したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |
レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。

尚六SS「永遠の行方」

1名無しさん:2007/09/22(土) 09:45:00
シリアス尚六ものです。オムニバス形式。

881名無しさん:2017/05/28(日) 21:32:22
まったくまったく!!

882名無しさん:2017/05/28(日) 21:36:50
獣な尚隆に開発されちゃうろくたん…ごくり

883永遠の行方「絆(51)」:2017/06/10(土) 19:29:18

 六太が目覚めると比較的すぐ、陽子や帷湍らにも慶事として伝えられたし、
海客の団欒所の面々には鳴賢から伝えてもらうように頼んでいた。いずれもあ
くまで取り急ぎの報せであって、六太が普通に生活できるようになるまでそち
らの世話に注力するため、やりとりはしばらく控えさせてほしいとも添えてい
た。
 そのせいか、ほどなく陽子から送られてきた見舞いも、とりあえずの簡単な
祝いの品とちょっとした近況を伝える手紙だった。だがそろそろ返信ぐらいし
ても良かろうと、六太は短い手紙をしたためた。その様子をすぐ傍らで見守っ
ていた尚隆は、気遣うようにそっと六太の右手を持ち上げ「小さな字を書くの
にも、特に不自由はないようだな」と言ってきた。
「大丈夫、政務もできているわけだし。それに歩いてもあまり息切れしなく
なってきた。黄医も、あとは体力をつけるだけだって」
「それは重畳。だがあまり無理をしてはいかんぞ」
 尚隆は六太が書き上げた書面を、まだ濡れている墨に触れぬよう注意して他
方の手でつまみあげるとそのまま女官に渡し、非公式に景王に送るよう指示し
た。その彼の横顔を、六太は片手を取られたまま、盗み見るようにそっと眺め
た。
 こうしてささいなことでも尚隆のぬくもりに触れる機会も増えた。もうほと
んど普通に歩けるとあって、横抱きで運ばれることはなくなったが、逆に
ちょっとしたことでも尚隆が頻繁に手や体に触れてくるようになったからだ。
 それについては六太は素直に嬉しいと思ってはいたものの、同時に心の奥底
に巣くう恐怖の念がどんどん大きくなることも感じて怯えていた。
 六太にはどうしても、今の幸せな状況が現実だとは思えないのだ。最初から
恐ろしい勘違いであって、飽きた尚隆にすぐ捨てられるような気がしてならな
かった。
 たとえば意味深な視線を見交わしたり、ちょっとした気遣いを示しあったり
して、少しずつ心温まる予感を覚えながら想いの成就を迎えたのなら、話は
違ったかもしれない。しかし呪に囚われてずっと眠っていた六太にとっては、
ある日突然、何の前触れもなく棚ぼたのように長年の想いが叶ったようなもの
だった。だからその奇跡が、現われたときと同様に突然まぼろしのように消え
去ってしまうこともまた、必然のように思えた。

884永遠の行方「絆(52)」:2017/06/10(土) 21:11:29
 なぜなら最初から諦めていた六太は、たまに市井の噂話で聞くような恋愛の
かけひきも、相手に好かれるような努力も、恋人に乞うための告白も何もして
こなかったからだ。ただ寝ていただけなのに、目覚めたら尚隆が優しくべった
りと面倒を見てくれるようになっていて、あまつさえ恋が実ったなんて、どう
考えてもおかしい。そんな都合の良い話が現実に起こるはずがないではないか。
 想いが叶うことは絶対にありえないと思っていた。深く深く秘めたまま、誰
にも悟られることなく墓まで持っていくのだと固く信じていた。そして時に心
が引き裂かれるような思いをしながらも、実際に何百年もの歳月を耐えてきた。
 秘めることに慣れた想いを、今さら表に出すのは恐かった。何か恐ろしい間
違いのように思えた。尚隆の優しい対応に思い上がって期待をいだいたが最後、
あっさり足元から崩れていくような気がした。
 おまけに肌を合わせれば合わせるほど想いが増すような気がするのだ。これ
までも尚隆を好きだと思っていたが、本当の意味では恋していなかったのかも
しれないと思えるほど。
 あれほど好きだと思っていたのに、もっともっと好きになる余地があるなん
ておかしい。なのに閨で関係が深まるほど、牀榻の中で抱かれて睦言をささや
かれればささやかれるほど、ますます好きになっていくのだ。この想いが突き
返されてしまったら、きっともう心が壊れてしまう。歓びに天高く飛翔したあ
とで地上に叩き落されれば、身も心も粉々に砕け散るしかないのだから。
 ただ、以前は頻繁に下界を出歩いていた尚隆なのに、六太の目が覚めること
で事件が終息しながら、ほんの息抜きとしてすら宮城を離れる素振りがないの
には少しほっとしていた。官に聞けば、六太が眠っていた間も、解呪の手がか
りを得るため以外では下界に行かなかったらしい。そうして朝昼晩と食事をと
もにするだけでなく、午後の休憩でのお茶さえもふたりで楽しむ。まめに顔を
見に来ては世話を焼く尚隆に、六太は嬉しく思った。こうして宮城に留まった
まま、六太と一緒にいてくれる間は夢を見ていても大丈夫かもしれないと期待
したのだ。

885永遠の行方「絆(53)」:2017/06/10(土) 21:23:21
 一時の気の迷いかもしれないにせよ、ここまで六太に言い寄り、実際に毎晩
肌を重ねている。ならば今日明日のうちに六太が捨てられることはないだろう。
御座所を仁重殿から移すことまでやってのけたのだ、一ヶ月や二ヶ月程度で六
太に飽きて捨て置くような真似をしたら、さすがに官も呆れて強く苦言を呈す
るはずだ。逆に一年などという長期間は持たないだろうと観念してもいた。つ
まり来年の今ごろはきっと飽きられている。でも三ヶ月ぐらいはどうだろう。
半年は?
 ――半年ぐらいなら、きっと、何とか。
 つまり今年の冬までなら持つのではないだろうか。寒い夜に一緒に臥牀に
入って抱き合い、ぬくぬくと温かく過ごす幸せぐらいは味わうことができるか
もしれない……。
「今朝、鳴賢が楽俊と朱衡経由で送ってきたばかりの見舞いの品でな。海客の
団欒所の面々が作った蓬莱菓子だそうだ」
 六太が悲愴な見通しを立てているとは思ってもいないだろう尚隆は、女官に
指示して菓子を持ってこさせた。上機嫌なのは変わらず、六太が喜ぶだろうと
思っているのは明らか。六太は努めて笑みを浮かべた。
「へえ。じゃ、守真が作ったのかな? もし恂生とかも手伝ったなら、ちょっ
とびっくりかも」
「何でも、懇親がてら皆でにぎやかに作ったらしいぞ。色は薄いが、見た目は
どら焼きの生地に似ているな。せっかくだから俺も食ってみるとしよう」
 表面のごく一部にうっすらと焼き色がついている以外は雪のように白くてふ
わふわとした円盤状で、そこに飴色をした半透明の糖蜜がたっぷりとかかって
いる。先端がちょっとしたへら状になっている楊枝で切り分けた一片を六太が
口に入れると、見た目と同じく雪のようにほろほろと溶けた。尚隆も仲良く一
緒に食べ、「ずいぶん柔らかいな」「控え目な甘さで軽い食感だから、いくら
でも食べられそう」と感想を言い合った。
 菓子を食べたあとは、腹ごなしと気分転換のための散策だ。尚隆と手をつな
いで園林をぶらぶら歩く。剣も持つ尚隆の掌は大きくて固い。その温かなぬく
もりをいつまで味わっていられるのだろうと考えた六太は、ふと既に飽きられ
かけている可能性に思い当たってぞっとなった。

886永遠の行方「絆(54)」:2017/06/10(土) 22:29:06
 閨で睦むとき、実は尚隆はほとんど六太に一物を挿入しない。この半月でそ
んなことをしたのは最初の夜を入れても数回足らずであって、指を入れること
こそあるものの、一物は六太の股や尻に挟んで抽送している。何しろふたりの
体格差はかなりのものなので、これまでは六太の体を気遣っているのかと思っ
ていたが――どうも慣らしたりほぐしたりと手間がかかるようだし、そろそろ
面倒になったということはないだろうか。六太にはよくわからないが、もし男
同士にしろ、体内への一物の挿入が普通の愛の行為だとしたら、さすがに回数
が少なすぎるだろう。
 そんなことを思いついてしまった六太は、つい足を止めてぶるりと震えた。
 何の覚悟も知識もないところへの、初めての性体験という衝撃。諦めていた
想いの成就への期待と、相反する激しい不安。少しでも冷静になれれば建設的
な考え方もできたろうが、最初の夜以降、無自覚ながらも六太は相当に不安定
で臆病になっていた。
「どうした? 寒気でもするのか?」
「え、あ……。ううん、何でも、ない」
 心配そうな尚隆に口の中でもごもごと返しながら、六太はもしかしたら積極
的に愛撫を返さなければまずいのではと愕然とした。ただでさえ妙齢の女のよ
うな魅力的な容姿も、手ざわりの良い柔らかな乳房や豊かな腰も持っていない
のだ。実は満足してもらえていないなら、六太から奉仕しなければ、半年どこ
ろかひと月も持たないだろう。それに六太のほうは挿入されても、最初の一回
は内臓ごと押しあげられるようで吐き気をもよおしたし、それ以降もとにかく
愛撫に慣れるのに必死で、尚隆に喜んでもらえそうな痴態を見せた覚えもない。
(でも、そんな)
 尚隆によって強引に性の扉を開かれたばかりなのだ。六太が知っているのは、
実際に彼に閨で教えられたことだけ。それもあくまで受け身で、どうすれば相
手の男に満足してもらえるかなどという知識も技巧もない。
(どうしよう……)
 精神的に不安定な六太に、自分の一方的な想像に過ぎないという考えは浮か
ばなかった。自覚のないまま、坂を転がり落ちるように絶望に駆られた六太は、
知らずうつむき、震えて泣きそうになった。

887書き手:2017/06/10(土) 22:31:46
地の文ばかりでダイジェストっぽくなってしまったため
いろいろこねくり回していたのですが諦めました……。

次からは尚隆視点の予定なので、
今度はちゃんとキャラ同士のやりとりで話を進めたいと思いますが、
実際に投稿するまでけっこうかかりそうです。

888名無しさん:2017/06/11(日) 00:09:28
更新されてる!
成就してるのに、ろくたんがせつない・・・・
尚隆視点も楽しみにお待ちしてます!

889名無しさん:2017/06/12(月) 10:25:23
更新されてるーお疲れ様です!
ぐるぐる煮詰まってるろくたん切ないし尚隆視点も楽しみ
何ヶ月でも何年でものんびりお待ちしてますので無理はなさらず〜

890書き手:2017/07/02(日) 12:21:18
お待たせしました、少しずつ尚隆視点を投下していきます。
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、
時系列で言うと、六太視点で描写された時期とかぶってます。

891永遠の行方「絆(55)」:2017/07/02(日) 12:23:26

 尚隆は六太の体調について、もちろん毎日黄医から報告を受けていた。そ
して解呪に関わった冬官たちからも、どうやら六太の体に呪の悪影響は残っ
ていないようだとの報告を受けて一区切りをつけ、まずは内議で、次いで翌
日の朝議で事件の収束を宣言した。
「やっとすべて終わりましたな」
 日頃泰然としている白沢もさすがに嬉しそうだった。六官を筆頭に朝官た
ちも晴れやかな表情を浮かべ、椅子に座っていた六太に「おめでとうござい
ます、台輔」「これで一安心ですね」と口々に祝いの言葉を述べた。
(まあ、俺の接吻がまことに解呪の条件だったのなら、今さら悪影響は何も
ないはずだからな)
 尚隆はそんなことを考えながら、続いて太宰が通常の案件に議題を移すの
を見守った。その合間にさりげなく六太に意識を向けると、表面上は明るい
ふうを装っていたが、表情はどこか硬かった。それは今に始まったことでは
なかったから、尚隆は顎をなでて考えこんだ。

 その日の六太は広徳殿に赴く予定だったため、午後のお茶は内殿の一室で
待ち合わせることを約束して、尚隆は自分の執務室に向かった。
 王の決裁を待つ間、天官のひとりが得々と披露した料理の蘊蓄にその場の
皆が顔を見合わせて苦笑いし、政務とはいえ穏やかな時間を過ごす。その後、
時間になったので待ち合わせ場所に赴くと、ちょうど通路の向こうから六太
がやってくるところだった。片手を軽く挙げて「おう」と声をかけると、尚
隆の姿を認めた六太が目を見開き、思わずといったふうに、一瞬だけ嬉しそ
うに顔を輝かせた。すぐに抑えた、どこか遠慮したような控えめな笑みに
なってしまったが。
 尚隆はそばにやってきた六太の背を押して目的の房室に入り、ともに席に
着いた。茶を飲みながら、身近な官がからむ日常の滑稽譚を披露すると、六
太もおかしそうに笑った。
「あいつ、普段がまじめなだけに、傍で見てると落差がおかしいんだよなあ」
「最近は料理が趣味だそうだ。今日は俺の承認印を待つ間、嫁のために作り
置きした総菜の蘊蓄を得々と語ってくれたぞ」

892永遠の行方「絆(56)」:2017/07/02(日) 12:57:17
 そんなふうに一見してなごやかなひとときを過ごしていても、六太の緊張
が真に解けることはなかった。
 初めて肌を合わせて以来、六太が何かを恐れているのはわかっていた。何
かを――おそらくは別れのときを。初めての朝、目覚めた六太の表情に浮か
んだ怯えを認めたとき、尚隆は自然と感じたのだ。あの怯えは、すがるよう
な、今にも泣きそうな表情は、戯れの時間が終わったことを告げられるだろ
う予感に対するものだと。
 前夜にした蓬莱での話と取り乱しようから自然な庇護欲に駆られていた尚
隆にしてみれば、むしろ愛しさが増したくらいなのに、六太のほうは、どう
してか一時的な戯れの相手に選ばれただけだと思いこんだらしい。表面上は
取り繕っているが、ふとした折りにうつむいては、いたたまれないとでも言
うように背を丸めてしまう。決して嫌われたとは思わないし、こうして一緒
にお茶や食事をする際に見せる嬉しそうな顔が偽りだとも思わない。だがこ
ちらが努めて優しく接しても、何しろすぐに表情が陰るので、どうしてそこ
まで気に病んでしまうのだろうと気になって仕方がなかった。
 まだ六太の想いを知らなかったころ、横抱きにして運ぶ最中に、たまに揺
れるまなざしを向けられた。あのときの、すがるような、どこか怯えたまな
ざしと今の様子はとても似ていて、尚隆をひどく不安にさせた。
 たとえば真に心を許し合った恋人同士なら、喧嘩をしたのでないかぎり、
沈黙が続く程度は気にならないだろう。そこまで近しい存在になれば、相手
の存在自体が癒しのようなものだからだ。
 だが六太は、ちょっとした沈黙でも怖いのか、今回も何かと懸命に話を
振ってきた。
「そういえばさっき広徳殿で令尹が教えてくれたんだけど、うちの州宰が甥
の官の前で下界の流行を知ったかぶりして教えて実は間違ってて、あとで指
摘されてへこんだらしいぞ」
「ほう、あいつがな。豪勢な飾りをつけた書棚を自作して、完成したはいい
が寸法を間違えていて帙が入らずへこんだ話は知っていたが」
 六太と話すこと自体は楽しいから、尚隆も話を合わせるのだが、もう少し
気楽に構えてくれればいいのにとも思う。むしろこういう関係になる前のほ
うが、沈黙が続こうが何をしようが、六太は気にしなかっただろう。
 茶と茶菓子を楽しんだあと、せっかくなのでふたりで庭院を散策すること
にした。室内にいるよりは六太も緊張しないだろうからだ。外に出、伸びを
してから傍らの六太を振り向き、思いついて「ほら」と手を差し出した。

