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つぶやきすれっど2

930卞氏:2004/09/04(土) 11:02
下記のような書き込みがあったようだが、追い出されたので返答は控える。
あくまでも、つぶやき。

>あなたこそ、この文面をよく読んで下さい。
>「もちろん日蓮正宗の寺院は、御授戒、葬儀、法事という重要な儀式を中心とした場であり」
>と、池田さんは言っています。
>ならば、「追善法要」は日蓮正宗の寺院に任せたらよいのですよ。「重要な儀式」を自前でやることはありません。自前でやることは、「第9回教学部大会」で池田さんが言っていることと明らかに矛盾します。

学会員がお寺ではやりたくないと言ったら、学会でやってあげるしかないではないか。それをやるなというのは無慈悲というものだ。
いまは法華構でさえ、その儀式のための供養をせびる坊主を嫌い、脱構している人が居る。
会員も、構員も、そういうのがイヤなのだ。

>見方を変えれば、宗門を資金難に追い込んで、創価学会の支配下に置こうとしていた目論見が見えてきますが・・・・・。

学会は宗門に寺まで寄進している。正本堂建立の供養も多額にわたる。
その学会に、儀式まで自分達で囲いこんで収入まで求めようとしていたというのか?
その儀式程度の収入がなくなったぐらいで、資金源が枯渇すると思っているのほうもおかしい。
学会を破門したから収入が無くなったんだ。坊主が嫌われているから、人が減るのだ。
その法主の愚かさに気づくべきだ。

むしろ、一般家庭における儀式による高額な支出は、構員、会員の経済状況を逼迫させることになってしまう。
そこのところをよく考えてみよ。無用な儀式、無用な戒名、無用な塔婆。それが時代の流れだ。

>一般に、ある特定宗教の信徒団体は、その宗教の信徒の集まりです。
>創価学会が日蓮正宗の信徒団体であるということは、
>日蓮正宗の信徒の集まりなのですから、
>日蓮正宗の教義に従うのは当然のことです。
元々別法人として登録している。そのことに宗門は異論は無かったはずだ。
一宗派の教義に全て従うことに、当然視するほうがおかしい。
学界が宗門を尊重していたのは外護の精神があるからだ。
それが理解できなければ当時の学会の発言の真意は到底理解できない。

>卞氏さんの主張に従えば、学会は宗門と違う教義を信奉していた訳で、
>それは二枚舌であり、本来、日蓮正宗の信徒団体なんかではなく、
>便宜上、日蓮正宗の本尊、教義を借りていただけで、
>本当は、独自教義を持つた宗教団体だつた、という事ですね。

ご本尊は日蓮正宗の独占物などではない。
ご本尊は日蓮大聖人が全ての人に与えられたものだ。
大聖人の仏法。日興上人への系譜。
そして日寛上人の顕すところの教義において、教義において全く宗門と一致していたではないか。
学会はそれをいまでも捨てたわけではない。
邪義を排し、不要な化義は使わなくなっただけだ。
当時の外護の精神において、宗門の化義を尊重するとまで言っているのだ。

我々が信じ奉っているのは、化義ではない。唯一ご本尊のみである。受持即戒である。
教義を比較したいのならば、そこを先ず理解しなければ、ほんとうのことは何にも分からない。意味もない。


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