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90's バトルロイヤル

1名無しさん:2015/10/20(火) 00:14:42 ID:S/90BWeU0
こちらは90年代の漫画、アニメ、ゲーム、特撮、ドラマ、洋画を題材としたバトルロワイアルパロディ型リレーSS企画です。

90's バトルロイヤル @ wiki
ttp://www27.atwiki.jp/90sbr/

90's バトルロイヤル 専用掲示板
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/17336/

地図
ttp://www27.atwiki.jp/90sbr/pages/13.html

5/5【金田一少年の事件簿@漫画】
 ○金田一一/○高遠遙一/○千家貴司/○和泉さくら/○小田切進(六星竜一)

5/5【GS美神 極楽大作戦!!@漫画】
 ○美神令子/○横島忠夫/○氷室キヌ/○ルシオラ/○メドーサ

5/5【ジョジョの奇妙な冒険 Part5 黄金の風@漫画】
 ○ジョルノ・ジョバァーナ/○ブローノ・ブチャラティ/○リゾット・ネエロ/○ディアボロ/○チョコラータ

5/5【ストリートファイターシリーズ@ゲーム】
 ○リュウ/○春麗/○春日野さくら/○ベガ/○豪鬼

5/5【鳥人戦隊ジェットマン@特撮】
 ○天堂竜/○結城凱/○ラディゲ/○グレイ/○女帝ジューザ

5/5【DRAGON QUEST -ダイの大冒険-@漫画】
 ○ダイ/○ポップ/○ハドラー/○バーン/○キルバーン(ピロロ)

5/5【幽☆遊☆白書@漫画】
 ○浦飯幽助/○南野秀一(蔵馬)/○幻海/○戸愚呂弟/○戸愚呂兄

5/5【らんま1/2@漫画】
 ○早乙女乱馬/○響良牙/○天道あかね/○シャンプー/○ムース

4/4【カードキャプターさくら@アニメ】
 ○木之本桜/○李小狼/○大道寺知世/○李苺鈴

4/4【機動武闘伝Gガンダム@アニメ】
 ○ドモン・カッシュ/○東方不敗マスター・アジア/○レイン・ミカムラ/○アレンビー・ビアズリー

4/4【サクラ大戦シリーズ@ゲーム】
 ○大神一郎/○真宮寺さくら/○イリス・シャトーブリアン/○李紅蘭

4/4【古畑任三郎@ドラマ】
 ○古畑任三郎/○今泉慎太郎/○林功夫/○日下光司

3/3【ケイゾク@ドラマ】
 ○柴田純/○真山徹/○野々村光太郎

3/3【ターミネーター2@映画】
 ○ジョン・コナー/○T-800/○T-1000

3/3【レオン@映画】
 ○レオン・モンタナ/○マチルダ・ランドー/○ノーマン・スタンスフィールド

2/2【ダイ・ハード2@映画】
 ○ジョン・マクレーン/○スチュアート

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79 ◆vBmg.f7Zg.:2015/10/25(日) 04:43:43 ID:j366JKTE0
投下乙です。

凱と令子、なんとも絶妙な時期からの参戦ですね。
大神に竜を重ねてしまう凱を見るとはやく竜に出てきて欲しくなりますね。
戸愚呂兄はにじみ出る下衆さが最悪でいいですね。

では、自分も投下します。

80美少女と魔獣 ◆vBmg.f7Zg.:2015/10/25(日) 04:45:17 ID:j366JKTE0
千家貴司は殺人犯だ。
怪物「ケルベロス」に扮し、廃研究所にて3 人もの命を奪った。
彼が成人であれば、死刑になっていた程の重罪を犯した歴とした犯罪者である。
しかし彼は元来、決して殺人など行うような人間ではない。
彼を良く知る人物は、殺人犯などということを到底信じることなどできないだろう。
なぜ普通の学生であった千家貴司が大犯罪者となってしまったのだろうか?

千家貴司には最愛の彼女がいた――名前は水沢利緒。
春先に出会った、犬のトレーナー見習いをしていた明るく健気な彼女。
後に重い病気で余命があと半年だと知ったが、そんなことは関係無い、半年で一生分愛すると千家は誓った。
何もなければ、彼女と共に幸せな時間を過ごすはずであった半年間。
しかし、それらの幸せな日々は、 4 人の大学生達の手で奪われてしまった。
水沢利緖は、彼らの新薬実験のモルモットされ――殺された。
あろうことかその大学生らは悪びれもせず「ちょっと死ぬのが早まっただけだ」と笑った。
その言葉が普通の学生として生きていた彼を、復讐鬼へと変貌させてしまった。

千家貴司は殺人犯だ。
しかし、復讐を終え、親友の金田一によって全ての犯行を暴かれた今、彼は利緖の本当の気持ちに気づき元の優しい青年に戻っていた。
金田一と共にふざけ合い、勉学に励んでいたあの頃の千家貴司に―――

◆   ◆   ◆

(ここは……?)

目を覚ました時、千家は空港のロビーでベンチに座っている状態だった。
人工的な白い光がうるさいほどに辺りを照らしているが、窓の外が真っ暗な誰もいない空港というのは普段やかましい分、余計に孤独を感じさせる。
目線を上げると、電光掲示板が次のフライトの時刻を示している。
もっとも、この空港に外部からの飛行機など通っているはずもなく、それは無意味な文字の羅列を写しているだけなのだが……


そんな寥寥とした光景を無気力に眺めていると、千家の寝惚けていた脳が段々と覚醒を始めた。
多少の空調設備が聞いているとはいえ、深夜の広大なロビーに1人というのは薄ら寒さを感じる。
だが、それが逆に頭をしゃきりとさせ、眠りに落ちる前の出来事を少しずつ蘇らせる。
千家の脳内で、記憶が順に巡ってくる。
金田一の推理によって自分が「ケルベロス」であることが発覚しまったことや、金田一の説得で自分は利緒の本当の願いに気がついたこと。
もう憎しみは湧いてこなかった。後は警察の到着を待ち、素直に逮捕されるのを待つのみだった。
しかし――次の瞬間に意識が飛び、いきなり《アレ》が起こったのだ。

自分の記憶だというのに前後の脈絡が全く無く、千家は本を1ページ飛ばしてしまったかのようだと思った。
あの場所で意識が飛ぶ寸前に、金田一の姿を見たことも引っかかる。
 千家の中で突然、「怖い」という感情が膨らみ始めた。
混乱する頭を整理するためにベンチに長く座っていたが、よく考えればここではあまりに無防備過ぎる。
『殺し合い』などというのが本当であれば、こんなだだっ広いところで長々と座っていては「さぁ殺してくれ」と言っているようなものだ。
荷物の中身も気になるが、千家はとにかくここから離れたかった。

81美少女と魔獣 ◆vBmg.f7Zg.:2015/10/25(日) 04:47:17 ID:j366JKTE0

狭い個室でも探そうと思い立つと、千家はベンチを立つ。
その際、いつもの癖か忘れ物がないかつい周囲やポケットを確認してしまう。
――すると、ズボンのポケットに微かに異物感があることに気づいた。
ポケットの中を弄ると、そこにあるのは細く節くれだった形の冷たい金属。
それは、千家にとって非常に慣れ親しんだ感触だ。
それは、あの時落としてしまったはずの―――犬笛だった。

(利緖……)

それがノストラダムスによるものなのか偶然なのか、真意は定かではない。
だが、利緖の形見の犬笛は恐怖や混乱で焦った千家の心を落ち着けるには十分だった。
千家はあの時感じた利緖の気持ちを思い出し、しばし殺し合いの場だということを忘れて吹き慣れた号令を吹いた。
―――すると、大きな鳴き声とともに、どこからかタッツタッツと犬の駆け寄って来る音が聞こえた。
音のする方を振り返ってみると、物凄い速さで一匹の犬が千家の方に向かって来ていた。

「うおっ!」

 犬はスピードを落とすこと無く千家に飛びつき、じゃれているつもりなのか千家の顔をベロベロと舐め回す。
突然のことでつい犬笛落としてしまい、千家は止めるすべを失ってしまった。

「ぅわぷっ! ちょ……やめろっ! やめっ」

千家はなんとか引き剥がそうとするものの、力任せに押しのけるわけにもいかず、犬もじゃれついてくるのをやめる気配はない。
千家は犬を調教していた時の事を想起しつつ、諦めて犬が満足するまで撫でながら好き放題させることにした。

「大丈夫ですか?」

女の子の声がしたと思うと犬はようやく千家から離れ、声の方へ向かって歩いて行く。

「申し訳ありません、この犬さんが勝手に走って行ってしまいまして……」

 そこにいたのはまだ小学生位のふんわりとした雰囲気の少女だった。
 さっきの犬は、まるで騎士でも気取っているかのように少女の足元に誇らしげに付き従っている。

「いや、大丈夫大丈夫。 むしろなんだか懐かしくて安心したくらいだし」
「それならよかったのですが……ああ、顔がびしょびしょですわ。
これ、お使いになってください」

そういって少女はハンカチを差し出した。
殺し合いの場だというのに全く緊張感が感じられないが、すでに少女は千家が悪人ではないと判断したのだろう。

「ああ、わるいね、えっと……」
「申し遅れましたわ、わたしは大道寺知世と申します。
この子は、デイバッグの中に居たのですが、名前は書いてありませんでしたわ」
「俺は千家貴司、不動高校の 2 年だ。 よろしくね、知世ちゃん」
「はい、千家さんですね。 こちらこそよろしくお願いいたします」

二人は自己紹介を済ませると、そのまま軽く今までの状況を確認した。
――と言っても、千家は目覚めたばかりであるし、知世も軽く支給品を確認しただけだという。
二人は、千家の提案でとりあえず安全が確保できる場所に移動してから、詳しい情報交換を行うことにした。

82美少女と魔獣 ◆vBmg.f7Zg.:2015/10/25(日) 04:48:42 ID:j366JKTE0

◆   ◆   ◆

 
「……から、そいつはジャーマン・シェパード・ドッグだと思うよ。
たしか日本では警察犬としてよく知られてる犬種じゃないか?」
「あっ、警察犬だということは支給品の詳細にかかれていましたわ。
それにしても、千家さんは犬のことについてとてもお詳しいのですね」
「はは……まぁ、な。 っと、ここなら大丈夫そうか?」

ちょっとした雑談で少し仲良くなった二人は、警備員用の管理室を一先ずの休憩場所にすることにした。
管理室なら外からも見えず、監視カメラで見張ることもできるので一石二鳥だ。
二人とも適当な椅子に腰掛けると、机の上にデイバッグを置いて情報交換を始めた。
手始めに、知世はデイバッグから参加者名簿を出して知り合いの有無を千家に確認する。

「これには、どうやら知り合い同士が固まって書かれているようなんです。
わたしは先ほど確認したのですが、わたしのお友達が 3 人も参加させられているんですわ」

そう言って、知世は『木之本桜』から『李苺鈴』までを指差す。

「さくらちゃんも李くんも苺鈴ちゃんもみんなお強いのですが、まだみんな小学生ですし、特にさくらちゃんはぽややんですから、変な人に出会わないか心配で……
千家さんのご友人などは大丈夫でしょうか?」

知世は友達を案じ、心配そうにしている。
千家も最初の時点でわかってはいたが、名簿で改めて金田一の名前を確認した。

「俺の友達……でいいのかな? まぁ知ってる奴は金田一くらいだよ。
小田切ってのは教師にそんな奴がいたけど、下の名前覚えてねえし。
間に知らない名前入ってるし関係ないと思うぜ」

「金田一さんっていうと、あの船で最後に質問をなさっていたあの方ですか?」
「そうそう、そいつだよ! あいつ、俺の幼馴染でさ。
金田一耕助っていう有名な探偵だかの孫で、凄い難事件とかをどんどん解決する凄い奴なんだよ。
殺し合いなんてのが本当かわかんねぇけど、あいつなら解決してくれるかもな……」

 俺の時みたいにな……、と千家は小さくつぶやいたが知世には聞こえていたのか聞こえていなかったのか。
同時に、千家は心の中で確信していた、金田一がすでにこの事件を止めるために動いていることを。

「あいつには迷惑っつーか、嫌な思いをさせちまったままだからな。
何かできる事があるならしてやりたいよ」

千家は、金田一には最後の殺害を止め、利緖の気持ちを気づかせてくれた恩があった。
今度は自分が金田一を助ける番だと決意を固める。
知世も言わずもがな、さくら達を探すことを選ぶだろう。

 次に知世が取り出したのは地図だ。 千家も初めて地図を見るが、変な地図だと思った。
東京タワーやコロッセオなどよく知る名所や、公共の施設などが乱雑に詰め込まれている。
 千家はどうやらここはダレス国際空港であるらしいと推測した。
 一方、知世は疑問に思っていた事を千家に問うために、地図を指差しながら説明を始める。

「わたし、先ほど地図を確認した際、とても不思議に思ったのですが……
“マトリフの隠れ家”や“蒲生の屋敷”などといった、所有者の名前が付いている建物が結構ありますでしょう?
他にも……これを見てください」

83美少女と魔獣 ◆vBmg.f7Zg.:2015/10/25(日) 04:49:27 ID:j366JKTE0

知世は除けてあった参加者名簿を引っ張り、ある名前を指差した。
そこには“美神令子”という参加者の名前が書いてある。
それから、また地図に戻って千家に問いかける。

「ここに“美神令子除霊事務所”と書かれた施設がありますでしょう?
 ついでに言いますと、ここの“大道寺邸”はおそらくわたしの家だと思いますわ。
 参加者の中で地図の中に名前があるのはわたしとこの美神さんの二人だけですが、他の場所も固有名詞のついた物が多くありますし、殆どの建物は誰かにちなんだ場所なのではないでしょうか?
千家さんは、なにか気になる建物はごさいますか?」

「そう言われても、東京タワーとかコロッセオとか誰でも知ってる所くらいしか……」

 なんど見返しても、千家に縁があると言える場所などなかった。

「それにしても、こんな島に空港とか東京タワーとか普通作るか?
ノストラダムスって奴はどんだけ金持ちなんだよ」
「……そのことなんですが、わたしは人の手によるものではないと思ってるんです」
「……? 人の手によるものじゃないって……
まさか自然にできたわけでもないだろ?」
「とても突拍子もない話だと思われるかもしれませんが、魔法で作られたのではないでしょうか?」

 知世の口から出てきた言葉は、宣言通り千家にとって突拍子もないものだった。
 千家の中では知世の印象が、『聡明な少女』から『変わった子』少し変わりつつある。

「魔法、ね。
確かにこんな状況だと魔法を疑いたくもなるけど……」
「そういう可能性もあるということですわ。
第一、ピンク色で喋る大きなワニさんなんて魔法でしかありえませんでしょう?」
「あれは確かにグロテスクでリアルだったけど……
ピエロとキグルミなんていかにも“ショー”って感じじゃないか」
「それでも、ワニさんが倒れた後のあの男の子達の悲痛な叫びが演技だとはとても思えませんわ……」

