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避難用作品投下スレ2

1管理人★:2007/04/24(火) 01:55:07 ID:???0
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。
また、予約作品の投下にもお使いください。

500:2007/06/02(土) 21:32:06 ID:w8N0LcPY0
【時間:3日目7:30】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態:睡眠中、左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・多少回復)・内臓にダメージ小、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:睡眠中、留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)】
 【状態:睡眠中、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:睡眠中、後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に軽い痛み、脇腹打撲(応急処置済み)、首輪解除済み】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み・若干回復・右腕は動かすと激痛を伴う)、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:睡眠中、右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み)、首輪解除済み】
 【目的:ゲームの破壊、杏と生き延びる】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:睡眠中、右腕上腕部重傷・左肩軽傷・全身打撲(全て応急処置済み)、首輪解除済み】
 【目的:ゲームの破壊、陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:杏の横で睡眠中】
久寿川ささら
 【持ち物1:電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:見張り中、右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

501:2007/06/02(土) 21:32:52 ID:w8N0LcPY0
【備考】
・平瀬村工場屋根裏部屋の床に『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図』
が置いてあります。
・ささらが持っている電磁波発生スイッチは一度使用するごとに、電力を半分消費します。その為最高でも二回までしか連続使用出来ません。
・珊瑚が乗っ取っているのは、首輪遠隔操作装置のコントロールシステムであり、装置そのものではありません。
主催者の対応次第では、首輪遠隔操作装置が再び機能してしまう可能性もあります。
・『ロワちゃんねる』はネット上にある為、珊瑚が完全に掌握しています。
・主催者の居る地下要塞の出入り口は、全てロックが外されています。
・『ロワちゃんねる』の内容は書き換えられました。作中で言及されている内容以外は後続任せ。載せてある番号は久寿川ささらが持っている携帯電話のものです
・(島内のみ)全ての電話が使用可能になりました
・地下要塞は島の地下の大半を占める程度の大きさです
・要塞への入り口は氷川村、鎌石村、平瀬村付近に数箇所ずつあります
・『ラストリゾート』の発生装置はc-5地点、首輪爆弾の遠隔操作用装置はh-4地点、『高天原』はf-5地点(全て地下要塞内)にあります

→859
→868

502雫・修正:2007/06/02(土) 21:36:16 ID:w8N0LcPY0
>>493を以下のように修正お願いします>まとめさん

「残念だけど……これくらいしか無かったわ」
皐月がそう言って取り出したのは、五つの予備弾倉――コルト・ガバメント用の物――であった。
高槻はそれを受け取ると、ぐっと親指を立てて不敵な笑みを浮かべた。
「いや、ナイスだぜ。これなら弾の詰め替えもすぐだし、岸田や醍醐の野郎にだって一泡吹かせれるかも知れねえ」
その言葉通り、此処で予備弾層を発見した事は相当な僥倖である。
弾層に纏めて銃弾が詰められているのだから、弾切れの時も一瞬で補充出来るし、何より残弾数に余り気を遣う必要が無くなったのが大きい。
醍醐のような俊敏に動き回る敵を捉えるには、もっと手数を増やすのが殆ど必須条件であったのだ。
出来れば防弾チョッキを貫通出来、尚且つ高速連射が可能なアサルトライフルが欲しかったが、それは高望みというものだろう。
(身体の調子は……)
軽く左肩を動かしてみると痛みはしたが、昨晩程ではない。
大丈夫、この体調、この装備なら十分に戦える。

「おし、居間に集まって放送を待つとすっか」
高槻は意気揚々と居間に乗り込み――目前で繰り広げられている光景に、少なからず驚愕を覚えた。
「お前どうして……」

小牧郁乃が――あの車椅子の少女が、二本の足で直立していたのだ。

「あたしだってやれば出来るんだから……」
郁乃は額に付着した汗を拭ってから、こちらに向けてゆっくりと歩き始めた。
その足取りは余りにも不安定であり、次の瞬間には転んでしまいそうな程だ。

「おい、あんま無茶すんじゃ……」
「――来ないで!」
手を貸すべく歩み寄ろうとした高槻だったが、直ぐ様強い拒絶の声を掛けられる。
「あたしだって頑張れば歩けるんだから……戦えるんだからっ……!」
郁乃は鬼気迫る形相で、弱々しくも着実に足を進めていく。
そのまま高槻の眼前まで進んだ後、郁乃は誇らしげに言い放った。
「――これでもう、大人しく隠れてろなんて言わせないわよ」
「…………!」

503insane girl:2007/06/02(土) 23:56:47 ID:.ySMfEv60
水瀬秋子は気絶したままの娘、水瀬名雪を抱きかかえたまま血にまみれ、死臭に満ちた部屋を見渡していた。目と鼻の先に春原陽平の遺体が、そしてそのすぐ後方に上月澪の遺体が転がっている。
酷い事をしてしまった――そんな言葉では済まされない。尊い人命が、守ると誓ったはずの、未来ある生命が一度に二つも奪われてしまった。それも、他ならぬ秋子自身の娘に。
これを行ったのが秋子なら、まだ自分に言い訳のしようがある。娘を守るため、生き残らせるため――だが、前述の通り二人を殺したのは名雪だ。明確な意思を持った殺意の元に二人は殺されたのだ。
秋子は心中で葛藤する。狂ってしまった娘を前に、どのようにすればいいのだろうかと。
秋子がこれまで保ってきたスタンスは『娘に害を為す者を排除し、それ以外は保護する』というものだ。このスタンスを保つためには名雪が『他者に害のない存在』であることが前提条件として必須だった。
しかし今はどうだ。その名雪が一転して『他者に害を与える存在』、つまり敵となってしまった。
勿論秋子の選択肢には名雪を殺すといったものはない。あくまでも我が子の、名雪の命が最優先だった。
なら名雪と共にゲームに乗るか? その考えは色濃く秋子の中に渦巻いていたが頭を縦に振りきれない理由が目の前にあった。
澪の遺体だ。物言わぬ彼女の残骸が秋子にこれ以上過ちをさせるなと言っているように思える。
彼女の笑顔を思い出すだけで、春原達と共に一緒に行くと伝えた時の顔を思い出すだけで、秋子の内にあるドス黒い意思はなりを潜める。たとえそれを押しとどめてこのゲームに乗ってしまったとしても、まだ生きている者の希望を持った顔を見るたびにそれを思い出してしまうだろう。
結局の所、水瀬秋子は修羅にはなりきれなかった。今までに積み重ねてきたものが大きくなり過ぎていたのだ。
最後に出した答えは、二人で人目のつかぬ所へ隠れて名雪の精神が落ち着くまで待とう、というものだった。消極的な案ではあるがこれ以外に方法を思いつかなかったというのが現実だ。
ジェリコ941は名雪の手に余る代物なので没収することにした。こんな物を持っていてはおかしくなってしまう。
ついでに春原や澪の遺品も纏めておくことにする。本人たちには申し訳ないと思うが武器は持っていかせてもらう。
名雪の体をゆっくりと壊れ物を扱うようにフローリングの床に寝かせて、春原や澪のデイパックから荷物を回収していく。まずスタンガン。これは持っていくかどうか迷ったが、万が一また名雪が誰かを襲った時の為に気絶させるための道具として持っていくことにした。
フライパンは持っていても使う機会はないだろうからここに遺しておくことにする。続いてスケッチブックが秋子の目にとまった。名雪が斬りつけた時に落としてしまったのであろうそれは、表紙の所々に澪自身の血液によって赤黒い染みを作っている。
秋子はそのスケッチブックを拾い上げてページを広げる。中身の至るところに澪の残した言葉が満面の星空のようにちりばめられていた。

504insane girl:2007/06/02(土) 23:57:12 ID:.ySMfEv60
「…ごめんなさいね」
ただ一言、しかし深い慈しみと悲しみを込めた言葉を呟く。秋子はスケッチブックを閉じ、静かにそれを胸に抱いた。まるで、懺悔をするように。
そうして少しの時間を過ごした後、また作業を再開しようと思った時、秋子は不意に自分の後ろに誰かが立っている気配を感じた。のそりとした、まるで幽鬼のようなゆらゆらとした気配だった。
「お母さん」
一瞬、誰の気配かとも思ったがその声で相手が誰なのかという事をすぐに理解する。振り返ると、そこには名雪がしっかりとした足取りで立っていた。どうやらスタンガンによる後遺症のようなものはないようだ。
ただ一つ思ったのは、いつの間にか名雪は手に包丁を持っていたことだった。包丁自体は秋子が持っていたものであるし、恐らくそれは起き上がってから持ち出したものであることは理解できる。
けれども、どうして今それを手に持っているのだろう?
まだ意識が興奮しているというのだろうか? あるいは、外部から身を守るために本能的に武器を持ったということなのだろうか?
どういうことか答えを図りかねていると、名雪は秋子の顔を見て、こう言った。
「嘘」
何を言ったのか、秋子には理解できなかった。けれども、その次に名雪がとった行動は情報としてすぐに脳に送られてきた。
名雪が包丁を振り上げて、秋子の胸を刺し貫いたのだ!
言葉も何も出せないまま、血の流れてくる胸から焼けるような痛みが鉄砲水のように押し寄せてきた。呆然とするあまり悲鳴も出せなかった。
何故? どうして? あれほど深い絆で結ばれていたはずの、自分だけは何があっても信頼してくれていたはずの名雪が、どうしてこんな事をしているのか、痛みによる混乱が原因ではなく、心の底から本当に分からなかった。
「な、なゆ、なゆ…?」
だから答えを求めて口を開こうとした。すると名雪は胸から包丁を引き抜くと今度は腹部を、それも何ヶ所もメッタ刺しにした。
先程とは比べ物にならない、体中に焼けた鉄の棒を押し当てられたような感覚に、今度こそ秋子は悲鳴を上げた。
「あああああああああァァァァーーーーッ!」
上体のバランスが保てなくなり頭から床に倒れこむ羽目になった。後頭部が勢いよく床にぶつかり、頭の後ろでチリッと火花がはねたような感触がする。
それと共に、秋子の視界から名雪が消える。途端に不安になった秋子の手が虚空を右往左往する。早く、早く名雪を見つけて何故このような事をしたのか問いたださなくては――秋子の頭には、そんな思考しか残っていなかった。

505insane girl:2007/06/02(土) 23:57:35 ID:.ySMfEv60
「嘘、嘘、嘘」
単語が三つ。しかし録音した声を三回リピートしたようなまったく声質が同じ声がして、名雪が秋子の視界に顔を覗かせる。それと同時に現れた手には、床と、つまり秋子の体と垂直になるようにして包丁の刃が向いていた。
「こんなお母さんなんて嘘」
そう言ったかと思うと秋子に言葉を返させる暇も無く血のついた包丁が秋子の肩に振り下ろされた。痛みを感じる間もなく刃が引き抜かれ、今度は脇腹に、次は腕に、太腿に、手に、次々と包丁が振り下ろされてゆく。
「わたしの言うことを聞いてくれないお母さんなんてニセモノ」
血があらゆる方向へ飛び散り全身の感覚が瞬く間に消え失せてゆく。始めに聞こえていた悲鳴は、徐々にひぃ、ひぃというか細いものへと移り変わっていた。
「こんなお母さんなんてわたしのお母さんじゃない」
全身を何十ヶ所と刺されながらも、かろうじて秋子は息をしていた。いや、まるで死なせないように、嬲るためだけにこうしているのだとさえ感じさせる。
「だから、この人はニセモノ」
名雪の目が秋子の顔を捉えた。目と目があった瞬間、にたぁ、と薄気味悪く笑う名雪の顔が秋子の瞳に映った。
「ひ…!」
今度は悲鳴すら出せなかった。出す間もなく名雪の包丁が秋子の頬肉を削ぎ落とし、口を裂き、目を抉る。その時にはもはや秋子の声は人間のものではなく、醜い化け物のものへと成り下がっていた。
目を抉られ視力を失いながらも未だ痛みは消えない。そして聞こえてくる名雪の声も止まない。
「お母さんのニセモノなんか死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ」
暗闇の中で聞こえてくる呪詛の声は、もはや秋子に恐怖しかもたらさなかった。助けを求めて、秋子は命乞いの言葉を発しようとするが、それはもう声にすらならなかった。
「さよなら、ニセモノ」
ゾッとするほど怜悧な声が秋子の耳に届いたのを最後に、彼女の意識はぷっつりと途絶えた。

     *     *     *

水瀬名雪は、かつて彼女の母親だったもの、水瀬秋子の体が動かなくなるのを確認した後、秋子が整理していた荷物を改めて確認する。
見たところ有効そうな武器は拳銃のジェリコ941しか見当たらない。弾薬はどうなっているのだろうとあちこちいじくり回してみるがさっぱり分からない。
何か説明書のようなものはないかと秋子のデイパックをさらに探ると、奥のほうにくしゃくしゃになったジェリコの説明書があった。早速開いて扱い方を確認する。

506insane girl:2007/06/02(土) 23:58:07 ID:.ySMfEv60
今や相沢祐一以外の人間を全て殺すという思考以外残っていない名雪にはいかにして素早く、正確に人を殺すかということのみが重要になっていた。それは即ち、殺戮以外には意識を向けない、言わば戦闘マシーンへの変貌を意味していた。
一通り見渡した後、改めてジェリコを弄る。説明書通りに操作すると、果たしてジェリコの弾倉があっけなく出て名雪の手へと落ちた。マガジンの中身を確認するとそこには弾薬がフルロードされている。
デイパックの中にはまだ三つほどマガジンがあるので当面の心配はないと名雪は思った。
自分一人でも手軽に持ち運べる程度の荷物に整理しなおして名雪は民家を後にする。民家から出た瞬間、眩しいほどの太陽が名雪を照らし出したがその目は黒く濁ったまま、さながらその部分だけ夜の様相を呈していた。
拳銃と包丁を手に持って名雪は進む。ただ一人、相沢祐一を守って二人の世界を守るために。

【時間:2日目7時30分】
【場所:F−02】


水瀬秋子
【所持品:木彫りのヒトデ、支給品一式】
【状態・状況:死亡】

水瀬名雪
【持ち物:IMI ジェリコ941(残弾14/14)、予備弾倉×3、包丁、GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア、殺虫剤、支給品一式】
【状態:肩に刺し傷(治療済み)、マーダー、祐一以外の全てを抹殺】

【その他:スペツナズナイフは刃が抜け、床に放置されています】

→B-10

507insane girl・修正:2007/06/03(日) 00:04:30 ID:NThT1WyA0
>>505

>単語が三つ。しかし録音した声を三回リピートしたようなまったく声質が同じ声がして、名雪が秋子の視界に顔を覗かせる。



>単語が三つ。しかし録音した声を三回リピートしたような、まったく同じ声がして、名雪が秋子の視界に顔を覗かせる。

に変更お願いします

508最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 21:59:55 ID:2xcWSEzE0
ガソリンの臭いが立ち込める平瀬村工場屋根裏部屋の中で、少女は床に座り込んでいた。
その瞳の奥には、深い悲しみを経験した者だけが持ち得る儚い色の光が見え隠れしている。
長く艶やだった自慢の髪も、三日間の殺し合いを経て何処かくすんでしまっている。
少女――藤林杏は、膝の上に乗せた謎の生物の頭を軽く撫で回していた。
謎の生物は気持ち良さそうに目を細め、「ぷひっぷひっ♪」と軽快な奇声を上げている。

その様子に気付いた姫百合珊瑚が、杏の横に並びかける。
珊瑚は犬でも狸でも無い、背中に縦縞模様がある謎の動物をまじまじと見つめた。
「ねえ杏、この可愛い子は何ていう種類の動物なん?」
ボタンの容姿を褒められた杏は、あからさまに上機嫌となり笑顔で答える。
「か〜いぃでしょ〜。この子はボタンっていう名前でね、イノシシの子供で、あたしのペットなのよ」
「へぇ〜……」
常識人ならばイノシシの子供をペットとしている事に少なからず疑問を抱く筈だが、生憎珊瑚はそのような性格をしていない。
珊瑚は素直に感心し、興味津々な顔付きでボタンの身体を触っていた。
「ぷひぷひ♪」
二人から弄られる形となったボタンは、満足げにテンポ良く鳴いている。

「……う、う〜ん、ボタン鍋がどうかしたって?」
そこで、それまで眠っていた春原陽平が、のそりと起き上がった。
寝起きである所為か、その動きは酷く緩慢だ。
「見てみて陽平〜、この子メッチャ可愛いねん」
「ん?」
珊瑚に促されるままにボタンを視界に入れ、何気無い一言。
「コイツ美味しそうだよね、はははっ」
直後、陽平は部屋の温度が数度下がったかのような錯覚に襲われた。
喉元に刃物を突きつけられているような、心臓を氷の手で鷲掴みにされているような、そんな感覚。

509最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:01:05 ID:2xcWSEzE0
「…………?」
恐る恐る、冷気を放つ元凶の元へと目を移す。
するとそこには、天高く英和辞典を振り上げている杏の姿があった。
その形相は正しく鬼神のソレであり、その腕から放たれる凶弾は秒を待たずして陽平の顔面を捉えるだろう。
「……何か言った?」
「ひぃぃぃぃ、冗談ですっ!」
男としての尊厳など一瞬でかなぐり捨てて、歯を食い縛りながら謝罪する。
杏は「もう、仕方無いわね」と言って辞書を降ろし、そんな二人の様子を見て珊瑚は笑っていた。

――まるで日常の1コマのように。

この島で大きな成長を遂げた陽平は、何も考えずに先のような行動を取った訳では無い。
銃弾や刃物の類での攻撃を既に何度も受けている陽平にとって、今更辞書など恐怖の対象では無い。
並大抵の事では動じぬ精神力を、もう手に入れている。
それでも最後は――少なくともこの島では最後になるであろう安らぎの一時を自分らしく楽しみたかったから、敢えて昔のように振舞ったのだ。
恐らくそれは杏も珊瑚も同じだろう。
もう全員が全員『日常』を失ってしまったけれど、せめて今だけは仮初の暖かさに包まれていたかった。

    *     *     *

それから暫く経った時、約三時間前に連絡を寄越した水瀬親子が、ようやく屋根裏部屋に到着した。
柳川祐也ら一行は水瀬親子を加え、総勢9名の大集団による最後の作戦会議を行おうとしていた。
柳川はその最中、確認するように少しだけ体を動かした。
昨晩は鉛のようにも感じた手足が、今は自分の命令を軽快に遂行してくれる。
「ふむ……」
それでも身体の状態は完調とは言い難いが、一つ一つの傷はそれほど重く無い為、痛みさえ無視すれば戦闘に大きな支障は無いだろう。
自分に流れている忌まわしき鬼の血が、こういった火急の事態に限ってはとても頼もしく思えた。

510最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:02:16 ID:2xcWSEzE0
最後の戦い――篁との決戦を制せば、全ては終わる。
恐らくはあのリサ=ヴィクセンをも上回る強敵に違いないが、それでも負ける訳にはいかない。
自分は殺し合いに乗った人間を、殺して、殺して、殺し尽くした。
己の理想を貫く為に、罪の無い人間を守り抜く為に、躊躇無く命を奪ってきた。
だが理想の貫徹も、仲間を守る事も、最後に篁を打倒しなければ成し遂げられない。
自分が敗れ去ってしまえば、奪ってきた命も、己の信念も、全ては水泡と帰すのだ。
だからこそ倉田佐祐理を生きて帰らせる為に、死んでいった者の無念を晴らす為に、何としてでも篁の喉元に牙を突き立てる。
それがたとえ、自分の命と引き換えになったとしても。



そして、作戦会議が始まった。
会議と言っても方針は既にほぼ固まっている。
ただ水瀬親子には作戦の内容をまだ伝えていない為、他の者への確認も兼ねて説明し直すだけだ。
一同は円状の形を成しながら、床に座り込んだ。
そんな中、向坂環が地下要塞詳細図をバッと広げて、簡潔に作戦概要を述べてゆく。
「作戦を説明します。私達は全員纏まって動いたりはせずに、何グループかに分かれて行動します。
 地下要塞の重要拠点を一つずつ潰していくのは、篁が外から援軍を呼んでしまう可能性もあると考えれば得策ではありませんから。
 勝負はなるべく迅速に決めなければいけません」

――戦力の分散は本来避けるべきなのだが、今回は別だった。
自分達が篁を打倒し得る唯一の方法は、敵の慢心に付け込む事だけだ。
珊瑚が調べた限り敵人員のデータはホストコンピュータに無かったのだから、篁はこの島に大した戦力を連れてきていないと予想される。
大人数の部隊がこの島に潜伏しているのならば、管理の為に必ずコンピュータへデータを入れておく筈。
それを行っていないという事は、コンピュータで管理する必要が無い程度の人数しか連れていないという事。
しかし防御の要であるラストリゾートシステムを破壊されてしまえば、慢心が過ぎる篁といえど大急ぎで援軍を要請するだろう。
そして篁財閥と正面から潰し合いなど行ってしまえば、それこそ軍隊級の戦力が無い限りは皆殺しにされるだけだ。
だからこそ出来るだけ早く勝負を決める必要があり、その為には数箇所を同時に襲撃しなければならないのだ。

511最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:03:38 ID:2xcWSEzE0
「私、ささら、柳川さん、佐祐理は『高天原』を目指して、進める所まで進む。この際余り無理はしないようにして下さい。
 あくまで勝負は『ラストリゾート』を破壊してからなのですから、後から来る味方がスムーズに進めるように倒せる敵だけ倒しておけば十分です。
 春原君と藤林さんは『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊して欲しい所ですが、万が一敵の防御が厚いようなら引き返してください」

そこまで環の話を聞いて、秋子が一つ疑問を口にする。
「……どうして今更『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊する必要があるのですか? 
 私達はもう首輪をしていませんし、無駄な場所に戦力を投入するのはどうかと思いますが」
「第四回放送で名前が呼ばれなかった内の六人とは、未だ連絡が取れていません。それだけの人間が、まだ首輪に縛られたままなんです。
 遠隔操作装置システムの乗っ取りがいつまで保つか分かりませんし、状況が許せば破壊しておきたい」
それは確実に余分な行動であり、心の贅肉に他ならない。
それでも、あくまで極力多くの人間を救えるように動く――それが環達に共通した行動方針だった。

