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鬼和尚に聞いてみるスレ【1】

1:2013/07/27(土) 08:52:37 ID:WL2yRwjAO
鬼和尚限定の質問スレです。

258避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 05:32:41 ID:WL2yRwjAO
>256
具体的な瞑想法鬼和尚のブログに書いてあるよ

259避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 06:28:12 ID:LC3de7YgO
>>258 ありがとうございます。ブログは拝見しております。観の行についても何度も懇切丁寧に説明していただいておりますが、普段日常生活をおくるために抑え込んでいる『本心』をあぶり出し、観察しつくすと言う作業は苦痛も伴いますし、どこから手をつけたらいいかもわかりません。日本に古くからある内観法は1人では難しいかなと…考えすぎですかね(-_-;)

260避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 06:37:49 ID:WL2yRwjAO
寝る時の事を考えれば分かるが、肉体から離れて
我を忘れる瞬間って最高に心地いい
まさに荷物を下ろした感があるよな
悟りを開いた人は覚醒時もこんな感覚なの?

261避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 18:36:40 ID:s1GG7iZc0
鬼和尚さん
お布施とボランティアの違いはなんですか?

262避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 19:19:56 ID:RqjHb0Jg0
よく欲しいものはすでに手に入れたようにイメージしろといいます
「欲しい」は今現在もっていないことに焦点が当たるから駄目というのはだいぶ有名です
しかしあるサイトで、満たされていないのに満たされましたとアファするのは洗脳と聞きました
満たされましたと言えば、エネルギーがああそうですかとどっかに行くんだそうです
子供は欲しいものは「欲しい!」と言っています
どっちが正しいのでしょう

ちなみにその記事です
http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-1326.html

263避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 19:47:34 ID:WL2yRwjAO
鬼和尚に質問。

数息観をするときは
呼吸を意識的に操作し
深くいーち、にーいとやる方法と
自然な呼吸を自然なまま観察する方法がありますが、どっちが正しいのですか?
自然な呼吸=神(無為)の作為なので、それを観察する事は神と一体になることであり、操作する呼吸は自我の呼吸であり
神(無為)から離れていく瞑想で逆効果と言う説明を聞いたことがあります

264避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 19:53:03 ID:WL2yRwjAO
鬼和尚の得意料理は何ですか?

HONDAとTOYOTAならどっち派ですか?
その理由は何ですか?

265避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 19:54:20 ID:WL2yRwjAO
無我の境地で仕事をしたり生活をするにはどうすればいいですか?

266鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/22(木) 19:58:57 ID:kaXJvxhM0
>>252 それに名を与えれば、他の者はそれを自分の知る神とか実在のイメージに結びつけるじゃろう。
 そして瞑想中に幻想を見て自分は神になったとか、実在に達したとか思ったりする者も居るじゃろう。
 それ故に古来、無によってのみ定義されるものとして言及されるのじゃ。
 古ヴェーダでは無によってのみ現されるアートマンとかブラフマンであると言い、お釈迦様は何ものも無いニルヴァーナであると行ったりするのじゃ。
 それも人の言葉による意味付けを絶つためなのじゃ。

>>254 自分で探すのじゃ。
 それがおぬしの修行なのじゃ。

>>255 それがわしの導きなのじゃ。
 詩情もテンポも廃して可能な限り正確な言葉にするのじゃ。
 
>>256 悟りを得なくとも、サマーディに達した者もその意識を垣間見る事が出来るのじゃ。
 手を見るのと同じように、自分の心の中に浮かぶ感情や思考の働きを眺めるのじゃ。
 普段から観察していると、やり易くなるのじゃ。
 怒りが湧いたならば怒りが湧いたと観察し、思考が起きたならば思考が起きたと観察するのじゃ。
 そのために集中の行が役に立つのじゃ。

>>257 そうじゃ、ただ実践あるのみじゃ。

>>260 そうじゃ、それが忘我による安らぎなのじゃ。
 自我があれば不安や恐怖や孤独が常に付き纏うものじゃ。
 自我が無ければそれらも無く、寂静と安らぎがあるのみなのじゃ。

267鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/22(木) 20:13:58 ID:kaXJvxhM0
>>261 お布施は食べ物などの物を上げる事もあるのじゃ。
 ボランティアは労働で人の役に立つのじゃ。
 
>>262 そのような技も人により、心境により違いが出るものじゃろう。
 お釈迦様も人によって違う教えを説いたように、人によって違うのじゃろう。
 おぬしがそれをやってみて、上手く行った方がおぬしに合った有効なやり方なのじゃ。
 何でも試してみると良いのじゃ。

>>263 最初の内は意識的に吐く息を長くしてやると、神経が休まり、早く瞑想には入れるという。
 瞑想に早く入れるようになったら、意識せずに呼吸したら良いのじゃ。
 最後には自分に合ったやり方をするのが一番なのじゃ。
 
>>264 そーめんをゆでるのじゃ。
 車は無いからどっちでもないのじゃ。
 車無しだからなのじゃ。

>>265 数息観に熟達したならば、一日の大部分を無我の境地で過ごせるようになるじゃろう。
 2,、3回呼吸するだけで無我の境地に入れるのじゃ。
 そこまでいけば技も上手くなるのじゃ。

268凡夫:2013/08/22(木) 20:16:09 ID:H8YAhTak0
私も規制が掛かってしまった。
場違いですが、あちらの質問を、こちらに回答させて頂きます。

>>899
>運命は決まってるので何をしても無駄??

俗世的にも、的を得た質問だと思う。
しかし、それを言うなら逆になる。“運命は決まっているが何をしても有効”。
つまり縁(努力)に応じたそれなりの結果が現われる。

試験「因」は、勉強して「縁」、初めて合格出来る「果」。
三次元では、因縁果で一対の運命であり、縁が変われば果も変わる。
でも、「縁」もまた初めから定められている事なので、我々の意思では無い。

しかし、我々にはそれが分からない。結果が現われて初めて運命に気がつくのみ。
だから我々は、「縁」を自分の意思だと思い、最善の努力を尽くす。
そして、その「縁」に応じて現われた最終結果こそが、運命だったと言えるのではないか。

では>>885で書いた、
>流れに身を預けることだ、自由などは無い。

これはどう言う事かと言えば、それは此岸から彼岸へ渡るためのチケットの様なものだ。
此岸に居座ろうとする者には、何も意味を持たないかも知れない。
というか、場合によっては逆効果に成るかも知れない。
>>886を読み返してもらいたい、此岸では潜在意識が威力を発揮する。

269避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 20:18:18 ID:CQzHUGAs0
瞑想や座禅を続けている者です。

最近は、数息観よりも随息観のほうが自分にとっては集中できてる気がするのですが、
自分に合ってると思えばそれをしばらく続けていってよいでしょうか?

