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避難用作品投下スレ

1管理人:2006/11/11(土) 05:23:09 ID:2jCKvi0Q
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。

518Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:10:48 ID:F9ga/RUo
「火傷……? レーザー光線ってわけ……!」

距離をとれば一方的に攻撃されると判断。
足を止めずに、志保が向かった方向とは反対側の林に飛び込む。
遮蔽物のない林道では、近づく前に集中砲火を浴びるだけだった。
追いかけるように、幾筋もの光線が薄暗い林を照らし出す。

「よし、樹でも充分、盾になる……!」

下生えの草はそこかしこで煙を上げていたが、生育した樹を貫くほどの威力はないようだった。
少女たちが木立の中に踏み入ってくるのを確認し、美佐枝は再び走り出した。
木々の陰に隠れながら、徐々に距離を詰めていく。

「よし、思ったとおり……! これなら……」

美佐枝を見失って周囲を見回す少女たち。
その内の一人に、美佐枝は背後から近づいていく。
遭遇した際にも感じていたことだが、少女たちの視認能力はそれほど高くない、と美佐枝は確信する。
どうやらあの眼鏡は純粋に低い視力の補正に使われているらしい。

「せぇ、のっ!」

一気に飛び出し、羽交い絞めにする。
捕捉された少女は、しかし動きが鈍い。
声を上げようとすることもなく、のろのろと自身に回された美佐枝の手を振り解こうとする。

「悪いけど……しばらく眠っててもらうわ」

少女の体温は、人間のそれだった。
その温もりに嫌悪感を覚えながら、美佐枝は少女の首に回した腕に力を込める。
数秒を待たずに、少女の全身から力が抜けていった。
美佐枝が手を放すと、どさりと倒れる少女。

519Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:11:42 ID:F9ga/RUo
「次……っ!」

物音を聞きつけたのか、周囲に草を踏みしだく音が増えていく。
身を低くしながら、美佐枝は移動を再開した。程なく目の前に新たな少女を発見する。
背後からそっと近づき、少女の首に腕を巻きつけた、その瞬間。

「……ッ!?」

美佐枝は驚愕していた。
たった今捉えた少女を中心にして、それを取り巻くように少女たちの姿があったのである。
冷ややかに輝く無数の眼鏡が、美佐枝を囲んでいた。

(罠……!)

誤算だった。
少女たちを、完全に侮っていた。
簡単に自分を見失って辺りを見回す仕草に、あるいは自分を振り解こうとする動きの鈍さと非力さに、
勝手に愚鈍な少女たちというイメージを作り上げていた。
じり、と包囲の輪が狭まる。

「こりゃちょっと……マズい、かな……?」

頼みのドリー夢能力は、いまだに発動しない。
そりゃ必殺技はピンチになってからって決まってるけど、と美佐枝は焦燥と共に思う。

(武装はもう少し早くたっていいと思うのよね……)

鼓動が、極端に早くなっていくのを感じる。
少女たちの無数の視線が、美佐枝一人に向けられていた。

(ち、ちょっと勿体つけすぎ、じゃない……!?)

ぎらりと、少女たちの広い額が、輝いた。
思わず目を閉じる美佐枝。

520Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:12:22 ID:F9ga/RUo
(―――!)

瞬間、風が唸りを上げた。
同時に、何か重いものが地面に転がるような音。
目を開けた美佐枝が見たのは、

「……大丈夫?」

言いながら、倒れ伏した眼鏡少女のこめかみから何か長いものを引き抜く、一人の少女の姿だった。
波打つ長い髪に、意志の強そうな瞳。
ベージュのセーターに眼鏡少女の返り血が飛ぶのも気にせず、美佐枝を見ている。

「え、あ……」

咄嗟に言葉が出てこない。
言いよどむ美佐枝を安心させるように微笑むと、少女は手にした物を勢いよく振るう。
少女の背丈ほどもあるそれは、

「槍……?」

時代劇にでも出てくるような、それは一本の長槍だった。
長い柄には豪奢な刺繍布で意匠が施されているそれを、少女は脇に手挟むと、何気ない仕草で
くるりと回ってみせた。

「え……?」

それは、魔法のような光景だった。
少女の回転に合わせて回る槍の穂先は、周囲の眼鏡少女たちの首を、正確に切り裂いていたのである。
血煙が、上がる。

521Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:13:12 ID:F9ga/RUo
「―――」

赤い霧の中心に、踊る少女がいた。
少女が舞踏する。長い髪と、豪奢な槍が、ゆったりと回る。
その度に、数人の眼鏡少女が、悲鳴を上げることもなく斃れていく。
狭い木立の中、ゆらりと槍を操る少女の姿はただ美しく、その足元に伏す幾体もの骸すら、
まるで舞台に置かれた小道具のように、美佐枝には見えていた。

ふうわりと、少女のスカートが翻る。
最後に、とん、とステップを踏んで、少女がその舞いを終えても、美佐枝は身じろぎひとつできなかった。

「……はい、おしまい」

少女の言葉に、美佐枝がはっとする。

「あ……ありが、とう……」

上手く声が出せない。喉が渇ききっていた。
どうにか言葉を搾り出すようにして、美佐枝が礼を口にする。

「た、助かっ―――」
「ああ、いいわよ、そんなの」

ぴ、と槍を振るって血を払いながら、少女が苦笑する。

「で、でも……」
「別にあんたを助けたわけじゃないから」

何気ない一言。
しかし、美佐枝は思わず言葉を止めていた。
少女の声音は、なぜだかひどく酷薄に、聞こえていた。

522Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:13:40 ID:F9ga/RUo
「そういえば、自己紹介が遅れたわね」
「あ、あたしは……」
「結構よ。あんたの名前になんか興味ないから」

切り捨てるような言葉に、美佐枝は絶句する。

「はじめまして。GL団最高幹部、”鬼畜一本槍”……巳間晴香よ」
「じ、ジーエル……?」
「どうやら、もう一人は逃げたようだけれど……」

戸惑ったような美佐枝の呟きを無視して、少女は艶然と微笑む。

「まあ、餌は一人いれば充分ね」

少女はそう言って、笑った。

523Dancing in the Forest:2007/02/25(日) 19:14:05 ID:F9ga/RUo

 【時間:2日目午前10時すぎ】
 【場所:H−5】

相楽美佐枝
 【所持品:ガダルカナル探知機、支給品一式】
 【状態:混乱】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:疾走】

巳間晴香
 【所持品:長槍】
 【状態:GLの騎士】

砧夕霧
 【残り29932(到達0)】
 【状態:進軍中】

→654 682 690 ルートD-2

524破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:33:10 ID://a6FKMA
「wow……堂々と車を乗り回すなんて、なかなかやるわね」
それが診療所の近くで停止した車を見た時に、リサが抱いた第一感想だった。
こんな殺し合いの最中ならば普通は目立つ事を避けようとする筈だ。
自分や宗一ならばともかく―――それ以外の者がこんな判断をするとは、思ってもみなかった。

車を使用して移動するという判断は間違いではない。
高速で移動する車を狙って狙撃する事がどれ程難しいか、リサはよく知っている。
燃料にさえ気をつけていれば寧ろ安全と言える移動手段なのだ。
あの車の搭乗者達の判断は的確だ。
だからこそ、油断出来ない。
何事においても、相手の能力が高ければ高いほど警戒せねばならない。
それが幼い頃から過酷な環境で生きてきたリサにとっての鉄則だった。

自分の腕ならばどんな銃を使ってもスナイパーライフル並の精度を出す事が出来る。
相手が何か怪しい動きを見せたら―――即座に撃つ。

停まったまま動きを見せない車に向けて、リサはM4カービンを深く構えていた。
だがその警戒は杞憂だったようで、相手は何も武器を持たずに車を降りてきた。
車から出てきた二人の男女は、まるで警察官の集団に囲まれた犯人のように両手を挙げている。

525破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:34:24 ID://a6FKMA
リサは構えを緩めないままつかつかと二人に歩み寄り、距離を10メートルほど置いた位置で足を止める。
リサが何か話す前に、女性の方が先に話し掛けてきた。
「最初に言っておきます……私達は殺し合いをする気はありません。貴女はどうですか?」
ともすれば冷淡に見える目が印象的な、整った顔立ちの綺麗な女性だった。
向けられた銃に怯える様子は微塵も見受けられない。
大したものだ、とリサは思った。
「私がそのつもりだったら、あなた達はとっくに蜂の巣にされてるんじゃないかしら?」
銃口を下ろして軽い調子で答えると、女は軽く肩をすくめて見せた。
「私はリサ……リサ=ヴィクセンよ。貴方達の名前は?」
「こちらの方は藤井冬弥さんです。そして私は――篠塚弥生と言います」
「―――!?」
その名前を聞いた直後リサは動いた。
注意していても目で追いきれない程の速度で、M4カービンを再度構える。
すると、男―――藤井冬弥の方が息を飲むのが分かった。

しかし肝心の篠塚弥生の方は、いまだに凛とした表情をしている。
肝が据わっている―――それも至極当然の事だった。
緒方英二から聞いた話によれば篠塚弥生はゲームに乗っているのだから。
「口は災いの元よ?私は貴女がゲームに乗っていたという話を聞いた事がある。浅はかな嘘は控える事ね」
「嘘など言っていません。確かに私はゲームに乗っていましたが……それは過去の話です。今はもう、そんなつもりはありません。
大体ゲームに乗っているのなら、二人で行動なんてしないと思いますが?」
そう言って、弥生は冬弥の方へと視線を移した。
冬弥はリサの銃口から視線を外さずに、けれど黙って二人の話を聞いていた。

526破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:35:48 ID://a6FKMA
確かに弥生の言う事にも一理ある。
このゲームで生き残れるのは最終的には一人。
ならばゲームに乗った者は基本的に単独行動を取る筈である。
誰かを騙して利用するという手も考えられるが、弥生がゲームに乗っていたという事を聞いても冬弥は驚かなかった。
弥生が冬弥を謀っているという事は無いだろう。
それでも―――
「それだけじゃ貴女がゲームに乗っていないという証明にはならない」
「そうですね。信用出来ないというのなら大人しく去りますが―――どうしますか?」







―――現状を説明すると、だ。
Nastyboyこと俺、那須宗一は診療所にいる人間を全員待合室に集めていた。
入り口近くにある、窓際の椅子に俺は腰を落とす。
部屋の中央にあるテーブルを囲む形で、栞にリサ、敬介、葉子が座っている。
そして俺とリサ達に挟まれる形で、篠塚弥生と藤井冬弥が立っていた。
弥生と冬弥の肩にデイバックはかかっていない……置いてこさせたのだ。

527破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:37:46 ID://a6FKMA
武器を携帯しない事、そして情報交換が終わったら速やかに立ち去る事。
これが俺とリサが弥生達に示した条件だった。
勿論ポケットなどに何か仕込んであるかもしれないが、その可能性も考えて今の配置にしてある。
俺とリサで挟んでいる限り、相手が何かしようとしても余裕を持って対応出来る筈だ。

「葉子、足の具合はどうだ?」
「おかげ様でだいぶ楽になりました、ありがとうございます」
「そうか、そりゃ残念だ。ずっと足が治らないようだったら俺がオンブしてやったのにな」
「遠慮させてもらいます。どさくさに紛れて色んな所を触られそうですし」
「ちぇっ、釣れないなあ」
軽い冗談を飛ばしあう。
葉子の顔色はすっかり回復しており、足の具合が良くなったという言葉に嘘は無いだろう。
いざ移動する段になった時に、まだ歩けません、となったらどうしようかと思っていたので、俺はほっと胸を撫で下ろした。

「……さて、と。話を始めようか」
俺は手にしていた紅茶を置くと、弥生の目を見据えながら言った。
「はい。それではまず、私から知っている事をお話しますね」
「ああ、そうしてくれ。取り敢えず情報が欲しい。マジで、知ってる事は全部話してくれ。
何がこのゲームをぶっ壊す鍵になるか分からないからな」
最初に弥生から話をさせる理由は簡単、相手の本性を見極める為だ。
嘘を吐かれる可能性もあるが、相手が信用できるかどうか判断材料が多いに越した事はない。

528破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:40:27 ID://a6FKMA



「―――そして、今に到ります」
……滞り無く弥生の話は終わった。
弥生の話は上手く要点が纏められており、実に分かりやすかった。
簡単に説明すると森川由綺の死を知った弥生は、復讐の為にゲームに乗ろうとしていた。
しかし英二にお灸を据えられて頭を冷やし、現在は知り合いの藤井冬弥と共に脱出を目指しているという事だった。
だが……残念な事に俺にとって有用な情報は無かった。
せめて皐月や七海と出会っていてくれれば、その場所次第ではあいつらを探すという選択肢も出てきたんだが。

軽くリサに目線を送る―――「信用出来そうか?」と。
するとリサは、他の奴には勘付かれないくらい小さく首を振った。
恐らく判断しかねているのだろう、そしてそれは俺も同じだ。
弥生の、エージャント顔負けの落ち着き払った様子からは何の感情も見えてこない。
今ある情報だけでは何とも言えなかった。

「―――そう言えば」
俺が考えを纏めていると、高い声が聞こえてきた。
それはリサの連れ人、美坂栞のものだった。
「由綺さんって……柳川さんが戦ったって人じゃ?」
「――――!」

瞬間、リサが息を飲むのが分かった。
そして一秒後には、冬弥がどんと席を立っていた。
「何だって!?その話、詳しく聞かせてくれ!由綺は俺の大事な……恋人だったんだ!」
「え……あの、その……」
困惑する栞に、今にも掴み掛らんばかりの勢いで冬弥が叫ぶ。
もっとも、リサが険しい顔つきで銃を向けていたので冬弥が実際に詰め寄る事は無かったが。
栞はどうにか言葉を搾り出そうとしたが、それをリサが手で制した。

529破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:41:45 ID://a6FKMA
「私から話すわ。柳川祐也―――昨日私が出会った人の話によると、森川由綺さんはゲームに乗っていたそうよ。
それで柳川は仕方なく由綺さんを殺害したらしい」
厳しい視線、鋭い眼光で、リサが容赦なく告げていた。
俺もリサから聞いてその事は知っていた。
教えるべきじゃないと思っていたんだが……こうなった以上はそうもいかないだろう。
「……ハハハ、何の冗談だよ?あの由綺がゲームに乗ってただなんて、ねえ?」
冬弥は話を真に受けていないのか、苦笑いをしながら弥生に目線を移した。
しかし弥生はただ黙って、話の続きを待っていた。

「信じないならそれで良いわ。でも柳川が嘘をついてるとはとても思えないし、私は彼を信じる」
「馬鹿な事を……!由綺が人を襲ったりするわけ―――」
「藤井さん」
冬弥の言葉が途中で遮られる。
向けられた銃口すらも無視してリサに食って掛かろうとした冬弥の肩を、弥生が掴んでいた。
仮面をかぶっているかのように無表情だった弥生の顔に、ほんの少しだけ翳りが見られた。
「信じるも信じないも個人の自由、不毛な論争は止しましょう」
「…………そうですね、すいません」
それで落ち着いたのか、冬弥はこれ以上この事を追求しようとはしなかった。
口を閉ざした冬弥の代わりに、弥生が質問を続けた。
「それでリサさん、柳川祐也という人物はどのような外見をしておられるのですか?出来れば直接会って話を伺いたい」
「―――柳川は白いカッターシャツを着て眼鏡をかけている、長身の男性よ」
「そうですか、ありがとうございます」
そう言うと、弥生はペコリと一礼した。

530破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:43:22 ID://a6FKMA
―――冬弥の気持ちは良く分かる。
俺だって皐月やゆかりがゲームに乗ったと言われれば、冬弥と同じような反応をするだろう。
しかしこのゲームでは何が起こっても不思議ではない。
葉子の話によれば、あの穏やかに見えた佳乃でさえもがゲームに乗ってしまったという。
少なくとも俺と一緒にいた時の佳乃はとてもそんな事をする子じゃなかった。
けれどエージェントという仕事柄、人の黒い部分を嫌と言うほど見てきた俺には分かる。
たとえ普段はどんなに聖人君子に見える奴でも―――いざって時には、何をするか分からないと。
この島に満ちた狂気が、極限まで追い詰められた状況が、人を狂わせるんだ。

「藤井さん、さっき渡したアレを―――」
「ん、ああ……そうだね」
弥生に促されて、冬弥はポケットに手を入れた。
まさか、銃か―――!?
思わず俺はFN Five-SeveNを構えていた。
しかし冬弥が取り出したのは何てことは無い、ただの携帯電話だった。
弥生は冬弥からそれを受け取ると、俺の方へと歩いてきた。

「これは私が支給された道具なんですが、どう思いますか?」
「……実は俺達も似たようなんを持ってる。話が終わったら改造しようと思ってたトコだ」
「そうですか。私達が持っていても使い道がありませんし、要りますか?」
そう言われて、俺は少し考えた。
改造に成功して電話が繋がるようになったとしても、携帯電話が一個では効果が薄い。
それよりも携帯電話を二個持って、連絡を取り合いながら別々に動く方が遥かに効率が良い。
とりわけ―――俺とリサで一個ずつ携帯を持って動けば、情報が集まる速度はそのまま倍になるだろう。
結論、携帯電話は二つ必要だ。

531破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:44:34 ID://a6FKMA
「そうだな。良ければ貸して欲しい」
「分かりました。では―――」
弥生は携帯を俺の目の前に差し出してきた。
俺がそれを受け取った瞬間―――弥生が動いた。

「―――ッ!?」
弥生はまだゲームに乗ったままだったのだ。
腰を落として、弥生は俺の左手に握られている銃を奪い取ろうとしている。
しかし所詮素人、その動きは大した速さじゃない。
リサや醍醐のオッサンに比べれば、その動きはスロー再生しているかのように見えた。
弥生の後ろからは、冬弥がこちらに向かって走ってきている。
二人纏めてここで組み伏せる事も十分可能だったが―――俺は敢えて銃を手放し、リサ達の方へと大きく跳んだ。
距離を取り、そして弥生と冬弥を孤立させる。
「リサァッ!」
「イエッサーーーーーッ!」
何も怪我をしている身体で、無理に不確定要素の多い近距離戦をする必要は無い。
今の俺には心強い仲間―――米軍エースエージェント、リサ=ヴィクセンがいるのだから。
ここはM4カービンの斉射に巻き込まれない位置に逃げて、彼女が攻撃しやすい状況を作るのがベストだ。

弥生と冬弥は俺が下がったのを見て、これ以上攻撃しようとはせずに入り口から逃げ出そうとしていた。
しかしそうは問屋が、女狐さんが卸さない。
俺の目には、リサがしっかりと弥生達の背中に照準を定めるのが映って―――
「―――え?」
俺の手元の携帯から、閃光が発された。

532破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:46:53 ID://a6FKMA






―――誰かの泣き声が聞こえる。
その泣き声で、橘敬介の意識は現実世界へと呼び戻された。
「う……僕は一体……?」
倒れた姿勢のまま目を開けると、軽くヒビが入っている白い天井が見えた。
すぐに、直前の記憶が蘇ってくる。
弥生と冬弥の突然の行動、そしてその後に起こった―――

