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テスト

1白書さん:2008/06/20(金) 03:28:06 HOST:wcache2.waseda.ac.jp[pc015102.cat.waseda.ac.jp]
書き込みのテスト

69白書さん:2009/11/07(土) 17:49:54 HOST:wcache1.waseda.ac.jp
〈金融政策パネル〉
「第三の道」?―金融政策分析の回顧と展望−
上智大学 竹田陽介
マクロ経済学はMacro model, Macro concept, Micro foundationの三つの側面から成る.本報告では,三つの側面から,金融政策分析の直面する問題の所在について指摘し,期待される解決の方向性を示唆したい.
第一に,Macro modelに関するミルトン・フリードマンの「実証経済学」の考え方を踏襲した上で,DSGEモデルが内包する貨幣経済の「規範的」命題のMacro conceptとしての役割について,例を採りながら再確認する.フリードマン・ルール,利子率平準化,物価水準の非決定性を規範的命題として取り上げる.
第二に,「貨幣」および「銀行」という金融制度に関して,金融環境を反映した新しいMicro foundationの開発が急がれる点を説明する.直面する金融環境とは,予備的・投機的貨幣保有動機が支配し,中央銀行による非伝統的金融調節が金融政策としてもとめられる「流動性の罠」,および銀行の資産・負債のミスマッチを有名無実にし,証券と銀行の間の利益相反の弊害を生む「証券化」を指す.こうした金融環境の下での貨幣の定義ごとの流通速度の著しい相違,および銀行のバランスシートに見られる振る舞いの変化を記述するミクロ・モデルが必要とされる.
全体として,上記二点の問題意識の欠如した,金融的摩擦のない「LMなしのマクロ経済学」(ジョン・テイラーやデヴィッド・ローマーによる命名)の罪悪について強調する.

70白書さん:2009/11/07(土) 17:50:41 HOST:wcache1.waseda.ac.jp
IMF「改革」の現状と課題:
本当に変わったのか?
愛媛大学 大田 英明∗
2008年秋の国際金融危機発生を受けて途上国・新興国への支援ニーズの高まりなどを背景に、IMFがようやく自らの「改革」に乗り出してきた。
2009年3月から4月にかけてIMFは、①資金規模の拡大、②新興国を中心とした発言権(投票権)の拡大と配分、③融資スキームの改革などを柱にした改革を打ち出してきた。
こうした改革自体はIMFとしては過去10年間における最も大きな変革である。
資金規模は各国の基本となるSDRの配分を増額するのみならず、貸出可能額が5000億ドル増加し、従来の3倍の7500億ドルとなった。また、従来のスタンドバイ融資では各国のクォータ(払込割当額)の3倍まで自由に引出せる資金枠が増加した。
融資スキームでは、新たに中所得国向けに従来に比べ柔軟な貸出枠(Flexible Credit Line , FCL)を導入した。これは、事前の審査によって当該国は自由に限度なしに引き出し可能であり、従来のように3ヵ月ごとの審査をパスしなければ継続融資が受けられないという状況を避けることができる。また、融資条件のうち厳格なパフォーマンス・クライテリア(基準)[PC]は構造問題にかかわるものは廃止して目標値にとどめ、PCは金融・財政指標などを中心に限定することとなった。
このように、確かに過去10年間では最も本格的な改革に見えるが、本当にそうであろうか。これまでIMFの「公式見解」と実際の運営では乖離があることは過去にも指摘されてきた。上記改革方針が打ち出されたのは2009年3月であるが、2009年5月までの最近のMFプログラムをみる限り、内容はほとんど変わっていないようにみえる。例えば、ウクライナやキルギスのプログラムにおいても相変わらず緊縮政策のために財政資質削減が迫られ、金融財政政策の縛りが非常に厳格である。しかも厳格なパフォーマンス基準でなくとも目標値(「ベンチマーク」)として構造改革が示されているため、融資を受けるためには当該国は事実上遵守することが求められる。
一方、FCLも、現在までのところ対象国は比較的経済が安定しているメキシコ、ポーランド、コロンビアなどに限られ、実際にこれらの国々はまだ、IMFから融資を受けていない。FCLの問題は、事前審査に「パス」した国のみに認定が与えられるため、緊急時にも融資が適用されない恐れがある。
正式に上記「改革」の適用が実施されたのは2009年5月以降であるとされているため、当面見守る必要があるものの、長年のIMFの融資スキームは事実上ほとんど変わらない可能性が高い。しかも、根本的なIMF分析フレームワークの問題や根本的な国際金融システムのリストラといった大胆な改革は、依然として検討されていない。本報告では、最近までの「改革」の動きと問題点や今後の課題について検討する。

