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避難用作品投下スレ5
1
:
管理人★
:2009/05/28(木) 12:49:59 ID:???0
葉鍵ロワイアル3の作品投下スレッドです。
799
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:25:21 ID:NGfemGc.0
あれさえやっつければ。『彼』だってきっと戻ってきてくれる。
だが、『魔物』は強大だった。あれだけ懸命に戦ったのに、傷一つついていなかった。
自分一人ではどうにもならないくらいの実力差があった。
――ならば、倒すまで鍛えればいい。
薙ぎ払い、打ち倒し、その存在を抹消できるまでに己を高めればいい。
今はまだ敵わなくとも、いずれ絶対倒してみせる。
守れないのではない。守ろうともしない諦め、無関心こそが悪い結果を引き起こすのだと断じて、舞は戦おうと決めた。
即ち、自分たちをどうしても理解しようとしないモノと。『魔物』と。
「嘘を嘘で塗り固めたのは、あなた」
幼い自分の声が聞こえた。
淡々としていても、明らかに自分を責める調子があった。
「諦められないって言いながら、実際はその場しのぎの嘘をついて、上手く行かなかったからって現実にしようとしたのがあなた」
「そんな自分に疑問も持たず、子供のころの思い付きを頑なに信じて変わることすらしなくなったのがあなた」
「そうして何かあれば自分さえ傷つけばいいと思うようになって、自分を傷つけるのは魔物だからとしか考えなくなったのがあなた」
「結局のところ、あなたはそんなのだから一人なの。いくら経っても、全然成長なんてしてない」
重ねられる言葉に、舞は反論することが出来なかった。
確かに、そうだ。あの日から、些細な嘘を真実だと思い込み、
ありもしない『魔物』を退治しようと躍起になっていた自分は愚か以外の何物でもない。
明日はきっと良くなる。『彼』の語ろうとしていたことの本質も捉えず、
思考を停止させて盲目的に『魔物を倒す』以外の目的を持てなくなってしまった哀れな女。
それが川澄舞という人間の生きてきた、無駄とも言える半生だ。
800
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:25:37 ID:NGfemGc.0
「今度だってそう」
「逃げて、逃げて、逃げた末に、あなたは国崎往人に居場所を求めた」
「守る人がいなくなったから。自分に罪を与えるための依代として」
そうなのかもしれない、と舞は思った。
好きになったのも、一緒にいたいと思ったのも、結局は自分に罰を与えるため。
嘘をつき、拠り所を失った女が新たに求めた依存先。
川澄舞は、嘘つきの悪い子で、
約束も果たせない悪い子で、
なにひとつ守れない、弱すぎる女だ。
そんな自分が生きていてはいけない。
だから己を傷つけることで罪を清算しようとした。
ただの自己満足なのだと、分かっていたにも関わらず。
「分かった? どこまで行っても、あなたは一人なの。それが『力』の代償なんだから」
目の前の幼い少女は自分であり、かつて嘘をついた結果生まれた魔物だ。
一見何の悪意もなさそうな、屈託のない笑みが舞へと向けられた。
しかし、舞は知っている。
この笑みは、自分を慰めるためだけの笑み。
何かあれば自分を傷つけることで己を満足させてきた、手前勝手な笑みだ。
疑いようもない我が身の姿だ。
だが認める一方で、これは過去でしかないと、胸の奥底で語りかける自分がいた。
801
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:25:56 ID:NGfemGc.0
「分かったなら、もう一度力を貸してあげる。あなたの望むことを現実にする力。
でも代わりに、またあなたは一人になる。誰からも認められず、理解もされない。
あなたが生きてゆくのは一人ぼっちの世界――」
「――それは、違う」
沸き立つ気持ちに押し出された言葉は、湿った空気を吹き散らして少女へと届けられた。
途中で遮られ、呆気に取られた表情で見てくる少女に、舞は強い確信を含んだ視線を返した。
込み上げてくる熱が抑えられない。冷静でありながら、熱くなってゆく自分を感じる。
今の自分を、過去の己に示すために、舞ははっきりと口に出して伝えた。
「私は、一人じゃない」
口に出す間際、強く吹いた風にもかき消されることはなく、言葉が世界を震わせた。
確かに、様々な間違いを犯してきた。
けれどもやり直してゆこうという意志もまた、今の自分にはある。
今はまだ間違っていても明日という一日で少しは良くなるかもしれないから。
一日で無理なら、さらに時間をかけてでも良くしてゆこうという気持ちが、自分にはある。
理解してくれる人がいるから。一緒に逃げてやってもいいと言ってくれた人がいるから。
同じ湯船に浸かったときの温もり。少しごつごつしていて、けれども確かな暖かさがあった人の温もりが自分にはある。
だから一人じゃない。生身の自分を受け入れてくれた人がいるから、もう諦めない。
「私は、信じてる。
どんなに儚くても、遠い道のりでも、
気持ちの持ちようひとつで明日を変えてゆける可能性があるんだってこと。
今度こそ言い訳はしない。それが大人になるってことで、昔の私への責任の取り方だって思ってるから。
だから――あなたも見守って欲しい。私の、人生を」
802
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:26:15 ID:NGfemGc.0
最後に語ったのは拒絶ではなく、受け入れる意志だった。
否定などしない。出来るはずがない。間違いを犯してきた自分も、大切な自分の一部だと分かっているからだ。
受け入れてみせると言い切る舞の凛とした視線を受け止めた少女は、やがて仕方がないという風に苦笑を刻んだ。
何の含みもない、もうこうなってはどうする術もないというある種の諦めだった。
「『力』のことも話さなきゃいけない。この時点で、あなたは拒絶される可能性がある」
「その時は、その時。……私、少しは諦めが悪くなったから」
「……強くなったんだね、あなたは」
「好きな人が、できたから」
言ってしまったところで、恥ずかしい台詞なのかもしれないと思ったが、どうせ自分に対してだ。何も憚ることはない。
少女が白い歯を見せた。舞も頬を緩めた。
お互いがお互いを受け入れ、何年と溜まっていたしこりの全てを洗い流した瞬間だった。
「じゃあ、助けなきゃね。その、好きな人」
「うん、助ける。だから……力を貸して」
「分かってる。目を閉じて。わたしの声に、応えて」
舞は目を閉じた。
穏やかに流れる風の声。稲穂のざわめき。
握られる舞の手。てのひらから伝わってくるのは、やさしい温もり。
――もういいかい?
世界が、終わる。
――もう、いいよ。
803
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:26:32 ID:NGfemGc.0
* * *
どうしたらいい。
繰り出されるアハトノインの剣戟を頼りないナイフで受け止める往人の頭にあったのはその一語だった。
舞が死んだという絶望でもなく、命の危機に対しての焦りでもない。
ただどうしたらいいという言葉のみが支配し、一切の思考を奪っていた。
たったひとつのカラクリも見抜けなかったばかりに。
しかも全く予測できなかった事項であり、理不尽だという言葉すら浮かび上がる。
最初からこうなる運命だったのだろうか。
ナイフの一本を叩き折られる。元々が投げナイフであり、打ち合うことを想定していない武器なのだから当然だった。
柄だけになったナイフを投げ捨て、次のナイフで斬撃を受け流す。
一体どこにこんな力が残っているのかと我ながらに感心する。
生きるために戦ってきた、この島での習い性がそうさせているのだとしたら全く大したものだと思う。
何も考えられなくても、体は勝手に生きようとする。最後まで諦めまいとする。
厄介なものだと呆れる一方で、ここまで生に執着していただろうかと自らの変化にも驚いている。
当てなんてない人生だった。
曖昧な目的のために年月を過ごし、その日の日銭にも困るような時間の連続。
生き甲斐なんてなかった。命を懸けられるようななにかもなかった。
ふらふらとさまよい続け、自分の代で法術も途絶えてしまうのだろうというぼんやりとした意識だけがあった。
挙句、いつの間にか手にしていた大切なものでさえ気付かないままに過ごしていた。
国崎往人の人生は、無意識のうちに積み上げては崩し、積み上げては崩してきた、無駄の連続だった。
食い潰してきたと言ってもいい。
この島の、殺し合いに参加させられた人間の中でどれだけの生きる価値があったのだろう。
自分などよりももっと有意義に生きてきた人間などたくさんいるはずだった。
なのに自分は生きている。
佳乃を犠牲にし、美凪を犠牲にし、観鈴を犠牲にし、様々な人の死の上に、そして舞の屍の上に、自分は成り立っている。
それだけの価値がある人間なのだろうか。
どうして、自分が先に死なないのだろうか。
804
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:26:49 ID:NGfemGc.0
ナイフの二本目が叩き折られる。正確には、折られた瞬間ナイフが弾き飛ばされた。
踏み込んできたアハトノインの突きを紙一重で避け、足で蹴り飛ばす。
三本目を取り出しつつ距離を取る。残りはこれを含めて、二本。銃を構えさせてくれる隙があるとは思えなかった。
明らかな劣勢。銃撃された部分の痛みは増し、熱を帯び、体から力を奪ってゆく。
徐々に死へと追い込まれていっている。なのに抵抗しようとする体。
生きることにこんなにも疑問を持っているにも関わらず、だ。
蹴り飛ばされ、転がっていたアハトノインが復帰し、さらに斬りかかってくる。
袈裟の一撃を、往人は死角に回り込むようにして回避する。
曲がりなりにも戦えているのは、顔の半分を破壊され、視界が激減したアハトノインであるからなのかもしれない。
往人から一撃を叩き込もうと試みたが、所詮は投げナイフだった。
刺す以前に繰り出された後ろ回し蹴りのカウンターを貰い、無様に地面に転がる。
ナイフはどこかに飛び、転がった拍子にいくつかの武器が零れ落ちた。
確認する。手持ちはナイフ一本と、最も役に立たない拳銃であろう、フェイファーツェリスカだった。
反動の大きすぎるこの銃は片手では撃ちようがない。鈍器としての用法しか見い出せないくらい役立たずの代物だ。
最悪の状況だった。出血は大して酷くはない。血が足りず、目が眩んでいることもない。
それどころか、まだまだ戦えると言っているように、臓腑の全てが脈動し、全身の隅々にまで力を行き渡らせている。
単純な一対一では絶対アハトノインには敵わないというのに。
分かりきっている理性に反発するように、右手が素早く動いてナイフを取り出す。左手で反吐を拭う。
足に力が入り、すっくと立ち上がる。ただの本能で行っているにしては、随分と整然とした行動だった。
生きろと体が命じているのではなく、自らがそうしたいと言っているかのような挙動だった。
俺は、生きたいのか? この期に及んで?
全く自分勝手だと思ったが、間違いなく自らの内に潜む意志はそうしたいと告げている。
寧ろ、自らの人生に疑問を抱いていることこそが偽物のようにさえ思える。
今まではロクなことをしてこなかった人生。時間を食い潰すだけの人生を送っていたはずの自分が、なぜ……
805
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:27:07 ID:NGfemGc.0
「……ああ、そういうことか」
ふと一つの考えを発見した往人は、素直にその考えに納得していた。
今までは、今まででしかない。
現在を生きる自分は違う。
生き甲斐を考え、命を懸けられるものを見つけ出すことが出来るようになった、人並みの人間だ。
だから生きていられる。生きようとする。
価値のない人間なんかじゃない。
自分自身が認め、認めてくれる誰かがいたからこそ、往人は自身の考えを肯定することができた。
もっとも、一番理解してくれていたひとは既にここにはいないのだが……
それでも確かにいたのだという事実を、知っているから。
「諦められないよな」
ナイフを構え、来いというように眼前のアハトノインを睨みつける。
元来目つきの悪い自分のことだ、さぞ怖い顔になっているだろうと往人は内心で苦笑した。
とはいっても目の前のロボットに、こんなものは通用しないだろうが。
往人はコンテナを背にするようにじりじりと下がる。
普通の攻撃が通じない以上、直接頭の中にナイフを突き刺すくらいしか対処法が思い浮かばない。
だが回避するだけの立ち回りではとてもではないがそんな隙など見当たらない。
そこで考え付いたのが、刀をコンテナに引っ掛けるという方法だった。
突きを繰り出させ、コンテナで弾いたところに必殺の一撃を叩き込む。
子供でも引っかかりそうにない単純すぎる方法であるうえ、そもそもそれだけの隙があるのかとも思ったが、
さして頭の良くない往人にはこんな策しか思いつかないのが現状だった。
それでも、やらないよりはやる方がいい。
どんなに少ない可能性でも追っていけるのが自分達、人間なのだから。
806
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:27:27 ID:NGfemGc.0
「来いよ」
挑発するように投げかけた言葉。それに応じるようにアハトノインが突進してくる。
グルカ刀を真っ直ぐに構えた、突きの体勢だ。
いける。そう判断した往人はギリギリまで引き付けるべく腰を落とす。
距離は瞬く間に詰められる。残り三歩、二歩、一歩。
刀の射程距離に入ったと判断した往人は、全身の力を総動員して真横に飛んだ。
振ったにしろ、このまま突いたにしろ、運が良ければコンテナに刀が当たってバランスが崩れるはず……
しかし思惑通りにはいかない。真横に振られたグルカ刀はコンテナにも当たらない。
「やっぱ思い通りにはいかないな」
着地したと同時、既にアハトノインはこちらへと接近している。
まだ諦めてたまるか。
今度は回避できないと判断して、振り下ろされる刀をナイフで受け止めようとする。
だが、所詮強度では雲泥の差がある。今までがそうだったように、当たり前のようにナイフは折られた。
けれども刀自体は逸らすことができた。この僅かな隙を往人は見逃さない。
「まだだっ!」
往人の視界の隅で、ふわりとナイフが浮き上がる。
それは蹴飛ばされたときに落とした三本目のナイフだった。
浮き上がったナイフの刃がアハトノインを向き、頭部目掛けて射出されるように動いた。
法術の力。手を触れずとも動き出す、往人にだけ備わった力。
人形に複雑な動きをさせることの出来る往人に、真っ直ぐ飛ばすことなど造作もないことだった。
完全に不意をついた一撃。半ばアドリブのような戦術だったが、避けられるはずがないと確信していた。
807
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:27:47 ID:NGfemGc.0
理不尽なのはお互い様だ。くいと指を動かしたナイフは僅かに動きを変え、
アハトノインの頭部を刺し貫き、刃は首筋にまで達していた。
何が起こったのか理解できるはずもないアハトノインはビクリと体を硬直させる。
が、完全に動きが止まることはなかった。
止まったのは一瞬だけで、何事もなかったかのようにナイフを引き抜かれる。
「……マジかよ」
ナイフを投げ捨て、無駄だというように唇の端を歪めたアハトノインに、往人は慄然とする思いだった。
乾坤一擲の策。当たるだろうと思っていたし、実際見事な形で命中したのに、倒れない。
分かったのは頭部付近は弱点ではないという事実だけだった。
頭を破壊され、右手をもぎ取られ、ボロボロになった防弾コートは殆ど用を為さず、それでも死なずに立ち塞がる。
大した忠誠心だと思う一方、ここまで傷ついても馬鹿正直に殺そうとする姿は哀れなようにも思える。
何も考えず、思考を停止させてひたすらに任務をこなそうとする機械。
だがな、そんなものに負けるわけにはいかない……!
往人も不敵な笑いを返した。
積み重ねてきたものを心無い機械に壊されることほど、往人にとって屈辱的なことはなかった。
だからまだ戦う。それだけだ。
頭付近が無理ならば、別の箇所を狙えばいい。
間に合わないことを半ば理解しながらも、往人はツェリスカを取り出そうとする。
しかし、アハトノインは既にグルカ刀を持ち上げていた。
後は振り下ろされるだけ。天高く掲げられた刃は、裁きを下すギロチン。
完全なる死刑宣告だったが、素直に受け入れるほど往人は諦めが良くなかった。
そうだろ、舞?
