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避難用作品投下スレ4

1管理人★:2008/08/01(金) 02:07:08 ID:???0
葉鍵ロワイアル3の作品投下スレッドです。

522儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:27:23 ID:nKYEabcw0
「てめぇっ!」

 新たに現れた小柄な少女、柏木初音に対し浩之は火炎瓶を投げる。
 雨の中だったが小降りなお陰で威力はそれほど損なわれなかった。一気に膨張した炎が初音を包もうとするが、
 距離の長い投擲であったために初音は回避動作に移っており、炎から逃れ椋と合流する形でまとまる。
 一方の浩之と瑠璃にも金髪の女性、リサ=ヴィクセンが合流し、三人は遮蔽物となっている車の陰へと身を隠した。
 壁ができたことで銃撃の嵐は一旦なりを潜め、つかの間の静寂が辺りを支配した。

「助けてくれてありがとう。まず礼を言わせて。……リサ、リサ=ヴィクセンよ」

 そう名乗ったリサが差し出した手を、この状況でいいのかと一瞬躊躇しながらも浩之も名乗って手を取った。
 浩之の名前を聞いたときリサは不意に首をかしげたが、今は気にしなくてもいいと思ったのかそのまま瑠璃へと視線を移す。
 瑠璃も「姫百合瑠璃です」とリサの手を握ったが、表情は心なしか申し訳なさそうだった。

「でも、その……間に合わへんで、ごめんなさい……もう少しウチらが早かったら」
「そうね、間に合ったかもしれない。でも私にそれを責める気はない。英二は望んで私を助けた。
 ……それで満足に生きられたのかは分からないけど、一緒に死ぬはずだった私を生かしてくれた。
 だから私は何も言わない。何も言わず、ただやり通すだけ。今はそうしましょう?」

 ふっと大人の笑みを見せたリサに、まだ引け目を感じている風だったが瑠璃も応えて「そうやな」と笑った。
 強いな、と二人のやりとりを見て浩之は思う。恐らくは心を通わせあっていた仲間を失いながらも、
 自分の為すべきことを見失わずに目を逸らさず進もうとしている。リサにはそういう強さがある。

 羨ましいと思う一方、己には無理だと悟りきっている他人のような自分がいる。
 空虚になるのも是としているのだから……
 しかしリサの言う通り、今はただやり通そう。どうこう考えるのはそれからでいい。

「さて、一気にケリをつけるわよ。敵さんもそう考えているようだしね。そっちは何を持ってるの?」

523儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:27:43 ID:nKYEabcw0
 リサの持ち物はM4というアサルトライフル、接近戦用の木製トンファーだった。
 浩之はショットガン、瑠璃は小型ミサイルの発射装置を出してみせる。

「……そういや、そんなもん持ってたな」
「強力過ぎて使いどころが分からへんのやけどな。家一軒吹き飛ばせるらしいし」
「いや、それがあればもう作戦は決定よ。いい、耳を貸して」

 瞬時に戦法を組み立てたらしいリサに、浩之と瑠璃も真剣な面持ちで聞き入る。
 一通り聞き終えた浩之は、なるほどこれなら倒せると納得する。
 しかしこれだけの戦法を一瞬で考えられるリサという女性、一体何者なのだろうという疑問が浮かぶ。
 ここに来るまでの身のこなしもいいように見えたし、ただの外人金髪ねーちゃんというわけではなさそうだ。

「でも私と貴方……浩之が少々危険な目に会うわ。いや死ぬかもしれない。覚悟はいい?」

 リサの問いに「ああ」と浩之は寸分の迷いもなく返答する。うだうだ迷っている暇はない。
 手をこまねいていると向こう側から仕掛けられるかもしれない。瑠璃は不安そうだったが、
 浩之が自信に満ちた表情で応えると、心配を苦笑に変えてくれた。

「でも……そうだ、ちょっと時間をくれへんか?」
「何を?」

 ちょっとした御守りや。そう言ってデイパックの中身をひっくり返し、持ってきた缶詰をデイパックに詰めていく。
 なるほどね、とリサは感心したそぶりを見せ、ならその間少しでも牽制しようとリサは車から身を乗り出し、
 M4で射撃を開始した。浩之も続いて援護射撃に回る。

 隙あらば側面に回り込もうとしていたらしい初音と椋は、
 いきなり再開された射撃に慌てながらもしっかりと撃ち返してくる。

 車に銃弾が当たり甲高い反射音を細かく刻む。貫通する危険性は低そうだが、
 万が一燃料タンクを貫いてしまったらという不安が頭を過ぎる。リサもそう思っているのか、
 敵に行動を取らせないように細かく発砲を続ける。

524儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:27:59 ID:nKYEabcw0
 リズム良く、流れるような一連の行動は十二分に足止めの役割をも果たしていた。
 援護なんて必要ないんじゃないか、と思いかけた浩之の前に「出来たで」と瑠璃が少し重たくなったデイパックを差し出す。

「気休めかもしれへんけど……盾にして。ええな、死んだらあかんで、絶対や」
「たりめーだ」

 苦笑で返した浩之は肩にデイパックを抱え、ショットガンに銃弾を再装填し、己の準備が終了したことを伝える。
 頷いたリサもM4のマガジンを取替え、地面に転がっている持ち物から使えそうなものをいくつか見繕った。

「よし、それじゃ……ミッションスタートよ」

     *     *     *

「いい? 逃げ出そうだなんて思わないでね。あなたは最後まで戦うんだよ。最後まで、ね」
「わ、分かっています……」

 牽制的にライフルを撃ち放してくるリサの射撃を動きながら避ける一方、初音は椋の様子にも目を光らせる。
 椋はカタカタと震えながら仕方のないといった感じで初音について回っている。
 どうやら手持ちのショットガンはほぼ弾切れになってしまったらしく、残りが数え二発しかないらしい。

 他に射撃できる武器もなく、この距離から反撃できるのは初音だけという状況だった。
 だが初音のクルツは残弾十分でたった今もマガジンを交換したがそれでも残りは八本もある。
 長期戦に持ち込めれば勝てる。どこかで自分達の戦い振りを見ているであろう有紀寧の視線を想像しながら、
 初音は必ず仕留めると誓う。

 当初の予定ではまず椋を潜入させ、適当に人数が揃ったところでまずこちらが襲撃をかけ、
 向こうがこちらに気を取られた瞬間椋が内側から攻撃を仕掛けさせ、内と外からの二段構えの攻撃をする作戦だった。
 素早く殲滅できればそれでよし。失敗しかかっても外側にいるこちらが逃げればいいだけでそれほどリスクはない。
 椋が行った後にそう言った有紀寧の作戦は完璧で、流石は自分の姉、やることが違うと感心し、尊敬さえした。
 有紀寧の言う通りやれば上手くいく。全てが上手くいくはずだった。

525儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:28:43 ID:nKYEabcw0
 が、椋は何をトチ狂ったのかいきなり射撃を仕掛け、こちらが仕掛ける前に戦闘が始まってしまった。
 椋の勝手すぎる行動に初音は心底怒り、もう放って見殺しにしようと進言したが、
 有紀寧はまだ間に合うと断じ、一人くらいは殺せると舌打ちしながら現場に行こうとしたが、初音はそれを押し留めた。

「有紀寧お姉ちゃんが直接出ることはないよ。わたし一人で皆殺しにしてくる。
 あんなヤクタタズのために有紀寧お姉ちゃんがやることなんて、何もない」
「……いいんですか?」
「お姉ちゃんを危険な目に合わせたくないもの。だからわたしがやる。大丈夫、わたしはお姉ちゃんを信じてるから」

 そう言って初音はクルツを持って向かい、現にこうして一人を仕留めることに成功した。
 自分には有紀寧がいる。絶対的な守護神。どんなときでも守ってくれる敬愛する姉。
 だから死ぬわけがない。皆殺しにして帰ればきっと有紀寧が褒めてくれる。家族だった人達の仇も討てる。
 有紀寧に従ってさえいれば全てが上手くいくのに。言いつけを破ったばかりに窮地に立たされかけている椋を見て、
 初音はそれ見たことかと蔑みに満ちた感情を寄越す。

 だがまだ殺しはしない。殺していいのは有紀寧が用済みだと判断したときだ。自分は有紀寧の決定にただ従えばいい。
 初音の持っている感情は従属意識でも恐怖でもなく、純粋な思慕だ。
 この狂った世界においてなお初音に慈愛の精神で接してくれたのは有紀寧だけだった。
 全てを奪われ、寄る辺をなくしてさえ有紀寧は初音を必要としてくれた。
 そして一緒に堕ちよう、と。

 重なる悲劇の中で差し伸べられた手。たとえそれが悪魔の手だったとしても初音は迷わず取っていた。
 必要としてくれる。大事にしてくれる。それだけで有紀寧に全てを委ね、身を任せるには十分だった。

 いや、初音でなくとも誰もがそうしていただろう。
 本当に真っ暗な闇の中、手を差し出されれば縋ってしまうのが人だ。

526儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:29:03 ID:nKYEabcw0
 誰も初音を責めることなど出来はしない。
 初音は意思して悪を為そうとしたわけではなく、ただ心の拠り所が欲しかっただけなのだから……
 柳川と同じく、彼女もまたやさしすぎたのだ。

「……埒があかないね。ねえ椋お姉ちゃん、ちょっと特攻してきてよ」
「と、特攻って! 何を言ってるんですか、こんな状態のまま行っても死んじゃうだけじゃないですか!」
「それがどうしたの?」
「……っ、嘘をついてた癖に……お姉ちゃんを人質にしてるって嘘をついてた癖に!」
「ああ、そうなんだ。へぇ、流石有紀寧お姉ちゃん。誰がばらしたのか知らないけど上手い嘘をつくね」
「……悪魔です……あなたたちなんて、いつかお姉ちゃんが……」
「うるさいよ。そういえば面白いもの持ってたよね。あれ、吹き矢セットだっけ? まだ効果の分からない黄色のやつ、試してみようかなあ?」
「な……」

 ニタリと気味悪く笑った初音に椋はそれまでの怒りも忘れ、吐き気さえ覚えて顔を青褪めさせる。
 だが彼女は逃げられない。逃げたところで待つのは制裁、それも無残な死。

 いやだ、まだ死にたくない。姉と再会し、無事に脱出して平和に暮らす。そのためにもこんなところで死にたくない。
 選択肢は一つしかなかった。特攻して、その上で全滅させる。これしかなかった。
 行くしかないとカチカチ鳴る歯を必死で食い縛り、駆け出そうとしたとき、椋と初音の頭上に何かが投げられた。

「殺虫剤……?」

 呆然とそう呟いた初音は、しかし何かを予期して椋に「逃げて!」と叫び、自身も大きく飛び退く。
 次の瞬間ライフルの発射音が聞こえ、激しい爆発が起こり、爆風が椋と初音を襲う。
 爆発というよりは衝撃の塊だった。爆風に押されはしたものの初音も椋も地面に転がり反撃が出来ない。

 そこにリサと浩之が飛び出してくる。リサは車を乗り越えて初音に、浩之は車を回りこんで椋に。
 先手を取られたと思いつつ、初音はクルツで迎え撃つ。
 だがリサは車から高く跳躍すると初音の目の前へと接近する。

527儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:29:32 ID:nKYEabcw0
 速い。そして高い。咄嗟の機転でデイパックから鋸を取り出し振り回したがM4で受け止められ、
 更に手刀を叩き落されクルツを落としてしまう。
 拾おうとした初音だったがその前に蹴り飛ばされクルツは遥か遠くへと転がってしまう。
 歯噛みした初音だが懐に潜り込んでいるのは自分だと気付き、少しでも身軽にすべくデイパックを投げ捨て、
 鋸を振りかぶり、連続して斬りかかる。

 初音自身でも驚くほど俊敏な動作だった。リサも初音の意外な運動能力は想定外だったらしく、
 必死に受けに回るしかなさそうだった。
 本人さえ気付いていないが、初音も鬼の血を引く一族の末裔。命を賭けた戦闘を続けることで鬼としての意識が研ぎ澄まされ、
 徐々にその能力を高めていたのだ。

 初音はいける、と確信を持つ。意外と動ける上に相手は血だらけで満身創痍。雨でいくらか流されていようが分かる。
 何故だか、分かる。無意識に初音は哂っていた。凄惨な、悪鬼の笑みを。

 一方の椋と浩之は睨み合いが続いていた。互いに武器がショットガンであり、一撃必殺の威力がある。
 下手に先手を打てない。特に慎重かつ臆病な椋はショットガンの弾数上絶対に自分からは切り出せなかった。

「何だよ、仕掛けてこねえのかよ……」
「わ、私はまだ死にたくないんです。こんなところで死にたくないんです!」
「……そう言って、また殺すのかよ。言い訳したまま、同じ人間を……家族がいる人間を。観鈴や、みさき……珊瑚みたいにか」
「……殺さなきゃ、こっちが殺されるんです。騙さなきゃこっちが騙されるんです。他人同士で信じあうなんてないんです。
 そうやって私は、私は騙されてきたんですから……殺し合いじゃ、もう誰も信じられないから……」
「そうかよ……お前は『疑う』ことさえしなかったんだな。もういい。こちらから仕掛けるぜ!」

 浩之がショットガンを持ち上げ発砲する。だが狙いが浅く、散弾は椋の足元に着弾するに留まった。
 椋はたたらを踏みつつも己の身を守るべく撃ち返す。しかしこちらも軸がブレていたためか容易に避けられてしまう。
 不意をつく奇襲はできても、真正面からの撃ち合いはあまりにも不得手に過ぎた。

 元々運動が苦手なのにもそれに拍車をかけていた。続けて撃つも外してしまう。
 混乱の極みに達した椋はもう弾がないことも忘れて引き金を引いたが、当然出るわけもなく。
 弾切れだと読んだ浩之が確実にショットガンを命中させるために接近しようとする。

528儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:29:53 ID:nKYEabcw0
 死ぬ――現実となりつつある事態に泣き叫びそうになった刹那、椋はポケットに隠していたある武器の存在を思い出し、
 必死に手繰り寄せて遮二無二攻撃した。

「なっ……!」

 もたつきながらも取り出したのは小型の拳銃、二連式デリンジャー。驚きを隠しきれない様子で、
 咄嗟にデイパックを盾に使ったようだが、その程度では防げないと断じて容赦なく発砲。
 デイパックを突き抜け、腹部に致命傷を負った浩之は倒れ――

「危ねえっ……!」

 ――なかった。
 そんな馬鹿な、と今度は椋が呆気に取られる番だった。
 浩之の持っていたたくさんの缶詰入りデイパックは22口径のデリンジャーなどでは貫通できない。
 既に浩之は反撃のショットガンを構えていた。その心中では、瑠璃に感謝しつつ。

「ひ……っ」

 最早脇目もふらず一直線に逃げ出そうとした椋だったが、今回ばかりはいささか遅すぎた。
 発射された12ケージショットシェル弾が椋の腿を貫通し、瞬く間に足を奪った。
 悲鳴を上げ、痛みにのた打ち回る椋。
 それを聞きつけた初音がちっと舌打ちを漏らす。

「相打ちにすら出来ないなんて……本当、役立たずだよ!」

 この調子ではまずい。ここは一旦撤退するしかないと弾いて距離を取る。
 後はデイパックとクルツを回収し、有紀寧のところまで戻る。決着は後でつけよう……
 そう思っていた初音の耳に「離れてくれてありがとう。……チェックメイト」という声が届いた。

529儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:30:15 ID:nKYEabcw0
 思わず足を止め、リサへと向き直る。リサ、いや浩之までもが身を翻し、追撃することなく退いていく。
 どういうことだ……? 思わず考えてしまったのが、初音の命を奪う致命打となった。
 嫌な予感に駆られ、空を仰ぎ見たとき。

「……嘘」

 そこには高速で迫る、小型のミサイル砲弾があった。
 最初からそういう算段だったというのか。ミサイルが着弾するまで時間を稼ぐのが奴らの役目だったということか。
 有紀寧お姉ちゃん――初音は内心に絶叫する。

 早く引いておけば良かった。敵の行動をおかしいと思うべきだった。
 ごめんなさい。生きて帰れなくて、ごめんなさい。
 懺悔を頭の中に満たし、何故か涙が溢れ出て……しかしそれも、巻き起こった爆発の中に巻き込まれていった。

 初音と椋の間に撃ち込まれたミサイルはそこを中心にして小規模な火球と爆風を巻き起こし、
 初音の体を微塵も残さずに砕いた。

 椋は痛みに苦しんだまま、それでも姉と会いたい、助けて欲しいと愚直なまでに願いながら。
 だがその叫びも誰にも届くことはなく、爆発音にかき消されたのだった。

 柏木初音。藤林椋。
 沖木島の狂気に身を焦がされ、最後まで踊り続けるしかなかった彼女達も……ようやく、死を迎えたのだった。

     *     *     *

「くっ、これでは……」

 激しい爆発音が起こった後、一部始終を見届けていた宮沢有紀寧は初音達が完全敗北したと悟り、一人で逃げ出していた。
 椋の暴走から始まり、それでも人数を減らしたいと欲をかき、初音を行かせた結果がこれか。

530儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:30:29 ID:nKYEabcw0
 元々有紀寧は自身が行く気はなかった。自分が行くと言い出せば初音は止め、自らの身を差し出すだろうとして、
 それは思い通りに運んだ。一人二人殺して引き返してくれば上出来だとは思っていたが、
 よもやあんな切り札があるとは思いもしなかった。重要な駒を二つも失ってしまった……

 だが有紀寧の心には、それ以上に初音の死が重く圧し掛かっていた。
 なぜこんなにも心苦しいのか。なぜこんなにショックを受けているのか自分でさえ分からない。
 元々自分はひとりでこの殺し合いを生き残り、ひとりで帰るつもりではなかったのか。

 最初の予定に立ち返っただけではないか。
 まだリモコンの残りも三回ある。一人くらいを手駒に取り、殺しに向かわせれば後は己の独力だけでもどうにかなる。
 そうだと理解しているはずなのに。

「……家族……」

 亡霊を追っているに過ぎない自分を縛り上げる言葉だ。
 いつもこの言葉が自分を苦しめる。
 分からない。初音が死んでしまった今、初音が自分に抱いている感情の意味も確かめる術はなくなった。

「……いや、まだだ」

 有紀寧は放送で告げられた『褒美』の言葉を思い出す。
 褒美。それを使えば、もしかすると、また初音と……
 だが絵空事に過ぎないし、第一まだ殺し合いは続いている。

 考えるのは優勝してからでいい。無理矢理そう結論して、有紀寧は黙って逃げ続ける。

 その一事が有紀寧のしこりとなり、彼女の体を重くしているのにも気付かないふりをしながら……

531儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:32:25 ID:nKYEabcw0
【時間:2日目午後21時00分頃】
【場所:I-6】

リサ=ヴィクセン
【所持品:M4カービン(残弾15/30、予備マガジン×3)、鉄芯入りウッドトンファー、ワルサーP5(2/8)、コルト・ディテクティブスペシャル(0/6)、支給品一式】
【状態:宗一の言葉に従い分校跡に移動。どこまでも進み、どこまでも戦う。全身に爪傷、疲労大】

姫百合瑠璃
【持ち物:デイパック、水、食料、レーダー、携帯型レーザー式誘導装置 弾数2、包丁、救急箱、診療所のメモ、支給品一式、缶詰など】
【状態:浩之と絶対に離れない。珊瑚の血が服に付着している】
【備考:HDD内にはワームと説明書(txt)、選択して情報を送れるプログラムがある】

藤田浩之
【所持品:珊瑚メモ、包丁、レミントン(M700)装弾数(3/5)・予備弾丸(7/15)、HDD、工具箱】
【状態:絶望、でも進む。守腹部に数度に渡る重大な打撲(手当て済み)】

532儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:32:43 ID:nKYEabcw0
美坂栞
【所持品:支給品一式】
【状態:死亡】

緒方英二
【持ち物:何種類かの薬、ベレッタM92(10/15)・予備弾倉(15発)・煙草・支給品一式】
【状態:死亡】

柳川祐也
【所持品:支給品一式×2】
【状態:死亡】

神尾晴子
【所持品:H&K VP70(残弾、残り0)、大きなハンマー、支給品一式】
【状態:死亡】

篠塚弥生
【持ち物:支給品一式、P-90(0/50)、特殊警棒】
【状態:死亡】

藤林椋
【持ち物:ベネリM3(0/7)、100円ライター、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、フラッシュメモリ(パスワード解除)、支給品一式(食料と水三日分。佐祐理のものを足した)、救急箱、二連式デリンジャー(残弾1発)、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、黄×3:効能不明)】
【状態:死亡】

