ペニサス、もう戻りましょう」
(;、;*川「……ニュッくん、いつでもいいから、ママとお話しして……ね?」
はらはらと涙をこぼす妻の背を支え、薄暗い部屋の戸を閉じようとしたほんの一瞬。
( ><)
たった一つ、毛布の中でなくベッドの縁に座っていた人形と目が合った様な気がした。
190
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:21:39 ID:0vH0sg520
朝、二人きりの食卓。ニュースを読み上げるキャスターの声が響くダイニングに息子の姿はない。
息子が部屋に閉じこもり始めて最初のうちはこのまま衰弱死でもしてしまうのではないかと危惧していたが、試しに部屋の前に食事を置いたまま夜を明かしたところ、朝にはすっかり平らげた後の皿が廊下に置かれていた。
私たちは毎朝のパンと毎晩の夕食を息子の部屋の前に置き、時々聞こえる楽し気な話し声をあえて聞こえないようにしていた。
( <●><●>)「……ごちそうさまでした」
食後の皿を台所に下げると、妻が焼きたてのトーストに添えたシロップポットに蜂蜜を流していた。これは今からラップをかけられ、やがて無機物との喧騒を織り成す息子の口に入るか――あるいは、無残にも三角コーナーの肥やしになるのだろう。
('ー`*川「ん……いってらっしゃい、ワカさん」
( <●><●>)「行ってきます」
静かになった生活の中、玄関に向かう私を見送る妻の表情がどこか淋し気なことが気がかりだった。
191
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:22:11 ID:0vH0sg520
仕事が終わり、家に着く頃には既に時計は夜間のバラエティの毛色を変える時間帯を示していた。リビングを覗けば、既に食事を終えたはずのペニサスがスナック用の小皿に手を伸ばしたままうつらうつらとテレビの前に座っている。
ダイニングに置かれた夕食を口にしながら、ふとニュッが食事を摂ったかどうかが気にかかった。皿の中の残りをかきこみ、階段を上がった先を覗き込む。
食事の乗ったトレイの代わりにそこにあったのは――
( ><)『ニュッくんと、おはなししたいですか?』
わずかな蒸し暑さだけを残し静まり返った廊下に、影も残さず立っていたのはあの人形だった。
銀色の髪。深く伏せられた瞳。繊細に組み合わさった指先。ジョイント式の関節。白い肌に淡く頬色を差した人形は、確かな『人のこどもの声』で私に語り掛けてきた。
( <●><●>)「――これ、は……」
( ><)『ニュッくんのおとうさん……? ですよね、えへへ。ぼくはビロードっていいます!』
シャツの裾を指先で握りしめ、こちらを見上げるしぐさ。小さな唇は微笑みの形から言葉を紡ぎ、また淡い笑みに戻る。
背中を伝う嫌な汗。
ああ、また夢か。それとも、『いよいよ』なのか。
この目の前にあるものが現実なら、とっくに私は私をやめてしまいそうだというのに。
192
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:22:38 ID:0vH0sg520
その瞬間、頭によぎったのは憎悪だった。
この人形が、私の息子を狂わせたのだ。
あの夢の中で組み立てた手足の中の数々の、なんとおぞましいこと。毒々しい色をした怪物の腕、歪んだ腕、虫の腕、獣の腕、翼の腕。そうだ、この人形は怪物なのだ。
人の姿を模倣した怪物。人の声を真似る怪物。そうして、人を狂わせる怪物。この人形こそ、そうに違いないのだ。
だから、私はこの人形を壊さなくてはいけなかった。
193
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:23:04 ID:0vH0sg520
息子の部屋の前に立つ人形に、目線を合わせるようにかがみこんだ。首を傾げ、もしもしと手足を動かす人形に手を伸ばし――思い切り、頭を掴みあげる。
( ><)『っ、い、いたいんです! やめて、っおとうさっ』
( <●><●>)「……誰が、誰がお父さんですか。この、怪物が……!」
指先に絡まる細い繊維質な髪と、生暖かい空気が入り混じる。部屋の大気が体温のようにまとわりつき、まるで生き物のようだと錯覚させる。
私は思い切り力を込めて人形を床に叩き付けた。フローリングとぶつかり合ったプラスチック製の体はそう簡単に壊れることはなく、わずかに首や腕が曲がるだけに過ぎなかった。
私は人形の腕に手を伸ばし、思い切り引いた。片方の膝で人形の胸を床に押し付け、もう一方の手で頭を掴みあげながら。
194
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:23:35 ID:0vH0sg520
人形の表情が歪んだのは、こいつが単なる人形ではないからでしょう。怪物だから、こんなに苦しそうな表情を浮かべるのでしょう。
右手に掴んだ怪物の腕を強く引くと、人間の腱のようなものが伸縮し、小さな服の隙間から関節から生えた金属製の留め具が露出する。
白い腱と銀の金具で繋げられた紛い物の関節。
それを私は、思い切り引きちぎった。
( ><)『……たすけて、ったすけて、ニュッく――』
怪物が私の息子の名を呼ぶのと同時に、引き伸ばされた腱がぶちり、と切れる音がした。
その瞬間。
(;<〇><●>)「ぐ、っ……!?」
195
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:24:00 ID:0vH0sg520
突然右腕の感覚が消え、全身から力が抜ける、廊下に倒れこんで打ち付けたはずの頭に痛みは感じない。
そしてじりじりとせりあがってくるのは、忘れもしない、あの感覚だ。静電気のような、淡い衝撃が何も感じなくなったはずの全身を支配する。
( ><)『おやすみなさい、なんです』
床に倒れ伏していたはずの人形は私を見下ろし、薄い笑みを浮かべて笑っていた。
196
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:24:30 ID:0vH0sg520