このバトルロイヤルのことは、いくら聡明な二人でもわからない事だらけだ。
二人は他の意見を求めるためにも、人を見つけるにはどこへ行くべきか考える。
千家には特に行きたい場所もなく、空港で人を待つのもいいと思ったが知世は大道寺邸に行きたいと提案した。
自分の家ということもあるが、さくらや小狼達なら友枝遊園地よりもこっちを目指してくれるという確信に近いものを知世は感じていた。
すぐにでも行きたいところだが、空港の周囲には殺風景が広がっており、滑走路の誘導灯しか明かりのない状態で移動するのは危険だ。
第一、この島が地球のどこに位置するのかもわからないため、ここから目視で満潮、干潮の判断をするしか無いのだ。
二人の方針はこの管理室で夜明けを待ち、外の安全等を確認してから灯台へ向かい、ロープウェイで対岸に渡るというもので決まった。
場合によっては灯台で待機することも想定に入れておく。

84美少女と魔獣 ◆vBmg.f7Zg.:2015/10/25(日) 04:50:51 ID:j366JKTE0

千家は朝まで時間も多分にあるので、自分の支給品を確かめることにした。
知世はどうやら全て確認済みのようで、犬以外は武器に見えるものは無いらしい。
物騒な物は困るが、犬笛があるとはいえ犬に攻撃させるわけにもいかず、千家にとっては手頃な武器が欲しいところだった。

――が、結果は千家にとってあまり良いものだとは思えなかった。
入っていたのは 5kg のダンベル 2 つ、金色の鱗状のヘアバンド、そしてビデオカメラの 3 つだった。
千家は鈍器として使えるダンベルぐらいしか収穫はなく、手放しに喜べる程ではない。
――しかし、それは千家にとっての話である。
千家が最後にデイバッグからビデオカメラを出した瞬間、知世は突然目の色を変えた。

「千家さん、そのカメラ見せてもらっても構いませんか?」
「あ、ああ……いいけど」

 今までの大人しい少女からは一変して、少し興奮気味にビデオカメラをいじり出した知世に、千家は驚いた。
 千家は内心、(やっぱり変な子だ……)と思ったのは内緒だ。

「これはキャノンのビデオアイUC1Hiですわ!
 ロゴの部分がCamonになっているのは少し気になりますが……この形は間違いありませんし、贋造品というわけでもなさそうですが……
 このカメラは、1991年の少し古い型ではありますが、まだ現役で十分使える性能のものですわ。
 わたし、ここに連れてこられる前は確かに自分のカメラを持っていたのですが、先ほどお渡しししたハンカチ以外は没収されてしまっていまして……
 カメラなど求めている場合では無いと思い自重していたのですが、こんな形で出会えるとは思っていませんでしたわ!
 わたしは編集なども行いますので常に最新型を揃えていますが、いつも使用しているCCD-TRV91そこまで性能差はありません。
もちろんわたしは大画面でさくらちゃんの勇姿を見るために画素数の多いものを選びますが、6 万画素程の違いなら小さい画面ならあまり変わりませんし……
悩みの種はバッテリーですわね、せっかく最近山ほど持ち歩かなくて良くなったのに、このカメラに入っている物では精々150分ほどで切れてしまいますかr」

「ちょ、ちょっと待った! 一旦落ち着け!」
「すいません、つい嬉しくて……」

知世自身は気づいていなかったが、実はこの状況に知世もかなり緊張を覚えていた。
 本当にビデオカメラを求めていたことも手伝って、自分の趣味や知識を確かめることで精神を安定させることができたのだ。
 そんな知世の事情を知らない千家は、少しひきつつもなんとなく抱いた疑問を問いかけ、知世を落ち着かせようと試みる。
 知世の好きそうな話題なら、知世も答えてくれるだろう。

「そーいえばさっき、そのカメラが古いって言ってたけど、カメラ業界っていうのはそんなに成長早いのか?
あと、キャモンって言えば俺でも知ってるカメラ会社だぜ? 
キャノンの方が聞いたことないけどなあ」

千家にとって今は西暦 1992 年であり、キャノンというパチモン臭い名前のカメラメーカーなど聞いたこともなかった。

85美少女と魔獣 ◆vBmg.f7Zg.:2015/10/25(日) 04:56:59 ID:j366JKTE0

「そうなのですか? わたしはキャノンというメーカーは知っていてもキャモンというのは知りませんでしたわ。
それと、古い型というのは、なにぶん7年も前のカメラですので……」
「7年前? さっきから言ってることがおかしくないか!?
今は1992年の秋だぞ!?」

 もはや千家の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになっていた。
 千家は完全に知世のことを変な奴だと認識し始めている。
 その様子を見て、知世は疑念が確信に変わったようで、千家に質問する。

「……千家さん、大道寺トイズコーポレーションという会社をご存知でしょうか?」
「……聞いたこともないよ」
「名前からお察しの通りかと思いますが、この会社をは母が経営しているもので、それなりに大手のおもちゃ会社です。
テレビでCMも流れていますから、余程のことがなければ目に入っているはずですわ」

少しづつ平静を取り戻してきた千家に、知世は冷静に語り続ける。

「今操作していて見つけたのですが、このビデオカメラの中にはいろんな映像が入っていました。
わたしの知らない映像もたくさんありましたが、よく知っている映像も入っていました。
それは、つい先週初放映された大道寺トイズコーポレーションの新CM、つまり1998年夏のCMですわ」
「それで……知世ちゃんはなにが言いたいんだ?」

 混乱しているとはいえ頭のいい千家は、知世の言いたいことに大体の検討は付いている。
 しかし、その検討に納得できるかといえば話は別だ。
 利緖のことや、自分の罪、他にも沢山のことが知世の言葉を待つ数秒の間、まるで走馬灯のように脳内を駆け巡った。

「つまり……わたしにとって、千家さんは……
いえ、千家さんにとって、わたしは――――パラレルワールドの人間かもしれない、ということですわ」





【G-7 ダレス国際空港/管理室・1日目 深夜】

【千家貴司@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康、軽い混乱
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、犬笛@金田一少年の事件簿、ダンベル×2@現実、小竜姫のヘアバンド@GS美神 極楽大作戦!!
[思考]
基本行動方針:金田一を探し、手助けをする。
     1:……パラレルワールド?
     2:夜明けを待ち、知世とともに大道寺邸を目指す。
     3:他者の意見、情報を集める。
[備考]
※参戦時期は「魔犬の森の殺人」解決〜逮捕までの間。きのこ狩りなので勝手に秋と仮定。
※犬笛では一般的なトレーナーの『集合』『行け』『伏せ』『待て』の他に犬側の訓練次第で『噛め』の指示を出せます。
※知世の友達について知りました。魔法等のことは知らされていません。
※今回は説明を知世の支給品で行ったため確認していませんが、千家の名簿は五十音順になっています。

【大道寺知世@カードキャプターさくら】
[状態]:健康 、犬連れ
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、 ランダム支給品0〜2(確認済み)、警察犬@古畑任三郎、佐木竜太のビデオカメラ@金田一少年の事件簿
[思考]
基本行動方針:さくらちゃん達とともにここから脱出する。
     1:千家さん……。
     2:夜明けを待ち、千家とともに大道寺邸を目指す。
     3:他者の意見、情報を集める。
     4:このビデオカメラでさくらちゃんの勇姿を撮りたい。
[備考]
※参戦時期は劇場版カードキャプターさくら 封印されたカード終了後。
※金田一一について知りました。
※知世の参加者名簿はタイトル(世界)順です。

【支給品説明】

【小竜姫のヘアバンド@GS美神 極楽大作戦!!】
支給品に付属の詳細には小竜姫の写真と(この子の私物です。)という書き込みのみが書かれている。
※小竜姫の頭についているヘアバンドで、強力な竜神の力を秘めている。竜神族の力が使えるようになるが体はボロボロになる。
 今ロワでは、制限によって身体能力の上昇と無酸素状態での活動程度になっている。その分負担は少ない。死ぬ気なら超加速もできるかも…?

【警察犬@古畑任三郎】
古畑任三郎によって一時期訓練されていた。犬笛の号令を理解できる。1994年生まれの5歳。

【佐木竜太のビデオカメラ@金田一少年の事件簿】
1991年11月にキャモンより発売されたビデオカメラ。
※知世の補足:ビデオアイシリーズのUC1Hi(8mm)。バッテリーの録画可能時間は150分で、画素数は41万画素。フィルム・バッテリー合わせても1kgも無い手軽なビデオカメラなので、女性や子供でもどこにでも持っていけます。

86 ◆vBmg.f7Zg.:2015/10/25(日) 04:57:49 ID:j366JKTE0
投下終了です。

87名無しさん:2015/10/25(日) 10:25:18 ID:zK2P4TTY0
投下乙です。
このロワでは貴重な一般人の小学生&高校生のコンビですね。
犬に狂犬病のフリを仕込める千家が警察犬を仲間にすればもはや鬼に金棒。
そして、小竜姫アイテムも一般人と超人との壁を少しでも縮めてくれれば…。

88 ◆emwJRUHCH2:2015/10/25(日) 23:31:33 ID:zB2rB7rk0
お二方とも投下乙です!

>翼よ!あれが帝都の灯だ
おお凱と令子が大人の男女だ……と思ったら全然違ったw
案の定マーダー化した戸愚呂兄は相変わらず厄介な能力をしてるなぁ
決める所は決める大神の必殺技がかっこよかったです

>美少女と魔獣
千家は色々背負ってて難しい立場だな
知世が考察するとは意外でした
小竜姫のヘアバンドも支給されてバトルもいけるか?

自分も投下します

89大魔王降臨 ◆emwJRUHCH2:2015/10/25(日) 23:34:22 ID:zB2rB7rk0
深い夜の闇に浸された岩場は、全てが影で染められていた。
切り立った岩の茶色も、所々に生える草の緑も不明の黒に冒される。
そしてそこに佇む一人の少年も
年若いまだ小学生くらいの少年の名は李小狼。
小狼は、かの伝説の魔術師クロウ・リードの遠戚に当たる李家の末裔である。
そのクロウ・リードが残した魔法カード『クロウカード』を回収するために、香港から日本にやって来ていた。

小狼は殺し合いが始まってすぐに、自分の荷物を確認していた。
デイパックに入っていた照明を灯し、支給品を一つ一つ検める
食料や地図などから支給武器、そして名簿。

「……さくら!!」

名簿に載っていた想い人の名を呼ぶ。
日本で出会った少女、木之本桜。
『クロウカード』を全て自らのカードである『さくらカード』に変えた継承した者。
そしてつい先刻、小狼がその想いを伝えた相手。
そのさくらが、殺し合いに参加している。

小狼は急いで照明を消して荷物を纏め始める。
さくらが殺し合いに参加している以上、一刻も早く合流して守らなければならない。
小狼は武器とデイパックを携えて、出発を急ぐ。

「待て」

先を急ぐ小狼に声が掛けられたのは、出発してすぐのことだった。
沈着でありながら有無を言わせぬ力にある言葉。
重々しく冷たい、まるで声自体に逆らえない重力があるかのようだった。
あれほど急いていた足を止めた小狼は徐に声がしてきた後方へ振り向いて、天を仰ぐ。
声は確かに上空から聞こえてきたのだ。
そして声の主は確かにそこに居る。

顔に深い皺を湛えた老人だった。
角のある厳めしい冠や全身を覆うマントと言った仰々しい衣装が、老人にはまるで違和感が無い。
それは荘厳でありながら浮世離れした、まるでファンタジーの世界の王族を思わせる姿。
しかし何より強烈なのは、老いた男自身が放つ威。
威圧感を。重圧を。何より底知れぬ威厳を放っていた。

老人はまるでそれが当然のありようであるがごとく宙空に佇み、小狼を見下ろす。
しかし小狼を圧倒しているのは、宙に浮かんでいる事実ではない。
それは老人の存在そのもの。
その底知れぬ威厳だけに尽きない。
自身も年に見合わぬ腕の魔術師である小狼は見抜いていた。
目の前に居る男の尋常ならざる魔力と、
――――そして人にあらざる凶々しい気を。

小狼を見下ろしながら、徐に地へと降り立つ老人。
その場を動けない小狼は、無意識に武術の構えを取る。
それは警戒以上に、ただ対峙するだけで受ける老人からの重圧に耐えていた。
対する老人は泰然とした表情で、相変わらず小狼を見下ろしている。

90大魔王降臨 ◆emwJRUHCH2:2015/10/25(日) 23:35:44 ID:zB2rB7rk0
やがて薄い笑みを浮かべ口を開いた。

「ふふふ……そう構えずとも良い。もっとも、余を前にして強張るなというのも無理な話か。
だがそなたにその気が無いならば、余にも事を構えるつもりは無い。」

老人は重々しい声で、しかし何ら気負う様子も無く小狼に話し掛ける。
その様子からは小狼はおろか、殺し合いの状況にすら余裕を持っているかに見えた。
ただ話し掛けられただけで押し潰されそうな老人の威圧。
しかしそれは、生来反骨心の強い小狼の反意を招く結果となった。

「……じゃあ何の用だ?」
「余は話し合いを求めているだけだ。何しろこの状況だ、情報を集めたくてな。
そなたも情報は欲しいのではないか?」

老人の呼び掛けにも小狼は警戒を解かない。
小狼は生来、李家の魔術師として教育を受けてきた。
様々な魔法や外法の知識や、それに対応する術を。
それゆえ小狼は老人の邪な気に強く反応してしまう。
それに何よりこの場は殺し合いであり――さくらも参加していた。

「お前の言うことは信用できない」
「ほう……理由を聞こうか」
「お前は人間じゃないだろ。……そして、人間に害する存在だ」

小狼の指摘にも老人に動揺する様子は無い。
ただ興をそそられたとでも言うように、目を細める。
それでも冷たさと鋭さの増した老人の視線に、小狼は背筋を寒くするのを禁じ得なかった。

「ふむ……確かに余は人間と敵対する立場にある魔族だ。だが余自身が直接人間を害したことはほとんど無い。
何しろほとんど人間と接触したことが無くてな」

老人はあくまで小狼に話し合いを求める。
しかし老人の話を聞いた小狼は、怒りを表す。

「流暢な日本語を話しておいて、何が人間と接したことが無いだ!」

小狼にしてみれば、老人の話は到底信じることはできない。
人間と接触したことが無いならば、その言葉を覚える必要が無いはずだからだ。
老人は小狼の反応にも慌てることは無く、むしろ思考を深めている様子だ。

「日本語? …………それは日本という世界……違うな。世界全体の統一言語ならば、それ自体を指す固有名詞を必要としない。
日本という国の言葉か」

老人は小狼に話し掛けるでもなく、一人ごちる。
小狼にはまるで意味が分からない。

「余の言語がその日本語に聞こえると? その日本語とは、名簿や地図に使われた言語ではないか?」
「さっきから、何を訳の分からないことを言っているんだ!」
「その態度から察するに、余の問いへの答えは”YES”か……。なるほど……少しは話が見えてきたな」

やはり老人の言うことを小狼は呑み込めない。
しかし一方的に情報を得られていることは理解できた。
そのために益々老人への反意を強める。

「……お前はやっぱり信用できない、危険な奴だ」

いよいよ老人への敵意を露にする小狼。
小狼にとって老人はただの危険因子ではない。
この場を殺し合いであり、さくらも参加している。
さくらを守るためにも、老人を放置しては置けない。
老人を倒す決意をする小狼。

「……ふむ、どうやら余の”魔”に近い暗黒闘気を察知して、それに強く反応しているようだな」

小狼の敵意を承知したであろう老人は、あくまで余裕を崩さない。
だが威圧感が。重圧が。凶々しい気が増していく。

「……余は大魔王バーン。最後に名を聞いておこう」

大魔王バーン。
やはり老人は有象無象のごとき、そこらの魔物ではなかった。
大魔王の尊称に相応しいバーンの威風に負けじと小狼も返す。

「李小狼だ」
「…………良かろう。小狼よ、これ以上の情報はお前との戦いで得るとしよう……首輪と共にな」

首輪を得る。そう宣言するバーン。
即ち首を狩るという宣言に等しい。
大魔王の宣戦布告を受け、小狼が仕掛けた。

バーンに飛び掛る。と同時に蹴りを放つ小狼。
小狼は魔法と同時に武術の修行も修めている。
その腕前もまた、年齢に見合わぬ域に達していた。
蹴りは精確にバーンの顎へ目掛け打ち放たれた。

「……!」
「余を恐れず攻める胆力は大したものよ。だが勝算の無い相手に挑むのは勇気とは言えぬ。無謀でしか無いな」

しかし蹴りはバーンに届いていない。

91大魔王降臨 ◆emwJRUHCH2:2015/10/25(日) 23:37:56 ID:zB2rB7rk0
蹴りが届く前にバーンの指に阻まれていた。
小狼の渾身の蹴りがバーンの指に止められていたのだ。
小狼はそこから自分の身体ごと捻り、追撃の蹴りを放つ。
しかしその蹴りも届かない。
バーンの手から光が放たれた。
光そのものが圧力を持って、小狼を身体ごと後方へ吹き飛ばす。
空中を何メートルも飛び、岩肌を転がった。
小狼の全身を痛みが襲う。
岩肌を転がった痛みもあるが、何よりバーンの光から受けた衝撃が大きい。
それでも小狼は闘志を振るい立ち上がる。

「余の暗黒闘気を受けて無事とはな。力を抑えすぎたか……いや、どうやら力を制限されているな」

小狼へ向け無造作に手をかざすバーン。
またも暗黒闘気が放たれる。

(早い!!)

