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おもらし千夜一夜4

1名無しさんのおもらし:2014/03/10(月) 00:57:23
前スレ
おもらし千夜一夜3
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771事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。4:2020/12/31(木) 20:53:48
「ライバル! 雛さん達が! 何か凄そうです!
……って言うか従妹なんですかっ!?」

ライバルだったのかはよくわからないけど
私としてはその話は掘り下げてほしくないのだけど。

「まぁ、そんな詰まんない話じゃなくて……そうだ、弥生ってまだトイレ近かったりするの?」

従妹の話までバッサリ切り捨てた雛乃の態度に少し安心する。
だけど、そういう話題になるのか……弥生ちゃんには悪いけど、反応が楽しみではある。

「っ!? (な、な、なんでそんな話になるんですかっ! 今の流れは絶対二人の話になる流れでしたっ!)」

小声で真っ赤になって雛乃に詰め寄る弥生ちゃん――……可愛い。

「(高校でも失敗とかしちゃってたりして?)」
「(し、してませんっ!)」
「(本当かな?)」
「(ほほ、ほんとですっ!)」
「(ほんとにほん――)」「(ほんとにほんとですっ!)」

二人のやり取りから、仲が良かったことが窺い知れる。
弥生ちゃん自身、本当に恥ずかしそうにしているけど、萎縮せずにこんなに全力で相手をするのは限られた人だけだと思う。

「(そう、じゃあさ、綾菜、“高校生にもなっておもらしする子とか友達になれないわぁー”って言ってあげて)」

「なっ…え、うぅ……」

弥生ちゃんが真っ赤に染まった顔を歪めて、私に視線を向ける。
これは「言わないでください」と言う視線なのか「話を合わせて言ってください」と言う視線なのか判断できない。

「(うそうそ、わかってるから、おもらししてるの)」
「(ひ、ひどいっ!)」

私が話に入る隙も無く、恥ずかしいやり取りが続いていく。
……。

「でも、そっかー今でもかー……綾菜は何回失敗しちゃったの見た?」
「なっ(や、止めてくださいっ!)」

私はどう反応していいか分からず黙って視線を逸らす。
だけど、私がしたその反応は、一回は見たと言っているようなもので――

「っ! 綾菜見たんだっ! 私は見れてないのにっ! ずるいぞ!」
「ずるくないですっ!」

「ごほんっ」

厨房への入り口付近から聞こえる咳払い。
私たちは視線を向けると、少し呆れた表情の斎さんがこちらを見ていた。
客入りが落ち着いているとはいえ、流石に声量を落とさない私語は良くなかった。

斎さんは私たちの視線に気が付くとそのまま厨房の方に戻っていく。
私自身は積極的に話に参加していたわけじゃないけど……きっと斎さんから見れば同罪なのだろう。

772事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。5:2020/12/31(木) 20:54:23
「(と、とりあえず……雛さんが知ってる私より、今のがずっと良くなってますから……)」

昔はどれくらい酷かったのか……ちょっと聞いてみたいが
口を衝いただけで実際のところそれほど変わっていないのかもしれない。

「(そう、そこまで言うならテストだぞっ!)」
「(っ!? て、テストって……まさか……?)」

――……テスト?

唐突に出たその単語は、普通なら使わない場面のはず。
だけど、弥生ちゃんには思い当たる節があるらしい。
そして私も話の流れからすれば、どういう目的のテストなのかは理解はできる。

――……昔より我慢できることを証明するためのテスト?

……。

「(前回のタイムは43分だったよね?)」
「(な…、な、なんで覚えてるんですか……)」

弥生ちゃんは今まで以上に顔を赤くして、視線を下げて……。

――……43分? それって――まさか、そういう事? いやでも――

雪姉は飲み始めから2時間が我慢できる限界の境界線くらいらしい。
それで大体一リットルを超えるくらいだとか『声』で言っていた。
43分は短すぎる気もするけど、弥生ちゃんは非常にトイレが近い。
500mlの我慢は弥生ちゃんには辛いはずの量のように思う。弥生ちゃんの言うことを信じるなら、昔はなおさら容量が小さかったはず……。
やっぱり、43分という時間は……飲み始めから我慢できなくなるまでの時間……。

――……いやいや、なんで知ってんの? 前回のタイムって何? 計ったの?

理解すればするほど混乱する。
経緯は知らない……だけど雛乃は弥生ちゃんにテストと称してトイレを我慢をさせたことがある、そういう推測に行きついてしまう。

「(……な、何の話してるの?)」

そういう推測をしつつも信じられず私は二人に問う。

「(それはね――)」「(ちょ、ちょっとまっ――)」「(弥生ちゃんがトイレを我慢できる時か――むぐっ!?)」

雛乃の口が言葉で止まらないのを弥生ちゃんは察し、慌てて手で口を押さえに行ったが……ほぼ聞こえてしまった。
湯気が出て来そうなほど真っ赤で、目も若干涙目で――……可哀想だけど可愛い。
対して口を押えられた雛乃の方は、満足気な表情で笑っている。
そして、雛乃は弥生ちゃんの手をタップして外させる。

「さて、注文――の前に、二人ともお仕事の担当は何時までなの?」

「……私も弥生ちゃんも10時までだけど……」

ショート寸前の真っ赤な弥生ちゃんに代わって、私が質問に答える。
雛乃は右手を顎に当てて、少しの間を開けてから再度口を開く。

「――なら、とりあえず10時半くらいにでも中庭に集合ってことで」

そう言い終えると、すぐにコーヒーを注文して私を厨房の方へ向かうように言う。
厨房でコーヒーを貰い、それをテーブルに持って行くと雛乃はコーヒーを持って立ち上がり、他も見て回りたいと言って教室を出ていく。

結局集合場所を告げてから、私は碌に会話を出来なかった。
弥生ちゃんは、少し抗議の声――――恐らくテストとやらについてだと思う――――を上げていたみたいだけど。

「(はぁ…テスト……あう――)」

抗議は失敗に終わったらしく、弥生ちゃんは時折独り言をぶつぶつと言いながら、給仕をして……。
弥生ちゃんには悪いけど、私はテストとか言うのに興味津々で。
ただ一点、雛乃と一緒という事だけは少し居心地が悪いのだが……。

――……でも、まぁ…基本的には悪い人じゃないし、尊敬できるとこもあったけど……それでも色々あって苦手、なんだよね……。

773事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。6:2020/12/31(木) 20:55:19
――
 ――

10時半。
私は中庭に向かうことにする。

……。

「……はぁ」

心の中だけで留めておこうと思っていた溜め息。
思いも寄らなかった再会、過去の自身の失敗を話すことへの羞恥心、それと一応安堵も。
椛さんからの連絡で保健室に来てみれば予想外の事――いや、予想はある程度できていたはずなのに、それでも混乱してる私がいる。

――……今日は妙な再会が多いなぁ……。
……でも、これから弥生ちゃんのテストとやらがあるわけで……ちゃんと切り替えて楽しまないと。

相当恥ずかしそうにしていた弥生ちゃん。
だけど、そのテストと言うのは失敗まで追い込むようなものではないように感じた。
雛乃自身「見れてないのに」と言っていた以上、そう言うことになる。
それに、もし前回のテストでそこまで追い込んでしまったのなら、今回弥生ちゃんはなんとしても断ったはず。

――……断りつつも、結局受けちゃったのは、弥生ちゃんの自己主張が弱いって言うのもあるかもだけど
たぶん……成長したことを認めて欲しいから――雛乃に……。

「……はぁ」

私は再度嘆息する。
自覚できるくらいには嫉妬してる。

「あ、綾菜! 遅いぞっ」

中庭に向かう渡り廊下で、弥生ちゃんと雛乃に出会う。
定刻通りではあるが、私は一応小さく「ごめん」と返す。

「え、えっと……人、多いですけど、どこで……」

弥生ちゃんが不安そうに声を絞り出す。

「そだねー、見て回った感じ三階の音楽室辺りとかどうかな?
開放されてる割に誰もいなかったし、廊下の人通りも多くない、なによりトイレもそれなりに近いぞ」

見て回りたいと雛乃が言っていたのは、どうやらテスト会場を見繕うためだったらしい。
ふと、雛乃の視線がこちらに向いているのに気が付く。
弥生ちゃんの質問に雛乃が答えた形だけど、どうも私の意見も求めている様子。

「……まぁ…悪くないと思うよ」

悪くないというか、きっとベストな選択だろうと思う。

私たちは保健室近くの階段を登り――――保健室から二人が出てこないかハラハラしたが――――三階を目指す。
いつも隣にいてくれる弥生ちゃんは一歩前で雛乃と話している。

……本当にこの二人は仲が良い。

774事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。7:2020/12/31(木) 20:56:21
「それじゃ、一応先にトイレにいっといれー」

「っ……そう、ですね、……あぁ、普通に文化祭を楽しみたかったのに……」

意気消沈気味にトイレへ向かう弥生ちゃん……。ちょっと不憫。
そんな弥生ちゃんを見送っていると、また雛乃から視線を感じる。

「はぁ……なに?」

私は聞こえるように嘆息して尋ねる。
そんな私を無視して雛乃は音楽室への扉に手を掛ける。

「嫉妬してるでしょ? バレバレだぞ?」

――っ……。

音楽室に入ると雛乃は近くの椅子に背もたれを前に向けて座り、悪戯っ子みたいな顔を私に向ける。
私は一応無表情と無言で誤魔化す。

「可愛いよね、弥生……まぁ、ちょっと優しくしただけですぐに懐いちゃうちょろい子だし、色々心配だけどねぇー」

事実なのかもしれないが友達をちょろいと言われてちょっとイライラする。
……いや、保護者みたいなことを言ってることが気に食わないのかもしれない。

「今のその一見不愛想な感じの綾菜ですら、手籠めに出来ちゃうんだから」

「……ちょ、手籠めじゃなくて手駒に、いや手玉に――いやいや、全部違うけどっ」

そんな私を見て雛乃は笑う。
本当に言い間違いなのか、それこそ私を手玉に取って遊んでいるのか……。
とりあえず私も適当な椅子を見つけてそこに座る。

――っと……そういえば、ちょっとトイレ行きたかったんだよね……。

不意に感じる尿意。
昨日の事もあるし、今日は『声』を優先するつもりではなかったが
流石にこの後の弥生ちゃんがするテストの事を考えれば、トイレに行くというのは勿体ない。
なので、少し前から僅かに感じた尿意をそのままにしている。

――……まぁ、昨日、我慢しすぎたんだから気を付けとかないと……。

限界まで我慢した後はちょっと過敏になってる事が多い。
流石に二日続けての失敗なんてことは、御免被りたい。

<ガラガラ>「あっ、ただいま戻りました……」

弥生ちゃんが音楽室の扉を開けて覗き込み、私たちがいることを確認すると安堵の表情を浮かべて入室してくる。
何も言わずに音楽室に入ったせいで、ちょっと不安にさせてしまったのかもしれない。

「雛さん達は何かお話していたんですか?」

私たちがどういう話をしていたのかが気になるのか、あるいは、私たちの微妙な関係が気になるのか。

「そだねー、従妹でライバルで友達だったし、色々盛り上がったぞー」

――……どこが盛り上がったのか、ついでに言えば友達だったことなんてのもない。
……だからと言って嫌いだったということではないけど。

775事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。8:2020/12/31(木) 20:57:45
「えー、どんな話をして――」「さぁ、テストの時間だ! グダグダに流されないぞ」

楽しく話している途中で割り込まれ、テストという現実を目の当たりにして精神的ダメージを追う弥生ちゃん。
弥生ちゃんは適当な椅子に座って、少し赤らめた不安そうな顔で私を見た後、雛乃へ視線を向ける。

「それじゃ、何分我慢する?」
「え? わ、私が決めるんですか?」
「そうだよ、あの頃の弥生とは違うってところをまずは時間設定って言う覚悟で示してよ。
目標というより、この時間が最低ラインみたいな?」

弥生ちゃんは10秒ほど悩んで口を開く。

「よ、よん…じゅう……八分くら――」「五分しか伸びてないぞ! 刻むくらいなら50分にしちゃえば?」

かなり自信のなさそうな表情で悩んでから、小さく首を縦に振る。

「うぅ…でも何で……雛さんまで一緒なんですか?」

此処での「雛さん」とは私の事だろう。そしてそれは今更ながら当然の不満であり、私にとってちょっとショックな言葉。
答え方によっては出て行く必要があるかもしれない。

「その“雛さん”ってのが紛らわしいので、罰としてオールド雛さんとニュー雛さんにあられもない姿を晒してもらおうかと思って」
「えぇ、だ、駄目なんですか?」
「超駄目、友達に同じあだ名とか超・絶・変! 私が過去の親友みたいだし、綾菜も代替品みたいで絶許ってさっき言ってたよ」
「……言ってない、捏造だから」

――……絶許って声に出すような言葉だっけ?
でもまぁ……許さないって程ではないが、雛乃が言ったことは強ち間違っちゃいない。

「うぅ……これはテストでありながら、罰でもあるってことですか……」

恥ずかしそうにしながら上目遣いで私と雛乃を見て、渋々納得してくれる。
――……というか、納得しちゃうんだ……。

「あ、でも、雛さんは雛さんですし、雛さんも雛さんなので今更変えたくないです」
「雛さんだらけでわけわかんないぞ」

雛乃は少し大きめに嘆息してから、自分の手の平を2回叩く。

「とりあえず始めよっか! えっと、お茶作ってきたから――っと」

雛乃は鞄の中から水筒と取り出し、弥生ちゃんの前に置く。
容量的には1リットルくらいと思われる。

「一気に飲むの辛いだろうから、15分掛けて全部飲んでくれればいいからね。
ただし、ルールがそれだけだとズル出来ちゃうから時間のカウントは三杯目を飲んだ時点から始めるぞ」

「(うぅ、なるほど……最初の三杯はさっさと飲んで、残りはギリギリに飲んじゃうのがいいのかな?)」

雛乃の説明に、弥生ちゃんは独り言のように呟くと、小さく深呼吸してから水筒の蓋にお茶を注ぎ入れる。
そしてそれを口につけようとして弥生ちゃんは動きを止めて雛乃を見る。

776事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。9:2020/12/31(木) 20:58:27
「これ、変わった香りしません? 何茶なんですか?」

「あぁ、それはトウモロコシのひげから作ったお茶だぞ、流石に自家製ってわけじゃないけど」

――っ!

「へー、そんなお茶もあるんですね……よし、飲みます」

弥生ちゃんは不思議そうにお茶を眺めてから、一杯二杯と続けて飲み干す。
あの様子だと、トウモロコシのひげ茶に利尿作用があることは知らないらしい。
私は視線だけを雛乃へ向けるとこちらにウィンクしてきて――……まぁ、当然わざとだと思ってたけど。

だけど、利尿作用とは言うが飲みすぎた場合は結局大きな変化にはならない。
水と比較してほんの数分、我慢できる時間が短くなるかもしれない程度のもの……もちろんそのほんの数分が命取りになる可能性もあるのだけど。

そうしている間に、三杯目――――一杯150mlくらいだと思うから450ml程飲んだ計算――――を弥生ちゃんは飲み終える。
そのタイミングで雛乃が携帯を取り出し、恐らくアプリで時間の計測を「はい、スタート!」の声と共に始める。

……。

スタートしたからと言って、すぐにどうこうなるわけじゃない。
結果、眺めるだけの微妙に気まずい空気。

「あー、えっと、30分くらいは平気だろうし、とりあえずその辺り見て回ろっか?」

雛乃のも同じ空気を感じて思うところがあったらしく、文化祭を見て回ることを提案する。
ちゃんとイベント事を楽しめるとても健全な提案。

「っ! ほ、本当ですか? やった、嬉しいです!!」

弥生ちゃんは立ち上がり、私たちが驚くくらいテンションを上げて両手で小さくガッツポーズをする。

「折角、雛さんたちがいる文化祭なのに、わけわかんないテストで時間を浪費するとか最悪ですもんね!」

「あ、うん、なんかごめんね」

テンションが上がったところに出た本音。やはり相当嫌々だったらしい。
それと、私たちと文化祭を見て回ること……きっとすごく楽しみにしていたのだと思うと、雛乃も私も反省しなくちゃいけない気がする。
そうして音楽室を出て適当に散策する。

「あーっ、お化け屋敷です! 入りましょう!」

視聴覚室を利用したお化け屋敷。
昨日星野さんと来たときは結局中まで入ることはなかった。

「や、弥生はお化けとか平気……なんだっけ?」

「お化けはダメですよ、でもお化け屋敷ってお化けいませんし、怖くないじゃないですか?」

「……そうだね、作り物だし、驚いて騒いで雰囲気を楽しむものだし」

「えぇ…何なのこのふたり……」

雛乃は私たちの言葉に不満げな声をだし、お化け屋敷手前で足を止める。
そういえば、数年前に正月に泊まりに行ったとき、電気を消して寝れないらしいことを言っていた気がする。
怖いとかじゃない、落ち着かないだけとか言っていた覚えがあるけど……。

……。

「……雛乃、電気消して寝れないくらい怖がりだもんね」

「ちょっ! そ、それは違うって言ったぞ!」
「それじゃ入りましょう!」

弥生ちゃんが知ってか知らずかアシストして、雛乃の背中を押す。

「いやー! これお化け屋敷ハラスメントだぞ!」
「そんなハラスメント聞いたことありません♪」

そんな二人に私は一歩遅れてついていく。
微笑ましい……だけど、やっぱり少し妬けてしまう。

777事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。10:2020/12/31(木) 20:59:25
――
 ――

「……なんで途中から私が真ん中で、両手の自由が奪われたの?」
「やっぱりお化け屋敷ですし、こう、誰かに摑まるのって醍醐味だと思うんです!」
「や、弥生がめっちゃ押してくるから、綾菜を盾にしてただけで怖かったんじゃないぞ!」

意外な弥生ちゃんの一面。完成度が高いわけではなかったが稚拙というほどでもなかったお化け屋敷を一切怖がりもせず全力で楽しんでいた。
小道具やセットなんかにも興味を示していたりと余裕たっぷりだった。
一方、雛乃のほうはびっくりするほどの怖がり。痛いくらいに腕をつかまれて跡が残りそう……だけど、不覚にもちょっとかわいいと思ってしまった。

「うぅ、弥生、もうすぐ15分だから全部飲み切るんだぞ……」

「あ、そうでした……そうだったんでした」

ズーンという文字が弥生ちゃんの周りに見えるくらい露骨に落胆する弥生ちゃん。
いつもより過剰に見せるリアクション――……無意識なんだろうけど、それだけ雛乃との時間を楽しんでいるってことだよね。

……。

弥生ちゃんと雛乃がいつから仲が良かったのか正確にはわからない。
だけど、雛乃は友達を作ることに関して妥協しない性格だったことから
比較的与し易いであろう弥生ちゃんを後回しにしてたとは考えにくいので、私よりも付き合いは長く深いと思う。
同学年なら出会う人すべてを友達にしようと目論み、ヒエラルキーの頂点を目指す……少なくとも小学生時代はそんな子だったから。

――……あれ? なんで雛乃は弥生ちゃんに会いに来たんだろう? 雛乃なら中学時代の友達よりも、今の友達を優先しそうなものなんだけど……。

友達を作ることは手段であり、目的はヒエラルキーの頂点のはず。
まぁ、仲が良かったわけではないのだから、雛乃の事を深く理解してるわけじゃない。
喉を鳴らして急いでトウモロコシのひげ茶を飲む弥生ちゃんを雛乃は楽しそうに見ている。
雛乃にとって、弥生ちゃんはその他大勢の友達とは違う特別なのかもしれない。

「はぁ、の、飲みました。間に合ってましたか?」

「大丈夫、今14分過ぎたとこだぞ」

どうにかトウモロコシのひげ茶を飲み切る。
弥生ちゃんは小さく嘆息してから私たち二人に視線を向ける。

「ま、まだ大丈夫なので、もう少し見て回りたいです」

少し顔を赤くして弥生ちゃんは言う。
「まだ大丈夫」と言われると既に尿意を感じているような気もするが『声』は聞こえないし、飲み始めて15分では早すぎる気がする。
この先、飲んだ水分に追い詰められることが容易に想像出来てしまったから出た言葉――ということなのだろう。
そして、その姿を私たちに見られることを意識して、顔を赤くして――凄く可愛い。

――……見て回るところか……弥生ちゃん自身特に案があるわけじゃないのかな? それなら、えっと――

……。

「……そういえば、二年生のどこかのクラスでバルーンアートを展示してるとこがあって、二日目は体験もできるって聞いたよ」

「っ! いいですね! 楽しそうです!」

何かを作ったり、芸術的なことを好む弥生ちゃんならそう言ってくれると思っていた。
私たちはさっそく、教室棟の二階へ向かう。

「(いやー綾菜は鬼だねぇ、体験とかしてる途中に催して困るやつだぞ?)」

道中、雛乃が近くまで来て小声で耳打ちする。
意図して言ったわけじゃない。弥生ちゃんが好きそうなものを選んだに過ぎない。
……だけど、言葉にする直前にはそういうことが起きるであろうことは頭をよぎった。
それでも口にするのを止めなかったのは、確かに打算が働いたから……。
弥生ちゃんには辛い試練となるとわかっていて提案、雛乃が言う鬼という指摘は概ね正しいのだと思う。

「(やっぱり綾菜って我慢してる子とか好きなの?)」

無言でやり過ごそうとすると、さらに無視し辛い内容で揺さぶってくる。
きっと確証があって言ってるわけじゃない。

778事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。11:2020/12/31(木) 21:00:15
「何を二人で話してるんですか?」

前を歩く弥生ちゃんが私たちの内緒話に気が付き振り向く。
内容が内容だけに、本当のことは言えないし、適当に誤魔化すと雛乃が引っかき回してきそうだし。

「かわいいよ弥生、かわいいよ、って話」
「え!? い、意味不明です!」

満更でもない様子を見せた後、慌てた様子で前を見て歩みを進める。

「(ちょろいよね)」
「(……今のは私もちょっと思っちゃったけど、口にはしないで)」

そしてバルーンアートをしてる教室に辿り着く。
三人で中を覗くと体験スペースと思われるところに空きがあった。

「……ほら、弥生ちゃん一つ空いてるから、私は展示とか弥生ちゃんの見てるし、雛乃もそんな感じでしょ?」
「うん、そんな感じー」

私たちの言葉に弥生ちゃんは若干人見知りの表情を発動しつつ、恐る恐る席に着く。
祭りでのかたぬきの時のように次第に興味を示す表情に変わっていくのを確認してから私は展示されてるものに目を向ける。

『ん…嘘、もうなの? ……このタイミングで来ちゃったよ……』

――っ!

弥生ちゃんの『声』。
展示物を見ながらさりげなく視線を弥生ちゃんに向けるが、まだ感じ始めたばかりの尿意、見た目には特に変化はない。

「(飲み始めてから25分経過か、そろそろ行きたくなってても不思議じゃないかな?)」

いつの間にか隣に来ていた雛乃が展示物に視線を向けながら小声で呟く。

「(……何、前回のテストの経験則?)」

「(ま、そんなとこー)」

ちょっと羨ましい。
今日こうして再度こういう事が出来たことから空気を悪くすることなく実施できたのだと思う。

私は呆れるように嘆息して、展示物に視線を移す。
そんな雛乃もしばらく私と並んで展示物を見る。

『ふぅ……うぅ、やっぱり早い…コーヒーの飲み比べしてた時みたいな感覚……』

急激に増してくる尿意に不安を感じている。
私は展示を見るのをやめて弥生ちゃんの隣でバルーンアート体験の様子を見る。

「……どう? 作り方教わった?」

「あっ、はい、風船の膨らまし方と簡単な動物を一つ教えてもらいました」

弥生ちゃんは一瞬私が来たことに驚いたがすぐに先輩の人と作ったキリンっぽいバルーンアートを嬉しそうに見せてくれる。
飲み始めてから30分ほど経つが、まだ強い尿意を感じているわけじゃない。
あと20分で目標の50分だと考えると割と余裕を持ってテストを終了できそうな気がするけど……。

「もう一つ、何か作ってみますね」『ふー、大丈夫、もう一つ作ったら音楽室戻ろうって言おう……』

弥生ちゃんはそう言うと、風船を膨らましながら机の上に置かれた小冊子を見る。
私としてはまだ余裕のある内に、音楽室へ戻ったほうが良いと思って声を掛けたのだけど
弥生ちゃん本人がもう一つと言ったのだから、無理強いはしない。

779事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。12:2020/12/31(木) 21:02:21
「(どう、可愛かった?)」

「(……なにその質問)」

弥生ちゃんが離れるとよくわからない雛乃の質問が私に投げかけられる。
私はそれに呆れたようにして答える。――……まぁ、当然可愛かったけど。
雛乃の視線が弥生ちゃんのほうへ向いたので、私もその視線を追うようにして弥生ちゃんを見る。

『うー、早く作らないと……身体が揺れちゃう……』

そう『声』にした弥生ちゃんの足は小さく揺れていて、尿意を無視できなくなってきているのがわかる。

「(ふむふむ、仕草にちょっと出てきたぞ、隠してるつもりであれなら前回より早いかもね)」

尿意の感じ始め、初期尿意からそれほど時間が経ったわけじゃない。
だけど、すでに仕草に表れる程度には切羽詰まってきてる。
それなりに我慢できる人の場合、容量的に尿意を感じてすぐに限界になるわけじゃないが
弥生ちゃんのように余り我慢できない人は比較的短い時間で急激に尿意が強くなる。
雪姉やまゆ、あと星野さんなんかは多分想像できないくらい。私でさえ、尿意を感じてから30分で限界なんて飲み過ぎていたとしても普段じゃありえない。
当然、限界まで我慢した翌日とかならあり得る話――――今日がまさにそうなんだけど――――ではあるけど、あの急に来る切迫感とはきっと違う気がする。

「っと、出来ました!」

弥生ちゃんがそう言いながら胴の長い何かのバルーンアート持ちながらこちらに視線を向ける。
そんな弥生ちゃんに二人で近づくと私に胴の長い何かの方を私に手渡す。
私はそれを反射的に受け取りお礼を言うが――……なんだろう、イタチとかフェレット?

