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つぶやきすれっど2

1管理者:2002/12/15(日) 15:25

つぶやきすれっどが、1000レスを越えて、使えなくなりましたので、新たに、つぶやきすれっど2を立ち上げました。よろしくお願いいたします。

何となく、普段からフツフツと感じている事を、ここに書き込んでみて下さい。
このスレッドは、独り言、ボヤキですから、会話、議論の応酬は避けましょう!
本音、弱根を、思う存分サラしてみましょう!

925平和そうか:2004/09/03(金) 19:08
菱村正敏さんの生命観は、一回性死生観ですか。私は違います。「人は死んだらどうなるんだ」
という他のサイトの質問がありましたので、私なりの回答をしておきました。ここです。この中の
206が私の答えです。参考にしていただければ思います。
            ↓
http://science3.2ch.net/test/read.cgi/rikei/1088439040/l50

926雖念:2004/09/03(金) 19:43
>平和創価さん:

まず、平和創価さんがと死の問題を自分の言葉できちんと考えられたことに、敬意を表します。われわれは、(当然私自身も)つい、その辺に書いてある答えを探し出して安心してしまいがちですから。私自身、30年ほど前に「人間革命」やら「仏法と科学」やら聖教新聞の科学欄に書いてあったような生死感から一向に進歩してないような気がします。
つまり、無機物がエネルギーの場に触発されて、アミノ酸となるという話です。「空」の概念で生命の発生を説明していたので理解しやすく、いかにも仏教的であると感心しました。
ところで、平和創価さんの表現には少し厳密さを欠いているところがあると思います。

> 精子と卵子の結合前には無だったあなたは、胎児の神経節ができる頃に有となったのだ。

精子と卵子の結合前には、「精子と卵子だったあなたは」、受精により「胚」になったのだ。
と、しないと誤解を生じる恐れがあります。

話は変わりますが、たとえば顕正会には機関紙で語られるような、こうした公式の「生死感」のようなものはあるのでしょうか?
ご存知のかたは教えてください。 
 具体的な課題や、目の前の矛盾に関して教義を展開することが重要だと思います。

927平和そうか:2004/09/03(金) 19:54
愚鈍凡夫さん。今カキコした文章が変換ミスで全部消えてしまいました。

却って良かったと思います。

犀角独歩さんの優しさと、愚鈍凡夫さんの優しさを詳しく書いたのですが、全部
飛んでしまいました。

928平和そうか:2004/09/03(金) 20:06
雖念さん
私はまだ理学部を受験する前ですので、厳密には言えませんでした。すみません。
顕正会に対しては私は無関係です。雖念さんは私と同じように創価学会学生部員
だったそうですので、お話は真剣に進められると思います。

今私は「平和創価」を「平和そうか」としましたが創価学会員であることには変わ
りありません。信仰未熟なためひらがなにしました次第です。

929雖念:2004/09/04(土) 10:13
平和そうかさん:

大学受験がんばってくださいね。
合格されるように心から祈っています。

930卞氏:2004/09/04(土) 11:02
下記のような書き込みがあったようだが、追い出されたので返答は控える。
あくまでも、つぶやき。

>あなたこそ、この文面をよく読んで下さい。
>「もちろん日蓮正宗の寺院は、御授戒、葬儀、法事という重要な儀式を中心とした場であり」
>と、池田さんは言っています。
>ならば、「追善法要」は日蓮正宗の寺院に任せたらよいのですよ。「重要な儀式」を自前でやることはありません。自前でやることは、「第9回教学部大会」で池田さんが言っていることと明らかに矛盾します。

学会員がお寺ではやりたくないと言ったら、学会でやってあげるしかないではないか。それをやるなというのは無慈悲というものだ。
いまは法華構でさえ、その儀式のための供養をせびる坊主を嫌い、脱構している人が居る。
会員も、構員も、そういうのがイヤなのだ。

>見方を変えれば、宗門を資金難に追い込んで、創価学会の支配下に置こうとしていた目論見が見えてきますが・・・・・。

学会は宗門に寺まで寄進している。正本堂建立の供養も多額にわたる。
その学会に、儀式まで自分達で囲いこんで収入まで求めようとしていたというのか?
その儀式程度の収入がなくなったぐらいで、資金源が枯渇すると思っているのほうもおかしい。
学会を破門したから収入が無くなったんだ。坊主が嫌われているから、人が減るのだ。
その法主の愚かさに気づくべきだ。

むしろ、一般家庭における儀式による高額な支出は、構員、会員の経済状況を逼迫させることになってしまう。
そこのところをよく考えてみよ。無用な儀式、無用な戒名、無用な塔婆。それが時代の流れだ。

>一般に、ある特定宗教の信徒団体は、その宗教の信徒の集まりです。
>創価学会が日蓮正宗の信徒団体であるということは、
>日蓮正宗の信徒の集まりなのですから、
>日蓮正宗の教義に従うのは当然のことです。
元々別法人として登録している。そのことに宗門は異論は無かったはずだ。
一宗派の教義に全て従うことに、当然視するほうがおかしい。
学界が宗門を尊重していたのは外護の精神があるからだ。
それが理解できなければ当時の学会の発言の真意は到底理解できない。

>卞氏さんの主張に従えば、学会は宗門と違う教義を信奉していた訳で、
>それは二枚舌であり、本来、日蓮正宗の信徒団体なんかではなく、
>便宜上、日蓮正宗の本尊、教義を借りていただけで、
>本当は、独自教義を持つた宗教団体だつた、という事ですね。

ご本尊は日蓮正宗の独占物などではない。
ご本尊は日蓮大聖人が全ての人に与えられたものだ。
大聖人の仏法。日興上人への系譜。
そして日寛上人の顕すところの教義において、教義において全く宗門と一致していたではないか。
学会はそれをいまでも捨てたわけではない。
邪義を排し、不要な化義は使わなくなっただけだ。
当時の外護の精神において、宗門の化義を尊重するとまで言っているのだ。

我々が信じ奉っているのは、化義ではない。唯一ご本尊のみである。受持即戒である。
教義を比較したいのならば、そこを先ず理解しなければ、ほんとうのことは何にも分からない。意味もない。

931卞氏:2004/09/04(土) 12:27
教義比較のところでも参考になるものがあったが、追い出されたからなぁ。理解できるかどうかも不安だ。
こんなものはいくらでもあるが、タイムリーなのでコピペで引用させていただく。

 ***
 
日達上人の説法「学会の教学に学べ」

【ここにまた学会においては沢山、書きもの、書物が出ています。我々は御書を中心とし、御書を心肝に染めていくということは、僧侶として当然です。しかし我々の御書講義は、先師の講義をいでないのであり、逸脱するということはよくないのである。ある程度進歩的になってもいいけれども、進歩して説明していかなければいけないけれども、それ以上に逸脱するということは、いつか宗祖の教えを間違ってしまう根本になるのであります。】

と、逸脱の危険性を踏まえた上で、続く。

【この点は学会においては御書は十分に、世間的にこれを咀嚼(そしゃく)し、解釈し、自由自在に解釈しております。まことにその点は立派だと思います。どうしても、我々の御書研鑽はどちらかというと訓詁の学、訓詁の学ということは昔、批難されておりますが、訓詁の学になりやすい。ところが学会の人は新しい知識で、世間の新しい考えを持って御書を縦横に解釈しております。大いに学ぶべきであり、学会の本をどんどん読んでいいのである。それは読むなというと、ますます我々が、僧侶がクルミのごとく固く小さくなってしまうにすぎない。大いに学会の本は広布のために出したものであるから、参考にすることができましょう。そして、大聖人の教えを咀嚼(そしゃく)していくということがもっとも大事であると私は常にそう思っておるのです。だから学会の本は大いに読みなさい。】

(「蓮華」48年9月号)・(昭和48年8月30日・第22回教師講習会開講式・総本山・大講堂)

いかに前師が学会を大切にされていたか、窺えるところだ。

教義が違うのではなくて、それぞれ組織としての文化が違うんだ。

932:2004/09/04(土) 12:31
卞氏さんへ(はじめまして)  こちらの皆様が散々語り尽くされていることですが、現役学会員の方がおいでですので質問させて頂きます。
>我々が信じ奉っているのは、化義ではない。唯一ご本尊のみである。
その信じ奉っている本尊とは、どの本尊のことですか?寛師の八界具足曼荼羅ではないですよね?

