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あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目

720ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:09:17 ID:9f89S4RY

 アンリエッタからエスコートの依頼を受けて、彼女を伴いながら街中を彷徨っていた霧雨魔理沙。
 ふとした拍子で衛士達にアンリエッタの素性がバレると思った矢先、ジュリオの助太刀を事なきを得る事となる。
 しかし謎多き月目の彼は驚く事にアンリエッタの正体を知っており、しかもその事について全く驚きもしなかった。
――お前、どうしてお前がアンリエッタの事知ってるんだよ?
―――おや?外国人の僕がこの国のお姫様の事を知らなかった思ってたのかい?それは心外だなぁ
――――いやいや!そういう事じゃねぇって!?どうしてお前がアンリエッタが変装してた事を知ってたって聞いてんだよ!?
 最後には言葉を荒げてしまった魔理沙であったが、ジュリオはそんな彼女に「落ち着けよ」と宥めつつ言葉を続けた。
――実は僕も、この白百合が似合うお姫様に用があったんだよ
――――私に……ですか?一体、あなたは……
 自分の正体をあっさりと看破し、更には用事があるとまで言ってきた謎の少年の存在。
 アンリエッタが彼の素性を知りたがるのは、至極当り前だろう。
 そしてジュリオもまた、彼女にこれ以上自分の正体を隠そう等という事は微塵も考えていなかった。
――申し遅れました。僕はジュリオ・チェザーレ、しがないロマリア人の一神官です
 彼はアンリエッタの前で姿勢を正した後、恭しく一礼しながら自己紹介をした。
 アンリエッタはその名を聞き軽く驚いてしまう。ジュリオ・チェザーレ、かつてロマリアに実在した大王の名前に。
 かつては幾つかの都市国家群に分かれていたアウソーニャ半島を一つに纏め上げ、ガリアの半分を併呑した伝説の英雄。
 その者と同じ名前を持つ少年を前にして固まってしまうアンリエッタに、頭を上げたジュリオはさわやかな笑顔で言葉を続けた。

――色々と僕に聞きたい事はあるでしょうが、今しばらく私についてきてくださらないでしょうか?
――――……ついていくって、一体何処へ……!?
――今夜貴女と彼女が泊まれる安全な場所へ、ですよ。今のあなた達では、こんや泊まる所を探すのも一苦労しそうですからね
 

 その後、ジュリオはアンリエッタと魔理沙を連れてここ『タニアの夕日』にまで来ることができた。
 東側の住宅地からここまで移動するのには、それなりの苦労と時間を要するものであった。
 地上の道路や裏路地の一角には衛士達が最低でも二人以上屯しており、怪しい人間がいないが目を光らせていたのを覚えている。
 恐らく魔理沙たちを逃がした際の騒ぎが伝達されたのだろう、そうでなければ末端の衛士達があんなに警戒している筈がないのだ。

(トリステイン側も必死なんだろうな。もしもの時に探しておいた地下道がなけりゃあ危なかったよ)
 途中何度か地下の通路を通ってショーットカットや遠回りの連続で、早一時間弱……ようやくホテルにたどり着くことができた。
 今のところ周辺には衛士達の姿は見当たらない。恐らく街の中心部から外周部を捜索場所を移したのかもしれない。
 何であれ、ここまでたどり着けたのは前もって計画していたルートを用意していた事よりも、運の要素が強かったのであろう。

 ともあれ、こうして無事に二人を――少なくともアンリエッタを連れて来れた事で自分の仕事は成功したも同然であろう。
 最も、そのお姫様には相当警戒されてしまっているのだが……まぁこれはやむを得ない事……かもしれない。
(全く、あの人も無茶な事命令してくれたもんだよ……ったく!)
「さ、とりあえず中へどうぞ。外にいては衛士達に見つかるやもしれません」

721ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:11:03 ID:9f89S4RY

 内心では自分にこの仕事を任せた『お上』――もとい゛あの人゛に悪態をつきつつも、
 警戒する魔理沙たちの前でさわやかな笑顔を浮かべつつ、ホテルのドアを開けて彼らを中へと誘う。  
 新品のドアを開けた先には、綺麗に掃除された『タニアの夕日』のロビーが広がっている。
「…………」
「………………」
「おや?入らないのですか?」
 しかし悲しきかな、ジュリオに警戒している二人は険しい表情を浮かべたまま中へ入ろうとはしなかった。
 思ってた以上に警戒されてるのかな?そう考えそうになったところで、二人は互いの顔を見合う。
「アレ……どうする?」
「色々疑わしき事はありますが、ここまで来たのなら……やむを得ないでしょう」
「……だな」
 一言、二言の短いやり取りの後、彼女たちは渋々といった様子でホテルの入り口を通った。
 通るときにジュリオを鋭い目つきで一瞥しつつも、二人は慎重な様子のままロビーの中へと入っていく。
 色々問題はあったものの、魔理沙たちはジュリオからの誘いに乗ったのである。
「……ま、結果オーライってヤツかな」
 少女たちの背中を見つめつつ、ジュリオは二人に聞こえない程度の小声でそう呟く。
 とはいえ、入ってくれればこちらのモノだ。彼は安堵のため息を吐きつつも二人の後へと続いた。

 全四階建ての内最上階に部屋がある為、一同は階段を上って部屋まで行く羽目になった。
 しっかりと掃除の行き届いた階段を、三人は靴音を鳴らしながら上へ上へと進んでいく。
 やがて散文もしないうちに最上階までたどり着いた所で、先頭にいたジュリオが魔理沙たちから見て右の廊下を指さす。
「部屋の名前は『ヴァリエール』。この部屋一番のスイートルームですのでご安心を」
「私が『ヴァリエール』という部屋の名前を聞いて、貴方を信用できるほどのお人好しに見えますか?」
 魔理沙以上に自分へ警戒心を向けているアンリエッタからの返事に、彼はただ肩を竦める。
 軽いジョークのつもりだったのだが、どうやら彼女の警戒心を随分強めてしまっていたらしい。
 コイツは思ったより重大な事だ。そう思った所で今度は魔理沙が突っかかるようにして話しかけてきた。

「おいジュリオ、ここまで来たんならもうそろそろ話してくれても良いだろ?」
「話す?一体何を?生憎、僕のスリーサイズは本当に好きになった女の子にしか教えない事にしてるんだ」
「ちげーよ、何でお前がアンリエッタの正体を知ってて、しかもこんに所にまで連れてきたかって事だよ!」
 自分のボケに対する魔理沙の的確な突っ込みと質問に、ジュリオは軽く笑いながらも「そろそろ聞いてくると思ったよ」と言葉を返す。

「まぁ確かに、もう話してもいい頃だが……部屋も近い、良ければそこで話そうじゃないか?
 僕と君たちがここにいるまでの経緯を一から話すよりも先に、この廊下の先にある部屋の前にたどり着いちゃうからね」

722ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:13:48 ID:9f89S4RY
 そう言って彼は先程指さした方の廊下の突き当りへ向かって歩き出し、二人もその後をついて行く。
 確かに彼の言う通り、彼がワケを話すよりも部屋までたどり着く方が早かったのは間違いない。
 元々この最上階には二部屋しかないのだろう。廊下の突き当りの手前には、観音開きの大きな扉があった。
「こちらです、では……」
 その言葉と共にジュリオはドアの前に立つと身だしなみを軽く整えた後、スッと上げた右手でドアをノックする。
 コン、コン、という品の良いノックを二回響かせて数秒後、ドアの向こうにある部屋から少女の声が聞こえてきた。
「ど……どちらさまでしょうか?」
「お届け゛者゛を持ってきた、ただのしがない配達屋さ」
 その言葉から更に数秒後、少し間をおいてから掛かっていたであろうドアのカギを開く音が聞こえてきた。
 軽い金属音と共にドアノブが勝手に回り、部屋の中から銀髪の少女をスッと顔を出してきた。ジョゼットである。
 まるで初めて巣穴から顔を出した仔リスのように不安げな様子を見せていた彼女は、目の前にいたジュリオを見てパッと明るい表情を見せた。

「や、ジョゼット。ちゃんとあのお方の注文通りお届け゛者゛を連れてきたよ」
「お兄様!って……あっマリサ!」
「よ、ジョゼット。……っていうか、お届け゛モノ゛って……」
 久しぶりに会ったような気がしたジョゼットに呼びかけられて、思わず魔理沙も右手を上げてそれに応える。
 ジョゼットも数日ぶりに見た魔理沙に微笑もうとした所で、彼女の横にいたアンリエッタに気が付き、怪訝な表情をジュリオに向けた。
「あの、お兄様……この人が、その?」
「あぁ。……そういえば、あの人は今?」
「待っていますよ。そこにいね人と食事でもしながら……という事でついさっき自分でランチを頼んでました」
「ランチを自分で?うぅ〜ん……あの人、付き人がいないと本当に自由だなぁ」
 そんなやり取りを耳にする中で、アンリエッタは彼らが口にする゛あの人゛という存在が何者なのか気になってきた。
 少なくともこんなグレードの良いホテルでランチを気軽に頼める人間ならば、少なくとも平民や並みの貴族ではない。
 では一体何者か?その疑問が脳裏に浮かんだところで、彼女と魔理沙はジュリオに声を掛けられた。

「さ、どうぞ中へ。ここから先の出来事は、あなたにはとても有益な時間になる筈です。アンリエッタ王女殿下」
 

 流石最上階のスイートルームというだけあって、『ヴァリエール』の内装は豪華であった。
 まるで貴族の邸宅のような部屋の中へと足を踏み入れた二人は、一旦辺りを見回してみる。
(流石に公爵家の名を冠するだけあって、部屋もそれに相応なのね)
 アンリエッタは王宮程ではないものの、名前に負けぬ程には豪華な部屋を見て小さく頷いた一方、
 以前ここへ来たことのある魔理沙は、以前見たことのある顔が見当たらない事に怪訝な表情を浮かべていた。
「んぅ……あれ?セレンのヤツ、どこ行ったんだ」
「セレン?その方は一体……」
『こちらですマリサ』
 聞きなれぬ名前が彼女の口から出た事に、アンリエッタが思わず訪ねようとした時であった。
 部屋の入り口から見て右の奥にあるドア越しに、青年の声が聞こえてきたのである。
 その声に二人が振り向くと同時に、後ろにいたジュリオとジョゼッタが二人の横を通ってそのドアの前に立つ。
 まるで番兵のように佇む二人は互いの顔を見合ってからコクリと頷き、ジュリオが二人に向かって改めて一礼する。

723ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:15:09 ID:9f89S4RY
「さ、どうぞこちらへ」
 短い言葉と共にドアの横へと移動する二人を見て、アンリエッタはドアの傍まで来ると、スッとドアノブを掴み――捻った。
 すんなりとドアノブが回ったのを確認してから彼女はゆっくりとドアを押して、隣の部屋へ入っていく。
 次いで彼女の後ろにいた魔理沙もその後に続き、ドアの向こうにあった光景に思わず「おぉ」と声を上げてしまう。
 そこはダイニングルームであったらしく、長方形のテーブルの上には幾つもの料理が並べられていた。
 恐らくジョゼットが言っていたランチなのだろう、ホウレン草とカボチャのスープはまだ湯気を立てている。
 そして部屋の一番奥、上座の椅子に背を向けて座っている青年を見て魔理沙は声を上げた。
「おぉセレン、お前そんな所で格好つけて何してんだよ」
「あぁマリサ。イエ、少しばかり緊張していたもので……何分貴方の横にいるお方がお方ですから」
 魔理沙の呼びかけに対し青年はそう返した後ゆっくりと腰を上げて、彼女たちの方へと体を向ける。
 瞬間、一体誰なのかと訝しんでいたアンリエッタは我が目を疑ってしまう程の衝撃に見舞われた。
 思わず額から冷や汗が流れ落ちたのにも構わず、彼女は咄嗟に魔理沙へと話しかける。 
「あ、あのッマリサさん!こ、この方は……!?」
「私がさっき言ってたセレンだよ。――――って、どうしたんだよその表情」
 アンリエッタの方へと何気なく顔を向けた魔理沙も、彼女の顔色がおかしい事に気が付く。
 そんな彼女を気遣ってか、上座から離れてこちらへと近づくセレンは「大丈夫ですよ」とアンリエッタに話しかける。 

「此度ここに来たのは、あくまで私事の様なものです。ですから、肩の力を抜いてもらっても……」
「……っ!そんな滅相もありません、あ、貴方様を前にして、そんな……ッ!」
 近づいてくるセレンに対し、アンリエッタは何とその場で膝ずいたのである。
 それも魔理沙の目にも見てわかるような、相手に対して敬意を払っている事への証拠だ。
「え?え……ちょ、何がどうなってるんだよ?」
 何が何だか分からぬまま自分だけ放置されているような状況に魔理沙が訝しんだところで、
 彼女のすぐ近くまでやってきたセレンは申し訳なさそうな表情で彼女に言葉をかけた。
「マリサ、私はここで貴女にウソをついていた事を告白せねばなりませんね」
 彼はそう言って一呼吸置いた後、穏やかな笑顔を浮かべながら自らの本名を告げる。
 
「貴女に名乗ったセレン・ヴァレンはいわば偽名。ワケあって名乗らざるを得なかった名。
 そして私の本当の……母から貰った名前はヴィットーリオ、ヴィットーリオ・セレヴァレと申します。」

 セレン――もといヴィットーリオの告白に、この時の魔理沙はどう返せば良いか分からないでいた。
 しかし彼女はすぐにアンリエッタの口から知る事となるだろう、彼の正体を。
 この大陸に住む全ての人々の心の支えにして、魔法文明の礎を気づいたともいえる祖を神として崇めるブリミル教。
 その総本山としてハルケギニアに君臨する、ロマリア連合皇国の指導者たる教皇に位置する者だという事を。

724ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:18:19 ID:9f89S4RY
はい、これで今年最後の投稿を終了させていただきます。
今年は色々と多忙故に執筆に手が回らず、痒い所に手が届かない日々が続きました。
来年はもう少しゆっくりと休みつつ書ける時間が欲しいなぁ、と思っていたりします。

それでは皆さん、今年はこれにて。
また来年お会いしましょう、良いお年を。ノシ

725ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:11:47 ID:4f02YZK.
どうも皆さんご無沙汰しております。無重力巫女さんの人です。
本当なら一月末に今年最初の投稿をする筈だったのですが、思いの外多忙で無理でした。申し訳ないです。

特に問題が無ければ、22時15分から投稿を始めたいと思います。

726ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:15:09 ID:4f02YZK.
 トリスタニアのローウェル区に、その倉庫街は存在している。
 巨大な四棟の倉庫と、そこを囲うようにして建てられている古めかしい住宅街だけの寂しい場所。
 住宅街には主に日雇いや工房の使い走りに、王都の清掃会社に勤めている人々等が利用している。
 丁度ブルドンネ街とチクトンネ街に挟まれるよう位置にあるが、この時期に増える観光客は滅多にここを通らない。
 ガイドブックなどに治安があまり良くないと書かれている事が原因であったが、主な原因は倉庫の周辺にあった。
 一本道を挟み込むようにして左右に四棟ずつ建設されている倉庫は、王都の商会や大貴族などが利用している。

 彼らは主に家に置ききれない財産や商売道具などをここで保管しており、当然それを警備する者たちがいる。
 しかし彼らはちゃんととした教育を受けた警備員ではなく、金さえ詰めば喜んでクライアントの為に戦う傭兵たちであった。
 粗末な鎧や胸当てを身を着けて、槍や剣で武装して倉庫周辺をうろつく彼らの姿はそこら辺のチンピラよりもおっかない。
 トリステイン政府直属の警備員を雇う代金が高い為、少しでも倉庫の維持費を浮かせる為の措置である。
 傭兵たちも相手が権力のある連中だと理解している為、倉庫から財宝をくすねよう等と考えて実行に移す者はまずいない。
 クライアント側も仕事に見合うだけの給料をしっかりと渡しているため、互いに良好な関係をひとまず築けているようだ。

 しかしその傭兵たちに倉庫街全体を包む程の寂れた雰囲気が、この地区を人気のない場所へと変えていた。
 今では観光客はおろか、別の地区に住んでいる人々も――特に子連れの親は――ここを通らないようにしている程だ。
 多くの人で賑わう華やかな王都の中では、旧市街地や地下空間に匹敵するほどの異質な空間となっていた。

 そんな人気のないローウェル区の一角を、ルイズ達四人の少女が歩いていた。
「ここがローウェル通り、名前だけは知ってた分こんなに静かな場所だなんて思ってもみなかったわ」
『確かに、別の所なんかだと多少の差はあれどここまで寂れてはいなかったしな』
 通りに建ち並ぶ飾り気のないアパルトメントを見上げながら、先頭を行くルイズは半ば興味深そうに足を進めていく。
 その人気の無さには、デルフもそれに同意の言葉を出すほどであった。
 彼女らの中では最年少であるリィリアは、今までいた場所とあまりにも違うの人気の無さを五感で体感しているのかしきりに辺りを見回している。
 通りそのものはしっかり掃除されているものの、一帯に住む人々は家の中にいるのか外には殆ど人がいない。
 偶に何人か見かける事はあったが大抵はここを通り慣れている別地区からの通行人で、自分たちの横を素知らぬ顔で通り過ぎていくだけ。
 散歩どころか水撒きする者もいない通りは、汗が出るほど暑いというのにどこか不気味であった。

 ここに来るまで、ブルドンネ街の通りから幾つかの道を曲がり、五つ以上の階段と坂を上り、三本以上の橋を渡ってきた。
 たったそれだけで、つい少し前までいたブルドンネ街とは正反対に静かすぎる場所へとたどり着けてしまう。
 同じ土地にある街の中だというのに、まるで異国に来てしまったかのような違和感を感じる人もいるかもしれない。
 しかし看板や標識を見れば、否が応でもここがトリスタニアの一角であると分かってしまう。
 明確に人の住んでいない旧市街地とは違い、家の中から出ずに姿を現さない住民たち。
 もはや異国というよりも、人のいない裏世界へと迷い込んでしまったかのような静けさが通り全体を包んでいた。

「しっかし、ここって本当人気が無いわねぇ。なんでこんなに静かなのよ?」
 自分の隣を歩く霊夢の呟きが自分に向けて言われた事だと気づいたルイズは、すぐさま脳内の箪笥からその知識だけを取り出して見せる。

727ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:17:06 ID:4f02YZK.
「う〜ん……確かここら辺は、街の清掃会社とか家具工房で雑用とか……所謂出稼ぎ労働者が大半だったような気がするわ」
「出稼ぎ労働者……ねぇ。私からしてみれば、わざわざこんな暑くて人だらけな街へ働きに行く事なんて考えられないわね」
「しょうがないでしょう。地方で稼げる仕事なんて、それこそ指で数える必要がないくらい少ないのよ」
 出稼ぎする、もしくはせざるを得ない者達の気持ちを理解できない霊夢に対し、ルイズは苦々しい表情を浮かべて言葉を返す。
 今のご時世、農業や地方の仕事で食べていける場所ならまだしもそれすらままならない地方もあるにはある。
 もちろん数は少ないが、不作や自然災害などで作物の収穫が減ってしまった土地がハルケギニア全体で増えつつあるのだ。
 その為に仕事が減り、仕事が減ってしまったが為に手に入る賃金も減り、その日の食事にすら困窮してしまう。


 トリステインをはじめ、名のある国々はその点まだマシと言えるだろう。
 一番酷いのは、ガリアやゲルマニアからある程度の独立を許された第三世界の小国などは文字通り悲惨な事になってしまう。 
 中途半端に独立してしまったが故にまともな援助を受けられず、ちょっとした天災で大飢饉が起こってしまう事など珍しくもない。
 飢饉や大災害が起これば瞬く間に暴動が起こり、結果的にはその小国を収める一族郎党が制裁の名の元に晒し首にされてしまう。
 独立を認可した大国がおっとり刀で正規軍を出す頃には、小国そのものが瓦解した後で残っているのは暴徒と化した連中のみ。
 まともな人々は争いを逃れる為に家族や恋人を連れて国を逃げ出し、流浪の民として通れもしない国境周辺を彷徨うしかない。
 難民を受け入れているロマリアへ行けるならまだ良い方で、大抵の難民は何処へも行けず山の中で獣や亜人の餌になってしまう。
 酷い場合はゲルマニアやガリアの国境地帯に埋設された地雷で吹き飛ばされたり、遠距離狙撃仕様のボウガンの的になる事もある。

 だからこそ、出稼ぎ労働で故郷に送金できるトリステインなどの名のある国々はマシなのである。
 パスポートを持っていても、出国する事すらままならない様な名もなき国があるのだから。


「確か倉庫があるのは、あぁ……あっちの角を曲がった先だわ」
 暫し人気のない地区を五分ほど歩いたところで、ルイズは道の角に建てられている標識を見上げて呟く。
 彼女の言葉についてきていた霊夢たちも足を止めて見上げてみると、二メイル程ある細い柱の上に看板が取り付けられているのに気が付いた。
 当然霊夢とハクレイの二人には何が書かれているのか分からなかったが、文字が読めない人が見ることも想定しているのか、
 文字の上にしっかりと倉庫らしき建物の絵が描かれており、一目で倉庫が曲がり角の先にあると分かるようになっていた。
 先に気が付いたルイズはすっと曲がり角から頭だけを出してのぞいてみると、ウンウンと一人頷きながら霊夢たちに見たものを伝える。

「確かに倉庫があるけど、正面突破は無理そうねぇ」
「え?……あぁ、確かにそうね」
 納得したようなルイズの言葉に怪訝な表情を浮かべた霊夢も、ルイズと同じように曲がり角の先を見て……頷く。
 標識通り、確かに曲がり角の先には砂浜に打ち上げられ鯨と見紛うばかりの倉庫が見ている。
 しかしその倉庫へ近づく為の道路には大きな鉄の扉が設置され、更に武装した傭兵たち数人が屯している。
 肌の色も装備も違う彼らは武器を片手に談笑しており、時折反対側の手に持った酒瓶を口につけては昼間から酒を楽しんでいる。
 街で見かける衛士達と比べてだらしないところはあるものの、酒を嗜みつつも決して自分達に与えられた任務をサボってはいない。
 ルイズの言う通り、彼らに軽く挨拶をしてワケを話しても通してはくれなさそうだ。
 強行突破すればいけない事も無いだろうが、大きな騒ぎに発展しまう恐れがある。
「相手が人間じゃないなら、全治数か月レベルのケガさせても平気なんだけどなぁ」
「コラ、何恐い事言ってるのよ」

728ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:19:06 ID:4f02YZK.

