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あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目

1ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 13:53:15 ID:tnRMCI/M
もしもゼロの使い魔のルイズが召喚したのがサイトではなかったら?そんなifを語るスレ。

(前スレ)
避難所用SS投下スレ11冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1392658909/

まとめwiki
ttp://www35.atwiki.jp/anozero/
避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/9616/

     _             ■ 注意事項よ! ちゃんと聞きなさいよね! ■
    〃 ` ヽ  .   ・ここはあの作品の人物がゼロ魔の世界にやってくるifを語るスレッドよ!
    l lf小从} l /    ・雑談、SS、共に書き込む前のリロードは忘れないでよ!ただでさえ勢いが速いんだから!
   ノハ{*゚ヮ゚ノハ/,.   ・投下をする前には、必ず投下予告をしなさいよ!投下終了の宣言も忘れちゃだめなんだからね!
  ((/} )犬({つ'     ちゃんと空気を読まないと、ひどいんだからね!
   / '"/_jl〉` j,    ・ 投下してるの? し、支援してあげてもいいんだからね!
   ヽ_/ィヘ_)〜′    ・興味のないSS? そんなもの、「スルー」の魔法を使えばいいじゃない!
             ・まとめの更新は気づいた人がやらなきゃダメなんだからね!

     _
     〃  ^ヽ      ・議論や、荒らしへの反応は、避難所でやるの。約束よ?
    J{  ハ从{_,    ・クロス元が18禁作品でも、SSの内容が非18禁なら本スレでいいわよ、でも
    ノルノー゚ノjし     内容が18禁ならエロパロ板ゼロ魔スレで投下してね?
   /く{ {丈} }つ    ・クロス元がTYPE-MOON作品のSSは、本スレでも避難所でもルイズの『錬金』のように危険よ。やめておいてね。
   l く/_jlム! |     ・作品を初投下する時は元ネタの記載も忘れずにね。wikiに登録されづらいわ。
   レ-ヘじフ〜l      ・作者も読者も閲覧には専用ブラウザの使用を推奨するわ。負荷軽減に協力してね。

.   ,ィ =个=、      ・お互いを尊重して下さいね。クロスで一方的なのはダメです。
   〈_/´ ̄ `ヽ      ・1レスの限界最大文字数は、全角文字なら2048文字分(4096Bytes)。これ以上は投下出来ません。
    { {_jイ」/j」j〉     ・行数は最大60行で、一行につき全角で128文字までですって。
    ヽl| ゚ヮ゚ノj|      ・不要な荒れを防ぐために、sage進行でお願いしますね。
   ⊂j{不}lつ      ・次スレは>>950か480KBからお願いします。テンプレはwikiの左メニューを参照して下さい。
   く7 {_}ハ>      ・重複防止のため、次スレを立てる時は現行スレにその旨を宣言して下さいね。
    ‘ーrtァー’     ・クロス先に姉妹スレがある作品については、そちらへ投下して盛り上げてあげると喜ばれますよ。
               姉妹スレについては、まとめwikiのリンクを見て下さいね。
              ・一行目改行、且つ22行以上の長文は、エラー表示無しで異次元に消えます。
              SS文面の区切りが良いからと、最初に改行いれるとマズイです。
              レイアウト上一行目に改行入れる時はスペースを入れて改行しましょう。

594ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:50:10 ID:PXO5dG.M
 反論もせず、叱られる仔犬の様に縮こまってしまうルイズを見てカトレアはホッと安堵の一息をついた。
 言いたい事はまだまだあったものの、一つ上の姉のように叱りに叱り付ける何て事は自分には到底真似できない。
 それにルイズも見た感じ反省はしているようだし、これで危険な事にも手を出すことは少なくなるに違いない。
 他人からして見ればやや甘いと見受けられる裁量であったが、カトレア自信はルイズが反省さえしてくれればそれで良かったのである。
「まぁでも、今回は無事に帰ってこれたようですし。私としてはこれ以上叱る理由は無いわ」
「…!ちぃねぇさま…」
 ションボリしていたルイズの顔に、パッと喜色が浮かび上がり思わずカトレアの方へと視線を向けてしまう。
 何歳になっても可愛い妹に一瞬だけ照れそうになった表情を引き締めつつ、姉は最後の一言を妹へと送る。

「ルイズ。もしも貴女の周りにいるあの二人が危険な事をしそうになったら、その時は貴女が止めなさい。いいわね?」
「…え!?あ、あの二人って…レイムとマリサの二人を…ですか?」
 その一言を耳にして、大人しく話を聞いていたルイズはここで初めて大声を上げてしまう。
 突然の事に多少驚いてしまったものの、カトレアは「えぇ」と頷きつつそのまま話を続けていく。
「あの二人だって年は貴女とそれほど差は無いのでしょう?いくら戦えるとっても、そんな年端の行かない子供が戦うだなんて…」
「いや…でも、あの二人は何と言うか…住む世界が違うから…その…そこら辺のメイジよりスゴイ強くて…」
 何故か余計な心配をされている霊夢達についてはそんなモノ必要ないズは言おうとしたが、それを遮るかのように姉は言葉を続ける。

「強い弱いは関係無いのよ、ルイズ。どんな事であれ、荒事に首を突っ込むのは危険な事なの。
 どんなに強い戦士やメイジでも戦いの場に出れば、たった一つの…それも本当に些細な事で命の危機に晒されてしまうのよ。
 …だからね、もしもあの二人が何か危険な事をしようとしたら…貴女は絶対に彼女たちを止めなければいけないの」

「ち、ちぃねえさま…」
 カトレアのしっかりとした…けれどもあの二人には間違いなく火竜の耳に説教な言葉にルイズは何も言えなくなってしまう。
 姉の言っていること自体は真っ当である。真っ当であるのだが…如何せんあの二人に関しては本当に止めようがない。
 一度これをやると決めたからには、坂道発進するトロッコの如く一直線に走るがのように考えを事を実行へと移す。
 そして最悪なのは、アイツラが魔法学院で威張り散らしてるような上級性すら存在が霞むような圧倒的な『我』の強さを持っている事だ。
 仮にあの二人にカトレアの話したことをそのまま教えても…、

――――ふ〜ん?で、それが何よ?私が自分で決めた事なんだから他人に指図される覚えはないわ
――――――成程、じゃあ私はその言葉を厳守させてもらうぜ。お前の姉さんが傍にいたらな

  …なんて言葉で終わってしまうのは、火を見るよりもずっと明らかだ。
 姉にはすまない事なのだと思うが、それが博麗霊夢と霧雨魔理沙という人間なのである。
(すみませんちぃねえさま…流石にあの二人に諭しても無駄なんです)
 ニコニコと微笑むカトレアにつられて苦笑いを浮かべるルイズは心中で姉に謝る。
 いずれはカトレアもあの二人の本性を知る機会があるかもしれないが、流石に無駄な事だと直接喋ることは無い。
 だからルイズは口に出さず心の中で謝ったのだが、それとは別にもう一つ…姉との約束を守れそうにない事への謝罪もあった。

595ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:52:04 ID:PXO5dG.M
 恐らくこれから先…もしかしてかもしれないが、タルブ以上の『危険』に自分たちは突っ込んでいく可能性が高い。
 タルブで出会ったキメラ達に、それを操るシェフィールドという虚無の使い魔のルーンを持つ女の存在。
 誰が主人…つまり虚無の担い手なのかまでは分からないが、もう二度と会えないという事は無いだろう。
 いつか何処か…そう遠くない内に互いに顔を合わせてしまい…そのまま穏便に済む事が無いのは確実である。
 そして一番の問題は、その出会いが人が大勢いる所で起きてしまった場合…、

 村と街を丸ごとキメラで占領し、多くのトリステイン軍人を血祭に上げて尚涼しい顔で笑っていた女だ。
 何をしでかすか分からない。恐らく真っ先に動くのは霊夢と自分…そして魔理沙であろう。

 だからきっと、姉との約束は果たされないだろうという申し訳なさで胸がいっぱいになってしまう。
 それが表情に出ないよう耐えつつも、自分が今の状況から逃げられない程の使命を背負っている事を改めて痛感する。
 博麗の巫女を召喚した結果、幻想郷の結界に重大な生じ、その原因がここハルケギニアにあるという事、
 そして霊夢を召喚できる程の凄まじい系統…『虚無』の担い手という、一人の少女には重すぎる運命。
 二つの重く苦しい使命の事に関しては、絶対にカトレアには話す事は無いのだとルイズは決意する。
 幻想郷での異変の事に関しては大分ソフトに話していた為、本当の事までは話していなかった。
(ねぇさまはねぇさまで大変な毎日を過ごしている…だからこの二つの事は、隠しておこう…何があっても)

 改めて決意したルイズが一人頷いた、その時…中庭の方からニナの喜色に溢れた声が聞こえてくるのに気が付く。
 ルイズとカトレアが思わず顔を上げた直後、間髪入れずにニナがリビングへと走りながら入ってきたのであった。
「キャハハッ!ねぇ見ておねーちゃん、四葉のクローバー見つけたよ!」
 黄色い叫び声を上げながらカトレアの傍へと寄ってきた彼女は、土だらけの右手をスッとカトレアの前へと突き出してくる。
 突然の事にカトレアとルイズは軽く驚いていたが、その手の中には確かに四葉のクローバーが一本握られていた。
「あら、綺麗なクローバーねぇ」
「ふふ〜!でしょ?」
 
 確かにカトレアの言うとおり、ニナの持ってきたクローバーは見事な四葉であった。
 ニナが嬉しがるのも無理はないだろう、仮に自分が見つけたとしても少しだけ嬉しくなる。
 ルイズはそんな事を思いながら彼女の手にあるクローバーをもっと良く見ようとした…その時であった。
 ふとキッチンの方から様々な動物たちの鳴き声と共に、雑務をしていた侍女たちの叫び声が聞こえてくる。
「きゃー!お嬢様の動物たちがー!」
「あぁっ!コラ、待ちなさい!それは今日のお昼ご飯の材料…」
 
 ドタン、バタンと騒がしい音動物たちの鳴き声が合わさりが別荘の中はたちまち大騒ぎとなる。
 ここからでは直接見えないものの、侍女たちのセリフからして何が起こっているのかは容易に想像できた。
 突然の騒ぎにルイズは目を丸くし、ついでクローバーを持ってきたニナが顔を真っ青にさせているのに気が付く。
 そう、彼女はついさっきまで動物たちのいる中庭で遊んでおり、その中庭からクローバーを持ってきた。
 余程見つけた時に感激したのだろう。是非ともカトレアに診せたいという気持ちが勝って慌てて別荘の中へと入った。
 中庭と屋内を隔てる窓を開けっ放しにした事を今の今まで忘れていた…というのはその表情から察する事ができる。

 クローバー片手に今は顔を青くしたニナの背後には、未だニコニコと微笑むカトレアの姿。
 ルイズは何故かその表情に恐怖を感じてしまう。何といえばいいのであろうか…そう、笑っているが笑っていないのだ。
 まるで笑顔のお麺の様にそれは変に固まっており、何より細めた目をニナへと全力で注いでいる。
 幾ら年端のいかぬニナといえども、カトレアが心からか笑っていないという事は看破しているようだ。
 とうとう冷や汗すら流しつつも、「お、おねーちゃん…?」と恐る恐るではあるが勇敢にも話しかけたのである。
 返事は意外な程早かった、というよりも…ニナが口を開くのを待っていたかのように彼女は口を開く。

「あらあら、ちょっと大変な事になっちゃったわねぇ。まさか動物たちが入ってきてしまうなんて……
 今の時間は侍女さんたちがキッチンで料理の下準備をするから閉めていたというのに、おかしいわねぇ?」

596ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:54:04 ID:PXO5dG.M
 わざとらしく小首を傾げながらそう言うカトレアに、ニナは「うん、うん!そ…そうだよ!」と必死に頷いている。
 薄らと瞼を開けたカトレアの目は明らかに笑っておらず、ただジッと首歩を縦に振るニナを見つめているだけだ。
 それを横から見ていたルイズは口出しする事など出来るワケもなく、ただジッと見守るほかない。 
 もはやニナに逃げる術などなく、どうしようもない袋小路に追い込まれた所で、カトレアは更に言葉を続ける。
「まぁ鍵は掛けていなかったし、中庭で遊んでいた貴女が゙うっかり開けっ放じにしたままだったら、あるいは…」
「え…へ?え、えぇ!?わ、私が…に、ニナちゃんと閉めたよぉ〜?何でそんな事を―――」
 いきなり確信を突かれたことに対して、咄嗟に誤魔化そうとしたニナであったが、
 何も言わず、彼女の眼前まで顔を近づけたカトレアによって有無を言わさず沈黙してしまった。

 この時ルイズは見ていた、カトレアの顔は常に笑っていたのを。 
 いつも見せる笑顔とは明らかに違う感情の籠っていない笑みに、流石のニナも狼狽えているようだ。
 そんな彼女を畳み掛けるように、ニナの眼前に顔を近づけたままカトレアは質問した。
「ニナ」
「は…はい?」
「貴女よね?クローバー私に見せたいと思って、ドアを閉めずに屋内へ入ったのは?」
「……………はい」
 
 ――――普段から怒らない人間が怒る時こそ、最も恐ろしい。 
 以前読んだ事のある本にそんな言葉が書かれていた事を思い出しつつ、ルイズもまた恐怖していた。
 あんな感情の無い笑みを浮かべられて近づかれたら、そりゃコワイに決まっている。
 始めてみるであろうかなり本気で怒っている(?)カトレアの姿を見ながら、ルイズは思った。



 霊夢は思っていた。この世界の運命を司っているであろうヤツは、超が付くほどの性悪だと。
 前から薄々と思っていたのだが、何故かこのタイミングで出会う事となったハクレイの姿を見てその思いをより強くしていく、
 確かに彼女の事も探してはいたのだが、今は彼女よりも他に探すべきものが沢山あるという時に限って姿を現したのだ。
 まるで朝飯に頼んだ目玉焼きが何時までたっても来ず、夕食の時に今更その目玉焼きが食卓に並んだ時の様な複雑な心境。
 目玉焼きは欲しかったが、わざわざ夜中に食べたい料理ではないというのに…と言いたげなもどかしさ。
 それは今、自分の目の前に姿を現したハクレイにも同じことが言えるだろう。
 探している時には全く姿を現さなかった癖に、何故か探してもいない時には自ら姿を現してくる。
 
「全く、どうしてこういう時に限ってホイホイ出てくるのかしらねぇ…?」
「それを他人に面と向かって言うのって、結構勇気がいるんじゃないの?」
 そんな複雑の心境の中で、更にジンジンと痛む頭に悩まされながらも霊夢はハクレイに向かって喋りかけた。
 対するハクレイも、汗水垂れる額を袖で拭いつつ、売り言葉に買い言葉な返事を送る。

597ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:56:30 ID:PXO5dG.M
 炎天下が続く王都の一角で、双方共に予期せぬ出会いを果たした事をあまり快く思ってないらしい。
 霊夢はハクレイを見上げ、ハクレイは霊夢を見下ろす形で互いに睨み合っている。
 しかし…下手すれば、街のど真ん中で戦闘が起こるのか?と言われれば、唯一の傍観者であるデルフはノーと答えただろう。
 
 一見睨み合っている二人ではあるが、互いに敵意を抱くどころか身構えてすらいない。
 霊夢もハクレイも、予期せぬ邂逅を果たしたが故に単なる睨み合いをしているだけに過ぎないのである。
 そしてその最中、霊夢は改めて相手の服装をじっくりかつ入念に眺め、調べていた。

 ――――こうして改めて見てみると何というか、…飾り気が無さすぎで渋すぎるわね…
 自分のそれとよく似たデザインの巫女服を見つめながら、霊夢はそんな感想を抱いてしまう。
 今自分が着ている巫女服を簡易的にデザインし直した感じ、良く言えばスッキリしているが、悪く言えば作り易い安直なデザインである。
 余計な装飾はついておらず、戦闘の際に破損しても直しやすいだろうし追加の服も安価で発注できるだろう。
 ただ、霊夢本人の感想としては「悪くは無いが、酷く単純」という余り良いとは言えない評価を勝手に下していた。
 何せアンダーウェアの上から直接スカートと服を着ているだけなのである、シンプルisベストにも程がある。
(いや、妖怪退治をするっていうならそういうデザインで良いんでしょうけど…私は着たくないわね。特にアンダーウェアとかは)
 下手すれば水着にも見て取れる彼女の黒いアンダーウェアをチラチラ見ながら、そんな事を考えていた。

 ―――――何というか、地味に華やかね…
 一方で、ハクレイもまた霊夢の服装を見てそんな感想を心の中で抱いていた。
 自分とは対称的な雰囲気を放つ彼女の巫女服は、年頃の女の子が程よく好きそうな飾り気を放っている。
 スカートや服の小さなフリルや黄色いタイに頭のリボンが目立つその服と比べてみれば、いかに自分の服が地味なのか思い知らされてしまう。
 とはいっても別に羨ましいと感じることは無く、むしろ『良くそんな服で戦えたわねぇ…』と霊夢本人が聞いたら憤慨しそうな事を思っていた。
 ただしそれは侮蔑ではなく感心であり、殴る蹴るしかできなかった自分とは全く別のスマートな戦い方をしていた事は理解している。
 飛んだり飛び道具を投げたりするような戦い方であれば、あぁいう服でも戦闘に支障をきたさないのは容易に想像できる。
 でも自分も着たいかと言われれば、正直あまり好みではないと言いたくなるデザインだ。
(私にフリルなんて合いそうにないのよねぇ?まぁコイツみたいに小さい子なら似合うんだろうけど…結構、涼しそうだわ)
 夏場にはイヤにキツいアンダーウェアに窮屈さを覚えつつ、ハクレイは霊夢の服を見てそんな事を考えている。

 もしも、ここに心を読む程度の能力の持ち主がいれば、きっと二人の心の中を読んで苦笑いを浮かべていたであろう。
 こんな炎天下の中で極々自然に出くわし、そのまま互いを睨み付けつつ勝手に服の品評会を始める始末。
 二人してこの暑さで頭がやられたのかと疑いたくなるようなにらみ合いは、しかし他人が見ればそうは思わないだろう。
『…あ〜お二人さん、睨み合うのは良いが…せめてもうちっと涼しい場所で睨み合おうや』
 その他人…というか霊夢が背負うデルフも、流石に心の内側まで読めないらしい。
 馬鹿みたいに暑い通りのど真ん中でにらみ合い続ける二人に、大丈夫かと言う感じで声を掛ける。

「…ん?あぁ、そういえば…ったく!せっかく涼んだっていうのに台無しになっちゃったじゃないの…!?」
「…?なんで私の所為になるのかしら」
『そりゃそうだな。こんなに暑けりゃどんなに涼んでも外にいるなら変わらんよ』
 この呼びかけが功をなしたのか、それまで黙ってハクレイをにらみ続けていた霊夢がハっと我に返る。
 そしてついさっき井戸の水で涼んできた体が再び汗まみれになっているのに気が付いて、ついついハクレイに毒づいてしまう。
 傍から見れば勝手に汗だくになった霊夢が同じ汗だく状態のハクレイに理不尽な怒りを巻き散らしているだけに過ぎない。
 現にハクレイは一方的に怒られる理不尽に違和感を感じる他なく、流石のデルフもここは彼女の肩を持つほかなかった。

598ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:58:17 ID:PXO5dG.M

 ――――結局のところ、真夏の太陽照り付ける通りで突っ立っていたのが悪い…という他ないだろう。
 不意の対面とはいえ、せめて太陽の光が直接入らない通りで出会っていたのならばまた結果は違っていたであろう。
 霊夢としても後々考えれば場所を変えればいいと思ったが、汗だくになってしまった後で考えても後の祭りというヤツだ。
 せめて次はこうならないようにと気を付けつつ、またさっきの場所へ戻って汗を引かせるしかないであろう。
 対して彼女よりも前に汗だくになっていたハクレイは、元々涼める場所を探していた最中であった。
 …と、なれば。二人の足が行き着く場所は自然とさっきの井戸広場なのである。

『―――――…で、結局さっきの井戸広場へとUターンってワケかい』
 霊夢に担がれて、何も言わずにあの井戸がある小さな広場へともどってきたデルフは一言だけ呟く。
 その呟きには明らかに呆れの色がにじみ出ていたが、当の霊夢はそれを聞き流してまたもや地下の冷水でホッと一息ついていた。
「はぁ〜…。やっぱり水が冷たいモンだから、癖になりそうだわ〜」
「確かにそうよね、こんな街のど真ん中でこんな良い水が飲めるなんてね…ンッ」
 そんな事をつぶやき続ける霊夢から少し離れたベンチに座っているハクレイも、同意するかのように頷いて見せる。
 ついでその両手に持っていた井戸用の桶を口元へ持って行き、中に入った水を飲んで暑くなっていた体の中を冷やしていく。
 地上とは温度差が大きすぎる地下水道の水はとても冷たく、ひんやりとしている。
 それを口に入れて飲んでいくと、たちまちの内に火照っていた喉がその温度をさげていく。
 
「――…プハァッ!…ふぅ、確かに生き返るわね」
「でしょ?まさに砂漠の中のオアシスって感じよねぇ〜」
 ま、砂漠なんて見たことないんだけどね。すっかり上機嫌な霊夢も井戸桶で水をぐびぐびと飲んでいく。
 そこら辺の酒場の大ジョッキよりも一回り大きい桶の中に入った水は、少女の小さな体の中へとどんどん入っていく。。
 ハクレイはともかくとして、あの霊夢でさえ苦も無く桶いっぱいに入った水を飲み干そうとしている。
『一体あの小さな体のどこに、あれだけの量の水が入るっていうんだよ…』
 彼女のそばに立てかけられたデルフはいくら暑いからと言って飲みすぎな霊夢の姿に、戦慄が走ってしまう。
 そんな事を他所に、中の水を飲み干した霊夢はホッと一息ついてから桶を足元へと置いた。

 暑さから来る怒りでどうにかなりそうだった霊夢は、冷静さを取り戻した状態でハクレイへと話しかける。
「そういえば…なんであんな所にアンタまでいたのよ?」
「…?別に私があそこにいても良いような気がするけど…ま、教えても別に困ることはないか」
 炎天下で出会ったときとは違い大人し気な霊夢からの質問に対し、ハクレイは素直に答えることにした。
 そこへすかさずデルフも『おっ、ちょっとは面白い話が聞けるかな?』という言葉を無視しつつ、あそこにいた理由を喋って行く。
 少し前に、一人の女の子にカトレアから貰ったお金を盗まれてそのまま返してもらって無いという事、
 カトレアは別に大丈夫と言っていたがこのままでは申し訳が立たず、何としても見つけて返してもらう為に街中を探し回っている事、
 かれこれ今日に至るまで探しているが一向に見つからず、挙句の果てに朝からの炎天下で参っていた所だったらしい。

599ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:00:19 ID:gTe/oGKc
「…で、そんな時に私と鉢合わせてしまっちゃった、ということなのね?」
 壁に背中を預けて聞いていた霊夢が最後に一言述べると、ハクレイはそうよとだけ返した。
 最後まで話を聞いていた霊夢であったが、正直言いたいことがたくさんありすぎて頭をついつい頭を抱えてしまう。
 そういえば財布を盗まれたあの晩に空中衝突してしまったが、偶然……と呼ぶにはあまりにも奇遇すぎる。
(まさか向こうも金を盗まれていたなんて、何もそこまで同じじゃなくたって良いんじゃないの?)
 この世界の運命を司る神を小一時間ほど問い詰めたい衝動にかられつつも、霊夢はこれが運命の悪戯なのかと実感する。
 このハルケギニアという異世界で、財布を盗まれた巫女姿の女同士がこうして顔を合わせる事など天文学的確率…というものなのであろう。
 流石に盗んだ相手の性別は違うものの、そんな違いなど些細な事に違いはない。
 デルフもデルフでこの偶然には驚いているのか、何も言わずにただジッとしている。

 頭を抱えて悩む霊夢の姿に、「どうしたの?大丈夫?」という天然気味な心配を掛けてくれるハクレイ。
 そんな彼女を他所に一人顔を挙げた霊夢は大きなため息を一つついてから、心配してくれる彼女のほうへと顔を向けた
「…まぁ、アンタの苦労もなんとなく理解できたわ。ま、お互いここでお別れだけど…精々捕まえられるよう祈っておくわ」
「一応、礼を言うべきなのかしらね?…あっ、でもちょっと…待ちなさい」
 巫女のくせにそんな事を言ってその場を後にしようとした所、軽く手を上げて見送ろうとしたハクレイが霊夢を止めた。
 ちょうどデルフを背中に戻したところであった彼女は、何か言いたい事があるのかとハクレイのいる方へと顔を向ける。

「ん?何よ、何か言いたいことでもあるワケ?」
「怪訝な表情浮かべてるところ悪いけど、まぁあるわね。…なんでアンタは人にだけ喋らせといて自分はとっと逃げようとしてるのかしら?」
「……あっ、そうか。……っていうか、喋る必要はあるのかしら?」
「いや、普通に不公平だっての」
『まー、普通に考えればそうだよなぁ〜』
 ハクレイの言葉に霊夢は目を丸くしてそんなことを言い、ハクレイがそれに容赦ない突っ込みを入れる。
 そんな二人のやりとりを見て、デルフは暢気に呟くしかなかった。

「……とまあ、そんなこんなで私は色々と忙しい身なのよ」
 その言葉で霊夢が説明を終えたとき、井戸のある広場には決しては多くはないが何人もの人々が足を運んでいた。
 専業主婦であろうか女性がその大半をしめていたが、その中に紛れ込むようにして男性の姿も見える。
 ほとんどの者は水を汲みに来たのだろう、井戸のそれよりも一回り小さい桶を持ってきている者が何人かいた。
 彼らは井戸の隣で話し込む霊夢たちを横目に井戸から水を汲んで、自分の家の桶に入れていく。
 桶の大きさからして近所に住む人々なのだろう、何人かが見慣れない少女たちの姿を不思議そうに見つめている。
 中には日の当たらぬところで子供たちが地面や壁に落書きをしたり、談笑に花を咲かせている主婦たちの姿も見えた。
 それはこの一角に住む人たちにとって何の変哲もないあり触れた日常の光景で、こんな夏真っ盛りにもかかわらずそれは変わらない。
 ただし、今日は霊夢たちが先にいた為か何人かの市民がチラリチラリと見やりながら談笑していた。

600ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:03:06 ID:gTe/oGKc
 周囲から注がれる視線に霊夢が顔をしかめようとした時、それまで黙って聞いていたハクレイが口を開いた。
「なるほどね。アンタもアンタでいろいろ忙しそうね」
「……え?まぁね、一つ問題を解決しようとする所で放っておけない事が起きるんだから堪らないわよ」
 ややワンテンポ遅れているかのようなハクレイの言葉に霊夢はため息をつきながら返す。
 実際、お金を盗まれた件よりも地下に潜伏しているであろう謎の相手をどうするかが最優先事項となってしまっている。
 下手すれば、劇場で死んだあの下級貴族と同じような殺され方で命を落とす人々が出てくるかもしれない。
 その為にも唯一の手掛かりがあるであろう地下に潜ってできる限り情報を探り、最悪見つけ出して倒さなければいけない。
 だが運命というヤツは今日の彼女にはより一層厳しいのか、一向に地下へ潜れるチャンスというものに恵まれないのである。

「なんでか知らないけど警備は厳しくなってるわ、外は暑いわで……正直イヤになりそうだわ」
『今お前さんの今日一日の運勢を占い師に見せたら、きっと最悪って言われるぜ』
 前途多難にも程がある現状に頭を抱えたくなった霊夢に追い打ちをかけるかのように、デルフが刀身を震わせながら言う。
 それが癪に障ったのか彼女は「ちょっと黙ってて」と言いつつデルフを無理やり鞘に納めると、それを背中に担いですっと腰を上げた。
「…と、いうことで私は地下に潜れる所を探さないといけないからここらでお別れにしましょうか」
 ――いい加減、ジリジリと微かに痛むその頭痛ともおさらばしたいしね。
 その一言は心の中で呟きつつその場を後にしようとした霊夢は、ハクレイの「ちょっと待ちなさい」という言葉に煩わしそうに振り返る。
「まさかと思うけど、その変にお喋りな剣だけと一緒に探すつもり?」
「……それ以外誰がいるっていうのよ。まぁ手伝ってはくれそうにないけど、丁度いい話し相手にはなるんじゃない?」
『ひでぇ。剣だから喋る事と武器になる事以外役に立たないのは事実だが……それでもひでぇ』
 霊夢とハクレイの双方からボロクソに言われたデルフは、悔しさの為か鞘に収まった刀身をカタカタと震わせている。
 そんな彼に対して霊夢は「動くなっての!」と怒鳴ったが、ハクレイは逆に興味がわいたのかデルフの傍へと近寄っていく。

「……それにしても、意思を持っている剣とはねぇ。アンタ、寿命とかあるのかしら」
『?……いんや、オレっちのようなインテリジェンスソードは寿命とかは無いね。だから一度生まれれば後は戦い続けるんだよ』
 ――『退屈』という悪魔との戦いをな。いきなり質問してきた彼女に軽く驚きつつも、やや気取った感じでそう答える。
 それに対してハクレイは「へぇ〜?」と興味深げな表情を浮かべて、何の気なしにデルフへと手を伸ばしていく。
 一方で霊夢は「ちょっとぉ〜人の背中で何してるのよ?」と明らかに迷惑そうな表情を浮かべている。
 しかし、そんな霊夢の言葉が聞こえていないかのようにハクレイはスッと撫でるようにして、優しくデルフの鞘へと触れた。
 ――その直後であった。彼女とデルフの間に、霊夢でさえ予想しきれなかった事態が起こったのは。


 ハクレイの人差し指が最初にデルフの鞘に触れ、そのまま中指、薬指も鞘へと触れた直後、
 ――――バチンッ!…という音と共に、デルフの鞘と彼女の指の間で青い電気が走ったのである。

「――――……ッッ!?」 
『ウォオッ!?』
 突然の事に驚愕の声を上げつつもハクレイは咄嗟に後ろへと下がり、デルフは驚きのあまり鞘から飛び出してしまう。
 まるで黒ひげ危機一髪ゲームの黒ひげのように飛び出た剣は、幸いにも地面へと突き刺さった。
 対してハクレイは余程ビックリしたのか、数歩後ずさった所でそのまま尻餅をついてしまっている。
 周りにいた人々は突然の音と稲妻を見て何だ何だとざわつきながら、霊夢たちの方へと一斉に視線を向けていく。

601ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:05:12 ID:gTe/oGKc
 そして唯一二人と一本の中で無事であった霊夢は、状況の把握に一瞬の遅れが生じていた。
 無理もない、なんせ急に刺激的な音が聞こえたかと思えば、鞘から飛び出したデルフがすぐ近くの地面に刺さっていたのだから。
「――――……っえ?…………何?何なの?」 
 目を丸くし、キョトンとした表情を浮かべた彼女は一人呟いてから、ハッとした表情を浮かべてデルフへと走り寄る。
 ようやく状況を把握できたらしい彼女はすぐにデルフを地面に引き抜くと、何も言わない彼へと何が起こったのか聞こうとした。
「ちょっとデルフ、今の何よ……っていうか、何が起こったの?」
『……』
「デルフ?……ちょっとアンタ、こんな時に黙ってたら意味ないでしょうがッ!」
 霊夢の問いかけに対して、デルフは答えない。あのデルフリンガー、がだ。
 いつもなら何かあれば鞘から刀身を出して喋りまくるあのデルフが、ウンともスンとも言わなくなったのである。
 まるでただの剣になってしまったかのように、彼女の呼びかけに応じないのだ。

 ついさっき、何かが起こったというのにそれを知っているデルフは黙っている。
 自分が知りたい事を知らせない、それが癪に障ったのか霊夢は苛立ちつつもデルフに向かって叫んでしまう。
「アンタねぇ……いっつも余計な所で喋ってるくせに、こういう肝心な時に黙ってるてのはどういう了見よ!?」
 デルフの事を知らない人間が見れば、暑さで頭をやられた異国情緒漂う少女が剣に向かって叫んでいる光景はハッキリ言って異常だ。
 現に周りにいた人々はその視線を霊夢へと向き直しており、何人かが自分の頭を指さしながら友人や家族と見合っている。
 中には「衛士に通報した方がいいんじゃない?」とか言っていたりと、状況的にはかなり不味いことになり始めていく。
 それを察したのか、はたまた本当に今の今まで気を失っていたのか……金属質なダミ声がその剣から発せられた。

『――…あー、何か…何が起きた?』
 耳障りな男のダミ声が剣から聞こえてきたのに気が付いた人々は驚き、おぉっと声を上げてしまう。
 何人かが「インテリジェンスソードだったのか…!」と珍しい物を見つけたかのような反応を見せている。
 そしてそのデルフを持っていた霊夢はハッとした表情を浮かべると、怒った表情のままデルフへと話しかけた。
「……ッ!デルフ、この野郎!やっと目を覚ましたわね!?」
『あ〜……いや、別に気絶してたワケじゃないんだが……まーとりあえず、落ち着こうな……――な?』
 いつもとは違い、口代わりの金具をゆっくりと動かしながらしゃべるデルフに霊夢はホッと安堵する。
 だがそれも一瞬で、デルフの言葉でようやく周囲の視線に気が付いた彼女は、軽く咳払いした後に急いで彼を鞘に戻す。
 鞘に戻した後で、改めて咳ばらいをした彼女は今度は落ち着き払った様子で早速刀身を出した彼へと質問をぶつけてみる。

602ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:07:17 ID:gTe/oGKc
「一体全体、急にどうしたのよ?なんかバチンって凄い音がアンタから出て、気づいたら鞘から飛び出てたし…」
「……んぅ、オレっちにも何が起こったのかさっぱりで……それより、ハクレイのヤツは大丈夫なのか?」
 質問に答えてくれたデルフの言葉に霊夢も「そういえば……」と思い出しつつ背後を振り返ってみる。
 するとそこには、少なくない人に周りを囲まれているあの女性が立ち上がろうとしている所であった。。
 どうやら彼女はあの音の正体を間近で見ていたのか、今だショックが抜けきってないような表情を浮かべている。
 周りの人たちはそんな彼女を気遣ってか「大丈夫かい?」などと優しい心配をかけてくれていた。
 対するハクレイはそれに一言のお礼を返すことなく立ち上がったところでふと感づいたのか、霊夢はスッと傍へ走り寄る。
 この時デルフは彼女にも大丈夫?どうしたの?って言葉を掛けるのかと思っていたのだが…。
 そんな彼の予想を真っ向から打ち破るような言葉を、霊夢は真っ先に口にしたのである。

「ちょっとアンタ、コイツに何か細工でもしようとしてたんじゃないの?」
「え?………細工、ですって?」
 てっきり大丈夫か?何て一言を期待していたワケではなかったが、今のハクレイの耳にはやや棘のある言葉であった。
 まぁでも、確かに持っていた本人がそう思うのも無理はないだろうと理解しつつ、どんな言葉で返せばいいのか悩んでしまう。
 こういう時は咄嗟に反論するべきなのだろうが、はてさてそれでこの場が丸く収まるかどうか……。
 明らかに自分に非があると疑っている霊夢を前にして、ひとまずハクレイが口を開こうとするより先に、デルフが霊夢を窘めようとする。
『まぁまぁレイム、落ち着けって。別段オレっちは何処も弄られてなんかいやしないぜ?』
「デルフ?でもアンタ、それじゃあ何で勝手に鞘から飛び出したりしたのよ」
『え?あ〜……いや、その……それはオレっちにも説明しにくいというか……何が起こったのかサッパリなんだよ』

 ハクレイを庇おうとするデルフは、霊夢からのカウンターと言わんばかりの質問にどう答えていいか悩んでしまう。
 彼自身、今起こった事を何と答えて良いのか分からいのか珍しく言葉を濁してしまっている。
 霊夢も霊夢で、そんなデルフを見てやはり「何かがある」と察したのか、ハクレイへと詰め寄っていく。
「やっばり……アンタが何かしでかしたんじゃないのかしら?ん?」
「わ、私は別に何も……っていうか、アンタの言い方って明らかに私がやってる前提で言ってるでしょ?」
「何よ、なんか文句でもあるワケ?」
「大ありよ!」
 ジト目で睨みつけながら訊いてくる霊夢に顔を顰めつつも、ハクレイはひとまず自分は何もしていないということをアピールする。
 それに対してすっかりハクレイが怪しいと思っている霊夢は、強硬な態度を見せる相手に対してムッとしてしまう。
 ハクレイもハクレイで負けておらず、尚も自分がデルフに何かをしたのだと疑っている霊夢を睨み返している。