もう一つ、
慈悲の心は瞑想や座禅によって育てられるものでしょうか?
育てるために何か別のことを行うべきでしょうか?

270避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 20:20:31 ID:rv7HtzzQ0
>>266
≫それがわしの導きなのじゃ。
 詩情もテンポも廃して可能な限り正確な言葉にするのじゃ。

それじゃ、確実に自我の餌になるだけで終わりますね。
自我はそのまま物知りになるだけ。
言葉を通じて自我は自分の記憶をその言葉に投影する。
新しい言葉に古い経験を投影することになるだけです。

哲学としては立派ですけど。
シュリおーろびんどみたいですね。

あなたは昔の人の言葉を信じ込んでるみたいですが、実際に理解することとは異なります。
理解は言葉を超えているがゆえに、言葉では人に想像させても、その想像する主体である自我を肥えさせこそすれ変容させられぬゆえに、
詩情、テンポ、曖昧さそういう響きのみがメッセージになりえます。

散文や、自我が理解できるような明快さは、自我を脹れあがらせるだけ。
絶対に理解不能なナンセンスさを含ませておくことが意識の変革には必死なのです。

271避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 20:28:33 ID:rv7HtzzQ0
>>266
≫それがわしの導きなのじゃ。
 詩情もテンポも廃して可能な限り正確な言葉にするのじゃ。

自我の幻想を増す内容や話し方をするあたり、あなたは自我を知らない、
自分を知らないようですね。
そして自分が確信めいて夢を見ているということも、、。

272避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 20:47:11 ID:rv7HtzzQ0
>>266

かくいう私もこう言うことを得意げに言って、自身が幻影の中にいることを忘れようとしてしまう。

これは幻影であれは真実だと自我はごまかそうとするが大抵両方幻影。
また他の人は幻影を見ているなどと言ってまるで自分は見ていないかのように語るがそれも自我のごまかしだ。

鬼和尚さん。
不変の意識が良くてなんで神や実在が駄目なのですかな?
どれも言葉です。

要はその言葉によって幻影を見ているか、それとも自らが見出したものにそう名付けているか、
その関係性が重要なのでは。

あなたは、いわゆる自我というものに不変の意識と名付けることもできるのです。
人はこれが意識だと感じているとき10ちゅう89自我なのです。

273避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 21:03:36 ID:LC3de7YgO
>>266 ありがとうございます。
そう!その手の観察を今朝しました。目覚めた直後寝ぼけ眼で手の観察をしました。夢の中の映像のような、指などのパーツがデフォルメされたような、ダリの絵のような、道具のような手に見えたのですが、毎回我が手がそのように見えるわけではないでしょう。瞑想がたまに深まると、潜在意識のそこから、なぜ今 というような記憶が突如甦ることがあります。そしてその記憶は呼吸への集中の邪魔になるので、その記憶の存在に一瞬意識を向けるだけで消すことができます。
とことんあるがままの手を観察するように(今回のは起き抜けの寝ぼけな状態での観察でしたが)、とことんあるがままの心を観察すればよいのでしょうが、いわゆる常識や恥の観念などに縛られている心をときほぐし、観察するためには、何かこういう手順で取り組むとやり易いかもみたいなものを探してます。
しかし、いったん取りかかってしまうと、際限なく心の真実が溢れだしてしまいそうな恐怖とワクワク感を感じたりしてます。

274避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 21:15:24 ID:IQSEMtG60
>>266
>自分で探すのじゃ。
>それがおぬしの修行なのじゃ。

ようするに論理的な説明なんてしてないからアンカーで示せないし
「どれほど説明しても」って言葉もその場凌ぎの嘘だったって事だな。

275避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 21:35:36 ID:IQSEMtG60
>>268
スレチです。
ここは「鬼和尚に聞くスレ」なので、鬼和尚以外の人の解答は必要ない。

あなたはこちらへどうぞ。

悟りを開いた人のスレ避難所32
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/8276/1377154436/

276凡夫:2013/08/22(木) 22:22:55 ID:H8YAhTak0
ありがとう

277凡夫:2013/08/22(木) 22:30:30 ID:H8YAhTak0
>>275
情句も冗句
それもいい

278避難民のマジレスさん:2013/08/22(木) 22:53:12 ID:Ac76nLUY0
厭離が起こる、とはどういうことでしょうか。

観察とは、目で見る、つまり視覚を用いるのでしょうか。
聴覚や嗅覚、触覚など用いるのは方法が違うのでしょうか。

279避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 00:29:49 ID:Ac76nLUY0
このブログ主は悟っているでしょうか。
http://siran.gjpw.net/

280避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 01:07:59 ID:RqjHb0Jg0
和尚さん観察の仕方なんですが
例えば馬鹿にされてむかついたとします
この場合むかつくという感情をそのまま観察し続けるんでしょうか
それとも、なぜむかつくのか→自分が自分をどう思っているかより他人の意見を採用してしまった
→セルフイメージが低い→なぜセルフイメージが低いのか・・・と原因を探っていくのでしょうか

281避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 01:42:19 ID:DgJcAPNs0
何が起こったとしても、集中力を持ってそれを観察することが修行なのでしたら、
肉を食べても酒を飲んでもセックスしても問題はなく、それに巻き込まれずにただ観察すればいいのでしょうか?

282避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 02:08:09 ID:DgJcAPNs0
もうひとつお願いします。

鬼和尚さんが色々な質問に対して当意即妙に答えることができるのは、
悟りを開かれる前からでしょうか?それとも悟った途端にできるようになったのですか?

283避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 11:18:28 ID:DgJcAPNs0
鬼和尚さんのやり方で修行をすれば3年程度で悟れるということですが、
他の数ある教えと比較して、鬼和尚さんの教えのユニークな点を教えてください。

284避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 15:44:57 ID:OWFkcfvg0
物差しと裁き(意味づけ)はどうしたらなくせますか?
それが自我そのものかもしれませんが、自我では自我を赦せないしなくせない。
他者や事象を見て嫌な気分になったとき、抑圧した自我を投射している、といいますが、
それを見つめて剥いでいっても、善悪などの価値判断が残っていれば裁いてしまい、自動的に
嫌な気分になる。ここで嫌な気分になるのを相手のせいにしてしまえば、自我や分離の幻想
に力を与えたことになり、エデンの園から出た状態、迷いから抜け出せない。
その迷い、苦の状態=自我がそのままでいいと思っていれば解放されたいとも思わないので、
自我自体を自分でいいも悪いも無いとは思えません。ある程度の悟りというか観察精神にシフト
しなければ。
ではどうしたら自我が嫌だな、と思うものを見たとき、自我に対する価値判断をなくせるのでしょうか。
よろしくお願いします。