893永遠の行方「絆(57)」:2017/07/02(日) 13:21:37
 六太は「え」と驚いたような顔をしてから、差し出された手をまじまじと
見つめ、ついで戸惑ったように尚隆の顔を見てからまた手に視線を戻した。
「ほら」
 再度促すと、瞬時に真っ赤になった六太はおずおずと遠慮がちに自分の手
を出し、そっと尚隆の掌に重ねた。それを尚隆が握ると、六太は身を震わせ
てうつむいた。
 六太の手を引いてぶらぶらと歩きながら、尚隆は適当に雑談をしたが、六
太はうつむいたまま黙りこんでいた。心配になって様子を窺うと、髪の間か
ら覗く耳は赤いまま。どうやら恥ずかしがっているだけらしい。単に手をつ
ないでいるだけなのに閨で睦み合うときより嬉しそうだとも感じ、尚隆は不
思議には思ったもののほっとした。
 その後、急ぎの書類があると官がやってきたため、既に今日の政務を終え
ていた六太をいったん正寝に送ってから尚隆は内殿に戻った。その際、手を
つないだままの主従に、女官たちが「あらあら」というような顔でほほえま
しそうに見たせいか、六太はいっそう顔を赤くしていた。
 夕刻になって長楽殿に戻り、いつものように六太とともに夕餉を摂った。
そのころには六太も普段の、取り繕った様子に戻っていた。しかし榻に並ん
で座り、そっと腕を回して肩を抱くと、体を硬くしてうつむいたもののやは
り耳は赤かった。うぶな反応に愛しさも募るが、こうして考える暇もないよ
うに追い込まないとすぐ表情が暗くなるのは困りものだった。
(それほど心配か)
 六太と初めての夜を過ごしたとき、尚隆は腕の中で疲れて寝入った六太の
顔を見て、深い満足を覚えた。陽子が慕われていたのではなく、尚隆が、尚
隆個人が想われていたのが無性に嬉しかった。
 実際のところ、恋愛的な意味で尚隆が六太に真に愛情を覚えたのは、前夜
の取り乱し具合を目の当たりにしてからだ。それまでは何をどう言い繕おう
と、相手が同じ時代の蓬莱を出身とするがゆえの執着に過ぎなかった。
 だが六太のほうはどうだ。なぜ呪者になじられて、それに甘んじるほど恥
じていたのかはわからないが、何があっても明かさないとまで思い詰めるほ
どの想いをいだき、さらに自分の命よりも尚隆の命を惜しんだ。それほどま
でに重く真摯な想いを寄せられていたと知った尚隆が感じたのは、紛れもな
い歓喜だった。

894永遠の行方「絆(58)」:2017/07/02(日) 13:25:55
 それまで、六太は尚隆の王としての側面以外には無関心に近いと思ってい
た。民にひどい仕打ちさえしなければ、尚隆が何をしようと気にもしない、
今まで必要以上に踏み込んでこなかったのもそのためだと。
(もっと早く、感情をぶつけあうべきだったのかもしれん)
 そうすればとっくの昔に、互いを真に半身として想い合う間柄になれたの
ではないだろうか。それともこんな経緯を辿ったからこそ、ここまで大きな
歓喜を覚え、六太に対して愛情を感じるようになったのだろうか。
 今となっては永遠にわからないことだ。だがそれで良いとも思う。大事な
のは今や尚隆が六太を欲しており、唯一の伴侶の座に据えたいと思うほどの
欲求を覚えたという事実だ。
 六太には笑っていてほしかった。蓬莱の親との確執に慟哭するさまはあま
りにも哀れで、何とかしてやりたいと自然に思った。もっと報われてほし
かったし、尚隆の腕の中で守られて、何の悩みもなく照れたように笑う顔が
見たくてたまらなかった。
 少なくとも体をつなげて既成事実は作った。単なる愛撫とは異なり、いか
にうぶな六太とはいえ、ふたりの関係が新しい段階に移行したことはさすが
にわかっただろう。あとは体の関係から心の関係に広げて、互いに理解を深
めていけば良い……。
 そんなふうに気楽に考えていたのに、最初の朝に六太が見せた泣きそうな
顔に胸が痛んだ。とっさに抱きしめて甘い言葉をささやいたものの、おそら
く言葉を弄するだけではだめだろうともわかった。尚隆が何を言っても、六
太自身が心から納得しなければ不安は解消するまい。
 尚隆による接吻で、呪の眠りから覚めたということは、六太の願いが叶っ
たということだ。そして体をつなげたということは、想いを遂げたことを意
味するのではないのか。なのになぜここまで暗い顔をするのか……。
 思えば前夜、眠りについたときも六太の顔に安らかな色はなく、むしろ眉
に暗い陰が落ちていた。強引に抱いたせいでもあるかと思えば、ちくりと心
に痛みを感じる。
 あれからそれなりの日数が過ぎたが、六太の様子は改善するどころか、少
しずつとはいえ確実に悪化しているように見えた。とりあえず優しく接して
様子を見るしかないのだろうが、いったいどうするのが正解なのだろうと、
尚隆は溜息をついた。

895永遠の行方「絆(59)」:2017/07/02(日) 21:18:13

 六太の御座所を玉華殿に移したため、仁重殿の女官侍官はすべて正寝に異
動となり、留守居として仁重殿に残っていた者たちも正式に正寝に移ってき
た。尚隆は既に正寝で六太と過ごしていた先発の女官らと一緒に顔を合わせ、
改めて六太の世話を命じた。
「ただしこれまで通り、普段は六太も長楽殿で俺と一緒に過ごす。俺が怪我
をしたなど、特に理由がないかぎり、玉華殿はあくまで名目上の御座所とな
る」
「かしこまりまして」
 だが彼女らの張り切り具合とは裏腹に、話をする間、榻に並んで座って尚
隆が肩を抱いていた六太のほうは戸惑った様子だった。どういう反応をすれ
ば良いのかわからないようで、またもや不安そうに尚隆を見上げている。ど
うも御座所を変えたことは彼の本意ではないらしい。恋人同士になったばか
りでもあり、尚隆としてはできるだけ一緒に過ごすのが当然だろうと思うの
だが。
 何か明るい話題を、と思った尚隆は、まだ六太に褒美をやっていなかった
ことを思い出した。
「ところでおまえはまだ望みを言っていなかったな」
「望み?」
「王を救った功績に報いて褒美をやると言ったろう」
「……ああ」
「何かないのか。この際だ、何でもかなえてやるぞ」
 国政に関することであれば、さすがに無条件にかなえるわけにはいかない
が、それでも妥協点をさぐることはできる。尚隆との関係についてであれば、
それこそ遠慮は無用だ。永遠の愛でも、公式の伴侶である大公の座でも堂々
と要求すればいい。そう思って促したのだが、六太の反応は予想外に薄かっ
た。
「うん……。別にいいや。欲しいものもないし」
 淡々と答えて、あっさり話を終わらせてしまった。最初からすべてを諦め
ているかのようで、尚隆にはもどかしかった。

896永遠の行方「絆(60)」:2017/07/02(日) 23:39:34
 自分の命よりも大事な想いではなかったのか。呪者に利用されても決して
明かさなかった真摯な想いではなかったのか。なのにそれがかなった今、ど
うして怯えるばかりで、自分から関係を深めようとしないのか。
 それとも――何か尚隆は対応を誤ったのだろうか。
 尚隆はいろいろ思い返したのだが、結局は肌を合わせたことに原因がある
としか思えなかった。
 むろん後悔などしていないし、今や毎晩六太を愛撫し、抱きしめたまま眠
りについているが、それをやめたいとも思わない。何の懸念もなく情事にの
めりこめるのは、こちらの世界に来て以来ほとんど初めてであり、何より恋
人との睦みあいという癒しの時間を手放したいとは思わなかった。
 だが六太の精神状態をこのままにしておくわけにもいかないだろう。

 数日後、光州の帷湍から六太宛に見舞いの果物が届いた。光州の名産でも
ある、茘枝のような一口大の果物で、朝採れたばかりだとのことだった。使
者が騎獣を飛ばして最速で届けてきたそれは見るからにみずみずしく、その
日の午後、さっそくお茶の際に供された。
「おまえの体調も落ち着いたようだし、帷湍もそろそろ関弓に来たいと言っ
ていてな。今、日程を調整しているところだ」
 そんなことを話しながら、尚隆みずから皮を剥いてやる。果汁のしたたり
そうな、ぷるりとした半透明の果物をつまんだ尚隆は、「ほれ、口を開けろ」
と六太を促した。六太は驚いた顔をしたが、口元にぶつけるように差し出さ
れたので、咄嗟に口を開けた。尚隆はそこに果物を差し入れ、六太は口を閉
じたはずみに尚隆の指までなめてしまって顔を赤らめた。最近では、赤面し
ていない時間のほうが短いのではと思うほどだ。もちろん実際にはそんなこ
とはないが。
「どうだ、うまいか?」
「う、うん。けっこう、甘い」
 六太は赤い顔で、ぎこちないながらもうなずいた。決して満面の笑顔とい
うわけではないが、尚隆の指をなめてしまったせいか照れたような笑みをほ
のかに浮かべていて、尚隆は思わず見とれた。

897名無しさん:2017/07/03(月) 00:12:07
うわあああ、一気に増えてる!!お待ちしてました!
尚隆が六太に結構べた惚れで見ててニヤニヤしてくる・・・

898永遠の行方「絆(61)」:2017/07/03(月) 20:28:39
(そういえば……手をつないで歩いたときも、恥ずかしがってはいたが嬉し
そうだったな)
 想い合っていたことがわかった以上、尚隆としては体を重ねることが区切
りであり、ひとつの到達点だと思っていた。あとは恋人同士らしく閨をとも
にすることで日常的に関係を持ち、心身ともに理解を深めていけばいいだけ
だと。
 だがいつまでも不安そうで、どこか不安定なままの六太を見れば、どうも
そういうことでもないようだった。むしろこういった、尚隆からすれば他愛
のないやりとりを重ねていくほうが良いのだろうかとようやく考えたものの、
ある意味ですれてしまった尚隆では判断がつかなかった。
(俺の愛撫で快感は感じているようだから、情事が嫌というわけでもないだ
ろうに。最近では閨で多少は甘えるようになってきているし)
 そんなことを考えながら、何となく閨での六太の痴態を思い出して、つい
つい口元をほころばせる。遠慮がちにとはいえ、最近では暗い閨でなら少し
は甘えてくれるようになったし、ますます愛しさが増した気がした。
 おかしなことに――いや、おかしくも何ともないかもしれないが、肉体関
係を重ねれば重ねるほど、尚隆が六太を愛しく思う気持ちは深まった。心を
得られないなら体だけでもとまで思い詰めてからさほどの時間が経ったわけ
でもないないのに、今のほうがずっと六太が愛しかった。
 それはそうだろう。あのときの感情は、なんと言い訳をしても実際には恋
情ではなく執着に過ぎなかったのだから。
 だが今は、こうして六太が尚隆の手で果物を食べさせられている様子を眺
めているだけで、穏やかな幸せを感じた。尚隆はこれまで、蓬莱の時代と併
せても本当の意味での恋人を持ったことはなかった。そのせいか初めての経
験に、どうやら自分でも意外ながら割と舞い上がっているらしいのだ。
 思えば息抜きに下界に降りて女を抱いても、愉しみはしても溺れることは
決してなかった。市井に使令を連れて行くことのなかった彼は、危険があれ
ばすぐ対処できるよう、どんなときも警戒は怠らなかった。常在戦場として
常に周囲に気を配っていたのだから、場末の娼館であれ我を忘れて情事にの
めり込めるはずもない。金銭で買った相手である以上信用もできないし、下
手に想われても面倒とあって必要以上に優しい言葉をかけることもなかった。
それはお互いさまで、相手の妓女とてこちらを客としか思っていないのだか
ら、仮に情を示されても困ったはずだ。

899永遠の行方「絆(62)」:2017/07/03(月) 21:06:19
 だが自分の私室である長楽殿で、恋人――いや、伴侶となった六太が相手
なら、そんな警戒も配慮も必要ない。そもそも姿を見せないだけで、いつも
使令が彼と六太を守っている。
 そのため尚隆は、過去にないほど無防備に情事を堪能していた。おずおず
とした様子とはいえ六太も少しは慣れ、暗い閨限定ではあるものの、時には
可愛い声で甘えたり、遠慮がちながらもぎゅっとしがみついてくるように
なったとあればなおさらだ。そんな六太を味わえるのが自分だけであるとい
う事実も快く、六太の柔らかな尻や股の間に己を挟み、つい夢中で抽送して
しまうこともしばしば。果てた瞬間、満足のあまり脱力して六太の上に覆い
かぶさってしまい、ふと我に返って「重かったか」とあわてて体を起こした
りもする。
 特に素股は、どうしても六太自身の性器ともこすり合わされるから、六太
が快感に耐えるように敷布や尚隆の腕をつかみ、「くっ……」とあえぎをこ
らえながら、思わず、といったふうに首を振って髪を乱すさまは非常に淫靡
だった。無理をさせずに淫猥な六太を鑑賞でき、尚隆は非常に満足していた。
よく見るために牀榻の中を照らす手燭の火を消さず、閨が完全には闇に沈ま
ないようにしているくらいだ。
 とはいえ恥ずかしいのか、六太は快感の声を上げるのをどうしてもこらえ
たいらしく、時には握った拳を口元に当て、ついには歯を立ててまで我慢し
ようとするので、怪我をさせないよう強引に拳を引き離すことも多い。する
と今度は衾やら掛布やらの端を噛んでまでこらえようとする。強情なやつめ
と内心で苦笑しながらも、それだけ尚隆の手管に溺れかけているということ
でもあり、妓女と違って作為のない反応は尚隆の雄としての自尊心を深く満
足させた。
 あとは少しずつ後ろの穴を拡張して慣らし、無理なく尚隆を受け入れられ
るようにしていけばいいが、むろん急ぐつもりはない。