808
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:28:05 ID:NGfemGc.0
今はいない、最愛の人の名を呼ぼうとして、だがそれが果たされることはなかった。
突如現れた『何か』にアハトノインが吹き飛ばされる光景を目にしたからだった。
ゆらりと、陽炎のように蠢く『何か』は、吹き飛ばされ、どうなったのかも理解していないアハトノインに向かって突進する。
正体不明のものに殴られ、混乱の極地にあったアハトノインは防御すらしなかった。
『何か』の突進をモロに受け、今度はコンテナへと吹き飛ばされる。
打撃ゆえに致命傷にはなっていないようだったが、理解不能な状況にアハトノインは対処する術を持てない。
それはそうだろう。何せ彼女はロボットでしかないのだから。
けれども殴られ続ける不利は不味いと判断したらしく、撤退の道を選ぼうと身を翻したアハトノインを、
往人がそのままにしておくはずはなかった。
「……チェックメイトだ」
今度は法術の力をツェリスカのトリガーに込める。同時に反動を抑えるための力も法術で補う。
片手で撃てないのなら、こうすればいい。
ほぼ無反動のまま、ツェリスカから銃弾が吐き出される。
象をも一撃で殺害する威力のあるツェリスカの弾丸を、人間型であるアハトノインが受け止められる道理はなく、
腹部に命中した結果、凄まじい力が胴体を引き千切り、防弾コートごと破壊した。
バラバラと零れ落ちる機械の破片を眺めながら、往人は終わったという感想を抱いた。
それで安堵してしまったのか、体からは力が抜け、ぺたんと情けなく地面に座り込んでしまう。
傷口が今更のように痛み出し、往人はやれやれと顔をしかめつつも笑った。
「お疲れ様、往人」
「……生きてたんだな」
笑ったのには他にも理由があった。
舞は生きていた。いつの間にやってきたのか、座ったままの往人を穏やかな表情で見下ろしている。
809
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:28:20 ID:NGfemGc.0
「いけない?」
「いや全然。……嬉しいさ」
普段なら口に出さないようなことまで言ってしまうのは、やはり彼女が大切な人であるから、なのだろう。
生きていて良かった。その思いが体の芯から込み上げ、無性に彼女が愛おしくなった。
「怪我は平気か?」
「大丈夫。そういう力が、私にはあるから」
「力?」
「明確には言えないけど……」
舞は銃撃された部分を指でなぞった。
傷口があったであろうその場所からは、一滴の血も流れ出ていない。
力、と舞は言った。その正体は分からないが、自分と同じようなものなのだろうと往人は納得した。
「ってことは、さっきのアレも舞か」
「……驚いた?」
「少しは」
「怖くない?」
「全然」
だって俺はこんな力があるんだぞ。そう言って、いつもの法術で壊れたナイフの柄を動かしてみせると、
そうだったと舞は微笑んだ。傷を治す力かなにかは知らないが、別にあったとしても驚かない。
今まで出ることがなかったのは、恐らく今の舞の清々とした表情にも関係あるのだろうと当たりをつける。
きっと、何かがあった。それだけ分かれば十分だと往人は結論した。
今までのことは、後々にでも聞けばいい。
この瞬間は、二人とも生きていたことを喜びたかった。
810
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:28:34 ID:NGfemGc.0
「舞」
「ん?」
「キスしてもいいか」
「……え?」
何を言われたのか分かっていないような顔に、可笑しさ半分愛おしさ半分の気持ちだった。
首を少し傾げる姿が、可愛い。
理由というほどのものはない。強いて言うなら、その存在を生身で確かめたいという思いがあったからだった。
湯船で感じた、柔らかな背中の感触を思い出したかったからというのもあった。
「……別に、構わない」
尻すぼみになってゆく声と、不自然に逸らされる目線。
頬に少し赤みがかかっているのは、恐らくは照れている証拠だろう。
自分はどうなのだろうとも思ったが、舞に聞くのも野暮でしかなく、往人は舞いにしゃがむよう促した。
ん、と素直に応じて、互いに見詰め合うような格好になる。
そういえばキスはどのようにやるのだったか、と今更のように往人は思ったが、尋ねる無神経さは流石にない。
舞も舞で、戸惑いと期待を含めた目で往人を見ている。
このままでは動きそうもないと判断して、こうなれば下手でも構うものかと、舞を抱き寄せる形で唇を重ねた。
何の変哲もない、唇を合わせただけの、初々しすぎるキス。
それでもお互いの体から、重ね合わせた部分から、暖かさが伝わってくる。
この暖かさがあるから、自分達はより良くなることを目指してゆけるのだろう。
そう結論して、往人は今しばらく、この時間に身を預けることを決めた。
811
:
エルサレムⅤ [少女の檻]
:2010/05/23(日) 18:28:52 ID:NGfemGc.0
舞、往人
装備:P−90、SPAS12、ガバメントカスタム、ツェリスカ、ツェリスカ弾×4、ショットシェル弾×10、38口径ホローポイント弾×11、38口径弾×10、日本刀
川澄舞
【状態:往人に付き従って行動。『力』がある程度制御できるように】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】
国崎往人
【所持品:スペツナズナイフの柄】
【状況:舞と一緒に、どこまでも】
【その他:左腕に文字を刻んだ。舞に対して親近感を抱いている】
→B-10
812
:
POP STEP GIRL
:2010/07/11(日) 22:02:56 ID:MH5vuqA20
狭いダクトの中を這いながら進む、朝霧麻亜子の速度は鈍かった。
ずっと考え事をしているせいだった。
自分は何のためにここにいて、何をしたらいいのか。
脱出のために、生きて帰るためになどという、そんな当たり前のことではなく、もっと根本的ななにか。
これから先、未来永劫自分を支えていく根源的ななにかを探そうとしていた。
あたしは。
今までずっと、その場その場の対処しかしてこなかった。
その瞬間にやることを分かってはいた。だから、ヘマを踏むことは少なかった。
だがそれだけだった。後輩を失ってから先、麻亜子は『そのためだけに』出来るものを探さなかった。
本能的に拒否していたのかもしれない。きっとそれは、怖かったから。
二度まで手放してしまうのが怖くて、喪失の痛みが怖いと感じていたから。
自分勝手な、朝霧麻亜子という女は、いつかなくなってしまうことを恐れていた。
それこそ叶わない願いだというのに。自分がここという世界に生きている限り、なくならないものはないのに。
いやだからこそなのかもしれない。拒否するあまりに、いつかはなくなると分かりきっていたからこそ、
失うものは自分だけでいいという結論に至ったのかもしれない。
……でも、それじゃダメなんだ。
芳野祐介の言葉、藤林杏の後姿を思い出しながら、麻亜子は己の恐怖と向き合った。
自分だけでいて、満たされるわけはない。それではあまりにも寂しすぎる。
無言の信頼であってもいい、単なる気遣いでもいい。
無条件に誰かに背中を預けられるものひとつあるだけで、人は真の充足を得られる。
芳野が逃がしてくれたのは、杏が逃がしてくれたのは、麻亜子にその機会を与えようとしてくれようとしたからなのだろう。
寂しいままに、義務感に駆られて死んでしまうのを見たくはない、それだけの理由で。
813
:
POP STEP GIRL
:2010/07/11(日) 22:03:23 ID:MH5vuqA20
あたしは。
恐ればかりの心の中。
間違ったことばかりしてきた自分がいてもいいのかという恐れ。
再び喪失を迎えたとき、まともでいられるのかという恐れ。
こんな卑小な自分を受け止めてくれるだけのひとがいるのかという恐れ。
誰にも、何もしてやれないのではないかという恐れ。
怖い。あまりに怖く、躊躇ってしまう。
どうやってみんなは、この怖さを乗り越えてきたのだろう。
踏み出せないままに疑問だけが募る。
どうやれば自分は、人は。
強さを手にいられるのだろうか。
あたしは。
ダクトから抜け出た先では、先行していた伊吹風子が待っていた。
間を持て余していたのだろう。青く光る、綺麗な宝石を手で弄びながら小さく立ち尽くしていた。
出てきた麻亜子に気付き、いつもの顔が無言で持ち上げられた。
「ごめん、待たせた」
「遅すぎです」
宝石をしまいながら、風子は麻亜子の横に並んだ。
その顔色に変化はない。少し固い、幼さの中に生硬い色を残した瞳がある。
あの会話の一部始終は聞いていたのだろうか。
いやあれだけ大声でやりとりしていたのだ、聞こえないはずはなかった。
半ば、風子の家族を見捨てた形の自分。どう、思われているのだろうか。
聞こうにも、麻亜子は聞く術を持たなかった。
いつもの茶化した聞き方ができないことがひとつ、そして風子に詰られるのではないかと思ったのがひとつだった。
だから麻亜子は、今まで自分がやってきた通りの『その場の対処』しか話題に出せなかった。
「これから、どうする?」
「どうするもこうするも……爆弾の回収が先だと思います。一旦下に降りて、エレベータのところまで行きましょう」
814
:
POP STEP GIRL
:2010/07/11(日) 22:03:43 ID:MH5vuqA20
風子にしては珍しくまともな意見だったが、それに冗談を言える空気ではなかった。
ああ、うん、と頷いて、階段を探すために麻亜子と風子は歩き始めた。
「……えらく素直ですね。いつもの調子はどこに行ったんですか」
「……そんなの、言えるような状況じゃないだろ」
空気の違いを察したからこそなのか風子は尋ねる声を出してきたが、麻亜子は突っぱねる返事しかできなかった。
自分の中に根付いてしまった恐れがそうさせてしまった。
嫌で、嫌で、仕方ないのに。
「別に、いいんです。ユウスケさんはそういう人だって分かってましたから」
特に気にすることもないような調子で、風子は言った。
二人が別れる際の会話が思い出される。
ただ一言の、しかしお互いを分かりきった会話。
あんな言葉でしかなくても、それぞれに納得できている。
だからこそ風子はこう言ったのかもしれなかった。
「昨日ですね、ユウスケさんと、色々話したんです」
「いつ?」
「大体……ええ、風子がお風呂から上がってすぐくらいです」
麻亜子が湯船に浸かっていた時間帯だった。
朝にはいつの間にか隣で寝ていて驚いたものだったが、そんなことをしていたのか。
「将来のこととか、何をやってみたいかとか、そういうことです」
「チビ助、そういうのあるんだ」
「チビ助じゃないです。……それで、ユウスケさんは応援してくれるって言ってくれました」
「芳野のお兄さんは……どうするって言ってたの?」
「歌だけはない、って言ってたくらいでした。何も考えてないんです、あの人は」
815
:
POP STEP GIRL
:2010/07/11(日) 22:04:06 ID:MH5vuqA20
呆れもなく、失望もなく、ただそのような人間だと受け止めた声だった。
「だから思いつきで何でもやるんだろうな、って思いました。今さっきだってそうです」
「あれは……でも、あれは」
「カッコつけなんです。男の意地ってやつだったんでしょう。風子には全然分かりません」
悪し様に言っているのではなかったが、どこか愚痴をこぼすような口調に、麻亜子は戸惑うしかなかった。
大人としての生き方を貫いた芳野。機会を与えてくれた芳野。
竦んでいることしかできない自分には大きすぎる存在だと思っていたのに、風子はまるで同等の存在のように言っていた。
家族だから、なのだろうか。
言葉のない麻亜子に構わず、風子は淡々と続ける。
「でもいいんです。それでいいんです。ユウスケさんは、それで良かったんです」
淡々としながらも、風子の口調は震えていた。それでも泣いてはいなかった。
風子の中でも整理がつけられないのかもしれない。
麻亜子に吐き出すことで整理しようとしているのかもしれなかった。
「別に、風子がどう思おうが、他の誰かがどう思おうがいいんです。
ひとは、そのひとらしくいればいいと思うんです。
無理に正しいことをしようとしなくても、いいと思うんです」
「そのひとらしく……」
「風子の周りのひと、みんなそうです。岡崎さんも、笹森さんも、十波さんも、みんな自分勝手でした。
こっちがどう思うかなんて少しくらい考えるだけで、自分が満足するように生きる。
でもそれは間違ってなんかないです。そうするべきです。風子もそうしてます。いえ、そうするようにしました。
それで、ありのままの自分を見てもらって、信じてもらうんです。
いいも悪いもなくて、こんな風子なんだって信じてもらって」
816
:
POP STEP GIRL
:2010/07/11(日) 22:04:27 ID:MH5vuqA20
風子はそこで一度言葉を切り、麻亜子へと向き直った。
変わることのない、愚直でもあり純真でもある瞳に見据えられ、一瞬息が詰まりそうになる。
「まーりゃんさんは、風子はどんなだって思ってます?」
「……それは」
麻亜子の知っている風子。
なにかとつまらないことで喧嘩をし、じゃれ合い、他より年上なのに揃って子供染みたことばかり繰り返している。
馬鹿馬鹿しくて、下らなくて、ふざけている。
あたしは。
でも、楽しかった。
「チビのくせに大人ぶって、のーてんきなアホで、あたしに突っかかってばかりの……いい友達だと、思ってる」
「その言葉、そっくりお返しします。チビで目立ちたがりでアホみたいなテンションのまーりゃんさん」
麻亜子も、風子も一斉に笑った。
お互いに同じことを考えていた可笑しさと、ようやく素直に言葉を交し合えたことへの嬉しさ。
それらがない交ぜとなって笑いを呼び起こしたのだった。
何も考えずに、無条件で自分を見せられる心地良さがあった。
あたしは。
誤魔化してなんかいなかったのかもしれない。
馬鹿なことをしていたのは、逃げなどではなかった。
本当に楽しいと思っていたからやっていただけだった。
自分でやっていたくせに、何故そんなことにも気付けなかったのだろう。
それくらい自分を見ようとしてこなかったということなのかもしれない。
817
:
POP STEP GIRL
:2010/07/11(日) 22:04:48 ID:MH5vuqA20
「そうです。どーせ今の風子はそんなもんです。でもいいじゃないですか、楽しいんですから」
「……そうだね、それが一番」
自分らしく。
どんなものかさえ分かっておらず、輪郭もあやふやだと思っていたのに、
こうして会話ひとつ交わしただけで実体を伴って自分の中に染み込んでくる。
友達とは、こういうものだった。
失ってしまうもの、いつかなくなってしまうというイメージが大きくなりすぎていて、
その本当の意味を忘れてしまっていた。
ようやく笑いも収まってきた麻亜子はひとつ息をつき、ようやく見えた階段の先を眺めた。
照明も暗い鉄製の階段はどこまでも伸びているようで、先の長さも分からない。
「ね、チビ助」
「チビ助言わんといてください」
「あたし、もっと色々な人と知り合うよ」
「無視ですか。まあいいです」
「そんで仲良くなってさ、あたしが必要だって、そう言わせてみたい」
誰かに己を必要としてもらう。
芳野が風子に無言の信頼を預けたように、自分もその存在を見つける。
芳野だけではない。河野貴明が久寿川ささらと共にいたように、ささらが貴明といたように、
誰もが芳野と同じことをしている。
あたしは。
人が人を想う環に加わり、連綿と続く命のひとしずくになる。
有り体に言えば恋愛や結婚。それだけの話だったが、麻亜子なりに考えた『救済』はこんな結論だった。
818
:
POP STEP GIRL
:2010/07/11(日) 22:05:14 ID:MH5vuqA20
「そうですか。まあ、風子は今のところ勉強しか考えてないので、おバカに付き合うのは今日までの予定です」
「いやお笑い芸人じゃなくってだな」
「えっ」
「本気で驚いた顔すんなっ! 声優になりたいんじゃあたしはー!」
「へー」
「冷めた反応しないでよ!? もっとこう夢のある話だとかキャーマーサーンとか黄色い悲鳴上げてくれたっていいと思うよ」
「頑張ってください」
風子のそっけない言葉に愕然とする思いだったが、元々こういう人間なのだったと結論した麻亜子は溜息をひとつ残して会話を止めた。
全く、最後の最後までペースを握らせてくれない、天敵のような女だった。
「ところで声優ってなんですか」
「知らなかっただけかいっ!」
階段を下りつつ、ハイテンションとマイペースの混ざり合った奇妙な会話が繰り広げられる。
いつも、でいられる瞬間。こうした時の、一瞬一瞬の時間で自分は、自分達は救われているのかもしれない。
そんなことを麻亜子は思った。
「で、なんなんです声優って」
「えー、あー、それは……アテレコする人」
「アテレコ? 何か収録するんですか」
「……微妙に認識が違ってるのは気のせいじゃないって思うね。
まあ間違っちゃいないよ。アニメとか、洋画の吹き替えなんかをしたりするのさ」
「あー、あれですね。なるほど分かりました。中の人になるんですね」
「チビ助の言葉選びは一々エキセントリックだって思うよ」
「お前が言うなと返事しておきます」
エレベータのパネルは、確かこのあたりで止まるような設定だったか。
目的のフロアを見つけ、エレベータへと急ぐ。
一応爆弾の回収という目的を背負っている以上、行動は迅速にするべしという共通の見解が二人にはあった。
それともう一つ。
二人の、芳野と杏の安否が気になっていたからというのもあった。
無事に逃げられたのだろうか。
それとも宣言通り、アハトノインを見事に打ち倒してくれたのだろうか。
819
:
POP STEP GIRL
:2010/07/11(日) 22:05:54 ID:MH5vuqA20
二人は。
二人は――
「……」
「……」
降りきった大型エレベータの端。
柵に寄りかかるようにして、二人は眠っていた。
気色は最悪だったが、随分と形の良い顔色だった。
とても楽しそうで、とても穏やかで、羨ましいという感想さえ浮かんだ。
二人が戦っていたであろう機械の姿はなかった。
ただパーツの欠片がそこら中に転がっていたことから少なくとも無事ではないのは明らかだった。
いや、トドメをきっちりと刺したのだろうと、自信を持って思うことができる。
そうでなければ……こんな充足した、満たされた顔でいるわけがない。
「預かりに、来ました。二人とも」
風子は静かにそう言い、エレベータの端に鎮座していた爆弾の載った台車へと進んでゆく。
麻亜子は使える武器はないかと持ち物を検分してみたが、使えそうなものはなかった。
文字通りの総力戦だったのだろう。
ねえ。
あたしは。
820
:
POP STEP GIRL
:2010/07/11(日) 22:06:12 ID:MH5vuqA20
目を閉じたまま眠っている二人の姿を眺めながら、その先にいる懐かしい親友二人の姿を眺めながら。
にっと口をいっぱいに広げた爽やかな笑みを浮かべながら。
行ってくるぞ、諸君!
あたしは、ここから……卒業するっ!
ぐっ、と親指を突き出して麻亜子は誓った。
それが彼女の卒業式だった。
821
:
POP STEP GIRL
:2010/07/11(日) 22:06:32 ID:MH5vuqA20
麻亜子、風子
装備:デザートイーグル50AE、イングラム、SMGⅡ、サブマシンガンカートリッジ×3、S&W M29 5/6、SIG(P232)残弾数(2/7)、二連式デリンジャー(残弾1発)、ボウガン、宝石、三角帽子
朝霧麻亜子
【状態:なりたい自分になる】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】
伊吹風子
【状態:泣かない。みんなで帰りたい】
→B-10
822
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:32:28 ID:Ckv4lVpo0
ようお前ら久しぶりだな。
こうして話すのも中々に久しぶりな気がする高槻だぞー。
最終決戦……というといかにも重々しい響きだが、まあ実際のところはスタコラサッサと逃げ出す脱出行なわけだ。
というのも、まあ俺らの装備が貧弱すぎることが原因なんだけどな。
本当はなーなんだっけ、名前は忘れたがあの憎たらしい野郎に鉛玉をありったけブチこんで正義は勝つ!
みたいな締め括りにできれば一番なんだろうけどさ、そいつはお預けだ。
似合うとか、似合わないとか、そういう権利があるとかないとかそういう話じゃなくて、
ただ単に戦力が足りないってのがなんともまあ情けないところだ。
けどよ、まあ、そんなもんなんだろう。
綺麗さっぱりなハッピーエンドなんて誰もが期待しちゃいないし、そんな甘い希望が現実になるだなんて信じてもいない。
俺が、俺達が信じていることはもうたったの一つしかない。
生きて帰って、自分たちだけの、自分たちだけが掴むべき未来ってやつを目指す。
他の誰でもない、自分だけが考えた未来だ。
地獄から戻れた報酬にしては安すぎる報酬なのかもしれないけどな。
まあ価値なんて人それぞれだ。
俺か? 俺の価値は……そうだな、クズくらいの価値はあるかもな。
「随分降りてきましたね」
ゆめみが階層を表示したパネルを見上げながら言う。
大型エレベーターを利用して下ってきた、『高天原』の地下30階。
俺達の目的は武器弾薬の破壊だ。
要は首輪を一斉に外した混乱を狙って、強力な武器を持ち出される前に何とかしようって寸法だ。
果たしてリサっぺの目論見通り、今のところの俺達は敵に遭遇してさえいない。
無人の荒野を駆けるがごとく真っ直ぐに突き進んでこれたってわけだ。
気味が悪いくらいに順調だが、そのほうがいい。最悪に遭遇するのなんて岸田の野郎だけで十分よ。
「そろそろ……かな? 浩之」
「ああ。それっぽい感じがする」
823
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:32:51 ID:Ckv4lVpo0
壁を見やりながら藤田のあんちゃんが言う。
明らかに質感を増した、重厚な壁と床。
地上付近のそれよりも頑丈そうだ。
軍事要塞の懐に弾薬あり……山勘に近いリサっぺの指示はビンゴだったようだ。
目的の達成は近いかもしれんな。まずはここを進んでみなければわからんが。
「ぴこぴこ」
頭の上で定位置を確保しているポテトも何かしら感じるところがあるらしい。
確かに、だんだんと幅が開けてきている。つまり何か大きな部屋に通じているかもしれないということだ。
和田って奴の資料の中には『戦車』だとか『核兵器』なんて言葉もあった。
流石に核兵器に出くわしたらどうにもならんが、戦車程度ならむしろこっち側に取り込むことだった不可能じゃない。
格納庫に辿り着ければ大当たりだな。
「けど実際、破壊する言うたってどうするん? まだ何も聞いてないんやけど」
「そろそろ聞かせてくれよ、おっさん」
「おっさん言うな」
折原を思い出すじゃねえか。
「ま、手持ちだけじゃ無理だろうな」
「おい……」
「だからここから拝借するのさ」
文句の口を開きかけた藤田は、それで合点がいったようだった。
最新鋭の兵器があるなら、最新鋭の兵器で破壊してしまえばいい。
毒皿ってやつだな。使えるかどうかは……まあ、気合でなんとかしよう。
こっちには科学の粋を集めたコンパニオンロボットさんがいるんだ。なあゆめみ。
「……? どうされましたか」
824
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:33:13 ID:Ckv4lVpo0
まぁたまた謙遜なさってゆめみさん。そんな可愛らしく小首を傾げたってできるんでしょ? 俺には分かっておる。
「あの、その、ご期待には応えられないかと……一応、プラネタリウムの解説員としての機能しか……」
……だと思ってましたよ。流石にここで「なん……だと……」なんてマジレスは返さないのが今の俺。
ま、俺が担当するんだろう。一応機械弄りはやってたしな。
「待てよ、そういや妹さんよ、アンタは機械いけないクチか」
おだんご頭娘の姫百合がこちらを向く。姉がなんかウィルスだかワームだかを作ったってんで、すこーしだけ期待してみた。
「ウチはさんちゃんと違って、そういうのはからっきしや」
「まさか、機械を触っただけで壊す特殊能力の持ち主か」
「ギャルゲーのやりすぎや。そんな器用なことができてたらとっくの昔に首輪壊しとるねん」
ごもっとも。
「それに、そういうときは大抵さんちゃんはおらんかったしな」
どこか寂しそうな口調で呟く妹さん。少しはやっておけば良かったと思っているのかもしれない。
姉貴の足跡が辿れないのが、悔しいんだろう。
俺には兄弟はいないが、家族を理解したいという気持ちは分からんでもない。
分かってたつもりでも、分かってなかった。そういうとき、どうしようもなく悔しくなる。
俺は、郁乃を理解しないままに別れてしまった……
「ぴこ」
825
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:33:39 ID:Ckv4lVpo0
今のところの数少ない理解者のポテトが、俺の肩を叩いてくれる。
一方の妹さんは藤田に肩を抱かれていた。なんなんだこの差は。
俺はゆめみさんに救いの目を求めたが、にっこりと笑われるだけだった。
ああ、なんか空しい。
犬肌やロボ肌はもういいや。
できればムチムチプリンの大人の女の感触が欲しい。
「ぴこぴこー」
そんな妄想に耽っていた俺をポテトが現実に戻そうとしてくれる。
そうだ、ここは敵地のど真ん中じゃないか。
いかん、気を抜いていたらまた後悔する羽目になってしまう。
キリッと凛々しい顔を作って、俺は現実に戻る。
「って、なんじゃこりゃ」
現実復帰一言目は気の抜けたものになってしまった。
しかし許していただきたい。このようなものを目にしては呆けた声を出すしかなかったのだ。
「……標本、みてーだな」
通路を抜けた先の、開けた空間。
そこには左右の壁にみっしりと、ミツバチかなんだかの巣を想起させる、薄青色のカプセルが群生していたのだ。
透けたカプセルの向こう側では、ゆめみさんによく似た女の顔が目を閉じたままに控えている。
まさか、これは全部予備のロボットなのだろうか。
四方に並べられたそれは、軽く1000体はいると思われる。
冗談じゃない数だ。もしこいつらが一斉に起動して、襲い掛かってきたら……
背筋が震える思いを味わいながら、こいつらをどうすべきかと考える。
破壊してしまうのが一番だが、いかんせん火力が足りない。一部屋まるごと吹き飛ばせるだけの火力が欲しい。
「高槻さん」
826
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:33:57 ID:Ckv4lVpo0
考える俺の横で、カプセルに手を触れていたゆめみさんが告げる。
なんだ? まさか機能停止装置かなにかがあるとでもいうのか!
さすがゆめみさん! 俺達ができない発見を即座にやってのける! そこに痺れる憧れるゥ!
