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避難用作品投下スレ

1管理人:2006/11/11(土) 05:23:09 ID:2jCKvi0Q
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。

317御許に安らけく 憩わしめたまえ:2007/01/18(木) 06:02:33 ID:yLmFZeYg

一刺しごとに、鬼の手首が裂けていく。
皹は傷となり。
傷は輪となって。
ついには、鬼の手が、千切れた。

己の顔を覆うほどの大きな手を、少女が大事そうに抱きしめる。
その身体が、ぐらりと揺れた。
少女が身体を預けていた鬼の躯が、渦の中心に達していた。

地に空いた、薄暗い、小さな穴。
そこから、魔犬の顔だけが、覗いていた。
牙が、鬼の躯を噛み砕く。
ひと噛みで、両断された顔の上半分が失われていた。

うまそうに、狗が喉を鳴らす。
ただ一声、怨、と哭いた。

鬼の腕が、噛み裂かれた。
肩が、飲み込まれた。

揺れる足場に、少女が倒れた。
もとより、立ち上がる力とて残ってはいなかった。
狗の顎が大きく開き、涎が糸を引いた。

少女の瞳が、並んだ牙を映した。
頤が閉じる。

刹那、小さな光が奔った。同時に、じ、と布の焦げる臭い。
そして、肉の焼ける匂いがした。
狗が、吼える。

318御許に安らけく 憩わしめたまえ:2007/01/18(木) 06:03:07 ID:yLmFZeYg


地面に転がったのは、少女、川澄舞だった。
受身も取れず、顔からぬかるみに落ちる。
それでも手は、蛇の尾の刺さった刀と鬼の手を抱きしめて放さない。

眼に入った泥を拭おうとして、泥に塗れた袖ではそれも叶わず、空を見上げて入る雨粒で眼を洗う。
ぼんやりと下ろしたその霞む視界に、奇妙な光景が映っていた。

地面に空いた、小さな暗い穴から、大きな犬の頭だけが突き出ている。
その頭だけの犬が、黄金に輝く猪の首筋に、しっかりと噛み付いていた。
傷口からぶすぶすと煙が上がっているが、犬はその牙を緩めない。
溢れ出る血潮が、白銀の犬の毛、泥に塗れたその毛皮を洗い流していく。

小さな声が、した。
とめどなく血を流す、猪の声のようだった。

殺してくれ、と。
震える声で、猪は言った。

死にてえのよ、と。
震える、それでも確かに笑みを含んだ声で。
苦しそうに、楽しそうに、猪は輝いていた。

舞が、大蛇の刺さったままの刀を、時折痙攣する手で持ち上げる。
跪くように、上体を起こした。
切っ先を下に向け、猪の腹へと静かに押し当てる。

ありがとうよ、と。
小さな声が、聞こえた。

柄頭を肩に当てる。
そのまま大地に身を任せるように、体重を刀に預けた。
身を焦がす炎熱を放つはずの毛皮は、何の抵抗もなく刃を受け容れていた。

ずるり、と。
猪を貫いた刃が、そのまま犬の首を、一刀の下に断った。

それが限界だった。
断末魔の声を聞くこともなく、川澄舞はその場に崩れ折れていた。

319御許に安らけく 憩わしめたまえ:2007/01/18(木) 06:03:29 ID:yLmFZeYg


命の終わりを感じながら、ボタンはひどく満たされている自分に気づいていた。
長い時間の中で記憶の彼方に置き忘れてきた、それは高揚だった。

 ―――ああ。我らは、ただ戦の中で、死にたかったのだ。

それは、ひどくちっぽけな、自尊心だった。
生まれ、生きることに意味を見出し損ねた自分達は、ならば死をもって主に殉じたかった。
ただ、それだけのことだった。

狗も死に際に笑うはずだと、内心で苦笑する。
互いに、こんな簡単なことにも、気づかなかったのだから。
その狗はといえば、退魔の刃に頭蓋を断たれ、一足先に旅立ったようだった。
怨嗟の渦も、既にその力を失っている。

傍らに倒れ伏す少女、雨に打たれるその小さな身体を、聖猪は見やる。
生き延びることは難しかろうと、そう思う。
何を望んだのかは知れぬ。
しかし少女は生の限り、人の身の限りを超えて、何かを追い求めていた。
その姿が、この生き終り方を思い出させてくれたのだとしたら、己は少女に報いねばならぬと、聖猪は思う。
しかし、残された力はあまりにも小さく、何程のこともできそうにはなかった。

ならばせめて、その身体を蝕む寒さから解き放ってやろう、と。
聖猪は最後の力を振り絞り、小さな焔を作り出す。
風に揺らめくその焔は、しかし雨に打たれても消えることはなかった。
蒼くも、朱くも見える小さな灯火は、ゆっくりと少女の身体へと吸い込まれていった。
ほんの微かに身じろぎする少女。
それを見届けて、聖猪は目を閉じる。

少女が、その生の最期に良い夢に恵まれることを祈りながら。
ボタンは、長い生涯を、終えた。

320御許に安らけく 憩わしめたまえ:2007/01/18(木) 06:04:21 ID:yLmFZeYg


 【時間:2日目午前6時すぎ】
 【場所:H−4】

ボタン
 【状態:死亡】

ポテト
 【状態:死亡】

川澄舞
 【所持品:村雨・支給品一式】
 【状態:瀕死(肋骨損傷・左手喪失・左手断面及び胴体部に広く重度の火傷・重度の貧血・奥歯損傷・意識不明・体温低下は停止)】

柏木耕一
 【状態:死亡】

→647 ルートD-2

321深夜の奇襲3:2007/01/23(火) 01:50:57 ID:O1m.R34I
柚原春夏は最大のチャンスを逃したことに対する苛立ちを隠せず、思わず舌を打った。
反動が余りにも大きいマグナムを手懐けるのは難しすぎた、そんな彼女が次に取り出したのは河野貴明の支給品であるRemington M870であった。
ショットガンなので狙撃には向いていないが、それでも彼女の所持する他の銃に比べれば充分マシな照準で飛んでくれる。
棒立ちで会話をする来栖川綾香等を狙った時、既に銃を取り替えていたらという後悔は隠せない。
そう、あのチャンスに満ちた奇襲が失敗に終わった時。春夏は自分の射撃能力の低さを実感するしかなかった。

今までほとんど静止している相手を撃つ形をとっていたからか、彼女の戦闘経験というものは皆無である。
動いている的を狙うことすらも初めてだった、住井護を討てたのも不意打ちという条件があったから成り立ったものである。

(このままじゃ朝になっちゃうわ・・・)

正直、この失敗を糧にまた次の獲物を探しに行きたい衝動に駆られている。
最初は使われていなかった銃を相手が所持していることを知ったこともあり、分の悪さは実感済みだった。

(でも・・・相手は、逃げることをまず第一に考えているだろうし。何か、何かきっかけがあるはずよ・・・)

春夏は粘った、相手が隙を見せる所を。
逃げ出そうとするその背中、ひたすらそれを狙おうとするが・・・やはり、今一歩の所で命中はしないのだった。




一方、柏木耕一は再び頓着状態になる場に対する苛立ちを隠せず、思わず身じろぎをした。
綾香が走り去ってから、既に数十分経過している。
気配を窺いながら離脱しようとする度に飛んでくる銃弾、隠れればまたあちらも動きを止め。それの繰り返し。
残弾を確認する、装着されたトカレフの弾は・・・三発。
これ以上の応戦は厳しい、相手が詰め寄ってきたら耕一も打つ手がなくなる。
自身をちょうど隠せるくらいの木、その後ろに身を置き今一度視線だけを這わせてみる。
しかし夜ということもあり、一寸先すら月の光の照らさない場所は目視できない。
辺りが森という条件も邪魔しているのであろう、視界は絶望的だった。

322深夜の奇襲3:2007/01/23(火) 01:51:43 ID:O1m.R34I
条件的には相手も同じなので、あちらもそれで苦戦している面はあるだろう。
だが、それを抜かしても対面する春夏に対し、耕一は疑問を感じてしまう。

(・・・・・・じゃあ、何であの人はこっちを追い詰めようとしないんだ?)

確実に仕留めるのであれば、少しせまるだけでも耕一にとっては脅威である。
むしろ山頂にて争っていた距離感の方が、恐ろしさは数倍だった。
装備的にあちらが無理をしているようには見えない、むしろかなり好き勝手に発砲してくるのでその所持する銃弾の数にも限界がないように思える。
ならば、何故詰め寄ってこない。つっこんでこない。

(・・・・・・服の上に着込んでいたのは、防弾チョッキとかの類だよな?)

それだけの好条件を、彼女自身理解しているのだろうか。
そんなことを考えていた耕一の脳裏を、一つの結論が弾き出す。

(試して、みるか)

一か八か、だが決着をつけるのであればそれしか思いつかなかった。
いつまでもこんなことを繰り返していたら朝になってしまう、それに先ほど別れた仲間達と合流することだって時間が経てば経つほど難しくなっていくのは分かりきった事実である。
彼女の放つ銃弾で居場所の検討はついている、耕一は手にするトカレフ握る手に力を込め、そして。
一気に、走りこんだ。勝負を決めるために。

静まり返った森の中、耕一の駆ける足音だけが響く。
いきなり接近を図ってくる耕一に向かって春夏のショットガンも火を吹くが、ジグザグと的にならぬよう機敏に動く彼にそれが当たることはない。
弾道を見極め、耕一はあっという間に春夏との距離を縮めていった。
そしてついに、相手の姿を目で捉えられる所まで接近することに成功する。
・・・・・・耕一自身、人を撃つことに対し躊躇するような思いは全く持っていなかった。
勿論相手にもよるが、このようなゲームに乗って暴れるような輩に対し慈悲をかけてやる気など到底なかった。
その冷徹さの正体は彼自身も気づいていない、しかし与えられた状況を耕一は・・・・・・いや、鬼は。
逃すはずが、なかった。

323深夜の奇襲3:2007/01/23(火) 01:52:20 ID:O1m.R34I
迷いなど一切ない素早い動きでトカレフを構える、次の瞬間その引き金は連続して引かれていた。
放たれた銃弾は二発、それは正確に春夏の防弾アーマーに撃ち込まれる。
さすがの春夏も衝撃で尻餅をつく、その手からショットガンがこぼれた場面を目にし耕一は勝機を確信した。




この武装の差で彼が逆転できたのは、春夏自身の覚悟の違いに他ならない。
そもそも春夏の覚悟というのは「ゲームに乗って人を殺す覚悟」であり、「自分が死んでもいいから相手を殺す覚悟」ではない。

つまり、春夏も恐れているのだ。自身の、死を。
十人殺さなければ娘は死ぬ、だが自分が死んだ時点でもそれは同じ。
人を殺して、自分は生き抜くということ。
危険なリスクに乗ろうとしない、その姿勢を見抜いた耕一にストレートに攻め込まれたことで、今度は春夏の方が追い込まれる立場になった。

絶体絶命の春夏、トカレフに残った最後の一発で止めを刺すべく、耕一はさらに彼女に近づいてくる。
しかし春夏の執念も、ここで簡単に諦めがつくほど浅いものではない。
・・・・・・また、彼女の手数というのも取り落としたショットガンだけではない。それに固執する理由もないのだ。

警戒しながら近づいてくる耕一を横目に、春夏は自分の鞄の中身を漁った。
金属の塊が指先を掠める、先ほどまで使用していたのだから目的の物は簡単に見つけることができたようだ。
立ち止まり再び照準をこちらに合わせるべく耕一が構えをとろうとした時点で、春夏もマグナムをしっかりと握りこんでいた。
それは鞄の中という彼の視界には映らない場所で行われていた準備、彼女の姿勢のおかしさに耕一が気がついた時にはもう遅い。
正確な射撃をとろうとした、そのために敢えて作った間が仇となる。
なりふり構わず鞄の中から引き出した手の勢いで春夏は発砲してきた、耕一が身構える暇もなくそれは彼の利き腕を掠っていく。
めちゃくちゃな照準であったがお互いの距離が近いことが利点へと働いたことになる、くぐもった声を上げ膝をつく青年を見て今度は春夏にチャンスが訪れる。
二の腕辺りが赤く染まる様を冷静に一瞥し、その手からトカレフが取り落とされたことを確認した後春夏はそっと距離を詰め始めた。
顔を上げようとする青年の額にマグナムの切っ先を押し付ける、悔しそうな表情に罪悪感が沸かないでもないが・・・・・・春夏はそんな思いを表面には出さず、一定の声色で話しかけた。

「残念だったわね」
「本当だよ。ここまで来て、か」

324深夜の奇襲3:2007/01/23(火) 01:53:31 ID:O1m.R34I
近づいて見て初めて分かったが、彼の腕の傷自体はそこまでひどくなかった。
あくまで少し掠れただけなのであろう、出血も既に止まっている。
もし耕一がトカレフを離さず掴み続けていたら、対抗することもできたかもしれない。
だが結果はこれだ。
今までかわされ続けたマグナムの弾丸も、この距離では外れないであろう。
慈悲のない春夏の視線が物語る未来、意気込んでいた青年も全てを諦めたかのように苦笑いを浮かべ始める。その時だった。

風が、一陣の風が音を立てて場を包む。
それと同時に鳴り響くのは靴音、地面に生い茂る草木を踏み潰す軽快なリズム。
余りにも唐突であった接近に、二人ともすぐには反応ができないでいた。そして。

「・・・・・・そこまで」

次の瞬間場に響いたのは、凛とした少女の声だった。
聞き覚えのあるそれに反応し、耕一は思わず視線を上げる。
春夏の背後、チラチラと目に映るのは夜風で舞う黒髪とひらひらと揺れる赤いスカートだった。
耕一の知っている彼女の髪は束ねられていた、今は解放されているがどうやら人違いでもなさそうで。
心当たりは、一人しか思いつかなかった。

「耕一、遅くなった」
「馬鹿野郎・・・・・・でも、サンキュ」

マグナムを耕一にあてがう春夏の首には、川澄舞の持つ日本刀の刃がほんの少しだけ食い込んでいた。

325深夜の奇襲3:2007/01/23(火) 01:54:14 ID:O1m.R34I
柚原春夏
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:要塞開錠用IDカード/武器庫用鍵/要塞見取り図/支給品一式】
【武器(装備):500S&Wマグナム/防弾アーマー】
【武器(バッグ内):おたま/デザートイーグル/レミントンの予備弾×20/34徳ナイフ(スイス製)】
【状態:このみのためにゲームに乗る】
【残り時間/殺害数:9時間49分/4人(残り6人)】

柏木耕一
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(1/8)・大きなハンマー・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:春夏と対峙、右腕軽症、柏木姉妹を探す】

川澄舞
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−5南部・神塚山】
【所持品:日本刀・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:耕一の援護に、祐一と佐祐理を探す】
【備考:髪を下ろしている】

Remington M870(残弾数1/4)は周辺に落ちている

(関連・558・578)(B−4ルート)

326名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:31:14 ID:n2kR5K4o
――静かな朝だった。いつも彼女が寝ている、よく知っている彼女の家で、穏やかな日常に相応しく、柔らかな日光が窓から降り注ぐ。
そして、起き上がった水瀬名雪はなんて酷い夢を見ていたのだろう、と思った。
たくさんの人が殺し合う夢だった。
いきなり訳も判らず武器を持たされ、見も知らぬ孤島へと放り出された。武器の内容は――よく覚えていない。きっと混乱していたせいだろう。
『夢の中の』島で襲われたことは鮮明に覚えていた。まず目つきの悪いいかにも凶悪殺人犯、というようないでたちの男に襲われ、次にナイフを持った歪んだ笑い方をする女に切りつけられ――
そして恐怖が限界に達して、意識を失おうかというときに母、秋子が助けてくれて――そこで夢が醒めたのだった。
随分と悪趣味な夢だった。いつもはまだ眠気が残っているはずの頭から、きれいさっぱりとお掃除したかのように眠気が吹き飛んでいた――最近、ホラームービーを見たわけでもないのに。
けれども、これが夢なのだと分かって、名雪は心からの安堵を覚える。いや、夢に決まっていたのだ。友達や家族で殺し合うなんて――そんなこと、現実に有り得るはずがなかったのだから。
「…あっ」
時計を見る。短針が八の数字、彫心は十一の数字を指しかけている――遅刻だ。ま、いつものことだけれど。
どうせなら、一回くらい思いきり遅刻してもいいかもしれない、と名雪は思った。こんな悪夢から覚めた朝なのだ。一日くらい戻ってきた日常の味を噛み締めても、バチは当たらないだろう。
「――けど、祐一を待たせるわけにはいかないよね」
いつものように名雪への文句を垂れている、その家族の姿を思い浮かべる。言葉が今にも聞こえてきそうで、名雪はふふ、と笑った。
そうだ、今日は祐一やあゆちゃん、真琴を誘ってみんなでイチゴサンデーでも食べに行こうかな。
理由は何でもいい。とにかく、みんなで楽しく騒いで、あの夢をワンシーンでも多く消し去りたかった。
「そうだ、それがいいよね」
ぽん、と手を叩いて自らの案に満足する。――そして、一刻も早くこのことを伝えようと、名雪は思った。
祐一も、あゆちゃんも真琴も、きっと頷いてくれるよね。

327名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:31:58 ID:n2kR5K4o
いつもより数段早いスピードで着替え、自分の部屋を後にし、きっと美味しい匂いが広がっているであろうリビングへ向かった。
「おはようございま…」
朝の挨拶をしかけて、名雪は異変に気付いた。
皆が皆、机に突っ伏して寝ているのである。まるでいつもの名雪のように。
「もう…みんな、どうしちゃったの? もう八時前だよ?」
そんな時刻に起きてくる名雪が言えた台詞ではなかったが、文句を言っておく。――しかし当然のように、皆返事をしない。よく見れば、食事もまだ作られていなかった。
「仕方ないなぁ…ほら、真琴、起きて」
手近にいた真琴を揺さぶって――すると、ぶしゅ、と真琴の背中から何かが吹き出し、名雪にまともに降りかかる。
「わ…っ!?」
一瞬、どうなったのか分からなかった。『それ』は何だか生暖かくて、そして赤い色をしていた。
「え? え…?」
目の前の異様な事態に対応できず、困惑した声を出しながら名雪は一歩、後ずさる。真琴は、いつのまにか床に赤い水溜りを作って――その中央に佇んでいた。
「ま、まこと? あ…あ、ど、どうしよう、どうなったの? お母さん…そうだ、お母さん、大変、真琴が、真琴が!」
同様に寝ている秋子に駆け寄りこちらも揺さぶろうとして――少し揺らした時、ゴト、と何かが外れる音がした。
「――え?」
信じられない光景。名雪の目の前で、我が母親の頭と胴がきれいに切り分けられていたのだ。
当然、秋子が生きているはずがない。
きれいなピンク色をしている首の切り口を見た瞬間、名雪の脳にあの恐ろしい悪夢がフラッシュバックする。
――嘘だ! あれは夢、ただの出来の悪い夢だったのに!
必死で否定するが、たちまち体に震えが広がっていく。何が何だか分からない。どうして、皆死んでいるのか。いや、でも、誰かがいない――
「あ、そ、そうだ、祐一が、祐一がいな、いないよ? ゆういち、どこ、どこ…?」

328名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:32:31 ID:n2kR5K4o
真っ白な頭で、それでもまだ僅かながらに残っていた祐一に助けを求める。
早く来て。一体何がどうなっているの――
恐怖に耐えかねて、しりもちをついたときに、ガタン、と玄関が開く音がした。
「ゆ…祐一?」
――そうだ! きっとそうだ! 祐一が私を助けに来てくれたんだ! ああ、それにお母さんや真琴を助けてもらわないと――
希望と絶望が入り混じり、泣き笑いの表情を浮かべながら玄関へと走る名雪。
「祐一っ! お母さんが、真琴が!」
顔についた『それ』を拭いもせず、ひたすら助けを求めて叫ぶ。
――だが、玄関にいたのは全身血まみれになり、傷だらけになっている祐一の姿であった。
「――う、な…なゆ…き、か」
「――ゆ、ゆう…祐一っ!」
言うが早いか駆け寄り、血がつくのも気にせず祐一の体を支える名雪。
「祐一っ、どうしたの、ねえ、一体何がどうなってるの、教えてよ祐一!」
「く、くそっ…痛てぇっ…に、逃げろ名雪、さつ、さつ、じん、き、が――」
力を振り絞るように祐一は言うと、そのままがっくりと項垂れ、動かなくなった。
「祐一っ!? 祐一ぃっ!」
一心不乱に体を揺すってみてもどうにもなりはしないのだが、それでもそうしないわけにはいかなかった。
だって、あれは夢、夢なのに――
きぃ、ともう一度扉が開く音がした。
「なんだ、まだ生き残りがいたのか」
夢の中で聞いた、凶悪な殺人鬼の声。そんな、まさか、という思いで顔を上げる。
間違い無い。確かにそれは、あの『夢の』中で見た、最初に出くわした――
「じゃあ、死んでもらうか」
――黒服の、目つきの悪い男だった。
そして、ゆっくりと手に握っていた拳銃を持ち上げ、名雪の額に押し当てる。
「じゃあな」
やけにリアルな音がして、名雪の意識が暗転した。
     *     *     *
目を覚ましたとき、そこにはあの黒服の男はいなかった。
何秒か経って、名雪はあれも夢だったのか、と認識するに至る。――とすれば。
寝汗で張りつく前髪を払いながら、恐る恐るカーテンの隙間から外を確認してみる。
――そこは紛れも無い、あの『夢の中』の世界だった。
「わたし、わたし…まだ、ここにいるんだ」

