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本のブログ(2013年から新規)

1korou:2012/12/31(月) 18:30:01
前の「本」スレッドが
書き込み数1000に近づいて、書き込み不可になる見込みなので
2013年から新規スレッドとします。
(前スレッドの検索が直接使えないのは痛いですが仕方ない)

180korou:2015/02/20(金) 17:00:40
乙一「花とアリス殺人事件」(小学館)を読了。

久々の乙一作品。
しかし、あとがきでの意外なほどの渋い文章でも分かるように
乙一としては、不思議な感じの成熟度が感じられ
その一方で
脚本のあるストーリーのノベライズという制約から
乙一らしい雰囲気には乏しい作品ではあった。

全体の雰囲気は、もう岩井俊二のあの静かな作風そのものだ。
中学生が、本当なら明るく振る舞いがちな外面を捨てて
ひたすら内面へ内面へ突き進んでいくひたむきさばかりが伝わってくる
あの映像の感覚。
見ていて息詰まるほどの重苦しさなのだが
そのくせ画面に映るのは
今が青春の真っ只中の10代の女の子たち。
何かになろうとしている彼女たちの姿は
見ていてとてもまぶしい。
でも、彼女たちをとりまく空気感は
絶望的なほど暗い。
その対比に慣れてきた頃
観る者の心に不思議な高揚感が訪れる。

そんな不思議な岩井ワールドを
乙一が文章で再現してみせたわけだ。
これはこれで職人技というしかない。
こういう世界の美しさを知る人には
たまらない小説だ。

181korou:2015/03/02(月) 16:20:02
みなもと太郎「風雲児たち(全20巻)」(リイド社)を読破。

ここのところ、この長編マンガにかかりっきりだった。
他の本を読もうとも思わなかった。
以前も熱中し、驚嘆し、夢中になったものだが
その再現だ。
江戸時代をこれほど人間のドラマとして描いた著作は
活字、漫画を通じて、他にあるとは思われない。
今回読んでよかった、と何度思ったことか。

田沼意次、平賀源内、大黒屋光太夫、最上徳内、高野長英などの人間像が
豊富なエピソードによって多層的に描かれ
もはやマンガの表現力を超えているのではないかと思われるくらい
濃密にリアルに記されていく、それを味わう喜び。
その一方で、松平定信などは、やや悪意をもって描かれ
鳥居耀蔵に至っては、いくらなんでもこれほどヒドい人に
協力者は皆無だろうと思うくらい、狭量な人間として扱われているのも
ある意味、話を明確にさせるための演出だろうと思わせる。
古すぎるギャグも
作者の手慣れたぶっこみで非常に自然で
ギャグ注と合わせて読む楽しみすら出てくる。

この調子で少なくとも太平洋戦争終了時まで書いてほしいのだが
作者の寿命を鑑みると、それはムリか?
どちらにせよ、日本人なら必見の歴史マンガです。

182korou:2015/03/03(火) 16:15:54
石橋湛山「湛山座談」(岩波書店)を読了。

書架の棚で見かけて即読書開始。
思ったよりも生々しくなく淡々としていたが
それでも随所に卓見がちりばめられており
一気読みに近い感じでも
読後感は良好かつ濃厚である。

最後のほうで
民族主義は人間の感情に基づいているから
資本主義、共産主義の争いよりも厄介だ、という指摘は
さすがと思った。
また、湛山自身もよく言われたと告白する”楽天家”という部分が
特に政界入りしてから目立つのも
日本の政治家では珍しい資質だと思った。
駆け引きだらけの大野伴睦と不仲になってしまうのも
さもありなんである。
もっとも、楽天家であると同時に
計算抜きの真心に応える行動がそれに伴っていて
それが単なる楽天主義者との違いであることも
間違いない。

日本が生んだ稀有の資質をもった総理大臣として
後世長くもっと知られるべき政治家という印象は
ますます強くなった。
湛山に私淑する人には必須の書物。

183korou:2015/03/08(日) 16:09:06
枝川公一「シリコン・ヴァレー物語」(中公新書)を読了。

1999年12月発行の本である。
この本が対象としている日進月歩の世界において
今現在の2015年3月までの16年間余りの年月を思うと
ここに書いてあることをそのままの形で論評することは
不自然とも言える。

実際、ここで著者が最終章で語ったシリコン・ヴァレーの精神「内なるシリコン・ヴァレー」は
2015年の現在、世界で最も注目すべき熱いスポットというわけでもないだろう。
もちろん、アップル、インテル、サン・マイクロなどの企業が
跡形もなく消え去ったというわけではないのだが。

一体何が変わったのだろう?
いざ記述しようとしても、具体的にすぐ思いつくものがない。
それでいて、変わったという印象だけは確実に言えるわけだ。
そのあたりのことを、この著書を受け継ぐ形で誰かが書いてほしいと思う。
少なくとも、ヴェネヴァー・ブッシュ、テッド・ネルソン、エンゲルパート、アラン・ケイといった
人たちが夢見たより優れた未来像、既成の知識、体制、組織をくつがえす新しい知見への渇望といった
20世紀後半に生まれた哲学、サイエンス、テクノロジーが
21世紀になってどのような変遷を遂げて
どの部分が変貌し、どの部分が消滅し、どの部分が不変の価値を高めたのか
それを検証していく作業を
誰かが行ってほしい、検証してほしい、と思うのだ。

カウンターカルチャーと絡めたハイテク産業史としてコンパクトにまとまっているので
そういうことに関心、興味のある人には、お手頃な知識整理本となり得る。
もっとも関心も興味もなければ、いまいちピンとこない本かもしれないが。
自分にはとても面白い本だった。

184korou:2015/03/14(土) 19:03:15
三秋縋「いたいのいたいの、とんでゆけ」(メディアワークス文庫)を読了。

「三日間の幸福」の好感度高い文章で
すっかりファンになってしまったので
この最新作(といっても刊行後5か月を経過しているが)も
チェックしてみた。

作者が描きたかった世界はよく分かる。
実際、そういうシチュエーションまで持っていった力業は
前作までには見られなかったわけで
その点、新しい魅力も感じたのだが・・・

そのシチュエーションまでの仕掛けに
いろいろと破綻が見られ
その破綻が、過去2作と比べて
今回は強引かな、と思われた。
最後に伏線の回収をしているのだが
それでもすんなりと納得できる感じではない。
少なくともファンでない読者は満足しないだろう。

しかし、文章は健在だった。
どこかで村上春樹とつながっているような
不思議な感じの内省的な文章、というか登場人物の思考回路。
これさえ健在なら
まだまだ、この作者に期待するところは大きい。

というわけで
ファンにはオススメ、それ以外はスルー推奨の恋愛小説ってとこ。

185korou:2015/03/15(日) 18:55:54
月村了衛「土漠の花」(幻冬舎)を読了。

一気読み必至、という知人の話を真に受けて
一度読みかけて断念していたこの小説に再度挑戦。
内容を記した帯などの情報から
シリアスな戦記物かと誤解していた。
これは、戦争を題材としたエンタテインメント小説だった。

戦争と言っても
自衛隊員がアフリカの民族紛争に巻き込まれるという話で
おそらく月村氏が得意としている警察物の延長上に近いフィクションである。
したがって、この小説のウリは、絶体絶命に追い詰められる主人公たちが
必死で逃げ延びようとする格闘シーンのリアルさであり
フィクションとしての構成の巧さ、一気読みを促すスピード感やスリルということになるだろう。

つまり、自分の読書嗜好とは縁遠い「傑作」ということだ。

読み進めるのは辛かった。
しかし、その知人と近々飲みに行くことになりそうなので
途中で止めるわけにはいかなかった。
飛ばし読みもしながら、それでも最後までたどり着いた。
よく週末だけで読み切ったものだと、自分に感心してしまう。

こういうのが好きな人にはたまらない小説だろう。絶賛ものであることは認める。
でも、こうも簡単に人が死に、その死を前提に話が進んでいくのには嫌悪を覚える。
そういう嫌悪を感じてしまう人には、何の意味もない小説であることも事実である。

186korou:2015/03/17(火) 17:14:35
高橋洋一「図解ピケティ入門」(あさ出版)を読了。

超高価なのにベストセラーになったピケティの大著「21世紀の資本」を
やはり読めなかった人向けに、その概要を思い切って簡潔にまとめた入門書である。

「21世紀の資本」は導入部からしてなかなか魅力的だったのだが
私の視力では、もはや読破は夢の夢である。
よって、こういう本で概要だけもつかんでおこうと思ったのだが
まあその目的は果たせた感はある。
ガイド役の高橋さんには感謝する他ない。

ただし、あまりに見事に要約されているので
かえって肩すかし気味の印象も残ってしまう。
もっと他のことも書いてあるだろう、という心配すら出てくる。
そして、ピケティ氏独特の見解も
21世紀の世界に期待できる内容とは言い難いのだが
何と言っても要約では何も語れないというのが痛いところである。

まあ、読んだような気にさせてくれてウンチクが語れるという点を思えば
そんな不安、不満は言うべきではない、というところか。

187korou:2015/03/18(水) 17:00:10
仁科邦男「犬の伊勢参り」(平凡社新書)を読了。

2014年の新書大賞第2位という評判の新書だが
全くその存在に気付かず、最近になって知った本。
即手配して、本日一気に読破。

犬が一人で参拝するわけがない。
しかし、江戸時代、犬が伊勢参りすることは
多くの人によって確かめられていた。
この矛盾を、数多くの史料をもとに解読していく本である。
決して、犬の信仰心の謎を追った本ではない。
江戸時代の庶民の心理、今とは違う人と動物との関係などを追った
江戸時代庶民史の本である。

読み進めるにつれて
江戸時代の庶民の優しい心持に
ほんわりとなれる本である。
日本という国の、日本人という人種の
世界でも珍しいふるまい、様子に
同じ日本人でありながら、21世紀のこの国に居て
別の世界のようでもあり、分かりあえる世界のようでもある
この不思議な読後感、感覚。

新書大賞第2位にふさわしいかどうかは疑問が残るが(話題がマニアックすぎて)
読んで損する類の本でないことは確かである。

188korou:2015/03/22(日) 20:14:02
二宮清純「プロ野球の一流たち」(講談社新書)を読了・・しようかと思ったが中止。まあ読了も同然だけど。

この本は題名に偽りがある。
一流選手のことを書いた本と思わせる題名なのだが
本の後半部分は、野球全般についての評論であり
2007年当時のNPBへの批判が中心になっている。
この書名でこの内容の本を出版するのはいかがなものか?
二宮氏の評論家としての見識を疑うし、出版社のチェックも杜撰甚だしい。

NPB批判にしても、当たり前のことをさも自説のように言及し
補強として取材した関係者の談話にしても
無批判な引用に終わっている。
その執筆姿勢が、前半部分の一流選手への言及にも現れており
同じような内容で書かれた近藤唯之氏のものと比べても劣った文章だろう。
近藤氏にしても
インタビュー相手が語った内容についての厳密な検証というものがないのだが
それは時代のなせる業という面もある。
近藤氏の時代は、まだスポーツジャーナリズムが成熟していなかったとも言える。
それに比べて、二宮氏の場合は
少なくとも近藤氏の仕事を踏まえて、その先へ進む義務を負っているわけで
その意味で、二宮氏は、先達の仕事の成果だけを受け取って
後進の人たちへ渡すべき何かを全く感じさせない仕事ぶりである。

というわけで、途中から読むのがバカらしくなってしまった。
とはいえ、前半部分は全部読んでいて、MLBとNPBの比較も何とか読んだ。
読めていないのは、2007年当時のNPBの諸問題の分析の部分だけで
これは上記のように、著者の自説というものがないので
読むだけ時間の無駄というものだろう。
よって、中断したけど読了という扱い。
そして、オススメ度は限りなく低い、という評価になる。

189korou:2015/03/23(月) 14:20:59
西加奈子・せきしろ「ダイオウイカは知らないでしょう」(文春文庫)を読了。

せきしろの名前でやや期待してはみたものの
読む前は特に思い入れもなく、ちょっと読んであとは適当、という感じで読み始めた。
ところが・・・メチャメチャ面白いでのある。

西加奈子は、そこそこ売れてる上方女芸人みたいで
口八丁手八丁のしゃべくりで笑かしてくれる。
せきしろは、さらに高等な笑いを、感心するほど的確に繰り出して
この2人のやりとりは、下手な漫才よりずっと面白い。

ゲストの人選は誰が行ったのかしらないが
全般によくできていて
星野源、山口隆あたりが面白くなるのは薄々予測できても
ミムラ、ともさかりえあたりで、ここまで中身をふくらませることができるのは
大した”空気感”で、本当に感心してしまう。

素人が短歌を詠むだけで、これほどの面白い本になるとは驚きだった。
最近にない楽しい読書の時間を堪能した。
加奈子さん、せきしろさん、ありがとう。

190korou:2015/03/25(水) 21:01:55
又吉直樹「火花」(文藝春秋)を読了。

今年前半期最大の話題となるはずの人気芸人による意欲作だ。
雑音を入れずに、できるだけ先入観抜きにして読んでみた。
文章が粗雑だったり、バランス感覚がいかにも素人っぽく感じられたり
といった未熟な箇所はあまりなかったように思った。
大体予想通りのクオリティで
確かに、芸人がここまで書けると
話題になるのも当然だ。

ただし、あまりにもそのままの芸人の世界の話なので
どこまでが作者の見解で、どこまでが登場人物の見解なのか
曖昧な箇所は随所にある。
これだけの筆力があるのなら
いっそのこと職業とは全然別の世界のことを書いてみたら
そのほうがより明晰に書けるのではないか、とも思った。

登場人物の出し入れは上手いと思うし
重要な登場人物は、すべて書き込めてあって存在感がある。
話の運びがやや曖昧な点が残念だが
これは書き込めばそのうち上手くなる部分なので
それほどの問題ではないだろう。

次作が出ることを期待する。
これで文学賞を取れるかどうかは疑問だが
読んで損のない佳作である。

191korou:2015/03/29(日) 18:27:21
北川昌弘とゆかいな仲間たち「山口百恵→AKB48 ア・イ・ド・ル論」(宝島社新書)
花山十也「読むモー娘。」(コアマガジン)の2冊を読了。

ちょっとした動機から、県立図書館で衝動的にアイドル本を借りた。
まずはこの2冊を一気読み。

北川本は、アイドルについて網羅的に書かれた本。
花山本は、モーニング娘。の特に沈滞期について詳しく分析した本。
いずれもオーソドックスに時代順に書かれていて
その意味では、知らなかった事項について
その前後の流れが即座に理解できるという利点はある。