秋子が頷くのを確認してから、環は続ける。
「『ラストリゾート』は鎌石村に居る高槻さん達に破壊して貰います。
 珊瑚ちゃんは敵施設の機能をもっと奪う為にハッキングするので、此処に残ります。
 以上が私達の作戦です。秋子さん達は自分がどの役目に参加したいか、皆が出発するまでに選んで下さい」
そこまで言い終えると、環はバッと立ち上がった。
総勢九名の視線が、例外無く環一人に集中する。

「これまで多くの――本当に多くの人達が殺されてしまいました。この島で流された涙の数と血の数は、とても数え切れません。
 私が一緒に行動していた仲間達も、昔からの知人も、殆どが殺されてしまいました」
しん、と静寂に包まれた部屋の中、環は言葉を紡いでゆく。
「生き残った人達は、私も、そして恐らくは皆さんも、深い悲しみを背負っている事でしょう。
 これまで私達は篁の思うがままに弄ばれ、どう足掻いてもこの殺し合いを食い止められませんでした。
 死んでしまった人間は何をやっても生き返らない――失ったモノは、二度と取り戻せない」

512最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:04:39 ID:2xcWSEzE0
そこで一旦言葉を切り、M4カービンの銃口を天へと向けて、告げる。
「それでも、私達はまだ生きています。そして篁に一矢報いれる要素も整いました。
 ですから皆さん、武器を手に取って戦いましょう。全てを嘲笑う傲慢な篁に立ち向かいましょう。
 篁に怒りの鉄槌を叩き込んで、この悲しみに満ちた殺し合いに終止符を打ちましょう!!」
部屋の隅々まで響き渡る、凛と透き通った声。
何秒か遅れて、環の言葉に応えるようにあちこちから咆哮が上がる。
これを契機として彼女達は高槻達に連絡を取り、最後の決戦に赴くべく荷物の整理を開始した。


そんな中で秋子は一人冷静に、今後の方針について思案を巡らせていた。
はっきり言って、今自分と名雪が置かれている立ち位置は非常に恵まれている。
かつて平瀬村で陽平を襲ってしまったのは失策と言う他無かったが、それは名雪が襲われていると勘違いしたという理由で納得して貰えた。
自分が過剰なまでに貫いてきた対主催・対マーダーの姿勢は既に何人かが知っていたので、信用も容易に得られた。
この状況からなら選択肢は、幾らでもある。
珊瑚の護衛という名目で工場に残れば当面の安全は確保出来るし、主催勢力と戦っている者達を後ろから撃つのも悪くない。
『ロワちゃんねる』を見て電話してきた者を工場に誘き寄せ、騙まし討ちするというのも有効だろう。
そう、幾らでも寝首を掻くチャンスはある。

    *     *     *

鎌石村にある比較的大きな、しかし少し古ぼけた民家の中。
高槻はデイパックを肩に掛け、張り詰めた声で言った。
「おし、行くぞおめえら」
……ささら達から電話が掛かってきたのは、10分前の話だ。
準備を終えた高槻達は、全てに決着をつけるべく死地へ赴こうとしていた。

513最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:05:37 ID:2xcWSEzE0
皐月が何時に無く不安げな表情で、ぼそりと呟いた。
「とうとう……この時が来たわね。あの篁総帥と戦う時が……」
「ああ、今から俺様達は国家規模の成金野郎と戦わなきゃいけねえんだ。……覚悟は出来てるか?」
ささらからの電話によると、敵の人数はそう多くないらしいが、裏を返せばそれだけの精鋭揃いであるという事。
特にあの醍醐は数十人の兵隊にも匹敵する程の脅威であり、毛程の油断すらも許される相手では無い。
三人が全員捨て身の覚悟で戦って、ようやく勝ち目が僅かにあるかどうか、というレベルなのだ。
その事は皐月も小牧郁乃も分かっているので、無言で頷きを返した。

「オーケイだ。まずは俺様が敵兵士を何人かブッ倒して、おめえらの分の銃を確保する。
 その後は決して迷うな、決して余計な事を考えるな、敵を見つけたら容赦無く鉛球をブチこんじまえ。
 この状況じゃ、博愛精神なんざクソの役にも立たねえからな」
「ったりまえじゃん。こう見えてもあたし、結構修羅場慣れしてるんだからね」
「あたしも大丈夫よ。皆にばかり汚い役目を押し付けられないから……ちゃんと撃つわ」
人を殺す事にまだ抵抗はあるだろうに、直ぐ様返ってくる肯定の言葉。
それが今の高槻にとっては、何よりの動力源だった。

    *     *     *

陽の光が燦々と降り注ぐ中、醍醐は順調且つ迅速に『想い』を回収していた。
コツさえ掴めば『想い』を効率良く集めるのは簡単、激しい戦闘があった場所を中心に回ってゆけば良いだけだった。
手元にある青い宝石は、最早眩い程の光に包まれている。
(これだけ集めれば総帥もお喜びになるだろう……。さて、次の『想い』を探しにゆくか)
醍醐が意気揚々と残る『想い』を集めに行こうとしたその時、事は起こった。

514最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:07:09 ID:2xcWSEzE0
『――醍醐、聞こえるか?』
「ハッ!」
無線越しに聞こえてきた主の声に、素早く返事を返す。
少し間を置いて、篁が言った。
『任務の調子はどうだ?』
「ご安心を。既に八十個以上の『想い』を集めました」
『フフフ、良くやった……それでこそ我が腹心だ。その忠誠心、その任務遂行能力、真に素晴らしい』
「身に余るお言葉、この上無い光栄です」
人を魅了する甘美な声で賛美され、醍醐は歓喜に打ち震える。
かつて狂犬と呼ばれた男の面影は最早何処にも無く、完全な忠犬と化していた。

『それだけあれば十分だ。直ちに帰還し、青い宝石を寄越すのだ。
 それと……何か望みはあるか? 褒美に一つ、願いを叶えてやるぞ』
言われて醍醐は少し考え込んだ。
宗一のクローンを作って貰い、復讐を果たすべく戦うという選択肢も有るが――下らない。
クローンとなり劣化した男を倒しても、何の意味も名誉もありはしない。
戦うならば未だ生き延びている、そして因縁がある人間に限る。

「それではどうか、高槻と戦う許可を下さいませ。あの男はこの手で括り殺さねば気が済みませぬ」
『良かろう。あの男は鎌石村で首輪を外したとの報告があった。恐らくは位置的に近いラストリゾート発生装置を破壊しに来るだろう。
 お前は帰還後直ちにラストリゾート発生装置防衛の任に就き、襲撃者共を抹殺するのだ』
「ハッ、ありがたき幸せ!」
通信が切れた事を確認すると、醍醐は大型のバイクに跨り、地下要塞入り口目指して驚異的な速度で移動を開始した。
いずれ訪れるであろう決戦の時に想いを馳せているのか、その口元には乾いた笑みが張り付いている。

――強い決意を以って悲しみの連鎖を終わらせようとする対主催勢力。
――圧倒的な力により、計画を成就させようとする邪悪な主催者達。
――集団に紛れ込み裏切りの機会を窺っている水瀬親子。
数々の悲劇を生み出してきた永き戦いも、遂に最終局面へ突入しようとしていた。

515最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:07:55 ID:2xcWSEzE0
【時間:三日目・10:00】
【場所:C-4民家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、ノートパソコン、工具、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:首に打撲・左肩・左足・右わき腹負傷・右腕にかすり傷(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。ラストリゾートの破壊。主催者の打倒】
高槻
 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、コルトガバメントの予備弾倉7発×5、スコップ、携帯電話、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を大きく動かすと痛みを伴う)、首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。ラストリゾートをブッ壊す、主催者と醍醐を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、トンネル見取り図、支給品一式×4(食料は一人分)】
 【状態:首輪解除済み】
 【目的:まずは要塞内部へ移動。ラストリゾートの破壊。主催者の打倒】
ポテト
 【状態:高槻の足元にいる、光一個】

516名無しさん:2007/06/04(月) 22:09:19 ID:2xcWSEzE0

【時間:3日目9:50】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、コルトバイソン(1/6)、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【状態:左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・ある程度回復)・首輪解除済み】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。『高天原』までの侵攻経路を確保。主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(大きく動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。『高天原』までの侵攻経路を確保。主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、脇腹打撲(応急処置済み)、首輪解除済み】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み・若干回復・右腕は動かすと痛みを伴う)】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。『高天原』までの侵攻経路を確保。主催者の打倒】
久寿川ささら
 【持ち物1:ドラグノフ(5/10)、電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯電話(GPS付き)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。『高天原』までの侵攻経路を確保。主催者の打倒。麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

姫百合珊瑚
 【持ち物①:包丁、デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)】
 【状態:健康、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒、再びハッキングを試みる】

水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾6/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:S&W 500マグナム(5/5 予備弾2発)、ライター、34徳ナイフ】
 【状態:マーダー、腹部重症(傷口は塞がっている・多少回復)、頬に掠り傷、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一を生き返らせる。名雪の安全を最優先。今後の行動方針は未定】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ、S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×9】
 【状態:精神異常、極度の人間不信、首輪解除済み、マーダー】
 【目的:優勝して祐一の居る世界を取り戻す。今後の行動方針は未定】

517最終決戦前/獅子身中の虫:2007/06/04(月) 22:12:03 ID:2xcWSEzE0
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。可能ならば『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊。杏と生き延びる。】
藤林杏
 【装備品:グロック19(残弾数2/15)、S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:右腕上腕部重傷・左肩軽傷・全身打撲(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:荷物の整理後、要塞内部へ移動。可能ならば『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊。陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:杏の横に】


【時間:三日目・09:30】
【場所:不明(地下要塞の何処か)】

【所持品:不明】

【時間:三日目・09:30】
【場所:不明(地上の何処か)】
醍醐
 【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、青い宝石(光86個)、無線機、他不明】
 【状態:右耳朶一部喪失、大型バイクに乗っている】
 【目的:まずは要塞に帰還して、青い宝石を篁に渡す。その後はラストリゾート発生装置の防衛。高槻の抹殺】

【備考】
・平瀬村工場屋根裏部屋の床に『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図』
が置いてあります。
・珊瑚が乗っ取っているのは、首輪爆弾遠隔操作装置のコントロールシステムであり、装置そのものではありません。
主催者の対応次第では、首輪爆弾遠隔操作装置が再び機能してしまう可能性もあります。
・『ロワちゃんねる』はネット上にある為、珊瑚が完全に掌握しています。
・主催者の居る地下要塞の出入り口は、全てロックが外されています。
・『ロワちゃんねる』の内容は書き換えられました。載せてある番号は姫百合珊瑚が持っているカメラ付き携帯電話のものです
・(島内のみ)全ての電話が使用可能になっています
・地下要塞は島の地下の大半を占める程度の大きさです
・要塞への入り口は氷川村、鎌石村、平瀬村付近に数箇所ずつあります
・『ラストリゾート』の発生装置はc-5地点、首輪爆弾の遠隔操作用装置はh-4地点、『高天原』はf-5地点(全て地下要塞内)にあります

→859
→862
→870

518侵入:2007/06/05(火) 20:55:25 ID:0fA13Kd60
身体を打ちつける風が、妙に冷たく感じられる。
目的の地――鎌石村北西部に位置する地下要塞入り口へと近付くにつれて、民家は疎らに点在するだけとなり、不吉な気配が増してゆく。
高槻ら一行は鉄の意志を以って、死に侵された場所へ自ら飛び込もうとしていた。

やがて入り口に辿り着き、湯浅皐月は開け放たれた扉の先に見える闇を覗き込む。
まるで地獄への入り口のように広がる暗黒の中に、階段とスロープが並んでいるのがうっすらと見える。
太陽の光が一切届かぬ入り口の深部は、今の立ち位置からでは窺い知る事は出来ず、否応無しに不気味さを感じさせる。
「真っ暗ね……正に悪の根城って感じ……」
「ああ。成金野郎は無駄遣いが好きみてえだな」
「ぴこ、ぴこ〜……」
ポテトも本能的に危険を感じ取ったのか、不安げな鳴き声を上げていた。
皐月は早鐘を打ち鳴らす心臓を必死に鎮めながら、目前の闇に足を踏み入れる。
高槻は車椅子の背を押している為に両腕が塞がっているので、皐月が先頭に立ち前方を懐中電灯で照らした。
見ると階段とスロープは壁伝いに造られており、ぐるりと弧を描いていた。

懐中電灯から洩れる微かな光だけを頼りに、無機質な鉄で構成された道を降ってゆく。
規則正しい三つの足音と車椅子の車輪が鳴らす金属音が交じり合って、一つの協奏曲を奏でる。
「ねえ高槻、あたしも歩いた方が良いんじゃ……」
「何言ってんだ、今から歩いてたら肝心な時にバテちまうだろ。お前の切り札は、いざって時まで取っとけ」
郁乃が気遣うように言ったが、高槻はその申し出を即座に断った。
努力の甲斐あって郁乃は歩けるようになりはしたのだが、それは多大な体力を費やせばの話だ。
まだ敵と出会ってすらいない状況下で、無駄に戦力を消耗する愚は避けなければならなかった。

519侵入:2007/06/05(火) 20:56:12 ID:0fA13Kd60
そうやって、随分と長い間歩き続けた後。
やがて突き当たりに辿り着き、一行は揃って足を止める。
目の前には見るからに頑丈そうな鉄製の扉が、悠然と立ち塞がっている。
皐月はその扉を押し開けようとして――高槻に腕を掴まれた。
直ぐ様訝しげな視線を送ったが、高槻は唇の前に人差し指を立てている。
皐月はその意味を計りかねたが、少し時間が経った後異変に気付く。
「――――ッ!」
本来ならば聞き逃てしまうような微小な音を、緊張と警戒で極度に研ぎ澄まされた神経がどうにか拾い上げたのだ。

扉の向こうから微かながら足音が聞こえきていた。
この状況で扉の向こうに居る人間が何者か、考えるまでも無い。
主催者側の人間――恐らくは防衛の任に就いている兵士が、この先に居るのだろう。
音から察するに、その数は三。
敵がこちらに気付いた様子は無い為奇襲は十分可能だが、決して見逃せぬ大きな問題がある。
敵は恐らく全員が銃で武装しているだろうが、自分達は銃を一つしか持っていないのだ。
それでは少々不意を突いた所で敵を仕留め切れず、逆に反撃の掃射を浴びてしまう羽目になるだろう。
この状況を制するには、ただの不意打ちよりも効果的な奇策を用いねばならない。

どうしたものかと皐月が考え込んでいたその時、高槻が郁乃の膝からデイバックを一つ取り上げた。
扉の向こうに届かぬよう小さな声で、高槻がぼそぼそと耳打ちをしてくる。
皐月は即座に高槻の意図を理解し、にやりと不敵な笑みを浮かべる事で肯定の意を示した。



520侵入:2007/06/05(火) 20:57:20 ID:0fA13Kd60
兵士――此処では便宜上、船橋という仮名で呼ぶ事にしよう――は、地下要塞内の大きな通路で、周りに悟られぬくらいの小さな溜息を吐いた。
自分は篁財閥とは別系統に属する組織の、しがない一構成員だった。
高給につられて篁財閥の末端構成員となり、この要塞を守護する役目に就いたのだが、三日続いて何の異変も起こらない。
外で何が起きているかは一切教えて貰えぬし、退屈を紛らわせるような余興も準備されてはいない。
これでは気が緩んでも仕方無いというものであろう。
それは自分以外の者も同じであるようで、同僚の二人も良く注視すれば弛緩している事が窺い知れた。

このような安全且つ下らぬ仕事で、何故破格の給料が支払われるのかまるで分からない。
しかし自分程度の俗人では、一代で巨財を築き上げた怪物の考えなど理解出来る筈も無いし、しようとする意味も無いだろう。
ともかく自分は指定された日数を此処で過ごして、当分は働く必要が無くなる程の金を受け取るだけだ。
非常につまらぬ状況だが、今は我慢するしか無い。
船橋は支給されたS&W M1076を手の中で弄びながら、またもう一度溜息を吐こうとした。

そこで突然、すぐ傍の扉が開け放たれた。

「――――敵かっ!?」
船橋は心臓が跳ね上がりそうな感覚に襲われながらも、半ば反射的にS&W M1076を構えていた。
周囲の仲間達は未だ狼狽に支配されたままで、立ち往生している。
そういった点では、船橋は他の者に比べると幾分か優秀であったと言えるだろう。
扉から何かが飛び出してくるのに反応して、素早い動作でS&W M1076の引き金を絞る。
銃弾は正確に飛来物を捉え、破壊していた。
しかし飛来物の正体を見て取った船橋は、驚愕に大きく目を見開いた。
自分が撃ち抜いたのは、何の変哲も無いただの鞄だったのだ。
その事に気付いた瞬間、船橋は殆ど反射的に地面を転がっていた。

そして、数発の銃声。
「ぎゃあああアアァあっ!!」
「ぐがっ…………」
恐らくは余りにも唐突な事態の連続に、反応し切れなかったのだろう。
棒立ちのまま撃ち抜かれたであろう仲間の悲鳴が、真横から聞こえてくる。
しかし船橋はそちらに視線を送ろうともせずに、銃声がした方へとS&W M1076を放っていた。

521侵入:2007/06/05(火) 20:58:16 ID:0fA13Kd60
「――――ッ!」
襲撃者――酷い癖毛を携えた怪しい風体の男は、済んでの所で横に飛び退いていた。
船橋は間髪入れずに床を蹴り飛ばし、男との距離を縮めてゆく。
突然の奇襲には驚きもしたが、それさえ凌いでしまえばこちらのものだ。
敵が何者なのかは分からないが、外見から察するに軍人では無いだろう。
自分は一応この道で飯を食っているのだから、有象無象の相手如きに正面勝負で遅れなど取らない――!

「ちっ……!」
「逃がすか!!」
一発、二発と放った銃弾を敵は何とか回避しているものの、そう長くは続くまい。
もう少し間合いを詰めてしまえば、瞬く間に勝負は決するだろう。
そう考えた船橋が足により力を込めたその時、横から別の足音が聞こえてきた。
その音に反応するよりも前に、側頭部を強烈な衝撃が襲う。

「がはっ……」
船橋は堪らず呻き声を上げ、もんどり打って地面に倒れ込んだ。
碌に訓練されていない弛緩し切った兵士ならば、この時点で戦意を失っていたかもしれない。
(くそっ……新手か!?)
それでもやはり船橋は優秀で、混乱する思考の中で必死に反撃しようとする。
二つ目の足音の主……ヨーヨーを構えた構えた少女の方に首を向け、それと同時にS&W M1076を構える。
しかしそこで視界を、白い物体が覆い尽くした。
「――――ッ…………」
断末魔の悲鳴を上げる暇も無い。
船橋は謎の物体に視界を防がれたまま、男――高槻によって、正確に心臓を撃ち抜かれていた。
自分がどのような悪事に加担していたのか、どのような敵を相手していたのかすら理解する事無く、船橋の意識は闇に飲み込まれていった。



522侵入:2007/06/05(火) 20:59:37 ID:0fA13Kd60
高槻は戦利品をあらかた収拾し終えた後、心底苛立たし気に毒づいた。
「――クソッ! 篁の野郎、自分の部下まで使い捨てにする気か……」
「……どういう事?」
「この兵士達、防弾チョッキはおろか機関銃の類も一切持たされてねえ。持ってたのは拳銃が一つずつだけだ。
 どう考えてもこの程度の人数と装備じゃ、守り切れる筈が無い。最初から破られるのを承知の上で、こいつらは此処に配置されてたんだ」
郁乃の疑問に答えた後、高槻は手に入れた拳銃とその予備マガジンを、二人に向けて放り投げる。

皐月はそれを受け取りながら、地面に倒れ伏せる兵士へと目をやった。
床を赤く染め上げる血。苦悶に満ちた表情。
これらは全て自分達の手によって、生み出されたものなのだ。
自分達は間違いなく彼らの人生を、命を、全てを奪い尽くしたのだ。
やらなければ確実に殺されていたとは言え、罪悪感が沸き上がるのを禁じ得ない。

「ねえ高槻さん、どうしてあたし達は殺し合わなきゃいけないのかな……」
「ああん?」
「この兵隊の人達も自分の生活があっただろうし、人間の心だって持っていたと思うの。
 殺し合いに乗ったっていうリサさんだって、本当は凄い優しい人だった……。多分好き好んで殺し合いをする人なんて、殆どいないと思うんだ。
 なのにどうして……」
怪訝な顔をする高槻に対し、悲痛な声で訴え掛ける。
「どうして皆殺し合っちゃうの……? どうして宗一やゆかりは死ななくちゃいけなかったの……?
 皆良い人だったのに、悪い事なんかしてなかったのに、どうしてっ……!」
静まりかえった通路の中で、皐月の叫びだけが空しく響く。

523侵入:2007/06/05(火) 21:00:16 ID:0fA13Kd60
暫らくしてから、高槻が諭すように言った。
「……良いか湯浅。俺様には小難しい事なんて分からねえが、これだけは言っておくぞ」
そこで高槻の瞳に、冷たい光が宿る。
見ているだけで背筋が寒くなるような、そんな眼光だった。
「殺し合う理由なんざ考える必要がねえよ。いざって時に敵より先に引き金を引けなきゃ、死ぬのは自分ってだけなんだ。
 人柄やそれまでの人生なんざ関係ねえ。死んじまった奴らは弱かったか、迷いがあったか、それとも運が悪かっただけだ」
話しを続ける内に皐月の表情が厳しくなっていくが、それでも高槻は言葉を止めない。
「だから自分の前に立つ敵がいたら、相手の事なんざ考えずに容赦無く殺せ。敵に掛ける情けなんざ、ドブ川にでも捨てちまえ」

それは正論ではあるのかも知れないが、余りにも冷酷過ぎる言い分。
皐月はふるふると肩を震わせながら、大きく叫んだ。
「そんな……そんな言い方って無いよ……!
 殺さなきゃ殺されちゃうのかも知れないけど、そんな風に割り切るのは絶対おかしい!」
皐月には納得出来なかった。
高槻の考えは、まるで感情を持たぬ殺人兵器のソレだ。
そんなものが正しいと、認めたくは無かった。

しかし高槻は全く動じる事無く、淡々とした口調で言葉を返す。
「じゃあてめえは迷った挙げ句、自分の命、譲れない物、守りたい物、全てを失っても満足だっていうのか?
 敵の事を考えた所為で殺されちまっても良いってのか?」
「そ……それは……」
「俺様は奇麗事で誤魔化す気なんか無いぞ。これは紛れも無く殺し合いで、敵の全てを奪う為に戦わなきゃいけねえ。
 正義を掲げた聖戦なんかじゃなくて、穢れた者同士の戦争をしなくちゃいけねえんだ。
 その覚悟が持てないなら今すぐ引き返せ。そんなんじゃ無駄死にするだけだからな」
それが、現実だった。
元凶の主催者勢力が相手とは言え、殺人は間違いなく殺人。
その事実を理解した上で、生き延びる為に覚悟を決めろと高槻は言っているのだ。

524侵入:2007/06/05(火) 21:01:16 ID:0fA13Kd60
少しばかり逡巡した後、皐月は視線を地面へと下ろした。
「……一つだけ、良いかな?」
途切れ途切れの、しかし迷いだけは消えた声で。
「あたしはやっぱり篁が許せないし、皆で生きて帰る為に覚悟を持って戦うよ。
 でも、殺しちゃった相手にお祈りくらいしてあげても良いかな?」
「――勝手にしやがれ」
高槻の返事を確認した後、皐月は倒れ伏せた死体の方へ振り向いた。
(ごめんね……。だけどあたしにだって、譲れないモノ、守りたいモノがあるから……)
目を閉じて、一度だけ手を合わせた後、再び奥に向かって歩き始める。
最後の殺し合いを行い、全てを終わらせる為に。


その後は大した障害も無く、一行はダウンロードした要塞詳細図に従って、順調に通路を突き進んでいった。
「さっきから誰も出てこないわね……。もう少しでラストリゾート発生装置まで辿り着いちゃうのに、おかしくない?」
車椅子ごと高槻に運ばれながら、郁乃がぼそりと呟いた。
高槻は何処か浮かぬ表情で、それに答える。
「そうだな。ここまで楽だと却って不気味だ。これじゃまるで、侵入して下さいって言ってるようなもんだぜ……」
先の一戦で自分達の襲撃はバレたに違いないのに、敵の一人すらも出てこない。
久寿川ささらの情報で敵の数が少ないのは知っていたが、これは明らかに異常だ。
『ラストリゾート』は敵の防御の要である筈なのだから、もっと厳しい警備を行って然るべきである。
にも関わらず何故、敵はこれ程までにずさんな守備陣しか敷いていないのか。
何故――?