「ご期待に添えられず申し訳ありませんが、この子たちは調整中のようです」
「あ?」
どういうこったと、俺はカプセルを覗き込む。
カプセルの中にはあられもない姿のロボットがいる。くそっ、あれやあれはないのか。残念だ。
「あの、そちらではなく、こちらを」
ぐいっ、と首を修正される。こいつだんだん遠慮がなくなってきやがった。
「お? ……ああ、確かに調整中って書いてるみたいだな」
「OSも何も入っていないのかもしれません」
「ただの素体?」
「そのようです」
なんだ。ってことは今すぐ襲い掛かってくるってことじゃないのか。
どっちにしろ、起動させられたら厄介なものには違いないが。
「おっさん、どうするんだよこれ」
「だからおっさんはよせ。まあ、心配はない。今のところはな」
既に武器を構えている藤田はやる気マンマンだ。頼もしいが、もう少し我慢だ。
本当にか? と確かめる目を寄越してきやがったが、俺が『調整中』を見せると、納得の顔を見せて姫百合のところに戻っていった。
信用ねえな。ま、前もこんな感じだったから寧ろ気が楽でいいが。
俺とゆめみも二人の元へ戻りながら、これからの方針を提案する。
「さて、ここから部屋は三つに分かれてるみたいだ」
827
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:34:17 ID:Ckv4lVpo0
正方形の形状になっているこの部屋は、あくまでロボット共を保持しておくためだけの部屋のようだ。
俺達が入ってきたところも合わせると、出入り口は四つ。
仮にここをロボ軍団の待機場所とするなら、それぞれの出口には装備品が保管されている可能性は十分ありうる。
つまり、ここから先こそが本命ということだ。
「どの入り口から当たっていくかってことだが……」
「あ、発見ですっ」
明後日の方向から聞こえた第三者の声。
円形になって話し合いに夢中だった俺達は全員が全員「まずい!」と思ったに違いない。
各々の武器を手にしながら振り向き、臨戦態勢へと移る。
「わーわー待て待ちなよ! あたしらだって!」
「……あ?」
さあようやくおっ始まったかと思った矢先のことである。
俺達の動きを止めたのはある意味俺にとっては敵より忌々しい奴の声だった。
ちっ、と舌打ちしながら武器を下ろす。
まーりゃんと確か……伊吹、だったか、のチビコンビが台車をガラガラと動かしながら駆け寄ってくる。
まあ舌打ちなんてKYなことをしていたのは俺くらいのもので、他の連中は揃って嬉しそうな顔をしてやがった。
気持ちは分からんでもない。敵地で、偶然とはいえ仲間の無事を確認できたんだ。
というか、俺が嬉しくないのは完全に個人の事情なんだけどな。
まーりゃんだけは未だに気に食わない。
何が気に入らないって言われたら、そりゃまあ色々だ。
もっと何回も殴っておけばよかったと思っている俺がいて、気持ちを整理しきれていない自分に自己嫌悪さえするほどだった。
828
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:34:42 ID:Ckv4lVpo0
「よっ、ゆめみんおひさーです」
「無事で良かったです、伊吹さん」
なんか軽いノリだなこいつら。仲いいのか?
改めてじろじろ見回してみると、どうやら微妙に怪我をしているみたいだ。
そういえばこいつらは確か……
「芳野さんと杏はどうしたんだ?」
ハイタッチしてイエーイし合っている伊吹とゆめみはやり辛いと感じたのか、まーりゃんの方に話を振る藤田。
そう、あの二人がいなかった。確か一緒にいたはずだった。
聞かれることは想定していたのか、尋ねられたまーりゃんは少しだけの間を置いてから言った。
「二人とも、死んだよ」
簡潔に過ぎる一言だった。逆にそれが二人の死の重さを示しているように思う一方、全てが伝わるはずもなかった。
なんでだよ、と若干語気を荒げて言う藤田に対し、まーりゃんは冷静だった。
少なくとも、俺には冷静なように見えた。
「あのロボットと交戦して。……細かい内容まで話すと、長くなるから言わない」
或いは、言いたくないということか。普段の奴とは一線を画す物言いに、藤田も戸惑いの色を見せる。
俺もそうだった。ふざけた言動しか見てこなかっただけに違和感を覚える。
だからといって、それまで奴に積み重なってきたものが溶けるものでもなかったが。
「……ちゃんとお別れはしてきたよ。あたしらなりだけど、全力で」
829
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:35:03 ID:Ckv4lVpo0
そんな俺達の居心地の悪さを察したかのように、まーりゃんは笑った。
力のない笑みでもなければ、無理矢理作った笑みでもない。やることを済ませてきた顔だった。
ならあいつらも置き去りにされたままじゃないんだなという感想がスッと流れ込んできて、何かしら安心する気持ちが生まれていた。
そしてそんな感想を抱いたことに、俺自身驚いていた。
何故だろう。奴が笑ったのを見ただけで、心の中にたち込めた霧のようなものが晴れていったんだ。
なんだ、それ。気持ち悪い。あいつに納得させられたってのか?
もう一度眺めたまーりゃんの顔はやはり明るく、
多少の付き合いがあったはずの芳野や藤林に対する愚痴のようなものはやはり浮かばない。
あいつらはやるだけやって逝けたんだと何の抵抗もなく思うことができていた。
少しは人を認めるだけの気持ちも残っていたらしい。
芳野や藤林も、あのまーりゃんも。
ただ奴に苛立つ気持ちも一方では残っていて、言い表しようのない複雑な感情に、俺は憎まれ口で返すしかなかった。
「そりゃ良かったな」
言わなければいいのにと本心では思っていても、クズでしかなかったときの習い性がさせてしまっていた。
皮肉たっぷりの言葉とも取られかねない言いように藤田も姫百合も揃って顔をしかめる。
「そんな言い方はないだろ、おっさん」
「うるせえ。おっさんじゃない。……別に嫌味でもなんでもねえよ」
「……あんまり、波風立たせるようなこと言わんといてや。何が気にいらへんのかは分からんけど」
「ふん……」
俺も分からねえよ。
まーりゃんは何も言わない。
くそっ、ドヤ顔でもされてたほうがまだ色々整理つけられそうなのに。
なんとなく、差のようなものを感じた。俺よりも先の、前を歩かれているような感覚だった。
「まあまあ。ここはまーりゃんさんを立ち直らせた風子に免じて」
そんな俺の気持ちを読んだらしい伊吹があまりよく分からないフォローをしてくれる。
黙っていても空気が悪くなりかねなかったので乗ることにした。
せめてそれくらいしないと、格好悪いままだった。
830
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:35:29 ID:Ckv4lVpo0
「なんだ、凹んでたのか」
「実はそうでして。全く、年上のおねーさんとして恥ずかしいです」
「おい、同い年だろあたしら」
「えっ」
「えっじゃねー! 渚ちんから聞いてるだろ! 同じ卒業生の年だろー!」
「えっ!?」
「ええっ!?」
驚いたのは藤田と姫百合である。
声にこそ出さなかったものの、俺だってビックリ仰天天地鳴動空前絶後だったさ。
……こいつら、藤田と姫百合より年上だったのか……
ああ、畜生、合法ロリはいたんだな……いやそんでも未成年だけど。
「なんで驚くねんチミら」
「いや、だって……てっきり年下だと……なあ瑠璃」
「う、うん……」
「なんでさ」
まーりゃんの目がこちらを向く。ロクな回答が回ってこないと思ったらしい。
人、それを無茶振りという。
「肥後さ」
「肥後どこさ」
「熊本さ」
「熊本どこさ」
「せんばさ」
「せんば山には……なんであんたがたどこさになるのさ」
831
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:35:48 ID:Ckv4lVpo0
いいノリだ。
……なんでこんなことしてるんだ、俺は。
嫌い嫌いだとさっきまで思ってたのに。
そんなに嫌いでもなかったってことなのか、実は。
アホらしい。
「なんだよ、チビか。チビだから年下に見えたってか、ああん!?」
「ふーっ!」
何故俺に詰め寄る。
「お、落ち着いてくださいお二人とも! 女性の平均身長から考えますとお二人とも数センチほど低いだけですから!」
割って入るゆめみさんだが、フォローになってない。
「へーんだ! チビで胸がなくたって年上なのは事実だもんな! なあチビ助!」
「そうですそうです! 風子たちの方が大人です! 後チビ助言わんといてください」
意味もなく偉そうにしているチビバカ二人。
藤田と姫百合は納得のいかなさそうな顔をしているが、無理もない。俺も納得いかない。
先ほどまでギスギスして居心地が悪かったはずの空間が和やかになっているのが気に入らない。
何より、俺がそれにホッとしているのが気に入らなかった。
けれども、そう感じるのは素直になれていないだけなのだと、そう思えない自分もまた気に入らなかった。
結局何もかも気に入らないんじゃないか。
燻ったままの気持ちを抱えながら、俺は「んなことより」と逸れた話を元に戻すことにした。
お前が逸らしたんだろうがという話は聞かない。
「その台車にあるの、爆弾だろ?」
「ん、ああ、うん。どーでもよくはないけど、まあそうだね」
「丁度いい。これから必要になりそうだ」
832
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:36:14 ID:Ckv4lVpo0
台車の上にある箱型の爆弾。確か一ノ瀬と芳野が夜なべして作っていたものだ。
戦闘の余波でも食ったのか、所々汚れが見られるそれは、ある意味では芳野の魂の欠片だった。
最高の舞台だ。ここで使ってもらえてお前も光栄だろ?
「このハチの卵みたいなの吹っ飛ばすんですか?」
「俺もそう思ってた。ここで使うのか、おっさん」
「まあ待て。下手に使ったら俺らがここから出られなくなる。まずはここを調べるほうが先決だろ」
「そうですね……確か伊吹さん達が向こうから来られましたから」
実質、調べるべき箇所は二つ。加えて今の人数が六人であることを考慮すれば、かなり余裕がある。
「つまり、二手に別れて調べたらええってことやな」
察しのいい姫百合が総括してくれた。
実際どこに爆弾を使うかは、戻ってから決めればいい。
これまで敵に遭遇してこなかった関係上、それくらいの時間はあった。
「そういうことだ。で――」
「ぷひーーーーーーー!」
またしても俺の声は遮られた。
一体なんなんだ今度はと振り向いた瞬間、ぼふっとしたものが顔面に飛び込んできた。
がつんっ!
気持ちのいいストレートだった。ぐはっと呻きながら仰向けに倒れる俺。
固まっている皆の衆の顔を見る一方で獣臭い匂いを嗅ぎながら、またこんな役どころかよと心の中で吐き捨てた。
絶望のあまり気絶したかったが、そんなギャグをやっている場合ではないし、ここで気を失おうものならポテトの熱いキスが待っている。
正確には人工呼吸だが。どっちにしろ嫌だ。俺はアニマルマスターじゃない。
ぬおおおおと気合で意識が遠のいていくのを堪えながら、俺は顔面に張り付いたフットボールみたいな何かをひっぺがす。
833
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:36:34 ID:Ckv4lVpo0
「ぷひ〜……」
むんずと掴んで目の前に持ってきてみれば、それは小型のウリ坊だった。なぜこんなところに畜生が。
「ぴこぴこ、ぴこっ!」
ポテトが反応していた。なんだ、知り合いかお前ら。世界は狭い。
いや待て、どこかで見たことがあるような……忘れた。なんだっけ?
うるうるとつぶらな瞳を潤ませた畜生は息が荒かった。心なしか疲れているようにも見える。
どこからか走ってきたのか?
「おい見ろおっさん!」
だからおっさん言うな。
そう文句を垂れようとした俺の口は、開いたまま塞がらなかった。
恐らくは、畜生が走ってきた方向から現れたのだろう。
でなければこの畜生が疲労困憊している説明がつかない。
なるほどね。逃げてきたのね。やれやれ、とんでもないモン連れて来やがって……!
俺は武者震いとも慄きとも判断できない震えを感じていた。
ぞろぞろと部屋に侵入してきやがったのは、あのクソロボットだった。
それも一体や二体じゃない。大勢だ。
「はっ、愉快だねぇ」
ぽいっと猪を放り出し、俺はM79を構える。
ここに来て一気にご登場とは。盛大なお出迎え、痛み入るぜ。
834
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:37:00 ID:Ckv4lVpo0
「ちょ、ちょっと! あの数相手に……!」
「るせえ! 先手必勝だ!」
奴の、アハトノインの実力を多少なりとも知悉しているらしいまーりゃんが性急だと制止をかけたが、
狭い入り口に密集している今を狙わずしてどうする。
M79にはあらかじめ火炎弾を装填してあった。
まずは先制のきつい一発。
低い弧を描いて飛んでいった火炎弾は未だまごまごしていたアハトノインの集団、ど真ん中に直撃し、盛大な炎を吹き上げた。
間髪入れず俺は次の火炎弾を装填する。
「ああもう! やれるうちにやるしかないか!」
一度仕掛けてしまえば、続くしかないと分かっているまーりゃんがイングラムを撃ち込む。
何度か扱って慣れているのか、まーりゃんの動作は俊敏だった。
前に出ようとしていたアハトノイン達が撃ち貫かれ、どうと倒れる。
それに触発され、藤田や姫百合、伊吹がさらに発砲を開始する。
伊吹と姫百合は拳銃、藤田はマグナムだった。下手な鉄砲数撃てばなんとか当たるの言葉通り、
ぞろぞろと出てきていたアハトノイン達がばたばたと倒れてゆく。
ヒューッ、よく当たるもんだ。……いや、避けていないのか?
倒れたアハトノインはぴくりとも動く気配がなかった。おかしい、あの当たりようといい、
復活しないことといい、あまりにもあっけなさすぎやしないか?
俺が前に戦ったときは、あんなもんじゃなかったんだが。
「ねえ、やけに簡単に当たってくれてるように見えるんだけど」
「お前もそう思うか」
同じ疑問を抱いたらしいまーりゃんに言葉を返しつつ、次の火炎弾を発射してみたが、
ろくすっぽ回避する様子もなく密集部に着弾して炎の花が咲く。
爆風で吹き飛ばされたアハトノイン達は脆いもので、腕が足が千切れ飛ぶのは当たり前で、中には胴体から吹き飛ぶ奴もいた。
耐久力がなさすぎる。
避けもしないことから、ひょっとしてこれは数だけなのではないのかという想像が浮かぶ。
手ごたえのなさは交戦したことのない藤田や姫百合も感じ取っているのか、発砲していいのかと確認するようにこちらを向いた。
まだアハトノインはやってくる。各々接近戦用の武器を構えているのは見えていたが、のろのろと前進してくるだけだ。
まるで的にしてくれと言ってやがる。
無駄に弾を消費していい相手じゃないと判断し、俺は接近戦に切り替えた。
突進していく俺に続いてゆめみも横に並ぶ。
835
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:37:21 ID:Ckv4lVpo0
「いいのか」
「……人間でなければ。それ以前に、わたしの役目は、皆さんをお守りすることです」
はっきりと言ったゆめみの横顔に迷いはない。はっ、ロボットだから当然か。
前に出た瞬間、アハトノイン達が揃って武器を振り上げたが、遅い!
胴体に数発ガバメントを撃ちこんでやると、眼前の一体はあっけなく動きを止めた。
その手から刀を奪い取り、横に振り回す。
すぐ横にいたもう一体の両手が吹き飛び、呆然となくなった腕を見回していた。
トドメの一突きを刺す一方で、ゆめみが次々と忍者刀でアハトノインの顔面を刺す。
いける。接近しても楽勝だ。
来いと後続に顎で指示すると、ボウガンで援護に回ることにしたらしい伊吹を除いて三人が駆けてくる。
「奴らの刀拾って使えっ! 相当ノロマだ!」
言われるまでもないとばかりに、三人は既に倒れたアハトノインから武器を拾っている。
お? ……銃も持ってたのか。ちっ、そっちにすりゃ良かったか。
ちゃっかり目ざとく拾っていたのはやはりまーりゃんだ。抜け目のない奴め。
通路の奥からはまだまだかなりの数が控えていたが、それでも十数体程度だ。
狭い入り口からしか攻めてこれない連中を相手するのは簡単なことだった。
ひたすら前進して、射程内に入れば武器を掲げるアハトノインは、さっと横に退いて回避するか、
その前に攻撃を打ち込めばあっけなく倒れる。
ゆらりと迂闊な一歩を踏み出したアハトノインの首を一薙ぎして落としてやる。
戦いというにも及ばない、それは一方的な狩りだった。
藤田と姫百合は慎重になっているのか二人一組で向かい、一人目に気を取られているところにもう一方が攻撃を加える手法で戦っていた。
学習能力の欠片もないらしいアハトノインは単純なフェイントにも引っかかり、
あっという間に胴体を突かれ、腕を切られ、破片や赤い液体を撒き散らしながら倒れてゆく。
まーりゃんや伊吹は遠距離攻撃に徹し、正確に銃弾やボウガンを撃ちこんでいる。
特にまーりゃんは一度交戦している経験からなのか、遠慮なく銃弾を叩き込んではまた新しく銃を拾い直し、さらに撃ち続ける。
ひどく手際が良かった。負けてはいられないと、俺もゆめみと連携してアハトノインに突っ込む。
先を行ったゆめみが振り下ろされた剣戟を弾き、バランスを崩したところに俺が刀で切り裂いた。
だが致命傷ではなかったらしく、胴体から夥しい赤い液体を噴き出しながらもまだ動いていた。
なら、きっちり壊しきってやるよ。
836
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:37:41 ID:Ckv4lVpo0
「とっとけ」
ぶん、と刀を放り、アハトノインの眉間に突き刺す。
仰け反った体勢から後ろ向きに倒れた奴は、そのまま動くことはなかった。
「お見事です」
「相手にもならんな」
「ですが、油断は禁物です」
「分かってる。次だ。十秒で片付けるぞ」
「十秒では無理かと……」
「例えだよ、たとえ!」
まったく。これだからロボットは。
だが言葉を額面通りにしか受け取らず、ずれた回答を寄越してくるゆめみもそれはそれで会話の潤滑剤になっていた。
狙ってやっているんじゃないかという気さえしてくる。ちらりと横顔を見てみたが、今の彼女は無表情だった。
いいさ。どちらにしても、俺にとっては楽だ。
パートナー。不意にその言葉が過ぎり、ロボットがパートナーでいいのかと感じはしたが、
よくよく考えてみればロボットなんて本来人間のパートナーになるように設計されているようなものだ。
だったら、何も問題はないよな、ええ?
「ぴこっ」
「お? なんだ今頃戻ってきやがって。あ? 猪落ち着かせてた? そりゃ仲が良くって……結構!」
頭の上に戻ってきたポテトを、早速捕まえてぶん投げる。久々のポテトカタパルト弾だ。
ぴこ〜〜〜〜……と情けない声を上げながらも、器用にぶんぶんと手足をばたつかせ、アハトノインの顔に取り付く。
その間にアハトノインのスクラップから刀を拾い上げ、ゆめみと一緒に突進。
視界を遮られ二の足を踏んだ隙を見逃さず、二人で同時に斬りかかる。
倒れる。よし、また一人。これでもうそろそろゴールか?
周囲を確認してみると、数はそう多くない。もう十体もいないだろう。
もう一仕事か。
相変わらず前進しかしてこないアハトノインの方に走ろうとすると、「待てよおっさん」と藤田の声がかかった。
837
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:38:02 ID:Ckv4lVpo0
「おっさん言うんじゃねえ」
「言いやすいんだからいいだろ。もう六人も使ってこいつら相手にする必要ねえよ。後は俺と瑠璃に任せとけ」
いきなりの提案に、俺ははあ、と間抜けな言葉を返すしかなかった。
なんだそれ? ここは俺に任せては死亡フラグ……いやでもこいつらザコだっけ。
「結構時間食っちまった気がするんだよ」
「数は多かったからな」
「そろそろ、連中だって本格的に動いてくるかもしれない。その前におっさん達で本命叩いてくれよ」
「あんだよ、大人任せか」
「ガキが大人頼りにして何が悪いんだよ」
この野郎……
口は悪かったが、『頼りにする』という言葉は子供そのものの言葉で、俺の自尊心を刺激しやがる。
そうだな、ここでくらい、大人ヅラしたって悪かない。
何よりその方が格好いいじゃないの。
まんまと乗せられた俺は「ちっ、仕方ねえな」と文句を言ってはみたものの、湧き上がる笑みを隠し切れなかった。
それを知ってか知らずか、藤田はニヤと笑うと、姫百合に声をかけながら残ったアハトノインに突っ込んでゆく。
だが、いくら弱いとはいえ、二人ではキツくないか?
「はいはいはい、そこはこの風子にお任せを」
と、俺の心の声を読んだかのようなタイミングで伊吹が出てきた。
っていうか、読んだ。
838
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:38:22 ID:Ckv4lVpo0
「三人なら大丈夫でしょう。ということで、あのお二人を援護してきますっ」
「チビ助? 大丈夫なの?」
いつから聞いていたのか、まーりゃんが割り込んできた。
意外に表情は心配そうだった。
こいつら、似たもの同士で仲がいいのか?
……似たもの、か。俺は嫌いな奴が多かったな……
「ぶっちゃけ、苦労するの嫌なんで楽そうなこっちの方に付きます」
「ぶっちゃけた!」
「あーごほんごほん。ここは風子たちに任せて先にいけっ!」
「説得力ねえなおい」
俺とまーりゃんの突っ込みなどそ知らぬ顔。
ん? 待てよ? ってことはこの流れだと俺はこいつと一緒にいることに……
同じことを考えたらしいまーりゃんと目が合う。こっち見んな。
「……じゃ、ついてっていいかな」
憎まれ口が飛んでくるかと思ったら意外と素直すぎる言葉だった。
やや遠慮の色さえ見える。くっ、ちょっとときめいた!
