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本のブログ(2013年から新規)

1korou:2012/12/31(月) 18:30:01
前の「本」スレッドが
書き込み数1000に近づいて、書き込み不可になる見込みなので
2013年から新規スレッドとします。
(前スレッドの検索が直接使えないのは痛いですが仕方ない)

79korou:2013/12/08(日) 10:34:02
江守賢治「字と書の歴史」(日本習字普及協会)を読了。

普通なら、このテの本には手を出さないのだが
偶然手にした結果、叙述の独特さに惹かれて読み進めることになった。
1967年初版でその後改訂もされていないので
まさに昭和真っ只中の時代の文章が、そのまま読めるわけである。
今と違って、著者の心意気もまっすぐなものが感じられ
その世界の第一人者らしい周囲への気遣いといった紳士ぶりも
読んでいて十分に感じられる。
権威が権威であった時代、こういう柔らかい人柄の場合は
こういう温かく親切で優しい文章になっていく。
これは、かつて昭和40年前後の文化人の書いた文章(県総合文セの大熊氏、石村氏、竹内氏など)を読んでいて
感じていたことだった。
懐かしい感覚だった。

もちろん、書道史の入門編として、簡潔に良くまとまった著作である。
その後、類書の発行がない以上、現在でもこの本が定番ということになるのだろう。
書道史に関心のある人には必読の入門書だと思った。

80korou:2013/12/14(土) 14:04:28
「Number WBC戦記 日本野球、連覇への軌跡」(文春文庫)を読了。

2006年と2009年に開催されたWBCについて
日本代表チームの戦いぶりを記録した本である。
おもに第2ラウンドの試合経過と、主力選手への取材記事で構成されており
ライターの人選、構成の手法など、随所にNumberそのものの「体臭」を感じる出来になっている。

今にして思えば、こういう国際大会に通用するタイプは?という問いに対して
ヒント満載という感があるが
おそらく、これらの記事がNumberに掲載されていたその時には
それほど意識されず、なんとなくこんな感じかな、こんな感じで今回は活躍できた選手とそうでない選手とが
できてしまったのかな、という程度の感覚だったに違いない。

「指が長いこと」「手そのものが大きいこと」「ボールの滑りの感覚に速く順応できること」
「下半身で粘るフォームではなく、飛びはねるようなフォームであること(マウンドの硬さと関係)」
などが随所に条件として書かれており
ダルビッシュ、松坂、藤川といったあたりがその条件にあてはまらず
岩隈、涌井、田中などがその条件にあてはまる、という記述がある。
まさにMLBで苦労しているか、そうでないかが一目瞭然だ。
で、未来形にはなるが
マー君はその意味で期待できそうだ、ということが予想できるのが嬉しいところ。

まあ、普通のスポーツ本で可もなし不可もなし。
記録がまあまあきちんと揃っているので、そこは評価できる。

81korou:2013/12/16(月) 16:07:33
「青春の上方落語」(NHK出版新書)を読了。

見計らい本をそのまま読破・・・仕事中にスマソ。
鶴瓶、南光、文珍、ざこば、福団治、仁鶴といった面々が
内弟子時代などの修業の頃を回想した本。
福団治は読まなかったが(あと文珍の理屈っぽい文章も途中でキャンセルしたが)
他はかなり面白く読めた。
どの人の文章にも、小米時代の枝雀の話が入ってるのが興味深い。
それと、この人たちの師匠クラスとなれば
米朝。松鶴(六代目)が必ず登場するのも当然といえば当然だが
こうして、その後の世代の記憶にくっきりと刻まれていることは
上方落語中興の祖と言われた落語の歴史を証明するゆえんでもあろう。

マニアには面白く読める好著で
マニア以外にも意外と入門書として使えそうな本のように思える(人気者が勢ぞろいなので)

82korou:2013/12/27(金) 21:59:08
読破記録ではないが、貴重なリストなので、このスレッドへ。
http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/wfootball/2013/12/27/post_480/index.php
【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】歴代スポーツ本ベスト10(3)

・C・L・R・ジェイムズ『ビヨンド・ア・バウンダリー(壁の向こう側)』(1963年)
・ジョージ・プリンプトン『ペーパー・ライオン』(1965年)
・フレデリック・エクスリー『あるファンの遺書』(1968年)
・イーモン・ダンフィー『オンリー・ア・ゲーム?』(1976年)
・ゴードン・フォーブズ『ア・ハンドフル・オブ・サマー(ひと握りの夏)』(1978年)
・ピート・デイビス『燃えつきるまで』(1990年、邦訳・図書出版社)
・ニック・ホーンビィ『フィーバー・ピッチ』(1992年、邦訳『ぼくのプレミア・ライフ』新潮文庫)
・デイビッド・ウィナー『オレンジの呪縛』(2000年、邦訳・講談社)
・マイケル・ルイス『マネー・ボール』(2003年、邦訳・ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
・ジョン・カーリン『インビクタス?負けざる者たち』(2008年、邦訳・NHK出版)

83korou:2013/12/29(日) 10:19:36
小谷野敦「日本の有名一族」(幻冬舎新書)を読了。

かなり前に購入済みの本で、時々必要なところだけつまみ食いしていた本だが
今回、トイレ読書として通読したところ、無事読了となった次第。

政治家・実業家の類には、それほどの興味がなさげでいて
結構広範囲にフォローしているのだが
やはり、この手の本として異色なのは
作家など文学者たちの華麗なる(?)家族模様について
詳しく述べてある点だろう。
もともと閨閥などとは無縁な世界とはいえ
なかには、家族関係がその作品世界に大きく影を落としている作家もいる。
そういう作家の場合、こういう一族模様を示す家系図は
作品理解のために必須のものとなる。

さらに、歌舞伎関係の家系図がコンパクトにまとめられているのも重宝する。
最後のほうの芸能関係に至っては、無理矢理な感じもしないでもないが
まあ、これはこれで知識の整理にもなる。

というわけで、小谷野先生の趣味につきあえる人にとっては
なかなか面白い本と言えるし
自分のような家系図マニアにとってもなかなか「使える本」になっている。
それ以外の方には、まあ雑学本としての価値だけになるだろうけど。

84korou:2013/12/29(日) 10:27:55
三谷幸喜・松野大介「三谷幸喜 創作を語る」(講談社)を読了。

三谷幸喜が珍しく自らの芸術観を語った本である。
饒舌多才な三谷氏ではあるが、同時に非常にシャイで
他人には疑心暗鬼な人もあるので
こうした本はなかなか出さないだろうと思っていた。
ここでは松野大介という格好の引き出し役が
そうした三谷の「羞恥心」をうまくとりはらって
多くの言葉を引き出しているが
同時に、それでもどうにもならない三谷幸喜の「性(さが)」も感じられ
まさに究極の「三谷本」となっているのである。

200ページあたりからの会話は、この本ならではの展開で他ではなかなか読めない。
靴を履いていないとファンタジーにならない、という意味ありげで、ある意味、意味不明な言葉。
深津絵里に「ジュースをストローで飲んでください」と指示したとき
こちら(三谷)の意図通り、手を添えずに飲むところに
そのシーンの意味がちゃんと理解されている、という共通理解のくだり、とか。

三谷幸喜という、独自のあり方でメジャーな存在になった人が
それなりに苦しみ、それなりに解決していった過程が如実に分かる本である。
ただし、本人としては言及しようもないが、この人は天才でもあるので
そのあたりの部分は、読みながら推察していくほかない。
あくまでも、三谷幸喜という人を、ある程度好きでないと
すべてがつながらないといった類の本でもあるようだ。

三谷ファンである自分には、いろいろとタメになった本。

85korou:2014/01/03(金) 16:16:44
黒田博樹「クオリティピッチング」(KKベストセラーズ)を読了。

ぱっと見で良さげな本であることは一目瞭然。
読み始めて、若干わかりにくい表現、込み入った説明、若干の誤植に悩まされもしたが
まずまず第一印象のまま読み終えた。
およそスポーツに関する本で、これほど「技術」と「メンタルなもの」を関連づけて
説明し得た本は、他にはないと断言しても良いのではないか。

説明は具体的で複雑で繊細で、執拗ですらある。が、しかし
一貫しているのは、「自分を追い込まないこと」「相手より優位にたつこと」
「試合の前には”一期一会”の気持ちになりきること」「試合中は、自分の状態を知って、そのなかでベストを探ること」
ということに尽きる。
それは、才能というものに溺れない、でも才能ある人たちを相手にした厳しい立場の人に
共通の人生訓、世界観、勝負勘だろう。

しかも、この本にはスマホ用の仕掛けすらある。
至れり尽くせりだ。
昨年末から読んでいたが、まず今年最初読破の本がこれであることは
十分意義がある。
「一期一会」「メンタルならコントロールできる」「体のケアがメンタルのため」「自分を追い込まない、選択肢の多い自分」
このようなことを今年最初のスタートの心構えにしていたい。
黒田博樹に感謝。

86korou:2014/01/04(土) 20:34:32
NHKスペシャル取材班編著「インドの衝撃」(文春文庫)を読了。

かねがねインドについて、まとまった知識を得たいと思っていたので
格好の読書となった(およそ1カ月余りの長期読書だが)
書かれたのが、放送のあった直後の2007年頃で
おもに米印接近の動きのあった2006年当時の政治の動き、そして
新都心ともいうべき都会が形成されつつあった当時のインド経済の動きが
事細かく、かつ具体的に取材されている。
その後の6年あまりの動向も気になるが
随所にネール以降の現代インド史についても記述されているので
まとまったインド現代史として、最新の事実抜きではあるが
十分2014年の今でも読むに耐える内容となっている。

ただし、インドの外交官シンの功績を手放しで賞賛しているのはどうかと思う。
その国の尊厳を大切にするのも外交ではあるが
一方的に国際的にタブーとされていることを敢行し
その後で国の尊厳を主張するのは明らかにおかしい。
ヘルムズ議員の変心も納得できない。
これはどうみてもインド外交の失態であり、それを認めてしまったアメリカ外交の大失態だろうと思う。

その反面、経済の面で見れば、日本の出遅れは著しい。
ここでも韓国企業に大きく遅れをとっている。
何だろう、この差は。
日本の政財界の人たちは、こういうことをもっと真剣に考えないといけない。
今のリーダーたちは甘すぎると思う。
そんなことを痛切に感じさせる現代史の好著だった。

87korou:2014/01/05(日) 18:27:46
烏賀陽弘道「ヒロシマからフクシマへ 原発をめぐる不思議な旅」(ビジネス社)を読了。

題名から連想されるストーリーを期待して読み始める。
どうしても原因究明型のドキュメントになりがちな原発モノだが
この著作は、武田徹氏のそれと似ていて、淡々と歴史的な由来を探るだけなので
読んでいて圧迫感はそれほど感じない。
また、新しい史実を発掘するということではなく
歴史的な実験、検証が行われた現場を訪ねて、関係者にインタビューするという形式に徹しているため
その「淡々さ」は尋常でなく、この本も読書に1カ月近くを要した。
決して面白くないわけではなく、絶対に読破できると確信しつつ
でも急がなくても大丈夫という妙な安心感により、それだけのダラダラとした時間となったわけだ。

読了して、痛切に感じるのは、日米での民主主義の熟度の差だろう。
情報公開という面で、それは如実に示されるが
こと原発のようなセンシティブなものを扱う際に
その「熟度の差」が影響する面は大きい。

また、そういうこととは全く別に
ヒロシマ・ナガサキを取り上げるときには
どうしても加害者と被害者という立場の違いが出てしまうのが日米取材の常だが
この著作の中では、加害者としての米国人としての立場をナチュラルに出しつつ
取材者が日本人であることにも思いを馳せ、沈思熟考する知性も持ち合わせている人物も
米国には存在することを知ることができ、読んでいて思わす感涙してしまった。
判り合えないことはない、と確信できる感動的な叙述である。

地味すぎてオススメしにくいのだが
オススメできそうな人にはぜひ読んでほしい好著である。

88korou:2014/01/14(火) 22:04:36
長岡弘樹「教場」(小学館)を読了。

出だしの感触は悪くない。
しかし、読み始めると、伏線の張り方、人物の出し入れが
自分の感性とまったく合わないことを再認識する。
以前「傍聞き」を読んだ時もそうだったことを思い出す。
ただ、他にこれと言って読むものが見当たらず
複数の知人が読んでいることだけを励みに読み続ける。

好みの問題を度外視すれば、まあ読める小説なのかもしれない。
未熟な人間描写とか、皮相な文体とは次元が違うことくらいは分かる。
ただ、これといって感情移入できる人物が見当たらず
面白い、という感覚とは程遠いまま読み終わった。
これといった感動もない。
よく出来た小説、ただそれだけ。

89korou:2014/01/18(土) 18:13:08
秋元康×田原総一朗「AKB48の戦略!秋元康の仕事術」(アスコム)を読了。

市立図書館へ仕事で行った際、新刊コーナーで見つけて「衝動借り」した一冊。
大体、予想通りの内容で予想通りの印象を受けた。
ただ、随所に秋元康の「官僚臭さ」を再認識させる発言を見出し
正月特番で久米宏相手に歌謡曲へのウンチクを語っていた光景でひらめいた彼の真の正体に
確信をもつ読書となったのは収穫。

あと前田敦子、高橋みなみ、大島優子の3人へのコメントは的確で
さらに高橋みなみと田原総一朗との対談も興味深いものがあった。
AKB好きにはあまり意味のない本ともいえるが(こうした分析こそがファンのスタンスと最も遠い地点だから)
そうでもない人で、しかも現代のトレンドについて分析することが習慣になっている人には
これほど格好の本はない。
そして、そういう習慣を持っている自分としては、かなり満足度の高い読書となったのは当然。

90korou:2014/01/26(日) 21:22:00
高野和明「6時間後にきみは死ぬ」(講談社)を読了。

知人が「良かった」というので、ついつい読んでみる。
連作短編となっていて
最初の短編である表題作に主人公が登場し、その後の短編でも要所要所に登場してくる。
最初の短編の出来栄えがかなり良くなくて、山田悠介の作品のように、ご都合主義の作風になっているのが致命傷である。
そんなに都合よく事が運ぶか!とツッコミどころ満載で、さすがに読む気が失せるのだが
2作目、3作目が佳品という評価も入手したので
我慢して2作目以降に突入すると、これが噂通りの佳品だったので驚かされた。
2作目から4作目まで、実によくできていて、1作目のわざとらしさは一体何だったのかと思えるくらい
どの作品も自然にドラマティックな仕掛けが施されているのには感心し、感動もした。
ところが、最後の作品「3時間後にぼくは死ぬ」で、再び、予定調和の終わり方になってしまい
さすがに作者の未熟さがミエミエになってしまうのには、再度驚いてしまう。
同じ予定調和でも、1作目・5作目と、2作目〜4作目のこの出来の違いは何なのか?
不思議な連作短編である。

出来の良い3作は、リアル世界のなかへのファンタジーの溶け具合が絶妙で
小説ならではの感動を生み出している。
出来の悪い2作は、ファンタジーを溶け込ませるポイントがあまりにもミエミエで
結局、作者に都合よく作品世界が収まっている印象が残ってしまう。
全体として予定調和な作風なので、ダメな人にはダメなのだが
出来の良い3作品については、分かる人には分かる素晴らしい世界を展開できているので
他の2作がいかにひどくても、全体として捨て難い作品になっている。

