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避難用作品投下スレ

1管理人:2006/11/11(土) 05:23:09 ID:2jCKvi0Q
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。

225早朝の星(B−13):2007/01/08(月) 21:10:34 ID:aY1/vTkY
「――ナイフと何かの鍵と…カードにどこかの建物の見取り図か……」
「こんな施設がこの島のどこかにあるっていうの?」
「あるから支給品で配られたんだろ?」
「そうですよね」
浩平たちは要塞の見取り図を見ながらああだこうだと話し続けたが、自分たちの子供の考えだけではらちがあかないと判断し、結局打ち切りとなった。

「とりあえず、今は小牧の仲間たちが戻ってくるのを待とうぜ。休めるときに休んでおかねーと」
「そうね」
浩平は自分のデイパックからパンを取り出すと勢い良く噛り付いた。今まで食物など何も口にしていなかったので腹が減っていたからだ。
「あんまり美味くはないな………」
しかし背に腹は替えられない。今は殺人ゲームの真っ最中、食べられるときに何か食べておかないとこの先何があるか判らないのだから。
パンを食べながらふと部屋を出て空を見た。まだ朝日が昇る時間ではない。空には未だ無数の星々が輝いていた。
(こんな所でも星空は俺が住んでるところよりも綺麗なんだな)
こうして星を見るのは何年ぶりだろうかと思いながら浩平は残りのパンを口の中に放り込んだ。
(長森……無事でいてくれよ………)

226早朝の星(B−13):2007/01/08(月) 21:10:52 ID:aY1/vTkY



【時間:2日目AM3:45】
【場所:無学寺】

折原浩平
 【所持品1:34徳ナイフ、H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、他支給品】
 【状態:高槻たちが戻るまで休憩】

小牧郁乃
 【所持品:S&W 500マグナム(残弾13発中予備弾10発)、写真集×2、車椅子、他支給品】
 【状態:高槻たちが戻るまで休憩】

立田七海
 【所持品:フラッシュメモリー、他支給品】
 【状態:高槻たちが戻るまで休憩】

ほしのゆめみ
 【所持品1:忍者セット、他支給品】
 【所持品2:おたま、他支給品】
 【状態:高槻たちが戻るまで休憩】

【備考】
ゆめみのおたまは春夏が落としていったもの

227秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:13:01 ID:aY1/vTkY
YO! YO! パソコンの画面の前のよい子、悪い子のみんな。おはこんばんちわ。(死語? ほっとけ!)
いつの間にかMr.ハードボイルドと呼ばれるまで(え? まだそこまでは呼ばれてない? 別にいいじゃねーか)このキャラが板についてきたと思ったら、
前回ランクが「漢」にアップしたんだかダウンしたか判らなくてちょっと困ってる高槻お兄さんだよー。
いつものノリならこのまま美少女ゲーみたいに俺様の一人称視点で話が進めたいだが、残念ながら今回は以降の文は普通の小説っぽく話が進んじまうんだなあこれが。一応メインキャラは俺様だけどよ。
たまにはいいだろそういうのも? 原点回帰みたいで新鮮な感じ……しないか? 駄目か?
……あーもう。とにかく本編開始だ。さっさと次に行けよやー!!



「はい。終わったわよ」
「おう。すまねえな」
杏は浩平の両手に包帯を巻き終わると救急箱をデイパックにしまった。
「――しっかし…沢渡の置き土産がこんなところで役に立つとはな」
高槻は浩平に再び七海を背負わせると現在は杏の手にある沢渡真琴のデイパックに目を向けた。
以前述べたとおりこの中には今杏がしまった救急箱や先ほど真琴の墓を作る際に使用したスコップなど様々な日用品が入っている。
今は亡き真琴曰く「持って行けば絶対に役に立つわ!」とのことだったが、その「使えそう」というのが真琴基準であるため、使えそうなものから見るからに絶対使えそうもないものまで本当に様々な種類の品が中にはぶちこんである。

「そういえば聞いていませんでしたが、何で久寿川さんとは別行動を?」
まだ聞いていなかった疑問をゆめみが高槻に投げかけた。
「ああ。実はあれから俺たちはポテトの鼻を頼りに鎌石小中学校まで行ったんだがな………」
高槻がそこまで言ったところで2回目の定期放送が流れ出した。

228秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:14:33 ID:aY1/vTkY

『――みなさん……聞こえているでしょうか。
これから第2回放送を始めます。辛いでしょうがどうか落ち着いてよく聞いてください』
「!?」
前にも一度聞いた青年の声が高槻たちの耳に入る。
しかし、その青年の声は12時間前に聞いたときよりも活気がなくなっているように思えた。
(――もしかして、この放送をしている奴も俺たちみたいに主催者に強制されてやらされているのか?)
放送を聞きながら高槻はそう思った。


「くそっ…氷上や雪見先輩まで………」
放送が終わると浩平は手当てを終えたばかりの右手でどんと軽く壁を叩いた。
「梶原さんって人の名前もあったわね……」
「神尾晴子って確か観鈴の……それに春原芽衣と古河早苗って…もしかして………」
「久寿川たちや沢渡の探していた祐一って奴はまだ一応無事みたいだな」
「ええ…」
「しかしマズイなこれは……」
高槻は放送の最後に(どういうわけか)あの声を聞くだけで腹立たしいクソウサギが言った言葉を思い出した。
「『優勝者にはどのような願いも叶えられる』。『大切な奴が死んでしまってもそれで生き返らせれば問題ない』……だっけ?」
「ああ。それに、下手をしたらそれに釣られて今までこのゲームに乗っていなかった奴までゲームに乗っちまう可能性がある。
『ゲームに乗って他の参加者を皆殺しにしても、自分が優勝してゲームが終わった後に全員生き返らせれば問題ない』なんて馬鹿なこと考えてな」
「少なくとも1人はそういうやつがいるだろうな」
「―――まあ、今は考えてばかりいても仕方がねえ。まずは鎌石村に行って久寿川たちと合流するぞ」
そう言って高槻は自分の荷物を手に取ると無学寺を後にする。
「あっ! 待ちなさいよ! まだなんでささらと別行動になったのか理由を聞いてないわよ!」
「それは歩きながら説明してやるよ。いいから早く来い。置いてくぞ」
ぶっきらぼうにそう言って先を行く高槻の背中にぎゃーぎゃーと文句を言う郁乃をなだめながら浩平たちも高槻の後に続いた。

229秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:17:07 ID:aY1/vTkY



「………とまあそういうこった」
道中を歩きながら高槻は鎌石小中学校で起きた出来事を一通り郁乃たちに説明した。
「つまり、鎌石村に行ってささらたちと合流したらまずはその朝霧って人を探すのね」
「ああ。一応な。本当なら宮内の仇を討ちたいとこだが、久寿川たちがそれだけは止めてくれってことでな。
……そういや、折原に藤林だったか? お前らは探している奴はいないのか?」
「そうだな。俺は……川名みさき、上月澪、里村茜、住井護、長森瑞佳、七瀬彰、七瀬留美、藤井冬弥、広瀬真希、柚木詩子だな」
「そりゃまた随分多いな」
やれやれだぜ、と呟くと高槻は郁乃から渡された参加者名簿にペンでチェックを入れていく。
「まあ俺の探している連中……特に住井と長森とみさき先輩と七瀬…留美のほうな。この4人は間違いなく信用していい」
「確証はあんのか?」
「七瀬はここに来る前まで俺と一緒に仲間を探していたから問題ない。長森とみさき先輩は性格からしてゲームに乗るような連中じゃない。住井は……馬鹿だけどこういうことには絶対乗るような奴じゃない」
「おいおい…最初の留美って奴はともかく、2人以降はまともな確証になってないじゃねえか………」
「安心しろ。俺のカンは結構当たるぞ」
「そう言われると逆に凄く不安なんだけど……」
自信に満ちた浩平の発言に杏と郁乃…そしてさすがの高槻も呆れるしかなかった。

230秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:18:39 ID:aY1/vTkY
「あー。気を取り直して、次はあたしの探している人ね。
あたしが探しているのは一ノ瀬ことみ、岡崎朋也、坂上智代、春原陽平、古河渚……そして妹の藤林椋の6人よ」
「一ノ瀬に岡崎に坂上………そして藤林椋と……」
「あと。さっき言ってた祐一って人――多分相沢祐一だと思うけど、彼とは一度鎌石村の消防分署で会ったわ」
「本当か?」
「ええ。今はもう鎌石村にいるかどうかは判らないけど……それと、祐一と一緒にいた子で神尾観鈴。あと私は直接話しちゃいないんだけど緒方英二と向坂環って人。彼らは全員信頼できるわ」
「なるほど……少なくともゲームに乗るなんてことはないんだな?」
「ええ……観鈴が少し心配だけど………」
「神尾晴子……だっけ?」
郁乃が先ほどの放送で上がった名前を口にする。
杏もだまってうんと頷いた。
「あー。そういう辛気臭くなる話はやめろ。ただでさえこっちはテンション高くねえんだからよ」
これ以上士気が下がらないように高槻が話を強制的に終了させた。

「さて、お前たち」
突然高槻が手にしているものを参加者名簿から地図に変えて郁乃たちの方に振り返った。
「なに?」
「なんだ?」
「どうしたんです?」
「どうかしたの?」
郁乃たちはそろって高槻に声をかける。
すると高槻は地図を広げると彼女たちにこれから先の道のりについての説明を始めた。
「既にご存知の通りだが今俺たちは鎌石村に向かっている最中だ。そして、地図を見れば判るとおりここから鎌石村に行くには2種類のルートがある。
1つは東崎トンネルを通って行くルート。もう1つは山道から観音堂方面を経由して行くルートだ。
そのことなんだが…俺様の意見としては後者のルートの方で行った方が安全だと思うわけよ」

231秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:19:10 ID:aY1/vTkY
高槻が地図に載っている海沿いの山道を指でなぞっていく。
「なんでさ?」
「さっき俺様と今は亡き沢渡は行きも帰りもこっちの東崎トンネルのルートを通って来たんだけどよ、ここがちょっとワケありな場所でな……」
「ワケあり?」
「ああ。このトンネル軽く1キロくらいは距離があるんだよ。しかも、どういうわけかこのトンネル中に照明が、まったくないときたもんだ」
「つまり中は真っ暗闇ってこと?」
「ザッツライトだ藤林! するとどういうことかもう判るよな? つまりはここを通るときは壁伝いでなきゃ恐ろしくて行動できねえんだなこれが!」
「ああ…! そうそう思い出した。私も七海とここを一度通ったけど、中本当に暗いのよここ」

郁乃は昨日七海と無学寺に行くためにこのトンネルを通ったときのことを思い出した。
確かに高槻の言うとおり、あのトンネルの中は昼間でも本当に暗かった。しかも、その暗さは酷いと自身の足元すら判らなくなるほどであった。

「おお。そうなのか我が愛しのマイスイートハニー郁未!? これはやはり運命ってやつなのかねえ……」
属にRRと呼ばれる竹林風台詞回しで高槻が郁乃に言う。ちなみに今言った『我が愛しのマイスイートハニー』という言葉は嘘でもなければ本心でもない。ただノリで言っただけである。
「馬鹿丸出しな冗談言ってないでさっさと話を続けなさい」
「なんだよノリが悪い奴だな……とにかく、俺が言いたかったのはこのトンネルを通るのは危険すぎるってことだ。
もしここん中でマーダーと接触でもしてみろ。下手したらいつの間にか全員ズガンされちまう」
「確かに…それに、もしかしたらそれを狙ってトンネルの中で待ち伏せしている奴がいるかもしれないしな」
「でも、マーダーだってわざわざ自らを危険にさらすまでそんな所で待ち伏せすると思う?」
「そうですね。下手をしたら自分がやられてしまうかもしれないのに……」
「いや……少なくともあの男は………平気でやるでしょうね」
郁乃のその一言で高槻と杏以外(すなわち浩平とゆめみ)ははっとした顔をする。
「―――さっきの男……岸田洋一だな?」
高槻の問いに郁乃は黙って頷く。

232秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:19:58 ID:aY1/vTkY
「キシダヨウイチ? それがあの男の名前か?」
「ああ」
「ちょっと待ってよ! 岸田なんて人は参加者名簿に載っていなかったわよ!?」
杏が高槻と郁乃に問い返す。が、それにはゆめみが答えた。
「でも、私やポテトさんやボタンさんのこともありますし………」
「あっ…そっか………つまりその岸田って男は主催者がゲーム進行を進めるために用意し送り込んだマーダーってことなのね?」
「いや。その可能性は低いだろうな」
「なんでよ?」
「あの男は首輪をしちゃいなかった」
「えっ?」
「俺たちやゆめみにだって付けられているこの首輪をあの男は付けてはいなかったんだよ。おそらく………」
「―――ゲームに乱入したっていうのか?」
「多分な。あくまで可能性にすぎないが、もしかしたら島のどこかに奴の船か何かが隠されているかもしれねえ」
「じゃあ上手くいけば……」
「ああ。このゲームを脱出する糸口が掴めるかもしれねえ」
高槻は一度にやりと笑った。
「さて……この話はここで一旦打ち切りだ。本題に戻るぞ」
全員うんと頷く。
「というわけだから俺たちは山道から鎌石村に向かうべきだと思う。ちょっと遠回りになるかもしれないし山道だからきついかもしれねえが………異論は無いか?」
「『急がば回れ』って言うし……いいんじゃないの?」
「ああ。異論は無いな」
「私もありません」
「あたしもないわ」
「ぴこっ」
「ぷぴっ」
「よし。満場一致で決定だな。じゃあ気を取り直して行くとするか」
そう言って地図をしまうと、高槻一行は再び歩き出した。

233秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:20:54 ID:aY1/vTkY


(やれやれ……何度も思うが本当に俺はどうなっちまったんだろうな?)
空を見上げながら高槻はふと思った。
(こんな連中なんか頬っておけばいいと思っていたはずなんだがなあ………なぜか知らねえが放っておけねえんだよなあ危なっかしくてよ)

(―――それとあの岸田って野郎だ。同族嫌悪というワケじゃねーというと嘘になるかもしれねえが俺はあの野郎が許せねえ……!)
ふと脳裏に真琴が岸田に刺された光景がフラッシュバックする。
(………腸が煮えくり返ってしょうがねえ…!)
その光景や岸田の顔を思い出すたび内から怒りが込み上げてきた。
(あの野郎は絶対あの程度で引き下がるような奴じゃねえ……間違いなくこれから先も奴は他の参加者を殺したり犯そうと暗躍するはずだ………
そして……絶対に俺やこいつらの前に再び現れる………!)
高槻はちらりと目線を郁乃たちに向けた。
(―――ったく。こんな絶望的な状況の中でも僅かな希望の光を求め続ける……本当に馬鹿な連中だぜ。
だが、それに少なからず影響を受けてきている俺様……か。はっ。我ながら馬鹿馬鹿しい光景だぜ。
――――だけど、結構悪くねーじゃないの、そーいうのよ………)
高槻はふっと笑った。
それに気が付いた浩平たちが高槻に尋ねる。
「なんだ高槻? 急に笑ったりして」
「ほっときなさい。どーせまたやらしい妄想でも抱いていたんでしょ?」
「おいコラ。勝手に決め付けんな。俺様だって時には憂鬱に浸りたいときがあんだよ!」

(―――まったく…本当にしょうがねえガキどもだぜ。しょうがねえ…もうしばらくこいつらの面倒を見てやるか……)
高槻はそう決断するともう一度ふっと笑った。
(そして待ってやがれ岸田洋一…そして主催者ども……! テメーらはこの高槻様が直々にブッ潰す…!)
―――高槻自信はまだ気づいていなかったが、彼の心には確実に『正義』と属に呼ばれるものが生まれていた。

234秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:21:50 ID:aY1/vTkY



【時間:2日目・07:00】
【場所:E−8】

 正義の波動に目覚めはじめた高槻お兄さん
 【所持品:日本刀、分厚い小説、ポテト(光一個)、コルトガバメント(装弾数:7/7)予備弾(6)、ほか食料・水以外の支給品一式】
 【状況:外回りで鎌石村へ。岸田と主催者を直々にブッ潰すことを決意】

 小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、S&W 500マグナム(5/5、予備弾7発)、車椅子、ほか支給品一式】
 【状態:外回りで鎌石村へ】

 立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、ほか支給品一式】
 【状態:気絶(睡眠)中。今は浩平の背中に】

 ほしのゆめみ
 【所持品:忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:外回りで鎌石村へ。左腕が動かない】

 折原浩平
 【所持品1:34徳ナイフ、H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)。外回りで鎌石村へ】

235秘めていたセイギ(B−13):2007/01/08(月) 21:22:04 ID:aY1/vTkY
 藤林杏
 【所持品1:包丁、辞書×3(国語、和英、英和)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ほか支給品一式】
 【所持品2:スコップ、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
 【状態:外回りで鎌石村へ】

 ボタン
 【状態:外回りで鎌石村へ】

236犬猿:2007/01/08(月) 23:23:41 ID:tZx0fkHM
私は今、柳川さん、七瀬さんと一緒に氷川村に向かって歩いています。
ですが、問題が一つあります。

「貴様、随分と余裕なんだな。銃を全て他の者に渡すとはな」
「いいのよ。私はあなたと違って、人を殺すつもりなんてないんだから」
それにこっちの方が使い慣れてるしね、と七瀬さんは手にした日本刀をぶんぶん振りながら付け加えました。

「どれだけ腕に自信があるか知らんが、そのような物を振り回すのはあまり関心せんな。
それとも貴様の言う乙女とは、野蛮な女の事を指すのか?」
「っ――余計なお世話よ!」

……また始まりました。
さっきからずっとこの調子で、柳川さんと七瀬さんは事あるごとに衝突しています。

その度に私はフォローを入れるのですが、
「あのー……、もう少し仲良くなさっても良いのでは……」
「いくら倉田の頼みであろうとも、それは断る。この女とはどうも気が合わん」
「私もよ。そりゃ柳川さんは尊敬出来る部分もあるけど……何ていうか、ムカつくのよ」
「……」
こんな調子です。
これが犬猿の仲と言うものでしょうか。
先行きはかなり、不安です。


――事の顛末はこうです。

みさきさん達と別れた場所に戻ると、すぐに珊瑚さんが私達を呼びに来ました。
珊瑚さんの後に続いて民家に入っていくと、
みさきさん、それに私達がいない間に出会ったという北川さん、広瀬さんがいました。

237犬猿:2007/01/08(月) 23:25:33 ID:ThffvYok

「留美、どうしたのよ?そんな辛気臭い顔してるなんて、あんたらしくないわよ」
「うるさいわね、乙女にはたまに黄昏たくなる時があるのよ」
「まったまたー、冗談言っちゃって。どこの世界に、あんたみたいな乙女がいるのよ」
「な……何ですってーっ!」

……七瀬さんと広瀬さんはお知り合いだったようです。
七瀬さんは怒っていたけれど、心なしか少し元気になられたように見えました。
ですがいつまでもこうしてはいられません。
民家の一室で、私達は話し合いを始めました。

まず最初に北川さんから話を始めたのですが、その中の一つの話題に柳川さんが声を荒げました。
「くっ、そういう事か!」
「そうだ。【氷川村の宮沢有紀寧】が、【リモコン爆弾】と【人質の初音】を使って脅したんだと思う」
「人質を取られていたから、耕一さんはあんな事をしたんスね……」
「有紀寧ちゃんがそんな事をするなんて……」

耕一さんが豹変してしまった理由。
それがようやく分かりました。
春原さんの知り合いの、有紀寧さんという方に脅されていたのです……。
その後、藤田さんが思い出したように呟きました。

「それにロワちゃんねるの書き込みも……」
「ああ。るーも、宮沢有紀寧が犯人だと思う」
「その女……どこまで人の命を弄べば気が済むつもりだ……!」

耕一さんの事が余程悔しかったのでしょう、柳川さんは終始怒りを隠しきれない様子でした。
無理もありません、耕一さんは柳川さんと血の繋がった親戚だったのですから……。

238犬猿:2007/01/08(月) 23:27:50 ID:JQ0YZ9Ig


「現時点で俺達が知っている情報はこんだけだ。それじゃ俺達は出発させてもらうよ」
「何、もう行くのか?まだ俺達の知っている情報は一部しか話していないぞ」
「……柳川さんも分かっている筈だぜ?俺と真希には時間が無い、って事をな」
北川さん達の目的は、みちるさんという方を探す事。
そして春原さんが、みちるさんの行き先については知っていました。
みちるさんは、岡崎さんという方達と一緒に鎌石村へ向かわれたそうです。
ですが……その中の一人、伊吹風子さんの名前が、ロワちゃんねるの死亡者スレッドに載っていました。
きっと、何か良くない事があったのでしょう。
そのスレッドの最終更新時間は午前8時……今もみちるさんが無事という保障はどこにもありません。
真希さんが部屋を出て行こうとしたとき、七瀬さんがその背に向けて声を掛けました。