馬鹿な、俺はこんな貧相な体のガキなんて……いやそんなことはどうでもいい。
好き嫌いなんて言えるような状況じゃないだろう。
「勝手にしろ。気にいらねえが、お前は強いんだからな」
だから、必要だ。
その言葉を飲み込んでしまった俺。ツンデレってレベルじゃなかった。
正直な話、さっきの戦いぶりを見ていてもこいつは頼りになりそうだったのだ。
気に入らないのは事実。だがそれでも、認めるべき部分は多かった。
認めるだけ、ちったあマシになったのかね、さっきよりは。
839
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:38:47 ID:Ckv4lVpo0
「じゃ、チビ助。後はよろしくな」
「チビ助言わんといてください」
「はいはい。分かったよ、ふーこ」
伊吹の、名前を。確かめるように、試すように。まーりゃんはその名を呼んだ。
名前を呼ばれたのは予想外だったのだろう。
絶句した伊吹は、すぐにふんとそっぽを向いて「早く行ってください」と俺達を追い払いにかかる。
照れているのだろう。なんだ、こいつにもかわいいところあるじゃないか。
くすりと笑ったまーりゃんは、しかしそれ以上何もせず、「オラ行くぞぉ!」と俺の脇腹をつついてきた。
いつもの奴だった。「うるせえ」と返しながら、俺は人はこういうものなのかと新たな感慨を結んでいた。
ちょっとした言葉、一言で、根っこに潜む本音を引き出すことができる。
ならば、さっき、俺が「必要だ」と言っていれば、俺はまーりゃんの何かを引き出せたのだろうか。
気に入らないと思っていた奴の、別の一面を理解することが出来るのだろうか。
今まで生意気としか思っていなかった伊吹に、あんな感想を抱けた。
クズで、人を拒むことしかしてこなかった俺が、あっさりと素直な感想を持てた。
……俺は。
まともに、なりたいのかもしれなかった。
* * *
840
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:39:06 ID:Ckv4lVpo0
何か二言三言残して、高槻、ゆめみ、麻亜子の三人が別の出口へと走っている。
結局、そんなに会話することはできなかったか、と瑠璃は軽く自嘲した。
明るかった姉に比べて自分はどちらかといえば身内寄りであり、他者との関わりを避ける傾向があった。
天真爛漫な姉に余計な虫がつかないようにするため、というのが四六時中一緒にいる理由だったが、
今ではそうではなかったのだろうと言い切れる。
とどのつまり、引っ込み思案だっただけなのだ。
他人が怖いというだけではなかった。ただ、別のもっともらしい理由をつけて言い訳していただけだった。
そういうところを直していかなければならないのだろう。
気付かないままでいるより、気付いた方がいい。
それで一時どんなに傷ついたとしても立ち直り、やり直すだけの力が自分たちにはあるのだから……
「……ふっ!」
気合と共に一閃。アハトノインが持っていた刀は見た目よりずっと軽く、それでいて切れ味抜群だった。
恐らく、最新鋭の技術で製造されているからだろう。瑠璃にしてみればありがたいことこの上なかった。
脚部を切断された修道女姿のロボットがばたばたと地面で無様にもがく。
戦闘能力はなくなったと判断して次に向かう。
接近戦を繰り返していたせいか、体が赤く、オイル臭い。
イルファを整備していた珊瑚もこんな匂いの中で日常を繰り返していたのだろうか。
むっとした、重く、饐えた匂いを鼻の中に吸い込むだけで、珊瑚の声が聞こえてくるような気がした。
まだ、いける。
敵が落とした刀を拾い、投擲する。
刺さることは期待していなかったが、運良く胴体に刺さってくれた。
ぐらついたところをもう一撃。
勢いよく突いた刀は胴体そのものを貫通し、刃先が背中から飛び出していた。
カクンと崩れ落ちるアハトノイン。これで、後は何体だ?
ふっと一息ついた瑠璃の横から、接近していたらしい一体が刀を振り上げていた。
すぐさま反応し、刀を引き抜こうとしたが、抜けない。
深く刺さりすぎていた。しまったと後悔したが、逃げるには遅すぎた。
アハトノインの指が強く柄を握り締めた。やられる――!
841
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:39:27 ID:Ckv4lVpo0
無駄だと分かりつつも腕で防御する。
……が、振り下ろされることはなかった。
胸部から刃先を露出させたまま、修道女は動きを止めていた。
ピクリとも動かない、神への祈りを捧げたままの女の後ろから「油断大敵だな」といたずらっぽい声がかかる。
浩之だった。既に新しく刀を拾っている。
「……それは、お互い様のようやな」
「あ?」
怪訝な声を上げる浩之の後ろで、ドサリと音を立てて倒れるものがあった。
浩之の背後に迫っていたらしいアハトノインだった。
ボウガンで狙撃してくれた風子がニマニマと笑っている。
振り返り、全てを理解した浩之が肩をすくめる。
自然と笑いが零れた。世の中は少し、面白くできている。
「台無しやで」
「るせ。さて、これで全部……か?」
それまで溢れんばかりにいたロボットの群れは、もう出入り口にも見えない。
どうやら殲滅しきったということらしい。
足元に広がる、行動不能となり鉄屑と化したアハトノインの総数はいくらになるのだろう。
さんちゃんが見たら、どう思うやろうな……
ロボットに人間と同じかそれ以上の愛情を注いでいた珊瑚なら、この状況を悲しんだことだろう。
常々彼女は、ロボットの軍事利用に対して批判的な口を開いていた。
それほど興味を抱いていなかった昔はふーん、と聞いているだけだったが、今なら少しだけ分かる気がする。
空しい、という気分だった。ただの鉄屑として横たわり、それで役目を終えてしまった彼女達は本当に必要とされていたのだろうか。
消耗品としてでしか扱われないのは、悲しすぎるのではないか。
「解放してあげられたら、ええんやけどな」
「ん?」
「いや、こっちの話」
842
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:39:46 ID:Ckv4lVpo0
いつの間にか独り言を発していたらしく、反応した浩之になんでもないと首を振る。
機械工学の知識がなさすぎる自分には、到底無理な話だった。
少なくとも、今は。
「それにしても皆さん、真っ赤です」
「ぷひぷひ」
この戦闘の発端となったとも言える猪を器用に頭に乗せながら、風子がやってくる。
遠距離に徹していた風子は比較的返り血……いや、返りオイルも少なかったが、
自分も浩之もべチャべチャだった。元の制服が赤っぽかったので気になっていなかったが、改めて見ると真っ赤だ。
黒い学生服の浩之はどちらかといえば赤黒い色だったのだが。
「人間のよりマシだぜ。オイル臭いけど」
「むんむんします」
「ぷひ〜……」
より鼻が利くらしい猪はまいっているようにも見えた。
「それにしても、どこからやってきたんやろ、この仔」
「ここのペット……なわけないよな」
「むぅ、風子はどこかで見たことあるような気がするんですが」
「ま、あの毛玉犬と同じようなもんかもな。そんなことより、こっちもさっさと先を……」
「ぷっ! ぷひ!」
何かに反応したように、猪が大声で鳴いた。
じたばたと手足を動かし、必死に何かを伝えようとしているようだった。
「何かあるんですか?」という風子に反応して、瑠璃は周囲を確認する。
動物の勘を信じる……というわけではないが、警戒はし過ぎて困ることはない。
さっと素早く四方を見回してみたが、どの出入り口からも影は見えない。
浩之も同様らしく、困惑した表情を見せていた。
843
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:40:10 ID:Ckv4lVpo0
「ぷ、ぷひ!」
ばたばた、と前足をこれでもかと動かしている。
足の方向は、上を向いていた。
上――!?
考えるよりも先に、口を動かしていた。
「離れて! 上からや!」
言った時には既に足が地を蹴っていた。
声に素早く反応して、浩之と風子も下がった。
その行動から、一秒と経たないうちだろうか。
風を切る音と共に、だんと足元のアハトノインの残骸を踏み砕いて、何者かが落下してきた。
「ご大層な登場だぜ……」
顔を上げる何者か。それは今まで相手にしてきたものと同じ……しかし、何かが決定的に違う顔だった。
プラチナブロンドの長髪。漆黒の修道服。手に持っている曲がりくねった刀。
同じなのはそこまでだった。最も異にしていたのは目だ。
紅い瞳。血のように赤い瞳が、寸分の感情もなくこちらを凝視している。
何かがヤバい。直感したのは浩之もだったようで、すぐに仕掛ける愚は犯さなかった。
「……最悪です。これは、とっても最悪です」
震える声で、風子が言っていた。
瑠璃はそれで思い出す。風子と、まーりゃんは、ロボットと交戦し、二人を失ったと言っていた。
ならば、今目の前にいるこれは、それまでと比較にならない本物だということか?
「でも、よかったです」
844
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:40:29 ID:Ckv4lVpo0
戦慄しかけた心を打ち払ってくれたのは、未だ震えを残したままの、しかし歓喜に打ち震えている風子の声だった。
「ようやく、ユウスケさんの仇が討てます……!」
本物の怒り。あんなに猛り狂った風子の声を、表情を、瑠璃は見た事がなかった。
伊吹風子とは、こんなにも激情家だったのか。
新たに抱いた感慨に浸る間もなく、風子が戦端を開いていた。
ボウガンを投げ捨て、持っていたサブマシンガン――SMGⅡのトリガーを引き絞る。
問答無用の先手は高槻のときと同一だったが、結果は同じではなかった。
向けられた銃口に素早く反応し、後ろに宙返りしながら銃撃を回避する。
ちっと吐き捨て、風子はさらにP232を連射する。
こちらは命中はしたものの、僅かに身を捩らせただけで、アハトノインはケロリとした様子だった。
「やっぱり拳銃ではダメですか」
「効いてない……!?」
さっきのアハトノインの大群には、拳銃でも効果があったというのに。
根本的なものが違う。本格的な戦闘にも耐えうる殺戮マシーン。
瞬時にその感想が浮かび上がり、瑠璃にも目の前の敵が想像している以上の化物だと実感させた。
まごまごしていては、やられる。
残骸の中から拳銃を回収し、とにかく数撃てばの精神で連射する。
両手に持ち、弾丸の続く限り撃ち続けたが、アハトノインは微動だにしない。
避ける必要もない、と判断したのだ。
実際、彼女の皮膚はおろか修道服も無傷であり、拳銃程度では何の意味も為さないことを示していた。
なんて、奴……!
845
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:40:54 ID:Ckv4lVpo0
有効手が少なすぎる。即ち、それはこちらが殆ど空手であるということでもあった。
まして敵は芳野祐介と藤林杏の二人をも殺害しているのだ。強くないわけがない。
マグナムならば或いは通じるか? 銃器には詳しくないが、マグナムの威力は高いということくらいは瑠璃も知っている。
コルトパイソンを取り出そうとしたところで――今度は、向こうが動いた。
腰を浅く落としての突進。ただそれだけだったのだが、速さが尋常ではなかった。
いきなり目の前にアハトノインが現れる。錯覚かと思うほどに一瞬で詰め寄ってきたのだった。
そのまま掌底を貰い、体が宙に浮く。
内臓が破裂するような衝撃を感じながら、瑠璃は受身を取る暇もなく地面を転がされた。
あまりに早すぎる出来事の連続に、脳がついていかない。
やられたのだと判断したのは、げほっと咳き込んだときだった。
「瑠璃っ!」
浩之の叫び声でようやく我を取り戻す。
その時には既に、アハトノインが刀を引き抜いてひゅっと振りかぶっていた。
やられてたまるか。痛みに苦悶の表情を出しながらも、瑠璃は落ちていた刀を拾って倒れたままの体勢から無理矢理投げつけた。
これも驚異的な反応で回避されてしまったが、その間に追いついた浩之と風子が両側から挟み込む形で攻撃を仕掛ける。
「うおおおおおあああっ!」
裂帛の気合と共に繰り出された刀の一閃。しかし事もなげに同じ刀で受け止められ、弾いたところを蹴りで反撃される。
浩之は弾かれた反動でよろめきながらも蹴りを回避してみせる。
それどころか避けたところにもう一度斬り込んだのだが、またも弾かれ、しかも上に斬り上げられたために刀を取り落としてしまった。
隙ができてしまう。だがフォローするように風子が割って入り、身長差を補うように飛び掛かった。
絶妙なタイミングでの割り込みだった。にも関わらず、まるでダンスでも踊るかの如く回転して斬撃を回避し、
逆に風子の懐に飛び込み、返しの一撃を見舞った。
そこに防御に入る瑠璃。二人の攻防で体勢を立て直すことができた瑠璃は、ベネリM3を手に、下方から射撃したのだった。
至近距離からのショットガンの発砲。完全に攻撃態勢に入っていたアハトノインは直撃を受け、大きく吹き飛ばされる。
それでもギリギリでガードに入っていたらしく、損傷は指の一部が削ぎ落とされたこと、手持ちの刀が破壊された程度に留まっていた。
なんて攻撃、防御性能だと感嘆すら覚える。三人を相手に、しかも完全な隙を突いた攻撃だったはずなのに。
これが現代のロボットか。訓練された兵士も、このアハトノインの前には赤子同然なのかもしれない。
珊瑚が反対していた理由も分かる。これは、一方的な殺戮だ。
慈悲も是非もなく、入力された命令に従ってひたすら戦い続けるだけの人形。
悲鳴も、命乞いの声も、何も聞き入れない。作業同然に命を刈り取る彼女は、無造作に死を振りまく死神だ。
846
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:41:21 ID:Ckv4lVpo0
「冗談じゃねえ……なんなんだよ、あの野郎」
あれだけ攻勢を仕掛けて、殆どダメージがない状態なのだ。
浩之が毒づくのも無理からぬ話だった。
風子は無言で敵に集中している。仇を討つためには、いつもの軽口さえ開く余裕はないようだった。
「でも、逃げたらあかん。ううん、逃げたくない」
だから、いや、だからこそ瑠璃は死神を打ち倒さなくてはならないと決めた。
自分がロボットを愛していた、姫百合珊瑚の妹だからではない。
一個人として、反目しつつも理解し合うことができた人間だからこそアハトノインが、いやアハトノインの奥に潜む悪意が許せなかった。
ロボットから理解させることを奪い、心を通わせる機会を奪っている悪意が。
今まで流されるままで、漠然とした意志しか持てていなかった。
それゆえ多くを失い、後悔し、自らに澱みを溜め込んできた。
けれども何かをしたいと思っても、それが何なのか今の今まで分からなかった。
何のために生き、何のために身を捧げてもいいと思えるのかが掴めなかった。
なにひとつとして『豊かさ』を生み出せず、燻っていた。
でも、ようやく見つけることができた。
長い長い遠回りをして。
何度も何度も失敗して。
ようやく辿り着いたのが『ロボットの尊厳を守りたい』という思考だった。
結局のところそれは珊瑚が抱いていた気持ち、掲げていた理想と何も変わりはしなかったけれど……
ただ流されて辿り着いたのではない。
自分の気持ち。自分の思い出があって、そこから考えて辿り着いた結論だ。
それでも珊瑚と同じ思考になってしまうのがいささか可笑しい気分ではあったが、悪くはない。
双子の姉妹なのだ。同じことを夢見たっていい。
それに自分には、支えてくれる浩之という存在もいる。
心を通わせた存在を感じていたから、瑠璃は何も躊躇うことなく己の決意を受け止めることができた。
「そうだな……ま、逃げるわけにはいかないか」
余熱の燻る視線を感じてくれたのか、浩之も付き合う声を出してくれた。
847
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:41:42 ID:Ckv4lVpo0
ありがとうな。
その台詞を心の中で呟き、瑠璃はアハトノインの中に潜む、真実の敵を見据えた。
まだ先程の「ありがとう」を言うわけにはいかない。
終わりの言葉にしてはいけない。自分達はこれを始まりの言葉にしなければならない。
より善いものを目指し、高みへと向かっていける世界に進むために。
一緒に生きて帰るために。
瑠璃は笑った。
「きっついお灸据えたる」
* * *
激しく運動しすぎたせいか体の節々が悲鳴を上げ、かつて打撲した足が熱を伴った痛みを発している。
息は上がり、心臓はこれ以上ないほど激しい鼓動を叩き、玉のような汗が全身に滲んでいる。
体力には自信はあるつもりだったのにな、と浩之は心中に呟く。こんなことなら佐藤雅史とサッカー部にいれば良かった。
だが、その雅史もいない。
雛山理緒も、松原葵も、来栖川綾香も、来栖川芹香も、セリオも、姫川琴音も、宮内レミィも、
保科智子も、マルチも、長岡志保も、
神岸あかりも。
もう、みんないない。
二度と会えない。
848
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:42:02 ID:Ckv4lVpo0
限界に直面して初めて、浩之は喪失を実感していた。
理解はしていたつもりだった。それでもいざ確認し、己の本心、過去の思い出と対面してみると全然違った。
意識はしなくても浮かび上がってくる友人の言葉が、幼馴染の言葉が胸を締め上げ、浩之を息苦しくする。
つらい。率直にそう思った。
今の現実は自分の手に余りすぎるほど苦しい。
それまであったはずのものは全てなくなり、拠るべきものもなく、たった一人で孤独の海を彷徨っている。
海を漂う椰子の実に似ていると浩之は思った。
どこの誰にも知られず、ただ孤独に目指すべき場所も知らずに流されてゆく。
だが、それでは寂しすぎる。
だから懸命にもがき、流れに逆らい、どこかの島に流れ着こうと努力を重ねる。
たとえ辿り着けなかったのだとしても、行く先々の新しい出会い、未知の風景は今を少しでも変えられるかもしれない。
俺が泳ぎ続けるのは、そういうことなんだ。
沈んでしまった椰子の実。海底に埋もれてしまい、芽を出すことすらできなくなった実たちに対して、浩之はそう告げた。
自分はまだ生きてしまっている。どんなに嫌がっても現実はいつも自分の隣にいる。
諦めようとしても根底に根付いた意志が、沈むことを許してくれない。
死にたくない。言葉にすればそういうことなのだろう。
陳腐で、俗な言葉で、友人達からすれば失礼極まりない考えには違いない。
それでも進まなければならないと、そう決めたのが藤田浩之だった。
「うおおっ!」
力を振り絞って刀を振り下ろす。アハトノインは刀を弾かれている。つまりチャンスだ。
この機を逃すまいと畳み掛けるが、不利であるはずのアハトノインの動きは冷静だった。
軌道を読んで最小限の動きで避けられる。ならばと浩之は風子に視線を向けた。
一人では無理でも、二人なら。チャンスだと分かっているのは風子も同じで、囲い込むような動きで背後から攻めようとする。
前後に挟まれる不利は相手も承知しているらしく、回避を念頭に置いた動きから逃げる動きへと変わったが、
それだけで今の浩之たちを止められる理由にはならなかった。
849
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:42:22 ID:Ckv4lVpo0
絶対に逃がしはしない。瑠璃の反撃で得た千載一遇の時間を無為にするわけにはいかない。
ここで何としてもトドメを刺す。
体感的にも、ここで決めなければ持たないと理解していたからこそ浩之は多少防御を犠牲にした攻撃を繰り返す。
命中こそしないが、アハトノインは後手後手だ。
同じく畳み掛けた風子の繰り出した刀による突きが回避される。
だが避けられるのは風子も浩之も先刻承知の事項だった。
隙を見計らい、浩之が500マグナムを向ける。
更にこれまでの動きから、横に飛んで逃げるだろうと読んで銃口を少し逸らしてトリガーを引いた。
予想は外れてはいなかった。直撃こそしなかったものの、脇腹を掠ったマグナム弾にアハトノインが理解できないといった表情を見せる。
当然だろう。計算の上では完璧に回避しているだろうから。
だが所詮そんなものは定石の上に作り出されたものに過ぎない。
もう一発。最後の弾丸だったが構うことも躊躇もなく浩之は発砲する。
「……!」
想定外の事態に突き当たったからか、アハトノインの動きが一瞬遅れた。
それでも前回の行動からまた少し逸らしてくると判断したらしく、動きは殆どなかった。
バカめ。二度も同じことするわきゃねーだろ!
今度こそ、きちんと狙いを据えた銃口は見事に防弾コートの中心を捉えていた。
直撃。マグナム弾の威力は9mm弾などの比ではなく、
真正面から膨大なエネルギーの圧力を受けたロボットの体がぐらりと傾き、行動不能に陥らせた。
この期に及んで弾丸が貫通しなかったことに呆れを通り越して感嘆の気持ちさえ抱いたが、これで条件はクリアした。
「瑠璃、行けっ!」
言うまでもないとばかりに、瑠璃は既にベネリM3を構えていた。
狙いはむき出しの頭部。ここさえ破壊してしまえばいかに頑強な体を持つアハトノインと言えど倒せる。
機会を窺っていた瑠璃の狙いは正確だった。
ベネリM3から発射された無数の散弾はアハトノインの頭部を丸ごと飲み込み、
スイカを叩き割ったかのように機械片を飛び散らせながら完膚なきまでに破砕した。
首なし騎士の完成だ。もんどりうって倒れるロボットの残骸を眺めながら、浩之は「よし」と勝利を確信した声で呟いた。
850
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:42:42 ID:Ckv4lVpo0
「ふーっ、手強い相手でした」
したり顔で大袈裟に息を吐き出す風子に、「トドメを刺したの、瑠璃だからな」と突っ込む。
すると風子は心外だだとでも言うように唇を尖らせ、「チームプレイというべきです」と抗議した。
「そうそう。今回はチームの勝利やで。三人やなかったら危なかったし」
「まあそりゃそうなんだが……」
「ということでもっと褒めてください」
「調子に乗るなって」
頭を小突くと、風子はますますニヤニヤとした顔になる。
どうもマイペースな人間は苦手だ。それを言うなら珊瑚もマイペースだったのだが、珊瑚は別段そういう風には感じなかった。
この違いはいったい何なのだろう。本当に、世の中には色々いる。
だからこそ面白みを感じられるのかもしれない。風子につられたわけではないが、浩之も含みのない微笑を浮かべた。
「さ、行きましょう行きましょう。だいぶ遅れてしまったようですし――」
風子が、背が低かったからかもしれない。
視界の隅……風子の肩越しに、ピクリと動いたものが目に留まった。
一瞬目の錯覚かと瞼を擦ってみたが、間違いなく、それは、
動いた。
背筋が凍るような怖気が走った。まるで幽鬼のような足取りで起き上がった『首なし』は、しかし一分の無駄もない動作で拳銃を袖から抜き出した。
隠し拳銃――!