先刻以上の速度を持つ暗黒闘気。
左右への回避は不可能と判断した小狼は、咄嗟に膝の力を抜いて前に転がる。
暗黒闘気は身を屈めた小狼の上を通り抜けた。
通過した暗黒闘気は、小狼の後方に在った岩に着弾。
岩を原型すら留めぬほどに、粉々に破砕された。

「ふふっ、今度は力を入れ過ぎたようだ」

岩の惨状を見て、小狼は思わず震える。
暗黒闘気を喰らっていれば、原型を留めていないのは小狼の方だ。

バーンの戦力は尋常ではない。
おそらく小狼の武術は通用しない。
後勢に回れば暗黒闘気の餌食となる。
小狼に残された戦術は、魔法による遠距離戦だった。

小狼は自分に支給された武器である、護符をかざす。
支給されたと言っても、護符は元々小狼の持ち物。
小狼はいつもそれで以って、魔法を使ってきた。

「雷帝……招来!!」

護符から雷鳴と共に閃光が奔る。
それは小狼の魔法によって形成された電撃。
常ならば剣と併用して行う魔法だが、護符だけでも使用は可能。
電撃ならば、多少威力が落ちてもバーンの動きを封じることができる計算だった。
電撃は真っ直ぐバーンへと襲い掛かる。
光の壁に遮られるまでは。

(いつの間にあんな壁が!!)
「知らぬらしいな……これがマホカンタだ……!」

光の壁に当たった電撃は、今度は真っ直ぐ小狼へと返っていく。
しかし今度は回避も防御も手段が無い。
電撃は小狼に被弾。
小狼の全身に電撃が奔り回り、声にならない悲鳴を上げる。

「今のはデインではない……」

失いそうな意識を必死に繋ぐ小狼。
バーンの言うマホカンタは、どうやら反射魔法らしい。
呪文を唱える間も無かったはずなのに、そんな物をいつどうやって使用したのかは分からないが、
現にマホカンタがある以上、真正面から魔法を使えない。
打つ手を見失った小狼は、それでも手持ちの戦力から打開策を練る。
バーンを相手にしての打開策は――見付かる。

92大魔王降臨 ◆emwJRUHCH2:2015/10/25(日) 23:39:50 ID:zB2rB7rk0
今度こそ賭けだと自嘲して、小狼は護符を振るう。

「風華招来!」

護符から発生する突風。
小狼が使用したのは風の魔法。
それをバーンではなく、自分の足元に向けて放った。
地面に当たる突風に押されて、小狼の身体が空に舞う。
空高く、バーンの頭上へと。
バーンの頭上に位置取った小狼は、デイパックに手を入れた。

小狼が荷物を確認した際に知ったことだが、デイパックには幾つかの不可思議な性質があった。
一つはデイパックの内部には、不可能な質量が収められること。
小狼のデイパックには、明らかに入り切らないはずのそれが入っていた。
一つはデイパックの中の物は、重量を無視して出し入れできること。
どういった原理でかは定かではないが、小狼の腕力では動かせないはずのそれを、
小狼は軽々とデイパックから取り出した。

デイパックの中から空中に、巨大なタンクローリーが現出する。

小狼もデイパックも巨大な質量を引き出した反動を受けて、
デイパックは小狼の手から離れ、小狼もバーンの頭上を離れた。
頭上に残ったタンクローリーは重力に引かれ、バーンへ向けて落ちて行く。
巨大な質量がバーンに襲い掛かる。
バーンは少しも慌てる様子は無くタンクローリーに暗黒闘気を発射。
暗黒闘気の直撃を受けたタンクローリーは岩の時と同様に破砕する。
細かい金属片や機械部品、そして内蔵されていたガソリンが、
雨霰のごとくにバーンと、その周辺へと降り注いだ。

「火神……招来!!」

小狼が落下しながら魔法を使用。
護符から火の玉が発生して、地面に散乱したガソリンへ撃ち出される。
ガソリンに着弾。引火。
火は瞬時に周囲一面に燃え広がる。
バーンを巻き込んで。
バーンはその全身を、紅蓮の炎に包まれた。

小狼の目論見は成功した。
ガソリンを伝わっての引火ならば、マホカンタに反射されることは無い。
周囲を火で囲まれれば、バーンと言えど回避も防御も不可能だろう。
そして全身を火で焼かれれば、絶命は免れまい。

消耗もダメージも大きいが、ともかく小狼は賭けに勝った。
バーンは何をするでなく、全身を炎にまかれている。
その目は、あらぬ方向を見つめていた。

(…………あいつ、何を見てるんだ?)

よく観察すれば、バーンの様子がおかしい。

93大魔王降臨 ◆emwJRUHCH2:2015/10/25(日) 23:41:56 ID:zB2rB7rk0
バーンはあらぬ方向ではなく、確かな一点を見つめている。
それは岩に引っ掛かった機械部品だった。

「…………ふむ、この火を発する油を燃料にして走る車のようだな。
地上の人間の文明で作られた機械とは思えぬが……おそらくお前の世界では珍しくない物であろう、小狼よ」

バーンの視線が機械部品から小狼に移る。
全身を火に焼かれながら、平然と。

「お前の使った雷と風と火の魔法……デインでもバギでもメラでもない。
どれも系統そのものが余の知らぬ体系の魔法、お前の世界の魔法か」
「な、なんで平気なんだ?」
「ただの火で魔族を殺せるなどと、思い違いも甚だしい……まして大魔王をな!」

突如バーンの全身から周囲へと衝撃が走る。
その一撃で、バーンを焼く火も周囲の火も全て消し飛んだ。
魔術師である小狼には、その衝撃の正体が分かった。
それは純粋な魔法力。
魔法力を全身から開放しただけで、火が消し飛んだのだ。
しかしそんな真似は、並大抵の魔法力の量では不可能。
それこそクロウ・リード並の魔術師でもなければ。
バーンの底知れぬ実力に戦慄する小狼。
当のバーンは再び笑みを浮かべた。

「ふふふ……やはり戦いは良い。両者が真剣であるほど確度の高い情報が得れる……。
小狼よ、お前には情報の礼に褒美をとらせよう。ただの人間には過ぎた栄誉だ」

全て消え去ったはずの火が再び灯る。
バーンの右手の中において。
先程の炎とは熱も強さも、まるで桁が違うと一目で分かる高密度の炎。
そして炎は双翼を広げ、鳥の姿を形どる。
それはまさに伝説の神獣、不死鳥の姿だった。

「これが余のメラゾーマだ……その想像を絶する威力と優雅なる姿から太古より魔界ではこう呼ぶ……、
カイザーフェニックス!!」

バーンの右手からカイザーフェニックスが飛び立つ。
小狼へ向けて。
その全身を飲み込む大きさのカイザーフェニックスが小狼に襲い掛かる。
しかし小狼はそれを予測していた。

「風華……招来!」

横に翼を広げる形のカイザーフェニックスは、上方に隙があった。
小狼は風の魔法で再び宙へ飛ぶ。
全体重を風に乗せて、カイザーフェニックスの上方を飛び越えた。

「……!!」

その小狼の眼前に、不死鳥の姿があった。
飛び越えたはずのカイザーフェニックスが居るのだ。
何が起きたのかまるで理解できない小狼。
カイザーフェニックスの向こうでバーンが、
先程カイザーフェニックスを放ったのと逆の手、左手をかざしている。
その姿を見て小狼は悟る。
バーンは小狼の回避にタイミングを合わせて二撃目を放っていたのだ。
小狼の魔術師としての常識を超えた早さによる魔法の連発。
小狼の回避を更に予測しての精確な魔法の発動。
小狼はバーンの魔術師、そして戦闘者としての力量を悟ったのだ。
そして空中に居る自分は、もはやカイザーフェニックスを回避する手段が無いことも。

「……さく……ら…………」

想い人の名を呼びながら、カイザーフェニックスにのまれゆく。
それが李小狼の最期であった。





【李小狼@カードキャプターさくら 死亡】





戦いの後、小狼に残されたのは首から上だけだった。

94大魔王降臨 ◆emwJRUHCH2:2015/10/25(日) 23:43:31 ID:zB2rB7rk0
首から下はカイザーフェニックスの熱と威力によって完全に消失。
それでもその首にある首輪は無事残されている。
ちょうど首輪から上は残るように、バーンは狙い撃っていたのだ。

「余のカイザーフェニックスを受けて最期を迎えるとは、これ以上無い栄誉であろう」

小狼のデイパックを拾ってきたバーンは、そう語りながら小狼の首に歩み寄る。
バーンに皮肉を述べているつもりは無い。
本心からそう思っている。
あるいは大魔王。
あるいは魔界の神。
天地魔界に並ぶ者無き存在として、呼ばれているのがバーンなのだ。
しかし今は自分の手足で、デイパックを回収しなければならない。
そして首輪も。

「カイザーフェニックスの余波を浴びたにも拘らず首輪は無事か……やはり尋常の物ではあるまい」

小狼の首輪を拾いデイパックに仕舞うバーン。
そもそもバーンが小狼と接触した目的は、まず情報を得るため。
だからバーンにとって小狼との戦いは、自分の状態を確かめる実験を兼ねていた。
そして上手くすれば、自分の手足として動かせる部下として引き入れる。
無理ならば首輪を回収するためだった。

首輪は解析のためのサンプルが必要なのである。

普通に考えれば、バーンがこの小さな首輪に内蔵された爆弾で死ぬはずが無い。
しかし首輪の爆発で、あの頑強で名高い獣王クロコダインの首が断たれたのだ。
多少の爆発でクロコダインの首を断つことはできない。
しかしクロコダインの首を断つほどの爆発ならば、あの船上でもっと周囲への被害があったはずだ。
内部への指向性の爆発とも考えられるが、威力と指向性を併せ持つには、
バーンの知識をも絶する技術が必要になる。
そう、この首輪はあらゆる意味で規格外なのだ。
そしておそらくバーンにも未知の技術が使用されている。
天界・地上・魔界の三界のあらゆる知識を持つ、叡智においても並ぶ者無しと謳われたバーンの、である。

それはおそらく天界・地上・魔界の三界以外の世界が在る。

根拠は幾つも見付けられた。
地図や名簿や、そして小狼が使い、
そしてバーンも”使わされている”日本語。
そこから推測される日本という国を、バーンは存在すら知らない。

小狼に支給されていたであろう、油を積んだ車。
小狼はあの車をデイパックから淀み無く取り出し、作戦を遂行していた。
おそらく小狼はあの車を知っていたのだ。
更に車の形状や、そこから推測される使用状況からして小狼の私物ではない。
バーンが指摘した通り、小狼の世界では一般的な物と思われる。

そしてバーンの知らない系統の魔法。
小狼の使用していた魔法はどれも、バーンの知らない系統の物であった。
しかし小狼の使用した雷・風・火の魔法は、既にデイン・バギ・メラの系統がある。
わざわざ別系統を作り出す意義はほとんど無いはずだ。
おそらくあれは『別世界で発生・発達した魔法力の運用系統』なのだ。

これらを総合的に分析するに、至った結論が、
天界・地上・魔界の三界とは全く別位相・別次元の世界が存在している。

95大魔王降臨 ◆emwJRUHCH2:2015/10/25(日) 23:44:54 ID:zB2rB7rk0
全く別の世界から参加者が集められているとしたら、バーンにとっても未知の能力を使う者も考えられる。
バーンと言えど、未知のものだけは警戒しておく必要がある。

そしてあの主催者『ノストラダムス』は只者ではない。
何しろ複数の世界からのみならず、バーンまで参加者として召集したのだから。
バーンの能力に制限まで掛けて。
船の上の時からルーラもリリルーラも使えない。
魔法の消耗が常より多い。
暗黒闘気の威力が落ちている。
肉体のダメージは瞬時に再生するはずが、再生が遅い。
もっとも小狼との戦いでは、ほとんど問題は無かった。
消耗した魔法力はすでに回復している。
ただの人間相手ならば暗黒闘気の威力は充分。
火で焼かれたダメージもすでに再生してる。

問題は魔法・暗黒闘気・肉体の再生という各々原理の違う制限を、主催者が掛けたことだ。
しかもバーンを相手にそんな真似をするなど、天界の神々にも到底不可能。
『ノストラダムス』はそれをやってのけた。
『ノストラダムス』は天界の神々をも越える存在だということだ。

「…………面白いな。『ノストラダムス』を倒すことは、あるいは太陽を手にする以上の難事やも知れぬ」

かつて天界の神々は、魔族と竜を魔界に押し込め太陽を奪った。
だからバーンは神々への反逆を決意した。
数千年に渡って力を蓄え、地上を消し去る準備を整えてきた。
大魔王を。
魔界の神を。
バーンを押し留めることなど出来はしない。
それは神々を越える『ノストラダムス』であろうと変わりはない。
バーンはバトルロイヤルのルールなど歯牙にも掛けない
ここでもまた『ノストラダムス』への反逆を決意する。
大魔王を。
魔界の神を。
バーンを押し留めることなど出来はしないのだ。