ただし、ヲタ本の宿命なのか
著者の思い入れが強すぎて
分析が甘い箇所が随所にみられる。
北川本の、モー娘。初期には日テレの「ウリナリ!!」の影響があったという記述は
その次の章にある当時の関係者の証言で否定されているのに
なぜか修正することもなく、そのまま主張したまま後の章の記述につながっているあたり。
花山本にもその傾向は見られた。

こういう本は
いい部分だけ切り取って読み進めていくのが肝心だろう。
そう思えば、それなりに参考になる箇所も随所にあったが
全体としては、ヲタ本の域を出ない特殊な本ということにもなる。

192korou:2015/03/30(月) 21:37:50
白石仁章「諜報の天才 杉原千畝」(新潮選書)を読了。

杉原千畝については、かつて伝記も読んだし
同じような活躍をした小野寺信について昨年読んだばかりだったので
もう読むことはないと思っていたが
今年度、杉原千畝の生涯が映画化されるらしく
その映画のスタンスがこの新潮選書で示されたインテリジェンスの人としてのスギハラ
ということらしいので
今流行りの文脈で杉原を読み直したらどうなるか、という興味関心で
再度読むこととした。

分かりやすい文章で、スラスラと読み進めることができた。
必要最小限のことは押さえてあり、良書と評価してよい本である。
ただ、読後の感銘というものは一切ない。
ユダヤ人を救った勇気の人というエモーショナルな感動を極力排した本である上に
著者は本来そういうエモーショナルなタッチで文章を刻んでいく人のはずなのに
ムリして冷静に書いている風に見えるふしがあるからだろう。
もう少しクールなタッチで書かれるべきだったが
長年の研究のせいなのか、随所に研究対象への熱い視線が感じられた。

あともう一つ記せば
外交官の伝記というのは難しいと
改めて感じた。

193korou:2015/04/04(土) 12:08:41
アイドルの本、最後の1冊を読了。「グループアイドル進化論」(マイコミ新書)。

岡島紳士、岡田康宏による共著だが、章ごとの著者明記がないので
どこの部分をどう分担したのかは一切分からない。
全体として、あまり明確に見えてこない「新しいアイドル時代」を
無理やり、こんな風に新しいんだよ、と解説して見せた本という印象。

部分部分では、なるほどと思える箇所があって
また巻末のアイドル史年表は
実に多くのトリヴィア的事実を網羅してあるので
全体像の俯瞰には便利だったりするが
それ以上の意味はない本である。
先週読んだ2冊のアイドル本と同じことではあるが。

インタビュー記事は面白い。
こういう本の価値はそこにあるのかもしれない。
生々しくて、リアルな感じが漂うのがいい。

194korou:2015/04/14(火) 16:54:18
藤田晋「渋谷ではたらく社長の告白」(幻冬舎文庫)を読了。

以前から気になってはいたが、なかなか読む機会がなく
今回、文庫本入手で一気読み。
読み始めれば、何のことはなく、一気に読める本である。

実に正直に書かれた半自叙伝であり
仮にウソが混じっていたとしても
この書き方なら不快には感じない。
若いITベンチャー経営者が
その志を試行錯誤で実現していく過程を描く前半と
ITバブルとその崩壊を身をもって体験した劇的な後半が
対照的に描かれ
見城徹が「これは文学だよ」と評したのも頷ける。

ただし、2015年の現在、これを若い人が読んでどう思うかは
また別の問題だろうと思われる。
またしても時代のテイストは変わった。
あれから、IT関係は一段落し
ベンチャーどころか大企業でさえ未来の見えない経営環境となっている。
モーレツに働くだけでいいのか
志が雄大であればいいのか
なかなかそう簡単には判断できない時代になってきた。
志とそれを達成すべくモーレツに働く若者の物語である本作は
意外と、高度成長時期のプロジェクトXと同じテイストなのかもしれない。
逆に、その意味では、年配者には
懐かしく読める新しい時代の物語になっているのである。

195korou:2015/04/27(月) 21:24:07
半月ほど本が読めない日が続いた。
目が痛い、首が痛い、家族サービス、イマイチ夢中になれない、年度初めで忙しい?・・・イロイロと。
やっとマンガを読了。
ほしよりこ「逢沢りく(上・下)」(文藝春秋)。

思春期の女の子、経済的には恵まれた家庭に生まれた女の子が
母親との葛藤を抱え、感情をため込むクセを身に付けて
ついに母親から別生活を提案され
そのまま意に沿わない関西での生活が始まってしまうというお話。
こういう葛藤はあるだろうな、それが極端な形で物語られている印象。

小道具は随所にあって
関西弁の会話が関東人の女の子の脳裡をすり抜けていく光景は実にリアルだし
本来なら小細工に見える病気の子ども、ペットの小鳥といった小道具も
なぜか全然わざとらしさがなく、自然にこのマンガの風景として馴染んでいく。
女の子の気持ちをじっくりと焦らずに描写している作者の落ち着きが憎い。
最後のページで感涙する読者も多いに違いない。

手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞も納得の出来。
これだけ巧ければ、下手な小説など要らない。

196korou:2015/04/29(水) 15:54:23
石田伸也「ちあきなおみに会いたい」(徳間文庫)を読了。

知る人ぞ知る昭和の名歌手、ちあきなおみについて
愛情深く、その歌手として、一人の女性としての生き様を丹念に描いた佳作。
考えられる限りのほとんどの関係者にコンタクトを取り
そのインタビューを随所に混ぜて
なおかつ、自からの感想、感情を込めつつ
丁寧に描かれているので
読んでいて自然と感情移入していく文章になっている。
いまだに、これだけまわりから復帰待望論が湧き出ているのだから
本人のインタビュー記事があっても良さそうなものだが
そのあたりは本人しか分からないこだわり、感情があるのだろう。
それを強制するのも、期待するのも無粋な話だ。

ただ一度だけ復帰する気持ちになったらしい、というのだから
実に惜しい。
それも郷さんの死去の1,2年後の話というのだから
惜しいにもほどがある。
やはり、こういうときには
周囲は絶対に押しまくらないといけないと思う。
普通の歌手の復帰ではないのだから。
彼女の復帰を押しとどめたという「関係者」、誰だか知らないが
とんでもないことをしてくれたものだ。

歌手の伝記としては相当なクオリティで
この種の本が好きな人には断然オススメ。

197korou:2015/05/05(火) 22:47:14
クリス松村「誰にも書けないアイドル論」(小学館新書)を読了。

県立図書館で
ムダと承知で亜弥さん関係の本を物色したら
この本の末尾の竹内まりやさんとの対談中に
「亜弥ちゃんはすごくいい歌手に成長する」という見出しがあり
即借りることに。

その後数日、その部分だけの”精読”で他は読まない日が続き
本日、おもむろに読書開始。

・・・恐れ入りました。大した本です。
アイドル論の古典のような本です。
データの提示の仕方、全体として丁寧に持論を展開する人格的な良さ、
そして何よりも(本自体のテーマとは違うのだが)
自からの黒歴史、それも肉親(父親)に対する憎悪を含む感情の吐露が
そのままアイドル史への没入とリンクしているので
その凄まじい黒歴史の描写の部分が
生々しく読後に残る点が
世に多く在るアイドル論と一線を画す感動の書になっている。

これだけ読む前と読んだ後で印象が違ってしまった本も珍しい。
ゲテモノ扱いせずに、多くのサブカル愛好家に読んでほしい良書である。

198korou:2015/05/06(水) 14:28:43
水野和夫「資本主義の終焉と歴史の危機」(集英社新書)を読了。

ついに
この低迷する21世紀について、世界全体の低迷について
真実はこうではないか、根本的にはこうではないか、だからこう考えよう
という具体的な案を提示した本に出会ったようだ。
こういう本を長い間待ち望んでいた。
内田樹さんや藻谷浩介さんが
漠然と主張していた「成長よりも成熟した世界」が
経済学というフィルターを通じて
より具体的に議論できる案として提示されたわけだ。

こういう本は
そういう歴史的意義を認識して評価しなければならず
アマゾンの書評の一部に見られた「民主党うんぬん」という先入観は
現代への危機意識の欠如以外なにものでもない。
逆に言えば
現在の民主党のように
政治的発言力を失った結果として完全に迷走している政党に
一時期とはいえ関わってしまったことは
水野さんの主張が誤解される最大の要因と言わざるを得ない、
残念としか言いようがない。

利子の発生しない世界、利潤を追求しない世界、
資源の有限性を正しく認識して未来の世代と協調する世界、
マクロとしての発展よりもミクロで見た場合の平等を重視する世界。
そんな世界を理想として、もっと具体的な案が提示できれば
この本の価値はもっと素晴らしいものになるはずである。

199korou:2015/05/08(金) 13:07:07
行成薫「名も無き世界のエンドロール」(集英社文庫・2104年)を読了。

3月初めから読み始めていたので
読み終わるまで異様に長くかかってしまった。
決して面白くないわけではなかったのだが。
年度末・年度初めの多忙、というより余裕のなさのせいだろうか。

普通はそこまで読書期間が長くなると
断念することが多いが
この小説には、継続させてしまう何かがあった。
野崎まどにも通じる映像を連想させる文体、構成もそうだが
登場人物のキャラが明確で
感情移入もしやすいということも大きい。
終わってみれば、シンプルな恋愛小説ということになるのだが
そこはフィクションとしてのふくらみを十分に備えている作品だった。

このくらいのレベルのものを次々と出せば
伊坂幸太郎のようで、また伊坂さんとは違った魅力を持つ作家になるだろう。
楽しみな人である。

200korou:2015/05/14(木) 20:56:13
菱川廣光「岡山県立図書館 抵抗と再生の記録」(日本文教出版)を読了。

全513pの大部な本だが、実は県議会での討議については
まず要旨がまとめられた後に、議事録により答弁などの詳細が記されているので
後者については精読を省略した結果
実質250ページほどの著作として読了できた。

問題点は
菱川氏自身が当事者であったにもかかわらず
それを抜きにした当事者批判が書かれている点。
優れた点は
県立図書館の理想像にブレがないので
教育長の答弁の不誠実さを端的に指摘できている点。

全体として言えば
こういう類の著作を書き切れる図書館人はそうは居ないので
よくぞ書いてくれたという感謝の念が強い。
それもすんなりと建設まで漕ぎ着けたわけではないので
一層貴重な記録書になっている。

同じものを自分が書いたら
もっと面白く書く自信はあるが
随分と偏ったものになるだろう。
書いたのが菱川さんで良かった(笑)

岡山県図書館人必読の書(一般人にはあまり訴えるものはないだろうけど)

201korou:2015/05/16(土) 12:21:07
朝井リョウ「武道館」(文藝春秋)を読了。

ダ・ヴィンチ最新号で、たかみなとの対談や石田衣良のハロプロハマりなどの記事を読んで
それをブログの記事にまとめたせいなのか
どうしても、この本を読まないといけないような気分になってしまった。
珍しく活字のポイントが大きかったので、ほぼ初めての朝井リョウ体験となる。

文章は非常に読みにくい。
状況描写が前後して、それが心理描写と連動しているため
どうしても状況を確認する必要が出てくるわけで
地の文が少なく会話中心の割には、読むスピードが全然上がらない。
何度も何度も同じ個所を繰り返し確認しないと
一体何の描写なのかさえも分からないことが多い。
レベルの低い悪文だと思う。
悪文なのに何も伝わらない。
単なる下手な文章でしかない。

ただし、この作者が伝えたいものは大切なものだと思うので
描写が理解さえできれば
描かれている世界そのものは、極めてリアルに迫ってくる。
間違いなく、優れた小説の力を持っている。
文体は素人でも、伝わってくるものはプロの作家の仕事だ。

アイドル論としては、いろいろと感想を書きようがあるのだが
今回は封印しておくことにする。
また再考することもあるだろうから。
一般的には、まあまあオススメというところか。
人気作家だけが持つ不思議な推進力があることも事実だから。

202korou:2015/05/19(火) 12:59:45
北川恵海「ちょっと今から仕事やめてくる」(メディアワークス文庫)を読了。

あまり期待せず、あらましだけ分かればと思って読み始めたが
簡素な文体でテンポよく進むので、一気読みで読了となった。

やや山田悠介風の荒っぽさも目につくが
読後感は悪くない。
特に、最後のほうで、胸糞悪い人物として描かれていた部長に対して
主人公が堂々と自分の気持ちをぶちまけるシーンでは
ある種のカタルシスさえ感じたほどだ。

読後直後の爽快感を経て
しばらくすると
こんなシンプルなストーリーでいいのかという疑念も湧いてくる。
たしかに小説としては全然練れていないだろう。
中学生の読み物、と言えなくもない。

例えば職業高校の図書館にこういうのを置いておけば
ふだん読書の習慣のない生徒にも
結構ウケるんじゃないか、という類の小説だろう。
それはそれで需要はあると思う。

大人にはどうかなと思いつつ
これこそYA小説の一典型ではないかと考えた。

203korou:2015/05/21(木) 20:49:16
東野圭吾「ラプラスの魔女」(KADOKAWA)を読了。

またしても一気読み。
500ページ近い長編ながら全然長さを感じさせない筆力には
もう何度感心したことか分からないが、改めて再度感心。
このような作家は100年に1人現れるかどうか。
同時代に東野圭吾がいて、我々は途方もなく幸せだ。

今回は、純粋理系なミステリーで
かつての「分身」「変身」を連想させる筋立て。
どことなく懐かしい気持ちで読み通すことができた。

たしかに、今までの自分の小説をぶっ壊すというような
謳い文句は大げさだし
登場人物の掘り下げ方にもいくらかムラがあるように思えるのだが
まあ、これだけ楽しませてもらって
まだアマゾンのコメントで次々に注文がつくような作家というのも
珍しいかもしれない

結論。文句なしのエンターテインメント。
宣伝文句にはとらわれず、東野圭吾という人気作家の実力を知るには格好の佳作。

204korou:2015/06/02(火) 10:49:28
内田樹「街場の戦争論」(ミシマ社)を読了。

題名通りの本ではなく
戦争の話から始まって、歴史、国家というルートを経て
なぜか「働くこと、学ぶこと」という無関係な話が挿入された後
最後にインテリジェンスの話になって
少しだけ戦争という非常時の話題に戻るという構成だった。
明らかに「働くこと、学ぶこと」の章は不要で
編集の怠慢、ミシマ社の不手際である(著者と親しすぎて意見が言えなかったのだろう)

読後感としては
インテリジェンスについての本と思えば
かなり高揚した気分で読み終わることができた印象となる。
ただし、戦争についてまとまった知見を聞けたかどうかという面では
あまりに話が拡散しすぎて、何を読んだのかどうか
印象がぼやけてしまう本と言える。
内田樹ファンなら、あまり詮索しなくても毎度のこととして納得もできようが
それ以外の人には、なかなか面倒な本になっているのではないか。

