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避難用作品投下スレ

1管理人:2006/11/11(土) 05:23:09 ID:2jCKvi0Q
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。

931三度目の正直:2007/04/13(金) 14:28:50 ID:.b9r1E4o0
これまで既に何度も、大規模な戦いの舞台となっている平瀬村。
来栖川綾香と朝霧麻亜子が最初に出会ったのも、この村だった。
何の因果か――彼女達の三度目の、そして恐らくは最後となるであろう対決もまた、この村で行われようとしていた。
空を覆う暗雲に見守られ、二人の獣は実力行使の末に入手した銃器を構える。
綾香の暗い狂気を灯した瞳が、眼前の怨敵を射抜く。
その眼光の鋭さを前にしては、並の人間なら一目散に逃げ出すか腰を抜かしてしまうだろう。
しかし殺人を重ね狂気の世界に馴染んでしまった麻亜子は、半ば怪物と化した敵に対しても平然とした様子で口を開く。
「あやりゃん、駄目じゃないか。ストーカー行為は犯罪だぞう?」
「あら? 私はあんたみたいな小学生並のスタイルで、そんな派手な服を着てる方が犯罪だと思うけど?」
そう言って綾香は、多分に侮蔑の意を含んだ笑みを浮かべる。
すると麻亜子も同じように、自信たっぷりに唇の端を吊り上げた。
「チッチッ、甘いぞ。世の中にはこういったものを好む殿方がごまんといるのさ」
「へえ、頭のネジが飛んでる奴がそんなにいるとは知らなかったわ。あんたなんかを好む奴が多いんじゃ、世も末ね」
お互いに軽口を叩く。それは因縁の二人が出会ったにしては、余りにも静かな対話だった。
しかしそのような状態が、長く続く筈も無い。
復讐鬼と化した綾香が、いつまでも只の会話に甘んじていられる筈が無いのだ。
「……韜晦はここまでにしときましょうか。アンタなんかと長話をするつもりは無いしね」
綾香の声の調子が、これまでとは打って変わって重いものとなる。
「うん、それはあたしも同感だぞ、あやりゃん君」
それを感じ取った麻亜子の声もまた、殺気を包み隠さない鋭いものとなった。
距離にして約20メートル程である二人の間を、灼けつくような殺気が飛び交う。
これは殺し合いであって、正当なルールに則って行われる決闘などでは無い。
どんな手を使おうとも最終的に生き延びた側が勝者であり、死んだ者は等しく敗者として扱われる。
だからこそ、気勢を猛らせる二人の決戦は唐突に、何の合図も無しに、開幕の時を迎えた。

932三度目の正直:2007/04/13(金) 14:29:39 ID:.b9r1E4o0
「――――ッ!」
先に動いたのは麻亜子だった。
麻亜子は綾香の方へ顔を向けたまま、円を描くような軌道で走り回る。
その間、手元のRemington M870は沈黙を守り続けたままだった。
散弾銃という武器はきちんと照準を定めてから撃ちさえすれば、高確率で命中が期待出来る武器だったが、弾丸は無限にある訳では無い。
麻亜子がRemington M870の残弾を調べた時点で四つ――先程二発撃ってしまったのだから、今は二つしか残っていない筈だ。
ならば軽々しく使ってはならない。強力な切り札は、ここぞという時まで温存しておくべきだ。
傷んだ身体で大地を駆け回るのは少々堪えるが、ここは足を止めずに好機を待つしかない。

「ちょこまかと……鬱陶しい!」
綾香は苛立ちを隠せない様子で叫びを上げた後、手に握ったIMI マイクロUZIの引き金を絞った。
しかし連射された弾丸が、軽快な動きを見せる麻亜子に突き刺さる事は無く、空気を裂くに留まった。
綾香は地の上に仁王立ちしたまま、次なる一手はどうすべきか、思案を巡らす。
(――どうする。距離を詰めて一気に畳み掛けるか……いや、それはマズイわね)
マシンガンとは弾丸のシャワーであるので、近距離なら絶対に当たる武器だったが、敵も銃を持っている。
万全の状態ならともかく、今の消耗しきった自分にとって、散弾銃の存在は大きな脅威だ。
非常に広範囲に渡るあの攻撃は、防弾チョッキでも防ぎ切れるかどうか分からない。
それに敵はあの朝霧麻亜子なのだ、たとえ防弾チョッキで命を拾えたとしても、油断せずにトドメを刺しに来るだろう。
となれば、距離を保ったまま持久戦に持ち込むのが最良だ。
大丈夫、こと残弾数に関して自分が遅れを取る可能性は非常に低い。
まだ予備カートリッジだって二つある。焦らずじっくり、追い詰めていけば良いのだ。

933三度目の正直:2007/04/13(金) 14:30:47 ID:.b9r1E4o0
――麻亜子は完全な回避に、綾香は消極的な攻撃に、方針を絞った。
自然と二人の戦いは逃げ回る麻亜子に対して、綾香が断続的に攻撃を加える形へと収束してゆく。
綾香はIMI マイクロUZIの発射方式を単発へと切り替え、銃弾の消費を抑えていた。
不規則に、一発ずつ、闇夜の中で銃声が鳴り響く。
「わざわざ一発ずつ撃ってあげてるんだから、頑張って避け続けなさい。
 でも気を付ける事ね、あんまし派手に動き回るとすぐバテちゃうわよ?」
「…………っ」
狩りを愉しむハンターのように、綾香が余裕綽々たる面持ちで、狙撃を続ける。
綾香の身体は満身創痍の状態だったが、左腕だけは大した怪我を負っていない。
IMI マイクロUZIの引き金を絞る度に、銃身より伝わる衝撃が左肩の患部に響くが、十分耐えれるレベルの痛みだ。
敵が攻撃の意志を見せていない以上、こちらは足を止めたままで良いのだから、疲労の蓄積だって抑えられている。

対する麻亜子は余裕など一切無く、今にも息が上がりそうだった。
るーこと戦っていた時から続けてきた、過度の運動による疲労が負債となって、臓器に襲い掛かる。
このまま動き続ければ、いずれ体力が尽きる――そんな事は、麻亜子自身が一番良く分かっている。
それでも、弾丸を見てから躱すなどという芸当は不可能な以上、銃から放たれる攻撃を凌ぐ方法は一つしかない。
絶対に一箇所へと留まらず、銃口の先より身を躱すよう動き続けるしかないのだ。
麻亜子は相変わらず、綾香を中心として円状に走り回っている。
そしてその後を追うように銃弾が発射され、麻亜子の後ろ髪を掠めてゆく。
先程からその図式が続いていたのだが――綾香はいつまでも同じ攻撃パターンを繰り返す程、お人好しでは無い。

934三度目の正直:2007/04/13(金) 14:32:11 ID:.b9r1E4o0
「――――!?」
綾香の手に握られたIMI マイクロUZIの先端がすいと動くのを見て、麻亜子は戦慄した。
距離がある為何処を狙っているかなど分からないが、恐らく――
「ふぁいと、いっぱーつ!」
形振り構わず大地を踏み締めて、高速で移動していた体の勢いを押し留める。
直後麻亜子の眼前にある空間を猛り狂う弾丸が切り裂き、少し離れた場所にあった木の幹から木片が撒き散らされる。
巻き起こった風を肌で感じ取れる程、ぎりぎりの所で命を拾い、麻亜子の頬を冷たい汗が伝った。
綾香は、一定の方向へと走る麻亜子の動きを読んで、銃弾を『置いて』きたのだ。
それは驚くような事では無く、思考能力を持つ人間が相手である以上、寧ろ予想してしかるべき事態だ。
何も考えずに攻撃を続けてくれるような者はせいぜい、正気を失ってしまった者か、或いはよほど間抜けな者くらいだろう。
それに対策だってある。
相手が先読みしようとしても、不規則に方向転換を繰り返しながら動き回れば、予測を狂わせる事が出来る。
しかし――
「つうっ……」
麻亜子は顔を僅かに歪め、先程るーこに撃たれた部位である腹の辺りを押さえた。
銃口から逃れようと転進した反動で、腹部の傷が酷く痛む。
勢いのついた身体を急停止させて、進行方向を変えるのは、負担が相当に大きいのだ。


「ほらほら、休んでる暇なんか無いわよ? 弾はいくらだってあるんだから!」
綾香がにやりと凄惨な笑みを浮かべ、次々と新たなる凶弾を放ってゆく。
麻亜子は必死の思いで、損傷している体を酷使し、限界ぎりぎりの回避を繰り返していた。
(ぐぬぬぅ……調子に乗りおってからにぃ……)
一方的に攻め立てられる現状を腹立たしく思い、麻亜子がぎりぎりと歯軋りする。
ナイフはまだ一本残っているが、距離がある為に投擲するのは厳しいだろう。
綾香の攻撃は単発へと切り替わっている為、Remington M870を構える時間はあるが、残弾は残り僅か。
敵もこちらの銃だけは警戒しているだろうし、今使用するべきでは無いように思えた。
だがそこまで考えた時、麻亜子はとある事に気付いた。
途端に、地面を蹴り飛ばして綾香の方へ、Remington M870を構えながら疾駆する。

935三度目の正直:2007/04/13(金) 14:33:37 ID:.b9r1E4o0
「――――来たか!」
間もなく放たれるであろう粒弾の群れから身を躱すべく、綾香が素早く横方向へと跳躍する。
綾香からすればここで危険を犯して迎撃などせずとも、一先ず受けに回り麻亜子の弾切れを待てば良いだけだった。
「…………?」
しかし、聞こえてくるものは二人の足音だけ。いつまで経っても、銃声は鳴り響かない。
麻亜子が左右にステップを踏みながら前進を続け、二人の間合いが縮まってゆく。
麻亜子の狙いは至極単純――こちらがいつ弾を放つかなどバレる訳が無いのだから、とにかく銃口を向けて威嚇しようというものだった。
やがて綾香も敵の意図を悟ったが、だからといって銃口の前でジッと突っ立っている訳にはいかない。
そのような愚行に及んでしまえば、ここぞとばかりに麻亜子は引き金を絞るだろう。
かと言ってただ動き回っているだけでも、状況は不利になってゆくだけだ。
片目がほぼ塞がっている今の状態では、近距離まで寄られてしまえば麻亜子の姿を満足に捉えきれまい。
「クソッ……こざかしい!」
綾香は忌々しげに吐き捨てた後、IMI マイクロUZIの発射方式を連射へと切り替えた。
間髪入れずに引き金を絞り麻亜子の前進を遮ると共に、距離を取るべく足を動かし後退してゆく。
再び約20メートル程の間合いを確保した所で、銃が弾切れを引き起こす。
綾香は予備マガジンを左腕の小指と薬指の間に挟み込むと、その先端を口の前まで持ってゆく。
口で咥え込む事により予備マガジンの先端を固定し、その上からIMI マイクロUZIを叩きつける形で装填した。
装填している隙を狙われるかとも思っていたが、麻亜子は攻撃せずにボウガンへと新たな矢を補充していた。

936三度目の正直:2007/04/13(金) 14:35:06 ID:.b9r1E4o0
麻亜子は右腕にRemington M870を、左腕にボウガンを握る形で、息を整えつつ綾香と向かい合う。
綾香はすぐに攻撃へ移ろうとはせず、自分を落ち着かせるように一つ深呼吸してから、口を開いた。
「流石にやるわね……。この私をここまで怒らせたんだから、そうでなくっちゃ困るわ」
それは皮肉などでは無く、本心からの言葉だった。
綾香にとって麻亜子は絶対に許せない怨敵であるが、その卓越した実力だけは認めていた。
綾香の台詞を受けた麻亜子が、得意げに無い胸を逸らす。
「はっはっはっ、すごかろう」
「ホントにね。全く、そこでただ泣いてるだけのへタレとはえらい違いね?」
そう言って綾香は油断無く銃を構えたまま、視線だけを横に移した。
麻亜子が目でその後を追うと、そこでは先程戦った敵の片割れ――春原陽平が、少女の亡骸を抱えて泣きじゃくっていた。
「ううっ……るーこ……るーこぉ……」
弱々しく肩を震わせながら嗚咽を上げるその姿は、本当に先の勇敢な少年と同一人物なのか疑いたくなる程だった。
その様子は余りにも痛々しく、るーこと呼ばれた少女が、少年にとってどれだけ大事な存在だったのかを明確に物語っていた。
(違う……そいつはへタレなんかじゃない。もしさーりゃんが死んじゃったら、きっとあたしだって……)
そう考えると胸の奥がズキリと痛んだが、麻亜子はすぐに頭を振って思考を切り替える。
余計な事を考える暇があるのなら、その時間を消耗した体力の補充に充てなければならないのだ。
少しでも会話を引き伸ばし時間を稼ぐべく、麻亜子が口を開く。
「なかなかどうして、あやりゃんも修羅が板についてきたようだね」
「……私だって最初からこんな風に生きてた訳じゃない。皆と協力して、主催者を倒そうと考えてた時だってあった。
 でもアンタのお陰で、この島ではどう生きれば良いのか、嫌って程思い知らされたわ。
 所詮この世は弱肉強食、強い者が生き、弱い者が死ぬ。倫理観なんてとっとと捨てて、自分が備えた力を思う存分振るうべきなのよ」
まだ心の何処かに僅かながら罪悪感が残っていたのだろうか、言い訳するように綾香が自白する。
「そうだろう、勉強になったろう。礼には及ばないぞ、あやりゃん。でもどうしてもって言うんなら、そのマシンガンで手を打ってあげるぞ」
「ハッ、何言ってんだか……、――――ッ!?」
麻亜子の言葉を、綾香が一笑に付そうとしたその時、ジャリッと瓦礫の破片を踏み締める音がした。

937三度目の正直:2007/04/13(金) 14:36:27 ID:.b9r1E4o0
「動かないで!」
辺り一帯によく響き渡る、澄んだ叫び声。
麻亜子と綾香が聞こえてきた声の方に首を向けると、少女――藤林杏が、ワルサーP38を右腕で構えながら立っていた。
吊り上った眉、引き締められた口元、目には、強い怒りと悲しみの色が灯っている。
しかし綾香は杏の怒りにもまるで動揺せず、それ以上の怒気を以って睨み付けた。
「……すっこんでろ。誰だか知らないけど、今はアンタなんかに用は無い。
 殺されたくなかったら今すぐこの場から消えなさい」
静かな、しかし明確な殺意を籠めた警告。
怨敵との決戦を、こんなどうでも良い相手に妨害されるなど、到底許容出来なかった。
「言ってくれるじゃない。今あたしを狙ったら、あんたは麻亜子に撃たれちゃう筈だけど?」
「御託は要らない。もう一度だけ言ってやる……殺されなくなきゃ、今すぐ消えろ」

938三度目の正直:2007/04/13(金) 14:37:38 ID:.b9r1E4o0

(ヤバイわね……)
全てを凍りつかせるような殺気を一身に受け、杏が小さく舌打ちする。
ようやく失意の底から立ち直り、急いで陽平達の救援に向かったのだが、遅過ぎた。
杏が現場に辿り着いた時には、既にるーこは殺されてしまっており、二人の殺人鬼による激しい戦闘が繰り広げられていた。
朝霧麻亜子と対峙している女は、『あやりゃん』と呼ばれていた。会話の内容から察するに、来栖川綾香と考えて間違いないだろう。
数々の殺人を重ねてきたこの二人に、拳銃一つで対抗出来るとは露程にも思わぬが、敵はお互い潰し合っている。
その間隙を突けば場を制圧出来ると思い介入したのだが、綾香は予想以上に腹を立てている様子。
これでは下手な事をすれば、綾香は激情に身を任せ、こちらへの攻撃を優先してしまうかも知れなかった。
なら――
杏は口元に手を当て、暫しの間考え込んだ後、一つの答えを出した。
「じゃあ、そうさせて貰うわ。但し――陽平も、一緒にね」
そう言って、杏は今も泣きじゃくっている陽平へと視線を移した。
彼の手の中で横たわっているるーこは頭を打ち抜かれており、死亡している事は疑いようが無い。
自分がもう少し早く駆けつけていればと、後悔の念が湧き上がってくるが、それを喉元で押し留める。
後悔するのは後で良い――今はここで出来る事を精一杯やるべきだ、と自分に言い聞かせて。
しかし、陽平と禍根のある綾香が、簡単に杏の要求を受け入れる道理は存在しない。
「あんまり調子に乗るな。そいつには散々ムカつかされたんだから、逃がしてなんかやらないわよ」
鋭い声で、ぴしゃりと跳ね付ける。それから馬鹿にするような口調で続けた。
「さあ、一人でとっとと消えなさい。大体ね、アンタにしろ春原にしろ覚悟が足りないのよ。
 でも私やまーりゃんは違う。私なら間違いなく、声なんか掛けずに問答無用で銃をぶっ放してたわ。
 それが出来ない時点でアンタは負け犬なのよ。負け犬は負け犬らしく、尻尾を巻いて逃げてろ」

939三度目の正直:2007/04/13(金) 14:39:25 ID:.b9r1E4o0
言われて、杏は息を飲んだ――言い方こそ悪いが、綾香の言葉は的を得ている。
そもそも、こんな中途半端なタイミングで乱入する必要など無かったのだ。
声など掛けずに息を潜め、綾香と麻亜子の勝負が終わったその瞬間に、生き残った方を撃ち殺せばそれで全ては終わっていた。
それを出来なかったのは、結局の所自分はまだ何処か平和ボケしている為だろう。
手違いから柊勝平を殺してしまった時は本当に辛かった、苦しかった。
二度とあんな思いはしたくないし、出来ればこの場も人を殺さず済ませたいと考えている。
仲間が何人も死んでしまったこの状況ですらそう思うのだから、貶されても何の弁明もしようが無い。
「そうね。……あたしはあんた達みたいに、人を殺す覚悟は無いわ」
杏がそう言うと、綾香は心底馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
だからお前は何も出来ない、だからお前は誰も守れない――そう言いたげに。
だが杏は向けられた嘲笑をさらりと受け流し、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「でもね、仲間の命が掛かってるなら話は別。陽平を置いていけってんなら、あたしは戦う。
 敵わないだろうけど、アンタだけを狙い続けて、傷の一つくらい負わせてみせる」
それが、杏の決意。自分に覚悟が足りないと言われれば、甘んじて受け入れよう。
しかし目の前で友人が危機に瀕しているのを見過ごす程、腐ってはいない。
たとえ命を落とそうとも、或いは殺人の罪悪感に再び襲われようとも、仲間を見捨てるという選択肢だけは断固拒否する。

「チッ……」
綾香は杏の台詞を軽んじる事が出来なかった。
こちらを射抜く目……強い光を灯したあの瞳は、橘敬介や国崎往人のソレと全く同じ類のものだ。
綾香や麻亜子とは異なる、しかし揺るがない強い決意を秘めた人間の瞳だ。
橘敬介とやり合った時も、国崎往人と戦った時も、手痛い一撃を被った。
どれだけ力量差があろうとも、決意を固めた人間だけは軽視してはいけないのだ。
その事を綾香は自らの体験により、十分に理解している。
だからこそ、ここで杏と麻亜子の二人を同時に相手すれば、間違いなくやられるという結論に思い至った。

940三度目の正直:2007/04/13(金) 14:40:28 ID:.b9r1E4o0
綾香は苛立たしげに一度地面を蹴りつけた後、呟いた。
「……仕方が無い。せいぜい残り少ない余生を満喫する事ね」
怒りに震えるその声を確認すると、杏は綾香から視線を外して、陽平の下へと歩み寄った。
「うううっ……ああああっ……」
「陽平……」
この世の終わりが来たかのように泣き続ける陽平を見て、杏は掠れた声を出した。
ここへ移動する最中に見た、陽平のとても頼もしい表情は、全てるーこによって支えられていたのだという事を実感する。
掛け替えのない存在を目の前で失ったショックは、きっと自分が勝平を殺してしまった時以上のものだろう。
あの時自分は取り乱してしまった――それ以上のショックを受けているのだから、陽平がこうなってしまうのも当然だ。
それでも自分達が生き延びるチャンスは、今を置いて他に無い。
杏は恐る恐る、陽平の背中に言葉を投げ掛けた。
「さ、今なら逃げれるから……行こうよ……」
「……放っといて……くれよ……」
どうやらかろうじて正気は保っているようで、陽平は短く言葉を返してきた。
「放ってなんて……いける訳、ないでしょ……」
途切れ途切れに、杏が言葉を搾り出す。
それでも陽平は、るーこの胸に顔を埋めて嗚咽を上げ続けるのみ。
杏はグッと奥歯を噛み締めた後、陽平の肩を掴み、自分の方へと振り向かせた。
「陽平、しっかりしなさい! アンタ男でしょっ!?」
「嫌だ……もう何もしたくない……!」
陽平がぶんぶんと首を左右に振り回し、その反動で涙が杏の頬にまで飛び散った。
杏は陽平の肩を掴む力を強め、ガクガクと勢い良くその身体を揺さぶった。
「何言ってんのよ! アンタはまだ動ける、まだ生きてる! だったら最後まで精一杯生き抜きなさいよっ!」
「もう嫌だ……もう嫌だ……るーこが居ない世界で、生きていくなんて……嫌だっ……!」
陽平はこの世界全てを拒むような様子で、杏の言葉を聞き入れようとはしない。
杏は表情を苦々しく歪めた後、大きく息を吸い込み、腹の奥底から力の限り叫んだ。
「――――もういい!」
言って分からないなら、強引に連れて行くまで――杏は陽平の後ろ襟を掴み、ズルズルと引き摺り始める。
反動でるーこの身体が、陽平の腕より零れ落ちる。それでも杏は、足を止めなかった。
綾香も麻亜子も、杏の背中を狙ったりはしなかった。そんな隙の大きい行動を取れば、次の瞬間、眼前の宿敵に撃ち抜かれるからだ。