525侵入:2007/06/05(火) 21:02:18 ID:0fA13Kd60
その疑問は、通路を進み終えて大きな広間に出た瞬間、直ぐに解決した。
高槻達の視界の先――ラストリゾート発生装置がある部屋への扉を守るように、難攻不落の男が屹立していた。
ただでさえ歴戦の猛者であるのに、その上装備面でも何一つ手落ちが無い真の守り手。
男が携えた特殊警棒は戦槌の如き威力を誇り、高性能の防弾チョッキと鍛え抜かれた筋肉は生半可な銃弾など無効化してしまうだろう。
恐らくは先の兵士達が束になってかかろうとも、この男相手では十秒と保たずに蹂躙されてしまうに違いない。
この男さえいれば、他の兵士など必要無い。

男の頬が邪悪に歪む。
決闘を前にしての高揚と、死にゆく高槻達への嘲笑。
「フッフッフッフッフ……ようやく来たか、高槻」
「てめえはっ……!」
寒気を催す重苦しい声、死を連想させる程の圧迫感、忘れる筈が無い。
高槻達の前には、先の兵隊達とまるで比べ物にならぬ怪物――世界有数の実力を持った傭兵――『狂犬』醍醐が立ちはだかっていた。

526侵入:2007/06/05(火) 21:02:56 ID:0fA13Kd60
【時間:三日目・12:40】
【場所:c-5地下要塞内部・ラストリゾート発生装置付近】
湯浅皐月
 【所持品1:S&W M1076(装弾数:3/7)、予備弾倉(7発入り×3)、H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、ヨーヨー、ノートパソコン、工具】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)、自分と花梨の支給品一式】 
 【状態:首に打撲・左肩・左足・右わき腹負傷・右腕にかすり傷(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:ラストリゾートの破壊。主催者の打倒】
高槻
 【所持品1:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:7/7)、コルトガバメントの予備弾倉7発×4、スコップ、携帯電話、ほか食料以外の支給品一式】
 【所持品2:ワルサーP38(装弾数:8/8)、予備弾倉(8発入り×3)、地下要塞詳細図】
 【状態:全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を大きく動かすと痛みを伴う)、首輪解除済み】
 【目的:ラストリゾートをブッ壊す、主催者と醍醐を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品1:写真集×2、車椅子、要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、トンネル見取り図、支給品一式×3(食料は一人分)】
 【所持品2:ベレッタM950(装弾数:7/7)、予備弾倉(7発入り×3)】
 【状態:首輪解除済み】
 【目的:ラストリゾートの破壊。主催者の打倒】
ポテト
 【状態:高槻の足元にいる、光一個】
醍醐
 【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、無線機、他不明】
 【状態:右耳朶一部喪失・興奮】
 【目的:ラストリゾート発生装置の防衛、高槻の抹殺】

【備考】
・醍醐は青い宝石(光86個)を篁に返還しました

→872

527最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:33:21 ID:WIzcRLrM0
懐中電灯を取り出す。
春原陽平は藤林杏と共に、地下要塞の入り口へ足を踏み入れようとしていた。
真後ろで見守る水瀬秋子に顔を向け、陽平はペコリと頭を下げた。
「それじゃ秋子さん、珊瑚ちゃんを宜しく頼んだよ」
「ええ、任せて。珊瑚ちゃんは絶対に私達が守るから、春原さん達は心配せずに戦ってきて頂戴」

方針は決まっていた。
水瀬親子はハッキング作業中の珊瑚を防衛し、陽平と藤林杏は予定通り『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊しにゆく。
そしてハッキングが終了次第、秋子達も地下要塞内部に突入する。
秋子達はより迅速に増援を行えるよう、陽平達と共に地下要塞入り口まで移動したのだ。

珊瑚は苦しげに目を細めた後、躊躇いがちに呟いた。
「陽平も杏も、絶対に死んだらあかんよ……?」
「へーきよ。殺し合いを企んだ連中相手なら容赦無くやれるし、ボッコボコにしてやるわ。
 あんたこそハッキングが終わったら早く来なさいよ? あんまり遅かったら、美味しいトコは全部あたしが持っていっちゃうからね」
「おいおい、僕だって居るんだぜ? 杏にばっか良い格好はさせてらんないよ」

それはあからさまな強がりに過ぎぬだろう。何しろ杏達は地下要塞に突入する三組の中で、最も戦力的に劣るのだから。
しかし、これこそが藤林杏流の、春原陽平流の、別れの挨拶なのだ。
杏は一度だけ勝気な笑みを浮かべて見せた後、長い髪を靡かせて地下要塞の中へと消えていった。

    *     *     *

528最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:34:37 ID:WIzcRLrM0
地下要塞入り口から程近い民家の一室にて、珊瑚は思う。
自分は成し遂げた。
孤島という名の箱庭で行われた、百二十人のピエロによる殺人遊戯を食い止めたのだ。
今も昔も、自分は機械関連の技術以外、何の取り柄も持ち合わせてはいない。
そんな自分に出来る事は一つ、主催者側のホストコンピュータへのハッキングだ。
そしてその一つを遂行するだけで、今まで参加者達を縛っていた悪魔の枷が取り除かれた。

だが自分は最低限の義務を果たしただけで、誇れる程の事は未だ出来ていない。
目的を完遂するまでに、余りにも多くの犠牲を出してしまった。
自分にとって、別格に大切な者は三人――姫百合瑠璃、河野貴明、イルファだ。
しかしイルファは自分を逃がす為、常識外れの怪物に挑み、散った。
瑠璃もまた自分を庇って、復讐鬼来栖川綾香に殺されてしまった。
貴明も自分が止め切れなかった所為で、命を落とした。

故に、まだまだ足りない。
自分の至らなさが原因で死んでしまった者達の死に報いるには、まだまだ戦い続けねばならぬ。
首輪が無効化された今、殺し合いはもう中断したに違いないが、未だ主催者達は健在だ。
彼らを倒し切ったその瞬間まで、本当の意味での勝利は訪れない。

背後で水瀬親子が見守る中、珊瑚は一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩き始める。
まず最初に考えなければいけないのは、より多くの同志を、極力迅速に動かすという事だった。
未だ連絡を取れていない生き残りは、放送から推測するに六人。
『ロワちゃんねる』はノートパソコンさえあれば見れるが、全員が電話を使用出来る環境にあるかどうかは分からない。
そして作戦が始まってしまった今、電話を探している時間は致命的なロスになりかねない。
そんな時間があれば、一刻も早く地下要塞に突入し、仲間達を助けてあげて欲しい。
だから珊瑚は、柳川祐也達が行っている地下要塞攻略作戦をファイルに纏め、『ロワちゃんねる』に掲載した。
これでもう、『ロワちゃんねる』を見た人間は、時間を無駄にする事無く地下要塞内部へと駆けつけてくれるだろう。

529最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:36:01 ID:WIzcRLrM0
そして次が本命、ハッキングだ。
つい先程までは、敵のホストコンピュータは外部とのネットを全て遮断していた為に、ハッキングは不可能となっていた。
しかし今なら、仲間達が突入を開始した今なら――

「……やったー!」
思惑通りに事が進み、計らずして珊瑚は甲高い声を上げた。
「どうしたの?」
事情を理解しかねた秋子が、眉根を寄せて訊ねてくる。
珊瑚はキーボードを打つ手は止めずに、背中を向けたままで返事を返す。
「要塞が危なくなったら各施設の状況を確認する為に、外部とのネットを復活させるかもと思ってたんやけど……ビンゴやった。
 これなら……もっかいハッキング出来る!」

敵が外部とのネットを繋いだ瞬間を狙って、再びハッキングする――それが珊瑚の作戦だった。
今の所その目論見は上手く進んでおり、針の穴のような隙間を通って、無事ホストコンピュータ内部に侵入する事が出来た。
そして今度は、前回よりも更に大仕事をしなければならない。
これから自分はホストコンピュータそのものを乗っ取り、敵要塞の機能全てを停止させる。
そうすれば残る脅威は、人的な脅威――即ち敵兵士と、篁本人だけになる。

「絶対……絶対まるごと乗っ取ったる!」
「乗っ取って……それからどうするつもりなの?」
「まずは首輪を無効化した事について、島内放送で皆に教えてあげるねん。
 それから皆に呼び掛けて、地下要塞内に突入する。要塞の奥に居る悪い人を、島中の皆でやっつけたるねん!」

そうだ。
ホストコンピュータを乗っ取るという事は、あの放送も自由に流せるという事。
そして上手く行けば『ラストリゾート』すらも、仲間達の守護に使えるようになるかも知れない。
大丈夫――前回で、敵コンピュータの防御パターンは8割方把握している。
既にもう、敵ホストコンピュータの中核近くまで迫っている。
このままハッキングしきってみせる。
そう考え作業のペースをより一層早めようとしたその時、それまで黙りこくっていた名雪が唐突に口を開いた。

530最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:39:39 ID:WIzcRLrM0
「ふ〜ん、そうなんだ……。だけど皆が皆、その考えに賛同するかどうか分からないんじゃない?」
「……そんな事あらへんよ! 首輪が無いのに参加者同士の殺し合いを望んでる人なんて、いる訳無いもん!」

折角盛り上がっている所に、冷や水を掛けるような真似をされ、珊瑚は思わずムッとなった。
参加者同士の情報交換が十分に行われた今なら、殺し合いに乗った人間がいれば即座に分かるだろう。
そして自分の知り得る限り、自ら進んで殺し合いを行う綾香や岸田洋一のような人間は、もう死に絶えた。
つまり生き残った者達は善良な人間ばかりである筈なのに、どうしてそんな事を言う?
珊瑚は、後ろを振り向き――

「そうとも限らないよ? だって――」

直後、珊瑚の右胸部に鋭い痛みが突き刺さった。

「此処に二人、殺し合いを望んでる人間がいるんだから」

肺を損傷した珊瑚は盛大に吐血し、大きく目を剥いた。
凛々しく直立した秋子が、凍り付くような表情で珊瑚を見下ろしてる。
そして中腰で屈みこんでいる名雪が、珊瑚の胸を八徳ナイフで深々と突き刺していた。
名雪が手を離すと、珊瑚の身体は横ざまに地面へと叩きつけられた。

「――うっ、ぐが、アァ……」

思考が追い付かない。何故自分が、仲間である筈の水瀬親子に襲われるのだ。
こちらを睨み付ける名雪の瞳は、何故あんなにも昏く濁っているのだ。
混乱に支配された珊瑚は、やっとの思いで掠れた声を絞り出した。

531最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:41:45 ID:WIzcRLrM0
「名雪……秋子さん……どうして……悪い人の隠れ家も見つけて……後一歩なのに……」
「どうしてもこうしても無いよ。珊瑚ちゃんは甘い、甘過ぎるんだよ。この島では相手を信用した人から死んでいくんだよ。
 騙された人間の末路がどんなものかまだ分かってないんなら、私が――」

名雪は狂気に染まった理論を口にしながら、八徳ナイフを天高く振り上げる。

「――教えてあげるねっ!」
「うぁ――ああああっ!!」

ザクッという、果物を切るような音が珊瑚の耳に届く。
仰向けに倒れる珊瑚の脇腹を、無常にも鋭利な白刃が貫いていた。
名雪の攻撃は、獲物が即死せぬ範囲で最大限の苦痛を与えるものだった。
想像を絶する激痛が脳に伝達され、珊瑚の凄惨な悲鳴が建物内に木霊する。
その様子を眺め見ていた秋子が、懐から34徳ナイフを取り出す。

――横殴りに、閃光めいた疾風が奔った。

「珊瑚ちゃん、後一歩というのは大きな間違いよ。地下要塞内に突入した人達は全員死ぬわ。
 何しろ――これから私達が彼らの後を追って、一組ずつ潰していくのだから」

それは明らかな背信宣言だったが、珊瑚はもう秋子を言い咎める事が出来ない。
秋子の34徳ナイフは、一切の容赦も情緒も無く、珊瑚の喉を切り裂いていたのだ。
目が見えない。
四肢の指先、身体の末端から感覚が消えていく。
「さ、お母さん。次行こうよ」
「はいはい、名雪はせっかちね。でも先に返り血を洗い流さないと駄目よ?」
痛みすら感じなくなり、ただ声だけが聞こえてくる。
それも長くは保たず、やがて聴覚も失われる。
(るりちゃん……貴明……イルファ……ゆめみ……ごめんな。皆に助けてもらった命…………守り切れへんかった……)
その事が悔しくて、残る全ての力で手を握り締める。
そして最後に、意識が途絶えた。

532最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:43:07 ID:WIzcRLrM0


【残り19人】

【時間:3日目10:10】
【場所:G−2地下要塞入り口】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:要塞内部へ移動。可能ならば『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊。杏と生き延びる。】
藤林杏
 【装備品:グロック19(残弾数2/15)、S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:右腕上腕部重傷・左肩軽傷・全身打撲(全て応急処置済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【目的:要塞内部へ移動。可能ならば『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊。陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:杏に同行】

533最悪の追跡者:2007/06/07(木) 21:45:53 ID:WIzcRLrM0
【時間:3日目10:25】
【場所:G−2地下要塞近くの民家】
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾6/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:S&W 500マグナム(5/5 予備弾2発)、ライター、34徳ナイフ】
 【状態:マーダー、腹部重症(傷口は塞がっている・多少回復)、頬に掠り傷、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一を生き返らせる。名雪の安全を最優先。地下要塞内部に移動】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ、S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×9】
 【状態:マーダー、精神異常、極度の人間不信、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一の居る世界を取り戻す。地下要塞内部に移動】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:包丁、デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)】
 【状態:死亡】
【備考】
・珊瑚の死体の近くに、『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図』
が置いてあります。
・『ロワちゃんねる』に、柳川達が行っている地下要塞攻略作戦についての概要が掲載されました

→872

534人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:01:04 ID:Lh4liMJc0
この島に来てから2度目の放送を聞いた国崎往人は頭をぼりぼりと掻きながら隣で蒼白な顔をしている神岸あかりにどう声をかけたらいいものかと思案していた。
先程の放送では往人の知り合いの名前は読み上げられることはなかった。少なくとも現時点では観鈴も晴子も、遠野も佳乃もみちるも生きてはいる。だから一安心、とまではいかないが生きている事の確認は取れた。

しかしあかりの様子を見る限り知り合いの名前が何人かいたようで放送が終わってからも一言も喋っていない。本来ならば何か慰めの言葉をかけてやるなり励ましの言葉をかけてやるなりしてやるべきなのだろうが幼少の頃よりコミュニケーション能力を高める訓練(俗に言う義務教育における学級活動など)を受けていない往人にそんな事を期待するのは酷であろう。

ワタシ、クニサキユキト。ニホンゴ、ムズカシイデース。

往人は在日外国人の気持ちが少しだけ理解できたような気がした。今度はラーメンセットを鼻から飲み込むという荒業も通用しない。いやそれ以前にそんなくだらないギャグをかましている状況ではない。
(くそ、何かこの状況をどうにかできる物は…)
足りない知識を駆使して必死にどうするべきか考えていると、ふと地面に落ちた(というか神岸が放送のショックで落とした)パンが往人の目に留まった。

その時、まるで一休さんのようにアイデアが頭の中で閃く。法術を使って人形劇の代わりをできないだろうか?
別に笑わせられなくてもいい。少しだけ気を引ければいいのだ。注意を他に向けさせることが、今は重要だった。
パンを適当に千切って人の形に整える。地面に落ちるパンくずを見ながらちょっとだけもったいない、とも思ってしまう。
まあ、いっぺん地面に落ちて食うことも出来ないからいいか。
四苦八苦して形を整えたが、それは人形の代わりというにはあまりにも不細工な代物だった。それこそ、晴子が買ってきたナマケモノの人形のほうが遥かにマシだと言えるくらい。
図工の成績は『もうすこしがんばりましょう』か。やれやれだ。

535人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:01:44 ID:Lh4liMJc0
苦笑しつつパン人形を地面に置き、手に力を込める。このくそったれゲームの主催者曰く『能力は制限されている』らしいがクソ食らえだ。法術の力をナメんな。
しかしやはり能力は制限されているようで、中々動く気配を見せない。普段ならもうとっくに動いているはずだというのに…
これ以上続けるとせっかく収まりがついてきた腹がまた催促を始めるのでやめようかとも一瞬思ったがそれは芸人のプライドが許さないしこのデス・ゲームの主催者に思い通りにされているようで腹が立つので続けることにした。クソ食らえ。
その思いが実を結んだのかようやくパン人形がぴくぴくと僅かながらも動きを見せ始める。
ほら見ろ。俺の人形劇はそんなチャチなもので止められはしないのさ。
ニヤリと笑いながら、往人は久しく言葉にしていなかった芸の前口上を告げる。
「さあ、楽しい人形劇の始まりだ。見てみろ、神岸」

名前を呼ばれたあかりが暗い表情を往人に向けて、いや正確には往人の足元へあるパン人形へと目を向けた。不細工なそれが人の形をしていると分からないのか、首をかしげるあかり。
「本当なら相棒の人形を使う予定だったんだが生憎奴は家出しちまっててな…代わりにこいつで我慢してくれ」
集中を切らさぬままあかりに言い、動けとパン人形に命じる。往人の念を受けてパン人形は動き始めたが本物の人形と違い関節などが動くように出来ていないので紙相撲に使う力士のようなギクシャクとした動きしかできなかった。
おまけに制限のお陰で完全に操ることが出来ずそれは人形劇というにはあまりにも稚拙な、そして滑稽過ぎる代物になっていた。
しかし劇の内容は、唯一の客人であるあかりには関係なかった。種も仕掛けも無くひとりでに物体が動いているのである! 文句をつける以前に、その不思議さにあかりは見惚れていた。
「どうだ、凄いだろう?」
こくりとあかりが頷く。だが芸人である往人としてはそれだけでは面白くない。最後に空中でパン人形を回転させて劇を締めようと計画していた。
一層の力を集中させ、空を舞うパン人形の姿を思い描く。イメージの中のパン人形が地面に着地した瞬間に、往人は力をパン人形に注ぎ込む!
ずるっ。
…しかしパン人形は宙に舞うことすらなく無様に地面を滑り、転倒していた。そして、その後いくら念じてもパン人形は二度と動こうとしなかった。
大失敗。なんという最悪のタイミングで力が切れるのか。もしかしてこれも主催者の陰謀じゃなかろうかとさえ往人は思った。

「…ぷっ、あは、あはははっ」
失敗した言い訳を考えようとしたら、突然あかりが笑い出した。何がそんなに可笑しいのか、腹をかかえて笑っている。
さっぱり理由の分からない往人が言葉を探しあぐねていると、まだ笑いが収まらないあかりが途切れ途切れに言った。
「分からないんです、でも、何だかおかしくって…本当に面白かったんです」
未だに要領を得ない往人ではあったがとにかく、経緯はどうあれ上手くいったのだから万々歳である。

536人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:02:11 ID:Lh4liMJc0
「ふ…見たか、俺のこのエンターテイナーっぷりを」
調子にも乗ってみる。これから人形劇の落ちはこれにしようと決めた。さらばウケない自分、こんにちはお金。
往人が一日三食ラーメンセット、という妄想を思い描きはじめたときあかりが「ありがとう」と頭を下げるのを見た。
「…何だか、また元気が出てきたような気がします。まだ少し辛いですけど…大丈夫です」
「そうか…なら良かった」
そう言うと、往人はパン人形を手にとってそれをデイパックに入れた。使い捨てのつもりだったがここまでの大健闘をしたのだ。もうしばらく相棒として活躍してもらおう。
「よし、出発だ。もう大丈夫だな、神岸?」
「はい。行きましょう国崎さ――」
あかりが立ち上がろうとした時、後ろの方の木々が不自然にざわめくのに往人は気づいた。