「そうだ、みんなは!?」
痛む身体を起こした敬介の目に飛び込んで来た光景。
辺りに散らばっている、黒く焦げた木材。
立ち尽くす栞に、地面に座り込んで泣いているリサ。
そして。

「そ……宗一君……?」
黒く焼け焦げた、宗一の姿だった。
敬介はよろよろとした足取りで宗一の所へと歩いていった。
周囲の至る所に小さな赤い塊が散乱している。
敬介はゆっくりと、宗一の身体を抱き上げた。

533破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:48:35 ID://a6FKMA
体の右半分はまだ割と綺麗だったが、携帯電話を持っていた左腕の側は損傷が酷く、見るに耐えない状態だった。
しかし敬介は、目の前の光景をそう簡単には信じられなかった。
「け……怪我をしているだけに決まっている……かるい怪我さ……ほら……喋りだすぞ……今にきっと目をあける……。
宗一君……そうだろ?僕達を驚かして楽しもうって……ちょっと茶目っ気を起こしただけだろう?もうちょっとしたら何事も無かったみたいに起きてくれるんだろ?」
語りかけるが、宗一の口から言葉が紡がれる事は無い。
敬介の腕の中の宗一の身体からは、重力以外の力は何も伝わってこない。
「ほら、リサ君達が悲しんでいるよ……もう良いだろ?起きて……起きてくれ……!頼む……起きてくれ宗一君っ!」
敬介は宗一の体を乱暴に揺さぶって、それからはっと気付いて宗一の手首を握り締めた。
「そ……そんな、馬鹿な……あっけ……無さ過ぎる……」
宗一の脈は無かった……鼻と口に手を当てたが、呼吸もしていなかった。

脈と呼吸が無い状態で生命活動を維持していられる人間はいない。
もう、疑いようも無い。
冷たいように見える時もあるが本当は暖かい男。
秋子に追われていた敬介を身を挺して救ってくれた男。
そしていざという時は、どんな大人よりも遥かに頼りになる男。
世界Topエージェント―――Nastyboy、那須宗一は死んだ。

「やられましたね……」
半ば放心状態にある敬介の横から、落ち着いた声が掛けられる。
それは鹿沼葉子のものだった
「彼らの本命は奪った銃による攻撃ではなく―――恐らくはあの携帯に仕込んであった、爆弾……」
葉子は淡々とした口調で分析を続けている。
敬介は宗一の死体をそっと地面に横たえて、それから立ち上がった。
「な、何で……君は何でそんなに落ち着いているんだ?」
やり場の無い怒りを籠めて、冷たい顔をした葉子を睨み付ける。
「宗一君は君の仲間だっただろう!?僕達の仲間だっただろう!?彼が死んだっていうのに、何で平気そうな顔をしているんだっ!」
「―――黙りなさい」
捲くし立てる敬介の声が、ぴしゃりと一発で撥ねつけられる。

534破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:50:03 ID://a6FKMA
「騒いでも宗一さんは生き返りません。それよりも今やれる事をしなさい。少なくとも私はそうします」
葉子はくるっと踵を返して、敬介達がいる方とは反対側に足を踏み出した。
「何処へ?」
「決まっているでしょう。私はこれから弥生さん達を追って―――殺します」
無論の事、それは嘘だった。
ただこのメンバーから離脱する理由が欲しかっただけだ。
リサの真の実力を知らない葉子にとって、宗一を失ったこの面子には何の利用価値も無かった。
足手纏いの世話などするよりも、郁未を追って合流するべきなように思えた。

「そういう訳ですので、私はこれで失礼します。では―――」
葉子はそう言うと、唖然としている敬介の方をもう一瞥もせずに入り口の扉を開けて歩き去っていった。







―――あの爆発の瞬間。
リサが驚異的と言える反射速度で栞を抱えて後退した甲斐あって、栞は殆ど無傷だった。
しかしその代償はあまりにも大き過ぎた。
那須宗一の身体は、栞とリサの視界の中で爆発に飲み込まれた。

535破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:51:50 ID://a6FKMA


そして今、リサは力無く地面にうずくまっている。
栞は信じられない思いだった。
あのリサが―――とても強くて気丈なリサが、泣いている。
「わ……わた……私が……あの人達を……中に入れたから……」
「リ、リサさん……」
「私が……うっ、うわぁぁぁぁぁぁっっ!」
「リサさん、リサさんっ!しっかりしてください!」
栞は叫びながら座り込むと、リサの肩を掴んで懸命に言葉を投げかけた。
しかしその言葉が今のリサの耳には届いていないのか―――リサの嗚咽は止まらない。

「だ……め……駄目よ……。私のせいで……宗一は……」
「リサさん、落ち着いてください!リサさん一人の責任じゃありません!」
「いっそわたしも宗一の後を追って死ねば―――」
そこで、パチンという高い音が聞こえた。
「そんな事言う人……嫌いです」
栞がリサの頬を叩いたのだ。
リサは頬を押さえて、眼前にいる人物をまじまじと見つめた。
震える肩、潤んだ大きな瞳、そして―――白くて小さい手。
栞はこんな華奢な身体で、リサを励まそうとしている。
その姿がリサに再び立ち上がる気力を与えた。

リサは掌でごしごしと涙を拭き取り、両の足で地面を踏みしめて直立した。
そして手を差し出して、栞も立ち上がらせる。
「ごめんなさい……今は泣いてる場合じゃないわね」
「リサさん……」
「ともかくこの場を離れましょう、ゲームに乗った人間に知られた以上診療所はもう危険よ」
弥生達が再び襲撃してくる可能性は十分にある。
正面勝負なら自分が負ける事はありえないが……間違いなく弥生達は正面からは仕掛けてこないだろう。
何か策を講じて、勝算が生まれてから動くはず。
ならばこちらも警戒して動かなければいけない。
一般人など相手にならないという油断が―――宗一を死なせてしまったのだから。

536破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:52:58 ID://a6FKMA
リサと栞は立ち尽くしている敬介の方へゆっくりと歩を進めた。
敬介はいまだ心ここにあらずといった感じで、何かを考えているようだった。
「敬介、ここは危ないわ。移動しましょう」
リサが切り出すと、敬介は申し訳無さそうにゆっくりと首を横に振った。
「すまない、僕にはしなくちゃいけない事があるんだ」
「と言うと?」
敬介は軽く息を吸って、それからリサの目を真っ直ぐに見ながら言った。
「僕は観鈴を探してくるよ。国崎君との約束もあるし……何より僕自身がそうしたいんだ」
「……分かったわ。それじゃここでお別れね」
「ああ。僕が無事に観鈴を保護出来て、また会う事があれば……その時は一緒にこの殺し合いを管理している人間を倒そう」
「あの……敬介さん。どうか―――ご無事で」
栞の言葉に頷くと、敬介は体を翻して診療所の外へと走り出した。

リサと栞も荷物を持って外に出て、敬介の背中が森の中に消えるまで見守っていた。
だがその時、リサの頭の中に浮かんでいたのは敬介の安否を気遣う心では無かった。
職業病の域にまで達している彼女の冷静な思考は、既に今後の展望を考えていた。
(エディも……宗一も……死んでしまった。いまだ脱出の手掛かりも無い…………。私は本当にこのゲームを止められるの……?)
リサは焦る気持ちを誤魔化すように親指の爪を噛み続けていた。

537破滅への序曲:2007/02/26(月) 19:54:27 ID://a6FKMA
【時間:2日目16:30頃】
【場所:I-7診療所】

リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:診療所を離れる、体は健康】
美坂栞
【所持品:無し】
【状態:リサに同行、体は健康】

橘敬介
【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】
【状態:観鈴の捜索、身体の節々に痛み、左肩重傷(腕を上げると激しい痛みを伴う)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】

鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式】
【状態①:肩に軽症(手当て済み)右大腿部銃弾貫通(手当て済み、激しい動きは痛みを伴う)。マーダー】
【状態②:まずは郁未の捜索】

篠塚弥生
 【所持品:包丁、FN Five-SeveN(残弾数12/20)、ベアークロー】
 【状態:マーダー・脇腹に怪我(治療済み)目的は由綺の復讐及び優勝】
藤井冬弥
 【所持品:暗殺用十徳ナイフ・消防斧】
 【状態:マーダー・右腕・右肩負傷(簡単な応急処置)目的は由綺の復讐】

那須宗一
【所持品:無し】
【状態:死亡】

【備考】
・FN P90(残弾数0/50)
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量75%程度、車の移動方向は後続任せ

(関連:710)

538夜明け前より闇色な:2007/02/26(月) 23:59:07 ID:hEHeXMMM
距離が近かったせいか、運がいいかどうかは知らないが、まあとにかく一ノ瀬ことみ&霧島聖の頭脳派コンビは目的地の学校まで辿りつくことが出来た。
まだ時刻が夜明け前だからだろうか、鎌石村小中学校は闇に照らされて不気味にそびえ立っている。それはあたかも、怪物がまさに獲物を呑み込もうと大口を開けているようにも見える。
一ノ瀬ことみはその一種独特な雰囲気に飲まれそうになるが、頭の中で般若心経を一回唱えることで解決した。
心頭滅却すれば火もまた凉し。ぶいっ。
「――で、ここに来た理由を説明してもらおうか、何故かは知らんがVサインをしていることみ君」
どうやら行動に出してしまっていたらしい。ことみは「特にVサインに理由はないの」としれっと言った後、校舎を見上げて言葉を続ける。
「それは…また後で。取り敢えず私についてきてほしいの」
トントン、と首輪を指で軽く叩く。聖はそれで事情を察して、黙って頷いた。
「…分かった。どこに行くつもりだ?」
「職員室」
言いながら、ことみは首を振って目的地がそこでないことを示す。聖が再び頷く。
「分かった、行こう」
口裏を合わせる。ことみは聖が聡明な人で良かった、と思う。頭の中に浮かぶ友人の面々は…悪いとは思ったが、絶対にしくじりそうだと思った(特に杏ちゃん)。
校舎の方へ歩いて行くと、部屋の一部分に明かりが灯っているのに気付いた。同時に、いくつかの窓が割れているのにも。
「…先客がいるらしいな」
聖がベアークローを構える。ことみも慌てて十徳ナイフを取り出す。正直な話、戦闘にはまったく自信がない。頼りは聖だが…果たして、戦闘能力はどれほどなのか。職業、性別、(見た目から判断した)年齢、性格から計測すると――
「ちーん、沖木島に墓標がふたつ」
「…おい、何を物騒な想像をしている」
ぎらりっ、とベアークローの刃がことみを向いて、光る。
「冗談でもそんな想像はするんじゃない」
「ご、ごめんなさい…」
半殺しにされた挙句また治療されて以下無限ループでは洒落にならないと思ったので素直に謝る。それに、さっきのはいきすぎた、と自分でも思った。
「ことみ君よ、君は私の事を弱いと思っているんだろうが…」
にやり、と聖が笑う。違うの? と言いかけて今度こそ半殺しになると思ったので、言わない事にした。
「私は強いぞ。それはもう、並大抵の…そうだな、人形遣いくらいは楽勝だ」
比べる対象がいまいち分かりにくかったがとにかく腕っ節に自信があることは分かった。

539夜明け前より闇色な:2007/02/26(月) 23:59:38 ID:hEHeXMMM
そうこうしているうちに開いている扉を発見する。どうやらここから入れるようだった。無論、侵入者には警戒しなくてはならない。
聖を前衛に、抜き足差し足で潜入する。聖が前方を、ことみが後方を警戒する。しばらく進んでみるが…異様なほど、静かだった。音はと言えば、木製の床がゆっくりと軋む音くらいだ。
「やけに静かだ。物音一つしないな…どうする、ことみ君」
どうする、というのはこのまま真っ直ぐことみの考える目的地へ向かうか、それとも警戒して別の部屋から探索していくかということだ。
ここに潜んでいるマーダーがじっと身を潜めている可能性はある。あるいは怯えた参加者の一人がいるということもある。誰もいないという可能性もあった。考えていけばキリがない。
ならば行動は迅速。下手に動き回って危険に身を晒す可能性を高めるよりも素早く目的地へ行き、目的を達成するのが最上だ、とことみの脳内コンピュータが叩き出す。
「真っ直ぐ、視聴覚室へ」
了解、と一声応じて再び歩き出す二人。…が、同時にあることに気付いた。
「「視聴覚室って、どこ?」」
     *      *     *
結局あちこち歩き回った挙句視聴覚室を見つけて入った時には、二人からは当初の緊張感は失われていた。かなり動き回ったにもかかわらず物音が何もしないので、『ここには誰かがいたがもう用済みになって出ていった』ということで一応の結論をみた。
「まったく…電気が付けっぱなしになっているから慎重になってみたが…拍子抜けしたぞ」
「ともかく、一応は安全だと分かってめでたしめでたし」
電気がついていた部屋は二箇所あったが、誰かが潜んでいる可能性を考えてこの二部屋は後回しにしたのだ。明かりが消えている部屋のどこにも視聴覚室はなく、残された二つのどちらを調べるか、ということになり一階よりは三階にありそうだ、とのことでこちらから探した。
「しかし、視聴覚室に明かりがついている、そしてここにあるパソコンの電源がまだついているということは」
「…誰かが、パソコンをいじったということになるの」
今は二人でそのつけっぱなしになっていたパソコンを、ことみがあれこれいじくり回している。
聖には何やら分からぬプログラム言語をあれこれ打ち込んでいるが時折警告音が鳴るだけで、成果は芳しくない、ということは聖にも分かった。
「うーん…やっぱり俄仕込みの知識じゃ限度があるの」
ことみが首を捻る。どうもだめということだろう。
「で、結局何をしようとしていたんだ? そろそろ私にも教えてくれないか」
「えーっと…」
ことみがマウスを動かし、メモ帳を開いた。これで会話しろ、ということか。
聖にもキーボードを打つくらいの操作はできる。
『しばらくどうでもいい会話をするから、口裏を合わせて欲しいの』

540夜明け前より闇色な:2007/02/27(火) 00:00:05 ID:lO49iZVw
コクリ、と聖が頷いたのを確認して、ことみが言葉を続ける。
「何か首輪に関するデータがないかと思ってあちこち調べてたんだけど…結局何もなかったの」
「まあ当然だろうな、外されたらそもそも殺し合いなど成り立たなくなる。そんなものが都合よくあるわけがない」
『先生、お上手』とことみが打ち込む。ニヤリ、と聖が笑った。
「うん、でも些細な事でも情報が欲しかったから」
「まあな…だが、ここには何も無さそうだな。ここでは打つ手はないのか?」
「私達だけで出来ることは…もうほとんどないと思うの」
さも深刻そうに言って、ことみが『本当は、ハッキングを試みていたの。首輪を管理するにはそれ相応の大きさのコンピュータが必要だと思ったから』と打ちこんだ。
この演技派め、と聖は思いつつ横から打ちこむ。『で、それは失敗したわけか』
「だから、誰か技術を持っている人を探せれば…」
そう言いながら、器用にことみは文字を打ってみせる。『うん、私の得意なのはコンピュータじゃなくて、物理学とかの理論なの。まあそれはおいといて…さてここで問題です。この島の電力はどこでまかなっているでしょう?』
いきなりクイズか? と思ったが聖も疑問に思った。地図で見る限り、発電所などはどこにもない。本来の沖木島なら本土からの送電もあり得るが…前に考察した通り、ここは本物の沖木島ではない。
ことみが続けて打ちこむ。
『可能性としてはみっつ。この島から離れた…そう、どこかの大陸か、海中か、あるいはこの島の地下』
「ああ、なるほど…」
仮初めの会話にも、筆談にも通じる言葉で応じる。ことみが『…先生、面倒くさがり』と不満そうに打ちこむ。
『…でも、一番可能性が高いのは地下なの。海中なら電力ケーブルは不可欠だから、もし切れたら大惨事。大陸でも万が一首輪を外されたら確認しに行くのが大変。下手したら乗ってきた船ごと強奪されてあら大変』
まあよくもこんな軽口を叩けるものだと聖は感心する。
「しかし、ことみ君でも出来ない事はあるんだな。物知りだからパソコンも詳しいと思ったんだが」
聖が言っている間にもことみがキーを叩き続ける。『だから、首輪を外された時でもすぐに確認に行けるように中枢部は地下にあると考えるのが妥当。そして、その入り口は必ずこちらからも入れるようなところにあるはず』
一旦切ると、仮初めの会話に戻ることみ。
「人間そんなに上手くはできてないの。ハッキングなんてだめだめのぷー」
よく言うよ、と内心で笑う。『しかし、島のどこを探す? ハッキングできない以上位置も調べようがないんじゃないか? 首輪をわざと外しておびき出すのもいいが…』

541夜明け前より闇色な:2007/02/27(火) 00:00:34 ID:lO49iZVw
『いい線行ってるの、先生。最終的にはそれを使うけど…まず用意するものがあるの』
「…ま、それは仕方ないな。それじゃあ人探しか…どこから探す?」
言いながら、打ちこむ。
『何を?』
『爆弾』
ニヤリ、と今度はことみが笑った。聖は絶句しかけたが…ことみは余裕で続ける。
『作り方さえ知っていれば案外簡単に作れるの。極端な話、ナトリウムを水の中にどぼーんと入れるだけでも十分に爆弾足り得る性能があるから』
なるほど。医者の勉強をする過程で化学はやっていたが…確かに、色々方法はある。
『何を使うんだ? ここが学校ということは…そこから頂戴するんだろう? 材料を』
「えっとね…」
『冴えてるの、先生。元々ここにはそのつもりで寄ったから。それで、必要なのは…硝酸アンモニウムと、灯油と…それから、雷管』
「まずは、予定通り灯台へ向かったほうがいいと思うの」
『雷管はまた別に作るけど…家庭用品で作ろうと思えば作れるから』
『ちょっと待て』
聖が止めに入ったのを、『???』と打ちこんで疑問の意を表すことみ。構わず、聖はツッコむ。
『どうして雷管の作り方なんて知ってるんだ』
物知りだとは思っている。が、これはおかしいんじゃないか。仮にも学生だ。そんなことを知っているわけがないのである。爆弾とは言っても火炎瓶だとかそれくらいの簡易的なものだと思っていた。しかし、ことみはさも当然のように、打ちこんだ。
『ご本で読んで覚えたの』
『何のご本、なんじゃーーーーいっ!!!』
叫びたいのをギリギリ、理性で押さえてチョップでツッコむ聖。
『いぢめる? いぢめる?』
目の端に涙を浮かべるアブナイ天才少女ことみちゃん。更にツッコもうとした聖だが会話が途絶えるのを危惧して本当に言いたい事を喉の奥に押しこみ、冷静な口調を装って言った。
「…そうだ、な。灯台へ行こう。佳乃も…探したいし、な」
『ち、ちなみに図書館に寄贈されてあった化学の専門書で、内容は』
『説明せんでええわいっ!』
メモ帳の中で喧嘩漫才を繰り広げる仲良しコンビ聖&ことみ、略してNHK。あーそこそこ。料金滞納は勘弁してくださいねぇ。
「…まあ、その前に、ちょっと休憩しよう、か。慎重に探っていたせいで疲れただろう?」
このまま二重に会話を続けるのに疲れ始めた聖はメモ帳の会話だけに集中したいと思い、そう提案した。ことみは未だ涙目ながらも素直に「うん。それじゃ各々ちょっとお休みなの。私はもうちょっとパソコンをいじるけど」と言った。

