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避難用作品投下スレ

993オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:33:05 ID:fRxfNhwM0

風が吹き荒んでいた。
圧倒的な力によって押し退けられた大気が渦を巻いている。
小石を巻き上げるほどの猛烈な風の中心に、影があった。

立ち尽くすその影は、二つ。
荒れ狂う風をものともせずに固まっていたその影が、ゆらりと揺れた。
小さな言葉が、漏れた。

「―――これが、長瀬ぞ」

ぐらりと、影の一つが大きく揺らいだ。
山頂に、光は既にない。
曇天の薄明かりが、ぼんやりとその光景を浮き上がらせていた。

「ち……くしょ、う……」

長瀬源蔵の拳が、古河秋生の胸を深々と抉っていた。
ずるりと、粘り気のある赤い糸をその口から引きながら、秋生が崩れ落ちる。
大地に膝をつき、天を見上げて、そしてついには、どうと倒れた。

「……」

その姿を、拳を突き出したままの姿勢で源蔵は見ていた。
呼吸が荒い。震える腕を押さえるようにしながら、大の字に倒れた秋生の上に馬乗りになる。
重みに、秋生が薄く眼を開けた。

「なん、だ……爺さん……、すこし見ねえうちに……随分と、老いぼれた……もんだ、な……」

言って、血の泡を吹く口で小さく笑ってみせる。
見下ろす源蔵の容貌は、果たして先刻までの壮年のそれではなかった。
本来の年齢、老境の痩身へと戻っている。
白髪を乱し、身に纏った黒服とシャツは既に襤褸切れ同然となり果て、老いさらばえた身に幾つもの傷を
負いながら、源蔵は秋生を見下ろしていた。

「……」

その光宿らぬ右の手指が、震えながらも真っ直ぐに揃えられていく。
貫手の形。拳を一個の刃と見立てるその突きは、ある一点に向けられていた。
無防備な秋生の喉元を貫かんとするその構えをぼんやりと見て、秋生が口元を歪める。

994オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:33:27 ID:fRxfNhwM0
「へっ……、容赦、ねえなあ……爺さん……」

対する源蔵の言葉は、ただ一言。

「……さらばだ、小僧」

小さく息を吸い込んで、その手を突き下ろした。
風を切る、小さな音がした。

「―――」

にい、と。
男が、笑っていた。
鮮血を吐きながら笑うその男の名を、古河秋生という。

「……どうしたんだい、爺さん……? 」

貫手は、秋生の首の脇、数センチの地面を抉っていた。
笑う秋生の顔に、何かが垂れ落ちる。
鉄の臭いのするそれは、源蔵の口から零れた鮮血に他ならなかった。

「後ろ……、から……じゃと……?」

呟いたそのスーツの背に、拳大の穴が三つ、穿たれていた。
かろうじて振り向いたそこには、何の気配も感じ取れない。
荒涼たる岩場があるばかりで、その遥か向こうを見下ろせば、島の南側の景色が広がっている。
力が抜けていく。崩れ落ちかけたその視界に、小さな光が映ったように、源蔵には見えた。

「まさ……か……」

限界だった。
秋生に折り重なるようにして、その身を大地へと預ける。

「見えた……かい、爺さん……?」

間近に転がる秋生の笑みが、源蔵の方を向いていた。
その得意気な血塗れの笑顔が、事実を雄弁に物語っている。
源蔵の脳裏に浮かぶのは、最後の撃ち合いの直前の光景。
秋生が震える手で放った、三発の赤光だった。

「外したと、みせて……、あの距離を……反射させたと、いいおる、か……」
「……言ったろ。ゾリオンには……色んな、使い方が……あるってな……」

ヒビの入ったサングラスの向こうで、悪戯っぽく眼が細められていた。

「一か八か、……鏡みてえに、光ってたからよ……ドンピシャ、だ」

血痰の絡んだ声で言うと、秋生はゆっくりと身を捩ろうとする。
源蔵は倒れたまま、それを見ていた。

「アバラ……全部、持ってきやがって……刺さってんな……痛ぇ……」

秋生の喘鳴に嫌な響きがあった。
おそらくは自身の言葉どおり、折れ砕けた肋骨が肺腑を傷つけたのだろうと、源蔵はその音を判断する。
立ち上がりかけた秋生が、再びくずおれた。

「が……っ! ちくしょう……勘弁、しろよ……!」

立てるはずもない。生きていること自体が奇跡のようなものだった。
いずれ、肺を満たした己の血に溺れて死ぬ。
もっとも、と源蔵は内心で苦笑した。

(わしとて……似たようなものか)

背を穿った三発の赤光は、臓腑を散々に掻き回していた。
もはや長くはもたぬと、源蔵は己を診ていた。

風が、吹き抜けた。


******

995オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:33:53 ID:fRxfNhwM0

「……そろそろ、くたばったかよ……爺さん」
「貴様も、しぶといの……」

血の海に、二人の男が倒れていた。
人の身体にこれほどの血液が詰まっていたのかと驚くような、文字通りの血溜まりの中で、
ぼそぼそと声がしていた。

「なら、聞こえ……てるか」
「耄碌扱いするでないわ、小僧が……」

それは、小さな足音だった。
倒れ伏した地面に響く、小さく、そして無数の足音。

「……勝負は、預けるぞ……小僧」

切れぎれに呟かれる源蔵の言葉に、秋生が薄目を見開いて擦れた口笛を吹く。

「へぇ……とうとう、降参かよ、爺さん」
「寝言は……野垂れ死んでから、言うことだの……」

血溜まりに、小さな波紋ができた。
秋生が呆れたように言う。

「おいおい……無理すると、寿命が縮むぜ……」

秋生の眼前。
源蔵は、手指の一本すら動かせぬはずの身体で、必死に起き上がろうともがいていた。

「ぐ……ぬぅ……!」
「……この足音……、なんか……あんのか、爺さん」

源蔵のただならぬ様子に、秋生が問いかける。
全身を固まりかけた粘り気のある血で汚しながら、源蔵が口を開いた。

「小僧、放送を聞いとらんのか……。
 ……これだけの数……、まず砧夕霧に……間違いなかろう」
「知らねえよ……寝てたから、な……」

ようやくにして上体を起こすことに成功した源蔵が、蔑むような眼で秋生を睨む。
荒れた呼吸を整えながら、言葉を続けた。

「……あれは、島を焼く」
「なんだい、そりゃあ……」

秋生の疑問には答えず、源蔵は独り言のように呟く。

「綾香お嬢様も、芹香お嬢様も……見境いなく焼き尽くしおる」
「……」
「来栖川の造りし物が、来栖川に害をなす……そのようなことがあっては、ならんのだ。
 ……何が、あろうとも」

言葉を切った源蔵の体が、ぐらりと傾いだ。
ようやく起こした上体が再び血の海に沈もうとする、その肩を掴んだ腕があった。

「……そいつは、俺の女房や娘にとっても、よくねえ話……だよな」

いつの間にか身を起こした秋生の腕が、源蔵を支えていた。
荒い息の中、ぐ、と膝を曲げる秋生。

「家族は―――」
「主の誇りは―――」

血溜りが、揺れる。
足音は、ほんのすぐそこまで迫っていた。

「……譲れねえなあ」
「……ああ、譲れぬ」

視線が、交錯する。
互いの眼光が些かも衰えていないことに笑みを漏らし、二人は足に力を込めた。

996オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:34:18 ID:fRxfNhwM0

神塚山山頂に足を踏み入れた砧夕霧の最初の一体は、その光景を瞳に映していた。

「―――」

そこには、鮮血の海。
そして、日輪を背にして雄々しく立つ男たちの姿が、あった。
男たちは、赤と金の光を手に、土気色の顔で、笑っていた。




 【時間:二日目午前11時前】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

古河秋生
 【所持品:ゾリオンマグナム】
 【状態:ゾリオン仮面・肋骨全損、肺損傷、瀕死】

長瀬源蔵
 【状態:貫通創3、内臓破裂多数、瀕死】

砧夕霧
 【残り26238(到達1)】
 【状態:進軍中】

→690 729 ルートD-2

997名無しさん:2007/04/21(土) 03:35:29 ID:ACDTFDs60
ttp://pie.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1173801422/39-

998オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:54:15 ID:BJSYxG460

神塚山の山麓に、一際大きな声が響き渡った。

「どういうことなんだ……!」

焦燥の色濃い声音は、久瀬である。
広げた地図に拳が振り下ろされ、鈍い音がした。

「―――落ち着け、久瀬」

傍らに立つ銀髪の男、坂神蝉丸が腕組みをしたまま静かに告げる。

「しかし……!」
「上に立つものが浮き足立てば、兵もまた揺れる。君の立場を思い出せ」

言われ、黙り込む久瀬。
だがその表情には隠しようもない動揺が浮かんでいた。
宥めるように、蝉丸がどこまでも穏やかな口調で言葉を続ける。

「とにかく今せねばならないのは、詳細な状況の確認と善後策の構築だ。
 ……夕霧、君たちの意識共有に何らかの障害が発生しているというのは確かなんだな?」

問いにこくりと頷いたのは砧夕霧、その中核をなすという少女である。
首肯の拍子に、額がきらりと陽光を反射して煌いた。

「―――B隊の半数とは連絡が取れない、か」

最初にその報告が上がったのは、一時間ほど前のことだった。
幾つかの交戦情報の後、東崎トンネルを突破したB隊から入った報告は不可解なものであった。
一部のユニットが隊列を離脱したというのである。
山道を経由して山頂北側を目指すはずが、鎌石小中学校へと進路を変えているという。
意識共有にも奇妙な返答をするばかりで、まともに応じようとしない。
初めは数体に見られるのみだった異常は、瞬く間にB隊の多数に伝染していった。
登山道に入る頃には一万の内、実に半数近くが隊列を離れていたのである。

999オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:54:49 ID:BJSYxG460
「……そしてC隊は上陸直後に甚大な被害を受けて潰走。
 一体、I−4地点に何がいたというんですか」

苦々しげに、久瀬が言う。
若干の平静を取り戻してはいるようだったが、渋面は晴れることがない。

「不明だ。接敵した個体の悉くが、相手を認識するよりも早く殺されている。
 尋常ではない殲滅力をもった何か、としか言えんな」
「……その何かによって三々五々に散さられたC隊の内、予定通り平瀬村に向かった一群が
 これまた壊滅的な損害を被っているというのも信じられません。
 いかに悪天候下とはいえ、これほど容易く撃破されるとは……」
「夕霧たちの力は君もよく知っているはずだ」
「しかし……」
「我々が敵の戦力を過小評価していたに過ぎん」

断言され、久瀬がようやく口を閉ざした。

「別働隊の作戦計画に修正が必要なのは確かだが、天候は回復している。
 これ以上、戦況が悪化することはないと考えていいだろう。
 それより目下最大の問題は……」

久瀬の矛先を逸らすように、蝉丸は地図を指差す。
指し示したのはF−5地点。神塚山の山頂を表わす点だった。

「我が本隊の先遣、既に山頂へと到達していなければならない筈の隊が、何者かに悉く水際で
 食い止められているということだ」
「山頂に占位する敵は、報告によれば二人でしたね……」
「容姿から判断すれば、おそらく古河秋生、長瀬源蔵の二名だろう。
 重傷を負っているということだが、これだけの時間、夕霧の攻勢を凌ぎきるとなれば、
 相当に手強い相手と考えなければならんだろうな」
「しかし、我々に打てる手は……!」

落ち着き払った蝉丸の声に、久瀬が噛み付く。
それは先程から、散々に検討してきたことだった。

1000オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:55:18 ID:BJSYxG460
「そうだ。細い山道を通じて一度に山頂に送り込める数には、限りがある。
 夕霧たちの本領は数による殲滅戦だ。少数を各個撃破されてしまっていては話にならん」
「しかしB隊、C隊の山頂到達までは、まだ……」

混乱した別働隊の再編までは、今しばらくの時間を要する。
現状で山頂に投入できるのは本隊だけだった。

「絶対的な突破力が足りん。単体で突出した火力があれば、一気に制圧することも可能かもしれんがな」
「くそ、時間がないっていうのに……!」

歯噛みしながら久瀬が幾つもの書き込みがされた地図から視線を上げ、夕霧の大軍勢で渋滞の様相をみせる
山道を睨んだ、正にその瞬間である。

「―――お困りのようですねっ」

ぎょっとして振り向いた、すぐ目の前に、何かがいた。

「単体で、突破力と、火力がいる……はい、おまかせですっ!
 佐祐理は難しいことはよくわかりませんが、魔法はなんでも叶えてくれますから、安心してくださいねっ」
「な、な……倉田、さん……!?」

何故、倉田佐祐理がここにいるのか。
周囲の砧夕霧をどうやって突破したのか。
坂神蝉丸をしてこれほど接近するまで気配を感じ取らせなかったというのか。
そして、幾つもの疑問にレスポンスの低下した久瀬の思考回路を支配する最大のクエスチョンマーク。

 ―――その手に持っている、ピンク色のそれは何ですか。

絶句しながら視線を動かせば、傍らの蝉丸もまた表情を引き攣らせたまま固まっていた。
坂神さんでもこういう顔をするのか、などという思考が現実逃避以外の何物でもないと、自身でも理解していた。

「大丈夫です、佐祐理は困った人の味方ですからっ。……えいっ」

目の前にいる何かが、手にした杖のようなものを振るのを、久瀬は呆然と眺めていた。
きらきらと零れ落ちる光が綺麗だと、そんなことを考えていた。


******

1001オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:55:40 ID:BJSYxG460

「……なあ、爺さん」

満身創痍の身体に闘志だけを宿し、一振りの銃を構えながら男が言う。
荒い呼吸の合間、擦れた声で交わされる会話。

「……何じゃ、若造」

流れ出る血すら既に枯れ果て、それでも黄金の拳を下ろすことなく老爺が応えた。

「……ヒーローって何だか、わかるか?」

男の銃に、真紅の光が揺らめいた。

「負けねえ男? いいや、違う」

赤光。
眼前の一体が吹き飛び、急斜面を転げ落ちていく。

「強い男、挫けねえ、諦めねえ、違う、違う、違う。話にならねえ」
「……ならば、何と?」

もはや連射のきかぬ赤光を掻い潜って近づいてきた一体を、老爺の拳が捉える。
重い一撃にのけぞったところに追撃を叩き込まれて周囲の何体かを巻き込みながら落ちていく個体には
目もくれず、次の獲物を探しながら老爺が訊ねた。

