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つぶやきすれっど2

1866藤川一郎:2005/11/22(火) 14:53:04
スレ違いになるので、こちらでつぶやきます。

「右翼だ」「左翼だ」「協賛(共産)だ」「マルクスだ」「ブルジョワだ(キリが無いな)」等とラベルを貼るのを、ラベリングと言うんだそうです。
世間一般で言う「レッテルを貼る」と言う事でしょうか?
これをするとものすごい分かりやすいことは確かなんですよね。
でも昔の金八先生で不良の加藤君が言った台詞「教育というのは悪にレッテルを貼って、もっと悪くする事じゃ無いんじゃねっすか。」じゃ無いですけど、レッテルを貼ることにより、相手を縛り付ける事があるのですよね。
それも、討論上の技術戦略なんですがね。

話は戻しますが、世界的には民主主義が絶対のような風潮にあります。創価学会も仏法民主主義なんて用語を創作してますが、私は民主主義が絶対だとは思いません(もちろん資本主義も絶対ではない)。
ここで話を止めると恐らく「差別主義者」「帝政主義者」だと決めつけられるんでしょうがね(爆)。でも決して、そんな白黒に分けられない者なのですがね。

ここに日本人の長所でもあり短所でもある事に「曖昧さ」「妥協性」「全てを包含する性質」等があります。それは怨霊(恨み)を恐れる事から生まれたのかも知れませんが、今こそ見直すべきでは無いでしょうか?真ん中を取ると言う事です。まさに薄墨の衣のような考えですね。
徹底的に排除すると、相手は絶対に怨念が残り怨霊になりますよ。
私も共産党は嫌いです。だからといって根絶やしにする気持ちはありません。むしろ、批判勢力として少数として残っていて欲しいとも思っております。ましてや、彼ら自体いまさら「テロリズム」を行使するとも思えません。むしろ「共産党は暴力革命を目論んでいる」とレッテルを貼ると、本当に追い込まれて「そんなに言うならテロでもやってやるぞ」となったら、誰の責任でしょうか? ラベリングした側に全く責任が無いとは言えるのでしょうか?


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