 たったの一瞬、奇妙な出来事が起こっただけで緊迫状態に包まれた広場に緊張感が伝染していく。
 正に一触即発とはこの事か。彼女たちの周りにいる人々がいつ爆発してもおかしくない睨み合いから距離を取ろうとしたその時……。
 その勝気な瞳でハクレイを見上げ睨んでいた霊夢の背中から、デルフの怒号が響き渡ったのである。
『だぁーッ!待て、待て二人とも!こんな長閑な所で決闘開始五秒前の空気なんか漂わせんじゃねぇ!』
 まるで夕立の落雷のように、耳に残るダミ声の怒号に霊夢やハクレイはおろか他の人々も皆一斉に驚いてしまう。
 特に彼を背負っている霊夢には結構効いているのか、目を丸く見開いて驚いている。
 ハクレイも先ほどまで霊夢を睨んでいた時の気配はどこへやら、目を丸くしてデルフを見つめている。
 さっきまで険悪な雰囲気に包まれていた二人の警戒心が上手く吹き飛んだのを見て、デルフは内心ホッと安堵した。

603ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:09:38 ID:gTe/oGKc
(――ダメ元で叫んでみたが……どうやら、上手くいったようだな) 
 周囲の視線が自分に集まってしまったのは仕方がないとして、デルフは霊夢へと話しかけていく。
「まぁ落ち着けよレイム。意味が分からないのは分かるが、それはオレっちやハクレイだって同じことさ」
「んぅ〜ん。何かイマイチ納得できないけど、まぁアンタがそこまで言うんなら、そうなのかもね」
 まだハクレイが何かしたのだと疑っている様な表情であったが、何とか説得には成功したらしい。
 先ほどまでの険悪な雰囲気を引っ込めた霊夢に、デルフは一息ついて安堵する。
 ハクレイもまた喧嘩寸前の所を止めてくれたデルフに内心礼を述べていた。

 その後、二人と一本は騒然とする広場を後にして表通りへと続く場所へと姿を移していた。
 理由はただ一つ、互いに探しているモノを探しに行く前に、別れの挨拶を済ませる為である。
 先ほどいた広場でしても良かったのだが、色々とひと騒動を起こしてしまったせいで人の目を集めすぎた。
 だから変に居心地の悪くなったそこから場所を変えて、丁度表通りとつながる横道で別れる事となったのである。
「――じゃ、アンタとはここでお別れね」
 デルフを背負った霊夢は背中を壁に預けた姿勢のまま、前にいるハクレイに別れを告げる。
 大勢の人が行き交う表通りを見つめているハクレイもその言葉に後ろを振り向き、小さく右手を上げながら言葉を返す。
「そのようね。ま、何処かで再会しそうな気はするけど」
「……何か冗談抜きでそうなりそうだから言わないでくれる?」
「そこまで本気っぽく言われるとちょっと傷つくわねぇ」
 おそらく、そう遠くないうちにそうなりそうな気がした霊夢は嫌そうな苦笑いを浮かべて肩を竦めてみせる。
 彼女がルイズの姉の傍にいる内は、最悪明日にでもまた顔を合わせる事になるだろう。

『まぁまぁ良いじゃねぇか。少なくとも敵じゃねぇんだから、仲良くしとくに越したことはないぜ』
 本気かどうか分からない霊夢に対し、苦笑いを浮かべるしかないハクレイを見てデルフがスッと口を開いた。
 彼自身、言った後で少しお節介が過ぎたかと思ったが、同じくそれを理解していたであろう霊夢が「それは分かってるわよ」と返す。
「まぁ何やかんやで助けてくれた事もあるから一応は信用してるけど、記憶喪失や名前の事も含めてまだまだ不安材料も多いしね」
「そこを突かれるとちょっと痛くなるわねぇ。相変わらず記憶は戻らないし、しかもアンタも゛ハクレイ゛だなんてねぇ」
 彼女の言う不安材料がそう一日や二日で解決できるものではない事を理解しつつ、ハクレイもまた肩を竦めて言う。
 唯一今回の接触で分かった事と言えば彼女――霊夢の上の名前が自分と同じ゛ハクレイ゛であったという事だけである。
 しかしそれで何かが解決するという事も無く、じゃあ自分はその少女と同じ゛ハクレイ゛の巫女なのか……という確証までは得られなかった。

604ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:11:03 ID:gTe/oGKc
 霊夢自身も自分より前の代の巫女のことなど知らないので、彼女が博麗の巫女なのかという謎を抱えることになってしまっている。
 とはいえ、髪の色はともかく服装からして、間違いなくこことは違う世界から来た人間だという事は容易に想像できる。
(少なくともこの世界の人間じゃないだろうけど……やっぱり藍の言ってた先代の巫女……って彼女なのかしら?)
 以前街中で紫の式が話してくれた先代博麗の巫女の事を思い出した霊夢は、しかしそれを否定する。
(ま、どうでもいいわよね?仮にそうだとしてもそれが何だって話だし、それに本人が記憶喪失だからすぐに分かる事じゃないから……)

 ――まーた厄介事が一つ増えちゃっただけなんだしね。心の内で一人ため息をつきながらも、霊夢はハクレイの方を見据えながら喋る。
「まぁアンタの事は追々調べるとして、アンタもアンタでせめて自分が博麗の巫女なのかどうか調べておきなさいよ」
「あんまりそういうのに期待して欲しくないけど……まぁ私も調べられる範囲で調べて……――――ん?」
 変にプレッシャーを掛けてくる霊夢からの無茶ぶりに苦笑いを浮かべていたハクレイは、ふと背後からの違和感に怪訝な表情を浮かべる。
 一体何なのかと後ろを振り向いてみると、そこには自分のスカートを指で引っ張っている少女の姿があった。
 最初はどこの子なのかと思ったハクレイであったが、その容姿と顔が目に入った瞬間に゛あの時の事゛を思い出す。
 今こうして霊夢と出会い、炎天下の中このだだっ広い王都を歩く羽目となり、ニナに水浸しの雑巾を顔に当てられた元凶となった、少女の姿を。
「貴女――……ッ!」
「え?何?どうしたのよ……って、あぁ!」
 全てを思い出し、目を見開いたハクレイの姿に霊夢もまた少女の姿を見て声を上げる。
 彼女もまた少女の姿に見覚えがあったのだ。あの時、自分に屈辱を与えた少年を兄と呼んでいた、その少女の事を。
 霊夢が声を上げると同時に少女も声を張り上げて言った。今すぐ逃げ出したい衝動を抑えつつも、彼女は二人の゛ハクレイ゛に助けの声を上げたのだ。

「あの、あの……ッ!お金、盗んだお金を返すから……私の――――私のお兄ちゃんを助けてくださいッ!」

605ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:20:08 ID:gTe/oGKc
以上で、第九十六話の投稿を終わります。
とうとう暑すぎた平成最後の夏が終わってしまいましたね……。
豪雨に台風と色々大変な目に遭いましたが、振り返ればそれ程悪くない夏でした。

それでは今回はこれまで、できるのならば今月末にまたお会いしましょう。では!ノシ

606ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 19:52:40 ID:yMMJKRV6
皆さんこんにちは。
前回こっちに76話を投稿するの忘れていたので2話同時にいきます。

607ウルトラ5番目の使い魔 76話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 19:54:26 ID:yMMJKRV6
 第76話
 狙われたサーカス
 
 放電竜 エレキング 登場
 
 
「皆さん、ご存じでしょうか? 宇宙の星々には、様々な伝説が語り継がれています」
 
「宇宙の平和を守る神の伝説、宇宙を滅ぼす悪魔の伝説。そして時に伝説は現実になって、我々を魅了してくれます」
 
「ですが中には、悪魔よりもっと恐ろしい、触れずに眠らせておいたほうがいいような恐ろしい伝説があるのです。そんな伝説に、ある日突然出くわしてしまったら貴方はどうしますか……?」
 
「そうですね。地球にはパンドラの箱というお話があるそうですが、ある日道端でパンドラの箱を拾ってしまったら、あなたはどうします?」
 
「なぜこんな話をするのかですって? だってそうでしょう。ある日突然、それを手に入れた者は宇宙を制することもできる宝をポンと見つけてしまったとしたら、こんなつまらない脚本がありますか……」
 
「……三流の役者に舞台を荒らされるなら、まだ愛嬌もあるというものですが……まったくこのハルケギニアという世界は特異点なんだと思い知りましたよ」
 
「けれど、私の演者としての持ち時間は変えられませんからね。当初の筋書きに狂いが出てきましたが、私にもプライドというものがあります。では、これからこの幕間劇が傑作となるか駄作となるか、続きをご覧ください」
 
 
 
 ド・オルニエールでエレキングと戦った日の翌日の朝。この日も才人たちの姿はド・オルニエールにそのままあった。
「ふわぁ……あーあ。今日には魔法学院に帰ってるはずだったのに、結局こっちで寝込んじまったか」

608ウルトラ5番目の使い魔 76話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:04:22 ID:yMMJKRV6
 才人は、屋敷に刺し込んで来る朝日を顔に受けて目を覚ました。
 しかしここは寝室でもなんでもない屋敷のロビーで、見ると、周りにはギーシュたち水精霊騎士隊の連中も床に寝転んでのんきな顔で寝息を立てている。あの後、全員で温泉を修理して温泉に入り直した。その中で、まさかの混浴となったわけで思わず長湯してしまって、風呂上がりの後の記憶がないというわけだ。
「こりゃ、コルベール先生が心配してるだろうなあ」
 と、才人は今さらな心配をした。けれど、昨日のことを思い出せば、そうするだけの価値があったと心から思える。
 そう、才人は夢のひとつを叶えたのだ。好きな子といっしょに風呂に入るという夢を。まさかまさかでルイズのほうから誘ってもらえ、並んでいっしょに湯船に入ったあの後のことは……時間よ止まれと何度祈ったかわからないほどだ。
「プニプニで、フワフワで、おれはあのときのために生まれてきたんだなあ……」
 思い出すと今でも涙が止まらない。男として生まれてきて苦節十ウン年、小学中学高校生活でも彼女のできた試しのない自分が、女の子と混浴を味わえるなんて、ほんと一年前までは思いもしなかった。
「人間、生きてたら何かいいことがあるって本当なんだなあ」
「まったくだねサイト、君の気持ちはよくわかるよ」
「うわっ! ギーシュ、お前いつのまに起きてきたんだよ」
「プニプニ、フワフワのあたりかな。いや、君もなかなかナイーブなところがあるんだねえ」
 お前に言われたくねえよ、と才人は思ったが、心の声が漏れていたことは正直不覚であったといえよう。
「それを言えばお前はどうなんだよ。モンモンとうまくいったのか?」
「そりゃもう、生きながらヴァルハラを散歩した気分だったよ。ぼくは悟ったね、ぼくが百万の言葉でモンモランシーを褒めたたえようとも、生まれたままの姿の彼女の美しさを言葉にするのは不可能だってことが」
「へーえ、でもお前さ、ルビアナって人に呼ばれてホイホイ行きそうになったところをモンモンに耳引っ張られてたのチラッと見えたけどな」
「なにを言うのかね? だったら君だってルイズだけじゃなくて、あの銃士隊の副長殿ともいっしょだったろう? ルイズそっちのけで誰の胸をまじまじと見てたか言ってあげようかな?」
 互いに自慢とも牽制ともつかないやり取りをする才人とギーシュ。本来なら、貴族と平民がこんなやり取りをできるわけがないが、二人はもう身分など気にしない親友なのだ。
 さて、そうしているうちに周りで寝ていた水精霊騎士隊の面々も起きてきたようだ。全員、目を覚ましながらもまだどこか夢うつつな様子で、昨日のことが頭から離れられないようだ。
「とりあえず、顔でも洗ってこようか……」
 人のふり見て我がふり直せで、才人とギーシュはみんなを伴って井戸まで行って冷水を浴びてきた。
 早朝の冷たい井戸水が肌に染みて本格的に目が覚める。夢の余韻が洗い流されると、皆はなんともいえない多幸感を表情に浮かべながらギーシュを見た。

609ウルトラ5番目の使い魔 76話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:05:09 ID:yMMJKRV6
「隊長……」
「いいさ、諸君。みなまで言うな。胸がいっぱいすぎてなんて言ったらいいかわからないんだろう? ぼくも今日だけは、そんな気持ちさ。だから諸君、一番大切なものはそれぞれの胸の中に大切にしまっておこうじゃないか」
 おしゃべりなギーシュも、まるで悟ったように語るほど、昨日のことは少年たちの誰にとっても素晴らしかった。誰もが、死んでもあのことだけは忘れまいと心に誓っている。しかしそこで、才人がみんなに知った風な顔をしながら言った。
「だけどみんな、ルイズに犬呼ばわりされてたおれからわかったようなことを言わせてもらえば、今のおれたちは美味しい骨をやっとくわえたばっかの犬っころだ。新しい骨を見つけてうかつに「ワン」なんて吠えてみろ。くわえてた骨まで落っことしちまうぜ。わかるだろ?」
 才人のその言葉に、皆ははっ! とした顔になった。
 そう、油断は大敵。人生、上がるのは大変だが落ちるのは一瞬なのだ。ましてや、昨日のことは覗きという最低最悪の行為が見つかった後の、まさに奇跡に等しい出来事だった。今後、もしまた覗きのようなことをしたら名誉挽回の機会は二度と来ないと思っていいだろう。
 しばらくは自重しよう。やっと上がった女の子たちからの好感度を、翌日急下降させるような間抜けだけは避けなくてはならない。
 と、いうわけで全員でもう一回冷たい水を頭から浴びて、彼らは屋敷に戻った。そして、起きてきた女の子たちに「あんたたち早朝から濡れネズミでなにやってんの?」と、呆れられたのは言うまでもない。
 
 やがて朝食も終わり、一日が動き出す。
 本来なら、昨日のうちに魔法学院に戻らねばならないはずだったので、今日はあまりぐずぐずもしていられない。
「幸い、馬たちは大丈夫だ。これなら日があるうちには余裕で学院までは帰れるだろう」
 エレキングの起こした嵐にも、馬たちはたくましく耐えてくれていた。そして、帰る算段がついたなら、あとはあいさつ回りを済ませなければならない。
 屋敷には、まだ仕事を残しているルビアナが続けて住まうことになった。食べ物などについては、土地の人が差し入れてくれるそうで心配はない。
「ではルビアナ、君と別れるのはつらいけど、ぼくたちもこれ以上学院を空けているわけにはいかないんだ。次の虚無の曜日には必ずまた来るから、しばしのお別れを許してくれ」
「おなごり惜しいですが、仕方がありませんね。ギーシュさまたちと過ごした毎日は、とても楽しかったです。せめて、お見送りだけはさせてくださいませ」
 こうして、見送りについてくるルビアナといっしょに、魔法学院の生徒たち一行は屋敷を後にした。
 ド・オルニエールの里は平穏さを取り戻しており、今日は穏やかな晴れで、昨日の戦いが嘘のように感じる。
 一行は、滞在中に世話になった住人の方々にあいさつをして回り、その途中で同じように帰り支度をしている魅惑の妖精亭の面々と会った。
「ようジェシカ、そっちもこれから帰りか?」
 才人が声をかけると、八百屋で野菜を見繕っていたジェシカが振り向いた。
「おはようサイト、わたしたちも昨日のうちには帰るつもりだったけどだめだったからね。せめて、こっちで安い食材を仕入れてから帰ろうとしてるのよ。それより、ルイズとは風呂上りにうまくやれたの?」

610ウルトラ5番目の使い魔 76話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:05:58 ID:yMMJKRV6
「……悪いが記憶がねぇ」
「あら残念。失敗してたらシエスタを焚きつけようと思ったのに。それはともかく、ここの温泉は気に入ったわ。約束通り、トリスタニアで宣伝しておくから、ね?」
「わかってるよ、魅惑の妖精亭のメンバーはフリーパスだろ。ほんと、お前らはちゃっかりしてるよなあ」
 こういう面ではすでに働いている相手にはかなわないと才人は思った。後ろではスカロンたちが、お肌がすべすべでお客さん増えすぎちゃったらどうしようとはしゃいでいるが、ギーシュたちはトラウマを呼び起こされて吐き気を催しているようだ。
 さて、立ち話をしていると、どうやら人間の考えることは似通っているようで、ティファニアが孤児院の子供たちを連れてあいさつにやってきた。
「皆さん、今回はご招待ありがとうございました。わたしもそろそろ、この子たちを送り届けて帰ろうと思います」
 ティファニアが丁寧にぺこりとおじぎをすると、その下で逆さむきになった巨峰がぷるんと揺れて才人はどきりとした。
「サイトさん?」
「い、いやなんでもない。気を付けて帰れよ」
 まずいまずい、ここで下手に鼻の下を伸ばしたりすればルイズの嫉妬にまた火がついてしまう。昨日の今日でまたふりだしに戻るはごめんだ。
 道中はマチルダがいるから心配はない。むしろ盗賊が現われでもしたほうが心配だ。道端に身ぐるみはがされたオッサンの簀巻きが転がっている凄惨な光景が出来上がるかもしれない。
 と、そこへさらに、砂利道を規則正しく踏み締めながら行進する音が響いてきた。才人が「おっ」と思って振り向くと、思った通り、こんな規則正しい足音を立てる集団は、ド・オルニエールにたったひとつだ。
「ほう、雁首揃えているな。破廉恥隊ども」
「うっ、それはもうナシにしてくださいよ、ミス・アニエス」
 さっそくの毒舌に、ギーシュが苦しそうに答えた。
 見ると、隊列の中央には顔を隠したアンリエッタもいて、一同は反射的に敬礼をとった。むろん、すぐに「楽にしてください」と手ぶりでたしなめられ、一同は力を抜いた。
 どうやら彼女たちもこれから城へ帰るようだ。というより、これ以上女王が城を空けているといくらなんでもマズいであろうから、アニエスの表情にもどことなく焦りが見える。もしも城で大事があったら伝書フクロウが飛んでくるはずであるから、今のところは大丈夫なはずではあるが、万一なにかがあったらアニエスの首が飛びかねない。鬼の銃士隊隊長も決して楽な仕事ではないのだった。
 しかし、ほかの銃士隊の面々は隊長の気苦労も知らずにのんきそうであった。能天気なサリュアはおろか、副副隊長格のアメリーも温泉の効能で私たちの人気もまた上がっちゃうわねとはしゃいでいる。本当に、リアルとプライベートの使い分けがうまいというか、なまじどいつもいざとなると人一倍働くだけにアニエスも強く言えずに困っているようだった。
 ま、これも付き合いが長いゆえか。才人は、姉さんお疲れさまと心の中で頭を下げると、こっそりとミシェルの隣に移動して話しかけた。

611ウルトラ5番目の使い魔 76話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:07:19 ID:yMMJKRV6
「……真面目な話、昨日頼んだあのこと、できるだけ早くお願いします」
「わかってる。実物もスケッチしたし、こういう仕事はこっちの専門だからな。ウルトラレーザーか、確かにあんなものをそこらの平民が持っていたら、そのうち自衛どころではない事件になるのは目に見えている。帰ったらさっそく探りを入れてみよう」
 才人はミシェルに、ウルトラレーザーの出どころを探ってくれるように頼んでいたのだった。あれはどう見てもこのハルケギニアにあっていいレベルの兵器ではない。そんなものを安値で売りさばいている奴がいるならば、いずれ大変なことが起きるのは目に見えている。特に、この手の捜査はアニエスに次いでミシェルの得意分野だ。
 ただし、今はそう大きくは動けない理由があった。
「ただ、あまり早くはできないかもしれない。この間のトルミーラの件で、奴の背後にいた奴の捜索もまだ続いているし、なによりあの件で単独行動が過ぎたせいでしばらく自重しろと叱られていてな。あまり期待はしないでくれよ」
「ああ、あの後アニエスさんにこっぴどく怒られたって聞きました。でも、これがヤバいことだってのはアニエスさんもわかるんじゃないですか?」
「実際に被害が出ないと、こういうものに簡単に人手は割けんよ。それに銃士隊にもいろいろ仕事があってな。姉さんが皆が少しくらいふざけているのを大目に見ているのも、普段が過酷だからだ。そうだ、サイトが銃士隊に入ってくれるなら助かるんだがな。前にも言ったが、男でもサイトなら歓迎だぞ」
「えっ! お、お気持ちはうれしいですけど、ルイズの許可がないと……」
「はは、わかってるよ。遊びたい盛りのサイトに、銃士隊の任務は務まらないさ。でも、将来働き口が欲しくなったらいつでも来ていいんだぞ。それこそ、わ、わたしが、て、手取り足取り教えてやるからさ」
「……そう言えって、アメリーさんたちに吹き込まれたんですか?」
「うん……」
 慣れないお姉さんぶりっこが不自然だと思ったら、やっぱり銃士隊の連中が裏で糸を引いていたのかと才人は頭が痛くなった。
 そりゃ、ミシェルのことは嫌いではない。いや、嫌いではないどころか、海のような青い髪に整った顔立ちは文句なしで美人だし、胸の大きさはティファニアほどではないにしても、むしろスレンダーな体格と均整がとれて非常に美しい。それに、昨日いっしょに入浴したときに気づいて、あえて口には出さなかったけれど、今では一言で言ってしまえば、欠点を見つけることのほうが難しいトップモデル級である。性格は真面目だし一途だし、素はちょっと弱いところがあって可愛いし、ほんと自分にはもったいない人だと思う。
 けれど、それに対して欠点だらけながらもほっておけないのがルイズなんだよなあと才人は思う。銃士隊の面々からすれば、なんであんなかんしゃく持ちから離れないんだと不思議に思われてるかもしれないが、胸の奥のドキドキというものは言葉で説明できないからやっかいなのだ。まったく、それこそギーシュみたいに誰にでも好きだと言えればどんなに楽か。
 しかし、それはそれとしてウルトラレーザーの件は気に止めておかねばならない問題だ。どう考えても、この一件には宇宙人が絡んでいるのは間違いない。才人は、狙いが空振りになって落ち込んでいるミシェルを励ますように言った。
「ミシェルさんはそのままのほうが一番いいんだよ。余計なことしなくたって、ミシェルさんが誰よりきれいな心を持ってるのはおれが知ってるからさ」
「サイト……そういうことを素で言えるのがお前のズルいところだよ。でも、もうそろそろ人目を気にせずに名前だけで呼んでくれ。もう誰も気にしないからさ」

612ウルトラ5番目の使い魔 76話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:08:09 ID:yMMJKRV6
「えっ? ミ、ミシェル……」
「サイト……」
 見つめ合う二人。そんな様子を、いつの間にか周り中の目が生暖かく見守っているのを二人は気づいていない。
 そしてそんな二人に、銃士隊の中から「作戦成功ですね副長!」とささやく声が響いた。そう、策は二重三重に張ってこそ価値があるものなのである。
 ついでに、その外野でルイズがいきり立っているが、銃士隊二人に羽交い絞めにされながらアンリエッタにいさめられていた。
「離してーっ! 離しなさいったら! あの浮気者を地獄に送ってあげるんだからぁ!」
「あらルイズ、暴力はいけないわ。レディならあくまで魅力で勝負しないと美しくありませんわよ」
「女王陛下! あなたはいったいどっちの味方なんですか!」
「それはもちろん、可愛い臣下の幸せを願っているに決まっているじゃないの。うふふ」
 臣下って、それを言えばルイズもミシェルもどっちも臣下じゃないですか。アンリエッタは優しげな笑みを浮かべ続けるだけである。
 
 さて、ド・オルニエールの広場ではこれらの他にもそこかしこで話す声が響いている。昨日の裸の付き合いを経て、すっかりみんな打ち解けていた。
「また来週、ここで温泉に入りに来ましょう。健康と美容にいい食べ物も、まだたくさんあるんだって」
「もちろん、じゃあ次は別の友達にも声をかけておくね。楽しみだわ」
 なんやかんやで、ド・オルニエールを温泉で盛り上げるという計画は成功を収めつつあるようだった。この調子なら、女子生徒たちは別の女子生徒へ、魅惑の妖精亭や銃士隊からはトリスタニアの人々へと口コミが広がっていくことだろう。
 もちろん、集客は始まったばかりであり、今は物珍しさで来てくれる人もいるだろうけど、リピーター客を得るにはこれからだ。出だしで調子に乗って一年も持たずに閉鎖した観光地などいくらでもある。まあ、出だしはできたことだから、これから先はビジネスの専門家のルビアナがいるし、ド・オルニエールの人たちもやる気になっているから自分たちは身を引くのが筋だ。なによりこれ以上こっちにかまけて落第になったら目も当てられない。
 一同はしばしの別れの前に少しでもと、親しげに談笑を続けた。そして、それもそろそろ終わりに差し掛かった時のことである。どこからともなく、トランペットやドラムで奏でられた軽快な音楽が風に乗って響いてきたのだ。
 パンパカパンパン♪ ピーヒャラピーヒャラトントントン♪ 聞いているだけで愉快になってくるような音楽に、一同は話を忘れて周りを見渡した。
「なんだい? お祭りがあるなんて聞いてないけど」
「おい、あれ。あれ見てみろよ」
 怪訝な様子から誰かが指さしたほうを見ると、街道のほうから派手な身なりをした一団が笛や太鼓をたたきながら大きな荷車といっしょにやってくる。そして、荷車に立てられたのぼりには、『パペラペッターサーカス』と大きな文字で書いてあった。
「へーえ、ハルケギニアにもサーカスってあるんだなあ」
 才人が感心したように言った。魔法で飛び回ったり、好きに火や水を出したりできるこの世界ではこういうものははやらないと思っていたが、意外とそうでもないようだ。

613ウルトラ5番目の使い魔 76話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:09:08 ID:yMMJKRV6
 すると、ミシェルが軽く笑いながら教えてくれた。
「あくまで平民向けだがな。貴族は体裁にこだわって演劇やオペラしか見ようとしないが、手ごろな値段で見れる単純な娯楽は平民にはけっこう人気がある。ただ、リッシュモンが低俗な見世物はよくないと言って数年前に締め付けたから、最近はめっきり減っていたが、まだ生き残りがいたんだな」
 サーカス団は十数人ばかりの規模で、楽団のほかにおなじみのピエロや、肩に鳥を乗せた動物使い、うしろの荷車には動物の檻も見えて、なかなか盛況そうに見えた。
 やがて音楽を鳴らしながらサーカス団はここまでやってくると、先頭に立っている団長らしき小太りな男性が大仰にお辞儀した。
 
「レディースアンドジェントルマン! 我がパペラペッターサーカスへようこそ。私、団長のパンパラと申します。本日より、この地でしばらく公演をさせていただきます。はじまりは忘れかけた昨日の夢を、おしまいは明日への胸のときめきを。皆さま、気軽にこの夢の世界の門をくぐっておいでください。初回公演は一時間後にスタートいたします」
 
 団長のあいさつとともに後ろの団員たちも一礼をして、ついで誰からともなく拍手が鳴り出した。
 その陽気な様子に、才人も思わず顔をほころばせてルイズに言った。
「いいなあ、サーカスだってよサーカス。なあルイズ、帰る前にちょっと見て行こうぜ」
「はぁ? あんた何言ってるのよ。わたしたちは急いで学院に帰らないといけないんでしょ。遊んでる暇なんてないわよ」
「どうせ今日の授業には間に合わねえだろ? なら、一時間や二時間遅れたって変わりはしないだろって。サーカスっておもしろいんだぜ、見て行こうぜルイズ」
 すっかりウルトラレーザーのことなどは頭から抜け落ちた才人であった。とはいえ、この年頃の少年は好奇心旺盛で気が散りやすいものだから無下に才人を責めるわけにはいくまい。
 しかし、サーカスというものに懐疑的なルイズはいい顔をしなかった。
「サーカスってあれでしょ。飛んだり跳ねたり手品を見せたりするんでしょ? そんなのあんたいつでも見てるじゃないの」
「ちっちっち、わかってないなあ。それを魔法を使わないでやるからすげえんじゃないか」
「いやよ、あんなちゃらちゃらしたの胡散臭いじゃないの」
 ルイズはどうも機嫌が悪いのもあって意固地になってしまっているようだった。見ると、学院の生徒たちも、貴族としてのプライドからか、いまひとつ興味はあっても乗り気ではないようだった。
 と、そのときだった。団長の顔をさっきからまじまじと見つめていたスカロンが、ポンと手を叩いて言ったのだ。
「あーっ、思い出したわ。あなたたち、旅芸人のカンピラちゃん一座じゃない!」
 すると、それを聞いて驚いた団長がスカロンを見て、こちらもはっとしたように跳び上がってスカロンに駆け寄ってきた。

614ウルトラ5番目の使い魔 76話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:10:19 ID:yMMJKRV6
「おお、そういうあなたはスカロン店長ではありませんか! おお、おお、よく見れば魅惑の妖精亭のみなさんもご一緒で。あの節ではお世話になりました。あなたのご恩は忘れたことはありません」
 感極まったように涙を流しながらスカロンの手を握る団長に、周り中から驚いた視線が集まる。
 いったいどういうことだ? 知り合いなのかといぶかしる周りからの疑問に、スカロンは笑いながら答えた。
「何年か前のことだけどね、ド貧乏な旅芸人の一座がうちに寄ってきたことがあるのよ。もう無一文で、せめて衣装と引き換えに食べさせてくれっていうから一晩泊めてあげたんだけど。へーえ、あのボロボロの一座が立派なサーカスになったものじゃないの」
「はい、お恥ずかしい限りですが、当時の我々は芸人としてはさっぱりで、もう飢え死にする寸前でありました。ですが、行き倒れ同然で転がり込んだ我々に一夜の宿を与えてくれたスカロン様の温情を受けて、まだこの世は捨てたものではないと思いました。そして、名前をパンパラと変えて心機一転芸を磨き続けて、ようやくここまで一座を大きくすることができたのでございます」
 まさに、聞くも涙の物語であった。人に歴史ありというが、陽気に人を笑わす芸人にも、裏には血のにじむ苦労があるものなのだ。
 しかしパンパラ団長は芸人に涙は禁物だと目じりを拭うと、皆を見渡して大きく言った。
「さあさ、こんな明るい日に湿っぽい話はナシでございます。今日はうれしい方と再会できた素晴らしい日です。特別に、初回公演料はいただきません! どうか皆さん、我々のサーカスを見ていってくださいませ」
 その言葉に、一同から歓声があがった。魅惑の妖精亭の皆は、どうせトリスタニアには数時間もあれば帰れるのだからと、公演を見ていく気満々になっているし、ティファニアは子供たちからサーカスを見て行こうとせがまれて断れなくなっている。
 それでも、ルイズや魔法学院の生徒たちは学院に急いで帰るかどうかでまだ迷っている様子だったが、天秤を大きく傾かせたのはアンリエッタだった。
「まあ、おもしろそうですわね。サーカスですか、平民の娯楽を知るのも為政者としては大切な務めですわよね」
 興味津々で言うアンリエッタ。しかし、それに血相を変えたのはアニエスだった。
「い、いけません陛下! これ以上帰還が遅れたら枢機卿がお怒りになられます。ただでさえ今回は無理して来たというのに、これ以上遊んでいる時間はありません」
 しかしアンリエッタは顔色一つ変えずに静かに言い返した。
「あら、お城よりも城下のほうが民の暮らしはわかるものですわよ。これも立派な公務ですわ。そういえば、マザリーニ枢機卿といえば……先日、お城の書庫で持ち出し厳禁の先王様時代の経理書がインクまみれになっていたと、カンカンに怒っておいででしたが……誰の仕業か知っているかしら? アニエス」
「お、お供つかまらせていただきます……」
 冷や汗を流しまくるアニエスを見て、何をやっているんだ、この人は……と、才人は少々げんなりした。そんな場所で何をしていたか知らないが、もしかして仕事外ではポンコツなんじゃないのかこの人は? と、思わざるを得ない。
 とまあこういうわけで、女王陛下がご覧になるのならば我も我もといったふうに、水精霊騎士隊も水妖精騎士団も全員サーカス見物を決めてしまった。こうなるとルイズも一人だけ先に帰るわけにもいかず、しぶしぶ自分も参加するしかなかった。
 
 サーカスのテントは手慣れた様子で一時間ほどで組み上げられ、公演は即座に開始された。

615ウルトラ5番目の使い魔 76話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:12:59 ID:yMMJKRV6
「へーえ、テントの中も地球のもんとあんま変わらないんだなあ」
 テントの中は意外と広々としていて、ざっと二百人くらいは収容できそうな広さを持っていた。U字型になった観客席の中央には、おなじみの空中ブランコの立てられたショースペースがあり、才人は小さい頃に母親に連れて行ってもらったサーカスを思い出した。
 客席は平民用であるために粗末な木の椅子で、そこは多少不満が出たものの、女王陛下が平然としているのに文句をつける者はいない。
 ずらりと整然と席に座り、一同は開演を待った。薄暗い中で、ざわざわと囁く声があちこちから聞こえる。サーカスというものを名前では知っていても、実際に見たことがある者はほとんどいなかったので、不安や憶測でいろいろな話が飛び交っていた。
「サイト、ほんとに大丈夫なんでしょうね? 平民向けの低俗な劇なんかでわたしを退屈させたら許さないわよ」
「大丈夫だって。お前こそ、食わず嫌いせずにもっと期待してみろよ。すっげえ楽しいんだからさ」
 才人はいぶかしるルイズをなだめながら開演時間を待った。
 それでも、開演が間近に迫ってくると、期待に傾く声も増えてくる。ベルが鳴り、開演まであと五分のアナウンスが流れると、いよいよだと皆が息をのんだ。
「さあ、いよいよ始まるぜ。ん? 今ちょっと揺れたような……気のせいか」
 椅子からわずかな違和感が伝わってきたが、すぐ収まったので才人は気にせずにステージのほうへ意識を向けた。
 
 開幕まで、あと三分。その頃、舞台裏ではサーカス団員たちが最後の準備をすませて、いまかいまかとスタンバイしていた。
 団長は張り切っている。恩人に見せる晴れ舞台である上に、多くの貴族たちが見に来てくれているという(アンリエッタがいることは気づいていない)またとない機会だ。
 団員たちはそれぞれの演技の準備を済ませ、そして裏方たちは仕掛けに異常がないかを念入りに調べて待つ。
 そんな中、照明を任されたある団員は天井付近で役目を待っていたが、ふと背後に人の気配を感じて振り返った。
「誰だい? 打合せならもう済んだ……ひっ! バ、バケモ」
 鈍い音がして、裏方の団員は桁の上に倒れ込んだ。
「……本来なら消しておきたいところですが、万一にも事前に察知される危険は冒せませんからね。さて、ここからなら全体がよく見えますね」
 何者かは天井裏の暗がりに身を潜めつつ、ほくそ笑みを漏らした。
 
 そして遂に、サーカス開演の瞬間が訪れた。
「レディースアンドジェントルメン! 大変長らくお待たせいたしました。パペラペッターサーカス、これより開幕いたします。夢と興奮のひとときを、どうぞお楽しみになってください!」