「真希!」
「どうしたの、まだ何か聞きたい事でもあるの?」
「……死なないでよ」
「大丈夫よ、私はあんたみたいにドジじゃないし」
「ちょ、喧嘩売ってんの!?」
「あははっ、そうカッカしない。あんたこそ、ヘマしないでよね」
真希さんはぐっと力こぶを作って見せてから、北川さんと一緒に部屋を出て行きました。


別れを惜しむ間も無く話し合いは続きます。
皆さん一人一人が、自分達のこれまでの経緯と集めた情報を話しました。
一通り情報を交換し終えると、皆さんが動き始めました。
浩之さんは、みさきさんと吉岡さんを連れて鎌石村役場に行く事になりました。
例の書き込みで引き起こされるであろう、戦いを食い止める為です。

239犬猿:2007/01/08(月) 23:29:31 ID:lxqDEFTg

「藤田、今からでは時間に間に合うか分からん。
途中の街道で待ち伏せされている可能性も考慮すると、走って行く訳にもいくまい」
「分かってるさ。それでも……人が殺されそうなのに、何もしないなんて御免だ」
「そうか。だがくれぐれも、早まった行動はするなよ」
……死亡者スレッドの中には、浩之さんの親友だという方の名前もありました。
その事が余計に、浩之さんを駆り立てているのでしょう。
目の見えないみさきさんを連れて行く事に、浩之さんは危険だと反対しましたが、
みさきさんは断固として譲らず、浩之さんの方が折れる形になりました。

珊瑚さんやるーこさん達は、CDを使った作業が安全に出来るよう、
村外れにある教会へと向かう事になりました。
村には人が集まる、裏を返せば危険な人達も集まりやすいという事です。
その点教会なら人目につかないし、何かが必要になればすぐに村に探しに行く事も出来ます。


――そして私達も民家を出発して、今に至ります。

「それで貴様、いつまで付いてくるつもりだ?」
「ずっとよ。あなたが森川由綺さんを殺したというのなら、いずれ藤井さんはあなたの前に現れる……。
私は絶対に藤井さんを止めてみせる」
「貴様にも事情はあるのだろうが、その男がもし俺達に武器を向けるようなら、俺はその男を殺す。
本気でその男を止めたいと思うのならば、そうなる前に何とかする事だな」
「殺す殺すって、あなたそればっかりね……」
「勝手に言ってろ、貴様とくだらん言い合いをするつもりは無い。
俺は宮沢有紀寧という女を殺し……まだ生きていれば、柏木初音を救う。立ち塞がる者は排除するだけだ」
「……それが、耕一さんとの約束なんですね」
「少なくとも、奴が一番望んでいる事なのは間違いない」
「そうですね……」

240犬猿:2007/01/08(月) 23:31:42 ID:xil/GRDE

この人は一人で全ての責任を負おうとしているのでは……。
不安を感じた私は、思わず柳川さんの腕を抱き寄せました。

「佐祐理も精一杯お手伝いしますから、どうか一人で全部、抱え込もうとしないでくださいね。
柳川さんは自己犠牲が過ぎる人ですから……」
「分かっている、俺とて一人では生きていけないからな」
柳川さんはそう言って、私の髪を撫でてくれました。
舞の事があって以来、柳川さんは私に対しては素直になってくれています。
それは本当に嬉しい事です。

ですが七瀬さんが、後ろでぼそっと呟きました。
「私がいるの、忘れてない?見られても良いんなら、構わないけどね」
「……ちっ」
柳川さんは恥ずかしくなったのか私の腕をほどいて、一人で前へ歩いていってしまいました。
七瀬さんは満足げに、してやったりという顔をしています。
「あ、あははー……」
私は苦笑いする事しか出来ませんでした。
前途、多難です……。

【時間:2日目12:30頃】
【場所:F-2(各自移動中)】

北川潤
【持ち物①:SPASショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
【持ち物②:スコップ、防弾性割 烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券 おにぎり1食分】
【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
【目的:みちるの捜索、鎌石村へ】

241犬猿:2007/01/08(月) 23:37:39 ID:DfDBQGB.
広瀬真希
【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)×2】
【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】

【状況:チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
【目的:同上】


春原陽平
【所持品1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2・他支給品一式】
【所持品2:鋏・鉄パイプ・他支給品一式】
【状態:全身打撲・数ヶ所に軽い切り傷、頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)、教会へ】
柚木詩子
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、包丁、他支給品一式】
【状態:千鶴と出会えたら可能ならば説得する、教会へ】
ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁・スペツナズナイフ
・他支給品一式(2人分)】
【状態:珊瑚達の所へ戻る、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み)、教会へ】
姫百合珊瑚
【持ち物①:デイパック、水(半分)食料(3分の1)、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:教会へ】


柳川祐也
【所持品:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)、日本刀、支給品一式×2】
【状態:左肩と脇腹の治療は完了したが治りきってはいない、肩から胸にかけて浅い切り傷(治療済み)、氷川村へ】

242犬猿:2007/01/08(月) 23:39:55 ID:lxqDEFTg
倉田佐祐理
【所持品1:舞と自分の支給品一式、救急箱、吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、投げナイフ(残り2本)】
【状態:苦笑、氷川村へ】
七瀬留美
【所持品1:日本刀】
【所持品2:スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン、支給品一式(3人分)】
【状態:氷川村へ、目的は冬弥を止めること。千鶴と出会えたら可能ならば説得する、人を殺す気、ゲームに乗る気は皆無】


藤田浩之
【所持品1:デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)、デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1】
【所持品2:ライター、新聞紙、志保の支給品一式】
【状態:守るために戦う決意、鎌石村役場へ】
吉岡チエ
【所持品1:投げナイフ(残り2本)、救急箱、耕一と自分の支給品一式】
【所持品2:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)】
【状態:鎌石村役場へ】
川名みさき
【所持品:護の支給品一式】
【状態:鎌石村役場へ】

【備考:北川と広瀬は、平瀬村の戦いの顛末とみちるが鎌石村に向かった以外の情報を聞いていない、
この話の登場人物全員が、有紀寧の外見の特徴を陽平から聞いている】
→616
→629

243かるくヒネるのだ:2007/01/10(水) 18:57:32 ID:c/TFTwi2
芳野祐介は、長森瑞佳を自分の背に隠れるように手で合図を送る。芳野の見る限り、瑞佳に戦闘能力があるとは思えない。――最も、芳野は戦闘をさせる気などまったくなかったが(女の子なんだ、当然だろ?)。
「そこに隠れているのは分かっている、出てくるんだな」
デザートイーグル(50.アクションエキスプレスって奴だ)を慎重に構えて何者かが隠れている木の陰に向かって、再度警告する。
「――お前はこれに乗っているのか? 乗ってないなら出て来い」
呼びかけるも、返答はまたしても無言。よほど警戒しているのか、それともこちらの警戒が切れるのを待っているのか。――だが、芳野としてはこの膠着は好ましくない。
第三者に絡まれたら隠れている相手とは違い、見をさらけ出しているこちらは間違いなく蜂の巣になる。
「長森。一歩づつ下がるんだ。逃げるぞ」
相手に聞こえないよう、囁くように耳打ちする。
「え? で、でも…まだ相手の人がどんなのか分からないですし、ただ怯えているだけなのかも――」
「そうかもしれない。だが、そうじゃないかもしれない。だから安全策を取る」
こちらの残弾が少なすぎる以上、戦闘は極力避けたい。押し出すようにして、瑞佳を一歩づつ下がらせ始めた。
「それは困るなぁ」
ひゅっ、と空気を裂く音がしたかと思うと、瑞佳の足元に何かやけに角張った木の枝のようなもの(ボウガンの矢だ)が突き刺さっていた。
「なっ…」
驚く間もなく、今度はナイフらしいものが眼前に迫ってきていた。避けなければ当たる、と思ったがそれでは長森に当たってしまう。
やむなく、芳野は瑞佳を思いきり突き飛ばした。直後、突き飛ばした左腕に誤ってコンパスを突き刺したかのような痛みが襲う。当然ナイフが当たったからだった、クソ――
「お前っ!」
デザートイーグルのトリガーを引き絞る。片腕で撃ったために50口径ならではの凄まじい反動が芳野の体を痛めつける。

244かるくヒネるのだ:2007/01/10(水) 18:58:56 ID:c/TFTwi2
何のこれしき。愛する公子さんを失った痛みに比べれば――
「ファイトォー、いっぱぁーつッ!」
そして雄叫びと共にナイフ(投げナイフだった、サーカスで使うような)を引き抜いた。ぶしゅ、と血が少し吹き出したが刺さった時より痛くない。
一方の敵、朝霧麻亜子と言えば、当然苦し紛れに撃った芳野の弾丸が当たるわけもなく、それどころか既にボウガンに矢を装填して腰だめに構えていた。
「ひゅー、やるねぇお兄さん。でもねぇ、甘いんだよなぁコレが」
タン、と軽い音がして二本目が発射される。来るか! と芳野は思ったが、向きが妙な方向を向いていた。芳野の方向では無い。
「え…?」
麻亜子が狙ったのは、武器を持つ芳野ではなく無防備かつ芳野に突き飛ばされてバランスを崩している瑞佳だった。
「あっ」
――だが、助かったのは瑞佳だった。意図に気付いた芳野が、デザートイーグルを地面に放り出して瑞佳を逆に引っ張ったのだ。間一髪で、矢は瑞佳の横をすり抜けるだけに終わる。
「なんとっ!?」
麻亜子は驚くが、再び矢を装填する。これくらいは予想の範囲、とでもいうように。
「お前っ、どうしてこんなことをする!?」
装填している麻亜子に向かって芳野が叫ぶ。麻亜子は何をいまさらというように気だるげに言った。
「――当然、このゲームに優勝するためさね」
半分予想通りの答えだったが、やはり聞くと失望を持たざるを得ない。無駄だとは分かっていながら、芳野は説得を試みる。
「そんな下らないことを何故する。自分自身のためか」
「心外だねぇ、あたしがそんな人間に見えると思うかい? …って、そんな人間に見えるから言ったか。いちおー言い訳しとくけど、あたしにはそんなつもりはない。ある人のためさ。その人にはそうしても死んで欲しくないんだ、あたしは」
装填し終え、ボウガンを向ける麻亜子。しかし芳野は怯まず言葉を続ける。
「――そいつは、お前の愛する人か」
「愛する…美しー言葉だね。今のあたしとは無縁な言葉だけどさ。ま、そーだよ。
――世界で一番、失いたくない人だよ」
最後の方は、ちょっぴり悲しそうに麻亜子は言った。

245かるくヒネるのだ:2007/01/10(水) 18:59:41 ID:c/TFTwi2
「なら、お前は愛する人の為にこんなことを続けているのか。それも一つの愛ではある…だが、それは貧しい愛だな」
「ふん、何と言われても構わないよ。自己満足でもいい。憎まれてもいい。でも、これだけは譲れない。…だれにも分かってもらえなくてもいいんだ、この愛は」
「分かった、認めよう。だがな――本当に愛する人のためを思うなら…まずその人を『泣かせない』ことが重要だと思うぞ!」
いつのまにかデイパックに手が伸びていたことに、麻亜子は気付かなかった。気付いてボウガンを構えたときには、既に直線上にデイパックがあった。
避けて再び構えなおそうかとも思ったが、芳野と瑞佳の姿は遮蔽物のさらに多い森の中へと消えていた。
「ちぇ…」
舌打ちする麻亜子。芳野が言った最後の言葉で麻亜子の頭に友人を失って泣き崩れるささらの姿を、ちらりとでも思い浮かべてしまったのが失敗だったかもしれない。
「どーも言葉を交わすと感情的になっていけないね、あたしは」
…だが、芳野の言葉にはまるで歌詞のような、心に響く詩的なものがあった。
日常の中で、もしも彼と知り合えていたら思う存分愛について語り合ったに違いない。
芳野のデイパックから水と食料を回収する。
「――お?」
それと、芳野が瑞佳を助けるために投げ出したデザートイーグルを発見する。
「お客さんお客さん、落とし物はいけませんよ――特に、こんな落し物はね」
拾い上げて、ボウガンの代わりに手に持っておく。
ボウガンの矢二本と投げナイフ一本で銃を一丁お買い上げ。え、安過ぎるって? なになに、人生最後のお買い物ですから――サービスサービス。
「――まだ死なない。あたしは絶対に負けるわけにはいかないからな」
それから疲れを取るために奪った食料と水で腹を満たしてそれから立ち去ろうとした時、不意に何者かが現れる気配がした。
「むむっ! 敵襲かっ」
「ま、待てっ! 撃つな、今はやりあう気は無い」

246かるくヒネるのだ:2007/01/10(水) 19:00:33 ID:c/TFTwi2
茂みに隠れているせいで誰かは分からないが、声から麻亜子は男のものだと判断する。
けど、そんなこと言われてもねぇ。撃っちゃおーか? こっちはやる気マンマンだし。…いや、ここはあたしお得意のだまし討ちに出るとしますか。何せあたしは卑怯の女神と言う称号を…って、いらんわーっ!
心中でノリツッコミをしつつ、極めて冷静を装って麻亜子は答える。
「…よぉーし、ならば出てくるがよい。敵さんでないならあたしは大歓迎だよ」
デザートイーグルを下ろして(フリだよ、フリ)、相手が出てくるのを待つ。
果たして茂みから出てくるのは一体誰でしょうねぇ?
「こっちの方角から銃声がしたから来てみたんだが…少し遅かったようだな」
――茂みから現れたのは、巳間良祐だった。
     *     *     *
「ほうほう、それではお兄さんはもうやる気がなくなったというのかね?」
地面に座りこんで歓談する麻亜子と良祐。いずれ殺すつもりだったが情報くらいは手にいれておいても損じゃないだろう、と麻亜子は思ったからだった。
「まあな。…というより、武器が無くなったからという方が正しいかもしれんが」
「それにしても吊られていたなんて…これぞまさしくハングドマン」
「放っといてくれ。それより、銃声がしたんだが、お前が撃ったのか」
麻亜子のデザートイーグルを見ながら良祐が言う。
「んー? そうだけど、正当防衛さっ。いきなりこんな、か弱いいたいけなお年頃のおにゃのこを襲ってきたもんだから…ううっ、貞操のピンチだったんだぞっ」
よよよと涙で袖を濡らしながら(これも演技。我ながら上出来っ)、理解を求める麻亜子。
「か弱い…そうは見えんがな」
「キミも人を見る目がないねぇ。どんだけあたしが必死こいて追い返した事か。赤塚不二夫マンガに出てくる警官みたいに撃って撃ちまくったんだから」
「…の割には、銃声は一発しか聞こえなかったが」
「そりゃ聞こえなかっただけでしょ。耳遠いんじゃないのかーい? いい医者紹介するよ」

247かるくヒネるのだ:2007/01/10(水) 19:01:26 ID:c/TFTwi2
天国――いや、三人も殺したんだから地獄か――でだけどね。
良祐は、まあどうでもいい事か、と呟いて立ち上がる。
「俺はもう行く。調べたいことがあるんでな」
おっと、逃がしゃしないよ――麻亜子は慌てた風を装って(我ながらホレボレするねぇ。ハリウッドでも狙っちゃおうかな)、良祐を呼び止める。
「ちょ、ちょっとちょっとお兄さん。武器もなしに一人で行く気かな? 危ないんじゃないのー?」
良祐は一瞬動きを止めたが、すぐに麻亜子に向き直って言う。
「群れるのは好きじゃない。武器はないが、人目は避けていくさ」
「それにしても、身の安全は考えるべきだと思うぞっ。あたしの武器、貸してあげるからさ」
良祐は驚き、それから信じられないというような目で麻亜子を見た。
「――ここは殺し合いの場なんだぞ。貴重な武器をやるなんて何の考えだ」
「ま、ま。武器っても大したものじゃないんだ。ボウガンなんだけど、矢も残り少ないし、あたしも何回か撃ってみたけどぜーんぜん当たんないし。おまけに結構重たいのよね、コレ。
けれども捨てるわけにもゆかず、まさしく宝の持ち腐れなり。ってなわけで、お兄さんにプレゼントしちゃおうってコトさっ」
まだ疑わしげな顔をしている良祐だったが、貰えるものは貰っておこうという考えなのか分かった、と首を縦に振った。
「おおっ、サンキューヨンキューシャ乱Qー! そいじゃー出すからねー」
麻亜子は置いてあったデイパックからボウガンを確認する。オーケイ、矢はちゃあんと装填されてるね。それじゃプレゼントターイム。
麻亜子は素早く取りだし――そして、完全に麻亜子の言動からコイツはただのお人好しだ、と油断していた良祐に向けて、軽くトリガーを引いた。
距離にしてわずか数十センチ。麻亜子が発射したと認識したときには、既に矢は良祐の腹部に突き刺さっていた。がはっ、と反吐を吐いて良祐がよろめく。
「どうこのプレゼント? 喜んでもらえたかなぁ?」
満面の笑みを浮かべて麻亜子は言った。
「き…貴様っ…」
充血した目で、それでもなお良祐は麻亜子を睨みつける。
「騙し煽り裏切りはこの島じゃ当たり前ー。悲しいけど、これって戦争なのよね」

248かるくヒネるのだ:2007/01/10(水) 19:02:32 ID:c/TFTwi2
大げさに肩をすくめてやれやれと呟く。
やがて立つ力さえも維持できなくなった良祐は、よろよろと木にもたれ掛かって腹部を抑える。
「くそっ――結局、殺人を犯した者の末路はこんなものか…」
皮肉げな口調。それは自身に向けたものか、麻亜子に向けたものか。
しばらく荒い呼吸を繰り返していたものの、それも徐々におさまっていき――そして、息をしなくなった。
それを見届けて、麻亜子は改めてボウガンに矢を装填してからデイパックに仕舞い直した。
「ま、お兄さんの不幸はやる気がなくなっちゃったことだね。目的のない奴って死にやすいもんなの。コレ、世界のジョーシキ」
デイパックを担いで、麻亜子は歩き出した。

【時間:2日目・午前7:20】
【場所:F−7】
芳野祐介
【所持品:投げナイフ、サバイバルナイフ】
【状態:逃走、左腕に刺し傷】
長森瑞佳
【所持品:防弾ファミレス制服×3、支給品一式】
【状態:芳野と逃走】
朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(3/7)、ボウガン、バタフライナイフ、支給品一式】
【所持品2:ささらサイズのスクール水着、芳野の支給品一式(パンと水を消費)】
【状態:マーダー。現在の目的は貴明、ささら、生徒会メンバー以外の排除。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。スク水の上に制服を着ている】
巳間良祐
【所持品:支給品一式】
【状態:死亡】

【備考:B-10】

249無力:2007/01/10(水) 21:16:18 ID:gvjemA22
「―――!」
有紀寧は息を飲んだ。
予定外の出来事が起きてしまった。
祐介は人を連れてきてしまったのだ。それも、二人も。
「長瀬さん、その人達は―――」
「外で出会ったんだ。大丈夫、二人ともゲームは乗ってないから」
予想通りの答えに、有紀寧は頭を抱えたくなった。

全くこのお人好しは……まるで話にならない。
祐介が外に出てから戻ってくるまで三時間足らず…その程度の長さの付き合いで、何が分かるというのか。
祐介と違って連れの二人は警戒心丸出しでこちらを観察している。
それが正常、このゲームでは当たり前の行動なのだ。
だが祐介の手前門前払いにする事は難しい。

「そうですか……ではお近づきの印に、ご一緒にお食事しませんか?」
有紀寧は柔らかい笑顔でそう切り出した。
まずは次の策を講じる時間が必要だった。







250無力:2007/01/10(水) 21:17:42 ID:gvjemA22

一同は一つのテーブルを囲んで座っている。
有紀寧はそれぞれの様子を注意深く観察していた。
「お味はどうですか?」
「うん、なかなかイケるわよ」
「ふふ、ありがとうございます」
郁未はごく自然な態度で、勢いよくピラフを頬張っていた。
まるで警戒する風は無い……彼女も祐介と同じお人好しなのかも知れない。
だが出会った時に感じたあの鋭い視線。何かが引っ掛かる。

祐介も特に変わった様子は見せず、同じように食事を取っている。
こちらはもうただの馬鹿に過ぎないという事が分かっている。
椋は何とか料理を口にしているものの、まるで何かに怯えているような感じだった。
ここに来るまでに何かあったのだろうか?
まあ、自分にはどうでもいい事だったが。