542夜明け前より闇色な:2007/02/27(火) 00:01:13 ID:lO49iZVw
キーを叩く音を感づかれるのを警戒しているのだろう。聖はゆっくりと頷いた。
はぁ、と一息いれて窓の外を見る。日はまだ見えないが、もう少ししたら夜明けだ。
だが…この漫才はまだまだ続きそうだ、と聖は思うのだった。

【時間:二日目午前5時半】
【場所:D-6】

霧島聖
【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式、乾パン、カロリーメイト数個】
【状態:精神的に疲労】
一ノ瀬ことみ
【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)、100円ライター、懐中電灯】
【状態:健康。爆弾作りを目論む】

B-10

543ココニイルトイウコト(前編):2007/02/28(水) 20:31:49 ID:fLx5V8H2
「ふう。ここまでは何とか無事にこれたけど……」
「貴明さん、本当に大丈夫なんですか?」
「そうよ。ただでさえそんなズタボロな体なのに……」
梓、皐月と別れた貴明たち一行は神塚山を経由して氷川村へと急いでいた。
しかし、貴明が藤井冬弥、少年との戦いで受けた傷のダメージは、ささらたちが負った怪我とは違い、未だ癒えたわけではない。
それが災いし、3人の足取りは決してスムーズというわけにはいかなかった。
「先輩たちの気持ちは嬉しいですけど、さすがに今は弱音なんて吐いていられませんよ。
まーりゃん先輩が他の罪もない人たちを殺すのを止めるためにも、俺たちは一刻も早く人が集まりそうな場所へ行ってあの人を見つけなきゃ……」
「ですが……」
「貴明、確かにあなたも男とはいえ――――ん? ねえ2人とも……」
「なんだ?」
「はい?」
ふと貴明に意見しようとしたマナが何かに気が付いたように足を止め貴明とささらを呼び止めた。
「――何か聞こえない?」
「えっ?」
マナがそう言ったので、貴明とささらも耳を済ませてみる。
すると――――

『―――ぴー!』
『ちょ――まちな――タン!!』
『杏さ――待ってくだ――』

何かの動物の鳴き声と2人の女の子の声が微かに聞こえてきた。
そしてそのうちの1つはささらには馴染みある人物の声であった。

544ココニイルトイウコト(前編):2007/02/28(水) 20:32:22 ID:fLx5V8H2
「この声は――ゆめみさん?」
「ゆめみ?」
「それって、ささらや真琴たちと一緒に行動していたって言うあのコンパニオンロボットの?」
「はい。あ……」
その時、ゆめみのことをもう少し詳しく2人に説明しようとしたささらの目の前を1匹のウリ坊が駆けていった。
もちろん貴明とマナもすぐさまそれに気づいた。

「……猪の子供?」
「うん。そう……よね?」
「なんでこんな所に……ん?」
この島には獣の類である野生動物も結構いるのだろうか、などと貴明が思っていると、ウリ坊が走ってきた方から今度は2人の少女が息苦しそうに走ってくることに気が付いた。
――1人はストレートに伸ばした髪にリボンをした学生服の少女。もう1人はツインテールで見慣れない服をした少女であった。
そして後者の子は貴明がささらから聞いたほしのゆめみというロボットの特徴とぴったりと一致していた。
「そうか、あの子が……」
「ゆめみさん!」
貴明が言い終わるよりも早く、2人の少女の存在に気づいたささらが彼女たちに向かって叫んだ。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ちょっと、本当にどうしたのよボタンは!?」
目の前を黙々と突っ走るボタンを追いながら杏はゆめみに尋ねる。
「わ……わたしに聞かれましても〜〜〜…………」

話は少し前に戻る。
休憩を終えた後、荷物が重いからという理由で杏はデイパックからボタンを出していた。
その後、一向は高槻が言っていた暗くて長いトンネルを迂回しようと南へしばらく歩いていた。
その途中、ボタンが何かを感じとったのか、それとも見つけたのか知らないが、いきなり猪突猛進とばかりに神塚山の方へ走り出したのである。
それは本当に突然の出来事であった。

545ココニイルトイウコト(前編):2007/02/28(水) 20:32:54 ID:fLx5V8H2
「杏さん。ボタンさんのこういう行動は今までもあったんですか?」
「う〜ん……たま〜にあったような、なかったような…………。それにしても……この山……結構きついわね……」
「だ…大丈夫ですか?」
「ま、まだまだ大丈夫よ……ん?」
杏がゆめみに苦笑いを浮かべながら言い返すと同時に、すっと前方に3人の人影が姿を見せた。
「あれ? 人がいる……?」
「え? あ……! あの人は…………」
前を向いたゆめみが前方の人影のうち、1人の正体に気づいたのと同時に――
「ゆめみさん!」
ゆめみが会いたかった人の1人の声が杏とゆめみの耳に聞こえた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「――――ということは、杏さんもこのゲームには乗っていないんですね?」
「あったりまえでしょ」
やや風が強くなってきた山を歩きながら、貴明たち5人はボタンを探していた。これまでそれぞれの身に起きたことを一通り説明し、情報を交換しながら――――
「そうですか……あの後またあの男の人が……」
「はい。そして沢渡さんは……」
「――もしかして、その岸田って男も私たちが倒した少年と同じ主催者側の人間……」
「いえ……それはないと思います。あとから気づいたのですが、あの人は首輪を付けていなかったので……」
「興味半分、面白半分で殺し合いに乱入したってこと?」
「おそらく…………」
「――許せないな……そいつ…………」
貴明は誰にも聞こえないようにボソリとそう呟いた。

(――殺し合いを楽しんでいるっていうのか? ――ふざけるな! 人は……人の命は遊びの道具じゃない! これならまだ少年の方が遥かにマシだ!!
――ただ己の自己満足を満たすためだけに罪もない弱者を踏みにじるこの殺人ゲームの主催者……そして岸田洋一……俺は…いや、俺たちはお前たちだけは絶対に許さない!!)
貴明の中で主催者に対する怒りの炎が燃え上がった。

546ココニイルトイウコト(前編):2007/02/28(水) 20:34:37 ID:fLx5V8H2
「それと、これは鎌石村に行く途中だったんだけど………あっ。いたいた……ボタン!」
「ぷぴっ!」
しばらく歩いていると、貴明たちは無事にボタンを見つけ出した。
「もう、急にどうしたのよ? 私心配して……っ!?」
ボタンに駆け寄ろうとした杏だったが、突然その足を止めた。
「? どうしたの杏さ……うっ!?」
不思議に思い、マナたちも杏に近づく。すると、マナたちの目にも『ソレ』が映った。

――矢が刺さったデイパックと黒いコート。そして……銃で撃ち殺された1人の男の死体――――

「――ボタン……これの匂いを嗅ぎつけたのね?」
「ぷぴっ……」
ボタンをそっと抱き上げる杏をよそに貴明たちは男の亡骸と、彼の物であろうコートとデイパックに目を向けた。
「この矢は……もしかして…………」
「ああ、間違いない……まーりゃん先輩の持ってたボウガンの矢だ……」
「そんな……」
「それにこの人、銃か何かで背中から胸を撃ち抜かれて殺されている……。ということは今のまーりゃん先輩は銃も持っているってことだ……」
貴明のその言葉を聞いたささらたちに重い空気が流れた。
――自分たちは遅すぎたのか? もうあの人を止めることは出来ないのか、と……
「出来ることなら、別の誰かが先輩からボウガンを奪い取ってこの男を殺したと思いたい……」
そう言うと貴明は男の亡骸を仰向けに寝かせ、両手を胸の当たりで組ませた。簡単な弔いである。
「貴明さん……」
「――行こうか」
そう呟くと貴明は男の者であろう黒いコートを手にゆっくりと山を下りていった。
そんな彼の背中はささらたちには寂しそうにも見え、そして、恐ろしく見えた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇

547ココニイルトイウコト(前編):2007/02/28(水) 20:35:08 ID:fLx5V8H2
貴明たちが神塚山を下りた頃には既に夕陽が西の空に沈みかかっていた。
そのため、貴明たちはやむなく近くの鷹野神社に立ち寄り、翌日の朝まではそこを拠点として急速を取ることにした。
本当は貴明はすぐに氷川村にも行きたかったのだが、ささらとマナがそんな彼に対して「さすがに今日はもう無理をしないほうがいい」と言い出し、杏やゆめみにまで「休んだほうがいい」と言われてしまったためついに折れてしまったのである。

「――わかったよ……その代わり、少し周辺を見回りしてきていいかな? それが終わったら休むから……」
そう言って貴明はささらたちにステアーと鉄扇以外の物を預けると、周辺の見回りをすることにした。



――――ふと感じる。
俺の中から『何か』が少しずつ削り取られ、代わりに『何か』がゆっくりと侵食していくのが。

それが何なのか俺には判る。

――削り取られているのは『掛け替えのない日常』。侵食していくのは『怒り』や『憎悪』といったどす黒い感情だ。
そしてその黒い感情は主催者や岸田という男のような人間に対するものであると同時に、まーりゃん先輩のようなゲームに乗り人を殺す人たちに対するものだ。

失ってからはじめて判る、掛け替えのない大切なもの――それを失った俺の怒り矛先はどこにいくのだろう?
――――決まっている。主催者、そしてゲームに乗った奴らにだ。

もしかしたら、まーりゃん先輩も俺の手で…………



(――こればかりは久寿川先輩たちに言えないよな……)
神社に戻ろうとした貴明であったが、その時、茂みの中に日の光を反射して何か光るものを見つけた。

548ココニイルトイウコト(前編):2007/02/28(水) 20:36:40 ID:fLx5V8H2
「これは……銃? ――って、重っ!? リボルバーみたいだけど、皐月さんのリボルバーよりも遥かにデカいし重いっ!」
貴明は茂みの中に見つけたソレ――フェイファー ツェリザカを手に取ると、その重さと大きさに一瞬度肝を抜かれた。
「弾丸は……弾切れみたいだな…………誰かが放棄したのか? まあ無理もないか……こんなに重――――」
重いんだから荷物になっちゃうよな――そう言おうとした貴明であったが、その言葉が彼の口から出ることはなかった。

――なぜなら、貴明は見つけてしまったから……
「イルファ……さん……………?」
そう。かつてイルファと呼ばれていたメイドロボの成れの果てを…………



 【時間:2日目・17:15】

河野貴明
 【場所:鷹野神社周辺】
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、予備マガジン(30発入り)×2、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:フェイファー ツェリザカ(0/5)】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー化】
 【思考】
  1)イルファさん……
  2)俺は……下手をしたらまーりゃん先輩も殺すかもしれない……
  3)主催者を……殺す!
 【備考】
  ※情報交換により岸田洋一を危険人物、抹殺対象と認識しました
  ※聖、ことみの死については杏が未だ話していないので知りません


※ルートB−13
※他のキャラの状況、所持品は後編にて

549深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:19:04 ID:Homp4jlU
「動かないで」

告げられた言葉に、逃げ場のないことを思い知らされる。
構えたマグナムの引き金を引くのと、自分の首にあてがわれた日本刀が振り払われることのどちらが速いか。
いや、速さだけならばほぼ同時かもしれない。しかしそれでは意味がない。
自分が命を落としてしまっては、本当に意味がない。

「・・・・・・降参よ」

だから、柚原春夏は静かにマグナムを放ると共に両手を万歳の体勢に持っていき、そう宣言したのであった。





「耕一、大丈夫?」

俯いたまま大人しくしている春夏のその向こう、仲間の一人に問いかける。

「ああ、マジ助かった」

柏木耕一の答えを聞き、彼の窮地に間に合うことができたということを実感できた川澄舞は、ほっと一つだけ息を吐くのだった。
鼓動の高鳴りはまだ続いている、表には出さないが本気で走り続けてきたので体力自体はかなり消耗している。
そんな彼女の元へ、春夏の剥き出しであった敵意に抑制がかかったことにより身動きをとることができるようになった耕一はすかさず回りこんできた。

「長岡さんと吉岡さんは・・・・・・」

一緒に逃げたはずの二人が見当たらないことからだろう、不安そうに聞いてくる。
長岡志保の知り合いでもある保科智子等と合流した旨を伝えると、彼もやっと安心したような笑みを浮かべた。

550深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:20:00 ID:Homp4jlU
・・・・・・短時間とはいえ、足止め役として場に残らせてしまった耕一の疲れは目に見えている。
早く彼を休ませるためにも、吉岡チエ等の下に戻らなければ。
しかし、そのためには春夏を何とかしなければいけない。

「・・・・・・」

すっかり大人しくなってしまった来襲者の背中を見やる、敵意はもう感じない。
どうしたものか。このまま首を撥ねることも可能だが、そのような行動を取る気は舞自身全くなかった。

そう、刀を構え続ける舞の脳裏に思い浮かぶのは、誰よりも大切な存在である倉田佐祐理の笑顔であり。
舞の中では彼女が悲しむような選択は消去されていた、それに敵意のある殺戮者ならまだしもこうして敗北を認めている様を見せつけられてしまっては手を出しづらいというのもある。

しかし、それでは埒が明かない。
殺さず野放しにした所で、また人を襲うかは分からない。
また、それではこのゲームに乗ってしまった人間を説得し更正出来るのかと言うと、口下手な自分では正直自信はもてない。
無言で舞が悩んでいる時だった。

「よくも・・・・・・住井君をやってくれたな」

いつの間にか来襲者が手放したマグナムを拾い上げた耕一が、彼女に向けてそれを構えていた。
反抗の兆しはない。静かに瞼を閉じた来襲者は、ただ最期の時を待っているようで。
怒りの形相でマグナムを構える耕一に、舞のような戸惑いの色は一切ない。
いつでも彼は、その引き金を簡単に引くことができたであろう。

「・・・・・・耕一」

声をかける。反応はない。

「耕一」

551深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:20:42 ID:Homp4jlU
もう一度、声をかける。顔だけこちらを向けた彼の瞳には、絶対零度の冷ややかさが秘められていた。
彼がこのような残忍な表情を持つとは意外であったが、特に驚いた様子もなく舞は黙ってそれを見つめ返す。
耕一が口を開くことはない、舞の言葉を待っているのだろう。
しかし、話しかけたものの何と言えばいいのか。そもそも、この声かけには何の意味があるのだろう。
少しまた悩んだが、そうやって考えれば自然と台詞は口をついた。

「殺すの?」

ぽそりと何気ない調子で放たれたそれに対し、厳しい表情の耕一はますますそれを歪めながらも一応は問いに答えてくる。

「当たり前だ、こいつは俺達をめちゃめちゃにした。こんな・・・・・・こんなゲームに乗った人殺しは、人間の屑だ!」
「だから、耕一も殺すの?」
「・・・・・・何が言いたい」

もはや、修羅と呼んでもいいほどの迫力。しかし舞がそれに屈することはなかった。
普段通りのまま表に感情を出すことなく佇んでいる、あくまで冷静に事を進めようとしているのであろう。

そう、目の前の彼からは先ほどまでの疲労の色が一切消えてしまっていた。
怒りの方が上回っているのだろう、理性的に物事を考えようとしないのもそのせいかもしれない。

「何が言いたいんだって、聞いてんだよっ」

怒声を浴びせられても尚、舞は動じない。それが余計に耕一を苛立たせているのかもしれないが、舞に伝わるはずもなく。





そんな、気がついたら二人だけのやり取りを。舞と耕一は、していた。
春夏はそれに対し、ずっと耳をすませ続けていた。
耕一がマグナムを拾い上げた瞬間、もう自分の命は終わったものだと彼女も半分諦めていた。
しかし予想外、まさか乱入してきた少女の方が彼を止めるなんて。
二人の雲行きは怪しい、このままいけば仲間割れになるかもしれない。

552深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:21:10 ID:Homp4jlU
・・・・・・春夏は待った、上手くいけば逃げおおせることも可能かもしれない。
銃口が逸れてさえくれば、相手も拳銃に対してはそこまで正確な射撃が出来ないことが先の撃ち合いで分かっている。
それまでは抵抗せず、どうなるか場を見極めることに対し注意を向け続けていた。

「川澄さん! 何で分かってくれないんだよ!!」

男が叫ぶ。正直この状況を自分が男の立場になった場合でも、春夏は同じような行動をとったであろうとふと考えた。
そう、もし目の前でこのみが殺されてしまったとしたら。殺害した参加者には必ず自ら手をかけ復讐を行うであろう。
だからこその憤り、ここでは「人を殺してはいけない」というモラルが上回る人間は厄介な存在になる。

(・・・・・・ふふっ、しっかり殺人鬼色に染まってきちゃったわね)

思わず自嘲、それは悲しい笑みだった。
しかし、今こそチャンスでもある。
男の矛先は自分には全く向いていない、春夏はしっかりと肩にかけたデイバックを握り締め走り出す準備をした。
そして、ついに男の銃口の角度がぶれだしたその時。

春夏は脱兎のごとく、駆け出した。







「なっ?!」

舞も、耕一も唖然となってその背中を見送るしかない。

「待てっ!」

553深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:21:33 ID:Homp4jlU
叫ぶ耕一、手にしたマグナムで無茶苦茶に発砲を繰り返すものの手ごたえは全く感じられないようだ。
連射したことによる痺れが利き腕を支配し始めるが、耕一は止めることなく引き金を引き続けた。
そして、カチッカチッと弾切れの合図が出たところで。ゆっくりと、マグナムを降ろすのだった。

「耕一・・・・・・」

舞が呟くように声をかける。しかし耕一はそれを無視して、呆然と春夏の去っていった方向を見つめるばかりで。

「何でだよ・・・・・・」

渇いた声。こちらに振り返ることなく、耕一は吐き捨てるように言葉を紡ぐ。

「何でだよっ、何で止めたんだ!! あいつは住井君を殺ったんだぞ、俺達をめちゃくちゃにしたんだぞっ?!」
「耕一、落ち着いて」
「落ち着いてられるかよ、これが! なんつーことしてくれたんだ・・・・・・」
「耕一」

舞の言葉はあくまで平坦であった、そこに焦りと言ったものは全く見え隠れしない。
耕一だけが叫んでいた、耕一だけが感情を高ぶらせていた。これでは先ほどと同じである。

彼にとってそれすらも怒りの対象となっているという事実に、舞は気づいていないのであろう。
彼女は焦った面を覗かせることもなく、淡々と耕一に問いかけた。

「耕一は、そんな簡単に人を殺そうと思うの?」
「そういうんじゃない、そういうんじゃないんだよ! 俺はただ、住井君の敵を・・・・・・」
「本当に?」
「当たり前だろう!!」
「今の耕一は、ストレート過ぎる。周りが見えていない。敵とかじゃない、あの人を殺すことを目的にしていた気がする」
「何だよ、それ・・・・・・」

554深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:21:55 ID:Homp4jlU
言い返してはいるが、耕一の語気は明らかに弱弱しくなっている。そこを舞は見逃さなかった。