941三度目の正直:2007/04/13(金) 14:41:32 ID:.b9r1E4o0
「ま、待ってくれ……るーこを置いていきたくないよっ……!」
悲痛な声で訴える陽平から目を逸らし、杏はゆっくりと、しかし着実に戦場から遠ざかってゆく。
そんな最中、背後から麻亜子の声が聞こえてきた。
「何だ、行っちゃうのか。あたしを放っておいて良いのかね?」
そうだ、朝霧麻亜子はマナを殺した張本人であり、許せない存在だ。
しかしそれでも、今は生きている仲間の方を優先しなくてはならない。
「……次に会ったら、絶対一発ブン殴ってやるからね」
悔しさと怒りをたっぷり籠めて、杏は返答した。
そのまま力任せに陽平の身体を引き続け、仲間達の死体が横たわる地を後にする。
心を、後悔と怒りと悲しみの感情で押し潰されそうになりながら。


杏の行き先は――教会では無い。何処に行くか決めてなどはいないが、教会だけは駄目だ。
このまま教会に向かい、万一綾香か麻亜子のどちらかに追跡されてしまえば、より多くの犠牲者が出るだろう。
ここは何としてでも自分達の力だけで、逃げ延びなければならなかった。
「るーこ……、るーこぉぉぉぉ……」
敵の姿も、るーこの遺骸も見えなくなってからも、陽平はうわ言のように少女の名前を繰り返していた。
「ごめんね……陽平」
一粒の涙と共に、少女は懺悔した。


【時間:2日目・20:35】
【場所:g-2右上】

942三度目の正直:2007/04/13(金) 14:42:50 ID:.b9r1E4o0
来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×1)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態1:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷、疲労中、体の節々に痛み】
【状態2:左目失明寸前、右肩負傷、麻亜子と対峙】
【目的:何としてでも麻亜子を殺害。ささらと、さらに彼女と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数2/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、ボウガン(矢装填済み)、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:綾香と対峙、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、頬に掠り傷、肋骨二本骨折、内臓にダメージ、全身に痛み、疲労大】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】



【時間:2日目・20:40】
【場所:g-2右上】

春原陽平
【持ち物1:FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鉈、スタンガン・鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:深い絶望。右足刺し傷、左肩銃創、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

藤林杏
 【装備:ワルサー P38(残弾数4/8)、Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品1:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×2(和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【所持品2:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【状態:やり切れない思い、身体は健康】
 【目的:最終目的は主催者の打倒、まずは陽平を連れてもっと離れた場所まで逃げる】

ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】

【備考】
・以下の物は綾香達の近くに落ちています。
・サバイバルナイフ、投げナイフ、H&K SMG‖(5/30)、予備マガジン(30発入り)×2、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6
・ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)

→788
→793

943運命共同体:2007/04/14(土) 01:22:24 ID:YY8mK.Yc0
何もできなかったんだと思い知らされた。
唯一の武器はもう手放しちゃっていたから、そんないい訳であたしはただ事態を傍観する側に回ろうとしてたんだ。
加勢するのは全部保科さん任せにして、あたしにはもうできることはないんだと括ってしまっていた。
でもそんなことなかった、あたしにだって何かできたことがあったかもしれないのに。

例えば地面に転がる小石、木の枝。
投げつけるだけでも注意を引くことなら充分できたのに、あたしはそんなこともせずひたすら保科さんの準備が整うのを待っていた。

あたしは何もしなかった、そう。できなかったんじゃない。
安全な所でぬくぬくと、我が身を第一にして長岡さんを犠牲にしたんだ。
・・・・・・そう考えると、もう涙が止まる気配なんていつまで経っても訪れない気がしてきた。

「気を取りなおそ、な。長岡さんが伸ばしてくれた寿命なんやから、大切にしよ」

不意にかけられた言葉、いつの間にか足を止めちゃっていたあたしの顔を、保科さんが覗き込んでいた。
・・・・・・そんな風に気を使ってくれる、保科さんの言葉すら痛く感じる。
どうして、あたしが残っちゃったんだろう。

「あたし、何も・・・・・・ひっく、長岡さん、一人に・・・・・・あ、あた、し・・・・・・」
「・・・・・・」

長岡さんが、何か抱えてるのかもしれないっていうのは分かってたのに。
・・・・・・盗み聞きって訳じゃないけど、たまたま耳に入ったそれが何のことかあたしにはよく分からなかった。
でも、それでも前向きに行こうとする長岡さんの姿勢だけは分かった。
それに比べて、あたしには何もない。
ここに来て最初に出会ったのは由真だった、でも由真とは何かする前にあの変な男のおかげで分断されちゃって。
そんな時助けてくれたのが、保科さんで。
あたしは守られてばかりだった、それを痛感しちゃったことで吹き出る罪悪感をもうあたし自身止めることが出来なかった。
そんな、時だった。

944運命共同体:2007/04/14(土) 01:22:49 ID:YY8mK.Yc0
「いい加減にせよ、悪いけど、私そういうウジウジした考え方いらついて仕方ないんや」

かけられたのは、思いもよらない冷たい声。
さっきまでの気を使ってくれていた温かい空気が一瞬で冷やされた、反射的に顔を上げるとそこには無表情の保科さんがいて。
・・・・・・言葉が、出なかった。
でもその雰囲気は次の瞬間すぐとけた、ふっと困ったように保科さんは小さく微笑む。
そのまま右手を手を伸ばしてくる保科さん、思わずびくってなっちゃったけど保科さんは気にせず私の頭に手を伸ばした。
そして、そのまま何度か優しく撫でられる。
あたし、どんな顔してるんだろ。凄く間抜けな顔してると思う。

「あまり自嘲し過ぎるのは体に悪いで。とにかく生き残ったのは私等なんだから、前向きに考えなあかんやろ」

頭が、真っ白になる。
そんな真っ白な世界に、色をつけてくれるのは保科さんの声。あたしを導いてくれる、癒してくれる言葉の数々だった。

「第一笹森さん、最初にあの女怯ませてくれたやないか。・・・・・・それ言ったら何もできなかったんは私やないか」
「保科さん・・・・・・」

保科さん、苦い顔してる。
保科さんも耐えていた、保科さんも我慢していた。
でも、そんな弱みをあたしに一切見せようとせず・・・・・・保科さんは、ここまで引っ張ってきてくれた。
それは何のため? あたしのために決まってる。
泣いてぐちゃぐちゃになっていたあたし、それこそ気持ちの切り替えもできずずっと俯いていたあたし。
どうしてそんな優しくしてくれるんだろうね、あたしなんて庇って保科さんになんのメリットがあるんだろ。
・・・・・・その答えはあたしの中で見つけることは出来なかった、勿論保科さん自身に聞けるほどあたしも図々しくはなれなかった。

「でも、これだけは忘れたらあかん。私等は長岡さんの頑張りのおかげで逃げられたんや、せやからもうこの命は私等だけのもんやない」

前を見据えた保科さんがしっかりと言い放つ、だからあたしも合わせるように頷いた。

945運命共同体:2007/04/14(土) 01:23:11 ID:YY8mK.Yc0
「長岡さんのも、含まれるよね」
「そうや。私達が長岡さんの分も生き抜くんや・・・・・・まるで運命共同体みたいやな」

ぽそっと呟かれたのは、あたしに当てられたものじゃないかもしれない。ちょっとした独り言じゃないかって思う。
でも、それはあたしにとって本当に思いがけない言葉だった。
あたしは保科さんにとってずっとお荷物だったと思う、ここに来るまでも保科さんにはいつもリードしてもらってばかりだった。
でもでも、保科さんは言ってくれた。あたしとは運命共同体なんだって・・・・・・それは、あくまで同等の立場じゃないと言えない台詞ことだと思う。

それは絆だった。あたしと保科さんの間に生まれた、新しい関係を表す最高のうたい文句だった。
長岡さんという媒体を基にした、あたし達ただ二人だけにしか存在しない区分。
不謹慎かもしれない、でもすっごく嬉しかった。

「ほら、もう泣きやまなあかんで」

時に厳しく、でも時にこうやって保科さんは私のことを優しく励ましてくれる。
気がついたらまた緩くなっていたあたしの涙腺、でもこれは悲しみを表現しているわけじゃない。
伝えたいけど、言葉に出来ない。あたしの口からは漏れるのは嗚咽のみ。
そんなどうしようもないあたしに対して、親身になって面倒を見てくれる保科さんは本当にかけがえのない存在に思えた。

「あのね、保科さん。あんま笑わないで欲しいんだけど・・・・・・そのね、あたしってこんなだからあんま友達いないんよ」
「はぁ?」

何とか込みあがっていた感情を押し込めた後、あたしは今思っていることを素直に伝えようと思った。
保科さんとの絆を深くしたかった、何でそう思ったかは分かんない。
でも、受けとめて欲しくなった。あたしのことを。
そして、保科さんなら絶対受け止めてくれると思ったから。だからあたしは口にした、普段は絶対言えない弱音の類を。

「んーと、趣味が特殊っていうか。そういうのもあって、こう、凄く気にかけてくれる友達とか傍にいなかったんよ。
 なのに凄く焼きもちやきで、タカちゃん・・・・・・ああ、タカちゃんっていうのはミステリ研の男の子なんだけど、タカちゃんにもうざがられてる所とか凄いあって。
 あたしダメダメなんよ、でも保科さんはそんなダメなあたしをこんなにも気にかけてくれて、助けてくれて・・・・・・本当に、嬉しかったんだ」

946運命共同体:2007/04/14(土) 01:23:38 ID:YY8mK.Yc0
保科さんは黙ってあたしの話を聞いてくれていた、もしかしたら呆れちゃってるのかもしれないけど・・・・・・ここまで言って、途中で止めることなんてできない。

「だから、今こそ言わせて欲しい。保科さんありがとう」

そう言って頭を下げると途端に映らなくなる保科さんの表情、今それがどのようになっているか分からないのは凄く不安だった。
でも、不安だったけど・・・・・・大丈夫だと思った。その感情に後ろ盾はないけど、絶対、絶対大丈夫だと思った。

「何や、けったいなこと気にするんやな」

けろっと言い放たれるその台詞、ああ、保科さんだって思った。
そっと顔を上げる、やっぱり呆れちゃってるかもしれないけど、それでも保科さんの顔に軽蔑の色は全く浮かんでいない。
もう言葉はいらなかった、これからもよろしくの意味をこめて手を差し出すと、保科さんも次の瞬間ぎゅっと握ってきてくれた。
だからあたしも握り返す、ぎゅって、ぎゅーって握り返す。

「あたし、保科さんと運命共同体なんだよね」
「何や、聞こえてたんかいな。・・・・・・そうやな、まぁこれからもよろしゅうな」

保科さんの手はすらっとしていて、さわり心地もすっごいすべすべしてて気持ちよかった。
ちょっと長い握手は儀式と呼んでもいいかもしれない、離した後も消えないぬくもりが何だかくすぐったかった。
あたしと保科さんの絆、その証。この島で得た大切な関係を守っていきたいと、心の底から思った。





「来栖川綾香・・・・・・あの天化の来栖川財閥のお嬢様まで、こんな殺し合いにのるなんて皮肉やな」

947運命共同体:2007/04/14(土) 01:23:57 ID:YY8mK.Yc0
あれからまた歩き出したあたし達、ふと保科さんに話しかけられあたしもあの怖い人のことを思い出した。
来栖川、綾香。制服から見て寺女の人っていうのは一目で分かった。
聡明そうな人だったのに、何であんなことしてきたんだろ・・・・・・そんなのあたしに分かるわけないんだけど。

「それにしても気にかかるんわ、あの人の言ってた割烹着の男ってヤツや」
「え、そんなこと言ってたっけ?」

心当たりは全くなかった、驚いて聞き返すと保科さんはんーと口元に手を当てて何か考えるようにして・・・・・・。

「騙されたとか、してやられたとかそういう類のこと言ってたやないか。確か、すのはらようへい、とか・・・・・・」

呟き終わったと同時に、すかさずデイバッグから参加者名簿を取り出す保科さん。
ざっと目を通す保科さんの様子にあたしの入る隙間はない、とりあえず今は話しかけないほうがいいだろうし黙って隣で待ってみる。

「ん、ハルハラ? これでスノハラなんかな・・・・・・」

独り言かな、でも結論は出たみたいで保科さんは持っていた名簿を私の方に傾けてくれた。

「春原陽平、確かにおる。来栖川綾香は割烹着がどうのこうのって言うてたから、そういう風貌のヤツ見たら警戒した方がええな」
「う、うん・・・・・・」
「けど、まずはこれからどうしたらいいか。これを真面目に考えなあかんな」

あたし達の幸先は決していいものじゃない、でもきっと何とかなると信じてる。
保科さんならやってくれる、あたしも保科さんのために頑張りたい。
・・・・・・そろそろ朝焼けが見れそうなこの時間、でもとりあえずゆっくり休みたいっていうのが一番の望みかな。
さすがに疲れたんよ・・・・・・。

948運命共同体:2007/04/14(土) 01:24:26 ID:YY8mK.Yc0
【時間:2日目午前5時半】
【場所:D−5】

保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、支給品一式】
【状態:移動中、来栖川綾香と割烹着の男を警戒】

笹森花梨
【所持品:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】
【状態:移動中、来栖川綾香と割烹着の男を警戒】

(関連・789)(B−4ルート)

949蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:30:56 ID:e4s/5ZJ20
ハンバーグの香ばしい香りが充満する、大きな居間。
岡崎朋也とその仲間達は、第三回放送で受けた衝撃よりようやく立ち直りつつあった。
一つのテーブルを皆で囲み、ゆっくりとハンバーグを食べながら、話し合いを進めてゆく。

「――教会へ行く?」
北川潤が確認するように尋ねると、古河秋生はコクリと頷いた。
「ああ。もう陽も完全に落ちちまったし、休憩も十分に取った。これ以上ここに留まる意味もねえからな」
それから秋生は気遣うような表情で、古河渚に視線を向ける。
「そういう事だが、渚――いけそうか?」
「はいっ、大丈夫です。まだ走るのは無理ですけど、歩くだけなら平気です」
気丈に返答した渚だったが、銃で撃ち抜かれた傷が一日やそこらで良くなるとは考え難い。
渚は口で大丈夫と言いながらも、無理をしてしまう女の子である。
それをよく理解している朋也が、渚の手を優しく握って語りかける。
「あんま無理すんなよ。いざとなったら俺が背負ってやるからさ」
「えっ、そんな……迷惑かけちゃいますから」
渚が申し訳なさそうに首を横へ振ると、朋也は手に込める力を少し強めた。
「今更何言ってんだよ。渚が無理して苦しむ方が、俺にとっちゃよっぽど迷惑だ」
朋也の真っ直ぐな視線を受けて、渚は少し微笑んでから、言った。
「……分かりました。どうしても駄目だったら、言います」
「ああ、そうしてくれ」
「でも、出来るだけそうならないように頑張りますっ」
自分を奮い立たせるようにぐっと目を瞑る渚を見て、朋也は苦笑しながら答えた。
「……そうだな、頑張る事も大切だもんな」

950蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:31:45 ID:e4s/5ZJ20
秋生は娘と朋也のやり取りを温かい目で見守った後、広瀬真希に問い掛ける。
「なあ、広瀬の嬢ちゃん。一つ聞いときたいんだが、おめえら工場は屋根裏以外調べてねえのか?」
「うん、ガソリン臭かったからとっとと屋根裏へ行ったわ。それがどうかしたの?」
工場で前回参加者の痕跡を見つけた事についてはもう全て伝えていたので、秋生が何を言いたいのか、真希には良く分からなかった。
「いや、工場なら何か使えるもんがあるんじゃねえかと思ってな。こんな状況なんだ、武器は一つでも多い方が良いだろ?」
「あ……そっか……」
秋生の言う通り――工場なら、一般の民家には置いてないような、貴重な物があるかも知れないのだ。
真希も、そして北川も、自分の迂闊さに気付き表情を曇らせた。
もしきちんと工場を全て調べていたら、そして何か有用な物を発見出来ていたら、美凪を救えたかも知れない――
「……ガソリン臭えって事は、少なくとも火炎瓶の材料くらいはありそうだし、そのうち調べてみっか」
二人の内心を察した秋生は、それだけ言うとこの話題を早々に切り上げた。
今後の方針は決まった――まずは、教会へ向かう事だ。
教会では今も姫百合珊瑚らハッキング班が頑張っている筈だ。
北川が珊瑚達と別れてからだいぶ時間も経っているし、何か新しい情報が入っているかもしれない。
今後どうやって主催者に対抗していくかは、珊瑚達と合流してから考えるべきだろう。

951蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:33:11 ID:e4s/5ZJ20
結論が出た後は各自、軽い雑談を交えながら食事を続けてゆく。
そんな中、朋也は周りより一足早く、ハンバーグを食べ終えた。
横へ視線を移すと、みちるが美味しそうにハンバーグを頬張っている。
みちるが元気になってくれて良かったと思う一方で、先程のあの言葉が気になった。
――みちるは美凪の夢なんだから
これは、一体どういう意味なのだろうか?
聞こうとすれば、遠野美凪の死に触れなければならないから、この場の穏やかな雰囲気を壊してしまうかも知れない。
しかし何故か朋也は、決して見過ごしてはいけない謎が、みちるの言葉に秘められている気がしてならなかった。
「……なあ、みちる」
「んに?」
みちるが屈託の無い笑顔を向けてくる。朋也は一度息を吸い込んだ後、言った。
「さっきお前が言ってた『みちるは美凪の夢なんだから』って、どういう意味だ?
 『美凪が死んだら……みちるも消えちゃう』って、一体何の事なんだ?」
途端に場がシンと静まり返り、みちると朋也を除いた全員が、訳も分からず怪訝な表情となる。
それでも朋也は、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「言いたくないなら、言わなくたって構わない。でも、もし良ければ教えてくれないか?
 北川の話だと、『鬼の力』なんてもんを持ってる奴もいるらしいし、今俺達が置かれてる環境は現実離れし過ぎてる。
 そして、俺達にはまだまだ知らない事が多過ぎる。今は一つでも多くの情報が欲しいんだ」
「うにゅぅ……」
みちるはフォークを動かす手を止め、困ったような目で朋也を見た。
朋也もこれ以上質問を続けて良いものか分からず、じっとみちるの顔を見つめる事しか出来ない。
しかしそこで、朋也を後押しするように北川が口を開いた。
「……出来れば俺からも頼みたい。俺は美凪の想いを背負って生きていきたいんだ。
 アイツの分まで頑張りたいんだ。だから、頼む。もし美凪に関して何か知ってるなら、教えてくれ。
 真希もきっと、同じ事を思ってる筈だ」
北川が、そうだよな?と問い掛けると、真希は強く頷いた。
みちるは暫くの間、顔を下に向けて黙り込んでいたが、やがてゆっくりと言葉を搾り出した。
「うん……分かった」

952蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:33:51 ID:e4s/5ZJ20
   *     *     *

「――という訳なんだ。……信じてくれる?」
みちるが不安げな顔で尋ねてくるが、誰もすぐには返答出来ない。
説明を聞き終えた後。全員の頭は等しく混乱し切っていたからだ。
それ程に、北川達が聞かされた話は現実離れしていた。

――みちるは美凪の妹であったが、生まれてくる前に死んでしまった。
――しかし美凪の夢が、空にいる少女の魂を一部だけ分け与えられて実現する事によって、『みちる』という存在が生まれた。
――だから美凪が死んでしまえば夢は終わり、自分は消えてしまう筈だと、みちるは説明した。

にわかには信じ難い話だった。空にいる少女……夢の実現……いつもなら、笑い飛ばしてしまったかもしれない。
しかし、北川は思う。
『鬼の力』などという、常識では決して説明出来ない力が存在するのだ。
ならば、他にもそういったある種超常的な現象や力が有ったとしても可笑しくは無い。
既存の概念に捉われていては、とても大切な物を見落としてしまうかも知れないのだ。
何より話をしている時の、みちるの真剣な表情が、真っ直ぐな瞳が、嘘など一切吐いてないという確信を齎す。
だから北川は、いの一番に言った。

953蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:34:59 ID:e4s/5ZJ20
「俺は……みちるの話を信じるよ。正直まだ半分も理解出来てないけど、本当だと思う」
北川がそう言うと、渚も、朋也も、秋生も、そして勿論真希も、首を縦に振った。
するとみちるは、肩から力を抜いてにっこりと微笑んだ。
「……ありがとう」
続けて、落ち着いた表情で――見てて悲しくなるくらい落ち着いた表情で、言った。
「だからね、みちるには美凪が死んだってどうしても信じられないの。
 みちるはまだこの世界にいるし……それにね、美凪の『想い』を感じるの」
「……想い?」
北川が問い返すと、みちるはこくんと頷いた。
「うん。美凪がまだ何処かで見守っていてくれてるような――みちるの事を想ってくれてるような、そんな気がする」
「みちる……」
北川はみちるの瞳の奥に宿る、不安の色を見て取った。
みちるは自分の感覚を――美凪がまだ何処かにいるという感覚を、必死で信じようしているのだ。
だからこそみちるは、美凪の死を知っても泣かなかった。また会えるかも知れないという希望を持っていたから。
しかしそれは余りにも脆い希望であり、いつ崩れ去ってしまってもおかしくないものだ。
ほんの些細な切欠で霧散してしまう、儚い希望なのだ。
そう思うと居ても立ってもいられなくなり、北川はすくっと立ち上がった。
「……じゃ、決まりだな」
「え?」
北川は、とても強い意志を秘めた声で、言葉を続けてゆく。
「美凪の『想い』をまだ感じ取れるんだろ? だったら、俺と真希――そしてみちるがやるべき事は、一つに決まってる」
真っ先に北川の意図を理解した真希が、確認するように問い掛ける。
「……美凪の『心』を探しに行くのね?」
「そうだ。美凪は死んだ……これは間違いない。でもな、みちるが抱いてる感覚だって、嘘じゃないと思う。
 きっとこの島の何処かに……美凪の『想い』が、『心』が、残されてるんだよ。俺は、そう信じたい」
北川はゆっくりとした口調で、言葉一つ一つの意味を噛み締めるように言い切った。
美凪の『心』が残されている――科学的には決して有り得ない事だが、出鱈目な推論とも言い切れない。
美凪の夢があってこそみちるがこの世界に居られるというのなら、夢を見る為の心だって何所かにまだ存在する筈。
蜘蛛の糸のようなか細い希望に縋る論理ではあるが、可能性はゼロじゃない。

954蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:35:55 ID:e4s/5ZJ20
少しばかりの静寂の後、真希がみちるの顔を覗き込んだ。
「……みちるは、どうしたい?」
みちるの瞳が自分に向けられるのを確認した後、真希は言葉を止めた。
首に掛けた美凪のロザリオを引っ張って、みちるの手に握らせる。
「あたし達は出来れば美凪の心を探したい。もう一度会って、話がしたい。
 だから後はみちるの気持ちだけ。みちるが賛同してくれるなら、あたし達は全力で美凪を探すわ」
真希はこれからどうすべきか、迷わなかった。
まだ状況を理解し切れてはいないけれど、美凪の『心』を何としてでも探し当てるつもりだ。
これは【自分達にしか出来ないことをする】と同時に、【自分達がやらねばならないことをする】という事でもあるのだ。
勿論美凪と会えるものならもう一度会いたいというのもあるが、それだけでは無い。
死んでしまった人間の思念が残留するなどという不思議な現象があるのなら、そこに大きな秘密が隠されている気がした。
そう、もしかしたら全ての謎を解き明かす鍵となるくらい、大きな秘密が。
だが美凪の肉体は確実に死んでしまっている以上、恐らく結末はとても悲しいものとなるだろう。
徒労に終わる可能性だって十分ある。だから実行に移すには、みちるの承認が必要だった。
しかし直ぐに、自分の考えが浅はかだったという事を思い知らされる。
真希がはっと目を見開く――みちるの双眼が、じっとりと潤んでいた。
「マキマキは……馬鹿だなあ……」
息を飲む真希に構わず、みちるが言葉を吐き出してゆく。半ば、涙声で。
「そんなの、探したいに……もう一度美凪に会いたいに……決まってるよっ……!」
そうだ――こんな事、聞くまでも無かった。気丈に振舞っていた少女に、わざわざ返答を強いる必要など無かった。
みちるは、美凪の『想い』を感じ取れると言った。自身を美凪の『夢』であると言った。
美凪と一心同体であるこの少女が、何を望むかなど分かりきっている事だった。
真希は喉から転がり出そうになった謝罪の言葉を、必死に抑え込んだ。
ここで謝ってしまえば、きっとみちるは泣いてしまう。これ以上、この少女に悲しい顔をさせたくは無い。
「……そうだよね。じゃ、決まり。あたし達と一緒に美凪の心を探しに行きましょう」
真希がそう言うと、みちるは強く――とても強く、頷いた。

955蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:37:06 ID:e4s/5ZJ20


程無くして朋也達は出発の準備を終え、民家の門を出た所まで移動していた。
結局古河親子と朋也は教会へ向かい、北川、真希、みちるの三人は美凪の心を探す事になった。
合流の難しいこの島で別行動をするのは出来れば避けたかったが、渚の足では長い時間動き回るのは厳しいものがある。
だから朋也達は、真っ直ぐに教会を目指すしか無かったのだ。
朋也は膝を落とし、みちるの頭の上にポンと手を乗せる。
「みちる。北川達に迷惑を掛けないよう、良い子にしとくんだぞ」
「むむむ……」
すると、みちるの上半身がすっと下に沈み、
「子供扱いすんなーっ!!」
「ぐおっ!」
朋也の水月に、鋭い頭突きが叩き込まれた。
腹を押さえて悶絶する朋也を見下ろし、みちるが悪戯っぽい笑みを浮かべながら語り掛ける。
「岡崎朋也……あたしがいないからって、あんま寂しがっちゃ駄目だよ?」
「誰が寂しがるかっ!」
朋也はゲンコツを振り下ろしたが、手加減していたのもあってあっさりと避けられてしまう。
よろよろと起き上がる朋也に対し、みちるは一旦間を置いて、言った。
「――岡崎朋也」
「……あんだよ」
別れ際の挨拶で頭突きを見舞われるのは、流石に気分が良いものでは無い。
朋也は不満げな様子で、短く言葉を返す。
しかしみちるは珍しく、真面目な、そして少し寂しげな表情で、口を開いた。
「岡崎朋也に何かあったら、みちるはちょっとだけ悲しいから……。元気でね?」
朋也は目を丸くして、みちるを見つめていた。意地っ張りなみちるが、そんな事を言ってくれるとは思わなかった。
そして、思い出す。普段は生意気な態度を決して崩さぬみちるだったが、いざという時は違った。
放送で父の死を知った時も、由真と風子の死体を発見した時も、みちるは自分を気遣ってくれた。
本当は、みちるはとても心優しい少女であり、自分をずっと支えてきてくれたのだ。
朋也はどう返答するか迷ったが――自分達らしいやり取りを、最後まで続けようと思った。
「ああ。お前の方こそ元気にしとかないと、ゲンコツ食らわせるからな」
「なにをーっ……岡崎朋也の方こそ、次会った時に暗い顔してたりしたら、許さないんだから!」
出会ったばかりの頃と同じ、素直になり切れない、子供のような、友達のような、兄妹のような挨拶を最後に。
二人は、別れた。

956蜘蛛の糸のような希望を信じて:2007/04/14(土) 18:38:07 ID:e4s/5ZJ20
時間:二日目・19:30】
【場所:B-3】

北川潤
 【持ち物①:SPAS12ショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:スコップ、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)他支給品一式】
 【状況:健康】
 【目的:美凪の『想い』、『心』を探す】


古河秋生
 【所持品:包丁、S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)】
 【目的:まずは教会へ移動。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者と合流、機会があれば平瀬村工場内を調べてみる】
古河渚
 【所持品:鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、少し痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
 【目的:まずは教会へ移動】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】
 【目的:まずは教会へ移動】

→790

957名無しさん:2007/04/15(日) 00:39:19 ID:e2SCjcl.0
ttp://pie.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1173801422/23-

本スレ投下有り注意

958フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:33:26 ID:ap3uq7320
淀んだ空気、辺り一帯に充満した死の気配。
満身創痍の身体に残った力を振り絞って、対峙する二つの影――来栖川綾香と、朝霧麻亜子。
「……邪魔者も消えたし、いい加減決着をつけましょうか」
綾香の言葉通り、この地には自分達以外の人間は一人として存在しなかった。
ルーシー・マリア・ミソラも死んだ。
観月マナも死んだ。
神尾観鈴も死んだ。
それぞれがそれぞれの決意を胸に秘め、先立った仲間達の想いを背負っていたにも拘らず、死んでしまった。
彼女達が弱かった訳では無い。彼女達の想いが半端なものだった訳でも無い。
ただそれ以上に綾香と麻亜子が強く、凄まじい執念と決意を持ち合わせていただけの事――

いくら装備と元の実力で大きく上回るとは言え、綾香の怪我は麻亜子より遥かに酷い。
鍛えに鍛え抜いた片腕は焼け爛れ、尋常でない動体視力を誇った眼も片方は失明寸前で、小さな傷ならそれこそ無数に負っている。
最早余裕など欠片も無い筈なのに、それでも綾香は嘲笑うような声で言った。
「一つ予告しといてやるわ。私はアンタを殺した後、久寿川ささらも殺す。
 たっぷりと痛めつけて、生きたまま目玉をくり抜いてから殺してやる」
「……なるへそ。あやりゃんはまずあたしを殺してから、さーりゃんを虐めたいと、そういう事だね?」
麻亜子が確認するように質問すると、綾香は愉しげに笑いを噛み殺した。
「ええ。この世に生まれてきたのを後悔するくらい、ズタボロにしてやるわ。
 泣き叫んで必死に懇願してきても、絶対に許してやらない。ふふ、久寿川ささらも災難ね?
 アンタみたいな知り合いを持ったお陰で、そんな目に合うんだから」
語る綾香には、おおよそ人間らしい感情はもう殆ど見られない。
あるのは際限無く膨れ上がった復讐心と闘争心だけだ。
綾香の言葉を受けた麻亜子は、殺し合いの最中にも拘らず、そっと眼を閉じて言った。少し、哀しげな声で。
「……そうだね。あたしみたいな知り合いを持っちゃったさーりゃんは、不幸なのかもね。でも――」
麻亜子の眼が大きく開かれる。
「それでもあたしはさーりゃんが大好きなの! 生きていて欲しいの! あたしは刺し違えてでもお前を倒して、さーりゃんを守ってみせるっ!」
麻亜子は腹の奥底から絶叫した。最後の方は殆ど涙声だった。
それを受けた綾香は――

959フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:34:29 ID:ap3uq7320
「ク――――アハハ! アハハハハハハハハハハッ!」
堪えきれない、といった様子で狂ったような笑い声を上げた。
「やっと本心をぶち捲けたわね! 結局アンタも甘ちゃんだった訳だ……。良いわ、その甘ったれた考えごとアンタを粉砕してあげる!!」
IMI マイクロUZIの銃口が持ち上げられる。復讐鬼は、どこまでも愉しげに決戦の火蓋を切って落とした。

二つの疾風が闇夜の中に吹き荒れる。麻亜子はただひたすらに、前方へと駆けた。
ボーガンも散弾銃も、ある程度距離を詰めてこそ真価を発揮する武器。
何より麻亜子は体力を消耗し切っている。一刻も早く、勝負を決めなければならない。
ささらにとって最大の脅威である筈の来栖川綾香を、ここで何としてでも仕留めてみせる。
ささらに嫌われたって良い。悲しませたくは無いが、それも止むを得ない。
他の何を差し置いてでも、自分の命を犠牲にしてでも、ささらを生き延びらせる。

そして綾香も――怨敵目掛けて、かつてない程の狂気を湛えて疾駆する。
残弾数では大きく上回っているが、片目を失った事で、距離が近いと敵の姿を追いきれない。
この条件を考慮に入れれば、距離を保ち長期戦を挑んだ方が、綾香にとっては有利である。
しかし綾香は、もう止まれなかった。目の前にあれだけ憎い敵がいる。
自分にこの島での生き方を教えたあの女が、かつて屠ってきた弱者どもと同じ奇麗事を口にした。
自分と同類である筈のあの女が、『誰かの為に命を捨てる』などといった戯言を口にした。
反吐が出る、吐き気もする、今すぐこの世から抹消してしまわねば気が狂ってしまう。

960フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:36:27 ID:ap3uq7320
殺意を剥き出しにして噛み合う野獣達の戦いが、長引く道理は存在しない。
あれ程永きに渡り、他者を巻き込んで繰り広げられた二人の決戦は、終焉を迎えるまで長い時間を必要としないのだ。
両者の距離が10メートル程まで縮まった所で、綾香のIMI マイクロUZIが死の咆哮を上げる。
麻亜子は横に転がり込む事で、迫り来る銃弾を回避する。
連続して破壊を巻き起こす機関銃相手に、体勢を整えている時間などある訳が無い。
麻亜子は身体の勢いが止まらぬうちに、揺れる視界の中でRemington M870を放った。
放たれた散弾は麻亜子の狙った位置には飛ばなかったが、広範囲の攻撃、そしてこの近距離。
狙いを外してなお粒弾の片割れは綾香の右肩に食い込み、鮮血を撒き散らす。
続いて麻亜子はボーガンを構えようとするが、その瞬間綾香と目が合った。
綾香は先の一撃に怯む事無く、鬼のような形相で引き金を思い切り絞る。
近距離より放たれた弾丸のシャワーは、容赦無く麻亜子に牙を剥く。
放たれた銃弾は七発、そのうちの二発が麻亜子の身体を捉えていた。
防弾服の上からでも衝撃は伝わり、麻亜子の肋骨に皹が生成される。
そして完全に無防備な状態である左耳介は、跡形も無く消し飛び、その余波で鼓膜も破れた。
しかしそれでも、裂帛の気合を胸中に宿した麻亜子は止まらない。
未だかつて経験した事の無い痛みを受けても武器は取り落とさず、敵の姿を双眸に収め続ける。
ボーガンの銃身が振り上げられ、間を置かずに矢が放たれた。
矢は綾香の胴体目掛けて彗星の如く宙を突き進む。
綾香が咄嗟の反応で横に跳躍しようとするが、人体で最も的の大きい胴体を狙われた所為で躱し切れない。
しかし綾香は防弾チョッキを装備している。
橘敬介の、国崎往人の、るーこの、決死の攻撃を防いだ最強の防具で身を守っている。
矢の着弾点は綾香の脇腹であり、そこは防弾チョッキで守られている箇所だったが――
矢は今まで誰も破れなかった防弾チョッキを貫通し、綾香の脇腹に突き刺さっていた。

961フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:37:48 ID:ap3uq7320
綾香の着用している防弾チョッキは繊維を用いたタイプであり、非常に軽量で動きも束縛しにくいというメリットがある。
だからこそ柳川祐也や古河秋生との格闘戦で、あれ程俊敏な動きが出来たのだが、良い事ばかりではない。
繊維を使用したものは先端が尖っている貫通力の高い銃器や、細身の刃物などは通しやすいというデメリットがあるのだ。
元より獲物を刺し貫く為のみに作られている非常に鋭利な矢を、この距離で防ぎ切れる筈が、無かった。

腹より血を迸らせ、たたらを踏んで後退する綾香に、Remington M870の銃口が向けられる。
Remington M870に残された銃弾は後一発、そしてその使い所は此処を置いて他に無い。
今の綾香の身体では横に跳躍する事も、身を屈める事も叶うまい。
だが、引き金にかけた麻亜子の指に力が込められたその瞬間、事は起こった。


――来栖川綾香はすぐ感情的になる性格の為、生き延びると言う事に関しては少々格が落ちるかも知れない。
綾香程の装備を、宮沢有紀寧のような狡猾な者が持ったのなら、もっと上手く立ち回っただろう。
分かりやすい例を挙げるなら、レーダーの使い方だ。折角、遠距離から敵の存在を把握出来るのだ。
本来ならレーダーは尾行などよりも、敵を避け自分の身を守る事に使うべきなのだ。
いくら強力な装備を持っていようとも、攻めるだけではいずれ限界が来るのは当然の事だ。
しかしどれだけ感情に任せて暴走しようとも――こと闘争に関しては、綾香は紛れも無く天才だった。
そう、腹を穿たれて尚、来栖川綾香は闘争の天才だったのだ。

962フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:38:52 ID:ap3uq7320


「――――!?」
麻亜子の目が、驚愕に大きく見開かれる。
綾香は上体を大きく逸らし、更に首を後ろへと曲げて、最小限の動作で被弾範囲を腹部のみに絞っていた。
防弾チョッキに守られている腹部を盾とする形で、剥き出しの頭部を守っていたのだ。
粒弾の群れの多くは綾香の身体を捉え、幾つかは防弾チョッキに守られていない生身の部分に突き刺さる。
防弾チョッキの届かぬ下腹部から血が噴き出し、右腕が千切れ飛び、地面に背中から叩きつけられる。
それでも即死には至らない。もう呼吸をしているかも怪しかったが、即死には至らない。
地面に倒れた綾香の上半身が起き上がり、麻亜子と一瞬視線がかち合う。
綾香はにやりと笑みを浮かべ、その時にはもうIMIマイクロUZIが銃声を上げていた。
麻亜子は咄嗟に頭部を腕で覆い、生身の部分を優先して守ろうとする。
連続して麻亜子の身体に衝撃が跳ね、その小さな身体が後方に弾き飛ばされた。
綾香は間髪入れずに起き上がり、怨敵の顔に残った残弾全てを叩き込むべく駆け出す。
両眼球の機能がどんどん低下してゆき、視界が霞んでいく為、小さな的を射抜くには距離を詰めるしかない。
ずるずると下腹部より臓器が漏れ出るが、最早それすらも意に介さない。
死に体である綾香に残された最後の動力源は、絶対の自尊心。

自分は凡人とは違う、言わば選ばれた人間なのだ。
名家に生まれ、尚且つ類稀な運動神経にも恵まれた。
欲しい物の殆どを難無く手に入れる事が出来た。
小学生の頃から何をやっても、他人に遅れを取ったりなどしなかった。
総合格闘技エクストリームのチャンピオンにだってなった。
ならばこんな何処の馬の骨とも知れぬ女になど、負けてはいけない。
良いように弄ばれて、利用され続けたままで終わるなど以っての他。
松原葵の――否、全国の女子挌闘家の目標である自分は、未来永劫勝者として君臨するのだ――!

963フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:39:42 ID:ap3uq7320
綾香は足を縺れさせながらも前進を続け、痙攣を起こし始めた左腕を上げ、銃口を麻亜子の顔に合わせる。
それとほぼ同時に麻亜子が身体を起こし、手に握った物を綾香に向けた。
半ば機能を失っている綾香の頭脳では、もう認識出来なかったが――麻亜子の手に握られていたのは、先の散弾銃では無い。
Remington M870は銃弾が尽きているし、ボウガンに矢を装填している時間も無かった。
麻亜子が握っているのは、かつて綾香に防弾チョッキの上から襲い掛かったH&K SMG‖だった。
構えたのはほぼ同時なのだから、後は引き金を絞る速度で勝負が決まる。
痙攣している綾香の指では、その勝負を制する事が出来る筈も無く、H&K SMG‖が一方的に火を噴く。
綾香の顔に幾つもの風穴が空き、脳漿が辺り一帯に飛散した。
頭部の大半を失い立ち尽くす肉体に、もう一度銃弾が打ち込まれる。
その衝撃で、最早肉塊と化した綾香の身体は地面に倒れ、もうピクリとも動かなかった。
今度こそ来栖川綾香の意識は消失し、完全に事切れていた。

修羅と復讐鬼。
純粋な実力では復讐鬼、来栖川綾香の方が数段上回っていた。
しかし綾香は己の感情に身を任せ続け、様々な人間の恨みを買い、結果要らぬ怪我を負ってしまった。
対する麻亜子は、極力自分の目的を遂行する為に動き、無駄な被害を最小限で抑えた。
その差が二人の戦力差を打ち消し、互角の勝負を展開させた。
そして最後に、二人の明暗を決定的に隔てたのは、僅かな運の差だった。
麻亜子が勝利を獲得し得たのは、吹き飛ばされた位置にたまたまH&K SMG‖が落ちていたからだ。
ともかく、多くの人間を犠牲にした二人の戦いは、修羅の勝利で幕を閉じた。

964フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:41:19 ID:ap3uq7320

「あ……」
冷たい感触が頬に伝わり、麻亜子が声を上げる。
「雨……」
戦いの終わりを待っていたかのように、雨が降り始めていた。
雨はどんどんと勢いを増し、耳障りな雨音が延々と響き渡る(もっとも、片方の耳は聴力を失っていたが)。
戦場跡に引っ切り無しに雨が降り注ぎ、傷付いた麻亜子の身体を、倒れ伏せる死者達の亡骸を、塗らしてゆく。
「雨って何だか涙みたいだよね……。この雨は誰の涙かな?
 さっきのるーこって奴か……あやりゃんか……それとも……あたし?」
答える者は全て死に絶えた残劇の地で、少女は静かに呟いた。

【残り34名】

965フィニッシュ:2007/04/17(火) 18:42:51 ID:ap3uq7320
【時間:2日目・20:45】
【場所:g-2右上】
朝霧麻亜子
【所持品1:Remington M870(残弾数0/4)、デザート・イーグル .50AE(0/7)、H&K SMG‖(0/30)、ボウガン、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態①:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、肋骨二本骨折、二本亀裂骨折、内臓にダメージ、全身に痛み】
【状態②:頬に掠り傷、左耳介と鼓膜消失、両腕に重度の打撲、疲労大】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(12/30)・予備カートリッジ(30発入×1)】
【所持品2:防弾チョッキ(半壊)・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き、一部損傷した為近距離の光点のみしか映せない)】
【状態:死亡】

【備考】
・以下の物は麻亜子の近くに落ちています。
・サバイバルナイフ、投げナイフ、H&K SMG‖の予備マガジン(30発入り)×2、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6
・ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)
※20:45頃から雨が降り始めました。

→797

966かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:16:22 ID:PF3F1dlI0
このような死んだ目の少年を、柚原春夏は見たことがなかった。
年は馴染み深い河野貴明と同じくらいだろうか、見覚えのある学ランが月明かりに照らされ闇の中その黒を主張しているのが春夏の視界にそっと入る。
学ランなんてどこの学校でも同じようなデザインだ、しかしそれにしても似た形作りにしばし春夏が目を取られている時だった。