柏木初音
【所持品:MP5K(18/30、予備マガジン×8)、フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、折りたたみ傘、鋸、支給品一式】
【状態:死亡】

533儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 01:33:03 ID:nKYEabcw0
【時間:2日目午後21時00分頃】
【場所:I-7】

宮沢有紀寧
【所持品:コルト・パイソン(6/6)、予備弾×19、包帯、消毒液、スイッチ(3/6)、ゴルフクラブ、ノートパソコン、風邪薬、胃腸薬、支給品一式】
【状態:前腕軽傷(完治)、強い駒を隷属させる(基本的に終盤になるまでは善人を装う)、柳川を『盾』と見なす。初音と共に優勝を狙う】


【その他:車が完全に使えないかどうかは不明】

→B-10

534儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 18:08:38 ID:nKYEabcw0
感想スレで指摘がありましたので修正をば

>>523を以下に修正

 リサの持ち物はM4というアサルトライフル、接近戦用の木製トンファーだった。
 浩之はライフル、瑠璃は小型ミサイルの発射装置を出してみせる。

「……そういや、そんなもん持ってたな」
「強力過ぎて使いどころが分からへんのやけどな。家一軒吹き飛ばせるらしいし」
「いや、それがあればもう作戦は決定よ。いい、耳を貸して」

 瞬時に戦法を組み立てたらしいリサに、浩之と瑠璃も真剣な面持ちで聞き入る。
 一通り聞き終えた浩之は、なるほどこれなら倒せると納得する。
 しかしこれだけの戦法を一瞬で考えられるリサという女性、一体何者なのだろうという疑問が浮かぶ。
 ここに来るまでの身のこなしもいいように見えたし、ただの外人金髪ねーちゃんというわけではなさそうだ。

「でも私と貴方……浩之が少々危険な目に会うわ。いや死ぬかもしれない。覚悟はいい?」

 リサの問いに「ああ」と浩之は寸分の迷いもなく返答する。うだうだ迷っている暇はない。
 手をこまねいていると向こう側から仕掛けられるかもしれない。瑠璃は不安そうだったが、
 浩之が自信に満ちた表情で応えると、心配を苦笑に変えてくれた。

「でも……そうだ、ちょっと時間をくれへんか?」
「何を?」

 ちょっとした御守りや。そう言ってデイパックの中身をひっくり返し、持ってきた缶詰をデイパックに詰めていく。
 なるほどね、とリサは感心したそぶりを見せ、ならその間少しでも牽制しようとリサは車から身を乗り出し、
 M4で射撃を開始した。浩之も続いて援護射撃に回る。

 隙あらば側面に回り込もうとしていたらしい初音と椋は、
 いきなり再開された射撃に慌てながらもしっかりと撃ち返してくる。

 車に銃弾が当たり甲高い反射音を細かく刻む。貫通する危険性は低そうだが、
 万が一燃料タンクを貫いてしまったらという不安が頭を過ぎる。リサもそう思っているのか、
 敵に行動を取らせないように細かく発砲を続ける。

535儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 18:09:44 ID:nKYEabcw0
>>524を以下に修正

 リズム良く、流れるような一連の行動は十二分に足止めの役割をも果たしていた。
 援護なんて必要ないんじゃないか、と思いかけた浩之の前に「出来たで」と瑠璃が少し重たくなったデイパックを差し出す。

「気休めかもしれへんけど……盾にして。ええな、死んだらあかんで、絶対や」
「たりめーだ」

 苦笑で返した浩之は肩にデイパックを抱え、ライフルに銃弾を再装填し、己の準備が終了したことを伝える。
 頷いたリサもM4のマガジンを取替え、地面に転がっている持ち物から使えそうなものをいくつか見繕った。

「よし、それじゃ……ミッションスタートよ」

     *     *     *

「いい? 逃げ出そうだなんて思わないでね。あなたは最後まで戦うんだよ。最後まで、ね」
「わ、分かっています……」

 牽制的にライフルを撃ち放してくるリサの射撃を動きながら避ける一方、初音は椋の様子にも目を光らせる。
 椋はカタカタと震えながら仕方のないといった感じで初音について回っている。
 どうやら手持ちのショットガンはほぼ弾切れになってしまったらしく、残りが数え二発しかないらしい。

 他に射撃できる武器もなく、この距離から反撃できるのは初音だけという状況だった。
 だが初音のクルツは残弾十分でたった今もマガジンを交換したがそれでも残りは八本もある。
 長期戦に持ち込めれば勝てる。どこかで自分達の戦い振りを見ているであろう有紀寧の視線を想像しながら、
 初音は必ず仕留めると誓う。

 当初の予定ではまず椋を潜入させ、適当に人数が揃ったところでまずこちらが襲撃をかけ、
 向こうがこちらに気を取られた瞬間椋が内側から攻撃を仕掛けさせ、内と外からの二段構えの攻撃をする作戦だった。
 素早く殲滅できればそれでよし。失敗しかかっても外側にいるこちらが逃げればいいだけでそれほどリスクはない。
 椋が行った後にそう言った有紀寧の作戦は完璧で、流石は自分の姉、やることが違うと感心し、尊敬さえした。
 有紀寧の言う通りやれば上手くいく。全てが上手くいくはずだった。

536儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 18:10:54 ID:nKYEabcw0
>>527を以下に修正

 速い。そして高い。咄嗟の機転でデイパックから鋸を取り出し振り回したがM4で受け止められ、
 更に手刀を叩き落されクルツを落としてしまう。
 拾おうとした初音だったがその前に蹴り飛ばされクルツは遥か遠くへと転がってしまう。
 歯噛みした初音だが懐に潜り込んでいるのは自分だと気付き、少しでも身軽にすべくデイパックを投げ捨て、
 鋸を振りかぶり、連続して斬りかかる。

 初音自身でも驚くほど俊敏な動作だった。リサも初音の意外な運動能力は想定外だったらしく、
 必死に受けに回るしかなさそうだった。
 本人さえ気付いていないが、初音も鬼の血を引く一族の末裔。命を賭けた戦闘を続けることで鬼としての意識が研ぎ澄まされ、
 徐々にその能力を高めていたのだ。

 初音はいける、と確信を持つ。意外と動ける上に相手は血だらけで満身創痍。雨でいくらか流されていようが分かる。
 何故だか、分かる。無意識に初音は哂っていた。凄惨な、悪鬼の笑みを。

 一方の椋と浩之は睨み合いが続いていた。一方は武器がショットガンであり、一撃必殺の威力がある。
 対する浩之はライフル銃。貫通性能が高く人間の体程度ならほぼ確実に貫く。
 下手に先手を打てない。特に慎重かつ臆病な椋はショットガンの弾数上絶対に自分からは切り出せなかった。

「何だよ、仕掛けてこねえのかよ……」
「わ、私はまだ死にたくないんです。こんなところで死にたくないんです!」
「……そう言って、また殺すのかよ。言い訳したまま、同じ人間を……家族がいる人間を。観鈴や、みさき……珊瑚みたいにか」
「……殺さなきゃ、こっちが殺されるんです。騙さなきゃこっちが騙されるんです。他人同士で信じあうなんてないんです。
 そうやって私は、私は騙されてきたんですから……殺し合いじゃ、もう誰も信じられないから……」
「そうかよ……お前は『疑う』ことさえしなかったんだな。もういい。こちらから仕掛けるぜ!」

 浩之がライフルを持ち上げ発砲する。だが狙いが浅く、銃弾は椋の足元に着弾するに留まった。
 椋はたたらを踏みつつも己の身を守るべく撃ち返す。しかしこちらも軸がブレていたためか容易に避けられてしまう。
 不意をつく奇襲はできても、真正面からの撃ち合いはあまりにも不得手に過ぎた。

 元々運動が苦手なのにもそれに拍車をかけていた。続けて撃つも外してしまう。
 混乱の極みに達した椋はもう弾がないことも忘れて引き金を引いたが、当然出るわけもなく。
 弾切れだと読んだ浩之が確実にライフルを命中させるために接近しようとする。

537儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 18:12:04 ID:nKYEabcw0
>>528を以下に修正

 死ぬ――現実となりつつある事態に泣き叫びそうになった刹那、椋はポケットに隠していたある武器の存在を思い出し、
 必死に手繰り寄せて遮二無二攻撃した。

「なっ……!」

 もたつきながらも取り出したのは小型の拳銃、二連式デリンジャー。驚きを隠しきれない様子で、
 咄嗟にデイパックを盾に使ったようだが、その程度では防げないと断じて容赦なく発砲。
 デイパックを突き抜け、腹部に致命傷を負った浩之は倒れ――

「危ねえっ……!」

 ――なかった。
 そんな馬鹿な、と今度は椋が呆気に取られる番だった。
 浩之の持っていたたくさんの缶詰入りデイパックは22口径のデリンジャーなどでは貫通できない。
 既に浩之は反撃のライフルを構えていた。その心中では、瑠璃に感謝しつつ。

「ひ……っ」

 最早脇目もふらず一直線に逃げ出そうとした椋だったが、今回ばかりはいささか遅すぎた。
 発射されたライフル弾が椋の腿を貫通し、瞬く間に足を奪った。
 悲鳴を上げ、痛みにのた打ち回る椋。
 それを聞きつけた初音がちっと舌打ちを漏らす。

「相打ちにすら出来ないなんて……本当、役立たずだよ!」

 この調子ではまずい。ここは一旦撤退するしかないと弾いて距離を取る。
 後はデイパックとクルツを回収し、有紀寧のところまで戻る。決着は後でつけよう……
 そう思っていた初音の耳に「離れてくれてありがとう。……チェックメイト」という声が届いた。

538儚くも永久のカナシ:2009/02/08(日) 18:13:05 ID:nKYEabcw0
修正は以上です
まとめさんにはお手数かけますが宜しくお願いします

539十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:02:52 ID:C6SXGSXs0
 
―――北西


一抱えほどもある岩塊が、雨粒のように降り注ぐ。
愉しむように目を細めた来栖川綾香が、真上から影を落とした一際大きなそれを拳の一振りで塵に変える。
降り注いでいるのは、祈るように手を組んでいた巨神の像であったものの欠片である。

「来栖川……綾香……!」

押し殺したような響きは長瀬源五郎。
物言わぬ石造りの神像の他には顔もなく、無論のこと口もない、胴から四肢のみを生やした巨躯を
微細に震わせるようにして声を発している。
薄気味の悪い蟲の羽音の如き、醜悪な声音だった。
そこに込められているのは憤怒の二文字。

「どうした、余裕が足りないな神サマ。取り立てられるのには慣れてないか?」
「死に損ないがっ……!」

吐き捨てるような叫びと同時。
綾香の足元が、ぐらりと揺れた。
否、正確を期すならば揺れたのではない。
綾香が立つのは神塚山の山頂を抱え込むような長瀬の巨躯、いまや七体となった巨神像の立ち並ぶ、
その途方もなく広い胴体の上である。
眼前には銀色の湖とも見える、燦然と光り輝く鏡の如き鱗状のものがどこまでも続く光景を臨む
綾香の足元は即ち、長瀬の身体の一部であった。
それが、ぐねり、と。
波打つように、歪んだ。

「……」

踏みしだくように退いた、その一瞬だけ後。
天を突き上げるように飛び出してきたのは、槍である。
透き通るように赤い、鉱石の槍。
赤玉から彫り上げられた樹氷の如きそれが何本も、一瞬前まで綾香のいた場所を貫いていた。
空を穿った槍がどろりと融け崩れるや新たな穂が生まれ、槍衾はまるで土竜の地を這うが如くのたくりながら、
綾香へと向けて迫る。
小さく舌打ちした綾香が更なる一歩を退いた、その刹那。
狙い澄ましたかのように、巨大な影が落ちてきた。

540十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:03:13 ID:C6SXGSXs0
「―――!」

目に映ったのは、爪。
ただ一本で人の臓腑を丸ごと抉り出すようなそれが、五つ。
正確に綾香を叩き潰す軌道で落ちてくるのは、悪夢の如き巨大と凶悪とを兼ね備えた暴力の塊。
石造りの神像が一、獣の肢であった。
天から剛爪、地より迫るは赤玉の槍。
十死、一生を絶無と為す挟撃を前に、しかし女は哂っていた。
哂う女が、次の瞬間、消える。
否、それは跳躍である。
爆ぜるが如きその挙動は刹那の消失に等しい。
宙に身を躍らせた女の、文字通り紙一重を獣の爪が裂き削る。
地に落ちた爪が轟音を上げ槍衾を砕いたときには、綾香の影は既に中空、伸びきった獣の前肢を
踏み台とするように蹴りつけている。
一気に天空高くまでを跳躍した綾香の、右の拳が変化していく。
白い肌を覆うように、ごつごつと強張った黒い皮膚が拡がる。
整った爪の色は鮮血のそれ。
鬼と呼ばれた、それは星を駆ける狩猟者の拳である。
十二分の加速と鬼の力とを得た拳が迫るのは獣の神像、その頭部。
黒金の流星と化した一撃が、真っ直ぐに獣の顎へと吸い込まれていく。
轟、と弾けたのは風である。
直後、凄まじい音が響いた。

「―――」

かち上げるような、一撃。
女の像を砕いたそれよりも更に恐るべき威力を誇る拳である。
刹那の交錯で、勝負は決まったかに思えた。
獣の顎は砕かれ、綾香は哂い、岩塊が降り注ぐ―――その光景が繰り返されることは、しかし、なかった。
風が吹き去り、音の残響が消え、そこに獣の神像は健在である。
小さく頭を振った、その顎には皹一つ入っていない。

「硬い、なぁ……」

ただ、女の愉悦に満ちた笑みだけが、そこにある。
それだけは、変わらなかった。


******

541十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:03:24 ID:C6SXGSXs0
 
―――西


唐突に背を向けた、それは好機か、或いは誘いの罠であったか。
二刀の神像と対峙する少女たちは迷わず前者と取った。
向かって左手、北西側から轟音が響くのを背景に、巨大な刃の舞う間合いへ躊躇なく踏み込む。
失策を悟ったように二刀の像が向き直ろうとしたときには既に遅い。
耳を劈くような甲高い音と共に二条の紫電が閃いたのはほぼ同時。
神像の巨大な石造りの背に、十字型の深い傷が刻まれていた。
短い残響が消える頃には、少女たちは再び距離を取っている。

痛覚とて存在しようはずもない石造りの像が、それでも憤りを乗せたかのように刃を振るう。
二刀の一は川澄舞に。
更なる一は柏木楓へ。
攻防を一体と為し自在の変幻を誇る二振りの刃を見据え、しかし少女の瞳に怯懦の色はない。
駆けるその身を、跳ねるその影を刃が追い縋り、そうして捉えること叶わない。

少女の振るうも刃である。
川澄舞の手には白刃、抜けば珠散ると謳われた退魔の一刀。
柏木楓が宿すのは深紅の刃、漆黒に変生した手指より伸びる妖の爪だった。
銀弧が閃き、紅爪が奔る。
最早、神像の傷は癒えぬ。
そのことを知ってか知らずか、激しさを増していく人ならざる少女たちの攻勢に、
神像の二刀がじりじりと押されていく。

しかし如何に押そうと、凌がれながら稼がれる時の一分一秒は、重い。
その重さを、事ここに及んで未だ、少女たちは真に理解していなかった。


******

542十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:03:41 ID:C6SXGSXs0
 
―――北東


漆黒の光球が着弾する、その場所に衝撃はない。
現出するのはその場所に存在したはずの大地が、草木が消滅するという、ただその結果のみである。
万物を無に帰す闇に、応じるように飛ぶのはやはり黒の光。
直線の軌跡を描く、こちらは黒い稲妻とでもいうべき光線であった。
光球と光線と、蒼穹に染み出すが如き黒の応酬は止まらない。
黒翼の神像と、宙に浮く奇妙な黒蛙を連れた少女との無音に近い死闘は、いつ果てるともなく続いていた。

埒が明かぬ、と。
至るところで岩盤が抉られ、一面の痘痕模様と化した山道に立つ水瀬名雪が思考する。
このまま遠距離から互いに砲撃を交わしたところで、致命打は与えられない。
生み出される黒い光球の数と密度では、広い山道を自在に動ける名雪には直撃を受けない確信がある。
対してほぼ定位置を動かず、砲台と化している黒翼の巨神像はいい的である。
黒雷の命中率は十割に近く、しかし如何に当てたところで、打撃が通らなければ意味がない。
回復機能が途切れた今、数百、数千を当て続ければ或いは揺らぐのやも知れぬ。
しかしそれだけの猶予は無論、ない。
時を稼がれれば、それは即ち敵側の勝利である。
刻一刻と近づく敗北は死の概念を超越した女に恐怖こそ与えなかったが、だがそれを甘受するつもりもまた、
名雪には当然のこと、存在しない。

ならば、どうするか。
回答は、前進である。

砲撃が通らぬならば、直接の打撃を叩き込む。
水瀬名雪にはそれが可能であるという、それは無限に近い時間に培われた自負である。
磨耗した精神と引き換えに得たものが、名雪の全身を満たしていく。
大きく息を吸い込み、大腿筋に酸素が供給されると同時。
疾駆を、開始する。

目標は眼前、黒翼の神像。
一瞬で最高速まで加速した名雪を迎え撃つように、神像の両手に光が宿る。
光には、色があった。闇の珠ではない。
右手には灼熱を思わせる朱、左の手には荒涼たる大地の土気色。
神像の手から光が解き放たれる寸前、名雪が跳躍する。
直後、その足元の岩盤が、轟音と共に崩落した。


******

543十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:04:09 ID:C6SXGSXs0
 
―――南西


熟練の槍術とは刺突にのみ依るものではない。
斬と打とをも兼ね備え、時に応じて千変し万化するそれは接近すら容易に許さぬ。

「……ッ!」

唸りを上げて迫る長柄を前に、天沢郁未が真横へと跳ねる。
岩盤が顔を覗かせる地面を、まるで子供が作った砂山のように削りながら石突が通り過ぎていく。
目の脇を流れる冷や汗を拭えば、ふやけた返り血がぬるりと滑って不快だった。
瞬きをするほどの間を置いて小さく息を吐いた郁未が、再び突進を開始しようとした、その刹那。

声はなかった。
ただ、ひどく背筋のざわつくような感覚と同時。
自身に迫る巨大な槍の柄を、郁未は見ていた。
一度は通り過ぎたはずの石突が、フィルムを逆回しにするように郁未を襲おうとしている。
方向は真後ろ。
完全な視界の外、郁未には見えるはずのない、それは光景。
相方、鹿沼葉子の送る視界だった。
見えたのは、一瞬という単位を更に幾十幾百に分割してなお足りぬ、寸秒である。

背筋を伝う寒気が延髄を通り過ぎるよりも早く、郁未は全身の力を脚に込める。
大地に身を投げるようにして、回避を試みる。
飛び退いた郁未が靴底に感じたのは爆風の如き大気の流れである。
直撃していればひとたまりもない、必殺の打撃。
それを間一髪で躱しながら、先の一撃目は誘いであったのだと郁未は痛感する。
飛んだ勢いをそのままに前転するようにして立ち上がり、更なる追撃に備える。
しかし対峙する巨神像の槍は郁未の想定するどれとも違う軌道を取っていた。
その穂先が向かうのは郁未の立つ位置から僅かに離れた場所。
長い金色の髪を振り乱しながら跳躍する女を迎え撃つ動きである。
薙刀を下段に構えて飛び上がる鹿沼葉子を、巨神像の槍が上から叩き落そうという交錯。

『―――今です!』

声が聞こえたときには、郁未は既に突進を開始している。
直後に響くのは硬質な音。
数千倍ではきかぬ質量差、正面から一合でも打ち合えば人を容易く挽肉に変えるその打撃を、
葉子の張り巡らせた不可視の壁が凌いだ音である。
ほんの僅か、巨神像の槍が動きを止める。
隙とも呼べぬその刹那、図ったように駆ける影がある。天沢郁未である。
針の穴を通すような連携の一撃。
狙うのは槍の持ち手、巨神像の左腕である。
不可視の力を刃に乗せて、郁未が鉈を振り上げる。
弾丸の如き突撃の成功を確信した郁未が、

