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つぶやきすれっど2
1
:
管理者
:2002/12/15(日) 15:25
つぶやきすれっどが、1000レスを越えて、使えなくなりましたので、新たに、つぶやきすれっど2を立ち上げました。よろしくお願いいたします。
何となく、普段からフツフツと感じている事を、ここに書き込んでみて下さい。
このスレッドは、独り言、ボヤキですから、会話、議論の応酬は避けましょう!
本音、弱根を、思う存分サラしてみましょう!
1809
:
コウ
:2005/09/22(木) 18:10:28
問答迷人さん。
法論する気はないですよ。
ただ、あまり邪儀を唱えられても
「日蓮正宗」が大変迷惑をするのでね。
>法華初心成仏抄は、真蹟は無く、時代写しも無く、内容的にも、
疑義のある御書。
これを証明してください。
ところであなた、
法華講員ですか?
本当に?
1810
:
問答迷人
:2005/09/22(木) 18:49:15
コウさん
このスレッドは議論禁止なんですよ。議論したいなら、適切なスレッドを選ぶか、新しいスレッドを提案されるべきです。
>これを証明してください。
あなたのお持ちの御書全集(創価学会版でも、日蓮正宗版でも構いません)の目次を御覧なさい。そのように書いてありますよ。
>ところであなた、法華講員ですか?
貴方は議論が目的なのか、日蓮正宗のメッセンジャーをするのが目的なのですか。
僕が法華講員なのかどうか、何か議論の中身に関係があるんでしようかね。
まぁ、この位にしておきますね。
1811
:
犀角独歩
:2005/09/22(木) 20:02:26
管理人さん
コウさん
コウさんは、わたしを名誉会長、パンナコッタさんを会長、独学徒さんを教学部長と勝手な役付けをし、法論をしたがっているんでしょう。
わたしは別段、かまいませんよ。
ただし、「法論」という限り、勝敗を決し、もし、わたしが負ければ、今後、わたしは一切の言論活動をやめましょう。しかし、わたしが勝った場合はコウさんには、法華講をやめる(脱講届の提出)のみならず、本尊を寺院に返納し、日蓮正宗の信仰をやめていただきます。
以上の真剣勝負といたしましょう。
この場をお借りするわけですから、このレフリーには、問答さんがなってください。
わたしの本名と連絡先は管理人さんはご承知です。
コウさんは掲示板下記にあるメール、本名と連絡先を通知してください。この際、所属寺院も書き添えてください。
さて、公開「法論」を始めるに当たり、さらしスレッドにある投稿につき、質疑応答をいたしましょう。
> 「法華初心成仏抄」を、
> 読まれたことがありますか?
もちろん、あります。
> もしもあるなら、全文解説つきで、
> 引用していただけませんか?
なぜでしょうか。
この意味を解説してください。
わたしは、同抄をもって日蓮正宗を難じたことは一度としてありません。しかし、コウさんはこの書をもって日蓮正宗が正統であるというためにこの書を引用したのでしょう。よって、まず、以下、5点につき、説明を求めます。
(1)同抄が日蓮の親筆であることを証明してください。
(2)この書が日蓮の正当性であることを証明してください
(3)この書が日蓮正宗の正統性を示す理由を証明してください。
(4)この書をもって日蓮正宗が正統であることを証明してください。
(5)この書をもって日蓮正宗が自宗を正等であるという文献的証拠を挙げてください。
以上の5点に答えられなければ、まさにコウさん自身が言うように
> 手を抜いてコピーを使うようなことが
> あれば、鬼が笑いますよ。
次に前提の質問です。
コウさん、あなたがいう「日蓮正宗」とは何を指すのでしょうか。
日蓮正宗大石寺ですか、日蓮正宗正信会ですか、日蓮正宗冨士大石寺顕正会ですか、それとも、本門正宗ですか、はたまた日蓮正宗創価学会ですか。
また、日蓮正宗という限り、大正年間以前は含まないでしょうか。それともどこまでを日蓮正宗といってのことでしょうか。この点を回答ください。また、言うところの法華講とは何をさすのでしょうか。
> 「法華初心成仏抄」を全文引用して、
> 解説してくださいな。
コウさんが挙げたパンナコッタさん、独学徒さん、わたし、3人とも同抄を取り沙汰したことはありません。故にその全文を引用して解説する責務は言い出したコウさんがまず負います。
以上、5点の質問と、あなたが言う日蓮正宗をここに説明し、その立場から、どうすると同抄が日蓮正宗の正統性を示すものであるかを全文を引用して説明してください。併せて、あなたの本名・連絡先を管理者さんに通知してください。
この「法論」、受けてたちましょう。
管理者さんには「法論」用のスレッドを、コウさんが上記質問と本名・連絡先を告げてきた時点で立てていただくよう、依頼します。
1812
:
犀角独歩
:2005/09/22(木) 20:14:49
なお、わたしは独歩であり、特定の会を組織しているわけでもなく、名誉会長でももちろんありませんし、そんか低俗なニックネームも願い下げです。この点はパンナコッタさんも、独学徒さんも同様でしょう。
また、お二方が、この「法論」に加わるか否かは、もちろん、ご自由です。
まじめな議論において、人格攻撃、揶揄の類は排除してください。この点は当掲示板の規約、「管理者からのお願い」を遵守しましょう。この違反があれば、反則負けということにもいたしましょう。
勝敗を決することですから、時間制限を設けましょう。質問に対して24時間以内に返答がない場合は時間切れといたしましょう。ただし、この時間を具体的に申し出た場合は、その時間といたしましょう。
1813
:
コウ
:2005/09/23(金) 00:16:30
犀角独歩さんへ。
まあ何も、それほど大げさな話でもありますまい。
勝敗など私にとってはどうでもいいことです。
ただ邪儀をかまえていることが問題なのであり、
あまりにも「身延」に酷似しているので観想を述べたまでですよ。
お気を悪くされたのなら謝罪でもしましょう。
しかし本尊の写真等をとることなど
「正当なる日蓮正宗富士派」としては
厳禁であり「謗法」となる原則には変わりありますまい。
以前のスレッドを見せていただくと
「沖浦」を徹底破折されておりますね。
これは大変素晴らしいのですが、
しかし本尊の写真をネットでUPするのは
いかがなモンでしょうね?
管理人さんが本当に「法華講員」なのか、
疑問に思ったのはその点なんですよ。
「悪しく敬ってはいませんか?」
そういう意味です。
頭のイイあなたたちならば、
理解されると思いますが…
1814
:
犀角独歩
:2005/09/23(金) 01:36:03
コウさん
1813に限り、応答しましょう。
> 本尊の写真等をとることなど
> 「正当なる日蓮正宗富士派」としては
> 厳禁であり「謗法」
そうですか。では、わたしが使用している熊田葦城著『日蓮上人』に掲載された写真の撮影は謗法ですか。明治44年のことです。まさに富士派の話でしょう。宝蔵に秘蔵厳護されている本尊です。カメラ、感光剤の性能も著しく悪い時代の話です。盗み撮りではありませんよ。石山の、それも「猊下」の許可なくして撮影ができることではないでしょう。もし、この撮影が謗法であるというのであれば、当時の歴代「猊下」、並びに隠尊「猊下」は謗法なのでしょうか。
また、あなたの家の本尊は形木本尊ですか。その本尊の製作は写真製版という方法を採っています。これは謗法ですか。
大石寺総坊に並ぶ、阿部氏書写漫荼羅の板本尊はみな同じ相貌です。つまり、これらは写真で原図を採ったので大量生産が可能だったのではないでしょうか。これは謗法ですか。
わたしは大石寺教学部長・大村さんの勉強会に参加していました。この時、立正安国会発行の『御本尊集』の漫荼羅写真を披露していました。これは謗法ですか。
あなたの年齢は存じ上げませんが、そもそも何故、石山で漫荼羅の写真撮影が謗法扱いされるようになったか、それは上記、『日蓮上人』に載った「戒壇の大御本尊」を一見して、『御本尊集』と比較すれば、直ちにこの本尊が偽物であることがわかるからです。実際に、この写真を見て、日蓮真筆漫荼羅の知識を持ち合わせた人は一見して、この彫刻が偽物であることを見破ってきた歴史的経緯があります。そのために、慌てて、写真撮影を厳禁し、謗法として、情報操作を行ったのでしょう。あなたはその操作にまんまとはまっているのに過ぎません。
「写真撮影が謗法」。何故、自分がそのように考えるようになったのか、また、そのように言われるようになった理由は何か、それを真剣に考えてみれば、理解できます。
写真に撮られて、都合の悪いが故に、本尊の写真撮影は謗法である情報操作をしているのに過ぎません。その証拠に当の石山は写真を大いに利用し、信者に頒布する本尊を製作しているじゃありませんか。写真撮影が謗法ならば、大石寺こそ、まさに謗法であることになりますが、どうでしょうか。物事はこのように考えていかないと、その底意というものはわからないのですよ。
この馬鹿げた仕掛けを管理人さんは、しっかりと洞察されているのです。
