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漫画・ライトノベル以外の書籍スレ

1 真ナルト信者 :2017/02/08(水) 19:12:46 ID:???
漫画・ライトノベル以外の書籍なら純文学でも文庫でも新書でもレピシ本でも攻略本でも難しい本でもOK
感想を書いたり、内容をまとめたりとかしてみたらどうでしょう

2 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/02/08(水) 19:13:40 ID:MDyIz2QM
歴史とか政治経済とかよりは、需要あるかなぁ

3 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/02/08(水) 19:14:52 ID:MDyIz2QM
市川真人「電子教科書が崩す、「教室」という近代」
 近代的教育→主体を育むために生徒の自覚や意思を抑圧する。教師と生徒のあいだにおいて権力を完全に排除することはできない
 →近代的教育は、理念と実際、理念と現実のあいだに隔たりと矛盾を孕む
 電子教科書→情報更新によって教科書の知識はフロー化(流動化)していく。外部情報との接続によって学校外空間と学校空間の区別がなくなる
 双方向的な教育になる→聞いていない(と見なされる)生徒が悪いとはならない。相互了解可能なコミュニケーションとして知識を伝達する根気強さと繊細さが求められる
 双方向的、個別的になれば、教師は現状の数では足りない→教師と生徒の広大なはざまを埋める新しい存在が必要→かつて教育を受けた「私たち」がその存在になるべきでは

4 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/02/09(木) 20:20:15 ID:MDyIz2QM
波戸岡景太「学習者たちの青春小説」
 1960年代、寺山修司『家出のすすめ』→当初『現代の青春論』として刊行されたが、あまりにも挑発的として退けられた
 大江健三郎『世界の若者たち』→大江はエッセイ「善き若者たちの危険」で、『世界の若者たち』で脚光を浴びた若者たちをも標的に現代の日本の青春に失望している
 60年代→大衆化、民主化、学生たちの匿名化(非エリート化)。大江は、現代日本の若者は優等生タイプの子どもたちであるとして失望している
 69年、庄治薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』→お行儀のいい優等生である主人公の高校生は作者の分身でありながら完全なる虚構でもある(作者は30歳を越えている)
 『ライ麦畑でつかまえて』も『赤頭巾ちゃん気をつけて』も、もしも自分(作者)がこの現代社会に生きる10代だったらという、未来志向の郷愁
 →この思考実験がときとして魅力的な青春小説となる→作家になった自分が、一介の学習者であった頃の自分に声をかける関係性が魅力的なのでは
 村上春樹→青春の終焉。村上以後、ただひたすら遠い過去のように現在を生きる若者を描く作家が次々に登場した
 60年代、若者は家を捨てることで自由になれた→80年代、おたくの登場。80年代の若者は、趣味という個の喜びに充満された家を殻のように背負い始めた
 90年代、バブル終焉後、オタクは日本文化における選ばれし者として語られるも、90年代の終わりとともに大衆化し、匿名化(非エリート化)していった
 2010年代のオタクは、岡田斗司夫にオタクではないと言われるほど、かつてと違う「平成の価値観」をもっている
 ライトノベル→新世代の青春がテーマ。上遠野浩平『ブギーポップは笑わない』、滝本竜彦『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』、谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』など
 →これらの作品の特徴的な独白スタイルは、以後のライトノベル全体の語りの基礎を築いた
 →これらの作品の語り手も、もしも自分(作者)がこの現代社会に生きる10代だったらという思考実験を経ている
 『涼宮ハルヒの憂鬱』に描かれる若者は、アニメ的特撮的マンガ的物語にノスタルジアを持ち続ける高校生→読者の視点(かつての生徒(高校生))でもある
 かつてはオタク予備軍であったが、高校生の今は「フツー」であるというスタンスの若者(その姿が仮の姿であるとも感じている)→「中二病」をノスタルジアの対象としている
 虎虎『中二病でも恋がしたい!』→「ぼっち」な状況へのシンパシーが恋愛の中核
 →語り手の前に現れる異性は、過去の自分を想起させる、俺と限りなく近い存在として描かれることが好まれる
 新しい作家たちのキャラクターは、学校を出ることなく、内部に自分たちのスペース、制度を確保しようとしている(SOS団など)
 →作家たちは、学校に個と共同体との緩やかな中間地域を見出そうとするいまだ学びの只中にいる学習者

