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国際政治・世界事情

1470チバQ:2010/06/14(月) 22:54:22
>>1289>>1300とか
http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20100615k0000m030092000c.html
キルギス:続く民族間衝突 臨時政府反対勢力の関与も
 中央アジアのキルギス南部でキルギス系とウズベキスタン系住民間の大規模な衝突が続いている。キルギス保健省は14日、死者が118人に達し、負傷者は約1500人にのぼることを明らかにした。バキエフ前大統領が追放された4月の政変が、最悪の民族衝突に発展した背景には何があるのか。現地からの情報などをもとに分析した。

 11日未明にキルギス南部オシで始まった今回の衝突について、直接の原因ははっきりしていない。当初は若者同士の偶発的なけんかが発端と伝えられ、オトゥンバエワ暫定大統領も11日朝、「日常生活の領域」で起きた争いが拡大したとの声明を発表した。

 しかしその後、臨時政府の中で、11日に隣国ウズベキスタンの首都タシケントで開かれた上海協力機構(SCO)首脳会議の直前というタイミングを狙い、臨時政府の統治能力の欠如を見せつけようとする勢力が、キルギス系とウズベク系の歴史的な民族対立をあおって騒乱をたきつけたとの説が浮上している。

 キルギス南部は4月の政変で国外追放されたバキエフ前大統領の地盤で、現地に残った前大統領の親族や周辺が騒乱に関与しているとの見方がある。前大統領は13日、滞在先のベラルーシで関与を否定する声明を発表したが、同時に臨時政府を批判し、今もその正統性を認めない姿勢をにじませた。

 4月の政変後、オシやジャララバードなどでは、バキエフ前大統領の支持者が州庁舎を占拠するなど、臨時政府側との衝突が続いた。いったんは鎮静化したが、5月19日にジャララバードのウズベク系大学をキルギス系住民が襲撃する事件が起き、民族間の衝突に発展。臨時政府は同州に非常事態宣言と夜間外出禁止令を発令し、2週間かけて鎮静化したたが、その後もくすぶり続けていた火種がまたも再燃した形だ。

 キルギス系とウズベク系の確執は、ソ連時代の人工的な境界画定で、フェルガナ盆地のウズベク人居住区が分断され、ウズベク人が半数近くを占めるオシやジャララバードなどがキルギスに編入されたことがそもそもの原因だ。ソ連の共産体制は強権で民族対立を封じ込めたが、民主化を目指したソ連末期のペレストロイカ(立て直し)で民族意識が高揚した90年、オシで土地の境界画定をめぐる争いが民族間衝突に発展し、死者・行方不明約600人を出す騒乱が起きた。この時はソ連軍が介入し、騒乱を鎮静化している。

 ソ連崩壊による独立後、キルギスはキルギス語とロシア語を公用語にしたが、南部の少数派ウズベク系住民の間では、ウズベク語の公用語化や、ウズベク系の自治州設置を求める声がくすぶっていたとされる。

 中央アジアを拠点とする独立系のインターネット・メディア「フェルガナ・ルー」は、4月の政変後、バキエフ前大統領と組んで南部の経済権益を握っていた犯罪組織が、政権交代で権益を失うことを恐れ、民族対立をたきつけて騒乱を起こした可能性を指摘している。27日に予定される国民投票で新憲法案と暫定大統領が承認されれば、臨時政府の正統性が認知されることになる。このため、国内を混乱状態に陥れ、国民投票そのものを中止に追い込む狙いがあったとの見方だ。

 SCOはまだ臨時政府をキルギスの正統政権とは認めておらず、11日の首脳会議でもキルギス代表として招いたのはオトゥンバエワ暫定大統領ではなく、カザクバエフ外相代行だった。首脳会議では27日の国民投票に監視団を派遣することを決め、臨時政府の正統性を認める方向に動いているが、臨時政府が南部の騒乱を制御できない状態が続けば、国民投票の実現に黄信号がともる事態も予想される。【モスクワ大木俊治】


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