285避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 18:37:15 ID:WL2yRwjAO
鬼和尚
疲れた!縁あってある会社の幹部になったのだが
意外と仕事がハードで
疲れる。
どうやったら奴隷の境遇から脱出し楽な人生を送れるのか。
教えてください。
と言うか助けてケロ

286鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/23(金) 20:09:43 ID:kaXJvxhM0
>>269 そうじゃ、自分に合ったやり方を続けるのじゃ。
 それが本当に役に立つ修行になるのじゃ。

 育たないのじゃ。
 無理にやっても習慣になるだけなのじゃ。
 自他を超えれば慈悲は自然に生じる故に育てなくとも良いのじゃ。

>>272 わしは不変の意識とか書いていないのじゃ。
 そのように本当は言葉の持つ意味さえわからないのに、他人の言葉を勝手に変え、解釈や説明を加え、己だけは何でも知っているつもりになる者が出る故に、正確でなければならんのじゃ。
 わしが可能な限り正確に記してさえも、そのように自分の脳内で勝手に変換し、解釈する者が居る。
 まして詩や歌やあいまいな記述を使えば、更に出鱈目な解釈が広まるじゃろう。
 おぬしが自我をそのまま肥大させたいならば、神や実在があり、自分がそれだとか言うと良かろう。
 ただわしはそれを認めたりはしないのじゃ。

>>273 続けてやってみたらよいのじゃ。
 何でも試してみるのじゃ。

287鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/23(金) 20:26:37 ID:kaXJvxhM0
>>274 ようするにおぬしは自分で探す事もできない、しないと言う事じゃな。
 自分で探す事も出来ない、しない者が、理解する気だけはあるじゃろうか?
 本当に知りたくて理解したいならば、先ず探すじゃろう。
 本当は理解する気も無いのに嘘を書いたのならば、もはやレスはしないのじゃ。 

>>278 厭離とは気づきによって、観察の対象との自己同一化が滅する事なのじゃ。
 例えば人は怒りを発すれば、怒りと己が同一であると認識しておる。
 怒っている己があり、己の怒りが怒っていると認識しておるのじゃ。
 冷静に集中して観察すれば、怒りはただ原因から自動的に連鎖して起こっているだけであり、己とは無関係である事に気づくのじゃ。
 そして怒りは己ではなく、己のものではないと厭離され滅していくのじゃ。

 怒りなどの感情が原因から連鎖的に起こるように、観察して気づきがあれば、。厭離も連鎖的に起こるのじゃ。

>>279 悟っていないのじや。
 お調子者じゃな。

>>280 未だ怒りに囚われる者ならば、怒りが起こっては消えていく過程を観察しつづけるが良かろう。
 初心のうちに深く観察しようとすると、怒りに巻き込まれてしまい、冷静な観察が出来なくなるのじゃ。

 集中に熟達し、どれほど観察しても怒りによって支配されなくなったら、原因などを深く観察していけば良いのじゃ。
 原因から観察が出来れば、同じ原因から怒りは起こらなくなるじゃろう。

>>281 修行のために観察力をつけようとするならば、日常でも観察するがよいのじゃ。
 それはただ修行の為の補助なのじゃ。
 観察していれば、日常でなにをしても良いと言う事ではないのじゃ。
 特に酒を飲むと集中力が弱るのじゃ。
 
>>282 悟った後、さらに多くのことを学んでからなのじゃ。
 智慧も土台となる知識が無ければいかんのじゃ。
 ここで人々の性質を知り、答える事も学びなのじゃ。

288鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/23(金) 20:38:08 ID:kaXJvxhM0
>>284 その判断基準がどのような原因から起きているのか、観察して追及するのじゃ。
 原因がわかれば、その原因から価値判断が起こり、原因が無ければ価値判断も起こらないと観察するのじゃ。

 大抵の場合価値判断は親とか友人とか仲間内などから教えられるのじゃ。
 子供の頃の価値判断を抱えていれば、大人になってから苦になったりするのじゃ。

>>285 部下にどんどん仕事を任せるが良かろう。
 それが出来る者は、上に行くほど仕事が楽になるのじゃ。
 それが金持ち父さんなのじゃ。
 何でも自分で仕事をしないと気がすまないままだと貧乏父さんのままなのじゃ。

289避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 21:06:51 ID:IQSEMtG60
>>287
>ようするにおぬしは自分で探す事もできない、しないと言う事じゃな。

だから探しても論理的に説明してる所が見つからないからアンカー付けて指摘してくれって言ってるんだろ。
しかもあんたは「どれほど説明しても」って言ってるんだから少なくとも3〜4回は説明してるんだよね?
詭弁は良いから指摘してくれよ。
そうすれば俺も、そのアンカー付いてる場所を熟読して理解しようと頑張るからさ。

290避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 21:35:42 ID:WL2yRwjAO
ありがとう鬼和尚。
今まさに必要としていた言葉です
ありがとうございます。

291避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 22:00:13 ID:rv7HtzzQ0
>>286

>>272 わしは不変の意識とか書いていないのじゃ。
といいますが、
>>251で 平等にして普遍の意識は時間や空間と言う観念に縛られる事も無く、唯一存在すると言えるものなのじゃ。
と君はしっかり言っていますよ。

その後に266でそれに名を与えればどうのと言ってますが、神でも、不変の意識でも名前です。
むしろ、日本人は無心論者が多いので、神という単語の方が幻想を膨らまさない可能性すらあります。


≫そのように本当は言葉の持つ意味さえわからないのに、他人の言葉を勝手に変え、解釈や説明を加え、己だけは何でも知っているつもりになる者が出る故に、正確でなければならんのじゃ。

基本的に人には自我があり、解釈があります。
どんな言葉も自分なりに解釈するのです。
何かを解釈する自我が消滅することで真理は開示されます。
解釈する自我が消えてしまうような、店舗、詩情、そして理解不能なナンセンスさ、それが宗教です。
だから言葉によって何も伝えることはできません。

君の伝達のスタイルは哲学なんですよ。
誰もがそれを自我によよって理解しようとしてしまう文体で、自我を太らせる。

そんなこともわかってない君は、自分の自我で解釈した物事を言葉にしているのでしょう。
君の思うとおりに理解する人がいても、それは自我が文字を通して幻想を見ているだけで、その幻想の波長が合ってるに過ぎない。

言葉を解釈して幻想を見る自我の消滅が真理であるがゆえに、正確な言葉というものは宗教にはない。
相手を執着から解き放つための方便がるだけだ。
正確な表現とやらは自我がそれにしがみつくだけで自我を太らす。

292避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 22:01:30 ID:rv7HtzzQ0
>>286

普遍の意識でしたね。
まあ、どちらにしろ言葉です。

人は、普遍の意識という幻想を見て、神という幻想を否定して、両方幻想なのに意識の方が真実などと思って一人遊びするものです。

293避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 22:03:30 ID:rv7HtzzQ0
>>286

鬼和尚さん。
普遍の意識が良くてなんで神や実在が駄目なのですかな?
どれも言葉です。

要はその言葉によって幻影を見ているか、それとも自らが見出したものにそう名付けているか、
その関係性が重要なのでは。

あなたは、いわゆる自我というものに不変の意識と名付けることもできるのです。
人はこれが意識だと感じているとき10中89自我なのです。

294修行中:2013/08/23(金) 22:37:12 ID:B08ASrQc0
鬼和尚さま
瞑想中に意識に周波数を合わせると感じました。気づきでしょうか?