少しだけ埃じみた部屋の中、私は目を覚ました。
床は柔らかい毛の絨毯で、天井は起き上がろうとすると、頭をぶつけてしまいそうなほどに低い。
( <●><●>)(……ここは)
伏せたままに周囲を見渡す。三方には闇、そして一方にだけ、柔らかな光があった。耳に聞こえてくるのは、聞き覚えのある子どもの声だった。
( ν )「――――」
その声は上から聞こえてくる。穏やかな息子の声を頼りに、私は光の方へ這いずろうとする、が。
( <●><●>)(……な、ぜ)
身体がうまく動かない。いや、正確に言えば左半身が――左腕の感覚が、左腕の存在ごと失われている。
まるで、むしりとられたように。
私が、あの人形にしたように。
197
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:25:01 ID:0vH0sg520
私は倒れこんだまま光の先を見つめる。初めはぼんやりとしか認識できなかったそれらが明確なシルエットをもって動き出す。
白くて短い足がうろうろと、魚の尾びれのようなものが時折ふらふらと。色とりどりのそれらはまぎれもない、息子が幼いころから大切にしていたぬいぐるみ達だった。
何とか片腕と足だけで這い進めないか試みるが、どうも足のお感覚が妙でうまく進む事が出来なかった。
仕方なく片腕だけで這うように進んでいると、忙しなく動き回るぬいぐるみの集団の中、ぼんやりと寝そべる個体と目が合う。
爪'ー`)y-『……?』
やや色あせた褐色の体。自分のしっぽを背もたれにするように手足をたらんと垂らしているのは、妻がかつてコンちゃんと呼んでいたキツネのぬいぐるみだった。
それは私の方を数秒見た後にすくりと立ち上がり、丸っこい手足で器用にこちらへ歩き出した。
198
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:25:23 ID:0vH0sg520
爪'ー`)y-『――ニュッくん、ベッドの下。なんかいるよ』
( ^ω^)『おっ?……もしかしてニュッくん、またブーンたちにないしょでおともだちふやしたのかお?』
( ^ν^)「んー……なんだろ。虫?」
光のある方から声が聞こえると同時に、それを遮るような影が降りてくる。それは、さかさまにこちらを覗く息子の顔だった。
( v^v)「……あ、ほんとだ」
にゅ、と白い腕が伸び、私の体を掴みあげた。驚くことに私は息子の手の中にすっぽりと収まる大きさになっており、やはりというべきか、左腕がちぎられたように失われていた。
( ;<●><●>)(――ニュッ、助けてください!)
声を出そうにも声が出ない。私がいた暗がりはベッドの下だったのでしょう、息子はするりと腕を伸ばして私を暗がりから引き出すと、体をやや乱暴にパンパンとはたいて埃を落とし、まじまじと見つめてくる。
199
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:25:46 ID:0vH0sg520
( ^ν^)「ん……ドクオ、さいほー箱。ツン、綿持ってきて」
('A`)『まかせろりー』
ξ゚⊿゚)ξ『りょーかいっ!』
私は目を――その時の私の体に果たしてどんな目がついていたかはわかりませんが――ひどく疑いました。息子の声ひとつで、サメやタコの形をしたぬいぐるみ達が、すいすいと体を動かし自在に部屋のものを集めてくるのですから。
その光景に呆然としている間に、授業用の裁縫箱といくらかの綿が詰まった袋が運ばれてきました。指示を受けたぬいぐるみ以外も、こちらを見るや否や何か慌ただしく動き回ってはああでもない、こうでもないと口を揃えて悩みあうのです。
200
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:26:35 ID:0vH0sg520
( ^ν^)「……腕、ない?」
(;^ω^)『おーん、ぜんぜん見つからないお。黒い腕だおね?』
爪'ー`)y-『……ていうか、こんな奴いたっけ。名前は?』
( ^ν^)「おれも……覚えてないや。作ったのかな、ママ」
ξ゚⊿゚)ξ「ねえねえニュッくん。これでその子のおてて、作れないかなあ」
サメのぬいぐるみが短いヒレでかきまわしていたのは、随分昔にサイズが合わなくなった服の山。その中から取り出したシャツを器用に尾びれに乗せ、こちらに放り投げる。
( ^ν^)「ん……いけそう。よし、治しちゃおう」
201
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:27:00 ID:0vH0sg520
私は息子の膝の上、その手に支えられながら腕に針を通される。傍にあるのは刃先の長い裁ちばさみでざっくりと切られた生地を縫い合わせ、あらかじめ綿を詰められた腕の代替品らしきもの。
( ^ν^)「それにしてもさ」
爪'ー`)y-『ん?』
より細い縫い針に糸を通すのを手伝い、黒い糸の端を引くのはさっきのキツネのぬいぐるみだ。
( ^ν^)「誰がこんなひどいことすんだろ」
(;<●><●>)(っ……!)
赤い飾りのついた待ち針が新しい『腕』と私を繋ぐように突き刺される。すると、採血の時に刺さる針の痛みとは比べ物にならない、まるで腕に釘を打ちつけられたような痛みが体に走った。
息子は目を凝らしながら私の腕に針を打つ。そのたびに激しい痛みが続き、しかも息子の手に握られてからというものの、私は一切の身動きが取れなくなっていた。
202
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:27:32 ID:0vH0sg520
ぶすり。
( ^ν^)「切ったって感じじゃないな……ちぎったって感じ」
ぶすり。
( ^ν^)「ぬいぐるみにこんなひどいこと、するなよ」
ぶすり。
( ^ν^)「……そんな事、するやつは……」
待ち針を差す手が止まり、息子が私をじっと見る。
その目はひどく冷たかった。
(;<〇><●>)(ああ、お願いです。やめて、やめてください――!)