900永遠の行方「絆(63)」:2017/07/03(月) 21:24:35
 それでも最初の夜に比べればはるかに指を受け入れやすくなっていたし、
六太自身の反応も芳しかった。どこをどうすれば良い反応を得られるかもわ
かってきたし、この奥にまた己を埋めることを思えば心は猛った。様子を見
るだけだと内心で言い訳をしつつ、たまに慎重に挿れてみれば、まだまだき
つくて時には痛いほどなのだが、これが六太の中かと思えば感激するほど心
地よい。毎晩、指で丹念に慣らしたおかげで、六太のほうも自然と内部が開
発されていたようで、挿入したときの反応もかなりよくなっていた。
 何しろ単に六太の一物をしごいてやるのと、後孔に指を深く突っ込んだま
ましごいてやるのとでは、もはやまったく反応が違う。片手の指を後孔に入
れ、ただし親指は蟻の門渡りと呼ばれる部分を撫でるように刺激しつつ、も
う片手で六太のものをしごく。すると最初は何とか耐えていた六太も、つい
には拳や掛布の端を口から離して背や顎をのけぞらせ、喉の奥から悲鳴じみ
た快楽の声を上げながら腰を振るのだ。きゅっと締まった後孔に、痙攣のよ
うに断続的に指を締めつけられれば、いずれここに遠慮なく己を挿れるのだ
と尚隆のほうもいよいよ劣情が高まって、快楽への期待に呼吸も荒くなる。
こうなるともはや六太は無意識に腰を上下に動かしていて、尚隆が動かさず
とも指が内部を行ったり来たりして肉壁をこするから、このまま滅茶苦茶に
犯して中に出せればどれほど素晴らしいだろうと妄想を重ねるほどだ。
 だが慎重に挿入するだけならまだしも、力任せに抽送するにはまだ早いだ
ろう。そう判断して何とか踏みとどまり、欲情に猛ったままの己を六太の性
器に激しくこすりつけて発散したりしている。だがもし六太のほうから、切
羽詰まったように「挿れて」とか「もっと奥」などとせがんできたら、いか
に尚隆と言えども理性を飛ばしたかもしれない。
 そんなふうに尚隆としては順調に関係を深めているつもりだったが、六太
が相変わらず頻繁に見せる暗い表情が、決してそう簡単ではないことを尚隆
に告げていた。長年の想いが叶ったのなら、普通は浮かれてもいいはずなの
に、六太は決してそうはならないどころか、何日経っても精神的に不安定な
ままだった。

901永遠の行方「絆(64)」:2017/07/04(火) 22:04:34

 ある日の午後、尚隆は朱衡を長楽殿の一室に呼んだ。茶を供してから女官
も侍官も退出させてふたりきりになったため、朱衡は首を傾げた。
「何か、内密の案件でしょうか?」
「うむ」
 尚隆はうなずいたものの、どうやって話を切り出そうかとしばし悩んだ。
 六太との関係は、長楽殿で身辺に侍る女官たちに限って言えば、当然わ
かっているだろう。それ以外の官で気づいている者はほとんどいないようだ
が、尚隆自身は、実は六太との関係を特に隠そうとはしていない。だから多
少注意深い官であれば、むしろ気づいて当然と言えた。
 中でも朱衡はずっと親しく過ごしてきた臣だけに、どうやら薄々勘づいて
いるようで、だからこそ今回の相談相手に選んだ。
「六太の目が覚めた直後、おまえに問われたな。どうして呪が解けたのだろ
うと」
「ああ、はい……」朱衡はそう答えてから、すぐ表情を引き締めた。「原因
がおわかりになったのですか?」
「六太に接吻した。それが鍵だったようだ」
 あっさり告げると、朱衡は驚愕の表情で絶句した。だがその目にすぐ理解
の色が浮かぶ。論理的な思考から、六太がずっと尚隆を想っていたことに思
い至ったのだろう。幾度か激しくまばたいたあとで、視線を落として「なる
ほど、それで……」と、どこか呆然としたようにつぶやいた。
「幾度も口移しで水や果汁を与えてきたのでな、てっきりそれと変わらぬ行
為だと思っていたのだが違ったらしい。あれで六太の願いが叶ったことに
なったのだろう」
 尚隆はそこで言葉を切り、朱衡の反応を見守った。朱衡は顔を上げると、
今度ははっきりとうなずいてみせた。
「了解いたしました。先の朝議でおっしゃったように既に解決を見たことで
すし、冬官たちの結論でも、呪の悪影響は窺えないとのこと。となれば、今
になって特に他の官に伝える必要はないでしょう」
 わざわざこんな席を設けて明かした理由を察したのだろう、きっぱりとし
た口調だった。

902永遠の行方「絆(65)」:2017/07/04(火) 22:37:57
「うむ。あまり大げさにして六太の心を乱したくない」
「かしこまりまして。それでは、おめでとうございますと申し上げてよろし
いのですね?」
 探るように言われる。尚隆が接吻した経緯は今さら問わないが、どちらか
の一方的な想いではなく相思相愛と考えて良いのか、ということだ。
「むろんだ。だが、そのことなのだがな」
「はい」
「その、な」
「はい……?」
 めずらしく言葉を濁す尚隆に、朱衡は首を傾げた。
「その、おまえから見て、六太はどんなふうだ?」
「かなり回復なさったせいか、たいそうお元気かと思いますが」
「そうか」
「しかしながら――そうですね、無理に明るく振舞っておられるようにも感
じます。実は正直なところ、少々痛々しいように感じられて、思い過ごしで
あればと懸念しておりました」
 尚隆は腕を組んで椅子の背にもたれてから、ひとつ溜息をついた。
「おまえも薄々気づいているようだが。六太を抱いた」
 朱衡は息を飲んだ。最近の六太の様子を思い浮かべながら、尚隆は続けた。
「俺はすれているからな、想い合っている者同士、肌を合わせるのは当然、
むしろ多少の行き違いはそれで何とでもなると思っていた。だが六太は違っ
たようだ。関係を持って以来、どうしてか精神的にずっと不安定でな」
 もちろん彼自身は六太を抱いたことを後悔してなどいない。そもそもあの
ときの追いつめられた気持ちを思い起こせば、六太の想いを知ったためとい
うのは言い訳であって、尚隆にとっては必要なことだったのだから。
「ちと生臭い話をする」
「かまいません」真剣な顔でふたたびうなずく朱衡。
「六太は接吻すら経験がなかったようだ。おまけに自慰もしたことがなかっ
たらしい。どうもあれは、その手の欲求に乏しいようだ。麒麟とはそういう
性質なのかもしれん」
 尚隆の接吻によって、六太は呪の眠りから覚めた。それはそれで良い。

903名無しさん:2017/07/05(水) 11:09:29
姐さん、いいよいいよー
尚隆すれてるよな、やっぱ。蓬莱のお嫁さんからしてあれだし
その分ろくたんに想いっきり執着して欲しい

904永遠の行方「絆(66)」:2017/07/05(水) 19:45:32
 だがそもそも、尚隆を恋していると思ったのは六太の思い違いという可能
性はないだろうか。現実に抱かれてみて、やっと気持ちの齟齬に気づいた可
能性は。
 そんな懸念を口にすると、朱衡は考え考え、こんなふうに答えた。
「そうですね……。確かに恋に恋する年頃というものはあるでしょう。台輔
の実年齢はともかく、これまで長いこと純潔でいらしたのなら、他人から聞
くのとご自分で経験なさるのとは大違いというのはあると思います。しかし
ながらそのお気持ちが勘違いということまではさすがにないでしょう。今に
して思えば、台輔が主上をお慕いしていたのは明らかでした。単にそれが恋
愛的な意味だとは誰も想像していなかっただけで。
 おそらくは初めてのご経験で、単に衝撃を受けておられるだけではないで
しょうか」
「実は俺もそう思う」尚隆も同意した。「俺が触れるといまだに震えるし、
涙目にもなるが、顔は耳まで真っ赤だしな。怖がっているのではなく、どう
もとてつもなく恥ずかしがっているようなのだ。だが正直、ここまで動揺が
長引くとは思わなかった。六太が自分を取り繕わないよう、あえて追い詰め
てみたようなものだが、失敗だったかもしれん」
「動揺、ですか」朱衡は尚隆の言葉を繰り返し、ひとしきり考えてからこう
答えた。「そう――仁重殿に住んでいらした以前と異なり、今は主上と寝食
をともにしておられるわけです。そうしますと、おひとりでじっくり考えて
気持ちを落ち着かせる余裕がないのかもしれません」
「なるほど。しかし落ち着かせるために仁重殿に――今は玉華殿か、とにか
く御座所に帰しでもしたら、それこそ六太は早くも見捨てられたと勘違いす
るだろう。どうも俺が一時的に相手をしているに過ぎないと思い込んでいる
ようなのだ。毎晩閨をともにしているし、愛撫も丹念にしているつもりなの
だが。そういえば先日、庭を散策する際に初めて手をつないでみたのだが、
閨よりむしろそちらのほうが嬉しそうな様子でな」
 朱衡は驚いたように目を見開き、物言いたげな顔になった。
「なんだ」
「その、主上」
「うん?」

905永遠の行方「絆(67)」:2017/07/05(水) 19:59:51
「台輔は、その、純潔でいらしたのですよね? そして台輔にとって、そも
そも主上が初めての恋のお相手でもある?」
 尚隆は組んでいた手をほどいて体を起こし、まじまじと朱衡を見た。
 六太には明らかに情交の経験はなかった。それのみならず、おそらくは恋
自体も初めて――尚隆が初恋なのだ。それに思い至ると、尚隆はあらためて
強い喜びに満たされたが、一途にひとりだけを想い続けていた六太と、無数
の女と関係を持ってきた自分とでは感性がまったく違うだろう。今回の事態
はそれに起因するのだろうか、とようやく考えた。
「うむ、おそらく」
「いわば台輔は恋愛の初心者であられる、と。手をつないで散策なさったら
喜ばれたとのことですが、たとえば文(ふみ)をお送りになったことは?」
「いや」尚隆は問いの理由がわからず眉根を寄せた。「毎日三食をともにし
ているのだぞ? 閨も一緒だし、何かあれば直接言ったほうが早かろう。離
れた場所にいて伝言があるなら女官にでも伝えさせるし、特に文を書く理由
はないな」
「では閨ではたっぷり可愛がっておられるけれども、日常的な触れ合いはな
さっておられない?」
「一緒に食事も散策もしているし、六太が歩けなかったときは、抱き上げて
あちこち連れていったろうが」
「主上」朱衡は、こほんと軽く咳ばらいをしてから言った。「お聞きするか
ぎり、台輔は過去に恋の経験もなく、主上が寵愛なさるまでは閨の知識もな
かった。つまりその方面では非常に幼いと思われます」
「む? まあ……そうだな」
「世の恋人たちというものは、普通はまず文を送りあったり、茶屋などで逢
瀬を繰り返して親交を深め、徐々に気分が盛り上がってくるものかと思われ
ます」
「……うむ」
「主上は台輔に対して、そういった段階を踏んで求愛なさったので?」
「いや……。その、いろいろあってな。ふとしたはずみにあれの気持ちを
知ったので、そのまま……なしくずしにというか、強引に抱いた、な」
 朱衡は溜息をもらした。何か叱られているような気分になり、尚隆はわず
かに視線をそらした。

906永遠の行方「絆(68)」:2017/07/05(水) 20:46:32
「長年、一緒にいらした台輔がお相手なので、さすがの主上も勘が鈍ってし
まわれたのでしょうか? たとえば年端もいかぬ生娘に求愛することを考え
てみてください。いきなり閨に引っ張り込んだら、体だけが目当てなのかと
誤解され、気持ちの上でのすれ違いが起きやすくなってしまいます。これが
男慣れした浮気女なら別ですが、閨のことよりも、まずは普段の触れ合いに
重きを置かれたほうがよろしいかと。そうやって肉体ではなく精神面でのつ
ながりを深めれば、台輔のお気持ちも和らぐのでは」
「しかし、今さら六太と臥室を別にする気はないぞ」
「もちろんです。先ほど主上がおっしゃったように、そんなことをなさって
は台輔が逆に動揺を深めてしまいます。閨のことはそれとして、昼間の触れ
合いを少し変えてはいかがかと申し上げたのです。台輔は手をつないで散策
なさったことを喜んでおられたそうですから、そういったささいな触れ合い
を重視なさることです。要は恋の夢を壊さないようにということです」
「恋の、夢」
 何だか体がかゆくなりそうな言葉だと思いながらも、尚隆は何となく納得
できるような気がした。五百年もの間、一緒に過ごした六太が相手なので、
朱衡が言うように勘が鈍っていたのだろう。一途に尚隆を想っていた六太の
恋は、尚隆が考えているよりずっと情緒的で甘美な空想の中にあったに違い
ない。翻って肉体的な交わりというものは、両想いだとしてもなかなかに
生々しいものだ。綺麗な面ばかりではないし、特に男同士となるといろいろ
と煩雑な部分もある。
 だが手を握られたり、恋人に物を食べさせてもらうようなままごとめいた
行為なら、恋の夢を壊さないどころか、むしろ甘やかな空想そのままだろう。
肉体的な刺激こそ少ないが、それだけに却って気持ちが落ち着いたり、精神
的な充足は得られるのかもしれない。そういった積み重ねがあってこそ、体
を重ねても不安を感じずに済むのかもしれない。
「――そう、か」
「はい」
 尚隆が納得した様子を見たからだろう、朱衡はほほえんだ。尚隆はあらた
めて朱衡を見た。
「いや、なんというか……。おまえからこんな助言を得るとは思わなかった
が、なかなかに経験を積んでいるようだな」

907永遠の行方「絆(69)」:2017/07/05(水) 20:48:56
「そうでもございませんよ。せいぜい人並みには、といった程度です。だか
らこそ百戦錬磨の主上よりは台輔の感性に近いだろうとは思いますが」
「しかし助かった。少し六太への対応を考えてみよう」
 うなずきながら、ふたたび腕を組んで背をもたれると、朱衡は微笑したま
まだった。
「なんだ」
「いえ、主上がこのようなことを相談してくださったのを嬉しく思いまして」
「なんだと?」尚隆は驚いて瞬いた。
「臣としましては、たまにお心の一端を見せていただけるだけで安堵するも
のでございます」
 尚隆は「そうか」と苦笑した。確かにこの臣下には、いろいろ心配をかけ
てきたと思い返したのだ。
「まあ、俺自身のことならまだしも、今回は六太に関わることだからな」
「王と麒麟は一対。仲むつまじいのはけっこうなことでございます」
「しかし文か。要は恋文……だな? 実は書いたことがないのだが」
「精進なさいませ」
「それと散策の際は必ず手をつなぐことにする。しばらくはもっと六太を甘
やかすか。いや、今でもかなり甘やかしているつもりなのだがな、どうもき
ちんと伝わっておらぬ気がする」
「そういえば先ごろ冢宰に、台輔のために温室や水遊びできる池などの造設
を命じられたそうですね。でしたら完成まで待つのではなく、台輔を連れて
現場をご覧になったらいかがですか。どこそこに何を作る予定だと説明なさ
りながら」
「ほう……なるほど」
「主上が台輔のために計らったことですから、少なくともがっかりされるこ
とはないでしょう。あるいは台輔のほうからご希望なりと出るかもしれませ
ん」
「うむ、良い案だ。六太もずいぶんと疲れにくくなったようだし、さっそく
連れて行ってみよう」
 尚隆は晴れやかに言った。

908書き手:2017/07/05(水) 20:52:48
尚隆、すでに六太にベタぼれだし甘々なんですけどねー。
数百年に及ぶ片思いの重みでどうしても六太はぐるぐるしてしまう上、
いろいろ慣れてスレて「両想いなのだから、とりあえずヤッてしまえば
間違いないだろう」な尚隆と、うぶなだけに繊細な六太とでは、
そもそもの感覚がまったく違うので、何かと行き違いが。
章の終わりも見えてきてるけど、あと一山あります。

というわけで次の投下まで、また少しお待ちください。

909名無しさん:2017/07/05(水) 22:12:49
感想スレにも感想書きましたが、ほんとに姐さん乙です

今日の投下は、読んでいてこちらが照れてしまった
尚隆��!こっちが照れ照れしてしまうよ!
こんなノロケ方があったかと、萌え萌えしました

アベマTVの放送で萌補給しつつ、楽しく待たせてもらいます
姐さんのお陰で2017年めちゃくちゃお祭り状態です

910名無しさん:2017/07/06(木) 02:04:20
久々に来てみたら更新が…姐さん乙です。
アドバイスに沿ってレッスン1からって初々しい主従が見れそうで楽しみです。

911名無しさん:2017/07/06(木) 09:44:09
レッスン1から・・・
何という萌え萌えむんむんな言葉・・・!