71白書さん:2009/11/07(土) 17:51:00 HOST:wcache2.waseda.ac.jp
〈特別講演〉
世界金融危機後の証券市場について(仮題)
東京証券取引所グループ社長 斉藤 惇
1、今回の金融危機の発生背景
生産過剰吸収手段として人為的需要創出を借金経済メカを作ることによって敢行した。
ワシントンコンセンサスを出発点とした レッセフェール型自由経済の失敗。
企業倫理の喪失と監督行政側の能力欠如による無秩序な経済を作り出してしまった。
2、コーポレートガバナンスの強化
規制導入を前提としたコーポレートガバナンスの強化が必要になってきた。従来の欧米型 ガバナンスは必ずしも有効ではない。
日本モデルを世界に主張していきたい。
3、日本の課題
不動産、株価の長期的凋落の検証。世界の証券市場競争の実態と対策。

72白書さん:2009/11/07(土) 17:51:35 HOST:wcache1.waseda.ac.jp
〈国際金融パネル〉
円キャリー・トレード、グローバル・インバランス、世界金融危機
神戸大学 岩壷 健太郎
米国の金融危機はまたたく間に波及し、世界経済を同時不況に陥れた。周知のとおり、危機の発端は米国のサブプライム問題にあり、欧米の金融機関をはじめ多くの投資家がサブプライム関連の証券化商品を保有していたことからリーマン・ブラザーズの経営破綻を機に、全般的な信用市場の崩壊、その後の世界的な景気の悪化につながった。しかし、危機の元凶といえば資産価格バブルであろう。米国の資産バブルの原因が国内にあるのか海外にあるのかという問題は、グローバル・インバランスの原因を米国の過小貯蓄・過剰投資に求めるのか、アジアや石油産出国を中心とする経常収支黒字国の過剰貯蓄・過小投資に求めるかという問題に関連している。いずれの問題においても、国際的な要因を重視する論者たちは経常収支黒字国から米国への国際資本移動が重要な役割を演じていると考えている。本稿で注目する円キャリー・トレードは、米国への資本移動の一部であり規模は小さいかもしれないが、為替や株価などの資産価格に影響を与える可能性は否定できない。
本稿では、シカゴ・マーカンタイル取引所で取引されているIMM通貨先物のネット・ポジションを円キャリー・トレードの代理変数とすることで、円キャリー・トレードの原因とその資産価格への影響について時系列分析を行う。キャリー・トレードを厳密に計測することは困難であるが、IMM先物ポジションを代理変数とすることで大まかな定量的な把握が可能となる。この分析を通じて、世界金融危機の元凶となった米国の資産バブルに円キャリー・トレードが影響を与えていたのかについて検証を行う。
日米金利差、為替の予想変動率、IMM先物ポジション、円ドルレート、米国の株価の5変数を用いて、VAR分析をしたところ、(1)日米金利差は円キャリー・トレードに影響を与えていないが、為替の予想変動率の低下は円キャリー・トレードを増加させたこと、(2)円キャリー・トレードが急増する2004年以降とそれ以前を比べてみると、それまでには見られなかった為替の予想変動率、IMM先物ポジション、円ドルレートの連動が、2004年以降には米国の株価にも及んでおり、国際資本移動が為替市場のみならず米国の資産価格にも影響を与えていることが確認された。