「えっと、オコジョのつもりです」

弥生ちゃんは私の態度を見て何の動物か説明してくれた。
言われてみれば確かに白の風船だし、胴が長いし。
銀髪の私を意識して作ってくれたのかもしれない。

「それとこっちは……初めに作ったキリンです、イメージ的にネズミが良かったんですが難しそうだったので」
「私のイメージネズミなの!? なんかショック! あ、もしかして夢の国的なネズミ? まぁ、でも弥生の吐息入りだし嬉しいぞ」
「なんか嬉しいの要素が変質者的で怖いです、あとリアルネズミです」

雛乃の気持ち悪い冗談を弥生ちゃんは辛辣に返す。
だけど、その後弥生ちゃんは少し落ち着かない様子で短い沈黙を作る。当然理由はわかってる。

「あ、あの……そろそろ…戻りたい、です」『お手洗い……というか、言葉濁したけど、我慢できなくなってきたって言ってるようなものなんじゃ……』

弥生ちゃんは顔を赤くして座っている椅子でもじもじと身体を動かす。
そろそろ仕草を抑えるのは難しくなってきている。――……とても可愛い。

「まだ36分くらいだぞ? (もう、トイレ辛くなってきた?)」

雛乃が耳元に近づき、私にもギリギリ届く程度の声で弥生ちゃんに意地悪な質問を投げかける。
弥生ちゃんは一層顔を赤くして仕草を隠すためなのか身体の揺れを止める。

「い、いえ……だけど――」
「だったら、もうひとつ、弥生ちゃん自身のバルーンアートも作ろうよ?」

弥生ちゃんの否定に、恐らくわざと雛乃が言葉を挟み、更に意地悪な事を言い出す。

「……」『あと一つ? こんな勢いでしたくなってるのに……』

弥生ちゃんは雛乃の言ったことを真剣に考えて……。
まともに付き合う必要なんてないのに。

「……とりあえず、音楽室戻ろう。大丈夫だとは思うけど音楽室が誰かに取られていたら別の空き教室探さないとだし、バルーンアートなら後でも出来るし。
それに、空き教室が見つからないなんてことになって、最悪テスト中止っていうのは雛乃も望んでないでしょ?」

そう私が言うと弥生ちゃんは縦に首を振る。
雛乃もそこまで食い下がるつもりはなかったらしく、あっさり私の意見に同意する。

780事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。13:2020/12/31(木) 21:03:23
私たちは教室を出て音楽室へ向かう。

『はぁ…んっ……もう結構したい、50分までは絶対我慢しないといけないのに……』

『声』の大きさからみて7、8割くらい。
歩く見た目はそれほど変化がないように見えるが、ほかの生徒もいる中だし平静を装っているのだと思う。
沢山抱えて、平静を装って――だけどこれから向かう先はトイレじゃない。
音楽室、そこで私たちに見られながらの我慢が10分ほど続く。
弥生ちゃんにとっては恥ずかしい時間、私にとっては弥生ちゃんがとっても可愛い時間。

『やー、やっぱり我慢してる弥生は可愛いなぁー』

――っ!

隣の歩く雛乃から『声』が聞こえてくる。
視線だけ気が付かれないように向けると、斜め前を歩く弥生ちゃんを楽しそうに眺めていて――……自分で言うのもあれだけど椿家の血筋、変態多すぎない?
とりあえず雛乃は、揶揄うためにこういう行動をしたと言うより、我慢姿を見るためにしたと考えてよさそう――……両方って可能性もあるか……。

『ふぅ、ようやく音楽室……しっかり我慢して、はぁ…ちゃんとお手洗いに行かなきゃ……』

弥生ちゃんは一応ノックをして、返事がないのを確認してから音楽室の扉を開けた。
雛乃が弥生ちゃんに続いて音楽室に入り、最後に私が入り扉を閉める。

――……ついに、弥生ちゃん鑑賞会……今更だけど、何してるだろ私。

二人は少し前に来た時と同じ席に座り、私もそれに同調する。

「んっ……はぁ……」『これ、結構……厳しい? っ……』
「……」
「……」

「うぅ、な、なにか……喋ってください! む、無言で見られるのは、……んっ、流石に、耐えられません!」

――……うん、私もなんか気まずかった。

「えーこちら現場、只今41分が経過しました、前回記録43分の記録まで僅かなところまで来ていますが弥生選手は苦しい表情です」

雛乃は立ち上がり、エアマイクを携え実況しながら弥生ちゃんの周りをぐるぐると歩き出す――……ほんと楽しんでるな……。

「そ、そういうのもっ……んっやめ……はぁ、はぁ……」『だめ、本当にだめ、まだ41分、50分って自分で言ったのに……』

ほんの数分の間に弥生ちゃんは本当に切迫した尿意に襲われている。
大量に飲んだ水分が弥生ちゃんの小さな下腹部に今も流し込まれ、膨らましている。

「本当に辛そうだね、昔より今のがずっと我慢できるようになったって言ってたのになぁ。
まぁ一応あと80秒くらいで前回記録は更新だぞ、50分まではまだ遠いけどね」

雛乃はそう言って弥生ちゃんを覗き込む。

「っ……やめっ…、んっ……はぁ、ふうっ……っ」『な、なんでこんなに……やぁ、ほ、ほんとにこのままじゃ……』

今までは足がもじもじ落ち着かない、身体を無意味に揺らす程度の仕草に抑えていたが
次第に手を太腿と椅子の間に挟んだり、脹脛や太腿を無意味に摩ったり……
私たちの視線があるからなのか、まだ押さえはしないものの、その手は落ち着きがなくなってきている。

「っと43分、前回記録は越えたよ、あとは目標の50分までだぞ、がんばえー」『かわいいー』

雛乃は数歩下がりながら時間を確認して声を出した。
そしてその声を合図に弥生ちゃんは立ち上がる。
涙目で、スカートの前の生地を握りしめ、熱の籠った息遣いで――……可愛いけど、もう本当に限界…大丈夫なの?
見てるこっちがハラハラ、ドキドキする……。

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz75424.jpg

「んっ…ぁ、あ、あのっ――」『ダメ、これ以上は、っ、もう限界、我慢できないっ』

弥生ちゃんは顔を上げて、真っ赤な顔を私たちに向ける。

781事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。14:2020/12/31(木) 21:04:36
「ご、ごめんなさい、もうっ……お、お手洗いにっ…あぁ、っ……」『無理、も、もう限界……50分なんて……』

本当に限界。今行かないと間に合わなくなる恐れがあるくらいに。
それは『声』の大きさから十分に伝わってくる。

「全く、何言ってるの? 今行ったら前回とほぼほぼ変わらない結果、つまりほぼほぼ成長してないってことだぞ?」

素直に言えば当然行かせてもらえるものと思っていた弥生ちゃんは驚いた様子で、でもすぐに成長していないという言葉に視線を下げる。
成長したところを見せるために、嫌だけど仕方がなくテストに付き合ったのに、結果がこれでは当然情けなく悔しい。
だけど、その気持ちだけで我慢できるものでもなく、すぐに涙を溜めた目で雛乃へ視線を向ける。

「っ、でも……もうほんとにっ…んっだめ、なんです……」『いや、失敗だけは……二人の前じゃ…おもらしなんてできない……』

おもらしが現実味を帯び始め、情けなさや悔しさを棚に上げる。
もう本当に猶予がない。我慢できるできないじゃなく、おもらしの心配を始めてるのだから。

「とりあえず座りなよ、落ち着かないだろうけど、立ってるほうが我慢って難しいらしいから」

雛乃が諭すように言う。言ってることは確かにその通りだと私も思う。
だけど、弥生ちゃんが立ち上がったのはきっと落ち着かないからではなく、トイレに行かなくちゃいけないから。
雛乃の声は弥生ちゃんに届いたのだろうけど、座ることは我慢を続ける選択をすることで、弥生ちゃんはその選択をできないでいる。
足踏みを繰り返し、荒い息遣いで……両手はついに前を押さえ、その手は何度も押さえなおされる。

「はぁ、いいよ、50分っていうのは私が言わせたんだし、弥生が初めに言った48分までで
でも、それまではダメ、示した覚悟をふいにするなんて許されないぞ?」

「ちょ、ちょっと雛乃、流石に――」「行かせるつもり? 綾菜がそんな甘いから、弥生が成長できないんじゃない?」

私の言葉にかぶせるようにして雛乃は言う。
そして私に少し呆れた顔した後、嘆息して弥生ちゃんに向き直る。

「前にギブアップした43分時点でもこんなにあからさまに我慢してなかったよね?
弥生は綾菜に甘やかされて、我慢できなくなってるんじゃないの? 違うんでしょ? 成長したんでしょ? だったらちゃんと証明しなきゃ
自分で示した48分くらい乗り越えなきゃ、認めてもらうには結果だぞ? じゃないと“また”失望されるぞ?
ほら今44分、あと4分だから……少しは楽になるから座りなさい」

弥生ちゃんは少し動揺した素振りを見せ、だけど覚悟を決めたらしくゆっくり席に着く。
そんな弥生ちゃんを見て雛乃は「よくできました」と言う。
雛乃が何を考えてるのかわからない。可愛いと思う『声』は時折聞こえるものの、雛乃がどうしたいのかわからない。
そして、「“また”失望されるぞ」という言葉――……一体弥生ちゃんは誰に……。

「はぁ…っ、ふぅーっ、んっ! ――あぁ、ふぅ…っ」『我慢、我慢、我慢、我慢……我慢しなきゃ…しなきゃ……』

荒い息遣いはより深く熱いものになり、椅子に座りながら足を浮かせたり、絡ませてたり、忙しない仕草を見せる。
48分まで、4分を切ってるみたいだけど……弥生ちゃんが我慢しきれるか本当に微妙なところ……。

「あと190秒ー、ほらほら、もう少しだぞー」

「も、もうすこ――っ、あ、あぁ、っ……や、ダメ、あのっ、私っ――ち、違う、っだめ、我慢しなきゃっ……しなきゃっ!」
『でちゃ――だめっ無理、お手洗いっ、お、おしっこ……』

恐らくギブアップしようと声を上げたが、すぐにそれを否定する。
既に限界なのは誰の目にも明らかで、それなのに弥生ちゃんは我慢を続ける選択をする。
その選択をしたのはさっき雛乃が言った言葉が絡んでいるのかもしれない。

……。

「はぁっ…っ! おしっ…あぅっ…我慢っ…はぁ…っ、あ、あぁ…くっ……っ」『無理…おしっこ、おしっこ…ほんとにダメ、ダメっ……』

椅子の上でじっとしていることができず、浅く座ってみたり斜めに身体を捻ってみたり、揺らしてみたり……。
なりふり構わない、少しでも限界を先送りにしようと必死に足掻いて――……可愛い、可愛いけど……。
もう何時始まってもおかしくない、『声』も声も仕草も全部限界だと告げている。

782事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。15:2020/12/31(木) 21:05:34
「っ、あ、あっ、ダメっ……あ、あぁっ……やっ!」『あ、出ちゃっ――だめ、まだ、だから、とめっ――もうちょっ…だからっ!』

――っ!

身体を震わせて、全身に力を入れて。
先ほどまでの落ち着きのない仕草ではなく、抑え込むことに全身全霊を籠めるような……。
それはきっと、始まってしまったものを止めるためだから……おもらしをおちびりで済ませるために。

「あぁっと!? ……大丈夫? 大丈夫そう? うん、まだ時間じゃないし、ここはトイレじゃないぞ?
時間はあと120秒だね、あと2分、本当にあとちょっとだからこれくらい我慢しないとね」
『うんうん、可愛いぞ……がんばれ! でも弥生、本当に我慢できる?』

雛乃が少し慌てたようにして言うが、おもらしには至っていないと見て、おもらしへのプレッシャーを掛ける。
時間まではトイレに行かせない、そういう意思を感じ取ることはできるが
結果としておもらしになることを強く望んでいるというわけでもないらしい。
控え目ではあるが聞こえてきた『声』からも応援してるのがちゃんとわかる。
だけど、このままじゃ……。

――……だったら、どうして私は止めない?

おもらしをおちびりで抑え込んだであろう、可愛い弥生ちゃんを見ながら自問する。
また雛乃に何か言われても、弥生ちゃんをトイレに行かせることはきっとできると思う。
今すぐそうしなければ、おもらしになる可能性は高い。目撃者が私たちだけならば――というのは、ただの私の都合。
弥生ちゃんに取ってはきっと私たちに見られることも凄く辛い……そう感じられる。
夏祭りの時のように気まずくなる可能性だってある。
弥生ちゃんはとても恥ずかしがり屋で、繊細で……おもらしすることに慣れたりしない――それなのに。

――……雛乃が我慢を強要してるから? 弥生ちゃんが我慢することを選択してるから? ……でもそんなのは――

きっと言い訳。理由をつけて言わないだけ。
私はずっとそうしてきた。
目の前の、可愛い、愛おしい……そんな姿を見たいがために。
自身の欲望を満たす為に。
そして、それはこれからも……。

――……ごめんね……だけど、助けを求めたときは、力になるから……。

「んっ…あぁ…」『だめ、本当にっ…やだ、おもらし…やなのにっ……無理、だれか……助けてっ、我慢させてっ!』

――っ……。

「……ひ、雛乃…もういいでしょ?」

私は弥生ちゃんに視線を向けながら小さく言った。
心の中で『助けて』と言っただけ、声に出して私に助けを求めたわけじゃない……だけど――

783事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。16:2020/12/31(木) 21:06:20
「……あと一分でしょ? 済ませる頃にはもう時間になってる……」

「違うよ、前回もそうだけど、トイレに立つ時間が48分、あと65秒はここで我慢しないと」
「でも、あと少しだからって、それが我慢できない時だってあるでしょ?」
「だから、気持ちを強く持って我慢させないと、今は行こうと思えば行けるよ? だけどそうじゃない時だってあるぞ?」
「だけどっ!」
「これはテスト、テストっていうのは社会に通用していくための予行演習の一つ、本番じゃない、これは訓練だぞ、我慢訓練っ!」

言いたいことはわかる、わかるけど……。

「ひ、雛さん、あっ……い、いいです、はぁ、時間まで……んっ我慢、しますから」『でる、でちゃうもれちゃ……、だめ、だめなの、だめなんだからっ!』

――っ……どうしてそんなに……。

「ほら、弥生もそう言ってるし。そういう優しさだけが、弥生のためになるとは限らない、あと25秒弥生の頑張りを見届けるぞ
これは訓練、ここには私たちだけ、“結果”なんて後で反省すればいいんだから……」

雛乃は口が上手い……。彼女の言うことはわかるし、ある意味では間違ってないとも思う。
それにあと20秒ほどで時間になる。私が食い下がったところで、きっとなんの助けにもならない。
驚いたことに弥生ちゃん本人も我慢する気でいる。
私は今も必死になって決壊を先送りにしている弥生ちゃんに視線を向けて雛乃が言うように頑張りを見届ける。

「っ……」『あ、あぁっ、無理っ……出ちゃ――だめ、だめっ!』
「はーい、カウントダウンだぞっ、8、7、6――」

――っ……あとちょっと、頑張って、もう少しだから……。

弥生ちゃんが身体を震わせて、息を詰めて、両手で何度も押さえて、目を力いっぱい瞑り……。
だけど、押さえる手の下――スカートの前にゆっくり広がって行く染み……。
もう抑えきれてない……。

「4、3――」『惜しかったね、弥生……』
「あ、あぁっ……っ、〜〜〜っ」『出て――とまっ…あぁ、やだ、ぬれて――おしっ…っ、おもらし…やなのにっ……』

スカートの染みは少しずつ広がり続ける。
それでも『声』の大きさからも必死に我慢を続けて、最後まで抗って……。

「――1、……はい 、おめでとーっ!」『我慢出来てない…可愛い、でも、時間までは我慢できたって認めてあげるぞ』

まるで新年の挨拶のように雛乃は言う。
彼女の言うおめでとうは『声』の感じからしても本心なのだろう。
そして――

<ぴちゃ…ぴちゃぴちゃ>

弥生ちゃんの椅子の下に出来始めていた水溜りに、雫が落ちる音が聞こえた。

「っはぁ、ふぅっ…あぁ…んっ、やぁ……」『出てる、出ちゃってる……だめ、もう、わかんない……我慢の仕方、止め方…しらない……』

スカートを押さえたまま、目を瞑ったまま、肩を震わし、弥生ちゃんは熱い息を零しながら水溜りを大きく拡げていく。
間に合わなかった。時間まではどうにか我慢できたと言ってしまっても良いとは思うけど……。
おもらし……絶対我慢しなきゃって思って、でも本当にほんのちょっとが無理で。
もしかしたらカウントダウンを聞いて、身体の方が先走り始めてしまったのかもしれない。

――……でも、可愛い……本当に可愛い……抱きしめたい、褒めてあげたい……凄く頑張ったよ弥生ちゃん。

『授業終了のチャイムと同時に漏らしちゃう子……みたいな? 
もう全然止めれてない感じ? うーん、可哀そ可愛いぞっ』

そんな『声』が聞こえてきて、私自身、弥生ちゃんの恥ずかしい姿に見入っていることに気が付く。
聞こえるということは私も同様に可愛いと思っているわけなのだけど、それでも雛乃の『声』に私は苛立ちを感じてる。
それは多分、同族嫌悪だけじゃない。

784事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。17:2020/12/31(木) 21:06:56
「やよ――」「あーやっちゃったね弥生」

そんな気持ちを無視するように私は弥生ちゃんに声を掛けるつりだった。
だけど、雛乃は私の声に被せる様に声を上げる。

「ダメだぞ、我慢できないならちゃんと言わないと」

――っな!?

弥生ちゃんは言った、我慢できないから行かせてほしいと。
それなのに……その言葉は流石に理不尽――

「昔いたよー、授業中のトイレは許しません、って言う先生
それで、今の弥生のようにもうすぐ時間ってところでやっちゃった子がいた」

――……あの子のことだ……。

小学生時代に私が手を差し伸べた子。

「先生、その子になんて言ったと思う? ごめんね、でも本当に我慢できなかったらちゃんと言いなさい、だってさ。
私もひどい理不尽って思ったぞ、だけどその通りだとも思った、無理なら何度でも、わかってもらえるまで言わなきゃいけない、そうでしょ?」

弥生ちゃんは雛乃の言葉を黙って下を向いたまま聞いている。
そしてその隠れた顔から時折雫が落ちてスカートに別の染みを作る。
雛乃の言ってることは、確かにその通りなのだろう……。
取り返しが付かなくなって困るのは結局自分自身だから。

「弥生が反省すべき点は三点、限界になったのに言えなかったこと、利尿作用の高いお茶に気が付かなかった無知。
そして、水分を取った後の動き回る行動、適度な揺れは胃の水分を腸に届ける手助けになるし血行もよくなるぞ。
だけど……まぁ、我慢できる量や時間に関しては成長してるぞ、失敗しちゃったかもだけどちゃんと50分我慢できたんだから」

――……確かにその三点を考えれば、50分我慢できたのは――50分? え?

「本当に48分だったら間に合ったかもしれないね」
「雛乃、あなた……」

悪びれる様子もなく時間を偽り我慢させていたことを告げる。
弥生ちゃんはだた、自分の成長を見せたかっただけなのに。

「ぐす……だったら、訂正してください……」

その言葉に雛乃は弥生ちゃんに近づいて頭を撫でる。

「うん、ごめんね、反省点はあるけどちゃんと成長してた、ちゃんと証明できた認めてやるぞ」
「ち、違います!」

弥生ちゃんはすこし声を張る。
その態度に私も雛乃も驚く。

785事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。18:2020/12/31(木) 21:07:44
「ひ、雛さんは頼りになる人で優しい人で……だけど、変に甘やかしたりなんてしてないです
もしそう見える時があるのだとしたら、きっと私が甘えてるだけで……私が悪いんです」

――っ……なんで今、私の事……自分のことで精一杯でいいのに……。。

「あーそっち? うん、それも訂正するぞ、綾菜は弥生を必要以上には甘やかしたりしてない。全然ではないけどね。
それと、友達としてのスキンシップを除けば、弥生からの過剰な甘えはなかったと思うぞ」

そう言ってさっきよりも強く、弥生ちゃんの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
弥生ちゃんはそれを不満そうな顔をしながら受け入れていて、いつの間にか涙は流れていない……。

――……結局私が心配するほど傷つくことにはならなかった? でも――

恥ずかしい失敗のはず。
それなのに、なぜか空気が悪くない……重くならない。
これはテストだと言って、訓練だと言って――……雛乃は最初からこういう流れが見えていた?

「あと……あのお茶に利尿作用って…ひどいです」

「あはは、勉強になったね」

……。

「……それよりそのままじゃ冷えるでしょ? タオルや着替えはあるからトイレで後始末とか済ませてきて、ここは雛乃が一人で片付けるから」

私はそう言って話に混ざる。
優しさ半分、二人のやり取りへの嫉妬半分と言ったところ。
でも、私の言い方にはフランクさが欠けていて、空気を悪くしないか内心ドキドキしてる。
最後のは若干冗談のつもりで言ったが、伝わってないかもしれない。

「あ、ありがとうです……」

弥生ちゃんはお礼を言ってタオルなどの入った袋を受け取る。
顔を真っ赤にして申し訳なさそうな表情をしているのは、後始末を雛乃がするからだろうか?
ちなみにその雛乃はというと、片付け役に指名されたことを不服に思ってるみたいだが――……いや、冗談で言ったけど、当たり前でもあるでしょ?

「うー、……っていうか、なんで着替えなんて持ち歩いてる?」

不服に思いながらも雛乃は反論する気はないらしく、私に質問を投げかける。
この手の質問、一体何度目だろう。
確かに不自然なのはご尤もだけど。

「……誤解があると困るから初めに言うけど、弥生ちゃんが切っ掛けというわけじゃないからね。
えっと、誰かが――あ、まぁ自分も含めてだけど、失敗しちゃったとき、こういうの持ってたら良かった、って思ってから持ち歩くようにしたの」

もっと言うなら、私自身の趣味趣向からの後ろめたさからというのと
もう一つ、多分、失敗した子を助けるのも含めて私の趣味趣向なのだと思う。
失敗した子を見て見ぬふりするのも気持ちが悪いし、助けることで私は満たされているのだと思う。

「雛さん……聖人です……」
「いやいや、変人でしょ? そんなの気にし始めたら、旅行鞄でも足りないぞ……」

その後、弥生ちゃんは廊下に人がいないのを確認してトイレへと向かった。

786事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。19:2020/12/31(木) 21:09:15
「いやー、可愛かったねー」

弥生ちゃんがいなくなり、とても清々しい笑顔で雛乃が私に同意を求める様に話しかけてくる。
間違いなく同意ではあるが、それを言うつもりは微塵もない。

「弥生の両親はエリートさんでね、ちょっと無理して私立中学に入れたらしいよ」

「……え? 急に何?」

「結果、大して頑張ってない私と同レベルの真ん中くらいの学力だった……あんなに真面目なのにね、才能なのかねー?
それに両親が気が付いたのは入学して半年くらいかな、両親が気が付いたのに弥生ちゃんが気が付いたのもね」

構わずなぜか話し続ける。
だけど内容は……気になる。雛乃が言っていた「また失望される」というのは両親に失望されたということ?

「弥生は真面目、真面目に育てられたから。そして承認欲求も強い、承認されなかったから。
ちょっと優しくしてあげるとすぐに懐いちゃうちょろい子」

「いや、だからちょろいとかいうのは――」
「――でも、だからこそ人の心って深くて尊いよね、些細なことで好かれちゃう、些細なことで嫌われちゃう」

……。

「私ね、中学に行ってから思い知ったよ、ヒエラルキーの頂点って大変だわーって、結局、頂点付近で妥協したぞ。
小学生の頃は足が速いとか、みんなが持ってない最新の奴持ってるだけで人気者だったのになぁ。
中学以降は特出したものは疎まれやすい、皆と一緒が仲間の証……それなのに、皆個性が出てくるの、無理ゲーだぞ。
……なんかごめんね、綾菜の友達全部根こそぎ奪っちゃったのに挫折して……まだ、怒ってる?」

「……怒ってない、そもそも怒ってたこともない、ショックではあったけど」

私がクラスの友達とあまり遊ばなくなったことで、雪姉や椛さんとよく遊ぶようになった。
他にも他校の人とも……あった気がする。よく覚えてないけど。
クラスメイトに掌を返されてショックを受けたりはしたけど、私には遊び相手がいた。
それに私のグループ――――あまり自覚はなかったけど派閥というのが近かったのかもしれない――――が解散したからと言って
クラスで孤立状態になったわけでもなかったし。
ただ、私と対立してくる雛乃が苦手だっただけの事。

「あー、なんかこう、そういう心がカッコいいんだよね、綾菜」

雛乃が急に意味不明なことを言い出す。

「あの子――おもらししちゃった子をたった一人で手を差し伸べるとことか痺れたよね」

「……それを利用してクラスの頂点に立った人が言うと馬鹿にされてるみたいだけど?」

「してないしてない、損得勘定抜きで誰かのために動けるのはカッコいいでしょ。
私はあの状況でどう動けば、自分に得になるかとか考えてたくらいだぞ?」

それでも、私は馬鹿にされているように聞こえる。
結局あの子も、最終的には私ではなく雛乃を選んだのだから。

「絶対、勘違いしてる無表情だぞそれ……い、言っとくけど、当時、私の中で一番友達にしたい人って…えっと、綾菜、だったんだから」

――……はい? いやいや、おかしいでしょ? というか、勘違いしてる無表情ってなに?