明らかにこちらの動きを把握している。逡巡している暇も戦慄している暇もなかった。
「風子! どけぇっ!」
851
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:43:09 ID:Ckv4lVpo0
半ば突き飛ばす形で風子を押しのけ、500マグナムを撃とうとして……そこで、弾切れになっているのにようやく気付いた。
動くはずのない『首なし』が起き上がったことに動転してしまっていたのか。きちんと確認はしていたのに。
浩之の異常を瑠璃も察知したのかフォローに入ろうとベネリM3を構えたが、遅かった。
『首なし』は的確な動作でこちらに狙いを定め、次々と発砲してくる。
最初に突き飛ばした風子は直撃こそ免れたものの、浩之と瑠璃は飛来する銃弾を避ける時間も残されてはいなかった。
隠し持っていた拳銃は、たかが小口径のものだったとはいえ、柔らかい人体を破壊するには十分な威力だった。
即死はしなかったが、乱射された銃弾が体のそこかしこを引き裂き、瑠璃も同等のダメージを負って床に倒れこむ。
お互いの生温い血の温度と、べたつく感触を味わいながら、二人が取った行動は即座の反撃だった。
「こなくそっ!」
「やられてたまるか!」
取り落としたベネリM3を二人で拾って構え、発砲する。
痛みを押しての射撃。撃たれた腕が、腹が、肩が、足が悲鳴を上げる。
それでも撃った。瑠璃が隣にいるという安心感だけでまだ死なない、生きていられると思えてくるから。
二人一緒なら、いくらだって生きられる。人間は、そういう風にできている。
そうさ、俺は瑠璃を愛してるんだ。だからこんなところで死ぬわけにはいかないんだよ……!
決死の反撃はいくらか実を結んだのか、ベネリM3の直撃を受けた『首なし』が吹き飛び、アハトノインのカプセル郡に突っ込んで動きを止めた。
だがそれは一時的なものでしかなく、すぐにまた身じろぎを始める。
化け物め。物語通りの不死身の騎士というわけか。
互いの体を支えつつ立ち上がり、残ったベネリM3を撃ち尽くす。
距離はありすぎるくらいだったが、引き付けている余裕はなかった。
だが頭部を失ってなお、『首なし』の動きは健在だった。
まるで射撃が続けて来ることを読んでいたかのようにステップで絶妙に避けながら接近してくる。
「音で感知されてるみたいや!」
852
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:43:30 ID:Ckv4lVpo0
それは浩之も分かっていた。でなければこちらに近づいてこれる理由がない。
恐らくはそれだけではない、センサー等を通してこちらの位置までを正確に把握していると思ってよかった。
なら、あの分厚い防弾コートを突き抜けてどうやって破壊すればいい?
ショットガンであるベネリM3の直撃を受けてなお、防弾コートには僅かの損傷しか見受けられなかった。
策は見つからない。考えているうちにベネリM3の弾も尽きた。残る武器は殆どない。
射程内に入ったと感知したらしく、『首なし』が拳銃を向ける。
そこで飛び掛ったのが、風子だった。
「借りは返させてもらいます!」
『首なし』に対してか、或いは自分たちに対してか。恐らくはどちらもなのだろう。
接近は予期していたのか、まるで見えていたかのように銃口を風子に変えたが、風子はそのまま突進した。
当然、『首なし』も発砲する。銃弾を数発体に受けながらも、それでも風子は止まることなく防弾コートに取り付き、
「分かってはいても、見えてはいませんよね……! だったら、こっちのもんです!」
至近距離からM29を押し付け、次々と撃つ。
ゼロ距離の銃弾は流石にどうしようもないはず。それなのに、数度体を跳ねさせた『首なし』はよろりと一瞬バランスを崩したが、動じることはなかった。
何事もなかったのように拳銃がポイントし直される。まさか、と目を見開いた風子の体が、今度は逆に跳ねる。
先の銃撃で避けるだけの余力もなかった風子は胸から大量に出血し、呻いた後に倒れた。
やられた。そう実感する間もなく『首なし』の狙いがこちらに切り替わった。
「く……!」
悔しさを声に出す時間すらなかった。コルトパイソンを構えた瑠璃を補助し、後方に下がりながら発砲を続ける。
しかし『首なし』に拳銃はマグナムであっても通じない。
当たりはしたものの、一歩ほど後ろに下がっただけでダメージはない。
「どうすりゃいいんだ、こいつ……!」
まるで、下がってくる釣り天井のある部屋に押し込められたかのような気分だった。
どんなに知恵や勇気を振り絞っても押し寄せる壁そのものの前にはどうしようもない。
そう、何をやっても無駄だと目の前の『首なし』は告げていた。
853
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:43:50 ID:Ckv4lVpo0
だから安らかな死を。
あなたを、赦しましょう。
頭はなく、口もないのに、はっきりと『首なし』がそう言うのを浩之は聞き取った。
「……冗談じゃない」
冗談じゃない。
お前の赦しなんかいらない。
俺は絶望を信じない。
俺はもう、世界に絶望することはやめたんだ。
友達がみんな死んでしまっても。
人が人らしくいられず、悪鬼に変わってしまったのを何度見ても。
自分自身を一度捨ててしまった俺自身がどうしようもないクズだとしても。
未来は、豊かさはまだそこにあるんだから……!
「浩之」
自分と同じ、世界に絶望することをやめた少女の瞳があった。
大切なものを全て奪っていった世界を憎むのではなく、そんな世界を変えようとする瞳だ。
これがあるだけで、何の不安も感じない。
これから起こること、起こすことを、全てこの身に引き受けられる決心がついた。
「爆弾を使ってみるか。派手な花火になるぞ」
「ええな、それ。面白そうや――すごく」
854
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:44:05 ID:Ckv4lVpo0
一泊溜めて、瑠璃は今までで一番の笑みを見せた。
吹っ切った笑顔であり、諦めたような笑顔であり、しかしこの結果に満足しているような顔。
やっぱり、強いな。
苦笑交じりの表情しか渡せなかった浩之は、最後まで強さを見せられっ放しだったなと感想を結んだ。
川名みさきしかり、姫百合珊瑚しかり、一ノ瀬ことみしかり。
女は強い。いつも支えてくれるのは彼女たちのほうだ。
いや、だからこそ、それを背負って行動に移すことができる。
「任せたぜ、瑠璃」
「任せとき、浩之」
体が離れる。
ぬくもりがなくなるとは思わなかった。
離れても、傍にいなくても、こうして同じ想いを共有している限り暖かさは感じられる。
それがこんなにも心地よかった。
走り出した背後で銃声が木霊する。
爆弾までの距離は意外と近かった。
手に持ったのはライター。ポケットに仕舞ってあったが、使いどころを見出せなかったものだ。
爆破は本来芳野たちにやってもらう予定だったのだから。
美味しいとこ、貰ってくぜ芳野さん。
足がもつれ、倒れかけたが誰かが支えてくれたかのようにギリギリで立て直すことができた。
支えてくれたのは誰だろう。
――みんな、かもな。
855
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:44:23 ID:Ckv4lVpo0
いくぜ。
見てろよ……!
爆弾に取り付き、導火線に火を点す。
痛みのあまり指が震えかけたが、また誰かが支えてくれた。
意識も朦朧としてきた。意外と血を流していたのかもしれない。
見てみれば点々と続く血の跡は長く、体中の血を全て流してしまったのではないかとさえ思える。
瑠璃も、風子の姿も見えない。だが一人ではない。ここには、みんながいる。
火のついた導火線が、徐々に短くなってゆく。
命が失われる恐怖はなく、この後起こることを想像して寧ろ楽しい気分になった。
……ああ、そうか。
楽しいと思えるのは、ここにみんながいるから。
自分がしてきたことを、誇りを持って話すことができるから。
感情を交わし、共有し合うことができると知っているから。
きっと、それが、豊かさなのだろう。
未来は。
俺の、未来は――
* * *
856
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:44:39 ID:Ckv4lVpo0
強烈な閃光が、藤田浩之の体を丸ごと飲み込み、直後に膨れ上がった炎の色すら知覚させずに意識を消し飛ばした。
一ノ瀬ことみ特製の爆弾は凄まじいエネルギーとともにアハトノイン達を格納していたカプセル郡ごと破壊し、部屋全体を火球が制圧した。
その爆発は天井も突き破り、瓦礫の山を築き上げ、かつてそこにあったものの痕跡を跡形もなく消し去った。
そこには、なにもない。
あるのは、ただ、大爆発があったという事実と、そこに残された誰かの想いである。
* * *
857
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:44:55 ID:Ckv4lVpo0
……やれやれです。
結局、最後まで敵討ち、できませんでしたね。
面目ないです十波さん。仇取ってよって約束、破っちゃいました。
それに教師にもなれそうにないですね……まあ、罪作りな教師にならなかったことは幸いなのでしょう。
ユウスケさんにも謝らないと。ちょっとだけ楽しみだったんです。新しい暮らし。新しい家族が。
って、風子約束破りまくりじゃないですかっ!
な、なんて最低な女! がーん! まーりゃんさんにバカにされて言い返せないレベルですっ!
そう思うと、まーりゃんさんがにょほほほとかそんな感じの笑いを浮かべて突っ立っている光景が見えました。
最悪です。こっち来ないでください。まだ早いです。
……ああ、しかし、死ぬって結構痛いんですね。
何度も死に掛けてはきましたけど、いざこうしてみると痛いばかりです。
もうちょっとこう、ふわーっといく感じを想像していたのですが。
人生うまくいかないものです。だからこそ楽しいのかもしれませんが。
決まりきったことをするのは、風子ちょっと苦手です。
だから痛くないようにしましょう。楽しいことをしましょう。
この状況でさしあたって楽しいことは……ああそうですね、あの首なしさんの妨害ですかね。
藤田さんと姫百合さんが何するか知ったこっちゃないですが、邪魔するならあのお二人よりあっちですね。
ふふ、風子は天邪鬼なので誰かの邪魔をしたくなります。
こういう小悪魔っぷりが男の子をメロメロにするんですね。
……いつまでも、じっとしてても面白くないので、行動に、移しますか。
858
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:45:12 ID:Ckv4lVpo0
ぷひぷひ。
おやイノシシさんじゃないですか。逃げても良かったのに。
ぷひー。
なるほど決心がついたんですね。何かやれることがやりたい、と。
ぷひ!
死ぬの、怖くないですか?
ふるふる。
痛いの、怖くないですか?
ふるふる。
全部なくなってしまうのは、どう思いますか?
ぷー……
意地悪だって? そうですね、風子はそうなのかもしれません。
風子、正直嫌いです。あの首なしさんも、お姉ちゃんを殺した人も、ユウスケさんを殺したあのロボットさんも、岡崎さんを殺したあの人も、十波さんと笹森さんを殺したあの人も。
……でも、憎めないんです。殺した人も人間なんです。風子と同じ、人間……
憎んでも、なんだかそれが自分に跳ね返ってくるような気がして……そうですね、怖いんです。怖いから、風子は憎みきれなかった。
だから引っ込み思案だったんですね。人に感情を持つのも、怖かった。
でも今は……ほんの少しだけ違うんですよ。怖いのは今でも変わりないですが、悪いことばかりじゃないってことは分かったんです。
なんか言ってることがめちゃくちゃで分かりにくいって? 風子、天邪鬼ですので。
まあ、あれですよ。……誰も、嫌いにはなってもいいけど、恨んだり憎んだりしちゃ駄目ですよってことです。
それは、何も変われないってことですから。
ぷひ……
そうですか、イノシシさんがそうなら、よかったです。
ということで、協力してください。……できますよね?
ぷひ!
859
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:45:27 ID:Ckv4lVpo0
なんか、少し悲しい気分です。最後にこうして語り合ったのがイノシシさんとは。
ああでも可愛いからどうでもいいですね。可愛いは正義だと思います。
一番の正義はヒトデですが。
ここ変わってないって? 人には譲れないものもあるのです。
さぁ、最後の、風子の勝負ですっ!
発砲を続けている姫百合さん。首なしさんは避けもしていません。効かないからでしょうか。
そういうのを、傲慢って言うんです。
弾切れになった姫百合さんに首なしさんが近づこうとしますが、させません!
イノシシさんと風子で足元に飛び掛って押さえ込みます。
見えてはいませんよね? だったら、『今度こそ』こっちのもんです!
ぎゅっと掴んだら、口から何か出てきました。鉄臭くてまずいです。
足をとられた首なしさんでしたが、何が起こったのかはすぐに把握されました。
足元に異変があると感じたらしく、即座にイノシシさんの方に拳銃を向けました。
流石に、風子も助けられませんでした。掴まってるだけで精一杯だったんです。
でも姫百合さんが助けてくれました。体ごと飛び掛って首なしさんを押し倒します。
グッジョブです! あ、無理やり動いたらまた赤いのが出ました……痛い、ですね……
でも、痛いのに、なんかとても嬉しい気分です。痛いのが嬉しいって風子Mですか。Mじゃないです。どっちかというと女王様です。
こんなときまでバカなこと考えてますね。それが可笑しくてへらへらと笑うと、姫百合さんも笑ってました。
みんな楽しいのでしょうか。よく分かりません。
でも、こういう気分だってみんなで分かってるのは……
とっても最高なことだと、そう思ったんです。
あったかい気分でした。体のどこかもあったかい感じでした。
……いつだったでしょうか。
この感じを、どこかで、風子は知っていたような気がします。
光が、舞って。
とってもきれいで。
風子なりに言うと……
これが、未来なんです。
あったかくて、懐かしい……未来……
* * *
860
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:45:44 ID:Ckv4lVpo0
姫百合瑠璃の体も、
藤田浩之の体も、
ボタンと呼ばれていた猪の体も、
伊吹風子の体も、
もうそこにはない。
瓦礫の山に埋もれることすらなく、存在そのものが光に飲まれた。
だが、光が収まった後に……いくつかの、新しい小さな光が生まれた。
光はすぐにどこかへと消え去った。
どこかを目指して、消えた。
その先は未来とも言うべき、その場所である。
861
:
エルサレムⅥ [自決]
:2010/08/01(日) 17:47:22 ID:Ckv4lVpo0
【藤田浩之 死亡】
【姫百合瑠璃 死亡】
【伊吹風子 死亡】
高槻、ゆめみ
装備:M1076、ガバメント、M79、火炎弾×7、炸裂弾×2、忍者刀、忍者セット、おたま、防弾チョッキ、IDカード、武器庫の鍵、スイッチ、防弾アーマー
麻亜子
装備:デザートイーグル50AE、イングラム、サブマシンガンカートリッジ×3、二連式デリンジャー(残弾1発)、ボウガン
朝霧麻亜子
【状態:なりたい自分になる】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】
高槻
【状況:主催者を直々にブッ潰す】
ほしのゆめみ
【状態:パートナーの高槻に従って行動】
→B-10
次回が最終回となります。
投下の際には告知を行い、時間を指定してから投下を行いたいと思います。
お暇があればお付き合いいただけたら恐縮です。
862
:
名無しさん
:2010/08/27(金) 21:09:20 ID:w1hhOi020
B-10の者です。
今から最終回を投下したいと思います。
容量が160kbある都合上、四部構成に分けて投下します。
休憩など挟みますが、どうぞご了承下さいませ。
863
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:10:43 ID:w1hhOi020
十三時四十七分/高天原中層
「ねえ、リサさん」
ウォプタルの背中に揺られながら、一ノ瀬ことみはしばらくぶりの口を開いた。
国崎往人、川澄舞の両名と離れて以後、初めて開いた口だった。
それまで黙っていたのは、二人の安否が心配だったからではない。あの二人なら絶対生きている。
ただ、これからやるべきことに対して整理をつけ、自分の中で消化する時間が欲しかったから黙っていた。
文字通りの命を賭けた大一番の中に、自分達はいる。それは今まで命のやりとりをしてこなかったことみには怖いことだった。
今も正直、早鐘を打ち続ける心臓を落ち着かせることができない。
ことみは誰かがいなくなることの恐ろしさを知っていた。だからこそ、恩人とも言える霧島聖を殺害されたときでさえ犯人である宮沢有紀寧の命を奪うことができなかった。
結果的には、彼女は道連れにしようと自爆してしまったのだが……
包帯を巻いたままの目が痛む。命を投げ打ってまでしてやったことは、目玉一つを奪うことだけだった。
そうはなりたくない。それがことみの気持ちだった。
死んでしまっても何かを為そうというのではなく、生きていたいから何かを為さなくてはならないという自信が欲しかった。
でなければ、自分もきっと有紀寧と同じような、自己満足のためだけの死を迎えてしまうだろうから。
「リサさん、これから……ここから出たら、何をするの?」
リサとはそれなりに長く行動してきたつもりだったが、彼女自身のことについては知らないことも多かった。
どこで生まれ、何をしてきたのか。何も知らない。
「今の仕事を続けるわ。それしかやれないからなんだけど……」
特に表情を変えることもなくリサはそう言った。
自分の運命を決定的には変えることはできないと知っている女の顔だった。
自分より長く生きているはずの人だ、それなりの重さはあるのだろうと思ったがあまり好ましい言葉ではなかった。
大人はこういうものなのかもしれない。多くを語らず、責任の重さを黙って受け止めてやれることだけをやる。
聖にもそんな部分は多かった。自らの責任を果たすだけ果たし、言葉だけを残して逝ってしまった。
864
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:11:05 ID:w1hhOi020
「でも、それだけじゃない。今の仕事を続けていく中でもちょっとした変化……楽しんだり、笑ったり、泣いたり、悲しんだり……
そういうものを感じられる機会を増やしていこうと思ってる。仕事だけの人生なんて、寂しいでしょ?」
生きる道そのものは変えられなくとも、その過程ならばいくらだって変えられる。
微笑を含んだままのリサに虚を突かれたような気分になりことみは思わず「リサさんでも泣いたりするんだ」と軽口を叩いてしまっていた。
「私でも泣くことくらいあるわよ。人間だもの」
「そうかな……」
「無闇矢鱈と人前でそうしないだけ。意地が出てくるのよ、年をとるとね」
「大人って、格好付けなんだ」
「そうね……私の知ってる人は、大体そんな感じだった。でも、分かるでしょ?」
年上が情けない姿を見せたくはない。だから意地を張るし、身勝手なことも言ったりする。
それは分かる。だが、分かっているからこそ受け入れられない部分もあった。それは自分がまだ子供だからなのかは分からなかった。
「せめて、親しい人の間でくらいは子供になってもいいと思うの」
「だから家族になって、子供も作るんでしょ?」
「……分からないの」
「私はそうしたいわ。今はエージェントって仕事しかできないけど、いつか、きっと」
リサにとっては遠すぎる夢なのだろうか。はっきりと口に出すことはしなかった。
それでも強い言葉で、遠くを見据えるように言ったリサには、そこまでの道筋も見えているのかもしれない。
ならば、自分はリサに負けている。医者になりたい夢はあっても、まだ漠然とした道しか分からない我が身を振り返り、ことみはようやく納得する答えを得たと思った。
仕事の内容は違っても経験する道のアドバイスに長けているに違いない。将来は、恐らく。
そんなリサに、ようやく自分の未来を預けてみようという気になったのだった。
「お願いがあるの」
なに? と今更ねとでも言いたげな顔でこちらを見てくる。遠慮がないのはお国柄の違いなのだろうかと苦笑を返しつつ、
ことみは一つの提案を持ちかけた。
865
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:11:25 ID:w1hhOi020
「二手に別れるの。リサさんは当初の予定通り中央の制圧。私は脱出路の道筋を探す。ほら、私この恐竜さんに乗ってるから早いし」
「そうするメリットは?」
感情に訴えず、合理的な判断を持ちかけてくるのは流石にリサだった。だがその方がことみとしてはやりやすい。
元々、考えるのは得意中の得意なのだから。
「んー。さっきアハトノインと遭遇したけど、あれってなんでなのかな」
「どういうこと?」
「普通、自分の身を守りたければああいう強いボディーガードは身辺につけてるはずなの」
「ふむ」
「ところがそれをホイホイ手放した。ってことはつまり、テンパってるってことだと思うの」
「まさか。こんな殺し合いを計画する奴よ」
「でもそれは変わったかもしれない。途中から、明らかに色々変えてたもの」
主催内部でゴタゴタがあったかもしれない。リサがそれに感づいている可能性は高かった。
何より、那須宗一と話し合う姿を目撃している。推理が含まれるだろうが、概ね外れはないだろうと踏んでいた。
リサは特に反論を寄越さなかった。つまり、反論はないということだ。ここに畳み掛ける。
「リサさん強いし、一人でも何とかなるんじゃないかな。もちろん私にもリスクはあるの」
「貴女の身が危ないわね」
「そこをリサさんに託すって言ってるの。……これは私の勘なんだけど、こんなことでテンパるような主催者なら、なんかやらかしそうな気がするし」
半分冗談のつもりで言ったのをリサも理解してくれたらしく、「例えば、基地の自爆スイッチを押すとか」と付き合ってくれた。
「そうそう。他にも基地がぶっ壊れるのお構いなしで兵器ぶっ放しとか」
「……ありそうな話ねぇ」
コミックの中でしか有り得なさそうな話なのだが、リサは意外と神妙だった。
本気ではないだろうが、可能性のひとつとして受け止めたのだろう。
866
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:11:47 ID:w1hhOi020
「追い詰められた奴は何をするか分からないからね……貴女が、宮沢有紀寧にそうされたように」
「えっ?」
思ってもみなかった言葉が飛び出してきて、ことみは間抜けな口を開いてしまっていた。
まさか、本気なのだろうか。
硬い表情を作るリサの真意は測れず、判然としないものだった。
「何をしでかすか分からない、か……」
何とも言えなくなってしまう。不測の事態に陥ってしまうと頭が回らなくなる悪い癖は治っていないらしい。
ここもいずれ変えていかなければと見当違いな決心をしている間に結論を出したらしいリサが「分かった」と言っていた。
「別行動にしましょう。ただし、危なくなったらすぐに逃げてね。そこだけは約束して」
「え、ああ、うん」
こくこくと頭を下げたのを見たリサは「うん、よし、それじゃあね」とまくし立てて先に行ってしまった。
呆然と取り残されたような気分になり、ことみは首を捻りながら「うーん」と呟いてみた。
これでよかったのだろうか。いや、当初の予定通りではあったのだが。
「……まあ、私がいても正直戦闘の役に立たないし」
だから自分の得意なことをやろう。
気を取り直し、ことみはのんびりと歩いていたウォプタルの手綱を強く握った。
目下の見立てでは、地下の、最深部が怪しい……というのはフェイクで、この近辺のフロアに何かがあると見ていた。
理由はひとつある。アハトノインが『見回り』に来ていたこと。
どこかに急行するなら歩いているはずはない。警戒のために来ていたのだとすると、重要な何かがあるということだ。
試しにウォプタルを走らせて、まずは様子を見ることにした。
867
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:12:13 ID:w1hhOi020
「当たってればいいけど」
全部が推理でしかないのに、無闇に確信している自分がいる。
そういう根拠のない自信は聖から貰ったものなのだろうか。
ねえ、先生。
私、意外と図々しくなったかもしれないの。
だから絶対医者になる。なれるように祈ってて欲しいの。なれなかったら先生のせいなの。
聖が、苦笑した気がした。
* * *
十三時五十四分/高天原中層
ことみの小さな一言が切欠だった。
追い詰められた人間は何をしでかすか分からない。
もし、今ここを管理している人間が、自分の推理通りの人間だったとしたら――
それがことみと離れた理由であり、急いでいる理由。
生きて帰る。それだけが目的なら急ぐ必要はなかったし、今こうしていることもない。
けれども、もし、帰る場所そのものが失われてしまうかもしれないとしたら?