個々の分析は、いつもながらさすがで
納得できる箇所は、納得でき過ぎて却って思考を促す結果になり
納得できない箇所は、頭の中で思考が駆け巡り活性化される結果を生むので
どちらにせよ、脳内活性化の効果は抜群である。

総括として巧みに構成することもできる著者ではあるが
この著作に関してはそれを期待できない。
しかし、相変わらず知性の不調のかけらも見えない冴えた著作であることも
間違いない。

205korou:2015/06/05(金) 14:21:01
法条遥「リビジョン」(ハヤカワ文庫)を読了。

「リライト」の続編、この四部作シリーズの第二作ということになる。
「リライト」の凝りに凝った時間操作で
ある意味呆れ、ある意味感心するほかなかったわけだが
今作では、前作との関連を持たせつつ
全く違った背景のなかで人物を登場させ
同じように時間操作の物語を展開させている。

ただし、どういうわけか「リライト」ほど緻密ではない。
気のせいか、やたら先を急いでいるような叙述で
おかげで設定の強引さが顕著になり興ざめになることが多い上に
人物描写が、いかにSFとはいえ、これでは紙でできた作り物のような印象しか残らない。

もうこのシリーズは止めようかと思ったのだが
次の「リアクト」が、前仁作の総集編たるべく
なかなかのまとめになっているらしいので
厄介なことである。

展開そのものは素晴らしいので
やはり読み続けるしかないのか。
やれやれ。

206korou:2015/06/10(水) 10:37:58
堤未果「沈みゆく大国アメリカ<逃げ切れ!日本の医療>」(集英社新書)を読了。

優れた本である。
今までの堤さんの著作の集大成のような位置づけだ。
単なる民間保険制度と、社会保障としての医療制度を対比し
どちらが日本人にとってより良い制度なのかということを
多少後者へ傾斜気味ではあるがその概要を提示している。
その上で、より良い制度を望むなら現在の制度への無関心、無知が一番いけない
と訴えている。
まさに正論だ。
疑問の余地もない。

著者も言うとおり
日本人のDNAには、”協同””相互扶助”の精神があるはずなので
米国式の経済至上主義ともいえる医療制度を嫌悪するのは当然かもしれない。
そういう論理を超えた直感が、この本の根底に流れていて
本当はもっと緻密に議論しなければいけないのだろうけど
他のどんな本よりも、この問題についての説得力をもつことになる。

この本が提示しているのは、日本のあるべき未来像だ。
ぜひ若い人たちに読んでほしい本である。
間違いなくオススメできる本である。

207korou:2015/06/11(木) 17:04:51
法条遥「忘却のレーテ」(新潮文庫nex)を読了。

まさにSFそのものである。
必要な人間描写は一切省き
少々不自然な設定も
大きなSFの仕掛けの妨げになるのであれば
あえてその設定で押し通す強引さが
良くも悪くもこの作品の個性となっている。

いろいろなことに目をつぶれば
なかなか面白い作品だと思う。
日付の逆進の仕掛けは途中で気付いたが
主人公の死への恐怖をそんな形で解決しようとしていたとは
あまりにモノローグが凝り過ぎていたせいで
気付きようがなかった。
全体を通して、法条作品らしいエンターテインメントになっている。

ただし、この作品は人を選ぶ。
恋愛、ミステリー、あるいは純文学を好む人には
この作品のつじつまの適当さに我慢ならないだろうし
とにかく凝りに凝ったSFが好きな人には
なかなかいい読書体験になるはずである。

帯の文句とかが、結構”関係ない人たち”を引き寄せそうなのが
ある意味心配でもある。

208korou:2015/06/15(月) 16:43:45
野崎まど「ファンタジスタドール イヴ」(ハヤカワ文庫)を読了。

異才野崎まどの新作で
読み終わってから、メディアミックスの一部であることを知った。
出だしは、あたかも三島由紀夫「仮面の告白」のような
幼少時からの異常リビドーを描いた心理小説で
近年こういうタッチの作品はあまり読んだことがなく珍しいと思ったのだが
途中から、中途半端なSF設定が絡んできて
やや興ざめな部分も出てきた。
しかし、全体的に描ける人だと思うし
前半部分には久々に文学、それも現代の感覚で古典的な心理描写を復活させた
見事な文章が展開され、結構感激した。

ピタッとハマったものを書けば
十分、直木賞とかもとれる筆力だと思うのだが
結構直木賞審査は時代遅れな感覚なので
そういう方向で成功することは今後ともないだろう。
ここは伊坂幸太郎のように
読者が盛り上げていくしかないのだが
今のところ、順調な推移で着実に「信者」を増やしているようである。
今後が期待される注目の作家であることには間違いない。

209korou:2015/06/17(水) 16:37:41
豊島ミホ「大きらいなやつがいる君のためのリベンジマニュアル」(岩波ジュニア新書)を読了。

ふだんは、全点購入している環境に居ながら
ほとんど読まない岩波ジュニア新書だが
これは冒頭から惹かれるものがあって
ゆっくりとしたペースで読み切ることができた。

文体にスピード感があるのがいい。
書かれている内容はそれほどでもないのに
この文体でどんどん読ませていく。
ただし、最後のほうで結論っぽくまとめたあたりは
さすがにスピード感を出しようがなく
そこでは一気に内容のか細さが露呈することになった。

岩波の本とはいえ、決して一般的でなく
独特な感性と才能を持った人のための
リベンジマニュアルとなっている。
中高生以外には読者を想定しようがなく
さらにその中でも特殊な分野だと思う。
でも、こういう本は存在すべきだし、読まれるべきだろう。
「いじめ」については、とにかく、解決のための「引き出し」が
いくらあっても足りないくらいだから。
これもその「引き出し」の一つだろう。

210korou:2015/06/29(月) 10:27:07
松田卓也「2045年問題」(廣済堂書店)を読了。

前半部分は実に快適というか
まとめ方、例示の仕方が上手で
いい本を見つけたという喜びに浸っていたのだが
後半のまとめになって、突然「理系バカ」が顔を出し始め
だんだんと読むに堪えない駄文のオンパレードになってしまったのには
驚くとともに、残念な限りだった。

あまりに手広く分野を広げてまとめてはいけない、という好例だろう。

ただし、最初のほうの「パソコン通史」「ロボット通史」のあたりは
これほど要領よくまとめてある本を他に知らないほどだ。
マトリックスとかの例示を嫌がる読者も居るだろうが
自分は面白く読めたし
それに続く現在の人口知能研究の様子などは
さすがにその道の研究者だと思わせる見事な叙述である。

そのへんだけを通読すれば
それで足りる本だろう。
後半の未来予測は、なかったほうが良かった。
トンデモ科学と、未熟な社会科学の知識のごった煮だ。

気を付けて読むべき異色の本である。

211korou:2015/07/03(金) 13:18:50
外山滋比古「知的生活習慣」(ちくま新書)を読了。

最初のうちはあまり気乗りしない読書だったが
読み進めるにつれて、外山さんの文章の呼吸に慣れてきて
だんだんと読むのが楽しくなり
最後は一気読みに近い感じになった。

短文の寄せ集めのようにも思えたが
たくらみもあって
頭→体→心という順に書き進められているので
「知的生活習慣」を
その順番に考察していく論集のようにも読めることに
途中から気付いた。

個々の文章も
たくらみがないように見えて
適度に断定し、適度に慎重な言い回しを行って
全体として適度な知的抑制が働いているように思えた。
いかにも老師の文章という余裕が感じられ
途中からは、その大家ぶりに感じ入って
読み進めていたようなものである。

そういう余裕に感じ入れる人には
まさにオススメである。
そこまでの思い入れができない人には
どういうことのない本だろうけど。
まあ、92歳にもなってここまでの本を書けること自体
賞賛に値することではあるのだが。

212korou:2015/07/08(水) 16:34:37
小熊英二「生きて帰ってきた男」(岩波新書)を読了。

新書とはいえ389ページに及ぶボリュームであり
本来なら読み通すのも一苦労なはずだが
あっという間に読み終えた。
著者が、自分の父親のこれまでの人生を
直接聞き書きするという本だが
その父親である謙二氏の記憶力の良さ、社会経験に基づく地に着いた考察などに
まず感心させられる。
そして、あとがきにも書いてあるとおり
一定の方針を持って聞き書きしているので
そこの部分は意図通りに一貫して伝わってきて
その感覚も快い。
そして、あまり語られない昭和10年代、20年代の具体的な世相など
そもそもが興味深い話の連続である。
退屈しないわけがない。

単に昭和に生きた人の回想にとどまらず
優れた民衆史になっている。
昭和を理解する上での必読の書が誕生した。
素晴らしい!
歴史の本では今年読んだなかで最高の著作である。

213korou:2015/07/13(月) 17:02:53
住野よる「君の膵臓をたべたい」(双葉社)を読了。

題名を見て、さらに絶賛の書評を見て
どうしても読みたいと思った小説だ。
読み始めは、やや動きの少ないストーリーに閉口したが
恋愛小説だから仕方ないと思い読み進める。
甘すぎる会話も最初のうちは皮相に思え
第一印象は決して良くなかった。

少しだけヒロインの心のうちが見えてきたところで
やっと興味が湧き始める。
考えてみれば、心のうちが見えないという設定の
男子高校生の視点で書かれてきたので
このあたりは、今思えば叙述トリックに見事にハマっていたわけだ。

最後のあたりは、いかにも泣かせよう泣かせようとする技巧が
ミエミエだ。
でも、それが全然気にならないのが素晴らしい。
やはり、叙述トリックでうまく”嵌められて”いるので
最後のこの感情の爆発は、どう表現されようと
もはや読者としては泣くしかないわけだ。
実によくできている小説である。

最初のあたりの独特の読みにくさと
クライマックスをはぐらかす突然の事件が
あまりにも突飛に表現されている部分の違和感を除けば
見事な出来栄えだと思う。
オススメという点では、今年一番の小説かもしれない。

214korou:2015/07/23(木) 11:23:55
高野誠鮮「ローマ法王に米を食べさせた男」(講談社+α新書)を読了。

石川県羽咋市のスーパー公務員の話で
今季TBS系日曜ドラマの原作として話題のノンフィクションである。
スーパー公務員の本はいくつか読んだが
いずれも、凄いとは思うものの
なぜか違和感も大きい本がほとんどだった。
その典型は「沸騰図書館」であるが
結局、絶対に普通の公務員ではできやしないことが
延々と書かれていることについての無力感だろうか?

この本も絶対に普通の公務員にはできない仕事ぶりのオンパレードである。
ここまで組織を無視して行動する公務員など
まず居ないし、できない。
組織を無視していいのなら、これに近いことはできる人は居るだろうが
そこが一番の大きな障害であり
そのことについて、この著者はあまりにも無頓着で
すなわち、いくらこの本を読んでも
共感した上での実行は無理なのである。

にもかかわらず
今まで読んだスーパー公務員の本のなかでは一番感銘を受けたのも事実である。
福島のことや、奇跡のリンゴの木村さんのことなどがエピソードにあるのも大きいが
その上に、僧侶としての世界観がじんわりと伝わってくることが最大のポイントだろう。
モーレツ公務員だけれど、その根底に、この世界を優しく見つめる視点が感じられるのだ。
厳しさと優しさが両方感じられるスーパー公務員の本は
多分この本が初めてだ。
アマゾンでの高評価も納得である。
素晴らしい快著!

215korou:2015/07/29(水) 09:35:01
デービッド・アトキンソン「イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る」(講談社+α新書)を読了。

すでに日本の文化財関係の会社で仕事を続けている外国人による
日本経済、及び日本の文化財事情、観光についての本である。
なお、書名の「日本の国宝を守る」というのはミステイクだろう。
どこにも国宝を守る話など出てこない。
これほど内容と一致しない書名が堂々と出ているのは珍しい。
売れている本なので大過ないのだが
このクオリティでもし売れないとしたら
書名を決めた編集者の罪は重い。

非常に優れた日本社会論である。
もともと経済アナリストなのに
専門の経済関係の話はそれほど深く突っ込まず
あくまでも日本社会の課題を挙げるスタンスで書き続けられている点に敬意を覚える。
本来、同じ書物内で論じにくい経済、文化財、観光を
同一の目線で書き切り、全然違和感がないのも
そのブレないスタンスが大きく貢献している。
よって、著者の言いたいことは非常によく分かる。

ということで
この本をベースに、いろいろな議論が可能になってくる。
優れた本というのは、そういうものだろう。
個人的には、疑義も多く、論の進め方にも必ずしも同意できない面も多いのだが
そんなことは枝葉末節なことと言える。
世評の高さも頷ける。

216korou:2015/08/09(日) 18:38:32
東山彰良「流」(講談社)を読了。

一読、優れた小説、大きな小説、圧倒されるスケール感の小説だと思い
大切にゆっくりと読んだ。
大体、4週間ほどかかってしまったが
その間、途中で止めようとは一度も思わなかった。
2015年は、抜群の直木賞受賞作「流」を読んだ年として
記憶してもいいくらいの感銘を受けた。

作者にとって、これは書かれなければならなかったという必然性があり
そして見事に書き切ったという充実感が伝わってくる小説である。
それでいて細部も丁寧に描かれていて
読者を、体験することの難しい1970年代の台湾の世界にいざなってくれるのである。
リアルであり、かつ青春小説としての夢と希望、挫折、友情、恋愛に満ちた
まさに本格的な小説なのである。
これほど、小説というジャンルのあらゆる要素を詰め込み
それでいてどこも破綻していない作品は
かつて読んだことがないくらいだ。
いわゆる世界文学の古典ならあり得ようが
2015年の日本にこれほどのものを書く人が居たとは!