933鎌龍:2004/09/04(土) 12:40
ちなみに、私は昨日学会の方と話す機会がありましたが、その方は、家にある寛師のマンダラを、蓮師の書かれたものだと思ってました。もっと言うと、弘安二年カイダン板本尊だと思っていました。落ち込んでしまって目もあてられない状態になってしまいました。私も、まだこんな方がいるのだなあと驚きました。

934愚鈍凡夫:2004/09/04(土) 13:33

下氏さん、誰もあなたを追い出したりしていませんよ。
犀角独歩さんは、言い尽くされた事を蒸し返すのが嫌なだけです。創価学会員とは過去ログで散々やり合ってますからね。それに管理人さんは、あなたのレスに不適当な表現があったから削除しただけでしょう。

> いまは法華構でさえ、その儀式のための供養をせびる坊主を嫌い、脱構している人が居る。
> 会員も、構員も、そういうのがイヤなのだ。

逆もまた真なりで、創価学会から法華講に移っていく信者も少なくないと聞きますが。それと、日蓮正宗に僧籍のない坊さんが創価学会の葬式で導師をしている事実がありますが。

> 学会は宗門に寺まで寄進している。正本堂建立の供養も多額にわたる。

創価学会が宗門に寄進した寺は、土地付き3億というのが相場ではなかったですか。しかも、最初から設計図が何通りかできていて、そこから選ばせたのではなかったですか。
だから、創価学会が寄進した寺は、交通の不便な場所にわざと建てられていると聞きますが。それに比べて創価学会の会館は、地方の会館でも3億以上の金を掛けているように見えますけどね。
まあっ、寺院寄進は、創価学会員から金を集める謳い文句としてはうまいやり方ですね。
正本堂だって目録をもらっただけで、実際は現物支給でしょう。多額の金は創価学会に入って、そこから支払ったんじゃなかったですか。


> その儀式程度の収入がなくなったぐらいで、資金源が枯渇すると思っているのほうもおかしい。
> 学会を破門したから収入が無くなったんだ。坊主が嫌われているから、人が減るのだ。
> その法主の愚かさに気づくべきだ。

創価学会が宗門を金銭面で支配しようとしていたのは事実ではないですか?

> むしろ、一般家庭における儀式による高額な支出は、構員、会員の経済状況を逼迫させることになってしまう。

それは同感ですね。今ではさすがになくなったようですが、生活保護家庭からも広布基金と称する財務(寄付金?)を搾り取っていた創価学会ですからね。
小生の地元でも、組織内の世間体と見栄だけで財務をしている会員が大勢いますよ。何十年経っても生活水準は変わらないのに、功徳だ功徳だと大騒ぎしていますけどね。

> 無用な儀式、無用な戒名、無用な塔婆。それが時代の流れだ。

それで、創価学会では有用な友人葬、追善法要を執り行っているというわけですか。言い訳にもなっていないと思いますが。

935愚鈍凡夫:2004/09/04(土) 14:11

本来のつぶやきスレッドとは関係ない議論が進んでますが・・・・・。 (-"-;A ...アセアセ
平和そうかさん、こんなソフト見つけましたよ。

古天文ソフト
http://www2c.biglobe.ne.jp/~takesako/cal/soft.htm

研鑽の補助資料になるかと思います。

936平和そうか </b><font color=#FF0000>(FLtwjPuI)</font><b>:2004/09/04(土) 15:41
>>935
愚鈍凡夫さん、ご親切に有難うございます。

ちなみに931さんは「卞氏」(べんし)さんと読みます。「卞」は「へん、ベン」
と読み、意味は騒がしい、いらだたしい、せっかち、短気です。「せっかちな人」と
いう意味のハンドル名でしょう。

卞氏さんとは「創価仏法研鑽板」でお会いしたことがありますが、今は私は管理人さん
からアクセス禁止を受けてカキコできなくなっています。私は向こうを追放されたわけ
です。卞氏さんと逆ですね。感情に走った論争にならないようにしましょう。端から見
ていると喧嘩が始まりそうに見えますから。(;´Д`)コワイ!

それでは私は数学や理科の勉強がありますので今日はここで失礼します。

937愚鈍凡夫:2004/09/04(土) 16:21

あっ、
平和そうかさん、有り難うございます(気づきませんでした)。
卞氏さん、HNを間違えてしまいました。済みません。 m(_ _;)m ゴメン!!

938管理者:2004/09/04(土) 17:50

卞氏さん

>追い出されたからなぁ。

当掲示板は、卞氏さんを追い出してはいません。誤解の無いように申し上げておきます。


ご参加の皆様へ

つぶやきスレッドは議論禁止のスレッドです。議論は、内容にふさわしいスレッドを選んで書き込んで頂けると幸いです。

939菱村正敏:2004/09/04(土) 22:20
 わたしは、一回ですね。と言うより、形而上のことでお遊戯する
能力もありません。永遠に存在したいと願うことやそれを説く宗教を
批判するつもりはありません。それはそれで「イワシの頭も信心から」
ということで結構だなと思うだけです。

 ただ、知的障害の方でも、生命や存在について固執して習う方が
いましたので、単に医療関係者や学校教師や介護職員いがいでも
宗教者の側面からの意見やアプローチも必要なばあいがあるのでは
などと思っています。

940大宮:2004/09/05(日) 00:03
なんで去った奴が書いてんだ(呟)

941平和そうか:2004/09/05(日) 17:21
>>935
愚鈍凡夫さん。「古天文ソフト」の紹介本当に有難う御座いました。今日私は628年
から20世紀に渡る近畿から関東の過去の日食の記録と対比してみました。今まで日食
の日時や現象を再現するソフトはあったのですが、その日食現象の開始場所を終了場所、
及びその日食現象が起きる場所を示す帯が出るソフトが無くて困っていたのです。4日
に紹介して頂いたソフトはそれが出るものでした。しかし残念ながら飛び飛びにその現
象を示す段階に留まっている状態でした。例えば628年4月10日の日食は表示され
ますが、637年4月1日の日食は表示されませんでした。重大な問題たる1252年
3月12日、建長4年2月1日の日食のラインと帯は表示されず、日時を指定するとい
きなり1401年3月15日の日食に飛んでしまいます。また近代の日食のラインや帯
も出ないことがあり、例えば1918年6月9日の日食のラインも帯も出ませんでした。
まあこれはまだソフト開発がまだ発展途上であることを意味するものと思います。でも
愚鈍凡夫さんからは貴重な資料をたくさん紹介されて大変感謝しております。