295避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 22:50:58 ID:rv7HtzzQ0
>>286

真の師は弟子を独り立ちさせる。

いかなる言葉にも他者にも頼らない時に瞑想が起こる。

観察という言葉さえ、自我がよりどころにしてしまうので最後には忘れなければいけない。

君はそうやって君の言葉に頼る奴隷のような自我をたくさん育成したいのかい?

296避難民のマジレスさん:2013/08/23(金) 23:16:47 ID:RqjHb0Jg0
叡智はどこからやってくるのですか
全知全能の何かに繋がるのですか
悟ってないものが答えを得づらいのはなぜですか

297避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 02:34:27 ID:OWFkcfvg0
>>288
その原因は自我には自我を幻想だと思えない、というところです。
だから他者の増長した自我や低次元の自我の部分を見たとき、判断して苦を感じてしまうことがあります。
無くそうとしていること、苦を感じること自体、自我というものをそのままではだめだ、という価値判断を
していることになる。強めてしまう。
だからなかなか明け渡せないというジレンマがあります。
エゴの増長した自分や他者や世界というものを感じたとき、狂っていて苦で嫌だと思うから悟りたいと思う。
それがエゴを赦せない、価値判断をなくせない(悟れない)原因にもなっている。
でも苦しいともおかしいとも思わなければエゴの世界に浸かったまま浄化もしないことになる。じゃあそのエゴ
に対するおかしいだろうとか憤りとか苦から来る価値判断はどうしたらよいのでしょう。
やはり自我を超えた一元性の意識が覚醒しないと二元性は消えていかない、といいますが、それに頼っていく、
自我の堂々巡りをすっぱり諦めて明け渡すことしかないでしょうね?
それはこの質問などもやめる、ということなんでしょうが。。

298避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 02:52:04 ID:ZXr94E/k0
鬼和尚は眠っている間、夢を見ますか?
悟ったものは夢を見ますか?
夢を見ることと悟りの関係で、
なにかおしえていただけますか?

299避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 07:41:40 ID:DgJcAPNs0
鬼和尚さんには性欲がありますか?
鬼和尚さんが見ている世界と私が見ている世界は異なるのでしょうか?
ラマナやニサルガダッタが説く「”I am”を超越するまで、”I am”に住まいなさい」は、
悟りへ至る正しい道ですか?

300避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 07:49:54 ID:WL2yRwjAO
空海は悟ってなかったと言うことですが
すると高野山で修行しても悟れないのでしょうか

301避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 08:43:38 ID:DgJcAPNs0
ヴィパッサナー瞑想にしろその他の瞑想法にしろ、それらを長年熱心に実習している人たちはたくさんいるのに、
何故この世の中には悟った人がこんなにも少ないのでしょうか?

302避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 10:00:58 ID:9q4Ybj3s0
鬼和尚さん、先日自称占い師から2年以内に病気になると言われましたが、
本当でしょうか?
その人は生年月日で占います。

303避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 10:50:40 ID:p4aWaNt.0
>>287

>>278,279です。お答えありがとうございます。

厭離についてですが、その例と同じような事は日常的に経験しているように思います。
特に怒りや不安のようなものについてはわかりやすいです。
厭離が起きていれば、それでいいのでしょうか。
何か次にめざすべき道のようなものはあるでしょうか。

>>4
>自我を観察し、厭離を起こせば自我は滅し、自然に無我の境地に入れるのじゃ。
とありあます。
これは、観察の対象が自我である、ということだと思います。
では、観察する主体は何でしょうか。自我とは別のものでしょうか。
何が自我を観察するのか、そして何が無我の境地に入るのか、ということです。

304避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 11:36:58 ID:LC3de7YgO
>>286
ありがとうございます。続けてみます。なんでも試してみます。
昨日は、試しに普段は蓋をしてある一つの不快な思い出、感情に少しだけ切り込んでみました。観察すべきは劣等感だと思ってましたが、それと同時に怒りの感情もあることに気づきました。心の観察には時間が掛かりそうです。
止の行につき質問です。
聞こえてくる近所の生活音や蝉の鳴き声、わいてくる記憶や感情もそれ囚われずに、呼吸に意識を戻せればそれで良いと考えてました。
たまに、短時間、集中度が高まり、呼吸へ振り向けている意識しかないように感じることもありますが・・・最終的には、瞑想中はあの他の音が聞こえないような状態に常にあることを目指すべきなのでしょうか?

305避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 13:17:04 ID:rv7HtzzQ0
>>286

あと、言葉というのは、これにはこう名付けましょうねという互いの約束事であって、言葉に確たる意味はないですよ。

互いに共通の認識が無い場合言葉で意思の疎通はできない。

あなたが言葉に与えた意味というのは、あなたの自我によるものです。
意味というのはそういうものです。

意味を超越した純粋な意識、それを主教では扱うのですね。

意味というのは哲学の次元。意味を付ける自我が生き残る次元です。

306避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 15:19:53 ID:DgJcAPNs0
苦しみというものは、見方を変えれば実は、自分に立ち帰るきっかけを与えてくれる有難いものなのでしょうか?

307避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 18:03:53 ID:WL2yRwjAO
この日本に天変地異が起きているのは何か意味があるのですか?
お経には国が正しい方向に行っていないとき天変地異が起こるとあるようですが

308避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 18:42:36 ID:RqjHb0Jg0
身の程を知るのと自己愛の両立はできますか
圧倒的な人を前にしたらどうしたらいいですか

309鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/24(土) 20:02:05 ID:kaXJvxhM0
>>289 何度も説明したとは書いていないのじゃ。妄想を止めるのじゃ。
 愚者は匙が汁の味をわからないように、何度説明しても分からないが、賢者は舌が汁の味を直ぐにわかるように一言の説明でもわかるのじゃ。

 例えば数学の問題でこの公式を使って証明せよと書かれていたら、その公式を使わなければ間違いになるのじゃ。
 しかし、言語で論理的なる説明をせよというのならば、論理を使うだけでなく、論理が対象とどのような関係であるか説いても論理的な説明と言えるじゃろう。
 このヒントで速やかに探してみるのじゃ。 
 賢い者ならば判るじゃろう。