「私は違う。絶対、そんなことはしない」
「・・・・・・どういう、ことだよ」
「悲しませるようなことは、しない」
「何がだよ! あいつの家族や、友達が泣くからとかそういう理由なのか?! そんなの・・・・・・」
「佐祐理が悲しむから。だから殺さない」

きっぱりと、言い放たれたその二言。
佐祐理。倉田、佐祐理。耕一の頭の中でリフレインするその固有名詞は、知り合った頃に舞の口から聞いた覚えがあるものだった。

「祐一も、きっと悲しむ。私は魔物を討つ者だ、そのためにずっと剣を振るってはいた。でも、人を殺めるのとそれは、違う」

口数の少ない彼女が、嫌に流暢に話す様を。耕一は、じっと見つめていた。
そして、そんな舞の言葉を噛み砕きながらゆっくりと瞼を閉じ。
冷静に、彼女の言い分を考察しようとする。

「・・・・・・死ぬんだぞ」

ぼそりと。
脅すかのような低い声色、意識した物ではなくそれは自然と漏れたものだった。
短い髪をクシャッと掻き分け、目を逸らしながら耕一は抗議する。

「相手が殺る気ならこっちだって殺らないと・・・・・・死んだら、お終いなんだぞ」
「そうならないために、私も努力する。守ってみせる」
「誰をだよ、この島にいる全員をか?! 馬鹿げてる」
「・・・・・・」
「だから、殺さないのか?」

555深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:22:22 ID:Homp4jlU
誰も殺さないなんていう甘い考えで、生き残ろうなんてどうかしている。あまりにも、非現実的だとしか思えなかった。
徹底した綺麗な理想を貫こうとでもしているようにしか見えない、それが「倉田佐祐理」が悲しむからという理由だけ成り立つなんて。
耕一には、理解できなかった。

その、次の一言までは。

「耕一は、誰も悲しまない?」

真っ直ぐな瞳に射られる、純粋な疑問であろう。
しかし、それが決定打でもある。

そうだ、もし自分が人殺しになったとしたら。
千鶴は、梓は、初音は・・・・・・亡くなってしまった、楓は。彼女達は、一体どのように思うだろうか。
軽蔑するだろうか、仕方ないと許してくれるか・・・・・・それとも。

『お兄ちゃん・・・・・・』

その中でも一番明確なヴィジョンが作られたのは、末っ子でもある初音だった。
半分泣いたような顔で、胸の前で手を組みながらもきっと彼女はこう呟く。
仕方ないよね、と。つらそうに、まるで自分のことのかのように、きっと彼女は―――――――。

ああ、と。それでやっと耕一は、頑なな態度を取り続ける舞の気持ちが、分かったような気がした。

「耕一の家族は、耕一が人を殺して・・・・・・本当に、悲しまない?」

ダメ押しでもう一度問われる、答えることなんて出来やしない。
だから耕一はそれに返すことなく、違う問いを口にした。

556深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:22:56 ID:Homp4jlU
「川澄さんは、その・・・・・・佐祐理って子達が嫌がるから、誰も殺さないっていうのか?」
「違う。嫌がるからじゃない、悲しむから」
「じゃあ、川澄さん自身はどうなんだ? 目の前で佐祐理って子が殺されたら、どう・・・・・・」

言葉は、続かなかった。
舞の表情は変わらない、先ほどの彼女のまま。
しかしその瞳の湛える意志の強さはますます増しているかのようだった、舞はそのまましっかりと耕一を見据え続ける。
だが耕一もここで引こうとはしない、途切れた啖呵の続きは口にせず問いの意味を投げかけた。

「人を手にかけないていうことに対し、川澄さん自身の意志があるのかないのか。それがちょっと気になったんだ」
「これは私の意志、これが私の意志。例外はない」

即答、そこに揺らぎはない。
何てしっかりとした子なんだと、何てはっきりとした自我を持っている子なんだと。驚愕が胸を包むと同時にやっと川澄舞という人物が理解できたような。
そんな風に、耕一が思った矢先だった。目の前の彼女の頭が、いきなり項垂れたのは。

「ただ、前の私だったら迷わず斬っていたかもしれない、でも私は変わったから。
 変われたから。佐祐理と、祐一と出会えたことで」
「・・・・・・そうか」
「だから、人を殺そうなんて思わない。復讐もしない、それを佐祐理が望むとは思えないから」

どうしてだろうか。先ほどまでと一転して、今度は随分と小さな少女に見えてきた気がする。
ある種の儚すら感じた、そして考えた。
この答えに辿り着いた彼女の聡明さと、その裏に存在にするであろう不安を。
彼女の強みは「倉田佐祐理」、そして「相沢祐一」の存在というバランスでしか成り立っていない。

そしてその心の支えは、今彼女の傍にはいない。

「・・・・・・耕一?」

557深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:23:21 ID:Homp4jlU
気がついたら目の前の細い体を両腕で包んでいた、細く華奢なそれは簡単にすっぽりと収まることになる。
特に抵抗されることもなかったので、耕一は力を加減しながらもぎゅっとそのまま舞を抱き込んだ。
腕の中の舞は、特に何も何も口にしなかった。ただその暖かな温度だけが彼女を抱いている証のようにも思える。
しかし、ここまで反応がないというのも困ったことで。
もしかしたら突然のことに怒っているのだろうか、不安に感じた耕一は躊躇いながらも口を開く。

「ごめん、嫌だった?」
「ぽんぽこたぬきさん」
「え?」
「・・・・・・別に。ただ、どうしてって思った」

ぐっと少しだけ胸板を手で押し返される、密着していた頬を剥がし耕一の目線に合わせて舞は静かに問いかけた。
耕一はというとその純粋な視線に照れを覚えながらも、感じたことに対し素直に答えようとする。

「何か、泣きそうに見えたんだ。川澄さんが」
「・・・・・・」
「勘違いかもしんないけどさ、その。確かに川澄さんの決意の強さは分かった、でも・・・・・・何ていうか、強がりだってあるような気がして」
「・・・・・・」
「余計なお節介かもしれないけど、あんまり一人で背負い込もうとしなくてもいいからさ・・・・・・ほら、俺達だって仲間なんだから。
 君の大事な友人ほどにはなれないかもしれないけど、頼ってくれればって。思ったんだ」
「・・・・・・はちみつくまさん」

ぎゅっと、胸の辺りのシャツが引っ張られる感覚を得る。
見下すと舞が両の手でそれを握り締めていた、そしてぽふっと先ほどのように頬をくっつけてくる。
ああ、甘えているのだと。少女のリアクションの意味が分かると同時に、そこに愛しさが生まれだす。
さらさらとした黒髪に指を通すと、舞は気持ち良さそうに目を細めた。
それを何度も繰り返す、艶のある彼女の髪を触るのは耕一自身も楽しかった。

558深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:23:49 ID:Homp4jlU
しばらくの時間が過ぎた所で、また胸を押し返される。
ゆっくりと拘束を解くと、そこには口元を少し緩ませた優しい表情の舞がいて。

「私は、誰かを守るためにこの剣を振るう。チエも、志保も・・・・・・耕一も」

それは宣言だった。多分抱きすくめられた際に落としたのだろう、日本刀を拾い上げながら舞は言う。

「誰かを傷つけるために私はいるわけじゃない、耕一だってそう。守るために、戦う」
「そうだね、そして俺達の大事な人のためにも」

こくり。

「誰も殺さないで、事を進めるんだ」

耕一が言い終わる前に、舞は既に頷いていた。

その澄んだ瞳にじっと見つめられるだけで、耕一はまるで心が浄化されるような感覚を得た。
そして、今更になって思う。ああ、自分は彼女の虜になりかけていると。

「行こう、耕一。よっち達が待ってる」

多分舞は気づいていないだろう、一途だからこそ今は目の前の「守るべき対象」しか目に入っていないはず。
それも彼女の魅力だと思った、だから耕一は黙って頷き同意を表したのだった。




舞はすぐにでもチエ等のもとへ駆け出す気であっただろう、しかしそこは謝り耕一は先の戦闘にて手放したトカレフを探しだす。
一応弾も一発だけだが残っているはずだったので、ここで手放すには少々惜しいからだ。
感情が高ぶっている際に乱射したマグナムにはもう残弾はない、切り札としてトカレフは手放せない存在になるであろう。
落とした場所はすぐそこであったのでそれ自体は簡単に見つけ出せた、手に取り確認するものの異常は見られない。

559深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:24:37 ID:Homp4jlU
「ああ、そういえば」
「?」

これで思い出したと言ったら失礼かもしれないが、トカレフを預けていった少女のことが頭を過ぎる。

「友達には無事会えた?」

舞に絶対会わなければと意気込んでいたあの少女のこと、身体的特徴から見て舞から聞いていた「倉田佐祐理」でないことだけは理解できる。
名前は聞かなかった、制服は・・・・・・見覚えはあったがよく思い出せない。
何しろ辺りが薄暗いということにも拍車がかかっていて、耕一の中でもあの少女のことはかなりおぼろげな記憶としてでしかなかった。

「髪の長い、すらっとしたスタイルのいい子。君を探しに追って行ったんだよ」
「・・・・・・?」
「え、会わなかったかな」
「誰?」
「ああ、名前は聞かなかったんだけど。川澄さんの名前知ってたから・・・・・・友達じゃなかった?」

首を傾げる舞、訝しげなその視線に耕一の胸中を嫌な予感が埋めていく。

「そういう知り合いはいない・・・・・・どういうこと?」

固まる空気。
耕一の表情に、焦りの色が浮かびだす。
舞は続けて言った、このゲームに参加している知り合いは「倉田佐祐理」と「相沢祐一」のみだと。

「ここに来てからもよっちや耕一達としか面識はない、他の人間には会っていない」

では、あの少女は一体何者なのか。
何が目的で舞を探していたのか。

560深夜の奇襲4:2007/03/01(木) 01:25:24 ID:Homp4jlU
「・・・・・・耕一、その人はどっちに行った」
「ああ、うん。川澄さん達が逃げてった方向だけど」
「・・・・・・」
「えっと・・・・・・」
「行こう、耕一」
「え、ちょ、ちょっと?!」

背中を向け、耕一の言葉を待つことなく舞はいきなり走りだす。
生み出たのは小さな不安、後ろを顧みず舞は再び足を動かし続けるのだった。





柚原春夏
【時間:2日目午前4時】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:要塞開錠用IDカード/武器庫用鍵/要塞見取り図/支給品一式】
【武器(装備):防弾アーマー】
【武器(バッグ内):おたま/デザートイーグル/レミントンの予備弾×20/34徳ナイフ(スイス製)マグナム&デザートイーグルの予備弾】
【状態:このみのためにゲームに乗る】
【残り時間/殺害数:9時間19分/4人(残り6人)】

柏木耕一
【時間:2日目午前4時】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(1/8)・500S&Wマグナム(残弾数0)・大きなハンマー・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:チエと志保の元へ、誰も殺さない、右腕軽症、柏木姉妹を探す】

川澄舞
【時間:2日目午前4時】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:日本刀・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:チエと志保の元へ、誰も殺さない、祐一と佐祐理を探す】
【備考:髪を下ろしている】

Remington M870(残弾数1/4)は周辺に落ちている

(関連・656)(B−4ルート)

561雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:01:10 ID:STP5xe1k
「この島は、いいところだ」

サングラスの男は、そう口にした。

「手前ェの器ってもんを試すチャンスが、いくらでも転がってやがる。男にとっちゃ最高だ。
 あんたもそう思うだろう、爺さん?」

言って、笑う。
どこまでも快活な笑みだった。
対する老爺は、黒い三つ揃いの襟を正すと、白い手袋の拳を握り込んだ。
静かに構える。軽い前傾姿勢のボクシングスタイル。

「―――名を聞いておこうか。口が利けんようになってからでは遅いからの」

老爺の静かな言葉に、サングラスの男がニヤリと口の端を上げる。

「人に名を尋ねるときはまず自分から―――、そいつが紳士の嗜みってもんじゃねえのか」

言われた老爺は眉筋一つ動かさず、答える。

「失礼した。長瀬源蔵、号をダニエルと申す。
 ……いざ、尋常に立ち合われたい」
「長瀬……源蔵……? マジかよ、爺さん……!」

老爺、源蔵の名乗りに、サングラスの男が短く口笛を吹いた。
心底から楽しそうな笑みが、口元に浮いている。

「ハハッ、こりゃあいい、こりゃあいいや!」
「……そこもとの名は」

腹を抱えんばかりに笑う男に、源蔵があくまでも静かに問いかける。
男がぴたりと笑いを止めた。正面から源蔵を見据え、口を開く。

「古河秋生。……あんたは知らないだろうが、爺さん。
 俺さ、あんたの役、演ったことあるんだぜ」

言ってサングラスの男、秋生がまた笑う。
それはまるで、少年のような、笑みだった。

562雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:01:30 ID:STP5xe1k
「―――」

雨が、降りしきっていた。
秋生の手にはいつの間にか、一丁の奇妙な形状をした拳銃が握られていた。
その銃口は、拳を構えた源蔵の正中線をぴたりと狙っている。
しかし源蔵は微動だにせず、じっと秋生を見据えていた。
二人の男は、動かない。

「……飛び道具なぞに、長瀬が膝を折るとでも?」
「はは、そいつはやってみなけりゃわからねえさ。
 実際、俺の演ったホンじゃあ爺さん、あんた結構苦戦してたぜ?
 もっとも満州にいた頃のあんただがね」
「ふむ」

源蔵の、しとどに濡れた髭から雨粒が滴り落ちる。

「十四、五の時分のこととてな。ようは覚えておらなんだが……そのようなこともあったかの」
「俺に聞くなよ」

秋生が苦笑する。

「立志伝中の人物、ってやつだ。
 本当のあんたが何をしたのか、何を見たのか―――そいつはあんたにしかわからねえさ」
「さて、芝居の種になるような生き方じゃったかの」
「充分さ。がむしゃらで、破天荒で……爺さん、若い頃のあんたは、俺のヒーローだったんだぜ」
「小僧に多くを望むでないわ」
「違いねえ」

秋生が一瞬だけ、どこか遠くを見るように小さく笑う。

「ガキどもにはいつだって苦労させられる」
「それが老いる楽しみでもあるさ」
「爺さんの境地に達するには、俺は若すぎるんだよ」
「そのひよっこが、さて何を見せてくれるのかの」
「そいつは見てのお楽しみ、だ」

閃光が奔った。
言い終えるや、秋生が引き金を引いたのである。
一瞬の静寂。
雨滴の、地面を叩く音が、一際大きく聞こえる。

563雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:01:58 ID:STP5xe1k
「……おいおい」

秋生が、呆れたように呟く。
赤い光線は、雨を裂いて確かに源蔵を貫いたかに見えていた。
しかし、秋生の視線の先には、いまだ平然と立つ源蔵の姿がある。

「……あんま無茶すんなよ、爺さん」
「ふむ」

片足を引くことで半身をずらす、ただそれだけの動作で必殺の第一射をかわしてみせた源蔵が、
息一つ乱さず言葉を返した。

「……まさか光線銃、とはの。少々肝を冷やしたわ」
「見てから避けられるはず、ねえんだがな」
「なに、見えずばその先を取るだけの話よ」
「簡単に言ってくれるじゃねえか」
「そも、」

源蔵が、一拍置く。

「見たことがなくては防げぬ、では……警護は務まらぬからの」
「そらまあ、そうだ」
「……さて、今度はこちらの番かの―――」

言いながら源蔵が、す、と足を踏み出す。
何気なく踏み出されたはずのその一歩は、しかし、接地と同時に轟音を響かせた。

「ぬぅぅぅぅ……ンッ!」

周囲の大気が、震えた。
老人の痩身が変化を遂げていく。
上品な仕立てのシャツが、ぴんと張り詰めた。
内側からの圧力。源蔵の肉体が、膨れ上がっていたのである。
半世紀もの間、来栖川の盾として磨き上げられてきた、それは鋼鉄の肉体だった。

「何だ、そりゃあ!? 反則じゃねえか爺さん!」
「―――参る」

言葉と共に、源蔵が跳んだ。
踏み出した足の下で、泥濘が爆発的に弾ける。
巌の如き拳が、轟と風を巻いて秋生に迫った。

564雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:02:24 ID:STP5xe1k
「ちぃッ!」

迎撃しようとした秋生は、瞬時に間に合わぬと判断。
前に出れば砕かれる。後ろへ避ければ詰められる。

「なら―――こっちだろッ!」

横っ飛び。
タックルにいくような低い姿勢で身を捻り、肩甲骨から接地する。
そのまま重心移動だけで起き上がり、肩越しにめくら撃ちで三点射撃。
軸足で回転した秋生の眼前に、歯を剥き出した源蔵の笑みがあった。

「……ッ!」

その左の袖が千切れ、隆々たる筋骨が覗いていた。
紙一重でかわされた、と秋生が理解した瞬間、その腹を衝撃が貫く。

「がァ……ッ!」

一気に数メートルを吹き飛ばされる秋生。
回転する視界の中で、しかし秋生は地面に向けて光線を放っていた。
泥濘が陥没し、小さなクレーターを作る。
射撃の反動で、秋生の回転が止まっていた。空中での強引な姿勢制御。
追撃すべく飛び出していた源蔵が、その表情を凍らせる。

「悪ぃな爺さん、ゾリオンには色んな使い道があるんだよ……!」

笑う。カウンターでの斉射。
赤光が、源蔵に迫る。

「ぬぅぅぅッ!!」

瞬間、秋生は己の目を疑った。
絶対にかわせぬタイミング。必中の光線を、源蔵は己が腕を交差させて受けたのである。
肉を焼き、骨を断つはずの赤光は、しかし、源蔵の腕を貫くことはなかった。
源蔵の腕から立ち昇った黄金の霧に、光線が阻まれているように、秋生には見えた。

「焚ッッ!!」

大喝と共に、赤光は弾かれていた。
驚愕に目を見開きながら、秋生が着地する。

565雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:02:51 ID:STP5xe1k
「クソッタレ……無茶しすぎだろ、爺さん……!」

突進を止めることには成功したが、しかし秋生の前に立つ源蔵は、まったくの無傷であった。
ゾリオンの赤光を防いでみせたその両の袖口がズタズタに裂けているのが、唯一の瑕疵といえた。

「ふむ……、替えは持ち合わせておらんのだがな」
「服の心配かよ……!」
「何、わしに闘気を使わせた男は久しくおらん。誇ってよいぞ」
「闘気だぁ……? さっきの、金色のやつか……」

光線を受けた一瞬、源蔵の腕から湧き出した、黄金の霧の如きものを、秋生は思い起こしていた。
源蔵が、重々しく口を開く。

「貴様の銃に様々な使い道があるように、わしの闘気にもそれなりの使い方というものがある」
「気合がありゃあ何でもできる、ってか……これだから大正生まれはタチが悪ぃんだよ」
「せめて半世紀を生きてから物を言え、ひよっこ」
「ハ、戦前に帰りやがれ、満州の爆弾小僧!」