あなたはわたしの記したページを読もうとしないのでしょうが、ここにわたしは以下のように記しました。ここには漫荼羅写真が掲載されているので、あなたは読まないのでしょう。ですから、文章だけを転載しておきましょう。よくよく熟読玩味してご覧なさい。
……「戒壇の大御本尊様以外は、たとえ日蓮大聖人の真筆でも拝んではいけない。罰が当たる。御本尊を写真に撮るのは謗法だ。御本尊の写真集なんて見るものじゃない」などと言った〝指導〟である。
そもそも各家庭に頒布される「形木本尊」と言われる印刷漫荼羅は写真撮影された原稿を製版印刷したものである。写真撮影を禁じれば、この頒布自体が成りたたない矛盾が生じる。
しかし、このように真筆の御筆漫荼羅から目を遠ざけさせ、さらに漫荼羅の写真を禁止すれば、信徒会員はビジュアル情報を完全に閉ざされることになる。彼らにとって日蓮真筆は「本門戒壇之大御本尊」唯一つとなる。もっともこれは参拝でも遠目でよく見えない。よく見ることができるのは各家庭に下付された大石寺住職が書いた原本とする印刷漫荼羅、あるいは寺院、会館の、同じく大石寺住職が書いた漫荼羅だけとなる。信徒会員は御筆漫荼羅を見ることを謗法と禁じられているわけだから、それが一体どのようなものであるかという知識を持ち合わせていない。
見事な情報操作に舌を巻くばかりだ。こうして言うがままに信じ込まされている、「唯一絶対の御本尊は弘安2年10月12日建立の本門戒壇之大御本尊様のみ」と。
創価学会を含む大石寺集団では、日蓮の真筆御筆漫荼羅を見聞することを禁忌として人々の知的欲求を閉ざしている。その「思考停止」という心理操作によって、板漫荼羅を疑う心の自由を奪い取ってきた。」……
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/itamandarasingi.html
1815
:
犀角独歩
:2005/09/23(金) 01:54:25
そうそう、一つ書き忘れました。
『御本尊集』(立正安国会)漫荼羅写真掲載の内、第82、第111、第116は大石寺所蔵の漫荼羅で、堀日亨が許可して掲載したものでしょう。第82は石山がいう紫宸殿(師師伝)本尊です。これら写真が謗法ならば、堀日亨その人は謗法となりますが、どうでしょうか。
また、日亨は写真に撮った第82漫荼羅を元に板に彫刻し、これを雪山坊に安置したのではありませんでしたか。この行為は謗法ですか。
第82
http://nichirenscoffeehouse.net/GohonzonShu/082.html
第111
http://nichirenscoffeehouse.net/GohonzonShu/111.html
第116
http://nichirenscoffeehouse.net/GohonzonShu/116.html
さて、本尊写真撮影については、以上です。
ここはつぶやきスレッドです。
以降は、適宜のスレッドで、といたしましょうか。
なお、
> 大げさな話でもありますまい。
ならば、たやすく「法論」だ、「かかってこい」などと蛮勇に任せてものを言わないことです。
> 勝敗など私にとってはどうでもいい…邪儀
邪儀は邪義でしょう。まあ、打ち間違いはいいことにしましょう。
しかし、邪義も何も、石山が邪義であれば、それを言うのは当然のことです。
邪義でないというのであれば、大げさでけっこう、言い出した責任として、法論、真剣勝負をわたしとしなさい。できない腰抜けならば、偉そうにものを述べないことです。
みっともない限りです。ここではあなたの浅薄な知識・強盛な信心と勘違いした思い込みは通用しません。
過去ログの一切を読み直して出直しなさい。
1816
:
問答迷人
:2005/09/23(金) 02:00:35
コウさん
曼荼羅を写真に取る事が不敬になるとの事、犀角独歩さんが述べられている通り、僕はそのようには今は全く考えていません。
ネットに曼荼羅の画像をupすることにも、なんら問題があるとは思っていません。それは資料としての必要に応じて提示しているのみです。
また、大石寺戒壇板曼荼羅、所謂戒壇の大御本尊様だけに神秘的な力があるとは考えていません。
なお、誤解を避けるために付言して置きます。僕は今も昔も、熱烈な法華信者であり、今後とも、曼荼羅に対する信仰を生涯捨てる事は無いだろうと思っています。今も僕は、曼荼羅に対する信心を、生活の全てに先行・優先させ、信心を生活の根本として、信心第一で、日々勤行唱題に励んでいる事を御報告しておきたいと思います。
1817
:
犀角独歩
:2005/09/23(金) 05:33:28
つぶやきということで。
漫荼羅を本尊たらしめているのは、持(たも)つ当人が信じる力に依るのでしょうね。
ですから、それを信じるに足る通過儀礼がそれを決定付けるのでしょう。
石山末寺から下付される印刷は、入信、受戒、信仰、勤行という本人が納得する儀礼、修行を通じて、本尊となっていくのでしょう。
漫荼羅を写真に撮ったものは写真です。普通の写真のような光沢、絹目といった紙に印刷されると本尊という実感は薄いでしょう。しかし、これを和紙に印刷し、表装し、仏壇に安置し、日々、勤行・唱題を繰り返せば、やがて本尊として価値を発揮することになります。これは彫刻でも同じでしょう。店に掛かっている屋号を彫った板が看板で、漫荼羅を彫れば本尊であるというのは、そこに刻まれた文字の意義がわかる人にしか通用しない心理です。店の看板でも、寺院の本堂の仏壇に安置されていれば、まるで漢字の読めない外国人ならば、何か大切な信仰対象であると思うことでしょう。
わたしが問題にしているのは、漫荼羅を写真に撮れば謗法かどうか、もしくは写真製版した印刷が漫荼羅かどうか、ということではなく、何故、それを謗法と思うのか、もしくは本尊と思うのかという己心・他心の問題です。そのように思うようになったのは、外的要因の影響で喜怒哀楽を操作されていないのかという問題です。
1818
:
パンナコッタ
:2005/09/23(金) 11:25:46
あらら、エラいことになってたんですね。
自分の名前が出た以上、書かせて貰いますが自分は当たり前ですが”会長”なんぞはやってませんし、
さらしに移されたこの文面は、悪意があり揶揄的に受け捉えるので対応することなく”スルー”させてもらいます。
もちろん、この板のルールに則って非礼な部分を謝った上で、議論を続けたいと言うなら構いません。
しかし、その様な当たり前のことを出来ない人物には時間の無駄ですし、一切スルーで対処させていただきます。
1819
:
独学徒
:2005/09/23(金) 12:13:43
コウさん、初めまして。
ここでのルールに則した議論ならば、きっと皆さんも歓迎し、貴方にとっても実り多き時間となると思いますよ。
一緒に学びませんか。
1820
:
犀角独歩
:2005/09/23(金) 12:16:53
1817の自己レスです。
ここで、わたしが記したことは、1816に問答さんが開陳された法華、漫荼羅信仰を否定する意図ではありません。信教はあくまで自由ですし、記したとおり、漫荼羅は本尊と足りえるでしょう。
ここは自由な議論の場ですから、立場を明確にしておかないと混乱が来たすと思ったので、問答さんがお考えを提示されたので、同様にわたしも立場を鮮明にしたということです。
1821
:
ラキ
:2005/09/29(木) 22:32:12
秋ですね〜
そろそろ、鎌倉の紅葉もはじまり、連師の足跡を辿る、オフ会とか楽しいかなぁ〜
(-ェ-o)ボソッ
1822
:
犀角独歩
:2005/09/30(金) 01:23:11
ラキさん、本日は有り難うございました。
1823
:
とうとう本当に地球が死滅
:2005/09/30(金) 10:41:07
昨日のマスコミで取り上げられていたけれど、このまま温暖化が進めば百年以内に貝類は海水が酸性に変わって死滅するそうだ。貝が生きられないということは海の死滅を意味するので、その結果として陸が無事であるわけがない。つまり地球の死滅です。運が良ければ?百年といわず数年後の滅亡し、あなたは滅亡に遭遇することができる!?世界中でハリケーンや台風の多数同時発生、くらげの異常発生などその兆候は枚挙に暇がない。池田さん、日顕さん、浅井さん達!この現実に目を向ければつまらない抗争をしている場合じゃないとわかるはずだが。真の指導者ならばあなた達の力で何とかできるはずだし、こんな時こそ少しでも何か行動しているでしょう。、そうしてこそ本物のリーダーと言えます。
多分、反対にニセのリーダーと証明してくれるのじゃないかな。最後に正信会は話にならない。
1824
:
ラキ
:2005/09/30(金) 23:08:13
Mドで顕正会の悪口罵詈を語っていたのは、私です。
山手線系の後ろの席にいた、お兄さん〜
身動きしないで、聞き耳立てていたのが、気になるんですが(^^;
1825
:
ラキ
:2005/10/01(土) 00:34:36
聖教新聞入手して見たら・・・
広告だらけε-(´д`) ハァー・・
機関紙に広告載せるなら、値段下げましょう〜
広告収入は課税対象ですよね?・・・
疑問に思わないのかと(=д=;)はぁ…
1826
:
ラキ
:2005/10/04(火) 19:35:17
介護保険見直しで、デイケアーの食事代が増額!
