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鬼和尚に聞いてみるスレ【1】

102避難民のマジレスさん:2013/08/07(水) 23:06:21 ID:/WvOIqOE0
>>99
ありがとうございました。

103素人A:2013/08/08(木) 19:53:51 ID:gOqWUDAs0
鬼和尚さん見えないものも無意識から現われて来て同の行ので
少しずつ見える様になるのですか。骨骨無理せずに修行します

104避難民のマジレスさん:2013/08/08(木) 19:57:33 ID:WL2yRwjAO
鬼和尚は念仏もマントラも集中力がつくと言うが

そう言う話ではないでしょう

鬼和尚は自我滅却の悟りの観点から見ているので単なる集中力を付けるトレーニングと言う評価をする訳だが

質問者は
そんなことを聞いているのではない
あえて言えば集中している主体ではなく集中の対象について聞いているのだろう
ようする「ナムアミダブツ!」と唱えれば何か環境を変化させるような事が事実としてあるのかと言うことだ

105鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/08(木) 20:15:51 ID:kaXJvxhM0
>>100 それを使って己を追及してみるのじゃ。
 己が何かを追い求めるより、己でないものを観察してみると良いかも知れん。
 手や足は己ではないとか、思考は己ではないとか、その意識さえも己ではないとか、己ではないものを追求してみるのじゃ。、
 そのように観察しているものさえ己ではなかった何が観察しているのじゃろうか?
 良く観察してみるのじゃ。

>>101 検証してみるのじゃ。
 正しい直感ならば証拠や兆があるじゃろう。
 間違って思い込んでいるのならばやはり何か間違いの証拠や兆があるじゃろう。
 常に検証して正しい事を正しいとするのじゃ。

>>102 どういたしまして、またおいでなさい。

>>103 そうじゃろう。
 日々修行していく内に見えないものも見えてくるのじゃ。
 毎日の積み重ねが大事なのじゃ。

106鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/08(木) 20:53:51 ID:kaXJvxhM0
>>104 心が変われば世界も変わるのじゃ。
 心の他に環境や世界がある訳ではないのじゃ。
 良く観察してみるのじゃ。

107避難民のマジレスさん:2013/08/09(金) 01:56:31 ID:RqjHb0Jg0
占いはあまり興味ないのですが、姓名判断だけは恐ろしいほど的中して不思議です
生年月日などから導かれる性格傾向は、まあそりゃ当たるだろうと思うのですが
後天的に与えられた、たかが画数の数字にいかほどの魔力があるのでしょう
良運、不運というよりは、適正と思考パターンに影響があるようです

108避難民のマジレスさん:2013/08/09(金) 19:43:13 ID:WL2yRwjAO
質問です
呪術や呪文は効果がありますか?

109避難民のマジレスさん:2013/08/09(金) 19:48:26 ID:WL2yRwjAO
自我をいくら観察しても自我が消えないことに気がつきました。

どうしてくれる!

110避難民のマジレスさん:2013/08/09(金) 19:50:14 ID:WL2yRwjAO
自分の器を大きくするにはどうすればいいでしょうか

111鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/09(金) 21:13:15 ID:kaXJvxhM0
>>107 当っていると思って見ると当って見えるのじゃ。
 当っている所だけ見えて、外れている所は無視するからのう。
 外れていると思ってみれば外れているように見えるのじゃ。
 それが認識の選択視点なのじゃ。

>>108 おぬしが効果があると思えば効果があるのじゃ。
 呪った相手が転んだだけでものろいのおかげとおもうからのう。
 それも認識が見せているのじゃ。

>>109 未だ観ていないからじゃ。
 他人の所為にするような心がけでは観えないのも当然なのじゃ。
 己を観ていないからのう。
 先ずは己の行いを観るがよかろう。

>>110 何が起きても他人の所為にする事を止めるのじゃ。
 自分の失敗を他人の所為にするのは器が小さいのじゃ。
 他人が失敗しても自分が罪を被れば器が大きいと言われるじゃろう。
 常に心掛けるのじゃ。

112避難民のマジレスさん:2013/08/09(金) 22:28:52 ID:RqjHb0Jg0
>>111
本当に当たっているのですよ
何人も照らし合わせてきたら、最近は顔を見て大吉か大凶か当てられるようになりました
手相は健康状態や脳の状態が手のしわとして出るというなら納得の統計学ですが
姓名学はたかが数字なので不思議に思っているのです
占いなんぞという子供のお遊びはわしゃ知らんということですかね
確かに長いスパンで見たら吉だの凶だの関係ないですね

自愛と慢心 謙虚と卑屈について教えてください
自愛と謙虚は同じコインの裏表、慢心と卑屈は同じコインの裏表と思っているのですが

幸せになるほど人に優しくなる人と、逆に幸せになったとたん傲慢になる人がいますが違いはなんでしょうか
謙虚な人は自分を信じきっているから他人に見せしめる必要がなく
傲慢な人は深層では自分が嫌いで、他人に自分ってすごいよねと同意を求めている状態と思っていいでしょうか

113避難民のマジレスさん:2013/08/10(土) 07:54:46 ID:WL2yRwjAO
と言うことは逆に言うと呪術によって幸福に気が付き実際に幸福になったり呪術によって不幸に気付き不幸になると言う認識の転換力を持っていると言う事になるのではないですか?

114避難民のマジレスさん:2013/08/10(土) 08:28:26 ID:WL2yRwjAO
うん。確かに人のせいにしたけど「人のせいにした」と観察したからといって人のせいにする自分が消える訳ではないのでは?
淡々と人のせいにする狡い自分を見続けていれば、それは消えていくのか?

115避難民のマジレスさん:2013/08/10(土) 08:46:53 ID:OWFkcfvg0
自我を超越していないけれど、自分に不都合なことが起こったときに腹が立たない
術はありますか?そのあと嫌な気持ちになりますよね。
腹が立ってしまう自分を一切咎めずに見つめることでしょうか?腹が立つ、人にあたる
=ネガティブ、駄目、というイメージがあるので自己嫌悪になるのですが、腹が立っても
いいと思いますか?

116鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/10(土) 20:10:33 ID:kaXJvxhM0
>>112 おぬしが当っていると思えば当っているように見えるのじゃ。

 謙虚の反対は傲慢とか驕りではないかと思うがのう。
 それもおぬしがそう思うから自愛と見えるのじゃ。
 
 幸せになると傲慢になる者は元から傲慢で、幸せになるまで見せないように我慢してきたんじゃろう。
 金が無い時は他人に頭を下げて金儲けしていたが、金が出来ればもう傲慢の本性を現すのじゃ。
 優しくなる者は不幸だと他人に辛く当る者であったのじゃろう。
 不幸になれば叉他人に辛く当るかも知れん。
 良く観察してみるのじゃ。

>>113 自分がそう思っているだけなのは気づきではないのじゃ。
 ただの思い込みなのじゃ。
 それではカルト宗教の信者と同じなのじゃ。
 
>>114 観察が完全に行なわれ、気づきが起これば滅するのじゃ。
 それを体現しなければ観察は無意味なのじゃ。
 観察は厭離のためのものであるからのう。

117鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/10(土) 20:25:42 ID:kaXJvxhM0
>>115 悟りを得ていない者が怒りを完全に無くす事は無理じゃろう。
 しかし、観察によって囚われ無くなることは出来るのじゃ。

 自分に不都合なことが起こったとき、肉体や精神の動きを観察してみると良かろう。
 頭に血が上ったり、腹が暑くなったりといろいろな動きがあるじゃろう。
 それを観察できれば、怒りは己ではないものとして認識できるのじゃ。
 怒りに巻き込まれず、観察の対象として観る時、怒りは恐れるものではなくなるのじゃ。
 止めようとせずに始まりから終わりまで観察するが良いのじゃ。
 そうすれば怒りに囚われ無くなるじゃろう。

118避難民のマジレスさん:2013/08/11(日) 04:06:59 ID:OWFkcfvg0
>>117
ありがとうございます、やってみます。

119避難民のマジレスさん:2013/08/11(日) 07:29:07 ID:.9eIyNHw0
>>117
怒りを無くすことと、怒りに囚われなくなることは違うのでしょうか?
禅や悟った人の話でも、
怒りに囚われなくなることが大事で、怒り自体は無くならないというような言い方をする人も多いと思うのですが、
それは方便や言い方の問題ですか?
本当に悟ったら怒り自体なくなって、心に怒りは生じないのでしょうか?
それとも、対象に対する心の反応としてやはり怒りは怒りとして生じるのでしょうか?

120避難民のマジレスさん:2013/08/11(日) 08:23:52 ID:WL2yRwjAO
観察する自己にアイデンティティを持つと
単に受け身で消極的な人になってしまう。
何も起きない代わりに無感動な自分の人生の傍観者になってしまう
‥と観察している訳だが

121避難民のマジレスさん:2013/08/11(日) 08:36:11 ID:WL2yRwjAO
観察が完全に行われるとはどう言う事なのだろうか。

今、ベンチでリラックスしている自分がいる
でもそれって自分の全てではないよね
自分の一時的な「状態」でしかない。

つまり寝てるとか起きてるとかジャンプしたとか
それらはどこまでいっても自分の一時的な状態であって
全てではない
自分の全ての状態を観察しなくては悟れないとしたら人は死ぬまで悟れない。
少なくとも生きているうちは状態の変化は完了していないのだから
言うなれば、草花の芽の段階を見て全てを観察したとは言えないように
枯れ果てて実を付けて散るまでを見なくては全てを見たとは言えない。

122鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/11(日) 20:23:59 ID:kaXJvxhM0
>>118 そうじゃ、やってみるのじゃ。
 またおいでなさい。

>>119 違うのじゃ。
 修行者には完全に怒りを消す事は無理なのじゃ。
 それは自我の防御反応として在るからのう。

 自我をなくし、認識が無くなれば怒りも無くなるのじゃ。
 悟ればもはや怒りは生じることは無いが、意志によって怒りを起こす事も出来るのじゃ。
 
>>120 それで良いのじゃ。
 一切を捨てて無為になるのじゃ。

>>121 厭離が起こるまで観れば良いのじゃ。
 それが完全に観察が行われた事なのじゃ。
 観察の対象が己ではなく、己のものでも無いと気づくことなのじゃ。

123避難民のマジレスさん:2013/08/12(月) 07:04:22 ID:WL2yRwjAO
もし鬼和尚に嫁や子供がいたら彼らをどのように導きますか?

124素人A:2013/08/12(月) 10:53:48 ID:gOqWUDAs0
鬼和尚さん悟りを目指すひとは?この世では威張れない.なさけ無い体験ばかり
多くなり.家族やみんなの前では修行と現実使い分けるほど器用なら苦労はしないけど
多分悟りを目指す人とか目指される人は仏教(不器用)です空(から)なさけない眼にあう
のですか。私は少し器用だし僧じゃない徒は生きていけない。やくだたずは少しなさけない
けどため息もある師まあよいか。金もないしでも女のカーちゃんはしつかり者で助かって
いるかので文句も言えないか。みんなで良く使用とする現代社会は欲張りな社会で少し疲れる
わたしは中途半端でまあ良いか

125素人A:2013/08/12(月) 11:06:37 ID:gOqWUDAs0
もし器用なロボットの修行者がいたら.スイッチひとつで瞬間的に夢中三昧
であるときは凄い修行しあるときは社会欲が凄く.瞬間瞬間で過去関係なく
働くこれが正解なら人間はいったい何の勝ちがあるのだろう。ロボットが来る
未来は怖いのかそれとも歓迎するのか.でも損な物すぐ来て欲しく無い

126避難民のマジレスさん:2013/08/12(月) 18:52:38 ID:WL2yRwjAO
「無我になって一切(の我欲)を放棄すれば神(真我)が全てうまくやって(養って)くれる」とはよく聞くフレーズですが
真に受けて良いのですか?

127避難民のマジレスさん:2013/08/12(月) 19:01:30 ID:WL2yRwjAO
取り合えず私は全てを放棄しましたので上司に怒られても腹が立ちませんし、財布を落としても腹が立ちませんでした。

こんな調子で良いのでしょうか?

観察の行も放棄して神(真我?)に任せてるのですが
これでいいんでしょうか

荘子を読むと「虚心になろうと努力するものは虚心になってない」と言うフレーズもありますが。

ちなみに虚心になって性欲や食欲が生じた時も虚心に任せるべきなのでしょうか

煩悩即菩提??

128避難民のマジレスさん:2013/08/12(月) 19:01:32 ID:WL2yRwjAO
取り合えず私は全てを放棄しましたので上司に怒られても腹が立ちませんし、財布を落としても腹が立ちませんでした。

こんな調子で良いのでしょうか?

観察の行も放棄して神(真我?)に任せてるのですが
これでいいんでしょうか

荘子を読むと「虚心になろうと努力するものは虚心になってない」と言うフレーズもありますが。

ちなみに虚心になって性欲や食欲が生じた時も虚心に任せるべきなのでしょうか

煩悩即菩提??

129避難民のマジレスさん:2013/08/12(月) 19:39:45 ID:NpBkhqbI0
慈悲が生じるには何をすればいいですか?