走り出しながら、秋生が光線を放つ。
距離をとろうとする動き。
させじと、源蔵が詰めていく。

逃れ、詰める。時折、赤光が奔り、風が唸る。
それは雨の森を舞台と見立てた小さな輪舞の如く、穏やかにすら見える暴力の応酬だった。

「ああ畜生、楽しい、楽しいなあ、爺さん」

秋生が、泥を撥ね上げながら口を開く。
表情は快の一字。

「楽しいついでだ、聞いてくれよ、爺さん」

源蔵は答えず、横蹴りで秋生の腹を狙う。
大きく跳ぶ秋生。

「俺の女房は、ちっとばかし頭の弱い女でな」

構わず言葉を続ける。

「世界が平和になりますように、なんて本気で言い出すような女でよ。
 俺みてえなヤクザ者もあいつにかかりゃあ、本当はいい人、素敵な人、ってな。
 他人のいいところしか見ねえ、いや見えねえんだ。ま、言ってみりゃあ病気だぜ、半分方」

秋生の鼻先を、源蔵の磨き上げられた革靴が掠めた。

566雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:03:22 ID:STP5xe1k
「……ああ、勘違いすんなよ? どんだけ頭が弱くたって俺は女房を愛してるからよ。
 うおお、無性に叫びたくなってきた、早苗、愛してるぜぇぇーっ!」

拳圧だけで周囲の木々を薙ぎ倒さんばかりの一撃を、紙一重でかわしながら叫ぶ秋生。

「ま、そんな感じでな。ついでに娘もとびっきりの器量よしだぜ、写真見るか?」
「わしは孫を亡くしたよ」
「そうかい、そりゃ残念だ」

秋生の手にした銃から、光線が飛ぶ。
赤光は一瞬前まで源蔵がいた空間を切り裂き、草木を灼く。

「でまぁ、そのちっとおつむの弱くてとびっきりのいい女が、だ」

連射。
矢継ぎ早に飛ぶ赤光を、源蔵は左右に身を振ることで回避。
秋生は後退しながら広範囲に弾幕を張る。

「俺のことをな、ヒーローだって、本気で信じてやがるのよ」

なおも詰める源蔵。
眼前に展開される飽和攻撃を、最低限度の動きでかわしていく。

「だから俺は爺さん、あんたにだって負けねえ。……負けられねえッ!」

だが秋生は、その動作を予測していたかのように速射。
疾風の如き源蔵の回避軌道に合わせ、それ以上の速度をもって赤光が駆ける。
しかし、

「―――若いな」

命中の瞬間、再び源蔵の腕から闘気が立ち昇っていた。
右正拳、一閃。黄金の拳が、赤光を粉砕した。
秋生が次の弾幕を展開するよりも早く、源蔵が肉薄する。

「信念だけでは、この拳は撃ち抜けぬ」

左が、秋生の顔面をかち上げる。
間髪をいれず右。たまらず秋生がのけぞった。
体を引きながら、空いた腹に打ち下ろしの左。下向きのベクトルに、秋生の体が釘付けにされる。
流れるような三連打。既に右の拳は引き絞られている。
源蔵の拳に、黄金の闘気が宿った。

「さらばだ、小僧―――!」

567雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:03:53 ID:STP5xe1k
古河秋生を葬り去る、必殺の一撃。
昇竜天を衝くが如き右の拳は、

「ぬぅ……ッ!?」

秋生の眼前で、止まっていた。

「―――爺さん、やっぱりあんた爺さんだ」

否。源蔵の拳は、止められていた。

「歳食って、磨り減っちまってる」

秋生が手にした拳銃から、赤光が伸びていた。
常であれば瞬間に飛び去り消えるはずの赤光は、しかし燃え盛る炎の如く、その場に留まっていた。
それはまるで、銃口を柄と見立てた、一振りの剣。
真紅の剣が、黄金の拳を押し返す。

「昔のあんたなら、胸を張って応えたはずさ。手前ェの負けられねえ理由、ってヤツで」
「ぬ、ぬぅゥゥッッ!?」
「信念の無ぇ拳が……俺のゾリオンを止められるかよッ!!」

ぎり、と源蔵を見返した秋生の瞳が、大剣と同じ色に燃え上がった。
赤光が、黄金を飲み込んでいく。
ついに秋生の大剣が、源蔵の拳を包む闘気を弾き飛ばした。

「ぐぅッ……!?」
「名づけて必殺、ゾリオンブレード! ―――サヨナラだ、俺のヒーロー!」

真紅の刃が、鋼鉄の肉体を肩口から、切り裂いた。

568雨中、真紅に燃えて:2007/03/01(木) 15:04:33 ID:STP5xe1k
 【時間:二日目午前10時前】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

古河秋生
 【所持品:ゾリオンマグナム、他支給品一式】
 【状態:ゾリオン仮面・戦闘中】

長瀬源蔵
 【所持品:防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・支給品一式】
 【状態:肉体増強・戦闘中(斬られている)】

→664 ルートD-2

569譲れない想い:2007/03/01(木) 19:40:13 ID:tQg92mBA
激しく殴り合う岡崎朋也と、高槻・折原浩平。だがポテトの投擲攻撃を機に、とうとう彼らの拮抗は崩れた。
「うがっ……!」
ポテトを投げつけられて動きの鈍った浩平の顎を、朋也の鋭い裏拳が正確に打ち抜く。
浩平の体が、勢い良く地面に叩きつけられる。浩平は何とか起き上がろうとしたが――腕が、足が、命令を拒否する。
「ぐ……う……」
浩平は脳を大きく揺さぶられて、いわゆる脳震盪の状態に陥ってしまっていた。
動ける筈が無い。寧ろこの状態で意識を保っていられる事が既に、驚くべき事だった。
残るは白衣に包まれた左肩を真っ赤に染めた高槻と、腹部に軽い痛みはあるもののほぼ無傷の朋也のみ。
一対一、そして満身創痍の人間と五体満足の人間の勝負――もう、これ以上続けるまでも無かった。
高槻に向けて、刺々しい睨みを効かせてくる朋也。あの長身に加えて、この猛獣のような眼力。
高槻には朋也の姿が、悠然とそびえ立つ不気味な塔のように見えた。
「もういいだろ……俺の勝ちだ。諦めて彰を――その殺人鬼を庇うのを止めろ。
出来ればゲームに乗ってない奴を、悪人じゃねえ奴を殺したくはねえ」
朋也は可能な限り、怒気を抑えて言った。本当なら今すぐにでも障害を排除して、彰を八つ裂きにしたい。
しかしそれでは、この島を闊歩する殺人鬼達と同じでは無いか。
朋也の中に残った一欠片の最後の理性が、ぎりぎりの所で彼を押し留めていた。

570譲れない想い:2007/03/01(木) 19:41:23 ID:tQg92mBA
昔の高槻ならば、ここで素直に引いただろう。いや、そもそも最初から彰を庇いさえしなかっただろう。
自分以外の人間。それも、仲間ですら無い人間を庇う。その行為にどれだけの意味がある?
良いじゃねえか、見捨てちまえば――頭の中で、そんな囁きが聞こえてくる。
だがそれでも。高槻は静かに、朋也の目を眺め見たまま語り始めた。
「――なあ、てめえ。勘違いしてるようだから言っとくが」
「何だよ」
「俺様はどうしようもねえ悪党だ。この島に来る前までは色々と悪いことをやったさ……」
突然の告白に、その意図を計りかねる朋也。
「それがどうしたってんだ?自分は悪人だから殺してくれとでも言いたいのか?」
高槻はそんな朋也の言葉を無視して、淡々と喋り続けた。
「だが俺様はこの島で、馬鹿なクソガキ――沢渡真琴って奴に出会ったんだ」
その名前が出た瞬間、浩平も、郁乃も七海も息を飲んだ。
真琴は、彼女はもう――
「あいつは口は悪かったけど……こんな俺様に懐いてくれた……こんな俺様を頼ってくれた……」
高槻はそこまで言うと、目線を落として、拳を潰れそうな程握り締めた。左肩の傷口から流れ落ちる血の勢いが増す。
「なのに俺様はあいつを……守れなかった……。守れなかったんだよ、畜生……!」
「な……なん……だと……」
高槻の言葉に、朋也の頭の中が真っ白となる。
(こいつは――俺と一緒じゃないか。守りたい奴がいて、精一杯守ろうとして、それでも守りきれなかった。俺と何も変らないじゃないか……)
動揺する朋也をよそに、高槻は一層語気を強める。
「今も俺様の仲間は馬鹿なガキばっかりだ。けどよ……こいつらは俺様を頼ってくれているんだ。
こんな俺様を必要としてくれるんだ……。折原も、勿論郁乃も七海も俺様の大事な仲間だ」
そして最後に高槻は、この島に来てから一番強い――否、人生の中で一番強い想いを籠めて、言った。
「だから今度こそ俺様はこいつらを守ってみせる。こいつらの笑顔も守ってみせる。彰ってガキが浩平のダチだってんなら、そいつも守る。
そうだ、俺様は絶対に引かねえ……引く訳にはいかねえんだ!」
朋也はもう、答えられなかった。自分と同じ経験を経て――違う道を選んだ強き者を前に、何も答えられなかった。

571譲れない想い:2007/03/01(木) 19:42:45 ID:tQg92mBA


あの無愛想な男の、高槻の、信じられないような内容の独白――
そこで郁乃はちらっと横を見た。彰は先ほどから何やら、銃の照準を合わせる方法を模索しているようだ。
玩具とは訳が違う。もしまかり間違って仲間を撃ってしまっては取り返しがつかない。まだもう暫くは時間がかかるだろう。
郁乃は視線を正面に戻して、高槻の背中を見つめた。
「…………ねえ、高槻」
「何だ?」
背を向けたまま答える高槻。無茶だとは分かっているが、それでも郁乃は、自分の願いを口にした。
「お願い……勝って!」
高槻は答えない。だがその背中が少し笑って見せたような気がして――直後、高槻は駆け出した。

572譲れない想い:2007/03/01(木) 19:43:37 ID:tQg92mBA


「くっ――」
一発、二発、三発、四発。連続で繰り出される高槻の拳を、朋也はかろうじて受け止めていた。
――早い。怪我をしている筈なのに、左肩が痛む筈なのに。高槻は怯む事無く、嵐のように攻撃を繰り出してくる。
――重い。死んだ仲間の為だけでなく、生きている仲間の為にも振るわれる拳は、何よりも重い。
「けど俺だって……負ける訳にはいかねえんだよっ!!」
朋也が吼える。自分とて、風子と由真の命を背負っている。引けないのは同じだ。
彼女達の敵を取るまでは、彰を葬り去るまで、たとえ五体が引き千切れようとも戦い続けてみせる。
「うらあ!」
高槻の強烈な左フックが朋也の頬を捉える。朋也の口と、高槻の左肩から血が流れ出る。
「く……あああ!」
朋也が高速で左足を横薙ぎに振るう。腹を蹴られた高槻が低い呻き声を上げる。
「このっ……ナメんな!」
高槻は朋也の髪を掴んで、その顔に頭突きを放った。朋也の鼻から、血が噴き出す。
「ぐあっ……でも、まだだ!」
朋也は前蹴りを放って、高槻を後ろに押し退ける。
「いい加減倒れやがれっ!」
高槻が大きく右腕を振り上げて、渾身の一撃を振り下ろす。
「てめえがな!」
朋也は大きく腰を捻り、勢いをつけて右の拳を斜めに振り上げる。
どちらも防御など考えてはいない。ひたすら攻めて、自分の気持ちを叩き付けて、敵を打ち倒すのみ。
「ぐはっ……」
「げぼっ……」
クロスカウンターの形でお互いの拳が交差し、互いの体を酷く痛めつける。
骨の芯にまで届く、大きな衝撃。神経が断裂するかと思うほどの、凄まじい激痛。
それでも二人は、ガクガクと震える膝を叱り付け、咆哮をあげてまた殴り合う。
その度にまた二人の体に傷が増え、地面に赤い鮮血が飛び散る。それが自分の血か、相手の血か、判別する事はもう出来ない。
命を、魂を、削り合うような、男の意地を掛けた殴り合い。それは永遠に続くようにさえ、思われた。

573譲れない想い:2007/03/01(木) 19:44:54 ID:tQg92mBA


しかし、死闘の終わりは唐突に訪れる。
「――やめやがれぇぇぇぇぇぇっ!!」
場の空気を吹き飛ばす、巨大な叫びが響き渡る。高槻と朋也は、ピタッと動きを止めて、ゆっくりと横へ振り向いた。
そこには真実を知る三人――古河秋生、古河渚、そして、みちるが立っていた。

【時間:二日目・14:30】
【場所:C−3】
古河秋生
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
【状態:現在の目標は戦いを止める事。中程度の疲労、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の

捜索】
古河渚
【所持品:無し】
【状態:自力で立っている、目標は朋也の救出、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度には回復)】
みちる
【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
【状態:目標は朋也の救出と美凪の捜索】

574譲れない想い:2007/03/01(木) 19:46:02 ID:tQg92mBA
岡崎朋也
 【所持品:S&W M60(0/5)、包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、三角帽子、他支給品一式】
 【状態:マーダーへの激しい憎悪、疲労大、全身に痛み。第一目標は彰の殺害、第二目標は鎌石村役場に向かう事。最終目標は主催者の殺害】
湯浅皐月
 【所持品1:セイカクハンテンダケ(×1個+4分の3個)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光3個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金】
 【状態:気絶、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】

七瀬彰
 【所持品:S&W 500マグナム(5/5 予備弾7発)、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:腹部に浅い切り傷、右腕致命傷(ほぼ動かない、止血処置済み)、疲労、ステルスマーダー】
ぴろ
 【状態:皐月の傍で待機】
折原浩平
 【所持品1:34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:脳震盪(回復にはもう少し時間が必要)、頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
ハードボイルド高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料・水以外の支給品一式】
 【状況:全身に痛み、疲労極大、出血大量、左肩を撃ち抜かれている(左腕を動かすと激痛を伴う)、最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】

575譲れない想い:2007/03/01(木) 19:47:54 ID:tQg92mBA
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:待機中、車椅子に乗っている】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:待機中】
ポテト
 【状態:気絶、光一個】

【備考】
以下の物は高槻達が戦っているすぐ傍の地面に放置
・コルトガバメント(装弾数:6/7)、H&K PSG−1(残り2発。6倍スコープ付き)

→720

576ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 12:58:34 ID:YC4yZi4s
「河野さん、このお方は…………」
「イルファさん……俺の……友達だよ…………」
鷹野神社の一室。そこには貴明が運んできたイルファだったモノを中心に、神社にいた全員が集まっていた。
「イルファさんが死んだことは2回目の放送の時点で知っていた……だけどこんなの……酷すぎる…………」
もう一度変わり果てたイルファを一瞥すると貴明はギリッと奥歯をかみ締めた。
そんな彼の手には今、イルファの遺品であるフェイファー ツェリザカが握られている。


(今頃、珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんはどうしているだろう―――?
イルファさんのことを聞いて悲しんでいるのだろうか? それとも―――)
ツェリザカに予備の弾丸を装填しながら、貴明はイルファの大事な家族である姫百合珊瑚、瑠璃のことを思った。
その時、貴明の中であるひとつの考えが浮かんだ。
(ん? 珊瑚ちゃん………?)


「そうだ!」
突然、そんな声をあげて貴明が立ち上がる。
「た…貴明さん!?」
「ど…どうしたのよ、いきなり!?」
「観月さん、悪いけど携帯電話貸してもらえないかな?」
「え? 携帯?」
そう言われてマナは慌ててポケットから携帯電話を取り出し、貴明に渡した。
「ありがとう。よし、早速…………」
「ちょっと。その前に何をしようとしているの!? 説明しなさいよ!」
「ごめんなさい杏さん。説明は後でします。その前に今はこれで……」
そう言いながら貴明は一度部屋を出た。
そして部屋を出ると、携帯電話の電話帳の機能である場所の番号を確認すると早速そこに電話をした。

577ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 12:59:09 ID:YC4yZi4s
――そこに電話をかけると、コール音が鳴り始める。
貴明が電話をかけた場所は氷川村にあるという診療所だ。
電話帳のアドレスには島の名所が50音順で登録されていた。そして一番上にあったのが沖木島診療所の番号。
貴明はまずはそこに電話をかけてみることにした。

誰でもいいから繋がって欲しい……貴明はコール音を聞きながらそう願い続けた。
――――しかし、いつまで経ってもコール音が途切れることはなかった。
「ちっ……!」
貴明は一度舌打ちして電話を切ると、急いで次の名所の番号を確認する。
(俺たちや杏さんたちがさっきまでいた鎌石村周辺の名所は今は飛ばすとして……次に登録されているのは…………)

――教会。
「ここか……」
貴明は地図を見て教会の場所を確認する。
教会は平瀬村の近く、エリアG−3の隅っこに位置していた。

(頼むぞ……)
そう願うと、貴明は決定のボタンを押し、再び電話をかける。
またしても貴明の耳にコール音が鳴り響いた。

しばらくの間、コール音が鳴り響く。
(ここも駄目か……)
諦めかけていた貴明であったが、次の瞬間――――コール音が途切れた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇

578ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 12:59:36 ID:YC4yZi4s
『はい。もしも〜し』
(やった……!)
通じた。電話の向こうから聞こえたのは聞き覚えのない少年の声。
しかし、電話が通じたというだけでも今の貴明にとって大きな収穫である。
瞬時に気持ちを落ち着かせると、貴明は口を開いた。

「もしもし。え〜っと、そこは教会であってるかな?」
『ああ。あってるよ。――ところで誰だお前?』
「あ…俺の名前は河野貴明っていうんだけど…………」
『河野……貴明!? 河野貴明だって!?』
「あ…ああ」
『ということは、君がるーこや珊瑚ちゃんたちが探していた……』
「!? るーこと珊瑚ちゃんを知っているのか!?」
電話の向こうの少年から知り合いの名前の名前が出てきたので、貴明は思わず叫んでいた。

『うん。今2人は一緒にいるんだけど……代わろうか?』
「ああ。是非!」
『はいはい。ああ。そうだ。自己紹介がまだだったね。僕の名前は春原ようへ……って、2人とも何するんだ!?』
『うるさいぞ、うーへい。電話の向こうにはうーがいるのだろう。ならば早く代われ』
『せやせや。うちらも早く貴明とおしゃべりしたいんやもん』
電話の向こうから懐かしい声がした。
(よかった。2人とも無事みたいだな……)
電話の向こうから聞こえるそんな声を聞いて貴明は肩を撫で下ろした。

579ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 13:00:19 ID:YC4yZi4s
『代わったぞ、うー』
「るーこか。その様子だと、そっちも大丈夫みたいだな」
『ああ。――ところで、うーは今どこにいるのだ?』
「俺? 俺は今、みんなと鷹野神社にいる。久寿川先輩もいるぞ」
『そうか。うーささも無事か』
「うん。……あ。そうだ。いきなりで悪いけど、珊瑚ちゃんに代わってもらえるか?」
『わかった』
るーこのその声が聞こえてしばらくした後、別の少女の声がした。