うちの父が今お世話になってる場所が料金UPの為、他所の施設に移転する事になりました。
社会福祉を訴えてる所は、何とかして欲しいものですよ。。。。
ついでに、1年前に”疥癬”の感染があったにもかかわらず、今月に入ってまた、”疥癬”の感染が判明!
あれほど、行政には注意するように警告をしていたのに、同じ過ちを犯すとは・・・
1827
:
ラキ
:2005/10/06(木) 00:20:55
お料理の本を立ち読みしていたら、けんちん汁の発祥が「建長寺」と知り、けんちん汁を食するとき「謗法汁」とか言われたらどうしましょうと?くだらない疑問をふと思い浮かべてしまいました。(^^;
「日本豆腐協会」のけんちん汁の紹介ページ。
http://www.tofu.ne.jp/2004/abouttofu/rekishi/rekishi/4-kenchin.html
1828
:
パンナコッタ
:2005/10/06(木) 11:38:26
ラキさん、
池上会館のすぐ下にある照栄院さんの”たぬき汁”も一応、名物とのことです。
http://www.shoueiin.jp/shoeiin/tanuki.html
精進料理なので本物のタヌキは入っていませんけど、簡単レシピが載っています。
1829
:
犀角独歩
:2005/10/06(木) 13:05:36
創価学会にいた頃、「広宣流布の模擬試験」記念とか言って、毎年、豚汁を皆で、登山となれば、新町売店に駆け込んで、豚汁を食べていました。
本門寺では、たぬき汁、知りませんでした。
今度、池上でオフ会をやるときにでも、みんなで食べますか。なんか、ばかされそうですが(笑)
1830
:
ラキ
:2005/10/06(木) 14:44:08
”たぬき汁”*゚ρ゚)ノ~*.オオオォォォォォォ-
次回、たぬき汁をメインのミニフィールドオフ会か、昼食オフ会とかいいですね。
たぬき=てんかす(揚げ玉)が入ってるのかと思ったら、入ってないんですね。
宗教と食文化。探せば色々ありそうで、楽しそうです。
(難しい事はわからなくてもいいのです。美味しい!幸せの有難い一念で食せばいいのです。)(;゜(エ)゜ヾ
正宗では来年の年明けに教学試験がありますが、正宗系教団の”教学試験”は、試験に合格するための勉強で、教学を”身に付ける”勉強ではないと最近感じております。
受験の為の”教学試験”なら受けない方が、身の恥にならないような気がします。
試験何級合格者と言っても、基礎教学に近いことさえ質問しても、答えが無いか知らないって方が多い現状は、嘆かざるおえません。
1831
:
独学徒
:2005/10/06(木) 15:15:15
>犀角独歩さん、
お薦めスレッドより移動します。
お薦めスレッド334のご投稿にて紹介戴きました、「大石寺の歴史」181以降を拝見しました。
2001年に既にここまで議論されていたのですね。
改めて敬服しました。
2001年といえば、確か私は、学会教学に何の疑問も持たずに、青年教学一級試験に挑戦し合格したころだと思います。
その後、宗門との問題を取り扱うようになり、それまで学習した教学が何の役にも立たないことがわかり、情報をインターネットの世界に求めたことが、自身の新たな研鑽のきっかけとなりました。
膨大な過去ログをすべては拝見できないでしょうが、できるだけ同じ議論の蒸し返しにならないよう注意してまいりますので、今後とも宜しくご指導の程お願い申し上げます。
1832
:
犀角独歩
:2005/10/06(木) 16:19:38
独学徒さん
> 議論の蒸し返しにならないように
いえいえ、書いてきた本人も、そもそも、忘れてしまうほどの分量です。
確認の意味においても、議論の蒸し返し、大いに歓迎ということにいたします。
わたしは皆さんの議論をしながら、また、学びながら、過去の自分の考えを書き換える毎日です。ですから、蒸し返しても、また、そこに新しい展開も生じようかと存じます。
その点はお気になさらず、お気軽に、と申し上げておきます。
1833
:
独学徒
:2005/10/06(木) 16:30:29
>1832
犀角独歩さん、
恐れ入ります。
初学の私にとって、大変にありがたいお言葉です。
有難うございます。
今後とも宜しくお願いいたします。
1834
:
彰往考来(しょうおうこうらい)
:2005/10/07(金) 12:42:35
>1830 ラキさん
> たぬき=てんかす(揚げ玉)
というのは関東の文化でして関西では“たぬき”とは、黒いソバに油揚げの入っているものです。関東ではこれを“キツネソバ”といっているはすです。
動物の狸の肉は臭いので今では食することはまあないでしょう。江戸時代には食していたようですが、臭い消しにニンニクを使ったようです。
1835
:
藤川一郎
:2005/10/07(金) 13:45:58
スレ違いにつき再投稿します。
元は削除下さい。
先日、某右翼結社の団員と会ってました。
彼は右翼でありながら真如苑信徒という変わり種なんです(笑)。
さて本題ですが、昨今「右翼結社(民族結社)」の団体行動に国柱会の方が参加されることがあるそうです。
彼もその時に配布していた国柱会の機関誌を所持しておりました。
そこでどなたかご存じの方がおられましたら、お答え下さい。
昨今の国柱会は政治結社としての立場もあるのでしょうか?
1836
:
ラキ
:2005/10/07(金) 18:26:21
>1834彰往考来さん。
>というのは関東の文化でして関西では“たぬき”とは、黒いソバに油揚げの入っているものです。関東ではこれを“キツネソバ”といっているはすです。
”きつねそば”=揚げ玉入りは関西です。
関東では”きつね”=油揚げが入った、うどん。そばを”きつね”うどん。きつね蕎麦と呼んでいます。
和歌山で驚いたので、印象に残ってます。
注文したのと違ったので(^^;
余談ですが、関東と関西では、カップ麺の味が違います。
商品に「E」「w」と印刷があり、関東、関西と2種類販売しています。
「大阪食のタブー集・マナー集・常識集」
http://www.kuidaore-osaka.com/2top/deep/02_tabu/0009.html
1837
:
イワザル
:2005/10/07(金) 20:12:40
RE:1835 藤川一郎さま
>昨今の国柱会は政治結社としての立場もあるのでしょうか?
ございません。
>団体行動に国柱会の方が参加
あくまで、個人的な行動です。ただ、以前の機関紙編集者に思想的偏りが
あったかもしれませんね。もし、その機関紙が最近のものであれば、
「立正」ではありませんか?それは「国体学会」の機関紙ですね。
一部の方のため、間違ったイメージが出来上がり迷惑しております。
まあ、一般的に見れば右よりですが、政治結社ではありません。
困ったことです。(~_~)
1838
:
藤川一郎
:2005/10/07(金) 22:24:32
>>1837
イワザルさんへ。補足します。
機関誌は何だったかは忘れました。もしかしたらそれかも知れません。
それと田中勇一郎さんという方の運動への激励文(?)のような物をご持参されたそうです。
情報は以上です。
1839
:
慎之輔
:2005/10/07(金) 23:31:30
藤川一郎さま
たぶん、昭和の日の成立に関係する催しか?活動ではありませんか?
国柱会は昨今というより伝統的に天皇及び天皇制を尊重していますね。
戦前の明治節制定にもかかわりましたからね。ただ、それ以上の政治の
手法に口出しするような政治結社ではありません。宗教団体ですから。
派出の団体は結社的なものもあります。
1840
:
犀角独歩
:2005/10/08(土) 05:27:16
独学徒さん
昨日、本行寺をのぞいてきましたが、御会式桜は葉ばかりでした。
ちょっと、がっかりして眺めていると、傍らにいた方が「あそこに一つ咲いていますよ」と指さした先に一つ、二つ、花開いていました。携帯電話のカメラに望遠機能がなく、残念ながら撮影できませんでした。この種類は葉が先なのかどうか、しばらくしたら、咲くのでしょうか。
http://www.geocities.jp/saikakudoppo/oesikizakura051007.jpg
(上記、ジャンプしなかったら、アドレス(D)にコピペしてください)
1841
:
独学徒
:2005/10/08(土) 11:38:57
犀角独歩さん、有難うございます。
10月13日は無理ですが、近く見学に行ってみたいと思います。
1842
:
犀角独歩
:2005/10/08(土) 12:40:58
独学徒さん、御会式桜というのは、たしか長く咲いていると思います。
1843
:
ラキ
:2005/10/09(日) 00:53:49
妙観講が”顕正会。日蓮宗”の折伏の為のマニュアル冊子があるとの話を聞いたのですが、そのような冊子は存在するのでしょうか?