>>290 どういたしまして、またおいでなさい。

>>291 釣りじゃな。

>>292 やっと判ったようじゃな。
 
>>293 おぬしがそのように聞くからじゃ。
 神と言う言葉に囚われ、何故普遍の意識が良くてなんで神や実在が駄目なのかと、聞くものが居る限り神や実在があるという幻想を否定するべきなのじゃ。
 
>>294 そうじゃ、気づきじゃ。
 思考や感情に意識が向けられていると、それだけが己と思うのじゃ。
 深い意識に周波数を合わせるとそれに気づくのじゃ。
 
>>295 おぬしが言葉に頼る奴隷のような自我をたくさん育成したいという妄想をしなければ、どこにも問題は無いのじゃ。
 人は自らの心にある妄想を他に投射するものであるからのう。

>>296 叡智もまた学ぶ事からやってくるのじゃ。
 全知全能とはありえない観念なのじゃ。
 叡智もまた言葉とイメージによる観念の中にあるものじゃ。
 自我や観念に囚われているからなのじゃ。
 悟っていない人でも己と言う観念や思想信条などの囚われが無ければ叡智がある者と成れるのじゃ。

310鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/24(土) 20:16:35 ID:kaXJvxhM0
>>297 実際にはその自我は無いのじゃ。
 あると言う観念のみがあるのじゃ。
 自我が無くとも原因からの観念の連鎖が起こるのじゃ。
 それに己であると言う観念を投射するのが、認識の働きなのじゃ。
 存在しない自我が何かを邪魔したりする事は無いのじゃ。
 思考を止め、実践する者が進歩するのじゃ。

>>298 見ないのじゃ。
 悟れば見ないのじゃ。
 夢も未だ観念があり、認識もある世界であるから悟りによって無くなるのじゃ。
 ただ記憶による秩序が無く、混沌であるから普段は出来ない様々な事が可能になるのじゃ。

311避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 20:23:09 ID:WL2yRwjAO
鬼和尚が言う普遍の意識と言うのは実在ではないのですか?

312鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/24(土) 20:24:51 ID:kaXJvxhM0
>>299 もはや欲は無いのじゃ。
 作り出す事は出来るがのう。
 
 見ている世界は同じであるが、見方は違うのじゃ。
 わしは自我や観念が無い見方で見ているのじゃ。

 彼等は悟っているが、その教えが全ての者にとって正しい道とはならないのじゃ。
 何故ならば人はそれぞれ性格や経験してきた事が違い、それによって悟りへの道も違ってくるからなのじゃ。
 それ故にお釈迦様は音楽家には瞑想を琴の弦を強くも緩くも無くしめるように実践するようにいい、洗濯屋には心の汚れを落すように修行せよと言ったのじゃ。

 おぬしに合う道がおぬしにとって正しい悟りへの道なのじゃ。
 それを知るために何でも試してみると良いのじゃ。

>>300 悟っていないのじゃ。
 真言では三昧への道しか教えていないのじゃ。
 それ以上の境地になったとしたら、御山の方でも困るじゃろう。
 もはや伝統を守る事しか考えていないようであるからのう。

313鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/24(土) 20:42:14 ID:kaXJvxhM0
>>301 心の中に己を失う事への恐れがあるからなのじゃ。
 幻想でしかない自我を己と思えば、それが消える事を己の消滅であると感じ、恐れが起きて修行を止めてしまうのじゃ。
 もし恐れが無ければ悟りを得るものはもっと増える事じゃろう。
 惜しい事じゃ。

>>302 嘘なのじゃ。
 ちゃんとした師匠や学校で習った占い師ならば、人が死ぬとか病気になるとか言わないのじゃ。
 それで病にならない札を買えとかいう詐欺なのじゃ。
 よくそれで逮捕されたりしているのじゃ。
 気にせんで良いのじゃ。
 
>>303 そうじゃ、そのような気づきによる厭離は、日常的にも起きているのじゃ。
 今まで判らなかったことがわかったり、知らないことを知って世界が変わるのじゃ。
 
 それを己に起こるようにしていくのじゃ。
 そのために自分を観察することが修行となるのじゃ。
 自分の肉体に始まり、五感や思考などの心の中を観察し、自我を観察するに至るのじゃ。

 観察する主体は無いのじゃ。
 本来一切の人の心身の働きは主体無く起こるものであるが、そこに主体があると感じ、主体があると思うのが自我を認識する働きなのじゃ。
 観察するものは無く、無我に入る者も無いのじゃ。
 何か観察するものがあり、無我にはいる者があったと思うならば、未だ無我ではないのじゃ。
 主体無く無為となるのが無我なのじゃ。

314鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/24(土) 20:52:28 ID:kaXJvxhM0
>>304 それは聞こえていても良いのじゃ。
 耳には聞こえても気にならなくなるのじゃ。
 経には雷が傍に落ちて聞いていても心が動揺しなかった者や、お釈迦様が大勢の隊商が傍を通っても知らなかったという話があるのじゃ。
 そのうち聞いている意識と集中する意識があると気づくようになるじゃろう。

>>306 そう言えるじゃろう。
 苦によって人は修行の道に入るものじゃ。
 人の世に苦が無ければ悟りの道も無かったかも知れんのじゃ。

>>307 世界のどこにでも天変地異は起こっているのじゃ。
 それは一切が苦になる儚い世界に生きている事を知らせてくれるのじゃ。
 死から免れない世界を知るためにそのようなものもあるのじゃ。

>>308 出来るじゃろう。
 身の程を知る己を愛したらよいのじゃ。

 どんな者であろうと他人は放っておいたら良いのじゃ。
 自分のした事としなかった事だけをよく省みるのじゃ。

315鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/24(土) 20:54:52 ID:kaXJvxhM0
>>311 言葉の正しい意味でそれだけが在ると言えるのじゃ。
 仮にそれに名前をつけるとしてであるがのう。
 本来名をつけられるものではないが、人に説くためにそのように言えるのじゃ。

316避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 22:23:56 ID:rv7HtzzQ0
>>309 おぬしがそのように聞くからじゃ。
 神と言う言葉に囚われ、何故普遍の意識が良くてなんで神や実在が駄目なのかと、聞くものが居る限り神や実在があるという幻想を否定するべきなのじゃ。

相変わらずあなたは人の話を聞かないで、自分が違うと思う意見を人が言ったと思い込んで反論しますね。
それを分裂症というのですがご存知ですか?