初音は……落ち着き無く視線を泳がせ、まともに箸をつけていなかった。
リモコンの事を話そうか話すまいか迷っているのだろう。
有紀寧が制すように睨み付けると、初音は慌てて目を逸らした。
自分の正体がバレてしまう時ももう遠くない、と有紀寧は思った。
初音の性格上、保身の為に黙秘を続ける事は期待出来ない。
観察を終えた有紀寧は素早く次の策を頭の中で構築していった。
そしてそれはすんなりと成し遂げる事が出来た。
警戒すべき対象は、もう一人に絞れていたから。

251無力:2007/01/10(水) 21:18:38 ID:gvjemA22
―――そして、転機は思ったよりも早く訪れた。
「あれ?初音ちゃん、どうしたの?」
「………」
祐介が初音の異変に気付いたのだ。
よく見ると、初音の体は小刻みに震えている。
自然と周りの視線が初音に集中する。
だがこれは想定内の事態、慌てる必要は無い。
有紀寧は落ち着いた動作で、ポケットの中身を確認していた。
「……駄目」
「え?」
初音が下を向いたまま声を絞り出した。
他の者達はまだ初音の異変の原因が分かっていない。
全ての事情を知っている有紀寧を除いて。
もう、この先の展開は考えるまでもない。
ポケットの中のリモコンを握り締め―――
「みんな、今すぐここから逃げて!」
「初音ちゃん、一体何を……」
「―――そこまでです」

有紀寧が初音の言葉を遮るのとほぼ同時。
郁未の首輪が、赤く点滅を始める。
有紀寧は郁未の首輪に向けてリモコンのスイッチを押していた。
その事に気付いた郁未が、毒々しげに舌打ちをする。
「く!……マズったわね」
「ゆ……有紀寧さん、何を……?」
「何をされたか、郁未さんだけはお分かりのようですね。私の勘に狂いはありませんでした」
郁未を狙ったのは、この中で唯一得体が知れない何かを感じさせる人物だったからだ。
いち早く有紀寧の行動の意味に気付いたあたり、狙いは正しかった事が分かる。

252無力:2007/01/10(水) 21:20:12 ID:gvjemA22
「動かないでくださいね。このリモコンで天沢さんの首輪の爆弾を作動させました……初音さんの爆弾ももう作動済みです。
動けば彼女達の爆弾をすぐ爆発させますので」
その一言で有紀寧以外は動くに動けなくなってしまった。

一番得体の知れない郁未は自身の命が握られてる以上動けない。
今にもこちらに飛び掛らんと殺気を放ってきてはいるが、ボタンを押すより早く掴みかかるなど不可能だ。
椋にはこの状況で動くような度胸は無いだろう。
見れば、ただ震えているだけだ。
お人好しの祐介や人質に過ぎない初音も問題にならない。

「さて、ここまでは予定通りですが……、これからどうしたものですかね」
有紀寧は相変わらず笑顔のままだった。
その笑顔には一点の曇りも狂気も感じられない。
女優顔負けの、完璧な笑顔だった。
「ま、まさか……。有紀寧さん、ゲームに……?」
もう疑う余地は無いのだが、それでもまだ祐介は認めていなかった。


有紀寧さんは、有紀寧さんは……。
笑顔がよく似合う子だった。優しい子だった。
僕達の為に料理も作ってくれて、放送があった時には一緒に悲しんでくれた。
そんな有紀寧さんがゲームに乗っているだって?
ハハ、冗談はよしてよ。こんな冗談、全然面白く無いよ?


――しかし、現実は無情なもので。

253無力:2007/01/10(水) 21:20:54 ID:gvjemA22
「ええ、乗っていますよ。詳しい事は後で初音さんに聞けば分かるかと」
祐介が目を向けると初音は今にも泣き出しそうな顔で震えていた。
祐介は、有紀寧の言葉が嘘偽りで無いと認識する他無くなった。
「大勢で組んで向かってこられたら厄介ですし……。一人か二人、死んでもらうべきでしょうかね?」
ショックを受ける祐介を尻目に、有紀寧が淡々と告げる。
だが有紀寧以外にも冷静な思考を保っている者が、この場に一人存在した。

「―――待ちなさい」
「何ですか天沢さん?命乞いなら聞きませんよ?」
有紀寧が訝しげな顔になる。
だが、郁未の考えていた事は命乞いなどではなかった。

郁未は鞄の中から黒いノートを取り出した。
「これ、何だか分かるかしら?」
「……ただのノートでは?」
「それが違うのよね――――これを見てみなさい」
郁末は表紙の裏を開いて見せた。
すると有紀寧は口をぽかんと開いて固まった。
有紀寧にはそこの最初の一文が何と書かれてあるかすぐに分かった。

「ま、まさか―――」
「そう。これは死神のノート。人の名前を書くだけで殺せるノートよ」
「まさか……そんなものが……」
「このノートに本当にそんな力があるかどうかはまだ分からない。でも、今なら丁度良いモルモットがいるじゃない」
「―――なるほど」
そう。あれこれ考えるよりも試した方が早いし確実だ。
有紀寧と郁未は二人揃って歪んだ笑みを浮かべた。

254無力:2007/01/10(水) 21:22:10 ID:gvjemA22
「今あなたが私の首輪を爆発させれば、このノートも一緒に吹き飛んでしまうかもしれない。
貴女にとってもこのノートは強力な武器になるし、それは避けたいでしょ?
そこで交換条件よ。このノートの効果が本物なら私と協力して人を殺しましょう」
「……解せません。生き残れるのは一人、私が貴女を生かすとでも?」
疑うように―――事実疑っているのだが、怪訝な顔をする有紀寧。
しかし郁未もその辺りの事は考えている。
「分かってるわ。最後の二人になったら私を殺して、主催者の褒美で生き返らせてくれればそれで良いわ。
そのリモコンだけで戦い続けるより、優勝出来る見込みはうんと高くなると思うけど?」
「成る程―――良いでしょう。私としては、生きて帰れさえすれば褒美なんてどうでも良いですから」
「話が分かるわね。じゃ、早速実験を始めましょうか?」
「そうですね。では……まず藤林さんをそのノートで殺してもらいましょうか」
「オッケーよ」
まるで友達と遊びに行く約束でもするかのように軽い調子で恐ろしい事を言ってのける。
祐介は二人のあまりの豹変ぶりに驚きながらも、精一杯声を張り上げて意見を挟んだ。
「有紀寧さん、郁未さん、何を考えてるんだ!本気でそんな事言ってるのか!?」
「ほとほと長瀬さんには呆れさせられます。これまでのやり取りが、冗談で行なっていたとでも?」
「全く、本当に馬鹿ね……。そんな事だから、良いように使われるのよ」
交渉の余地などどこにも無い。
二人はあっさりと祐介の意見を受け流した。

(そうか……。二人ともこの島の狂気に溺れてしまったんだね……)
瑠璃子への異常な愛情のあまり狂ってしまった月島拓也のように。
有紀寧も郁未もこの島の環境に耐えられず、冷静に狂ってしまったのだろう、と祐介は考えた。
今までやり取りも全ては狂気を覆い隠す為の演技でしか無かったのだ。
なら……現実を認めて、今やらないといけない事をしよう。

255無力:2007/01/10(水) 21:23:00 ID:gvjemA22
「……なら、せめて、僕を実験台にしてくれ」
「―――は?」
「聞こえなかったかい?僕を実験台にしてくれ、と言ったんだ」
「祐介さん!?」
「祐介お兄ちゃん!?」
突然の提案に、この場にいる全員が驚きを隠せない。
祐介は項垂れながら話を続ける。
「椋さんをここに連れてきてしまったのは僕だ……。馬鹿な僕に巻き込まれただけの椋さんが殺されるのは嫌なんだ」
「本当に馬鹿な方ですね……。良いでしょう、では貴方から死んでください。さあ天沢さん、お願いします」
「ええ、任せといて。こんな偽善者には虫唾が走るしね」
「しかし……必要なのは、名前だけなんですか?それが本当なら、ゲームはそのノートと名簿さえあれば優勝が確定する事になります。
もう私達は死んでいるはずです」
「うん、それが問題なのよ。どうやらこのノートで人を殺すには、対象の顔も知っておく必要があるみたいでね。
そこまで甘くは無いってワケよ」

相手の顔が必要―――その言葉を聞いた椋の体が、ピクリと硬直した。
全員の様子に細心の注意を払っていた有紀寧がそれを見逃すはずもない。
有紀寧の鋭い視線が椋に向けられる。
椋は悲鳴を上げてしまいそうになった。
「……ちょっと待ってください」
「どうしたの?」
「いえ……念の為、藤林さんの鞄の中身を調べようと思いまして。
藤林さん、テーブルの上に貴方の鞄を置いてください。拒否権が無いのは、分かりますよね?」

(私、どうしたらいいの…………?)
椋は大量の冷や汗を掻いていた。
今鞄を渡せばどうなるかは明らかだった。
しかし―――渡さなければ今すぐ死ぬ事になる。
結局椋は素直に鞄をテーブルの上に置いた。
有紀寧はその中身を漁り……やがて、今の自分に一番必要な物を見つけ出した。

256無力:2007/01/10(水) 21:23:52 ID:gvjemA22

「……お喜びください、天沢さん。そのノートが本物なら、私達は生きて帰れます」
「え?」
「―――参加者全員の、写真つき名簿です」
「…………アハハ、アハハハハハッ!これは良いわ、なんてラッキーなの!」
郁未は自身の命も有紀寧に握られている事を忘れ、高笑いした。
有紀寧も同じように笑っている。
作り笑いでは無い本心からの笑み―――しかし、不気味な笑みだった。


(なんて事だ……)
祐介は絶望に打ちひしがれていた。
この島にいる全員の命が有紀寧に握られてしまった可能性があるのだ。
可能性が現実のものとなった時、有紀寧以外の参加者は死に絶える(実際にはロボットや本名が名簿に載っていない者は死にはしないのだが)。
そして―――栄えある犠牲者第一号は、自分だ。

崩れ落ちそうになる祐介をよそに、郁未は鉛筆と名簿を取り出した。
ノートに名前が一文字一文字、ゆっくりと書き綴られていく。
死神のノート……あまりにも現実離れしている。
しかしこの島は常識で計りきれない面がある、100%偽物であるとは断定出来ない。
本物なら、祐介は何らかの変調を起こし死ぬ。
全員の注意は自然と祐介に集中する。
―――あの有紀寧の注意すらも。
それは、最初で最後の好機に"見えた"。


瞬間、郁未は駆けた。
この時を待っていたのだ。
褒美なんて不確かなものに生死を任せるなんて冗談じゃない!

257無力:2007/01/10(水) 21:25:33 ID:gvjemA22
制限されているとはいえ、郁未は不可視の力の持ち主。
隙さえ作れればそこを突く事など容易い。
「つっ!?」
郁未は一瞬にして間合いを詰め、有紀寧のリモコンを持つ手を蹴り飛ばしていた。
リモコンは有紀寧の手を離れ、宙を舞う。
この状況でリモコンの奪取に固執する事は下策に過ぎる。
人を殺す手段は、首輪を爆発させる以外にも幾らでもあるのだから。
郁未は鞄から素早く包丁を取り出した。

「死になさいっ!」
振るわれる包丁は有紀寧の喉を貫かんと唸りを上げ―――
一つの銃声が響いた。

「がっ!?」
困惑の色の混じった呻き声が、聞こえた。
「―――天沢さん。貴女は二つ、愚を冒しました。第一に、貴女は殺人に対して躊躇いが無さ過ぎた。
そんな貴女が襲い掛かってくる事くらい簡単に予想出来る事です。そして第二に―――」
包丁は有紀寧を切り裂くまで後少しという所で止まっていた。
それ以上刃先が進む事は無く……郁未の体がどさりと崩れ落ちた。

「貴女の見積もりは甘かった。切り札は、ぎりぎりまで取っておくものです」
有紀寧の手に、銃が握られていた。
コルトバイソン―――大型の回転銃だ。
ポケットに隠されていたのは、リモコンだけでは無かったのだ。
どうやってこのような物をポケットの中に入れていたのか。
彼女は料理を作ってる間に、ポケットに銃が収めきれるよう、銃身のみを通す穴をポケットの底に開けるという細工をしていた。
いざという時に備えて、切り札はすぐに使えるようにしておかねばならないからだ。
それが早速、役に立った。

258無力:2007/01/10(水) 21:26:38 ID:gvjemA22
(後一歩だったのに―――間抜けね……)
郁未の腹から血が留まる事無く流れ出す。
(色々あったわね……。 始めに葉子さんと出会って。
あの時の葉子さんの提案、傑作だったわね、あはは……。
その後は芳野祐介に返り討ちにされて。
くそっ、結局借りは返せなかったわね……。
クラスAが、聞いて呆れるわ……。
ああ、意識が朦朧と……してきたわね……。
葉子さん…………少年。あんた達は私みたいにドジったら駄―――)
そこで、天沢郁未の思考は途切れた。
有紀寧が拾った包丁が、郁未の首を貫いていた。



「全く、無駄死にもいいとこですね。どうせ私を殺しても、助かりはしないというのに……」
「……どういう事だ?」
「言葉の通りです。作動した爆弾はこのリモコンでは解除する事は出来ませんから」
「―――!?」
「ああ、勘違いしないでくださいよ?解除する機械はあります。
ですが―――それは別の場所に隠してあります。そして私しかその場所は知らない、故に貴方達は私を殺せない。
反撃を警戒するなら、当然の措置でしょう」
それは完全に出鱈目だったが、その正否を祐介達に確認する手段は無い。
何とか有紀寧の隙を突いて殺害したとしても、首輪の爆弾が解除出来なければ初音と耕一は助からない。
祐介達にとっては、一か八かで動くにはリスクが大きすぎる。

259無力:2007/01/10(水) 21:27:54 ID:gvjemA22
「では実験を再開しましょうか。安心してください、これが本物なら私の優勝は決まったようなものです。
主催者の言う褒美が本当なら、後で貴方達だけは生き返らせてあげます」
「有紀寧お姉ちゃん……?私達だけって……他の参加者の人達は……?」
「―――耕一さんが今頃私の事を言いふらしているかもしれません。
折角優勝したのに、知らない人にいきなり後ろから刺されては堪りません。
ですから、人畜無害な貴方達以外をわざわざ生き返らせる気はありませんよ?」
有紀寧は既に生きて帰った後の保身も計算している。
この島で自身が行なったのはまさに悪魔の所業だ。
自分への恨みを持った人間を生き返らせてしまっては、復讐の対象にされるかも知れない。
当然他の参加者達も―――そして、本当は祐介達も生き返らせるつもりは無かった。
褒美が本当だったのなら有紀寧の望みはたった一つ、今は亡き兄を生き返らせてもらう事だけだ。
もっとも、そのような甘い話に多くは期待していなかったが。


祐介が有紀寧を睨んでいた。
お人好しの彼が初めて見せる、明確な殺意。
有紀寧はその視線を受け流しつつ、ノートを拾い上げる。
「……有紀寧さん―――いや、有紀寧。お前は自分さえ良ければ、それで良いのか?」
「はい、そうですよ。この島のルールに則るのならそれが自然な姿勢です」
「本当にお前は……それで満足なのか?」
「ええ、生きて帰れさえすれば満足です。では―――さようなら、”祐介お兄ちゃん”」
有紀寧はにやっと笑ってそう吐き捨てると鉛筆を手に取った。

260無力:2007/01/10(水) 21:28:42 ID:gvjemA22
完璧な流れだった。
リモコンのターゲットに郁未を選んだのも。
彼女の反撃を予測していつでも反撃出来る心構えをしていたのも。
もし他の者をターゲットにしていたら、油断していたら、きっと殺されていただろう。
運もあった。
まさかこんなノートがあるとは思わなかったし、お誂えむきに写真まで手に入った。
このノートが本物なら、これで生きて帰る事が出来る。
褒美が本当なら死別した兄との再会すら果たす事が出来るのだ。
これで……全てが終わる。

そう有紀寧が考えた時にこそ、見せ掛けではない本当の意味での隙が初めて生まれた。
有紀寧の目にはノートしか映っていない。
「させませんっ!」
「!?」
ノートが、取り上げられていた。
開いた有紀寧の視界に入ったのは祐介でも初音でもなく―――
「藤林さん……!?」

有り得ない―――理解出来ない。
この女は今まで何もしなかった。
警戒する価値もない、一番脆弱な相手。そう判断していた。
ただ怯えているだけだった女。あの初音ですら少しは自分を咎めていたというのに、この女は何もしていない。
お人好しの祐介や初音にも劣る臆病者に過ぎぬこの女が何故こんな蛮行を!?

261無力:2007/01/10(水) 21:29:51 ID:gvjemA22



狼狽する有紀寧とは反対に、椋は止まらない。
「長瀬さん、これを!」
ノートを後ろにいる祐介に向かって投げ渡す。
もしこのノートが本当に死神のノートなら、この世にあってはならないものだ。
姉や朋也があんな訳の分からない物で命を奪われるなど想像したくもない。

次に椋は有紀寧を制圧しようと振り返り―――
「―――調子に乗らないでください」
銃声。
強烈な衝撃と共に、椋の胸から鮮血が噴き出した。
「う……あ……」
噴き出しているのは鮮血だけでなく、彼女の命そのもの。
急激に力を失っていく椋は、重力に逆らえなくなり地面に倒れた。


有紀寧は自身が手にしかけていた優勝のチケットの行方を追った。
そして、見た。
「あああああああっ!?」
ノートは激しい火を上げて燃えていた。
祐介が持っていたライターで火を点けたのだ。
ノートの材質が紙なのかそれとも別の何かなのかは分からない。
しかし、火は異常な速度で燃え上がっていた。
有紀寧は慌てて机の上のヤカンに入れてあった茶をかけ鎮火したが、もう遅い。
後に残ったのは、ただの灰だけだった。



262無力:2007/01/10(水) 21:31:07 ID:gvjemA22





椋の息が小さくなっていく。少しずつ、胸の鼓動が緩慢になっていく。
「椋さん、しっかり!」
祐介はただ叫ぶ事しか出来なかった。
「祐介さん……ノートは……?」
何とか口を開いて、それだけ尋ねる。
「……安心して。ちゃんと処分しておいたよ」
「そうですか……良かった……」
椋は血に塗れた唇で、笑みを形作った。

祐介は目から涙が零れそうになるのを抑えながら、一番の疑問を口にする。
「どうして、こんな事を?」
分からなかった。どうして椋が突然、あんな行動を取ったのか。
何もしなければ―――少なくともすぐに椋が死ぬ事は無かった。
もしノートが偽物なら、十分生き残るチャンスはあっただろう。
どうしてそのチャンスを捨てるような真似をしたのか。

「祐介さんが……私を、庇ったから、です」
「……え?」
気を抜けば今にも閉じてしまいそうな目蓋を気力で支え、祐介の目を見つめながら。
「祐介さんや佐藤さんがお人好し過ぎるから……私も真似、したくなっちゃいました……」
「椋さん……」
「ごめんなさいお姉ちゃん、先に逝くね……。祐介さん達も、どうか最後まで諦めずに生きて……」
「……うん。やれるだけやってみるよ」
そう言って、強く手を握った。その言葉を聞いた椋は満足げに微笑み、目蓋を閉じた。
祐介が横を見ると同じように涙を堪えている初音がいた。

263無力:2007/01/10(水) 21:32:46 ID:gvjemA22
その小さい体を抱いて―――
「うわああぁぁっ!」
祐介はようやく、涙を流した。









それから少しして背後から冷ややかな声が聞こえた。
「……やってくれましたね」
声の主は確かめるまでも無い。
祐介は拳を握りしめながらゆっくりと立ち上がった。
頬を伝うは涙―――もう、怒りと悲しみを抑える事など出来なかった。
「ならどうする。僕を殺すか?」
「―――いいえ。簡単に楽にはしてあげませんし、ノートが無くなった以上その余裕もありません。
祐介さんには私の護衛をしてもらいます。逆らえば初音さんとそのお兄さんがどうなるか、分かりますね?」
「……後悔する事になるぞ。僕はお前を絶対に許さない」
「引き換えに初音さんが死んでも良いのならどうぞ。どんなに私を憎もうとも貴方が私を殺せないのは分かっていますよ?」
「……悪魔め」
「私は生き延びる為なら悪魔にでもなります。さて、銃声を聞きつけて人が集まってきたら厄介ですし少し場所を移しましょうか」
人の命を次々に奪ったこの悪魔を前にして、自分は何もする事が出来ない。
祐介は悔しそうに有紀寧を睨み付けた。
そこで、祐介はある考えを思いついた。
電波で有紀寧を操れば……。
そうすれば、何とかなるんじゃないか。
この悪魔に対して電波を使う事には何の罪悪感も感じない。

264無力:2007/01/10(水) 21:33:42 ID:gvjemA22


(壊れろ……壊れろ、壊れろ、壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ、壊れてしまえぇぇぇぇぇっ!!)
祐介はありったけの憎しみと狂気を籠めて電波を生成し、有紀寧にぶつけた。
本来なら周囲一帯の人間全てを壊してしまうくらいの電波が放たれていただろう。