616ウルトラ5番目の使い魔 76話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:14:24 ID:yMMJKRV6
 ファンファーレとともに幕が上がり、団長に続いてきらびやかな衣装をまとった団員たちが現われて優雅に一礼した。同時に天井から色とりどりの照明とともに紙吹雪が舞い降りてきて、観客から歓声があがった。
 そうそう、この陽気な雰囲気こそがサーカスだよと、才人はまだ始まったばかりなのに嬉しくなった。が、少し気になったことがある。舞台に出ているサーカス団員の誰もが半そでで手袋もない素手をしている。服装は派手なので妙にアンバランスだなと思ったら、団長が「タネも魔法もございません。では、ショーターイム!」と言ったことで、なるほどメイジが紛れ込んで杖を隠し持ったりはしていませんよという証明なのかと理解した。
 そして一番手、さっそくの動物使いの登場に観客は早々に度肝を抜かれることになった。
「うわっ! なんてでかいライオンだ!」
 猛獣使いを乗せて現れたのは、二メイルはあるかという巨大なライオンだった。人間なんか一口でパクリといってしまいそうなでかさと迫力で、その一吠えで学院の生徒たちは縮こまり、子供たちは泣き出すくらいだった。
 しかし、猛獣使いはライオンの背からひらりと降り立つと、ライオンの頭を撫でながら観客に言った。
「皆さんこんにちはーっ! あたし、猛獣使いのルインっていうの。あたしの友達がビックリさせちゃってごめんねーっ! あたしたち、南の国からやってきた兄妹なのーっ。今日はあたしたちのショーを楽しんでいってねーっ!」
 そう言って猛獣使いはライオンの頭に飛び乗ると、ライオンはなんと後ろの二本足ですっくと立ちあがったではないか。
 おおっ! と、思いもかけないライオンの行動に驚く観客。そして軽快な音楽が始まると猛獣使いはライオンの頭に片手で逆立ちして、そのままライオンの頭の上で体操をしたり、かと思うとジャグリングやトランプ芸を披露して見せた。
「すごい。メイジと使い魔だってあそこまで息を合わせるのは難しいっていうのに」
 レイナールが感心してつぶやいた。猛獣使いといっしょにライオンだって動き回っている。二足歩行から四つん這いになって走り回ったりと、激しく動き回っているのに、乗っている猛獣使いは少しもバランスを崩さないのだ。
 そして、大きなライオンが猛獣使いといっしょにコミカルに動き回るのを見て、怖がっていた子供たちも緊張がほぐれてきた。席から立ってステージと観客席の間の柵に駆け寄り、猛獣使いのお姉さんに向かって手を振る子も出てきた。
「はーい、ぼくたちありがとーっ! じゃあもっとすごいの見せてあげるね。カモーン! ファイヤーリーング!」
 猛獣使いの合図で、黒子たちが猛烈に燃え上がる火の輪を持ち出してきた。その火勢と、勇ましく吠えるライオンの姿に、いつの間にか学院の生徒たちも銃士隊も目が釘付けになっている。
 才人は、くーっ! これこそがサーカスなんだよとさらに胸を熱くした。百聞は一見に如かず、本当にタネも仕掛けもなくすごい技を見せてくれるのがサーカスの魅力なのだ。
 火の輪くぐりをするライオンを見て、さらに興奮する観客たち。そして、興奮するのは人間だけではなかった。ルビアナの抱いていた幼体エレキングが、熱気に当てられたのかルビアナの手を離れてステージに寄っていったのだ。
「あらあら、お仕事の邪魔をしてはいけませんわよ」
 心配そうに見送るルビアナ。エレキングはやがてステージに詰めかける人たちの中に紛れていった。
 そしてその後も、サーカスの出し物は続いていった。ナイフ投げや空中ブランコ、メイジが魔法を使えば簡単なことも、平民がやるとなってはスリリングな見世物になる。
 もちろん、貴族から見て退屈にならないようにも工夫がこらしてあった。わざと失敗したと見せてギリギリで成功させて見せたり、手品を使って思わぬところから現れたりと飽きさせなかった。
 そうしているうちに、最初は疑り深かったルイズもいつの間にかステージをわき目も振らずに見つめ続けていた。それを横目で見て、才人がニヤリとしたのは言うまでもない。

617ウルトラ5番目の使い魔 76話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:16:05 ID:yMMJKRV6
 公演はまだまだ続き、時が経つごとに観客の意識は陽気で明るいショーに釘付けになっていく。
 
 しかし、そうして観客も団員も意識がすべてショーに注ぎこまれている間に、信じられないような異変が彼らを襲っていたのだった。
 それは、サーカスのテントの近くを通りがかったド・オルニエールの農夫の眼前で突然起こった。
「ひえええぇっ! テ、テントがでっけえ亀になっちまったぁ!」
 それは彼の常識では精一杯の表現だったが、正確にはテントが巨大な円盤に変わってしまったということだった。
 円盤はその巨体の重さを感じさせない静かさでゆっくりと浮かび上がると、そのまま空へと舞い上がっていった。
 中では外の異変などにまったく気づかず、サーカスショーがそのまま続いている。彼らが居ると思っているド・オルニエールの大地は、知らぬ間にどんどん遠ざかりつつあった。
 
 そしてその光景を眺めて、ほくそ笑んでいる影があった。
 
「ほほお、宇宙船を偽装してまとめて全部捕らえてしまうとは、ずいぶん豪快な方法を使いますねぇ」
 
 それは、ここ最近暗躍を続けているあの宇宙人の姿だった。
 しかし、なぜ彼が関わっているのだろうか? その理由は、時間をややさかのぼってのことになる。
 昨日、怪獣エレキングとの戦いが終わり、ド・オルニエールに平和が戻った。 
 若者たちは勝利と喜びに沸き、やがて騒々しい一日も更けていく……。
 しかし、誰もが疲れきり寝静まる闇の刻にあって、なお蠢く邪悪な者たちがいた。
 
「本当に、ここにアレが? とても信じられない話ですねえ」
「いいえ、確かな情報ですよ。疑うなら別にイイですよ。この話を買ってくれる方はいくらでもいるでしょうからねえ」

618ウルトラ5番目の使い魔 76話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:23:31 ID:yMMJKRV6
 ド・オルニエールを見下ろすどこかで、人ならざる者たちがひそかに話し合っていた。
 一人はすでに何度もこの世界で暗躍しているコウモリのような影。対して、それと話しているのは今だハルケギニアでは未確認の姿をした者だった。
「わかりました、あなたを信用することにしましょう。しかし、アレは正直伝説だと思っていました」
「でしょうね。私もアレがまだこの世に存在するとは思っていませんでした。それが、こんな世界で実在を確かめることになるとは夢にも思いませんでしたよ。私がそうなのですから、あなたが信じられなくても無理はありません」
「そちらこそ、自分のものにせずに私に売りつけるところからして、手に余ったのではないですか? 宇宙に悪名を轟かせると聞く、あの星人の一角にしては情けないことですねぇ」
 互いに慇懃無礼な言葉をぶつけ合い、信頼関係があるようには思えない。しかし、会話の中に登場する”アレ”が、相手への不信を置いても重要な意味を持つのは確かなようである。
 コウモリ姿の宇宙人は、相手からの挑発には挑発で返した。
「私の種族が別宇宙でも有名とは光栄ですね。ですが、私の目的にはアレは不要というより邪魔ですから、欲しい方がいるならお譲りします。なにより私の一族には、あんなものに頼る必要はなく強力な切り札がありますので。ですから、あなたにもそれを差し上げたのですよ。それがあっても、まだご不満ですか?」
 彼は相手の手の内に視線を落とした。相手の手の中には、自分がプレゼントした黒い人形が握られている。それは一見するとただのおもちゃのようだが、得も言われぬ不気味なオーラを放っていた。
「フフ、その手は乗りませんよ。お膳立てを整えておいて、断れば臆病者と蔑む古典的な手段でしょう? ですが、もしアレを手に入れられたら、我々の計画はより完璧なものになるでしょう。それは魅力的です。けれどねぇ」
「なんです?」
「アレを我々に押し付けたいのはわかりましたが、それにしてもお膳立てが丁寧すぎませんか? まだあなたはこの世界で目立ちたくないのは聞きましたが、あなたほどの実力があれば、こんな回りくどい手を使わなくても直接なんとでもできるでしょう。ただの親切なんて陳腐な返事はしないでくださいよ」
 その問いかけに、彼は少し考え込む素振りを見せた後、つまらなそうに答えた。その回答に対する相手側の反応は爆笑。しかし彼は気分を害する風もなく話を続け、やがて相手も了承した。
「いいでしょう。あなたの誘いに乗ってあげますよ。ですが、こちらがアレを手にいれても後悔しないでくださいよ。フフフフ……」
「後悔などしませんよ。私はあなた方のやろうとしていることにも興味はないですし、そちらと同じで、この星がどうなろうともかまいませんからね。ただ、私の残りの仕事が済む前に、この星の人間がアレの価値に気づくと面倒ですから」
「確かに、アレはこの星の人間どもには過ぎた宝ですね。代わりに我々が手に入れて有効活用してあげましょう。では、フフ、アハハハ」
 相手は高笑いしながら闇に消えていった。
 一人残された彼は、しばらくじっと宙に浮いていた。しかし相手の気配が消えたのを確認すると、憮然として呟いた。
「期待してますよ、遠い宇宙の方……なにかを探して並行世界を渡り歩いているそうですが、以前のあのロボットのように、あなたも特異点であるこの惑星に引き寄せられたのでしょうね。この星の特異点……その価値に気づいているのは、今のところ奴だけのようですが、その奴もいつ動き出すか……あまり時間はありません。それなのに……ぐぅっ!」
 そのとき、悠然と構えていた宇宙人から絞り出すような苦悶の声が漏れた。そして、姿勢を崩した彼のマントの影から彼の右腕が覗いたが、それは激しく焼け焦げてしまっていた。
「ぐぅ……やはり、そう簡単には治りませんね。おのれ、よくも私にこれほどの傷を……絶対に許しませんよ。そちらがその気だというのならば、こちらも相応のお返しをしてあげようではありませんか」

619ウルトラ5番目の使い魔 76話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:24:32 ID:yMMJKRV6
 傷の痛みが、彼の胸中に煮えたぎるような憎悪を沸き立たせてくる。彼は自分にこれほどの深手を負わせた相手の姿を思い浮かべた。そう、あれは一週間前のあの夜。
 あの日、彼は事あるごとに横槍を入れてきた何者かをついに探し出し、ピット星人を一瞬にして銃殺したその相手と接触した。フードつきの服で姿を覆い隠していたので顔は見えなかったが、あわよくば相手の力を利用してやろうと対話を持ちかけた彼に対して、その相手は予想外の態度と力で答えてきたのだ。
「まさか、ろくに話も聞かずに即座に殺しにかかってくるとは……あんな野蛮な方とは会ったことがありません。ですが、かすっただけで私にここまでの傷を負わせるとは……それにこの弾丸の破片の金属は、やはりあの星の方のようですね」
 彼は、自分ともあろうものが命からがら逃げだすだけで精一杯だった屈辱に身を焦がした。真っ向勝負に打って出ることもできなくはなかったが、奴があの星人だとすれば、自分の持つ最強の力に匹敵する”あれ”を持っている可能性が強い。そんなものと戦えば確実にウルトラマンたちに気づかれるし、最悪の場合は共倒れとなってしまう。目的の達成が間近な今、そんなリスクを冒すわけにはいかなかった。
 しかし、収穫がないわけでもなかった。わずかにできた会話の中で、その相手が口にした名前……それに、彼は覚えがあったのだ。
「かつて、数々の星を壊滅させたという『それを手にするものは宇宙を制することもできる』という伝説の力……本当に、眉唾な伝説だと思っていましたが、この星の人間たちの中に紛れていたというのですか……? 見定めさせていただきますよ……それが本物かどうかを。そのうえで、この傷の痛みを倍返しにしてあげようではありませんか」
 復讐を彼は誓った。侮りがたい宇宙人だということは確かだが、まだあの伝説の存在そのものかどうかは確証がない。もし本物だというなら、何らかの反応を見せてくるだろう。
 そして、伝説が本物だというならそれもいい。こちらにも、その伝説にひけをとらない”切り札”があるということを、そのときは教えてやろうではないか。
「この宇宙は、絶対的な力を持つ者によって支配されるべきなのです。弱い力はより強い力に飲まれて消え去るのみ。おもしろいではありませんか。誰が真の最強か、勝負するのもまた一興でしょう」 


 続く

620ウルトラ5番目の使い魔 77話 (1/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:28:04 ID:yMMJKRV6
 第77話
 170キロを捕まえろ!
 
 高速宇宙人 スラン星人 登場!
 
 
 謎の宇宙人の策略により、サーカスを楽しむ才人たち一行は、サーカスのテントごと巨大な円盤に乗せられて連れ去られようとしていた。
 サーカスに夢中になっている才人たちはまったく気づいておらず、このままでは知らないうちに二度と帰れない場所まで連れて行かれてしまうに違いない。
 果たして敵の目的とは? 才人たちは、かつてないこの危機を脱出できるのであろうか。
 
 円盤は上昇を続け、内部は変化がある前の状況をそのまま再現されているために誰も異変に気付くことができない。ご丁寧に、テントを通して入ってくる太陽光やテントが風で揺れる様さえ再現されていた。
 サーカスの公演時間はまだまだあり、観客の興奮は収まる様子を見せない。今も、空中ブランコの芸に大きな歓声があがっていた。
「おおおお! まるで妖精の羽ばたきみたいだ」
 空中ブランコの妙技に貴族からも歓声が飛ぶ。ハルケギニアでは貴族が魔法で飛べて当たり前であるから、彼らは魔法よりもすごく跳べるように技を磨いてきたのだ。
 空中回転からの飛び移り、複数人同時飛び。それを目にもとまらぬ速さで縦横無尽に繰り出す芸当は、まさに魔法以上に魔法のようなきらびやかな魅力を持って観客を魅了した。
 しかし悪いことに、サーカス団のそうした演技のすばらしさが逆に注意力と警戒心を薄れさせてしまっていた。
 テントを飲み込んだ円盤はさらに上昇を続けるが、いまだに異変に気付いた人間は誰もいない。その様子を天井の照明の影から見ていた宇宙人は、これでこのままハルケギニアから連れ去ってしまえばこっちのものだとほくそ笑んだ。
 だが、宇宙船が高度を上げてワープに入ろうとしたその瞬間だった。順調に飛行を続けていた宇宙船に、突然下方から赤い矢尻状の光弾が襲い掛かったのだ。
『ダージリングアロー!』
 光の矢は円盤をかすめ、その余波で円盤は大きく揺れた。
 もちろん円盤にダメージがあれば、その中に収容されているテントもそのままでは済まなかった。
「うわぁっ! なんだっ!」
 突然の揺れに、サーカスに夢中になっていた彼らは椅子から放り出されて体を痛めてしまった。それと同時に、空中ブランコの途中だったサーカス団員もバランスを崩して放り出され、床にに真っ逆さまになるが、すんでのところで銃士隊員が駆け込んで抱き留めた。

621ウルトラ5番目の使い魔 77話 (2/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:35:59 ID:yMMJKRV6
「あ、ありがとうございます」
「い、いえいえ。え、ええと、ところで今度、私と夜明けのコーヒーでも……」
「はい?」
 イケメンだったサーカス団員を思わず逆ナンしている銃士隊員がいるが、それでも危ないところは救われた。
 だが、なんだ今のは? サーカスの趣向ではないし、地震にしては不自然だ。観客席は動揺し、慌てて出てきた団長が、お客様どうか落ち着いてくださいと呼びかけてはいるけれども、一度始まった動揺はすぐには収まらない。
 そのときだった。子供たちをなだめるのに必死なティファニアの脳裏に、怒鳴りつけるような声が響いてきた。
〔気づけティファニア! 今すぐ外を確認しろ!〕
「えっ! この声、ジュリ姉さん?」
 聞こえた声の主に気が付き、ティファニアはとっさに「誰か、外を見てきてください」と叫んだ。その声にはっとして、何人かがサーカステントの出入り口へと走った。
 そして、この事態に驚いているのは人間たちだけではない。作戦成功を確信していた宇宙人も、異変に気がついて外部を確認して驚いた。
「ウルトラマン!? くそっ、どうしてこんなところに!」
 円盤の外、そこには赤い正義の戦士、ウルトラマンジャスティスが駆けつけ、宇宙船の進路を塞ぐように対峙していたのだ。
 円盤はジャスティスの光線を受けてダメージを負い、亜空間ワープができなくなっている。間一髪のところで、ジャスティスのおかげで最悪の事態は免れた。
 しかし、なぜここにジャスティスが駆けつけてくることができたのか? この光景を、あのコウモリ姿の宇宙人が遠くから見ながら笑っていた。
「おやおや、あと一息というところで”偶然”ウルトラマンがやってくるとは不運ですねぇ。では、あなたの実力を拝見させていただきましょうか。この窮地を切り抜けられるなら、本当になんでも持って行っていいですよ。フフフ」
 陰湿な笑い声が流れ、事態は終局から一気に混迷へと崩れ落ちていく。
 ジャスティスは円盤の中にティファニアたちがいることをわかっており、円盤を完全に破壊しないように地上に下ろそうと近づいていく。
 しかし、円盤も無抵抗ではおらず、下部からビームを放って反撃してきた。
「シュワッ!」
 ジャスティスはビームをかわし、円盤の死角に回り込みながら再接近をはかる。もちろん円盤もそうはさせじと旋回して、背後を取り合うドッグファイトの様相を見せてきた。
 一方、内部の人間たちも自分たちの置かれた状況の異常さに気づいてきた。
「なんだこの壁! 外に出られないぞ」
 いつの間にかテントの出入り口の外に金属の壁が現われており、出ることができなくなっていた。

622ウルトラ5番目の使い魔 77話 (3/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:41:25 ID:yMMJKRV6
 一転してテントの中はパニックに陥る。人間は閉じ込められるというシチュエーションに本能的に恐怖心を抱きやすく、そうなるともう自分では歯止めが効かなくなってしまうのだ。
 だが、ここには歯止めをかけられるくらいに冷静さを保てる者が複数いた。アンリエッタの「静まりなさい!」に始まり、アニエスやスカロンたちがそれぞれ周りを叱咤したりなだめたりして、パニックは最小限度で収まった。
 けれど、サーカス団の団員たちはいまだ動揺していた。場慣れしていないので仕方がないが、公演の最中に訳が分からないことになり、団長も「い、いったいこれはどういうことなのでしょう」と、うろたえている。そんな団長に、スカロンは肩を握ると安心させるように告げた。
「心配しないで、これはあなたたちのせいじゃないわ。こういう奇妙なことはね、裏でイタズラしてる悪い子たちがいるの。それより、あなたの団員さんたちはみんな大丈夫なの?」
 さすがに馬鹿とはいえ宇宙人を養っているスカロンはどんと落ち着いていた。そして団長もスカロンに諭されて落ち着きを取り戻すと、団員たちの無事を確かめるために全員を呼び出した。
 ところが、点呼をとると一人が足りなかった。
「ケリー? 照明係のケリーはどこだ!」
 団長が叫んで探すが返事はなかった。ほかの者たちも、自分の周りを見渡すがそれらしい人はいない。
 照明係、ということは天井のほうか? 必然的に皆の視線が上を向く、天井辺りは照明が集中しているので下からでは見にくく、様子がよくわからない。だが、目を凝らして天井付近を見渡したとき、アニエスはそこで輝く不気味な目を見つけ、とっさに拳銃を抜いて撃ちかけた。
「何者だ!」
 乾いた銃声がし、皆がアニエスのほうを見た。
 いきなり何を? だが、敵の反応はそれよりもさらに早かった。撃ち出された銃弾が目標に命中するより早く、その相手の姿は瞬時に天井からステージ上へと移っていたのだ。
「フフフ……」
「う、宇宙人!?」
 宇宙人の出現で場がざわめき、才人が現れた相手の姿を見てつぶやいた。そいつは非常にスマートな姿をしたヒューマノイド型宇宙人で、黒々とした体に昆虫のような顔を持ち、頭にはオレンジ色の発光体が鈍く光っている。
 しかし、見たことのないタイプの宇宙人だ。才人は地球に現れた宇宙人はほぼ全て記憶しているけれど、こいつはGUYSメモリーディスプレイにも記録のない、自分にとって完全に未知の星人だった。
「お前が、おれたちを閉じ込めた犯人だな!」
「フフ、そのとおり。我々はスラン星人。よく見破ったと褒めてあげましょう。ですが、気づかないほうが幸せでしたものを。楽しい時間を過ごしながら、我々の星に連れ帰って差し上げようと思っていましたのに」
「なにっ! てことは、ここは宇宙船の中だってのか?」
「そのとおり、見たければ見せてさしあげましょうか」
 慇懃無礼な言葉使いで話すスラン星人が手を振ると、床がすっと透けてガラスのようになり、皆の足元にはるかに遠くなったド・オルニエールの風景が見えてきた。

623ウルトラ5番目の使い魔 77話 (4/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:45:27 ID:yMMJKRV6
「わわっ! お、落ちちゃう!」
「みんな落ち着け、床が透明になっただけだ! スラン星人とか言ったな。てめえ何が目的だ。おれたちをさらってどうするつもりだ?」
 才人がデルフリンガーを抜いて怒鳴る。それと同時に銃士隊も剣やマスケット銃を抜いてスラン星人を取り囲み、ルイズたちメイジも杖を抜く。
 しかし、スラン星人は追い詰められた様子は微塵も見せず、笑いながら答えた。
「目的ですか? いえいえ、あなたたちには別に何の用もありませんよ。ただ、聞いたものでしてねぇ。あなたたちの中に、すごい力を持った人が隠れてるということを。そして、さらうのでしたら一人のところを狙うよりも、大勢をまとめてさらったほうが成功しやすいと踏んだだけです」
 その言い分に、才人は「こいつらルイズの虚無の力を狙っているのか?」と思った。確かにルイズの虚無の魔法はこれまで怪獣や宇宙人に対して何度も決定的な効果をもたらしてきた。それを狙う星人が現れたとしても不思議はない。
「そうはいくか! お前らの勝手な理由のために連れて行かれてたまるもんかよ」
 才人が、無意識にルイズにも刺さる台詞でたんかを切った。それと同時に、銃士隊やメイジの面々もいっせいに武器を向ける。
 だが、スラン星人はこれだけの人数に囲まれても、やはり追い込まれた様子は微塵も見せずにせせら笑った。
「おやおや勇敢な方々ですねえ。それでは是非ともやってみてくださいませ」
 いやらしいまでの余裕。いや、挑発か? しかし、あくまで帰さないというならこちらも是非はない。アニエスは陣形を整えた部下たちに短く命じた。
「やれ!」
 抜刀した銃士隊員たちがスラン星人に殺到する。この一斉攻撃に隙はなく、誰もがこれでやったと確信した。
 だが、刃が届こうとした、まさにその瞬間だった。スラン星人の姿は掻き消えるようにして消滅してしまったのである。
「消えた?」
 ルイズを守りながらデルフリンガーを構えていた才人が叫んだ。
 どこへ行った? その場にいた全員が気配を探り、辺りを見回す。だが、そんな努力を嘲笑うかのように、スラン星人は才人の真正面に現れたのだ。
「フッフフ」
「うっ、わあぁぁーっ!」
 至近距離への前触れもない出現に、才人は狂ったように叫びながらデルフリンガーを降り下ろした。が、それもスラン星人を捉えることはできず、剣先が床を叩いただけで終わってしまった。
「また消えた!? デルフ、今の幻じゃねえよな?」
「ああ、だが目で追うだけ無駄だぜ相棒。お前たち人間の目じゃ見えなかっただろうが、あの野郎、信じられない速さで移動してやがる」
 すると、その言葉を待っていたかのようにスラン星人の笑い声が響いた。

624ウルトラ5番目の使い魔 77話 (5/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:47:32 ID:yMMJKRV6
「フッフッフッ、ご名答。なかなか見る目のいい焼き串君です」
「な、や、や、焼き串だとこの野郎!」
「フフ、せいぜい時速十数キロでしか走れないあなたがたには、私は絶対に……」
 すると、スラン星人は、今度は皆の目の前に次々と出現を繰り返した。
 ギーシュやベアトリスの前に現れて脅かしたと思ったら、杖を振り上げた時にはすでに消えている。アンリエッタの前に現れたときにはアニエスが斬りかかったが剣は空を切り、ミシェルや銃士隊隊員たちの攻撃もかすることもできない。
 何度も空振りを繰り返すばかりで、皆の息だけが上がっていく。スラン星人は再びステージ上に姿を現すと、愉快そうに笑いながら言った。
「私は絶対に、捕まらないのです」
 瞬間移動にも等しいほどの高速移動、これがスラン星人の能力か! 才人は歯噛みした。剣も魔法も当たらなければなんの意味もない。しかも、テントの中に大勢で閉じ込められている状況ではルイズのエクスプロージョンでの広域破壊もできないし、なによりこうも人目があっては才人たちもティファニアも変身ができない。
 スラン星人は、ノロマな人間など何百人いようと問題にはならないというふうに余裕を示し、次いで円盤の進路を邪魔し続けているジャスティスに目をやった。
「さあて、こちらはともかくそちらは問題ですね。人質がいるのでうかつに撃ち落としたりはしないでしょうが、こちらもあまり余計な時間はありません。あなたに恨みはないですが少し手荒にお帰りいただきますよ」
 スラン星人がそう言うと、円盤はゆっくりと降下を始めた。もちろんジャスティスも追って降下していく。
 そして円盤が地上数十メイルまで降下した時、円盤の中から巨大化したスラン星人が姿を現した。
「ググググググ……」
「シュワッ!」
 互いに土煙をあげて、スラン星人とジャスティスが大地に降り立つ。
 さあ、戦いの時が来た。両者は一気に距離を詰め、ジャスティスのパンチがスラン星人を狙う。
「デヤァッ!」
「グオッ!」
 ジャスティスのパンチをスラン星人は手甲のようになっている腕で受け止めた。そしてそのまま手甲の先についている短剣でジャスティスの首を狙って斬りかかってくる。
「死ねっ」
 だがジャスティスもスラン星人の手甲を腕で受け止め、キックで反撃して押し返す。
 まずは互いに小手調べ。スラン星人は格闘戦でも戦えることを証明してみせ、ジャスティスは油断なく拳を握り締める。
「略奪に拉致、お前の行為は宇宙の正義に反している。すぐにこの星から立ち去るがいい」

625ウルトラ5番目の使い魔 77話 (6/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:50:45 ID:yMMJKRV6
「黙れ、我々の邪魔をするものは許さん!」
 スラン星人はジャスティスの警告に聞く耳を持たず、腕から破壊光弾を放って攻撃をかけてきた。紫色の光弾が機関銃のように連発され、ジャスティスの周りで無数の爆発が起こる。
「ヌォッ!」
 ジャスティスは光弾の乱打にさらされ、炎と煙がジャスティスを包み込む。スラン星人はその様子を見て、聞き苦しい声で笑い声をあげた。
 どうやら話してわかる相手ではないようだ。ならば、是非もない。ジャスティスは、慈悲をかける価値のない悪だとスラン星人を認定した。
「セヤァッ!」
 手加減を抜いたジャスティスのパンチが爆炎を破ってスラン星人に直撃する。轟音が鳴り、スラン星人の華奢な体は数十メートルは吹き飛ばされ、悠然とジャスティスは倒れたスラン星人を見下ろした。
「警告は発した。チャンスも与えた。それでもお前がそれを無視するならば、私は宇宙正義の名において、お前を倒す」
 ジャスティスの宣告。そこにはもはや慈悲はなく、宇宙正義の代行者としての冷徹な姿のみがあった。
 倒れたスラン星人はなおも起き上がり、憎悪を込めた眼差しで自分に死刑宣告を下したウルトラマンを睨みつけた。
「俺を倒すだと? 貴様の姿を見ていると、憎き奴を思い出す。倒されるのは貴様のほうだ!」
 スラン星人は怒りのままにジャスティスに猛攻をかける。両腕の短剣を振りかざし、スマートな体をいかしてのジャンプやキックなどの格闘攻撃。それはスラン星人が決して弱い宇宙人ではないことを証明していたが、実戦経験という点ではジャスティスが圧倒的に勝っていた。
「ジュワッ!」
「ぐおあっ!」
 ジャスティスの両鉄拳がスラン星人のボディに食い込む。パワーでは圧倒的にジャスティスに分があり、それだけではなく攻撃をさばくテクニックや、一撃を確実に当てる判断力、それが総合した一撃の重さは比較にもならなかった。
 しかしスラン星人は、まだ負けたと思ってはいなかった。パワーで勝てないからスピードをと、さきほど宇宙船内で見せられたものよりもさらに高速で移動することによって分身を作り出し、ジャスティスの周囲を回転することで分身体でジャスティスを包囲してしまったのだ。
「くく、これを見切れるかな?」
 ジャスティスの360度を完全包囲したスラン星人は、そのまま円の中心のジャスティスに向かって破壊光線を放ってきた。四方八方から放たれる光線は避けきれず、ジャスティスの体が爆発で包まれる。
「ムゥ……」
 一発一発はたいした威力ではない。しかし、回避できないままで食らい続けたら危険だ。

626ウルトラ5番目の使い魔 77話 (7/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:51:51 ID:yMMJKRV6
 スラン星人はこのまま一方的に勝負を決めるつもりで、分身による円運動を続けながら光線攻撃を続けている。しかし、スラン星人はジャスティスが冷静に反撃の機会を狙っていることに気づいていなかった。
 光線での集中攻撃でじゅうぶん弱らせたと見たスラン星人は、一気に勝負を決めようとジャスティスの背後から手甲の短剣を振りかざしてジャスティスの首を狙った。しかし、スラン星人が「もらった!」と確信した瞬間、ジャスティスは振り向きざまに強烈なパンチをスラン星人の顔面に叩きつけたのだ。
「ぎゃあぁぁっ! な、なぜ俺の位置が」
 本体にクリーンヒットを受け、スラン星人の分身もすべて消え去る。スラン星人はパンチを食らって歪められてしまった顔をかばいながら、見破られるはずがなかったと困惑するが、ジャスティスは冷たく言い捨てた。
「簡単だ。お前のような輩は必ず後ろから狙おうとする。それならば、仕掛けてくるときの一瞬の気配さえ読めれば迎撃するのはたやすい」
 かつて異形生命体サンドロスと戦ったときにも、奴は闇に紛れて死角からの攻撃をかけてきた。姿をくらますのは一見有効だが、逆に言えば相手は死角から攻撃を仕掛けると宣言しているようなものだ。
 大ダメージを受けたスラン星人はよろよろと立ち上がったものの、もうジャスティスに真っ向勝負をかけられる余裕はないことは明らかだった。
 ジャスティスの圧倒的優勢。その光景に、宇宙船の中からも人間たちが歓声をあげていた。しかし、ジャスティスがスラン星人にとどめを刺そうとしたとき、宇宙船から鋭く静止する声が響いた。
「そこまでです! 抵抗を止めなければ、ここにいる人間たちを順に殺していきますよ!」
 なんと、宇宙船の中でスラン星人が子供たちに短剣を突きかざして脅していたのだ。
 その脅迫にジャスティスの動きが止まる。そして、今まさにとどめを刺されかけていたスラン星人はジャスティスに乱暴に蹴りを食らわせた。
「グワァッ!」
「ちっ、よくもやってくれやがったな。この仕返しはたっぷりさせてもらうぜぇ!」
 スラン星人の手甲の剣が抵抗できないジャスティスの体を切り裂いて火花があがる。その様を見て人間たちからは悲鳴が上がり、宇宙船の中のスラン星人は愉快そうに笑った。
「いいですねぇ。やっぱりウルトラマンにはこの手がよく効きますねぇ」
 スラン星人は、宇宙船の外でもう一人のスラン星人がジャスティスを痛めつけている光景を満足げに眺めた。
 そう……最初からスラン星人は二人いたのだった。
 大勢を人質に取られていてはジャスティスも戦えない。歴戦の戦士であるジャスティスは言わなくとも、人間たちからは「卑怯者!」との声が次々にあがるが、スラン星人は意にも介さない。
「んん〜、相手の弱点を攻めるのは戦いの基本でしょう? こんなにわかりやすい弱点を持っているのが悪いんですよ」
「この腐れ外道! 許さねえ」
 激高して才人が斬りかかるが、スラン星人はあっさりとかわして、また別の子供の喉笛に短剣を突き付ける。
 ダメだ、スラン星人のあの速さでは子供たち全員を守り切るのは不可能だ。それに子供たちだけでなく、実質テントの中に閉じ込められている自分たち全員が人質ということになる。

627ウルトラ5番目の使い魔 77話 (8/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:52:50 ID:yMMJKRV6
「フフフ、大人しくしていなさい。我々は別にあなたたちの命などに興味はないのですからね。フフフ」
 昆虫のような顔を揺らして笑うスラン星人の声が癇に障る。
 だが、剣も魔法も当てられないのでは何の意味もない。才人だけでなく、ルイズも焦り始めていた。なんとか、スラン星人を捉えることができなければ自分たち全員が宇宙の果て送りだ。
 才人はルイズに小声で尋ねた。
「ルイズ、お前の『テレポート』の魔法でなんとかならないのか?」
「真っ先に考えたわよ。けど、テレポートで連れ出せるのは数人が限界なの。この中に人質を残してわたしたちだけ脱出できても何の解決にもならないわ」
「なら、テレポートであいつに近づけねえか? おれが斬りかかるからさ」
「それも考えたわ。でも、あいつはアニエスの剣もかわす相手よ。テレポートで近づけても、振りかぶってそのバカ剣を振り下ろすまでの隙が必ず生まれるわ。それでも確実にあいつを仕留める自信はある?」
 ルイズに言われて、才人はそこまでの自信はないと思わざるを得なかった。さすがルイズ、頭の回転はこんなときでも鈍ってはいない。
 恐らくは銃士隊の皆も、水精霊騎士隊や水妖精騎士団もスラン星人を捉える方法を必死で考えているに違いない。しかし、文字通り目にも止まらぬ速さで自由に動き回る奴をどうやって捕まえればいいというのか?
 最後の手段はここで変身を強行することだが、エースにしてもコスモスにしても、変身した瞬間にスラン星人は別の行動に出るだろう。いくらなんでも危険すぎる。
 だが、そうしているうちにも事態はどんどん悪くなっていった。外にいるほうのスラン星人は嬉々としてジャスティスを痛めつけている。
「おらぁ!」
「ヌワァッ!」
 スラン星人の蹴りが膝をついたジャスティスを吹っ飛ばした。外にいるほうのスラン星人は粗暴な性格で、まるで不良のような乱暴な攻め方を好んでジャスティスを攻め立てている。
 ジャスティスは、その気になればこいつを倒す程度は苦もないのに、無抵抗でそのままやられている。カラータイマーはすでに点滅し、もう長くはないのは明らかだ。
 しかし、宇宙船の中にいるほうのスラン星人は、そんな時間をかけるやり方にまどろっこしさを感じたのか、外のスラン星人を急かした。
「いつまで遊んでいるんです。無駄な時間はないんですよ。さっさとケリをつけてしまいなさい!」
「チッ、わかったよ。動くなよ、今ブッ殺してやるからな」
 外のスラン星人は渋々ながら、短剣を振りかざしてジャスティスに迫った。ジャスティスは無言のままで、しかしなお動かない。
 才人とルイズは、もう考えている時間はないと決意した。イチかバチか、テレポートでの逆転に賭けるしかない。
 正直、勝算はかなり低い。しかし、スラン星人の速度に対抗する手段がない以上は他にない。そう、あの速度に対抗する手がない以上は……。
 だが、まさにその瞬間だった。テレポートを唱えようとしていたルイズの胸がどきりと鳴り、それと同時にアンリエッタの指にはめられていた水のルビーの指輪と、そしてアンリエッタの懐の中にしまわれていた手鏡がそれぞれ共鳴するように光り出したのだ。
「きゃっ! こ、この光は?」

628ウルトラ5番目の使い魔 77話 (9/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:54:05 ID:yMMJKRV6
「じ、女王陛下! その鏡は、いったい?」
「崩壊したロマリア法王庁から我が国に寄贈された『始祖の円鏡』です。始祖ゆかりの品ということで、わたくしが使っていたのですが、これはまさか、ルイズ!」
「ええ! その鏡を、わたしに」
 アンリエッタは光り輝く鏡をルイズに向けた。するとそこには、ルーン文字でルイズにははっきりと新しい呪文が記されているのが見えた。
「これなら……サイト!」
「おう、ルイズ!」
 何かの確信を持ったルイズに、才人は迷わず答えた。ルイズは何かの勝機を得たのだ。だったら、おれは四の五の言わずにそれを信じるのみ。
 ルイズは才人の手を取り、呪文を唱え始めた。対して、スラン星人は始祖の円鏡の光に戸惑っているようだったが、自慢の速度でなんにでも対応できるように準備していた。
「なにをする気か知りませんが、あなたたちの力で私を捉えることは絶対にできませんよ!」
「それはどうかしら? あなたはもう、わたしからは逃げられないわ。いくわよ、『加速!』」
 その瞬間、才人とルイズは『テレポート』とはまったく違う形でスラン星人の眼前に現れていた。
「なっ!」
 言葉にならない呻きがスラン星人から、そしてそれを見ることのできた者たちの口から洩れた。
 刹那、才人のデルフリンガーがスラン星人を狙うが、スラン星人は寸前でそれをかわしてテントの別の場所に現れた。
「そ、その程度の攻撃な」
「それはどうかしら?」
 再び才人とルイズの姿はスラン星人の前に現れていた。しかも今度はテレポートではあるはずの実体化からのタイムラグもなく、かわそうとするスラン星人のギリギリを刃が通り過ぎていく。
 なんて速さだ。常人以上の動体視力を持つはずの銃士隊員やサーカス団の人たちも捉えられない速さで両者は移動している。いや、互角というよりは……。
「おっ、おのれぇっ!」
 スラン星人は逃げた。しかし、ルイズと才人は確実にスラン星人の後を追ってくる。サーカステントの天井からステージ上、観客席とすさまじい速さで出たり消えたりを繰り返して、もうギーシュやスカロンは目を回しかけている。しかも、次第にスラン星人のほうが余裕がなくなっていくように見えるではないか。
「ば、馬鹿な。私にスピードでついてくるだと!?」
「これが虚無の魔法『加速』よ。言ったでしょ、あなたはもうわたしから逃げられないって!」

