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群馬県民スレPart2
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群馬の現状と将来分析。本音で語る。雇われ学者やマスコミや政治家やその他のお決まりの美辞麗句が空っ風にこだまするなか、その空しさや時間の無駄に嫌気がさしている者のスレである。
前スレ「群馬県民スレ」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/3750/1093944383/
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過去の実績から言っても、観光資源としての価値が低い古い安普請の建造物。それも一箇所にあるのではない。広い全域にポツンと点在する。将来の観光客、移住者を呼び込める筈がない。他に沢山やることが有るなか、何を確信して政策にするのか?お金を上からねだるための方策なのか。群馬の盲目的ナンセンスさ。内村鑑三の言葉を出さなくても、そのリーダーたちの県民気質が露呈されていて面白い。
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「絹の国」売り出せ 24市町村が遺産保存や再現
2014年1月1日(水) AM 07:00 上毛新聞
「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界文化遺産登録を見据え、県内24市町村が地元の絹関連遺産の再整備や活用に着手したり、構想していることが上毛新聞社の調査で分かった。「道の駅に養蚕家屋を再現」(玉村)、「地元絹遺産と製糸場を巡るツアーを企画・販売」(中之条)など、遺産群の構成資産を抱える4市町以外も独自のアイデアを練っている。「絹の国群馬」を売り出そうとする機運が全県的に高まっている。
県が登録を進める「ぐんま絹遺産」(現在78件)を活用する意向があるのは、登録のある22市町村のうち14市町村。沼田は薄根の大クワ周辺の木道整備を検討し、安中は碓氷峠鉄道施設などのボランティアガイドを養成する。南牧は民俗資料館の改修を予定し、甘楽はれんが造り倉庫での蚕の飼育展示など絹関連の展示を充実させたい考えだ。
登録外の関連遺産についても12市町村が活用を検討する。高崎は「旧新町の屑糸紡績所」の文化財指定、甘楽は「小幡城下町」の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)への選定を目指して取り組みを強化。片品は「穴観音」「蚕稲荷神社」などをぐんま絹遺産に登録したい考え。
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伝統を伝家の宝刀とし、今の世代ばかりか、次世代の子供たちをも犠牲にすることになんの疑問をもたない。その市の役人たちの姿勢。人口が激減し、将来のない地方によくみられる傲慢な政策がとても面白い。
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<扉を開く 富岡製糸場と絹遺産群> 地域の宝 次世代に伝承 【群馬】
2014年1月1日 東京中日
養蚕、製糸の技術革新で、日本の産業近代化に夜明けをもたらした「富岡製糸場と絹産業遺産群」。六月に、カタール・ドーハで開かれる国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会での世界文化遺産登録を目指す。世界に誇る絹産業遺産は、その歴史に「未来」をつむぐ新たな一ページを開くことができるか。
(大沢令、美細津仁志)
「多くの人が高山社に蚕の飼い方を教わったのはなぜだろう」
藤岡市藤岡の市立藤岡第一小学校(藤本晴信校長)で、昨年十一月に行われた四年生の社会科の授業。手作りのグラフや地図を示しながら、平岩賢(さとし)教諭(31)は問い掛けた。
「蚕の育て方に失敗が少なかったから」「藤岡は養蚕業が盛んだったから行きやすかったのでは」。子どもたちの活発な声が教室に響いた。
地元の高山社は、自然の通風と温度管理を調和させた蚕の飼育法「清温育」を全国に広めた。この日の授業は「清温育」を学んだ農家が全国に増え、高山社が発展した理由を考えさせた。平岩教諭は「世界遺産を目指す身近な文化財を教えるだけでなく、子どもたちの関心を高めて誇りを持たせたい」と話す。
「蚕の飼育法を広め、みんなを豊かにしようとした高山社の教育にも世界遺産の価値があるんですよ」。高山社跡を見学に訪れた同校の四年生に、ボランティアで解説を務める「高山社を考える会」副会長辺見芳英さん(72)は語りかけた。 夏休みの課題で高山社を取り上げた桜井優羽(ゆう)さん(10)は「世界遺産になってほしい。何を聞かれても答えられるように勉強したい」と声を弾ませた。
藤岡市教委は昨年四月から、小中学生が絹産業や高山社を系統的に学ぶ「高山社学」を始めた。小三の理科で蚕の飼育も体験する。
富岡製糸場がある富岡市も来年度、小中学校で始める「ふるさと学習」で製糸場見学などを計画している。
次代を担う子どもたちに、郷土のかけがえのない「宝」をどう伝えるのか。教育現場で模索が始まっている。