先程「創価学会の教義は日蓮正宗と何処がどう違うか (Res:230)」の犀角独歩さんと卞氏
さんの議論を読ませて頂きました。愚鈍凡夫さんの御意見も拝見しました。犀角独歩さんは
純粋な研究者としての立場、卞氏さんは純粋な創価学会員としての立場から発言していたと
思います。愚鈍凡夫さんは冷静でご自分の意見を述べられていました。

卞氏さんは自分が追放されたものと考えて怒ったのでしょう。独歩さんは卞氏さんの発言が
非礼、無礼に当たると考えて200の削除を管理者に申請したのでしょう。でもあれははっ
きり言ってもう喧嘩ですよ。恐らく卞氏さんはもうここには来ないでしょう。卞氏さんは温
厚な方の人だと思っていましたが、信仰の問題となると違うんですね。

あのスレに私も入ろうとしましたけれども、私は塔婆や戒名など何も知らない者なので入ら
ないことにしました。私は純粋に人文科学自然科学とも科学的な考察によって宗教を考えて
いこうと思っています。ですからここの掲示板が好きなのです。

なお犀角独歩さんが書かれた本が出版されたら直ぐにでも読もうと思っています。

942愚鈍凡夫:2004/09/05(日) 18:09

平和そうかさん、レス有り難うございます。
EMAPの件ですが、日蝕データをデフォルト提供されているデータ(フォルダ内のデータ)を、HPで提供されている日蝕データに書き換えてみて下さい。帯が出ると思います。
小生は、このソフトを使ってみて、「むむっ、お主できるな」というのが正直な感想でした。

943仙台坂:2004/09/05(日) 18:47
平和そうかさん、けんかじゃないでしょ。あんなの当たり前ですよ。証拠の提示を求めたのに対して、無礼な言葉で返したんだから、その段階で議論は成り立たないじゃないですか。
下らない言い合いになるのを未然に防いだわけでしょう。議論をする相手を選ぶ権利はあります。

944仙台坂:2004/09/05(日) 18:57
そうか、ここはつぶやきなんだ。じゃあつぶやこう。自分で去ると言って、じゃあ去れと言われて、追放されたと怒るの変だよ。
止めてもらいたかったわけ。キモいな。自分の言葉には責任もたなきゃネ。

945卞氏:2004/09/06(月) 10:15
怒ってないですよ。この掲示板から追い出されたつもりもない。

彼の受け止め方を知るために、私との対話を拒むつもりならそのスレッドを去ると明言しておいた。
イヤなんだろうな。自分の過去と違う過去を持っている人と話しをするのが。気持ちはわかるけどね。
彼は、「戒名が不可欠」だと教わっていた。私の場合はそうではなかった。それだけの違いが分かれば、十分ですよ。

私が、あそこに何かを書き込めば、混乱するだろう事が予想される。
なぜなら、レスの削除を「管理人による不適当書き込みとの判断」ではなく「管理人からの処罰」であるかのように、受け止めていなかったからだ。
そして、相手に反省を求める姿勢がみられた。謝罪の言葉も無視されたようであった。
私はそういった所に、彼の他人や組織に対する「もたれかかり」を感じた。本人もその自覚のもと、あのようなハンドルをつけていらっしゃるのでしょう。
そして、学会のとある幹部が「戒名は成仏に不可欠」と言ったことを、それが元々本来の冨士派における化義であるかと決まっていたかのような発言も見られた。
そこに疑問の方向が向かないのか、不思議でならない。

そして、彼も対話を拒んだ。
だからあれ以上の書き込みは無理だとおもってやめた。
有る程度で尽くしたことであるなら、なおのこと。事実認識の再構築には時間と本人の「発見」が無ければならないからだ。
それだけのことです。

 ***

あ、そうそう、学会は葬儀をしても、びた一文受け取りません。
宗門の資金枯渇ねらいなどという、せせこましい考えは微塵もありません。
坊主にとってはそれが辛いことなのかもしれませんが、いわゆる葬式仏教は大聖人の本義にあらず。
そのことを忘れての議論に意義は見出せません。

946愚鈍凡夫:2004/09/06(月) 13:56

あっ、ここはつぶやきスレッドだった。(物・物・物・・・・・) ( ̄。 ̄;)ブツブツ

こんなのはどうですか。(独り言です・・・・・。耄碌したかな・・・・・?)

日蓮正宗と創価学会対立の真相 力ずくで宗門抑圧にかかった学会
http://the49.hp.infoseek.co.jp/emyo_t/em1403a2.htm

947卞氏:2004/09/06(月) 16:44
さんくす。
所感を述べる。

謗法の坊主への糾弾による事件をとりあげて、
学会が宗門軽視の姿勢だということに直接結びつけ、批判するのもどうかと思うけどね。所詮批判目的の記事だ。

謗法厳戒のはずだろ?冨士門流は。
謗法まみれの坊主が法主になるとどうなるか。
まさに今、宗門はそのことを思い知らされているのではないかな。

949菱村正敏:2004/09/06(月) 17:34
947

 謗法まみれの坊主が法主になった。ところで、その事実を
創価学会幹部、池田大作たちが知ったのはいつだったと思います?

950空き缶:2004/09/06(月) 17:42

横レスです。

この掲示板は「創価学会の正義を証明」する場では無いと思いますよ。

たとえ葬儀の際に供養を取らなくても、そろそろ「広布部員会」がはじまって、財務を沢山やると功徳が出る話しが巷ではにぎわうのでは?

所詮、一銭もとらないでは発展は無いでしょう。方法は違えどもお金を取ることに変わりはありません。とられる人が一番納得のいく徴収方法であれば、たとえ葬儀の場であろうと塔婆であろうとかまいませんよね。

ここでは聖教新聞や創価新報での情報は殆ど役に立たないでしょう。

951平和そうか </b><font color=#FF0000>(FLtwjPuI)</font><b>:2004/09/06(月) 17:48
卞氏さん。ちょっと暫くでしたね。「創価仏法研鑽板」で一度お話ししましたよね。
でも私はあの後管理人からアク禁にされてしまいました。もうあそこには行けなくな
ってしまいました。小野さんは「俺は君よりも150回以上幹部から怒鳴りつけられ
ている。甘やかす幹部は君の成長を阻む敵と思え。厳しく叱ってくれる幹部は君を成
長させてくれる味方だと思え」とか先日カキコしていました。それは勿論ですよ。池
田先生の信条ですし私も同じ信条を持っています。でも時と場合に依っては大変なこ
とになってしまうこともあるのですよ。学生部の会合で部長が言ったちょっとした言
葉が1人の部員を激怒させ、退転寸前にまでさせてしまったことがありました。部長
は創価1世で部員は創価2世だったと思います。

でもあの掲示板は研鑽の場にはなってはいないと思います。内容から見ればこの掲示板
の方がずっと濃いし、深く広いと思います。私は創価学会ってこんなに狭隘で排他的な
団体だったのかと思い、深く悩みました。小野不一さんは私に何にも教えてくれません
でした。でも犀角独歩さんや愚鈍凡夫さんはいろいろなことを私に教えてくれました。

卞氏さん。あの犀角独歩さんと論争した掲示板で愚鈍凡夫さんと議論してくれませんか。
ここは「つぶやきスレッド」なので。待ってます!愚鈍凡夫さんは私に理科学に関する
貴重な資料を教えてくれましたし、犀角独歩さんは日蓮正宗の歴史に関する資料を教えて
くれました。でも小野不一さんは何の資料も教えてくれず、ちょっとカキコしただけでア
ク禁とは酷いじゃないですか?