「待て、神岸。…誰か来るぞ」
「え? 誰かって…ひょっとして、また敵…ですか?」
それは分からん、と往人が言ってツェリスカをポケットから取り出す。いざという時のためにいつでも撃てるよう構える。
ちらりと見えたがどうやら人影が二つ、つまり二人組のようだ。撃たれるのを警戒してか木の間に隠れながら移動しているようだった。
さて、どうするべきかと往人が考えていると隠れているらしい木の向こうから声が聞こえてきた。
「待て! 俺達は敵じゃない。そっちには今気づいたんだ、出てくるから取り敢えず構えている銃を下ろして欲しい」
男の声だった。相手からわざわざ出てくるというのか? 往人は半分警戒しながらあかりにどうするか尋ねる。
「向こうから出てくるのなら大丈夫だとは思いますけど…でも、いつでも逃げられる準備は」
「ああ、しておいた方がいいな。取り敢えず神岸は俺の後ろにいろ」
はい、と言ってあかりが引き下がる。それを確認してから往人は腰の位置までツェリスカを下ろす。
「下ろしたぞ」

往人が言ったのを確認すると、木の影から二人組の男女が姿を現した。先程声をかけたと思われる男が左腕を押さえながら前に出てくる。どうやら負傷しているようだ。
「取り敢えず、銃を下ろしてくれた事には感謝する。怪我していたせいでそちらに気づかなくてな」
「すみません、警戒させてしまったみたいで…」
一緒に出てきた女が頭を下げる。二人ともどんなところを来たのか服が汚れ、ところどころ破れてさえいる。
「こんな状況なら隠れながら行動するのは当然だろう。のこのこ出て行って撃たれたら洒落にならないからな…まぁ、まずはその腕の治療をしたらどうだ」
「そうだな…そうしよう」
男が上着を脱いで女にデイパックから水を出すよう指示する。女もテキパキと水を取り出して男に渡す。

537人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:02:35 ID:Lh4liMJc0
水を受け取りながら、男が口を開いた。
「そうだ、名を名乗っていなかったな。俺は芳野祐介だ。電気工をしている。それでこっちが」
「長森瑞佳です。友達を探してて…その途中で芳野さんに出会って今まで一緒に」
芳野と名乗った男がペットボトルの蓋を開けて血が出ている傷口に水をかける。沁みるのか痛そうな表情をしていたが黙々と治療を続けている。
「国崎往人だ。自慢できることじゃないが旅芸人をしている」
「私は神岸あかりです。私も人を探しているんですけど…途中で襲われて、それから国崎さんに助けてもらいました」
芳野が服の一部を破り、水を垂らしてから患部へと巻きつける。血は止まっていないのですぐに赤い染みが広がっていくが、大した傷ではなさそうだった。
「国崎に、そっちが神岸だな。自己紹介が済んだところで、まずは情報交換をしないか? 何でもいい、今までに出会った人間とかそういうことを教えてくれないか」
腕を曲げたり伸ばしたりしながら芳野が尋ねる。腕を動かした時にどれくらい痛みがあるのかを確かめているようだった。
「そうだな…」

まず往人が島に来てからの経緯を話し始める。その際、目つきの悪さから殺人鬼と勘違いされた事だの観月マナに逆さ吊りにされた事などは割愛した。
「で、一番気をつけておいた方がいいのは『少年』と名乗る奴だ。まぁチビでガキっぽい人相なんだが…情け容赦なく人を殺すぞ。おまけに身体能力も高いときてる」
「厄介だな…」
「もし出会ってしまったら逃げた方がよさそうですね…」
言いながら、瑞佳は名簿を取り出して『少年』の名前の近くに箇条書きをつけていく。中々マメな性格だなと往人は思った。
「それで、神岸さんの方は?」
「私は…あまり国崎さんと会うまでのことはよく覚えていないんです。多分、逃げたりするのに無我夢中で…あ、でも最初に会った人の事は覚えてます。美坂香里さんって人なんですけど…知っていますか?」
いいや、と二人ともが首を振る。あかりにとって、香里は自分のミスで死なせてしまったようなものだったので、もし知り合いなら謝っておきたかった。
けれども、二人とも違ったようなので今は香里のことは置いておく事にする。
「…で、それから探している人がいるんですけど…」
あかりは名簿を取り出して鉛筆で探している人の名前を囲っていく。
瑞佳が名簿を覗き込む、が首を横に振るだけだった。芳野の方は探している人がいないのかまた腕を動かしたりしている。
瑞佳の反応を見たあかりがそうですか…と落胆した表情になる。彼女にしてみれば貴重な情報交換ができたのに誰一人として引っ掛からなかったのだから当然であろう。
「ごめんなさい、役に立てなくて」
頭を下げる瑞佳に、いいんですとあかりが言う。
「どちらにしても探すことには変わりないから、ただどんな行動を取っているのかなって事を知りたかっただけなんです。それよりも、長森さんの方は?」
「あ、それはわたしに聞くよりも芳野さんに聞いた方が早いと思います。実質わたしが出会った人には芳野さんも一緒にいましたから」
話が芳野に振られる。頬を掻きながら「話はあまり上手くないんだがな…」と言ってからこれまでの経緯を話し始める。

538人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:03:02 ID:Lh4liMJc0
「まず俺が最初に会った大男がいきなりこの殺し合いに乗った奴でな、俺が見つけた時にはそいつが女を襲っていたんだ。もう倒してしまったけどな…で、その大男が襲っていた奴が神尾観鈴って女だったんだが」
「観鈴と会ったのか!?」
それまで黙って話を聞いていた往人がいきなり身を乗り出すようにして聞いてきたので芳野は少し面喰ってしまう。
「あ、ああ。最もすぐ別れてしまったから今どうしてるかは分らないが…何しろ、一日目の昼くらいのことだったからな」
「…そうか。それで、その時観鈴は大丈夫そうだったか」
「まぁ見た目は大丈夫そうだったから心配ないだろう。連れもいたしな。確かそいつの名前が…相沢祐一、だったかな」
相沢祐一という名前には聞き覚えがない。恐らくこの島で初めて会った人物なのだろう。念のため、往人は芳野に確認する。
「その相沢って奴は大丈夫そうなのか?」
「ああ、多分な。さっきの話に戻るとあの大男を倒す時に援護してくれたのがそいつだった。それに嘘をつくような奴にも見えなかった」
「ならいいんだが…とにかく一人じゃなさそうだな、観鈴は…ああ、済まない、続けてくれ」
納得したようで、往人が話を促す。それを受けて芳野が話の続きを始める。

鹿沼葉子と天沢郁未との戦闘。朝霧麻亜子の奇襲。できるだけ正確に芳野は情報を伝えた。
一通り聞き終えて、往人は芳野達が自分達よりはるかに修羅場を乗り越えている回数が多いことに驚いた。服がああなっているのも頷ける。
「以上だ。気をつけておくのはその三人だな」
名前を知らなかったため芳野達は気づいていないが、先の放送で鹿沼葉子は既に死亡しているので残りは郁未と麻亜子になっている。当然往人達も人相を知らないので気づくはずもなかったが。
「後は折原浩平と七瀬留美、それと里村茜という奴を探しているが…知らないよな」
往人の話を聞いて恐らく出会ってはいないだろうと思う芳野だが、万が一にと思って聞いてみる。
そして予想通りに往人もあかりも首を横に振るのだった。
「…ま、そうだろうな。とりあえず、これで情報交換は一旦終了ってところか?」
「そういう事になるな。ところで、これからあんたらはどうするつもりだ」

539人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:03:27 ID:Lh4liMJc0
往人が聞くと、芳野は瑞佳の方を向いてから「俺は特に探している人もいないからとりあえずは長森の仲間が見つかるまでは一緒に行動しようと思う」と言った。
「そちらは?」と今度は瑞佳が問い返してきたので往人は「その前に一つ頼みを聞いて欲しい」と断わりをいれる。
「神岸なんだが、芳野達の仲間に入れてやってくれないか? 俺はこれからの行動指針上、一人の方が都合がいいんでな」
「えっ!? 国崎さん?」
事実上の離脱発言に驚きを隠せないあかり。瑞佳もどうして一人で行動するのか分らないような顔つきだったが、芳野がただ一人、渋い表情になっていた。

「…一応聞いておく。誰かを殺しに行くんじゃないだろうな」
芳野の指摘にあかりと瑞佳が肩を震わせる。それにも動ぜず往人は表情を変えずに返答する。
「残念だがその通りだ。さっき俺の話で言ったあいつを…『少年』を野放しにしておくわけにはいかない。これ以上被害を出す前に…平たく言ってしまえば観鈴や俺の他の知り合いが傷つけられる前に奴を倒す必要がある」
それを聞いた芳野が「やっぱりな…」とため息をつく。
「無責任に、人殺しはするななんて言わない。俺も一人殺してしまったようなものだからな。だが勝算はあるのか? それに一人でその少年とやらに挑むよりも俺達と組んで戦う方が効率はいいとは思わないのか」
「悪いが、俺は単独行動の方が性に合ってるんでな。正直な話、神岸や長森は足手まといだ。それに芳野達の目的はあのクソガキを倒す事じゃない、仲間を探す事なんだろ? だったら俺に付き合う必要もない」

確かに、往人の言う通りではある。下手にあかりや瑞佳を戦わせるよりも往人一人で作戦を立てて挑んだ方があるいは勝算は高いのかもしれない。
「で、ですけど国崎さん…その、国崎さんにも探してる人がいるんですよね? だったらそちらを優先しても…」
反論を試みるあかりにいや、と往人が答える。
「例え合流できたとしてもその時を狙って奴が攻撃してきたら正味お前たちや俺の知り合いを守ってやれる自信は、とてもじゃないがない。だから先手を打って奴を倒した方が結果的に神岸達のためにもなる」
「ですけど…」
なおも何かを言おうとするあかりに芳野が肩を叩いて「察してやれ」と忠告する。
「神岸さん、国崎さんは国崎さんなりにわたし達の事を思ってくれてるんだよ。だから…ね?」
瑞佳も続いてあかりを諭す。あかりはまだ納得がいってない様子だったが「…分かりました、芳野さん達と行動します」と言ってそれ以上、何も言わなかった。

540人形遣いの奮闘と再出発:2007/06/08(金) 00:03:57 ID:Lh4liMJc0
往人はそれを聞いてから改めて荷物を背負い直す。
「それじゃ、俺はもう行くぞ。じゃあな、神岸」
「国崎さん…気をつけて」
あかりの言葉に「分かってるさ」と応じて往人は歩き出した。その後ろ姿を見届けながら芳野も呟く。
「さぁ、俺達もボヤボヤしている暇はないぞ。まずは近場の村を当たってみよう」
往人とは真反対の方向へと芳野は歩き出した。それを追いかけるようにして瑞佳とあかりが続く。
往人は戦いの道を、芳野達は探す道を、それぞれが歩き始める。
彼らにとって、長い長い一日がまた始まる――

【場所:E-06】
【時間:二日目午前8:30】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬10発、パン人形、拓也の支給品(パンは全てなくなった、水もない)】
【状況:少年の打倒を目指す】
神岸あかり
【所持品:支給品一式(パン半分ほど消費)】
【状況:応急処置あり(背中が少々痛む)、友人を探す】
芳野祐介
【所持品:投げナイフ、サバイバルナイフ】
【状態:左腕に刺し傷(治療済み、僅かに痛み有り)、瑞佳の友人を探す】
長森瑞佳
【所持品:防弾ファミレス制服×3、支給品一式】
【状態:友人を探す】

→B-10

541柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 18:52:59 ID:lFfW/r3w0
柳川祐也一行が地下要塞内に侵入した時、危惧していたような迎撃は無かった。
黄泉に通じるような長い通路を、黙々と進んでゆく。
通路の至る所に電灯が設置されている為、懐中電灯を構える必要は無い。
しかし――自分達を囲む四方の壁から、特殊な力を持たぬ者でも感じ取れる程の邪気が漏れ出ている。
無機質な筈の要塞が、人間を丸呑みする巨大な化け物であるかのような錯覚を覚えさせられる。
誰も、一言も発さない。
此処は紛れも無く死地であり、一秒にも満たぬ油断が死に直結する。
一行の足音と息遣いだけが、静寂を切り裂くべく響いている。
道を進むにつれて濃くなっていく嫌な予感が、自分達の終着点に居座る怪物の存在を報せていた。


「――あれは?」
倉田佐祐理が進行方向を指差す。
これまで一直線だった通路が、前方100メートル程の所で曲がり角となっていたのだ。
柳川は足を止めぬまま、イングラムM10を強く握り直した。
「待ち伏せには格好の地形だな。俺が先陣を切るから、倉田と久寿川は背後の警戒をしてくれ。
 向坂――お前は突撃銃を持っている以上、俺と一緒に最前線で戦わねばならん。出来るな?」
「心配は無用です。こう見えても私、運動神経と度胸には自信がありますから。
 此処で足が竦んでしまうようじゃ、タカ坊に合わせる顔が無いですしね」
「良い心掛けだ。それでは――行くぞ!」

環の返事を確認した直後、柳川は疾風と化した。
こんな分かり易い所で待ち伏せしているなど、鈍愚な弱兵である証拠。
そのような者共相手に、小細工など弄する必要は無い。
柳川は一気に直線を渡り終え、曲がり角へと飛び込んだ。

542柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 18:54:48 ID:lFfW/r3w0
敵の姿を確認する作業など後回しにし、曲がり角の向こう側へとイングラムM10を乱射する。
神速を以って放たれた銃弾は凄まじい勢いで猛り狂い、近くにいた敵兵士を根こそぎ薙ぎ倒していた。
しかしそれで一安心と言う訳にはいかない。
曲がり角の先――比較的幅の広い階段の傍には十数個のコンテナで築かれた、即席のバリケードが展開されていたのだ。
その背後には確かに人の気配が有り、こちらの掃射が止むのを今か今かと待ち侘びていた。

程無くして柳川のイングラムM10が弾切れを訴え、それを察知した敵兵士達がここぞとばかりに姿を表した。
五人の兵士達は例外無く拳銃を携えており、それらの銃口は全て柳川に向けられようとしている。
「――させないっ!」
そこで柳川の真横に環が現れ、その手元から無数の火花が放たれた。
姿を晒し無防備な状態となった兵士達の身体を、M4カービンから放たれる銃弾が蹂躙していく。
鮮血と肉片が弾け飛んで、床に撒き散らされる。

柳川はその間に銃弾の装填作業を終え、地面に倒れ伏す敵兵士の亡骸を拾い上げた。
続いてコンテナに向かって疾走し――高々と宙を舞った。
コンテナの上に着地すると同時に銃口を下へ向け、引き金を引きながら横一直線に振るう。
死体を盾としている為に、敵の応射は全て無力化されていた。
「や、やめ――」
「うわ……うわあああァァッッ!!」
阿鼻叫喚の様相を呈しながら、敵兵士達は為す術もなく蹴散らされてゆく。
柳川が掃射を停止した時にはもう、この場で生きている者は自分達だけとなっていた。
愚鈍な者相手ならばそれなりの力を発揮したであろう兵隊達も、圧倒的な火力差と異常なまでに迅速な攻撃の前では無力だった。


柳川は地面に転がった拳銃を何丁か拾い上げ、それを仲間達に配る。
無傷で十は下らぬ敵兵士達を殲滅し、武器も入手出来たのだから、会心の戦果であると言えるだろう。
柳川一行は全員が全員壮絶な死闘を経験済みである為、殺人への禁忌に気を遣る事も無い。
しかしながら柳川は眉間に皺を寄せ、何かを考え込んでいた。
その様子に気付いた佐祐理が、怪訝な顔で問いの言葉を発する。
「どうしたんですか?」
「……今の敵兵士達は、ラストリゾートとやらで守られている様子は無かった。一体何故だ?」

543柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 18:56:09 ID:lFfW/r3w0
そう。
どれだけ堅固な防御力を誇る強力無比のシステムであろうとも、使わなければ宝の持ち腐れに過ぎないのだ。
人手はそう多くない筈の主催者側が、それなりの数で構成された部隊を守ろうとしないのは明らかに可笑しい。
本気で地下要塞を守ろうとするのならば急造のバリケードなどに頼らず、自慢のラストリゾートを用いる筈だった。
沸き上がる疑問に応える推論を、ささらがいち早く口にする。

「もしかしたらもう、高槻さん達がラストリゾート発生装置を壊してしまったんじゃないですか?
 それでもう、主催者達はラストリゾートを使えなくなってしまったんじゃ……」
「ふむ……確かにそう考えるのが自然だな。コンテナでバリケードを造るなど、ずさんも良い所だ。
 恐らくはラストリゾートに頼り切った結果、他の防衛方法を準備していなかったという事か」
「どうしますか? 此処からならもう『高天原』はそう遠くありません。
 此処で待機して、他の皆が来るのを待つか――それとも、私達だけで突撃を敢行するか」

環の問いを受けた柳川が、鋭い眼つきでイングラムM10を構え直した。
「わざわざ敵に立て直す時間を与えてやるつもりは無い。このまま攻め上がって、一気に勝負をつけるぞ」
一行は例外無く、下へと通じる階段を見下ろした。
あの先――奈落の底を連想させる地下要塞最深部に、全ての元凶が潜んでいる筈。
(舞、祐一さん。佐祐理は戦います……貴女達の分も、主催者に噛み付いてみせます)
佐祐理は親友達の笑顔を一度思い浮かべた後、地獄へ通じる階段へと足を踏み出した。



降り終えた先は広間――1辺40メートルはある巨大な四角形上の空間――となっており、無数のコンテナやドラム缶が乱雑に散在していた。
天井は闇に霞んでおりはっきりとは分からないが、恐らく高さ10メートル程といった所だろうか。
薄暗い広間の向こうには、見るからに堅固そうな扉がある。
要塞詳細図によれば、あの扉の先が『高天原』の筈だ。

柳川は仲間と共に、広間の中を慎重に進んで行く。
(……生命の気配は無い。此処には守兵が配置されていないのか?)
そんな疑問が秒にも満たぬ時間だけ過ぎったが、微かに聞こえた物音によりすぐ消し飛んだ。

544柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 18:57:31 ID:lFfW/r3w0
「不味い――――!」
「えっ!?」

柳川が佐祐理の腰を抱いて飛び跳ねた直後、鼓膜に響く爆音が四回連続で轟き、床を振動させた。
背後にあった決して小さくは無いコンテナが、粉々に砕け散る。
砕かれたコンテナの欠片は辺り一帯に飛散し、パラパラと地面に舞い降りた。
環は銃声がした方へ、即座にM4カービンの掃射を浴びせかける。
その直後、環達は見た――二人の少女が俊敏な動作で、縦横無尽に跳ね回るのを。

「向坂! 久寿川! こっちに下がれっ!!」
環が声のした方に首を向けると、柳川は佐祐理と共にコンテナや廃材が積み重なった山へと身を隠していた。
環とささらがそこに飛び込むのとほぼ同時、連続した銃声が聞こえ、すぐ近くにあったコンテナが弾けた。

一行は山の陰から顔を出し、来襲者の様子を窺う。
「あれは――メイドロボ?」
「ええ……最近市販が開始された、セリオシリーズですね」
環の疑問に、佐祐理が答えを返す。
二人の襲撃者の正体は、巷ではセリオと呼ばれているメイドロボットだった。
一見容姿端麗な少女に見えるが、その右腕には凶悪な威力を誇るフェイファー・ツェリスカ。
反対側の腕には、少年が用いていた強力無比な防具――強化プラスチック製大盾が握り締められていた。
「なんて冷たい目……同じロボットなのに、ゆめみさんとはまるで違う……」
ささらの言葉通り、セリオ達の目は例外無く無機質な光を湛えており、おおよそ人間らしさというものが感じられない。

柳川が、イングラムM10の残弾数を確認しながら言った。
「お喋りしている余裕は無いぞ。アレは篁が用意した『兵器』だ……ただのメイドロボとは、桁が違う」
先程見せたあの俊敏な動き、最強の超大型拳銃を片腕で苦も無く連射する膂力、通常のメイドロボットでは有り得ない。
今自分達を襲撃しているのは、人間の兵士で構成された部隊などよりも、よほどタチの悪い強敵だ。

545柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 18:58:30 ID:lFfW/r3w0
環はいつでも動けるよう中腰になりながら、苦々しげに口を開く。
「……文字通り、殺人マシーンって訳ね。柳川さん、どうしますか?」
「この防壁とて、何時まで保つか分からん。こちらから打って出るしかなかろう」
「そ、それは――」
それは、危険だと。佐祐理が言い終えるのを待たず、柳川と環は疾風と化した。
続いて、大地を揺らす爆音。

「ク――――」
柳川が駆ける。
遅れて怒涛の射撃が降りかかり、柳川の真後ろの地面が弾け飛ぶ。
二体の死神達は、お互いがお互いの隙をカバーするように動いている為、弾込めしている最中を狙うといった戦法は取れぬ。
ならば、避けながら攻撃するしか無い。
柳川は足を止めないまま、セリオ達がいる辺りへ銃弾の嵐を注ぎ込んだ。
セリオ達は示し合わせたかのような動きで同時に飛び跳ね、造作も無く危険から身を躱す。
しかし例え常識外れの運動性能を誇るロボットであろうとも、物理法則にだけは抗えない。

「――そこっ!!」
セリオ達が地面に降り立つ前を狙って、環がM4カービンの引き金を絞る。
宙に浮いたまま、碌な回避動作も取れぬセリオ達だったが、しかし――
「……やっぱりそうなる訳ね」
銃弾は一つの例外も無く、強化プラスチック製大盾により弾き飛ばされていた。

たん、と音を立ててセリオ達が地面に降り立つ。
戦慄に歪んだ顔でその様子を眺めながら、柳川は思う。
このロボット達は、正面勝負ならばあのリサ=ヴィクセン以上の強敵やも知れぬ、と。
何しろ最強の攻撃力を誇るフェイファー・ツェリスカと、アサルトライフルの銃弾さえも防ぎ切る大盾の両方を同時に使いこなしているのだ。
機械故の弱点か、攻撃パターンが単調過ぎる為に何とか凌げてはいるが、それも長くは保たぬだろう。
何しろ自分達は戦い続けてるうちに体力を消耗してゆくが、ロボットは疲労したりしないのだから。
このままでは――やられる。
冷静沈着な柳川ですら、今の状況には焦燥感を覚えずにいられなかった。

546柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 19:00:10 ID:lFfW/r3w0


焦っているのは、未だ瓦礫の山に隠れている佐祐理とささらも同じであった。
寧ろ爆撃の外から戦況を観察出来る分、彼女達はより大きな絶望を感じていたに違いない。

二体のセリオによる攻撃は、際限無く降り注ぐ豪雨だった。
フェイファー・ツェリスカから放たれる弾丸は、さながら爆撃のようだ。
その一発一発が必殺の威力を秘めた攻撃を、セリオ達は矢継ぎ早に連射してゆく。
一体が銃弾を補充している間も、もう一体は決して攻撃を絶やさない為、爆撃が止む事は無い。
それがどれ程危険な猛攻なのか、当然のように理解出来た。

「柳川さんっ……!」
このまま自分だけ安全地帯に身を置いている訳にはいかない。
佐祐理はレミントン(M700)をぎゅっと握り締め、銃弾の嵐に自ら身を投じようとする。
しかしその刹那、後ろ手をささらに掴み取られた。

「待って、倉田さん! 今貴女が行っても死ぬだけよ!」
「…………っ」
それは間違いなくささらの言う通りだった。
『鬼の力』を持つ柳川と並外れた運動神経を持つ環だからこそ、何とか持ち堪えられているのだ。
自分やささら程度では、時間稼ぎにすらなりはしない。
とは言えこのまま手を拱いて見ているだけでは、いずれ柳川達が殺されてしまうだろう。
どうしたものかと考え込んでいると、ささらが顔を寄せて耳打ちしてきた。

「落ち着いて良く見て。あのロボット達の動き、何か特徴があるとは思わない?」
「え?」
「柳川さん達は全く足を止めずに戦ってるわ。だけど、ロボット達は……」

547柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 19:01:59 ID:lFfW/r3w0
佐祐理はセリオに視線を固定させて、その一挙一動を注意深く観察した。
セリオは柳川達を上回る速度で、目まぐるしく動き回っている。
長い髪を引いて走り抜ける美しい姿は、さながら流星のようだ。
あの動きを捉えきれる人間など、地球上には存在しないとさえ思える。
しかし良く見れば、流星が動かぬ人形と化す瞬間が存在していた。



――身体中に毒が回ってゆくように、じわじわと体力が奪われる。

「ハ――――、く――――」
1秒の休息すらも許されぬ回避を強要され、息を切らし始めた柳川。
『鬼の力』を秘めている柳川だったが、だからこそその負担は共闘している環以上だった。
柳川は極力環が攻撃の的にならぬよう、敢えて敵の攻撃を引きつけるように戦っていたのだ。
運動能力に優れる自分が回避を続け、M4カービンを持つ環が攻撃する。
それがこの場で柳川達に許された、唯一の戦術だった。
対するセリオ達は全くの無傷であり、動きが鈍る素振りも見られない。
環が放つ攻撃はただの一度もセリオ達に届かず、全ては空を切るか強化プラスチック製大盾の前に遮られていた。

柳川は上体を屈める事によって、セリオの銃の射線から身を躱す。
「……なめるなぁっ!!」
セリオが攻撃する瞬間に合わせて、カウンター気味にイングラムM10を連射する。
だが案の定、強化プラスチック製大盾という壁に阻まれ、弾かれた弾丸は地面に転がるだけだった。

最早、優劣は明らかとなっていた。
セリオ達は攻撃する瞬間必ず強化プラスチック製大盾を構えている為、正面からの攻撃は無意味だ。
運良く盾に守られていない部分を撃ち抜けたとしても、ロボットである以上大した損傷には至らぬだろう。
しかし盾に守られておらず、生身の人間でもある柳川達は、フェイファー・ツェリスカの弾丸が一発掠ってしまえば確実に致命傷を受ける。
故に、このまま動き続ければ燃え尽きると理解しながらも、柳川達は走り続けるしかない。

548柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 19:03:12 ID:lFfW/r3w0
「あっ……!?」

そして、とうとう『その時』が訪れた。
体力を消耗していたのもあるだろうし、足場にコンテナや廃材の破片が散らばっていたのもあるだろう。
環が大きくバランスを崩し、足を止めてしまったのだ。
その隙を、冷徹な殺人兵器が見逃す道理は存在しない。
二体のセリオは、フェイファー・ツェリスカの銃口を環へと向けた。
最強の大型拳銃による同時攻撃は、完全体の鬼ですらも一撃で殺し切るだろう。
耐え切れる生物など、地球上に存在しない。
「向坂っ!!」
柳川が閃光の如き勢いで駆け寄るが、遅い。

――火薬の爆ぜる音が、二回した。

続いて、ドサリと地面に崩れ落ちる人影。
柳川には、僅か数秒の間で何が起きたのか分からなかった。
前方には身体の何処にも怪我を負っていない環の姿。
そして床には頭部の半分を失ったセリオ達が、倒れ伏せている。
柳川は一体何事かと周囲を確認し――やがて自分達を救ってくれた者の正体に気付いた。

「倉田、久寿川……」
佐祐理とささらが、瓦礫の山から身を乗り出し、レミントン(M700)とドラグノフ――即ち、狙撃銃を構えていたのだ。
二体のセリオは、あれで頭部を撃ち抜かれたのだろう。
いくらロボットと言えども、強力な威力を秘めたライフル弾が直撃してしまえば、ひとたまりもあるまい。
それに強固な強化プラスチック製大盾も、正面以外からの攻撃に対しては意味を為さない。
しかし一つだけ、大きな謎が残る。

549柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 19:04:35 ID:lFfW/r3w0
環はつかつかと佐祐理達に歩み寄り、疑問の表情で言った。
「ありがとう、助かったわ。でも貴女達、あれだけ素早い相手をどうやって捉えたの?」
セリオ達は人間の限界を遥かに凌駕した速度で、引っ切り無しに動き回っていた。
短機関銃や突撃銃による掃射ですら当たらなかったのに、単発式の狙撃銃を命中させるなど神業に等しい。

佐祐理は柔らかい笑みを浮かべて、解答を口にした。
「あのロボット達は、銃を撃つ時だけは絶対に動きが止まるんです。ですから佐祐理達はそこを狙いました」
「成る程ね……」
それはロボット故の弱点か。
セリオ達の射撃は正確ではあったが、決して不安定な体勢では攻撃しないようプログラムされていたのだ。
だからこそ、こと銃に関しては素人に過ぎないささらと佐祐理でも、十分捕捉可能だった。

柳川は軽く佐祐理の頭を撫でた後、大きく息を吐いた。
「ともかく……少しの間休憩するか。最早篁は目と鼻の先だし、決戦には万全な状態で挑むべきだろう

550柳川祐也一行の奮闘:2007/06/08(金) 19:05:31 ID:lFfW/r3w0
【時間:3日目12:10】
【場所:f-5高天原付近】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(21/30)、イングラムの予備マガジン30発×3、コルトバイソン(1/6)、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:フェイファー・ツェリスカ(5/5)+予備弾薬38発、強化プラスチック製大盾】
 【状態:中度の疲労・左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・ある程度回復)・首輪解除済み】
 【目的:休憩後、『高天原』に侵攻。主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(4/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【所持品3:コルト・ディティクティブスペシャル(4/6)】
 【状態1:留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:軽度の疲労・右腕打撲。両肩・両足重傷(大きく動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:休憩後、『高天原』に侵攻。主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー、フェイファー・ツェリスカ(5/5)+予備弾薬43発、強化プラスチック製大盾】
 【所持品②:M4カービン(残弾15、予備マガジン×1)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、脇腹打撲(応急処置済み)、首輪解除済み】
 【状態②:中度の疲労・左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み・多少回復・右腕は大きく動かすと痛みを伴う)】
 【目的:休憩後、『高天原』に侵攻。主催者の打倒】
久寿川ささら
 【持ち物1:ドラグノフ(4/10)、電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯電話(GPS付き)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ニューナンブM60(3/5)、支給品一式】
 【状態:軽度の疲労・右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:休憩後、『高天原』に侵攻。主催者の打倒。麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

→872

551名無しさん:2007/06/08(金) 21:45:15 ID:lFfW/r3w0
まとめ様サイト様
>>549
>「ともかく……少しの間休憩するか。最早篁は目と鼻の先だし、決戦には万全な状態で挑むべきだろう
    ↓
「ともかく……少しの間休憩するか。最早篁は目と鼻の先だし、決戦には万全な状態で挑むべきだろう」
に訂正お願いします

お手数をお掛けして申し訳ございません
感想スレ609様、的確な指摘どうも有難うございました

552嘲笑:2007/06/09(土) 13:16:36 ID:PVOAGd2o0
小休止を終え、『高天原』への扉を開け放った時、柳川祐也達は此処が地獄の底であるという事を実感した。
名目上『高天原』は巨大シェルターであるらしいが、そんな言葉ではこの空間を言い表せまい。
震える程の恐怖を感じながら、向坂環が苦々しげに呟いた。

「――何よコレ。これじゃまるで、小説や漫画に出てくる魔界みたいじゃない……」
「空気が重いですね……まるで別の世界に迷い込んじゃったみたいに……」

倉田佐祐理は全身が鉛で覆われたかのような錯覚に襲われながら、周囲を見渡す。
直径にして優に数キロはある広大な空間は最早地下要塞のそれではなく、殺伐とした暗黒の大地そのものだ。
辺り一帯に充満した圧倒的な死の気配が、手足を痺れさせる悪寒が、何もせずとも精神を削り取ってゆく。
異界の一端には、円状となっている闘技場のような舞台が準備されている。
その中央が突如光り輝き――

「――ようこそ、諸君。私が今回の遊戯を企画した主催者……篁だ」

眩いばかりのスポットライトを浴びながら、篁は己が獲物達を歓迎した。

「――――っ!」
その圧倒的重圧、圧倒的存在感、圧倒的威厳に気圧され、柳川は思わず息を呑んだ。
主催者にして篁財閥総帥の地位を持つ男は、予想を遥かに上回る怪物だったのだ。
篁財閥総帥は齢八十程の筈であるが、今目の前にいる男はどう見ても枯れ果てる寸前の老人では無い。
いや、そもそもこの男には年齢などという概念自体通じまい。
黒衣を纏った身体は、青色の禍々しいオーラに包まれている。
力そのものを噴き出すような、全てを灼き尽くすような、紅く輝く蛇の瞳。
その姿形は、
「そうか……やはり主催者は人間では無かったんだな……」
『鬼の力』を秘めたる柳川にすら、そう言わしめる程であった。
アレは、異形中の異形だ。
距離はまだ十分離れているというのに、同じ空間に居るだけで意識が完全に凍りつく程の。

553嘲笑:2007/06/09(土) 13:17:46 ID:PVOAGd2o0
柳川の狼狽を見て取った篁が、凄惨に口元を歪める。
見ているだけで寒気を催すような、臓腑を抉るような、おぞましい笑みだった。
「フフフ……当然だ。この私を人間のような矮小な存在と一緒にされて貰っては困る」
それに、と続ける。
「柳川祐也よ、人間で無いのはお前も同じだろう? 雌狐をも凌駕した鬼の力、とても人間の範疇に収まり切るものではない」
「…………」

柳川は答えない。
すると代わりと言わんばかりに、環が一歩前に足を踏み出した。
多分に怒気を孕んだ目で睨み付けながら、告げる。
「そんな事どうだって良いわ……聞きたいのは一つだけ。貴方はどうしてこんな殺し合いを開催したの?」
「クックッ、良い質問だ。答えは簡単――人間の『想い』を集める為だ」
「……想い?」
訝しげな表情を浮かべる環に対し、篁は愉しげに言葉を続ける。
「人間自体は取るに足らぬ脆弱な存在に過ぎぬが、『想い』だけは違う。人の『想い』は何よりも強く美しい。
 だからこそ私は今回の遊戯を行い、『想い』を集めたのだよ」

人を惑わす甘美な、しかし粘りつくように重い声で紡がれる言葉。
それは環に、抑えがたい生理的嫌悪感を齎した。
「……詭弁ね。貴方の言ってる事は、何一つ理解出来ないわ」
「分からずとも良い。所詮人間如きに、神の意志が理解出来る筈も無いのだからな」
篁はそう言うと、パチンと指を鳴らした。
途端、闇から湧き出るように三体のセリオ達が現われた。
しかし数十分前に戦った物とは違い、今回のセリオ達は徒手空拳だった。

――わざわざ武装する時間を与える必要も、義理も、何処にも存在しない。
柳川は鋼鉄の少女達に、一切の躊躇無くマシンガンの掃射を浴びせ掛ける。
しかし次の瞬間、俄かには信じ難い光景が繰り広げられた。

554嘲笑:2007/06/09(土) 13:19:06 ID:PVOAGd2o0
「……何だと!?」
銃弾は一つの例外も無くセリオ達を包む青い光に飲み込まれ、消えていたのだ。
ならばと、柳川は素早くフェイファー・ツェリスカを取り出し撃ち放ったが、結果は同じ。
最強の超大型拳銃ですら、セリオ達には掠り傷一つ付けられなかった。

「ククク……理解して貰えたかね? これが『ラストリゾート』だ。我が叡智の前には不粋な銃火器など無意味――頼れるのは己の肉体のみ」
「グッ……!」
――ラストリゾートはまだ破られていなかった。
この土壇場で初めて判明した事実は、柳川達に雪崩の如き焦燥感を齎した。
「そう焦らずとも良い……その人形共はあくまで量産型、外にいた物とは違うし武器も持たせていない。君達の脆弱な肉体でも、十分対抗し得るだろう。
 さあ舞え! 死の舞を我が前で!」
その言葉を待っていたかのように、三匹の猟犬は獲物に飛び掛かる。

「倉田、久寿川、お前達は下がっていろ! 行くぞ、向坂!」
柳川は即座に指示を出した後、環と共に前方へ駆けた。



三体のセリオの内二体は柳川、そして残る一体は環に牙を剥いた。
「くぅ――」
環は素早く横にステップを踏み、セリオの拳を空転させる。
直接触れずとも髪を舞い上げる風圧が、敵の優れた膂力を雄弁に物語っていた。
まともに食らったらどうなるかと考えると、背筋に冷たいものを感じずにはいられないが、技術ではこちらが上だ。
「ハッ!」
がら空きとなったセリオの胴体部に、鋭い回し蹴りを打ち込む。
革靴越しに伝わる、確かな手応え。それは十二分な威力を伴った打撃が、確実に決まった証。
並の相手ならば、この一撃で勝負は決まっていただろう。
しかし敵はロボット、人間相手の道理など通用しない。

555嘲笑:2007/06/09(土) 13:20:26 ID:PVOAGd2o0
「な――!?」
突然視界が反転し、環は驚きの声を上げた。
セリオは環の蹴り足を掴み取り、軽々と投げ飛ばしていたのだ。
まるで野球のボールか何かのように、環の体が宙を舞う。
「こんのっ……!」
環は驚異的な運動神経を駆使して、空中で態勢を整え、どうにか地面に降り立った。
眼前のセリオに対する警戒は解かず、視線だけ柳川の方に移す。
柳川は鬼神の如き戦い振りで二体のセリオと互角以上の戦いを繰り広げていたが、仕留めるまでにはまだ時間が掛かりそうだった。
少なくとも今目の前に居るセリオは、自力で倒さなければならないだろう。

「負けられないっ……」
環は迫るセリオの拳を掻い潜って、懷深くまで潜り込む。
掴み掛かってくるセリオの手を逆に掴み取り、一本背負いの形で投げ飛ばした。
セリオが大地に叩き付けられるのを待たず、その後を追う。
「負けてられないのよっ……!」
そうだ――今が正しく正念場、憎むべき黒幕はすぐ傍にいるのだ。
こんなロボット一体如きに、苦戦している場合では無い。

環は仰向けに倒れたセリオの上に、所謂馬乗りの形で飛び乗った。
髪の毛を思い切り引っ張られたが、こんなもの死んでいった仲間達が味わった痛みに比べれば些事に過ぎぬ。
環は一瞬の判断で手をチョキの形にし、それを凄まじい勢いでセリオの両目へと突き刺した。
内蔵されたカメラのレンズを破壊され、セリオは視覚機能を完全に失った。
標的の正確な認識が困難となり、セリオはじゃじゃ馬の如く無闇矢鱈に暴れまわったが、渾身の力で押さえつけられている所為で体勢は変わらない。
続けて環はセリオの頭部を片腕で握り締め、全握力を以ってしっかりと固定した。

556嘲笑:2007/06/09(土) 13:21:37 ID:PVOAGd2o0
「負けてらんないのよ、アンタなんかにぃぃぃぃ!!」
何度も、何度も。
セリオの頭部を、渾身の力で地面に叩き付ける。
一発一発に、死んでいった仲間達の無念を、救えなかった自分への怒りを籠めて。
叩き付ける度にセリオの身体が跳ね、頭部には罅が走り、抵抗の力が弱まっていく。
数え切れない程同じ動作を繰り返した末、鋼鉄の少女はピクリとも動かなくなった。
環はすいと立ち上がると、倒れ伏せたセリオにはもう一瞥もせずに、視線を動かした。

視界に入った男がどこまでも愉しげに、口元を吊り上げる。
「ククク……中々に愉快な見世物だったぞ。向坂君――君は人間の身でありながら、実に私を楽しませてくれる。
 血を分けた弟との戦い、仲間を守れず嗚咽する姿、素晴らしい。さあ、遠慮はいらん。
 褒美として私に挑む権利を与えよう」
男は環のこれまでの戦いも、悲しみも、決意も、全てを嘲笑っていた。

瞬間、環の中で何かが音を立てて切れた。
全ての元凶――篁を睨み付け、絶叫する。
「たかむらあああっ!!」
怒りがエネルギーとなって、全身を満たしてゆく。
少女は裂帛の気合を携えて、何ら躊躇う事無く黒い邪神に向かって走り出した。

あの男さえいなければ、こんな哀しい戦いは起こらなかった。
貴明も雄二もこのみも、この島で出会った仲間達も、皆死なずに済んだ。
誰も悲しまないで良かったし、誰も憎しみを抱かないで良かったし、きっと幸せなまま暮らせた筈だ。
それが、あの狂人一人の所為で――!

    *     *     *

557嘲笑:2007/06/09(土) 13:22:38 ID:PVOAGd2o0
辺りに響く、派手な打撃音。
腹部を強打されたセリオは、その場に踏み止まる事が出来ず後退してゆく。
その足元には、既に首を叩き折られた別のセリオが転がっている。

「―――ーフッ!!」
柳川は姿勢を低くして、残る最後のセリオに追い縋る。
篁の言葉通り、このセリオは先の殺人兵器達などとは違う。
特筆すべき運動能力も戦闘技術も持たぬ、少々腕力があるだけのメイドロボットに過ぎない。
痛覚が存在しないロボットによる二人掛けを破るのには時間を食ったが、これで最後だ。
「……遅い!」
苦し紛れに繰り出されたセリオの中段蹴りを、片腕だけで易々と掴み取った。
そのままセリオの身体を宙に持ち上げ、ハンマー投げの要領で振り回す。
一回点、二回転、三回転、四回転と勢いを付け――最後に向きを変え、地面という名の凶器目掛けて振り下ろした。
大きく火花を撒き散らし、セリオの身体が床の上をごろごろと転がってゆく。
勢いが止まった時にはもう、セリオは活動を停止していた。

一仕事終えた柳川が、息を整えながら周囲を確認しようとしたその時。

「――たかむらあああっ!!」

聞こえてきた怒号に、柳川は首を向ける。
視界に入った光景を正しく認識した瞬間、誰の目から見ても明白な動揺の表情を浮かべてしまう。
環が、たった一人で篁に殴り掛かろうとしていたのだ。
確かに今まで環は良く戦い、期待以上の成果をあげくれたが――あの男相手だけは不味い。

「向坂さん、待って!」
ささらの放った静止の声が大きく木霊したが、環は止まらない。
柳川の頭に浮かぶのは、数瞬後に生み出されてしまうであろう最悪の光景。
あんな怪物に何の異能も持たぬ者が勝負を挑めば、秒を待たずして殺されてしまう。

558嘲笑:2007/06/09(土) 13:24:19 ID:PVOAGd2o0
「何っ……!?」
だが事態は柳川の予想とまるで逆の方向に、推移していた。
恐らくはささらも佐祐理も、驚愕に目を見開いていたに違いない。
――環の指が、篁のこめかみにしっかりと食い込んでいた。
篁は迫り来る環に対して、何の迎撃も回避動作も行おうとはしなかったのだ。
そしてそのまま、篁の身体が天高く持ち上げられる。


「皆の仇! 倒れなさい、篁ぁっ!」
環は呼吸する力すら腕に集結させ、五指という名の万力を思い切り締め上げる。
人一人を持ち上げる程の握力で掴み上げられているのだから、篁の頭部にも首にも、相当の負担が掛かっている筈。
この状態が続けば、いくら人外の者とも言えども倒せるのでは――
そんな淡い期待が、環の脳裏を過ぎった。

「フフフ……ハハハハ」
「っ―――ー!?」
だというのに、耳障りな嘲笑は消えなかった。
篁はまるで何事も無かったかのように、余裕綽々の表情で哂い続けている。

「ウワアッハッハッハッハッハッハッハッハ! そうれい!」
「…………ガッ!?」
篁の右手がゆっくりと伸び、環の首を握り締める。
それでも体勢的には環の方が圧倒的有利であり、吊り上げられている側の者は勝利し得ない。
どれだけ並外れた剛力を誇る人間であろうとも、足場が無い状態では碌に力を発揮出来ないのだ。
それは重力に縛られた地球上で生きる限り、逃れ得ない理。

559嘲笑:2007/06/09(土) 13:25:47 ID:PVOAGd2o0
しかし――この世の理に捉われぬ高次の存在こそが、『理外の民』篁。
柳川が駆け寄る暇すら無かった。

ぐしゃり、と。
何かが砕ける音。
真っ赤な鮮血が、床に池を作り上げ――環だったモノの頭部が、胴体が、別々に落ちた。

「向坂さああああああんっ!!」
「いやあああああっっ!!」
ささらと佐祐理の絶叫は、広大な空間に虚しく吸い込まれてゆくだけだった。
どれだけ叫ぼうとも、首から上を失った環の身体が動く事はもう二度と有り得ないのだ。