1844
:
ラキ
:2005/10/09(日) 01:03:37
桜と言えば”春”ですが、秋に咲く桜もかなりあります。
下記のHPにて、秋の桜の写真付きで記事が掲載されているので、秋桜が堪能できます。
「年中桜旅」
http://sakura.way-nifty.com/sakura/
1845
:
独学徒
:2005/10/10(月) 13:01:26
犀角独歩さん、ラキさん、情報有難うございます。
1846
:
ラキ
:2005/10/10(月) 23:41:32
”富士門流信徒の掲示板”が書籍になれば、教団・団体の発言に矛盾を感じ、”嘘”を教え込まれた、と目が覚めるのでは?・・・
富士門流信徒て多いからベストセラー間違いなしかな?(;^□^)あはは…
1847
:
ラキ
:2005/10/11(火) 00:40:38
妙観講・大草さんの法道院に居た時の指導教師に対しての暴言のネタ(まだ起きてるけど!汗)探しをしていたら、歴代の本尊の写真を発見。
板彫刻て色んな種類があるんですね。。。。
それにしても○○の本尊て記載ではなく”御本尊”て記載してるのが・・・ε-(´д`)
「謗法容認シリーズ」
http://fujinomiyaboy.fc2web.com/shiryousitu_houbou_index.htm
1848
:
栴檀
:2005/10/13(木) 09:08:55
こんにちは。
突然話をそらして申し訳ありませんが、
1777〜1787あたりで話題になりました題目の区切り方なのですが、
江戸初期の立本寺第二十世霊鷲院日審上人の講義録の中に
やはり南無・妙法・蓮華経で切るようにとのご教示がありました。
もしかするとかなり前からこのような指導が行われていたのではないでしょうか?
1849
:
犀角独歩
:2005/10/14(金) 01:34:39
本日、立正大学の公開講座に参加してきたのですが、上演された演能「龍乃口」、最後の決め場面で、‘日蓮聖人’がお題目を唱えるシーン「南無、妙、法蓮華経」と発声されたとき、栴檀さんが顔が目に浮かびました(笑)
1850
:
藤川一郎
:2005/11/01(火) 14:25:32
この頁面白いよ。
卒塔婆用プリンターもあります。
http://www.oterasan.jp/index.htm
1851
:
パンナコッタ
:2005/11/05(土) 11:14:50
公明党は4日、党の「政治倫理規範」を改定し、政治資金パーティーや企業・団体献金の禁止規定を削除する方針を固め、
5日決定する。小選挙区制に移行以来、当選には支持基盤の拡大が不可欠となり資金調達の必要性が高まった事情が背景にある。
すでにパーティーを開いている議員も多く、規範を現実に近付けることにした。 (毎日新聞) - 11月5日3時4分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051105-00000016-mai-pol
更新してリンクが切れる場合があります。
清廉潔白なイメージを売り物にしていたのに、なんだかねぇ。
1852
:
犀角独歩
:2005/11/05(土) 11:34:35
古い話ですが、公明党が出来立ての頃、宴会政治の廃止を訴えた国会中継を見た記憶があるけれど、格好良かったですね。さらに福祉政策とか、みんな、信念に基づいて、輝いて見えました。
これががっくり腐り落ちていたのがわかったのは、田代富士夫の砂利船汚職、池田克哉のリクルート汚職でした。
区議、市議辺りはどうだか知りませんが、衆参議員になれば、会員向きの顔と、議員一般社会の付き合いを使い分けていますね。いまや自民党のよきパートナーですからね。
藤原行正の藍綬褒章受章パーティーに行ったんですが、高輪新プリンスホテルの飛天の間で、「なんだ、創価・公明は『無冠の友』じゃなかったのか」と思ったのを覚えています。もっとも日本で勲章をもらわない池田さんは海外からで、いまや200にも及び勲章とか、何とか。
この『無冠の友』という池田さんの詩、たしか正本堂建立当時、パンフレットにされて配られたんですが、いまでも読まれているんでしょうか。聖教新聞配達員を謳ったものでした。あと、学生部に送った『6・30メッセージ』というのもありました。「喝采のない不惜の転教」という一節に涙したものですが、いまや、昔話というところでしょうか。
「昔はよかった」と、他宗の人を交えたところで呟いたら、「俺たちは迷惑していたんだ」とぼやかれました(笑)
1853
:
ラキ
:2005/11/05(土) 15:03:40
庶民の味方!公明党。
学会員が口にする言葉・・・
ここまで、裏切られて、小ばかにされて、学会員は何も思わないのでしょうか?・・・
いまさらながら、感覚が麻痺しまくっているんでしょうね。
1854
:
犀角独歩
:2005/11/06(日) 15:44:41
石山に限らず、正信会などでも、日興「仏聖人」と書く‘ほ信念体系で固定観念化から来る希望的観測ですね。『御遷化記録』を読み直していて、そう思いました。
「一、御所持仏教事
御遺言云。仏者釈迦立像。墓所傍可立置云々」(宗全興尊全集 P105)
仏聖人とは、釈迦と日蓮という意味なのだろうと思います。
現行の冨士方漫荼羅正意論者は決して認めないでしょうが、わたしは日興が仏像を奉安していた可能性は捨てきれないと考えます。
1855
:
れん
:2005/11/06(日) 16:46:15
横レス失礼します。
日蓮御遷化記録や原殿御返事から日興消息「仏聖人」を考えますと、やはり仏=久遠実成釈尊、聖人=日蓮と読むほうが自然ですね。独歩さんの御推測のとおり、私も日興は師日蓮に倣って釈迦立像を持仏として所持していたと思います。家中抄中巻に掲載された目録の「日興御作の釈迦一そん一ふく」の記述は、僅かにそのことを伝えるものと謂えるかも知れません。
1856
:
犀角独歩
:2005/11/06(日) 17:58:21
れんさん、ご教示有り難うございます。
興門上代の一尊四士を日興義とする日澄に係る記述、また、「日興持仏堂」と言った文献資料は、お示しの日精述と併せ、その事情を伝えていると考えます。
1857
:
怒りの台湾人
:2005/11/07(月) 20:13:02
今日、奉安堂の扉が故障して御開扉が中止になりました。扉が途中で開かなくなってしまい、
しかも手動で開けることが出来ない欠陥?が発覚してしまった。こんな安全管理で大丈夫なんだろうか?
御開扉料を返却するから退出して下さいと言われて、台湾からの団体さんがあ然して途方にくれてました。
この不祥事は前代未聞らしく今後の宗門を暗示しているかの様な不吉な出来事なんだろうか?
1858
:
犀角独歩
:2005/11/08(火) 00:19:36
前代未聞のことというか、以前もこんなことはあったと記憶しています。
その時は御開扉者の中に謗法の者が紛れ込んでいるために、「御本尊様」と「猊下」のお力で扉が開かなくなったとか、そんな口混みが流れたのではなかったでしたったけ?
これは正本堂時代の話でしたか?
1859
:
犀角独歩
:2005/11/08(火) 00:24:09
【1858の訂正】
誤)口混み
正)口コミ
1860
:
ラキ
:2005/11/08(火) 00:32:44
顕正会浅井さんが知ったら喜びそうな話ですね。
13日の日曜勤行で、話をしような予感。
また”御開扉料を返却する”で、戒壇の御本尊を見世物にしてると、いっそうの指摘が目に見えて考えられます。
電動式にしてる時点で、故障の危機は考えられる問題であり手動で開閉できない設計の時点で欠陥品は隠せない問題でしょう。
また機会式なので、日頃のメンテナンス点検を怠っているのではとも想像ができます。
これを機に手動式開閉にしたほうがよさそうですね。
1861
:
犀角独歩
:2005/11/08(火) 09:50:54
昨日の松山師の講義。法華経とはまったく別の話ですが、
・人間が言葉を喋る能力を持ったのはいまから5万年前後
・舌骨(Hyoid bone)の突然変異で自由に発声ができるようになったから。
・この声(音)が一つの意味を持ち、コミュニケーションに利用されるようになるには、それ相当の集団化があったはずだ。少なくとも1万人程度の集合があったのではないのか。
参)Os hyoideum(舌骨)Hyoid bone
http://web.sc.itc.keio.ac.jp/anatomy/osteologia/A02116001-004.html
・古代文明が何故数千年前からしか確認できないのか。それは最後の氷河期が1万年前に終わったことと関連するのではないのか。その後、爆発的に文明が発達した。
参)氷河期
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nkazu/yama/hyouga.htm
というような余談がありました。
また、宇宙に我々のような生命体のある可能性はないだろうと、その確率を示す数値を示されたが失念。
法華経を聞く観念でいたので、この一連の話が妙に記憶に残りました。
1862
:
単己
:2005/11/08(火) 10:36:41
>>1858
>その時は御開扉者の中に謗法の者が紛れ込んで...