実行するかどうかはともかくとして、やると決めたならばどんな非道なことでもやってかねみせないのが『彼』だった。
脱出する前になんとしても接触し、決着をつける必要があった。
本当なら皆と合流した上で行うべきだったし、そうしたいと思っていたが事態は急を要する。
分散してしまったのは失敗だったかもしれないとリサは舌打ちした。
もし既に脱出路の確保が終わってしまっているなら、『彼』は準備に取り掛かっているかもしれない。
そうなる前に潰したいというのがリサの気持ちだった。
868
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:12:52 ID:w1hhOi020
片っ端から怪しそうな場所に突入してみたが、いずれも無人。
本命の場所には必ずいるだろうからいないはずはない。そう考え、もう何度も突撃してはみたが結果は得られていない。
『高天原』は広すぎる。このフロアではない可能性もある。
そもそも、勘と当てずっぽう、そして和田の残してくれた僅かな情報だけが頼りでしかない。
首輪データと共に発見した『高天原』のデータが古い可能性は否めない上、建造初期のデータだった。
だが、自らの経験と勘を信じるしかない。
今度こそ手遅れになるわけにはいかないのだから……
新しい部屋を発見したリサは躊躇なくそこに踏み込む。
物陰から飛び出すと同時にM4を構える。敵と判断すれば即座に撃つ心積もりだったが、またも無人。
その代わりに、床に赤い液体が放射状に散らばっているのを発見した。その傍らには、投げ捨てられたゴミのように放置されたウサギの人形と、ひび割れた眼鏡があった。
床の赤いモノに触れるリサ。既に凝固しかけているのか、殆ど手にはつかない。
つまり、いくらか時間が経過しているということだった。
「……誰かが、殺された?」
考えるならばそうとしか考えられない。
主催者の仲間か、或いは別の誰かなのか。血痕だけではこれ以上の事実など分かろうはずもなかったが、ことみの推理は正しいことになる。
やはり篁が死んで以降、運営内部で争いがあったのだ。
当初の目的を遂行するか、やめさせようとした一派と争いになったのか、或いは篁財閥の権力を握ろうと他を排除にかかろうとしたのか。
いや過程はどうでもいい。その結果として、『彼』がトップの座に居座っている。
そして全てを隠蔽すべく、参加者を全て皆殺しにしようとしている――
「お待ちしておりました」
やはり『彼』を放置しておくわけにはいかないと結論を結びかけたところで、唐突に声が背後からかかった。
気配は感じなかった。心臓が凍りつき、内心戦慄する思いであったのだが、何とかそれを隠し通し、いつもの振る舞いでリサは振り返った。
そこにいたのは、以前撃破したはずのアハトノインだった。いや違う、とリサは即座に判断した。恐らくは別の機体。だが……
平板な表情、金色の髪と赤外線センサーを搭載した赤い瞳、胸のロザリオ、修道服。
何から何まで同じで、生き返ったのかとすら思う。きっちり揃えられたアハトノインには個性の文字すら見えない。
869
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:13:17 ID:w1hhOi020
「我が主が貴女様をご招待しております。どうぞ、こちらへ」
恭しくお辞儀をして、手で誘導してくる。罠か、と思ったリサだったが、そもそも敵陣の只中に突入している身で罠も何もないと考え直した。
余裕があるということなのか? いやそれはない。推理通りの人物ならば余裕など有り得ない。そんな器を持ち合わせているはずはない。
これは虚勢だ。プライドが小さい男が張ったつまらない虚勢。
わざわざ使いを寄越すのも、自ら出て行くことができなかったからなのではないか。
そう思うと色々勘繰っていたことも馬鹿らしく感じ、逆に余裕を持てるようになった。
その程度の男、御せなくてどうする、リサ=ヴィクセン。
「ご招待に預かりましょう」
もしかすると、アハトノインを通して見られているかもしれないと思い、リサはわざとふてぶてしい態度を取った。
M4を仕舞いもしなかったが、特に気にかけることも別の表情を見せることもなく、「では、どうぞ」と先を歩いてゆく。
人間であれば、まだおちょくることもできたのだが。
そういった意味でも面白くないと思いつつリサはアハトノインに続いた。
「ところで、質問は許可されているのかしら」
「命令にはありません。もうしばらくお待ちください」
「……面白くないわね」
「申し訳ありません。その命令は実行できません」
口に出すだけ無駄だろうとリサは結論した。
それにしても応対まで簡素そのものだとは。ほしのゆめみなら、もっと面白い答えで受け答えしてくれるのに。
ほんの少し付き合っただけだが、リサはアハトノインを通して製作者の人間性が改めて分かったような気がした。
ひどくつまらない。男としての魅力は皆無といっていい。
「英二なら、そもそも自ら出向いてくる、か。比較するのも失礼だったかな」
わざと聞こえるように言ってみたが、返ってきたのは無言だけだった。
やはりつまらない。廊下を通り過ぎ、階段を下りてゆくアハトノインの背中を見ながらリサは嘆息した。
870
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:14:19 ID:w1hhOi020
* * *
十四時十五分/高天原格納庫
「……こいつは」
目の前に聳え立つ、高さ5m以上はあるかという物体を見上げながら高槻は想像以上の代物が出てきたことに驚いているようだった。
無理もないな、と朝霧麻亜子は思う。こんなもの、どうやって破壊しろというのか。
戦車なのかロボットなのか、それとも別の兵器とも判断できないそれは今は休止中なのだろうか、
間接部のライトをチカチカと輝かせているだけで動く気配を見せていなかった。
しかし動いてはいなくとも、頭頂部に配置されている大型の筒は息を呑むほどの威圧感があり、例えるなら玉座に鎮座する大王、といった佇まいだった。
恐らくは戦車砲かなにかなのだろう。それにしては鋭角的なデザインだとも思ったが、最新鋭の兵器というものはこういうものなのかもしれない。
「どうするのさ」
ただ立ち尽くしているわけにもいかず、麻亜子は腕を組んだまま見上げている高槻に問いかけた。
ほしのゆめみは相変わらず高槻一筋といった振る舞いで、特に何もしていなかったからだ。
「見ろ」
首を少しだけ動かし、高槻はとある一点を指し示したようだった。
視線の先を追うと、大型筒の下のあたりに、取っ手らしきものがあるのが見えた。
「コックピット?」
「だろうさ。ちょいと狭そうだが、あの大きさなら少なくとも二人は入れる」
「おい、まさか」
「ここであれを奪わなくてどうする」
麻亜子は頭を抱えた。あんな最新鋭の兵器、動かせるはずがないではないか。
確かに、面白そうだとは思うが。
ここで面白そうだから動かしてみたいと思ってしまっている自分がいることに気づき、麻亜子はため息をもう一つ増やした。
玩具みたいに簡単にできるはずがないと感じてはいても、それがどうしたやってみなければ分からんという考えもある。
どうも学校生活の中で、あらゆる無茶に挑んでみたくなるのが習い性として定着してしまったらしい。
871
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:14:39 ID:w1hhOi020
「動かせる自信あるの?」
「ない」
随分きっぱりと高槻は言ってくれた。「なんだよそれ」と呆れ混じりの口調で返すと「動けばいいんだよ、事故っても」と、
本気なのか冗談なのかも分からぬ答えが返ってきた。
「ま、いざとなればあのレールガンぶっ放せばいいだけの話だ」
それが出来るのか、という質問は置いておくことにした。
実現性はともかくとして、手当たり次第に暴れまわるという発想は面白そうだと麻亜子も感じたからだった。
結局のところ、面白さを第一義にして動くという性分はどんなに辛酸を舐め尽くしても変わることはないのだろう。
それでもいいか、と結論付ける。自分の人生、好きなように決めて行動してもいい。好きなように行動するという選択肢が、今の自分にはある。
「よし分かった。その覚悟に免じて先鋒となってハッチを開ける任務を与えよう」
「あ?」
「何だよ、言いだしっぺの法則を忘れたか高槻一等兵」
「……」
ジロリ、と睨まれる。どうもまだ高槻は自分に対して警戒心が強く、心を許してくれていない部分があるようだった。
当然か、とも思う。考えている以上に因縁は深く、一生を費やしても埋めきれない溝であるのかもしれない。
それでもと麻亜子は反論する。どんなに人殺しの業が深くても、最低な人間だったとしてもそれで終わるわけにはいかない。
どんな暗闇に落ちたとしても、そこから這い上がれるだけの力を人間は持っているのだと知ることができたのだから。
「分かった。行きゃあいいんだろ。でもな、ひとつ確認していいか」
「?」
「あすこまで、どうやって行くよ」
「……」
872
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:15:00 ID:w1hhOi020
取っ手は四脚に支えられた台の上にあり、脚立か何かを使わなければ取り付くこともできそうになかった。
脚から這い上がろうにも、表面は滑らかであり、ロッククライミングまがいのことも不可能そうだ。
「つまりだ、俺が上がろうと思えばお前ら二人で俺を肩車しろってことなんだが、できるかチビ」
「あー!? チビって言ったかこいつ! できねーよ! 悪かったなこんちくしょう!」
「お、落ち着いてください……わたしは恐らく大丈夫だとは思いますが」
麻亜子はゆめみを睨んだ。スレンダーな体。けれども割と高い身長。その上力持ち。萌え要素のツインテール。
「完璧超人め! もげろ!」
「はい?」
もげろの意味が分からなかったらしく、小首を傾げられる。しかもかわいい。
「ま、そういうことだ」
ポン、と肩を叩かれる。高槻はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべていた。
多少は溜飲を下げたのかもしれなかった。それはそれで何か苛立たしい気分ではあった。
かといって男に肩車できるだけの膂力はなかった麻亜子に返しの一手が浮かぶはずもなく、先鋒を務めなければならない我が身に嘆息するしかなかった。
キック力なら負けないのに。
どこか言い訳のように心中で呟きながら、麻亜子は「分かった。行きゃあいいんでしょ」と承諾した。
「あ、スカートの中見るなら100円な」
「見ねえよ。そもそもスカートじゃないだろが」
麻亜子は自分を確認してみた。体操着だった。すっかり忘れていた。おまけに普通のズボン。
「ちっ」
「露骨に舌打ちすんな。大体てめぇのような貧相なガキのパンツ一枚見たところで興奮しねえよ。中学生じゃねえんだ」
873
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:15:30 ID:w1hhOi020
本当に興味なさそうに言っていたので、なにかますます悔しい気分になる。
何が一番悔しいかというと、全く持って高槻の言ったことが全て真実であることだった。
「ふん。あたしでも需要はあるんだもんね」
「ロリコンはな、年齢もロリじゃねえと納得しないもんだ」
「あー!? あたしが年増だってか!」
「悔しかったら胸増やしてボインになってみろよバーカバーカ!」
「胸なんかいらんわっ! あんなもん年食ったら垂れて使いもんにならんもんねー! バーカ!」
「負け惜しみしてんじゃねえよ幼児体型!」
「んだとテンパのくせに!」
「ててててめぇ! せめてウェーブって言えこの野郎!」
「やーいやーい悔しかったらサラサラストレートにしてみろってんだ」
「ばっ、こういうのは個性っていうんだよ! 分からんのかこの低身長!」
「お二人とも、小学生のような喧嘩はやめてくださいっ!」
珍しくゆめみが声を荒げたこともあったが、それ以上に小学生の喧嘩という指摘があまりにも的確だった。
なんで張り合ってたんだろうと今更のように感じながら、同様の感想を抱いていたらしい高槻と一緒に大きくため息をついた。
そのタイミングまで一緒だったので「けっ」と言ってやったが、全く同じタイミングで向こうも「けっ」と言っていた。
なんなんだよ、これ。
言い表しがたい気分を抱えながら、麻亜子は渋々といった感じで座り込んだ高槻の肩に乗り込む。
更にその高槻をゆめみが下から肩車する。肩車の三段重ねだった。
バランスが崩れるかと多少不安な気持ちだったが、予想外にしっかりと固定してくれていて、揺れることすらなかった。
いかにもぶすっとしているのに、がっちりと足を掴んでくれている高槻の手が妙に頼れるものに思えてしまい、麻亜子は何か居心地の悪くなる気分だった。
やるべきことをちゃんとやっていると言えばその通りなのだが、歯がゆいというのか、くすぐったくなるような気持ちだった。
874
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:15:52 ID:w1hhOi020
「おい、さっさと開けろって」
考え事をしていたからなのか、目の前に取っ手があることにも気づけなかった。
何やってんだろ、あたし。
自分でも整理のつかない気持ちを抱えながら、それを少しでも晴らすべく麻亜子は話を振った。
「ねえ、あたし軽いでしょ」
「……そりゃな」
流石に事実までは否定してこないようだった。
「胸があったら重かっただろうねー」
「代わりに下乳が俺の頭に触れるかもしれないってドリームがあるから問題ない」
「……あんたさ、意外にスケベな」
「セクハラ大魔王のお前にゃ言われたくないね」
「うっさいな」
言いながら、麻亜子は少し吹き出してしまっていた。
ああ、似ているのだ、自分達は。
あまりにも似すぎているから戸惑ったのかもしれない。
わけもない対抗心も、自分達が似ているからなのだろうか。
「んなこたどうでもいいからとっとと開けろよ」
「はいはい……ここか、せーのっ」
意外に取っ手は重く、若干の反動がかかることは承知の上で両手で引っ張る。
しばらく力を込めるとハッチは簡単に開いた。
が、その瞬間目の前が揺れた。
875
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:16:18 ID:w1hhOi020
「うわわっ!? なになに!?」
「う、動き出しました!」
「何だと!?」
『侵入者を確認。これより対象の排除にかかります。セーフモード解除、Mk43L/e、シオマネキ、起動します』
げっ、と麻亜子も高槻も、そしてゆめみでさえも漏らした。
地震が起こったのではなく、目の前の『シオマネキ』が動き出したのだった。
それも自分達をターゲットに、殲滅するように。
開いたままのハッチから、僅かに操縦席が見えた。
しかしそれは操縦席と呼べるようなものではなく、複雑に回線が絡み合った、一種のコンピュータのようであった。
その配線群に紛れ込むようにして、いや配線に繋がれている、ひとつの影と目が合った。
目は赤く、それでいて瞳の中には何も宿してはいなかった。
この目を、自分は知っている。
そう知覚したとき、目の下にある口腔が開き、一つの言葉を発した。
「あなたを、赦しましょう」
ぐらりと麻亜子の体が揺れた。
動き出したシオマネキから離れるべく、高槻とゆめみが自分を下ろしにかかったのだろう。
ハッチの中はもう見えない。ただ――
シオマネキも、アハトノインであるということが分かった。
* * *
876
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:16:41 ID:w1hhOi020
十四時四分/高天原司令室
「ようこそ我が『高天原』へ。歓迎しますよ、ミス・ヴィクセン」
「歓迎会の迎えにしちゃ遅いんじゃないの? エスコートの下手な男は嫌われるわよ、ミスター・サリンジャー」
それは失礼、と軽薄な笑みを作ったまま、デイビッド・サリンジャーは豪奢な作りの椅子に腰掛け、足を組んだ。
敵が目の前にいるというのに、殺されるなどとは微塵も感じていない態度だった。
武器も持っていないのに? この自信は背後に控えているアハトノインによるものなのだろうか。
直接交戦したとはいえ、まだその真の性能を把握してはいない。この殺人ロボットに、果たして一対一で勝てるか。
考えている間に口を開いたのはサリンジャーだった。
「いつまでもお互い口上を述べていても仕方がありません。早速本題に入るとしましょうか。私は意外とせっかちでしてね」
「あら。せっかちな男も女には逃げられやすいわよ」
「性分なんですよ。なにせ元がプログラマーですから。迅速に結果を出さなければいけない仕事も多かったんですよ」
「今はどうなのかしら」
「そうですねえ……神なんていかがですかね」
ジョークにしてもいささかつまらなさ過ぎるとリサは返事を寄越すのも躊躇った。
上がいなくなったからといって、神様気取りか。くだらない、たなぼた的に地位を獲得しただけではないか。
当人は面白いとでも思っているのか、くくっと忍び笑いをしている。リサは想像していたよりずっと小さい男だと感想を結んだ。
デイビッド・サリンジャー。篁の元に潜入していたときに、何度か出会ったことがある。
機械工学部のチーフプログラマーであり、最新技術の研究をしていたと聞く。
当時のリサはサリンジャーのことまで気にしている余裕はなく、せいぜいその程度の情報くらいしか知らなかった。
まさか篁の側近クラスであり、ここまでの地位とは思わなかったが……
しかし、アハトノインの性能を見る限りサリンジャーはプログラマーとしては一流だということは感じていた。
その人間性はともかくとして、ロボットに殺人させるアルゴリズムを組み込める技術者をリサは知らない。可能であるとすれば姫百合珊瑚くらいのものだろう。
だから篁に目をつけられた。己がためならどんな非道でもやってのける残虐な性格であるのは、ここまでの経過を見ても明らかだ。
「素晴らしいロボットね、貴方の『アハトノイン』は。戦闘できるロボットなんて初めて見たわ」
「そうでしょうそうでしょう! いやあ苦労したんですよ。何せオーダー元……篁総帥の仕様が無茶苦茶でしてね。頭を悩ませたものです」
饒舌に話すサリンジャー。放っておくといつまでも喋りそうな勢いだった。
会話するのも億劫になってきたリサはさっさと結論を引き出すべく、サリンジャーの口を遮って次の疑問を出した。
877
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:17:07 ID:w1hhOi020
「それで、このロボットを使って貴方は何をするつもりなのかしら」
「神の国の建設ですよ」
また神か。いい加減うんざりしてきたので、露骨に呆れてみせた。
まあまあとサリンジャーは猫なで声でなだめすかす。それがまたリサの心を刺激し、苛立たせた。
この男、人をイラつかせるのだけは一人前なのかもしれないとリサは評価を改めた。マイナスの方向に。
「夢物語なんかじゃありませんよ。この高天原と私の忠実な下僕がいればね」
「ロボット軍団で世界征服でもしようっての?」
「その通り」
大正解、とでも言いたげな表情だった。
馬鹿じゃないのと言いたくもなったが、それすら呆れによって言い出す気力も失せた。
まるでSF小説か映画の世界だ。一体何をどう考えればそのような発想に辿り着くのかと驚きさえ覚える。
「アハトノイン達の実力は皆さん確認済みでしょう? あれ、実は意外とリミッターかけてましてね。
ここをなるべく傷つけさせないために銃の使用を控えるように言ってしまったんですよ。
いやはや。流石に分が悪いかと思いましたが結構そうでもなかったようで。今二体破壊されてしまっているんですが、三人も殺せてるんですよ。
上出来でしょう? 近接武器だけで強力な武器を持ったあなた方を三人。全力ならとっくに全員死んでますよ」
テストで想像以上の点数を取れたことを自慢するようにサリンジャーは述べる。
ここで見ていた。命を賭けて戦っていた皆の姿を実験する目でしか見ていない。
その上、机上の空論だけで全員殺せるなどとのたまう姿に、流石のリサも怒りを覚え始めてきた。
表情にもいつの間にか出てしまっていたらしく「おっと、怒らないでくださいよ」と全く悪びれてもいない声でサリンジャーに言われる。
それがますますリサの怒りを逆撫でした。
スッ、と胸の底が冷たくなり、殺意が鋭敏に研ぎ澄まされてゆく。
こんなつまらない男の掌で転がされていたのかと思うと、情けないというより笑い出したい気分になる。
仇などと言うのも惜しい。そうするだけの価値も意味もない。
口に出して証明するまでもない。こんな男より柳川祐也や緒方英二、美坂栞の方が余程優れているし魅力的だった。
だから負けるはずがない。こんな男に殺されるはずがない。
リサは黙ってM4の銃口を持ち上げ、サリンジャーへと向けた。
878
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:17:52 ID:w1hhOi020
「まあ話は最後まで聞いてくださいよ。我ながら魅力的な提案だと思いますよ? ここから先の話は」
椅子を横に回転させ、流し目でこちらを見ながらサリンジャーは言った。
銃口を向けられているというのに、全く微動だにしていない。即座にアハトノインが守ってくれるという余裕があるからなのだろうか。
それとも、本当に自分の話が魅力的だと思っているのか。
どちらにしても思い上がりも甚だしい。
見た目だけは二枚目なサリンジャーの細い顔を見ながら、リサは冷めたままの感情で続きを聞いた。
「高天原の設備、そして篁財閥の財力なら量産することも不可能ではない。それにこちらには核もある。
つまり、我々は武力と経済力のどちらも握っているわけです。面白いゲームになると思いますよ?