慈悲とは何ですか? 慈悲でないものは何ですか?

無我の行為とそうでない行為を分けるのは何ですか?

130鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/12(月) 20:28:56 ID:kaXJvxhM0
>>123 先ずこの世が無常である事を教えるじゃろう。
 老病死が世間の法によっては逃れられない事を教え、その苦を滅する唯一の道として悟りの道に導くのじゃ。
 しかし、それでも修行したくないというならばそれも自由にさせるのじゃ。
 本人の自由な意志で修行しなければ意味が無いのじゃ。

>>124 威張らなくて良いのじゃ。
 実利を得た者はもはや威張る必要は無いのじゃ。
 何一つ実際に得たものが無い者が威張るのじゃ。
 苦を滅し安らぎを得る道に入れば、威張らなくとも安楽なのじゃ。

>>126 本当に無我になって一切を放棄したならば、上手くやらなければならない事などは一つもないのじゃ。
 己が無く、全てを放棄したならば世界が滅んでも何も感じないじゃろう。
 それを感知する己が無く、全ては捨ててしまったものであるからのう。
 
 神も真我も何一つしないじゃろう。
 無為は無為のままなのじゃ。

>>127 上司とか、金を持っていたら全てを放棄していないのじゃ。
 社会生活をしたままでは全てを放棄するのは無理じゃろう。
 何もせず何日も座っていなければならんからのう。
 食欲や性欲も捨てるのじゃ。
 それはむしろ普通の瞑想より難しいのじゃ。
 自我のある者は防御反応により全てを捨てきる事は困難であるからのう。

131鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/12(月) 20:33:07 ID:kaXJvxhM0
>>129 自分の心の内に慈悲があることを観るが良かろう。
 それは生じさせるものではなく、見出すものなのじゃ。
 慈悲とは他者を己と同じと観て、起こる感情なのじゃ。
 慈悲でないものは観念なのじゃ。
 無我の行為は己という観念が無い時に起こる行為なのじゃ。
 己という観念があって行う行為はそうでない行為なのじゃ。

132避難民のマジレスさん:2013/08/12(月) 21:49:06 ID:WL2yRwjAO
> 神も真我も何一つしないじゃろう。
> 無為は無為のままなのじゃ。


だったら無為ってただの無為じゃん笑
何の為にそれを至高の価値みたいに喧伝する訳よ
仏教徒は
鬼和尚も何の為に修行をすすめているのだ
何の価値も無いのならば

133避難民のマジレスさん:2013/08/12(月) 23:02:23 ID:RqjHb0Jg0
天然海塩に含まれるにがりの害についてどう思いますか
甲田療法の甲田さんはなんとも平凡な寿命で召されました
甲田療法は西式に天然塩と生玄米、豆腐を許可したものです
寿命=健康とは言いませんが、にがりが甲田さんを天国に送ったんじゃないかと思っています

ゲルソン療法や西式は塩を一切使いませんが、塩分なしで生きられるものなんでしょうか

134避難民のマジレスさん:2013/08/12(月) 23:10:38 ID:IQSEMtG60
>>131
>慈悲とは他者を己と同じと観て、起こる感情なのじゃ。
>無我の行為は己という観念が無い時に起こる行為なのじゃ。

前に鬼和尚が2ちゃんねるやブログをやってるのは「慈悲の心からだ」と
どこかに書いてたのを見たけど、自称悟り人の鬼和尚は無我なのに
何で他者を己と同じと観て起こる「慈悲」という感情が有るの?
己という観念が無ければ他者も無いんじゃ無いの?
何か矛盾してない?

お得意の「悟ったら自由自在なのじゃ」という説明じゃ無く、論理的に説明して欲しい。

135素人:2013/08/13(火) 06:04:22 ID:5gRpJg6o0
鬼さんありがとう。威張るための悟り?損な物は無い鴨

136避難民のマジレスさん:2013/08/13(火) 06:22:04 ID:OWFkcfvg0
キリスト教ではありませんが、古い人を脱ぎ捨てて新しい人を着なさい、という比喩がありますよね。
この表現も自我側からで厳密には間違っていますが、古い人(自我、認識)を徹底的に滅する、それは
最初からなかった、無為、無意味、幻想、。
では鬼和尚さんが言うすでにそうであった永遠の意識、全ては一つであったということが分かる実感、
不死、これは何でしょう?古い人とは全く関係ない、自我が認識するものを超えたところでこういう一体の
不死の霊としての体験をした者たちが、自我の認識の範疇で様々な言葉を使って表現していますよね。

神、真我、宇宙意識、鬼和尚さんのような表現、口では言えない、などなど、それらの表現は確かに自我
の認識内の言葉であり、その体験をしたからといって自我の認識が完全に滅されていなければ悟ったとは
言えないでしょうが、それ自体は全て同一ではないでしょうか。鬼和尚さんが体験したものとも同じで。それが
無、とはいえないはずです。
自我では認識できないし、自我に帰ってきたときにそれらを言葉で表そうとすることも無でしょう。
でも古い人はいない、無、で終わりではないのではないでしょうか?

137避難民のマジレスさん:2013/08/13(火) 07:10:25 ID:WL2yRwjAO
普通に社会生活を送っている人がちゃんとした社会生活を営みつつ夫婦関係も円満で子供もちゃんと育てつつ悟る事は出来ないのでしょうか

138136:2013/08/13(火) 12:45:49 ID:OWFkcfvg0
などなどの他の表現(愛、真の自己、キリスト意識、仏陀意識、神の国、御霊、スピリット、復活、覚醒、ワンネス他)

139避難民のマジレスさん:2013/08/13(火) 17:55:18 ID:WL2yRwjAO
絶望している人が立ち直る法話をお願いします。

140避難民のマジレスさん:2013/08/13(火) 18:11:38 ID:WL2yRwjAO
学生の時に身体の病気になってからだと思いますがにエネルギーが湧いてこず、頭にもやがかかっているような感じが続いています。
座禅を組んだりしてメンタルトレーニングをするのですが
メンタルと言うよりホルモン分泌の原因じゃないかと言う気もします。
気功とか正座とか横臥療法とか色々やりましたが
そんなにパワフルには動けない自分に気が付きました。
年金受給が出来る程の障害ではないですし
苦しくとも働かなくてはなりません

こう言う弱い心や身体でも悟りは開けるものですか

パワフルに働けるようになりますか?

141避難民のマジレスさん:2013/08/13(火) 18:40:32 ID:RqjHb0Jg0
http://sai.way-nifty.com/sainews/2006/07/post_cf57.html

こちらのサイババのガーヤトリーマントラ108回がすさまじい浄化力と聞きました
鬼和尚さんは何か感じますか?

142鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/13(火) 20:52:15 ID:kaXJvxhM0
>>132 そのように至高の価値とか考えて心身を労している者に、安心を与えるのじゃ。

>>133 摂り過ぎればやはり害があるじゃろう。
 天然のものであるから全て体に良いとは限らないからのう。
 毒草も毒魚も天然のものなのじゃ。

 塩分も体には必要なのじゃ。
 特に夏には塩がなければ熱中症になったりするのじゃ。
 昔は冷蔵庫が無い故に、何でも塩漬けにしていて、塩の摂取量が多かった故に、塩抜きの健康法が正しかったのじゃろう。
 必要な量の塩がなければやはり健康には悪いのじゃ。

>>134 それを聞いた者には自我がある故に、他者と己があると説かれるのじゃ。
 
 わしには自我は無いが、おぬしにはある故に、他己によって慈悲が生じるのじゃ。
 例えばおぬしが孤独に泣くとき、わしの身にも慈悲が生じるのじゃ。
 
>>135 どういたしまして、またおいでなさい。

143鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/13(火) 21:07:48 ID:kaXJvxhM0
>>136 わしも永遠の意識とか不死の境地とか言っているが、それについてあまり言葉を重ねると、勘違いする者が出て来るのじゃ
 瞑想中に光が見えたりすると、それがワンネスであるとか、キリスト意識であるとか、幻想に名前をつけて、自らを悟ったと思う者が出る故に、無為によって現すのが良いのじゃ。
 一切を無によって定義すればそのような幻想も否定できるのじゃ。

>>137 悟りを得ることは出来るじゃろう。
 しかし本当に全てを捨ててしまうかもしれん。
 お釈迦様も妻子を捨ててしまったからのう。

>>140 過去に病気をしたから自分は体が弱いとか思っていると弱いままじゃろう。
 薬を飲みつづけているとか、通じが悪いとか肉体にも原因があるかも知れん。
 完全に治ったならば肉体も力が湧くじゃろう。

 真摯に求めれば生きている限り悟りは得られるじゃろう。

>>141 そのように信じている者にしか効かないのじゃ。
 信じていない者にはただの雑音なのじゃ。

144鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/13(火) 21:36:02 ID:kaXJvxhM0
>>139 絶望とは望みが絶たれると書くのじゃ。
 今まで望んでいた事が絶たれてなくなる事なのじゃ。

 それはむしろ良い事なのじゃ。
 この世に望みがなくなれば、世間を出る法に入るしかないからのう。

 お釈迦様も老病死から逃れられぬ世間に絶望し、悟りを求める事にしたのじゃ。
 絶望こそ真の希望への門なのじゃ。

 悟りを得たいと思う者も、その多くは実は自分が変わりたくないと思っているものじゃ。
 今の状態に執着して変わりたくないと思っているから悟りに至らないのじゃ。

 自分や世間に心の底から絶望すれば、変わらなければならなくなるじゃろう。
 全てを捨てて変容を起こす事を自分に許すのが、絶望という状況なのじゃ。

 絶望したならばそれこそが真の安楽への門であると知るが良いのじゃ。

145避難民のマジレスさん:2013/08/13(火) 22:05:20 ID:IQSEMtG60
>>142
>わしには自我は無いが、おぬしにはある故に、他己によって慈悲が生じるのじゃ。
>例えばおぬしが孤独に泣くとき、わしの身にも慈悲が生じるのじゃ。

まさか悟ったら自他の区別が無くなるから、俺が辛いと慈悲が生じるなんて屁理屈じゃ無いよね?
その前に「他己」って何?

146避難民のマジレスさん:2013/08/14(水) 12:55:34 ID:/WvOIqOE0
鬼和尚さん、魔境について教えてください。よろしくお願いします。

147避難民のマジレスさん:2013/08/14(水) 15:10:48 ID:QxXz3qpI0
鬼和尚さんって仕事休みの日は何して過ごしてるんですか?

148避難民のマジレスさん:2013/08/14(水) 16:01:30 ID:RqjHb0Jg0
>>143
>そのように信じている者にしか効かないのじゃ。
 信じていない者にはただの雑音なのじゃ。

チャクラが開いてる人ほど感じませんがなんか揺さぶられたのでしばらく聞きます
こっちの状態によってはまったくの雑音になるのはよく分かります


私は悟りに対してあまり魅力を感じずただ幸せになりたいのですが
幸せを目指すなら魂の成熟は切り離せないものでしょうか
中学生のとき虚無地獄に堕ちてから少し回復したものの、暗闇を見ないように蓋をしているような感じです
苦しみのあまり精神的なことに興味を持ちましたが、どうも私は転生回数がそれほど多くない若い魂のようです
未熟な魂が飛び級を狙っているような無理やりさがあります
まだ俗世のおもちゃを追いかけたほうがいいでしょうか

149避難民のマジレスさん:2013/08/14(水) 19:11:22 ID:WL2yRwjAO
法話おぬがいします

150避難民のマジレスさん:2013/08/14(水) 19:49:05 ID:rlkvsvSM0
鬼和尚さま
悟るときには呼吸が停止するといいますが本当ですか?
実際、集中が進んだり心が静まってくると呼吸が自分でわからないくらい微細になっていきますが、
呼吸が停止するというのは本当に停止するのですか?
それとも、微細すぎてわからなくなるというだけのことですか?
呼吸の停止についておしえていただけますか?

151鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/14(水) 20:53:22 ID:kaXJvxhM0
>>145 それはもはや理屈ではないのじゃ。
 愛とか慈悲がどのような秤や論理で測れるじゃろうか?

 言葉の意味は他者なのじゃ。
 しかし、己があるとと思っている他人とも言えるのじゃ。

>>147 人について勉強しているのじゃ。
 特に人の心を研究しているのじゃ。
 人は心によって人となるものであるからのう。

>>148 魂の成熟とか、転生回数などは意味がないのじゃ。
 今精神を集中し、苦を滅したならば安楽になるじゃろう。
 それが真のお釈迦様の教えなのじゃ。
 わしのブログを参考に試してみたら良いのじゃ。

152鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/14(水) 20:56:10 ID:kaXJvxhM0
>>150 それはサマーディに入った時の事じゃろう。
 元々強い集中状態のときに人は自然に呼吸を止めるのじゃ。
 死なない程度に数分間止まるだけなのじゃ。
 実際に数息観などの集中の瞑想をしていればそのうち止まるのじゃ。
 その時、思考も止まれ無我になるのじゃ。
 それがサマーディなのじゃ。

153鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/14(水) 21:21:52 ID:kaXJvxhM0
>>146>>149 魔とは悟りの障害になることを言うのじゃ。
 お釈迦様が見たような人の形をした魔がいつも現れる訳ではないのじゃ。

 人によっては全く魔が現れない事もあるのじゃ。
 マハリシには出てこなかったようにのう。
 それも死を超えたものを強く求める故に、魔が現れる暇もなかったからといえよう。

 そのように人によって出たり、出なかったりするのじゃ。
 悟りの障害になるのが魔である故に、今の人にはゲームとか、アイドルとかアニメとかが魔になる事もあるじゃろう。
 
 魔が現れるのは、人が未だこの世に何か執着を残しているからといえるのじや。
 何か悟りを得る事よりも強く執着しているものがあれば、それが魔になるのじゃ。

 悟りに近付けば、このまま一切を捨てて悟りを得るか、世間に戻るか、常に選択を迫られるものじゃ。
 何か心に執着する事があれば、それが魔となって、悟りよりもそれを選ぶように迫られるのじゃ。

 魔は執着を残す心より起こるとも言えるのじゃ。
 お釈迦様のように老病死によって本当に世間に絶望していたり、マハリシのように強く不死の境地を求めていたならば、魔もつけいる隙がないのじゃ。

 心に執着が残っているかどうか、自らの本心を良く観察し、魔を超えて悟りに至るが良いのじゃ。

154避難民のマジレスさん:2013/08/14(水) 23:23:49 ID:IQSEMtG60
>>151
>それはもはや理屈ではないのじゃ。
>愛とか慈悲がどのような秤や論理で測れるじゃろうか?

なら理屈で説明出来ないものは語らない方が良いと思うよ。

155避難民のマジレスさん:2013/08/15(木) 01:30:09 ID:RqjHb0Jg0
>>151
なるほど進化段階は関係ないんですね
今竹下雅敏氏のどの段階でも悟れるというタイムリーな動画を見てきました
というと、悟っているとはつまりどういうことなんでしょう
悟った猫とお釈迦様の違いとは?

156避難民のマジレスさん:2013/08/15(木) 06:41:11 ID:WL2yRwjAO
 心に執着が残っているかどうか、自らの本心を良く観察し、魔を超えて悟りに至るが良いのじゃ。


どうやって執着を取り除けばいいのですか?

157避難民のマジレスさん:2013/08/15(木) 13:30:08 ID:/WvOIqOE0
>>153
ありがとうございます。

自分は絶望が深いわけでもなく、不死を願うわけでもなく、ただ真理を知りたい
というだけなので、魔に邪魔されそうですね。でもそれも一興かなと思ってしまう^^

158避難民のマジレスさん:2013/08/15(木) 18:43:28 ID:WL2yRwjAO
目の覚めるような法話たのむ

159避難民のマジレスさん:2013/08/15(木) 19:40:08 ID:rlkvsvSM0
>>152
悟りに至るには集中も大切ですが集中より観察が重要なのですよね
ただ心などの深いところを観察しようとすると集中して呼吸も少なくなり、
頭の中があやふやというか、自分が何をしてるのかよくわからなくなってしまいます
それは観察(集中)の仕方がよくないということでしょうか?
観察は対象に軽くふれるくらいでとも聞きますが、でき得る限り集中すべきですか?
それとも自分が何をしているのか明晰なくらいで行うべきでしょうか?
観察の仕方についておしえていただけますか?

160鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/15(木) 20:29:46 ID:PAHPUIz60
>>154 おぬしが聞くから答えるのじゃ。
 聞かなければ話さないのじゃ。
 
>>155 悟っているとは自我を滅し、認識をも滅した状態なのじゃ。
 悟ってしまえば何も違いは無いのじゃ。
 猫が悟れるかどうかは別にしてのう。

>>157 それでも良いのじゃ。
 真理を知りたいという要求によっても悟りに至る事はあるじゃろう。
 またおいでなさい。

161鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/15(木) 21:13:50 ID:kaXJvxhM0
>>156>>158  結婚とか恋人とか、世の中では当然と思われている事も、実は現実的ではない幻想でしかなかったりするのじゃ。
 人は結婚したり恋人同士になる時、永遠に一緒だとか誓いをしたりするが、この世ではそれはありえないのじゃ。

 無常という法則のあるこの世では、死や別離が何時かは訪れ、別れてしまうしかないのじゃ。
 それが真の現実なのじゃ。

 苦の多い世の中を忘れるため、幻想に浸っていると、そのような事も眼に入らなくなってしまうものじゃ。
 結婚も恋愛も創られた幻想なのじゃ。

 例えば目覚し時計をかけて、朝に起きなければならない者が、寝ぼけて永遠に寝ていられるとか思っているようなものじゃ。
何時かは鳴る時計を忘れ、ずうっと寝ていられると思っても、実際には時計が鳴って起きなくてはならなくなるじゃろう。
 
 老病死という苦のある現実の世では、肉体を持つ二人の者が永遠に一緒にいられるという事はないのじゃ。
 そのように無常であり、死と言う時間の限界があるという事を知れば、執着も消えていくじゃろう。

 ただ一時しか持つ事が出来ない物に、囚われれば苦が起きるじゃろう。
 それを何度でも観察し、囚われを厭離出来れば、苦もまた滅するのじゃ。

 執着があれば、それを手に入れたいという欲が起こり、得られなければ苦が起こる。
 執着が無ければ、それを手に入れたいという欲が無く、得られないという苦も無いと、観察を繰り返すならば、執着も苦も共に滅するのじゃ。

 その苦の連鎖が己ではなく、己のものでもないと気づきが起こる故に、厭離も起こるのじゃ。
 そのようにして幻想から起こる執着を乗り越えるのじゃ。

162避難民のマジレスさん:2013/08/16(金) 00:39:27 ID:RqjHb0Jg0
聖書では、この世では自分を幼子のように低くしなさいとあります
ブッダは生まれてすぐ天上天下唯我独尊と言いました

どっちや

163避難民のマジレスさん:2013/08/16(金) 09:51:03 ID:OWFkcfvg0
どうしたら肉体を全くの無意味と見做せますか?老病死、全部身体ですよね。
昔から身体とうまくなじめず、肉体同一性障害と言ってもいいほどよく恐れたり、間違った扱いをしてきました。
死ぬのが怖いのではなく、自分ではどうにもならない物質というものに翻弄されて制限されている状態に徒労
というか空しさ、恐れを感じ、何かあったときにもじゃあ直せばいい、というふうに単純に考えられなかった。

肉体の恐れを感じたとき、よく闘病記やひどい残酷な状態の体、奇病やグロテスクな画像までとことん見てしまう
ときがあります。自分はこうではない、ではなくこうでないのは偶然でしかない、という点でどんな体でもそれと表裏
一体であり、とてつもない状態の身体でさえ、真逆のとても美しい身体でさえ、全く無意味と見做せなければ、解放
されないという心理からだと思います。

最初はぎょっとしたり、ショックを受けたり感情を動かされましたが、今はそうでもない、でも自分がそのような体に実際
なったとしたら、翻弄されるに違いなく。どう観察していけば解放されると思いますか?