73白書さん:2009/11/07(土) 17:52:31 HOST:wcache1.waseda.ac.jp
〈国際金融パネル〉
世界経済危機とグローバル・マネーの変動:
国際経済秩序へのインプリケーション
慶應義塾大学 白井 さゆり
2007年中旬の米国サブプライムローン危機、2008年9月のリーマン・ブラザーズの破たんによって世界金融危機が発生し、世界経済は大きな変容を迫られている。危機発生以前には、米国・中国を中心に「世界経済の不均衡状態(グローバル・インバランス)」が存在しており、米国の経常収支の赤字幅と中国や他のアジア諸国・資源国などの黒字幅が大きく拡大する状態がみられていた。
この状況を説明する見解は多数あるが、有力な見解としてはDooley et al.などが展開する「ブレトンウッズ−II」体制論がある。これは、第2次世界大戦後から1971年まで成立していた「ブレトンウッズ体制」の名にちなんで、世界経済の不均衡状態を当面は持続可能な「ブレトンウッズ−II体制」とみなす見方で、幅広く支持されている。中国などのアジア諸国が自国の雇用・生産を確保するために輸出促進政策を遂行し、その目的で外国為替市場に介入して自国通貨を対ドル相場で安定させる為替政策を採用し、それによって蓄積されるドルを使って米国財務省証券などへ投資して米国の過剰消費・輸入を支援しているとする見方である。
ここでは、こうしたアプローチを念頭に置きながら、つぎのポイントに焦点をあてて議論を進めていきたいと考えている。
􀁺 世界経済危機が発生して以来、世界経済の不均衡は「修正(リバランス)」に向かっている。米国の経常収支の赤字幅は2007年第1四半期の5.8%から2009年第2四半期には2.8%まで大幅に縮小している。中国の経常収支の黒字幅も縮小している。このリバランスはどのような要因で生じているのかを分析する。
􀁺 現在の世界経済危機は、世界経済の不均衡状態で予想された「ハードランディング・シナリオ」と同じなのか、異なる性質をもっているのかを明らかにする。さらに米国で発生した金融危機とそれによる信用収縮・信用の喪失が、国際資金フローにどのように影響を与えているのかを検討する。
􀁺 世界経済の不均衡でリバランスが生じているが、その一方で世界経済の不均衡状態を特徴づける構造的要因についても変化が起きているのかという点に焦点をあてる。米中の経済関係を中心に検討を行う。最近の保護主義の台頭なども含めて考察を進める。
􀁺 世界経済の不均衡状態が今後も持続していと考えられる場合、それを国際社会の協調体制で改善できるのか。G20、G8、IMF体制による可能性・限界などについて考える。
􀁺 基軸通貨ドルの行方について、ユーロ、SDR構想、人民元などに言及しながら検討する。

74白書さん:2009/11/07(土) 17:53:10 HOST:wcache2.waseda.ac.jp
地域銀行のコーポレート・ガバナンスに関する分析
早稲田大学大学院 森 祐司
地域銀行のコーポレート・ガバナンスについて、大株主の所有構造に注目して分析を行った。1990年代までは地域銀行の大株主は都市銀行や生命保険会社などであり、地域銀行の経営陣へのモニタリングはあまり有効に機能せず、経営陣が隔離される状態、いわゆる「エントレンチメント」の状態にあったと見られる。しかし、2000年前後からの株式持合い解消が進むにつれて、地域銀行の大株主として年金基金や外国人投資家などいわゆる投資収益志向型の「機関投資家」が地域銀行の株主構成の上位を占めるようになった結果、地域銀行のガバナンスにも変化がある可能性が予想された。
本分析は、1990年代と2000年代以降で地域銀行の大株主構成の変化に注目し、大株主からのガバナンスの効果について、両期間の比較分析・検証を行った。その結果、90年代はもちろん、2000年以降においても、都市銀行や生命保険会社等が大株主で上位を占める地域銀行はエントレンチメント状態にあり、経営指標はそうでない銀行よりも劣後することがわかった。年金や外国人などの「機関投資家」が大株主として支配的な地域銀行は、2000年代において、経営指標は良好であることも検出され、大株主からのガバナンスが有効になっている可能性が示唆された。

75白書さん:2009/11/07(土) 17:53:45 HOST:wcache2.waseda.ac.jp
地域金融の振興と地方銀行の役割などについての研究
玉川大学 高千穂 安長
地場企業への資金供給者であり、地域金融を担う存在であるため公共性が高い地域金融機関が融資の健全性確保の観点から、効率性、成長性、健全性による融資判断だけではなく、公共性の発揮の1例として、「目利き」などの能力の向上により担保、保証人などを徴求しないで融資を行うなどの奥深い活動が求められている。
そのような期待に応えるべく、金融庁はアクションプランを作成し、地銀等の実施すべきこと、金融庁として実施すべきことを指針として示した。
本稿では、研究対象を地域金融機関のうち地方銀行(以下、地銀)に限定し、先ず現状を把握した。この結果、地域総生産(県民所得)と地銀の自己資本比率、不良債権比率、預貸率、店舗数、中小企業融資残高、中小企業融資件数について有意な相関は見られなかった。なお、地銀と第二地銀では不良債権比率の分布に差はあるものの、分けて分析する必要性は見られなかった。
次に企業の活動を成功させる要因分析をヘスケット(2004)、シャイン(1999)などの組織についての先行研究を元に、地銀の活動を基に金融庁のアクションプランのテーマ毎に主要事項を、地銀の活動上、「組織体制」、「融資担当者のスキル」、「支店トップ」、「専門性を持つ外部との連携」に区分し、それぞれについて、地銀の置かれている現状を踏まえて研究した。
安全性、効率性、健全性という融資を行う際の基準の具体的指標として主要財務比率を一元的、画一的に融資判断を行うだけでは現在、地銀に寄せられている期待に応えられない。また、1地銀当たり平均融資件数108千件、1件当り平均融資金額13百万円といういわば多品種少量融資に対応するには、IT整備による事務効率の向上はもちろん、融資事務のみならず、風評など重要な情報を察知し、解読できるように人脈、業界、税務、法務などの知識の具備とともに、公共性という意識を涵養する必要がある。
そのために、地銀トップから支店トップまでのリーダーシップ、外部環境の変化を読み取り対応できる的確な戦略の立案、これらの遂行を可能とする企業文化の醸成が求められている。
行政が示しているアクションプランは、比較的短期の目標となっているが、個々の地銀が置かれている現状を把握すれば、短期・中長期的という区分がなされた改善計画とその着実な実施が求められている。
以上