【C-4 岩場/1日目 深夜】
【バーン@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式×2、ランダム支給品2〜4、首輪
[思考]
基本行動方針:殺し合いから脱出する。
1:首輪の解除方法を探す。
2:情報を収集する。
3:未知の存在を警戒。
[備考]
※参戦時期は第23巻終了後です。
※魔法・暗黒闘気・肉体の再生が制限されています。
※参加者は未知の別世界から集められていると考えています。
※小狼の首と護符@カードキャプターさくらとタンクローリー@幽☆遊☆白書の破壊片がC-4に残っています。

【支給品説明】
護符@カードキャプターさくら
李小狼が魔法を使う際に使用する紙製の符。

タンクローリー@幽☆遊☆白書
刃霧要が死紋十字斑の弾に使用した大型自動車。
ガソリンを大量に搭載している。

96 ◆emwJRUHCH2:2015/10/25(日) 23:47:06 ID:zB2rB7rk0
投下を終了します
問題点があれば指摘をお願いします

97名無しさん:2015/10/26(月) 14:53:08 ID:5wXVwzsI0
投下乙です
いよいよ最初の脱落者が出てしまったか…さすがにバーンが相手では分が悪すぎた

一つ指摘なんですが、
>しかし首輪の爆発で、あの頑強で名高い獣王クロコダインの首が断たれたのだ。
とありますが、OPではクロコダインは首輪の爆発によって殺されたわけではないのでこの辺りは修正した方がいいと思います。

98 ◆emwJRUHCH2:2015/10/26(月) 19:19:44 ID:bzCPZhVA0
>>97
了解しました。したらばの修正案投下スレに修正案を投下したいと思います

99 ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 20:59:27 ID:lL/hbJbs0
投下乙です。

>翼よ!あれが帝都の灯だ
この状況で安物にケチをつけるあたり本当ぶれないなぁ、令子。
しかしそこからこのロワに隙があると見るあたりは流石というべきか。
大神と凱も色々と対照的なところはあるけど、今後いい感じのコンビになれそうで期待したいところ。
そして戸愚呂兄が予想以上に厄介。
どこか小物感が拭えない印象はあるけど、能力自体は相当に高いからなぁ……

>美少女と魔獣
千家……そのタイミングからの参戦とは。
重い過去と向き合いながら生きていく事になるが、どうにか耐え抜き頑張って欲しい。
そしてまさかのパラレルワールド説に最初に気づいた知世。
支給品もいいものが手に入ったし、一般人枠のダークホースとなるか。

>大魔王降臨
小狼……よく頑張ったが、流石に相手が悪すぎたか。
大魔王としての貫禄たっぷりな上、きっちり首輪についても考察を進める隙のなさ。
最強マーダーの一角として、この上ない恐ろしさを見せつけてくれてるぜ。
この先も波乱を巻き起こす台風の目になりそうな予感が凄まじい……

では、自分もこれより投下させていただきます。

100『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:01:46 ID:lL/hbJbs0
(……バトルロイヤル。
頭のいかれたゲームだな……!)


閑散としたショッピングモールに設置された、喫茶店の一角。
その男は、チェアーに深く腰掛け自身に宛がわれたデイパックの中身を確認しつつ、状況を整理していた。
もし、見るものが見たならばこの男の姿に戦慄を覚えただろう。

明るいピンク色に緑のまだら模様という特徴的過ぎる髪形。
一見下着か何かかと見間違うかのような、レース網の特徴的過ぎる肌着。
それ越しに見える、確かな筋肉がついた屈強な肉体。

あまりに特徴的・個性的過ぎる格好だが……それすらも小さなことに思えかねないのが、その全身から発される圧倒的な威圧感だ。
幾多もの死闘を繰り広げ、修羅場を潜り抜けてきた……それを自然と分からせる風格が、いわば『凄み』がこの男にはある。
実際、このような異常な事態に陥っているにも関わらず……冷静に、この男は今のこの状況を分析している。
困惑の感情はもはやなりを潜め、既に向かうべき次を定めている。


この男の名を問われれば、尋ねられた者―――もっとも、その名を知るものはこの世に両の指で数える程にしかいないのだが―――はこう答えるだろう。


悪魔―――ディアボロと。





しかし。



(……参加者名簿を見る限り、ジョルノもここにいる。
ミスタとトリッシュの名前がないことは気がかりだが……全員、無事であってくれよ)


それはあくまで、外見のみの話。
そう……この男は姿こそディアボロそのものだが、そこに宿る魂は別人である。
彼の名は、ブローノ・ブチャラティ。
暴走したシルバーチャリオッツ・レクイエムの能力により魂をディアボロの肉体へと移し変えられた、正しき黄金の精神を持った男なのだ。

彼はつい少しばかり前まで、仲間達とともにシルバーチャリオッツ・レクイエムの追跡に当たっていた。
レクイエムが持つ『矢』を手にできたものこそが、恐るべきボス―――ディアボロを討つ可能性を手にすることが出来る。
ゆえに、ボスにだけはなんとしてでもこの矢を奪わせてはならない。
例え命と引き換えになったとしても……そうブチャラティは、自らの死すらも覚悟の上でレクイエムとの対峙に臨んでいたのだった。

101『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:02:20 ID:lL/hbJbs0
だが、その最中にこの異変は起きた。
仲間であるナランチャを失い、それでもなおボスを倒す為に追跡を続けようとしたタイミングであった。
シルバーチャリオッツ・レクイエムが最初に発動したときと同様に、彼はいつのまにかその意識を完全に失ってしまったのだ。
そして目が覚めた時には、あの船に立たされていた。
後は他の参加者同様、このバトルロイヤルに突如として参加させられる羽目になったのだが……


(……新手のスタンド能力か。
それとも……これも、暴走したレクイエムの一旦なのか?)


ブチャラティはこの事態を、新手のスタンド攻撃……或いは暴走するレクイエムの一旦なのかと考えた。
あの船ではこの事態を認識できず困惑する者も大勢いたようだが、スタンドという超常の能力を知る身としては寧ろそういうものなのだとある程度受け入れることが出来た。
特に状況からして、後者の可能性は十分考えられる。
レクイエムの最初の発動時と状況が酷似していることもだが……もうひとつ重要なのが、この『首輪』のことだ。


(この首輪……どういうことか、ジッパーが出来ない。
スタンド能力が通用していない……無効化されている)


ブチャラティは目が覚めてすぐさま、自身の首輪に対してスティッキー・フィンガーズを発動させた。
ジッパーをとりつければ、首輪をはずすことは極めて容易だったからだ。
しかし……事態は、予想できない方向へと動いた。
確かにスティッキー・フィンガーズの拳は首輪に触れた。
それにもかかわらず……この首輪に、ジッパーが『つかなかった』のだ。
そして、馬鹿なと思い試しに地面を叩いてみたところ、そちらには正常にスタンド能力が働いた。
つまりどういうわけか、この首輪相手にはスタンド能力が無効化されてしまうのだ。

まさか自分のスタンドが通用しないとは、ブチャラティも予想だにしていなかったが……しかし。
彼はすぐ、自分のスタンドが通用しなかった相手が他にも一体いる事に気づいた。
そう……今まさに追跡中だったシルバーチャリオッツ・レクイエムだ。
レクイエムはスタンド使いに『矢』を渡さぬよう、強力な防御能力を備えている。
もし矢に触れようとするスタンド使いがいた場合、そのスタンド使い自身のスタンドが本人の意思とは無関係に発動し、レクイエムを自動的に守ろうとするのだ。
この首輪とレクイエムの防御能力は、確かに似通っている。
そして自身が眠りに落ちて拉致された事も含めれば……この事態は、レクイエムの暴走が進んだ結果ではないのか?


(だが……それにしては不自然な点もある。
レクイエムの暴走として安易に片付けるには、何か……違和感がある)


しかし、断言までは出来なかった。
状況証拠だけでみればレクイエムの暴走と片付けられるかもしれないが、それにしては不自然な点が多いのだ。
『矢』を守ることを全てとするレクイエムが、何故この様な事態に及んだのかが見えてこない。
この現状は、守るという行為から明らかに逸脱している。
加えて……今目の前に広げられている名簿の名前だ。

102『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:02:54 ID:lL/hbJbs0

(……ディアボロ。
何故、誰も知らなかった筈の奴の名前が記載されている?
それに、このチョコラートという男の名は……あの地中を自由に動けるスタンド使いが口にしていた、ヘリの男の名前だ。
奴はジョルノとミスタが倒した筈……何故その男の名前が、ここにある?)


ディアボロとチョコラート。
この二つの名は、ブチャラティにとって明らかに異質としか言いようがなかった。
過去の全てを秘匿し自身の正体を隠し続けてきたディアボロの名前が、何故こうしておおっぴらにされているのか。
ノストラダムスがそれをどうして知っているのか。
チョコラートに至っては、ジョルノとミスタが確実に始末した男だ。
死亡して既にこの世にはいない筈……それが何故、ここにいるのか。

何かがおかしい。
その何かがなんなのかを口にすることは出来ない。
だが確実に、このバトルロイヤルには単純に片付けられない何かがある。
それだけははっきり断言できる。
そしてまずはその謎を解かない限り……あのノストラダムスという男に拳を届かせることは出来やしないだろう。
得体の知れない相手にただ闇雲に挑んでも、結果は目に見えている。


(……分からない事が多すぎるな。
情報が不足している……この状況を分析するにも、レクイエムがあの後にどうなったのかを確かめるにも、今のままじゃ不十分だ。
危険はあるが、他の参加者と接触してみなければ……)

 
故にブチャラティは、他の参加者と接触を図ることにした。
もしかすると、あのノストラダムスという者に心当たりのある人物がいるかもしれない。
戦力として頼れる人物がいるかもしれない。
離れる形になったジョルノとの合流を果たすきっかけになりえるかもしれない。
首輪の解除に繋がる者と出会えるかもしれない。
誰かと情報を交換できるという事は、希望を見出すことにつながる。
無論、危険人物と接触する可能性も勿論ある。
その場合は全力で迎え撃つしかないだろうが……場合によっては『拷問』という形もとれるだろう。
どういう形にせよ、一人でいる限りは状況に変化はない。


(人が比較的集まりそうな場所に向かうか。
だとすると、ここから近いのは……)



―――コツッ。



「!?」


卓上の地図に目を走らせようとした、その瞬間だった。
前方より、石垣を踏む確かな足音が聞こえたのだ。
ブチャラティはとっさに視線を向けると共に荷物をしまい、スタンドを発現させる。
まさか考えていた矢先にいきなり接触の機会が訪れようとは、流石に思ってもみなかった。
しかし、どちらにせよこれはチャンスととるべきだ。

ブチャラティは前方に確認できる男の姿を、よく観察した。

103『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:03:34 ID:lL/hbJbs0
まず一目で分かるが、着ている制服からしてこの男は警官だ。
年は二十代の半ばから三十代前半くらいといったところか。
スマートな体つきをした白人男性だが……気になるのはその表情だ。
感情がまるで感じられない、能面の様とでも言えばいいだろうか。
落ち着いていると片付けるには、何かが不気味だ。
いくらなんでも感情が感じられなさ過ぎる……この状況下でその様な事が、ありえるのだろうか?


「そこのあんた、止まってくれ!」


故にブチャラティは、男へとまずは警告を出した。
距離はおよそ50メートル程度……スティッキー・フィンガーズならば、拳銃を撃たれたとしても十分に反応できる範囲だ。
もし殺し合いに乗っていないのであれば申し訳はないが、ここは警戒させてもらう。
相手とて警官ならば、この行動が決して間違ってはいない正当なものであるとも理解できるだろう。
安心できるまでは、この感覚で交渉を行う……最大限の注意を払い、ブチャラティはそう判断したのだった。


「すまないな。
 あんたに悪意がなかったとしてもこの状況だ……警戒はさせてもらう。
 まず聞きたいが、この殺し合いに乗っているのか?」


そして変に出方を伺うよりも、こういう場合は直接疑問をぶつける方がいい。
殺し合いに乗っているか否か。
それは相手もまた気にする情報であるだろうし、はっきりと提示すべきだ。

そんなブチャラティの問いに対し、眼前の男はその場で立ち止まりしばしの沈黙をした。
即答をしなかった。
乗っていないならば、この殺し合いを良しと思わないならばすぐに答えられるはずだ。
ならば最初に感じた不気味さの通り、この男は……




――――ダッ!!



「っ!?」


直後。
立ち止まり沈黙を貫いていた男が、いきなり駆け出してきた。
ブチャラティはすぐさまスタンドを前方に出したが、驚いたのはそのスピードだった。
尋常ではない……常人とは思えぬ程に速いのだ。
一流のスプリンターであってもこれだけの瞬発力をもって走れるだろうか。
この思わぬ挙動に、どうしても彼は驚愕を禁じえなかったが……

本当に驚かされたのは、このすぐ後だった。

104『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:04:03 ID:lL/hbJbs0

「な……!?
 こいつ、腕が……!?」


男の右腕が、突如として変化した。
肌色のなんて事ない普通の細腕が、いきなり洋服の袖ごと銀色の金属に『溶けて』変わった。
そして一秒にも満たない内に、形状を変化させて再び液体から固体へと変化したのだ。
相手を刺し貫き、斬り殺すための文字通りの『刃』へと。
男の腕が、刀剣そのものへと変化したのである。


「っ……スティッキー・フィンガーズ!!」


自身を貫かんと一直線に向かってくる男に対し、ブチャラティは迷わずにスタンドの拳を向けた。
この男は確かな『敵』であり、自分を殺すべき対象と認識している。
ならばここで排除しなければならない。



―――――ガキンッ!!



刃と化した男の右腕が、ブチャラティの喉元へ迫り突き出された瞬間。
スティッキー・フィンガーズはその刀身を左拳で横からはじき、軌道を大きくそらす事によってこれを回避。
同時に、がら空きとなったその胴体へと右の拳を叩き込む!


「喰らえ!!」


スティッキー・フィンガーズは近距離パワー型のスタンドだ。
ジッパーを取り付ける能力を抜きにしても、まともに直撃すればその威力は相応になる。
ましてスタンド相手ではなく生身の人間に全力でぶち当てようものなら、胴体に風穴をも空けかねないだろう。
それが今、目の前の男にまっすぐに叩き込まれた……



が。



「何……!?」


男の胴体をぶち抜き倒すという展開。
拳から伝わる感触が、それを否定していた。
肉でもなければ骨でもない……柔らかいのだ。
まるでトリッシュのスパイス・ガールで柔らかくした物体を殴ったかの様に。
叩きつけた拳が、胴体に『柔らかく受け止められている』のだ。

105『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:04:44 ID:lL/hbJbs0

(こいつ……着るタイプのスタンドか!
 液体状の金属で全身を覆って、防御を……!!)


その正体を、ブチャラティはすぐに察した。
拳を突きつけている男の胴体が、ゴムボールのように撓んでいるのだ。
銀色の液状金属と化して、スティッキー・フィンガーズの打撃を包み込んでいるのである。
剣に変化した右腕と同様に。
この男の全身は、液状の金属で覆われているのだ。


「だが……ダメージはなくとも、命中はした……!」


しかし。
打撃によるダメージを与えられなくとも、拳は確かに命中した。
ならばスティッキー・フィンガーズの能力は、発動させられる……!