912永遠の行方「絆(70)」:2017/08/01(火) 21:06:06

 今日もお茶のあとで長楽殿の周辺をぶらりと散策する。尚隆は六太の手を
引きながら、今日起きたことを適当に喋ってくれるので、六太はたまに相槌
を打つだけで黙ってついていけば良かった。室内で面と向かっているときの
沈黙は気まずいが、こうして開放的な環境でぶらぶらと歩いているなら、さ
ほど気にはならない。
 初めて庭院で手をつながれて以来、尚隆はひんぱんに六太に手を差し出し
てくるようになった。閨で抱きしめられるのと違って触れあうのは手だけな
のに、六太は嬉しいわ恥ずかしいわでどきどきした。
 大きな手の温もりに包まれるのは嬉しい。閨での愛撫はすぐに訳がわから
なくなって翻弄されてしまうが、手をつなぐだけならそんなことにはならな
い。緊張することはするのだが体は適度に離れているし、尚隆は正面を見な
がら歩いて喋ってたまに振り向くぐらいなので、純粋に嬉しさのほうが勝っ
ていた。
(なんかいいな、こういうの)
 六太はようやく少し気持ちが落ち着いて、昼間はほのぼのとした時間を過
ごしていた。
 もちろん閨で睦むのも嫌ではない。何と言っても長年の片恋の相手だ。
 それでも尚隆に抱かれ、一方的に翻弄されて幾度も達すると、なぜか哀し
くもなってしまうのだ。これまでの生活と一変したためもあり、非日常の、
つかの間の夢を見ている気がしてならなかった。
 昨夜はいっそう激しくて、久しぶりに体をつなげて膝の上に乗せられ揺さ
ぶられている間、六太はつい切なくてぽろりと涙を落としてしまい、尚隆を
あわてさせた。
「どうした、痛いのか」
 そんなふうに聞かれ、六太はただ首を振った。夢の終わりはまだだと自分
に言い聞かせて。
(まだ尚隆は宮城に留まっている。きっともうしばらくは大丈夫)
 六太はそんなことを考えながら、時折尚隆が振り返っては雑談の同意を求
める言葉に、笑って「うん」とうなずいて見せた。

913書き手:2017/08/01(火) 21:08:30
ちょろっと一レスだけ。
ここから数レスほど六太視点で、つかの間の平穏な日々です。

914名無しさん:2017/08/01(火) 22:26:14
切な萌
うっかりほろり涙する膝の上の六太……清らかエロい

915名無しさん:2017/08/02(水) 10:19:10
六太切ない・・・、それにしても純粋だなあ
尚隆視点と違ってまるで少女マンガを見ているようだ
そして朱衡の言葉に素直に従う尚隆さんにも少し萌えたw

916永遠の行方「絆(71)」:2017/08/02(水) 23:47:21
 ただ最近、尚隆が物言いたげに見ることがあって、六太は少し気にしてい
た。嫌な予感がして、一度「なに?」と問うたとき、「いや」と首を振られ
たが、その後、「文言がなあ……」と唸るようにつぶやいていた。もしや別
れの言葉を選んでいるのだろうかと凍りついた六太は、それ以来、さりげな
く視線をそらすようにした。何も気づいていないふりをして、今のように
笑ってみせたりもする。
 いろいろあったが、六太は尚隆の重荷にはなりたくなかったし、ましてや
心を他に移されたり飽きられたとき、すがりついて鬱陶しい奴だと思われた
くはなかった。今の関係が、呪に囚われたがための過保護を発端とすると考
えられる以上、だんだん元の生活に戻っていく過程で、自然と関係も解消さ
れるのは仕方がない。話を切り出されたら深刻な様子を見せずに離れなけれ
ば。そうやって心構えをしておけば、いざそのときを迎えても醜態をさらさ
ずに済み、尚隆の心証も悪くならないだろう。
(短い間とはいえ幸せな時間を過ごせたんだ。それだけで儲けものじゃない
か)
 初めて抱かれてからある程度の時間が経ち、六太はようやくそんなふうに
考えられるようになっていた。それにいずれ飽きて捨てられ、仁重殿に戻る
ことになっても、あっけらかんと笑って鬱陶しい様子を見せずにいれば、こ
うやって手をつなぐことぐらいはたまにしてもらえるかもしれない。
 六太自身はそれを前向きな考えだと思っていた。

917名無しさん:2017/08/03(木) 07:01:03
六たん切ない…。更新ありがとうございます!やはり曲者尚隆とのお付き合い?は一筋縄ではいかないよなあ…

918永遠の行方「絆(72)」:2017/08/03(木) 20:23:46

 そんなある日、六太が広徳殿の執務室で官と話をしていると、尚隆づきの
侍官が文箱を持って訪れた。
「台輔。主上からお文(ふみ)でございます」
「……へ?」
 全面に螺鈿細工が施された、星がまたたく夜空のごとく美麗な小ぶりの漆
器を目の前の卓に置かれ、六太は戸惑って侍官と文箱を交互に見た。どちら
かが地方や国外に出ていて、使令経由で打ち合わせするような局面を除き、
六太は尚隆から文など受け取ったことはない。侍官がうやうやしい様子で
待っているので、錠はかかっていないのを見て取り、文箱の留め金をはずし
て蓋を開けた。
 文箱だから当然、入っているのは文だ。折り畳まれていた料紙を取り出し
て開くと、「愛する六太へ」という語で始まっていた。驚愕した六太は力を
入れたあまり危うく料紙を破ってしまうところで、まじまじと文面を凝視し
た。
 内容はと言えば、単に本日のお茶の場所の変更についてで、普段の尚隆な
ら女官に言づけて済ませるか、必要事項だけの簡潔な文面にするたぐいだっ
た。なのに、詩のように韻を踏んだ高尚な言い回しでこそないが、今日の天
気だったり六太の体調のことだったり、さほどの内容ではないが気遣うよう
な話題をいくつか連ねてあって、最後は「おまえの永遠の伴侶より」という
語で結ばれていた。
 しばらくそれを凝視していた六太は、戸惑いながら、使者となった侍官を
見た。
「あの……。これ、返事を書かないとだめかな? 口頭で返すのじゃだめ?」
「特には言づかっておりません」

919永遠の行方「絆(73)」:2017/08/03(木) 20:30:17
「そうか。でも……。うーん」
 さすがに空の文箱を返すのはまずいのではないだろうか。そうは思ったも
のの、何だか六太は不意に面倒になってしまった。
「じゃ、わかったって言っといてくれ」
「かしこまりまして」
 文をもらったこと自体は嬉しかったが、何を意図してのことかさっぱりわ
からず、侍官を返したあとも六太はしばらく「うーん」と唸っていた。
「台輔、主上が何か?」
「いや、大した内容じゃない。単にお茶する場所の変更」
「はあ」
 そばにいた官も、その程度の用件で文が送られた理由がわからず首をひ
ねっている。
 その後、時間になって指定された房室に赴いたが、いつも通りにお茶をし
ただけだった。茶菓子を食べながら六太がわけを尋ねると、尚隆は苦笑いし
た。
「実は朱衡に叱られてな」
「……朱衡?」
「世の恋人たちというものは、文を交わしたり茶屋で逢い引きを重ねたりし
て気分を盛り上げていくものだそうだ。いきなり閨に連れ込むものではない、
と」
 ふたりの関係を朱衡に知られたとわかって、六太はあっという間に赤面し
た。ゆでられたように赤い顔を伏せながら「そ、そうなんだ」と返し、そこ
でようやく言われた内容を理解した。
(……恋人たち?)
 六太は顔を上げて尚隆を見た。

920永遠の行方「絆(74)」:2017/08/03(木) 20:34:28
「かと言って、おまえとは政務以外一緒におるし、そもそも日頃からいろい
ろ話しておるしな。いちいち文にしたためるような事柄もないので、あれで
も頑張って文言をひねり出したのだが、おまえの返事は文ではなく口頭だし」
 苦笑いの中にも、どこかうらめしそうな表情を向けてくる。
「えーと……。その、ごめん?」
 くすりと笑いながら、六太は謝った。そして最近、物言いたげな顔を向け
られていたのはこのためかと思い当たって、苦しかった気持ちがみるみるう
ちにほどけていくのを感じた。
「……でも」
「うん?」
「――嬉しかった」
 慣れないことをされて戸惑いはしたが、嬉しいのは嬉しかったので、六太
ははにかんだ顔で素直に告げた。尚隆も笑って、「そうか」と答えた。
「でも大仰な表現はいらないかも」
「そうか? 頑張ってそれらしい表現を考えたのだがな」
「嬉しかったけど……恥ずかしかった」
「そうか」
「普通の文章でいいよ」
 六太はそう言いながらつい照れて顔をそらし、その後ちらりと上目遣いで
尚隆を見た。尚隆はと言えば、こちらも優しい目で笑っていた。
 また恥ずかしくなった六太は、手元の皿の茶菓子に視線を落として無心に
食べた。そんな六太に、ふと尚隆が自分の皿から小さな焼き菓子をつまんで
差し出してきた。砕いた木の実がふんだんに入っている、香ばしい菓子だ。
「おまえ、こういうのも好きだろう」
「う、うん」
 口元に差し出されたそれを、以前果物を差し出されたときのように、ぱく
りと食べる。食べ終わるとふたたび差し出されたので、六太は赤い顔をしな
がらも再度口を開けた。
 幸せだった。

921書き手:2017/08/03(木) 20:39:14
ほのぼのラブラブな主従です。

尚隆にいろいろ閨で教えこまれても、
ろくたんはまだまだピュアなので、十八禁なあれこれではなく
手をつないだりするほのぼのレベルが一番嬉しい模様。
しかも恋人つなぎとかじゃなく、普通につなぐ感じ。

922名無しさん:2017/08/04(金) 00:53:56
更新またあった!ああ六たん可愛い…!
ようやく幸せという単語が出て読むこっちも嬉しくなる!

923永遠の行方「絆(75)」:2017/08/05(土) 09:55:01

 初めて尚隆に抱かれたとき、六太は大海で嵐に翻弄されるはかない小舟
だった。激しい高波にもまれ続け、ついには水面に叩きつけられて粉々に砕
け散った。そこにあったのはまさしく衝撃であり、何の心の準備もない上に
性に無知だった六太はひたすら動揺するしかなかった。
 唐突な求愛は現実のこととは思えず、何かの間違いだと思った。毎日のよ
うに抱かれても、却ってそのおかげで動揺から脱することができなかった。
 それからかなり時間が経ち、ほのぼのとした毎日を過ごすようになって、
六太はようやく、六太を好きだという尚隆の言葉に実感が湧いてきた。
 毎日のようにふたりで庭院を散策し、その際、尚隆は必ず手をつないでく
れた。お茶の場所はあらかじめ決めるのではなく、午後になって尚隆が文で
伝えてくれることになった。それで少なくとも文を送る理由ができるからだ。
肝心の文面は六太の要望通り簡潔になり、特に大仰な修飾が用いられるでも
なく、単なる伝達事項という感じだった。それでも六太は、わざわざ文を
送ってくれること自体が嬉しかった。
 数日もすると、どちらからともなく文面で遊びだして、尚隆は昔の蓬莱の
候文(そうろうぶん)を記したりした。ただし比較的最近になって蓬莱文の読
み書きを身につけた六太に昔の文章はわからないので、陽子に教わった現代
文に候をつけるだけという、かなりでたらめなものだ。もともとの候文も割
とでたらめだったらしいが。
 ――本日は久しぶりに書類を溜めてしまい、官に叱られ候。
 ――くどくどと説教され、六太が恋しいで候。
 料紙を開けばそんなことが書かれていて六太も笑ってしまう。
 ――自業自得で候。
 ――さっさと仕事をしろで候。
 六太もそんなふうに返事を返したりもする。

924永遠の行方「絆(76)」:2017/08/05(土) 10:02:49
 そんなある日、六太は散策で正寝の正殿近くに連れてこられた。
「ここから蛇行するように小川を作ってな――」
 玉華殿のそば、何やら延々と掘り返されて工人が作業をしている現場に伴
われ、尚隆にそう説明された。最近工人があちこちで何かやっているなと
思ったら、六太のために整備しているのだという。広い箇所でも幅はせいぜ
い二、三歩、深さは六太の膝ほどの、いわば小さな水路のような小川を作り、
あちこちにままごとのような橋をかけ、途中に池を作り、色とりどりの魚を
放す。凌雲山の頂点にありながら高台からはささやかな滝のような水の湧出
もあるのが宮城の不思議だが、そういった湧水を水源とし、最後は地下に管
を通して雲海に流すという、そんな計画。今のように夏場なら、水遊びもで
きる。どっしりとした趣の玄英宮は、白で彩られた奏の清漢宮のような、殿
閣や園林それぞれが雲海に小島のように浮かんで回廊やらで立体的かつ優美
につながれた水の街ではない。むろんもともと雲海から引かれた水路もある
が、正寝に新たに作られるこれは真水の川になる。さらには戴にあるような
温室を作って、季節に関わらず花を楽しめるようにするらしい。
 そんなこととは知らなかった六太はびっくりしたけれども、自分を楽しま
せるために尚隆があれこれ考えてくれているのを知って心が躍るほど嬉し
かった。既に掘られている場所にぴょんと飛び降りて、底面をちょっと歩い
てみたりもした。
 その後、工事全体の状況を窺えるよう、尚隆は見晴らしの良い高台のひと
つに行って芝に腰を下ろした。そんな彼の膝の間、尚隆を椅子代わりにする
ような体勢で六太は座らされ、後ろから腕を回されて抱きしめられた。工人
以外に遠目に文官らしい姿も見え、六太は恥ずかしい思いをしたが、尚隆の
ほうはまったくの無頓着。むしろ余人の目があると、六太をからかいやすい
のか逆にきわどい戯れをしてくる。そのたびに六太はあわてるのだが、真っ
赤な顔で睨んでも、尚隆は笑っているだけだった。
「あのなー」
「別に良いではないか。俺とおまえの仲だ」
「ここ、外」
「なるほど、屋内なら良いと」