「ハーハッハッハッハッ! 脆い、脆過ぎる! さあ愚かな人間共よ、己の無力さを嘆き、神の前にひれ伏すがよいわ!」
篁の嘲笑は、止まらない。


【残り18人】

560嘲笑:2007/06/09(土) 13:27:11 ID:PVOAGd2o0



【時間:3日目12:40】
【場所:f-5高天原】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(12/30)、イングラムの予備マガジン30発×3、コルトバイソン(1/6)、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:フェイファー・ツェリスカ(4/5)+予備弾薬38発、強化プラスチック製大盾】
 【状態:驚愕・動揺。軽度の疲労。左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・ある程度回復)・首輪解除済み】
 【目的:篁の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(4/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【所持品3:コルト・ディティクティブスペシャル(4/6)】
 【状態1:絶叫、留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(大きく動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:篁の打倒】
久寿川ささら
 【持ち物1:ドラグノフ(4/10)、電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、充電済み)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯電話(GPS付き)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ニューナンブM60(3/5)、支給品一式】
 【状態:絶叫、右肩負傷(応急処置及び治療済み・若干回復)、首輪解除済み】
 【目的:篁の打倒。麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

 【所持品:青い宝石(光86個)、他不明】
 【状態:健康、ラストリゾート発動中】
向坂環
 【所持品①:ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー、フェイファー・ツェリスカ(5/5)+予備弾薬43発、強化プラスチック製大盾】
 【所持品②:M4カービン(残弾15、予備マガジン×1)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態:死亡】

→876

561雪のように白く:2007/06/09(土) 22:50:14 ID:qi7/mXBI0
里村茜の唐突な行為に、周りの者は皆顔を強張らせなす術もなかった。
ニューナンブM60を突きつけながらも、鹿沼葉子は内心叱咤して気を落ち着けようと試みる。
不可視の力は微塵も使えず絶体絶命の危機。
だが威厳を保ち威圧するように睨みつける。
(ここは少しでも時間を稼いで来訪者の到着を待つしかない。隙は必ず生まれる)
そして今、願望通りに坂上智代に決断を促す時間を与えている。
気配から智代が茜につくのは間違いない。
苦渋に顔を歪める智代を見ながら、葉子は刻(とき)を計る。

「茜の言う通り私は──」
──今だ!
葉子は呼吸を整え智代が口を開くのを待っていた。
「沈着冷静な茜さんが身勝手な人とは思いもよりませんでした。内紛の種ですって? 私が『その気』ならあなた方がお休みの時にとっくに殺してます」
「私は一睡もしてません。いつ寝首を掻かれるやもしれぬのに眠れるわけがありません」
「被害妄想というか、目が曇ってるのはあなたです。智代さんは信義に厚く聡明な方と見ております。愚かな誘いに乗ってはなりません」
「申し訳ないが茜の言う通りだ。殺人ゲームを止められないときは非情な手段を取る約束をしている」
かつて天沢郁未と交わしたことを目の前の少女達も考えていたとは──
「そうですか。よろしい、私の命を差し上げましょう。私を亡き者にした後、あなた方は『友情』を捨てて醜い争いをするのですね? 
では詩子さんにはその覚悟がありますか? 『希望』を持ってやってくる二人の人間をも手にかけることができますか?」

友情と希望という言葉に力が込められていた。
「どういうことななの? 茜、智代……二人揃ってそんな恐ろしいことを計画してたんだ」
柚木詩子は二人の密約を初めて知り驚きおののく。
「他の五人が何か良い手掛かりを持ってるかもしれないのに、どうして『希望』を捨てるのですかっ!」
憤然とした一喝が揺れる智代の悪心を打ちのめした。
智代は項垂れ、詩子は茜を睨んでいる。
問題のすり替えにまんまと成功し、葉子包囲網は未然に消滅した。

562雪のように白く:2007/06/09(土) 22:52:28 ID:qi7/mXBI0
茜は苛立ちを募らせながらうろたえた。
幼馴染みである詩子には最悪の場合のこと──転向して最後の一人を目指すことを話してはいなかった。
頬を汗が伝い、顎から滴りとなって落ちて行く。
「……詩子。これも……運命なのです。だから……私に協力してください」
「あたしや長森さんを殺してまで生き延びようとするの? そんなぁ! あたしの知ってる茜は裏切ったりしないよぉ!」



長森瑞佳はドアを叩こうとして固まった。
中で何事か口論しているらしく、代わりに月島拓也が名乗りを上げる。
「坂上さん聞こえるか? 月島拓也だ。瑞佳もいっしょだっ」
──徒に時間を潰してしまった!
今葉子を撃ち殺すのは容易いが瑞佳と拓也が逃げてしまう。
迷いが迷いを誘い、冷静な判断をできなくしてしまった。
「詩子さん、お二人を入れなさい!」
──詩子といえども容赦しない。
「駄目です! 詩ぃ子っ!」
くるりと百八十度向きを変えると出入口へと走る背中へニューナンブM60を構え、引き金に手をかける。
詩子はドアのノブに手をかけ振り返った。その直後──
「あっ!」という智代の悲痛な叫びと、大きく目を見開く茜。
ニューナンブM60が手から放れ床に落ちた。

首の後ろから伝わる痺れるような痛み。
迂闊にも葉子に背を向けてしまったと気づいた時は遅かった。
体中の力という力が抜けていく。
視界ははっきりしているが、思考が億劫になってくる。
死ぬ直前とはこのようなものなのか。

563雪のように白く:2007/06/09(土) 22:54:34 ID:qi7/mXBI0
宙を掴むような姿で茜は前のめりに倒れた。
首の後ろには鏡面のごとく銀色に輝くメスが刺さっていた。
「茜ぇっ!」
抱き起こされ茜は目を開けた。
「本気で撃とうとしました。ごめんなさい。愚かな……私を……」
「嫌だ、死んじゃ嫌だっ。しっかりしてぇっ!」
詩子は抱き締めながら泣きすがる。
(浩平……これでよかったのでしょうか)
放送で呼ばれた折原浩平のことを想いながら茜は静かに目を閉じた。

葉子は肩で息をしていた。
勤めて平静を装っていたがいつしか興奮していた。
──ひとまず危機は去った。
喉の渇きを覚えながら次に取る行動を考える。
と、刺すような視線をを感じ、その方に顔を向けると智代が肩を震わせながら睨んでいた。
「智代さんも見たはずです。これは正当防衛です」
「クッ……」
「詩子さん。拓也さんと瑞佳さんをお迎えするのです」
外からは拓也がドアを叩き続けている。


「これはいったい……」
異様な光景を目の当たりにし、拓也と瑞佳は絶句した。
奥の方で茜が倒れている。凶器が刺さっている具合からして絶命しているのが見てとれた。
追い討ちをかけるように詩子が意外なことを訊ねた。
「あなた、誰?」
「誰って……わたし、長森瑞佳、だよ」
瑞佳が困惑するのも無理はなかった。
死線を彷徨うほどにストレスに晒され、頬肉がこけ落ち別人のように変わり果てていたからである。

564雪のように白く:2007/06/09(土) 22:56:31 ID:qi7/mXBI0
詩子は後ずさるとニューナンブM60を拾い狙いを定める。
「声質は長森さんのようだけど長森さんじゃない。あなた誰なのよ」
「えっ……わからないの? お兄ちゃん、私、どこか変?」
「ああ、山で拾った時より痩せてるからな。鏡見たらびっくりするだろう」
相手は興奮しておりいつ撃たれてもおかしくはない。ここは何としても詩子の誤解を解かねばならなかった。
「お願いだから撃たないで。どうしたら信用してくれるかな?」
「……そうねえ。持ち物捨てて手を頭の後ろに組んでこっち来てくれる?」
瑞佳は弓矢とデイパックを拓也に預けると指示に従い歩を進めた。8
周囲の者は固唾を飲み見守っていたが、失笑の溜息が漏れた。
何をするのかと思いきや、詩子は銃口を突きつけたまま瑞佳の顔をまじまじと見、鼻先を胸の谷間に擦り付けたのである。
「わっ、ちょっと詩子さん、臭い嗅いじゃヤだよ〜」
「この匂い……長森さんだ。うぅっ、長森さ〜ん、茜が、茜がぁ……」
泣きじゃくる詩子を抱き締めながら瑞佳は安堵の溜息をついた。

頃合を見計らって拓也は茜のもとに歩み寄り、メスを引き抜いた。
「何があったのか、事情を説明してもらおうか」
「放送を聴いた後茜さんが乱心致しました。説得に応じず私や詩子さんを殺そうとしたので成敗しました」
葉子は凛とした声で事も無げに言い放つ。

──どこかで聞いたことのある声。
瑞佳は正面奥に立つ女を見据えた。
記憶の糸を辿り、行き着いた先に二人組の殺人鬼の残照があった。
「この人鹿沼葉子だよ! 氷川村で天沢郁未といっしょにわたしを殺そうとした人だよっ!」
「なんだってぇー?!」
四人の刺すような眼差しがいっせいに向けられた。

──あの時の女の子が生きていた!
郁未が殺そうとしたまさにその時、芳野祐介に助けられた少女が瑞佳だったとは。
生き証人である以上、もはや言い逃れは不可能である。
葉子は声にならない声を上げ尻餅をついた。

565雪のように白く:2007/06/09(土) 22:58:32 ID:qi7/mXBI0
「月島瑠璃子を殺したのはあなたか?」
拓也はメスを手に詰め寄る。
「私は誰も殺してませんし、そのような人は知りません! 他の人を襲いましたが殺したのは郁未さんです!」
悠然とした態度から一転し今にも泣きそうな声が響いた。
「誰を殺したんだ?」
それまで沈黙していた智代が問い質した。顔つきが困惑から怒りへと変わっていた。
「……古川早苗という若い婦人です。私はご主人に撃たれ脱落しました」
(確か古河──渚のお袋さんだったか)
智代は目を閉じ古河親子の冥福を祈った。

「この極悪人め。殺された人の下へ行って詫びるがいい!」
「待って下さい、拓也さん。仰る通り私は悪の道を走っておりましたが、間違いに気づき目覚めたのです」
「この期に及んで言い逃れが通用すると思ってるのか?」
「診療所には様々な思惑の人が集まって戦い、成り行きから私は脱出を目指す人の側につきました。
何度も危険な目に遭い、私はそれまでの考え方が間違っていることに気づいたのです。どうか殺さないでください」
喋るうちに葉子どこまでが真実でどこまでが嘘なのかわからなくなっていた。
床に額を擦り付け助命を懇願する葉子を前に、一同は困惑するばかりであった。

──生かすべきか殺すべきか。
瑞佳は葉子の処遇を決めるべく智代と詩子の顔を窺う。その最中葉子が意外なことを口にした。
「智代さん、殺し合いに乗ろうとしたあなたが私を責めることができますか?」
今度は皆の視線が一斉に智代に向けられる。
話からして智代と茜がかつての葉子・郁未コンビと同じことをしようとしたらしい。
今葉子を処刑するのは容易いが、不穏な空気の中、不測の事態が発生する虞があった。
ここは一刻も早く放送の不可解さを説明し、二人の動揺を鎮めなければならない。
茜が欠け、残る二人の友情が脆く、否壊れかけている。
「鹿沼さんの処遇については保留にしていいかな。坂上さんと柚木さんに聞いて欲しいことがあるんだよ」
「後は任せる。私は考え事があるので独りにさせてもらいたい」
手斧を掴むと智代は寝室に引き籠ってしまった。

566雪のように白く:2007/06/09(土) 23:00:35 ID:qi7/mXBI0
瑞佳は拓也と共に葉子を後ろ手に縛り上げ倉庫に監禁した。
足は縛らないが腰紐をパイプに括り付け、殆ど動けないようにしておく。
拓也に詩子の慰撫を依頼すると、瑞佳はすぐさま智代の下へと向かった。
「入っていいかな。相談したいことがあるんだ」
「独りにさせてくれと言ったはずだ。今は誰とも会いたくない」
「時間がないんだよ。ごめん、開けるよ」
一呼吸起き、智代にせめてもの対応できる時間を与えてからドアを開ける。
智代はベッドの上で膝を抱えたまま外を見ている。
頭を掻き毟ったらしく長い髪が乱れ、床にはヘアバンドが転がっていた。
「さっきの放送のことで話したいとがあるんだよ」
膝をつくと智代とほぼ同じ目線で話しかけ、拓也に話したことと同じ疑問を伝えた。

「な、なんだと?」
「だから、どうかまだ諦めないで。三人の他に生存者がいる可能性があるんだよ」
「その三人以外と誰か会えれば放送に偽りがあったことになるな」
言われてみればその通りで、今回は死者の数が多過ぎる。
智代は心の靄が晴れるような気分になり瑞佳を見つめた。
目の澄んだ人だ。健気で屈託のない性格はどこか渚に似ている。
正常な容姿なら自分も憧れるようなかわいい女の子だろう。
電話で聞いた限りでは何度も死にかけたとのこと。見た目にも非力な彼女がどうしてこんなにも逞しいのか。
(──男だ。残り三人のうちに彼氏が……でもなかった。折原浩平の名前があったか)

茜との出会いから最期を話すと瑞佳は一瞬驚き、考え込んでしまった。
「もしかしたら他のグループでも同じようなことが起きたのかもしれないね。それでも四十四人が九人なんて絶対おかしいよ」
「首輪を外したなんてことは……無理か」
「わからないけど、このままウサギの言いなりになるなんて悔しいよ。お願いだからわたし達に協力して」
「わかった。長森の言うとおりにしよう」
「ありがと。じゃあ気分を切り替えて付け直そうよ」
差し出されたのは投げ捨てたヘアバンドだった。
「お前変な奴、否いい奴だな。気に入った」

567雪のように白く:2007/06/09(土) 23:02:42 ID:qi7/mXBI0
「お疲れさん。坂上さんの協力を得られたようだな」
「お兄ちゃんの方は?」
「なんとかなーってとこだけど、柚木さんが離れてくれないんだ」
詩子は拓也の胸に顔を埋めていた。
「いつまでも悲しんでいる場合じゃないぞ。頭を切り替えろっ」
「じゃあ頭を切り替えて内紛の種を消去しなきゃね」
振り向きざまニューナンブM60が向けられる。
「待ってくれ! 茜と交わしたことはあくまでも方便なのだ」
「往生際が悪いよ。もう誰も信用しないから。こうなった以上、あたしも優勝を狙うことにするよ」
詩子の眼差しは未だかつて見たことがないほど冷たいものだった。
一存で決すべく拓也は瑞佳の表情を窺う。
詩子を半抱きした状態だから押さえ込めることは十分可能だ。しかし──
(クソッ、駄目かよ)
アイコンタクトで返ってきたのは「否」だった。

「待って。柚木さんの気持ち、わたしにもわかるよ。お兄ちゃんから聞いた通り、まだ生存者がいるかもしれないんだよ」
「もうどうでもいいような気がするんだ。茜に裏切られたショックが大きいんでね」
「せめて生存が確実な三人に会うまでは投げないでちょうだい。この通りだよ」
そう言って瑞佳はひれ伏し、切に願いを乞うた。
「そうだ、今時単独で行動している奴はいないと思う。三人はいっしょに違いない。僕からもお願いだ、柚木さん」
二人の哀願に若干送れて智代は膝をついた。
「私が悪かった。どうかもう一度協力してほしい」
自分の時と同じく瑞佳は全身全霊でもって行動していることが智代の心を動かした。
床に手をつき頭を下げるより他はなかった。
暫し沈黙が流れ、それは一時間以上も長いものに感ぜられた。
「あたしって悪人になれないのかなあ。皆ににそこまでされちゃ考え直すとするか」
付き合いは短いが、瑞佳の人柄を詩子は大層気に入っていた。
油断すれば殺されるという非情な環境の中でも、瑞佳の魅力は大いなるものがあった。

568雪のように白く:2007/06/09(土) 23:04:31 ID:qi7/mXBI0
一同は茜の死から立ち直り、結束を固めた頃にはかなり時間が経っていた。
「まずは鎌石村役場で情報収集し、平地の街道を通って平瀬村へ行こう。他に意見は?」
「それでいい。葉子さんの扱いは如何に?」
珍しく全員の意見が一致──助命しないということだった。
かといって、改心したと泣き喚く丸腰の者を処刑するのは誰もが嫌がった。
拓也は前科があり、智代も口先だけとはいえ優勝を目指そうとしたし、詩子は葉子に命を助けられた。
瑞佳は生来の優しさが災いし、拓也の例もあって葉子のいうことは本当かもしれないと迷うところである。
皆それぞれ思う所があり、話し合いの末当分の間生かしておくという取り決めになった。
その裏には二日後の放送で死者がいない場合、誰かの首輪が爆発するのを防ぐための生贄の役目もあった。

外に出るとみずみずしい蒼い空が広がっていた。
天候の良さに、皆は藁をも掴む思いでより良い結果が訪れる淡い期待を抱く。
他の生存者が主催者との対決に臨む中、事態の推移を知らない拓也一行の放浪の旅が始まろうとしていた。


【残り17人】

【時間:三日目08:30】
【場所:C-05鎌石村消防署】
月島拓也
 【装備品:メス】
 【持ち物:消防斧、リヤカー、支給品一式】
 【状態:リヤカーを牽引。両手に貫通創(処置済み)、背中に軽い痛み、水瀬母子を憎悪する】
 【目的:同志を集める。まずは鎌石村役場へ。放送の真相を確かめる】
長森瑞佳
 【装備品:半弓(矢1本)】
 【持ち物:消火器、支給品一式】
 【状態1:リボンを解いて髪はストレートになっている、リボンはポケットの中】
 【状態2:出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み、快方に向かっている)】
 【目的:同志を集める。まずは鎌石村役場へ。放送の真相を確かめる】

569雪のように白く:2007/06/09(土) 23:05:45 ID:qi7/mXBI0
坂上智代
 【装備品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、手斧】
 【持ち物1:38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
 【持ち物2:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式】
 【状態:健康】
 【目的:同志を集める。まずは鎌石村役場へ。放送の真相を確かめる】
柚木詩子
 【装備品:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈】
 【持ち物:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式】
 【状態:健康、智代に複雑な思いを抱いている】
 【目的:同志を集める。まずは鎌石村役場へ。放送の真相を確かめる】
鹿沼葉子
 【持ち物:支給品一式】
 【状態1:両手を後ろ手に拘束、リヤカーに乗っている】
 【状態2:肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、全力で動くと痛みを伴う)】
 【目的:何としてでも生き延びる】
里村茜
【持ち物:包丁、フォーク、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料は2日と1食分)、救急箱】
【状態:死亡】

【備考1:消防斧、消火器はリヤカーに積載】
【備考2:全員に一日分の握り飯を配布】
【備考3:拓也を先頭にリヤカーの左側を瑞佳、右側を智代、後方を詩子が配置】
【備考4:茜の死体は埋葬、持ち物は拓也と瑞佳に譲与の予定】

→865

570雪のように白く:2007/06/10(日) 10:44:46 ID:qyYrwOVQ0
まとめ様サイト様
誤字がありましたので訂正をお願いします。
>>563
>と、刺すような視線をを感じ、その方に顔を向けると智代が肩を震わせながら睨んでいた。
    ↓
と、刺すような視線を感じ、その方に顔を向けると智代が肩を震わせながら睨んでいた。

>>564
>瑞佳は弓矢とデイパックを拓也に預けると指示に従い歩を進めた。8
    ↓
瑞佳は弓矢とデイパックを拓也に預けると指示に従い歩を進めた。

お手数をお掛けして申し訳ございません。
感想避難スレの616氏、ご指摘ありがとうございました。

571もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:42:24 ID:Cg5rc/nU0

温度を感じられぬ風の中、少女は静かに黒翼を広げていた。
細い銀髪が音もなく靡く。
白くしなやかな手指が、風を愛でるように天へと向けられていた。

「カ、ミュ……?」

そんなはずはないとわかっていて尚、声が出た。
黒翼の巨神像はまるで眼前の少女をモチーフにして造形されたかのようではあったが、
生身の少女と巨像の間には差異がありすぎる。

『……私はムツミ』

案の定、否定された。静かな声。
背に翼を生やした人ならざる少女は、天へと向けていた指を緩やかに下ろしていく。
瞬間、周囲の景色が変わった。


***

572もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:42:44 ID:Cg5rc/nU0

移り変わった光景は、緑も疎らな岩場だった。
そこに、人と、人であったものが、ひしめいていた。
立ち尽くす者と斃れ伏す者、生者と死者がただ渾然と入り混じり、そこにいた。
そのすべてが同じ顔をしているのを、私は何の興味も浮かべずに眺めていた。
悉くが少女だった。眼鏡をかけている。
傷を負う者がいた。白い肌を無残に晒す者がいた。己の腹からはみ出した臓物を眺めながら息絶えている者がいた。
誰一人として、口を開くこともなく、そこにいた。
死の価値も生の価値もない、それは地獄と呼ぶにふさわしい光景だった。
多すぎる生と多すぎる死が、私の心から熱を奪っていく。
一瞬煮えたぎりかけた感情が、また元の暗い淵へと沈んでいくのを感じた。
陽光に照らされた世界が不快で、目を閉じようとした。
だがそれを赦さないものがあった。

『―――――――――――――――』

音だ。
瞼を閉じようとした瞬間、凄まじいまでの音が、私を包んでいた。
高く、低く、大きく、小さく、遠く、近く、無数に響く音。
咄嗟に耳を塞いでも意味はなかった。
音の波は私の全身を殴りつけるように響いていた。
眩暈を通り越して吐き気を覚えるような、実体を持った音の暴力。
のた打ち回りたくなるような衝動。
思わず、声が出ていた。搾り出すような絶叫。聞こえなかった。
空間を埋め尽くす無数の音は、私一人の叫び声など容易く掻き消してしまっていた。
叫んでも、叫んでも聞こえない。
咽喉が痛い。咳き込んで、苦しくて、音はそれでも私を責め苛む。
苦痛のあまりに涙を流しながら、音にならない絶叫を上げ、咳き込んで身を歪める。
音という集合体に飲み込まれて消える、私自身の絶叫。
そんなことを繰り返す内、気づいた。