「ヒーローってのは―――正義の味方、だ」
「ほう」

1002オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:56:02 ID:BJSYxG460
背中合わせに回転しながら、赤と金の光が閃く。
その度に、小さな影が山頂から弾き飛ばされ、転落する。

「悪の怪人をぶっ飛ばす。そういうもんなんだよ」
「成る程の。―――ならば」

苦笑じみた声が、応える。

「……ああ、うってつけの状況ってやつだ、こいつぁ」

二人の眼下。
登っては叩き落され、しかしいっかなその数を減じる様子をみせない不気味な少女たちの動きが、
ここにきてその様相を一変させていた。

「長生きしてると、……ああいうもんにも、馴染みができるのかよ、爺さん」
「来栖川では、夢も売るがの……生憎と、あの手のものは扱っておらん」

見下ろす先には、山道に密集した少女たちがいる。

「あのような―――人を食って取り込む化け物は、の」

吐き棄てるように言った老爺の視線の先、山頂に程近い斜面で、ぐずり、と。
少女が、融けた。
それはまるで、火に炙られた蝋細工のように。
唐突に、人の形を失って融け落ちたのである。

「畜生……またかよ」

融け落ちた、乳白色の水溜りに、近くの少女たちが一斉に群がる。
ずるりずるりと、音がした。啜っている。
つい今し方まで己と同じ姿形をしていた少女の成れの果てを、少女たちが四つん這いになって啜っている音だった。
怖気立つような光景の中で、同胞を啜る少女たちの身体に変化が訪れる。
ごぐり、という奇妙な音と共に、少女を構成する骨が、筋肉が、その配置を変えていく。
肘が、膝が、本来あり得ない方向に曲がっては、正しく接ぎ合わされていった。
奇怪な人体実験の如き、それは凄惨な光景だった。
そして、何よりおぞましいことには、

「一人を食えば、一人分……ってか……」

1003オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:56:20 ID:BJSYxG460
嫌悪感も露わな、秋生の言葉どおり。
同胞の血肉を啜った少女の身体は、一回り大きく成長していたのである。

「連中、食った分だけデカくなりやがる……」

既に周囲の同胞から頭一つ抜け出た少女が、山道を埋め尽くす群れのそこかしこに見え隠れしていた。
一回り大きくなった少女は、しかしすぐにまた融け崩れ、周囲の少女に食い尽くされる。
食った少女が立ち上がれば、他の少女よりも二回り大きく育っていた。
二回り大きな少女が、融けて崩れる。崩れて喰われる。喰われて育つ。育って融ける。
それは紛れもない、悪夢の連鎖であった。
しかし、秋生と源蔵は既にその光景を見てはいない。

「……そろそろ来るぞ、小僧」
「ああ、わかってらあ」

二人の視線が捉えていたのは眼下、山の中腹付近だった。
山道を埋め尽くしていたはずの群れは、その周囲には存在しなかった。
ぽっかりと空いたその場所には、少女がたった一人で立っていた。
無数の少女たちと同じ造作、同じ顔。
ただ一つだけ異彩を放つところがあるとすれば、それは―――

「畜生、でけえな……!」

数十メートルはあろうかという、その巨体であった。

1004オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:57:09 ID:BJSYxG460

 【時間:二日目午前11時ごろ】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

古河秋生
 【所持品:ゾリオンマグナム】
 【状態:ゾリオン仮面・肋骨全損、肺損傷、瀕死】
長瀬源蔵
 【状態:貫通創3、内臓破裂多数、瀕死】
砧夕霧
 【残り24989(到達12)】
 【状態:進軍中】
融合砧夕霧
 【790体相当】


 【場所:G−5】
久瀬
 【状態:悲壮】
坂神蝉丸
 【状態:健康】
砧夕霧コア
 【状態:健康】

倉田佐祐理
 【所持品:マジカルステッキ】
 【状態:不幸を呼ぶ魔法少女】

→684 796 808 ルートD-5

1005No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:39:57 ID:v0QhiBEc0
――待つ時というのは長いもの。
情報収集の傍ら、パソコンの時計機能を見返し見返し焦れる時を過ごす。
あの兎が時計機能に細工して僕の反応を楽しんでいるんじゃないかという位流れる時の歩みは遅かった。
それでもいつかは変化が訪れる。
『メールが届きました』
「!!」
来た。
ついに来た。
少なくとも向こうはこちらに興味は持ってくれた。
さあメールを開け。
希望の扉を開くんだ。
兎共を騙し、欺き、裏を掻き、僕らが無思慮に行動していると思わせるんだ。
希望の鍵を鋳造しろ。
0%の勝率を唯ひたすらに上げていけ。
僕は潜れなくてもいい。
あの島にいる人達が通れれば。
覚悟はとうに決めている。
何があろうと奴らを殺すのだ。

1006No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:43:00 ID:v0QhiBEc0
『ハッカーより放送者へ』

『はじめまして。俺は河野貴明と言います。
断っておきますが、俺はハッカーではありません。
ハッカーの名前は伏せておきます。
俺達は貴方の事を信じます。
俺達も主催者が心底憎いです。
是非協力して主催者を倒しましょう。
貴方はどうやって俺達を特定しましたか?
カメラに俺達は映っていますか?
カメラは動いていますか?
他にも聞きたいことが出来たら随時送ります。
それでは。』

1007No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:47:23 ID:v0QhiBEc0


――愕然、としてしまった。
違う。
違う!
違う!!
これじゃ駄目なんだ!
自分の名前を簡単に名乗って!
僕が反主催者だとあっさり信じて!
聞きたいことがあったら随時送るだって!?
何を考えているんだ!
望みが……
主催者を倒すには……ハッカーの協力がいるのに……
知恵が働かない味方なんて足手纏いでしかないのに……
どうしよう……
どうする……
「――ぁ?」
声にもならない声が喉から漏れる。
メールの最後に添付が付いていた。
「?」
絶望に身を窶しながら開いてみる。
――僕が送った情報?
何だ?
何でこんなものを?

1008No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:48:20 ID:v0QhiBEc0

その瞬間、頭の中で仮定が構築される。
自分でも止められない速度で色々な事が駆け巡る。
もしかして……もしかして……もしかして……!
希望的観測じゃないか?
構わない!
どの道最初のメールを送った時にすることは決まっているんだ!
そうなら……もしそうなら!
知恵が働かない味方なんて足手纏いだ!
さぁ考えろ!
僕が足手纏いになってはいけない!
主催者も神ではない筈だ。
きっと全ては分からない。
手の上で踊る振りをし続けろ。
最後にその手を食らい尽くす為に!
「信じて……くれた……」
油断しろ。
僕らは無害だ。
こんなにも愚かなやり取りをしているんだ。
指を刺し嘲笑え。
自分が磐石の上にいると思い込んでいろ。
絶対に……逆転してやる。

1009No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:49:02 ID:v0QhiBEc0


「……」
「……」
「……」
「……」
今、皆さん寝ていらっしゃいます。
寒を凌ぐ為に固まって。
それでも心底熟睡して。
無理にでも休息を取る必要がありました。
休むことに抵抗を感じていらっしゃいましたが、横になるとすぐに寝息を立てられました。
当然……ですね。
特に貴明さんは全身傷だらけです。
あのままでは何もせずとも死んでしまいかねませんでした。
あのメールは恐らく返信までに時間が掛かるでしょう。
その間に少しは休めるはずです。
……久瀬、という方がどちらであれ。
何故……殺し合いなど強要させられているのでしょうか。
貴明さんも、姫百合さんも、久寿川さんも。
こんなことをさせる必要があるのでしょうか。
主催者の方々は何を考えているんでしょうか。
私は……どうするべきなのでしょうか……
どうやって……皆さんを助けるべきでしょうか……
「せめて……」
やれることはやっておきましょう。
それがどんなに小さなことでも。
ゆめみは手持ちの忍者セットを思い返し、立ち上がった。

1010No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:50:24 ID:v0QhiBEc0


……………………
どぉぉぉ……ん……
……爆音?
距離は……結構あるでしょうか……
どぉぉぉ……ん……
また……
「ゆめみさん……」
久寿川さん……
今ので起きてしまったのでしょうか。
問うような目。
「恐らく遠いです。今は問題ないでしょう。休んでいてください」
「でも……」
「今は……回復のほうが重要です。寝てください」
「……何かあったら」
「起こします。……ですから……」
「ありがとう。……おやすみなさい」
再び目を閉じる久寿川さん。
寝た……少なくとも寝る気にはなってくれたようです。
回復……攻撃……情報収集……
今はただ時間がほしい……
無駄にできる時間はありません……
私も……
どごぉぉぉぉぉん……
大きい……?
先程よりも大きな爆音。
爆発の規模が大きいのか、それとも近付いたのか……
久寿川さんは今度は眠っています。
もしくは、目を閉じているだけなのか……

1011No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:50:51 ID:v0QhiBEc0



「っ……つぅ……」
貴明さんの呻き声が聞こえます。
何故あんなに傷を負ってあれほどまで頑張れるのでしょうか。
怖くはないのでしょうか。
辛くはないのでしょうか。
痛くはないのでしょうか。
時折、ふと貴明さんの眼がとても鋭く険しくなることがあります。
一瞬でそれは掻き消えてしまうのですが、もう錯覚とは思えないほど何度も見ています。
そういう眼をしたとき、大抵は姫百合さんが貴明さんに触れるのもそれが原因なのでしょうか。
姫百合さんも気付いているのでしょう。
恐らくは、久寿川さんも。

1012No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:51:13 ID:v0QhiBEc0



「っ……つぅ……」
貴明さんの呻き声が聞こえます。
何故あんなに傷を負ってあれほどまで頑張れるのでしょうか。
怖くはないのでしょうか。
辛くはないのでしょうか。
痛くはないのでしょうか。
時折、ふと貴明さんの眼がとても鋭く険しくなることがあります。
一瞬でそれは掻き消えてしまうのですが、もう錯覚とは思えないほど何度も見ています。
そういう眼をしたとき、大抵は姫百合さんが貴明さんに触れるのもそれが原因なのでしょうか。
姫百合さんも気付いているのでしょう。
恐らくは、久寿川さんも。

1013No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:51:43 ID:v0QhiBEc0





「起きてください。来ました」
「……そう」
ゆめみさんが私を揺すって起こしている。
起きた事を言外に告げて、貴明さんから離れて立ち上がる。
背を伸ばすとぽきぽきと音が鳴った。
大分体が楽になっている。
ゆめみさんに感謝しないと。
「じゃあ、二人も起こしましょう」
「はい」
貴明さんも姫百合さんもよく眠ってる……
本当なら起こしたくない。
特に貴明さんは傷だらけ。
出来ることなら眠りたいだけ寝かせておいてあげたい。
でも、ここで二人で決めて失敗したら全てが終わってしまう。
そんな勝手は出来ない。
「貴明さん……姫百合さん……起きて……」
「っ……ぅん……」
やっぱり……痛そう……
「貴明さん……」
「ああ……」
「来ました」
「うん……」
出来ることをやっていくしかない。
そうですよね……? まーりゃん先輩……

1014No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:52:44 ID:v0QhiBEc0
貴明さんは傷が痛むのか少し顔を顰めながら立ち上がろうとして、
すとんと落ちた。
姫百合さんが抱きついたままだから無理に立ち上がらなかったみたい。
……いいな。
じゃなくて。
「姫百合さん……起きてください」
「珊瑚ちゃん、起きて」
「んぅー……」
「姫百合さん……」
「珊瑚ちゃん」
「うぃー……」
起きない……
「起きないわね……」
「そうですね……」
そんなに疲れているのかしら。
「珊瑚ちゃん」
「なにぃ……」
「珊瑚ちゃーん」
「あいぃ……」
貴明さんが姫百合さんを揺すりながら起こそうとする。
微妙な反応はするみたいだけどそれでも起きない。
眠った姫百合さん……ね……
眠り姫を起こすには……
「王子様のキス……」
貴明さんの顔が一瞬で赤く染まる。
心なしか呼びかける声と揺する手が強くなった気がする。
「キス?」
ゆめみさんが不思議そうに尋ねてくる。
「口付けで眠った人が目覚めるのですか?」
「御伽噺よ。茨の森の奥で眠り続ける呪いを掛けられたお姫様は王子様の口付けを受けると目を覚ますの」
「そうですか……」
ゆめみさんは暫し黙考した後、貴明さんに話しかける。
「あの、貴明さん。こんな状況ですしやれることはやったほうがよろしいのではないかと思うのですが」
「……いやでも唯の御伽噺だし」
「すひゃー……」
「珊瑚ちゃん! 起きて! 珊瑚ちゃん!」
「ぉー……」
がっくんがっくん揺さぶっても姫百合さんはまるで起きる気配がない。
貴明さんの動きが止まる。
俯いたまま暫し硬直。
覚悟を決めたのか、真っ赤になりながらゆっくりと姫百合さんの口に近づいていく。
ちゅ……と小さな水音が聞こえてきた気がする。
「んぃー……」
姫百合さんは……
「……あー……貴明〜……」
起きた……
「おはよう。珊瑚ちゃん」
「おはよー。ほなここ、天国?」
むしろ地獄に近いと思うけど……
王子様のキスってちゃんと効果あるのね……
知らなかったわ……
「姫百合さん、きました」
「あー……あ〜……うん……」
「じゃ……」
『見ようか』
筆談に切り替える。
『ええ』
そして、希望の糸を繋ぐメールを開く。

1015No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:53:44 ID:v0QhiBEc0










【時間:二日目21:30頃】
【場所:G-3左上の教会】

姫百合珊瑚
【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:決意。メールを送った。工具が欲しい】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない、忍者セットから鳴子を協会周辺に配置しました。引っかかったらその場ではなく、ゆめみ側の手元で鳴ります。ゆめみは鳴子のことを珊瑚達には知らせていません】