5 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/02/10(金) 19:37:54 ID:MDyIz2QM
藤原辰史「食は教育の課題なのか」
 2005年6月17日、食育基本法公布、7月15日施行→食育推進会議設置、食育推進基本計画策定→国民の意識改革に力点をおく
 →栄養教諭が学校での食育推進の要に位置づけられるが、すべての業務を栄養教諭に要求するというような状況
 食育基本法の欠点→現場の人間の努力と意識改革に頼っている。食の危機の原因を考えていない→一家団欒を阻む労働形態には触れず、父親・母親の意識を変えようとしている
 →労働条件の改善や食品企業に対する規制は考えていない。本気で食育を遂行しようとするならば根底的な社会変革が必要
 食育では、地産地消、スローフードなどを掲げておきながら、カルビーや日本マクドナルドなどが食育運動を推進している矛盾
 →食育基本法は、スナック菓子やハンバーガーなどの宣伝を公認しているようなもの→食育基本法の理念とは、かなりかけ離れている
 2013年12月4日、和食がユネスコの無形文化遺産に登録された→しかし、和食の特徴とされているものは、中華料理にもフランス料理にも当てはまる
 (新鮮で多様な食材と持ち味の尊重、健康的な食生活、自然の美しさや季節の移ろいを表現した盛りつけ、年中行事との密接な関わり)
 和食を厳格に定義することは、そもそも無理があるし、食文化の豊かさを削ぎかねない。日本食と似たような食文化は外国にもあるが、食育はそういったことは考えていない
 食育基本法による食の管理→ナチス・ドイツが同じようなことをやっている→ナチスは、食ほど保守的な習慣はなく、食習慣を変えようとするのは非常に困難だったと述べている
 法律や計画で食をめぐる意識を変えることはきわめて困難。健康食品やカロリー計算などを強調することが逆に摂食障害を引き起こすこともある
 『食育白書』の巻頭言を書いている大臣は圧倒的に女性が多い→食であれば女性に、という程度の政府の態度

6 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/02/10(金) 19:39:38 ID:MDyIz2QM
本気で日本の食を良くしたいのなら、社会のあり方自体を変えるべきだというのはそうだよなぁと思う。
最近増えたけど、外国人に日本食はすばらしいですね、と言わせるだけのテレビ番組とかやってても何も変わらんでしょう

7 レト :2017/02/10(金) 23:46:24 ID:hElrqMRI
日本の問題提起力ってどうなんでしょうね。
この20年、社会派ドラマには何一つ期待出来なくなっていますが。

8 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/02/11(土) 11:52:48 ID:MDyIz2QM
安倍潔「スポーツ教育における人格陶冶と暴力制御」
 2012年末から13年初頭にかけてスポーツと体罰をめぐる2つの事件
 →大阪市立桜宮高校バスケットボール部顧問による体罰と主将の自殺、日本代表女子柔道選手たちによる指導陣の暴力に対する告発
 体罰否定の論調が盛り上がる光景は、これが初めてではない。70年代後半以降から体罰に関わる事件は繰り返し起きており、現在に至るまで現場の状況は変化していない
 →しかし、一見すると同じことの繰り返しであるかのように映る事柄の背後に、変化した現実があるのではないか
 桜宮高校の事件が、スポーツ指導の域を遥かに逸脱した暴行であることは間違いない→だが、現場に近いところから聞こえてくるのは教諭非難や体罰否定の論理ではなかった
 →加害者は被害者に対する熱意や愛情があったから行為に及んだという論理→こうした体罰擁護もこれまで繰り返されてきたことである
 本音と建前のダブルスタンダード→少なからぬ人々が、場合によっては体罰は必要と考えている。特にスポーツ指導ではその感覚が強いように思われる
 これに対し、スポーツ指導が近代化され啓蒙活動が進めば、体罰容認は減少していくと想定している立場の議論がある
 近代スポーツは剝き出しの暴力をコントロールすることで成り立ったという議論→これに沿えば、体罰という暴力を持ち込むことはスポーツの意義それ自体を否定することになる
 →しかし、スポーツは抑圧された暴力への欲求を発散する場でもあるということも語られている
 体罰は前近代的であるという議論→しかし、近世日本で体罰は必ずしも容認されていない。日本の体罰強化はむしろ明治期の教育の近代化のなかで生み出された
 体罰の現代性→体罰経験者はそれをアイデンティティーとし、自らの成長につなげようとする→体罰は経験者にとって意味あるものと受けとめられている
 →体罰を受けることが当事者にとってなにかしらの意味を持ってしまう事態。体罰容認の背景にはこうした現実があるのではないか
 体罰する側・される側の感じ取る事柄は重なり合わない→される側にとっては不条理でしかない→なにかしらの意味づけを強いられる→体罰容認的な解釈に向かう
 →精神的に強くなれた、苦しい経験が役立ったなどの意味づけを行う→意味あることとして成り立ってしまう
 現代の不安定かつ未確定な状況で、言語ではなく物理的な力を受けることで人格形成する人々がいる→体罰がコミュニケーションとして意味を持ってしまっている現代的な現象