925永遠の行方「絆(77)」:2017/08/05(土) 10:09:28
 尚隆はそんなことを言いながら、六太を抱きしめたまま首の後ろに顔を埋
めてきた。それだけでなく、片手が不埒な場所を探ろうとしてきたので、六
太はその手の甲をつねってやった。
「いたた」
「だからここは外だって!」
 そんなふうにじゃれあいながら、少し前に比べれば、六太は信じられない
ほど穏やかな気持ちで過ごせるようになった。毎日、当たり前のように愛情
深く六太に触れてくる尚隆のおかげで、六太の気持ちはだんだん落ち着いて
いった。
 ――尚隆が俺を好きだって。
 ――俺は尚隆の伴侶だって。
 尚隆の言葉を思い出しては実感するようにかみしめて、心が温かくなる。
この様子なら、尚隆は宮城を出奔する際も六太を連れて行ってくれるのでは
ないかとも思った。その昔、勅命で国内の不穏な地域や国外を探るように
なった頃、尚隆は時折、労をねぎらうように遊びに連れ出してくれた。あの
ときのように仲良く一緒に騎獣にのり、軽口を叩きあいながら諸国を巡って
……。
(夢じゃないんだ。もしかしたらずっと一緒にいられるかもしれない?)
 そう考えると六太は嬉しくなり、鼓動は期待で高鳴った。むろん別れの予
感に対する恐れは残っていたが、だんだんと気持ちがほぐれていったことで、
当分はそんな心配はいらないのではと楽観的になってきた。
 その日の朝も政務のために広徳殿に向かい、早くも昼餉やお茶で会うこと
を思って「今日はどんな話をしよう」と、六太はどきどきしながら考えた。
とはいえ本当は話など何でもいいのだ。官の噂話だったり下界の流行の話
だったり、はたまた六太のために作られている途中の池や小川の話だったり。
言ったそばから忘れてしまうような他愛のない内容で一向にかまわなかった。
 そうやって浮かれていたからこそ、昼餉のあと執務室に戻ってしばらくし
たとき、尚隆が宮城から行方をくらましたと聞かされ、六太は世界が崩れた
ような衝撃を受けた。

926書き手:2017/08/05(土) 10:12:45
>>922
幸せ……幸せだったんですが!
このようにもう一山あります。
なんだかんだで詰めの甘い尚隆。

927名無しさん:2017/08/05(土) 23:25:23
にまにましながら読んでます
平和な尚六幸せだ・・・
でもせっかく六太の信頼得られそうだったのに、尚隆・・・・

928名無しさん:2017/08/05(土) 23:51:41
尚隆…一山あるんですね…六太頑張れ。超頑張れ。

929永遠の行方「絆(78)」:2017/08/06(日) 09:23:48

「え……?」
 まず六太は、何を言われたかわからずにぽかんとした。六太の執務室に書
類を運んでくるついでに、ちょっとした内容で話しかけてきた官のひとりが
苦笑とともに繰り返した。
「ええ、久し振りに主上がね。おかげで内殿では六官がばたばたしているそ
うで、でもおかしなことにみんな嬉しそうだっていうんです。これでやっと、
何もかもが事件の前に戻ったなあ、って」
 この官はおそらく尚隆と六太の新しい関係のことなどまったく知らないの
だろう。のほほんとした口調で語り、ばたばたしているという六官に劣らず
嬉しそうにしている。当人が口にした通り、これでやっと以前の日常に戻っ
た実感が湧いているのだろう。
 だが六太にしてみれば尚隆の出奔は青天の霹靂だった。少なくとも先ほど
尚隆とともに昼餉を摂った際は、まったくそんな話は出なかったのだから。
 予想外の事態に言葉を失ったあと、ゆるゆると現状を認識する。置いてい
かれたのだ、と。
 途端に足元が崩れて落ちていくような気がした。暗い暗い奈落の底へ。
 だが、今か今かと恐れながら待ちかまえてそのときを迎えたのと異なり、
衝撃のあまり凍りつくのではなく状況を把握できずにぽかんとしたのも、椅
子に座っていたためくずおれなかったのも幸運だった。六太が受けた激しい
衝撃に、その場の誰も気づかないようだったから。令尹あたりは主従の関係
を薄々察していたかもしれないが、今は他の部署に行っていた。
 混乱と動揺のただ中に投げ出された六太だったが、何気なさを装って手元
の書類を見やった。というか官がいるので、そこしか動揺した視線を向ける
場所がなかった。
 今日はたまたま、靖州侯たる六太の承認を必要とする書類が多く出されて
いた。それをとっさに利用する。
「あー、こっちは書類に埋もれてるってのにいいよなあ。そろそろ俺も下界
に遊びに行きたいや」
 芝居がかった仕草で書類の上に上体を投げ出すことで顔を隠し、そんなふ
うにぼやいてみせた。官たちは苦笑した。
「台輔はだめですよ。まだお体が本調子じゃないんでしょう?」
「んなことない、あとは体力をつけるだけなんだから。くっそー、よーし、
こうなったら大車輪で片づけるか。集中して処理しちまうから、しばらくひ
とりにしてくれ。別に逃げないからさ」

930永遠の行方「絆(79)」:2017/08/06(日) 09:39:41
「はいはい。そこの書類の束、本当にちゃんと片づけてくださいね。主上の
ことだからしばらく雲隠れするだろうし、なのに台輔にまで逃げられたら大
変なんですから」
「大丈夫、大丈夫」
 上体を起こした六太はにっと笑い、右手に筆、左手に州侯印を持って、わ
ざとらしく掲げてみせた。その場にいた数人の官は苦笑しつつ、適当に休憩
するために、もしくは決裁済の書類を届けるために、ぞろぞろと退出して
いった。
 ひと気がなくなったあと、六太は筆と州侯印を力なく卓に置いてうつむき、
深く長く溜息をついた。やがて顔を上げると口元に笑みを浮かべたまま、自
嘲するようにしみじみとつぶやいた。
「思ったより……早かったよなあ……」
 幾度も指折り数えてみたが、六太が呪の眠りから覚めて二ヶ月も経ってい
なかった。
 ――まだ、池も小川もできていない。
 だが涙は出なかった。不思議なことに、心中で嘆きながらもどこかほっと
していた。なぜならこれでもう、いつ飽きられるかと、いつ尚隆を失うかと
恐れる必要はなくなったのだから。もともと彼は六太のものではなかったの
だから。
 もちろんすぐに捨て置かれるようなことはないだろう。これは最初の変化
に過ぎない。そうして少しずつ尚隆は六太から離れていくのだろう……。
 危うく頭に乗ってしまうところだった、と六太は震える心で自戒した。あ
れほど女好きな尚隆の、六太を好きだという言葉を鵜呑みにしてしまうなん
て。
 むろん六太が意識不明の間、ずっと心配してくれていたのは事実だろう。
でも六太を抱いたのは、戯れとまではいかないまでも、気まぐれに近いもの
だったのかもしれない。
 ようやくのことで現実を思い知り、六太は体が芯まで凍えるように感じた。
奥底から立ち上ってくる冷たい震えを抑えることもできず、政務が終わった
あとは尚隆がいなくても長楽殿に戻らなくてはいけないのだろうかと懊悩し
た。尚隆のいない広いあの臥牀に、今夜からたったひとりで寝なくてはいけ
ないのだろうか。
 六太は暗い顔で悄然と座りこんだまま、夢の時間が終わったことをぼんや
り感じていた。

931名無しさん:2017/08/07(月) 00:34:00
はわわわ。一山がこれから迫ってくるのですね…相変わらず六太が賢く健気で可愛い…

932永遠の行方「絆(80)」:2017/08/09(水) 19:44:51

 靖州府の書類は令尹が厳しく検分しているので、普段の六太はあまり時間
をかけずに承認する。だが今は何かしていないと精神がどうかなってしまい
そうで、じっくりと書類を読み詳細を確認してから署名や押印をした。
 そうやって脇目も振らず、せっせと作業していると、一刻ほど経ったころ
に正寝の女官のひとりが訪れた。
「台輔。失礼いたします」
 靖州府の官が退出していったとはいえ、人払いというほど強く退出を求め
たわけではない。だから途中で一度、侍官が新たな書類を持ってきたりもし
た。訪れた正寝の女官も、執務室の前で警備している夏官に咎められること
なく、しとやかに入室してきた。
「主上からのご伝言でございます。本日のお茶は、玉華殿の東の四阿にてお
待ちしているとのことでございます」
 落ち着いた印象の年輩の女官は、にこやかにそう告げた。六太はぎこちな
いながらも何とか笑みを浮かべたが、内心では混乱していた。
「玉華殿の……東……」
「四阿でございます。ご政務のきりがよろしいようであれば、このままご案
内いたしますが。いかがなさいますか?」
「あの……さっき尚隆が出奔したって……」
「まあ」女官は、ほほと軽やかに笑った。「確かにどこぞにお出ましのよう
でございましたが、つい先ほど還幸なさいました」
「そう、なんだ」
 つまり尚隆が姿を消していたのは一刻ほどということだ。六太はいっそう
混乱したが、それだけ時間があれば女を買って息抜きすることはできるだろ
うと考えなおした。六太に配慮してこっそり行ったのだろうか。そして文で
はなく女官にお茶の場所を伝えさせるのは、あわてて戻ってきたから文を書
く時間がなかったのだろうか。
「台輔、本日のお茶はどうぞ楽しみになさっていてくださいませ」
「え……」
「さ、わたくしはこれ以上申しあげられませんが、ほんの少々、嬉しいこと
がございますよ」

933永遠の行方「絆(81)」:2017/08/09(水) 19:52:24
 女官は思わせぶりにそれだけ言って、六太の返答を待っている。六太は
「きりが悪いから、少ししてから行く」と答えて女官を帰した。実際には集
中して作業したおかげで、ほとんど書類の処理は終わっていたのだが。
 女官は「楽しみに」と言っていたが、六太は怖くてたまらなかった。女官
の前では必死に抑えていた震えにふたたび襲われ、長い時間をかけてのろの
ろと椅子から立ち上がった。
 最近は待ち合わせ場所まで行く際、嬉しくてほとんど駆けるようにしてい
たのに、一歩一歩が重くてなかなか進めない。途中、そんな六太の様子に気
づいた官や女官が気遣うような目を向けていたのに気づいたが、まだ体調が
万全ではないと思って見守っているのか、尚隆に捨てられかけていることを
察して哀れんでいるのかわからなかった。
 六太はこわばった表情のまま正寝に戻り、待ち合わせの場所に向かった。
目的の四阿は、数人が入ればいっぱいになるような、小さいが白い瀟洒な丸
天井を持つ石造りの建物で、陽子なら中華風ではなく洋風に近いと思ったこ
とだろう。
 曲線を持つ、これまた白く優美な石の柱の間、高くなっている内側に人影
があった。確かに尚隆だった。
 女官たちもいたが、建物が小さいとあって、邪魔にならないよう四阿の外
で遠巻きにして控えている。
 席を立ってこちらを待っている尚隆の姿を捉えたとたん、目から涙がこぼ
れそうになり、六太はあわてて気持ちを引き締めた。六太は尚隆を縛りつけ
たいわけでも、重荷になりたいわけでもない。醜態をさらすわけにはいかな
かった。
 ほんの数段の階段を上って四阿に入ると、六太の様子がおかしいのに気づ
いたのだろう、尚隆は眉をひそめて「六太?」と声をかけてきた。六太は必
死に笑みを浮かべた。
 どうか何も聞いてくれるなと必死に念じていたせいか、尚隆は眉根を寄せ
たまま瞬いたものの結局何も言わず、「こちらだ」と言って六太を隣の席に
座らせた。目の前の石案にはもちろんお茶の用意がされていたが、大皿に見
目好く盛られていた菓子は、種類こそ多いものの明らかに宮城で作られるよ
うな凝ったものではなかった。

934永遠の行方「絆(82)」:2017/08/09(水) 20:04:24
「以前、おまえを目覚めさせる手がかりがないかと下界に行った際、甘味屋
でも話を聞いてな。女将の大工の息子が作った、簡単なからくり細工を置い
ている小さな店だ。そこでおまえが少しずついろいろな種類の菓子を買い求
めて楽しんでいた話を聞いたのを思い出したので、せっかくだから買ってき
た。ついでにおまえのことも女将に話してきたぞ。聞き込みをする際に養い
親と一緒に遠方に引っ越したという話を作っていたのだが、関弓に戻ってき
たのでまたよろしく頼むとな。怪我をしていたが治ったとも言っておいた。
菓子をずいぶんおまけしてくれたから、おまえが外出できるようになったら
訪ねていくといい」
 六太は呆然として目の前の大皿に盛られていた菓子を見つめた。日持ちの
しそうな焼き菓子が主体で、特に凝ってはいない、一口大の素朴な菓子。だ
が造形や色合いからしていろいろな種類があり、普段の六太なら見たとたん
に無邪気に喜ぶような品々だった。
「どうだ? そろそろこういうのも食いたいかと思ったのだが。鳴賢からの
差し入れの蓬莱菓子を除けば、しばらく下界の菓子を食っておらんだろう」
 気遣わしげな声だった。
(女遊びに行ったのではなく……俺のために、菓子を……?)
 六太はまだ混乱していて、とても尚隆の顔を見る勇気はなかった。
(女官が、嬉しいことがあると言ったのは……)
 六太のために。六太を楽しませるために、わざわざ。
 なのに六太は尚隆を疑ったのか。息抜きに女を買いに行ったと。
 尚隆は取り皿にみずから菓子を盛って六太の前に置いてくれた。六太はつ
いに涙があふれてしまい、あわてて下を向いた。官服の膝に、ぽたぽたと滴
が落ちた。
 こんなにまで気遣ってもらえているのに恋人を疑った自分は最低だと六太
は思った。だがいったん芽生えた疑いは、自信のなさと相まって、どんどん
大きくなった。むしろこんな疑いを持つような自分だからこそ、愛想を尽か
されても当然だとも。

935永遠の行方「絆(83)」:2017/08/09(水) 20:15:29
 本当は六太に飽きがきていて、それを誤魔化すために帰りに菓子を買って
きただけではないだろうか。もしかしたら尚隆が言い出す前に、六太のほう
から臥室を別にしたいと切り出した方がいいのかもしれない。あるいはしば
らく下界に息抜きに行くように勧めるとか……。
 さすがに六太も、尚隆と関係ができてからの自分の精神状態がかなり不安
定であり、何かと悪いほうにばかり考えてしまうことを自覚してはいた。だ
がその心の動きは、もはや自分ではどうすることもできない段階に達してい
た。どうしても尚隆に飽きられて捨てられる未来が頭から離れず、そのとき
が怖くてたまらなかった。先ほど置いていかれたのだと早合点し、「やっぱ
り」とそれまでの予感が正しかったと思い込んだことも、無意識での確信を
増強する結果になってしまった。理性で強いて尚隆を信じようとしても、も
う感情がついてきてくれない。
「ろく――」
「うん、うまそうだ」
 六太は尚隆の言葉を遮り、必死に明るい声を出した。涙が滂沱のように流
れているため、どうしても顔は上げられなかったが、震えを抑えて懸命に言
葉を紡いだ。
「行きつけの甘味屋っていくつかあるけど、からくり細工っていうとあの店
かあ。俺、何度かからくりの仕組みを見せてもらったんだよね」
「……六太」
「体調も悪くないし、そろそろ顔を見せに行くかなあ」
「六太」
 不意に尚隆が肩に腕を回し、六太を胸元に抱き寄せた。両腕でしっかりと
抱きしめられた六太はますます動揺し、ついに嗚咽をこらえられなくなった。
何とか普通に話したいのに、口を開いても喉に塊が引っかかったようで言葉
にならなかった。
「大丈夫だ、大丈夫だから」
 尚隆はそう言いながら、六太を抱きしめたまま幾度も背をなでた。侍って
いる女官たちに「六太の体調が悪い。本日の政務は終わりだ」と告げる尚隆
の声が聞こえた。

