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避難用作品投下スレ

1管理人:2006/11/11(土) 05:23:09 ID:2jCKvi0Q
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。

770挺身:2007/03/25(日) 02:06:11 ID:8IppEzck0
瑞佳は名雪の力を借りるべく彼女を見た。
よくはわからないが名雪は楽しむようにニタニタと笑っているようだ。
(ああ、名雪さんまで狂ってる!)
思いつめた末、秋子の前に走り出る。
「お願いです。どうか──」
言い終わるよりも早く銃口が額に突きつけられていた。
「名雪、この方は?」
「長森瑞佳さん。私を助けてくれた恩人なの」
「これは娘がたいそうお世話になりました。ありがとうございます」
秋子は瑞佳の瞳をじっと見つめた。
悪企みとは無縁の純粋な心の持ち主の少女ということは聞かずとも解った。
「そこの極悪人、月島さんの従妹だそうだよ」
「えっ、いとこ?」
眼下の二人の関係が名雪と相沢祐一のことと重なり、戸惑いを覚える秋子。

瑞佳は俯き跪いた。
真面目なことで嘘をついたことがないため、嘘を通そうものなら顔に出てしまう。
名雪には義理の妹といってあるが、本当のことは伝えてない。
初めてながら真剣勝負の演技をするしかなかった。
顔が強張り背中を冷たいものが流れ落ちる。

「は、はい。そうなんです。どうか拓也おにいちゃんを赦してあげてください」
「何いってんの? 私達殺されそうになったんだよ。今殺さないでどうするの?」
「瑞佳ちゃん、これはどういうことなの?」
「おにいちゃん、放送でいってた優勝したら何でも願いを叶えるということを聞いておかしくなったんです」
つい先ほど前までは自分と名雪のためにかいがいしく面倒を見てくれた。
話せるところは正直に話して拓也を赦してもらうのが瑞佳の考えであった。
もちろん赦してもらったところで拓也が悔悛する見込みは殆どない。
境遇が折原浩平と似ていることから、拓也をなんとか助けたい──それが瑞佳の切実な願いであった。

771挺身:2007/03/25(日) 02:08:09 ID:8IppEzck0
「あなたには悪いけど、拓也さんには死んでいただかなければなりません」
しばし考えた末、秋子はきっぱりと言った。
「わたしが命をかけて説得しますから、もう一度おにいちゃんに悔い改める機会を与えてください」
「長森さん、そんなことしてたら命がいくつあっても足りないよ」
「名雪さんのお母さん、どうか命だけは助けてあげてください。お願いします」
瑞佳は引き下がらず懇願する。
「さてどうしましょ。ねえ、名雪」
目の前の少女の身内を処刑するとあって、秋子はどうしたらよいものか名雪を振り返る。
薄明かりに浮かぶ名雪は、一寸の迷いもく首を横に振った。

「おにいちゃん、あなたからもお願いしなさいよっ!」
拓也の胸倉を掴むな否や瑞佳は平手打ちをした。
「……瑞佳」
「ほうら、水瀬さんに謝るんだよ! 早くするんだよっ!」
夜の闇に乾いた音が何度も響く。
「……ごめんなさい。心を入れ替えますから、どうか赦してください」
拓也は痛みを堪えながら起き上がると、土下座して赦しを乞うた。
彼自身どこまでが本気がわからないが、この機会を逃すと助からないと判断したのである。

「わかりました。今回は瑞佳ちゃんに免じて赦してあげましょう」
必死の願いに秋子はついに折れた。
「おかあさん! 駄目だってば。月島さんは猫かぶってるんだよっ」
「私と名雪はここに来る途中にあったお寺に泊まります。瑞佳ちゃんもいらっしゃい」
「わたしは……もう暫くここにいます。おにいちゃんと話をした上で参ります」
「長森さん、あなた殺されるわよ」
「お気遣いありがとう。わたし頑張るから」
「馬鹿だよ、こんな極悪人を助けるなんて。私、あなたといっしょにいたかったのに……」
名雪は瑞佳をひしと抱き締め涙を流した。
「また会えるよ、きっと」

772挺身:2007/03/25(日) 02:10:25 ID:8IppEzck0
秋子は名雪の肩を借りながら闇の中へと消えて行った。
八徳ナイフとトカレフの弾倉は没収されてしまった。
「怪我、大丈夫? 止血しなきゃ」
デイパックから懐中電灯を取り出し、灯りを点ける瑞佳。
胸のリボンと右手に巻いていたリボンをほどき、拓也の両手に巻きつける。
「赦してもらってよかったね。しばらく手を上げてると血が止まるよ」
労いの言葉をかけた途端、左の頬に強烈な痛みが走る。
「ありがとよ、馬鹿な『妹』め。お前のお人よしには反吐が出るぜ」
言うなりまた殴りつけ、瑞佳をアスファルトに叩きつける。
怪我のためいくらか力は弱いが、それでも本気で殴られたため瑞佳は一溜まりもなかった。

「ねえ、もし願いをかなえてもらったとしても……あの兎が日常に帰してくれると思うの?」
「どういうことだ?」
「お約束の展開なんだよ。悪い人に何かのことで利用された挙句、最後は殺されてしまうんだよ。無事に帰してはくれないんだよ」
「そんな! ……でも、僕には瑠璃子が必要なんだっ」
「瑠璃子さんには及ばないけど、わたしじゃ駄目かな? わたしが付いていてあげるから……おにいちゃん」
瑞佳は肩で息をしながら悲しい眼差しで見つめる。
三発目を下そうとしたが、拓也は何を思ったかそれ以上はせず、鼻をすすりながら闇の中へと去って行った。

すべては徒労に終わった。
薄れ行く意識の中で瑞佳は命懸けの努力が水泡に帰したことを悟った。
(住井君、会えたらいいね。わたしももうすぐいくから待っててね)
夕方の放送で住井護の死を聞くも、悲しみを堪え名雪を励ますことに全力を尽くした。
ある意味、浩平よりも自分のことを大事にしてくれた住井。
彼に会えるならば、狼だろうがまーりゃんが現れようが怖くはない。
本来なら山の中で芳野祐介と運命を共にするはずだったのが、少しだけ遅れただけのこと。
心残りといえば、浩平に会えることなくこの世を去ろうとしていることだ。
(浩平、会いたかったよ。ぎゅってしてもらいたかった。どうか無事でいて……)

773挺身:2007/03/25(日) 02:12:18 ID:8IppEzck0
意識が途切れかかった途端、誰かに体が抱き起こされた。
「ごめんよ、瑞佳。僕が悪かった」
何があったか知らないが拓也は戻ってきた。
「おにいちゃん、わかってくれたんだね。ありがとう」
「瑞佳の優しさを、温かさを、愛を、僕はずっと感じていたいんだ。どうか死なないでおくれ」
地面に置いた灯りに涙を流す拓也の顔が照らし出される。
「もう大袈裟なんだから……恥ずかしいこといって──」
そこまで言いかけて唇が塞がれた。
軽いキスの後拓也は囁く。
「瑞佳とならこの苦境を乗り越えることができるような気がする。どうか僕のために生きてくれ」
再び唇を求められ、口腔を蹂躙されながら瑞佳はどこか安堵感に浸っていた。
(よかった。月島さんはまだわたしを必要としてるんだ)

だが次の言葉で現実に引き戻される。
「僕は寂しいんだ。寂しさを紛らわすためにも瑞佳のすべてを知りたい。だから……交わりたい」
「交わるって……どういう意味なの?」
「セックスだ。セックス! セックス! セックス! セックス! セックス! セックス!──」
「やめてぇっ!」
「ごめん。うっかり高揚してしまった。……でも、より絆を深めるためにもセックスをしたい。駄目かい?」
すがるような目つきに瑞佳は戸惑ってしまう。
「ごめんなさい。そこまでは……その、わたし、こういう体だから……後になってから考えようね」
「うん、今は一刻も早く治療をしなければな。さ、背中に乗って」
拓也は狂気に走る以前の優しい少年に戻っていた。

「手は大丈夫なの? ちゃんと握れる?」
「まだ痛むけど、手当てしてくれたからどうにか使えるよ。それよりも具合はどうかい? 苦しかったら少し休むけど」
「わたしのことを大切に想ってくれるのが何よりも励みになるよ」
先ほどの悪夢を乗り越えるかのように互いを気遣う少年と少女。
雨降って地固まるとはこのようなものであろうか。
瑞佳は揺られながら希望を胸に眠りに落ちて行った。

774挺身:2007/03/25(日) 02:14:13 ID:8IppEzck0
【時間:二日目・19:40】
【場所:D-8街道】 
月島拓也
 【持ち物:支給品一式(食料及び水は空)】
 【状態:両手に貫通創(止血済み)、睾丸捻挫、背中に軽い痛み。疲労】
 【目的:瑞佳の治療のため鎌石村へ】

長森瑞佳
 【持ち物:ボウガンの矢一本、支給品一式(食料及び水は空)】
 【状態:睡眠中。重傷、出血多量(止血済み)、衰弱】


【時間:二日目・19:40】
【場所:E-8上部街道】
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:八徳ナイフ、トカレフTT30の弾倉】
 【状態:腹部重症(傷口は開いている)、出血大量、疲労大。マーダーには容赦しない】
 【目的:休養のため名雪を連れて無学寺へ】

水瀬名雪
 【持ち物:なし】
 【状態:疲労、マーダーへの強い憎悪】

 【関連:757】

775挺身:2007/03/25(日) 02:22:31 ID:8IppEzck0
訂正をお願いします。
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾9/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】

776狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:42:23 ID:nzSvzy/k0
静寂に包まれた夜の村を二人の少女達が走る。
前方を往く、つまり追われる立場にある宮沢有紀寧は、聞き耳を立てながら逃亡を続けていた。
自分の後を追う足音はただ一つ、柏木初音のものだけだ。
他の三人――藤井という男とその仲間達は、撤退したと考えて間違いないだろう。
それならば後は初音を殺害すれば、自分に降りかかる火の粉は全て払った事になる。
だが有紀寧は敢えてそれをしなかった。勿論初音に情けを掛けようなどとしている訳では無い。
ただ単に銃弾を温存したかっただけだ。コルトバイソンの銃弾は残り二つ、これ以上の消費は極力避けたかった。
包丁を用いて迎え撃つという手もあるが、接近戦などという危険過ぎる真似を行うのは馬鹿らしい。
となると残る選択肢は一つ、逃げの一手だ。自分は体力がある方ではないが、初音は大怪我を負っている。
このまま走り続ければ、程なくして振り切れるだろう。
初音は決死の覚悟で追ってきているようだが、こちらの知った事ではない。わざわざ決戦に応じるなど単細胞のする事だ。
放っておけばいずれ野垂れ死ぬであろう愚物相手に、貴重な弾丸を使う価値は欠片も無い。
そう考えて、有紀寧は走り続けていたのだが――
「はっ……はっ……はぁっ……」
大きく乱れる吐息、痛みを断続的に伝える事で肺が限界を訴える。
ノートパソコンやコルトバイソンはこの島で生き抜くに当たって大きな武器となるが、今はその重量が恨めしい。
(――しつこいですね……)
ほぼ無傷の自分がこんなにも一生懸命走っているのに、初音の気配は一向に遠ざかる気配を見せなかった。
終わりの見えぬ追走劇の末、有紀寧の体力は限界に達しつつあった。
有紀寧の誤算はたった一つ、初音に流れる鬼の血による力をまるで理解していなかった事だ。
初音も鬼の端くれ――片腕に致命的な損傷を受けている状態であろうとも、有紀寧程度の身体能力で引き離せる相手では無い。
とうとう観念した有紀寧が突発的に足を止め、振り向きざまに背後へとコルトバイソンの銃口を向ける。

777狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:43:04 ID:nzSvzy/k0
「――――!」
銃口を向けられ、初音もすぐに勢いのついていた体を押し留め、その場に静止する。
無理をして激しい運動を続けた所為で、左肘から先は言い訳程度にぶら下がっているだけであり、少し力を加えれば千切れそうな状態だ。
有紀寧は乱れる呼吸をゆっくりと整え、それから忌々しげに言葉を吐き捨てた。
「いい加減にして下さい……貴女のその傷ではすぐに治療をしなければ命に関わるでしょう。そこまでして早死にしたいんですか?」
「言った筈だよ。全てを失った私は止まらないって」
「……勝てると思っているんですか? その身体で銃弾を躱しながら距離を詰めれるとはとても思えません。
 貴女を殺すのは簡単ですが、私としては無駄に弾丸を消費したくないんですよ。ここは退いて頂けませんか?」
有紀寧は威嚇するように軽く銃口を上下させ、極めて冷淡な口調で言った。
すると初音は多くの血を失い青白くなっている唇を歪め、薄ら笑いを浮かべてみせた。
「そっか、有紀寧お姉ちゃんはここで弾を使いたくないんだね。だったら私がここで殺されちゃっても、少しは意味があるって事になるね?」
「……正気ですか?」
たった一発の弾丸を失わせる事と引き換えに、初音は己が命を散らそうとしている。
立っているのも辛い筈なのに未だに鋸を握り締めているその姿が、彼女の決意の固さをどんな言葉よりも雄弁に物語っていた。

778狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:43:37 ID:nzSvzy/k0
(さて――こうなった以上は確実に、一発で仕留めなければなりませんね)
強力な切り札であるコルトバイソンを使用する以上、銃弾の消費は一発で抑えたい。
一発目を外して二発目を使わざるを得なくなれば、初音を倒したとしてもこれから先の戦いが大きく不利になるだろう。
最悪の場合、二発共回避されて手痛い一撃を受けてしまう可能性すらもある。
ならばどうするか――
有紀寧は小さく溜息をついて、それからゆっくりと口を開いた。
「仕方ありません、ここで雌雄を決する事にしましょう。ですが一つだけ、貴方を殺す前にお教えしておきたい事があります」
「…………?」
有紀寧の顔に、微かに笑みが浮かび上がる。
良く言えば悪戯をする前の子供のような、悪く言えば計画を着々と進めている犯罪者のような、押し殺した笑みだった。
「――長瀬さんは、第三回放送の後に死にました。私がちゃんと殺しておきましたよ」
「……有紀寧お姉ちゃん、それは本当なの?」
初音の瞳に宿った明らかな動揺の色を見て、有紀寧は作戦の成功を確信した。
それから初音と出会ったばかりの頃の、優しい笑みを形作りながら言葉を繋いでゆく。
「あの人には苦渋を嘗めさせられた恨みもありますので、たっぷりと苦しめてから止めを刺してあげました。
 長瀬さんは最後まで――貴方を、馬鹿みたいに心配していましたよ。それなのに貴女はここで犬死にするんですから、あまりにも報われませんね?」
「祐介……おにい……ちゃん……うわあああああああああああっ!!」
初音が動物のような叫び声を上げながら一直線に向かってくる――そう、銃口の先から逃れる事すら忘れて。
人間とは錯乱してしまえば、ごく簡単な判断すらも誤るようになるのだ。
初音の精神を乱す方法は簡単、彼女にとって最早一番大切な存在となったであろう、長瀬祐介を用いて話を捏造すればよい。
「さようなら初音さん。貴女は十分に役立ってくれました」
初音はもう眼前に迫っている。有紀寧は引き金にかけた指に、静かに力を加えた。
 
   *     *     *

779狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:44:28 ID:nzSvzy/k0
「この音は……!」
夜の静寂を切り裂いて響き渡る銃声は、長瀬祐介の耳にも届いていた。
それは聞き覚えのある銃声――宮沢有紀寧が藤林椋の命を奪った時に聞いた、殺戮の鐘だった。
銃に詳しくない祐介でも聞き分けられるくらい、その音は近くから聞こえてきた。
有紀寧が銃弾を無駄に使用する愚を犯すなどありえない……戦闘が行われていると考えるのが妥当だろう。
勿論有紀寧が初音と戦っているとは限らない、例えばゲームに乗った者と殺し合いっている可能性もある。
だが何故か確信が持てた。今有紀寧と戦っているのは初音で……戦いは既に始まってしまっていると。
「初音ちゃん……お願いだ、無事でいてくれっ!」
民家の密集地帯を抜け、街道を越え、ひたすら音の出所を目指して駆け抜ける。
初音を探し始めてから二時間以上も走り続けた祐介の体力は、とうに限界を超えていた。
もうどれだけ走ったかも分からないし、戦いの現場に辿り着いた所で何が出来るかも分からない。
それでも走った。形振り構わず全力で、祐介は走り続けた。
やがて祐介の瞳に、闇夜の中に一つのシルエットが伸びているのが映った。
僅かな月の光に助けられ、その影の正体が何であるかはすぐに見て取れた。
「有紀寧っ……!」
祐介は足を止めて、冷笑を携えた人影――宮沢有紀寧を睨みつける。
数多の人間の命を踏み躙った絶対悪。祐介にとって有紀寧は、もう主催者以上に憎むべき対象となっていた。
殺人を重ねてきた少女が放つ、言葉では表せぬ身の毛もよだつ迫力。自分如きが敵う相手とは思えぬが、それでも祐介は有紀寧から目を逸らさない。
有紀寧は自身に向けられた殺意の眼差しを、余裕の表情で受け流す。
「ふふ、一足遅かったですね。もう――終わりましたよ」
「終わった、だって……?」
「ええ、そちらをご覧下さい」
有紀寧が指差した方向を追って、祐介が首を動かした。呼吸が止まるような思いだった。

780狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:45:23 ID:nzSvzy/k0
月明かりに照らされた冷たい地面の上。そこに形成された円状の、紅い水溜り。
その中央部に大きなゴミ袋か何かみたいなものが転がっていた。
祐介はその物体が何かを確認しようと少し足を進めて、そして自分の中の世界が崩れてゆくのを感じた。
「う……あ……初音ちゃあああああんっ!」
見間違えるはずも無い、祐介の探し人――初音がぐったりと土の上に倒れ伏せていた。
祐介が慌てて駆け寄り初音の身体を抱きかかえると、その胸から止め処も無く血が流れ落ちているのが見えた。
あの愛らしかった瞳は光を失い、どろりと濁っている。
儚げな白い肌は血で赤く染まり、胸の奥に赤黒い臓器が見え隠れしていた。
「うそ……だ……」
祐介が喉の奥から掠れた声を漏らした。
「初音ちゃん、分からないのかい? 僕だよ、祐介だよ。僕は初音ちゃんを助けにきたんだよ。
 あ、首輪の事なら心配いらないよ。どうにかなりそうなんだ」
初音の身体を支えながら、矢継ぎ早に言葉を続けてゆく。
「だからさ……、早く起きようよ。 やっと……やっと会えたんじゃないか。僕がずっと初音ちゃんを守る……から………、一緒に行こう」
だが、かつて祐介を優しく慰めてくれた少女の口からは、もう何の言葉も紡がれはしない。
「初音ちゃん……。お願いだから、目を開いてくれよーーーーーーっ!!」
数多くの悲劇を生み出した氷川村に、また一つ、悲痛な叫びが響き渡る。
視界がぐにゃりと歪んでいく。それでようやく祐介は、自分が涙を流しているのだと分かった。
続いて自分の意識すらも、段々と薄れてゆく。正常な思考能力は既に失われている。
どうしてこんな事になってしまったのか、祐介にはまるで分からなかった。
自分が死ぬのは、ある意味まだ許容出来る。強要された上での事とは言え、無実の人間を襲ったのだから。
だがこの子が……初音が何をした?彼女はとても心優しい女の子だった。
いつだって初音は自分よりも周りを第一に考え、その小さな身体で頑張ってきたのだ。
人に感謝されこそすれ、不当に命を奪われる謂れなど存在し得ない。
初音の人生は本当に尊い、何者であろうと奪ってはならないものだった。
それがただ一人の悪魔による身勝手な謀略で、完膚無きまでに踏み躙られてしまった。

781狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:45:56 ID:nzSvzy/k0
後ろであの女の声がする。
「……憎いですか? 悔しいですか? 『祐介お兄ちゃん』」
初音の胸に顔を埋めていた祐介が、ゆらりと幽鬼のように立ち上がり、涙に塗れた瞳で有紀寧を捉えた。
「お前の所為だ。お前みたいな生きる価値も無い外道の所為で、初音ちゃんがっ……!!」
祐介の頬を伝う涙。初音の血が混じり薄い赤色に染まったそれは、まるで血の涙のようだった。
有紀寧はその赤い涙に対して、コルトバイソンの暗い銃口を向ける事で応えた。
「貴方如きに銃弾を使うのは本来なら避けたいのですが、窮鼠猫を噛むという諺もありますからね。念には念を押させて貰います」
体力を消耗しきった祐介では、銃弾を躱すなどという芸当は到底無理だ。
コルトバイソンに装填されている最後の銃弾は確実に祐介を貫き、彼の抱いている想いなど意にも介さず全てを終わらせるだろう。
しかし祐介は武器も持たずにすっと目を閉じて、頭の中で『あの日の事』を思い出していた。

   *     *     *

782狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:46:37 ID:nzSvzy/k0
――月島拓也と対峙し、彼の毒電波によって精神を破壊されそうになったあの日。
自分はただ月島瑠璃子を救う事だけを願った。それを成す為のより強い力を願った。
その時に瑠璃子が教えてくれた、祐介の中に隠された最強の兵器。
もう二度と使う事が無い……憎しみと狂気の大半を失った自分では使える筈の無かったあの爆弾。
世界を燃やし尽くし、人という人を例外無くドロドロに溶かす最悪の狂気。
それは確かに、まだ自分の心の奥底に存在している。原型はとうの昔に完成させてある。
後はただ感情に――次から次へと溢れ出す、憎しみと狂気に身を任せるだけだ。
憎い憎い憎い憎い憎い憎いニクイニクイニクイニクイニクイ……!
全てが憎かった。宮沢有紀寧も、主催者も、初音にあんな仕打ちを与えたこの世界そのものも憎かった。
自分も憎かった。初音を守ると誓ったにも関わらず、結局何も出来なかった愚かな自分が。
みんな壊れてしまえばいい。瑠璃子も初音ももう死んでしまった。
初音を救えなかった自分に生きる資格など無いし、この世界にだって存在する価値など無い。
だってそうだろう?仮に首尾よく主催者を倒せたとしても、瑠璃子も初音も決して生き返りはしない。
彼女達が余りにも理不尽に命を奪われたのに、今この瞬間だって世界の至る所で人々は能天気に笑っているのだ。
そんなの、許せる筈も無い。こんなどうしようも無い世界など、壊れてしまえば良い。
初音や瑠璃子と同じように、みんな死んでしまえば良いのだ。
今自分の眼前には、一つの導火線がある。月島拓也と戦った時を遥かに凌駕する、圧倒的な爆弾の導火線だ。
誰かの為などと言う意識の混じっていない、純粋な破壊を願う狂気のスイッチだ。
祐介は一度だけ瑠璃子と初音の顔を思い出し――そして、全ての終わりを望んだ。

   *     *     *

783狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:47:45 ID:nzSvzy/k0
「くっ……これは……!?」
目を開くと、銃を取り落とした有紀寧が、何が起こったのか全く分からないといった感じの顔をしていた。
当然だろう、電波による攻撃を受けた経験なんて無いに違いないから。
祐介が生成した巨大過ぎる毒電波は、制限を受けてなお宮沢有紀寧の身体の自由を完全に奪い去っていた。
だがその程度で済んだ事実に有紀寧は感謝せねばならない。
今の祐介の毒電波は、制限さえ無ければこの島に存在する全ての人間を壊し尽くす程のものだった。
突然頭の中に侵入され、意識がある状態で身体の自由を奪われる恐怖は、実際に体験した自分が良く知っている。
祐介はにやりと歪んだ笑みを浮かべ、それから口を開いた。
「やっとお前の心を犯す事が出来たよ。これが、僕の力――『毒電波』だ」
「……毒……電波……?」
「そうだ。人の脳に侵入して、自分の思い通りに相手を操れる史上最悪の力さ。
 制限されていたから今の今まで殆ど使えなかったけど……お前のおかげで多少は使えるようになったよ」
有紀寧が否定しようと口を動かそうとした瞬間、祐介は電波の力を強めてそれを遮った。
「分かる……分かるよ。『何を馬鹿な……そんなの力が存在する訳無い』って言おうとしたんだよな。
 でも実際にお前の身体は動かない。それが僕の言葉が真実である、何よりの証明だろ?」
かつて自分がされたように嘲笑うような口調で告げると、有紀寧の顔が見る見るうちに絶望の色に染まっていった。
少し前まではまるで勝てる気のしなかった悪魔が、今はとても矮小な存在に思えた。

784狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:49:06 ID:nzSvzy/k0
祐介は鞄の中から金属バットを取り出すと、有紀寧の身体を操って転等させ――そして敢えて、電波の力を少し緩めた。
恐怖に歪んだ顔でこちらに視線を送る有紀寧に、弾んだ声で話し掛ける。
「僕はお前の言うように『お人好し』だからね、少し電波を弱めてあげたよ。これ以上は力を強めないから、逃げたきゃ逃げてみろよ」
「…………っ!」
有紀寧は体を動かして立ち上がろうとしたが、すぐにバランスを崩して転んでしまう。
ばっと顔を上げると、バットを持った祐介がゆっくりと自分の方へ近付いてきていた。
「ほらほら、早く逃げないとお前の頭を砕いちゃうぞ? それとも得意の悪巧みで何とかするつもりか?」
粘りっこく纏わりつくような、そんな重い声が有紀寧の耳に届く。
説得は無意味――祐介はどんな言葉を掛けられようも、決して止まりはしないだろう。
「――ぁ、うぁ……」
有紀寧は迫り来る恐怖から逃れる為に手足をバタバタと動かして、必死に地面を這った。
顔が地面と擦れ合い、口の中に苦い土の味が広がってゆく。
――時間など与えず即座に祐介を殺していればこんな事態にはならなかった。
有紀寧の心は、強い後悔と途方も無い恐怖で覆い尽くされていた。
「いいザマだな。その調子で芋虫みたいに這って、僕を楽しませてくれよ」
背後から何か声が掛けられたが、もう聞こえはしなかった。
死んだらどうなってしまうのだろうか。死後の世界?……馬鹿らしい、そんなものある訳が無い。
全ての人間は命を失えば等しく、蛋白質の塊となってしまうだけだ。
死は人間にとって完全な終幕――身内を失った経験のある有紀寧は誰よりもそれを理解しており、だからこそ死を異常に恐れていた。
(嫌……嫌だ……私はまだ……死にたくないっ……!)
有紀寧が涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、不恰好な匍匐前進を続ける。
程なくして、そんな彼女の脇腹を強烈な衝撃が襲った。
呻き声を上げる暇すらなく、有紀寧はその衝撃に吹き飛ばされて仰向けに倒れた。
空を仰ぐ有紀寧の視界に足を振り上げた祐介の姿が映り、それで自分は蹴り飛ばされたのだという事が分かった。

785狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:50:08 ID:nzSvzy/k0
「がはっ……げふっ……」
「僕なんて『如き』で表現出来るような小者なんだろ? 早く宮沢有紀寧様の大者な所を見せてくれよ。
 沢山の人をゴミみたいに扱ってきたお前ならそれくらい簡単だろ?」
痛み苦しんで、もがく有紀寧の腹を無造作に蹴り上げる。
「あぁ、うあああっ!」
有紀寧の口から次々と漏れる苦悶の声は、祐介にとって何よりの快楽だった。
腹を蹴るのを止めると見せかけて、次は左腕を思い切り踏みつける。
「ひぐぅっ!」
祐介の足に肉を踏み潰す嫌な感触が伝わり、有紀寧が奇声を上げた。
祐介は最後に有紀寧の髪を乱暴に掴むと、大きく拳を振り上げた。
相手の意図に気付いた有紀寧が、必死の形相で許しを請う。
「や、やめ――」
「駄目だね。お前も初音ちゃんの苦しみを味わってみろよ」
全力で振るわれた拳が有紀寧の頬に突き刺さり、歯を数本叩き折っていた。
本来身体を吹き飛ばしていた筈だった衝撃は全て頭皮に吸収され、大量の髪が有紀寧の頭から千切れ落ちた。
「…………っっ!!」
口の中に血が溢れているので、悲鳴を上げて苦痛を紛らせる事すら叶わない。
血反吐を吐きながら苦しそうに咳き込む有紀寧を見て、祐介は満足げに哂った。
「さて……本当なら月島さんがやったみたいに陵辱してから殺したいけど……。僕はまだまだやる事があるからね。そろそろ死んで貰おうか」
有紀寧を痛めつけるのは、祐介にとって人生最大の愉悦だったが、まだまだ殺すべき敵は残っている。
何しろ自分は参加者を全て殺し、主催者も殺し、世界も壊さなければならないのだ。
祐介はその第一歩を踏み出すべく、地面に落ちていたコルトバイソンを拾い上げて、有紀寧の額に押し付けた。
「た……助けて……」
息も絶え絶えといった様子で、有紀寧が助命を懇願してくる。祐介はそれを、一笑に付した。
「あの優しい初音ちゃんに対して、お前は何をやった? 僕がお前を許す訳が無いだろう」
余りにも見苦しい命乞いに、祐介はほとほと呆れ果てていた。
この世界でこれ以上有紀寧が生命活動を続けるなど、到底許容出来ぬ。
祐介がコルトバイソンの撃鉄を上げた後、大きな銃声が夜の氷川村に反響した。

786狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:51:06 ID:nzSvzy/k0
――銃声は祐介がコルトバイソンの引き金を絞る寸前に聞こえてきた。
それから一瞬遅れて、祐介は身体の数箇所に跳ねるような痛みを感じた。
コルトバイソンを取り落とし、地面にがくりと膝をつきながら横を見ると、金色の髪をなびかせた美しい白人女性が立っていた。
その女性の手にはコルトバイソンの数倍はあるであろう、大きな銃が握られていた。
あの銃から吐き出された銃弾が、自分の身体に、恐らくはもう助からない程の損傷を与えたのだ。
女性――リサ・ヴィクセンの手元にあるM4カービンが再び祐介に向けられる。
祐介はその銃口から逃れようとはせずに、自身に残された力を全て精神の集中に費やした。
腹の中で熱の感触が膨れ上がってゆく――気にしている暇など無い。
痛みにのたうち回るのも、初音の死体を弔うのも、死ぬのも、目の前の敵と有紀寧を屠った後で良い。
今は自分が持ちうる最強のカードを使用する事に全てを注ぎ込むんだ――!
「壊れろ……壊れろ……壊れてしまええええええっ!!」
一瞬で形勢された毒電波の塊を、リサに向かって乱暴に放出する。
回避も目視も不可能な電波の雪崩は一瞬でリサの身体を制圧するかのように思えたが、そうはいかなかった。
「く……あ……!?」
リサの身体を大きな脱力感が襲ったが――それ以上は何も起こらなかった。
「そ、そんな……こんな筈は……!」
再び電波の力を集めようとしたが、その前にリサの手元から強烈な閃光と轟音が放たれる。
祐介の胸から腹にかけて、複数の大きな風穴が開き、そこから血が噴き上げた。
上半身をくの字に折り曲げながら、祐介は思った。
時間が足りなかった――制限された環境下においては、一瞬で集めれる程度の電波くらいで敵の自由を奪えはしなかった。
朦朧とする意識の中で、しかし冷静に失敗の原因を分析した祐介は、再び電波のエネルギーを収集する。
もう身体の感覚は無いし、自分が呼吸をしているかさえ分からなかったが、問題無い。
最後の電波を生成する為に必要な、脳の機能さえ保てていれば十分だ。

787狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:52:38 ID:nzSvzy/k0
イメージするのは世界の崩壊、身を任せるのは熱くねっとりとした殺戮の衝動。
罅割れる大地、猛り狂う空、灼熱地獄のような炎の中、逃げ惑う愚民共の姿。
妄想の世界の中では神である自分が描いた爆弾によって、民衆が次々と溶けてゆく。
彼らの悲鳴と懇願を無視しながら、自分は最後の爆弾を放つのだ。
――祐介がそこまで想像した時には、十分過ぎる程膨大な電波が集まっていた。
「ア……ア……アアアァァァァッ!」
今度こそ膨大な量の電波に飲み込まれ、リサの身体は完全に制御を失っていた。
もう祐介の筋肉はその機能を果たさなくなっているので、相手を停止させるだけでは意味が無い。
残された手段はたった一つ、リサの身体を操って有紀寧を殺した後に自害させるのだ。
だがそこまで考えた時、祐介は突然喉に異物が侵入してゆく感触を覚えた。
(…………ッ!?)
奇跡的にまだ機能を維持していた祐介の瞳に、包丁を構えた有紀寧の姿が映った。
その顔にはいつものような余裕の笑みは無く、戦慄に引き攣っていたが――ともかく自分は、負けたのだと分かった。
恨みを籠めた言葉の一つでも浴びせたかったが、切り裂かれた喉からはひゅうひゅうと、耳障りな音が発されるだけだった。
(初音……ちゃん……)
横を見ると、初音の見開かれた目が自分の方を向いている気がした。
(初音ちゃん、初音ちゃん、初音ちゃん……!ごめんよ……僕は……)
もう電波を生成する時間も余力も、自分には残されていない。
祐介が最後にイメージした世界は、自分と初音の、二人だけの世界。
その世界の初音は穏やかな、信じられないくらい穏やかな表情をしていた。
――僕は結局、最後まで何も出来なかった。ごめんね、初音ちゃん……。
――ううん、良いよ……気にしないで。
――でもっ……!
――あんな世界なんて、もうどうでも良いじゃない。それよりこっちの世界で、楽しくやろうよ。
――……そうだね。僕もあんな世界、どうなったって構いはしないよ。
――うん。それじゃ、行こっか?
差し出された初音の小さな手を取って――そこで、もう一度銃声が響き、彼の世界は終わった。

788狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:54:16 ID:nzSvzy/k0
    *     *     *

「…………」
「…………」
宮沢有紀寧とリサ・ヴィクセンは無言のままに、祐介と初音の死体を眺め下ろしていた。
何処にそんな力が残っていたのか、祐介は地を這うように移動して、しっかりと初音の手を握り締めたまま息絶えていた。
そう、息絶えている筈だ。リサが放った銃弾は確かに祐介の後頭部を破壊し、疑いようも無く殺害せしめた筈なのだ。
それでも次の瞬間にはまた狂気の力を放ってくるような気がして、二人共何も言えなかった。
地面に横たわる少年の、何も映さぬ漆黒の瞳。それが何よりも恐ろしかった。


【時間:2日目19:45】
【場所:I−7】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:精神的に疲労、肉体的には軽度の疲労、マーダー、目標は優勝して願いを叶える。一路教会へ】

宮沢有紀寧
【所持品①:参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】
【所持品②:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】
【状態:肉体精神共に疲労、前腕軽傷(治療済み)、腹にダメージ、歯を数本欠損、左上腕部骨折】

789狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:55:10 ID:nzSvzy/k0
長瀬祐介
【所持品1:コルトバイソン(1/6)、100円ライター、折りたたみ傘、金属バット・ベネリM3(0/7)・支給品一式×2、包丁】
【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手】
【状態:死亡】

柏木初音
【所持品:鋸、支給品一式】
【状態:死亡】

→764
→773

790名無しさん:2007/03/26(月) 20:15:52 ID:nzSvzy/k0
>>780
以下のように訂正お願いします、お手数をおかけして申し訳ございません
>月明かりに照らされた冷たい地面の上。そこに形成された円状の、紅い水溜り。
      ↓
空を覆う雲の間より漏れる月明かりに照らされた、冷たい地面の上。そこに形成された円状の、紅い水溜り。

791世界で一番綺麗な場所へ:2007/03/28(水) 15:19:09 ID:oXLpm9G.0

思うさま叩きつけた拳にこびり付いた血と鼻汁を、次の一人の腹に正拳を捻じ込むことで拭き取る。

「―――二百と、十八」

淡々とした声。
身体をくの字に曲げた眼鏡の少女、砧夕霧の無防備な首筋に肘を落としながら、松原葵はカウントを一つ増やす。
腕を折ろうと膝を砕こうと蠢き続ける夕霧に対して、葵が見出した最も簡易な対処法は、頚骨を砕くことであった。
延髄を破壊してしまえば、さしもの夕霧も生命活動を止める。
頭蓋を砕くよりも、頸を折る方が早かった。

葵が歩を進める。
身を沈め、右の脚を鞭のようにしならせて繰り出す。
相手の足を刈るような水面蹴り。
重心を強引にずらされ、夕霧が綺麗に横転する。
倒れた夕霧を、何の感情も浮かべない瞳で見下ろして、葵は足を踏み出した。
震脚。何気ない動作に全体重を乗せたその踏み込みに、夕霧の喉がひとたまりもなく弾けた。
けく、と空気の抜ける音を残して、夕霧が息絶える。

「二百十九」

呼吸すら乱さず、葵が次の夕霧を殺すために視線を動かした。
その先には、にたにたと笑みを浮かべた夕霧がいる。
空虚な笑みを、その命ごと破壊するために、葵が拳を振るった。

792世界で一番綺麗な場所へ:2007/03/28(水) 15:19:42 ID:oXLpm9G.0

瑠璃子と呼ばれた女の足取りを追うのは、容易かった。
葵の行く先には、常にどこからともなく砧夕霧が現れていた。
それが瑠璃子の差し金であることは疑いようがなかった。
何となれば、葵の前に姿を見せた夕霧は、一様に同じ表情を浮かべていたのである。
どろりと濁った瞳に、張り付いたような中身のない笑み。
見紛いようもない、瑠璃子と呼ばれていた女の浮かべていたものと寸分違わぬ表情だった。

まるで葵を誘うように、夕霧は現れた。
そのすべてを殺し、砕き、壊しながら、葵は歩き続けていた。
拳に死を纏う、それは道行きであった。



松原葵は死ぬべきだと、葵は思っている。
悪に敗れた拳に、存在意義などありはしなかった。
暴力に屈した強さなど、辱められ、絶望の中で死ぬべきだと、そう思う。

瑠璃子と呼ばれた女は、葵を辱め、そして去った。
ならば、あとは絶望の中で死ぬことだけが、葵に残された道だった。
それが、松原葵の奉じる強さの末路であるべきだった。