人間の軍隊が圧倒的な差で我が神の軍隊に敗れてゆく様はね。私達はここでその様を眺めていればいい」
「たかが核くらいで何をいい気になってるの? 撃つ設備も必要だし、何より撃ったところでアメリカを初めとした先進国には迎撃できるだけの力もある。
撃ち返すことだってできる。いやそうするまでもないわ。撃った場所を確認して空爆すればそこで終わり。貴方の言う神の軍隊とやらには戦う必要もないのよ」
「それがそれが、話はそうじゃないんですよねえ」
ここが肝心要というように、サリンジャーは愉快そうに笑う。
対照的に眉を険しくしたリサに「いいですか、ポイントは二つあります」と先生が生徒に教える口調でサリンジャーが続ける。
「まず一つ。貴女の言う反撃は核を撃った場所が特定できなければならない」
「特定は容易よ。熱探知でどうにでも」
「その熱を全く使わない、つまり、推進力にエンジンを使わない核弾頭を撃てるとしたら?」
「は?」
「あるんですよ、こちらには。『シオマネキ』がね」
「『シオマネキ』ですって!?」
その返答こそを待っていたかのようにサリンジャーは愉悦の笑みを漏らした。
Mk43L/e、通称シオマネキ。世界初の自動砲撃戦車であり、四脚とローラーによる走行はどんな悪路をも走破し、
回転式の砲座に設置されたレールキャノンで発見した対象を確実に破壊する。
米軍で極秘裏に開発されていたのだが、肝心のAIの製作が滞り、現在は計画も凍結されていたはずだ。
それ以前に四脚による走行すらも危うく、とても実戦に投入できるような代物でもなかった。
879
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:18:31 ID:w1hhOi020
「米軍が諦めてしまったのでね。こちらで研究を続けさせていただきました。中々興味深くて面白かったですよ?
まあ話し始めると長くなるので、要点だけ話しましょう。我々は、『シオマネキ』のレールキャノンで核弾頭を撃てる。
撃てるんですよ。探知も迎撃もできない核弾頭をね。文字通りのステルスだ。どうです面白いでしょう?」
「……」
リサは何も言えなかった。正確には、探知することは不可能ではない。
だが迎撃は難しい。サリンジャーの言う通り、シオマネキで狙撃することが可能なレベルのレールキャノンである場合、
弾頭はとてもではないが迎撃はできない。最低でも、一発は核による砲撃を許すことになる。
いやそれだってシオマネキが一体であるならばの話で、仮に量産されたとしたら……?
「更に言うなら、『シオマネキ』は量産する必要もないんですよ。貴女はこの島は固定だと思っているようですが、実はそうではない。
移動可能なんですよ、この島は。動かしていないだけでね。エネルギーさえ確保できれば動かせますよ。今だって、何の問題もなくね」
「……つまり、探知しても正確な位置の割り出しは不可能」
「察しが良くて助かります。まあそれでも優秀な米軍あたりなら空爆だって仕掛けられるかもしれませんが、それも問題ないんですよ」
「まだ何かあるっていうの……!?」
「ええ。ですが、流石にここからは企業秘密に当たるので話せませんね。貴女が私の陣営に加わるなら話は別ですが」
「私を引き入れるって言うの……?」
「出自やこれまでの経緯はどうでも構いません。貴女は優秀だ。そこらへんのSPなどよりもはるかにね。
どうです? 私の護衛になってみませんか? 待遇は望むようにしますが? ああ、他の参加者連中を逃してくれってのは出来ませんよ?」
まるでリサが入ることは確定事項だとでもいうようにサリンジャーは聞いてもいないことを喋り続ける。
は、とリサは嗤った。
捕捉も迎撃も不可能な核。人間を凌駕するロボット兵器。まだ隠されているなにか――それがどうした?
結局のところ、全て篁の遺産ではないか。他人の褌で相撲を取っているに過ぎない。
この男自身の力は何もない。自らの力で何も成し遂げようとはせず、転がり込んできた玩具で遊ぼうとしているだけ。
くだらない。そんなくだらない遊びに付き合うほど暇ではないし、魅力の欠片も感じない。
プレゼンとしてもゼロ点以下だ。どんなつまらない話かと失笑を期待してみたが……それ以下だった。
そして何より、自分を、リサ・ヴィクセンという女をコケにされたようで、気に入らなかった。
880
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:18:53 ID:w1hhOi020
この私が? 地獄の雌狐と言われたこの私が、他人に尻尾を振るとでも思っていたのか?
今ある未来から背き、泡沫でしかないものに身を委ねろという言葉に本気で従うと思っていたのか?
そんな言葉で、私は動かされない。
私が動かされるのは、いつだって生きている言葉、自分を生きさせてくれる言葉だ。
「――お断りよ。クソ野郎」
今度こそ、何の感慨もなくリサはM4のトリガーを引き絞った。
サリンジャーに殺到した5.56mmNATO弾は一言の命乞いも許さず、綺麗にサリンジャーの頭に風穴を開けるはずだった。
「それはそれは……残念です」
「……っ!?」
だが、サリンジャーに弾丸は当たらなかった。否、見たものが正しければ、弾丸が逸れた。
まるで当たることを拒否したかのように綺麗に逸れていったのだ。
サリンジャーの傍らにいるアハトノインは寸分の動きも見せなかった。彼女が何かをしたというわけではない。
けれどもサリンジャーが動いたわけでもなかった。これはどういうことなのか。
「特別ですから、企業秘密を教えて差し上げましょうか」
表にこそ出していなかったものの、内心の動揺をあざとく感じ取ったらしいサリンジャーが冷笑を浮かべながら言った。
自らが絶対有利だと安心する笑いであり、こちらを見下した笑い。
優越感のみによって構成された彼の表情は、あまりにも似合いすぎていた。これが、奴の本性か。
「先程言いましたね、米軍の空爆ごときなんでもない、と」
横を向いていたサリンジャーが再び正面に体を戻すと同時に、ポケットから長方形の、携帯電話サイズの物体を取り出した。
あれがマジックの種だとでも言うのか? 疑問を抱いたリサに応えるようにサリンジャーは手で弄びながら続けた。
881
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:19:14 ID:w1hhOi020
「これがその答えです。総帥は『ラストリゾート』と言っていましたがね」
「……完成していたのね」
「おや存在だけは知ってたようですね。性能までは知らなかったみたいですが。そう、これが究極の盾。
あらゆる銃撃、爆撃を無効化する夢のような兵器ですよ。どんな原理なのかは私も知らないんですがね。
まるで魔法みたいでしょう? 今のテクノロジーを使えば、奇跡も幻想も作り出せる」
サリンジャーは勝ち誇ったようにしながらも、「だが総帥は」と一転して吐き捨てるように言った。
「これだけの力がありながら、それを『根の国』だのとかいう訳の分からないところに攻め入るためだけに用いようとした……
全く、宝の持ち腐れですよ。私のアハトノインもね。だから私が使うんですよ」
「貴方の自己顕示欲を満たすためだけに? はっ、どっちもどっちね」
もう一発。射撃を試みたが、やはりサリンジャーには命中しない。
どうやら常時発動型のシステムらしい。だがアハトノインが近くに控えている以上、接近不可能というわけでもなさそうだ。
――つまり。
「私の理論が正しいということを証明するだけですよ。間違っているのは私じゃない。世界だ」
冷静を装って振舞っていながらも、その根底に卑小なものが潜んでいるのをリサは見逃さなかった。
間違いを認めたくないだけの我侭な男だ。一度失敗したからといってやり直す気概も持てず、不貞腐れて漂っている間に玩具を拾っていい気になっているだけ。
そこいらの高校生にも劣る小物でしかない。
「だから、貴方は負けるのよ!」
リサは高速でサリンジャーに詰め寄った。『ラストリゾート』さえ奪ってしまえば恐れるに足りない。
流石に意図を読み取ったらしいサリンジャーはアハトノインに「近づかせるな!」と盾にしたが、止められると思っていたのか。
M4を構え、フルオートで射撃する。完全に接近戦の構えだったアハトノインは回避動作さえしなかった。
だが。
882
:
終点/あなたを想いたい
:2010/08/27(金) 21:19:35 ID:w1hhOi020
「っ! こいつも……!」
M4の弾が逸れる。避けられなかったのではない。避けなかったのだ。
アハトノインも、『ラストリゾート』を装備している。
グルカ刀を抜き放ったのを見たリサは一転して回避へと変じる。袈裟に切り下ろされるグルカ刀をかろうじて回避し、一旦距離を取る。
「危ない危ない……さて、ショーと参りましょうか。私のアハトノインと地獄の雌狐。どちらが強いかをね」
悠然と座ったままのサリンジャーは、コロシアムの観客を気取っているようだった。
なら、そこから引き摺り下ろしてやる。今すぐにだ。
サバイバルナイフを取り出し、逆手に構える。対するアハトノインもグルカ刀を真っ直ぐに構えた。
883
:
名無しさん
:2010/08/27(金) 21:20:47 ID:w1hhOi020
ここまでが第一部となります
884
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:22:42 ID:w1hhOi020
十四時二十分/高天原格納庫
「ちょっちょっちょっとー! どうしてくれんのこれ!」
「うるせえ馬鹿! 言う前に考えろ!」
「お二人とも、言い争いは……!」
四脚が振り回される。低いモーター音の唸りと共に迫る鉄棒を、三人は紙一重、しゃがんで回避する。
鈍重そうな外見からは考えられないほど動きは俊敏で、逃げようとしてもすぐに回り込まれる。
事実、先程の攻撃も髪を掠めていた。不味い、とほしのゆめみの頭脳は分析する。
シオマネキの装甲はどれほどのものなのか、スペックは知りようもないが手持ちの携行武器だけで破壊できるはずがない。
だからこそ高槻はシオマネキを奪おうとしたのだし、その発想は正しい。
しかし、実際に動き出してしまった。どうすればいいのか。
逃げるのが一番いい手段ではある。だが逃げられない。誰かが囮になってですら。
シオマネキがバックし、前面にある二連装のチェンガンを傾ける。
「してる場合じゃないなっ!」
発射される寸前、高槻の放ったM79の榴弾がシオマネキのチェンガン砲塔に命中し、爆炎を吹き上げる。
代わりに補助装備と思われる側面の機関砲を移動しつつ斉射してきたが、急場しのぎの攻撃だったのか格納庫の壁に罅を入れただけに留まる。
それを機に麻亜子が離れ、ゆめみもまた弾かれるようにして移動を開始した。
一箇所に留まっていては的にされるだけだ。彼女はそう感じて行動したのに違いなかった。
「よし……装甲以外なら効く可能性がある!」
ならば無力化することだって不可能ではない。ゆめみは忍者刀を手に突進する。
素早く側面を向いたシオマネキが機関砲の掃射を開始したが、砲塔の旋回もできない固定砲台である側面砲を避けることは難しくない。
動き自体は素早いが、大丈夫だとゆめみは判断した。
四脚の足元まで辿り着く。即座に脚が振り回されたが、格闘AIに切り替わっているゆめみに見切れないはずはなかった。
横に薙がれた脚をジャンプして回避し、そのまま主砲頭頂部へと飛び乗る。
異変を察知して振り落とそうとしたが、しっかりと左手で機体を掴む。残った右手で忍者刀を逆手に持ち替えて突き刺してみたが、通るはずもなく弾き返される。
やはり外部からの攻撃は不可能なようだ。ならば次の行動はと行動パターンの羅列を行おうと考えたとき、回り込んでいた麻亜子の声が聞こえた。
「ハッチ開けたときに見えたけど、あの中にアハトノインがいた! あいつがきっとこれ動かしてる!」
「了解しました!」
885
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:23:19 ID:w1hhOi020
つまり、ハッチの内部に入ってアハトノインを倒す、もしくは彼女を繋いでいる回線を切ってしまえばいい。
外殻が硬いならば、内側から切り崩せばいい。当たり前の戦術だったが、それこそが一番有効なのだとプログラムを通じてゆめみは理解していた。
未だに振り落とされぬゆめみに苛立ったか、シオマネキが大きく上下に揺れ動く。落差の激しい動きに足がぐらついたものの、意地でもゆめみは手放さなかった。
この機会を逃せば次はない可能性は高い。それは理由のひとつであったが、もっと大きな理由があった。
失敗を繰り返したくはないから。
沢渡真琴が命を落としたとき。小牧郁乃が岸田洋一に襲われたとき。ゆめみは何もできなかった。
『お客様』の安全を守るはずの自分はどうしようもない無力を晒すばかりだった。
戦闘向きではない。状況が悪かった。理屈をつけるならばいくらだってできた。
けれどもそんな理由付けをしたところで命は帰ってこない。失われた生命の重さが軽くなるわけでもない。
以前にそんな自分自身を『こわれている』とゆめみは評した。
間違ってはいないのだろう。与えられた使命を遂行することもできず、何が正しかったのか、何が間違っていたのか、正確な答えも出せていない。
ロボットにあるまじき、曖昧に答えを濁したままの自分は、きっとこわれている。
だからこそ……今がこわれているからこそ、次は成功させなければならない。
行うことを止めてしまったら、きっとそのまま、自分は何者でもありはしないまま瓦礫の山に埋もれてゆくのだろう。
それは受け入れるべきではなかったから。今の自分がやりたいことは、人間の役に立つことなのだから。
何があっても、ここでやり通さなければならない。
シオマネキはしばらく暴れていたが、どうにも振り落とせないことが分かったらしく一旦上下の動きを停止した。
行ける。ゆめみは動き出そうとしたが、今度は猛烈な勢いで前進を始めた。
強烈な慣性がかかり、後ろへと押し流されそうになる。砲塔を掴んで再び張り付くことには成功したが、代わりに目に入ったのはターゲットにされた高槻の姿だった。
殺害する対象を変更したのだ。理解したゆめみは狙いを変えようと自ら飛び降りようとしたが「やめろ!」という高槻の怒声に阻まれる。
「いいからそのままやれ! こっちは心配するなっ!」
「で、ですが……!」
人間を助ける。それこそがゆめみの作られた目的であり、存在している理由。
それをやめろと言われて、ならば自分はどうすればいいのか。
加熱する思考回路は矛盾する状況に今にも焼き切れそうだったが、まだこわれるわけにはいかない。
それが望まれていないと分かっていながら、ゆめみは高槻の援護に回る行動を選択しようとした。
「来るなって言ってんだ! 命令だ!」
命令。その一語を捉えた耳が手放す寸前だった砲塔を掴ませる。
高槻にそう言われれば、やるしかない。だがそれでは、人間を助けられるのか?
再び迷いが生まれる。あるはずのない逡巡が起こる。まただ。いつも過ちを犯すときは、この迷いが生まれる。
命令に従え。だがそれでやれるべきことを果たせるのか。命令。やるべきこと。わたしは、どちらを――
「いいから! アイツは心配しなくたって大丈夫! あたしらはゆめみさんを信じてるから!
今なんとかできるのはゆめみさんだけなんだよっ! だからちっとは……自分を信じなよっ!」
886
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:23:48 ID:w1hhOi020
思考に割って入ったのは麻亜子だった。シオマネキの背後に陣取った彼女はイングラムを構えていた。
シオマネキの右部にあるレドーム目掛けて乱射する。レーダーの役割を果たしているそこは言わば目とも言うべき場所だった。
生命線を狙撃され、火花を散らし、円形の盾のようにも見えるレドームがグラグラと揺れた。
すぐさまバックして後ろの脚で麻亜子を蹴り飛ばす。ギリギリまで射撃していた麻亜子のイングラムが弾き飛ばされ、本人も余波を食らって大きく吹き飛ばされる。
そのままローラーで押し潰そうとするのを、今度は高槻が遮った。
最後の榴弾。脚を狙撃された脚部が榴弾の破片を貰い、ガリガリと不協和音を立て、次の瞬間にはローラーの一部が弾け飛んだ。
バランスを崩し、傾くシオマネキ。ゆめみは必死に掴まりながら、彼らの言葉を聞いた。
「おい美味しいとこ持ってくんじゃねえよ! 俺が言おうと思ってたんだぞ!」
「へーん! 言ったもん勝ちだぞぅー! 悔しかったらもっといいタイミングで言ってみろよほれほれー!」
「お前ぇ! 後で殴る! 殴り倒す!」
「はっはっはー! ねえねえどんな気持ちー?」
いつもの会話だった。死線の中にいるというのに、まるで彼らは変わらなかった。
信じているとはこういうことなのだとゆめみは理解することにした。その場を全力で生きること。それが未来に繋がるのだと。
何も諦めてなどいない。一挙手一投足を他人に預けつつも、やれることをやっている。
なら、わたしもあの人達に倣えばいい。
それで自らの目標が達成できると断じたゆめみはもう振り向かなかった。
ハッチを目指す。その一念だけを胸に、ゆめみは僅かでも前に進めるように足を動かした。
周囲からは二人の怒号、機関砲が掃射される音、四脚が大地を踏みしだく音が聞こえている。
ゆめみ自身も必死にしがみついてじりじりとしか進めていない。動力を全開にしてこの程度なのだから、
麻亜子が言った、「ゆめみにしか出来ない」という言葉は真実なのかもしれなかった。
思う。考える。他人の期待を背負ったことは、初めてだった。
自分ならばやりとげてくれるだろうという信頼。
別に失敗しても代わりはいる、所詮は量産品でしかないという認識しかなかったゆめみには、現在も思考回路の中を巡っているこのデータの意味が分からなかった。
この『気持ち』。やらなければいけないではなく、絶対にやってみせると言葉を書き換えているこの『気持ち』のデータは何なのだろう。
知ったところで、ロボットでしかない自分が真の意味で理解できることはないのかもしれない。
けれども、なればこそ、その意味を解き明かし、後世のロボット達に伝えてゆくのも自分達の役割ではないかとゆめみは感じた。
それが責任。存在している者全てが背負う、責任という言葉の重さだった。
887
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:25:09 ID:w1hhOi020
「よし……!」
ハッチは未だに開け放しになっている。侵入するのは容易い。
一足で飛んで辿り着けるように脚部に力を込める。後はいつ飛ぶか。
タイミングを窺っていたそのときだった。
シオマネキ側面にあるレドームが、ギョロリとこちらを凝視したような気がした。
まるで視線のように感じ、何かあるのかとゆめみは感じたが、それが既に遅かった。
ひゅっ、と右腕を何かが駆け抜ける。痛覚を持たないゆめみは何があったのか理解できなかった。
理解できたのは――ふと見た右腕が、丸ごとなくなっているのを見たときだった。
「えっ……?」
呆気に取られた声を出すと同時に、またこれが起こりうると電子頭脳が咄嗟に答えを出し、体を反らさせていた。
人間であればもう少し反応が遅れていただろう。体を捻った次の瞬間、ごうと唸りをあげてそれまでゆめみの頭があった場所を小型のワイヤーアンカーが通過していた。
あれがゆめみの右腕を忍者刀ごと持っていったのだ。恐らく機体を固定するためのものを、攻撃に転化したのだろう。
腕がなくなった異変を下の二人も察知したらしく、次々に声がかかった。
「ゆめみっ!」「ゆめみさん!」
「だ、大丈夫です、痛くはありませ……」
応えようとしたとき、三発目のワイヤーアンカーが発射された。返事を已む無く中断し、回避しようとしたものの足場が不安定過ぎた。
ずるっ、と足元が滑る。踏み外したと認識したと同時、ワイヤーアンカーがゆめみのいた場所を通過し、背後の壁へと刺さった。
既に三つ刺さっている。引き抜かれる気配こそなかったものの、ゆめみの状況は最悪だった。
片腕だけで機体の角に掴まっている状態でしかなく、さらに前後左右に激しく揺れるためいつ振り落とされてもおかしくなかった。
ぐっ、とゆめみは歯を食いしばった。人間はこうすることで土壇場でも力を発揮できるのだという。
まるで願掛けだった。しかし今はなんでもいい、ここから打開するためならどんなことでもしてみせなければならない。
「馬鹿! 気にしてる暇あったら……」
888
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:25:50 ID:w1hhOi020
いつもの叱る高槻の声はそこで中断された。
動きが鈍くなったのを敏感に察知したシオマネキが再び目標を切り替えたのだった。
さらに運の悪いことに、高槻がいる位置は機関砲の真正面だった。
高槻の声が、機関砲の掃射音に呑まれた。壁からもうもうと粉塵があがり、高槻の姿が見えなくなる。
やられた、とゆめみは判断しかけたが、直後に聞こえたぴこぴこー! という鳴き声が粉塵を突っ切って飛び出してくる。
ポテトだった。M79をくわえ、軽やかにシオマネキの背へと降り立つ。
「ゆめみ、プレゼントだ! 大事に使えよ!」
生きていた。体中埃だらけで汚れながらも、しぶとく高槻は機関砲を避けきった。
ボロボロになって倒れていたが、それでも生きている。
はい、と答えようとした刹那、今度は四脚が振りかざされる。
動けなくなったところをローラーで押し潰そうとしているのに違いなかった。
「そうはいかんざき!」
麻亜子が体ごと飛び込み、高槻ごとごろごろと転がる。
俊敏で目の広い麻亜子でなければ間に合わなかった。
それでもギリギリでローラーが掠ったらしく、麻亜子の背中からは血の川が滲んでいた。
「ぴこっ!」
指が引っ張られる。お返ししてやれ、と言ってくれている。
散々いたぶったツケをお前が返せと、力強く引っ張ってくれている。
ええ、とゆめみは応じた。
わたしのお客様に手を出した代金は、しっかりと払っていただきます。
一銭の釣りも残さない。綺麗に支払ってやる。
体のばねを総動員し、腕の力一つでゆめみはシオマネキに復帰した。
人間ならばよじ登らなければならない。だがゆめみは機械だ。こんなことくらい簡単にできなくてどうする。
M79を拾い、そのまま空中へと跳躍。
シオマネキ――いや、アハトノインの失敗は、自分をロボットではなく、人間と同じように認識してしまったことだ。
889
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:26:15 ID:w1hhOi020
人間では為し得ないことだって……わたしには、できる!