文句なし、今年ナンバーワンの小説。
本当の読書人なら絶対に読むべき、読まれるべき小説である。

217korou:2015/08/21(金) 14:32:05
竹内昌彦「見えないから見えたもの」(自費出版)を読了。

今や地元の名士である竹内先生の本が
わが職場に寄贈されたのを機会に読んでみた。
想像以上に素晴らしい内容で、何度も感涙し感動した。
記憶力抜群な上に、その多くの記憶のなかから
適切に要点をまとめられているのが、読んでいてよく分かる。
すべての話に曖昧な部分がなく、明確なイメージのまま話が進んでいく快適さ。

同じ障害者の端くれとして思うのは
やはり、心が強いか、強くないかということが
その人の生き方を決めてしまうということだ。
健常者の場合、さして強くない心であっても
とりあえずは人生がうまく転がることも多いだろう。
しかし、障害者は違う。
竹内先生のような強い心を持った人間と
自分のような曖昧模糊とした心しか持てない人間とでは
その後の人生の展開が全然違ってくる。
それなのに「心」という健常者にも明解な要素であるがために
そのあたりの問題は看過されるということなのだ。
自分の人生で他者に不満を持つとすれば、まさにそこなのだ。

強い心を持ち、周囲によってからも育まれた先生は
到底視覚障害者が為し得ないだろうと思わることをやってのけた。
これは健常者にとっても大きな感銘を与えるに違いない。
意外なほどの素晴らしい読後感に未だに包まれている。

218korou:2015/08/23(日) 15:01:55
中村文則「掏摸」(河出文庫)を読了。

海外でも評価が高まっているこの作家の代表作ということで
数年前から何度も挑戦していた作品だが
そのたびに途中挫折し
今回も、もし挫折したらもう読み直せないのではないかと思っていたほどだ
(中途挫折はクセになるので)

今回は、最初の50ページほどを強引に読み続けた。
すると、そのあたりから俄然面白くなった。
そこまでのゆっくりとした描写から
犯罪現場を違う視点から観察しているようなリアルな描写に切り替わり
展開もスピーディになった。
女性の描写に今一つリアリティがないようにも感じられたが
それも大きな傷ではなく
むしろ一気に非日常の世界に没入できる小気味いい感覚のほうに魅せられた。
これなら高評価なのも頷ける。

「塔」を象徴的に描写している点で
三島の「金閣寺」を連想されたが
それともまた違う象徴の扱いでもあった。
ドストエフスキーの影響というのも、もちろん感じられるが
そのあたりは、非日常であるがために
むしろマイナスに作用している気がする。

作者の資質はもっと別のところにある。
素晴らしい才能だが、なかなかこういう才能を開花させるのは難しいのでは、と思った。
作品自体は、そんな懸念など吹き飛ばすほど素晴らしいのだが。

219korou:2015/08/24(月) 12:59:32
林純次「残念な教員」(光文社新書)を読了。

読もうかどうか迷っていたが、結局読まずにおこうと決めていた。
ところが、わが業界でそこそこ評判がいいので
仕方なく読み始めることになったという経緯。
読後すぐの印象を言えば
アマゾンでの微妙な評価も分かるし
わが業界での評判の良さも頷ける。
ただ、あまり読後感の良くない本であるということも事実。

やはり、自分が進んでいる道が間違いないと確信している点に
抵抗を覚える。
安倍晋三、橋下徹、前武雄市長などに共通する”見習いたくない「強さ」”を
行間に嗅ぎ付けてしまうのだ。
他者との交流で人間は成長する、と書いているが
その他者は、あくまでも自分の成長に寄与する他者に限定される、という無意識の驕り。
こうして合目的的にテーマについて考え抜いていくことで
何かが抜け落ちていくような感覚。
そして、そういったことに多分気付かないであろうこの方の感性。
それらが相俟って、読後感の悪さを形成していっている。

もちろん、いくつかの細部には真実が宿っている。
さすがと思わせる文章もふんだんに散りばめられている。
いい部分だけ吸収して、他は無視すればいいのだが
なまじ体系的にしっかりとした著作だけに、そういうのも難しい。
結構面倒くさい”一見「良書」”である。

220korou:2015/08/30(日) 17:41:00
深谷敏雄「日本国最後の帰還兵 深谷義浩とその家族」(集英社)を読了。

なんというか、こういう本の感想をさらさらっと書き記すことは難しい。
圧倒的な事実の重み、それも筆舌に尽くしがたいほどの苦難の連続である歴史上の真実が
延々と何百ページも続く力作、大作であるので
まさにアマゾンでの書評でしばしば語られたように「体力」を要する読書でもあり
それ以上に精神的にも鍛えられる読書体験となった。
普通の読書であれば
読んでいる途中で目の調子がおかしくなった時点でストップをかけるのだが
今回の読書に限っては、そういう中断は考えられなかった。
とにかく目を休めて、1時間程度で少し回復したかなと判断できれば
すぐに読書を再開することにした。
おかげで、一気読み状態で、この週末に読み終えることができた。

本の内容は、なかなか簡単には要約できない複雑な歴史ノンフィクションである。
”戦争の傷跡”と一言で要約したくないし、でもそうとでも言わないと要約にならないし
本当にうまく言葉にできないもどかしさが先立つ。
上官の命令を絶対的なものとして、さらにその命令内容を完全秘匿する深谷義浩氏の世界観は
いまや想像することすら困難になってきている軍人独自のスピリットと言えよう。
しかしそこを共感できなければ、この本全体が理解できないことになる。
年配の読者でまだ共感可能な人たちが多く生存しているので
この本の価値は長く語られることになるだろうが
数十年後にはたしてその共感が継続するかどうかとなると甚だ疑問である。
素晴らしい力作、大著であるが、そこだけが心配だ。

221korou:2015/09/01(火) 15:32:10
江國香織ほか「100万分の1回のねこ」(講談社)を読了。

佐野洋子「100万回生きたねこ」をトリビュートした複数の作家による短編集。
江國香織、岩瀬成子、くどうなおこ、井上荒野、角田光代、町田康、今江祥智、
唯野未歩子、山田詠美、綿矢りさ、川上弘美、広瀬弦、谷川俊太郎といった面々で
短編もしくは詩が書かれている。

児童作家の岩瀬成子さん、そしてやはり角田光代さんの短編が素晴らしく
また導入の江國香織さんの短編も無難な出来だったので
ついつい全部読んでしまったが
今思えば、山田詠美、川上弘美あたりの作品は
全く嗜好に合わなかったので
全部読まなくてもよかったかなとも思っている。

こうしてトリビュート作品を連続して読むと
それなりに佐野作品への理解は深まっていくのだから
は不思議である。
嗜好と異なる作品のほうが多いというのに。

まあ、期待通り、それ以上でもそれ以下でもないアンソロジーだった。

222korou:2015/09/04(金) 16:40:27
三秋縋「君が電話をかけていた場所」(メディアワークス文庫)を一気に読了。

三秋縋の最新作で、今月下旬発売予定の「僕が電話をかけていた場所」との二部作である。
相変わらず文章が面白い。
いや個人的には、もう大満足で最高な気分で
もう読書中のこの幸福な気分が終わってしまったのかと思うと
しばらく他の本を見ても興味が全然湧かないという困った状態になっている。
今、そんな気分にさせてくれるのは
東野圭吾と三秋縋くらいではないか(知名度では雲泥の差があるが・・・)

またしても、不思議な設定で、不思議な登場人物である。
しかし、その不可思議さが作品世界に絶妙のインパクトを与えていて
読んでいくうちに違和感など消え去って
世界を構成する重要な部分として欠かせない要素にまでなっていくので
不可思議さでもなんでもなくなってくるのである。
しかし、純粋に考えれば、その不可思議さが
作品を他のどんなストーリー、設定とも違った個性的で魅力的なものにさせているのであり
見事な「フィクション」という他ない。

細部の表現も相変わらず個性的で素晴らしい。
登場人物の造型の面では、ますます進化を遂げている。
続編が待ち遠しい。
こんな読書ならいくらでもしたい。
自分の残りわずかな視力は
こういうことに使うために残してあったのだと思ったりする。

223korou:2015/09/09(水) 14:49:26
夏目漱石「道草」(ほるぷ出版)を読了。

大活字本で漱石の自伝的小説を読んだ。
実に渋いというか
多分、若い人などには何が面白いのかわからないだろうと思われる
地味な内容の小説だった。

複雑な経緯のある家庭に生まれた主人公が
性格が合わない妻との、それこそ全然噛み合わない日常生活を送りながら
落ちぶれた養父からの無心をいかに断ろうかと日々悩み続け
やっと手切れ金のようなもので始末をつけた、というだけの小説だ。
漱石らしい深い心理描写は見事だが
そういうものに興味も関心もない読者には
何の愉しみも与えない作品になっている。

とにかく、同じような場面が延々と続き
フィクションを読んでいると了解していても
実に面倒くさい話の連続なので
なかなか勢いよく読み進めることができない。
今回も、かつての「明暗」の読書の二の舞になるかと思われたが
なんとか夏休み当初から9月上旬にかけて耐えに耐えて
ついに読み通すことができた。

とはいうものの(文句ばかり並び立ててみたものの)
さすがは漱石という読後感は残る。
何が凄いのか一言では言い表せないが
近代の日本人なら、この小説に否定的感想を出しようがないはずである。

224korou:2015/09/17(木) 20:11:07
久坂部羊「無痛」(幻冬舎文庫)を読了。

この作家の作品は初読だったが
一気読みであっという間に読み終えた。
医療という専門的な分野を正確に精密に記述しながら
これだけの多くの出来事を鮮やかに描き分けていく筆力は凄い。
エンタテインメントとして申し分ない出来だった。
東野圭吾のミステリーを読んでいるような充実感があった。

欠点がないでもなく
途中グロすぎる描写がしつこいくらい続くところや
あまりに多くの問題を盛りすぎて、いくらか消化不良になってしまった点や
細かい部分でもっと説得力ある理由づけをしてほしかったなど。
ただし、そういう部分も、読んでいる途中には
あまり気にならなかったので
エンタとしては問題ないだろう。

刑法第39条など、それぞれの論点を突っ込んで考えるとなると
読後少しずつ判明してくるそういった一つ一つの瑕疵が
結構気になってくるのも事実。
自分は、あまり気にしないタイプだが
人によっては気になるかもしれない。
グロい表現とともに、この小説が万人向けされない理由だが
ある種の読書人たちには、無条件で推薦できる圧倒的なエンタ名作だと思った。

225korou:2015/09/24(木) 12:54:59
東野圭吾「ゲームの名は誘拐」(光文社文庫)を読了。

出だしは軽いノリが目立ち、やや感興をそぐが
途中から、いつもの「やめるにやめられない状態」に陥ることに。
本当に一気読み必至のミステリーだった。

出だしの軽いノリは不要だっただろう。
主人公は緻密な計算が得意な冷静で理性的な男性なので
むしろ、とっかえひっかえ交際相手の女性を変えていくような設定は
おかしいとも言える。
もっと息の詰まるような難しい性格のほうが
小説全体の骨格を大きくしたに違いない。

対照的に誘拐の対象となった女性、というか少女の描写は
これ以上ないくらい効果的だった。
「女性の描写はできない」と宣言した作者とは思えない巧い使い方で
このたくらみの多い作品を一層ふくらます効果を生んだ。

よく読めば欠点もあるのだが
そういうことよりも
一気読みさせる見事な筆力のほうに気持ちが支配される。
さすがは東野圭吾と、またしても思わされた。
そして、映像化されたのもむべなるかな。
映像化への意欲を十二分にそそってくる快心作だろう。

226korou:2015/09/29(火) 13:21:13
小手鞠るい「あんずの木の下で」(原書房)を読了。

小学生向けに書かれた”体の不自由な子どもたちの太平洋戦争”の本。
子ども向けなので、ノンフィクションとはいえ、文章はシンプルで素朴。
真実をえぐり出していく迫力などとは無縁で
いかにもオーソドックスに戦争を憎み
さらに、その原因として「心」の問題を取り上げ
身近な話題である「いじめ」との関連で
読む者の気持ちを情緒的に高めていく仕掛けになっている(あとがき)。

最初は、珍しいエピソード満載なので
とてもいい本に巡り合えた感触だったが
次第に、単純な論理構成、情緒先行型の平和主義の羅列に閉口することとなった。
そうなると、ノンフィクションとしての誠実さの問題も出てくる。
この史実(肢体不自由児の疎開)を小学生向けに易しく記述すること自体
無謀ではなかったか?
これは、大人向けにしっかりと書かれなければならない複雑で難しいテーマだっただろう。

良い着眼点だけに、惜しいアプローチだった。
残念な佳作である。

227korou:2015/09/30(水) 13:17:52
三秋縋「僕が電話をかけていた場所」(メディアワークス文庫)を読了。

前作「君が電話をかけていた場所」の続きで
特段設定が違うわけではなく、純粋に話の続きになっていた。
読後の印象は、もともとそのままでも不思議な話を(いわゆるファンタジー系)
より複雑に、よりニュアンスを濃くして
再編集したようなストーリー、構成だということ。
それでいて、読んでいて止まらない魅力というのが
登場人物それぞれの考え、行動、会話などが
納得のできるもので
なおかつ文体に独特のリズム、傾向、感性があることが大きい。

今回は、2部作ということで
今までになく複雑なストーリー展開になっていたが
それが、作者あとがきでいう「正しい夏」への憧れによるものである
ということもよく分かる。
青春、恋愛、友情、高校生の日常といったものが
惜しげもなく描写され
もうそんなものとは無縁な50代の男性の心にもストレートに突き刺さってくる。

現役高校生は、こういう小説をどう受け止めるのだろうか。
少なくとも、自分は夢中で読み、十二分に堪能し
登場人物たちを100%愛することができた。
彼らと別れなければならない最終ページが恨めしかった。

228korou:2015/10/14(水) 13:59:44
つんく♂「だから、生きる」(新潮社)を読了。

平易で読みやすい文章なので一気読みできた。
内容は、声帯を摘出するに至ったガン治療の経緯を中心に
これまでの生き様をふりかえる章も含めて
著者の家族愛、人生観がにじみ出るものだった。
意外なほどの直球の文章で、そのストレート一本の姿勢が
好感度の高いものに思えた。

かつての人気図書だった「LOVE論」とは違って
ここで語られているのは自分と家族のことだけであり
他者への批評の部分は皆無に近い。
だから、芸能界関係の記述はすべて「仕事」で片づけられており
その方面の情報を期待してはいけない本である。
そしてそういう本にしようと決めた著者の選択は正しい。

誰にでもオススメできる好著になっている。
タレント本のなかでも上質な部類に属するだろう。

229korou:2015/10/17(土) 17:25:46
秋吉理香子「聖母」(双葉社)を読了。

「ラスト20ページ、世界は一変する」という帯に惹かれて一気読み。
読後の感想はというと、イヤミスではないかという疑い。
ちょっとした動機で幼児を2人も殺した人間が
ラストで暖かく描かれるのだから
読後の印象が良いわけがない。
全体に、悪人がそのまま悪人として類型化され
その結果、その悪人が殺される過程が
類型化された殺人に簡易化されてしまっている。
机上の操作で、殺人という重大な行為は
単なる因果応報の一つのピースとして軽々しく扱われていることに
この作品の決定的な軽さが感じられる。
まして、幼児がこの程度の動機で殺されなければならない理由は
現実社会の倫理では絶対にあり得てはならないのである。

しかし、その一方で、ドラマの細部は巧みに描かれている。
土壇場で明らかになる真相も
それ自体は見事なものだと評価されておかしくない。
人間も人形ではなく生身としてちゃんと描かれていて
それぞれの心理描写にもソツがなく、違和感もない。