だが、葵は生きている。
殺されず、生き恥を晒している。
ならば自らの手で死のうと思い、そして果たせなかった。
恐怖ゆえにではない。未練ゆえにでは、断じてない。

ただ、足りなかった。
己を埋め尽くし、塗り潰すだけの絶望が。
見上げた空には一片の希望もなかったが、絶望もありはしなかった。
虚ろな灰色の空が、ひどく近く思えて、手を伸ばした。
何一つ、掴めなかった。

死ねなかった。
絶望もなく、悲嘆もなく、身を切るような悔恨もなく、こんなに虚ろなままでは死ねないと、
死んではいけないと、思った、
もっと、もっともっと、絶叫と涙に塗れて、あらゆる後悔に苛まれながら、死ぬべきだと思った。

だから、瑠璃子と同じ表情の少女たちが現れたとき、葵は微笑みすらしたものだ。
これが慈悲かと、目にはうっすらと感謝の涙を浮かべながら、最初の一人を殺した。
道は、続いていた。絶望という救済へ続く道を、瑠璃子は残しておいてくれたのだ。
終末は、完成された死だった。
己が命を弄びながら、松原葵は夕霧を殺していった。

793世界で一番綺麗な場所へ:2007/03/28(水) 15:20:01 ID:oXLpm9G.0

眼前が、開けていた。
鎌石小中学校。傍らのプレートには、そう刻まれていた。
門をくぐれば、そこは校舎に囲まれた中庭のようだった。
中央には噴水が配され、休み時間ともなれば学徒たちの憩いの場となるのだろう。
だが、今そこに立っているのは前途洋々たる子供たちではなかった。
虚ろな笑みを浮かべたまま、中庭を埋め尽くしていたのは、砧夕霧の大軍勢である。
それを見やって、嬉しそうに笑うと、松原葵はそっと呟いた。

「―――殺してもらいに、来ました」

瞬間、すべての砧夕霧が、葵に目掛けて殺到していた。
葵もまた、応えるように、拳を固めて走り出した。

殺意なき殺戮が、始まった。

794世界で一番綺麗な場所へ:2007/03/28(水) 15:20:14 ID:oXLpm9G.0


 【時間:2日目午前10時30分過ぎ】
 【場所:D−6 鎌石小中学校・校門】

松原葵
 【持ち物:支給品一式】
 【状態:空虚】

砧夕霧
 【残り27328(到達0)】
 【状態:電波】

→628 ルートD-2

795困惑:2007/03/29(木) 14:35:41 ID:LhiNRSkE0
広瀬真希が示してみせた見覚えのあるロザリオを、みちるがじっと凝視する。
「……それは美凪がつけてたペンダント?」
「ええ……そうよ」
沈痛な表情で、真希が答える。少し遅れて、一人、また一人と顔を歪めていき、場が静まり返った。
岡崎朋也とみちるだけが場に流れる空気の意味を理解出来ず、きょろきょろと辺りを見回している。
古河秋生は苦々しげに大きく舌打ちをした後、真希と北川潤に向かって手招きをした。
「おめえらは敵じゃなさそうだな。となりゃいつまでもここで話してる事も無いだろ……中に入んな」
「オッサン?」
続けて何かを言い掛ける朋也。それを遮って、秋生が小さく耳打ちをする。
「――覚悟はしとけ。多分、悪い話を聞かされる事になる」
「え……?」
呆然と立ち尽くす朋也にはもう構わずに、秋生は家の中へと踵を返して歩き出した。

居間に戻るとある者は床に、ある者は椅子に腰掛け、緊張を解いてゆく。
そんな中で唯一朋也だけは、構えこそ解いているものの、銃は握り締めたままだった。
その姿がちらっと目に入り、北川はごくりと唾を飲み込んだが、すぐに口を開いた。
「――じゃあ説明するぞ。なんで俺達がみちるちゃんを知ってたか……。そして、みちるちゃんを探していた理由を」
北川は話し始めた。まずは広瀬真希と――遠野美凪の出会い。この時点で既に、みちるの外見的特長は聞いていた。
そして、藤林杏を襲っていた柊勝平との一戦。
完全に狂気に取り込まれていた勝平の様子と最期を語ると、朋也が思い切り床を殴りつけた。
「畜生! なんでアイツ、こんなクソッタレゲームに乗っちまったんだ!」
その剣幕の凄まじさに、全員黙り込んでしまう。だが程なくして朋也は我に返り、「……すまん、続けてくれ」と言った。
続けて語られるは相沢祐一達との別れ、ホテルで知った前回大会についての事項と、その後に起こった悲劇。
このみが殺された理由は未だ分からないままだが、とにかく首輪に爆破機能が付いてる事は証明されてしまった。

796困惑:2007/03/29(木) 14:37:19 ID:LhiNRSkE0
それから――
「あの、何してるんですか?」
「うーん、ちょっとな」
古河渚の問い掛けに生返事をしながら、北川が紙に鉛筆を走らせてゆく。
渚達がその紙を覗き込むと、そこには驚くべき内容が書かれていた。
『俺達は二日目の夜明けと共に平瀬村工場に行って、そこで知ったんだ――盗聴されている事を』
「え――」
大きく声を上げそうになった渚の口を、済んでの所で秋生が塞ぐ。
北川はぐっと親指を立てた後、紙に続きを書き始めたが、その動きが途中で止まった。
『工場を出た後、俺達は柏木千鶴と柏木耕一にいきなり襲われて、それで……』
北川はみちるの方を見て、奥歯を強く噛み締める。
「…………?」
不思議そうな瞳でみちるが視線を返したその時、彼らの耳に三回目となる放送が届いた。




――重苦しい空気が流れ、静寂が部屋の中を包み込む。放送が終わった後、誰もが俯いてしまっていた。
それ程に今回の放送は各自に大きな精神的ダメージを与えていた。

797困惑:2007/03/29(木) 14:37:59 ID:LhiNRSkE0
「何だよこれ……。アイツラみんな、死んじまったってのか……?」
朋也の知人、相良美佐枝、藤林椋、一ノ瀬ことみ、芳野祐介、幸村俊夫。彼女達はもうこの世にいない。
美佐枝は面倒見の良い人間だったから、きっとこのゲームの中でも誰かの世話を焼いていただろう。
椋は大人しい女の子だったが、根はしっかりしている。自分から人を傷つけようなどと、する訳が無い。
ことみは……頭が良過ぎて行動は予測出来ない。しかし彼女なら、常人の想像など及ばぬような方法で脱出を企てていた筈だ。
芳野祐介や幸村俊夫だって、殺人者になった末に死んだとはとても思えない。
ならば答えは一つ、彼女達は何も悪い事はしていないのに、理不尽な暴力で命を奪われてしまったのだ。
(クソ……クソクソクソッ! ふざけんなよ……!)
大きな喪失感と彰に抱いた以上の憎しみで、朋也の理性は弾け飛ぶ寸前だった。
再び復讐鬼としての道を歩む為に、今すぐ家を飛び出したい衝動に駆られたが、そこで声が掛けられる。
「朋也君、落ち着いてください……。きっと死んじゃった皆は復讐なんて望んでいません」
「けどっ……!?」
朋也が反論しようとした矢先、彼の胸を柔らくて暖かい衝撃が襲った。
渚が上半身を少し倒して、朋也の胸に顔を埋めていた。
「渚……?」
「――私さっき怖かったんです」
渚の声は、何時に無く震えていた。
「朋也君が人を殺しに行ったって、死んじゃうかも知れないって聞いて、凄く怖かったです」
「…………」
渚の顔は下を向いていたが、どんな表情をしているかは想像に難くない――朋也の服に染み込んだ暖かい液体が、彼女の心境を教えてくれた。
「お母さんはもう死んでしまいました。お願いですから朋也君まで……居なくならないで下さい」
「……ごめん」
朋也はそれだけ言うと両腕を伸ばし、渚の肩を抱きしめた。
(そうだ……これ以上俺が暴走する訳にはいかない。復讐心は殺人者と出会うその時までとっとけば良い。
 今はこいつを……渚を守る事だけを考えるんだ……)
とてもか細いその身体の感触が、胸に伝わる体温が、朋也の心に落ち着きを取り戻させていった。

798困惑:2007/03/29(木) 14:38:56 ID:LhiNRSkE0
   *     *     *

今回の放送では、北川の知人も多く名前を呼ばれてしまった。
ホテルや平瀬村で出会った仲間達からも沢山の犠牲者が出ていたが、それ以上に重い存在の死で北川の心は一杯になっていた。
「相沢……お前逝っちまったんだな……」
あの祐一が殺された。それは北川にとって、にわかには信じ難い事実だった。
祐一の土壇場での行動力は自分などとは比べ物にならない。仲間も、別れた時点では沢山居た筈だ。
だが放送で名前を呼ばれてしまった以上、祐一の死を疑う余地は存在しない。
目の前で掛け替えのない仲間を失った経験のある北川は、取り乱したりはしなかった。ただ――
(もうアイツとつるんで、馬鹿やれた時間は戻ってこないんだな……)
完全に喪失した日常を思うと、胸の奥がずきんと痛んだ。
「川名先輩や藤田も死んじゃったね……」
真希が横から話し掛けてくる。彼女は涙こそ流していたかったものの、とても悲しそうな顔をしていた。
「これが夢だったら良かったのにな……」
「そうね。潤と出会えなくなるのは嫌だけど、あたしもそう思うよ……」
この島で芽生えた絆だって確かにある。北川が真希や美凪と築いた絆は、親友の祐一とのそれにも匹敵する。
それでも人が余りにも沢山死に過ぎて、失う物が多過ぎて、二人はこの悪夢が醒める事を願わずにはいられなかった。

   *     *     *

799困惑:2007/03/29(木) 14:40:00 ID:LhiNRSkE0
「ちっ……もう謝る事すら、出来なくなっちまったな……」
抱き合う朋也達を横目で見ながら、秋生が一人小さな声で呟く。
霧島聖は死んだ。霧島佳乃を守れなかった侘びを入れるのは、もう永久に不可能となった。
秋生はやり切れない気持ちになったが、すぐに感傷に浸っている場合では無いと思い直す。
過ぎ去った事に思いを馳せても人は生き返らない以上、ここで心を痛めていても何も変わらない。
今は最年長の自分が、悲しみに支配されたこの場を纏めなくてはならないのだ。
「……落ち込んでるトコ悪いが、ちょっと聞いてくれるか」
秋生の声に、一同の視線が集中する。
「皆色々思う所はあるだろうけど、頭を悩ませるのは生きて帰ってからにしてくれ。非情なようだが、今俺達が考えるべきはこれからの事だけだ」
それは揉めるのも覚悟の上で行った、冷たい言い草の発言だ。
しかし秋生の予想に反して、誰も突っかかってこようとはしなかった。
生き残った者に課せられた義務は何か、この島で生き延びるには何が必要か、もう誰もが分かっているのだ。
北川がまた紙に文字を書いて、それから真希の手を引いて立ち上がった。
「まずは食事にしよう。腹を膨らませた方が良いアイデアも浮かぶってもんさ」
そう言い残して北川と真希は台所に消えていった。すぐに秋生達は残された紙に目を通す。
『いきなり悪いな……。でも俺達は、みちるちゃんにハンバーグを作ってやってくれと、美凪から頼まれてるんだ。
 伝えたい情報は大体鞄の中に入ってる紙に書いてあるから、それを見ながら待っててくれ』
北川の鞄を漁ると、長々と情報が書き綴られた紙が入っていた(教会での情報交換の際に使用したものである)。
それによると、首輪を解除し得る技術と装備を併せ持った――姫百合珊瑚とその仲間が平瀬村周辺の何処かにいる。
そして宮沢有紀寧こそがロワちゃんねるに偽の書き込みをした犯人であり、最も警戒すべき敵の一人だという事実だった。
(宮沢……お前まで殺し合いに乗っちまったのか……)
自分の知る有紀寧とは大きく逸脱した行動に、朋也は強い怒りを悲しみを覚えていた。
もう憎悪に身を任せはしないが、沸き上がる感情だけは自制しようも無い。
大きく深呼吸をして気を落ち着けた後、思考を纏めようとして――みちるの様子がおかしい事に気付いた。

800困惑:2007/03/29(木) 14:41:31 ID:LhiNRSkE0
「みちる……?」
みちると美凪がとても親密な関係であったのは聞いている。
だから朋也は、みちるが泣き崩れているものだとばかり思っていた。
年端もいかぬ少女が大切な存在を失ったら、悲しみを抑えきれないだろうと、そう考えていた。
しかし朋也が視線を動かした時、みちるは泣いてなどいなかった。
「そんな……筈無い……だってみちるは美凪の夢なんだから…………」
みちるは焦点の定まらぬ目をしたまま、ぶつくさと理解出来ぬ事を呟いている。
「おいみちる、どうしたんだよ?」
「……美凪が死んだら……みちるも消えちゃうに決まってるのに……」
朋也が話し掛けても、みちるはこちらを見ようともしない。まるで二人の間に、透明な壁があるかのようであった。
どう対応すれば良いか検討もつかなくなり、朋也の思考は混乱の一途を辿っていった。

【時間:二日目・18:30】
【場所:B-3民家】
古河秋生
 【所持品:S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:情報を整理中、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:情報を整理中、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
 【状態:呆然、混乱】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:混乱。マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】

801困惑:2007/03/29(木) 14:42:22 ID:LhiNRSkE0
北川潤
 【持ち物①:SPASショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:スコップ、防弾性割 烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:真希を手伝う。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)×2】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:ハンバーグ作成中。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】

※北川達は珊瑚が教会にいる事までは知りません
→634
→747
→767

802後悔:2007/03/30(金) 21:31:50 ID:ZLJdWx7c0
緒方英二、そして篠塚弥生――それぞれの想いを吐露し、二人は対峙する。
数少ない元の世界からの知り合いなのに、二人が協力する事はもう未来永劫あり得ない。
少しでも何かが違っていたら、こうはならなかっただろう。
森川由綺が死にさえしなければ、弥生は殺戮の道へと身を投じなかった。
英二が街道沿いのルートを選ばなければ、このような窮地に追い込まれはしなかった。
だが運命の歯車は確かに噛み合ってしまい、二人に決着を強要する。
空を覆い尽くす暗雲は、彼等の行く末を暗示しているかのようであった。
守る為に、殺す為に、十メートル程の間合いを取って、互いの身体に銃口を向ける。
今の状況は両者にとって最大の好機であると共に、絶体絶命の危機でもある。
このまま攻撃するだけでは確実に撃ち殺されるし、回避を優先すれば機会を逸してしまうだろう。
ならばどうするか――決まっている。二つ纏めて行えば良いのだ。
「さあ――ラストダンスといこうか?」
「ええ、お相手させて頂きます」
瞬間、二人は動いた。
英二は銃を放つと同時に横へ飛び退こうとし、弥生もまた同じ行動に出る。
少し遅れて英二の肩が、弥生の左腕が、夥しい鮮血と共に大きく抉られた。
「うぐぁっ!」
「え……英二さんっ!」
後ろから観鈴の悲鳴が聞こえてくる。
跳ねるような激痛に悶絶しそうになりながらも、英二の目は戦意を失っていない。
大地を蹴り上げて、強引に体勢を整える。
英二は左方向にいる弥生へと、視線を向け――視界の隅で、自身の左肩から白いモノが見え隠れした。
しかしそんなものに気を取られている時間は、一秒たりとも存在しない。
怪我の痛みも不安も思考から排除し、今は弥生を倒す事だけに全ての意識を集中させる。

803後悔:2007/03/30(金) 21:33:16 ID:ZLJdWx7c0
それでも武器に秘められた威力の差か――先のダメージから立ち直り第二激を放つのは、弥生の方が早かった。
弥生の構えたFN Five-SeveNが轟音と共に火花を噴く。
(観鈴君を無事に帰すまで……僕は死ねないんだっ!)
英二は横に転がり込む事で、襲い掛かる一撃から身を躱そうとする。
背中に思い切り殴られたような衝撃が伝わったが、何とか直撃だけは避けられた。
出来の悪いアクション映画のように地面を転がりながら、ベレッタM92の引き金を立て続けに引く。
両者の距離はかなり近いが、素人では派手に動きながら的を射抜くのは困難――だからこそ、『数撃てば当たる』という作戦を実行した。
放たれた弾丸は四発。その内の三つはあらぬ方向へ飛んでいったが、一発は弥生の左足大腿部を貫いた。
「がっ……!!」
脳が焼け付くような激痛を感じ取り、弥生は小さな呻き声を上げた。
自身の闘志とは無関係に身体が揺れ、膝が地面についてしまう。
腕から、足から、雪崩の如く血を流しながら、それでも弥生は顔を上げて再び戦おうとする。
ただ一つの目的の為に――森川由綺を生き返らせる為に、立ち上がろうとする。
そんな弥生の姿を哀しげな瞳で見据えた後、英二はすっと身体を起こした。
肩を伸ばし、腕を持ち上げて、ベレッタM92のトリガーを引き絞る。

804後悔:2007/03/30(金) 21:34:56 ID:ZLJdWx7c0
――そして、弥生の腹部を中心に、花火のような形で大量の血が舞った。
(ここまで……ですか……)
弥生の視界が、白色の薄霧で覆われてゆく。
意識がどんどんと、希薄になっていく。
まるで走馬灯のように――否、事実走馬燈なのであろうが、次々と視界の中に見知った顔が浮かんでゆく。
あのお節介な医者、霧島聖。もし『あの世』で会う機会があれば、謝りたい。
別れ際の、呆然とした顔をしている藤井冬弥。意志は弱いけれど、優しい青年だった。
見捨てた自分が言えた義理では無いが、彼には生き続けて欲しいと思う。
死が目前に迫ってようやく、これまで押し隠していた素直な感情が溢れ出していた。
しかしその次に浮かんだ顔が、弥生に最後の活力を与える事となる。
この島では結局会う事の出来なかった、森川由綺。彼女の顔が浮かんだ瞬間、弥生の決意が蘇った。
ここで自分が死ねば、由綺は生き返らない。それだけは自身の誇りに賭けても、絶対に避けねばならない。
自分の身体が限界であろうとも、知った事ではない。
英二の道こそが正しく、自分の選択が間違いであろうとも、関係無い。
絶対に勝つ。殺して殺し続け生き延びて、由綺を取り戻してみせるのだ。
その為にはまずこの薄れていく意識をどうにかして、現実に押し留めなければならない。
「く……ああああっ!」
「――!?」
これまで冷静を保っていた英二の顔が、驚愕に大きく歪む。
弥生はボロボロになった左腕に残された筋肉を総動員して、自身のもう用を足さなくなった左足にベアクローを突き刺したのだ。
絶叫を上げたくなる激痛に襲われるが、その痛みこそが弥生の意識を現実世界へと引き戻した。
右腕に持ったFN Five-SeveNの銃口をすっと上げて、英二の胸をポイントする。
弥生の光を半分失った、しかし強い意志だけはまだ内に込めた瞳が、英二の目を睨み付けた。
これだけは――この一撃だけは、絶対に外さない。
「しまっ……!」
英二が咄嗟に身を低くしようとするが、それよりも早く破壊を齎す銃声が響き渡った。

805後悔:2007/03/30(金) 21:37:38 ID:ZLJdWx7c0
「英二……さん……?」
観鈴の瞳は、決着の一部始終を逃さず捉えていた。
「観鈴……君……少年…………芽衣ちゃん……すまない…………」
小さな呟きの後、英二の口から膨大な血の塊が吐き出される。
胸から鮮血を吹き出しながら、英二の身体がゆっくりと前方へと傾いてゆく。
そのままドサリと地面に倒れる様は、まるで国崎往人が殺されたシーンを再生しているかのようであった。
英二の身体を中心に、街道の土が赤い死の色へと染まっていった。