管理人さん。947の削除をお願いします。トリップを入れる時に手が滑って二重投稿に
なりましたので。

952愚鈍凡夫:2004/09/06(月) 17:51

ああ〜っ、今日も暑かった。冷蔵庫に恋をしてしまいそう。

謗法まみれの守銭奴が指導者になるとどうなるか、これが創価学会の姿ってところですかね。
金と数にモノを言わせて、強引に押し切る体質は今も昔も変わらないと言うことでしょうか。

それにしても最近、独り言が多くなったな・・・・・。気を付けよう。

953平和そうか </b><font color=#FF0000>(FLtwjPuI)</font><b>:2004/09/06(月) 17:54
管理人さん。失礼。948の削除でした。

>>949
菱村正敏さん。
私は全然知りません。いつですか?

954平和そうか </b><font color=#FF0000>(FLtwjPuI)</font><b>:2004/09/06(月) 18:17
>>952
愚鈍凡夫さん。今晩は。いろいろ資料を教えて頂いて有難う御座います。
あの「古天文ソフト」は機種に依って難しい問題がまだあるそうです。でも
あれを開発した人、2名は相当な努力家ですね。
私はまだ1951年以前の日食現象資料を入れることができないんですよ。
あの1252年に蓮祖が御覧になったかも知れない日食のラインと帯を早く
再現したいですね。あのカレントメイトでも私は悪戦苦闘していましたからね。
パソコンの勉強と受験勉強は並行は無理ですね。(;´Д`)ムネン

ああそうだ。愚鈍凡夫さん。犀角独歩さんとバトンタッチして、卞氏さんとあの
板で議論して頂けますか。

955愚鈍凡夫:2004/09/06(月) 18:58

平和そうかさん、レス有り難うございます。
つぶやきスレッドでレスを返すと管理人さんに叱られそうですが・・・・・・。
EMAPの能力を引き出せるようになるといいですね(ソフトが古い分、OSによっては相性が悪い場合もあるかも知れません。解凍して、データを上書きすればOKのはずですよ)。

尚、卞氏さんとの件は、卞氏さん次第です。

956平和そうか </b><font color=#FF0000>(FLtwjPuI)</font><b>:2004/09/06(月) 22:55
愚鈍凡夫さん。今晩は。本当にお世話になっています。なお卞氏さんはここにいます。
私も先日までここにいましたが、追放されてしまいました。他宗の人も入室可とのこと
ですので、一度管理人の小野不一さんと議論されてはどうかと思います。小野さんは4
1歳と言っていました。卞氏さんもここにいます。
             ↓
http://jbbs.livedoor.com/study/3764/

959愚鈍凡夫:2004/09/06(月) 23:37

平和そうかさん、ひょっとして何か企んでますか。 ( ̄〜 ̄;) ウーン
ご紹介の掲示板は、以前鬱病で悩む人がレスしていたので二度ほどレスした記憶があります。
それ以来、興味がないので覗いていませんが。
あまり評判は良くないようですね。IPを無断で流しているとか、カキコするとスパイウェアを送られるとか、余所の掲示板にレスがあったと思います(真偽のほどは分かりませんが)。

960犀角独歩:2004/09/07(火) 02:59

誤解があるようなので、記しておきます。
わたしは戒名の必要を論じたことなど、ただの一度もありません。「戒名が不可欠」であると石山にいた時代に習ったのは事実であるが、いまはそれを肯定する立場にありません。
中世、禅宗の影響によって成立し、日本仏教全般に使われるようになったものだという認識です。

そもそも、わたしはここで投稿することを富士の、なかんずく石山化儀と異轍があると批判されるのであって、わたしはそれをを肯定していません。人の過去のログも読まず、決めつけて見当はずれの論評することは非礼を恥じない以上に無礼千万です。

わたしが言っていることはそんなことではなく、化儀改変をした創価学会の現在の戒名不用論・僧侶導師廃止は普遍性がなく、不誠実であると言ったまでです。
それに対して、戸田さんは昔から戒名不用を言っていたと。ならば、その証拠を挙げろと言うにつけ、それに挙証もせず、哀れ・信心が浅いなどという暴言を吐くに至ったので、このような礼節を弁えず、証拠も挙げない人間とは語る無駄な時間を労さない、自らの言葉に随って、この場を去るべしと促したわけです。それにも拘わらず、自己の前言を翻し、相も変わらず、投稿をしているのには呆れるばかりです。

だいたい、2004/09/04(土) 12:27に「追い出されたからなぁ」(931)と記しておきながら、それからわずか2日後、2004/09/06(月) 10:15に「追い出されたつもりもない」と、これまた言葉を翻しています。このような一貫性のなさでは、およそ議論など不可能です。

「二言無し」と潔くあられたい。945の如く、わたしをサカナに的はずれのご託を記すことはやめていただきたい。ここに忠告しておきます。まるで見当はずれの憶測で実際と異なる悪宣伝は人権侵害です。度重なれば、わたしはまた投稿削除を求めます。

961愚鈍凡夫:2004/09/07(火) 09:22

今日も朝から地震。明日は台風がきそうだし、
「どないなっとんじゃ〜ッ」とつぶやいてみる。
「オイオイ、つぶやきかい」(by 外野席) (▼▼メ)

962卞氏:2004/09/07(火) 09:26
平和そうかさん宛のメッセージゆえ、反論を禁ず。

>あの犀角独歩さんと論争した掲示板で愚鈍凡夫さんと議論してくれませんか。
私は論争も議論も望んでません。
ただ、自分が受けた不誠実を学会がそうであったかのように言っていたので、話をして確認をしたかっただけです。
その方が話をしたくないと言ったのですから、こちらとしては追い出されたようなものですよ。

>ここは「つぶやきスレッド」なので。待ってます!愚鈍凡夫さんは私に理科学に関する
貴重な資料を教えてくれましたし、犀角独歩さんは日蓮正宗の歴史に関する資料を教えて
くれました。
そうですか。別にココじゃなくても、資料は得られますよ。

>でも小野不一さんは何の資料も教えてくれず、ちょっとカキコしただけでア
ク禁とは酷いじゃないですか?
あそこは、オフライン重視型の板ですからねー。純粋な討論の場というわけじゃないので、場違いだったということじゃないですかね。

963卞氏:2004/09/07(火) 09:49
彼には謝罪したが、謝罪の言葉は聞き入れられなかったようだ。
戸田先生が戒名不要と言っていたことについても、知っているのか知らないのかというレベルにおいて、
資料を求めるくらいなのだから、よほどの議論好きなのだろう。

 ***

師弟がない。分からない人が多い。
師弟関係になにか奇異に感じている人が多いのが実情だ。
昔からの文化にしろ、なんにしろ伝統というものは、この師弟という関係によってのみ受け継がれている。

 ***

ココは創価の正義をなんたらって、コメントがあったな。
何の話だろう?