しかし、それが有紀寧に変化をもたらす事は無い。
制限されている電波では、この悪魔の精神には通じない。
(くそ……くそぉぉぉぉぉ!!)
やり場の無い怒りに歯をギリっと噛み締める。
―――無力だった。


【時間:2日目正午頃】
【場所:I−6】
宮沢有紀寧
【所持品①:コルトバイソン(4/6)、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】
【所持品②:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】
【状態:前腕軽傷(治療済み)、少し移動】

柏木初音
【所持品:鋸、支給品一式】
【状態:精神状態不明、首輪爆破まであと20:45、有紀寧に同行(本意では無い)】

長瀬祐介
【所持品1:包丁、ベネリM3(0/7)、100円ライター、折りたたみ傘、支給品一式】
【所持品2:フライパン、懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手、支給品一式】
【状態:有紀寧への激しい憎悪、有紀寧の護衛(本意では無い)】

265無力:2007/01/10(水) 21:34:14 ID:gvjemA22

天沢郁未
【所持品:他支給品一式】
【状態:死亡】

藤林椋
【持ち物:支給品一式(食料と水二日分)】
【状態:死亡】

(関連575・615)

266the girlish mind:2007/01/10(水) 21:54:12 ID:ugJye6jM
「思ったより、時間をかけてしまいました」

手にする包丁には、すっかり人の脂がこびりついてしまっている。
水瀬秋子は全く身動きとらなくなった名倉友里に向け、それを投げ捨てた。
返り血のついたセーターはそんな彼女へのせめてもの情けとして被せてある、真っ赤な泉の中ほんの少しだけ薄いピンクの地の色が見えるその光景はあまりにも異様だった。
背を向け、振り返ることなく場を後にする秋子の横顔には何の表情も浮かんでいない。
秋子の心中が死んでしまった友里に伝わるはずもなく、こうして一連の流れは幕を閉じた。




静かに佇む民家は、秋子が出て行った時と変わらぬ様子で彼女を出迎える。
周囲への気配りは欠かすことなく戻ってきた、特に異変を感じることもなかったので秋子はそのまま家の扉を開ける。
キィッという軋む音以外、何も聞こえなかった。
二人ともまだ起きていないのだろうか、そう思う秋子の鼻を思いがけない異臭を捕らえる。

(・・・・・・これ、は・・・)

さっきまで自分も嗅いでいた種類のもの、その溢れかえる血の臭いに驚く。
まさか、自分が留守にしている間に敵襲があったのだろうか。

「澪ちゃん!?・・・な、名雪っ!!」

普段見せない、取り乱した様子で駆けて行く秋子。
居間にあたる部屋に飛び込むと、そこにはリボンをつけた幼い少女のうずくまる姿があり。
駆け寄り、抱き上げる。暖かさの残る体とは反面、重く閉じられた瞼が彼女の状態を表している。
自分のシャツに血が染みこんでいくが気にしない、秋子はひたすら上月澪の体を揺さぶり続けた。

「澪ちゃん、澪ちゃんっ!お願い目を開けて・・・っ」

267the girlish mind:2007/01/10(水) 21:55:04 ID:ugJye6jM
澪の腹部には、何度もナイフのようなもので抉られた痕があった。
何て残酷な、声の出せない彼女は悲鳴を上げ助けを求めることもできないというのに。
涙と共に溢れる怒りを抑えきれない、そんな秋子が背後に忍び寄る気配に気がついたのはその時だった。

「誰です?!」
「きゃっ・・・!」

振り向きざまにジェリコを構える、だがそこに立っていたのは誰よりも大切な自分の娘。
水瀬名雪は、向けられた銃身を凝視しながら棒立ちになっていた。

「な、名雪!!無事だったんですね、よかった・・・・よかった・・・・・・」

慌ててジェリコをしまう秋子、しかし名雪は身動きすることなく固まっている。
・・・驚かせてしまったようだ、抱えていた澪を一端寝かせ秋子は名雪に近づいた。
そのままぎゅっと抱きしめるが、反応はない。
いつもなら腕を回してくるのに・・・だが、そんなことを思っている場合ではない。

「怖い思いをさせました、ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・」

安心させるよう、背中を優しく撫でながら秋子はあやす様な口調で名雪に話しかけた。

「・・・お母さん」

それはしばらくしてからであった。声をかけられた秋子はそっと拘束を緩ませ、視線を彼女の頭部に合わせる。
だが、顔が伏せられているため表情はうかがえない。
何か伝えることがあるのだろうか、秋子は名雪の言葉を待った。

268the girlish mind:2007/01/10(水) 21:55:53 ID:ugJye6jM
「私はいっぱい怖い思いをしたよ」
「・・・そう、ごめんなさい。お母さんが守ってあげなくて・・・ごめんなさいね」
「我慢もしたよ、痛いの我慢した」
「そうね、偉いわね」
「もう充分だよ・・・」

その、疲れきった口調に焦る。秋子がいくら声をかけても名雪に変化は現れない。
何とか気をしっかりもたせなければ、再び口を開こうとした時だった。

「だからお母さん」

早口で捲くし立てられた台詞と共に上げられた顔、上目遣いでこちらを見やる名雪は・・・無表情で。
目が合う、そのいつも甘えてくる柔らかさの欠片もない目線に心が冷えきる。
思ってもみなかった様子に戸惑い、今度は秋子が固まった。
そんな秋子を気に留めることなく、名雪は無造作に言葉を吐く。
その、絶対零度の視線と共に。

「私も、奪う側に回っていいよね?」

一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
相変わらずの無表情である名雪からその意味を読み取ることはできない、彼女の言葉は一体何を指しているのか。
疑問符を、秋子が口にしようとした時であった。

「っ?!」

・・・一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
何かを突き立てられるような痛みが走る、脇腹辺りからだった。
事態がどうなっているのか理解できなかった。
目をやると、そこには愛娘の手にするスペツナズナイフの刃がしっかりと刺さっていた。

269the girlish mind:2007/01/10(水) 21:56:44 ID:ugJye6jM
「お母さん、私のこと撃とうとしたよね?お母さん、私のこと殺そうとしたもんね」

弁解をしようとした、それは間違いだと。名雪を撃とうとしたわけではないと。
だが、崩れ落ちる秋子を見下す名雪の視線には何の感情も含まれていない。
目があっているはずなのに、お互いの感情の疎通が全くできていないという場面。
腹部の痛みもあり秋子はうまく言葉を紡ぐことはできなかった、それは名雪の誤解を解く機会を失ったという意味でもあり。

「いいんだ、お母さんなんて知らないもん。お母さんだけは信じてたのに・・・お母さんだけは、私の味方だと思ってたのに」

名雪の出した結論に涙が出そうになる、秋子は歯をくいしばりなんとか膝立ちで彼女と対峙しようとする。
目の前の真っ赤に染まった名雪の手にナイフはない、それはいまだ秋子の腹部に刺さったままなのだから。
・・・だが、よく見ると。その手には、もっと時間の経過したものに見える凝固された血液が張り付いていた。
ポタポタと垂れている秋子の血、それとは別のもの。その光景の、物語ることは。

「なゆき・・・まさか、あなたが・・・澪、ちゃんを・・・?」

跪く秋子の足元近くには、青白い澪が寝転んだままである。
ちらっと一瞬目をやる名雪、秋子は彼女の言葉を待った。

「ん?だって、起きたらお母さんはいないし知らない子はいるしで私もびっくりしたんだよ〜。
 万が一のこともあるからね、手は早めに打っとかないと」

それは、一瞬で返ってきた答え。
何の躊躇もなく飄々と言ってのける目の前の少女が、本当に名雪かと疑問すら持ち上がる。

「見て、分かるでしょ・・・っ!澪ちゃんが、そんなこと・・・しないって・・・」
「分からないもん、私達は殺し合いをさせられてるんだもん。現にお母さんだって私を撃とうとしたんだよ、人のこと言えないよ〜」

一見それは無邪気にも思える口調であった、だが強く他者を拒否する名雪の姿勢は強固であり。
いくら言っても無駄であった、彼女の傷ついた心は母親の言葉さえも遮断する。

270the girlish mind:2007/01/10(水) 21:57:43 ID:ugJye6jM
「これは罰だよ・・・お母さんが、私を一人にした罰。そして、私を殺そうとした罰」

かがみこみ、刺された腹部を抑える秋子の様子を嘲笑いながら名雪は秋子の髪を掴んだ。
長いみつ編みを力任せに引っ張られ秋子が呻くが、名雪は気にせず嬉しそうに言ってのける。

「でも大丈夫だよ、お母さんは私のお母さんだもんねっ、これぐらいじゃ死なないもんね!!
 ・・・お母さん、一端私は離れちゃうけどまた私を見つけてね。え、何でかって?そんなの足手まとい状態なお母さんといるメリットなんてないもんっ。
 だからケガは自分で何とかしてね、その痛みが私の受けた精神的外傷だっていうのも忘れちゃだめだよ〜。
 反省してね、それで反省し終わったら今度こそ私を守ってね、待ってるよ。
 ああ、大丈夫、私のことは心配しないでいいよ。お母さんが来てくれるまで、誰か別の代わりの人を見つけるもん。
 大丈夫だよ〜、私も頑張るから。ふぁいとっ、だよ。お母さんも頑張ってね。
 それで、元気になったらまた会いにきてね。私を見つけてね。それで今度こそ、ずっと傍で私だけを守ってね。
 ・・・じゃないと」

髪を引かれ、無理やり顔を近づけられる。それは唇が届く距離。

「裏切り者は、例えお母さんでも許さないんだよ〜」

・・・何故、この子はこんなにも楽しそうなのであろうか。
はらはらと秋子の頬を伝う涙は決して腹部の痛みからではない、濁った瞳の目の前の少女の変容がただただ悲しかった。
部屋から出ていく名雪の背中が見えない、滲む瞳は何も映さない。
先ほど自分が開けた外部と繋がるドアが開閉される音が聞こえ、秋子は本当に名雪がこの場から去ってしまったことを実感するしかなかった。

・・・名雪の心中が秋子に伝わるはずもなく、こうしてまた一連の流れも幕を閉じる。
だが、今回残された者の命は失われていない。秋子がこれに対しどう出るかは、まだ分からなかった。

271the girlish mind:2007/01/10(水) 21:59:27 ID:ugJye6jM




夜風は思ったよりも身に染みる、名雪は風に舞う髪を押さえながら自分の支給品である携帯電話を取り出した。
圏外、その表示で通話ができないことは一目瞭然である。
だが、名雪は慣れた手つきでインターネットに接続するボタンを押した。・・・少しの間をあけ、液晶の画面が変わる。
現れたのは、あるサイトのトップ画面。澪を葬った後秋子が現れるまでの暇をつぶしている際に、名雪はこのページを見つけた。
と言っても、インターネットに接続できるとはいえ見れるサイトというのもここだけであったのだが。

「ロワちゃんねるポータブル」、そうタイトルづけられた掲示板は名雪の書き込みで止まっている。

何故「圏外」なのにこのようなサイトに繋がるのか、それは分からなかった。
しかし使えるという事実は確かにここにある、名雪はそれを有効活用しようとした。

「うーん、でもお母さんと別れちゃったから・・・ちょっと矛盾が出てきちゃったよ」

自分の書き込みを見て首を傾げる名雪、本当は秋子と合流した上での身の安全を第一に考えていたのだが、今はこうなってしまった以上仕方ない。
できることはした、あとは信じて待つしかない。

272the girlish mind:2007/01/10(水) 22:00:06 ID:ugJye6jM



自分の安否を報告するスレッド

3:水瀬名雪:一日目 23:45:46 ID:jggbca7kO

 ショートカットのお姉さんに襲われました。肩をナイフで刺されました。
 黒いTシャツの目つきの悪い男の人にも襲われました。殺されそうになりました。
 今は信頼できる人が傍にもいますけど、正直誰を信じればいいのか分かりません。助けてください。




「ふふ・・・藪をつついて出るのはヘビさんかな、それとも本当に王子様かな〜」

微笑む名雪は、一体どちらを望んでいるのか。
しいて言うならば。王子様だったらやっぱり祐一がいいな〜、そんなことを呟きながらまるでダンスを踊るかのごとくステップを踏む名雪の様子は。
彼女がこの島に来て、一番生き生きとしたものだった。

273the girlish mind:2007/01/10(水) 22:01:05 ID:ugJye6jM
水瀬名雪
【時間:2日目午前0時頃】
【場所:F−02】
【持ち物:GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)
 赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア】
【状態:肩に刺し傷(治療済み)】

水瀬秋子
【時間:2日目午前0時頃】
【場所:F−02・民家】
【所持品:スペツナズナイフの刃(刺さっている)、IMI ジェリコ941(残弾14/14)、木彫りのヒトデ、殺虫剤、支給品一式×2】
【状態:腹部に刺し傷、主催者を倒す。ゲームに参加させられている子供たちを1人でも多く助けて守る。
 ゲームに乗った者を苦痛を味あわせた上で殺す】
【備考:セーターを脱いでいる】

上月澪  死亡

澪の支給品(フライパン、スケッチブック、他支給品一式)は放置

(関連・290・357・485b)(Jルート)

274羅刹血華(承前):2007/01/12(金) 03:09:09 ID:XpSdXthk

血糊を払った刀身の先から、雨粒が雫となってこぼれ落ちていた。
川澄舞の身体が、ゆらりと傾ぐ。
どうにか倒れずに踏みとどまるが、その瞳は半ば虚ろであった。
喪われた左手の断面からは、とめどなく血が流れ出していた。
白い肌が、青に近い色に変わっていく。

「お、おい、大丈夫か嬢ちゃん!?」

それを見た聖猪、ボタンが慌てて舞の元へと飛んでこようとする。
喉笛を噛み破ろうとする蛇の顎に毛針を叩き込み、吹雪を巧みにかわして、舞へと近づくボタン。
虚ろな目にその光景を映した舞が、いまだ治まることを知らずに血潮の流れ出す左腕を、す、と力なく掲げた。

「嬢ちゃん、しっかりしろ……って、おい、何してんだ!?」

ボタンの驚愕も無理からぬことであった。
駆け寄ったボタンの、その灼熱の毛皮に、舞は己が左腕を躊躇なく差し入れたのである。
雨を裂いて、肉の焼ける匂いが立ち込める。

「―――ッ……!」

がち、と。
堅く、小さな音がした。
舞の、必死で噛み締めた奥歯が砕ける音であった。
血の混じった痰と共に、歯の破片を吐き出す舞。
傷口を焼いたことで血管が肉もろとも潰れ、出血は止まっていた。
左手の断面から嫌な臭いのする湯気を上げながら、川澄舞は立っている。
その眼は既に先程までの虚ろなものではなく、鬼気迫る光を取り戻していた。

275羅刹血華(承前):2007/01/12(金) 03:10:20 ID:XpSdXthk
「無茶苦茶しやがるな……嬢ちゃん、生きてるか?」
「……戦える」
「返事になってねえよ……」

苦虫を噛み潰したようなボタンの声にも、舞は無反応。
青白い顔に爛々と眼だけを光らせて、抜き身の刀を片手で構える。
その視線は、真っ直ぐにもう一匹の魔獣、ポテトを捉えていた。

「……人間のやることは、時折理解に苦しむぴこ」
「それについちゃあ同感だ……な、っと!」

言い合いながら、互いに飛びかかろうとする二匹の獣。
その後ろで、舞がゆらりと足を踏み出す。

「バカ野郎、そんな身体で何ができるってんだ!?」
「……戦う」
「ったく、強情な嬢ちゃんだな……!」

全身に脂汗をかきながら、なお走り出そうとする舞。
振り下ろされた鋭い爪を牙で受け止めながら、ボタンが叫ぶ。

「分かった、分かったから無理に動こうとするんじゃねえ!」
「……」

荒い息のまま、舞が踏み出そうとした足を止めた。
牙を跳ね上げ、空いた胴に一撃を加えながら、ボタンが続ける。

「いいか、よく聞け嬢ちゃん!
 テメエでも分かってるだろうが、嬢ちゃんにはもうまともに動く力なんぞ残っちゃいねえ!」

276羅刹血華(承前):2007/01/12(金) 03:11:31 ID:XpSdXthk
横薙ぎに振り回された蛇の胴をしたたかに打ちつけられてよろけるボタン。

「だが、だがそれでいい、今の嬢ちゃんにはそれで充分だ!」
「……」

続けざまに繰り出される下からの爪が、ボタンの前脚を傷つける。
鮮血が飛沫を上げた。

「どの道、その手じゃあ力任せってのは、無理だ!
 だが思い出せ嬢ちゃん、さっきの鬼を斬ったあのとき、嬢ちゃんは力任せだったか!?」

灼熱の業火を全身から噴き出すボタン。
噛み付こうとしていたポテトが、慌てて首を引っ込める。

「そう、そうだ嬢ちゃん。
 あれがそいつの使い方だ、抜けば玉散る氷の刃、そいつは伊達じゃねえ!」

炎の勢いに任せて牙を跳ね上げ、そのままトンボをきるように縦回転を始めるボタン。
瞬く間に、業火を纏った円盤と化す。

「そいつは手数で押しまくるようなもんでも、まして力任せにぶん回すもんでもねえ。
 極限まで研ぎ澄ました、ただ一刀で何もかんもを斬り伏せる、そういう業物よ!」
「―――」

炎の円盤が、ポテトを襲う。
至近からの攻撃に回避が間に合わず、円盤がその顎に直撃する。
ポテトの牙が数本、折れて飛んだ。

「―――今だ!」

277羅刹血華(承前):2007/01/12(金) 03:12:02 ID:XpSdXthk
「―――!」

ボタンの声が、響くか響かないかの瞬間。
舞の足が、泥濘を吹き飛ばすように、大地を踏みしめていた。
数メートルの間を、文字通りの刹那に駆け抜けて、舞の一刀が奔っていた。

音が、消えたように感じられた。
ポテトの絶叫が響いたのは、その大蛇の尾が、遠く離れた水溜りに落ちた後だった。

「―――上出来ッ!」

快哉を叫んで、ボタンが追撃をかけるべく飛ぶ。
炎の円盤が、二度、三度とポテトの身体を撥ね上げ、焼き焦がしていく。

「これで……どうだッ!!」

言葉と共に一際大きく燃え上がった業火が、ポテトの全身を包み込んだ。

278羅刹血華(承前):2007/01/12(金) 03:12:28 ID:XpSdXthk

 【時間:2日目午前6時すぎ】
 【場所:H−4】

川澄舞
 【所持品:村雨・支給品一式】
 【状態:肋骨損傷・左手喪失・左手断面に重度の火傷・出血停止も重度の貧血・奥歯損傷】

ボタン
 【状態:聖猪】

ポテト
 【所持品:なんかでかい杖】
 【状態:魔犬モード・尾喪失】

→613 ルートD-2

279青年、山中を往く:2007/01/12(金) 19:20:02 ID:fAlrN5V6
七瀬彰は、人目につかぬ山中を鍬を抱えつつ練り歩いていた。マーダーになると決めた彰ではあったが、元より彰は文学少年。筋力、体力ともに自信を持てるほど優れてはいなかった。
実際、早くも鍬を持つ手から力が抜けていっている。場違いに、彰は毎日農作業をしている人は立派なんだなあ、と思った。
――それはさておき。どうして彰がこんな山中を練り歩いているかというと、それは奇襲を狙っているからであった。
こんなところとは言え、起きる時には戦闘は起きる。そこに乱入してもっと強力な武器をかっさらっていこう、というのが当面彰の立てた作戦であった。(森に隠れれば、人目にも付きにくいしね)
――しかし、本当にこんな方法で大丈夫なんだろうか。
戦闘に遭遇できたとして、果たして上手く行くかどうか。彰は鍬を振りかざして敵に突進していく自分の姿をシミュレートしてみたが、どうしてだか真っ赤に染まったヴィジョンしか出てこない。
鍬が重過ぎるのだ。せめて鎌にしておけば良かった。大きくて重ければ威力が高い、と安易に考えた結果だ。
大きい鍬と小さい鎌、どっちにしますか正直じいさん?
もちろん大きい方に決まってんだろ、威力がちがうぜ――
バカなことを考えているうちに、木の根にでもつまずいてしまったのか彰が傾いてこけてしまう。幸いにして、こけた拍子に鍬がこちらの顔面にグサリということは無かった。
「痛たた…まったく、こんなことをしてたら――」
つまずいた木の根を見ようとして、彰はそれが木の根でないことに気付く。
見れば、それは彰も持っているセンスのない、支給品の詰まったデイパックだった。どうしてこんなところに――?
森の中に置き去りにされたデイパックを見て彰はまたまた場違いに、ニュースでよく見る「バッグの中に詰まった謎の大金」という字幕を思い浮かべた。
そんなわけはないだろうと思いつつ、デイパックに中身が入っているかどうかと確認しようとして――直前、躊躇った。
怪しい、怪し過ぎる。罠なんじゃないか。こういう状況で、開けたらドカン、なんて事態があってもおかしくない。
しかし、回りを注意深く見まわしてみても人の気配すらしない(遠くで銃声はしょっちゅう聞こえているが)。デイパックに釣られて開けたところを狙うということではなさそうだ。そもそもそれなら、自分は真っ先に死んでいるはずである。