なかなか難しいところだが
読みやすさも加味すれば、オススメ小説と言えるのではないかと思われる。

91korou:2014/01/26(日) 21:31:30
高野和明「K・Nの悲劇」(講談社)を読了。

前作をオススメしてくれた知人が「この本のほうがもっといい」と言ったので
引き続き高野作品を読み続けることになった。
これは長編である。

話の切り出しからどこへ向かっていくのか、いろいろな選択肢が考えられるテーマで始まったが
一番難しい形で展開されていったので「おおっ!」と思い、ついつい熱中して読んでしまった。
もう少しでトンデモ小説になるところでギリギリで踏みとどまるあたりが読みどころで
話自体は結構ヘビーな内容なのに、意外とすいすい読ませるあたりが
映像畑出身の作家らしい巧さを感じさせた。
結局は、男女の愛のエゴを描くために、妊娠・中絶といったシーンを多用した感があり
そのあたりを読み違えると、何か作りモノのフィクションという読後感を得てしまうことになるのだが
そこをきちんと読み進めると、極上のエンターテインメントとなる。
前作で、作者は2006年あたりで描写の巧さを獲得していったように思っていたのだが
この作品の頃でも(2003年)、十分上手く描かれているので、そのへんは勘違いだったようだ。

憑依とか霊感とか、スピリチュアルな内容を含む上に
妊娠・中絶といった重いテーマが前面に出てくるので
読者を選ぶ小説かもしれない。
高野和明ファンなら全然問題なくスラスラ読めるのではないかと思うし
全体に読みやすい作風なので、なんでもOKの人には断然オススメの極上のエンタ小説である。

92korou:2014/01/30(木) 16:49:05
森山たつを「セカ就!世界で就職するという選択肢」(朝日出版社)を読了。

12月頃から読み始め、読了まで2カ月かかったのだが
この本の事情というより、他の事情で読了に時間がかかっただけの話で
本そのものは非常に読みやすかった。
あまりにスラスラと抵抗感なく読めるので
ついつい「いつでも読めるし、短い章の集まりだし」という安心感で
時間をかけてしまったという次第。

内容は、著者が実際に”セカ就」の体験者から聞いたことなどをもとにして
内容を少しだけアレンジしてフィクション仕立てにした
就職モノ小説ということになる。
実際の体験談がベースだけに、話の展開にリアリティがあり
日本の地方都市で地味に仕事をしている自分などは
読んでいて非常にタメになることばかりだった。
小説仕立てであり小説そのものとは言い難いが
こうして”セカ就”のポイントに絞ってフィクションにしてもらうと
タメにはなるし、ある意味リアルさも増してくる。
この仕掛けは十分功を奏したのではないだろうか。

というわけで、将来のある人に対しては断然オススメ。
将来のない人(自分?笑)にとっても決してムダにはならない本だと思われる。

93korou:2014/02/01(土) 13:50:54
太田愛「幻夏」(角川書店)を読了。

導入部から意味深げで惹き込まれるものがあった。
と同時に、場面の切り替えが突飛で少々不満もあったのだが
次第に、そんな些細なことなど忘れてしまう濃厚な描写に圧倒されるようになり
最後の100ページほどは職場で一気読みとなった。
最終シーンも印象的でこの上なく巧く
読後には何ともいえぬ余韻が残った。
これほどの読後感は最近記憶にない。
間違いなく、この1年で読んだ小説の中でナンバーワンの感銘度だし
ひょっとして、この充実感を伴う満足度の高さは
京極夏彦「魍魎の匣」以来、20年ぶりなのではないのか、とも思われた。

アマゾンの書評も皆さん見事の限り。
全体の筋の流れに推進力がある上に、さらに細部の話それぞれに厚みがある、という指摘。
そして、それこそ小説を読む醍醐味なのだというコメントには激しく同意する。
面白い小説は数多く存在するが
最近は全体を貫く筋の迫力、迫真さに負うものばかりだったと言える。
東野圭吾に代表されるそういった力作、名作も、もちろんそれはそれで値打ちのあるストーリーテラーなのだが
本当の意味では、こういう「幻夏」のような細部にも十分生命が宿っている物語こそ
真の偉大な小説の名に値するのだと思う。

いまだに最後のシーンの余韻から抜けない。
本当に得難い読書体験だった。
オススメもなにも、これを読まずして、そして感銘を受けずして
読書が趣味なんてことはあり得ない。

94korou:2014/02/02(日) 22:20:54
宇根夏樹「MLB人類学」(彩流社)を読了。

MLB関係の面白い新刊が出なくなって2,3年経つ。
最後に読んだ面白いMLB本は、ジョー・トーレの自伝だった。
今回はそれ以来初の
まあまあ感心できたレベルの本だったので、少し嬉しい気がする。

この本の美点というか特徴は
ある程度MLBに詳しい人のために
さらにトリヴィアな雑学を提供している点にある。
ビル・リーの人柄とか、アンダーセンのような投手のトリヴィアを
これほど詳しく書いてある本は他にない。
今の日本では、こんな感じの類書は他にないというのが
最大のウリになる。

逆に言えば、イチローも出ず、ダルビッシュも出ず、松井秀喜も出てこないMLB本である。
他人事ながら、こんな本が出版として成り立つのだろうかと
いらぬ心配も浮かぶ。
著者も無名で、企画は世間のニーズ外。
本来ならネットでわずかな購読料をとって提供されるべきトリヴィア本なのだろうと思う。

勇気ある出版社に感謝しつつ
この本のそもそもの構成である「名言集」というスタイルが
どうしてもしっくり来ず
イマイチ、オススメしにくい本であることも事実。
自分としては面白く読めたのも事実であるが・・

95korou:2014/02/04(火) 14:00:00
いとうせいこう「想像ラジオ」(河出書房新社)を80ページほど読んだ時点で断念。

話がふくらまないので想像力がかき立てられない。
人の想像力がテーマで、題材が東日本大震災、広くは日本の戦後の話になっているのだが
片方の翼(想像力)を信じることができない。
話がふくらまないので読書意欲がかき立てられない。
他に面白い本を多く見つけているので、そちらにチェンジ。

96korou:2014/02/05(水) 08:43:36
三秋縋「三日間の幸福」(メディアワークス文庫)を読了。

何気なしに読み始めたら、すらすらと読めるので
「想像ラジオ」で狂い始めた読書勘を取り戻すために一気に読了することに。

読んでいる途中でしばしば、テキトーな描写が混ざるので
やや山田悠介を連想させる(悪い意味での)お手軽感も入ってくるが
それでも山田悠介とかおフザケ満載のライトノベルとかとは違うという印象もしっかり刻まれ
くじけずに読むことができた。
この微妙な違いこそ、メディアワークス文庫を仕事の核としてきた
ここ1、2年の自分の仕事の最重要な意味づけなのである。
それを再確認できただけでも、この読書は個人的に大きな価値があった。

そして、終盤に来て意外なほどリアルさを増してくるワクワク感。
そこまでのファンタジーっぽい恋愛が
一気にリアルな恋愛に昇華するのを体感した。
素晴らしい!ブラボー!!
思わぬ収穫だった。
「幻夏」を除けばベストワンの感覚すらある。
気に入ったので、この作者のもう一つの作品を続けて読むことにしよう。

97korou:2014/02/09(日) 16:31:14
田村大五「昭和の魔術師 宿敵 三原脩・水原茂の知謀と謀略」(ベースボール・マガジン社新書)を読了。

さんざん読んできた水原・三原のライバル劇を
また読んでしまった。
著者が田村さんということで、思わず県立図書館で手に取ってしまったのだが
やはりこんな小冊子(新書のボリューム)では
その思い、記憶、取材内容のすべてを書き込むことは不可能であり
随所に他の追随を許さない独自の内容をチラつかせつつ
結局、消化不良になってしまった感のある惜しい著作である。
田村さんは、この本の発行日の8日後に亡くなられた。
この本のなかで再三記された「また別の機会で詳しく書く予定」とされた数多くの構想は
すべて叶わぬ夢となってしまった。

言うなれば、この著作は
あの古き良きプロ野球の時代を愛した田村大五という人の
「白鳥の歌」なのかもしれない。
そうでないと惜しすぎる。
もう、これだけ詳しく当事者自身の証言を直接聞いている野球関係者は存在しないのだから。
比較的メジャーな場面ばかりで関係者自身の証言も豊富とはいえ
第三者として聞き書きできた田村さんの立場は貴重だった。
この著作でも、三原・水原の人間性は十分に描写し切れているように感じた。

古き良き時代の日本プロ野球と
田村大五氏の人間性を愛せる人ならば
そこで語られているエピソードが既知のものであっても
十分楽しめる本であることは間違いない(まあ、そうでないと全く楽しめない本でもあるが・・・)

98korou:2014/02/12(水) 14:58:14
彩瀬まる「骨を彩る」(幻冬舎)を読了。

雰囲気の良い出だしにつられて、またそこそこ評価が高いということもあって
読み始めた小説。
連作短編で、中の登場人物が少しずつ重なっているという
最近よく見かける形態の作品だった。
評判通り、描写力は十分で、性描写対象の文学賞を受賞しているという偏りもない。
普通に人間が描けている。

あまりに普通の世界を精緻に描いているので
読み続けていると息苦しくなってくるのも事実。
しかし、感触がリアルなので、そう簡単に読むのを止めることは考えられず
読んでいる分には何の不満もない見事な文章力に感嘆しっ放しでもあった。

中脇初枝さんの描く世界にも似ているが、もっと普通っぽく普遍的な世界が展開できている。
沼田まほかるさんの描く世界にも似ているが、あそこまでゾクゾクっとする怖い世界でもない。
普通に怖く、普通に泣ける、意外と万人向けともいえる作品だと思う。

99korou:2014/02/12(水) 15:10:42
書き忘れていたので追記。

三秋縋「スターティング・オーヴァー」(メディアワークス文庫)を「三日間の幸福」読了直後に読み始め
これもほぼ1日で読了。

同じ三秋作品だが、こちらのほうが先に出版されている。
悪くはないが、というより、かなりいいのだが
「三日間の幸福」が全体として不思議なほどのいわく言い難い幸福感に満ちていたのに比べ
こっちのほうは、話のあらすじとか関係なく、なんとなく重たい感じが拭えず
読後感においてやや劣るように思えた。
ただし、この作品においても、この作者の独特の文体、文章のリズムは魅力的で
読んでいて飽きない。
いろいろな欠点も見えるのだが、この文体がすべてを帳消しにしているともいえる。
綾崎隼さんの場合、ストーリーテラーとしての才能が、作品に散在する多くの欠点を打ち消していると思われるのだが
その点が三秋さんの場合、好対照で、ストーリーは設定に全面的に頼りっきりの感があるのに対し
しかし、その設定で人はどう思うのか、どう考えるのかという気持ちの描写の点で
実に優れているのである。

なかなか楽しみな作家が登場したものだ。
三秋縋。

・・・そして太田夏、彩瀬まる。

100korou:2014/02/18(火) 13:53:30
若杉冽「原発ホワイトアウト」(講談社)を読了。

書き出しからしばらくの間、実話風の迫真の描写に魅せられたが
そのうちに陳腐な性描写が挟まってくると
ものすごく質の低い作文を読まされている感覚に襲われ
なかなか一気読みすることが難しかった。
それでも最後まで読み切れたのは
この小説の全描写の背後に感じられた
”公務員処世術の引き出し”が面白かったからである。

こうした世間知に興味のある人には
最も面白く読める小説に違いない。
逆に、興味のない人にとって
この小説は、流行を追った興味本位の実話風小説モドキといった印象もあり得るだろう。

ただし、最後のカタストロフィだけは
現実に起こりうるとはいえ
現実に全く対策されていないシーンでの話なので
かなり、生々しく読めた。
どちらにせよ、今の日本社会の欠陥がまざまざと見えてくるような結末だ。
読後感はここで一気に盛り上がる。

読んで損はないが、読まなくても損はない小説である。

101korou:2014/02/20(木) 14:25:19
山田悠介「パラシュート」(文芸社)を速読、読了。

通常の読書とは違うスピードで読んだので、細部については何とも言えないが
山田悠介作品で細部にこだわるのも無意味だろう。
ストーリーは、まず出だしで例のごとく読者の興味を一気につかみ
そこから設定の特異さで数10ページほどぐいぐいと読ませる。

2007年刊行の今作では、さらに物語の中盤にサバイバルな生きざまを描くシーンがあり
「らしからぬ」リアルな雰囲気を醸し出すことに成功している。
夢の情景の挿入シーン、徹頭徹尾そのキャラに染め上げて描かれる権力者層の人たちなど
いつになく小説技法の王道を堂々と操って、普通でない物語を、それなりに迫力のあるストーリーに仕上げているのは
山田作品として特筆モノかもしれない。

相変わらず随所に??となる描写があるのと
結末が、本当ならいろいろと想像が膨らむような終わり方のはずなのに
どういうわけか不燃焼感だけが残ってしまう点が残念だ。
「パラシュート」という題名も、イマイチ冴えない感じがする。

もう少しこういうのを書き続けていけば、意外と良い作家になるのでは、という思いがした。
この作家は、実際には進化可能なのだろうか?