329名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:33:05 ID:n2kR5K4o
自分がまだ生きていることに、名雪は不思議な感慨を持った。先程見ていた本当の悪夢で、殺されていたからかもしれない。
「――そうだ、祐一」
思って、すぐに名雪の中であの光景が蘇った。
全身に傷を受け、ぼろぼろになって死んでいった祐一。
まだ無事な名雪を見て、逃げろと言って死んでいった祐一。
そして、同時に助けを求めていたようにも見えた祐一。
今、祐一はどうしているだろう? これが夢でないとするならば――
これは続いている、まぎれもなく続いている。
そして、この瞬間にも、祐一はあの黒服のような人間に襲われ、命を落としかけているかもしれない――そう思うと、名雪の体に震えが走る。
「嫌…そんなの、絶対に嫌だよ…」
七年前のあの雪の日から、ずっと祐一の事を想い続けてきた。それはこんな狂った状況でも変わりなく。
会いたい。抱きしめたい。言葉を交わしたい。一緒にいたい――
祐一に対する欲望と失う絶望が入り混じり、さらに悪夢の影響で、名雪の精神はかなり擦り切れていた。さらにこの部屋の暗闇が、恐怖を増長する。
――それが、名雪に錯覚を起こさせた。
『わたし、わたしはどうしたいの?』
「…えっ?」
部屋のどこからか聞こえてくる、妙に懐かしい声。それが、昔の自分の声だと気付くまでに、数秒を要した。
『正直に答えて。ね、わたしが一番したいことって、なあに?』
どうしてこんな声が、と考える余裕はすでに名雪にはなかった。心のままに、名雪は答える。
「…祐一と、一緒にいて、いつまでも、一緒にいたい」
『そう、だったら、そうできるようにしようよ』
「そうできるようにって…わたし、どうすればいいの?」
『簡単だよ。わたしと、祐一以外の、みーんなを殺しちゃえばいいんだよ。そうしたら、何に怯える事もなくなって、いつまでも大好きな祐一といられるよ』
「みんなを…殺す…」
それは、今まで思いつきもしなかった魅力的な提案だった。

330名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:33:39 ID:n2kR5K4o
――この時、名雪は見つづけた悪夢のせいで既に正気を失っていたのかもしれないが、それでも、まだいる同居人の存在を思い出して、ぎりぎりのところで踏みとどまった。
「で、でも…まだ、お母さんや、真琴もいるし…」
『そんなの後にしちゃえばいいじゃない。――それに、もう、真琴だって殺されてるかもしれないよ? お母さんだって、分からないよ?』
確かに、そうだった。名雪が殺さなくても、祐一を殺そうとする殺人鬼が真琴や秋子を襲わない保証などどこにもない。
『ね、やろうよ。祐一を守るために』
よりいっそう、耳元で囁いたように大きな声になる。ほとんど、名雪の良心が消えかけていたところに――
「――みなさん聞こえているでしょうか。これから第2回放送を始めます。辛いでしょうがどうか落ち着いてよく聞いてください。今までに死んだ人の名前を発表します」
男の声が、いきなり聞こえてきた。死者の発表。それにはじかれるように、全神経を集中してその放送に聞き入った。
次々と、読み上げられていく死者の名前。そして、その中に――
「――52番、沢渡真琴」
その名前で、名雪の中にある何かが切れた。
そこに追い撃ちをかけるように、声が呟いた。
『――ね、言った通りだよ。もう真琴も殺されちゃった。だから、みんな、殺そ?』
その囁きに、名雪はゆっくりと頷いた。
「うん、そうだね、それしかないよね。わたしが頑張らなきゃ…わたしが頑張って、ゆう、いちを、守らなきゃ」
今までとは打って変わったような力強い足取り。妙に落ち着き払っている呼吸。――そして、取り憑かれたかのような、濁った、狂気を孕んだ瞳。
殺す、殺す、みんな、殺す――
水瀬名雪の思考は、人を殺す、ただその一点に絞られていた。
     *     *     *
名雪が狂気に彩られる少し前。放送の直前になって、るーこと澪の二人が起きだしてきた。
「…うーへい、どうして起こしてくれなかった」

331名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:34:15 ID:n2kR5K4o
開口一番、るーこが言ったのは交代で見張りをすると言っておきながら朝まで替わらなかった春原に対する不満の声だった。
「嘘つきだぞ、うーへい。嘘は『るー』ではとても思い刑罰だ。首ちょんぱになる」
冗談じゃなさそうなるーこの語気に、春原は冷や汗を浮かべて弁解する。
「い、いや、起こそうとはしたんだけどさっ、あまりに気持ち良さそうに寝てたから起こすに忍びないと思ったというか、無我の境地で見回りしてるうちにいつのまにか夜明けを迎えたというか…」
必死に身振り手振りを交えてるーこの機嫌を取ろうとする。ああ、こういうのを何と言ったか。そうだ、蛇に睨まれたカエルか? いや、違うような…
「まあまあ、陽平さんは好意でやってくださっていたんですからここは大目に見てあげましょう? これから朝食を作りますから気を取りなおして下さいね」
夜明けまで主に外の見回りをしていた秋子が戻ってきて、るーこを諭す。年長者の言葉だからか、渋々ながらもるーこは素直に聞き入れ、分かった、と言った。
「けど、次からは必ず見張りは交代だぞ。うーへいにだけ重荷を背負わせるわけにはいかない」
見ると、るーこの目には本気で春原の事を心配している、そんな感じがしていた。
「るーこ…」
朝日が差し込む民家に流れる、ほんのりとした甘い空気。ビタースウィートなカップルの惚気、今なら特売、お安くしていますよ――そんな空気に耐えかねたのか、澪がこっそりとスケブで愚痴る。
「『バカップルなの』」
一方の秋子は、まるで気にした様子もなく、見張りをしていたときの武器をテーブルに置き、いそいそと朝食作りに励んでいた。
「…そうだ、一つ重大な情報があるぞ」
しばらく春原と見つめ合っていたるーこが、思い出したかのように言葉を発し、ため息をついていた澪の肩に手をかける。
「うーみおもこれから一緒に行動することになった。よろしくしてやれ、うーへい」
「え? 澪ちゃんも一緒に?」
昨日は外に出るのを躊躇っていたのに。気付かない間にるーこが説得していたのだろうか。
「『足手まといにはならないように努力するの』」
別にそんなことは気にしていなかったが、けれども、とにかく一歩踏み出してくれる勇気を持ってくれてよかった、と春原は思った。
「いいよ、大歓迎さっ。秋子さん、いいですよね?」

332名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:35:01 ID:n2kR5K4o
「了承」
一秒だった。決断の早い人だなあ、と春原は感心する。が、「ただし」と秋子が付け加える。
「くれぐれも無茶はしないでね。いい?」
うんっ、と澪が大きく頷く。それに満足したように微笑みを浮かべると、秋子はまた朝食を作り始めた。
「そうだ、これを返しとくよ」
話が一段落したのを見計らって、春原がウージーをるーこに手渡す。
「いいのか?」
「いいも何も、元々るーこの支給品じゃないか。僕はこっちで十分さ」
リビングの隅にまとめてあるデイパックから、本来の支給品であるスタンガンを取り出す。最大で100万ボルトもの電圧を生み出すそれは、人を殺すまでにはいかなくとも一発で気絶させられるだけの威力を備えている。
正直なところ、銃は向いていないと春原は思っていた。撃ち損じて致命傷になってしまったら取り返しがつかない。
その点はるーこも同じだが、まあ、彼女なら間違いはないだろう。勘だけれど。
スタンガンを取り出した時に、聞くのは二回目となる、あのくぐもったスピーカー音が響き渡った。
「――みなさん聞こえているでしょうか。これから第2回放送を始めます。辛いでしょうがどうか落ち着いてよく聞いてください。今までに死んだ人の名前を発表します」
一気に、その場にいた全員が氷漬けになったように、動きを止めていた。秋子すらも、包丁を止めて放送に耳を傾けていた。
少し間を置いた後、よく聞いておけと言わんばかりのゆっくりとした声で名前が読み上げられていく。
春原は心中で妹の無事を願う。頼むぞ、頼むから生きていてくれよ。
妹が、芽衣が自分より先に死ぬはずがない。何たってあいつは要領がいいし、それに性格からして危害を与えるような奴じゃない。大丈夫、大丈夫――しかし、どこかで、もしかしたらという危惧はあった。
そして、それは現実のものとなる。

――春原芽衣

あ…と、春原の口から声にならない声が出た。嘘だろ?あの出来のいい妹が、自分より先に逝ってしまうなんて――しかし、これは現実、まぎれもない現実である。否定できなかった。
だって、春原達は既に巳間良祐という人間に襲われて命からがら逃げてきたのだから。
「…うーへい」
春原、という名字で全てを察したのか顔を、どこかのしがない画家が描いた絵画のようにしている春原に何か声をかけて慰めようとする。

333名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:35:35 ID:n2kR5K4o

――深山雪見

「なっ…」
今度はるーこが、そして澪が絶句する。澪はスケッチブックをごとん、と取り落としていた。
せんぱい、とこちらは口だけをぱくつかせ(実際澪は声が出せないのだが)、血の気の引いた顔で壁に体をつけて、へたり込んだ。
一方の秋子も、内心動揺は隠せなかった。沢渡真琴が死亡していた。あのこは、とても大切な家族、そう、何が何でも守りたい内の一人であったのに。
それでも、秋子は平然としているように振舞わなければいけなかった。自分は年長者だ。皆の模範となって、落ちつかせなくてはならない。
「陽平さん、澪ちゃん…どうか、気を落とさないで下さい」
何と陳腐で、心のこもっていない言葉なのだろうと秋子は思ったが、それでも気を取り直してもらうにはとにかく言葉をかけなければならない。
「――ねえ、秋子さん、僕の行動って…やっぱり間違っていたんですかね?」
先に反応したのは、春原だった。
「思うんです。やっぱり、自分一人だけでも先行して、芽衣を探しに行けば…どこかで、見つける事が出来たんじゃないかって」
涙声だった。頬を伝うものを拭おうともせずに、ひたすら懺悔室で罪を告白するように。言葉を並べる。
「そんなの、可能性の一つにしか過ぎないってのは、バカな僕でも分かります。ですけど…やっぱ、こんなにあっさりと名前が読み上げられると…間違っていたんじゃないかって思わずにはいられないんです」
「…それは違う、うーへい」
首を振って、るーこが春原の首に手を回し、息がかかるかかからないかのところまで、顔を近づけていた。
「間違っていない、絶対、うーへいは間違っていないぞ。るーはうーへいが間違ってないと、信じてる」
理由も何もなかった。しかし、そんなに自分を責めないで欲しい、と言っているように春原には聞こえた。自分一人だけで、苦悩を抱え込むな、と。
るーこは、だから、と一旦言葉を切ってから顔を少し離し、目と目をつき合わせる。
「信じろ、うーへい」

334名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:36:09 ID:n2kR5K4o
何を? と以前の彼なら言っていただろうが、今はるーこの言わんとしていることが分かる。
行動を、思いを、仲間を、そして、生きて帰れる事を。
「――ああ、そうだね…芽衣もこんな僕の姿なんて望んじゃいないはずだ。それに…まだこの放送では藤田や川名はまだ呼ばれてない…あいつらだって、きっと頑張ってるはずだ。澪ちゃん、まだ川名は探せる。まだ川名は死んでないんだ。行こう、探しに」
それまで、ずっと口を閉ざしていた澪に声をかける。まだ雪見の死のショックから立ち直れていないのか(それも普通は当たり前であるが)、ぼろぼろ涙をこぼしていた澪だが健気にそれを拭って、うんっ、と頷いた。
秋子はそんな彼らを見ていて、きっとこの子達なら、わたしがいなくても大丈夫ね――と、心中で思っていた。想像以上に彼らの精神は強い。引き止める理由など、ない。
「…でも、その前に腹ごしらえしたいね。さっき泣きまくってたせいで腹減ったな…はは、カッコ悪い」
心持ちなさげに腹部を押さえる春原。それで少し緊張がほぐれたのか、澪も少しだけ笑みを見せた。
秋子が、「あらあら、それじゃあすぐに作りますね」と言い、再び料理を始めようとしたときだった。
澪の背後から、人影が現れた。
「…おっ? 秋子さんの娘さんの…なゆ」
現れた名雪に声をかけようとした春原が、彼女の異変に気付いた。いや、それは予感に近いものであった――雰囲気が、何かまともじゃない!
「澪ちゃん! 逃げろっ!」
えっ、と澪が背後の名雪を振り向いたときには、既に名雪が、秋子のデイパックから持ち出していたスペツナズナイフが、澪の胸部に深々と突き刺さっていた。
そのまま、名雪はぐりっ、と無理矢理ナイフを上に押し上げて澪の生命を完膚なきまでに削り取った。
最後まで何が起こったのか理解できないまま――上月澪は、目を見開いて、死んだ。
「う…うーみおっ! …貴様っ! よくもっ!」
ウージーを構え、今すぐにでも発砲しようとするるーこを上からウージーを押さえつけて動きを制する春原。

335名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:36:46 ID:n2kR5K4o
「何をする! こいつに、うーみおが、うーみおがっ!」
「やめるんだ! 今ここで撃ったら、秋子さんまで敵に回すことになるぞ!」
ハッ、として背後の秋子を見やるるーこ。――そこでは、秋子が呆然とした顔で、それでも本能的にとった戦闘体勢は崩さぬまま、春原達の方向を向いていた。
空間的には、水瀬親子に囲まれていることになる。状況は、春原側の方に不利だった。
「くそっ」
るーこが毒づき、秋子の方へウージーを向ける。発砲はしないが、牽制は怠らない。
ピクリ、と秋子の体が動きかけて、それを何とか押し留めるようにして、震えた声で名雪に話しかける。
「――名雪? 今、いま、一体…何をしたの?」
その声はただ震えていた。名雪が、まさかこんな蛮行に走るとは思いも寄らなかったからである。
さてその水瀬名雪と言えば、いたって冷静な――むしろ感情を殺したような、冷たい目線を秋子に向けて、
「何してるの、お母さん? 早くその人たちを殺してよ。敵だよ? この人たち」
何をボサッとしているのか、というような口ぶりだ。秋子はその一言で、名雪がもう二度と取り返しのつかない世界へ入ってしまったのだ、と知る。
「やめて…名雪。ね、いい子だから…お願い、お母さんの言う事、聞いて?」
それでも、秋子は説得を試みる。我が子が、殺人鬼になってしまうなど耐えられない事だったからだ。
しかし当の名雪は、半ば懇願している秋子を見捨てるように「もういいよ」と吐き捨てた。
「じゃあ、わたし一人でやるよ。結局…祐一を守れるのはわたしだけなんだから!」
血に染まったスペツナズナイフで春原に突進する名雪。陸上部の部長という肩書きは伊達ではなく、一瞬にして距離を詰める。
ロケットだ、と春原は思った。400馬力のハイパワー。お買い得だと思いますけど、お客さん?
「冗談キツイっての!」
ヘッドスライディングの要領でナイフを回避して澪の死体が転がっているところまで逃げた。
そこで、解剖されかけたカエルのような澪の死体が、春原の目に入る。ちくしょう、ホラームービーだ、まるで。ついさっきまで、言葉を交わしてたっていうのに!
「うーへい!」
るーこは動けなかった。春原を援護すれば秋子が動く。秋子が動かないのは、まだ春原やるーこに対する保護者としてのストッパーが働いているからだ。だが、それはいつ外れるか分からない。
わずかな動きで、いともたやすく外れてしまう。
攻撃を外した名雪はと言えば、るーこを狙う事なくすぐに反転して春原に斬りかかる。動けないるーこよりも動ける春原の方が脅威と判断したからだ。

336名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:37:24 ID:n2kR5K4o
「くそっ! るーこ、こらえてくれっ! 僕が必ずなんとかするっ」
必死で名雪の斬撃を回避しつつ、スタンガンのスイッチを入れた。後は、当てられさえすれば!
腕を伸ばし、スタンガンを押し当てようとするが、しゃがまれて下から斬りつけられた。今までに経験した事のない、ホンモノの痛みが春原の腕から神経を伝わり、脳へ届いた。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
スタンガンを取り落としかけるほどの激痛。だが、手放しはしない。これは名雪を傷つけずに倒せる、唯一の武器なのだから。
「好き勝手にされてたまるか!」
攻撃直後の隙を狙いスタンガンを振り下ろそうとして――名雪が、スペツナズナイフを奇妙な持ち方をしているのに気付く。柄の部分を、まるでスイッチを押すような持ち方だ。刃の先は、当然春原の方を向いている。
朝で薄暗い部屋の中だというのに、それはやけに輝いて、春原の目に写っていた。
タン、と軽い、まるでばねのおもちゃのような音がして、ずぶりと肺の部分に何かが突き刺さる。
――ナイフの、スペツナズナイフの刃だった。
「そんな…仕込みナイフかよっ…ついてねえや」
ひゅー、ひゅー、と呼吸が荒くなる。口にも何かが込み上げ、舌が鉄の味を感じ取る。やがて、足が感覚を失って、春原は床板にどさりと倒れこんだ。
「そ…そんな、うーへいっ! 冗談はやめろっ!」
今すぐにでも駆け寄りたかったるーこだが、それはできない。何故なら、水瀬名雪が春原との間に立ち塞がっているからだ。また、秋子の存在もあった。
その名雪は、柄だけになったスペツナズナイフを投げ捨てて、今度は机の上に置いてあった――料理を始める前、秋子が置いていた――ジェリコ941をおもむろに手に取り、るーこに標準を合わせた。
「くそっ…!」
ウージーの標準を合わせようとするも、既に構えている名雪より先に発砲出来るはずもなかった。
ここまでか、とるーこは思った。
しかし名雪の発砲は、バチッという甲高い音と共に中断された。名雪の体が硬直し、でく人形のようになる。そして、その音の原因は。
「――言ったろ、好き、勝手に、させるか…って」
肺の部分から盛大に血を流し、口から血を吐きながらもここまで這いずって来た、春原陽平だった。手には、スタンガンを持って。
言い終えた直後、肺から突き上げてくる痛みに耐えきれず、口から大量に血が吐き出され、春原はまるで他人事のように、あ、こりゃ死んだな、と思った。
「うーへいっ! 大丈夫か、しっかりしろっ、るーが助けてやるぞ!」
ぼんやりしていて、るーこの顔がよく見えなかった。――ああ、いや、焦点が合ってないのか。頼むよ、僕の目。ボロのカメラじゃないんだから。
「安心しろ、るーの力で…そんな傷なんて…だから死ぬなっ、うーへいっ、うーへい…」

337名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:38:08 ID:n2kR5K4o
るーの力というのが何のことだか分からなかったが――もうどうでもいいや。それより、女の子がそんな顔してちゃだめだろ? 台無しじゃないか。
…いや、これって僕のせいだよね、ちくしょう、最後に女の子泣かせるなんて、なんてカッコ悪いんだよ。ああ、くそっ、そんなバカなことを考えてる場合じゃないんだ、逃げないと、出来るだけ遠くに。
「も、もう…僕の事は…いいから、武器と、にも、つを持って、ここ、から、逃げろ」
「そんな事が出来るか! 約束しただろう、生きて帰るって、また、うーさきや、うーひろと…合流して…」
死に際になって、初めて春原はるーこの、ものすごく女の子らしい側面を見たと思い、それから、るーこが好きだったことに今更気付いた。グレイト、なんて要領の悪い。
「はっ、は…肺を…やられてる。こ、こればっかりは…ブラックジャックでもどうしようもないさ…だ、だだだ、だからら、たのた、頼むよ、僕ののの、かわりに――」
唇が震えて、まるでビビったチキン野郎のような声だった(あ、そりゃ正しいのか)。けれども、最後の言葉だけは、はっきりと伝えなくちゃいけない。これはとても、大事なことだ。
「――最後まで、戦ってくれよっ」
言えた。僕にしてはいい出来だったんじゃないか? そう思って、春原は笑みの形を浮かべた。
それをどう受け取ったのかは分からないが、ともかく、るーこは、「…分かった…」と感情を押し殺すように呟いて、部屋の隅に置いてあった春原とるーこの荷物を引っ掴み、澪の死体を乗り越えて屋外へと逃走した。
残ったのは、春原と、気絶した名雪を抱きかかえている秋子だった。るーこが逃亡したのを見計らったように、秋子が何事かを呟いたが――既に春原の耳はそれを捉えることが出来なくなっていた。
だんだん、心臓の音も鼓動の感覚が広くなってきた。もう、一分と経たない内に、死ぬだろう。
――思った。クソ、芽衣、もうお前のところまで行きそうだよ。ついさっき生き残るって決意したってのに。
――思った。るーこ、お前には死ぬよりつらいことを背負わせてしまったかもな、ごめん。
――思った。岡崎、杏、ざまあねえや。
――思った。ああ、美味いメシが、食いてえっ…せめて、僕は――
そこまで思ったときには、彼の心臓は、活動を停止していた。まだ思い残すことがあったのか、決して満足な顔ではなかった。