76白書さん:2009/11/07(土) 17:54:17 HOST:wcache1.waseda.ac.jp
日本のプルーデンス政策
明治大学 黒田 晁生
本報告では、1996年11月の「日本版ビッグバン」構想、1997年6月の「日本銀行法」改正(1998年4月から施行)、1998年6月の金融監督庁設立(その後、2000年7月に衣替えして金融庁の設立)という一連の金融大改革を経て、日本のプルーデンス政策(および金融政策)の枠組みがどのように形成されてきたのかを簡単にレビューするとともに、アメリカのサブプライム・ローン問題に端を発した今回の世界的な金融危機の後で主要国の金融当局や国際機関が一斉に金融規制監督を強化する方向に動きつつある中で、日本のプルーデンス政策(および金融政策)をどのように変えていくべきなのかについて若干の私見を述べる。
1.金融庁の果たすべき役割
旧大蔵省から分離される形で設立された金融庁は、金融行政の目的として、①金融システムの安定、②利用者の保護、③公正・透明な市場の確立と維持―の3つを掲げている。
旧大蔵省時代の金融行政がさまざまな競争制限的規制によって特徴付けられたいわゆる「護送船団行政」であり、「通達行政」とも称された裁量的な規制監督であったのに対して、金融庁の下での金融行政は、金融自由化と市場の育成を図る中で市場規律重視型へと変化してきている。また、最近では、ルール・ベースの規制監督とプリンシプル・ベースの規制監督の最適な組み合わせとしての「ベター・レギュレーション」を目指している。
旧大蔵省は、主要な金融機関のほとんどに対する監督官庁ではありながら、実際には「局あって省なし」と称されたように、銀行・証券・保険など業態ごとに異なる規制監督によって特徴付けられていた。金融庁への移行後においては、規制監督の網を更に広げることによって、ノンバンクなど一部を除けば、一元的な金融規制監督体制をほぼ確立している。もっとも、旧大蔵省時代に築かれた業態ごとの規制監督体制の残滓はいまだに見受けられるとおりであり、業態を超えた包括的な規制監督の構築は今後の課題といえよう。
今回の世界的な金融危機で明らかになったのは、金融危機の予防と対応の両面において、個々の金融機関の健全性確保を狙いとしたミクロ・プルーデンス政策のみでは不十分であり、金融システム全体の安定性を狙いとしたマクロ・プルーデンス政策も重要だということである。金融庁が日本におけるマクロ・プルーデンス政策の主体となることを求められているとすれば、海外当局や国際機関との連携、金融市場動向の把握などについて日本銀行とのより緊密な連携が求められよう。
(続)