ただ犯罪そのものについての扱い方が
反社会的で、全く倫理がなっていないだけの話である。

こういう小説をどう評価すればいいのだろうか?
面白いのは間違いない。
でも、決定的なところで大きく間違っている小説。
あってはならない物語。
分からない。困る。こういうのは本当に困る、学校司書としては。

230korou:2015/10/19(月) 17:02:33
中原尚志・麻衣「キミの目が覚めたなら 8年越しの花嫁」(主婦の友社)を一気に読了。

岡山で実際にあった感動的な話である。
結婚式直前で花嫁が意識不明になって
そこから8年も待ち続けたという信じがたいような話だが
本当の話ということで、これは信じるほかない。
最初の1年半ほどが完全植物人間状態で
本当に辛かっただろうと思う。
あとは、少々の希望が出始めたわけで
それも本当ならかなり厳しい日々のはずだが
それまでにもっと厳しい日々が続いていたのが大きくて
少しのことでも喜びが見出せる気持ちになっていたのだろう。
そういう心の動きが、ノンフィクションということでリアルに伝わってきて
読んでいて素直に感動できる本だった。

文章は飾らず凝らず、まさにストレートに感情を表現し得ていて
そのまま伝わってくるものがあった。

文句なしオススメ。
万人にオススメできる良書である。

231korou:2015/10/21(水) 22:48:31
村山俊夫「インスタントラーメンが海を渡った日」(河出書房新社)を一気に読了。

日本で明星食品の奥井清澄氏が
独自の哲学でインスタントラーメンの世界において地位を築き上げていた昭和30年代。
その頃、韓国では、保険業などで成功していた全仲潤(チョンジュンユン)氏が
ある日偶然に知った自国民の貧しい食生活に心を痛め
食品業界への転身を図り、国民の食生活向上のための策を練っていた。
そこへ、戦前からの面倒な事情を抱えた日韓交渉が絡み
全仲潤氏の行動は八方塞がりになっていくのだが
その苦境を奥井氏が救ったという感動のノンフィクションである。

時代設定が、日本が高度成長時代突入期で
かたや韓国はあまり知られていない貧しい時代なので
読んでいて懐かしくもあり、また隣国の実情を改めて深く知る機会にもなった。
小説じみた書き方なので、時として、本当はどうなのかと思うこともあったが
大筋はこの叙述で間違いないのだろう。

まさに人が人を知る時代であった。
いまや、奥井氏のような懐の深い実業家は稀だろう。
国際的視野のある人、発想が素晴らしい人というのは少なからず存在しているだろうが
これほど人が人を認めて、計算抜きの交渉に応じるという「美談」は
21世紀の日韓関係において、あり得ない話になってしまった。

でも、過去にそういうことが可能だったのだから
今現在不可能に見えても、今後あり得ないとは断言はできないだろう。
そんな勇気をもらえる感動の書である。
これも万人にオススメの本だ。

232korou:2015/10/29(木) 12:54:37
三島由紀夫「命売ります」(ちくま文庫)を読了。

何とも言えぬ読書体験だった。
あの三島が、心底大衆小説として書き切ったその作家としての在り方、割り切り方に
改めて感嘆させられたのだが
作品そのものも、適切な安っぽさが何ともいえず
その分だけラクに読み進められるのも有難いことだし
最後のどんでん返しというか、着地点が巧妙にキマっているのも憎いばかりだ。
ストーリーの裏返しという以上に
作品そのもののどんでん返しという意味合いも感じられる、というアマゾン書評での指摘は
なかなか鋭い。

さらに深読みするファンのために
決してエンタのためのエンタではないのだよと嘯く三島の表情が見てとれるようだ。
まさに、この作品の2年後に彼は本当に「命を売った」のだから。
売り先が誰なのかは分からないまま、彼は本当に命を惜しむことなく割腹自殺した。
そんな未来の出来事を知っている現代の読者なら
この作品をいくらでも深読みすることが可能だ。

この作品をピックアップして文庫化を実現したちくま文庫担当者の決断は
賞賛に値する。
「金閣寺」「仮面の告白」「潮騒」「憂国」「豊饒の海」だけではない三島の姿が
2015年になって大々的に現れ、評価されることになった。
優れた仕事である。
多くの人に、この仕事の成果を堪能してほしいと願う。

233korou:2015/10/29(木) 17:02:58
村上春樹「職業としての小説家」(スイッチ・パブリッシング)を読了。

これは結構読み切るまで時間を要した。
読みにくいのではなく、他にいろいろな本を並行して読んでいたせいである。
逆に言えば、長い期間のうちには
時として、どこまで読んだか分からなくなることすらあったのだが
それでも、すぐに状況を再確認できて、読み続けることができたほど
明瞭で誠実な文章ばかりだったということだ。
さすがは村上春樹というべきだろう。

どちらかといえば、前半のほうが出来が良い、というかタメになる話のように思えた。
後半は、話が文学のトリヴィアに入り込んでいて
それはそれで面白いのだが、やや間口が狭いというか
ちょっと居心地の悪い狭さのようにも思えた。
やはり、ハルキさんが、自らの世界観を語る大きな話のほうに興味がある。
これはハルキさんには何の関係もない話だが。

確実に言えることは、ハルキファンには必読の書であり
そうでない人には、それほどの価値はない本だということ。
小説もそういう傾向があるが、こういうエッセー風文章となると
いっそうそういうことになってしまう。
これだけの大作家なのに、いつも不思議に思ってしまう。

234korou:2015/11/05(木) 13:38:48
矢部宏治「日本はなぜ『基地』と『原発』を止められないのか」(集英社インターナショナル)を読了。

長い期間かかって読み進めた本である。
読破に1ヶ月以上かかってしまった。
途中で読むのを止めようかとも思ったが
思い直して読破して良かった。
これは、優れた”憲法の本”である。
書名が堅苦し過ぎるのと、装丁が素っ気なさ過ぎるので
随分と損をしている本だと思う。

いわゆる新発見とか、斬新なアイデアなどがあるわけではない。
しかし、これだけ分かりやすく、憲法9条2項を説明した本は初めてである。
しかも、因果関係が明確なので、どう憲法改正に進めばいいのかも自明の理となっている。
日本の有るべき未来像が、これほど明確に示されている本は珍しい。
すべての議論のスタートは、この本から始めるべきればないのか?

何度も繰り返し読みたい本である。
それほど現実は、トリックと虚偽に満ちている。
大抵の人が、訳が分からなくなるのも当然だ。
この本を繰り返し読み直して、正しい認識を持ちたい。
無知はすべての不幸の始まりだと、改めて実感した。
本当に素晴らしい本である。
万人にオススメ・・・どころか、必読の本ではないだろうか。

235korou:2015/11/19(木) 15:06:39
2週間ぶりの書評。
その間、全然読書をしていないわけではないのだが、たまたま完読できた本がなかった。
今日やっと読み終えたのが、奥田英朗「我が家のヒミツ」(集英社)。

実にしっくりとくる、小説としてきちんとした短編集だった。
特に最初の数編は上手く描けていて、最後の部分でほろりとさせられ涙が出るほどだった。
最後の2篇は、やや力不足の感があるが、それでも人物描写はしっかりとしていて
駄作ではない。

奥田英朗作品は、やはり安定している。
大きな期待外れということがない。
角田光代サンほどの綿密な描写ではないのに
同じような密度の濃い人間模様が展開され、思わず惹きこまれる。
そして、最後のオチも過不足なく収まり、読後感も良い。

強いて言えば、同種のテイストの短編を読んでいくうちに
どうしても可もなし不可もなしといった作品にあたってしまうのだが
そのときに、こんな小市民的感覚にどっぷりとハマっていいものかと
自問自答させられるのが、この類の小説にはつきまとう弱点ではある。
もちろん、そういう世界もあり、もっと強烈な世界もありで
人間の感性は、それぞれを把握できるようできているはずのだが。
少なくとも、この小説から感じ取られるような世界には
おのずからの限界もあるようなのである。
それは作品の出来栄えうんぬんとは別の次元の話なのだが。

小説自体としては文句なしの良作。
それ以上でもそれ以下でもないが
普通に考えれば
これ以上の出来ばえの小説を求めるのはかなり難しい話なのではないかと確信する。

236korou:2015/11/25(水) 14:45:04
東野圭吾「人魚の眠る家」(幻冬舎)を一気に読了。

ミステリーではなかった。
がちがちの社会派小説である。
抜群に上手い描写力で、読む者を夢中にさせて
一気に読ませてしまう作品である。
一気読みは、東野作品が他を圧倒する美点であるが
今回は、謎解きの面白さではなく
内容の迫真性からくるものだった。
心臓移植、脳死といった重いテーマなのに
一気に読ませる筆力には
毎度ながら感銘を受けてしまう。

どの登場人物も、人形ではなく血と涙と汗が通う人間だった。
その点だけでも賞賛に値する。
その登場人物たちが、真剣に重いテーマについて悩み抜くのだから
読者も完全に感情移入してしまい、同様に悩み抜く体験をすることになる。
読書は実体験を補うものだが
まさにこういう迫真のフィクションは
得難い体験をしたかのような効果を残してくれる。

どこまで進化するのか?東野圭吾。
ミステリー好きな読者は裏切ったかもしれないが
それ以外でこの作品は読者を裏切ることはないはずだ。

237korou:2015/11/25(水) 14:51:59
池上彰・佐藤優「大世界史」(文春新書)を読了。

この2人による前回の対談集「新・戦争論」が
あまりに淡々とした姿勢で(しかも、この2人はそれほど共感する間柄でないように思え)
でも淡々とは語れないはずの厳しい世界状況を語っている雰囲気に馴染めず
今回も期待薄だったのだが
今回は、やられた!感が強い。
これは熟読必至の名著かもしれない。

持っている知識量の凄さに加えて
分析の根っこにあるものがいわゆる「教養」という形でにじみ出てくるので
もう恐れ入りましたと感服するほかない。
終戦直後の東ドイツの様子とか、核武装をひそかに狙う韓国の本音とか
イスラム世界の重要さなど
この本により知り得たことは数多い。
それだけもタメになる。

さらに、内田樹氏の危うさを指摘する佐藤氏の分析などは
実に興味深い。
孫崎享氏への分析は
同じ外務省出身同士なので微妙なところはあるが。

何度も繰り返し眺めて、感覚を磨きたい書物である。

238korou:2015/11/26(木) 09:33:41
後藤基夫・内田健三・石川真澄「戦後保守政治の軌跡 上」(岩波同時代ライブラリー)を読了。

自分の読書嗜好にストライクでハマる本。
こういう本ばかり読む老後に憧れるわけである(ある程度は今も実現できているが)。

やはり、リアルタイムで取材した新聞記者の生体験に勝るものはない。
古い時代の取材に基づく実感を語る鼎談なので
その時代をフルに体験した後藤・内田両巨頭の弁には説得力があり
気鋭の石川氏ですら若造になってしまう。

吉田・鳩山・石橋・岸と
保守陣営のボスについてのコメントが興味深い。
1980年当時の言及であるが
2015年の現在も意義を失っていない。
戦後政治史を考える上で
これらのコメントは貴重である。

まあ、人間臭い政治家たちの人間臭い営みを
これまた人間臭い政治部記者のボスたちが語るわけだから
面白くないわけがない。
この手のものを好む人にとっては最高の読書となること間違いなく
それ以外の人には好事家の本という位置づけか。

さて下巻を読むことにしよう。
まだまだ至福の時は続く。

239korou:2015/12/03(木) 10:34:54
池上彰「世界から戦争がなくならない本当の理由」(祥伝社)を読了。

長い間、よく分からなかった国際情勢について
そうだったのか!と思わず膝を打つ記述が満載で
本当にこの本を読んで良かったと思う。
カンボジア情勢について
米ソ中及びベトナムの思惑を
これほど簡潔にまとめて分かりやすく書いた文章は
他で見たことがない。
ソマリア情勢もそうだし
コンゴ情勢も然り。
さすがに中東情勢は混迷を極めているので
簡単には記述できないわけだが
これはこれで重要な局面ということで
他にも分かりやすい記述を参照可能なので問題ない。
カンボジア、セルビア・ヘルツェゴビナなどで
このような簡明かつ要領を得た説明を
他の本で読んだことがないので
本当に「読んで良かった」と思わせる本である。

アマゾンの書評では
この本の思想面でのチェックが大半になっている。
どこをどう読めば思想的な問題になるのか
皆、頭がどうにかなっているのではないか。
これは優れた国際情勢解説本である。
それ以上でもそれ以下もでなく、そのジャンルでの最高の本の一つなのだ。

240korou:2015/12/15(火) 21:31:27
澤村伊智「ぼぎわんが来る」(KADOKAWA)を読了。

今年度(第22回)日本ホラー大賞受賞作で
選考委員の評価は高く、アマゾン書評も抜群の高評価とあって
かなり期待度を高くして読み始める。
最初の数ページでかなりの筆力の持ち主と判る。
これなら読み進めれそうと思い、確かにページをめくる手がスムーズに動く。
本当ならバカバカしい、あり得ないナンセンスな話なのに
どこかリアルで、人物造型も確かなのは何故?
確かに、霊媒師が主役になる後半部分は
ある意味ライトノベル風なお気楽さ、雑でキャラに任せた展開と言えなくもないが
そこ以外は、実によく物語が進んでいき
構成としても隙がない。

読後は、思ったより軽い感じ。
とてもホラーを読んだ後とは思えない。
子育てというテーマを扱っているのだが
そのへんも全然後に残らない。

でも、読んでいる間が楽しかったことは事実だし
そういう小説も必要だ。
何よりも、次の作品を読んでみたいと思わせるほどのストーリー展開、着想の良さ、文章力が
最大の魅力である。
そう思わせる新人作家はそうそう出てこないのだから。

241korou:2015/12/17(木) 13:13:22
嶌信彦「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」(角川書店)を読了。

思わず何だろうと思わせる題名に惹かれて読み始めたが
最初の80ページまでは、今一つ著者の視点が明確でなく
一体どういう意図で書かれた本なのか分からないもどかしさがあった。

第三章から、次第に記述が具体的になっていき
それにつれて、ノンフィクションとはいえ
登場してくる人物それぞれに感情移入が深くなっていったので
途中からはしっくりと面白く読めた。

シベリア抑留についてのもう一つの物語、という位置づけになるだろう。
それにしても、リーダーの永田さんという人は
24歳にしてこれほどの思慮と胆力があるとは
本当に恐れ入るばかりである。
昔の日本人には
このような人材が普通に存在していたのだろう。
特別なエリートでもないのに
ここまでの行動、思考ができるとは驚きだ、

