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つぶやきすれっど2

931卞氏:2004/09/04(土) 12:27
教義比較のところでも参考になるものがあったが、追い出されたからなぁ。理解できるかどうかも不安だ。
こんなものはいくらでもあるが、タイムリーなのでコピペで引用させていただく。

 ***
 
日達上人の説法「学会の教学に学べ」

【ここにまた学会においては沢山、書きもの、書物が出ています。我々は御書を中心とし、御書を心肝に染めていくということは、僧侶として当然です。しかし我々の御書講義は、先師の講義をいでないのであり、逸脱するということはよくないのである。ある程度進歩的になってもいいけれども、進歩して説明していかなければいけないけれども、それ以上に逸脱するということは、いつか宗祖の教えを間違ってしまう根本になるのであります。】

と、逸脱の危険性を踏まえた上で、続く。

【この点は学会においては御書は十分に、世間的にこれを咀嚼(そしゃく)し、解釈し、自由自在に解釈しております。まことにその点は立派だと思います。どうしても、我々の御書研鑽はどちらかというと訓詁の学、訓詁の学ということは昔、批難されておりますが、訓詁の学になりやすい。ところが学会の人は新しい知識で、世間の新しい考えを持って御書を縦横に解釈しております。大いに学ぶべきであり、学会の本をどんどん読んでいいのである。それは読むなというと、ますます我々が、僧侶がクルミのごとく固く小さくなってしまうにすぎない。大いに学会の本は広布のために出したものであるから、参考にすることができましょう。そして、大聖人の教えを咀嚼(そしゃく)していくということがもっとも大事であると私は常にそう思っておるのです。だから学会の本は大いに読みなさい。】

(「蓮華」48年9月号)・(昭和48年8月30日・第22回教師講習会開講式・総本山・大講堂)

いかに前師が学会を大切にされていたか、窺えるところだ。

教義が違うのではなくて、それぞれ組織としての文化が違うんだ。


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