「ま、まぁ、ヒエラルキーの頂点を目指す上でー、友達になるより対立派閥として踏み台にする方がいいかなって思ってたけどー」

「……対立派閥を踏み台とかどんな小学生……?」

だけど、その珍しい恥ずかしそうにして誤魔化す雛乃の態度は、本当のことを言ってる証で
つまり、本当に私と仲良くなりたかったということで……。

「というわけで、今の関係好きじゃない、ちゃんと……な、仲良くならない?」

……。

「……いいけど、一つ聞かせて」
「えー、しょうがないにゃー、まぁ特別だぞ?」

交換条件を持ち出すとすぐに態度を大きくする。
よほど下手にでるのが嫌い――いや、苦手なのかもしれない。

「……弥生ちゃん、私が思ってた以上に大丈夫そうだった……テストや訓練って言葉を並べて
傷つかないようにして……初めからそういうシナリオで大丈夫そうだったのは想定通りだったの?」

私の言葉に雛乃は少し考えこんでから口を開く。

「シナリオ通りだったけど、ちょっと想定外もあったぞ、もう少し大丈夫じゃない予定だった」

あまり見せないけど、雛乃のこういう態度は少し苦手。
他人事のように、客観視よりも少し遠いところから見てるような、そんな感じ。

「テストや訓練って言葉でどうにかなるのは失敗手前くらいじゃない?
誰かのためにっていう強い気持ちは、自分のことを棚に上げれるってことじゃないかな?」

つまりそれは……。

「私も嫉妬するくらいには二人が羨ましいぞ」

おわり

787名無しさんのおもらし:2020/12/31(木) 21:35:02
今年最後の日に事例の人さんの新作の作品が読めるなんて感謝感激です。

よいお年を

788名無しさんのおもらし:2021/01/01(金) 20:09:17
今回はあまり面白くなかった。
次回作に期待しています。
どうか、このまま続けてください。
いつも楽しみに待っています。

789名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 10:03:13
>>786 更新ありがとうこざいます!待ってました!
今回も最高でした!挿し絵もあるといい感じです。
次回も楽しみにしてます。

790名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 10:04:09
>>786 更新ありがとうこざいます!待ってました!
今回も最高でした!挿し絵もあるといい感じです。
次回も楽しみにしてます。

791名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 10:05:28
>>786 更新ありがとうこざいます!待ってました!
今回も最高でした!挿し絵もあるといい感じです。
次回も楽しみにしてます。

792名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 10:07:15
>>789-791 3連投すみますん。反応悪くて連打してしまった。

793名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 20:06:04
新作投稿ありがとうございます。
今回のようなサブキャラの設定が掘り下げられるような回もいいですね。
綾菜の評価からだと意外ですが、弥生ちゃんってエリートの娘さんだったんですね。
挿絵も素敵でした。

794亜田ワキ子:2021/01/12(火) 17:33:46
高橋美穂のプロフィール

高橋美穂(たかはしみほ)
性別 女
年齢 27歳
誕生日 1993年5月6日
星座 おうし座
血液型 AB型(当の本人はRHマイナスで、父A型、母B型、姉O型)
身長 164cm
体重 51kg
靴のサイズ 24cm
似ている芸能人 香里奈

です

795亜田ワキ子:2021/01/12(火) 17:35:34
高橋美穂は毎朝、尿検査キットを使い、自分のおしっこで病気が無いかを調べています

796亜田ワキ子:2021/01/12(火) 17:41:43
オリキャラ亜田ワキ子のプロフィールも

亜田ワキ子(あだわきこ)
性別 女
年齢 27歳
誕生日 1993年12月16日
星座 いて座
血液型 B型(当の本人はRHプラスで、父A型、母B型、弟AB型)
身長 157cm
体重 秘密
靴のサイズ 24cm
似ている芸能人 加藤あい

です、オリキャラ亜田ワキ子も時々、尿検査キットを使い、自分のおしっこで病気が無いかを調べています

797亜田ワキ子:2021/01/13(水) 06:34:37
おはようございます、新しいオリキャラのプロフィールも

岡田瞳(おかだひとみ)
性別 女
年齢 23歳
誕生日 1997年1月23日
星座 みずがめ座
血液型 AB型(当の本人はRHプラスで、父B型、母A型、姉O型)
身長 162cm
体重 48kg
靴のサイズ 24cm
似ている芸能人 栗山千明

です、岡田瞳も高橋美穂と同じく毎朝、尿検査キットを使い、自分のおしっこで病気が無いかを調べています

798亜田ワキ子:2021/01/13(水) 06:58:48
オリキャラ岡田瞳は無しにします、なぜなら、本物の栗山千明のトレーディングカードは買い逃したし、本物の栗山千明の出生時間が不明だからです
なお、本物の香里奈のトレーディングカードと本物の加藤あいのトレーディングカードは買えたし、たまたまトレーディングカードを買った時間が、私本体の出生時間(午後17時46分)で、本物の香里奈と本物の加藤あいの出生時間は判明しています

799亜田ワキ子:2021/01/13(水) 17:57:02
出生時間知らないけど、一応オリキャラ書く

川島愛梨(かわしまあいり)
性別 女
年齢 26歳
誕生日 1994年8月21日
星座 しし座
血液型 A型(当の本人はRHプラスで、父B型、母A型、弟AB型)
身長 160cm
体重 47kg
靴のサイズ 23cm
似ている芸能人 北川景子

です

800亜田ワキ子:2021/01/13(水) 18:00:59
キリ番、ほんとの所は川島愛梨と岡田瞳は毎朝、尿検査キットを使い、自分のおしっこで病気が無いかを調べていません、そもそも、川島と岡田はそういうのには興味ないからです
なお、亜田ワキ子と高橋は自分のおしっこで病気を見つけるのに興味があります

801名無しさんのおもらし:2021/04/18(日) 12:16:24
新作希望

802弓釈子:2021/04/18(日) 16:56:35
こんにちは、元亜田ワキ子です、今までのオリキャラは全て削除します、新しいオリキャラ出します

佐藤芽衣
1993年5月6日
AB型(RHマイナス)
身長163cm
体重50kg
靴のサイズ24cm
髪型はパーマがかかった黒髪ボブ
ネックレスやペンダントをしている
宮崎あおい似の童顔の美人、時と場合によっては、井上真央似でもある
胸はDカップ
マン○は陰毛濃いめ、ビラビラクリトリスは普通、色は黒
性的興奮時には、クリトリスが固くなり、膣分泌液などが出て、マン○全体がトロトロになる

橋本昇華
1996年11月24日
AB型(RHプラス)
身長175cm
体重62kg
靴のサイズ27cm
髪型は黒髪短髪
ネックレスやペンダントをしている
誰似かは知らないが、眼鏡をかけた平均顔、時と場合によっては、雰囲気イケメンに見える
チ○コは陰毛濃いめ、ズルむけ、勃起時17cm、キ○タマは普通、色は肌色
性的興奮時には、チ○コが固くなり、フル勃起する

です

803弓釈子:2021/04/25(日) 18:47:12
>>802修正

佐藤芽衣
1993年5月6日
AB型(RHマイナス)
身長163cm
体重50kg
靴のサイズ24cm
髪型はパーマがかかった黒髪ボブ
ネックレスやペンダントをしている
宮崎あおい似の童顔の美人
胸はDカップ
マン○は陰毛濃いめ、ビラビラクリトリスは普通の大きさ、クリトリスは皮がむけている、色は黒
性的興奮時には、クリトリスが固くなり、膣分泌液などが出て、マン○全体がトロトロになる

橋本昇華
1996年11月24日
AB型(RHプラス)
身長176cm
体重64kg
靴のサイズ27cm
髪型は黒髪短髪
ネックレスやペンダントをしている
高良健吾似の眼鏡をかけた平均顔、
チ○コは陰毛濃いめ、ズルむけ、勃起時17cm、キ○タマは普通の大きさ、色は肌色
性的興奮時には、チ○コが固くなり、フル勃起する

です

804事例の人:2021/05/10(月) 23:33:49
>>787-793
いつも感想とかありがとうございます。
こんなに更新頻度遅いのに読み続けていてくれて本当に感謝です。

事例18裏です。挿絵今回なし。そしてやっぱり長いです。
気が付けば過去最長になってた……。
一応2回限界になるので許して。

805事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 1:2021/05/10(月) 23:37:06
「えっ!」

私は声に出して驚いた。
窓の外にいないはずの人――いや、居てはいけない人が見えた。
沢山のリボンと長い黒髪……その特徴的な容姿を見間違えるはずがない。
纏衣 紗(まとい すず)。綾と因縁がある人……。

――あっ…しまった……。

近くにいた綾と弥生ちゃんが私の声を聞き、不思議そうにこちらへ視線を向けているのに気が付く。
幸い、纏衣さんはすでに見えない位置に移動している。

「あ! いや、何でもない、何でもないよ」

私は慌てて何でもないように装う。
だけど、纏衣さんは渡り廊下を使い、こちらの校舎に向かっていた。
もうすぐそこまで来てる。

「……わ、私ちょっと出てくるから」

私はそう言って教室を飛び出す。
纏衣さんと綾の邂逅は避けたい――私がそんなことさせない。

教室の外にいた開店を待っている人が、扉を開けたことで勘違いして入店しそうになる。
私は「あ、まだです。すいません、もうすぐ開店しますので……」と早口に言って頭を下げ
そのまま、足早に人の間を抜けて廊下を曲がる。
そして――

「っ……纏衣さんっ!」

見つけた。
私の呼びかけに、彼女は表情を変えることなく、わずかに首を傾げる。
歩みも止めてくれたがそれ以上の反応はない。

「紗? えっと知り合い?」

文化祭の喧騒の中、しばらくの沈黙を経て声を出したのは、纏衣さんの隣にいた人。
少し背は低め、服は纏衣さんと同じ制服――――纏衣さんのほうは、パーカーを羽織っているけど――――で他校の生徒であることがわかる。

「うん、転校する前の中学でクラスメイトだった根元瑞希さんだよー」

806事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 2:2021/05/10(月) 23:38:04
――……名前、憶えてるんだ……。

「だったら、何か返してあげてよ?」
「だってー、別に友達じゃないしー、なにか用事があるのはあちらでー、私は話すことないよー」

――っ……。

棘のある言い方。だけどそれは事実ではある。
私は真っ直ぐ纏衣さんへ視線を向ける。

「私を覚えてくれていたのは意外でした……単刀直入に言うよ、綾には会わせない……帰ってください」

視界の端で纏衣さんの隣の人が、私と纏衣さんを交互に見て慌てているのがわかる。

「英子ちゃん落ち着いてー、私、彼女のわがままに付き合うつもりはないよー」
「なっ、わがままって何よ!?」

私が一歩足を踏み出し詰め寄る。
そんな私にも表情を変えず首を傾げながら口を開く。

「だってー、綾ちゃんに逢うのにあなたの許可なんて必要ないでしょー?
あなたの「会わせません」がー、綾ちゃんからの伝言ということなら理解はできるけどー……違うでしょー?」

「っ……」

「用件はそれだけー?」

確かに綾から伝言なんて受けてない。
私は私の意志で、綾と纏衣さんを会わせないようにしてる。それは理解してる。
綾にとってそれはお節介かもしれない、それもちゃんとわかってる。
私が言ってることは確かにわがままなのかもしれない――……それでもっ!

「だめ、会わせたくない、……っ…ど、どうしたら会わないでくれる?」

弱みなんて持ってないし、私なんかが力ずくでどうにかできる人じゃない。
ここで騒ぎを起こすようなら、綾が来てしまう可能性もある。
会わせたくない私の意思を聞き入れてもらうためには、交換条件……そういうものが必要になる。

「……引いてくれないのね、……いいよー、だったら私のわがままにも付き合って貰おうかなー?」

「っ……何をすればいいの?」

僅かに笑みを浮かべる纏衣さんが少し怖い。
無理難題を言われるかもしれない……だとしても私は引けない……。

「根元瑞希、私と勝負しましょうー?」

――っ! そ、そのセリフって……綾と勝負するときにいつも言ってた……。

……。

「いいよ、…受けて立つ」

私も綾のセリフをなぞる。
纏衣さんは口角をより一層引き上げて笑みを零す。
目だけは全然笑ってない……全く微笑ましい感じなんかじゃない、背筋に嫌な震えが走る。

807事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 3:2021/05/10(月) 23:38:54
「と、いうことなので英子ちゃんは一人で遊んできていいよー」
「そーいう役割って知ってたけど、実際そーいわれるとショックだよ!」

「まーそう言わずに、この前の電話の相手、性癖を聞いて貰ってた人もここの生徒って言ってなかったー?」
「ちょっ!? な、何言いだすのっ!? せいへ――とかじゃないからっ! 変な言い方しないでよ、馬鹿!」

「…………馬鹿じゃないけどー?」
「ご、ごめんなさい」

これは……仲がいいのだろうか?
英子と呼ばれてる人がとても苦労してそうな感じがする。

「そ、それじゃ、またあとでね、紗。……それと、そっちの人も無理はしない方がいいよ」

英子さんは纏衣さんに簡単な別れを言った後、私を案じるような表情で忠告してくれる。
……。

「さてとー、とりあえず移動しようかー? 2階へ行ってから上の渡り廊下使った方がいいー?」

「う、うん……」

教室から私が纏衣さんを見つけたことを知ってか知らずか、綾に見つかり難いであろうルートを提案してくれる。
さらには羽織っていたパーカーの下に長い髪を入れ、フードまで被る。
彼女の特徴である大量のリボンは、フードの横から出したサイドの髪につけられた6つしか見えなくなる。
ちゃんと彼女のわがままを受け入れれば、綾には会わないでくれる?
いや、勝負の間はそうかもしれないが、これは勝負、勝敗が出るわけで……。
勝たなければ、綾に会いに行ってしまう?

「予定では綾ちゃんと勝負したかったんだけどー、あ、ハンデいるかなー確か根元さん得意じゃなかったからねー」

「よくわからないけど、私に不利な勝負だなんてずるくない?」

「……勘違いしてるから言うけどー、私と綾ちゃんの逢瀬を邪魔する空気の読めないあなたのためにー
私と勝負という譲歩をしてあげたわけでー、私としては無視して綾ちゃんに逢いに行っても良かったわけだけどー?」

……。

どうしても私がお願いしてる立場であることは変わらない。
纏衣さんは全盛期の綾――――よくわからないけど一番輝いていた時期?――――と勝負して、黒星が多かったとは言え、負けた勝負はどれも惜敗。
私の敵う一般的な勝負はまず存在しないと思って良い。

不安を感じながら、2階の渡り廊下を歩く纏衣さんを斜め後ろから観察していると、肩に下げた鞄から500mlくらいのペットボトルを取り出した。
中身は紅茶だと思う……彼女はそれを歩きながら飲み始め、一分足らずですべて飲み干した。

――喉乾いてたのかな? ……私だったらあんなに一気に飲んだらトイレの心配しちゃうんだけど……。

それから廊下を渡り終え、1階へ降りて生徒昇降口の方へ歩みを進める。
そしてそのまま外に出るとすぐ近くにあるベンチを指さす。

「あそこにしようかー、とりあえず座ってー」

私は怪訝な顔をしながら、ベンチへ歩みを進め腰を下ろす。

808事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 4:2021/05/10(月) 23:39:35
「……どうして、私の名前……憶えてたの?」

座ってからしばらく何も行動をとらない纏衣さんへ、感じていた疑問を投げかける。
彼女は綾以外のクラスメイトに殆ど関心を持っていなかったし、私との接点はほぼなかったはず。

「それ、答えることにーメリットあるー? まぁーいいよー答えてあげるー
とても仲良かったでしょー……綾ちゃんと。それが理由ー」

――それは、綾と仲良かった人という認識で、記憶に残ってたってこと? 知り合いの知り合い的な?

「そろそろ始めようかー?」

私を見たまま纏衣さんは言う。それに私は不安を感じながらも小さく頷きで返す。
すると彼女は鞄の中から2つの大きなペットボトルを取り出す。
中身は緑茶。両方1.5リットル……。

「不思議そうな顔してるねー、今からこれを一人一本飲み干しましょー、制限時間は5分ねー」
「はぁ!? ちょ、5分とか無理じゃない!?」

「ハンデは上げたよー、先に私は500ml飲んでたでしょー?
残した量が多い方が負けー、両方飲めたら仕切り直して次の勝負ねー
あの時計で8時45分になったら終わりだからねー、はい、それじゃースタート」

私が戸惑ってる間に勝負は始まった。
纏衣さんは蓋を開けて中身をどんどん喉に流し込んでいく。

――私はともかく纏衣さんはさっき500ml飲んだんだから……絶対私の方が有利……、飲まなきゃっ!

私も少し遅れてペットボトルに口をつける。
というか、重い。1.5リットルのペットボトルを直飲みなんて初めての経験かもしれない。
手が疲れたのと、息が続かなくなり、私は一度ペットボトルを傾けるのをやめる。

――っ、結構飲んだと思ったんだけど、半分も行ってない……。

息を整えながら隣を見ると、傾けられたペットボトルの中は半分くらいになっていて
それを見て私は焦り、再びペットボトルに口をつける。
そして今度は、胃が重くなり一度飲むのをやめる。

「はぁ……っ……はぁ……」

「大丈夫ー? ハンデ上げたのに負けちゃうのー?、私あとこれだけ―」

隣で表情も声色も変えずに話しかけてくる纏衣さんのペットボトルはあと僅か。
信じられない。10分ほど前に500mlの紅茶を飲んでいたのに……。

「っ……時間以内に飲めれば、負けにはならないんでしょ?」

私はそう言って、深呼吸する。
もうちょっとだけ、胃に余裕はありそう、時間ギリギリまで粘れば飲み切れると思う。
一口二口、少しずつ飲み進めればいい。

そして――

「ぷはぁ……の、飲んだよ」

「お見事ー、それじゃ私も最後の一口――っはぁ……やっぱり先に500mlはーきつかったなー」

いつの間にか私が逆転していたみたいだけど、結局時間以内に二人とも飲み終わったので勝敗は決まらず。
仕切り直して次の勝負と言っていたが、とにかく今は胃が苦しい。

「ちょっと休憩しようかー、私そこのお手洗いいくけどー、一緒に来るよねー?」

纏衣さんは立ち上がり生徒昇降口を指さしながら言う。
休憩は助かるが、今は動きたくない。尿意も今はない。
これだけ飲んだのだから近いうちにしたくなってくるのはわかってるし。

「私、もうちょっとあとでいい……」

「……本当にいいのー? 見張らなくてー? 一緒に行かないと私、綾ちゃんに逢いに行っちゃうかも、というか行くよー?」

――っ!?

「だめっ! 行く、一緒に行く!」

809事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 5:2021/05/10(月) 23:40:17
――
 ――

「はぁ……」

分かっていた事だけど、殆ど出なかった。
今日、少し寝坊したこともあって家で済ますことはできなかったが
結局は電車通学。いつもの電車に乗ることができたので、朝、学校でトイレを済ます事ができた。
トイレを済ませてから一時間も経っていないのだから出なくて当然。
むしろ、胃がいっぱいいっぱいで、上から出したいくらいだった。

「おまたせー、ここ、洋式ないんだねー」

「え、あーそうだね、教室前のは一つだけ洋式だけど……」

割と古い校舎のせいもあり昨今では珍しい和式ばかり。
足を怪我した人のためにも、教室前の一つは洋式を去年優先的に付けてもらえたらしいけど
一方で入学してから今までずっと使用不可のトイレがあったりと、予算的に厳しいのかもしれない。

――いやいや、生徒会長さんとか物凄いお金持ちらしいし、ポケットマネーで何とかしてくれないの?

「そういえば随分早かったねー、ゆっくりしててもよかったのにー」

「ま、まぁ……別にしたくなかったし、先に出られて綾のところに向かわれるわけにもいかないし」

トイレに誘われた時の台詞を考えれば、警戒して当然。
それにしても、表情や声色から全然感情が読めない。
口元が笑っていたり、口元が不満そうだったりはあるけど、内にある感情と一致しているようには見えない。
今も口元は笑っているように見える。

「私の機嫌が良いのが不思議ー?」

「っ……」

私の表情や視線から悟られたらしく不意にそういう問いを投げかけられる。
それに私が視線を逸らして答えないでいると彼女は話を続ける。

「信じるかどうかは勝手だけどー、本当に機嫌は良い方だよー?」

「どうして? 綾に会いに、綾との勝負のために来たんでしょ?」

さっき纏衣さんも言っていた。
私とのこの勝負は彼女からの妥協案。望んでいたものではないはず。

「私は勝負事が好きなの。勝ち負けじゃない、まぁー勝てた方が良いけど、より大事なのは相手が本気な事……そんな勝負、熱くていいでしょー?
でもー、綾ちゃんに逢うのも大切なことだからー、しっかり楽しんでー、勝ってー、逢いに行くので―」

「さ、させないわよっ! で、次の勝負ってなに?」

「まぁー、もう少し休憩しましょー? 綾ちゃんは10時まで喫茶店のお仕事でしょー?
まだ1時間ちょっとあるし、根元さん次第ではあるけどー、それまでにはきっと決着がつくはずだからー」

なぜか綾のシフト時間まで把握してる。
そして纏衣さんはゆっくり文化祭の出し物でも回ろうと提案してくる。
その間は綾のクラスには近づかないと言ったので私はそれを了承する。

「一応、教室がある校舎の方へも行かないようにしましょー」

そう言って、廊下を突き当りまで――つまり体育館へと歩みを進める。
中に入ると薄暗く、すでに演劇が始まってるらしい。

「えっと、“ロミオとリアとポーシャとハムレット”らしいよー……ごちゃまぜ脚本ねー」

ロミオとハムレットしかわからないが、色々混ざった話らしい。
纏衣さんが動かないので、椅子に座ることもせず後ろの方で二人でしばらく眺める。
舞台には知ってる人は殆ど居ない。辛うじて知ってると言えるのは星野さんくらい。

――……昨日、綾が接客させられてたっけ……いつの間に仲良くなったんだろ……。

ずっと気に掛けてた。
誰とも話さなくなった綾の事……。
それなのに――

810事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 6:2021/05/10(月) 23:41:28
「もう少し見てみたい気もするけどー、そろそろ止めておきましょうー」

纏衣さんは演劇に飽きたのか、あるいは何か思惑があるのか踵を返して体育館の外へ向かう。

「次は? そろそろ勝負?」

「いいねー、病弱な割に血気盛んで、嫌いじゃないよー。
じゃー、ひとつ、本番前の前哨戦と行こー、勝っても負けても双方特に損はない奴ー」

そう言いながら階段を登る。
しばらく歩いて辿り着いたのはお化け屋敷。

「なに? 怖がったり驚いた方が負けみたいな?」

「心拍数とか測れないし、適当な勝負になるけどねー」

ちょっと勝てるかもしれないと思った。
怖いのは平気だし、学力や運動系と比べれば何とかなりそうな気がする。
ただ、自信はない。相手が驚いた様子とかを想像できないのも、また事実だから。

「入場料、一人300円でーす」

「わー、お金取られるんだー」

入り口にいた受付に聞こえる様に言いながら、纏衣さんはお金を渡す。
受付の人が恐縮そうにして受け取っていて、すごく不憫。

「(料金設定は多少変更できるけど、出し物によってお金を取る取らないは決まってるの! ……まぁ、最低金額じゃないみたいだけど……)」

文化祭全体で得た収益は、各出し物に使った経費に当てられ、残りは全額環境保全とかそういうのに寄付ということになっている。
また、人気だったところの3クラスは表彰されるのだが、お金を取ってるところは利益率や売り上げも評価に影響を与えるとかなんとか。
表彰されたクラスに学校側から何かあるわけじゃないが、担任からは何かしらのご褒美があるクラスが多いらしい。
ちなみに私たちの担任である文城先生は、1位だったときは全員焼肉食べ放題、2位は文城先生の授業1回だけ自習
そして3位はありがたい説教らしい。1位は破格の内容だけど、それ以外はツッコミどころ満載の内容。

――っと、いけない……余計な事考えてたら急に何か出てきたとき驚いちゃう。

お化け屋敷の半分は雰囲気による怖さだけど、残り半分は不意打ちのドッキリ。
警戒は怠っちゃいけ――

「――っ!?」

突然左手側の段ボールで出来た壁の隙間から手が現れ、肩を掴まれた私は身体を小さく跳ねさせる。
視線を向けると、驚いてくれてありがとう的な笑みを返される――……悔しい。

「ほら、今度はー、足元に靄が出てきたよー」

足元を抜けるほんのり冷たい空気。
青白い光を当てられた、スモークが雰囲気を出そうと頑張ってるけど、絶妙に微妙。

――……っていうか、冷たい空気のせいで、トイレ意識しちゃったよ……。

もともとそろそろ来る気がしていた尿意。
足を抜ける冷たさが切っ掛けになり催してくる。
お化け屋敷を出たら、そろそろ勝負だろうから、その前にトイレに行かせてもらおう。
纏衣さんは私より早くから水分を取っていたわけで、私以上に溜まってきてるはずだし。

その後は双方驚くことなく出口へ。
当然勝負は私の負け。――左側の人が不利過ぎない?

811事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 7:2021/05/10(月) 23:42:20
「そろそろいい時間かなー、プールを使ったバカンスカフェに行こー、そこで決着になるよー」

「その前に……えっと、トイレに寄って行かない?」

出来ればまた纏衣さんの方から言ってもらいたかったが、下手したら勝負が始まってしまいそうなので私から提案する。

「んー、行かないよ?」
「行かないじゃなくて、……えっと、私が行きたい…から」

「……そう、なら好きにしていいよー、私は綾ちゃんのとこ行くからー」

――っ!

「いやいや、ダメ! っていうか、纏衣さんはトイレ行きたくないの?」

「私はお化け屋敷入る前くらいから、したくなってきたかなー」

「だったら――」
「一人で行けばいいよ―、あなたのわがままを同時に二つなんて聞いてられないよー」

――何を言ってるの?
纏衣さんもトイレに行きたいのに、なんで行かない?
私がトイレに行くことがわがまま?

私の困惑した表情に纏衣さんは嘆息してから口を開く。

「私のわがままにちゃんと従ってるうちは、あなたのわがままも受け入れるよー
でも、私のわがままに付き合わず、自分の意志で行動するというなら、私もそうする。
しかもこれは対等ではなく、私からの譲歩で成り立ってるルールなんだけどなー」

――……譲歩…ルール……従うしか、ない? ……でも――

「で、でも纏衣さんだってトイレに行きたいって……」

「そうだね……本当はバカンスカフェについてからって思ってたけどー、もうここで勝負の内容を言っちゃおうかー」

そう言うと纏衣さんは私の顔に触れそうなくらい近づいてきて、私は距離を取るため後退りして……。
だけど、逃げた方向が悪く、背中に廊下の壁が当たる。
それを見て、彼女は口元だけで笑みを零しながら前傾姿勢になり、下から私を覗き込むようにして呟く。

「(先にトイレに行った方が負け、我慢勝負だよ)」

私は廊下の壁に背中を預けながら、息を飲む。

――暗い目が、怖い……何を言った? 我慢勝負? トイレに行った方が負け?

812事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 8:2021/05/10(月) 23:45:06
纏衣さんの行動に虚を衝かれ、言葉の理解が追い付かない。
そんな私を見て彼女はさらに口角を上げると、少し離れて背中を向ける。

「根元さん得意じゃなったよねー? 言ってた通りちゃんとハンデは上げたからー
先に飲んだ紅茶500ml、飲み比べ勝負の後すぐに行ったトイレ……二つを合わせればそれなりのハンデになってるでしょー?」

……。

言葉は理解した。
さっきの飲み比べ勝負がこのための茶番だというのも理解した。
飲み比べ後すぐにトイレに行ったのは、スタートラインを揃えるため。
紅茶のハンデもわかる。水分は取ってすぐ吸収されるわけじゃないし、おしっこに変わるのは尚更時間がかかる。
先に飲んでいた纏衣さんの方が不利な勝負。
でも――

「と、得意じゃないって……なんでそんなこと……」

「同じクラスだったときのクラスメイトのトイレ使用回数は大体2から3回、私も大体2回くらい、綾ちゃんは1.7回。
対して、根元さんは殆どの日で4回を超えてたと記憶してるー、まぁー使用回数が多いからと言って我慢が苦手とは限らないけどー」

「え……数えてるの……?」

私の戸惑いと引き気味な声に、纏衣さんは振り向き、不服そうな顔で答える。

「……普通にしてたらわかるでしょー?」

――全然わからない……。あと綾の回数だけ小数点込みで断言してるのもヤバい、絶対会わせたくない。

「とりあえずー、行っちゃうのートイレ?」

……。
ハンデがある以上、得意不得意を除いて考えれば当然私が有利。
私自身、中学の時より少しはトイレの近さは改善されてるとは思う。だけど、自信のある勝負でないのは間違いない。
纏衣さんのトイレ回数を信用するなら、平均より我慢できる人なのかもしれない。
この前のコーヒー飲み比べの時、私と綾とでは我慢できる時間にかなり差があるように感じたし
纏衣さんが綾とハンデなしで良い勝負になるのを考えていたなら、勝つのは難しいかもしれない。

……。

「……行きません、勝負を受けます」

それでも、私は引けない。引きたくない。
私の答えを聞いて、纏衣さんは満足そうに口元を緩ませる。

「それじゃー、移動しましょうー」

階段を降り、体育館への外廊下を途中で曲がり、プールを目指す。
見えてきた入り口には、南国を思わせる華やかな飾り付けと、花の首飾りを付けた案内役の人。

「いらっしゃいませー、バカンスカフェへようこそー!
あっ、それと、おめでとーございます、お客様は本日50組目で25の倍数となるので特別席にご案内でーす」

元気のいい先輩が案内してくれる。
プールの更衣室の横にあるトイレに自然と目が行く。
大量に飲んだお茶のせいか、尿意は確実に強さを増している。

――……纏衣さんがあそこに駆け込むまでは、絶対我慢しないと……。

「(今、9時25分かー、私が紅茶を飲み始めたのが8時35分くらいだったし、あと20分くらいは余裕あるかなー)」

纏衣さんが独り言を小さく呟く。
トイレを気にしていた私に聞こえる様に。

813事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 9:2021/05/10(月) 23:46:11
――あと、20分……それを超えて我慢出来れば、私にも勝機が見えてくるってこと?