964卞氏:2004/09/07(火) 09:55
>>934について
管理人様。
冒頭はともかく、
以後の内容は、スレとして不適当とおもうのですが。如何ですか。
このスレの趣旨を再確認しとうございます。

965空き缶:2004/09/07(火) 10:20
広布部員会の件は、よほどきいたみたいですね。

966愚鈍凡夫:2004/09/07(火) 11:02

戸田さんのジョークを真に受ける分にはかわいげがありますね。
でも、戸田さんも立派な戒名を貰ってますから、ご家族はさぞお喜びだと思います。
内容のないカキコの羅列だから、つぶやきでいいんじゃないですか。

967管理者:2004/09/07(火) 11:27



卞氏さん

>930 下記のような書き込みがあったようだが、追い出されたので返答は控える。
あくまでも、つぶやき。

として、つぶやきの形で所感を述べられたことに対して、934レスもやはりつぶやきとして掛かれたものであると解釈して、いずれも管理者は黙認し、そのかわり、

938に、管理者として、

「参加の皆様へ つぶやきスレッドは議論禁止のスレッドです。議論は、内容にふさわしいスレッドを選んで書き込んで頂けると幸いです。」

と、ご注意とお願いを申し上げました。

出来れば、元々のスレッドにて議論していただきたいと言うのが管理者の意向です。ただ、流れもありますので、ある程度のことは黙認するしかないかな、と思っています。

968管理者:2004/09/07(火) 11:29

訂正です。

× つぶやきとして掛かれた
○ つぶやきとして書かれた

970犀角独歩:2004/09/08(水) 10:31

ほかに投稿をしては脈絡が解らなくなるので、致し方なく、こちらで呟く形を採ります。

誤解があるようなので、記しておきます。
わたしは戒名の必要を論じたことなど、ただの一度もありません。「戒名が不可欠」であると石山にいた時代に習ったのは事実であるが、いまはそれを肯定する立場にありません。
中世、禅宗の影響によって成立し、日本仏教全般に使われるようになったものだという認識です。

そもそも、わたしはここで投稿することを富士の、なかんずく石山化儀と異轍があると批判されるのであって、わたしはそれをを肯定していません。人の過去のログも読まず、決めつけて見当はずれの論評することは非礼を恥じない以上に無礼千万です。

わたしが言っていることはそんなことではなく、化儀改変をした創価学会の現在の戒名不用論・僧侶導師廃止は普遍性がなく、不誠実であると言ったまでです。
それに対して、戸田さんは昔から戒名不用を言っていたと。ならば、その証拠を挙げろと言うにつけ、それに挙証もせず、哀れ・信心が浅いなどという暴言を吐くに至ったので、このような礼節を弁えず、証拠も挙げない人間とは語る無駄な時間を労さない、自らの言葉に随って、この場を去るべしと促したわけです。それにも拘わらず、自己の前言を翻し、相も変わらず、投稿をしているのには呆れるばかりです。

だいたい、2004/09/04(土) 12:27に「追い出されたからなぁ」(931)と記しておきながら、それからわずか2日後、2004/09/06(月) 10:15に「追い出されたつもりもない」と、これまた言葉を翻しています。このような一貫性のなさでは、およそ議論など不可能です。

「二言無し」と潔くあられたい。945の如く、わたしをサカナに的はずれのご託を記すことはやめていただきたい。ここに忠告しておきます。まるで見当はずれの憶測で実際と異なる悪宣伝は人権侵害です。度重なれば、わたしはまた投稿削除を求めます。

971卞氏:2004/09/08(水) 10:55
管理人様。
了解いたしました。
掲示板の趣旨について、管理人さんの意向を尊重いたします。
もし、行き過ぎたようでしたら、何なりとおっしゃって下さい。

972卞氏:2004/09/08(水) 11:32
過去の書き込みの訂正です。

なぜなら、レスの削除を「管理人による不適当書き込みとの判断」ではなく
「管理人からの処罰」であるかのように、受け止めていたからだ。

ですね。訂正します。

 ***

タイミングによるのでしょうけれど、さして何気なく書いた記事について、
自分のことを言われつづけているかのように思ってしまうものですが、
特定の人をさしての話ではないことを断っておく。

さて、

レスの削除を「管理人による不適当書き込みとの判断」ではなく
「管理人からの処罰」であるかのように、受け止めていたからだ。

わたしは、こういう所にいわゆる「もたれかかり」を感じてしまう。
これは、ちょっと以前には気がつかなかったことだが、
体制のもとに自分の権利が庇護されているという勘違いがあるのかもしれない。

 ***

つぎは、ひまな人向けの問題提起です。この意味を理解し答えられる人が居たら、つぶやいてみてください。

【自分は論じていないといいつつ、やっぱり論じているじゃないか。それは二言といわないのか?】

973平和そうか:2004/09/08(水) 14:57
昨日はこの掲示板が真っ白で全然読むことができませんでしたが、どうしたんでしょうね?
マハーバイロさんも言っていましたよ。パソコンの故障かなと思ってしまいました。

974卞氏:2004/09/08(水) 15:06
根拠なしの発言についてはどうしたものかな。
おまいさん、見てきたのか?自分で当事者に聞いてきたのか?といいたくなるものがある。
知らない人が見たら、本当かと思うだろうよ。自分の論評に自信があるなら尚のこと、訂正するべきところは責任もって訂正すべし。

「文証」をだせ、といえば、出せるのだろうな。記事になったものだし。
その記事自体になんの根拠も無いということに気づいて欲しいものだ。

975卞氏:2004/09/08(水) 15:17
塔婆商法、戒名商法など、もはや宗教ではない。

戒名など、付けたければ自分で付ければよいじゃないか。元手は要らないからね。
塔婆だって、故人を荘厳する意味であれば寺に決めてもらう必要などはない。
寺の坊主などよりも生前の故人のことは、私が良く知っている。

そうそう、法華構の方々も、ミニ塔婆に人気があるそうで、
坊主の高額な塔婆は要らないということらしい。まあ、時代の流れだね。

976平和そうか:2004/09/08(水) 16:45
戒名なんて要りませんよね。僧侶に拝んでもらわなければ成仏しないとか、卒塔婆を立てなければ
亡くなった人が良い境涯にならないなんてことも聞いたこともありませんしね。

人の来世はその人の死の瞬間に決まるのです。死の瞬間の生命の状態で来世が決
まるのであって、死んだ後に拝んで貰って来世が決まるのではないのですよ。

977犀角独歩:2004/09/08(水) 17:51

> 974

こんな自己反省はなかなかけっこうなことです。

978犀角独歩:2004/09/08(水) 17:56

平和そうかさん、ここはつぶやきなので、議論ではないのですが、わたしもかつて、「人の来世はその人の死の瞬間に決まるのです。死の瞬間の生命の状態で来世が決まる」、こんなふうに信じていました。しかし、本当にそうなんでしょうかね。

979平和そうか </b><font color=#FF0000>(FLtwjPuI)</font><b>:2004/09/08(水) 18:15
『草木成仏口決』御書1338〜1339頁「妙法とは有情の成仏なり蓮華とは非情
の成仏なり、有情は生の成仏・非情は死の成仏・生死の成仏と云うが有情非情の成仏
の事なり、其の故は我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは死の成仏にして草木
成仏なり」

この御文を以て塔婆を立てないと成仏しないとする解釈は拡大解釈ですね。

犀角独歩さん。お久しぶりです。独歩さんと卞氏さんの議論?を興味深く読ませて
頂きました。戒名も塔婆も江戸時代以前の旧来のしきたりに依って存在していたん
ですね。創価学会は日蓮正宗の信徒団体であったため、そのしきたりに従っていた
んですね。でもこのことは形式的なことで仏法の本質とはまるで関係がないことで
すよね。でも犀角独歩さんも怒ると怖いですね(笑)。