『貴明?』
「ああ、俺だ。珊瑚ちゃんか?」
『うん。貴明たちは大丈夫なん?』
「うん。怪我してる人多いけど、まあ大丈夫だよ。――それよりも……」
『?』
「イルファさんのことなんだけどさ……」
『!?』
「今……鷹野神社にいるんだけど、そこで見つけちゃったんだ。イルファさんの亡骸を…………」
『そうなんか……』
「――それでさ。俺……今からそっちにイルファさんを珊瑚ちゃんのもとに運びに行こうと思うんだ」
『えっ?』
「そのほうがイルファさんも喜ぶと思うし……それに、実は俺たちのもとにも1人ロボットの女の子がいるんだ」
『ロボットの?』
「ああ。名前はほしのゆめみ。最新式のコンパニオンロボットらしいんだけど、胴体を銃で撃たれたせいで左腕が動かなくなっちゃったらしい。
それで――珊瑚ちゃんなら彼女を直せられないかなと思って…………」
『出来ないことはないかもしれへんけど……今うち別のことで忙しくって……』
「別のこと? なんだい?」
『ああ、ごめんなー。ちょっとそのことは今は貴明たちには話せないねん』
「そうか……」

580ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 13:00:53 ID:YC4yZi4s
『でも……いっちゃんたちを連れて来てくれるならうち待ってるで』
「いいのか?」
『うん……貴明の言うとおりそのほうがいっちゃんも喜んでくれると思うし……瑠璃ちゃんも……』
「!? 瑠璃ちゃんがどうかしたのか!?」
『瑠璃ちゃん……死んじゃった…………うちを護るために…………』
「!?」

貴明はその後、瑠璃の死の内容を詳しく説明してもらった。
来栖川綾香という珊瑚の仲間の1人、藤田浩之の知り合いがゲームに乗っていたと。
綾香に珊瑚を庇う形で瑠璃が殺されたこと。
現場に駆けつけた柳川裕也という刑事たちのおかげで綾香は退けたこと。
そして、綾香は防弾チョッキと参加者の首輪を探知するレーダーを装備しているということを――

「そうか……ごめんね。そんなこと聞いちゃって…………思い出させちゃった……よね?」
『大丈夫や。うちがいくら嘆いたところで瑠璃ちゃんは帰って来ることはあらへん。瑠璃ちゃんに助けてもらった分もうちは生きなきゃいけないもん…………』
「…………」
『うちらは教会におるよ。平瀬村の方は今のところ大きな騒ぎとかは起きてへんから、来るなら安心して来るとええよ』
「わかった……ありがとう。それじゃあ切るよ」
『うん。みんなで待っとるで』
珊瑚のその声を聞きながら、貴明は電話を切った。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


――自分が思っていたよりも、珊瑚は強い子だった。
もしかしたら彼女は俺たちなんかよりもぜんぜん強い子なのかもしれない。

俺はそう思いながら部屋に戻った。
そこには荷物をまとめているみんなの姿があった。

581ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 13:01:28 ID:YC4yZi4s
「お待たせ。説明しようと思ったんだけど……」
「言わなくていいですよ貴明さん」
「え?」
「うん。全部聞こえていたし……」
「ぷぴっ!」
「な!?」
「行くんでしょ? 教会に……」
「…………うん」
俺は頷くと、イルファさんを背負い、彼女の遺品であるツェリザカをズボンに差し込んだ。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


教会までは道なりではなく、森林地帯の方を通っていくことにした。
このほうが敵に遭遇する確率も低いだろうし、万一遭遇しても、木々や茂みに身を隠すことが出来るからだ。

「暗くなってきましたね……」
空を見ながらゆめみが呟いた。
「そろそろ6時……3度目の放送の時間ね…………」
「2回目の放送の影響がどれだけ出たか……そこが問題ね」
「はい……」
「――みなさんは天国のことをどう思いますか?」
「え?」
「ぷぴ?」
突然ゆめみがそんなことを口にした。

582ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 13:02:05 ID:YC4yZi4s
「ゆめみさん、突然なにを……」
「いえ……私も何故こんなこと言いたくなったのか判らないのですが、私やイルファさんのようなロボットでも皆さんと同じ天国に行くことが出来るのでしょうか、と思いまして……」
「う〜ん……どうなのかしら?」
「確かに『壊れる』という概念はあるだろうけど、本来機会に『死』なんて概念はないしねえ…………」
ゆめみの問いに杏やマナたちは難しそうな顔をする。
そんな一行に対して貴明は呟いた。
「いけるさ……イルファさんもゆめみも……」
「え?」
「たとえ人であろうとロボットだろうと、俺たちはこの世界に存在していることに代わりはない。
だから……きっといけるさ。みんな同じ場所に…………同じ天国に…………」
「貴明……」
「貴明さん……」



――神様。もし本当にこの世界にいるのでしたら、どうか聞いてください…………
いづれ別れの時はやって来る。でも、いつかまた出会えるときが来る…………

だから…………


「天国を、ふたつにわけないでください」


貴明一向は皆、己のこころの奥底でそれぞれ誰の耳に聞こえることなく、そう呟いたのだった。

583ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 13:02:35 ID:YC4yZi4s
【時間:2日目・18:00前】
【場所:G−4・5境界】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリザカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリザカの予備弾(×10)】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー化、境界へ】
 【備考】
  ※イルファの亡骸を背負っています
  ※情報交換により岸田洋一を危険人物、抹殺対象と認識しました
  ※電話により来栖川綾香を危険人物、抹殺対象と認識しました
  ※聖、ことみの死については杏が未だ話していないので知りません

観月マナ
 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】
 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、他支給品一式】
 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】
 【状態:足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲。教会へ】
 【備考】
  ※情報交換により岸田洋一を危険人物と認識しました
  ※電話により来栖川綾香を危険人物と認識しました

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)、教会へ】
 【備考】
  ※情報交換により岸田洋一を危険人物と認識しました
  ※電話により来栖川綾香を危険人物と認識しました

584ココニイルトイウコト(後編):2007/03/02(金) 13:03:04 ID:YC4yZi4s
藤林杏
 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【状態:健康、教会へ】
 【備考】
  ※情報交換により岸田洋一を危険人物と認識しました
  ※電話により来栖川綾香を危険人物と認識しました

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:休憩中、胴体に被弾、左腕が動かない】
 【備考】
  ※左腕が動かないので両手持ちの武器が使えません
  ※情報交換により岸田洋一を危険人物と認識しました
  ※電話により来栖川綾香を危険人物と認識しました

ボタン
 【状態:健康、杏たちに同行、教会へ】



【その他備考】
※珊瑚ならゆめみを修理できるかもしれません
※イルファの左腕は肘から先がありません

585最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:06:53 ID:FbNVbNcI
リサ=ヴィクセンは美坂栞を連れて診療所を離れた後、村の中を街道沿いに歩いていた。
しきりに辺りを警戒しながら前を行くリサに、栞が話し掛ける。
「これからどうするんですか?」
「……少し時間が必要よ。まずは落ち着ける場所を探しましょう」

宗一の死で全ての歯車が狂ってしまった。
現状では主催者を倒す為の戦力が圧倒的に不足している。
はっきり言って、このまま策も無しに動き続けても勝算は皆無だ。
まずは作戦を練り直す必要があった。

そんな時である。
リサが突然斜め後ろの方へと振り向いたのは。
女―――宮沢有紀寧が、女優顔負けの完璧な笑顔で歩いてきたのは。







586最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:08:19 ID:FbNVbNcI

「なんて酷い事に……」
「ええ……正直、参ったわ」
「何て言えば良いか分かりませんが……とにかく、お悔やみ申し上げます……」
リサが宗一の死について話すと、有紀寧はまるで自分の事のように表情を大きく曇らせた。
有紀寧は先程からこの調子で、人が死んだ話を聞く度に深い悲しみを見せていた。
自分達以外にもゲームの破壊を企てている人間達がいる事を伝えると、パッと極上の笑顔を浮かべる。
美坂香里の死については、栞を何度も慰めていた。
あの感情の機微を殆ど見せなかった弥生とは全く違う。
そのような有紀寧の様子は、リサと栞の信用を勝ち取るに十分であった。

「それで―――脱出の段取りはどのように?」
有紀寧が真剣な面持ちで尋ねてくる。
リサは申し訳無さそうな顔をしてから、紙を取り出して現状を書き綴った。

・会話は全て盗聴されている事
・エディが死んでしまった以上、首輪を解除し得るだけの技術を持った人物には心当たりが無い事
・つまり、今の所―――脱出の足掛かりさえ掴めていない事

これらの内容を書いた紙を見せると、有紀寧は難しい顔をしたまま考え込み始めた。
きっと必死に脱出の術を探しているのだろう。
リサはパチッと音を立てながら爪を噛み締めた。

587最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:10:40 ID:FbNVbNcI
こんな少女でさえ健気に頑張っているのに―――自分はこれまで、何を築き上げてきた?
ただ悪戯に仲間の死体の数を増やしてきただけではないか。
(……は……トップエージェントが、聞いて呆れるわね……)
肩を竦めて心の中で自嘲気味に呟いた。
「リサさん……」
自分を責めているリサを気遣って栞が声を掛けようとする。
だがそこで三回目となる、絶望を告げる放送が始まった。


リサが祐一の死を隠し続けてきたのは、逆効果だったとしか言いようが無い。
―――栞が、第三回放送を耳にした時に感じたもの。
抗いようの無い無限の喪失感。
自分の中で、人が生きていくのにとても大事な何かがガラガラと音を立てて崩れ去ってゆく。
「ゆ……うい……ち……さん」
相沢祐一の笑顔を思い出す。
余命いくばくも無い状態で姉にも避けられ、直ぐにでも砕けてしまいそうだった自分の心を救ってくれた人。
大好きだったあの人は、もうこの世にいない。
栞は床に崩れ落ちて、死人のような瞳で、虚空に視線を漂わせた。

588最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:12:22 ID:FbNVbNcI


―――リサが、第三回放送を耳にした時に思った事。
観鈴を自分達に託して出発したあの勇ましい青年、国崎往人が死んだ。
また一人、ゲームを破壊する為の貴重な戦力と成り得る人物がいなくなってしまった。
彼だけでは無く、見知らぬ多くの人間達も命を落としてしまっている。
「宗一……。私どうすれば、良いの……」
絶望的な現実に打ちのめされて、リサは地に伏した。
残り人数は約三分の一。
死人の出るペースから考えれば、殺戮者達は未だ健在だろう。
この状況で主催者を倒す?……馬鹿な。
最早ゲームの破壊どころか―――この事態を引き起こしたマーダー達の殲滅すら、成せるかどうか危うい状況である。


そして―――絶望感に苛まれるリサに掛けられる声。
「どうすればいいか―――簡単ですよ。ゲームに乗れば良いんです」
それは紛れも無い、人の皮を被った悪魔の囁きだった。 
「―――――!?」
リサが驚愕に顔を上げると、有紀寧が見下ろすように立っていた。
心優しい純真な少女の笑みを、その顔に貼り付けたままで。
しかしその唇の動きと共に発せられる言葉は。
「優勝すれば願いが叶えられるんでしょう?だったら参加者全員殺した後に、優勝者への褒美でこのゲームを無かった事にすれば良いじゃないですか。
出来もしない脱出を馬鹿みたいに夢見ているより、そちらの方が余程現実的です。私は何か間違った事を言っていますか?」
数多の戦場を渡り歩いたリサですらも寒気を覚えるくらい、非情なものだった。

589最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:13:52 ID:FbNVbNcI
次の瞬間、リサは動いた。
「ふざけないでっ!」
目にも留まらぬ、文字通り常人には目視も困難な速度でトンファーを振り下ろす。
トンファーは有紀寧の頭上、後数センチで彼女の頭に達そうかという所で停まった。
「貴女何を考えてるの?次そんな事を言ったら……」
「次そんな事を言ったら何ですか?もしかして、殺すと仰るつもりですか?」
「Yes。私はゲームに乗った『悪』相手には容赦しないわ」
殺気を剥き出しにして、射殺すような目で警告する。
しかし有紀寧は余裕の表情を崩さなかった。

「―――何を勘違いしているんですか?この島での殺人に善悪などありません」
「戯言を……。罪の無い人を襲う―――これが『悪』じゃなきゃ、何が悪だっていうの?」
「そうですね……強いて言うなら、『悪』とは貴女のような、現実から逃げている人の事ではないでしょうか」
「……私が現実から逃げてる?」
「ええ。ゲームに乗った方達も、元から悪い人という訳では無かったでしょう。自分なりに目的を持って、仕方なくその道を選んだんだと思います。
それが間違っている事だと言い切れますか?」
「…………っ」
リサは答えに窮し、沈黙した。
確かに有紀寧の言い分の方が正しいかも知れない。
醍醐や篁はともかく、他の参加者達の殆どは名前も聞いた事の無い一般人だった。
彼らの中にゲームに乗った者がいたとしても、それは自ら望んでの事ではないだろう。
ある者は生き延びる為に、ある者は大切な人を生き返らせる為に、否応無しにゲームに乗っただけなのだ。
彼らを『悪』と断定する権利が、自分にあるのだろうか?
エージェントとして仕事を行う上で、何人もの敵を殺してきた自分に。

590最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:15:32 ID:FbNVbNcI
「そして、冷静に考えれば分かる筈です。今からゲームの破壊を目論むのと、優勝への褒美がブラフで無い可能性に賭けてゲームに乗る。
どちらの勝算が高いかという事くらい」
「…………」
「自らの手を汚してでも現実を直視して懸命に戦っている方々と、自分だけ綺麗なままで居続けようと現実から逃げているリサさん。
さて、『悪』いのはどちらでしょうね?」
有紀寧は揶揄するような調子を混ぜて、自信満々に言い放った。
対するリサはトンファーを投げ捨て、代わりにM4カービンを取り出して、それを有紀寧に向ける。

「貴女の言うとおり、ゲームの破壊は絶望的よ。でも―――私がゲームに乗ったら……最初に死ぬのは貴女よ」
「分からない人ですね……良いですか?こんな事言うまでも無いと思いますが、一人より二人の方が有利です。
つまりリサさんと私が協力して勝ち残れば良いんですよ。最終的に同じ志を持った人間の中の誰かが生き残れば、それで良いんですから」
「お生憎様、私はそんなに弱くないわ。その気になれば一人でも勝ち残ってみせる」
それは地獄の雌狐としての、絶対の自信。
だが有紀寧は超一流エージェントのその自信を、一笑に付した。
「何が可笑しいの!?」
「これでは宗一さんという方も浮かばれませんね。その油断と慢心が宗一さんを失う原因となったんですよ」
「―――――!」
「いいですか?二人で行動すれば交代で休憩も取れるし、私も銃を持っていればリサさんの援護くらいは出来ます。
それに、こう言ってはなんですが……貴女は甘すぎます。私が貴女の立場なら、もうこの場で栞さんを撃ち殺していますよ?」
「―――え……?」
リサは意味が分からず呆然となった。
何度か頭の中で有紀寧の言葉を反芻して、栞を殺せと言っている事に気付き、憤慨した。

「どうしてっ!?栞は関係無いじゃない」
「ええ、優勝する為には関係の無い……只の足手纏いですね。そんな人間はここで切り捨てるべきです。
ここで栞さんを殺せなければ、貴女はきっとまた躊躇う。無抵抗の人間を殺す事など永久に不可能でしょう」
一旦言葉を切ると、有紀寧は真剣な表情をして、告げた。
「選んでください。ここで栞さんを殺して、私と組んで勝ち残るか。それとも偽善を掲げて、誰も救えないままに野垂れ死ぬかを。
選択肢は二つ―――他に道はありません」

591最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:16:45 ID:FbNVbNcI
優勝……優勝すればやり直せる。
宗一の推理が間違っていなければ褒美の話はブラフでは無い。
誰も救えなかった自分にとって、それはどうしようもなく魅力的な話だ。
それでも―――リサの脳裏に浮かぶ、柳川と交わしたあの約束。
『私もあなたと同じよ。栞は絶対に守るわ。』
それが、リサの決壊寸前の堤防をぎりぎりの所で支えていた。

「私は栞を守るって決めたの。絶対に……それだけは譲れないわ」
「妄言を……。主催者は倒せない、栞さんは殺せない。ではどうなさるおつもりですか?まさか漫画のように都合良く、奇跡が起こるとでも?」
「……きっと……諦めなければきっと……奇跡だって起こせ……」
途切れ途切れになる言葉を懸命に繋げながら、なおもリサは反論しようとしていた。
冷徹なエージェントとして何をすべきか、自分の中でもう結論が出ているのに、だ。
だがそれ以上彼女が話を続ける事は無かった。

理想と現実―――その狭間で苦しんでいるリサ。
今も戦い続けている彼女を、暖かい感触が包み込む。
栞がその小さい体で、リサを優しく抱き締めていた。
「―――リサさん」
「……栞」
栞は小刻みに震えるリサの肩を掴んで僅かながら距離を離した。

592最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:18:11 ID:FbNVbNcI
顔を向き合わせながら、全てを受け入れた悲しい笑顔で栞が口を開く。
「起こらないから、奇跡って言うんですよ。それに―――」
栞は一瞬言葉を切らして、息を吸い込んでから続ける。
「奇跡が起こっても、私はもう駄目なんです。祐一さんもお姉ちゃんもいない世界で生きていくなんて嫌です。
だったら私はもう一つの可能性に賭けます。リサさんが優勝して、みんなを生き返らせてくれる可能性に」
栞はリサの腕を取って、M4カービンの銃口を自分の胸に突き当てた。
リサの体も、栞の体も、ガクガクと揺れていた。
「うあ……あああ……」
「お願いします……。勝って……お姉ちゃんと祐一さんを……」
栞は恐怖に震えながらも、リサの指を引き金に掛けさせる。
「し……おり…………」
リサが無意識のうちに目の前の少女の名前を紡ぐ。

―――死んだらどうなっちゃうんだろう。
―――お姉ちゃんと祐一さんにまた会いたいな……。
そんな事を考えながら、栞はリサの人差し指を押した。

「うああっ……ああああああっ!!」
銃声と共にリサの悲痛な絶叫がこだまする。
胸を貫かれた栞はドサリと、仰向けに崩れ落ちた。
赤く濁った液体が地に広がってゆく。
目を閉じ、笑顔のままで。
―――栞はもう、動かなかった。

リサは一目散に栞の体に駆け寄ろうとしたが、その背中を呼び止められる。
「あらあら、栞さんのお気持ちを無駄にするつもりですか?栞さんはリサさんに優勝して貰いたくて、自分からその命を差し出したんですよ?
それなのにリサさんがまだ甘い感情を捨てきれないのなら―――栞さんは本当に無駄死にですね」
その言葉でリサはピタリと動きを止めた。
それから壊れた機械のようにゆっくりと、有紀寧の方へ振り返る。

593最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:19:27 ID:FbNVbNcI
「……OK。貴女のお望み通りゲームに乗りましょう」
答えるリサ……その瞳から色は消え去っていた。
どんな感情も、もうそこからは読み取れない。
「でもね、私は貴女を信用していない。最後の二人になったら……貴女も殺すわ。本気になった地獄の雌狐の実力―――たっぷりと、見せてあげる」
今有紀寧の眼前にいるのは、もう数分前までのリサ・ヴィクセンではない。
目的の為なら躊躇無く手を汚す事の出来る、宗一と出会う前の復讐の亡者だった。
「―――ご自由に」
その亡者に、悪魔が一際大きな笑みを浮かべて答えた。