「……何で、こんなことになっちまったんだろうな」

声、乾いたそれは目の前の覇気のない少年のものに間違いはない。
付近に自分達以外の人間がいないのだから当たり前である、春夏はその生気を吸い取られたかのような濁った瞳をじっと見つめた。
虚空を見つめるそれが、一体何を求めているのか……春夏は、何故か無性に気になって仕方なかった。

「あーあ、こんなはずじゃなかったんだがな……」

少年は言う。
自らの頭をポリポリと掻きながら、心の底から不思議そうに。

「でも、俺。何か見たことがある気もするんだ」

少年は言う。
それが何のことなのか、勿論春夏が分かるはずなどない。

「どうしてだろうな。それとも、俺は……繰り返した、だけなのか」

もしかしたら自身の存在に気がつかれていないのだろうか、春夏も錯覚しそうになる。
ぼんやりとした外郭の独り言を聞き流しながら、春夏はこの少年を見つけたときの事を思い出した。

柏木耕一と川澄舞の二人から逃げた先、ふと耳についた人の声で春夏は即座に足を止めた。
静かな森の中ではちょっとした音でも響いてしまう。その中でもごく僅かな部類に入るそれを聞き取った春夏は、瞬時に身を隠し出所を探ろうとした。
視線を側面に当たる目立たない茂みの奥にやる春夏、ひっそりとしたその場所で木の幹に腰掛ける少年の上半身が春夏の目に入った。
跳ね上がった鼓動を抑えようとして、春夏は一つ深呼吸をした。
少年は脱力した体を背後の木に任せたままぼーっと虚空を見つめているだけだった、その正面では漆黒の髪を広げた少女がうつ伏せに寝転んでいる。
二人とも、身動きをとろうとする気配はない。

967かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:16:57 ID:PF3F1dlI0
そっと自身のデイバッグに手を伸ばし、残っていたもう一丁の銃……デザートイーグルを徐に取り出し、春夏はそっと利き手で構えた。
そのまま二人の元へと歩みだす、最低限音を立てないよう気をつけても静かな場では多少鳴ってしまうそれに対し春夏の中でも苛立つ思いが滲み出る。
場所が場所なので仕方ないと割り切るしかない、とにかく冷静さを失わないようにと春夏は改めて肝に銘じた。
その間もしその二人が逃げ出そうと背中を向けてくるならば、春夏はその場で発砲する気であった。
しかし二人がそのよう動きを見せることは一切無く、春夏が距離を詰める際に立ててしまう音にすらも全く反応を返さなかった。
あまりにもおかしすぎると、二人の様子に懸念を抱き始めたものの春夏が歩みを止めることは無い。

そして、ついにほぼ彼等の全身が見えるくらいまで近づいた時に、やっと春夏は気づいたのだった。
月光の中に浮かぶ漆黒の髪の少女の着用しているオフホワイトのセーター、背中にあたる部位を中心をどす黒く染めているものの正体が何か。
少年の足先まで漏れているかもしれない、おびただしい量の出血が物語る少女の状態……少女は、とっくの昔に息の根を引き取っていた。
はっとなる春夏、まさか少年の方も……と思ったが、確かにぼーっとしたままであるが僅かに上下する胸部を見た限り彼は無事なようであった。

死んだ目、まさに春夏がそう感じた少年の瞳の具合からして、もしや目を開けたまま眠っているのではないかと彼女の中でも疑問が生まれる。
だが、それでは春夏が聞き取った人の声という物の正体が分からなくなってしまう。
ごくりと一つ息を飲んだ春夏が、少年の状態をどう判断するか悩んでいた時だった……彼が、この不自然な独白を始めた、いや、再開したのは。

「あー、でもな。デジャヴって言えばいいのか? 何だろうな、こんなことに見覚えを感じるなんて最低だろうけど」

春夏がぽかんとしている際も、少年の語りは延々と続けられていたらしい。
彼女が少年の存在を思い出したかのごとく意識をそちらに戻せたのは、今まで前方にあった彼の顔がいつの間にか春夏の方に向けられていたからだ。
……ぞっとした、無表情のままいつからかこちらに対してぼそぼそと話していた少年の意図が、春夏に伝わるはずも無い。
そして、今までずっと独り言だと思っていたそれが、不意に……春夏に、投げかけられた。

「俺は前もこうして、崩れていくみさきに何もできなかった気がする。ああ、本当にそうなんだろうか……どう、思う?」

自信の無さそうな、しかし答えを求めている割には力の抜けたその言葉。
どう答えるべきか、むしろ答えていいものなのか春夏の頭はますます混乱しそうになった。
意味が分からなければ放置すればいい、その選択肢も勿論ある。
今の春夏には時間がない、さっさとこの少年を始末して次の獲物を探しに行くということの方が条理にも叶っていたかもしれない。

968かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:17:34 ID:PF3F1dlI0
だが、春夏はそれらを選ばなかった、否……選べな、かった。

「終わったことにグチグチ言わないの、男の子でしょ?
 それにその子を守れなかったっていうのもあなたの責任なら、そうやって他のことのせいにしようとする方がお門違いじゃないかしら」

ぐじゃぐじゃになりかけた頭の中で、春夏は少年の言葉の中から不明慮な点を除いた上で自分が思ったことを口にした。
言いたい台詞が固まった時、春夏はそれを絶対伝えなければと確信していた。
いや、春夏自身この少年に対し言いたかったのだ……起きた事象の責任を自分で取ろうとせず、さも自分は悪くないと言っているような彼に対し。

春夏が少年に突きつけたのは容赦のない現実だった、そこには一切の甘さすら残さない。
余程思いがけない言葉だったのだろう、、死んだ目の少年の表情にも多少の変化が生まれだす。
少年は物珍しそうに、春夏をまじまじと見だした。
そしてそのままじっと春夏の顔を見つめ、少年は……とても悲しい、悲しい笑みを浮かべるのだった。

「……きっと、あなたでも幸せになれる世界があるわ」

自虐に満ちたそれに邪気が削がれ、気がついたら春夏はそんな気休めにも似た言葉を彼に送っていた。
驚いたように目を見開くと、少年は少しだけ顔を綻ばせる……その表情は、大人びた容姿に比べ随分あどけないものだった。

「じゃあ、もういいかしら。それとも、やっぱり未練が残る?」

静かにデザートイーグルを構える春夏が、今度は少年に問いただす。
ふるふると小さく首を振って目を瞑る少年に、抵抗の色は皆無であった。

「次こそ、幸せになりたいもんだ」

先ほどまでの褪せた言葉とは比べ物にならないくらい、感情の込められたそれ。
少年は湛えた笑みを崩さなかった、そしてそのまま最期の時を待つかの如く一切の動きを止める。

969かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:18:02 ID:PF3F1dlI0
「さようなら」

贈られた言葉と銃声が鳴り響いたのは、ほぼ同時であった。





眉間に銃弾を撃ち込まれた少年は、背後の木に勢いよくぶつかるとその反動で前のめりに倒れこんだ。
……あくまで偶然であろうが、倒れこんだ少年はうつ伏せの少女の隣で動きを止めた。
そして彼の左手は、これまた偶然にも……倒れていた少女の手に、ゆっくりと重なった。
地面には混ざり合う二つの血液、放出されたばかりの生暖かいそれが渇いた少女の血を溶かす。
混ざり合う波紋から目を離し、春夏は一人呟いた。

「……これで、5人」

味気ない自分の台詞に自然と浮かぶ苦笑い、春夏に残された時間は決して多くない。
しかし、それは絶対にこなさなくてはいけない春夏の使命であった。

「諦めたら終わりだものね、頑張らなくっちゃ」

耕一に銃を突きつけられた時、春夏はもう自身の終わりを確信していた。
しかし実際こうして逃げ延び、新たな犠牲者を出すことで春夏は使命を全うしていた。

「私は諦めないわ。絶対、もう二度と……このみのためにも」

強い決意の言葉とともに、春夏はまた歩き出す。
疲れきった体を休めることなく、ただ愛する娘を生かすためだけに。

970かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:18:36 ID:PF3F1dlI0




「浩之、ちゃん…?」

寄り添うように黒髪の少女、川名みさきに手を伸ばす少年の姿。
地面を濡らす血液の量から二人とも既に絶命しているということは誰が見ても分かるだろう、神岸あかりはガクンとその場で膝をつき呆然と二人の遺体を見やっていた。
見覚えのある学ランが月明かりに照らされ闇の中その黒を主張する、学ランなんてどこの学校でも同じようなデザインだが覗き込んだ少年の面影はあかりの知る彼と間違いなく一致していた。
そう、あかりにとっては誰よりもかけがえのない存在であった、彼と。
あかりが見間違うはずも無い……前のめりに伏しかけた少年の横顔は、幼なじみである藤田浩之本人であった。

「え、どうして……え、浩之ちゃん? どうして、どうして」

尽きない疑問、慌てて駆け寄って触れた彼の体に温度がまだ残っていたことが、ますますあかりの悲しみを膨らませる。
何だか周囲が騒がしかった、何が起きているか分からなかった、そうしたら銃声がした。
銃声がした方面へと急いで掻けてきた、そんなあかりを待っていたのがこの光景で。
あかりの涙腺は既に破壊されていた、泣きながら無心にガクガクと浩之の肩を揺すり続ける彼女の心は消耗していく一方だった。

「おい、神岸……」
「どうして浩之ちゃんが、どうしてどうして……いや、いやぁ……」

溢れた涙があかりの頬を濡らしていく、しまいには頭を抱えだしいやいやをするように後ずさりを始める彼女の体を国崎往人は慌てて後ろから支えだした。
肩を掴む、それは往人が想像していたものよりもひどくか細いものだった。
確かに手当をしたことからあかりの体自体は往人も多少視野に入れたことがあった、だが改めて触れた彼女は紛れなく儚さに満ちた存在であり。
小刻みに振るえ続けるあかりの体、往人が手を離してしまえば簡単に崩れてしまいそうな脆さで作られたそれは、ただただ真っ直ぐな悲しみを訴え続ける。
それに対し往人は、もう何も言うことができなかった。

森に響く小さな叫び、あかりの中で希望と呼ばれていた欠片が粉々に砕けた瞬間だった。

971かけがえのないあなた:2007/04/19(木) 00:19:04 ID:PF3F1dlI0
柚原春夏
【時間:2日目午前5時】
【場所:G−5】
【所持品:要塞開錠用IDカード/武器庫用鍵/要塞見取り図/支給品一式】
【武器(装備):デザートイーグル、防弾アーマー】
【武器(バッグ内):おたま/レミントンの予備弾×20/34徳ナイフ(スイス製)マグナム&デザートイーグルの予備弾】
【状態:このみのためにゲームに乗る】
【残り時間/殺害数:8時間19分/5人(残り5人)】

神岸あかり
【時間:2日目午前5時】
【場所:G−5】
【所持品:水と食料以外の支給品一式】
【状態:号泣、往人と知り合いを探す。月島拓也の学ラン着用。打撲、他は治療済み(動くと多少痛みは伴う)】

国崎往人
【時間:2日目午前5時】
【場所:G−5】
【所持品1:トカレフTT30の弾倉、ラーメンセット(レトルト)】
【所持品2:化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】
【状態:満腹。あかりと知り合いを探す】


藤田浩之  死亡


(関連・509・525・727)(B−4ルート)

972転機:2007/04/19(木) 21:47:54 ID:G5ws/RMU0
激しい雨が、大きな音を立てて村に降り注いでいた。
重い雨粒が身体を打ち、跳ねる水溜りが靴を塗らす。
坂上智代とその仲間達は鎌石村で同志を探していたが、成果は芳しくなかった。
薄暗い視界の中では効率的な捜索など望める筈も無く、ただ疲労だけが蓄積してゆく。
やがて痺れを切らしたように、里村茜が口を開く。
「雨の勢いが弱まるまで何処かで休みませんか? 雨音が邪魔で、どうしても周囲への注意が散漫となってしまいます」
「しかし私達がこうしている間にも、この島の何処かで殺し合いが起こっているかも知れない。
 全く怪我をしていない私達が、休んでいる訳にはいかないだろう」
智代が苛立ちを隠し切れない様子で、反論の言葉を紡いだ。
多くの人間が既に死んでしまった中、まだ自分達が五体満足で居られている事は本来なら喜ぶべきなのだろう。
だが――この島に来てから、まだ自分は何もしていない。
した事と言えば精々、的外れな推論で行動し時間を無駄にした程度だ。
あの陽平でさえ筆舌に尽くしがたい激戦を潜り抜けているというのに、仮にも生徒会長である自分がこの体たらく。
ただひたすらに空回りを続けている自分が、酷く滑稽で矮小な存在に思えた。
自分も何か成し遂げたかった。誰かを救いたかった。脱出への糸口を探り当てたかった。

しかし茜はそんな智代の内心を意にも介さず、淡々とした口調で言った。
「智代もあの放送を聞いたでしょう? 鎌石村役場に争いを止めに行った、藤田という方や川名先輩が死んだ……。
 ねえ詩子、川名先輩のチームは仲間割れしそうに見えましたか?」
聞かれて、柚木詩子は少し考え込んだ。浩之達とそう長い時間を共にした訳では無いので、即答出来なかったのだ。
やがて、考えた所で分かりはしないという結論に達し、自分が抱いた印象をそのまま話した。
「ごめん、あたしにははっきりと分からないから、見たまんまを言うね。川名先輩達は……少なくともあたしには、凄い仲が良さそうに見えたよ」
詩子の言葉を受けた茜は、隣を歩く智代を上目遣いで見上げた。
「……という事です。仲間割れを起こしたのでないなら、どうして死んでしまったかは明らかでしょう。
 川名先輩達は、別の人間に殺されたんです。殺し合いに乗った――そして三人を相手に出来る程、強力な人間に殺された。
 犯人はまだ鎌石村に残っているかも知れない。雨音で敵の接近を察知出来ないこの状況で、これ以上歩き回るべきではありません」
「うっ…………」
返す言葉が無くなった智代は、唇を噛み、悔しさを堪えていた。
智代がどれだけ焦っていようとも、今回は茜の言い分の方が完全に正論なのだ。
幾つもの死線を潜っている浩之達すらも打倒した殺人鬼に、突然奇襲を仕掛けられたらどうなるか……結果は火を見るより明らかだろう。
「そうだな……茜の言う通りだ。まずは休憩して英気を養うとしよう」
だから、智代はそう言うしか無かった。

973転機:2007/04/19(木) 21:49:35 ID:G5ws/RMU0


あれから三人は鎌石村消防署へと移動し、そこを休憩場所に選んだ。
床に付着していた血痕から、この場所で戦闘が行われたのは容易に想像出来たが、それなりに大きいこの建物でなら敵襲にも対処しやすいと考えたのだ。
そして現在一行は消防署内の一室でテーブルを囲み、智代が作ったカボチャのポタージュを食べ始めていた。
「どうだ、美味しいか?」
期待を籠めた目で智代が問い掛ける。
「……智代。なかなかやりますね」
「うん、美味しいわよコレ」
二人がそう答えると、智代は胸に右手を当てて満足げな笑みを浮かべた。
「そうだろうそうだろう。私は女の子だからな、料理くらいお手の物だ」
得意げなその様子には、探索を行っていた頃の焦れた感じはまるで見られない。
勿論、智代は自分の目標を忘れた訳では無いし、今この瞬間だって同志を探しに行きたいと思っている。
だが休むと決めた以上焦っても無駄に疲れるだけなのだから、今は休憩に専念すべきだと判断したのだ。
そう決めてからの智代は素早く行動し、自分より体力的に劣る二人を休ませ、一人で料理を作ったのだ。
まだこの島では何も成していない智代だったが、彼女の持ち味である前向きな精神だけは失っていなかった。

程無くして三人は食事を終え、今後の行動方針について話し合いを始める。
「これからどうするかだが……雨が止んだら同志の探索を再会する、という方向で良いな?」
智代が確認するように訊ねると、茜はコクリと頷いた。
「構いません。私だって時間は無駄にしたくありませんから」
「あたしもそれで良いよ」
そう言ってから、詩子はバッと地図を広げてみせ、これまで自分達が通ったルートに線を引き始めた。
「あたし達は島の外周沿いを回ってきた訳だから……この村でまだ行ってないのは、C-3とC-4のエリアね」
「そうか。じゃあ次はその二つのエリアを探してみよう」
このまま外周沿いに島を回り氷川村まで行くという選択肢もあったが、それでは余りに時間が掛かり過ぎる。
それよりは人がいる可能性の高いこの村で捜索を続けた方が良い、と言うのが三人の一致した見解だった。
そして三人が次の話題に移ろうとした、その時だった。
消防署の入り口付近から、物音が聞こえてきたのは。

974転機:2007/04/19(木) 21:51:37 ID:G5ws/RMU0
「「「――――ッ!」」」
智代達は例外無く息を飲み、すぐに各々の武器を拾い上げた。
智代は専用バズーカ砲を、茜は包丁を、詩子はニューナンブM60を深く構え、部屋の出入り口へと視線を集中させる。
彼女達が居る部屋の出入り口は一つなので、侵入者が来るとすればそこからに違いなかった。
「……どうします?」
茜が部屋の外に漏れぬよう、小さな声で問い掛ける。
「今から出て行っても鉢合わせになるだけだし、ここで待つしかないだろう」
智代がそう言っている間にも、足音は他の部屋には見向きもせず真っ直ぐに近付いてくる。
自分達は少し前まで声を抑えずに話していたのだから、恐らくそれを聞き取られ、居場所まで悟られたのだろう。
「くそっ……今近付いてきてる奴が殺し合いに乗ってるとしたら、最悪だぞ」
智代が苦々しげに呻いた。侵入者に気付くのが遅すぎた。
相手がゲームに乗っていないのならば全ては丸く収まるが、そうで無ければ状況はかなり厳しいものだろう。
先に智代達の存在を察知していて尚、正面から向かってきている――即ち、それだけの自信と実力を備えた殺人鬼が、自分達を殺しにきているのだ。
そしてこの場所では退路が無い以上、逃げると言う選択肢は選べない。
極限まで高まった緊張と重苦しい沈黙が、部屋の中を支配する。
智代は修羅場慣れしているつもりだったが、これは喧嘩などとは桁が違う。
紛れも無い、命の奪い合いなのだ――そう考えると、否が応にも背筋に冷たいものを感じる。
だがそんな智代の緊張は、扉の向こうから聞こえてきた声によって破られた。
「中に居る人達、聞こえていますか? 私は戦う気などありません……出来ればお話がしたいのですが」
その声は、智代達にとって全く未知の人物――鹿沼葉子のものだった。

975転機:2007/04/19(木) 21:52:36 ID:G5ws/RMU0
【時間:二日目・22:40頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】

坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【状態:健康、若干の焦り、葉子にどう対応するつもりなのかは後続任せ】
【目的:同志を集める】

里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱、食料二人分(由真・花梨】
【状態:健康、葉子にどう対応するつもりなのかは後続任せ】
【目的:同志を集める】

柚木詩子
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:健康、葉子にどう対応するつもりなのかは後続任せ】
【目的:同志を集める】

鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし、水は残り3/4)】
【状態:軽度の疲労、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

→780
→795

976幕間・生まれざる仔ら:2007/04/20(金) 19:03:07 ID:cEU6LW9Q0

「さて、どうしたもんかなあ……」

静まり返った森の中、白いワンピースを纏った少女が、小さく呟いた。
目の前には横たわった何者かの影。

「千鶴さんも大概よね……攫ってこいの次は運んどけ、って。
 もう、可憐な女の子にどうしろっての」

ワンピースの少女の前にぐったりと横たわるその影の名を、来栖川芹香という。
身体に外傷は見当たらなかったが、その目はしっかりと閉じられている。
規則正しく上下する胸の膨らみが彼女の生存を物語っていた。

「まあ、約束は覚えててもらってるってことだから、いいけどね……」

ぶつぶつと呟きながら、少女は何気ない仕草で芹香の襟首を掴み上げる。
義務教育に入っているかどうかという年齢に見える少女だったが、自身よりも大きな芹香の体重を
苦にする様子もなく、ずるずると引きずりながら歩いていく。

「とりあえず千鶴さんの仕事場まで持ってくか……ちぇ、面倒だなあ、もう」

可愛らしく舌打ちしたときである。
少女の脳裏にノイズが走るような感覚が走った。
間を置かず、どこからともなく声が聞こえてくる。

『やっほー。ろうどう、ごくろう』
「あ、汐」

驚く様子もなく、少女が返答する。
声は少女にとって聞き慣れたものであった。

『なんかたいへんそうだねー。いりぐち、あけようか?』
「あ、そうしてもらえると助かるかな」
『りょうかーい。ちょっとまっててね』

声と共に、何かがさごそと探るような音。
少女は濡れた地面に座り込もうとして少し眉を顰め、辺りを見回して結局、横たわる芹香の身体の上に
ちょこんと腰掛けた。

977幕間・生まれざる仔ら:2007/04/20(金) 19:03:50 ID:cEU6LW9Q0
「そうだ、みちるちゃんはどうなった?」
『んー? いつもとおんなじ。さっき、あの子のところにもどってきたよ』
「なんだ、つまんない」