102korou:2014/03/02(日) 22:39:14
渡邉 格「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」(講談社)を読了。

久々に爽快な本を見つけたという感じ。
まず著者のユニークさに惹かれる。
高校卒業から数年間プータローをやってから
23歳で大学の農学部に入学した時点ですでに十分ユニーク。
そして30歳で就職先を考え、最初の就職先で挫折。
そこから(なぜか)マルクスの資本論を読み込み
世界の不変の真理に反した現代社会の”腐らせない”経済体制について
思いをめぐらせ
その不自然さから訣別し、独自の思考により
結局パン屋を目指すことになった過程がもう断然ユニーク。
そこから先は、もうこう歩むしかないという人生となるのだが
運命的な「人」との出会いが、この方の人生をより大きく動かすことになり
さらに東日本大震災を契機に岡山県県北の勝山に移住、本格的なパン屋として
地域に根ざした活動を始めることになるのである。

誰もが思うことだが
あの名著「里山資本主義」の世界を連想させる新しい経済活動の形。
舞台も同じく岡山県北の真庭郡勝山町である。
「里山資本主義」は、いわゆる選択肢としての新しい経済活動の提示だったが
この本が示した経済活動は
選択肢というよりも、信念に基づいた従来の経済活動からの訣別である。
それゆえに普遍性では「里山資本主義」の世界には届かないものの
理論的整合性において勝っているものがある。
そして、その「理」に加えて、著者が無意識に醸し出す「情」の部分が
随所に光る好著といえるのである。
読後の爽快さは、名著「里山資本主義」を超えるものがある。
ある意味、新時代のイメージを掴む最良の書の1つではないかと思われる。

103korou:2014/03/06(木) 09:00:46
阪田寛夫「まどさん」(ちくま文庫)を読了。

いわずと知れた名著である。
先日亡くなられたまどみちおさんの伝記であるが
単に事実を列記した伝記に止まらず、まどさんの心の遍歴を探る優れた作品となっている。

作品の骨格はとらえやすい。
「ぞうさん」が、戦後、象の居ない上野動物園に息子と行って
そこに居るはずのぞうさんを親子で思って書かれた詩、と紹介された新聞記事をもとに
エッセイを書いた阪田さんが
当の本人から、その記事内容はデタラメと否定されたことから始まる。
そこから、まどさんの生い立ち、キリスト教との出会い、おかあさんへの思いなどを綴って
最終的に「ぞうさん」の再解釈などという野暮なことはしないまでも
読者には、ちゃんと「ぞうさん」という詩の真意が伝わるように書かれている。
末尾の谷悦子さんの解説にもあるように、ここでは阪田さんが学んだ歴史学の手法も感じられ
そこに詩人としての感性、宗教のことで苦しんだことによる共鳴などが加わり
本当にもっとも適切な人によって書かれた伝記という感を強くする。
まどさん自身が、自分のことを語らない人柄だっただけに、よけいに貴重である。

いかにも名著という風情で
実際読んでみても全くの名著だった。
まどさんのことを一気に深く知ったように思う。

104korou:2014/03/06(木) 10:25:32
中島京子「妻が椎茸だったころ」(講談社)を読了。

普段なら読まない作家なのだが
知人が読んで感想まで聞いたので
ついつい全部読んでしまった。
とはいうものの、思ったより文章が読みやすく
簡潔に作品世界を提示し、分かりやすく展開するので
読むこと自体に苦痛は全くなかった。

何かを異常に愛し続ける、何かを執拗にやり続ける、といった類の「偏愛」の話を
5つ集めた短編集である。
その「偏愛」の形が日常的とは言いがたく
そのくせ文体そのものは淡々として含みが感じられないので
そのギャップがいかにも文学的な何かを匂わせる・・・といった点で
やや吉行淳之介の作風を思わせるのだが
ところどころに惜しいキズがあって
時々「読んでいる自分」に引き戻されるのが残念。
特に、オチの必要ない展開にオチをつけるところで
作品をあまりにもその世界の中に閉じ込めすぎという印象を受けてしまう。
それと「偏愛」と「伝奇」の境目が難しく
「伝奇」に傾きかけると、また別の作品世界を連想させる点も弱点となっている。

とはいえ「偏愛」がどこかしら人生のある側面をあぶり出す要素であることを
これほど端的に分かりやすく示した短編集もそうざらにはない。
読んでみて損のない小説、得るものが深いかどうかは読者の嗜好次第という類の作品か。

105korou:2014/03/07(金) 14:15:48
石川康晴「アース ミュージック&エコロジーの経営学」(日経BP社)を読了。

縁あって、この本を読む。
中身が詰まっていて息苦しいほどだが
それほど分厚くもないので、何とか読み終えることができた。

今好調な企業の話だけに、実に調子が良い。
これでもかこれでもかと披露されるエピソードと成功談のオンパレード。
読んでいて疲れるくらいだが、これは編集の巧拙と関係があるかもしれない。

参考になる事例は山ほどある。
ただし、わが身に置き換えて共鳴できる部分は少ない。
どこか他人事としての成功例に聞こえるのは何故か?
アパレルという分野への知識の少なさが影響しているのだろうか?

ということで
イマイチ面白みに欠けた、でも一般的には面白さ満載なのかもしれない
迷著、もしくは名著?というところ。

106korou:2014/03/23(日) 16:20:18
綿矢りさ「大地のゲーム」(新潮社)を読了。

震災を取り上げた小説ということで
「想像ラジオ」でくじけた身としては再度の挑戦となる。
しかも、作者は愛しい綿矢さん。
で・・・・読後の印象はというと
まあ失敗作に近い意欲作ということになるだろうか。

震災と日常を彼女なりに近づけた綿矢さんの等身大の小説という位置づけになる。
この位置づけができない人には、この作品の真価は見えてこない。
それだけでも特殊な設定なのに
さらに、恋愛をくどく描くことによって、全体のバランスが失われているとしか言いようがない。
ここまで恋愛を絡ませる必要はなく、むしろ恋人の居ない、いわば、いつもの綿矢小説のヒロインで
書き切るべきだっただろう。
なぜ、ここまで普通に恋愛を絡ませる必要があったのか?
恋愛のない日常というのも普遍的なものではないのか?
震災の絶望的かつ絶対的なイメージと、恋愛の曖昧模糊とした、かつエゴがむき出しになるイメージは
相性が悪すぎると思う。

それでいて、最後まで読ませるのは、やはり震災と日常がうまくつながらない現実を
さすがにリアルに描き切る筆力があるからだ。
それは部分的にしか成功していないが、それでも、そういうことを描こうとする「人としての良心」を感じるので
そのわずかな成功の果実が、とてつもなく素晴らしい試みであるように思えるからである。
判らないのは、ふだんこういう冒険をしない作家なのに、という点。
自分の描ける世界を限定したことによって、作家としての自らの場所を確立した彼女が
なぜ、このような冒険をしたのか?
それは、私のような遠い地点に居る者には分かり辛い。
でも、その疑問も、最初の立ち位置に関係するのだ。
最初の立ち位置が把握できない人には、そういう疑問も生じ得ないので。

107korou:2014/03/30(日) 10:43:00
転勤につき、途中で読書中断の本2冊。
中野明「物語 財閥の歴史」(祥伝社新書)
辻芳樹「和食の知られざる世界」(新潮新書)

どちらも半分まで読んだところで時間切れ。
中野氏著作は個人的興味で読み進め
やや講談調なところが気になるものの、嗜好としてはハマってしまう読み物。
辻氏著作は、誰か有名人の推薦だったと思うが
なかなかの好著で読ませる。
どちらも、いつでも読み続けることができると思っているうちに
転勤となってしまい
所有本でないので中途断念となってしまい残念!

108korou:2014/04/06(日) 11:37:00
平岡泰博「哀愁のサード 三宅秀史」(神戸新聞総合出版センター)を読了。

転勤時なので、ピンチヒッターとして県立図書館の本を読書。
こういう本をのんびりと読んでいる時期ではないのだが(笑)
なかなかやめられない面白さがあった。
読後の印象としては
日本野球関係の本として
ある意味空白の時代を
正確に記述した貴重な本であると同時に
屈折した人生を歩まざるを得なくなった三宅秀史という野球人の人間性に
可能なかぎり肉薄した優れたドキュメントであると感じた。
この時期にこうした佳品に出会えるとは思ってもいなかったので
かなりラッキーである。

期待されずに入団し、本人もそのつもりだったのが
予定外の野球人生を歩むことになり
本人もその気になった矢先の衝撃のアクシデント。
同時進行で家庭生活のほうも崩壊し(普通なら家族が支えていかなければいけない時なのに!)
球団に対して、「現役できます」と嘘を言い続けなければならなかった心苦しさ、辛さ。
そして、予想通りの辛い展開、さびしい限りの現役引退までの過程。
バラバラになった家族、肝不全との闘病、交通事故、マスコミへの不信、といった
ありとあらゆる苦難が彼の心を蝕み
それらを乗り越えて得た友人たちとの貴重な語らいの日々。
奇しくも三宅さんの誕生日であった4月5日にこの本を読み終え
今なお健在という事実を知って感動もひとしおである(昨日80歳になられた)

オールド野球ファン、時にトラファンには必読の書だろう。

109korou:2014/04/15(火) 21:50:22
湊かなえ「豆の上で眠る」(新潮社)を読了。

新しい職場で購入し、さっそく今日は山場を職場で読みふけった。
今の職場で退職予定だから、その意味では記念になる最初の読書ということになる。
湊さんの新作は、期待通りで、それ以上でもそれ以下でもなかった。
大抵の場合、読みなれた作者のものは、正直言って飽きてくるので
最後まで気分を入れて読み通せたということは
それだけクオリティが高いということになる。
「母性」「望郷」と今回の作品と、この作者には
他の人気作家のレベルより一歩抜きんでたものを感じる。

出だしの時間の操作というか、現在と過去が交錯する描写は
久々の小説読書の頭にややキツいものがあったが
そこを越えると、次第に湊かなえワールドが炸裂し始め
もうやめられなくなる。
ある種の謎解きミステリーでもあるので
最後のあたりは、どのような意外な結末に至るのか興味津々で一気読みだった。
さすがに、アクロバット風結末には至らず
その意味では、逆の意味でリアリティはどうだろうという詮索に至り
そうなるとフィクションとしてのリアリティ不足が逆に露呈してしまう、という厄介な構造も含んでいるのだが
それを補ってあまりある心理描写の巧さがあるので
結末の不燃焼感もさほど気にならない。
子どもの一人称というのも、ここまで徹底すると
十分サスペンスになりうるという見本のような小説である。
万人にオススメの娯楽小説と言えよう。

110korou:2014/04/23(水) 22:48:05
「私の履歴書 50」(日本経済新聞社)を読了。
三遊亭円生、武蔵川喜偉と読み進め、前尾繁三郎まではスイスイいったが
がん研究者の塚本憲甫氏のだけは、やや読むのに難渋した。
それと、今となれば活字が小さいのも辛いところ。
まあ、それでも面白い分にはいまだに面白い。
視力の安定している時期を見計らって継続して読むことにしよう。
そういう環境の職場に居て、みすみす逃す手がない。

111korou:2014/05/04(日) 13:44:34
村上春樹「女のいない男たち」(文藝春秋)を読了。

ハルキ氏の最新作。
相変わらず、かつてのハルキ氏とは何か違うと思う。
スピード感が不足している。
物語の手法として洗練されていたはずなのに
そのあたりが、なんとなくつかえ気味なのも気になる。
ただし、もはや他の作家とは全く違う地点にたどりついていることも分かる。
それが文学としての水準の高さとは別物だという懸念はあるが。

多くの人が直感したように「木野」は、かつてのハルキ・ワールドに最も近く
かつ結末の鮮やかなイメージが傑作と確信させるものがある。
それに対して、書き下ろしの「女のいない男たち」は
小説というより散文詩であり、ナマな哲学の表明にしか過ぎないので
ハルキ氏になじみのない人たちには、評価対象外ということになるのか。

どちらにせよ、体験を書く、人間観察から書く、具体的な「生活」」を書く、といった
日本近現代文学の王道から最も離れた地点に存在する作家であることを
改めて実感する。
深い井戸を降りていって、そこで見つけた自分自身の鏡像の欠片を誠実に拾い上げ
再び井戸を上がりながら、井戸の上から差し込む「言葉」という光の力を使いながら
欠片の再現を「作業」する作家なのだと思う。
それは、地域、言語、文化の根幹にあるので、より具体的な環境には適合せず
抽象的な、普遍的な、グローバルな環境には、他のどの小説よりも適合するのだ。
こういう文学こそ、かけがえのない「文化」そのものなのだと強く思う。

112korou:2014/05/05(月) 11:50:37
ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」(みすず書房)を・・・遂に読了。

この本は読まれなければならなかった。
読んでいないのは読書人として怠惰だ、と、今、読了後に心から思う。
読書は自由だ、と言っても、こういう本を飛ばしてしまっては
その本質的な意義は失われてしまう。

いくつか感動的な言葉があった。
引用されたドストエフスキーの言葉―――
「わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ」

フランクルの言葉―――
「苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。
 苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ。」

最初の10数ページほどは記述が飛躍していて、若干読みづらい。
そこで止まってしまうと、この尊い書物の真価を知ることなく一生を終わることになる。
今回は、なんとかそこを乗り越えて、しばらく収容所生活の具体的な様相を
簡潔で的確な描写により、深く知ることができた。
そして、100ページを過ぎたあたりから、著者の深遠な洞察が始まる。
このあたりは感動の連続だ。
若い頃にこれを読んで、深く心に感じるものがあったとしたら
どれほど感激に身を震わせたことだろう。
いや、56歳の固く閉ざされつつある心にも十分響いた。
いろいろなことを考えさせられた。

若い人には必読だろうし、そうでない人にも必読の書である。
一度はチャレンジしてみるべきだし、我々はその存在を常に知らせて、教えて、薦めて
この人類の英知の最も深い部分を、次の世代に伝えていくべき義務がある。
まして司書なら当然だ。
その思いに身が引き締まる思いを強くした読書だった。

113korou:2014/05/07(水) 21:30:40
長島有「サイドカーに犬」(文春文庫)を読了。

この文庫の表題は「猛スピードで母は」だが、それと「サイドカーに犬」の2つの中編(短編?)が収められた文庫本である。
今回は、別スレにも書いたとおり「サイドカーに犬」の映画を観て気に入ったので
「サイドカーに犬」だけを読んでみた(時間の関係で2つは読めなかった)

映画が、いい意味で原作を逸脱していないことがよく判る。
原作も映画同様、渋く職人風で安心して読み続けることができた。
ただし、映画が多くのエピソードを追加していて、かつ全体の流れもスムーズだったので
原作のほうが簡潔な印象になってしまうのはやむを得ない。
やはり、小説のほうは、少女のナイーブさを頭の中で想像するしかないのに対し
映画は具体的なイメージを俳優、子役たちが十分に演じきっている分、有利である。

優れた児童文学のひとつだとは思うが
映画が優れた出来だった分、後で読むと印象が薄くなる。
もちろん、がっかりする、とかいったこととは全く違うのだが。

114korou:2014/05/18(日) 17:13:26
谷崎潤一郎「細雪」(ほるぷ出版)を読了。

今度の勤務先には、大活字本に近い大きさの活字で日本文学の名作が読めることが分かり
その第一弾としてこれを読んだ。
上中下3巻というのは文庫本と同じだが
各巻650pほどあるので、計2000ページほど読み通したことになる。
さすがに大活字本だけあって、かなり根を詰めて読み続けても
さほど疲れない。
これはありがたい。

作品についてはもうコメントを書くまでもない。
また、以前読んだのが16歳のときなので
そのときの読後感と比較してもあまり意味がないことも途中で分かった。
こういう大人の小説は、やはり大人になってから読むに限るのである。
日本語の流麗さは、以前読んだときにも感じていたのだが
今回読み返してみて、この流麗さは、それにふさわしい題材を得て可能なのだと再認識した。
この題材で、この展開で、この日本語は生きてくる。
まさに奇跡の文体と言えよう。

幸福な読書だった。

115korou:2014/05/27(火) 13:20:46
坪田信貴「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」(KADOKAWA)を読了。

刺激的な表紙(いかにもギャル然とした女の子がこちらを睨んでいる)と
刺激的な書名で、ずっと注目していた本だったが
ついに読むことができ
あまりの面白さ、タメになる叙述のせいで、一気に通読してしまった。

表紙のイメージとは違い、叙述は塾講師の指導記録に終始し
いかにも塾講師という立場が透けてみえるようなお気楽な成功の記録という面もなくもないが
そういうトータルな印象とは別に
このテのノンフィクションに多い個性的な割り切り(この場合は受験勉強法ということになるが)に
魅力を覚えるのも事実。
うすうすそうではないかと感じていることを
思い切って「そうだ!」と宣言、実行してしまうところに
著者の個性を感じる。
その個性のなかに「さやかちゃん」はうまくハマったということなのだろう。
だから、この本のキモは
バカギャルが奇跡的に超一流大学に受かった、というドキュメントの部分ではなく
この個性的な塾講師の述べるメソッドこそ、現代の受験(大学に限らず、資格試験なども)では
もっとも効率的、という戦略面の優秀さにあるのだと思う。
小論文対策なんて、そうだな、これだな、と膝を打つ思いだ。