 思わず口に出してしまった内心をルイズに咎められつつも、霊夢は「でも……」とハクレイの方へと顔を向けた。
 その向けてきた顔にすぐに彼女の言いたい事を察したハクレイは、コクリと頷いてから口を開く。
「ちょうど倉庫の隣に隣接してる通りにアパルトメントがあるから、私ならそっから飛び移れるかもしれないわ」
 毅然とした表情でそう言う彼女の後ろで、リィリアは怯えた表情を浮かべていた。

 ひとまず一行はその場を離れ、丁度倉庫の真横にある住宅街へと足を運んだ。
 そこには倉庫を囲う壁と住宅街側の道を隔てるようにして水路が造られており、魚が生きていける程度に澄んだ水が静かに流れている。
 水路の幅は五メイル程あり、仮に泳いで渡ったとしても階段や梯子などは無い為にどうしようもできない。
 鉤縄や『フライ』が使えれば問題ないだろうが、生憎今のルイズは鉤縄を持ってないし魔法に関してはご存知の通り。
 普通の魔法が行使できるリィリアならば一人で飛んでいけるだろうが、彼女一人を壁の向こうへ行かせるのは危険すぎる。
 それに万が一水路と壁を突破できたとしても、壁の向こう側の警備は相当厳重なのは容易に想像できてしまう。
 今は工事中で使われていないが、外部からの侵入者を発見するための櫓まで作られているのには流石のルイズも驚いていた。
「成程、確かに防犯設備はしっかりしてるわね。櫓が工事中だったのは幸い……と言うべきかしら」
「コレって倉庫というよりかはちょっとした砦じゃないの?よくもまぁ街中にこんなモノ作って……」
 呆れたと言いたげな霊夢の言葉に頷きつつも、ルイズは次にハクレイの言っていたアパルトメントへと視線を向けた。

 彼女の言った通り、確かに水路傍の住宅街に四階建てのアパルトメントはあった。
 しかし今は誰も住んでいないのか建物の壁には無数の蔦が張り付いており、幾つもの亀裂まで走っている。
 こんな人気のない場所にあんなモノを建てても誰も住まないだろうし、家賃も平均以上だったに違いない。
 大方二十年前の都市拡張工事の際に作られた建物の一つであろう、その手の建物の大半は今や街中の廃墟と化している。
 今も繁栄を続ける王都の陰を見たルイズは目を細めていると、そちらに目を向けているのに気が付いたハクレイに声を掛けられた。
「どうする?私の時は単にあの上から覗いただけだったけど、こんな真昼間から入り込むの?」
「うぅ〜ん、普通なら夜中に侵入するのがセオリーなんだろうけど……こういう場所だと逆に人数が増えそうなのよねぇ」
 日中ならともかく、夜間は流石に侵入者を警戒して人員を増やすのは分かり切った事だ。
 と、なれば……やはり日中から堂々と侵入――――というのも相当危険な感じがする。

 今からか夜中か、その二つの選択肢を前にルイズは悩みそうになった所で今度は霊夢が話しかけてくる。
「どっちにしろ侵入するつもりなんだし、それなら人数が少ない時間に入った方が楽で済むんじゃないの?」
「アンタねぇ、そう簡単に言うけど入る事自体困難……なのは私達だけか」
 ガサツな巫女の物言いに反論しようとした所で、ルイズは彼女が空を飛べる事を思い出す。
 確かに彼女ならばハクレイはおろか並みのメイジよりも簡単に空を飛んで、水路と壁を越えられるだろう。
 文字通り壁を飛び越えてあの巨大な倉庫の上に着地すれば、後は自分たちよりも簡単に倉庫を探せるに違いない。
 櫓が工事中の今ならば、地上に見張りにさえ気をつけていれば見つかる可能性は限りなく低いだろう。
 それに気づいたのはルイズだけではなく、その中でデルフが彼女に続いて声を上げる。
『まぁお前さんなら見つかる心配何て殆ど無いだろうしな』
「まぁね。私自身、色々と片付けなきゃいけない事もあるから手っ取り早く済ませたいし」
 デルフの言葉に相槌を打ちつつ、霊夢は今から飛ぶ立つつもりなのか軽い準備運動をし始めた。
 どうやら彼女の中では、既に単独潜入は決定事項らしい。これには流石のルイズも止めようとする。

729ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:21:13 ID:4f02YZK.
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!別に私はアンタに「見てこい」とか「飛んで来い」なんて事言ってないんだけど?」
「そんなん分かってるわよ。さっきも言ったように、やりたい事が沢山あるから夜中まで待ってられないってだけよ」
 最後にそう言った後、ルイズの制止を待たずして霊夢はその場で地面を蹴ってフワッ……と飛び上がる。
 まるで彼女の周囲だけ重力が無くなったかのように空中に浮かぶ霊夢は、そのまま水路の方へと向かっていく。
 止めきれなかったルイズが水路と道路を隔てる欄干で立ち尽くしている所へ、霊夢の背中で静かにしていたデルフが声を掛けてきた。
『まぁそう心配しなさんな娘っ子。レイムの奴ならオレっちも見てるし大丈夫さ。……多分ね』
「あ、ちょっと待ちなさい!アンタ今゛多分゛って口にしなかった?」
 咄嗟に止めようとするルイズに背中を見せつつ、彼女はデルフはフワフワと浮いたまま水路を渡っていく。
 静かに流れる水路の上を浮かびながら渡る霊夢の姿は、どこか現実離れな光景に見えてしまう。
 それを住宅地側から見るしかないルイズはハッと我に返り、次いでハクレイの方へと顔を向けて言った。
「こうしちゃいられないわ。こうなったら、私たちもアイツに続く形で入るわよ!」
「え?まさか今から侵入するの?」
 ルイズの急な決定に驚いたのは、ハクレイではなくその隣にいたリィリアであった。
 目を丸くする少女の言葉に、ルイズは「当り前じゃないの」と当然のように言葉を返す。、

「いくら何でもアイツ一人だけ行かせるのは色々と不安なのよ。分かるでしょ?」
「え?ふ、不安ってどういう……」
 言葉の意味を汲み取り切れない少女の不安な表情を見て、ルイズはそっと彼女の耳元で囁く。
「アンタのお兄さん。私とレイム相手に何したか知ってるでしょうに」
 その一言で、幼いリィリアはルイズの言いたい事を何となく理解できたらしい。
 あの倉庫の何処かにいるかもしれない兄の身に、霊夢という名のもう一つの危機が迫っている事を。
 それをあの少年の唯一の身内が悟ったのを見て、ルイズは苦虫を噛むような表情を浮かべつつ言葉を続ける。
「まぁアンタのお兄さんにはしてやられたけど、流石にレイム一人に任せても良い程憎いってワケじゃあないしね」
 自分自身彼にやられた事を忘れていない……と言いたげな事を口にした所で、スッとハクレイの方へと顔を向けた。

「じゃ、早速で悪いけど私とこの子を向こう側まで連れてってくれないかしら」
「……それは構わないけど、アイツみたいにそう簡単にひとっ飛び……ってワケにはいかないわよ」 
「それは分かってるけど、それしか方法がない分どうやっても跳んでもらわなきゃ向こう側へは行けないわ」
 ルイズからの頼みに対し一応は了承しつつも、ハクレイはフワフワと飛んでいく霊夢を見やりながら言った。
 やり方としては霊夢のような方法がスマートかつベストなのだろうが、確かに人二人を連れてあそこまで跳ぶというのはかなり酷なものだろう、
 かといってそれ以外に方法が思いつかないため、ルイズも気持ちやや押す感じでハクレイに迫っていく。
 ……たとえベストでなくとも。そう言いたげな彼女の雰囲気にハクレイは渋々といった感じでため息をついた。
「まぁ物は試しってヤツよね。……とりあえず、ここじゃ無理だから場所を替える事にしましょう」
 そう言ってからハクレイは霊夢に背を向け、近くにあるあの廃アパルトメントへと向けて歩き始める。
 彼女の行き先を見て、これから何が始まるのか察したルイズとリィリアは互いの顔を見合ってしまう。
「……もしかして、また『跳ぶ』の?」
「アンタはお兄さんを助けたいんでしょう?やれる事が少ない以上、覚悟はしときなさい」
 顔を真っ青にする少女に対し、覚悟を決めるしかないとルイズも肩を竦めながらハクレイの後を追った。

730ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:24:21 ID:4f02YZK.


 その頃になってようやく倉庫と外を隔てている外壁の傍までたどり着いた霊夢に、背後のデルフが呟く。
『お、向こうも動き出したな。こりゃ近いうちに一緒になれそうだぜ』
 彼の言葉にふと後ろを振り向くと、確かにルイズを先頭にハクレイとリィリアが何処へか向かって移動している所であった。
 恐らくあのアパルトメントに向かっているようで、成程あの四階建ての屋上から跳んでくるつもりなのだろう。
 言葉にしてみると結構トンデモであるが、リィリアを背負ったまま時計塔の頂上から無傷で降りてきたハクレイなら余裕かもしれない。
 まぁ彼女たちの事は彼女たちに任せるとして、今は自分がやるべき事を優先しなければいけない。
 再び外壁へと顔を向けた彼女はそのまま上へ上へとゆっくり上昇し、そっと頭だけを出して壁の向こうを見てみる。
 
 顔を出して覗き見たそこは丁度倉庫と倉庫の間にある道だったようで、影の所為で暗い道が十メイル程伸びている。
 これなら大丈夫かな?と思った時、すぐ近くにある右側倉庫の扉が開こうとしているのに気が付き、スッと頭を下げた。
 扉が開く音と共に複数人の足音が聞こえ、それからすぐに男のたちの喧しい会話が聞こえてきた。
「んじゃー今から昼飯買って来るけど、お前ら何にするんだ?俺はサンドウィッチにするが」
「俺、あの総菜屋の豚肉シチューと黒パンでいいや。ホイ、これにシチュー入れてきてくれ」
「俺は海鮮炒めでいいや。ホラ、あの総菜屋の向かい側にある看板にロブスターが描かれてる店。あ、あと辛口で」
 他愛ない、どうやらお昼ご飯のリクエストだったようだ。耳を澄ましていた霊夢は思わずため息をつきたくなってしまう。
 この分だと聞く必要はないかな?そう思った直後、海鮮炒めをリクエストしていた男の口から興味深い単語が出てきた。
「そういや、あの盗人のガキと裏切り者の分はいいのか?ガキを捕まえてきたダグラスのヤツがとりあえず食べさせとけって言ってたが」
「あ?そういえばそうだったな……どうする?」
「適当で良くね?総菜屋の白パンとミルクぐらいでいいだろ」
 それもそうだな。そんな会話の後に「じゃ、行ってくる」という言葉と共に買い物を頼まれた一人の靴音が遠くへ去っていく。
 残った二人はその一人を見送った後「戻るか」の後にドアを閉める音と、次いで鍵の閉まる音が聞こえた。

 男たちがその場にいなくなったのを確認したのち、壁を飛び越えた霊夢はそっと地面に降り立つ。
 レンガ造りの道にローファーの靴音を静かに鳴らした後、彼女はすぐ右にある扉へと視線を向ける。
 そして意味深な微笑を顔に浮かべた後、背中のデルフに「案外ツイてるわね」と言葉を漏らした。
「まさかこうも探してる場所の近くまですぐ来れるなんて。そう思わない?」
『表は傭兵だらけだと思う分、確かに楽っちゃあ楽だな。けれど、そっから先はどうする?』
 ひとまずここまでは上手く進んでる事を認めつつも、デルフはこの先の事を彼女に問う。
 先ほど聞こえた音からして、ドアのカギは閉まっているだろう。ドアノブを捻って確認するまでもない。

 見たところ侵入者対策か倉庫の窓もほとんど閉じられており、この道から入れる場所は無い。
 唯一表の道に出れば入り口はあるだろうが、恐らくあの光の先には警備の傭兵がうじゃうじゃいるに違いないだろう。
 この道から入れる場所といえば、道から十メイル以上も上にある天窓ぐらいなものだろう。普通ならそこまで近づくのは容易ではない。
 しかし……空を飛べる程度の能力を有する霊夢にとって、五メイル以上の高さなど大した難所ではなかった。
「まぁ天窓が全部閉じてるって事はあるかもしれないけど、この季節で倉庫を閉じ切ってるワケがあるわけないしね」
『つまりお前さん専用の入り口ってワケね。良いねぇ、ますます先行きが明るくなるな』
 機嫌が良くなっていく霊夢の言葉にデルフが返事をした所で、彼女は自分の身を浮かせて飛ぼうとする。
 自分がこの街でするべき事は沢山あるのだ。今回の件は手早く済ませて、そちらの方に取り掛からないと……

731ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:26:15 ID:4f02YZK.
 そんな事を考えながら、いざ倉庫の一番上へと飛び立とうとした……その直前である。
 ふとすぐ背後から、何か石造りの重たいモノが地面を擦りながら動く音が聞こえてきたのだ。
 彼女はそれと似た音を神社に置いてある料理用の石臼などで聞いた事があった為、そう感じたのである。
 そんな異音を耳にした彼女は飛び立とうとした体を止めて、ついつい後ろを振り返ってしまう。
 彼女の背後にあったのは何の事は無い、地下に続いているであろう古い石造りの蓋であった。
 レンガ造りの地面とその蓋は材質が明らかに違い、恐らくここの地面を整備されるよりも前にあったのだろう。
 その蓋は誰かが通ったのだろうか取り外されており、その下に続く薄暗い穴がのぞけるようになっていた。
 穴が一体どこに続いているのか……諸事情で王都の地下へ行きたい霊夢にとって興味のある穴であったが、
 今は先に済まさなければいけない事があるので、名残惜しいが入るのは後回しにする事にした。

『どうした?』
「ん〜……何でもないわ。そこの蓋が開くような音がしたんだけど……気の所為かしら?」
 デルフからの呼びかけにそう返した後、今度こそ上に向かって飛び立とうとした――その直前。
 自身の背後――あの穴のある場所から何かが動く音が聞こえてきたのだ。
 今度は気のせいではない。ハッキリと耳に伝わってくるその音に、霊夢は咄嗟に身構え――振り返る。
 視線の先、上に被せられていた石の蓋が取り外された穴の中から――誰かがジッとこちらを見上げていた。
 左右を小高い倉庫に挟まれ、昼間でも影が差す暗い道の下にある穴から、ジッと見つめる青い瞳と目が合ってしまう。
「うわッ!」
『ウォオッ!?』
 先ほどまで見なかったその目に油断していた霊夢は驚きの声をあげてしまい、次いで後ずさってしまう。
 しかし、それがいけなかった。後ずさった先――鍵の閉まった裏口の戸に鞘越しのデルフをぶつけてしまったのである。
 結果デルフまで悲鳴をあげてしまい、喧騒とは無縁な倉庫に二人分の悲鳴が響き渡る。

 ――まずい!思わず声が出てしまった事に気が付き、両手が無いデルフはともかく霊夢は思わず口を手で隠す。 
 一瞬の静寂の後、夏の日差しが差す表から警備の傭兵たちであろう複数人の喧騒がものすごい勢いで近づいてくるのに気が付く。
 これはさすがに不味いか。油断してしまったばかりに招いてしまった失敗に、ひとまず壁の向こう側に戻ろうとしたその時、
「おい、この穴の中に入れ」
 先ほど青い瞳が覗いていた穴の中から、聞きなれた女性の声と共にスッと籠手を着けた手が霊夢の靴を掴んできたのである。
「え?アンタ、その声――って、うわっ!」
 その声の主が誰かなのか言う暇もなく、彼女は穴の中にいた誰かの手によってその穴へと引きずり込まれてしまう。
 すぐに「ドサリ」という倒れる音が聞こえたかと思うと、すぐその後に籠手を着けた手が再び穴の中から現れ、今度は脇にどけていた石の蓋へと手を伸ばす。
 蓋の下には地下側から開ける為であろう取っ手を手に持ち、明らかに女と分かる細腕にも拘わらずすぐにそれで穴を閉めてしまった。
 
 穴を閉めて数秒後、すぐに表の方から傭兵たちの靴音がすぐそばまで近づいて止まる。
 軽装の鎧を付けていると分かる金属質な音が混じっている靴音と共に、彼らの話し声が蓋越しに聞こえてきた。

732ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:28:06 ID:4f02YZK.


「おい、今ここから悲鳴が聞こえてきたよな?」
「あぁ。確か女の子っぽい声に――変なダミ声の男……かな」
「けど何にもいないぜ?」
「気の所為かな?にしてはやけにハッキリ聞こえたが」
 年齢も言葉の訛り方もそれぞれ違う傭兵たちの会話たけでも、彼らが様々な国から来たと分かってしまう。
 時折聞き取りづらい訛りを耳にしつつも、先ほど霊夢を穴の中に引きずり込んだ者はすぐそばで自分を睨む彼女へと視線を移す。
 暗闇越しでもある程度分かる何か言いたそうな表情を浮かべていた彼女であったが、流石に今は騒ぐべき状況ではない。
 今はただ、地上にいる傭兵たちがどこかへ行ってはくれないかと思う事しかできないでいる。
 しかしその思いが届いたのか否か、あっさりと傭兵たちは靴音を鳴らしながらその場を去っていった。
 
 靴音が完全に遠のいた所で、それまで我慢していた霊夢はようやく口を開くことができた。
 彼女はキッと目つきを鋭くすると、自分を穴の中に引きずり込んだものを睨みつけながら悪態をついた。
「……ッ!アンタねぇ、何でここにいるのか知らないけど。もう少しでバレるところだったじゃないの」
「それは悪かったな。……まさかお前みたいなヤツが、こんな所にいるなんて予想もしていなかったからな」
 霊夢のキツく鋭い言葉に対し、その者もまた鋭い言葉でもって対応する。
 両者、互いに暗い穴の中で険悪な雰囲気になりそうなところで、デルフが待ったをかけてきた。
『おいおいレイム、今は喧嘩してる場合じゃないだろ?それはアンタだって同じだろ?』
 デルフの言葉に両者睨み合いつつも、何とか一触即発の空気だけは抜くことに成功したらしい。
 相手に詰め寄りかけた霊夢は一旦後ろへと下がり、未だ自分を睨む人物――女性へと言葉を掛ける。

「――で、何でアンタがこんな所にいるのか聞きたいんだけど?良いかしら」
「私が話した後で、お前も目的を話してくれるのなら喜んで教えよう。お前にその気があるのならば」

 人気のない地区にある巨大倉庫。その真下に造られた地下通路と地上を繋ぐ場所で、両者は見つめあう。
 互いに「どうしてこんな所に?」という疑問を抱きながら、博麗の巫女と女衛士は邂逅したのである。


「はぁ、はぁ……流石に四階分一気に上るのはキツかったわ…」
 その頃、壁を乗り越えた霊夢に大分遅れてルイズたちもアパルトメントの屋上に到着していた。
 流石に四階分の階段を走って上るのに疲れたのか、少し息を荒くしている。
 その彼女の後を追うようにしてハクレイと、彼女の背におんぶするリィリアも屋上へと出てきた。
 後の二人も上ってきたのを確認してから一息つき、次いでルイズは屋上から一望できる光景を目にして「そりゃ誰も住まないわよね」と一人呟く。
「こんなところに四階建てのアパルトメントなんか建てたって、物凄い殺風景だから階層が高くても意味がないし」
 一体誰が建設したのやら、と思いつつ。屋上から見下ろせる殺風景な住宅街と倉庫を見てここが廃墟になった理由を察していた。
 この建物を最初に目にしたルイズの予想通り、アパルトメントには誰も住んでおらず中は荒れ放題であった。
 最低限管理は行き届いてるのかドアはすべて閉まっていたが、ここに行くまで壁に幾つもの落書きをされていたし、
 一階のロビーは野良猫のたまり場になっていたりと、管理されているのかいないのか良くわからない状態を晒している。
 ある程度綺麗にすれば今の時代買い手はつくかもしれないが、近場に店もなく中央から離れていたりと立地が悪過ぎて話にならない。

733ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:30:05 ID:4f02YZK.
 生まれる時代を間違えたとしか思えない廃墟の屋上で彼女は一人考えていると、
 リィリアを下ろして屋上の手すり越しに倉庫を見下ろしていたハクレイがルイズに話しかけてきた。
「ねぇ、さっきまで壁際にいたアイツの姿が見えないんだけど?」
「え?……あ、ホントだ」
 彼女の言葉にルイズも傍へ寄り、先ほどまでいた霊夢の姿が見当たらないことに気が付く。
 あの霊夢の事だ、恐らく壁を越えて倉庫の中に侵入したのだろう。
 ならのんびりしてはいられない、自分たちも動かなければいけない。ルイズは軽く深呼吸する。
 何のこともないただの深呼吸であったが、これから行う事を考えれば覚悟を決める意味でしなければいけない。
 彼女の深呼吸を見てハクレイも察したのか、ルイズに倣うかのように軽い準備運動をしつつ話しかけてきた。
「……で、本当にするつもりなの?まぁ、するっていうならするけど」
「――本当はもうちょっとだけ猶予が欲しかったけど、そろそろ覚悟決めなきゃね」
 
 ハクレイからの質問にそう返すと、ルイズもまた軽い準備運動で体をほぐしていく。
 その場で軽くジャンプしたり、両手首を軽く振ったりしたりする動作はとても貴族の少女がやる準備運動とは思えない。
 しかし、近年では魔法学院で乗馬の他に騎射の練習が頻繁に行われるようになった為、こうした軽いストレッチを行うこと機会が増えている。
 一昔前の貴族が見たら「何とはしたない」や「お淑やかさがない」と言われるような行為も、今では立派な「貴族のストレッチ」として認知されていた。

 暫し軽く体をほぐした所で、ハクレイはルイズとリィリアの二人に声を掛けた。
「……さて、準備運動も終わったしそろそろ向こう側へ渡るとしましょうか」
 彼女の言葉にルイズは無言で頷き、顔を青くしたリィリアもおそるおそるといった様子で頷いた。
 それを覚悟完了と受け取ったハクレイもまた頷き、彼女はリィリアを再び背中に担ぐ。
 自分の背中にのった少女が小さな手でギュッと巫女服を握ったのを確認して、次にルイズへと視線を向ける。
 暫し彼女の鳶色の瞳と目を合わせた後自身の左腕へと視線を向けると、そっと腕を上げて見せる。
 その行動に何の意味があるのかと一瞬訝しんだ彼女はしかし、すぐにその真意に気が付き――次いで顔を顰めた。
「……まさか、私はアンタの腕に抱かれてろって事?」
「他に場所が無いわ」
 ……まぁ確かにそうだろう。ため息をつくルイズは大人しくハクレイの右脇に抱えられる事となった。
 ルイズを脇に抱え、リィリアを背負う彼女の姿はまるで子供のXLサイズのぬいぐるみを携えたサンタクロースにも見えてしまう。
 しかし今は冬でもないし、何よりこの場にいる三人はサンタクロースの存在すら知らないのでリィリアを除く二人は真剣な表情を浮かべていた。
 その理由は無論、これからやらかそうとしている事が無事に成功するようにと祈っているからであった。
 ルイズは始祖ブリミルに、そしてハクレイは誰に祈ればいいのかイマイチ分からなかったので、この場にいないカトレアに祈っていた。

 二人を抱えてから十秒ほど経った所で、ハクレイが重くなっていた口を開いた。
「……それじゃあ、いくわよ」
「いつでもいいわよ。飛んで頂戴」
 彼女からの事前警告にルイズはそう返し、リィリアは目を瞑ってハクレイの肩を掴む手に力を入れる。
 ルイズも彼女の右腕を掴む両腕に力を入れ、二人が準備できたと感じたハクレイは自らの霊力を足へと注いでいく。

734ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:31:23 ID:4f02YZK.
 足のつま先から太ももまでを模して作った容器に水を注いでいくかの様に、足に溜め込まれていく彼女の暴力的で荒い霊力。
 ルイズとリィリアもそれを感じているのか、二人はハクレイの体から感じる微かな違和感に怪訝な表情を浮かべてしまう。
 そんな二人をよそに霊力を蓄えていくハクレイは、ここから倉庫までの距離を考えて霊力を調節していく。
(多すぎてもダメ、少なすぎてもダメ……まだまだ回数はこなしてないけど、ちょっとこれは難しいかな?)
 実際の所、この力を使って跳躍した回数自体はそれ程多くは無い。指を数える程度もない程に。
 本当ならば初っ端からこんな危険な事をすべきではないと思うのだが、それでもハクレイはある種の確信を感じていた。
 ――――今の自分でも、この距離を飛ぶ事など造作もない、と。
 自身過剰にも思えるかもしれないが、それでもハクレイはその確信を信じるしかない。
 既に二人は覚悟を決めているし、何よりこんな事は゛初めて゛ではないのだ。
 
 そうこうしている内に、彼女が想定しているであろう霊力が足に溜まったらしい。
 青く光り始めたブーツを見ずとも、既に準備は終わったと自らの体が告げている事にハクレイは気づいていた。
 彼女は一回だけ、短い深呼吸をした後――ルイズたちを抱えたまま屋上の手すりに向かって走り出す。
 まさか突っ込むつもりか?――手すりに気づいていたルイズは、慌ててハクレイに話しかける。
「ちょ、ちょっと!手すりがあるんだけど、あれどうするのよ!?」
「問題ないわ。むしろ丁度いい踏み台になってくれるわ」
 ルイズの言葉に集中しているハクレイは淡々とした様子でそう返しながらも、足の速度を一切緩めない。
 ブーツの底が地面を蹴る度にレンガ造り地面に罅が入り、そこから飛び散った無数の破片が宙へと舞っては落ちていく。
 一歩目、二歩目、と勢いよく足を進めていき、そして六歩目――という所で、その場で軽く跳んだ。
 無論、そんな勢いのないジャンプで跳躍するワケではなく、彼女が降り立とうとしている場所は手すりの上。
 このアパルトメントと同じように長い間放置され、錆びだらけになった手すりの上に彼女は着地し――その勢いのまま再び跳んだ。 

「――あっ」
 その瞬間、自らの体に掛ってくる風圧にルイズは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
 重力に思いっきり逆らいながらも、風に纏わりつかれながら上昇していく自らの体。
 彼女は思い出してしまう。幼少時にとんでもない失敗をしてしまった時に、母から躾と称して遥か上空に吹き飛ばされた時の事を。
 今と同じように、あの時も重力に思いっきり中指を立てつつ飛び上がっていく自分の体には、鬱陶しいくらいに風が纏わりついてきた。 
 ちぃねえさまがセットしてくれた髪型も滅茶苦茶に乱れて、着ていたドレスはバタバタとまるで別の生き物のように動いていたのは覚えている。
 その時になって初めて知った事は風の音があんなにもうるさいという事と、自分の体が地上数百メイルの高さまで打ち上げられたという事であった。
 何の道具も無く、ドレス姿で空高く打ち上げられた時に体験した感覚と恐怖を、彼女は思わずゾッとしてしまう。

――――これで失敗したら、アンタに蹴りの一発でもぶちかましてやりたいわ

 リィリアとは違い、跳躍したハクレイの脇に抱えられたルイズは心の中で思わず叫んでしまう。
 霊夢とは違い空を飛べない巫女の脇に抱えられたまま、地上数十メイル以上を跳躍されたら誰もがそう思うに違いない。
 実際の所、ハクレイがビルから跳んだ時間はほんの五秒程度であったがルイズにとっては十秒近い体験であった。
 遥か下に見える地面に吸い込まれそうな錯覚に怯えそうになった彼女が、思わず目を瞑った……その直後。
 地面を蹴って跳び上がったハクレイの足が再び地に着き、靴が地面を擦る音が耳に聞こえてきたのである。
 その地面はレンガ造りとは違う独特な音を出し、靴が擦れる音はさながら鉄板の上にいるかのような金属質的な感じがする。

735ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:33:07 ID:4f02YZK.
 その二つの音が聞こえた後、あれだけ体に纏わりついていた強い風が嘘のように大人しくなっている。
 ……一体どうなったのか?瞑ったばかりの瞼を開き、鳶色の瞳でハクレイの足元を見た彼女は思わず目を丸くしてしまう。
 耳で聞いた音は間違っていなかったのか、ハクレイが着地した場所はルイズが彼女に指定した場所であったからだ。
「……まさか、本当にぶっつけ本番で跳び切ったの?」
「言ったでしょう?問題ないって」
 信じられないと言いたげなルイズの言葉に、ハクレイは額から落ちる冷や汗を流しながら返す。
 冷製な言葉とは裏腹な様子を見せる彼女を見て、帰りは霊夢に頼もうと心に決めたルイズであった。

 結局のところ、二人の少女を抱えたまま跳んだハクレイは無事に倉庫の屋根へと着地する事ができた。
 ルイズは無事にここまで来れたことに関して始祖ブリミルに軽くお礼をしつつ、他の二人へと視線を向ける。
 リィリアは最初から目を瞑っていたお陰か、気づいたら廃墟から倉庫の屋上に来ていた事に多少驚いている様子であった。
 一方でここまで自分たちを連れてきてくれたハクレイは、思った以上に自分自身の技量を読み切れていなかったのだろう、
 はたまた小柄と言えども人二人を抱えて跳べた事に自ら驚いているのか、倉庫の屋上から先ほどまで廃墟を見つめ続けている。
 ルイズ自身彼女に何か一言軽い文句を言っておやろうかと考えはしたが、やめた。
 それよりも今はするべき事があると思い出して、自分たちが今いる場所の状況を確認する。

 倉庫の天井は光を入れる為の天窓が六つ作られており、季節の関係上六つとも開かれている。
 これなら侵入は容易だろうが、うっかり窓から身を乗り出して覗こうものならすぐに気づかれてしまうに違いない。
 何せ開いた天窓から光と大して涼しくもない風を取り入れているのだ、そんな所に身を乗り出せばすぐに影が地面に写ってしまう。
 それを見られて誰かが屋上にいるとバレれば、絶対に厄介な事になってしまう。
 それだけは避けたいルイズであったが、かといって中の様子を確かめずにぶっつけ本番で入るのは躊躇ってしまう。
 リィリアの話からして、相手は複数人の可能性が高い。そんな所へ不用心に入るのは如何に魔法が仕えるとしても遠慮したい。
 そういう時は側面の窓から確認すればいいだけなのだろうが、生憎そう簡単に覗ける程ここの倉庫は低くは無い。
「こういう時にレイムがいてくれれば良いんだけど……アイツ、どこに行ったのかしら?」
「あら?こいつは奇遇ね。私が来たと同時に私の名前が出てくるなんて」
 
 聞きなれた声が背後から聞こえてきたルイズはバッと振り返り、アッと声を上げる。
 案の定そこにいたのは、丁度顔を見えるところまで浮き上がってきた霊夢の姿があった。
「レイム、一体どこで油売ってたのよ?アンタが一番乗りしてたくせに」
「ちょっと色々と、ね?……それで、三人いるところを見るに本当に跳んできたワケね」
 ルイズの質問にそう返しつつ、屋根へと着地した霊夢はハクレイの方へと呆れた言いたげな表情を浮かべながらそんな事を呟く。
 まぁ普通に空を飛べるし、それが当り前な彼女にとって目の前にいる巫女もどきがやった事に対して「良くやるわねぇ……」と言いたい気持ちは分かる。
 というか、ルイズ自身も成功した後で同じような気持ちを抱いていたので、彼女の言いたい事は何となく分かる気がした。
「……まぁ、距離感は何となく分かってたから。難しかったのは二人を抱えた状態でどれくらい力を入れたら良いか……って事くらいかしら?」
 そんな彼女の気持ちを読み取れなかったのか否か、ハクレイは飛び移ってきた廃墟を見ながら言葉を返す。
 半ば皮肉とも取れる自分の言葉に対して真剣に返してきた事に、流石の霊夢も肩を竦める他なかった。
 
 まぁ何はともあれ、無事にたどり着けたという事実は変わらない。
 時間を無駄に掛けたくなかった霊夢は「まぁ今は本題に取り掛かりましょう」と話の路線を元へと戻していく。
 ルイズたちもその言葉に意識を切り替え、なるべく足音を立てないよう彼女の元へと近づいていく。
 まず最初に口を開いたのは、浮上してきた霊夢を真っ先に見つけたルイズであった。

736ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:35:06 ID:4f02YZK.