ぷう、と頬を膨らませる少女。

「結局、今回も何もできなかったんだ。口だけだなあ」
『うーん、でもしょうがないんじゃない?』

返ってきた声は、子供じみた口調に似合わない、どこか苦笑するような声音だった。

『これがはじまってるんだもん。みちるおねえちゃんがなにをやったって、もうおそいよ』
「ま、そうなんだけどね……」

嘆息してみせる少女。

「世界はもう、近いうちに終わる」

明日は晴れる、とでもいうような気軽な口調で、少女は世界の終末を口にする。

「けど、それでも何かできるかもしれないって、いつも言ってるからさ、あの子は。
 そのくせお気に入りの人たちに接触するのは怖がって。ああいうところ、嫌いだな」
『あはは、なかよくしなきゃだめだよ〜』

宥めるような声。

『わたしたちは……』
「分かってる。私だって別にあの子のぜんぶが嫌いだってわけじゃないよ」
『なら、いいけど。……それより、きいてよ〜』

話題を変えようとでもいうのか、声のトーンが唐突に高くなる。

978幕間・生まれざる仔ら:2007/04/20(金) 19:04:12 ID:cEU6LW9Q0
「どうしたの、そっちで何かあった?」
『あのね、ほしのゆめみがね』
「……?」
『ロボ』
「……ああ、ガラクタで作ってるって言ってたあれ」

呆れたような少女。
いくら消化試合のようなものだとはいっても、適当なものを放り込むのは感心しない。
自分たちは速やかに次に備えるべきであって、妙なハプニングを起こす必要などないのだ。
何度となく言ってはみたものの、お姫様はまるで悪癖を改める様子はなかった。

『でね、ほしのゆめみがね』
「……はいはい、ほしのゆめみが?」
『せっかくつくったのに、かんじんのなかみをどっかにおとしちゃった』
「……は?」
『なかみ、どっかのせかいにおとしちゃった』
「……そこで落としものなんかしたら、絶対見つからないよ」
『そうだよね……ざんねん』

世界の終わりの向こう側からの声に、少女は溜息で応えた。

「やっぱり、私がちゃんとしないとダメだね……」
『あ、いりぐちかいつうでーす』

声と共に、少女の眼前の景色が歪んでいく。
歪みはやがて小さな円を描き、安定する。
円の向こう側は見通せない。黒、という色だけがあった。

もう一度だけ嘆息して少女は立ち上がると、腰掛けていた来栖川芹香の身体を無造作にその歪みへと放り込んだ。
抵抗なく、その身体が歪みへと飲み込まれていく。
それを見届けて、少女は自らもまた歪みの中へと踏み込んだ。
小さな身体が歪みの中へと消えると同時。
歪みは、瞬く間に掻き消えていた。
後には、何一つとして残らない。
静まり返った森は、元より誰も存在しなかったというように、ただ梢を風に揺らしていた。

979幕間・生まれざる仔ら:2007/04/20(金) 19:04:49 ID:cEU6LW9Q0

【時間:2日目午前10時過ぎ】
【場所:H−7】

みずか
 【所持品:来栖川芹香】

来栖川芹香
 【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)、蝙蝠の羽】
 【状態:盲目、気絶中】
 【持ち霊:うぐぅ、あうー、珊瑚&瑠璃、みゅー、智代、幸村、弥生、祐介】

岡崎汐
 【時間:すでに終わっている】
 【場所:幻想世界】
 【所持品:不明】

→442 532 796 ⇔800 ルートD-2

980Road To Harmagedon:2007/04/21(土) 01:04:22 ID:HHzTl7Kw0


少し後。

綾香:「・・・あー、髪型ひでー・・・なおせないなー」

自分で斬った髪を、とりあえず小型の整髪剤やらなんやらで即興で整える。

「別に…どうせ切ろうと思ってたんだし。でもちょっとこれはないかなーって」

「・・・髪の毛・・・お直ししましょうか・・・」
とセリオが言ってきたが、速攻で
「いい」と断った。

 ただでさえ何の目的かわからないが機密情報を使おうとしていた形跡があるこのロボを
 どこまで信頼するかというのは、かなり疑問が出てくる。

 正直、あまり信頼できなくなってきている。
 てか目的は何だよ。

 セリオ側も少しそこらへんはわかっているのか、少しうつむき加減だ。

981Road To Harmagedon:2007/04/21(土) 01:05:13 ID:HHzTl7Kw0

ただ、事態は急を要している。
姉さんがどこに消えたのか、それはよくわからない。
元のかばん以外は何も落ちてなかった。ただ・・・

「ただ、少し離れた所に、首の無い狐の死体や犬の死体が落ちてました」とセリオが言う。

 何が目的なのか…あんまりよくわかんない。
 コレ(元沢渡真琴)以外に狐や犬が死んでた…
 何のために…

まあ・・・
「どうにかなるだろ・・・・・・あの人の事だから」

人一人余裕で生き返らせることのできる人間だからなー。
それにうぐぅとかのドラ○ンボールも持ってるんだろうし。

「……ただ、衛星が復活してるなら確認しておいて。沖木島の全参加者の動向は見れるでしょ?」
「はい」

「絶対にしろ」とセリオに念を押す。
この状況下でセリオが言うこと聞かないのは、死に直結する可能性もある。
というよりも、部下が言うこと聞かないのが一番嫌いだ。しかもロボが。

気を取り戻す。
「てか、……この羽、何に使うんだろ」
 1枚だけしかない蝙蝠の羽。
 ただでさえ姉の持ち物はよくわからないのが多い。
 そういえば、かばんの中身も少し減っているような気もする。

982Road To Harmagedon:2007/04/21(土) 01:05:52 ID:HHzTl7Kw0

ちょっと調べてみると、銀製?の星型のペンダントが出てきた。
『EVER YOURS』って書かれてるペンダント。

──EVER YOURS。ずっとあなたのもの。

「なんかそれ、芹香さまはずっと持ってましたよ」
「いつごろから?」
「お子様の時あたりからでしょうか・・・気がついた時にはすでにお持ちだったそうです」

 黒魔術かなんかのアイテムかね。

「3歳位にはすでにお持ちで、神さまから貰ったとかそんな事いってたそうです」

 またあぶねーことを・・・

「それ多分、星じゃなくてヒトデですよ」とイルファが言う。
・・・・・・・多分違う。

【場所:G−7】
【時間:2日目午前11時5分】 

セリオ
 【持ち物:なし】【状態:……】

来栖川綾香

 【持ち物:各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ(容量減り)
  サリン、プラリドキシムヨウ化メチル、炭素菌、ペニシリン系解毒剤、毒ガス用マスク
  都合のいい支給品、狐(首だけ)、蝙蝠の羽、
  霊が入った水晶玉とそうでなさそう水晶玉たくさん。区別はつかない
  『EVER YOURS』と書かれた星型の銀?のペンダント】
 【状態: 相反?何それ?】

イルファ【状態:おきる矛盾は強引にこじつけてくのがDルートですよね♪】

→442 532 796 800 805 ルートD-2

983失策:2007/04/21(土) 01:14:50 ID:nxhArExU0
――事の発端は三時間前に遡る。
吉岡チエと小牧愛佳はウォプタルの背に乗って、教会目指して突き進んでいた。
ウォプタルの速度なら敵と出会っても容易に逃げ切れる為、堂々と街道を往けるのもあり、そのペースは非常に速かった。
「いや〜、ウォプタル最高っスよ〜! 全身に風を受けて進んでいく感じが、もう堪んないッス!」
「う、う〜ん、そうかなぁ……。あたしはちょっと、速過ぎて怖いな……」
チエはテンション最高潮といった様子で、早口で喋りながら表情を綻ばせている。
逆に愛佳は少し怯えた顔をして、手綱にしっかりとしがみ付いている。
方向性は違えど落ち着きに欠ける二人だったが、移動自体は順調に進んでいた。
だがやがて、異変が訪れる。
「あれ……? 小牧先輩、なんだかおかしくないッスか?」
「どうしたの?」
愛佳が聞き返すと、チエは戸惑いの色を含んだ声で答えた。
「なんかびっみょ〜〜に、速度が落ちてるような……」
「……え?」
そこで愛佳はようやく気付いた。
チエの言葉通り、ウォプタルの速度がどんどん落ちてきているという事に。
そして――
「わ、わわっ!?」
「うわたたっ!?」
視界がガクンガクンと大きく揺れる。
唐突にウォプタルが急停止してしまったのだ。
二人は反動で振り落とされそうになるのをどうにか堪えた後、ゆっくりと地面に降り立つ。
一体どうしたのかと思い、ウォプタルを確認して、すぐ急停止の原因に気付いた。
「そっか……この子疲れてるんだ……」
ウォプタルは息を乱しており、心無しかその顔も疲れているように見えた。
朝から食事も与えられずに乗り回された上、今度は大量の荷物を乗せられてしまっていたので、とうとう体力の限界が来たのだ。

   *     *     *

984失策:2007/04/21(土) 01:15:44 ID:nxhArExU0
「困ったっスね……」
「そうだね……」
「クワァ……」
茜色の陽光が木々の隙間より差し込む森で、二人と一匹の沈んだ声だけが響き渡る。
二人は森の中に身を潜め、ウォプタルの回復を待つ事にしたのだ。
歩いて教会に向かうという選択肢も存在したが、それは止めておいた。
多少出発を遅らせてでもウォプタルに乗って移動した方が、安全であるとの判断からだった。
そこら中に生えている雑草を集めて食べさせたものの、ウォプタルはまだぐったりとしている。
「う〜ん、流石に荷物が多すぎたッスか……」
「ゴメンねぇ、無理させちゃって」
愛佳はウォプタルの頭にそっと手を伸ばして、優しく撫でた。
するとウォプタルがクワァと、力の無い鳴き声を返してきた。
「この様子だともう少し休ませてあげた方が良さそうだね」
「これじゃ藤田先輩の方が先に教会へ着いちゃいそうッスね。
 むむむぅ、先に出た癖に遅刻すんなって怒られちゃいそうッスよ」
チエがにかっと笑いながら冗談っぽく言ったその時、『ソレ』が始まった。
『――みなさん、聞こえているでしょうか?』

――絶望の到来を告げる第三回放送が。

20番、柏木千鶴。
その名前が読み上げられると、愛佳はがっくりと俯いて表情を大きく曇らせた。
千鶴を自らの手で殺してしまった――改めてその事実を突きつけられると、やはりまだ胸が痛む。
愛佳の胸中には強い後悔と、やるせない思いが渦巻いていた。
(千鶴さん、ごめんなさい。あたしは貴女に助けられたのに……貴女のおかげで立ち直れたのに、恩を仇で返す事しか出来ませんでした……)
少なくとも愛佳の知る千鶴は、優しい心を秘めている人物だった。説得は、可能な筈だった。
自分は一体何処で間違ってしまったのだろうか?
千鶴が詩子達を打ち倒したあの時、強引にでも引き留めていれば良かったのだろうか?
それとも役所で――あの完全に理性を失った千鶴相手に、捨て身の覚悟で説得を続ければ良かったのだろうか?
もう、分からない。

985失策:2007/04/21(土) 01:16:52 ID:nxhArExU0
一方チエも愛佳を慰める余裕は無く、何かを堪えるようにぐっと唇を噛み締めていた。
それも当然だろう……一緒に牛丼を食べた仲間達の名前が、一気に読み上げられたのだから。
もうあの仲間達と過ごした楽しかった時間は、永久に帰ってこないのだ。
場に沈痛な雰囲気が漂い、ただ放送だけが淡々と流され続ける。
そして彼女達へと追い討ちを掛けるかのように、告げられた。
『――89番、藤田浩之』
ほんの数時間前まで行動を共にしていた、浩之の名前が。
その名前を耳にした瞬間、チエは背中へと氷塊を押し込まれたような感覚に襲われた。
「え……藤田先輩が……? どういう……事ッスか……?」
浩之の名前が放送で呼ばれた――となると、結論は一つしか有り得ない。
混乱したチエが正解を導き出すより早く、愛佳が暗い声を洩らした。
「あの書き込みは島中のパソコンで見れる筈だから……多分役所に別の、殺し合いに乗った人が来て……」
「そ、そんな……」
そう、別の殺人鬼がやってきて、浩之は殺されてしまったのだろう。
よくよく考えてみれば、これは予測して然るべき事態だった。
ロワちゃんねるの書き込みに気付いた者が、全員時間通りにやって来るとは限らない。
敢えて遅めの時間にやってきて、漁夫の利を狙おうとする狡猾な輩だっているかも知れないのだ。
そのような危険な場所に気落ちした浩之を一人残してきたのは、明らかな失策だった。
「藤田先輩……ごめんなさい……」
チエは視線を足元に落とし、か細い肩を震わせた。
認めるしか無かった。自分達はまた一つ、取り返しのつかない間違いを犯してしまったのだという事実を。

986失策:2007/04/21(土) 01:18:10 ID:nxhArExU0
【2日目・18:10】
【場所:D−3】

吉岡チエ
 【装備:89式小銃(銃剣付き・残弾30/30)、グロック19(残弾数7/15)、投げナイフ(×2)】
 【所持品1:89式小銃の予備弾(30発)、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×14】
 【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、救急箱(少し消費)、支給品一式(×2)】
 【状態:後悔、左腕負傷(軽い手当て済み)】
 【目的:ウォプタルの回復を待って教会へ】

小牧愛佳
 【装備:ドラグノフ(6/10)、包丁、強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)】
 【所持品:缶詰数種類、食料いくつか、支給品一式(×1+1/2)】
 【状態:後悔】
 【目的:ウォプタルの回復を待って教会へ】

ウォプタル
 【状態:疲労、休憩中】
 【備考】
  ※以下のものはすぐ傍の地面に置いてあります
   ・火炎放射器、支給品一式×4

→738

987オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:30:12 ID:fRxfNhwM0

「長瀬源蔵―――俺は、あんたを越えていく……!」

言葉と共に古河秋生の振り下ろした赤光が、長瀬源蔵の肩口に食い込み、薙ぎ斬った。
源蔵の身体を包んでいた黄金の光が薄れ、代わりに鮮血が噴き出してくる。
白いシャツが見る間に紅く染め上げられていく。

「ぐ……ぬぅ……」

斬られてなお倒れず、低い呻きをあげる源蔵をサングラス越しに見つめながら、秋生が静かに息を吐いた。
手にした銃から伸びていた赤光が呼気と共に薄れ、消えていく。

「終わりだ、爺さん」

そのまま、銃口を源蔵へと向けていく秋生。
どこか神妙な面持ちで言葉を紡ぐ。
山頂の強い風が、二人の間を吹き抜けていった。

「ガキの頃のヒーローをぶっ壊して、ようやく俺は女房のヒーローになれる」

悲しげにも、あるいは感慨深げにも見える表情のまま、秋生が口の端を上げた。
同時に引き金が引かれる。赤光が、奔った。

「―――」

ゾリオンの光弾が老爺の肉体を貫くのを見て、秋生は踵を返した。
だがその歩みは三歩ともたず、止まることとなる。
声が、響いていた。

「―――クク、」

背後から響くそれは、地の底で鳴動するが如く、重く低く、秋生の耳朶を打っていた。
それは笑い声だった。
撃ち貫いたはずの老爺の漏らす、蠕動の如き声。

「わしに信念が無いと、わしを越えていくと、そう言うたか……?」

戦慄に半ば凍りつきながら振り向いた秋生が見たのは、そこかしこで破れ、無惨な姿となった瀟洒なスーツを
それでも優雅に纏いながら、全身を覆う鮮血の真紅を気に留めることもなく笑う、一人の男の姿だった。

「クク……ハハハ、ハッハッハハハハ! よう言うた、よう言うてくれたわ……!」

そこにいたのは、老爺のはずだった。
だが、秋生の目に映るその男の容貌は、先刻までとは明らかに違っていた。

988オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:30:31 ID:fRxfNhwM0
「―――我が仕えるは来栖川」

男の、渋みのあるバリトンが山頂の風に乗って響き渡る。
隆々たる筋肉は鳴りを潜め、しかしシャツの破れ目から垣間見える細身の身体は実のところ、
鋼線を束ねたが如き一片の無駄もない肉付きを誇らしげに示していた。

「我が一敗地に塗れるは来栖川の恥辱」

老境を如実に現していた白髪は今や艶やかな黒髪へと変じ、風に靡いている。
蓄えられた豊かな髭もまた、その引き締まった口元を黒々と彩っていた。

「ならば、負けぬ」

肩口を裂いた刀傷からはいまだに血が流れていたが、それを気にした風もない。

「ならば、退かぬ」

男盛りの壮年が、襟元のタイを締め直す。

「それが、仕える者の矜持」

袖を、裾を、革靴についた汚れを、洗練された仕草で払っていく。

「主が誇る最高の従者たれと、わしはわしに命じる」

鷹の如き眼が、秋生を射抜いていた。

「教えてやろう、小僧―――。主がために戦うとき、我らに磨耗はあり得ぬということを……!」

そこには、長瀬源蔵という男の全盛期が、立っていた。


******

989オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:31:05 ID:fRxfNhwM0

「クソったれ……! 反則も程々にしやがれ、爺さん!」

その戦いは、一方的な展開となっていた。
叫んだ秋生が飛び退いた、その場所が一瞬遅れてクレーターへと変じる。
地響きと轟音が神塚山の山頂を支配していた。

「……いつまで爺を相手にしておるつもりでいる」

陥没した岩盤から拳を引き抜きながら、源蔵が冷徹な声で告げた。
雨に濡れた髪がはらりと一筋、額に垂れたのを、丁寧に撫でつける源蔵。
その全身からは黄金の霧が寸分の隙もなく立ち昇り、時の流れに逆らう肉体を覆っていた。

「何一つ、通じねえたぁな……! どうせ若返るならガキの頃まで戻ってくれりゃあいいのによ!」
「役者の仕事を奪うのは気が引けての」
「お気遣い、どうも……! けどな、」

言いざまの抜き撃ち。

「もう役者は廃業してんだよッ! 遠慮なく戦前の自分を表現してくれや!」

秋生の銃から、赤光が三条、立て続けに飛ぶ。

「効かぬッ!」

光条を避けようともせず、源蔵は一直線に走っていた。
命中した赤光が、しかし黄金の闘気の前に阻まれ、弾かれては消えていく。
瞬く間に秋生へと肉薄した源蔵が、目にも止まらぬ速さで黄金を纏った拳を繰り出す。
咄嗟にゾリオンの赤光を刃の形へと変え、かろうじてそれを受ける秋生。
しかし先刻、闘気ごと源蔵を切り裂いたはずの真紅の大剣は、止め処なく立ち昇る黄金の光を
受け止め弾くうち、見る間にその大きさを減じていく。

「どうした小僧、貴様の信念とやらが揺らいでおるぞ」
「くっ……!」
「貴様が見えぬと吠えたわしの信念……半世紀を磨き上げた仕える者の矜持、小僧如きに易々と
 止められはせぬわ……!」

気概に満ちた言葉と同時、放たれた源蔵の拳が赤光の刃を砕く。
避ける間もあればこそ、黄金の拳が秋生の顎を捉えた。
宙を舞う秋生の身体が放物線を描き、そのまま岩盤に叩きつけられる。
人体を構成する肉と骨が衝撃を吸収しかね、鈍い音が響いた。

990オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:31:41 ID:fRxfNhwM0
「が……は……っ!」
「……ほう、まだ立つか」

感心したような、源蔵の声。
ぱらぱらと砕けた岩の破片を体から落としながら、秋生は震える足で立ち上がっていた。
全身に傷を負いながらもその手はいまだ銃を離さず、眼光は源蔵をしっかりと見据えていた。

「近頃の若造にしては頑丈じゃな。……しかし、それもここまで」

源蔵の拳が、煌いていた。
全身から立ち昇る闘気が薄れ、代わりに拳を覆う黄金の光がその色を濃くしていく。

「木っ端の英雄願望―――このわしが、砕いてくれる」

轟、と金色の光が揺らめく。
それはまるで燃え盛る炎のごとく、源蔵の拳を包み込んでいた。
しかし対する秋生はその光に畏怖を覚える様子もない。
それどころか、口元には小さな笑みすら浮かべていた。

「―――気づいてるかい、爺さん」

それは毎朝の挨拶のような、ひどく何気ない一言だった。

「雨はもう、あがってるんだぜ」

灰色の空を指し示すように、秋生は両手を小さく広げる。
その奇妙な言葉に、源蔵が微かに眉根を寄せた。
斜面の上側に位置する秋生を見やれば、確かにその背後の黒雲から雨粒は落ちてきていない。
風も強く、おそらくは青空が間もなく顔を覗かせるだろう、と思わせた。
しかし、

「それが―――」

それがどうした、と源蔵が言い切る前に、秋生の手にした銃から赤光が放たれていた。
眉筋一つ動かすこともなく、それを拳で打ち抜く源蔵。
だが次の瞬間、その表情は一変していた。

「ぬぅ……ッ!?」

重い。
それが、源蔵の脳裏にまず浮かんだ言葉であった。
先刻まで闘気をもってすれば苦もなく打ち払えていたはずの赤光が、ひどく重い。
打ち抜いた拳を包む黄金の光が、その煌きを減じていた。

991オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:32:25 ID:fRxfNhwM0
「わしの闘気と……互角……!?」

両の拳に全身の闘気を集めていたからこそ今の一撃を打ち抜けたのだと、その感触は雄弁に物語っていた。
もしも遍く全身を覆ったままであれば、果たして打ち抜かれていたのはどちらであったか。
その思考は長瀬源蔵をして、内心戦慄せしめるものだった。