私はコーヒーの飲み比べの事を再度思い出す。
途中弥生ちゃんとトイレに行ったときかなりギリギリ――というか、ちょっと間に合わなかった事があった。
確かその前に弥生ちゃんがトイレと言ったとき私も尿意を感じ始めていたけど、一緒に行かなかった。
トイレの往復に5分、最後の試飲の準備、それとその後つくしちゃんが来てあれこれで25分くらい経っていたかどうか。
つまり、飲んだものの違いはあれど、水分を沢山取った状態では尿意を感じ始めてから限界まで30分持つかどうかということになる。

――改めて考えると、私ってやっぱりトイレ近い?

お化け屋敷で尿意を感じてから、既に10分弱経過してる。
計算上だと纏衣さんの余裕があると言った時間までは何とか我慢できるくらい。
ただ、その余裕というのが纏衣さんの限界を表す言葉なのかはわからない。
余裕がなくなってから10分も20分も我慢できるというなら――

……。

「わーすごいよー」

良くない方向に考えが向き、視線を下げていた私に纏衣さんが声を掛け、私は視線を上げる。
そこにはプールの上に簡単に作られた個室みたいなのがあって……どうも、特別席というのはプール上の席の事だったらしい。
案内されるがままに、その席に向かうための橋に足をのせると、とても揺れるが、余程変な事をしない限り落ちそうになるというほどじゃない。

「いやー、ラッキーだったねー、ちょっと揺れて落ち着かないけど若干個室みたいになってるから、見られても平気だよー」

見られても平気という言葉の意味を理解するのに少しだけ時間がかかった。
我慢の仕草を見られてもって意味だと思う。

「ご注文はお決まりですか? お伺いします」

案内してくれた先輩が注文を聞いてくる。
私は慌ててメニューを確認するが、飲み物ばかり……。

「私ー、ジンジャーエールでー、根元さんも折角だし何か頼んだらー?」

それは何か頼めという、“わがまま”なのだろうか?
……だとしたら、拒むわけにはいかない。

「そ、それじゃ……ホットで…えっと……ほうじ茶をお願いします」

私は身体を冷やさないために温かいものを頼む。
注文を聞くと先輩は橋を渡って、席から離れていく。
それを見送り、私は小さく深呼吸する。

――まずい……ちょっと、我慢辛くなってきた……。

時間を確認するために携帯を取り出す。
まだ尿意を感じてから15分も経っていない。
私がこんなにもしたくなってるのだから、纏衣さんだってそれなりに強い尿意を感じてるはず。
そのまま携帯をテーブルに置いて、すぐに時間を見えるようにしておく。

「勝負が決まるまでー、もうしばらく時間あるしー答えられることなら質問に答えちゃうよー?」

尿意を感じている素振りを一切見せず、纏衣さんが言う。
質問……。

814事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 10:2021/05/10(月) 23:47:07
「なんで……綾にあんなひどいことしたの?」

「それはー答えられないよー、どうしても知りたかったら綾ちゃんに聞いた方がいいかな?」

……。

「じゃ、なんで今更綾に会いに来たの?」

「逢いたくなったからー。
今更というかー、突然家に押しかけたり学校前で待つより、文化祭の時に来た方がいいでしょー?」

それは確かに。
家や学校前だとこうして私が干渉できなかったわけで、こちらとしては助かったとも言える。

私は少し沈黙を作り、次の質問を考える。
その間、質問することで意識から外れかけていた尿意が再び大きく主張を始める。

「……ど、どうして、私のわがままを交換条件ありとは言え聞いてくれる気になったの?」

疑問に思っていることを絞り出す。
聞きたいこと沢山あるはずなのに、いざ質疑応答みたいにされると思いのほかすぐには出てこない。
……尿意による焦りももしかしたらあるのかもしれない。

「それはー、あなたが引かなかったからでしょー?」

違う、そういうことじゃない。
纏衣さんが言ったようにこれは譲歩。
私との勝負と綾に会えなくなる可能性、彼女にとってそれは天秤に掛けるまでもないはず。

「……あなたが嫌いだから、あなたのわがままに付き合ったその上で綾ちゃんに逢おうって思ったから」

――……私が嫌い? どうして?

「なんで、私が――」
「お待たせしましたー、ジンジャーエールとホットほうじ茶です」

私が質問しようと口を開くと、ウェイトレスの先輩が注文を持ってきてくれる。

「ありがとー……質問タイムの続きはゆっくり飲んでからにしましょー?」

纏衣さんはストローをコップに挿して中の氷を2〜3周かき回すようにしてから口をつける。
私はその様子を見てさらに強く尿意を意識してしまう。

――っ、纏衣さんは平気なの? 先に紅茶飲んでるのに……なんで……。

私の視線に気が付いたのか、纏衣さんは口からストローを離しこちらを見る。

「結構したい? 安心して、私も結構したくなってきたから良い勝負なんじゃないかなー?」

そう言った纏衣さんだけど、切羽詰まってる様には見えない。
私もまだ仕草に出してるわけじゃないから、何とも言えないけど
もし仮に今の段階で良い勝負なのだとしたら、私が勝つことは難しいと思う。
私の方が我慢できる時間が短いのなら、勝つには常にリードしてなければいけない。
二人とも、あれだけ水分を摂ったのだから、おしっこが作られる速度に殆ど違いなんてないはずだから。

815事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 11:2021/05/10(月) 23:47:52
私は纏衣さんを無視するようにコップをゆっくり傾ける。
温かいとはいえ身体に水分が入り、どうしても意識してしまう。
意識すれば、当然尿意は膨れ上がり波となって私を責め立てる。
上半身は動かさず、膝を数回擦り合わせる。
仕草を悟られたくない。我慢勝負とは別に、先に仕草を見せることもなんだか負けたような気がして……。

「プールの上なのもあってー、相手が身体を揺するとすぐにわかるよー」

――っ!

見えない位置、悟られないはずだった仕草を僅かな揺れから感付かれる。
私は顔が熱くなっていくのを感じながら視線をテーブルに落とす。
もともと私は尿意を悟られるのが苦手。隠そうとしていたというのがバレたというのも何とも言えない居たたまれなさがある。
それと、悔しい……私より沢山溜まってきてるはずの纏衣さんよりも先に仕草を見せてしまったことが。
そしてそれは、私の方が尿意が大きく、抑えられていないということで……。

既に良い勝負なんかじゃない。
ハンデがあったはずなのに、もう逆転されてる。
――いやだ、負けちゃう……負けたら、纏衣さんは綾のとこに……。

「諦めちゃうー?」

「っ……」

私は視線を下げたまま首を振る。
必死に我慢すればきっとまだ何とかなる。

<ずずっ…>

ストローに空気が混じる音を聞いて視線を少しだけ上げる。
纏衣さんのジンジャーエールはすでに氷だけになっているのが見える。
私は悔しくて自分のほうじ茶を掴む。

「いいよ、飲まなくてー。ハンデ足りなかったみたいだしー」

「ば、馬鹿にしないでっ、まだわかんないでしょ!」

そう言って私は少し冷めたほうじ茶を一気に喉に流し込む。
仕草に出してしまった、逆転されてる可能性も高い。
だけど、まだ我慢できる――まだまだ限界なんかじゃない。

「うん、勝負はそうじゃなきゃー」

嬉しそうに口角を上げる纏衣さん……。

――なんで、どうして? 負けたくない、勝ちたい、絶対気持ちじゃ負けてないのにっ……。

「質問タイムの続きしよー?」

私は纏衣さんの言葉に従う。
今は少しでも尿意や勝負から意識を逸らしたい。じゃないと気持ちがどんどん擦り減っていく。
私は足を確りと閉じ合わせて、身体を揺すらず姿勢を正した。

「じゃぁ、さっきの続きで……どうして私を嫌いなの? 私たちに接点なんて殆どなかったはず……」

「その理論で嫌われないならー、根元さんも私を嫌ってないってことにならないー?」

確かにその通りだけど――――っていうか私、纏衣さんを嫌いって断言してはいなかったと思うんだけど……――――
でも、私にはちゃんと嫌う理由がある。

「綾に酷いことした、綾が誰とも話そうとしなくなった……それだけで嫌いなるなんて十分だよ」

「うんうん、私もそうー。綾ちゃんと仲良くしてる、それだけで嫌いになれるよー」

――っ……なんで、なんでそんなこと纏衣さんが言えるの?
誰よりも綾と仲良かったのは……纏衣さん、だった……私じゃない……。

怒りや悲しさに心が乱される。
その陰で尿意が膨らみ続けているのも感じて焦りだったり、不安だったりでわけがわからなくなってくる……。

816事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 12:2021/05/10(月) 23:48:45
「理不尽だと思ってるー? じゃぁ聞くけどー綾ちゃんは私が悪いって言ったー?
綾ちゃんが嫌がってないのにどうして、貴方は私の事を嫌うのー?」

私はその言葉に反論しようとして口を開くが、言葉が出てこない。
纏衣さんの言う通りで、綾は纏衣さんを嫌うどころか庇ってさえいた……。

「結局私たちは、綾ちゃんの気持ちなんて関係ないんだよ。
自分の気持ちがすべて……そうでしょ? 貴方も私に嫉妬してる、違う?」

「ち、ちが…私は――」

……違わない。
私はずっと羨ましかった。綾と纏衣さんの関係が。
二人で勝負して、競うようにして。
そして、纏衣さんの行動一つで、綾は誰とも話さなくなって。
私がたくさん話しかけに行っても、「ごめん」としか言ってくれなくて。
それが綾の中での私と纏衣さんの差だと否応にも認めるしかなくて。

だから、嫌……。
纏衣さんと綾を会わせればまた綾は私から離れてしまう。
私からだけじゃない。もしかしたら弥生ちゃんや真弓ちゃんでさえ……。

「そ、そうだよ……私は……だから…負けない、絶対負けない!」

目頭が熱い。もう負けない。今度こそ負けない、負けられない、負けたくない。
纏衣さんに負けて、真弓ちゃんにも負けて……負けてばかりで悔しくて情けなくて……。
あの時みたいに綾を諦めて他人に戻るなんて出来ない。
綾が他の誰かと仲良く話してるのを見て見ぬふりで過ごすなんて出来ない。
だから――

――負けたくないのに……なんでっ!

気持ちに関係なく膨らんでいく下腹部に苛立ちを感じながら両手で太腿を擦る。
いつの間にか足が落ち着きなく動いていて……。

「そんなに感情的にならない方がいいよー、まぁ、交感神経優位なら我慢自体はしやすいかもしれないけどねー」

――な、何言ってるの? 交感神経?

「気にしなくていいよー、あんまり役に立たない無駄知識だよー」

「っ……なんでそんなに余裕なの? なんでっ……」

9時40分……ここに来てから15分ほど経った。
まだ我慢できないというほどじゃないけど、それでも平静を装うのが困難になって、仕草も抑えられなくなってきた。
それなのに纏衣さんには我慢の仕草が現れていない。

「折角ハンデも上げていい勝負になると思ったんだけどー、期待外れかなー?」

言い返したい。勝負はこれからだって、追い詰めて絶対先にトイレに立たせるって。
それなのに……。
気持ちだけは絶対に負けない……そのはずだったのに、どんどん弱気になっていく。
綾のために……そう思ってたのに、自分のためだった。それを纏衣さんは簡単に見破って。
すべてが纏衣さん手のひらの上みたいに感じて……。

817事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 13:2021/05/10(月) 23:49:32
「もうちょっと頑張ってよー? 私が余裕をもって勝ったとしてもー、貴方が全身全霊でいる限りは熱い楽しい勝負なんだからー」

私は視線を下げて押し黙る。
頑張る。頑張るしかない。
気持ちが内面に向かい、尿意が急激に強くなっていく。
落ち着きなく太腿を擦り続けていた手が、スカートの前に谷を作る。
押さえてはいない……手を合わせて挟んでいるだけ……。
まだ、大丈夫、全然平気だと思いたい。

そんな私に纏衣さんは何か言ってくる――そう思っていたけど、予想に反して何も言ってこない。
視線を上げて様子を確認したい。もしかしたら今まで強がっていただけで本当にいい勝負なのかもしれない。
だけど、もしそんな淡い期待をしてる私を見透かしていて、ただ、こっちを見て笑っていたりしたら……。

「っ……ふぅ…んっ……」

息が乱れる。勝手に嫌な想像をして心を乱して、そしてそれは尿意の波となって襲ってくる。
手を所在無さげにスカートの生地を握りしめたり膝を左右交互に上下させてみたり……。
プールに浮かぶ足元は小さく揺れて、きっとそれは纏衣さんにも伝わってるのに、その仕草を抑えることができない。

――だめ、だめこれ……我慢できなくなってき――っち、ちがう、我慢しなきゃ、まだ全然平気……じゃなきゃ、ダメなのに……。

ほんの数分前まで平気だった。
我慢は辛くなってきてはいたが、仕草には出してなかったし息も乱れてなかった。
なのに、今の私は最後の意地で前を押さえないように踏みとどまってるだけ。
息も荒くて仕草も抑え込めない。
もし、我慢の仕草を無理にやめてしまえば、大きな波が来てしまいそうで。
そうなれば、今まで踏みとどまってきた押さえるという行為に及んでしまう。
それだけならまだ良い……――その波を抑えきれなかったら?

……。

否定したい。
平気なんだって言い聞かせて、自分を騙していたい。
だけど、際限なく大きくなる尿意に現実を突き付けられ、再び目頭が熱くなる。

「っ……うぅ…はぁ……んっ……っ」

――負けちゃうの? ダメ、負けたくないのに……っ、また波っ……。

手が足の付け根……貯め込まれた恥ずかしい水の出口に向かう。
一瞬押さえるのを躊躇ったが、尿意の波の高さに諦め強く押さえ込む。

「っはぁ…んっ……っ…ふぅ…はぁ……はぁ……」

しばらく息を乱しながら必死に尿意に抗い、どうにか波を乗り越える。
手を離そう……そう思ったのに、今度は仕草をやめるどころか、手を前から離すこともできない。
押さえ込む手を一定のリズムで小さく動かし、波が来ないように必死になって……。
酷くはしたない姿。
涙がテーブルに一つ二つと落ちる。

震える片手でテーブルの上の携帯に触れる。
9時48分……纏衣さんが「あと20分くらいは余裕」と言っていた時間はもう過ぎた。
私が我慢できるギリギリだと思われる時間も同時に過ぎた。

……。

私はゆっくりと視線を上げる。
余裕がなくなっているはずの纏衣さん……それが確認できればきっともうちょっと頑張れる。
だけど、そこには――

――っな、なんで……どうしてっ!

両手で頬杖を突きながらこちらを眺める纏衣さんの姿。
つまり、まだ押さえる必要なんてない、余裕のある姿。

818事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 14:2021/05/10(月) 23:50:18
「やっとこっち向いたー、大丈夫? まぁ私も平静を装う余裕はなくなってきたけどー」

そう言って纏衣さんは椅子に座りなおす。

「はぁ、はぁ…っ……なんでっ……んっ、あぁ……ダメ……」

勝てない、負ける? 負けちゃうの?
また、負ける、やだ……やなのにっ……。

下腹部が波打つ。
大きな波の気配。
限界が差し迫る感覚に全身から汗が噴き出す。

――ま、待ってっ…だめ、我慢してっ……こ、こんなとこで……ダメ、我慢、我慢、あぁ…やだやめて、我慢してっ!

お腹を押さえられたように、下腹部がギュっと緊張する。
今までとは比較にならない尿意の大きさに身を固めて、押さえる手にも力を籠める。
それでも――

「あ、あっ…やぁ……あ、あぁっ!」<じゅゎ…じゅ…じゅぅ……>

必死に我慢してるはずなのに、締め上げてるのに……。
尿意の大きさに負けて、抉じ開けられ溢れる。
一度だけじゃなく抑えきれない熱水が何度も恥ずかしい温もりを拡げる。

「大丈夫ー? 早くいかないと取り返しが付かなくなるんじゃないのー?」

手で強く押さえていたためか、手まで湿った感覚を感じる。
下着を越えて、スカートの生地にまで染みを広げて……。

<じゅ……>

――っ…あぁ、また……治まって、お願い、これ以上は……ほんとにっ……。

息を詰めて、必死に我慢を続ける。
こめかみから汗が流れる。力を入れすぎて全身が熱い。

「っ…ふーっ…ふーっ……はぁ、ふー……」

波を越えた。
ちょっと失敗しただけ……我慢できた。でも――

「どぉ? 諦める?」

今までよりも優しい口調。
だけど、心配しているというより、憐れんでいるのだろうけど……。

「ふー、っ……あきらめ……ない、はぁ…っ…綾には、会わせないっ……」

私の往生際が悪い台詞に纏衣さんは何も返さない。
ただ、小さく呆れたようにため息を零しただけ。
万に一つもないかもしれない勝ちのために、馬鹿なことしてるってわかってる……。

少し湿った感覚がある手を、スカートの濡れていない部分で拭い――――汚いってわかってるけど余裕がないの!――――
時間を確認するため携帯に触れる……9時51分。
濡れたスカートの生地を集めるようにして両手で押さえる。
惨めな姿。みっともない姿、恥ずかしい姿。それでも、引かない……。

819事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 15:2021/05/10(月) 23:51:06
そして、再び尿意の波の前触れを感じ始める。
もうすぐ来る、またさっきみたいな抑えきれないくらい大きな波。
足を絡ませて、両手で力一杯押さえて……。

――っ! や、何これ……っ…こん、なの…っ!

さっき感じた下腹部がギュっとなる感覚。それは覚悟していたこと。
そのはずだった。なのに、想像を遥かに超える我慢できないという感覚にわけがわからなくなる。

「や、あ、うそ……っあ、待って……やだ、やぁっ、ぁ、あぁ!」

出口に力を入れてるのに、絶対抑えきれない、塞いでいられない。そんな感覚。
足りない力は手で必死に押さえて……でも――

「あっ、あっ、やぁ…んっ……」<じゅう…じゅうぅ……じゅぃー……>

指で押さえる隙間からおしっこが噴き出す。
締めたいのに、力を入れてるはずなのに、私の意志とは無関係に出口が開くのを感じる。
開くたびに噴き出す量が増えて
一度目でスカートが大きく濡れるのを感じて
二度目で手が水浸しになり
三度目でおしりの方まで熱さが広がった。

隠せないくらいの失敗……。
それくらい沢山出てしまったためか、どうにか波が引いていくのを感じる。
それでも、油断できるような尿意じゃない。
思うように力が入らなくなってきてる気がする……もう我慢を続ける体力がないのかもしれない。

――おしっこ、おしっこ……早くしないと本当にもれちゃうのに……。

私はもう我慢できないってわかっている。
次の波が来たら全部終わってしまうかもしれない。
ちゃんと理解してる……それなのに、まだ負けたくないって思ってる。

「座ったままだとわかんないけどー、もうおもらししちゃった?」

「ち、ちがっ……んっ…まだ、我慢……して――っ!」

<じゅぃ…じゅぅぅ……>

動揺の隙を突くように新たな温もりが下着に、手に拡がる。

「漏らしてなんか、ない、んっ…我慢して…っ…るし……うぅ……」

負けを認めたくない。綾に会わせたくない。恥ずかしい。
だけど、こんなこと言っても私のこれは既におちびりなんかじゃない。

――……わかってる、我慢勝負の決着はもう――……あれ…?

勝負の内容はなんだったっけ?
我慢勝負……トイレの……。

  ――「先にトイレに行った方が負け、我慢勝負だよ」――

――っ! トイレに行った方が負け? だったら…これは……?

ただの都合のいい解釈かもしれない。
言葉尻を捉えた屁理屈なのかもしれない。
頭が上手く働いてないから何か勘違いしてるのかも。でも――

私は涙目のまま纏衣さんへ視線を向ける。

820事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 16:2021/05/10(月) 23:52:12
「どうしたのー? やっぱりトイレに行く気になったー?」

「い、行かなかったら……んっ…負けにはならない…だよね?」

纏衣さんは少し驚いた顔してから小さくため息を零す。

「そう…(そっちを選ぶんだ……)いいよ、私が先にトイレに行ってあげるから個室に先に入って」

纏衣さんはよくわからないことを言って立ち上がる。
私は言葉の意味と理由を回らない頭で考える。

「もうー察しなさいよー、私の負けでいいよ、貴方の覚悟を汲んで、綾ちゃんに逢いに行かない。
――って、はぁ……もっと早く気付きなさいよー……それ、もうおもらしだし……」

――……勝ち? 会わないでくれる?

「ほら、前を歩いて隠してあげるから立って、まだ我慢してるんでしょ?」

手が差し出される。
私の手が濡れてるってわかってるはず、濡れたスカートを両手で押さえているのだから……。
それなのに……手を貸すってこと? 意味が分からない。

私は意味が分からないまま押さえた片手を離し、その手を掴もうと手を伸ばす。

<じゅぅ…じゅうぅぅぅー……>

「っ!? あ、だめっ、あ、あぁっ!!」

今までよりも多くの量が溢れる。
離した手を再度、押さえるためにスカートの前に戻す。

――っ、止まって! なんで、あ、あぁ、やだぁ、止まってよっ!

止めようとしても、全然力が入らなくて、手で押さえてるから勢いが出ないだけで。
手が熱くなっていく。止められない。我慢できない……。
押さえるスカートの上が光るくらい水浸しになって、冷たくなり始めていたお尻の方がまた熱く濡れる。

「(えぇえー……しょーがないなー)」

呆れるような声が聞こえた後、腕が強く引っ張られる。
押さえていた片手が外れてスカートの中で勢いを増して熱水が渦巻く。

「や、ちょっ――」「ふざけないでっ!」

――っ!?

私が「離して」という暇を与えず、纏衣さんは大きな声で叫ぶ。
周囲が静まり返る。見なくてもわかる、視線がこっちに――やぁ、なんでっ……おしっこ…出てる、のにっ!

そのまま椅子に座り続けようとしたが、強い力で無理やり立ち上がらせられる。
抑えきれなくなったおしっこが立ち上がったことで足を伝い始める。

――み、見られるっ! 知らない人に、沢山の人に……見られちゃうっ!

押さえていた手も放し、なんとか振りほどこうとしたが、逆に振り回されて――

「え……」

私がバランスを失ったと同時に、纏衣さんの手が離れ、さらに胸元を強く押される。

――な、なんで……こんなとこでそんなことしたら――

足が宙に浮き、そして――

<ばしゃーん>

冷たい。
濡れてる……なんで、プール……。

821事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 17:2021/05/10(月) 23:53:02
「ちょっ…ま、私――」

――泳げない。
顔に冷たい水が襲い、喋ることは疎か呼吸すらままならない。
必死に藻掻くが、揺れ動く水面が口より下にならない。

――やだ、溺れるっ!

そう思ったとき藻掻く身体を何かが支えてくれる。
私の手はその何かを強く掴む。

「まさか、足の着くプールで溺れるとは……ほら、落ち着いて」

「はぁっ…はぁ、え……纏衣…さん?」

「落ち着いたら確り足を延ばして、根元さんでもちゃんと届くから」

そう言われて纏衣さんの肩に両手を置きながらゆっくり足を延ばすと確かに底に足が着く。
私はパニックになっていたことに恥じて顔が熱くなっていくのがわかる。

「だ、大丈夫ですか!」

上から声が掛けられる。

「はい、大丈夫です。ちょっと喧嘩しちゃって勢い余って落ちちゃって」

――け、喧嘩? 一方的に落とされた気が……。

「橋からは上り難いので、プールサイドの方へ行きますね」

そう上の先輩に言ってから纏衣さんは私の手を握り、プールの中を進む。

「(おしっこ、終わった? 上がっても大丈夫?)」

前を向いたまま、私にしか聞こえないくらいの声で話しかけられる。
そしてその内容を聞いて思い出す。――そうだ、さっきまで私おもらししてたんだった……。

今は止まってる……どれだけしちゃったのかわからないけど、これだけ濡れてるし、止まってるならプールを上がっても問題ない。
そこまで考えて、ようやく私がプールに落とされた意味を知る。
私のおもらしを隠すため……。声を荒げたのもプールに落とすだけの不自然じゃない理由を作るため。

――……え? 待って……だったら綾にあんなことしたのって……。

バケツの水を綾に頭から掛けた纏衣さん……。
憶測でしかない。今こうして私が陥ってる状況を重ねてるだけ。だけど――

「上がるよ?」

「う、うん大丈夫……」

纏衣さんは私の手をプールサイドに置いて、私の後ろに回る。
上に来ていた先輩に手を掴んでもらい、纏衣さんに後ろから押してもらう。
プールから上がると、今までそれほど気になっていなかった寒さが私を襲う。
後ろでは纏衣さんが一人で軽々とプールサイドに上る。

「ねぇ、貴方たちとりあえずこれ使って!」

そう言って私と纏衣さんに大きいタオルが渡される。
渡してきたのは、背の低い先輩……確か生徒会の人だったと思う。
私たちがプールに落ちたことで先生への報告とかがあるのか別の先輩を一人残して、みんな慌てている。

「こ、更衣室に案内します」

「ありがとう。着替えは一応持ってきてるので大丈夫です」

纏衣さんはそう言ってから、座っていたテーブルに軽い足取りで向かい、私たちの荷物を持ってくる。
私はというと肩を震わしながら貰ったタオルを羽織る。

「寒そうだね」

纏衣さんはそう言うと、自分のタオルを私に被せて、肩を抱くようにして身を寄せる。

……。

――どうして、急に優しく……。
私の事嫌いって……言ってたくせに……。

だけど、振り払う気にはならなかった。
私の想像が正しければ、纏衣さんは綾にひどいことをしたわけじゃない。
目の敵にしていたことが後ろめたい。
それでも引っかかることは幾つかあるのだけど……。
でも、そんなことより今はとりあえず、寒い。
掛けられたタオルも、身を寄せてきた纏衣さんも正直言ってとても暖かい。

822事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 18:2021/05/10(月) 23:53:41
更衣室に着くと温風ヒーターがあり、風もなく少し暖かい。
だけど、残念ながらこの学校には温水が出るシャワー室なるものはない。
纏衣さんは私に掛けられたタオルを取り、私の頭をわしゃわしゃと拭きだす。

「ちょ、だ、大丈夫だから、自分でできるっ!」

「そう? 早く拭かないと冷えちゃうよ」

そう言って纏衣さんは服を脱いで身体を拭きだす。
その姿に一瞬見惚れてしまったが、すぐに目をそらす。

「根元さんの分の着替えも一式あるからね」

「うん、ありが――……なんであるの?」

「もともと今日の勝負は綾ちゃんとする予定だったし、綾ちゃんとの勝負はもうちょっと過酷な我慢勝負の予定だったから」

絶対に着替えが必要になる勝負だったとのこと。
ギブアップ不可能のどちらかがおもらしするまで我慢を続けるデスマッチと言ったところだろうか?