「―――なッ!?」

驚愕に、思わず声を漏らした。
視界全体を覆うような、それは巨神像の腕。
今まさに刃を振り下ろそうとしていたその巨大な石柱の如き逞しい腕が、逆に郁未へと迫っていた。
莫迦な。近すぎる。目測を誤ったか。そんなはずがない。
戦慄と共に断片化した思考が脳裏を過ぎる。結論は一つ。
連携すら、読まれていた。
葉子への打撃を瞬時に片手持ちへと変え、空いた腕での狙い澄ました迎撃。
刃を振り上げたまま咄嗟に不可視の盾を構築しようとする郁未を、巨神像のかち上げるような肘が、撥ねた。

544十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:04:28 ID:C6SXGSXs0
「―――」

視界が、白い。
白いが、しかしそれを認識できるならば、まだ命はある。
飛散しようとする意識を鷲掴みにして、郁未は瞳をこじ開ける。
見えたのは蒼穹の青。
感じたのは浮遊感。
そして最後に聞こえてきたのは、

『―――郁未さん!』

友の、声。

「……あああぁぁあッ……!」

応えるように搾り出した声は、喉で血が絡まって酷く掠れている。
中空、血痰を吐き捨てて息を吸った。
肺が膨らむのと同時、激痛が走る。
肋骨が数本、折れ砕けているようだった。
痛みが意識を覚醒させていく。
痙攣するように息を継ぎながら、郁未が空中で身を捻る。
鉈は手の内、五体は健在。
それだけを確認し、損傷は無視。
迫る大地に足から落ちる。
破滅的な音と砂煙。着地ではない。それはむしろ、墜落に近い。
それでも、天沢郁未は立ち上がった。

『―――生きていますか』
『ご覧の通り……ッ!』

流れ出るのは血か汗か。
吐き棄てるように答えた郁未が睨むのは拭った手ではなく、聳え立つ槍の巨神像である。

『どうやらこの敵……周りのものと比べても別格、といったところのようです』
『あたしら、貧乏籤ってわけ……』

だらだらと止め処なく流れ出そうとする命と気力とを乱暴に拭って、郁未が苦笑する。

『―――上等じゃない』

言って見上げた、その瞳には光がある。
闇が濃くなるほどに眩く輝く、それは光であった。


******

545十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:04:39 ID:C6SXGSXs0
 
―――東


坂神蝉丸は堪えている。
抱えた砧夕霧の、声ならぬ声は続いていた。
孤独を憂い同胞を求めて彷徨う、それは迷い子の慟哭である。
岩をも切り裂く大剣の斬撃と、耳朶でなく心の中の薄い膜を乱暴に叩くような慟哭と、
その二つとに堪えながら、蝉丸は時の熟すのをじっと待っている。

光岡悟は白翼の神像の牽制に回っている。
山頂の西側で、或いは北で、南で打ち続く激戦の中、刻限という鎧が寸秒を経るごとに
削られていくのを感じながら、蝉丸はただ一瞬の好機だけを待ち続けていた。

―――正午まで、あと十二分を切っていた。

546十一時四十七分/全てを:2009/02/18(水) 00:04:59 ID:C6SXGSXs0
 
【時間:2日目 AM11:48】
【場所:F−5 神塚山山頂】

坂神蝉丸
 【所持品:刀(銘・鳳凰)】
 【状態:健康】
光岡悟
 【所持品:刀(銘・麟)】
 【状態:健康】
砧夕霧中枢
 【所持品:なし】
 【状態:覚醒】
天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:重傷・不可視の力】
鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:健康・光学戰試挑躰・不可視の力】
来栖川綾香
 【所持品:なし】
 【状態:仙命樹、ラーニング(エルクゥ、魔弾の射手)】
水瀬名雪
 【所持品:くろいあくま】
 【状態:過去優勝者】
川澄舞
 【所持品:村雨、鬼の手、白虎の毛皮、魔犬の尾、ヘタレの尻子玉】
 【状態:白髪、ムティカパ、エルクゥ】
柏木楓
 【所持品:支給品一式】
 【状態:エルクゥ、軽傷、左目失明(治癒中)】

真・長瀬源五郎
【イルファ・シルファ・ミルファ・セリオ融合体】
【組成:オンヴィタイカヤン群体16800体相当】
【アルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【エルルゥ・フィギュアヘッド:大破】
【ベナウィ・フィギュアヘッド:健在】
【オボロ・フィギュアヘッド:損傷】
【カルラ・フィギュアヘッド:健在】
【トウカ・フィギュアヘッド:健在】
【ウルトリィ・フィギュアヘッド:健在】
【カミュ・フィギュアヘッド:健在】

→1042 1043 ルートD-5

547歪み:2009/02/18(水) 00:09:36 ID:JzhkGceQ0
「もうそろそろ、でしょうかね」

 モニターに映る光点と手元の名簿を見比べながら柔らかそうな椅子に腰掛けている男、
 デイビッド・サリンジャーはモニターの少し上にあるデジタル表示された時計を見る。

 放送から三時間しか経過していない。だというのに既に死者の数は十人を超えている。
 愚か極まりないものだと思いながらも思い通りに事態は進んでいることに笑みを漏らさずにはいられない。
 ただひとつサリンジャーには気になることがあった。

 この計画における唯一のイレギュラー的存在にして既に鬼籍に入っている男……岸田洋一、が乗りつけてきたものだ。
 彼が乗ってきた船は今も尚海岸のとある地点、正確に言うとD−1の海岸に打ち上げられている。
 懸念するのはそこだった。もしあの船を修理されでもしたら脱出路が確保されてしまう。
 一体どこから奪ってきたのか知らないがあの船は中々に大きく走行距離も長いだろう。
 首輪という枷はまだ厳然として存在するし、それを何とかできるであろうただ一人の参加者、姫百合珊瑚も死んでいる。
 外せるとは考えがたかったが、それでも不安材料なのには変わりなかった。

 しかも最近立て続けに殺し合いを積極的に進めようとする連中が減っている。今しがた数少ない鬼の柳川祐也も死んだ。
 比率から言う限りでは状況は殺し合い否定派の方に傾きつつある。もしも連中が結託し、玉砕覚悟で首輪をどうにかできたとしたら?
 在り得ないと考えつつもだがしかしと不安要素を絶っておきたいという小心者の性分がサリンジャーを惑わせる。

 後の作業を全て作業用アハトノインに任せ、自らは脱出して、という考えはないでもなかった。サリンジャーとて命は惜しい。
 だがその結果アハトノインを失い、夢が遠のいてしまうということにもなりかねない。そればかりか命を付け狙われる事さえ在り得る。
 篁財閥という後ろ盾を失くせばサリンジャーは所詮何の力も持たぬひとりの人間でしかなく、犯罪者に過ぎない。

 自分の今は篁財閥に守られているのであり、だからこそ戦闘用ロボットを作り出していることも、
 殺し合いを進めていることも咎められていない。サリンジャーは庇護されているだけに過ぎない。
 そう、故にサリンジャーは自らが権力となろうとした。篁財閥を掌握さえしてしまえばそのような小さな罪など取るに足らぬ。
 そればかりかこの世の富も名誉も全てが自分の思いのままになろうという日が目の前に来ている。

548歪み:2009/02/18(水) 00:09:55 ID:JzhkGceQ0
 まだ留まろう。そう思い直して臆病風に吹かれ掛けていた己を叱咤する。
 取り合えず現状の問題は岸田洋一が残していったあの置き土産だ。やはりこちらで早々に処分する必要性がある。
 たとえ一人にしてもここから逃がすわけにはいかないのだ。この島にいる人間には須らく死んでもらう。
 参加者達を煽ってきたのは単に人数減らしのための措置に過ぎないし、願いなど叶えられるわけもない。

 篁総帥が生きていればまた話は別だったのかもしれない。
 新たなる時代の扉。そう言いながら『幻想世界』について語っていた篁の姿が思い起こされる。
 願いの集まる場所とも言っていた。信じられるわけがないし信じるわけにもいかなかったが、篁の入れ込みようは尋常ではなかった。

 ひょっとすると、本当にそういう世界があるのかもしれない。噂にはそのようなものを研究していた科学者がいたと聞く。
 確か名前は……イチノセ、だったか? 聞き流していたのでよく覚えていない。
 まあ今となってはどうでもいい。取り敢えずはここにいる連中の殲滅が全てだ。サリンジャーはそれで考えを締めくくると、
 作業している一体のアハトノインに声をかける。

「おい、02を呼べ。任務だと伝えろ」
「了解しました」

 抑揚の無い声で答えてアハトノインはマイク越しに02――戦闘用アハトノインの二体目――を呼び出す。
 ここ管制室にもエコーのように声が響き渡り、程なくして02が姿を現す。
 見た目には作業用のアハトノインと何ら変わりなく、違うところはと言えば脚部に『02』というナンバーが書かれていることくらいだ。

 ただその実力は戦闘用に改造されただけあって他のアハトノインとは比べ物にならない。
 各種格闘技系のOSをインストール済みであるし、世界各地の銃火器系の用法、及び兵器の運用、
 更には米軍の特殊部隊をモデルにして小隊での行動パターンや罠の設置、簡易的な施設の造営ですらこなす。
 まさに天才と言える兵士だが、唯一戦闘に関する経験値だけが足りない。スペックが高くとも新兵であるのには人と何ら変わりない。
 人と同じく、ロボットもまた完全ではないということか。ため息を腹の底に飲み下しながらサリンジャーは任務の内容を告げる。

「今からある地点にある船を破壊してくるんだ。木っ端微塵に、跡形も残さずにな。データは作業している連中から受け取れ。
 武器は任せる。もし島の中の参加者連中と会ったら――殺せ。邪魔にならないなら無視して構わん」
「任務了解しました」

549歪み:2009/02/18(水) 00:10:16 ID:JzhkGceQ0
 大仰にお辞儀をして、02は作業している連中へと向かい、
 今しがた作成したらしいメモリチップをイヤーレシーバーの横にあるスロットへと差し込む。
 便利なものだ。ブリーフィングも事前に作成したデータを使ってものの数分で終わる。おまけに忘れない。

 これからはそういう時代になるのだろう。少数による精鋭部隊での早期決戦が主流となり、
 大部隊を展開し陣形を構築するという時代は既に過去のものになりつつある。
 そして新しい時代の先駆となるのが……神の軍隊というわけだ。

 恭しく頭を垂れ、しずしずとした足取りで管制室を後にする02。
 自動扉が完全に閉まるのを見届けて、サリンジャーはモニターへと視線を戻す。
 船が座礁したままの位置にあるとするなら今、その近辺には四名程の人間がいる。距離的に鉢合わせしないとも限らない。
 爆破作業なら尚更だ。物音を聞きつけられる可能性は高い。だが02が負ける要素は万に一つもない。

 それよりも興味深いのは、以前篁が送り込んだ『ほしのゆめみ』の存在だ。
 人間の心を追い求めて作られたロボットがどんな奇跡を生み出すのか――そんなことを言っていた。
 篁はHMX17a『イルファ』や『ほしのゆめみ』の方に興味を抱いていた節があった。まるで戦闘能力などなく、
 心の慰みでしかないロボット風情に一体何を期待していたのだろうか。

 正直なところ、アニミズムにも近い篁の思想は理解したくもなかったし己の設計思想を否定されたかのようで気に入らなかった。
 正確には篁は測っていたのかもしれない。心を追い求めたモノとスペックをひたすらに追究したモノ。
 どちらが上に立つのか、を見極めていたのかもしれない。ただ篁は『心』とやらにチップを賭けていた、それだけであり、
 それがサリンジャーには腹立たしい事だったのだ。

 もしアハトノインとほしのゆめみが出会うとするなら――サリンジャーは想像して、嘲笑を浮かべる。
 負ける要素などない。まずは一戦を交え、篁に己の思想が正しかったことを証明してやろう。そうなってほしいものだ。

『何より、日本のロボットは気に入らないんですよ……』

550歪み:2009/02/18(水) 00:10:33 ID:JzhkGceQ0
 日本語ではなく、母国語のドイツ語でサリンジャーは呟く。誰にも聞こえぬように、暗澹として底黒い自らの内を悟られないように。
 日本にはロボット開発の技術を学ぶために留学したこともある。日本語はそのとき身につけたものだ。
 だが日本の設計思想は何もかもが気に入らない。

 実用性も捨て、まるで傾倒するかのように人間らしさとやらを追い求め、不要なものばかり詰め込んでいる。
 所詮は紛い物でしかないのに。プログラムでしかないのに、何故あのように称賛されるのかサリンジャーには理解出来なかった。
 そればかりか自分の言葉も否定され、「ロボットの心を知れ」などというようなことまで言われた。
 ならば理解させてやろう。自分の理論……ロボットの行き着く先は兵器であるという言葉を実証してみせよう。

『神の軍隊でね……分からせてやるよ、黄色い猿ども』

 自分を否定した世界を否定し返すために。全てを屈服させるために。
 デイビッド・サリンジャーが一つ目の駒を動かす――

551歪み:2009/02/18(水) 00:10:54 ID:JzhkGceQ0
【場所:高天原内部】
【時間:二日目午後:21:00】

デイビッド・サリンジャー
【状態:殺し合いの様子を眺めている。頃合いを見て参加者を殲滅するためにアハトノイン達を会場に送り込む。このゲームの優勝者を出させる気は全くない】
【その他:Mk43L/e(シオマネキ)が稼動できるようになった】

アハトノイン(02)
【状態:D−1地点にある船を完全に破壊しに行く。任務優先で、妨害されない限り参加者には手を出さない】
【装備:不明】

→B-10

552十一時四十八分/あなたがいる:2009/02/20(金) 14:49:27 ID:WUwc3v1o0
 
柏木楓という少女の振るう刃に、憎悪はない。
彼女はただ、湯浅皐月という好敵手と、柏木千鶴という嫌悪すべき女と、そうして柏木耕一という
人生の拠りどころとの、その全部がいっぺんに目の前から消えてなくなった空白からざわざわと滲み出してくる、
高揚に程近い混沌とでもいうべきものを鎮めようと、眼前の敵とみなした存在へと刃を振るっている。
そこにあるのはひどく漫然とした殺意と、それと同程度の質量を備えた鋭角な害意である。
それが、かつて己が血統の祖が遠い星々の彼方で繰り返した行為と酷似していることに、彼女自身気付いていない。
柏木楓は、狩猟者である。


***

553十一時四十八分/あなたがいる:2009/02/20(金) 14:49:40 ID:WUwc3v1o0
 
すべてを忘れたかった。
何かに縋りたかった。
骸すら、残らなかった。

ああ。
あの人の、隙もなく爪を塗った手で作られた食べ物を、全部吐き出した後のような。
私に残されたのは、涙の滲むような苦味と、どうしようもない空腹感と、饐えた臭いだけだ。

振り払うように、走る。
走って、切り裂く。
切り裂けば、手応えがある。

音は聞こえない。
音はもう、聞こえない。
高鳴る鼓動も、耳元を吹きぬける風も、何も聞こえない。
聞きたくないものは、聞こえない。


***

554十一時四十八分/あなたがいる:2009/02/20(金) 14:49:54 ID:WUwc3v1o0
 
恣意的な無音の中で、柏木楓は刃を振るう。
深紅の爪の閃くたびに、二刀の像に傷がつく。
刻まれる傷は浅くささやかで、しかし少女は粘り強く、或いは偏執的なまでに執拗に、傷を増やしていく。
一文字は十文字となり、十文字は幾つも重なって瞬く間に複雑怪奇な紋様と化していった。

そこに、悪意はない。
ただ害意という膏薬に敵意という毒を練り、殺意という指で傷口に塗り込むという、それだけの話である。
女という種が笑みを崩さぬまま、息をするようにしてのけるそれを、少女は刃を以て行う。
傷から流れる血を見なければ己が害毒を確かめられぬ。
それが少女である。

血の通わぬ石造りの像に、際限のない傷だけが増えていく。


***

555十一時四十八分/あなたがいる:2009/02/20(金) 14:50:07 ID:WUwc3v1o0
 
考えるのをやめようとすればするほど、あの人が私を侵していく。
甘い化粧の匂いと猫なで声と、私を哀れむような、見下ろすような眼だ。
胸が詰まるような、臓腑を裂いて残らず掻き出してしまいたくなるような、どろどろと粘つくもの。
この膨らみかけた脂肪の固まりも、痛みと憂鬱しかもたらさない、汚い血を吐くだけの器官も。
全部を掻き出して挽いて潰して水で洗えば、この嫌なものは流れて落ちるのだろうか。
そんなことを思う。
裂いて流れるのは綺麗な赤い雫だけだと、知っているのに。

戻らない。
何も戻らない。
何をしても、どれだけ泣いても、なくしたものは戻らない。
そんなことはわかっている。
わかっているから、動かずにいた。
動かなければ、変わらなければ、何もなくさずに済むかもしれないと、思っていた。
そんな、馬鹿なことを、思っていた。

変わっていく。
変わっていくのだ。
私が止まっても、他の全部は動いている。
動いているから、変わっていく。
変わってしまって、なくなっていく。
私のたいせつなものはもう何も残らずに、変わらずにいる私だけが取り残されている。

それでよかった。
それでもよかった。
変わらずにいる私は、変わってしまったものたちを、なくしてしまったものたちのことを、
ずっと変わらない姿で覚えていられる。
それはとてもしあわせなこと。
それだけが世界を、私の大好きだったものたちを大好きなままで留めておく、たったひとつの方法。

だと、いうのに。
あの人の匂いを吸い込むたびに。
あの人の猫なで声が耳に入ってくるたびに。
あの人の眼が私を厭らしい色で見下ろすたびに。
どろどろとしたものが、私を這い登ってくるのだ。
ずるずると糸を引きながら、てらてらと濡れ光る跡を残しながら、それは私を這い回る。
そうしてそれは、私の中に染み透ってくるのだ。
私を、変えるために。


***

556十一時四十八分/あなたがいる:2009/02/20(金) 14:50:23 ID:WUwc3v1o0
 
胸にこみ上げる嫌悪感にえづきながら、柏木楓が身を捻る。
その身を両断せんと迫る巨大な刃を躱す、その深紅の瞳には波紋一つ浮かばない。
返すように振るわれる、瞳と同じ血の色の長い爪が、神像の腕に一筋の傷を刻んでいく。

刻んだその顔に笑みはない。
与えた打撃に思うところの一切はなく、それは暗い部屋で人形の手足を捻り千切るような、
枕に顔を押し当てて叫ぶような、ただ生きるために必要な、それは作業であるかのように。
淡々とした激情に身を任せながら、少女は足掻いている。


***

557十一時四十八分/あなたがいる:2009/02/20(金) 14:50:43 ID:WUwc3v1o0
 
変わっていく。
私は変わらされていく。

綺麗なところには、厭な汁の飛沫が散って染みを作るように。
やわらかいところには、じくじくと痛い水ぶくれができるように。

あの人のどろどろとしたものが伝染して、私は変わらされていく。
嫌だと泣いても、駄目と叫んでも、どれだけ肌を裂いて血を流しても、それは止まらない。

私のからだからは、きっといつか、甘い化粧の匂いが立ち込めるようになるのだ。
そうして鳥肌の立つような猫なで声で、誰かの名前を呼ぶのだ。

それはもう、私ではない。
柏木楓なんかでは、決してない。

それはきっと、街の人波をぎっしりと埋め尽くす、たくさんの柏木千鶴の、一人でしかない。
だから。

そういうものになる前に、私は、選ばなくてはいけないのだ。
どろどろとした厭らしく粘つくものを撒き散らすあの人か、変わらされてしまう柏木楓であるものか、

どちらを、殺すのか。


***

558十一時四十八分/あなたがいる:2009/02/20(金) 14:50:58 ID:WUwc3v1o0

ひどく陳腐で、切実で、迂遠で、真っ直ぐで、ありふれた幻想とでも呼ぶべき何かを抱いて、
少女は刃を振るう。
振るう刃の鋭さが、少女という存在の生きる意味のすべてである。

刻まれる傷は、少女が歩む上での犠牲に過ぎぬ。
抉られ落ちる神像の腕は、少女という歪みに巻き込まれた、哀れな盤上の駒だった。
少女の立つ場所を、世界という。

559十一時四十八分/あなたがいる:2009/02/20(金) 14:51:20 ID:WUwc3v1o0
 
【時間:2日目 AM11:49】
【場所:F−5 神塚山山頂】

柏木楓
 【所持品:支給品一式】
 【状態:エルクゥ、軽傷、左目失明(治癒中)】

真・長瀬源五郎
【イルファ・シルファ・ミルファ・セリオ融合体】
【組成:オンヴィタイカヤン群体16800体相当】
【アルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【ベナウィ・フィギュアヘッド:健在】
【オボロ・フィギュアヘッド:小破】
【カルラ・フィギュアヘッド:健在】
【トウカ・フィギュアヘッド:健在】
【ウルトリィ・フィギュアヘッド:健在】
【カミュ・フィギュアヘッド:健在】