いつの間にか縫い針を持っていた手には再び裁ちばさみが握られていた。さっきより強く、まるで握りつぶすように私の体を掴みながら、ニュッは私を睨んでいた。
まるで全て知っているかのように。私があの人形を壊したことを、その報いを今受けていることを!
203
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:27:59 ID:0vH0sg520
( ><)『こわしちゃうんですか?』
私の体を体にステンレスの刃先が挟みこもうとするその瞬間、隣から聞こえたのはあの『怪物』の声だった。
( ^ν^)「……ビロード」
まるで憑き物が落ちたかの様に表情を和らげる息子。そのままハサミを下ろすと、どうやら一部始終を固唾を飲んで見守っていたらしい糸を持ったキツネもふう、と一つ息をつく。
人形は子供らしいしぐさで両手で頬杖をつきながらベッドの上からこちらを見上げている。よく見れば私が引きちぎった腕はすっかり元に戻り、ベッドの縁から下ろした足をふらふらと揺らしている。
( ><)『そのひと、ほんとにニュッくんのじゃないんですか?』
( ^ν^)「……わかんない。けど……」
私の胴体を握りしめていた手の力が徐々に緩む。なんとかもがいて逃げ出そうとしたが、未だ私の腕に突き刺さったままの待ち針が身動きを取ろうとするたびにギリギリと骨を締め上げるような痛みを伝えてくる。
204
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:28:24 ID:0vH0sg520
( ^ν^)「わかんないけど、やっぱり治そう」
それから息子は私に突き刺さった待ち針を一本ずつ抜き、新しく作った腕と私の肩を細糸で見事に縫い合わせていく。不思議と腕を縫い合わせるときに針が行き来するのに痛みを感じることはなく、それどころか、新しい腕がつながっていくごとにゆっくりと左腕の感覚が取り戻されていくのです。
感じるのは、息子の指先の暖かな体温。
最後の針が通り、丁寧に留められた糸を切れば、私はすっかりと体の感覚を取り戻していた。
ξ゚⊿゚)ξ『おおー』
爪'ー`)y-『相変わらず器用だねえ』
息子に抱き上げられ、左右の手足をふりふり、踊るように動かされる。さぞ滑稽でしょうが、おかげで息子のさっきの憎悪じみた感情はどこかに消え失せ、いつもの部屋でぬいぐるみと遊んでいる時のような純粋な表情に戻っていた。
205
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:28:52 ID:0vH0sg520
( ^ω^)『きみきみ、おなまえは?』
('A`)『ニュッくんのじゃないから、名前なんかないんじゃないか?』
ひとしきり手足をもみくちゃに動かされて床に下ろされると、先ほど裁縫箱やら布やらを探し回っていたぬいぐるみが近づいてくる。すべて自分の力で動き回り、自分の言葉を話しながら――明確な意思を持ちながら。
( ^ω^)『……お、このぬいぐるみ、お口がないお!』
その中で、白くてやけに丸っこいぬいぐるみがこちらをまじまじと見つめてくる。ぐるぐると周囲を回ったり、顔を覗いては首を傾げたり。
とにかく、今の私はそのぬいぐるみと同じくらいの大きさになっているらしい、という事がぬいぐるみ的目線で理解できた事だけは確かだった。
( <●><●>)(……そして、ぬいぐるみには口がないと喋れない、という事ですか)
206
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:29:14 ID:0vH0sg520
確かに、この部屋にいるぬいぐるみ達には皆口がある。それはあの怪物――いや、人形も一緒だった。私は手頃な反射物を探し、古いゲーム機の仕舞われているガラス戸に近づく。
( <●><●>)(まるで童話か絵本ですね)
ガラスに映った私は、黒っぽい布地の上にボタンの目が二つ簡易的に縫いつけられただけの顔に同じく真っ黒な体をしていた。他に刺繍や飾りなどはなく、ただ左腕に生地の違う腕があるだけ。
まるで焼き損ねたジンジャ―ブレッドマンのような姿に思わず目を背けると、いつのまにかぬいぐるみたちの群れと離れた所に立つ人形とガラス越しに目が合った。
207
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:29:37 ID:0vH0sg520
( ><)『よかったですね、ニュッくんになおしてもらえて!』
頭の大きさに重心を取られて右へ左へとふらふらするぬいぐるみと違い、人形はきちんと重心の真ん中に据えた歩き方をしてlこちらに歩み寄る。恐らく頭一つ分ほど高い位置から屈むように寄せられた笑顔は、大人しげな印象をこちらに与えつつもやはり幼い子供を連想させた。
( ><)『ぼくのうでも、ニュッくんがなおしてくれたんです!』
青色のスカーフが巻かれたセーラーシャツをまとった腕が面前に広げられる。まるで筋肉を持つようにしなやかに曲がる関節の継ぎ目には傷のひとつない。
私が組み立て、私が壊した腕。
丁寧に瞳を覆うよう植え付けられた睫毛の下、わずかに見開かれた瞳と目が合う。
( ><)『これでもう、おともだちですね』
人形は、縫い合わされた私の手に触れる。部屋の中の薄暗い照明を反射する銀の髪がわずかに揺れ、微笑みを浮かべる表情が覗く。
そうして眠るように閉じられた瞼をわずかに開き、そのまま私の腕を――
引きちぎった。
208
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:31:09 ID:0vH0sg520
(;<●><●>)「ッ、――!!」
突如切り替わった意識。倒れ込んでいた身体を恐る恐る起こせば、そこは確かに蒸し暑さの抜けた家の廊下だった。
扉の向こうは静まり返り、目の前にはすっかり食事を平らげた後の食器のトレイだけが置かれていた。
209
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:31:32 ID:0vH0sg520
(´・_ゝ・`)
从'ー'从
(,,゚Д゚)
('、`*川
あの夢以来、怪物は姿を変え、夜な夜な夢の中に現れては私の腕を引きちぎる。
同僚、通行人、妻、挙句の果てには電車のドアに化け、何度も何度も逃すまいと私の腕を断ち切ろうとする。
その度に脂汗をかきながら目覚め、恐る恐る寝巻の下に手をやって自分の腕があるかを確かめる日々が続いた。ひどい時には電車で居眠りをした時、隣に座る乗客の姿に化けてきたことすらもあった。
210
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:31:54 ID:0vH0sg520
ええ。今、私は白状することにします。
私は仕事と、彼女への自由を単なる言い訳にしてあの家から逃げ出したのです。