「走れ、ジッパー!!」


男の胴体から肩にかけて、逆袈裟にジッパーが走る。
生半可な打撃を吸収するなら、その肉体ごとバラバラに切断して倒すまでだ。
迷うことなく、ブチャラティはそのジッパーを開いた。
男の上半身と下半身が、斜めに切り裂かれる。
ここにきて、それまで無表情だった男の顔にもようやく驚愕の色が浮かんだ。
思いもよらぬスティッキー・フィンガーズの能力と、それを甘く見た己自身への油断からか。
どちらにせよ、これで致命的ともいえるダメージを男は負う羽目になったのだ。
一瞬で、勝敗が決まった。


「……終わりだ。
 お前のスタンド能力には驚かされたが、こうなっちゃ何も出来ないな……
 トドメを刺させてもらうぞ」


地面に転がる上半身のみとなった男のもとへと、ブチャラティはゆっくりと歩を進める。
この男は自身に対し、一切の躊躇もなく明確な殺意を持って襲い掛かってきた。
危険な存在だ。
ここから尋問して情報を吐き出させるよりも、即座にトドメをさしたほうがいい。
迷うことなく、ブチャラティはスティッキー・フィンガーズの拳を男の脳天へ叩き込もうとした……

106『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:05:07 ID:lL/hbJbs0

「……!!」


が。
拳が今まさに男の脳天を打ちぬかんとした瞬間に、ブチャラティはとっさに後ろへと跳んだ。
攻撃を中断し、男との距離を取ったのだ。
確実にトドメをさせる瞬間であったにもかかわらずにである。
傍から見れば不可解すぎる行動。
何故その様にしたのか……疑問を抱かれても当然の行動に出たのはなぜか。

答えは簡単だ。
『確実にトドメをさせる瞬間』だと、ブチャラティには判断する事が出来なかったからだ。
何故ならば、拳が脳天を砕き死をもたらそうとしているにもかかわらず、男の表情に恐怖がなかったから

男がたしかな笑みを浮かべたからだ。


「ッ!?
 馬鹿な、これは……!!」


そして、その判断は正しかった。
ジッパーによって分断された男の下半身。
脳からの命令が届かなくなり、もはや身動きなど一切取れない肉片と化したはずのそれが……動いている!
剣の右腕と同様溶けて銀色の流体金属となり、分かたれた上半身めがけて突き進んでいるではないか!


「違う、着るタイプのスタンドじゃない!!
 こいつは……こいつ自身の肉体が、この液状の金属そのものなのか……!!」


蠢く金属を前にして、ブチャラティは理解した。
目の男は、液状の金属を身に纏っているのではない。
男の全身そのものが、この液体金属で構成されているのだ!
そしてこの金属には再生能力がある。
分断された下半身が、上半身に吸収され……男の肉体が、復元されていく!!


「くっ……させるか!!」


敵の回復を黙って待つ訳にはいかない。
回復途中の今ならば、敵とて攻撃にすぐ反応は出来ない筈だ。
すぐさまブチャラティは地を蹴り男との距離をつめ、再びスティッキー・フィンガーズの拳を叩き込んだ。
それも一発ではない。
全力をこめた、必殺のラッシュだ!


「アリアリアリアリアリアリアリアリアリッ!!!」


大量の拳が男の全身をくまなく突き、それに伴いジッパーが体中に刻まれてゆく。
これを一斉に開けば、男の肉体は細切れとなり無残に地面に転がることになる。
真っ二つで再生されるなら、よりバラバラにするまでだ。


「アリーヴェデルチ!!」


そしてラッシュのとどめに渾身のストレートを叩き込むと同時に、全ジッパーが開かれた。
男の肉体はバラバラになり、無残な惨殺死体と化して地面にばら撒かれる。
細切れどころかミンチといってもいいレベルだ。
ここまでしてしまえば倒せたか。
そう希望を持ち、男だった肉片へと視線を注意深く向けるが……

107『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:05:41 ID:lL/hbJbs0

「くそっ……これでも、まだ……!?」


希望は裏切られた。
バラバラになった男の肉片はまたしても銀色の流体となり、雫の一つ一つが一箇所に集合し始めたのだ。
このままいけば、再び元通りの形へと復活するだろう。


(まずい……この男、相性が最悪だ!
 俺のスティッキー・フィンガーズでは、ダメージが与えられない……!!)


ブチャラティは息を呑んだ。
目の前の男との相性は、最悪というしかない。
流体金属で出来た肉体には打撃は吸収され、斬撃は加えても即座に復元される。
出来る攻撃の全てが、この敵には一切通用しないという有様なのだ。
ではどうするか。

支給品の中に、通用するような武器はあるか―――否。
残念ながら手持ちの道具では、この男に致命的なダメージを与える事はできないだろう。

コロッセオ前での戦いで実行した様に、ジッパーでこの男を地中に叩き落とし生き埋めを図る策はどうか―――否。
流体金属という性質上、地中に埋めたとしても隙間をぬって脱出される可能性は高い。
そうでなくともあの手をスコップやドリルにでも変形させられれば、あっけなく終わりだ。


(ダメだ……こいつにダメージを与えるなら、打撃や斬撃じゃない。
火炎や冷気、或いは電撃やレーザーの様な化学変化を伴う攻撃を使わなければ……!!)


この男にダメージを与えられるであろう攻撃の種類は、大凡推測できる。
しかし、この場ではそれを実現する事はどうあってもできない。
言うなればブチャラティは、将棋でいう詰み・チェスで言うチェックメイトに嵌ってしまったのだ。
こうなれば撤退して体勢を立て直す他にないが……先ほど見せた動きからして、スピードで彼より相手の方が上だ。
逃げ切れるかどうかと問われれば、非常に厳しいと言わざるを得ないだろう。


「…………」


再生を果たした男が、今度はその両手を刃と成す。
ブチャラティの行動から、男の方もまた彼に決定打を与える手段がないと気づいたのだ。
ならば警戒し恐れる必要はない。
攻撃重視の形態へと肉体を切り替え、一気に殲滅するのみ。

108『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:06:16 ID:lL/hbJbs0

素早く地を蹴り、男は疾走する。
眼前に立つブチャラティの喉元を掻き切り心臓を穿つべく、距離を詰める。
ブチャラティもまた、迫り来る敵へとその防御を試みた。
スティッキー・フィンガーズの両拳で、それぞれ左右より振るわれる剣を弾く。
地を駆けるスピードでは負けたものの、接近戦での反応速度ならば軍配が上がるのはブチャラティの方だ。

しかし……当たり前の話ではあるが。
その反応速度も、肝心の反応が正常に働かなければ意味はない。


「何……!?」


ブチャラティの目が驚愕で大きく見開かれた。
スタンドで左右の剣を防いだその刹那に、男の肉体に恐るべき変化が生じたのだ。
両手を弾き上げられ無防備となったその胴体より、新たな『三本目』の剣が出現したのだ。
肉体を変化させ、新しい腕を一本丸まま生やしたのである。
スティッキー・フィンガーズが防御で両腕を使わざるを得ない状況に追い込まれた、このタイミングで……!


(瞬時にスタンドの動きを見抜いて、奇襲を……!?
ダメだ、防御が間に合わない……やられる……!!)


男の攻撃は、完全にブチャラティの虚を突いた。
これでは、どうやっても防御が間に合わない。
刺し突かれる……やられる。

自らに迫り来る凶刃を前に、ブチャラティはそう覚悟を決めるしかなかった。



しかし……その切っ先は、彼を刺し貫く事はなかった。

109『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:06:45 ID:lL/hbJbs0


「何……?」


男の胴体から生えた新たな剣は、ブチャラティへと僅か数ミリの距離で静止したのだ。
いや、第三の剣だけではない。
男の全身が、ピタリとその場に静止したのである。
この予想外の展開に、ブチャラティは助かった安堵よりも困惑を覚える他なかったが……


「……!?」


それ以上に驚いているのは、仕掛けた男の方だ。
信じられないと言わんばかりの形相で、目を見開いている。
当然の反応だ。
どれだけ力を込めようとも、肉体が全く動かせなくなってしまったのだから。
体の自由が、一切効かなくなってしまったのだから。



「……動きを封じるのは容易い。
 貴様の全身が、液体金属で出来ているというのなら……」
「―――!?」


その刹那。
ブチャラティとは違う別の声が、男の耳に入った。
声の方向は、ブチャラティの更に後方……モールの奥。
二人の立ち位置から、ちょうど死角になる地点からであった。
やがてその男の声は、小さな足音と共に近づきボリュームを増していく。



「俺の『スタンド』にとって……相性がいい……」



そして、その男は両者の前へと完全にその姿を現した。
黒い頭巾を頭に被る、ブチャラティとほぼ同年代程度に見える年格好の長身の男。


(こいつは……サルディニア島で死んでいた……?
死んでいなかった、生きていたというのか?)


ブチャラティはその姿に見覚えがあった。
ボスの手掛かりを得るべくサルディニア島に上陸した時、彼は確かにそこで倒れていた。
エアロスミスの弾丸で全身をうち貫かれた、物言わぬ死体となって。
その記憶に間違いがなければ、彼はボスかその側近と思わしき男と戦い倒れたと推測されていた筈の暗殺チームのリーダー。
まさか、あの状態から奇跡的に生き延びていた―――そういうブチャラティ自身も、死んだ状態から生き返ったので不思議はないが―――というのか。

110『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:07:07 ID:lL/hbJbs0

「お前は……一歩も俺に触れることはできない」


その名を、リゾット・ネェロ。
磁力を操るスタンド『メタリカ』の能力者であり。
ドッピオというハンデがあったとは言え、ディアボロを単身で追い込みその正体にも当たりを付けた程の屈指の実力者。
それが今……この場に現れたのだ。
皮肉にも、彼を苦しめ死に至らせた男の姿をしているブチャラティの、まさに目の前に。


「メタリカ!!」


リゾットは自身のスタンド能力を全開にして発動。
強力な磁力を肉体から発し、目の前に立つ男へと真正面より叩きつけた。
全身が金属そのものであるこの男に、それを回避するすべは一切なく。



―――――ドガッシャァァァァンッ!!



レールガンに乗せられた弾丸が、電磁力によって加速され打ち出されるかのように。
轟音を伴い、壁をぶち破ってショッピングモールの外部に排出されたのだった。




■□■




(……助けられたと見るべきか。
だが……)


凄まじい勢いで吹き飛んだ男―――まさかあの攻撃を受けて生きているとはさすがに思えない―――の軌跡をしばし眺めた後。
ブチャラティは、目の前に現れたリゾットにその視線を移した。
あのままだと確実にやられていた以上、助けられたことには素直に感謝すべきだろう。
しかし……暗殺チームのリーダーが、よりにもよって自分を助けるとは。
暗殺チームにとっては寧ろ、不倶戴天の敵である筈なのに……
まさか、姿がディアボロと入れ替わっているから気が付いていないのだろうか。

111『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:07:32 ID:lL/hbJbs0

「……ブチャラティだな?
 姿は全く異なっているようだが……そのスタンド能力がある以上は、別人ではない筈だ」


否。
やはりと言うべきか、リゾットは先の戦いを視て状況を判断した上で割り込んできていた。
つまり、スティッキー・フィンガーズを完全に視認している……
明確に、容姿が変化しているにも関わらず、ブローノ・ブチャラティだと認識している様だ。


「……暗殺チームのリーダーだな。
 ああ……何故、俺を助けた?」


仲間の仇の筈なのに。
言外にそう匂わせながら、以前警戒を続けながらブチャラティはそう問いかけた。
とはいえ、彼には大凡そうした理由に検討が付いていた。
もしこの場にいるのがブチャラティではなく、ジョルノやミスタ達といった他のチームメンバーならば問答無用で攻撃を受けていただろう。
ここにいるのがブチャラティだからこそ、リゾットは助けたのだ。

何故なら……彼には、力があるから。


「……お前の考えているとおりだ。
 お前のスタンド能力……スティッキー・フィンガーズの力が俺には必要だ」


ブチャラティが予想したとおりの答え―――スティッキー・フィンガーズが必要であるという理由を、リゾットは答えた。
物体にジッパーを取り付けるこのスタンド能力は、首輪の解除を行える可能性を持った文字通りの『希望』なのだ。
だからこそ、リゾットはブチャラティを助けたのである。


「……お前達は、仲間の仇だ。
 ホルマジオ、イルーゾォ、プロシュート、ペッシ、メローネ、ギアッチョ……
 あいつらの無念を晴らすためにも、俺はお前達やボスを必ず始末する。
 それがリーダーとして、あいつらの為に出来るせめてもの手向けだ」
「…………」

112『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:08:01 ID:lL/hbJbs0
「だが……あのノストラダムスは、その手向けすらも俺から奪おうとした。
 俺は断じて、それを許すことはできない……!」


リゾットとて、ブチャラティの事は恨み骨髄に入っている。
しかしそれ以上に、この様な真似をしたノストラダムスを許すことが出来なかったのだ。
あの男は大勢の人間に文字通りの首輪をかけ、その魂を穢した。
失ってはならない『誇り』を奪おうとしたのだ。


「ここでお前を殺すことは容易だ……だが、それでその後はどうする?
 ノストラダムスが望むように、殺し合いを進めるのか?
 冗談じゃない……優勝したところで、願いを叶えられる保証などどこにもない。
 何より、誇りも信念もなくただ言いなりになって動き……果てに待つのは、惨めな末路でしかないかもしれない。
 そんな結末など俺は望まない……こんなところで無様に死んでどうする!
 貴様のチームの仲間も、ボスもまだ残っている!
 ならば……あいつらの魂に報いるためにも、今本当に倒すべき敵は奴らだ!!」


真に仲間のことを思うからこそ。
チームリーダーの責を果たすためにも、目先の相手ではなく本当に倒すべき相手を倒す。
例え、憎き仇が目の前にいるとしても……その力が必要ならば、怒りの矛先を抑える。
確固たる『誇り』をもって、リゾットはそう宣言したのだ。


「……いいだろう。
 俺達にとっても、お前達暗殺チームは許せない敵だ。
 だが……お前のその言葉には、心から共感できる」


ブチャラティは、それを受け入れた。
己とてチームのリーダーだ。
彼の言う事はよくわかる……同じ立場ならば、きっと自分も同じ行動をとったに違いない。
仲間を思い信念を貫き通そうとする魂には、例え敵同士といえど共感する事ができる。


「協力しよう、暗殺チームのリーダー……名前を聞いても構わないか?」

「リゾット……リゾット・ネェロだ」




■□■




「……つまり、首輪にはスタンド能力がきかないということか?」

113『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:08:38 ID:lL/hbJbs0
「ああ、残念ながらこいつの解体はできない。
 どういう仕組みかはわからないが、俺のスタンド能力を無効化しているようだ」


それからしばらくして。
両者は、互いに情報の交換を行っていた。
自分を参加者として放り込む時点で予想は出来ていたことだが、この首輪には自身のスタンド能力を無効化する何かがある。
それが全てのスタンド能力なのか、スティッキー・フィンガーズに限定されることかまでは流石に分からないが。
少なくとも、首輪をスタンド能力で解体することが不可能なのだけは確かだ。