イルファ
 【状態:停止、激しい損壊、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】

久瀬
 【場所:不明】
 【状態:主催者と戦う決意、珊瑚達に全てを託すつもり、パソコンに入っていた情報を小出しにして主催者の出方を伺う】
 
【備考:久瀬・珊瑚のパソコンの中に入っている情報は作内以外にもお任せ、ただし主催に関する情報は入ってはいない、一回目に久瀬が送った添付は参加者一覧表、二回目は各種島内施設概要】

1016すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:40:06 ID:P3RNtTFE0
『久瀬です、信じてくれて有難うございます。
まずカメラについてですが、貴方達のご推察通り【各種島内施設概要】に載っている施設内部を中心に映されています。
ですが施設外も時折映されているので、油断は禁物でしょう。
映像は遠目から映されている場合もあれば近距離から映されている場合もありますが、よほど性能の良いカメラを使っているのか相当鮮明です。
因みに僕が見せられている画面はどんどん切り替わっていっていますが、貴方達はまだ映っていません。
次にどうやって貴方達を特定したか。これは僕には分かりません。
しかし僕が与えられたパソコンに、ハッカーとして貴方達のメールアドレスが登録されていました。
ですからもし貴方達がハッキングをしていたとしたら、間違いなくそれはバレていて、特定までされています。
貴方達の手に入れた首輪解除方法がダミーかどうかの真偽は分かりませんが、特定はされています。
これ以上ハッキングに頼ろうとしてはいけません。こうなってしまった以上、主催者の言う【首輪の解除を示唆したもの】で首輪を解除するしか無いでしょう。
その道具を探し出す手助けとなると思われるファイルを添付しておきます』

「これで良し……と」
メールを送り終えた久瀬は、椅子に深く座り直して大きく息を吐いた。
実の所、今回のメールは賭けの部分が大きい。何しろ、嘘のアドバイスも混じっているのだから。
そもそも自分のパソコンは主催者に渡されたものである以上、ハッカーとのやり取りは全て筒抜けと考えて間違いない。
ならば真意を全て露にした形で、メールを送る訳にはいかない。
本当の本当に重要な部分、主催者の裏を突く部分だけは、向こう側が自力で察知してくれるのを祈るしかない。
自分は一つの推論に辿り着けたが、ハッカー達は辿り着けるだろうか?
――大丈夫だろう。ハッカー達はカメラの位置について正確な予測も示してくれたし、何よりハッキングする程の技術を持った人間がいるのだ。
きっと自分などよりも余程頭が良いし、同じ推論にまで辿り着いてくれる筈。
今はハッカー達を信じて、自分は次なる一手を考えよう……。

   *     *     *    *     *     *

1017すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:41:36 ID:P3RNtTFE0
久瀬より送られてきたメールを見終えた河野貴明が、長い時間の熟考の末、紙にペンを走らせる。
『まず始めに、久瀬は対主催で俺達の味方だと仮定しよう。そうすると、ハッキングは完全にバレていて特定されている』
そう書いた紙を皆に示してみせると、姫百合珊瑚が素早くペンを取った。
『そうなるね。正直ハッキングがバレてるってのは、本当やと思う。うちが首輪解除方法を盗み出してから、ほんの一時間くらいで久瀬からメールが来た訳やし……。
 幾らなんでも、偶然にしてはタイミングが良すぎる』
『となると、やっぱりこれ以上はハッキングするべきでないって事か……。特定されてる原因もハッキリとしないんじゃ、危険過ぎる。
 これ以上ハッキングは出来ないから、大人しく主催者の準備したという解除方法を使用しろって事になるね……』
貴明が気落ちした顔でそう書くと、珊瑚はゆっくりと首を振った。
『違うよ、危険やけどハッキングはせなあかん。予め準備されたもので首輪を解除出来たとしても、それは主催者の予想の範疇やん。
 ハッキングはいつか絶対にする必要がある――主催者の、裏をかく為に』
珊瑚の意見を見た貴明は、顎に手を当てて考え込んだ。
確かに主催者の予想通り動き続けているだけでは、何処かで突破不可能な壁にぶち当たってしまうだろう。
狡猾な主催者ならば、自分で準備した餌により自身が噛まれるような愚行は犯さないだろうから。
『そうか……主催者が【首輪の解除を示唆したもの】を準備した理由が分かったぞ。
 主催者は俺達の思考を、その一方向に絞り込もうとしてるんだ。俺達の行動を予測して、対策を練りやすくする為に。
 やっぱりハッキングは主催者にとっても脅威なんだ。何せバレさえしなければ、主催者の情報が全て筒抜けになるんだから』
それで、間違いない筈だった。
ならば次にどうやってハッキングを再び行うかだが――貴明がそこまで考えた時、ほしのゆめみが声を上げた。

「あ……あの、貴明さん」
「どうしたの?」
貴明がゆめみに、不可解な視線を送る。
盗聴されているのに、どうして口頭で話しかけてくるか分からなかった。
しかしゆめみは、主催者対策とは別の事を口にした。
「貴明さん達が眠っている間起こった事について、お話しておこうと思うのですが……」







1018すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:42:32 ID:P3RNtTFE0
意識せずとも拳に力が入り、噛み締められた奥歯がぎりぎりと軋みを上げる。
貴明は募る苛立ちを隠し切れない様子だった。
激しい爆発音をゆめみが聞きとったのは、今から二時間近くも前の事らしい。
だが未だにルーシー・マリア・ミソラ達は戻ってこない。
そう、もうるーこ達が出発してからゆうに二時間以上経ったのに、戻ってこない。
「――幾ら何でも遅過ぎる。やっぱりるーこ達に何かあったんだ!」
貴明はばっと立ち上がると、傍に置いてあったデイパックを拾い上げた。
皆の視線を浴びるのも意に介さず、鞄から無造作にステアーAUGを取り出す。
「……貴明さん、どうするつもりなの?」
貴明の行動を疑問に思った久寿川ささらが、怪訝な表情で問いを投げ掛けた。
貴明は入り口に向かって歩みを進めながら、背中を向けたままで答える。
「……決まってるじゃないか。るーこ達を助けに行ってくる」
「――――ッ!」
ささらが息を飲むのが背中越しでも分かったが、それでも貴明は歩みを止めない。
珊瑚が弾かれたように駆け出して、貴明の腕を後ろから掴んだ。
「あかん……そんな身体で無茶したらあかんよ! それにるーこも言うたやないか……自分達の居ない間しっかりと此処を守るんだぞ、って……」
そうだ――そもそもるーこ達は、怪我人だからという理由で貴明をこの場所に置いていったのだ。
しかしだからこそ、貴明は言った。
「嫌なんだ……」
「え?」
貴明はくるりと振り返り、精一杯の想いが籠もった叫びを上げた。
「俺の代わりに誰かが傷付いて、命を落とすのは、もう絶対に嫌なんだっ!」
その余りにも凄まじい剣幕に、珊瑚もささらもゆめみも、容易に見て取れる程の戸惑いを見せた。
彼女達の動揺に気付いた貴明は、少し語気を抑えて続ける。
「確かに今の俺じゃ足手纏いになる可能性もあるし、教会を守るのだって大事な役目なのは分かってる。
 でも悪いけど、俺にはこれ以上此処で待ってるなんて出来ない。こうしてる間にもるーこ達が敵に追われてるかも知れないんだ」
貴明には、これ以上自分の代わりに誰かが死ぬ事など耐えられなかった。
笹森花梨は死んだ。間違いなく貴明達を救う為に捨て身で行動し、その結果少年ごと撃たれて死んだ。
ここでただ手を拱いて待っているだけでは、また同じ結果になってしまうかも知れない。
るーこ達が無事に逃げ延びて何処かに隠れている可能性だって考えられるが、どうしても嫌な予感が頭から離れなかった。

1019すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:43:21 ID:P3RNtTFE0
「貴明さん……」
不安に顔を強張らせたゆめみが、こちらに視線を送ってくる。
貴明はその瞳から逃れるように、ゆっくりと入り口の方へ身体を翻した。
「ごめん、ゆめみさん……そういう事だから、俺は行ってくるよ。俺のいない間、珊瑚ちゃんや久寿川先輩を頼む」
貴明はそのまま足を進めて、入り口の扉の前まで辿り着く。
だがそこで扉の向こうから、びしゃびしゃと水滴を跳ね飛ばしながら歩いてくる音が聞こえてきた。
ほぼ同時にゆめみの手元で鳴子がからんからん、と音を奏でる。
「誰だっ!?」
貴明は半ば反射的に、ステアーAUGの銃口を扉へと向ける。
後ろの方でもささら達が、たどたどしい手つきで各々の得物を鞄から取り出していた。
貴明はステアーAUGを両手で構えたまま、扉越しに撃たれてしまわぬような位置へと移動する。
首だけ動かして後方を確認すると、少女達の瞳に不安げな影が降りているのが分かった。
何としてでも彼女達を守らなければ――貴明が決意を固めたその時、ドアをノックする音が聞こえた。
続いて扉の向こうで、凛々しくも透き通った声がした。
「安心して頂戴……私よ、七瀬留美よ。佐祐理もいるわ」
初めて聞く声だったので確認するように後ろへ視線を移すと、珊瑚が強く頷いた。
貴明は皆を制すようにさっと腕を上げた後、武器を片手で握り締めたまま、扉のノブに手を掛ける。
力を込めて押すと、軋んだ音を立てて、重い鉄扉がゆっくりと開いていった。
開け放たれた扉の向こうには、降りしきる雨の中で少女が二人立っていた。

1020すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:43:46 ID:P3RNtTFE0
七瀬留美と倉田佐祐理の姿を認めた珊瑚が、つかつかと歩み寄る。
珊瑚は顔を柔らかく綻ばせて、佐祐理達の目の前に立った。
「うわっ、ずぶ濡れやな〜」
その言葉通り、佐祐理と留美の服はびしゃびしゃに塗れていた。
「まあ入って休みいや。疲れたやろ?」
そう言って、右手を中へ動かしながら手招きをする。
しかし佐祐理達はまだ、扉の外にじっと立ったままだった。
ようやく疑問を抱き始めた珊瑚に、佐祐理がゆっくりと言葉を投げ掛ける。
「話は後です。早く出発の準備をして下さい」
「――え?」
「お願いですから質問は後にして下さい。今は早くこの場所から離れなければなりません。
 此処に危険が迫っているかも知れないんです。そう、どうしようも無いくらいの危険が……」
告げる声はとても重く、その瞳には明らかな焦燥の色が映し出されていた。
迫る危険とやらが何かは珊瑚には分からなかったが、佐祐理の様子を見れば、一秒たりとも余裕が無い事だけは分かった。
だからこそ珊瑚は真剣な表情となり、即断を下した。
「……せやな。るーこ達も心配やし、貴明と一緒に皆で出発しよっか」

   *     *     *    *     *     *

1021すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:44:50 ID:P3RNtTFE0
陰鬱な雨が天より際限無く降り注ぎ、それが森を覆う木の葉のカーテンと接触し、不快な音を奏でる。
木々の隙間より雨粒が零れ落ちる森の中を、河野貴明一行はゆめみを先頭に据えて進んでいた。
教会には留まれなくなった以上、当面の行き先は爆発音が聞こえてきた辺りだ。
当然ただ歩くだけで時間を食い潰すなどといった愚は犯さず、足を動かしながらも事情の説明を受ける。
「じゃあその、リサ=ヴィクセンって人が裏切って宮沢有紀寧に付いちゃったんやな?」
「ええ、そうです。リサさんは全く躊躇せず、佐祐理達に攻撃してきました……」
佐祐理はそう言って、包帯が巻きつけられた右肩を示して見せた。
包帯にこびり付いた鮮血が、佐祐理の受けた攻撃の凄まじさを雄弁に物語っていた。
「もしかしたらリサさん達ももう、教会の情報を入手しているかも知れません。そして、リサさんは多分軍の人間だと思います。
 そんな方に襲われてしまったら恐らくは……。だから私達は一刻も早く移動しなければならなかったんです」
その言葉を聞いて、ゆめみは少し疑問を感じた。
「でも相手は二人なんでしょう? 争いごとは嫌いですけど、私達全員で立ち向かえば十分に撃退出来るのでは……」
少なくとも人数面だけ見れば、自分達の方が圧倒的に優位だった。
何しろこっちは六人いるのだ。武器も十分過ぎる程揃っている。
幾ら相手が戦い慣れしている人間であろうとも、戦力面で劣っているとは到底思えなかった。
しかし――佐祐理の返答を待たずに、ささらがゆっくりと首を振った。
「私と貴明さんは、湯浅さんって人に会った事があるんだけど、その時にリサ=ヴィクセンって人について話を聞いたわ」
全員の視線が集中するのを確認してから、ささらは続けた。
「湯浅さんは言っていた……リサさんは世界トップクラスの実力を持ったエージェントだと」
「な――!?」
ささらの言葉を受けた珊瑚達は、背筋が凍りつくような戦慄に襲われた。
トップクラスのエージェント――即ち超一流の戦闘技術を誇る怪物が、ゲームに乗ってしまったのだ。
「リサさんが凄いのは何となく分かりましたけど、まさかそれ程とは……」
佐祐理もリサの正体までは知らなかった為、大きく動揺していた。
そして同時に、何故あの時柳川が撤退という選択肢を選んだのか、合点がいった。
柳川はリサの実力を見抜いていたからこそ、不利だと判断し自分一人で足止め役を買って出たのだ。
いくら柳川でもその道の達人が相手では、命を落としてしまった可能性も――言い表しようも無い不安が、佐祐理の胸を過ぎった。