我々を見失い、おもちゃ箱のような部屋に閉じこもる息子が嫌になったわけじゃない。何もかもを妻に放り投げてしまう事だって、本当はしたくなかった。
ただ、恐ろしかったのです。
( ><)
私が一人で居るときに、ニュッが眠っているときに、私が眠っているときに。あらゆる無意識の中から湧き出ては執拗に語り掛けてくるあの人形が、怖くて怖くてたまらなかったのです。
私は、あの得体のしれない人形から逃げるために大切なもの全て――家族と妻を、「あの事件のトラウマから離して療養させるため」と昔の家に押し付け私一人がこの家に残ったのです。
211
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:32:25 ID:0vH0sg520
そして、今。
( <●><●>)「……」
妻の願いを以て再び私がまだ結婚する前に暮らしていた家――私が妻と息子を置き去りにした――に帰ってきて、真っ先に考えたのは息子と、あの人形のことでした。
あの人形と離れてからというもの、私は独り家に残ったままでも悪い夢を見ることはなくなりました。あの頃の私は家族と引き換えに安寧の孤独を手にし、それ自体は不思議と虚しくもなく、悪夢から解放されたというだけでむしろ望んでいたことのようにすら感じていました。
今、私は息子と二人、ずっと昔の家にいる。
あの人形は、この家に居るのでしょうか。
もしそうだとして、私は彼女から託されたことを成す事が出来るのでしょうか。
私は言いようのない不安の中、無意識に仕事用にしていたガラケーに手を伸ばしました。
そこに、たった一つ残された連絡先。
――「はい、旭心療内科」
( <●><●>)「……アサピー?」
212
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:32:55 ID:0vH0sg520
電話口に事の次第を話せば、あれよあれよと事は進む。
言われるがままに真新しい外装のクリニックに立ち入れば、くたびれた白衣に促されるまま「診察室」と木製の札がかけられた部屋に通された。
事の次第を端的に話してすぐさま怒号と平手をもらった後、私は聞かれるがままにすべてを答えた。あの事件の後に怒ったこと、私の見た夢、妻の病気。私が家族を置き去りに逃げ出したこと。すべて、何もかも。
平手を振るった手でペンを握り、アサピーはこちらに質問を投げかける時以外は黙しながらも明確な軽蔑を分厚い眼鏡の奥の目に宿しながら話を聞いていた。時折話の節々に出てくる単語をカルテに書き連ねてはため息をつき、私が言い澱むたびにカップの中身を傾ける。
そして最後の質問に私がひとしきり答え終えた後、とつとつとこめかみをペンで叩き、それからくるりと椅子を回してこちらに向き直った。
213
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:33:18 ID:0vH0sg520
(-@∀@)「……ああ、僕が言ったんだっけ? どっか離れた場所に行って静かに暮らせって。確かにあそこはいいよね、住宅街にしてもそんなに人は多くないし、駅前だって静かだ。少なくともマスコミに追われる心配だってないさ。昔の家ね、確か僕も一回行ったっけ?」
( <●><●>)「はい……私は二人をあの家に置き去りにして、三人で暮らしていた時の家に一人残りました」
(-@∀@)「ったく、単なる浮気やら蒸発よりタチ悪いよ、それ。だって奥さん、『君と息子の為』なーんて言われたら君のこと責められないじゃん。単なる逃げだよ逃げ、そんなのはエゴなの」
改めて思うと返す言葉もなかった。きっと優しいペニサスは私を恨むことも出来ず、ただ息子の面倒を見ながら病にむしばまれていったのだ。ともすれば、病よりも彼女を蝕んだのは他でもない私なのではないだろうかと思うことしかできなかった。
(-@∀@)「おまけにここまで手遅れになってようやく僕に縋ってくるなんてね、もっと早く言ってくれればよかったのに。……まあ、総合病院時代だったら断ってたかもしれないけどさ、開業医なんか張り紙一枚で休診できちゃうんだから」
214
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:33:47 ID:0vH0sg520
( <●><●>)「……アサピー、私はどうすれば」
(-@∀@)「どうすればもこうすればもないよ。バカに出す薬なんかないし、そもそも患者本人が来てないのに。それとも何だい、君が患者だって言いたいのかい? とりあえず、今日のところはそれ持って帰れよ」
斜体じみた文字が書き連ねられたカルテの上、大きなため息とともに乱雑に置かれたのは一冊の大学ノートだった。
はーあ、とわざとらしい声と共に椅子に背を広げ、空になったカップを乱雑に机の隅に放る彼とノートをしばらく交互に見る。
( <●><●>)「……反省文、ですか」
(-@∀@)「バーカ、誰が読むかよ」
試しに開いたページも、その次のページも、その次のページも規則正しい罫線だけのまっさらな白紙。どこにも何も書かれていない、新品の大学ノート。背表紙のざらついたテープの触感なんて、いよいよ学生以来だ。
(-@∀@)「……とりあえず一か月、キミが息子くんと同じ家でどんな風に過ごして何を思ったかをそこに書いて持ってきて。ちゃんと逃げずに続けられたら、次の手を差し伸べてやるよ」
( <●><●>)「……わかりました」
(-@∀@)「あ、今日はもう休診日だからそのまま帰っていいけど、来月はちゃんと受付通してよね」
( <●><●>)「はい」
215
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:34:09 ID:0vH0sg520
診察室のドアを出ると、先ほどボールペンを落とした看護士が帰り支度もそぞろにおずおずと一か月後の予約を書かれた診察券を手渡してきた。
『旭心療内科』と書かれた緑を基調とした診察券と大学ノートを鞄にしまい、私は電源の切られた自動ドアを手で引いて家路についた。
( <●><●>)「……きちんと向き合うこと、ですか」
とりあえず、持ち去られてしまったキャリーケースを返してもらうことから始めるべきだろうか。もう何年も子供と触れ合ってこなかった私には、既に父親として向き合うという方法がわからなくなっていた。
( <●><●>)(まあ、向こうが私のことを忘れてくれていたのが幸いでしたか)
空はまだ薄暗い程度だというのに、車道は空車を知らせるタクシーの鈍行が通り過ぎるばかりですっかり人気はなくなっていた。
俄かに空腹を感じる腹をさすり、とりあえずやはり卵ぐらいは買って帰ろうかと財布の中身を確かめた。
216
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 22:34:43 ID:0vH0sg520
第7話:おはよう、さあ始めよう!