「それで、どうするの?倉庫の敷地内に入れたのは良いけど、さすがに一つずつ探していくのには時間が掛かるわ」
「あぁ、その事ね。それならまぁ、うん……大丈夫だと思うわよ」
 ここへ入ってきた薄々感じていた不安を口にした彼女に対して、巫女は何故か自信満々な笑みを浮かべて返す。
 その意味深な笑顔に訝しんだルイズが「どういう事よ?」と首を傾げた所で、霊夢はルイズと他の二人に向けて説明する。
 ここへ一足先に乗り込んだ時に聞いた、この倉庫の中から出てきた男たちの会話の内容を。

 霊夢から説明を聞き終えたところで、リィリアは喜びを堪えるかのような表情を浮かべて口を開く。
「それじゃあ、お兄ちゃんはここに……!」
「多分、ね。まぁこんだけ大きいなら子供の一人や二人どこかに隠しながら監禁する何て容易いだろうしね」
「成程。……けれど、盗人の子供……は分かるとして、裏切り者って誰の事かしら?」
 少女の言葉に霊夢はそう返すと、今度は説明を聞いていたハクレイが質問を飛ばしてくる。
 それはルイズも同じであった、もしも彼女が質問をしていなければ代わりに彼女が口を開いていたであろうくらいに。
 その質問を聞いた霊夢は珍しく言葉を選ぶかのような様子を見せた後、面倒くさそうな表情を浮かべてこう言った。
「あぁ〜……それね?それについては、まぁ……私の代わりに答えてくれるヤツがいるからソイツに聞いて頂戴」 
「「代わり?」」
 思わぬ巫女の言葉に、珍しくもルイズとハクレイの二人が同じ言葉を口にした瞬間、
 黒い鋼鉄製の爪が霊夢の背後、柵の一つもない倉庫の屋根の縁を掴んだのである。

 まるで猛禽類のそれを思わせるような鉄の鉤爪の下には、ロープが結ばれているのだろう、
 何者かがロープ一本を頼りに上ってくるであろうと、直接下の様子を見なくても分かる事ができた。
 突然の事にルイズは目を丸くし、ハクレイは怪訝な表情を浮かべつつもリィリアを自身の後ろへと隠す。
 対して霊夢は軽いため息をつきつつ、極めて面倒くさい事になったと言いたげな表情を浮かべていた。
 そして屋根へと上ってくる者に対してか、「ややこしい事になったわよねぇ」と一人呟き始める。
「全く、せめて来るならもう少し時間をずらして来てくれなかったものかしら?」
「……それは、お互い様だと言っておこうか」
 嫌味たっぷりな彼女の言葉に対して、上ってくる者は鋭い声色で返した時にルイズはハッとした表情を浮かべた。
 ルイズもまた霊夢と同じく聞き覚えがあったのである。まるで研ぎ澄まされた剣先の様に鋭い、彼女の声を。

 それに気づいたと同時に上ってくる者はその右手で屋根の縁を掴み、そして姿を現した。
 最初は顔、次いで片腕の勢いだけで上半身を出した所でルイズはアッと大声を上げそうになってしまう。
 それは不味いと咄嗟に思い自らの口を両手で塞ぎながらも、目の前に現れた人物の姿を信じられないと言いたげな目つきで見つめる。
 ハクレイは何処かで見た覚えのある顔に目を細める中、背後にいるリィリアはその人物の外見を一瞥して身を竦ませた。
 今のリィリアにとって急に姿を現した者は、文字通り天敵と言っても差し支えない者たちと同じ姿をしていたのだから。
 三人がそれぞれの反応を見せる中で、素早く屋根に辿り着いた相手に霊夢は肩を竦めながらも言葉を投げかける。
「ホラ見なさい、予期せぬアンタの登場でみんな驚いてるわよ」
「……だから、驚きたいのは私も同じなんだがな?」
 自分たちの事を棚に上げる霊夢に対してその人物――アニエスもまた肩を竦めながら言い返した。

737ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:37:06 ID:4f02YZK.
――ちょっと待ちなさい、これは一体どういう事なのよ……ッ!?
 両手で口を塞いだまま唖然としているルイズは、心の中で叫びながらも霊夢と対面するアニエスを凝視する。
 確か彼女は王都の警邏を任されている衛士隊の一員で、これまでにも何回か顔を合わせた事があった。
 衛士隊、といっても貴族で構成されている魔法衛士隊とは違い基本平民のみで構成されている警邏衛士隊。
 平民とはいっても一応警察組織としての権限は一通り持っており、王都にいる犯罪者達にとっては厄介な存在である。
 基本的な戦闘術と体力を厳しい訓練で体得し、馬車専用道路の交通整理から犯罪捜査までこなす法の番人たち。
 その衛士隊の一員であり、前歴から「ラ・ミラン(粉挽き女)」と呼ばれ街のゴロツキ達に恐れられているのが目の前にいるアニエスである。
 では、なぜそのアニエスが自分たちの目の前――しかも倉庫の屋根の上で出会ってしまうのであろうか?

 これが街の通りとか街角にある店の中で出会ったというのならまだ偶然と片付けられるだろう。
 アニエスにしても何かしら用事――少なくとも自分たちとは関係の無い事――があってそこにいたという事は想像できる。
 もしかしたら一言二言言葉を掛けられるだろうが精々あいさつ程度だけ済ませて、その場を後にしていたに違いない。
 しかし、こんな明らかに雑用があって来たワケではない場所で対面したという事は――彼女もまた用事があって来たのだろう。
 少なくとも、買い物とか街の警邏とは絶対にワケが違う事をしでかしに。そしてそれは、自分たちもまた同じである。
 ここまで思考した所でようやく落ち着いたのか、両手を下ろしたルイズは軽く深呼吸した後アニエスへと話しかけた。
「な、なな……何でアンタがこんな所にいるのよ?」
「……それは私のセリフだが、後から来た私が説明した方が手っ取り早いか」
 ルイズたちより後から来たアニエスもまたルイズたちがここにいるワケを知りたかったものの、
 ここは先に話しておいた方が良いと感じたのか、その場で姿勢を低くするとルイズたちの傍へと寄っていく。 
 霊夢だけは先に事情を知っているのか、デルフと共にその場に残って空を眺めている。

 アニエスが自分たちの傍へと来たところで、ルイズもまたその場で膝立ちになって彼女へと質問を投げかける。
「で、何で衛士のアンタがこんな所にいるのよ?まぁ何かそれなりの用事があるのは分かる気がするわ」
「そっちの目的も後で聞きたいとして……私は、そうだな。仕事の一環とでも言えば良いんだろうか?」
「こんな所に一人仕事に来る衛士なんて見た事無いわ」
 ぶつけられた質問に対するアニエスからの回答に、ルイズはささやかな突っ込みを入れた。
 金で雇われた傭兵たちが警備する倉庫に、たった一人の衛士が何の仕事をしに来たのであろうか。
 何かしらの不正がらみで捜査に来たのなら、捜査令状と仲間たちを連れてくれば今よりもずっと簡単に倉庫の中を覗けるだろう。
 そうでないとしたらそれはやはり、あまり口にはできないような事をしに来たのであろう。
 ――まぁ、それは自分たちも同じことか。ルイズは一人内心で呟く中、アニエスは更に言葉を続けていく。

「まぁそうだろうな。正直、今回は半分衛士としてここに来たワケじゃあないからな」
「半分?それってどういう意味かしら」
 彼女口から突如出てきた意味深な言葉に反応したのは、ルイズと同じく聞いていたハクレイであった。
 以前一回だけ目にしたことのあった女性からの質問に、アニエスは「御覧の通りさ」と両手を横に広げながら言う。
「今日は午後から休みを取っててな、ここに来たのは仕事半分――そしてもう半分は私用なんだ」
「あら?確かに。良く見たら腰に差してるのってただの警棒……というかほぼ木剣ね」

738ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:39:33 ID:4f02YZK.
 そんな事を喋る彼女の姿をよく見てみると、本来持っている筈の物を持っていない事にルイズが気が付いた。
 衛士隊が護身用として腰に差している剣を装備しておらず、その代わり一振りの警棒がそこに収まっている。
 警棒もまた衛士隊の官給品ではあるが、剣と比べて振り回しても安全なのが取り柄の武器だ。
 但しその警棒自体彼女の改造が加えられており、外見だけならば一振りのマチェーテにも見えてしまう。
 自衛用としての武器なら十二分なのだろうが、私用で使うにはやや過剰な武器に違いない。  

 他にも腰元を見てみると、捕縛用の縄もしっかりと持ってきているのが見える。それにここまで上って来るのに使ってきた鉤爪……。
 ゛私用で゛ここに来たというにはあまりにも物騒なアニエスの持ち物と姿を見て、ルイズは「成程、私用ね」と納得したように頷く。
「少なくとも私が考え得る平民ならアンタみたいに衛士の装備を着けたまま、物騒な道具を持ち歩いて――ましてやこんな所へ来ないと思うわ」
「だろうな。私だってブルドンネ街のバザールで買い物する時はもう少しラフな服装でしてるよ。こんな姿じゃあスパイス一袋も買えないからな」
 ルイズの言葉に何故か納得したように頷いた後、小さなため息を一つついてから言葉を続けていく。
 ここからが本題なのだろう。彼女の態度からそれを察知したルイズたちは自然と身構えてしまう。
「まぁそれ程大それた事じゃない。ここには単に、人探しに来ただけさ」
「人探し……ですって?」
 わざわざこんな場所で、どんな人物を探しに来たというのだろうか?
 それを口に出したいルイズの気持ちを読み取ったか否か、アニエスはあぁと頷きながら話を続ける。

「面倒なことに、その探し人はこの倉庫のどこかにいると聞いてな」
「成程。だからそんな物騒な姿でやって来たっていうワケね?剣じゃなくて木剣を携えてきたのは意外な気がするけど」
「あぁ、そいつの言葉次第で殺してしまうかもしれないからな。敢えて剣は置いてきたんだ」
「へぇ〜、そうなん……――はい?」

 アニエスが口にした言葉を耳にして、ルイズは自分の耳がおかしくなったのかと思った。
 それを確かめる為か否か、彼女はアニエスに「今何て?」と言いたげな表情を向ける
「アナタ、ついさっき物騒な事言わなかった?」
「いや、間違ってはいないさ。ここに来るまでの間、剣を取りに戻ろうかと思っていた程には殺意があるんだ」
 ルイズの質問に対し、アニエスは表情一つ変えぬままあっさりと自らの殺意を口にする。
 その告白にルイズは思わず息を呑み、ハクレイは何も言わぬまま鋭い目つきで彼女を睨む。
 ハクレイの後ろにいるリィリアも思わず彼女の体越しに、アニエスの様子を窺っていた。

「言っとくけど、殺すんなら人目につかいな所でやんなさいよね?こっちは子供だって連れてきてるんだし」
「それは分かってるよ。…で、その子供が誰なのかちゃんと教えてくれるんだよな?」
 元々緊迫していた周囲が更なる緊迫に包まれる中、先に話を聞いていた霊夢は空を眺めたまま彼女へと話しかける。
 巫女の言葉に頷いたアニエスはリィリアの方へと視線を向けて、話す側から聞く側へと回った。

739ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:42:20 ID:4f02YZK.
以上で、今回の投稿は終了です。
今年に入ってからも色々と多忙ですが、それでもまぁ何とか頑張って続けていきます。
それでは今回はこれにて、できれば三月末にお会いしましょう。それでは!ノシ

740暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 12:59:44 ID:nZG4rBBE
お久しぶりです。
投稿は今もこちらの避難所で問題ないでしょうか?
よろしければ13時15分から投稿させていただきます。

741暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:16:20 ID:nZG4rBBE
ぶしゅっ――!

「……えっ」

岬のニューカッスル城を照らす月夜が、曇天で覆われてまもなく。
今しがた、レコン・キスタ軍を漏らさず監視していた、見晴らし塔のそのメイジは、自分の背後から不意に聞こえた噴水のような音を妙に思い、振り返ろうとしてその場に崩れた。
首をかしげたまま、目を見開いた死体がそこに転がる。
二つも数えぬうちにその首筋から鮮血がしたたり、侵食するように石畳にしみを作る。
その光景を、目下足元にあるその出来事を、その男はにごり切った眼でぼうっと見つめていた。
「……ああ」
間を置かずに、かすれ声の気のないため息がそこに吐き出される。
感嘆とも落胆ともつかぬ、それは何に対してのものか。
実のところ、発した本人にもわかりかねるものであった。
手にした細長い得物からぴちゃりと液がしたたるが、ひゅん、と得物が振るわれ血糊がそこらに払われる。
切っ先が鈍色の刃の輝きを表すと、男は迷いなくあゆみ出た。
塔の縁に足をかけ、辺りに目をこらす。そして、周囲よりもひとしきり高く、いかにも厳重な一区画の建物に目を付ける。
王族の住まう居館だ。
そこに灯りがともったままであることを見るや否や。
「あそこか」
たった一言そう呟き、男は塔から身を投げた。
否、跳んだのだ。
ニューカッスルの数々そびえる塔より、何メイルも高い見晴らし台である。
人が落ちれば、いかなことがあっても助からないことが容易に想像できる、そんな高さだ。
小さな影がかもめのように急降下する。彼の目前にぐんぐんと、地面の石畳が迫る。
だがその激突寸前、男は頭上に腕をかかげ、懐に構えた細長い得物を、器用にも片手で旋回させる。
見る者が見れば、それは曲芸師のバトン回しのように思えただろうか。
その竹とんぼのようなその旋回が、彼の落下の速度を急激に緩めさせた。
とん、と軽い足音がニューカッスルの中庭に着地する。
降り立った彼の目前には、無防備にも開け放たれた扉が、ぽかりと口を開くようにあった。
「王党派の居城、こうも容易いとは。いや、それとも私がこの地において異質なのか……」
ぼそぼそと生気のない声が漏れる。
「私は、一体……」
そこまで喋ると、男は目をつむり押し黙る。
が即座に見開き、男は目前の戸の中へと消えていった。
まるで、初めからそこに何もいなかったかのように、静寂だけがその場に残されていた。


暗の使い魔 第二十三話『羽虫』

742暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:17:38 ID:nZG4rBBE
「ぐっ……が!!畜生、め……!」 
「くくっ、どうした?先ほどの威勢は」
身を焼く痛みにうめく官兵衛。
「相棒!相棒!」
やや離れたところに転がったデルフリンガーが叫ぶ。だが叫んだところで何も変わらない。
魔力により鋭利な刃と化した軍杖で、背後から貫き押さえながら襲撃者は笑みを浮かべていた。
「力が自慢か?だがそんなものは、ハルケギニアで暗躍する我らには無力」
さらにはこの状況ではな、と男は付け足す。
官兵衛は今、壁へ抑え込まれながら『ライトニング』の連撃を打ち込まれていた。
身を焼く電流は、深々と胴体に突き立てられた杖から放たれ、体中を駆け巡る。
本来常人であれば、とっくに絶命していてもおかしくはない。
にもかかわらず官兵衛がいまだ意識を保つのは、武士としての意地と、常人離れした体力によるものであろう。
「……いい気に、なりやがって!……がっ!」
官兵衛は必死で背後の男を押しのけようとあがく。
「てめぇきたねえぞ!うしろから刺しやがって!相棒を放しやがれ!」
たえず響くデルフリンガーの怒声。
しかし、主から離れた無力な一振りに興味はないと、男は詠唱を繰り返す。
男は杖を傷口よりねじ込む。
ぎりぎりぎり――と。
傷を抉られる痛みに、さすがの官兵衛も苦悶する。そして。
「---------」
詠唱とともに、杖がまばゆく発光し、空気とともに爆裂する。
ばちんばちんばちん!と、乾いた爆竹のような音が鳴り響き、いかづちが放たれる。
「がああああっ――!」
「相棒!!」
芯を焼く電熱にたまらず官兵衛は声を上げた。
廊下がときたま弾ける電光に照らされる。
「いい加減にしろこの野郎!悪趣味な真似しやがって!」
あまりに一方的な状況にとうとうデルフの刀身が震え出した。
ガチガチとけたたましく金属音が鳴り響く。
しかし、このニューカッスルの一角は、戦時中はまず使われない客室の区画。
加えて今この場はおそらく、男の策略にて一切の音を遮られた魔法がかけられている。
その場所でどれほど騒ぎが起きようとすぐさま駆け付けるものはいない。
つまりはこの場に官兵衛を助けるものは現れない。
この襲撃者は、それを十分に分かった上で、冷酷に、残虐に、彼のことを弄んでいるのだ。
仮面の男、ジャンジャック・フランシス・ド・ワルドは。

743暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:18:59 ID:nZG4rBBE
「難儀だな。殺しても死なん虫けらのような貴様らだが、こうなれば楽に死ねた方がどれほどよかったことか」
はたから見れば、なんとも凄惨ななぶり殺しである。
「……っはあ。ワ、ルド」
もはや官兵衛は腕すら上がらない。うなだれるように壁際で息を吐くのみ。
「……一応死ぬ前に聞いておいてやろうか。いつから俺の正体に気づいていた」
息も絶え絶え、その上で自分の名を言う官兵衛。ワルドは静かに問いかける。
「宿屋での襲撃も予想済みか?あの時は見事に分断を邪魔されたぞ、忌々しい」
やや怒気をはらんで言い放つ。ワルドからしてみれば、あの時が大きな計画の狂いだったのだろう。
官兵衛からの数々の侮辱も含め、かなりの煮え湯を飲まされたはずだ。
ワルドのその言葉を聞き、今度は官兵衛がうすら笑うよう口を開く。
「……はっ。あんときは、お前さんのお粗末な指揮に、うんざりしただけ、だっ」
消耗した様子だが、官兵衛は強く強く言葉をひねり出す。
それに思わずワルドが蹴りこむ。ドスン!と官兵衛の巨体に響くが、意にも介さず官兵衛は続ける。
「それに、いつからだと?最初っからだよ……」
「なんだとっ……!」
ワルドは歯ぎしるように凄む。
「最初っから、気に入らなかったからな。調子づいた隊長野郎がな。
そいで仕草から表情、何まで見てりゃあ、な……」
くくく、と今度は官兵衛が笑ってみせる。
「おまけに、襲われた初っ端からご丁寧に、敵さんの仮面の色まで教えてくれたからな」
その言葉にワルドははっとした。あの、ラ・ロシェールの入り口で、ワルドが言い放った言葉を。

――ひとまずその『白い』仮面の男とやらが気になるが、先を急ごう
今日はラ・ロシェールに一泊して明日の朝にアルビオンへ渡る――

馬鹿な、とワルドは顔色を変えた。
刺客のメイジが仮面の男だという話は、襲撃者の賊から聞き出した話だ。だが実は、あの時点でその仮面の色までは知らされていない。
白い仮面という言葉を、最初に発したのは、実はあのときのワルドだったのだ。
彼は敵しか知りえぬ情報を、冷静さを欠いてもらしたのだ。
「…………おのれ」
わなわなと、自分のささいな、しかし重大な過ちに怒り震える。
そして目の前で得意げにほくそ笑む、使い魔の男へも。
その感情が伝わるように、官兵衛に突き刺した杖が青白く光を帯びていく。ワルドの魔法力が杖に伝わり、再び、鋭利な一本の刃と化す。
『ブレイド』
魔力をまとわせ杖を一本の刃へと変化させる、近接戦闘用の魔法である。
「おのれ貴様!」
激昂し叫ぶ。
これ以上の戯れは無用。
一瞬杖を引き抜き、今度は狙いを心臓へさだめる。
あれほど呪文を、しかも全身に電撃を喰らわせもはや身動きできないはず。
即刻殺してやる。
そう思いほんの少しだけ、官兵衛を抑え込む力をワルドは緩めたのだ。
その隙を、消耗のフリをしていた官兵衛が見逃す筈もなかった。

744暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:20:09 ID:nZG4rBBE
ズン!

壁を虚しく杖が突き破る。
まるで、漁師のかいなから魚が抜け出るかの如く。そこに官兵衛はいなかった。
巨体に似合わぬすばしっこい動きで、官兵衛はわきを抜けて回り込む。
それにワルドは急ぎ振り返るがもう遅い。
ぬっ、と丸太のごとき剛腕が、頭をくぐらせワルドの頭上から降りてきた。
「そら捕まえたぞ!」
「くっ!?」
先程と一転、今度はワルドの背後から官兵衛の声がする。
見ればずっぽりと、ワルドの上体は官兵衛の二の腕で締め付けられている。
「相棒!まだ動けんのか!?」
「はっ!この、程度っ!なんとも、ないねぇ!!」
驚くデルフをしり目に官兵衛は言い放つ。
「なっ!?」
ワルドは驚愕した。そして今の状況をみやり、一筋の汗を流す。
自分が杖を構えていた両腕は拘束され、全く身動きは取れない。そして。
「喰らえよ!」
間を置かず、メキメキメキと、官兵衛の剛腕が、ワルドの腕ごとあばらを締めあげた。
「ぅぐあ……ぅ」
ワルドは短くうめいたが声が続かない。
強力な締め技によって、雑巾のように肺の空気がしぼりだされるのだ。
「どうした?魔法が自慢だろう!使ってみろ!」
いきり立つ様子で官兵衛は言う。そのまま粉々にしてやろうとばかりに強力に力を籠める。
さすがの一流の風の使い手もこれには手も足もでなかった。
ルーンを唱えようにも一節も言葉を発せない。発せるのはせいぜいかすかなうめき声程度。
「――――め……」
そのうめき声が、ワルドの喉からかすかに出かかっている。必死に何かしゃべろうとしているようでもあり、官兵衛もそれに対して言う。
「あん?どうした?辞世の句くらいは読ませてやるよ!」
ワルドの必死なさまは命乞いのようにも見えたのだろう。官兵衛は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い放つ。
だが、官兵衛は気づいていなかった。否、忘れていたのだ。
先程なぜ、彼が闇の中で背後をつかれたのか。闇の中で、一度は完全に気配をとらえた相手を、なぜ一瞬にして見失ったのか。
その最も重大な謎を。
「――ま……けめ……!」

745暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:21:32 ID:nZG4rBBE
「……なんだと?」
その瞬間だった。
またしても官兵衛の背後から、別の声がささやいた。
「間抜けめ」
同時に官兵衛の拘束していたワルドの姿が霞のように消え去る。
「んなっ!」
マズイしまった。
はっとして振り返るが遅い。全身がひしゃげるような、風の大槌が、官兵衛を殴打する。
うかつに振り返ったため、牛に激突されたような衝撃をもろに顔面にくらい、のけぞった。
「ぶあっ!!?」
鼻血を噴出しながら宙をまう。
「ははははっ!」
そしてかすむ視界に、真っすぐ杖を向けた無傷のワルドが笑っているのが見えた。
ワルドは再び詠唱を完成させると、エアハンマーを連発する。
どごん、どごん、と間をおかず、次々激突する風の槌。
その連撃が、彼を廊下に開け放たれた窓へと追いやる。
(――!いやいや、まずいぞ、不味過ぎる!)
だが頭で理解できてもどうしようもできない。激しい風圧に木の葉のように弄ばれるのを感じながら、官兵衛は思った。
そして――

がしゃあん!