164避難民のマジレスさん:2013/08/16(金) 18:05:20 ID:WL2yRwjAO
鬼和尚にはなんかこう悟りきった人間の凄みみたいなものを見せて欲しい

今の所、いい人だけど普通だ。

165避難民のマジレスさん:2013/08/16(金) 20:04:08 ID:WL2yRwjAO
鬼和尚に質問

陰陽道とかはマジで力がありますか?

お盆には実際に霊がやってきたりかえったりしますか?

166鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/16(金) 20:27:04 ID:PAHPUIz60
>>159 集中して行なうのじゃ。
 そのために集中の行があるのじゃ。
 集中力があれば心の奥でも自分が何をしているかわかるようになるじゃろう。
 集中の行は思考や感情などの表面的な意識より、深い所にある意識に気づかせ、コントロールできるようにするものなのじゃ。
 行えば多くの事に気づくじゃろう。
 
>>162 仏陀は聖書に従わないのじゃ。
 自分が自分の主であるからのう。
 神や他の人間の奴隷になることは無いのじゃ。

>>163 肉体をよく観察すると良かろう。
 手や足を観察し、それが無くなってもおぬしは無くならないと観るのじゃ。
 それらは何かを持ったり歩いたりする道具であり、おぬしではなく、おぬしのものでもないと観るのじゃ。
 同じように肉体の他の部分も観ていき、脳さえも思考したり、認識したりする道具であると観れば、肉体に囚われ無くなるじゃろう。

 或いは叉肉体は全て空であり、あるでもなく無いでもない、幻想であると想うのじゃ。
 増えもせず、減りもせず、ただ食物によって維持され、無くなれば消えてしまう煙のようなものと念じるのじゃ。
 般若心経などを参考にするのじゃ。
 そのように念じても囚われは消えるじゃろう。
 試してみるのじゃ。

167避難民のマジレスさん:2013/08/16(金) 20:30:58 ID:WL2yRwjAO
どうやったら心を無意味と見ることが出来ますか?

168鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/16(金) 20:38:45 ID:kaXJvxhM0
>>164 おぬしがもっと学べば見えるじゃろう。
 人間は自分が見て来たものしか見えず、知っているものしか見つけられないのであるからのう。
 
>>165 おぬしが信じれば、おぬしには力がある事になるのじゃ。
 信じなければ無力なのじゃ。

 やって来ないのじゃ。
 なぜなら死者は既におぬしのうしろにいるからのう。

169避難民のマジレスさん:2013/08/16(金) 20:46:40 ID:WL2yRwjAO
後ろに居るんですか?
どういう意味ですか

170避難民のマジレスさん:2013/08/16(金) 21:15:23 ID:IQSEMtG60
>>160
2ちゃんやブログをやってるのは「慈悲の心からじゃ」と言ってのはあんただよ。
俺が聞いた訳じゃない。

171避難民のマジレスさん:2013/08/16(金) 21:41:26 ID:RqjHb0Jg0
育った世間の価値観からか日本の高齢の女性は自分を低く見積もっているようだけど
もっとブッダを見習って唯我独尊でいたほうがいいですかね?
それとも自我のない余裕で一歩引けるんでしょうか

肉体の苦しみがどうしても剥がれないのですが
鬼和尚さんは風邪をひいても下痢をしても苦しみを感じないんですか?
肉体の苦しみも観察でどっかいくんでしょうか
私は観察どころではなくなります

172避難民のマジレスさん:2013/08/17(土) 06:54:38 ID:WL2yRwjAO
現代教育を受けたせいか神や仏や呪術や幽霊をイマイチ信じられません。
しかし意外とそれらを信じている人の方が精神が安定していて、パワフルな気がします。
どうやったら鉄のような信仰を持てるのでしょうか

173素人A:2013/08/17(土) 08:49:41 ID:gOqWUDAs0
鬼和尚さん孤独な今此処の周りで妄想で踊りまくっているのですか
妄想の踊りがなきゃ孤独な一人の人だけ.妄想も仲間だと思えば弧独
では無い.夢も真実も一の如し鴨.色々な矛盾があつてもまあ良い今
文句も癒えるし何かわからんでももうそうなつているしあーだこうだ
今は無責任力もある真面目力が不足してもいないか適当にがんばれ

174避難民のマジレスさん:2013/08/17(土) 18:42:23 ID:WL2yRwjAO
悟りを開いたあとやることがなくて退屈じゃないですか?

175避難民のマジレスさん:2013/08/17(土) 19:49:25 ID:WL2yRwjAO
座禅中自我を見るのは難しくないですか?
日常の生きた場面の中に置かれないと自我は活動しないと思います。

176避難民のマジレスさん:2013/08/17(土) 20:03:23 ID:1SL.5rBI0
鬼和尚さま
観察するということがいまひとつわかりません
観察するということは、観察している自分も観察するということですよね
観察する自分を観察する自分を観察する自分を観察……と、
どうどうめぐりになって、観察されること、観察することが何なのか、よくわからなくなって、
何が観察なのかもよくわからなってしまうのですが
うまく観察できないうちは、いまの自分の状態に気づき続けるだけでもいいのでしょうか?
自分に生じることを次々と気づいていくのがいいでしょうか?
それとも、他の事を中断して、自分に起きたひとつのことを徹底的に観察するのがいいでしょうか?
観察のしかたを少しくわしくおしえていただけますか?

177鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/17(土) 20:51:18 ID:kaXJvxhM0
>>169 そのままの意味じゃ。
 死人はどこか別の国に行って、帰って来たりするのではないのじゃ。
 生きている者と同じ所に居るのじゃ。

>>170 慈悲の心の故にこうして答えているのじゃ。
 今聞いているのじゃ。

>>171 日頃から観察したり、空と観ていると肉体への囚われも無くなって行くのじゃ。
 それは生来のものではなく、長い間に積み上げた心の習慣によるものなのじゃ。
 ヨーガの行者のように心を集中すれば、でかい針を刺しても平気なようになるのじゃ。

>>172 現代の者も科学と言う信仰をもっているのじゃ。
 この薬を飲むと科学的に効果があると聞くと、本当に聞いたりするのじゃ。
 瞑想は科学的にメラトニンが出て心が落ち着くと証明されているのじゃ。
 やってみるとよかろう。
 
>>173 瞑想を実践していれば妄想も去るじゃろう。
 科学的に証明されているからのう。
 実践が全てじゃ。

178鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/17(土) 21:04:11 ID:kaXJvxhM0
>>174 2ちゃんねるに書き込むのが忙しいのじゃ。

>>175 見るという行為によっても自我は起こるじゃろう。
 見る主体があると言う観念により、自我が投射されるのじゃ。
 それを観ると良かろう。

>>176 そのような無限回帰は修行者が良く陥るものじゃ。
 しかし、実際には自分を見ておらず、見たと言う記憶を次々に見ているだけなのじゃ。
 それも自我を形成する働きであるがのう。
 自分ではなく、見たという行いによって生じた主体という観念に、自我を投射しているだけであると気づけば、自我は厭離されるのじゃ。

 観察がどのようなものなのかわからなくなったら、基本に戻るのじゃ。
 自分の手を観察していた時のように、対象に集中し、冷静に観察するのじゃ。
 無理にそれを見る自分を観察しようとせず、全体の動きを眺めるが良いのじゃ。
 数息観をしていた時のように、心の働きを止めたり、動かそうとせずに、流れて行く川を眺めるように今ここにあるものだけを観察するのじゃ。

179避難民のマジレスさん:2013/08/17(土) 21:14:45 ID:WL2yRwjAO
>>169 そのままの意味じゃ。
 死人はどこか別の国に行って、帰って来たりするのではないのじゃ。
 生きている者と同じ所に居るのじゃ。


どういうこと?
ぼやかさないでもっとわかりやすく詳しく説明してよ
ドラクエや団体旅行みたいにずらーっと先祖がついて歩いてるの?
プライバシーはどうなってんだよ

180避難民のマジレスさん:2013/08/17(土) 21:55:03 ID:OWFkcfvg0
>>166
非常に難しいです。私たちは最低限、人間である、というアイデンティティに同一していないと
狂ってしまうのではないでしょうか。(人間、肉体である限り、一時的ではない悟りとはそれほど難しい
ことに思えます。)
奇形児など、これは人間ではない、という線を超えれば生かされない命もあるんですよね?
その人間の本質とはなんだったんでしょうか?。肉体も意識も、人間として認められる状態でなければ。

自分が手も足も顔もない、一見何だかわからない、でも生きている、意識も低下し、コミュニケーションも
外界との接触も断たれる、そこまで想像してみたことは何度もありますが、それでも残るものがそれこそ
悟りの状態でしょう。人間を超えている。人間としてのアイデンティティ確認を必要としない。その物理的な
状態が何十年も続いたとして悟りをキープする事が出来る人がいるのか疑ってしまいます。上で言う魔とは
私にとってはこの肉体を超えられるのか?という疑いのような気もします。
やはり自分の状態を確認してしまう自我、恐れが出ると思います。強い幻想への拘束だと思います、肉体は。
でも鬼和尚さんの言うようにやってみます。

181避難民のマジレスさん:2013/08/17(土) 22:15:29 ID:OWFkcfvg0
悟りとは、人間ではない、ということでもあると思います。
人間、個としての枠組みを全部解体しないといけない。それはかなり凄い事のような気がします。

182避難民のマジレスさん:2013/08/17(土) 22:31:19 ID:1SL.5rBI0
>>178
観察についてのお話ありがとうございました
そのようにやっていってみます

ところで、鬼和尚さまがたびたび話している認識を滅するというのはどういうようなことかおしえてください
認識とは、認識を滅するとは、どのようなことを指しているのでしょうか?

183避難民のマジレスさん:2013/08/18(日) 08:37:21 ID:IQSEMtG60
>>177
お得意の堂々巡りが始まったな。
なら、
>愛とか慈悲がどのような秤や論理で測れるじゃろうか?
じゃ無くて、「自分には論理的に説明することが出来ないのじゃ。
論理的に説明出来ない言葉を使って申し訳ないのじゃ。」
とでも言えよ。

184避難民のマジレスさん:2013/08/18(日) 12:41:28 ID:WL2yRwjAO
悟り開くと伝道マシーンになっちゃうんじゃないの?全人類が鬼和尚みたいになっちゃったら
新幹線とか運行しなくなっちゃうんじゃねーか?
本当に悟りっていいことなんでしょうか

185避難民のマジレスさん:2013/08/18(日) 15:28:43 ID:LC3de7YgO
鬼和尚様、
五感に対する反応として、記憶に基づく思考が幻想を生じさせ、自我を形成維持しようとするので、観察により幻想を幻想と見極めると言うことが止観の行の目的であると言う理解でよいのでしょうか。

186避難民のマジレスさん:2013/08/18(日) 17:55:18 ID:WL2yRwjAO
自我が滅却されるとそれに応じて性欲や食欲も消滅するのですか?

187避難民のマジレスさん:2013/08/18(日) 19:23:49 ID:RqjHb0Jg0
慈悲がなくなったらわしも消えるじゃろうと和尚さんは言ってました
自分のために存在するという感情は無いのですか?
存在そのものを賛美しなくなったらいったい存在の意義はなんでしょうか

悟りが苦しみの消滅なら、存在は苦しみの消滅を目指してがんばってると言えます
マイナスがやっとこさ0になったら存在意義がなくなるとは、もう最初から無の方がいいのではないでしょうか

188鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/18(日) 20:14:11 ID:kaXJvxhM0
>>179 生きている時と同じようにおぬしと生活しているのじゃ。
 しかし、日中は無意識なのじゃ。
 夜になると夢の中でおぬしも会ったりしているのじゃ。
 先祖はもうどこかに行ったのじゃ。

>>180>>181 狂ったりはしないのじゃ。
 むしろ幻想でしかない観念を己と想っている人間が狂って居るといえるのじゃ。
 その幻想から覚めて正気になるのが悟りといえるのじゃ。
 恐れずに試してみるのじゃ。

>>182 記憶に依存している認識が、その習慣から抜け出し本来の認識に戻る事なのじゃ。
 本来の認識は知覚がそのまま認識されるのじゃ。
 それが如実知見と言われるのじゃ。
 認識が記憶に依存していると、知覚したことを一度記憶の中の物事と照会し、現実より記憶の中のものを観てしまうようになるのじゃ。
 それが記憶と観念に依存した人間の状態なのじゃ。
 そこから抜け出すのが認識を滅する事なのじゃ。