卞氏さん。愚鈍凡夫さんと他のスレで議論してはどうですか?イヤですか。

980犀角独歩:2004/09/08(水) 18:30

平和そうかさん、戒名が形式というのはいまの創価学会のアナウンスでしょう。わたしがいた寺院は、かつて参詣者の99%は学会員でした。その寺院の年間の塔婆数は数万体もありました。それら学会員による塔婆建立をわたしは形式であったと思いません。道念からであったのでしょう。いまは変わってしまったと言うだけのことです。変わったあとの思いを、変わる前に当て嵌めると読み違えることになります。

わたしも多く塔婆を建てました。けれど、形式であったと当時、思っていませんでした。故人を思い、追善供養の思いからです。しかし、いまはそんな法式を採ろうと思いませんが、塔婆を建てる心情を形式だと唾棄する気にはなれません。それぞれの思いが籠もっているからです。

それと、議論は各人の自由に属することでしょう。
また、愚鈍凡夫さんの議論の在り方は、挙証に対して、挙証で答えるという誠実な方法です。挙証義務を励行できない人間にはできない相談です。

981平和そうか </b><font color=#FF0000>(FLtwjPuI)</font><b>:2004/09/08(水) 18:58
犀角独歩さん。私は2ちゃんねると言うサイトでそのことについて詳しく書いて来ました。
2ちゃんねるの理系全般という板の「死を本気で考える」というスレの206で私の死生観
を書いておきました。犀角独歩さんも創価学会中等部、高等部、学生部員であられたそうで
すのでそのような指導を受けられたと思います。私は人の生と死の問題は動物も含めて、科
学で解明すべき課題であると思っています。私なりの持論ですが、人の生命は現世1回では
なく連続すると思います。また人は人に犬は犬に、鳥は鳥に、魚は魚に、蜘蛛は蜘蛛に再生
すると思っています。

それは生まれたばかりの渡り鳥が自分の故郷に返っていく不思議、産卵後の親鮭の死と産卵
に際して鮭が自分が生まれた川に帰っていく不思議、蜘蛛が親から教えられないのに、親と
同じように糸を張る不思議などから、推測されると思います。彼らは生まれた時に既に前世
の記憶を持っているのではないか。だからそうすることができるのではないかと私は思って
います。人間の子供にも前世の記憶はあるが2、3歳ぐらいで消滅してしまうというアメリ
カの学者もいます。アメリカのバージニア大学医学部教授のイアン・スティーブンソン博士
の『前世を記憶する子どもたち』日本教文社 を読むと深く考えさせられます。

私が2ちゃんねるで書いた文章を今引っ張ってきますので、もう暫くお待ち下さい。

982犀角独歩:2004/09/08(水) 19:03

981 平和そうかさん

この件に関しては、お知りおきかどうか存じませんが、わたしは問答さんがお作りになった他のページで、やや議論を始めていたものでした。
いまは止まってしまって残念に思っています。

pundarika
http://jbbs.livedoor.com/study/3050/


いずれにしても、ここは‘つぶやき’です。
この話題は他のスレッドに移動するか、あるいは pundarika でお話ができればと希望します。

983平和そうか </b><font color=#FF0000>(FLtwjPuI)</font><b>:2004/09/08(水) 19:07
犀角独歩さん。
これです。これが私の生命観です。私はこの一生を賭けてもこの謎を解明したいと思っています。
          ↓
206 :Nanashi_et_al. :04/09/03 15:57
>>1
>死んだらどうなるだろうか?

無になる。しかし永久に無の状態が続くのではない。我々は無から現在の有の状態
になったのだ。精子と卵子という微少細胞だったあなたは、受精卵の胚ができた時
に有となったのだ。死は生まれる前の無に戻ることだ。あなたが無になってもあ
なたを生み出した人類という種は断絶していない。川に浮かぶ泡ができて消えても、
川が存在する限りまた泡を生み出す可能性は残されているのだ。

死は一個体の消滅であるが、その個体を生み出した人類という種が存続している限り、
再生の可能性は残されているのだ。

宇宙もビッグバン以前は無であったが、時間も空間もない真空の無の中にエネルギー
が生じ、ビッグバンを引き起こしたのだ。宇宙はいずれ無に戻る。それはビッグバン
以前の状態に戻ることなのだ。無から有が生じたのならば、再び無から有が生じる可
能性は残されているのだ。

だから自殺したら永久の無意識の安楽が自分に来ると考えるのは早計である。

なお文章の一部は雖念さんの御指摘があったために書き変えてあります。

984愚鈍凡夫:2004/09/08(水) 19:15

平和そうかさん。
ここの掲示板なら、「生命主義、生命論について」のスレなんかどうですか。
顕正居士さんたちも参加下さるかも知れませんよ。

985平和そうか </b><font color=#FF0000>(FLtwjPuI)</font><b>:2004/09/08(水) 19:17
今直ちに行きます!

986空き缶:2004/09/09(木) 02:22

立派な塔婆に価値を感ずる人もまだまだ多いようです。

人それぞれですから自由なことです。金だけ取るより塔婆でも戒名でもあったほうがまだましですから。

受け付けに封筒よりも、賽銭箱のほうが庶民的だし。

一口一万円、目指せミケタ(100万以上の財務のこと)ではね。塔婆や戒名よりもたちが悪いかも。

これが「嘘」だとか言う人はニセ学会員です。

ミケタの体験、ミケタの決意が巷で聞かれはじめるころ、特にご婦人の間では。

987卞氏:2004/09/09(木) 13:54
坊主は坊の主の意味であるから、第三者としての呼称は「坊主」でいいんだよ。
坊主様、坊主殿、御坊主、坊主先生。などと敬称をつけるのは誤った表記です。

988卞氏:2004/09/09(木) 14:35
「塔婆供養の原理についていえば、人が死ぬと宇宙の生命に溶けこみます。
『色心の二法であるゆえに』、この生命を塔婆という体を作って供養すれば、
聞いた題目が生命に感じて業が薄くなり、苦悩を少なくし『うる』のです」

戸田先生の言は生命論を根底にしていることがうかがえますね。
まあ、この指導から、「塔婆は成仏に不可欠」という義は見出せません。
そして立てたのだから故人が成仏するとも言っていないんですね。遺族が信心を全うすることこそが鍵なのだ。
前後をよく読んでおくように。(そこに文献学者の陥る落し穴がある。)

「しうる」だから、塔婆を供養する儀を行うことによって、その業を軽くする可能性を言ったものですね。
塔婆自体に功力があるのではなく、塔婆をを立てた人の心が主体になっている。ここが大事だ。

もちろん「塔婆はなくともよい」ということと対立するものでもない。もともと「塔婆があってはならない」ということでもない。
遺族の信心の回向が、塔婆供養という形態で行われればそれで良いのだ。

『年に一回やらなければ成仏しない。』『月に一回やら無ければ成仏しない。』は邪義・邪説の類。形骸化は宗教の死滅。
塔婆に原価以上の対価を求め、成仏の度合いをはかろうなどというのは、霊感商法の類。

 ***

最近は、葬儀の形態も様々で、必ずしも坊主を必要としない葬儀もあるようだ。
坊主は如説修行をしてこそ、尊敬される。
自分の所属寺の坊主が、金に汚い人間かどうか、ちゃんと見極めよう。言いなりにならぬよう。