こうして、春原陽平は、ここで息絶えたのだった。

338名雪の戦争:2007/01/23(火) 21:38:34 ID:n2kR5K4o
【時間:2日目6時30分】
【場所:F−02】

水瀬秋子
【所持品:木彫りのヒトデ、包丁、殺虫剤、支給品一式×2】
【状態・状況:健康。主催者を倒す。ゲームに参加させられている子供たちを1人でも多く助けて守る。ゲームに乗った者を苦痛を味あわせた上で殺す】
春原陽平
【所持品:スタンガン・支給品一式】
【状態:死亡】
ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×5)、支給品一式×2】
【状態:民家の外へ逃亡。服の着替え完了】
上月澪
【所持品:フライパン、スケッチブック、ほか支給品一式】
【状態・状況:死亡】
水瀬名雪
【持ち物:IMI ジェリコ941(残弾14/14)、GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア】
【状態:肩に刺し傷(治療済み)、気絶。マーダー化】

【その他:スペツナズナイフは刃が抜け、床に放置されています】
B-10

339三人:2007/01/27(土) 14:49:27 ID:5P7WLVFw
診療所の一室で、傷付いた秋子と観鈴は寝息を立てている。
その部屋で、環、敬介、往人の三人は情報交換を行なっていた。
思い思いに、それぞれがそれぞれの経緯を語る。
一通り話を終え、往人がその内容を確認する。
「つまり、観鈴はまだ晴子が死んだ事を知らないんだな?」
「ええ。私はまだその事を教えてませんし、もう少し時間を置いてから教えるべきだと思います」
「そうだね……」
歩んできた道は違えど、観鈴を思う気持ちは変わらない。
だからこそ揃って憂いの表情を浮かべ、溜息をつく。
そのまま三人は黙り込んでしまった。

静寂の中、時だけが経過してゆき―――
やがて、往人がポツリと呟いた。
「なあ、敬介」
「何だい?」
「晴子は―――」
「……やり方は間違っていたけれど、晴子は最期まで観鈴の為に戦いながら逝ったよ」
「……そうか」
再び訪れる沈黙。
そして往人は、かつての生活へと思いを馳せた。


終わりの無い、永き旅路の途中で観鈴と出会った。
観鈴と晴子と、三人で暮らしたあの家での生活。
旅人である自分にとって、それはあくまで一時的な物に過ぎなかった筈だ。
しかし彼女達との生活には自分が忘れかけていた暖かさが確かにあった。
陽気で豪快で、時に暴走しがちな性格の晴子であったが―――嫌いじゃなかった。
酒盛りの相手をさせられた事も、人形を撥ねられた事も今となっては懐かしく感じられる。
もう―――あの日々は戻らぬ思い出になってしまったのだ。

ベッドで眠っている観鈴へと視線を移す。
観鈴は母親の死を乗り越えられるだろうか。
分からない……いや、きっと大丈夫だ。
観鈴は強い子だから。
そう、信じたい。







340三人:2007/01/27(土) 14:50:23 ID:5P7WLVFw
往人達とは別の病室。
宗一と葉子は体を回復させるべく、睡眠を取っている。
英二はソファーに座り、身を休ませている。
そんな中、リサは栞が使っているベッドのすぐ傍で椅子に腰を落としていた。
「栞、気分はどう?」
「薬を飲んでぐっすり寝たら、だいぶマシになりました」
「良かった。本当、一時はどうなるかと思ったわ」
流石に診療所というだけあって、薬は一通り揃っていた。
解熱剤のお陰で栞の熱は下がった。
全快にはもう少し時間を要するだろうが、まずは一安心だ。
リサが安堵の息を吐いていると、あかりがお盆を持って病室に入ってきた。
お盆の上には湯気を上げている茶碗が沢山置いてある。
「皆さん、おかゆはいかがですか?」
「Oh!美味しそうね」
「ありがとう、あかり君。頂くよ」
英二が軽く礼を言い、差し出される茶碗を受け取る。
あかりは会釈した後、リサと栞の分を配ろうとした。
「栞、ちょっと待って」
「?」
リサは栞の分のおかゆを手にした。
一同の疑問の視線に気付く事なく、何度か息を吹きかけてから、栞にそれを渡す。
「はい、冷ましたから安心して食べてね」
「あ、ありがとうございます……」
いささか過剰な気遣いに面食らっている栞。
その様子を見た英二はぷっと吹き出した。
「英二、どうしたの?」
「いや失敬。まるで親子みたいで、おかしくてね」
我慢出来ずに、ついついまた笑ってしまう英二。
あかりも釣られて笑い出した。
笑い続ける二人とは反対に、リサと栞は見る見るうちに頬を膨らませる。
「……それって私がママで栞で娘って事?私はまだまだ若いわよ」
「そんなこと言う人嫌いです……私、こう見えても高校生なんですからねっ」
「う……」
一応紳士であるつもりの英二としては、女性二人に批難されたままなのは頂けない。
英二は慌てて謝罪を始めていた。
あかりも笑う事を止めて、椅子に腰掛けた。

(そう言えば……この島に来てからこんなに笑ったの、始めてかも)
おかゆを口にしながら、あかりはふと、そんな事を思った。
絶望的な状況なのに、ここにいる人達は皆明るく振舞っている。

―――しかし忘れてはいけない。

341三人:2007/01/27(土) 14:51:04 ID:5P7WLVFw
ここに来たばかりの時、リサは言った。
『栞には祐一が死んだ事は話さないで頂戴』
あかりにはリサがそう言った理由が簡単に分かった。
栞の姉、美坂香里は自分の暴走のせいで死んでしまった。
続けざまに探していた人に死なれては心へのダメージが大き過ぎるだろう。
……もう大勢の人間がこの島で命を失っている。
生き残った者も皆、深い悲しみを抱えている。
誰一人として、例外無く。
この島は―――地獄なのだ。








怪我人達の治療も、情報交換も、食事も、終えた。
そして、診療所の玄関で、往人、あかり、環の三人は出立しようとしていた。
見送りに来たのはリサ、英二、そして敬介だ。
「あなた達、もう行くの?」
「そうだ。俺には観鈴の他にも守りたい奴らがいる……あまり遠くには行けないが、せめてこの村くらいは探索しておきたい」
聖、美凪、そしてみちる。
この二人の名前は放送で呼ばれていなかった。
出来る事なら彼女達も見つけ出して、守りたい。
それにあかりの探している人間もまだ見つけていない。
ここで自分だけのうのうと過ごす気にはなれなかった。
「でもこの村の何処かに殺人鬼が潜んでいるかもしれない。やっぱり僕も行った方が……」
「駄目です、英二さんまで来たらここの守りが薄くなってしまいます」
この診療所には多くの怪我人がいる。
いくらリサといえども一人で守りきれる範囲には限度がある。
守りに就く人間は多いに越したことは無かった。
英二もその点は十分に分かっているので、すぐに頷いた。
続いて往人が口を開く。
「敬介も……」
「ん?」
「俺が戻ってくるまで、観鈴をよろしく頼む」
「端からそのつもりさ。安心して行ってきてくれ」
今や観鈴の唯一の肉親となってしまった敬介。
しかしだからこそ、信頼度という点ではこの上無い。
彼が付いていてくれれば、自分がいなくても観鈴は大丈夫だと思う。
危ないのは、英二の言う通り自分達の方だ。
細心の注意を払って動かねば、ミイラ取りがミイラになってしまうだろう。
手にした銃を見つめる。
自分はまだ銃を一回も撃っていない。
いざ戦闘になった時に、狙い通りの場所に弾が飛んでくれるだろうか。

そんな事を考えていると―――突然、近くの部屋の扉が開いて。
「往人さんもいなくなっちゃうの?」
「―――!」
そこには、観鈴が立っていた。

342三人:2007/01/27(土) 14:52:35 ID:5P7WLVFw
【時間:2日目・午後1時30分】
【場所:I−7】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数12/20)】
【状態:左肩重傷・右太股重傷・腹部重傷(全て治療済み)、まずは睡眠をとって体の回復に努める、それからの行動は後続任せ】
橘敬介
【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】
【状態①:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】
水瀬秋子
【所持品:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
【状態:睡眠中、腹部重症(治療はしたが再び傷が開いた)。起きた後の行動は後続任せ】
緒方英二
【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(6/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】
【状態:健康】
神尾観鈴
【持ち物:フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:脇腹を撃たれ重症(治療済み)】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:健康】
美坂栞
【所持品:無し】
【状態:軽度の風邪】
鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式】
【状態①:肩に軽症(手当て済み)右大腿部銃弾貫通(手当て済み、動けるが痛みを伴う)。一応マーダー】
【状態②:まずは睡眠をとって体の回復に努める、それからの行動は後続任せ】
国崎往人
【所持品1:ワルサーP5(8/8)、トカレフTT30の弾倉、ラーメンセット(レトルト)】
【所持品2:化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】
【状態:氷川村を探索しようとしている】
神岸あかり
【所持品:水と食料以外の支給品一式】
【状態:氷川村を探索しようとしている、月島拓也の学ラン着用。打撲、他は治療済み】
向坂環
【所持品①:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)、包丁、ロープ(少し太め)、支給品一式×2】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:氷川村を探索しようとしている、頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)】


(関連655 ルートB-13)

修正:
>>341
>この二人の名前は放送で呼ばれていなかった。
 ↓
この三人の名前は放送で呼ばれていなかった。

343名無しさん:2007/01/27(土) 14:56:55 ID:5P7WLVFw
それとルートB13の全キャラが放送の時間帯を越えたので
479b13 第2回放送(ルートB-13)で呼ばれる死者の部分に沢渡真琴を追加お願いします
お手数をおかけして度々申し訳ございません

344Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:09:27 ID:LWltYFXE

鬼教官の名は、伊達ではなかった。

「男は体力! まずは基礎体力作りから始めるわよ!」

七瀬の言葉に容赦はない。
とても逆らえる雰囲気ではなかったが、とりあえずそろそろと手を挙げてみる冬弥。

「あの、七瀬さん……」
「教官と呼びなさい」
「では、教官……」

即座に言い直す。

「何か質問でも? つまんないこと言ったらはっ倒すわよ?」
「あ、いえ、だったらいいで……」

言い終わる前に、殴られていた。

「男なら言いたいことは最後まで言い切る!」
「は、はひ……」

腫れた頬を押さえながら、涙目で答える冬弥。

「……で、質問は何? モタモタしてると左のほっぺたも真っ赤になるわよ?」
「ぐ、グーはもう勘弁してください!」
「だったらさっさと言う!」
「は、はい……! ええっと、体力づくりって何をするんでしょ……」

言い終わる前に、左の頬に鉄拳がめり込んでいた。

「登山」
「こ、答えるなら何で殴ったんだ……?」

345Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:10:00 ID:LWltYFXE
青い顔で呟いた孝之が、七瀬にぎろりと睨まれ、慌てて目を逸らす。

「つまんないこと訊くからよ。前もって訊いたからってメニューが変わるわけでもなし」
「ひでぇ……」
「……何か?」
「いえ、何でもありません、教官!」

わかればよし、と頷く七瀬。おもむろに遥か彼方を指差す。
その指の先を、おそるおそる見やる冬弥たち。
木々の切れ間から見えていたのは、

「あれって……」
「地図によれば、神塚山……だったか?」
「ダッシュ」
「……え?」

聞き返した瞬間に、殴られていた。

「走りなさいって言ってんの!」
「ひ、ひぃぃ!」

そこからは、地獄だった。


******

346Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:10:43 ID:LWltYFXE

「ぜぇ……はぁ……」
「おぇぇ……」
「ったく、だらしないわねえ……」

神塚山、山頂。
腕組みをした七瀬が、うずくまる二人を呆れ顔で見下ろしていた。

「どうして男が女の子より力が強いか、わかってる? いざって時に女の子を守るためよ!
 なのにあんた達ときたら……」

はあっ、と大きなため息をつく七瀬。

「……もういいわ、しばらく休憩にします」

うずくまる二人は、呼吸を整えるのに精一杯で返事すらしない。
心底から情けなさそうな顔をして、七瀬は一人、その場を離れる。
近くの平らな岩に座り込んで、またもや特大のため息をついた。

「あんなんじゃ女の子を守るどころか、逆に守ってもらうことになるわよ……」
「―――同感じゃな」
「ひゃあっ!?」

突然背後からかけられた声に、七瀬が文字通り飛び上がる。

「だ、誰!?」
「驚かせてしまったようですまんの。わしは―――」

慌てて振り向いた七瀬が見たのは、厳しい顔つきをした一人の老人であった。
とうに楽隠居していてもおかしくないような歳に見えたが、ぴしりと黒の三つ揃いに身を包み、
背筋は微塵も曲げることなく、真っ直ぐに立っている。
その顔に刻まれた無数の皺が、深い人生経験を物語っているようだった。

「―――長瀬源蔵。来栖川の家令を勤めておる者じゃ」

347Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:11:14 ID:LWltYFXE
声の張りも見事に、老人は名乗った。
そして文句のつけようのない、見事な一礼。
つられて七瀬もぺこりと頭を下げる。

「く、来栖川って、あの……?」
「知っておるなら話が早いの。そう、来栖川のお嬢様方が酔狂でこの催しに加わっておってな。
 わしはそれを連れ戻しに来たんじゃが……」

そこで、源蔵は眉根を寄せる。

「色々と、手違いがあるようでな。お嬢様方の居場所が掴めなくなってしもうた。
 残された気を辿ってはおるが、この島にはどうにも強い気が多すぎていかん」
「はぁ……」
「そこで、じゃ」

ずい、と顔を近づける源蔵。
話の流れが掴めずに聞き流していた七瀬が、思わずのけぞる。

「な、なんですか!?」
「お主ら、お嬢様方を見かけんかったかの」
「い、いえ、見てませんけど……」
「本当に?」
「は、はい」
「ふむ……ま、綾香お嬢様はかなり羽目を外しておられた様子……。
 出会っておれば、お主らただではすまんだろうしの」
「わかってもらえたら、顔を離してほしいんですけど……」
「おお、すまなんだな……む?」

邂逅が平和裏に終わろうとしていた、そのとき。
事態を致命的に悪化させる者たちがいた。
いわずと知れた、ヘタレどもである。


******

348Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:11:38 ID:LWltYFXE

「お、おい、あれを見ろ……!」

孝之が指差したのは、七瀬が頭を下げて一礼した、その場面であった。
見やった冬弥が色めき立つ。

「誰だ、あの爺さん……いつの間に!?」
「七瀬さ……教官、何か謝ってるぞ……?」
「まさか、因縁つけられてるのか……!」

勘違いもはなはだしかったが、勝手に盛り上がっていくヘタレども。
その脳裏には、つい先刻の七瀬の言葉が浮かんでいた。

『どうして男が女の子より力が強いか、わかってる? いざって時に女の子を守るためよ!』

絶好の機会というわけだった。
ヘタレもヘタレなりに、頑張ろうとはしているのだった。
丁度そのときである。二人の見ている先で、源蔵が七瀬に顔を近づけていた。

「爺さん、なんて破廉恥な……!」
「七瀬さんが危ない……!」
「お、俺たちで教官を助けるぞ……! ヘタレボールを出せ、藤井君!」
「よ、よし、わかった!」

俺たちで助ける、と言ったその舌で助っ人に任せようとする二人。
その行為に何の疑問も持っていない。

「よし、来栖秋人くん―――君に決めた!」

冬弥の投擲したボールから、一人の少年が飛び出してくる。
引き締まった筋肉質の体つきが頼もしい。

「何だかわからんが、あの爺さんをぶっ飛ばせばいいんだな!」
「ああ、頼んだぞ!」

349Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:12:09 ID:LWltYFXE
一直線に駆けていく来栖の背を、信頼をこめて見守る二人。
その目の前で、

「―――ぐぁらばっ!!!」

来栖の身体が、弾け飛んでいた。

「「……え?」」

驚愕に漏らした声が、ハモった。


******

350Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:12:41 ID:LWltYFXE

(あの……バカども……!)

七瀬は内心で頭を抱えていた。
引き攣るこめかみを、必死で押さえる。

「……お嬢さん、説明してもらえるかの?」

老人が、目を細めている。
その眼光から、温度というものが失われていくのがわかった。
白い手袋からは鮮血が滴っていた。
振り返ることもせず、裏拳一発で来栖を文字通り木っ端微塵に破壊せしめた拳である。

「あの……ですね……、あれは……その」

口ごもる七瀬を色の無い眼で見やると、源蔵は飛び散った血飛沫の前にへたり込む、冬弥と孝之へと視線を移した。

「……お嬢さんがご存じでないなら、あちらの二人に直接聞くとしようかの」

言いながら、血塗れの拳を握りこむ源蔵。
ざり、と磨き上げられた革靴が山肌を踏みしだく。

「ちょ、ちょっと待ってくださ……!」

七瀬が血相を変えて源蔵に手を伸ばそうとした、その瞬間。

「―――ちょっと待った、爺さん」

山頂に、新たなる声が響き渡っていた。


******

351Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:13:23 ID:LWltYFXE

「……む?」

源蔵が足を止め、声のほうへと振り向く。
声は、山肌に聳え立つ巨岩の上から。

「いい歳こいて弱いもの苛めはいただけねえな、爺さん」

声の主は、サングラスをかけた、一人の男であった。
黒いレンズの下で、男がにやりと笑う。

「退屈ならよ、俺と……戦ろうぜ」
「……お主、わしに気配を悟らせず近づくとは、只者ではないな」

男が笑みを深める。

「なあに、それほどのもんじゃあねえさ」

男の手には、奇妙な形状の銃が握られていた。
それを見た源蔵が、ゆっくりを構えを取る。
戦闘が、始まろうとしていた。


******

352Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:14:03 ID:LWltYFXE

「……あんたたち……」

呆然と成り行きを眺めていた冬弥と孝之の耳に、背後から小さな声が聞こえてきた。
振り向く。七瀬留美が、険しい表情でそこに立っていた。
囁き声のまま、七瀬が二人を促す。

「逃げるなら今の内よ……、急ぎなさい……!」
「そ、それが……」
「何よ……!」

情けなさそうな声をあげる二人。

「腰が抜けてて……」
「動けません……」

吊り上がっていた七瀬の眉が、ハの字を描いた。

「もう……いいわ……」

うなだれたのも一瞬。
決然と顔を上げると、七瀬は二人の首根っこを引っつかむ。

「うわっ!?」「ぐぇっ!」

そのまま、猛然と斜面を駆け出した。
後ろで上がる悲鳴は完全に無視する。

「ヘタレどもを引きずって一気に山を駆け下りる……乙女にしかなせない業ね……」

目尻を濡らす感触は、幾分弱まってきた雨の雫だと思い込むことにした。

353Case0:I will gouge out your eyeballs and skull fuck you.:2007/01/27(土) 15:14:32 ID:LWltYFXE

 【時間:二日目午前9時ごろ】
 【場所:F−5、神塚山山頂】

七瀬留美
 【所持品:P−90(残弾50)、支給品一式(食料少し消費)】
 【状態:鬼教官】

藤井冬弥
 【所持品:H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、
     支給品一式(水1本損失、食料少し消費)、沢山のヘタレボール、
     鳴海孝之さん 伊藤誠さん 衛宮士郎くん 白銀武くん 鳩羽一樹くん 朝霧達哉くん
     来栖秋人くん(死亡) 鍋島志朗くん】
 【状態:ヘタレ】

長瀬源蔵
 【所持品:防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・支給品一式】
 【状態:戦闘開始】

古河秋生
 【所持品:ゾリオンマグナム、他支給品一式】
 【状態:ゾリオン仮面・戦闘開始】

→420 434 643 ルートD-2

354男子、三人:2007/01/30(火) 00:24:53 ID:.Vu4fUqQ
(これはまずいな・・・・・・)

改めて、手にした携帯電話を見つめる北川潤の表情に焦りが走る。
ただの携帯電話ではなかっという事実、それも爆弾が仕込まれているとは想像もしていなかった。
また、これだけなら、良かった。
中に仕込まれていたボイスメッセージ、それによるとこの携帯電話は遠隔でも爆発させることができるらしく。

リモコンは灯台に隠されているとのこと、今潤のいる民家からでは距離もかなりある。
そもそもゲームが開始してからかなりの時間が経っているのだ、既に他の参加者が見つけて手に入れてしまっているのではないか。
・・・・・・知らない間に命の危機にさらされていたということ、これでは生きた心地がしない。
早急に、この場から離れるべきだ。万が一他者の手にリモコンが渡っていた場合、持ち主が意味も分からずボタンを押してしまう可能性は計り知れない。

だが、発つにしても他のメンバーに不信感を与えるわけにはいかない。
見張りを引き受けた自分が、いきなりここを発つ理由をでっちあげる必要がある。
ちらっと隣を省みると、先ほど通りのテンションのままの春原陽平が目に入った。

(・・・・・・こいつは、かなり馬鹿だ。ちょっと無理があっても信用はとれる、はず)

時間が惜しい、思いついたところで潤は携帯を手に移動しようとする。
陽平にはさっき話した携帯電話を持つ知り合いに連絡を取ると伝え、人目のない廊下の奥げと場所を移したのであった。





(で。どうするか、だ。)

この島で知り合った仲間と連絡が取れたから合流しなおす、早急に移動の準備をする必要がある。
動機については・・・・・・電話をしている間にあちらのメンバーが襲撃にあい、援護を求めてきた。これでどうだ。
いや、しかしそんな緊急事態を作り出した場合自分にもそれ相応の演技力が求められてしまう。
元より、他のメンバーを起こさないで静かに行動は移したい。あまり派手なものは控えた方が賢明であろう。

355男子、三人:2007/01/30(火) 00:25:33 ID:.Vu4fUqQ
(うーん、次いつ会えるか分からないんだから早めにもう一度会っておきたい、とか?)