>>183 すでに論理的に説明したがおぬしにはわからなかったようじゃのう。
 哀れな事じゃ。

>>184 良い事なのじゃ。
 全人類が悟れば新幹線も不要なのじゃ。
 欲に取り付かれて働きつづける事も無いからのう。

>>185 そのような理解でも良いのじゃ。
 後は実践あるのみじゃ。

>>186 無くなるじゃろう。
 おぬしが人に教えるために生きたいとか、子孫を残したいとか想えば起こす事は出来るじゃろう。
 自在なのじゃ。

189鬼和尚 ◆GBl7rog7bM:2013/08/18(日) 20:17:26 ID:kaXJvxhM0
>>187 最初から意義は無いのじゃ。
 それは人が考え出した仮設された観念に過ぎないものじゃ。
 何の意義も無く草は生え、花は咲くのじゃ。
 人も居ない山奥でも同じように営みは続けられるじゃろう。
 人の考える意義などは無意味な観念に過ぎないのじゃ。

190避難民のマジレスさん:2013/08/18(日) 22:25:50 ID:QxXz3qpI0
鬼和尚って基本的に何でもしっかり答えちゃうし尊敬してたけど、
ちょっと相手が煽りっぽいレスすると、微妙に煽りっぽいレス返すよね。
哀れなことじゃ、とか他の礼儀正しい相手には言わないもんね。
感情が入っちゃってる証拠。

191避難民のマジレスさん:2013/08/18(日) 23:33:34 ID:RqjHb0Jg0
>>189
簡単に言うと悟った人である鬼和尚さんのご気分を伺いたいのです
英語でエンライトメントだからやっぱり明るくて軽い気分ですか?

悟りに興味があるほとんどの人が持っている
「苦しみから逃れたい、でも人生が味気なくなるのではないか」という不安があると思います
今の私の悟りへの印象としては、苦しみも無いけど楽しみも無いというもので、目標とするにはわけが分からない上に魅力に欠けます
「悟りって最高の気分だよ」と言って欲しいのです

192避難民のマジレスさん:2013/08/19(月) 02:12:59 ID:LC3de7YgO
鬼和尚様、
観察して、幻想を見極め、如実知見を得ることが悟りを得ることであるとするのであれば、もしかしたら悟ることは誰にでも可能なことのような気がします。
幻想を幻想と見極めるのが難しいのか…頑張ろう!!

193避難民のマジレスさん:2013/08/19(月) 06:15:12 ID:WL2yRwjAO
>>179 生きている時と同じようにおぬしと生活しているのじゃ。
 しかし、日中は無意識なのじゃ。
 夜になると夢の中でおぬしも会ったりしているのじゃ。
 

と言うことは俺らも死んだら、この世で暫く生活するの?
つまり俗に言う幽霊だわね
大体どれくらいの期間そんな状態でいる訳ですか?
天国や地獄は無いのですか?
お釈迦様やイエス様とかが迎えに来ることもあるのでしょうか
悟りを開いた人の魂はどうなるのですか?
生まれたばかりの赤ん坊とかに憑依するとまたこの世に縛られる訳ですか?
すると自分の知り合いが自分の子供として生まれてきたりすることもあるのですか?
我々もそうやって再び生まれてきたのですか?
それは和尚さんが仏教に洗脳されているだけではないのですか?

194473:2013/08/19(月) 14:17:14 ID:rv7HtzzQ0
鬼和尚は相変わらず形式論ばかりで、相手の感情に対数共感が全くない。

自分自身の精神の働きに全く無自覚で、恥知らず、良心が欠落している。

しかし、宗教の論理的なエッセンスをうまくまとめて整理する能力は大したもの。
自分の心を知らず、他人の心を知らずでは、せっかく整理された理論も物の役には立たないけれど。

妙に単純化された形式的な仏教理論で自分の欲望を抑圧しており、それ故に自分の話を聞いてくれる人をどうしても必要とする。
あからさまな抑圧の姿だ。

>>190

突っ込んでいろいろ聞いたら精神病患者扱いされましたよ。
自分に反論する人は精神病患者だということにしないと、必死に抑圧してる自身の狂気に対面することになるからね。

195避難民のマジレスさん:2013/08/19(月) 14:25:44 ID:rv7HtzzQ0
>>190

テンプレみたいな形式論なら本読んだ方が早い。
彼の秘密は人並み外れて恥知らずということであり、理解してないことを確信を持って語る語る。

その分、文章が紋切り型の論理的なものになり、曖昧さ、愛情、気品、目覚め、それらを誘発させる方便の働きが消えてしまっているので
本当に原典を読んだ方がいい。

196避難民のマジレスさん:2013/08/19(月) 14:34:27 ID:IQSEMtG60
>>183
>すでに論理的に説明したがおぬしにはわからなかったようじゃのう。
>哀れな事じゃ。

ほう、相手に分からないような説明しか出来ない己の力量は無視するんだ。
本当に慈悲の心を持ってる人なら「哀れな事じゃ。」なんて言葉を吐くんじゃ無くて
理解できなかった相手にも次は分かるように説明の仕方変えたりするんじゃ無いの?

197避難民のマジレスさん:2013/08/19(月) 14:35:50 ID:IQSEMtG60
アンカーミス
>>196>>188

198避難民のマジレスさん:2013/08/19(月) 15:13:34 ID:rv7HtzzQ0
>>196

哀れとか言って人を見下さないではいられないぐらい、本人が自分自身を受け入れてないんです。
気の毒と言えば気の毒なのですが、あまり同情ができないのも確かです。

哀れむということは「お前は哀れだ」ということではありません。
口に出したら違うもの。

199避難民のマジレスさん:2013/08/19(月) 16:46:00 ID:rv7HtzzQ0
>>196

繰り返しのオウムですからな。
柔軟性が無い。

一見語彙が豊富なのだが、その豊富な中にパターンがある。

新しいものは生み出されない。
過去の言葉の繰り返し。

200避難民のマジレスさん:2013/08/19(月) 17:35:13 ID:RqjHb0Jg0
インドのカースト制についてはどう思いますか?
最下層にも入れない不可触民は人間扱いされず
特に女性には何をしてもいいということになっているようで
内臓破損するほどレイプされたあと生きたまま焼き殺されることがしょっちゅうだそうですが警察は関与しません

こういうのがまかり通る道理を説明してください
ガンジーはカースト制廃止の反対をしたそうですが、その理由はなんでしょう
不可触民の人は最終試験を受けに来た神ですか?

201避難民のマジレスさん:2013/08/19(月) 17:55:25 ID:WL2yRwjAO
死んだ人同士は会話をしたりするのですか?
死んだ後、修行したりする人もいるのでしょうか
極楽とか仏界、天界、阿修羅界とか餓鬼界とか地獄とかに行くこともあるのでしょうか


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