→1045 ルートD-5

560十一時四十九分/そばにいる:2009/02/27(金) 15:10:12 ID:McAJYwDI0
***


A−9。
初めて会ったときの、それが彼女の名だった。

流れる金色の髪がとても綺麗だと、そんな風に思ったことだけを、覚えている。


***

561十一時四十九分/そばにいる:2009/02/27(金) 15:10:27 ID:McAJYwDI0
 
「覚えているかね、諸君―――」

響くのは、無数の蟲の這いずるが如き聲。
長瀬源五郎である。

「幼い頃に思い描いた、未来のかたちを。
 求め、挑み、膝を屈して涙した、あの日の夢を。
 手を伸ばせばいつか届くと信じていた無邪気な日々を、諸君は覚えているかね。
 私の夢、私の未来、私の思い描いた世界。そうだ、それは今、私の目の前にある。
 届くのだ、歩めば。一歩、一歩、見たまえ、もうほんの少しの先で、私の夢が叶おうとしている―――」

醜悪を練り固めたような粘りつく声に、天沢郁未が鉄の味のする唾を吐く。

『語ってんじゃねーっての……』

眼前、悪夢の如き堅牢を誇る槍使いの神像を睨み上げながら、郁未は立ち上がる。
ぜひ、という喘鳴が喉から漏れていた。
息が整わない。
痙攣するように胸が震える度にこみ上げてくるのは胃液と混じった鮮血。
激戦の中、折れた肋骨が内臓を傷つけていた。

『……不可視の力で傷も治せたらいいのにね。魔法みたいにさ』

冗談めかした呟きに相方の答えが返ってこないのを、郁未は怪訝に思う。
観客もいないサーカスの、愚かな道化とその頭に載せられた林檎を狙って飛ぶナイフ。
それは不文律。
それは暗黙の了解。
それは約束。
―――それは、誓い。
いつからかそうしてきた、これからもずっとそうしていくはずの、天沢郁未と鹿沼葉子の在り方。
それが崩れだしたのは、この島に来てからのことだ。


***

562十一時四十九分/そばにいる:2009/02/27(金) 15:10:41 ID:McAJYwDI0
 
今はもうない教団の、あの誰もいない食堂の薄暗い片隅で。
私たちは、出会った。

私を変え、私の生き方を変え、私の明日を変えたそれをきっと、奇跡というのだろう。


***

563十一時四十九分/そばにいる:2009/02/27(金) 15:10:57 ID:McAJYwDI0
 
迫る槍が、天を支える柱の落ちるが如く大地を抉る。
石くれと岩とを孕んだ風が爆ぜるように拡がり、それが消えるよりも早く次の衝撃が落ちる。

『右……? 分かってる、けど……っ!』

郁未の脳裏に閃くのは鹿沼葉子の送る視界である。
土煙に巻かれながら跳ねる郁未の眼には映らぬはずの、第二撃。
それを正確に回避できるのは、理屈はどうあれ意志と声とが繋がったらしき葉子の、声なき指示の賜物だった。

『これじゃ、近づけやしないっ……!』

戦況はいかにも苦しい。
打ち続く激戦に駆ける足は震え、手に持つ鉈も次第にその存在感を増しているように感じられた。
泥濘のまとわりつくように重苦しい身体を引きずりながら、郁未が跳ねる。
砕けた肋骨が細かな砂粒になり、肉体を動かす歯車に噛まれて軋むように、全身が不協和音を奏でていた。
今や槍の穂先は完全に郁未だけを狙っている。
傷を負った郁未の動きが重いことは、既に見抜かれていた。
先刻の突撃の失敗は致命的だった。
敵は無傷、こちらへの打撃は重く尾を引いて圧し掛かっている。
危うい均衡を保っていた天秤が、一気に傾こうとしていた。

「ち……ぃ、っ!」

それでも、天沢郁未は退かない。
今にも崩れ落ちそうな身体を引きずって戦う郁未の瞳には、不退転の決意があった。
自由への渇望もある。迫り来る死の刻限への抵抗も、無論のこと存在した。
しかし、それよりもなお郁未の心を満たし支えていたのは、他ならぬ鹿沼葉子の言葉である。
葉子があの少女たちを敵と呼んだ。
ならば、その少女たちを取り込んで生まれた眼前の巨神像群もまた、葉子の敵であると思った。
それが、ただそれだけのことが、天沢郁未の戦う、最も強い理由である。

564十一時四十九分/そばにいる:2009/02/27(金) 15:11:20 ID:McAJYwDI0
見上げれば空を覆うような影。
突き込まれる巨槍は大気をも穿ち貫くように、直線の軌跡を描いて落ちてくる。
距離を詰めるように駆け出した、郁未の背後で岩盤が破砕される。
振り返ることはしない。
不可視の視界、第三の瞳が郁未にはあった。
振り返ることなく、郁未は駆けながら背後を確認。
落ちた槍は素早く引かれている。
引かれた槍が、再び突き込まれようとするのが見えて、
と、

「……!?」

その穂先が、割れた。割れた影は三つ。
否、軌跡が分裂したと見えるほどに連続した、それは神速の刺突。
流星の如き槍撃が狙い澄ましたように郁未へと迫る。
一つ目を躱し、二つ目を避け、そして三つ目は―――対処しきれない。

「が、ぁ……っ!」

直撃だけを回避し、しかし爆ぜるように巨槍が大地を粉砕する、その爆心地の直近から逃れることは叶わなかった。
咄嗟に張り巡らせた不可視の壁も僅かに間に合わない。
鋭く尖った石礫が幾つも郁未へと突き刺さる。
爆風が、流れる血と同じ速さで郁未の身体を吹き飛ばした。

『―――郁未さんっ!?』

悲痛に響く声に、薄く笑む。
笑んだ直後に衝撃が来た。
受身も取れずに叩きつけられた岩盤に、食い込んだ石礫と開いた傷口とが卸し金にかけられるように削られていく。
遮断した痛覚を無視するように目尻を流れるのは涙滴だった。
肉体の防衛本能が流させる、それは警告である。
ごろごろと転がった先で、しかし郁未はそれを拭いながら立ち上がる。
左の肘から先は奇妙に捩じくれて動かない。
動かないが、立ち上がった。

565十一時四十九分/そばにいる:2009/02/27(金) 15:11:38 ID:McAJYwDI0
『はは……今のはちょっと、効いた……かも』

葉子に伝える軽口も、声にはならない。
ぱっくりと裂けた唇の間から漏れるのは、がらがらと血痰の絡む濡れた吐息のみである。

『けど、まだこれから……』
『―――もう、いい』

それは、静かな声だった。
底冷えのするような、低く、暗い声。
郁未がそれを相方の、鹿沼葉子の声であると認識するまでに、僅かな時間を要した。

『え……?』
『もう、いいと言ったのです。もう、いいです。もう、充分』

それは、

『葉子さ―――』
『これは、私の戦いです』

それは、拒絶だった。

『あれは、私の敵。……郁未さんは、もう下がってください』

繋がっていたはずの、手の温もり。
それが幻想であると告げるような。

『それが……光学戰試挑躰である、私の為すべきことなのですから』

伝わる声音の冷たさに、背筋が震える。
力が、抜けていく。
追い縋れない。
駆け出したその背に、手が届かない。
のろのろと、何かを言おうと口を開きかけて、

『―――ごめんなさい』

呟きが、世界を変えた。
それは、焔である。
暗く灯りの落ちた天沢郁未の奥底に横たわる、ゆらゆらと静かに揺れる水面に落とされた、微かな火種。
水面は、油だ。
炎が、一気に燃え広がった。
それは瞬く間に、失望を嘗め絶望を焼き拒絶という鉄扉を融かし尽くす業火となる。

伸ばした手は届かない。
届かない手は、乾いた血に塗れて赤黒い。
赤黒く血に染まった手指が拳を形作り、ぎり、と音を立てた。


***

566十一時四十九分/そばにいる:2009/02/27(金) 15:12:00 ID:McAJYwDI0
 
あの場所で過ごした時間を、地獄と呼ぶ人もいるのかもしれない。
だけど、違う。
あれは分水嶺だったのだ。過去という監獄と、未来という荒野との。
或いは、

孤独と、そうでない温かさとの。


***

567十一時四十九分/そばにいる:2009/02/27(金) 15:12:26 ID:McAJYwDI0
 
光学戰試挑躰。
相方が、鹿沼葉子が鹿沼葉子らしからぬ表情を垣間見せるようになったのは、
その単語を口にしてからこちらのことだ。
聞けば、葉子の身にはまだ隠された過去と、秘められた力があったのだという。
詳しいことは覚えていない。覚える必要もなかった。
その程度の、ことだった。

つまらないことだ、と思う。
何もかもが、つまらない。
葉子がそんな過去に拘泥していることも。
自分に隠し事をしていたことも。
それが、要らぬ迷惑を被らせまいとする気遣いであろうことも。
告げてなお、一人で何かの決着をつけようとしていることも。
二人で歩むこの先よりも、今この戦いを見つめていることも。
おそらくはその終わり方を、手前勝手に心に決めたのだろうことも。
―――なんて、つまらない。

何より一番に、気に入らないのは。
そんなことの全部に気付かないよう振舞う郁未が、本当は何もかもを理解しているということを。
そこまでを葉子は分かっていて。
分かった上で、葉子の身勝手を赦すと。
その決断を、認めると。
鹿沼葉子が一人で歩むことを、天沢郁未が肯んじると。
そんな風に、考えていることだ。

「……けんな」

伸ばした拳は届かない。
巨槍は迫る。

「……ざけんな、」

鹿沼葉子は謝罪を口にし。
背を、向けている。

「ざッけんな、鹿沼葉子……ッ!」

それが、どうした。


***

568十一時四十九分/そばにいる:2009/02/27(金) 15:12:42 ID:McAJYwDI0
 
あの朱い月の夜を越えて。
私たちは、訣別したのだ。
過去と。亡霊たちと。私たちを縛る、私たち以外の、すべてと。

ならば。
ならば、私の手が。
夜を越え明日を歩む、私たちの伸ばす手が。


―――届かぬ道理の、あるはずもない。


***

569十一時四十九分/そばにいる:2009/02/27(金) 15:13:04 ID:McAJYwDI0
 
一歩を踏み出す。
ただそれだけで、この身は鹿沼葉子に並んでいる。

「郁未……さん……!?」

思わず漏れた声も、驚いたような顔も、全部がすぐ、そこにある。
ただの一歩。
距離の如きが、天沢郁未と鹿沼葉子を隔てることなど叶わない。

「どうして……!」

叫んだ瞳に滲む涙が、きらきらと日輪に輝いて綺麗だと、そんなことを思う。
影が、落ちた。
陽光を遮る無粋な影は、巨神像の振るう剛槍。
足を止めた郁未と葉子とを襲う、地を穿つ流星。
告死の一閃が、迫る。

「―――ねえ、葉子さん」

その名を口に出して、微笑む。
掠れた声と息切れと、こみ上げる血と激痛と、そんなものを、無視して。

「私は―――」

轟々と風を巻いて迫る槍が、喧しい。
だから拳を突き出した。
まだ動く、右の拳の一本が。
血に染まった、傷だらけの細い腕が。
不可視と呼ばれる、無限の力を紡ぎ出す。
力は壁となり、力は腕となり、力は最後に、拳となった。
不可視の壁が、巨槍を防いだ。
芥子粒のような二人を前に、天を支える巨柱の如き槍が、その動きの一切を止める。
不可視の腕が、巨槍を掴んだ。
山を穿つ穂先が、大地を抉る長柄が、その主の意図に反して向きを変えていく。
最後に不可視の拳が、巨槍を、弾いた。
練り固め、押し潰された大気が爆ぜるような凄まじい轟音と共に、巨槍を持つ神像が大きく体勢を崩す。
弾かれた槍の一直線に向かう先には、刀を構えた巨神像が存在した。
槍の長柄が巨神像の刀を圧し砕き、穂先が巨神像の頭を、破砕する。
その一切を、郁未は目に映してすら、いない。

「―――私は、あなたのそばにいる」

瞳は、鹿沼葉子だけを、ただ真っ直ぐに見つめている。

570十一時四十九分/そばにいる:2009/02/27(金) 15:13:17 ID:McAJYwDI0
 
【時間:2日目 AM11:51】
【場所:F−5 神塚山山頂 南西】

天沢郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:重傷・不可視の力】
鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:健康・光学戰試挑躰・不可視の力】

真・長瀬源五郎
【イルファ・シルファ・ミルファ・セリオ融合体】
【組成:オンヴィタイカヤン群体15200体相当】
【アルルゥ・フィギュアヘッド:健在】
【ベナウィ・フィギュアヘッド:健在】
【オボロ・フィギュアヘッド:損傷】
【カルラ・フィギュアヘッド:健在】
【トウカ・フィギュアヘッド:大破】
【ウルトリィ・フィギュアヘッド:健在】
【カミュ・フィギュアヘッド:健在】

→1045 ルートD-5

571乗りかけた……?:2009/02/28(土) 03:29:09 ID:gteZ9OEo0
 やぁ良い子のみんな、元気にしてたかい?
 この形で出るのも久々だな。そうです、わたしが高槻です。

 最近はシリアルな展開が長く続いて俺もこういうのを挟む余裕がなくなってきてるわけなのよ。
 まあ別にいいんだけど。これぞまさにハードボイルドって感じで少しは格好がつくってもんだ。

 なんだかんだ言っても俺にも面子というものがある。といってもあん時のような薄っぺらいもんじゃない。
 俺がしっかりと他人に誇れるようななにか。胸を張れるなにかのための面子だ。
 問題なのはその『なにか』が俺自身でも分かってないってことなんだよな。

 そりゃそうなんだよな。考えてもこなければ持とうとすることもなかったんだし。
 しかも今までと全然違う環境下で考え事をすることが多くなってしまったせいでなんか戸惑うことも多くなったし。

 ……藤林と再会したときもそうだ。
 離れ離れになって、だけどまた出会えれば嬉しいってもんだろう。ゆめみが飛び出してったのもそうなんだろうって思えるさ。
 だが俺にはその実感がない。再会したところでどんな言葉をかけたらいいのか分からなかったし、嬉しいと思う気持ちも無かった。
 それよりも男の方……芳野って兄ちゃんに気がいってたくらいだしな。

 つまるところ、俺は誰かとつるむことなく自分勝手にやっていた昔の癖が抜け切っていないんだ。
 他人のことなんてどうでもよくて、俺さえ良ければなんだっていいと思っていたあの時のように。
 クソ喰らえと思うが、そういう暮らししかしてこれなかったのが俺なんだって自覚もする。
 最低な野郎は所詮最低な気質のまま。屑は屑でしかいられない。
 何故か岸田の顔が頭に浮かんで、こちらを見下している。

 ああ、もう、クソ喰らえだ、本当に。
 悪態のひとつでもつきたいって気分だ。何もかもを一新したつもりでいても結局は過去に囚われたまま。
 責任を持ちたくない、無責任に生きられさえすればいいとしている俺がいつまで経っても洗い流せない。
 どうしてだろうな……いや、理由は分かってる。

572乗りかけた……?:2009/02/28(土) 03:29:27 ID:gteZ9OEo0
 楽だからさ。妥協して、流されて、何の責任も持たない生き方はとにかく楽の一言だ。
 そんなゆるま湯に浸かりきってきた俺だ。体は楽な方へ楽な方へ行こうとしている。
 慣れきった俺ってやつがそっちへフラフラしようとしている。

 駄目な野郎だ。全く、本当に駄目な野郎だよ。駄目すぎて苦笑いしか出てこない。
 郁乃がせっかく準備を整えてくれているのにな……ケツ引っ叩いて追い出してくれたってのに、そこから進む一歩をどうしても踏み出せない。
 ものぐさが過ぎる。もう一回くらいビシッと叩いてもらわなきゃ、ひょっとしたら何もしないままなのかもしれない。
 こんなだからよ、俺は何にも誰にも胸を張れないのかもな……

「高槻さん、船のことなのですが」

 すっきりしないまま歩いていると、不意にゆめみが話しかけてきた。
 そういえばこいつから話しかけられるのって多いような気がする。ロボットなのに。

 いや最近のロボットはそういうものなのかもしれない。命令を聞くだけ、なんてのはもう昔の話なのかもな。
 そのうち人権なんかもできたりするかもしれない。待てよ、ロボットだからロボ権か?
 いまいち分かりにくいな。機械人形権? 自動人形権? うーむ、自立稼動機械内における人口知能に対する権利の保護……長ぇ。

 などと横道に逸れかけた俺の考えを修正してやる! かのように頭に乗っかっていたポテト(雨避け)がぴこぴこと頭を叩く。
 わーってるよ白毛玉。……そういや、今の俺の姿ってモーツァルトみたいに見えないか?
 今のガキどもはモーツァルトごっこなんてやってないんだろうな。綿を頭に乗せてさ。
 何? 昔のガキだってやってないって? 俺はやってたぞ。

 ……いかん、どうもすぐに変なことを考えてしまう。こら毛玉、ぴこぴこ両手両足で叩いたり蹴ったりしてんじゃねぇ。鬱陶しい。
 分かってるっての。つーかお前、本当俺のことに関してだけは先読みが鋭いのな。以心伝心、いやニュータイプか?
 ララァ、私にも宇宙が見えるぞ。……はいはいはい、分かってるからしっぽ叩き追加すんな。

「どうしたよ」
「探した後のことなのですが……どうするのですか?」

573乗りかけた……?:2009/02/28(土) 03:29:47 ID:gteZ9OEo0
 そういや探す探すばっかり言ってて探した後のことなんざ全然考えてなかったな。
 まぁこの首輪があるからなんだけどな。だがそれも心配ない。外す当てが芳野の兄ちゃんから舞い込んできたし。
 仮に外せるのだとしたらもう残りは脱出だけ。そうなると俺達のやっていることも俄然重要な意味合いを持つことになる。
 ゆめみはそういうのを含んで言ったんだろう。先読みが鋭いのはポテトだけではないようで。

「取り合えずは船自体を見てみないことにはな。壊れているのか、そうでないのか、燃料はどうなのか、とかな。
 まず確認して、それから必要なものを探しに行くってことになるだろうさ。今は見に行くだけでいい」
「なるほど、そうですね。確かに船があるというのを知っているだけですからどうなっているのかも分かりませんし」

 頷くゆめみ。そういえばこいつの腕もどうにかしないと。岸田も死んで、残りも30人ほどの状況とはいえ、
 まーりゃんとかいう女を始めとして殺し合いに乗ってる連中はいないわけじゃないだろう。それに備えてゆめみの体調……
 というか調整をしておく必要がある。こいつだって立派な戦力だからな。

「お前も何とかして直してやらないとな。いつまでもその腕のままじゃあな……正直キツいぜ。はんだごてで直せるかねぇ」
「神経回路は普通の機械と同じ配線ですから、応急処置としては十分だと考えられます」

 そりゃ良かった。一応機械工学に関しての知識はあるからな。
 MINMESやELPODの調整を度々やらされていたことがこんな形で役に立つとはよ。
 どちらかというとデジタル的なデータの調整の方が多かったような気もするが、この際気にするまい。

 と、俺はふとゆめみのために行動している俺という存在がいつの間にか現れていたことに気付く。
 自分のためじゃない、純粋に人のことを思っての行動だということに。そこに多少の打算があったのだとしても……

「あの、ありがとうございます」
「……何がだ」

 急な言葉に多少詰まらせながらも俺はそう返す。ゆめみは寸分の打算もないやわらかな笑みを浮かべていた。

「わたしを直してくださることです。それは、きっとお医者様がひとを治すのと同じことだと思いましたから」
「なに、そんな大層なもんじゃない。……一蓮托生ってやつだ」
「一蓮托生……?」
「乗りかかった泥舟ってことだよ」

574乗りかけた……?:2009/02/28(土) 03:30:14 ID:gteZ9OEo0
 少しの間を置いて、ああ、という風にゆめみは頷き、同時に苦笑していた。俺も苦笑を返す。
 一蓮托生、か。

 自分でそう言っておきながら、今更のようにようやく理解している。
 この道を俺は選ぼうとしている。今までに経験したこともなく、何があるのかも不明瞭で不安だらけの道を。
 自分で決めたことだ。アドバイスやら何やらがあったとしても、決めたのは俺なんだ。

「あの、分かっていて申し上げられたのなら申し訳ないのですが」
「お?」
「乗りかかった船、ではないのでしょうか? ……泥舟だと、沈んでしまいます」
「……」

 ゆめみの苦笑が思い出され、そういう意味だったとやっと分かった俺は口をあんぐりと開けるしかなかった。
 ま、ままま間違えたわけじゃないぞ! あれだ、沈む船だとしても最期まで一緒ってことだよ! イッツタイタニック!