荷物をなくしてしまったようなので援護に向かわなければいけない、ケガをしてしまったようなので以下同文。
そんな案をいくつも思い浮かべ、潤はその場に応じてどれかを選択すればいいかという結論を出す。
・・・・・・来栖川綾香の時とは違うのだ、ここで五人グループという大所帯に疑念を抱かせ自らの立場をあまりにも不利にするのは得策ではない。

あまり綿密にし過ぎてもリアリティに欠けるだろうしと、潤は件について一端考えるのを止めた。
もう少し時間を潰して、何食わぬ顔であちらに戻り「電話をかけてきたふり」を演じれば完璧だ。
それで、この危なっかしい状況からはおさらばできる。

「・・・・・・」

じっと、その権化である水瀬名雪の支給品である携帯電話を、改めて見つめる潤。
今リモコンのスイッチを押されたら一たまりもない、そんな危険は承知の上なので事は早急に済ませるべきであった。
だが、もう二度とこの支給品に触れる機会はないであろう。
目が覚めたら陽平はメンバーに携帯電話の機能を話し消防分署に向かうはずだ、ならば自分はその逆である氷川村辺りに身を置くべきであって。
勿論百パーセントという可能性はない、ある意味もう一度出会う可能性を考慮し自分がリモコンを手にしておくのも一理あるが・・・・・・先の通り既に持ち去られている場合もある。
今後このグループは警戒すべき存在となった。中々厄介な面子と知り合ってしまったことに舌打ちをするものの、今はそれは置いておくとして。

とにかく、この携帯電話の通話機能自体には未練があるのだ。
脳裏に浮かぶのは威勢の良いつっこみ体質のあの少女の姿、最後に声を聞いたのはいつだったであろうか。

(なるようになれってか。俺だってちょっとくらい良い思いしたいもんな・・・・・・)

通話中に爆発したら、運がなかったと諦めるしかない。
自分の携帯から彼女の番号を赤外線で送る、例のメッセージが表示されたと同時に潤はその番号をコールするのだった。

356男子、三人:2007/01/30(火) 00:26:04 ID:.Vu4fUqQ








結果的には、かけてよかった。
広瀬真希はまだあの民家にいたようだった、遠野美凪は眠っているとのことで声を聞くことは叶わず。
真希は起こしてでもと口にするが、それは潤が引き止めた。
こんな状況である、ゆっくり休むことができるなら邪魔はしたくない。

『何よ、私は叩き起こしといて美凪にはそれなの?!』
「いやはや、広瀬は大丈夫だって。タフだし」
『褒め言葉じゃないわよね、それ』
「そんなことないって〜」

久しぶりのやり取りが心地よかった、瞼を閉じればいくつもの世界で彼女と過ごした時間が蘇る。
幸せだった。ジョーカーとして周囲を混乱させるために存在する自分が、こんな穏やかな時を過ごしていること事態が非現実的に感じられる。
真希の話によると、どうやら彼女達の進路はまだ決まっていないらしかった。
首輪に関しても、確かにあれだけではこれからどうするかを決められるはずはない。
技術者との会合が求められるが、生憎潤はそんな得意能力を持つ知り合いを持っていない。
世界の記憶からも情報は得られなかった、要するにそれに関しては覚えていないのだ。

「うーん、そっちはそっちで頑張ってくれよ」
『あんたねぇ・・・・・・っていうか、北川はどうなのよ』
「はい?」
『友達、探すんでしょ。それとももう見つけたの?』
「・・・・・・いや、まだだ。早く見つけたいんだけどな」

357男子、三人:2007/01/30(火) 00:26:35 ID:.Vu4fUqQ
そういえば、真希達と別れる際にはそんな台詞で煙をまいた気がした。
今になって思い出す、あまり適当なことを言うものではないなと反省の余地ができる。
・・・・・・実際、相沢祐一にとってかけがえのない存在である月宮あゆが第一回の放送にて名前を呼ばれたので、あながちそれも間違いではないのだが。
あゆと面識のない潤は知る由もない、しかしそんな事実も確かに存在はしていた。

それからまた少し談笑した後、潤は静かに電話を切った。
電話帳を見つけるべく消防署を目指すことになるであろう秋子達と合流されると厄介なので、二人には鎌石村から早く出て欲しい思いもある。
彼女等に灯台にあるリモコンを回収させる案もあった、もし見つけられたらボタンを押して欲しいと頼めば。
そこには、また一つの惨劇が訪れるはずであった。

しかし、知らずうちにといえど彼女達の手を赤く染めさせるような行為はさせたくないという思いが強く、結局潤は何も言わなかった。
これは、贔屓になるのかもしれない。
ジョーカーして平等性に欠けてはいけないという規則はないので特に咎められることもないだろうが、行き過ぎたら警告くらいは受けるであろう。
それでも、守りたいものの一つや二つくらい多めに見て欲しいものだと。潤は自嘲気味に微笑むのだった。

そして、真希の番号、発信記録といった証拠を消すと同時に。
ごく自然な動作で、潤はリモコンの存在を示すボイスメッセージを削除したのであった。






「遅かったね、上手く連絡とれたの?」

戻ってきた潤に対し、陽平が即座に声をかけてくる。
彼なりに心配してくれたのであろう、名雪の携帯電話を陽平の手に返しながら潤は口を開いた。

358男子、三人:2007/01/30(火) 00:27:00 ID:.Vu4fUqQ
「ごめん、俺もう行くわ」
「え、ちょ・・・・・・何いきなり言い出すんですかねっ?!」
「待ち合わせて、合流することになったんだ。ごめんな、見張りの途中だってのに」
「それは全然構わないけど・・・・・・朝になってからじゃ駄目なわけ?夜は目が利かないし、寒いと思うんだけど」
「いや、もう出るよ。万が一のことも考えて、早めに行動していたいんだ」

話は唐突に切り出す、そうすれば相手に考えさせる間を与えない方が効率は良い。
狙い通り陽平はあたふたと、ろくな質問もできないまま押し黙った。
語気が荒かったかせいかと少し不安にも思う。だが次の瞬間陽平はにやっと口の端を吊り上げ、潤の二の腕をひじでつついてきた。

「なぁなぁ、もしかしてさ」
「な、何だよ」
「これから会うのって、さっき言ってた『コレ』のことなんじゃないの?ヒューヒュー!!」
「あはは・・・・・・ご想像にお任せするよ」

小指をピンッと立てる陽平は、やはり陽平であった。
一緒に見張りをするのがるーこや秋子でなくて良かったと、潤は心から思うのだった。





「これは餞別だ」

身支度を整え終わった潤は、そう言って身に着けている割烹着を脱ぎだした。

「ヒィッ!悪いけど操なんてお断りだよ?!」
「馬鹿、違うよ。これさ、防弾性なんだ。ちょっとの間だけど春原にはお世話になったし、良かったらとっといてくれ」
「北川・・・・・・」

359男子、三人:2007/01/30(火) 00:27:23 ID:.Vu4fUqQ
それには見張りを扱いやすい陽平と行えて良かったという、ある意味失礼な感謝の気持ちも含まれていた。
もとよりいくら防弾性とは言えこの格好は目立ちすぎる、破棄する予定がないわけではなかったので彼に引き取ってもらい有効活用してもらうのも悪くはない。
ちょっと危なっかしいのでこれで少しでも彼の寿命が延びてくれればという、潤なりの親切心でもあった。
手渡された割烹着と頭巾を、陽平はぎゅっと握り締めながら見つめている。ちょっと皺くちゃになっていた。

「北川、僕はあんたのことを忘れないよ」
「あんがとな」
「気をつけろよ、またこっちから電話するからね」
「・・・・・・ああ、待ってる」

やっべ、そういえば俺の番号登録されてんだっけか・・・・・・と今更気づくがもう遅い。
割烹着に着替える陽平を尻目に荷物をまとめながら、潤は今後背負うちょっとしたリスクにうんざり舌を打つ。

「じゃあな、生きて帰ってくれよ戦友!」
「ああ、お前も妹さんに会えるといいな・・・・・・そんじゃっ」

お互い熱く敬礼、背中に陽平の熱い視線を感じながら潤は暗闇に向かって走り出すのであった。






(ふう・・・・・っていうか動機以前にどこに行くかとか、何もつっこまなかったな・・・・・・さすが春原)

夜道を歩きながら、ふと思う。
あれだけ悩んだことを何一つ口にしていないのだ、これでは気を配りすぎていた自分が馬鹿みたいだ。

(まあ、楽に越したことはないんだけどね・・・・・・っていうか、俺の番号が登録されてたのすっかり忘れてたし。ああもう、面倒くさいな!)

360男子、三人:2007/01/30(火) 00:28:03 ID:.Vu4fUqQ
いっそ自分の携帯電話を壊してしまおうか。
だが後に役に立つことがある可能性は捨てられない、そうなると簡単には決断をくだすわけにもいかず。
・・・・・・面倒だが、仕方のないことであった。

(あー、これからどうするかな。一応灯台の方行ってみるかねぇ・・・・・・)

とりあえずはあの民家から離れることができたので、また新しいターゲットを探す必要がある。
灯台への道中で誰かに知り合えたら便乗すればいい、会えなければ会えないで灯台へ立ち寄るのも一つの手だ。

(ああ、でもちょっと休みたいかも・・・・・・徹夜はつらいって)

欠伸を噛み締めながら、潤はぷらぷらと街道沿いに進むのであった。








一方、同時刻琴々崎灯台・地下にて。

「・・・・・・なんだ、これ?」

眠りから覚めた城戸芳晴の手には、例のリモコンが握られていた。

361男子、三人:2007/01/30(火) 00:28:39 ID:.Vu4fUqQ
春原陽平
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−02・民家】
【所持品:防弾性割烹着&頭巾・スタンガン・GPSレーダー&MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)・支給品一式】
【状態:北川を見送る】
【備考:名雪の携帯電話に入っていたリモコンの存在を示すボイスメッセージは削除されている・時限爆弾のメモは残っている】

北川潤
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−02】
【持ち物:SPAS12ショットガン(8/8+予備4)九八式円匙(スコップ)他支給品一式、携帯電話、お米券×2 】
【状況:民家から離脱、灯台方面へ移動】

城戸芳晴
【時間:2日目午前3時半】
【場所:I−10・灯台】
【持ち物:名雪の携帯電話のリモコン、支給武器不明、支給品一式】
【状況:エクソシストの力使用不可、他のメンバーとの合流、死神のノート探し】

(関連・346・641)(B−4ルート)

362広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:38:53 ID:fDNpZvog

「美凪……」

その声に、意味などなかったのだろう。
遠野美凪は既に事切れていた。
血に塗れたその巨体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。

常識の範疇外にある出来事。
人が死ぬ。つい先程まで談笑していた人間の命が唐突に終わる。
殺される。理不尽な暴力に、対抗し得る手段も無く。

取り乱さなければいけない、と思う。
何の変哲もない、ごく普通の女子校生は、こういうときには悲鳴を上げて、あるいは涙を流して、
目の前の現実を否定しようとしなければならない。
それが当たり前、そうあるべき姿というものだ。

そして『私』は、ひどく冷静に、その光景を見つめていた。



放送で北川の死を知った。
唐突に消えたと思えば、どこかで殺されていた。
そんなものか、と思った。
それだけの、朝だった。

異形と化した遠野美凪といえば、しかし変わったのは姿かたちだけであると、すぐにわかった。
彼女の用意した朝餉を食べて、静かに時間が過ぎるのを待っていた。
外に出る気はなかった。どうせ同じことだと、思っていた。
死ぬ順番が変わるだけだ。
あるいはそうでなかったとしても、何一つ変わらない。
何故だか私はそれを、知っている気がした。

だから、突然の砲撃のようなもので壁が崩れても、『私』はちらりと目をやっただけだった。
轟音と塵芥の向こうに立つ少女を見て、ああ、ようやく来たのかと、それだけを呟いた。

363広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:39:39 ID:fDNpZvog
「……くー……」

目の前の少女は、そう、立ちながら眠っているように見えた。
傍らで宙に浮かんだ物体が、その異様を際立たせていた。

侵入者に向かっていく遠野美凪の背に、『私』はかける言葉を持たなかった。
意味がないと、わかっていた。
それは、ここで遭ってしまってはいけないものだった。
目の前にそれが立っているという状況が、私たちの確実な死を意味していた。

だから、『私』は美凪が死を迎える様を、じっと見ていた。
覚えていようと、思った。



ずるり、と。
少女が、美凪の身体から貫手の形に整えた手指を引き抜いた。

「……くー……」

相変わらず目を閉じたまま、静かに寝息を立てている少女が、一歩を踏み出す。
革靴の底で、飛び散った硝子片が硬い音を立てた。
次は、私の番というわけだった。
告死の少女に向かって、『私』は静かに口を開く。

「カエルのぬいぐるみ、とはね……水瀬の力も、芸幅が広いわね」

『私』は、何を言っているのだろう。
水瀬の力、とは何だろう。わからない。わからないが、口からは自然と言葉が滑り出してくる。
きっと、わからないのは、普通の女子校生である私だけなのだ。
遠野美凪の死を、噴出す血飛沫や吐瀉物と共に吐き出される濡れた呼吸の音を、心乱すことなく
観察していた『私』には、きっとそれが何を意味する言葉なのか、充分にわかっているのだろう。
だから私は、今度は『私』自身を、じっと見つめることにした。

364広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:40:00 ID:fDNpZvog
「眠っている時にだけ目覚める力? ……悪い冗談もいい加減にしてほしいわね。
 継承したんなら、それなりの格好をつけなさいよ、水瀬の当主」

継承。当主。わからない。構わない。
それが何なのかわからなくとも、私が死ぬことには変わらないと、それだけを確信していた。

「―――どうせ初めから眠ってなど、いないくせに。」

そう告げた『私』の言葉はひどく酷薄で、その声音は侮蔑に満ちていた。
言葉の内容か、それを告げた態度か。あるいは、その両方かもしれない。
いずれにせよ『私』の言葉に含まれていたのだろう何かが、少女に変化をもたらしていた。

「―――」

足を止めた少女が、私を、見ていた。
少女の目が、開いていたのだ。

「煩いな」

はっきりと、そう言った。
寝息でも寝言でもなく、明確にそう言い放った少女の、冷たい眼光が、私を射抜いていた。

「そう、その顔。それでこそ水瀬よ」
「……」

少女は、底冷えのする視線で私を見つめている。

「そうしてると母親そっくりね。人を殺した手でご飯を食べられる顔」
「……」
「どうして眠ったふりなんかしてたの? どうせ出くわした人間は皆殺しにするくせに。
 油断させるため? やめなさいよ、そういうの。水瀬ならもっと胸を張って人を殺しなさい」

『私』は、ひどく奇妙なことを言う。
会ったこともないはずの少女、その母親をよく知っているような口振りだった。

365広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:40:48 ID:fDNpZvog
「……何だ、お前」

少女が、その視線を更に険しくする。
よくない気配のする眼だった。
水を飲む、ということと人の息の根を止める、ということを同列に捉えられる、そういう眼だと思った。
だが『私』は、まるで数秒後の死を弄ぶかのように、どこか楽しげですらある口調で、言った。

「―――それとも、そうでなければ相沢祐一には守ってもらえない、とでも?」

一瞬の、間。
少女の眼に宿る光の種類が、変わった。
重く、澱のように溜まっていたある種の薄暗さが、消えていく。
代わりに浮かんできたのは、虚を突かれたような、あるいは痛快な冗談に笑みを堪えるような、
不可思議な色だった。

「……本当に、何なんだ、お前?」

声音からも、険が取れている。

「わからないの? 水瀬でしょう、あんた」
「ん? ……お前、もしかして……『勝った』ことがあるのか?」

軽口を叩くような『私』の声に、少女は驚いたように答える。

「それは……珍しいな。
 毎回、死にぞこないは出るみたいだけど……『勝った』のがまだ残ってるなんて、思わなかった」
「お生憎さまでね。こうして元気にやらせてもらってるわ」

少女と『私』の、奇妙なやり取り。
勝つ、とは何だろう。何に勝つのか。残っているとは、何のことか。
私を置き去りにして、会話は続く。

「大抵、何度か繰り返す内に生まれてこなくなるんだがな……。
 よっぽど図太いのか、それとも『勝った』のが最近なのか」
「どっちでもないわ。こうしている私には、何がなんだかわかっていないくらいだし」

366広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:41:51 ID:fDNpZvog
『私』は、私のことを的確に言い表す。その通りだった。
少女と『私』の会話は、私にとって未知の共通認識に基づいているようで、まったく理解できなかった。

「不完全な持ち越し……。成る程、未だ絶望せずにいられるのはそういうことか。
 ある意味、うちのお家芸に近い状態なんだな」
「そういうことになるかしらね」
「しかし、水瀬の記憶にもない繰り返し方とは……お前、よほど妙な勝ち方でもしたのか?」
「……その辺はご想像にお任せするけど」

一瞬、『私』の言葉が曇る。
だが少女がそれを気に留めることはないようだった。

「別にいいさ。覚えておけば、済むことだ」

言って、少女は口の端を上げる。

「……さて、殺す前に一つ訂正しておきたいんだが」

傍らに浮く巨大なカエルのぬいぐるみを、ぽん、と叩いて少女が言う。
自身の死を宣告された『私』は、しかし無言。
私も、特段に思うことはなかった。そうなると、わかっていた。

「お前、私が眠ったふりをしてるのは、そうしなければ祐一が守ってくれないからだと言ったよな?
 弱い私、無力な名雪、守らなければ殺されてしまう愚鈍な女」

少女は微笑む。

「……そうでなければ、祐一は守ってくれないと。こんな、」

と、カエルに視線をやる少女。

「こんな異形の力で平然と人を殺す私では、祐一が守ってくれない、と」

367広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:42:30 ID:fDNpZvog
だが、と少女は笑む。
一片の邪気もなく、一筋の悪意もない、それは、はにかむような笑顔だった。

「祐一は、守ってくれる」

大切なものを、そっと撫でるように。
少女はその名を口にする。

「私がどんなに強かろうと、どれだけ人を殺そうと、そんなことは関係ない。
 祐一はそれ以上に強く、それ以上に人を殺しながら、私を守ってくれる。
 これまでずっとそうだったように。これからもずっと。
 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度もそうしてきたように。」

だから、と。
少女は私を見る。

「だからこそ私は、弱い名雪でいたいんだ。
 弱く、愚かな、祐一に守ってもらうに相応しい、そんな私でいたいんだよ。
 ―――わかるだろう?」

そう言った少女は、ひどく遠いところを見るように、私の向こう側にいる『私』を見ていた。
それはどこか、老いさらばえた女がする仕草のように、私には思えた。

「……けれど、あんたの知ってる相沢祐一は、もう」
「夢を」

『私』の言葉を遮るように、少女は呟く。

「こういう夢を、みていたいんだ。ずっと」

どろりと低い、声だった。

「それでいいんだ。それだけが、私の望みなんだ。私はそうして生きている。
 水瀬としての私も、名雪としての私も、それだけを望んで生きているんだ。
 だから―――どちらも本当の、水瀬名雪の顔さ」

顔を上げた少女は、疲れたように力なく笑っていた。

「……さようなら、久々に楽しかったよ。
 最近はこういう話もなかなかできなくてね」

少女が、その手をゆっくりと上げていく。

「できれば次も、こうして私に殺されてくれると嬉しいな」
「……ろくな死に方しないわよ、あんた」
「いつものことさ」

喉を裂かれ、一瞬で絶命した私の、それが最後の記憶だった。

368広瀬真希と少女の澱:2007/02/01(木) 18:44:00 ID:fDNpZvog
【時間:2日目午前10時ごろ】
【場所:B−5】

水瀬名雪
 【所持品:なし】
 【状態:水瀬家当主(継承)・奥義:けろぴー召喚】

広瀬真希
 【状態:一行ロワイアル優勝者・死亡】

遠野美凪
 【状態:死亡】

→336 →400 ルートD-2

369踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:14:02 ID:kKQkn.R.
「きゃっ?!・・・・・・な、何なの・・・」

柏木耕一からの情報を頼りに、来栖川綾香は『まーりゃん』の元へ向かい駆けていた。
走り続けることで息も大分上がり、いい加減体力に自信があったにも関わらず膝をつきそうになった時。
綾香は、それとそれとすれ違った。

疾風。あまりの速さに綾香も即座には反応できなかった。
猛スピードで走り去っていったのは少女であろうか、長い髪という情報でしかそれは読み取れないものであったが。
それは、対面する綾香を素通りして今彼女が超えてきた神塚山に向かっているようだった。