まあ普通科高校なら必読の書だろう。
読んで損になる箇所はほとんどない。

116korou:2014/05/28(水) 11:34:37
東野圭吾「虚ろな十字架」(光文社)を読了。

このところの東野作品は
一時期の悪い意味でのマンネリを脱して
最初から最後まで一貫したトーンで読者に迫ってくるものがある。
この作品も、プロローグの淡い恋愛シーンからして印象的で
そこから時代も背景も全く関係ない(ように見える)シーンに続く導入が
当たり前のようでいて、全く淀みなく、さすがはと感心してしまう。

話が死刑制度、裁判制度に純化され
やや固い、暗い話になりつつある物語の真ん中へんあたりで
これはエンタメとしては固すぎるのでは、と少々疑義を抱くものの
主人公が、登場人物同士のある接点に気づいたあたりから
一気に、それまでの伏線、不審な部分が氷解していくカタルシスは
東野作品を読む最大の喜びであり、今回も十分にそれを味わうことができた。

「さまよう刃」「手紙」に続く社会派ミステリーということになるだろう。
松本清張が創造したこの分野では
東野圭吾が代表的な存在としてその後を継いでいるように思える。
少なくとも、小出しに出てくる原発問題よりも
こういう形でしっかりとテーマに対峙してもらうほうが
読んでいてスッキリとはする。
間違いなく、東野作品の新しい金字塔と言える佳作だ。

117korou:2014/06/04(水) 13:49:07
池井戸潤「空飛ぶタイヤ(上・下)」(講談社文庫)を読了。

以前、単行本で読み始めて、活字の小ささに閉口して断念。
今回、文庫本を確保できたので、再度挑戦。
再挑戦したかいは十分にあった。
まさに”半沢直樹”である。
半沢の原作が今一つだったのに比べ
今作は、登場人物の造型が見事であり
まさに至福の読書体験だった。

主人公の赤松社長が深く無理なく描かれているのは当然として
赤松と対比される人物として、沢田という大企業の中堅社員が提示され
その沢田の心の葛藤をこれでもかこれでもかといわんばかりに描写する
エネルギッシュな筆力に圧倒される思いだった。
やや類型的に描かれる会社上層部とその手下連中は
物足りないといえば物足りないが
ともあれ、ここまで中小企業社員の人間像と
大企業中堅職員の人間像が強烈な印象とともに描き切れている小説は稀有だろう。

まさに一気読み必至である。
エンタメ小説の企業編として最上の出来ではないだろうか。

118korou:2014/06/27(金) 17:40:03
谺雄二「知らなかったあなたへ ハンセン病訴訟までの長い旅」(ポプラ社)を読了。

知人が、これは面白かったというので、読んでみた。
大きな活字で平易な文章で、たしかに読みやすい。
それでいて、内容は深くシリアスで姿勢を正される思いだった。
「夜と霧」にも似た読後感だった。

訴訟のことばかり書いてあるのではなく
むしろ、日本におけるハンセン病患者への理不尽な扱いの歴史を
わかりやすく具体的に書いてある本だった。
その意味で、ハンセン病理解についての入門書の役割も果たす。
さらに、療養所でのいじめ問題まで取り上げてあり
そこの部分の迫真な記述は
確かに人権問題を考える格好の教材とも言えるだろう。

大切な問題を分かりやすく読みやすく書いてあるという点で
万人必読の書といえる。

119korou:2014/06/29(日) 18:50:59
角田光代「平凡」(新潮社)を読了。

角田さんの本は速いペースで刊行されるので
本当は全部読みたいのだが、とてもすべてをフォローできないうらみがある。
今回も、偶然読むことになっただけで、特に選んで読んだわけではない。
とはいえ、そうしてアットランダムに読んでも、いつも裏切られない。
本当に安心して読める作家という点で
ミステリー、サスペンスなど一切ない作風なのに
そのことは驚異的だ。

今回の作品は
「もし、あのとき違う人生を選んでいたら」というのが共通のテーマになっていて
そういう単なる仮定だけの設定が、こうして6編の充実した短編集にまでなっていくところに
角田さんの凄さ、素晴らしさを実感する。
もちろん、そういう思考、仮定に、正解はない。
正解のない話を、無理なく必然として読ませる手腕が凄いのである。
登場人物は、どの短編のどの人物を取り上げても、確かな息遣いが聞こえてくるリアルさがある。
いろいろな人生の話を聞かせてもらったような気がする。

若い人にはムリだけど
ある程度年配の人なら、この短編集の良さは実感してもらえると確信する。

120korou:2014/07/01(火) 11:26:44
中川右介「悪の出世学」(幻冬舎新書)を読了。

ヒトラー、スターリン、毛沢東という20世紀を代表する「悪の帝王」たちの
生い立ちからトップにのし上がるまでの軌跡を
中川さんお得意の伝記風にまとめた好著である。
少し記述が進むと、出世学のまとめのような要点書きが挿入されるのが
いつものスラスラ読める中川さんの本らしからぬ印象を持ったが
まあ致命的ということでもなく、それはそれで読み流せばよいだろう。

いつも思うのだが
20世紀に生きた人の伝記というものは
あまりに情報が多すぎて、全体像がつかめなくなることが多い。
今回も、中川さんの筆によっても
スターリンがのし上がる過程、ヒトラーがのし上がる過程が
やはりつかみ辛かった。
毛沢東については、やや記述の密度がバラバラな印象も受け
肝心の部分が描き切れていない感じもする。

とはいえ、さすがは中川さんという箇所も随所に見られ
少なくとも、レーニンとスターリンの関係、毛沢東と蒋介石の関係、ヒトラーとヒンデンブルグの関係など
大きな道筋については、見通しがよくなった。
それと、この3人については、どうしても記述が膨大なものになりがちで
うかうかしていたら、ついにその一生の梗概すらも分からずじまい、ということになるのだが
この新書1冊で、3人の「悪党」について、大体の生き様は把握できたので
あとは、その大きな流れのなかに、個々の事実を流し込めばいいのである。

そういう幹になる大きな史実を把握する本として
やはり、この本は現代史研究を趣味とする者にとっては
入門書として必読と言えるかもしれない。

121korou:2014/07/03(木) 22:40:05
悠木シュン「スマドロ」(双葉社)を読了。

小説推理新人賞受賞作らしいが
ミステリーらしい風味は一切ない。
普通に伏線を張って、別の視点からその伏線を解読していくだけの
ごく当たり前の小説である。
むしろ、持ち味は文体にあって
俗っぽい、これ以上卑俗なイメージになると全部台無しになるほどの俗っぽさに充満していながら
不思議と先へ先へと読ませる魅力があって
こんな大したことない構想の物語であっても
最後まで読者を引っ張っていくのである。

それにしても
この文体でこのスケールの小さい物語ではアンバランスも著しい。
もっと大きな構想の物語を、この大胆な文体で書きなぐってほしい。
このままでは、推薦するのも憚られる。
物語全体がちゃちなので。

122korou:2014/07/09(水) 22:21:13
池上彰「池上彰の『日本の教育』がよくわかる本」(PHP文庫)を読了。

かつて、PISAの結果を池上さんらしく分析した記述を読んだとき
目からウロコだった記憶が残っていて
その意味で期待を持って読み始めたら
いきなりPISAの話から始まった。
やはり目からウロコだった。

とにかく、目配りの広さ、公平な視点、正確な事実把握には
いつもながらだが感心させられる。
これだけ広範囲かつ具体的な記述で文庫サイズにまとめた本は
他に見たことがない。
しかも、教育関係者のはしくれでありながら
この本を読むまで、こんな重要なことも知らずに仕事をしていたのかと思わされることが多く
忸怩たる思いである。

これは日本人が自国の教育を語る上での必読書だろう。
共通の正しい事実認識を持っていないと
「空気」だけの虚しい議論に終わるだけだ。
この本で正確な認識をもって、議論に臨みたいものである。

123korou:2014/07/11(金) 13:00:56
樋渡啓祐「沸騰!図書館」(角川oneテーマ21)を読了。

相変わらず、テンポのいい記述でスラスラ読める。
ただし、前回読んだ岩波ジュニア新書とは違って
今回は良くも悪くもこの人のワンマンぶりが文章の端々から漂ってくる。
そして、それが自分の職場でもある図書館に関することだけに
読んでいて、なかなかしんどいというか、複雑な読後感が残った。

やろうとした動機、やってみた結果については
特に問題はないように思う。
ただし、やっている途中での個々の図書館固有の事情に対する態度は
ムダに敵を作って、話が本質的なところから外れる結果を生んでいる。
従来からの業界特有の見解を、全くナンセンスと決めつけるのではなく
なぜそういう見解に至ったかを業界人と意見交換して、より深めていくという努力を
全然行っていない。
図書館人は時代遅れ、世間のニーズを知らなさすぎる、という一点張りで
押し通そうとする態度は
どうしても好きになれない。
若いので早く物事を決めたいのだろう。
自分の決裁で決められる間に全部済ませてしまおうという意図がミエミエだ。
実際、その考えは半分以上当たっているとは思う。
樋渡さんほど、決断の早い首長はそう居ないだろう、と私も思う。
でも、それだからと言って
粗雑な議論で済ませて、とにかく結論ありき、結果が出ればすべてよし、というわけには
いかないのが人の世である。

だから、今回の武雄市の成功も
図書館の民営化の成功の話とは言い切れず
樋渡市長のカリスマ力の成功話という矮小化した評価しか下せない側面がある。
惜しい、と心から思う。

124korou:2014/07/15(火) 21:38:39
池上彰「おとなの教養」(NHK出版新書)を読了。

教育に関する本を読んだ勢いで、これも読み終えた。
実は、もう1つ最新の世界情勢を解説したあの有名なシリーズの最新刊も読んでいるのだが
このスレに書き忘れているので
この2か月ほどに池上本を3冊読んでいることになる。
結論から言えば「ハズレなし」ということになるだろうか。

とはいえ、この「おとなの教養」は、かなりのお手軽本である。
もともと記者としていろいろな知識を蓄積して著者が
さらに、テーマを大きく絞って、その方面の著作を2,3チョイスして読み解き
その成果を「教養」と題して刊行したという経緯が透けて見える。
ゆえに、取り上げている内容から本質的に要求されるほどには
叙述に深みがなく、何を目指して書かれているのか分からない無目的な本になっている。
「われわれは、どこから来て、どこに行くのか」というのがこの本を貫くテーマらしいが
そんな抽象的なことに興味を持たないと教養は身につかないというのは、いかにも苦しい。

ただし、雑学本としてみれば、悪くない。
さすがに池上さんなので、意味不明な叙述などほとんどない。
本当は雑学本でも良かったのだろうが、日頃のスタンスからして
そういう類の本が出しにくかったというのが、出版企画側の本音なのではないか。
もっとも、池上さんは大真面目に出版意図を書き、その意図で全体をまとめようとしている。
その痛々しさが、他の池上本と大きく違う点であり、やや「ハズレ」感が強い理由となっている。
残念。

125korou:2014/07/18(金) 17:01:44
小林信彦「現代<死語>ノート」(岩波新書)を読了。

面白いので勤務時間中に読んでしまった。
こういうのを読んでも生徒に全く還元されないので、自分でもどうかと思うが
時として、こういう勢いのつく読書もしておかないといけないという理由も成り立つ(苦しい言い訳・・・)

以前読んだこともあるのだが、通して読み切ったのは今回が初めて。
まあ、この種のものは、断片だろうが通しだろうが、あまり大差はないのだが。

というわけで特に改まった感想もない。
相変わらず、面白く読めました。
美味しいものが期待通りで「おいしゅうございました」と言いたい感じ、そのまま。

126korou:2014/07/21(月) 17:09:33
山田純大「命のビザを繋いだ男」(NHK出版)を読了。

優れた本だった。
感動と言う意味では今年最高級かもしれない。
「夜と霧」のような深い重い響きではなく
そこには溌剌とした真実への探求があり
きびきびとした文章で、知られざる史実を極めようとする精神の躍動があった。
それでいて、書かれた内容は「夜と霧」の世界の延長上にあって
読む者を厳粛な思いにもさせるのである。
そして、それらの思いが、一身を犠牲にして事態を好転させた男への敬意につながり
このようなインターナショナルな行動を実現したのが
ほかならぬ日本人であったということに驚きと誇りを覚えることになる。

そして、本書の真骨頂は、最後に記された著者のイスラエル訪問にあった。
すでにそこまでの熱意ある探求だけで十分感銘を受けたであろう大多数の読者は
ここで本当に著者の心底からの真情を目の当たりにして
思わず引き込まれたに違いない。
達意の文章ではないが、十分伝わってくる文章というのが
ここでは最大限に生かされていて
イスラエルの神学校周辺の描写など
変に構えて書くと
なかなかここまでリアルに伝わってこないと思う。
まさに異文化理解を活字の上で為し得たような気になった。

文句なし一級品のノンフィクション。
小辻氏にも山田氏にも感謝と敬意を表したい。

127korou:2014/07/22(火) 21:58:31
佐々涼子「紙つなげ!彼らが本の紙を造っている」(NHK出版)を読了。

東日本大震災関連の本を読むことは意識的に避けていた。
全くの偶然とはいえ
自分は、あの日あの時間に
一生涯二度とないくらい
長くて大きな作業を完成させたまさにその瞬間だったから。

それがあまりにも孤独で長くて辛くて
他人には分からない共感不可能な体験だったので
とうてい東日本大震災について考える余裕などなかった。

そして、この本を読めば容易に分かるのだが
震災は、実に多くの人々を
その時の私と同じ感覚に苛んでいったのだ。
もちろん、死と向かい合ったおもに東北の人たちの悲しみは
より普遍的でより深い。
しかし、感情の動きとしては
ベクトルは同じ方向だった。

長い間、そのことが私のトラウマになっていた。
共感しない自分を擁護する自分が居るのは間違いなかった。
それを否定もできず、肯定もできず
そんな中途半端で解決の見えない心象風景を
わざわざ覗きに行く勇気がなかったのである。
ずっと、東日本大震災については
自分自身の極秘の誓いとして
「無関心」を貫いていた。

128korou:2014/07/22(火) 22:04:40
あれから3年半、やっと向き合う気持ちも生まれてきたように思う。
そんな気持ちで、この佐々さんのノンフィクションを読んだ。

読後の感想としては
極めて人間的なドラマが否応なしに出現し
それら一つ一つを追体験するのも、なかなかキツい、やはり「無関心」の代償はあるのだな、と思ったこと。

これは成功したドラマのノンフィクションだが
その影にはとても無邪気に喜べない逸話が満載であることも暗示しているノンフィクションである。
それらの題材の並べ方は、必ずしも適切でなく
作品としては結構破綻しているようにも思えるのだが
読後のインパクトは、どの読者だろうと著者の意図通りになっているはずなので
それだけ重たい事実が提示されていると言えるのである。