「気になる点はもうひとつある……さっきの男のことだ。
 奴の体なら、首輪を外す事は容易な筈……」
「だが、どういうわけか奴は首輪をつけたままだった。
 それも、バラバラにされてから再生した後でも……か」


この首輪について不可解な点はもうひとつある。
先ほど襲撃を仕掛けてきた、あの流体金属男だ。
あの能力ならば、肉体を変形させて首輪を外すことなど容易い筈である……
だが、不思議なことにあの男はそれをしていなかった。
それどころか、バラバラの状態から再生された後でさえも首輪が首に巻きついていた。
つまり……この首輪には、単にスタンド能力を無効化するだけではない別のなにかまで有るかもしれないという事である。


「……こっちはどうなんだ?」


その答えを聞いて、しばし考えた後。
リゾットは、自分の首を指差して問いかけた。
首輪にジッパーが通用しないと言うならば、装着者の首を切断して首輪を取り外すことはできないのか。
こちらならば、首輪の性質を関係なしに解除できる可能性がある。


「……結論だけ言えば、可能性はある。
 だが……」
「ワニ顔の男の最後、か」


しかし、それを実行するには大きな問題があった。
首輪を取り外そうとした瞬間、それをノストラダムスに感知され攻撃をうける可能性が高いのだ。
最初に広間で大柄なワニ顔の男が殺害されたように、この首輪に頼らない処刑方法をノストラダムスは持っている。
仮にそれを防げたとしても、首輪自体が引っこ抜こうとした瞬間に爆発するかもしれない。
脈拍や血圧の類を感知しているなら、十分あり得るだろう。


「こいつの正体がなんなのか、それを突き止めるまでは行動に移すのは危険だ。
 まずはその点から探る必要があるだろう」

114『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:09:12 ID:lL/hbJbs0
「情報を集めなければはじまらないか……そうだな。
 それに……この会場にボスがいるというならば、なおのことだ……」


そして彼等が共有し合った情報の中には、リゾットにとって首輪以外にも有力な情報があった。
追い求めてきたボス―――ディアボロの名前と、そのスタンド能力について。
ボスがあろうことか自分の娘を自分の手で始末するために、護衛任務を与えていた事だ。
最初にその話を聞いた時、リゾットはただただ驚愕するしかなかった。
まさかブチャラティ達までもが自分達と同じ裏切り者になり、ボスを討とうとしていたとは。
正体を秘匿し続けてきたボスが、そこまで恐るべき存在であったとは。


「……皮肉な話だな。
 任務に忠実にトリッシュを守り続けてきたお前達が、そのボスからトリッシュを守ろうとしているなど……
 そして挙句は、お前とボスの姿が入れ替わったときたか」
「ああ……問題は、ボスが今どんな姿でいるかが分からないという事だ。
 もっとも、この会場にいる限りはどこかで必ず鉢合わせをするだろうが……」


この時、ブチャラティはリゾットに自分の姿の変化を「あるスタンド能力の暴走」とのみ伝えていた。
レクイエムと矢の存在については伏せている……ポルナレフの言ったとおり、矢の力はあまりにも未知数で危険だからだ。
あの時コロッセオにいた者達以外に、この事実を伝えることはできない。
もし万が一、矢の力が悪用されることがあれば……最悪の事態を招きかねない。


「……そろそろ行こうか。
 ここでじっとしていても仕方ない」


とにかく、今は動く事が先決だ。
二人は互いに頷き合い、モールの出口へとゆっくり歩を進めていった。


「そうだな……ブチャラティ。
 さっきも言ったが、どうあってもお前達は俺達暗殺チームにとって倒すべき敵だ」


その最中、リゾットは静かに口を開いた。
ブチャラティとは共通の目的を果たすため、こうして協力しあう形になった。
しかし……それでも尚、チームの仇という事実には変わりはない。

115『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:10:05 ID:lL/hbJbs0

「だから宣言させてもらおう。
 この場を切り抜けることができたならば、その時は……必ず、俺はお前達を始末する。
 全てが終われば、敵同士だ」


だからこそ、最後には必ずこの手で命を奪う。
それだけは絶対に、譲ることはできない。


「それまで、お前に死ぬことは許されない……いいな?」
「……ああ。
 約束しよう……お前のその誇りに誓ってな」


ブローノ・ブチャラティとリゾット・ネェロ。
本来ならば互いに手をとることはありえなかった、戦う事を運命づけられていたふたりのリーダー。
しかし今……この数奇なバトルロイヤルという場を前に、協力し合う道を選んだ。

互いに生き延び……そして最後に、決着をつけるために。



【G-3 ショッピングモール内/1日目 深夜】
【ブローノ・ブチャラティ@ジョジョの奇妙な冒険 Part5 黄金の風】
[状態]:健康、ディアボロの姿
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1〜3(確認済み)
[思考]
基本行動方針:殺し合いから脱出する。
0:リゾットと行動を共にする。
1:首輪の解除方法を探す、首輪がどういう物なのかを調べる。
2:情報を収集する。
3:液体金属の男を警戒……あれで倒せたのだろうか?
[備考]
※参戦時期は62巻、ナランチャの死亡直後からになります。
※チャリオッツ・レクエイムの影響でディアボロと肉体が入れ替わっています。
そのため、会場内にいるディアボロもまた別の何者かの姿に成り代わっていると推測しています。
※液体金属の男(T-1000)の能力を知りました。
  少なくとも不明支給品の中には、彼に明確なダメージを与えられるようなものは無いようです。
※リゾットに情報を提供しました。
  しかし矢とレクイエムについては、危険性を考慮して話を伏せています。
※首輪に対してスティッキー・フィンガーズを使用しましたが、能力が通用しませんでした。
  このことから、首輪にはスタンド能力を無効化する何かがあるのではないかと考えています。
  また、T-1000の様子から他にも何か特殊な機能があるとも予想しています。
※死亡したはずのチョコラートの名が名簿にある事に疑問を抱いています。
  またリゾットについては、自分同様に死亡してから息を吹き返したのではないかと思い何も尋ねていません。

【リゾット・ネェロ@ジョジョの奇妙な冒険 Part5 黄金の風】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1〜3(確認済み)
[思考]
基本行動方針:殺し合いから脱出する。
0:ブチャラティと行動を共にする。
1:首輪の解除方法を探す、首輪がどういう物なのかを調べる。
2:情報を収集する。
3:ブチャラティやその仲間達との決着は必ずつける。
[備考]
※参戦時期は58巻、ドッピオとの遭遇直前です。
※首輪解除のためにブチャラティの能力が必要と考えています。
  そのために敢えて彼と協力しますが、このバトルロイヤルが終わった後には決着をつけるつもりでいます。
※ブチャラティからボスについての情報を聞きました。
  しかし矢とレクイエムに関する話だけは、敢えて聞かされていません。
※首輪については、スタンド能力を無効化する何かがあると考えています。
 また、T-1000の様子から他にも何か特殊な機能があるとも予想しています。

116『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:10:22 ID:lL/hbJbs0



■□■




「…………」


ブチャラティとリゾットがモールから去って、しばらくした後。
流体金属の男―――T-1000は、自身の肉体に不備が無いことを確認してゆっくりと起き上がった。
磁力による攻撃。
自身にとって天敵ともいえるその技に、T-1000は流石に脅威を感じていた。
あの黒頭巾の男が如何なるモノで磁力を操っているかは知らないが、あの能力は危険だ。
再度戦闘を行うにも、どうにかして無効化を図らない限りは絶対に勝ち目がない。


(……それだけではない)


また、脅威を感じたのはあの黒頭巾の男だけではない。
スティッキー・フィンガーズという謎の人形を操っていたピンク髪の男も同じだ。
明確なダメージこそ通じなかったものの、あの人形には異様な力があった。
接触した物体にジッパーを走らせるという、原理不明の力……あの様な技術はデータにない。
いや、そもそもあれを技術と呼んでもいいのだろうか。


(……ノストラダムス……)


T-1000は人間ではない。
未来の世界において、人類抹殺を図る人工知能スカイネットによって生み出された殺人兵器―――ターミネーターである。
彼はスカイネットの指令によって、人類を勝利に導く英雄ジョン・コナーを殺害すべく過去へのタイムスリップを行った筈だった。
しかし転移を終えた時、立っていた場所は過去の世界ではなく……あの未知なる船内であった。
ありえない、不可解な現象だった。
何らかの不具合が生じて、時間転移にズレが起きたのか。
だとすると、ここは一体なんなのか。
この肉体と完全に一体化して離れない首輪といい、先程の者達といい……自らのデータにない技術が多すぎる。
過去ではなく、未来……それも相当に技術の発達した遠い未来に転移してしまったというのか?

117『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:10:45 ID:lL/hbJbs0

否。
それでは名簿の中にジョン・コナーがいる説明はつかない。
この世界はあまりにも異質だ。
単なる時間転移ではない……仮に当てはまるものがあるとすれば、かつて人類の化学者が提唱した並行世界説ぐらいか。
そんな突拍子もない説を持ち出さなければならないぐらいに、この状況には説明がつけられない。


「…………」


とは言え。
今この場において最も重要なのは、それではない。
自身がこうしてこの場に立ち、そして抹殺対象の人類も、ジョン・コナーもまたここにいるという事だ。
ならば成すべき事は一つ……この場にいる全てのものを殺害し、スカイネットに与えられた使命を果たすのみ。
目的そのものには、変更はない。


「…………」


その為にも、状況は大いに利用すべきだ。
T-1000は自身の姿を、警官のそれから大きく変容させていく。
このバトルロイヤルにおいて、大きく効果を得られるであろう容姿に……

つい先ほどまで交戦していたピンク髪の男と、瓜二つに。


「……スティッキー・フィンガーズ」


発声にも、問題はない。
あのピンク髪の男は、このバトルロイヤルを止めるべく動いているようだ。
では、その男の姿をそっくり真似してしまえばどうか。
このまま殺人を行えばどうか。
きっと参加者同士で疑心暗鬼となり、同士打ちの結果に持ち込めるだろう。
T-1000は唇を持ち上げ、にやりと微笑んでみせた。



まさかその姿が……他人に姿を知られないよう、己の全てを秘匿している悪魔のそれとも知らずに。

118『誇り』のバレット  ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:12:35 ID:lL/hbJbs0

【F-3 路地/1日目 深夜】
【T-1000@ターミネーター2】
[状態]:ダメージによる金属疲労(軽度)、ディアボロの姿
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1〜3
[思考]
基本行動方針:全参加者の抹殺。
0:ジョン・コナーを優先して見つけ出し殺害する。
1:ピンク髪の男の姿で行動し、人類の同士打ちを狙う。
2:黒頭巾の男を警戒。
3:この状況が何なのかを可能ならば確かめる。

[備考]
※参戦時期は映画冒頭からになります。
※肉体の性質上、打撃や斬撃の影響を受けません。
 しかしあまりに強力な攻撃でダメージが蓄積され続けると、金属疲労を起こし異常をきたす可能性はあります。
※首輪が完全に肉体と一体化してます。
  その為取り外しができず、液状化したりバラバラに砕け散っても、再生した際には必ず首輪ごと再生されてしまいます。
※ブチャラティとリゾットの能力を知りましたが、その正体がわからず困惑もしています。
  特にリゾットの能力は自身にとって最大の天敵であると考えています。
※このバトルロイヤルを、時間転移だけでは片付けられない何かとしてとらえています。
  その候補として「並行世界説」を一考に入れてます。
※ディアボロとそっくりの姿に変化しています。

119 ◆TA71t/cXVo:2015/10/26(月) 21:12:51 ID:lL/hbJbs0
以上で投下終了です。

120名無しさん:2015/10/26(月) 22:46:23 ID:fPwK2Fk60
投下乙です。

ブチャラティはまさかのディアボロ姿での参戦か、リゾットと手を組むというのも予想外だった
T-1000…やはりしつこさに定評のある男、生半可なことでは死なないなww

一つ気になったのですが、「チョコラート」という名前は一部の範囲で使われてしまっていた名前ですが、「ハイエロファント・エメラルド」などとは違い完全な誤植のようです。
正式には「チョコラータ」で、後の文庫版などでは全てチョコラータで統一されているようです。

121 ◆V1QffSgaNc:2015/10/27(火) 03:40:49 ID:0BWA3FE.0
投下乙です。

>大魔王降臨
大魔王からは逃れられない……。
とはいえ対主催なので、小狼くんも上手くすればどうにか出来たかもしれませんねぇ。
桜と苺鈴にとっては、やっぱり精神的にも大ダメージになりそうです。

>『誇り』のバレット
対立する……と思いきや、誇りを武器に協力し合う事になったブチャラティとリゾット。
「俺が殺すから殺すな」というギャングらしい約束を交わした二人も、どう転ぶかかなり見ものです。
しかし、二人のギャングの相手は、これまで数々のスタンド使いと戦ったブチャラティにとっても相手にしたくないような液体金属のターミネーター。
予約見た時は、ブチャラティが死ぬのかリゾットが死ぬのかと思ってしまいましたが、なんとか二人とも無事で安心です。
で、ディアボロが普通にディアボロとして出て来たら、ブチャラティ、ディアボロ、T-1000でディアボロだらけですね(丁度予約されてますが)。

指摘等は既に指摘されている部分のみです。
遅いので誰も見てないかもしれませんが、私も投下します。

122爪を立てた少女 ◆V1QffSgaNc:2015/10/27(火) 03:42:47 ID:0BWA3FE.0



 えー、御無沙汰しています、古畑任三郎です。
 皆さんに、始めに言っておきたい事があります。
 私この度、不思議な殺し合いに巻き込まれてしまいました。なんでも、最後の一人になるまでバトルロイヤルをしろとの事です。
 その為……今回の私は、今までとは違い、警察組織の一員や、絶対死なない無敵の主人公ではなく、古畑任三郎という一人の人間として立ち回らなければならないんです。……んー、困りましたねぇ、ふふふ、私を守ってくれる物がなくなりました。

 ……と、いう事は、ですよ。
 今回のように、冒頭と最後にほんの少ししか出てこない話も出てきてしまいます。私のファンの方はぜひ、今回はオープニングと、最後の部分だけ見て行ってください。
 いやあ、しかし……ふふふふ……えー、やっぱり、私の性なんでしょうねぇ、こういう現場に、たまたま立ち会ってしまう宿命は切っても切れないわけで──。


♪〜


     □■
       □□□


   ♪〜


      古畑
       任三郎









【Climb Part】──ステルスマーダー



 平凡な顔立ちの二十代の男がいた。
 男の顔の印象はおおよそ髪型で決まってしまうらしいが、彼の髪型は少しだけ伸びた坊ちゃん刈りで、非常に飾り気がない。
 柔和で、どちらかといえば童顔のその容貌は、この殺戮の現場とは無縁に見えるだろう。
 真っ白なシャツにネクタイを巻いて、その上から地味なセーターを着こんでいるそのファッションは、ただの気弱な社会人であると推定するに違いない。
 本当にどこにでもいる。写真で見ても、おそらく、誰の印象にも残らない。集合写真の中では絶対に注目される事がない。