   *     *     *

……勝った。
酷い手傷を負い、もう立ち上がる事さえ満足に出来そうも無いが、とにかく勝った。
「つっ……くぅ……」
身体の至る所から、弥生の意識を奪い去らんとする激痛が伝わってくる。
大量の出血により意識が混濁し、視界が壊れかけのテレビのように点滅する。
だが気絶する訳にはいかない。まだまだ自分の戦いは、これで終わりでは無いのだ。
まずは英二にトドメを刺して(生きていればだが)、観鈴を殺し、武器を奪い取る。
それから車の後部座席に置いてある治療道具を使って、怪我の応急処置をする。
今の自分の傷で助かるかどうかは正直疑問だが、何としても生き延びてみせる。
生き延びさえすれば、まだ車という移動手段が残されている以上、優勝の芽はある。
目標を成し遂げられる可能性は、潰えてはいないのだ。
弥生は必死に由綺の顔を思い浮かべて、執念で意識を押し留めた。

806後悔:2007/03/30(金) 21:39:09 ID:ZLJdWx7c0
がくがくと震える右手に力を入れて、FN Five-SeveNをしっかりと握り締める。
獲物の――観鈴の姿を探そうとして、そしては狩られる立場にあるのは自分の方である事を悟った。
「ゆるさ……ない……」
これが先程までのおどおどとした少女と同一人物なのだろうか?
観鈴の、憎しみを込めた声と殺意の宿った視線が、弥生に鋭く突き刺さる。
その手に握られたワルサーP5の小さな銃口は、確実に弥生へと向けられていた。
「許さないっ! どうしてみんな、私から大切な人を奪っちゃうの!」
ドンッという爆発音と共に、弥生の胸に赤い点が刻まれる。
服に開いた穴から血を噴き上げ、FN Five-SeveNを取り落とし、弥生はうつ伏せにゆっくりと倒れた。

冷たい土の肌触りを感じながら正面を見ると、倒れている英二と目が合った。
弥生は血に塗れた口元を歪め、皮肉な笑みを浮かべた。
「緒方さん……殺し合いなんて……下らないものでしたね……」
「はは……。全く、だな」
英二が笑みを作って、震える声を搾り出し返答する。
少し間を置いて、弥生が寂しげな声音で呟いた。
「私は……間違っていた……のでしょうか……?」
「僕には……何が正しいか、なんて……分からない…………けど、自分の信じた道を貫いたのなら…………それは誇れる……事だろ……?」
英二の目は既に視力の大半を失っていたけれど、弥生がまた微かに笑ったのを認識する事は出来た。
「そう、ですか……」
英二が、弥生が、静かに目を閉じる。
――それきり二人の身体は、もうぴくりとも動かなくなった。
後はただ薄暗い街道の真ん中に、二つの死体が横たわるだけだった。

807後悔:2007/03/30(金) 21:40:02 ID:ZLJdWx7c0
少しばかりの静寂の後、観鈴がぺたんと地面に両膝をつく。
往人のように、或いは相沢祐一のように、血溜まりの中倒れ付す英二――また自分を庇おうとして、大切な人が死んでしまった。
同時に、嫌でも視界に入る血塗れの女性――自分が、明確な殺意を持って殺してしまったのだ。
「あ……ぅぁぁ……」
再び絶望の淵に叩き落された観鈴は、ただぶるぶると震えていた。
自分がもっと早く戦っていれば、祐一は、往人は、英二は死なずに済んだかも知れない。
或いはここで大人しく殺されておけば、少なくとも人を殺害してしまう事だけは避けられた。
だがどれだけ後悔しようとも誰も生き返らないし、人を殺してしまったという事実も消えはしないのだ。
「うあああああああっ……!!」
観鈴は両手で顔を覆い、子供のように首を振り回しながら泣きじゃくった。
静まり返った村の中に、少女の泣き声がいつまでも響き渡っていた。

808後悔:2007/03/30(金) 21:40:43 ID:ZLJdWx7c0
【時間:2日目19:00】
【場所:I-6】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(1/8)、フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】
【状態:混乱、号泣。綾香に対して非常に憎しみを抱いている、脇腹を撃たれ重症(治療済み、少し回復)】
緒方英二
【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(0/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】
【状態:死亡】
篠塚弥生
【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数7/20)】
【状態:死亡】

【備考1】
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量40%程度、車は弥生達の近くに停車

→760

809落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:31:52 ID:tB1LGHsk0
放送が終わるとあたりには何事もなかったかのように、ただ波の音だけがしていた。
浜辺に座り込む坂上智代、里村茜、柚木詩子の三少女はそれぞれがあらぬ方向を向いたまま呆然とする。
彼女達の仲間の川名みさき、幸村俊夫、相良美佐枝、藤田浩之の名前があったからである。

半日ほど前まで共に行動し、姉御的な存在だった美佐枝の死は詩子に大きな衝撃を与えた。
(美佐枝さんもで死んじゃったんだ。もう会えないなんて、こんな悲しいことをあたしは知らなかったよ)
「……ううっ、うぐっ」
すすり泣く声の方を向くと智代が泣いていた。
彼女にとっても美佐枝は大事な知り合いということは聞いている。
悲しみに暮れる中、柏木千鶴の死は唯一の吉報といえるものだった。
七瀬留美と話し合い、可能なら説得すると合意したが恐らく無理だろうとは思っていた。
あの超人的な俊敏さと弩力を二度も目の当たりにしただけに、思い出すだけでも体が震える。
まともに戦っても勝ち目はなさそうだった。
(もしかしたら美佐枝さん達が命と引き換えにやっつけてくれたのかもしれない)
前向きに考えるべく、智代に声をかけようとしたところ──
「くそぉっ!」
目の前を手斧がクルクルと回転しながら飛んで行き、林の中の一本の木に刺さった。
「軽挙に走ってはなりません!」
茜が珍しく声を荒げた。
「わかってる。わかってるが──」
「斧を取って来るんです! 今襲われたらどうするんですか? 銃を持ってるのは詩子だけなんですよ」
「智代のやるせない気持ちを理解してあげなよ。茜だって司が居なくなったからわかるでしょ?」
「今……なんて言いました?」
目を丸くし口をポカンと開けたまま茜は次の言葉を待つ。
「あれ、司って誰だっけ? あたし何言ってんだろ。うーん……」
思わず口にした茜の想い人──城島司のことを思いだそうとする詩子。
しかし頭の中の引き出しが引っ掛かっているような感じに加え、思い出そうとすると頭痛がする。
「思い出してくれたんですね? ねえ、あの人のこと思い出してくれたんですね?」
「……ごめん、なんだか頭痛くなってねえ。あたし混乱して別の人と間違えたのかな」

810落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:33:26 ID:tB1LGHsk0
「女の子が倒れてる。こっちに来てくれ」
突然林の中から声がかかり、茜と詩子は身内話を中断し智代の許へと走る。
「なあっ、死んでる」
駆けつけてみると、眼鏡をかけ目を見開いたまま事切れている少女が仰向けに倒れていた。
その少女、保科智子が九時間前この地で少年と死闘を演じたことなど智代達は知る由もない。

詩子は智子が手にしているバズーカ砲に注目した。
「こんな大層な武器、扱えるのだろうか。……取説取説っと」
同じことを智代も考えていたようで、さっそく取扱説明書を見始める。
「弾は一つだけ。あとは拳銃弾らしいものがいっぱいありますよ。ざっと五十以上」
「この砲弾やけに軽いよ。茜も持ってみて」
「……残念ながら爆発能力はないようだ。中に入ってるのは網らしい。用途は捕縛だそうだ」
「網だって。だっさ」
失笑が漏れ、重火器を手に入れた快哉は糠喜びと終わった。

「他に誰か犠牲者がいないか調べてみましょう」
茜の提案を受け付近を捜索していると、智代の悲痛な声が聞こえた。
「この人が智代の言ってた先生なわけ?」
「そうだ、幸村先生だ。先生の性格からしてゲームに乗るとは到底考えられない」
「あの女の子と行動を共にしていたのでしょうか?」
「たぶんな。手違いで同士討ちしたとも考えられぬ。何者かに襲われて命を落としたのだろう」
「じゃあ、船で死んでた女の人との関わりは?」
智代も茜も答えられず黙りこんでしまった。

その後捜索範囲を広げてみたものの、犠牲者は見つからなかった。
時間も遅く、迫り来る夕闇が彼女達の活動を消極的にさせる。
三人は幸村を智子の隣に寝かせ冥福を祈った。
「先生、見知らぬあなた。今はしてあげられるのはこれが精一杯です。許してください」
智代は遠ざかりながらも、後ろ髪を引かれるように何度も振り返るのであった。

811落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:35:35 ID:tB1LGHsk0
幸村達の下を去って間もなく、詩子は百メートルほど先の浜辺で倒れている人物を発見した。
無念の思いのままこの世を去ったのであろうか。
倒れていたのは老人で顔を顰め、死してなお険しい顔つきをしていた。
「まあ、幸村先生と同じくお年寄りの方ですね。お気の毒に」
謎の老人の死に、茜はたいそう心を痛める。
「ナイフで一突きか。くそっ、弱者と見て銃を使うのをもったいぶったのだろう。外道め、許さん!」
「ねえねえ、このじいさんの荷物、手付かずだよ」
「なんだって!」
それぞれ悲しみと怒りに浸っていた茜と智代の目がギラリと光る。
デイパックの口からは細長い物が突き出ていた。

あたかも餓死寸前の人間が食べ物にありついたような、妙な雰囲気が満ちていた。
詩子が手をつけたのをきっかけにデイパックの奪い合いが始まる。
「私が出します! 早く銃を、銃、銃、銃ーっ!」
「うろたえるな! 私が開ける! 二人とも手を離せ! 落ち着くんだあっ!」
「あたしが見つけたんだから待ちなさいって。もう、茜も智代も下品なんだからっ」
「きゃあっ! 酷いです。突き飛ばさなくてもいいのにっ」
「痛っ……かわいい顔して本性は凶暴なんだね。七瀬さんみたい」
茜も詩子も殺気立ち、懐の得物に手をかけつつも、かろうじて理性で押さえる。

結局力の差で智代が奪い取ってしまった。
「正義は勝つのだ。リーダーたる智代さんのいうことを素直に聞くがよい」
「智代の場合は性の技の方のくせにっ」
「フフ、さあてどんな銃が入ってるかしらん♪」
取り出してみると銃にしては銃巴の部分がない。
「……ねえ、なんか傘みたい。タグに何か書いてある」
「……『マイナスイオン効果付き』って書いてあります」
本体を包んでいる緑色のカバーを外すと、詩子が言った通りピンク色をした傘が出てきた。
「おのれ、ふざけやがって。くそ兎め!」
智代は激怒し傘を投げ捨てようとした。

812落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:37:30 ID:tB1LGHsk0
「待ってください。その傘、私にください」
茜に呼び止められ智代は投げかけた腕を止める。
「この傘なんか変だぞ。やけに重い」
ただの傘にしては異様に重く、まるで鉄棒を持っているような感じがした。

詩子は取扱説明書を読み聞かせる。
「えーと……防弾性仕込傘。日傘雨傘兼用。遣い手によっては性格が変わる妖刀。注意、だって」
「なに、仕込傘?」
智代は柄の部分をかすかに捻り、二つに引いてみる。
すると残照を浴び、茜色に染まる直刀の抜き身がその姿を現した。

「わあ……素敵です。私にください」
「はあ、刀か。まあ、いいや。……しかし遣えるのか?」
見た目にも非力な茜が刀を遣えるとは思えない。
「持っているだけでも気付けになります。もしもの時には智代に渡しますから」
「そうか。それでは私はナイフをもらっておこう。手裏剣代わりになりそうだ」
智代は老人の胸からナイフを抜くと血を拭った。
「あたしの鉈、研いでくれたんだね。ありがとう」
「刃こぼれまでは直せなかったが、幾分ましにはなってるからな」
「智代、ありがとうございます。今度何か見つけたらその時はあげますから」
「ああ、期待してるぞ」
茜は傘に頬ずりしながら嬉しそうに顔をほころばせる。
先ほどの険悪な雰囲気は消え、三人の仲は元に戻っていた。

「そろそろ行こうよ。日が暮れちゃう」
詩子は立ち上がるとスカートの砂を払い二人を促した。
一時はグループ解消かと気を揉んだが杞憂に終わりホッとした。
(やだ、雨降るのかな。茜は雨女だからね〜)
海の方を見ると彼女達の前途を暗示するかのように、西の方から雨雲が近づいていた。

813落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:39:41 ID:tB1LGHsk0
【時間:二日目・18:30頃】
【場所:C−2の砂浜】

坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【持ち物3:スペツナイズナイフの刃、食料1食分(幸村)】
【状態:健康】

里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱】
【持ち物3:防弾性仕込傘、食料三人分(由真・花梨・篁)】
【状態:健康】

柚木詩子
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:健康】

【目的:鎌石村へ】

(関連:026、512、750 B-13)

814落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:56:43 ID:tB1LGHsk0
補足
防弾性仕込傘の耐弾力は北川と真希が着用している割烹着と同じ程度。


※名称を防弾仕込傘に変更してください。

815太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:28:42 ID:E1x9FCpI0

「―――これで最後、と」

その手に残る炎を振るい消しながら、浩之が周囲を見回す。
柳川もまた、最後の夕霧を相手にしているところだった。
鷲掴みにされた夕霧の頭が握り潰されるのを目にして軽い嘔吐感を覚えるが、眉間を押さえて堪える。
相手は人間ではない。同じ顔をした人間が何百人もいるはずがない。
それ以上は深く考えずに、浩之は柳川の大きな背に軽く拳を当てる。

「お疲れさん。ここいらの連中はあらかた片付いたな」

振り返れば、廊下には至るところに焼け焦げと血飛沫がこびり付いていた。
倒れ伏す夕霧の群れをなるべく視界に入れないようにしながら、浩之は凄惨な光景の中に立ち尽くす男に声をかけた。

「あんたにもお疲れ、だ」
「……」

ぐったりとした白皙の美少年を背負ったその男、高槻はどろりと濁った瞳で浩之を見やると、無言で頷いた。
その陰気な様子に少し鼻白みながら、浩之は言葉を続ける。

「何発か危ないのが行っちまってすまねーな。けど、本当にヤバいのはこっから先だ。
 そいつのこと、気合入れて守ってやれよ」

言いながら顎で指し示したのは、校舎全体でいえば北東の隅にあたる曲がり角だった。
南北に延びる校舎を夕霧を撃破しながら縦断し、辿り着いたのがこの場所である。
ここまでの道程はほぼ無傷。しかしこの先はそうはいかないだろう、と浩之は思案する。
振り返った廊下の薄暗さと、曲がり角の向こうから漏れてくる明るさの差に眉を顰める浩之。

「窓、か……。厄介だな」

知らず、口に出してしまう。
ここまで突破してきた校舎の南北部分は、廊下の両側に教室が配されていた。
それぞれの教室には勿論、窓が存在していたが、扉と壁に隔てられた廊下には直接の光はほとんど届かなかった。
なればこそ、各教室からの採光を中継する個体を遠距離から潰していくことで夕霧群の攻撃能力を激減させ、
柳川の頑強さを頼りに突破することも可能だったのだ。
しかしこの先、東西に伸びる校舎は勝手が違った。
校舎の北側、曲がった先の向かって右側には、これまでのような教室が存在しなかった。
そこには採光性に優れた広い窓硝子が、延々と連なっていたのである。
余計なことをしやがる、と口の中で呟く浩之。
学生の健全な精神の育成には必要かもしれないが、今現在の浩之たちにとっては有害以外の何物でもなかった。

816太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:29:14 ID:E1x9FCpI0
「ダイジョウブ……オレ、タカユキ、マモル」

浩之の思案顔を見て、柳川が無骨な黒い手をそっと伸ばしてくる。
遠慮がちなその仕草に、浩之のしかめ面が苦笑に変わった。
ハイタッチをするようにその手をはたいて、ことさらに明るい声を上げる。

「そうだな、俺と柳川さんなら大丈夫だよな!」

己を奮い立たせるような声。
ぱん、と頬を挟むように叩く。

「うっし、気合入った。……すまねーな、心配させちまったみたいで。
 グダグダ考えてても仕方ねえ、どの道、時間が経てば経つほどヤバくなるんだしな」

言って、視線を窓へと向ける。
硝子の向こう側にはいまだ曇天が広がっていたが、しかし所々では雲に切れ間が見え隠れしていた。
天候は回復しつつある。
敵が太陽光線をその攻撃の要因としているならば、直射日光によってその威力が跳ね上がることは想像に難くない。
何としても、その前に包囲を突破する必要があった。

「オッケ、それじゃ基本はさっきまでと同じ、フォワードとバックアップだ。
 完全に制圧する必要はねえ、一気に駆け抜ける。―――あんたも、いいかい?」
「……ああ」

高槻が首を縦に振るのを見て、浩之が一つ頷き返す。

「じゃ、いくぜ……一、二の、三!」

声と同時。角に張り付いていた柳川が、咆哮と共に躍りだした。
その背に隠れるように、浩之も続く。
手近な夕霧を撃ち落としつつ弾幕を展開しようとした浩之の表情は、しかし次の瞬間、凍りついていた。

817太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:29:43 ID:E1x9FCpI0
「何だ……この、数……!?」

浩之たちを迎えていたのは、無数の視線と、濁った笑顔だった。
床に這いずっていた。
天井に張り付いていた。
壁に身を預けていた。
立っていた。跪いていた。あるいは倒れてさえいた。
互いに互いを押し退けんばかりに、砧夕霧がひしめき合っていた。
奇妙な笑みを貼り付けたその顔が、一斉に浩之たちを見つめていた。
刹那、光条が炸裂した。

「やば……っ!」

あまりの光景に一瞬、我を忘れていた。
先手を取るどころか、いまや迎撃すら遅きに失していた。
廊下を薙ぎ払わんばかりの光に思わず目を瞑ろうとする浩之。
しかしそれよりも僅かに早く、その視界を黒い影が遮っていた。

「柳川、さん……!」

オォ、と。
応えるような咆哮が、浩之の耳朶を打った。
浩之を抱えるように庇ったその背に、光線が幾つも直撃していた。
目映い光芒の一閃が文字通りの光速で飛び去り、廊下にほんのひと時の静寂が戻る。

「グ、ォォ……」

明るさの反動か、突如として暗がりに踏み込んだような錯覚を覚える浩之の眼前で、
柳川の巨躯がガクリと膝を落とした。
真紅の瞳も苦しげに歪められていたが、浩之を認めると必死に優しげな笑みの色を浮かべようとする。
思わず声を詰まらせた浩之に、柳川の低い声が語りかけていた。

「タカ……ユキ、ダイジョウ、ブ……カ……?」
「―――ッ!」

言葉にならなかった。
眦に込み上げる熱いものを心中で燃え盛る炎と変え、浩之は拳を打ち出していた。
これまでとは比較にならない、巨大な火の鳥が柳川の背後へと飛んでいく。
着弾。轟、と風が吹き抜けた。並んだ窓硝子が、片端から割れ砕けた。
次の瞬間、爆炎が噴き上がった。