また、いろいろと考えてみたい。
読後直後には適切な感想を書くことが難しい本である。

129korou:2014/07/22(火) 22:11:55
海老沢泰久「みんなジャイアンツを愛していた」(文春文庫)を読了。

もう20年も昔の文庫本である。
単行本としてはさらに10年古く
書いてある内容に至っては1978年頃から1982年頃のプロ野球の話なので
もはやマニア本の類といっても良いのかもしれない。

逆に、マニアには嬉しい本である。
まさにあの頃のプロ野球の映像が蘇ってくるようだ。
まだ「ジャイアンツ」の神話が信じられていた時代。
この時代のことを書いて
江川のことが取り上げられていないという手抜かりがあるので
本当の意味でのスポーツ・ジャーナリズムの本とは言い難いが
海老沢さんの「思い」をまとめた本であると思えば
これはこれでアリだろう。

まさに、皆こんな風に思っていた。
強いジャイアンツ、1球団だけ別格のジャイアンツ。
そんな時代が終わって久しい今
こういう主情に満ちた本とはいえ
時代精神の記録を冷静に記述したものとして
これはこれで貴重なのかもしれない。

あとはこれに史実をぶっこんで完成させる。
ドラフトでの江川、長嶋・王解任劇など
材料はいくらでもある。
誰かが書くだろうな。
それまでは、こういう本でノスタルジーに浸るとするか。

130korou:2014/07/30(水) 10:56:19
横山悠太「吾輩ハ猫ニナル」(講談社)を読了。

途中駆け足で読み進んだ部分もあって、全部精読というわけではないのだが
まあ、大筋は読めたと思うので「読了」ということで。

岡山出身の作家で芥川賞候補にもなったということから
なんとなく読み始めたのだが
非常に端正な文章で
この文体でそのままメタ文学の世界に突入するわけだから
読後の印象は人によって全然違ってくることは容易に予想される。
最も多いと思われるのは「なんじゃ、これ」という批判、無理解。
メタ文学は、文学の世界をある程度信じていないと成立しないわけだから
現代の多くの読者には成立し難い作品世界となる。
ただし、主な題材が漱石なので、漱石へのオマージュのようにも読み取れ
その場合は何となくわかったような気にさせる作品にも読める。

でも、この作品をもっとも評価できる人は
メタというジャンルを面白がれる人たちであり
東浩紀が早々と批評を書いたというのも頷けるし
芥川賞選考会で即落選となったのも納得である。

これこそ、分かる人には分かり、分からない人には分からない文学である。
作者は、この方向で書き進むのであれば
さらにメタの手法に磨きをかけなければならないが
残念ながら、この作品を読む限り
メタは偶然の手法で、作者の生き様から自然に出てきた程度と思える。
その意味でも評価のしにくい作品であることは間違いない。

131korou:2014/08/10(日) 12:34:01
(実は7月に読んだ本を2冊)
①海老沢泰久「ヴェテラン」(文春文庫)を読了。
書架整理で廃棄決定した本のなかで
これはと思うものを個人的に確保して読んでいるのだが、その1冊。
読むに足る日本プロ野球の本として有名だが
きちんと通して読んだのは初めてだった。
この本の直前に読んだジャイアンツの本と同様
文章にはクセがあり、思い込みも強い。
ただし人物のチョイスが優れていて
特に高橋(慶)などは、この視点で書くことによって
新しい人物像を提供できているように思える。
西本、牛島あたりは、既知のイメージそのままなのだが
それでも、イメージ以上に具体的に詳しく書かれた文章は稀有である。
つまり、日本のスポーツマスコミが、いかに勝者、成功者ばかり追っているのかが
逆説的に分かる本でもあるのだ。

②小栗左多里・トニーラズロ「ダーリンは外国人 ベルリンにお引越し」(メディアファクトリー)を読了。
これは人気シリーズの最新刊。
特にコメントするほどでもないが
こういう内容になってしまうと、本来シリーズが持っていた魅力が薄れてしまうことにもなる。
以前より、読み進めにくかったのも事実である。
難しいかもしれないが、外国の習慣を紹介しつつも
そこに日本文化を対比させて、その習慣を相対的に評価する作業が必要ではないかと思うのだが
そうなると、普通の主婦レベルの感性では難しいことになり
それはこのシリーズの魅力と衝突することにもなるわけだ。
企画自体が難しすぎるともいえる。

132korou:2014/08/10(日) 13:16:23
田崎健太「球童」(講談社)を読了。

伊良部秀輝の伝記である。
冒頭に著者と伊良部本人との対話のシーンが描かれている。
そのわずかな接触だけで
伊良部の本質を見抜いた著者の感性は大したもので
その後の記述に期待を抱いたのだが
読み進めるにつれ
著者が実際に取材した人たちのそれぞれの言い分をまとめただけの本であることが判明し
失望感も大きかった。
たしかに、なかなかここまで根気よく関係者を探して取材することは容易ではなく
その意味で一次資料としては価値のある本だとは思うが
優れたノンフィクションには不可欠である”真実を多く含んだ全体像の提示”という面においては
何も語られなかった本となった。

交渉がパドレスからヤンキースへ移るあたりの過程は
さすがに豊富な取材源のおかげで、今後このことを語る上で
決定版となる記述になっているように思う。
実際、この件に関して、ロッテの重光オーナーなどに取材したところで
何も真実は語れないだろうと思うので
取材していないことにそれほど致命的なミスは感じられない。
つまり、これはこれでベストだ。
しかし、広岡GMとの確執は、この程度の取材では何も分からないだろう。
この件については、いつも広岡が悪者として描かれるが
広岡にも、あれだけの功績をそれまでに残してきた人である以上
言い分はあるはずである。
広岡による伊良部へのコメントをなぜ入れなかったのか。
ノンフィクションの構成として大きく疑問の残る点である。
伊良部サイドの人間ばかり取材しても、それは事実の一面しか語ったことにしかならない。
それを分かっていて、なぜそうしたのか?私には分からない。

一次資料として貴重、ノンフィクションとして不十分、そういう本である。

133korou:2014/08/11(月) 20:33:52
さて、夏休み野球本読書週間、絶賛遂行中・・・ということで
野村克也「プロ野球重大事件」(角川ONEテーマ21)、
松永多佳倫「マウンドに散った天才投手」(河出書房新社)の2冊を読了。
(福島良一「日本人メジャーリーガー成功の法則」(双葉新書)は、あまりにも初歩的記述ばかりなので、折角図書館から借りたけどパス)

野村本は、典型的な野村本だった。
最初のうちは古い有名な事件を野村流に解釈して、まあまあ読ませるが
だんだんと野村個人の趣味が強くなり過ぎて記述が散漫になり
最終的には、野球好きなオッサンのうんちく話を聞かされた感が強い本で終わった。
良い本もあるのだが、あまりにも短期間で同じようなものを書き過ぎである。
野村本人の良心でもあるのだろうが、こういうのを読まされると
落合の寡黙も、また真実かなと再認識させられる。
まあ、基本的には野村のほうが正しいのだろうとは思うけど。

松永さんの本は、興味本位で借りたものの、文章がパサパサしていて
その割には重たい話題を取り上げているので、読後感が良くなかった。
伊藤智仁なんかは、映像で見る限りもう少し明るい、強い人だと思うが
この人の文章にかかると結構重く感じる。
他の人も同様だろうと連想してしまうのだが
その点、最後の盛田幸妃の底抜けの明るさは、唯一の救いとなった。
こういうのは、7人もいっぺんに扱わず、特定の1人を徹底的に取材すべきだろうと思う。
かけがえのない人生は、連作で扱うには重たすぎるはずだから。

134korou:2014/08/13(水) 11:18:06
村瀬秀信「4522敗の記録 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史」(双葉社)を読了。

302ページの中にぎっしりと詰め込まれた選手たちの言葉が興味を引く本。
饒舌で、(ファンならではということではあるけれど)感傷的すぎる文章には辟易させられたが
その中にこれでもかこれでもかと挟み込まれた選手たちの言葉は
著者が優れたインタビュアーなのか
実感が込もっていて印象的である。
ホエールズの球団史でもあることを謳っている割には
大洋時代の記述が相対的にみて少なすぎるのが不満ではある。
まあ、ベイスターズ球団史と思えば、全然不満はないのだが。
記述は1998年の優勝までの徐々にまとまっていった過程の部分と
そこから先の混迷していく部分とに大きく分かれ
そういう極端な局面を、多くの選手が体験してしまったことが
この本の素材として大きく貢献している。
著者は、饒舌さと感傷の欠点を隠そうともせず
むしろ、それを”横浜愛”として表現しつつ
両極端なプロ野球の世界を、同じ球団の同時代体験として描いてみせた。

プロ野球にちょっとでも詳しい人なら、十分楽しめる本だと思う。
組織論としても秀逸かもしれない(駒田と谷繁の見解が正反対なので面白かったりする。生え抜きの人間と外部の人間の対比について)

135korou:2014/08/14(木) 17:37:49
衣笠貞之助「わが映画の青春」(中公新書)を読了。

1977年の中公新書ということで、今は入手不可能に近い本である(幸い職場の図書館の蔵書にあった)。
まあまあの期待感で読み始めたのだが
その期待感というのが、実のところ女形としての演技論だったにもかかわらず
そのことは全く記述がないのだが、別の意味で非常に面白い本だった。
テレビの揺籃期のことを書いた本が面白いのと同じ意味で
これは日本映画の創始期のことを書いた本として貴重であると同時に
実に面白い。
出てくる人たちも、それほどトリヴィア趣味のない著者とはいえ
さすがに今となっては映画史マニアでないと知らないような人たちばかり。
のっけから杉山茂丸が撮影所の所長を決めていた、とかいう記述があったりするから、それはもう。

謎めいた経歴だと思っていたのだが
こうして時代背景とか経緯を詳しく知ると
それほど不思議でもなく、むしろ映画界の王道を歩んだ人ではないかと思えてくる。
エイゼンシュテインなどの対面とか、ドイツでの堂々とした振る舞い(全然観光気分のない職人っぽい旅の軌跡!)など
ちょっとした内容がすべて面白くて、実に楽しい読書だった。

とはいえ、これはどうみてもマニア向きだ。
廃棄する年代の本なんだが、困ったなあ、どうしよう。

136korou:2014/08/16(土) 22:18:17
村岡恵理「アンのゆりかご」(新潮文庫)を読了。

NHKの朝ドラの原作として、今人気の本である。
実際、読み始めてみて、全く抵抗なくサクサク読める。
決して簡単なことばかり書いているわけではないのに
この読みやすさと分かりやすさは大したものだと思う。
もっとも、祖母のことを孫が書くという制約もあって
際立った主張は控えられており
その意味では教科書的な叙述に止まるわけで
日本近現代史に生きる人物の伝記としては
深い地点に到達することを意識して拒んでいる本とも言える。

とはいうものの、素材である村岡花子という人の社交的な性格もあって
彼女に関係して取り上げられる人物の多彩さは
その掘り下げの制約を十分に補っているといえる。
数多くかつ十分な人物関連の注釈も良心的だし
この本について、執筆面での不足を指摘することは難しい。

ただし、何かが決定的に足りないことも事実である。
それは村岡花子自体の人生の物足りなさにも通じるのだが
どうやら昭和史に登場する人物にはもっと波乱と挫折が必要なのかもしれないのかな?
大正時代のシンプルな世界観を通してみれば、結構これは満ち足りた世界なのかもしれないのだが。

ともあれ、良書であることは間違いなく、安心して人にオススメできる本である。

137korou:2014/08/19(火) 22:02:07
内田樹「街場の共同体論」(潮出版社)を読了。

この本の存在については知ってはいたものの
さすがに同工異曲ではないかと懸念し保留していたところ
某女史が熱っぽく推薦しているのを見て
改めて購入し、読み始めることに。

しかし、書いてあることは、やはり同工異曲の印象が強く
途中で断念。
ただし、読みやすく、読み間違えの恐れがない安心感が捨てがたく
いずれ全部読もうと思っていた。
そして、今日になってやっと再読。そこからは一気で読み終えた。

最終章の「弟子という生き方」だけは
今という時代をうまくすくい上げて
「下流志向」で展開した時代認識の
その次のイメージが発酵されつつあるのを感じた。
ツィッターをこんな風に定義した人は初めてである。
それだけでも面白いが、それ以外でも知的イメージを刺激する叙述が
てんこもりである。
この章だけでも、この本を読む価値はあるだろう。
さすがウチダ先生、降参です。
ただの同工異曲ではありませんでした。

138korou:2014/08/21(木) 15:22:40
岸見一郎・古賀史健「嫌われる勇気」(ダイヤモンド社)を読了。

久々にこういう本を読み切った。
「14歳からの哲学」のような本を何冊か読みかけて
そのたびに、思考訓練を怠っている最近の自分には
こういう類の本は辛すぎて読み切れない、という結論めいたものを感じていたのだが
この本は、そうではなかった。

内容はアドラー心理学入門ということで
いわゆる「因果律の否定」「他者の課題の切り離し」「いまを生きる」というキーワードで
対話編が進められていくというものだが
なかなか、この対話形式の叙述が面白くて読み進めることができた。

この本のなかにも書いてあったが
それまでの人生の半分の期間を費やさないと
こうした新しい考え方を身につけることは難しいらしい。
となると、あと30年弱か・・・死んでるなあ、多分(笑)
まあ、共感できる部分も多いので
あと10数年と考えて、いろいろ考えながら生きていこう。
そんなことを思わせる良書だった。

139korou:2014/08/27(水) 16:15:33
テスト

140korou:2014/08/30(土) 11:48:00
ロバート・K・フィッツ「大戦前夜のベーブ・ルース」(原書房)を読了(県立図書館)。

昭和9年にルースらが来日して行われた日米野球の様子を
当時の日本の世相と絡めて、かなり詳しく記述したノンフィクション。
米国人がそういう題材で書いているのがこの本のミソで
当時の日本の右翼勢力の動きを、外国人が書くとこうなるのかという点は
確かに興味深いものがあった。
しかし、この日米野球との関連でいえば
せいぜい正力を襲った事件くらいで
野球と絡めて、これだけのボリュームを書き切るのはムリがあった。
副題に「野球と戦争と暗殺者」とあるが、少なくとも「暗殺者」をこの題材で絡めて書くという発想は
残念ながら企画の時点で強引だったと言わざるを得ない。
さらに、その後の日米戦争と絡めて書いているのも強引と言えば強引だが
これは本編の事後談という位置づけで書かれているので
そのつもりで読めばそれはそれで納得もできる。
しかし、いい気分で野球の話を読み進めていると、突然日本の右翼の歴史の話が挿入され
それがさして大きな展開にならないまま、再び野球の話に戻るという流れは
読んでいていかにも不自然だった。

もっとも、この本の価値は、実に詳しい試合そのものの描写であり
これは、かつて読んだ読売東京軍の米国遠征記と同様
野球の記録として、それだけで価値がある。
沢村栄治が、一般には好投した静岡だけ語られているのだが
実はその他の試合でも多く登板し、ほとんどめった打ちに遭っていることなどは
こういう本でないと分からない。
ジミー・フォックスの来日直前の致命的な死球のエピソードも
今回初めて知った話で興味深い。
そういうところに価値のある本であり、実際、その価値だけで十分な本とも言えるのである。