280青年、山中を往く:2007/01/12(金) 19:20:35 ID:fAlrN5V6
オーケイ。だったら開けたらドカン、というタイプに違いない。チャックを開けたが最後、七瀬彰の体はまっくろくろすけ。
その手には乗らない。チャックを開けてドカンなら、下から開ければいい。
鍬の刃の部分でデイパックの下を少しづつ破っていく。本当に爆弾なら、そーっと元に戻しておけばいいだろう。
そうして3分の1ほど切り裂いたところで、ぼとっ、と何かが落ちてきた。
「あっ」
やばい、と彰は思ったが果たしてそれは爆弾などではなかった。黒光りする、まるでカステラの箱のような形状――すぐに何かが分かった。イングラムM10。数秒で弾を撃ち尽くす、その連射力は拳銃とは比較にならないほどの剣呑な代物だった。
続いてその予備マガジンらしきものも落ちてきた。ひーふーみー…驚くべきことに、8本も入っていたのである。こんなに入ってりゃつまずくはずである。
「すごい――だけど、どうしてこんなものが放置されていたんだ?」
再び、彰はこれは罠なんじゃないかと思い再度周囲を確認する。こんなおいしい話、あるはずがない。きっと誰かが狙って――いない。
首をかしげる。よほどこんなゲームが嫌いだったのか? それとも宗教上の理由? ああイエス様。親愛なる隣人を殺す事などどうして出来ましょうか。アーメン。
あるいはエアガンなんじゃないかとも思った彰だが、モノホンの匂いがぷんぷんする。
「――まあいいさ。いらないなら、有効に使わせてもらうまで」
少なくとも鍬の100倍は頼りになる。それどころか一人で複数殺して回る事も可能だ。
「誰だか知らないけど、感謝するよ。僕にチャンスをくれて」
鍬はもういらないだろう。破ったデイパック共々放置して、今度は山を下り始めた。これなら、わざわざ奇襲する必要もなかったからである。
木々の間から漏れる陽光が、わずかにイングラムの銃身を光らせていた。

七瀬彰
【時間:二日目午前7時00分】
【場所:G−4】
【所持品:イングラムM10(30/30)、イングラムの予備マガジン×8】
【状態:右腕負傷(マシにはなっている)。マーダー化】
【その他:イングラムの入っていたデイパックは月宮あゆのもの】

【備考:B-10】

281男子、二人:2007/01/13(土) 02:32:21 ID:qaAozmGY
音の無い世界、少し冷える玄関口にて二人は胡坐をかいていた。
二人とも毛布を肩から被っているので、寒さ自体には抵抗はない。
しんと静まる廊下、背後の暗さに多少恐怖を覚えるがそこは男の子。
前方からいつ敵が来てもいいようにと、二人とも覚悟はできている。

深夜、滞在する民家の見張りをしていたのは春原陽平と北川潤であった。
ずっと気を張っていたであろう水瀬秋子にも休息が必要だと、そう考えて二人は自ら見張り役を名乗り出た。
残りの女子四人組含め、秋子達は奥の寝室にて休んでいる。
精神的にも不安定であった水瀬名雪の様子にも異変が現れず安心したのだろう、秋子とて普通の主婦である。
最初は拒まれたが、眠りについたのは彼女が一番早かった。
明日のことを考えれば、ボディガード的な秋子にきちんと休息をとってもらえるのは潤にとってもありがたいことである。
まだまだ残り人数は多い、仕事を続けるにはまず生き延びればいけないのだから。

・・・それにしても、やることがなかった。
音と言えば隙間風による窓の軋みくらい。誰か現れる様子は一向にないので、二人はあっという間に暇を持て余すことになる。
ふわ〜っと大きな欠伸をする潤、何となく横を向くと陽平も同じように目をしょぼしょぼとさせていた。

「退屈だな・・・」
「ね・・・」
「何か面白いネタあるか?」
「いんや、別に」
「そうか?恋バナとかどうよ、お前るーこちゃんといい感じじゃん」
「あはは、確かにるーことはずっと一緒にいるけど・・・そんな風に見える?」
「ああ」
「うーん、そうなのかな・・・」

282男子、二人:2007/01/13(土) 02:33:03 ID:qaAozmGY
腕を組み、首を傾げる陽平の姿を微笑ましく思う。
二人の気の合う様はしっかり見せ付けられた、後は何かきっかけがあれば二人の仲も進展するかもしれない。
・・・その時、どう邪魔してやるか。そんな悪戯めいたものが、潤の心をよぎっていた時だった。

「北川は?」
「は?」
「北川はそういう子いないの?」

突然の質問。いや、話の展開から陽平がこう切り替えしてくる可能性は勿論あったが。

「ああ、そうだな・・・」

思い浮かべるのは猫のような目つきで自分をたしなめてくる、大人びた雰囲気の彼女。
だが、それと同時に脳裏に浮かんだのは。あのつっこみが冴え渡る、外跳ねヘアーの彼女であった。

「・・・」
「お、その顔は何かあんだな?!」
「まあね。俺ってばモテモテ王国出身だからな」
「何だそりゃ・・・あ、そういえば」
「どうした?」
「いやね、これ。秋子さんから預かってたのすっかり忘れてた」

ポケットから陽平が取り出したのは携帯電話であった。
何だそれならと、潤も自分の持ち込んだものを取り出してみせる。

283男子、二人:2007/01/13(土) 02:33:33 ID:qaAozmGY
「え、それって・・・北川の?」
「ああ、そうだけど。だけど意味ねーぞ、俺も最初使おうとしたけど電波入んなかったし」
「そっか・・・これも圏外みたいだし、意味ないみたいだな。
 でも、何で北川だけ自分のとか持ち込めてるんでしょうね、僕のは没収されたというのに・・・」
「運じゃない?俺の他にももう一人持ったヤツいたし、多分他にもいると思うぞ」
「ガーン」
「うーん、一応番号だけ交換しとくか。春原、ちょっとほら赤外線赤外線」

項垂れる陽平をけしかける、赤外線なので交換自体はあっという間に済んだ。
ぴっという無事番号交換できたことを告げる電子音を聞いた後、潤は新しい登録先として「水瀬秋子」の項目を作る。
使い慣れた手先による作業も終わり、再びやることのない時間が始まる・・・そのはずだった。
ふと隣を見ると、陽平はケータイを手に固まっていて。

「春原?」

彼の視線の先は例の、秋子から預かったというケータイの液晶画面であり。
何なのだと、潤も陽平の手元を覗くよう彼に近づいた。
そして、以下のメッセージが目に入る。


『番号を登録しました、以降この番号との通話が可能になります』


「何だこれ?」

それは、純粋な疑問であった。
視線を陽平に向けると、彼も狼狽しながら答えてくる。

284男子、二人:2007/01/13(土) 02:34:19 ID:qaAozmGY
「わ、分からないよ。北川の電話と赤外線繋いだらこうなったんだ」
「・・・ふーん、秋子さんってば面白い設定してるんだな」
「いや、これ秋子さんの私物ではないよ。名雪ちゃんの支給品なんだってさ」
「・・・は?」
「だから、名雪ちゃんの支給品の電話であって、秋子さんの私物じゃないってば」
「何でそういうことを先に言わないんだ、おいっ」

支給品として与えられたのならば、何かしらの意味があるはずである。
それが携帯電話なのだから、その使用法は一つしかない。

「なぁ、ちょっといいか」
「何さ・・・って、え、何これ持ってればいいんですかね?」

陽平の手に自分のケータイを握らせる潤、自分はそのまま名雪のものを持つ。
そして、おもむろに自分の番号ををプッシュして、耳元に構える。
少しの待機音の後。

『♪ちゃーちゃちゃちゃーちゃーーちゃーーちゃちゃー』
「うわっ?!」
「かかった!マジで?!」

鳴り響いたのは潤のケータイの着信音である。あたふたする陽平をけしかけ電話を取らせ、そのまま会話をしてみる。

「・・・ど、どうですかね」
「ああ、聞こえる。繋がってる」

確認を取った後、今度は逆に自分のケータイで名雪のケータイの番号を押してみるが・・・反応は、ない。

285男子、二人:2007/01/13(土) 02:35:11 ID:qaAozmGY
「このケータイなら使えるってわけか。こりゃ中々のクセもんだよ」

電波妨害のフィールドを破ることができるアイテムということ、この携帯電話自体がジャミングでも出しているのだろうか。
アンテナ自体は相変わらず圏外の表示をしたままである、どういう原理か潤が理解できるはずもなく。
試しに、今度は名雪のケータイに自分の自宅の番号を送ってみた。これで外と連絡がつくならば参加者皆万々歳である。
ケータイの番号を登録した時と同じメッセージが出る、潤はそのまま自宅に電話をかけた。
だが、ツーツーという待機音は電話が繋がらないことを指し示してくる。

「さすがにそこまで甘くはないか」
「でもいいじゃん、とにかくこれで一気に便利になったと思うし。これさえあれば、北川には随時連絡できるんだもんな!」
「そうだな、っていうかこれ島にある電話にも繋がんじゃねーかな」
「マジで?!」
「俺、最初鎌石村の消防署にいたんだ。あそこの電話は電話線自体が切られていたから無理だろうけど・・・よく見てみろ。
 ここの電話、目で見える限りはコードに異変はない。確かめてみる価値はあると思う」
「お、本当だ・・・」

ちょうど玄関にあった電話を指差す潤、陽平も近づいて確認しだす。
受話器を耳にあてると待機音が聞こえ、電源が入ってることはすぐ分かった。

286男子、二人:2007/01/13(土) 02:35:55 ID:qaAozmGY
「イケるよ北川!っていうかこれでそっちの電話かけられるんじゃない?」
「いや、それができたらもうこのケータイの意味ないんじゃ・・・」
「北川!!」
「な、何だよ」
「駄目だった!!ボタンいくら押しても反応返ってこない!!!」
「そうか、分かったから先進もうな。ここの番号言ってくれよ、登録するから」
「え?そんなの知らないよ」
「何も調べないで即答するなよ・・・電話の近くとか、何かない?」
「うーん、特にないかな」
「電話帳みたいなのは?」
「ないね」
「・・・なるほど。そういうのを入手して確かめない限り、意味はないな」
「うーん、それなら北川のいたっていう消防署に行ってみないか?そういう所なら電話帳あるんじゃね?」
「そうだな、それがいいかもしれない」

進路が決まる、やる気を咆哮で表す陽平とは反対に潤の心中は複雑であった。
思ったよりも情報が集まりすぎている、陽平等とこれ以上行動を共にする必要もないであろう。

(問題はどうやって離脱するかかな・・・だけど、その前に)

おもむろに自分の番号が登録されているケータイを見やる、今それは潤の手の中にあった。
そして目の前にあるのは、このケータイに番号を登録すれば彼女にも連絡をとれるという事実。
単純な発想だと自分でも苦笑いが漏れる、それでも恋しく思う存在の安否は気になっている状態で。
・・・そんな誘惑にかられている時だった、適当にいじっていたらいきなりケータイの画面が変化した。
メモ帳に登録されていたらしいそれが、液晶に映し出される。

『機能説明……この携帯には爆弾が取り付けられています。
アラームをセットして1時間経ったらあら大変、大爆発で強烈な目覚ましだ!』

現れたメッセージ、潤の視線はそこに釘付けになった。

287男子、二人:2007/01/13(土) 02:37:16 ID:qaAozmGY
【時間:2日目午前3時】
【場所:F−02】

春原陽平
【所持品:スタンガン・支給品一式】
【状態:普通】

北川潤
【持ち物:GPSレーダー&MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、SPAS12ショットガン(8/8+予備4)防弾性割烹着&頭巾 九八式円匙(スコップ)他支給品一式、携帯電話、お米券×2 】
【状況:普通】

(関連・519)(B−4ルート)

288それがヘタレの生きる道:2007/01/15(月) 03:23:18 ID:zynVV6Yc

勝負は、一瞬だった。

「グレェェト―――」

黄金の野牛と称される戦士、その威風堂々たる角が、飛びかかろうとしていた獣人を
天高く撥ね上げる。

「―――ホォォォォン!!」

たっぷり20秒はかけて、獣人が地に落ちた。
戦士の一撃によるものか、それとも落地の際の衝撃によるものか、その姿は既に原形を留めていない。
降りしきる雨の中でなお金色に輝く、荘厳な鎧に身を包んだ戦士が、ぎろりと周囲を見回す。
視線の先には、何やら言い合っている人影が三つ。

「うわ、ウチで一番強そうなのが一瞬で……」
「よ、よし、次は孝之さん、君に決め……」
「む、無理に決まってるだろう!」
「言われる前に逃げ口上、ヘタレにしかなせない技ね……」

七瀬留美とヘタレトレーナー藤井冬弥、そしてヘタレ皇帝・鳴海孝之である。
孝之に出撃を断られた冬弥が、がさごそと腰を探って次のボールを取り出す。

「じゃあ伊藤さん、君に……」
「どうせ殺されるだけだからやめときなさいって……」

冬弥を止めた七瀬は、黄金の戦士に向き直ると決然と口を開いた。

「……えと、深山先輩……ですよね」

名を呼ばれ、黄金の戦士が踏み出しかけた足を止める。

「先輩の強さはよく分かりました。降参します。
 そちらの要求というのを、もう一度聞かせてもらえませんか」

目の前で獣人、保科智子を文字通り秒殺した相手に対して一歩も退かずに、七瀬が言う。
その真っ直ぐな視線を受けて、黄金の戦士―――深山雪見が、口の端を上げた。

「……いい度胸してるわね。そっちから仕掛けておいて、今更降参?」
「はい。ウチのバカどもが先走ったことはお詫びします。すみませんでした。
 身内を殺されたことにも異存はありません。要求にも従います。
 ですから、あたしたちの命は見逃してください」

堂々と言い放つ七瀬。
尊大とすら取られかねないその語調に、背後の冬弥と孝之が震え上がる。
しかし雪見は口元を笑みの形に保ったまま、七瀬に問いかけた。

289それがヘタレの生きる道:2007/01/15(月) 03:24:20 ID:zynVV6Yc
「……随分虫のいい話ね。わたしにそれを呑むメリットがあるとでも?
 皆殺しにしてしまえば済む話だとは思わない?」
「いいえ。そのつもりであれば、あたしたちが今頃こうして生きてたりはしないでしょう。
 そもそもそれなら、先輩の方から声をかける必要なんてないはずです」
「なるほどね。……じゃ、次。
 現在進行形で殺し合いをしているこの島で、わたしは話も聞いてもらえずに襲い掛かられたわ。
 これは謝って済む問題かしら?」
「謝罪ならいくらでもします。ですが先輩の要求に答える以外に、あたしたちにはそれを償う術がありません。
 ですから、それを伺っています」
「それが謝っている態度かしら? 気に入らないから殺す、というのはどう?」
「……殺してしまっては叶わない要求だからこそ、先輩の方から声をかけたのだと思います」

氷点下の視線と握られた拳の威圧感だけで、気の弱い者なら泣いて謝りそうな風格の雪見である。
事実、冬弥と孝之は失禁しながら土下座している。
しかし七瀬はそんな雪見の視線を真っ向から見返して、なお平然と薄い胸を張っている。

一瞬の沈黙の後、雪見の表情が変わった。
笑い出したのである。呵呵大笑と呼ぶべき、豪快な笑いであった。

「あっはははは! 本当にいい度胸してるわね、あなた! 気に入ったわ、名前を聞いておこうかしら」
「七瀬、七瀬留美です、先輩」

小さく頭を下げる七瀬。

「わたしは……自己紹介の必要はないみたいだけど」
「はい、深山雪見先輩。演劇部部長にして学園有名人。転校したばっかりのあたしでも知ってます」
「そんなに有名だったかしら……」
「川名先輩と深山先輩のコントは時と場所を選ばないですから……」
「コントって……みさきのせいで風評被害が大きいみたいね。今度とっちめてやる」

溜息をつく雪見。ふと、七瀬の背後に目をやる。

「……で、そっちは?」
「ああ、このバカどもは……」
「藤井です、よろしく」「鳴海孝之。困ったことがあったら言ってくれていいよ」

七瀬の言葉が終わるより早く、二人は雪見の前で優しい笑みを浮かべていた。
つい先程まで泣き喚いていたとは思えない笑顔である。
どうせ雨に濡れてわかりづらいとでも思っているのか、股間に残る痕跡を隠そうともしていない。
自分なりにキメているつもりらしいその背中を見ている内に無性に腹が立って、七瀬はとりあえず
二人をしばきたおした。

「……で、先輩」
「え? ……ああ、もういいの?」

男二人を蹴り回すその手際を興味深げに見ていた雪見が、七瀬の声に顔を上げる。

「はい。気が済むまでやろうとするとキリがないですから」
「苦労してるのね……」
「話、戻しますけど」

同情の視線を振り払うように、七瀬が些か強い口調で言う。

「はいはい」
「先輩の要求って、何ですか」
「さっき言わなかったっけ?」
「聞きましたけど、意味がちょっと……」

眉根を寄せて首を傾げる七瀬。事も無げに、雪見。

「そのまんまの意味よ。ヘタレの尻子玉」
「いえ、ですから全然意味が……」
「知らない? 尻子玉。お尻の中にあって河童に取られちゃうっていう、あれ」
「本気で言ってるんですか……?」

全力でヒく七瀬に、雪見はからからと笑ってみせる。

「本気も本気よ。
 ……ま、ちょっと前だったら、確かにわたしも七瀬さんと同じような顔、してたでしょうけどね」
「じゃ、今は……」
「だって、わたしが聖闘士だなんていうのも、似たようなもんよ?」

290それがヘタレの生きる道:2007/01/15(月) 03:24:48 ID:zynVV6Yc
言われ、七瀬は改めて雪見の全身を覆う黄金の鎧を見直す。
猛牛を象った、巨大な角をつけた兜。
それ単体ではヘルメットかと見紛うような、巨大な肩当て。
胸当てから直垂まで、ひと繋ぎになった頑強な鎧。
手甲、足甲はそれぞれ極端に露出の少ない形状で、全身をほぼ隈なく覆っている。
材質が見た目通りの黄金なのかどうかはわからないが、しかしこの鎧の重量だけで数十キロには及ぶだろう。
身に纏って立つことすら、普通の女子校生には不可能といっていい。
それを平然と身につけている上に、先程の戦闘で見せた動きである。

「……常識なんて通用しないってことですか」
「ま、言ってしまえばそういうことになるかしらね」
「考えてみればこっちにもボールに入る連中とか、おかしなのがいますけど……」
「うん、さっきの虎女なんかも充分非常識だと思うわよ」
「やっぱりそうですか……」

深く考えないようにしていたところを突かれ、頭を抱える七瀬。

「ま、そんなわけで、尻子玉が必要なのよ」
「いろいろ置いといて、何に使うのか聞いてもいいですか……?」
「うーん、話せば長くなるんだけど……」
「できれば理解できる範疇でお願いします……」

腕組みをして思考を整理する雪見。

「簡単に言えば、この島には伝説のパン職人がいて、人を生き返らせるパンを作れるらしいのよ。
 材料は鬼の爪、ヘタレの尻子玉、白虎の毛皮、魔犬の尻尾……と、あと一つ何か必要らしいんだけどね。
 んで、わたしの親友が超能力でやられてなかなか目を覚まさないんだけど、そのパンならどうにかなるかな、って。
 ……わかってくれた?」
「一から十まで理解できません……」