 なに? タイタニックでは片割れが生き残ったって? うるせー馬鹿! 細かいことを気にするな!
 これが一蓮托生ってことだ分かったかよ畜生!
 頭の中では真っ赤になって誰かに反論しつつ、表面上はクールを装って華麗に返す俺。

「ふ……ゆめみ、大人のハードボイルドジョークを分かっていないようだな。地獄に落ちるなら一緒ってことなんだぜ?」
「そうなのですか? すみません、わたしのデータベースになかった言葉だったので……」

 流石俺。流石クール高槻。見事な返しに思わずゆめみさんも信じるこの鮮やかさ!
 さらりと告白まがいのようなことを言っているような気がするがゆめみさんが空気読んでフラグ折ってくれました。
 決してゆめみさんがアホアホロボットだと言っているわけじゃないぞ?
 とにかく上手く誤魔化すことに成功した俺は大袈裟に咳払いをして話をまとめにかかる。

「そういうことだ。分かったらまずははんだごてを探すぞ。船が壊れていても修理に応用できそうだからな」
「了解しました。泥舟に乗船させてもらいますね」

 ……こいつ、分かっててやってないだろうか?
 だがにっこりと純真無垢に微笑を浮かべるゆめみを見るとそんな邪な考えもすぐに吹き飛んだ。

 代わりに、もし泥舟の話を誰かに聞かれでもしたらとんでもない恥さらしになるのではないだろうかという不安が頭を過ぎる。
 どうやら泥舟に乗っているのは俺も同じらしい。沈まないように祈るしかない。
 でもきっといつかバレるんだろうなあ……確信にも近い予感を抱きながら、俺ははんだごてがありそうな工具店を探すことにした。

     *     *     *

575乗りかけた……?:2009/02/28(土) 03:30:43 ID:gteZ9OEo0
 薄明るい密室の中、ひとりの少女が俯き加減に座っていた。
 頬は僅かに赤く、瞳の奥には戸惑いとある種の期待を込めた色が窺える。
 服は既にはだけられ、インナースーツの上半身部分だけが覗き彼女の柔肌を守っている。
 守られていない部分――すなわち、素肌が見えているところはほの暗い空間と対になるような白さがあり、
 落とされた服と相まって卑猥な雰囲気を醸し出している。
 眺められていることに気付いたらしい少女は少しの間を置いてから頷く。
 しゅるしゅるという衣擦れの音が聞こえ、ゆっくりと裸身が露になってゆく。
 少女らしいほっそりとした肢体と、控えめに膨らんでいる胸。以前見た事がある男だが、
 改めて見てみると思った以上に小さなものだと感慨を抱いた。

「あの……宜しく、お願いします」

 上目遣いに見上げる少女。ああ、と男は頷き、『道具』を持って彼女の背後へと回る。
 方膝をついて座り、ぴったりと体を密着させる。女の子特有の柔らかさが伝わってきた。
 ごくりと生唾を呑み込みつつ、男は少女の身体を――

576乗りかけた……?:2009/02/28(土) 03:31:10 ID:gteZ9OEo0

 んなわけあるか。
 ただの応急処置の風景だよ。
 賢者タイムだとか思った奴表に出ろ。

 ……とまあ、首尾よくはんだごて他回線やら何やらを入手してとりあえずゆめみの応急処置をすることにしたわけだ。
 部屋が薄暗いのは俺達が無防備になるから誰かに見つけられないための措置ってやつだな。
 密室にしたのも以下同文。オープンにそんなことやってたまるか。大道芸じゃないんだぞ。

 まあそもそも俺がゆめみに欲情することなんざ俺がポテトに恋することくらいありえん。
 ロボットだし、おっぱい小さいし。あっ、重要なのはおっぱい小さいってところだぞ?
 小さいのが悪いと言っているわけではないが、やっぱり大きいほうが色々と便利じゃん? 何がって? 大人になれば分かるさ。

 しかしまあ、本当にこんなので大丈夫なのかねえ。
 人工皮膚を鋏でジョキジョキ切って、切断された配線をはんだでくっつけ直す。
 ゆめみの電源は一時的に切ってある(スリープモード)に移行してあるから感電の心配はないんだが、念のためにゴム手袋で作業。
 さらにゴーグル装備。マスクもついでに。意味があるかどうかはこの際置いておこう。

 問題なのはゆめみに開けられた穴がちょうど胸のあたりを貫通してることなんだよな。
 奥のほうまでいくと流石に俺でもどうしようもなくなってくるし、どうなっているのかも見えない。
 つーか、科学の粋を集めて作ったロボット、しかも試作品のことが一発で分かってたまるか。
 繋ぎなおしだって色が同じ奴をくっつけているだけだしな。……寧ろ変なところをくっつけてしまいおかしくなりはしないだろうかと思う。

 だが作業は始まってしまった以上、今更止めるわけにもいかないし、ゆめみ本人も(多分と付け加えたが)大丈夫と言っている。
 いけるいける、絶対にいけるとお祈りしつつ手の届く場所までは直す。
 見た感じでは主な損傷箇所は胸部の、いわゆる肋骨にあたる骨格が破損していて、
 モーターだかバッテリーだか分からん箱のようなものも貫かれて使い物にならなくなっているようだ。
 ゆめみ本人なら分かるかもしれない。後で聞いてみよう。

「……よし、やれるだけはやったぞ……後は運を天に任せるか」

577乗りかけた……?:2009/02/28(土) 03:31:30 ID:gteZ9OEo0
 ゴーグルとマスクを外して一息。
 残りはジョキジョキ切ってしまった人工皮膚の繋ぎなおしだが、まあ糸でも通しときゃどうにかなるだろ、多分。
 でも糸なんて見つからなかったしなあ……そうだ、確か忍者セットの中に強力な糊みたいなのが入ってたはずだ。ん、トリモチだったかな?
 まあいい。とにかくくっつけられるなら大丈夫だろ。

 ごそごそとデイパックから例の糊みたいな何かを取り出し、ヘラで掬い取ってぺたぺた……と。
 小学生の工作の時間を思い出しつつ人工皮膚の切れ目に塗りたくる。
 どうやら見込みに間違いはなかったらしくぺろんと皮膚が剥がれることもなかった。

 取り合えず今はこれでいい。本格的な修理は後にでもやればいいさ。きっとメイドロボと同じレベルの修理なら出来るはず。
 試作品だからって何もかも違うってことはないだろう。

「よっしゃ、終わったぞゆめみ。起きろ」
「――システム再起動。各種機能をチェックします……一部にエラーが見受けられます。
 サポートセンターに問い合わせします……エラー。接続を中断します。稼動には深刻なエラーは見受けられません。
 よってこのままプログラムを起動します。……パーソナルネーム『ほしのゆめみ』、起動」

 抑揚のない無機質な声がしばらく続き、俯いていたゆめみの頭がようやく持ち上がる。
 普段はあんなに可愛い声なのにな。気が利いてないというか、システムボイスくらい気を配れというか。
 けど、やっぱりエラーはあるらしい。深刻ではないようなのでひとまず問題はないというところだな。

「――おはようございます」
「おう。どうよ、調子は」

 言われたゆめみは動かなくなっていた腕を動かそうとする。もし直っていれば腕は動くはずなのだが……
 一瞬緊張し、しかしそれも杞憂だと分かった。
 多少ぎこちないものの腕が動き、関節も曲がる。指も曲げられるようだった。

 ふーっ、案外簡単にいくもんだな。ひょっとすると、ロボットのハードウェアに当たる部分は案外いい加減なつくりなのかもしれない。
 繊細なのはプログラムだけ。……俺達と同じだな。
 死にたいと思っても中々死に切れず、恥を晒して、それでも体は動き、命が脈動して……

578乗りかけた……?:2009/02/28(土) 03:31:52 ID:gteZ9OEo0
「若干、関節面の動きが鈍いように思われます。それに腕も肩より先に上がらないみたいです」

 ギギギと腕を上げようとしたゆめみだが、不自然な部分で止まってしまっている。やはり不完全か。
 これじゃあ格闘は無理か。折角格闘プログラムをインストールしたってのに、勿体無い。
 まぁしかしちゃんと動くだけマシってところか。
 右足と左足が同時に出たりとか、指が常にわきわきしたりとか、そういう不都合が出なくてよかった。

 医者ってのもこんな気分なんだろう。自分のやったことに対して一喜一憂する。上手くいけば全力で喜べる。自分自身も患者も。
 俺がやっていることは絆創膏を貼るレベルなんだろうけどな。
 苦笑しながら、俺はまだ体の調子を確かめているらしいゆめみに「服を着ろ」と伝える。
 その、なんだ。いかに興味ないとはいえ半裸の女の子(ロボットだが)が男の視線を気にしてないというのも問題なわけで。
 全く。プログラマー出て来い。

 今更のように自分がそういう格好だと知ったように、あっと声を上げてゆめみが慌てて服を着る。
 手遅れなんだが。もう見てるんだが。色? 馬鹿野郎、そういう無粋なことを聞くもんじゃないの。
 もう少し大きかったら揉んでたね。空しくなったとしても揉んでたさ。男だからな!
 ……こういうとき、突っ込み役がいないと少し寂しいな。藤林と一緒に行けば良かったか。半殺しにされそうだけど。

「ぴこ」

 そんな俺の心境を知ってか知らずか、ポテトがぴこぴこと叩いてくる。
 気持ちはありがたいが、もうちょっと刺激が欲しいな。全然痛くないし。

「……ぴこ」

 あ? なんだよその汚いものを見るような目は。変態?
 何を言うかこの駄犬。俺が求めているのは体を張った笑いなんだよ。ネタのために体を張る。男らしくていいじゃないか。
 つーかお前如きに変態呼ばわりされてたまるか未確認生命体め。
 頭からひっぺがしてイチローのレーザービームのように外に投げ捨ててやろうとしたとき、ズン! という低い音と共に地面が揺れた。

579乗りかけた……?:2009/02/28(土) 03:32:12 ID:gteZ9OEo0
「なんだっ!?」

 家屋の中にいてまで響いてくる上に、揺れたのだ。
 俺はポテトのことも頭から放り出して外へと向かう。まさか、別働隊の藤林と芳野の兄ちゃんがやられたんじゃないだろうな。
 服を着たらしいゆめみも慌てて荷物を持って俺に追い縋ってくる。

「何でしょうか、今の音は……」
「分からん。ヤバいことじゃなけりゃいいんだが」

 こうなると見つかりにくくするために閉めきっていたのが煩わしい。手早く扉を開け、外に出ると……
 なんじゃこりゃ、と俺は絶句したくなった。

 ここから海岸に沿った方向、およそ数キロほど先にある場所だろうか。
 夜に、しかも雨なのにもかかわらずもうもうと煙が上がり、空の一部が赤く切り取られている。
 キャンプファイアーにしてはあまりに大きすぎやしないかい? そんなことを言いたくなるくらいに激しく何かが『燃えていた』。

「海の方……みたいですが」

 ぽつりとゆめみが呟いたとき、まさかという予感が走った。
 あそこで燃えているのは、もしや、船――!?
 半分そうだと言っている自分と、そんな馬鹿なと騒ぎ立てている自分がいた。

 いや仮に船だとして、どうして燃やすような真似をする? あそこで戦闘でもしていたのだろうか?
 だがこの雨の中、そう簡単に船が爆発して燃えるなんてことがあるのか。
 火をつけただけじゃあんなことにはならない。もっと他の、専門的な知識と道具を使わなければ……

「畜生! 行くぞ!」
「え? あ、は、はい!」

580乗りかけた……?:2009/02/28(土) 03:32:35 ID:gteZ9OEo0
 考えていても始まらない。悪い予感が現実の形になっていくのを認識しながらも、確かめてみなければという思いが体を動かしていた。
 そう、もし燃えているアレが船だとして、わざわざ専門的な道具を使ってまで破壊し、尚且つ得をするような連中……
 そんなもの、脱出を是としない主催の連中に決まっているじゃないか。

 甘かったというのか。わざわざ現場に人員を送り込んでくるような真似をしてこないと踏んだ俺が間違っていたのか。
 万が一送り込んだ人員が捕まれば対抗する手立てを見つけられるかもしれないのに?

 くそったれ……!
 走りながら、俺は悪態をつくしかなかった。

581乗りかけた……?:2009/02/28(土) 03:32:54 ID:gteZ9OEo0
【時間:2日目午後22時00分ごろ】
【場所:C-3・鎌石村工具店前】

タイタニック高槻
【所持品:日本刀、分厚い小説、ポテト(光二個)、コルトガバメント(装弾数:7/7)予備弾(5)、鉈、電動釘打ち機12/12、五寸釘(10本)、防弾アーマー、89式小銃(銃剣付き・残弾22/22)、予備弾(30発)×2、ほか食料・水以外の支給品一式】
【状況:爆発の元へ急行。船や飛行機などを探す。爆弾の材料も探す。主催者を直々にブッ潰す】

ほしのゆめみ
【所持品:忍者刀、忍者セット(手裏剣・他)、おたま、S&W 500マグナム(5/5、予備弾7発)、ドラグノフ(0/10)、はんだごて、ほか支給品一式】
【状態:左腕が動くようになった。運動能力向上。高槻に従って行動】

→B-10

582のこされたもの:2009/03/05(木) 23:16:32 ID:9452gkFI0
「ん……」

 目覚めるとそこは夕暮れの部屋だった。
 散乱する書類、何の目的に使うのかも分からないガラクタ、勢いだけで書かれた変な掟の数々。
 寝起きの頭で数秒ほど考え、ほどなくしてここが生徒会室なのだと思い至る。

 どうやら机にうつ伏せのまま眠っていたらしい。首は硬くなっていて、頬をなぞってみると制服の皺の跡が残っているのが分かる。
 自分の他には誰もなく、眩しいばかりの夕日が暖かな橙色を伴って自身の体と生徒会室を染め上げていた。

 綺麗だな、と思いつつ椅子から立ち上がり、夕日を差し込んでいる窓へと朝霧麻亜子は歩いていく。
 見下ろしたグラウンドもセピア調のトーンに揃えられていて、人気のない様子も手伝って物寂しいものを麻亜子に伝えた。
 いつもならまだ陸上部やらサッカー部やらが部活に勤しんでいるはずなのに。

 今日はどこも早く切り上げてしまったのだろうか、それとも自分が遅くまで眠りこけていたのだろうかと思って麻亜子は部屋の中に時計を探す。
 少し漁ると、書類の束に埋もれるようにしていたデジタルの時計が見つかった。
 あちゃ、と麻亜子は頭を掻く。時刻は六時を回っている。とっくに最終下校時間を過ぎているではないか。
 早く出なければ見回りをしている先生に見つかってお説教コースだ。もう手遅れかもしれないが。

 それにしてもどうして起こしに来てくれなかったのだろうと頬を膨らませる。
 最近のあの二人は仲も良さそうだったし、ひょっとしたら遊びにでも行ってしまったのかと想像する。
 自分を差し置いて楽しいこととは……いつか倍にして返してやろうと思いながら麻亜子は生徒会室を出る。
 扉を閉めようとしたとき、そういえば鍵は持っていただろうかと思ったが、すぐに「まあいいか」と気にせず、そのまま後にする。

 赤く染まる廊下に麻亜子ひとりの足音だけが続く。最終下校時間は過ぎているとはいえ、本当に静かで誰もいない。
 まるで世界に一人取り残されたような気分と、普段は騒がしいはずのこの場所が醸し出す、どこか静謐な、雰囲気の新鮮さを楽しむ気分。
 その両方を持ちながら、麻亜子はくるくると視線を動かす。いつもなら気にも留めないような景色にも目を配って。

 意外と清掃は行き届いている。
 うんうん、さーりゃんはそういうとこに気を配れる子だからねー。
 廊下の掲示板に張られている新聞やイベントに関するポスターもちゃんと節度を守った学生らしいものだ。
 うーん、ちと刺激が足りぬが、まぁさーりゃんらしいよね。これはこれでいい気分。

583のこされたもの:2009/03/05(木) 23:16:54 ID:9452gkFI0
 階段を下り、昇降口に出る。やはりというかなんというか、既に卒業してしまっている自分の下駄箱はもはや存在しない。
 つい数ヶ月前まで自分が使っていたそこには名前も知らない生徒の上履きが入っている。
 さて、自分はここに遊びにきているときどの空き下駄箱を使っていただろうかと思い起こそうとして、しかし思い出せなかった。
 今日立ち寄ったばかりなのに、もう忘れてしまっている己に失笑する。更年期障害にはまだまだ早いはずなのだが。

「……あはは、あたし、もういないんだよね、ここには」

 ここには何もない。自分の居場所は、どこにも。
 いつまで縋っているのだろう。自分を知るものはなく、残しているものもないここに何を求めているのだろう。
 一人で旅立つのが怖いから? 上手くやっていけるかなんて分からないから?
 いやきっと両方なのだろう。臆病で、昔にあったものしか信じられず、いつまでも居座ろうとする女。
 頭も良くなければへそ曲がりな体質で協調性、親和性にも欠ける。それが自分だ。

 知ってしまったからだ。落ちるかもしれない、そういうことがあると知って、羽を広げられなくなってしまったからだ。
 破天荒であったのは自分の居場所がまだあると錯覚するために過ぎず、明るく振る舞っていたのは現実を誤魔化すための手段に過ぎない。
 全て自分のためだ。友達のために行動していたのが本心だろうが偽りのものだろうが、結局は自分を安心させたいがため。
 利用していたとは思わない。貴明とささらは、いや新生徒会の面々は大好きで、いつまでもあり続ければいいと思っていた。

 だから……だから自分はあんなことをしてしまったのだろう。
 思い出す。麻亜子が行ってきた所業の数々を。
 人を殺したのも、騙したのも、裏切ったのも全部友達のため。つまりは自分のため。
 誰かを殺して友達のためになるのなら、殺している自分には居場所があると頑なに思い続けていただけだった。

 自分のしていることが友達にどう思われるかなど考えもせず、思考停止して居場所を得たかったがためにやっていたのに過ぎず……
 そうした時点でもう居場所なんてあるはずがなかった。
 自分の居場所は友達があってこそというのを忘れてしまっていた時点で、もう何もかもが失われていたのに。
 だからここには誰もいない。この学校には誰もいない。
 全員自分が追い出してしまったからだ。自業自得の一語が浮かび上がり、嘲笑だけを吐き出させた。

584のこされたもの:2009/03/05(木) 23:17:16 ID:9452gkFI0
「でも、今の先輩にはそれだけじゃないでしょう?」

 やさしい声が風に乗って運ばれ、麻亜子の耳へと届いた。
 昇降口の奥、廊下側から聞こえてきたのは河野貴明の声。振り向くと、そこには大きなダンボールを持ったままよろよろと歩く貴明がいた。
 どこかへと行く様子の貴明だったが、もう最終下校時間だとか、どうしてそんなものを持っているのか、そんな質問は浮かばなかった。
 さっぱりとして清々とした表情には、何の未練も感じられない、穏やかな雰囲気があった。

「俺達だって、いつまでも先輩に拘ってちゃいけませんしね」

 苦笑した貴明はそのまま奥へと進んで行く。それは明らかな別れだった。
 待って、とは言えなかった。引き止める資格はない。自分で追い払っておきながら、寂しくなったからなんて今さら過ぎる。
 仮に引き止めたところで、それは彼らを縛り付ける意味しかない。永遠に飛ぶ事を恐れる自分の我侭に付き合わせるだけでしかない。

 そもそも居場所を取り返そうというのが傲慢な発想だったのだ。
 そのために誰かの居場所を奪ったところで、取り戻せるわけなんてなかったのに。
 深い後悔が息苦しさとなり、胸を鋭い痛みとなって突き上げる。こうして苦しんで死んでいくしかないということか。
 永遠に苦しみ続け、憎悪を受け止めて。自分の居場所を求め続けた、これが結果なのなら……