141korou:2014/09/03(水) 21:52:00
地図十行路「お近くの奇譚」(メディアワークス文庫)を読了。

偶然にも、作者にお会いし
その縁で読み進めることになった。
設定にひねりが効いていて
情景描写、心理描写も丁寧なのだが
肝心の話そのものが面白くない(微温的すぎる)
好ましいとは思うものの、読み進めるのは結構しんどかった。
事情があって読了必至だったので、かなりムリして読み進めたわけである。

もっとも、その反省が作者の脳裡にあれば
次回作で大きな飛躍も期待できるし
そうなれば、この設定でこの文章力であれば
かなり面白い読み物になること間違いないだろう。
今は人を選ぶが、期待も十分という作風である。

142korou:2014/09/04(木) 21:32:36
東野圭吾「マスカレード・イブ」(集英社文庫)を読了。

最初の短編を読み終えて、やや味の薄さを感じて、それ以上読むのをやめにした。
しかし、また思い直して、2作目以降を読み進め、そこから後は一気だった。
短編の場合、どうしてもトリックがネタ切れの印象を受けるのは
現代ミステリーでは避けられないことだろう。
どんなトリックでもすでに書かれていたり、あるいは単純化し過ぎたり。
東野圭吾でもその傾向は避けられない。

しかし、一度リズムをつかんでしまうと、結構読み進めてしまう。
さすがにムダがなく、不自然な描写もなく、抵抗なく話の筋を追うことができる。
そんな至芸を見せてもらった短編集だった。
キャラがしつこくなく、それでいてしっかりと伝わってくるあたり
なかなか真似ができない作風である。

短編でもイケるなあと思えた作品。

143korou:2014/09/06(土) 21:56:28
海老沢泰久「ただ栄光のために 堀内恒夫物語」(文春文庫)を読了。

相変わらずの海老沢節で、一度そのリズムに乗ると止められない、とまらない・・文章である。
題材は天才肌の堀内ということで、海老沢さんの筆致があまり効果を生まないのだが
それでも、往年の堀内の無敵ぶりを余すところなく描写できていて
ノスタルジーの面からも過不足なく文句なしだ、

ただし、やはり取材対象への過度な感情移入のせいか
晩年の不調時の時期を描いたときに
あまりにも長嶋の監督としての無能ぶりを描きすぎ
堀内にひいき目な描写を行ってしまうのは、この人の性なのか。
ノンフィクションとして致命的な欠陥である。
この時代はこういうのでも通用したのだろうけど
21世紀のネット全盛時代に
こういう素人でもツッコミどころ満載の文章は受け入れられないだろう。
素材そのものもまさに「昭和」だが
文章もかつての良き時代そのままである。

世代を選ぶ好著。
若い人にはちょっと・・・・

144korou:2014/09/18(木) 09:40:18
七月隆文「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」(宝島社文庫)を読了。

こんな一気読みは何時以来だろう?
同じタイムトラベル物の「タイム・リープ」で感じた軽やかさとドキドキ感を
久々に味わった。
面白くて、文章が適切かつ簡潔で、仕掛けを知りたくてワクワクし
想像通りの仕掛けだったのに、その仕掛けがもたらすすべての感情までは想像の域を超え
その結果、ちょっとした描写にさえ涙腺を刺激され
時として、読み進められず号泣状態にもなるという、まさに至福の読書体験だった。

たしかに友だちとか実家の親とかは掘り下げが浅かったと思う。
愛し合う二人しか、この世には居ないような世界。
まさに「セカイ系」の小説なのだが
ある意味、そういう浅い掘り下げが、逆に「セカイ」の深さを印象づけているとも思える。
それは作者の計算ではなく、無意識の展開だろうと思う。
ほかにも、この作者にとって、この作品はとてもラッキーなめぐりあわせで生まれたのではないか
と思えるふしがあるのだが
そうした無意識の部分に意図せざる迫力とか美しさも秘められていて
こういう感覚は「三日間の幸福」以来、そして今までの読書体験で二度目である。

昨年は「三日間の幸福」、今年は「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」、
この2作品は本当に素晴らしい、「神」だ。
言葉で礼賛すればするほど、この高揚した気分、最高の気分から遠ざかっていくのが分かる。
もう言葉はいらない。
礼賛の言葉は止めよう。

145korou:2014/09/20(土) 21:06:38
東浩紀「弱いつながり」(幻冬舎)を読了。

著者の本としては画期的なくらい平易で分かりやすく書かれている。
基本的には、ネットが中心の生活になっている人への
新たな飛躍の方法を説いている本ということで
ネットが中心でない人には、あまり意味がないのだが
そもそも著者の本を手に取るような人は
ほぼネット中心の人だろうから、そのあたりは辻褄が合っている
(もっとも売れている本なので、なかには東浩紀のことを知らない人も
 ついつい手に取ってしまった可能性はあるのだが)

記号としてのネット情報の曖昧さ、自己完結性に警告を与え
その記号にノイズを与えることで、新しい展開を図る
ある意味人生啓発の書とも言える。
書いてある内容は、本当に平明で、しかも100ページちょっとで
1ページわずか14行で、かつ活字は大きいというかなりの「薄さ」なのに
そこそこ深い内容を読んだ感が残るのは、この本の効用かもしれない。
その一方で、記号論の延長にあるその叙述は
やはり感覚的なものに止まっているようでもあり
そこから脱出しようというこの著作のメッセージとは矛盾するが
全く脱出したイメージを掻き立てられない読後感の薄い本にもなっている。
深い内容を読んだ満足感と、それにしては具体的な要約も難しい読後感とが同居する。
これは最近の「好著」でよく体験する感覚である。

悪いところなど何もないけど、なぜかオススメしにくい「好著」。

146korou:2014/09/21(日) 20:36:32
小沢征爾×村上春樹「小沢征爾さんと、音楽について話をする」(新潮文庫)を読了。

文庫本で450ページを超えるロング対談集で
最初は面白いところだけつまみ食いするだけで終ろうかと思っていたが
途中から全部読み進めることに変更した。
やはり、特別な存在の2人がクラシック音楽について語り合うさまは
つまみ食いでは済まされなかったというべきか。

ブラームスの音符のつなげ方、マーラーの音楽への小沢の優れた洞察など
読みどころは多い。
ハルキさんの音楽への深い造詣にも驚かされ、これはかなわないと脱帽する思いだった。

クラシック音楽ファンで、春樹ファンであれば、必読の書と言えよう。
そうでない人にはどうなのか見当もつかないけど。

147korou:2014/09/23(火) 18:11:49
大崎梢「忘れ物が届きます」(光文社)を読了。

短編集。最初の物語の冒頭の部分が読みやすくて、ついつい読み進めていくのだが
ダラダラとした読書にもなり、読み通すのに意外なほど時間がかかってしまった。
読後感も実に複雑で、面白いか面白くないかと言われれば
適度に面白いのだが
この短編集のキモである「忘れ物」の内容がイマイチつかみづらく
(要するに、話の内容が全部把握できず、本当の意味でのストーリーがいまだに理解できていない自分・・・)
その面白さを人に伝えることができないというもどかしさが残る。
話の内容が分からないのに、文章は明快で的確で、いかにも小説を読んでいるという感じがする点で
角田光代さんの小説にも通じるものがある。
この小説に関していえば、角田さんより、話そのものに不気味さがあって
より多くの読者を獲得してもおかしくないのだが
それにしても、最初の短編「沙羅の実」のトリックを皆理解して書評しているのが
そのあたりが分からずじまいの自分には悔しく、なんで多くの読者が満足しているのか不思議でたまらない。

全体としてオススメするに足る見事な短編集なのだが
上記のような読後感なので、自分としてはなんともはや・・・・

148korou:2014/10/01(水) 14:02:38
佐々木俊尚「自分でつくるセーフティネット」(大和書房)を読了。

あまり期待もせず読み始めたが、非常に読みやすく書かれているので
ついつい最後まで読んでしまった。
書いてあることに、予想外なことは全くなく
極めて常識的だが
きれいにまとめているので、頭の整理にはもってこいの本だと思う。

ただし、佐々木さんの推奨する生き方では不可欠なツールと思われるフェイスブックなどでも
やはり負の面はあるはずで
そのあたりの説明が不十分なようにも思える。
この本を読んで、じゃあフェイスブックでも始めるか、と思うかどうか
そこのあたりは微妙ではあるが
ただし、そういう気分に新しい根拠を与えるだけの力は感じた。

公務員である自分は、まだ昭和の高度成長期の象徴である「箱」のなかで暮らしている。
ここに書かれていることは、少なくとも現在の自分には”他人事”としか思えないが
かといって全く直感できないということでもない。
こういう切り口も当然あるだろうという納得はある。
ただ、それが自分自身の環境のせいで、実感がこもらないだけである。

民間人が読めば、もっと共感なり反発なりの意見が出るのだろうか?

149korou:2014/10/08(水) 12:13:33
薬丸岳「天使のナイフ」(講談社文庫)を読了。

最初はゆったりとした展開で、若干疑問が残る描写もあったため
スローペースの読み始めではあったが
次第次第に面白みが出始め
後半はほぼ一気読み状態となった。
これだけ様々な欠陥、記述不足などがありながら
それらを上回る抜群の筆力には驚かされた。
これだけの迫力を持つ作品が
新人賞応募作として届いたら
満場一致で受賞になるのは当然だろう。

少年法について、とことん被害者側のサイドから描き切った小説である。
ゆえに、人権を尊ぶ加害者側の論理の叙述には
若干の偏見が見られ
それが主人公の考えとしてではなく、作者の思想として感じられる点に
この作品の迫力があり、同時に限界を思わせる。
しかし、優れた作者なら、その考えを深めていくことも期待できるのであり
その意味で
この作品で示された方向の先に何があるのか
知りたい気もする。
そういう「起点」としてなら
この小説には難癖などつけようがない。

とりあえず、「起点」として万人にオススメできる作品である。

150korou:2014/10/14(火) 16:21:28
萬田緑平「穏やかな死に医療はいらない」(朝日新書)を読了。

いつかこういう本を熟読してみたいと思っていて
ちょうどこの本に巡り合い、ゆっくりゆったりと読んでみた。
やはり、こういう”穏やかな死”こそ人間らしい死に方だと痛感した。

問題は、自分の身辺にこういう施設、医師が見当たらないことだ。
で、仕方なく、ありきたりの病院でありきたりの治療を受け
苦しみながら、病院という閉鎖された空間の中で惨めに死んでいくのだ。
早く、こういう優れた医師に出会い、気持ちよく死んでいきたいものだと熱望する。

治らない薬で副作用で苦しむのがガン治療の通例というのはおかしい。
この本を読んでもその疑問は解けなかった。
僕は絶対に拒否する。
痛み止めだけもらって、上手く痩せていって、まあ最後の1週間だけは
誰かの世話になって死んでいきたい。

とにかく、こんな風に自分の死に方をいろいろを考えさせてくれる本だった。
そういう思索が必要な人には、ぴったりの本である。
若い人には、何のことやらということになるだろうけど。

151korou:2014/10/15(水) 22:32:08
伊坂幸太郎「アイネクライネナハトムジーク」(幻冬舎)を読了。

最初の短編が面白く、しかし次の短編を読みかけて、日常描写の空しさを感じて中途断念。
しかし、面白いぞというアマゾンなどの書評を見て、再度挑戦。
今度は一気読みとなる。

こうしてみると、自分の好みとは程遠い作家であることが分かる。
しかし、好みとは違う作風で、これほど読ませる作家は、ちょっと他に思いつかない。
表面的な作風は、特に今回のような日常を描いた作品の場合、村上春樹を想起させるものがあるのだが
ハルキさんと違って、その描写の奥深くに潜むものが何もない(これは以前別の小説の書評で書いた)。
だから、それを読む必然性に乏しく、悪く言えば時間つぶしをしているようなムダっぽさを感じてしまうわけだ。

しかし、いったん時間つぶしと決めてしまえば
随所に見られる個性的で面白い表現、会話、ストーリーに魅惑され
いつのまにか一気読みということにもなる。
これが、日常の描写でない場合は、そこまでのめりこめないので
なかなか読破が難しいわけだが。

というわけで、伊坂ファンは満足、これから伊坂ファンになる人にもイチオシの作品。
でも、僕には、保留つきで一気読みという複雑なテイスト。

152korou:2014/10/20(月) 18:51:01
湊かなえ「物語のおわり」(朝日新聞出版)を読了。

まずまずの雰囲気で第一話が展開され、そのまま第二話に突入。
完全に別々の短編ではなく、相互に関連した内容の短編集ということが判明し
またこれかよ、といささかうんざりもしたが(最近多すぎる、この形式)
そのまま読み進めるが、さすがに第4話あたりで飽きてしまう。

アマゾンの書評を見て、また読み直す気になるが
それでも第6話あたりで、ちょっと長すぎるのではないかと再びうんざりする。
最近の湊さんの作品は、緻密で丁寧なのはいいのだが
時に、その内容でその長さはないだろうと思えるほど、ダラダラした描写が見られるのだが
この作品もその傾向が見られた。

全部読み終わってみて、まずまずの読後感で、決して悪くはない。
うんざりしまくりとはいえ、最後まで読み進めたのだから、それはそれでレベルの高さを維持しているという見方もできる。
ただし、皆にオススメできるのかどうかといえば難しいところで
読者を選ぶ小説であることは間違いない。
かつての「告白」のような作風なら皆驚き、思わず手に取ってみたくなるだろうが
この作風ではその頃のような膨大な読者を獲得することは難しいだろう。

ちょっと長いなという難点はあるものの
私には向いている内容で、小説のたくらみを十分堪能できて満足感はある。
”選ばれた読者”の一人としてなら、そういう感想を書くことができる。

153korou:2014/10/26(日) 17:05:43
早坂吝「○○○○○○○○殺人事件」(講談社ノベルス)を読了。

メフィスト賞受賞作ということ、題名が奇抜なこと、読者への挑戦状などの仕掛けが面白そうなこと、など
読んでみたい感満載だったので
やや小さい活字で読了が辛いのを覚悟で読み通し、たった今読了。

何というか、凄くまっとうなミステリーのテイストと
読者をメタの世界に連れていったり、バカミスの世界へ連れ込んだりする気まぐれなテイストが
全く無秩序のまま放り込まれている、ある意味乱暴かつ下品な作品だった。
この作品の根本のトリック自体が想像を絶するというか、あり得ない想定かつ「下品」で
さらに、真犯人へたどり着く過程が「猛烈に下品」で「あり得ない想定」すぎて
やはり全体としては荒唐無稽なバカミスという印象は強い。
しかし、ミステリーオタクのような作風とか
全体を通して感じられる「意欲」など
最近の新人賞受賞者には珍しい資質も感じられるので
単なるバカミスと片付けることはできない。
次作で、また違う作風でこの程度のクオリティのものを書くことができるなら
新しいタイプの大物新人作家の登場と断定してもOKだろう。