1022すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:45:35 ID:P3RNtTFE0
リサについての情報が出尽くした所で、留美が追い討ちを掛けるように告げる。
「危ないのはリサさんだけじゃない。宮沢有紀寧――アイツは最悪の敵よ。
 罪の無い人を容赦なく踏み躙って嘲笑う、悪魔のような女なんだから!」
語る留美の声には、深い憎しみと恐怖の色が入り混じっていた。
留美は四対一の圧倒的優位にも拘らず、有紀寧に不覚を取り――藤井冬弥の命を奪われてしまったのだ。
全員の動揺が収まるまで待ってから、留美はゆっくりと言葉を続けた。
「だから悔しいけど、今は逃げるしか無いと思う。対策を練る前に戦うのは危険過ぎるよ」
その言葉に反論する者は、もう誰一人としていなかった。
自分達はゲームの破壊を目論んでる以上、首輪解除の鍵となる珊瑚を守らなければならないのだ。
ならば危険な橋を渡るような真似は、極力避けるべきだろう。
トップクラスのエージェントと極悪非道な女を相手にするのは、どう考えてもリスクが大き過ぎる。
厳しい現実を突き付けられた一同の間に、重苦しい空気が漂う。
だがそこで、パンパンッと強く手を叩く音が聞こえた。

「はいはい、そこまでやで〜」
貴明が振り返ると、珊瑚が気丈な笑みを浮かべていた。
「……珊瑚ちゃん?」
「今考え込んでもしゃあないやん。まずは早いとこるーこ達を見つけて、それからゆっくり考えよ?」
言われて貴明は、目が醒めるような思いを覚えた。
あれ程色々な思考が渦巻いていた頭の中が、クリアになってゆく。
珊瑚の言う通り、ここで悩んでいても始まらないのだ。
案ずるより産むが易しという諺もある。まずはるーこ達の捜索に集中すべきだった。
「そうだね。もし仲間が教会に来ても大丈夫なように書き置きは残してきたし、今は目の前の問題を一つ一つ片付けていこう」
貴明が表情を緩めてそう言うと、皆一様に強く頷いた。
恐怖や戸惑いを感じていない訳では無いけれど、それでも彼らは前向きに進んでゆこうとしていた。
だが彼らは知らない――ルーシー・マリア・ミソラと観月マナは、既に帰らぬ人となっている事を。
彼らは知らない――自分達の出発したタイミングが、余りにも悪過ぎたという事を。

1023すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:46:25 ID:P3RNtTFE0
   *     *     *

――河野貴明達が教会を出発してから十分後。

「……どうやら遅かったみたいね」
人の気配が消えた礼拝堂で、向坂環が溜息交じりに呟いた。その手には一枚の紙が握られている。
「どういう事だい?」
「――これを見てください」
橘敬介は差し出された紙を受け取って、その内容に目を通した。
『柳川さんすいません。もしリサさん達が襲撃に来てしまったら守り切れないので、この場所を離れます。どうかご無事で――倉田佐祐理
 るーこ、そして主催者打倒を考えている皆さん。もしこのメモを見たらすぐに逃げてください。此処はとても危険みたいだから――河野貴明』
全てを読み終えた敬介は、眩暈がしそうになっていた。この文面通りに受け取れば、つまり――
答えはもう明らかだったが、それでも敬介は微かな希望に縋り付こうとした。
「これは……何者かが偽名を使って、この場所に来た人を騙そうとして書いたのかな? リサ君が殺し合いに乗る筈が無い……」
それは最早推理にすらなっていない、ただの希望的観測からの見解だ。
だが環はぴしゃりと撥ねつけるように、否定の言葉を吐いた。
「残念ですけど、それは無いでしょう。この筆跡……間違いなくタカ坊本人の物だもの」
「な……なんて事だ……」
敬介が掠れた声を絞り出す。まるで悪い夢を見ているかのようだった。
ほんの数時間前まで志を共にした同志が、今や最悪の敵と化してしまったのだ。
狼狽して頭を抱える敬介の腕を、環が引っ張った。
「気持ちは分かりますけど、まずこの場所を離れましょう。ここに居ても殺されるだけですから……」
それは確かにその通りで、怪我だらけの自分達ではまともに戦えなどしないだろう。
敬介は力無く頷いた後、環と共に、雨の降りしきる闇に身を投じた。

1024すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:47:34 ID:P3RNtTFE0

――河野貴明達が教会を出発してから二十分後。

「ふむ……倉田達はもう別の場所に移動したか」
教会に辿り着いた柳川祐也は、あくまで冷静を保ったままに呟く。
教会に来れば合流出来るものだと思っていたので、落胆の念も多少はあったが、今回は佐祐理達の判断の方が正解だろう。
落ち着いて考えればすぐに分かる事だが、自分達は氷川村で教会の情報を流してしまったのだから、リサ達がこの地に来る可能性だって十分ある。
そして情報が既に漏れてしまっていた場合、リサ達より先に柳川が辿り着く保障など何処にも在りはしないのだ。
ここはともかく、佐祐理達がまだ無事であるという事実に感謝すべきだろう(もっとも実際には、冬弥が殺されてしまったのだが)。
「まだそう遠くへは行っていまい。急いで倉田達を探すとするか」
柳川はそう言ってメモを床の上に戻し、素早く踵を返した。


僅かな時間差で悉くすれ違ってしまった者達。
彼らは無事に合流出来るのか、それとも凶弾の前に倒れてしまうのか。
結末はまだ、誰にも分からない。


【時間:2日目22:10】
【場所:g−3左上】
向坂環
【所持品①:包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、疲労】
【目的:観鈴と貴明達の捜索、主催者の打倒】
橘敬介
【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数0/20)、支給品一式x2、花火セット】
【状態:動揺、身体の節々に痛み、左肩重傷(腕を上げると痛みを伴う)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】
【目的:観鈴と貴明達の捜索、主催者の打倒】

1025すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:49:35 ID:P3RNtTFE0
【時間:2日目22:20】
【場所:g−3左上教会付近】
柳川祐也
【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1、青い矢(麻酔薬)】
【状態:左肩と脇腹は9割方回復、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、左腕軽傷、軽度の疲労】
【目的:佐祐理達との合流、有紀寧とリサの打倒】


【時間:二日目22:15】
【場所:G-2・G−3境界線】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
 【状態:工具が欲しい】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索、落ち着いてから対主催の考察を続ける】
河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:若干の焦り、左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索】
 【備考】
  ※イルファの亡骸(左の肘から先が無い)を背負っています
久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索】
ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索】
倉田佐祐理
 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
 【状態:軽度の疲労、左肩重症(止血処置済み)】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索、柳川との合流】
七瀬留美
 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
 【状態:右拳軽傷、軽度の疲労、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索、柳川との合流】

【備考1:】
※ゆめみは鳴子を回収しました。
【備考2:久瀬・珊瑚のパソコンの中に入っている情報は作内以外にもお任せ、ただし主催に関する情報は入ってはいない、一回目に久瀬が送った添付は参加者一覧表、
二回目は各種島内施設概要、三回目は支給品武器一覧】

→791
→792
→811
ルートB-13 B-16

1026嘲笑う者:2007/04/22(日) 10:56:08 ID:P3RNtTFE0
都会ならば、たとえ夜であったとしても街灯の光や、或いは遠くビルより漏れる光により、暗闇は訪れないだろう。
だがこの殺戮の島では違う。この地において夜の訪れは、即ち闇の訪れである。
闇は身を隠す為の、最高の道具だ。ある者は自分の安全を確保する為に、そしてある者は愚かな獲物を仕留める為に、息を潜めるだろう。
しかしそれらは全て弱者の理論であり、気配すら悟れぬ未熟者の為にある戦術。
真に強き者ならば、必要以上の小細工など無用――そう言わんばかりに、リサ=ヴィクセンは堂々と街道を往く。
目的地は一つ、教会だ。橘敬介の言う『脱出できる糸口』とやらを叩き潰す為に、リサはひたすら突き進む。
ゲームの脱出――どのような方法なのかは分からない。しかし、二つ確信を持てる事がある。
まず一つ目。敬介の言う『脱出できる糸口』というのは、即ち『首輪を解除する糸口』と考えて間違いない。
このゲームを成り立たせている一番の要因は首輪なのだから、それをどうにか出来るアテがあるこそ『脱出の糸口』と表現したのだろう。
そして二つ目。主催者を打倒しての脱出は、不可能だ。
主催者は、自分や宗一、篁や醍醐といった猛者達を完全に弄ぶ事が出来る程の怪物。
そのような怪物を宗一やエディ、それに軍の力添え無しで打倒するなど、絶対に不可能だ。
なら生き延びる為には殺し合いをするしか無いのか?――リサは、そう思わない。
別に生き延びるだけなら主催者を倒す必要など無い。
何とかして首輪を解除し、この島から逃げ出してしまえば良いのだ。
勝ち目の全く無い勝負に身を投じるより、そちらの方が余程現実的な選択だ。
恐らくは今主催者打倒を掲げている連中も、やがて自分達の行いが無謀である事に気付く筈。
死ぬまで意志を曲げずに戦い続ける人間もいるだろうが――いずれ何人かは、心変わりする筈。
此処は犬死するよりも生き延びる事を優先するべきだと、主催者など放っておいて逃げ出すべきだと、そう考える筈なのだ。
その結論に至ってしまえば、後は簡単だろう。
首輪さえ外せれば、この島から逃げ出すなど造作も無い事。
首輪を外せる程の技術力を持った人間が存在するならば、脱出用の船など容易に準備出来るだろうから。
しかし、である。
(脱出なんて、絶対にさせない……!)

1027嘲笑う者:2007/04/22(日) 10:57:07 ID:P3RNtTFE0
主催者は『見事優勝した暁には好きな願いを一つ、例えどんな願いであろうと叶えてあげよう』と言った。
即ち、誰かの逃亡などという形でゲームを台無しにされてしまっては、誰も生き返らせれない。
宗一も、エディも、そして栞やその大切な者も、誰も。
それでは何の為にゲームを肯定し、殺戮の道を選び取ったのか分からなくなる。
自分は宗一とエディを生き返らせ、彼らと力を合わせて主催者に復讐しなければならない。
たとえ泥を被ってでも巨悪を断ち、二度とこのような悪夢が起こらないようにしなければならないのだ。
栞だって、自分に全てを託して死んでしまった。
ならば脱出など絶対にさせる訳にいかない。必ず叩き潰し、ゲームを続行させてみせる。

次に宮沢有紀寧への対処だが……まだ考える必要は無いだろう。
有紀寧の行動原理は難解なように見えて、本当の所は至極単純である。
有紀寧は常に、自分の保身を最優先として動き、最後の一人となって生き延びようとしている。
そのような人間、全く信用ならないように見えるが――性質さえ掴んでいれば、問題無い。
有紀寧は自分にとって利用価値のある人間へ、無闇に攻撃を仕掛けたりしない。
あくまで有紀寧の目的は保身であるのだから、生存確率を下げるような選択肢は絶対に取らない。
まだ参加者が四十人以上(放送より時間が経った今では、もう少し減っているかも知れないが)いるこの段階で、裏切ってくる事は無いだろう。
氷川村での戦いのように、仲間がいれば敵集団を分散させる事も出来るし、有紀寧は自分にとってもまだ利用価値がある。
特に柳川祐也のような優れた力を持つ強敵は、他の敵と分断してから確実に仕留めたい所。
そうやってまずは脱出派の集団を殲滅し尽し、その後で有紀寧も殺せば良いのだ。
裏切りに裏切りを重ね、諸悪の根源である主催者に懇願して宗一達を生き返らせる――それは下衆にも劣る行いだろう。
だが、後で蘇った宗一に殴られたって良い。どれだけ多くの人間の恨みを買ったって良い。
悪を討てず、仲間を死なせたまま、犬死にするよりはよっぽど良い。
雌狐は、躊躇わない。

1028嘲笑う者:2007/04/22(日) 10:58:11 ID:P3RNtTFE0



一方、雌狐を盾にするような位置取りで足を進める少女の名は、宮沢有紀寧。
有紀寧の身体は、快調にあるとはとても言い難い状態だった。
(くぅっ……不味いですね)
一歩一歩足を踏み出す度に、左腕の患部へと鈍い痛みが奔る。
応急処置を行い、小休止も取った為に一時よりはマシになっているが、それでも全快とは程遠い。
その上追い討ちを掛けるように雨まで降り始め、塗れた服が背中にべっとりと張り付く。
この過酷な殺し合いを無傷で勝ち残れるなどという甘い考えは抱いていなかったが、長瀬祐介相手にこれ程の手傷を被ってしまうとは思っていなかった。
それもこれも、全てはあの『毒電波』という異常な超能力の所為だ。
思い出すだけでも震えが来る。あの力の前には、どんな策略も武器もまるで意味を為さない。
何しろ本人の意思に関係無く、身体の自由を完璧に奪われてしまうのだから。
――『参加者の中には何人か人間とは思えないような連中が居るからね』
ゲームの開始時に、あのウサギが言っていたのはこういう事だったのだ。
その人外連中の一人である長瀬祐介はどうにか打倒したが、自分一人では確実に殺されていた。
人外の力……本当に馬鹿げた話だが、確かにそれは実在している。
リサの情報によると、柳川祐也も『鬼の力』という異常な能力を持っているらしい。
そして、今は形式上仲間であるリサ自身も、その柳川と互角以上の戦闘を繰り広げたとの事。
優勝する為には、柳川ともリサとも、何時かは雌雄を決する必要があるのだが……。
正直な所、こんな怪物達の相手などしていられない。正面から戦っては、命が幾つあっても足りないだろう。
なら騙まし討ちはどうか?……少なくとも、リサには通じまい。
こうして前を進むリサの背中を見ているだけでも、こちらに拳銃を向けられている錯覚に襲われる。
何をやっても、一秒後には自分が殺されてしまっているイメージしか浮かび上がらない。
騙まし討ちをされても凌げる自信があるからこそ、リサは自分と手を結んでいるのだ。
となれば取るべき道は一つ、まずはリサという最強の盾を隠れ蓑とし、安全を確保しながら他の参加者達を蹂躙してゆこう。
生き残りの数が減れば減る程優勝が近付くのは間違いないし、焦る事は無い。
ぬくぬくと力を蓄え、怪我を癒し、怪物狩りの準備を整えさせて貰おうではないか。
そうしていくうちに、いずれまた柳川とも対峙する時が来るだろう。
その時に、柳川とリサを潰し合わせる――そうすればどちらが勝つにしても、生き残った方も相当の傷を負う筈。
幸いリサは柳川と因縁があるようだし、怪物は怪物同士で潰し合わせれば良い。
自分は最後まで危険な戦いになど身を投じず、強敵は傷付くのを待ってから打倒するのだ。