頭痛に耐えかねてこめかみを揉む七瀬。
雪見は気にした風もなく腕組みを解くと、おもむろに手を差し出した。

「ま、重要なのはわたしには尻子玉が必要だってこと。毛皮は……」

と、雨に濡れて血だまりを広げる獣人の死体を見やる雪見。

「……あそこにあるしね。これで二つってわけ」

手を差し出したまま、にっこりと笑う。
断ればどうなるか分かっているだろうなという、それは紛れもない肉食獣の笑みであった。

「これがわたしの要求。見た感じ、そっちの二人はヘタレ度合い充分そうだしね。
 どっちでもいいわ、それは任せる」

視線に射すくめられた冬弥と孝之が再び失禁する。

「ちょ、ちょっと待ってくだ―――」
「お、俺は痛いのとかダメなんだよ!」「俺だって御免だ! 助けてくれ!」

慌てて雪見を止めようとした七瀬の言葉が終わらない内に騒ぎ出す二人。
涙と鼻水で顔面を濡らしながら、目と目で何事かを示し合わせる。

「こうなったら―――」
「あれしかないか!」

頷きあう二人。
ただならぬ様子に、七瀬が息を呑む。

「まさかあんた達、何か隠された力が……?」

七瀬の呟きに、雪見が表情を変え、一歩を引いて構えを取った。
いつでも必殺技を放てる体勢。

「……いくぞ、鳴海さん!」「おう、藤井君!」

雷鳴が轟く。
二人の声が唱和する。

「「 ヘタレ―――大会議!! 」」

数多のボールが、二人の手から放たれた。その数、八。

「……へ?」

呆然とする七瀬の眼前に次々と実体化していく、伝説のヘタレども。

「「「「「「「「 呼んだか? 」」」」」」」」

ハモる声が実に鬱陶しかったので、七瀬はとりあえず冬弥の後頭部を張り倒した。

291それがヘタレの生きる道:2007/01/15(月) 03:25:15 ID:zynVV6Yc
******


「実は、かくかくしかじかで―――」

気を取り直して説明を始める冬弥の声に、ヘタレの集団が耳を傾ける。
話の内容を理解するにつれ、ヘタレどもの表情が変わっていく。

「―――と、いうわけなんだ。誰か一人でいい。尻を差し出してくれ」

冬弥が話を終えるや否や、ヘタレどもが一気に騒ぎ出した。
互いに譲り合い、押し付けあっているらしいその喧騒を眺めながら、七瀬と雪見が顔を見合わせる。

「……あれ全部?」
「はい、誰一人欠けることなくヘタレです……」
「……頑張ってるのね」
「いえ、まあ何て言うか……」

肩を落とす七瀬を、痛ましげに見る雪見。
と、ヘタレどもの喧騒が収まった。

「……決まったみたいね」

見れば、九人のヘタレどもが、簀巻きにした最後の一人を抱えて誇らしげに立っている。
荒ぶる神に捧げられる生贄の如く天に掲げられたその男は、蒼白な顔で何事かを喚き散らしていた。

「お、おい、ちょっと待て! 何でオレ様が!」

抗議も空しく手巻き寿司のような格好のまま運ばれていくのは、ヌワンギであった。
冬弥が晴々とした笑みでヌワンギを見ると、爽やかに告げる。

「だって君、言ってたじゃないか、板違いの連中の前にオレを呼べ、って」
「フザけんな、それがどうしてこうなるんだ!」
「主人公でもないのにそんなに張り切ってるんだから、きっと活躍の場がほしいだろうって」
「勝手なこと言ってんじゃねえ!」
「まあまあ、呼ばれてもいないのに来たんだから、このくらい役に立ってよ。俺たち、痛いの嫌だし」
「本音が出てるじゃねえか! ……ぐへっ」

どさりと、簀巻きのまま地面に放り出されるヌワンギ。

「くそっ、オレ様にこんなことをして、タダで済むと……ありゃ?」

首だけを動かして睨みを利かせようとするヌワンギだったが、ヘタレどもは既に遠くへと走り去った後だった。

「ちょっと待て! おい、こら!」

叫ぶヌワンギの背筋に、ぞくりと悪寒が走った。
心臓を鷲掴みにされたような圧迫感。
おそるおそる、見上げる。

「―――お尻、出しなさい」

悪夢が、笑みを浮かべて立っていた。

292それがヘタレの生きる道:2007/01/15(月) 03:25:55 ID:zynVV6Yc
******


「……あー、まだ悲鳴が耳に残ってるわ……」

顔を顰めながら、七瀬が呟く。

「俺もだよ。……まったく、男らしくないよなあ」
「ああ、その通りだな」

腕組みをして頷く孝之ごと、冬弥を蹴り飛ばす七瀬。

「な、何をするんだ!?」
「やかましいっ!」

一喝。
その鬼のような形相に、冬弥と孝之は竦み上がる。即座にジャンピング正座。
隙あらば土下座しようかという体勢である。

「これまで、ヘタレだヘタレだと思っていたけど……まさかここまで酷いとはね」

眉間にシワを寄せて呟く七瀬。
近くに隠した親友の元へ戻るという雪見に、最後は万歳三唱までしていたヘタレども。
右手に獣人の死体、左手にヌワンギの尻子玉を持って去っていく雪見の背に最敬礼を送っていた
九人のヘタレの姿が、脳裏に焼きついていた。

「……男として、それ以前に人として、恥ずかしくないのかしら」
「待ってくれ七瀬さん、俺たちはまだ発展途上で……」
「そうだ、これから男を上げていく予定が……」
「黙んなさいっ!」

雷が落ちる。
同時に平身低頭する二人のヘタレ。

「「 ごめんなさい 」」

その蛙の轢死体のような背中を見下ろして、七瀬は深々と溜息をついた。

「はぁ……どうやら徹底的に叩きなおす必要がありそうね」

不吉な雲行きに、ヘタレ二人が頭を下げたまま、そっと目を見合わせる。
嫌な予感がする、と互いの顔に書いてあった。

「……いいわ。これから、あんた達を一人前の男にするための特訓をします」

特訓。
ヘタレどもにとっては猛烈に不安な響きであった。

「この先はきっと地獄になるわ。ヘタレのあんた達についてこれるかしら」

冗談じゃない。断固抗議するぞ。
目と目でそう確認しあう二人。

「―――返事はっ!」
「「 はいっ 」」

綺麗にハモっていた。

293それがヘタレの生きる道:2007/01/15(月) 03:26:23 ID:zynVV6Yc
 【時間:二日目午前7時ごろ】
 【場所:F−4】

 七瀬留美
 【所持品:P−90(残弾50)、支給品一式(食料少し消費)】
 【状態:鬼教官】

 藤井冬弥
 【所持品:H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、
     支給品一式(水1本損失、食料少し消費)、沢山のヘタレボール、
     鳴海孝之さん 伊藤誠さん 衛宮士郎くん 白銀武くん 鳩羽一樹くん 朝霧達哉くん
     来栖秋人くん 鍋島志朗くん ヌワンギくん(尻子玉抜かれて死亡)】
 【状態:どヘタレ】

 保科智子
 【状態:死亡】

 深山雪見
 【所持品:みさき(近くに隠してある)・白虎の毛皮・ヘタレの尻子玉】
 【状態:牡牛座の黄金聖闘士・残りの材料を集める】

→453 →522 ルートD-2

294終盤戦:2007/01/15(月) 12:16:01 ID:TYm/Iw1E

何かが放物線を描いて飛来している。
それが札束や宝石だったらどんなに良かっただろう。
しかし飛んできているのはダイナマイト、初対面の挨拶としては少々派手な演出だ。
「く!」
宗一は瞬時に豪華過ぎるプレゼントに向けて狙いを付け、FN Five-SeveNの引き金を絞った。
どんなに傷付いてようと、Nastyboyは狙いを外さない。

ド……ガァァアンンッ!!

直後、轟音と爆風が巻き起こり、宗一と英二は後方へと吹き飛ばされた。
その衝撃は満身創痍の宗一の体を更に痛めつけたが、どうにか一命を取り留める事は出来た。
問題は―――祐一達の方だ。

ガァァ……アン……!

宗一達が態勢を立て直すのを待たず、再び響く爆音、周囲一帯を包む閃光。
今度は少し距離があったので宗一達「には」被害は無かった。


* * * * * * * * * * * * *


祐一が右を見ると秋子はまだ地面に倒れていた。
頭上に視線を戻すと、一直線に飛んでくるダイナマイト。
間に合う自信は無かったが、やるしか無い。
背負っている観鈴を無造作にその場に降ろす。
祐一は疲れた体に鞭打ち、地を蹴った。

火事場の馬鹿力というものか、普段の彼からは考えられない速さだった。
脇目も振らずに目標に向かって、走る。
助かりたいなら逆方向に走るべきだったが、それは許されない。
後ろには大事な仲間がいる。
地面に落ちたダイナマイトを拾い上げる。
仲間の為にも、少しでも、遠くに飛ばさなければならない。

「うおおおッ!」
野球の遠投のように、走りながら上半身を捻り、全力で投げ飛ばす。
ダイナマイトが明後日の方向へ飛んでいくのを確認せずに、
反対方向へ跳躍しようとし―――その寸前、視界を光が覆った。


* * * * * * * * * * * * *


「う……ん……」
強烈な衝撃を受け、観鈴は目を覚ました。
朦朧とする意識の中最初に視界に入ったのは、見知らぬ女性の横顔。
それも少し顔を動かせば口付け出来るくらい、近距離だ。
女性―――秋子の手は観鈴の背に回されていた。
秋子もまた、精一杯の力を振り絞って観鈴を抱きかかえ、可能な限りの退避行動を取っていたのだ。

「が、がお!?」
観鈴はすぐに秋子の手の中を抜けた。
それは恐怖ではなく、驚きからの行動。
見知らぬ人間に対しての反射的なものだった。

「え、えーと……あの……これは……?」
しどろもどろになりながらも、何とかそれだけ口にする。
秋子は答えない。
その体は震えている。
その目は別の方向へと、釘付けになっている。
観鈴もつられるように視線をやり―――見た。

295終盤戦:2007/01/15(月) 12:18:00 ID:TYm/Iw1E
「ゆ、祐一さん……?」
観鈴は確認するように呟く。
見違えるような姿だった。
祐一は血だらけになって、地面にうつ伏せで倒れている。
その背中はズタズタに引き裂かれており、目を凝らすとその奥に赤黒いモノが見えた。
「祐一さんっ!」
観鈴は痛む腹を意にも介さず、祐一の元へ駆け寄ろうとした。

パンッ!
その直後、すぐ先の地面が弾け飛んだ。
銃声のした方へ振り返ると、敬介を盾にした状態のまま、銃口をこちらへ向けているマルチの姿があった。

「外してしまいましたか。案外扱いが難しいものですね」
マルチは無表情にそう言うと、弾が切れた銃を捨て、機械的な(事実機械なのだが)手付きで残るダイナマイトを全て取り出した。
今度は四本。
さっきのような対処法では、もう防げない。


(くそっ、もうやるしかない!)
宗一は遂に覚悟を決めていた。
このままでは全滅は必至。それよりは、犠牲の少ない方を選ぶ。
FN Five-SeveNの貫通力ならば、盾にされている敬介ごとマルチに致命傷を与える事が可能だ。
銃口を標的へと合わせる。
しかし、弾丸が吐き出される事は無かった。
いつの間にかマルチの後ろから、影が忍び寄っていた。
黒い衣装を纏った銀髪の青年が、表情を変える事無く距離を縮めていく。
こちらへ注意を向けているマルチは、その事に気付かない。
すぐ背後まで辿り着くと、青年はマルチの頭を鷲掴みにし、地面へと叩きつけていた。
「そこまでだ。何があったのか知らないが、観鈴を狙う奴は許さない」
鋭い眼光を放ちながら、見下ろすその男の名は――――

「往人さん!?」
後ろの方で少女が叫ぶ声がした。
「……観鈴」
ようやく探し人を見つけ出した往人が反応する。
窮地に追い込まれたマルチにとって、これが最後のチャンス。
マルチはその一瞬の隙をついて、ダイナマイトに手を伸ばそうと駆けた。
往人はその背を掴むべく手を伸ばしたが、それは無意味に終わった。
「そうはさせないっ!」
―――油断無く構えていた英二が、引き金を引いていたからだ。
遅れて宗一も狙いを付ける。

パンッ!

銃弾がマルチの腹に突き刺さる。
それはロボットであるマルチにとって、致命的なダメージでは無かった。
しかし、動きを止めるには十分過ぎる威力。
宗一が狙うには、十分過ぎる隙。

296終盤戦:2007/01/15(月) 12:19:23 ID:TYm/Iw1E

「ゲーム・オーバーだ」

ダァァァンッ!

グシャッ!

二度目の銃声と、何か砕けるような音がした。

ドサ……と音を立て、マルチが地に沈む。

その体の首から上は、半分以上が無くなっていた。

マルチは、誰よりも優しい心のプログラムを持っていたロボットだった。
しかしこの島に来て、そのプログラムに異常をきたしてしまった。
雄二への狂信を植えつけられ、殺人への禁忌も消えうせた。
致命的なその異常を抱えたまま―――彼女の機能は、永久に停止した。



* * * * * * * * * * * * *

祐一はふと目を覚ました。
観鈴が傍で泣いている。
……不思議な感覚だった。

呼吸をするのも一苦労なのに、痛みを感じない。
体がもうロクに動かないのに、痛みを感じない。
目を開け続けるのも辛いのに、痛みを感じない。

そして―――もう自分の命が長くない事を悟った。

祐一は思う。
ハハハ……ざまあねえな。
感情に任せて突っ走った結果が、これだ。
大人しく俺だけ逃げていれば、こんな事にはならなかった。
思えばこの島に来て以来、俺はずっとそうだった。
理性よりも感情を優先させ続けた。
観鈴がまーりゃんに撃たれた時も、暴走しそうになった。
爆発音を聞きつけた時も、すぐ現場に向かった。
それもこれも、ゲームの開始直後に、悲鳴を聞きつけてからだ。
あの時に悲鳴上げた奴を、観鈴を放っておけばこんな事には―――

297終盤戦:2007/01/15(月) 12:21:20 ID:TYm/Iw1E

そこまで考えて、祐一は笑った。
駄目だな、そんな事できるワケねえよ。
女のピンチには駆けつけるのが、男ってモンだろ?
それにあの時助けに行ったから、観鈴は今生きてるんだしな。



「後ろにいる人が……国崎さんか……?」
多分、合ってるはずだ。
黒い服。そして、鋭い、というよりは悪い目付き。
間違いない。
「……ああ」
啜り泣いている観鈴の代わりに、国崎さんが、答えていた。
良かった……観鈴は探してた人と会えたんだな。
「観鈴をよろしく頼む」
「……分かった」
長々と話している時間はもうない。
国崎さんとの遣り取りは、それだけで済ませた。
気を抜くと意識が飛びそうになる。
だけどまだ話す事があるんだ、もうちょっとだけ持ってくれよ、俺の体。

「観鈴……」
「ゆ、祐一さあん……」
死ぬのが怖くないと言えば嘘だ。
でもそれ以上に、観鈴が泣いているのが、嫌だった。
「お願いがあるんだ、俺の……最後の願いだ。聞いてくれるか?」
「そんなの……! 最後だなんて、嫌だよ!」
観鈴は、ただ泣き叫んでいる。
くそっ、そんな顔をしないでくれよ……。

「まあ、良いから聞けって……。もう、四の五の言ってる時間も、無いんだ」
もう、自分でも驚くくらい、小さな声しか出せなかった。
だけど観鈴は、黙って話を聞く態勢になってくれた。
助かるぜ……怪我人は、大人しくしててくれ。

「観鈴……お前は死なないでくれ。英二さんも、秋子さんも……死んだら駄目だ。
お前達が死んだら、俺は何の為に死んだのか分からなくなる」
「祐一さん……」
「ああ、ああ……!任せろ、少年!」
秋子さんは、泣いていた。
英二さんも……泣いていた。
周りを見ると、知らないおっさんも、赤い髪の女の子も、泣いている。
知り合いじゃないのに……、ほんと、お人好しが多いんだな。
あんたらも、死なないでくれよ。
さて、最後の仕事だ―――

298終盤戦:2007/01/15(月) 12:22:23 ID:TYm/Iw1E

震える手で、観鈴の頬を伝う涙を拭う。
「泣くな観鈴……」
「……」
「今すぐにとは言わないけど、笑いながら、生きてくれ」
「―――!!」
観鈴が何かを叫ぶ。けど、もう聞こえない。
これで本当に……最後だ。
「明るく、笑いながら生きてくれ。それが俺の最後の――」
そこで手が落ちる。
もう喋る事すら出来ない。
視界が暗闇に覆われていく。
今まで知り合った奴らの顔が、次々と闇の中に浮かぶ。

舞―――お前無愛想だけど、良い奴だったな。
名雪―――結局世話をかけっぱなしだったな、すまん。
佐祐理さん―――元気でな。舞と逢えると良いな。
香里―――お前はもう死んじゃったんだな。今、俺も行くよ。
栞―――香里の事でショックを受けてるんだろうな。心配だぞ。
真琴―――お前ももう死んじまったんだな。あの世でも一緒に、肉まん食おうぜ。
北川―――俺の方が先に逝っちまうとはな。当分、こっち側には来んなよ。
そして―――最も親しい顔が、俺の前に現れた。


「あゆ……」
「祐一君、よく頑張ったね」
「そうかな……俺は、お前の分も頑張れていたかな……?」
「うんっ。祐一君、すっごい頑張ってたよ!」
「ずっと、見ていてくれたのか?」
「ずっと見てたよ。祐一君は本当に、頑張ったよ……」
「そうか……。じゃあ後は観鈴達に任せて、俺達は一休みといくか?」
「うんっ!」
あゆの手を取り、俺は歩き出した。

観鈴……英二さん……秋子さん……後は、よろしくな。


* * * * * * * * * * * * *

299終盤戦:2007/01/15(月) 12:23:05 ID:TYm/Iw1E


「はぁ……はぁ……」
―――無茶はするもんじゃない。

勝ちはしたが、予想以上にダメージは大きかった。
何度も倒れそうになった。
それでも環は、足を止めなかった。
時間は掛かったが、どうにか診療所に辿り着いた。
だが、全てはもう終わっていた。

「――――!」
環が見たものは、祐一の亡骸を抱いて泣きじゃくる観鈴の姿だった。


【時間:2日目・午前8時40分】
【場所:I−7】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数12/20)】
【状態:左肩重傷(腕は動かない)、右太股重傷(動くと激痛を伴う)、腹部を銃で撃たれている(急所は外れている)】
橘敬介
【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】
【状態①:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て応急手当済み)。観鈴の探索、美汐との再会を目指す】
【状態②:啜り泣き、意識はあるが背中に激痛悶絶、マルチに捕まっている、観鈴にはまだ気付いていない】
水瀬秋子
【所持品:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
【状態:啜り泣き、腹部重症(治療はしたが再び傷が開いた)。名雪を何としてでも保護。目標は子供たちを守り最終的には主催を倒すこと。】
緒方英二
【持ち物:ベレッタM92(6/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式】
【状態:啜り泣き】
神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:号泣、脇腹を撃たれ重症(容態少し悪化)】
国崎往人
【所持品1:トカレフTT30の弾倉、ラーメンセット(レトルト)】
【所持品2:化粧品ポーチ、支給品一式(食料のみ2人分)】
【状態:あかりと生き残っている知り合いを探す】
神岸あかり
【所持品:水と食料以外の支給品一式】
【状態:啜り泣き、月島拓也の学ラン着用。打撲、他は治療済み(動くと多少痛みは伴う)】
向坂環
【所持品:支給品一式】
【状態:呆然、頭部から出血、及び全身に殴打による傷】

相沢祐一【死亡】
マルチ 【死亡】

【関連:540 590 626】
【備考:現場にレミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)、H&K VP70(残弾数0)、祐一、マルチの支給品一式が置いてあります】

300修正:2007/01/15(月) 12:26:01 ID:TYm/Iw1E
見落としてた……orz

>橘敬介
>【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】
>【状態①:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て応急手当済み)。観鈴の探索、美汐との再会を目指す】
>【状態②:啜り泣き、意識はあるが背中に激痛悶絶、マルチに捕まっている、観鈴にはまだ気付いていない】
 ↓
橘敬介
【所持品:支給品一式、花火セットの入った敬介の支給品は美汐の家に】
【状態①:左肩重傷(腕は上がらない)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て応急手当済み)】
【状態②:啜り泣き、背中に痛み】

301名無しさん:2007/01/17(水) 00:17:29 ID:QTqZl7Mc
今更だけど平瀬村アナザー投下します、七瀬と耕一が書きたかっただけなんで尻切れトンボサーセン

302乙女と修羅と化した鬼:2007/01/17(水) 00:18:19 ID:QTqZl7Mc
残り、四人。それもほとんどの者が武装をしていない状態。
さっきまで奮闘していたメンバーは既に事切れている、唯一動けるであろうルーシー・マリア・ミソラも膝に抱えた春原陽平のおかげで身動きが取れない状況だった。
柏木千鶴は、勝利を確信していた。黒髪の少女と争っていた柏木耕一も無事に事を終えたようで、こちらに近づいてきている。
顔を向けると微笑み返してくれる彼の存在が心強かった。・・・・・・一人じゃない、その後ろ盾が千鶴の心の支えとなる。
ウージーを今一度構えなおす、これで戦局も終わりを告げるであろう。
ノートパソコンの所持者を抑えれば耕一、そして初音の首輪の問題も解くことが出来る。
運は千鶴の味方であった。