神や実在という言葉で自我は幻想を見ます。
普遍の意識という言葉でも自我は幻想を見ます。
どちらもそう働いたら「まずい」のは同じですね。とはいいましたが。別に神という言葉、イメージを一切肯定してはいませんよ。
むしろそれに警句を出していましたが。

どちらも自我にとっては同じですよと述べています。
どんな言葉も例外なく自我がしがみついてそれをもとに幻想を見る可能性があります。

その働きを持たせないために、テンポ、詩情、ナンセンスさが必要とされるのです。
そうすれば、自我がしがみつくのではなく、しがみつこうとする自我が消える可能性位はありますから。

317避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 22:26:16 ID:rv7HtzzQ0
>>309

>>291 釣りじゃな。

明確に逃げてますね、
上から目線がスクなあなたに同じ目線で話しかけたのがお嫌でしたでしょうか。
自我を克服したあなたなら単に内容に答えてもいいでしょうに。


>>292 やっと判ったようじゃな。

言葉と自我の関係を語るのに普遍と不変の打ち間違いはさほど重要ではなく、その違いを指摘しつつ普通に話は伸ばせた。
この揚げ足を取る精神は子供の精神だと看過するにたやすい。

318避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 22:32:15 ID:rv7HtzzQ0
>>309

>>292 やっと判ったようじゃな。

質問者の皆さんも、この反応で鬼和尚さんの中身を判断されるといいですよ。
さりげないことのようで、かなり致命です。

319避難民のマジレスさん:2013/08/24(土) 23:49:10 ID:LC3de7YgO
>>314
ありがとうございます。確かに『聞いている意識と集中する意識』があることに気づいています。
集中力が高まった時に頭の中にある快感みたいなものをあえて求める必要はなく、聞こえてることや記憶の断片などから物語紡ぎだしたり、雑念囚われたりしないようにすることが無我を体得するための止の行という理解で良いのでしょうか。

320避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 00:03:20 ID:/oyAKGdg0
>>298
鬼和尚さん、やはり夢は見ないのですね
覚者でそう言う人がいるのでそうなのかと思ってました
とすると、寝ている間はどういう状態なのでしょうか?
脳はほど停止しているとおもうのですが、
普段起きているときとの違いは目を閉じて視覚がないだけですか?
脳がほぼ停止しているなら聴覚や触覚もほとんどないと思うのですが、
寝ている間どのような状態なのでしょうか

321避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 05:05:58 ID:WL2yRwjAO
>>rv7HtzzQ0
明らかに貴方が子供だと思うけど。
ここはあくまで鬼和尚への質問スレです。
ルールが守れないのは自我に支配されている証拠。

322避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 06:25:33 ID:H8YAhTak0
>>318
悟るために論理性を求めたり、逆にナンセンス性を求めたりしてるけど、
気づきはそれらの外に在るんじゃないかなぁ。
問題は、鬼和尚の言葉を聴いて文句を言ってるのは誰なのかを知る事じゃないの!?
良くは判らないけど。

323避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 07:12:06 ID:H8YAhTak0
スレチで迷惑になるから言いにくいのだけど、
早く言えば、
まさに今、自分に気付いているかどうか。
単にこれだけじゃないの!?
良く判らないけど。

324避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 07:13:35 ID:DgJcAPNs0
師を持たず自分で努力するだけで、本当に私も悟りを得られるのでしょうか?
間違った道を歩いていたら、それを指摘し、修正してくれる師が必要ではないでしょうか?

325避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 07:25:02 ID:H8YAhTak0
さっきのは、自分にとっては論理的に感じるけど、
別の人にはとっては、やはりナンセンスの模様。

326避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 08:34:12 ID:IQSEMtG60
>>309
>賢い者ならば判るじゃろう。

だから、分からないからアンカー付けて指摘してくれって言ってるんだろ。
なんでそれを拒むの?

327避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 09:26:13 ID:IQSEMtG60
>>318
>質問者の皆さんも、この反応で鬼和尚さんの中身を判断されるといいですよ。

あんた何度注意してもこういう事しちゃうんだな。

ここではそれぞれの人が自分の疑問を鬼に質問としてぶつけるが、
その真偽はそれぞれが判断すれば良いってスタンスだってみんな知ってるの。
だからあんたが来るまで横レスする人は居なかったんだよ。

で、その判断を下すのはあんたじゃ無いって事にも気づかない自我の塊みたいなあんたが
自我の講釈垂れてるのって、ものすごく滑稽だって事に早く気づけよ。

328避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 12:28:11 ID:rv7HtzzQ0
>>327

趣旨に外れてると解っていますよ。確信犯ですね。

ですが、私としては表面的なロジックの裏に潜むその人の実際の姿こそを大切にしていて、
ここにいる人は安易なロジックを求めてばかりだから一応おせっかいにも警告しています。

私としては鬼和尚さんがわしの幼稚な正体はこれじゃーと大声で叫んでくれているのでせいぜい強調するだけです。
あなたもご協力感謝します。

329避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 12:34:16 ID:rv7HtzzQ0
>>327

例えば自我の強化合宿所みたいなところで決まりに従うのは自我の行為そのもの。

邪魔する分にはやはり自我の暴走というパターンと、物事の真偽を見抜く修行というパターンと2つのパターンがあるかもしれんですね。

自我は決まりを守ろうとするとき働くこともありますし、破ろうとするときに働くこともあります。
単純にどうとは言えませんよ。

330避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 13:43:08 ID:p4aWaNt.0
>>303です。お答えありがとうございます。

鬼和尚はときどき「無認識」という言葉を使われています。
>>310
>それに己であると言う観念を投射するのが、認識の働きなのじゃ。
とありますが、この引用に関連して言うと、
己であるという観念の投射のない認識が無認識である、という理解でいいのでしょうか。
別の言葉で言うと、ただ在る、あるいは、ただ起こる、それらをたただ受け取る、
そのとき、在る、あるいは、起こる、のような認識する対象もなく、受け取る(認識する)主体もない、ということでしょうか。

>>313
観察する主体もなくその対象もないのであれば、観察した時点で既に無為、無我ということではないでしょうか。
また、無為、無我であるならば、そもそも観察とさえ言えない(認識できない)のではないでしょうか。

331避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 13:50:44 ID:DgJcAPNs0
鬼和尚さんはアシュターヴァクラ・ギーターをご存知ですか?
もしもご存知でしたら教えてください…
アシュターヴァクラさんの境地は鬼和尚さんの境地と同じものですか?

332避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 14:03:40 ID:p4aWaNt.0
>>330
読み返して、疑問に思ったので追加。

>>330で私は「観察する(中略)対象もない」と書きましたが、
鬼和尚は「観察する主体は無い」とは言っていても、「観察する対象は無い」とは言ってないのでしょうか。

であるならば、対象はあっても、主体が無いということですね。

対象とは「自我」であり、観察によってそもそも自我は無いとわかるので、
主体とか対象があると思って作り出している者は自我だから、
自我が無いとわかれば、主体も対象も無いとわかる、
だから、主体が無い、
というようなことでしょうか。

333避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 14:56:22 ID:IQSEMtG60
>>329
あんたの意見とかどうでも良いんだよ。
俺もこれ以上スレチを繰り返すわけにもいかないしね。

あんたはあぼ〜んするから、もうレス返しても無駄だぞ。

334避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 15:01:29 ID:WL2yRwjAO
あぼ〜んってどうやるの?