――っ……そんなこと考えてたら……また、したくなってきちゃった……。

きっとさっき全部出したわけじゃなかったんだと思う。
まだ身体を拭いてる途中の纏衣さんに視線をちょっとだけ向ける。

「纏衣さんは……さっきのうちに……その、しちゃったの?」

「してないけどー?」

全然仕草が見えないのに……、だけど、下腹部はちょっとだけ丸く張ってるように見えなくもない?

「割と根元さんってえっちなんだねー」

そう言われて、私は慌てて視線を逸らす。
でも、そんなことよりも、早く拭いて早く着替えないと。
尿意は思っていた以上に早く主張を強めてくる。

私は着替えに手を伸ばして下着――――新品で抵抗感なく履けた――――と肌着を身に着ける。
だけど強まる尿意の主張に、控え目に足を擦り合わせる。

「もうしたくなっちゃったー?」

「っ……」

また目ざとく私の仕草に気が付く。
恥ずかしくて、言葉が出ない。

服に手を伸ばして広げてみると、まさかの中学の時のジャージ……。
だけど、迷っている余裕はなく、足踏みしながらそれを着る。

「着替え終わったー?」

私が着替えを済ますといつの間にか纏衣さんも着替えを済ませていて。
ちなみに、纏衣さんの服は中学の時の制服……なんとなく納得できるけど、理解はできない。

――っていうか、っ……これ、波っ……。

「っ…あぅ……なんで、こんな急に……」

急に大きな波が襲い掛かる。
両手で押さえて、足でステップを踏んで、息を荒げて必死に抑え込む。

823事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 19:2021/05/10(月) 23:54:32
「いっぱい我慢した後って急に来るよー、さっきもきっと途中だっただろうし
飲んだ量も多かったからまだまだ溜まってきちゃうしー」

「っ……く――ぷはぁ、…はぁ……はぁ……」

危うく二度目の失敗を犯しそうになりながらも、どうにか無傷で波を越える。
私は落ち着いているうちに早足に更衣室を出て、隣のトイレへ向かう。

「待ってよー」

そう言って追いかけてきた纏衣さんは私がトイレに足を踏み入れる直前に腕を掴んで引き留める。
ここに来てトイレの邪魔をされるとは思わず、取り乱す。

「や、お願い、ダメ、トイレに――」
「もー、私が先に入るって言ったでしょー?」

――あ、そっか……勝敗はまだ確定してないんだった……。
でも、負けで良いって言ったんだから、私の勝ちで良くない?

纏衣さんは足を止めた私の横をすり抜け、外とトイレの境界を小さくジャンプで越える。

「はーい、私の負けー」

そして纏衣さんはそのまま進み個室のノブに手を掛ける。

「ま、待って! こ、個室は先で良いって…っ……い、言ってなかった?」

「えー? それしちゃう前の根元さんに言ったんだよー?
私もそろそろヤバいしー、どうしよっかなー?」

演技なのかなんなのか私に前を押さえてるところを見せつけてくる。
確かに纏衣さんの方がずっと長い時間我慢してるし、絶対沢山我慢してる。
だけど――

――あ、これっ…や、来ちゃう……やだ、やだっ!

波の気配。
さっきまで落ち着いていたのが嘘のような大きな予兆。
私は纏衣さんに駆け寄り腕に縋る。

「だ、だめなのっ、お願い、っ……待てないっ、絶対待てない、我慢できないのっ……だからっ!」

だけど、纏衣さんは私に構わず扉を開ける。
纏衣さんを掴む手により力が籠る。

――嘘、入っちゃうの? やだ、私……波…またっ…おもらし……やだっ――

824事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 20:2021/05/10(月) 23:55:23
「いいよー早くしてね」

「っ!」

頭の中が真っ白になりかけたところに掛けられた言葉。
顔を上げると纏衣さんが扉を開けて私の方を見ている
私は纏衣さんの腕を離して個室に駆け込む。
後は扉を閉め――

「っ!?? と、扉…閉め……閉めたいんだ――」
「やだよー?」

扉を閉めるために手に力を籠めるが、纏衣さんが押さえていて動かない。
意味が分からない。なんでこんなこと……。
だけど、それを問い質す余裕すら今の私にはない。

――っ、だめっ、もう我慢っ……できないっ!

膨れ上がる尿意に限界を感じて扉を諦める。
おもらししたくない、……その一心で和式のトイレを跨いでジャージと下着に手を掛ける。
後は降ろしてしゃがむだけ……。

「っ……お、お願い閉めてっ……だめっ、おね、おねが――」
「全部見ててあげるね」

――ばかぁ!

「っ、だめぇ!」

限界だった。
ジャージと下着を同時に降ろしながらしゃがみ込む。

<じゅういぃぃぃーーーー>

和式トイレに打ち付ける恥ずかしい音。
大きく呼吸を乱して、僅かに濡れてしまった新品だった下着に視線を向ける。

――あぁ……見られてる、聞かれてるのに……だめ、止まんない……止めたくない……。

二回目の限界はちゃんとトイレでできた。
それだけで、想像を絶する開放感で……
見られているのにも関わらず「止めなきゃ」という理性が「全部出したい」という欲望に負けてしまう。

「はぁ……はぁ……」<ぴちゃ、ぴちゃ>

全部しちゃった。
そんなに長く出てたわけでも、量が特別多かったわけでもないけど……
だけど、限界で……全部見られてるのに……。

私は恥ずかしさを紛らわすようにトイレットペーパーを乱雑に巻き取り
後始末を慌ただしく済まし、下着とジャージを上げる。
若干湿ってしまった下着が冷たく気持ち悪い。

「ねぇねぇー、早く変わってよー?」

そう言って、演技なのか何なのか、もじもじしてる纏衣さんが後ろから声を掛ける。
当然扉越しではない、確りと聞こえる声で。

私は纏衣さんの隣を通り個室を出て振り返る。
纏衣さんが扉を閉めようとしていたので、私はそれを邪魔するために扉を押さえる。

825事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 21:2021/05/10(月) 23:56:02
「へー、そんなことするんだー」

腹が立ってついしちゃってるけど、やってる私の方がなんだか恥ずかしい。
だけど、私は無言で扉を閉められないように力を入れ続ける。

「このまま、貴方に我慢勝負のリベンジ申し込んでみようかなー?」

――っ!

纏衣さんは焦ることなく、背筋を伸ばして私に近づき視線を向ける。
リベンジを提案してきたということは、今の状態からでも、我慢勝負して勝てると思ってる?
そんなことあり得ない……だけど――

「……い、いえ…ごめん……」

私の方に自信がなかった。
押さえていた手の力を緩めると「残念ー」と言って纏衣さんは扉を閉める。
私は個室の扉の前で大きく嘆息した。

<じゅういぃぃーーー>

――っ……これ、纏衣さんの……。

個室の中から聞こえてくる、おしっこの音……。
私はこれを聞かれて、見られて……。

――……凄い……あんなに平気そうだったのに……激しくて、それに長い……。

つい、耳を澄ませて聞き入ってしまう。
コンビニで聞いた真弓ちゃんの音も信じられないくらい長くて圧倒された。
まだ終わってないが、我慢した時間から考えればきっと真弓ちゃんの方が長いと思う。
だけど、真弓ちゃんの時以上に興味と感心を向けてしまう。
それはきっと、この音を立てているのが、さっきまで私と勝負していた纏衣さんだから……。

<じゅぃーー……>

音に勢いがなくなりやがて聞こえなくなる。
思っていた通り、長さは真弓ちゃんの半分にも満たないくらい。
それでも私の倍くらいあったんじゃないかって思う。

……。

――って…私、何聞き入ってるの? 何長さ比較してるの? はぁ…これじゃ変態だよ……。

私は変な思考を頭を振って中断する。
一度深呼吸して、肩を落としながら手洗い場に移動する。
勝負には勝てたけど、完敗したような気持ち。
結局、終始彼女の手のひらの上だったみたいだし、勝った気が全くしない。

水を出して手を洗っていると、個室から纏衣さんが出てくる。
見られたことと、聞かれたことと、聞いてしまったことで直視できない。
私は手を洗い終え、すぐにトイレから出る。

――はぁ……どうしよう……。

なにがどうしようなのか、私自身よくわかっていない。
トイレの前で待っていると纏衣さんが出てくる。

「待ってたのー?」

「ん……」

「嫌いって言ったのは訂正する。英子ちゃんの次くらいには好きになれそうかなー?」

「え、なに? ……誰?」

急な言葉に混乱しながら疑問符を零す。

「英子ちゃん、忘れちゃったー? 今日一緒に来てた子なんだけど……
英子ちゃんは綾ちゃんの次に好きだから根元さん――……ううん、瑞希ちゃんは三番目ね」

思っていた以上の評価に虚を突かれ一歩距離を取るが、視界が揺れてそのまま倒れそうになる。

「っと、危ないよー? ……って大丈夫?」

気が付くと纏衣さんに身体を支えられていて、なんだか身体が寒い。
息もずっと乱れてるし、身体が少し重い……。
音とか聞かれたり聞いたりで、精神状態が安定してないからだと思っていたけど、これって――

「やっぱ、プールに落としちゃったのはよくなかったね……保健室いこっか?」

826事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 22:2021/05/10(月) 23:56:50
――
 ――

「無理させちゃったね」

保健室のベッドに横になってる私に、纏衣さんが声を掛ける。
辛うじて意識を失わずにいたけど……情けない。
ここまで肩を貸してくれた纏衣さんに小さくお礼を言ってから
深呼吸して口を開く。言わなくちゃいけないことだから。

「ごめん……纏衣さんの事…ずっと勘違いしてた……」

「どんな感じに?」

「えっと……綾を騙して…近づいて、血なんて通ってない屑で最低のサイコ女? みたいな感じに」

「うん、もうちょっとオブラートに包もうねー?」

とても正直に言ったけど、濁した方がよかったらしい。
……だけど、実際には嫉妬だったりの私の問題も大きかったと思う。
そんなことを考えていると「瑞希ちゃん」と纏衣さんから声を掛けられる。

「でもね、ある程度遠くで見ていた時の印象は大事にした方がいいよ」

「え…どういう意味?」

纏衣さんは口角を上げて不敵な笑みを浮かべる。

「偶然綾ちゃんがここに来ちゃったら、私のせいじゃないでしょ?」

「? ……うん、まぁ、会わない行動をとってくれてるし……綾の方から来ちゃうのは…嫌だけど、仕方ないとは思う」

嫌とは言ったけど、少し前までの会わせたくない気持ちは幾分落ち着いている。
悔しいけど、嫉妬もするけど……悪い人じゃなかったのならここまでして会うのを邪魔するのは間違ってる。
それは纏衣さんの言う通り、確かにただのわがままだから。

「私たちにタオルくれた人、紅瀬さんだったよね?」

「えっと…生徒会の人のこと?」

私は名前を聞いてもいまいちピンとこない。
一応タオルをくれた人は生徒会の副会長だったはずだけど。

「貴方が通っていた中学校の先輩だよ?」

呆れたように言われても知らないものは知らない。というか知らないのが普通。
交流のない先輩の顔や名前なんて覚えてる人の方が少ない。
――というか、一体何の話?

「その人は綾ちゃんと交流があってね、きっと瑞希ちゃんがプールに落ちて、保健室にいるってこと話してると思う」

……。

「それって――」
「全部私の思惑通りってね。血なんて通ってない屑で最低のサイコ女っていうのは割と的を射ているよー」

私は保健室の時計を確認する。10時9分……もう綾の接客担当時間は過ぎてる。

827事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 23:2021/05/10(月) 23:57:38
<ガラガラ>

「瑞希!」

扉が突然開き、私を心配する声を上げながら入ってくる。それは――

「あ、綾……」

ベッドの隣まで来て、私に心配そうな顔を向けてくれる。
私は小さく「大丈夫、平気」と言うと、綾は小さくため息をついて安堵の表情を見せる。
いつもポーカーフェイスのくせに……そんな顔を見ると嬉しくなっちゃう。

綾は私から視線を外して、保健室にいるもう一人に――――保健室の斎先生はいないみたい――――視線を向ける。
私はなんだかドキドキして……不思議とそこまで嫌じゃない。
私も綾も生徒会の人でさえすべて手のひらの上、私との勝負も結局茶番でしかなかったのに。

――……私、嫌いじゃないというより……もしかして……?

思い返してみても嫌な経験しかしてない。
今でも得体の知れなさを怖く感じる。
結局は好きというわけでもないというのが結論。

「久しぶり、綾ちゃん……」

「……うん、久しぶり紗……」

……。

「え? 何、綾はともかく纏衣さんまで緊張しちゃうの?」

「一体私を何だと思ってるの……」

「血の通ってない人?」

「綾ちゃんといるときは可憐で可愛い女の子だから、ていうか空気読んで気配殺しといてよー」

「絶対嫌」

「……ごめん紗、この調子だと瑞希が迷惑掛けてたんじゃない?」

――なんで綾が謝るのっ! 迷惑を掛けたのは――わ、私かもだけど
でもそもそも振り回してきたのは――わ、私もだけど……。

……。

「大丈夫、瑞希ちゃんと色々回って楽しかったよ、最後瑞希ちゃんおもらししちゃったけど」
「ちょっ、ちが、綾……――あーもう、なんで言っちゃう? 普通言わない感じじゃないのっ!?」

私は真っ赤になり一瞬誤魔化そうと思ったが、纏衣さん相手だと絶対無理そうな気がして素直に認める。

「え……もしかして、プールに落ちたっていうのは……」

「うん、おもらししちゃったから私が落として誤魔化した……綾ちゃんの時のようにね」

――……やっぱり、そういうことなの?

綾は纏衣さんの言葉に顔を赤くすることで認めてる。
あの日誰もが纏衣さんを非難していたけど、本当は助けていたというのが真実。

「でもーびっくり、瑞希ちゃん全然察してないんだもん、一瞬でもその可能性を考えた人の方が多かったんじゃない?」

「えっ! そうなの?」

私は驚きの声を上げながら纏衣さんを見ると、私の視線を確認してから綾の方に視線を向ける。
私も纏衣さんの視線を追うようにして綾を見る。

828事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 24:2021/05/10(月) 23:58:08
「……うん、直接は言ってこなかったけど、そういう会話……耳にはしてた」

「私が転校する直前では、私がひどいことしたっていうのが優勢だったとは思うけどね」

「……瑞希はそういうの感じ取れてなかったから……余計言えなくて……」

……。

「瑞希ちゃん本当空気読めないからー」

「ほ、ほっといてっ!」

結局、私が勝手に勘違いして纏衣さんを悪者扱いしていた。
何も気が付けなかったことが悔しくて恥ずかしい。

「でも、綾ちゃんが我慢してるのを私が邪魔したから、おもらししちゃったんだけど」

――え?

「……いや、でも紗を怒らせたの私だし……水掛けて誤魔化してくれたのに、教室で本当の事言える勇気があればよかった……ごめん」

……。

「えっと、ごめん、結局どういう経緯だったの?」

結局誰が悪いのか良いのかわからなくなって私は二人に質問する。

「綾ちゃん、話してあげたら? 私たちの事で瑞希ちゃんに沢山迷惑を掛けちゃったし
あの時の事、私は知る権利、あると思うなー」

纏衣さんの言葉に綾は小さく頷いてから時間を確認する。

「……もう少ししたらちょっと用事あるから……えっと、簡単になら――」

829事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。-EX-:2021/05/11(火) 00:00:42
**********

――紗の奴……何が…せ、性癖よっ! ちょっと好きなだけじゃない性癖じゃないしっ。
っていうか、いつまで一人で……、ま、まぁ……寂しいとかそういうんじゃないけど……。
むしろ、振り回されなくて助かるけど……けど――

色々回ったが、やっぱり一人は詰まらない。
真弓ちゃんか歌恋ちゃんか……あるいは紗の言うように朝見さんと合流すべきだろうか?
幸い、全員連絡先はわかる。まぁ、歌恋ちゃんは中学卒業を最後に一度も連絡してないけど。

――……苦手なんだよね……おしっこなんていくらでも我慢できるとか思ってるような人だし……。

あの日――私と朝見さんが失敗した日。
教室で黒板を消しながら、あとちょっとを我慢できなかったことが、悔しくて、情けなくて。
バレるんじゃないかって恐怖と焦り、いろんな感情が渦巻いていた時。

  ――「えー、なにそれ? 大丈夫だって、中学生にもなって我慢できないとかありえないじゃん?」――

別クラスだけど少し交流があった歌恋ちゃんの声が廊下から聞こえてきた。
その言葉に、鼻の奥が一気に熱くなって、惨めな気持ちが一気に膨らんだのを覚えてる。

――あー、歌恋ちゃんって未だにあんな感じなのかな?

3年の時苦手意識を持ちながら仲良くしていたが、1年の時同じクラスの人が、私のおもらしの事を言わないか気が気じゃなかった。
苦手ではあった、けど接していると割と良い人っていうのはよくわかる。

――……歌恋ちゃんおもらしとかしたことないのかなー? しちゃうとしたらどんな感じなんだろ?

言い出せない性格じゃないと思うから、閉じ込められてとか?
あるいは怖いのがダメだったから夜トイレに行けなくて朝まで我慢できなくて、みたいな?
量はどうなんだろ、あの「我慢なんて余裕」みたいな発想から考えれば、すごく大量?
おちびり繰り返すタイプ? 一気に出ちゃって止めれない感じ? 取り乱しちゃう? 案外ドライ? あー見てみたいなぁ……。

「ね、ねぇ……」

喧騒の中、控えめな声量で後ろから声を掛けられる。
その声は最近電話越しで聞いたものだった。

「え、あ、朝見さん?」

振り向いた先にいた人。多分朝見さん。
正直に言えば長く会っていなかったので容姿をはっきり覚えていない。
物凄く髪が長い――こんなに長かったっけ?
ただ、髪に結びつけられたリボンの位置には何となく覚えがある。

――というか、何で残念な物を見てるような視線を向けられてるんだろう?
電話で変態と言われたし、仕方ないと言えば仕方ない?

朝見さんは一度小さく嘆息してから表情を柔らかくして視線を向ける。

「お久しぶり……でいいのかな? 黒蜜さんに誘われて?」

「あ、いや、友達の子が此処にいる銀髪の子に会いたいって言ってて、会えなかった時、暇だからついてきて――みたいな話」

私はそういうと少し驚いた表情をして少し目を伏せる。

「え? もしかしてその銀髪の子って朝見さんとも知り合い?」

「……えぇ、まぁ……ちょっと探してたところというか……」

視線を逸らして少し恥ずかしそうにする朝見さん見るに
その銀髪さんとやらは相当な女たらしなのだろう。
でも、探していたということは連絡先を知らないってこと? あまり親密な仲というわけではない?

――あーでも、くそぅ、一緒に文化祭回りたい人がことごとく銀髪さんに……そんなに魅力的な奴なの?
まぁ、でもそういう事情なら――

「それじゃ、その銀髪さんが見つかるまで一緒に見て回らない? 一人じゃ詰まんなくてさ」

「え、えぇ、別に構わないけど……私なんかで良いの?」

これも何かの縁。
連絡とらずにばったり会った朝見さんと回るのも楽しいだろう。

「いいのいいの、何とは言わないけど同士でしょ私たち」

共通の失敗体験を持つ仲間。
……よくよく考えると私、恥ずかしい事言ってる?
だけど、その言葉に恥ずかしさを感じるのは彼女も同じ。

「っ……、貴方と違って変な趣味は持っていませんから」

「えー、魅力を伝えたーい」

反撃と言わんばかりの返しに、恥ずかしいのを隠しつつ、明るく振舞う。
紗の言う通りになって少し癪ではあるが、一応有意義に文化祭を楽しめそう。

おわり

830名無しさんのおもらし:2021/05/11(火) 13:17:27
お腹が丸く張るまで我慢出来る紗は我慢強そう
主人公の子と紗の我慢勝負が見たいです

831名無しさんのおもらし:2021/05/11(火) 20:39:53
更新ありがとうこざいます待ってました
今回も最高です。
次回も楽しみにしてます。

832名無しさんのおもらし:2021/05/12(水) 22:56:11
>>829 更新ありがとうございます。今回も最高でした!!

833名無しさんのおもらし:2021/05/12(水) 23:54:13
更新ありがとうございます。
もうシリーズ8年目の長期連載?になるのですね。
綾菜と瑞希の中学からまゆと呉葉の中学に転校したキーパーソンってことになるのかな?
物語の大きな謎になる中学時代がついに明らかになってきてわくわくします。

834名無しさんのおもらし:2021/05/14(金) 13:54:11
鈴葉さんにまたおしっこ我慢してほしい

835名無しさんのおもらし:2021/05/20(木) 20:54:44
年下の前で必死におしっこ我慢する女の子っていいよね

836名無しさんのおもらし:2021/11/10(水) 06:18:41
上げ

837事例の人:2021/12/09(木) 00:39:13
>>830-835
いつも感想などありがとうございます
シリーズ8年……長期連載かもですがいつの間にか年2〜3回くらいの季刊連載以下に……
紗と綾菜の我慢勝負……いつか実現したいですね(いつだ)
特に記載はないですが、紗の転校先ですが真弓と呉葉の中学校ではないです。なので紗と英子が知り合ったのは高校からとなります
鈴葉さんの出番は実は最近書きました。が、ここでは公開不可能ですので多分再来年(遠すぎ)PIXIVで公開すると思います。……多分、きっと

そういうわけで特に投稿に問題がなければ追憶6です、前回の保健室でのやり取りとなります。

838追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。1:2021/12/09(木) 00:41:46
10時になり服を制服に着替え、教室の外で身体を伸ばす。
隣を見ると弥生ちゃんも私の真似をするようにして身体を伸ばしていて――……可愛い。

<♪〜〜>

弥生ちゃんに声を掛けようと思ったところで私の携帯が鳴る。
私は弥生ちゃんに、ごめんと言って少し離れて相手を確認して応答する。

「もしもし? 椛さん?」

相手は椛さん。
一緒に文化祭を回ろうとかなら嬉しい話だけど
昔と違い、特に用事がない場合は電話でやり取りなんてしない相手。
ということは、文化祭がらみの事務的な話かトラブルか、あるいは生徒会がらみの話かもしれない。

  「あ、綾! えっと……綾のクラスの名前は知らないけどおさげの子!
  あの子、うちのカフェに来てプールに落ちちゃって、今保健室に行ってるっぽい!」

「え!? ……おさげって……もしかして瑞希?」

  「ごめん、名前はわかんない、でも私たちと中学一緒だった子だと思う」

同じクラス、おさげ、中学一緒……そこまで揃えば瑞希で間違いない。
慌てて出て行って一体なにを……。

「……うん、多分瑞希、連絡ありがと、保健室見てくる」
  「あ、待って……それと、もう一人見たことある子が…一緒にいて……」

電話を終えようとしたとこで椛さんが慌てて静止を掛けるが、続く言葉は珍しく歯切れが悪い。

  「えっと……赤のリボン、いっぱい付けてる子…なんだけど」

――っ!

  「その子も中学で見た事ある子で、確か綾と仲良かった気がしたけど……
  ただ、……途中居なくなってから……えっと――」

椛さんは私の性格が変わった時期と彼女が転校で居なくなった時期を確り結び付けてるみたいだった。
だから、伝えなきゃいけないけど、簡単に触れて良い話かどうかで迷っていて。

「……あ、ごめん気を使わせてる? 大丈夫……まだ私の上げたリボン付けてるんだね……紗は……」

  「綾のリボン? もしかして昔、私と雪が綾に上げた奴?」

「……うん、多分今も少しだけ引き出しに入ってるよ」

なんで欲しがったのか覚えてないけど、二人からプレゼントされた大切なリボン。
昔はそれを誰かを元気付けるためとかによく配ってた気がする。
紗の時は、勝負で負け越した数だけ付ける罰ゲームみたいに使ってたけど……。
紗と疎遠になってから、リボンの存在をすっかり忘れていた。
正確には忘れていたというよりも、紗を思い出すから忘れようとしていたのかもしれない。

  「そう、とりあえず、伝えたからね」

私はその言葉にもう一度お礼を言って通話を切る。

――……というか、椛さんよく中学時代の下級生の顔覚えてるなぁ……。
リボンの目立つ紗はともかく、瑞希とは一年間しか見る機会なかったのに。
まぁ、それよりもあの二人か……。

紗と瑞希――朝の瑞希の行動は紗を見つけての行動? ……二人の状況が気になる。
瑞希は紗の事を目の敵みたいに思ってる。
多分私のためだから嬉しくもあり申し訳なくもあるわけなんだけど。

839追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。2:2021/12/09(木) 00:43:26
「電話おわりましたか?」

後ろから聞こえる弥生ちゃんの声に振り返る。
上目遣いで可愛い。だけど、雛乃との約束の時間までの間、一緒に文化祭を回りたかったがそうもいかなくなった。
一緒に保健室へ――とも思ったが、紗がいる可能性がある以上、人見知りの気がある弥生ちゃんを連れて行っても気を悪くさせるだけ。

「?」

首を傾げる弥生ちゃん――いちいち可愛い。

「……ごめん、これから委員長の仕事的なの入っちゃって……雛乃との約束の時間までには切り上げてくるから」

「えっ…そ、そうですか………」

露骨にショックを受けシュンとする弥生ちゃん。
庇護欲が掻き立てられる一方で、微妙に加虐心が煽られるのは、私が悪いのか弥生ちゃんが悪いのか……。

弥生ちゃんの姿に若干後ろ髪を引かれるが、歩幅を大きくして、保健室へ急ぐ。
緊張は少ししてる。だけど、思っていたよりも会うことを恐れていない。
紗のしたこと、私がしたこと、紗の真意……何から話せばいいのかわからないけど
今はちゃんとお礼を言いたい。ちゃんと謝りたい。その気持ちが強い。
結果的に最後に手を差し伸べなかったのは私なのだから。

――って、紗もだけど、それよりも瑞希……プールに落ちて保健室って、熱でも出した?