横飛びの体勢のまま、全く姿勢をブレさせることもなく……ゆめみは、M79から火炎弾を発射した。
火炎弾が吸い込まれるようにハッチの中へと突入してゆく。
着弾する寸前、信じられないというように目を見開いたアハトノインの姿を、ゆめみは見逃さなかった。
哀れだとも、悲しいとも思わなかった。ロボットは所詮――ロボットでしかない。
けれども……行為で感情を表すことも自分達にはできると、そう知っているゆめみは、別れの言葉を紡いだ。
「お待ちしております」
爆発的に広がった炎の波に飲まれたアハトノインがどんな表情を浮かべたのかは、知ることができなかった。
* * *
890
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:26:40 ID:w1hhOi020
十四時三十分/高天原格納庫
内部から派手に炎を吹いたシオマネキとやらは脚をガクンと折ってそのまま動かなくなった。
現在も煙がもうもうと上がり続けている。火災防止装置がそのうち作動するだろう。また濡れるのは面倒だな……
今も俺の横でキュルキュルと唸りを上げて回転しているシオマネキのローラーとハッチを交互に眺めながら俺はそんなことを思っていた。
結局奪い取ることはできないわ武器を使いまくるわで骨折り損のくたびれもうけだったような気がする。
こんなのばっかだな。三歩進んで二歩下がるとかそんな感じだ。
はぁ、と溜息をつく。疲れた。もう走りたくもない。
でも立たなきゃいけないんだよな。かったるい。誰かどこでもドア持ってきてくれないもんかね。
「ご無事で何よりです」
が、ひょっこりと現れたのは片腕がなくなったゆめみさんだった。
ケーブルやら金属骨格やらが露出している姿を見るとやっぱロボットだなと思った。
俺達なんかよりも遥かに優れている。羨ましいもんだ。
「そっちも無事……じゃ、ないな」
「修理が必要です」
その割には全然何でもなさそうににっこりと笑う。可愛らしいが、どこか憎らしい微笑みだった。
ボリボリと頭をかきつつ立ち上がる。その隣ではまだまーりゃんが寝ていた。こいつ。こんなときに寝てるんじゃねえよ。
蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが、身を挺して助けられた手前そんなことは出来ない。俺はこう見えても仁義に厚いのさ。
別に驚いても嬉しくもない。本当だぞ?
「おい、起きろ」
「ん……くぅ……」
軽く揺さぶってやると、まーりゃんは苦悶の表情を浮かべた。背中の血は止まっていない。
あれだけでかいのにやられたんだ、物凄く痛いのには違いない。が、悠長に寝ている暇を与えるほど余裕はない。
もうボロボロなんだ。ここらで俺達はスタコラサッサと逃げたいところだった。
最低限の破壊活動はした、はず。
もう一度叩いてやろうかと思ったところで、大きな地響きがしてここも激しく揺れやがった。
しかも何かが崩れるような音もして、さらにヤバげなことに、俺達の近くでそれが起こったらしい。
ガン、ガラガラという崩落の音が今も聞こえてくる。
891
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:27:04 ID:w1hhOi020
「今のは……」
「あまりここにもいられねぇな」
そして、崩落が起こったらしい場所は俺達がやってきたルートにあったらしいということだ。
――つまり。
「あの、わたし、他の皆さんが心配ですので、少々様子を」
「その必要はない。行くな」
「ですが」
「言いたくないこと言わせるな。あいつらは、死んだ」
そのつもりはなかったはずなのに、凄みを利かせた言葉にしてしまった。
どうやら俺もあいつらは嫌いではなかったらしい。
俺の言葉にゆめみは泣きそうな表情を浮かべ、ゆっくりと頭を下げた。
「……申し訳ありません」
言葉の裏を読み取れない自分を恥じるように、ゆめみはしばらく頭を上げることもなかった。
ロボットは、優秀だが、不完全だった。
俺も言うまでもなく不完全だ。ひとつだって気の利いた言葉も出てこないしあいつらに向ける言葉だって浮かんでこない。
頭で考えていることといえば、今この状況にどう対処するかということくらいだ。
そうとも。俺達はこんなことしかできない。
その都度その都度微妙に異なる道を選んでいるだけで全く新しい道を選ぶことなんて出来やしない。
でも、そうして生きていくしかない。選んだ道の積み重ねがマシになってるはずだと信じて。
今は生きることだけを考えろ。自分の目に見えるものを生かすことだけを考えろ。
俺はもう一度まーりゃんの頭を叩いた。
892
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:27:26 ID:w1hhOi020
「起きろ。寝てる暇ねえぞ」
「無茶言わないでよ……結構痛かったんだぞ、アレ」
「自業自得だ」
まーりゃんは一瞬色を失い、「そうかもね」と自虐的な笑みを浮かべた。
それで俺は理解したのだが、過去に遡っての皮肉を言ったのだと思われたみたいだった。
単にあのバカげた飛び込みに対して軽く言ったつもりだったのだが、自分で作ってしまった溝を放置した結果がこの有様だった。
流石のゆめみも不安げな表情でこちらを凝視している。違うぞ。
これこそ自業自得というやつだった。確かにまーりゃんは嫌いだ。だが憎いってわけじゃない。
……身を挺して守られて悪いなんて思えるわけがない。
少なくとも、今の俺はここで何かを言葉にする必要があった。ほんの少しだけレールの向きを変える新しい言葉を。
「……でもな、お前を放っておくわけにもいかない」
「死なれると気分が悪いから?」
「違う。そこまで性根悪くねえよ」
俺は倒れたままのまーりゃんに手を差し出したが、奴は遠慮するように手を引っ込めたままだった。
こういう奴なんだと、今の俺は知っている。
自分以外には積極的に動けるくせに、肝心な自分のこととなると臆病になっている。
いや多分、奴と出会っていたときから俺はそれがわかっていたのだろう。
奴にとっての親友を守ろうとした行動。全員のためにけじめを取った行動。
……傷ついてまで、俺を守ろうとした行動。
羨ましかったのかもしれない。そして、理解したくなかったのかもしれない。
何かから逃げるためだとしても、何かを誤魔化すためのものだったとしても。
終始自分のことしか考えず、冷めた目でしか周囲を見てこれなかった俺自身が全く持ってないものを持っていたからだ。
今は?
理解した今、俺は自分と違い過ぎる奴にどうすればいいのか?
決まっている。羨ましいなら……手に入れてしまえばいい。
893
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:27:57 ID:w1hhOi020
「お前が、必要なんだ」
結局自分本位で動くことが根底に残っているのは変えようがない。
だがそれがどうした。欲しいものを得るために他者と付き合うのだって悪くないはずだ。
それも選択肢のひとつ。
俺が手を取って無理矢理引っ張り上げてやると、しばらく面食らった顔をして俺を見ていたが、やがて照れ臭そうに顔を赤くして視線を逸らした。
「……別に、あたし一人で立てたよ」
そうは言うものの、背中のダメージは思っている以上らしく一歩進むだけで痛そうな顔になっている。
「立てても歩けないようじゃな」
「うるっさいなー」
「ほれ」
脇の下に頭を入れ、支えるようにして肩を組んでやる。
小柄なまーりゃんの体の線はやっぱり細く、期待はずれもいいところだった。
ちっ、もっとむっちりしとけってんだ。
まーりゃんはしばらく複雑そうな顔をしていたが、俺が逃すはずもないので逃げられず、仕方なくという様子で合わせて歩き始めた。
身長の違う奴に合わせて歩くのは中々難儀だったが、まあ出来なくもない。
さてどこに向かったものかと考えていると、図ったかのようにポテトがぴこぴこと尻尾を揺らしていた。
こっちに来いってか。
手回しのいい犬だった。こいつとの腐れ縁もまだまだ続きそうだった。
「ゆめみ」
「はい」
「先にポテトと一緒に行って何か杖みたいなもの探して来い。少しは楽になるだろ」
「了解しました」
894
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:28:15 ID:w1hhOi020
言うが早いか、ゆめみは片腕なのにバランスを全く崩さず小走りにポテトのところまで行く。
その様子を見ながら、まーりゃんがはぁと溜息をついていた。
「なんかさー、あたし年寄り扱いされてない?」
「るせぇ、だったら歩いてみろドチビ」
「んだと天パのくせに」
「何だとコラ」
「やるかー?」
ガルルル、と勝負の視線を絡ませたところで「お二人ともー、小学生の喧嘩はそこまでにしておいてくださいー」とゆめみが間延びした声で言っていた。
今度は、二人分の溜息が出ていた。やれやれだ。
「行くか」
「そだね」
* * *
895
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:28:41 ID:w1hhOi020
十四時二十分/高天原コントロールルーム
一目見て、ことみはここだ、と直感した。
ウォプタルから降りてコンソールを目指す。
体中に巻いた包帯から鈍痛が走り、ことみの体を痛めたが動きが鈍るほどではない。
コンソールは複数あり、たくさんの人員で動かしていたのだと窺い知ることができる。
不思議なのはそのいずれもに電源がついたままだということだったが、構うことなくことみはコンソールを弄り始めた。
罠だと思う。しかし罠だとしても、かかる前に逃げてしまえばいい。逃げるのは得意だ。
片目が潰されているせいか、半分になってしまった視界では画面が見にくく、かなりの距離まで近づけなければ見ることすら覚束ない。
単に疲労しているからかもしれない。想像以上の苦痛、想像以上の疲弊の中にいて、なお動けているのは極限状態での人間の生きようとする力そのものか。
全く、この世の中は不思議で満ち溢れているとことみは思った。
人殺しを強要された状況で人生の目的を見つけ出せたことも意外なら、巡り巡って両親の最後の言葉が聞けたことも意外。
どちらも決して、自分が手に入れられないものだと思っていたのに。
どんな苦境に立たされたとしても、生きてさえいればこんな偶然に巡り合うことだってできる。それを改めて実感させられた気分だった。
「ん〜……ここでもない」
可能な限り早くキーボードを叩きながら、ことみはこの施設のマップを探していた。
脱出路への近道さえ分かれば。通信機能と合わせれば皆を迅速にここから出させることができる。
しかしシステムの構造はかなり複雑であり、しかもことごとく英字であったため、探すのも一手間だった。
読むことが得意ではあったため詰まることはなかったのだが、何しろかなり独特の言葉が入り混じっていたため、いつもの感覚ではなかった。
今まで紙の書面ばかり読んできたが、これからは電子書籍にも触れてみようと詮無いことを考えつつ、
ツリー状に表示されたシステム構造のマッピングから怪しいものを手当たり次第にクリックしてゆく。
と、画面上に表示された文字で目を引くものがあった。
「アハトノイン……の、AI?」
遠隔操作で命令を伝えるシステムなのだろうか。今時はこんな技術もあるのかと関心しつつ、ことみは試しにこのシステムを実行してみることにした。
仮に命令を操作できるなら、今戦っているアハトノインを全員無力化することだって可能なはず。
多少計画から逸れてしまうが、ないよりあったほうがいい。よし、と気合いを入れ、システムへの潜入を試みる。
しかしいきなり行く手を阻まれる。この手のシステムにはよくある、セキュリティ用のパスワードの入力画面だった。
当然ことみがその内容を知るわけがない。だがこちらにだって心強い武器があるのだ。ぺろりと舌なめずりして、ことみはあるプログラムを呼び出した。
それはここに突入する際、ワームを侵入させたと同時に組み込んだプログラム。姫百合珊瑚が作った即興のハックツールだった。
流石に天才というべきなのか、ツールというだけあって操作は簡単でありシステムをそのまま放り込めば勝手に解析してくれるという優れものだった。
ただし、莫大な計算を行うためなのかやたら重くなってしまうという欠点があり、解析中は他の動作が行えないという欠点があった。
だがそれを差し引いても優秀な代物には違いない。例のシステムを放り込み、解析を待つ。その間に他のコンソールもちょこちょこと弄ることにした。
896
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:29:29 ID:w1hhOi020
「『ラストリゾート』? ……うーん、すごい。バリア展開装置なんてSFなの」
次に見たコンソールはラストリゾートというバリアシステム専門のコンソールらしかった。
詳しいことまではよく分からなかったものの、凄まじい演算速度を持つコンピュータである『チルシス・アマント』を使って力場を起こし、
物理的障壁を起こすというものらしかった。物理好きなことみは心動かされるものがあったが、流石に紐解いている時間があるはずもない。
ラストリゾートの起動には専用の装置が必要であり、かつここでないと使用が不可能とあったので、こちら側で使うことは不可能だろう。
とはいえ、これも止めておいて損はない。ことみはこのシステムも呼び出そうとして、またもやパスワードに阻まれる。
「……えいっ」
ツールに放り込んで、結果を待つ。なんとも機械任せだと嘆息するが、自分は天才ハッカーでもなんでもないし、このくらいが関の山なのだろう。
椅子に腰掛けて一息つく。こういう時間がもどかしい。ただ待つだけの時間にも、そろそろうんざりしてきた。
昔はそうでもなかったのだが。堪え性がなくなったのだろうかとことみは考えた。
いや違う。待つことがつまらないのではなく、行動している楽しさを知ったからなのだろう。
少ない時間だったとはいえ、自由に行動し、様々な言葉を交わすことのできた学校でのひと時は楽しかった。
一人で篭っているよりも、ずっと。
比較する対象ができてしまえばそんなものだった。今は、知ることも遊ぶことも大事だと思っている。
そういえば趣味の一つも持っていなかった我が身を自覚して、帰ったら何か始めてみようとことみは思った。
何がいいだろうか。パッとは思いつかない。音楽もやってはいたが、習い事であったし何か違うと思っていた。
そうだ、確か家の周りが荒れ放題になっていたから、まずはそこを綺麗にしてみよう。
趣味とは言いがたいが、まあ園芸でも好きになれるかもしれない。長い人生だ、色々試してみるのも悪くはない――
「……!」
様々に思いを巡らせかけたとき、視界の上の方で移るモニタにあるものが映ったのをことみは見逃さなかった。
こちらへと向かって歩いてくる一団。人数は五、六人くらいだろうか。
いやそんなことはどうでもよかった。ことみは部屋の外に待機していたウォプタルを呼び寄せようとして、それが遅きに過ぎたことを目撃して実感した。
悲鳴のような鳴き声を上げ、ウォプタルが首をかき切られて倒れた。思わず立ち上がり、ことみは先程の一団が部屋に侵入してくるのを眺める。
アハトノインだった。それぞれにグルカ刀を持ち、のろのろとこちらに向かって歩いてくる。
以前目撃したものとタイプは同じなのだろうか。だとしたら命はない。コンソールを見るが、アハトノインのAI管理画面はまだ出てこない。
897
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:29:51 ID:w1hhOi020
遅かったか。後悔するより先に、ことみはM700を構えて撃った。
先頭を歩いていたアハトノインの胸部に直撃し、倒れる。起き上がってくるかと思ったが、そのまま動くことはなかった。
他のアハトノイン達も行動を変えることもなく、そのまま前進するだけだった。
いける……? 恐慌しかけている精神を必死で抑えつつ、ことみはさらに射撃してみた。
もう一体、倒れる。起き上がることはない。自分ひとりでも十分対処可能だと判断したことみは間髪入れず射撃を続けた。
二体、三体。倒しても倒しても残ったアハトノインが前進を続けてくる。
一歩近づかれるたびに鈍く光るグルカ刀に怖気を感じるが、逃げも隠れもできない以上やるしかない。
やれやれ、と思う。熱中しすぎて機会を逃してしまうのもいつもと変わりない。
追い詰められてはいても、寧ろ平時以上にどこか冷静になっている部分は聖から受け継いだのかもしれない。
今までの自分なら、怯えてロクに銃も握れなかっただろうから。
五体目を倒す。銃を撃ち続けたせいかズキリと肩が痛んだ。まだだ。まだ一体残っている。
渋面を作りながらもしっかりと最後の一体をポイントした。距離はある。十分すぎるほど間に合うと断じて、ことみはトリガーを引いた。
「あ、れ……?」
だが、弾丸が出なかった。弾切れと判断した瞬間、アハトノインがグルカ刀を振りかぶった。
あの距離から!?
半ば恐慌状態に陥りつつも、ことみは少しでも逃れるように、コンソールに背中を思い切り押し付けた。
ぶん、と刀が縦に振られた。銀色の線を引いたグルカ刀はことみの膝をギリギリで掠め、空を切った。
想像以上の射程だったことにヒヤリとしつつコンソールから離れる。何か音を発していたような気がしたが構っている暇はなかった。
懐からベレッタM92を取り出し、発砲する。
しかし先のM700と違い、きちんと狙いをつけていなかったためか連射しても全弾外してしまった。
しっかりしろと自分に叫びながら今度こそしっかりと狙いをつけようとして……アハトノインが突きの構えを取ったのを見た。
もう攻撃することも忘れ、遮二無二後ろに下がる。今度は肩を刀が抉る。チリッとした熱さが肩を巡り、ことみは「ぐうっ!」と短い悲鳴を上げた。
そのままよろけ、後ろに下がる。雑魚相手にこの様か。悔しさを覚えながらも痛さでそれ以上何も考えられず、ただ下がるしかなかった。
ぶんと再度刀が振られ、次は伸ばしたままの腕を切られる。包帯がはらりと解け、切られた部分が赤く染まる。
せっかく治療したのに。焼け付く痛みを必死で我慢しながら後退しようとしたが、どんと何かにぶつかる。壁だった。
898
:
終点/《Mk43L/e》
:2010/08/27(金) 21:30:10 ID:w1hhOi020
もう逃げ場はない。
正面を見ると、無表情にこちらを凝視し、グルカ刀を真っ直ぐに構えたアハトノインがいた。
殺してやるという意志もなく、ただ作業のひとつとして人間を殺そうとしている。
それを理解した瞬間、ことみの中で俄かに熱が湧き上がり、全身を巡る血を滾らせ、痛みを吹き飛ばした。
物みたいに殺されてたまるか。そんな人間らしくない死に方なんて、私は絶対に認めない。
決死の形相を作り、ことみは攻撃されるのも構わずベレッタM92を向けた。
同時にアハトノインも腕を引いた。突きだろう。そして自分の攻撃が間に合う間に合わないに関わらず、確実にそれは到達する。
構うものか。僅かに生じた恐れさえ、自らに内在する熱情に押し流されすぐに姿を消した。
後悔はない。自分で選んだ選択肢なのだから……!
力の限りベレッタM92を連射すると同時、アハトノインの腕がばね仕掛けのように動いた。
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