 彼の名は小田切進。
 それと偶々出会ったのは──ショートカットの髪型の、少し普通じゃない一人の女子高生だった。

「へえ、小田切さんって先生だったんだ……」

 街中で、その女子高生──天道あかねも、その男に出会って話を聞いて、仕事が教師なのだと知ると、妙に納得してしまった。まさに女子高生をやっている立場だからだろう。
 気弱で情けなく、授業を静かにさせる事も出来ない先生。
 きっと、高校生よりずっと弱そうで、コミュニケーションがあまり得意でもなく、不良生徒を叱りつける事が大の苦手で、教えるのもそんなに上手くない。
 いつかやめてしまうんじゃないか、と生徒の方は思ってしまうが、彼もいつの間にか気弱な教師のまま中年になっているのだろう。

「ああ。……一応、不動高校で先生をしているよ」

 本当にどこにでもいる。
 あかねの高校……そう、今この小田切先生とのんびり目指そうとしている風林館高校でも、たまにそういう教師はいるくらいだ。
 きっと、高校に通っていた人なら、大方、見かけた事があるはずである。

123爪を立てた少女 ◆V1QffSgaNc:2015/10/27(火) 03:43:07 ID:0BWA3FE.0
 彼はそんな普通の人だった。

 ……だからか、あかねは、何故だか放っておけなかった。
 あかねはこれでも格闘術に関してはかなり自信のある方だが、実のところ、このバトルロイヤルの異常性というのはそれ故に早い段階で感じ取っていた。
 知り合いである早乙女乱馬、響良牙、シャンプー、ムースの四名の一筋縄では行かない格闘家仲間たちが捕まえられている事もまず異常だったし、最初の船上でそれ以外の人間の異様な闘気も感じた。
 このゲームがかなりの強者によって開かれた物なのは間違いない。

 普通の人が生き残れるような状況でないのはあの船上の時点でも確かだった。
 そんな彼女が最初に見かけたのは、体力もなければ、知力もさして高いわけでもない……普通の人だったのである。一応、教師をやるという事は何かの分野において、教えられるだけの知識を有しているという事らしいが、やはり能力はその程度だ。
 本来、生徒を守るのが教師の勤めなのだが、それが反転する形になるのもまあ致し方ないだろう。
 武道家であるあかねの性だ。

 彼女はそんな小田切進に、少々情報を明け渡した。

 まずは自分について。
 天道道場の三女として生まれたあかねは、三姉妹で唯一、格闘を習っている事。
 これが強みになるが、おそらく普通の人では生き残れないような殺し合いになりそうだという事。
 乱馬と良牙とシャンプーとムース──四人知り合いがいるが、最も優先して探したい人間が一人いるという事。

 そして、それは、彼女の許婚の早乙女乱馬。ではなく──響良牙だった。

「良牙くんだけは、早く探してあげないと……!」

 もし、あの方向音痴の良牙がこのまま孤立してしまったら、禁止エリアに迷い込んでしまう可能性が非常に高い。
 確かに良牙はかなり強いが、今後禁止エリアが指定されたら……超高確率で彼はそこに行きつくだろう。

 ちなみに、小田切の方は、あの船上にいた「金田一一」というあかねと同世代の少年を知っていた。教え子で、なんでも金田一耕助の孫でとても頭が良いのだというそうだ。
 あかねは、金田一耕助は小説の中の人物だとばかり思っていたので半信半疑だったが、小田切が言うには、実在していたのだそうである。かなり意外な事実だった。
 彼からの情報といえばそれくらいである。

「ねえ、小田切先生、あれがこの『大道寺邸』じゃない?」

 あかねは地図をランタンで照らしながらそう言った。
 小田切とあかねが二人で歩いているのは、丁度、マップの左端──南西のA-8のあたりである。

 これから風林館高校を目指すには、現在地はあまりにも遠い。だが、少なくとも、会いたい人間と会う場合に、おそらく目印になる場所は高校だろうと思っていた。一辺が3kmだとすると、あかねの普段ランニングする距離から逆算してもそこまで長くはない(──普通の人間を前提に考えれば勿論、相当長いが)。
 ここから近いのは、むしろシャンプーたちの実家の猫飯店の方であるとはいえ、高校ほど機材も揃っていないし、人も入れず何らかの拠点として利用する事は困難だ。
 こちらも後で一度試しに寄ってみて、それから風林館高校に行く事にしたいと考えている。やはり人が集まる可能性が高いのはそちらだという事だ。
 ただ、本当にそこに風林館高校や猫飯店があるかはわからない。しかし、共通して配られた地図に示された目印としては充分だ。
 そこに着く前にも、なるべく、気になる施設はとにかく寄っておきたい所である。本当にそこにあるのか、を少しでも考える為だった。
 そして、──丁度、それが見えたようだ。
 この、『大道寺邸』に。

「ああ、表札にはそう書いてあるね」
「やっぱり大道寺知世さんの実家なのかしら……? それにしても……随分大きなお屋敷ね」
「本当。凄いなぁ……」

 施設を目立たせる為か、大道寺邸の灯りはともされていた。
 あまりにも大きな屋敷だったので、流石に民家も多い街中で施設としてマップに名が乗るものだなと思う。

124爪を立てた少女 ◆V1QffSgaNc:2015/10/27(火) 03:44:01 ID:0BWA3FE.0

 例えるなら、まるで宮廷の庭である。
 何度か、変な豪邸を所用で訪ねた事のあるあかねも、少しだけ恐縮するくらいだった。
 門を開けて、噴水のある庭を横切り、玄関に辿り着く。その間、庭を見回さずにはいられなかった。本当に、まるで、皇族かハリウッドスターの邸宅のようだ。
 そっと、玄関のドアを開けた。鍵はかかっていない……。

「入りましょう」
「ああ、うん……」

 中に入ると、巨大な靴箱やカーペットが出迎えた。いまどき、ホテルでももう少し窓口が狭いのではないだろうか。
 廊下は長く、いくつもの巨大なドアがある。壁には絵がかかっていて、観葉植物が並んでいる。二階の踊り場が玄関からよく見えた。今にでも家政婦が現れそうだ。

「……あの……すみませーん!」
「ちょっと、小田切先生! こっちから呼んで、変な奴が来たらどうするの……? 家の主もいないみたいんだから、来るとしたら他の参加者よ」
「ああ、そうか……ごめん。でも、人はいないみたいだし……」
「だからって、何もそんな大きな声出さなくても──」

 かなり恐縮している小田切に対して、あかねはやたらと強気だ。
 あかねもこういうタイプの教師を放っておけない性格ではあるが、勿論イライラしてしまう事もある。危険な状況なのでピリピリしているのだろう。
 そんなあかねの少しの苛立ちに、気づいていないのか、小田切は訊き返した。

「……でも、中にいるのは、金田一くんや、その響くんとか早乙女くんみたいな友達かもしれないよ?」
「……それもそうね」
「天道さん、とにかく一度部屋をくまなく探してみよう」

 小田切はそう言うが、部屋には無数のドアがある。はっきり言って迷宮のようだった。
 こんな所に普段人間が住んでいるというのだろうか。
 この玄関から見てもいきなり廊下が三叉路のように分かれており、一つ一つ探すのは気が滅入った。
 だが、とりあえず、真っ直ぐに進む事にした。

「しかし、色んな部屋があるなぁ……」

 一人で行動しても他者に襲われないようにと、小田切は常にあかねと二人で行動していく事にする。
 はっきり言って、どの部屋が居間なのかもよくわからないほど広い部屋ばかりだ──。
 順番に歩いていき、ある部屋のドアを開け、中を見た時、あかねの動きがふと止まった。

「ん? どうかしたのかい?」

 小田切は、訊いた。
 あかねが入っていった部屋の奥を見ると、そこにあるのは子供用の勉強机だ。
 ここもまるで客間のように大きな部屋で、最初見た時は、それが子供部屋だとわからなかったほどである。
 高校生のあかねの部屋が十個ばかり収まりそうだ。

「子供の部屋かしら?」
「確かに……信じられないけど、子供の部屋のようだ。確かめてみようか」

 小田切は、部屋の周囲をちらちらと見始めた。
 普通の子供の部屋……とは思えない。
 ホテルの一室がこんな所だろうか。少なくとも、自分には全く、縁のない生活である……と、彼は思った。

 そうだ。もしかすれば……“あの異人館”の人間は、……子供の時の“彼女”は、……こんな部屋に住んでいたのかもしれないが……。
                                  ──先生……
                               ──小田切先生……

 ……何かを考え込んでいた小田切の耳に、ある一人の女性の声が響いた。
 頭の中に流れる声の残響と重なったが、それは、あかねの呼びかけである。

「先生、小田切先生!」
「──……あ、ああ。……何かな、天道さん」
「……ちょっと、見て、これ! 大道寺知世って書いてあるわ。もしかして、大道寺知世ってまだ子供なんじゃ……!」

125爪を立てた少女 ◆V1QffSgaNc:2015/10/27(火) 03:44:32 ID:0BWA3FE.0

 と、あかねは明らかに憤る声色で言っていた。
 彼女の手に握られているのは、学習ノートだ。小田切もそれを見てみると、「算数」と書かれているのがわかった。中学以降に習う、「数学」ではない。

「そう、みたいだね……」

 この殺し合いに子供が巻き込まれているのは、あらかじめオープニングで知っていたはずなのだが、あかねはその子供の普段の生活が見て取れるこんな部屋を見つけた時、余計に怒りを膨らませているようだった。
 クローゼットの中には、どこにも売られていないような、丁寧に刺繍された子供用の衣装などもあったが……それを確認するに、それは、本当に幼い少女が、可愛らしく着飾るような妖精の衣装なのである。

 生活感が見え始めた時、その人間の命だけではなく、感情まで見えてくる。
 ……この服を着た時、どんな気持ちだったのか。
 この服を作った人間は、これを着てもらう時に、その子がどんな気持ちでそれを着るのを想定したのか。
 そこまで考え始めた時に、その人間を殺させようとする者への怒りは急速に働きだした。

「許せないわっ! 子供まで巻き込むなんて……」

 まだどこか楽観的だったあかねの心境が改められたようである。
 小田切からすれば、まあ金田一も乱馬もあかねも良牙も、高校生ならば子供の範疇だ。
 しかし、それよりも更に下の人間がいる以上、あかねたちもその人間と対比すれば、「大人」になるのである。
 まだ、高校生活はおろか、中学生活さえ経験した事がないであろう、本当の子供──。

「これも……これも、これも……全部、子供の服……!!」

 そうして、まだまだ怒りを膨らませる為になのか、それとも、そんな現実を認めたくない気持ちが却って全てを知り尽くそうとしたのか、あかねはクローゼットの中を漁り続けた。
 だが、やはりたくさんの服が入っている。女の子用の小さな服。それらは、小学生の女の子の──大道寺知世の服であろう。
 あかねは、それを必死になって漁った。

「──そうか」

 ──そして、怒りは格闘少女に隙を作った。

 たとえ、あかねが格闘技において、どれだけの実力を持って居ようとも、背中を見せた瞬間は、全くの無防備だ。
 現実を忘れて、何かに集中してしまった瞬間など、下手をすれば一生に一度の失態の瞬間と言っていいかもしれない。
 クローゼットの中の服を取り出し、再びその中のハンガーに衣服をかけるあかねの口元──そこを、小田切は、次の瞬間、ある物を握った右手で狙っていた。

「え……!?」

 あかねが驚くのも無理はなかった。
 それは、まさに疾風のように一瞬の出来事である。
 そう……一瞬だけ、あかねは真後ろに小田切進という男がいるのを完全に忘れていた。
 常に命を狙われているようなこの状況下、そんな行動はあまりにも不用意だったと言わざるを得ない。……ましてや、初対面の人間と、二人きりの時などは、だ。
 あかねの口元は、何か布で押さえつけられているようだった。だんだんと麻酔の匂いが染み始めていく……。
 それは、クロロホルムだった。

「んーっ……! んーっ!!」

 あかねは、かつてもクロロホルムでこうして眠らされた事がある。
 これは、まさにその時と同じ感覚だった。
 麻酔の匂いの中で、だんだん薄れゆく意識の中で、あかねは思い切り、背後から忍び寄ったその右手の甲に爪を立てる。
 それが小田切の右手だとは、彼女はまだ気づかないが──おそらく、気づく機会が巡ってくる事は永遠にない──、少なくとも、彼女は、自分が今殺し合いにいる事だけは思い出したのだ。
 だからこそ、“謎の襲撃者”に──小田切の右腕に血がにじむほどに思い切り、爪を立ててやった。
 四本の線が小田切の右手の甲に作られていくが、すぐに、あかねの指先には力は通わなくなった。

「んーっ!!」

126爪を立てた少女 ◆V1QffSgaNc:2015/10/27(火) 03:44:52 ID:0BWA3FE.0

 そして、思った。
 油断した……、と。
 それだけ。

 本当ならば、自分の最後の時には、許婚の顔くらいは思い出したかもしれない。
 その人が守ってくれると、きっと、どこかでそう思っているのだ。
 いつも助けてくれたからだった。
 パンスト太郎に人質にされた時も、ヤマタノオロチに狙われた時も……。
 だが、今回ばかりはあかねは、自分の力で乗り切れるような相手に敗れたのだ。

 だから──今、呪ったのは、自分の不覚だった。
 乗り切れるべき場面で、選択をミスしたからこそ、責めるのは自分自身だけだ。
 心のどこかで愛しているはずの人が──早乙女乱馬が頭に浮かぶより前に……。
 自分の力で乗り越えようとしている時に……。

「んーっ! ……」

 彼女はそのまま、ただハンカチを含まされた口の中で、悲鳴を響かせる事さえできずに眠りに落ちた。
 彼女は、最後まで乱馬を考える事は出来なかった。
 自分の力で乗り切れると信じ込んだが、むしろ、強敵と対峙して戦いで散る方が、最後に浮かぶ物の顔で安らかに眠る事が出来たかもしれない。
 しかし……残念ながら、そうではなかった。

「フンッ……!」

 そして──ドサッ、と音を立てて、床に倒れ込んだあかねの首元を見て、小田切は、デイパックからワイヤーを取りだした。
 あざけるように、眠っている彼女を見下ろす邪悪な微笑は、到底、あの冴えない小田切進と同じ物には見えなかった。







「……チッ。余計な手間をかけさせやがって。……痕が残るじゃないか」

 手の甲の傷はこれから先、怪しまれる……そう思い、あたかも少し前からあった傷であるかのように包帯を巻いていた。これだけの大きな屋敷である──これくらいの物はすぐに調達できた。
 その頃には、既に、天道あかねは生命活動を停止し、「死体」となっていた。
 死因は“絞殺”だ。
 あかねの首元に残った真っ赤な細い痕を見れば、専門家でなくても一目瞭然であろう。
 彼は、ワイヤーを使って、眠りに落ちたあかねの首を思い切り絞めたのである。呼吸がなくなっていくのは感覚でよくわかった。
 まさか、彼女も自分が眠っている間に死んでいたとは思うまい。……まあ、そんな事考える暇もないのが、「死」という物なのだが。

