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つぶやきすれっど2
988
:
卞氏
:2004/09/09(木) 14:35
「塔婆供養の原理についていえば、人が死ぬと宇宙の生命に溶けこみます。
『色心の二法であるゆえに』、この生命を塔婆という体を作って供養すれば、
聞いた題目が生命に感じて業が薄くなり、苦悩を少なくし『うる』のです」
戸田先生の言は生命論を根底にしていることがうかがえますね。
まあ、この指導から、「塔婆は成仏に不可欠」という義は見出せません。
そして立てたのだから故人が成仏するとも言っていないんですね。遺族が信心を全うすることこそが鍵なのだ。
前後をよく読んでおくように。(そこに文献学者の陥る落し穴がある。)
「しうる」だから、塔婆を供養する儀を行うことによって、その業を軽くする可能性を言ったものですね。
塔婆自体に功力があるのではなく、塔婆をを立てた人の心が主体になっている。ここが大事だ。
もちろん「塔婆はなくともよい」ということと対立するものでもない。もともと「塔婆があってはならない」ということでもない。
遺族の信心の回向が、塔婆供養という形態で行われればそれで良いのだ。
『年に一回やらなければ成仏しない。』『月に一回やら無ければ成仏しない。』は邪義・邪説の類。形骸化は宗教の死滅。
塔婆に原価以上の対価を求め、成仏の度合いをはかろうなどというのは、霊感商法の類。
***
最近は、葬儀の形態も様々で、必ずしも坊主を必要としない葬儀もあるようだ。
坊主は如説修行をしてこそ、尊敬される。
自分の所属寺の坊主が、金に汚い人間かどうか、ちゃんと見極めよう。言いなりにならぬよう。
***
平和そうかさん。
良いところ見つけたみたいですね。
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