その話はその場にいた(と言ってました)、創価班の本山担当から聞いたことがあります。
「正本堂で御開扉の時に、猊下が着座されて唱題がしばらく続いたが電動の扉の部分が開かなかった。猊下は唱題を止められて「この中に、来てはいけない人がいます」と言われた。その途端、数人が座席から飛び出して逃げ出した。彼らが出たあと、扉がいつものように開き始めた。捕まえてみると、彼らは顕正会のメンバーだったことが分かった」とこんな話でした。
実際には扉が開かなかったことは老朽化で何回もあったかもしれませね。
1863
:
犀角独歩
:2005/11/08(火) 11:09:04
単己さん、レクチャー有り難うございました。
こんな話でしたか。「顕正会」オチだとは知りませんでした。
如何にも、学会・石山蜜月時代のハナシという出来上がりですね。
1864
:
門外漢
:2005/11/11(金) 05:11:20
>1861
(1849に関連して)Os hyoideumはラテン語では、「オース、ヒュオイーデイウム」(イーにアクセントをつける)
のように、発音するようです。関係のない話で、すみません。
われわれ、英語から勉強してるから、ちょっと意外な感じがしませんか?
だから、能や声明で、古い発音が残っているって言うのは、すごい貴重な文化遺産だと思います。
これまたあまり関係のない話ですが、ある全盲の翻訳家が、「文字を見ないと外国語の勉強って却って楽なんですよ。」って言ってたのが印象に残っています。
1865
:
犀角独歩
:2005/11/11(金) 10:59:23
門外漢さん、はじめまして。
参考になるお話、有り難うございました。
1866
:
藤川一郎
:2005/11/22(火) 14:53:04
スレ違いになるので、こちらでつぶやきます。
「右翼だ」「左翼だ」「協賛(共産)だ」「マルクスだ」「ブルジョワだ(キリが無いな)」等とラベルを貼るのを、ラベリングと言うんだそうです。
世間一般で言う「レッテルを貼る」と言う事でしょうか?
これをするとものすごい分かりやすいことは確かなんですよね。
でも昔の金八先生で不良の加藤君が言った台詞「教育というのは悪にレッテルを貼って、もっと悪くする事じゃ無いんじゃねっすか。」じゃ無いですけど、レッテルを貼ることにより、相手を縛り付ける事があるのですよね。
それも、討論上の技術戦略なんですがね。
話は戻しますが、世界的には民主主義が絶対のような風潮にあります。創価学会も仏法民主主義なんて用語を創作してますが、私は民主主義が絶対だとは思いません(もちろん資本主義も絶対ではない)。
ここで話を止めると恐らく「差別主義者」「帝政主義者」だと決めつけられるんでしょうがね(爆)。でも決して、そんな白黒に分けられない者なのですがね。
ここに日本人の長所でもあり短所でもある事に「曖昧さ」「妥協性」「全てを包含する性質」等があります。それは怨霊(恨み)を恐れる事から生まれたのかも知れませんが、今こそ見直すべきでは無いでしょうか?真ん中を取ると言う事です。まさに薄墨の衣のような考えですね。
徹底的に排除すると、相手は絶対に怨念が残り怨霊になりますよ。
私も共産党は嫌いです。だからといって根絶やしにする気持ちはありません。むしろ、批判勢力として少数として残っていて欲しいとも思っております。ましてや、彼ら自体いまさら「テロリズム」を行使するとも思えません。むしろ「共産党は暴力革命を目論んでいる」とレッテルを貼ると、本当に追い込まれて「そんなに言うならテロでもやってやるぞ」となったら、誰の責任でしょうか? ラベリングした側に全く責任が無いとは言えるのでしょうか?
1867
:
匿名
:2005/11/22(火) 18:51:35
>1866
あー、そうでした。
私も、自分で「中庸精神」などと書いておりながら、つい反論に夢中になって「ラベリング」してしまっておりましたね。
自分の思想や信条というものを書きはじめると、どうしても偏ってしまう。思想や信条とはそういうものですからね。なるべくそのようにならないようにと、自分の内心のことは書かないつもりでおりましたのですが…。
自分の自身の中で、真中をとるというのは、意外と難しいものです。
全体で、中庸になっていく、もしくは真中をとっていく、そんな全体のバランスには、いろんな立場やいろんな意見の人がそこにたくさんいるというのが、いいんだろうと思います。
共産党の立場の方々と、仏教界が、共に行動をすることによって、共産党の潜在的な暴力性というのが、抑えられるというプラスの面もあるのかもしれませんしね。
行き過ぎた投稿だったと気が付き、反省しております。
ありがとうございます。
1868
:
匿名
:2005/11/22(火) 18:57:23
>1866 訂正
誤)共産党
正)共産主義
1869
:
犀角独歩
:2005/11/22(火) 19:07:18
藤川さん、わたしは、仏教の話をする場で「討論上の戦略」はやめにしたいと思うわけですよ。
事実究明を目的にする場で、勝った負けたの話になっても不毛だからです。
1870
:
犀角独歩
:2005/11/22(火) 19:25:35
というわけで、1866に賛成です。
1871
:
匿名
:2005/11/22(火) 19:55:11
>1870
賛同ですか。そうですか。それは、よかった。
どうぞ私にラベリングされませんよう、善処して頂ければ幸いです。
1872
:
犀角独歩
:2005/11/22(火) 20:32:40
匿名さん
どうして、なんでもそうやって、他人のことでしか考えられないのかな。
この話の発端は、あなたがわたしは「革新左翼系」と言ったところから始まっているんでしょう。
1873
:
匿名
:2005/11/22(火) 20:55:32
>1872
そうかもしれませんが、深く読めば、あなたにも当て嵌まることです。
私、あなたから「自衛隊翼賛」と6回もラベリングされました。
まあ、>1866のレスが、そのことを示唆しているものというわけではないと思いますけど。
ご参考まで。
1874
:
匿名
:2005/11/22(火) 20:57:59
追記
そうそう、「保守系政治論」とも書かれました。
1875
:
犀角独歩
:2005/11/22(火) 21:27:52
> 1874
何を言っているのですか。自分で自衛隊は軍隊で賛成、保守であるといったのでしょう。
つまり、ラベリングではなく、当を得ていたということです。
一方、わたしは憲法改正反対という保守意見を述べたのであり、また、仏教徒であり、左翼思想の根本をなす唯物史観とは根本的に考えが違います。
このような的外れな決め付けをすることをラベリングだというのです。
しかし、賢明な藤川さんの提案も、ねちねちした執拗な言いがかりとなるわけですか。
呆れたものです。
1876
:
匿名
:2005/11/22(火) 21:30:42
>1875
このスレッドの趣旨に反してますよ。
「このスレッドは、独り言、ボヤキですから、会話、議論の応酬は避けましょう!」
ここに投稿された意図を汲んで、お互いに、そこそこにしておきましょう。
1877
:
犀角独歩
:2005/11/22(火) 21:42:15
1870から因縁を付けてきたのは、そっちのほうでしょう。
どうして、そうも自分のことは見えないのでしょうか。
ともかく、これ以上はやめてください。
1878
:
匿名
:2005/11/22(火) 21:48:38
>1877
極力、とりあわないように、心がけますので、できれば、そちら様も。
1879
:
犀角独歩
:2005/11/22(火) 21:54:03
そうしてください。現時点でもかなり迷惑しておりますので。
1880
:
藤川一郎
:2005/11/22(火) 22:00:10
私がつぶやきスレッドに書いたのは、このスレッドが討論禁止だったからです。
それすら、挑発と取られたとしたら、自分の不徳の致す所であります。
まあ、今後は「烏帽子直垂」の礼装を正した討論を心がけましょう(多少イヤミだったかな?)。
1881
:
匿名
:2005/11/22(火) 22:44:20
この際ですから、はっきりしたことを言わせて頂きましょう。
ここの掲示板、私、5年前でしょうか、アップした当初から読ませて頂いております。
信仰における大変有意義な議論が、続けられてきました。
犀角独歩さんの教義における研鑚と、この掲示板における貢献度については、私は大変敬意をもって認めております。
個人的に、感謝もしております。
しかし、この掲示板の参加者は、何も投稿者ばかりではありません。
ロム者も参加者です。広く立場の違う方、意見の違う方がおられるでしょう。
しかし、どうも投稿がしにくい。
掲示板の議論の流れというのは、もちろん大切です。
しかし、ロムしている中で、「あれ?なんか違うんじゃないだろうか」と思うことは、あるわけです。
適当なHNをつけて、投稿にかられることもあります。
しかし、ここは、はっきりいって投稿しにくいです。
個別のHNを出して申し訳ないですが、犀角独歩さんの議論の運び方において、横暴に思えるときが種々あります。
だいたい、人の投稿に対して、何かにつけて「無礼」と言う。こんな発言、他の誰が発するでしょう。
知識の未熟な人もいます。そういう人が投稿したっていいはずです。だからといって、卑屈にならなければいけないのでしょうか。