窓ガラスを突き破って彼は放り出された。
「……!じょ、冗談じゃ……!」
吹き飛び、のけぞった体制のまま、下に広がる闇を目にして青ざめる。
そこは何とも運悪く、大陸端に作られたニューカッスル城のさらに端。
わずかにある、崖に面した区画の窓だったのだ。
「冗談じゃないぞ畜生ーーーーっ!!!」
咄嗟に空中で鎖を振り回し、なんでもいいととっかかりを探す。
ぐるんぐるん、と、鎖でも何でもいいからどっかに引っかかれと、あがくに足掻く。そのとき。
「足だ!足の方向に伸ばすんだよ!おれの声の方に蹴りこめ!」
唐突にデルフの甲高い声が届く。
考える時間もない状況での官兵衛の行動は早い。
瞬時に鉄球を引き寄せ、その方向へ蹴り飛ばす。すると鎖を伝わり、鉄球の衝突が腕に伝わる。
「右引け!ヒビがある!」
まってたとばかりに手綱のように鎖を操る官兵衛。
瞬間、がきん、と鈍いひっかき音がして、空中をさまよう体が引っ張られ。
「うおおおっ!」
そのままぶらりと官兵衛のからだは吊るされた。
官兵衛の鉄球の鎖は、何とも運よく、エアハンマーの破壊で生じた壁の亀裂へと引っかかったのである。
「あ、あ!危なかった!」
激しく息をきらしながら官兵衛は足元をみやった。
荒く吹きすさぶ風と、落ちたらアルビオン大陸から真っ逆さまという恐怖が彼を襲う。
一刻も早く上に上がらねば、と足をばたつかせながら鎖を手繰ろうとする官兵衛。
しかし、それは頭上から聞こえてきたワルドの声に遮られた。
「一つ、いいことを教えてやろうガンダールヴ」
「っ!?」

746暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:22:17 ID:nZG4rBBE
釣らされたままの官兵衛は、即座に上を見やった。
みれば酷薄な笑みを浮かべたワルドが彼を見下ろしている。
まずいまずい、と足掻く官兵衛を楽し気に眺めながらワルドは言う。
「この城に潜りこみ事を成そうとするのが、本当に俺だけだと思うのか?」
「何だと?」
官兵衛がそれに返す。ワルドは語調を強めた。
「貴様ら異邦人だがな、それなりに駒としては使える。忌々しいが、な!」
「なっ!なんだと!?」
いきなりワルドの口から飛び出た、異邦人という単語。その言葉に、官兵衛は動揺を隠さず言い放った。
「何のことだ?まさか――」
だが官兵衛が言い終わらぬうちにワルドは詠唱を完成させると、それを目前の官兵衛に放った。

どうん!

『ウィンドブレイク』
風の奔流が再び官兵衛を薙ぎ払う。その衝撃に耐えきれず、彼の鉄球鎖をつなぎとめていた石壁もぼごん!と崩れ去る。
「ああああっ!畜生……ッ!!」
「相棒ーー!」
デルフリンガーの叫び声も遠ざかる。
重力に従い、自分の身体が奈落へと落ちていく感覚を、官兵衛は味わった。
「なぜじゃあああぁぁぁぁぁ……ぁ……!」
アルビオン大陸から真っ逆さまに落ちていく官兵衛の姿を見届けると、ワルドは呟いた。
「落ちていけ。もう二度とここへは戻ってこれん」
いや、この世へか。そう思いながらワルドは歩み出す。
そして、いまだけたたましく音を立てるインテリジェンスソードを目前にすると、それを興味深げに見やった。
「てめぇ。よくも相棒を」
カタカタと柄らしき部分が動いて声がする。
だが怒ってもデルフリンガー自身ではワルドをどうにもできない。
所詮は剣。握るものがなければ意志など無関係であることは、彼自身が一番に解ってるのだ。
「ふむ、インテリジェンスソードなど別段めずらしくはないが」
ワルドはデルフを手に取り、まじまじ見つめる。
錆は浮いてるが剣そのものは上等。強力な固定化とおぼしき魔法もかけられている。
「気安く触るんじゃねえよ」
「まったくよく喋るな。黙っていれば解体して、調べてやっても良かったが」
「へっ!そりゃあお優しいこった!」
二、三言葉を交わすが、ワルドはやがて興味がうせたのかデルフを黙らせる。ちょうど傍に転がっていた鞘に刀身を収めた上で。
「てめ――」
それ以上話すことかなわずデルフは沈黙する。
そしてワルドは、先ほど官兵衛が吹き飛ばされた区画からデルフ外に放り投げた。
「主人に会いに行け。おれはこれから、ルイズを迎えに行こう」

747暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:23:06 ID:nZG4rBBE
さて、やや時間を遡る。
ニューカッスルの客間が並ぶある一角。そこは客人へのもてなしを意識した区画であるゆえに、他とはまた違う作りのやや広めの空間であった。
戦時で装飾は最低限だが、それでも礼節を欠かない程度のもてなしがなされてる。
広々と柔らかい、貴族用の寝具もそのひとつであろう。
ルイズは大使として与えられた客室の、その広いベッドに、崩れるように横たわっていた。
本来なら明日のトリステインへの出航に備えて身支度をして眠るはずだが、彼女はここに来てまんまの学園の服装の姿。
部屋に戻るや否や、着替えもせず、なにもかも投げだしてそこに倒れこんだのだ。
もうどれほど泣きはらしただろうか。もやは涙も枯れ果てたとばかりに、ルイズは生気のない目で虚空を見つめる。
窓から外を眺めても、曇天で月明かりもささない暗がりばかり。
ルイズはどこまでも落ち込み切っていた。
先ほどの官兵衛とのやりとりからいくらほど時間がたっていただろうか。もやのかかったような頭で彼女はぼんやりと思いふける。
思い返せばこの旅の始まりはなんとも唐突であった。
あの夜学院の一室にアンリエッタ姫殿下がやってきた。
そしてそこから、官兵衛もワルドも、あろうことかギーシュまで巻き込んでの一大任務。
旅路はまるで嵐の道中。
キュルケやタバサまでやってきて。
宿や桟橋では襲撃を潜り抜けて。王軍が扮した空賊騒動に、フーケと風変わりなあの荒くれ男。
そして、戦争。
そこまで考えルイズは目をつむった。
眠りたい。それでこのまま朝まで忘れて、船でトリステインへ帰るんだ。
姫様の手紙は手に入れたし、無事に戻って姫様にお渡ししてそれで――
(姫様に、なんて言えばいいの?)
押しつぶされそうな罪悪感が胸に広がる。
ルイズはとても眠りにつける状態ではなかった。
ウェールズ皇太子殿下のことは、いわばアンリエッタと二人の問題。自分が不用意に介入すべきでないことも分かっている。
姫様からの言葉と思いを、文《ふみ》で届けられただけでも十分ではないか。
ルイズはそう考えようとした。
だが、そうやって何度も自分を納得させようとしても、ルイズにはそれが出来ない。
あのとき自分の部屋で手紙をしたためた姫の姿が、そして今日その文を呼んでいたウェールズの表情が、脳裏に浮かぶのだ。
(無理だわ、忘れるなんて。だって私は――)
そう思いむくりと身を起こす。

748暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:24:11 ID:nZG4rBBE
「カンベエ……」
彼は今はどうしているだろうか。
戦争の最中だから部屋に戻れと言っていた。ならば彼も部屋に戻っているのだろうか。
渡すはずだった薬を、思い切り投げつけ、そのまま逃げ去ったことを思い出す。
なぜだろう、この旅に出てからこんなことばかりな気がする。
これまでの出来事をひとつひとつ、ルイズは反芻した。
ラ・ロシェールの宿でのこともそうだ。
ワルドとの結婚について相談するも、結果として彼の言葉に納得できず怒ってしまった。
あの時のことだって未だきちんと向かい合って謝っていない。
さっきだって、彼は間違ったことを言ったわけでも、してもいないのに自分は――。
そう思えば思うほど、胸の奥がしめつけられるような感覚に陥っていく。
わかっている、自分がどれほど身勝手であったか。
どれほど理不尽に、彼に強く当たってきたか。
感情をいたずらにぶつけてきたか。
「感情を――」
そう呟いて、ルイズははっとした。
感情、いや気持ちをぶつける。その様な事がこれまでどれ程あっただろう。
キュルケをはじめ級友に魔法を馬鹿にされ、その度喧嘩になることはいくらでもあった。
単純に怒りをあらわにすることは日常茶飯事。
だが、ここまで激しい感情を、家族でなく他人に露にする事があったであろうか。
思いをそのままぶつけるような、そんな出来事が。
「……どうして?」
知らずのうちにつぶやく。
胸の内の締め付けるような悲しみが、なにか別のものに変わりつつあるのを彼女は感じていた。
揺さぶられるような、落ち着きのない、しかしどこか心地の良いそれに変わりつつある。
そんな感覚を、ルイズは胸の内に覚えていた。
「……カンベエ」
その時だった。
「えっ!?えっなにこれ!?」

749暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:24:56 ID:nZG4rBBE
突如、ルイズの視界がぼやけて目がかすみだした。
目が、いや片方の眼だけが唐突に何かの像を結んで映し出す。
今ルイズがいる自室とは明らかに違う光景が、その片側だけに映されている。
「……これって」
彼女は知っている。
使い魔とメイジは一心同体。ならばその基本的能力について、勉強家の彼女が知らぬはずもない。
本来、メイジと使い魔が共有できるその光景を。
そこは暗い暗い長廊下。うっすらとした燭台が壁にともり、いくつもの扉が連なる。
ついさっき自分が官兵衛といた、あの場所だ。
ということはこの光景は間違いない。
「これって、カンベエの視界?でもどうして……」
これまで全く起こらなかった使い魔との感覚の共有。
それがなぜ今、唐突に可能になったのか。なぜ急に、このタイミングでそれが現れるのか。
そうこうしてるうちに、官兵衛の視界が突然、黒一色の闇に染まる。
「えっ!?」
ルイズも驚き声をあげる。
視覚共有が切れたのだろうか。だが、片目の視界はくらいままだ。
つまり官兵衛は今、この暗がりの中にいるということだろうか。
そこまで考えルイズは気づいた。
何故か暗闇に包まれた官兵衛。そして急に使い魔の視覚共有ができるようになった理由。
(まさかカンベエ……)
ルイズは飛び起きると、傍らにある自分の杖と、懐のウェールズの手紙を確認する。
最低限の物を確認して外へと飛び出そうとする、とその時だった。

どんどんどん!

ビクリとして歩みを止めるルイズ。
彼女がまさに今出ようと、ドアノブに手をかけた矢先のこと。
突如として、目前の扉が、何者かによって激しくノックされ始めたのだ。
不意なことの驚きと、尋常でない様子を感じ取り、ルイズは無意識に杖に手をかけながら言った。
「だ、誰!」
なるべく取り乱さぬよう、大きめの声で叫ぶ。扉から距離をとり、震える手で杖をむける。
「誰なの!」
より語調を強め、ルイズは声を張る。
片目の視界はまだ暗いままだ。その状況がより一層彼女の不安をかきたてる。
このままでは――
だが次の瞬間。
「僕だ!ヴァリエール嬢!」
「え?」
その声に、彼女は首を傾げた。
扉の向こうから聞こえてきた声は、何とも意外な人物のものであった。

750暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:25:27 ID:nZG4rBBE
「何者だ貴様。そこで止まれっ」
王軍のメイジが声を張り上げる。
王軍本拠の居館に続く通路。そこに佇む見慣れぬ甲冑を着た人間。
突然の侵入者に、その場を哨戒をしていたメイジはおののいた。
(――間違いない、レコンキスタの尖兵。
だが、まさかこのタイミングで、どうやってこの堅牢な城に?
どこかに内通者が――)
そう様々思考をめぐらせながら、彼は目前の不審者に杖をむける。
油断なく構えながら、アルビオンの風の使い手である彼は、薄暗闇で相手の動きを読むべく風を探る。
やや細身の男で、たたずまいからして年若い男に思える。
鎧の作りはハルケギニアのそれとは違う。
玉虫色に煌めくそれは、どちらかというと東方の宝鎧で見たそれに近い。
なにより手にした長物は、両端に刃の付いた薙刀のような得物。
少なくとも我が王軍に与する人間ではあるまい。
「動くな。この距離では私の風が貴様を薙ぎ払うのが先だ」
静かにさとすように言う。
だが、侵入者は黙して一切をかたらず、棒立ちのままこちらを見据える。
「平民か。貴様のみでどうやってここへ侵入できる?手引きをしたものがいるはずだ」
彼が続けて言うも、やはり答えず。
そして侵入者はこれ以上は無駄、とばかりに得物を構える。
それを見るや否や、メイジの杖先から殺傷力十分の風圧が弾けた。
どうん!と大砲のような空気の膨張音が響きわたり、壁を震わす。
膨れた魔力が逃げ場なくそこに吹き荒れる。
生身の人ならば全身の骨が粉々になるようなその威力。
だが――
「……がっ!」
短い悲鳴が彼の口からもれた。
向けられた杖の切っ先よりも、はるか手前に男の影がある。
のどぼとけを貫く白刃が、瞬時に彼の命を絶ち切っていた。
放たれた魔法は虚しく空をゆらしたのみで、侵入者にはかすりもしていない。
(馬鹿な……速すぎる)
死の瞬間、彼は短くそう思考し意識を手放した。
付きたてられた刃が、勢いよく引き抜かれ、支えを失った死体がどうと倒れ伏す。
「今の魔法で城の者は感づいたはずだ。急がねば」
ふたたび、か細いこえが呟く。
倒れ伏した男を踏み越え、甲冑の男は駆けていく。
皇太子らの居館はそう遠くなかった。

751暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:26:32 ID:nZG4rBBE
「ルイズ!無事か!?」
居室のドアをノックし、ワルドは勢いよく扉をあけ放つ。そこは、客室の一区画でにある、ルイズとワルドにあてられた部屋である。
大使など特別待遇を要する客人の部屋であるからして、他のどの客間よりも広々としている。
四、五人はゆうに入るような、豪奢な部屋である。
「ルイズ!僕だ!いるんだろう!?」
愛しい婚約者の無事を願うかのように、大声でワルドは叫ぶ。
しかし、一向に何の返答もない状況に、ワルドは違和感を覚えた。
「ルイズ?……いや」
実に妙であった。
深夜であるがゆえ、彼女もすでに眠っていてもおかしくはない。
部屋の明かりがすっかり落ちているのも、そのせいだと思っていた。
だが違う。
ワルドは即座に風の流れを読み、室内のみならず、周囲の気配を探る。
やはり、妙だ。
この部屋どころか、周囲の区画すべてに、誰一人とて気配が無い。
(何故だ?先ほどの状況からして、彼女がこの部屋に戻っていることは明白。
いや、それ以前になぜこれほど人が……?)
客間はまだしも、それ以外の室内に人が居なすぎる。非戦闘員である侍女もいくらか控えている筈だ。
だからこそ、先ほどの襲撃時もサイレントで入念に音を遮断していたのだ。
そこまで考え、ワルドははっとした。
(もしや……)
即座に感覚を巡らせ風を読む。区画よりさらに範囲を広げ、城内を探る。
そしてついに、目的の気配を察知する。
(いたぞ、ここは……礼拝堂か?)
やはりおかしい。こんな夜更けにこんな場所へ居るなど。
即座に身をひるがえし、ワルドは駆ける。
入り組んだ場内を、まるで勝手知るかのように進み、目的の気配へと迫り続ける。
(どういうことだ?ルイズ)
無意識に拳を握りしめ、ワルドは階段を駆け下りる。
やがて角を曲がるとそこに礼拝堂の扉が見えた。中に確かな気配を感じる。
瞬時に気配を消し、扉の付近に身をひそめる。
そっと中をうかがうように戸を開き、中を伺う。
居た。
無数の長椅子が並びぶ礼拝堂の最前列。
最も奥の座席に桃色の頭髪が見える。ルイズだ。

752暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:27:31 ID:nZG4rBBE
微かに笑みを浮かべながら、そっと、音もなく、ワルドは歩み出す。
なぜこの場に彼女がいるかはともかく、これで何も問題はない。
あとは目的を達成し、帰還するだけである。
自分の『本来』の居場所へと。

「やあルイズ、ここにいたのかい?」
その呼びかけに驚いたように振り返る。
「ワルド?」
不安に怯えるような表情のルイズがそこにいた。
始祖への祈りをささげていた真っ最中なのか、彼女はそこに静かに腰かけたままだ。
ワルドの姿を見るや否や彼女は立ち上がる。
ワルドもゆっくり歩み寄る。
「良かった、無事だったんだねルイズ」
「……無事?」
ルイズ不安そうな表情を変えずに言う。
「いや、すっかり夜も遅いのに部屋に君の姿がなかった。
どこにいるのか心配で探していたんだよ」
「……ごめんなさい。私――」
ワルドの言葉に、申し訳なさそうにルイズが俯く。
「いいさ、それより」
ワルドはやや深刻そうな口調になるとルイズに言った。
「ルイズ、ここを出よう」
「え?」
不意なことにルイズが見上げて言う。
「出るって?」
「アルビオンを発つ。今すぐにだ」
ワルドはルイズを見つめながらそう続けた。
急な言葉にルイズは驚き顔で返す。
「待ってワルド、今すぐ発つって、なぜ急に?」
予定では明日の朝に出航する難民船に乗り、トリステインへ帰る予定である。
だが今は夜更け。
船は出るはずもなく、急に出立など無理だ。しかしワルドは。
「ここは危険だ。戦場の真っただ中でいつ襲撃があるかもわからない」
口調を変えず続ける。
「手段なら僕のグリフォンがある。滑空する分には長距離でも飛行は問題ない」
その声にルイズも顔色を変えて言う。
「どういうこと?今、何かここで起きているの?」
ルイズの問いかけに、ワルドは応えない。ただ黙ってルイズの瞳を見つめると。
「たのむよルイズ。一刻を争う」
強い語調でそう言った。

753暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:28:15 ID:nZG4rBBE
今ここにきて、ルイズの不安は大きく膨れ上がっていた。
(なぜ?一刻を争うって。それに……)
「そんな……でも待って、じゃあカンベエを呼びに行かないと!」
彼女もたまらず声を大きくする。
「ワルド!カンベエはどこにいるか知らない?発つならすぐに見つけないと!」
「使い魔君か。生憎どこにいるかはわからない。僕もここに来る前に探したんだが……」
ワルドは困った様にルイズに言う。
広いニューカッスルをこれから探すのには骨が折れる、今すぐ探しに行きたいが、とワルドは続ける。
「大丈夫彼は心配ないよ。すぐに見つけて合流させる、君は……」
だが、その瞬間ルイズはワルドの言葉に違和感を覚えた。
官兵衛の居場所を知らない。すぐに見つけてくる、という彼の言葉に。
「待ってワルド。カンベエは、あなたと一緒にいなかったの?」
「……なんだって?」
ふと言葉の続きを止め、ワルドがルイズを見つめる。
「ルイズ、どういうことだい?」
意外そうにワルドが言う。
その時、ルイズがワルドの眼を見た瞬間、彼女は不意にぞくりとした寒気のようなものを感じ取った。
(なに?この、嫌な感じ)
ルイズは小さく身震いした。
まるで、触れてはならぬ部分に自分が触れてしまったような、ある種の感覚。
「……ワルド?」
恐る恐る、ルイズは聞き返す。
だが、ワルドは応えず、視線をそらして顎に手をやり、考えるそぶりをする。
「ふうむ、そうか?」
「えっ?」
短く聞き返すがそれにもワルドは応えない。短く自問自答するようなことを、一人呟く。
だが不意に彼はルイズに向き合うとこう言った。
「ルイズ、使い魔君なら明日出航するイーグル号に乗船するはずだ。トリステインで落ち合う手筈さ」
ワルドはいつもの優しい口調になるとそういった。
「えっ!?」
今度はルイズが驚きの声をあげる。
「実は、先に発てというのは彼の提案さ。任務を預かるぼくらだけ可能な限り先に発て。自分は後から追いかける、とね」
先程とは打って変わって話し出すワルド。唐突な内容にルイズは耳を疑った。
「すまない、彼には伝えるなと言われてたんだが、こうなってはもう仕方がない」
ワルドは手を広げて言う。
「おそらく彼には何か考えがあるんだろう。いこうルイズ」
ルイズに手を差し伸べる、しかし。
「……だめよ」
その言葉にワルドの眼がピクリと動いた。

754暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:28:56 ID:nZG4rBBE
「私はカンベエを探すわ。あいつが勝手なことをしないようにしないと!」
ルイズは語調を強めた。
「お願い、カンベエを探させてワルド!」
「だめだルイズ」
ワルドも強い口調で否定する。
「使い魔くんの願いを裏切るわけにはいかない。それに僕の花嫁をこれ以上危険な目にさらされるかい?」
僕の花嫁。その言葉にルイズは嫌な感覚を覚えた。
「……ルイズ?」
間をおかれ、ワルドは不安げに彼女を呼ぶ。
ルイズは答えず、彼を見る。
なぜだろう、なぜ彼はこうも執拗に――
「……ワルド」
言わなければ、ルイズはそう思った。ここは礼拝堂。本来なら永遠の愛を誓うはずのこの場所で、これを伝えるのはなんとも皮肉めいてる。
それでも彼女は意を決して口を開く。
「私、あなたと結婚することはできないわ」
「……なんだって?」
表情が固まり、ワルドはその一言だけを発した。
やや数秒か数十秒。
両者の間に沈黙がはしる。
「私、あなたとは結婚できないの」
繰り返される言葉をようやく理解したのか、ワルドの瞳が大きく見開かれる。
おそるおそる胸の前で手を組むルイズ。
そのルイズの手を、ワルドは咄嗟に、乱暴にとるとこう言った。
「嘘だろう?ルイズ。君が僕との結婚を断るなんて」
ルイズはビクリと肩をふるわせる。
「ワルド、ごめんなさい。私憧れていたかもしれない、あなたに。
恋だったかもしれない。それでも、その気持ちは今は変わってるのよ」
ワルドの顔にさっと赤みが走る。しかしそれは見る見るうちに顔をゆがませていく。
「そんなことはない!この旅が終われば僕たちは……!世界を手に入れられるんだ!」
「きゃっ!」
掴まれていたルイズの手が力強く握られる。その痛みに思わず悲鳴をあげる。
「わ、ワルドなにを……世界っていったい何のこと?」
「君にはそれだけの才能があるという話さ!いっただろう、君は歴史に名を残すメイジになるんだと!」
口調が怒鳴り声に変わり、ワルドはぐいとルイズの手を引く。
「い!痛い!やめてワルド!どうしてこんなことを!」
手首をひねられるような痛みが走った。
ワルドは強引にルイズの腕を引くと、すぐさま礼拝堂の出口へと向かおうとする。
「離してっ!!」
悲鳴をあげるが、屈強な男の力には叶わない。あまりの勢いにずるずると引きずられそうになる。その時だった
「ヴァリエール嬢から離れろ!」
突如の怒鳴り声とともに、バンッと勢いよく、礼拝堂の扉が開け放たれた。間を置かず、外から数名の王軍のメイジが現れワルドを取り囲む。
ずいっ、と軍杖が彼に向けられ、メイジらは動くなとばかりに睨みを効かせる。

755暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:30:03 ID:nZG4rBBE
「……ふん!」
一通りその状況を見回すとワルドは不機嫌そうに鼻をならした。
パッと掴んでいた彼女の手を放し、腕を組んであたりをみまわす。
「これはこれは、一体どういうことですかな殿下?」
ワルドは取り囲まれながら、メイジらの背後に控えた彼に向って言い放った。
解放されたルイズは取り囲んだメイジらの脇を抜けて駆け寄る。
そこには、怒気をはらんだ眼差しでワルドを見据える、ウェールズ皇太子がいた。
かれはゆっくり口を開く。
「貴様、レコンキスタだな?」
その言葉にハッとしてルイズは見やる。ワルドはルイズの驚きの視線を気にも留めず悠々と言葉を紡ぐ。
「ふっ、さすがに今のやり取りで気取れぬほど無能ではなかったか。王党派」
あえての組織派閥の名でウェールズを挑発するワルド。それでもウェールズは怒りの表情を変えない。
「私もまさかトリステインからの大使の中に間者が紛れているとは思わなかったさ。彼の機転がなければ、この首を狩られる瞬間まで気づけなかっただろう」
歯を食いしばりながら悔し気に返す。
「彼?ああそうか使い魔か。どこまでも賢しい」
ワルドはややも苦々しい顔をして言う。
この礼拝堂に誘い込まれたのは初めからそういう計画だったということか。
ルイズを部屋から連れ出したのはウェールズだろう。ここであえてやり取りを探ることで化けの皮をはぐことが狙いだったのだ。
すべてはいつの間にか、使い魔の官兵衛が仕組んだ計画だったということか。
そこまで考えると、ワルドは大声で笑い出した。
「フフッ!フハハハハッ どこまでも落ちぶれた連中よ。
まさかトリステインの貴族で、魔法衛士隊隊長であるこの俺を疑うとは!あのみすぼらしい使い魔の男の弁を真に受けるとはな!」
はははは!ともはや人目もはばからず笑い声をあげてみせるワルド。自分らに向けられた嘲笑に、ウェールズは静かに返す。
「もちろん最初から貴公を疑っていたわけではないさ。いまこの場に現れた、間者の正体は私も予想外だった」
「なに?」
その言葉にワルドははっとしてウェールズを見やる
「彼の酒の席での言葉はこうさ。」
ウェールズが静かに語る。
「攻撃開始時刻をまたず今夜中に襲撃がある可能性がある。おそらくどこかに間者が潜んでいる。
貴君が信頼できるものとともに、秘密裏に客室からルイズを連れ出してほしい。
場所と頃合いは小生にもワルド子爵にも伝えるな。
移動先のルイズのもとに、まっさきに現れた奴が間者だ。
城から連れ出そうとしたら捕縛してくれ。たとえそれが小生であっても」
ワルドの表情がみるみる怒りでゆがむ。
「彼の忠告を参考にはしたが、レコンキスタの一員であることを我々に確信させたのは君自身さ」

756暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:31:00 ID:nZG4rBBE
「黙れ貴様!」
ワルドが怒号を発する。
わなわなと震える手で杖を抜き、ウェールズに向ける。
咄嗟にメイジらが魔法の詠唱を完成させワルドに向ける。
「動くな、少しでも魔法を使うそぶりをみせたら、我々の風が貴公を切り刻む」
取り囲んだメイジが言う。ウェールズも落ち着いてワルドをなだめる。
「諦めたまえ。幾ら君がスクウェアの手練れだとしてもこの状況ではどうにもなるまい。おとなしく捕縛されよ」
それを聞き、ワルドはフゥーッと強く息を吐いて俯く。向けていた軍杖を懐にしまい込む。
「……やれやれ」
その様子を見るや否や、メイジらが駆け寄りワルドを縛り上げる。
「丁重に扱いたまえ。これでも貴族だ」
「どうかな?貴公はひとまずこのままトリステインへと送り返させてもらう。
爵位のはく奪で済めばいいがね」
それを聞くとワルドは不機嫌に鼻を鳴らした。
一部始終の捕り物劇。それを唖然として見ていたルイズは、やがて力なくワルドの名を呼ぶ。
「ワルド……?一体どうして、何でレコンキスタに」
「ヴァリエール嬢……」
ルイズの問いかけに一瞥もしないワルド。それを見かねてウェールズは彼女に優しく言う。
「ひとまずカンベエ殿を探そう。見つけ次第すぐにイーグル号へ乗りトリステインへ帰還されよ」
「イーグル号へ?」
ルイズが聞き返す。
「そうだ、もうすでに非戦闘員の乗船と出港準備は進んでいる。君たちが一刻も早く逃げられるように――」
「ハハハハッ!」
その時突如、ワルドが声を上げて笑い出した。
その場にいた誰もが驚いてそちらを見る。
「何だ貴様!何を笑っている!」
捕縛してたメイジがうろたえつつも怒鳴りつける。
「これが笑わずにいられようか!フフフ所詮は敗者どもの集まりよ王党派」
「どういう意味だ!」
ウェールズも声を荒げる。その瞬間だった。
突如、ワルドを中心に空気が破裂した。
ごおう!と風のうねりが生じ、周囲の彼らを放射状に吹き飛ばす。
長椅子がけたたましい音を立てて宙を舞い、屋内の風圧に耐えきれず砕けたステンドグラスが辺りに降り注いだ。
「きゃあっ!!」
「危ない!」
幸いにもルイズ、ウェールズは風圧の発生個所から距離があった。攻撃の被害に直接あわなかったのは幸いだったが、それでも居場所が悪かった。
咄嗟にウェールズが、降り注ぐガラスからルイズをかばう。
鋭利な破片が、彼の背中や肩を容赦なく裂く。
「殿下!」
「じっとしてるんだ!」
ルイズは叫ぶが、対して普段の穏やかな声色とは打って変わった怒声が発せられる。
首筋を丸めて頭部をかばう。小柄なルイズを包むように抱きかかえながら、ウェールズは奥歯を噛みしめた。
ひときわ大きいグラス片がザクリと肩を貫く。
「うあああッ!!」
たまらず叫ぶと、それを聞きつけたメイジが血相を変えて怒号を飛ばす。
「守れ!殿下を守れ!!」
「何をしているか!!」
身をかばうことができた数人のメイジらは、散り散りになりつつも態勢を立て直す。
一同、今の魔法は一体どこから、と発生源を探る。
すると。

757暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:32:06 ID:nZG4rBBE
「ようやく、見つけた」
その場の混乱に沿わぬ、恐ろしく抑揚のない声が場に届いた。
ウェールズは痛みをこらえて、そちらに顔をあげる。
立ち上がったメイジらは、今しがた取り押さえたワルドの姿が消え去っていることにも気づいた。
だがそれよりも、彼らは別の者に注視した。そのあまりに静かな声色の主。
礼拝堂の扉の向こうに現れた、細身の甲冑の男に。
「居館に忍び込んだものの、幽鬼のようにひとけが失せていた。
居所を掴むのに、手間取った……」
カツン、と甲冑の足音がこちらに向かってくる。カチリ、と聞きなれない金属音とともに。
未だ地に身を伏せたままのルイズ。
その耳には、やけによく響いて聞こえる音であった。

「――!――!」
聞き取れないほどの怒声、ついで魔法の詠唱が聞こえてくる。
逆巻く風の轟音。
大聖堂の石床を蹴る、無数の靴音。
ブレイドによる剣戟だろうか。金属音、そして。
「がっ……!」
「うアッ!」
絞り出すようなうめき声。ドサリ、と床を伝わる重々しい衝撃。
「……おのれッ!」
続けざまに誰かが発した、わななくような震えた言葉。

「……なにが起こったの?」
目まぐるしく変わる状況に、精いっぱいの言葉を紡ぎ、ルイズは身を起こした。
地面にへたり込んだままの自分を、未だかばうウェールズ。
「……っ!無事かね?」
「ウェールズ殿下!傷が……」
見れば彼の肩口は、滲んだ血が黒くシミを作っている。無数のガラスをその身に受けたのだ。
素人目にみても、尋常な負傷ではない。
そんな惨たらしい背をルイズに見せないよう、彼女に向き合いつつも、彼は横目でその光景を見ていた。

その甲冑の男は、風の猛攻を身をよじりかわし、術者の喉元を一閃。
別の近衛はブレイドで応じるも、薙刀のような得物で杖を巻き上げられ、肩口から脇腹にかけてをナナメに裂かれる。
瞬く間に二名の部下が絶命した。
そして、それを見ていた次のメイジは、おののきつつも奮戦。
杖で相手の刃をいなしつつ距離を取り、詠唱を完成させる。
男の周囲に空気の槍が顕現し、前方を幕のように覆った。
「風の術……鎌鼬かなにかだろうか」
だが、甲冑の男は臆する様子もなく、何事かを呟きながら、武器を目前にかざす。
水平に構えたそれに、もう一方の手を静かに添える。
右へ、左へ、ゆったり八の字を描くような薙刀のよじり。
加えて指先でひゅるん、ひゅるん、と器用に大ぶりの薙刀を旋回させてみせる。
道化師のステッキ回しか、劇団員の槍の演武か、まるで芝居がかったそれのよう。

758暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:33:39 ID:nZG4rBBE
ルイズはいつしかトリスタニアの街中で、長い棒の両端に炎を灯した、東方風の大道芸人を見たことがある。
輪を描くような、見る目を奪う炎の舞。
彼女の目には、そんな似ても似つかぬ光景が重なって見えた。

甲冑の男の目前、身の丈ほどの距離に魔法が迫る。
男は身をかばうそぶりも見せない。
馬鹿な、と相対するメイジは思った。
その場の誰しもが、襲撃者の絶命を予想した。
だが、熟練の風の使い手ならば読み取っていたかもしれない。
徐々に、徐々に速度を増す旋回とともに、男の得物に疾風が巻き起こりつつあることを。

「因果の渦に引き込まれろ……」

ソレは、先ほど生じたものの比ではなかった。


無数に放たれたエアスピアーが、一つ残さず霞のように掻き消える。
にもかかわらず、術者の近衛のメイジは、目の前で生じた『それ』に思わず見惚れた。
なんとも鮮やかな、うす透明の緑色の渦。
万華鏡のように姿を変え続ける、美しき格子状の模様。
それらを内にはらみ、轟轟と広がり続ける真球の塊。
足元に転がる銀の燭台がサイの目状に刻まれるのを見て、彼は悟った。
これが、己の見る最期の光景であることを。


「どいつもこいつも、よってたかって俺の任務を邪魔するか。忌々しい……!」
ごうごうと音を立てる礼拝堂を遠目に見ながら、ワルドは呟いた。
戦闘の形跡を思わせない小奇麗な恰好のままで、杖を手にして佇む。
「何であっても利用してやるつもりだが、あの男はよくよく警戒する必要があるな」
上空に浮かぶレキシントン号を見上げながら歯ぎしりをするワルド。
握る杖にも力が籠る。
「どういうつもりで、あの『羽虫』を忍び込ませたのか。よくよく吐かせてやろうではないか異邦人!」
吐き捨てるようにつぶやくと、ワルドは礼拝堂の扉へとゆっくりと歩み出した。
その口元を薄く歪めるように笑みを浮かべながら。

759暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:36:50 ID:nZG4rBBE
今回の投稿は以上となります。
前回から間が空いたにもほどがありますが、また続きを投稿していければと思います。
それでは。

760名無しさん:2019/11/10(日) 15:24:31 ID:yTp328Bk
半年ぶりに乙
がんばってください

761ウルトラ5番目の使い魔 80話 (1/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:40:20 ID:zasCfbus
皆さん、こんにちは。こちらでは更新が滞っている分の、ウルトラ5番目の使い魔、80話を投稿します。

762ウルトラ5番目の使い魔 80話 (1/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:41:13 ID:zasCfbus
 第80話
 大怪獣頂上決戦
 
 古代怪獣 ゴモラ
 古代怪獣 EXゴモラ 登場!
 
 
「ウワアッ!」
「ヌオォッ!」
 ここはトリステインのさる地方都市。首都トリスタニアからも馬で丸一日かかるほど離れ、特に繁栄も寂れもしていないという穏やかな街である。
 しかし今、街は怪獣の出現により大混乱に包まれ、さらに駆けつけたガイアとアグルの二人のウルトラマンも、予想もしていなかった事態の発生によって大ピンチに追い込まれていた。
「なんて強力な怪獣なんだ。僕たちの攻撃がまるで効かないなんて」
「我夢、気をつけろ。あれはもう自然の怪獣じゃない。全力でいかないと、こっちがやられるぞ」
 ガイアとアグルに強烈な一撃を与え、なお彼らの眼前に立ちはだかる一匹の巨大怪獣。それは、古代怪獣ゴモラに酷似しながらも岩石のように刺々しく強固な体を持ち、白目に狂暴性を満ちさせた巨影。以前、エルフの国ネフテスを滅亡寸前に追い込んだ、あのEXゴモラそのものであった。
 だが、奴は確かに倒されたはずなのに、何故?
 事のおこりは数分前。ガイアとアグルは、この町に出現した変身怪獣ザラガスを食い止めようとし、フラッシュ攻撃に手を焼きながらも二対一で有利に戦いを進めていた。しかし、そこへあのコウモリ姿の宇宙人が突如として現れ、宇宙同化獣ガディバをザラガスに融合させてしまったのだ。
 すでに何度もヤプールが使って見せた通り、ガディバは他の怪獣に乗り移ってその肉体を変異させて、別の怪獣に作り変えてしまう能力を持つ。そして、このガディバにはヤプールがネフテスで使った、あのゴモラの情報が組み込まれていた。
「フフフ、知ってますよ。このガディバから生まれた怪獣が、ウルトラマンたちを追い詰めたことを。だからわざわざこいつを蘇らせたのです。そして私の力を持ってすれば、たとえヤプールほどのマイナスエネルギーが無かったとしても!」
 ザラガスの肉体にゴモラの遺伝子が組み込まれ、更に宇宙人の手が加わったことにより、ザラガスはEXゴモラへと変貌した。しかし、さすがにスペックの完全再現までは無理なようだった。
「ふむ、ヤプールが生み出したときの、ざっと七割、いや八割ほどのパワーですか。まあ仕方ありませんが、これでも十分ですね」

763ウルトラ5番目の使い魔 80話 (2/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:44:01 ID:zasCfbus
 残念そうな口ぶりだったが、実際オリジナルの実力が桁違いなので八割の再現率でも十分すぎるほどだった。
 凶暴な叫び声をあげたEXゴモラの尻尾が伸び、あらゆるものを貫くテールスピアーがガイアを狙い、ウルトラ戦士の光線技の威力を上回るEX超振動波がアグルを襲ってくる。むろん、ガイアも素早く身をひねってテールスピアーをかわし、アグルもウルトラバリアーでEX超振動波をしのぐが、どちらも一発でも食らったら危険な威力を感じ、守勢に回ったら負けると即座に判断した。
「ガイア、反撃だ!」
「よし!」
 攻撃は最大の防御! ガイアとアグルは一気に勝負を決めるべく、その身に赤と青のエネルギーを溜め、必殺の光線と光弾に変えて撃ち放った。
『クァンタムストリーム!』
『リキデイター!』
 どちらも並の怪獣なら粉々にするほどの威力の一撃がEXゴモラに叩き込まれた。しかし、なんということか。クァンタムストリームはEXゴモラの体でホースの水のようにはじかれ、リキデイターはEXゴモラの片手でボールのように受け止められてしまったのだ。
「ヘアッ!?」
「ムウッ」
 ガイアとアグルは愕然とした。バリアや超能力で防ぐならまだしも、単純な肉体の頑丈さだけで二人の同時攻撃をしのぐとは、なんて怪獣だ。さらにエネルギーの消耗により、ガイアとアグルの胸のライフゲージが赤く点灯を始める。
 このままでは、さすがのガイアとアグルでも危なかっただろう。しかし、宇宙人は満足げに頷いただけで、EXゴモラを回収してしまったのだ。
「実戦テストは上々。もう少し眺めていたいところですが、ウルトラマンさんたちには近いうちに別のご用をお願いする予定ですし、このあたりで止めておきますか。戻りなさい」
 彼が手を振ると、EXゴモラは転送されてその場から消滅した。以前、地底に潜らせたブラックキングが改造されてしまったことがあるので、念を入れての処置だった。それと同時に宇宙人もそそくさと消え去り、街は嘘のような平穏を取り戻した。
 ガイアとアグルは焦燥感を募らせていたところに肩透かしを食らい、思わず顔を見合わせた。
「あいつ、いったい何だったんだろう?」
「わからん。だが、どうせろくなことにはならないだろう。奴め、今度はなにを企んでいるのか」

764ウルトラ5番目の使い魔 80話 (3/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:45:07 ID:zasCfbus
 あの宇宙人がよからぬことを企んでも、今の自分たちはあの宇宙人を直接倒すことはできず、送り込んで来る怪獣を倒して被害を最低限に抑えることしかできない。そんなもどかしさに、二人は腹立たしさを感じてならなかった。
 ガイアとアグルは憮然としながらも飛び立ち、後には唖然とした街の人たちのみが残された。
 EXゴモラの攻撃の巻き添えで破壊された店の前で、店主が悔しそうにたたずんでいる。
「あーあ、せっかく新しく建てたってのに、あの怪獣野郎」
 いつの世でも、暴力の犠牲になるのは罪のない一般人だ。彼はEXゴモラの消えた空を恨めしそうに見つめ、やがて、まだ売り物になるものを探すためか、瓦礫をかきわけていった。
 だがやがてそんな光景も時に流されて消えていく。
 
 
 それが数日前の出来事。そして今回の物語は、久しぶりにトリステイン魔法学院のルイズの部屋から始まる。
「むー……」
 この日、ルイズは朝から機嫌が悪かった。
「ルイズー?」
「うるさい」
 才人が話しかけてもろくに返事も返してくれない。もちろん、なんで機嫌が悪いのか聞いても答えてくれないし、身の危険を感じた才人はギーシュのところへ逃げ込んでいた。
「まったくルイズのやつの気まぐれにも困ったもんだぜ。今度はいったいなんだってんだよ」
「サイト、レディにはいろいろあるんだよ。それを察せられないとは、君もまだまだだねえ」
「あっ、ひょっとして”あの日”か?」
「……どうしてそう君は火に油を注ぐようなことを的確に言えるのか感心するよ。今どきルイズが機嫌悪くする理由なんて、君のこと以外にないだろうに」
 とまあ、こんなやり取りがギーシュの部屋であったが、ギーシュの予想通り、ルイズの不機嫌の原因は才人だった。
「うー、あの浮気者。ほんっとに節操ってものがないんだから」
 事の原因は昨日のこと。水精霊騎士隊が学院の女子とイチャイチャしていたところに才人も居合わせた、というのが真相であった。

765ウルトラ5番目の使い魔 80話 (4/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:46:51 ID:zasCfbus
「キャー、ギーシュさま〜。こっち向いてください〜」
「わー、サイトくーん、こっち来て〜」
 この間のエレキング戦とスラン星人との戦いの活躍で、彼らの株価はうなぎのぼりであった。さらに学院で噂に尾ひれがついて広まると、彼らは女子の間で一躍英雄扱いとなっていた。
 ギーシュやギムリは女子にチヤホヤされてもちろんデレデレ。そして、彼らといっしょにいた才人も女子の好奇の的になっていた。
「サイトくーん、君もお話し聞かせて。どうしたら貴族でもないのにそんなにがんばれるのー?」
「いや、貴族だとかそんなの関係なくてさ。そ、それより俺たちはやることがあってだなあ」
 とは言うものの、女子にベタベタされたら自然に鼻の下が伸びてしまうのが男の悲しい性というものであるが、独占欲の強いルイズにはそれが我慢ならなかった。
「ほんとにサイトったら、わたし以外の女にデレデレしちゃって最低。い、いいっしょにお風呂に入ったくせに。は、裸も見たくせに」
 正確には裸と言ってもタオルごしだし、そもそも昔は着替えを手伝わせていたのに何を今さらなことだが、ルイズにとっては重大だった。そこまでしてやったというのに、才人はあっさりと別の女の色香にフラフラしてしまったのである。
 エクスプロージョンで才人を爆破すれば憂さは晴れた。が、そうしたとしても才人の女癖は変わらないだろう。それに、ルイズは自分の容姿に少なからず自信がある。そこらの名も知らない女子に魅力で負けていると認めるような真似はプライドが許さなかった。
 が、それならどうするか? ということになるといい考えが浮かばない。
 イライラしているルイズの迫力はものすごく、授業中は教室が静まり返るし、放課後になったらなったで廊下を歩いているだけでも、以前『ゼロのルイズ』とルイズを馬鹿にしていた生徒たちも恐れて道を開けるほどだった。
 と、そんな物騒な散歩を続けるルイズの前で道を譲らない者がいた。見ると、同じようにイライラしながら歩いていたモンモランシーだった。
「ルイズ、もしかしてあなたも?」
「フン、少しは話が分かる奴がいたみたいね」
 ルイズもモンモランシーがギーシュのことを気にしているのくらいは知っている。そしてギーシュが最近女子の間でモテモテで気に入らないことも察して、二人は共通の目的を持つ同志となった。
「ほんっとに男って最低な生き物なんだから。わたしがあんたなんかのためにどれだけ気をつかってやったか、すこっしも理解してないんだもの」
「そうよそうよ、「君だけを見つめていたい」なんて、そのときだけなんだから。あの嘘つき、舌を抜いてやりたいわ」
 ひとしきり二人で愚痴をこぼし合った後、ルイズとモンモランシーはむなしくなって息をついた。
 それほど彼氏に嫌気がさしているなら、いっそ二人とも別の男子に乗り換えればいいんじゃないの? と、近くを通りがかった女子たちは思ったが、二人に言わせれば「人間はあきらめられないことがあるから生きていけるのよ」と、渋く答えるだろう。それが他人から見ればいかに無茶なことでも、自分にとっては大切なことなのだ。

766ウルトラ5番目の使い魔 80話 (5/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:48:15 ID:zasCfbus
「いったいどうすれば、あのバカ犬は浮気をやめるのかしら……」
「この学院、可愛い子多いからねえ。この学院で一番美しいのが誰か? なんて言われたら自信がないし」
「わ、わたしは自信あるわよ。このラ・ヴァリエールのルイズ様ほどの超絶美少女がいるもんですか! ……でもあいつ、あの銃士隊の副長といい、年上の女が好みなのよねえ」
 正確には才人の好みは年上の女ではなく、おっぱいの大きな女なのだが……。
 
 現実(おっぱい)
 対
 虚乳(ルイズ)
 
 この残酷な方程式に何度泣かされてきたか知れない。
 なんにせよ、ライバルたちに比べて自分たちがアドバンテージで有利に立てていないのは二人とも認めるところであった。もっとも、この自己分析を才人やギーシュが聞いたら首をかしげるかもしれないが、人間は自分のことは一番知っているようで知らないものだ。
 才人とギーシュに金輪際浮気させないようにするには、自分たちが他をぶっちぎる魅力的なレディになればいい。いくらお仕置きしても効果がない以上はそれしかないと結論は出ても、魅力なんてどうすれば上がるか皆目わからなかった。
 と、そんな二人に後ろから陽気に声をかけてきた相手がいた。
「はーい、おふたりさん。この世の終わりみたいなオーラを振りまきながらなにやってるの?」
 振り返ると、そこには学院一のモテ女がいた。褐色の肌が眩しく、いつもながら自信にあふれた笑みが憎たらしい。
「キュルケ、何の用? ツェルプストーなんてお呼びじゃないわよ」
「あら、つれないわね。さっきの話、聞こえてたわよ。彼氏に飽きられて焦ってるんでしょ? そんなあなたたちが可愛くて仕方ないから、このキュルケ様が恋の手ほどきをしてあげようと思って来たわけよ」
 彼氏に飽きられた、のフレーズでルイズとモンモランシーの心臓をエクスカリバーとグングニルが十文刺しにしていく。実際は才人とギーシュはいまでもルイズとモンモランシーにぞっこんなのだが、物事を最悪の方向にしか考えられない今の二人にはどんな罵声よりも深く突き刺さった。
「い、いい、いらないわよ、ツェルプストーの助けなんて!」
 必死に言い返したものの、声は震えて表情は崩れている。キュルケはそんな反応はもちろん織り込み済みだったようで、クスクス笑いながらルイズとモンモランシーの肩を抱いた。

767ウルトラ5番目の使い魔 80話 (6/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:49:33 ID:zasCfbus
「あら? そんな余裕こいていていいの? 女の情熱が熱しやすく冷めやすいように、男の愛情も移り気なものよ。た・と・え・ば、あたしがこれからあの二人にアプローチをかけたらどうなると思う?」
「だ、だめよ! キュルケ、あんたサイトはあきらめたんじゃなかったの! サイトだけはあんたには絶対に譲らないからね」
「ギーシュもよ。あんなのでも、キュルケなんかには渡さないわ」
「どうどう、ふたりとも落ち着いて。たとえばって言ったでしょ。今さらあの二人に手を出すつもりなんてないわ。でも、もしあたしに近い魅力を持った誰かがサイトやギーシュを気に入ったらどうする?」
 うっ……と、ルイズとモンモランシーは言葉を詰まらせた。二人の脳裏にそれぞれライバルとしている女の顔が浮かぶ。あれが本気で奪いにやってきたとしたら、勝利を確信することはできなかった。
 キュルケはにやにやとふたりを交互に見ている。ルイズは歯噛みしたが、こと恋愛の手練手管に関して学院でキュルケの右に出る者はいない。入学して以来、キュルケの虜にされた男子生徒の数は三桁と言っても誰も疑わないだろうし、なによりラ・ヴァリエールは先祖代々フォン・ツェルプストーに恋人を取られまくった家系なのだからして。
「ど、どど、どうすればいいっていうの?」
「話が早いわね。ルイズのそういう頭のいいところ、好きよ。でも、あなたたちの欠点はちょっと子供っぽすぎることなのよね。だから、そこを底上げするの」
「おしゃれをしろってこと? そんなのわたしだってやってるわ」
「ちっちっち、あなたたちのおしゃれなんて、子供のお化粧ごっこよ。まあ実例を見せてあげるからついてきなさい」
 そう言ってキュルケはルイズとモンモランシーを自分の部屋に連れ込んだ。そして数十分後、二人は自分たちの劣等ぶりを嫌というほど思い知らされることになったのだ。
 
 キュルケの部屋は彼女らしく非常に豪華な仕様で、大きな姿見や衣装ダンスが並び、絵画や美術品が宮廷のように陳列されていた。
 しかし、それらの美術品も、着飾ったキュルケの美貌の前には霞んで見えた。
「どう? これでも少し地味めを選んでみたんだけど」
「そ、そうね。た、たたた、確かに地味だわ」
 豪奢なドレスを身にまとい、キュルケは女王のようにたたずんでいた。薄い紫色のレースのような生地が怪しくはためき、煽情的という表現ギリギリなレベルでさらされた地肌がなまめかしく視線を誘う。それは女のルイズとモンモランシーから見てもよだれが出そうな美しさで、アンリエッタ女王のような清楚さとは正反対ながらも、男の視線を釘付けにするであろうことは疑いようもなかった。
 もし、今のキュルケを才人やギーシュが見たら、きっとニンジンをぶらさげられた馬のようになってしまうだろう。それほど、ドレスをまとったキュルケの美しさは、制服のときとは次元を異にしていた。
「どう? 衣装は女の鎧であり、最大の武器でもあるのよ。それなのにあなたたちときたら、私服といえば出入りの商人が適当にすすめるものしか買ってないんでしょ? そんなんじゃ、いくらいい香水をつけてても宝の持ち腐れよ、モンモランシー」
「う、うるさいわね。だ、だいたいギーシュなんて、何着てても同じような褒め方しかしないんだから」
「それはあなたが同じような服しか着てないからよ。もっと冒険してみなきゃ! というわけで、あたしが子供の頃着てた服をいくつかあげるわ。それならサイズが合うでしょ」
 盛大に傷つく言い草だが、確かにキュルケのお古はルイズやモンモランシーにはぴったりみたいだった。