「―――ゾリオンは」

斜面の上から声がする。
天空を背に、秋生が静かに口を開いていた。

「こいつは光の弾を撃ち出す銃だ。降りしきる雨はそれを拡散させ、威力を減衰させる。
 わかるだろう、爺さん。……今、あんたの拳が感じた、そいつが真のゾリオンの力だ」

サングラス越しに秋生の眼が己のそれをしっかりと射抜いていると、源蔵には感じ取れた。
少年のように笑う、それは紛れもない強敵の眼光だった。
だから源蔵は、しかし牙を剥くように笑みを返し、言う。

「ひよっこが、ようやく殻が取れた程度で囀りおるわ。
 雛が羽ばたけば地に堕ちるが道理……思い知らせてくれる」
「は、俺は先に行かせてもらう! あんたは道を譲れよ、爺さん―――!」

抜き撃ちの三点射はしかし、そのすべてがことごとく源蔵を掠めて飛び去っていく。
微かな動きだけでかわしてみせた源蔵が、秋生を見上げて口の端を歪める。

「どうした小僧、狙いが甘くなっておるぞ。せっかくの重い弾も当てられなければ意味がないがの、
 貴様の信念とやらも種切れか」
「うるせえな、年寄りは黙ってくたばりやがれ」
「ひょうろく玉で終われるほど軽い生き様と思うてか、なめるなよ若造。
 大口はその手の震えを抑えてから叩くがいいわ」

そう言った源蔵の視線が捉えていたのは、銃を構えた秋生の手であった。
さしもの強者も激闘につぐ激闘で限界が近いのか、その手は小刻みに震えていた。

「……年寄りは言うことが細かくていけねえ。ハゲるぜ」

言い返す秋生の口調も心なしか冴えない。
その身の変調は充分に自覚しているようだった。

992オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:32:45 ID:fRxfNhwM0
「けどよ爺さん、そいつはあんただって同じだろうが。……俺がそいつを見逃してると思うかい」
「……」

今度は源蔵が黙り込む番だった。
秋生の指摘は事実だった。少なくともその一端を突いている。
時の流れに逆らって全盛期の肉体を維持するなどという無茶には、当然ながら限界があった。
溢れ出す闘気を拳に集め、拡散しないよう努めているのも、その姿を少しでも長く保つためだった。

「だからよ、爺さん」

秋生が、薄く笑いながら言う。

「次で、終わりだ。一発で決めてやる」

言葉と共に秋生の構えたその銃が、震えた。先刻までの小さな震えではなかった。
体力や精神力の限界によるものなどでは断じてないと、源蔵の五感が感じ取っていた。
流れる風が、屹立する岩盤が、その震動に合わせるように揺らめいている。
それは紛れもない、力の脈動だった。

「こいつが、俺の―――俺とゾリオンの、とっておきだ……!」

びりびりと震える大気の中で、古河秋生が声を振り絞る。
その手の銃から真紅の光が零れた。
灰色の山頂を染め上げる曙光が如き、原初の赤。

「俺とあんた、どっちの男がでけえのか……最後の一勝負といこうや、長瀬源蔵―――!」

赤い世界の中で、古河秋生が呵呵と笑った。
その笑みを瞳に映しこんで、源蔵はどこまでも静謐。
拳に光が宿っていた。
薄暮の稜線に沈む残照にも似た、黄金の輝き。
ただ一点、握り込んだ右の拳に日輪を宿して、長瀬源蔵は静かに構える。

「来い」

と、それだけを口にした。
同時、赤の光弾が膨れ上がる。
引き金が引かれた。放たれた真紅は既に弾を超え、線を超して、壁とすら映った。
迫り来る赤の怒涛を、源蔵は見つめていた。
人体を構成する総ての機構を統御し、筋骨と精神の極限をもって、ただ一心。

 ―――穿て。

拳を、解き放つ。

山頂を埋め尽くす赤と、一点の金。
色が、爆ぜた。


******

993オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:33:05 ID:fRxfNhwM0

風が吹き荒んでいた。
圧倒的な力によって押し退けられた大気が渦を巻いている。
小石を巻き上げるほどの猛烈な風の中心に、影があった。

立ち尽くすその影は、二つ。
荒れ狂う風をものともせずに固まっていたその影が、ゆらりと揺れた。
小さな言葉が、漏れた。

「―――これが、長瀬ぞ」

ぐらりと、影の一つが大きく揺らいだ。
山頂に、光は既にない。
曇天の薄明かりが、ぼんやりとその光景を浮き上がらせていた。

「ち……くしょ、う……」

長瀬源蔵の拳が、古河秋生の胸を深々と抉っていた。
ずるりと、粘り気のある赤い糸をその口から引きながら、秋生が崩れ落ちる。
大地に膝をつき、天を見上げて、そしてついには、どうと倒れた。

「……」

その姿を、拳を突き出したままの姿勢で源蔵は見ていた。
呼吸が荒い。震える腕を押さえるようにしながら、大の字に倒れた秋生の上に馬乗りになる。
重みに、秋生が薄く眼を開けた。

「なん、だ……爺さん……、すこし見ねえうちに……随分と、老いぼれた……もんだ、な……」

言って、血の泡を吹く口で小さく笑ってみせる。
見下ろす源蔵の容貌は、果たして先刻までの壮年のそれではなかった。
本来の年齢、老境の痩身へと戻っている。
白髪を乱し、身に纏った黒服とシャツは既に襤褸切れ同然となり果て、老いさらばえた身に幾つもの傷を
負いながら、源蔵は秋生を見下ろしていた。

「……」

その光宿らぬ右の手指が、震えながらも真っ直ぐに揃えられていく。
貫手の形。拳を一個の刃と見立てるその突きは、ある一点に向けられていた。
無防備な秋生の喉元を貫かんとするその構えをぼんやりと見て、秋生が口元を歪める。

994オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:33:27 ID:fRxfNhwM0
「へっ……、容赦、ねえなあ……爺さん……」

対する源蔵の言葉は、ただ一言。

「……さらばだ、小僧」

小さく息を吸い込んで、その手を突き下ろした。
風を切る、小さな音がした。

「―――」

にい、と。
男が、笑っていた。
鮮血を吐きながら笑うその男の名を、古河秋生という。

「……どうしたんだい、爺さん……? 」

貫手は、秋生の首の脇、数センチの地面を抉っていた。
笑う秋生の顔に、何かが垂れ落ちる。
鉄の臭いのするそれは、源蔵の口から零れた鮮血に他ならなかった。

「後ろ……、から……じゃと……?」

呟いたそのスーツの背に、拳大の穴が三つ、穿たれていた。
かろうじて振り向いたそこには、何の気配も感じ取れない。
荒涼たる岩場があるばかりで、その遥か向こうを見下ろせば、島の南側の景色が広がっている。
力が抜けていく。崩れ落ちかけたその視界に、小さな光が映ったように、源蔵には見えた。

「まさ……か……」

限界だった。
秋生に折り重なるようにして、その身を大地へと預ける。

「見えた……かい、爺さん……?」

間近に転がる秋生の笑みが、源蔵の方を向いていた。
その得意気な血塗れの笑顔が、事実を雄弁に物語っている。
源蔵の脳裏に浮かぶのは、最後の撃ち合いの直前の光景。
秋生が震える手で放った、三発の赤光だった。

「外したと、みせて……、あの距離を……反射させたと、いいおる、か……」
「……言ったろ。ゾリオンには……色んな、使い方が……あるってな……」

ヒビの入ったサングラスの向こうで、悪戯っぽく眼が細められていた。

「一か八か、……鏡みてえに、光ってたからよ……ドンピシャ、だ」

血痰の絡んだ声で言うと、秋生はゆっくりと身を捩ろうとする。
源蔵は倒れたまま、それを見ていた。

「アバラ……全部、持ってきやがって……刺さってんな……痛ぇ……」

秋生の喘鳴に嫌な響きがあった。
おそらくは自身の言葉どおり、折れ砕けた肋骨が肺腑を傷つけたのだろうと、源蔵はその音を判断する。
立ち上がりかけた秋生が、再びくずおれた。

「が……っ! ちくしょう……勘弁、しろよ……!」

立てるはずもない。生きていること自体が奇跡のようなものだった。
いずれ、肺を満たした己の血に溺れて死ぬ。
もっとも、と源蔵は内心で苦笑した。

(わしとて……似たようなものか)

背を穿った三発の赤光は、臓腑を散々に掻き回していた。
もはや長くはもたぬと、源蔵は己を診ていた。

風が、吹き抜けた。


******

995オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:33:53 ID:fRxfNhwM0

「……そろそろ、くたばったかよ……爺さん」
「貴様も、しぶといの……」

血の海に、二人の男が倒れていた。
人の身体にこれほどの血液が詰まっていたのかと驚くような、文字通りの血溜まりの中で、
ぼそぼそと声がしていた。

「なら、聞こえ……てるか」
「耄碌扱いするでないわ、小僧が……」

それは、小さな足音だった。
倒れ伏した地面に響く、小さく、そして無数の足音。

「……勝負は、預けるぞ……小僧」

切れぎれに呟かれる源蔵の言葉に、秋生が薄目を見開いて擦れた口笛を吹く。

「へぇ……とうとう、降参かよ、爺さん」
「寝言は……野垂れ死んでから、言うことだの……」

血溜まりに、小さな波紋ができた。
秋生が呆れたように言う。

「おいおい……無理すると、寿命が縮むぜ……」

秋生の眼前。
源蔵は、手指の一本すら動かせぬはずの身体で、必死に起き上がろうともがいていた。

「ぐ……ぬぅ……!」
「……この足音……、なんか……あんのか、爺さん」

源蔵のただならぬ様子に、秋生が問いかける。
全身を固まりかけた粘り気のある血で汚しながら、源蔵が口を開いた。

「小僧、放送を聞いとらんのか……。
 ……これだけの数……、まず砧夕霧に……間違いなかろう」
「知らねえよ……寝てたから、な……」

ようやくにして上体を起こすことに成功した源蔵が、蔑むような眼で秋生を睨む。
荒れた呼吸を整えながら、言葉を続けた。

「……あれは、島を焼く」
「なんだい、そりゃあ……」

秋生の疑問には答えず、源蔵は独り言のように呟く。

「綾香お嬢様も、芹香お嬢様も……見境いなく焼き尽くしおる」
「……」
「来栖川の造りし物が、来栖川に害をなす……そのようなことがあっては、ならんのだ。
 ……何が、あろうとも」

言葉を切った源蔵の体が、ぐらりと傾いだ。
ようやく起こした上体が再び血の海に沈もうとする、その肩を掴んだ腕があった。

「……そいつは、俺の女房や娘にとっても、よくねえ話……だよな」

いつの間にか身を起こした秋生の腕が、源蔵を支えていた。
荒い息の中、ぐ、と膝を曲げる秋生。

「家族は―――」
「主の誇りは―――」

血溜りが、揺れる。
足音は、ほんのすぐそこまで迫っていた。

「……譲れねえなあ」
「……ああ、譲れぬ」

視線が、交錯する。
互いの眼光が些かも衰えていないことに笑みを漏らし、二人は足に力を込めた。

996オープニングセレモニー/開場・金色真紅:2007/04/21(土) 01:34:18 ID:fRxfNhwM0

神塚山山頂に足を踏み入れた砧夕霧の最初の一体は、その光景を瞳に映していた。

「―――」

そこには、鮮血の海。
そして、日輪を背にして雄々しく立つ男たちの姿が、あった。
男たちは、赤と金の光を手に、土気色の顔で、笑っていた。




 【時間:二日目午前11時前】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

古河秋生
 【所持品:ゾリオンマグナム】
 【状態:ゾリオン仮面・肋骨全損、肺損傷、瀕死】

長瀬源蔵
 【状態:貫通創3、内臓破裂多数、瀕死】

砧夕霧
 【残り26238(到達1)】
 【状態:進軍中】

→690 729 ルートD-2

997名無しさん:2007/04/21(土) 03:35:29 ID:ACDTFDs60
ttp://pie.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1173801422/39-

998オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:54:15 ID:BJSYxG460

神塚山の山麓に、一際大きな声が響き渡った。

「どういうことなんだ……!」

焦燥の色濃い声音は、久瀬である。
広げた地図に拳が振り下ろされ、鈍い音がした。

「―――落ち着け、久瀬」

傍らに立つ銀髪の男、坂神蝉丸が腕組みをしたまま静かに告げる。

「しかし……!」
「上に立つものが浮き足立てば、兵もまた揺れる。君の立場を思い出せ」

言われ、黙り込む久瀬。
だがその表情には隠しようもない動揺が浮かんでいた。
宥めるように、蝉丸がどこまでも穏やかな口調で言葉を続ける。

「とにかく今せねばならないのは、詳細な状況の確認と善後策の構築だ。
 ……夕霧、君たちの意識共有に何らかの障害が発生しているというのは確かなんだな?」

問いにこくりと頷いたのは砧夕霧、その中核をなすという少女である。
首肯の拍子に、額がきらりと陽光を反射して煌いた。

「―――B隊の半数とは連絡が取れない、か」

最初にその報告が上がったのは、一時間ほど前のことだった。
幾つかの交戦情報の後、東崎トンネルを突破したB隊から入った報告は不可解なものであった。
一部のユニットが隊列を離脱したというのである。
山道を経由して山頂北側を目指すはずが、鎌石小中学校へと進路を変えているという。
意識共有にも奇妙な返答をするばかりで、まともに応じようとしない。
初めは数体に見られるのみだった異常は、瞬く間にB隊の多数に伝染していった。
登山道に入る頃には一万の内、実に半数近くが隊列を離れていたのである。

999オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:54:49 ID:BJSYxG460
「……そしてC隊は上陸直後に甚大な被害を受けて潰走。
 一体、I−4地点に何がいたというんですか」

苦々しげに、久瀬が言う。
若干の平静を取り戻してはいるようだったが、渋面は晴れることがない。

「不明だ。接敵した個体の悉くが、相手を認識するよりも早く殺されている。
 尋常ではない殲滅力をもった何か、としか言えんな」
「……その何かによって三々五々に散さられたC隊の内、予定通り平瀬村に向かった一群が
 これまた壊滅的な損害を被っているというのも信じられません。
 いかに悪天候下とはいえ、これほど容易く撃破されるとは……」
「夕霧たちの力は君もよく知っているはずだ」
「しかし……」
「我々が敵の戦力を過小評価していたに過ぎん」

断言され、久瀬がようやく口を閉ざした。

「別働隊の作戦計画に修正が必要なのは確かだが、天候は回復している。
 これ以上、戦況が悪化することはないと考えていいだろう。
 それより目下最大の問題は……」

久瀬の矛先を逸らすように、蝉丸は地図を指差す。
指し示したのはF−5地点。神塚山の山頂を表わす点だった。

「我が本隊の先遣、既に山頂へと到達していなければならない筈の隊が、何者かに悉く水際で
 食い止められているということだ」
「山頂に占位する敵は、報告によれば二人でしたね……」
「容姿から判断すれば、おそらく古河秋生、長瀬源蔵の二名だろう。
 重傷を負っているということだが、これだけの時間、夕霧の攻勢を凌ぎきるとなれば、
 相当に手強い相手と考えなければならんだろうな」
「しかし、我々に打てる手は……!」

落ち着き払った蝉丸の声に、久瀬が噛み付く。
それは先程から、散々に検討してきたことだった。

1000オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:55:18 ID:BJSYxG460
「そうだ。細い山道を通じて一度に山頂に送り込める数には、限りがある。
 夕霧たちの本領は数による殲滅戦だ。少数を各個撃破されてしまっていては話にならん」
「しかしB隊、C隊の山頂到達までは、まだ……」

混乱した別働隊の再編までは、今しばらくの時間を要する。
現状で山頂に投入できるのは本隊だけだった。

「絶対的な突破力が足りん。単体で突出した火力があれば、一気に制圧することも可能かもしれんがな」
「くそ、時間がないっていうのに……!」

歯噛みしながら久瀬が幾つもの書き込みがされた地図から視線を上げ、夕霧の大軍勢で渋滞の様相をみせる
山道を睨んだ、正にその瞬間である。

「―――お困りのようですねっ」

ぎょっとして振り向いた、すぐ目の前に、何かがいた。

「単体で、突破力と、火力がいる……はい、おまかせですっ!
 佐祐理は難しいことはよくわかりませんが、魔法はなんでも叶えてくれますから、安心してくださいねっ」
「な、な……倉田、さん……!?」

何故、倉田佐祐理がここにいるのか。
周囲の砧夕霧をどうやって突破したのか。
坂神蝉丸をしてこれほど接近するまで気配を感じ取らせなかったというのか。
そして、幾つもの疑問にレスポンスの低下した久瀬の思考回路を支配する最大のクエスチョンマーク。

 ―――その手に持っている、ピンク色のそれは何ですか。

絶句しながら視線を動かせば、傍らの蝉丸もまた表情を引き攣らせたまま固まっていた。
坂神さんでもこういう顔をするのか、などという思考が現実逃避以外の何物でもないと、自身でも理解していた。

「大丈夫です、佐祐理は困った人の味方ですからっ。……えいっ」

目の前にいる何かが、手にした杖のようなものを振るのを、久瀬は呆然と眺めていた。
きらきらと零れ落ちる光が綺麗だと、そんなことを考えていた。


******

1001オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:55:40 ID:BJSYxG460

「……なあ、爺さん」

満身創痍の身体に闘志だけを宿し、一振りの銃を構えながら男が言う。
荒い呼吸の合間、擦れた声で交わされる会話。

「……何じゃ、若造」

流れ出る血すら既に枯れ果て、それでも黄金の拳を下ろすことなく老爺が応えた。

「……ヒーローって何だか、わかるか?」

男の銃に、真紅の光が揺らめいた。

「負けねえ男? いいや、違う」

赤光。
眼前の一体が吹き飛び、急斜面を転げ落ちていく。

「強い男、挫けねえ、諦めねえ、違う、違う、違う。話にならねえ」
「……ならば、何と?」

もはや連射のきかぬ赤光を掻い潜って近づいてきた一体を、老爺の拳が捉える。
重い一撃にのけぞったところに追撃を叩き込まれて周囲の何体かを巻き込みながら落ちていく個体には
目もくれず、次の獲物を探しながら老爺が訊ねた。

「ヒーローってのは―――正義の味方、だ」
「ほう」

1002オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:56:02 ID:BJSYxG460
背中合わせに回転しながら、赤と金の光が閃く。
その度に、小さな影が山頂から弾き飛ばされ、転落する。

「悪の怪人をぶっ飛ばす。そういうもんなんだよ」
「成る程の。―――ならば」

苦笑じみた声が、応える。

「……ああ、うってつけの状況ってやつだ、こいつぁ」

二人の眼下。
登っては叩き落され、しかしいっかなその数を減じる様子をみせない不気味な少女たちの動きが、
ここにきてその様相を一変させていた。

「長生きしてると、……ああいうもんにも、馴染みができるのかよ、爺さん」
「来栖川では、夢も売るがの……生憎と、あの手のものは扱っておらん」

見下ろす先には、山道に密集した少女たちがいる。

「あのような―――人を食って取り込む化け物は、の」

吐き棄てるように言った老爺の視線の先、山頂に程近い斜面で、ぐずり、と。
少女が、融けた。
それはまるで、火に炙られた蝋細工のように。
唐突に、人の形を失って融け落ちたのである。

「畜生……またかよ」

融け落ちた、乳白色の水溜りに、近くの少女たちが一斉に群がる。
ずるりずるりと、音がした。啜っている。
つい今し方まで己と同じ姿形をしていた少女の成れの果てを、少女たちが四つん這いになって啜っている音だった。
怖気立つような光景の中で、同胞を啜る少女たちの身体に変化が訪れる。
ごぐり、という奇妙な音と共に、少女を構成する骨が、筋肉が、その配置を変えていく。
肘が、膝が、本来あり得ない方向に曲がっては、正しく接ぎ合わされていった。
奇怪な人体実験の如き、それは凄惨な光景だった。
そして、何よりおぞましいことには、

「一人を食えば、一人分……ってか……」

1003オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:56:20 ID:BJSYxG460
嫌悪感も露わな、秋生の言葉どおり。
同胞の血肉を啜った少女の身体は、一回り大きく成長していたのである。

「連中、食った分だけデカくなりやがる……」

既に周囲の同胞から頭一つ抜け出た少女が、山道を埋め尽くす群れのそこかしこに見え隠れしていた。
一回り大きくなった少女は、しかしすぐにまた融け崩れ、周囲の少女に食い尽くされる。
食った少女が立ち上がれば、他の少女よりも二回り大きく育っていた。
二回り大きな少女が、融けて崩れる。崩れて喰われる。喰われて育つ。育って融ける。
それは紛れもない、悪夢の連鎖であった。
しかし、秋生と源蔵は既にその光景を見てはいない。

「……そろそろ来るぞ、小僧」
「ああ、わかってらあ」

二人の視線が捉えていたのは眼下、山の中腹付近だった。
山道を埋め尽くしていたはずの群れは、その周囲には存在しなかった。
ぽっかりと空いたその場所には、少女がたった一人で立っていた。
無数の少女たちと同じ造作、同じ顔。
ただ一つだけ異彩を放つところがあるとすれば、それは―――

「畜生、でけえな……!」

数十メートルはあろうかという、その巨体であった。

1004オープニングセレモニー/開宴・ティーパーティーへようこそ:2007/04/22(日) 01:57:09 ID:BJSYxG460

 【時間:二日目午前11時ごろ】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

古河秋生
 【所持品:ゾリオンマグナム】
 【状態:ゾリオン仮面・肋骨全損、肺損傷、瀕死】
長瀬源蔵
 【状態:貫通創3、内臓破裂多数、瀕死】
砧夕霧
 【残り24989(到達12)】
 【状態:進軍中】
融合砧夕霧
 【790体相当】


 【場所:G−5】
久瀬
 【状態:悲壮】
坂神蝉丸
 【状態:健康】
砧夕霧コア
 【状態:健康】

倉田佐祐理
 【所持品:マジカルステッキ】
 【状態:不幸を呼ぶ魔法少女】

→684 796 808 ルートD-5

1005No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:39:57 ID:v0QhiBEc0
――待つ時というのは長いもの。
情報収集の傍ら、パソコンの時計機能を見返し見返し焦れる時を過ごす。
あの兎が時計機能に細工して僕の反応を楽しんでいるんじゃないかという位流れる時の歩みは遅かった。
それでもいつかは変化が訪れる。
『メールが届きました』
「!!」
来た。
ついに来た。
少なくとも向こうはこちらに興味は持ってくれた。
さあメールを開け。
希望の扉を開くんだ。
兎共を騙し、欺き、裏を掻き、僕らが無思慮に行動していると思わせるんだ。
希望の鍵を鋳造しろ。
0%の勝率を唯ひたすらに上げていけ。
僕は潜れなくてもいい。
あの島にいる人達が通れれば。
覚悟はとうに決めている。
何があろうと奴らを殺すのだ。

1006No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:43:00 ID:v0QhiBEc0
『ハッカーより放送者へ』

『はじめまして。俺は河野貴明と言います。
断っておきますが、俺はハッカーではありません。
ハッカーの名前は伏せておきます。
俺達は貴方の事を信じます。
俺達も主催者が心底憎いです。
是非協力して主催者を倒しましょう。
貴方はどうやって俺達を特定しましたか?
カメラに俺達は映っていますか?
カメラは動いていますか?
他にも聞きたいことが出来たら随時送ります。
それでは。』

1007No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:47:23 ID:v0QhiBEc0


――愕然、としてしまった。
違う。
違う!
違う!!
これじゃ駄目なんだ!
自分の名前を簡単に名乗って!
僕が反主催者だとあっさり信じて!
聞きたいことがあったら随時送るだって!?
何を考えているんだ!
望みが……
主催者を倒すには……ハッカーの協力がいるのに……
知恵が働かない味方なんて足手纏いでしかないのに……
どうしよう……
どうする……
「――ぁ?」
声にもならない声が喉から漏れる。
メールの最後に添付が付いていた。
「?」
絶望に身を窶しながら開いてみる。
――僕が送った情報?
何だ?
何でこんなものを?