シベリア抑留と、(逆説的ではあるが)近年の日本人の劣化について
改めて考えさせられた本である。
歴史好き、ノンフィクション愛好家には絶好の一冊。

242korou:2015/12/30(水) 12:08:04
水木しげる「劇画 近藤勇」(ちくま文庫)を読了。

水木さんが最近亡くなり、かつて愛読した「劇画ヒットラー」を取り寄せ
久しぶりに読んだ。
初めて読んだヒットラーの生涯だっただけに
初読の印象は未だに残っていて
だから、内容は全部覚えているはずと思ったのだが
意外にも忘れていることが多かった。

ということで、予想外にためになったので
続けて「劇画 近藤勇」も読んでみた(こちらは初読)。
550ページはあろうかという長編漫画で
さすがに日本近代の話だけあって、エピソードが細かい。
加えて、どの人物も妖怪チックな面相で
終いには誰が誰だか分からなくなるのが難点だが
やはり名作漫画ならではの説得力に満ちていて
こと新選組の人間関係がどうだったのかということに関していえば
これほど明快で分かりやすい本はないと言える。

ただし、時々、初心者向けの説明が抜けていたり
話の続き方が唐突だったりする部分があるので
歴史マニアでないと、本当の意味では
彼らの行動の歴史的意義は理解しにくい面もあると思われた。
とはいえ、歴史漫画としては傑作の部類に属することは間違いない。

水木さんの住まいの近くに近藤勇の育った場所があったということから
できた作品のようだ。
とりあえず、これで、今年最後の読書記録になりそう。
来年も良い本に出会えますように。

243korou:2016/01/01(金) 15:25:38
古川智映子「小説 土佐堀川 広岡浅子の生涯」(潮文庫)を読了。

今現在NHKで放映中の朝ドラの主人公でもある広岡浅子の伝記小説である。
同じく朝ドラのヒロインだった村岡花子の伝記を読んだときに
この広岡浅子は、途方もない女傑として登場していて
そのときに、いつかしっかりとした伝記でその生涯を確かめたいと思っていたのだが
すぐに朝ドラの主人公になり、関連本も出版されてきたので
そのなかで一番確かそうなこの本を読み始めたという次第。

放送に便乗したノベライズかもと思っていたが
読み始めて、意外としっかりとした叙述だったので安心。
読み終えてみて、あとがきなどを参照すると
これは今から30年近く前に出版された小説だったと知り、納得した。

広岡浅子の生涯については
この小説を一読すれば相当詳しく分かるようになっている。
ただし、この小説は
その生き方に強い関心を抱き、どこかで共鳴する女性の作家によって書かれているので
ギリギリのところで客観性を失っている部分もある。
そこさえ気を付ければ、なかなかよくできた伝記であり、史実に忠実な物語と評価可能だ。

新年そうそう、まずは満足できる読書でスタートできたのはラッキー。

244korou:2016/01/08(金) 12:35:42
宮下奈都「羊と鋼の森」(文藝春秋)を読了。

直木賞候補作として評価も高いので読んでみた。
繊細な感性を持つ主人公が成長していく過程を
丁寧に描いていくところは
「スコーレNo.4」を読んだときと同じ印象だが
残念ながら、今回はスコーレのときほどの感銘を受けなかった。
何よりも、主人公が若い男性であるというのが
文章にいくらかの違和感を与えていると思う。
そして、音楽というとらえどころのない題材が常にあって
音楽をめぐる考察に断然たる確信がないようにとれる部分も多く
その分だけ、作品世界へ没入するのが難しくなっている。

ただし、全体として、
清々しいジュブナイル小説にはなっているので
決して失敗作というレベルではない。
男性のジュブナイルとして、そして音楽についてさほどこだわりがなければ
読後の感動も十分得られる佳作である。
直木賞が取れるかどうかは定かでないが
読んで時間のムダだった、ということはないはずである。

245korou:2016/01/16(土) 17:53:13
神永学「怪盗探偵山猫」(角川文庫)を読了。

TVドラマ化を機に職場で購入。
さっそく読み始めてみると、意外と読みやすいので
神永学はそうだったなと思いだしながら、最後まで読み進めることができた。

もっとも、人物描写、造型は、テキトーである。
山田悠介を少しだけリアルにしただけ、という言い方もできそうだ。
これを警察小説と語ったら物笑いになりそうである。

そういうイージーさ、適当さが致命的でないのは
主要人物である怪盗山猫と、その相棒?になってしまった勝村だけは
そこそこ納得可能な程度に人物造型ができているからである。
そして、読者を飽きさせない程度に進行するストーリーテラーぶりは
神永氏ならではのものだろう。

時間潰し、読書意欲回復などには有効。
ミステリー、文学の味わいなどとは無縁という小説。

246korou:2016/01/18(月) 11:11:50
後藤基夫・内田健三・石川真澄「戦後保守政治の軌跡 下」(岩波同時代ライブラリー)を読了。

上巻に続いての読書。至福の時というべきか。
ただし、扱っている時期が対談時に接近しているせいもあって
まだ完全に過去の出来事としてとらえきれないわけで
その分だけ、生々しい批評は避けられている。
その反面
田中角栄待望論については、
この時代にもあったわけだが(生々しいわけだが)
そのあたりは、後藤・内田両氏のようなベテラン評論家は
否定的なニュアンスで語っているのが興味深い。
両氏は、田中を
古い自民党体質の継承者としてとらえているからで
その点、石川氏のように転換期という見方をしていないのが面白い。
そして、1980年代前半に見られた右方向への転換については
危うい傾向として懸念を表明している。
この時代の右旋回程度で懸念していたら
2016年の今のような、完全に右傾化している政界をみたとき
後藤・内田両氏は何とコメントするのだろうか。
まさに想定外の展開ではないかと推測する。

巻末に、その後の1994年までの政界の動きが
石川氏によってコンパクトにまとめられていて
それもなかなか参考になって面白い。
いずれにせよ、個人的趣味の本とはいえ
楽しい読書だった。

247korou:2016/01/20(水) 20:26:29
雨宮処凛「14歳からの戦争のリアル」(河出書房新社)を読了。

平易な活字組で読みやすく、かつ内容も結構衝撃的だったから
予定外に一気に読んだ。
雨宮さんの独特な政治スタンスを懸念したのだが
読んでみると全然そういう「偏向」は感じなかった。
誠実にインタビュアーとしての仕事をこなし
ただ、インタビューの相手が
ある意味、共通の立場をもっていて
それが最近の敬軽薄なネット右翼にはうざったく映るのだろう。

それにしても、よい人選だ。
信頼できる人が、誠実なインタビュアーに
かけがえのない内容の話をしている様は
それだけで素晴らしい。
この本で、どれだけ貴重な事実を知ったか計り知れない。
ふらふらしている場合ではないと思ったのと同時に
正しい思想の位置を知って、あらためて自分の位置も動かせないようにも思った。
それは、無意識ではなく、意識した上でさらにということなので
それはそれで仕方ないだろう。
いまさら政治的に正しく行動できる能力はないのだから。

というわけで、これからも正しく動ける余地のある
若い人にぜひ読んでよしい本の一つ。

248korou:2016/01/26(火) 11:14:03
中田永一「私は存在が空気」(祥伝社)を読了。

中田永一=乙一というのは知っていたものの
すでに乙一の作風は捨ててしまい、その結果としてのペンネーム中田永一なのか
とずっと思っていた。
今回の作品は、紛れもなく乙一そのもので
まさか中田永一名義でそういうものが読めるとは
思ってもみなかった。

ただし、読者としての自分が変化したのか、
乙一としてのスタンスが保てなくなってしまったのか、
いずれの理由か分からないが
以前ほど無条件で楽しめなかったのも事実だ。
現実にほどよく追加される非現実のバランスが
あまりにも簡単に、ある意味、作者にだけ
都合よく提示されているように思える。
そこさえ切り抜ければ
あとはさすがの展開が待っているのだが
物語の入口の作りが雑に見えるので
どうしてもその後の展開に没頭できない読者としての自分が居る。

何だろう、これは。
時間があれば、かつての乙一作品を読んで確認したいくらいだ。
というわけで、読後の感想は
保留したい。
悪くはない、ことだけは確かなのだが・・・非現実を認めない立場の人を除いては。

249korou:2016/02/03(水) 13:22:05
佐渡島傭平「ぼくらの仮説が世界をつくる」(ダイヤモンド社)を読了。

読み始めてすぐに、これは優れた本だと気付いた。
多少警戒して、キモのように思えた第3章から読み始めたが
結果的にその必要はなかった。
読み進めても、その印象が変わることはなかった。
最後まで、金言の連続で、大いに脳細胞を刺激する本だった。

全般として、著者があまりに優れた人物であるために(そうでないと起業などできない)
単なる能無しサラリーマンである自分にはあてはまらないことも多いが
それでも参考になる考え方は随所に発見できた。
何度も繰り返し読んだほうがいいだろうなあと思うのだが
あと数年で社会人を実質卒業する自分が
そこまでして自己変革努力をするだろうかと疑念を持ち
そこまでに至らない。
もう少し若い時にこのような本に出会えば
きっと購入して手元に置いていただろうと思った。
そこまで思わせる本は久々だった。

学生のときでもいいけれど
社会人になりたてで、まだ人生が固まっていない若い人には
断然オススメである。
早くも、今年読んだ本のなかでNo.1だ、という感じがする。

250korou:2016/02/03(水) 19:01:54
本多圭「ジャニーズ帝国崩壊」(鹿砦社)を読了。

一度10年前くらいに読んでいたのだが
今回のジャニーズ騒動で再読したくなり
先週読み終えて、今感想を書いている。

一度読んでいるとはいえ
内容をかなり忘れているのに気付いた。
当時より一層J-POP全般に関心が高まっていることもあって
興味深く読めた。
中森明菜のくだりは、記憶違いで
別にメリー喜多川が親代わりになっているわけでもなく
流れで面倒をみたという程度なのだろう。
キムタクの独立騒ぎは
かつて読んだときと印象が違っていて
今回は、あの騒動直後に読んだので
なかなか興味深かった。
という具合に、再読の意味は十分あったのである。

今はこういう硬派なライターとか雑誌(噂の真相とか)などが皆無だ。
ジャニーズは好きなようにマスコミを操っているが
残念ながらネットの世界は不得手のようで
それが今回の混乱の一因ともなった。
ネット以前の暴露本として、そういう意味でも貴重な本だと思う。
意外とまともな芸能本で、決して根拠なしのいい加減な本ではないのである。
その意味で、これは古本屋等で見かけたら「買い」だろう(自分も古本屋で買った)

251korou:2016/02/09(火) 21:40:02
一穂ミチ「きょうの日はさようなら」(集英社オレンジ文庫)を読了。

こういう感じの満足感に浸りたかった、ずっと。
「ぼぎわん」も「羊と鋼の森」も「山猫」も「存在が空気」もいいのだけれど
かつて優衣ちゃんとか美波ちゃんなどを愛していた時期に
同じように愛していた感覚の小説を読みたかった。
まさにどストライクでハマった、設定はぶっ飛んでいるけど
そこさえ乗り切れば、
こんなにもの悲しく、切なく、青春していて、美しく儚い物語はない。

少し語り過ぎのような文体で、こんなに分量はなくてもいいのにと思ったりもしたが
途中から物語が予想通りに動き始めると、もう止められない。
一気読みで、最後の外伝のようなエピソードも心から読めた。
読んでいて泣けてくるという類ではなく
読み終わってからじわじわと押し寄せてくるようなストーリーだ。
そして、ある程度世代を選ぶとは思うけれど
多分、今の高校生の心も揺さぶるに違いない。
時代背景というより、設定かな?読者を選ぶキーとなるのは。
そのキーさえ認識できれば、違和感なく認識できれば
一気に別世界へトリップできる。
そんなことは読書でしかできない。

小声でこっそり人に薦めたくなる類の佳品。

252korou:2016/02/10(水) 16:37:16
原田宗典「メメント・モリ」(新潮社)を読了。

まさか、原田宗典の新作が読めるとは思ってもみなかった。
もう過去の作家となって、創作しないのかとさえ思っていたので。

読むまでは不安もあった。
久々の創作で、本人の知らぬ間に文章力がガタ落ちになり
読むに堪えない凡作を読まされるのではないかと。

読んでみてそれは杞憂に終わった。
ただし、これは反則の内容だ。
こういうものは続けては書けない。
次作以降の期待は、これだけでは持てない。
その前提を踏まえれば、これはなかなかの快作、怪作である。
内容としては、自虐に終始し、太宰の小説のようにも読めるが
質感は全然太宰ではなく、例えようもない不思議なタッチで終始する。
話そのものはさすがに面白く書かれ
話そのものの面白さにプラスするところの文章力の面白さも健在だ。
とことん辛い状況なのに、それに輪をかけて辛くなる瞬間の描写などは
不謹慎ながら思わず笑ってしまうほどだ。
こういうのは、原田さんしか書けない。
その意味では、いいものを読んだなという感想になる。

ただし、これは反則だろう。
こういのものは続けて書けないのだから。
自伝の面白さは1回限り。
さあ、この後どうするか、復活した原田サン。

253korou:2016/02/12(金) 16:20:32
高橋みなみ「リーダー論」(講談社AKB48新書)を読了。

読む前から分かっていたことだが
とても20代半ばの女性が書いた本とは思えない。
端々の表現にそれらしさは仄見されるけれども
考えの確かさ、論点の引き出しの多さ、向いている方向の正しさなど
よくこの年齢でこれだけのことを考え抜いたものだと感心する。
いや感心のレベルを超えて感動してしまうのだ。
読んでいてヘンな感涙さえ覚えてしまう。
この人は、これだけ立派に思考して、その上で実際にそれを実行している。
そのことは誰も否定できない。
誰もたかみなの行動の結果について否定できない。
この本は、実行を伴っているので、普通に書かれていても
他の本の10倍は説得力を持っているように思う。

特に、リーダーの条件として挙げた5条件のうち
「ダマをほぐして、チームをつなぐ」の部分は
今まで読んだどんなビジネス本にも書かれていなくて新鮮だった。
個の大事さをこれほどきっちりと指摘したリーダー論というのは
今までどれほど出てきたのだろうか。
たかみなのような著名人が書いたものでは、多分最初ではないか。

ただし読後感はあまり良くない。
完璧すぎて、でもそれを読者は否定できないので、そこが辛いのだ。
たかみなの唯一の欠点、完璧すぎること、それをぼやかせるには若すぎること。
でも、それがどうした、というか、名著には変わりない。