また、犀角独歩さんの見解とは違う人だって、たくさんいるんです。だけど、それを投稿すれば、必ず最後には、「無礼」呼ばわりされるわけです。それを見ているだけでも、他人事ながら、とてもいやな気分になります。
そもそも「無礼」と発するほうが、「失礼」なわけです。
だけど、誰もそれを、諌める人はいません。
それもそうでしょう。一言言えば、何倍にも返ってくるのですから、それだけども、諌めた側の精神的負担は大きいわけですから。
オフ会などで、面識を交わしている方々も、多くいらっしゃることと思います。そのような方々は、尚のこと、余計な意見をすることは出来ません。
しかしロム者を含めた大半の参加者は、面識を交わすことはなく、個人的な交流は関係ないのです。
そのような方々も、自由に自分の意見が投稿できる掲示板の「空気」というものを作って頂きたい。
これは、管理者様に是非、申し伝えたいことであります。
これは、何も、犀角独歩さんへの個人攻撃というものではありません。
ただ、昔からロムしている参加者としての私の掲示板への思いの一端です。
私は、教義に関する深い造詣はありませんので、教義スレッドに対してレスするつもりはありません。
しかし、教義に縛られないスレッドに関しては、もう少し広く参加者が投稿できる環境を整えて頂けないものでしょうか。
1882
:
管理者
:2005/11/23(水) 00:46:57
>1881
匿名さん
>そのような方々も、自由に自分の意見が投稿できる掲示板の「空気」というものを作って頂きたい。
これは、管理者様に是非、申し伝えたいことであります。
管理者に対するご発言なので、応答させていただきます。匿名さんには是非とも、管理者に対してどの様に掲示板を運営すべきか、具体的な御提案を賜りたく存じます。ご承知の事と存じますが、当掲示板は、「管理者からのお願い」スレッドの「掲示板の投稿ルール」に従って運営されておりますので、具体的に、掲示板のルールの変更・追加・削除の御提案を賜りたく存じます。ルールが変わらない限り、運営を変えることは難しい訳です。ご理解賜りたく存じます。
1883
:
雖念
:2005/11/23(水) 06:59:18
> 1881 犀角独歩さんの見解とは違う人だって、たくさんいるんです。だけど、それを投稿すれば、必ず最後には、「無礼」呼ばわりされるわけです。
匿名さん、はじめまして。雖念と申します。
独歩さんは、掲示板で議論する上でのマナーを厳しく要求されます。議論の重複を避けるとか、議論の根拠となる文書、発言の出典を明示する等々です。しかし、私も、このようなことは議論の水準を維持し、議論を発展的に進めていく上での最低限のマナーだと思います。
独歩さんはご自分自身に対しても大変に厳しい方で、批判に対しては誠実にレスを返してくださいますが、これは投稿する立場にいざなってみると、なかなかできることではありません。
小生もいくつかの点で、独歩さんとは見解を異にしていますが、無礼呼ばわりをされたりはしていません。
要は、本気になって誠実に議論を続けられるかどうかという点にあると思います。
1884
:
彰往考来(しょうおうこうらい)
:2005/11/23(水) 07:17:23
>1881オフ会などで、面識を交わしている方々も、多くいらっしゃることと思います。そのような方々は、尚のこと、余計な意見をすることは出来ません
ここはつぶやきなので。
私は確かに犀角独歩さんとオフ会で面識があります。細かい点で意見が違う箇所は多々ありますよ。
でも確実にそれが間違いでない限り、当方の考えは認識されていますよ。
まして無礼よばわりされることはありません。
オフ会で感じることは、この掲示板は色々な出身母体の人がいるということです。創価学会の人もいるし、法華講の人もいる。顕正会の人もいるし、それぞれの組織を退会してフリーになった人もいる。だから、その組織を代表する意見を述べるなら浮き上がってしまいます。組織の枠を越えることができるかできないかどと思うわけです。
要はこの掲示板での真剣な議論をそれぞれの組織においていけせるかどうかだと思っています。
1885
:
彰往考来(しょうおうこうらい)
:2005/11/23(水) 07:23:47
>1884
打ち間違いをしでかしました。
誤:組織の枠を越えることができるかできないかどと思うわけです。
正:組織の枠を越えることができるかできないかだと思うわけです。
1886
:
彰往考来(しょうおうこうらい)
:2005/11/23(水) 07:26:32
>1884
ごめんなさい。もう一箇所。
誤:要はこの掲示板での真剣な議論をそれぞれの組織においていけせるかどうかだと思っています。
正:要はこの掲示板での真剣な議論をそれぞれの組織においていかせるかどうかだと思っています。
1887
:
つぶやき
:2005/11/23(水) 07:49:45
議論の中身の優劣はともかく、議論の仕方は匿名さんの方がずっと紳士的に
思えるのは私だけじゃないはず。
自分と正反対の意見だと
”無礼でしょ””笑止千万””お話になりません””他の掲示板でやればいい”
”私と議論するレベルじゃない”
とくる。それでいて、応答しないと”逃げるきですか”と来る。
これは言葉の暴力以外何物でもないと思いますが。
でも、管理者さんからの注意は一切無いので、ルールには反して無いのかな。
1888
:
管理者
:2005/11/23(水) 09:54:59
>これは言葉の暴力以外何物でもないと思いますが。
>でも、管理者さんからの注意は一切無いので、ルールには反して無いのかな。
管理者は犀角独歩さんの、ご指摘のような発言に対して、確かにハラハラして見守っているという現状は有ります。そして、それらの発言がルールスレスレかな、と思うことも度々有ります。
ただ、明らかに禁止事項に抵触しているとまで判断できるレベルで有る判断できない限り、注意とか削除とかはしていません。
激しい応酬が有ったとしても、それを以って直ちに管理者が介入する考えは有りません。
議論である以上、それぞれ発言される方がご自身の主張に対しては責任を持って頂くことによって、不毛の対立を回避すべきものであると考えいます。
主張の根拠を求められたときに、立ち往生して返答に窮するなら、その時点で議論は終焉します。
にも拘らず、求められた根拠を示すことなく主張を続ければ、1887に示されたような表現が犀角独歩さんから飛び出すのは止むを得ない経過であろうと管理者は考えております。
管理者も、過去、犀角独歩さんとは、かなり激しい議論の応酬になる事がしばしばですが、証拠主義に立つ事によって、喧嘩別れにならないばかりか、却って、啓発され、有意義な議論で有ったとの感慨を持つことが出来てきました。
ご参加の皆様におかれましては、常に「根拠の明確な主張」を心がけて戴けますれば有り難く存じます。
「根拠の定かでない主張はこの掲示板ではお法度か?」という事ですが、ご自身の主張として述べられるのであれば、そうなりますね。
議論というものは、掲示板での議論に限らず、本来、それぞれの方々が根拠を以って主張を展開したときに始めて、議論になるのだと考えております。
もし、それが堅苦しい、とお考えなら、「議論」をなさらなければよろしいのではないかと考えます。
いろいろな投稿の仕方が有ると思います。例えば、どんどん相手に対して質問して、相手の主張の内部矛盾を指摘するとか・・・
管理者の考えは以上のようなことですが、皆様のご意見をお待ちいたします。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
1889
:
犀角独歩
:2005/11/23(水) 10:31:02
自分のことなので、自分で記しますが、わたしが「無礼」「失礼」というのは、もちろん、そのように礼が無く、失しているからです。
ごく最近の例でいえば「平和ボケ戦士もどき」とわたしは罵ったものがいる。これは無礼でしょう。
そもそも、十分な説明で出来ず、また、わたしの記したことを誤読したうえで「甘い」などと暴言を吐いて、それに抗議しても何ら応じることもない態度を無礼というのは理の当然です。人に難癖を付ける前に、ちゃんとした謝罪をするべきでしょう。ところが誤るどころか、さらに輪をかけてのこの体たらくです。
だいたい、ここはつぶやきであり、そこでわたしに1871でこすってきた。ところがこれに応じられると、あたかもわたしが言い出したように「趣旨に反してますよ。…このスレッドは、独り言、ボヤキですから、会話、議論の応酬は避けましょう…お互いに、そこそこに」と、あたかもわたしが言い出したことのような口振りで来るわけです。さらに「極力、とりあわない」といいながら、1881に長文でさらに書いています。
このようなことは「つぶやき」という当スレッドの趣旨に反しています。常識はずれというより、実におかしなやり取りではないでしょうか。自分から議論に応酬をし趣旨に反しておきながら、あたかもわたしのほうがしたような書きぶりで、さらにエスカレートしてきています。このような点はまったく自省することもなく、ただ、相手のせいにしてあげつらう。このようなことに対して、抗議するのは当然のことです。
そもそも、このスレッドは、応酬禁止というきまりを逆手に取り、悪口を書き連ね、それに応酬するとルールに反しているという理に通らざる批判を投げかけることに悪用されてきた経緯があります。今回も、その一例となったわけです。