 ***

平和そうかさん。

良いところ見つけたみたいですね。

989卞氏:2004/09/09(木) 15:30
チョッとした事で侮辱されたなどとすぐ怒るくせに、他人様の批判はしゃーしゃーとやってのける、こんな阿呆がいる。
結構頭がいいヤツなんだけどな。そのわりに周りから敬遠されている。やたら正義ぶるところもあるが、
そうやって自尊心を異常に高くしているから、どこかに壁をつくっているからかもしれない。
自尊心は大事だが、見栄にはしるとちょっと浮いているようにみえる。

舎利佛の過去世としての身子菩薩。
行を立てしに乞眼の婆羅門・・云々。
布施修行をしていて、その短気がたたって退転したという説話は、
みな知っているだろう。舎利佛とは二乗の代表である。頭がいいのである。
でも退転するのである。バラモンに罵られたことで、その仏道を閉ざしてしまうのである。

自分が賢い、間違っていない、貴方などと自分とは違う。などと思っている人は要注意だ。

990管理者:2004/09/09(木) 18:16

皆さん、都合により、しばらくの間、当つぶやきスレッドは閉鎖いたします。

991管理者:2004/09/22(水) 10:50

皆さん、当スレッドを再開いたしました。ご利用下さい。

992samidare:2004/09/22(水) 13:40
―再開を祝して、ひと言つぶやかせて戴きます。

日蓮・組織信仰者で「敬虔な信仰者」を一度も見たことないなぁ ・・・(-。-)ボソッ

993問答迷人:2004/09/22(水) 14:00

samidareさん 

ご無沙汰してます。ご迷惑掛けました。ごめんなさい。

994犀角独歩:2004/09/22(水) 15:02

samidareさん、お久しぶりです。
わたしも同様に思います。さらに言えば、他者批判で吐く言葉が、発言者本人の自己反省としか採れないことがしばしばあるのは何故なんだろうと不思議に思っています。

995孤独な迷子:2004/09/23(木) 17:39
samidareさん

お帰りなさい、五月雨さん。
お元気そうで何よりです。

尻切れトンボになってしまった、迷子より。

996卞氏:2004/09/24(金) 16:34
本音を表現するのに、「日顕」ではダメなんだと。
では、「日顕君」にでもしようか。「日顕ちゃん」ううむ、悩む。
「日顕と名乗る人」というのはどうだろうか。法主も詐称した経緯があるから、法主とも呼び辛い。
しかし愛着の湧かない呼び方だなー。

「阿部のヤロー!」というのはやめておこう。これはさすがに管理人に怒られるから。

現法主日顕さん。はやく退座してください。信者のためです。

997管理者:2004/09/24(金) 18:01

阿部管長、阿部日顕管長、日顕管長、阿部氏、阿部日顕氏、日顕氏。まぁ、こんな所だったら、差し障りが無いのではないか、と思います。僕だったら、一番しっくりくるのは、阿部管長かな。

1000藤川一郎:2004/09/25(土) 00:33
>現法主日顕さん。はやく退座してください。信者のためです。

横レスですが、気になったので一言。
私の記憶が確かならば、卞氏さんは創価学会の方だったと思いますが、日顕上人は日蓮正宗の法主であり、創価学会の法主ではありませんよ。
もしかして、創価学会に同名の方がおいでになるのでしょうか。
もし大石寺の法主の事でしたら、人の宗派の人事に口を挟むのは越権行為では無いでしょうか。
常識的におかしいですよ。

1003雖念:2004/09/26(日) 16:48
管理人様:

素朴な疑問が1686以下が表示されません。
以下は、素朴な疑問に投稿予定であった文書です。

教えてください。

(国)文学史では、通常上古は「大化の改新ごろまでの古代」、中古は平安時代を意味します。

当掲示板(日蓮宗?日蓮正宗?)での上古・中古の用法は、明らかに国文学史のそれとは違うようですが、それぞれどの時代(どの事件を区切りとするのか)を指すのか教えてください。

1004犀角独歩:2004/09/26(日) 19:06

> 1003

横レス恐縮ですが、この件につきましては、既にみかんさんが疑問が呈され、僭越ながらわたしがお答えしたことがありますので、ご紹介いたします。

以下に質疑応答がありました。
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/study/364/1015557630/707-709

1005藤川一郎:2004/09/26(日) 19:09
雖念さん
私は表示されていますよ。
いま、したらばの掲示板にはサーバー上ときおり問題が生じることがあるようですが、様子を見れば戻りますよ。

PS、したらばを管理する今をときめく「ライブドアの社長」に苦情言いましょうか(笑)。

1006雖念:2004/09/26(日) 21:13
独歩さん:

ご教示ありがとうございました。
すると、「中古天台口伝法門」「中古天台本覚思想」「中古天台教学」の「中古」は、平安時代でいいわけですね。
 中古のほうが、上古よりも古いわけですが当スレッドで見る限り、「中古天台」という用例しかないので、混乱の恐れなしということで、よろしいのでしょうか。

藤川一郎さん:

ご教示ありがとうございました。しかし、この掲示板があのライブドアに運営されていたのにはおどろきました。

1007犀角独歩:2004/09/26(日) 23:27

雖念さん:

中古天台を平安期から置くか、ということは他の碩学の方のご意見を窺いたいと思います。
その語意が示す期間は、かなり幅があるように思えます。

いちおう、わたしのサイトには以下の文章を置かせていただいております。

執行海秀著『中古天台教學より日蓮聖人の教學、ヘの思想的展開(1)』
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/kaishu_005.html

相承略系譜
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/honkakukeihu.html

1008卞氏:2004/09/27(月) 11:29
>もし大石寺の法主の事でしたら、人の宗派の人事に口を挟むのは越権行為では無いでしょうか。
>常識的におかしいですよ。

基本的にはレスは無視しますが、勘違いされているようなので。

 ここは、人事に異議を申し立てるスレではないはずですよ。

やめて欲しいと願っているだけです。

1009藤川一郎:2004/09/27(月) 13:31
卞氏さん
貴殿も勘違いしているようですから一言
「自分と無関係の他宗の法主(代表者)」に「やめてほしいと願う」ことが越権(僭越)だと申し上げたのです。
それ以外の他意は全くありません。

※例として申し上げますと
「三井住友銀行の社員が、東京三菱銀行の頭取に辞めて欲しいと願うこと」
「楽天の社員がライブドアの社長に辞めて欲しいと願うこと」
以上が常識的に僭越だということはお分かりでしょう。

1010犀角独歩:2004/09/27(月) 13:48

では、わたしが僭越に一言。

池田さんにはやめてほしい、創価学会は解体してほしい、公明党は解散してほしい。

三言になってしまいました(大笑)

1011藤川一郎:2004/09/27(月) 15:19
そういえば、今日も親戚が聖教新聞の啓蒙にやってきた。
料金を全額出すから、6ヶ月とって欲しいそうである。
彼が近所の婦人部のおばちゃんがうるさいから何とかしてくれと頼むので、名前だけ貸してやった。
これも創価学会の勢力拡大の手伝いになるのかな(つぶやき)。

1012卞氏:2004/09/27(月) 16:47
自分と無関係じゃあないです。おなじ、大聖人の仏法を修する者同士。
なんの遠慮がありましょうか。それとも他人行儀でもよいから放っておけばよい
とでもいうのでしょうか?