629ウルトラ5番目の使い魔 77話 (10/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:55:06 ID:yMMJKRV6
「お、おのれ、奇妙な術を使ってくれますねぇ!」
「? ……さあサイト、あの思い上がった虫頭に思い知らせてあげなさい!」
「ああ、食らえぇぇぇーっ!」
 ルイズと同調した才人は、渾身の力でデルフリンガーをスラン星人に叩きつけた。
「ぐわぁぁぁーっ! ば、馬鹿なーっ!」
 スラン星人に、今度こそ会心の一撃がさく裂した。しかし残念ながら致命傷には届かず、倒すにはまだ至っていない。
 細身に見えて、なかなかしぶとい奴だ。『加速』の呪文が切れてステージ上に現れた才人とルイズは舌を巻いた。スラン星人はよろめきながらも、膝をつきはせずにまだ立っている。
 それでも、相当な打撃を与えられたのは確かで、もうさっきまでのような速さで動き回れはしない今がチャンスだと、銃士隊はいっせいに腰に下げているマスケット銃を抜いて構えた。だがスラン星人は自分に向けられた銃口が火を噴く前に、怒りにまかせて光線を乱射してきた。
「たかが人間が、私をなめるなぁーっ!」
 光線の乱射で銃士隊の隊列も吹き飛び、彼女たちの手からマスケット銃が取り落されて辺りに転がった。
 が、その一瞬でメイジたちも我に返って魔法で銃士隊を守ると同時にスラン星人への反撃をおこなおうとする。手傷を負ったスラン星人はこれを避けることはできまいと思われた。だが。
「く! だが外のウルトラマンさえ片付けてしまえば、お前たちにここから逃げる手立てはないのですよ」
 奴はまだ冷静さを失ってはいなかった。スラン星人は高速移動ではなく、テレポートで宇宙船の外まで逃げると、そのまま巨大化してジャスティスに襲い掛かったのだ。
「もらったァ!」
 そのころジャスティスは、宇宙船の中で才人たちが反撃に出たのと同時に戦闘を再開していた。一方的になぶられ続けていたとはいえ、必ずチャンスが来ると信じて待っていたから余力はじゅうぶんに残している。スラン星人を返り討ちにすることなどは造作もなく、猛反撃をかけてスラン星人を追い込んでいた。そのジャスティスの背後から、宇宙船から飛び出してきたもう一人のスラン星人が奇襲をかけたのだ。
 今はジャスティスの背中はガラ空きだ。スラン星人は短剣を降り下ろしながら勝利を確信した。だが、その刹那に輝いた青い閃光がスラン星人を吹き飛ばした。
「コスモース!」
 青い光は実体化し、ウルトラマンコスモスの姿となって吹き飛ばしたスラン星人の前に立ちふさがった。そう、あの瞬間にチャンスを掴んだのは才人たちだけではない。ティファニアもジャスティスを救うために、皆の注意がスラン星人に集中した一瞬にコスモプラックを掲げていたのだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「心配はない。それより、お前も戦うつもりなら、こいつらには情けをかける価値はないぞ。その覚悟はあるのか、ティファニア」

630ウルトラ5番目の使い魔 77話 (11/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:55:56 ID:yMMJKRV6
「は、はい。わ、わたし……」
 ティファニアに厳しく問いかけるジャスティス。すると、コスモスがなだめるように間に入ってくれた。
「ティファニア、君の心はまだ命を奪う戦いを怖れている。ここは、私が引き受けよう」
「コスモス……ごめんなさい。あなたに力を貸してもらっているのに、わたし」
「謝ることはない。命を奪うことに恐れを持ち続けるのは大切なことだ。君の力を必要とする時は、いずれ必ずやってくることだろう」
 ティファニアはコスモスと一体化している。しかし、戦いを好まないティファニアのために、コスモスは自分が主導権をとって戦うことを決意した。
 コスモスはコロナモードにチェンジし、卑劣なスラン星人たちの前にジャスティスと共に並び立つ。
 対して、スラン星人たちはもう余力がなかった。二体とも重い一撃を受けている上に、ジャスティスもダメージを受けているとはいえコスモスは万全だ。
「おおのれぇーっ!」
 激高して二体のスラン星人は襲い掛かってきた。しかし格闘戦では簡単にコスモスとジャスティスに圧倒され、さらに奥の手の高速分身戦法を二体同時にかけてきたが、高速で輪を描いて包囲してくるスラン星人たちに対してコスモスとジャスティスは、まるでわかっていたかのように同時に一撃を繰り出した。
「シュワッ!」
「デヤァッ!」
 二人のウルトラマンのダブルパンチが分身の幻影を破ってそれぞれ本体に炸裂する。
「バカナァ!」
 たまらず吹き飛ばされるスラン星人たち。彼らは高速宇宙人としての自分たちの能力に自信を持っていたが、あいにくコスモスとジャスティスも高速戦闘は得意中の得意だ。コスモスの戦歴の中でも、目にも止まらない宇宙人との対決はいくつもあり、いまさらスラン星人の技程度で翻弄されたりはしない。
 追い詰められた二人のスラン星人。その様子を、あのコウモリ姿の宇宙人は愉快そうに見つめていた。
「そろそろ危ないですね。そろそろ切り札、使います? 使っちゃいますか?」
 スラン星人には、あらかじめ最悪の事態になったときのための切り札を与えてある。それを使えば、この状況をひっくり返すことも可能だろう。スラン星人がどうなろうと知ったことではないが、事態がさらに混迷化すればしびれを切らして”アイツ”が動き出すかもしれない。
 そして、ついに勝機がなくなったことを認めざるを得なくなったスラン星人は、預かっていた黒い人形を取り出した。
「こ、こうなったら、これを使うしかありませんか」
 まさに、黒幕の思い描いていたシナリオ通りに話は進もうとしていた。
 だが、人形にかけられていた封印を解こうとしたとき、意外にも粗暴なほうのスラン星人がそれを止めてきた。
「待てよ、そいつはアイツを倒すための切り札にしようって決めたじゃねえか。ここでそいつまで失っちまったら、俺たちの本来の目的はどうする?」

631ウルトラ5番目の使い魔 77話 (12/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:56:43 ID:yMMJKRV6
「ですが、このままではやられるのを待つだけですよ。アレを手に入れることもできずに引き下がっては、どうやってアイツを倒すというのですか?」
「……俺が囮になる。お前はそいつを持って逃げろ」
「ア、アナタ……」
 粗暴なほうが示した自己犠牲の覚悟に、慇懃無礼な話し方をするほうは思わず言葉を失った。
「俺がいるよりも、そいつをお前が持ってたほうが確実に強え。思えば、欲を出してアレを手に入れようなんてせずに、そいつを持ってとんずらすればよかったんだ。そして……俺が死んでも、仇をとろうなんて思わないでくれよ! じゃあな」
「ま、待ちなさい!」
 止める間もなく、粗暴なほうのスラン星人は雄たけびをあげながらコスモスとジャスティスに突進していった。
「ヘヤッ!?」
「ムウッ!?」
 まさかの特攻に、さしものコスモスとジャスティスもひるんだ。そして、そのわずかな隙に彼は叫んだ。
「行けえ! 行くんだクワ……うぎゃあぁぁっ!」
「ぐ、ぐぐ……あなたのことは忘れません。必ず、手向けに奴の首を約束します。トゥアッ!」
 コスモスはためらったが、ジャスティスのパンチが容赦なく炸裂した。しかし、粗暴なスラン星人が作ったその一瞬のチャンスに、もうひとりのスラン星人は血を吐くような誓いの言葉を残して消えた。
 しまった、逃げられた! 非道な宇宙人ではあったが、仲間意識は強かったようだ。まさか、こんな展開になるとはと、ウルトラマンや人間たちだけではなく、黒幕の宇宙人も悔しがった。なにしろせっかく与えた切り札を持ち逃げされたのである。いい面の皮どころではなかった。
 しかし、仲間を逃がしはしたものの、残ったスラン星人の命運は尽きようとしていた。コスモスは、もう勝ち目がないことを告げて降参するように警告したが、彼はそれを聞き入れなかった。
「降参だぁ? てめえらみてえな赤い奴に頭下げるくらいなら死んだほうがマシなんだよぉ!」
 どういうわけかスラン星人はコロナモードのコスモスとジャスティスに非常な敵愾心を持っていた。話をまるで聞く気はなく、自殺に近い攻め方をしてくるのでコスモスとジャスティスも手を抜くわけにはいかなかった。
 ならば、ルナモードのフルムーンレクトで鎮静させれば……しかし、コスモスがモードチェンジしようとしたときだった。暴れまわり過ぎて、ついに限界に達したスラン星人は、よろよろとよろめくと宇宙船に寄りかかるように腰をついてしまったのだ。
「こ、この大きさを保っているのも限界かよ。だが、せめて」
 すでに彼には宇宙船を叩き壊す力も残っていなかった。しかし、スラン星人は残ったわずかな力で等身大となって宇宙船の中にワープすると、まるでアンデットのような姿で人間たちの前に現れた。
「せめて、ウルトラマンどもと、あのクソったれ野郎に一泡だけでも吹かしてやる!」
 悲鳴をあげる人間たちを前にして、スラン星人は最後の悪あがきを開始した。最後の力で高速移動をおこない、人間たちに次々斬りかかっていく。
「きゃあぁぁーっ!」
「うおぉぉぉ! 死ねっ、みんな死ねぇぇ!」

632ウルトラ5番目の使い魔 77話 (13/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:58:18 ID:yMMJKRV6
 スラン星人も死に体とはいえ、その高速移動を人間が見切れないのは変わらない。
 戦えない者たちの前に銃士隊が盾となって防いでいるものの、めちゃくちゃに振り回される短剣で血しぶきが飛び、才人はルイズに叫んだ。
「ルイズ、もう一回『加速』だ!」
「わかってるわよ!」
 ルイズも焦って加速の呪文を唱えた。今、スラン星人を止められるのは自分たちしかいない。今度こそとどめを刺さなければ。
 だが、加速の呪文が完成しようとした、まさにその瞬間だった。スラン星人が銃士隊の決死の肉壁を蹴散らして、ついに無防備な女子供たちの中に飛び込んでしまったのだ。
「出てこぉいバケモノぉ! てめえのせいで俺たちはぁぁーっ!」
 スラン星人の短剣が孤児院の子供たちに振りかぶられる。だめだ、加速を使っても一歩間に合わない!
 才人とルイズは、自分の無力さを悔やんだ。さっさと最初にスラン星人を倒していればこんなことには。
 しかし、誰もがどうすることもできないとあきらめかけた、その時だった。悲鳴と怒号の響く虚空を、短く乾いた音が貫いた。
 
 パンッ!
 
 漫画であれば擬音でそう表現されるであろう音。それは一発の銃声……そして、スラン星人の頭部の球体に、小さな穴が開いていた。
「え、あ……ク……クワイ……がふっ」
 最後に、恐らくは仲間の名をつぶやきながらスラン星人は倒れた。その目から光が消え、命の灯が消えたことを銃士隊の隊員が近寄って確認した。
 けれど、周りでは誰も声を発さない。あまりにも唐突であっけない幕切れに、誰も頭が追いついていないのだ。
 才人とルイズも、加速の魔法が不発に終ってあっけにとられている。ギーシュなど、杖を握ったままでぽかんと口を開けたままでおり、ほかの水精霊騎士隊も似たようなものだった。
 いったい誰がスラン星人にとどめを? 正気に戻った者はスラン星人の正面……すなわち弾丸の来た方向に視線を向けた。そこにいたのは……。

633ウルトラ5番目の使い魔 77話 (14/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:59:03 ID:yMMJKRV6
「はあ。怖かったですわ」
 ほっとした声とともに、拳銃が床に落ちる音が鳴る。落ちた拳銃は、さきほど銃士隊が使おうとしてばらまかれたマスケット銃の一丁で、まだ銃口から薄く煙を吐いているそれを握っていたのは……ルビアナであった。
「ル、ルビアナ!」
 はっとしたギーシュとモンモランシーが震えているルビアナに駆け寄った。
「だ、大丈夫かい! 銃を撃つなんて、君の細腕でなんて無茶なことをするんだ」
「いえ、わたくしはメイジではありませんので、護身の心得として少しばかり覚えがありましたの。でも、怖かったですわ」
「怪我はない? でも、子供たちを守るためにやったのよね、ほんと見かけによらずに無茶する人ね」
「もうわたくしとティファニアさんはお友達ですから。わたくしより、子供たちに怪我がなくてよかったですわ」
 優しく微笑むルビアナに、子供たちは嬉しそうに懐いていた。それに、ティファニアもコスモスから変身解除して急いで戻ってきた。
「みんな、みんな大丈夫? ルビアナさん、本当に、本当にありがとうございます!」
「礼などいりません。わたくしは、あなたとこの子たちが好きだからやっただけです。それより、怪我をされた方が大勢いますわ。早く手当をしませんと」
 ルビアナが指差すと、何人かの銃士隊員が負傷して呻いていた。すでにアニエスの指示で応急手当てが始まっているものの、暴れ狂うスラン星人を身一つで止めたリスクは大きかったのだ。
 ティファニアははっとすると、わたしも手当てを手伝いますと言って駆け出し、モンモランシーも、自分も治癒の魔法ならできるからと言って続いた。 ギーシュは、水精霊騎士隊の仲間に、治癒の魔法が使える者は手当てを手伝うように指示を出すと、まだ怯えた様子のルビアナの手を握った。
「無茶をする人だ。けど、ぼくは貴女ほど勇敢なレディを知りません。騎士としても、ぼくは貴女を尊敬します。それでも、あまり無理はしないでくださいね」
「ギーシュ様、やはり貴方はとてもお優しい方ですわね。貴方を好きになれたこと、わたくしはとても名誉に思います」
 子供たちに囲まれ、ギーシュの手を握り返すルビアナの表情はどこまでも純粋で温かかった。
 
 しかし、ハッピーエンドのはずなのに、才人とルイズはスラン星人の死体を見下ろしながら、あることに違和感を拭えずにいた。
「こいつら、本当に虚無の力が目当てだったのかしら……?」
 スラン星人は、この中に特別ななにかを持った誰かがいるから、それを狙っていると言った。それを聞いて、てっきり虚無の力を持つルイズかティファニアを狙っているものだと思った。
 しかし、奴はルイズが虚無の名前を口にした時も、まるでまったく知らなかったかのような反応を返している。この中で、ほかに宇宙人が狙うような特別な人間なんかいないはずなのに。

634ウルトラ5番目の使い魔 77話 (15/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 21:00:11 ID:yMMJKRV6
 死んだスラン星人は何も答えず、才人とルイズはテントの中を見渡した。宇宙人の恐怖から解放されて、安堵した顔ぶれが続いている。宇宙人に狙われるような危険なものが混ざっているなど、とても信じられはしなかった。
 
 そして、奥歯にものが挟まったような気持ち悪さを感じている者たちがもう一組いる。
 銃士隊の負傷者の救護のほうもアニエスの指揮のもとで山を越えつつあった。しかし、戦死者は出なかったというのにアニエスの表情は明るくなかった。
「ミシェル、負傷者のほうはどうだ?」
「はっ、幸い軽傷ばかりで入院の必要な者はおりません。民間人のほうも、せいぜい転んで擦りむいたくらいです」
「そうか、皆よくやってくれた。女王陛下には特別手当を申請しておこう。だがそれはいいとして……ミシェル」
「はい……」
 アニエスの声が重くなり、ミシェルもわかっているというふうに短く答えた。
 二人の視線の先には才人たち同様に、放置されたままになっているスラン星人の死体がある。一見、なんの変哲もない屍のように見えるが、二人には共通の違和感があった。
「……見事に眉間の中央を撃ち抜いている。これが、護身術のレベルでできることなのか……?」
 銃士隊の使っているマスケット銃の命中精度はお世辞にもいいものではない。一発で相手の急所を撃ち抜いて倒すなどという真似は自分たちでも難しい。
 二人はさりげなくルビアナを見た。すらりとした細腕で、ナイフとフォーク以上に重いものを持ったことがないというふうな華奢な体躯。あれでは銃を撃つことすら難しそうなものだ。
 偶然当たったと言えばそれまでだ。ギーシュなら、ルビアナは天才だからと言って納得してしまいそうなものだが、アニエスとミシェルはどうしても納得することができずにいた。
 
 一方、不完全燃焼な終わり方に明確な不満を示す者もいた。そう、今回の件の付け火をした、あのコウモリ姿の宇宙人である。
「スラン星人、とんだ食わせ物でしたね。まったく、あれだけはっぱをかけてあげたというのにアレを持ち逃げしてしまうとは……あと少しで、奴を引っ張り出せたかもしれないというのに。どこかの宇宙で会ったら今度はきついお仕置きをしてあげなければいけませんね」
 本当なら、ここでさらに混戦に持ち込んで目的に近づくつもりだったのに、おかげで台無しだと彼は憤っていた。その場合、このド・オルニエール一帯が焦土と化していたであろうが、そんなことは彼には関係ない。
「仕方ありせんね。過ぎたことより先のことを考えましょう。なんとか、最低限の収穫はできました。後は、これをどう利用していくか……」
 彼は気を取り直して次の陰謀を巡らせ始める。その姿はいつの間にかド・オルニエールの空から消えていた。 

 テントの中は少しずつ落ち着きを取り戻してきている。後は外に脱出するだけだが、外でジャスティスが宇宙船の外装を引っぺがしてくれているので間もなく出られることだろう。

635ウルトラ5番目の使い魔 77話 (16/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 21:01:37 ID:yMMJKRV6
 ともかく、大変なハプニングだった。温泉旅行の最後で、まさか宇宙人にさらわれかけるなんて誰も夢にも思わなかった。
 けれど、さすがたくましいハルケギニアの人間たちは、土産話が一個増えた程度にしか思っておらず、ジェシカたちはこれ以上店を開けているとまずいわねと、すでに気にも止めていない。それに、公演を邪魔されて意気消沈しているかに見えたサーカス団の人たちも「我がパペラペッターサーカスはこれくらいじゃへこたれません!」と、団長は張り切って、まだ怯えていた子供たちを動物たちと触れ合わせて遊ばせてくれている。やはり、どん底から這い上がってきた人は強い。
 ステージ上では子供たちが調教師にライオンの背中に乗せてもらったりして喜んでいる。動物たちはみな人懐っこく、子供たちにも今回の件でトラウマが残ったりはしないだろう。
 なにはともあれ、重い怪我人が出なかったのが救いだ。気を張っていた者たちも、子供たちの笑い声を聞いて気を緩めつつある。
 と、そんな中でのことだった。舞台の隅で、サーカスの女性団員がじっとうずくまっているのが見つかった。
「エイリャ、おいエイリャどうしたんだい? 返事をしなさい」
「……」
 仲間のサーカス団員が呼びかけても、その女性団員は惚けたように宙を見つめるばかりで答えない。
 どうしたものかと団員たちが戸惑っていると、そこに急いだ足取りでルビアナがやってきた。
「まあまあ探しましたよ。さあ、こっちにいらっしゃい」
 すると、うずくまっていた女性団員の傍らから、幼体エレキングがぴょこりと飛び出してきてルビアナの胸の中に帰っていったではないか。
「あらあら、本当にわんぱくな子なんだから。よその人に迷惑をかけちゃダメでしょう」
 ルビアナがエレキングの頭を優しくなでると、エレキングは短く鳴き声を発した。
 そうすると、まるでそれが合図だったかのように、惚けていた女性団員がぼんやりと目を覚ました。
「あ、れ……あたし、どうして?」
「大丈夫ですか? ごめんなさい。この子ったら、気に入った相手を見つけると、すぐにじゃれついて行ってしまうの。許してあげてもらえるかしら」
「そう、その動物があたしにじゃれてきて……あれ? それからどうなったのかしら」
「きっと疲れがたまっていらしたのね。ゆっくり休んだら、きっとすぐ元気になりますわ。ふふ」
 夢うつつな様子の女性団員はふらふらと立ち上がると、「働きすぎなのかしら……?」と、つぶやきながらテントの奥へと入っていった。
 ルビアナは「お大事に」と微笑みながら見送り、抱き抱えているエレキングの頭を撫でている。エレキングはその腕の中で丸くなり、まるでぬいぐるみのようにおとなしく抱かれている。
「うふふ、可愛い子……ふふ、ふふふ……」
 
 
 続く

636ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 21:03:40 ID:yMMJKRV6
今回は以上です。なんとか今月中にもう1話いきたいな

637名無しさん:2018/09/17(月) 20:36:11 ID:1KmGaZRU
おつ

638ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:02:10 ID:q4fByaLE
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れさまでした。
さて皆さんこんばんは、無重力巫女さんの人です。
日付が変わる一時間前ですが、特に問題が起きなければ二十三時六分から九十七話の投稿を開始します

639ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:06:07 ID:q4fByaLE
 それは時を遡って、丁度二日前の夕方に起こった出来事である。
 場所は丁度ブルドンネ街の中央から、やや西へ行ったところにある大通りを兄のトーマスと一緒に歩いてた時らしい。
 陽が暮れるにつれて次々と閉まっていく通りの店を横切りながら彼女――妹のリィリアは兄から今日の゛成果゛を聞いていたのだという。
「今日は中々の大漁だったぜ。まっさか丁度上手い具合に道が封鎖してたもんだよなぁ〜?理由は知らないけど」
「それでその袋いっぱいの金貨が手に入ったの?凄いじゃない!」
 リィリアはそう言って兄を褒めつつ、彼が右手に持っている音なの握り拳程の大きさのある麻袋へと目を向ける。
 袋は丸く膨らんでおり、中に入っている金貨のせいで表面はゴツゴツとした歪な形になっていた。
 何でも急な封鎖で立ち往生していた下級貴族から盗んだらしく、銀貨や新金貨がそこそこ入っているらしい。
 兄が盗んだ時、リィリアは危険だからという理由で゛隠れ家゛にいた為彼がどこにいたのかまでは知らない。
 とはいえ妹として……唯一残っている家族の身を案じてかどこで盗んだのか聞いてみることにした。

「でもお兄ちゃん、道が封鎖してたって言ってたけど……一体どこまで行ってきたの?」
「チクントネの劇場前さ。あそこは夕方になったら金持った平民がわんさか夜間公演の劇を見に集まってくるしな」
「え?チクトンネって、この前変な女の人たちに追われてた場所なのに……お兄ちゃんまたそこへ行ったの!?」
 トーマスの口から出た場所の名前を聞いたリィリアは、数日前に見知らぬ女の人から財布を盗んだ時のことを思い出してしまう。
 あの時は手馴れていた兄とは違い初めて人の財布を盗んだせいか、危うく捕まりそうになってしまった苦い経験がある。
 最後は偶然にも兄と合流し、自分を追いかけていた女の人と兄を追いかけていた空飛ぶ女の子が空中で激突し、何とか撒く事ができた。
 しかし゛隠れ家゛に戻った後に待っていたのは大好きな兄トーマスからの称賛……ではなく、説教であった。
 以前から「お前は俺のような汚れ事に手を突っ込むなよ?」と釘を刺されていた分、その説教は中々に苛烈であった事は今でも思い出せる。

 その日の夜はゴミ捨て場で拾った枕を濡らした事を思い出しつつ、リィリアは兄に詰め寄った。
「お兄ちゃん、昨日ブルドンネ街で大金持ってた女の子の仲間に追われたって言ってたのに、どうしてまたそんな危ない場所に行くのよ!」
「だ……だってしょうがないだろ!王都は他の所よりも盗みやすいんだ、稼げる時に稼いでおかないと……」
 年下にも関わらず自分に対してはやけに気丈になれるリィリアに対し、トーマスは少し戸惑いながらもそう言葉を返す。
 それに対してリ彼女は「呆れた」と呟くと、兄に詰め寄ったまま更に言葉を続けていく。
「その女の子たちが持ってた三千エキューもあれば、十分なんじゃないの!?」
「お前はまだ子供だから分かんないかも知れないけどさ、お金ってあればある程生きていくうえで便利なんだぜ?」
 開き直っているとも取れる兄の言葉に、リィリアはムスッとした表情を兄へと向けるほかなくなる。

 卑しい笑みを浮かべて笑う兄の顔は、かつて領地持ちの貴族の家に生まれた子どもとは思えない。
 しかしそれを咎めることも、ましてや魔法学院にも行ってない自分にはそれを改めよと説教できる資格はないのだ。
 自分が丁度物心ついた時に両親が領地の経営難と多額の借金で首を吊って以来、兄トーマスは自分を守ってきてくれた。
 両親の親族によって領地から追い出され、当てもない旅へ出た時に兄は自分の我儘を嫌な顔一つせず聞いてくれたのである。
 お腹が減ったといえば農家の百姓に頭を下げてパンを貰い、山中で喉が渇いたと喚けば自分の手を引いて川を探してくれた。
 そして今は自分たちが大人になった時の生活費を゛稼ぐ゛為に、わざわざ盗みを働いてまで頑張ってくれているのだ。

640ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:08:07 ID:q4fByaLE
 自分は――リィリアはまだ子供であったが、兄のしていることがどんなにダメな事なのか……それは自分が財布を盗んだ女の人が教えてくれた。
 しかし、だからといって兄の行いを妹である自分が正す事などできるはずもない。
 いくらそれが悪い事だからといっても、これで自分たちは糧を得てきたのである。今更それをやめて生きていく事など難しすぎる。
 ここに来る道中行く先々で色んな人たちから冷遇を受けてきたのだ。やはり兄の言う通り、大人は信用できないのかもしれない。
 自分たちの事など何も知らない大人たちはみな一様に笑顔を浮かべ、上っ面だけ笑顔を浮かべて可哀そうだ可哀そうだと言ってくる。
 兄はそんな大人たちから自分を守りつつ、遥々王都まで来た兄は言った。――ここで俺たちが平和に暮らしていけるだけの金を稼ぐんだ。
 得意げな表情でそんな事を言っていた兄の後姿は、それまで読んだ事のある絵本の中の騎士よりも格好良かったのは覚えている。
 
 結局、することはいつもの盗みであったがそれでも他の都市と比べれば倍のお金を手に入れる事ができた。
 懐が暖かくなった兄は余裕ができたのか、屋台で売られているようなチープな料理を持って帰ってきてくれるようになった。
 持ち帰り用の薄い木の箱に入っている料理は様々で、サンドウィッチの時もあればスペアリブに、魚料理だったりスモークチキンだったりと種類様々。
 王都の屋台は色んな料理が売られているらしく、また味が濃いおかげで少量でもお腹はとても満足した。
 偶に安売りされてたらしい菓子パンやジュースも持って帰ってきてくれたので、王都での生活はすごく充実していた。
 本当ならここに住めばいいのだが、兄としてはもっともっとお金を稼いだ後でここから遠く離れた場所へ家を建てて暮らすつもりなのだという。
 
「ドーヴィルの郊外かド・オルニエールのどこかに土地でも買って、そこで小さな家を建てて……小さな畑も作ってお前と一緒に暮らすんだ。
 貴族としてはもう生きていけないと思うけど、何……魔法が使えれば地元の人たちが便利屋代わりに仕事を持ってきてくれるだろうさ」

 そう言って自分の夢を語る兄の姿は、いつも陰気だった事は幼い自分でも何となく理解する事はできた。
 今思えば、きっと兄自身も自分のしている事が後々――それが遠いか近いかは別にして――返ってくるであろうと理解していたに違いない。
 それでもリィリアは応援するしかないのだ。自分の為に手を汚してまで幸せをつかみ取ろうとしている、最愛の兄の事を。
  

 ……しかし、そんな時なのであった。そんな兄妹の身にこれまでしてきた事への――当然の報いが襲い掛かってきたのは。
「全くもう!ここで捕まったらお兄ちゃんの幸せは無くなっちゃうんだから気を付けないと!」
「分かってるって――…って、お?あれは……――」
 通りから横へ逸れる道を通り、そのまま隠れ家のある場所へと行こうとした矢先、トーマスの足がピタリと止まったのに気が付いた。
 何事かと思ったリィリアが後ろを振り返ると、そこにはうまいこと上半身だけを路地から出した兄の姿が見える。
 一体どうしたのかと訝しんだ彼女は踵を返し、彼の傍へ近寄ると同じように身を乗り出してみた。
「どうしたのよお兄ちゃん?」
「リィリア……あれ、見てみろよ。ここから見て丁度斜め上の向かい側にある総菜屋の入り口だ」
 兄の指さす先に視線を合わせると、確かに彼の言う通り少し大きめの総菜屋があった。
 幾つもある出来合いの料理を量り売りするこの店は今が稼ぎ時なのか、仕事帰りの平民や下級貴族でごった返している。
 その入り口、トーマスの人差し指が向けられているその店の入り口に、何やら大きめの旅行カバンが置かれていた。

641ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:10:07 ID:q4fByaLE
「旅行カバン……?どうしてあんな所に?」
「さぁな。多分何処かの旅行客が平和ボケして地面に直置きしてるんだろうが……チャンスかも?」
「え?チャンスって……ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
 トーマスの口から出た゛チャンス゛という単語にリィリアが首を傾げそうになった所で、彼女は兄のしようとしている事を理解した。
 妹がいかにもな感じで置かれている旅行カバンを訝しむのを他所に、懐から杖を取り出したのである。
「お兄ちゃん、ダメだよあのカバンは!あんなの変だよ、こんな街中でカバンだけ放置されてるなんて絶対変だって……!」
「大丈夫だって、安心しろよ。この距離と通りの混み具合なら、上手くやれる筈さ」
 妹の静止を他所に兄は呪文を唱えようとした所でふと何かを思い出したかのように、妹の方へと顔を向けて言った。

「リィリア、もうちょっと奥まで行って隠れてろ。もしも俺が何か叫んだ時は、形振り構わずその場から逃げるんだぞ」
「お兄ちゃん!」
「大丈夫、もしもの時だよ。……今夜はこれでお終いにするさ、何せお前と俺の将来が掛かってるんだからな」
 この期に及んでまだ稼ぎ足りないと言いたげな兄の欲深さに、リィリアは呆れる他なかった。
 それでも彼が自分の為を思ってしてくれていると理解していた為、言うことをきくほかない。
 「もう……」とため息交じりに言う妹がそのまま暗い路地の奥へと隠れたのを確認した後、トーマスは詠唱した後に杖を振る。
 するとどうだ、トーマスの掛けた魔法『レビテーション』の効果を受けた旅行カバンが、一人でに動き出した。
 最初こそ少しずつ、少しずつ動いていたカバンはやがてその速度を上げ始め、一気に彼のいる横道へと向かっていく。
 ずるずる、ずるずる……!と音を立てて地面を移動するカバンに通りを行く人の内何人かが目を向けたが、すぐに人込みに紛れてしまう。
 通行人の足にぶつからないよう上手くコントロールしつつ、尚且つ気づかれないようなるべく速度を上げて引き寄せる。
 そうして幾人もの目から逃れて、旅行カバンは無事トーマスの手元へとやってきたのである。
「よし、やったぜ」
 軽いガッツポーズをしたトーマスは、そのままカバンの取っ手を掴むと妹が入っていた暗い路地の奥へと入っていく。
 流石に今いる場所で盗んだカバンを開けられないため、少し離れた場所で開ける事にしたのだ。

 そして歩いて五分と経たぬ先にある少し道幅のある裏路地にて、二人は思わぬ戦果の確認をする事となった。
「お兄ちゃん、そろそろ開きそう?」
「待ってろ。後はここのカギを……良し、開いた」
 防犯の為か二つも付いていたカバンの鍵を、トーマスは手早く『アンロック』の魔法で解錠してみせる。
 小気味の良い音と共に鍵の開いたそれをスッと開けると、まず目に入ってきたのは数々の衣服であった。
 どうやら本当に旅行者のカバンだったようだ、王都の人間ならばわざわざ自分の街でこれだけの服は持ち歩かないだろう。
 トーマスとリィリアは互いに目配せをした後、急いで幾つもの服をカバンから出し始める。
 この服を売りさばく……という手もあるが物によって値段の高低差があり過ぎるうえ、選別する時間ももどかしい。
 だから二人がこの手の大きな荷物を盗んでから最初にする事は、金目のものが入っているかどうかの確認であった。

「おいリィリア、見ろ。見つけたぞ!」
 カバンを物色し始めてから数分後、先に声を上げたのはトーマスの方であった。
 彼はカバンの中に緯線を向けていた妹に声を掛けると、服の下に隠れていた小さめの革袋を自慢気に持ち上げて見せる。
 そして二度、三度揺すってみるとその中から聞こえてくるジャラジャラ……という音を、リィリアもはっきりと聞き取ることができた。
 何度も聞き慣れてはいるが耳にする度に元気が湧いてくる音に、妹は自身の顔に喜びの色を浮かべて見せる。

642ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:12:06 ID:q4fByaLE
「凄い、まさか本当にあっただなんて……」
 喜ぶと同時に驚いている彼女に「そうだろう」と胸を張りつつ、トーマスは袋の口を縛る紐を解く。
 二人の想像通り、袋の中から出てきたのはここハルケギニアで最も普及しているであろうエキュー金貨であった。
 少なくとも五十エキューぐらいはあるだろうか、旅行者が何かあった時の為に用意しているお金としては十分な額だろう。
「小遣い程度にしかならないけど……今夜はお前と一緒に美味しいものが食えそうだな」
「もう、お兄ちゃんったら」
 思いもよらないボーナスタイムで気を良くする兄に、リィリアは呆れつつもその顔には笑顔が浮かんでしまう。
 リィリアは兄の言葉に今から舌鼓を打ち、トーマスは妹の為に今日は安い食堂にでも足を運ぼうかと考えた時――その声は後ろから聞こえてきた。

「あー君たち、ちょっと良いかな?」
「……ッ!」
 背後――それも一メイル程の真後ろから聞こえてきたのは、若い男性の声。
 二人が目を見開くと同時にトーマスはバッと振り返り、妹をその背に隠して声の主と向き合う形となった。
 そこにいたのは二十代後半であろうか、いかにも優男といった風貌の青年が立っていたのである。
 青年は前髪を左手の指で弄りつつも、野良猫のように警戒している二人を見て気まずそうに話しかけてきた。
「……あ〜、そう警戒しないでくれるかな?ちょっと聞きたいことがあるだけだから」
 青年の言葉に対して二人は警戒を解かず、いつでも逃げ出せるように身構えている。
 特にトーマスは、気配を出さずにここまで近づいてきた青年が『ただの平民ではない』という認識を抱いていた。
「何だよおっさん?俺らに聞きたい事って……」
「おっさんて……僕はまだ二十四歳なんだが、あぁまぁいいや。……いやなに、本当に聞きたい事が一つあるだけだからね」
 警戒し続けるトーマスのおっさん呼ばわりに困惑しつつも、彼はその゛聞きたい事゛を二人に向けて話し始めた。

「実はさっき、僕が足元に置いていた筈の荷物が消えてしまってね。探していた所なんだよ……あ、失くした場所はここから近くにある総菜屋の入り口ね?
 それでね、適当な人何人かに聞いてみたら路地の中に一人でに入っていった聞いて慌てて後を追ってきたんだが……君たち、知らないかい?」

 男は優しく、警戒し続ける二人を安心させようという努力が垣間見える口調で、今の二人が聞かれたくなかった事を遠慮なく聞いてきた。
 リィリアはその手で掴んでいる兄の服をギュッと握りしめつつもその顔を真っ青にし、トーマスの額には幾つもの冷や汗を浮かんでいる。
 彼の言う通り自分たちはその荷物とやらの行方を知っている。いや、知りすぎていると言っても過言ではない。
 何せ彼が探しているであろう荷物は、先ほどトーマス自身が魔法で手繰り寄せて盗み取ったのであるから。 
 つい先ほどまで有頂天だったのが一変し、窮地に追い込まれた兄妹はこの場をどう切り抜けようか思案しようとする。
 だがそれを察してか、はたまた彼らがクロだと踏んだのか男は彼らの後ろにあったカバンを見て声を上げた。

643ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:14:07 ID:q4fByaLE
「ん、あれは君たちの荷物かい?」
「へ?あ、あぁ……そうだよ」
 てっきりバレたのかと思っていたトーマスはしかし、男の口から出た言葉に目を丸くしてしまう。
 どうやら男はこんな場所に置かれていたカバンと自分たちを見て、それが自分の荷物だと思わなかったらしい。
 よく言えば重度のお人好しで、悪く言えば単なるバカとしか言いようがない。
 きっと自分たちがまだ子供だから、盗みなんてするはずが無い…思っているのかもしれない。
 もしすればこのまま上手く誤魔化せるのではないかと思ったトーマスであったが……――世の中、そう甘くはなかった。
「そうか、そのカバンは君たちの物なのか〜……ふ〜ん、そうかぁ〜」
 トーマスの言葉を聞いた男はそんな事を一人呟きつつ、懐を漁りながら二人のそばへと近寄りだした。
 更に距離を詰めようとしてくる男に二人は一歩、二歩と後退るのだが、男の足の方が速い。
 
 兄妹のすぐ傍で足を止めた男はその場で中腰になると、懐を漁っていた手でバッと何かを取り出して見せる。
 それは一見すれば極薄の手帳のようだが、よく見るとそれが身分証明書の類である事が分かった。
 表紙には大きくクルデンホルフ大公国の国旗が描かれており、その下にはガリア語で゛身分証明゛と書かれている。
 男はそれを開くとスッと兄妹の前に開いたページを見せつけながら、笑顔を浮かべつつ唐突な自己紹介を始めた。

「自己紹介がまだだったね。僕の名前はダグラス、ダグラス・ウィンターって言うんだ。まぁ詰まるところ、旅行者ってヤツさ」
「……そ、それがどうしたってんだよ?俺たちと何の関係が……」
「――君。その鞄の右上、そこに小さく彫られてる名前を確認してみると良いよ」

 自分の反論を遮る彼の言葉に、トーマスの体はピクリと震えた。
 リィリアもビクンッと反応し、相も変わらずニヤニヤと笑う男の様子をうかがっている。
 対する男――ダグラスはニコニコしつつも兄妹の後ろにあるカバンを指さして、「ほら、確認して」と言ってくる。
 仕方なくトーマスはゆっくりと、自分の服にしがみついている妹ごと後ろを振り返り、カバンを確認した。
 丁度都合よく閉まっていたカバンの外側右上に、確かに小さく誰かの名前が彫られている事に気が付いた。
 最初はだれの名前がわからなかったかトーマスであったが、目を凝らさずともその名前が誰の名前なのかすぐに分かった。

――ダグラス・ウィンター

 血の気が引くとはこういう事を言うのか、二人してその顔は一気に真っ青に染まっていく。
「ね?その名前、実は俺が彫ったんだよ。いやぁ、中々の手作業だったんだ」
 心ここにあらずという二人の背中に、聞いてもいないというのにダグラスは一人暢気にしゃべっている。
 しかしその目は笑っていない。口の動きや喋り方、表情に身振り手振りで笑っている風に装っているが、目だけは笑ってないのだ。
 限界まで細めた目で無防備に背中を見せるとトーマスと、警戒しているリィリアが次にどう動くのかを窺っている。
 無論トーマスとリィリアの兄妹もダグラスの冷たい視線に気が付いており、動くに動けない状態となっていた。

644ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:16:05 ID:q4fByaLE
 トーマスは咄嗟に考える。どうする?今すぐ妹の手を取ってここからダッシュで逃げるべきか?
 既に自分たちが盗人だとバレてしまっている以上、どうあっても誤魔化しが効かないのは事実だ。
 ならば未だ狼狽えている妹の手を無理やりにでも取って、脱兎の如く逃げ出すのが一番だろう。
 幸いこの路地は程よく道が幾つにも分かれており、上手くいけば彼――ダグラスを撒ける可能性はある。
 これまで足の速さと運動神経の良さのおかげで、バレたときにはうまく逃げ切れていたし、何より魔法も使える。
 今回も大きなミスをしなければ、背後にいる得体の知れない観光客から逃れることなど造作もないだろう。

(唯一の不安材料は妹だけど……けれど、今更置いて逃げる事なんかできるかよ)
 盗みがバレたせいで未だ目を白黒させているリィリアを一瞥しつつ、トーマスは自身の右手をベルトに差している杖へと伸ばす。
 同時に左手をそっと妹の方へと動かして、胸元で握り締めている両手を取ろうとした――その時であった。
 ふと目の前、暗くなった路地の曲がり角から突如、自分たちよりも二回りほど大きい褐色肌の男が姿を現したのである。
 突然の事にトーマスは慌てて両手の動きを止めて、リィリアは突如現れた大男を見て「……ひっ」と小さな悲鳴を上げてしまう。
 男はダグラスよりもずっと屈強な体つきをしており、いかにも日頃から鍛えていますと言わんばかりのガタイをしている。
 筋肉男――マッチョマンと呼ぶに相応しいほど鍛えられた肉体を、彼は持っているのだ
 そんな突然現れたマッチョマンを前に二人が驚いて動けない中、その男はスッと視線を横へ向け、ダグラスと顔を合わせてしまう。

 そしてダグラスに気が付いた瞬間、男はパッと顔を輝かせると面白いものを見たと言いたげな声で彼に話しかけたのである。
「ん……おぉ、いたいた!おぉいダグラス!盗人はもう見つけたのか?」
「やぁマイク。ようやっと見つけたよ。まさか僕のカバンを盗むなんてね、大した泥棒さんたちだよ」
「ん?あぁ、このガキどもが犯人ってワケか!はっはっは!まさかお前さんともあろう男が、こんなチビ共に盗まれるとはな!」
「よせよ、まさか本当に盗まれるだなんて思ってなかったんだからさぁ」
 まるで一、二ヵ月ぶりに顔を合わせた親友の様に話しかけてくる褐色肌の男――マイクに対して、タグラスも同じような言葉を返す。
 そのやり取りを見てトーマスは更なる絶望に叩き落される。何ということだろう、自分は何と愚かな事をしてしまったのだと。
 冷静に考えれば確かにあのカバンは怪しかった。景気よく稼いだせいですっかり調子に乗っていた自分は、その怪しさに気づけなかった。
 その結果がこれである。自分だけではなく妹のリィリアをも危険に晒してしまっているのだ。

 妹を危険に晒してしまった。……その事実がトーマスに突発的な行動を起こさせきっかけになったかどうかは分からない。
 ただ愛する妹を、唯一残った肉親をせめてここから逃がそうとして、小さな頭で素早く考えを巡らせ結果かもしれない。
「……ッ!うわぁあぁあぁッ!」
「お兄ちゃん!?」
「うぉッ!?何だ、この……離せッ!」
 トーマスは自分たちの目の前で景気よく笑うマイクに向かって、精一杯の突進をかましたのである。
 無論自分よりも倍の身長を持つマイクにとっては、突然見ず知らずの子供が叫び声をあげて両脚を掴んできた風にしか見えない。
 しかし、大の男二人に至近距離まで近づかれた状態では、これが最善の方法なのかもしれない。
 ここまで近づかれては杖を取り出してもすぐに取り上げられ、最悪二人揃って捕まる可能性の方が高い。
 ならば小さな頭で今考えられる最善の方法を、一秒でも早く実行に移す他なかった。

645ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:18:09 ID:q4fByaLE
「走れリィリア!ここから急いで逃げるんだッ!」
「え……え?でも、」
「俺に構うな!さっさと逃げろォッ!」
「……ッ!」
 兄の突然の行動に体が硬直していたリィリアは、彼の叫びを聞いて飛び跳ねるかのように走り出す。
 大男とその足を必死に掴む兄の横を通り過ぎ、暗闇広がる路地をただただ黙って疾走する。
「あっ!お、おいきみ――って、うぉ!?」
 後ろからダグラスの制止する声が聞こえたが、それは途中で小さな叫び声へと変わる。
 五メイルほど走ったところで足を止めて振り返ると、トーマスは器用にも足を出して彼を転ばせたのだ。
 哀れその足に引っかかってしまったダグラスは道の端に置いてあったゴミ箱に後頭部ぶつけたのか、頭を押さえてうずくまっている。
 ここまでした以上、何をされるか分からぬ兄の身を案じてか、リィリアは「お兄ちゃん!」と声を上げてしまう。
 それに気づいてか、顔だけを彼女の方へ向けたトーマスは必至そうな表情で叫ぶ。

「バカッ!止まるんじゃない!早く、早く遠くへ――……っあ!」
「この、野郎ッ!」
 トーマスが目を離したのをチャンスと見たのか、マイクはものすごい勢いで拳を振り上げる。
 振り上げた直後の罵声に気づき、彼が視線を戻したと同時にそれが振り下ろされ、リィリアは再び走り出した。
 直後、鈍く重い音と子供の悲鳴が路地裏に響き渡ったのを聞きながら、リィリアは振り返る事をせずに走り続ける。
 いや、振り返る事ができなかった。というべきであろうか、背後で起きている事態を直視する勇気は、彼女に無かったのだ。
 涙をこぼしながらただひたすらに路地裏を走る彼女の耳に聞こえてくるは、何かを殴りつける鈍い音と、マイクの怒声。

「このガキめ、大人を舐めるな!」
 まるでこれまでの自分たちの行動が絶対的な悪なのだと思わせるかのような、威圧的な言葉。
 それが深く、脳内に突き刺さったままの状態でリィリアは路地裏を駆け抜け、夜の王都へとその姿を消したのである。
 


「最初に言ったけど、もう一度言うわ。自業自得よ」
 リィリアから長い話を聞き終えた後、霊夢は情け容赦ない一言を彼女へと叩きつけた。
 それを面と向かって言われたリィリアは何か言い返そうとしたものの、霊夢の表情を見て黙ってしまう。
 ムッと怒りの表情とそのジト目を見てしまえば、彼女ほどの小さな子供ならば口にすべき言葉を失ってしまうだろう。
 威圧感――とでも言うべきなのであろうか、気弱な人間ならば間違いなく沈黙を保ち続けるに違いない。
 そんな霊夢を恐ろし気に見つめていたリィリアの耳に、今度は背後にいる別の少女が声を上げた。
「まぁ霊夢の言う通りよね。少なくともアンタとアンタのお兄さんは被害者だけど、被害者ヅラして良い身分じゃないもの」
 彼女の言葉にリィリアは背後を振り返り、ベンチに腰を下ろして自分を見下ろしている桃色髪の少女――ルイズを見やる。

646ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:20:06 ID:q4fByaLE
 最初、リィリアはその言葉の意味がイマイチ分からなかったのか、ついルイズにその事を聞いてしまった。
「それって、どういう……」
「そのままの意味よ。散々人の金盗んでおいて、一回シバかれただけで白旗を上げるなんて、都合が良すぎなの」
「でも……あぅ」
 ふつふつと湧いてくる怒りを抑えつつ、冷静な表情のまま相手に言い放つルイズの表情は冷たい。
 眩い木漏れ日が綺麗な夏の公園の中にいるにも関わらず、彼女の周囲だけまるで凍てつく冬のようである。
 もしもここに彼女の身内や知り合いがいたのならば、きっと彼女の母親と瓜二つだと言っていたに違いない。
 その表情を見てしまったリィリアはまたもや何も言い返せず、黙ってしまう。
 
 ほんの十秒ほどの沈黙の後、リィリアはふとこの場にいる三人目の女性――ハクレイへと目を向ける。
 彼女もまた財布を盗まれた被害者であり、さらに言えばそれを盗んだのが自分だったという事か。
 普通に考えれば助けてくれる可能性など万一つ無いのだが、それでも少女は救いの目でルイズの横に立つ彼女へと視線を送った。
 ハクレイはというと、カトレアから貰ったお金を盗んだ少女が見せる救いの眼差しに、どう対応すれば良いのかわからないでいる。
 睨み返すことはおろか、視線を逸らす事さえできず、どんな言葉を返したら良いのか知らないままただ困惑した表情を浮かべるのみ。
 そんな彼女に釘を刺すかのように、ルイズと霊夢の二人も目を細めてハクレイを睨みつけてくる。
 ――同情や安請負いするなよ?そう言いたげな視線にハクレイは何も言えずにいた。
(やっぱり、カトレアを連れてくるべきだったかしら?)
 自分一人ではどう動けばいいか分からぬ中、彼女は自分の選択が間違っていたのではないかと思わざる得なかった。


 それは時を遡る事三十分前。丁度霊夢とハクレイの二人が互いの目的の為に街中で別れようとしていた時であった。
 色々一悶着があったものの、ひとまず丁度良い感じで別れようとした直前に、あの少女が彼女たちの前に姿を現したのである。
 ――今まで盗んだお金を返すから、兄を助けてほしい。そう言ってきた少女は、あっという間に霊夢に捕まえられてしまった。
 ハクレイとデルフが制止する間もなく捕まえられた彼女は悲鳴を上げるが、霊夢はそれを気にする事無く勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「は、離して!」
「わざわざ姿を現してくれるなんて嬉しい事してくれるわね?……もしかして今日の私の運勢って良かったのかしら?」
 いつの間にか後ろへ回り込み、猫を掴むようにしてリィリアの服の襟を力強く掴んだ彼女は、得意げにそんな事を言っていた。
 そして間髪いれずに路地裏へと連れ込むと、襟を掴んだままの状態で彼女への「取り調べ」を始めたのである。
「早速聞きたいんだけど、アンタのお兄さんが何処にお金を隠したのか教えてくれないかしら?」
「だ、だからお金は返すから……先にお兄ちゃんを!」
「あれ、聞いてなかった?私はお金の隠し場所を教えてもらいたい゛だけ゛なんだけど?」
 最早取り調べというより尋問に近い行為であったが、それを気にする程霊夢は優しくない。
 ハクレイとデルフが止めに入っていなければ、近隣の住民に通報されていたのは間違いないであろう。


 ひとまずハクレイが二人の間に入ったおかげでなんとか場は落ち着き、リィリアの話を聞ける環境が整った。
 最初こそ「何を言ってるのか」と思っていた霊夢であったが、その口ぶりと表情から本当にあった事だと察したのだろう、
 ひとまず拳骨を一発お見舞いしてやりたい気持ちを抑えつつ、ため息交じりに「分かったわ」と彼女の話を信じてあげる事にした。
 その後、姉の所に出向いているであろうルイズにもこの事を報告しておくかと思い。ハクレイに道案内を頼んだのである。

647ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:22:08 ID:q4fByaLE
 彼女の案内で『風竜の巣穴』へとすんなり入ることのできた霊夢は、ハクレイにルイズを外へ連れてくるように指示を出そうとした。
 しかしタイミングが良かったのか、丁度カトレアとの話が済んで帰路につこうとしたルイズ本人とバッタリ出くわしたのである。
「丁度良かったわルイズ。見なさい、ようやっと盗人の片割れを見つけたわ」
「えぇっと、とりあえずアンタを通報すれば良いのかしら?」
「……?何で私を指さしながら言ってるのよ」
 そんなやり取りの後、ひとまず近場の公園へと場所を移して――今に至る。


「それにしても、イマイチ私たちに縋る理由ってのが分からないわね」
 リィリアから話を聞き終えたルイズは彼女が逃げ出さないよう睨みつつ、その意図を図りかねないでいる。
 当然だろう。何せ自分たちが金を盗んだ相手に、兄が暴漢たちに捕まったというだけで助けてほしいと懇願してきたのだから。
 本来ならばふざけるなと一蹴された挙句に、衛士の詰所に連れていかれるのがお約束である。
 いや、それ以前に衛士の元へ駈け込んで助けて欲しいと頼み込めばいいのではなかろうか?
 まだ幼いものの、それが分からないといった雰囲気が感じられなかったルイズは、それを疑問に思ったのである。
 そして疑問に思ったのならば聞けばいい。ルイズは地面に正座するリィリアへとそのことを問いただしてみることにした。
「ねぇ、一つ聞くけど。どうしてアンタは被害者である私たちに助けを求めたのよ?」
「え?そ……それは…………だから」
 突然の質問にリィリアは口を窄めて喋ったせいか、上手く聞き取れない。
 霊夢とハクレイも何だ何だと傍へ近寄って来るのを気配で察知しつつ、ルイズはもう一度聞いてみた。
「何?ハッキリ言いなさいな」
「えっと……その、お姉さんたちがあんなに大金を持ってたから……」
「大金……?――――ッァア!」
 一瞬何のことかと目を細めてルイズは、すぐにその意味に気づいたのかカッと見開いた瞳をリィリアへと向ける。
 限界近くまで見開かれた鳶色のそれを見て少女が「ヒッ」と悲鳴を漏らす事も気にせず、ルイズはズィっとその顔を近づけた。
「も、も、もしかしてアンタ!私たちの三千近いエキュー金貨の場所を、知ってるっていうの!?」
「はいはいその通りだから、落ち着きなさい」
 興奮するルイズの肩を掴んでリィリアと離しつつ、霊夢は鼻息荒くする主に自分が先にリィリア聞いた事を伝えていく。

「まぁ要は取り引きってヤツよ。ウソか本当かどうか知らないけど、どうやら兄貴が何処に金を隠しているのか知ってるらしいのよ。
 それで私たちから盗んだ分はすべて返すから、代わりに兄貴を助けて……次いで自分たちの事は見逃して欲しいって事らしいわ」

 霊夢から話をする間に大分落ち着く事のできたルイズは「成程ね」と言って、すぐに怪訝な表情を浮かべて見せた。
「ちょい待ちなさい。兄を助ける代わりにお金を返すのはまぁ分かるとして、見逃すってのはどういう事よ?」
「アンタが疑問に思ってくれて良かったわ。私もそれを聞いて何都合の良いこと言ってるのかと思ったし」
「少なくともアンタよりかはまともな道徳教育受けてる私に、その言葉は喧嘩売ってない?」
 顔は笑っているが半ば喧嘩腰のようなやり取りをしていると、二人の会話に不穏な空気を感じ取ったリィリアが口を挟んでくる。
「お願いします!盗んだお金はそのまま返すから、お兄ちゃんを……」
「まぁ待ちなさい。……少なくともお金を返してくれるっていうのなら、あなたのお兄さんは助けてあげるわ」
 逸る少女を手で制止しつつ、ルイズは彼女が持ち掛けてきた取引に対しての答えを返す。
 それを聞いてリィリアの表情が明るくなったものの、そこへ不意打ちを掛けるかのようにルイズは「ただし」と言葉を続けていく。

648ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:24:20 ID:q4fByaLE
「アンタとアンタのお兄さんを見逃すっていう事はできないわ。事が済んだら一緒に詰所へ行きましょうか」
「え?なんで、どうして……?」
「どうしても何もないわよ。だってアンタたちは盗人なんですから」
 二つ目の条件が認められなかった事に対して疑問を感じているリィリアへ、ルイズは容赦ない現実を突きつけた。
 今まで見て見ぬ振りを決め込み、目をそらしていた現実を突き決られた少女はその顔に絶望の色が滲み出る。
 その顔を見て霊夢はため息をつきつつ、自分たちが都合よく助けてくれると思っていた少女へと更なる追い打ちをかける。
「第一ねぇ、盗んだモノをそっくりそのまま返して許されるなら、この世に窃盗罪何て存在するワケないじゃない」
「で、でも……それは……私とお兄ちゃんが生きていく為で、」
「生きていく為ですって?ここは文明社会よ。子供だからって理由で窃盗が許されるワケが無いじゃない。
 アンタ達は私たちと同じ人間で、社会の中で生きていくならば最低限のルールを守る義務ってのがあるのよ。
 それが嫌で窃盗を生業とするんなら山の中で山賊にでもなれば良いのよ。ま、たかが子供にそんな事できるワケはないけどね。
 第一、散々人々からお金を盗んどいて、いざ身内が仕事しくじって捕まったら泣いて被害者に縋るような半端者なんだし」

 的確に、そして容赦なく現実を突きつけてくる博麗の巫女を前にリィリアは目の端に涙を浮かべて、顔を俯かせてしまう。
 流石に言いすぎなのではないかと思ったルイズが霊夢に一言申そうかと思った所で、それまで黙っていたデルフが口を開いた。
『おぅおう、鬱憤晴らしと言わんばかりに攻撃してるねぇ』
「何よデルフ、アンタはこの生意気な子供の味方をするっていうの?」
『まぁ落ち着けや、別にそういうワケじゃないよ。……ただ、その子にも色々事情があるだろうって事さ』
「事情ですって?」
 突然横やりを入れてきた背中の剣を睨みつつも、霊夢は彼の言うことに首をかしげてしまう。
 デルフの言葉にルイズとハクレイ、そしてリィリアも顔を上げたところで、「続けて」と霊夢は彼に続きを言うよう促す。
 それに対しデルフも「お安い御用で」と返したのち、彼女の背中に担がれたまま話し始めた。

『まぁオレっち自身、その子と兄さんの素性なんぞ知らないし、知ったとしてもこれまでやってきた所業を正当化できるとは思えんさ。
 どんな理由があっても犯罪は犯罪だ。生きていく為明日の為と言いつつも、結局やってる事は他人から金を盗むだけ。
 それじゃ弱肉強食の野生動物と何の変りもない、人並みに生きたいのであればもう少しまともな道を探すべきだったと思うね』
 
 てっきり擁護してくれるのかと思いきや、一振りの剣にまで当り前の事を言われてしまい、リィリアは落ち込んでしまう。
 何を今更……とルイズと霊夢の二人はため息をつきそうになったが、デルフはそこで『ただし、』と付け加えつつ話を続けていく。
 
『今のような状況に至るまでにきっと、いや……多分かもしれんがそれならの理由はあっただろうさ。
 断定はできんが、オレっち自身の見立てが正しければ、きっとこの子一人だけだったのならば盗みをしようなんざ思わなかった筈だ。
 親がいなくなり、帰る家も失くしてしまった時点で近場の教会なり孤児院を頼っていたに違いないさ』

649ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:26:06 ID:q4fByaLE

 デルフの言葉で彼の言いたい事に気が付いたのか、ハクレイを除く三人がハッとした表情を浮かべる。
 霊夢とルイズの二人は思い出す。あの路地裏でアンリエッタからの資金を奪っていった生意気な少年の顔を。
 リィリアもまた兄の事を思い浮かべていたのか、冷や汗を流す彼女へとルイズが質問を投げかけた。
「成程、ここまで窃盗で生きてきたのはアンタのお兄さんが原因だったってことね?」
「……!お、お兄ちゃんは私の為を思って……」
「それでやり始めた事が窃盗なら、アンタのお兄さんは底なしのバカって事になるわね」
 あれだけの魔法が使えるっていうのに、そんなことを付け加えながらもルイズはため息をつく。
 いくら幼いといえども、自分たちに見せたレベルの魔法が使えるのならば子供でも王都で雇ってくれる店はいくらでもあるだろう。
 昨今の王都ではそうした位の低い下級貴族たちが少しでも生活費を増やそうと、平民や他の貴族の店で働くケースが増えている。
 店側も魔法を使える彼らを重宝しており、今では平民の従業員よりも数が増えつつあるという噂まで耳にしている。
 もしも彼女のお兄さんが心を入れ替えて働いていたのならば、きっとこんな事態には陥っていなかったであろう。

「才能の無駄遣いって、きっとアンタのお兄さんにピッタリ合う言葉だと思うわ」
『まぁ非行に走る前に色々とあったってのは予想できるがね。……まぁあまり明るい話じゃないのは明らかだが』
 ルイズの言葉にデルフが相槌を入れつつも、リィリアにその話を聞こうと誘導していく。
 少女も少女でデルフの言いたいことを理解しているのか、顔を俯かせつつも話そうかどうかと悩んでいる。
 どうして自分たちが盗人稼業で生きていく羽目になったのか、その理由の全てを。
 少し悩んだ後に決意したのか。スッと顔を上げた彼女は、おずおずとした様子で語り始めた。

 両親の死をきっかけに領地を追い出され、兄妹揃って行く当てもない旅を始めた事。
 最初こそ行く先にある民家や村で食べ物を恵んでいた兄が、次第に物を盗むようになっていった事。
 最初こそ食べ物や毛布だけであったが次第に歯止めが効かなくなり、とうとう人のお金にまで手を出した事。
 常日頃口を酸っぱくして「大人は危険」と言っていた為に自分も感化され、次第に兄の行為を喜び始めた事。
 ゆく先々で他人の財産を奪い続けていき、とうとう王都にまでたどり着いた事。
 そこで兄は大金を稼ぎ、二人で暮らせるだけのお金を手に入れると宣言した事。
 そして失敗し、今に至るまでの出来事を話し終えたのは始めてからちょうど三分が経った時であった。

「……なんというか、アンタのお兄さんって色々疑いすぎたのかしらねぇ?」
 三人と一本の中で最初に口を開いたルイズの言葉に、リィリアは「どういうことなの?」と返した。
 ルイズはその質問に軽いため息をつきつつも座っていたベンチから腰を上げて、懇切丁寧な説明をし始める。

「だって、アンタのお兄さんは大人は危険とか言ってたけど。普通子供だけで盗んだ金で家建てて生きていくなんて無茶も良いところだわ。
 それに、普通の大人ならともかく孤児院や教会の戸を叩けたのならきっと中にいたシスターや神父様たちが助けてくれた筈よ?」

650ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:28:09 ID:q4fByaLE
 ルイズの言葉にリィリアは再び顔を俯かせつつ、小声で「そいつらも危険って言ってたから……と話し始める。
「お兄ちゃんが言ってたもん、大人たちは大丈夫大丈夫って言いながら私たちを引き離してくるに違いないって」
 以前兄から教わった事をそのまま口にして出すと、ルイズの横で聞いていた霊夢がため息をつきつつ会話に参加してくる。
「孤児院や教会の人間が?そんなワケないじゃないの、アンタの兄貴は疑心暗鬼に駆られすぎなのよ」
「ぎしん……あんき?」
『つまりは周りの他人を疑い過ぎて、その人達の好意を受け止められないって事だよ』
 デルフがさりげなく四文字熟語を教えてくるのを見届けつつ、霊夢はそのまま話を続けていく。

「まぁ何があったのか大体理解できたけど、それで非行に走るんならとことん救いようがないわねぇ
 きっとここに至るまで色んな人の好意を踏みにじってきて、そのお返しと言わんばかりに金を盗って勝ったつもりになって……、
 それで挙句の果てに屁でもないと思っていた被害者にボコられて捕まったんじゃ、誰がどう考えても当然の報いって考えるわよ普通」

 肩を竦めてため息をつく彼女の正論に、リィリアはションボりと肩を落として落胆する。
 流石の彼女であっても、ここにきてようやく自分たちのしてきた事の重大さを理解したのであろう。
 デルフも『まぁ、そうなるな』と霊夢の言葉に同意し、ルイズは何も言わなかったものの表情からして彼女に肯定的であると分かる。
 しかしその中で唯一、困惑気味の表情を浮かべてリィリアを見つめる女性がいた。
 それは霊夢たちと同じく兄妹……というかリィリアに直接お金を奪われた事のあるハクレイであった。
 少女に対し批判的な視線と表情を向けている霊夢とルイズの二人とは対照的に、どんな言葉を出そうか悩んでいるらしい。
 
 確かに彼女とそのお兄さんがした事が許されないという事は、まず変わりはしない。
 けれどもルイズたちの様に一方的になじる気にはなれず、結果喋れずにいるのだ。
 下手に喋れずけれども止める事もできずにいた彼女であったが、何も考えていなかったワケではない。
 幼少期に兄と共に苛酷な環境に身を置かざるを得なくなり、非行に走るしかなかった少女に何を言えばいいのか?
 そして兄と共に二度とこんな事をしないで欲しいと言わせるにはどうすれば良いのか?それをずっと考えていたのである。
 彼女はここに来てようやく口を開こうとしていた。一歩前へと踏み出し、それに気づいた二人と一本からの熱い視線をその身に受けながら。

「?どうしたのよアンタ」
「……あーごめん、今まで黙ってて何だけど喋っていいかしら?」
 軽い深呼吸と共に一歩進み出た自分に疑問を感じたルイズへ一言申した後、リィリアの前へと立つハクレイ。
 それまで黙っていたハクレイの言葉と、かなりの距離まで近づいてきたその巨躯を見上げる少女は自然と口中の唾を飲み込んでしまう。
 何せここにいる四人の中では、最も背の高いのがハクレイなのだ。子供の目線ではあまりにも彼女の背丈は大きく見えるのだ。
 唾を飲み込むついで、そのまま一歩二歩と後ずさろうとした所で、ハクレイはその場でスッと膝立ちになって見せる。
 するとどうだろう、あれ程まで多が高過ぎて良く見えなかったハクレイの顔が、良く見えるようになったのだ。
「……え?あの」
「人とお話をする時は他の人の顔をよく見ましょう。って言葉、よく聞くでしょう?」
 困惑するリィリアに苦笑いしつつもそう言葉を返すと、ハクレイは若干少女の顔を見下ろしつつも話を続けていく。

651ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:30:09 ID:q4fByaLE
「私の事、覚えてるでしょう?ホラ、どこかの広場でボーっとしてて貴女に財布を盗まれた事のある……」
 霊夢やルイズと比べ、年頃らしい落ち着きのある声で話しかけてくる彼女にはある程度安心感というモノを感じたのだろうか。
 それまで緊張の色が見えていた顔が微かに緩くなり、自分と同じくらいの視点で話しかけてくるハクレイにコクコクと頷いて見せた。
「うん、覚えてるよ。だからまず最初にお姉さんに声を掛けたの。だってもう片方は怖かったから……」
「おいコラ。今聞き捨てならない事をサラッと言ってくれたわね?」
 自分の方を見つめつつもそんな事を言ってきた少女に、霊夢はすかさず反応する。
 それを「やめなさいよ」とルイズが窘めてくれたのを確認しつつ、ハクレイは尚も話を続けていく。
「さっき、貴女のお兄さんを助けてくれたらお金はそっくりそのまま返すって言ってたわよね?」
「……!う、うん。私、お兄ちゃんがどこの盗んだお金を何処に隠しているのを知って……――え?」
 
 食いついた。そう思ったリィリアはパっと顔を輝かせつつ、ハクレイに取り引きを持ち掛けようとする。
 しかしそれを察したのか、逸る彼女の眼前に右手の平を出して制止したのだ。
 一体どうしたのかと、リィリアだけではなくルイズたちも怪訝な表情を浮かべたのを他所にハクレイはそのまま話を続けていく。
「別にお金の事はもう良いのよ。私がカトレアに貰った分だけなら……あなた達が良いなら渡してあげても良い」
「え?それ……って」
「はぁ?アンタ、この期に及んで何甘っちょろい事言ってるのよ!?」
 三人と一本の予想を見事に裏切る言葉に、思わず霊夢がその場で驚いてしまう。
 ルイズは何も言わなかったものの目を見開いて驚愕しており、デルフはハクレイの言葉を聞いて興味深そうに刀身を揺らしている。
 まぁ無理もないだろう。何せ彼女たちから散々許されないと言われた後での言葉なのだ。
 むしろあまりにも優しすぎて、ハクレイにそんな事を言われたリィリア本人が自身の耳を疑ってしまう程であった。
 流石に一言か二言文句を言ってやろうかと思った矢先、それを止める者がいた。
『まぁ待てって、そう急かす事は無いさ』
「デルフ?どういう事よ」
 突然制止してきたデルフに霊夢は軽く驚きつつも自分の背中にいる剣へと声を掛ける。
『どうやら奴さんも無計画に言ってるワケじゃなそうだし、ここは見守ってやろうや』
 何やら面白いものが見れると言いたげなデルフの言葉に、ひとまず霊夢は様子を見てみる事にした。
 彼女の後ろにいるルイズも同じ選択を選んだようで、二人してハクレイとリィリアのやり取りを見守り始める。

「え……?お金、くれるの?それで、お兄ちゃんも助けてくれるっていうの……?」
 相手の口から出た言葉を未だに信じきれないのか、訝しむ少女に対しハクレイは無言で頷いて見せる。
 それが肯定的な頷きだと理解した少女は、信じられないと首を横に振ってしまう。
 確かに彼女の思う通りであろう。普通ならば、金を盗まれた相手に対して見せる優しさではない。
 盗まれた分のお金は渡し、更には兄まで助けてくれる。……とてもじゃないが、何か裏があるのではないかと疑うべきだろう。
 リィリア自身盗んだお金を返すから兄を助けてほしいと常識外れなお願いをしたものの、ハクレイの優しさには流石に異常を感じたらしい。
 少し焦りつつも、少女は変に優しすぎるハクレイへとその疑問をぶつけてみる事にした。
「で、でも……そんなのおかしいよ?どうして、そこまで優しくしてくれるなんて……」
「まぁ普通はそう思うわよね。私だって自分で何を言っているのかと思ってるし」
 彼女の口からあっさりとそんに言葉が出て、思わずリィリアは「え?」と目を丸くしてしまう。
 そして疑問に答えたハクレイはフッと笑いつつ、どういう事なのかと訝しむ少女へ向けて喋りだす。

652ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:32:15 ID:q4fByaLE
「私が盗まれた分のお金はそのまま渡して、ついでにお兄さんも助けてあげる。それを異常と感じるのは普通の事よ。
 だって世の中そんなに甘くないのは私でも理解できるし、そこの二人が貴女のお願いに呆れ果ててるのも当り前の事なんだし」

 優しく微笑みかけながらも、そんな言葉を口にするハクレイへ「なら……」とリィリアは問いかける。
 ――ならどうして?最後まで聞かなくとも分かるその言葉に対し、彼女は「簡単な事よ」と言いながら言葉を続けていく。
「あなた達の事を助けたいのよ。……まぁ二人にはそんなのは優しすぎるとか文句言われそうだけどね」
 暖かい微笑みと共に口から出た暖かい言葉に、それでもリィリアは怪訝な表情を浮かばせずにはいられない。
 何せ自分は彼女に対して財布を盗んだ挙句に魔法を当ててしまったのだ、それなのに彼女は助けたいと言っているのだ。
 普通ならば何かウラがあるのではないかと疑うだろう。リィリアはまだ幼かったが、そんな疑心を抱ける程には成長している。
「でも、そんなのおかしいわ?だって、私はお姉ちゃんに対してあんなに酷いことをしたのに……」
 疑いの眼差しを向けるリィリアの言葉に対して、ハクレイは「まぁそれは忘れてないけどね?」と言いつつも話を続けていく。

「だから私は今回――この一度だけ、あなた達の手助けをするわ。一人の大人としてね。
 あなた達兄妹が泥棒稼業から手を洗って、まともに暮らしていくっていうのなら……今後の為を思ってあなた達に私の――カトレアがくれたお金を託す。
 何なら孤児院や、身寄り代わりの教会を探すのだって手伝おうとも考えてるわ。少なくともそこにいる人たちならば、あなた達を助けてくれると思うから」
 
 ハクレイはそう言った後に口を閉ざし、ポカンとしているリィリアへとただ真剣な眼差しを向けて返事を待っている。
 少女は彼女の言ったことをまだ完全に信じ切れていないのか、何と言えばいいのか分からずに言葉を詰まらせている。
 それを眺めている霊夢は彼女の甘さにため息をつきたくなるのを堪えつつも、最初に言っていた言葉を思い出す。
 ――この一度だけ。つまりは、あの兄妹に対して彼女はたった一度のチャンスをあげるつもりなのだろう。
 彼女が口にしたようにバカ野郎な兄と共にまともな道を歩み直せる、文字通りの最後のチャンスを。
 
 ルイズもそれを理解したようだったが、何か言いたそうな表情をしているに霊夢と同じことを考えているらしい。
 確かに子供といえど犯罪者に対して甘すぎる言葉であったが、犯罪者であるが以前に子供である。
 自分と霊夢は少女を犯罪者として、彼女は犯罪者である以前に子供として接しているのだ。
 だから二人して甘々なハクレイに何か一言突っついてやりたいという気持ちを抑えつつ、リィリアの答えを待っていた。
 そして件の少女は、ハクレイから提示された条件を前に、何と答えれば良いか迷っている最中であった。
 今まで兄と共に生きてきて、大事な事を全て決めてきたのは兄であったが、その兄はこの場にいない。
 だから自分たち兄妹の事を自分が決めなければいけないのだ。
 リィリアは閉まりっぱなしであった重い口をゆっくりと開けて、自分を見守るハクレイへと話しかける。