(気にしても、仕方ないわよね・・・・・・それより先を急がなきゃ)

確かに気になる存在ではあるが、今は他のことに気を留める余裕などない。
再び前を見て走り出す綾香は、背後を振り向くことなくただ前方へ集中するのだった。



それから暫く経ってのことであった。

「あっれー!ちょっとちょっと、来栖川さんじゃない?!」

軽い声、聞き覚えのある明るい少女のものだった。
長岡志保、共通の友人である藤田浩之経由での知り合いが目の前に躍り出る。
茂みの中に隠れていたのだろうか、危うく素通りする所であった。

「きゃー!!さすが志保ちゃん、運命の女神様に好かれすぎて困っちゃうわよ〜」

走り寄ってくる彼女の警戒心は皆無であろう・・・・・・またこんな場面かと、自分の運のなさに嫌気がさす。
しかもまた、志保の後ろからゾロゾロと彼女のグループのメンバ−であろう少女達が現れ日にはさすがの綾香も苦笑いを堪えられなかった。

(よりにもよって、何でこういうのばかりなのかしら・・・・・・)

370踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:14:41 ID:kKQkn.R.
先ほどの浩之との会合からあまり時間も経ってないというのにこれである、手にしたS&Wの標的がまた身内になってしまうのかと考えるだけで嫌な気分になる。
だが、このようなことを積み重ねていけばいつかこの甘さも消えるかもしれない。
それは一種の期待であった。
修羅になりきれない葛藤を振り切りたいという思い、しかし綾香の理性はそれを拒むかの如く彼女の精神的疲労を増やしていく一方で。
目の前の知人を、改めて見つめる。志保は綾香の複雑な胸中に気づくことなく、彼女の事を仲間達に説明していた。
その、楽しそうな様子・・・・・・ゲームに乗った自分には程遠い朗らかな表情であった。

「・・・・・・初めまして、来栖川綾香よ」

このような場面で名乗らなかったら、それこそ不自然だ。
綾香は社交辞令混じりの自己紹介をして、場の様子を窺った。
目の前にいるのは志保を含め四人の少女達。
うち二人は志保と同じ制服、そしてもう一人は綾香にとって最も見慣れたデザインの物を着込んでいた。

「あなた、寺女なの?」
「はいっス、今年入学したばかりっス」

明るい無邪気な声、この年頃特有の幼さの残るイントネーションが可愛らしい少女だった。
クリクリとした目がどこか動物を彷彿させる・・・そう思った瞬間、気づく。
よく見ると彼女、吉岡チエの瞼は少し腫れていた。それはまるで涙を流した後のような状態。
・・・ここで口にするのも野暮というものであろう、そう思い綾香は口を閉じる。

「そういえば来栖川さん、やけに急いでたみたいだけど・・・・・・どうしたのよ?」

そんな綾香に飛んできたのは志保からの何気ない疑問、確かになりふり構わず走る彼女の姿を見ておかしく思うのは仕方のないことであろう。
ああ、と答えようとして。やっと綾香は自分の目的を思い出すことができた。

「人を探していたのよ、あなた達ここら辺で着物を着た小さいガキ・・・じゃなくて、小さな女の子。見なかったかしら」
「女の子っスか?」
「うーん、そういう子は見ていないんよ」

371踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:15:12 ID:kKQkn.R.
一同、首を傾げる。

「そう・・・・・・こっちに来たはずなんだけど」
「せやかて、私らがここに来てからここを通ったのは今のところ来栖川さんだけやで」
「何時頃からここにいたのかしら?」
「三十分前くらいやと思う」

・・・・・・時間からいって、それより前に目的の人物がここを通ったのだとしたら。
このまま突き進んでも『まーりゃん』を見つけることができる可能性というのは、多分ほとんどないだろう。
落胆が隠せない、無念が綾香の胸中を満たしていった。

「来栖川さんはこれからどうするの?」
「とにかくあいつを探しに行くしかないわよ、手がかりがこれしかないんだもの」
「ええ?!ちょっとちょっと危ないわよ、ここら辺すっごく物騒なのよっ!
 志保ちゃんは一緒にいた方が安全だと思うけどな〜・・・・・・」
「でも時間はないから。ごめんなさいね」

そう、こうして話をしている間すらも惜しい。
だから、綾香はこれで終わりにするつもりだった。
利き手に握られているS&W、先ほど弾を補充したばかりなので弾切れの心配もない。
さっさと場を離脱するべく、事は一気に終わらせたかった。
・・・・・・ここで参加者を取り逃がすなんて、ゲームに乗った人間は絶対しないのだから。
そして自分はゲームに乗った人間なのだから、やるべきことは一つである。
覚悟は決めている、知り合いだろうが何であれ・・・・・・排除するべき存在には、変わりないのだから。

綾香の表情は真剣であった、その真面目な様子は周囲を圧倒させるだけの迫力もあり。
志保とのやり取りを見つめている一同に彼女の意中を察することはできないであろう、智子もその中の一人であった。
何故彼女がここまで思い入れているのか、その理由に気づくことはない。これから彼女が何をしようとするか、それも読めるはずはない。
しかし、だからこそ。分からないから言える一言を、彼女は口にした。

372踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:15:44 ID:kKQkn.R.
「名前は分かるんかいな、良かったらこっちでも調べてみるで」
「・・・・・・え?」
「悪いけど私らはここら辺から動くわけにはいかないんや、待ってる人がいるさかい。
 来栖川さんと一緒にどっか行くのは無理やけど、人探しの手伝いくらいなら買って出たる」
「そうだよ、それくらいならお手伝いできるよっ」

それは、綾香にとって素晴らしく都合のよい提案だった。
この広い島の中一人の人物を見つけるために動くというのは余りにも無謀なのだ、そもそもが。
ここまで辿り着けたのも北川潤の情報があったからこそ成せたものである、つまり他者の協力を最初から綾香は得た上で行動していたのだ。

そして思う。そう、殺すだけが全てではないのだと。
騙して、利用することで自らの力を増させる方法もあるのだということを。

「ありがとう、じゃあお願いしてもいいかしら」
「いいで、任しとき」

人を殺すだけがゲームに乗るという意味にはならない、それに綾香はやっと気づいた。
勿論人手を増やすといっても、直接共に行動をとったり身近におくような者などを必要とするわけではない。
亡くした友はそれが原因でこの世を去ったのだから、もう他者を百パーセント信じるなんて馬鹿げたことはできないに決まっている。
・・・・・・ならば、噂を流すだけでもいい。
今はグループで行動しているという『まーりゃん』の信用を下げ続ければいいのだ。
そういう画策を続ければ、いつか『まーりゃん』の周りは自然と敵だらけになる。
思い浮かべるだけで、それは非常に滑稽な場面であった。
自然と笑みがこぼれそうになるが、綾香は堪えてポーカーフェイスを保たせた。

「それでそれで、名前はなんて言うの?」
「川澄舞よ」

せかす志保の問いに落ち着いて答えた。しかし。

「・・・・・・ぇ?」

373踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:16:14 ID:kKQkn.R.
・・・・・・どうしたのだろうか。綾香の口がその名を発した途端、少女達の様子は一変した。
驚き目を見開く彼女達の中、一際反応の大きかったチエが改めて聞き返してくる。

「舞さん、っスか・・・・・・?」
「あなた、川澄舞の知り合い?」
「いえ、はい、その・・・・・・舞さんでしたら、ついさっきまで一緒にいましたっスよ?」

・・・・・・話が、噛みあわない。
彼女等は言った、ここに着物を身に着けた小さな少女は現れていないと。
しかし彼女は言った、『川澄舞』とはついさっきまで一緒に行動していたと。
どういうことであろうか、『川澄舞』は着物を既に脱いだ状態で彼女等と行動をしていたのだろか。
綾香の頭の中をグルグルと周り続ける自論、しかしそれで真実を知ることができるはずもなくただただ彼女は混乱するばかりで。
また、場にいる少女達も事の真相を理解できないでいた。それはそうだ、当事者でないのだから。
そんな彼女等に説明するかの如く、綾香は慌てて『川澄舞』についての自分の知る限りの情報を語りだす。

「えっと、こんなチンチクリンでピンク色の髪して・・・・・・『まーりゃん』っていうあだ名で・・・・・・」
「まーりゃん?川澄さん、そんな可愛いあだ名だったのかな」
「え、あれ・・・・・・そういえば・・・・・・」

花梨が何か口にしようとした時だった、それに気づかなかった智子は一歩前に出て綾香に問う。

「あのな、来栖川さん」
「な、何よ・・・・・・」
「その『まーりゃん』っつーのが、自分が川澄舞だと名乗ったん?」
「それは・・・・・・違う・・・・・・」
「少なくとも、私らの知ってる川澄さんは自分のことをまーりゃんと呼ぶことはしてなかったみたいやけど?」
「自己紹介しあった時もそんなこと一言も言ってなかったわよ、うんうん」
「ほな、来栖川さんの言う川澄舞は誰やっちゅーことになる、しかもその『まーりゃん』が自分で名乗ったんと違うんやろ?」
「それ、はっ!」

言葉が続かず口を紡ぐ綾香に対し、止めとばかりに・・・・・・智子は、口にした。

「なあ、来栖川さん。誰かに一杯食わされたんとちゃう?」

374踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:17:03 ID:kKQkn.R.
答えられなかった。呆然となる綾香は、一同からの静かな視線に晒されることになる。
それに含まれているであろう同情と名のつく粘つく感情、綾香はそれが耐えられなかった。
銃を手にしていない方の手をきつく握りこむ、だがこの程度では怒りが収まることもなく。
どこで間違ったのか、どこで自分はずれてしまったのか。

簡単だった、道は一番最初の時点で既に外れてしまっていたのだから。

「・・・・・・つよ」
「え?」
「あいつよ、割烹着を着たふざけた男・・・・・・っ!そう、『春原陽平』よ!!
 あいつにしてやられたのよっ」
「お、落ち着いてくださいっス、あんまり大声を上げると・・・・・・」
「五月蝿い!!!」

近づいてきたチエを突き飛ばす、荒れる感情を綾香は押さえつけることができなかった。

「ここまで・・・・・・あいつを信じてここまで来て・・・・・・、ばっかみたいっ!!」
「ちょっと、来栖川さ・・・」
「来ないでっ!」

戸惑う面々、しかし怒りを隠そうともしない綾香はそれを周囲にぶちまけるかの如くどなり続けた。
そして、尻餅をついて困惑した表情で綾香を見つめてくるチエを一瞥した後。
綾香は何の躊躇もなく、S&Wの銃口を彼女に向けた。

「な・・・・・・?!」
「来栖川さん何をっ」
「信用してたまるもんか・・・・・・たまるもんかあっ!」

次の瞬間鳴り響いた銃声と、背面に倒れていくチエの体が全てを物語る。
ついさっきまで親しげに話していた面影はない。目の前で銃を構える少女の激情に包まれた表情は、正に修羅と呼ぶに相応しい雰囲気であり。

「誰も信用しない!何も、誰も・・・・・・信用しないわ!あんた達も、みんな、みんな敵よっ!!!」

膨れ上がった感情、その矛先は目の前の少女達へと向けられる。
ついさっきまで考えていた「他者を利用して」なんて事柄は全て吹っ飛んでしまっている、短気な彼女は残り三人の少女達を排除することしか見えていなかった。

375踊らされていたということ。:2007/02/01(木) 21:17:50 ID:kKQkn.R.
【時間:2日目午前3時半】
【場所:E−5北部】

来栖川綾香
【所持品:S&W M1076 残弾数(5/6)予備弾丸22・防弾チョッキ・支給品一式】
【状態:ゲームに乗る、腕を軽症(治療済み)。麻亜子とそれに関連する人物の殺害(今は麻亜子>関連人物)、ゲームに乗っている】

長岡志保
【所持品:投げナイフ(残:2本)・新聞紙・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:綾香と対峙、足に軽いかすり傷。浩之、あかり、雅史を探す】

保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り2発)、支給品一式】
【状態:綾香と対峙】

笹森花梨
【所持品:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】
【状態:綾香と対峙】

吉岡チエ  死亡

チエの支給品は近辺に放置

(関連・558・578)(B−4ルート)

376再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:12:58 ID:6RPJff6.

「―――ん〜、いい感じ」

ぐつぐつと煮える鍋をかき回しながら、相楽美佐枝がひとつ頷いた。
その背後から、力ない声がする。

「うぅ、お腹のすく匂い……美佐枝さん、まだ〜?」

放っておけば液状化してしまいそうな、情けない顔で机に突っ伏しているのは長岡志保である。
振り返る美佐枝。

「はいはい、もうすぐできるからね。食器、並べておいてもらえる?」
「やたっ! ごはん、ごっはん〜♪」

先程までの脱力はどこへやら、小躍りする勢いで立ち上がると鼻歌交じりに食卓を整えていく志保。
そんな志保の現金さに苦笑すると、美佐枝は最後の仕上げに取りかかるべく鍋へと向き直る。

「っと、その前に味見、味見……」

言いながら、美佐枝がおたまに掬った汁を啜ろうとした瞬間。
ばん、と盛大な音を立てて、勝手口の扉が開いた。

「―――それを口にするのは、やめておきたまえ」

あまりにも突然の出来事に反応できず、ただ眼を丸くして呆気にとられる美佐枝と志保。
二人の視線を受けて立っていたのは、白衣姿の女性であった。

「……」
「……」
「……こほん。突然の非礼はお詫びする」

沈黙と注視に耐えきれなくなったのか、女性が頬を染めて咳払いをする。

「あー、私はただ、そんなものを食ったらただでは済まんぞ、とだな……」
「コ……コジロー……?」
「……ん?」

おそるおそる、といった風情で女性に問いかけたのは美佐枝である。

377再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:14:15 ID:6RPJff6.
「あなた、もしかして……コジロー、……じゃない?」
「な……その名をどこで……!? ……いや、待てよ……? ん……?」

うろたえたのもつかの間、眼をすがめてじっと美佐枝を見つめる女性。
空気についていけない志保が、とりあえず鍋の火を止めたりしている。
しばらくの間を置いて、女性が驚きの声をあげた。

「君はもしかして……トウマ、……あのトウマなのか?」
「わ、やっぱりコジローだ!」
「なんと……何年ぶりだろうな、こうして会うのは!」
「うわー、ははは、何よその格好、コスプレ?」
「やかましい、私は本物の医者になったんだ!」
「すごーい、あたしなんか寮母さんよ、寮母さん! お互い歳くったわねえ!」

いきなり盛り上がる二人に、志保が怪訝そうな顔で声をかける。

「あの……美佐枝さん、お知り合いなんですか……?」

その言葉に、同時に振り返る二人。
互いに互いを指差し、

「「不倶戴天の敵」」「だ」「よ」

綺麗にシンクロしながら言い放った二人の眼に、しかし敵意はなかった。
むしろ気脈の通じ合った仲間を見るような視線に、ああ好敵手と書いてライバルと読むってやつね、と
志保は理解する。しばらくご飯はお預けねえ、と内心で涙しながら、思い出話に花を咲かせる二人を
ぼんやりと見守ることにするのであった。

と、妙にニヤニヤと笑いながら、女性が美佐枝に問いかける。

「しかし懐かしいな。……そうだ、君はそろそろ羽柴姓になったのかな?」
「……ぐ」

一瞬で固まる美佐枝。
受身も取れずに脳天逆落としを食らったプロレスラーのような表情である。

378再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:14:47 ID:6RPJff6.
「……う、うるさいわねえ。あんたこそメキシコはどうしたのよ、メキシコは」
「が……」

石化する女性。
まるで入団会見の自己紹介で思いっきり噛んでしまったドラフト一位高校生のような赤面ぶりである。

「や、やかましい! あの後、彼はイタリアに渡ったんだ!」
「ふうん、じゃイタリア行ったの?」
「し、幸せなウェディングを見せつけてから言え、羽柴美佐枝!」
「やめてええ」
「お互い様だ、バカ者!」

へたり込んで半液状化している志保をよそに、二人の思い出話、もとい古傷の抉りあいは続く。
何という運命の悪戯であろうか。
ナチュラル・ボーン・ローディストと呼ばれた『コジロー☆大好きっ子』。
アウシターナ・オブ・アウシターナと讃えられた『トウマの花嫁』。

―――かつて読者投稿界の竜虎と並び称された二人の、宿命的な再会であった。


******


「……というわけで、こちらは霧島聖。ま、昔馴染みね」
「霧島だ。よろしく」
「よろしく〜」

気を取り直して自己紹介する女性、聖。
適当なところで不毛な言い争いに決着をつけたのは、大人としての分別といえるだろうか。
しかしそこで余計な火をつけるのが、長岡志保という少女であった。

379再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:15:25 ID:6RPJff6.
「そういえば、あたしも知ってますよ、ファンロードとかOUTっていうの」
「ほほぅ、感心な若者だ」
「本当に、長岡さん?」
「はい!」

満面の笑みで頷く志保。

「志保ちゃん情報によれば―――」
「うんうん」

言い放つ。

「―――大昔の痛いオタク雑誌! ですよね?」
「……」
「……」
「……あれ?」



……
………


「まったく……大人をからかうからだ」
「そうねえ、今のは長岡さんが悪いわ……あたしだって手加減するのがやっとだったもの」
「しくしく……志保ちゃん、もうお嫁にいけない……」

乱れた着衣のまま、さめざめと涙を流す志保。
そんな志保の嘘泣きを無視して、聖が美佐枝に向き直る。

「……しかし相楽、その鍋だがな」

その真剣な口調と視線に、美佐枝が姿勢を正した。

380再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:16:05 ID:6RPJff6.
「……そういえば言ってたわね。この鍋を食べちゃいけないとか何とか」
「うむ。正確には、鍋の具が問題なのだ」
「具……?」

言われ、美佐枝が材料を指折り数えだす。

「人参、ジャガイモ、牛蒡はそこの冷蔵庫に入ってたやつだし……」
「お味噌もそうよね」

後ろから志保も口を出す。
と、何かに気づいたように声をあげる美佐枝。

「まさか、この用意されてた食材に毒でも入ってるの……?」
「ええーっ!? それじゃ美佐枝さん、さっき危なかったんじゃない!」
「……いや、そうではない」

聖の落ち着いた声。

「実は先ほど、この家の外で見かけたものなんだが……」
「……?」

言いながら突然しゃがみ込んだ聖を、何事かと見守る二人。
そんな視線をよそに、聖はがさごそと足元に置いた大荷物を探っている。

「……これは、何だね」

言葉と共に取り出したのは、血に汚れた襤褸切れのようなもの。
しかしそれを見た美佐枝と志保は、目を見合わせると事も無げに言った。

「ああ、それ」
「さっきの虎の毛皮でしょ?」
「そうそう。臭いし、邪魔だから外に出しといたやつ」

381再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:16:59 ID:6RPJff6.
それが何か、と言いたげな二人の視線に、聖は深いため息をつく。

「……この毛皮の持ち主の肉が、入っているだろう」

その視線は、まだ湯気を上げている鍋の方へ向けられている。

「へ? ……うん、入ってるわよ?」
「やっぱりお肉がなくっちゃ始まらないもんね〜。……やば、お腹空いてたの思い出した」

涎を垂らさんばかりに鍋を見つめはじめた志保に、聖は静かに告げる。

「……何度も言うが、やめておきたまえ」
「え、なんで〜?」
「……もしかして、虎の肉って火を通しても食べられないの?」

美佐枝の問いに、聖は首を振って答える。

「臭みはあるだろうが、鼻をつまめば食えるさ。……普通の虎なら、な」
「……?」
「君たち、普通の虎が立って歩いたりすると思っているのか」
「聖さんが何を言いたいのか、全ッ然、わかんないんだけど……」
「ごめん、あたしにも……」

要領を得ない二人に、聖は小さく眉根を寄せると、口を開いた。

「……平たく言って、君たちが料理した虎は病気持ちだ。ムティカパ症候群、と呼ばれている。
 感染すればただでは済まん」

虎ではなく人間だ、とは言わなかった。
それを告げることには意味がないと、聖は考えていた。
聖の内心など露知らず、二人はその言葉に目を丸くしている。

「うっそ〜、それじゃ……」
「そうね、危ないところだったわ……」
「……そもそもどう始末したのかは知らんが、虎を相手に大立ち回りとは無茶をする。
 夕餉になっていたのは君達の方かもしれなかったんだぞ」

ため息をつく聖に、美佐枝がどこか恥ずかしげに目を逸らす。

「それが、……笑わないでよ、聖」
「急になんだ、改まって」
「……あたしがまたドリー夢に目覚めた、なんて言ったら……どう思う?」
「うわははははは!」

聖、大爆笑。

382再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:17:37 ID:6RPJff6.
「あ、あんたねえ!」
「ははは、いや、すまん、ははは」

息を切らして笑っている。

「……いやいや、君もまだまだ若い、と嬉しく思ってな」
「言わなきゃ良かった……」
「何、恥ずかしがることはない。……私はこの島で奇妙な力に目覚めた人間を何人も見てきた」
「奇妙な……力?」