254korou:2016/02/14(日) 22:10:03
本谷有希子「異類婚姻譚」(講談社)を読了。

1冊のなかに中短編が4作入っている本だが
とりあえずは表題作(芥川賞受賞作)しか読んでいない。
まあ、読みかけて断念した本のなかに、かなりのページ数読んでいるのに
読了していないのでここで取り上げていない本も割とあるので
1冊全部読んでなくても、ここに書いてよいことにしておこう。

さてその表題作。
昨今のエンタテインメントしか読んでいない読者は
置いてけぼりになるだろう。
これは梶井基次郎などから倉橋由美子などの作品に連なる純文学の手法で書かれた
いかにも芥川賞受賞作らしい、たくらみに満ちた佳品である。
だんだんと作品世界の狭小さにハマりこんでいき、にっちもさっちもいかなくなる、
そんな感じの小説だ。
作者の独特の感性が、年齢を経て変貌していくということとシンクロしていて
その作品世界の狭さたるや、明らかに読者を選ぶ怪作とも言える。

問題は、これが世間の注目を浴びる著名な文学賞の受賞作でいいのかどうか。
もはや作品の内容とは関係なく、芥川賞はそのあたりを意識しながら選考されなければならないのだが
肝心の選考委員にその認識は皆無のようだ。
素直に評価してその作者の会心作を選ぶということができていないようである。
この作品も、燃焼度は高いが、その火の所在を知るには、純文学の読み手でないといけないはずだ。
そういう困った作品であることも事実である。
ただし、作者の心理に寄り添う読みかたをした場合
感銘深い作品であることも確かである。

255korou:2016/02/21(日) 18:33:36
小保方晴子「あの日」(講談社)を読了。

あまり読む気はしなかったのだが
諸般の事情により読み始め、途中からは一気に読了。

読む前に雑音を耳に入れてしまっており
その雑音によると「某教授を告発することを目的とした本」とのことだったが
一体どういう読みかたをしているのかと笑ってしまう。
浅い読みかただと思う。
読んでいる途中で、佐藤優氏が「絶歌」を引用して情報操作をしている本と批評しているのを知り
これは、そういう読みかたもあるかなと思い、参考にはなった。

基本的に小保方さんという人は
こういう事件に巻き込まれるにはナイーブすぎる人で
人を信じすぎ、警戒しなさすぎにもかかわらず
結果として自分の予測外の出来事に対しては
あまりにも自分の気持ちを維持できない、キツく言えば「心の弱い人」だと思った。
だから、混乱したまま執筆したこの本は
著者の心の迷いのままに書かれていて
一体何を書いているのか不明な箇所が何度も出てきて
その反面、辛い精神状態に陥ったことに関しては、痛いほど伝わってくる文章になっている。
誰かを責めてはいけない、でも自分をここまで追い込んだ人たちは確実に居る、という気持ちが
曖昧な文章を書かせていて
それでいて、STAP細胞が存在することに関してだけは明確に主張している。

混乱した本だから、読むのにリテラシーが必要だ。
それでいて、時期を得た出版だけに、文章の端々に熱がこもっていて
何とも不思議な読後感を得ることになる。

256korou:2016/02/25(木) 09:44:55
星新一「明治・父・アメリカ」(新潮文庫)を読了。

かつて星さんの書いた列伝を読んで大変面白かったので
今回も期待充分に読み始めた。
そして、その期待通り非常に面白く
あっという間に読み終えた。
自分としては、東野圭吾のミステリー、三秋縋のライトノベル、小林信彦のエッセイと並ぶ
読書の4大好物かもしれない(ただし星さんの伝記物は数が少ないので、それが残念)

何といっても、最初のあたりの明治初期の農村風景の叙述が素晴らしい。
このあたりの時代は、文明開化というイメージに操作されやすく
意外と叙述が難しい、間違えやすいのだが
さすがの見事な文章で、その時代の雰囲気を適切に再現している。
これでこそ、星一の父親がどういう人であったかが分かろうというものである。

それから、星一の青春時代の描写に入り
そこまでの明治の雰囲気そのままに、星一の心が読み取れる記述になっている。
すでに明治中期には、明治初期の人たちの志を失っていた人も少なくなかったが
星一は両親の優れた教えと本人の気質のおかげで
明治初期の人たちにひけを取らない進取の気質を維持できていた。
そのあたりが自然に伝わってくるのが、この著作の優れたところである。
そこがいい加減だと、なぜ伊藤博文や後藤新平に初対面から気に入られたのか
さっぱり分からなくなってしまうので。

全体を通して、抜群の天才というわけでもないのだが
とにかく持って生まれたものが最大限に発揮できるようトコトン努力した人という印象が
強く伝わってくる。
優れた伝記文学だと思う。
さすがは星さん。

257korou:2016/02/25(木) 09:50:04
ここらで断念した本を2冊。

高田宏「言葉の海へ」(同時代ライブラリー<岩波>)。
高田氏逝去がきっかけで読み始めたが
だんだんと読むべき本が増えてきて
ついつい読書が途絶えがちになってしまった。
全然面白くないわけでもないのだが
それでも読み続けようという気がおきないのも事実である。
文章との相性が今一つで、もう4か月近く経っても読み終えられないので(100p未満)
ここらで断念。

海野弘「黄金の五○年代アメリカ」(講談社現代新書)。
知的好奇心のみで読み始めたが
分野によっては、この年代に全く興味がない分野もあることを知り(デザインとか)
文章も意外とこなれていないので断念。

どちらも、全面的にダメなわけではないので
機会があればまた挑戦したいと思うのだが
年齢的にも再度読書の機会というのは
なかなかないように思えるのも
悲しいかな、事実だろう。

258korou:2016/03/03(木) 10:00:01
乙一ほか「メアリー・スーを殺して」(朝日新聞出版)を読了。

共著者の名前は、中田永一・山白朝子、越前魔太郎、作品解説は安達寛高だが
全部、乙一の別名義のはずなので
その意味では、乙一久々のユニークな短編集ということになるだろう。
最近の乙一は作品に出来不出来があって
しかも最も精力的に書き続けている中田永一名義のものがあまり面白くない
ということもあり
読む前の期待度はかなり低かった。

最初の作品(「愛すべき猿の日記」)だけ、その低い期待度そのままだった。
しかし、2番目の「山羊座の友人」あたりから俄然面白くなり
「トランシーバー」などは作風の変化も感じられ、しかもそれが予想外に出来が良いので驚かされた。
全体として、これは10数年ぶりの乙一の傑作と評価できる。
素晴らしい短編集である。
やはり、これだけ独自の作品世界を堪能させてくれる作家は、そうそう居ない。
今後も、これだけのものを書き続けられるだろうか、ぜひそうあってほしいと願う。

ご都合主義、ライトノベル風の非現実的なタッチなど
欠点も多いし、その欠点が致命的に感じられる読者も存在するだろう。
しかし、それを補ってあまりある想像力豊かな世界。
読書の喜びをこれほど感じさせてくれる小説は稀有である。

259korou:2016/03/03(木) 14:42:40
東直子「いとの森の家」(ポプラ社)を読了。

今年度の坪田譲治文学賞受賞作。
いかにも児童文学らしい目線が感じられる(と批評できるほど児童文学を読み込んでいるわけでもないが)。
ただし、子供の世界だけなので、劇的な展開は期待できない(もしそんな展開があっても不自然かもしれない)。
読んでいくうちに、そのへんが退屈でもあり
かといって退屈なまま中途で止めてしまうこともなく
何となく気持ち良い描写が定期的に出てくることを助けに
最後まで読み終えたという感じ。

昭和の話なのに、結構平成の今でもストレートに響く言葉で書かれているのは
児童文学ならではの”普遍的な「子供の世界」”の話だからかもしれない。
主人公やその姉妹、親友たちへの感情移入も自然に入っていけて
ほぼその作品世界のリアル感だけで、話は進行しているように思う。
これほど普通で、当たり前で、平凡な日常が連続しても
児童文学としては成立するのだな、と思った。

女性が女の子のことを書いたので
男性目線が不足しているのはマイナスポイントかもしれない。
子供の世界で面白い展開を巻き起こすのは
やはり男の子だろうと思われるので。
ただ、その分、10才前後の女の子の細やかな心の動きが
丁寧に描かれているのも確かで
そのあたりはこの小説の独自の良さではないかと思われた。

260korou:2016/03/18(金) 15:19:00
またまた断念した本

○吉田たかよし「受験うつ」(光文社新書)
面白い内容で、現職場の蔵書にふさわしいのだが
やや単調な記述でもあり、一度読書が止まるとなかなか再開しにくい面もある。
他の時期なら、それでもがんばって読むのだが
年度替わりのこの時期に、がんばるのは辛いのでパス。
半分ほどは読んだのだが・・・

○村田沙耶香「消滅世界」(河出書房新社)
興味深いSF仕立ての小説で
家族の在り方をセックスレスで突き詰めた形が
斬新で印象深かったが
そういう設定に入り込むには心のエネルギーが必要で
今はそこまでのエネルギーがないことから断念。
要チェックの作家ではあるのだが・・・

261korou:2016/03/22(火) 08:40:05
またまだ断念した本
○鹿子裕文「へろへろ」(ナナロク社)
面白い発想の老人介護関係本なのだが
あまりにも特別な人間ばかり登場するので
自分とは無縁な話という印象が次第に強くなり
それでも他の時期なら我慢して読み続けるのだが
この時期それも無理ということで断念。
介護は身近な関心事なので
あまり絵空事ばかり読んでも居られない。
こんな凄い人たちのことをいくら知っても
自分には関係ないと思ってしまうのだ。

262korou:2016/04/03(日) 11:21:50
久々の書評。年度替わりは妙に読書スピードが落ちるが、何故?

磯田道史「無私の日本人」(文春文庫)を読了。
穀田屋十三郎、中根東里、太田垣蓮月という一般的には著名でない人物3名の列伝。
最初の伝記は、やや長めで(それでも200ページ未満)、
話の落としどころもミエミエということもあって
正直ダレ気味な部分もあったのだが
後の2つは長さも適切で、一気読み可能な名品だった。
著者あとがきを読むと、最初の穀田屋の話には思い入れが深いようなので
その分必要以上に力が入ってしまったのかもしれない。
でも、全部を読み終わると、その思いの深さがむしろ好ましく伝わってきて
全体として、とても良い本に出会ったなという感が強いのである。
アマゾンでの高評価も頷ける。

その一方で、これはかつての日本人の高潔な志の物語であって
しかも、それは日本人固有のものというより
江戸時代という特殊な環境のなかで育まれた特殊な志ではないのかという
疑念も深まる(それは著者が思い入れを熱弁し、それを解説の藤原正彦氏が力説すればするほど)。
むしろ、そういう思い入れを抜きに純粋に歴史小説として読んだほうがいいのかも
という疑念が深まる。
優れた作品だけに、読者としての受け止め方に
そういう微妙なニュアンスにも敏感にさせられるのである。

その意味では
日本、日本人をどう捉えるかというところまで
思考が深まる作品だとも言える。
途中で思考を停止したその瞬間、
この本について正確に語ることは不可能になるわけだ。
読後直後の感想としては、ここまでが精一杯。

263korou:2016/04/03(日) 16:55:37
断念した本。

ジェフ・ベゾス「果てなき野望」(日経BP社)。
1月頃から延々と読むことを試みていたが、半分ほど(200pほど)読んで断念。
もっと薄い本でこの人を知りたいと思うようになり
落ち着いて読めなくなってしまった。
文章は可もなし不可もなしといった程度。
内容そのものは比較的興味のある分野なのだが(アマゾン誕生史)。

桐野夏生「OUT」(講談社文庫)。
桐野さんの新作が評判がいいので
代表作をちらちらっと読んでみた。
描写はリアルだが、長編小説らしい仕掛けを直感して
今のこの時期にはムリと判断。
新作が面白かったら、秋の終わりごろにまた読み始めてもいいのだが。

264korou:2016/04/12(火) 20:39:28
杉井光「ブックマートの金狼」(KADOKAWA・ノベルゼロ)を読了。

出だしの文章のスピード感が気に入って読み始める。
設定としては、元裏社会の有名人で、今は地味な書店の店長ということなので
もう少し書店業界の裏話とかが出てくるかな、と楽しみにしていたのだが
それは最初のほうだけで、途中からはもう裏社会時代の続きのような話ばかり。
しかし、スピード感は最後まで持続して、ページをめくる手が止まらなかった。
杉井さんはやはり巧いと思った。

どこを切り取っても100%娯楽小説である。
そういうものを、あの手この手で解説しようとしても始まらない。
あー、楽しかった!でいいだろう。

というわけで、読書のスピードが落ちたときには断然オススメ。
以上!