「本当に……本当に私たちの、味方になってくれるの?」
「アナタがお兄さんと一緒になってこれから真っ当に生きていくというのになら、私はアナタ達の味方になるわ」
 少女の口から出た質問に、ハクレイは優しい微笑みと真剣な眼差しを向けてそう返す。
 そこには兄の言っている「汚い大人」ではなく、本当に自分たちの事を案じてくれる「一人の大人」がいた。
 そして彼女はここにきてようやく思い出す、これまでの短い人生の中で、今の彼女と同じような表情と眼差しを向けてくれた人たちが大勢いたことを。

653ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:34:07 ID:q4fByaLE
 ある時は通りすがりの旅人に果物やパンを分けてくれた農民、そしてタダ配られるスープ目当てに近づいた教会の人たち。
 ここに至るまで通ってきた道中で出会った人々の多くが、自分たちの事を本当に心配してくれていたのだと。
 しかし兄は事あるごとに彼らを見て「信用するな」と耳打ちし、その都度必要なものだけを奪って彼らの親切心を踏みにじってきた。
 兄は自分よりも成長していた、だからこそ自分たちを領地から追い出した親戚たちの事が忘れられなかったのだろう。
 結果的にそれが兄の心に疑心暗鬼を生み出し、他人の善意を踏みにじる原因にもなってしまった。

 その事を兄よりも先に理解したリィリアは、目の端から流れ落ちそうになった涙を堪えつつ――ゆっくりと頷いた。
 ハクレイはその頷きを見て優しい微笑みを浮かべたまま、そっと左手で少女の頭を撫でようとして――。
「…って、何心温まる物語にしようとしてるのよッ!?」
「え?ちょ……――グェッ!」
 二人だけの世界になろうとした所で颯爽と割り込んできた霊夢に、見事な裸絞めを決められてしまった。
 あまりに急な攻撃だった為に何の対策もできずに絞められてしまったハクレイは、成すすべもない状態に陥ってしまう。
 突然過ぎた為か流れそうになった涙が完全に引っ込んでしまったリィリアは、目を丸くして見つめている。
 それに対してルイズは彼女の傍に近寄りつつ、「気にしなくていいわよ」と彼女に話しかけた。
「まぁあんまりにもムシが良すぎるから、ただ単にアイツに八つ当たりしてるだけなのよ」
「え?八つ当たりって……あれどう見ても絞め殺そうとしてるよね?」
「大丈夫なんじゃない?ねぇデルフ、アンタもそう思うでしょう?」
『イヤイヤ、普通は止めろよ!?ってか、そろそろヤバくねぇかアレ?』
 霊夢から無理やり手渡されたのであろう、ルイズの言葉に対し彼女の右手に掴まれたデルフが流石に突っ込みを入れる。
 確かに彼の言う通りかもしれない。自分より小柄な霊夢に絞められているハクレイはどうしようもできず、今にも落ちてしまいそうだ。
 
 デルフの言う通りそろそろ止めた方がいいのだろうが、正直ルイズも彼女の横っ腹にラリアットをかましたい気分であった。
 確かにあの兄妹は犯罪者であるが以前に子供だ、牢屋にぶち込むよりも前に救済をしたいという気持ちは分かる。 
 しかしだからといってあの時金を盗まれた時の屈辱は忘れていないし、自分たちの他にも大勢の被害者がいるに違いない。
 それを考えれば懲役不可避なのだろうが、やはり本心では「まだ子供だから」という気持ちも微かにある。霊夢はあるかどうか知らないが。
 ともかくハクレイはその「まだ子供だから」という元で兄妹にチャンスを作り、兄妹の一人であるリィリアはそれを受け入れた。
 まだ納得いかない所は多々あるがそれをハクレイにぶつける事で、ルイズと霊夢の二人もそれに了承したのである。

654ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:36:10 ID:q4fByaLE
 ひとまずは満足したのか、虫の息になった所でようやく解放されたハクレイを放って、霊夢はリィリアと対面していた。
 ハクレイと似たような顔をしていながらも、彼女よりも怖い表情を見せる霊夢に狼狽えつつも、少女は彼女からの話を聞いていく。
「じゃあ先にお金は返してもらうとして、アンタのバカお兄さんを助けたらルイズの紹介する教会か孤児院に入る事、いいわね?」
「う、うん……それで、他にも盗まれたお金とか一応……あなた達に渡す、それでいいの?」
「そうよ。アンタたちが他の人たちから盗んだお金は私たちが……まぁ、その。責任もって返すことにするわ」
 多少言葉を濁しつつもひとまず条件を確認し終えた所で、今度はルイズが話しかける番となった。
 彼女は言葉を濁していた霊夢をジト目で一瞥しつつもリィリアと向き合いは、咳払いした後真剣な表情で喋り始める。

「まぁ私たちはそこで伸びてるハクレイと違ってあなた達に甘くするつもりはないけど、貴女は反省の意思を見せてる。
 その貴女がお兄さんを説得できたのならば、私もアナタたちがやり直すための準備くらいはしてあげるわ。
 でも忘れないで頂戴。貴族である私の前で約束したのならば、どんな事があっても最後までやり遂げる覚悟が必要だってことを」
 
 わざとらしく腰に差した杖を見せつけつつそう言ったルイズに、リィリアは慎重に頷いた。
 その杖が意味することは、たとえ幼少期に親を失い貴族で無くなった彼女にも理解できた。
 リィリアの頷きを見てルイズもまた頷き返したところで、彼女は「ところで」と話を続けていく。

「一つ聞きたいんだけど、どうして私たちを頼る前に衛士の所に行かなかったのよ?
 いくらアンタ達がここで盗みをやってるって情報が出てても、流石に子供が誘拐されたとなると話しくらいは聞いてくれそうなものだけど……」

 先ほどから気になっていた事を抱えていたルイズからの質問に、リィリアは少し考える素振りを見せた後に答えた。
「えっとね……実はあの二人を探す前にね、今日の朝に詰め所に行ったの」
「え?もしかして、子供の戯言だとか言われて追い返されたの……?」
 人での少なくかつ教育の行き届いていない地方ならともかく、王都の衛士がそんな雑な対応をするのだろうか?
 そんな疑問を抱いたルイズの言葉に対して、リィリアは首を横に振ってからこう言った。
「うぅん、何か詰め所にいた衛士さんたちが皆凄い忙しそうにしててね。私が声を掛けても「ごめんね、今それどころじゃないんだ」って言われたの」
「忙しい……今それどころじゃない?」
「あぁ、そういえば今日は朝からヤケにばたばたしてたわねアイツら」
 何か自分の知らぬ所で大事件が起きたのであろうか?首を傾げた所で霊夢が話に入ってきた。
 彼女の言葉にルイズはどういう事かと聞いてみると、朝っぱらから街中で大勢の衛士が動き回っていたのだという。

「何でか知らないけどもう街の至る所に衛士たちがいたり、走り回ってたりしてたのよ。
 しかもご丁寧に下水道への道もしっかり見張りがいたから、おかけでやるつもりだった捜索が台無しよ。全く……」

 最後は悪態になった霊夢の言葉を半ば聞き流しつつも、ルイズはそうなのと返した後ふと脳裏に不安が過る。
 この前の劇場で起こった事件もそうだが、ここ最近の王都では何か良くないことが頻発しているような気がしてならない。
 そういう事を体験した身である為、ルイズは尚現在進行中で何か不穏な事が起きている気がしてならなかった。
 
 街中の避暑地に作られた真夏の公園の中で、ルイズは背筋に冷たい何かが走ったのを感じ取る。
 その冷たい何かの原因が得体のしれない不穏からきている事に、彼女は言いようのない不安を感じていた。

655ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:40:00 ID:q4fByaLE
はい、以上で第九十七話の投稿は終了です。
今年も残すところ半分を切って、色々慌ただしくなってきました。

それでは今回はここまで、また来月末にお会いしましょう。それではノシ

656ウルトラ5番目の使い魔 78話 ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:27:41 ID:ClJwH74c
皆さんこんにちは、ウルトラ5番目の使い魔。78話投稿開始します

657ウルトラ5番目の使い魔 78話 (1/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:31:43 ID:ClJwH74c
 第78話
 アナタはアナタ(前編)
 
 集団宇宙人 フック星人 登場!


 ハルケギニアの五大国の中で、ガリア王国はその最大の国として知られる。
 国力、領土面積、いずれも随一を誇り、大国として認めぬ者はいない。
 しかし、地方に目を向ければ、貧しい町村や、領主から見放されて荒れ果てた土地も多く、中央の富の届かない影の姿を見せていた。
 そして、首都リュティスから百リーグばかり離れた街道沿いに、そんなさびれた町のひとつがあった。
 町の名前はポーラポーラ。かつてはロマリアとの交易の結地として人口数万を誇ったこともあったけれど、さらに大きな街道の開通と同時にさびれはじめ、今では人口はわずか千人ばかり。荒れ果てた空き家ばかりが軒を連ねる悲しい幽霊街に成り果ててしまっていた。
 そんな町中に一軒の薄汚れた教会があり、固く閉ざされた戸を無遠慮にノックする者がいた。旅装束に、それに見合わぬ節くれだった大きな杖を抱えた小柄な少女。タバサである。
「誰だい?」
 中から返事があった。しかし、扉は固く閉ざされたままであり、明らかに歓迎されてはいない。だがタバサは顔色を変えずに、独り言のように扉に向かってつぶやいた。
「この春は暖かで、王宮の花壇は北も南もきれいでしょうね」
「……ヴェルサルテイルの宮殿には、北の花壇はないんだよ」
 暗号めいたやり取りの後、ガチャリと鍵の開く音がして、扉の奥からフードを目深に被った修道服姿の女が現れた。
「よくここを突き止めたね。腕は鈍ってないようだ。ええ? 北花壇騎士七号」
「思ったより手間はかかった。王女であるあなたが、こんなところでの生活を続けられているとは思えなかったから……けど、ようやく見つけた。イザベラ」
 互いに鮮やかな青い髪をまとった顔を見せあい、タバサとイザベラは再会を果たした。
 けれどイザベラは、招かざる客が来たと露骨に渋い顔をしている。その顔からは、王女として宮廷にいた頃の化粧は消えているが、気の強そうな目付きはそのまま残っていた。
「まあ立ち話も何だ。どうせ、帰れと言ったって帰らない気で来たんだろ? 入りなよ、茶ぐらい出してやる。出がらしだけどね」
 渋々ながら、イザベラはタバサを教会の中に招き入れた。

658ウルトラ5番目の使い魔 78話 (2/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:44:59 ID:ClJwH74c
 「お邪魔します」と、タバサは礼儀なのか嫌味なのかわからないふうに言い、中に足を踏み入れる。中からは埃っぽさのある空気か流れてきて鼻をつき、礼拝堂や懺悔室は物置小屋に見えるほど荒れ果てていたが、奥の給湯室と浴室のあたりだけは生活臭を漂わせていた。
「あなたがプチ・トロワから姿を消したと聞いてずいぶん探した。最初は別荘地などを探したけど、ここまで僻地に逃れているとは思わなかった」
「フン、それでも見つかっちまったら同じことさ……あいつらから聞いたのかい?」
 イザベラが尋ねると、タバサは小さく頷いた。
「あなたに協力者がいたことを思い出せたおかげで、わたしもなんとかあなたの足取りをつかめた。信用してもらうのには随分かかったけど、イザベラ様をどうかよろしくと強く頼まれた」
「ちっ、まったくあのデブとメイドめ……せっかく一人暮らしを楽しんでたっていうのにさ」
 舌打ちすると、イザベラは足音も荒く廊下を曲がった。よれよれの修道服がはためいて埃が舞うが、当人は気にもかけていない。  
 タバサはその後ろ姿を見て、それにしてもあつらえたようによく似合っているなと妙なおかしさを感じた。今のイザベラを見て王女だとわかるものはごく近しい者しかいるまい。元々王女らしくなかったけれども、髪は動きやすいようにまとめてあるし、修道服の着こなしはだらしなく、ただの町娘と言って疑う者はいるまい。これならずっと見つからなかったのもうなづける。
「ずっと一人で暮らしていたの?」
「ああ、食べるものはたまにアネットのやつが届けてくれるし、道具はだいたいここに揃ってるからな。このボロ教会はド・ロナル家の持ち物だそうだから、訪ねてくる奴はまずいない。隠れ家にはいいとこだよ」
「でも、誰にも世話をしてもらえずに、よくあなたが我慢できた」
「そりゃ最初は面倒だったさ。けど、慣れてしまえば独り暮らしも楽しいもんさ。好きなときに食えるし寝れるし、何よりうるさい奴らがいない」
 イザベラは、気にもとめてない風に平然と言う。
 開き直ったときの思い切りのよさは、どこかキュルケに似ているなとタバサは思った。わがままで自分勝手だが、プライドの高さゆえに独立心も強い。
「ほらよ、こんなものしかないけど飲みたきゃ飲みな」
 元はシスターたちの更衣室であったらしい部屋に置かれたテーブルにタバサを座らせ、イザベラはひびの入ったコップに茶を注いで、地味な菓子を振る舞ってくれた。
 タバサは黙ってイザベラに従い、室内をざっと見渡した。すくなからぬ時間を過ごした形跡がある割には、掃除をする気なんかまったくないふうに散らかり放題で、テーブルも埃まみれではあったけれど、タバサにはそれのほうがなぜか安心できた。
 テーブルを挟んで、よく似た顔立ちをした従姉妹同士が向かい合う。
「いただきます」
 ぽつりと言い、タバサはコップに注がれたお茶に口をつけた。味も香りもほとんどせず、ただの色水に近い。
 けれど、温かみだけはあり、コクコクとタバサは数口飲んだ。イザベラは、「けっ、この悪食め」と呆れて見ているが、タバサは今日ここに来てよかったと感じていた。

659ウルトラ5番目の使い魔 78話 (3/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:47:14 ID:ClJwH74c
「お願いがある」
 タバサは一息に切り出した。もとよりそのつもりで苦労して居場所を突き止めたのだ。
 するとイザベラは「そうら来た」と、ふてぶてしく椅子に体を寄りかからせた。しかしタバサが切り出した内容は、イザベラの想像を超えていた。
「ガリアの女王になって欲しい」
「……はぁっ!?」
 イザベラは思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。こいつのことだからとんでもないことを言ってくるとは思っていたけど、どこからそんなぶっ飛んだ話が出てくるというんだ?
「わたしの耳がどうかしちまったのかね。女王になれって聞こえた気がしたけど」
「空耳じゃない。ついでに言えば冗談でもない。あなたに、ガリアの女王になってもらいたい」
 タバサの口調は淡々としていながら、空気を重くするような真剣味が感じられた。
 イザベラは、重ねて突きつけられた信じられない要請を咀嚼しきれないながらも、プライドの高さから平静を保ってタバサに問い返した。
「気でも触れたのかい? ガリアはまだわたしの父上が健在だ。どうしてわたしが女王になれる?」
「ジョゼフの統治はもうすぐ終わる。わたしが終わらせる。なにより、ジョゼフ自身がもう在位を望んでいない。でも、ジョゼフがいなくなった後に速やかに空位を埋めなくては内戦になる。今、生き残っている王位継承者はわたしとあなたの二人だけ。そして、後継者としては前王の実子であるあなたのほうがふさわしい」
「建前ではそうだろうね。けどそれは、つまりお前が簒奪者の汚名を避けるための傀儡になれってことだろ?」
 イザベラはにべもなくヒラヒラと手を振って断った。そんな都合のために王位を押し付けられるなんて死んでもごめんだ。
 しかしタバサは邪な様子は一切見せずに続けた。
「わたしには別にやることがある。ガリアを短期に収めるには、表の権威と裏からの工作が必要」
「フン、自分から花壇騎士時代に戻ろうっていうのかい? けど、わたしが表からの権力で、昔みたいにお前を辱め始めたらどうする?」
「好きにすればいい。わたしひとりでガリアが収まるなら、安いもの」
「甘く見るなよ。わたしだって元北花壇騎士の団長だ。そんな正義じみたことを言う奴は一番信用おけないんだ。お前にわたしがやったことを思えば、恨んでいないほうがどうかしている」
 イザベラは馬鹿ではなかった。舌俸鋭くタバサを問い詰めて来る。
 しかしタバサは表情を変えることなく、イザベラに言った。

660ウルトラ5番目の使い魔 78話 (4/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:48:10 ID:ClJwH74c
「あなたに恨みはない」
「恨みはないだって? 言うにことかいてこれはお笑いだ! わたしの命令でお前は何回死地に放り込まれた? 何回人目の前で辱められた? 馬鹿にするのもたいがいに」
「でも、今のあなたはそれを後悔している」
 罵声をさえぎって放たれたタバサの一言に、イザベラは思わず言葉を詰まらせた。そして絶句するイザベラに、タバサは従姉と同じ色をした目を向けて告げる。
「わたしは、あなたの人形だった。物言わぬ、心持たぬ人形……だけど、人形であるからこそ、いつからか人間の心が見えるようになってきた。イザベラ、あなたはわたしの前で一度も心から笑ったことはない。そんなあなたに、わたしは恨みを抱くことはできなかった」
「恨まれるどころか、むしろ哀れまれていたというのかい……戦う前から……いや、戦いもしないうちにわたしはお前に負けっぱなしだ。ああそうさ! わたしはお前が憎かった。わたしにない魔法の才を、お前はじゅうぶんに持ち合わせているからね。けど、どんな無理難題を押し付けても、お前は一度も折れなかった。せめて一度でもお前がわたしに許しを請えば、わたしの気も晴れただろうにさ!」
「でも、今のあなたはそれも間違いだったと知っているはず」
「どうしてそう思う?」
「魔法では手に入らないものがあるということを、今のあなたは知っているから」
 その一言に、イザベラは思わず苦笑いした。友人と呼ぶにはまだ自信がないが、こんな自分がはじめて本音をぶつけ合うことができた、デブとメイドの顔が思い浮かぶ。
 悔しいが、タバサには自分の何倍もの友人がいるのだろう。そんなタバサからすれば、自分など恨む価値さえなかったとされてもしょうがない。
 なんとまあ、馬鹿馬鹿しいことかとイザベラは思った。自分は長い間、いつかタバサが復讐に来るかもという、ありもしない幻想に怯えていたのか。
「ハァ。考えてみれば勝者が負け犬を恨むはずもないね。けど、それと王座のことは別だ。わたしは別にガリアがどうなろうと知ったことじゃない。お前の都合のために、余計な苦労をしょい込むほどお人よしでもない」
「わたしも王位はどうでもいい。どうでもいいと思っていた。でも、わたしは任務の中で王家の争いに巻き込まれて不幸になった人を何度も見てきた。空位期間が生まれれば、その混乱の中でより大勢が不幸になってしまう」
「ならなおさら、お前が女王になるべきじゃないのかい? 今でもオルレアン公の人気は絶大だ。貴族どもは歓呼の声で迎えるだろうし、統治の才覚もお前のほうがあるだろう。裏の仕事なら、わたしだって専門分野だ」
「それでいいとも考えた。けど、トリステインのアンリエッタ女王を見ていて思った。わたしには、女王として必要なものが欠けている。だけど、あなたにはそれがある」
「これはまた、最高のお笑いを提供してくれたね! わたしのほうがお前より女王として優れているだって? お世辞にしたって限度ってものがあるよ。馬鹿にされるのは慣れてるつもりだけど、そこまで言われたら気分が悪いね」
 するとタバサは神妙そうに頭を下げた。
「ごめんなさい。侮辱するつもりはなかった。でも、今、この世界は安定しているように見えるけど、それは見せかけだけ。幻想が晴れるその時までにガリアを立て直しておかなければ、今度こそガリアは滅びてしまう。残念だけどその力は、ジョゼフにはない」
 タバサの態度に嘘偽りはないように見えた。しかし、イザベラはタバサの態度に違和感を感じていた。

661ウルトラ5番目の使い魔 78話 (5/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:56:59 ID:ClJwH74c
「あんた、今日はずいぶんとよくしゃべるじゃないか。わたしには人の心は読めないけど、お前とは無駄に付き合いだけは長いからわかるよ。お前、焦ってるだろ? まだ何を隠しているんだい?」
「……それを言うならイザベラ。なぜあなたはガリアの王がジョゼフだと覚えているの?」
「え……?」
 イザベラは唐突なタバサの問いに答えることができなかった。それはイザベラにとっては当たり前すぎることであったから。
 しかし、タバサはイザベラを真っ向から否定するように告げた。
「今、ガリアの人間。いえ、ハルケギニアの人間のすべてはガリアにジョゼフという王がいることを忘れて、それが当たり前だと思って生きている。異常だけど、ある力によってそれが当たり前だと思い込まされている。けど、あなたは本来の世界の記憶を持ち続けている」
「お前……どういうことだい? この世界がおかしくなっちまった原因を、お前は知っているのかい」
「知っている。いいえ、世界中の人々の記憶に手を加えた張本人は、わたしだから」
 イザベラは椅子から立ち上がると、無言のままタバサの胸倉をつかみ上げた。だがタバサはイザベラのされるがままに身を任せており、イザベラは怒りを押し殺しながらタバサに言った。
「どういうことだい? 説明してもらおうか」
「……話せば長くなるからかいつまんで説明する。少し前に、ジョゼフに異世界から来たという者が接触してきた。あなたが前に召喚したと聞いたチャリジャと似たような者と思ってくれればいい。そいつは、ジョゼフとわたしを相手に、ある条件と引き換えに、ハルケギニアの人間すべての記憶を改ざんしてしまったの」
「そうか、ある日突然に誰に聞いてもお父様のことを知らなくなってたのはそういうわけか。まったく、わたしのほうが頭がおかしくなっちまったんじゃないかって狂いそうだったよ。それで、なんでわたしの記憶だけがそのままだったんだい?」
「もしも、わたしとジョゼフの両方に何かがあったときにガリアを託せるのはあなたしかいない。だから、あなただけは記憶操作から外してもらったの。でも本当なら、あなたにはこのまま穏やかに生活を続けていてほしかった。けど、状況が変わって、どうしてもあなたの力が必要になったの」
 イザベラはタバサの胸元から手を離すと、むかついている様子を隠すことなく吐き捨てた。
「チッ、つまりお前の尻拭いをわたしもやれってことじゃないか。ふざけるんじゃないよ。そんな理由で押し付けられた玉座なんか願い下げだ」
「悪いと思っている。でも、人々の記憶を改ざんしておける時間は、もう長くない。そのときにガリアが本当に滅亡するのを防げるのは、もうわたしとあなたしかいない。イザベラ、あなたしかいないの」
 タバサはイザベラに向かって頭を下げた。しかしイザベラは、懐疑的な目を緩めなかった。
「フン、お前がわたしに頭を下げるとはね。前だったら思いっきり高笑いしてやったろうね。けど、お前さっき言ったよな? 王座のことなんかどうでもよかったって。それがどうして、今さらガリアのためにそんな必死になってるんだ?」
 いまだに信用していないイザベラの視線は、タバサにまだ隠している問題の本質を明かすようにと強く訴えていた。タバサは、イザベラには隠し事はできないと覚悟を決めた。
「ガリアがここまで追い詰められてしまったのは、元をたどればわたしのお父様とジョゼフの確執が原因。娘のわたしには、その責任をとる義務がある」
「それだったら、責任はわたしの父上のほうにあるだろう。もう知っているよ。オルレアン公はわたしの父上に毒殺されたって。お前たち親子のほうは、むしろ被害者じゃないか」
「違う……あなたの言うとおりだと、わたしもずっと信じてきた。けど、真実は違っていた。罪人は、ジョゼフだけではなかったの」

662ウルトラ5番目の使い魔 78話 (6/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:58:30 ID:ClJwH74c
 タバサは絞り出すようにそう言うと、懐から一冊の古ぼけた本を取り出してイザベラに差し出した。
「なんだい?」
「読んで」
 なかば押し付けるように差し出されたその本を、イザベラは受け取るとペラペラとページをめくった。どのページにも、人名や数字がびっしりと羅列してあり、よく見ると「何年何月にあの貴族に金をいくら贈った」とか、逆に「あの貴族からどこそこの名画や宝石を贈られた」などを細かく記した帳簿らしいことがわかった。
「なんだい、よくわからないけど、賄賂の記録じゃないのか? こんなもの、どこの貴族のとこを探しても出て来るだろう」
「……それが、わたしの父の書斎から出てきたのだとしても」
「なんだって……」
 イザベラは慌てて筆者を確認した。タバサは筆跡で書いた人間を特定したが、イザベラはそうはいかない。しかしイザベラは最後のページに、おそらくペンの試し書きで書いたと思われる落書きを見つけた。
「「僕は兄さんには絶対に負けない」か……」
 それが、誰が誰を指したものであるかはイザベラにもすぐにわかった。 
 三年前のあの当時、イザベラも子供であった。しかし、子供のイザベラの目から見ても当時のオルレアン公の人気は天を突くようで、反面『無能』の代名詞であったジョゼフの娘の自分はずいぶん肩身の狭い思いをしたものだ。
 だが、大人になった今、冷静にジョゼフとオルレアン公を比べてみれば、二人には魔法の才を除けば極端な差はなかった。王位は長子が継ぐべしという世の習いを思えばジョゼフを推す者も少なからずいたであろう。いくらオルレアン公が好人物で有名だったとしても、どこかおかしくはなかったか?
 イザベラはタバサの顔を覗き見た。いつもの無表情を装ってはいるけれど、どこか怯えているように見える。これまでどんな凶悪な怪物の退治を押し付けても眉ひとつ動かさなかったというのに。
「お前は、これをどう思ってるんだい?」
「信じたくはなかった。けど、生き残っているオルレアン派の貴族の何人かに探りを入れてみたら、間違いないとわかった。わたしは、娘として父の罪を償わなければいけない」
「これを、わたしの父上はもう知っているのか?」
「まだ伝えていない。今伝えたところでなにも変わらない。それに、ジョゼフのやった罪が消えるわけでもない」
 イザベラは、タバサの目にいまだ消えない執念の炎が燃えているのを垣間見て、ごくりとつばを飲んだ。
「なら、これからどうするつもりなんだい?」
「もうこれ以上、ガリアをわたしたち王家の犠牲にするわけにはいかない。わたしはその因縁を闇に葬るために、あえて奴の作戦を続けさせる。イザベラ、その後にガリアを治めるのは、一番罪に触れていないあなたがふさわしい」
「わたしが一番罪汚れていない、か……皮肉だとしても、これ以上のものはないね」
 イザベラは苦笑した。まったく、運命の女神というやつはよほど残酷で悪趣味な魔女であるに違いない。
「もし、わたしが嫌だと言ったら?」
「そのときは、わたしが全てにケリをつける。あなたには、もう二度と会うことはないと思う」

663ウルトラ5番目の使い魔 78話 (7/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:05:15 ID:ClJwH74c
「どうしてそこまで一人で背負い込もうとするんだい? お前の責任感の強いのはわかったけど、お前が悪いわけじゃない。わたしみたいに何もかも投げ捨てて隠れ住んだほうがずっと楽じゃないか?」
 すると、タバサは短く宙をあおいでから答えた。
「このガリアには、この世界には、犠牲にするにはもったいないほど素晴らしい人たちが大勢いる。そんな人たちを、わたしは好きになりすぎてしまった。イザベラ、あなたもそのひとり」
「わたしが? わたしがいつお前に好かれるようなことをしたんだ? 恨まれるようなことしかした覚えはないよ」
「あなたが助けたあの少年とメイドから聞いた。イザベラさまは、本当は寂しがりやなだけで、本当は優しい方なんだってことを。わたしも、小さい頃はあなたによく遊んでもらったのを覚えている。あなたは、あの頃から変わっていない」
「ちっ、ほんとにあのバカどもめ。今度会ったらはっ倒してやる」
 照れながらもイザベラに嫌悪感はなかった。
 しかし、それとタバサに協力するかどうかとなっては話は別だ。このガリアという崩壊寸前の国を立て直すには想像を絶する困難が待っていることだろう。それは、イザベラがかつて経験したこともない重圧だった。
 でも、イザベラにも迷いはあった。ガリアという国は、自分にとってたいして愛着のあるものではないけれど、タバサと同じ様に守ってあげたい人たちはいる。なにより、かつて進んで死地に送り出していた時とは逆に、タバサを見殺しにするのは忍びないという心が生まれている。
「少しだけ考える時間をおくれ。今晩には答えを出すから、しばらく一人にしてくれ」
「……わかった。今晩、また来る」
 タバサは短く答えると席を立った。
 イザベラはじっと考え込んだ様子で、立ち去るタバサに見向きもしない。タバサはそっと廊下を歩むと、教会の外に出た。
 外は日が傾きだし、相変わらず人通りはまばらだった。
 まるで寿命を待つばかりの老人のような街だとタバサは思う。いやきっとガリアだけでなく、世界中にこうした役目を終えて滅びを待つだけの町はあるのだろう。
 しかし、まだガリアという国ををそうしてはならないとタバサは思った。全てのものはいつか滅びるのが定めだとしても、ガリアほどの大国が倒れれば、ハルケギニア全体に少なくとも数年に及ぶ混乱が巻き起こる。そうなれば、近い将来本格的に動き出すヤプールに対抗するのは不可能になる。
 タバサは空を仰いで思った。お父様、あなたもいつかはこの空を見ながらガリアの行く先を思ったのですか? もしお父様が生きていたら、ガリアをどんな国にされたのでしょう? わたしは、この三年間そのことばかりを思ってきました。けれど、それは間違いだったかもしれません。
 人の上に立つ、国王として何が必要か? たぶん、多くのものが必要なのでしょうけど、お父様もジョゼフも一つだけ気がついていないものがあったのですね。でも、それをイザベラは持っています。イザベラ自身は気づいていないけれど、横暴な王女だったイザベラが誰にも頼らずに自分だけで茶を淹れてくれたことで、確信しました。
 タバサは物思いに耽りながら、しばらくの休息をとるために歩いた。なにかと多忙ではあるが、シルフィードのいない今の移動は時間がかかり、疲労も溜まりやすい。しかしその中で、何かの役に立てばとジョゼフの所有していた『始祖の円鏡』をロマリア名義で密かにトリステインに送っておいたことが功を奏したらしいと聞いた。まったくあいつは何を考えているのかわからない。
 こんな寂れた街でも旅人向けの宿は残っており、タバサは町外れの小さな宿に入ると食事もとらずに寝床に飛び込んだ。
 
 やがて日も落ち、夜がやってくる。

664ウルトラ5番目の使い魔 78話 (8/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:07:11 ID:ClJwH74c
 ポーラポーラの街は酒場で賑わうような者すらもいなくなって久しく、日が落ちるとわずかな住人も家に閉じこもって街は静寂に包まれてしまう。
 夜道に響くのは野良犬の声ばかりで、街は本当に死んでしまっているかに見えた。しかし……その深夜のこと、タバサは妙な不快感を感じて目を覚ました。
「んっ……何?」
 頭の中に沁み込んで来るような、聞いたこともない高い音がタバサの耳に響いてきた。しかもそれは耳を塞いでも頭の中に執拗に鳴り響いてきて、タバサは直感的に危険を感じて呪文を唱えた。
『サイレント』
 音を遮断する魔法の障壁が張られ、タバサは不快音から解放されてほっと息をついた。
 いったい今の音は何? タバサはサイレントの魔法を張ったまま客室を出ると、まずは宿の様子を確かめた。 
「みんな、眠らされている……」
 宿の主や泊り客は皆、揺り起こしても何の反応もないくらい深く眠らされていた。あんな不快音の中でなぜ? と、思ったが、タバサは自分が風のスクウェアメイジだということを思い出してはっとした。
 なるほど、自分は風の脈動、つまり音に対して人一倍敏感だから、普通の人間とは逆の反応をしてしまったのだ。あの不快音は、恐らく普通の人間に対しては催眠音波として働くのだろう。自分もスクウェアにランクアップしていなければ危なかった。
 しかし、なぜこんな辺鄙な街でそんなものが? いや、考えるのはもっと状況を把握してからだと、タバサは直感に従って夜の街へと飛び出した。
 深夜の街は洞窟の中のように暗く不気味で、今日は月も大きく欠けている日だったので月光もほとんどなく、タバサは『暗視』の魔法を自分の目にかけて路地を進んだ。
 おかしい……昼間とは空気が違う。タバサは駆けながらも、ポーラポーラの街を流れる空気の異常に気付いた。昼間は寂れていながらも人の住んでいる街らしく、生ゴミの腐臭や生活の煙の臭いがかすかに嗅ぎ取れたが、今はまるで新築の家の中にいるような無機質な空気しか感じない。まるで街がそっくり同じ姿の箱庭に変わってしまったような。
 そのとき、タバサは人の気配を感じて物陰に隠れた。ぞろぞろと、こんな深夜には似つかわしくない大勢の足音が近づいてくる。
「あれは……」
 タバサはそれらの中の数人に見覚えがあった。ついさっきまで自分がいた宿の主や泊り客らだ。その誰もが操り人形のように虚ろな表情で歩いていった。
 彼らをやり過ごした後、タバサは疑念を確信に変えた。この街ではなにか異常な事態が起こっている。
 すると、さっき街の人たちが去っていった方向から足音がして、タバサは再度身を隠した。すると妙なことに、さっき去っていった街の人たちが戻ってきたではないか。
 だがタバサは違和感を覚えた。街の人たちの様子が変わっている。さっきは操り人形のようだった表情が、どこか悪意を感じる薄笑いに変わっていたのだ。
 操られているのか……それとも。タバサは考えたが、遠巻きに観察するだけでは確証を得るのは無理だった。いやそれどころか、タバサの目に信じられない光景が映りこんできたのだ。
「町が……動いている!?」
 思わず口に出してしまったほど、タバサの見た光景は常識を外れていた。さっきまでタバサの寝ていた宿の近辺の建物が動き出して地下に沈んでいったかと思うと、まったく同じ建物が地下からせり出してきて、パズルのように元通りはまっていったのである。

665ウルトラ5番目の使い魔 78話 (9/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:09:53 ID:ClJwH74c
 自分の目はどうかしてしまったのか? だがタバサは冷静さを取り戻して確かめると、目の前で起きている光景が『暗視』の効果でのみ見えており、裸眼ではまったく見えないことを発見した。
 からくりが読めてきた。どういう狙いかはわからないけれど、何者かが普通の人間の目には見えない仕掛けを使って街をそっくり入れ替えてしまおうとしているようだ。こんなことができるのは、ハルケギニアの住人では考えられない……ならば。
 いや……タバサは探求心を押し殺して、現状で最優先させなければならないことを思い出した。街の異変も重大だが、それよりも急いで確認しなければいけないことがある。
「イザベラ……」
 タバサは足音を消して路地を急いだ。
 そして、昼間のボロ教会の前についたタバサは扉をノックして反応を待った。
「どなたですか?」
 確かにイザベラの声で返事が返ってきた。しかし、昼間よりも声色が暗く、何よりもタバサは風系統のメイジとして、その声にほんのわずかだが人間の声ではありえないノイズが混ざっているのを聞き取った。
「この春は暖かで、王宮の花壇は北も南もきれいでしょうね」
 昼間と同じ呼びかけをして返事を待った。しかし、相手から返答はなく、しばらくしてわずかに開いた扉のすきまからイザベラの顔が覗いた。
「どなたですか?」
 明らかにこちらを知らないという態度。それを確認した瞬間、タバサは脱兎のように素早く行動に出た。
 杖を扉の隙間に差し込んで一気にこじ開け、小柄な体でイザベラのような何者かに体当たりを仕掛けたのだ。
「ぐあっ!」
 イザベラそっくりのそいつは、こんな展開は予想していなかったようで、タバサの体当たりをまともに食らって教会の中の床に転がった。タバサはそのまま、相手が起き上がろうとするところへ腹を踏みつけて動きを封じると、杖の先に鋭い氷の刃を作って相手の首筋へ突き付けた。
「暴れると殺す、叫んでも殺す」
 短く脅しの言葉を放ち、タバサは相手が返事ができるようになるのを待った。
 イザベラのような相手は、腹を踏みつけられたことでイザベラそっくりの顔を歪めながら苦しんでいたが、やがて息を整えると、恐怖に震えた様子で言った。
「お、お前はいったい? 誰だ? なんのためにこんなことをする?」
 やはりこちらのことを一切知らない様子に、タバサはイザベラそっくりなそいつの腹をさらに強く踏みしめた。
「質問をするのはこっち。まずは正体を表して。それ以上、彼女の姿を騙ることは許さない」
「ぎゃぁぁっ、わ、わかった。わかったからやめてくれ」
 イザベラそっくりな相手の姿がぼやけたかと思うと、次の瞬間そこには大きな耳と筋だらけののっぺらぼうの顔をした宇宙人の姿があった。