「仕方ないな……先輩、俺の言ったことの意味をよく考えてくださいよ。それだけじゃない、って」
「今のまーりゃん先輩にしかないものがあるんです。……たとえそれが間違ったことの果てに見つけたのだとしても」

 遠くから振り向いた貴明の言葉に続けて、どうやら階下から降りてきたらしいささらの言葉が重なる。
 今の自分にしかないもの?
 自答してみて、だがそれは悲しみでしかないと答えようとしたが、本当にそれだけなのかと必死に思い出そうとしている自分もいた。

 思い出すべきなのだろうか。迷っているうちに陽が沈み、夕日の色は徐々に失われ、夜の帳に覆われていく。
 それと同時に、二人の姿もだんだんと夜の陰に埋もれていき、姿を隠そうとする。
 完全になくなってしまう前に結論を出さないといけないという思いが体を走り、開けることを躊躇っていた記憶の扉を押す。

「そうだ、あたしは、まだ……」

585のこされたもの:2009/03/05(木) 23:17:32 ID:9452gkFI0
 分かっていながら、それでも止められなかった自分に対して向けられた、「間違っている」という言葉。
 どんなに辛くてもその気があるのならやり直せると言って、手を差し伸べてくれたひとがいる。
 だがその道を本当に行くかは自分に委ねられた。強制ではなく、ただ選択肢だけを与えられていた。
 その手を取るかは、自分次第。

 麻亜子は暗くなりかけた風景の、橙と紺色が混ざり合い変わりゆく世界の中で静かに己の手を見つめた。
 血に染まった手であり、可能性を残した手。
 最後に残った太陽の光へと振り返り、麻亜子はそこにあるもの、この先にあるものの所在を確かめた。

 今の自分は自由だ。このまま夜を迎えるのも、朝日の昇る方向へ向かうのも、全てが委ねられている。
 楽になることはきっと、できない。いつまで経っても一度犯した間違いはリセットできない。どんなに後悔しているとしても。
 だがその先、歩いた先に何があるのかは不明瞭で誰にも分からない。そこにはどんな結末が待ち構えているのかも分からない。
 不幸か、絶望か、幸福なのか、希望なのか。言えるのは、そのどれもが在り得るということだ。

 けれども立ち止まったままではそのどれもを得ることは出来ない。
 皆が残していった欠片。想いの残滓を投げ出してしまう。

 そんなものは嫌だ。義務感からではなく、贖罪の念からでもなく、己の沸き立つ思いに従って麻亜子は太陽が完全に沈む様を眺めた。
 赦されるのかどうか、その資格があるのか……考えれば、普通はあるはずがないのだろう。
 だが儚くとも、ないわけではない。それに共に歩むひと達がいる。間違いを犯した者なりに掴めるものだってあるかもしれないから。

「行くよ、あたし。自分で考えて、自分で決めたことだから」

 見返した先、表情も見えなくなっていた二人の姿が揺らぎ、つい先程まで戦っていた二人の姿を代わりに浮かび上がらせた。
 夜になった世界を背にして、麻亜子は二人の元まで歩いていく。
 しっかりと、地に足をつけて――

     *     *     *

586のこされたもの:2009/03/05(木) 23:18:03 ID:9452gkFI0
 ぼんやりとした輪郭が映る。じっと無表情に、だが瞳の奥には心配を交えた色があった。
 あの子か……沈みゆく夕暮れの光景で見た、最後の人影と重ねて、麻亜子は微笑を浮かべた。

「起きた?」
「ああ、うん……夢を見てたみたい」

 どこかの民家にでも移動してきたのだろうか。
 視界は薄暗く、消えた蛍光灯と壁紙の白さ、無造作に置かれている家具の数々が、生活感よりもかえって不気味さを際立たせていた。
 窓から外を見れば先刻見ていたあの夕日の美しさはなく、茫漠としてどこまでも伸びるような闇が広がっている。
 これが自分の生きているところだという自覚を持ちながら、麻亜子はむくりと起き上がった。

 服はいつの間にか着替えさせられていたようで、今度は体操服のジャージ(上下)に、さらにその下は通常の体操服が着せられている。
 サイズも微妙に合ってなく、ジャージもぶかぶかな感があった。そして何より、デザインが地味だった。
 だっさいなぁと率直な感想を抱きながら、麻亜子は「何これ、こんなんじゃ萌えないなー」と言ってけらけらと笑った。

「動きやすそうな服がそれくらいしかなかった。サイズも合いそうなのがなかった……許して欲しい」

 すまなさそうな声の方を見れば、これまた彼女も剣道部の胴衣をきっちりと着こなしている。
 上下に黒を基調とした無骨なデザインと、少女らしい可憐な顔とがアンバランスにも感じられ、かえって不思議な魅力を出していた。
 くっそー、これだからおっぱいぼーん! は……

 胴衣の上からでもわかる大きな膨らみに若干の羨望を覚えつつ、麻亜子は普段の調子を取り戻してきていることに安堵する。
 或いは、体操服と剣道着という日常的かつ不恰好で可笑しな組み合わせがそうさせてくれたのかもしれない。
 こんな風に可笑しく笑えたのはここに来て以来初めてじゃないだろうか。その事実を噛み締めながら麻亜子は話を切り出す。

「あのさ……あたしは……」
「川澄舞」
「へ?」
「私の名前。初めて会う人と話すときは、まず自己紹介」

587のこされたもの:2009/03/05(木) 23:18:28 ID:9452gkFI0
 初めても何も、さっき戦っていたじゃないか。そんな言葉が浮かんだが、野暮だという思いですぐにかき消した。
 大体錯乱していて話もろくに聞こうとしていなかったのは自分だ。
 いかんいかん。こんなクールおっぱいぼいーんに手玉に取られててどうする。世界の美少女じゅうよんさいの名が折れるわ。

「うむ苦しゅうない。我輩は永遠の美少女ロリ、おっと(21)とは違うぞ。(21)とは違うのだよ(21)とは!
 ということでまーりゃんという者である。って、もう知ってるっけ? よしなに」
「よしなに」

 あ、クールにさらっと流した。
 表情を全く変えない舞にどことない敗北感と突っ込み人員の不足を嘆きながら、麻亜子はコホンと咳払いして仕切り直す。

「で、あたしは今どういう状況なのかな? さすがにあれから少しは時間、経ってると思うんだけどさ。
 あのやたらこわーい目つきのお兄さんもいないし、ね」

 目が覚めたと知ったなら、まずもう一人の連れを呼んでから改めて対話というのが考えられることだろう。
 まだ自分達は分かり合っていないことも多い。寧ろ拘束もせず、自由に動ける状況であるというのが(今さらながらに考えて)おかしい。
 逆に言えばそれほどまでに自分は感情をむき出しにして戦っていたということなのだろうが、それにしてもこの措置は緩いと思えた。
 それはともかく、もう一人の連れを呼ばない以上、この場にはいないと考えるのが自然だ。
 ならば何かしらの事件が起こったと考えるべきで、まずはそれを聞いておきたかった。

「往人はいまここにはいない。でもすぐに帰ってくる。まーりゃんは私がここに連れてきた。往人が戻ってくるまで、私が守るって約束したから」

 言葉から推測する限り、もう一人の連れ……往人というのがどこかに行ったのは確からしい。
 だが行き先を知らないということは、恐らくは正確な場所を告げずに出て行ったということだ。
 しかしそれよりも守るという言葉が麻亜子の心を打ち、内奥に強く反響させていた。

 約束したと言ったときに含まれていた強い口調から、その重要度は窺い知れる。
 けれどもなぜ、先程まで殺し合っていた相手にここまでするのか。確かに心情を吐露したとはいえ、何が舞を信じさせるのだろうか。
 そう、それを確かめるためにあたしは歩き始めたんだ。
 疑問を口に出そうとした麻亜子だが、その前に舞が話を続けた。

588のこされたもの:2009/03/05(木) 23:18:45 ID:9452gkFI0
「あなたはどうしたいの? 少し訂正するけど……私はあなたを守る。
 だけど、あなたがそうして欲しくないというのなら私は何もしない。押し付ける気はないから……」

 それは改めて突き出された選択肢だった。
 自由になった己が身への厳しい問い。夢の中で見た言葉の数々と同じ、覚悟を決める気持ちを問う選択肢だ。
 でも、もう決めちゃってるからね。自分で考えて、自分で決めたことなんだ。

「多分、あたしは君が思ってる以上の極悪人だよ。あたしのしてきたこと、知ってる?」
「知ってる」
「その上で、あたしと一緒に歩いてくれるの? そりゃ、赦されるだなんて全然思ってないけど……」
「けど、間違ったことを続けて、悲しみを撒き散らすこともしない」

 そのつもりなのだろう? と確信を含んだ目を向けられ、麻亜子は参ったなという感想を抱いた。
 もう向こう側は全て了解してくれているということか。決して赦せなくとも、それぞれのために、共に協力し合うパートナーとなることを。

「……罪を犯してきたのは、私だって同じだから。みんなを、貴明とささらを見殺しにしてしまったようなものだから」
「さーりゃんと、たかりゃんを……?」

 ぽつりと呟かれた舞の言葉に、麻亜子は思わずといった形で反応する。
 頷いた舞がひとつひとつ、これまでに起こったことを語っていく。
 疑心暗鬼の渦中にいながら誰も止められなかったこと、自分が楽になりたいがために己の命を絶とうとしていたこと……

「言い訳するつもりはない。でも、私は生きていくと決めた。
 死んでいなくなった人たちが救われるわけじゃないし、何より、私が生きたいって思ったから。
 それでどんなに辛い思いをするのだとしても」
「……そっか」

589のこされたもの:2009/03/05(木) 23:19:09 ID:9452gkFI0
 貴明とささらの結末。それを半ば見殺しにしたと自白した舞の言葉を聞いても、さほどの恨みは募らなかった。
 寧ろ羨ましくさえ思った。自分達の代わりに麻亜子を止めてくれ。そう言われるまでに信頼されていた舞の存在が。
 自分には出来ない。誰かを死後を託すことも、やってくれると信じきることも。

 同時に一抹の寂しさもあった。誰かを守り、託し、散っていった貴明の姿。
 それは自分が知っている、頼りなくて振り回されがちな少年の姿とはまるで違うものだったからだ。
 守りたかった友達は、既に自分の手に余るほど大きくなっていた……

 麻亜子は、夢の中の貴明の姿を思い返す。あの貴明も同じだった。さっぱりとしていい表情になった男の顔。
 己の中のしがらみ、これまで縛り付けていたものが緩む感触を味わいながら「あたしもそうだよ」と言葉を乗せた。

「生きたい、って思った。誰に言われるまでもなく、自分自身の気持ちで」

 無言で頷いた舞には、何の含みもない微笑だけがあった。しがらみの一つを洗い流した女の顔がそこにあった。
 胸の内がスッと軽くなる。その意味は分かりきってはいたが、すぐに理解したくはなかった。
 理解してしまうと自分らしくなくて気恥ずかしいものがあったからだった。
 代わりに麻亜子はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて舞へと抱きついた。

「ねぇねぇ、さっきさー、『私が生きたい』って言ってたけどさー、それって誰のためなのかなぁ?」
「……? まーりゃん、なに言って……か、顔、近い」
「まーなんというか、これはあたしの人生経験的による勘なんだけど、まいまい、ぶっちゃけ惚れてるっしょ往人ちんに」
「……!?」

 目をしばたかせた後、ぱくぱくと口を開閉させ顔を紅潮させる舞。
 分かりやすいなあと内心にやにやしながら麻亜子は舞の頬をぷにぷにと突く。
 ああ、やっぱ若人のほっぺたは最高やでウッシッシ。

「いやー、ビミョーに往人ちんのことを話すときに声が上ずってたからさー、胸のときめき☆を感じちゃってたのかねーとか思ってたんだけど。
 で、どーなのお嬢さん? 気にしてないことはないっしょ? ファイナルアンサー?」
「別に、私は……」
「あ、不自然に目を逸らした」
「……」
「だんまりモードかね。ならばゴッドハンドと呼ばれたまーりゃん様の指が火を吹くぞー! うりゃりゃりゃりゃさあ言えー!」
「〜〜〜〜〜〜!」

 何が起こってるかって? それはもう女の子のひ・み・つということで。
 こうして夜も更けていく……

590のこされたもの:2009/03/05(木) 23:19:42 ID:9452gkFI0
【時間:2日目午後21時00分頃】
【場所:F−3・民家】

川澄舞
【所持品:日本刀・支給品一式】
【状態:同志を探す。往人に付き従って行動。強く生きていたいと考えている。両手に多少怪我(治療済み。支障は全くない)、肩に浅い切り傷】
【その他:往人に対して強い親近感を抱いている。剣道着を着ている】
その他:舞の持ち物(支給品に携帯食が十数個追加されています。)
(武器・道具類一覧)Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×17、スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ワルサー P38(0/8)、フライパン、投げナイフ(残:2本)

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(2/7)、ボウガン(34/36)、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:ささらサイズのスクール水着、芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:鎖骨にひびが入っている可能性あり。往人・舞に同行。パヤパヤ?いいえスキンシップです】
【その他:体操服(上下のジャージ)を着ている】

→B-10

591十一時五十一分/綺麗:2009/03/06(金) 01:07:46 ID:I5wwcrkg0
 
白と黒と、そして紅とに彩られた、それは裸身である。

さら、と。
夜を焚き染めたような短髪が、風に靡いて涼やかに鳴る。

「忘れるものかよ―――」

言葉を紡いだ唇は紅を差したように鮮やかで、湛えた笑みの冷ややかさを際立たせている。

「ああ、忘れるものかよ。あの頃にみた、夢の色を」

白は、静謐。
原初の脈動を秘めながら煌めく冬の日輪の如き、それは女であった。

「私はまだ―――夢の中にいる」

来栖川綾香が、立っている。


***

592十一時五十一分/綺麗:2009/03/06(金) 01:08:28 ID:I5wwcrkg0
 
それが生きた獣であれば、傲と吼え猛る声も聞こえただろうか。
人を容易く磨り潰す石造りの牙の間からは音もなく、ただ夜の森に泥を湛えた真黒き穴のような口腔が、
綾香を威嚇するように開いている。

「私にはわからない」

裸身が跳ねる。
寸秒を以て加速の頂点に達した白い弾丸が、石造りの獣を撃つ。
両の拳による連打は一続きの音を生み、その音の余韻が消えるよりも早く次の波が来る。
躍動する左腕、堅い拳胼胝に覆われてなお優美と映る拳が引かれたときには既に右の腕、
黒く変生した鬼の拳が獣の鼻面へと突き込まれている。
嵐の如き連打にもしかし、獣の巨神像はこ揺るぎもしない。
煩げに首を揺すった、その動作一つで綾香に距離を取らせている。
陽光の下、古代の職工が丹精込めて鑿を振るい彫り上げたようなその身には、傷の一つも負っていない。

「なぜ誰もが、歩みを止めるのか」

たん、と。
音を立てて銀の湖の淵、巨神像の立ち並ぶ辺縁に素足を着いた綾香に、獣が反撃へと転じる。
襲い来るのは爪である。
自らの足元に立つ綾香を薙ぐ軌道。
迫る剛爪を横目で見た綾香が、長くしなやかな脚に力を込める。
飛び退いて躱すか。―――否。
踏み込んだ右の脚が、踵を支点として回転する。
捻りながら後傾していく上体と腕とが体躯全体を使った遠心力を生み、体幹の筋力がそれを精密に伝達する。
打ち出されるのは、閃光とすら映る一撃。
希代の身体感覚と天性の柔軟な筋肉とが作り上げた、精緻な美術―――左上段回し蹴り。
格闘家、来栖川綾香の抜き放った伝家の宝刀が、自らに数倍する巨腕を、正面から迎え撃った。
切り裂かれた風が、万雷の拍手の如く爆ぜ、散った。

593十一時五十一分/綺麗:2009/03/06(金) 01:08:55 ID:I5wwcrkg0
 
「なぜ自らが腐っていくのを、じっと眺めていられるのか」

びりびりと耳朶を震わせる爆音の余韻の中、綾香が駆ける。
質量と物理法則とを無視して弾いた巨獣の前肢は、しかし無傷である。
対する綾香もその疾走の最中、深紅の染料で刻印する裸足の足跡が、一歩ごとに薄くなっていく。
蹴りの衝撃で割れ裂けた足裏の傷が、見る間に癒えていくのだった。
仙命樹、祝福と呪詛とを等しく齎す不死の秘薬の効果である。

「何かを学んだと、何かを得たと、したり顔で膝を屈し」

天空を駆けるが如き跳躍から獣の牙を目掛けて打ち下ろされるのは踵。
撓めた身体から流れるように繰り出された綾香の脚が、落下の加速を得て剛断の鎌と化す。
弧を描く軌跡が速度の頂点で巨獣へと吸い込まれていく。
刹那、躍動する来栖川綾香の肉体に存在したのは、美という言葉の意味であった。
斬の一字をその義と銘に打たれた白刃の見る者の悉くを惑わし蕩かすが如き、魔性。
それは、人という種の持つ力の具現である。

「歳を経て磨り減って、朽ち果てたようなものたちに囲まれて、曖昧に笑いながら腐っていく」

中空、連撃の華が咲く。
朱く散るのは鮮血の飛沫。
限度を超えた酷使に爆ぜる血と肉と骨とが織り成す綾である。
弾け、千切れた肉体が、しかしその端から癒えていく。
打撃の生み出す風が周囲を満たす朱い霧を散らし、轟音は響き、衝撃が大気を震わせる。
嵐の如き連打に巨獣の頭部が徐々に押され、しかしその表面には依然として損傷が見えない。
拳と足と、全身を裂けた皮膚の桃色と鮮血の赤とで斑模様に染めながら地に降り立った綾香が、
しかし表情を変えることなく疾走を再開する。

594十一時五十一分/綺麗:2009/03/06(金) 01:09:25 ID:I5wwcrkg0
 
「なぜ安寧を許容する。なぜ鈍化を肯定する。なぜ敗北を容認する」

転瞬。
颶風の如き打撃にも耐えきるかと見えた巨獣が、大きく身を捩った。
一瞬遅れて、その頭上を閃くものがある。
蒼穹を闇に染める稲妻とでもいうべき、黒の光。
それは巨獣の隣に位置する神像、黒翼の像と対峙する水瀬名雪の放つ、黒雷である。
流れ弾か、或いは何か他の意図があったものか。
いずれ哂ったのは、来栖川綾香である。

「何にもなれず。何者でもなく、何物でもなく、何処にも辿り着けず」

その眼が見据えるのは、唯の一点。
どれほどの打撃にも殆ど身じろぎすらしなかった巨獣の像が、揺らいだ。
黒雷が掠めたのは、獣の背。
巨獣に跨る、小さな影。
あどけない、少女の神像である。

「なぜそれを、生と呼ぶ」

595十一時五十一分/綺麗:2009/03/06(金) 01:10:05 ID:I5wwcrkg0
駆けたのは、ほんの二歩。
それだけを助走として、綾香の身体が宙を舞う。
大地の軛から解き放たれたように、高く。

「ああ、ああ。こんなにも、末期の聲が満ちるなら。こんなにも、こんなにも誰もが、生きることを忘れているのなら。
 応えよう。伝えよう。この彼岸に蠢くすべてに」

高く、高く。巨獣を飛び越えるほどに、この殺戮の島を一望するほどに高く。
日輪に、艶と雅の舞うように。

「止まっていけ。腐っていけ。友であったものたち。かつて美しく在れた、愛すべきものたち」

蒼穹を裂いて流れる、それは一筋の星だった。
空を翔る来栖川綾香の、紡ぐ言葉は糾弾ではない。
それは、世界の内でほんの僅か、幾人かだけがそっと首肯する、永劫と久遠とに響き渡る凱歌。

「私は、私たちだけは、走るんだ。走っていけるんだ」

それは夢から醒めずにいられる来栖川綾香の、
ただ綺麗なものだけに満たされた空を目指して羽ばたく女の、
振り切るべき死者の群れの全部、打ち捨てるべき腐ったものたちの全部に向けた、

「―――ここじゃない、どこかへ」

訣別の、宣言だ。


***

596十一時五十一分/綺麗:2009/03/06(金) 01:10:29 ID:I5wwcrkg0
 
穿ち貫かれた少女の像がさらさらと、やがて巨獣の像が轟音と共に、崩れ、風に散っていく。
どこまでも高い蒼穹の下、崩壊と廃滅の中に、白と黒と、そして紅とに彩られて、女が一人、立っている。