―――これは、声だ。
この猛烈な音の塊を構成しているのは無数の声なのだと、感じていた。
幾千、幾万の声を集めて練り合わせ、いちどきに解き放ったのがこの音なのだ。
そう考えた瞬間、唐突に音が止んだ。

気がつけば、辺りは再び新緑の森へとその景色を変じていた。
黒翼の少女が、私をじっと見下ろしていた。
まとまらない思考の中、とにかく何かを問いかけようと口を開こうとした矢先、少女の手が動いた。
何もない空中で、しかし何か、箱のようなものにかけられた幕を取り払うような仕草。
瞬間、三度景色が変わった。


***

573もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:43:11 ID:Cg5rc/nU0

そこは、紅い世界だった。
木々の緑を、大地の朱を、透き通る大気をすら、紅く染めるものがあった。
絶え間なく飛沫をあげる鮮血だった。

その中心にいたのは、二人の少女だった。
一人は長い槍のような武器を手に、もう一人は薪を割るような鉈を持って、真紅の森を駆け抜けていた。
返り血に濡れた長い髪が重たげに靡き、手にした刃が閃く度、眼前に立つものが真っ赤な血を噴きながら倒れていく。
同じ顔をした無数の少女たちが十重二十重に取り囲む中、少女たちはまるで燎原の草を刈るように得物を振るい、
その手を、顔を、既に血に塗れていない部分などないような服を、更に赤で塗り込めるように、返り血を浴びていく。
取り囲む側の少女たちは、しかしこの場においては、逃げ惑うこともせずただ諾々と死を待つだけの存在であるかのようだった。

『―――素敵な恋がしたかった』

声がしたのは、断ち割られた眼鏡を陽光に反射させながら、新たな少女が血に塗れて倒れたときだった。
黒翼の少女が口にしたものと思い、反射的に周囲に目をやる。
しかし翼を羽ばたかせる少女の姿は、どこにも見当たらない。

『物語を書いてみたかった』

新たな声がした。
眼鏡の少女が、磔刑に処されるようにその身を貫かれ、傍らの大樹に縫いとめられた瞬間だった。
刃を引き抜かれ、ずるりと地に落ちるその姿を見ながら、悟る。
これは、

「……この子たちの、声」

口にした瞬間、吐き気がした。
朝から何時間も泣いて、泣いて、吐き尽したはずの胃液がこみ上げてくる。
舌の奥に感じる苦い味と刺激臭。
堪える気もなく、吐いた。

574もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:43:37 ID:Cg5rc/nU0
『馬に乗ってみたかった』

声は続く。
それは取りも直さず、眼鏡の少女の内の誰かが刃の犠牲になったということだった。
口の中に残る苦味に鉄臭さを感じて、顔を覆う。

『外国の街並を歩いてみたかった』

ずきずきと、頭が痛む。
滲んだ涙は温く粘ついて、私はそれを乱暴に拭う。

『古い映画が見たかった』

蹲っても、声は消えない。
爪が額とこめかみに食い込む痛みだけが、私を支えていた。

『思いきり、歌をうたってみたかった』

幾つも幾つも繰り返されるそれは、ひどくささやかで、どうしようもなく子供じみた、

『しあわせに、なりたかった』

度し難い、生への渇望だった。


「――――――」

声もなく、私は泣いていた。
乾ききった体から最後の一滴までを搾り出すように、涙を流していた。
悲しかったからではない。
ただ、悔しかった。
散り行く少女たちは、最後の瞬間に、幸福を望んでいる。
それは手を伸ばしても届かない希望への、儚い賛歌のはずだった。
ならば、しかし、どうして。

『しあわせに、なりたかった』

幾つも続く、最期の望みを告げる声は、こんなにも。

『だから―――早く殺して』

こんなにも、絶望に満ちている。

575もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:44:14 ID:Cg5rc/nU0
「――――――ッ!」

胸の中に、たった一つの名前を思い浮かべる。
生きることは幸せだ、と。
私はずっと、そう教えてきた。
その歩む道が幸せに満ちるようにと願っていた。
曇りのない笑顔がいつまでも続くようにと、祈っていた。
散り行く少女たちの声が、やがてたった一つの、小さな声に変わっていく。
それは、私が心から望み、そして二度と耳にし得ぬ、声だった。

『殺してください』

このみ。
その名を思い浮かべてしまえば、あとはもう堪えきれなかった。
喉も嗄れよと、叫んだ。

―――刹那、声が爆ぜた。

576もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:44:55 ID:Cg5rc/nU0

『しあわせになりたい』『殺してください』
『しあわせになりたい』『殺してください』『しあわせになりたい』『殺してください』
『殺してください』『しあわせになりたい』『殺してください』『しあわせになりたい』『殺してください』『しあわせになりたい』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』
『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』『しあわせになりたい』
『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』『殺してください』

577もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:45:28 ID:Cg5rc/nU0
「……死なせて、あげる」

ひどく自然に、声が出た。
周囲の景色はいつしか、元に戻っていた。
蒼い空も、木々の緑も、大地の朱も、日輪の白も鮮血の紅もなく、ただ暗く狭いコクピットだけがあった。
小さな光が、いくつか明滅していた。
黒翼の少女の気配はもう、どこにも感じられなかった。

「そんなに苦しい思いをしてるなら、私が殺してあげるから、だから」

囁くような声は、しかし世界を埋め尽くす少女たちの断末魔をかき消すように、響いた。

「―――だから、しあわせになりなさい」

操縦桿を握る。
同時に、計器類が一斉に光を灯した。

578もう泣かないで:2007/06/10(日) 17:45:55 ID:Cg5rc/nU0

【時間:2日目午前11時過ぎ】
【場所:D−4】

柚原春夏
【状態:覚醒】

アヴ・カミュ
【状態:自律行動不能】

ムツミ
【状態:不明】



【場所:E−6】

天沢郁未
【所持品:薙刀】
【状態:戦闘中・不可視の力】

鹿沼葉子
【所持品:鉈】
【状態:戦闘中・光学戰試挑躰】

砧夕霧
【残り9815(到達・7911相当)】
【状態:進軍中】

→708 866 ルートD-5

579君を想う:2007/06/10(日) 20:59:37 ID:OLgBZmrg0
地下要塞の一角、大型機械の前で黙々と作業を続ける男が一人。
彼の名は長瀬源五郎。
『元』来栖川エレクトロニクス中央研究所、第七研究開発室HM開発課、開発主任である。
彼はとある交換条件の下、篁財閥に転職した。
篁がこちらに提供してくれるものは単純にして明快――メイドロボット開発費の資金援助である。
その引き換えとして自分は、此度の殺人遊戯における首輪の管理を行う事となった。

この殺し合いには自分の知り合いである、姫百合珊瑚も参加している。
彼女はこと機械に関して紛れも無く天才であり、ハッキングを仕掛けてくる事など分かっていた。
だからこそ自分は、首輪の盗聴器と島中に仕掛けたカメラだけでは飽き足らず、島にある全てのパソコンに発信機を埋め込んだ。
完璧な対策だった筈だ。
破られる事など万が一にも有り得ない筈だった。
にも関わらず珊瑚はこれらの防壁を全て突破し、針の穴程の隙間を縫って、ハッキングを成功させたのだ。

篁にその失態を恐る恐る伝えると、こう言われた。
『自分の不始末は自分でケジメをつけろ。首輪爆弾遠隔操作装置の復旧と防衛は、全てお前一人で行うのだ』と。
恐らくこの命令を遂行出来なければ、資金援助を打ち切る程度では済まされず、殺されてしまうだろう。
だからこそ今こうして自分は、最早戦地と化した要塞で護衛も連れずに、独り装置の復旧作業を行っているのだ。
念には念を入れて手動で装置を操作出来るようにしておいた為、復旧作業にはそう長い時間を要すまい。
恐らくは後数時間もあれば操作方法の切り替えが終了し、再び首輪爆弾遠隔操作装置は機能するだろう。
どんな手を使ってでも機能を復活させ、尚且つこの地を守りきってみせる。
何しろ自分には、絶対に譲れない夢があるのだから。

    *     *     *

580君を想う:2007/06/10(日) 21:00:27 ID:OLgBZmrg0
走る、走る。
春原陽平と藤林杏は、体力を切らさない程度のペースで、地下要塞内部を駆けていた。
身体は熱く、しかし心は驚く程冷静に。
永きに渡った戦いは、終局の時を迎えようとしている。

「陽平。今からどうすれば良いか……分かってるわね」
「ああ。まず『首輪爆弾遠隔操作装置』をぶっ壊して、それから『高天原』に向かうんだろ?」
杏はこくりと頷いた後、周囲を大きく見渡した。
自分達の進路からも、後方からも、人の気配一つ感じ取れない。
敵も、罠も、何の妨害も存在しない。
そこから導き出される結論は一つ。
「多分敵は『首輪爆弾遠隔操作装置』の守りを放棄して、『高天原』に戦力を集中させてる。
 早く終わらせて、柳川さん達を助けに行くわよっ!」
頷き合う二人の心には、先に待ち受けるであろう死闘への恐怖も、敵を殺す事への迷いも無かった。
あるのはただ一つの決意、自分達は与えられた役目を忠実にこなし、全てを終わらせる。

これまで自分達は様々な苦難を経験し、決定的な挫折を嫌と言う程味わってきた。
陽平も杏も、自身の一番大切な人は守れなかったし、多くの仲間を死なせてしまった。
こうして今は肩を並べている二人だったが、些細な食い違いから揉めた時もあった。
自分達がこの島で味わされたのは、楽しい事よりも悲しい事の方が圧倒的に多いだろう。
しかしだからこそ自分達は、強くなれた。
これまで支え合ってきた仲間達のお陰で、大切な人を救おうとし続けた過去の自分のお陰で、本当の強さを手にする事が出来た。
仲間達との思い出一つ一つが、自分達の背を強く押してくれる。
だからこそ、この先にどんな苦難や悲しみが待ち受けていようとも、決して止まりはしない。

581君を想う:2007/06/10(日) 21:01:44 ID:OLgBZmrg0
二人は走り続ける。
何人分もの想いを背負いながら、一心不乱に先へと進む。
やがて『首輪爆弾遠隔操作装置』の置き場――情報システム制御分室に通じる扉を発見し、二人は足を止めた。
もしかしたらこの先に、番犬の如き強力な守り手が待ち構えているかも知れない。
しかし陽平はコンマ一秒程の逡巡すら必要とせず、告げる。
「――杏、行こう」
「うん、オッケーよ」

扉を開け放つ。
足を踏み入れた地は、パソコンを置いた机が規則正しく並べてある、然程広くない空間だった。
奥の方には曲がり角があり、恐らくその先に『首輪爆弾遠隔操作装置』があるのだろう。
陽平と杏は、そこに向かって慎重に歩を進める。
そうして部屋の中央辺りにまで進んだ時、見知らぬ男が奥から現れた。

「やあ、こんにちは。春原陽平さんに、藤林杏さん」
いかにも科学者であるといった風の白いコートを身に纏い、快活な声で話し掛けて来る眼鏡の男。
敵の襲撃がある可能性は当然考慮していたものの、今の状況は想定外だ。
たちまち杏は訝しげな顔となり、慎重に口を開いた。

「……何なのよ、アンタ」
「あ、自己紹介がまだでしたね……私は長瀬源五郎と申します。元来栖川エレクトロニクスHM開発課、開発主任です。
 現在は転職し、篁財閥で働いています」
源五郎はそう言うと、軽く一礼をした。

陽平は緊張した肩を何とか動かして、警戒態勢を取る。
「良く分かんないけど……篁財閥所属なら、僕らの敵って事だよね」
それで、間違いない筈だった。
主催者の正体が篁である以上、その部下であるこの男も自分達の敵に違いない。
だが――源五郎は軽く肩を竦めた。
「そうとも限りませんよ? 少なくとも私は無駄な争いを避けたいと考えていますから」
「……どういう事なの?」

582君を想う:2007/06/10(日) 21:03:00 ID:OLgBZmrg0
杏が眉間に皺を寄せて問い掛けると、源五郎は己の胸に手を当てた。
「いやね、私は『首輪爆弾遠隔操作装置』を防衛するよう命令されているんですけど、逆に言えばそれ以外はやる必要が無い。
 出来れば大人しく引き返して欲しいんですが、如何ですか? そうして頂ければ何も危害は加えません」
「もし僕達が、嫌だといったら?」
「その時は――」
源五郎は懐に手を入れ、筒のような形をした物体を取り出した。
一見短機関銃と似ているが、その先端は鋭く尖っており、弾丸を発射出来る程の穴は開いていない。
源五郎はその物体をおもむろに天井へと向け、トリガーを引いた。
物体の先端から青白い閃光が、一直線に奔る。

「――――!?」
直後、陽平も杏も大きく息を呑んだ。
恐らくは鉄筋コンクリートで造られているであろう要塞の天井が、撃ち抜かれた一点だけ黒く焼け焦げていたのだ。
僅か一瞬の照射で、この火力。明らかに尋常では無い。

「これはレーザーガン……篁セキュリティのレーザーディフェンスシステムを応用したものです。
 もし貴女達が此処から先に進むつもりなら、これで応戦しざるを得なくなりますよ?」
戦慄に歪んだ杏達の顔を眺め見ながら、源五郎が得意げに語る。
「という訳ですので、今すぐお引取り願えませんか? 貴女達はもう首輪を外したんですし、此処で無駄死にする事も無いでしょう?
 繰り返しますが、大人しく引き返してくれれば一切危害は加えません」
それは、源五郎の言う通りだった。
『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊する事は、主催者打倒にあたっての必須条件では無いのだ。
源五郎の言い分に従って引き返しても、地下要塞の攻略に大きな支障は生じないだろう。

583君を想う:2007/06/10(日) 21:04:15 ID:OLgBZmrg0
だが――杏はゆっくりと、首を横に振った。
「そんなのお断りよ。まだ首輪に縛られてる人が六人も残ってるのに、見捨てられる訳無いじゃない」
そもそも杏達は、『首輪爆弾遠隔操作装置』破壊のメリットが何かなど承知の上で、この地まで攻めあがってきたのだ。
強力な武器を持った相手が一人現れた程度で、尻尾を巻いて逃げ帰る気など毛頭無かった。
すると源五郎は僅かに唇を噛み、大きく息を吐いた。
「考え直してくれませんかねえ。私は所詮科学者ですから、戦いは好みません」
それに、と続ける。
「私には夢がある。篁財閥の豊富な資金力を活かし、低コストで、尚且つ『心』を持ち合わせたメイドロボを世に送り出すという、大きな夢がね。
 『心』を持ったメイドロボが出回れば、きっと世界は素晴らしいものになります。それに比べればたった六人の命なんて、安いものでしょう?」

試作型マルチのような『心』を持ったメイドロボットを、安価に抑えれるよう改良し、製品として販売する。
それが源五郎の目的だった。
その目的を成し遂げる為には、無尽蔵とも言える資金力を保有している篁財閥の協力が必要不可欠なのだ。
そこには篁への義理や忠誠心など欠片も無く、ただ科学者としての情熱だけが存在する。
そう――人間に対する思いやりすら、一片も存在しない。

その事実は陽平の心に、燃え盛る怒りの業火を生み出した。
「ふざけんじゃねえよ! ポンコツ機械の開発なんかより、人の命の方が大事に決まってるだろ!」
怒号、轟く。
高速で取り出す、ワルサーP38。
攣り切れんばかりにトリガーを引き絞る。
放たれた9mmパラベラム弾は確実に、源五郎の胸部へと吸い込まれていた。
強い衝撃を受けた源五郎は二、三歩後退したが――踏み留まった。
「なっ!?」
「そうですか……交渉決裂のようですね」
レーザーガンを握り締めた源五郎の腕がすいと、水平に構えられる。

584君を想う:2007/06/10(日) 21:06:04 ID:OLgBZmrg0
「……くぅ!」
陽平は咄嗟の判断で横に飛び退き、その一秒後にはそれまで自分が居た空間をレーザーが貫いていた。
回避動作を続けながら、苦々しげに吐き捨てる。
「畜生、お前も朝霧麻亜子と同じで……防弾チョッキを着てるのか!」
「御名答、その通りです。貴方達が持っている銃程度では、防弾チョッキの上から致命傷は与えられない」
続けざまに照射されるレーザーが、次々と陽平に襲い掛かる。
陽平は麻亜子により傷付けられた右足を酷使して、迫る死から何とか身を躱していた。

「この――ナメんじゃないわよ!」
今度は杏のS&W M1076が吠えた。
源五郎の身体がすっと仕事机の後ろに沈み、そこに置かれていたパソコンを弾丸が吹き飛ばした。

杏は一瞬だけ視線を横に移して、銃を持っていない方の手で前方を指差した。
「――陽平!」
「オーケイ!」
陽平と杏は、源五郎が隠れていると思われる机に向かって、各々の銃の引き金を何度も何度も絞った。
銃を持った杏の手が上下へと小刻みに揺れ、仕事机に穴が掘られてゆく。
S&W M1076がカチカチっと音を立て、弾切れを訴える。

杏は素早い動作でマガジンを取り替え、更に連打した。
敵が仕事机の後ろから動いた気配は無い――ここで一気に勝負を決める!
陽平もワルサーP38に予備マガジンを詰め込み、立て続けに銃弾を放ってゆく。
二人が総数にして20発以上の弾丸を撃ち尽くした後には、仕事机は蜂の巣の如く穴だらけとなっていた。

杏が弾の尽きたS&W M1076を下ろしながら、確認するように呟いた。
「……やったの?」
「間違いなくね。あれだけ銃弾を撃ち込まれちゃ、防弾チョッキを着てたって生きてられないさ」
この状態ならいくら防弾チョッキで身を守ろうとも、いくら仕事机の影に隠れていようとも無駄な筈だ。
貧相な堤防では猛り狂う津波を押し止められぬように、長瀬源五郎は銃弾の波に飲まれこまれてしまっただろう。
陽平達はそう考えていた。

585君を想う:2007/06/10(日) 21:07:33 ID:OLgBZmrg0
しかし――

「……残念でしたね。私は臆病な科学者ですから、色々と前準備はしてあります」
「――――っ!?」
有り得ない筈の声が耳朶へと届き、ピクリと反応した陽平は後退しようとしたが、遅い。
迸る青白い光線は、逃げ遅れた陽平の左肩をいとも簡単に貫いていた。
「ぐぁああああ!!」
陽平の左肩から花開くような鮮血が舞い散り、苦悶の絶叫が響き渡る。
杏が前方へ視線を向けると、倒したと思っていた源五郎が――掃射を浴びせる前とほぼ変わらぬ姿で、悠然と屹立していた。
違いはただ一点、その手に握り締められた強化プラスチックの大盾のみ。

陽平達には知る由も無い事だが、源五郎は襲撃に備えて予め強化プラスチックの大盾を隠していた。
先程逃げ込んだのはその隠し場所である自身の仕事机であり、だからこそ源五郎は迫る猛攻を難無く凌げたのだった。
「……危ない危ない。念の為に隠しておいて正解――でしたよ!」
源五郎は勝ち誇った笑みを浮かべつつ、再びレーザーガンを構えた。

考えるより先に、身体が動いていた。
「陽平っっ!!」
限界ギリギリ、正しく刹那のタイミングで杏は陽平を抱き締め、床に滑り込む。
青白い殺人光線に後ろ髪を消し飛ばされながらも、勢いに身を任せ机の後ろへと飛び込んだ。

「――ぅ、ぐぅ……。クソッ……」
血の流れ出る左腕を押さえ、苦しげに息を荒立てる陽平。
自分は甘かった。
此処は敵の基地であり何があっても可笑しくはないというのに、安易な考えから油断してしまったのだ。
そして、油断の代償は余りにも大きい。
付け根の辺りを穿たれた左腕は、最早指一本動かせなくなっていた。

586君を想う:2007/06/10(日) 21:08:43 ID:OLgBZmrg0
「ヤバイわね……あんなのまで持ってるなんて……」
杏は陽平と共に机の影に隠れながら、焦燥に駆られる頭脳を必死に宥めていた。
源五郎が携えていたのは、少年が用いてたという強化プラスチック製大盾。
アサルトライフルの銃弾すらも防ぎ切る程の、恐ろしい強度を秘めた防具だ。
自分達が持っている拳銃程度では、到底貫けない上、源五郎は防弾チョッキまで身に纏っている。
所謂、絶望的状況だった。

杏はこれからどうすべきか考え抜いた末、一つの結論に達した。
「陽平、此処は一旦引いた方が良いんじゃない……?」
それは苦渋の選択であり、先程啖呵を切った手前、絶対に避けたい道だった。
問い掛けた杏の肩は悔しさでぶるぶると震えており、奥歯はぎりぎりと噛み締められている。
しかし杏の内心を理解して尚、陽平は首を縦に振った。
「……そうだね。此処で死んじまったら、元も子もない。僕らは篁をぶっ倒すまで、死ぬ訳にはいかないんだ」
『首輪爆弾遠隔操作装置』の破壊は、最大の目的に非ず。
命を捨ててまで果たさねばならない任務では、無い。
あくまで目標は篁の打倒であり、だからこそ向坂環も『敵の防御が厚いようなら引き返せ』と言っていたのだ。
このような条件下では、最大の攻撃を凌がれ弱気となった陽平達が逃亡を選ぶのは無理もないだろう。

陽平は杏の手を借りて起き上がり、机の影を進んで出口に向かおうとする。
それは確かに、この場では最良の選択だったかも知れない。
――もう少し早く、決断していれば。

587君を想う:2007/06/10(日) 21:10:57 ID:OLgBZmrg0
「それで隠れているつもりですか? 科学の力を甘くって見て貰っては困りますね」
一際眩い、青い閃光が陽平の視界に入った。
「え……?」
「……あああっ!!」
陽平の真横で、ドサリと、杏が床に崩れ落ちる。
杏の身体から、取り返しがつかない程の血が噴き出している。
レーザーガンより放たれた強大な殺意は、机ごと杏の腹部を貫いていたのだ。
「杏! きょおおおおう!」
陽平の悲痛な叫びが、辺り一帯に木霊した。