そう、この瞬間までは。


「なーにしてんのよおぉぉぉー!!!!」


それは、叫び。
聞き覚えのない少女の大声、背後から迫ってくる気配に慌てて千鶴は振り向いた。
徐々に大きくなってくる車輪音、ペダルを漕ぐチェーンの音から分かるその正体。
ジャリジャリと小石を踏み潰しながら場に躍り出たのは、一台の自転車であった。
その大胆な登場に唖然となる、自転車は最後の茂み・・・・・・そう、ウォプタルがちょうと飛んできた辺りの場所を突きぬけ千鶴の側面に飛び込んできた。
長いツインテールが、千鶴の目の前で勢いで揺れまくる。それは自転車に乗っていた少女のもの。
千鶴とるーこ達の間に滑り込んできた自転車は、キキーッと急ブレーキをかけいきなり止まった。

場に響くのは、操縦者の少女の荒い呼吸のみ。
余程急いできたのだろうか、上下する肩はまるで長距離を完走した後の陸上選手のようだった。
そんな彼女の背中を、長岡志保や吉岡チエといった戦局面に溶け込むことができないでいた面々も呆然と見つめるしかなかった。
いまだ尻餅をついた姿勢のまま身動きを取らない彼女等に対し、一瞬だけ目をやる少女。
すぐさま視線を戻す、射抜くが如く鬼気迫る睨みは千鶴と耕一の二人に向けられたものであった。

「何してんのよ、馬鹿じゃないの?!そんな簡単に人を襲うなんて・・・信じらんない!」

303乙女と修羅と化した鬼:2007/01/17(水) 00:18:54 ID:QTqZl7Mc
ストレートな言葉だった。その物怖じしない態度に、精神的タフさを感じる。
語気の強さに妹である柏木梓をどこか彷彿させる節があった、そんなことを思ってしまいすぐさまの対応ができなかった千鶴。
彼女がウージーを持ち直そうとした時には、少女は既に懐から取り出したであろうデザートイーグルをこちらに向けて構えていた。
小さく舌を打ち睨み返すものの、その瞬間目の前の少女の怒鳴り声が再び場に響く。

「武器を捨てなさいっ!!あなた達ね・・・・・・そうやって人を殺して、殺された人の関係者に何て言うつもりなのよ!!」

これまたひどく真っ当な台詞であった。だが、真っ当だからこそ返す言葉は難しい。
出来上がっていく不毛な会話の想像は容易い、はっきり言ってこのような人間と分かり合うことなんてできないのだから。
それは、彼女は修羅になる決意ができている身であったから・・・・・・そして、隣にいる耕一もそうであり。
そんな二人の間、すっと一歩前に出たのは血濡れの日本刀を手にした耕一であった。
今まで黙っていた彼は、膝を崩したままの千鶴を庇うように自転車の少女と対峙する。

「千鶴さん、下がってください。ここは俺が何とかします」

その背中の大きさに胸が高鳴る、頼りがいのある弟分の姿に安堵感が広がっていく。
そう、一人じゃない。一人じゃないから、やり遂げられるであろう・・・・・・どんな困難だろうとも。

「ありがとうございます、ちょっと足の感覚もなくなってきた所なので助かります・・・・・・」

素直にそう、口にする。投げナイフの刺さった場所からの出血はまだ止まっていない、細身ではあったが思ったよりも深く刺さっていたらしい。
千鶴は構えていたウージーを一端降ろし、傷の応急処置を始めようとする。
・・・・・・だが、顔を伏せた途端感じたのは一つの威圧感。
理由の分からない不快感、正体を見るべく今一度顔を上げた千鶴はあのツインテールの少女と即座に目が合った。

「ちづる・・・・・・柏木、千鶴?あなたがそうなの?」

跨っていた自転車から降り、その場に留めながら少女は耕一の向こう側にいる千鶴に向け視線を送り続けていた。
一歩踏み出され距離が少しだけ近づく、しかしその容姿に見覚えは感じられない。
どういうことかと考えた矢先、あの可愛らしい小動物のような彼女の姿が脳裏をよぎった。

304乙女と修羅と化した鬼:2007/01/17(水) 00:19:29 ID:QTqZl7Mc
「・・・そう。愛佳ちゃんに、会ったのね」
「あなたのことは話に聞いたわ、頼まれたのよ・・・・・・ゲームに乗ったあなたを止めてくれって」
「そうですか。でも、こちらも譲れませんので。手を引くわけにはいきません」

心の安らぎを覚えた彼女との時間、忘れることなんてできるはずはない・・・・・・しかし、それを封印してでも千鶴は前に進まなければいけなかった。

「事情は分からないけど、そういうことだ」

合わせられる耕一の声、生き延びるためにすべきことが明確な二人だからこその、頑なな態度であった。
・・・・・・そんな彼らの様子に、少女も落胆の吐息を落とす。

「そうやって、誰かを傷つけて。それによって傷つく人のことを考えたことがあるの?」

さっきまでの機関銃のような詰問とは一転、憂いを帯びた問いかけの中にはまるでせつなさが込められたかのような寂しさが含まれていた。

「考えないよ、今は。そんなことを思っていたら、こんなことできないからな」

けれど、そんな少女の言葉を耕一は一刀両断にする。
再び鋭くなっていく少女の瞳を飄々と見返しながら、耕一は血の滴る日本刀の切っ先を少女に向け構えてくる。

「これだから男は・・・・・・」
「何とでも言ってくれて構わない。俺達は、もう後戻りできないんだ」
「あんた達みたいな人がいるから、あの人みたいに悲しむ人が出ちゃうんだわ・・・・・・っ」
「悪いけど、君の事情を省みる余裕も時間もないんだ。すぐに終わらせてもらう」

口論が止む、少女と耕一の間に走る緊張感に千鶴も身構える。
耕一の背後で始まるであろう争いを傍観する立場になるであろう、そう。何もしなければ。
耕一の背にいる自分、少女の背後には自転車。そして、その後ろには怯えた役立たずが二人。それだけ。
ここが、決定的な差であった。
耕一にああは言ったものの、銃を手にする少女と対峙するのに日本刀では役不足であろう。
視線を這わせ、この中では異端者に入る部類・・・・・・るーこの様子を確認する。
膝に乗せていた陽平を背後に移しに、彼女も機会を窺っている。だがここから狙うには少々距離的にもきつい面があった。
集中して照準を合わせていたら、それこそ彼女が動き出すチャンスを与えてしまうかもしれない。
・・・・・・余計なことを考えず、千鶴は耕一に対する援護を優先することにした。
静かに、膝元に置きざりになっていたウージーを再び手に取る。少女は気づいていない。
少女と耕一の間の空気は張り詰めていて、両者互いの出方をまだうかがい続けている。
いきなり発砲してこないことから、彼女が人を撃つことに対し冷徹な考えを持っていないことは明らか。
その甘さにつけいる隙は、充分ある。
銃の先端をこっそり彼女に向ける、絶好のチャンスに気が高まった時だった。

305乙女と修羅と化した鬼:2007/01/17(水) 00:20:06 ID:QTqZl7Mc
「残念、チェックメイト」

これもまた、聞き覚えのない少女の声だった。
後頭部に感じる違和感で、千鶴は事態を瞬時に理解する。
振り向くことが許されない金属の感触に身動きが取れなくなる、焦りを抑えて千鶴は何とか言葉を紡いだ。

「いつの間に、と言えばいいのでしょうか」
「・・・・・・あなたが彼を信じて、自分は他の気配に集中していれば勝算はあったかもしれないわね。そこがあなたの敗因」

気がついたら、耕一も何事かとこちらを振り向いていた。
チエも、志保も。るーこも。視線は千鶴に集中する。
そんな現状に思わず苦笑いが浮かぶ、まさか自分が足手まといになるとは思わなかった。
そんな千鶴にかけられる声は、自転車の少女並みに気の強そうなはきはきとした物だった。

「動かないでね、あなたは今人質ってことになるんだから」
「ここで止めをさした方が、あなた方のためになるかもしれませんよ?」
「七瀬さんも言ってたでしょ。どうも、あなたを全うな道に戻さなくちゃいけないみたいなの」
「・・・・・・」

横目で見ると、自転車の少女・・・七瀬というのが彼女の名前なのだろうか。
彼女は耕一から離れ、少し遠い場所に落ちている元は黒髪の少女が振るっていた日本刀を手にしていた。

「ごめんなさい、柚木さん。そっちは任せたわ」
「任されても困るんだけどねー」
「ちょっと、ここに来て一番頭にきたの。・・・こんな考えの人を放っておくわけにはいかないじゃない」

デザートイーグルがスカ−トのポケットにしまわれ、彼女の装備はそれのみになる。
感覚を手に馴染ませているかの如く、何度か少女は日本刀を振った。
再び耕一の前に戻り、彼女はごく自然に型をとる。

「銃を使わないことで、同じ土俵に上がったつもりか?それが何になる」
「別に手加減しようっていう意味じゃないわよ。単に私の得意分野がこっちだったってだけ。それに・・・叩きのめすなら、こういう武器の方がお似合いかとも思うしね」

ここにきて、初めて少女の顔に笑みが浮かんでいた。

「来なさい。あんたの根性、叩きなおしてあげるわ」

挑発。自信に満ちたそれを、どこか客観的なものに千鶴は思えていた。
・・・・・・六つの視線に晒されたまま、少女は耕一を懐に誘う。
血のついた日本刀を耕一が振りかぶったのは、その直後だった。

306乙女と修羅と化した鬼:2007/01/17(水) 00:21:39 ID:QTqZl7Mc
【時間:2日目午前11時30分】
【場所:F−2・倉庫前】

柏木耕一
【持ち物:日本刀(血塗れ)・支給品一式】
【状態:マーダー、少し返り血がついている、るーこのパソコンを狙う、首輪爆破まであと21:15】
【備考:遠野美凪について調べる】

柏木千鶴
【持ち物:ウージー(残弾18)、予備マガジン弾丸25発入り×3、投げナイフ×1(血塗れ)、支給品一式(食料を半分消費)】
【状態:マーダー、るーこのパソコンを狙う、太ももに切り傷、左肩に浅い切り傷(応急手当済み)】
【備考:遠野美凪について調べる】

長岡志保
【持ち物:投げナイフ(残り:0本)・新聞紙・支給品一式)】
【状態:呆然】

吉岡チエ
【持ち物:支給品一式】
【状態:呆然】

春原陽平
【所持品1:スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2・他支給品一式】
【所持品2:鋏・アヒル隊長(30分後爆発)・他支給品一式】
【状態:気絶、全身打撲、数ヶ所に軽い切り傷(どちらも大体は治療済み)】

ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品1:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)・スペツナズナイフ】
【所持品2:鉈・包丁・他支給品一式(2人分)】
【状態:状況を見ている、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み)】

柚木詩子
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、包丁、他支給品一式】
【状態:千鶴にニューナンブを突きつけている】

七瀬留美
【持ち物:日本刀・デザートイーグル(.44マグナム版・残弾6/8)】
【状態:耕一と対峙する・目的は冬弥を止めること。ゲームに乗る気、人を殺す気は皆無】

以下のものは、止められた自転車のカゴに入ってます
【所持品1:デザートイーグルの予備マガジン(.44マグナム弾8発入り)×1、H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、スタングレネード×1、何かの充電機、ノートパソコン】
【所持品2:支給品一式(3人分)】

ウォプタル
【状態:特に何もしていない】

【備考:木彫りの星・志保と護の投げたナイフ計3本はそこら辺に落ちている】

(関連・572・605)アナザー

307咆哮 -Heart of the Maelstrom-:2007/01/17(水) 12:21:30 ID:Tv3R/m3k

ポテトが、受身も取らず地面に叩きつけられる。

「―――ッ……!!」

毛皮の先についた幾つもの炎が、水に濡れて煙を上げた。
立ち上がることもできず、ただ足先を痙攣させるポテト。
勝利を確信したボタンが、舞へと視線を移す。
蒼白の少女は、刀を杖がわりに突いて震える身体を支えながら、自らの手で切り落とした
魔犬の尾の元へと歩み寄ろうとしていた。

「おい、嬢ちゃ―――」
「……待つ、ぴこ……!」

よろけながら歩く舞の背に声をかけようとしたボタンが、ゆっくりと振り向く。
ポテトは、全身の毛を焦がし、あるいは未だに煙を燻らせながら、必死で起き上がろうとしていた。

「……寝てろよ、駄犬」
「まだ……まだ、戦いは終わってなどいないぴこ……!」

がり、と地面を掻きながら、ポテトが顔を上げる。
口から離そうとしない杖の先が、地面を擦った。
そんな姿を見て、ボタンが冷ややかに告げる。

「……いいや。もう、終わってる」
「なんだと、ぴこ……?」

ボタンの目は、魔犬の銜えた杖を捉えていた。
その先端につけられた、大きな珠を指すように、顎を振る。

308咆哮 -Heart of the Maelstrom-:2007/01/17(水) 12:22:05 ID:Tv3R/m3k
「よぉっく、見てみな」
「―――ッ!? な……なんだ、ぴこ……これは……!?」

それは、小さな罅であった。
言われなければ気づかないほどの、小さな小さな傷。
爪で引っ掻いたような痕が、宝珠の表面についていた。
ポテトの声が、これまでにない焦りの色を帯びる。

「あ、あり得ないぴこ……! 我が神のおわす杖に……傷などつくはずがないぴこ……!」

呟きながら、何度も何度も首を振るポテト。
眼前の現実を認めたくないというようなその素振りを、ボタンはどこか悲しげな瞳で見つめていた。
静かに、口を開く。

「―――そろそろ、幕引きといこうや、兄弟」
「な……ッ!?」

眦を逆立てたポテトの眼差しを真っ向から受け止めて、ボタンが続ける。

「……神なんざ、もういねえんだよ。どこにも。
 霜の巨人の壁の向こうにも、テメエの杖の中にも、な」
「そんなことは……ッ!」
「わかってる、ってか? いいや、テメエは分かってねえ。何一つ、分かっちゃいねえ。
 神話の時代は終わった。神々は去った。俺達は取り残された。
 口ではそうやって繰り返しちゃいるが、心の底じゃ、決して認めようとしねえんだ。
 いつか。きっと。……そんな言葉にすがって、生き恥晒してんのは俺だけじゃねえ。
 テメエもだ。テメエもそうなんだよ、兄弟」

兄弟、と聖猪は告げた。

309咆哮 -Heart of the Maelstrom-:2007/01/17(水) 12:23:27 ID:Tv3R/m3k
「誰も言わねえなら、俺が言ってやる。
 誰も彼もが行っちまって、俺しか残ってねえなら、俺が引導を渡してやる」

魔犬は、無言。

「神は、死んだ」
「……」
「もう、戻ってこねえ」

どこまでも静かに、神話の獣が。

「俺達は、生き終わり損ねたんだ」

時代の終わりを、口にする。

「……ここらが、潮時だろうぜ」
「……」

梢を叩く雨音が、微かに響いていた。

「―――と、ぴこ」
「……?」

雨音に紛れて、ポテトが何事かを呟いた。
耳をそばだてたボタンに向けて、ポテトは今度こそ、はっきりと口にした。

「生憎と、ブタの言葉は心得ていないぴこ」

言葉と同時。
顔を上げたポテトが、大きく頤を開いた。
ボタンが飛び退いてから一瞬だけ遅れて、吹雪の白が辺りを満たした。

「ぴ……ぃぃぃぃぃぃぃィィィィィィ―――こぉぉぉォォォォォッッ!!」

魔犬の咆哮が、森を包む。

310咆哮 -Heart of the Maelstrom-:2007/01/17(水) 12:24:06 ID:Tv3R/m3k
吐き散らされた吹雪に、木々が、雨粒が、凍りつく。
立ち上がることもままならぬその身を泥濘へと投げ出しながら、ポテトは渾身の力を込めて
周囲を極寒の世界へと変えていく。

「んな身体で今更、何をしようってんだ……!」

距離をとったボタンの言葉には応えず、ポテトは大きく開いたままの顎を、そのまま下に向ける。
小さな音がした。
長い、長い間、決して離すことなくポテトに銜えられていた魔杖が、地に落ちた音だった。
泥が撥ね、杖を汚す。

「なッ……! テメエ、何を……!?」

刹那、ポテトが視線を上げた。
その表情は、ボタンの目には、笑っているように、映った。

次の瞬間。
大きく顎を開いたポテトは、その鋭い牙を、自らの前脚に突き立てていた。
骨と骨が当たる硬い音が、そしてすぐ後にはそれを噛み砕く重い音が、雨音に混ざった。

「まさか……! おい、やめろ駄犬!」

驚愕と困惑の入り混じったボタンの声にも耳を貸すことなく、ポテトは己が右足に牙を食い込ませていき、
ついにはそれを喰い千切っていた。間を置かず、左の前脚に喰らいつく。
噴き出す血が、雨に溶けて魔犬の全身を、地に落ちた魔杖を緋色に染め上げていく。

ボタンが黄金の光弾となって飛び出そうとするが、間に合わない。
重く、湿った音と共に、ポテトは己が二本めの脚を、噛み千切った。
迸る鮮血が、泥に覆われた大地に吸い込まれていく。

慟哭にも似た魔犬の咆哮が、ボタンの耳朶を打った。
それは、紛うことなき呪詛。
肯んじ得ぬ世界への、訣別の声だった。

瞬間、空気が変わった。
ずるり、と風が吹く。
大気ばかりではない。雨粒、泥濘、塵芥といったものが、一斉に動き出していた。
渦を巻くように、それらは螺旋の紋様を描き出す。
その中心にあるのは、魔犬の血に染められた大地。
そして、倒れ伏しながら哭く、魔犬自身であった。

渦は瞬く間に勢いを強めていく。
周辺のあらゆるものが、渦に引きずられ始めていた。

311咆哮 -Heart of the Maelstrom-:2007/01/17(水) 12:24:35 ID:Tv3R/m3k
 【時間:2日目午前6時すぎ】
 【場所:H−4】

ボタン
 【状態:聖猪】

ポテト
 【所持品:なし】
 【状態:魔犬モード・尾喪失・両前脚喪失】

川澄舞
 【所持品:村雨・支給品一式】
 【状態:肋骨損傷・左手喪失・左手断面に重度の火傷・出血停止も重度の貧血・奥歯損傷】

→639 ルートD-2

312彼女のタイミング3:2007/01/18(木) 01:59:47 ID:q4n3Qv2s
・・・・・・いつまで経っても、彼女が目覚める気配はなかった。
篠塚弥生に襲われ気を失ってしまった湯浅皐月の様子を窺う、呼吸はしているので命に別状はないだろう。
ほう、と小さく息を吐き、柚原このみは周囲を見回した。
弥生の遺体はまだそう遠くない場所に放置されている、このみの腕力ではそれを動かすことはできなかった。
・・・・・・目を覚ました皐月は、一体自分のことをどう思うだろうか。
このみにとって、それだけが気がかりだった。

(皐月さん・・・・・・お友達が亡くなっても泣かなかった皐月さん。このみとは全然違う皐月さん・・・・・・)

自分だったら、人を殺した人間を信用できるだろうか。
皐月が人を殺しても、彼女と道を共にし続けるだろうか。

(あはは、分かんないや・・・・・・想像もできないよ)

ぎゅっと手のひらを握りこむ。これから一体どうなるのか、不安は募る一方で。
一頻り泣いたことで何とか精神的にも落ち着くことはできていた、今度はこれからどうするかを考えなくてはならない。
まず皐月が目覚めない限り先には進めないというのもあるが、それまでにも荷物くらいはまとめておいた方が良いであろう。
ぽてぽてと、先の争いで散らばった銃の元へ近づいていく。
弥生の鞄には触る気にはなれなかった。彼女の傍にあるワルサーだけ手にし、今度は皐月の手にしていた元はこのみの支給品であった物を取りに行く。
ちょうど拳銃を胸に抱えたタイミングで、このみは背後から聞こえる衣擦れの音に気がついた。

313彼女のタイミング3:2007/01/18(木) 02:00:30 ID:q4n3Qv2s





むせ返るような血の匂いで、皐月は目が覚めた。
頭痛がひどい、ぼやけた視界で何とか現状を確認しようと半身を起こしてみる。
・・・・・・セイカクハンテンダケの効果の切れた彼女は、何が何だか分からないうちに弥生の攻撃を受け気を失ってしまった。
故に、今の自分の状況を理解できることなどできるはずもなく。
視線をさまよわせると、視界に二丁の銃を手にする一人の少女が入った。
少女の制服はよれよれだった、乱闘でもしたのだろうか。髪も、ぼさぼさであった。
そして、何より目についたのは・・・・・・暗闇でも分かる、服についた大量の染みであり。
少女はこちらを見つめ、首を傾げていた。そして、微笑んできた。
可愛かった、懐っこい表情であった。だが、その少女のすぐ後ろに。
身動きをとらない人間の塊が、あった。