来栖川綾香が、立っている。

597十一時五十一分/綺麗:2009/03/06(金) 01:10:52 ID:I5wwcrkg0
 
【時間:2日目 AM11:53】
【場所:F−5 神塚山山頂】

来栖川綾香
 【所持品:なし】
 【状態:仙命樹、ラーニング(エルクゥ、魔弾の射手)】

真・長瀬源五郎
【イルファ・シルファ・ミルファ・セリオ融合体】
【組成:オンヴィタイカヤン群体13800体相当】
【アルルゥ・フィギュアヘッド:大破】
【ベナウィ・フィギュアヘッド:健在】
【オボロ・フィギュアヘッド:損傷】
【カルラ・フィギュアヘッド:健在】
【ウルトリィ・フィギュアヘッド:健在】
【カミュ・フィギュアヘッド:健在】

→1045 ルートD-5

598メイドロボとして3:2009/03/17(火) 18:34:13 ID:Rd8zP9jw0
場を満たす空気に変化はない。
訴えるマルチの意図を、巳間良祐は理解できないでいた。
巳間は目の前の少女が溢した言葉の意味の解釈を、思いつくことができないでいた。
故に、巳間は縋るようなマルチの声を冷淡なで瞳で一瞥する。
脅しが効いていない、目の前のか弱い少女が想像していたよりもタフだったことに巳間は内心毒づいた。
一度、巳間はマルチから煮え湯を飲まされている。
その件もあり、巳間は油断は禁物だと自身に言い聞かせ、改めて気を引き締めようとする。
マルチが下手に出ているだけでこちらを隙を窺っているという可能性が、巳間の中では沸き上がっていた。
仕掛けれられた罠にかかる程無様なことはないと、巳間は慎重にマルチの出方を窺おうとする。

一方マルチは、自分の言葉に対し何のアクションも返して来ない巳間にどう接すればいいのか、ひたすら困っていた。
巳間の片手は、相変わらず彼のデイバッグに突っ込まれたままである。
いつ彼がその中から武器を取り出し、攻撃してくるか分からない。それはマルチの作られた心にも恐怖を生む。
思えば人を殺すことに躊躇のない人間相手に軽率な行動を取ってしまったと、マルチの中では今更ながらに後悔をしている部分もあった。

しかし、それでも彼が人間であることには他ならない。
マルチのような人工物ではない、生命が宿る存在だった。

だからこその行動でも、あったはずである。
メイドロボという「物」と人という「者」の間に生まれている差は、絶対だった。
その差を巳間が理解していないということを、マルチは想像だにしていなかったのである。

巳間良祐という男は、彼女、マルチを「HM−12型」というシリーズに値する試作機、「HMX−12型」であるロボットだと認識していなかった。
FARGOという閉鎖された施設の中に捕われた巳間は、現実の世界から隔離されている。
その空間は、巳間に流行という言葉を忘れさせた。
巳間は知らない。
メイドロボという名の一般家庭向け作業ロボットが、額は大きいものの庶民が触れ合うことができるレベルにまで浸透しているということを巳間は知らないのだ。
巳間はマルチの苦悩に気づいていない。
人とは違う、生物ではないという事実が与えているマルチの苦しみそのものが何なのか分からないでいた。

599メイドロボとして3:2009/03/17(火) 18:34:55 ID:Rd8zP9jw0
「自分」を知らない人間がいるなんてことを、マルチは思ってもいないのである。
根本的なところで、マルチと巳間は噛み合わないでいた。
マルチは気づかない。
そこにマルチは気づかないまま、ぎゅっと拳を握ると沈黙を守り反応を返して来ない巳間に対し、自分の身に起きた出来事を語り始めた。

マルチの独白は、彼女の感情論も中に入りなかなかに長いものになった。
その間巳間は、彼女の言葉に一切の口を挟むことなくただ静かに耳を傾けていた。
理由は簡単である。
マルチがいつ何かを仕掛けてくるかと身構え、緊張の糸を始終張っていたからだ。
だが話したいだけ話したところで、マルチは一息入れると巳間に意見を求めるように彼女もその小さな口を閉じる。
巳間の予想していた奇襲の気配は、一切なかった。

マルチは本当に、ただのお人よしであったということを巳間が理解した所で、特に何かが進展する訳ではない。
むしろ巳間自身は他人の身の上話などに興味ないのだから、彼からすればこのような余興は幾許かの時間を無駄にしたに過ぎなかった。

(……くだらない)

攻撃の意図が含まれない溜息を吐くというだけの巳間の仕草にも、マルチはびくっと首を竦める。
そんなものでさえ巳間を苛立たせるには充分な動作であることを、マルチも分かっていなかった。

「それで、何なんだ」
「え?」
「それがどうしたと、聞いてるんだ」

巳間の刺すような物言いに、マルチはただでさえ小さな肩をさらに縮こませる。
こうしてみれば本当にどこにでもいるか弱い少女に他ならないマルチの姿に、巳間は自分が何に恐れていたのかと馬鹿らしくなってきた。

「他人を、しかもここに着いてからの知人を信じた結果がそれだったというだけだ」
「で、でも皆さんそれまでは本当に仲が良かったんですっ」
「結果はもう出ている。何を言っても、そいつ等が殺し合ったことに変わりはない」

600メイドロボとして3:2009/03/17(火) 18:35:21 ID:Rd8zP9jw0
言い切る巳間に、マルチは泣きそうな形で顔を歪ませる。
しかし涙は零さず、マルチはぐっと我慢するように唇を引き締めると再び巳間に視線を合わせた。

「私には……私には何か、できたことがあったと思いますか?」
「それを今言って、何になる」
「わ、私はただ……」
「同じ言葉を繰り返させるな。だから、今更それを言って何になるんだと俺は言っている。
 起きてしまった事柄を置いたまま後悔を引き摺るだけというのは、何も進んでいないと同じことだ。違うと思うか?」

先ほどと打って変わって、巳間は饒舌になっている。
憎憎しげな言葉であるが、やっと成り立った会話を繋ごうとマルチは必死に言葉を探そうとした。
しかしマルチの演算能力では、巳間にうまい答えを返すことが出来ない。
どうするべきかと、あたふたと視線を彷徨わせるマルチの態度に巳間は苛立たしげに舌を打った。

そうして一端視線を外した巳間が次にマルチへと目を向けた時、そこには微かな色の違いが生まれていた。
場の空気が変わるが、それどころではないマルチは気づいていない
一つ小さな溜息をつくと、巳間は再び開いた。

「……お前は、死ぬ恐怖というものが分かるか?」

威圧の意味を含まない巳間の声をマルチが聞いたのは、これが初めてかもしれなかった。
驚きで目を見開いたマルチに対し、巳間は続ける。

「具体的にだ。今正に絶命するだろうという瞬間が、分かるか」
「え、えっと……」

この島で晒されることになる無数の命のことを考えれば、それは想像しない方がおかしいかもしれない。
しかし巳間が言いたいことがそのような「想像の域」ではないことが、マルチも分かったのだろう。
巳間は続ける。

601メイドロボとして3:2009/03/17(火) 18:35:40 ID:Rd8zP9jw0
「お前が俺に襲われた時のことなんて、目じゃない。今俺が、こうしてお前に……」

言葉と共に、巳間はデイバッグの中に入れていた手をそっと出した。
握られたベネリM3が視界に入り、ひっと喉を鳴らしたマルチの眉間に巳間は躊躇なく銃口を突きつけた。

「この状態より先だ。俺がトリガーを引く、その瞬間……それをお前は、どう感じる」
「……」
「俺は怖い」

巳間の告白に、マルチの唇が震える。
マルチに向けた銃の照準にずれはないものの、巳間の瞳にはどこか迷いが込められていた。

「不思議なんだ。ここに来てから、俺は焦りにばかり追い立てられている気がする。
 殺らなくては殺られる、そうしていないと落ち着かないくらいに不安定なんだ」
「えっと……」
「ゲームに乗るのを止めた途端、死神が現れる気がするんだ」
「え、はえ??」
「俺だってどうしてこんな気持ちになるのか分からないさ。
 だがそんな予感が尽きないんだ……死ぬわけ、にはいかないんだ」

生にしがみつこうとする姿勢は、誰がとってもおかしくないものである。
巳間だってそうだ。
死にたくないという一心で消えた罪悪感が、巳間に殺戮行為という残虐的な行為に対するモラルを吹き飛ばしている。
ただ巳間はそれが顕著に出てしまっているだけであり、あとは他の参加者が秘めているものと同じものを持っていた。

マルチはそんな巳間の持つ不安に対し、どう返せばよいのかやはり分からないでいた。
考える。何か最善策があるはずだと、マルチは必死に頭を働かせる。

(……しゃべりすぎたな)

602メイドロボとして3:2009/03/17(火) 18:36:20 ID:Rd8zP9jw0
あたふたと慌しい動作を繰り返すマルチを、巳間はそんな冷めた目で見つめていた。
つい感情を言葉に表してしまったが、それでも巳間はマルチに対し慈悲という感情を見出そうとはしていない。
巳間の手にしているベネリは、相変わらずマルチの眉間へと向かって伸びていた。

(愚かな奴だ)

トリガーにかけた指を少しでも動かせば、発砲された弾が少女の額を貫くだろう。
崩れた姿勢を正し、巳間は少女の命を奪う決意をした……しかし。
襲った違和感は、巳間が想像だにしないものだたった。

「……っ!」
「はう! 大丈夫ですかっ?!」

突然巳間に走り抜けた激痛は、右足の傷を拠点としていた。
……今は手当てされているものの、それまでの長時間放置してしまった結果であろう。
言うことを聞かない自身の足に、巳間の中で焦りが積もる。

「くそっ、どういうことだ!」
「あ、あの、乱暴に動かしちゃ駄目ですっ」
「触るな!」

自身に向かって伸ばされたマルチの手を、巳間は即座に払いのけた。
しかしそれで崩れたバランスは、巳間を側面に転がそうとする。

「危ないですっ」

横から精一杯という様子が一目で分かる、少女の体が巳間に押し付けられた。
巳間の体重を支えるように、非力な少女は必死な形相で巳間にしがみついている。
先ほどまで、銃を向けられていた相手に対してこれである。
必死になっているマルチの表情が目に入り、呆れが巳間の心中を満たしていく。
それは結果的に、彼の中の闘争本能を削ることになる。

603メイドロボとして3:2009/03/17(火) 18:36:40 ID:Rd8zP9jw0
「えっと、あの、私……考えました」

何とか左足に力を込め体勢を整えた巳間の落ち着いた様子を確認した上で、マルチは口を開いた。
至近距離にある巳間の目をしっかりと見据え、その状態で自分の中の結論をこのタイミングで告げる。

「私があなたを、お守りします。
 私はメイドロボですから、人様のお役に立つために存在しているのです」

一体マルチが何を伝えようとしているのか、読めない巳間はぽかんとマルチを見返すことしか出来ない。

「ですから、もう巳間さんが手を染めることはないんです」
「おい……」
「死神さんが来ても、私が巳間さんをお守りしますから……ですからっ!」

ベネリを握ったまま下ろしていた巳間の右手に、マルチの手が重ねられる。
機械である真実を語らせないその柔らかさが、巳間を包む。

「もう人を殺そうとするのを……止めていただけ、ないでしょうか」

訴えかけてくるマルチの瞳の色には、確かな意志が存在していた。
汚れを含まない純粋なそれに、巳間は困惑の色が隠せなかった。

「……お前に、何ができる」

ぽそっと。
長くもない沈黙を破った巳間が、眉間に皺を寄せ深いそうに言葉を放った。

604メイドロボとして3:2009/03/17(火) 18:37:01 ID:Rd8zP9jw0
「武器も何も持っていないお前が、俺を守るだと? 笑わせるな」
「はう……」
「殺し合いに乗った連中が押し寄せてきた時、お前は本当にそれに対処できるというのか。できないだろう」
「で、でもお守りします! 何が何でもします、私のできることでしたら、何でも……」
「だから、お前に何ができるのかを聞いている」
「はう〜」

弱々しげなマルチの言葉尻に、もう巳間は苛立ちを感じていなかった。
限界まで大きくなった疑問が、彼の胸中を占めていたからである。

「何で」
「は、はい!」
「何でそこまで、俺のためにしようとするんだ。……俺はお前達を襲った側なんだぞ」

そう。
巳間は、マルチ達を襲った人間だった。
そんな相手に対し、何故ここまで必死になれるかが巳間は不思議で仕方なかった。

「私は……誰かに必要とされないと意味のないものなんです」

過ぎる雄二の言葉、それを消し去ろうと少し頭を振った後マルチはまた話し出す。

「それがメイドロボなんです。
 今私は、メイドロボとしての自分の在り方に疑問を持ち始めました。でも。
 でも、それだけじゃ駄目なんです……それがいけないことかいいことなのか、今の私には判断ができません。
 だからせめて、いつもの私でいたいんです。本当に正しいのは何か、見極める間は」

605メイドロボとして3:2009/03/17(火) 18:38:27 ID:Rd8zP9jw0
雄二の前からマルチは逃げ出した。
あそこで狂ってしまった雄二を見放したマルチは、メイドロボという観点で見るならば許される存在ではないだろう。
それでもマルチは雄二を押さえつけることも、諭すこともできない。
メイドロボだからだ。

間違っている人間を救ってあげたいという気持ち、それをどこまで押し通して良いのかの判断がマルチにはできていない。
できない。
雄二の件で負ったマルチの傷は、彼女の感情プログラムにも如実に出てしまっている。

「私はメイドロボですから、人様のお役に立つために存在しているのです。
 お願いです……傍に、傍に置いてください」

マルチの呟きの意味。
その詳細は、やはりこの段階では巳間に伝わっていないだろう。
それでも彼が、再び銃をマルチに向けることは……なかった。

606メイドロボとして3:2009/03/17(火) 18:38:59 ID:Rd8zP9jw0
マルチ
【時間:2日目午前6時半過ぎ】
【場所:I−7・民家】
【所持品:救急箱・死神のノート・支給品一式】
【状態:巳間と対峙】

巳間良祐
【時間:2日目午前6時半過ぎ】
【場所:I−7・民家】
【所持品1:89式小銃 弾数数(22/22)と予備弾(30×2)・予備弾(30×2)・支給品一式x3(自身・草壁優季・ユンナ)】
【所持品2:スタングレネード(1/3)ベネリM3 残弾数(1/7)】
【状態:マルチと対峙・右足負傷(治療済み)】


(関連・934)(B−4ルート)


ホワイトデーすら終わってしまいましたが、バレンタインイラスト用意していました・・・。
ちょうどバレンタイン当時に散った、彼女の勇姿に捧げます。よろしければどうぞ。
ttp://www2.uploda.org/uporg2095774.zip.html
(パス:hakarowa3)

607十一時五十三分/変:2009/03/20(金) 16:39:34 ID:Yql.FpJE0
 
あの街には、いつも静かに雪が降り積もっていた。
そんな気がする。

わかっている。
そんな筈はないのだ。
春が来れば雪は融けて消えてしまう。
夏に降った雨はやがてせせらぎとなって、秋に色付いた木々の葉を乗せて流れていく。
いくら冬が長くたって、ずっと雪景色が続いている筈がない。
そんなことはわかっている。

ただ私にとって冬はあまりに長く、あまりに無慈悲で、だから子供の見る悪夢のように、
いつまでも明けない夜のように、この心をひどく責め苛む。
来ないでと泣いても、季節は待ってくれない。
秋は終わり、冬が来る。
黄金の野原は枯れ果てて、銀世界の下に隠されてしまう。
だから私にとっての冬とは、世界の終わりを告げる鐘の音だ。

あの少年は、今年の夏も来なかった。
去年も、その前も、更にその前の年も来なかった。
きっと、来年も再来年も、ずっとずっと待っていたって、来やしない。
冬は、そんな風に嘲笑って私を掻き毟る、長く暗い季節だ。

私は、世界を護れなかった。

だけど、と。
小さな小さな、声がする。
それはいつか、思い出せない時間の中のいつか、私に囁いた声だ。
きっと私の奥底の、胸を切り開いて取り出さなければ触れないような、生温かい筋肉や
ずっと同じように動き続ける肺や心臓や、そういうものに囲まれた奥にできた小さな傷の、
ほんの少しづつ血の滲む綻びの中に棲んでいる、意地の悪い顔をした蟲の声だ。
私の身体が、私に聞こえないように囁きを交わすのを、わざと触れ回る声だ。
だけど、だから、それは私の、本当の声だ。
その声が、小さく小さく谺する。

―――だけど、私が本当に護れなかったのは、何だっけ?


***

608十一時五十三分/変:2009/03/20(金) 16:39:52 ID:Yql.FpJE0
 
打撃とは、具現した力の収束である。
川澄舞の変生した黒腕が一撃の下に砕くのは、鋭く割れた石礫だった。
獣の筋力、人智を超越した力をもって加速する舞の疾走は、その相対速度において
漫然と飛ぶ石塊を恐るべき威力を秘めた凶器へと変えている。
掠れば肉を裂き骨を容易く砕くその石くれを端から砕きながら、舞が走る。

向かう先には砂塵が陣幕を張っている。
薄く黄色がかった靄の向こうには巨大な影が横たわっていた。
石造りの巨腕。
舞の眼前、聳え立つ二刀の巨神像からたった今削ぎ落とされた、それは片腕である。
飛び交う砂塵と石塊とは、その腕の落ちる際に撒き散らされたものであった。

靄を切り割るように駆け抜けた舞が、巨腕を踏み台にして跳ぶ。
一直線に神像へと跳躍するその手には退魔の白刃が握られている。
陽光を凝集したように輝く刃は、舞の身体を薄く包む白い体毛と相まって、蒼穹の下に煌く白い軌跡を描く。
迅雷の、定めに抗って天へと昇るかのような、それは光景であった。

無論、見下ろす神像とて、ただ黙って接近を許す筈もない。
片腕を落とされながら身を捩り、残る隻腕で舞を迎え撃つ姿勢。
叩き落すような縦一文字の剣閃が、舞の跳躍と軌道を交差させようと迫る。
質量差にして数千倍。
厳然たる物理法則を前に、しかし表情を変えぬ舞がそれを捻じ曲げんとするが如く、白刃に黒腕を添える。
激突は覚悟と天道との闘争であったか。しかしこの神塚山において幾度も争われ、その悉くが
天の定めし法を覆してきた闘争の、何度めかの激突はその寸前において回避された。

介入したのは黒き弾丸とも見える少女である。


***

609十一時五十三分/変:2009/03/20(金) 16:40:06 ID:Yql.FpJE0
 
鬼。
柏木楓はそう名乗った。
名乗って、私をそう呼んだ。
それは、古い記憶を呼び覚ます。
ひとつの欠片は他の欠片と繋がって、堤防から溢れる奔流のように私を押し流していく。

思い出すのは昔のこと。
あの、雪の降りしきる街に辿り着くよりも、更に昔。
ずっとずっと幼い頃、私は確かに、そう呼ばれていた。
懐かしさはない。
そこにあるのは私を囲む、嘲笑と畏怖と、侮蔑の視線だ。
冷たい視線に囲まれて、いつしか私も冷えていく。
私の中で囁く声はきっと、そういうものの冷たさに誘われて目を覚ましたのだ。
―――鬼子、鬼子、と。
私を呼ぶ声の、底冷えするような悪感情に誘われて。

ああ、いや。
ひとつ、間違えた。
懐かしさは、確かにある。
その声に誘われて思い出す光景は、ひどく懐かしい。
吐き気がするほどに、懐かしい。

私を嘲る者たちの、お母さんに石を投げる者たちの、愛おしい、もう動かない、白く濁った、
溢れる涙で赤く汚れた、湯気を上げるような、冷たい、眼。
懐かしい、屍の山の、臭い。

護りたいと思った。
護れると思った。
私には、力があった。
容易く奇跡を起こすだけの力が。

奇跡は、人を救わない。
そんな、簡単なことだけを、幼い私は、知らなかった。


***

610十一時五十三分/変:2009/03/20(金) 16:41:30 ID:Yql.FpJE0
 
天へと昇る迅雷。
振り下ろされる、裁きの鉄槌。
交差する筈の二者はしかし、ついに交わることはなかった。
瞬間、真横からの狙い澄ましたような打撃が振り下ろされる鉄槌、巨神像の刃へと叩き込まれ、
その軌道を僅かに逸らしていた。
川澄舞と隻腕の巨神像、その振るう刃の激突へと介入したのは少女である。
名を、柏木楓という。