おしまい。
217
:
名無しさん
:2023/07/05(水) 23:08:37 ID:krYa36LU0
乙
218
:
名無しさん
:2023/07/06(木) 00:02:36 ID:8C./LN.A0
乙
219
:
名無しさん
:2023/07/06(木) 12:35:50 ID:WdwWS4qQ0
乙!
夢怖え……
220
:
名無しさん
:2023/07/08(土) 00:49:12 ID:PTRXhtb20
乙
力技じゃ敵わなそうだしニュッ君本人とはろくに話もできないし、
打つ手に困っちゃうね……
221
:
名無しさん
:2023/07/08(土) 17:34:37 ID:NGhwEzd20
乙
ビロードなんか怖いな
222
:
名無しさん
:2023/09/02(土) 19:40:24 ID:7zvadOMg0
好きです。続き待ってます!
https://downloadx.getuploader.com/g/3%7Cboonnews/259/fuwafuwa.PNG
223
:
名無しさん
:2023/09/11(月) 01:35:29 ID:JncHkLXU0
素敵な支援絵来てた
ビロードは目を閉じているはずなのに、じっと見られているように感じてドキッとした
224
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:37:36 ID:Zc9hmM.E0
第8話:はじまりは、こうしてうまれた
225
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:37:57 ID:Zc9hmM.E0
たくさんいたくて、こわくて、くらくて。
( ><)
じぶんがどんどんばらばらになって。
( )
さむくて、さむくて、それからいっしゅんだけあつくなって。
226
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:38:20 ID:Zc9hmM.E0
( --)
( ;ν;)
( ><)
気づけばぼくは、だいすきなあの子のひざの上にいました。
227
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:38:40 ID:Zc9hmM.E0
重たいあたまをもちあげて、あたたかい雨がおでこや耳、ほっぺに落ちるのをただ見ていました。
それは、だいすきなニュッくんのなみだ。
ニュッくんは、ぼくのあたまとおなかだけになった体を抱きしめながら泣いていました。
( ><)『――――』
泣かないで、そう言いたいのに声は出てこなくて。
それじゃあせめて、と手を伸ばそうにもそこにはなにもなくて。
( ><)(……ああ、ぼくは)
ぼくにはなにもできませんでした。
だって、ぼくは、ばらばらになってしまったのですから。
228
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:39:01 ID:Zc9hmM.E0
青色の毛布をひっぱって、ニュッくんはぼくを包むように抱きしめます。
ニュッくんのあたたかさがほんのちょっとずつ伝わってきます。
それでもぽろぽろ、雨は止みません。ぼくのあたまが毛布と一緒にびしょびしょになっても、それでも。
( ><)(ニュッくん、なかないで)
ぼくの手は、ひじから先がなくなっていました。
( ><)(ぼくが、ついてますから)
ぼくの足は、ひざから下がちゅうぶらりんでした。
だけど、ニュッくんはわらっていました。
229
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:39:44 ID:Zc9hmM.E0
( ^ν^)「……だいじょうぶ」
ニュッくんは泣きながら笑って、ばらばらに落ちているぼくの足を組み立てて。
( ^ν^)「たんじょうびだから、お願いしたんだ」
一つずつ、一つずつ組み立てて。
( ^ν^)「『ビロードにあいたい』って」
ぱちん。ぱちん。
小さなパーツが組み合わさる音。
ぼくはまだ目のふちに涙を残したまま笑うニュッくんを見上げている。
ばらばらにされた足が、手が、からだがちょっとずつ組みあがる。
230
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:40:32 ID:Zc9hmM.E0
かちり。
( ><)
( ^ν^)「……できたよ、ビロード」
( ><)「…………」
首とおなかが、おなかと手足がつながって。
( ><)「にゅ……っ、くん……」
ぼくはもういちど、ぼくになった。
231
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:40:57 ID:Zc9hmM.E0
ニュッくんはぼくをまるで赤ちゃんみたいに両手で抱き上げ、そのままゆっくりとおでこにキスをしてくれました。
少しずつ、少しずつ力を取り戻していく手足。新しい体。
おもちゃみたいにまっしろで、おかあさんにぶたれた跡も残ってない。
( ^ν^)「これで、もとどおり」
ゆっくりと首を回して、すみずみまで見る。お人形の体。
( ><)「おとなになっても、ぼくとあそんでくれますか?」
( ^ν^)「……うん。ずっと、いっしょだから」
( ><)「ぼくが、おにんぎょうでも?」
( ^ν^)「うん」
232
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:41:19 ID:Zc9hmM.E0
( ^ν^)「おやすみ、ビロード」
ぼくはニュッくんの指をにぎって、ふかふかのまくらにうもれていきました。
233
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:41:41 ID:Zc9hmM.E0
それから、数えきれないくらい、ずっと。
( ^ν^)
(*><)
ぼくたちは、ずっといっしょにいました。
( ^ω^)
ξ゚⊿゚)ξ
('A`)
爪'ー`)y-
ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと。
ずーーっと、いっしょに。
234
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:42:08 ID:Zc9hmM.E0
( ^ν^)
ニュッくんの背はどんどん伸びて、ぼくは机の上にいないと見つけてもらえなくなりました。
( ^ω^)ξ゚⊿゚)ξ爪'ー`)y-('A`)