1008No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:48:20 ID:v0QhiBEc0

その瞬間、頭の中で仮定が構築される。
自分でも止められない速度で色々な事が駆け巡る。
もしかして……もしかして……もしかして……!
希望的観測じゃないか?
構わない!
どの道最初のメールを送った時にすることは決まっているんだ!
そうなら……もしそうなら!
知恵が働かない味方なんて足手纏いだ!
さぁ考えろ!
僕が足手纏いになってはいけない!
主催者も神ではない筈だ。
きっと全ては分からない。
手の上で踊る振りをし続けろ。
最後にその手を食らい尽くす為に!
「信じて……くれた……」
油断しろ。
僕らは無害だ。
こんなにも愚かなやり取りをしているんだ。
指を刺し嘲笑え。
自分が磐石の上にいると思い込んでいろ。
絶対に……逆転してやる。

1009No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:49:02 ID:v0QhiBEc0


「……」
「……」
「……」
「……」
今、皆さん寝ていらっしゃいます。
寒を凌ぐ為に固まって。
それでも心底熟睡して。
無理にでも休息を取る必要がありました。
休むことに抵抗を感じていらっしゃいましたが、横になるとすぐに寝息を立てられました。
当然……ですね。
特に貴明さんは全身傷だらけです。
あのままでは何もせずとも死んでしまいかねませんでした。
あのメールは恐らく返信までに時間が掛かるでしょう。
その間に少しは休めるはずです。
……久瀬、という方がどちらであれ。
何故……殺し合いなど強要させられているのでしょうか。
貴明さんも、姫百合さんも、久寿川さんも。
こんなことをさせる必要があるのでしょうか。
主催者の方々は何を考えているんでしょうか。
私は……どうするべきなのでしょうか……
どうやって……皆さんを助けるべきでしょうか……
「せめて……」
やれることはやっておきましょう。
それがどんなに小さなことでも。
ゆめみは手持ちの忍者セットを思い返し、立ち上がった。

1010No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:50:24 ID:v0QhiBEc0


……………………
どぉぉぉ……ん……
……爆音?
距離は……結構あるでしょうか……
どぉぉぉ……ん……
また……
「ゆめみさん……」
久寿川さん……
今ので起きてしまったのでしょうか。
問うような目。
「恐らく遠いです。今は問題ないでしょう。休んでいてください」
「でも……」
「今は……回復のほうが重要です。寝てください」
「……何かあったら」
「起こします。……ですから……」
「ありがとう。……おやすみなさい」
再び目を閉じる久寿川さん。
寝た……少なくとも寝る気にはなってくれたようです。
回復……攻撃……情報収集……
今はただ時間がほしい……
無駄にできる時間はありません……
私も……
どごぉぉぉぉぉん……
大きい……?
先程よりも大きな爆音。
爆発の規模が大きいのか、それとも近付いたのか……
久寿川さんは今度は眠っています。
もしくは、目を閉じているだけなのか……

1011No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:50:51 ID:v0QhiBEc0



「っ……つぅ……」
貴明さんの呻き声が聞こえます。
何故あんなに傷を負ってあれほどまで頑張れるのでしょうか。
怖くはないのでしょうか。
辛くはないのでしょうか。
痛くはないのでしょうか。
時折、ふと貴明さんの眼がとても鋭く険しくなることがあります。
一瞬でそれは掻き消えてしまうのですが、もう錯覚とは思えないほど何度も見ています。
そういう眼をしたとき、大抵は姫百合さんが貴明さんに触れるのもそれが原因なのでしょうか。
姫百合さんも気付いているのでしょう。
恐らくは、久寿川さんも。

1012No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:51:13 ID:v0QhiBEc0



「っ……つぅ……」
貴明さんの呻き声が聞こえます。
何故あんなに傷を負ってあれほどまで頑張れるのでしょうか。
怖くはないのでしょうか。
辛くはないのでしょうか。
痛くはないのでしょうか。
時折、ふと貴明さんの眼がとても鋭く険しくなることがあります。
一瞬でそれは掻き消えてしまうのですが、もう錯覚とは思えないほど何度も見ています。
そういう眼をしたとき、大抵は姫百合さんが貴明さんに触れるのもそれが原因なのでしょうか。
姫百合さんも気付いているのでしょう。
恐らくは、久寿川さんも。

1013No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:51:43 ID:v0QhiBEc0





「起きてください。来ました」
「……そう」
ゆめみさんが私を揺すって起こしている。
起きた事を言外に告げて、貴明さんから離れて立ち上がる。
背を伸ばすとぽきぽきと音が鳴った。
大分体が楽になっている。
ゆめみさんに感謝しないと。
「じゃあ、二人も起こしましょう」
「はい」
貴明さんも姫百合さんもよく眠ってる……
本当なら起こしたくない。
特に貴明さんは傷だらけ。
出来ることなら眠りたいだけ寝かせておいてあげたい。
でも、ここで二人で決めて失敗したら全てが終わってしまう。
そんな勝手は出来ない。
「貴明さん……姫百合さん……起きて……」
「っ……ぅん……」
やっぱり……痛そう……
「貴明さん……」
「ああ……」
「来ました」
「うん……」
出来ることをやっていくしかない。
そうですよね……? まーりゃん先輩……

1014No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:52:44 ID:v0QhiBEc0
貴明さんは傷が痛むのか少し顔を顰めながら立ち上がろうとして、
すとんと落ちた。
姫百合さんが抱きついたままだから無理に立ち上がらなかったみたい。
……いいな。
じゃなくて。
「姫百合さん……起きてください」
「珊瑚ちゃん、起きて」
「んぅー……」
「姫百合さん……」
「珊瑚ちゃん」
「うぃー……」
起きない……
「起きないわね……」
「そうですね……」
そんなに疲れているのかしら。
「珊瑚ちゃん」
「なにぃ……」
「珊瑚ちゃーん」
「あいぃ……」
貴明さんが姫百合さんを揺すりながら起こそうとする。
微妙な反応はするみたいだけどそれでも起きない。
眠った姫百合さん……ね……
眠り姫を起こすには……
「王子様のキス……」
貴明さんの顔が一瞬で赤く染まる。
心なしか呼びかける声と揺する手が強くなった気がする。
「キス?」
ゆめみさんが不思議そうに尋ねてくる。
「口付けで眠った人が目覚めるのですか?」
「御伽噺よ。茨の森の奥で眠り続ける呪いを掛けられたお姫様は王子様の口付けを受けると目を覚ますの」
「そうですか……」
ゆめみさんは暫し黙考した後、貴明さんに話しかける。
「あの、貴明さん。こんな状況ですしやれることはやったほうがよろしいのではないかと思うのですが」
「……いやでも唯の御伽噺だし」
「すひゃー……」
「珊瑚ちゃん! 起きて! 珊瑚ちゃん!」
「ぉー……」
がっくんがっくん揺さぶっても姫百合さんはまるで起きる気配がない。
貴明さんの動きが止まる。
俯いたまま暫し硬直。
覚悟を決めたのか、真っ赤になりながらゆっくりと姫百合さんの口に近づいていく。
ちゅ……と小さな水音が聞こえてきた気がする。
「んぃー……」
姫百合さんは……
「……あー……貴明〜……」
起きた……
「おはよう。珊瑚ちゃん」
「おはよー。ほなここ、天国?」
むしろ地獄に近いと思うけど……
王子様のキスってちゃんと効果あるのね……
知らなかったわ……
「姫百合さん、きました」
「あー……あ〜……うん……」
「じゃ……」
『見ようか』
筆談に切り替える。
『ええ』
そして、希望の糸を繋ぐメールを開く。

1015No.811 オーパーツの思索と生徒会長の受難:2007/04/22(日) 04:53:44 ID:v0QhiBEc0










【時間:二日目21:30頃】
【場所:G-3左上の教会】

姫百合珊瑚
【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:決意。メールを送った。工具が欲しい】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない、忍者セットから鳴子を協会周辺に配置しました。引っかかったらその場ではなく、ゆめみ側の手元で鳴ります。ゆめみは鳴子のことを珊瑚達には知らせていません】

イルファ
 【状態:停止、激しい損壊、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】

久瀬
 【場所:不明】
 【状態:主催者と戦う決意、珊瑚達に全てを託すつもり、パソコンに入っていた情報を小出しにして主催者の出方を伺う】
 
【備考:久瀬・珊瑚のパソコンの中に入っている情報は作内以外にもお任せ、ただし主催に関する情報は入ってはいない、一回目に久瀬が送った添付は参加者一覧表、二回目は各種島内施設概要】

1016すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:40:06 ID:P3RNtTFE0
『久瀬です、信じてくれて有難うございます。
まずカメラについてですが、貴方達のご推察通り【各種島内施設概要】に載っている施設内部を中心に映されています。
ですが施設外も時折映されているので、油断は禁物でしょう。
映像は遠目から映されている場合もあれば近距離から映されている場合もありますが、よほど性能の良いカメラを使っているのか相当鮮明です。
因みに僕が見せられている画面はどんどん切り替わっていっていますが、貴方達はまだ映っていません。
次にどうやって貴方達を特定したか。これは僕には分かりません。
しかし僕が与えられたパソコンに、ハッカーとして貴方達のメールアドレスが登録されていました。
ですからもし貴方達がハッキングをしていたとしたら、間違いなくそれはバレていて、特定までされています。
貴方達の手に入れた首輪解除方法がダミーかどうかの真偽は分かりませんが、特定はされています。
これ以上ハッキングに頼ろうとしてはいけません。こうなってしまった以上、主催者の言う【首輪の解除を示唆したもの】で首輪を解除するしか無いでしょう。
その道具を探し出す手助けとなると思われるファイルを添付しておきます』

「これで良し……と」
メールを送り終えた久瀬は、椅子に深く座り直して大きく息を吐いた。
実の所、今回のメールは賭けの部分が大きい。何しろ、嘘のアドバイスも混じっているのだから。
そもそも自分のパソコンは主催者に渡されたものである以上、ハッカーとのやり取りは全て筒抜けと考えて間違いない。
ならば真意を全て露にした形で、メールを送る訳にはいかない。
本当の本当に重要な部分、主催者の裏を突く部分だけは、向こう側が自力で察知してくれるのを祈るしかない。
自分は一つの推論に辿り着けたが、ハッカー達は辿り着けるだろうか?
――大丈夫だろう。ハッカー達はカメラの位置について正確な予測も示してくれたし、何よりハッキングする程の技術を持った人間がいるのだ。
きっと自分などよりも余程頭が良いし、同じ推論にまで辿り着いてくれる筈。
今はハッカー達を信じて、自分は次なる一手を考えよう……。

   *     *     *    *     *     *

1017すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:41:36 ID:P3RNtTFE0
久瀬より送られてきたメールを見終えた河野貴明が、長い時間の熟考の末、紙にペンを走らせる。
『まず始めに、久瀬は対主催で俺達の味方だと仮定しよう。そうすると、ハッキングは完全にバレていて特定されている』
そう書いた紙を皆に示してみせると、姫百合珊瑚が素早くペンを取った。
『そうなるね。正直ハッキングがバレてるってのは、本当やと思う。うちが首輪解除方法を盗み出してから、ほんの一時間くらいで久瀬からメールが来た訳やし……。
 幾らなんでも、偶然にしてはタイミングが良すぎる』
『となると、やっぱりこれ以上はハッキングするべきでないって事か……。特定されてる原因もハッキリとしないんじゃ、危険過ぎる。
 これ以上ハッキングは出来ないから、大人しく主催者の準備したという解除方法を使用しろって事になるね……』
貴明が気落ちした顔でそう書くと、珊瑚はゆっくりと首を振った。
『違うよ、危険やけどハッキングはせなあかん。予め準備されたもので首輪を解除出来たとしても、それは主催者の予想の範疇やん。
 ハッキングはいつか絶対にする必要がある――主催者の、裏をかく為に』
珊瑚の意見を見た貴明は、顎に手を当てて考え込んだ。
確かに主催者の予想通り動き続けているだけでは、何処かで突破不可能な壁にぶち当たってしまうだろう。
狡猾な主催者ならば、自分で準備した餌により自身が噛まれるような愚行は犯さないだろうから。
『そうか……主催者が【首輪の解除を示唆したもの】を準備した理由が分かったぞ。
 主催者は俺達の思考を、その一方向に絞り込もうとしてるんだ。俺達の行動を予測して、対策を練りやすくする為に。
 やっぱりハッキングは主催者にとっても脅威なんだ。何せバレさえしなければ、主催者の情報が全て筒抜けになるんだから』
それで、間違いない筈だった。
ならば次にどうやってハッキングを再び行うかだが――貴明がそこまで考えた時、ほしのゆめみが声を上げた。

「あ……あの、貴明さん」
「どうしたの?」
貴明がゆめみに、不可解な視線を送る。
盗聴されているのに、どうして口頭で話しかけてくるか分からなかった。
しかしゆめみは、主催者対策とは別の事を口にした。
「貴明さん達が眠っている間起こった事について、お話しておこうと思うのですが……」







1018すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:42:32 ID:P3RNtTFE0
意識せずとも拳に力が入り、噛み締められた奥歯がぎりぎりと軋みを上げる。
貴明は募る苛立ちを隠し切れない様子だった。
激しい爆発音をゆめみが聞きとったのは、今から二時間近くも前の事らしい。
だが未だにルーシー・マリア・ミソラ達は戻ってこない。
そう、もうるーこ達が出発してからゆうに二時間以上経ったのに、戻ってこない。
「――幾ら何でも遅過ぎる。やっぱりるーこ達に何かあったんだ!」
貴明はばっと立ち上がると、傍に置いてあったデイパックを拾い上げた。
皆の視線を浴びるのも意に介さず、鞄から無造作にステアーAUGを取り出す。
「……貴明さん、どうするつもりなの?」
貴明の行動を疑問に思った久寿川ささらが、怪訝な表情で問いを投げ掛けた。
貴明は入り口に向かって歩みを進めながら、背中を向けたままで答える。
「……決まってるじゃないか。るーこ達を助けに行ってくる」
「――――ッ!」
ささらが息を飲むのが背中越しでも分かったが、それでも貴明は歩みを止めない。
珊瑚が弾かれたように駆け出して、貴明の腕を後ろから掴んだ。
「あかん……そんな身体で無茶したらあかんよ! それにるーこも言うたやないか……自分達の居ない間しっかりと此処を守るんだぞ、って……」
そうだ――そもそもるーこ達は、怪我人だからという理由で貴明をこの場所に置いていったのだ。
しかしだからこそ、貴明は言った。
「嫌なんだ……」
「え?」
貴明はくるりと振り返り、精一杯の想いが籠もった叫びを上げた。
「俺の代わりに誰かが傷付いて、命を落とすのは、もう絶対に嫌なんだっ!」
その余りにも凄まじい剣幕に、珊瑚もささらもゆめみも、容易に見て取れる程の戸惑いを見せた。
彼女達の動揺に気付いた貴明は、少し語気を抑えて続ける。
「確かに今の俺じゃ足手纏いになる可能性もあるし、教会を守るのだって大事な役目なのは分かってる。
 でも悪いけど、俺にはこれ以上此処で待ってるなんて出来ない。こうしてる間にもるーこ達が敵に追われてるかも知れないんだ」
貴明には、これ以上自分の代わりに誰かが死ぬ事など耐えられなかった。
笹森花梨は死んだ。間違いなく貴明達を救う為に捨て身で行動し、その結果少年ごと撃たれて死んだ。
ここでただ手を拱いて待っているだけでは、また同じ結果になってしまうかも知れない。
るーこ達が無事に逃げ延びて何処かに隠れている可能性だって考えられるが、どうしても嫌な予感が頭から離れなかった。

1019すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:43:21 ID:P3RNtTFE0
「貴明さん……」
不安に顔を強張らせたゆめみが、こちらに視線を送ってくる。
貴明はその瞳から逃れるように、ゆっくりと入り口の方へ身体を翻した。
「ごめん、ゆめみさん……そういう事だから、俺は行ってくるよ。俺のいない間、珊瑚ちゃんや久寿川先輩を頼む」
貴明はそのまま足を進めて、入り口の扉の前まで辿り着く。
だがそこで扉の向こうから、びしゃびしゃと水滴を跳ね飛ばしながら歩いてくる音が聞こえてきた。
ほぼ同時にゆめみの手元で鳴子がからんからん、と音を奏でる。
「誰だっ!?」
貴明は半ば反射的に、ステアーAUGの銃口を扉へと向ける。
後ろの方でもささら達が、たどたどしい手つきで各々の得物を鞄から取り出していた。
貴明はステアーAUGを両手で構えたまま、扉越しに撃たれてしまわぬような位置へと移動する。
首だけ動かして後方を確認すると、少女達の瞳に不安げな影が降りているのが分かった。
何としてでも彼女達を守らなければ――貴明が決意を固めたその時、ドアをノックする音が聞こえた。
続いて扉の向こうで、凛々しくも透き通った声がした。
「安心して頂戴……私よ、七瀬留美よ。佐祐理もいるわ」
初めて聞く声だったので確認するように後ろへ視線を移すと、珊瑚が強く頷いた。
貴明は皆を制すようにさっと腕を上げた後、武器を片手で握り締めたまま、扉のノブに手を掛ける。
力を込めて押すと、軋んだ音を立てて、重い鉄扉がゆっくりと開いていった。
開け放たれた扉の向こうには、降りしきる雨の中で少女が二人立っていた。

1020すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:43:46 ID:P3RNtTFE0
七瀬留美と倉田佐祐理の姿を認めた珊瑚が、つかつかと歩み寄る。
珊瑚は顔を柔らかく綻ばせて、佐祐理達の目の前に立った。
「うわっ、ずぶ濡れやな〜」
その言葉通り、佐祐理と留美の服はびしゃびしゃに塗れていた。
「まあ入って休みいや。疲れたやろ?」
そう言って、右手を中へ動かしながら手招きをする。
しかし佐祐理達はまだ、扉の外にじっと立ったままだった。
ようやく疑問を抱き始めた珊瑚に、佐祐理がゆっくりと言葉を投げ掛ける。
「話は後です。早く出発の準備をして下さい」
「――え?」
「お願いですから質問は後にして下さい。今は早くこの場所から離れなければなりません。
 此処に危険が迫っているかも知れないんです。そう、どうしようも無いくらいの危険が……」
告げる声はとても重く、その瞳には明らかな焦燥の色が映し出されていた。
迫る危険とやらが何かは珊瑚には分からなかったが、佐祐理の様子を見れば、一秒たりとも余裕が無い事だけは分かった。
だからこそ珊瑚は真剣な表情となり、即断を下した。
「……せやな。るーこ達も心配やし、貴明と一緒に皆で出発しよっか」