「ふふっ……だから最初に大人しく引き返してくださいと言ったんです。このレーザーガンは標的を一瞬で焼き尽くす、最新科学の結晶です。
 この銃の前には、生半可な防御など無意味っ……!」
源五郎はすっと立ち上がり、ボロ雑巾のようになった自身の仕事机を眺め見た。
貴重な研究データが入っているノートパソコンも、机の上に置いてあったファイルも、修復不可能な程に破壊されている。
それまで一貫して冷静だった源五郎の瞳に、初めて昏い殺気が混じった。
「よくも私の仕事机をこんなにしてくれましたね。もう引き返すと言っても許さない……貴女達を殺します」



杏の腹部から止め処なく血が溢れ出す様を見て、陽平の喉は呼吸を忘れてしまったかのように動かなくなっていた。
机の向こう側から聞こえてくる死刑宣告は、銃弾となって陽平の神経を絶望に浸してゆく。
(ここまでか……)
最早この傷では、杏を連れては逃げ切れぬだろう。
そして杏を置いて逃げるなどという行動は取る気が無いのだから、自分達は此処で殺されるのだ。

588君を想う:2007/06/10(日) 21:12:28 ID:OLgBZmrg0
思えば源五郎に撃ち込んだ最初の一撃で、狙った箇所が不味かった。
的が大きいという理由から胴体部を狙ったのだが、もう少し慎重に思案を巡らせれば、防弾チョッキの存在に思い至っただろう。
予想出来る材料は十分に揃っていた。
何しろ自分は、来栖川綾香が、朝霧麻亜子が、防弾チョッキにより命を繋げる姿を目の当たりにしているのだから。
仲間を死なせてしまった分まで、責務を果たすと考えていたのに――このザマか。

「ごめんるーこ……僕はお前みたいに戦えなかったよ……」
間も無く訪れるであろう死を前にして、陽平は身を丸く縮こませ、瞳に涙を溜め込んだ。
死ぬのは元より覚悟していたが、主催者に一矢も報えぬまま、こんな所で殺されてしまうのが悔しかった。
しかし陽平の友人――否、相棒はまだ諦めていなかった。

「陽……平……諦めちゃ、駄目……」
今にも消え入りそうな、弱々しい声。
陽平がばっと顔を上げると、杏が玉汗を額から零しながらも上体を起こしていた。
その瞳に宿る強い意志、暖かい光が、陽平の心を現実に引き戻す。
「杏っ!? お前大丈夫なのか!?」
「そんな事、後回しでいいから……耳を、貸して……」
言われた通りに耳を差し出した陽平へ、杏は最後の作戦を告げる。



源五郎は一気に勝負をつけるべく、陽平達が隠れている机の方へと歩み寄っていた。
敵の叫び声から察するに、杏は先の一撃で致命傷を負ったのだろう。
後は残る一人を仕留めれば、自分の任務は果たせる筈だ。
こんな戦略的価値の薄い場所には、新手の敵部隊など送られて来ないに違いないのだから。

589君を想う:2007/06/10(日) 21:13:31 ID:OLgBZmrg0
そう――油断する事無く、狩りを行うだけ。

そこで突如、それまで机に隠れているだけだった陽平が飛び出してきた。
手元にあるワルサーP38の銃口は、こちらに向いている。
「――――ッ!」
防弾チョッキの存在がバレてしまった以上、次は頭を狙ってくる筈。
源五郎は咄嗟の判断で攻撃よりも防御を優先させ、強化プラスチック製大盾で頭部を守った。
銃声が鳴り響いた直後、予想通り弾丸が盾の上に撃ち込まれた。

源五郎は間髪入れずに右腕を突き出し、レーザーガンの引き金を何度も引いた。
しかし陽平は円を描くような軌道で走り回っており、なかなか攻撃が命中しない。
「ちっ……ちょこまかと……!」
――これは、進路上に予め攻撃を置いておかなければ当たらない。
そう考えた源五郎は、身体の向きをくるりと180度変えた。
「いい加減……死ねえっ!」
寸分の狂い無く、陽平の進路上にレーザーガンの銃口を向ける。

「しまっ――!?」
ようやくこちらの狙いに気付いた陽平が身体の勢いを押し止めようとするが、もう間に合わない。
レーザーガンから放たれる強力無比な光線は、陽平の身体に致命傷を刻み込むだろう。
「取った……!」
源五郎は、己が勝利を確信した。

590君を想う:2007/06/10(日) 21:14:47 ID:OLgBZmrg0

だが源五郎は一つだけ、大きな判断ミスを犯していた。
声という不確かな要因だけで、藤林杏が戦闘不能になったと判断してしまうという、取り返しのつかないミスを。
「――それはこっちの台詞よっ!」
「…………え?」
聞こえてきた叫び。
振り向いた先では、腹を真っ赤に染めた少女が腕を大きく振り上げ、投げナイフを投擲していた。
防弾チョッキでは、刃物は防げない――

反応する以前に、未だ頭が現実を理解出来ていない。
恐るべき肩力で放たれた雷光の如き一撃は防弾チョッキを易々と破り、正確に源五郎の心臓を貫いていた。
「ガッ……ハ……」
自らの血液で作られた血溜まりに倒れ込む。
急速に意識が遠のいてゆき、何も考えられなくなる。
長瀬源五郎は己の失敗を悔いる時間も、科学の発展を祈る時間も与えられず、この世を去った。



「――ク……ハア、ハァ……」
血の池に飲み込まれ動かなくなった源五郎を見下ろしながら、陽平は息を整える。
――強敵だった。
用意周到な下準備に加え、強力な装備。
最後の作戦も何か一つ間違えば、結果は逆となっていただろう。
未だ無事な右腕を伸ばし、レーザーガンを拾い上げてから、杏の手当てをするべく振り返る。
杏は真っ赤に染まった腹部を押さえ、机に片腕を付きながら、しかし確かに自力で立っていた。

「杏、手当てを――」
「後回しで良いわ。先に『首輪爆弾遠隔操作装置』を壊してきて。また邪魔する奴が現れたら、堪ったもんじゃないしね」
一理ある。
重傷には違いないが、自力で立ててる以上死にはしないだろう。
ならば手早く『首輪爆弾遠隔操作装置』を破壊して、それから手当てをするべきだ。

591君を想う:2007/06/10(日) 21:16:38 ID:OLgBZmrg0
陽平は駆け足で部屋の奥へと進み、高さにして3メートル、横幅にして4メートルはある大掛かりな装置を発見した。
中心に細かいコードやボタンが密集した部位があり、恐らくはあれが中核となっているのだろう。
陽平は武器をワルサーP38に持ち替えて、何ら迷う事無く引き金を引いた。
銃声と共に照準を合わせた部位が、これまで参加者を縛っていた悪魔の枷が、呆気無く砕け散った。

第一の責務は果たした。
次は杏の手当てをしなければならない。
陽平はすぐさま踵を返し――眩暈に似た感覚に襲われた。
部屋の中から、杏の姿が消えていたのだ。
「ぷひぃ……ぷひぃ…………」
胸を締め付けるようなボタンの泣き声だけが、只唯聞こえてくる。

まさか――
陽平は声を上げる暇すら惜しんで、先程まで杏が立っていた位置へと駆け込んだ。
乱暴に机を押しのけて、床を覗き込む。
そこには。
「そ、そんな……」
「ぷひぃ……」
今にも息絶えそうな青白い顔色で、杏がぐったりと倒れていた。
その横ではボタンが見た事も無いくらい悲しそうな顔で、杏に寄り縋っている。
「杏!」
陽平は杏に駆け寄って、右腕だけで彼女の身体を抱き起こした。
「おいっ、どうしたんだよ!? さっきまであんなに元気だったじゃないか!」
杏は冷静に状況を分析し、的確な作戦と並外れた肩力により長瀬源五郎を打倒した。
とても死にゆく人間に出来る芸当だとは思えない。
だからこそ陽平は、杏が助かるものだと信じて疑っていなかった。

592君を想う:2007/06/10(日) 21:17:44 ID:OLgBZmrg0
だが杏は寂しげな、そして酷く儚い笑みを浮かべた。
「火事場の……馬鹿力って……知ってるよね? さっきのは、それよ……。でももう、限界みたい……」
言い終わるや否や、杏は大きく血を吐いた。

陽平は涙を堪えながら杏の身体に縋りつき、子供のように叫ぶ。
「杏っ! お願いだ、死なないでくれよ!!」
失いたくなかった。死なせたくなかった。
自分に残された、最後の大切な人を。
何としてでも死の淵から救って、これから先の人生を親友として共に過ごしたかった。

しかし杏は穏やかな――驚く程穏やかな声で、言った。
「大丈夫……あたしは死なないよ」
「え……?」
目をぱちくりとさせる陽平に対し、続ける。
「少し休むだけだから……。休んだら……ちゃんと、後を追うから……あんたは先に、行きなさい……。
 ボタンと一緒に……『高天原』へ……」
その言葉に、説得力は全く無い。
何しろ話しているそばから、杏の顔色は益々白くなってゆくのだから。

「何言ってんだよ! お前を置いていける訳ないじゃないか!」
「良いから……先に行きなさい。こんな所にも……あんな強い奴が居るんだもん……。『高天原』に言った皆はきっと……もっと苦戦してる……。
 だから早く行って……助けてあげて……」
「駄目だ駄目だ! 僕はお前と一緒に生き延びるって決めたんだ! 僕は――」
陽平は全てを拒絶するように、大きく首を振っていた。
そんな彼の後頭部に、杏の手がするりと回される。

593君を想う:2007/06/10(日) 21:19:22 ID:OLgBZmrg0
「もう……そんなうるさい口は……」
「――――っ!?」

突然の事態に、陽平が大きく目を見開く。
杏が震える手で陽平の顔を引き寄せ、キスをしていたのだ。
そのキスには甘い味など一切せず――ただ血の味だけが、口の中に広がった。

「……こうやって、塞いじゃうんだから」
唇が離れる。

杏は紫色に染まった唇を動かして、何とか言葉を搾り出した。
「最後に……一つだけ良い? あんたはまだ……、るーこの事が好き?」
「……ああ。僕はるーこを愛している」
たとえ何が起きようとも、その想いだけは永久に変わらない――故に何ら迷う事無く、陽平は即答していた。

杏はふっと笑って、陽平の後頭部から手を離した。
「分かったわ……さあ、行って。最後の戦いを終わらせに……」
陽平は、もう迷わなかった。
半ば光を失った杏の瞳をしっかりと見据えながら、告げる。
「うん、行ってくるよ。僕……お前に会えて、良かった」
「ふふ……あたしもよ」
陽平は杏の手を一度だけ握り締めた後、ボタンを抱き上げ、自分の意思で立ち上がった。
最早抑えようの無い涙を、服の袖で乱暴に拭いながら駆け出す。
目的地は『高天原』、目標は篁の打倒。
絶対に全てを終わらせ――生き延びてみせる。

594君を想う:2007/06/10(日) 21:20:50 ID:OLgBZmrg0

陽平の後ろ姿を見送りながら、杏はぼそりと呟いた。
「フラれたちゃったわね…………」
自分は何とも思っていない相手に口付けが出来る程、軽い女ではない。
自分は間違いなく、陽平に惚れていた。
陽平の心はるーこで埋め尽くされており、自分が入り込む隙間が無い事など分かっていたが――惚れていたのだ。
此処で自分は死ぬだろう。
死ぬのは怖いし、身体から熱が奪われていく感覚は狂いそうな程に恐ろしい。
それでも、思う。
最後に大好きな人を守り切れて良かったと。
だからこそ自分は、満足して逝ける。
「陽平……あんたは……生き延びなさいよ…………」
最後まで春原陽平の無事を祈りながら、藤林杏はゆっくりと目を閉じた。


【残り16人】



【時間:3日目11:50】
【場所:h-4地下要塞内部】
春原陽平
 【装備品:レーザーガン(残エネルギー50%)】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具、ワルサー P38(残弾数6/8)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態①:嗚咽、右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み・多少回復)、首輪解除済み】
 【状態②:中度の疲労、左肩致命傷(腕も指も全く動かない)】
 【目的:走って『高天原』に向かう。篁を倒し生き延びる】
ボタン
 【状態:悲しみ、陽平に抱き上げられている】

藤林杏
 【装備品:グロック19(残弾数2/15)、S&W M1076 残弾数(0/7)予備マガジン(7発入り×2)、投げナイフ(×1)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:死亡】
長瀬源五郎
 【装備品:防弾チョッキ(半壊)】
 【状態:死亡】

【備考】
・首輪爆弾遠隔操作装置は破壊されました。
・杏の死体の近くに、強化プラスチック製の大盾と投げナイフが落ちています

→862
→874

595君を想う・作者:2007/06/11(月) 02:28:50 ID:9QIS6S.s0
まとめサイト様
誤字を見つけたので、以下のように修正お願いします
誤字った箇所が最悪だ……orz
>>594
>「フラれたちゃったわね…………」
    ↓
「フラれちゃったわね…………」



お手数お掛けして申し訳ございません

5962輪の花・終:2007/06/11(月) 23:28:34 ID:TwvI57mM0
芳野祐介は、呆然とその光景を見つめていた。
草木を彩る鮮烈な赤の波、漂う異臭をぽつりと垂れる僅かな雨水が拡散させている。
それでも、その赤い水の量は雨水なんかを遥かに凌駕するものだった。
それこそ雨水のおかげでさらに濃度の薄まったそれが広範囲に広がっていく様は、見ていて吐き気を催させるものである。

己の手で自分の口を押さえながら、芳野はその中心を食い入るように見つめていた。
そこに転がっているものが何なのか、見定めようとしていた。
……信じられないだろう、しかし芳野の目の前の現実はそうとしか表せない。
そこに転がっているのは、『下半身』としか呼べないものだった。
泉の中心にて足を大きく広げ寝そべっている姿、人のものに間違いないだろう。
しかしそれは、途中で途切れてしまっている。
ないのだ。胸部より上の部位が、ばっさりと切り取られているのだ。

……切り、とられた? 近づき、赤い水溜まりを気にせずそれを覗き込んだ芳野の中に不信感が生まれる。
その部位に値する場所は、「切る」なんて生易しい表現で済むようなものではなかった。
千切った。周囲の皮をも巻き込んだ力技にも思える肉の異様な流れ、そのグロテスクさにその場で胃液を芳野は漏らす。
何故こんなことになったのか。
何故こんな様が、目の前で晒されることになったのか。

一体この下半身は誰のものなのか、芳野は軽く痛みを訴える頭を使い考え込む。
薄暗い夜明け前のこの様子では、色の判断は難しかった。
しかし着衣されているものはどうせ真っ赤に染められていて、そもそも色で識別を図ろうなんてことを考えること自体が馬鹿げているのだろう。
なら何を参考にするか。簡単である、この下半身が着衣している服のデザインで考えれば良いことだ。
短パンにパレオといった特徴的なそれ、一晩一緒にいたことから勿論芳野にとっても見覚えのあるものである。
何故か短パンのチャックが下りていて男性器がさらされていた、シチュエーションとして意味は不明である。
芳野が視線をさらに下の方へ送ると、しなやかな筋肉のついたふくらはぎにはすね毛が男の勲章として君臨しているのが彼の目に入る。

柳川祐也で、間違いないだろう。
外に排泄をする場所を探しに行った男の無残にも変わり果てた姿が、この芳野の前で横たわる肉の塊だった。

5972輪の花・終:2007/06/11(月) 23:29:00 ID:TwvI57mM0




長森瑞佳をトイレまで案内し、芳野は再び見張をするべく先ほどまでいた場所へと戻った。
静かな時間が順調に流れる、このような自分一人の時間を満喫することがなかった芳野にとっては良い気分転換であろう。
……伊吹公子を失った悲しみが芳野の胸を締め付ける、何だかんだで瑞佳や柳川の大きな存在感というのは芳野の心を暗い方面へと持って行く暇など与えないでいた。
それは救いだったかもしれない。
自暴自棄になり、公子を殺した参加者を始末するべく誰彼構わず襲い掛かる可能性というのも芳野は所持していない訳ではなかった。
瑞佳という少女は足かせではあったが、そういう意味では抑制になっていた。
柳川と合流してからは緊張感のない騒がしさのおかげで、芳野は殺し合いに参加させられていること自体忘れかけていた。
馬鹿馬鹿しいと思うものの、それはさりげなく存在した一つの日常であった。

―― では、芳野が目にしたあの光景は何か。

柳川が外に出てから一時間程経っても、彼が戻ってくる気配は一向になかった。
会っていないという意味でなら瑞佳もそれに当てはまるが、彼女についてはそれこそトイレの後また部屋に戻り再び眠ったと考えるのが自然であろう。
だから、芳野も不信には思わなかった。
……だが、柳川は違う。
頑なにトイレにて排泄をするという行為を拒むという頭のおかしい行動をとった柳川の思考回路を、芳野が理解できるはずはない。
そこまで遠くに探しに行ってるのか。それとも、何か弊害でも起きたのか。
どうすればいいのか、まどろっこしくなりそうな事に対し芳野も重い腰を上げる。
下手に考えることで時間を潰すよりも、行動に移ったほうが効率的だと判断したのだろう。

駆ける芳野の力強い足音が廃墟に響き渡る、外に出ると同時にエコーも消え芳野の耳に静けさが戻った。
鼻の頭に落ちてくる水滴、芳野が見上げるとポツリと振ってきた雨水がもう一滴垂れてきた。
……雨の勢いは、決して強いものではない。
それこそ数秒間に一滴づつというレベルなので、雨自体が本格的に降ってくる様子も現状では確認できないだろう。
そんな違うものに気を取られた芳野の意識を掴みあげたのが、例の赤い惨状だった。

5982輪の花・終:2007/06/11(月) 23:29:23 ID:TwvI57mM0
雨はほんの五分程度しか続かなかった。
見上げた雲の色は白い、再び降ってくる様子もないだろうと芳野は思った。
そんな、余りにも短い時間。この雨の存在に気づいた参加者は何人程いるだろうと、芳野はこっそり考えた。
それは、言うまでもなく現実逃避だった。

とぼとぼと廃墟内へと再び入り例の見張をしていた場所に戻ると、芳野はその場にどっかりと座り込んだ。
そのまま、頭をくしゃっと抱え込む。芳野は混乱していた。

『柳川を探しに行こうと思ったら、遺体となって転がっていた』

冗談でも何でもなかった、何故このようなことが起こったのか芳野でなくとも不思議に思うだろう。
残された下半身、さらけ出された男性器、すね毛。
意味が分からなかった。あれが何を指しているか、芳野は想像すらできなかった。

首輪が爆発した? 芳野は小さく頭を振る。
部位には肉が焦げた痕などなかった、それ以前にこんな近距離で爆発などしたら芳野の耳にも間違いなく届いたであろう。
それはない、可能性を一つ潰す。

何者かに襲われた? これが妥当なものだろうと芳野は小さく首を縦に振る。
しかし、芳野は柳川から彼自身の経緯を耳にしていた。
柳川曰く、彼は現代日本にて僅かに存在する「鬼」の末裔らしい。
このファンタジーな話を聞き流した芳野は、柳川のことを頭のおかしくなってしまった可哀想な人だと即座に判断した。
が、実際柳川の戦闘能力は決して低いものではなかった。
これはたまたまであるが、つっこもうとして裏拳を突き出した芳野の腕を反射的に捕らえた柳川は、それを当たり前のように渾身の力で捻りあげてきた。
突然のことだと加減ができない。そう口にするクールな眼鏡の奥に在る瞳、柳川のそれは全く笑っていなかった。

そんな男が、いかにしてあのような状態になったのか。
考えれば考えるほど、芳野の頭はこんがらがっていくばかりである。
……一人で煮詰まっていては仕方ない、芳野の心は件を他者である誰かに相談したい思いで膨れ上がった。

5992輪の花・終:2007/06/11(月) 23:29:50 ID:TwvI57mM0
再び腰を上げ、とぼとぼと芳野が向かった先は瑞佳が休んでいるベッドのある客間であった。
小さく扉をノックする芳野、しかし反応は返ってこない。
瑞佳は多分眠っているのだろう、それを起こしてしまうのは可哀想かもしれないと芳野の良心が少し痛む。
しかし考えてみれば起きた事実を早急に知らせる義務もあると言い聞かせ、芳野はそっとドアノブに手を伸ばした。
握ったそれに違和感はない、鍵はかけられていなかった。
ゆっくりとドアを開け、芳野は細い隙間から部屋の様子を窺った。
埃やカビの類である古くさい臭いが瞬時に芳野の鼻をつく、明かりの灯っていない部屋の様子は簡単に目視できるものではなかった。
部屋の中に設置されている窓にはカーテンがかかったままなのだろう、芳野はそのままゆっくりと扉を開け廊下の窓から差し込む月の光を部屋の中にも導いた。
静まり返った部屋の様子が、芳野の視界に晒される。
しかしそこは、いくら確認しようとも人がいる気配など一切なかった。

ゆっくりと、部屋の隅に位置するベッドへと近づいていく芳野。
乱れたシーツは人が使用した痕跡をまざまざと見せ付けてくる、だが肝心の主がそこにはいない。
手を差し出し芳野も直に触れてみたが、そこに温もりは全く残されていなかった。
……おかしい、それならば瑞佳は一体何処へ行ったというのだろうか。芳野の眉間に皺が寄る。

その時だった。
部屋を出て、廃墟の中を探索しようとした芳野の脳裏に柳川の言った言葉が蘇る。
馬鹿な。ありえない。芳野は即座に首を振った。
だが芳野の心とは反し、彼の足は真っ直ぐその場所へと向かおうとしていた。

そこは、一時間程前に芳野も訪れた場所だった。
休んでいた瑞佳が目を覚まし、この場所を求めたからである。芳野は彼女をこの入り口まで案内した。
一時間。その間に再び尿意をもよおしたと考えれば、別に複数回訪れても全く違和感のない場所ではある。
目を瞑り邪念を払う、芳野はそのま無言で扉をノックした。
……反応は、ない。
試しにノブを手にしてみる、しかし力を込めても回らないことから鍵が中からかけられていることは芳野にも簡単に想像できた。
中に誰かがいるという可能性は、ここで一気に肥大したことになる。芳野はもう一度ノックを繰り返した。
と、何やら芳野の鼻が中から漂ってくる異変を感じ取った。


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