保健室前、私は躊躇なく扉を開ける。

<ガラガラ>

「瑞希!」

「あ、綾……」

ベッドで寝ている瑞希に私は駆け寄る。
なぜか中学の時のジャージを着てるが……視界の端にいる紗の趣味な気がする。

「大丈夫、平気」

少し上気した頬を見るに熱はあるのかもしれないが、確りした物言いに安堵する。
私は瑞希から視線を外して、隣にいる紗に向き直る。

「久しぶり、綾ちゃん……」

紗の声……。
その声はとても懐かしくて。

「……うん、久しぶり紗……」

――……えっと、え、なんか今になって凄く緊張してきたんだけど……。

それは紗も一緒だったらしく視線を逸らして髪を弄っている。
ただ、演技にも見えなくない……。
その様子になぜか私の緊張が和らいでいくのを感じる。

「え? 何、綾はともかく纏衣さんまで緊張しちゃうの?」

私が声を再度かけようとすると、瑞希が言葉を挟む。
もう数秒だけ待ってもらえたら良かったんだけど……。

紗は瑞希の言葉に少し表情を変えて嘆息してから口を開く。

「一体私を何だと思ってるの……」

「血の通ってない人?」

「綾ちゃんといるときは可憐で可愛い女の子だから、ていうか空気読んで気配殺しといてよー」

「絶対嫌」

冗談ではなく両方本気の言葉だと思うが、思った以上に険悪なムードではないことに驚く。
瑞希なら掴みかかって行っても不思議に思わないくらいには心配してたんだけど。

「……ごめん紗、この調子だと瑞希が迷惑掛けてたんじゃない?」

なんとなく想像を裏切った瑞希を味方する気にならず、紗寄りの発言をしてみた。
視線の隅で瑞希が不満そうな顔を見せているのがわかる。
実際こういうことになってるんだから、瑞希も被害者なのは間違いないわけだけど。

840追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。3:2021/12/09(木) 00:43:54
「大丈夫、瑞希ちゃんと色々回って楽しかったよ、最後瑞希ちゃんおもらししちゃったけど」
「ちょっ、ちが、綾……――あーもう、なんで言っちゃう? 普通言わない感じじゃないのっ!?」

――……。
えっと? おもらし?

真っ赤になって否定しようとしてから、なぜか開き直るようにして瑞希は紗に文句を言う。
私は今のこの状況がどういう経緯からなのか理解し始める。

「え……もしかして、プールに落ちたっていうのは……」

「うん、おもらししちゃったから私が落として誤魔化した……綾ちゃんの時のようにね」

――……あー、言っちゃうんだそれ……まぁ、仕方ないけど。

仕方がないとは思っても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
瑞希から視線を逸らして口を噤む。

「でもーびっくり、瑞希ちゃん全然察してないんだもん、一瞬でもその可能性を考えた人の方が多かったんじゃない?」

「えっ! そうなの?」

――……そうなんです。

「……うん、直接は言ってこなかったけど、そういう会話……耳にはしてた」

私は視線を逸らしたまま感情を出さないようにして答える。

「私が転校する直前では、私がひどいことしたっていうのが優勢だったとは思うけどね」

「……瑞希はそういうの感じ取れてなかったから……余計言えなくて……」

それでも言うべきだったと思う。
瑞希が一番私を心配してくれて、誰よりも最後まで私に声を掛けてくれていたのだから。

……。

「瑞希ちゃん本当空気読めないからー」

「ほ、ほっといてっ!」

紗が私の思いを察してか、瑞希を茶化すようにして場を和ませる。
――和んでるよね?

「でも、綾ちゃんが我慢してるのを私が邪魔したから、おもらししちゃったんだけど」

――……えぇ、それも言うの?

……。

「……いや、でも紗を怒らせたの私だし……水掛けて誤魔化してくれたのに、教室で本当の事言える勇気があればよかった……ごめん」

「えっと、ごめん、結局どういう経緯だったの?」

――……やっぱりそういう流れになるの?

私は助けを求める様に紗へ視線を向ける。
それに気が付いた紗が少し微笑んだ気がして、諦めがつく。
初めからこういう流れになるように、紗が誘導したのだろう。

「綾ちゃん、話してあげたら? 私たちの事で瑞希ちゃんに沢山迷惑を掛けちゃったし
あの時の事、私は知る権利、あると思うなー」

私は頷く。
それは正論なのだから。

時間を確認すると雛乃との約束まで後15分くらい。

「……もう少ししたらちょっと用事あるから……えっと、簡単になら――」

841追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。4:2021/12/09(木) 00:44:55
――
 ――
  ――

「綾ちゃん、最後流したー……さいてー」

紗はリボンを一つ髪から解き私に押し付ける様に渡してから体育倉庫から出ていく。

――あー…やっちゃった……そりゃそうだよね、いくら負け込んでるからって手を抜いた相手に勝っても嬉しくないか……。

少し考えれば簡単にわかること。
だけど、最近の紗はどこかイライラしていて……。
実際勝負の後が一番機嫌が悪かったので、バレないように負けてしまえば――って魔が差してしまった。

暗い気持ちで教室に戻るとクラスメイトが声を掛けてくる。

「さっきの400m走惜しかったね、もうちょっとだったのに……」
「気にすることないよ、あのリボン負けの数だよね? 最近だって綾の圧勝だったじゃん!」
「次は余裕の勝利を見せてやればいいよ!」

私は苦笑いしながらそのみんなの言葉に頷く。
手を抜いたって気が付いたのは紗だけ。

私は紗の席の方へ視線を向ける。
先に教室に戻っていた紗は私に冷たい目を向けて、すぐに前を向いてしまう。

「(何あれ、流石に感じ悪くない? いつも負けてるくせに……)」

私は友達の言葉にチクリとした痛みを胸に感じる。
悪いのは私、紗は悪くない、私が手を抜いたから……。
だけど言えなかった。勝負を楽しみにしてるクラスメイトに今日の勝負はわざと負けてあげたなんてこと。
クラスメイトを裏切ることになるかもしれない。……小学校の時のように、私から離れてくかもしれない。
逆に、手を抜いたのが勝負の後に機嫌が悪くなる紗の為だと知れば、今より紗への風当たりがより強くなるかもしれない。

――……本当失敗した……。

――
 ――

「雛倉綾菜、私と勝負しましょうー?」
一週間に数回そう言ってくる紗だったのに、もう一週間以上その言葉を聞いていない。
もともと紗は勝負事以外で私と会話――いや、私に限らず誰かと会話することが少ない。
会話の回数で言えば瑞希が圧勝なのだけど……私としては紗も瑞希も同じくらいの仲だと思ってる。

――勝負を持ち掛けてこないから、話すこともない? 一週間一度も話してない……。

日常会話が普段から少ないだけに、どう判断したものか……。
機嫌が悪い気がする紗に私から話しかけていいのか、悪いのか。
三日を過ぎたあたりから、タイミングを完全に逃してしまった気がする。

それでも、今日こそは話しかけよう。
今日朝から少し熱っぽいし……もしかしたら明日の金曜日休んでしまうかもしれない。
そうなると土曜も日曜も休みなので、話す機会が週明けになってしまう。それだけは避けたい。

そう思っていたのに昼休みがもうすぐ終わる。
私は持参しているペットボトルのお茶を一気に飲み干す。

――はぁ……情けない……っ。

ふと、尿意を感じる。
一応あと6分ほど時間があるから急げば5時限目に間に合う。
今まで紗のことで悩んでいて気が付いていなかったが、朝済ませてから一度もトイレにいっていない。
尿意を自覚してすぐだけど、尿意の主張は思いのほか大きい。
5時限目が始まる前で助かっ――

『あー、トイレ行きたい……』

――っ!? 『声』……私の目の前の……。

昼休み、給食を食べ終わって私の机を囲む友達の一人。
私の前の席の菊月 莉緒(きくづき りお)。
私と同じくらいの尿意を感じている『声』。

……。

私は席を立たず、話を続ける。
まだ、我慢できない尿意じゃない。
このまま我慢していれば、きっと良い『声』を聞かせてくれる。

……本当は紗と一刻も早く言葉を交わし、仲直りすべきだと自覚はしてる。
だからこれは今だけの現実逃避。――楽しんでそれから放課後、ちゃんと話そう……。

842追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。5:2021/12/09(木) 00:45:55
<キーンコーンカーンコーン>

授業の開始を告げるチャイムが鳴る。
前の席の莉緒ちゃんは椅子を前に向けて机の引き出しから教科書を取り出す。

『結局言い出せなかったー……我慢できるかな? できるよね? もう小学生じゃないんだし……』

――それはどうかな? 小学生より我慢できる量は増えてるだろうけど、許容量ってあるものだから。

ましてや、我慢できるかどうか不安を感じるほどの尿意。
小学生じゃないからこそ、自分の置かれている状態をちゃんと理解して出てくる不安。

……。

――わ、私は大丈夫……だよね?

私自身僅かだけど不安に感じてる。
『声』を聞くために我慢してきた経験はそれなりにあるし、危なくなるまで我慢していたことも少し失敗した経験もある。
そんな私が不安に感じているということがどういうことなのか……。

――いやいや、大丈夫50分くらいなら、なんとかなる……はず……。

結局不安を拭えないまま、机に向かい授業を受ける。
普段なら余裕を残して間に合う程度の尿意。
だけど、昼休み開け――つまり水分をそれなりに摂った後の授業なのを加味すると……。

そんな中、時折前の席の莉緒ちゃんが座りなおしたりしていて、落ち着きがないのが見て取れる――可愛い。
私と同じくらいの尿意を感じていると思っていたが、私より僅かに強い尿意を抱えているとみてよさそう。

『っ……うぅ…や、やっぱ行っといたほうがよかった……綾菜の前だったし、言い出しにくかったけど、これ、結構辛いよ……』

――私の前だと言い出しにくい? なんで? 私、トイレに立ったくらいで怒ったりしたことないんだけど……。
他に理由があるとしたら……変態的な視線を感じ取って……とか? いやいや、それは隠せてる自信あるし。
隠せてなかったら、こんな変態と友達してくれてないでしょ……。

『あーうー、どうしよう我慢できないかも? 綾菜に仕草とか見られてるよね? おもらしは以ての外だけど
我慢の仕草も恥ずかしいし、それならさっさとトイレの許可貰った方が、印象良いのかな?』

――印象? それって私からの? ……えっと、もしかして私、滅茶苦茶慕われてたりする?
幻滅されないためにって……そういう風に聞こえるんだけど……。

私にトイレに行くことを悟られたくなくて言えなくて
我慢の仕草を見られるのも恥ずかしくて……。

なんだか嬉しくて、気恥ずかしくて、それにちょっと申し訳なくて。
ただの自意識過剰かも知れないのに……――はぁ、浮かれてるよね。

『思えば朝行ったきりだったっけ? っ……はぁ、そりゃ、こうなる……っ…よね?』

手で下腹部を撫でるような仕草。
長時間かけてゆっくり膨らんできた膀胱。
そして今、昼休みを終えて摂取した水分で勢いを加速させ、追い打ちを掛けるようにして膀胱を膨らませてる。

――まぁそれは、私も一緒…だけど。

条件は同じだけど、厳密には取った水分量や物、汗や呼気から失われた水分が違うし
恐らく我慢できる最大量も違うだろう。

――きっと私の方が我慢できる量自体は多いよね?
自分の我慢できる量を知っておきたくて、ちょっと前に雪姉の真似して一度だけ計量したけど――――冷静になると滅茶苦茶変態みたいなことしてた……――――
結構限界まで我慢して800mlくらいだったし。
もうちょっと無理してギリギリまで我慢してたら850ml、もしかしたら900mlくらいまで行けてた気もする。
900mlと言えば年齢的に平均の倍くらい我慢できてるはずだし。
……。
だから私は…大丈夫……。

……。
一般的な膀胱容量の平均値は知ってる。
それを単純に我慢できる限界量の平均としてみるのは少し安直なのだということもわかってるつもり。
これは厭くまで私の見解ではあるけど
膀胱の大きさは確かに個人差が激しいが、医学などで使われてる数字はあまりに低く見積もりすぎてる。
理由は簡単、限界量の判断が最大尿意、つまり自己申告制で我慢できませんと認めたとき――――場合によっては膀胱内圧も加味するが――――であって
本当に我慢できなくなってあふれ出したときじゃないから。
普通に考えて、限界を申告する段階って、見っとも無く息を荒げて前を押さえて
おもらしの可能性を感じるギリギリまで我慢、あるいはおちびりが始まるまで……なんてことないだろうから。

だから、私が平均の倍くらい我慢できるなんて根拠は全くないわけで。
そんな根拠があったからと言って、大丈夫なんてことあるわけなくて。

ただ、私が不安に感じてるから、どうにかその不安を払拭する理由を探していただけで……。

――っ……。

私は認めたくないだけ、本当はかなり我慢していることを。
このまま我慢を続けたら、間に合わない可能性を僅かながら感じていることを。

843追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。6:2021/12/09(木) 00:46:52
『っもうダメ、このままじゃ間に合わないっ!』
「せ、先生っ……えっと、と、トイレに行ってきても…いいですか?」

『声』と「声」に私は視線を上げる。
莉緒ちゃんの髪の隙間から見える耳は真っ赤で……。
授業が終わるまで25分が待てない。
待てるのならそんな真っ赤になってまで申告する必要なんてないのだから。

先生から許可が下り消え入りそうな声で「すいません」と言って席を立つ。
もじもじとした落ち着きのない仕草、あたふたした仕草がとても可愛い。
椅子を机に押し込み、席を離れる一瞬、莉緒ちゃんがこちらに視線を向けた。
見えた顔はやっぱり真っ赤で、目は少し潤んでいて……だけど、その表情は私に長く見せることなく
すぐに視線を外して、さっきよりも慌てたようにして教室を出ていく。

『おしっこっ……綾菜に見られたっ……トイレ、我慢……恥ずかしいっ……あぁ、もう限界っ……』

……。
まるで私がおしっこしてるところを見た、みたいな言い方だけど、全くそんなことはない。
ただ、少しパニックなって思考があふれてるみたいな感じ。
本当に限界で……可愛い。

――はぁー、ふぅ……私は、我慢しないと……。

可愛いを楽しんだのだから後は私がちゃんと我慢。
なんとなく、遠足は帰るまで、みたいな……。
気を抜いちゃいけない。抜けるわけない。
私は授業中にトイレに行かない。

――どうして? 行ってもいいのに……。

いつからだろう……そう考えてすぐに思い至る。
小5の春、おもらししたあの子に手を差し述べてから。
あの日以来、私は授業中にトイレに行こうと思わなくなった。
トイレを申告できることがあの子を傷つける行為に思えて。
そういう行動をずっと学生の間続けようと思っていたわけじゃなかったが
一度そうしようと思ってから、その行動を変えることができないでいた。

――いつの間にか、酷く恥ずかしいことだって……思っちゃってるもんね。

だって私は今みたいに授業中にトイレに行く子のことが恥ずかしい子で可愛いと思っちゃってる。
そういう視線を私は向けられたくない。

――はぁ……っ、本当に、勝手な話だよね。

自分は見て『聞いて』楽しんでいるのに、逆の立場は嫌なのだから。

……。
教室の扉が開き莉緒ちゃんが教室に戻ってくる。
特に皆笑っているわけでもないが、無関心というほどでもなく
先生に向かって小さく頭を下げて席に戻る莉緒ちゃんに視線を向けている人も割と多い。

――やっぱり、我慢……我慢しなきゃ。

見てる分に構わないがやっぱり当事者にはなりたくない。
休み時間まで残り20分弱、ここで言い出せば莉緒ちゃん以上に切羽詰まっていると宣言しているようなもの。
さらに言えば先生に「あと15分だけど我慢できないか?」みたいな無神経なことを聞かれるかもしれない。
莉緒ちゃんの時も少し不満そうな顔を隠さなかった先生……二人目にはより厳しい目を向けるはず。

――だから我慢するしかない……。

……。
違う、そんなの私が行きたくないだけ。
選択を狭めているのは明らかに私自身……。

本当に失敗した。
こんなに辛くなるなんて。
自分自身がまさか尿意を感じて40分ほどで……。
……考えなかったわけじゃない、不安に感じていたのは確か。
だけど……いざ尿意が切迫してくると考えが甘かったと言わざるを得ない。

椅子の下で足先を組み替え、小さく揺すって……視線を黒板より少し上に向ける。
見えるのは時計、休み時間まで残り14分。
ゆっくり息を吸ってゆっくり吐く。
そうしてまた足先を組み替えて……。

――一番後ろの席で良かった……こんなの見られたら感付かれちゃう……。

膀胱が張ってるのが触らなくてもわかる。
計量してみたとき、これくらいだった?
あの時はもっと波があった気がしたけど、こんなに張り詰めた感じはしなかったと思う。

844追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。7:2021/12/09(木) 00:47:47
……。

しばらくして私は再び視線を上げて時計を見る。
休み時間まで残り9分。
時計の秒針は正しく動いているのに、全然時間が進んでくれない。

<バタンッ>

「っ!」

突然物音が鳴り私は驚く。
それと同時に――

――っ……な、波が、え? こんな急にっ……!?

今まで落ち着いていたのが嘘のように大きな波が襲い掛かる。
思わず手がスカートの前を押さえる。

「あー、わるいわるい」

そう謝罪の格好だけしたのは先生。
音の正体は黒板消しを床に落とした音。

――っ、悪いじゃすまないって……はぁ……んっ……。

波を越えて手を離しはしたが、尿意の感じがさっきまでとはまるで違う。
少し気を抜いたところで失敗にはならない、均衡が保たれてるって感じだったのに
今はゆらゆらと不安定で、気を引き締めていても僅かな切っ掛けで溢れてしまいそうで。
完全にさっきの音に動揺して、崩れてしまった。

私はまた時計に視線を向ける。
残り7分――だめ、ここまで来て言えるわけないっ……はぁ…あと7分くらいっ……我慢、しないと……。

「(っ……はぁ…んっ……っ!)」

自身の息遣いが荒いことに気が付き、口を噤む。
周りに気が付かれてはいないと思うが、顔が熱くなるのを感じる。
呼吸を抑えるのも危うくなってきた。

――あぁ、だめ、これ、また波……んっ……きちゃう……。

来させちゃいけない。
今ですらこんなに仕草を抑えられなくなってきてるのに、もし波なんて来たら……。

右手がスカートの前に深く谷を作る。
谷の奥で中指と薬指で揉み込むように押さえる。
凄く見っとも無い、恥ずかしい姿……。
だけど、目立つことなくバレなければいい。

――っ、波、来ないで、もうちょっとだから、落ち着いて……お願いっ……。

祈りが届いたのか、あるいは見っとも無い押さえ方が功をなしたのか
幸い、波の気配は近づいてこない。
なんとか今はこれでやり過ごす。すごく見っとも無いけど、我慢が誰かにバレるよりずっといい。
誰かに押さえてるところを見られていないか、視線だけで周囲を確認する。

――え、あっ…今一瞬……き、気のせい?

視線を紗に向けたとき、一瞬目が合ったように感じた。
紗の席は私とはかなり離れていて、態々斜め後方を見るなんてことするとは思えない。

――う、うん……きっと、気のせい……。

<キーンコーンカーンコーン>

いつの間にか時間は進み、授業終了をチャイムが知らせる。
周りが騒がしくなると同時に私は手を前から離す。
そのあとすぐに号令となり、礼を済ませた私は着席することなく廊下へ出る。

845追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。8:2021/12/09(木) 00:49:13
――はぁ…良かった、間に合う、ほんとにもう限界っ……トイレ、んっ…おしっこっ……。

まだ油断していいわけじゃないのはわかっているが、チャイムが鳴るまで押さえていたためか、波の気配はまだ遠い。
限界ではあるけど、トイレまでは十分に間に合う。例え今波が来てもなりふり構わず我慢すれば間に合うくらいの余力はあるはず。

トイレが見えてきた、同時に波が迫るのを感じるが、ここまで来てしまえばあと少し。
それでも溢れそうで手をスカートの前に当てて足早にトイレの中へ入る。
個室も空いてる、大丈夫、間に合っ――

――っ!?

トイレに入ってすぐ、押さえていない方の二の腕が後ろから摑まれる。
直後、振り返る間もなく、強く後ろに引かれ、そのまま振り回されるようにして、背中を壁に押し付けられる。
勢いで頭を壁にぶつけると思って目を塞いでいたが、後頭部には私を引いた人の手が添えられていたらしく、痛みを感じることはなかった。

私はゆっくりと目を開く。

「っ…す、紗!?」

「そんなに急いでどうしたのー?」

目の前にいたのは紗。
私はわけがわからず数回瞬きをして、だけど、すぐに紗の視線が私のスカートへ向けられてるのに気が付き、押さえていた手を離す。

「おしっこ、限界なんだー?」
「え、ち、ちがっ――っ!!」

恥ずかしい指摘に誤魔化すために無駄に前に出した両手。
それを流れるような手つきで両方とも掴む――な、なに? なんなの!?

「こんなにスカート皺だらけにしてー」
「ちょ、一体――」
「行儀の悪い手は上がいいかなー?」

摑まれた両手が頭の上に持ち上げられ、それを片手で壁に押し付け固定される。
手を解くことができない。変に力を入れられないのもそうだけど、そもそも紗の力が強すぎる。
背筋が少し延ばされ、下腹部が圧迫されて――

「っ……ま、待って、離してっ……やぁ、んっ……ふぅ…っ……」

両手を固定されているせいで押さえることもできない。
必死に足を擦り合わせて尿意に耐えるが、そう長くは持たない。
一刻も早くトイレへ――個室へ飛び込まないと、本当に間に合わないのに。

「凄く良い声。それにしても…お腹パンパンで石みたい、どうしてこんなになるまで我慢してたのかなー?」
「っ!! さ、触らないでっ! わ、わかってるなら、離してっ、やぁ…はぁっ……も、もれちゃう…からっ……」

強い力ではないが、中指で下腹部を下から上になぞられる。それを切っ掛けに尿意が更に増した気がして、本当に溢れてしまいそう。
さっきの壁に押し付けられた衝撃で出ちゃわなかったのも、押さえていたとはいえ割と奇跡的な気がする。
今は衝撃はないけど、押さえることも、身体を深く前傾姿勢にすることもできない。
その上、もうすぐだったはずのトイレのお預けとトイレ内にいる意識から尿意が際限なく膨らんで、私を追い詰める。

どうして紗がこんなことをするのか……怒ってるから?
だけど、今はそんなこと深く考える余裕なんてない。
片膝を上げて出口を圧迫して――

「雛倉綾菜、勝負しましょう。たったの20秒我慢出来たら綾菜の勝ちー、解放してあげるー」

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz75971.png

846追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。9:2021/12/09(木) 00:50:46
――っ!

ずっと待っていた――求めていたいつもの言葉。
そのはずなのに、私は首を横に振る。
それを見ても紗は何も反応を示さず、数字を数えだす。

「いーち、にー、さーん」

「っ……はぁ、ダメ、本当に、早くしないとっ…あぁ」

足を力一杯閉じ合わせて、擦り合わせて。
全然波が引いてくれない。
それどころか高く激しくなって、弱まる様子は微塵もない。

――はっ…っ……い、一秒が長くない? ず、ずるい……んっ……はぁ、はぁ。

「なーな、はーち、きゅー……」

――っ…あと10秒、あと10秒で、トイレ、おしっこっ……はぁ、はやくっ……。

あともう少し、そう思い目を瞑り力を振り絞っていると、紗が私に一歩だけ近づいたのを感じる。
目を開くと紗の顔は目と鼻の先。真っ直ぐに見つめてくる紗から目を逸らせない。

――な、なに? ……っ!! え、足っ、ちょっ!!

紗の顔に気を取られていると、擦り合わせていた足の間に紗が足を捻じ込んでくる。

「じゅうーよん、じゅう――」
「や、やめっ!? あ、あぁっ!」<じゅう……じゅぅ…じゅぃー……>

――う、うそ、ちょっともれ――っ……ダメ、これ以上は、紗の足にもっ……溢れるっ、あ、でも無理、我慢……だめ、力が入ら――っ、だめっ……なのにっ!!

紗の足が引き抜かれるのを感じて、すぐに閉じ合わせる。
だけど治まらない。下腹部が固く収縮して、もう足の力だけでは到底間に合わない。
今我慢出来たら、きっとトイレに間に合うのに。たったそれだけで助かるのに。おもらしせずに済むのに。
足がガクガクと震える、伸ばしたい手はびくともしない……もう、抑えられない……。

「あぁっ! 放し――んっ……あぁ、やぁ、あぁぁ…」<じゅう…じゅうぅぃぃ――>
「じゅうーなな…じゅうは…――あー、やっちゃった、もうちょっとだったのに……私の勝ちみたいだねー」

熱い流れが足を伝い靴下へ染みこむ。
足に挟まれたスカートの生地が濃く染まり重たくなっていく。
足元に広がった恥ずかしい水溜りに、雫が落ちて音を立てる。
おもらし。トイレの中なのに、すぐそこに済ませることのできる個室が見えているのに。

847追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。10:2021/12/09(木) 00:51:39
「あーあ、この歳でおもらしなんてありえなーい」

――っ……。

本当にそう……もうちょっとだったのに。
すぐそこなのに、あとほんの少し我慢してたら間に合ったのに……。

最後、紗が数えていた数字は17秒だった。
あとたったの3秒。それさえ我慢出来れば手を放してもらえた。
手を使えればトイレまで何とかなったかもしれない。
本当に……本当に、あと少しだったのに。

「っ……はぁー、はぁー…っ、はぁー…はぁー……」

力が抜ける。もうどうしようもない。
摑まれていた手が放されると同時に私はその場にへたり込む。
自分の作ったおもらしの水溜りでスカートがより広範囲に染みを作り、重たくなっていく。
肩で息をして、身体が熱い。

――はぁ…そういえば、私、風邪っぽかったんだっけ?

視界がぼんやりしているのは極度の我慢のせいか、あるいは風邪が悪化したのか。
今もなおおもらしを続けながら、思考が止まっていくのを感じる。

恥ずかしい水溜りの上に一本の赤いリボンが落ちる。

――そっか、負け越した数だけ……今回は紗が勝ったから……。

  「それでさー……――」
  「あー、それいいかもね」

――っ!! 声、トイレの外から……っ、こっちに来る……来ちゃう……。

私は途切れそうになる意識の中、トイレの外から聞こえて来た声に慌てる。
こんな姿見られるわけにはいかない。
とりあえず個室へ隠れれば、どうにかなるかも知れない。
私は立ち上がるために足に力を籠める。

「っ……や、なんでっ」

動かない。
力を籠められない。
身体が重い、頭もふらふらする、視界も揺れる……。
風邪が悪化してるのは明らか……だけど、きっとそれだけじゃない。
極度の我慢による影響、見つかるかもしれない恐怖。
近づいてくる声に私の呼吸が浅く早くなる。

「ばかっ! 何でそうなるのよっ!」

――っ!!?