   *     *     *    *     *     *

1021すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:44:50 ID:P3RNtTFE0
陰鬱な雨が天より際限無く降り注ぎ、それが森を覆う木の葉のカーテンと接触し、不快な音を奏でる。
木々の隙間より雨粒が零れ落ちる森の中を、河野貴明一行はゆめみを先頭に据えて進んでいた。
教会には留まれなくなった以上、当面の行き先は爆発音が聞こえてきた辺りだ。
当然ただ歩くだけで時間を食い潰すなどといった愚は犯さず、足を動かしながらも事情の説明を受ける。
「じゃあその、リサ=ヴィクセンって人が裏切って宮沢有紀寧に付いちゃったんやな?」
「ええ、そうです。リサさんは全く躊躇せず、佐祐理達に攻撃してきました……」
佐祐理はそう言って、包帯が巻きつけられた右肩を示して見せた。
包帯にこびり付いた鮮血が、佐祐理の受けた攻撃の凄まじさを雄弁に物語っていた。
「もしかしたらリサさん達ももう、教会の情報を入手しているかも知れません。そして、リサさんは多分軍の人間だと思います。
 そんな方に襲われてしまったら恐らくは……。だから私達は一刻も早く移動しなければならなかったんです」
その言葉を聞いて、ゆめみは少し疑問を感じた。
「でも相手は二人なんでしょう? 争いごとは嫌いですけど、私達全員で立ち向かえば十分に撃退出来るのでは……」
少なくとも人数面だけ見れば、自分達の方が圧倒的に優位だった。
何しろこっちは六人いるのだ。武器も十分過ぎる程揃っている。
幾ら相手が戦い慣れしている人間であろうとも、戦力面で劣っているとは到底思えなかった。
しかし――佐祐理の返答を待たずに、ささらがゆっくりと首を振った。
「私と貴明さんは、湯浅さんって人に会った事があるんだけど、その時にリサ=ヴィクセンって人について話を聞いたわ」
全員の視線が集中するのを確認してから、ささらは続けた。
「湯浅さんは言っていた……リサさんは世界トップクラスの実力を持ったエージェントだと」
「な――!?」
ささらの言葉を受けた珊瑚達は、背筋が凍りつくような戦慄に襲われた。
トップクラスのエージェント――即ち超一流の戦闘技術を誇る怪物が、ゲームに乗ってしまったのだ。
「リサさんが凄いのは何となく分かりましたけど、まさかそれ程とは……」
佐祐理もリサの正体までは知らなかった為、大きく動揺していた。
そして同時に、何故あの時柳川が撤退という選択肢を選んだのか、合点がいった。
柳川はリサの実力を見抜いていたからこそ、不利だと判断し自分一人で足止め役を買って出たのだ。
いくら柳川でもその道の達人が相手では、命を落としてしまった可能性も――言い表しようも無い不安が、佐祐理の胸を過ぎった。

1022すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:45:35 ID:P3RNtTFE0
リサについての情報が出尽くした所で、留美が追い討ちを掛けるように告げる。
「危ないのはリサさんだけじゃない。宮沢有紀寧――アイツは最悪の敵よ。
 罪の無い人を容赦なく踏み躙って嘲笑う、悪魔のような女なんだから!」
語る留美の声には、深い憎しみと恐怖の色が入り混じっていた。
留美は四対一の圧倒的優位にも拘らず、有紀寧に不覚を取り――藤井冬弥の命を奪われてしまったのだ。
全員の動揺が収まるまで待ってから、留美はゆっくりと言葉を続けた。
「だから悔しいけど、今は逃げるしか無いと思う。対策を練る前に戦うのは危険過ぎるよ」
その言葉に反論する者は、もう誰一人としていなかった。
自分達はゲームの破壊を目論んでる以上、首輪解除の鍵となる珊瑚を守らなければならないのだ。
ならば危険な橋を渡るような真似は、極力避けるべきだろう。
トップクラスのエージェントと極悪非道な女を相手にするのは、どう考えてもリスクが大き過ぎる。
厳しい現実を突き付けられた一同の間に、重苦しい空気が漂う。
だがそこで、パンパンッと強く手を叩く音が聞こえた。

「はいはい、そこまでやで〜」
貴明が振り返ると、珊瑚が気丈な笑みを浮かべていた。
「……珊瑚ちゃん?」
「今考え込んでもしゃあないやん。まずは早いとこるーこ達を見つけて、それからゆっくり考えよ?」
言われて貴明は、目が醒めるような思いを覚えた。
あれ程色々な思考が渦巻いていた頭の中が、クリアになってゆく。
珊瑚の言う通り、ここで悩んでいても始まらないのだ。
案ずるより産むが易しという諺もある。まずはるーこ達の捜索に集中すべきだった。
「そうだね。もし仲間が教会に来ても大丈夫なように書き置きは残してきたし、今は目の前の問題を一つ一つ片付けていこう」
貴明が表情を緩めてそう言うと、皆一様に強く頷いた。
恐怖や戸惑いを感じていない訳では無いけれど、それでも彼らは前向きに進んでゆこうとしていた。
だが彼らは知らない――ルーシー・マリア・ミソラと観月マナは、既に帰らぬ人となっている事を。
彼らは知らない――自分達の出発したタイミングが、余りにも悪過ぎたという事を。

1023すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:46:25 ID:P3RNtTFE0
   *     *     *

――河野貴明達が教会を出発してから十分後。

「……どうやら遅かったみたいね」
人の気配が消えた礼拝堂で、向坂環が溜息交じりに呟いた。その手には一枚の紙が握られている。
「どういう事だい?」
「――これを見てください」
橘敬介は差し出された紙を受け取って、その内容に目を通した。
『柳川さんすいません。もしリサさん達が襲撃に来てしまったら守り切れないので、この場所を離れます。どうかご無事で――倉田佐祐理
 るーこ、そして主催者打倒を考えている皆さん。もしこのメモを見たらすぐに逃げてください。此処はとても危険みたいだから――河野貴明』
全てを読み終えた敬介は、眩暈がしそうになっていた。この文面通りに受け取れば、つまり――
答えはもう明らかだったが、それでも敬介は微かな希望に縋り付こうとした。
「これは……何者かが偽名を使って、この場所に来た人を騙そうとして書いたのかな? リサ君が殺し合いに乗る筈が無い……」
それは最早推理にすらなっていない、ただの希望的観測からの見解だ。
だが環はぴしゃりと撥ねつけるように、否定の言葉を吐いた。
「残念ですけど、それは無いでしょう。この筆跡……間違いなくタカ坊本人の物だもの」
「な……なんて事だ……」
敬介が掠れた声を絞り出す。まるで悪い夢を見ているかのようだった。
ほんの数時間前まで志を共にした同志が、今や最悪の敵と化してしまったのだ。
狼狽して頭を抱える敬介の腕を、環が引っ張った。
「気持ちは分かりますけど、まずこの場所を離れましょう。ここに居ても殺されるだけですから……」
それは確かにその通りで、怪我だらけの自分達ではまともに戦えなどしないだろう。
敬介は力無く頷いた後、環と共に、雨の降りしきる闇に身を投じた。

1024すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:47:34 ID:P3RNtTFE0

――河野貴明達が教会を出発してから二十分後。

「ふむ……倉田達はもう別の場所に移動したか」
教会に辿り着いた柳川祐也は、あくまで冷静を保ったままに呟く。
教会に来れば合流出来るものだと思っていたので、落胆の念も多少はあったが、今回は佐祐理達の判断の方が正解だろう。
落ち着いて考えればすぐに分かる事だが、自分達は氷川村で教会の情報を流してしまったのだから、リサ達がこの地に来る可能性だって十分ある。
そして情報が既に漏れてしまっていた場合、リサ達より先に柳川が辿り着く保障など何処にも在りはしないのだ。
ここはともかく、佐祐理達がまだ無事であるという事実に感謝すべきだろう(もっとも実際には、冬弥が殺されてしまったのだが)。
「まだそう遠くへは行っていまい。急いで倉田達を探すとするか」
柳川はそう言ってメモを床の上に戻し、素早く踵を返した。


僅かな時間差で悉くすれ違ってしまった者達。
彼らは無事に合流出来るのか、それとも凶弾の前に倒れてしまうのか。
結末はまだ、誰にも分からない。


【時間:2日目22:10】
【場所:g−3左上】
向坂環
【所持品①:包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、疲労】
【目的:観鈴と貴明達の捜索、主催者の打倒】
橘敬介
【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数0/20)、支給品一式x2、花火セット】
【状態:動揺、身体の節々に痛み、左肩重傷(腕を上げると痛みを伴う)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】
【目的:観鈴と貴明達の捜索、主催者の打倒】

1025すれ違う者達:2007/04/22(日) 10:49:35 ID:P3RNtTFE0
【時間:2日目22:20】
【場所:g−3左上教会付近】
柳川祐也
【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1、青い矢(麻酔薬)】
【状態:左肩と脇腹は9割方回復、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、左腕軽傷、軽度の疲労】
【目的:佐祐理達との合流、有紀寧とリサの打倒】


【時間:二日目22:15】
【場所:G-2・G−3境界線】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
 【状態:工具が欲しい】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索、落ち着いてから対主催の考察を続ける】
河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:若干の焦り、左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索】
 【備考】
  ※イルファの亡骸(左の肘から先が無い)を背負っています
久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索】
ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索】
倉田佐祐理
 【所持品1:支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、レジャーシート】
 【状態:軽度の疲労、左肩重症(止血処置済み)】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索、柳川との合流】
七瀬留美
 【所持品1:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、消防斧、日本刀、あかりのヘアバンド、青い矢(麻酔薬)】
 【所持品2:何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(2人分、そのうち一つの食料と水残り2/3)】
 【状態:右拳軽傷、軽度の疲労、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】
 【目的:まずは爆発音がした方向へ移動、るーこ達の捜索、柳川との合流】

【備考1:】
※ゆめみは鳴子を回収しました。
【備考2:久瀬・珊瑚のパソコンの中に入っている情報は作内以外にもお任せ、ただし主催に関する情報は入ってはいない、一回目に久瀬が送った添付は参加者一覧表、
二回目は各種島内施設概要、三回目は支給品武器一覧】

→791
→792
→811
ルートB-13 B-16

1026嘲笑う者:2007/04/22(日) 10:56:08 ID:P3RNtTFE0
都会ならば、たとえ夜であったとしても街灯の光や、或いは遠くビルより漏れる光により、暗闇は訪れないだろう。
だがこの殺戮の島では違う。この地において夜の訪れは、即ち闇の訪れである。
闇は身を隠す為の、最高の道具だ。ある者は自分の安全を確保する為に、そしてある者は愚かな獲物を仕留める為に、息を潜めるだろう。
しかしそれらは全て弱者の理論であり、気配すら悟れぬ未熟者の為にある戦術。
真に強き者ならば、必要以上の小細工など無用――そう言わんばかりに、リサ=ヴィクセンは堂々と街道を往く。
目的地は一つ、教会だ。橘敬介の言う『脱出できる糸口』とやらを叩き潰す為に、リサはひたすら突き進む。
ゲームの脱出――どのような方法なのかは分からない。しかし、二つ確信を持てる事がある。
まず一つ目。敬介の言う『脱出できる糸口』というのは、即ち『首輪を解除する糸口』と考えて間違いない。
このゲームを成り立たせている一番の要因は首輪なのだから、それをどうにか出来るアテがあるこそ『脱出の糸口』と表現したのだろう。
そして二つ目。主催者を打倒しての脱出は、不可能だ。
主催者は、自分や宗一、篁や醍醐といった猛者達を完全に弄ぶ事が出来る程の怪物。
そのような怪物を宗一やエディ、それに軍の力添え無しで打倒するなど、絶対に不可能だ。
なら生き延びる為には殺し合いをするしか無いのか?――リサは、そう思わない。
別に生き延びるだけなら主催者を倒す必要など無い。
何とかして首輪を解除し、この島から逃げ出してしまえば良いのだ。
勝ち目の全く無い勝負に身を投じるより、そちらの方が余程現実的な選択だ。
恐らくは今主催者打倒を掲げている連中も、やがて自分達の行いが無謀である事に気付く筈。
死ぬまで意志を曲げずに戦い続ける人間もいるだろうが――いずれ何人かは、心変わりする筈。
此処は犬死するよりも生き延びる事を優先するべきだと、主催者など放っておいて逃げ出すべきだと、そう考える筈なのだ。
その結論に至ってしまえば、後は簡単だろう。
首輪さえ外せれば、この島から逃げ出すなど造作も無い事。
首輪を外せる程の技術力を持った人間が存在するならば、脱出用の船など容易に準備出来るだろうから。
しかし、である。
(脱出なんて、絶対にさせない……!)

1027嘲笑う者:2007/04/22(日) 10:57:07 ID:P3RNtTFE0
主催者は『見事優勝した暁には好きな願いを一つ、例えどんな願いであろうと叶えてあげよう』と言った。
即ち、誰かの逃亡などという形でゲームを台無しにされてしまっては、誰も生き返らせれない。
宗一も、エディも、そして栞やその大切な者も、誰も。
それでは何の為にゲームを肯定し、殺戮の道を選び取ったのか分からなくなる。
自分は宗一とエディを生き返らせ、彼らと力を合わせて主催者に復讐しなければならない。
たとえ泥を被ってでも巨悪を断ち、二度とこのような悪夢が起こらないようにしなければならないのだ。
栞だって、自分に全てを託して死んでしまった。
ならば脱出など絶対にさせる訳にいかない。必ず叩き潰し、ゲームを続行させてみせる。

次に宮沢有紀寧への対処だが……まだ考える必要は無いだろう。
有紀寧の行動原理は難解なように見えて、本当の所は至極単純である。
有紀寧は常に、自分の保身を最優先として動き、最後の一人となって生き延びようとしている。
そのような人間、全く信用ならないように見えるが――性質さえ掴んでいれば、問題無い。
有紀寧は自分にとって利用価値のある人間へ、無闇に攻撃を仕掛けたりしない。
あくまで有紀寧の目的は保身であるのだから、生存確率を下げるような選択肢は絶対に取らない。
まだ参加者が四十人以上(放送より時間が経った今では、もう少し減っているかも知れないが)いるこの段階で、裏切ってくる事は無いだろう。
氷川村での戦いのように、仲間がいれば敵集団を分散させる事も出来るし、有紀寧は自分にとってもまだ利用価値がある。
特に柳川祐也のような優れた力を持つ強敵は、他の敵と分断してから確実に仕留めたい所。
そうやってまずは脱出派の集団を殲滅し尽し、その後で有紀寧も殺せば良いのだ。
裏切りに裏切りを重ね、諸悪の根源である主催者に懇願して宗一達を生き返らせる――それは下衆にも劣る行いだろう。
だが、後で蘇った宗一に殴られたって良い。どれだけ多くの人間の恨みを買ったって良い。
悪を討てず、仲間を死なせたまま、犬死にするよりはよっぽど良い。
雌狐は、躊躇わない。

1028嘲笑う者:2007/04/22(日) 10:58:11 ID:P3RNtTFE0



一方、雌狐を盾にするような位置取りで足を進める少女の名は、宮沢有紀寧。
有紀寧の身体は、快調にあるとはとても言い難い状態だった。
(くぅっ……不味いですね)
一歩一歩足を踏み出す度に、左腕の患部へと鈍い痛みが奔る。
応急処置を行い、小休止も取った為に一時よりはマシになっているが、それでも全快とは程遠い。
その上追い討ちを掛けるように雨まで降り始め、塗れた服が背中にべっとりと張り付く。
この過酷な殺し合いを無傷で勝ち残れるなどという甘い考えは抱いていなかったが、長瀬祐介相手にこれ程の手傷を被ってしまうとは思っていなかった。
それもこれも、全てはあの『毒電波』という異常な超能力の所為だ。
思い出すだけでも震えが来る。あの力の前には、どんな策略も武器もまるで意味を為さない。
何しろ本人の意思に関係無く、身体の自由を完璧に奪われてしまうのだから。
――『参加者の中には何人か人間とは思えないような連中が居るからね』
ゲームの開始時に、あのウサギが言っていたのはこういう事だったのだ。
その人外連中の一人である長瀬祐介はどうにか打倒したが、自分一人では確実に殺されていた。
人外の力……本当に馬鹿げた話だが、確かにそれは実在している。
リサの情報によると、柳川祐也も『鬼の力』という異常な能力を持っているらしい。
そして、今は形式上仲間であるリサ自身も、その柳川と互角以上の戦闘を繰り広げたとの事。
優勝する為には、柳川ともリサとも、何時かは雌雄を決する必要があるのだが……。
正直な所、こんな怪物達の相手などしていられない。正面から戦っては、命が幾つあっても足りないだろう。
なら騙まし討ちはどうか?……少なくとも、リサには通じまい。
こうして前を進むリサの背中を見ているだけでも、こちらに拳銃を向けられている錯覚に襲われる。
何をやっても、一秒後には自分が殺されてしまっているイメージしか浮かび上がらない。
騙まし討ちをされても凌げる自信があるからこそ、リサは自分と手を結んでいるのだ。
となれば取るべき道は一つ、まずはリサという最強の盾を隠れ蓑とし、安全を確保しながら他の参加者達を蹂躙してゆこう。
生き残りの数が減れば減る程優勝が近付くのは間違いないし、焦る事は無い。
ぬくぬくと力を蓄え、怪我を癒し、怪物狩りの準備を整えさせて貰おうではないか。
そうしていくうちに、いずれまた柳川とも対峙する時が来るだろう。
その時に、柳川とリサを潰し合わせる――そうすればどちらが勝つにしても、生き残った方も相当の傷を負う筈。
幸いリサは柳川と因縁があるようだし、怪物は怪物同士で潰し合わせれば良い。
自分は最後まで危険な戦いになど身を投じず、強敵は傷付くのを待ってから打倒するのだ。

1029嘲笑う者:2007/04/22(日) 10:59:30 ID:P3RNtTFE0

二人はそれぞれの思惑を胸に、人の気配が感じられぬ寂れた街道をどんどんと進んでゆく。
やがて目的の地が段々と近付いてきたので、闇に包まれた森へと進路を変える。
敬介が残したメモを頼りにそのまま森の中を歩いてゆくと、やがて視界が大きく開け、その先に目的の建物が見えてきた。
本来ならば美しい筈なのに、この暗雲の下では不気味にすら見える建造物――教会を目前にして、リサは突然足を止めた。
その様子を不審に思った有紀寧が囁き声で尋ねると、リサはそれを制すように左手を伸ばした。
「どうしたんですか?」
「静かにして。……誰か来るわ」
それで有紀寧は黙り込み、リサに促されるまま近くの茂みへと身を潜めた。
そのまま待っていると、程無くして複数の足音が近付いてくる。
教会内部の電気は消灯されていない為僅かに外へと光が漏れており、現れた者達の顔まで認める事が出来た。
(あれは……)
その中には、有紀寧がよく知る――恐らく参加者の中で、自分と一番親しい間柄であろう人物の姿もあった。

    *     *     *

1030嘲笑う者:2007/04/22(日) 11:00:21 ID:P3RNtTFE0
綺麗なシャンデリアより発せられる光に照らされた、厳かな雰囲気を保つ礼拝堂。
既にもぬけの殻となってしまったその場所で、古河秋生がボソリと呟いた。
「……誰もいねえじゃねえか」
人がいた形跡こそ断片的に見られるが、少なくとも目に見える範囲には自分達以外誰も居ない。
別の部屋に隠れているのだろうか――その疑問を秋生が口にする前に、朋也が素早く行動に移る。
「一応他の部屋も確認してくる。オッサンと渚はここで待っててくれ」
朋也はそれだけ言うと、油断無く銃を構えて奥の方へと消えていった。
秋生はその後ろ姿を見て頼もしく思うと同時に、酷く寂しいものを感じた。
少なくとも戦いとは無縁の生活を送っていた筈の朋也が、この過酷な環境に順応し切っている。
――殺し合いへと、順応してしまっている。
それは生き延びる上で必要な変化ではあり、成長とも表現出来る物だが、年端も行かぬ少年に危険な役目を任せたく無かった。
それでも怪我を負っている自分が無理に動くより、ここは朋也が先行すべきなのは明らかである。
秋生は自分自身を不甲斐なく思い、ぎりぎりと奥歯を軋ませた。
程無くして朋也が礼拝堂に戻ってきて、大きく溜息をつく。
「駄目だ。奥にも誰もいなかった」
「……そうか。ったく、何処に行っちまったんだろうな」
秋生は不満げな声を上げると、懐から煙草を取り出し口に咥えた。
銃を一つしか持たぬ自分達が、ここまで敵と遭遇する事なく無傷で辿り着けたのは僥倖だったが、これでは意味が無い。
仲間と合流するという目的を果たせなければ、ただの徒労に過ぎぬのだ。

朋也は、秋生の後ろにいる渚へと視線を移す。
「渚、足の調子はどうだ? それに雨で随分身体が塗れちまっただろうけど、風邪を引いたりしてないか?」
「ありがとうございます。でも途中で何回か休みましたし、平気です」
間髪入れずに、渚が力強い答えを返す。
朋也は確認するように渚の顔をじっくりと眺めてみた。
顔色が悪化しているというような事も無いので、本当に大丈夫そうに思えた。
それから朋也はふと視界の端に、少し違和感を覚えた。
よく目を凝らすと少し離れた床に、何かの紙が落ちているのが分かった。
朋也はそれを拾い上げようとし――その時、入り口の扉が鈍い音を立てて開いた。


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