1029嘲笑う者:2007/04/22(日) 10:59:30 ID:P3RNtTFE0

二人はそれぞれの思惑を胸に、人の気配が感じられぬ寂れた街道をどんどんと進んでゆく。
やがて目的の地が段々と近付いてきたので、闇に包まれた森へと進路を変える。
敬介が残したメモを頼りにそのまま森の中を歩いてゆくと、やがて視界が大きく開け、その先に目的の建物が見えてきた。
本来ならば美しい筈なのに、この暗雲の下では不気味にすら見える建造物――教会を目前にして、リサは突然足を止めた。
その様子を不審に思った有紀寧が囁き声で尋ねると、リサはそれを制すように左手を伸ばした。
「どうしたんですか?」
「静かにして。……誰か来るわ」
それで有紀寧は黙り込み、リサに促されるまま近くの茂みへと身を潜めた。
そのまま待っていると、程無くして複数の足音が近付いてくる。
教会内部の電気は消灯されていない為僅かに外へと光が漏れており、現れた者達の顔まで認める事が出来た。
(あれは……)
その中には、有紀寧がよく知る――恐らく参加者の中で、自分と一番親しい間柄であろう人物の姿もあった。

    *     *     *

1030嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:00:21 ID:P3RNtTFE0
綺麗なシャンデリアより発せられる光に照らされた、厳かな雰囲気を保つ礼拝堂。
既にもぬけの殻となってしまったその場所で、古河秋生がボソリと呟いた。
「……誰もいねえじゃねえか」
人がいた形跡こそ断片的に見られるが、少なくとも目に見える範囲には自分達以外誰も居ない。
別の部屋に隠れているのだろうか――その疑問を秋生が口にする前に、朋也が素早く行動に移る。
「一応他の部屋も確認してくる。オッサンと渚はここで待っててくれ」
朋也はそれだけ言うと、油断無く銃を構えて奥の方へと消えていった。
秋生はその後ろ姿を見て頼もしく思うと同時に、酷く寂しいものを感じた。
少なくとも戦いとは無縁の生活を送っていた筈の朋也が、この過酷な環境に順応し切っている。
――殺し合いへと、順応してしまっている。
それは生き延びる上で必要な変化ではあり、成長とも表現出来る物だが、年端も行かぬ少年に危険な役目を任せたく無かった。
それでも怪我を負っている自分が無理に動くより、ここは朋也が先行すべきなのは明らかである。
秋生は自分自身を不甲斐なく思い、ぎりぎりと奥歯を軋ませた。
程無くして朋也が礼拝堂に戻ってきて、大きく溜息をつく。
「駄目だ。奥にも誰もいなかった」
「……そうか。ったく、何処に行っちまったんだろうな」
秋生は不満げな声を上げると、懐から煙草を取り出し口に咥えた。
銃を一つしか持たぬ自分達が、ここまで敵と遭遇する事なく無傷で辿り着けたのは僥倖だったが、これでは意味が無い。
仲間と合流するという目的を果たせなければ、ただの徒労に過ぎぬのだ。

朋也は、秋生の後ろにいる渚へと視線を移す。
「渚、足の調子はどうだ? それに雨で随分身体が塗れちまっただろうけど、風邪を引いたりしてないか?」
「ありがとうございます。でも途中で何回か休みましたし、平気です」
間髪入れずに、渚が力強い答えを返す。
朋也は確認するように渚の顔をじっくりと眺めてみた。
顔色が悪化しているというような事も無いので、本当に大丈夫そうに思えた。
それから朋也はふと視界の端に、少し違和感を覚えた。
よく目を凝らすと少し離れた床に、何かの紙が落ちているのが分かった。
朋也はそれを拾い上げようとし――その時、入り口の扉が鈍い音を立てて開いた。

1031嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:01:33 ID:P3RNtTFE0
「――っ!?」
いち早く反応した朋也がトカレフ(TT30)を構えようとするが、引き金を絞るより早く手に衝撃が走り、銃を取り落とす。
その衝撃が飛来した懐中電灯によって与えられたものだと分かった時には、乱入者がこちらに向けて疾駆していた。
ブロンドの女性――リサ=ヴィクセンは、両手に一対のトンファーを構え、一気に間合いを詰める。
そのままカマイタチの如き一撃が、未だ次なる動作へと移れていない朋也の顔を捉え――無かった。
「――嬢ちゃん、オイタはいけねえな」
「…………!」
リサが驚愕に目を見開く。
相手の意識を奪い取るべく裂帛の気合で放った一撃が、横から伸びた包丁に止められていた。
並の人間では反応する事さえ困難な筈のソレを、受け止められたのだ。
「何なんだ、テメエは!」
朋也が怒りに満ちた絶叫を上げながら、鞄より薙刀を取り出して、横薙ぎに振るう。
リサは宙に跳躍する事で迫る白刃より身を躱すと、そのままバック転の要領で一旦距離を取った。
朋也が素早くその後を追おうとするが、秋生がそれを手で制した。
訝しげな表情を浮かべる朋也に構わず、秋生は包丁を構えながら落ち着いた声で言った。
「一度だけ聞く。テメェ――殺し合いに乗ってるのか?」
「答える必要は無いわ」
リサはそれだけ吐き捨てると、また突撃を仕掛けるべく姿勢を低くした。
これ以上の問答などまるで意味を為さぬと、烈火の炎を宿した青い瞳が語っていた。
獰猛な殺気、先程見せた尋常で無い身のこなし、明らかに戦い慣れしている。
悩んでいる暇は無い。怪我をしている今の秋生に、殺人への禁忌に気を取られている余裕などある筈が無い。
朋也は元より、秋生すらも、目の前の女を殺傷せしめるべき敵だと断定した。
「……乗ったんだな」
秋生が返答するとほぼ同時、礼拝堂に一陣の突風が吹き荒れる。

1032嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:02:34 ID:P3RNtTFE0
リサは一対のトンファー、秋生は包丁、そして朋也はこの中で一番リーチの長い薙刀を武器としている。
飛燕の如き速さで近付いてくる敵の横腹目掛けて、朋也は躊躇せず刃を突き出した。
リサが足を止めぬまま、その薙刀をトンファーで力任せに払いのける。
「ぐっ……!」
女性のものとはとても思えぬ膂力を受けて、朋也の薙刀が大きく横へ流される。
がら空きとなった朋也の懐にブロンドの殺戮者が潜り込み、両手に握ったトンファーを大きく振りかぶる。
朋也は敵の狂眼を間近で見据えて、かつてない程の戦慄を覚えた――この女は今までの敵とまるで桁が違うと、本能が警鐘を鳴らしていた。
一瞬で全身に鳥肌が立ち、冷たい手で心臓を鷲掴みにされているような感覚に襲われる。
大きく動揺する朋也の喉元へ、リサの振るう牙が突き立てられそうになる。
「させっかよ!」
当然、それを秋生が黙って見過ごす筈も無い。
腰を捻り反動をつけて、渾身の一撃を見舞うべく包丁を振り下ろす。
たとえ受けられたとしても、敵の得物を弾き飛ばすつもりで、豪腕に力を込める。
だが敵のトンファーと包丁が接触した瞬間、秋生は妙な違和感を覚えた。
まるで手応えが無いのだ。そう、正にのれんに腕押しといったような――

1033嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:03:46 ID:P3RNtTFE0
リサは衝突の瞬間にトンファーの角度を変えて、秋生の攻撃を綺麗に受け流していた。
思い切り力んでいた事が仇となり、力の行き場を失った秋生の上体が大きく横に流される。
「がっ……!」
完全に無防備な姿を晒した秋生の腹部へ、高速の蹴撃が叩き込まれた。
リサは敵を蹴り飛ばした反動に身を任せ、そのまま大きく後ろへ跳躍する。
その直後にそれまでリサがいた空間を、薙刀の先端に備え付けられた鋭利な刃が切り裂いていた。
「オッサン、平気か!?」
朋也が手を差し出すが、秋生は助けを借りるまでも無く自力で立ち上がった。
秋生は苦痛に顔を歪めながらも、戦意は決して衰えぬ双眸で眼前の敵を睨みつける。
「今のは効いたぜ……。昨日の女といい、この島にはじゃじゃ馬が多いみてえだな」
その様子を目の当たりにしたリサは少し驚いた表情となったが、すぐに溢れんばかりの殺気を瞳に灯す。
「信じられないくらいタフね。一体どういう鍛え方してるのかしら」
「……それを聞きてえのはこっちの方だ」
金髪のハンターが放った言葉に、秋生は焦りを隠し切れぬ声で答えた。
腹部からは絶え間なく鈍痛が伝わってくる。
蹴られる寸前に腹筋を固め防御したが、その上からでも内臓まで衝撃が響いてしまった。
昨日戦った来栖川綾香も相当優れた格闘能力を誇っていたが、この女程では無い。
少なくとも秋生の常識では、一対二の状況で女に押されるなど有り得ない。
今自分達は常識など通用せぬ実力を秘めた、屈強な殺戮者と事を交えているのだ。
秋生はかつてない戦慄を覚え、背中に冷たい汗を掻きながら、再び包丁を深く構えた。
朋也もそれに合わせて、薙刀を両腕で強く握り締め、その切っ先を敵に向ける。
「小僧……分かってんな?」
「――こっちが二人いようが絶対に油断するなってんだろ?」
朋也も敵が桁外れの技量を持っている事は、十分に理解しているつもりだ。
長柄の得物は、懐に入られてしまうとそのリーチが弱点となり、大きな隙を晒してしまう。
先程のせめぎ合いで、敵は薙刀の弱点を的確に突き、加えて人間離れした動きにより自分達二人を圧倒した。
相手は女だとか、二人掛かりは卑怯などという倫理観は、この状況では笑い話でしか無い。
敵は明らかに異常な存在――決死の覚悟で戦って然るべき相手である。
朋也と秋生が腰を落とし、同時に駆け出そうとする。

1034嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:05:03 ID:P3RNtTFE0
「皆さん――残念ですが、お楽しみの時間はそこまでです」
そこで、朋也のよく知る声が聞こえてきた。
朋也と秋生がその声がした方へ首を向けるとほぼ同時――声の主、宮沢有紀寧がさっとリモコンを水平に構えた。
次の瞬間、すぐ近くにいた渚の首輪が紅い点滅を始め出す。
「な……宮沢!?」
朋也の驚愕を視認した有紀寧は、にこりと優雅な笑みを浮かべてから語り始める。
「騒がずに聞いて下さい。古河渚さん……ですよね、彼女の首輪に備えられている爆弾を作動させました。
 もし岡崎さん達が妙な真似をすれば、即座に爆発させるので注意してくださいね?」
朋也の、秋生の、渚の顔面が、蒼白となってゆく。チェックメイト……完全なる詰み。
その事実を認識した朋也は、自分の愚かさを悔やんだ。
何の事は無い。敵は二人居て――ブロンド女性の方は、ただの囮に過ぎなかったのだ。
「宮沢、てめえっ……!」
朋也は憎々しげに舌打ちした後、思い切り有紀寧を睨みつけた。

その憎悪を一身に受けた有紀寧が、目を丸く見開き意外そうな表情となる。
「あら? あまり驚かないんですね。岡崎さんなら、私が殺し合いに乗っている事を疑問に思ってくれそうでしたのに……」
朋也とはそれなりに親交があったし、まずはこの状況に驚いてくれるものだと思っていた。
だが朋也の驚愕は一瞬のうちに終わり、すぐに親の仇を見るような目をこちらに向けてきた。
まるで最初から、有紀寧がゲームに乗っているのを知っていたかのように。
限界まで抑えようとし、それでも尚隠し切れない怒気を孕んだ声音で、朋也が話す。
「お前の悪事は大体知ってんだよ。柏木家の奴らを散々利用したのも、俺の名前を騙って掲示板に書き込みしたのもな……!」
「……そういう事ですか。全く耕一さんの口の軽さにはほとほと困らされます。
 念には念を押して、リサさんに先行して貰っておいて助かりました」
――教会前で渚を庇うように歩く朋也を発見し、有紀寧は一計を講じた。
そこで、襲撃を仕掛けようとしていたリサを押し留め、策を伝えた。
ただ相手を殺すよりも、傀儡として自分達の手駒にした方が後々役に立つと考えたのだ。
作戦を実行に移す際に、有紀寧は自ら姿を見せて朋也と接触しようと考えたが、すぐに噂が広がっている危険へと思い至った。
だからこそリサに先行させ、朋也達が激しい戦闘を繰り広げている隙に悠々と渚へ肉薄したのだ。

1035嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:06:11 ID:P3RNtTFE0
有紀寧は真横にいる渚へと視線を移し、言った。
「渚さん、話を聞いていたなら貴女にも状況が分かるでしょう。首を飛ばされたくなければ大人しくしておいてくださいね」
臆面も無く、、恐ろしい台詞をあっさりと言ってのける。
しかし渚は天沢郁未や来栖川綾香に脅迫された時も、自分の命を惜しんで信念を曲げたりはしなかった。
逆らえば待っているのは確実なる死――それでも渚は澄み渡った目で有紀寧を睨み返す。
「嫌です。私は絶対に人殺しの言いなりになんかなりません」
渚は自分がどうなろうと人殺しには屈さぬと、矜持は捨てぬと、そう言っているのだ。
だがその渚の決意を聞いても、有紀寧の顔に動揺の色は浮かばない。
かつて利用し尽くした柏木初音も、渚と同じタイプだった以上、この程度の事態は想定済みだ。
(ふふ……また馬鹿が一人。でも貴女がいくら拒否しようとした所で……)
有紀寧がすいとリモコンを渚に向けて持ち上げると、その瞬間に叫び声が上がる。
「渚、逆らうな!」
声がした方へ一同の視線が集中する。声は、秋生によって発されたものだった。
渚は殆ど泣きそうな、やるせなげな表情で、必死に反論する。
「だ、駄目ですっ! この人はお父さん達に悪い事をさせようとするに決まってます!」
秋生は渚の言葉にまるで取り合わず、とても鋭い声で叫んだ。
「ゴチャゴチャうるせえっ! 俺が何とかしてやるから、今は大人しくしとけっ!」
礼拝堂という神聖な場所を舞台に、親子の激しい口論が繰り広げられる。