936書き手:2017/08/09(水) 20:18:06
ろくたん、今まで以上に不安定でぐるぐるです。
でも区切りがつく章の終わりまであと20レスもかからないはず。

その次はついに最終章ですが、エピローグ的な、
そう長くはならないだろう内容とはいえ
ぎりぎり次スレまで行ってしまうかもしれません。

937名無しさん:2017/08/09(水) 23:01:51
続き楽しみにしてます、二人を幸せにしてあげて欲しいです!
でも、正直寂しいから終わって欲しくない気もする複雑な心境・・・w

938名無しさん:2017/08/10(木) 01:27:48
更新ありがとうございます!六太の涙が溢れる所、ぐっときました!そういえば六太は捨てられた子どもだったんですよね…トラウマない方がおかしいのに、いつも明るいイメージでしてたので六太がより六太らしく感じました。

939書き手:2017/08/10(木) 22:44:51
>>937
もちろん幸せになります!
あと次章はあえて描かない期間が出てくるので、
終わってもその辺を自由に妄想してもらえればと。

>>938
なんだかんだで主従ともどもトラウマはあると思うんですよね。
尚隆は小松領の滅亡、六太は親に捨てられたことで。
当人たちは普段は意識してないけど、何かの際には表に出てくるかなと。

940書き手:2017/08/11(金) 10:37:55
「絆」章の最後まで書き上げて推敲中ですが、
多少文言を変更する程度で、もうレス数自体は変わらないと思うので、
(忘れなければ)毎日一レスずつ投下していきたいと思います。

しばらくは尚隆視点、最後の数レスだけ六太視点です。

941永遠の行方「絆(84/100)」:2017/08/11(金) 10:42:05

 六太から送り返されてきた文箱を尚隆が開くと、いつものように短い返信
をしたためた料紙が現われた。
 ――こっちもそろそろ政務に飽きてきたで候。本日は李(すもも)を所望に
て候。
 尚隆は口の端に笑みを浮かべると、茶請けに李を加えることを女官に命じ
た。
 午後のお茶の場所を、六太に文で伝えるようになって数日。互いにだんだ
ん文面で遊ぶようになり、六太もすっかり遠慮がなくなった。それとともに
六太は目に見えて落ち着きを取り戻していき、やはり急ぎすぎたのが原因
だったか、と尚隆は反省した。
 初めての夜、尚隆は六太の動揺を鎮める手間をかけなかった。むしろ動揺
につけこんで、六太が以前のように自分を取り繕ってしまわないよう、揺さ
ぶりをかけたと言ってもいい。だがそのせいで、あまりにも急激な環境の変
化に気持ちがついて来られなかったのだろう。
 最初のうち、六太は尚隆の顔を見ても、どこか遠慮したようなおずおずと
した笑みしか見せなかった。六太が喜びそうな菓子を作らせて差し出せば、
菓子と尚隆を交互に見て、本当に食べていいのかと迷うそぶりを見せる。長
楽殿で臥室を始めとして六太のためにいろいろな房室を整えれば、これまた
自分が使っていいのかと戸惑っていた。いずれも事件前の強気な六太なら、
何の遠慮もなく享受したたぐいの内容だったろうに、尚隆の一挙手一投足に
びくびくするようになってしまった。
 しかし朱衡の助言を容れて日常的なふれあいの比重を増やしたのが効いた
のか、最近はようやく以前のように軽口を叩けるようになってきた。散策の
際に手をつなげば、直視こそされないものの、こちらを一瞥しては恥ずかし
そうな笑みを向けてくる。雑談の内容によっては気軽に返事をしてくるよう
にもなった。まだ少し緊張が残る気配はあるものの、傍目には事件の前の気
安い関係にほぼ戻ったように見え、尚隆はようやく安堵した。
「だから俺、奥のほうに隠しといたのに、結局見つけられちゃってさあ」
「広徳殿の執務室になど隠すからだ。そういうときはな、まず小さめの甕
(かめ)に入れて――」
 そんなふうに互いにささいな失敗を口にしては笑いあったりもする。

942永遠の行方「絆(85/100)」:2017/08/12(土) 10:49:26
 徐々に笑顔を取り戻していく六太に、尚隆も安堵とともに満ち足りた思い
を感じていた。時には花がほころぶような、ふわりとした幸せそうな笑みを
向けられ、思わず見とれたりもした。
(六太は俺の根だ。こいつがいれば、俺は俺自身でいられる)
 満足とともに、しみじみとそんなことを考える。
 その日はお茶のあとで正寝は長楽殿から玉華殿にかけて散策し、工人が作
業しているさまを六太に見せて計画を明かした。
「ここから蛇行するように小川を作ってな――」
 腕で指し示して詳細を説明すると、六太は驚いたように幾度もまばたきを
してから周囲をぐるりと見回して「マジ?」と尋ねた。
「小さな橋もいくつかかけるぞ。鯉やら金魚やらも放す」
「へえー」
 六太はきょろきょろしながら、尚隆とつないでいた手を離して、まだ水を
流していない川底にひょいと降り立った。もう足元に危ういところはないよ
うだった。
「これだとだいたい膝ぐらいか。うーん、さすがに泳げないかな」
「途中に池も作って、そちらはそこそこ深くするから、水遊び程度はできる
だろう」
「へえー、楽しみ」
 六太はそう言うと、おどけたようにその場でくるんと回ってみせた。
 六太のために関弓の街で菓子を買ってくることを思いついたのは、そんな
穏やかな日々を過ごしていたときだ。
 六太は鳴賢のことをずっと気にかけていたし、同じように下界の他の顔見
知りのこともそろそろ気になっているのではないか。聞き込みの際に寄った
甘味屋で菓子を買うついでに、せっかくだからあの辺の六太の知り合いに挨
拶でもしてきてやろう、六太が怪我をしたという話がどこまで伝わっている
かわからないが、そろそろ収拾をつけたほうが良い――そんなことを考えた
尚隆は、すぐ戻るつもりだったので特に官には告げずに街に降りた。
 解放日ではなかったため海客の団欒所は除外し(鳴賢と会った際、一緒に
いた彼の学友らに六太の身分が知られてしまったせいもある)、六太の行き
つけの店を数軒回ったあと、最後の甘味屋で焼き菓子を中心に手早く菓子を
選んでもらった。甘味屋の女将は、六太が怪我をしたこと――という設定―
―は知らなかったらしく、委細を聞いて驚き、「でも治って良かったこと」
と言っていくつもおまけしてくれた。

943名無しさん:2017/08/12(土) 16:22:43
ラストスパートが始まってる!あー毎日ドキドキさせてくれるのですね、ありがとうございます!楽しみに覗きにきます…!!

944名無しさん:2017/08/12(土) 22:19:22
幸せになるということで、わくわくしながら見守ります!

945書き手:2017/08/13(日) 08:52:40
ありがとうございます。

毎日一レスなので大した量じゃないけど、
夏休みだし、迷い込んだ人がここが今でも動いてるの知って
書き逃げにでも何か落としてくれないかと、かすかな期待も持ってたり。

原作さえ動いたらなあ……。

946永遠の行方「絆(86/100)」:2017/08/13(日) 09:02:12
 果物屋の店先ではみずみずしい夏の果物が山盛りになっていて、尚隆は次
の機会は菓子ではなく果物にしようと心に覚え書きをして宮城に戻った。久
しぶりに下界の菓子を見せて知り合いの話などをすれば、六太は喜ぶだろう
と思い、お茶の時間が待ち遠しかった。
 迎え出た女官に菓子の包みを渡し、いつもお茶をしている時間が迫ってい
たので、文ではなく口頭で六太に場所を伝えるため別の女官を遣った。その
間に手早く着替える。待ち合わせ場所に赴く途中、六太のために整えている
小川の工事状況もざっと見たが、順調のようだった。
 玉華殿の東にある四阿は、中央に石案が鎮座し、四阿の丸い内周にそって
座面が張り出している意匠のこぢんまりとした建物だ。尚隆は石案の上の大
皿に、買ってきた菓子が見目良く盛られているのを見やり、用意した女官に
満足げにうなずいた。自分が辿ってきたのとは違う、六太がやってくるだろ
う小道がよく見える場所に座る。
 ほどなく遠くに金色の頭が見え、尚隆は立ち上がった。だが近づいてきた
六太の顔がこわばっているのを見て眉をひそめた。
 六太はどこか頼りなげな足取りで階段を上って四阿に入ると、尚隆に笑み
を向けた。張りつけたような、ぎこちない笑顔だった。少し前まではよくこ
んな顔をしていた……。
「……六太?」
 声をかけたが、六太は不自然な笑みをいっそう深くしただけだった。
 不用意なことは言えないぞと直感した尚隆は、とりあえず六太を隣に座ら
せた。石案の上の茶菓子を見た六太は、それが宮城の厨房で作られたもので
はないとすぐ気づいたのだろう、どこか呆然としたように皿の上を凝視した。
「以前、おまえを目覚めさせる手がかりがないかと下界に行った際、甘味屋
でも話を聞いてな。女将の大工の息子が作った、簡単なからくり細工を置い
ている小さな店だ。そこでおまえが少しずついろいろな種類の菓子を買い求
めて楽しんでいた話を聞いたのを思い出したので、せっかくだから買ってき
た」
 そんなふうに説明しながら手ずから茶を煎れ、取り皿に菓子を盛って六太
の目の前に置いたが、六太は凍りついたように動かなかった。
(何があった?)
 尚隆は心配になった。昼餉のときはいつも通りだったのだ、この一刻の間
に何が――と急いで考えを巡らせた。

947永遠の行方「絆(87/100)」:2017/08/14(月) 08:34:30
(政務の際に何か言われたのか? いや、生活上の小言にせよ政務にからむ
諫言にせよ、官にちょっと言われた程度で今さら六太が動じるとは思えん。
使令が何か伝えてきた? それなら俺にも伝わるだろう。他にいつもと違う
ことと言えば――)
 ふと気がつく。最大の違いは、暫時とはいえ尚隆が関弓の街に降りたこと
ではないだろうか。
 どきり、と鼓動が大きく鳴った。六太自身が察したにせよ官が伝えたにせ
よ、尚隆が街に降りたことで六太が動揺したのなら、それは。
 いつの間にか深く顔を伏せていた六太の膝に、ぽたりと水滴が落ちた。ぽ
たり、ぽたり、といくつも。
「ろく――」
「うん、うまそうだ」
 六太は顔を伏せたまま、明るい声調子で言った。尚隆は呆気に取られた。
「行きつけの甘味屋っていくつかあるけど――」
 何事もなかったかのように話し始めた六太だったが、かたくなに顔を上げ
ず、声には震えが混じっていた。やがて息切れしたかのように途切れ途切れ
になり、それでも必死にいつも通りの口調を保とうとしていた。
(まさか、置いていかれたと思った……?)
 自然な演繹として辿りついた結論に、尚隆は愕然とした。尚隆自身は
ちょっと買いものに出た程度の認識だったのに、そこまで衝撃を受けるのか、
と。
(下手を打った)
 最近は落ち着いていたように見えたので、つい、もう大丈夫かと油断して
しまったのだ。
 だが以前は尚隆に対してもあれほど強気だった六太が、関係ができてから
は不安でいっぱいの様子だったではないか。想像通りなら六太の初恋は尚隆
だし、いつから想っていてくれたのかはさておき、ずいぶんと長いこと思い
詰めていたわけだ。おまけに今の関係は、尚隆が一時的に手を出したに過ぎ
ないと思っている節があり、精神的に不安定だったのはそのせいが大きいだ
ろう。長い間、一途にひとりだけを想い続け、想いが通じ合ったのも束の間、
その恋人に捨てられるのではと怯えているのだ。だからこそ朱衡の助言を容
れた尚隆は、手間暇かけていたわり、ゆっくりと気持ちをほぐしていくこと
を心がけたのだが。

948名無しさん:2017/08/14(月) 12:24:49
尚隆視点…!ドキドキする、六太を、六太をよろしくお願いします!←

949書き手:2017/08/15(火) 21:54:36
ふふふ、お願いされました!

950永遠の行方「絆(88/100)」:2017/08/15(火) 21:58:01
 これまで無数の女と簡単に関係を持ってきた尚隆に、六太の一途さと真剣
さの度合いを真に理解することはかなわなかった。好きあっているのなら体
をつなげてしまえば何とでもなると思ったのもそのせいだ。その見通しの甘
さがこの結果だった。
(まずいな。元の木阿弥になるとか、むしろ悪化するとかしたりせんだろう
な)
 ひやりとした尚隆は、「六太」と優しく声をかけるなり強引に抱き寄せた。
腕の中を見おろせば、相変わらず伏せられていたとはいえ涙で顔がぐしゃぐ
しゃなのは明らかだった。ついに嗚咽をこらえられなくなった六太は、それ
でも何とか普通に話そうとしていたようだが、口から出てきたのは、ぜいぜ
いと苦しそうな荒い呼吸だけだけだった。
 もうこれではお茶どころではないし、政務にもならないだろう。尚隆は六
太の背を撫でながら、女官たちに「六太の体調が悪い。本日の政務は終わり
だ」と言いおいて久しぶりに六太を横抱きにし、そのまま長楽殿に戻った。
 いつもの臥室に六太を連れていき、気持ちが落ち着く薬湯を用意させて強
引に飲ませる。かたくなに顔を伏せて泣き顔を見せないようにしている六太
を慮り、「おまえ、具合が悪いのだろう?」と誤解しているふうを装って無
理に寝かせた。六太は無言で頭から衾をかぶると、尚隆に背を向けて体を丸
めたが、興奮したせいかあまり薬湯が効かなかったらしく、ずいぶん経って
からようやく眠ったようだった。
 特に急ぎの書類もなかったので、尚隆はそのまま臥牀の傍らで見守ってい
た。自分の不用意な行動のせいで、ここしばらくの配慮が台無しになったこ
とが我ながら業腹だった。
 夕餉の時刻を過ぎてから六太は目覚めたようで、もぞもぞと動きだした。
しかし臥牀の上から衾の中を覗きこんでもどこかぼんやりとした様子で、尚
隆に背を向けたまま、悄然と横になっていた。
「腹が減ってないか? 何か食うか?」
 尚隆の問いかけにも反応がない。このまま寝かせておくかどうか迷ったも
のの、結局何か食べさせたほうが良かろうと、ぐったりとしていた六太の上
体をそっと起こした。抵抗はまったくなかったが、盛大に泣いたせいだろう、
乱れた髪の間から見える目はずいぶんと腫れぼったかった。