美佐枝が、小さく呟く。

「ああ、それこそ虎など問題にしない力を持った者も多くいた。
 君がそれに目覚めても何ら不思議は無いさ」
「……そう、なの?」

美佐枝の脳裏には、昨日の光景が浮かんでいた。
奇妙な光線銃で少年を撃退した、古河パンの店主。

「ああ。……たとえそれが、過去の少しばかり痛々しい趣味と繋がったところで、笑う者は……わははは」
「あんた、笑いすぎっ!」
「えーっと……、はい、先生!」
 
それまで年長者二人のやり取りを黙って見ていた志保が、手を挙げていた。
顔を赤くして食ってかかろうとする美佐枝を片手で抑えながら、聖が志保を指名する。

「何かね、長岡君」
「ドリー夢って、なんですか?」
「ふむ、いい質問だ」
「ちょ、ちょっと聖! そういうことは別に……」

慌てたような美佐枝の声を無視し、聖はひとつ咳払いをしてから重々しく答えた。

383再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:18:01 ID:6RPJff6.
「ドリー夢とは、な……物語の登場人物などを自分と置き換えて妄想をたくましくする、
 多感な若者、特に思春期の少女に特有の病気だ」
「へぇぇ……イタいですねっ」
「ああイタいな。だがあまり言ってやるな、こうして本人も恥ずかしがっている。
 思うに、彼女は何かの登場人物になりきってその力を発揮する能力に目覚めたのだろう。
 ……わはははは」
「聖ーっ!」

美佐枝が、聖に飛びかかった。


******


「……ところで聖。その大荷物だけど、他に何が入ってんの?」

ひとしきり騒動が収まったところで、美佐枝が聖に尋ねていた。
その顔にはいくつかの引っ掻き傷がある。

美佐枝の視線が向かう先にあったのは、人ひとりを包み込もうかという大きさの布袋であった。
支給品のデイバックと共に、聖の背後に置かれている。

「おっと、そうだった」

ぽん、と手を叩く聖。
いやすっかり忘れていた、などと呟きながら布袋の口に結ばれた紐を解きだす。

「なんか、ドラマに出てくる死体袋みたいで嫌ね……」

眉を顰めながら聖の手元を見ている美佐枝。

「いや、まぁ似たようなものだが……」

言いながら開けた、その布袋からごろりと顔を覗かせたのは、

384再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:18:20 ID:6RPJff6.
「ひっ……!?」
「どうしたの、美佐枝さ……う、うわわ、し……死体ぃ!?」

青白い顔で目を閉じた、少女の頭部であった。
瞬間的に後じさり、壁に張りつく美佐枝と志保。

「ん? どうした、二人とも」
「ど、どうしたって、あんた……」
「そ、それ、まさか……聖さんがこ、殺したの……!?」

震える指で差され、聖はようやく合点がいった、というように頷く。

「や、やっぱり!」
「聖、あんた……!」
「いやいやいや、そうではない。落ち着きたまえ」

身構える二人に、聖は害意が無いことを証明するかのように両手を広げてみせる。

「そもそも君たちは重大な勘違いをしているぞ」
「な、何よ……!?」
「彼女は死体ではない。限りなくそれに近い状態ではあるが……まだ生きている」
「……」
「……」

数秒の間。
何度か瞬きをしてから、美佐枝がようやく口を開く。

「……今、なんて?」
「だから、彼女はまだ辛うじて生きていると言っているんだ。死体扱いは可哀想だぞ」
「……」

更に数秒の間が空いた。
見る見るうちに、美佐枝の表情が変わっていく。

385再会のローディスト:2007/02/03(土) 18:18:36 ID:6RPJff6.
「……あ、あ、あんたねえ! そういうことは早く言いなさいよ!」

怒りと、ある種の使命感が混じった顔でそう怒鳴ると、美佐枝は聖を押し退ける勢いで
布袋に包まれた少女へと駆け寄った。

それからの美佐枝の動きは、誠に迅速といえた。
志保に矢継ぎ早に指示を出し、なぜ私がと訝しがる聖の尻を叩いて、瞬く間に寝室を整えていく。
大急ぎでベッドを空け、湯を沸かして泥で汚れた少女の身体を拭き、火傷で張り付いた制服を切って
上から新しい寝間着を着せ、布団に寝かせて額に濡れタオルを乗せるまで、実に二十分とかからなかったのである。



 【時間:2日目午前7時前】
 【場所:F−2 平瀬村民家】

相楽美佐枝
 【所持品:ガダルカナル探知機、支給品一式】
 【状態:健康】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:空腹】

霧島聖
 【所持品:魔法ステッキ(元ベアークロー)、支給品一式、エディ鍋、白虎の毛皮】
 【状態:ドクター形態】

川澄舞
 【所持品:村雨・大蛇の尾・鬼の爪・支給品一式】
 【状態:瀕死(肋骨損傷・左手喪失・左手断面及び胴体部に広く重度の火傷・重度の貧血・奥歯損傷・意識不明・体温低下は停止)】

→472,474,650 ルートD-2

386訣別のアウシターナ:2007/02/03(土) 18:19:31 ID:6RPJff6.

「……どうなの、あの子は?」

沈痛な面持ちで、美佐枝が聖に訊ねる。
目線はベッドの上の少女に向けられていた。
計るまでもない高熱と、か細く荒い呼吸。素人目にも、容態が良くないと知れた。

「火傷も酷いし……それに、あの手……あれじゃあ、」

生きている方が不思議だ、という言葉を、美佐枝は飲み込む。
少女の左手は、手首から先が失われていた。
傷口は火で焼かれたらしく、ケロイド状に爛れていた。
まるで拷問でも受けたかのような、惨たらしい有様だった。

「―――正直、助かる見込みは殆どない」

医療関係者特有の、ある種の冷たさを感じさせる声で、聖が言う。

「そんな……!」
「落ち着きなさい、長岡さん。……聖、それで?」

志保を抑えながら、美佐枝が先を促す。
聖も医師として己の感情を殺して宣告していると、分かっていた。

「……彼女は、明らかに深刻な失血状態にある。
 どういうわけか低体温症は免れているが、内臓機能への影響は避けられない」
「……」
「脳死に至るのが早いか、多臓器不全に陥るのが早いか……いずれにせよ、時間の問題だ」
「輸血……とか」
「まず器具がない。彼女の血液型もわからん。……手の打ちようがない」

387訣別のアウシターナ:2007/02/03(土) 18:19:53 ID:6RPJff6.
淡々と告げる聖。
と、うな垂れていた志保が唐突に顔を上げた。

「そ、そうだっ!」
「どうしたの、長岡さん!?」
「地図に、あったじゃない!」
「地図よ、地図! あ〜もう、どうしてわかんないかなあ!」

頭を掻き毟る志保に、聖が静かに声をかける。

「……診療所かね」
「そう、それよ! 診療所! 地図にあったじゃない!」
「そうか、そこならもしかすると……!」
「―――片道で」
「……え?」
「片道で優に14、5Km」

ボルテージを上げていく二人に冷水を浴びせ掛けるような、聖の声だった。

「往復で30Km近い道のりだ。加えてこの島には殺人鬼が跳梁跋扈している。
 さて、何時間後になるかな」
「……!」
「間に合わんよ。無事に帰ってこられるかどうかも怪しい」
「あんた……!」
「元々、せめて最期くらいは安らかに迎えさせてやろうと思って連れてきたんだ。
 素人考えでつまらないことを言うもんじゃない」
「―――!」
「聖……っ!」

ぱん、と。
小さく、渇いた音が響いた。

388訣別のアウシターナ:2007/02/03(土) 18:20:16 ID:6RPJff6.
「み……美佐枝、さん……?」
「……」
「……ごめん、聖」

美佐枝が、聖の頬を打った音だった。

「……あんたの言いたいことはわかってるつもり。でも……」
「……」

聖は叩かれた頬を押さえることもなく、ただ静かに美佐枝を見つめている。

「でも、それ以上は聞きたくない」
「美佐枝……さん……」

美佐枝の目には、涙が浮かんでいた。

「……あたしは行く。行って、輸血の道具、持って帰ってくる」
「美佐枝さん……!」
「それで、いいのか」

穏やかにすら聞こえる声で、聖が尋ねる。
時折震える声で、美佐枝が答えた。

「あんなことがあって……道は分かれたけど。
 でも……でも、きっと同じところを見てるって、そう思ってた」
「……」
「あんたがそうやって、動けないようになっても……あたしはまだ、走れるんだ」
「……」
「あんたはあんたの仕事をすればいい。あたしは、あたしにできることをする」
「……そうか」

その言葉が最後だった。
あとは聖の方へ目をやることもなく、手早く荷物をまとめはじめる美佐枝。

「ちょ、ちょっと美佐枝さん……!」
「あなたは残りなさい」
「そんな、美佐枝さん……!」

389訣別のアウシターナ:2007/02/03(土) 18:22:03 ID:6RPJff6.
突然のことにうろたえる志保。
視線を左右させるが、美佐枝も聖も無言のまま、顔を上げようとはしなかった。
志保が言葉を探して立ち尽くす内に、美佐枝が立ち上がる。
まとめた荷物は既に背負われていた。

「じゃ、行くわ」
「……ここは、借りておく」

簡素なやり取り。
片手を上げて、振り返りもせずに美佐枝は戸口をくぐっていった。

「ちょ、そんな……」
「……君は、どうするのかね」

聖の言葉に、志保が半泣きの表情を向ける。
目線を合わせようともしない聖と、美佐枝の出ていった扉と、最後に横たわる少女とを交互に見て、

「……待って、待ってよ、美佐枝さん……!」

雨の戸外へと、駆け出していった。


******


「……すまんな、二人とも。気をつけるんだぞ」

扉の閉まる音を耳にしながら、聖が小さく呟く。
その表情は、ひどく哀切に満ちていた。

「―――人の身でありながら、人ならざるものに抗おうとする、愚かで、そして強い命」

立ち上がり、ベッドに横たわる少女へと歩み寄る。
不規則に荒い呼吸を繰り返す少女を、じっと見つめる聖。

「ここで潰えさせるわけにはいかないんだ。……決して。
 そして……この先を、君たちに見せたくはなかった」

言って、そっと少女を抱き起こす聖。
その手には、すっかり冷めてしまった、小さな鍋が提げられていた。

390訣別のアウシターナ:2007/02/03(土) 18:22:24 ID:6RPJff6.
 【時間:2日目午前7時ごろ】
 【場所:F−2 平瀬村民家】

相楽美佐枝
 【所持品:ガダルカナル探知機、支給品一式】
 【状態:憤然】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:狼狽】

霧島聖
 【所持品:魔法ステッキ(元ベアークロー)、支給品一式、エディ鍋、白虎の毛皮】
 【状態:ドクター形態】

川澄舞
 【所持品:村雨・大蛇の尾・鬼の爪・支給品一式】
 【状態:瀕死(肋骨損傷・左手喪失・左手断面及び胴体部に広く重度の火傷・重度の貧血・奥歯損傷・意識不明・体温低下は停止)】

→「再会のローディスト」 ルートD-2

391乱入:2007/02/05(月) 01:28:31 ID:zS/mQtoM
張り詰めた空気の中、睨み合う少女とロボット。
少女の手にしたボーガンに、矢は刺さっていなかった。
ロボットの手にする立田七海が、武器になるわけはなかった。
そんな二人の様子を、起き上がることができず地面に投げ出されたままの小牧郁乃、そしてすっかり出張るタイミングを逃した沢渡真琴は静かに窺い続ける。

「あ、あの・・・・・・・落ち着いてくだ・・・きゃうっ!」

襟首を掴まれあたふたする七海のその一言が、戦闘開始の合図になった。
力強く地面を蹴りだし、朝霧麻亜子が一気に間合いを詰めてくる。
手にした矢の装着されていないボーガン、麻亜子はそれを振りかぶりほしのゆめみに向かって投げつけた。

「おおっと、随分乱暴だなっ?!」

七海の襟首を掴んでいない手で薙ぎ払うゆめみ、機械の腕が悲鳴を上げるがそれなりに頑丈にできているらしく損傷はゼロに等しい。
しかしそれはフェイクである、次の瞬間ゆめみの目の前に飛び込んできたのは自らのバックに手をつっこみ新しい獲物を出そうとする麻亜子の姿であった。

「お覚悟ー!!!」

慣れた手つきで取り出した鉄扇を広げる麻亜子、黒い輝きが月の光に反射する。
走りながら横に切りつけてこようと腰を捻ってくる彼女に対し、ゆめみは即座の判断で保護していたはずの七海を投げつけた。

「きゃああああああ〜っ!」

情けない悲鳴が場に響く。
タイミングがずれれば七海自身が刻まれる乱暴な手段であるが、うまく麻亜子の肩口に命中した七海はそのまま彼女を押し倒した。

「なにおっ、ちょこざいな」

この程度ではへこたれないと言わんばかりの威勢の良さで、即座に麻亜子は半身を起こす。
鉄扇はまだ手にしたままだ、手始めに臭気を放つ着物にダイブして気絶した少女に止めを刺そうとそれを振りかぶる。

392乱入:2007/02/05(月) 01:29:06 ID:zS/mQtoM
「どこ見てんだよっ」

だが、それは叶わない。七海に気を取られていた麻亜子に向かい、跳躍したゆめみが一気にせまる。
気がついた時にはもう遅い、視線をやると既にゆめみの足の裏が目の前にせまっていた。
そして、そのまま見事顔面に命中。再び麻亜子は床に身を落とすのであった。

「ぞれはあぢぎろ十八番らっつーのに、ひきょうらぞ」

血の滴る鼻を抑えながら、身軽に着地するゆめみの背を見やる麻亜子。

「ハンッ!知らねーな、んなもん」

ひょうひょうと言ってのけるゆめみは、勢いで吹っ飛ばされた七海を回収すると彼女を部屋の隅へ投げ捨てた。
さらには勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、麻亜子を見下し挑発する。
・・・・・・余裕を持っていたはずがこの仕打ち、さすがの麻亜子も気を引き締めねばならなかった。
丸腰の相手に苦戦しているわけにはいかない。鼻血を垂らしながらも立ち上がり、もう一度ファイティングポーズをとる。

「まだやるってのか?諦めのわりぃヤツだな」
「あたしにもプライドっちゅーもんがあるからね。ヤられるだけじゃ収まんのよ」

そう言って、先ほどのように広げた鉄扇を横に構える。ゆめみはバックステップを踏み、彼女との距離を再び開けた。

「ちょ、あんまこっち来ないでよ?!」

どうやら背後に郁乃がいる辺りに移動してしまったらしい、だがゆめみはそんな彼女の言葉に返すことなくただ麻亜子の出方を待ち続けた。
すっと、先ほどのように腰を捻らせ鉄扇を横に薙ぎ払うかのように構える麻亜子。次の瞬間、それは彼女の手から離れていた。

「馬鹿の一つ覚えかよ!」

393乱入:2007/02/05(月) 01:29:35 ID:zS/mQtoM
少し体勢を崩せば簡単にかわせる、左に飛んだゆめみはそれが最初に麻亜子の仕掛けてきたフェイクのやり方と同種の物だと判断し次に彼女が新しい武器を取り出す前にと早めに行動を移した。
駆ける背後で金属同士がかち合うの物だと思われる騒音が鳴り響く、「あ、あたしの車椅子が?!!」などという悲鳴も耳に入るが気にしてなどいられない。
距離を詰めながら麻亜子を捉えるべく、ゆめみが拳を固めた時。激しく、嫌な予感がした。

「・・・・・・とくと見よ、これがあたしの神の一手だぁあ!」
「げえ?!」

きらりと光る銀の輝き、構えられたと同時に迫力のある音が響き渡る。
イナバウアーよろしく背をそらすゆめみの視界にほんのちょろっと入るそれは。間違いなく、拳銃であった。

「おま、それはズルいだろ?!」
「何おう、命をかけた勝負の世界にズルもクソもないのだよ」

ちょこまかと外周を周るかの如く銃身から身を逸らそうと走り出すゆめみ、そんな彼女を追って麻亜子の構えるSIGが再び火を吹いた。
圧倒的な力の差がここに来て生まれた、近づくことができなくなったゆめみを麻亜子は追い詰めるかのごとく狙い続ける。
・・・・・・かと言って、弾に関しては限界があるので無駄使いはできない。
既に二発撃ってしまったので残りの弾も二発、ここは慎重に行かねばならないと麻亜子もさらに気を引き締める。
が、ここにきてチャンスが訪れる。足を取られたゆめみが転倒したのだ。

「ふもっふ!あちきの大勝利で幕を閉じるかね」

チャキッと、すかさず銃口をゆめみの頭部に向けて固定する。悔しそうな視線が心地よかった。
しかし引き金を引こうとした瞬間、感じたものは激しい打撃。防弾性の着物越とはいえ焼けるような痛みが背中に走る。
息ができなくなり前のめりに倒れそうになるが、それを抑えて原因を突き止めようと視線をやると。
ガチャンと音を立てながら床を転がっているそれは、見覚えのある品だった。
そう、銃を構える麻亜子に向かって飛んできたのは彼女の所持品であった鉄扇だった。
痛みを堪え振り向くと、腕を投げ出したポーズで肩で息をする少女が目に入る。

「車椅子のお返しよ・・・・・・」

394乱入:2007/02/05(月) 01:30:08 ID:zS/mQtoM
額に汗を浮かべる郁乃、それは足を動かせぬ彼女が根性で行った反撃であった。
先の花蝶扇にて破壊された車椅子の恨みを果たすべく、這って鉄扇を回収しに行った郁乃は強引に片手で自身の体重を支えながら鉄扇を麻亜子に向かって投げつけた。
そして見事クリーンヒット。その隙にとゆめみも再び体勢を整えることに成功する。

「でかしたガキ!」
「別に、あんたの、ためじゃないわ、よ・・・・・・」

再び麻亜子とゆめみの間に距離ができた、ゆめみは彼女の出方をうかがいながらも何か対抗する物がないか周囲へと視線をやる。

・・・・・・しかし、それがいけなかった。
少しゆめみが目線を外したその瞬間、銃声が、また響く。
けれどゆめみは倒れない。何が起きたかと慌てて麻亜子の方を見やるとそこには。

猫背のまま、屈みこむように後方を見ながらSIGを放つ、麻亜子の姿があった。
銃身の先には身動きを取らぬ郁乃が、そしてじわじわと漏れ出てくる液は彼女の血液だろうか。
そんな光景が、あった。郁乃は反撃する余力も、逃げることのできる自由に動く足も持っていなかったというのに。

「ふう。これで邪魔者はナッシングかね!」

一方、顔を上げた麻亜子の表情は非常に清々しいものであった。

「さーて、次はお嬢さんだよ?」
「この外道が。まだあの女は触ってねーっつーのによ」
「外道はくたばるまで外道味やで、分かっとるんかクソロボットってな」

不適に微笑む麻亜子の銃口が、もう一度夢身を捉える。
次にこの距離で、銃弾をかわせる自身はない。
正に万事休す。そして・・・・・・銃声が、また鳴った。

395乱入:2007/02/05(月) 01:30:34 ID:zS/mQtoM
横に飛び退り転がるゆめみ、しかし追ってくるものは何もない。
変わりに、何故かすぐ隣で対峙していたはずの麻亜子が吹っ飛んできた。
・・・・・・彼女の脇を見ると、着物の部分が抉り取られたかのようにパックリ割れていて。
これの指す意味が分からず固まっていると、部屋の入り口辺りから女性の声が響き渡る。

「大丈夫ですか?」

それが自分にかけられた声だと気づくのに、そう時間はかからない。
ゆめみがゆっくり振り向くと、そこには見知らぬ女性が立っていた。
右手で拳銃と呼んでいいのか分からないくらいの大きな銃を構える女性、いや。
耳で、分かる。彼女がただの『女性』ではないということに。

「どのような事態かは存じませんが、助太刀いたします」

麻亜子が入ってきた際開けっ放しにしていた扉にて仁王立つのは、ゆめみの他にもう一体ここに存在していたロボットであった。







【時間:2日目午前1時】
【場所:F−9・無学寺】

396乱入:2007/02/05(月) 01:31:03 ID:zS/mQtoM
立田七海
【持ち物:無し】
【状況:汚臭で気絶、郁乃と共に愛佳及び宗一達の捜索】

沢渡真琴
【所持品:無し】
【状態:寝たふりで様子をうかがっている】

ほしのゆめみ?
【所持品:支給品一式】
【状態:転がってる】

朝霧麻亜子
 【所持品:SIG(P232)残弾数(1/7)・バタフライナイフ・投げナイフ・制服・支給品一式】
 【状態:吹っ飛んだ、着物(臭い上に脇部分損失)を着衣(それでも防弾性能あり)。貴明とささら以外の参加者の排除】

イルファ
【持ち物:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、他支給品一式×2】
【状態:麻亜子を撃った・首輪外れてる・左腕が動かない・珊瑚瑠璃との合流を目指す】

小牧郁乃 死亡


・ささら・真琴・郁乃・七海の支給品は部屋に放置
(スイッチ&他支給品一式・スコップ&食料など家から持ってきたさまざまな品々&他支給品一式・写真集二冊&他支給品一式・フラッシュメモリ&他支給品一式)
【備考:食料少し消費】

・ボーガン、仕込み鉄扇は周辺に落ちています

(関連・539・617)(B−4ルート)