768ウルトラ5番目の使い魔 80話 (7/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:51:44 ID:zasCfbus
 しかし、それらはかなり布地の際どい強烈なデザインばかりで、モンモランシーなどは顔を真っ赤にして叫んでしまった。
「不潔! 不潔だわ。こんなのを着て人前になんか出られない」
「わかってないわねえ。そういうのだから、男は夢中になるんじゃない。ルイズはどう? あなたも着る勇気がない?」
「あんた、子供の頃からこんなの着てたって、ツェルプストーの教育方針はどうなってんのよ? こんなはしたないのをうちで着てたらお母様に殺されるわ……あ、だからエレオノールお姉さまは行き遅れてるのね」
 さりげに売れ残りから返品に差し掛かっている姉をコケにしつつ、ルイズはよくあのお母様も結婚できたものねと思った。まあ、ちぃ姉さまだったら何もしなくても引く手数多でしょうけど、自分が真似できる気はしない。
 が、それは逆に返せば自分が成長しても眼鏡のないエレオノール姉さまみたいになるだけね、とルイズは思い当たった。そしてそのことをキュルケに告げると、キュルケもなるほどと納得した。
「そうね、モンモランシーはともかく、ルイズは足りないものが多すぎるわねえ。ぷ、くくっ……」
 キュルケはベビードールを着たルイズの幼児体系とのミスマッチを想像して笑いが漏れた。うん、さしずめスーパースペシャルグレートルイズ・ハイグレードタイプ2といったところか。
「ぷっ、くくく……わ、わたしも甘かったわ。ルイズの場合だと素っ裸で迫るのが一番かもね」
「キュルケ、わたしがエクスプロージョンを食らわせるのがサイトだけだと思ったら大間違いよ……」
「短気は損気よぉ。でも、わたしも言い出した手前、投げ出すようなことはしないわ。さあて、それなら方針を変えてみましょうか。考えてみたらサイトやギーシュにはちょっとズレた方向からアプローチしたほうが効果的かもね。でも、それだとわたしの手持ちじゃ合わないから、持ってそうな子のところにまで行きましょうか」
 そう言ってキュルケはさっさと着替えると、答えは聞いてないとばかりに先に部屋を出て行ってしまった。ルイズとモンモランシーは釈然としないながらも後を追う。
 キュルケは今度は何を考えているのだろうか? その答えは、女子寮の一年生部屋の中でも特に豪華な一室の持ち主にあった。
「それで、ヴァリエール先輩に合ったドレスをわたしが持っていないか聞きにきたわけですか」
「そう、クルデンホルフのあなたならドレスの手持ちくらいいっぱいあるでしょ。サイズもルイズやモンモランシーとも近そうだしね」
「遠回しに馬鹿にされてる気がするんですが……まあツェルプストー先輩のたってのお願いですし、ドレスくらい好きに見て行ってくださいな」
 突然乗り込んでこられたベアトリスは、こちらも釈然としないながらも、外国の貴族であるキュルケ相手には強く言うこともできずに納得してくれた。とはいえ、一応は名門のヴァリエールとツェルプストーに恩を売れるという打算もあったが、ベアトリス自身なにかおもしろそうだと思った一面もある。
 そして思った通り、ベアトリスは様々なドレスを持ち込んでおり、ルイズとモンモランシーは目移りするようなそれを前にして着替えにいそしんだ。
「あら? これちょっとかわいくない? ねえねえルイズ、これ見てよ」
「へえ、ブルーのラインがすっきりしてていいわね。こっちもどうよ? フワッとしたスカートがかわいいと思わない?」
 最初はしぶしぶだった二人も、様々な服に袖を通すうちにいつのまにか楽しくなっていた。ベアトリスは自分のものだけではなく、エーコたちやティラたち用のドレスも持ち込んでおり、その豊富な種類は年頃の少女たちを飽きさせなかった。
 やがては見ているだけだったベアトリスたちも加わり、室内はちょっとしたファッションショーの様相になってきた。ルイズはこれまでほとんど意識しなかったが、着飾った自分を友達と見せ合いっこするという、ごく普通の女の子らしい楽しみを知ったのだった。

769ウルトラ5番目の使い魔 80話 (8/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:53:42 ID:zasCfbus
 しかし、確かにベアトリスはいろいろと趣味のいいドレスを持ってはいたが、才人やギーシュの目を引くようなインパクトのある服。というのでは、納得のいくものがなかった。キュルケと違ってベアトリスは、あくまで感性は普通なのである。
 と、そのときだった。キュルケが洋服ダンスの隅で、畳まれている変わった色合いの服を見つけた。
「あら? これはこれは見たことないデザインね。ルイズ、モンモランシー、ちょっとこれ着てみなさいよ」
 キュルケは、お着替えに夢中になっている今のうちにと、ルイズとモンモランシーにその変わった服を渡した。案の定、二人は深く考えずに嬉々としてその服に袖を通した。
 しかし、その服は皆の思っていた以上に奇妙なデザインだった。
「なあにこれ。オレンジ色の……スーツ?」
 ルイズの着たそれは、どちらかといえば男性が着るようなネクタイ付きのシンプルな服だった。動きやすいのはいいけれど、控えめに言っても『可愛い』という感じではない。
 アクセントといえば、胸元に流星をかたどったバッジがついているけれど、これでお洒落かというとどうだった。
 そしてモンモランシーのほうはと言えば、こちらは灰色をした地味めな洋服だった。こちらの胸元にはS字に似た赤いワッペンがついている。しかしどちらにしても、派手好きなベアトリスが持つにしては地味めな服だとルイズはいぶかしんだ。
 するとベアトリスは言った。
「その服なら、この前トリスタニアに買い物に行ったときに、ティアとティラが「動きやすそうだから気に入った」と言うからから買ったものですわ。あの二人ときたら、すぐドレスをダメにするんですもの」
 なるほど、あの二人のだというなら納得だ。緑髪のティラとティアの姉妹のことは今では学院でも有名で、魔法が使えないからベアトリスの使用人という立場になっているが、その快活な性格や豊富な知識で、人気者になっている。
「なんでもごーせい繊維で衝撃や耐熱に優れていて大変レア、なんだそうよ。よくわからないけど」
「はーん……」
 ルイズたちにもよくわからなかった。あの二人はときたま突拍子もないことを言って皆を困惑させるので、一部では才人の女版などとも言われている。
 しかし、変わり者のティアとティラが気に入るなら、ただの服ではないのだろう。
 ルイズは服のあちこちを何気なく触っていたが、ズボンの裾先にチャックがついているのを見つけて引っ張ってみた。
 するとなんと! チャックを引いたことで生地が裏返り、オレンジ色のスーツは一瞬にして青地のブレザーに変わってしまったのだ。
「えっ? えええーっ!?」
「変化の魔法が仕込まれてたの?」
「いえ、違うわ。これ、服そのものにギミックが仕込まれてるのよ。そうだわ! 男の子って、こういう仕掛けが好きじゃない?」

770ウルトラ5番目の使い魔 80話 (9/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:55:06 ID:zasCfbus
 モンモランシーが言って、ルイズもはっとした。そうだ、あの鈍感たちには半端な色気より、遊び心に訴えたほうがいいかもしれない。
 そう、男なんて生き物はいくつになってもごっこ遊びに夢中になる幼稚な生き物だ。なら、そこを最大限利用してやろうじゃないか。誰かと仲良くなるためには、まず共通の話題を作ることが大事だというし。
 やる気になっている二人に、キュルケは呆れたようにつぶやいた。
「まあ、付け焼刃のおしゃれよりはあなたたちに合ってるかもねえ」
 考えてみたらルイズとモンモランシーも才人やギーシュと同じく、まだ「大きな子供」だ。大人の勝負に打って出るにはまだ数年早いかもしれない。それに、女の子から見れば「可愛くない」でも男の子から見れば「かっこいい」に映るかもしれない。
 そうとなれば、この奇妙な服も魅力的に見えてきた。可愛さではなくかっこよさで勝負! そうなったら、この服だけでは足りない。
「ベアトリス、この服ってトリスタニアのどこのお店で買ったの? えい、もう面倒だわ。明日あんたそこに案内しなさい!」
「えっ? ええぇーっ!」
 ルイズに強引に命令され、こうしてベアトリスの休日はつぶれることになってしまった。

  
 そして翌日、ルイズたちは絶好の晴れ間の中でトリスタニアについていた。
 
「ふーん、トリスタニアもずいぶんきれいに直ったものね」
 ルイズは賑わっているトリスタニアの市内を見てうれしげにつぶやいた。ここ最近、壊されては復興するを繰り返しているために、トリスタニアの街の回復速度はすさまじい速さになっている。ガラオンとジャシュラインに壊された跡はもう跡形もなく、さすがに……との大戦争の傷跡はまだ残っているが……。
「戦争? そんなものあったかしら?」
「ヴァリエール先輩、どうしたんですか? 行きますよ」
「え? 今行くわ」
 ちょっとした違和感を感じたが、一行はベアトリスに案内されてトリスタニアの大通りを進んでいった。

771ウルトラ5番目の使い魔 80話 (10/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:56:35 ID:zasCfbus
 今回やってきているのは、ルイズ、モンモランシー、キュルケに加えて、ベアトリスとベアトリスのお付としてティラとティアもいる。本当はエーコたちも来たがったが、人数が増えすぎるのでまた今度にしてもらった。
 なお、才人とギーシュをはじめ、男子は徹底的に撒いてやってきた。女子だけで出かけると告げると才人は「はいはい」と適当に承諾し、ギーシュはついてきたがったがモンモランシーが「来ないで!」と一喝するとしょぼんとして引き下がった。
 さて、いつもならば魅惑の妖精亭がある裏通りのチクトンネ街に向かうところだが、今回は表通りのブルドンネ街を一行は歩いていく。私服で来ている彼女たちは、清潔な通りをベアトリスに案内されながら歩いていき、温泉ツアーの広告の貼られた街灯の角を曲がると、そこにこじゃれた感じの服屋が建っていた。
「へーえ、なかなかいい雰囲気のお店じゃない」
「『ドロシー・オア・オール』。最近トリスタニアでも評判の、輸入物の衣類を売っている店ですわ。中もけっこう広いですわよ」
 慣れない敬語を使うベアトリスに先導されて、一行は衣料品店ドロシー・オア・オールに入っていった。
「うわぁ、まるで別世界ね」
 中に入った一行を待っていたのは、見渡す限りの服の海であった。学院の講堂より広くて明るい店内に、ハンガーにかけられた何百何千という衣服が陳列されている。それも、ちらりと見ただけでも素材の生地は上等で、縫製も丁寧なのがわかった。
 普段はトリステインを見下すことのあるキュルケも、これほどの店はゲルマニアにもそうはないわね、と驚いている。ルイズとモンモランシーなど完全におのぼりさん状態で、貴族の誇りなどはどこへやらでぽかんとしていた。
 しかしベアトリスは慣れたもので、お探しのような服はこの奥ですよ、とどんどん先に進んでいってしまう。
「ま、待ってよ!」
「置いて行かないでーっ!」
 先輩としての威厳はどこへやら。後輩の後を追いかけて、ルイズとモンモランシーは迷子になりそうなくらい広い店内を駆けていった。
 しかし、ドロシー・オア・オールの店内はびっくりするほど広く、品ぞろえも見事だった。紳士服から婦人服まで、それこそ子供用から大人用まで様々なサイズにも対応する商品が数十から陳列されている。しかもそれでいて貴族御用達の高級店というわけでもなく、平民でもそこそこの稼ぎがあれば買える額で趣味のいい服が数多く並び、もしここに才人がいればデパートのようだなと感想を述べたことだろう。
 左右の色とりどりな衣服を見回しながら店内を進んでいくルイズたち。と、ふとルイズは自分たち以外の客の中に、見慣れた人影が混ざっているのを見つけた。店内だというのに幅広の大きな帽子をかぶって、長い金髪に、なによりもどんな服を着ていようとも自己主張をやめない胸元の巨峰。
「ティファニア? ティファニアじゃないの」

772ウルトラ5番目の使い魔 80話 (11/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:58:54 ID:zasCfbus
「えっ? あっ、ルイズさん。それにモンモランシーさんにキュルケさんも。どうしたんですか? こんなところで」
「それはこっちの台詞よ。あんた、こんなところでなにしてるのよ?」
「あ、わたしは孤児院の子たちに少しでもいいものを着てもらいたいと思って。ルイズさんたちこそ、どうしてここに?」
 驚いているティファニアに、ルイズたちは簡単に自分たちの事情を説明した。
「そういうことですか。ふふ、お二人とも本当にサイトさんとギーシュさんがお好きなんですね」
「そ、そんなんじゃないわよ。それより、せっかくだからあんたの服も買ってあげるから来なさい! そんな出るとこ出過ぎてる服で歩かれたら目の毒よ」
「えっ? わ、わたしのこれはごく普通だと思うんですけど……」
 確かにティファニアの言う通り、彼女の着ている服はごく普通のものなのだが、ティファニアが着れば普通でなくなってしまうから問題なのである。
 ものにはなんでも例外というものがあるもので、普通はおしゃれをして足りない魅力を補い、足りている魅力をさらに引き立てる。が、ティファニアの場合はなにもしなくても魅力が最大値だから腹が立つ。この際だから少しでも隠れる服を買っておこうとルイズは思ったのだった。
 さて、思わぬ顔も増えたが、ようやく一行は目的の品が売っているフロアについた。陳列されている衣類の中には、昨日ベアトリスに見せてもらった二種類の他にも、見たことのないデザインの服が所狭しと並んでいる。
「ここね。よーし、いいの買っていくわよ」
 ルイズはやる気たっぷりに宣言した。続いてモンモランシーも、「ギーシュめ、待ってなさいよ」と気合を入れる。
 なにせ、目の前には目移りするくらいの服が陳列されている。女の子なら目を輝かせて当然の光景に、ようやくルイズやモンモランシーも本格的に目覚めつつあった。
 そんな二人の様子をキュルケは生暖かく見守っている。二人とも、その気になればもっといい男を捕まえられるだろうにまったく不器用なことだ。しかし、一人前のレディへの道は必ずしもひとつではないのも確かだ。
「そうねえ、せっかくだからわたしも新しい可能性を見繕ってみようかしら」
 わざわざ来たのに見ているだけなんて損だ。自分ならルイズたちとは違った衣装の活かし方もあるだろうと、キュルケも衣装の海へと飛び込んでいった。
 さて、そうなるとほかの面々もじっとしてはいられない。ベアトリスも、エーコたちや水妖精騎士団へのお土産にといろいろ見繕っている。一人、ティファニアがルイズに連れてこられたはいいものの、肝心のルイズがティファニアのことをすっかり忘れて自分の衣装選びに夢中になっているためおろおろしていたが、そんな彼女にベアトリスが声をかけた。

773ウルトラ5番目の使い魔 80話 (12/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:00:06 ID:zasCfbus
「あなた、ティファニアさんだったかしら? そんなところで何をしてるの。あなたも好きな服を選んだらいかが?」
「えっ? いえ、わたしはそんなに手持ちはないもので」
「なら、わたしがおごってあげるから好きなのを選びなさい」
「えっ! そ、そんな、悪いですよ」
「気にしないでいいわよ。借りっていうのは、作られるより作るほうがおもしろいものなんだから。気に病むというなら、あなた水妖精騎士団に入りなさい。あなた男子に人気があるから、うまくすれば水精霊騎士隊の連中をああしてこうして……うふふ」
「な、なにか怖いですよベアトリスさん」
「気のせいよ。うふふふ」
 悪だくみをはじめるベアトリスに、ティファニアは少し恐怖を感じて引いていた。
 しかし、これまであまり接点のなかったベアトリスとティファニアに交流が生まれ始めているのはいいことだ。二人ともいい子なので、きっとすぐに仲良くなれることだろう。
 ティラとティアも、「仲良くしましょうね」「んー? なんか前から知ってる気もするけど」と、人懐っこくじゃれてきている。人間とハーフエルフとパラダイ星人、友だちの間につまらない垣根などはない。
 そして始まる女だけのショッピング。ドロシー・オア・オールはかなり盛況なようで、このコーナーにもほかに何人かの客がいたが、その中でもルイズたちは抜きんでて目立っていた。
「んー……」
「むー……」
 穴が開くほど恐ろしい視線で陳列品を吟味している。女の子が休日にショッピングに来ているような姿ではとてもないが、二人には自分の姿を顧みている余裕はとてもなかった。
 その商品のほうだが、順番に様々なものが並んでいて目を引いた。全体的に見るとオレンジ色を基調にしたものが多いようだが、中には青や赤の円模様をしたド派手なものもあっておもしろかった。
 ルイズたちの反応の一例である。順列で四番目に来ているオレンジとグレーの服であるが、ルイズは奇妙な懐かしさを感じて涙が出てきた。
「これ、なんだろう……サイトにも買っていってあげましょう。きっと喜ぶわ」
 これに関してはむしろ中にいる人の影響が大きいだろうが、こればかりはしょうがない。

774ウルトラ5番目の使い魔 80話 (13/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:01:27 ID:zasCfbus
 モンモランシーはといえば、その隣の青と赤の鮮やかな服に見入っていた。
「なにかしら、この服を着てそうな人にシンパシーを感じるわ。なにかこう、いろんなものを調合したり、身内が愉快なことを考えたりする方向で……」
 もしも、水精霊騎士隊の連中がこれを着たらすごく強くなる気がする。いやダメだ! これ以上あの連中がお笑い集団化したら本当に貴族の誇りが崩壊する。でも、男女共用がほとんどの中で、これは女子用にミニスカートの可愛いデザインがあったので惜しい。いや、自分だけで着ればいい話か。
 この二人のオーラがあまりに強すぎるせいで、周囲からは一般客が引いてしまっている。しかし、このコーナーは大きく二つに分かれており、ルイズたちのいるコーナーとは別に設けられているコーナーではベアトリスたちやキュルケがショッピングを楽しんでいた。
 そのうちベアトリスとティラとティアは、水妖精騎士隊のユニフォームに使えそうな、可愛くて凛々しさを兼ね備えたものがないかと探していたところ、コーナーの終わりのほう付近に白と赤を基調としたツヤツヤした服を見つけて足を止めた。
「あら、この服は雰囲気が明るくていいわね。ティア、これはどう思う?」
「えーと、これはこうぶん……こうぶ……なんだっけティラ?」
「高分子ナノポリマー製ね。衝撃や防寒に優れているわ。ちょうど、ミニスカートものもあるし、まとめ買いしていきませんか?」
「いいわね。これで、水精霊騎士隊に見た目でも差をつけてやれるわ。ふふ、楽しみね」
 これで水妖精騎士団こそが最強・最速になるのよと、ベアトリスは胸を熱くした。その隣では、キュルケがマイペースに品定めをしている。
 一方でティファニアは、ベアトリスのところから少し離れたところで、青いつなぎのような服を見ていたが、その胸中は興味とは別のものが満たしていた。
「なにかしら、不思議な気持ち。懐かしいような、どこかあったかくなる気がするわ」
 見るのは初めてなはずなのに、この懐かしさはなんだろう? とても強い、しかし、とても優しく暖かみに満ちた一人の青年と、その仲間たちのイメージが流れ込んでくる。
「コスモス……これはあなたの記憶なの……?」
 ティファニアの問い掛けに、コスモスは答えない。しかし、コスモスはすでにテレパシーでエースと会話を始めていた。「ここは、おかしい」と。
 しかし、彼女たちにはなにがおかしいのかはわからない。それでも、ルイズはコーナーを順に巡っているうちに、ある一着に目を止めた。

775ウルトラ5番目の使い魔 80話 (14/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:03:07 ID:zasCfbus
「これ、アスカの着てるやつに似てるわね。まさか……ね」
 ルイズは、あいつと似たかっこうは嫌ね、と、通り過ぎたが、このときルイズは立ち止まって注意深く見ていくべきだったかもしれない。なぜならそれは、アスカのスーパーGUTSの制服に似ているというものではない、見た目だけならそのものだったからだ。
 そしてルイズは、コーナーの最後に陳列してある服を見たとき、頭の底から殴り返されるような感覚を受けた。
「これ、見たことある……でも、どこだったかしら……」
 黄色とグレーを基調としたスーツ。その胸元には翼をあしらったエンブレムがつけられている。
 ルイズは記憶の窯の中が煮えたぎっているのに蓋を開けられないような違和感を覚えた。自分はこれと同じ服を着た人と……いや、人たちと会ったことがある。しかし、それがどこでいつでどうしてだったかがなぜか思い出せない。
 どういうこと? なんで、たかが服一着を見ただけで、こんな気持ち悪い思いをしなきゃいけないの? 自分は、この服を着た人たちと、なにか大切な約束をしたような……。
 そのとき、ルイズの耳に、モンモランシーの呼ぶ声が響いてきた。
「ルイズ、なにやってるの? そろそろ買って帰りましょうよ」
「え? うん。ちょっと考え事してて」
「迷ってるなら全部買っていけばいいじゃないの。ヴァリエールのあなたなら、そんなたいした出費じゃないでしょ?」
 すでに品定めを決めたらしいモンモランシーたちに急かされて、ルイズは慌てて目の前の服を買い物かごに押し込んだ。
 清算は全員とどこおりなく終わり、レジを出たルイズたちは両手に買い物袋を抱えて満足そうにしていた。
「ふーっ、買ったわね。思ったより多くなったけど、これなら男子も連れて来ればよかったかしら」
 キュルケが荷物持ちにさせる気満々で言った。平成の日本のように「後日郵送でお届けします」が、ないトリステインではけっこうな苦労になり、北斗星治もこれには苦い思い出がある。
 が、それでもティラとティアがけっこう持ってくれるからマシではあった。なお、全員それなりの量を買い込んだが、一人だけ大貴族の娘ではないモンモランシーは財布を覗いてため息をついていた。
「これで来月のわたしのお小遣いはゼロね。来月があれば、だけど」

776ウルトラ5番目の使い魔 80話 (15/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:04:05 ID:zasCfbus
「なに落ち込んでるの。お小遣いくらい、ギーシュを落とせばあいつの財布からいくらでも出せるじゃないの」
「キュルケ、ギーシュの貧乏っぷりを知ってて言ってるでしょ? まあでもいいかしら。待ってなさいよギーシュ」
 やる気のモンモランシー。そのために無理して何着も買い込んだのだから当然といえば当然だ。
 衣料品店ドロシー・オア・オールは依然繁盛を続けており、客はひっきりなしに来ていた。しかし、これほどの店を短期間で作り上げるとは、オーナーはどこの誰なのだろう? ベアトリスに知っているかと尋ねると、彼女はわからないと首を降った。
「わたしもさっき店員に聞いてみましたけど、こちらのお店は支店で、本店はゲルマニアのほうにあるらしいですわ」
「ふーん、最近のゲルマニアは元気でいいことだわ。これは、アルブレヒト三世もうかうかしてはいられないかもしれないわね」
 キュルケが意地悪げにつぶやいた。血統を持たないゲルマニアでは実力が何より物を言い、それは皇帝も例外ではない。トリステインだって王に従わない家臣がいるというのに、ましてゲルマニアでは王様には従うものという前提自体が危ういものである。当然、キュルケもアルブレヒト三世が没落するなら助ける気など毛頭ない。
 さて、それはともかくそろそろ帰らなくては帰りが遅くなってしまう。一行はちらりと店を振り返ると、馬車駅に向かって歩き出した。
  
 
 ところが、その時である。突然、地面が大きく揺れ動いたかと思うと街の一角で砂煙があがり、その中から黒々とした巨大な怪獣が飛び出してきたのだ。
「あの怪獣って! 確かあのときの」
 ルイズやティファニアはその怪獣に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない! あの鎧のような体躯と、蛇のような長い尻尾、そして白磁器のような冷たい目。自分たちはあの怪獣のせいで死ぬ目に合わされたのだ。
 EXゴモラ。ネフテスでのあのギリギリの死闘は忘れたくても忘れられるものではない。しかし、あの怪獣はあのとき確かに……。
「ルイズさん、あの怪獣ってエルフの国でやっつけたはずのやつですよね!」
「そうよ、間違いなく倒したはずなのに。サイト! ああっ、こんなときにいないんだから、あの馬鹿犬ぅ!」
「お、置いてきたのはルイズさんですよ。え、えっと、わたし孤児院のほうが心配なので、これで失礼しますぅ!」

777ウルトラ5番目の使い魔 80話 (16/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:05:19 ID:zasCfbus
「あっ、ティファニア!」
 一人でティファニアが駆け出したが、止めるわけにはいかなかった。
 いや、それどころではなかった。ルイズたちが悪態をつき終わるのと同時に、その怪獣……EXゴモラがぎょろりと恐ろしげな白眼でルイズたちを睨んできたのである。
「えっ?」
 驚いている暇もなかった。EXゴモラはルイズたちを見つけると、くるりと方向を変えて、建物を踏み壊しながらこちらに向かってきたのだ。
「なっ、なんでぇーっ!」
「と、とにかく逃げましょう」
 一行は慌てふためいて駆けだした。なにがどうとかを考えている暇もない。彼女たちと並んで、トリスタニアの住民たちも必死に走っている。平和だった街は一瞬にして、阿鼻叫喚の巷と化していた。
 EXゴモラのパワーの前には石やレンガ造りの建物などなんの障害にもならない。紙細工のように踏みつぶされ、粉塵と火炎がかつてのアディールの光景を再現していく。
 しかも、EXゴモラはルイズたちがどんなに道を変えてもピッタリと後ろをついてくるではないか。
「もう! なんであいつわたしたちの後をついてくるのよ」
「先輩方、なにかあいつにしたんですか!」
「そりゃ……もしかしてわたしたちに復讐するために戻ってきたとか?」
「まさか! でも、ありえなくもないんじゃないの?」
 ルイズ、ベアトリス、モンモランシーは走りながら話した。
 しかし、もちろんそんなわけはない。このEXゴモラを再生させ、操っている存在の目的はまったく違うところにあった。街を見下ろしながら、あの宇宙人は笑っていた。
「さあて、生かさず殺さず追いかけるんですよお。そいつらを追い詰めれば、たぶんあいつも出て来るでしょうからねえ」
 何を企んでいるのか。どうせよからぬことに決まっているが、人間の足で怪獣からいつまでも逃げられるものではない。
 息を切らし始めるベアトリスやモンモランシー。行く足はしだいに遅くなっていき、それを見たティアとティラは決意したようにベアトリスに言った。
「こりゃしょうがないねー。ティラ、ちょっとダンスしようか」
「姫殿下、わたしたちが囮になります。そのあいだに逃げてください」
「な、あなたたち何言ってるのよ! そんなの絶対に認めない。認めないんだからね!」