818太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:30:20 ID:E1x9FCpI0
「ォォォオオオッッ―――!」

最前列の夕霧が一瞬にして消し炭と化すのを見届けることもなく、浩之が次弾を叩き込む。
大気を呑み込みながら、炎の鳥が羽ばたいていく。
割れた窓から気圧差で吹き込む暴風が、炎の尾を渦巻かせる。
胴を穿たれた夕霧が、頭と足を残して吹き飛んだ。
翼の先が掠めたものは、熱で溶けた化繊の制服を水脹れに包まれた肌に張りつかせ、悶えて死んだ。
暴虐の炎を逃れたものも、熱風を吸い込んで肺を焼け爛れさせ、もがいている。
びくびくと手足を痙攣させていたものたちは、三羽め、四羽めの炎の鳥によって灰塵に帰した。

「ハァ……ッ、ハァ、ッ……!」

乱れた呼吸を整えようともせず拳を突き出したままでいた浩之が、視界の範囲に動くものがなくなったのを見届けて、
ゆっくりと膝をついた。
見れば、スチールの扉は軒並み高熱によって歪み、開閉を拒んでいた。
床からは陽炎が立ち昇っている。
吹き込んだ涼風が、赤熱した壁や床にあてられて、たちまちの内に熱を帯びていった。
灼熱の地獄の中で、浩之が膝をついたまま、柳川を見上げる。
その装甲の如き黒い皮膚が、光線の直撃を受けた背の部分だけごっそりと欠け落ち、その下の肉を垣間見せている。
湯気を上げながら再生しようとするその傷に、浩之はそっと手を伸ばす。

「痛いか……?」
「ダイ、ジョウブ……オレ、ツヨイ……」
「そっか……。あんま、心配させないでくれよ……」

安心したように脱力して、壁に肩を預ける浩之。
聖衣に護られた身体は、陽炎を立ち昇らせるコンクリートの熱をものともしない。

「今の内に抜けちまいてえが……しばらくは動けない、か」

柳川の傷を痛ましげに見ながら浩之が言う。
だがその眼前で、柳川の黒い巨体が動いた。
どうやら震える膝を押さえながら、立ち上がろうとしているようだった。

「お、おい、無理すんなって!」
「オレ……モウ、ヘイキ……」
「歯ぁ食い縛りながら言う台詞じゃねえって!」

慌てたような浩之の言葉も、柳川は頑として聞き入れようとしない。

「イマノ、ウチ……イク……」
「……ああくそ、わかったよ! けど、頼むから無理しないでくれよ!?」
「ワカッテル……タカユキ、ヤサシイ……」
「その傷が治るまでは俺が前に出る、面倒だけど出た端から一つづつ潰していくぞ。
 ……あんたも、いちいち振り回して悪いがついてきてくれよ」

819太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:30:42 ID:E1x9FCpI0
いつの間にか無言で立っていた高槻に言葉を残すと、浩之もまた立ち上がる。
傷を庇う柳川を先導するように、油断なく周囲を見回しながら歩き始める浩之。
だが、その遅々とした歩みが、東西に伸びる校舎の半ばまで進んだ頃。

「さっきのであらかたは潰したはず、だったんだがな……」

苦々しげに、浩之が呟く。
前方に、新たな夕霧が姿を見せていた。
ぞろりと揃ったその数は、先程に勝るとも劣らない。
目指す階段の向こうから、尽きることを知らぬように涌いて出ていた。

「―――西校舎との、渡り廊下か……!」

失念していた。
それぞれL字型をした東西の校舎は、北側で渡り廊下によって結ばれていると、自身で口にしたことだった。
そして西校舎は、完全に夕霧によって占拠されているとも。

「くそっ、とにかく進むしかねえってのに……! 鳳翼、天翔ッ!」

火の鳥を展開しながら、浩之が毒づく。
こうなれば、とにかく間断なく攻撃して戦線を押し上げていくしかない。
敵の予備戦力は、絶望的という一点において無限と等しかった。
柳川の傷が回復するまで、あと何分か、何十分か。
その間、自分の弾幕で状況を維持できるのか。
様々な自問を振り払って、浩之は両の拳に力を込める。

「鳳凰星座は逆境に真価を発揮する……そうだろ、俺の聖衣……!」

纏った白い鎧が、どくんと脈動したように、浩之は感じた。
それを返答と受け取って、次なる炎を撃ち出そうとした浩之の、その後ろから、飛び出す影があった。

「な……柳川さん、無茶だっ……!」

820太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:30:58 ID:E1x9FCpI0
薄皮が張ったばかりの背中が、浩之の視界を埋める。
黒い巨躯が、狼の遠吠えの如き咆哮を上げながら猛烈な突進を開始した。
炎の弾幕に遮られていた光芒が幾条も柳川に突き刺さる。
その都度、小さく鮮血を撒き散らしながら、柳川は止まらない。
広げた両腕が、廊下の端から端までを覆う。
そのままの勢いで、夕霧の群れと接触した。
べぎ、と何か硬いものが圧搾機に放り込まれたような音が連続する。
最前列に立つ夕霧の何人かが、柳川の巨体を受け止めかねて文字通りの挽肉になる音だった。

「やな、がわさん……!」

朗々と、狭い廊下に咆哮が響き渡った。
鬼の突進が、数十人の砧夕霧を撥ね飛ばし、ひき潰し、ついには押し返していく。
その間も、同胞の遺骸を貫いて無数の光線が柳川の身体を灼いていた。
対する浩之はしかし、廊下一杯に広げられた腕とその巨躯に射線を塞がれ、見守ることしかできない。

「柳川さん、もういい、無茶するなっ!」

浩之の悲痛な叫びも空しく、柳川の黒い肉体はじりじりと夕霧の群れを圧していく。
そしてついに階段の向こう側まで辿り着いた柳川は、一際高く吼えると、その広げた両腕を身体の前で
強引に閉じていく。圧潰した夕霧の肉片が、血と混ざって飛び散った。
両の手指を組んだ柳川の拳が、天井をかすめて振り上げられた。
瞬間、凄まじい音が轟いた。

「な……!?」

爆風の如き衝撃に、思わず身を庇う浩之。
翳した腕の陰から見たのは、驚くべき光景だった。
塵芥の収まったそこに、続いていたはずの渡り廊下は、存在しなかった。
ひび割れた床は階段へと続く角のすぐ先で断絶していた。
壁も、天井も、壮絶な衝撃を物語る断裂を残して、途切れていた。

「まさか……渡り廊下ごと崩した、ってのか……」

途切れた廊下の手前側に倒れ伏す黒い巨躯が、それを成し遂げたのだと思い至って、浩之は我に返る。
一も二もなく駆け出した。

821太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:31:36 ID:E1x9FCpI0
「柳川さん……!」

断絶した西校舎から散発的に飛ぶ光線を、弾幕を展開して沈黙させる。
途方もない重量の身体をどうにか引きずって、階段の踊り場へと退避させる浩之。
いつの間に逃げ込んだものか、高槻は彰を背負ったまま、既に踊り場に佇んでいた。
それをいぶかしむ余裕もあればこそ、浩之は柳川の巨大な頭部を抱え込んで、必死に声をかける。

「柳川さん、しっかりしろ! おい! 目を開けてくれ!」

叫びが届いたか、柳川の瞼が片方だけうっすらと開き、真紅の瞳に浩之の姿を映した。
何事かを言おうとして口を開き、果たせずに荒い吐息だけが漏れる。

「いい、喋るな……!」

首を振る浩之。
だがそのとき、抱きかかえた柳川の重みが、ふと掻き消えたように感じられた。
愕然とする浩之の眼前で、柳川の黒い巨躯が、その姿を変えていく。
瞬く間に、柳川は人の姿に戻っていた。血に塗れた痩身が、床に倒れている。

「どう、して……」
「……心配、するな……、浩之……」

呆然と呟いた浩之の耳に、苦しげな吐息交じりの声が聞こえた。
それが人の姿に戻った柳川のものだと気づくまで、一瞬の間を要した。

「や、柳川、さん……」
「そんな……顔を、するな……」

言って、口の端を上げようとする柳川。
だがすぐに身を丸め、咳き込んでしまう。
吐き出した痰に、血が混じっていた。

「……鬼を、保つ力が……残っていない、だけだ……」

しばらく息を整えてから、柳川が静かに言った。

「時間さえ経てば……傷は、癒える……こう見えても、我が一族は、しぶとくてな……」
「そっか……はは、柳川さんがタフだってのは……俺も、よく知ってる……」

苦しげに顔をゆがめながら言う柳川に、浩之は無理に笑ってみせる。
叫び出したい内心を必死に堪えて、言葉を紡いだ。

「だから……今はゆっくり休んでくれ、な……?」
「……い、や」

822太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:32:00 ID:E1x9FCpI0
ぐ、と身体に力を込めようとして、柳川が崩れ落ちた。
慌てて抱きかかえる浩之。

「おい! 何やってんだよ、あんた!」
「浩之は……俺が、守ると、言ったろう……」
「な……!」
「あと、一息だ……ここさえ、抜ければ……」
「バ……、」

堪えきれなかった。
内心の嵐が形を成すように、言葉が溢れた。

「バカ野郎! そんな身体で何言ってんだよ! いくら柳川さんだって本当に死んじまうぞ!」
「ひろ、ゆき……」

浩之は、抱きかかえている柳川の身体に目をやる。
傷の治りかけていた背中は、無理な運動に薄皮が破れ、血を流している。
そして身体の前面は重傷を通り越して、見たままを言うならば、生きているのが不思議なくらいだった。
胸から腹にかけて至るところが焼け爛れ、水脹れが破れて血とリンパ液の混じった膿がじくじくと溢れている。
端正な顔には、片目を縦断する大きな傷が走っている。腕や足にも、無数の火傷があった。

「それ、でも……俺は……、お前を……」
「まだわかんねえのかッ!」

叫ぶ。
心の底からの悲痛な声に、柳川が言葉を止めた。

「今度は……、今度は俺が、あんたを守る番なんだよ……!
 そんくらいわかってくれよ、なあ……」
「浩之……」

それでも何事かを言い募ろうとした柳川だったが、口を閉ざすと、そっと微笑んだ。

「……ならば、頼む」
「ああ。……ああ、まかせとけ」

そのまま、柳川の身体から力が抜けた。
動転しかけた浩之が、すぐに聞こえてきた規則正しい呼吸に安堵する。
どうやら気を失ったようだった。

823太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:32:30 ID:E1x9FCpI0
「……まかせとけ」

もう一度呟いて、柳川の身体を両腕でそっとかき抱き、立ち上がる。
階段の下の様子を窺うが、夕霧の気配はない。
どうやら職員玄関を抜けることはできそうだった。
しかし、問題はその先だった。
職員玄関から裏門までの、十数メートル。
ほんの僅かな距離が、今は果てしなく遠く感じられた。
そこには、先ほど柳川が廊下ごと落とした夕霧の群れが、確実に存在する。
そしてまた、断絶した西校舎の二階からも、裏門を抜けようとする自分たちは格好の的だった。
渡り廊下の崩落で、中庭の大群にも気づかれたと考えるのが妥当だった。
それだけでも状況は最悪に近いというのに、それを正真正銘の最悪へと叩き落すとどめの一撃が、
浩之の腕の中にあった。
前衛となるべき柳川は、いまや完全に無力だった。
更に悪いことには、浩之の鳳翼天翔は、両腕が自由にならなければ放てない。
防御と攻撃、両方の手段が失われていた。

周囲は敵に完全包囲され、集中砲火を浴びることが確実な状況で、盾も矛もなく、十数メートルを
駆け抜けなければならない。
そう考えて、浩之は思わず苦笑を漏らす。

「鳳凰星座は逆境に真価を発揮する、ってか……マジで、頼むぜ」

頼りは聖衣の防御力だけだった。
炎を操る鳳凰星座、熱に強いのが唯一の救いと言えた。
呟いてから、浩之は傍らに目を移す。
まるで存在していないかのように、無言で立ちつくす男の姿があった。

「とんだことになっちまったな。お互い怪我人抱いて走ることになりそうだ」
「……俺のことは、気にしなくていい」

陰気な声が、踊り場に染み込むように響いた。

「そう言ってくれると助かる。
 景気のいいことを言っといてすまねーが、どうもあんたたちまで庇いきれそうにはねえ」
「構わない。……俺たちは、大丈夫だ」

無口を貫いてきた男の、その奇妙に迷いのない断言に違和感を覚えたが、浩之はひとまず疑問を胸にしまい込む。
実際、彼はここまでの道のりもいつの間にか潜り抜けてきていた。
それが強運によるものなのか、何らかの能力によるものなのかは定かでなかったが、
今はそれを考えている場合ではなかった。
大丈夫だというのなら、それでいい。

「なら……行くぜ」
「……」

無言で見返してくる視線に一つ頷いて、浩之が階段へと踏み出す。
高槻もまた、後に続いた。
中庭から狙撃される可能性のある踊り場の窓を、身を伏せてやりすごす。
折り返しの階段を、一気に駆け下りた。
一階は奇妙に静まり返っていた。これ幸いと、階段脇の職員玄関を飛び出す。
扉を蹴り開けた先、正面に位置する中庭をちらりと見やる浩之。
噴水が、花壇が、ベンチが、植えられた桜の樹が、砧夕霧で埋め尽くされていた。
まるで隙間を作ることが罪悪であるかのように、ぎっしりと詰め込まれた、それは歪んだオブジェのようだった。
虚ろな笑みを浮かべる人型のタイルを貼り付けた、悪夢のオブジェ。
正視すれば叫び出してしまいそうで、浩之はそれを視界から外す。
その内のいくつかが、きらきらと輝く眼鏡と額を、こちらに向けていた。
胸にしっかりと抱きかかえた柳川の重みを感じながら、浩之は中庭に背を向ける。

824太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:32:50 ID:E1x9FCpI0
一歩目を踏み出した瞬間、背中に異様な感触が走っていた。
ひどく熱いような、それでいてどこか冷たいような、息の詰まる感覚。
それが激痛だとようやく理解して、浩之は噛み締めた歯の隙間から声を漏らした。

「が……ぁ……!」

足は止めない。
振り返ることもしない。
ただ耐えて、長い十数メートルの、次の一歩を踏み出した。
第ニ波が、直撃する。

「―――ぁぁ……ッ!」

背中に当てられた五寸釘を、力ずくで捻じ込まれるような感覚。
身を捩りかけて、堪えた。
どうにか前傾姿勢を維持するその背に、更なる衝撃が走った。
後方からではない。上からか、と思う。
西校舎二階、そして三階。
渡り廊下が失われ、ぽっかりと校舎に開いた穴から、射線が開いていた。
足を、踏み出す。三歩、四歩、五歩。

「ぐ……おぉ……!」

幾度めかの直撃に、意識を持っていかれそうになる。
白一色に染まりかけた視界を、小さく首を振って引き戻す。
胸の中の、柳川の体温が、浩之の意識を押し止めていた。

一歩、また一歩と、校門が近づいてくる。
その先は、細い林道に続いていた。
遮蔽物の多い林に逃げ込むことができれば、やりすごせる可能性は格段に高くなる。
だが、それはどこか、手を伸ばしても届かない蜃気楼の如く儚い目標のように、思えた。

825太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:33:23 ID:E1x9FCpI0
(遠すぎる、だろ……)

駆け出してから、ほんの数秒のはずだった。
思い出せないほど遠い昔のように、感じられた。
駆け抜けるまで、ほんの数歩のはずだった。
決して叶わぬ夢物語のように、思えた。

一歩を踏み出す。
それすらも、惰性のようだった。
次の一歩を踏み出す。
背中からの衝撃に、押し出されただけのようだった。

意識が、遠のいていく。

(ここ……までか……)

その瞬間。
浩之は、自身の背に新しい熱を感じていた。
衝撃はなかった。
光線による暴力的な灼熱ではなく、どこか心を和ませるような、柔らかな温もり。

「―――」

それが、陽光だと。
雲間からついに顔を覗かせた日輪の、遮るもののない原初の温もりだと理解した刹那。
浩之は、真の絶望を覚えていた。

826太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:33:44 ID:E1x9FCpI0
耐えられるわけがなかった。
分厚い雲に遮られた光ですら、あの衝撃なのだ。
死への恐怖よりも、苦痛への忌避が、浩之の心を侵していた。

足が、止まった。
柳川を抱いたまま、その場にくずおれる。
抱きしめたその身体が、ぼやけた視界に映る。
ごめんと呟いた、その唇が震えた。
訪れる死を、待っていた。

「―――?」

ひどく長く感じられるその時間が、実際に相当な間を置いているのだと、浩之は気づいた。
高鳴る心臓が数度、数十度の鼓動を刻んでも、死の閃光は見舞われなかった。
そっと、後ろを振り向く。

それは、実に奇妙な光景だった。
中庭を埋め尽くしていた砧夕霧の、そのすべての笑みが、ただ一つの方へと向けられていた。
自分を狙っていたはずの至近の夕霧、更には校舎の上にいる夕霧たちまでもが、一点を見つめている。
静かに風が吹き抜ける、その視線の先には、校門があった。
そこに、誰かが立っているように、浩之には見えた。
小さなその人影を見定めようと目を凝らす浩之の傍らに、音もなく近づく影があった。

「……!」

高槻だった。
どこをどう逃げたものか、或いは今まで物陰にでも隠れていたものか、その身体には傷ひとつない。
背負った彰にも、変わった様子はなかった。

「……」

無言で見下ろすその視線に、浩之は我に返る。
何が起こっているにせよ、今が千載一遇の好機だった。
立ち上がり、走り出す。
あれほど遠く思えた裏門は、ほんのすぐそこだった。あっさりとそれを乗り越える。
追撃すら、なかった。
振り返れば、夕霧たちはやはりただ一点を見つめたまま、動かない。
校門の人影はどこか見覚えのあるシルエットのような気がしたが、それもすぐに見えなくなった。
林道に入ったのだった。
頭の片隅に残る疑問符を振り払って、浩之は足に力を込める。

(そうだ、今は―――)

一刻も早く、ここを離脱する。
それだけを考えるべきだった。

827太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:34:06 ID:E1x9FCpI0

【時間:2日目午前10時30分過ぎ】
【場所:D−6 鎌石小中学校北・林道】

藤田浩之
 【所持品:鳳凰星座の聖衣・柳川】
 【状態:鳳凰星座の青銅聖闘士・重傷】

柳川祐也
 【所持品:俺の大切なタカユキ】
 【状態:鬼(最後はどうか、幸せな記憶を)・重態・気絶中】

高槻
 【所持品:支給品一式】
 【状態:彰の騎士?】

七瀬彰
 【所持品:アイスピック】
 【状態:気絶・右腕化膿・発熱】

砧夕霧
 【残り27117(到達0)】
 【状態:電波】

→762 777 ルートD-2

828名無しさん:2007/03/31(土) 17:36:28 ID:tB1LGHsk0
>まとめサイト様
「落穂拾い(後編)」に重大な欠陥がありましたので、
>>811-813を削除してください。

あと、以下のように訂正してください。
【時間:二日目・18:30頃】
【場所:C−2の砂浜】

坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(幸村)、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【状態:健康】