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それほど政府が絶賛するのだったら、なぜ日本政府が買い取り、国立の何らかの記念館にしないのか?技術革新・近代化を牽引したというのなら富岡市は資本も労働も集積し、日本の先端的自治体として、現在日本の屈指の産業工業の中心地になってよいものに。ところが現在の富岡市のみすぼらしさは、近代化とは大きくずれている。むしろ近代化という物差しでは大きく後退している。またなぜ絹産業遺跡群が、こうも広域に点在するのか。その絹製造過程の経済性や利点は何なのか説明して欲しいものだ。美辞麗句のなかに隠れる嘘や誇張。学者の肩書きを持った人物たちが少なからず遺産登録を推進しているが、学問的な正確さで議論するはずの学者は見当たらないのは何故か不思議である。
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「世界遺産」へ正念場 技術革新、近代化けん引 【群馬】
2014年1月1日 東京中日
世界遺産の登録を目指す富岡製糸場=富岡市で
「いかにも日本らしいエコロジカルなサイクルの中で、世界に通用する生糸という輸出産業を支えていたことが大変面白い」。昨年七月、富岡市の富岡製糸場などを視察した文化庁の青柳正規長官は感慨を込めた。
県内では、古くから養蚕が盛んだった。そこに芽吹いたのが「富岡製糸場と絹産業遺産群」だ。養蚕と製糸の技術革新で高品質の生糸の大量生産が可能になり、日本の産業発展に新たな扉を開いた。
核となる富岡製糸場は明治政府が一八七二年に設立した官営製糸場だ。主要施設が創業当時のまま、ほぼ完全に残されている。近代日本の黎明(れいめい)期を象徴する産業遺産だ。
岩の隙間から吹き出す冷風を利用した蚕種貯蔵施設で、多数回の養蚕を可能にした「荒船風穴」(下仁田町)や、通風を重視した蚕の飼育法を完成させた「田島弥平旧宅」(伊勢崎市)、養蚕教育機関「高山社」跡とともに「人類共有の財産」として認められるか。
最大の関門はユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス)が五月ごろに行う勧告。世界遺産の登録にふさわしいと勧告されれば、国内十四件目の世界文化遺産登録がほぼ確実だ。
県は国際的な認知度を高めようと、産業遺産の国内外の若手研究者を招いたシンポジウムを三月に開くなど機運を盛り上げる。
◆登録に向けた歩み
2003年8月 県が富岡製糸場を世界遺産にする研究プロジェクト開始を発表
06年11月 県と市町村が「富岡製糸場と絹産業遺産群」提案書を文化庁に提出
07年1月 文化庁が国内候補に選定(世界遺産暫定一覧表に追加記載)
13年1月 政府がユネスコへの推薦書提出を正式決定
9月 イコモスが現地調査
14年5月ごろ イコモスが勧告
6月 ユネスコ世界遺産委員会が登録の可否を決定
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高崎駅近くにある大きな土地。それが眠ってもう10年もの期間が経とうとしている。群馬の将来に、どれだけマイナスなことか。その愚策が半端ではないので笑ってしまう。
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高崎競馬場跡地計画で知事「全県的な推進体制を」
2014年1月1日(水) AM 07:00
大沢正明知事は2014年の年頭に当たり、県政の最重要課題や今後の展望について、上毛新聞社のインタビューに応じた。県議会で賛否が分かれる高崎競馬場跡地のコンベンション施設計画は、「オール群馬で取り組む姿勢ができたら、群馬は飛躍する」と述べ、党派や業界の垣根を越えて全県的な推進体制の構築を目指す考えを明らかにした。6月に世界文化遺産登録への可否が決まる「富岡製糸場と絹産業遺産群」をめぐっては、「必ず良い結果が出ると確信している」と自信を示した。
280億円の整備費用を投じ、17年度の利用開始を目指すコンベンション施設計画は107万人を見込む年間利用者や採算性を疑問視する声が上がっている。
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地域活性化として、なにも新しい試みではない。他地域や外国での成功例がいくつもみつかる。方向性としては将来への希望が持てると言っておこう。
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未来へ遺す(3) 夢膨らむ「赤」 あきづかワイン倶楽部【群馬】
2014年1月5日東京中日
できたての赤ワイン「あきづかの夢」を手にする(左)から斎藤豊さん、松井庄次郎さん、斎藤均さん=沼田市秋塚町で
沼田市の中山間地に広がる秋塚地区。沼田でも有数のブドウ産地で九つの観光農園が軒を並べる。「若者に魅力のある農業」を模索し、一九九二年に「秋塚ぶどう組合」が設立された当時、十九戸の小さな集落で九戸がブドウ栽培を始めた。栽培面積はいまは約四ヘクタールに及ぶ。
「新たな特産品として地元のワインをつくろう」。ブドウ栽培が軌道に乗る中で、ブドウ園主ら五人の仲間たちが二〇〇八年に立ち上げたのが、「あきづかワイン倶楽部(くらぶ)」だ。
メンバーは、山梨県笛吹市にあるブドウ栽培の研究所が開発した赤ワイン用の品種「富士の夢」を使ったワインづくりに挑戦。日本の野山に自生するヤマブドウとメルロー種を交配した品種で、最初は約七十アールを植え付けた。日本の風土に適し、病害にも強く、安定した生産が可能な品種とされる。