951永遠の行方「絆(89/100)」:2017/08/16(水) 19:28:14
 尚隆は消化の良い粥を用意させると、臥牀の上、自分も六太の傍らに座っ
た。六太を左腕で抱えて支えるようにし、右手で匙を取って六太に粥を食べ
させる。口元に匙を差し出されると、六太はのろのろと口を開いた。
(さて、どうするか)
 長い時間をかけて粥を食べさせ終わり、この様子のまま風呂に入れるのも
何かと危なかろうと、まだ歩けなかったときのように被衫を脱がせて清拭す
る。六太はその頃のように恥ずかしがるそぶりを見せるどころか、無感動に
ぼんやりとしたままだった。
 今日は何もしないで静かに寝かせるかと思ったものの、尚隆に見捨てられ
かけたと受け取ったのならそれもまずいのではないかと考え直した。どうす
るのが正解かわからないながらも、少なくとも身体的に離れるのは下策だろ
う。
 清拭のあとで被衫を着せることなく、尚隆も脱いで臥牀に入り、そのまま
そっと愛撫する。だが抵抗こそなかったものの、その晩の六太の体は初めて
の夜よりもずっと固かった。そうかと思うと、いったん感じたあとは今まで
になく乱れ、ついには尚隆にしがみついて泣き出した。尚隆の目にはとても
痛々しく思える姿だった。
 もし尚隆がずっと若く、経験が少なかったなら、いつまでも情緒不安定な
六太の反応を面倒に思ったかもしれない。だが大国の王として既にさまざま
な経験をし、さらには紆余曲折を経てようやく得た伴侶とあって、むしろ
いっそうの庇護欲に駆られた。六太がこんなふうになったのは、最初に尚隆
が強引に抱いたせいと思えば、むしろすまない気持ちにさえなる。
 そうやって危機感を募らせた尚隆だったが、翌朝目覚めた六太は少し落ち
着いたようだった。
「あの……昨日はごめん」
「気にするな。体調が悪かったのだろう?」
「うん、まあ……。その、いろいろ考えちゃって」
「そうか」
 六太の繊細さに、どこまで踏み込んでいいのかと尚隆は迷った。不用意に
言葉を連ねて、逆に衝撃を受けられたらと思うとつい躊躇してしまう。

952永遠の行方「絆(90/100)」:2017/08/17(木) 19:34:37
 その後、朝餉を摂ったあとはずいぶん落ち着いたふうで、こんなことを言
い出した。
「俺、そろそろ下界に遊びに行きたいんだけどさ、俺が自分が出奔するとき
におとりになってくれるなら、おまえが出奔するのを手伝ってもいいぜ」
 尚隆が黙っていると、六太はまだ少し腫れている瞼でにっと笑った。
「だから交換条件だよ。前にも似たようなのをやったことあるだろ? さす
がにあの事件のあとだから、ふたり一緒ってのはみんな心配するだろうから
さ、まず俺がおとりになってやるよ。で、おまえが遊びから帰ったら、今度
は俺が出る。順当だろ?」
 昨日のことがなければ、やっと以前の状態に戻りつつあることに安堵を覚
えたかもしれない。だが昔と異なり、既に尚隆が外出しても官が止めること
はない。現に昨日だってさっと関弓に降りたのだし、おとりなどまったく不
要だと六太もわかっているはずだった。
 だが今度の六太は、ある意味でかたくなだった。昨日尚隆が外出したのを、
ひとりで遊びに出たいのだと受け取ったのだろうか。
(ちと見通しが甘かったか)
 六太が精神的に不安定なのは承知していたつもりだった。だが当人がどれ
ほど不安がっているのか、尚隆は真に理解してはいなかったのだろう。本気
で尚隆を遠ざけようとしているわけではなかろうが、どうしても下界へ行か
せたいようで、何を言っても耳を貸さなかった。このまま留まっても、却っ
て不安を増大させるだけかもしれない。
 朱衡に咎められたように、いきなり閨に連れこむのではなかった、と今さ
らのように尚隆は後悔した。まさかここまで六太が不安定になろうとは予想
もしていなかったのだ。確かに尚隆は六太の動揺を煽ったが、決してこんな
ふうに追い詰めたかったわけではない。
(だがまあ、やってしまったものは仕方がない)
 いかに後悔したとて、時は戻らない。それでもまだ決定的な亀裂は生じて
いないはずだ。六太の動揺が激しいとはいえ、ふたりは相変わらず恋人同士
だし、ともに過ごす生活も変わっていない。尚隆が手を離しさえしなければ
挽回は可能なはずだった。そもそも尚隆への深い想いがあればこそ、六太は
不安になっているのだろうから。

953名無しさん:2017/08/17(木) 20:26:29
毎日更新嬉しいです!じわじわくっつきかけてるのを、もだもだしながら見てます

954永遠の行方「絆(91/100)」:2017/08/18(金) 19:40:52
(とりあえず一泊だけしてくるか。夕刻に出て、翌朝帰ってくれば良いだろ
う)
 要は一度遊びに出たと、尚隆の気が済んだからしばらくは大丈夫だと六太
が納得すればいいのだ。そうしておいて、戻ってきたら今度は同じような過
ちを犯さないよう注意して六太と過ごす。最近はずいぶんと明るくなってい
たのだから、真綿でくるむようにして細心の注意を払って対応すれば挽回で
きるはずだ……。
 そう思いながらも夕餉の時刻間際まで尚隆がぐずぐずしていたので、六太
は笑みを張りつけたこわばった顔のまま外出を促した。尚隆は、特におとり
は不要と言いおき、後ろ髪を引かれる思いで宮城を抜け出して関弓に降りた。
 とうに日は落ちていたが、大国雁の首都にとってはまだ宵の口だ。火の
入った灯籠があちこちに掲げられていて、どの通りも昼間のように明るく賑
やかだった。
 しかし尚隆は六太のことが気になって、宮城から離れる気はまったく起き
なかった。宮城の入口である雉門からさほど離れていない場所に並ぶ舎館は
どれもそれなりの格式で、普段の尚隆なら素通りするような建物だったが、
今日はあえてそのうちのひとつを選んで房室を取った。大部屋に雑魚寝だっ
たり、狭い個室で板間に薄い布団を敷くような場末の宿ではない。どれもき
ちんと牀榻のある房室ばかりで、尚隆は清潔な臥牀に腰かけるなり、ふう、
と溜息を漏らした。
 しばらく経ってから、一階にあった飯堂で夕餉をしたためようと立ち上が
る。そうして、ふと臥牀を振り返り、今夜はここで寂しく独り寝か、とふた
たび溜息をついた。王の臥室と比べるべくもない狭い臥牀なのに、やたらと
広く侘びしく見える気がした。最近はずっと六太を抱きしめて眠っていたの
で、寂しさもひとしおだ。
「つまらんな……」
 意図せずしてつぶやきが漏れた。そうやって言葉を口にしたことで、漠然
としていた気持ちが、意思が、みるみるうちに形になった。
「つまらん」
 今度ははっきり意識して口に出した。

955永遠の行方「絆(92/100)」:2017/08/19(土) 08:48:42

「お早いお帰りで」
 つい口を滑らせたといった調子で、禁門の門番が驚いた顔で主君を迎えた。
失言でとっさに口を押さえた門番に、尚隆は苦笑して片手を振ることで気に
するなと伝え、そのまま正寝に向かった。長楽殿で行き会った女官たちも、
つい先刻主君が逐電したのを知っていたのだろう、既に夜なのだから少なく
とも一泊はしてくると思っていたようで、礼をしながらも目を丸くしていた。
「おかえりなさいませ」
「六太はどうしている?」
 まだ早い時刻だったが、問うと女官は「既におやすみでございます」と答
えた。
 尚隆は、自分の世話は不要と言いおいて臥室に向かった。とりあえず宿の
飯堂で食事だけはしたので、腹も満たされている。
 六太から離れたくないと思った尚隆は開き直っていた。六太の勧め通り、
いったんは関弓に降りたのだから、もうそれで良いだろう、と。
 六太を起こさないよう、静かに扉を開けて臥室に入る。普段は消えている
灯が一部まだついていた。女官が消し忘れたのかと思い、だが被衫に着替え
るのに丁度良いと考えて何気なく室内を見回すと、隅の榻で六太が横になっ
て丸まっているのに気づいた。
「……六太?」
 驚きながらもそっと声をかけたが、反応はない。こちらに顔は向いていた
が、目は閉じていて眠っているようだった。実際、被衫には着替えている。
 何かしていて、牀榻に行かずにうっかりその場で寝てしまったのかと思い、
それでも不審を覚えて静かに歩み寄った。何もかかっていなかったから、体
が冷えてしまうではないか、寒くて体を丸めているのかと案じて覗き込むと、
ほのかな灯に照らされた頬に涙の跡があった。動揺した尚隆は反射的に腰を
かがめて手を伸ばし、だが寸前で思いとどまって頬のすぐ下の榻の座面に指
先を触れた。そこは確かにひんやりと湿っていた。

956名無しさん:2017/08/19(土) 09:47:10
六太、六太しっかり…いや尚隆しっかりして!!

957永遠の行方「絆(93/100)」:2017/08/20(日) 09:40:00
(……ずっと泣いていた……?)
 呆然として立ち尽くす。
 数呼吸の間、尚隆はじっとしていた。
 つと背後の牀榻を振り返り、何となくここで寝ている六太の気持ちがわか
るような気がした。なぜなら尚隆も同じだったからだ。下界の舎館の狭い臥
牀でさえ広く感じたのだ、ただでさえ広い王の牀榻は、ひとりで寝るのには
寂しすぎる。特にここしばらく、ずっとふたりで抱き合って眠っていたのな
ら。
 やがて尚隆は長く静かに息を吐いた。榻の前でしゃがみ込み、六太の頭を
そっとなでる。
「……本当は行ってほしくなかったのだろう?」
 つぶやくように言葉を紡ぐ。
 以前なら六太の強がりに苦笑したところだろうが、関係ができて以降、妙
に不安定な六太を見ている今は、身を切られるほど切ない思いしか湧かな
かった。
 それに結ばれて何年も経った間柄ならまだしも、自分たちはやっと想いが
通じ合ったばかり。いわば初々しい恋人同士なのだ。六太のために関弓に降
りて菓子を買ってきたことを、そろそろ脱走したくなってきたと思いこんだ
のに違いないと思えば、何といたいけなといっそう愛しくなるだけだった。
 きっとこれからも六太は自分の正直な気持ちを吐露することはないのだろ
う。何しろ長いこと尚隆への想いを秘めて気取られなかっただけでなく、死
と同義であると知りながら、尚隆の身代わりに呪を受けいれたくらいなのだ。
生半可なことで本心を明かすはずもない。
 だがいずれ破局が来ると怯える六太の心中を察しながら、経験豊富な尚隆
はこうも思うのだ。

958永遠の行方「絆(94/100)」:2017/08/21(月) 20:22:43
 確かにいつまでも恋人同士のような激情をいだいてはいられない。遅かれ
早かれ激しい感情はいずれ失せるだろう。だがそれは終わりではなく始まり
なのだ。燃え上がる炎のような恋心とて、やがては春の日差しのような穏や
かで落ち着いた気持ちに変わっていく。人はそれを情と呼ぶ。おそらく恋人
同士が他人から本当の家族になるのは、そんな段階に至ったときなのだ。
 それに関係ができて何百年も経ったとしたら、いくら六太でも変わりばえ
のしない恋人の顔に飽きるはずだ。いずれは世の夫婦のように倦怠期を迎え
るかもしれないし、朝から晩までこうしてふたりで過ごすこと自体を鬱陶し
いと思うようになるかもしれない。そこで自然な破局を迎えるか、はたまた
穏やかに危機を乗り切って絆を深めるかは、天のみぞ知る、だ。
 尚隆は六太をそっと抱き上げた。そのまま牀榻に向かう。
「う、ん……?」
 振動で気づいたのだろう、すぐにうっすらと目を開けた六太が、尚隆を認
めて大きく目を見開いた。呆然とした様子で口を開け――見る見るうちに涙
が盛り上がる。尚隆は立ち止まり、六太に優しい笑みを向けた。
「うあ、あ――」
 何しろ目覚めたばかりだ、態度を取り繕えるはずもない。動揺を露わにし
た六太は尚隆を凝視したまま、言葉にならない声を震わせた。
「六太」
 六太は、ひゅう、と息を吸い込んだ。そのまま吐き出せずに息が詰まりそ
うになっているのに気づいた尚隆は、あわてて六太を胸元に抱き寄せるよう
にしてから背を幾度も軽く叩いて呼吸を促した。
 混乱しているのだろう、六太は尚隆にしがみついて嗚咽し始めた。尚隆は
牀榻に入り、臥牀に腰かけて体勢を安定させてから言った。
「おまえがおらんとつまらんでな、一泊すらせずに帰ってきた」
 聞いているのかどうか、六太は泣きながらしがみついたままだ。
「六太」
 ふたたび優しく声をかける。言葉にならないのだろう、六太はただ嗚咽し、
尚隆にすがるようにぎゅっとしがみ続けていた。

959名無しさん:2017/08/21(月) 22:05:21
尚隆が滅茶苦茶良い男だ・・・、続き期待してます!

960永遠の行方「絆(95/100)」:2017/08/22(火) 19:45:13

 ほとんど一晩中泣き続け、明け方になってようやく眠りについたせいか、
翌朝の六太の顔はまぶたが腫れてひどい状態だった。だが一昨日の夜もそう
だったように、ぼんやりとした様子で何を言うのでもない。
 六太の今日の政務を取りやめさせた尚隆は、女官に六太の世話を任せて朝
議に向かった。その後、内殿で政務を執る。
 いつになく言葉少なな尚隆に、六官らは「何かございましたか?」と尋ね
たが、尚隆は「いや」と短く答えるに留めた。何やら考えあぐねているらし
い主君に六官らは顔を見合わせたものの、その場では何も言わなかった。
(本気になればなっただけ、人は憶病になるのかもしれないな)
 六太の様子を脳裏に浮かべた尚隆はそんなふうに思った。そしてしばらく
前から温めていた、六太に王の伴侶たる大公の位を与えることを本格的に考
える。そうやってこの関係を公のものにすれば、多少なりとも六太の精神の
安定に役立つだろう。正式な婚姻でなければ国氏は得られないが、もともと
六太は国氏を持っている。本来、内縁関係であれば当人の氏を使用するとこ
ろを、六太の場合は公的に延大公と呼ばせても何ら問題はない。
(むろん俺が伴侶としての氏を下賜してもいいわけだが、国氏が持つ重みと
は比べるべくもないからな)
 尚隆は持っていた筆を置くと、顎に手を当ててしばし考え込んだ。
 やがて六官が見守る中でふたたび筆を取り、目の前の書類の検分を再開し
た。その合間、ふと「しばらく見逃せ」と独り言のように言ったので、ちょ
うど秋官府の書類を受け取って確認していた朱衡が「はい?」と問い返した。
だが何の答えも返さなかったので、朱衡は他の六官や冢宰とふたたび顔を見
合わせていた。

961書き手:2017/08/22(火) 19:48:12
次から章の終わりまで六太視点です。
尚隆、ちゃんと失点は挽回しますので!

962名無しさん:2017/08/23(水) 01:16:24
失点を挽回?ドキドキしてお待ち申し上げます!