次作が待たれる作家。
今作は人を選ぶ奇抜かつ下品なネタの異色作ということで決まり。

154korou:2014/10/28(火) 21:16:38
桜井信一「下剋上受験」(産経新聞出版)を読了。

今までにあまり読んだことのない類の本だった。
しかもクオリティが高く、面白く、感動もし、最後には涙さえ出た。
ということで、感想を的確に記述することは困難を極める。
どういう言葉が適切なのかさえよく分からない。

とにかく、徹底して父親愛に満ちた本である。
アマゾン書評で見事に指摘している人がいたが
この父親は通常のイメージで言う「中卒」ではなく
発想が常識の上に立った上での素晴らしいものがあって
しかもいろいろな困難への対処が的確で、ある程度の資産家であるようだ。
何か人生のスタートで激しい学歴差別に遭って
それを乗り越えて今まで生きてきたのだが、だんだんと行き詰まりを覚えてきた頃合いに
ふとわが娘の将来を考える瞬間が訪れ、一念発起して、その学歴への思いを爆発させたというのが
実際のところかもしれない。
それにしても、この父親愛は尋常ではない。
自分も一人娘の父親であるが、ここまで徹底して「愛」を貫けない。

話が本当かウソかなど些末なことであって
仮にフィクションであっても、この本は人を感動させる力を持っている。
そして本当にノンフィクションであることが明らかになれば
さらにその感動は深いものになるだろう。
2019年以降の大学受験話が楽しみである。
いやあ、それにしても凄い。
(一応ノンフィクションと認定したとして)これはノンフィクションとして今年最高の出来である。

155korou:2014/11/03(月) 22:26:55
恒川光太郎「スタープレイヤー」(KADOKAWA)を読了。

恒川さんの本は、だんだんと自分の苦手なファンタジーの世界になっていっているので
このところ敬遠していたのだが
この本は、ファンタジーの根本部分が「10の願い」というシンプルな規則に統一されているようなので
思い切って読み始めてみた。

相変わらず描写が薄く、リアルな感じがして来ない作風で
それでいてなぜか印象に残る仕掛けや場面が満載で
頭の中のふだん使っていない部分が
一気に刺激されていくような感覚は
さすがに恒川ワールドと思わざるを得なかった。
最後のほうは国家の命運を握る「願い」の話になっていったので
その分、どうしても現実の政治世界がイメージとしてオーバーラップされ
薄い描写の「薄さ」が気になってしまったものの
全体として、迫真力のなさが素晴らしい効果を生む独特の作風で一貫していて
読んでいて気持ち良ささえ感じられた。

続編があるようだが、この作風で大長編というのは結構大変だと思う。
どこかで作品の中の時間の経過のせいで
「現実の歴史」の時間の経過を類推させてしまうので
その分、夢のなかで酔うような読書体験が薄れてしまうからだ。
恒川さんが、そういう見当違いな読みをする読者のことを
どの程度慮って書き切るつもりなのか
そのあたりが楽しみでもあり、不安でもある。

この作品に限れば、ファンタジー苦手な人を、なんとかファンタジーに取り込めるだけの力は
あったと言えるだろう。

156korou:2014/11/07(金) 17:22:07
春日太一「なぜ時代劇は滅びるのか」(新潮新書)を読了。

時代劇への愛にあふれた本である。
そして、ここで指摘されている諸々のことは
おおむね首肯できることであるが
読後感がそれほど良くないのは
やはり「滅びる」ものについて書かれた本だからだろうか。

自分としては、テレビ時代劇のいかにもウソくさい所作に
10代の頃に触れたからであった。
その意味で、その頃の時代劇をいくらか肯定的にとらえる著者とは
やはり世代的なギャップを感じるのだが
そういう微調整部分を除けば、言っていることはよくわかる。

また、人間を複雑にとらえる最近の民放の時代劇と
逆にシンプルに明るくとらえる最近のNHKの大河ドラマへの
愛憎相俟っての批判部分では
言っていることが相矛盾しているのだが
これも、おおむね言いたいことは伝わってくる。

てっとり早く今の時代劇、ひいてはテレビ・映画界の企画・製作姿勢の傾向を知りたいときには
これほど便利で読みやすい本はない。
ただし、時代劇の歴史ということになると
正史としてまた誰かがこの本を乗り越えた形でものにする余地はあるだろう。

157korou:2014/11/12(水) 16:58:58
増田寛也編著「地方消滅」(中公新書)を斜め読み。

最初の数章と末尾の対談3編を読んで
真ん中の数十ページは項目だけチェックして斜め読みした。
完全な読了ではないのだが、要点はつかんだつもりである。

この本の長所は、実際に政府に提言している人が
そのまま持論を展開している点で
議論してみるだけという空しさが皆無な点である。
ここに書かれていることは、実際に新聞などで報道されていき
政府の方針となって実現の方向に向かっていくわけだ。

対談の相手に小泉ジュニアが選ばれているのも
著者の経歴がなせることだろう。
次代のホープたる政治家が
こうした議論を踏まえてくれているのも心強い限りだ。

書かれていることは、賛否両論あるとして
どちらにせよ素早い対応が求められる話なので
こうして現実的な話が進んでいくのは
読んでいて心地よかった。
中間部の読み飛ばした部分は
いまだ抽象的な論に留まっているように思えたが
このあたりもいずれ具体的に展開されていくに違いない。

本を読んだというより、新聞解説を読んだような読後感。

158korou:2014/11/19(水) 21:40:52
早野龍五・糸井重里「知ろうとすること」(新潮文庫)を読了。

冒頭から優れた知性を感じさせる早野氏と
さすがの切れ味の糸井氏との快適でわかりやすい対話の雰囲気に惹かれ
一気読みで読了。
わかりやすくて、頭をリフレッシュできて、さらに福島の最新事情についても把握でき
とにかく、いい本を読んだという実感にあふれる良書。
これ以上の批評は無用だし、中身が中身だけに(科学者の理路整然とした説明だから)
これ以上の論評は素人にはムリである。

159korou:2014/11/28(金) 15:15:01
村上竹尾「死んで生き返りましたれぽ」(双葉社)を読了。

マンガ家による、自身の壮絶入院体験ルポだけに
全編イラストエッセーとなっていて、あっという間に読める本だった。
考えてみれば、ここまで脳の内部に支障をきたす闘病ともなると
それが自分のことであっても具体的に図示することは難しいでのはないかと思うのだが
その困難な作業を、ある意味清々しいくらい過去の生き方を反省しつつ
しっかりと伝わるイラスト・文章(というか会話というべきか)でまとめているので
読後感は意外と深く、心地よい。

脳をやられるとこんな感じになるのか、という驚きと
「生きていく」ということはこういうニュアンスでもあるのか、という再認識が
混ぜこぜになって、相俟った効果を生み
予想外ともいえる良書に仕上がっている。

160korou:2014/11/28(金) 16:34:07
堀井憲一郎「やさしさをまとった殲滅の時代」(講談社現代新書)を読了。

かつて同じ著者の「若者殺しの時代」(講談社現代新書)を読んだときには
単なる”時代”評論家というイメージだったのだが
AERAで誰か著名な方が、この本を推薦しているのを知り
まさかとは思いつつ、読み始めた。
相変わらず面白い。興味あるテーマを、手慣れた感じでさらさらっと
まとめる能力のある人のようで
読んでいて全くストレスを感じない。

同時進行で同じ著者の「かつて誰も調べなかった100の謎」を読んでいて
これが滅茶滅茶可笑しくて面白い。
その影響もあって、今はこの著者への関心度はMAXになっている。
この本も、「若者殺し」で扱った80年代・90年代と比べて
混沌の度合いが強い00年代だけに
全体としては何が言いたいのかよく分からないという難点もあるが
それでいて細部の記述にはリアリティがあって
そういうリアリティの積み重ねから何かが見えてくるような
不思議でかつ面白い気分が満ち溢れてくる。

何と表現していいいのか難しい。
でも、この本を全面的に否定することはもっと難しい。
いくらかの真実が、たくらみなしに込められていて
00年代を語って、そういう読後感に至ること自体貴重なことだと思う。
よく分からない部分もあるが、凄いぞ、ホリイ(同い年)!

161korou:2014/12/04(木) 14:20:31
ちゃんもも◎「イマドキ、明日が満たされるなんてありえない。だからリスカの痕だけ整形したら死ねると思ってた。」を一気に読了。
(ってか、なんて長い書名なんだ、まったくもう)

何年かに1回出現する”危うい娘の感性そのままの物語”というジャンルに属し
さらに、ひときわ読みやすい文体のため、一気に読んでしまった。
最初の両親の死の記述が、予想外で迫真力抜群だったので
思わずウルウルしてしまったが
そこから、生い立ちと「死への衝動」がセットになって
その書き出しとリンクする設定に至り
なるほど、そうきたかと納得。

時間軸のズレが、意図的にせよ、仕方ないにせよ、やや読み辛いということもあるが
おおむね構成としてはよくできていて
退屈な個所は、「死への衝動」を乗り越えた記述の直後の数ページだけだったと思う。
二十歳そこそこの女性の文章としては上出来だろう。

適応力のなさと自在な精神状態とは紙一重で
こういう感性の女性は
これからも生き抜いていくことに苦労するだろうと思う。
現在進行形で苦しんでいるからこそ
過去の苦しみもリアルに描けるわけで
その点で、柳美里「水辺のゆりかご」、Hikari「大切な約束」(川嶋あい)などと
同じニュアンスの感動を生んでいる。

悩めるティーンの男女に読ませたい本。
劇薬のようにも見えるけど、この程度では劇薬にならないはず。

162korou:2014/12/07(日) 12:49:51
秋吉理香子「放課後に死者は戻る」(双葉社)を読了。

話題作「暗黒少女」を未読なので、この小説の読書メーターでの評価などを読むと
なかなか歯痒いことになるが
現段階の印象としては、山田悠介と湊かなえを足して二で割ったような作風に思える。
山田さんのストーリー展開力と、湊さんのどことなくダークな雰囲気が合わさって
途中でやめられない面白さがあるのだが
山田さんの欠点である伏線の回収のまずさがこの作品でも共通していて
さらに、湊さんの初期の作品で醸し出されたような
あのえもいわれぬ深いダークさにはやや足りない印象を受ける。
しかし、回収はまずくても、山田さんよりはうまくエンディングしているし
ダークさ一辺倒というより、もう少し多彩な感情が混ぜ込まれていて
これはこれでダークさが多彩な作風の一つということで
妥当に位置づけされていると思う。

というわけで、高校の図書館などでは、まず文句なしOKというところ。
大人の小説愛好家には、別にどっちでもいいですよ、スラスラ読める小説をお望みならオススメですよ、という評価か。

163korou:2014/12/14(日) 18:03:01
中山七里「贖罪の奏鳴曲」(講談社文庫)を読了。

悪くはないが、何か物足りないミステリーという印象。
何だろう、このイマイチ感は。
いや、全然悪くない。
どんでん返しの展開は、まずまずの着地ぶりだし
途中のエピソードのふくらみ方も十分で
主人公の人格を明確に提示できている。
つくりものの人形のような描写不足の人物は見当たらないし
逆に、ここまでよく描いたものだと感嘆するほどの描写もないが・・・

まあ、これが欠点なのだろうか。
すべてが無難にまとまり、大人のミステリーとして娯楽性十分なのだが
それ以上のものを求めようとすると
すべてに物足りなくなるという小説。
中山七里でなければ読めない描写が少ない。

音楽が人の心に沁み込む瞬間を
これでもかこれでもかというしつこい文章で書きまくる部分だけは秀逸だが
それ以外は読みどころが少ない小説。
でも、大きな欠点もすぐには指摘できないという類の小説。

164korou:2014/12/16(火) 13:41:34
池上彰・佐藤優「新・戦争論」(文春新書)を読了。

いきなり、集団的自衛権に関する国際情勢を
読者に何の予備知識も与えず一気に解読していくので
やや読みにくさを覚えてしまうが
途中の北朝鮮関係あたりから
このお二人の博識、情報通らしい部分が伝わってきて
読後の印象は「やはり」というもの。

この本に書いてあることがすべて重要で真実であるかどうか
それは誰にも分からないだろう。
しかし、実際に外務省、官邸が行っている外交について
通常のメディア(新聞、テレビ等)だけでは
どうしても評価しがたい部分が残ってしまうので
その意味で、こういう視点もあるという「引き出し」を持っておくことが
必要なのだと思う。

最後の方の章で「情報術」の記述があり
これは本気で情報を解読しようと思う人には
結構役に立つのではないかと思われる。

多少の基礎知識は必要だが
複眼で社会を眺めるためには有益な書だといえる。

165korou:2014/12/17(水) 13:16:39
清水康代「更級日記」(双葉社)を読了。

平安時代の代表的な日記文学を
現代の感覚で読み直した感じの傑作コミックである。
原文はもちろん、現代語訳でも到底読む予定になかったこの作品なのに
コミックの出来栄えが素晴らしくて
一気読みで通読した。

作者の菅原孝標女という女性を
現代の女性風に翻案すると
ここまでリアルにイメージ可能なのかと驚くほど
見事な描きっぷりである。

あまり多くの言葉が思い浮かばないが
とにかく、今まで読んだ古典コミックのなかでも
抜群の出来と言って過言でなかった。
今後、更級日記のことが出てくるたびに
そのあらすじが迷うことなく浮かんでくるわけで
その意味で非常に嬉しい読書体験だった。

166korou:2014/12/21(日) 12:32:56
ブライアン・オーサー「チーム・ブライアン」(講談社)を読了。

それほど期待もせず、ただ読み始めてすぐに読みやすい文章だと分かったので
最後まで読むことにしたところ
これが意外な掘り出し物というべきか、なかなか面白かった。
やはり、そこに書かれている数々の場面が
あまりにも有名なスポーツ・シーンであるだけに
実際に、自分も含め多くの人が
生中継等で目撃しているということが大きい。
その舞台裏を
一番重要な関係者が誠実に説明している文章が
面白くないわけがないのである。

キム・ヨナのことも、ハビエル・フェルナンデスのことも
羽生結弦のことも
手に取るようによく分かるこの本は
フィギュア・スケートについて書かれた今までのどの本よりも
生々しく、面白く、またコーチングについて要点を書いた本として
優れているのではないか。
単なるスポーツ・ヒーロー物という本ではなかった。
訳も秀逸。
オススメ本の一つ。

167korou:2014/12/22(月) 12:56:03
鈴木大介「最貧困女子」(幻冬舎新書)を読了。

今までに記憶のないほど辛い読書だった。
強いて言えば「夜と霧」の辛さに近いが
ニュアンスとしては全く別物の辛さである。
これは現在進行形の今の日本の話で
それだからこそ心にズキズキと突き刺さるものがある。

貧困が、おもに経済的な側面から再生産される過程自体が
すでに辛い。
さらに、そこに知的障害やら精神障害などが容易に見て取れる状況は
なおさら辛い。
そして、この著者が何度も力説するとおり
その状況が、社会制度の不備などのせいで
多くの人々に不可視状態になっているという指摘が
さらにさらに辛さの輪をかける。
本当にどうすればいいのだろう?
まさに著者のいうとおり
早めの適切なセ−フティネットの構築、そして
最終的には風俗産業全般の可視化(社会化)ということしか
考えられない。
道は遠くとも。
大変な力作。そしてしんどい読書の典型。でも逃げてはいけない。逃げられない現実。