9 感想下記 :2017/02/11(土) 14:37:50 ID:zCvGIqq6
食事もそうなんですが割とやばいと思うのが薬
どんどん安い薬が世の中に出回りつつあるんですよね
安い=コストカットは当然の流れ

じゃあ薬にコストカットを強いた場合どうなるのかな?っていうのは不安を感じます。
あなたの今飲んでいる薬は中国で作られた薬かもしれない、そういわれた時皆さんはどう感じるのでしょう
生殺与奪の権を他人に握らせるな

10 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/02/12(日) 11:25:20 ID:MDyIz2QM
内藤朝雄「学校の秩序分析から社会の原理論へ」
 農耕以前の人類は平和だったのかそうでなかったのか→アフリカやヨーロッパの発掘人骨は殺害率が比較的高いが、縄文時代の人骨群では殺害の形跡はきわめて少ない
 人類はどんなときにも暴力的、どんなときにも平和的というような存在ではなく、条件によってはきわめて暴力的になる存在ではないか
 現代市民社会の秩序は、暴力による秩序の強力な阻害条件となっている→監獄や民族紛争、捕虜収容所などでは暴力などによる秩序が発生することがある
 日本の学校も、市民社会の秩序を除去し、暴力による秩序を露出させるモデル現象の場である→同年齢の人々をひとまとめにし、移動を禁じ、強制収用する場
 生徒は、自発的なものであるから服従ではなく支配でもない、という支配に自発的に服従しなければならない
 いじめ→いじめを行っているのは自分の行為、自分の感情であるにもかかわらず、それは何かのしわざ、何かにさせられているような感覚になる
 いじめは、市民社会の秩序が劣位となり、暴力による秩序が圧倒的優位へと転じているものである
 いじめでは、被害者が自殺してもその死が軽く扱われ、さらに他の生徒がいじめられることがある→外部の市民社会の秩序を無視して、自分たちの暴力による秩序が貫かれる
 いじめを行う生徒たちも普通の子どもたちである→それが、学校という閉鎖空間で集団生活をするうちに暴力による秩序を圧倒的優位とし、市民社会の秩序を劣位状態にする
 いじめを行った生徒たちは暴力による秩序が優位の学校を卒業し、市民社会の秩序が優位である社会に出ると、あれは何だったのだろう?という感覚になる
 日本の19歳未満の若者による殺害率は極めて低いが、その若者たちが学校では被害者を死の寸前まで追い詰め、時には死なせるいじめを行う
 →このことは逆に考えれば大きな希望である→条件を整えれば暴力に満ちた状態から平和な状態に変えることは出来るのではないか

11 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/02/12(日) 11:28:53 ID:MDyIz2QM
>>9 >>10
体罰もいじめも、やっている方は体罰もいじめも悪いと分かっている。しかし、特定の環境下では体罰もいじめもやってしまう。
そしてその環境から離れると、体罰もいじめも悪いということは分かっている状態に戻る。
こういう事例はいくらでもありそうな気がします。
そうなると、体罰やいじめはよくないことだ、暴力はいけないことだ、命は大切だということをいくら教えてもダメなのではないか。
むしろ、皆そんなことはわかりきっている。しかし、その分かりきった人たちが特定の環境下では行ってしまうというのであれば、
やはり学校の環境とか教育の環境とかそのものを大きく変えることこそが重要なのかもしれませんね

12 感想下記 :2017/02/12(日) 19:41:00 ID:zCvGIqq6
実際にどういう環境だとイジメが起こるかみたいな集団心理学の実験はしていないんですかね?
日本の平均的なクラスでイジメが起きる理由としてどういうメンバーが揃うとイジメが起きるのか?
そこに法則性はあるのか?逆に似たような状況であったのにイジメに発展しなかった要素はなんなのか?

そういう科学的な考察をするべきではないかと思いますね。

13 レト :2017/02/12(日) 20:54:38 ID:hElrqMRI
スタンフォード監獄実験を思い出します

14 ギア :2017/02/12(日) 20:58:17 ID:bg4kX3n.
看守と違い実験する訳にはいきませんしねー

15 感想下記 :2017/02/12(日) 21:09:27 ID:zCvGIqq6
ケースレポートを集めることで後追いですが分析することが可能なのではと思いますね。
無作為に小学校のクラスをあつめて
そのクラスの先生の性別、年齢
クラスの生徒の性別、親の年収、共働きかどうか、離婚歴、通学時間、転校生かどうか
まずは簡単な要素を抽出し平均値をとるなどしてみる

そのうえで一定ラインのイジメが起きたかどうかでエンドポイントを置いてみて
イジメが起きたクラスと起きてないクラスで上記の要素に差がなければ
上記の要素はイジメには関与しないと証明できる可能性があると思います。

そういった観点でまずはイジメうんぬんの前に家庭調査をしてデータベース化しましょう(提案)
プライバシー?なにそれおいしいの?