里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱】
【持ち物3:食料二人分(由真・花梨)】
【状態:健康】

柚木詩子
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:健康】

【目的:鎌石村へ】

(関連:521、750 B-13)

829闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:37:55 ID:aFhIBKOM0
空は不気味な漆黒の色で覆い尽くされていた。
この島で殺し合いが行われているのが疑わしくなるくらい、辺りは静まり返っている。
そんな中、春原陽平とその仲間達は脇目も振らず、平瀬村を目指していた。
駆ける足を緩める事は無く、生い茂る木々が視界の隅を通り過ぎてゆく。
首輪を外せば全てが終わる訳では無い。主催者にどう対抗するか・脱出の為の移動手段など、他にも問題はある。
しかしとにかく首輪さえ何とかすれば、もう殺し合いを続ける意味など無くなる。
首輪を解除出来るという確かな証さえ示せば、あの来栖川綾香のような凶悪な者以外は、協力してくれる筈だ。
確実なる死という絶対的な強制力さえ排除してしまえば、いくらでも手の打ちようはあるのだ。
――走った。一刻も早く、首に取り付けられた枷から解放される為に。
――走った。一刻も早く、この哀しい殺戮劇に幕を下ろす為に。
やがて長い森を抜け、大きく開けた視界に平瀬村の風景が飛び込んできた。
まだ中心部には達していないので、民家は言い訳程度に点在してあるだけだった。
だが簡単な工具を探すだけならそれで十分。少し探し回ればすぐに見つけることが出来る筈だ。
陽平は周囲の様子を見渡した後、隣にいるるーこへと視線を移す。
「やっと着いた……ね。どうする?」
「時間が惜しい。二手に分かれて探すぞ」
決断は一瞬。戦力を分散すれば、襲撃を受けた際に不利になるのは否めない。
だが四人纏まって動いた場合に比べ、捜索時間を半分近くにまで縮めれるだろう。
ここで費やす時間が長くなればなる程、自分達も教会にいる仲間達も、危険に晒される可能性が高くなるのだ。
すぐに全員が頷き、陽平とるーこは左に見える民家へ、観月マナと藤林杏は右に見える民家へ走り出した。

830闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:38:47 ID:aFhIBKOM0


杏とマナはすぐに一件の家屋に辿り着き、慎重な足取りで玄関から侵入する。
杏はRemington M870を握り締める自身の手が、汗でじっとりと湿っているのに気付いた。
グリップを握る指が滑っては堪らないので、何度も制服のスカートで拭いた。
先程陽平が見せた、悲壮感さえ覚える程の真剣な顔が思い出される。
このゲームにおいては、お調子者の陽平ですら別人のように変貌してしまう。
それは何時殺されてしまってもおかしくない戦場では、寧ろ当然の変化なのだ。
(落ち着きなさい、あたし。焦ってもどうにもならないんだから……!)
高まる心臓の動悸を抑えるよう、自分に言い聞かせる。
先を行くマナの後に続いて大きな居間に侵入し、そこに置かれているタンスを一段一段調べてゆく。
素早い動作で全ての段を調べ終わったが、工具らしき物は見当たらなかった。
「駄目……無いわ。マナ、そっちはどう?」
「こっちも外れよ。次の部屋に行こっか?」
部屋の隅々まで探した訳では無いが、あまり細かく探していては無駄に時間を食う。
それに一般的な家庭ならば、わざわざ分かり辛い場所に工具を隠したりはしないだろう。
杏達は早々に居間での捜索を諦め、次の部屋へと移動を開始した。

831闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:39:39 ID:aFhIBKOM0


(むふふ、潜入成功っとね)
杏とマナが必死の捜索を続ける民家へ、限りなく無音に近い動作で侵入する少女の名は朝霧麻亜子。
四人を同時に相手すれば、今の装備では勝算が薄い。奇襲で一人は倒せるにしろ、残る三人に倒されてしまうだろう。
麻亜子がそう考えていた矢先に、何と敵は自分達の方から分散してくれた。
麻亜子は陽平達が二手に分かれたのを見て取り、攻撃の対象を杏達へと絞ったのだ。
――銃火器を強く追い求めていた彼女だったが、今回ばかりはボウガンの利点に感謝せざるを得ない。
たとえ家の中であろうと銃を撃ってしまえば、轟音は周囲一帯に響いてしまうだろう。
しかしボウガンならば、家の外まで音が漏れるはしない。上手く奇襲を繰り返せば、一人で敵を全滅させられる。
そして、ここまで生き延びてきた者を四人も倒せば、綾香に対抗出来るだけの装備が得られる筈だ。
(人数の差が戦力の決定的差では無い事を、教えてあげようではないか)
薄暗い闇の中に溶け込み、自身を修羅と断じた少女が足を踏み出す――
  
 *     *     *    *

832闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:41:28 ID:aFhIBKOM0
修羅を追う者――復讐鬼来栖川綾香は民家に程近い茂みで、選択を強いられていた。
尾行の最中、レーダーに映っている四つの光点が突然足を止めたのだ。
不審に思い少し距離を詰めると、陽平の一団が二手に分かれ民家に駆ける姿が見えた。
それを好機と取ったか、怨敵である朝霧麻亜子も遂に積極的な行動に出た。
麻亜子が追っていたのは、陽平やるーことは別の参加者達だった。
ここで綾香の頭の中に、ある一つの考えが浮かび上がった。
折角麻亜子が敵の片割れを襲撃しにいったのだ、この隙に陽平への報復を済ませるべきではないか?
好き勝手に罵詈雑言を浴びてきた陽平は、麻亜子程では無いにしろ憎憎しい存在だ。
徒党を組んでいるあの男を殺す好機は、今を置いて他には無いだろう。
勿論それは余分な欲望であり、最優先目標を果たす為には必要の無い行動である。
マシンガンやミサイルを使用すれば、麻亜子は綾香が居る事に気付いてしまうに違いない。
そうなってしまえば、たとえレーダーがあるとは言え、次も同じように尾行出来るかとうか分からないのだ。
二兎を追う者、一兎も得ずという言葉もあるが――偽善者を叩き潰すのは、愉悦の極みだろう。
博打に出るか、確実に麻亜子への復讐を遂行するか。
運命の賽が、綾香の手に握られていた。


【時間:2日目・20:00】
【場所:g-2右上】

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:マナ達がいる方の民家に侵入、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

833闇に潜む修羅:2007/04/01(日) 00:42:35 ID:aFhIBKOM0
来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】
【状態:右腕と肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】
【目的:外で思考中、麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状態:陽平と同じ民家の中で工具捜索中、綾香・主催者に対する殺意、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:るーこと同じ民家の中で工具捜索中、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

観月マナ
 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】
 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】
 【状態:杏と同じ民家の中で工具捜索中、足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】

藤林杏
 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【状態:マナと同じ民家の中で工具捜索中、平瀬村で工具を探す、最終目的は主催者の打倒】

ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】

→772

834『狂気の果てに』『闇に潜む修羅』作者:2007/04/01(日) 12:32:59 ID:2sozLSkk0
誤字を数箇所発見したので修正お願いします。
お手数をお掛けして申し訳ありません。

>>784
>祐介は鞄の中から金属バットを取り出すと、有紀寧の身体を操って転等させ――そして敢えて、電波の力を少し緩めた。
      ↓
祐介は鞄の中から金属バットを取り出すと、有紀寧の身体を操って転倒させ――そして敢えて、電波の力を少し緩めた。

>>785
>「僕なんて『如き』で表現出来るような小者なんだろ? 早く宮沢有紀寧様の大者な所を見せてくれよ。
    ↓
「僕なんて『如き』で表現出来るような小物なんだろ? 早く宮沢有紀寧様の大物な所を見せてくれよ。

>>831
>しかしボウガンならば、家の外まで音が漏れるはしない。上手く奇襲を繰り返せば、一人で敵を全滅させられる。
     ↓
しかしボウガンならば、家の外まで音が漏れはしない。上手く奇襲を繰り返せば、一人で敵を全滅させられる。

835侵食汚染:2007/04/01(日) 17:01:48 ID:kgDwZYaE0
どうしてこんなことになったのだろう。
その瞬間、岡崎朋也は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
真っ白に染まった世界の中で、嘲笑うような声が聞こえる。

『そりゃお前、お前が底抜けのバカだからだよ』

憎らしげな、それでいてどこか馴れ馴れしい、奇妙にベタついた声だった。
声は、軽蔑した様子を隠すこともなく続けた。

『実際、お前ほどのバカは見たことがねえ』

言って、深々とため息をつく声。
心底からの侮蔑と失望に満ちた声音だった。
不思議と誰の声なのかは気にならなかった。
一度も聞いたことがないような、生まれたときから知っているような声。

『テメエでテメエの命綱を切ってまわりゃあ、こうなるのは目に見えてたってのによ』

命綱。助かるための、希望。心当たりがなかった。
必死に思い出そうとしても、記憶は空回りするばかりだった。

『ああ、いい、いい。無理だよ、お前にはわからねえ。わかってたら、こんなことにはなってねえさ』

こんなこと。
こんなこと、とはなんだろうと、朋也は靄がかかったような頭で考える。
今度は、答えがすぐに見つかった。ひどく簡単で、間違いようのない答えだった。

「―――俺、死ぬのか」

836侵食汚染:2007/04/01(日) 17:02:23 ID:kgDwZYaE0
呟いた途端、声が爆笑した。
姿は見えなかったが、きっと腹を抱え、目には涙すら浮かべて、笑っているのだろうと思った。
ひとしきり笑い尽くして、乱れた息を整えてから、声が朋也に囁く。

『当たり前だろバカ』

やっぱりな、と思う。
何しろ、と朋也は己の身体を見下ろして苦笑する。
腹に大穴が空いていた。人間の内臓を見るのは初めてだと、他人事のように考える。
他にも腕や足、肩から胸にかけて、つまりは全身くまなく、火傷と裂傷に覆われていた。
痛みを感じることもなく、おそらくは致命傷であろう傷を眺めているうちに、段々と記憶が鮮明になっていく。
奇態な眼鏡の少女。木洩れ日の眩しさ、大きな星型の手裏剣。

『―――思い出したか?』
「……まだ、よくわからない」

雑多な記憶の断片が、脳裏をよぎっては消えていく。
いくつもの映像が浮かぶ中で、朋也は奇妙なことに気がついた。

「どうして、」
『どうして思い出せない』

朋也の自問に被せるように、声がしていた。

『どうして空白がある』

心の襞を、ざわざわと撫で付けるような、声。

『―――どうして、そこに何がいたのか、思い出せない』

声は、いつしかひどく悲しげな口調に変わっていた。

『お前は』

間。

『お前は、だから死ぬんだよ』

どこか自嘲めいて、その声は聞こえた。
声に含まれた哀れみが、朋也を刺す。

『夜を待たずに、俺を待たずに』

囁くような声が、掠れていく。
声が遠のいていくのと期を一にするように、白一色だった世界が、端から黒く染まっていく。

『じゃあな、岡崎朋也。愚かなまま死んでいく、……もう一人の俺』

837侵食汚染:2007/04/01(日) 17:02:56 ID:kgDwZYaE0
その言葉を最後に、声は聞こえなくなった。
代わりに、渺々と吹き抜ける風の音が、朋也の耳朶を打っていた。
しかしその音もまた、徐々に薄れていく。
完全な無音が訪れるときが、己の命脈の尽きる瞬間なのだと、朋也は理由もなく思う。
頭は働かない。ひどく、眠かった。

「智代、……杏、それから、それか、ら―――」

音が、絶える。
岡崎朋也はその生涯の最期まで、伊吹風子の存在を忌避したまま、死を迎えた。

838侵食汚染:2007/04/01(日) 17:03:20 ID:kgDwZYaE0

 【時間:2日目午前10時30分すぎ】
 【場所:E−5】

岡崎朋也
 【所持品:お誕生日セット(三角帽子)、支給品一式(水、食料少し消費)】
 【状態:死亡】

→759 ルートD-2

839絶対包囲:2007/04/01(日) 17:04:01 ID:kgDwZYaE0

神塚山麓北側、山道から外れた林。
踏み入る者とてないはずの木々の合間に、いくつもの気配が蠢いていた。
砧夕霧の群れである。
一路山頂を目指すはずの一群が、しかし今はその足を止めていた。
光芒が閃いた。どうやら夕霧たちは、戦闘に入っているようだった。

幾筋もの光が交錯する先には、小さな影があった。
突然、夕霧の内の何人かが、何か鋭い刃物で切り裂かれたように身体を断ち割られ、鮮血を噴いて倒れた。
小さな影が投擲した武器によるものだった。
木洩れ日を受けて鈍色に煌く武器が、円弧を描いて影の手元に戻っていく。
受け止めた小さな影の、その背丈の半分ほどもある、それは星型の手裏剣だった。

影が、吼える。
威嚇の色を強く打ち出したその咆哮にも、しかし夕霧たちは表情一つ変えない。
倒れた前列の同胞の遺骸を踏みしだいて、その穴を埋めるように新たな夕霧が現れる。
膨大な数の夕霧が、小さな影を十重二十重に取り囲んでいた。

光線が、影を掠める。
影は身を捩って光線をかわすと、再び手裏剣を投げる。
幾人かの夕霧が倒れ、それに倍する数の光線が影に向かって飛んだ。
影の小さな身体のそこかしこから、嫌な臭いのする煙が上がっていた。
ほとんど狙い撃ちにされながらも、影はその場を動こうとしない。

影の足元からも、煙が上がっていた。
襤褸雑巾のような様相のそれには、よく見れば手足がついていた。
黒焦げになった、それは人間の遺体だった。
影はその傍に立ち、そうしてそこから動かない。

己が身を厭うこともなく、影は遺骸に寄り添うように立っていた。
光線が影を灼き、咆哮が上がる。


******

840絶対包囲:2007/04/01(日) 17:04:29 ID:kgDwZYaE0

目も眩まんばかりの光芒の嵐の中で、伊吹風子は思い出していた。
心に刻まれた、最後の命令。そしてそれと相反する、自分の使命を。


化け物、と主は言った。
踵を返して走り去るその背を、風子は無言で見守っていた。
主の厳しい顔は少しだけ悲しかったが、心の中で自身の使命を繰り返し唱えて、その姿を追う。
主の身を守る、それだけが風子の果たすべき使命であり、存在の意味だった。

周囲に嫌な気配が漂っているのはわかっていた。
何度もそれを警告しようとしたが、主は決して耳を傾けようとはしなかった。
ただ、悲鳴のような声を上げて、走り去るだけだった。
獣の身体が、少し恨めしかった。
喉を鳴らす。遠雷のような音が、木々の合間に木霊した。
主がまた声を上げて、足を速めた。


程なくして、主は嫌な気配に取り囲まれていた。
敵だと直感した。主の前に飛び出す。

 ―――風子、参上。

声は言葉の体をなさず、獣の咆哮が朗々と響いた。
爪と牙、そして海星の刃が、敵を断ち割り、噛み裂き、押し潰した。
今ならばまだ囲みを抜けられると、主のほうを振り向く。

841絶対包囲:2007/04/01(日) 17:04:49 ID:kgDwZYaE0
主は、その場に座り込んでいた。
その身に何かあったのかと、慌てて駆け寄る。
主が奇妙な声を漏らして後ずさりした。
寄るだけ、逃げられた。
主の奇態は心配だったが、今は囲みを抜けるのが先だと考える。
逃げるより早く駆け寄って、身体を擦り付ける。
背に乗れと、そう訴えた。
身体は主の方が大きかったが、その程度なら乗せて走ることは造作もなかった。

主が、金切り声を上げた。
見れば、身体を擦り付けたところの服が、赤く染まっていた。
返り血がこびり付いていたのだった。
主の服を汚した非礼に怒っているのだと、そう思って身を縮めた。
許しを請うように、主の足元に頭を垂れて、詫びる。
主が、叫んでいた。

来るな。
近づくな。
化け物、化け物、化け物。
来るな、来るな、近づくな。その顔を近づけるな、化け物。
いなくなってしまえ。消えろ。消えろ、化け物。

そう、叫んでいた。
主命が、風子を拘束する。
それは身を引き裂かれるような、命令だった。
敵の新手は、すぐ傍まで迫っていた。
今、主を残して去れば、その身が無事であるとは思えなかった。
主を守るという使命と、去れという主命が、風子を責め苛んだ。

許しを請うた。
消えろと、言葉が返された。

絶対の主命が、強制の力をもって風子の身体を突き動かす。
心中の抵抗が、徐々に押し返されていく。
そしてついには、主から遠ざかっていくように、足が動き出した。

幾度も振り返り、主を見た。
厳しい視線が、風子を貫いていた。

842絶対包囲:2007/04/01(日) 17:05:07 ID:kgDwZYaE0

主が新たな敵に遭遇し、逃げ惑い、その身を焼かれて倒れるのを、風子は遠くからじっと見ていた。
主が血を流し、苦痛に呻くたび、風子は己が抉られるような痛みを覚えていた。
最後に何事かを呟いて、主は事切れていた。

それを見届けてから、風子はゆっくりと歩き出した。
主命は、いまやその強制力を失っていた。
ならば、残された使命こそが、風子の在り続ける唯一の意味だった。
主を踏み躙らんとする敵から、その身を守るのが、伊吹風子だった。

静かに主の傍らに跪き、酷い火傷の痕が走るその顔を、舐め上げた。
小さく主の名を呼んで、身を起こす。
周囲の敵を一瞥した。

主の墓所に踏み入らんとする愚かな敵に向けて、手にした海星を投擲する。
幾つもの首が、刎ねられて転がった。
戻ってくる海星を、片手で受け止めた。
大きく息を吸う。

 ―――風子、参上。

天に届けと、地に轟けと、名乗った。


******

843絶対包囲:2007/04/01(日) 17:05:23 ID:kgDwZYaE0

神塚山麓北側、山道から外れた林。
踏み入る者とてない木々の合間に、小さな影があった。

小さな二つの影は、木洩れ日の中、寄り添うように倒れている。

844絶対包囲:2007/04/01(日) 17:05:44 ID:kgDwZYaE0


 【時間:2日目午前11時前】
 【場所:E−5】

伊吹風子
 【所持品:彫りかけのヒトデ】
 【状態:死亡】

岡崎朋也
 【状態:死亡】

砧夕霧
 【残り26765(到達0)】
 【状態:進軍中】

→783 ルートD-2

845最後の鬼:2007/04/02(月) 00:06:59 ID:bEvLAYWo0
鬼――日本でよく知られている妖怪。民話や郷土信仰に登場する悪い物、恐ろしい物、強い物を象徴する存在。
人に化けて人を襲う鬼の話が伝わる一方で、憎しみや嫉妬の念が満ちて人が鬼に変化したとする説もある。
それらはあくまでフィクションの世界での話であり、現実世界に鬼がいるなどと信じている人間は殆どいないだろう。
しかし実際には確かに鬼は――柏木の血を引く者は存在する。