778ウルトラ5番目の使い魔 80話 (17/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:06:32 ID:zasCfbus
 緑色の髪をなびかせながら、いつもと変わらない笑顔で言うティアとティラを、ベアトリスは必死で引き止めた。
 ベアトリスは知っている。この二人は、自分が危なくなるとどんな危険を冒してでも助けようとしてくれる。それが、世話になった恩を返すためだと言うけれど、もう二人は自分にとって部下なんかじゃない大切な人なのだ。
 けれど、宇宙人は人間の情愛などは屁とも思わずにせせら笑う。
「ふふ、ではそろそろ一人くらい踏みつぶしちゃってもいいでしょう。ん? おっと、余計なお客さんも来てしまいましたか」
 宇宙人が面倒そうな声を発するのと同時に、EXゴモラの前に青い巨影が降り立った。
「シュワッ!」
「ウルトラマンコスモス!」
 ティファニアがさっき別れた本当の理由はこれだった。ここに才人がいない今、すぐに駆け付けられるウルトラマンはコスモスしかいない。
 コスモスは以前の経験から、EXゴモラに対してルナモードでは太刀打ちできないと考えて、即座にコロナモードへと変身した。コスモスの姿が青から赤に変わり、戦闘態勢をとったコスモスとEXゴモラが激突する。
「シュゥワッ!」
 コロナパンチがEXゴモラのボディを打ち、すぐさま回し蹴りでのコロナキックがEXゴモラの首筋を打つ。
 もちろんこの程度でどうにかなるとはコスモスも考えてはいない。しかし、二発攻撃を当てたことでコスモスは相手の力量をおおむね計っていた。このEXゴモラは以前ほどの強さはないと。
 が、多少の弱体化で弱敵になるような生易しい相手ではないことはコスモスもわかっている。ティファニアも、あのときにEXゴモラの恐るべき力を目の当たりにした恐怖が蘇ってきて、コスモスに呼びかけた。
〔コスモス……大丈夫ですか?〕
〔楽観はできない。だが、ここで戦わなければ多くの犠牲が出てしまう。私はそれを止めたい。君は、どうなのだ?〕
〔わたし……わたしも、友だちを守るためなら戦いたい〕
 戦いは好きではない。けれど、戦いから逃げて失うものへの恐れのほうが強かった。
 勇気を振り絞ったティファニアの意思も受けて、コスモスはEXゴモラに挑んでいく。
 むろん、それを快く思う宇宙人ではない。不快そうな声で、彼はEXゴモラに命じた。

779ウルトラ5番目の使い魔 80話 (18/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:07:15 ID:zasCfbus
「お呼びじゃないんですよ。ゴモラ、さっさと片付けてしまってください」
 宇宙人の命令を受けて、EXゴモラも攻撃態勢を強化した。全身が装甲のような体は接近するだけで十分武器となり、兜のような頭は軽く振り下ろすだけで鈍器となり、強烈なパワーを秘めた腕で殴られればコスモスも一発で吹き飛ばされるだろう。
 コスモスは致命打を受けないように、唯一奴に勝る要素である小回りの速さを活かして攻撃をかわしながらチョップやキックを打ち込んでいく。が、少しでも隙を見せればEXゴモラは必殺のテールスピアーでコスモスを串刺しにしようと狙ってくるので一瞬も気を抜けない。
 まさに、紙一重の攻防。その激闘に、ルイズたちも声援を送っていた。
「しっかりーっ! 今はあなただけが頼りなのよーっ」
「負けないでーっ! わたしたちはあなたを信じてるんだからーっ」
 負けない心がウルトラマンの力になる。少女たちの応援を受けて、コスモスは懸命に力を振り絞って戦った。
 それでも、コスモス一人で倒すには酷すぎる強敵だ。モンモランシーは空を仰ぎながら、祈るようにつぶやいた。
「誰か早く来て、助けて……」
 ギーシュはいない。自分の魔法は戦うことには向いていない。どうしようもなくなったとき、人は祈ることしかできない。
 しかし、誰も聞き届けるものはないと思われたか細い祈りに答えるように、新たな地響きがトリスタニアを襲った。今度はなんだと驚く人々の前で、街の一角から砂煙が立ち上り、そこから現れる土色の巨影。
「あれって、あの怪獣もアディールで見たわ!」
「確かサイトはゴモラって呼んでたわね。あの怪獣はわたしたちの味方よ。よーし、ニセモノをやっつけちゃって!」
 ルイズもうれしそうに叫ぶ。きっと、あのときのゴモラが助けに来てくれたんだ。コスモスひとりだけでは無理でも、ゴモラと協力すれば倒すことができるかもしれない。
 ゴモラは彼女たちを守るように背にかばいながら、引き裂くような鳴き声をあげてEXゴモラに向かっていく。あの三日月状の角は陽光を反射して輝き、太く長い尻尾は大蛇のように地を打つ。
 対して、EXゴモラも新たに現れたゴモラを敵と見なして遠吠えをあげた。むろん、あの宇宙人も愉快であろうはずがない。
「ええい、次から次へとうっとおしいですね。さっさと畳んでしまいなさい!」
 彼のいらだちに呼応するかのように、EXゴモラはゴモラの突進を迎え撃った。茶色と黒色の角同士がぶつかり合って火花をあげ、古代の肉食恐竜の対決さながらに爪と牙の肉弾戦にもつれ込んでいく。
 至近距離、互いに小細工など効かない間合いで、EXゴモラとゴモラは激しく殴り合った。互いの爪が相手の体を打って火花をあげ、双方超ストロングタイプのぶつかり合いは、それだけで衝撃波と暴風を周囲に撒き散らす。
 だが、やはりEXゴモラのほうがパワーでは上で、ゴモラは押され始めた。そこですかさずコスモスはEXゴモラの横合いからジャンプキックを決めてEXゴモラをよろめかせ、その隙にゴモラは大きく体をひねってEXゴモラに尻尾を叩きつけて吹き飛ばした。

780ウルトラ5番目の使い魔 80話 (19/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:09:04 ID:zasCfbus
「おのれこしゃくな!」
 宇宙人は怒りを吐き捨てた。彼にも焦りが生まれ始めている。このままでは、せっかく蘇らせたEXゴモラが役に立たない。
 それに対して、ルイズやキュルケたちはゴモラの勇戦にうれしそうだ。ティラとティアも子供のようにベアトリスといっしょにはしゃぎ、モンモランシーも「ギーシュよりかっこいいわ」と惚れ惚れしている。
 EXゴモラはその巨体が災いして、転ばされてもすぐには起き上がれずにもがいている。そこへゴモラは駆け寄ると、EXゴモラの両顎に手をかけて一気に引き裂きにかかった。
「うわっ、残酷」
 ティアが思わず口を押さえてうめいた。いくら追撃のチャンスだからといっても、これはないだろう。実際、さしものルイズやキュルケも顔をしかめている。
 けれど効果は絶大だったようで、さすがのEXゴモラも痛みに耐えかねてゴモラを振り飛ばした。
 転がるゴモラと、起き上がってくるEXゴモラ。すると今度はコスモスが追撃のチャンスを逃すまいと、EXゴモラに挑みかかっていく。
「ハアッ! セヤッ!」
 パンチとキックの猛打。コロナモードの燃えるような連撃がEXゴモラのボディを打つ。
〔いくら頑丈でも、少しずつ疲労は重なっていくはず。疲れさせたところでフルムーンレクトで鎮静させよう〕
 いくら邪悪な怪獣でも無為に殺すことはない。邪悪なエネルギーを取り除く、その可能性にコスモスはかけていた。
 そのころ、ゴモラもようやく起き上がって叫び声をあげていた。その視線の先がコスモスとEXゴモラに向き、鼻先の角にスパークを走らせるエネルギーが満ちていく。ゴモラ必殺の超振動波だ。
 コスモスは、ゴモラが超振動波の体勢に入ったことを見て、EXゴモラから距離をとった。そして、ルイズたちが「よーし、いけーっ!」と声援をあげる中で、ついにゴモラは超振動波を発射した。だが!
「グワアァッ!」
 ゴモラの超振動波はなんと、EXゴモラだけでなく、コスモスまでも狙ってなぎ払ったのだ。
 爆炎と粉塵が吹きあがる中、無防備なところに超振動波を受けたコスモスが倒れ込む。その光景に、思わずルイズは悲鳴のように叫んだ。
「なにしてるの! コスモスは味方よ。アディールでいっしょに戦ったでしょ。忘れたの!」
 しかし、愕然としているルイズたちの前で、ゴモラはかまわずに超振動波の第二波をコスモスに向けて放った。
「ヌワアァァッ!」
 ダメージを受けていて直撃を避けられなかったコスモスはもろに食らい、そのままカラータイマーの点滅さえも経由することなく、倒れ込むと同時に光になって消滅してしまった。

781ウルトラ5番目の使い魔 80話 (20/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:11:01 ID:zasCfbus
「コスモスーっ!」
 ルイズたちの絶叫がむなしく響く。ゴモラ、なぜこんなことを? それにコスモスは……ティファニアはどうなったのだろう。だが、それを確かめる間もなく戦いは続く。
 今度はEXゴモラが体勢を立て直し、そのボディにエネルギーを集中させていく。ゴモラの超振動波をしのぐ、EX超振動波だ。
 しかし、ゴモラは避けるそぶりも見せない。そしてEX超振動波は放たれ、ゴモラに直撃。ゴモラはひとたまりもなく吹き飛んだ……かに見えたが、なんとゴモラは何事もなかったかのようにその場に立っていた。
 唖然とするルイズたち。そしてあの宇宙人も、ゴモラのあり得ない耐久力に目を見張っていた。EX超振動波はオリジナルよりは弱体化しているとはいえ、ゴモラを粉砕するくらいの威力はじゅうぶんにあるはず。
「馬鹿な……むっ? あれは!」
 そのとき、彼はEX超振動波を浴びたゴモラの皮膚が破れて、その下から金属のボディが覗いているのを見て取った。
 同時にルイズたちも、あのゴモラが以前のゴモラとはまったく別物だということに気づいていた。
「あのゴモラもニセモノよ! 全身が鉄でできた作り物だわ」
 キュルケの叫びに皆もうなづいた。
 そう、そのゴモラは全身を宇宙金属で作られているニセゴモラだった。
 そして、ニセゴモラを操っている何者かは、ニセゴモラの正体がバレると、にやりと笑ってひとつのスイッチを入れた。
「ふふふ……メカゴモラの性能が、そちらのゴモラと同じと思ったら大間違いですよ」
 その瞬間、ニセゴモラの体を白い炎が覆ったかと思うと、炎が消えた後にはニセゴモラの代わりに巨大な鋼鉄の巨獣がそびえたっていた。
 息をのむルイズたちと宇宙人。彼らは、その圧倒的な威圧感に戦慄した。そう、コピーロボットの製造がサロメ星人の専売特許だと思ってもらっては困る。EXゴモラがガイアとアグルと戦った時に、すでにデータは採取していたのだ。
 シルエットはゴモラに酷似している。しかし、その全身は黒々とした金属で作られ、EXゴモラ以上に見る者に恐怖心を植え付ける。
 手首が回転した! 攻撃用マニピュレーターのテストだろうか?
 鋼鉄の顎が金属音をあげて上下する。その目には感情がない代わりに、敵を確実に抹殺することだけを目的とする凶悪な電子の輝きが宿っている。
 すごい奴がやってきた! ゴモラよりも強いゴモラ、メカゴモラの登場だ!
 
 
 続く

782ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:13:36 ID:zasCfbus
今回はここまでです。続きはまた時間のあるときに。

783名無しさん:2020/02/22(土) 07:47:35 ID:Tz3Rx2HQ

お久しぶりです

784名無しさん:2020/03/18(水) 17:13:01 ID:sovFMf/2
ウルトラさん乙です!

785ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:15:34 ID:0ot0KcnA
皆さんこんにちは。81話の投稿を始めます

786ウルトラ5番目の使い魔 81話 (1/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:17:16 ID:0ot0KcnA
 第81話
 世紀末覇王誕生
 
 古代怪獣 EXゴモラ
 ロボット怪獣 メカゴモラ 登場!
 
 
 トリスタニアへ買い物に来ていたルイズたち一行は、かつて倒したはずのEXゴモラに襲われた。
 才人がいないのでウルトラマンAにはなれない。しかし、ティファニアの変身したウルトラマンコスモスがEXゴモラに立ち向かう。
 そのとき、地底からゴモラが現われてEXゴモラに挑みかかっていった。
 激突する二匹のゴモラ。だが、ゴモラは味方のはずのコスモスにまで攻撃を仕掛けて倒してしまう。
 明らかにおかしいゴモラの行動。さらに、戦闘ではがれ落ちたゴモラの表皮の中から機械のボディが現れた。
 偽物の表皮を焼き捨てて、その正体を表すメカゴモラ。
 圧倒的なパワーを振りまくメカゴモラにルイズたちは戦慄し、EXゴモラを操っている宇宙人も、まさかこんなものを繰り出してくるとはと愕然としていた。
 そして、メカゴモラを操っている何者かは、彼らの驚きようが実に楽しいと言わんばかりににこりと笑うと、我が子に語り掛けるようにメカゴモラに向けてつぶやいた。
「パーティをしましょうか、メカゴモラ」
 今、最強の座をかけて、二体の破壊神による最終戦争が始まる。
 
 睨み合う二体の偽物のゴモラ。その均衡を破ったのはメカゴモラのほうだった。
《ゴモラ捕捉。アタック開始》
 戦闘用コンピュータが稼働を始め、メカゴモラの巨体がEXゴモラに向かってゆっくりと前進を始めた。
 レーダーが照準を定め、その巨体に秘められた恐るべき武装がついに稼働を始める。
《メガバスター発射》
 メカゴモラの口が開かれ、その口内から虹色の破壊光線が放たれた。極太のビームがEXゴモラの巨体を打ち、激しい爆発と火花が飛び散る。
 しかし、EXゴモラの強固な皮膚は大きなダメージを受けることなく耐えきり、EXゴモラは健在を訴えるように叫び声をあげた。そしてEXゴモラは、自らの健在をアピールするかのように、大きく体を動かしながら前進を始めた。物見の鉄塔が蹴倒され、大きな火花があがる。
 だが、機械の頭脳を持つメカゴモラは臆さずに、さらなる攻撃を放った。

787ウルトラ5番目の使い魔 81話 (2/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:19:00 ID:0ot0KcnA
《メガ超振動波、発射》
 メカゴモラの鼻先からオリジナルを超える太さと勢いを持つ超振動波が放たれ、EXゴモラのボディに突き刺さって火花をあげる。
 だがEXゴモラの強固な表皮はこれにも耐えきり、逆襲のエネルギーがEXゴモラの体を禍々しく輝かせた。
「ゴモラ! もう一度超振動波です」
 宇宙人が命じ、EXゴモラの体から極太のEX超振動波が再び放たれてメカゴモラに突き刺さる。その着弾の衝撃と轟音だけで、周囲の建物のガラスは砕かれ、屋根さえ剥がされる家もある。
 まるで台風だ。ルイズたちは、吹き飛ばされないように踏ん張りながら、唖然と戦いを見守っている。
 並の怪獣なら、これだけでもう木っ端微塵だろう。けれどメカゴモラの超金属のボディはそれに耐えきり、さらなる武器を使おうとしていた。
《プラズマエネルギー・ON。ファイア、メガ・クラッシャー》
 メカゴモラの全身が発光したかと思った瞬間だった。メカゴモラの左胸に取り付けられているレンズ状の球体から、強力なエネルギー光線が発射され、EXゴモラを吹き飛ばしたのだ。
 なんという破壊力! 悲鳴をあげて倒れ込むEXゴモラを見て、驚愕した宇宙人は思わず叫んでいた。
「まさか、こちらの熱線を幾倍にも増幅して、撃ち返すことができるというのですか!」
「そんな機能はつけておりません」
 が、さすがにこれにはメカゴモラのマスターから苦情が入った。いや、本音を言えば、他にも絶対零度砲とかハイパワーメーサーキャノンとかいろいろつけたかったけれど、さすがに容量が足りなかったので断念したのだ。
 しかし、これでも十分に強力なことは間違いない。防御力と飛び道具の火力ではEXゴモラと互角。さらにこちらには、まだ見せていない武装もある。
 ならEXゴモラはどうする? ロボット相手に射撃戦を続けても不利なのはわかるだろう。なら、残った戦法は覚悟を決めて接近戦に打って出るか、それとも。
「ならば、こいつの本当の力を見せてあげましょう!」
 宇宙人が命令すると、EXゴモラは土煙をあげて地中へ潜り始めた。そう、EXゴモラもゴモラの進化体である以上、地中潜航能力は有している。地底に潜った初代ゴモラに科学特捜隊は散々苦労させられた。それを再現しようというのだ。
 高速で地中に潜っていったEXゴモラをメカゴモラは失探し、全方位をレーダーで探る。

788ウルトラ5番目の使い魔 81話 (3/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:19:54 ID:0ot0KcnA
 しかし、地中はレーダーの及ばない範囲だ。そして、警戒するメカゴモラに対して、EXゴモラはその直下足元から奇襲した。この奇襲は完全に成功し、メカゴモラの足元から砂煙があがり、地中からEXゴモラの腕が伸びてきてメカゴモラの足を掴む。  
 足元を突き崩され、メカゴモラはぐらりと揺らいで片膝をついた。まさに足元は地上に立つ生き物や構造物全てにとっての弱点で、堅牢無比な凱旋門や福岡タワーすらも、直下から怪獣に攻撃されれば崩れ落ちるだろう。
 地中に引きずりこもうとするEXゴモラに、メカゴモラはもがいて抵抗した。さすがのメカゴモラも真下に向けられる武装はなく、さらに飛行能力もないので脱出もできない。やはり飛行能力がないというのは大きな弱点のようで、この光景を見た宇宙人は高笑いした。
「ハッハッハ、飛べないロボットなど恐ろしくもありません。次からは合体できる飛行ロボットか、吊り下げられる飛行機でも用意しておくことですね」
 しかし、メカゴモラもやられっぱなしではなかった。EXゴモラを振り払えないとわかると、その口から吐き出す熱線を最大出力にして、その反動で浮遊したのである。
「と、飛んだ! メカゴモラが飛んだぁ!」
 熱線をジェット噴射にしてメカゴモラが飛んだ。EXゴモラもまとめて地下から引き釣り出され、空中で引きはがされた後に双方とも街中に落下する。
 もちろん、落下の衝撃くらいでどうこうなる両者ではない。初代ゴモラは高空から落とされてもなんともなかったことを思えば当然だろう。
 仕切り直しとなった両者のバトルは第二ラウンドへと突入した。
《ファイア・メガ・バスター》
「ゴモラ、超振動波です!」
 宇宙には、伝説の超宇宙人の血を引く怪獣使いがやがて現れてすべてを支配するであろうという言い伝えが残されている。彼はその伝説の怪獣使いになったつもりで高らかに命じ、そしてメカゴモラとEXゴモラの放った光線同士が空中でぶつかり合い、相殺して大爆発を起こした。
「うわあっ!」
「きゃああっ!」
 その爆発は先ほどの比ではなく、離れていたはずのルイズたちだけでなく、上空で待機していた宇宙人、さらにはメカゴモラとEXゴモラさえも吹き飛ばされて転倒するほどの爆風を発揮した。
 このままでは戦いの余波だけでトリスタニアが破壊されてしまう。ルイズたちは危機感を強くした。

789ウルトラ5番目の使い魔 81話 (4/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:21:19 ID:0ot0KcnA
「こんなことなら、荷物持ちでもサイトを連れて来るべきだったわ。どうしよう……このままじゃトリスタニアがめちゃめちゃになってしまうわ」
「ルイズ、あんたの魔法で片方だけでもなんとかならないの?」
「あんなのの戦いに割り込めって言うの? 近づくだけで死んじゃうわよ」
 ルイズが泣きそうな声で言うのを、キュルケは憮然としながら見つめていた。
 やっぱり、才人がいないとルイズはどこか不安定になる。いや、以前のルイズだったらしゃにむに敵に突撃していただろうが、今のルイズは守られることを知ってしまっている。それは決して悪いことではないし、あの二大怪獣の戦いに生身で割り込むことが自殺行為なのも当然で、キュルケも無理に駆り立てることはできなかった。なにより、こんな状況では虚無の力も半減してしまうだろう。
 トリステイン軍も出動してきてはいるが、手の出しようがない状態だ。竜騎士やヒポグリフも巻き添えを食わないように遠巻きに旋回するしかできないでいる。
 ルイズたちも、場慣れしているルイズたちはなんとか立っているけれど、ベアトリスはティラとティアにかばわれてなんとか立っているありさまだ。ルイズは、なんとかできる可能性があれば虚無を撃つ気でいたが、もう逃げたほうがいいのではないかと思い始めていた。
 しかし、なんというすさまじい戦いだろう。こんな戦いは初めて見る。そのすさまじさに気圧されたモンモランシーが、怯えたようにつぶやいた。
「い、いったいどっちが勝つのかしら……?」
「勝ったほうがわたしたちの敵になるだけよ」
 キュルケは冷たく言い放った。あれのどちらが勝とうと、次に人間に牙を剥いてくるのは間違いない。再び戦いが始まったときがトリスタニアの終わりの始まりだ。
 衝撃から立ち直って起き上がってくるEXゴモラとメカゴモラ。だが、すぐに戦いが再開されるかと思われたとき、メカゴモラに異変が起こった。突然、全身から蒸気を噴いたかと思うと、ガクガクと振動して停止してしまったのだ。
「壊れた?」
 メカゴモラを見ていたトリステインの人間たちはそう思った。事実、それは当たらずとも遠からずの状態で、あまりにも光線のフル出力を続けたために機体内の冷却が追いつかずにオーバーヒートを起こしてしまっていたのだ。
 つまり、冷却が済むまでメカゴモラは戦えない。無防備な状態ではいかにメカゴモラとてどうしようもなく、EXゴモラの勝利は決まったものと思われた。しかし、宇宙人はこの好機を別のものと見てEXゴモラに命じた。
「いまです。そんなやつに構わずに、最初の目的を果たしてしまうのです!」
 宇宙人にとってメカゴモラは、あくまで目的の前に立ちはだかる邪魔者にすぎなかった。倒すのはその過程の問題に他ならず、それが解消されたなら優先すべきは本来の目的である。その使命に基づき、EXゴモラは方向転換して本来のターゲットである、街の一角に立ち尽くす少女に狙いを定めた。
「えっ?」
 EXゴモラの冷たい目が再びルイズたち一行のほうを睨む。そして、その進撃方向が自分たちに向かい出したのを知ると、彼女たちは愕然とした。

790ウルトラ5番目の使い魔 81話 (5/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:22:43 ID:0ot0KcnA
「ちょ、どうしてまたこっちに来るのよ!」
「やっぱりあいつ、わたしたちを狙ってるのよ。逃げましょう!」
 モンモランシーが悲鳴のように叫ぶ。もちろん他の面々にも異論があろうはずがない。EXゴモラの威力は嫌というほど知っている。とても生身でかなう相手ではない。
 踵を返して走り出すルイズたち。振り返ると、EXゴモラの視線が真っすぐこちらを向いていて背筋が凍る。
 なぜ? どうして、あの怪獣は自分たちを狙ってくるの? いや、考えている余裕はない。確かなのは、あいつから逃げなければ殺されてしまうということだけだ。
 けれど、走って逃げきれる相手ではない。なら、フライの魔法で飛んでいくか? ダメだ。飛べば光線の的になるだけ。それに、ルイズの『テレポート』や『加速』も一度に数人しか運べない。
 ルイズの息が切れてくる。こんなとき才人がいれば、自分を背に背負って走ってくれるのに。いや、弱気になってはダメだ。なんのために才人と別れて長い旅をしてきたんだとルイズは自分を奮い立たせた。
「エオヌー・スール・フィル……」
「ルイズ? 何する気よ!」
「いちかばちか、全力のエクスプロージョンをあいつにぶっつけてみるわ。あんたたちはそのあいだに逃げなさい」
「ルイズ、あなた囮になって死ぬ気なの!」
 キュルケが叫ぶ。さっきはああ言ったが、ルイズの無謀な挑戦を認めることはできなかった。
 モンモランシーやベアトリスも、無茶よ、と止めようと言ってきている。確かに無茶はルイズにも分かっているけれど、誰かがやらなければ全員死ぬだけなのだ。
 だが、ルイズの悲壮な決断さえもすでに遅かった。ルイズたちの逃げようとしていた先の道からEXゴモラのテールスピアーが飛び出してきて道を崩してしまったのだ。
「なんてこと!」
 もう逃げ道はない。それに振り返れば、EXゴモラの超振動波の赤い輝きが自分たちを照らし出してきているのが見えた。ダメだ、もうルイズの魔法も間に合わない。
 ルイズは後悔した。こんなことなら、才人につまらない意地なんか張らなきゃよかった。ちらりと隣を見ると、悔しそうに歯を食いしばっているキュルケと、呆然としているベアトリスの顔が見える。キュルケは別にいいとして、後輩をこんなことに巻き込んでしまったのは悪かった。できることなら謝りたかった。
 そしてモンモランシーも、眼前に迫った死を前にして、以前にギーシュといっしょにタブラと戦った時などの冒険を走馬灯のように思い出していた。あんなにいつもいっしょだったのに、最後だけ離れ離れなんて、そんなの嫌だ。モンモランシーの瞳から涙がこぼれ、そばかすをつたって顔から落ちる。

791ウルトラ5番目の使い魔 81話 (6/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:24:38 ID:0ot0KcnA
「助けて、ギーシュ……」
 だが、涙が地に着くよりも早く、超振動波と彼女たちの間に黒鉄の巨影が割り込んできた。
 激震。しかし超振動波は彼女たちに届くことなく、小山のような壁にさえぎられた。
「ご、ゴモラ!」
 なんと、見上げた彼女たちの前にメカゴモラが割り込み、まるで盾になるようにして超振動波を防いでいたのだ。
 メカゴモラはオーバーヒートした機体を無理矢理動かしてきたらしく、全身からショートし、さらに超振動波を防いでいることで全身が悲鳴をあげているが、それでも彼女たちを影にして動こうとはしていない。その、懸命とも言える姿に、モンモランシーは思わずつぶやいた。
「このゴモラが、わたしたちを守ってる……」
 そういえば最初にメカゴモラが現れたタイミングも、まるで自分たちを助けようとしたかのようだった。なぜ? いったい誰がそんなことを?
 しかし、機械のメカゴモラはただひたすらに超振動波に耐え抜き、力尽きたようにひざを突いた。
「あ、あなた……」
 ルイズたちは呆然として、自分たちをかばってくれたメカゴモラを見上げていた。いったいどうして? という感想では皆いっしょだ。こいつはコスモスを攻撃したことから、人間の敵ではないのか? どうして自分たちだけを守ってくれるのだ? 
 だがそれにメカゴモラは答えることなく、全身から高温蒸気を噴き出して停止している。駆動音がすることからまだ動けるようだが、これ以上のダメージには耐えきれないことは誰から見ても明らかだった。そして、EXゴモラはそんなことにはかまうことなく、完全にとどめを刺そうと近づいてくる。
「結局は、ほんの少しだけ命が伸びただけね」
 キュルケがぽつりとつぶやいた。悔しい……わたしたちの冒険がこんなところで終わってしまうなんて。
 だが、そのときだった。メカゴモラの左胸についている球体が突然眩しく光ったかと思うと、目を開けたときルイズたちは薄暗く狭い小部屋の中にいたのである。