1036嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:07:28 ID:P3RNtTFE0
朋也はその様子を直視し続ける事が出来ず、俯きながらぎりぎりと奥歯を噛み締めていた。
(くそっ……くそくそくそっ! どうすりゃ良いんだっ……!)
打開策を必死に模索しようとするが、状況は余りにも不利だった。
自分達が有紀寧に掴みかかろうとしても、間違いなくそれより先にスイッチを押されて、渚は殺されてしまうだろう。
それにどうにか首尾よく有紀寧の隙を突く事が出来たとしても、敵は一人だけじゃ無い。
有紀寧からリモコンを奪い取るまでの間、あの強力無比なブロンド女が黙って見ているなど有り得ないだろう。
今自分達は人質を取られている上に、純粋な戦力でも圧倒されてしまっているのだ。
絶望感に打ちひしがれる朋也に、更なる追い討ちを掛けるように、有紀寧は言った。
「――ダラダラと口論を続けられても面倒ですし、こうしましょう。……リサさん、やはり当初の予定通りに」
その言葉で全員が振り返った時にはもう、包丁を構えたリサが秋生の懐にまで潜り込んでいた。
誰一人として声を上げる間も無く、閃光と化した刃が秋生の腹を深く穿つ。
朋也の、渚の眼前で、スローモーションのようにゆっくりと秋生の身体が崩れていった。
倒れ込んだ秋生の身体の下、冷たい床の上にどんどんと赤い染みが広がってゆく。
そこでようやく、朋也と渚が弾かれたように動き出した。
「オッサァァァァン!」
「お……お父さんっ!」
二人はほぼ同時に駆け、倒れ伏した秋生の身体を抱き起こす。
だがそんな折に、突然朋也の首輪が赤く点滅し始めた。
「渚さんが大人しく従わないからこうなるんですよ? 岡崎さんの首輪爆弾を作動させましたから、犠牲者を二人に増やしたくなければ今後は自重して下さい」
まるで秋生がこんな目にあったのはお前の所為だと言わんばかりに、有紀寧が無慈悲に責め立てる。

1037嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:08:25 ID:P3RNtTFE0
瞬間、朋也の理性が完全に吹き飛んだ。
「てめえぇぇぇぇぇぇぇ!」
朋也はばっと立ち上がり、はちきれんばかりに拳を握り締め、有紀寧目掛けて疾駆する。
だが拳が目標に到達するよりも早く、リサの回し蹴りが朋也の横っ腹に炸裂した。
強烈な衝撃を受けた朋也は、もんどり打って地面に倒れ込む。
それでも朋也はすぐに両手で床を押し上げて、再び立ち上がった。
「岡崎さん……ここで犬死になさるつもりですか?」
「黙れっ! 殺してやる! てめえは絶対にぶっ殺してやる!」
有紀寧の警告を無視し、怒号を上げ、再び駆け出そうとする。そこで後ろから、掠れた声が聞こえてきた。
「やめろ……小僧……」
朋也が振り返ると、渚に抱きかかえられた秋生が、口元を血で染めながらこちらに視線を送っていた。
「――オッサン!?」
朋也は秋生の傍に膝をついて、その顔を覗き込んだ。秋生の目は、焦点が定まっていなかった。

1038嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:09:13 ID:P3RNtTFE0
「死ぬな! 死ぬんじゃねえ! オッサ……?」
喚きたてる朋也を落ち着かせるように、秋生がそっと手を掲げていた。
それから秋生は力の無い声で、話し始める。
「良いか小僧……今は……耐えるんだ……」
「え?」
「ここは怒りを抑えて……生き延びろ……。もうお前しか……渚を守ってやれる奴は……いねえんだからよ……」
言ってる傍から、どんどんと秋生の顔が白く変色してゆく。
「お父さん、しっかりしてください!」
渚がぼろぼろと大粒の涙を零していた。
秋生が渚の頬に、軽く手を沿える。
「渚……最後まで守ってやれなくて……すまねえな……」
秋生は朋也の方へと視線を移し、震える声で言葉を綴る。
「小僧……結局俺は……早苗も守れず……渚も……お前に任せたまま逝っちまうんだな……。
 ったく……ざまあねえぜ……とんだ駄目親父だ……」
言い終えると、秋生は血に塗れた口元を笑みの形に歪めた。
まるで不甲斐ない自分自身を、嘲笑うかのように。
朋也はがっと秋生の肩を掴んで、悲痛な叫び声を上げた。
「そんな……そんな事ねえよ! アンタは立派な父親だったよ! アンタは俺の目標だったよ!」
そうだ――古河秋生は自分にとって、絶対に越えられない目標だった。
羨ましかった。古河一家の築いてきた暖かい家庭が。
尊敬していた。自らの夢を諦めてまで、娘の為に尽くした秋生を。
「アンタは父親としての役目を精一杯やり通した! アンタ以上の父親なんていねえよ! なあ渚、そうだろっ!?」
「はい……私お父さんの事、大好きですっ!」
渚と朋也がそう言って、秋生の手を握り締める。
秋生はすっと目を閉じて、穏やかな笑みを浮かべた――重荷から解放されたように。
「ありがと……な……。小僧…………渚を……たの……む……」
そこまで言ったところで秋生の手から力が抜け、荒れていた呼吸も止まった。
朋也と渚は秋生の手を握り締めたまま、暫く泣いていた。

1039嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:11:28 ID:P3RNtTFE0

そのまま数分間が経過した後、有紀寧が淡々とした口調で言った。
「さて、もう良いでしょう。そろそろ話をさせて貰います」
渚と朋也は掛けられた声を無視して、秋生の亡骸に縋り付いている。
そんな二人の様子を意にも介さず、有紀寧は言葉を続ける。
「ご承知の通り、渚さんと岡崎さんの首輪爆弾を作動させました。放っておけば48時間後に爆発します。
 またリモコンで操作を行えば対象が何処にいようとも、即座に爆発させられるので逃げても無意味です。
 貴方達のどちらか一方が私の警告や命令を無視した場合、両方の首輪を爆発させますから、そのつもりで」
四十八時間後に爆発するというのも嘘だし、対象が何処にいようとも爆発させられるというのも嘘だった。
そもそもリモコンはもう使用回数切れであるし、だからこそ秋生を殺害したのだ。
だがそれらの事実は、有紀寧以外の者には知る由も無い。
リモコンの詳細を知っているのは未だ自分だけである筈だという事を、有紀寧は巧みに利用していた。

ようやく朋也が立ち上がり、憤怒の炎を宿した双眸で有紀寧を睨みつけた。
渚も遅れてよろよろと立ち上がり、精一杯の怒りを込めて有紀寧を見据える。
「……俺達に、何をさせようってんだ?」
「岡崎さんにはこれから私達と同行して、戦闘の手伝いをして貰います。渚さんはとても役立ちそうにないので、ここに置いていきます。
 教会にはこれからも人が来そうですし、出来るだけ情報を集めて下さい。私達の事を話したり、謀反を企てた場合は……分かってますね?」
それは即ち、ゲームの打倒を企てている人間を裏切って、有紀寧へ協力しろという事だった。
だが命を完全に握られている朋也達には、黙って頷く以外に選択肢は無い。
「心配しなくても大丈夫ですよ、大人しく従い続けてくれればいずれ爆弾を解除してあげますから」
有紀寧はにこっと笑ってそう言うと、床に落ちているトカレフ(TT30)を拾い上げた。
「ふふ……銃も新たに手に入ったし、戦力が整ってきましたね。どうですかリサさん、私の言う通りにして正解だったでしょう?」
「……そうね。貴女のやり方には反吐が出るけど、選択が間違いだったとは思わないわ。
 手駒は一つでも多い方が良いし、情報だってもっと欲しい。脱出派の人間はきっと、徒党を組んで私達を潰そうとするでしょうからね」
嫌悪感を露にしながらも、リサは有紀寧の悪行を諫めたりとはしなかった。
やり方は違えど、自分だって善良な参加者を犠牲として、優勝を目指しているのは同じなのだから。

1040嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:13:11 ID:P3RNtTFE0
怒りに震える声で、朋也が問い掛ける。
「宮沢……一つだけ教えろ。どうしてお前は、殺し合いに乗っちまったんだ?」
有紀寧はにこっと笑って、優しく口にした。初音に聞かれた時と、同じ答えを。
「決まってるじゃないですか――私は死にたくないだけですよ」



【残り33人】

【時間:2日目22:45】
【場所:g-3左上教会】
リサ=ヴィクセン
【所持品:包丁、鉄芯入りウッドトンファー、懐中電灯、支給品一式×2、M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:精神、肉体共に軽度の疲労、マーダー】
【目的:当面は有紀寧に協力、脱出派の集団を叩き潰した後有紀寧も殺す。最終目標は優勝して願いを叶え、その後主催者を打倒する事】
宮沢有紀寧
【所持品①:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
【所持品②:ノートパソコン、ゴルフクラブ、コルトバイソン(1/6)、包丁、ベネリM3(0/7)、支給品一式】
【状態:肉体的に疲労、精神的には軽度の疲労、前腕軽傷(治療済み)、腹にダメージ、歯を数本欠損、左上腕部骨折(応急処置済み)】
【目的:当面はリサに協力、朋也と渚を操り有利な状況を作る。リサと柳川を潰し合わせる。自分の安全を最優先】

1041嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:14:25 ID:P3RNtTFE0
岡崎朋也
【所持品:・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
【状態①:マーダー、特に有紀寧とリサへの激しい憎悪。全身に痛み(治療済み)、腹部打撲。最優先目標は渚を守る事】
【状態②:首輪爆破まであと23:55(本人は47:55後だと思っている)
【目的:有紀寧に同行、有紀寧に大人しく従い続けるかは不明】
古河渚
【所持品:鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】 
【状態①:有紀寧とリサへの激しい憎悪、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、少し痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
【状態②:首輪爆発まで首輪爆破まであと23:50(本人は47:50後だと思っている)】
【目的:教会の留まり情報を集める、有紀寧に大人しく従い続けるかは不明】

古河秋生
【所持品:包丁、S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
【状態:死亡】


→776
→799
→812
B-13
B-16

1042お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 17:02:10 ID:VMofax0.0
頬に触れる熱い感触とともに、視界が白くなる。
「うう……眩しい」
長森瑞佳はあまりの眩しさに手をかざした。
「やあ、お目覚めかい?」
傍から優しい声がかかる。
視界が安定してくると、どこかの部屋で仰向けになっていることと、傍に座り込む者の姿も明確になってくる。
指の隙間から覗くと眩しかったのは天井にある蛍光灯だった。
そして心配そうに覗き込む月島拓也がいる。
熱い感触は蒸しタオルで顔を拭われていたのだった。

「あ……月島さん」
「お兄ちゃんだろ?」
「ごめんなさい。お兄ちゃん、ここはどこなの?」
布団に寝かされており、この島に来てからまともなところで寝るのは初めてである。
「鎌石村の外れにある消防分署だよ。ここに来るまでいくつか民家があったけど、みんな鍵が閉まっててね。ここだけ開いてたんだよ」
瑞佳は安堵の溜息をついた。
「ご苦労さま。お兄ちゃんも休んだら?」
「早速だが今から傷口の消毒をする。ついでに全身の清拭もしよう。申し訳ないが服を脱いでもらうよ」
「えっ、脱ぐの? ……はうっ……下着はいいよね?」

胸と股間の清拭は自分でやるとの了解を基に、仕方なく着ているものを脱ぐことにした。
包帯代わりに巻いていたYシャツ、上着が解かれ畳に置かれる。
スカートを脱ぎ白い太腿が露になると、拓也がゴクリと唾を飲み込んだ。
「目の保養になるなあ」
「あんまりじーっと見ないでよ。恥ずかしいんだから、もう……」
血に塗れたブラウスを脱ぐと、頬を緩ましていた拓也の顔が険しくなった。
「まずい。予想していたとおり化膿している」
脇腹の傷口を見ると確かに腫れあがり、化膿している状態がみてとれる。
「どうなの? あうっ……」
拓也は答えず手際よく処置をしていく。

1043お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 17:04:33 ID:VMofax0.0
包帯を巻き終わると首のあたりを拭い始め──その手がふと動きを止める。
(いくつもの小さい穴は……はっ、もしかして盗聴器!? だとしたら僕達の会話が主催者側に筒抜けなのか)
「どうしたの? 怖い顔して」
「可愛そうに、すっかりやつれて見るも無残なほどにガリガリだよ」
そう言いながら拓也は畳に指で文字を書く。
【とうちようきらしきものがついてる。たぶん、せいしがわかるセンサーもついてるだろう】
「えっ、そんなぁっ!」
瑞佳は驚きのあまり顔を強張らせる。
──そういうことだったのか。
およそ二百五十平方キロの島内で、百二十人もの人間の生死の判別をどうやって把握していたものか、解ったような気がした。

「僕も驚いたよ。やつれているとはいえ、スタイル抜群なんだから」
「ああぁっ! そこはいいからぁっ!」
視線を下の方に向けると、いつの間にかブラジャーが外され、乳房が円を描くように拭われていた。
「ごめん、うっかり余計なことをしていたよ。悪い手だなあ、まったく」
「うー、酷いよ。こんなこと……するなんて、はふん」
「悪かった。謝るから許してくれ」
拓也は申し訳なさそうに詫びながらも、背中から背中、そして足の先までしっかりと清拭をしていった。
タオル越しに指圧する手は少女のツボを確実に刺激して行く。
「あうぅ……ああん……あふぅ、はぅっ……あはん」
瑞佳の声に艶が籠もり、足首が折れ指がきゅっと曲がる。
全身は桜色に染まり瞳は潤んでいた。
このまま抱かれてもいいと思ったが、拓也は軽くキスしただけでそれ以上のことはしなかった。
「ハイ、終わり。浴衣があるから着替えといて。もうすぐお粥ができるから楽しみにしていてくれ」
「救急箱とかお米とかよくあったね」
「うん、他に日付のない生卵や牛乳もあるぞ。探せばまだいろいろと出てきそうだ」
「まだ時間がありそうだから、今度は私が処置してあげるよ」
自分の傷がおもわしくなかったことから拓也の手の傷が気になっていた。