265korou:2016/04/19(火) 22:14:12
伊坂幸太郎「サブマリン」(講談社)を読了。

「チルドレン」の続作ということになるが
前作の内容をすっかり忘れていたとしても大丈夫なくらい独立した作品だ。
陣内さんという、やや誇張されたキャラを狂言回しのように使って
家裁調査官のありふれた日常を描き切っているのだが
これは実作経験のある自分としては
意外と簡単な仕掛けと言わざるを得ない。
伊坂幸太郎がこの仕掛けで失敗するわけがない。
逆に、伊坂幸太郎でも、その仕掛け以上のものを創るのは難しい。
その意味で、実に読みやすくスムーズなのだが
それ以上の意味づけはなかったと言える小説だ。

唯一、ローランド・カークのくだりは
妙に印象深い。
思わずyoutubeとかGoogleで調べてしまったほど。
これだけはこの小説を読む功徳だろう。

伊坂ノベルとしては安定感抜群。
でも、このスタンスからはこれ以上のものは望み得ないし
かといって読者は最上レベルばかり読みたがるというわけでもないので
これはこれでいい。

267korou:2016/04/24(日) 17:22:39
岡長平「続・ぼっこう横町」(岡山日日新聞社)の後半を読了。

この本は、前半が「岡山のいちばん長い日」で岡山空襲前後のことを書いてあり
後半が「岡山戦後史」と題して、終戦から昭和30年までの岡山周辺での出来事が
記してあり、今回は、その後半だけを読み通した。
後半だけとはいえ、完全に独立した1篇であり
272ページとボリュームもそこそこあるので
一応、読了扱いとして、ここに記録することにした。

前半の空襲時期の記載は、内容が内容だけに岡長平節が聞けないが
後半は特に遠慮するものはないので、期待通りの自由自在ぶりで
読んでいて懐かしかった。
まだ、これを未読だったのは幸せだった。
「生きて帰ってきた男」(岩波新書)に通じる、本当の庶民目線の戦後史であり
どんなに精巧な史実の組立を読んだとしても
なお、ここに書かれているような率直な感情を湧き起こす庶民の真実を
知ることはできないだろう。
専門家のあいだで微妙な扱いを受けるであろうこの書きっぷり、独特の記述は
読書人がおおいに推奨していかなければならない類のものである。
多分そうではないかと思っていたこととか
本当はそうだったのかな?と思わせるような記述がてんこもりだった。
本当の意味で知識を蓄えた感じがする。

268korou:2016/05/04(水) 20:44:41
北川恵海「ヒーローズ(株)」(メディアワークス文庫)を読了。

前作「ちょっと今から仕事やめてくる」が意外な感じの快作だったので
今回も書店に平積みの売れ筋になっていることもあり
かなり期待度大で読み始めた。
だが・・・

完全にライトノベル化していた。
それも劣化の方向で、確信犯のようにクオリティを下げていた。
この方向にいくと、もはや小説ではなくなるというレベルまで下がっていた。
あとがきを読むと、著者としてはある程度「楽しさ」「メッセージのまっすぐさ」を
意識して強調しているようだが
ハッキリ言って才能の浪費だと思う。
会話とか地の文の気の利いた表現が、これでは全く生きてこない。
この方向へ行ってしまったら、その分野では
もうすでに多くの仕事が成し遂げられているのでオリジナリティはないし
せっかくそれ以上のものが書けるのに勿体ないではないか。
編集者共々再考してほしいところだ。

ストーリーはご都合主義、不自然な心理展開、キャラの不統一感など
欠点だらけである(唯一、人気女性タレントの描写だけ秀逸)。
次作で修正を期待したい。才能はある人なのだから。

269korou:2016/05/05(木) 21:09:21
朝井リョウ「ままならないから私とあなた」(文藝春秋)を読了。

中編が2つの最新作。
昨年途中から新しい試みに突入する予定だった著者が
理由不明ながらその試みを断念していて
その断念直後に書かれた2作だけに
興味津々で読み進めた。
文体は相変わらず読みにくいが、それでも以前より文章の流れに特徴が出てきて
その分だけ、リズムにさえ乗れば読み進めることができるようになった。
また、取り上げる話題が、ますますピンポイントされ
ほぼ単一の話題を狭く深く追究する作風になってきている。
その結果、読後感は極めて息苦しく
小説を読む愉しさからはますます遠のいていっているように思われるが
そういう愉しさを抜きにすれば、それほど空疎でない何かが感じられるので
なかなか厄介である。
これほど評価の難しい小説も珍しい。
否定的に書くのは容易だが、それで片付けることはできない確実な質感。
でも、肯定的に論ずれば、どちらかというと文明批評のようになってしまい
文芸のそれではなくなってしまう。
はて、一体どう批評すればいいのだろう、これは。
私には回答保留の小説となった。

270korou:2016/05/22(日) 19:58:40
秋吉理香子「自殺予定日」(東京創元社)を読了。

改めて思ったことは
これほどスラスラと抵抗なく読める小説は稀有ということ。
その意味で、秋吉理香子は
今や、湊かなえを超えているかもしれない。

ただし、小説の出来としては
なかなか微妙なところだ。
すでにこの作家は
下手な直木賞作家よりも
はるかにストーリーテラーとしての才能を持っていて
それでいて、きっちりと「黒い」トーンを刻める作家なので
要求する水準は高いのだが
その水準で言えば、やや失敗作に近い。
この設定で、ハッピーエンドにしてしまっては
あまりに惜しいと言わざるを得ない。
まるで「君の膵臓をたべたい」のような青春小説になってしまっている。
それはそれでハイレベルな筆力で描き切れているので
全然駄作でなく、むしろ傑作の部類なのだが
この作家に期待するものは今や現役作家最高のレベルなので
期待度が高いばっかりに、読後感はそうなってしまうのである。

まあ、人物は描けているし
伏線も回収されているし
若干設定の甘さはあるものの(女子高校生が無人のときに家の中を探しまくったのに
実際に住んでいる人がそれに全く気がつかないなんてあり得ないし。そういうのが数多い)
何となくそういう甘さなんてどうでもよくなる不思議な魔力を持っている。
とりあえず秋吉理香子の才能はまだ枯れていない、でも、まだまだ書けるはず
といった結論になる。

271korou:2016/05/26(木) 13:06:49
住野よる「また、同じ夢を見ていた」(双葉社)を読了。

一度読みかけて、やや活字が小さ目で読みにくいのと
主人公の女の子の一人語りのような独特の文体に馴染めず断念していた。

でも気になって再度挑戦。
途中までは奇妙な味の淡々とした小説という印象ばかりだったが
落ち着いた感じの女の子に、そうも言ってはおられない事件が起こったあたりから
それまでの設定、文体、テーマといったもろもろの要素が
一気に何かを目指すかのように求心力を見せて、何かわからないけど凄い力を獲得し
そこからは涙なくしては読めなかった。
最近では珍しいほどの感動の読書だった。
「星の王子さま」の素晴らしさを意外なタイミングで初めて知ったときのことを
思い出した。
「千と千尋」を連想させる、というコメントを書いている人も居たが、それも納得。

まず言葉が美しい。こういう美しさには、なかなか出会えない。
それから、登場人物の輪郭が際立っていて、印象深い。
全体にファンタジックで、儚い夢のようで、物語を読む愉しさに満ちている。
いい本に出会った、という喜びが大きい。
誰にでも薦められる感じではないけれど、それでいて、誰にでも薦めたい、そんな本である。

272korou:2016/06/01(水) 16:48:03
中室牧子「『学力』の経済学」(ディスカヴァートゥエンティワン)を読了。

明確な”エビデンス”を求めようとせず、あいまいな根拠で何もかも決まっていく
今の教育界の現状に警鐘を鳴らす本である。
米国では、教育に関する実験手法が確立されていて
すでに教育政策にそれを生かす方向が有力になってきている。
この本では
それらの実験成果についておもなものの概要を紹介し
その結果明らかになってくる知見について分析を加えている。
なかなか、ありそうで今までまるでなかったと思われる教育関係本だと思われる。
ビジネス書大賞2016準大賞受賞作だけのことはある鮮烈な内容だ。

あとは、教育界に根強く信じられている”普遍化されない個の尊重”を
どう扱うかだろう。
いかにエビデンスを固めてきても、実際の教育の現場で全くそう思われていないのであれば
その政策は支持されず、担当者の心理面から崩れていく可能性はある。
経済学における最近のトレンドである「合理的に行動しない人間」の問題だ。
もっとも、そのことは、この本が拠って立つ立場と関係があるわけではなく
別問題として把握されるべき話だが。

教員の質の問題を取り上げて、ボーナス増額は効果ないが
先に与えたボーナスを後で減額する手法は効果がある、という実験結果には苦笑させられる。
実際、そんな政策は取りようもないが、心理的には分かるような気がする。

エビデンスの階層の話など、興味深い話が多く載っている本である。
教育に少しでも関心がある人には、断然オススメできる本だと思う。

273korou:2016/06/01(水) 17:03:07
星新一「人民は弱し 官吏は強し」(新潮文庫)を読了。

「明治・父・アメリカ」の続編のような位置になる。
失うものは何もなく、前途洋々たる感じだった前作に比べ
この本での星一は、当初から有力な製薬会社のトップとして
すでに名声、地位を不動のものにしていたのだが
そこから、次第に影が差しこみ
選挙で落選して以降、急激に官憲からの圧力を受けて
ついに事業撤退にまで追い込まれるという
なかなか読んでいて辛くなるような話になっている。
この本の後半は
いくらなんでもこれほど無茶な話はあるまいと思えるほど
露骨な星潰しの話ばかりで
これについては、本当のところ、逆の立場からの記述も知りたいところだ。
さすがに、いくら星新一氏といえども、肉親の欠点を赤裸々に書くことはできなかったはずだから。

それから、興味深いのは、晩年の後藤新平の力のなさである。
後藤に関しては、意気揚々たる時代の記述はあまたあるものの
加藤高明内閣成立後のあたりから第一線を退いているようで
その頃の様子が今一つ分かりにくかったのだが
この本のとおりならば、全く政治家としての力を失っていたということになる。
あとがきの鶴見祐輔の文章ともども、これも侘しい偉人の晩年の様子として
貴重な史実描写だと思った。

世間ではこっちのほうが評価が高いが
どうも身内からの視点が強すぎて、むしろ前作のほうが
読んでいて心地よく、かつ江戸末期から明治時代の世相も感じられて
読んでいて面白かった。
まあ、どちらにせよ、星新一のノンフィクションは面白いことに変わりはない。

274korou:2016/06/02(木) 22:26:22
大橋鎭子「『暮しの手帖』とわたし」(暮しの手帖社)を読了。

連続テレビ小説「とと姉ちゃん」の関連本。
ヒロインのモデルである大橋鎭子女史が
生前にまとめた自伝であり
同時に、この本の後半はそのまま「暮しの手帖」という雑誌について
創設期の様子を描いた貴重な記録となっている。

文章は平明でひねりはなく、物足りない感じもするが
キャリアウーマン、ハンサムウーマンとして活躍した女性としては
これは当然の文体であり、気性がそのまま出ている文体とも言える。
随所に昭和の人物模様が垣間見える記述があり
そのあたりは個人的に楽しかったが
後半になると、雑誌で好評だった企画の紹介ばかりになって
やや退屈してしまうのも否めない。
また雑誌が雑誌であろうとしてそれが普通に許された牧歌的な時代でもあるので
その意味でも、今読むと、ただひたすら羨ましいというか
いい時代だったんだなという思いも深くする。

まあ、普通にすらすら読める好著。
ただし、昭和史に興味のない人には面白く読めるのかどうか分からない。
多分ダメだろうな。

275korou:2016/06/03(金) 16:36:21
水野敬也「神様に一番近い動物」(文響社)を読了。

この本を読み通そうという気は全くないまま、ちょっとだけ読んでおこうと読み始めたら
意外と面白くスラスラと読め、結局そのまま全部読了した。
なかなか珍しい読書体験だった。

寓話形式の短編集で、かつ人生訓が込められているとなると
あまり読む気がしないはずなのだが
この作品は、例外のように読みやすく、かつ教訓臭もしつこくない。
「スパイダー刑事」のように思わずニンマリするようなユーモア物があると思えば
表題作「神様に一番近い動物」のように最後で泣かせる話もあり
多彩で飽きさせないストーリーテラーぶりには感心させられた。

不思議なのは、実にざっくりというか、悪く言えば雑な文章ともいえるので
表面的な描写とか、感情、心理が描き切れていないとか
そういう不満が出てきて当然なのに
全くそういう印象が出てこないという点である。
寓話というスタイルのせいなのだろうか。
なかなか簡単なようで奥の深いことのようにも思える。

これこそ万人向けの本だろう。
誰にでも安心してオススメできる、

276korou:2016/06/05(日) 20:35:43
レオン・レイソン「シンドラーに救われた少年」(河出書房新社)を読了。

今年度の読書感想文課題図書で、とりあえず目を通しておこうと思ったら
そのまま全部読了してしまった。
テーマは重いが、その凄まじい体験をした当の本人である著者の感性が素晴らしく
リアルで強い印象を残すので、思わず全部読まされてしまう迫力を持っている。

アウシュヴィッツ、ホロコーストについて
全く初めて読むわけではないのだが
これほど真に迫った描写は初めてといってよい。
少し前に「夜と霧」を読んで、かなりのショックを受けたが
これはまた別物の感動を覚えてしまう作品だ。

優れた本にふさわしく、随所に印象的な言葉がちりばめられている。
ここでそのいくつかを引用したいのだが
自分の記憶力の悪さがそれを許さない。
読んでいる間は、そういう言葉の厳しさ、おごそかさが
気を引き締め、読書の緊張感を高めてくれた。

課題図書としてはピカイチと言ってよいだろう。
「白磁の人」以来の感激だったし
「白磁の人」以上の感動だった。
こういう本こそ後世まで読まれるべき本である。

277korou:2016/06/12(日) 10:40:35
(まんがで読破)「精神分析入門 夢判断」(イースト・プレス)を読了。

まんがで読破シリーズにもいろいろあって
まんが中心の軽い読み物でしかないものがある一方で
文字がきっしりと詰められていて、まんがでありながら読み通すのに骨が折れる類のものまであり
幅広い。
これは断然後者に属し
フロイトの人生のあらまし(ユンクとの訣別まで書かれている)と
精神分析という手法に至る過程が、かなり詳しく描かれている。
生き様とか周囲の状況まで含めて、フロイトを理解しようとするならば
これ以上適切な入門書はないと言えるだろう。

(まんがで読破を読み通しても
 このスレッドで取り上げることは原則としてないわけだが
 これはまさに入門書として適切なので
 あえてここに記すことにした)

278korou:2016/06/28(火) 10:14:56
山田宗樹「代体」(角川書店)を読了。

「百年法」が印象深かったので、同じような題材と知って
興味深く読み始めた。
「百年法」ほど話がストレートではなく
読めば読むほど話が複雑になっていくのには困ったが
全くついていけないというほどでもなく
途中からは、ほぼイメージだけで読み進めていった。

読破中にいろいろと雑用も入って
丸一日空けただけで話が分からなくなり
読んだはずのページを読み返す作業が多くなったのには閉口したが
その割には読後感はスッキリしている。
やはり話というか、アイデアそのものが面白いので
読後の印象は「百年法」に近いものを感じた。

とはいえ、細かいキズはかなりあって
途中まで魅力的なヒロインだった女性捜査官が
後半にはほとんど描写がなくなったのは不自然だし
クライマックスでの話の収め方も
ハッキリ言えば安易に過ぎるだろう。

総体として、こういうのを好きな人には無条件にオススメできるが
好まない人にはなかなかその良さを伝えにくいので
やはり「百年法」とまではいかないかも、という評価かな。
でも面白かったです。

279korou:2016/07/07(木) 14:45:42
岡本茂樹「反省させると犯罪者になります」(新潮新書)を読了。

何気なく手に取った本だが
アマゾンなどでの書評も好評なのが頷ける好著だった。
一貫して「反省させること」の安易さを指摘し続け
その代わりに、本当の解決策を考えていくというスタンスなので
著者の主張は明快だ。

いろいろな場面が思い浮かんでくる。
自分自身の心の爆発、身近な他者の爆発、まさに学校での生徒の爆発。
それぞれ自分が了解している事実を踏まえて考えると
たしかに著者の主張に共感できるところは多い。
実際に問題生徒を学校で担当したり、
刑務所での更生プログラムを支援する立場であるだけに
説得力がある。

ただし、遊びの少ない本で、極めてまじめで、主張の反復も多い。
読んでいて疲れる本であることも確かである。
でも、読後に無駄な疲労が残ることもないので
これはこれで仕方ない。
まじめな本にならざるを得ない面もあるわけだし。


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