792ウルトラ5番目の使い魔 81話 (7/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:26:39 ID:0ot0KcnA
「えっ? ど、どこよここ!」
 見慣れない部屋にいきなり閉じ込められてしまったルイズたちは仰天した。周りの壁は鈍く明滅する機械で埋め尽くされており、座席も複数並んでいる。
 よくわからないけれど助かったの? ルイズやモンモランシーは、怪獣の姿が見えなくなったことでとりあえず胸をなでおろした。
 だが、ここはまさか! ルイズたちにはわからなかったが、パラダイ星人のティアとティラにはすぐにこの場所の役割がわかった。座席の前に並ぶ無数の計器にボタンやレバーなどの配置。しかしそれを口にする前に、部屋ごと一行はすさまじい揺れに襲われた。
「きゃああっ! 今度はなによ!?」
「これってやっぱりまさか! そ、そこの光ってるスイッチを押してみて!」
 ティラに言われて、ルイズは座席のひとつにしがみつくと、点滅しているスイッチを押した。すると、座席の前の大型モニターが点灯し、迫り来るEXゴモラの顔が大写しで映し出されたのだ。
「きゃあぁぁぁっ!」
「落ち着いてください! 本物じゃなくて映像ですよ。てかこれってやっぱり、ここはメカゴモラのコックピットよ!」
「コックピット?」
「機械のゴモラの体の中ってことですよ!」
「ええーっ!?」
 ルイズたちは床や座席にしがみつきながら愕然とした。冗談ではない。助かったどころか、最悪がより最悪になっただけだ。
 ともかく脱出しなくては。けれど出入り口のドアは機械でロックされており、アンロックの魔法も通用しない。
 なら、ルイズの『テレポート』の魔法でなら……と、思った時だった。青ざめた顔で服のあちこちを触っていたルイズが、震えた声で言った。
「ごめん……杖、落としちゃった」
「ええーっ!」
 なにやってんのよルイズ! とキュルケが怒鳴る。メイジの命である杖を落とすとは何事だ。さっきの揺れの時に落としたのかと、皆は座席の下や部屋の隅を探す。しかし、部屋が暗いせいか見つからない。

793ウルトラ5番目の使い魔 81話 (8/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:28:03 ID:0ot0KcnA
 しかも、その間にもEXゴモラはメカゴモラへの攻撃を休めることなく、コックピット内にも衝撃が伝わってきて計器から火花が溢れて彼女たちに降りかかってくる。これでは探すどころの問題ではない上に、コックピット内にトリステイン語の電子音声で警報が響いてきた。
《ダメージレベル3、ダメージレベル3。損傷によりメインコンピュータがダウン。手動操縦により戦闘を継続してください》
 悪いことに、メカゴモラはもう自力では動けなくなってしまったようだった。つまり、このままではEXゴモラに一方的にやられ続けることになる。もちろん、その中にいる自分たちも……そのことに震えたモンモランシーが悲鳴のように叫んだ。
「これじゃまるで動く棺桶に入れられちゃったものよ! いったいわたしたちどうなるの! ねえキュルケ!」
「豚の丸焼きって知ってる?」
「いやぁーっ!」
 最悪もいいところだった。これならまだ超振動波で蒸発させられたほうがマシというものだ。
 ベアトリスも、誰かここから出して! と泣き叫んでいる。無理もない。しかし、この中でキュルケは妙な冷静さが自分の中にあることを感じていた。
「こんなとき、あの子なら決してあきらめずに打開策を考えるはず……って、またこのイメージ? でも、確かに一矢もむくいずにやられるのはわたしらしくないわね。何か、何か打つ手は……? あら?」
 そのとき、キュルケは床の上にいつのまにか一冊の本が落ちているのを見つけた。
「これって……!」
 キュルケは急いでページに目を通した。これなら、もしかして! 
 だがその間にも、ダウンしたメカゴモラへのEXゴモラの猛攻は続き、倒れたメカゴモラはEXゴモラの尻尾で滅多打ちにされていた。あと数分もしないうちに、関節からバラバラにされそうな勢いだ。
 あの宇宙人は、EXゴモラがメカゴモラに攻撃を続けるのを今度は止めようとはしていない。先に、ルイズたちが特殊光線でメカゴモラの内部へと収容されるのを確認していたからだ。確かにあの状況では、メカゴモラの内部へ収容するしか彼女たちを救う方法はなかったに違いない。しかしそれは、わざわざ獲物が檻の中に飛び込んでくれたも同じことであり、しかもメカゴモラがこの損傷レベルではEXゴモラの相手にはならないとわかると勝利への確信に変わっていた。
「その調子ですよEXゴモラ。そのままその鉄くずごとそいつらを叩き潰してしまいなさい。そうすれば、あいつもさぞ悔しがることでしょう。さて、わたしはこの間に、と」
 宇宙人はなぜかメカゴモラの最期を見届けることなく消えていった。
 が、宇宙人の命令が途切れたからといってEXゴモラの攻撃が止むことはなく、メカゴモラの限界は近づいていた。

794ウルトラ5番目の使い魔 81話 (9/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:29:15 ID:0ot0KcnA
 EXゴモラは、尻尾での殴打を止めると、完全にとどめを刺すべくメカゴモラの首をもごうと腕を伸ばした。だが、その瞬間!
「ナックルチェーン!」
 メカゴモラの腕からロケットパンチの要領でパンチが飛び出し、無警戒に接近してきていたEXゴモラの顔面に直撃して吹き飛ばした。いかに頑丈なEXゴモラでもこれにはたまらず、数百メイルを飛ばされて昏倒する。
 しかしメインコンピュータがダウンしていたはずなのに、今の攻撃はどうやって? その答えは、いまだ計器のショートが続くコックピット内で、キュルケがひとつのレバーを引いたことで起こったのだった。
「ふう、ギリギリ間に合ったみたいね」
 キュルケが、ルイズにはない豊満な胸をなでおろしながらつぶやいた。彼女が土壇場で操作した方法が、ナックルチェーンを発射する方法だったのだ。
 ルイズたちは、汗だくになっているキュルケに駆け寄った。今の一発がなければ、間違いなくメカゴモラは破壊されて自分たちもただではすまなかっただろう。
「すごいわキュルケ。でも、いったいどうして動かし方がわかったの?」
「説明書を読んだのよ」
 と、言ってキュルケがさっきの本を掲げると、一同は揃ってずっこけた。
「説明書があったの!?」
「ええ、ご丁寧に図入りで解説してあるわね。動かし方から武器の使い方まで、細かく載ってるわよ」
 見ると、操作マニュアルがトリステインの公用語で綺麗に印刷されていた。しかもそれぞれの座席をよく見ると、一冊ずつマニュアル本が付属していた。
 なんという律義というか親切な……ルイズたちは一冊ずつマニュアルを手に取ってパラパラと目を通した。もちろんルイズたちは機械なんて一度も動かしたことはないけれど、図解入りで細かく説明されているのでなんとなく理解できた。さすが、ルイズとキュルケだけでなく、モンモランシーとベアトリスも優等生なだけはある。
 そして、当面の危機を脱するためにやらねばいけないことも理解できた。無茶苦茶というか狂気じみているが、ここを生き残って才人やギーシュにもう一度会うためにはそれしかない。ルイズは真っ先に空いている席に座ると、キュルケに問いかけた。
「キュルケ、わたしがこの説明書を読み終わるまで持たせることができる?」
「ルイズ、あなたやっぱりやる気なのね?」
「やるしかないでしょ! わたしたちがこのゴモラのガーゴイルを動かして、あのニセゴモラを倒すのよ」

795ウルトラ5番目の使い魔 81話 (10/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:31:29 ID:0ot0KcnA
 それを聞いて、ベアトリスは愕然とした。
「わ、ヴァリエール先輩、本気ですか!」
「本気も正気よ。こんなもの、ちょっと大きいだけのガーゴイルじゃない。土くれのフーケのゴーレムとたいして変わらないわ。あんただって土の系統でしょ? あんまり大きいものだから怖気ずいたの?」
 例えが無茶苦茶だが、ルイズが本気だということは恐ろしいほどわかった。ルイズは頑固で融通が利かないが、一度吹っ切れるとやると決めたことはてこでも曲げない。ベアトリスもルイズの本気の眼差しに、もうできるできないがどうこう言っている場合ではないと、涙目ながら覚悟を決めた。
「う、どうしてわたしがこんな目に。けど、こんなもの動かすのなんて初めてだし……そうだ! ティア、ティラ、あなたたちミスタ・コルベールのオストラント号を動かしたことがあったわね。だったらこの機械も使い方がわかるんじゃないの? 手伝ってよ」
「了解でーす。フフ、こんな大きなロボットを動かせるなんて、なんかワクワクしゃうわ」
「ティア、男の子じゃないんだからはしゃがないの。姫様、こっちでできるだけサポートします。心配しないでやっちゃってください!」
 ティアはいつも通りに軽口を叩いているが、やはり緊張からか語尾が少し震えている。しかし空元気でも、ベアトリスは、彼女たちが勇気を振り絞っているのに自分だけ怯えているわけにはいかないと涙を拭いた。
 そしてベアトリスは副操縦席、ティアとティラは機関部や兵装を管理するメンテナンス席に座った。これで、メイン操縦席に座ったルイズと火器管制席に座ったキュルケに加え、モンモランシーもレーダー席に座ることで配置は決まった。
 メインスクリーンには起き上がって近づいてくるEXゴモラがはっきり映っている。その殺意と怒りに満ち溢れた顔に、ルイズたちは息をのむ。この化け物を、これから自分たちだけの力で倒さなければならないのだ。しかし、魔法世界で生まれ育った少女たちが、こうしてオーバーテクノロジーのスーパーロボットに乗り込んで戦うなんて滅茶苦茶もいいところだ。
 けれども、彼女たちの目は杖を握って呪文を唱えている時と変わりはない。その心に秘めているものはいつもひとつ。
「こんなところで死んでたまるもんですか。あのバカ犬に、わたしを守るのはあんたの義務だってことを徹底的に叩きこんでやるんだからね」
「ギーシュ、あんたには約束した遠乗りの予定が山ほど詰まってるんだからね。全部守らせるまでは逃がさないんだから」
 ルイズとモンモランシーは、石にかじりついてでも生きて戻ろうと決めていた。魔法であろうが機械であろうが関係ない、彼女たちは愛のために戦っているのである。
 メカゴモラが手動操縦で動き始める。まだ全員がマニュアルを読み切っておらず、機体の復旧と冷却の真っ最中の有様だが、確かにメカゴモラに人間の血が通い始めたのだ。
 
 
 だが、いったいメカゴモラは何者が作り出して送り込んできたのだろうか?

796ウルトラ5番目の使い魔 81話 (11/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:32:49 ID:0ot0KcnA
 そのころ、トリスタニアのはるか地下にある地底空洞。以前は円盤生物が格納され、現在は誰からも忘れ去られていたそこには、一大科学工場が作られ、超近代設備の元で様々な超科学兵器が製造されていた。
 それは、わずかなデータだけでメカゴモラを短期間で制作できるほど高度な代物であったが、今この工場は火花をあげて炎上していた。そしてむろん、この破壊は工場の主の意思ではない。
「フッフッフッ、よく燃えてます。これでもう、この工場は使い物になりませんね」
 工場の爆発を眺めながら、コウモリ姿の宇宙人は愉快そうに笑っていた。彼が戦いの最中だというのに姿を消したのは、メカゴモラの出現点からこの工場基地を割り出して破壊するためだったのだ。
「こういうことは昔から私たちの得意技ですしねえ。これで多少は溜飲が下がりました。ざまあみろ、といったところですか。おや? おおっと!」
 そのとき、無数の銃弾が彼に襲いかかったが、襲撃を予期していた彼は余裕を持って銃撃をかわし、銃弾は工場の壁をえぐりとるだけで終わった。
 そして彼は、自分に銃撃を放ってきた相手を、工場の燃え盛る炎の中にたたずむ一人の人影に見据えた。しかし、燃え盛る炎の中に平然と立ち、その手に二丁の巨大な銃を持った姿は、明らかにまともな人間のものではない。
「遅かったですね。あなたの自慢の工場はこのとおり、もうただのガラクタになってしまいましたよ」
 彼は勝ち誇るようにそう告げた。どんな強固な基地も、かつて防衛チームMAT基地が崩壊したときのように、内側からの攻撃には脆い。初邂逅の時に殺されかけた仕返しだと、嘲り声を向けた。
 しかし……相手は低い笑い声を漏らすと、涼やかささえ感じる美しい声で答えた。
「う、ふふふ……人の留守中に空き巣火付けに入るなんてひどい方。やはりあなたはあのときに念入りに殺しておくべきでしたね」
 声色こそ穏やかだが、純粋な殺意のこもったその言葉は、気の弱い者が聞けば震え上がるのではというほどの凄味に満ちていた。
 片手で、普通の人間ならば持ち上げることさえ困難な大きさの銃を軽く玩び、その目は闇夜の猛禽のように宇宙人を睨んでいる。もしも宇宙人が少しでも隙を見せれば一瞬にしてハチの巣にしてしまうであろう殺気を放ちながら、そいつはさらに言った。
「でも、私は貴方に弁償していただきたいとは思っておりませんわよ。これくらいの工場はいくらでも替えができますわ。私が怒っているのはもっと別なこと……あなたは、私の大切な友人に手を出しました。わかっていてやったのでしょう?」
「もちろん。事前のリサーチは大切ですからね。昔、私の出来の悪い同胞が似たようなことをやったそうです。ですが、ウルトラ戦士や人間たちにはよく効く手段ですが、正直ここまであなたが怒られるとは思いませんでした。あなた、本当に”あの方”なんですか?」
「ええ、あなた方は勝手にそう呼んでおいでのようですが、私のことを正しく表現してはおりませんわね。まあ、私にはどうでもいいことですが、あなたは殺します。覚悟はできていますね?」
 二丁の銃口がコウモリ姿のシルエットを狙う。しかし彼も余裕ありげに言って返した。
「おあいにく、私もあなた同様に宇宙にそこそこの悪名を知られる星人の一角です。ふいを打たれでもしない限りは簡単にやられはしませんよ。それより、あなたの大切なご友人たちは、ほっておいてよろしいんですかね?」
「それなら心配いりませんわ。この星の方々は、あなたの思うよりずっと強いですわ。戦う武器を手にできれば、あなたの手下ごときにやられはしませんよ」

797ウルトラ5番目の使い魔 81話 (12/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:35:45 ID:0ot0KcnA
「……あなた、いったいこのハルケギニアで何がしたいんですか? 怪獣や武器をばらまいておきながら、一方では人間を守ろうとしている。あなたの目的はなんなんです?」
「ふふ……私は、この星の人間たちの自由と幸福を守りたいだけですわ……少なくとも、この星の人々を自分の目的のために利用しようとしているあなたの敵ではありますね」
 そいつは謎めいて答えた。少なくとも、嘘を言っている口調ではないが、コウモリ姿の宇宙人は、この相手の中にヤプールなどとはまた異なる、一種の狂気を感じ取った。
 工場の爆発の炎が二対のシルエットを照らし出す。片方は背中に黒いマントのような翼を持つ星人……もう片方は絵画の中から呼び出されたかのような美しい人間。
 いずれにせよ、この二者が互いを敵として認識しあったことだけは間違いない。そして、ハルケギニアにとっては二人とも危険な存在であることも違いなく、両者は睨み合った後に、コウモリ姿の宇宙人のほうがつまらなそうに言った。
「あなたほどの人が、どうして人間にそこまで肩入れするのかわかりませんね。確かに、人間という生き物は宇宙でも稀に見るほどの精神エネルギーを発生させられる生き物ですが、あなたはそれを利用する風でもない。けれど、そんなに人間を買っているのでしたら、あなたのメカゴモラに乗り込んだ人間たちが、私のEXゴモラを倒せるか、ひとつ賭けてみますか?」
「まあ、私が助けに行けないようにここで足止めするつもりですね。それでしたら、今度こそあなたには私の前から永久に消えていただきますわ!」
 その瞬間、二丁の銃口が同時に火を噴いた。コウモリ姿の宇宙人はとっさに回避したが、半瞬前まで彼がいた場所の背後の壁が信じられないほど大口径の銃弾によってえぐられて粉砕された。
 これではまるで小型のミサイルだ。彼はかわしはしたものの、相手が銃の重さや反動をまるで無視してこちらに照準を合わせ直してくるのを見て、生半可な力ではこれから逃げることもできないだろうと判断した。
「仕方ないですねぇ。ここまでしたくはなかったのですが、こちらも少々本気を出させていただきますよ!」
 彼の右手に両刃の剣が現れた。それと同時に、彼の左手に紫色の人魂のようなものが現われ、彼はそれを自分の体に押し当てるようにして取り込んだ。
「フウゥゥゥ……エンマーゴの魂よ。お前の力、いただくぞ……さあて、これでも私をさっさと始末できるかなぁ?」
「あら、なぶり殺しのほうがお望みとは趣味の良くない方。でも、そのくらいで私に太刀打ちできるでしょうか?」
 相手は口元を大きく歪めて、しかし目元には慈母のような優しげな笑みをたたえながら歩み寄ってくる。
 対峙する二人の宇宙人。彼らの横合いでは、ただひとつ残ったモニターが地上のメカゴモラとEXゴモラの戦いを映し続けている。
 
 生き残るのは誰だ? 張り詰めるメカゴモラのコクピットの中で、ルイズはEXゴモラを睨みながら怨念を込めてつぶやいていた。
「あんたのせいよあんたのせいよあんたのせいよ……サイトが浮気するのもせっかく買った服をなくしちゃったのもわたしより胸がおっきい女ばっかりなのも、みんなあんたのせいだって今決めたわ! よって死刑。死刑ね、死刑にしてあげるから覚悟なさい!」
 怒りのままに罪状を並べ上げ、ルイズの殺気がすさまじい勢いで増していく。その怒りのオーラがメカゴモラにも伝わったのか、心持たぬはずの鋼鉄の巨獣が生きているように吠えた。
 そんな殺気立つルイズに、ベアトリスやモンモランシーは気圧されて引くしかない。しかし、ルイズの殺気に当てられて落ち着きを取り戻したとき、モンモランシーの鼻孔を不思議な香りがくすぐっていった。
「え……この、香りって?」
 ほんの一瞬、鉄と油の匂いに紛れていたが、香水の異名を持つモンモランシーにはそれを感じ取れた。嗅ぎ覚えのある、ある人物の愛用している香水の香りが。
 しかし、迫り来る戦闘の緊迫感は、ゆっくり考える時間など与えてはくれなかった。モンモランシーは自分のついた席の役割を覚えるためにマニュアルに目を通す作業に戻させられる。
 メカゴモラvsEXゴモラ。今、史上空前のスーパー・バトルが始まる。
 
 
 続く

798ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:40:13 ID:0ot0KcnA
今回はここまでです。では、また

799物知りな使い魔:2021/08/03(火) 17:53:41 ID:lLHDRcOA
初ss投下です。
作品は「魔法少女育成計画ACES」より「物知りみっちゃん」です。
18:00に投下します。

800物知りな使い魔 1話:2021/08/03(火) 18:01:03 ID:lLHDRcOA
 サモン・サーヴァントとは、メイジが一生の内に使えるために契約する使い魔を呼び出す神聖な儀式だ。神聖な事から、よほどの事が無い限り、やり直すなんてことはあってはならない。一度契約すれば主人が死ぬまでお仕えする事を破ることは出来ない。それでも、この結果は、あんまりではないか。
 同級生が様々な使い魔を呼び出す中、ついに最後となった、メイジであるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが呼び出した使い魔は、目の前で倒れている、一人の少女だった。
 由緒正しき家筋の出のルイズが呼び出したのが、目の前の白衣で体を覆われ、被っていたであろう黒い帽子を地面に転がしている少女だ。杖らしきものは周りに見当たらない。マントも見えない。少女は平民だった。
 これは悪夢なのか。否、これは現実である。それは、周りの同級生たちと一人の男性教諭からの冷たい視線を後ろから突き刺さる感触が生々しくて、現実以外に考えられない。

「……ミス・ヴァリエール。これは」

 口を閉ざしていた男性教諭『ミスタ・コルベール』が口を開く。無理もないだろう。なにせ、人間を、それも『平民』をサモン・サーヴァントという人生の一大イベントの一つを担うこの場で呼び寄せてしまったのだから。

「ミスタ・コルベール。やり直させてください!」

 頭が認識するよりも早くルイズはコルベールに懇願した。こんな異例な事態。いくら神聖な儀式とはいえ、やり直すことは出来るかもしれない。いや、出来る。そう考えなければ、再活動を始めた頭が再びフリーズしてしまい、壊れてしまいそうだった。しかし、コルベールはルイズの予想した言葉を発さなかった。
 コルベールはルイズの横をすり抜けて、真っ先にルイズが呼び出した白衣姿の少女の元へ走り寄ったのだ。いったいどうしたのだ。ルイズの後ろに回ったコルベールへ向く。コルベールは倒れている少女の前で座っていると、あろうことか少女が着ている白衣を無理やり脱がしたのだ。いくら平民とはいえ、教諭が何をしているのか。ルイズは頭に血が上るのを直に感じ、怒鳴る。怒鳴ろうとする。しかし、それよりも早くにコルベールの言葉が、辺りに響くほどの大きさで紡がれた。

「今日の『春の使い魔召喚の儀式』は終了とします! 直ちに水のメイジは集合してください! それ以外は速やかに寮へ戻りなさい!」

 こちらに向かってしゃべったコルベールの顔には、何処か焦りが見えていたように感じた。

801物知りな使い魔 1話:2021/08/03(火) 18:02:12 ID:lLHDRcOA
 幼い頃、魔法少女に憧れていた。可愛く、可憐で、美しくて、優しくて、困っている人の力になって、時には危険な目にも合っちゃうけど、それでも、やっぱり『みっちゃん』は魔法少女に憧れていた。
 現在、みっちゃんは魔法少女に憧れる事がなくなった。なにせ、もう既に自分は『物知りみっちゃん』という魔法少女になってしまったのだから。それでも、こんなのは、幼い時に憧れていた魔法少女とは大きく違う。
 異世界の『魔法の国』から魔法少女の力を授かり、『人事部門』の『汚れ仕事』をして生計を立て、毎日見るのはみっちゃんが殺した魔法使いか魔法少女の死体。こんなのは、とてもみっちゃんが描いていた魔法少女とは、百八十度違った。それでも、やり直すことなんで出来なかった。もう遅いからだ。
 最後にみっちゃんの死地となった場所は、あの周りが田んぼに囲まれた畦道だ。『魔法の国』の三大派閥の内の一つの『プク派』の動向をいつも共に行動していたチームとは外れて観察していた時だった。あの『忍者モチーフの魔法少女』に襲われたのは。
 『投げたものが百発百中』の魔法を持つと予想された魔法少女は玄人だった。殺意だけを向けられて、みっちゃんはそれに『魔法』を使って返した。
 苦無を投げられれば、大岩や板で防ぎ、刀が振るわれればガトリング砲で弾いたりと、何とかしのいでいった。それでも、詰めが甘かった。
 忍者に止めを刺そうとし、それが『忍者の策略』に陥ったことで状況は反転。最後にみっちゃんが意識を失う前にみた光景は、忍者の刀がみっちゃんの体に突き立てられようとする直前だった。



 瞼がゆっくりと開かれる。瞳に少ない光が差し込まれる。ここは、いったいどこだろうか。
 上半身を起こす。体に掛けられていた掛け布団がずり落ちる。……ベット?
 違和感が頭に侵入してくる。どうして、自分がベットで寝ているか。そもそも、ここはどこなのだろうか。
 ふと、自分の体に視線が移る。いつものコスチュームではない。いつも身に着けている梟型のポーチも見当たらず、着ているものはいつもの白衣ではなく、簡素な服。
 心臓辺りに手を這わせる。痛みが無い。血も見当たらない。頭の側頭部にも手を這わせるが、血がついていない。これはいったいどういう事だろうか。

「――ん、ぅ」
「っ!?」

 いきなりうめき声が聞こえてきた。咄嗟に隣の机にある花瓶を手に持つが、すぐにそれは杞憂に終わった。
 みっちゃんが寝ていたベットに寄り添うようにして眠っている、桃色のブロンド髪を肩に掛けた幼い少女。年齢は今のみっちゃんの外見年齢より少し上だろうか。顔が見れないが、恐らく日本人ではないだろう。
 彼女はいったい誰か。その疑問が頭を埋め尽くし、それが今までの情報によって一つ一つ組解かれ、最終的には『彼女がみっちゃんの怪我を治してくれた少女』という結論に至った。
 助けてくれたことに感謝したいが、今のこの状況をまずは何とかしなければならない。
 少女を起こさないようにベットから抜け出し、この部屋――医務室だろうか――にある扉のドアノブに手を掛ける。鍵がかかっているわけでもなく、それはすんなりと回った。監禁されているようではないらしい。扉の隙間から外を覗く。西洋風の造りの廊下が見え、明かりが見当たらない。魔法少女は夜目が聞くため、明かりは必要ないが、人が通りそうな廊下からの逃走はあまり良い手ではない。
 ならばと次に目につくのは、闇が立ち込める外へと続く窓。こんどはそっちに手を掛ける。鍵はついているが、一般的な内側から開錠が出来るタイプだ。これならと、みっちゃんは素早く鍵を外して窓を開け放った。
 蒸し暑い空気が外へ逃げだし、涼しい風が中へと流れだす。後はこのまま外へ逃げだせば――

「――えっ」

 後ろから声を飛び出してきた。振り向きそうになるも、これ以上顔を見られるわけには行かない。みっちゃんは、後ろからの声も気にも留めずに、その場から飛び降りた。

802物知りな使い魔 1話 あとがき:2021/08/03(火) 18:03:03 ID:lLHDRcOA
これで1話は終わりです。ではいつか。

803名無しさん:2021/10/06(水) 21:49:38 ID:AbxzNQG6
乙乙


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