1044お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 17:07:03 ID:VMofax0.0
「ありがとう。……う〜、いててて……」
「……ところで瑠璃子さんを生き返らせること、まだ考えてる?」
消毒をしながら聞いてみる。
「う、うん。まあな。瑞佳の言いたいことは解ってる。解ってるんだが、頭の片隅に残ってて消えないんだ」
やはり拓也は優勝者になる考えを捨て切れずにいた。
「そのうちわたしを殺すんだね?」
「いや、それは……できないよ」
何かのきっかけで拓也はまた殺人鬼になりかねなかった。
「私達は主催者のてのひらの上で踊らせられてるんだよ。殺人ゲームが終わり、おにいちゃんが運良く優勝するとするよ」
「ああ、百二十分の一の確立だな。そこまで行き着くにはまさに運次第だな」
「主催者の目的が何かは解らないけど、瑠璃子さんを連れて元の世界に帰してもらえるのかな」
「僕もそこが気になる。望みを叶えてもらっても帰してはくれないだろう。改造人間にでもされるのかな」
瑞佳は拓也の手を両手で包み、見詰め合う。
「難しいけど、脱出しようとしている人達と協力しようよ。最後の一人になるよりは、より現実的だと思うよ」
「そうだな。瑞佳のいう通りだ。もう生き返らせようとは考えないから安心してくれ」
「うん、誰か瑠璃子さんの消息を知っている人に会って、彼女を見つけてお墓を作ってあげようね」
「そこまで気遣ってくれるなんて……嬉しいよ、ありがとう」


拓也が部屋を出て行くと改めて回りを見渡す。
どうやらこの部屋は休憩室か仮眠室らしい。
畳敷きなのが日常を彷彿とさせるが、なぜか色褪せておらず新品に近い気がした。
「残りの部分」を蒸しタオルで拭うと浴衣に着替え布団の中に潜り込む。
今日もまたたくさんの人が死んでしまった。
芳野祐介が気にかけていた婚約者の妹、伊吹風子の名前も放送にあった。
果たして本人なのか同姓同名の別人か確かめることは困難になってしまった。
(誰か伊吹さんのこと知っている人、いないかなあ)
口にはしなかったが拓也も知り合いがいたようだ。
残る四十三人からゲームに乗っている者を差し引けば、同志と呼べるのは三十五、六人くらいか。
明日の放送では何人生き残っているのか想像しただけでも恐ろしくなる。

1045お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 17:09:47 ID:VMofax0.0
「一階の詰所に電話があるからかけてみるよ。人が集まりそうなところにかけてみるつもりだ」
「なるべく早く戻ってきてね」
拓也は瑞佳の不安げな声を背に階下へと降りて行く。
建物は小規模ながらコンクリート製二階建てで、銃撃には十分耐え得るものでありそうな気がした。
一階は車庫と詰所。車両はない。
入口を入ってすぐに詰所と階段があり、階段を上りきったところに鉄製のドアがある。
内から鍵をかけて閉じ籠れば、まさに砦には打ってつけの構造であった。

詰所に入り二つの電話機を見つめる。
一つは一般用でもう一つは公共施設用の直通電話。
直通電話には本署、三つの村役場、診療所、鎌石小中学校、郵便局、琴ヶ崎灯台の表示つきのボタンがついている。
──果たして使えるか。
──室内の電気やガスが使えることから電話も使えないことはないはずだ。
ゆっくりと受話器を取るとツーという通話音が聞こえた。
連絡先に診療所を選んでみる。
……十秒……十五秒……二十秒……。
受話器からは虚しく呼び出し音が聞こえるのみであった。
(診療所が無人だとすると他は駄目だな)
水瀬名雪から聞いた話を思い出す。
彼女を保護していた二人の看護婦らしき人は診療所から避難していたのだろうか。

外を見ると雨が降っている。
雨の音を聞きいているとこみ上げるものがあった。
数少ない知り合いだった国崎往人と神岸あかりも死んでしまった。
(もう一度会いたかったな、あいつら。神岸さん、僕の学ラン返してくれよう〜)
特殊技能を持つ国崎が生き残れなかったことはショックだった。
瑞佳の他に信頼できるのはもう、長瀬祐介しかいない。
(長瀬君、どうか生きていてくれ。君と力を合わせれば道はきっと開く)
拓也は明かりを消すと力なく階段を上っていった。

1046お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 17:11:53 ID:VMofax0.0
七瀬留美が蹲り泣いていた。頭をタライに突っ込んで。
後ろにはこちらを背に折原浩平が佇んでいる。
「もう、また七瀬さんイジメてる〜。泣かせちゃ駄目じゃない」
瑞佳は浩平の横顔を覗き込んだ途端、凍りつく。
彼の目からは涙が溢れ、そして手にしているのは黄色いリボン。
「それ、わたしの……」
髪につけているはずのリボンはなく、なぜか浩平の手中に……。
全身に鳥肌が立ち、体が震える。
「なんで泣いてるの? なんで? もしかしてわたし死んだの? ……いやっ、怖い、怖いよ〜。いやあぁぁぁっ!」
「……か! 瑞佳っ! しっかりして!」


部屋に戻ると瑞佳の容態が急変していた。
大粒の汗をかきながら悪寒に苦しむ姿が痛々しい。
「わたし、駄目かも、しれない。なんだか、気が遠くなってく……」
瑞佳はうっすらと目を開け呟いた。
「大丈夫だよ。僕がついてるから気をしっかり持って」
「おにいちゃん、ぎゅってして」
その言葉を最後に瑞佳は昏睡状態に陥った。
「瑞佳が死んだら僕はどうすればいいんだよう。お願いだから僕のために頑張っておくれ」
拓也は布団の中に入り悪寒に苦しむ彼女を抱き締め、自らの体で暖める。
手を握ると微かに反応があるのが救いだった。

窓には雨が打ちつけ、いくつもの雫が垂れて行く。
瑞佳の身に、予断を許さない状態がいつ終わるとも知れず続いていた。

1047お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 17:15:02 ID:VMofax0.0
【時間:二日目・22:00】
【場所:C-05鎌石村消防分署】

月島拓也
 【持ち物:消防斧、支給品一式(食料は空)】
 【状態:瑞佳を暖めている。両手に貫通創(処置済み)、睾丸捻挫、背中に軽い痛み、疲労】

長森瑞佳
 【持ち物:ボウガンの矢一本、支給品一式(食料は空)】
 【状態:昏睡、悪寒に苦しんでいる、重篤。出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み)】

→775


訂正をお願いします。
>>1043
×拓也は申し訳なさそうに詫びながらも、背中から背中、そして足の先までしっかりと清拭をしていった。
○拓也は申し訳なさそうに詫びながらも、乳房から背中、そして足の先までしっかりと清拭をしていった。

1048お兄ちゃんといっしょ:2007/04/22(日) 18:49:15 ID:VMofax0.0
もう一度訂正をお願いします。
×【場所:C-05鎌石村消防分署】
○【場所:C-06鎌石村消防分署】

1049新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:32:44 ID:YsmB38Bo0
――決戦は終わった。
多種多様な人間が憎み合い、殺し合い、殲滅し合った激闘は、朝霧麻亜子の勝利で閉幕を迎えた。
それなりにしっかりとした外観であった民家は今や崩壊寸前で、爆発の直撃を受けた外壁は見るも無残な姿を晒している。
降りしきる雨ですら、この地に充満した血の臭いを取り除く事は適わない。
その荒野より少し離れた茂みの中で、麻亜子は腰を落とし身体を休めていた。
戦いを制した後すぐに荷物を回収して休憩に移行した為、体力だけならば回復している。
だが麻亜子の身体は、最早無事な部位の方が少なくなっていた。
一撃毎の衝撃力は比較的弱い9mmパラベラム弾による攻撃、そして殆どが防弾服の上から受けたとは言え、食らった回数が多過ぎた。
両腕の上腕部と腹部にはドス黒い痣が浮かんでおり、左耳介は消失してしまっている。
武器を持ち上げる度に両腕に鈍痛が走り、身体を動かす度に腹部が痺れる。

精神の方も、健全とは言えない状態だった。
大きな目標であった来栖川綾香の打倒を成し遂げたものの、気分はどうにも晴れない。
扇動し多くの人を殺させておいてから、最後の最後に自らの手で仕留める。
事は狙い通りに進んだのだが、麻亜子は作戦の成就を喜ぶ気にはならなかった。
憎悪に支配されたあのおぞましい復讐鬼は、自分の手によって生み出されたものなのだ。
一人の人間を狂わせ、殺人を行わせ、最終的に命まで奪い取る。
それはただ人を殺すよりも、遥かに非道であり罪深い行為だろう。
自分は取り返しのつかない罪を、また一つ犯したのだ――

1050新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:33:26 ID:YsmB38Bo0
「ヘコたれるんじゃあないっ! 生徒会メンバーはヘコたれないっ!」
麻亜子は一喝すると、自身の頬を思い切り平手で叩いた。
そう、痛みや罪悪感如きに屈している場合では無い。
どれだけ身体や心が痛もうとも、まだ動ける以上は問題無い。
自分は何としてでも最後まで戦い続け、在りし日の生徒会を取り戻さねばならないのだ。
とは言え、よくよく考えれば褒美の話が嘘だという可能性もある。
ならばゲームを終わらせるまでの過程で、ささらを死なせはしない。
自分とささらの二人だけが残るまで人を殺し続け、そして最後に自害してささらを優勝させる。
褒美の話が本当なら在りし日の生徒会を取り戻せるし、嘘だったとしてもささらの命だけは救える筈。
大丈夫、もうゴールはだいぶ近付いてきた。
ささらにとって最大の脅威である綾香も排除した。
必然的に、綾香が持っていた数々の強力な装備も手に入った。

短機関銃――IMI マイクロUZIとH&K SMG‖、加えてそれぞれの予備マガジンが一つずつ。
恐らくはこれから先、圧倒的火力を誇るこの二つが主力武器となるだろう。
両方とも弾丸を補充した状態ならば、最大で六十発もの連続攻撃を放つ事が出来る。
絶え間なく降り注ぐ弾丸の雨は、対象を完全に破壊し尽くすだろう。

首輪探知機――これを用いれば、大した苦も無く他の参加者を探し出せる。
今の自分の装備に対抗出来る者など殆どおるまい。
哀れな獲物達を容赦無く捕捉し、速やかに排除してみせよう。

1051新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:34:18 ID:YsmB38Bo0
そして最大の切り札とも言える、携帯型レーザー式誘導装置。
その凄まじい破壊力は自身の身を以って体験している。
しかし砲身に取り付けられたディスプレイには、1という数字が表示してある。
説明書によるとこれは残弾を表す物であるらしいから、この武器は後一回しか使用出来ないという事になる。
いざという時まで取っておいた方が良いだろう。

考察を終えると、麻亜子はすっと立ち上がった。
「あやりゃん、草葉の陰から見ておくんだね。……お前を倒した、修羅の生き様を」
綾香の死体が転がっているであろう方角に向けてそう呟くと、麻亜子は闇の中へ消えていった。
再び凄惨な戦いへと身を投じる為に。

   *     *     *    *     *     *

雨が絶え間なく降り注いでいる。時折、雷鳴もする。
そんな中で吉岡チエと小牧愛佳を乗せたウォプタルは、街道を一直線に進んでいた。
「やっぱりまだ疲れてるみたいッスね……」
「うん……」
二人の言葉通り、ウォプタルにはまだ疲労の色が残っている。
駆ける速度は、全快時のせいぜい半分といった所だろう。
だがそれでもチエ達は、これ以上ウォプタルの回復を待つ気にはならなかった。
自分達の手落ちが原因で、藤田浩之は命を落としてしまったのだ。
掛け替えのない仲間を死なせてしまった――その後悔が、二人から冷静な判断力を奪い去る。
少しでも早く仲間の元へ戻らねばと、少しでも多く何かを成し遂げねばと、焦りばかりが先走る。
しかし彼女達は、もっとよく考えて行動すべきだったのだ。
確かにウォプタルの回復を待たずとも、教会に向かう事は出来る。
しかしそれは、森の中を息を潜めて進むならの話。
今程度の速度で堂々と街道を突き進むなど、敵からすれば良い的に過ぎないのだ。
そう、とりわけ――修羅にとっては。

1052新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:35:21 ID:YsmB38Bo0
ぱらららら、というタイプライターのような音が聞こえた。
「え――――?」
「くぁ!?」
その次の瞬間には、チエ達は空中へと投げ出されていた。
勢いのついた体は制御不能な状態のまま、宙を進んでゆく。
続いて背中から地面に叩きつけられ、強烈な衝撃に思わず咳き込んでしまう。
それでもチエはどうにかよろよろと起き上がり、そして見た。
「ウォ……ウォプタルが……」
チエが目を見開いて、掠れた声を絞り出す。
彼女達を運んでいたウォプタルが、血塗れになって横たわっていた。
ウォプタルは身体の数箇所を打ち抜かれており、頭からも夥しい血を流している――疑う余地も無く、死んでいる。
続いて先の銃声を思い出し、自分達は狙撃されたのだという事実に気付く。

(何処に――敵は何処にいるのっ!?)
チエは89式小銃を構えたが、夜の闇に加え悪天候で制限された視界では、敵の姿を視認する事は適わない。
愛佳と背中を合わせるようにして、二人で全方向に注意を張り巡らすが、それでも敵は見つけられない。
耳にまた銃声が届いたかと思うと、肩に跳ねるような激痛が走った。
「あぐっ……!」
「チエちゃんっ!」
狙撃された肩より鮮血が溢れ出し、しっかりと握り締めていた筈の89式小銃が地面に落ちる。
死の恐怖や苦痛に気を取られる余裕さえ無い。
余りにも突然の襲撃を受け、チエと愛佳の頭が等しく焦燥に埋め尽くされてゆく。
そこでようやく敵がすっと姿を現した。
「ぬあっはっはっはっ、喜びたまへ。次の犠牲者はチミ達に決定だ」
現生存者中、最も多く人を殺した者――今や最強の装備を揃えた朝霧麻亜子が。

