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科学と疑似科学とを判別する(2)

226diamonds8888x:2022/01/09(日) 17:00:00 ID:Qix9q/lA
>>225,>>220
【基準03-06の本質の話】
 「「Ent2を前提とする第2法則が「P∧¬P」に該当する」というKenさんの主張は世の中の誰も認めていないし[>>220]」については[>>195]も参照。

 私の主張といえば一貫して、「世間一般の正しい科学的方法」では基準01-06は守られるものだ、ということです。中でも基準03-06は推論は論理的に正しく行わねばならない、という当然のことばかり。実は基準02もそう。

 まず、以下の言葉にはKenさんは賛成でしょうか?

 「科学的推論や科学的議論は論理的でなくてはならない。」

 自身でたびたび似たようなことを書いていたようなので、言葉自体には賛成だと推察します。しかし、Kenさんの考える論理的という意味が「世間一般の正しい言葉の意味」とはずれているので、食い違いが起きているのです。具体的にどうはずれているのかは、私とてぶつかってみなければ
わからず、ぶつかっても理解しづらいので困惑しているというわけ。
 「世間一般の正しい言葉の意味」、つまり現在の自然科学者(いや社会科学でも歴史学でも心理学でも基本的に)の使う言葉の意味では、論理的とはいわゆる「正しい論理法則」に従って推論することとほぼ同義です。これは意識しなくても自然にそうなるもの。基準03-06は、まさにその「正しい論理法則」をそのまま表現しただけ。正しい論理に文句をつけるなんて、時たま顔をだしてたfnorderさんがあきれるのも無理はない。


 まず、「¬P∧P(P∧¬Pはありえない)」のような論理式または論理法則を「抽象的文言」「抽象的数式」のような一言で否定するという姿勢が、「世間一般の正しいアプローチ」とずれている点のひとつ。

 ベーコン以来の自然科学における「世間一般の正しいアプローチ」からすれば、自然科学や数学において正しいとされる理論や法則や定理や(なんなら公理でさえも)、試してみたら観測的に正しかったから正しい、のです。Kenさんの言うところの「一般化」とは別物であるような理論や法則や定理はないのです。

  ・四則演算が正しいのは、具体的物体などの個数の取り扱いで正しいことを一般化したものだから。
  ・論理法則が正しいのは、具体的推論において正しいことを一般化したものだから。

 以上のことは子供が数学や論理を学んだ頃を考えれば納得できるはず。体験的に正しいと納得できたから四則演算も論理法則も正しいと納得できたはず。
 個数の扱いでは四則演算は正しくても、1個が割れるとかで「いわば個数保存則」の前提が崩れたりして正しくなくなることもある、なんてのも体験的に納得してるはず。
 論理法則もベン図を見れば一目瞭然。そして論理法則とはあらゆる推論そのものに適用される法則なので、外れるような推論があったら・・・、それは「間違った推論」と認定されるよね?

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【学習の参考】
 論理法則の正しさを実感したかったら、簡単な啓蒙書はいくらでもあるから詠んで見ること。妥当な推論をするために必要な論理法則は限られているしね。
[ttps://blog.goo.ne.jp/diamonds8888x/e/4c5f6c6a7f50cae23239de011eb5ad0b]
 「論理体系の解剖-1.1- 妥当な推論法則」1〜3のグループの法則までが必要なもの。

 高校数学では年度によっては学んでいない人もいるみたい。公理論的方法の項目がなかった時期もあるので。
 [ttps://blog.goo.ne.jp/diamonds8888x/e/8184666a7f2e606f568b6839b69b938d]
「数学的実在とは-幾何学-4--原論と基礎論(2):エウクレイデス〜学校数学〜ヒルベルト」末尾を参照。

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*) 「論理はそれ自体正しい」という見方もあるし理解はする。いわゆるプラトン主義という見方。「論理は具体的観測より確実」という数学教科書、特に初等幾何学の初めにでてくるご宣託もある意味で、とてもとても正しいことも理解する。しかし経験主義を徹底する見方を取ると上記のようになり、一貫してくるので便利だよ。


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