397狂乱:2007/02/07(水) 23:06:51 ID:833Dfc.Q
それは約束の時間の10分前―――13:50分頃に訪れた。
「美佐枝さん……何か聞こえませんか?」
「……え?」
美佐枝が耳を澄ますと、小さな音が聞こえた。
地響きのようなその音は次第に大きくなってゆく。
「これは……足音?」
足音と呼ぶには余りにも派手過ぎるが……一定のリズムで刻まれるそれはどんどん接近してくる。
そして音は美佐枝達のいる建物の傍で止まった。

「どうやら誰か来たみたいですね……」
「そうね。さて、鬼が出るか蛇が出るか……運命の分かれ道って所ね」
武器を手に、緊張した面持ちで話す二人。
今愛佳達がいる広間は、役場の玄関を入ってすぐの所にある。
もう殆ど時間を置かずに、来訪者がこの場に現れるだろう。
誰かが来る事は分かっていたが、ゲームに乗っている人間が来たかどうかは対面してみるまで計りようがない。

案の定、すぐにドアの前に人が立つ気配がした。
ドアのノブがガチャッと音を立てて回された瞬間、愛佳は思わず声を漏らしそうになる。
それは何とか堪えたが―――入ってきた女性を見た瞬間、今度こそ愛佳は声を漏らしてしまった。
「ち、ちづ……る…さ……ん?」
愛佳は呆然としながら、疑問系で呟いた。
その女性は確かに柏木千鶴だった。
しかし千鶴の姿はあまりにも変わり果ててしまっていた。
愛佳の記憶の中にある千鶴と同一人物とは思えない程に。


「こ……この女、一体何なの……!」
美佐枝は思わずそんな事を口走ってしまっていた。
顔に、手に、服に、付着している赤い液体。
艶やかだった髪はくすみ、奇妙に歪んだ泣き笑いのような表情。
そして一番恐ろしく感じられたのが―――目だ。

以前のような凍りついた冷たい目をしているのならまだマシだった。
だが、今の千鶴の瞳は爛々と熱を帯びて赤く輝いていた。
それを目の当たりにした瞬間、美佐枝はぞくりと寒気を感じた。
そして理解した―――柏木千鶴はもう、壊れてしまっていると。


その事に気付いているのか、気付いていないのか―――愛佳は体を震わせながらも千鶴に話し掛ける。
岸田洋一と対峙した時のように精一杯の勇気を振り絞って。
「ち、千鶴さん……お話があります」
「なあに、愛佳ちゃん?」
紅い瞳がぐるりと動いて愛佳に向けられる。
本能が逃亡を訴えかけてくるが、愛佳はそれを強引に押し留めた。
「あの……色々大変な事があったんでしょうけど……その……もう、人を襲うなんて止めてくださいっ!」
「……どうして?」
「どうしてって……そんなの当たり前じゃないですか!人を襲うなんておかしいですよぉ!」
愛佳が叫ぶと、千鶴の顔から笑みが消えた。
暫しの間、静寂がこの場を支配する。
それから千鶴はゆっくりと語り始めた。

「私の大事な妹―――楓は死んだわ」
それは愛佳の質問の答えになっていない。

「本当に良い子だった。とても……とても……」
愛佳はどう答えて良いか分からず黙ってしまっていた。

「あの子はね、絶対ゲームに乗るような子じゃなかったわ。それなのに、殺されたのよ?」
それでも構わず千鶴は一人で言葉を続けてゆく。

「耕一さんも初音も、とても酷い目にあっていタわ。この島の人間達は、私と家族を苦しめるだケなのよ」
もう愛佳の方を見ようともせず、視線を虚空に泳がせながら。

398狂乱(修正版):2007/02/07(水) 23:09:34 ID:833Dfc.Q
「ソんな連中と協力し合えるわけが無いじゃナい。だったらコロしてしまった方がいいデしょ?」
語調すら、徐々に狂ってゆく。

「死をもっテ償わセルのよ。優勝すればワタしの家族も蘇らセられルし一石二鳥でしょ?」
無表情だった顔が、段々と一つの形に変わってゆく。

「もちろん愛佳ちゃンは特別扱いするわよ?ちゃんと後で生き返らセテあげるわ」
それは笑顔と呼ばれているものだった。

「すべテが終わっタらわたしの家にあそビにきなサイ。きっと楽しイわよ」
笑顔と呼ばれているものだったが―――

「だかラ――マナかちゃンも、ワタシといっしょにヒトをコロシましょう?」
見る者全てを竦み上がらせるような、おぞましい笑顔だった。

千鶴は威嚇するように手にしたウージーの先を揺らした。
まるで従わなければ殺す、という意思表示のように。
愛佳の顔が恐怖と絶望に歪む。

(ここまでね……!)
美佐枝は逃げ出したい衝動を必死に抑え、今やるべき事を考えた。
もう説得は無理だろう……なら自分が、愛佳を守らなければならない。
あの化け物に銃を向けてトリガーを絞る。
一秒にも満たぬ、それだけの動作で決着はつく筈だ。
先手必勝―――美佐枝は即座に行動に移った。


「愛佳ちゃん、下がって!」
叫ぶとほぼ同時に美佐枝の手元から閃光が発される。
だが―――89式小銃の向けられた先では千鶴の姿がもう消えていた。

「いまワタしはまなカちゃんとおはなシしているの……ジャまものハきえなさい!」
ぞっとするような声が横から掛けられる。
美佐枝は嫌な予感がして、ばっとその場を飛び退いた。
その直後にはもうそれまで美佐枝がいた空間を銃弾が切り裂いていた。
背後に置いてあった接客用らしきカウンターが派手な音と共に砕かれてゆく。

「このぉっ!」
照準を定める時間は無い。
美佐枝は振り向き様に89式小銃を連射した。
水平方向に死の直線が描かれる。
その圧倒的な破壊力で広間の設置物が次々に壊されてゆく。
だがまたしても目標の体はその射線上に無い。
千鶴が膝を折って銃撃の軌道から逃れ、その姿勢のまま地面を蹴って突進してきていた。
その手元の銃口の向いた先には美佐枝の体―――

美佐枝は慌てて上体を捻った。
それで何とか千鶴のウージーから吐き出される銃弾を躱す事が出来た。
だが態勢は完全に崩れてしまっている。
迫る千鶴から逃れる事はかなわず、次の瞬間には美佐枝の視界は反転していた。


瞬きする間もなく千鶴は倒れている美佐枝にのしかかる。
美佐枝は、紅い瞳に間近で射抜かれただけで心臓が止まるかと思った。
「シね」
ウージーの銃口を額に押し付けられる。
体を凄まじい力で押さえつけられている美佐枝には対応する術が無い。
そして凶弾が美佐枝の額を貫こうとしたその時だった。

399狂乱(修正版):2007/02/07(水) 23:12:31 ID:833Dfc.Q


「やめてぇぇぇ!」
背後から腕を引っ張られ、ウージーを地面に落としてしまう千鶴。
振り向く千鶴の視界の中に愛佳がいた。
「もう……もうやめてください!」
異常なこの状況に気押されながらも愛佳は戦いを止めようとしていた。
「まなかちゃン……」
千鶴の動きが一瞬止まる。
その注意が愛佳に逸れたかと思われたが……そうでは無かった。

千鶴はさっと手を伸ばし、美佐枝の89式小銃を奪い取った。
そして猛獣じみた動きで乱暴に鮮やかに腕を一閃する。
89式小銃の先には銃剣が取り付けられてあり、刃物としての機能も併せ持つ。
完全に不意を討たれた美佐枝は反応が間に合わない。
せいぜい、微かに肩を動かせた程度だ。

「ごっ……ぼっ…」
美佐枝の喉を鋭利な銃剣が一閃し、血煙が周囲を赤く染める。
さらに返す刃が美佐枝の顔面を縦に深く斬り裂いていた。
「ああああっ…美佐枝さぁぁぁんっ!!」
三人の視界が真紅に染まる。
千鶴は噴水のように噴き出る美佐枝の鮮血を全身に浴び、恍惚の笑みを浮かべた。
美佐枝は激痛とショックでごぼごぼと声にならない悲鳴を上げている。
千鶴は大きく腕を振り上げ、美佐枝の喉に銃剣の先端を突き刺した。
(愛佳ちゃん……芹香ちゃん……守ってあげられなくてごめんね…………)
最後にそれだけを思って、美佐枝の意識は途切れた。

「あああっ…ああっ…いやああああああっ!!」
愛佳が絶望の叫びを上げる。
美佐枝の亡骸に縋りつきながら。
千鶴はすくっと立ち上がり、そんな愛佳を見下ろし―――


その時ドアが開いた。
「こ……これは……!?」
そこから現れた者達は息を切らしたまま呆然と立ち尽くしている。
彼女達の名は川名みさき、吉岡チエ、そして、藤田浩之だった。


【時間:2日目14:00】
【場所:C-03 鎌石村役場】

柏木千鶴
【持ち物:支給品一式(食料を半分消費)、89式小銃(銃剣付き・残弾14/22)、ウージーの予備マガジン弾丸25発入り×3】
【状態:左肩に浅い切り傷(応急手当済み)、肩に怪我(腕は動く)、マーダー、狂気、血塗れ】

藤田浩之
【所持品1:デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1】
【所持品2:ライター、新聞紙、志保の支給品一式】
【状態:呆然】
吉岡チエ
【所持品1:投げナイフ(残り2本)、救急箱、耕一と自分の支給品一式】
【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)】
【状態:呆然】
川名みさき
【所持品:護の支給品一式】
【状態:呆然】

小牧愛佳
【持ち物:ドラグノフ(7/10)、火炎放射器、缶詰数種類、他支給品一式】
【状態:絶叫】

相楽美佐枝
【持ち物1:包丁、食料いくつか、他支給品一式】
【所持品2:89式小銃の予備弾(30発)×2、他支給品一式(2人分)】
【状態:死亡】

【備考:ウージー(残弾12)は床に転がっている】

ウォプタル
【状態:役場の近くに放置】

(関連631・634・666)

本スレ『狂乱』の修正版です、こちらをまとめサイトに掲載お願いします
お手数をおかけして重ね重ね申し訳ありませんでした

400Crisis:2007/02/10(土) 00:25:40 ID:kPVWjO32
目前の敵を睨みつけ、猛然とワルサーP5を引き抜いたのは、国崎往人と呼ばれる男である。
銀色の髪はこの戦場においてなお美しく、身に纏った黒い服との対比がそれを一層際立たせていた。
もう躊躇は無い。今の彼にあるのは、目の前の敵を、来栖川綾香を屠る意思だけである。
往人の明確な殺意を受けて、綾香がにやりと笑った。まるで、この場の緊張感すらも楽しんでいるかのように。
「何度も言う気はないから、一度だけ忠告してあげる。今の私の標的はまーりゃんと環であって、あんたじゃない。
邪魔をしないって言うんなら、見逃してやっても良いけど?」
それは明らかに、最後通牒だった。これを断れば、綾香の手にしたマシンガンが、容赦無く往人にも牙を剥くだろう。
だが――守るべき仲間の存在、それに地に倒れ伏せているあかりの無念。危険を顧みてなどいられない。
「断る。俺は仲間を撃った敵を――お前を、許すつもりはない」
往人は綾香を見据えたまま、断言した。腕を上げ、ワルサーP5の銃口を綾香へと突きつける。
応えて、綾香はマシンガンを深く構え直した。
「――そう。ならあんたも殺してあげる。その反吐が出るお仲間意識も……全部!粉々に砕いてやる!」
それまでの冷静だった態度から一変し、綾香は感情を剥きだしにして、叫んだ。

――それが戦闘開始の合図となった。
往人が横へ跳ねた直後には、それまで往人がいた場所を銃弾が貫いていた。
相手の武器がただの拳銃なら、これで難は逃れた事になるのだが――生憎、今往人を狙っているのはマシンガンだ。
弾丸の群れが、往人が動いた軌跡を辿って迫ってくる。その攻撃から逃れるには、相手の連射を遮るしかない。
往人は綾香に向けて、ワルサーP5の引き金を引いた。
しかし往人が銃を扱うのは今回が初めてだ。移動しながらでは、狙い通りの場所を撃ち抜く事は叶わない。
綾香は掃射を再開し、連続した銃弾が往人を捉えそうになる。
「やらせないっ!」
声が聞こえるとほぼ同時に綾香がさっと身を引き、遅れて別の銃声が聞こえた。
綾香のすぐ目の前で、地面に生えた雑草が千切れ飛ぶ。往人が視線を移すと、環が綾香にレミントンの銃口を向けて、立っていた。
往人が銃を構え直すより早く、綾香が環を射抜こうとし――またも、綾香は後ろに跳躍した。
「甘いぞぅ、あやりゃん。あたしの目が黒いうちは、たまちゃんには指一本触れさせないよっ!」
麻亜子が、これまでの時間で矢を装填したのであろう、ボーガンを構えている。
唸りを上げる矢が放たれたが、それは綾香を損傷せしめる事が出来ず、ただ空気を裂くに留まった。

401Crisis:2007/02/10(土) 00:28:12 ID:kPVWjO32


辺り一帯に銃声が響く。暴力の嵐が吹き乱れる。
銃弾、ライフル弾、そしてボーガンの矢。綾香が攻撃体勢を取ろうとすると、それを遮るように攻撃が放たれる。
「くっ……雑魚共が群れて調子に乗ってんじゃないわよっ!」
綾香は忌々しげに吐き捨てた。その言葉通り、先程から往人ら三人が綾香一人を攻撃する構図が続いている。
往人達と麻亜子が、示し合わせた訳ではない。麻亜子がゲームに乗っている事は、今この時もなんら変わりは無い。
しかし麻亜子にとって、自分とその知り合いを優先的に狙う綾香の存在は、危険極まりないものである。
また、往人と環は、あかりを撃った綾香を許す事など出来ない。必然的に、三人の攻撃目標は綾香一人に絞られていた。
かつてない勢いで撃ち込まれる連撃を前に、綾香が後退する。
それを好機と取ったか。

環が地面を蹴り、疾風の如き勢いで綾香との間合いを詰める――!
今までよりも遥かに近い距離で繰り出される、レミントンの銃撃。
ライフル弾によるそれは、防弾チョッキの上からでも、致命傷を与えうるだけの貫通力を有している。
環は防弾チョッキの存在など知らないのだが、ともかく命中すれば一撃で綾香を仕留める事が出来る。
「チイ――――!」
咄嗟に身を捻った綾香の真横の空気を、ライフル弾が切り裂いてゆく。
今度は逆に、環の方が致命傷を受けかねない状況だ。シャワーのようなマシンガンの攻撃を、近距離で避ける事は不可能に近い。
往人が、綾香から攻撃の時間を奪うべくワルサーP5を放つ。綾香はしなやかな動きで、その銃撃も回避してゆく。

――強力な重火器に、防弾チョッキ。異能を持たぬ人間の中では、男女の分け隔てなく上位に入る身体能力。
加えて平瀬村の大乱戦で、柳川祐也との死闘で得た、豊富な殺し合いの経験。
今の綾香は、ゲーム参加者の中でも特に優れた戦闘力を誇っている。
だが往人達もまた、一般人としては充分に強力な部類である。
そんな人間を三人同時に相手にしては、正面からでは反撃もままならない。
不利を悟った綾香が、攻撃を捨てて回避に徹し、後退を続けてゆく。
そのまま綾香は後ろにあった民家の塀を飛び越え、それを盾にするように身を隠した。

402Crisis:2007/02/10(土) 00:30:40 ID:kPVWjO32
「逃がすかっ!」
間髪入れず、往人がその後を追おうとした。銃を構えて前へ走る。
「国崎さん、下がって!」
そんな往人を制しながら、環がレミントンを撃った。放たれたライフル弾が命中し、塀の一部が破損する。
何故この有利な状況で後退を促がすのか――往人にはその意味を図りかねたが、すぐに思い知る事になる。
綾香が塀の向こうから顔を出し、すぐに引っ込めた。その直後にマシンガンを持った手が現れる。
遅れてマシンガンから銃声が鳴り響く。幾多の銃弾の内の一つが掠り、往人はちりっと頬の表面に熱を感じた。
綾香は、遮蔽物を防御に利用する事で、自分が攻撃する時間を作ったのだ。
この瞬間、攻守の立場が逆転した。このまま自分達だけ身を隠さずに戦えば、全滅は必至だ。
「こっちです!」
言われて、往人は環に追従し、近くにある農耕用の大型トラクターの陰に飛び込んだ。
既に麻亜子はそこに隠れており、ボーガンに矢を装填しようとしている。
「国崎さん、苛立つのは分かりますが落ち着いてください」
環が静かな声色で諌めてくる。それは些か冷静に過ぎるように思えた。
往人は反論しようとしたが――環の握り締められた拳から滴る血に気付いた。
そうだ、環とて悔しくない訳が無い。それでもここでやるべき事は、感情に任せて犬死にする事では無い筈だ。
「そうだな……すまん」
だから、往人は大人しく自分の非を認めた。
あくまで冷静に――あの女を、来栖川綾香を倒す。

「しかし、どうする?」
銃の残弾を確かめてから、往人が尋ねる。
往人のワルサーP5の残弾は5発、余裕があるとは言い難い。麻亜子のボーガンにも、この状況では期待出来ない。
綾香の隠れている民家とは60メートル以上離れている。それを弓で撃ち抜くのは、神技に等しい芸当だろう。
それに麻亜子が、いつ自分を攻撃してくるかも分からない。往人と麻亜子は、敵同士なのだから。
「私の銃は元々、狙撃用のライフルの筈です。これを使って綾香が攻撃する瞬間を狙いましょう」
環が、銃に弾を詰めながら答える。往人には、環の提案した作戦が正しいように思えた。
相手も訓練を積んだ軍人という訳ではあるまい。
遠距離の戦闘に限って言えば、命中精度に優れるライフルを有するこちらの方が有利だ。

403Crisis:2007/02/10(土) 00:32:22 ID:kPVWjO32
だがそんな二人の目論見を打ち消すかのように、麻亜子が言った。
「――まずいぞ」
「何がだ?」
「あやりゃんがここに来た時、最初に何が起こったかね?」
言われて往人は、思考を巡らした。綾香が来た時最初に生じた事態。
あかりが撃たれるより、更に前に起こったことだ。有紀寧と麻亜子と、牽制し合っていた時に、膠着を打ち破ったもの。
それは――
往人が答えに達するとほぼ同時に、環も同じ結論を得た。
「く、っ――――――――!」
走りこんで勢いをつけ、考えるより早く跳ぶ。他の事に気をやる余裕は無い。
とにかく全力で、力の限り、地面に滑り込むつもりで、三人は真横へ跳躍する。
そして――それまで三人が隠れていたトラクターは、綾香のレーザー式誘導装置によるミサイルを受け、粉々に爆散した。

早めに回避行動に移ったことが幸いした。
再び轟音と爆風に襲われた往人だったが、今度は少し距離があって吹き飛ばされずに済んだ。
しかし綾香も、避けられる事くらいは予想しているだろう。このまま態勢を立て直そうとすれば、あかりの時の二の舞だ。
まだ硝煙が邪魔で視界がはっきりとしないが、それでも往人は綾香が隠れていた方向に向け、銃を放つ。
煙が目隠しになるのは自分達にとっても同じ――銃声で場所を特定されぬよう、往人は少し移動してから、また狙撃した。
往人の行動が功を為したのか、綾香のマシンガンの音が響き渡る事は無い。

しかし――今日の往人はとことん天に見放されているようで。
「あぐっ!」
聞こえてきた悲鳴の方へ目を向けると、環が血が流れ出る左肩を抑えている。
いつの間にか、逃亡した筈の男――長瀬祐介が、包丁片手に戻ってきていた。
「くそっ、こんな時に!」
往人は環を援護しようと考えたが、それを実行する事は無かった。
何故なら、綾香が塀を乗り越えて、マシンガンを撃とうしているのが見えたから。
素早く移動して、連射された銃弾の軌道から逃れる。その最中に、往人は思った。
(……絶体絶命、ってヤツだな)

404Crisis:2007/02/10(土) 00:34:06 ID:kPVWjO32
【時間:2日目・15:15】
【場所:I−6】

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

国崎往人
【所持品:ワルサーP5(3/8)、ラーメンセット(レトルト)、化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】
【状態:目的は綾香の殺害と仲間を守る事、全身に痛み】

神岸あかり
【所持品:水と食料以外の支給品一式】
【状態:瀕死、月島拓也の学ラン着用。打撲】

向坂環
【所持品①:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、包丁、ロープ(少し太め)、支給品一式×2】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷】

長瀬祐介
【所持品1:包丁、ベネリM3(0/7)、100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】
【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】
【状態:環に攻撃中、有紀寧への激しい憎悪、全身に痛み】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(27/30)・予備カートリッジ(30発入×3)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】
【状態①:右腕と肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】
【状態②:まーりゃんとささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う】

→686
→687

405Climacus -Messiah's identity-:2007/02/10(土) 18:21:16 ID:V3.oKtaE

「どこへ行くんだ?」

少年が静かに問いかけた。
彼がいつもそうするように、優しく。

「誰もいないところ」

少女が、小さく呟いた。
常ならば絶対に浮かべない、硬く強張った表情のまま。

ざあ、と風が鳴る。
梢に溜まった水滴が、流れて落ちた。
雨は既にやんでいたが、垂れ込める雲は未だ陽光を遮っている。
雲間から日輪が覗くには、いま少しの時を要するようだった。