今やこの島で唯一、雄種の鬼の血を継いでいる人間となった柳川祐也は、源五郎池のほとりにある古びた小屋で休息を取っていた。
そんな折、部屋の隅に置いてあった旧式のデスクトップ型パソコンを発見する。
ただ休憩していても時間の無駄だ、それに聞き逃した第三回放送の内容も気になる。
柳川はパソコンのモニターについた埃を払い、電源を入れた。
目当ては当然、ロワちゃんねるだ。記憶に間違いが無ければ『死亡者スレッド』というものがある筈。
程無くしてパソコンの起動が終わり、目的のスレッドを開いて――柳川は、呆然と声を漏らした。
「な……に……?」
画面にはっきりと映し出されている名前――89番、藤田浩之
ロワちゃんねるには浩之と川名みさきの名前があった。
二人は戦いを止めようと、吉岡チエと共に鎌石村役場へ向かった筈だ。
となれば、何が起こったか考えるまでも無い。ミイラ取りがミイラとなったのだ。
「馬鹿が……。早まった行動はするなと…………言っただろう……」
柳川は目線を伏せ、途切れ途切れに呟いた。
あの甘い浩之の事だ。きっと仲間か、或いは見知らぬ誰かを救おうとして傷付き、死んだのだろう。
人を信じ殺人を極力避けようとする浩之のスタンスは、このゲームで生き延びるには不向きだったと言わざるを得ない。
しかし浩之の生き方は決して馬鹿に出来るようなものでは無いし、あの愚直な生き様は正直羨ましくもあった。
柳川がとうの昔に捨て去ってしまったものを、浩之は確かに持っていたのだ。
そして、鬼の血を引く人間も柏木初音と自分を除いて死に絶えた(柳川が知らないだけで、実際には初音ももう死んでいるのだが)。
この島に吹き荒れる殺戮の嵐は、未だ留まる事を知らない――

846最後の鬼:2007/04/02(月) 00:08:15 ID:bEvLAYWo0
柳川は腰を上げ小屋を飛び出すと、凄い勢いで走り出したが、すぐにその足を緩めた。
焦る気持ちはあった。嫌な予感もしていた。一刻も早く教会に向かわなければと思った。
だが感情に任せて強行軍を続ければ、疲労は蓄積してゆく一方だ。
消耗した状態でまたリサ=ヴィクセンとやりあえば、今度こそ確実に殺されてしまうに違いない。
それに佐祐理達が教会に着くのはまだまだ先だろう、自分一人焦った所で意味は無い筈。
このゲームの参加者の大半は、まだ年端もゆかぬ少年少女達だ。
そんな中で刑事であり大人でもある自分が、一時の感情に流されて判断を誤る訳にはいかないのだ。
隆山署で孤立していた自分は社交性のある人間では無いし、皆を導こうなどとも思わない。
狩猟者でもあり、冷淡な人間である自分の役目は一つ。
決して心を乱さず、冷徹に――どこまでも冷徹に、敵を殺し続けるのみ。そう、浩之とは逆に、殺戮の道を歩むのみ。
残り人数は約三分の一。それだけ人が死んだという事は、ゲームに乗っている人間の数ももう多くはない筈だ。
決着の時もそう遠くはない。首輪を解除する目処もある程度は付いている。
ゲームに乗った者を殲滅し、主催者の喉元に牙をつきたてるその時まで、生き延びてみせる。
当然その過程で倉田佐祐理を死なせるつもりは微塵も無いし、他の仲間だって可能な範囲で守るつもりだ。
自分の中に潜む忌々しい鬼は、皮肉な事にも主催者が施した『制限』により抑えられている。
この調子でいけば、最後まで自分の意思で戦い抜けるだろう。
どれだけ手を汚そうとも最終的に目的を成し遂げれば、川澄舞や浩之の無念も多少は晴らせるというものだ。

847最後の鬼:2007/04/02(月) 00:09:14 ID:bEvLAYWo0
――主催者の奴ら、絶対に許さねえ!
――佐祐理をお願い
(ふん、言われるまでも無い……)
心に秘めた感情を排し、あくまで冷酷な鬼として、柳川は闇夜の中を突き進む。

【時間:2日目20:20】
【場所:H−6】
柳川祐也
【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1、青い矢(麻酔薬)】
【状態:左肩と脇腹は8割方回復、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、左腕軽傷、軽度の疲労】
【目的:佐祐理達との合流、まずは教会へ移動。有紀寧とリサの打倒】

【備考】
※柳川が見た時点での死者スレ最終更新時刻は18:00
→751

848伝令:2007/04/02(月) 02:02:00 ID:Bkc/E23Q0
放送が終わり、室内は沈鬱な空気に包まれていた。
それがこの場にいる五人の仲間の心境を表していた。
折原浩平はぼんやりと四人の表情を眺める。
「あのClass Aのいくみんが……いくみんいくみんいくみん……」
高槻は悲しそうに何事かブツブツと呟いている。
湯浅皐月も立田七海も手で顔を覆い泣いている。
小牧郁乃は……知り合いがいなかったように見受けられるが、死者の多さに衝撃を隠しきれないようだ。

(住井も先輩も澪も死んでしまったか。先輩達はハンディがあるだけに一刻も早く身柄を確保したかった)
浩平は川名みさきと上月澪の顔を思い浮かべ、頭を抱え打ち震える。
先ほど出会った古河秋生達に消息を聞いておくべきたっった。
(長森、どうか無事でいてくれ。七瀬も茜も……)
特に付き合いの長い長森瑞佳のことが心配でたまらなくなる。

「折原、今から至急役場へ行って古河のオッサンに会って来てくれ」
瑞佳の身を案じていると、突然が声がかかった。
「で、用件は?」
「作戦会議をすると言ってくれ。上手く言いくるめて奴らをここへ連れて来るんだぞ。俺は怪我してるから動けないとな」
高槻は気分を切り替え現実に対処しようとしていた。

鎌石村役場はここから約二キロほどの距離にある。
さほど遠くなく、瑞佳達の消息を知るには渡りに船だった。
しかし外は薄暗く、安全のためにももう一人同行者が欲しい。
浩平は三人の少女達を見回し──
「もう一人誰か……立田、俺と来てくれないか?」
「私ですか? いいですよ」
七海は二つ返事で了承した。
「確か銃持ってなかったよね。あたしの持って行くといいわ」
そう言って皐月はS&W M60と予備弾を握らせる。
「わあ、ありがとうございます」
ウインクして微笑む皐月を後に、二人は荷物を手に夕闇の中へと歩き出した。

849伝令:2007/04/02(月) 02:04:07 ID:Bkc/E23Q0
「あたしは隣の部屋で寝てるから、何かあったら起こしてね」
「おお、気を利かしてくれて悪いな。永遠にお寝ねんねしてていいぞ、と」
高槻は洒落にならない冗談を浴びせる。
「なんですって? 永遠ってさあ、貴方……」
「皐月さんの気持ち考えてあげなさいよ。まったくもう、しょうもないこと言って……」
「本気にすなーって。ちゃんと熱いキスで起こしてやるかさらあ。そのスレンダーな体一面にキスマークつけてやるぜい」
「ハイハイおじゃま虫は消えるから。でも盛りのついた猫みたいな声上げないでね」
皐月は頬を膨らましながら後手にドアを閉め、布団に潜り込む。
目を閉じると瞼の裏にありし日の那須宗一の笑顔が浮かんだ。
「宗一の馬鹿。どうして死んじゃったのよう。あたしどうしたらいいの? はうぅ……」
枕を抱き締めながら皐月はすすり泣いていた。



「永遠はあるよ、ここにあるよ、っていうじゃないかあ、いくのん。昨日の夜の続きをしようぜい」
「昨日の夜の続きって?」
「無学寺で宮内の巨乳に邪魔される直前のことに決まってるじゃないか」
郁乃の顎に手を据え、顔を近づける高槻。
「えっと、何だっけ。……あっ、急にそんなこと言われても……」
何のことか理解した途端、郁乃の頬が朱をさすように赤く染まっていく。

「シャイな俺の手が勝手に動いていくぞぉっ。これははたまた不可視の力なのか。かっぱ海老煎と同じ止まらないぃ〜」
「あっ、ちょっとそんなところ……やん、駄目ったらぁ、このヘンタイ……」
「俺様が検診をして悪いところを見つけてやろう。車椅子ばっかだと足が駄目になるから秘口を突いてみような」
指技で女をとろかすのは朝飯前のことだけに、郁乃が陥落するのに時間はかからなかった。
「はああぁ……あふう、あたし、体が熱い……」
それまでの生意気な性格はどこかに消え去っていた。
二言三言囁き合うと、密室に二つの影が重なった。

850伝令:2007/04/02(月) 02:04:57 ID:Bkc/E23Q0
「どうして私を指名したんですか? 銃の腕なら皐月さんの方が上なのに」
「うん、何というか……小さい頃死んだ妹に印象が重なってな。立田といっしょに行ってみたくなったんだ」
隠すようなことでもなく正直に意図を伝えておくのがいいだろう──浩平はそう思う。
「はあ? それって喜んでいいんでしょうか」
「素直に受け取っておけって」
「ありがとうございまーす。あはっ」
七海は浩平の腕にしがみつき喜びを臆面もなく表した。
「おい、ここは戦場だぞ。はしゃぐのはほどほどにな」
「すみません。私ったら──」
「ま、腕じゃなく手を握ってくれ。これなら緊急時にも対処できるから」
「はい。では……」

これで良かったのかもしれない。
七海の憔悴ぶりを見るにつけ、どうにかして気を紛らわしてやりたかった。
そうは言っても浩平自身、悲嘆に暮れていることからどう慰めたらよいかわからない。
単純になんとなくいっしょにいてやりたいと思っただけである。
ただ夜の危険地帯を歩くのは考えものではあるが……。

握り合った手を通じて七海の温かさが伝わってくる。
少し強めに握ってやると彼女も同じように握り返す。
小さくて柔らかく、温かい七海の手。
浩平は目頭が熱くなるのを覚え、夜空を見上げる。
(みさおも生きてたら今頃は立田みたいな感じだろうか。……みさお、おにいちゃんに力を貸してくれ)
二人は手を繋いだまま黙々と歩き、秋生達が居るはずのない役場へと向かっていた。

851伝令:2007/04/02(月) 02:06:57 ID:Bkc/E23Q0
【時間:二日目・18:15】
【場所:C−4街道】
折原浩平
 【所持品:S&W 500マグナム(4/5 予備弾7発)、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)、支給品一式】
 【状態:頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
 【目的:秋生との連絡、鎌石村役場へ】
立田七海
 【所持品:S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×10、フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:健康】
 【目的:秋生との連絡、鎌石村役場へ】

【場所:C−4一軒家】
高槻
 【所持品:コルトガバメント(装弾数:6/7)、分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:全身に痛み、中度の疲労、血を多少失っている、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすと激痛を伴う)。ラブラブモード】
 【目的:最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:首に軽い痛み、車椅子に乗っている。ラブラブモード】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:性格反転中、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)。すすり泣き】
ぴろ
 【状態:ポテトとじゃれ合っている】
ポテト
 【状態:ぴろとじゃれ合っている、光一個】

【備考:浩平の要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図は家に保管】
→743、753

852No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:44:37 ID:.aVB1WQA0
「うぁあ……ああ……」
涙が枯れるまで泣きつくした観鈴に残ったものは憎悪と大量の武器だった。
「ああ……もう……お母さんも……往人さんも……祐一さんも……英二さんも……」
憎悪の先は奪った者。
「殺……された……」
来栖川綾香。
「がお……がお……」
名前も知らないあの顔を。
「にはは……ゆきとさん……もうぽかってやってくれないんだね……」
この手で、殺そう。
「でも……」
その前に。
「にはは……」
まずは英二を奪ったこの人から。
「はは……」
観鈴は弥生の持っていた銃を取り上げて。
村に、七発の銃声が木霊した。

853No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:45:25 ID:.aVB1WQA0

「車……」
観鈴の目の前に、弥生の乗っていた車がある。
「動くのかな……」
弥生が乗ってきたものだ。動かないはずもない。
「お母さんが言ってたよね……『あんなもんはアクセル踏めばうごくんやー』って。にはは……観鈴ちんでもできるかな」
デイバックを車に乗せ、自身も乗り込む。
「あれ……踏むのがふたつある……どっちかな……」
取り敢えず右のほうからゆっくりと踏んでみる。
「……動かないや。こっちかな」
左も踏んでみる。
「……うーん、なんで動かないんだろ。観鈴ちんぴんち」
鍵やワイパー、ギアと色々触ってみる。
そして右を踏むと……
「あ、動いた。にはは。観鈴ちんすごい。じゃあ、こっちで止まれるのかな」
踏んでみる。
「あ、止まった。うんっ。大丈夫。……英二さん、いってくるね」
往人殺したあの人を、殺しに。
「うーん、でもどうやって探せばいいのかな。観鈴ちんぴんち」
ハンドルに突っ伏す。盛大なクラクションが鳴り響いた。
「わっ……ど、どうしたのかな?」
恐る恐るハンドルの真ん中あたりを押してみる。
再びクラクションが鳴る。
「わっ……あ……これ……」
何かを思いついて、観鈴は先程自分で二目と見れぬ肉塊に変えた弥生の元へ駆けていった。

854No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:46:58 ID:.aVB1WQA0


「……よしっ。決めた」
あの狡猾な麻亜子の事だ。一度気付かれた時何を画策するか知れたものではない。どうせあの女は二組とも殺すつもりなのだろう。片方を殺した後春原の下へ向かうはずだ。その時に纏めて殺せばいい。いや。麻亜子は殺さない。手足を捥いで動けないようにしてから奴の大好きなささらとやらを連れて来て目の前で嬲りいたぶり尽くしてやるのだ。いや。まだ生ぬるい。奴と同じ制服を着た奴は全てだ。奴の目の前で。そうだ眼を閉じられないように瞼を切り落とすか。舌を噛まないように顎ごと刺し貫くか。ああユカイでたまらない。楽にはさせない。自分のしたことを千倍も万倍も後悔させてやる。ああさっきからうるさいな。何だ? 何の音だ? 音? 音だって!?
綾香は麻亜子を嬲り続ける妄想を中断して音源の方を反射的に振り向く。
車。
何故かクラクションを鳴らし続けたぼこぼこの車がハンドル操作も危なっかしく道を走っている。
何?
何をしてるの?
あんな馬鹿みたいに大きな音を出し続けていればすぐに見つかるどころじゃない。
自分から人を集めているようなものじゃないの。
ん?
集める?
誰を?
! 決まってる! 今の私のように馬鹿面晒して突っ立って見てる奴の事よ!
とっさに綾香はその場を蹴る。
車の窓が開いて何かが綾香のいたところに投げ込まれる。
1! 2! 3……
ド……ッガアアアアアアアアアアン!
「がぁっ!」
咄嗟に木の陰に隠れようとしたが、すんでで間に合わない。
大半は隠れられたが、傷ついた右腕が爆風に炙られる。
隠れた部分も無傷とはいかなかった。
爆圧が痛んだ内腑を抉る。
「ぐぉ……ああ……」
っざけ……るな……!
ここまで麻亜子を追い続けたというのにこんなところで……!
殺す……殺してやる……!
誰だか知らないけどお前も……お前もお前もおまえもぉぉぉぉ!

855No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:47:22 ID:.aVB1WQA0


「にはは……観鈴ちんつよい」
観鈴は開いた窓を閉めた。
そのハンドルには血に塗れた服が巻き付けられている。
「ゆきとさん……観鈴ちん負けないよ……」
周囲の茂みに突っ込みながらも車を反転させ、再び綾香を狙う。
ここで綾香を見つけられたのは僥倖。
神が味方しているのか悪魔に操られているのか。
そんなことは関係ない。
唯目の前にいる敵を討つのみ。
再び、今までにない速度でアクセルを踏む。
「がお……がお……がおー……」
きょうりゅうはつよいんだ。
あんなやつに負けない。

綾香の蒔いた種は確実に育ち、綾香へと牙を剥いた。
綾香の最も望まぬ形で。

856No.787 悪鬼羅刹と血に染まりし英雄:2007/04/03(火) 10:47:44 ID:.aVB1WQA0






【時間:2日目・20:10】
【場所:g-2右上】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(1/8)、H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(15/15)・予備弾倉(15発)、フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】
【状態:綾香に対しての明確な殺意、脇腹を撃たれ重症(治療済み、少し回復)】

・英二のデイバック(支給品一式×2)
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量30%程度

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】
【状態:右腕大火傷(腕を動かせない位)。肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)。全身に軽い火傷】
【目的:麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】


【備考】
ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数0/20)は弥生の元に残してあります
ダイナマイトの音は恐らく民家にも聞こえていると思います

857一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:31:39 ID:wVtpPgvM0
民家の中にある、暗闇に支配された薄暗い廊下。
そんな環境下において、観月マナが狩人の存在を察知できたのは奇跡に近いかもしれない。
「危ないっ!」
「え?」
マナが思い切り、藤林杏を突き飛ばす。Remington M870を取り落とし、尻餅を付いている杏の顔に、赤い雫が降りかかった。
ことん、という音を立ててワルサーP38が地面に落ちる。
杏が顔を上げるとマナの左肩に、羽根のようなものが付いた棒が突き刺さっていた。
「あぐっ……」
「な……どうしたのっ!?」
マナは銃を取り落とし、肩の傷口を押さえながら、それでも一方向を凝視している。
杏は頭の中が真っ白になってしまい、よろよろと起き上がりながら、マナの視線を追うように首を動かした。
マナが睨みつける方向――廊下の曲がり角の辺りにある古びたクローゼットの扉の隙間から、ボウガンの銃身が生えていた。
「ちっちっちっ、駄目じゃないかチビ助君。折角楽に殺してあげようと思ったのにさ」
まるでゲームでもやっているかのように楽しげな声をあげ、少女が扉の中から姿を現す。
少女は殺し合いの場に相応しくない、可愛らしい制服を着ていた。
しかしその手にはしっかりとボウガンが握り締められており、そこから矢が放たれたのは疑いようが無い。
「朝霧……麻亜子……」
マナが洩らしたその一言で、杏は全てを理解した。
この女こそが河野貴明の言っていたまーりゃん先輩なる人物であり、今自分達はその殺人鬼に命を狙われているのだ。
「こんな所で何をしてたか知んないけど、残念ながらチミ達はここでゲームオーバーなんだな、これが」
そう言って麻亜子が鞄から予備の矢を取り出そうとする。杏は地面に落ちている二丁の銃へと目を移した。

858一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:32:51 ID:wVtpPgvM0
駄目だ――到底間に合わない。こちらが銃を拾い上げて構えるよりも先に、撃ち抜かれてしまうだろう。
杏は咄嗟の判断で鞄の中に手を突っ込み、そして、
「ふざけんじゃないわよっ!」
四角くて分厚い物体――所謂国語辞書を、全力で投擲した。
異常とも言える肩力を誇る杏の投擲攻撃は、初見では到底避けきれるものでは無い。
「ぬわっ!?」
唸りを上げる辞書は麻亜子のボウガンに命中し、見事に弾き飛ばしていた。
「――――今!」
マナはその機を逃さずワルサーP38に飛びつき、構えようとする。
だが敵は百戦錬磨とも言える朝霧麻亜子だ、その立ち直りの速さは尋常ではない。
麻亜子はマナが構えを取るよりも早く横に跳ね、廊下の角の向こうへと走り去った。
「こっちよ!」
杏が素早くマナの右腕を引き、敵とは反対の方向へと走り出す。
相手の武器はボウガン、拾い上げ矢を装填するまでにはかなり時間が掛かるだろう。
その隙に自分達は距離を取り、この家を出て陽平達に危険を知らせねばならない。
確か居間には、裏口があった筈。あそこから脱出すれば逃げ切れるだろう。
マナが居間への扉を勢い任せに開け放ち、二人は中へと駆け込んだ。
そして杏がドアを閉めようとしたその時、一発の銃声が鳴り響いた。