963永遠の行方「絆(96/100)」:2017/08/23(水) 20:00:08

「昼餉を食ったら抜け出して関弓に降りるからな、さっさと着替えておけよ」
 午近くになって政務から戻ってきた尚隆に、六太はそっと耳打ちされた。
戸惑って「え?」と問い返すと、尚隆はおどけたように眉を上げた。
「おまえがおらんとつまらんでな、一緒に出かけることにした」
「で、でも」
「世に亭主元気で留守がいいとは言われるが、伴侶になったばかりなのに、
さっそくおまえに邪険にされてはかなわん。だいたい別々に逐電することも
なかろう。この際、せっかくだから新婚旅行と洒落こもうではないか。今の
蓬莱にはそういう習慣があると以前教えてくれたろう」
 六太は呆然として目を見開いた。何と答えれば良いのかわからずに口ごも
る。
 尚隆にはひとりで息抜きをしてきてもらいたかった。そうやって六太が浮
気をいっさい咎めず寛容であれば、もし飽きられても完全には捨て置かれる
ことはないのでは望みをつないだのだ。
 昨夜はまさかその日のうちに尚隆が戻ってくるとは予想しておらず、つい
動揺して泣いてしまった。それで気を遣わせたのだとすれば、逆にまずいと
焦った。そういったことが積もり積もれば、遅かれ早かれ疎んじられてしま
うだろうからだ。
 だが尚隆は笑みを浮かべながらも、六太の逡巡を許さなかった。
「俺もおまえも最近は品行方正だったからな、そろそろ官を慌てさせてやろ
う」
 そんなふうに悪戯めいて言いながら、昼餉のあと、六太が宮城を抜け出す
ときに着ている粗末な衣類を、みずから引っ張り出してきて強引に着替えさ
せた。
「とりあえず関弓を出る前に一泊だ。おまえも知り合いに挨拶したいだろう。
楽俊や鳴賢は呼び出すなりして別に機会を設けてもいいが、例の甘味屋とか、
おまえの行きつけの店あたりは普通に顔を出すしかないからな」
 前日に六太が外出を勧めたときと異なり、尚隆は譲るつもりはまったくな
いようだった。あれよあれよという間に禁門の厩舎に連れていかれ、ひょい
と抱き上げられて騶虞の上に乗せられた。ついで尚隆は身軽にその後ろにま
たがり、六太を抱える形で手綱を取った。

964名無しさん:2017/08/24(木) 03:22:43
元気な展開で(・∀・)イイ!!

965永遠の行方「絆(97/100)」:2017/08/24(木) 21:18:46
 宮城の真下、凌雲山の麓に降りるだけなのだから、関弓の街はすぐだ。昼
間とあって目立つが、慣れている尚隆は極力人目につかないような場所を選
んで素早く降下した。首都を守る夏官に見咎められる前にいったん騶虞を放
す。もっとも宮城から降りてきたのは見られているだろうし、騶虞に乗るよ
うな人間は限られるから、わかっていて見逃してくれているはずだ。
 尚隆は六太の肩を抱いたまま並んで歩き、雉門に近い舎館に向かった。普
段はおもに安宿に泊まるから、かなり高級そうな門構えに六太は戸惑って傍
らの尚隆を見あげた。その意味に気づいたのだろう、尚隆は笑って説明した。
「昨日も取った宿だ。なかなか悪くなかったが、おまえがおらんとつまらん
でな。結局すぐ引き払ったが、どうせだから今度はおまえと泊まろうと思う」
 むろん六太もこれまで尚隆につきあって逐電したことは幾度もある。しか
しその際、これほど立派な宿に泊まった記憶はほとんどない。気を遣わせて
しまったのだろうかと懸念しつつも、ここまで来たら黙ってついていくしか
なかった。
 思ったとおり、尚隆が取ったのは立派な房室で、ちゃんとそれなりの意匠
の牀榻もあった。居間部分に腰を落ち着けた六太は、榻でふたり並んでお茶
を飲んだあと、思い切ってこう言った。
「あの、俺、ここで留守番してるからさ。どこか行きたいところがあれば
行っていいから」
 驚いたように見つめる尚隆に、六太は自然な笑みに見えるよう心がけて
笑ってみせた。
 昨夜、六太が不用意に泣いてしまったせいで尚隆に気を遣わせてしまった
のなら、何とか挽回したいと思った。自分は尚隆の負担になる気はないのだ
と、尚隆は好きにしていいのだとわかってもらいたかった。
 尚隆はまじまじと六太を見つめたあと、不意に困ったように笑った。
「何を勘違いしているのかわからんでもないが、俺はおまえと過ごすために
宮城を出たのだぞ」
「でも」
「新婚旅行だと言っただろうが」
 六太は驚いて口ごもった。確かにそう言われたが、本気にしてはいなかっ
たからだ。

966名無しさん:2017/08/25(金) 07:01:49
ここから尚隆のターン!ワクテカ( ´ ▽ ` )

967永遠の行方「絆(98/100)」:2017/08/25(金) 19:14:13
「で、でも、あの」
「なんだ」
「その、行きたいところとかあるなら本当に行っていいから」
 尚隆は苦笑した。
「信用のないことだ。だがまあ、俺はこれまでの行ないが悪かったからな、
こればかりは仕方がないか」
 尚隆はそう言ってから六太の体に腕を回して抱き寄せた。
「おまえは俺と一緒にいるのは嫌か?」
「う、ううん」
 六太は慌てて首を振った。尚隆はそれに応えて言った。
「俺もな。おまえと一緒にいたいのだ」
 六太は目を大きく見開いた。尚隆は笑顔のまま、黙って六太を見つめてい
る。
 言葉に詰まった六太は、やがて力なくうつむいた。
「……俺はおまえの重荷になりたくないし、疎まれたくもない」
 ついに口にする。後ろ向きなことを言うこと自体、鬱陶しいと思われるか
もしれないが、もう自分の怯えを誤魔化すことはできなかった。
 これからふたりの仲がどう変化しようと、王と麒麟である以上、日常的に
顔を合わせることは避けられない。破局そのものを恐れる気持ちがあるのは
もちろんだが、いずれ尚隆の心が離れたとき、自分を見てうんざりされるよ
うになったら、と六太はそれが怖かった。
「六太」尚隆は体に回した腕の力を強め、もう一方の手で伏せた六太の顔を
上げさせると、頬をそっとなでてきた。「俺がほしいのなら、そう言え。ほ
しいものがあるなら、手を伸ばして自分でつかみとれ。愛がほしいのなら自
分から求めろ。誰かを愛することが罪であるはずはない」
 至近距離から見つめられ、六太は「あ……」とあえぐように声を漏らした。
「この俺とて愛はほしいのだぞ。それがおまえの愛なら申し分ない」
 六太は声もないまま、尚隆の顔を見つめ続けた。理性では理解できても、
最愛の恋人を失う可能性を思うと、こうなる以前のような強い態度に出るこ
とは怖くてできなかった。

968名無しさん:2017/08/25(金) 20:21:59
尚隆って良い男なんだなあ・・・、六太の可愛さは元々だけどなんか自分の中で今更尚隆の株が上がってる

969永遠の行方「絆(99/100)」:2017/08/26(土) 08:26:06
「そもそも」と尚隆は続けた。「おまえは願いがかなったから呪の眠りから
覚めたのだろう?」
「……え?」
「わかっていないようだから言うが、おまえの呪が解けたのはな、俺がおま
えに接吻したからだ。それによって想いが報われるというおまえの願いがか
なったからだ」
 すべてを尚隆に見透かされていたことによる動揺はもちろん、心当たりの
ありすぎた六太は驚愕のままにあえいだ。
「水、とかを口移し、したせいなんじゃ……」
「幾度となく水や果汁を口移しで飲ませたのは事実だ。だがおまえはまった
く目覚める様子はなかったぞ。翻ってあのときは違う。俺はおまえに接吻し、
それで呪が解けた。確かに傍目から見ても、口移しと接吻では雰囲気からし
て違うだろうしな。それまで俺もわかっていなかったが、結果を考えれば似
て非なるものだったということなのだろう」
 優しい声だった。六太は混乱の中であえぎ続け――「そしてこうしてめで
たく恋人同士になったわけだ」と言われて泣き笑いのような表情になった。
いったん顔を伏せて力なく首を振ってから、顔を上げる。
「でも、変だよ、それ」
「変か?」
「だって俺は何の努力もしていない」
 そう言うと、尚隆は少し驚いたような顔をした。
「俺は最初から諦めていた。告白も、おまえに好かれるための努力も、何も
してこなかった。なのに願いがかなったなんて――目が覚めたらおまえが俺
に優しくなっていて、俺のことを好きだなんて言う。そんなの、おかしい
じゃないか」
 笑みを浮かべながらも、六太は今にも泣きそうな自分を自覚した。ああ、
やっぱりこれは自分の都合の良い夢なのだと、そんなふうに思ってしまう。
 尚隆は微笑して「そうか」と言った。そうして六太の頬を優しくなでなが
ら顔を覗き込み、「ならば」と続ける。
「今、言ってくれ。これまでおまえが言えなかった言葉、心の奥底に封じて
いた言葉を、今、俺に告げてくれ」
 六太は目を見張り、驚きのままに息を飲んだ。

970名無しさん:2017/08/26(土) 11:56:11
六太…!思いを尚隆に叩きつけてやれ!w

971永遠の行方「絆(100/E)」:2017/08/27(日) 09:27:41
「告白も努力も何もしてこなかったと言うのなら、今、言えばいい。今、努
力すればいい。遅いことなど何もない」
「あ……」
 接吻しそうなほど間近から見つめられ、六太はふたたびあえいだ。視線を
つなぎ留められたかのように、尚隆から目をそらせない。
「俺、は。俺は……」
 我知らず、うわごとのような言葉が唇からこぼれた。視界いっぱいに尚隆
の顔があって、六太は魅入られたかのように、ひたすら相手を見つめていた。
 それは遠く遥かな時代の蓬莱での懐かしい出会いを想起させた。波の音が
して、海鳥の声がして。どこまでも抜けるような青空を背景に、六太の顔を
覗き込んでいた尚隆。顔かたちは今とどこも変わらないが、雰囲気がずっと
若くて溌溂としていて――。
「俺は。俺は」
 震える声とともに想いがあふれた。数百年の長きに渡って封じてきた想い
が。
「ほんと、は」
 尚隆は微笑したまま、励ますようにわずかにうなずいた。泣きたくはない
のに涙がにじんで、六太の視界がぼやける。尚隆の姿を見失いたくなくてま
ばたくと涙がぽろりと落ちた。尚隆は親指をそっと滑らせて涙をぬぐってく
れた。
「ずっと、好きだった。最初から、好きだった――!」
 まるで堤が決壊したかのようだった。みずから封じていた言葉は奔流とな
り、ついに六太の唇から次々とあふれ出た。
 寂しかったこと、つらかったこと、嬉しかったこと、腹立たしかったこと。
泣きながら尚隆にしがみついた六太は、感情が高ぶったあまり、もはや自分
でも何を言っているのか支離滅裂でわからないような内容で思いの丈を訴え
た。既に嗚咽まじりのそれは、尚隆のほうもほとんど聞き取れなかっただろ
うに、彼は腕の中の六太の背を撫でながら「うん。うん」とうなずいて聞い
てくれたのだった。

- 「絆」章・終わり -

972書き手:2017/08/27(日) 09:30:46
これで「絆」章は終わりです。
当初の予定よりすれ違い度合いが減り、
代わりに六太の動揺具合が増大する結果になりました。
それでも結局六太が甘やかされているのは、やっぱり六太びいきだからw

次はようやく最後の「終」章です。
投下までまたしばらくお待ちください。

あと感想スレのほうは、雰囲気的に書き手が出しゃばって
レスしないほうが良さそうな感じだったので遠慮してました。
でもちゃんと見てます。いろいろありがとうございます。

973名無しさん:2017/08/27(日) 12:29:39
うわ〜最後素敵な演出ありがとうございます!まさか海神の頃が背景に流れるなんて思ってもみませんでした!六太が普通の人間でない事も受け入れ自分も普通じゃない事も受け入れつつ、でも前向きに二人の問題を対応する尚隆は流石だなと感動しました!彼の有事の安定感は素晴らしいですねw 絆はちまちまプリントアウトして冊子にする程楽しみに読んできました。もう新しい尚六は拝めないと諦めていたので大変こちらのお話は嬉しく心踊りました。終章投稿まで繰り返し読んでお待ちしています。

974書き手:2017/08/27(日) 19:35:49
楽しんでいただけたようで嬉しいです。
うっかりポカをやらかしても、最後はちゃんと決める尚隆です!

975名無しさん:2017/08/27(日) 20:31:50
うおおおおお、ようやく真に想いが通じ合った!
ずっと追ってきたので感慨深いです・・・・
973さんと同じように新しい尚六に飢えていたので、更新してくださるのが本当に楽しみで毎日見てました!
終章もお待ちしています!

976書き手:2017/08/27(日) 21:59:47
ありがとうございます。
次章は鳴賢、帷湍(&朱衡)、新婚旅行後wの尚隆&六太の話です。
時間を置くと書きにくくなるので、なるべく遅くならないようにしたいと思います。

977名無しさん:2017/08/29(火) 08:04:01
五百年の想いをぶつけることができた六太。それを優しく受け止めてくれた尚隆。ようやく通じ合えた二人に感無量です!
新婚旅行後の二人の関係がどんな感じになるのか、楽しみですw
読み返しながら終章お待ちしております。

978書き手:2017/10/17(火) 00:49:53
書き逃げスレの尚六祭り、大変美味しゅうございました。


さてちょっとサボっていたので間があいてしまいましたが、
そろそろ続きを投下していきます。
まずは六太が目覚めて割とすぐの頃の話。

979永遠の行方「終(1)」:2017/10/17(火) 00:53:28

 時刻は深更。大学寮の自分の房間で仲の良い友人ふたりと酒杯を重ね、鳴
賢は久しぶりに気分よく酔っぱらっていた。
 六太の意識が戻ったと、大司寇から書簡で密かに報されたのがつい先日の
こと。呪に由来する害が残っているかどうかはわからないので、様子を見る
必要はあるものの、おそらく心配はないだろうとも。房間にひきこもって何
度も何度も繰り返し短い文面を読んだ彼は、まずは安堵のあまり呆け、つい
で男泣きに泣いてしまった。そしてわざわざ、それもこんなに早く報せてく
れた大司寇の配慮に感激した。
 王の側近中の側近だという話なのに、一介の大学生にここまできめ細やか
な配慮をしてくれるなんて、いったい誰が想像できただろう。ああいう人が
六太を支えてくれているのだと思うと雁の民として誇らしかったし、六太の
友人としてわがことのように嬉しかった。国府では問答無用で罪人扱いされ
てしまった自分なのに、大司寇は予断を許さず、話を公正に聞いてくれた。
やはり直に宮城に仕える高官ともなると、下っ端の官とはまるで違うという
ことなのだろう。たぶん雲海の上で働く諸官もあんな人が多いに違いないと、
憧れもこめて何となく想像する。
 それだけに、もし首尾良く卒業して宮城に仕えられたとしても、そういっ
た有能で気遣いのある官があふれている以上、自分の出番はどこにもないの
だろうと考え、わかっていたことだとはいえ一抹の淋しさも覚えた。一足先
に卒業した半獣の友人は、もとは国籍も違う新人の身でありながら破格の扱
いで宮城にいると聞いたが、鳴賢は彼のような俊才ではない。
 そうやってほどよい酩酊のなかで手の中の杯を眺めるともなく眺めている
と、ふと玄度(げんたく)が尋ねた。
「で、六太はもう元気なんだろ?」
 鳴賢は酔いのまわった目を上げ、ああ、とうなずいた。うなずけることが
嬉しい。そうして安堵で呆けた余韻のままに、ぼんやりと答えた。
「まだ歩くまでは難しいらしいけど――何しろ長いこと寝たきりだったから。
でも少しずつ訓練すればすぐ動きまわれるようになるってさ」

980名無しさん:2017/10/17(火) 18:15:52
姉さん、お帰りー!




掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板