そして、苦しめられた人間として、辞めて欲しいと願うのは、それは当事者だからですよ。
そしてまた、苦しめられている人へと共感を寄せるから、辞めて欲しいと願うのです。
人の幸せを願うことが越権なのか?他意がないなら、レスとしての書き込みは控えてもらいたいものだ。

 ***

さて、越権行為という言葉に準じてつぶやく。

宗門では信徒が僧侶に「物申す」ことが出来ない決まりごとがあるようですね。
それは越権行為だからなのでしょうか。
宗門に言わせれば、自分のところの構にさえ越権だというのだから、破門した学会などもまさに越権なのでしょうね。

1013問答迷人:2004/09/27(月) 16:56

宗門にどんな決まりごとがあるか知りませんが、ある支部の講頭が、「クロウ裁判の控訴審は勝ち目が無いから、取り下げてはどうか」と阿部管長に手紙を出したら、講頭罷免を所属寺院の住職から言い渡された。巨人のナベツネさんより酷いよね!発想は「信者如きが何を言うか」なんだと思います。

1014西武池袋線:2004/09/28(火) 21:28
はじめましてm(__)m問答迷人さん、唐突で申し訳ありませんが、御法主日顕上人がそんな一講頭にそのような処分を下された根拠はおありなのでしょうか?当方には全く情報がありませんので何とも言えないのですが、公開出来る範囲で教えては頂けないでしょうか。

1015togosi:2004/09/28(火) 22:51
日顕さんだって、池田さんだって、浅井さんだって、み〜んな一緒
そろってやめなさい。みんなそれぞれ思っていますよ。それを自分のところだけ正しいって、ほかの暖帯のこと書くから、自分のことが見えない「アホ」と笑われるわけですよ。
問答さんみたいに自分の所属していた団体を書くなら、まだしも、所属している団体以外のこと書くから「アホ」なやつと笑われるんだね。
ぼくは創価学会、池田さん、さらに言えば、戸田さんなんて大っきらいですね。
つぶやきだから、なに書いてもいいんだよね。

1016問答迷人:2004/09/28(火) 23:08

>西武池袋線さん

お疑いでしょうね。だけど事実です。僕は、その講頭がゲイカに出した文書を持っています。まぁ、これ以上書くと、その支部講頭が誰なのか、ばれてしまいますから、ご勘弁下さい。

1017西武池袋線:2004/09/29(水) 17:49
問答迷人さんに再度お伺い致しますが、本当にその方は御法主上人から、講頭罷免と言う処分が通達されたのですか?御本人様の文面をお持ちだと言う事ですが、それがかくたる証拠に当たるのですか?どこの支部かは見当も付きませんが、宗門側がまるで信徒に権威を降りかざす問答迷人さんの先にの内容は疑念もたざるを得ません。そのお話が噂話や作り話ではないのならば今一度、その経緯を御説明して下さい。

1018問答迷人:2004/09/29(水) 18:11

西武池袋線さん

まぁ、止めておきましよう。ここは、つぶやきスレッドです。正面切って言いたくないから、つぶやきスレッドに書いたまでです。これ以上書くと、差しさわりが大きすぎます。ご容赦願います。

重ねて言いますが、これは全くの事実です。そういうことが有ったか無かったか、宗務院庶務部副部長の阿部信彰師に聞いて見られれば良い。この件、師が担当しておられます。

1019西武池袋線:2004/09/29(水) 23:37
問答迷人さん、私自身で本山大石寺内事部、所属寺院の御尊師、また講頭さんへこの件について問い合わせをいたしました。しかし、どの方々にお聞きしても答えは同じ「そう言った事はないし聞いた事もない」と仰せでした。と、言う事は、私は騙されてる訳なのでしょうか。阿部信彰御尊師に聞けば良い、とおっしゃり切り捨てておりますが、そんなひどい事をされたのなら堂々と面と向かってお話下さってもよろしいのではないですか?納得はいきませんね。スレッドが違うならば、移動しても結構ですから指定してください。

1020問答迷人:2004/09/29(水) 23:55

西武池袋線さん

個人のプライバシーに深く関わる事です。公開は差し控えさせてください。御理解賜りたく存じます。ごめんなさい。

1021西武池袋線:2004/09/30(木) 00:40
問答迷人さん、でしたら1013でおっしゃられてる貴殿の説は御自身が管理者ならば削除または訂正をされた方がよろしいのでは?そんなに深く個人のプライバシーに関わる事にしては随分お気楽な内容に見えます。またその信徒さん(現在は知りませんが)のプライバシーを守るならば、お名前を出された御尊師のプライバシーもあるのではないでしょうか。私もそちらの御尊師が住職されてるお寺が近いですからこのページをプリントアウトしましたので持参し近々お話させていただきます。

1022問答迷人:2004/09/30(木) 06:44

西武池袋線さん

>1013でおっしゃられてる貴殿の説は御自身が管理者ならば削除または訂正をされた方がよろしいのでは?

当掲示板では、個人情報の取り扱いについて、以下のようになっています。

2 他人の個人情報(実名、住所、年齢、電話番号、メールアドレス、家族構成、勤務先情報、等)を、掲示板で公開してはならない(ペンネーム、ハンドルネームと実名を特定させるような書き込みを含みます)。但し、以下の一から五については、この限りではない
  
  五、本人の依頼による場合。

1013の書き込みは、その方からの依頼によるものです。

>お名前を出された御尊師のプライバシーもあるのではないでしょうか

信徒の役職を罷免すると言うのは、宗務院庶務部としての措置であり、その担当者名を公開する事は、何らその方のプライバシーには関係しません。誤解なきように願います。

>私もそちらの御尊師が住職されてるお寺が近いですからこのページをプリントアウトしましたので持参し近々お話させていただきます。

了解です。真実が明らかになる事ですので、喜ばしい事だと存じます。また、その面談の結果を当掲示板にて、皆さんに公開して頂けると幸いです。期待してお待ち申し上げます。

1023犀角独歩:2004/09/30(木) 06:57

これは楽しみですね。「正義感」に溢れ、「破邪顕正」の精神を守る「日蓮正宗のご僧侶」は当掲示板をご覧になれば、当然、投稿してその「非」を糺してくれるでしょう。
近々信彰さんの投稿を見られると言うことですね。
早いところ、ご本人に当掲示板と、該当の管理人さんの投稿を見せて、この場に事の実否を告げる投稿をして貰いたいものです。

1024問答迷人:2004/09/30(木) 07:07

ご本人より、以下の辞表と、辞任にいたる経過を書き込んで欲しい、との依頼がありましたので、書き込みます。なお、寺院名、氏名は伏せてありますが、宗務院が事実を認めなかった場合は、実名を公開して貰っても良い、との依頼を受けております。

辞  表
○○寺信徒 ○○○○  

右の者、左記の理由により、法華講○○寺支部副講頭の任を本日付を以って辞めさせて頂きます。

理由 
日顕上人猊下様に、クロウ裁判の控訴を取り下げられた方がよろしいのではないか、との意見を七月十七日付けにて、書面にて申し上げましたところ、八月十八日、御住職より、「宗門の方針と意見の異なる者が副講頭、並びに講頭代理の任にあることは、好ましくないので、辞任してもらいたい。」との宗務院の御意向が伝えられ、御住職からも、辞表の提出を求められたため。

○○寺御住職 ○○○○ 御尊師
平成十三年八月二十日

なお、正確には、上記の通り、副講頭で講頭代理だそうです。謹んで訂正いたします。また、この辞表は、猊下様に提出したお手紙と共に支部役員会にて配布し、なぜ辞任するのかという理由説明を行い、支部役員より了承されたものです。さらに、その次のお講のあと、御住職より、「講頭を罷免する」と発表されたものです。


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