―――有紀寧は掌に付着した汗を、ポケットの中で拭き取っていた。
これは有紀寧にとってもかなり危険な賭けだった。
栞を人質にしてリサを隷属させる、というのが当初の作戦であった。
しかし、である。
リサの能力は正直予想以上だった。
話してみて分かったが、リサは強いだけで無く頭も切れる。
栞の首輪爆弾を作動させるくらいは出来るかもしれないが後が続かないだろう。
そんな事をすれば確実に組み伏せられ、武器を奪い取られる。
リサは間抜けでは無い……解除は自分しか出来ないと嘘を吐いても欺けまい。

だから嘘をほぼ用いぬ方法で説得するしか無かった。
今回有紀寧は殆ど嘘を付いていない。
主催者の打倒よりも優勝を目指す方が現実的なのは疑いようも無い事実。
リサが優勝を目指すべきだと思っているのも本当だし、一人より二人よりの方が勝利に近付けるというのも真実だった。
リサが戦っている最中は、自分の身が危機に瀕しない範囲で援護だってするつもりだ。
もっとも―――

594最悪の出会い(後編):2007/03/03(土) 13:20:37 ID:FbNVbNcI
「私は優勝者への褒美なんて夢見事、信じていませんけどね」
小さく呟く。
自分は要らぬ事を口にしていないだけだ。
これからはリサが積極的に参加者を襲うように仕向け、自分はサポートに徹する。
いくらリサといえども前線で戦い続ければ傷付いてゆく筈。
頃合を見て残り人数が僅かになった時に、消耗したリサを後ろから撃ち殺せば良い。
当然ながらリサも警戒しているだろうから、騙し合いの勝負にはなるだろう。
しかしリサやその他の猛者達とまともにやり合うよりは、遥かに勝ち目のある戦いだった。

―――地獄の雌狐、悪魔の策士。
その二人が、それぞれの目的を果たす為に手を組んでしまった。

【時間:2日目・18:10頃】
【場所:I-7】

宮沢有紀寧
【所持品①:コルトバイソン(4/6)、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】
【所持品②:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】
【状態:前腕軽傷(治療済み)、マーダー、自分の安全が最優先だが当分はリサの援護も行う、リサを警戒】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾28、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:マーダー、目標は優勝して願いを叶える。有紀寧を警戒】
美坂栞
【所持品:無し】
【状態:死亡】

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595少女軍歌:2007/03/04(日) 23:21:01 ID:rdS.kel6

立っていられるはずがない、と柏木楓は思う。
与えた傷は文字通りの致命傷となっている、はずだった。
血の海で死を待つはずの獲物は、だが、笑んでいた。

「あー……血ィ流れてる」

けたけたと、笑っている。
ゆらゆらと風に揺らめく白い特攻服が、血染めの緋色に変わっていく。
相手にするな。放っておけ。理性が告げる。
あれだけの出血だ、しばらくすれば野垂れ死ぬ。
それが常識的な判断というものだった。
しかし柏木楓の、狩猟民族としての本能は、まったく別の回答を提示していた。
即ち、戦闘はいまだ続いている、と。
だから、素直に言葉が出た。

「……何故、動けるんです」
「んー……?」
「人間が、その傷で立っていられるはずがないのに……」

率直に、訊ねる。
不可解を残したまま殺すには、この相手は些か奇矯に過ぎた。
答えは、明快だった。

「なァに言ってんの、あんた」
「……」
「関東無敗の湯浅皐月さんがさあ……斬られた程度で、くたばれないでしょ?
 常識で考えろ、って。あー、クラクラしてきた……」

言ってまた、けたけたと笑う。
理由もなく、根拠もなく、ただ理不尽に、少女は立っていた。
精神論というにはあまりに幼く、我慢と呼ぶには度を越している。
そういうものを何と呼びならわすか、楓は心得ていた。

「……見上げた根性ですね」

共有できない概念、理解できない情念。
それが少女の原動力だというならば、疑念の霧は晴れた。

 ―――この少女はやはり、柏木梓と同じ類の生き物だ。

596少女軍歌:2007/03/04(日) 23:21:41 ID:rdS.kel6
ならば、採るべき道は一つだった。
楓は真紅の瞳を細めると、右の手を握り、開く。
折れた指の骨は、既に繋がりかけていた。

「……終わるまで、やるだけです」
「へえ」

獲物の声が、低くなる。

「上等切ってくれんじゃん。……やってみなよ」

答えず、す、と身を低くする。
撓めた身体に、音速の壁を越える力が蓄えられていく。
視界が、クリアになる。
音を超える世界に、意識がシフトしていく。
生垣から垂れ落ちる水滴の一粒一粒を、認識できる世界。
ヒトの踏み入れること能わざる、神速の領域。
確殺の意思を込めて、真紅の爪が鳴く。
宙空を、駆けた。

鮮血に塗れ、なお立つ獲物の姿が、迫る。
薙ぎ、刻み、切り払うべく、必殺の爪を繰り出す。
刹那という単位。
瞬きすらも叶わぬ、絶対時間。
その中で。

「―――!?」

立ち尽くし、狩られるだけの獲物が、ニヤリと顔を歪めたのである。
ぷう、と獲物の口が、膨らんだ。
爪の間合いに飛び込むよりも、文字通りの一瞬だけ早く、視界が暗転した。
べしゃりとした気色の悪い感触が、楓の顔一面に広がる。

「……ッ!?」
「―――ォォォォオオオオオッ!!」

咆哮が、楓の耳を震わせた。
獲物が咥内に溜めていた血を噴いたのだ、と。
理解するよりも早く、風を感じた。
失われた視界の中で、楓は確信する。

 ―――これは、拳だ。拳の迫る、風だ。

カウンター。
正確な軌道。間違いなく顔面を直撃すると、楓はどこか他人事のように考える。
神速の突撃は、敵の拳にも同等にその恩恵を与えていた。
頭蓋の破壊さえ避けられれば再生は可能か、とまで思考したところで。
黒一色の視界が、白く染め上げられた。

通常を超過した認識速度が、鼻骨の潰れる感触と上顎骨の砕ける音、折れた前歯が舌を裂き、
咥内に刺さる瞬間の痛みまでを、正確に伝えてきた。
極端な慣性に揺られた脳が、一瞬意識を落とす。

597少女軍歌:2007/03/04(日) 23:22:22 ID:rdS.kel6
楓の意識が再起動したのは、受身もとれぬまま背中からアスファルトに落下し、肘や膝、腰、
その他各部の関節を巻き込んで盛大に痛めつけながら転がっている最中だった。
瞬間、天地を認識。重心を制御して、強引に回転を止める。
袖で乱暴に目を拭い、片膝をついたまま、見上げた。

「……くくっ」

いまだ霞む視界の中、獲物は、湯浅皐月と名乗った少女は、やはり笑っていた。

「……惜しいなあ、惜しい」

呟いて笑う、皐月の拳は完全に砕けていた。
音速を超過する一撃、鬼である楓の顔面を砕くほどの衝撃である。
反作用に人体が耐えられるはずもないと、楓は分析する。
しかし肉が裂け、骨すら覗く拳を事も無げに振って、皐月は続ける。

「もう少しだったんだけどなあ……この妙なナイフさえなけりゃ、決まってた」

言いながら、太股に手をやる皐月。
そこには、鈍色に煌く巨大なナイフが、深々と刺さっていた。
はっとして、楓は己の脚に目をやる。
果たして、そこに取り付けられていた器具から伸びるフレームが折れ、ナイフが一つ失われていた。
残る三つのナイフが、まるで楓に気づいてもらえたことを喜ぶように小さく揺れている。

「完璧なカウンターだったんだけどなあ……こいつが刺さった分、踏み込みが浅くなっちまった。
 ……便利なもん、持ってるじゃないの」
「……そうですね」

すっかり存在を忘れていた、とは口にしなかった。
それを言えばまた目の前の少女に笑うのだろうし、何より、おそらくは命を救ってくれたのであろう
ナイフたちが悲しむような気がしていた。

 ―――ナイフが悲しむ、なんて。

ひどく非論理的なことを考えている自分に苦笑する。
口元を歪めようとして、上顎が砕けていることに気づいた。
舌先で、咥内に刺さった歯の欠片を取り除く。
溜まった血ごと、吐き捨てた。

598少女軍歌:2007/03/04(日) 23:23:00 ID:rdS.kel6
「へえ、随分と男前になったじゃん。感謝してよ」
「……それは、どうも」

拭ったそばからじくじくと染み出す血に辟易しながら、楓が返す。
再生は既に始まっているが、折れた歯が生えてくるまでにはしばらく時間がかかるだろう。
それまでの自分の顔を想像しようとして、楓は強引に思考を止める。
代わりに黙って潰れた鼻をつまむと、軽く握った。
鼻腔に溜まっていた鼻水と血が、噴き出す。

「うわ、すげえ顔」
「……」

ふと見れば、白いワイシャツの両の袖口が、すっかり赤く染まっていた。
じっとりと血を吸ったそれを、楓は無造作に破り取る。
白い肌が、肩口までさらけ出された。

「……やる気じゃん。そうこなくっちゃあ、ね」

ニヤリと笑って、皐月は己の太股に刺さったナイフを、何の躊躇もなく引き抜いた。
鮮血が、噴き出す。

「大腿動脈が裂けているようですが……?」
「知らないよ、そんなの」

呆れたような楓の言葉に、軽く肩をすくめて皐月が答える。

「生き汚いですね」
「どこの星の言葉よ、それ。お互い様でしょーが」
「……違いありません」

小さく、楓が笑った。
白い肌を血に染めて、端正な顔に幾つもの醜い傷痕を残して、楓が笑う。

「……いい女だね、あんた。一緒に暴走ってみたかったよ」
「きっと姉に止められます」
「そう、残念だね」
「ええ、残念です」

言葉が、途切れた。
ほんの一瞬だけ見つめあうと、二人は同時に動いていた。
ブロック塀に、アスファルトに、互いの血が飛び散っていた。

599少女軍歌:2007/03/04(日) 23:23:27 ID:rdS.kel6
神速は最早、自分のの専売特許とは言えなくなったと、楓は思考する。
どういう原理かはわからないが、皐月は神速の領域に反応していた。
理由を訊ねれば、きっと理不尽な答えが返ってくるのだろう。
常識を度外視して、あの女は生きている。
一撃の重さでは、あるいは皐月の方が自分を上回るだろう。
ならば、勝負をかけるべきは―――。

「……両手で十本、そして脚には三本の刃……!」

ぎ、と楓は歯を食い縛る。
左手も、鬼のそれへと変化させていた。
鬼の血に呑まれずに戦える時間には、限りがある。
圧倒的な手数をもって、飽和攻撃を仕掛けるが、勝利への筋道。
仕留めきれれば、

「私の、勝ちです……!」

疾駆が交差する一瞬、同時に十三の斬撃を叩き込む。
右上から五、左から胴を狙って五、左の脚はかち上げながら顔面を、そして軸足の右からの二本は、
間合いギリギリで相手の脚を削ぐ円の軌道。
十三すべてに手応えがあり、そして、

「浅い……!」

左の脚からフレームを伸ばし、手近なブロック塀に突き入れる。
アンカーの要領で、強引にブレーキをかけた。
同時に右の脚とフレームを地面に叩きつけて、即時反転。
視界の先では、腕を上げて顔面だけをガードした皐月が、同じように振り向いていた。
ズタズタに避けた腕と、新たに鮮血を零す右の脇腹を庇おうともしていない。
前屈みのまま、走り来る。

「……ゥラァァァッッ!!」

中手骨をさらけ出しながら、真紅に染まった拳が繰り出される。
咄嗟に脚のフレームの内、二本を緩衝材として翳す。
そこに裏から腕を交差させながら当てることで、防御と為す。

600少女軍歌:2007/03/04(日) 23:24:02 ID:rdS.kel6
「……ッ!」

相応の衝撃はあったが、止まった。
突進を止められた皐月が、右拳を突き出したまま、歯を剥く。

「けど、こっからどうするよ……ッ!」
「……両腕が、塞がっていたって……!」
「―――ッ!?」

右脚のナイフの内、一本は自由。
フレームが伸び、銀色の刃が走る。

「な……ッ!?」

深々と、ナイフが皐月の腹に刺さるかと見えた、瞬間。

「……こんな、もんでぇ……ッ!」

すんでのところで刃を止めていたのは、皐月の左手であった。
掌の真ん中に刃を突き刺したまま、掴み止めている。
だらだらと、鮮血がナイフを伝って零れ落ちた。

「ォォアアアアアッ!!」

咆哮と共に、ナイフがフレームごと引き千切られた。
ほぼ同時に、皐月の前蹴りが楓の腹を抉る。
ダメージにはならないが、強引に距離を開けられた。

「ハァ……ハァ……ッ、ふたぁ……っつ、めぇ……!」

ガラン、と重い音がして、皐月の手からナイフが落ちる。
常軌を逸したその生命力にも、楓は最早驚くことはなかった。
ナイフの一つで片手が潰せれば、安いものだ。
もっとも風穴が開いたくらいであの拳が止まるかどうかはわからないけれど、と内心で呟いて、
楓は再び加速する。

「死ぬまで、切り刻むだけです……!」
「上ッ、等ォォォッッ!!」

鮮血と咆哮を撒き散らしながら、湯浅皐月が天を仰ぐ。

601少女軍歌:2007/03/04(日) 23:24:53 ID:rdS.kel6
「こっから先、こっから先だ、あたしらの勝ち負けはッ!!」
「結末は変わりません……!」

仁王立ちの皐月に向かって、楓は疾駆する。
今や十二となった刃のすべてが、皐月を微塵に刻むべく、奔った。
バックハンド気味に、右の爪を叩きつける楓。
後ろにかわせば詰む状況、皐月は当然の如く、刃の嵐の中に身を投じてくる。
爪の届かない裏拳の甲、そこにぶつけるように、頭を投げ出す皐月。
硬質の皮膚に当たった額が、ぱっくりと割れた。
しかし流れ出す血を気にした風もなく、皐月は真っ直ぐに楓を見つめている。口元には、獰猛な笑み。
応えるように、楓は真紅の瞳を弓形に細める。
皐月の額で止められた右手の、その上から切り裂くようにして左の爪を落とす。
狙うのは一点、皐月の眼。
貫手の形に整えられた爪を、しかし皐月は瞬間的に身をずらし、肩で受けた。
皮膚を裂く感触にも、楓は苦々しげに表情を歪める。
肩を貫き、鎖骨を断った程度でこの女は、

「止められない……っ!」

瞬時に判断。
左右のフレームから伸びたナイフを、自分と皐月の間に割り込ませるように展開する。
十字に交差し、大鋏の様相を呈した二本のナイフが、皐月の胴を左右から襲う。
が、

「なんて……無茶な……!」

皐月は、それをかわそうとは、しなかったのである。
二本のナイフは、皐月の両の脇腹を、確かに刺し貫いていた。
刺し貫き、そして、ただそれだけのことだった。

602少女軍歌:2007/03/04(日) 23:25:16 ID:rdS.kel6
「―――つかまえぇ、たぁぁ……」

湯浅皐月は、臓腑を貫かれた程度で止まりはしなかった。
彼女の腕が、ズタズタに裂けて血に染まり、見る影も無い腕が、楓の右手を、跳ね上げていた。
離れなければ、と本能が警告を発するが、それは叶わない。

 ―――ナイフが……!

深く刺さったナイフとフレームが、二人を結び付けていた。
そして左手の爪は、いまだに皐月の肩に刺さっている。
密着した状態で、防ぐものとてない楓の視界を、皐月の笑みが塗り潰していく。

「死んだら―――」

声が、ひどく遠くに聞こえた。
衝撃と、流れ出る血と涙で、視界がブラックアウトする。
治りかけの鼻が、再び潰されていた。
渾身の頭突きを受けたのだと理解した瞬間、次の打撃が入っていた。

「ぐ……ぇ……」

左右の脇腹に、連打を受けていた。
腹が裂けるかとすら感じられる、痛撃。
身体を連結された状態では、吹き飛ぶことで衝撃を逃がすこともかなわない。
五臓六腑を貫通する地獄の痛みに、胃の内容物が血と共にせり上がってくる。

「―――死んだら化けて出ろッ、待っててやる……ッ!」

第三の打撃が、鳩尾に入っていた。膝が突き刺さっている。
下がった頭を上から押さえ込むように、首に腕が回された。
血反吐を吐き散らしながら、楓は己が回転しているのを感じていた。

「……ぁ……か……」
「これがあたしの―――、メイ=ストームだぁぁッッ!!」

首を支点として、皐月の背中側へと、投げ飛ばされようとしている。
遠心力で加重された、二人分の体重が、楓の頚骨を捻り上げていた。
ごぐり、と。
奇妙な音が響くのを、楓は感じていた。
頚骨が粉砕される音だと、理解していた。
体が動かない。脊椎で脳からの指令が遮断されている。
このまま叩きつけられれば確実に死ぬと、楓は正しく状況を読み取っていた。
そして、体が動かない以上、受身は取れない。
柏木楓は、死を覚悟していた。

603少女軍歌:2007/03/04(日) 23:25:34 ID:rdS.kel6

荒い呼吸が、住宅街に響いていた。
妙に濡れたような咳が、時折混じる。

「が……ハァッ、……ハァ……ッ、」
「くぁ……、ゲホ、ゲェ……ッ……」

血反吐と肉片が飛び散り、この世の地獄を思わせるその一角で、鮮血の少女たちは、
ゆっくりと立ち上がろうとしていた。

「ハァ……ッ、ハァ……畜生、……本当に、ゲホ……ッ、厄介な、ナイフだね……!」
「……そちら、こそ……ッ、命冥加……な、ことです……、が……ッ!」

重大な損傷に回復が追いつかないのか、反吐塗れの顔を歪めながら身を起こそうとする楓。
その脚に残っていたはずのナイフが、フレームの根元から折り砕けて転がっている。

「受身……代わりってか……! けど、もう次は……助けて、くれないよ……ッ!」
「充分、です……っ、あとは……、死に損ないを、片付ける、だけですから……っ!」

少女たちの瞳には、互いの影しか映っていない。
敵と認めた、ただその存在を打倒すべく、少女たちは立ち上がる。

「……こっから、だ……ッ!」
「……終わり、です……!」

だから周囲を埋め尽くす、無言の影に、少女たちは眼もくれずに走り出す。

「―――ォォォォオオオオオッッ!」
「―――ぁぁぁッ!」

光線が、奔った。
周囲の家を燃やす光線を、湯浅皐月が片手で打ち砕き、
街を灼かんとする光芒を、柏木楓が真紅の爪で薙ぎ払う。

少女たちの戦場に迷い込んだ介入者が、次々にその仮初めの命を散らしていく。
煌く光条をまるで舞台装置とみなすが如く、少女たちはただ互いの敵を滅するべく、物言わぬ人形達を蹂躙する。
街を鮮血に染め上げて、幾多の屍を積み上げて、そして二人は止まらない。