ぬいぐるみのみんなはぼくより大きいので、ぼくみたいには困っていませんでした。
( ><)
なんだかちょっとさみしかったんです。
235
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:42:31 ID:Zc9hmM.E0
( ^ν^)
ちょっとずつ、ニュッくんの声はおとなの声になっていきました。
(* ν )
よなかに、みんなに隠れてなにかをしていたりもします。
( ><)
ぼくはおにんぎょうなので、ニュッくんみたいに大きくなることができません。
だから、おとなになっていくニュッくんを、毛布の中にうもれてながめる事しかできませんでした。
トーストの匂い。女の人の声。おともだちの話し声。ニュッくんの声。くらいおへや。それから朝が来て、トーストの匂いがして、女の人の声がして、みんながおはなし。そのくりかえし。
236
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:42:51 ID:Zc9hmM.E0
ぼくは、使われなくなった教科書の山の上でただそれをじっとみつめていました。ずっとずっと、同じ一日のくりかえしを。
そのうち、匂いと物音だけで日の動きが分かるようになってから、ぼくはじっと目をつむっていました。
そうしたら、いつのまにか目は溶けたように開かなくなりました。
日差しがあたたかい窓辺にもたれるように眠っていたら、いつのまにかそうなっていました。
237
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:43:11 ID:Zc9hmM.E0
( ><)
どろり。
首のあたりがべとべとします。
開かなくなった目をこじ開けようとしたら、そこも同じようにべたべたと濡れていました。
( )
口を開こうとしても、べたべたしたものに覆われてうまく声が出ません。
どろり。
首がぐらぐらして動きません。
238
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:43:35 ID:Zc9hmM.E0
ど
ろ
り。
239
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:43:57 ID:Zc9hmM.E0
ことん。
小さな音を聞いたのは、フローリングをさまようもの。
('A`)「?」
床を這う這う8本足。拾い上げたのは、小さな小さな人形の頭。
べたり。布地にとろけたインク染み。散らかる、白い白い髪。
(;'A`)「こりゃまずい!」
すいすいすい。フローリングを泳ぐ足、次々みんなを叩き起こす。
( つω-)「お?」
爪'ー`)y「……zzZ」
ξ´⊿`)ξ「何よう、まだ明け方じゃない……」
カーテンの奥はほのかな紺。毛布の主は、夢の中。
けれどもみんなは目覚めます。なぜなら今は、緊急事態。
240
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:44:24 ID:Zc9hmM.E0
('A`)「ビロードが、ビロードが!」
( --)
ぐにゃり、ひしゃげた首の軸。どろり、溶け出すその表情。
ぬいぐるみには、わかりません。どうしてなのか、わかりません。
日光、閉所、なんのその。汚れたのなら洗えばいい、綿が減ったら詰めればいい。
縫って、洗って、張り替えて。けれどもそれは、できません。
なぜなら彼はお人形。それも、あの子のお気に入り!
爪'ー`)y「……日に当たりすぎて、溶けてるな」
(;^ω^)「おっお、ソフビの宿命だお。お人形さんには、窓辺はちょっと暑すぎたんだお」
あわあわ、頭を抱えます。綿の詰まったおつむりを、みんなで抱えてなやみます。
机に倒れた体から、ころんとはずれたその頭。ちいさなおつむり囲みつつ、みんながおつむを抱えます。
241
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:44:51 ID:Zc9hmM.E0
なんとかしなきゃ、どうすれば。朝が来たならあの子が起きる。
あの子が見たら、悲しむよ。
大事なあの子が壊れたら、今度はあの子も壊れちゃう!
ξ;゚⊿゚)ξ「どうしよう、どうしよう!」
爪'ー`)y「ドクオ、机の上まで頼む。俺がビロードの体を下ろすから、ツンは受け止めてくれ」
ξ;゚⊿゚)ξ「うん、うん。任せてね」
('A`)「……椅子の上から引き上げる、うまく登って」
紫色のタコの子は、細い手足を動かして、するする椅子を上ります。
三本までは自分のため。残りの五本をうんと伸ばし、次なる仲間を引き上げます。
('A`)「つかまって!」
爪'ー`)y「よっ、ほっ、しょ……!」
ぽてぽて、ふっくら、ちいさな手足。ぴょんぴょん跳ねて頑張るけれど、ちょっぴり高さが足りません。
そこで登場、まんまるの子。おあげの色のキツネの子、うんしょと持ち上げ支えます。
(#^ω^)「ふぁ、い、とーっ」
('A`)「いっ……!」
爪#'ー`)y「ぱーーつ!」
242
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:45:18 ID:Zc9hmM.E0
つなぎつながれ白、茶、紫。ぽふりと到着、机の上。
えんぴつ、消しゴム、ライトに本。たくさん散らかる小舞台。今まで過ごした床の上、毛布の上まで見渡せる。
爪'ー`)y「……ふう、なんとか!」
('A`)「多分、窓のとこかな」
ξ゚⊿゚)ξ「わたし、ここにいるからね!」
ホコリにちょっぴり足取られ、そーっと進むよ木目の道。落ちたらも一度上り直し。朝日があの子を起こすまで、時間はそろそろ迫ってる。
243
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:45:39 ID:Zc9hmM.E0
爪'ー`)y「……ビロード」
そこには、くたり、小さな子。首から上を失って、まだ暗い窓辺に倒れ伏す。
なんだかすごくさみしくて、とってもとっても悲しい姿。
爪'ー`)y「よいしょ」
小さな手足を抱き上げて、そうっと汚れた部分に触れる。お気に入りだった襟付きシャツも、ちょっぴりホコリをかぶってて、とっても悲しい、おもちゃの末路。
爪'ー`)y「……ツン! しっかりキャッチしろよ!」
ξ゚⊿゚)ξ「まかせなさい!」
ヒレをふりふり、合図を送るやさしいサメの女の子。大丈夫、きっとうまくいく。
見下ろすほどに遠い床、おおきなヒレを目じるしに――おおきく、おおきく飛び下りた!