859一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:33:45 ID:wVtpPgvM0
遅れてドサリ、とマナの身体が地面に崩れ落ちた。
「え……ええ……?」
マナの腕を掴んでいる杏の手がぐっしょりと濡れ、生暖かい嫌な感触が伝わる。
冷たい悪寒が背筋を立ち上り、重い絶望が心を支配する。
「ちょっと、マナ!?」
必死に呼び掛けてみるが、マナは両眼を閉じたままぴくりとも動かない。
首から腰の辺りまでが真っ赤に染まり、その腹部からはどす黒い血が流れ出ている。
杏は知る由も無いのだが、その傷は麻亜子の切り札であるデザート・イーグル .50AEによって撃ち抜かれたものだった。
杏は何か治療に使えるものは無いかと闇雲に鞄の中を探そうとしたが――すぐに自分の頬を叩いた。
(落ち着きなさいあたし。こんな時こそ……クールによ!)
ここで取り乱してしまっては、本当に取り返しがつかなくなる。
勝平を殺してしまった時のように錯乱して、周りに迷惑を掛けるのは二度と御免だ。
自分は救急箱を持ってはいるが、この状況で落ち着いて治療などさせて貰える筈が無い。
視線を横に動かすと、麻亜子が廊下に落ちているRemington M870を奪取すべく駆けていた。
杏はワルサーP38を拾い上げ、廊下の方へと銃口を向けた。
「むう、そんな危ない物を人に向けたら駄目だぞう」
杏の反撃を完全に見透かしていた麻亜子は、悠々とその場を飛び退き銃口の先から逃れる。
しかし――杏は麻亜子を狙っていた訳では無かった。
「誰があんたを狙ってるって言ったのよ?」
「……なぬっ!?」
ワルサーP38から放たれた銃弾はRemington M870のすぐ傍に着弾した。
その衝撃でRemington M870は廊下の奥まで弾き飛ばされていった。

860一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:34:40 ID:wVtpPgvM0
杏は即座に鞄の中へワルサーP38を放り込み、荷物とマナの身体を手早く抱え上げた。
全身の筋肉を総動員してそのまま裏口まで担ぎ込む。
扉の鍵を――まどろっこしい。扉を強引に蹴り破り、民家の外へと躍り出た。
だがそれとほぼ同じタイミングで、この場所と陽平達が居る家との中間点辺りから、大きな爆発音が聞こえてきた。
(まさか……新手っ!?)
迷っている暇は無い。マナを抱え上げた状態で、戦火を潜り抜けられるとは到底思えない。
杏は荒々しく地面を蹴り飛ばし、民家の裏側へと身を隠した。
武器の回収を優先したのか、爆発音に気を取られたのか――麻亜子は追ってきていないようだった。
「マナ、しっかりして!」
マナの上着を脱がせ、傷口の状態を確かめる。
途端に杏は、『血の気が引く』といった感覚がどのようなものかを思い知った。
マナの腹部からは膨大な量の血が溢れ出て、救急セットの包帯を巻きつけてもまるで意味を成さない。
あっという間に包帯が真っ赤に染まる。陽平達の家の方から銃声、続いて爆発音が聞こえてくる。
(クールに……クールによっ……!)
心の奥底から沸き上がる焦燥感から逃れるように、震える手つきで包帯を取り替えようとする。
死なせたくなかった。たとえ出会ってからさほど時間の経っていない人間であろうと、助けたかった。
包帯を巻く。すぐに血に塗れて使い物にならなくなる。取り外す。
救急箱から新しい包帯を取り出す。巻く。赤く染まる。外す。
単純なその作業を何度も何度も続けて――やがて思いついたようにマナの手首に指を添えて、ようやく杏は気付いた。
「う……そ……」
マナが既に息絶えてしまっている事に。どんなに冷静さを保って行動しても、精一杯頑張っても。
「こんなの……うそ……よ…………」
常に努力が報われる訳では無いのだ。

   *     *     *

861一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:35:36 ID:wVtpPgvM0
「殺してやる……殺してやる……殺してやる……っ!!」
復讐の完遂を目の前にして、予想外の奇襲を受けた綾香の心は、ドス黒い殺意で埋め尽くされていた。
もう苦しめて殺すなどといった遊戯は止めだ。ささらを見つけるまで待ってなどいられるものか。
これだけ多くの憎たらしい連中が一堂に会しているのだ。これ以上の我慢など出来る筈が無い。
朝霧麻亜子も車に乗った襲撃者も春原陽平もルーシー・マリア・ミソラも、等しく死を与えてやる。
過程や方法なども、もう拘るまい。どんな手を使ってでも全員殺してやる。
この場にいる人間全てを殺し尽くさねば、この烈火の如き怒りを納める事は叶わない。
綾香は迫る車に背を向けて民家――春原陽平達が中にいるであろう建物に向かって駆けた。
程無くして民家の塀の前まで辿り着き、綾香は車に顔を向けて吼えた。
「さあ、近付けるもんなら近付いてみなさいよっ! 壁にぶつかってペシャンコになりたきゃね!」
あの車の運転手の狙いは単純にして明快。
車で距離を詰め、至近距離にてダイナマイトを投擲するというものだ。
ならば近付けさせなければ良い。障害物の近くにいれば、車は激突を恐れ距離を詰めれぬ筈だ。
前方から一直線に向かってくる車は、もうそろそろ方向を変えるだろう。
反転したその瞬間に……蜂の巣にしてやる。
車の奴を殺した後は陽平とるーこだ。ミサイルをぶちこんで、民家ごと潰してやる。
最後に麻亜子をズタズタに殺し尽くして、復讐は完了だ。
しかし――

862一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:36:36 ID:wVtpPgvM0
「な……死ぬ気っ!?」
車は方向を変えない。言い訳程度に速度を緩めながらも真っ直ぐに突っ込んでくる。
恐らくは自分の身の危険など顧みず、極限まで接近してくるつもりだろう。
綾香の誤算はただ一つ。車の運転手が神尾観鈴――自分と同じく、復讐鬼と化した人間であった事だ。
車は直進を続け、そのライトは焦りを隠せぬ綾香の顔を照らしていた。
(くそっ……ここは避け――いや、間に合わないっ……!)
綾香は回避動作に移ろうとしたが間に合わない事を悟り――土壇場で、ある作戦を思いついた。
綾香は素早く民家の塀を乗り越えて、そのまま庭へと侵入した。
接近する車の音に注意しながらも、一心不乱に駆ける。
車のエンジン音で距離を判断し、ぎりぎりのタイミングで傍に生えている木の裏に回りこむ。
それより少し遅れて、車が大きく孤を描いて塀の間近を通過し、窓からダイナマイトが放り投げられた。
白い閃光が夜の闇を切り裂き、巨大な爆発音が静寂を打ち破る。
巻き起こる爆風が周囲一帯にある全てを蹂躙してゆく。
煙が吹き上がり、辺り一帯が覆い尽くされ――やがて、景色が明瞭になってくる。
打ち上げられたコンクリートか何かの破片が、天より降り注ぐ。民家は庭を爆心地として、半壊状態になっていた。
民家を囲っていた塀のうち、爆風に巻き込まれた部位は完全に吹き飛んでいた。
民家本体も庭に近い部分は基本的な骨組みだけしか残っていない上に、その骨組みさえも真っ黒に焦げている。

863一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:37:39 ID:wVtpPgvM0


「……やったの?」
神尾観鈴は車を止め、窓越しに崩壊寸前の民家を眺め見た。
綾香が庭に飛び込む所までは視認出来たが、それから先は車の運転とダイナマイトの投擲で手一杯だった。
あれから綾香がどうなったかは分からない。
怪我は確実に負っているだろうが、もしかしたらまだしぶとく生きているかも知れない。
絶対にそんな事はあってはならない。往人の命を奪ったあの女は、ここで確実に殺す。
もう一度至近距離からダイナマイトを投げ込んで、中にいる者に逃れようの無い死を与えてやる。
観鈴はアクセルを軽く踏んで車をゆっくりと動かし、民家のすぐ傍まで近付いた。
そこで車を停車させて窓を開ける。塀は半分以上が崩壊しているので、庭の様子まで見て取れた。
綾香の姿は見当たらないが、散在している瓦礫の下に埋もれているかもしれない。
観鈴は窓から上半身を乗り出し、ダイナマイトに火を付けようとして――そこで爆発の影響で歪んだ玄関の扉が、鈍い音を立てて開いた。
中から出てきた桃色の髪をした少女が、冷たい眼でこちらを一瞥した後、躊躇う事無くH&K SMGⅡの銃口を向けてくる。
観鈴が頭を引っ込めるのとほぼ同時に、少女――ルーシー・マリア・ミソラの手元から火花が発された。
「あうっ!」
直撃こそ避けられたものの、防弾性である車の頑強さが逆に災いした。
銃弾は開け放たれた窓から車の内部に侵入した後、フロントガラスに跳ね返される形で跳弾と化す。
そのうちの一発が観鈴の腹部に鋭く突き刺さっていた。
フロントガラスにぶつかった時点である程度衝撃は弱められている為、即死にまでは至らない。
しかしそれでも皮膚を切り裂き、骨を砕き、鮮血を撒き散らす程度の威力は残っていた。

864一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:38:22 ID:wVtpPgvM0
――るーこ達が民家の中で捜索を行っていた時。
藤林杏らが向かった民家の方角から銃声が聞こえてきた。
るーこ達が銃声に反応し救援に向かおうとしたその時、今度は別の方向から物凄い爆発音がした。
るーこ達は一瞬どうすべきか悩んだが、考えている暇など無いとすぐに気付き玄関に向かう。
そして今度は家のすぐ近くで爆発が巻き起こり、るーこ達もその煽りを受けたのだ。
玄関が庭とは離れた所にあった為まだ損害は軽かったが、一歩間違えば死は免れなかっただろう。
るーこ達にとって先程放たれたダイナマイトは無差別攻撃以外での何物でもなく、その犯人である観鈴はゲームに乗った者と解釈されたのだ。


「……仕留め切れなかったか」
観鈴に攻撃を仕掛けた張本人――ルーシー・マリア・ミソラが、落ち着いた声で口を開く。
すぐにその後ろから彼女の仲間である、春原陽平が姿を表した。
「るーこ、さっきのはあいつの仕業か?」
「ああ。あのうーはダイナマイトを投げようとしていたし、間違いな……?」
そこでるーこの身体がぐらりと揺れ、陽平は慌ててその身体を支えた。
陽平は下に視線を落とした後、目を大きく見開いた。
「お、おい! 大丈夫かよっ!?」
るーこの左足から、赤い血が滴り落ちていた。陽平は素早い動作で、るーこの左足に突き刺さっていた瓦礫の破片を抜き取る。
それからキッと鋭い眼つきで、前方の車を睨みつけた。
「畜生、よくもるーこを! 誰だか知らないけど許せねえっ!」

865一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:39:34 ID:wVtpPgvM0
るーこが弾切れを起こしたH&K SMG‖に銃弾を装填するよりも早く、車は再び走り始める。
その背面に照準を合わせ、るーこが銃を連射したが、銃弾は全て防弾ガラスの前に阻まれた。
陽平が信じられない、といった表情を浮かべる。
「何だよアレ!?」
「く……うーの技術も捨てたものではないな」
るーこは軽く舌打ちした後、毒々しげに吐き捨てる。その間にも車は走り続け、どんどんと加速してゆく。
ライトのおかげで夜天の下でも車を見失う事は無く、遥か遠くで大きくUターンする姿まで見て取れた。
方向転換を終えた車が一直線にこちらへと向かってくる。
るーこはそのフロントガラスに向けて何度もH&K SMG‖を放ったが結果は変わらない。
全ての銃弾は金属音と共に、あっさりと跳ね返されてしまう。
車は速度を落とす所か、逆に加速してどんどん接近してくる。
「ヤベェよこれ……るーこ、一旦引こうっ!」
陽平が動揺の色を隠し切れない声で退避を訴えかける。
しかしるーこはぎゅっと口元を引き締めた後、静かに首を振った。
「無理だ……るーの今の足では到底逃げ切れない」
「そんなっ……!」
陽平はるーこを何としてでも守りたかった。銃弾なら自らの身を盾にして防ぐ事が出来る。
しかしダイナマイトによる広範囲攻撃は防ぎようが無い。
陽平がるーこを庇おうとした所で、二人揃って吹き飛ばされるのがオチだ。
「どうすりゃいいんだ……?」
これと言った打開策が思い浮かばず、陽平の顔が絶望に引き攣ってゆく。
しかしそんな陽平の頬に、るーこの白い手が添えられた。
「るーこ?」
「手はある。るーを……るーの力を信じるんだ。うーへいはるーを信じて、しっかりと支え続けていて欲しい」
あの銃弾の通じぬ鋼鉄の塊にどう立ち向かうのか、陽平には皆目見当も付かない。
しかしるーこは強がりを言うような性格でもないし、何より信頼すべき大切なパートナーだ。
だから陽平は何も聞き返さず、ただ力強く頷いた。

866一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:40:11 ID:wVtpPgvM0
   *     *     *

「往人さん、待っててね……あの人達をやっつけて……往人さんを殺した人も…………やっつけるから……」
息も絶え絶え、といった様子で観鈴が言葉を紡ぐ。
先程るーこの銃撃により受けた跳弾は、観鈴の身体に重大な損傷を与えていた。
ハンドルに巻きつけた服すらも血で真っ赤に濡れており、油断すれば手を滑らせてしまうだろう。
それでも観鈴は決して逃げようとしなかった。大切な人を奪い尽くされたこの世に最早執着は無い。
ならば残された道は一つ。この命を犠牲にしてでも、往人の仇を討つ。
立ち塞がる者は誰であろうとも容赦しない。
この命ある限りは戦い続け、目的を果たしてみせる。
この選択が間違いなのは知っている。往人が生きていれば、確実に自分を叱るだろう。
それが分かっていても観鈴はもう止まれなかった。
それ程までに、今の彼女は憎しみに支配されていた。
敵は、前方に見える民家の庭からこちらを睨んでいる。
何度か発砲してきたけれど、それは全てこの車が防いでくれた。
このまま直進して、民家の横を通過するその瞬間にダイナマイトを投げ込む。
たとえそれで仕留め切れなかったとしても、民家は確実に倒壊するだろう。
遮蔽物さえ無くなってしまえば、逃げ場の失った相手をこの車で轢き殺してしまえば良いのだ。
そこまで考えた時、観鈴は喉の奥から血を吐き出した。
「が……がお……。駄目……だよ……まだゴール…………しちゃ……いけないんだから……」
視界がぐにゃぐにゃと歪む。身体の何箇所は、もう感覚を失っている。
揺れる視界の中、目標の民家がすぐ近くまで迫ってきた。
敵は諦めたのか、もう銃を下ろしている。
観鈴は震える手で何とか窓を開け、ダイナマイトに火を点けた。
残る力を振り絞って、それを投げ込むべく振りかぶる。

867一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:41:01 ID:wVtpPgvM0
「――え?」
瞬間、敵と目が合った。
陽平にしっかりと支えられているるーこが、こちらに向けて銃を構えていた。
敵の狙いは単純明快――攻撃の為に窓を開け、本体が姿を晒したその瞬間を撃つ、というものだ。
それを観鈴が理解した時にはもう、るーこのH&K SMG‖が火を噴いていた。
今度ばかりは身を引くのも間に合わず、観鈴は荒れ狂う銃弾の嵐に巻き込まれていた。
夥しい鮮血が車内に飛び散り、フロントガラスが真っ赤に染まった。
(ゆき……と……さん……)
ダイナマイトを膝の上に取り落とし、観鈴は力無く座席に倒れ伏す。
もう体が殆ど動かない。数秒後にはダイナマイトの爆発に巻き込まれるだろう。
観鈴は自身に死が訪れる事を、認める他無かった。
しかし――憎しみに取り憑かれ、暴走していた観鈴だったが、最後に抱いた念は意外なものだった。
(あの……ひとたち……なかよさ……そうだった……な……)
支えあう陽平とるーこの姿を一目見て、彼らがお互いをどれだけ大切に思っているかが分かってしまった。
それは在りし日の往人と観鈴のようで――羨ましかった。
観鈴はポケットに入れてあった紙人形をしっかりと握り締める。

868一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:41:57 ID:wVtpPgvM0
その瞬間、奇跡かそれとも観鈴が見た幻覚か――紙人形が光を放ち、もうこの世に居ない筈のあの人が姿を表した。
銀色の髪、黒い服、鋭いけれど奥底に優しさを秘めた瞳、それは紛れも無く国崎往人その人のものであった。
「ゆ……きと……さん……?」
「観鈴、よく頑張ったな」
優しい声で、往人が語り掛けてくる。
「がお……でも観鈴ちん……やられ……ちゃったよ……」
観鈴がそう言うと、往人は表情を大きく歪め、悲し気な目になった。
「もう良いんだ。もう殺し合いなんてしなくても良いんだ……!」
往人は倒れ伏して観鈴の体を抱き上げて、優しく両腕で包み込む。
「もう止めてくれ。復讐なんて良いから……いつもの笑顔を見せてくれ……。俺はお前の笑顔さえ見られれば、幸せでいられるんだから……」
愛でるように、ぎゅっと観鈴の体を抱き締める。
その瞬間、動かない筈の観鈴の体が動くようになり、少女は往人の背中に手を回した。
「ああっ……往人さん……往人さあんっ……!」
往人の暖かさを感じながら、ぽろぽろと大粒の涙を零す。
泣きながらも、その顔には信じられないくらい幸せそうな笑みが浮かんでいた。
「ゴール、だよ……」
そこで光が大きく広がり、観鈴の体も意識も、強風を浴びせられた煙のように霧散していった。

869一番好きなあの場所:2007/04/04(水) 11:42:36 ID:wVtpPgvM0




――前進を続けていた車は、陽平達の前方30メートル程の所で爆散した。
燃え盛る炎、鼓膜を痛めつける凄まじい爆音。
眩いその閃光は、生命の終わりと共に放たれた、最後の輝きのようであった。
陽平とるーこは肩を並べながら、その光景をじっと見つめていた。
「あの車に乗ってたの……僕達と同じ歳くらいの女の子だったよね……」
「……そうだな」
二人はやりきれない想いで一杯だった。どうして殺し合いなどしなくてはいけないのか。
どうして自分達と同年代の少女に命を狙われ、戦わなくてはならないのか。
日常生活の中で出会えてれば良い友達になれたかも知れないのに……どうして殺さなくてはいけないのか。
どれだけ考えても、答えは出そうに無かった。
「とにかく杏達が心配だ。様子を見に行こう」
杏達が向かった民家の方角より銃声が聞こえてきてから、もうだいぶ経ってしまっている。
間に合うかどうかは分からないが、それでも行かねばならない。
陽平はるーこの体を支えながら、くるりと横を向いて――大きく目を見開いた。
「随分派手にやりあってたじゃないか。 そろそろあたしも混ぜてくれたまへ」
陽平の視線の先には、Remington M870を手にした朝霧麻亜子が立っていた。

   *     *     *


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