「いつまで歩くんだ?」

光射さぬ島の上、重ねて少年が訊ねる。
泥濘を歩きながら、その足元には染みひとつない。
まるで汚れの方が少年を避けて通っているかのようだった。

「お前がいなくなるまで」

目線を動かすことなく、少女が答えた。
スニーカーの足元のみならず、その顔にまで泥が撥ねていた。

「俺なら、お前を救ってやれる」

再び、風が鳴いた。
灰色の世界の中、少年がそっと、少女へと手を伸ばす。

406Climacus -Messiah's identity-:2007/02/10(土) 18:21:41 ID:V3.oKtaE
「―――いらない」

即答した少女が、荒々しく少年の手を振り払う。
少年はなおも追いすがり、続けた。

「お前が望むなら、運命だって変えてみせ―――」
「やめろ。」

強い言葉が、響いた。
少女が足を止め、振り向いていた。沈黙が降りる。

ざ、と音がした。
梢から落ちた雫が下の葉を揺らし、そうして集まった水滴が樹を揺らす音だった。

少女は少年を真っ直ぐに睨んでいた。
その表情には、侮蔑と拒絶が、ありありと浮かんでいた。

「やめろ。そういうことを口にするな。できそこないの唯一者」

一言一言を区切るように、少女ははっきりと口にした。

「美凪がいなくなるなら、みちるもここから消える。
 それは、今度も同じ。ずっと同じだったように、今度も同じなんだ」

哀切がそのまま形になったような、それは言葉だった。
その眼に涙を浮かべたまま、少女は、少年を断罪する。

「お前なんか、いらない」

407Climacus -Messiah's identity-:2007/02/10(土) 18:22:31 ID:V3.oKtaE
瞬間、少年が凍りついたように動きを止めた。
指先一本に至るまでの全身の身動きは勿論、瞬きも、呼吸や鼓動すらも、止まっているように見えた。
時に置き忘れられた彫像のような、それは正しく異様だった。

少年の異様を、しかし少女は気にも留めない。
一切の興味をなくしたように、視線を逸らす。

「今度の美凪は、みちるにも国崎往人にも会えずにいなくなった。
 ……だけど、それでいいんだ」

独り言めいた呟きが、風に巻かれて消えていく。

「国崎往人が死ぬのも、みちるが消えるのも見なくてすんだ。
 悲しくて、悲しくてつぶれてしまうよりも、ずっとずっといい終わり方だった」

ひどく悲しそうに、ひどく嬉しそうに、少女は灰色の空を見上げた。

「悲しいことは、つづくけど」

歳不相応の大人びた眼差しに曇天を映したまま、少女は呟く。

「今度の美凪くらいにしあわせであってくれれば、みちるはそれでいい。
 ……だから、」

視線を下ろした少女は、少年を疎ましげに一瞥すると、言い放った。

「―――お前なんかに、救われたくない」

少女の言葉と共に、少年の彫像から色彩が失われていく。
目映いばかりに煌いていた鎧が、その豪奢な装飾が、曇天の色に侵される。
麗しく風に靡いていた銀色の髪も、透き通る紫水晶の瞳も、瞬く間に色褪せていく。

「どっかいけ、役立たずの救世主」

少年の背に生えた六枚の翼が、砕け散った。
きらきらと輝いていた銀翼の破片は、薄汚く燃え残った煤のように、風に吹かれていった。

「消えろ。―――もうお前なんか、いらない」

少女の言葉が、少年の彫像を打つ雷鳴となったかのように。
灰色の少年が、音もなく、弾けた。

408Climacus -Messiah's identity-:2007/02/10(土) 18:22:59 ID:V3.oKtaE

ざあ、と。
三度、風が鳴いた。

みすぼらしい灰色の欠片が、同じ色をした空に溶けるように、消えていく。
少女はそれを、じっと見つめていた。

「……甘ったれ」

誰にともなく呟いた少女が、その足元から輪郭を薄れさせていく。
それきり少女は、真一文字に口を結び、一言も漏らすことはなかった。

木々と、空と、雨滴と泥に囲まれて、少女が殺戮の島から完全にその姿を消したのは、
それから程なくしてのことだった。



【時間:2日目午前10時すぎ】
【場所:E−2】

みちる
 【状態:消滅】

相沢祐一
 【状態:消滅】

→432 474 676 ルートD-2

409Climacus -The Ladder of Divine Ascent-:2007/02/10(土) 18:23:51 ID:V3.oKtaE

 ―――東京某所


喧騒さめやらぬ室内に、ひとり静かに情勢を見守る男がいた。
肘掛に頬杖をついたまま、なんでもないことのように呟く。

「―――唯一者が、消えたようだな」
「ま、こんなものだろうね。錆の浮いた救世主にしては、よくもった方だと思うよ」

独り言めいた呟きに答えたのは、男の傍らに影の如く立つ少年であった。
その軽い口調に、男が片眉を上げる。

「いいのかね、そんなことで」
「別に構わないだろう? 今回の計画に、あんなものは必要ない。僕にとっても、そっちにとってもね」
「それはそうだが、な」

男が嘆息する。
本気なのか、ポーズなのかは見て取れない。どうにもつかみどころのない男であった。

「……しかし、必要ない、か。その程度の言霊で消滅するものなのか、唯一者は」
「勿論、昔からそうだったわけじゃないさ。あそこまで脆くなったのは最近の話だよ」
「神殺しの剣、究極の一……哀れなものだな、道化の救世主というのも」
「昔は皆が望んだ存在だったんだよ。命が神に抗っていた時代には、彼は紛れもなく救世の希望だった」
「神なき今は無用の長物というわけか」
「それでも彼は甦り続けた。救いを求める者の前に、求められるまま、求められる形で」
「挙句があの様かね」
「あれは本来、世界を救うために造られたんだからね。エゴの救済なんて、ノイズを溜め込むばかりさ。
 造物主のメンテナンスもなしに復活を繰り返せば、ロジックは崩壊していく一方だ」
「今となっては簡単な言霊……救済を否定する意思で消えてなくなる、泡沫のメシアと成り果てたか」
「そういうことだね」

おどけるように、肩をすくめてみせる少年。

410Climacus -The Ladder of Divine Ascent-:2007/02/10(土) 18:24:33 ID:V3.oKtaE
「……しかし、唯一者の消滅は数年前にも観測されている。どうせまたすぐに現れるのだろう」
「さてね。それはあの島に残った人間次第だけど」
「救済を求める者など、残っていたかね」
「僕に聞かれても困るな」

少年が苦笑する。
と、男がにやりと口の端を上げて話題を変えた。

「そうだ、消えたといえば」
「……何だい?」

男の怪しげな笑みに、少し警戒したような表情で聞き返す少年。

「君の影も消えたようだが、」
「問題ない」

にやにやと笑う男の言葉をはね付けるように、少年が断言する。
呆れたように男を睨みつける少年。

「何を思いついたのかと思えば……まったく、それは嫌味のつもりかい」
「嫌味とはひどいな。これでも心配しているんだよ」
「その顔でかい? ……まあいいさ、改めて言うほどのことでもないけど、問題はないよ」
「おやおや。君の、文字通り手足となって動いてくれた彼に、随分と冷たいじゃないか」

男の軽口は止まらない。
閉口したように、少年が眉根を寄せる。

「……確かに、あれは影の中でもなかなか精巧に作ったつもりだからね。
 手間も時間もそれなりにかかってはいるけど……それだけだよ。似姿だけなら、今すぐにでも作れるさ」
「その精巧な影も、今回はあまり役に立たなかったようだね」
「うるさいな。ここまで膨れ上がったら、影なんかじゃ手のつけようがないんだよ。
 これまで、個々が目覚めることはあったけど……これほどに大規模な覚醒は見たことがない」

どこか心配げな少年の声音に、男が少し慌てたように言う。

「おいおい、ここまできて手綱を放さんでくれよ」
「伝えとくよ。……それより、そっちこそいいのかい、神機のこと」
「ん? 何か問題があるかね」

突然の話題転換に、男がとぼけてみせる。
少年は男の態度など気にも留めずに続けた。

411Climacus -The Ladder of Divine Ascent-:2007/02/10(土) 18:24:53 ID:V3.oKtaE
「カミュに続いてウルトまで覚醒してるみたいけど……あれはそっちの切り札じゃなかったのかな?」

斬りつけるようなその口調にも、男の表情は変わらない。
茫洋とした態度を崩さずに答える。

「……なに、構わんさ。切り札は一枚というわけではない。
 それにどの道、約束の日を越えられなければ、いくら戦力を温存したところで意味などないのだろう?」

奇妙なことに、上座に座るその男の声は、周囲でモニターからの情報を逐一処理している白衣の男たちには
何一つとして聞こえていないようだった。傍らに佇む少年だけが、男の言葉に答えている。

「思いきりのいいことで。……その割に、貴方の部下は随分とエキサイトしていたみたいだけど」
「長瀬博士は何も知らんからな。彼はまだ今回のプログラムが実験の一環だと考えている。
 ……困ったものだね」
「貴方が説明しなくちゃ誰にもわからないだろうに、困った人はどっちだろうね……」

参った、というように天を仰いでみせる男を、少年は軽く睨む。

「いや実際、長瀬博士の行動は頭が痛いんだよ。
 君もさっき見ていただろう、久瀬君の怒鳴りようときたら、まだ耳鳴りがするくらいだ」
「貴方が余計に怒らせたんだろうに……」
「何か、おかしなことを言ったかね。覚えがないな」
「……そもそも最初に御子息を捻じ込んだのは貴方だ、公私混同のツケをこっちに回すな、とか」
「ああ、言ったな。……だが私はこうも言ったぞ。御子息も何やら頑張っておられるようだし、」
「―――ここは一つ、温かく見守るのが親の務めというものじゃないかね、って?」

自身の言葉を引き取った少年の冷たい声音に、男が戸惑ったような表情で少年を見返す。

「……まずかったかね?」
「貴方はそういう人だよ……」

深くため息をつく少年。

412Climacus -The Ladder of Divine Ascent-:2007/02/10(土) 18:25:24 ID:V3.oKtaE
「しかしね、久瀬君もあの調子でゴリゴリやる方だから、制服組からの評判が芳しくないってことは
 自分でもわかってただろうに」
「おや、随分と長瀬とやらの肩を持つね」
「吊るし上げを食いかねない素地はあった、ということさ。
 ……とはいえ、長瀬博士も技研時代は現場と大分やりあってた人間だからな。
 そう簡単に制服組が彼の言葉に従うとは思えないんだがね」
「何か、裏があるって?」
「君たちのことだ、どうせ知っているのだろうに」
「そういうことにはあまり興味が無いんだよ」

国家の命運をかけた問題を、まるで明日の天気の話題のように軽く扱う二人。
虚々実々のやり取りを楽しんでいるかのようだった。

「……まあ、その辺りはいずれ報告が上がってくるからな。それを待つさ」
「いいのかねえ、そんなことで」
「それに、向こうには『彼』がいる。任せておけばどうとでもなるだろう」
「……いい加減なものだね。仮にも一国の頂点に立っている人間が」

半眼で睨む少年の視線を受け流すように、男は小さく笑ってみせる。

「そう言ってくれるな。確かに私一人の力では、小舟の一艘も漕ぐことはできないがね。
 皆が力を貸してくれれば、国家という大船の舵を取ることだってできるのさ。
 人の上に立つとは、そういうことだよ」

男の、どこか自信に満ちた言葉に、少年は肩をすくめて呟く。

「そんなものかね」
「……ま、黙っていても勝手に要点をかいつまんだ報告書をまとめてもらえるのが、
 この仕事のいいところでね」
「台無しだよ……」

少年が何度目かのため息をついたのとほぼ同時に、男にかけられる声があった。

「―――総理、お電話です」
「私に直接? ……誰かね、この番号を知っている人間はそういない筈だが」

受話器を持って男に差し出した係官が、何事かを耳打ちする。

「……ふむ。少し、面白いことになるかもしれんな」

男が、一瞬だけ政治家の顔を覗かせる。
受話器を受け取ると、回線の向こうの相手に向かって口を開いた。

「―――ああ、久しぶりだね。うん、今ちょうど、その話をしていたところだよ」

413Climacus -The Ladder of Divine Ascent-:2007/02/10(土) 18:26:41 ID:V3.oKtaE

「こうなると長いんだよね……」

話し込んでいる男をつまらなそうに見ていた少年だったが、ふと何かの気配を感じたかのように振り向いた。
その視線の先に立っていたのは、はたして少年より一回り小さな影であった。

「……ああ、おかえり」

憮然とした表情で自身を見つめるその影に向かって、少年は微笑んでみせる。
男と軽口を叩き合っていたときとは違う、心からの優しげな笑みだった。

「頑張ったね、みちる」

少女は答えず、ただ静かに少年を見つめていた。




【時間:二日目午前11時ごろ】
【場所:東京某所】

主催者
 【状態:詳細不明・総理】

少年?
 【状態:詳細不明】

みちる
 【状態:詳細不明】

→034 311 383 514 693? ルートD-2

414姉と弟:2007/02/11(日) 18:52:42 ID:nlusYtBc
来栖川綾香と国崎往人が居なくなった事に気付いた朝霧麻亜子は、二人を探して走り回っていた。
武装差を考えれば、あの二人の戦いは来栖川綾香が勝つだろう。
自分が綾香に勝つチャンスは、その戦いの決着が着いた瞬間しかない。
自分の謀略――綾香を修羅の道に引きずり込む目論見は、確かに成功した。
あの強力な武装、そして躊躇の無い戦い振り。間違いなく綾香は、これまでに何人も殺している。
その事は麻亜子の作戦通りなのだが――綾香は予想以上に強くなり過ぎた。
そして殺戮の道を歩み続け、一層強まってさえいる麻亜子への復讐心。
もはやあの女の存在は、ささらの生存率を大幅に引き下げる要因に他ならない。
何としてでも打ち倒さなければならない。そう、自分の撒いた種は自分で刈り取る。

そう考えながら血眼になって走り回っている時、遠くから例のマシンガンの音が聞こえてきた。
「あやりゃん……これ以上、好き勝手はさせないよっ!」
麻亜子はそれを聞き取るや否や、即座に音が聞こえてきた方向に駆け出した。





一方麻亜子が走り去った戦場では、姉と弟――血を分けた実の姉弟が対峙していた。
向坂環は気力を振り絞って立ち上がり、正面でベネリM3を握り締めている向坂雄二を見据えた。
雄二の顔には、一度戦った時と同じ――『壊れて』しまった者のみが浮かべる歪んだ笑み。
あの時雄二を放置していったのは、冷却期間が必要だと思ったからだ。
時間を置けば、きっと正気に戻ってくれると。私の弟なら、狂気に打ち勝ってくれると。そう信じていたからだ。
だが結果的に、雄二は前以上の狂気を纏って舞い戻ってきた。その事実に心が折れそうになる。
「どうしたんだよ姉貴、そんな情けねえツラしやがって。……今更臆病風に吹かれたなんて、言うなよ」
思った以上に、感情が顔に出てしまっていたらしい。呆れたように、雄二が告げる。
環もこう言われては黙ってはいられない。姉としての自覚が、自信が、今にも崩れ落ちそうな自分を何とか支えている。
「……言ってくれるじゃない。前に一度、素手の私にやられたのを、もう忘れちゃった訳?」
「――――!」
場の空気が凍る。狂気で満たされていた雄二の瞳に、どす黒い殺気が混じってゆく。
その殺気に気圧されて、環は僅かに後退してしまった。

415姉と弟:2007/02/11(日) 18:53:57 ID:nlusYtBc
「ああ、確かに一度俺は姉貴にやられたよ。……一度だけじゃねえな。姉貴にはずっと、何をやっても勝てなかった。
小さい頃から姉貴は完璧で、何で勝負しても俺が勝てる事なんてなかった」
雄二は、常に姉に対して心の奥で――尊敬と畏怖の念を抱いていた。壊れてしまった今ですら、それは変わらない。
恐怖を乗り越え真理に辿り着いたと自負している雄二ではあったが、姉に対しての劣等感は未だ消えていない。
「この島に連れて来られて、ゲームに乗って。俺は何でも出来る気になっていたよ。誰よりも強くなった気でいたよ。
それがいざ姉貴と戦ってみると、あのザマだ……。いつもいつも、そうだった。どんなに苦労しても、俺は姉貴に勝てないんだ」
今の雄二は、もはや狂気と、環への劣等感のみで動いていた。彼の歯車は修正不可能どころか――文字通り、『壊れて』しまっている。
その事を眼前に突きつけられた環は、ぎりっと下唇をかみ締めた。

「俺はもっと強くならなきゃなんねえんだ。この島じゃ、強けりゃ何をしても許されるんだからな。
……そうだ。強くなれば、姉貴を越えれば、今まで人を殺してきた事だって許される。
誰にも負けずに、優勝して、ゲームに巻き込まれた奴らを全員生き返らせれば、みんな俺に感謝する筈なんだ!」
包み隠す事なく、己の感情を吐露する雄二。それは自身に対しての言い訳に過ぎない。
狂気に負けて月島瑠璃子を――行動を共にしてきた仲間を、誤殺してしまった事実を認めない為の、虚しい言い逃れだ。
正常だった頃の雄二は、極悪非道な男だった訳ではない。
寧ろ人一倍友情に厚い雄二だからこそ、自分の行為を正当化しなければ生きて行けなかったのだ。

「だからこそ姉貴は、俺自身の手で殺さなくちゃいけねえんだ。姉貴は俺が神になる為の、最後の壁なんだよ!」
雄二の言葉の一つ一つが、環に教える――もはや、雄二を救う手立ては無い、と。
(ごめんタカ坊――私も、狂気に飲まれちゃわないといけないみたい)
そう、これから自分がしなければいけない事は正しく狂気の沙汰だ。
救えないのならこれ以上罪を重ねる前に、せめて、この手で殺す。それが姉としての自分の、最後の役目だ。
銃は使わない。実の弟の命を奪うのなら、そんな簡単な手段に頼ってはいけない。
環はレミントンを地面に捨てて包丁を握り、目の前の狂人を真っ直ぐに睨み付けた。
「……何が神よ。ただ現実から目を逸らして、逃げてるだけじゃない!良識も、愛情も、友情も、全部……大事な物を全部捨て去って!
ただ罪の意識から、逃げてるだけじゃないっ!」
「黙れ黙れ黙れっ!俺は正しいんだ……今度こそ姉貴を倒して!この島の神になるんだっ!!」
実の姉による糾弾は、雄二の壊れた精神を更に傷付けてゆく。
雄二が悲鳴のような絶叫を上げ、ベネリM3の銃口を環に向けた。

416姉と弟:2007/02/11(日) 18:55:00 ID:nlusYtBc
環はすぐに反応して横に跳躍したが――べネリM3が火を吹く事は無かった。
弾切れに気付いた雄二はちっと舌打ちし、武器を金属バットに持ち替え、環に襲い掛かった。
「つぅ……!」
環はそれをどうにか包丁で受け止めたが、傷付いた肩が衝撃で酷く痛む。
一発で打ち切りではない。二発、三発と、雄二は繰り返し金属バットを振るう。
それを防ぐ度に、環の肩から血が噴き出し、苦痛に顔が歪んでいく。
満身創痍の今の環にとって、これはとても勝ち目が薄い戦いなのだ。環は堪らず、後ろへ飛び退いた。
「逃がすかよっ!」
それを雄二が、猛然と追って来る。叫びと共に、乱暴にバットを振り下ろす――!
加速が付いたその威力は、先程の比ではない。これを受け止める事は不可能だ。
「く――!」
環はすんでの所で体を捻って回避していた。大振りした影響で、雄二の次の動作は遅れている。
その無防備な横腹を狙って包丁を振るう。だが、大幅に体力を消耗してしまっている環の攻撃は遅過ぎた。
雄二は笑みすら浮かべながら、悠々と環の斬撃から逃れていた。
慌てて環は後退し、雄二と間合いを取った。今度は雄二も、すぐに追おうとはしない。
「――何だ、その程度か姉貴?俺にとってのラスボスの癖に、あんまがっかりさせんなよな」
話す雄二の息は全く乱れていない。対する環は既に息を切らし、肩からの出血量も増してきている。
環はぎしりと、歯軋りした。

――勝てない。このままでは、無惨に殺されてしまうだけだ。
パワーもスピードも、両方の要素で、今の自分は雄二より劣っている。
肩の傷もあり、長期戦での不利は明確。戦いが長引けば長引くほど、戦力差は顕著に現れるだろう。
ならば短期決戦しかない。包丁を命中させる事さえ出来れば、今の自分でも雄二の命を奪える筈だ。
だが、どうやってそれを成し遂げる?雄二の武器は金属バットだ。
殺傷力という点でこそ、包丁には劣るが、それは一撃で致命傷にならない可能性が高いというだけの話。
勝負を決するには、十分な威力を秘めている。そしてそのリーチは、包丁の倍以上ある。
自分より優れた能力で振るわれるそれを掻い潜って、一撃を入れなければならないのだ。
単純な力押しでは無理だ。そう、相手の裏を突かなければならない。
環は極めて短時間で勝利への道を模索すべく、頭脳を総動員させた。


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