   *     *     *    *     *     *

1053新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:35:52 ID:YsmB38Bo0
ほしのゆめみの先導の元、河野貴明達は爆発音の発生地点を目指して足早に歩き続ける。
一度雷鳴が聞こえ、森の中が照らされた。
貴明が、先頭を進むゆめみの背中に語り掛ける。
「ゆめみさん、本当にこっちで合ってるの? もうだいぶ歩いてるけど……」
「すみません、私も音を聞いただけですから正確な場所は分かりません。でも方角は合ってると思います」
「そっか……。それじゃもう少し急いでもらえるかな?」
「は、はい。分かりました」
ステアーAUGを強く握り締め、仲間を急かし、可能な限り早く突き進む。

貴明の心は、二つの思いに支配されつつあった。
仲間を守りたい――少しでも早く仲間の元へ駆けつけたい。
ゲームに乗った者を殺したい――人をどんどんと殺してゆく、非道な殺人鬼達を排除したい。
これ以上大切な仲間を失うのは、絶対に避けたかった。
仲間を守る為なら、どれだけ自分が傷付こうとも、別に構わない。
掛け替えの無い命を奪っていく殺人鬼達は、決して許せなかった。
殺人鬼を殺す為なら、どれだけ自分の手が汚れようとも、別に構わない。
岸田洋一……この殺人ゲームに自ら身を投じ、善良な人々を踏み躙る悪鬼。
来栖川綾香……姫百合瑠璃の命を奪い、報復の為とは言え殺戮の道を突き進む復讐鬼。
この二人は、出会う事があれば必ず排除してみせる。
いや、この二人だけじゃない。
ゲームに乗った人間は悉く排除して、仲間を守ってみせる。
そうだ、万一仲間に手を出す事があれば、麻亜子だってこの手で――

1054新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:37:00 ID:YsmB38Bo0
そこで貴明は、何か違和感を感じた。
森や雨の香りに混じって、僅かに別の臭いがしたのだ。
この島に来てから、もうすっかり慣れてしまった臭いが。
「これはまさか……血の臭い!? クッ!」
「た、貴明さんっ!?」
貴明はそう叫ぶと、ゆめみを追い越して一目散に走り出した。
後ろから制止の声が聞こえてくるが、構ってなどいられない。
この島に来てから自分の感覚は桁違いに跳ね上がってるとは言え、雨天ですら嗅ぎ取れる程の血の臭い。
明らかに、尋常では無い。
そのまま走り続けるとやがて森が途切れ、視界が大きく広がった。
その中に映った一つの建物――遠目からでも分かる程損傷し、最早原型を留めていない民家。
「あそこかっ!」
考えるまでも無い。見れば分かる、爆発音はあそこから発された物だったのだ。
貴明は崩壊寸前の民家に向かって、脇目も振らず駆けた。
まだ距離が少しあり、夜なのもあって、民家付近の様子を細かく視認は出来ない。
足に力を込め、より一層ペースを上げて走り続ける。
この鼻に伝わる血の臭いが、仲間以外のものであってくれと願いながら。

雷鳴が聞こえ、辺りが照らされた。

「…………え?」
その瞬間眼前の光景が露となり、貴明はぴたりと足を止めた。
後ろから複数の足音が聞こえてきた。

1055新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:38:00 ID:YsmB38Bo0
「貴明! もう、焦りすぎやでっ!」
姫百合珊瑚達が貴明の横に並び掛ける。

もう一度、一際大きな雷鳴が聞こえ、辺りが照らされた。

「え……」
目前の光景を認めた七瀬留美の腕から、ぽろりとS&W M1076が零れ落ちた。
貴明達の前方十メートル程の所に、二人の少女の死体が転がっていた。
一人は別に良い。何せいつかは倒さねばならぬ、綾香の死体であったから。
だがもう一人の死体は、大切な仲間――ルーシー・マリア・ミソラのものであった。

「あああ……うわああああああああああああああっっ!!」
惨劇の地に、貴明の悲痛な絶叫が響き渡った。







1056新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:39:03 ID:YsmB38Bo0
十分後。
誰も言葉を発せず立ち尽くす中、ようやく貴明は歩を進め、るーこの亡骸を抱きかかえた。
「るーこ……ごめんな。俺が怪我なんてしてなければ、お前が危険な役目をしなくても済んだのに……っ!」
瞳に涙を溜めながら、体温を失った少女の身体を抱き締める。
少しでも体温を分け与えてあげれるように。
少女が旅立った先で、凍えてしまわぬように。
るーこの身体を包み込んだまま、貴明は横に視線を移した。
倒れ伏せている凄惨な亡骸を観察し、口を開く。
頭部の半分近くを失った顔では判別がつかぬが、制服は自分が知っている情報と一致する。
「珊瑚ちゃん……倉田さん……。こっちの女は、瑠璃ちゃんを殺した奴か?」
「……はい。この女の人が、来栖川綾香さんです」
倉田佐祐理が、恐る恐る答えた。
貴明はるーこの亡骸に視線を戻した。
「そっか……。もしかしたらるーこは捨て身で、瑠璃ちゃんの仇を取ってくれたのかも知れないな……。
 なあるーこ、疲れただろ? もうゆっくり休んでいいぞ……後は俺が、お前の分まで戦うから」
貴明はそう言って、るーこの目を優しく閉じてやった。
それからるーこの身体をそっと地面に横たえ、周囲を観察して――発見してしまった。

1057新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:40:20 ID:YsmB38Bo0
「これは……まーりゃん先輩の……」
貴明は地面に落ちていた矢を拾い上げる。
先端に血のこびり付いたソレは、間違いなく麻亜子が使用していたボウガンの矢だった。
「ま、まさか……先輩が……?」
後ろで久寿川ささらが、震えた声を絞り出す。
その先は言われなくても分かった。自分だって同じ可能性に思い至ったのだから。
貴明は自身の推論を口にし始めた。
「今から話す事は、あくまで仮定だ。だけどかなり確率は高いと思う。聞いた話によれば綾香はまーりゃん先輩を物凄く憎んでいた筈だ。
 綾香の死体と先輩のボーガンが此処に転がっていて、そのすぐ傍でるーこが殺されてしまっていた。という事は――」
「や、やめて……貴明さん……。それ以上言わないで……」
ささらの懇願を無視して、背中を向けたままで、貴明は続けた。
「――るーこは綾香とまーりゃん先輩の殺し合いに巻き込まれて、死んでしまったんだと思う」
結論を口にすると、一同は例外無く息を飲んで黙り込んだ。
貴明ははちきれんばかりに拳を握り締め、怒りに肩を震わせた。
るーこは死なずに済んだ筈だ。
――先輩がゲームに乗ったりしなければ。
――先輩が綾香を挑発したりしなければ。
自分の心が、どうしようも無いくらい膨大なドス黒い感情によって塗り潰されてゆくのが分かる。

そんな時である。雨の中でもはっきりと聞き取れるくらいの銃声がしたのは。
「近いな……」
貴明は銃声の方へと顔を向けた。
今の銃声が誰が放った物なのか、断言する事は出来ない。
しかしこの場所からそう遠くない以上、麻亜子が銃声を生み出した張本人である可能性は高い。
貴明は仲間達の方へ、くるりと振り返った。
「たかあき……さん……?」
ゆめみが呆然とした顔で、掠れた声を絞り出す。
貴明の瞳から赤い涙が――怒りと悲しみの雫が、流れ落ちていたのだ。

1058新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:41:50 ID:YsmB38Bo0
「ごめん、俺は銃声がした方に行ってくるよ。皆は何処か安全な場所を探して、隠れてくれ」
「そ、そんな……貴明さん……」
「ゆめみさん。悪いけど今度こそ本当に皆を頼んだよ。倉田さんも、七瀬さんも、久寿川先輩も、珊瑚ちゃんも、どうか無事でいてくれ。
 俺はこれ以上自分を抑え切れないから……ここで、さよならだ」
貴明はそう告げると、銃声がした方向に向かって走り出そうとする。
だが珊瑚が行く手を遮るような位置に立って、両手を横に大きく広げた。
「アカンッ! 貴明も聞いたやろ!? リサっていう凄く強い人が、この村に来てるかも知れへんのや。
 もし今の銃声がその人のやったら、一人で行っても殺されちゃうだけやんっ!」
「どいてくれ。敵が誰であろうが――リサであろうが……まーりゃん先輩であろうが、関係無い。
 俺は罪の無い人達を踏み躙る奴らを、放っておく事なんて出来ないんだっ!」
貴明はそう言うと左腕を伸ばし、力尽くで珊瑚を押しのけた。
自分でも、間違った事をしているのは分かっている。
ゲームの脱出を最優先に考えるのなら、まずは速やかに自分達の安全を確保して、それから作戦を練るべきだ。
仲間達が何処に行ったか分からない以上、無闇に捜索を続けるべきではない。
危険過ぎる敵が何処かに潜んでいる以上、銃声のした方向に近付くべきではない。
それでももう止まれない。
この極限まで膨れ上がった怒りを、悲しみを、押し留める事など出来る筈が無い。

1059新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:43:39 ID:YsmB38Bo0
貴明の腰に、後ろから珊瑚が抱きついた。
「貴明……お願いや、行かんといて……。貴明まで死んじゃったら、ウチは……ウチはっ……!」
それは完全に涙声だった。背中越しにでも伝わる不安げな震え。
大切な者を次々と失った珊瑚の気持ちは、痛いほど分かる。
自分だって大切な人をもう何人も失ったのだから。
「……ごめん」
それでも貴明は、珊瑚を振り払って駆け出した。
ずきずきと痛む胸にも構わず、目から溢れる涙を拭いもせずに。
(まーりゃん先輩……るーこが死んだのは貴女の所為です。貴女が綾香を扇動した所為で、るーこは……!
 もしこの先に居るのが貴女だったのなら、俺は――)
少年は絶対の殺意と悲しみを胸に秘めて、ただひたすらに走り続ける。



「貴明ぃぃぃ!!」
珊瑚は喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げるが、貴明の背中はどんどんと遠ざかってゆく。
貴明の覚悟を、怒りを目の当たりにした一同の殆どは、貴明を追えなかった。
だがそこで一人の少女が、すっと前に出る。
「みんな、ここは私に任せて」
「……久寿川さん?」
留美が声を掛けると、ささらは首だけ後ろに回して、言った。
「私が貴明さんを連れ戻してくるわ。だからみんなは、なるべく早くこの村の何処かに隠れてて」
「ちょ、ちょっと待って……」
留美の言葉が最後まで続く事は無かった。
ささらは留美が話し終えるのを待たずに、貴明が走り去った方向へと駆け出したのだ。

1060新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:45:12 ID:YsmB38Bo0
自分は大した武器も持っていない、怪我だって負っている。
それでもささらは、貴明の後を追わずにはいられなかった。
(貴明さんは分かってる筈だわ……あの銃声がした方向に、きっとまーりゃん先輩がいるって。
 だったら私も行かなきゃいけない。放っておけばきっと取り返しのつかない事になってしまう……!)
そう、今自分が行かなければきっと、この世で一番起きて欲しくない出来事が起こってしまう筈だから。


――ささらを守る為に修羅と化した、朝霧麻亜子。
――まだ麻亜子の説得を諦めていない、久寿川ささら。
――余りにも沢山の仲間を失い過ぎて憎悪に支配された、河野貴明。
――このみと自分の想いを貴明に伝えようと決意を固めた、吉岡チエ。

彼女達の想いの、戦いの、決着がつく時は、もうそう遠くないかも知れない。

【2日目・22:50】
【場所:F−2右下街道】
朝霧麻亜子
【所持品1:H&K SMG‖(24/30)、H&K SMG‖の予備マガジン(30発入り)×1、IMI マイクロUZI 残弾数(12/30)・予備カートリッジ(30発入×1】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【所持品3:ボウガン、バタフライナイフ、サバイバルナイフ、投げナイフ、携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点の
みしか映せない)】
【状態①:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、肋骨二本骨折、二本亀裂骨折、内臓にダメージ、全身に痛み】
【状態②:頬に掠り傷、左耳介と鼓膜消失、両腕に重度の打撲、疲労小】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除。最終的な目標はささらを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと】
吉岡チエ
 【装備:、グロック19(残弾数7/15)、投げナイフ(×2)】
 【所持品1:89式小銃の予備弾(30発)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×14】
 【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、救急箱(少し消費)、支給品一式(×2)】
 【状態:焦り、右肩重傷(腕が殆ど動かないくらい)、左腕負傷(軽い手当て済み)】
 【目的:不明】
小牧愛佳
 【装備:ドラグノフ(6/10)、包丁、強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)】
 【所持品:缶詰数種類、食料いくつか、支給品一式(×1+1/2)】
 【状態:焦り】
 【目的:不明】
ウォプタル
 【状態:死亡】

1061新たなる復讐鬼:2007/04/23(月) 21:46:12 ID:YsmB38Bo0

【時間:二日目22:50】
【場所:G-2右上】
河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:怒り、左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、マーダーキラー化】
 【目的:銃声のした方向へ全速力で移動、ゲームに乗った者への復讐(麻亜子含む)、仲間が襲われていれば命懸けで救う】
久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】
 【目的:貴明の後を追う。貴明を説得して連れ戻す、向かった先に麻亜子がいれば説得する】

姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
 【状態:涙、動揺、工具が欲しい】
 【目的:今後の行動方針は後続任せ】
ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:呆然、胴体に被弾、左腕が動かない】
 【目的:今後の行動方針は後続任せ】
倉田佐祐理
 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
 【状態:呆然、軽度の疲労、左肩重症(止血処置済み)】
 【目的:今後の行動方針は後続任せ】
七瀬留美
 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
 【状態:呆然、右拳軽傷、軽度の疲労、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】
 【目的:今後の行動方針は後続任せ】

 【備考1】
  ※以下のものは愛佳達の近くに落ちています
   ・火炎放射器、支給品一式×4、89式小銃(銃剣付き・残弾30/30)
 【備考2】
  ※以下のものは綾香やるーこの死体周囲に置いてあります
Remington M870(残弾数0/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、防弾チョッキ(半壊)
包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(3人分)、イルファの亡骸(左の肘から先が無い)

→802
→812
B-13、B-16

1062管理人★:2007/04/24(火) 01:57:08 ID:???0
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