16 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/02/12(日) 22:33:24 ID:MDyIz2QM
そもそもそのクラスでいじめが起きているのか起きていないのかの判断がしづらい、
いじめといってもその程度に差が有りすぎる、という問題を解決できてないような気はしますね。その調査方法だと。
というか、学校より前に家庭に問題が…というのは別に珍しくない話なのでは?
それに家庭に問題があることが、いじめに関係するのかしないのかが分かったところでそれを実際の教育にどう活かすのかも分かりづらいです。
結局のところ、そのやり方では学校のあり方は何も変わらないのでは?

17 感想下記 :2017/02/12(日) 22:43:26 ID:zCvGIqq6
たとえば家庭に問題があるからイジメを起こすっていうのはイメージできると思うんですよ。
でも実際にそれが問題を起こす原因になっているのかどうかを科学的に証明されているわけではない。
まずはどういう要素がイジメと密接な関係があるかというのを統計学的に証明してみるというのが大事なのではと考えました。

統計学的に証明ができればあるクラスができた際に
そのクラス内でこの子はイジメを起こしうるリスクがあるこだというのが先読みでき
教師としてもマークがしやすくなるのではと考えました。

実際修都さんの言われていうように
いじめといってもその程度に差が有りすぎるという問題がある以上
中々実験系として組み立てるのは難しいと思いますけどね

18 感想下記 :2017/02/12(日) 22:48:02 ID:zCvGIqq6
あとは学校自体の体質としてイジメのリスクとなる要素が統計学的に証明できれば
そのリスク因子を学校から排除することで『イジメの少ない学校』というものを実現できるのではないかと思います。
まあ自分で言っときながら無理そうな気はしますが…

19 感想下記 :2017/02/12(日) 23:03:05 ID:zCvGIqq6
あと人工知能AIが発展すれば…電脳ネットワークに実験場をつくり
AIをモルモットのように扱い、様々な状況をシミュレーションし
そのデータからイジメに対する対策を立てれるようになるかも…
こういった科学的なアプローチからいじめを考えるのはまたこれはこれで愉しそうです

20 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/02/12(日) 23:10:54 ID:MDyIz2QM
まぁそもそも、感想下記さんがおっしゃるようなデータが本当にないのかどうかもよく分かんないので、なんとも言いづらいんですけど、
内藤朝雄さんは色々といじめに関する本を書いていて、その中で言いたいことって、この生徒が悪いとか、この学校が悪いとか、
そんな話じゃなくて、人間は一定の環境下では、いじめのようなことを行ってしまうということなんですよね。
そして学校という場所は、ある意味、監獄に近い場所なわけでそのような場所では、いじめのようなことを行ってしまう人間が出てくるというわけで、
正直な話、感想下記さんがおっしゃってることは既に考えられてることだと思うんですよ

21 感想下記 :2017/02/12(日) 23:17:06 ID:zCvGIqq6
学校という監獄をどう評価すべきなのかっていうのも大事だと思うんですよ
メリットとしては
教育により社会生活を送れる人間を生産することができる
その一方のデメリットとして
監獄的な環境でイジメが生まれる

修都さんのおっしゃるように集団を組織すれば一定の確率でイジメというのはおきると思います。
ただ集団には集団のメリットもあります。
極論をいえば学校でのイジメを起こさせないなら学校をなくせばいい(暴論)

そのバランスみたいなものを見極めるのもまた大事だとは思いますけどね

22 修都 ◆7VC/HIVqJE :2017/02/12(日) 23:22:35 ID:MDyIz2QM
いやもっと単純ですよ。少なくとも、今のような学校制度、学級制度をやめればいいんですよ

23 感想下記 :2017/02/12(日) 23:26:34 ID:zCvGIqq6
義務教育の多様化みたいなものはあってもいいかもしれないですね
通信制の小中学校みたいなものやアメリカ的な飛び級
ううむ…それをやってみるとイメージが付きませんが新しい解答にはなるか…?

24 レト :2017/02/13(月) 19:33:26 ID:hElrqMRI
コピペ:フィンランドの調査団「カツアゲのような行為を、フィンランドでは犯罪と言う。日本にいじめは無い」

現実: 日本の学校「調査の結果、我が校にいじめはない。」


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