335偽和尚 ◆qH7QdQmFhM:2013/08/25(日) 15:07:25 ID:cud.kRqg0
>>328
しかしこのスレで延々と続けられると鬼和尚への質問と鬼和尚からの回答だけを見たくてこのスレに
来た人からすれば邪魔なわけで、出来ればこのスレでは自粛した方が良いでしょうねえ。
要するにあなたのやってることは自説の展開なのでその内容が正しかろうが間違っていようが
このスレで続けることは適切ではないわけです。既存の他のスレでやるか、あるいは専用スレ
作ってやった方が良いと思いますよ (2chが規制されていて出来ないというのならこの板で
作っても良いですから)。

336偽和尚 ◆qH7QdQmFhM:2013/08/25(日) 15:16:30 ID:cud.kRqg0
>>334
まずは専ブラ使ってここを見る必要がある。その専ブラの機能を使って、例えばIDを指定して「あぼ〜ん」をする。
これは専ブラごとにやり方が違うかも知れないのでなんとも言えない。だいたいの場合はIDの所にマウスカーソル
持って行って右クリックして出てきたメニューで「非表示」を選択するとか、あるいはスマホやタブレットのAndroid用
専ブラだと書き込み部分を長押しして出てきたメニューで選択するとか、そういうやり方になっていると思う。

どんな専用ブラウザがあるのかについては Google で「2ch 専用ブラウザ」等をキーにして調べれば出てくる。

337避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 15:22:47 ID:rv7HtzzQ0
>>327

といっても、自分が本当かどうか惑わされているものとの格闘はともかく、質疑応答でこちらの文意を全く解せず実に低レベルな
返答が返ってくるにあたって、そういった疑問は無くなっている。

いちいち自分を偽ってる人間のからくりを暴露することは、現状の自我の維持になり、解体にはつながらない。
心から自分が何を望んでるのか問うてみると、意識はここでやることなど何もないよと答えている気がしなくもない。

338避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 15:26:20 ID:rv7HtzzQ0
>>336

316、317は質疑応答の枠内だと思います。

318は単体ではちと余分、その前のやり取りは明確な逸脱。
それは認識してます。

339避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 18:34:36 ID:RqjHb0Jg0
山の神は女神らしく山に女性が入るのを快く思わないそうですが
自然霊に性別があるんでしょうか
本当だとしたら子供っぽい神に山を管轄されるのは困ります
寒くならないうちに登山キャンプしようと思うので心配です
それとも誰かの都合に合わせた迷信でしょうか

340避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 18:42:38 ID:WL2yRwjAO
鬼和尚は老後はどうやって生きていきますか?
身よりの方とかは居るのでしょうか?

341避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 18:54:55 ID:rv7HtzzQ0
>>287
 厭離とは気づきによって、観察の対象との自己同一化が滅する事なのじゃ。
 例えば人は怒りを発すれば、怒りと己が同一であると認識しておる。
 怒っている己があり、己の怒りが怒っていると認識しておるのじゃ。
 冷静に集中して観察すれば、怒りはただ原因から自動的に連鎖して起こっているだけであり、己とは無関係である事に気づくのじゃ。
 そして怒りは己ではなく、己のものではないと厭離され滅していくのじゃ。

 怒りなどの感情が原因から連鎖的に起こるように、観察して気づきがあれば、。厭離も連鎖的に起こるのじゃ。

そんなことを言ってしまうと、怒りを生む原因そのものである自我が、ああ、怒りは自分とは関係ないのだと
自分を納得させ、大大テク舐めに見える癇癪は封じ込められるかもしれないが、
様々なものへの慢性的な不満や怒りについては解消されることなく抑圧されてしまう。

何か椎体指定刈ることを自我は正しいと思ってる。
私もあなたも怒りを正しいと思ってるからこそ怒るのだ。
それを理解して、自我を死なせてゆくことが怒りの死につながる。

まず人は分析や言い訳をやめ、怒りと自分が同一であるという事実を受け入れなければいけない。
それに目覚めていれば幻であるz我が存続しない可能性が出てくる。

342避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 19:32:59 ID:NpBkhqbI0
>>341
他スレと同じになっちゃうから、議論や批判はそっちでやってくんねーかな。
百歩譲って議論をするにしても、まず日本語を勉強してくれ。

343鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/25(日) 20:18:41 ID:kaXJvxhM0
>>319 そうじゃ。
 何ものにも囚われることなく、ただ集中し続けるのじゃ。
 そのように毎日続けていると、今まで出来なかった事も出来るようになり、無我にまで至るのじゃ。
 
>>320 常に意識は在るのじゃ。
 脳とか肉体にも関係なく意識は在り続けるのじゃ。
 肉体も脳もただこの物理的な世界に働きかける道具としてのみ在るのじゃ。
 人がペンチやスパナなどの道具を箱に仕舞うようなものじゃ。
 脳や肉体などの道具が休んでも意識は常に在り続けるのじゃ。

>>324 本当に悟りを得るために全てを捨てても良い位の情熱があれば、無師独悟も可能なのじゃ。
 お釈迦様やマハリシも無師独悟であったのじゃ。
 時に自我の消滅を恐れ、迷う者のために師匠はあるのじゃ。
 しかし、お釈迦様も自分は道標に過ぎないと言われたように、どんなに優れた師匠も道を示すだけなのじゃ。

>>326 いやわかる。
 おぬしは賢い子じゃ。
 やればできるの子じゃ。
 ここはわしに聞くスレであるから、このレスであるかとか、こっちのレスじゃろうとか、何度も聞けば良いのじゃ。
 
>>330 自我の観念だけでなく、一切の観念の投射のない認識が無認識と言えるのじゃ。
 自我の観念の投射が無いだけでは、未だ無我なのじゃ。
 一切の観念の投射が無いから、一切の対象も主体も無く、行為も無いのじゃ。

 本来は観察する主体無く、無為無我であるが、そこに主体が在り、対象が在ると認識しているのが通常の者の認識なのじゃ。
 主体が無く、観察と言う行為も無いが、誤ってそこに主体や対象や観察の行為があると衆生は認識してしまうのじゃ。
 一切衆生は本来仏陀であるが、無明によって迷いの世に陥っているとはそのような事なのじゃ。

344避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 20:25:25 ID:WL2yRwjAO
もし主体を認めなくても他人が主体の存在を押し付けて来ますよね
「鬼和尚ぉ」と言ってる時点で私も鬼和尚の自我を要請している。
自我を投射せずに自我を仮に立てて日常生活を送る事は可能なのでしょうか

345避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 20:27:35 ID:WL2yRwjAO
釈迦は「行為者は無く行為だけがある」と言ったそうですが、どう言う意味でしょうか