わたしは最近では、彰往考来さん、れんさん、一字三礼さん、ラスカルさんなどと応答しています。また、ここの掲示板で、わたしと最も意見も違い、信念体系も違うのは藤川さんでしょう。また、問答さんとも信仰、漫荼羅観、唱題観では大きく異なっています。雖念さんともかなりお考えは違うと思います。しかし、これらの方々に対して、無礼と失礼とも言っていない。何故ならば、たいへんに礼を重んじられ、実に矜持を持ち、礼儀を重んじ、ルールを尊重したマナーがあるからです。わたしは自分の考えと違うことに対して、無礼だといったことは只の一度もありません。実際に無礼だから無礼だと抗議しているわけです。わたしが誰彼構わず、自分と意見の違う方に無礼と言っているのであれば、批判に当たるでしょうが、実際は、挙証不可、回答不能になった段階で終わるべき議論を終わらせることが出来ず、自分の考えに固執して相手を逆恨みし、悪口を書き連ねてくれば、その有様が例を欠いていれば、無礼と言うほかないということです。
1887については、管理者さんの総括に尽くされているので、わたしは繰り返さないこととしています。
1890
:
きゃからばあ
:2005/11/23(水) 10:32:52
>オフ会などで、面識を交わしている方々も…。
私もその内のひとりですが、確かにオフ会に参加するまでは、掲示板の参加者全員が強くて怖い存在に感じました。
しかしオフ会に参加してみたら、みなさん丁寧な方々で、掲示板のイメージとは全く違うのがわかりました。
しかしお会いしたことの無い方々の文章には、やはり威圧感を感じてしまいます。
極端な発言は良くないが、論議の中から得たものや、また違いを知ることがどれだけ素晴らしいことなのかを個人的に楽しんでいます。(と言いながらあまり参加できていませんが…。)
犀角独歩さんの「板漫荼羅の真偽」が、板漫荼羅を信じていた私には大きな不安を与えました。しかし今では死後の世界すら本当は無いんじゃないかと疑うようにもなってきました。確かにわからないことへの不安は、絶対に無くなりません。
だからこそ、そのわからないことをこの掲示板で探してみようと思っています。
1891
:
犀角独歩
:2005/11/23(水) 13:02:10
きゃからばあさん
> 板漫荼羅の真偽…大きな不安を与え
そうですね。これはわたし自身そうでした。
しかし、事実とは常に厳正であり、粛々と受け止めるなければならないものなのだと思います。
また、事実を明確にすると、その反証ではなく、自分の考えと違うということで敵意を懐かれ、議論ではない悪口雑言の限りとなることは世の常です。10月25日のあの報道の如きです。
独歩たる1人に100万人の憎悪をけしかける。しかし、わたしは怖いとも不安とも感じません。
なぜならば、事実は何よりも強いからです。そして、事実を事実と受け入れられる心の準備ができることを「平安」「目覚め」というのだろうと、最近、考えています。
1892
:
匿名
:2005/11/23(水) 21:56:07
ここは、応酬禁止スレッドということで、続けて投稿して良いものなのかどうかわかりませんが、他に適当なスレッドも見当たりませんし、一応の流れですので、ここに投稿させて頂きます。
まず、ここは教義について議論することを主とした目的の掲示板であることは、私は立ち上げ当時から見てきておりますので、当然のこと承知しております。ですから、前にも記しましたように、問答形式、根拠を示す、このような議論形式に対して、何も異論はございません。
ただ私が、申し上げたかったのは、教義に縛られないスレッドで、もう少し自由に投稿できる空気がつくれないものかということです。
これは、ルールなどに記すことは大変難しいことだと思います。私にも方法は思いつきません。
また逆にいえば、思いつかないからこそ、意を決して本音を投稿させて頂いたということでもあります。これも問題提起と受け止めて頂ければ幸いです。
私は、当初、どうせ投稿しても、どういう流れになるものかは、だいたい想像がついておりましたので、疲れるからやめておこうかとも思っておりました。こういう思いは、これまでにも何度かありました。まあ、案の定の結果となりましたが、それでも、それなりの成果もあった思っております。
確かに、私は最初に犀角独歩さんの書き込みに意見する投稿させていただきました。いきなりで、とうとつだったかもしれませんが、揶揄したつもりはありません。その後に質問を兼ねたご返信のレスを頂きました。他にも書きたいことがありましたが、ご返信を優先し、時間を費やし投稿をいたしました。そのご返信から、想像していた通り、水掛け論争になりそうでしたので、私は「やめましょう」とご提案いたしましたが、「答えて前に進めるのが筋でしょう。」ということで、その後も引き続き、お答えさせて頂きました。
ところが、どうでしょうか。そのレスに対して、
「わかりきったことです」ですとか、「なんら参考になりません」とか、「こんなことは他の掲示板で書けばいい」ですとか。
たとえ、そのような印象を受けたとしても、そのようなことを相手に平然と発するものなのか。
それ自体が、礼儀を弁えない、相手を侮辱した発言といえるものではないかと、私は考えます。
そのようなことを言われても仕方がないほど、私は趣旨に反した的外れなレスをしていたのか。そのあたりのことは、私は自分では、いまだによくわかりません。
また、私ではありませんが、「平和ボケ戦士もどき」に対する「無礼だ」という発言もありました。しかし考えても見れば、長年この掲示板を見てきておりますが、その程度の暴言は、犀角独歩さんは頻繁に発しておられるのも事実です。当然この度においても、私にも、いく度となく向けられました。そのことにおいてさえ、「当を得ていたということです。」といったご返事。ところが私が意見すると「無礼」となる。そのような横暴な投稿姿勢だから故に、他の相手にも暴言を吐かせてしまうというものではないかと思うところです。
そもそも、自分と意見の違う人を排除しようという防衛本能が強すぎるのではないかと言いたいくらいです。
誰しも自分の議論を否定されれば、そりゃあ不愉快です。だけど、世間は広いのですから、いろんな意見や見解があって当然なんです。私が投稿していたスレッドは、教義を詰める目的ではないのですから、こうでなければならないというものはないはずです。よその掲示板で書けなどど、排除しないで頂きたい。私は、そのことを主張いたします。
相手を見下した暴言は、それぞれが慎んでしかるべきです。これは教義の議論の場でもそうあるべきでしょう。それが本当の礼儀というものです。
このようなことは人に言われることではなく、仏教徒であれば、誰に言われるでもなく自ら慎んでしかるべきことだと思いますし、ことらの投稿者の大半の人は、そのように慎んでいらっしゃいます。ただしかし、最も、頻繁に投稿し、最も、この掲示板に貢献していらっしゃる方が、その点において自らの慎みにいつまでも非常に「甘い」ように思います。また、そのことが、そもそもの、今回の私が投稿する動機でもあります。
1893
:
匿名
:2005/11/23(水) 21:57:05
>>オフ会などで、面識を交わしている方々も、多くいらっしゃることと思います。そのような方々は、尚のこと、余計な意見をすることは出来ません
私のこの記述について誤解を招いてしまったかもしれません。
私が言いたかったことは、たとえ一度でもオフ会で面識を交わすことができれば、誰しもそれなりの「情」が通い、「情」が通えば、少々の暴言は、苦笑いで許せるものだということなのです。
しかし、オフ会で面識を交わすことができるのは、ごく少数の方々です。
どのくらいのロム者がおられるのかは存じ上げませんが、面識を交わすことのない、言葉だけのやりとりに限られる何百倍もの参加者がおられるわけです。その人たちは、個人的な交流の「情」というものは、持ち合わせておりません。せっかく投稿したのに、結局は詰りや謗りを受けて、最後には去っていく姿というのは、見ているだけで気分が悪くなるものです。
はじめての投稿者を警戒してしまう。それこそ防衛本能としてわかります。しかし、はじめて投稿をする。これも大変勇気のいることです。当然、構えてしまうものです。
言葉だけのやりとりは、面識を交わしている時以上に、言葉そのものが力を持ちます。ある意味で、言葉は武器となります。そのまま言葉はストレートにある種の「暴力」にもなるわけです。
それが掲示板への防衛本能と思えば、理解もできます。しかし、しっかりと管理者がいるのですから、投稿者が排除に躍起になることはないはずです。
感情的な議論を避けるためには、どんな議論展開になっても、なるべく相手にレッテルを貼ることがないよう心がけ、決して揶揄せず、暴言を吐かず、そして嘲笑しない、こうしたことをそれぞれが自分で戒めることではないかと思います。
これをルールに記さなければ、その品位が保てないとすれば、それは、仏教徒の掲示板として大変恥ずべきことでもあります。
顔が見えないからといって、平然と暴言を吐くのでは、非暴力主義とはいえません。
掲示板では、言葉こそが暴力にもなるのですから。私はそれを言いたかった。
それから私は犀角独歩さんに、個人的に憎悪を向けているわけではありません。むしろ、教義においては過去5年間のご投稿から、多くを学ばせて頂きました。
しかしこの度の議論では、むしろ犀角独歩さんこそ、自衛隊という存在に憎悪を向けておられたのではないかと、私は、そのように見受けました。しかし、結局、自衛隊翼賛と私は言われ、入隊してイラクへ行ったらどうかと揶揄されたわけです。