77白書さん:2009/11/07(土) 17:54:52 HOST:wcache1.waseda.ac.jp
2.日本銀行の果たすべき役割
「日本銀行法」改正後における日本銀行は、旧「日本銀行法」の下でと同様に、「物価の安定」のために金融政策の決定と実行に当ると同時に、「金融システムの安定性・健全性維持(信用秩序の維持)」のために決済システムの運営管理、考査・モニタリング、「最後の貸し手」としての資金供給などを行っている。
旧「日本銀行法」下の日本銀行は、1980年代後半にはバブルの発生を食い止めることができなかった。プラザ合意移行における国際協調路線に基づいて内外政府から低金利の持続を求められたとの背景はあったが、日本銀行自身としても物価安定と経済成長が両立する状況下、あえて資産価格の高騰抑制には踏み切れなかったとのも事実であった。一方、バブル崩壊後の1990年代には不良債権処理の遅れから金融システム危機を招来し、デフレーションが長期化するに及んで、日本銀行はゼロ金利政策から量的緩和政策にいたる異例の金融緩和を余儀なくされた。
日本銀行の金融政策の目標として物価安定と並んでバブルの防止を採用することは、物価安定こそがバブルの温床となる可能性があることを考慮すると実際には実現困難であろう。また、バブル防止の観点から金融システム全体のレバレッジなどをチェックするマクロ・プルーデンス政策の運営については、日本の場合、金融庁が中心となるのが素直な考え方であろう。
一方、今回の世界的な金融危機では、システミックな流動性危機に際しては、中央銀行の果断な流動性供給策が有効であることが改めて確認されたといえよう。もちろん、「最後の貸し手」機能の乱発が借り手のモラル・ハザードを招く危険性には十分に配慮する必要があるが、危機に際しての流動性供給については日本銀行としても今後は柔軟な対応が求められる。

78白書さん:2009/11/10(火) 21:25:06 HOST:wcache1.waseda.ac.jp
1つの誤解を解いておきたい。:(1)以前に『週刊ダイヤモンド』のコラムにも書いたことがあるのだけれども、普通の人には、現金(紙幣)需要という概念はとても理解し難いところがあると思う。お金は、もらえるものなら、いくらでも欲しいはずだからである。それゆえ重要は無限大だと考えがち。
(2)しかし、かりに現金で1000万円もらったとしても、それをいつまでもそのまま現金で持ち続けることはないだろう。物を買ったり、銀行に預金したり、株に投資したりするだろう。最後まで現金の形態で持ち続けるのは、ごく一部のはずである。その部分が現金需要である。(3)この意味で、お金はいくらでも欲しいといっても、現金(紙幣)需要は有限である。したがって、現金需要を上回る現金を供給しても、超過分は銀行部門(最終的には、中央銀行)に還流してくる。還流した時点では、中央銀行にある民間金融機関の準備預金が積み上がることになる。
(4)準備預金(リザーブ)については、中央銀行は、その額を一応コントロールできるといっていい。しかし、紙幣供給量は、現金(紙幣)需要によって決まり、全く中銀に影響を与える術がないないわけではないけれども、受動的に供給するしかなく基本的にコントロールできない
(5)繰り返すと、政府紙幣を発行するなり、国債を日銀に引き受けさせて日銀券を手に入れて、政府が国民に配っても、最終的に増えるものの大宗は、準備預金である。現金(紙幣)需要を超えて紙幣供給量を勝手に決められるわけではない。決められないものについて増やすとか約束できない。
(6)かりに将来の紙幣発行を増やすと約束しても、空約束にしかならない。言うのであれば、準備預金額である。かつての日銀の量的緩和の場合も、目標は日銀当座預金残高である。米国で増えているのも準備である。なお、準備は、ベースマネーの一部ではあるが、マネーストックには含まれない。

有志が訳した「解説!量的緩和」というのを読んでみたけれども、ちゃんと「金融政策委員会が経済に直接的に貨幣を流入させるというのは、イングランド銀行券の発行を増やしていくことではありません」と書いてある。とりあえず増えるのは、準備金だと明記されている。
その後に、「そして最終的には、経済により多くのお金が出ていくことになる」と書いてあるのだけれども、そこが問題。準備預金に積み上がったままで止まってしまう可能性がある。俗に「ブタ積み」と呼んでいるけれども、貸出機会が乏しいと順を供給してもなかなか出て行かない。それが英国の現状

79白書さん:2009/11/16(月) 02:30:03 HOST:wcache2.waseda.ac.jp
恐らく長文になり、且つまとまりない文章になると思うのでご了承を。
あと、だいぶ個人的な感情も入ってます。


先週月曜日、入社以来初めて勤務中に体調が悪くなり、午後からホテルにて仕事。ただのクーラー病になったかと思ってた。

そしたら、実は月曜日にとても悔しいことが起こっていた。
ttp://www.waseda.jp/seikei/seikei/student/pdf/20090701_kiyono_fuhou.pdf

私のゼミ教授が、亡くなった。
研究室で一人で。
まだ、51歳なのに。
子供が中学生なのに。

政治経済学部に国際政治経済学科を作った経済側の代表者。
各方面の経済学分野ではとてもすごい先生。
清野の生徒ということで、日銀や政府系シンクタンクや銀行からもお声がかかるほど。
清野が亡くなったことで、政経経済は終わったとも言われているほど。(まじでそうかも・・・)
でも、実は漫画家になるのが夢だったり、ロックが好きな人。