244
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:46:02 ID:Zc9hmM.E0
どしん、ぽふ。
(#)×ω×)「ぶ、ぶ……」
('A`)「ブーン、ナイスリカバー」
爪'ー`)y「すまん、ビロードを守るので精一杯だった」
キツネのしっぽは白の子に、けれど守った体はヒレの中。
(#)^ω^)「……おっ!ビロードがだいじょぶならだいじょぶだお!」
ξ゚⊿゚)ξ「いそいで治してあげなくちゃ」
ぽふぽふ、ぽん。
( ^ω^)+
ちょっぴりつぶれたほっぺたも、綿をほぐせば元通り。
だけどこの子はどうしよう。
お顔はどろどろ、ちょっとべたべた。お首はぐらぐら、げんきがない。
245
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:46:25 ID:Zc9hmM.E0
どたどた、ぱたぱた、さわがしく。ぬいぐるみたちは考えました。
けれど、答えは見つからない。だいじなともだち、どうしよう!
( つν-)「ん……」
もぞり、毛布が動きだす。隠す? ごまかす? うそをつく?
だめだめ、あの子とみんなにヒミツは無し。
爪;'ー`)y
ξ;゚⊿゚)ξ
(;'A`)
(;^ω^)
( ^ν^)「……どしたの、みんな固まって」
246
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:46:45 ID:Zc9hmM.E0
爪;'ー`)y「じ、実は……」
みんな、こわごわ場所開けて。後ろに隠した”それ”を出す。
( --)
ひくり。喉奥息呑む声に、どきり、毛玉の心臓脈打つ。
( ν )
ほろほろ流れていく涙。あの子は気づいてしまったよ。
永遠なんてないんだって。物は壊れて、人は死ぬ。
( ;ω;)
爪'ー`)y
だけど、「ぼくら」は知っている。あの子が何を選ぶのか。あの子が何を望むのか。
動かなくなった「ともだち」を、どうしてしまうか知っている。
247
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:47:07 ID:Zc9hmM.E0
( ^ν^)「……ちょっと、出てくる」
前髪くしゃり整えて、涙目拭って起き上がる。着たきりパジャマを脱ぎ捨てて、少し小さくなったシャツを着て。ずいぶん昔に見たような、あの子の姿になっていく。
まっすぐ朝日をねめつけて、それでも少し、震えてる。大事な「ともだち」腕に抱き、こわごわ、ドアを開けてった。
ξ;゚⊿゚)ξ「ねえ、ビロード……ニュッくんも、だいじょうぶかな」
爪'ー`)y「……大丈夫、だと信じたいね」
ふうと一息、そわそわと。すっかり朝日のカーテンに照らされぼくら、おるすばん。
かわいいあの子はどうなるの、大事なあの子はどうなるの? どきどき、はらはら、気が気じゃない。
248
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:47:46 ID:Zc9hmM.E0
( ´ω`)「おーん。ニュッくん、かなしそうだったお」
ξ゚⊿゚)ξ「でも、あの子はだーいじな子だよ。きっときれいにするんだよ」
('A`)「でも、最近あんまり遊んでなかったよな」
爪'ー`)y「……ニュッくん、でっかくなったよなあ」
しょんぼり、ぽふぽふ、おまんじゅう。ヒレ、足、しっぽにたたかれて、なぐさめられても心配顔。
だってぼくらはぬいぐるみ。みんなそれぞれ動けても、みんなでお外は出られない。ひとりの背中を見送って、帰ってくるのを待っている。
それが、ぼくたちぬいぐるみ。大事な家族を待っている、おうちで待つのがぼくらの役目。
249
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:49:17 ID:Zc9hmM.E0
遊ばれなくなったおもちゃ。ほつれて壊れたぬいぐるみ。それらが辿る道筋が人間の末路より簡単なものなのは分かっていた。
細かく数えるのをやめて、随分経った。けど、数年ぶりに降りてきたリビングは、やけに寒々しくて、明るかった。
('、`*川「あら……?」
記憶の中の姿よりずいぶん縮んだ姿の母親。まだ夜が明けたばかりなのに、寝間着姿のままテレビもつけないリビングで何か黒っぽい手元の布切れをいじっていた。
( ^ν^)「……あ、お……」
おはよう、の当たり前の言葉すら出なかった。自分の声も忘れるぐらい、『人』と話すことが無くなっていたから。
('、`*川「……」
('ー`*川「おはよう、ニュッくん」
ママは、何も言わずに俺を抱きしめてくれた。俺より高かったはずの頭の位置は少し低い場所にあったけど、体温は変わらず温かかった。
250
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:49:37 ID:Zc9hmM.E0
( ^ν^)「……これ」
テーブルに座って、麦茶を飲むと乾いた喉が幾分マシになった。手の中でずっと握りしめていたものを机に置いた。
頭と胴が離れた人形。いつの間にか持っていた、何よりも大切だったはずのもの。
('、`*川「これ……ずっと持ってたの?」
( ^ν^)「うん」
目を見開くままの肩越しに見るカレンダーは、西暦の横の言葉がすっかり変わっていた。俺はアリスのような気分を覚えつつ、それでも滑らかに舌に乗る言葉としてビロード、とつぶやいた。
かたん。思い切り引かれた椅子が後ろのキッチンにぶつかった。立ち上がったママは、どこかに遊びに行くときみたいな表情で机をポンと叩いて言った。