逸らされた巨大な刃の巻き起こす豪風が全身の毛並みを激しく波打たせるのを感じながら、
舞が空を駆け上がる。
文字通りの瞬く間に迫るのは巨神像の頭部。
向こう気の強そうな青年を象った顔面である。
一刀が、閃いた。

雷鳴の如き音と共に、巨神の顔が罅割れる。
刻まれた太刀傷はその顎から右の瞼にかけてを深々と切り裂いていた。
それが人であれば、絶叫と苦悶に身を捩っただろう。
致命傷となっていたかも知れぬ。
しかし舞が斬ってのけたものは、人ではない。
石造りの像である。
身を捩ることも、苦悶に声を漏らすことも、なかった。
代わりに繰り出したのは眼前、自らに傷を与えた存在への、反撃であった。

視界に影が落ちる。
斬撃直後の無防備な一瞬、舞を直撃したのはその身に数十倍する巨大な石像の、膨大な質量である。
脇を締め顎を引き、首と腕とで保持される槍の穂先は肩口。
ショルダーチャージ。人が獣であった昔より培われた、原初の突撃。
その衝撃は見上げる程の建物が雪崩を打って倒壊してくるに等しい。
瞬間、砂粒を磨り砕くが如き擦過音が舞を貫いていた。


***

611十一時五十三分/変:2009/03/20(金) 16:41:45 ID:Yql.FpJE0
 
それは簡単なことだった。
お母さんの命を救ったように、私は奇跡を起こしてみせた。
私とお母さんとに、汚い言葉や、薄汚れたゴミや、そういうものを投げつける者たちが、
ほんの少し不幸になればいいと願う、その程度の奇跡。

果たして不幸は訪れた。
ほんの少しの不幸で人は死ぬ。
高い高い積み木の塔の、一番下のひとつを引き抜くような、ほんの少しの不幸。
音を立てて崩れていくそれは奇跡のように滑稽で、奇跡のように味気ない光景だった。

だから私はそれに何の感情も覚えずに、ただ当然のことをしたのだと、散らかした玩具を
元の箱に片付けるような、そんな少し面倒で、だけど当たり前のことをしたのだと、思っていた。
私だけが、そう思っていた。

投げつけられる石や罵り声や、そういうものは、それまでよりも増えていった。
代わりに減ったのは、笑顔だった。
何よりも大切だった、何よりも護りたかった、お母さんの笑顔。

それが消えてしまうまでは、本当に早かった。
今も忘れない。
割れた窓硝子の隙間から吹き込む風に震えながら、電気もつけずにほつれた髪を梳いていた、
冬の朝の水溜りに張った氷のように薄い微笑みが、私の見たお母さんの、最後の笑顔だった。

それきりもう、お母さんは笑わなくなった。
怒ることも、泣くことも、言葉を発することさえ、なくなった。
母は今も、生きている。
私が病から命を助けた母は今も生きていて、だけどお母さんはもう、どこにもいない。

もう、なくなってしまった。
私が、護れなかったばっかりに。

私のなくした、それが最初の、たいせつなもの。


***

612十一時五十三分/変:2009/03/20(金) 16:41:59 ID:Yql.FpJE0
 
けく、と。
ひとつ咳き込んで折れた歯を吐き出す。
ぼたりぼたりと汗に混じって落ちる血は、どこの傷から流れてきたものか。
黒く染まった左の手で梳けば、慣れぬ爪の鋭さに切れた髪がはらはらと舞う。
風に散る一房の髪は白く、斑模様に赤黒い。

川澄舞は生きていた。
人を容易く挽肉に変える一撃から彼女を守ったのは、儚く舞い散るその白い毛並みである。
恐るべき打撃の、また文字通りの刹那を以て叩きつけられた落地の一瞬、本能的に身を丸めた舞の全身を
白銀の体毛が包み込んでいた。
森の王の名を冠する凶獣の身を覆っていた絶対の加護。
舞自身も由来を知らぬその力が日輪の下、彼女の命を繋ぎ止めていた。

見上げた空には刃がある。
足を止めた舞を屠るのに絶好の位置取り。
だが、いまや一振りとなったその刀を繰る神像はその切っ先を舞へと向けようとはしない。
隻腕の神像がそれでもなお美しい軌跡を描いて振るう刃が狙うのは、黒髪の少女である。
柏木楓。
中空に透き通る足場でもあるかのように身を捻り、回転し、自在の跳躍で刃を躱すその身のこなしは
奇と怪の二文字を以て形容される。
それは既に、人の成し得る動きではない。
揺らめく陽炎の、容となって道行きを惑わすような、妖の領域。
古来、鬼は帰なりという。帰、即ち人の魂である。
果たして鬼を名乗る少女の姿は妖しく揺れる魂にも似て、その幽玄を以て万象を侵さんとするように、
時折閃く紅の爪が神像に癒えぬ傷を刻んでいく。

見上げる舞の、何かを求めるように伸ばした手は黒く分厚く罅割れて、握り、開いたその中には何も残らず、
しかしその向こうには、神の形代と刃を交える少女がいた。
遠い空だ。
手を伸ばせば届くほどに、遠い。

身の内に流れる血と肉とは、獣の臭いに満ちている。
餓え渇き、牙を向いて涎を垂らす獣の臭いだ。
劫と吼えれば、大気が恐れをなすように震え上がった。

それは力。
見失った何かに手を伸ばすための、どこかに置き忘れてきた何かを補うための、力だった。
獣と鬼とをその身に秘めて、少女が静かに力を溜める。

空を見つめる瞳には、ただ星だけが瞬いている。
日輪の下、星が、流れた。
果てしない攻防の末、遂に柏木楓を捉えた巨刀が真一文字に振り抜かれていた。

転瞬、力が弾けた。
解放。悦楽にも近い感覚と同時、全身の筋繊維が咆哮を上げる。
加速は刹那。

隻腕の神像が一刀を振り抜いた、それは攻と防の狭間。
零に等しい、空白である。


***

613十一時五十三分/変:2009/03/20(金) 16:42:09 ID:Yql.FpJE0
 
私の中にぽっかりと開いた大きな穴に詰め込まれたのは、透明でふわふわした、
軽くていがらっぽい何かだった。
それが悲しいという感情だと気付くまでに、何年かかっただろう。
そんなことを教えてくれる人は誰もいなくて、だから私は名前をつけることもできない感情に
かりかりと胸の中を掻き毟られながら生きてきた。
流れ着いた北の街の片隅の、黄金の野原で過ごした、あの夏の日まで。

それが本当に大切なものだったのか、今ではもうよく思い出せない。
もしかしたら、私は単に同情で差し伸べられた手を唯一無二のものだと錯覚しているだけなのかもしれない。
だとしても、構わなかった。
何も持たず、ただ身体の内側から血を流し続けるだけの日々を過ごしていた私にとって、
それは確かに、救いの手だったのだから。

私は、何かに縋りたかった。
それを恥じる気は、ない。


***

614十一時五十三分/変:2009/03/20(金) 16:42:19 ID:Yql.FpJE0
 
白の少女が大気を切り裂いて空へと駆ける。
風に棚引く毛並みが手にした白刃の煌きを隠すように日輪を映して輝いた。
一刀を振りきった隻腕の神像はその無防備な懐を晒している。
柏木楓の爪に抉られた傷が幾重にも重なり罅割れたその上体へと飛ぶ舞を遮るものは何もない。
返す刃は到底間に合わぬ。
銀の弧が、閃いた。

巨砲から放たれた弾の炸裂したように、隻腕の神像が爆ぜた。
無数の石礫が落ちるのは神像が背を向ける銀の平原。
ぐらりと、巨大な像がその質量を保持できずに揺らぐ。
胸の下から右の脇腹にかけてが、失われている。
残った一刀を大地に突いて身を支えた、そこへ奔る影がある。

蒼穹の下、朱い三日月が昇った。
伸びきった隻腕を、その肘から断ち切ったのは柏木楓の爪である。
己が刻んだ幾多の傷を結びつけて一文字の線と成すように、刃が疾っていた。
ずるり、と断ち割れた石腕が凄まじい轟音と土埃を立てながら地に落ちる。
苦痛も苦悶も感じぬ石像が、しかし遂にはこの間髪を入れぬ波状の斬撃に屈するように、傾いだ。

皹が拡がり、割れ砕け、石くれが雨のように降り注ぐ。
その中心では赤黒い泉が水面を揺らし、幾つもの波紋を浮かべている。
鮮血である。無論、石造りの神像から流れ出る筈もない。
巨腕より僅かに遅れて大地に降り立った、柏木楓の全身から流れ出したものである。
傷は先刻、神像の一刀に捉えられた折のものであったか。
辛うじてその肢体を隠す襤褸の下には、ぐずぐずと泡を立てる桃色の肉が見える。
鬼の血が砕かれた骨を繋ぎ、爆ぜた肉と裂けた皮とを癒そうとしていた。

人ならぬ鬼の少女を射抜くのは獣の瞳。
川澄舞が、疾走を開始する。
頷いて、柏木楓が走り出す。
血は流れている。千切れた肉は風に晒されて無惨を誇示している。
しかし、足は止まらない。

楓は知らぬ。
川澄舞が、その振るう白刃が柏木耕一を討ったのだと、柏木楓は知らぬ。
黒く染まって鬼へと変じた舞の手が、如何なる数奇を経てそこへ至ったものか、少女は知らぬ。
楓が仇を知ることは、終になかった。

白と黒の少女が、同時に地を蹴った。


***

615十一時五十三分/変:2009/03/20(金) 16:42:32 ID:Yql.FpJE0
  
大切なものは、金色に輝く何かでできている。
それはとても綺麗で、ひどく貴くて、だからいつも誰かがそれを掠め取ろうと狙っている。

私は大切なものを護ろうとして、ずっと近くでそれを見ていようと、決して離すまいとして、
そういう気持ちはきっと誰にとっても重荷で、だけど私にはそういうやり方しかできなくて。
結局また何もかもをなくしてしまうとしても、そうしていくより他に、生き方を知らなかった。

分かっている。
あの少年は、もう来ない。

あの黄金に輝く夏の日はもうやって来ない。
私は彼に私の全部を預けるように縋りつき、彼はそんな私から遠ざかるように、どこかへ行ってしまった。
それはもう終わったことで、全部が過去の出来事で、私はお母さんをなくしたように、
彼もまたなくしたという、ただそれだけのことだった。

ああ。
それはただ、それだけのことだ。
取り返しのつかない過去であるという、それだけのことだった。

何かが喪われたのは過去の出来事で。
過去は取り返しがつかなくて。
だから、なくしたものは取り返しがつかない。
永遠に。

―――それが、何だというのだ。

それでも決めたのだ。
抗うと。
認めず、抗い、勝利すると。

あり得べからざる喪失を内包する現実に。
確固として存在するという、ただそれだけのものでしかない、薄弱な過去に。
頑迷に幸福を拒む、あらゆる世の理に。

護れなかったすべてを、喪われたすべてを、それでもこの手に取り戻すのだと。
川澄舞が、そう決めたのだ。

それが、この世を形作るルールの、全部だ。


***

616十一時五十三分/変:2009/03/20(金) 16:42:57 ID:Yql.FpJE0
 
神像に最早、力はない。
両の腕を落とされ、脇を大きく抉られて、己が膨大な質量を支えることもできず、
成す術もなく傾いでいく神像に、終わりの時が訪れる。
終焉を告げる使者は地を駆ける少女の姿で現れた。

川澄舞が、跳ぶ。
その手には退魔の一刀。
柏木楓が、迫る。
紅爪が大気を裂いて、小さな音を立てた。

両者の軌跡が瞬く間に近づいていく。
十字を描く、その交差点で。
二振りの刃が、閃いた。

小さな足音が二つ降り立った直後。
二刀使いの神像であったものの首が大地に落ちて、砕けた。


***

617十一時五十三分/変:2009/03/20(金) 16:43:24 ID:Yql.FpJE0
 
思い出す。
鬼と呼ばれていた頃の力を。
あの、今はもうない、やがて取り戻されるべき黄金の野原に置いてきた力のことを。

魔物。

口をついて出た言葉は形となり、今もまだあの場所に揺蕩い続けている。
力は刃だ。
理を切り伏せ、この手にあるべきすべてを取り戻すための、私の刃だ。

今、認めよう。
今、赦そう。

あれは、嘘だ。
彼をなくすことを恐れていた私の愚かさが作り出した、妄言だ。

魔物など存在しない。
黄金の野原はなくなってしまった。
彼の帰ってくる場所は、もうどこにもない。

それを私は認めよう。
認め、捻じ伏せよう。
それがどうした、と。

川澄舞は取り戻すのだ。
喪われたすべてを。
喪われゆくすべてを。

なくすことを恐れる理由など、もうどこにもない。

迎えに行こう。
私の力を。
理を蹂躙する刃を。


 ―――ここで待ってる。夢から覚めたあなたが、いつかあたしに会いに来てくれる日を。


そう呟いて微笑んだ、あの少女の世界。
かつて私が護れなかった、黄金の麦畑に。

618十一時五十三分/変:2009/03/20(金) 16:43:34 ID:Yql.FpJE0
 

【時間:2日目 AM11:54】
【場所:F−5 神塚山山頂】

川澄舞
 【所持品:村雨、鬼の手、白虎の毛皮、魔犬の尾、ヘタレの尻子玉】
 【状態:白髪、ムティカパ、エルクゥ、軽傷治癒中】

柏木楓
 【所持品:支給品一式】
 【状態:エルクゥ、重傷治癒中(全身打撲、複雑骨折多数、出血多量、左目失明)】

真・長瀬源五郎
【イルファ・シルファ・ミルファ・セリオ融合体】
【組成:オンヴィタイカヤン群体12400体相当】
【ベナウィ・フィギュアヘッド:健在】
【オボロ・フィギュアヘッド:大破】
【カルラ・フィギュアヘッド:健在】
【ウルトリィ・フィギュアヘッド:健在】
【カミュ・フィギュアヘッド:健在】

→1045 1047 ルートD-5

619Trust you:2009/03/23(月) 01:32:33 ID:cw9JXZvc0
 災い転じて福と成す。水瀬名雪が山を降りたとき、思ったのはその諺だった。
 レーダーを失っていたお陰で思ったように人は見つからず、また雨が続いているせいで足は鈍り、下山するのに手間取った。
 しかも降りたとタイミングを合わせるかのように山中から銃声が連続して木霊し、しばらくの間続いた後に鳴り止んだ。

 恐らくは戦闘が起こり、そして決着したのだろうと名雪は考え、同時に間に合わないという確信を抱いた。
 あそこから音が聞こえたということは、自分が見つけることは可能だったはず。すれ違っていたかもしれない。
 だとするならば好機を逃したというわけだ。何人か死んだというのは予想したものの、最悪一人は生きている。
 だが過ぎたことは仕方がないと思考をすっぱりと切り替え、山の麓、平瀬村に降り立ち、散策を開始する。

 以前名雪は平瀬村に留まっていたことはあったが主に移動していたのは西部から北部にかけての範囲で、東部や南部は来たことさえない。
 同じ村にいながら未知の風景である。さてどこから調べるかと周りを見回していると目の前を真っ直ぐに疾走する二人組の女がいた。
 さっと塀の陰に隠れて動向を窺ってみたが余程急いでいるらしく、わき目も振らずにどこかへと走っていく。
 目的など知りようもない名雪だが、これは好機であった。前しか見えていないというのは、同時に視野が狭いということ。
 すなわち、尾行するにおいて格好の標的であるということだ。災い転じて福と成す。名雪は静かに追跡を開始した。

     *     *     *

 昔から、自分は誰も憎みきることが出来なかった。

 母親からその存在を抹消され、『遠野みちる』としてでしか生きられなくなったとき。
 『みちる』がいなくなってしまったと分かったとき。
 自分が誰かを犠牲にして生きているとき。

 奪った者に対して、無力な自分にさえ悲しい以上の感慨を抱かない。
 優しいといえば、そうなのかもしれない。

 けれどもそれは表層に過ぎず、その実何もかもを諦め、自分では何も変えられないと思っているだけだ。
 実際、自分に何が出来る? 人に合わせることしか出来ず、従っていさえすれば上手くいっていた。
 自分でやろうとすれば寧ろ失敗していた。

 母を説得しようとしたときもしかり、渚を慰めようと考えたときもしかり。
 母に言葉は届かず、渚には却ってこちらのわだかまりを自覚させられる始末だった。

620Trust you:2009/03/23(月) 01:32:57 ID:cw9JXZvc0
 自分で為せることなど何も有りはしない。料理が出来るのだって、勉強が出来るのだって人がそれを求めたから。
 己の意思なんてひとつもありはしない。所詮は求められたものに合わせて動く操り人形なのだ。
 それでも良かった。それで、誰かの充足を得られるのなら……

 ルーシーに合わせたのもそれが理由だ。復讐を果たし、少しでも彼女のためになるなら反対なんてしなくていい。
 間違っているなんて言える説得力なんて持ち合わせていない。
 歪みだらけで、人なんて言えるべくもない自分がどんな言葉をかけられる?
 たとえこの思いが諦めきった結果だとしても、そうすることしかできないのが遠野美凪という人形なのだから。

 しかし一方で、それでいいのかと疑問の声を持ち続けている小さな存在が根付いていた。
 『みちる』と最後の対話を交わしたときから熱を放ち続け、今も尚溶かそうとしているなにか。
 飛べない翼にも意味はあると言ったそれが求められるがままの人形の糸を断ち切ろうとしている。
 自分の足で歩いてきたじゃないかと、搦めとった糸を解こうとしている。

 この思いこそが己の『意思』なのだと、そう言っている。
 昔とは違う、様々なものを乗り越えてきた自分なら今度こそ……
 人形でいることを肯定し、諦めている『遠野みちる』と、
 ここまで生きてきた己は何だと激しく言い寄る『遠野美凪』とが交錯し、争っている。


 どうせ今度だって何も出来ないんです。無力なのを自覚しているなら、その上で誰かに従って、少しでも役立つ努力をすべきです。
 確かにこれまではそうしていれば良かった。無力だったのも認めます。ですが、それは分かろうとする意思さえなかったから。

 そんなもの、いつまで経っても持てるはずがないです。
 いや、そんなわけがありません。でなければあのひとたちの死、あの犠牲は全く意味のないものだった。そういうことになります。

 ……その程度の人間だということです。私は、道具でもいい、誰かに使われればいい。
 ……では、使われた結果、間違ったことになって、それでいいのですか? いいわけがない。

621Trust you:2009/03/23(月) 01:33:23 ID:cw9JXZvc0
 間違っているかどうかなんて私に決める権利はありません。正しいかどうかは私を使う人が決めることでしょう?
 ただの思考停止です、それは。自分が責任を負いたくなくて逃げただけ。結局は保身でしかない。

 ――それに。
 ――どうせ人のためじゃない、自分のために何かするのなら逃げるより立ち向かう方がいい。そうは思わないのですか?


 そう。
 なんだかんだ言っても自分は自分のことしか考えられない。
 心の安寧を得られるなら人に依存し、その結果人が不幸になってさえ見過ごす。己の本質はそうなのだろう。
 いくら経験を積み重ねようと変わらない部分でしかないのかもしれない。

 だがどうせ人に縋るのなら心の一切を吐き出し、負い目も感じないくらい堂々としていればいいのではないだろうか。
 人のためだなんだともっともらしい理由などつけず、自分がそうしたいから、それが望みなのだからと言い切ってやるのもいい。
 それでぶつかり合い、傷つけあうことになろうとも望んだのは自分。責任は自分にしかないし、それで終わりにするかどうかも自分。

 誰にも責任を押し付けない、ある種我侭で孤独な生き方。
 ただ責任の代わりに、喜怒哀楽を分かち合うことが出来る。
 負の部分ではなく、共有して喜び合えるものを分け合う進み方だ。
 出来るかどうか、そうする資格があるのかなんてどうでもいい。望むだけでそれができる。
 これもまた、『諦めきった結果』なのだから。

 ひとつ、諦めの悪いものがあるとするなら……依存の対象たる友を失うことなのだろう。
 いなくなってしまった『みちる』、現在も隣にいるルーシー、離れてしまった渚。
 自分には全員が必要だ。自分を満足させるために必要としている。しかしそれが悪いことでは、決してないはずだ。
 語り合えば可能性は無ではない。要は、やるかどうかだ。


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