168korou:2014/12/25(木) 14:55:55
深水黎一郎「最後のトリック」(講談社文庫)を読了。

”読者全員が犯人”という宣伝文句に乗せられて
一体どんな仕掛けが待っているのか、とそれだけで最後まで引っ張られて読まされたという感じ。
この本を手に取る人のほぼ全員が、そういう感じで読まされたのではないだろうか。

普通に読み終われば、結構面白い小説だったのではないかと思われる。
文章は渋くきちんとしているし
読みやすさもまずまず(覚書の部分のヘタウマさには閉口するが、ある意味作者の意図通りなので、読後に文句は言えない)。
トリックも、まあ、アマゾンで誰かが書いていたように”想像力のリミッターを外せば”
それほど酷いものではない。

しかし、本作を読もうかと思う人は
どうしても、凄い仕掛けを期待してしまうのだ。
何で、不特定多数のはずの「読者」が、例外なく犯人になってしまうのか、という大きな謎への期待。
その期待の大きさから言えば、このトリックはいかにもインチキくさい。
あり得ない。これで読者全員が犯人なんて、人を馬鹿にするにもほどがある、という読後感も当然だろう。

すごく評価の難しい小説で、少なくとも巻末解説の島田壮司のように無条件でほめたたえることは難しい。
それでも、この文章力なら、題材さえ適切なら
結構読ませる作家ではないか、という期待感は十分に持てた。
今度は、違う題材で読みたい作家である。

169korou:2015/01/01(木) 12:23:33
赤井三尋「翳りゆく夏」(講談社文庫)を読了(2014年12月31日)

2014年の最後に読んだ本。
まあまあ分厚い本なので、ペース的には2014年中に読了は難しいと思ったが
途中から一気読みとなり、年内に読了してしまった。

第49回江戸川乱歩賞受賞作ではあるが
とても新人の応募作とは思えないほどの充実した出来栄えになっている。
冒頭のシーンの巧みさ、読みやすさは出色だし
何よりも登場人物それぞれに丁寧な心理描写が施されているので
人形っぽい作りものめいた人物が出て来ないというのが
自分としては一番嬉しいことである。
リアルな造形でイメージされる人物たちが
まさに自然にドラマを形成していく過程を楽しめる人であれば
十分にこの小説の世界を堪能できるはずである。

細かい不備を追及する書評もないではないが
それは、小説に対する見方が随分と違うのだろう。
個人的には何の不満もない、まさに掘り出し物の小説である。
10年前に気付かなかったのが残念だが
以降はオススメ本として記憶していこうと思う。
1年の最後に、これほどのクオリティの小説に出会えて
ラッキーだった。

170korou:2015/01/04(日) 13:11:15
堤未果「沈みゆく大国アメリカ」(集英社新書)を読了。

今年最初の読了本が、こうした好著であったことに感謝。
完璧な本ではないが、何といっても取り上げているテーマが切実で迫真力もあり
少々の読みにくさ、分かりにくさなどは気にもならなかった。
こういう本でも批判的な書評をする人が居るのか?と疑問に思い
アマゾン掲載のそれをチェックしてみたが
どれも見当違いな読み方で参考にもならなかった。
やはり著者のルポライターとしての熱情を評価すべきで
些細な欠点など問題にすべきではないだろう。

たしかに、米国の医療制度全体を見渡せる簡潔な説明には不足している。
しかし、ここではその制度がいかに動的に変貌していこうとしているのか、ということを
取り上げようとしているわけで
むしろ、客観的な説明がメインになってしまうと
本全体の統一感がなくなる。
著者はそこまで考えて、この本の構成を決めたわけではないだろうが
無意識に自然にそうなったと想像し得る。
そして、その執筆姿勢に、日本中の読者が共感を示したわけだ。

本当に、こんな制度を日本に安易に導入してはいけない。
一般人は無知であってはならず、日本のリーダーたちは
この問題について指針を示すべきだろう。
そんなことを強く思わせた著者快心の作品である。文句なしオススメ。

171korou:2015/01/05(月) 13:37:30
井端弘和「守備の力」(光文社新書)を読了。

かつて井口資仁の同じような本を読んだことがあり
結構感銘を受けたので
同じようなイメージを持って読み始めたが
結局、井端選手の半自叙伝という形の本だった。
その分、読みやすかったが
内容的には不十分さが残った。

現役選手の半自叙伝となると
もうその選手への関心以外に
惹きつけるものがない。
これが中日の選手のままだったら
こんな出版はあり得ないのだが
このあたりが巨人の選手となったがゆえの
注目度だろう。

非常に努力家であり、考えかたもまっとうであり
文句のつけようもないのだが
本としてのクオリティは
川相、井口などの本に比べれば低いものになった。
仕方ない話だ。
企画段階でそうなるのは分かっていたので
井端本人には何の罪もない。

172korou:2015/01/16(金) 15:01:45
綾辻行人ほか編「連城三紀彦レジェンド 傑作ミステリー集」(講談社文庫)を読了。

長い間、連城三紀彦というのは恋愛小説の作家で
それもごく一部の愛好者だけに読まれる、やや時代遅れの作家だろうと思い込んでいた。
ところが、一昨年の死去から、次々と高い評価を知るようになり
一体どうしたものかと思っていると
実はミステリー作家で、伊坂幸太郎なども敬愛している存在と知り
ビックリ仰天である。
で、今回、綾辻・伊坂両名の編集により、さらに小野不由美・米澤穂信を加えた編者によるアンソロジーが出版されたということで
さっそく読んでみた。

・・・・ますます、ビックリ仰天(というか、この表現は古いか・・・!)
これほど素晴らしい作家だとは思ってもみなかった。
ミステリーの短編というのは、どうしても薄味で物足りないものになりがちだが
連城さんのそれは、どれも濃厚で、読後はお腹いっぱいになる充実感である。
ミステリーの筋、トリックに重きをおくあまり、人間描写、リアリティがおろそかになる、といったよくあるパターンは
ここでは全くあてはまらない。
むしろ、この描写があるからこそ、意外な方向への話の展開が生きてくるわけだ。
あまりの濃厚さにだんだんと頭がついていけなくなり、面白いのに読み進められない、という
沼田まほかるの作品を読んで以来の事態になってしまった。

あまり頭が回転しないとき、軽い作品を読みたいときには不向きだが
それ以外なら、期待を裏切らないこと請け合いである。
凄い作家が居たものだ。
今まで知らなかったことを恥じる思い。

173korou:2015/01/18(日) 18:24:09
若杉冽「東京ブラックアアウト」(講談社)を読了。

前著「東京ホワイトアウト」は
あまりにリアルな政治力学の描写に
フィクションとして評価し辛いものを覚えたのだが
今回、同様の趣向でさらにシミュレーションを深めた展開が読み取れたので
これはシミュレーション小説というジャンルとして評価すべきと思い始めた。
そう思えば、既存の評価基準は参考にできないので
この小説が開拓した地点が出発点となり
同種の小説を評価することになるわけで
その意味で、この小説を現時点で評価することは論理的には不可能と言える。

読後の印象をそのまま記せば
ついに未来の時点まで言及し、さらに天皇制にまで踏み込んだために
シミュレーションの大枠を逸脱していった感覚は否めず
その意味で、途中からは、小説を読んでいる感じではなく、官僚の想定作文を読んでいるような
つまり、無味乾燥な感触さえ覚えた。
前作では、震災&原発事故直後の不気味な3年間の背後をえぐるノンフィクション的興味もそそられたのだが
その部分が、想定部分を拡大したことにより消えたわけである。
しかし、それについて、作者の失敗とは言い切れない面もあり
ある意味、こういう挑戦は、続編という設定も関係して、避けがたいものでもあっただろう。

174korou:2015/01/19(月) 16:27:15
村上春樹「図書館奇譚」(新潮社)を読了。

著者あとがきにも書かれているとおり
これは「カンガルー日和」に所収された短編の焼き直しである。
ただし、何度も焼き直しされているらしく
この「図書館奇譚」が日本語バージョンとしては4番目のバージョンになるらしい。
一度、絵本用にリライトしたものを
今回の出版のきっかけとなったドイツのイラストレーターの画風に合わせて
大人向けに手を入れたらしい。
つまり、もともとは短編集のなかの一編なので
分量としてはかなり少ない(イラストページを含め70Pしかない)

話そのものはかなりわかりにくい。
そもそもの言葉の意味が分からない箇所などは全くないのだが
こんな話を読んで一体何をどう感じればいいのか、という根本的な疑義が生じるような不可解な話である。
それぞれの非現実的なイメージをどう解釈すればいいのか?
もちろん、そこにセクト主義に陥った学生運動と、そこから距離を置いた人たち(主人公、作者の分身?を含む)の
全く交わらない生活、会話、考え方、人生観、世界観を読み取ることは可能だが・・・
にしても、結晶し切れていないイメージという印象はぬぐえない。
ハルキさんとはいえ、これではあまりに不親切かもしれない。

175korou:2015/01/27(火) 12:51:23
矢野久美子「ハンナ・アーレント」(中公新書)を読了。

なんともしんどい読書だった。
何度も途中で止めようと思ったが、もう少しもう少しと思っているうちに
半分以上読み進めてしまい
引くに引けないことになった。
もともとは中公新書とはいえ伝記だから何とかなるだろう、しかも話題の人物だし、という
軽い気持ちで読み始めたのだが
やはり哲学者の伝記は、いかに人気があろうと、女性の伝記で親しみやすいのではという雰囲気があろうと
そんなのは関係なく読みにくいということを知った。

簡潔にまとめると、全体主義に傾斜しやすい現代にあって
どう個人として意義のある「生」を生きるか、ということになる。
とにかくドグマに陥りやすい状況を徹底的に吟味し
しかもとことん冷静で客観的で(女性哲学者に多いように感じるが、この感想もジェンダー批判を浴びるか?)
ホロコーストを扱う書籍でも、ユダヤ社会にさえその危険を指摘する冷徹さを秘めている人だった。
内省的な「個」と、その「個」を取り巻く他の「個」との交わり、というシンプルな社会を理想としていたことや
母体になるはずのユダヤ社会から訣別された経歴から
没後しばらくは忘却されたかにみえたアーレントだが
その後、再評価の動きがあり、昨年あたりからの映画による人気急上昇という事態に至っているようである。

何にせよ、現代の哲学者の伝記、ということで
なかなか内容は難しい。かつ、いかにも地味である。
苦しい読書だったが、「夜と霧」の読後のようなまとまりのある感覚までには至らない。

176korou:2015/01/31(土) 17:44:38
堀江貴文「我が闘争」(幻冬舎)を読了。

いかにもこの出版社らしい話題性十分の企画モノである。
出だしは、周囲の無理解にじっと耐えている少年というイメージで
予想とは違う内容が、お世辞にも上手とは言えない文章で綴られ
期待していたほどのワクワク感に乏しいのだが
なんとかそれらの環境を振り払って上京したあたりから
やっとホリエモンらしい感じが出てきて、俄然面白くなっていく。
そこから、最初の起業までは、いかにも期待通りの青春物語が展開され
同時にパソコン時代、ネット時代の揺籃期の様子が
当事者目線でヴィヴィッドに描かれていて
リアルタイム体験者にとっては、懐かしさたっぷりな内容になっているのも魅力である。

ライブドアに社名を変えたあたりから
何かに取りつかれたかのようにホリエモンの独走、迷走?が始まるのが
当の本人の文章からも感じられるのが面白い。
この掲示板も、いつのまにか「したらば」から「ライブドア」になってしまったのだが
その頃のことを個人的にも思い出してしまった。

そして、本人には「想定外」の逮捕劇。
想像以上にキツかったと書かれている取り調べ時期の孤独。
保釈後の変わり果てた人生、個人的見解により罪を認めなかったことによる有罪判決、とドラマが続く。
身柄拘束されていた時期に、仲間の寄せ書きを見て号泣する堀江氏の姿が鮮烈に記憶に残る。
さて、彼はこれから何を為していくのだろう。
”早すぎる自叙伝”と帯に書いてあるのだが、決してそのようなことはなく
今書かれてしかるべき著作であり、読みやすさも相俟って、オススメの本と言えるだろう。

177korou:2015/02/08(日) 12:16:26
佐々木敦「ニッポンの音楽」(講談社現代新書)を読了。

5年前に「ニッポンの思想」という著作を出した著者が
その姉妹編として出した本で
J−POPの歴史的な意味を
1970年代から10年区切りで時代を設定した上で
そのディケイドを代表するアーティストの歩みをたどることにより
探っていった著作である。
たかが大衆文化、人気商売でもあるJ−POPについて
ここまで抽象的に構造を確定していく知的作業を試みなくてもいいのでは、
つまり、大げさすぎないか?という疑念はあるのだが
そういう高踏な視点から何が見えるのだろうか、という好奇心もうずく著作でもあった。

読後の感想を率直に言えば
やはりこの見方は特殊すぎていて、一般音楽ファンからはズレている、としか言いようがない。
ただ、こういうサブカルの分野において
「現在」を可能な限り正確に把握した上で
試行なり企画なりを大衆に問いかけていく作業は
その関係者たちには必須なものになるはずなので
こういう一見ズレたような視点も
ある意味貴重な視点になり得る、という可能性はあるわけだ。
つまり、音楽業界に精通した著者が
一般読書向けに解読したJ−POP入門書ではなく
自身の見解を率直にそのまま記載したJ−POP研究書という位置づけが妥当なのだろう。
そう見れば、なかなか興味深い記述も随所にあり
はっぴぃえんど、YMO、渋谷系、小室哲哉、中田ヤスタカ、について何かユニークな視点を知りたいと欲した場合
これほど有意義な書はないように思われた。

オススメするには、人を選ぶ、それもかなり人を選ぶ、「困った」良書である。

178korou:2015/02/16(月) 16:18:15
東野圭吾「天空の蜂」(講談社文庫)を読了。

20年前の作品で
今秋映画化されるということで注目の小説である。
東野圭吾だから間違いないだろう、しかも充実期の作品だから、と思って
読み始めたのだが
期待通りというか、相当なレベルの期待をしたはずなのに
さらにそれを上回る面白さで、久々に活字に没頭した感がある。
この内容を20年前に書いていたのだから
もうそれだけで凄い、と言わざるを得ない。
面白さなど問わなくても、20年前でこのクオリティなら
それだけで敬意を抱くことになるのだが
その上に東野作品としても上質の構成、展開が堪能できるのだから
たまらない。

こんな面白い小説にコメントなど不要である。
とはいえ、少しだけ書いてみることにするか・・・

かなりの長編だが、全然長さを感じないし
浅い人間造型など微塵もない。
どの登場人物も生身の人間としてリアルに描かれていて
特に、犯人役の人物については、ついつい感情移入してしまうわけだ。
そして題材は「必要悪」としての原発とくれば
犯人への感情移入も別の意味合いを帯びてくる。
そして、その意味合いは、2015年の現在において
また別のニュアンスで迫ってくるものがあるのだから
この小説の意味深さたるや相当なものである。
映画化の意味も十分にあると思う。


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