('、`*川「ニュッくん、ママとお出かけしよっか!」
251
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:49:57 ID:Zc9hmM.E0
久方ぶりに乗った電車は座席が妙に真新しくなって、ご丁寧にヘッドレストまでついていた。妙な居心地の悪さを感じながらに揺られ、促されるままに降りた街はまだ朝方だというのに観光客らしき人影がやけに目立っていた。
('、`*川「むかーし……ママがまだ学生だった頃にね、ここで素敵なお人形を見たの」
ぽつぽつと語りながら歩くママについて歩く。
昔は歩幅を合わせられる側だった自分が歩幅を合わせる必要もなくなったこと、大股で飛び越していた白線が自然と歩幅の間隔になっていたこと。
かつてねだったゲームの広告は絵が随分変わっていて、外を見れば見るほど奇妙な感じだった。
('、`*川「何か飲む?」
( ^ν^)「……ううん」
今じゃ背伸びをしないと届かなかった自動販売機の一番上も、軽く手をあげるだけで届いてしまうほどに。
252
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:50:24 ID:Zc9hmM.E0
('、`*川「学校の帰り道だったから、今でも覚えてるんだけど……うぅん」
奇妙な絵を並べるギャラリーや妙に高いアイスクリームを売る屋台。車一台通るのがやっとの路地を縫うように歩く、歩く。
それから何本かの坂を上って、降りて、上って。桁を一つ間違えた千円カットの店、バターの香りを漂わせるパンケーキ屋を通り過ぎる。
('ー`*川「そう、そう! こっちだよ、ニュッくん!」
ふと街路樹の隙間に日が差し、教会のような建物が頭を覗かせる。途端、ママは俺の手をにぎって駆けだした。
石階段を下り、ガラス造りの建物を通り過ぎて、走ったその先。
253
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:50:45 ID:Zc9hmM.E0
そこに煌びやかなショーウインドウはなく、何かの建物を元に作ったらしい真新しい結婚式会場。入口にはチェーンがかかり、今日にも式を挙げるであろう二人の名前が書かれたボードが立てられているばかり。
('、`*川「……」
聞こえないくらい小さなため息。辺りを見渡しても、コーヒーチェーンの看板やまだ開店していない喫茶店ばかりが軒を連ねているだけ。
( ^ν^)「無くなった」
('、`*川「そう……みたいねぇ」
明らかに俺よりも肩を落としているママを覗き込む。すると、その奥にも細い路地が続いているようだった。
小さく指をさしてみれば、首をかしげてこんな道あったかな、なんて漏らして好奇心のまま歩みゆく。
254
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:56:20 ID:Zc9hmM.E0
コンクリートで埋められた壁と追いやられた民家の狭間、ふと小さな灯りを漏らす雑貨屋が目に入る。真鍮製のドアノブに手を伸ばしたのは、同時。
( ´_ゝ`)「いらっしゃい」
エプロン姿の店員は小型の望遠鏡みたいなものを片手に何かの螺旋を回している。わあ、なんて声を漏らして瓦斯灯の下をふらふら歩きまわるママは所狭しと並んだ西洋雑貨に夢中だった。
木製のくるみ割り人形によくわからない織物。日差しを避けるような立地のせいで、店内は明かりが灯っていても薄暗かった。
小さなテーブルに並ぶ木彫りの像やガラス細工。何段にも重なった棚の上にはペンが並んでいる真横に剥き身のナイフが置かれていたり、陳列しているというよりはただ雑然と放っているだけにも見えた。
255
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:56:53 ID:Zc9hmM.E0
ママはあっちこっちの棚に手を伸ばしてはうんうん唸り、そのたびに首をかしげるシルエットが壁に映る。
俺達はどうしてかこの店から離れる気にはならなくて、ただ一心不乱に壁に飾られた古びた湖の写真やブックカバーだけの本棚、針金細工の並んだ棚を眺めていた。
('、`*川「……お人形だけど、こういうのじゃないんだよね」
俺とは反対側の店内を見回っていたママが、レースの敷かれた棚から取り上げた毛糸の髪の人形をそっと戻す。ママの発した人形、という言葉に部屋の奥の店主がぴくりと肩を震わせた。
それから店主は黙ったまま螺旋巻きをカウンターの上に置き、その横に立てかけられた小さなベルをチリ、と鳴らした。
鈍く錆びた音の中に高音が響く不思議な音。その残響が消える頃、ほんの少しの足音が響いた。
256
:
名無しさん
:2023/11/06(月) 21:57:15 ID:Zc9hmM.E0
(´<_` )「お客か」
( ´_ゝ`)「ああ、多分」
店の奥から出てきたのは、店主と瓜二つの顔をした男だった。そいつは店主と比べると少しだけ緑がかった目をしばたかせ、ママと俺を交互に見やると、ふと俺を指差してに、と笑った。
(´<_` )「一歩進んで右を向いて、それから三番目の棚を開けてごらん」
へっへ、と息だけで笑う声を残し、それきりうり二つの男はカウンターの奥へ消えていった。すっかり、気配すらも消え失せていた。
( ´_ゝ`)「だそうだ。君の一歩は、君にしかわからないよ」
しばらく固まっていた俺を促したのは店主の声だった。見れば、また拡大鏡を目に何かの螺旋をキリキリと巻いていた。
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