急に聞こえた大きな声に私は心臓が止まるかと思った。
その声は目の前から聞こえ、同時に全身が冷たくなる。
視線を上げるとバケツを私の上で裏返す紗の姿……。

「え、ちょっと!?」
「や、やばくない? せ、先生呼んでくる!」

――……誰? 紗じゃない声も、廊下から……っ!

思考がさらなる冷水により中断される。
――バケツは転がってる……ホース? っなんで……ダメ冷たくて、呼吸っ……。

冷たい水が呼吸を妨げ、そして……。

848追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。11:2021/12/09(木) 00:52:07
――
 ――

「――……聞…える?」

誰かの呼びかける声に、重い瞼をゆっくり開く。
見えるのは見知らぬ天井と私を覗き込む保健室の先生。

「え……私……」

「良かった、熱も少しあったからどうしようかと思ったけど、とりあえず一安心かな?」

私は上体を起こす。
――えっと何が、どうしたんだっけ?

「雛倉さんが倒れたのは恐らく血管迷走神経反射って奴ね、知ってる?」

私が混乱しているのを察してか説明してくれる。

――血管迷走神経反射……確かあれだよね?

「……血を見ると倒れたり、注射で倒れたりとかする、あれですか?」

私の問いに、その通りだという先生の言葉を聞きながら次第に思い出してくる。
ギリギリまでトイレを我慢していた。
本当に限界が近い状態でトイレに辿り着いた。
それから――

……。

それから、後ろから追ってきた紗が私を掴んで、壁に押し付けた。
今にもおもらししてしまいそうな私に、満足に我慢ができない体勢にされて、そして、私は――……。

失神した理由は、体調不良、過度のストレス、そして……限界まで我慢してからのおもらし……。
さらには冷水を顔に掛けられた……迷走神経が過度に働くには十分すぎる条件下――なのかな? 多分。
すぐに目が覚めなかったのは熱のせいか、あるいは座った状態で後ろが壁だったために、頭が思ったより下がらなかったことが原因だろうか?
あとは……おもらしが信じられなくて起きたくなかったとかあるのかな?

――……いや、っていうか紗は?

周囲を見渡しても紗の姿はない。
時計を見ると6時限目の途中、授業に出てる? それとも――

「彼女なら職員室でお説教受けてるみたいよ?」

「……」

私は彷徨わせていた視線を手元の布団に落とす。
当たり前のこと……紗が説教を受けるのは当然なのだ。
私を失敗に追い込んだことじゃない、あの場で見せた紗の態度。
水を被せ、大声を出していた上、被害者に当たる私は気絶していたのだから。

……。

私はベッドから足を出す。
あの場での紗の行動は明らかに私の失敗を誤魔化す為のもの。
先生たちにも本当のことを言っていない可能性もある。
それで説教が長引いてる、あるいは親とかも呼ばれたりするのだろうか?

私は足を床につけて力を込めて立ち上がる。

――何してるんだろ私……あんなことされて放っておけば良くない?
本当のことを言ってても言ってなくてもどうでもよくない? 関わる方がどうかしてる、悪いのは紗……。
……そうなの? 本当に? 私がわざと負けたりとか不機嫌にさせておきながら謝らなかったからじゃない?
紗の自業自得、だけどそれは……私が招いた事?

……。

「教室に戻る? それとも職員室?」

立ち上がった私に答えを迫る。

「職員室……かな?」

すんなりとその答えは出た。
きっと自業自得とかそんなのどうでもよくて、本当は紗と話したいだけ。
ちゃんと謝って、ちゃんと謝らせて、また前みたいに……。

849追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。12:2021/12/09(木) 00:52:43
――
 ――
  ――

「……その後先生たちには本当のことを言って……だけど、教室では……」

私は気絶していたこともあり、休み時間まで保健室で様子を見るよう言われ、紗だけが先に教室に戻った。
私が休み時間に戻ると、紗へ向けられるクラスメイトからの態度は厳しいもので……。

言わなくちゃいけない、私のおもらしの事を……そう思ったのに。

おもらし……悔しくて恥ずかしくて、それだけじゃない。
皆の前でそれを言うことは凄く怖い事。……私は結局言えなかった。

そして、それは日を置いても言えるようなことでもなく、むしろ余計に言うのが怖くなった。
おもらしを知られることへの恐怖、それが自身のことになってようやく本当の意味で知ることが出来た。
クラスで孤立する紗の為に絶対に言った方が良いと思っているのに、それが出来なかった。

小学校の時おもらししたあの子……周囲から向けられる無慈悲な視線と言葉。
そうなる可能性を覚悟して、自ら進んで受け入れなければいけない。
それに、当時の私は言ったところで自己満足なんじゃないかとも思えた。
おもらしを隠してくれた紗の事を皆が知っても、きっと紗は英雄にはなれない。私がそうだったように……。

でもそれは言わない私を肯定するための理由探し。
結果、訳が分からなくなった私が選んだ選択は現状維持と罪悪感から逃げる事。
おもらししたことは言わない。そして、皆と距離を取り続けることで罪悪感を軽くしたかった。
結果的にきっと私は友達を失うことになる、そんな事わかっていたのに。
おかしな選択だと気が付いていたのに。

『ん……あぁ……またしたくなってきた……』

――あ……瑞希の『声』……私も話してるうちに催しちゃってるけど……。

あの時の苦い思い出から目を逸らす様に、瑞希の『声』に意識を向け、同時に視線も向ける。
すると、瑞希とすぐに目が合い、気まずそうにもじもじしてる……。

「瑞希ちゃんトイレでしょ? 黙ってるとまたおもらししちゃうよ?」

そう指摘されて一気に顔を赤く染めて、悔しそうな顔をした後観念したように口を開く。

「うん……行ってくる」

そう言ってベッドから降りて思ったより確りした足取りで保健室を出ていく。

「……紗、ごめんね……」

今私は改めて何について謝ったのだろう?
勝負で手を抜いたこと?
なかなか謝れなかったこと?
教室で本当のことを言えなかったこと?
あるいは、今まで向き合わなかったことかもしれない。

「必要ないでしょー、そんなの。
勝負で手を抜いたことへの過剰な罰がおもらししてもらう事
おもらしをさせた私への罰がクラスでの孤立、まぁもともと孤立気味だったから罰としては軽すぎたかもね」

そういう考え方は実に紗らしい。

「そして、綾ちゃんは最後に私を庇えなかった罰として自ら孤立を選んだ。
私と違って友達の多かった綾ちゃんがするには重すぎた罰だと思うけどなぁー」

だから謝る必要なんてない。
でも、違う……私のは罪悪感から逃げたかっただけの行動。
むしろ私の中では楽な方へ逃げたつもりだったのだから。

結局、私のその選択は沢山の人に迷惑を掛ける結果になった。
紗だけじゃない、瑞希をはじめとしたクラスの友達だった人。
それに……斎さんも……。

……。

「……とにかく、こうしてまた紗と話せて良かった……」

「わー、嬉しい事言ってくれるー」
「わ、ちょっと!」

急に抱き着いてくる紗に驚きつつ、だけど、抵抗はしない……。
紗の行動のどこからどこまでが演技なのかはわからない。
何考えてるのか全然わからない。
不気味に思えたことも一度や二度じゃない。

――だけど紗は……友達だから……。

850追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。-EX- 1:2021/12/09(木) 00:55:07
**********

「ただい――っ! ちょっと何抱き付いてるの!? 纏衣さん離れてっ!」

トイレから帰ってきて扉を開けると、纏衣さんが綾に抱き着いていて……。
私がトイレに行っている間にどうしてこんな状況になったのか。

「えー、綾ちゃん、もっと私たちの関係を見せつけてあげよー」
「……いやいや、私そろそろ約束があって……」

そう言って綾は纏衣さんから離れるが、綾の顔は少し赤くて……満更でもない感じで。

「……それじゃ、もう行くね……瑞希ももうしばらく保健室で休んでてよ?」

私は綾が保健室を出ていくのを見送って、ゆっくりとした足取りでベッドに戻り
座るか寝るか悩んで、若干の気怠さが残る身体を気遣いベッドに潜り込む。

「わー寝ちゃうんだー」

「悪い? もう後夜祭まで眠りたい……」

私は寝返りを打って、壁の方に身体を向ける。
怠さもそうだけど疲れも凄い。

<ガタッ>

後ろで紗が椅子に座るのを気配で感じる。

……。

「……さっきの話、勝負で綾が手を抜いたのに怒ってあんなことしたって……違うよね?」

「えー、わかっちゃうー?」

綾は本当にそう思っていた見たいだけど、何となく私はそう思えなかった。
纏衣さんは私に、勝負に関しては相手が本気であることが重要とか言ってたし、それはきっと嘘ではないのだろうけど……それでもどこか違和感を感じた。

「そう、それが私を遠くから見ることが出来ていたあなたの認識。
綾ちゃんにはそう思われないような行動をしてきたから、まずわからない」

本当になんなんだろうこの人は。
勝負で負け込んでいて機嫌が悪かったって言うのも違う気がしたし
怒っていたのが嘘だとするなら、綾のトイレを邪魔した本当の理由もわからない。

綾と接する纏衣さんは私と接するときと大きく違わない。
だけど、僅かに感じる印象の違い……私が感じてるそれを綾には見せないようにしてる。
むしろ私には気が付くようにわざと見せている気さえする。

「私と綾ちゃんの勝負なんだよ、外野なんて知った事じゃない」

私が考え込み言葉を発しないでいると
少し語調を強めたような声が聞こえ、私は寝返り纏衣さんの顔を見る。

「全部が計算されてたことじゃないよ、だけど……綾ちゃんが最後に周りとの接触を絶っちゃうのはちょっと出来過ぎだったよねー」

全然表情を変えていなかった纏衣さんは、不気味な事を言い出す。
まるで、多くが望んだとおりに話が進んだみたいに……。

「どうして、わざわざそんなことを私に話すの? 私、綾に言うかもしれないのに……」

「言わないでしょ?」

まるで当たり前のことのように返される。
一体どうしてそんなことがわかる?

「不思議そうな顔してるね?」

そう言ってベッドに椅子を近付けて私の顔へ手を伸ばす。

851追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。-EX- 2:2021/12/09(木) 00:55:52
「ちょ、ちょっとなんなの!?」
「撫でてあげるんだよ?」

髪と頬を撫でる手……私は身構えつつもそれを受け入れてしまう。

「瑞希ちゃんは甘えん坊だよねー、私に優しくされて嬉しかったでしょ?」
「っ……ちが――」
「最近、綾ちゃんにも優しくされたんじゃない? その時も嬉しかったでしょ?」

私は否定するために口を開きかけて、それを閉じる。
……纏衣さんの時は正直よくわからない。
だけど、綾に見られた時……どうだったんだろう。
あの雨の日、また話せたことを嬉しくは思った、シャワーを浴びるために家に呼ばれたことも嬉しかった。
それはようするに……嬉しかったということでいいの?

――いや、そんな事じゃなくて……。

「結局なんなの? 何がしたいの?」

纏衣さんは私の言葉に手を引っ込める。
不覚にもほんの少しそれを名残惜しく思ってしまったことに自分でショックを受ける。

「何も……あの頃と違って私も成長したからねー」

何が成長したのか……。
いや、こうして私と話している事……つまり綾以外との関りを持つこと?

「綾ちゃんが誰とも話さなくなって私はとっても嬉しかった、清々した。
私の転校もあったし、これで綾ちゃんは謝ることも出来ず、罪悪感から一生一人……とまでは行かなくても
他者他の間に壁を作って生きていくんだと思うと幸せだったなぁ」

私は目を見開く。
綾が話したさっきの話の裏で纏衣さんはこんなことを考えて行動していた。
転校して会えなくなる悲しみよりも、綾が誰かと話をしてることの方が耐えられないって事?
狂ってる……この人はとても歪んでる……。

「どう? 私の話を聞いて綾ちゃんに逢わせたこと後悔したー?」

……。

「し、してない……成長、したんでしょ?」

もしかしたらそう言わせたいのかなってどこかで思った。
だけど、そう思っても……私は纏衣さんを信じてみたいと思った。
歪んでいた……いや、きっと今もこの人は歪んでる。
それでも、確かにこの人は私の気持ちを汲んで譲歩した。
綾に会うことを目的としてここまで来たのに、事情も何も分かってない私のわがままに付き合ってくれた。

「……ありがとう、瑞希ちゃんは優しいね」

「べ、別に……」

纏衣さんは立ち上がる。
もう、どこかに行ってしまうのだろうか?

「そんな名残惜しそうな顔されてもねー」

「っ……してない……」

――そ、そんな顔してた? してないよね? 揺さぶってきてるだけだよね?

それにしても私、本当にどうしたんだろう……。
流石に気を許しすぎな気がする。ほんの数時間前まで大っ嫌いだったはずなのに。
今は綾に会うことも許可してしまってる。こんな危ない人なのに。
私のこの心の動きすら、もしかして手の平の上なんじゃ……。

「すぐ戻ってくるよ、トイレに行きたいだけだしー」

――あ……そりゃそうだよね、私より多く飲んでたんだから……。
私も気が付いたらそれなりにしたかったわけだし、一緒位に済ませた纏衣さんも話の途中か、私がトイレに行ってる間にしたくなってたんだよね。

扉の前で小さく手を振ってから出ていく纏衣さんを、私は寝ながら見送る。
戻ってきてくれる……一人で心細いとはいえ、ちょっと安心してしまったことが悔しい。

私は嘆息してから目を瞑る。
今はまだ歪で不安定な関係かもしれない……だけど、私と綾と纏衣さんと、三人で会ったりする日も来るかもしれない。
そんな未来あるだなんて思ってもみなかった。

――ちょっと……楽しみ――いや、まぁ不安もあるけど……。


おわり

852名無しさんのおもらし:2021/12/09(木) 19:43:27
>>851 更新おつかれさまです!
待ってました。やはりたまに綾が失敗するのがいいです!今回も最高でした!

853名無しさんのおもらし:2021/12/10(金) 15:14:09
綾菜ちゃん中学生時代から800ml以上我慢出来てたのか

854名無しさんのおもらし:2021/12/12(日) 02:19:26
読み返すと話がつながっていて、面白い。
なるほどー。
次回作にわくわくしています。

855名無しさんのおもらし:2021/12/19(日) 00:50:06
今回も更新ありがとうございます。
中学時代の振る舞いが変わったきっかけが明らかになる回でしたね。
最初は一匹狼の雛さん (自称ではないですが) でしたが、最近、色々な人と繋がってる感じしてきましたよね。

857名無しさんのおもらし:2022/04/07(木) 23:25:23
あげ

858事例の人:2022/06/10(金) 23:51:01
>>852-855
感想などありがとうございます。

実は……此処での投稿最後にするかもです。
しばらく後になると思いますが以降というか加筆修正版をPIXIVで順次行うことになると思います。(その前に掲示板管理者さんへPIXIV掲載許可を得るつもりです)
掲示板小説はここでの活動以外でも長くお世話になってきたので思い入れはありましたが、色々思うところもあったので。
一応今回で文化祭編は完結ですので、お楽しみいただければ幸いです。

859事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。1:2022/06/10(金) 23:54:09
「そんじゃ、私はお暇するぞ」

私と弥生ちゃんは雛乃の別れの言葉に小さく手を振って見送る。
一体文化祭に何しに来たのか……弥生ちゃんを堪能しに来たと言っても過言ではない気がする。

「はぁ……」

隣で弥生ちゃんが深くため息を零す。
トイレまで間に合わなかったこと、濡れタオルで身体を拭いて着替えたとは言えシャワーを浴びたわけじゃないので若干居心地が悪いこと。
それと、……雛乃との時間が終わってしまったことも当然あると思う。

――……普通に、一緒に回りたかったんじゃないかな……?
……ったく、用事があるからって言ってたけど、大した用事とも思えないし、もう少し弥生ちゃんと居てあげたらいいのに。

……。

「……どうする? さっきのバルーンアートのところに行く?」

「え、あ……いえ、もう少しお手洗いの近くで、時間潰そうかなって思ってます」

――……なるほど、二度目、三度目の尿意に備えておくわけか。

飲んだ量がそれなりに多かったんだから当然一度で落ち着くわけがない。
しかも極度の我慢の後ならなおさらトイレが近くにないと不安になって当然。賢明な判断だと思う。
だけどそうなると、私もここに残るべきか、あるいは一人にしてあげるべきか。
どっちの方が弥生ちゃんのために気を遣ったことになるのか……。

「あ……私の事は気にしないでください、一応少しは回れましたし……
それより真弓さんが雛さんと一緒に回れてないと嘆いてましたからそっちに行ってほしいです」

私の迷いを察してか、あるいは一人にしてほしいということを遠回しに言ったのか。
どちらにしてもまゆと文化祭を回れていないのは事実、正直私もまゆとの時間は作りたい。
改まって話したいこともあるらしいし。

――……でも……なんだか気を遣うつもりが遣われた感じ。

「……うん、わかった。だけど、何かあったらすぐ電話してね?」

私の言葉に小さく頷き、少し困ったような笑顔を見せてくれる。
別の感情で強く意識されていなかったおもらし……。
心が落ち着いてきて冷静になればなるほど、おもらししたことを意識してしまうのだと思う。

本当は三人……いや、瑞希も入れて四人で回る時間も欲しかったけど、本当色々とうまくいかない。
私は階段を下りる。とりあえずトイレに行きたいのだけど、三階のトイレは弥生ちゃんが使うだろうしトイレを出たとき鉢合わせるのも気まずい。
二階の更衣室前のトイレ……と考えたが、距離的に言えばまだ弥生ちゃんと近い。
鉢合わせる可能性はほぼないはずなのに、なんとなく気が進まない。

――……はぁ、万が一鉢合わせたところで、そんなに気にするようなことでもないはずでしょ?

そう心の中で思っているのに、そのまま身体は一階へ向かう。
保健室へ視線だけを一瞬向けるが歩みを止めず購買のトイレを目指す。

860事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。2:2022/06/10(金) 23:54:49
――……結局結構我慢しちゃった……今日はそんなつもりなかったんだけどなぁ……。

もう少しでトイレの前――

「っ!」
「あっ!? あやっ――…ひ、雛倉……さん」

トイレに進路を変える直前、購買から出てきた霜ちゃんにバッタリ出くわす。
そして、狼さんとか銀狼とか呼ばず苗字にさん付けなことに意外と動揺してる私……もともとの呼び方も嬉しくなかったはずなのに。

「……霜ちゃん……えっと、元気?」

とても不器用さが前面に出た挨拶……。
相手は他人行儀な呼び方なのに対して私は愛称で呼ぶとても歪なやり取り。

「元気よ、それじゃ、さような――」「待って待って!」

私は手を掴んで引き留める。
それなのに構わず歩き出そうとする霜ちゃん。

「あ、雛倉さん、鞠亜となにしてるの?」

その声に霜ちゃんが足を止めるのを感じて私は手を離す。
私はそのまま声がした方に向き直る。隣では霜ちゃんの大きい嘆息が聞こえてくる。

「はぁ―……別に…何もしてないしされてない」

声を掛けてきた山寺さんに、不機嫌そうにそう言って私とは反対の方向へ顔を向ける。
一体何なんだろうこの態度――……やっぱり霜ちゃん呼びが気に入らないとか?

「えぇ? さっきまでご機嫌だったのに……」
「何よご機嫌って! ボクはいつもこんなでしょ!」

――……そっか、機嫌よかったんだ、それなのに急にこんな態度って……わ、私…とてつもなく嫌われているのでは?

「お、あやりーん! それと山寺さんにまりりん!」

良く知った底抜けに明るい声とともに現れたのはまゆ。
山寺さんは挨拶を返し、霜ちゃんは声には出さず手で応答する。

「どったのー? 皆一緒に回る感じ?」
「別に――」「あ、良いねそれ!」「ちょ、ちょっと、ひとみ!?」

「……」

――……えっと何? 四人で回れる? 私にとってはうれしい限りではあるけど……霜ちゃんは……。

「ボク、一緒に回るつもりなんて――」「ご、ごめん……霜ちゃ――霜澤さんだって都合…とか、あるよ……ね?」

霜ちゃんが断りやすいように助言した――つもりだった。
だけど、想像以上に声が小さくなってしまって……暗い感じで……これじゃ、むしろ断り辛くしてる。

そして私の言葉にまゆと山寺さんが黙ってしまい――

「あぁもうっ! いいよ、一緒に回るよ!」

結果、決定権を嫌な感じに託された霜ちゃんは仕方ないと言った具合に折れた。
私は顔が熱くなる――……私、駄々こねたみたいだ……。

「……ごめん、そういうつもりじゃ……」「いいってもう! はぁ……」

こうして私たち四人は一緒に回ることになった。

861事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。3:2022/06/10(金) 23:55:50
――
 ――

「っしゃ!! 48点! 暫定二位!」

射的、輪投げなど色々な遊戯が用意された教室で、まゆが輪投げで高得点を叩き出す。
それに負けじと山寺さんが身を乗り出して輪投げを始める。
ちなみに一番手だった私は46点、二番手の霜ちゃんは50点満点。

……。

「(ね、ねぇ……なんて呼べばいい?)」

私は輪投げに夢中になってる二人に気が付かれないように、霜ちゃんの隣に行って問いかける。
呼び方だけの問題じゃないかもしれないが、無理に呼び方を押し通した感じになっていたのは事実だし。

「(はぁ…別に……まぁ、でもまだ名前で呼んでもらえた方がマシ……かな?)」

「(……え、えっと…鞠亜…ちゃん? いや、さんかな?)」
「(っ! ……呼び捨てで……もう一回)」

呼び捨て……別に友達という関係なら変ではないのだけど。
急に呼び捨てで呼べと言われると――……えっと、ちょっと緊張しちゃうんだけど……。

「(……んんっ………ま、鞠亜……)」
「(っ!! あ、……ご、ごめんダメ、やっぱり今のなし……苗字にして)」

――えぇ……というか何だろうその反応、あっち向いちゃったから表情は見えないけど……。
にしても……結局苗字とか、全然仲が進展しない。今の鞠亜って呼び方結構しっくり来たんだけどなぁ。

「あぁ! 46点だぁー、綾ちゃんと一緒かー」

山寺さん――ひとみちゃんの輪投げの結果が出て私と同じ46点で悔しがってる。
ちなみに呼び方はここに来る道中の話の中、いつまでも他人行儀な呼び方をまゆに見つかり改めることになった。
改めてまとめると、まゆはあやりん、まりりん、ひとみちゃん――――ひとりんも候補に上がったがボッチみたいなイメージがあるので止めになった―――。
ひとみちゃんは、綾ちゃん、真弓ちゃん、鞠亜。
霜澤さんは、雛倉さん、真弓、ひとみ。
そして私はまゆ、霜澤さん、ひとみちゃん。

……。

――……いやいや、なんで私と霜澤さんの間だけ妙に厚い壁があるの?

私は誰にも聞こえないように小さく嘆息する。
皆、得点に応じた景品――――駄菓子と飲み物が大半――――を受け取り廊下に出る。

「どーする? もうお昼だけど流石に駄菓子でお昼済ませるわけにも行かないし」
「んー、軽食があるのは綾ちゃんと真弓ちゃんとこのメイド喫茶、プールでしてるバカンスカフェにもあるのかな?」
「その二つ以外でボクが知ってるのは中庭と昇降口の外にある出店系かな」

各々が候補を出し終えて私の方を見る――……なんで私……候補出さなかったから、決めるくらいしろってこと?

「……えっと、中庭で適当に調達しようか? バカンスカフェは飲み物やフルーツが中心って椛さ――あ、副会長の人が言っていたし」

私の意見に賛同してくれたらしく、皆で渡り廊下から中庭に降りる。
ちなみにメイド喫茶は銀髪メイドがSNSで拡散されてるので行きたくない。

――……私はまたサンドウィッチでいいかな? 割と手ごろな値段で具材も選べるし。

「私は4人分の飲み物調達してくるねー、あやりん私の分のサンドウィッチも適当におねがーい!」

そう言ってまゆは走って飲み物を探しに行った。
周りに視線を向けると、ひとみちゃんはたこ焼きを、霜澤さんはハンバーガーとトルネードポテトをそれぞれ買いに行ったみたい。
私もさっさと買って、どこかのベンチにでも座ろう。

862事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。4:2022/06/10(金) 23:57:07
サンドウィッチを買って、私は4人くらいが座れるベンチを見つけ場所取りも兼ねて真ん中くらいに腰を下ろす。

――っと……そういえばトイレ、行きそびれたままだなぁ……。

それなりにしたかったはずだけど、色々考えることが多くてあまり気にならなくなっていたのだが
周りに誰もおらず、腰を下ろして一息つくと、結構溜まっていることを改めて自覚する。

――……皆来て食べ終えたら、トイレに行かないと……っ。

尿意の波が来て、ベンチの下で足を絡める。
波はやっぱり高い。昨日、我慢し過ぎた影響……。

高くはあるが短い波を越えた頃、ひとみちゃん、霜澤さんが私を見つけこちらに向かってくる。

「いいとこ見つけたねー、丁度4人座れそう!」

そう言ってひとみちゃんは端の席に座る。

「え、ちょっ!」

霜澤さんが抗議の声を上げる。
どうやら端に座りたかったらしい。
理由は――

――……私だよね? ……。

私は気を使い反対側のベンチの端へ移動する。
これで、私と霜澤さんの間にまゆが座る並びになる。

「……」

私の行動を見ていた霜澤さんが何とも言えない気まずそうな顔をする。
抗議の声を上げたことで私が気を使い移動したのを理解してる。

そんな視線から逃げるように私は手元のサンドウィッチに視線を落とす。

――……どうしてこうなったんだろう? こんな関係になりたかったわけじゃ……。

「おー、みんな早いっ! 見てよこれ、タピオカミルクティー! 旬が微妙に過ぎちゃってる感が逆にいいよね!」

何が逆に良いのか……。
まゆは高いテンションのまま飲み物をまずひとみちゃんへ、次に霜澤さんへ。
そして何を思ったのかまだ座っていなかった霜澤さんの前、つまりひとみちゃんの横の席に勢いよく座る。

「っ!?」

「はいこれはあやりんの分ね! サンドウィッチちょーだい!」

手を伸ばしてミルクティーを差し出してくるまゆに私は手を伸ばしてそれを受け取り、まゆに買ったサンドウィッチを代わりに渡す。
そのやり取りを立ったまま見ている霜澤さん……。

「まりりんどうしたの? 座ろうよ」

まゆは空いている席を小さく叩いて、霜澤さんに座るように促す。
霜澤さんは難しい顔でまゆを少し睨んで……だけど、それを押し殺すようにして小さく嘆息する。
私を一瞥して黙って私とまゆの間に腰を下ろす。

――……これ、ひとみちゃんもまゆもわざとしてる?