せっかく高い教義の知識をお持ちでありながら、仏教徒としての品位を示してはいただけなかった点、残念な思いでおります。
管理者さまにおかれましては、私の意向に耳を傾けてまださいまして、その点、感謝しております。
私は、教義スレッドの議論に口を挟むつもりはございません。立てていただいた、「戦争を考える」においては、まだ書き残していることがありますので、少しずつ投稿していきたいと思っております。
私のこの度のクレームが、今後の掲示板の新たな発展につながりますことを、心より念じております。
1894
:
一字三礼
:2005/11/23(水) 23:27:34
> 問答形式、根拠を示す、このような議論形式に対して、何も異論はございません。
> 教義に縛られないスレッドで、もう少し自由に投稿できる空気がつくれないものかということです。
> ルールなどに記すことは大変難しいことだと思います。私にも方法は思いつきません。
もう少しご自身で考えをまとめられてから提案されてはいかがでしょうか。
これでは何を仰りたいのかわかりませんでしょう。
長い時間を費やして、こちらの掲示板で緻密に論証され、暴かれた真実や教義はたくさんあります。その結果に対して快く思わない宗教者も、それこそたくさんいることと想像されます。
もしも、「教義に縛られないスレッド」など立てようものなら、仏法の基礎を学んでいない某団体の教義のような、「諸法」を「宇宙」と言って憚らない人達の「言い捨て」「言いっぱなし」の横行する無秩序な掲示板になってしまうのではないでしょうか。
1895
:
匿名
:2005/11/23(水) 23:50:11
>1894
では、なぜ「戦争は起きるのか」ということにおいて、仏教ではどのように説いているのかという私の問いかけにきちんと答えて頂けなかったのでしょうか。
これこそ、教義において答えるべきところではないでしょうか。
私は、教義において、お釈迦さまが出家された事実をもって、限界があるのでないかと、記しました。
1896
:
犀角独歩
:2005/11/24(木) 00:16:58
今夕は忙しいのであとでまとめて総括しますが、
> 「戦争は起きるのか」ということにおいて、仏教ではどのように説いているのかという私の問いかけにきちんと答えて頂けなかったのでしょうか
匿名さん、あなたは自分が仏教徒である公言した、ならば、この問に答えるべきは、誰でもない、あなた自身だ。
また、わたしが難じた点をはぐらかして善人面するのはやめなさい。
オフ会で会ったことがあれば、情がある? そんな妥協で、信条を語ったことは、わたしはありません。ここにあるのは事実の究明だけです。
くだらない弁明をしていないで、自分の責任で、自分の問題として語りなさい。
> 言葉はストレートにある種の「暴力」
この暴力を行使したのは、自分自身であるという自覚を持ちなさい。
まったく、いつまで経っても、自分の問題と考えられず、すべてを他人を転嫁することしかできないところにすべてのあなたの過ちがあるわけです。
1897
:
匿名
:2005/11/24(木) 00:22:59
>1896
命令口調のレスはやめていただけませんか。
1898
:
犀角独歩
:2005/11/24(木) 00:31:28
人の抗議を無視して、なかったように語ることこそ、止めなさい。
1899
:
犀角独歩
:2005/11/24(木) 00:32:47
匿名さん、言葉優しく語るあなたは慇懃無礼で、誰よりも命令口調ですよ
1900
:
犀角独歩
:2005/11/24(木) 00:37:32
もう一点
> 入隊してイラクへ行ったらどうかと揶揄
なんで、これが揶揄なのでしょうか。
自衛隊を肯定するのであれば、当然の帰結でしょう。
なんで入隊したいのですか。また、イラク派遣を肯定するのであれば、なぜ、行かないのですか。
1901
:
犀角独歩
:2005/11/24(木) 00:41:45
打ち間違えました。
「入隊したいのですか」ではなく、「入隊しないのですか」です。
なお、わたしはまったく自衛隊を憎悪などしておりません。
このような決めつけと、プロバガンダはやめてください。
1902
:
一字三礼
:2005/11/24(木) 00:59:04
> 1895
> では、なぜ「戦争は起きるのか」ということにおいて、仏教ではどのように説いているのかという私の問いかけにきちんと答えて頂けな> かったのでしょうか。
> これこそ、教義において答えるべきところではないでしょうか。
Jan Gonda氏は「インド思想史」の中で仏教を「宗教でも哲学でもなく、まさに解脱の教えである」と位置づけておりますが、私も基本的には同様に考えております。
「仏教の教義」と簡単に仰いますがそれは数えられないほどあるのですよ。
インドの釈尊根本教団から始まって、上座部・大衆部・部派等の三蔵経典、初期・中期・後期の大乗仏典、雑密・純密・タントラ・倶生・時輪乗等の密教経典、中国で作られたとされる仁王般若や梵網経等の鎮護国家の経典、日本の本覚思想等々。
すべての仏教の教義を網羅して語ることは誰にも出来ないことでしょう。
あなたの仰る「仏教の教義」とはどのような経典、もしくは論、人の教義を指すのですか。
また、あなたは仏教の教義は'なぜ「戦争は起こるのか」’について説いている、というようにお考えのようですが、その根拠は何でしょうか。
1903
:
犀角独歩
:2005/11/24(木) 01:00:57
もう一点、読み直したところ、
> 自らの慎みにいつまでも非常に「甘い」
このようにわたしが度々抗議している点について「」つぎで繰り返して、省みることはありません。
わたしからすれば、誰よりも自分に甘いのは匿名さん、あなた自身であるわけです。もう、このような挑発はおやめになったら如何でしょうか。
1904
:
匿名
:2005/11/24(木) 01:25:59
>1902
>すべての仏教の教義を網羅して語ることは誰にも出来ないことでしょう。
あなたの仰る「仏教の教義」とはどのような経典、もしくは論、人の教義を指すのですか。
今の私は、日蓮聖人のことを尊敬し、思慕しております。
皆様ほど、教義には精通しておりません。本当に、学ばせて頂いてきた立場です。
ただ、政治と憲法については、私なりに勉強してまいりました。
そのことを自分なりの信仰の実践と思っておりますし、追々、投稿していきたいと思っております。
教義についての表現は、私には豊富な語彙がございませんので、どうしても稚拙表現になりますが、試みたいと思っております。
>また、あなたは仏教の教義は'なぜ「戦争は起こるのか」’について説いている、というようにお考えのようですが、その根拠は何でしょうか。
この点は、どここの記述だったか、見当たらず、そのままを引っ張り出せませんが、概ね継ぎのような内容を投稿いたしました。
人は、生を受けた以上、生きたいという(生存権)本能がは逃れられないもので、その生存権をかけて、領土と資源を求めていくうちに、やがて戦争となる。
不殺生戒は、人の生存権を脅かすなという戒めであると同時に、人は殺生する存在であるということを、説いているのではないかと、たわしはそう思っております。
間違っていれば、ご教授ください。
1906
:
管理者
:2005/11/25(金) 05:59:16
通りすがりさん
1905レスは、個人攻撃に当たりますので、当掲示板のルールに従って、削除いたします。
ルールを遵守して投稿されることを希望します。
1907
:
藤川一郎
:2005/11/26(土) 15:11:52
小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」(座長・吉川弘之元東大総長)は24日、皇室の安定維持で皇位継承資格を女性や女系の皇族に拡大することなどを求める報告書を首相に提出したそうである。
これは男系霊位継承を覆す許されざる暴挙である。そもそも有識者会議のメンバーが問題である。御皇室のことをもっともご存知であるのは、旧公卿や旧宮家、そして天皇家そのものである。有識者会議のメンバーに本当の事が分かっている者がいるのか?有職故事も儀礼も何も知らない者ばかりで決めるのは、僭越の極みである。
一部オブザーバーで数人の旧宮家が御発言なさったそうであるが、そのほとんどが反対である。その方たちのお話では「①女性天皇は問題ない」しかし「②女系天皇には問題がある」のである。国民の中には「女性天皇と女系天皇の違い」すら知らない者が多い。
御歴代天皇陛下8人10代の方が女性であることを、女系容認の根拠とする、無知な者が多いが、その女帝全てが男性と男性をつなぐ「霊位のお預かり」のお立場である。
ここに、女系天皇の容認は、皇位を冒涜する行為である。神事は女性には出来ない事が多い。ご歴代の女性天皇の時代には、生理の為「大嘗祭(先代天皇の霊位を継承する儀式)」の日時を変えた記録もある。有識者会議と称する「無識者会議」は全員辞任せよ!
1908
:
あ
:2005/11/26(土) 21:12:24
象徴天皇制、どっちでも、なんでもいいけど。万世一系ってほんとかな。
http://www.asukanet.gr.jp/n-ken/kojiki/wakasazaki.html
即、削除されるかも。
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