666ウルトラ5番目の使い魔 78話 (10/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:11:50 ID:ClJwH74c
 やはり……タバサは相手の動きを封じたまま、イザベラの姿を騙られた怒りを込めた声で尋問を始めた。
「あなたは誰? どこからやってきたの?」
「わ、我々はフック星人だ。ヤプールの差し金で、別の宇宙からやってきたんだ」
「目的は何? 侵略?」
「さ、最初はそのはずだったんだ。でも、アイツがやってきてからおかしくなっちまったんだ。お前、ウルトラマンどもの仲間か? 頼む、命だけは助けてくれ」
 フック星人はタバサに気圧されたのか、それとも元々小心なのか、みっともないくらい怯えながら答えた。
 タバサは、嘘をついている可能性は低いなと判断しながらも、油断なく尋問を続けた。
「おとなしく答えれば殺しはしない。イザベラは……この街の人たちはどこへやったの?」
「ち、地下の俺たちの基地だ」
「なぜ、街の人とと入れ替わっていたの? ここで何をしているの?」
「俺たちフック星人は夜しか活動しないんだ。だから夜になったら街の人間と入れ替わって、街を偽物に入れ替えてごまかしてたんだよ。俺はただの下っ端で、地下で何をしてるかは隊長しか知らねえ」
「なら、その入り口に案内して。そうしたら解放してあげる」
 タバサはフック星人を立たせると、その後ろから死神の鎌のように杖をあてがって歩かせ始めた。
 地下への入り口は下水道のマンホールにカムフラージュされていた。タバサはそこでフック星人を気絶させて物陰に隠すと、地下へと降り始めた。
 気配を消しながらタバサは延々と続く階段を降りていった。地下はかなり深く、ざっと百メイルは降りたかと思った時、やっと平坦な通路へ出た。そして、その通路に空いた窓を覗き込むと、タバサはあっと驚いた。
「これは……表の街」
 ポーラポーラの街がそっくりそのまま地下の広大な空間に移されていた。鼻をこらすと、昼間感じた生活臭が漂ってくる。間違いなく、こちらが本物の街だった。
 なるほど……フック星人たちは、こうやって街と住人をそっくり入れ替えて侵略を進めていくつもりだったのかとタバサは思った。昼間はなんの異変もなく、夜な夜なこうして侵略地域を増やしていけば、人間に気づかれることなくいずれ地上を全部手に入れることができる。実際、かつて地球でもフック星人たちはこうしてウルトラ警備隊の目をあざむきながら侵略計画を進めていたのだ。
 きっと街の人たちやイザベラもこのどこかに……だがここでタバサは考えた。単純にイザベラを取り戻すだけなら、朝を待てば街は元に戻されるだろう。それが一番確実だ。
 いやダメだ。すでに自分は下っ端とはいえ、フック星人のひとりを倒してしまっている。気づかれるのも時間の問題だ。そうなれば、街が元に戻る保証はない。
 やはり、今晩のうちにイザベラを奪還するしか道はない。だがそう思った瞬間、通路にブザー音と非常放送が流れ始めたのだ。
「全隊員に告げる、侵入者あり。全隊員に告げる、侵入者あり。全隊員はただちに非常事態態勢をとり、侵入者を排除せよ! 繰り返す……」
 見つかった! タバサは思ったよりも早い敵の反応に焦りを覚えるとともに、通路の先から足音が近づいてくるのを聞き取った。

667ウルトラ5番目の使い魔 78話 (11/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:17:02 ID:ClJwH74c
 数は数人、戦って倒すか? いや、敵の全容が掴めていないのに派手にこちらの存在を暴露するのは危険だ。タバサは思い切って、窓から眼下に広がる街へと飛び降りた。
 小柄な体が宙に舞い、青い髪がたなびく。振り返ると、飛び降りた窓から数人のフック星人がこちらを見下ろしているのが見えた。
『フライ』
 落ちる寸前に魔法で浮いて着地し、タバサは町並みの影に姿を隠した。
 これで少しは時間が稼げるはずだ。ポーラポーラの街は空き家だらけで身を隠す場所には苦労しない。と、そこでタバサは偶然にもこの場所が、本物のイザベラがいるであろう教会のすぐ近くであることに気づいた。
 ここからなら、百メイルも行けば教会にたどり着ける。しかし、敵の対応の速さはタバサの予測をさらに上回っていた。自分に向かって人間ではない足音が複数近づいてくるのが聞こえる。もう回り道をしている余裕はないと、タバサは呪文を唱えて空気の塊を巨大な砲弾にして発射した。
『エア・ハンマー!』
 スクウェアクラスの威力で放たれた空気弾は本物の砲弾も同然の威力で廃屋の壁を次々にぶち破りながら進み、その跡には家々の壁に丸い穴が続いた通路が出来上がっていた。
 よし、これで最短距離で直進できる。少々荒っぽいが、どうせみんな空き家なので勘弁してもらおう。タバサは飛びながら自分で作ったトンネルを急行し、そのゴールには目論み通り教会があった。
「アンロック」
 と、言いながらまたエア・ハンマーで扉をぶっ飛ばし、タバサは屋内でイザベラを探した。
 いた。イザベラは休憩室のソファーで寝息を立てていた。きっと、ソファーで考えながら眠ってしまったところを眠らされてしまったのだろう。
 タバサは杖を振り上げると、「起きて」と言って、思い切りイザベラの頭に振り下ろした。
「あがぐがびげがげ!?」
 熟睡していたところをぶん殴られて、イザベラは人間の放つものとは思えない声を叫びながらソファーから落ちて七転八倒した。
 しまった……ついうっかりいつもシルフィードにしてる起こし方をやってしまった。死んでないといいけど……。
「あがががが……な、なにが!?」
 よかった、どうやらイザベラもなかなか石頭だったようだ。多少目を回してはいるようだけども、起きてくれたならとりあえずよしだ。タバサは、次からイザベラを起こすときにはこの手でいこうと思った。
 しかし、のんびりしてもいられなさそうだ。フック星人の追っ手が迫ってきている気配がする。タバサはイザベラの首根っこを掴むと、勢いよくフライの魔法で飛び出した。
「ぐえええ……」
 首が締まってイザベラから苦悶のうめきが漏れる。が、悪いがかまっている余裕はない。タバサは全速で飛行しながら、時に追っ手に魔法を撃って退けつつ急いだ。
 やがて街はずれまで来て、ようやく追っ手をまいたタバサはイザベラを放した。イザベラはしばらく激しくせき込んでいたが、やがて顔を真っ赤にしてタバサにつかみかかってきた。

668ウルトラ5番目の使い魔 78話 (12/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:19:31 ID:ClJwH74c
「お前やっぱりわたしを殺す気だろ! わたしが憎いならはっきり言ったらどうだい!」
「あなたに恨みはない」
「どの口でそんなことを言うんだよ!」
「しっ、声が大きい。敵に気づかれる」
「敵ぃ!?」
 タバサはいきりたつイザベラをなだめながら、今の状況を説明した。
 イザベラは殴りかかる寸前まで行きながらも、空が天井で封鎖されているのを見て状況を理解した。
「なるほどね。前は小さくされて捕まって、今度は街ごと捕まってしまったわけか。それにしてもお前、もう少し優しく助け出すことはできないのかい?」
「荒っぽい仕事ばかりやらせてたのはあなた」
「ぐぬぬ……で、これからどうするつもりなんだよ?」
「まずは出口を探す。最悪、あなただけでも逃がさないといけない。できるだけ静かにしながらついてきて」
 話を強引に打ち切ると、タバサはさっさと歩きだしてしまった。イザベラはまだ言いたいことはあったけれど、こんな状況ではタバサ以外に頼れるものはおらず、しぶしぶ後をついていった。
 街は住人がそれぞれの家で眠らされているようで、タバサたち以外には動く者はいない。だがフック星人の兵士があちこちで自分たちを探し回っており、ふたりは隠れ潜みながらじっくりと進んでいった。
「おい、なんであんな弱っちそうな奴ら、さっさと倒して行かないんだよ? 今のお前ならできるだろ」
 じれたイザベラが急かしてくる。しかしタバサはしっと口を押さえながら小声で返した。
「敵の総力がわからないままで、無駄な精神力は使えない。それに、彼らは目がない代わりに耳が発達してるようだから、へたに騒げば仲間がわっと集まってくる」
 もしフック星人がタバサの精神力を上回る戦力を持っていたらタバサに勝ち目はない。タバサは可能であればポーラポーラの街の人たちも助ける気でいたから、雑兵相手に無駄な戦いをするわけにはいかなかった。
 それに、敵を泳がせることで利用することもできる。タバサはフック星人の兵隊の動きを注意深く観察していた。彼らのパトロールの動きを読めば、ここの出入り口も読めるはず。案の定、廃屋のひとつが彼らの出入り口になっているのがわかった。
「あそこから別のところに行けそう」
 タバサはフック星人が去った後に、イザベラをともなって廃屋に入った。
 どうやら地下室への入り口が出入り口になっているらしい。敵の気配がないことを確認して、その入り口をくぐった。
 行く先は機械的な地下通路になっていて、まるで宇宙船のような作りのそこを、旅人服のタバサと修道服のイザベラが進んでいくのは、見る者がいればアンバランスだと思ったことだろう。

669ウルトラ5番目の使い魔 78話 (13/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:21:14 ID:ClJwH74c
 この先はいったいどこにつながっているのだろう? 二人は息をひそめながら通路を進んでいく。
「おい、なんかどんどん下へ下へと下がっていってる気がするんだが、ほんとに出口に向かってんのか?」
 イザベラが抗議してきても、もちろんタバサにだって確信があるわけがない。しかし、いまさら引き返すというわけにはいかず、運を天にまかせるしかないのが本音だ。
 が、通路は果てがないくらい長く、イザベラが疲れて壁に寄りかかった。
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。少し休憩していこうぜ、こっちはお前ほど歩き慣れてないんだ、うわぁっ!?」
「イザベラ!?」
 突然、イザベラの寄りかかった壁が回転したかと思うとイザベラは壁の向こうへ吸い込まれていってしまった。
 隠し扉!? タバサは慌てて壁の向こうへ消えたイザベラを追って自分も回転扉のようになっている隠し扉の先へと進んだ。
「う、いてて」
「イザベラ、大丈夫?」
「ああ、びっくりしただけだよ。それにしても、なんてとこに扉を作りやがるんだ。って……なんだいこれは!」
 イザベラとタバサは、隠し扉の先にあった部屋でおこなわれている光景を見て驚愕した。
 大きな部屋の中でベルトコンベアーとロボットが無人で稼働し、機械音を響かせながら何かを製造している。
 ふたりはしばらくその光景にあっけにとられた。ハルケギニアの人間の常識ではありえない光景……しかし、一時期を地球で過ごしたことのあるタバサは、これが工場であることに気づいて、ベルトコンベアーの上で何が作られているのかを覗き込んだ。
「これは、銃?」
 タバサは手に取った未完成品を見てつぶやいた。ハルケギニアの原始的な火薬式のものとは違い、全金属製だが木のように軽い未知の金属で作られている。恐らくは光線銃の類だろう。
 見ると、複数あるベルトコンベアーではそれぞれ違った兵器が製造されている。それぞれが手持ち携行可能なサイズの銃火器で、中には才人たちがド・オルニエールで見たウルトラレーザーも含まれていた。
 ここはフック星人の兵器製造工場かとタバサは考えた。異世界の武器がいかに強力かはタバサもよく知っている。できればここも破壊しておきたいがと思ったが、イザベラが急かすように袖を引いてきた。
「なに考え込んでるんだよ。こんなところに用はないだろ、早く出口を探そうって」
 確かに、今はそこまでやっている余裕がないのも確かだ。優先すべきはまず脱出、基地の破壊は準備を整えた後でもいい。
 タバサは元の通路に戻ろうと踵を返した。だがそこへ、あざ笑う声が高らかに響いてきたのだ。
「ハッハハハ! 出口なら永遠に探す必要はないぞ」

670ウルトラ5番目の使い魔 78話 (14/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:22:33 ID:ClJwH74c
 はっとして振り向いた先の壁が回転して、大柄なフック星人が入ってきた。
 とっさに杖を向けるタバサ。しかし、タバサが呪文を唱え始めるよりも早く、壁の別のところや工場の物陰から何十人ものフック星人が現われてふたりに銃を向けてきたのだ。
「……くっ」
「ハハハ、いくらお前が優れたメイジでも、これだけの銃口に狙われてはどうしようもあるまい? さあ、後はわかるだろう? 俺に退屈な台詞を言わせないでくれよ」
 嘲るフック星人に対して、タバサは攻撃することができなかった。表情こそ変えていないが、内心では歯ぎしりしたいような悔しさが燃えている。やられた、捕まえやすいところへむざむざ誘い込まれてしまったのだ。
 もしタバサが魔法を使うそぶりを見せれば、四方からのレーザーがふたりを蒸発させてしまうだろう。タバサひとりならまだなんとかなるかもしれないが、イザベラまで守り通すのは不可能だ。タバサは仕方なく、杖を手放すと両手を上げた。
「おいお前!」
「今はこうするしかない。イザベラ、あなたも逆らわないで……さあ、これでいい?」
「そう、それでいい。話が早くて助かる。フフ……あとでゆっくりどこの回し者か聞き出してやるとしよう」
 大柄なフック星人はそう言って笑った。
 どうやら、このフック星人があの下っ端が言っていた隊長らしい。タバサは背中に銃口を突き付けられながらも、隊長に問いかけてみた。
「ここで侵略用の武器を作っているの?」
「侵略? フン、本当ならそのつもりだったんだが、あのお方の命令でな……でなければ、誰がこんなオモチャみたいな武器を作るものか」
「あのお方?」
「余計なことは知らなくていい。どうせお前らは二度とここからは出られないんだ。お前ら、尋問の用意ができるまでこいつらを閉じ込めておけ!」
 隊長が不機嫌そうに命令すると、タバサとイザベラの背中から別のフック星人が銃を突き付けて「歩け」と促してきた。
 タバサは黙ってそれに従って歩き出す。隣でイザベラが顔を青ざめさせているが、今のタバサにはどうしてやることもできなかった。
 
 だが、チャンスは必ず巡ってくる。タバサは逆転をまだあきらめてはいない。
 それにしても、フック星人の後ろにいるという、あの方とは何者か? 思案をめぐらせるタバサの後ろで、隠し扉の閉じる音が重く響いた。
 
 
 続く

671ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:34:47 ID:ClJwH74c
今回はここまでです。フック星人といえばウル忍でもレギュラーでしたね。
しかし、ほかの宇宙人でも似たようなものですが、あのマスクをかぶって演技するアクターさんは大変でしょうねえ。

672名無しさん:2018/10/05(金) 20:43:24 ID:cU2ELQhY
ウルトラ乙

673ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:37:25 ID:6VAe6l22
皆さんおはようございます。79話の投稿を始めます

674ウルトラ5番目の使い魔 79話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:40:48 ID:6VAe6l22
 第79話
 アナタはアナタ(後編)
 
 集団宇宙人 フック星人 登場!
 
 
 タバサとイザベラはフック星人の基地の中を連行されていた。
 フック星人の作戦によってすり替えられてしまったポーラポーラの街。タバサはそこからイザベラを助け出し、さらにフック星人の兵器工場も発見した。
 しかし、罠にはめられて二人とも捕らえられてしまい、牢への道を歩かされている。
 杖は取り上げられ、背中には銃を突き付けられた最悪の状況。けれどタバサはまだあきらめず、虎視眈々と反撃のチャンスを狙っていた。
 
「わたしたちを、どうするつもり?」
「知りたいか? うちのボスはせっかちだからトークマシンでお前たちの頭を根こそぎかき出すつもりだろうぜ。まあ、トークマシンのフルパワーで頭をいじられたら廃人確定だろうから、いまのうちにせいぜい怯えてるがいいさ」
 タバサの質問に、彼女たちを連行しているフック星人の一人が答えた。今、タバサとイザベラの背中にはそれぞれ銃が突き付けられ、銃を持ったフック星人と、その上司らしいフック星人の計三人のフック星人がいる。
 対して、タバサとイザベラは杖を取り上げられて完全に丸腰。状況はまさに最悪と言えた。
 おまけにフック星人たちは、こちらを無事にすますつもりはまったくないようだ。トークマシンがなんのことだかはわからないけれど、話からして自白剤のようなものらしい。
 イザベラのほうを見ると、完全に血の気を失ってしまっている。無理もない……事実上の死刑宣告を受けてしまったら、普通の神経では耐えられないものだ。
「お、おい……わ、わたしたち、どうなるんだい?」
 怯え切った声でイザベラが問いかけてきても、タバサにはそっくりそのままを言ってやるしかできなかった。それを聞いて、さらにイザベラの顔が絶望に染まるが、嘘を言ったところでどうにかなるものでもない。
「ど、どうにかしてくれよ。お前、北花壇騎士だろ。いままで、わたしのどんな難題もこなしてきたじゃないか」
「無理、杖を取り上げられていてはどうにもならない」
 タバサはそっけなく答えた。その答えにイザベラがさらに青くなると、フック星人たちはおもしろそうに笑い声をあげる。
 だが実際、タバサの杖は少し離れた位置にいるフック上司が持っている。あれを取り返さなくてはまともな戦いはできない。それも、トークマシンにかけられるまでの、残りわずかな時間のうちにである。顔には出さないが、タバサも内心では焦っていた。
 と、歩きながらひとつの角に差し掛かった時、その先から別のフック星人が二人現れた。
「おう、そいつらが例の侵入者たちか。なんだ、意外とあっさり捕まえたんだな」

675ウルトラ5番目の使い魔 79話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:42:46 ID:6VAe6l22
「まあな、けっこう暴れてくれたが、まあこのとおりよ。お前たちはこれから仕事か?」
「ああ、アレのノルマが迫ってるからな。いったいいつまで続くんだろうなこんな仕事。もうフック星に帰りたいぜ」
「まったくだ。隊長に言っても聞いてくれねえし、もうこんな星うんざりだぜ」
 フック星人同士の立ち話。それをタバサは黙って聞いていた。たとえ下っ端同士の愚痴だとしても、こちらからすれば重要な情報源となる。
 それに、話に気を取られれば隙も生まれる。タバサはこの瞬間を待っていた!
「おい、お前ら。無駄口はそのへんに、ん? 何っ!?」
 フック上司は一瞬何が起こったのかわからなかった。タバサの姿が消えたかと思った瞬間、部下の一人が足をすくわれて倒され、もう一人が反応するより速くタバサは横合いからフック部下の脇腹に肘打ちを打ち込んだのである。
「ぐふぅっ!」
 急所を打たれてフック部下が倒れる。そして、銃を持った二人が倒れたことで、タバサはイザベラが驚愕の眼差しを向けている前で、豹のように俊敏にフック上司に飛び掛かったのだ。
「ウワッ!?」
 フック上司はとっさに手に持っているタバサの杖で身を守ろうとしたが、それはタバサの思うつぼだった。タバサの手が杖にかかり、フック上司の手から取り上げようと引っ張りあげる。
「杖は返してもらう」
「こ、この小娘! な、なめるな」
 フック上司は杖を奪い取ろうとするタバサを力付くで振りほどこうと試みた。しかし、細身で小柄なタバサくらい簡単に振り払えるだろうと思ったフック上司の目論みは、杖から伝わってくる異常な強さの力で打ち砕かれた。
「こ、こいつのどこにこんな力が!? うおわっ!」
 まるで大男を相手にしているようなあり得ない力がフック上司を逆に振り回し、ついにフック上司は杖を手放して床に放り出されてしまった。
 むろん、それだけで終わる訳もない。タバサは杖を取り戻した勢いで、フック上司の頭に全力で叩きつけた。
「うわっ」
 思わずイザベラのほうが悲鳴をあげた。自分でも食らったからわかるがあれは痛い。そして、なぜフック上司が悲鳴をあげなかったのかというと、悲鳴をあげる間もなく気絶させられたからで、その時にはタバサは杖を振って次の魔法を唱えていた。
『蜘蛛の糸』
 それは空気から粘着性の糸を作り出して相手を絡め取ってしまう魔法で、あっという間に残り四人のフック星人も縛り上げてしまった。
「な、なんだこりゃ! ほ、ほどきやがれ」
「暴れるだけ無駄。心配しなくても、しばらくしたら消える」
 フック星人たちの抵抗を完全に封じたタバサは、気絶しているフック上司からイザベラの杖も取り戻して彼女に渡した。
「これはあなたのもの」
「あ、ああ、ああ。けどお前、前からそんなに強かったっけ? いや、メイジとしてじゃなくて、腕っぷしというかなんというか」

676ウルトラ5番目の使い魔 79話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:43:43 ID:6VAe6l22
「最近ちょっと鍛えた」
 タバサはそっけなく答えたが、どう見てもちょっとどころの鍛え方ではなかった。
 まあ確かに鍛えすぎたかなとは思う。地球にいた頃、ハルケギニアに戻る準備ができるまではXIGの空中母艦エリアルベースでお世話になっていたのだが、借りた本も読み尽くし、やることがなくなって運動でもしたらどうかと薦められたとき、トレーニングルームでえらいのに見つかってしまった。
「おう、お前さんが噂の魔法使いか。自分からここに来るとは感心感心」
「別に、軽く体を動かすだけのつもりだから」
「そりゃいかんぞ。若いうちに体を鍛えておかないと、歳をとるのが速くなるってもんだ!」
 と、がたいのいい三人のおっさんに捕まったのが運のつき。あれよあれよという間に、本格的なトレーニングをすることになってしまった。
「あの、わたしはメイジで魔法で戦うわけだから……」
「わかってるって。チューインガムも最初はそう言ってたけどな、体を鍛えておいて損なんかねえんだから。まあ騙されたと思ってつきあいな」
 こうして、その当時は居候の身だったので無理に断れなかったタバサは、ちょっとした運動のつもりだったのが、本格的なトレーニングを受けることになってしまった。
 しかも、陸戦部隊だという彼らのトレーニングは、かなり手加減してはくれているそうだったが、物凄くきつかった。自分もガリアでイザベラから受ける任務の数々で人並み以上には鍛えているつもりだったけれど、数日は筋肉痛で死ぬかと思った。それに、重量挙げの重りの重さとか、今思えば女の子にさせていい重さではなかった。
 しかし、そうして鍛えたおかげで、今こうして魔法を使わずにピンチを切り抜けることができた。彼らチーム・ハーキュリーズには感謝している。それにもしかしたら、ハルケギニアに戻った後で過酷な戦いが待っているであろうことを見据えた、コマンダーの差し金もあったのかもしれない。
 それはそうと、これで戦力は回復できた。もう同じ手にかかるつもりはない。
 タバサは縛り上げているフック星人たちに寄ると、短く言った。
「あなたたちには、やってほしい仕事がある」
 その威圧のきいた声に、フック星人たちは息をのみ、イザベラは気色ばんだ。
「おっ、そいつらに出口まで案内させるんだな?」
 しかしタバサは意外にも首を横に降った。
「違う、作戦変更。わたしはこれから彼らのボスのところに行って、街を元に戻させる。あなたはこれから彼らを指揮して武器工場を破壊してほしい」
「はっ、はあぁぁーっ?」
 これにはイザベラだけでなく、フック星人たちも面食らった。
「おっ、お前何を言い出すんだよ。こいつらは敵だぞ、敵!」

677ウルトラ5番目の使い魔 79話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:44:44 ID:6VAe6l22
「彼らの間には、現状への不満と帰郷心がくすぶっている。あなたたち、さっきそう言っていたね?」
「あ、ああ。だが、それでなんで俺たちが自分たちの基地を破壊しなけりゃいけないんだ?」
「基地が破壊されたとなれば撤退する立派な大義名分になる。責任は、隊長に押し付ければあなたたちは無罪。あなたたち、故郷に帰りたくはない?」
「う……」
 タバサのその提案に、四人のフック星人たちは顔を見合わせた。あの隊長は、あの傲慢な態度や、さっきの部下たちの不満げな会話から察したが、やはり人望はほとんどないようだ。
 しかし、フック星人たちは迷っていた。裏切りになるということはもちろん、その確実性についても疑問視していた。
「お前、この基地には何百というフック星人がいるんだ。その全員がその気になるとは限らないじゃないか」
 確かに、隊長に従う者もいるだろう。いくら現状に不満があるといっても、内乱になるよりはましだと誰もが思うであろう。
 しかしタバサは事も無げに、イザベラを指しながら驚くべきことを言った。
「心配はいらない。彼女はこう見えて、百万の兵を指揮する大将軍。きっとあなたたちに勝利をもたらしてくれる」
「はあぁ!?」
「な、なんだと!」
 別々の意味で驚くイザベラとフック星人。そして当然イザベラはタバサに食ってかかった。
「お前! 言うに事欠いて、口からでまかせにもほどがあるだろ」
「でまかせとはなんのこと? あなたはガリアの次期女王。つまりガリア王国軍全ての総司令官ということ」
 しれっと答えるタバサであった。もちろんフック星人たちも懐疑的な様子を見せている。しかしタバサは遠慮せずに無茶な説明を続けた。
「あなたたちは運がいい。この方はこれまでにも数々の難事件を優秀な部下を駆使して解決に導いてきた采配の達人でもある。特に、やる気のない部下をその気にさせるのは大得意で、わたしもずいぶん鍛えられた」 
「おい、お前」
「このお方の一喝にかかれば弱者は恐れおののき、強者も凍りつく。このお方を前にしたら、このわたしもなすすべなく言うことを聞くしかなくなる」
 そう言ってタバサはイザベラに膝まずいて見せた。
 もちろんイザベラは困惑する。だが、フック星人たちはタバサの仕草があまりに堂に入っていたので、すっかりその気になってしまった。
「あの強い奴が頭を下げるなんて、あっちの女はいったいどれだけすごいんだ!?」
「そんなすげえ奴なら、俺たちをこんな仕事から解放してくれるかもしれねえ」
 フック星人たちの声色が変わったのがイザベラにもわかった。彼らはこの仕事に心底うんざりしていたようで、目はなくても期待の眼差しを向けてきているのはわかる。しかし、イザベラにはそんな自信は到底無かった。
「お前、わたしをどうしようっていうんだ!」
「難しいことは何も言ってない。いつもわたしに命令していたみたいに彼らを使って目的を果たせばいい。彼らは今に限って、あなたの部下同然」

678ウルトラ5番目の使い魔 79話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:45:58 ID:6VAe6l22
「バカな。わたしはただ命令していただけだ。お前のように、戦いの才能なんかないんだ」
 思わず弱音を吐くイザベラ。しかしタバサは彼女の目を見てきっぱりと言った。
「心配はいらない。あなたは伊達に北花壇騎士団を指揮してきたわけじゃない。いつものように、ふてぶてしく図々しく命令すればいいだけ」
「お前はわたしをなんだと思ってるんだ!?」
「なにも嘘は言っていない」
「嘘じゃなければ何言ってもいいってわけじゃないだろうが!」
 涼しい顔で言いたい放題を言うタバサに、ついにイザベラも堪忍袋の緒が切れた。しかし、タバサは落ち着いた様子でイザベラに告げた。
「わたしはあなたに嘘を言ったことはない。だから言う。イザベラ、あなたにはあなた自身、まだ気づいてない大きな才能がある。この戦いで、それを見つけてほしい。あなたなら、きっとできる」
 そう言うとタバサはイザベラが止める間もなく、風のように去って行った。
 残されたイザベラはあっけにとられたが、もう自分に選択肢がないことを認めざるを得なくなった。
 後ろには期待してくるフック星人たち。自分の実力では戦うことも逃げることも無理。かといって命乞いをするのはプライドが許さない。逃げ場がなくなったそのとき、イザベラの中で何かが切れた。
「ああそうかい。今度はお前が、わたしがお前にやらせてたことをやらす気だってんだな? わかったよ、お前にできることがわたしにできないわけないってことを思い知らせてやる。おいお前ら、今からお前らのボスはこのわたしだ。文句はないな!」
「ハイ!」
 プチ・トロワでメイドや兵隊を震え上がらせていた頃の、暴君としてのイザベラがここに再来した。
 しかし、以前とは違うことがひとつある。
「ようし、やるとなったら派手にぶち壊すぞ。一番でかい工場はどっちだ?」
「はっ、こちらであります!」
「ならお前ら、わたしについてきな!」
 以前のイザベラは、ふんぞり返って誰かに命令するだけだった。だが、今のイザベラは自分が先頭に立って走っている。かつて誘拐怪人レイビーク星人と戦ったときから、イザベラは他人の背中越しでは見えない世界があることを学んでいた。
 先頭に立ってのしのしと駆けていくイザベラに、フック星人たちも頼もしそうについてくる。
 そのとき、別のフック星人の一団と出くわした。
「な、なんだお前は!」
「あん? ちょうどいい。お前らもいっしょについてきな!」

679ウルトラ5番目の使い魔 79話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:48:35 ID:6VAe6l22
「な、なんだと?」
「お前らのためになることしてやろうってんだよ。お前らも、うんざりする毎日が嫌ならついてきな。スカッとさせてやるよ」
 不敵に笑うイザベラに、鉢合わせしたフック星人たちは不審者が目の前だというのに捕まえることも忘れてしまった。しかし、仲間のフック星人から目的を教えられると、明らかな動揺を見せた。そんな彼らに、イザベラは告げる。
「今が嫌か? 自由が欲しくないか? なら、わたしといっしょに暴れてみないか?」
 その言葉の力強さに、やはり不満を持っていたフック星人たちも加わり、一同は一気に数を増やして突き進んだ。
 そしてこうなると、勢いを得た彼らは怒濤の勢いで突き進んで行った。あちこちで参道者を増やし、工場へなだれ込んでいく。
 もちろん、止めようとする職務に忠実なフック星人もいる。しかし、すでにイザベラに従う者のほうが圧倒的多数になっており、彼らは立ち塞がる者たちに抗議した。
「き、貴様ら、これは反逆だぞ」
「うるさい! こんなところでいつまでも穴蔵に籠ってるなんて、もううんざりだ。俺たちはもうフック星に帰りたいんだよ。邪魔するな!」
 反乱行為だが、つもりに積もったストレスの爆発に対しては、止めようとするフック星人も有効な説得はできなかった。そして、そんな彼らにイザベラはふてぶてしく言った。
「あーあ、クソ真面目クソ真面目。わたしの部下に欲しいくらいだよ。だが、その信念。本当にお前らは心から信じてるのかい?」
「なにを戯れ言を!」
「言われたことをやるだけならお前らは奴隷さ。だが、お前らだってやりたいことはあるだろう? それを我慢したままで死んでいくのか?」
「ふざけるな! 兵が気分で戦って、軍の規律が守れるものか!」
 フック星人は別名を集団宇宙人というくらい、個の弱さを集で補う星人だ。それゆえに小隊長クラスは規律に厳格ではあったが、イザベラは嘲るように言ってのけた。
「バッカだねぇ! 人の上に立つってのはさ。いつ寝首を掻きに来るかわからないやつを屈伏させるからおもしろいんだよ!」
 嗜虐的な光を瞳に宿らせながらイザベラは言った。抵抗しない相手なんかいじめてもすぐに飽きる。どうせ可愛がるなら、手を噛みに来る犬のほうがやりがいがあるというものだ。そう、例えばタバサのような。
 その、狂気一歩手前の迫力に、立ちはだかっているフック星人たちが気圧されて後ずさる。しかし、一番の変化は彼女の後ろで起こった。
「おおっ! なんていう器の大きさなんだ。うちのボスとはまるで格が違うぜ」
「この方なら俺たちを解放してくれるかもしれないぜ。今日から姐さんと呼ばせてもらいやす!」
「バァカ! わたしは女王だよ!」
「ハイ! 女王様」
 イザベラも調子に乗ってきて、軍勢に一体感が生まれてきた。規律に沿って動くフック星人にとって、型破りなイザベラのようなリーダーは新鮮だったのだ。

680ウルトラ5番目の使い魔 79話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:49:36 ID:6VAe6l22
 だがそれにも増して、今のイザベラにはフック星人たちを引き付ける魅力があった。自分では歩けない道を切り開き、見れない景色を見せてくれる、そんな期待感を抱かせてくれる頼もしさが。
 そして、大多数のフック星人を味方につけたイザベラは、不敵な笑みを浮かべると手を振り上げて叫んだ。
「突撃ーっ!」
 待ちに待った命令を受けたフック星人たちは、雪崩を打って驀進していった。最後まで止めようとしていたフック上司たちも、これで止めようとすれば自分たちの身も危ないと悟って、棒立ちで傍観に移っていった。
 もはや反乱というより暴動に近い。しかし、それだけフック星人の中に鬱屈したものが溜まっていたということであって、それを解放したイザベラにはリーダーとしての非凡な才能があるということだった。
 イザベラを先頭に工場になだれ込んだフック星人たちは、自分たちが嫌々作らされていた兵器群を睨みつけた。それと同時に、ひとりのフック星人がイザベラにマイクを持ってきた。
「ほう、気が利くじゃないか。おい! ここにいるバカども全員、よく聞きな。こんなせまっくるしい穴倉で、いつ終わるかわからない仕事をさせられ続けてる自分をかわいそうだと思わないかい? だったらわたしが許す。全部、ぶっ壊してしまいな!」
 その一言は、フック星人だけでなく、これまで王宮という檻に閉じ込められてきたイザベラ自身への無意識のうちの宣戦布告であった。
 人間は、誰もが自分を縛って生きている。そうしないと、集団の中で生きていけないからだ。しかし、長い間強く締め付けられ続けると、マグマ溜まりのようにストレスは圧縮され、なにかのきっかけで爆発する。それは目に見えない爆弾として、ときおり社会のどこかで悲劇を生んでいる。
 フック星人たちは、人間とさして変わらない社会構造を持っている。しかも彼らは、本来の自分たちの目的とは違った仕事を押し付けられていた。その怒りは当然のもので、解放された彼らは暴徒さながらに兵器工場を破壊していた。
「壊せ壊せーっ! こんなクソッたれなもんとはおさらばだーっ!」
「帰るんだ。俺たちはもう星へ帰るんだ!」
 製造途中や完成品の兵器が製造設備ごと壊されていく。無数のウルトラレーザーやそれに相当する兵器もことごとく鉄くずと化していき、イザベラはそれを工場を見下ろせるクレーンの上から見ていた。
「いいよいいよ! 盛大にやっちまいな。こんな景気の悪い場所は、すっきりぶっ壊してしまいな!」
 イザベラの声に応じて、フック星人たちの勢いも増していく。フック星人のでこぼこの顔では表情はわからないが、彼らが喜びに沸いているのははっきりわかった。
 そして、フック星人たちの勇気の源泉になっているのがイザベラであるのも間違いはない。彼女が誰からも見えるところでふんぞりかえっているからこそ、彼らは安心して暴れることができた。
 工場の破壊は轟音をあげて進み、工作機械やベルトコンベアも煙をあげて止まっている。そんな様子をイザベラは満足そうに見下ろし、そしてそんなイザベラをタバサはモニターごしに見守っていた。
 