604少女軍歌:2007/03/04(日) 23:26:17 ID:rdS.kel6
 【時間:2日目午前11時前】
 【場所:平瀬村住宅街(G-02上部)】

柏木楓
 【所持品:支給品一式】
 【状態:満身創痍・鬼全開】

湯浅皐月
 【所持品:『雌威主統武(メイ=ストーム)』特攻服、支給品一式】
 【状態:満身創痍・関東無敗】

砧夕霧
 【残り29548(到達0)】
 【状態:進軍中】

→690、704 ルートD-2

605名無しさん:2007/03/04(日) 23:50:25 ID:rdS.kel6
修正です。
>>599 1行目、

>神速は最早、自分のの専売特許とは言えなくなったと、楓は思考する。



神速は最早、自分の専売特許とは言えなくなったと、楓は思考する。

へ修正します。申し訳ありません。

606(空腹に)負けるな国崎往人!:2007/03/06(火) 00:53:46 ID:v5MNipJQ
先程少年との激闘を演じた国崎往人はあれから休みを取る事無く、神岸あかりと共に山越えを続けていた。
往人としてはあの厄介な少年を野放しにしておくのは非常に都合が悪い。援軍が来てくれたお陰で何とか命は繋いでいるものの、来てくれていなかったら確実に、そうコーラを飲むとゲップが出るくらい確実に死んでいた。
あの少年にかかっては観鈴や晴子の命などいくつあっても足りやしないだろう。
今度こそ、絶対に仕留めねばならないと往人は思った。
「はぁ、はぁ…く、国崎さん、待って下さい〜」
呼ばれて、ようやく往人はあかりが息も絶え絶えに着いて来ていることに気付いた。
「は、速すぎますよ…っ、痛…」
背中を押さえるあかり。手当てはしたものの所詮は応急手当の上にあかりは女の子だ。ついて来れなくて当然だ。
だのに『放っておいてさっさと行ってしまおう』という結論に達しなかったのはあかりが女性だということに起因していた。いくら外見が怖くても国崎往人も紳士なのである。
旅は道連れ世は情けというからな。
聞こえないように往人は呟くと、「少し休憩にするぞ」とぶっきらぼうに言って適当な木に身を預けてそのままずりずりと地面に腰を下ろした。歩き詰めだったために何とも言えない疲労感が妙に心地よい。
「ありがとうございます…ふぅ、つかれた…」
往人の対面にあかりが座り、ぐったりと頭を垂れる。余程体力を消耗していたのだろう。
普通に考えてあかりくらいの年の女の子なら今頃は布団の中で夢を見ている最中だ。
野外で寝ていたところ、幾度となく夜中に何を勘違いしたか市民が国家権力にテレチョイスして追いたてられた事のある往人なら(主にすぐ逃げるため)どこでも寝たり起きたりできるがあかりはそうはいくまい。
「浩之ちゃん…雅史ちゃん…それに他のみんなも…無事なのかな? 会いたいな…」
顔を上げないままあかりが言う。その声はいつもにも増して弱々しい。溜まりに溜まった疲労が精神に影響を及ぼしているのだろうと往人は思った。
これまでの会話でも一度も聞いていないが、恐らく放送でも死んだ友人はいるだろう。往人のほうはまだどの知り合いも放送では呼ばれていないが――これだけ時間が経っているのだ、誰かが死んでいても…
そこまで考えて、やめよう、と往人は思った。こんなことに頭を使うのは性にあってないからだ。あかりに何か声をかけてやろうかとも思ったが、同様にそういうことも苦手だ。
「…メシは食ったのか」
なので、取り敢えず健康の心配をしてやることにした。
あかりは少し顔を上げて力なく首を横に振った。
「なら、メシにするぞ。少しでも食って体力を回復しろ」

607(空腹に)負けるな国崎往人!:2007/03/06(火) 00:54:46 ID:v5MNipJQ
そう言って、往人が元・月島拓也のデイパックからあるものを取り出す(実は食べ物類は神岸にあずけておいた。水はなくなったがな)。支給品のパンだ。本当はラーメンセットを食べたかったのだが生憎とお湯と器がない。
ちくしょう、まず補給すべきは○印の給湯ポットだな。
「二人分あるんだ。一応弁明しておくと、これはもらい物なんだからな。殺して奪い取ったわけじゃないぞ」
燃費の悪い往人にしてみればここでの食料の消費は痛いものがあったが何しろ自身も腹が減っていた。というか、今ようやく思い出した。
くそっ、思い出したら猛烈に腹が催促を始めたぞ。分かった分かった。今仕事を与えてやるから勘弁してくれ。
「…神岸の食料は?」
「一応あります。まだ全然食べてませんので」
「ならよし。いただきます」
「いただきます」
傷つき、ボロボロになった二人の遅すぎる食事。きっとお肌にはよろしくないに違いない。往人にはどうでもいい事だったが。
     *     *     *
腹には入れたものの、往人の腹はまだ催促を続けていた。
えーかげんにせーっちゅーねん、無駄に食料を浪費するのは避けたいんだよ、つーかパンは全部食っちまって後はレトルトのラーメンセットしかないんじゃい、我慢しやがれこんちくしょう。
「あの…国崎さん、大丈夫ですか? 目が虚ろになってますけど…私のパン、分けてあげましょうか?」
「マジか!?」
あかりの願ってもない提案に目をきゅぴーん! と光らせてあかりの肩を引っ掴む往人。
「は、はい…国崎さん、体力回復出来てなさそうだから」
うるさいよ、と言おうと思ったが国崎往人は空腹を満たせるならプライドをあっけなく捨てられる男なのである。
ビバ新たな食料。
差し出されたパンを満面の笑顔(と往人は思っている)で受け取ろうとしたが…
「――みなさん……聞こえているでしょうか。
これから第2回放送を始めます。辛いでしょうがどうか落ち着いてよく聞いてください。
それでは、今までに死んだ人の名前を発表…します」

山中に、悪夢の放送が木霊する。

608(空腹に)負けるな国崎往人!:2007/03/06(火) 00:55:14 ID:v5MNipJQ
【場所:E-06】
【時間:二日目午前6:00】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬10発、拓也の支給品(パンは全てなくなった、水もない)】
【状況:空腹、疲労はやや回復】
神岸あかり
【所持品:支給品一式(パン半分ほど消費)】
【状況:応急処置あり(背中が少々痛む)、疲労やや回復】

→B-10

609撤退:2007/03/07(水) 13:13:56 ID:se/HRpe6
絶句する高槻達。
誰も事態の移り変わりについていけなかった。
それも致し方ない事だろう。
気絶していた少女が何時の間にか起き上がっていて、冷静沈着極まりない戦いぶりでこの争いに終止符を打ったのだ。
更にその少女が青い色の宝石を天にかざすと、綺麗な球状の光がそこに吸い込まれていった。
少女は宝石をポケットに戻し、やれやれといった感じで肩を竦めた。
「全く今日は厄日かしら……。馬鹿みたいに強い奴に追っ掛け回されるわ、仲間になったと思った奴がゲームに乗っているわ、ホント最悪」
ぶつぶつと呟きながら、少女はポケットから何かを取り出した。
それは何箇所か噛んだ後がある、シイタケのような物だった。
その物体を口の中にいれ、もぐもぐと咀嚼する。
食べ終わると、少女はきょろきょろと周りを見渡した。
目に映ったのは、満身創痍という言葉がピッタリ当てはまる者達の姿。
皐月は小さく溜息をついてから、言った。
「……貴方達、何をボーっとしてるの?早く治療するなり、移動するなりした方が良いと思うけど?」
そのまま少女はつかつかと歩いて、S&W M60を拾い上げた。
そこでようやく他の者達も硬直が解けたのか、それぞれ行動を開始する。


「おいオッサン、平気かよっ!?」
「オッサン……じゃなくて、高槻だって……言ってんだろ……」
浩平が、今にも倒れそうな高槻を支えようとする。
高槻の服には無数の赤い染みが付着しており、眼の焦点も微妙に合っていない。
だが余裕が無いのは浩平も同じで、高槻の体重が圧し掛かった途端にバランスを崩しそうになる。
そのまま二人は不恰好に縺れ合いながら、郁乃の座っている車椅子の方へと歩いていった。

610撤退:2007/03/07(水) 13:15:28 ID:se/HRpe6
「郁乃ちゃん……郁乃ちゃんっ!」
高槻達が車椅子の傍まで来ると、七海が気絶している郁乃の体を揺すっていた。
「ぅ……」
やがて弱々しい声を上げて、ゆっくりと郁乃が目を開く。
「郁乃ちゃん、何処か痛くないですか?」
言われて郁乃は首の付け根あたりをさすった。
「ちょっとこの辺が痛いかな……ってそうだ、彰は!?あたし、あいつに襲われたのよ!」
そこで高槻が郁乃の肩を叩き、物言わぬ躯と化した彰を指差した。
「あいつ……死んだ……の?」
「ああ。最後は知らねえガキが決めやがった」
「そう……」
郁乃は少し沈んだ表情で、彰の死体を眺め見た。
たとえゲームに乗っていたとはいえ、人が死んだ事は悲しかった。
「あいつがゲームに乗ってたなんて……まだに実感が沸かないな……。とてもそんな風には見えなかったのに……」
浩平が暗い声でぼそぼそと呟く。

そんな折に、近付いてくる複数の足音が聞こえてきた。
歩いてきたのは、岡崎朋也と古河渚の両名だった。
朋也は両手で高槻達の荷物―――彰の命令で投げ捨てた装備品を抱えている。
「これ……お前達のだろ?」
朋也はそれを手渡そうとして―――受け取る余裕すら無さそうだったので、浩平と高槻の鞄に突っ込んだ。
それから少し目線を伏せて、言った。
「彰は多分、お前と一緒に居た時はゲームに乗ってなかったんじゃないか?あいつがゲームに乗ったのは二回目の放送からだと思うぞ。
あいつ―――俺達を襲った時に言ってたよ。ゲームに優勝して美咲さんを生き返らせるんだ、ってな……」
「そうだったのか……」
それを聞いて、浩平の心の中から疑問が消えた。
彰は澤倉美咲を何としてでも守りたい、と言っていた。
その美咲の死が第二回放送で発表された。
それを聞いた彰がどうするか―――冷静に考えれば、十分に予測しうる事態だった。

611撤退:2007/03/07(水) 13:17:08 ID:se/HRpe6
「んじゃ、俺達はそろそろ行くな」
「ちょっと待てよ。確か……岡崎だっけ。お互いゲームに乗ってない事は分かったんだし、一緒に行動しないか?」
立ち去ろうとする朋也に、浩平が提案を持ちかける。
だが朋也はゆっくりと首を横に振った。
「俺達は今から役場に行かないと駄目なんだ。お前達は怪我の手当てをしないといけないだろうし、一緒には行けない」
役場には、岡崎朋也という名前での書き込みを見た人間が来ているだろう。
銃声が聞こえてきてから、もうだいぶ時間が経過してしまっている。
間に合うかどうか分からないが、それでも行かなければならなかった。
朋也はそのままくるっと踵を返そうとする。
だがそこで、渚が朋也の裾を強く引っ張った。
「朋也君、ちゃんと言わないと駄目ですっ!」
「……そうだな」
朋也は高槻と浩平の方へ向き直って、それから軽く頭を下げた。
「その……悪かったな。お前達は悪くないのに襲っちまって……」
「けっ。ごめんで済んだら警察はいらねえって言いてえとこだが……俺達もまんまと騙されてたからな。特別に、チャラって事にしてやらあ」
高槻がそう言うと、朋也は少し微笑んでから「じゃあな」と手を振って歩き去った。


「―――私を殴った事はすっかり忘れてるみたいね……。ま、どうでもいいけどね」
言葉とは裏腹に少し不機嫌そうに呟くその少女の名は、湯浅皐月。
皐月はつかつかと高槻達の方に歩み寄った。
「七海、久しぶりね。怪我は無い?」
「あ、はい。大丈夫です」
「そう。それじゃ行きましょうか」
「―――え?」
七海が目をパチクリさせる。

612撤退:2007/03/07(水) 13:19:28 ID:se/HRpe6
皐月は断りも入れずに郁乃の車椅子を押し始めた。
「ちょ、ちょっとあんた誰よ!?あたしを何処に連れて行く気!?」
「私は湯浅皐月……七海の知り合いよ。行き先は鎌石局。色々便利な物が置いてあったから、治療に使える物もあると思う」
皐月は半ば事務的に答えて、そのまま車椅子を押していく。
高槻と浩平は聞きたい事が色々あったが、体力的にまるで余裕が無いので黙って後をついてゆく。
そんな中、七海が皐月の横に並びかけた。
「あの……皐月さん」
「何?」
「なんかいつもと印象が違うんですけど……どうかしたんですか?」
七海は皐月とそれ程親しい訳ではない。
宗一と一緒に居る時に数回会った程度だ。
それでも今の冷静過ぎる皐月には、大きな違和感を覚えざるを得なかった。
普段とは言葉遣いも少し異なる。
何か……おかしかった。

皐月は黙ってごそごそと鞄の中を漁り出し、紙を七海に手渡した。
七海はそれをばっと広げて、音読し始める。
「『セイカクハンテンダケ』説明書:このキノコを食べると暫くの間性格が正反対になります。かなり美味ですので、是非ともご賞味下さい」







613撤退:2007/03/07(水) 13:20:14 ID:se/HRpe6
「いてて……少し無理し過ぎちまったな」
「岡崎朋也……大丈夫?」
みちるが朋也を気遣って声を掛ける。
高槻に比べればかなりマシではあったが、朋也もまた大幅に体力を消耗してしまっていた。
体の節々が痛み、気を抜くと転倒してしまいそうになる。
そんな朋也の様子を見かねて、秋生が唐突に言った。
それは朋也にとって、とても冷たい声に感じられた。
「―――止めだ。家に戻るぞ」
「は?何言ってんだオッサン、そんな事出来るわけ……」
「おめえボロボロじゃねえか……そんな体で行っても死ぬだけだ」
秋生は朋也の腕を握って強引に引っ張ろうとした。
朋也はそれを振り払い、目一杯怒鳴った。
「ふざけんじゃねえ、俺の友達が襲われてるかもしれねえんだ!見捨てろっていう気か!?」
今にも秋生に飛び掛りかねないくらい、朋也は激昂している。
その目は仲間を見る目では無く、敵を睨みつけているかのようだった。

秋生は朋也の怒りの視線を真正面から受け止め―――大きく頷いた。
「良いか小僧。誰かを愛するって事は何かを捨てなきゃいけねえって事だ。ここでおめえが無理して死んじまったら、渚はどうなる?
渚を大切に思ってるんなら、ここは堪えろ」
朋也は渚の方に首を向けた。
見ると、右太腿に巻かれた包帯が血で滲んでいた。
秋生の体にも数箇所、包帯が巻かれてある。
朋也はただ体力を大きく消耗しているだけで、怪我自体は大したことが無い。
だがこの二人の怪我は自分とは違って、治るまでには時間がかかるだろう。
もし自分が死ねば―――渚の生存確率が大幅に下がるのは疑いようの無い事実だった。
「みんなすまねえ……。俺はまだ死ぬ訳にはいかないんだ……」
朋也は顔を悲痛に歪ませながら役場の方向へ目を向けて、それから秋生達が隠れていた家へと歩を進めた。

614撤退:2007/03/07(水) 13:21:57 ID:se/HRpe6






「遅かったみたいだな……」
「うん……」
呟くその声は全く力の無いものだった。
高槻達が去ってから五分後。
北川潤と広瀬真希は、彰の死体の傍で立ち尽くしていた。
「誰だか知らないけど、せめて安らかに眠ってくれ」
北川はそう言って、祈るように顔の前で手を合わせた。
真希もそれに習い、同じような仕草をする。
二人は身を寄せ合うようにしたまま、見知らぬ少年へと黙祷を捧げた。

【時間:二日目・14:45】
【場所:C-3】
古河秋生
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:B-3民家へ移動、中程度の疲労、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流。聖の捜索】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:B-3民家へ移動、銃の暴発時に左の頬を浅く抉られる。自力で立っている、右太腿貫通(手当て済み、再び僅かに傷が開く)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
 【状態:B-3民家へ移動、目標は美凪の捜索】
岡崎朋也
 【所持品:三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:B-3民家へ移動、マーダーへの激しい憎悪、疲労大、全身に痛み。最終目標は主催者の殺害】

615撤退:2007/03/07(水) 13:23:05 ID:se/HRpe6
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、S&W M60(0/5)、.357マグナム弾×15、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:性格反転中、鎌石局に移動、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
ぴろ
 【状態:皐月の後ろを歩いている】
折原浩平
 【所持品1:S&W 500マグナム(4/5 予備弾7発)、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:鎌石局へ移動、高槻を支えている、疲労、頭部と手に軽いダメージ、全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
高槻
 【所持品:コルトガバメント(装弾数:6/7)、分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料・水以外の支給品一式】
 【状態:浩平に支えられている、全身に痛み、疲労極大、血をかなり失っている(出血はほぼ止まった)、左肩を撃ち抜かれている(左腕を動かすと激痛を伴う)】
 【目的:鎌石局へ移動、最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:鎌石局へ移動、首に軽い痛み、車椅子に乗っている】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:鎌石局へ移動、健康】
ポテト
 【状態:郁乃の膝の上に乗っている、気絶、光一個】

616撤退:2007/03/07(水) 13:25:55 ID:se/HRpe6

【時間:二日目・14:50】
【場所:C−3】
北川潤
【持ち物①:SPASショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
【持ち物②:スコップ、防弾性割 烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
【状況:黙祷中、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
【目的:みちるの捜索】

広瀬真希
【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)×2】
【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
【状況:黙祷中、チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
【目的:みちるの捜索】

(関連731・734)

訂正>>614
×二人は身を寄せ合うようにしたまま、見知らぬ少年へと黙祷を捧げた。
○二人は身を寄せ合うようにしたまま、見知らぬ青年へと黙祷を捧げた。

617ENCHANT/あやまち:2007/03/10(土) 16:54:56 ID:ADUPJLXg0

「はぁ……、はぁっ……」

大きく呼吸を乱しながら、ちらりと後ろを振り向いて舌打ちしたのは長岡志保である。

「まだついてきてる……しつこいわねえ、もうっ!」

眼鏡の少女、砧夕霧の集団に包囲される前に離脱した志保だったが、しかし診療所へと向かう途上には
数は少ないものの、林道から溢れ出した夕霧が展開していたのだった。
濡れた下生えに革靴の足を取られながら、志保は逃走の一手に徹していた。

(これじゃ、いつまでたっても……!)

迂回と逃走を繰り返し、一向に診療所へと近づけないことに志保は苛立つ。
しかしすぐに首を振って、気を取り直した。

「……ううん、きっと美佐枝さんが来てくれる、よね」

一人残った相楽美佐枝の身を案じながら、走り続ける志保。
と、唐突に目の前が開けた。

「森を抜けた……の? ん、あれは……?」

雲間から射す陽射しに目を細めながら志保が見たのは、二人組の男の姿だった。
自分と同じように走っている。
参加者であることは間違いなかったが、得体の知れない殺人眼鏡少女軍団から逃げる志保にとっては、
それは救いの神にも思えた。

「おーい、おーい!」

両手を大きく振る志保。
向こうも気がついたらしい。手を振って走ってくる。


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