倶楽部は収穫したブドウを笛吹市内のワイナリーに醸造を委託し、「あきづかの夢」のブランド名で一〇年から製造・販売を始め、少しずつ知名度も上がってきている。一三年の収穫量は約三トンで、出来上がったばかりの約三千本の赤ワインを十二月十六日に持ち帰った。
「将来、自前のワイナリーを持ち、地元で生産したい。栽培面積も拡大して若手後継者を育て、秋塚のブドウ栽培を後世に伝えたい」。倶楽部の会長でブドウ園主の斎藤均さん(57)の夢は広がる。
メンバーの一人でブドウ園主の斎藤豊さん(48)も「ワイナリーと、ステーキやパスタなどを提供するおしゃれなレストランができれば、観光客や見学者も訪れるし、会のメンバーも増える」と期待する。当初からブドウ栽培の中心的なリーダーである松井庄次郎さん(69)は「濃厚でしっかりしたワイン。秋塚の限定品で、赤ワイン好きの人にはたまらない名酒。長年の夢がかなった」と胸を張る。
五年目を迎えた秋塚のワインづくりは本格的な生産に向け、順調に動きだしている。
(山岸隆)
<あきづかの夢> 国産ブドウ「富士の夢」を100%使用。1本の内容量は720ミリリットルで、希望小売価格は1本2500円、ケース販売は1ケース12本入りで2万4000円。沼田市内の飲食店5軒ほどでメニューとして扱っている。インターネット販売も。問い合わせは、「ゆたかぶどう園」=電090(4759)2248、「松井農産」=電0278(24)5916、「三ツ星ぶどう園」=電0278(24)5905=へ。
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高校は進学予備校、大学は就職予備校。どちらにしても目指すは高級取りの公務員か難関資格者か大企業サラリーマン。起業家精神は学歴主義信仰とは相反する。これが凡人の持論である。
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未来へ遺す(4) 「築地銀だこ」展開のホットランド【群馬】
2014年1月6日東京中日
12月29日で閉店した「ホット横丁石巻」=宮城県石巻市で
「大家さんのご厚意か、建物の外観は昔のまま残っています」
桐生市巴町の桐生郵便局東側にある小さな白い木造平屋。一九九〇〜九九年、「ホットランドやきそば」の店名で焼きそばとおにぎりを売っていた。
「商売の原点」。そう語るのが、人気たこ焼き店「築地銀だこ」を展開する「ホットランド」の佐瀬守男社長(51)だ。あこがれは、日本マクドナルドを創業した故藤田田氏だった。いつか「和のマクドナルド」をつくろうと、店長として朝から深夜まで働いた。
「若くて人の心を読む余裕もなかった」。手伝いの母和子さん(74)と意見が衝突するたび、「おまえと同じ人間はいない」と諭された。人の数だけ考え方がある。一代で全国チェーンを築いた佐瀬社長を支える金言だ。
築地市場で扱うような新鮮素材で、いつか銀座に店を持ちたい。「築地銀だこ」の名前にこんな思いを込めた。軽食の中でも季節を問わずに売れるたこ焼きに絞り、九七年三月、みどり市のアピタ笠懸店でスタート。外はパリッと、中はトロっとの食感が受け、国内外約四百店舗を数えるまでに成長した。
群馬発祥のたこ焼きは、二〇一一年の東日本大震災で被災した宮城県石巻市で喜ばれた。発生から約一カ月後に社員四十人とたこ焼きの炊き出しをした。同七月に市内でトレーラーを使った復興飲食店街「ホット横丁石巻」を開き、同十二月に桐生市の本社を石巻へ。約百人の雇用を生み納税でも一役買った。
復興支援の「千日プロジェクト」は昨年十二月末、本社の東京移転と横丁の閉店で幕を閉じた。桐生に横丁のトレーラーを戻し、災害時の出動に備える予定だ。イベントで活用し、桐生の観光振興にも役立てるという。
「さらに石巻のお役に立てるよう努力したい」と佐瀬社長。宮城大の協力を受け、石巻でたこ焼きの具材であるマダコの養殖実験を進めている。世界で養殖の成功例はない。水揚げ量の減少と価格上昇が続くマダコを自前で供給できれば、新たな産業も生まれ、より復興も進む―。
近畿大のマグロ養殖でさえ、成功まで三十年以上かかった。「何十年かかってもやり続ける覚悟です」。佐瀬社長の決意は固い。 (美細津仁志)
<佐瀬 守男(させ・もりお)氏> 1962年、桐生市生まれ。桐生南高、東京YMCA国際ホテル専門学校卒業。新商品開発が得意で「クロワッサンたい焼」は最近の自信作。趣味は群馬でのゴルフ。
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株式会社ホットランド代表取締役。
佐瀬守男(させ もりお)
1962年、群馬県桐生市生まれ。東京YMCA 国際ホテル専門学校卒業。焼きそばとおむすびの専門店「ホットランド」を創業し、1997年からたこ焼専門店「築地銀だこ」を全国に出店。海外進出も果たす。近年、たこ焼とお酒が楽しめる立ち飲みスタイルの「築地銀だこハイボール酒場」や、若者向けに手頃な価格で斬新なメニューを取り揃えた「THE GINDACO」も展開。2003年、第14回ニュービジネス大賞アントレプレナー大賞部門優秀賞を受賞。
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