「そう、それがイザベラ、あなたの力。人の勇気を鼓舞して、軍団を率いる。わたしが持っていない、将としてのあなたの才能」
 
 タバサは少し羨望が混じった眼差しをイザベラに向けていた。

681ウルトラ5番目の使い魔 79話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:51:20 ID:6VAe6l22
 確かにイザベラには王族としての気品や優雅さなどはない。だがその代わりに、人をその気にさせる口のうまさと、恐れや迷いを振り切らさせる堂々とした風格を持っている。それはアンリエッタが国民を鼓舞する際に度々見せる姿であり、いくら知力はあっても無口なタバサにはできないことであった。
 そんなタバサが見るモニターの中では、工場が次々に使用不能にされている姿が平行して映し出されている。ここは基地の指令室で、彼女の少し前には怒りで体を震わせているフック星人隊長がいた。
「ここはもう終わり。これ以上、このガリアで好き勝手はさせない」
「ぐぬぬぬ、貴様らぁ。よくも、よくも、俺の基地をメチャクチャにしてくれやがったな。俺の部下をそそのかして反乱を起こさせるなんて、汚い手を使いやがって」
「反乱を起こさせられるほど部下を掌握できていなかったあなたが悪い」
 タバサは隊長に冷断に言い放った。
 周りには、タバサに倒された隊長の護衛のフック星人が数人横たわっている。イザベラと別れた後、タバサは通りすがりのフック星人を尋問して素早く指令室の場所を聞き出し、安心しきっている隊長へ奇襲をかけて成功させていたのだった。
 今や、隊長に残っている護衛は二人のみ。そしてタバサは、彼らに対しては容赦をしないつもりでいた。
「あなたには、街を元に戻してもらう。そして、いくつか聞きたいこともある」
「しゃらくせえ! やってしまえ」
 激高したフック隊長は、部下二人とともに襲い掛かってきた。三人のフック星人は身軽な動きで、アクロバットのようにタバサを包囲してこようとする。彼らはタバサが強力な魔法使いだと知って、それを封じるために狙いを定まらさせない作戦にでたのだ。
 ヒュンヒュンと、高速で跳び回るフック星人がタバサの視界を次々と横切っていく。かつてはウルトラセブンも翻弄されたフック星人のフットワークはさすがで、さしものタバサも容易には魔法の照準をつけられずにいた。
 しかし、百戦錬磨の戦闘経験を持つタバサは、フック星人のこの戦法をどうすれば封じられるか、即座に対策を導き出していた。杖を床に向け、短く呪文を唱える。簡単な氷の魔法だが、タバサの力量で放たれたそれはあっという間に指令室の床を凍り付かせ、摩擦のないアイスバーンに変えてしまったのである。
「う、うわわっ!?」
 ツルツルの床の上ではフック星人のフットワークもなんの意味も持たず、三人はあっという間にすっ転んでしまった。
 タバサは転んでもがいているフック星人のうち、部下二人に素早くとどめを刺すと、隊長に杖の先を向けて宣告した。
「あなたの負け。観念して」
「うっ、ぐっ……お、恐ろしい娘だな。て、てめえ何者」
「ただの人間。そしてあなたの敵、それだけ」
 あくまでタバサは冷徹だった。イザベラが将なら自分は兵、その役割を果たすのみ。

682ウルトラ5番目の使い魔 79話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:52:13 ID:6VAe6l22
「あなたはわたしたちの国を奪いに来た。なら、それ相応の報いを受けてもらう」
「な、なに言いやがる。てめえらこそ、まだなにもしてない俺の部下たちをメチャクチャにしやがって!」
 フック隊長は悪魔を見るように震えながらタバサを罵った。しかし、タバサは落ち着いてそれに言い返した。
「わたしたちは、イザベラはあなたとは違う」
 そう言って、タバサは工場が映し出されているモニターに目をやった。
 工場では、まだ暴動が続いている。その中で、フック星人の一団が、最後まで反乱に参加しようとしなかった仲間を集めてリンチにしようとしていた。
「よ、よせやめろぉ!」
「こいつら、隊長について俺たちをこきつかおうとしたクソったれだ。やっちまえ」
 あわや、フック星人同士の凄惨な殺戮劇になるかと思われた。しかし、それを彼らの頭上から鋭く止めたのはイザベラだった。
「やめな! お前たち」
「じ、女王さん。なんで止めるんだぜ。こいつらに思い知らせてやるんだ」
「抵抗できない相手をいたぶったら、いつか自分がピンチになっても誰も助けてくれなくなるよ。お前らは帰りたいだけなんだろ? ならつまんないことで業をしょいこむのはやめな。後できっと後悔するよ」
 それはイザベラの経験からきた心からの忠告だった。リンチにかけようとしていたフック星人たちは、ばつが悪そうに引き下がり、助かってほっとした様子のフック星人たちには、イザベラはこう告げた。
「お前らだって本心じゃ帰りたかったんだろ? お前らには納得いかない方法かもしれないけど、荒っぽくしなきゃ解決できないこともあるんだよ。だったらせめて黙ってな。それで誰か損するわけでもないだろ?」
 一転して穏やかに語りかけたイザベラに、フック星人たちは黙って頷いた。
 無駄な血を流すことなく、反乱は兵器と機械のみを狙って破壊していった。
 だが、かつてのイザベラなら、むしろ嬉々として逆らう者を虐殺しただろう。それをしなくなったのは、イザベラ自身が虐げられる苦しみを知り、誰かに助けられる喜びを知ったからだ。
 だからこそ、タバサはイザベラがガリアの次期女王にふさわしいと考える。確かに、女王という立ち振舞いには程遠い。むしろ、海賊の親分というほうがぴったりくるだろう。だがそれくらいでないと、弱体化し混乱するガリアをまとめあげ、立て直すパワーを発揮することはできないに違いない。
 いまや隊長以外の全てのフック星人がイザベラをリーダーだと認め、従っている。
 完全に孤立してしまったことを悟ったフック隊長は、タバサに杖を突き付けられながら、乾いた笑い声を漏らした。

683ウルトラ5番目の使い魔 79話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:53:46 ID:6VAe6l22
「へ、へへへ……俺の軍団が、たった二人の小娘にやられちまうなんてな。いったい何が悪かったんだ?」
「地位を過信して、部下の信頼を軽視したのがあなたの間違い。答えて、街を元に戻す仕掛けはどれ?」
「ああ、それならそこのレバーだよ。もうなにもかも終わりさ、勝手にしやがれ」
 諦めた様子の隊長が、嘘を言っているとは思えなかった。だがタバサには、もう1つ聞いておかねばならないことがあった。
「もう一つ答えて。あなたたちは最初に侵略のために来たと聞いた。けど、それを投げ出して、なんのために武器を作っていたの?」
「ひ、ひひひ……それを言ったら、俺はあの方に殺されちまう。それを聞いたら、お前もあの方に殺されるぞぉ!」
 隊長の声色が恐怖に染め上げられ、ガクガクと震え始めた。タバサは隊長を押さえつけながら、さらに問いただす。
「あの方とは誰のこと? あなたたちとは別の宇宙人なの?」
「あ、悪魔さあいつは。俺はこの星に、今暴れてる奴らとは別に百人の精鋭を連れてきたんだ。けどあいつは突然現れて、たった一人で百人の精鋭を皆殺しにしちまったんだ。俺は生かしてもらった代わりに、あの方の奴隷さ」
「そいつの正体は? なにが目的なの?」
「も、目的なんて知らねえよ。俺はただ武器を作るよう命令されて、定期的にあいつの部下が取りに来てただけさ。けど、あいつの正体は聞かねえほうがいいぜ。お前だけじゃねえ、この星にいるっていうウルトラマンたちだって敵うもんか」
「御託はいい、質問に答えて」
 焦れたタバサは隊長の首筋に『ジャベリン』を当てて白状を促した。
 そんなに時間があるわけではない。すると隊長は、「そんなに知りたきゃ教えてやるよ」と、ある宇宙人の名前と、そいつがこの星で名乗っている名前を口にした。
「その名前……まさか」
 タバサは眉をしかめた。宇宙人の種族名は知らないが、そいつの名が、自分の知識の中のひとつの名前と合致したのだ。
 偶然かもしれない。しかし、詳しく知っているわけではないが、そいつはハルケギニアでは一定の知名度と影響力を持つ者と同じ名前をしていた。
「そいつの姿は?」
「わからねえよ。俺たちフック星人は、お前らと違って視覚は発達してないんだ」
「そう、ならもういい」
 タバサは、これ以上聞き出せる情報はないと判断して、フック隊長に引導を渡した。
 しかし、言葉にできない不安がタバサの胸中をよぎった。自分とガリアのことで手いっぱいで、世間からは遠ざかっていたけれども、ひょっとしたら大変な事態が起きようとしているのかもしれない。
 そのときだった。指令室にイザベラと数人のフック星人が、ぞろぞろとやってきた。
「おう、こっちも終わったようだね。どうだい? わたしの指揮でウチュウジンの侵略基地を落としたよ」

684ウルトラ5番目の使い魔 79話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:54:41 ID:6VAe6l22
「見てた。たいしたものだった」
「たいしたもん、か。お前から言われるとなんか複雑だね。まあいい、わたしの仕事もこれまでさ。あとはこいつらが話があるんだってよ」
 イザベラが退くと、ひとりのフック星人がタバサの前に出た。
「君たちには感謝している。この工場の破壊された記録を持ちかえれば、星の者たちも我々を疑うことはあるまい。これより、我々は基地を破棄して撤退する。君たちは退去してくれたまえ」
「確認しておきたい。あなたたちが撤退した後、この街に悪影響が出ることはない?」
「その心配はない。工場は破壊したが、基地自体の基礎構造にまでダメージは出ていない。街を元に戻した後でも、数百年は影響は出ないだろう」
「そう……」
 タバサはひとまずそれで納得することにした。それだけ時間があれば、いかようにでも対策をとることはできるだろう。
 最後に、タバサはフック星人たちに言った。
「できれば、もう二度とここには来ないでもらいたい」
「頼まれても来る気はないというのが全員の意見だ。たった二人に負けた軍隊という汚名を広めたくはない。君たちには感謝しているが、すぐにここから退去してもらいたい。すぐにでも我々は出発する」
「わかった。あなたたちの旅路の安全を祈る」
「さらばだ、遠い星のクイーンたちよ」
 隊長代理とのあいさつをすませたタバサとイザベラは、ポーラポーラの街が元に戻されるのを確認すると、一人の兵士に案内されて地上に上がった。
 その際、多くのフック星人兵士たちが去り際のイザベラに歓呼の声で手を振っていた。
「女王! 女王! ありがとうございました」
「へっ、あいつら……お前らも元気でやれよ!」
 それこそ本当に海賊の大親分のように見送られて、イザベラは照れながらも手を振り返していた。
 タバサはそんなイザベラを見ながら、イザベラがこれで指導者として自信を持ってくれればいいなと密かに願っていた。
 
 二人が地上に上がったとき、すでに東の空は白んで、ポーラポーラの街にほのかな明るさが差し掛かっていた。
 街はまだ物音一つなく、タバサとイザベラは無言で並んで街の道を歩く。
 そして、東の空から太陽がちらりと見えたとき、街の一角から一機の円盤が飛び出して、空のかなたへと飛んでいった。
「終わったね。さて、これからどうするんだい? 今度は宮殿でも、奪いに行くかい?」
 もうイザベラも腹は決めていた。どうあがいても、自分はこのクソったれな運命から逃れられはしないらしい。なら、売られた喧嘩は買うまでのことだ。

685ウルトラ5番目の使い魔 79話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:55:57 ID:6VAe6l22
 しかしタバサはかぶりを振って言った。
「まだ、もう少し準備がいる。あなたはそれまで、少し身を隠していてもらいたい」
「はいはい、未来の女王に向かって態度のでかい下僕だね。じゃあ、またあいつらに適当な隠れ家を見繕ってもらうか。お前はどうするんだい? 準備、か?」
「……それとは別に、調べておきたいことができた。場合によっては、計画の練り直しもあるかもしれない」
 フック星人を操って武器生産をおこなっていた者が、まだ残っている。そいつを無視したままでは、後でどんな不具合が出て来るかわからない。
 タバサには、まだ休息は許されない。この戦いが終わっても、またすぐに次の戦いが待っている。イザベラは、そんな疲れたそぶりも見せられないタバサの横顔を見て、ぽつりとつぶやいた。
「準備とやらが、どれだけかかるか知らないけどさ。くたびれたらうちに寄っていきな。今度は出がらしじゃない茶くらい出してやるからさ。エレーヌ……」
「ありがとう……」
 いつか、仲良く遊んだ幼い日。戻ることはできなくても、思い出すことはできる。
 タバサとイザベラは並んで歩きながら、少しずつ互いのことを話し始めた。そんな二人を、昇る朝日が明るく優しく照らし出していた。
 
 一方そのころ、地上を飛び立ったフック星人の円盤は、M87世界への次元跳躍のための最終調整を終えていた。
「隊長代理、エネルギー充填完了しました。あと三十秒で、次元跳躍可能です」
「ようしいいぞ、元の次元に戻ってさえすれば、あとはフック星まで一気に大ワープできる。もうこんな星とはおさらばだ。帰れるぞ」
 隊長代理、そして大勢のフック星人たちは、懐かしい故郷フック星を思って胸を熱くした。
 だがそのとき、突然警報音が鳴り響き、レーダー手が悲鳴のように叫んだ。
「た、大変です! 後方から未確認飛行物体が急速に本船に向かって接近中。数は四。五秒後に本船に接触します!」
「なんだと!? 識別確認、急げ!」
 思いもよらぬ事態に、隊長代理は動転しながらも指示を出した。円盤のコンピュータに入力された、知りうる限りの宇宙人や怪獣のデータと未確認飛行物体の照合がおこなわれる。
 そしてコンピュータは、最悪の形で彼らに答えを示した。
「た、隊長代理、これは」
「バカな、なんでこいつがこんなところに。に、逃げろ!」
「無理です! あっちのほうが圧倒的に速い」
 フック円盤が逃げる間もなく、追いついてきた四機の金色の奇怪な宇宙船は、あっという間にフック円盤を包囲してしまった。

686ウルトラ5番目の使い魔 79話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:56:40 ID:6VAe6l22
「未確認飛行物体に高エネルギー反応!」
「次元跳躍で回避しろ!」
「駄目です! うわあぁ、間に合わない!」
「そんな、俺たちは帰る! 帰るんだあーっ!」
 だが、彼らが叫んだその瞬間、四機の宇宙船から一斉に破壊光線が放たれ、フック星人の円盤は大爆発を起こして消滅した。助かった者はただひとりもいなかった。
 フック星人の円盤が消滅したのを見届けると、四機の宇宙船は何事もなかったかのようにハルケギニアに帰って行った。しかし、その様を愉快そうに眺めていた存在があった。あの、コウモリ姿の宇宙人である。
「フフフ、裏切り者は即座に粛正ですか、怖い怖い。ですが、やはりあれを持っていましたか。あのときに、無理に対決しようとしないで正解でしたね。ですが、これでそちらの手の内も見えてきました。そして……」
 彼は満足げにそうつぶやくと、おもむろに手を掲げた。その手のひらから、様々な色の人魂のような発光体が現われて宙に浮く。
「『喜び』『妬み』『渇望』……思ったよりも障害が多くて、まぁだ半分というところですね。人間たちの持つ感情のエネルギー、強力なのはいいんですが、集めるのにお膳立てがいりますからねえ。でも、これ以上邪魔されるわけにはいきません。そろそろこちらも本気で排除にいかせてもらいますよ」
 そう言うと、彼はもう片方の手を掲げた。すると、彼の手に巻き付くように、黒いもやでできたヘビのような生命体が現れた。
「宇宙同化獣ガディバ。蘇らせるのに少々手間はかかりましたが、こいつは強力ですよ。かつてヤプールが繰り出した最強の力、これを相手にしてもコソコソ逃げ続けることができますかねえ?」
 暗い笑いが虚空に響く。この世界がおかしくなったとき、アブドラールスやエンマーゴなどの、一度倒されたはずの怪獣が現れた。それの意味することとは……。
 ハルケギニアを舞台にした、侵略者たちの身勝手な遊戯はまだ終わりを見せようとはしない。
 
 
 続く

687ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 09:03:47 ID:6VAe6l22
今回はここまでです。では、また来月にお会いしましょう

688ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 01:55:10 ID:EpCC/uLM
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて皆さん、本当にお久しぶりです。無重力巫女さんの人です。
十月の中ごろから仕事が忙しくなって、投稿分を執筆する余裕もありませんでした。
日を跨いで十二月になってしまいましたが、特に問題なければ一時五十八分から九十八話の投稿を開始します。

689ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 01:58:08 ID:EpCC/uLM
 その日、王都トリスタニアにはやや物騒な恰好をした衛士たちが多数動き回っていた。
 夏用の薄いボディープレートを身に着けた彼らは、市街地専用の短槍や剣を携えた者たちが何人も通りを行き交っている。
 それを間近で見る事の出来る街の人々は、何だ何だと横切っていく彼らの姿を目にしては後ろを振り返ってしまう。
 街中を衛士たちが警邏すること自体何らおかしい所はなかったが、それにしても人数が多すぎた。
 いつもならば日中は二、三人、夜間なら三、四人体制のところ何と五、六人という人数で通りを走っていくのだ。
 イヤでも彼らの姿は目に入るのだ。しかも一組だけではなく何組も一緒になっている事さえある。
 
 正に王都中の衛士たちが総動員されているのではないかと状況の中、ふと誰かが疑問に思った。
 一体彼らの目的は何なのかと?そもそも何かあってこれ程までの人数が一斉に動いているのかと。
 勇敢にもそれを聞いてみた者は何人もいたが、衛士たちの口からその答えが出る事はなかった。
 それがかえってありもしない謎をでっちあげてしまい、人々の間で瞬く間に伝播していく。
 曰く王都にアルビオンの刺客が入り込んだだの、クーデターの準備をしている等々……ほとんどが言いがかりに近かったが。
 とはいえありもしない噂を囁きあうだけで、誰も彼らの真の目的を知ってはいない。
 もしもその真実が解決される前に明かされれば、王都が騒然とするのは火を見るよりも明らかなのだから。

 朝っぱらからだというのに、夜中程とはいえないがそれなりの喧騒に包まれているチクトンネ街。
 ここでもまた大勢の衛士たちが通りを行き交い、通りに建てられた酒場や食堂の戸を叩いたりしている。
 一体何事かと目を擦りながら戸を開けて、その先にいた衛士を見てギョッと目を丸くする姿が多く見受けられる。
 更には情報交換の為か幾つかの部隊が道の端で立ち止まって会話をしている所為か、それで目を覚ます住人も多かった。
 煩いぞ!だの夜働く俺たちの事を考えろ!と抗議しても、衛士たちは平謝りするだけで詳しい理由を話そうとはしない。
 やがて寝付けなくなった者たちは通りに出て、ひっきりなしに走り回る衛士たちを見て訝しむ。
 彼らは一体、何をそんなに必死になって探し回っているのだろう?……と。

 そんな喧騒に包まれている真っ最中なチクトンネ街でも夜は一際繁盛している酒場『魅惑の妖精』亭。
 本来なら真っ先に戸を叩かれていたであろうこの店はしかし、まだその静けさを保っている。
 あちこちで聞き込みを行っている衛士たちも敢えて後回しにしているのか、その店の前だけは素通りしていく。
 基本衛士というのはその殆どが街や都市部の出身者で構成されており、それ以外の者――地方から来た者――は割と少数である。
 つまり彼ら衛士の大半も俗にいう「タニアっ子」であり、当然ながらこの店の知名度はイヤという程知っている。
 この店の女の子たちが抜群に可愛いのは知っている。当然、その女の子たちを雇っている店長が極めて゛特殊゛なのも。
 もしも今乱暴に戸を叩けば、あの心は女の子で体がボディービルダーな彼のあられもない寝間着姿を見ることになるかもしれないからだ。
 想像しただけでも恐ろしいのに、それをいざ現実空間で見てしまった時にはどれだけ精神が汚されるのか……。
 衛士たちはそれを理解してこそ敢えて『魅惑の妖精』亭だけは後回しにしてしているのだ。
 しかし、彼らの判断は結果的に彼ら自身の『目的』の達成を遅らせる形となってしまっていた。 
 
 
 『魅惑の妖精』亭の裏口、今はまだ誰もいないその寂しい路地裏へと通じるドアが静かに開く。
 それから数秒ほど時間をおいて顔を出したのは、目を細めて警戒している霧雨魔理沙であった。
 夏場だというのに黒いトンガリを被る彼女は相棒の箒を片手にそろりそろりと裏口から外の路地裏へと出る。
 それから周囲をくまなく確認し、誰もいないのを確認した後に裏口の前に立っている少女へと合図を出した。

690ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:00:06 ID:EpCC/uLM
「……よし、今ならここを通って隣りの通りに出られるぜ」
「わかりました……、それでは行きましょう」
 魔理沙からのOKサインを確認した少女――アンリエッタは頷きながら、彼女の後をついてゆく。
 その姿は、いつも着慣れているドレス姿ではなく黒のロングスカートに白いブラウスというラフな格好だ。

 ブラウスに関しては胸のサイズの関係かボタンを全て留めていないせいで、いささか扇情的である。
 彼女はその姿で一歩路地裏へと出てから、心配そうに自分の服装を見直している。
「……本当にこの服をお借りして大丈夫なんでしょうか?」
「へーきへーき、理由を話せば霊夢はともかくルイズなら許してくれるさ。あ、帽子はちゃんと被っといた方がいいぜ?」
 元々霊夢の服だったと聞かされて心配しているアンリエッタに対し、魔理沙は笑いながらそう答える。
 彼女の快活で前向きな言葉に「……そうですか?」と疑問に思いつつも、アンリエッタは両手で持っていた帽子を被る。
 これもまた霊夢の帽子であるが、幸い頭が大きすぎて被れない……という事はなかった。
 服を変えて、帽子まで被ればあら不思議。この国の姫殿下から町娘へとその姿を変えてしまった。
 最も、体からあふれ出る品位と身体的特徴は隠しきれていないが……前者はともかく後者は特に問題はないだろう。
 本当にうまく変装できてるのか半信半疑である本人に対し、コーディネイトを任された魔理沙は少なからず満足していた。

 念の為にとルイズ化粧道具を無断で拝借して軽く化粧もしているが、それにしても上手いこと変装できている。
 恐らく彼女の顔なんて一度も見たことのない人間がいるならばこの女性がお姫様だと気づくことはないだろう。
 少なくとも街中で彼女を探してあちこち行き来している衛士達は、その部類の人間だろう。ならば気づかれる可能性は低い。
 単なる偶然か、それとももって生まれた才能なのか?アンリエッタの変装っぷりを見て頷いていた魔理沙は、彼女へと声を掛ける。
「ほら、そろそろ行こうぜ。ま、どこへ行くかなんてきまってないけどさ」
「あ、はい。そうですね。ここにいても怪しまれるだけでしょうし」
 自分の促しにアンリエッタが強く頷いたのを確認してから、魔理沙は通りへと背を向けて路地裏の奥へと入っていく。
 アンリエッタは今まで通った事がないくらい暗く、狭い路地裏から漂う無言の迫力に一瞬狼狽えてしまったものの、勇気を出して足を前へと向ける。
 二人分の足音と共に、少女たちは太陽があまり当たらぬ路地裏へと入っていった。

 それから魔理沙とアンリエッタの二人は、狭くなったり広くなったりを繰り返す路地裏を歩き続けていた。
 トリスタニアは表通りもかなり入り組んだ街である。それと同じく路地裏もまた易しめの迷路みたいになっている。
 かれこれ数分ぐらい歩いている気がしたアンリエッタは、ふと魔理沙にその疑問をぶつけてみることにした。
「あの、マリサさん?一体いつになったら他の通りへ出られるんでしょうか?」
「ん……あー!やっぱり不安になるだろ?最初私がここを通った時も同じような感想が思い浮かんできたなぁ〜」
 不安がるアンリエッタに対しあっけらかんにそう言うと、軽く笑いながらもその足は前へと進み続けている。
 前向きすぎる彼女の言葉に「えぇ…?」と困惑しつつも、それでも魔理沙についていく他選択肢はない。
 清掃業者のおかげで目立ったゴミがない分、変に殺風景な王都の路地裏を歩き続けた。
 
 しかし、流石に魔理沙という開拓者のおかげで終着点は意外にも早くたどり着くことができた。
 数えて五度目になるであろうか角を右に曲がりかけた所で、ふとその先から人々の喧騒が聞こえてくるのに気が付く。
 アンリエッタはハッとした先に角を曲がった魔理沙に続くと、別の通りへと続く道が四メイル程先に見えている。
 何人もの人々が行き交うその通りを路地裏から見て、ようやくアンリエッタはホッと一息つくことができた。
 そんな彼女をよそに「ホラ、出口だぜ」と言いつつ魔理沙は先へ先へと足を進める。
 それに遅れぬようにとアンリエッタも急いでその後を追い、二人して薄暗い路地裏から熱く眩い大通りへとその身を出した。

691ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:02:16 ID:EpCC/uLM
「……暑いですね」
 燦々と照り付ける太陽が街を照らし、多くの人でごったがえす通りへと出たアンリエッタの第一声がそれであった。
 王宮では最新式のマジックアイテムで涼しい夏を過ごしていた彼女にとって、この暑さはあまり慣れぬ感覚である。
 自然と肌から汗が滲み出て、帽子の下の額からツゥ……と一筋の汗が流れてあごの下へと落ちていく。
 これが街の中の温度なのかとその身を持って体験しているアンリエッタに、ふと一枚のハンカチが差し出される。
 一体だれかと思って手の出た方へと目を向けると、そこには笑顔を浮かべてハンカチを差し出している魔理沙がいた。
「何だ何だ、もう随分と汗まみれじゃないか。そんなに外は暑いのか?」
「……えぇ。ここ最近の夏と言えば、マジックアイテムの冷風が効く屋内で過ごしていたものですから」
 魔理沙が出してくれたハンカチを礼と共に受け取りつつ、それで顔からにじみ出る汗を遠慮なく拭っていく。
 そうすると顔を濡らそうとしてくるイヤな汗を綺麗さっぱり拭き取れるので、思いの外気持ちが良かった。
 
「マリサさん、どうもありがとうございました」
 汗を拭き終えたアンリエッタは丁寧に畳み直したハンカチを魔理沙へと返す。
 それに対して魔理沙も「どういたしまして」と言いつつそのハンカチを受け取ったところでアンリエッタがハッとした表情を浮かべ、
「あ、すいません。そのまま返してしまって……」
「ん?あぁそういえば借りたハンカチは洗って返すのがマナーだっけか。まぁ別にいいよ、そんなに気にしなくても」
「いえ、そんな事おっしゃらずに。貴女にもルイズの事で色々と御恩がありますし」
「そ、そうなのか?それならまぁ、アンタのご厚意に甘えることにしようかねぇ」
 肝心な時にマナーを忘れてしまい焦るアンリエッタに対して魔理沙は大丈夫と返したものの、
 それでも礼儀は大切と教えられてきた彼女に押し切られる形で、魔法使いは再びハンカチを王女へと渡した。
 
 預かったハンカチは後日洗って返す事を伝えた後、アンリエッタはフッと自分たちのいる通りを見回してみる。
 日中のブルドンネ街は一目見ただけでもその人通りの多さが分かり、思わずその混雑さんに驚きそうになってしまう。
 今までこの通りを通った事はあったものの、それは魔法衛士隊や警邏の衛士隊が道路整理した後でかつ馬車に乗っての通行であった。
 こうして平民たちと同じ視点で見ることは全くの初めてであり、アンリエッタは戸惑いつつも久しぶりに感じた゛新鮮さ゛に胸をときめかせてすらいる。
 老若男女様々な人々、どこからか聞こえてくる市場の喧騒、道の端で楽器を演奏しているストリートミュージシャン。
 王宮では絶対に聞かないような幾つもの音が複雑に混ざり合って、それが街全体を彩る効果音へと姿を変えている。

 アンリエッタはそれを耳で理解し、同時に楽しんでいた。これが自分の知らない王都の本当の顔なのだと。
 まるで子供の様に嬉しがっていた彼女であったが、その背後から横やりを入れるようにして魔理沙が声を掛けた。
「あ〜……喜んでるところ悪いんだが……」
 彼女の言葉で意識を現実へと戻らされた彼女はハッとした表情を浮かべ、次いで恥かしさゆえに頬が紅潮してしまう。
 生まれて初めて間近で見た王都の喧騒に思わず゛自分が為すべきこと゛を忘れかけていたのだろう、
 改めるようにして咳ばらいをして魔理沙にすいませんと頭を下げた後、彼女と共にその場を後にした。
 暑苦しい人ごみを避けるように道の端を歩きつつも、アンリエッタは先ほど子供の様に喜んでいた自分を恥じている。、
「すいません。……何分、平時の王都を見たのはこれが初めてでした故に……」
「へぇそうなのか?……それでも何かの行事で街中を通るときはあると思うが?」
「そういう時には大抵事前に通行止めをして道を確保しますから、自然と私の通るところは静かになってしまうんです」

692ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:04:16 ID:EpCC/uLM
 アンリエッタの言葉に、魔理沙は「成程、確かにな」と納得している。
 良く考えてみれば、今が夏季休暇だとはいえ人々で道が混雑する王都を通れる馬車はかなり限られるだろう。
 いかにも金持ちの貴族や豪商が済んでいそうな豪邸だらけの住宅地に沿って作られた道路などは、馬車専用の道路が造られている。
 それ以外の道路では馬車はともかく馬自体が通行禁止の場所が多く、他国の大都市と比べればその数はワースト一位に輝く程だ。
 実際王宮から街の外へと出る為には通りを何本か通行止めにしなければならず、今は改善の為の工事が計画されている。
 魔理沙も馬車が通りを走っているのをあまり見たことは無く、偶に住宅街へ入った時に目にする程度であった。
「こんなに人ごみ多いと、馬車に乗るよか歩いたほうが速いだろうしな」
 すぐ左側を行き交う人々の群れを見つめつつも呟いてから、魔理沙とアンリエッタの二人は通りを歩いて行く。

 やがて数分ほど歩いた所でやや大きめの広場に出た二人は、そこで一息つける事にした。
「おっ、あっちのベンチが空いてるな……良し、そこに腰を下ろすか」
 魔理沙の言葉にアンリエッタも頷き、丁度木陰に入っているベンチへと腰を下ろす。
 それに次いで魔理沙の隣に座り、二人してかいた汗をハンカチで拭いつつ周囲を見回してみた。
 中央に噴水を設置している円形の広場にはすでに大勢の人がおり、彼らもまたここで一息ついているらしい。
 ベンチや木の根元、噴水の縁に腰を下ろして友人や家族と楽しそうに会話をしており、もしくは一人で空や周囲の景色を眺めている者もいた。
 そんな彼らを囲うようにして広場の外周にはここぞとばかりに幾つもの屋台ができており、色々な料理や飲み物を売っている。
 種類も豊富で食べ物は暖かい肉料理から冷たいデザート、飲み物はその場で果物を絞ってくれるジュースやアイスティーの屋台が出ている。
 どの屋台も売り上げは上々なようで、数人から十人以上の列まであり、よく見ると下級貴族らしいマントを付けた者まで列に並んでいた。
 魔理沙はそれを見て賑やかだなぁとだけ思ったが、彼女と同じものを目にしたアンリエッタは目を輝かせながらこんな事を口にした。
「うわぁ、アレって屋台っていうモノですよね?言葉自体は知っていましたが、本物を見たのは初めてです!」
「え?あ、あぁそうだが……って、屋台を見るのも初めてなのか!?」
「えぇ!わたくし、蝶よ花よと育てられてきたせいでそういったモノに触れる機会が今まで無くて……」

 アンリエッタの言葉に一瞬魔理沙は自分の耳を疑ったが、自分の質問に彼女が頷いたのを見て目を丸くしてしまう。
 思わず自分の口から「ウッソだろお前?」という言葉が出かかったが、それは何とかして堪える事ができた。
 魔理沙は驚いてしまった半面、よく考えてみれば王家という身分の人間ならば本当に見たことが無いのだろうと思うことはできた。
(子はともかく、親や教育者なんかはそういうのをとにかく低俗だ何だ勝手に言って見せないだろうしな)
 きっと今日に至るまで王宮からなるべく離れずに暮らしてきたかもしれないアンリエッタに、ある種の憐れみを感じたのであろうか、
 魔理沙は座っていたベンチから腰を上げると、突然立ち上がった彼女にキョトンとするアンリエッタに屋台を指さしながら言った。
「折角あぁいうのが出てるんだ。何ならここで軽く飲み食いしていってもバチは当たらんさ」
「え?え、えっと……その、良いんですか?」
 突然の提案に驚いてしまうアンリエッタに「あぁ」と返したところで、魔理沙は自分が迂闊だったと後悔する。
 確かに豪快に誘ったのはいいものの、それを手に入れる為のお金を彼女は持っていなかったのだ。
 
 今日もお昼ごろになった所で用事を済ませたルイズや霊夢と合流して、三人一緒にお昼を頂く筈であった。
 その為今の彼女の懐は文字通りのスッカラカンであり、この世界の通貨はビタ一文入っていない。
 それを思い出し、苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべる普通の魔法使いに、アンリエッタはどうしたのかと声を掛ける。
「あ……イヤ、悪い。偉そうに提案しといて何だが、今の私さ……お金を全然持ってなかったのを忘れてたぜ」
「……!あぁ、そういう事なら何の問題もありませんわ」
 申し訳なさそうに言う魔理沙の言葉に王女様はパッと顔を輝かせると、懐から掌よりやや大きめの革袋を取り出して見せた。
 突然取り出した革袋を見てそれが何だと聞く前に、アンリエッタは彼女の前でその袋の口を縛る紐を解きながら喋っていく。

693ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:06:11 ID:EpCC/uLM
「実は私、単独行動をする前にお付きの者に何かあった時の為にとお金を用意してもらったんですよ。
 とは言っても、ほんの路銀程度にしかなりませんが……でも、あそこの屋台のお料理や飲み物なら最低限買えるだけの額はあると思うわ」
 
 そう喋りながらアンリエッタは紐を解いた袋の口を開き、中にギッシリと入っているエキュー金貨を魔理沙に見せつける。
 何ら一切の悪意を感じないお姫様の笑顔の下に、一文無しな自分をあざ笑うかのように黄金の輝きを放つエキュー金貨たち。
 てっきり銀貨や銅貨ばかりだと思っていた魔理沙は息を呑むのも忘れて、輝きを放ち続ける金貨を凝視するほかなかった。
「……なぁ、これの何処が路銀程度なのかちょいと教えてくれないかな?」
「…………あれ?私、何か変な事言っちゃいましたか?」
 呆然としつつも、何とか口にできた魔理沙の言葉にアンリエッタは笑顔のまま首を傾げる他なかった。
 やはり王家とかの人間は庶民とは金銭感覚が大きく違うのだと、霧雨魔理沙はこの世界にきて初めて実感する事ができた。

 ひとまず代金を確保する事ができたので、魔理沙はアンリエッタを伴って屋台を巡ってみる事にする。
 食べ物と飲み物の屋台はそれぞれ二つずつの計四つであったが、それぞれのメニューは豊富だ。
 最初の屋台は肉料理系の屋台で、いかにも屋台モノの食べやすい料理が一通り揃っており、香ばしい匂いが鼻をくすぐってくる。
 スペアリブや鶏もも肉のローストはもちろんの事、何故かおまけと言わんばかりにタニアマスの塩焼きまで並んでいる。
 もう一つはそんなガッツリ系と対をなすデザート系で、今の季節にピッタリの冷たいデザートを売っているようだ。
 今平民や少女貴族たちの間で流行っているというジェラートの他にも、キンキンに冷やした果物も売りの商品らしい。
 横ではその果物を冷やしているであろう下級貴族が冷やしたてだよぉー!と声を張り上げている姿は何故か哀愁漂うが印象的でもある。
 下手な魔法は使えるが碌な学歴が無い彼らにとって、こういう時こそが一番の稼ぎ時なのであった。

「さてと、メインとなるとこの屋台しか無いが、うぅむ……どのメニューも目移りするぜ」
「た、確かに……私も見たことのないような名前の料理がこんなにあるなんて……むむむ」
 すっかり王女様に奢られる気満々の魔理沙は、アンリエッタと共に屋台の横にあるメニューを凝視している。
一応メニューの横にはその名前の料理のイラストが小さく描かれており、文字が分からなくてもある程度分かるようになっている。
 無論アンリエッタは文字の方を見て、魔理沙はイラストと文字を交互に見比べながらどれにしようか悩んでいた。
 屋台の店主とバイトであろうエプロン姿の男女はそんな二人の姿を見て微笑みながら、その様子をうかがっている。
 
 それから数分と経たぬ内、先に声を上げたのは文字を見ていたアンリエッタであった。
「私はとりあえず……この料理にしますが、マリサさんはどうしますか?」
 彼女はメニュー表に書かれた「羊肉と麦のリゾット」を指で差しつつ、目を細める魔理沙へと聞く。
 そんな彼女に対して普通の魔法使いも大体決めたようで、同じようにメニューの一つを指さして見せる。
「んぅ〜そうだなぁ、大体どんな料理なのかは絵を見れば察しはつくが……ま、コレにしとくか」
 そう言って彼女が選んだメニューは真ん中の方に書かれた「冷製パスタ 鴨肉の薄切りローストにレモン&ソルトペッパーソースを和えて」であった。
 いかにも屋台向けな料理の中でイラストの方で異彩を放っていたからであろう、上手いこと彼女の目を引いたのである。
 メニューが決まれば後は注文するだけ、という事でここは魔理沙が鉄板でソーセージを焼いていた男にメニューを指さしながら注文を取った。


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