学院⇒早大⇒東大卒で、各所からオファーがあるらしいのに、ここ20年弱早稲田で教えてた。
娘さん二人の名前を校歌から採るほど、早稲田好き。
早稲田が好きだから、早稲田のために物凄く働いてた。

他の教授も手伝えよってぐらい。

ゼミの後輩は、早稲田政経が清野を殺したんだとも言ってた。これもマジでそうかも。
1、2講義ぐらい、代わりに受け持ってくれてる先生がいたら・・・。
学部の発表は、「お悔やみ」ではなく今後の授業及びテストについての「事務連絡」だし。


悔しい。


うちのゼミ、一般的なゼミとちょっと雰囲気が違う。
ゼミ生が少なく、歴代の中でも最盛期が5人。私も学年一人。
何故かって、講義・テストが難しくて、学生が入りたがらない笑

ということで、マンツーマンのこともあり、勉強も厳しいけど、かなりの生徒想い。
大学院に行くと言うと、早稲田好きなくせして、早稲田を絶対薦めない。
議論をする相手が大事だと言い、東大か一橋しか薦めない。
大学院に行くことを考えてたので、清野ゼミを選んだのだが、途中で社会人になることを決めた時も親身に受け止めてくれた。
だから、歴代のゼミ生は、先生への想いが篤い

母の体調が悪かった時には母を心配して、「早く大阪に帰れ」
今は、同い年の父を心配して、「早く大阪に帰れ」と散々言われた。
そのくせして、自分が娘2人おいて逝くなんて何考えてんのか。

学部生の進路相談を受けに行ったら、逆に私が先生に指摘された。
これから○○するべきだって。

お通夜にも告別式にも行った。
たくさんの人が参列してた。
著名な方も多かった。
先生の人徳だな。

先輩達と大酒飲んで、お酒が大好きだった先生を偲んだ
初めはただ騒いでたのだが、皆途中からダメになって…。
一人だったら、もっとダメだっただろうな。

寂しく、悲しいと同時に、怒りも混じっていた。


清野の顔を見た。
ただでさえ、小さいのに、更に小さく見えた。
心が張り裂けるというのは、こういうことだ。
でも、ちゃんと感謝の気持ちを伝えた。
タバコとレポート用紙がたくさん納められていた。

告別式後には、研究室にも寄った。
もちろん、開くはずないのだが。。
あの研究室どうなるんだろ。


どうして、こうも大事な人が、次々と。
奇しくも今日は2年前に祖母が突然亡くなった日。
ほんとうに、目の前から急にいなくなると怖い。

そろそろ勘弁してほしい。。

大好きな先生に、もう一度だけ「ばーかもーん」と言われたかったな。

80白書さん:2009/11/17(火) 01:34:10 HOST:wcache1.waseda.ac.jp
Proposed extensions of Godwin’s Law

Godwin’s Law ― which says that in any sufficiently long online discussion, someone will compare his opponent to Hitler ― is often interpreted to mean that if you do, in fact, start making Nazi comparisons, you’ve lost the argument and can no longer be taken seriously. I’m all for that. (Does this mean that we should no longer take any significant figure in the Republican Party seriously? Yes, it does.)

But there are a lot of moral equivalents of Nazi comparisons, and they should receive the same treatment. I propose that we officially declare that anyone who

1. Responds to calls for more government action in some area ― employment creation, health care, whatever ― by invoking the example of the Soviet Union

or

2. Responds to suggestions that moderate inflation and/or dollar depreciation is acceptable by invoking the example of Zimbabwe

or

3. Responds to any demonstration that projected debt levels, while high, are within the range advanced countries have successfully dealt with in the past by invoking the example of Argentina

be summarily consigned to the outer darkness.

Make it so.

81白書さん:2009/12/12(土) 09:08:34 HOST:wcache1.waseda.ac.jp
マルコフ過程(まるこふかてい)とは、マルコフ性をもつ確率過程のことをいう。すなわち、未来の挙動が現在の値だけで決定され、過去の挙動と無関係であるという性質を持つ確率過程である。このような過程は例えば、確率的にしか記述できない物理現象の時間発展の様子に見られる。なぜなら、多くの物理現象は過去によらない微分方程式によって記述されるが、この性質は系の粒子数が多くなり確率論的な解析を必要とする状態にも引き継がれるからである。


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