346避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 20:30:44 ID:WL2yRwjAO
そもそも何故肉体とか脳とか心が生じたのでしょうか
地球にしろ宇宙にしろそれが道具だとすると誰が何のために作って置いておいたのでしょうか

347鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/25(日) 20:32:20 ID:kaXJvxhM0
>>331 ぐぐって読んでみたのじゃ。
 同じようじゃ。
 大体古いギーター等の聖典も目覚めた者達によって書かれているのじゃ。
 それは境地を現したものではなく、むしろお釈迦様の教えと同じく実践され、瞑想されるべき方法なのじゃ。

>>332 そうじゃ、気づく順序としてはそのようになるのじゃ。
 始めは観察の対象として自我を捉える。
 しかし、それが無であると気づき、主体が無くなる。
 主体が無いと気づくから対象も無いと気づくのじゃ。
 
>>339 迷信なのじゃ。
 ただ単に厳しい自然環境で女子は簡単に死ぬ恐れがあったからじゃろう。
 くまとかへびとかいのししとかも多かったようであるからのう。
 
>>340 乞食行脚あるのみじゃ。
 おぬしの地元に行ったら布施を頼むのじゃ。
 金はいらんのじゃ。
 食べ物を頼むのじゃ。

348避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 20:34:50 ID:WL2yRwjAO
普通我々は肉体を起点に物事を観察していますが

和尚の言う観察はこの普通の意識とは違うのですか?

一体生きている限り個人としての肉体や心を超えて何かを観る事は出来るのでしょうか

349避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 20:52:06 ID:rv7HtzzQ0
>>287

この体は私ではない、というのは方便たりうる。
誰もが大切にしてるからだだから。

だけど、体への執着は私ではない(怒りは私ではない)、というと自我が自分自身だと認めたくないものを
自分ではないと言ってるだけだから、自我の逃避の温床になるんじゃないでしょうか。

これは似てるようで違う。
それに気づくきっかけになりました。

私が怒りであり私が執着であり、それ故にどうすることもできないと心底痛感した時、
自我から逃れようとせず自我に留まったとき、それを照らす意識の光が生まれます。

350避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 20:52:44 ID:p4aWaNt.0
>>343.347

>>330,332です。
よくわかりました。疑問は解消しました。
あとは私に実践できることを実践します。
ありがとうございました。

351訂正:2013/08/25(日) 20:55:11 ID:rv7HtzzQ0
>>287
 厭離とは気づきによって、観察の対象との自己同一化が滅する事なのじゃ。
 例えば人は怒りを発すれば、怒りと己が同一であると認識しておる。
 怒っている己があり、己の怒りが怒っていると認識しておるのじゃ。
 冷静に集中して観察すれば、怒りはただ原因から自動的に連鎖して起こっているだけであり、己とは無関係である事に気づくのじゃ。
 そして怒りは己ではなく、己のものではないと厭離され滅していくのじゃ。

 怒りなどの感情が原因から連鎖的に起こるように、観察して気づきがあれば、。厭離も連鎖的に起こるのじゃ。

そんなことを言ってしまうと、怒りを生む原因そのものである自我が、ああ、怒りは自分とは関係ないのだと
自分を納得させ、明らかに発散される怒りであるような癇癪は封じ込められるかもしれないが、
様々なものへの慢性的な不満や怒りについては解消されることなく抑圧されてしまう。

私もあなたも怒りを正しいと思ってるからこそ怒るのだ。
それを理解して、自我を死なせてゆくことが怒りの死につながる。

まず人は分析や言い訳をやめ、怒りと自分が同一であるという事実を受け入れなければいけない。
それに目覚めていれば幻である自我が存続しない可能性が出てくる。

352避難民のマジレスさん:2013/08/25(日) 21:10:56 ID:IQSEMtG60
>>343
>いやわかる。おぬしは賢い子じゃ。やればできるの子じゃ。

だからやっても出来なかったからアンカーつけてくれって言ってるだろ。
もういい歳だから「やればできる子」なんて言われても励みに成らないし。
いいかげん教えてくれよ。

353避難民のマジレスさん:2013/08/26(月) 05:22:47 ID:FolTiOC.0
辛い日が続く。なんで辛いのかっていうと、
たとえばなにか食べて「おいしい〜〜」ってなっても死のことを思い出すから
終わりのために生きているような感じが抜けない。
僕の人生なにかを発展というより収束させるような気がして辛い。
ほんとうはもっとビッグに生きてリア充になりたいのに

354避難民のマジレスさん:2013/08/26(月) 05:29:13 ID:FolTiOC.0
鬼和尚さんは、思考をやめ、実践することって言うけど
そのような実践したいことがないときって、どうすればいいの?
寝に、逃げるしかないよ。
ほっとけば元気が出るのはわかってるけど、そういう時期が定期的におとずれて辛い
そしてそういうとき思うの、「自分の人生、今までやってきたことは無意味だったんじゃないのか?」って

355避難民のマジレスさん:2013/08/26(月) 06:43:50 ID:DgJcAPNs0
鬼和尚さん、色々な質問に回答してくださってありがとうございます。
お手数をおかけしますが、また質問があります。

自分の心を見てみると、まずAという想念が現れ、その後、A→B→C→Dと連想ゲームのように想念が連なっていきます。
Aが生じたのに気づいてそこで観察すればAだけで想念が止まり、Bが生じたのに気づいてそこで観察すればBで止まります。
B、C、Dと想念が連なる前に観察ができれば心の負担が少なく、また、観察できている時には安らぎのようなものがあります。
それから、何の想念も起きていないときに観察をすると、想念Aさえも生じていない空白状態があります。というか空白しかありません。
そしてなぜか息が詰まります。

この空白状態のまま、何もないままでいればよいのでしょうか?

356避難民のマジレスさん:2013/08/26(月) 07:22:12 ID:WL2yRwjAO
舅が時間になると「ゴホン」と咳をして
反射的にお茶とお菓子を出す訳だが、
その間、緊張が走ったりストレスを感じたりする。
ただの空気の振動だと思っても恐怖を感じる。
心がそのように形成されているからそうなる訳だが、こういった心の在り方も観察しているうちに解体していくのだろうか
鬼和尚は街中でやくざ風の人に声をかけられても全然緊張しませんか?

357避難民のマジレスさん:2013/08/26(月) 08:04:00 ID:LC3de7YgO
>>343
ありがとうございます。毎日続けます。
最近、座り始める時の姿勢を今までより一層丁寧に決めるようにしたら、臍下丹田に熱感が生じるようになり、その熱感は、下にある時は梅干し位の大きさに感じますが、鳩尾から胸の辺りに上がって来るときは、温度は変わらず全体に拡散するように感じました。
そういった身体に起こることごとも、あるがままに観察して行こうと思います。


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