私と霜澤さんの関係が微妙なことに気が付いて、接触の機会を増やしてくれているように感じる。
示し合わせているって感じではないから、ほとんどアドリブなんだろうけど。
霜澤さんもそれに気が付いているのだと思う。

863事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。5:2022/06/10(金) 23:58:40
――それにしても、このタピオカミルクティー……悠月さんの飲んでた奴だよね……。

タピオカを抜いても500ml程度ある大容量の物。
流石に今の状態でこれを飲み干すのは辛い。
すぐにトイレに行ったとしても、再度催すのは目に見えている。
かと言って飲み残すとなると、昼食後トイレに行くとき邪魔になる。
持ってもらうか、再度催すことを承知で飲み干してからトイレに行くか。

――まぁ、半分くらい飲んで、持ってもらうのが無難か……。

皆同じものを飲んでいるんだから、この後絶対『声』を聞くことが出来る。
済ませた後、尿意がありませんでは『声』を聞くことが出来ない。

結局、今日も『声』を聞くために尿意を我慢しようとしてる自分に少し呆れる。
普通に回る予定だったのに――……でも、聞ける可能性があるんだからしょうがないよね。

不意に隣からトルネードポテトが差し出される。

「ひ……一口…食べる?」

私に視線は向けず、霜澤さんがそう言ってくれる。
まゆやひとみちゃんの思惑を察して付き合ってくれたのか、あるいは……。

「……うん、一口貰う……」

私はそう言って霜澤さんの手に自分の手を重ねて、自身の口へ誘導する。
ただ、一口貰ってるだけ、食べてるだけ――……なのに、なんか、こう……恥ずかしいんだけどっ!

「ん……美味しい」
「で、でしょ? こういうのボク好きなんだよね」

私の感想に付き合ってくれてはいるが、結局視線はこっちには向けてくれない。
それは多分、まゆとひとみちゃんを納得させるためだけの行動で……。
私も視線を逸らす……私と霜澤さんとの温度差があり過ぎて、辛い。

結局霜澤さんとのやり取りは以降続かず。
食事を済ませつつ、談笑して過ごす。
談笑と言っても、私はまゆが時折振ってくれる話題に参加したり、相槌を打つ程度。
私とまゆの間で、霜澤さんが居心地悪そうにしているのがちょっと気の毒で……。

『はぁ……あ、トイレ……まぁ、ここを離れる良い口実ではあるけど……』

――っ……霜澤さんの『声』……。

今、尿意を催したという感じの『声』。
それを理由に、今の居心地の悪い席を立とうとしている。
私自身、それなりにしたい。霜澤さんには悪いけど、トイレに立つなら便乗しよう。

……。
………。

――……? 全然行こうとしない……。

視線を少しだけ霜澤さんへ向けると手でタピオカミルクティーの容器を転がしていて
居心地の悪さを感じているのがわかる。――……だったらなぜ席を立たない?

「っ……な、なに?」

私の視線に気が付いた霜澤さんが不機嫌そうに問いかける。
私はすぐに視線を逸らして「……別に、なんでも……」と適当な返事で誤魔化す。
そんな私に呆れたのか小さく嘆息されたのがわかる。

『ったく、こんな空気でトイレ行ったら、なんか負けたみたいで腹立つ……もっと自然なタイミングで行かないと……』

――あ……そういうことか。

『声』が聞こえていない皆にとっては、トイレに立つ行為が、尿意によるものなのか、居心地の悪さに耐えかねてなのか判断できない。
そして、霜澤さんは今、居心地の悪さを感じてはいるものの、その居心地の悪さはまゆやひとみちゃんが善意からとは言え故意に作ったもの。
それから逃げ出すことは、負けた気になるというのはなんとなくわかる。

――……そういえば、霜澤さんって勝負事好きそうなイメージだなぁ、体育祭の時も凄く楽しそうだったし……。

ついさっきの輪投げもそう。
いつも本気で勝ちに来てる感じがする。
そこに実力も伴ってるから凄い。成績も朝見さんほどじゃないけどいつも上位――――大体私より一つか二つ上――――みたいだし。

――……まぁ、だからってトイレくらい行こうよって思うけど。
私から声を掛けて一緒に行けば負けたみたいに思わないかな?
それとも、私が誘うこと自体が負けたみたいに感じてしまうかな?

……と言うか、一緒にトイレにってどう声を掛ければいいのか……。
普通にトイレに立てばついてきてくれるといいんだけど、そうはならない気がする。

864事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。6:2022/06/10(金) 23:59:43
「あららー? 鞠亜様じゃないですか? ご学友と仲睦まじい様子で何よりです」

――っ!

「っ……如月、何の用?」

「いやいや、用事だなんてー、ただ文化祭へお嬢様と遊びに来てるだけですよ?」

如月さんはそう言うが、肝心の「お嬢様」である水無子ちゃんは見当たらない。
どこかに置いてきてるのか、ただの出まかせだったのか。

「んー? よく見ると変わった席順ですね、瞳様の隣が鞠亜様になりそうなものですが……」
「っ! た、たまたま、あ――ひ、雛倉さんと隣になっただけだからっ!」

動揺し過ぎ。私の隣っていうか、位置的にまゆも隣だし。
……それと、この人にそういう態度見せるの良くないって霜澤さんならよく知ってるでしょうに……。

「雛倉……さん? 呼び方が変わってますけど、もしかして喧嘩中ですか?」

――……ほら、なんか興味持ち始めたし……ニコニコとした顔で喧嘩中ですか? とか、絶対楽しんでるでしょ。

そして、私はその答えを持ち合わせていない。
喧嘩と言うわけではないと思うが、それならばこの今の状況は何なのか……私にはわからない。
霜澤さんも答えに困ったのか視線を私と如月さんから逸らして黙っている。

「よくわかりませんけど、なんだかギクシャクしちゃってて……」

誰も答えないでいるとひとみちゃんが代わりに答える。
やり取りからひとみちゃんと如月さんは一応顔見知りのような印象を受ける。
そして隣の霜澤さんは視線をひとみちゃんの方へ向けていて――……余計な事言うなっ的な視線かな?

「なるほどねー、雛倉様は困っている感じがしますし、鞠亜様は何やら余裕なさそうな感じ……原因は鞠亜様の方にありそうですね」

――……そ、そうなのかな? なんだかきっかけは明らかに私な気がするけど……。

「まぁ、なんにしても二人の問題なのは間違いないわけですし、それで二人のご学友にも迷惑が掛かってます。
ちょっとしたお仕置きをしてあげますので、二人とも目を瞑っていただけますか?」

そう言って如月さんは私と霜澤さんにニコニコした笑顔を見せる。
隣を見ると凄く嫌そうな顔をした霜澤さんが渋々と言った感じで目を瞑る。
目を瞑るという行為から考えて、デコピンかそれに近い何かだろうとは想像は付くわけで……。
私もいつ痛みが来てもいいように身構えつつ目を閉じる。

「ではそのままで、雛倉様は右手を、鞠亜様は左手を前に出してください」

――……? デコピンじゃない? 手と言うことはしっぺってこと?

だけどどうして私は右手で、霜澤さんは左手なのか。
そして、これって目を瞑る必要があったの?

「では行きますよ」

何が来るかよくわからず身構える。

<ジャラジャラ>

――……何の音? 鎖のような…金属音……。

<カチャン>

その金属音は、私の手首に何かが当たった後、手首を巻くようにしてから聞こえた。
そしてすぐ隣でも同じような音が……。

865事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。7:2022/06/11(土) 00:00:49
――っ!

私はそれが何か察して目を開きすぐに手を自身へ引き寄せる。
だけど二つ目の音が聞こえた時点で手遅れなのはわかっていたこと。

「いたっ、ちょ……え?」

私が引いた手に霜澤さんの手も引かれて、痛みから声を上げる。
そして、目を開いて霜澤さんも困惑の声と表情。

私たちの手首には、手錠がされていた。

「二人にはしばらく離れられない呪いのブレスレットをプレゼントします」

……。

私は手錠を見たまま固まる。
とても外せそうにない本格的な手錠。決してブレスレットなどというおしゃれアイテムではない。

「ちなみに開錠するための鍵は水無子お嬢様がお持ちですので、お二人でお手てを繋いで仲良くお嬢様を見つけてくださいませ」

――……え? ……え??

「うわぁ……私たちよりめっちゃ強引な方法……」

まゆが言葉を漏らす……。そして隣のひとみちゃんに「水無子ちゃんって誰?」とか言ってるのが聞こえる。
――……ちょっと、え? 他人事なの? もうちょっとこう……ないの?

……。

つまり、この手錠を外すには水無子ちゃんを見つけて鍵を貰う必要があるってこと。
そして手錠のせいで別れて探すこともできない。
一緒に校内を……文化祭を回るしかない。
手錠を付けて歩き回るとか周りの視線とかで苦行でしかない。

「ちょっ! ふざけてるの如月! あぁ、もうっ!」

そう言って霜澤さんは鞄から携帯を取り出す。

――……そっか! 電話で連絡を取れば、すぐに水無子ちゃんが見つけられる!

<〜〜〜♪>
「残念ですが、水無子お嬢様の携帯は修理中でして、今私のサブ携帯を持たせておりますので」

如月さんはそう言いながら、着信音の鳴る携帯を取り出して電源を切る。
――……どう考えてもその携帯水無子ちゃんのだよね? 全然修理出してないじゃん!

「っ……」

霜澤さんは座りながら如月さんの顔を睨みつける。
本当に怒ってる……迷惑してる……。

――……そう、だよね……。

迷惑なことだし怒って当然なこと、それなのに……。
私、落ち込んでる? ……霜澤さんが私をそれほどまでに拒絶したいのだと感じて……。
気持ち悪い……胸が痛い……苦しい……。
あれ? ……私、こんなに、霜澤さんの事気に入っていたっけ?
確かに霜澤さんは昔話したことがある紫萌ちゃんだった。でもたったそれだけと言えばそれだけ。
あの病室での絡みなんて一日数時間程度で日数も僅かで――……えぇ……私、なんでこんなに霜澤さんの事好いてるの?

866事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。8:2022/06/11(土) 00:02:26
――っ! え……何?

ふと、右手に鎖が揺れる感覚を一瞬感じる。

視線を手に向ける。
霜澤さんの手は今は動いていない。
さっき少しだけ動かした? なんで?

「如月、後悔しても遅いからっ」

霜澤さんのその言葉と同時に、如月さんの鞄の中で携帯が鳴る。
直後、また右手に鎖が揺れる感覚……。

――合図? 携帯……っ、もしかして、奪うつもり?

今、如月さんの携帯が鳴っているのは恐らく霜澤さんが電話したから。
携帯の位置を把握して、それを奪う。その携帯の中には必ず水無子ちゃんが持つ携帯の番号が登録されているはず。
ロックを掛けられている可能性も高い。それでも霜澤さんはやるつもりらしい。

如月さんが鞄に手を入れ、携帯を確認する素振りを見せる。
同時に霜澤さんが立ち上がるために足と手に力を入れたのがわかった。

――だけど……こっちは座ってるから当然この一手は遅れる……。
手錠をされている以上、はじめの一手を躱されてしまえば一人と言う身軽な立場の如月さんから携帯を奪うのはほぼ不可能……。
だから霜澤さんの一手で必ず奪う必要がある。

相手の初めの一手、離れる動作を封じる手が必要……。
さっきから私にしてる霜澤さんからの合図の意図は――

私は霜澤さんが行動を始める直前、座ったまま足を延ばす。
如月さんの足を越えたところで、つま先を横に倒す。
同時に立ち上がった霜澤さんが動きやすいよう、右手を前に出す。

如月さんの視線は霜澤さんに向けられていて、足元を見ていない。
下がろうとして如月さんの足が私の足に当たる手応え。

「っ!」

行けると思った時、目の前に布が舞う。
スカートの生地……足を引っかけたせいで派手に転んだのだと一瞬思い、焦った。

――あっ……が、ガーターベルト……じゃ、なくて……あれ、ちゃんと立ってる?

舞い上がったスカートの下ではちゃんと二本の足があって……転んでなどいない。
確かに手応えはあったが、バランスまで崩したわけじゃない。
もう少し視線を上げると、霜澤さんがスカートの生地に飛び込む形になっていて……。

――えぇ……うそ? 読まれてたってこと? 目くらましのためにスカートを……え、何? 化け物なのこの人?

スカートに飛び込んだ霜澤さんは如月さんの肘による鉄槌を受けて地面に叩き落され、同時に倒れた手に引かれて私もベンチから前のめりに倒れて地面に手を突く。

「えっと、後悔が――……なんて言いましたっけ?」

――……え、何この人、ニコニコしてる……怖い。

「え、え? 何が起きたんですか!?」
「あー、うん……メイドって強いよね」

まゆとひとみちゃんの呆気に取られた感想……。そしてまゆに賛同、メイドって強い。
何かよくわからないけど、完璧な連携が出来ていた気がしたのに、全く歯が立たず、二人して地面に手と膝をついてる……。

867事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。9:2022/06/11(土) 00:03:16
後頭部を押さえて立ち上がる霜澤さんを抱えてベンチに座る。

「うぅ、ありがと、綾……あっ………ひ、雛倉さん……」

「綾」と呼ばれ一瞬ドキッとしてしまう。
そして同時に違和感……。病室での紫萌ちゃんとの会話の時、「綾」なんて呼ばれ方してなかったはず……。
確か夏祭りの時も私の事を「綾」って呼んでいた覚えがあるけど――

「ふふっ、いい加減素直になられたらいかがですか?」

――……?

如月さんの今の言葉は恐らく霜澤さんに向けられたもの。
どういう意味か分からず、視線を霜澤さんへ向けるが右手で後頭部を押さえながら何やら難しい顔をしてる。
それと同時にさらに視線の先……。

――……えっとまゆ? 何今の表情……?

一瞬しか見せなかったが、霜澤さんを見ていた表情が凄く温かい表情に見えた。
私の視線に気が付いたのかすぐに苦笑いをこちらに向けてきたけど……。

「とりあえず、鍵は水無子お嬢様ですから、……ふふっ、文化祭楽しんでくださいませ」

そう言い残して、如月さんはスカートを翻して校舎の中へ姿を消す。

……。
…………。
………………。

――……え、何これ…本当に手錠して校内歩くの?

「あー、どんまいあやりん」

他人事のようにまゆがいう。どんまいとか久しぶりに聞いた。
額に右手を当てようとして、鎖が音を立てたので止めた。

「……えっと、まゆとひとみちゃんも水無子ちゃん探すの手伝ってくれる?」

まさかこのまま後夜祭まで、あるいはそれ以降もずっとこんな感じとか――っ……え、待って…………トイレは?

……。

――……え、嘘……不味くない? この状況……。ミルクティー半分くらい飲んじゃったんだけど……。

このベンチに座った時には、既に結構我慢している状態だった。
それに加えて、前日の極度の我慢のせいで、たまに来る尿意の波がとてつもなく強烈で……。

「あー、うん、良いよ。流石にその格好で歩き回るのは恥ずかしいだろうし、ここで二人で待ってる?」

――……待つ? いや、待っていられる? ……私そんなに持たないんじゃない? 多分だけどもう6割超えてるんだけど。

「あ……いや、手分けして探そう、これ恥ずかしいけどボクは雛倉さんと探すから」『しまった…トイレ行ってない……ちょっとでも早く水無子を探さないと……』

私と同じように尿意を感じている霜澤さんは、手分けして探すことを提案する。
霜澤さんのミルクティーを見るとすでに8割なくなっていて、飲んだ量は私よりも遥かに多い。
嬉しいこと? いや、全然そんなことない。
明らかに今切羽詰まってるのは私の方だし、楽しみよりも不安のが圧倒的で本当に焦る、何ならすでに動悸が凄い。
考えたくないけど……このまま手錠を外せないまま限界になったら?
この距離でおもらしを見られる? もしくは手錠つけてるのにトイレとか――……な、なんかベタな話だけど、当事者とか絶対嫌なんだけどっ!

「おっけー、私たちは教室棟の方見るから……あーと、水無子ちゃんってどんな感じの子?」

まゆの質問にひとみちゃんと霜澤さんが私を見る。
当然一番わかりやすい見た目の特徴は――

「「「銀髪」」」

「お、おう……銀髪ね」

まゆとひとみちゃんはベンチから立つとこちらに手を振りながら教室棟の方へ歩いて行った。

868事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。10:2022/06/11(土) 00:05:43
「……どうする?」

漠然とした質問。
どこから探すのか、手錠してるけどどうやって歩くのか……。

「布を被せて……いや、余計に目立つ? 並ばず前後で……それは連行してるみたいか」

霜澤さんは私の問いかけを「手錠をしたままどう歩くのか」と言う意味と捉えたらしい。
合理的で不自然に見えない方法……。

「……て、手を…繋いで、身体を寄せて、身体でなるべく手錠を隠す……とか?」

――…………え、何言ってるの私? いや、一番合理的だけど……て、手を繋ぐ? は? 手を?
……身体を寄せるって何? 嫌いな人から密着されるとか絶対拒否されるよね? 拒否……い、言わなきゃよかった……。

「うぅ……そ、それで行こう……死ぬほど嫌だけど」『トイレの事もあるし、もたもたしてるわけにはいかないし、これは…仕方がないこと……』

――……死ぬほど嫌……そんなに? いや、決まり文句なのはわかるけど……。嫌……死ぬほど嫌……か……。

正直言ってとてつもなくショック。……落ち込む。
それでも、手錠が見えるように歩くことで注目を浴びるよりマシだと思ってくれたのは救いか。

「……い、いこっか?」

とりあえずベンチから立ち上がる。
いつまでもこうしているわけにはいかない。
色々混乱することが多いが、一番の問題であるトイレは行動しなければ解決できないのだから。

「教室棟は行ってもらってるし、ボクたちはこっちか……」

立ち上がり視線を教室棟ではない方へ向ける。
……職員室とか音楽室とかいろんな部屋がある棟って一般的な呼び方ってあるのだろうか?
そんなどうでもいいことを考えていると鎖を通して右手が持ち上がるのを感じる。

「は、はい……手……」

まるでエスコートするかのように手を差し出す霜澤さん。
私の手が霜澤さんの手に吊られてさえいなければ、とても紳士的な光景だったはず――……なんだか勿体ない。

「……うん」

差し出された掌の上に、自身の手をそっと重ねる。
な、何ドキドキしてるんだろ……私。

――……いや、ていうか私、手汗とか大丈夫? 手を拭こうにも繋がれてたし……。

『っ……て、手汗とか平気かな?』

同じことを思ったらしくそんな『声』が聞こえてくる。
嫌いな相手でもそういうところは気になるよね……。

……。

どちらからと言うことでもなく、手を下ろす。
私は小さく深呼吸してから身体を寄せて手錠を見え難く――

「な、何してんの?」

突然後ろから掛けられた声に驚き、身体と手を離して距離を取――

<ガチャッ!>

「痛っ……」「っ……」

手錠してるのに離れられるはずもなく、手錠が手首に食い込み――……めっちゃ痛い。

「は? 手錠?」

二人して痛みで蹲る中、私は視線を上げる。そこに居たのは困惑の表情――――引いてると言い換えても良い――――を浮かべる斎さんだった。
嫌なところを斎さんに――いや、誰に見られても嫌だけど。

「……えっと……じ、事情があって――」「意味不明、関係ないし……」

最後まで聞くことなく困惑の表情から不機嫌そうな顔になって通り過ぎていく。
本当に意味不明でごめんなさい。見方によってはまた誰かと仲良くしてるように見える状況でごめんなさい。

869事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。11:2022/06/11(土) 00:06:45
「今の……斎神無よね? 良かったの? 何か不機嫌そうに行っちゃったけど?」

意外と言えばいいのか、霜澤さんは斎さんの事を知っているらしい。
……。

「……うん、関係ないって言われたし……私に対してはいつもあんな感じだから……」

霜澤さんは私の言葉を聞いて気まずそうに視線を逸らしてから小さく「ごめん」と呟く。
別に謝るようなことじゃない。むしろ、暗い感じに話した私が悪い。

……。

いつまでもこうしているわけにも行かない。私たちは立ち上がり無言で手を繋ぎ再度身体を密着させる……今回はさっき慌てたせいで確実に手汗が、ついでに心音もヤバい。
とりあえず渡り廊下を越え校舎に入ったのは良いけど、目の前は保健室……。
保健室にまだ紗や瑞希がいるかもしれないと思うと、早くこの場から移動したい。
階段か、体育館か、あるいは昇降口の方に向かうか……。

――……上は上で……弥生ちゃんがまだ居たり?

正直、どこにも行きたくない。
さっきの斎さんの件でわかったけど、知り合いの場合は今のこの手を繋いで密着してるところを見られるのが思った以上に恥ずかしい。
逆に知らない人の場合は凄く仲が良い二人くらいにしか見られないはずだけど、手錠を見られて好奇の視線が集まるのが辛い。

「た、体育館に行こう」

霜澤さんの提案で体育館へ行くことになる。
人が多くちょっと気後れするが、中に入ってみると出し物中で薄暗くなっていてむしろ助かる。
ただ、薄暗いせいで水無子ちゃんを探すのも難しい。

――……っ…って言うかトイレ……不味い……これ、本格的に……。

飲んでしまったミルクティーが少しずつ下腹部を膨らませてきてる。
立ち止まって周りを見渡す霜澤さんだけど、私としては立ち止まられるのは辛い。
手を繋ぎ密着してるせいで、下手に我慢の仕草を取れない上に、飲み残しのミルクティーで左手も使えない。

――つ、使えないって……まだ押さえなくても……うぅ、でも丁度薄暗いから、押さえてもバレないのに……。

仕草を取れない、押さえられない以上、必死に出口を閉めて、膀胱が暴れないように心の中で言い聞かせるしかない。
それはわかってるんだけど……。

――っ……波っ、じっとしてるとダメ、波が来ちゃう、来ちゃダメ……。

左足を僅かに上げて右足に擦りつける。
今、本格的な波が来たらきっと霜澤さんに気が付かれるくらいの仕草を晒してしまう、それだけは避けたい。
どうにかして宥めて乗り切らないと……。

『うぅ……ミルクティー飲み過ぎた……早く見つけないと……とりあえず、ここにはいない?』

『声』……でも、やっぱり楽しんでいる余裕は今はない。
霜澤さんには一度失敗を知られている――――当時は紫萌ちゃんと名乗っていたが――――からなのか
尿意を悟られるのがいつも以上に恥ずかしいことのように感じる。
それに今の関係性もあって少し怖かったりもする。
怖いと言っても、何かされるとかそういうことではなく……拒絶されたり、今以上に距離を取られたり……それが怖い。

870事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。12:2022/06/11(土) 00:07:36
「えっと次は……」

そう声に出しながら体育館の外に二人で歩みを進める。

……。

このまま闇雲に歩き回っていて大丈夫なのだろうか?
まゆたちには教室棟を見てもらっているので、こっち側を見れば殆ど確認し終えるとは言え、全部覗いて回ろうと思うとまだそれなりに時間が掛る。
入れ違いになるなんて事も考えられるし、そうなれば一時間使っても見つけられない可能性があるわけで……。

私は体育館を出たところで歩みを止める。

「――雛倉…さん?」

霜澤さんが歩みを止めた私に問いかける。

「……水無子ちゃん、誰かと来てると思う?」

私はあまり水無子ちゃんについて知らない。
だけど、椛さんや皐先輩、霜澤さんと言った人と遊んでいるのは知ってる。文化祭に一緒に来るような友達がいるなら、わざわざ年上の人と休日遊んだりするのだろうか?
自分で言ってて割と酷いこと言ってる自覚はあるけど、この推測は間違ってないと思う。

「えっと? 如月が連れてきてただけだと思うけど……?」

そう、だったらなんで如月さんの傍に水無子ちゃんはいなかった?
一人で遊ばせてる? ありえない。 つまり――

「――……だったら、この学校の知り合いのところにいるんじゃない?」

「っ! そっか、金髪んとこか!」
「……あるいは椛さんと一緒なんじゃないかな?」

私たちは近くの段差に腰を下ろして、ミルクティーを置いて携帯を取り出す。
――……本当、このミルクティー邪魔。……美味しかったけど。

「綾は――……こほんっ、……雛倉さんは紅瀬先輩の番号知ってるんだっけ?」
「……うん、椛さんには私が聞いてみる」

携帯の履歴から椛さんの名前を見つけて発信して耳に当てる。

「ねぇ……」

繋がるまでの少しの間に、霜澤さんがこちらに問いかける。
私は視線を向けて反応する。

「トイレ……我慢してる?」

――っ!!?

  「もしもし?」

「っ……も、椛さん!?」

混乱した中、椛さんの声が聞こえて来て、さらに混乱してしまう。

――……え、なんで、バレ――っ、あ、仕草……あ……。

考え事のしていたためなのか、無意識に電話を掛けながら足を擦り合わせていて……。
こんなに近くにいるのにこんな仕草見せてたら――……あぁ、やらかしたぁ……。
頭を抱えたくなるが手が足りない……。

  「電話かけてきたの綾でしょ? なんで私が出て驚いてんの……?」

――……ご、ご尤もです。

私は姿勢を正して仕草を隠し、電話に集中する。
……顔が熱いのはきっと気のせい。

「あ、えっと……椛さんところに水無子ちゃん居たりしませんか?」

  「え? あぁ、いるわよバカンスカフェを満喫――いや、出来てないか」

それを聞いて隣で皐先輩と電話してる霜澤さんに手錠の付いた右手を持ち上げ合図を送る。
それにしても満喫出来てないってどんな状況なのだろう?

「……あ、ありがとう、今からそっち向かいたいんだけど――」
  「あー、はいはいおっけー、水無子に用事でしょ私が案内しに行くから」

流石は椛さん、察しが良くて助かる。
もしほかの人に来店の案内されたら、席に案内されたり待たされたりで面倒だったし。
もう一度お礼を言って通話を切る。隣を見ると、霜澤さんも通話を終えたらしく携帯をしまっているところ。

「……水無子ちゃんバカンスカフェにいるって」

「みたいね、良かった……ボクもトイレ行きたくなってきてたし……」『ボクもだけど、綾も結構したい感じかな? もじもじしちゃうくらいだし……』

――……っ! ……お、落ち着いて……はぁ、大丈夫、もうすぐ鍵が手に入るし、さっきまでとは状況が違う。
もうすぐ手錠外せるね、実はトイレに行きたかったんだー、私もー、みたいなノリでしょ? 全然普通の事だしっ!

トイレに行けない状況で尿意を悟られるのは「え、どうしよう? 我慢できる?」みたいな感じで心配とかされるわけで。
行ける目途がたった今となっては何も恥ずかしいことはない。ないはずなのに、やっぱり顔が熱い。
そもそも、隠していた尿意がバレるのが恥ずかしい……バレたのもトイレに行ける目途が立つ前だったし……。


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