「きゃああああぁぁぁぁぁっ!!!」

身動きをとらない人間は、水たまりの中で横たわっていた。
その水たまりの中に、金属の・・・棒のようなものがあった。
そのすぐ傍に愛らしい少女がいた、少女は拳銃を二丁持っていた。
少女の服には、大量の染みがついていた。

身動きをとらない人間は死体だ。水たまりはその人間の出した血だ。
愛らしい少女の服に染みがあった・・・それはきっと、その身動きをとらない人間の、血だ。

電気のついていない境内で色の認識などできない、しかし状況証拠はこれだけ揃っている。
ガチガチと歯が噛みあわない音が響く、皐月は腰をついたまま後ずさりをして何とか少女と距離を置こうとした。
どうしてこんなことになったのだろう、どうしてこんなことに巻き込まれたのだろう。
思考回路は恐怖で構成された、目に映る全てをその対象としか皐月は認識できなかった。
・・・微笑みかけてくる少女が不気味だった、何故こんな状況で笑っていられるのか気持ち悪かった。

「・・・・・・た、から」
「え?」
「あんたが殺したから!だから笑ってられるんだっ!ひどい、悪魔よ・・・・・・こんな、こんなっ」
「え、あ、あう・・・・・・」

314彼女のタイミング3:2007/01/18(木) 02:01:03 ID:q4n3Qv2s
反論をしてこない。少女は、ただ困ったように眉をハの字に寄せるだけだった。

「殺すんだ!きっとあたしを、あぁたしを、殺すんだっ!!イヤよ、絶対嫌よ・・・・・・死にたくない死にたくない死にたく」

ダンッと、肩が硬いものに当たる。
壁だった、もう逃げ道はなかった。
・・・こんなところで、何もしないで終わるのなんてまっぴらごめんだった。
宗一にも会えないで、エディにも会えないで、ゆかりにも・・・

(・・・・・・あれ、そういえば・・・・・・ゆかりは、どうしたんだっけ・・・・・・)

ズキンと、再び頭痛が起きる。
顔をしかめ頭を抑えると、少女がタタッと近づいてきた。
・・・・・・このみはただ、皐月の身を案じて動いたのだが、今の皐月はそんな彼女の心遣いに気づくことができるはずもなく。

「あああああ!!チャンスだと思ったんだ、あたしのぐあいがわるいと思ったからとどめを刺しにきたのねそうなのね!!
イヤよイヤ、殺人鬼!あっちいけええぇぇぇぇ!!!!」

震える足で立ち上がり、皐月はこのみを押しのけ全力で駆けて行く。
背後から自分を呼ぶ声が耳に入るが、それを認識するわけにはいかなかった。
手ぶらだった、自分の荷物を手に取る余裕すらなかった。とにかく、ここから離れることが最優先事項だったから。
・・・・・・皐月の姿は、あっという間に神社から消えていった。

315彼女のタイミング3:2007/01/18(木) 02:01:40 ID:q4n3Qv2s





(・・・・・・このみがいけないの?やっぱり、人を殺すようなこのみじゃダメなの?)

残されたこのみは、呆然と皐月が消えていった神社の入り口辺りを見つめていた。
理解できるのは、皐月が全力で自分を拒否してきたということ。
皐月が自分を見て、怯えていたということ。

(皐月さん、皐月さん・・・・・・)

はらはらと、止まったはずの涙が再び流れ出す。
このみの咽び泣く姿の隣、今度はあの人はもういない。





柚原このみ
【時間:1日目午後10時】
【場所:E−02・菅原神社】
【所持品:38口径ダブルアクション式拳銃 残弾数(6/10)・予備弾薬80発・ワルサー(P5)装弾数(4/8)・支給品一式】
【状態:号泣・貴明達を探すのが目的・制服は血だらけ】

湯浅皐月
【時間:1日目午後10時】
【場所:E−02】
【所持品:なし】
【状態:逃亡】

弥生の支給品(レミントン(M700)装弾数(5/5)予備弾丸(15/15)含む)は放置
皐月の支給品(セイカクハンテンダケ(2/3)・支給品一式)は放置
金属製ヌンチャクは弥生の死体付近に放置

(関連・530)(B−4ルート)

316御許に安らけく 憩わしめたまえ:2007/01/18(木) 06:01:53 ID:yLmFZeYg

己がこれまで存えてきた理由を、ボタンは考えている。
天を翔けていた。誉れ高き神の乗騎と信じ、輝く日々を生きていた。
単なる愛玩道具に過ぎなかったのだと思い知らされたのは、黄昏を越えた最後の神族が、
とうの昔に唯一者に狩られていたと聞いたときだった。



魔犬は、己の血を鍵として大地に呪をかけた。
見限ったのだと、ボタンは思う。
神なき世を、主なき身を、終わりなき時を。
続き続ける苦痛を、存え続ける恥辱を、望み続ける絶望を、あれは手放したのだ。
血は流れ続け、魔犬は生き終わろうとしている。
待つものとてない黄泉路の道連れに、つまらぬ塵芥を供として。

それがいたたまれず、聖猪はその場を後にしようとしていた。
泥に塗れ、己が血に塗れた魔犬の姿は、明日の己だった。
薄汚く死を待っている、それを認めるのが煩わしくて、ボタンは目を逸らす。

放っておいても、呑まれるのは雨と泥と、血と狗だ。
無意味な死。空虚な呪詛。理解できない、結末。
狗の選んだ、それが葬列だというのならば、最早この場は何ももたらさない。

視線を上げたそこに、鬼斬りの少女が立っていた。



右手には、抜き身の刀。
大蛇の尾が刺さった刀身を引きずっていた。
幽鬼と見紛わんまで生気を失った少女が、ゆらりと歩を進める。
制止しようとする聖猪の声にも、何ら反応を返さない。

ひび割れ、血を滲ませたそこだけが赤い、青紫色の唇が、小さく動く。
爪、呑まれる、そう繰り返しているようだった。
半ば虚ろなその瞳は、ただ一点を見つめている。
歩みの先にあるのは、黒く盛り上がった土塊の如き躯。
両断された、鬼の遺骸だった。

ずるり、と足を引きずりながら、少女が鬼へと取りつく。
抱きしめるように、あるいは口づけをするように身体を預けると、少女は赤黒い血のこびりついた右手を、
ゆっくりと持ち上げた。退魔の刃が、雨に濡れて煌く。
無造作に振り下ろされた刃が、細かく皹の入った鬼の手首へと差し入れられる。
最早流れ出る血もないものか、小さな皮膚の欠片だけがぱらぱらと散らばった。

差し入れ、引き戻し、鋸を引くように、少女は徐々に鬼の手を切り裂いていった。
その間にも、鬼の躯は周囲の泥濘ごと呪詛の渦へと引きずられていく。
その様を、ボタンはじっと見つめていた。

それは、生に倦んだ死を、踏み拉くかのような、命のあり方だった。

317御許に安らけく 憩わしめたまえ:2007/01/18(木) 06:02:33 ID:yLmFZeYg

一刺しごとに、鬼の手首が裂けていく。
皹は傷となり。
傷は輪となって。
ついには、鬼の手が、千切れた。

己の顔を覆うほどの大きな手を、少女が大事そうに抱きしめる。
その身体が、ぐらりと揺れた。
少女が身体を預けていた鬼の躯が、渦の中心に達していた。

地に空いた、薄暗い、小さな穴。
そこから、魔犬の顔だけが、覗いていた。
牙が、鬼の躯を噛み砕く。
ひと噛みで、両断された顔の上半分が失われていた。

うまそうに、狗が喉を鳴らす。
ただ一声、怨、と哭いた。

鬼の腕が、噛み裂かれた。
肩が、飲み込まれた。

揺れる足場に、少女が倒れた。
もとより、立ち上がる力とて残ってはいなかった。
狗の顎が大きく開き、涎が糸を引いた。

少女の瞳が、並んだ牙を映した。
頤が閉じる。

刹那、小さな光が奔った。同時に、じ、と布の焦げる臭い。
そして、肉の焼ける匂いがした。
狗が、吼える。

318御許に安らけく 憩わしめたまえ:2007/01/18(木) 06:03:07 ID:yLmFZeYg


地面に転がったのは、少女、川澄舞だった。
受身も取れず、顔からぬかるみに落ちる。
それでも手は、蛇の尾の刺さった刀と鬼の手を抱きしめて放さない。

眼に入った泥を拭おうとして、泥に塗れた袖ではそれも叶わず、空を見上げて入る雨粒で眼を洗う。
ぼんやりと下ろしたその霞む視界に、奇妙な光景が映っていた。

地面に空いた、小さな暗い穴から、大きな犬の頭だけが突き出ている。
その頭だけの犬が、黄金に輝く猪の首筋に、しっかりと噛み付いていた。
傷口からぶすぶすと煙が上がっているが、犬はその牙を緩めない。
溢れ出る血潮が、白銀の犬の毛、泥に塗れたその毛皮を洗い流していく。

小さな声が、した。
とめどなく血を流す、猪の声のようだった。

殺してくれ、と。
震える声で、猪は言った。

死にてえのよ、と。
震える、それでも確かに笑みを含んだ声で。
苦しそうに、楽しそうに、猪は輝いていた。

舞が、大蛇の刺さったままの刀を、時折痙攣する手で持ち上げる。
跪くように、上体を起こした。
切っ先を下に向け、猪の腹へと静かに押し当てる。

ありがとうよ、と。
小さな声が、聞こえた。

柄頭を肩に当てる。
そのまま大地に身を任せるように、体重を刀に預けた。
身を焦がす炎熱を放つはずの毛皮は、何の抵抗もなく刃を受け容れていた。

ずるり、と。
猪を貫いた刃が、そのまま犬の首を、一刀の下に断った。

それが限界だった。
断末魔の声を聞くこともなく、川澄舞はその場に崩れ折れていた。

319御許に安らけく 憩わしめたまえ:2007/01/18(木) 06:03:29 ID:yLmFZeYg


命の終わりを感じながら、ボタンはひどく満たされている自分に気づいていた。
長い時間の中で記憶の彼方に置き忘れてきた、それは高揚だった。

 ―――ああ。我らは、ただ戦の中で、死にたかったのだ。

それは、ひどくちっぽけな、自尊心だった。
生まれ、生きることに意味を見出し損ねた自分達は、ならば死をもって主に殉じたかった。
ただ、それだけのことだった。

狗も死に際に笑うはずだと、内心で苦笑する。
互いに、こんな簡単なことにも、気づかなかったのだから。
その狗はといえば、退魔の刃に頭蓋を断たれ、一足先に旅立ったようだった。
怨嗟の渦も、既にその力を失っている。

傍らに倒れ伏す少女、雨に打たれるその小さな身体を、聖猪は見やる。
生き延びることは難しかろうと、そう思う。
何を望んだのかは知れぬ。
しかし少女は生の限り、人の身の限りを超えて、何かを追い求めていた。
その姿が、この生き終り方を思い出させてくれたのだとしたら、己は少女に報いねばならぬと、聖猪は思う。
しかし、残された力はあまりにも小さく、何程のこともできそうにはなかった。

ならばせめて、その身体を蝕む寒さから解き放ってやろう、と。
聖猪は最後の力を振り絞り、小さな焔を作り出す。
風に揺らめくその焔は、しかし雨に打たれても消えることはなかった。
蒼くも、朱くも見える小さな灯火は、ゆっくりと少女の身体へと吸い込まれていった。
ほんの微かに身じろぎする少女。
それを見届けて、聖猪は目を閉じる。

少女が、その生の最期に良い夢に恵まれることを祈りながら。
ボタンは、長い生涯を、終えた。

320御許に安らけく 憩わしめたまえ:2007/01/18(木) 06:04:21 ID:yLmFZeYg


 【時間:2日目午前6時すぎ】
 【場所:H−4】

ボタン
 【状態:死亡】

ポテト
 【状態:死亡】

川澄舞
 【所持品:村雨・支給品一式】
 【状態:瀕死(肋骨損傷・左手喪失・左手断面及び胴体部に広く重度の火傷・重度の貧血・奥歯損傷・意識不明・体温低下は停止)】

柏木耕一
 【状態:死亡】

→647 ルートD-2

321深夜の奇襲3:2007/01/23(火) 01:50:57 ID:O1m.R34I
柚原春夏は最大のチャンスを逃したことに対する苛立ちを隠せず、思わず舌を打った。
反動が余りにも大きいマグナムを手懐けるのは難しすぎた、そんな彼女が次に取り出したのは河野貴明の支給品であるRemington M870であった。
ショットガンなので狙撃には向いていないが、それでも彼女の所持する他の銃に比べれば充分マシな照準で飛んでくれる。
棒立ちで会話をする来栖川綾香等を狙った時、既に銃を取り替えていたらという後悔は隠せない。
そう、あのチャンスに満ちた奇襲が失敗に終わった時。春夏は自分の射撃能力の低さを実感するしかなかった。

今までほとんど静止している相手を撃つ形をとっていたからか、彼女の戦闘経験というものは皆無である。
動いている的を狙うことすらも初めてだった、住井護を討てたのも不意打ちという条件があったから成り立ったものである。

(このままじゃ朝になっちゃうわ・・・)

正直、この失敗を糧にまた次の獲物を探しに行きたい衝動に駆られている。
最初は使われていなかった銃を相手が所持していることを知ったこともあり、分の悪さは実感済みだった。

(でも・・・相手は、逃げることをまず第一に考えているだろうし。何か、何かきっかけがあるはずよ・・・)

春夏は粘った、相手が隙を見せる所を。
逃げ出そうとするその背中、ひたすらそれを狙おうとするが・・・やはり、今一歩の所で命中はしないのだった。




一方、柏木耕一は再び頓着状態になる場に対する苛立ちを隠せず、思わず身じろぎをした。
綾香が走り去ってから、既に数十分経過している。
気配を窺いながら離脱しようとする度に飛んでくる銃弾、隠れればまたあちらも動きを止め。それの繰り返し。
残弾を確認する、装着されたトカレフの弾は・・・三発。
これ以上の応戦は厳しい、相手が詰め寄ってきたら耕一も打つ手がなくなる。
自身をちょうど隠せるくらいの木、その後ろに身を置き今一度視線だけを這わせてみる。
しかし夜ということもあり、一寸先すら月の光の照らさない場所は目視できない。
辺りが森という条件も邪魔しているのであろう、視界は絶望的だった。

322深夜の奇襲3:2007/01/23(火) 01:51:43 ID:O1m.R34I
条件的には相手も同じなので、あちらもそれで苦戦している面はあるだろう。
だが、それを抜かしても対面する春夏に対し、耕一は疑問を感じてしまう。

(・・・・・・じゃあ、何であの人はこっちを追い詰めようとしないんだ?)

確実に仕留めるのであれば、少しせまるだけでも耕一にとっては脅威である。
むしろ山頂にて争っていた距離感の方が、恐ろしさは数倍だった。
装備的にあちらが無理をしているようには見えない、むしろかなり好き勝手に発砲してくるのでその所持する銃弾の数にも限界がないように思える。
ならば、何故詰め寄ってこない。つっこんでこない。

(・・・・・・服の上に着込んでいたのは、防弾チョッキとかの類だよな?)

それだけの好条件を、彼女自身理解しているのだろうか。
そんなことを考えていた耕一の脳裏を、一つの結論が弾き出す。

(試して、みるか)

一か八か、だが決着をつけるのであればそれしか思いつかなかった。
いつまでもこんなことを繰り返していたら朝になってしまう、それに先ほど別れた仲間達と合流することだって時間が経てば経つほど難しくなっていくのは分かりきった事実である。
彼女の放つ銃弾で居場所の検討はついている、耕一は手にするトカレフ握る手に力を込め、そして。
一気に、走りこんだ。勝負を決めるために。

静まり返った森の中、耕一の駆ける足音だけが響く。
いきなり接近を図ってくる耕一に向かって春夏のショットガンも火を吹くが、ジグザグと的にならぬよう機敏に動く彼にそれが当たることはない。
弾道を見極め、耕一はあっという間に春夏との距離を縮めていった。
そしてついに、相手の姿を目で捉えられる所まで接近することに成功する。
・・・・・・耕一自身、人を撃つことに対し躊躇するような思いは全く持っていなかった。
勿論相手にもよるが、このようなゲームに乗って暴れるような輩に対し慈悲をかけてやる気など到底なかった。
その冷徹さの正体は彼自身も気づいていない、しかし与えられた状況を耕一は・・・・・・いや、鬼は。
逃すはずが、なかった。

323深夜の奇襲3:2007/01/23(火) 01:52:20 ID:O1m.R34I
迷いなど一切ない素早い動きでトカレフを構える、次の瞬間その引き金は連続して引かれていた。
放たれた銃弾は二発、それは正確に春夏の防弾アーマーに撃ち込まれる。
さすがの春夏も衝撃で尻餅をつく、その手からショットガンがこぼれた場面を目にし耕一は勝機を確信した。




この武装の差で彼が逆転できたのは、春夏自身の覚悟の違いに他ならない。
そもそも春夏の覚悟というのは「ゲームに乗って人を殺す覚悟」であり、「自分が死んでもいいから相手を殺す覚悟」ではない。

つまり、春夏も恐れているのだ。自身の、死を。
十人殺さなければ娘は死ぬ、だが自分が死んだ時点でもそれは同じ。
人を殺して、自分は生き抜くということ。
危険なリスクに乗ろうとしない、その姿勢を見抜いた耕一にストレートに攻め込まれたことで、今度は春夏の方が追い込まれる立場になった。

絶体絶命の春夏、トカレフに残った最後の一発で止めを刺すべく、耕一はさらに彼女に近づいてくる。
しかし春夏の執念も、ここで簡単に諦めがつくほど浅いものではない。
・・・・・・また、彼女の手数というのも取り落としたショットガンだけではない。それに固執する理由もないのだ。

警戒しながら近づいてくる耕一を横目に、春夏は自分の鞄の中身を漁った。
金属の塊が指先を掠める、先ほどまで使用していたのだから目的の物は簡単に見つけることができたようだ。
立ち止まり再び照準をこちらに合わせるべく耕一が構えをとろうとした時点で、春夏もマグナムをしっかりと握りこんでいた。
それは鞄の中という彼の視界には映らない場所で行われていた準備、彼女の姿勢のおかしさに耕一が気がついた時にはもう遅い。
正確な射撃をとろうとした、そのために敢えて作った間が仇となる。
なりふり構わず鞄の中から引き出した手の勢いで春夏は発砲してきた、耕一が身構える暇もなくそれは彼の利き腕を掠っていく。
めちゃくちゃな照準であったがお互いの距離が近いことが利点へと働いたことになる、くぐもった声を上げ膝をつく青年を見て今度は春夏にチャンスが訪れる。
二の腕辺りが赤く染まる様を冷静に一瞥し、その手からトカレフが取り落とされたことを確認した後春夏はそっと距離を詰め始めた。
顔を上げようとする青年の額にマグナムの切っ先を押し付ける、悔しそうな表情に罪悪感が沸かないでもないが・・・・・・春夏はそんな思いを表面には出さず、一定の声色で話しかけた。

「残念だったわね」
「本当だよ。ここまで来て、か」

324深夜の奇襲3:2007/01/23(火) 01:53:31 ID:O1m.R34I
近づいて見て初めて分かったが、彼の腕の傷自体はそこまでひどくなかった。
あくまで少し掠れただけなのであろう、出血も既に止まっている。
もし耕一がトカレフを離さず掴み続けていたら、対抗することもできたかもしれない。
だが結果はこれだ。
今までかわされ続けたマグナムの弾丸も、この距離では外れないであろう。
慈悲のない春夏の視線が物語る未来、意気込んでいた青年も全てを諦めたかのように苦笑いを浮かべ始める。その時だった。

風が、一陣の風が音を立てて場を包む。
それと同時に鳴り響くのは靴音、地面に生い茂る草木を踏み潰す軽快なリズム。
余りにも唐突であった接近に、二人ともすぐには反応ができないでいた。そして。

「・・・・・・そこまで」

次の瞬間場に響いたのは、凛とした少女の声だった。
聞き覚えのあるそれに反応し、耕一は思わず視線を上げる。
春夏の背後、チラチラと目に映るのは夜風で舞う黒髪とひらひらと揺れる赤いスカートだった。
耕一の知っている彼女の髪は束ねられていた、今は解放されているがどうやら人違いでもなさそうで。
心当たりは、一人しか思いつかなかった。

「耕一、遅くなった」
「馬鹿野郎・・・・・・でも、サンキュ」

マグナムを耕一にあてがう春夏の首には、川澄舞の持つ日本刀の刃がほんの少しだけ食い込んでいた。


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