 しかし、厄介なのは爪痕だ。
 あかねが眠りに落ちる前に引っ掻いた、彼の右手の甲である。
 そこには、まだ、痕跡が残っている。

「──若葉の時は、こんな事には……」

 ──かつて。
 時田若葉という女子高生の首を、小田切が同じようにワイヤーで絞めようとした時、彼女は抵抗をしなかった。小田切は、それを思い出した。
 ショートカットの髪型と女子高生の制服は若葉を思い起こさせ、絞殺という手段も似通っていたからだろう。
 だが……普通は、こうして痕が残る物らしい。
 彼に、“殺人術”を教えた母もそう言っていたのである。

 ……そうだ。若葉は、一切抵抗をしなかった。

 しかし、その事について、深く考えてしまうと、小田切の目にさえも、不思議と涙が滲みそうになった。
 だから、慌てて考える事を切り替える。

(やめよう……)

127爪を立てた少女 ◆V1QffSgaNc:2015/10/27(火) 03:45:10 ID:0BWA3FE.0

 別の事を考える。
 ──そう、これは必要な犠牲だった、と。

 まだ、俺は、俺たちの復讐を終えていないのだから……。
 俺は、復讐を終えるまでは死ねない……。
 何としてでも生き延びなければならないのだ……。







 小田切進の本名は六星竜一と言った。
 東北地方に位置する六角村で、その村の権力者たちに殺されかけながら、なんとか逃げのびた一人の女性・六星詩織の子として産み落とされたのが彼だ。
 詩織が竜一を生みだしたのは、その村の人間たちへの復讐を自分の代わりに行わせる為であった。
 詩織は、父と母と六人の姉妹たちを殺され──そして、細やかな幸せさえ奪われたのである。
 それが強い憎しみとなり、自らの子さえも復讐の道具と成そうとしていた。

 幼い頃から、竜一は詩織にあらゆる殺人術を教えられ、村人たちを殺す事だけを考えて育てられてきた。
 それが、復讐の為に生まれた殺人マシンの竜一の生き方であり、彼はそんな生活に何の疑問も持たなかった。
 そして、詩織は、殺人術の仕上げとして、自らを竜一に殺させたのである。

(……これでいいんだな、母さん。邪魔な人間は一人残らず消していけば……)

 それ以来、彼は何人の人間を殺しても何も感じなくなっていった。
 相手に罪があろうと、なかろうと。
 相手が子供であろうと、老人であろうと。
 今回の場合は、ここから帰れれば何でも良いのだが──その方法の一つとして優勝も考えている。
 ゆえに。
 何人かの参加者は、上手く殺していこうとも思っていた。
 特に、生き残る為に使いようがなさそうな、このあかねのようなタイプだ。

(怯える顔が拝めなかったのは残念だが、まあ、この女には大した恨みもない……。この程度で勘弁してやろう)

 結局は、彼にとって、人間を殺すのは、虫を殺すのと変わらない。
 虫より遥かに長く生きていようが、こうして、「殺害」という作業は五分で終える事ができてしまう。
 天道あかねの十七年の人生の幕を閉ざしたのは、僅か一瞬の怒りと油断である。
 所詮、人間とはこんな物だ。

(しかし……)

 問題は、その後だ。
 虫を殺すのは罪ではないが、人を殺すのは、何故だかやたらと大騒ぎされる。
 下手をすれば、警察に逮捕され、最悪の場合、死刑にもなるのが殺人者の末路である。
 だから……復讐を行う前にそうなるわけにはいかなかった。

 そして、この場にも警察はいないが、それでも、なるべく見つかるべきではないのは確かだった。──殺し合いに乗っているとバレてしまえば、それこそ、この無法地帯では、「殺し合いを乗っていない者」たちに不穏分子として消される心配だってあるだろう。
 更には、早乙女乱馬、響良牙、シャンプー、ムースなる奇妙な名前の“格闘家”たちもいる。
 勿論、小田切も格闘術には自信がある(それこそ警察が数人束になってかかってきても倒す事はできる)ので、彼らを倒す事も出来るかもしれない。
 だが、油断は禁物だ。──油断によって死んだ人間が、目の前にいるのだから。

 そうだ。
 それならば、「工作」を行わなければならない。
 これは、疑惑から逃れたい殺人者たちの通過儀礼だ。
 竜一も殺人の副次的なイベントの一つとして、密かにそれを楽しみにしている。

 幸い、この殺し合いの場に検視官などいない。指紋などの厳密な調査は行われないので、基本的には素手で工作を行っても問題はなさそうだ。髪の毛などが残る事もないだろう。

128爪を立てた少女 ◆V1QffSgaNc:2015/10/27(火) 03:45:28 ID:0BWA3FE.0
 ……問題は、彼女の右手の指に引っ掻いた人間の皮膚が残っている事と、小田切の右腕に四本の傷跡が残ってしまっている事だ。
 この二つの合致だけで、もしかしたら……あの金田一のようなめざとい奴には、充分怪しまれる事になる。

 だから、今回もまた、「工作」を行い──そして、「死体」を芸術にする。

「──さて、どう料理しようか」

 彼は、あかねの支給品を既に抜き取り、全て自分のデイパックに移し替えている。
 彼女の支給品は、パプニカのナイフというナイフだった。それに、おあつらえ向きにリボルバー拳銃のスターム・ルガーGP-100まで支給されている。
 こいつはいい。竜一は銃撃も得意だ。ナイフなどよりもずっと強い武器になるだろう。

 ……あかねの支給品はこの二つだけのようだが、これだけで充分だった。







 ビデオ室。
 子供部屋の奥にある、小さな映画館のような豪勢な部屋だ。竜一は、そこをあかねの死体の処理場にする為、彼女をそこに運び込んだ。

 あかねの死体の、小指の付け根に、竜一はそっとナイフを突き立てた。
 そして、力を籠める。──彼の力で、いともあっさりとあかねの指は千切れた。
 普通の人間ならば、死体であっても躊躇するような行為だが、彼は平然と行う事が出来た。彼にとって、殺しへの不快感は無いに等しく、それゆえにストッパーとなるような物が何もなかったのだ。
 次は人差し指、次は中指、次は薬指……。リズミカルにそれを行ってのけた。
 親指には「痕跡」は残っていないので、別に切り取る必要はない。

「──」

 次だ。
 今度は──左手も同じにする。
 そうだ。死体はシンメトリーでなければならない。
 より、猟奇的で、人の目に印象の残る死体を作るのだ。
 それが殺人者の、死体への礼儀──そう、死体さえも殺す事が、真の芸術というやつだろう。

「ふふふ……ははは……」

 少し時間が過ぎると、八本の長い指が、全て竜一の手の中にあった。
 代わりに、あかねの死体からは指が親指だけを残して、全て切り取られていた。
 これくらいの作業は彼もすぐにやってのける事ができる。

 何せ、今まで死体をもっと大雑把にバラバラに切り刻んできたのだ。
 首。足。腕。
 今回も……そう。

 同じように──やってみようじゃないか。

 彼は、何の躊躇もなく──あかねの首を、野菜を切るかのように狩り取った。
 首輪がころころと地面に転がったが、こんな物には興味がなかった。首元に、輪投げでもしていたかのようにかけておけばいい。
 あかねの瞳は、いつまでも開いたまま、天井をじっと見つめ続けていた。
 ……もう二度と、その瞳が誰かに笑いかける事はありえなかった。

 それから、血の文字を残していこうと思った。

 ……だが、『七人目のミイラ』と書きこむのはルール違反だ。
 そう、今この少女を殺したのは、六角村の罪人たちを裁く復讐鬼『七人目のミイラ』ではないのだ。
 ただその復讐の仕上げの為に生還を目論んでいる、殺人マシン。
 穏やかな顔をして、その裏で牙を剥き、他者を欺き続ける猟奇殺人者。

 今は目的そのものではなく、過程を行っているだけなのだ。
 彼女に送られるべき名前は、『七人目のミイラ』であってはならない。
 別の名前が必要なのだ。

129爪を立てた少女 ◆V1QffSgaNc:2015/10/27(火) 03:45:46 ID:0BWA3FE.0
 少し悩んでから、その名を、彼は天道あかねの背中に、彼女の血で描かれた文字のメモを貼りつけた。紙は屋敷を探せばいくらでもある。

『STEALTH MURDER(ステルスマーダー)』

 影に潜む殺人者、ステルスマーダー。
 竜一にぴったりな名前だった。
 よく思いついたものだと思う。

 ……そして。
 これで、竜一が求めた芸術的な死体が一つ、完成した事になる。
 あらゆるカムフラージュに満ちた、最初の死体は、知世の部屋の奥にある「ビデオ室」の客席に座らされた。

 早期発見を回避する為、その部屋のカーテンは閉ざされる。一人の死体が暗闇の中に置き去られた。
 竜一の胸は、これがいつ発見され、それを発見した者がいかに驚き嘆くのかを見たい気持ちになっていた。
 しかし……どうなるかはわからない。もしかすると、この場所を後にする事になるかもしれない。間近で発見を見る事が出来ないのは残念だ。
 次に誰かを殺す時には、もう少しわかりやすくてもいいかもしれない。
 今回は、「引っかかれる」というハプニングが大きかったが、上手くカムフラージュする事が出来たようだ。だが、今度はヘマをするわけにはいかない。
 それでも……今度は、「人差し指」でも残して、同じように殺すのも良いかもしれない。
 竜一は、部屋を出た。



 暗い客席に座る、全裸の女性の胴体。
 ──その腕の中に抱えられ、スクリーンを虚ろな目で見つめながら、自分の四指をポップコーンのように“貪る”、女性の生首。
 竜一にとっては、至高のオブジェだった。



【天道あかね@らんま1/2 死亡】
【残り65人】







【名探偵登場】──古畑任三郎



 コン、コン、コン。
 三回の、あまりに規則的なノックが鳴った。

「誰かいますかー!?」

 やがて、小田切がその大道寺邸で、いくつか、「小田切進以外」がいた痕跡を作り終えた時に、おあつらえ向きに誰かの声が響いた。
 死体の発見者となるかもしれない男が現れたのである。

 竜一は、少し警戒しながら、玄関に小走りで向かっていった。
 竜一が玄関に着いたのは、丁度ドアが開いて、襟足の長い黒服の中年紳士が入って来たタイミングだった。
 玄関より、「左方」の廊下から走って来た小田切を見つめながら、その男は丁寧な物腰と薄い笑顔で挨拶する。──どこかで見た事のある顔だった。確か、あのオープニングの船上で……。

「──あ、どうもこんばんは、私古畑任三郎です」
「古畑さん? えっと……あ、ああ、どこかで聞いたと思ったら、最初に──」
「ええ、私、ふっふっふ、これでも刑事なもので。こういう事はねぇ、やっぱり許せないんですよ、刑事の端くれとして。……あ、そうだ、ちなみにSMAPの事件解決したの私です、以後お見知りおきを。……で、あなたは?」
「はぁ。……僕は、小田切進です。つい先ほど、ここに着きまして……色々確認していたんですが、一人で心細くてほとんど何もできずにいたところです……」

130爪を立てた少女 ◆V1QffSgaNc:2015/10/27(火) 03:46:22 ID:0BWA3FE.0

 世間では、何かSMAPの事件と呼ばれる有名な物があったのだろう。
 ──竜一の記憶には全くないが、最近、生徒がたまに話題にしているアイドルグループの名前がそんな感じだった気がする。
 まあ、話題の中心ではないので、そんな事はどうでもいいのだ。

 問題は、相手が刑事であるという事だろう。
 あまり強そうには見えないし、いざとなれば格闘術で対抗できるのだが、相手の出方を伺うのが何より優先だ。相手は銃を持っている可能性だってある。
 少年探偵、刑事、殺人鬼。
 ノストラダムスも、随分と面白いカードを揃えたものである。

「……えー、私も丁度、大道寺邸なる豪邸が見えたので来てみたのですが、まるでハリウッドスターの家ですねぇ、私も一度でいいからこんな家に住んでみたいものです、ええ。……んっふっふっふっふっ……」

 殺し合いが始まった時と同じだった。
 この古畑という男には、全く掴みどころがない。
 なるほど。話術に長けている人間なのだろう。
 金田一と同じく、何もかもを見通した目がそこにあるのは、何とも言えぬスリルがある物だ。──名探偵の瞳、という奴かもしれない。

「あ、えっと、古畑さんは……、刑事さん?」
「はい」
「……丁度良かった。ほっとしました」
「と、言うと?」
「いや、こんな状況で警察の方が来てくれたら、誰だってほっとしますよ」
「こんな状況にうかうか連れてこられてしまう刑事を? ……うっふっふっふー……いや、光栄です。市民に頼りにされるのが警察な物ですからね、……勿論、ノストラダムスと名乗る犯人の正体を明かし、我々警察で必ず彼を逮捕してみせます、その点については、ぜひぜひご安心を……」
「……はぁ。頼りにしています」

 竜一としても、それに越した事はない。
 殺しは好きだが、殺し合いというのは例外だ。──勿論、立ち回る術も必要になってくる。
 必ずしも、直接的に殺しまくるのが有効とは限らないし、そもそも、殺し合いの始まりには、「知力も必要」と言っていた。
 特に、金田一と古畑はその例として名指しされたくらいである。
 できれば活かしておき、利用したい人材だが──場合によっては、殺すしかないだろう。
 それまでは、どうにか、相手の話を聞き、殺すのは保留だ。

「あっ。……あの、小田切さん。右手、どうかなさいました?」
「え?」
「ほら、その右手。随分、包帯巻いてるじゃないですか、もう痛そうだ〜。私ね、そういうの見るだけでも立ちくらみしちゃうんですよ。……掌ですか、手の甲ですかぁ?」
「手の……甲です」
「それはどうしてまたそんな所を?」
「えっと……ちょっと前に、飼い猫に引っ掻かれてしまいまして……あはは、大袈裟に巻いておいたんです」
「ああ、そうですか〜。私も猫にはよく困らされるんですよ〜」
「古畑さんも猫を飼ってらっしゃる?」
「ええ、飼いたくて飼った猫じゃないんですがね」

 目ざとい、と竜一は思う。
 既に何か怪しまれたか……?
 ジロジロとこちらを見る古畑の目に、少し退きそうになった。
 殺した女の血の匂いがするはずはないのだが……。
 と、そう思っていた時、古畑は竜一に訊いた。

「……ちなみに〜、小田切さん。あなた、この家全部調べてみました?」
「いや……それはまだです。さっき着いたばかりですから」
「ああ、そうでしたねぇ。で、この家の家主の名前覚えてます?」
「大道寺邸……ですから、大道寺さん」
「そうそう、そうなんですよ。この家、大道寺邸というんです。参加者にも大道寺知世という名前がある。──もしかしたら、大道寺知世さんと関係あるかもしれない。この人の写真とか残されてるかもしれない、どんな人なのか調べて見たいと、そう思ったんです」
「なるほど……」
「案の定、でした。一つだけ、わかった事があります」
「何ですか?」

 竜一は、「子供」である事でももう割りだしたのかと思ったが、古畑が告げた言葉は単純だった。

131爪を立てた少女 ◆V1QffSgaNc:2015/10/27(火) 03:47:53 ID:0BWA3FE.0

「──大道寺さんという人は、とてもお金持ちだという事です」







 ──ここで、周囲は途端に暗くなり、古畑にスポットライトが当たった。



 えー、私がたまたま入ったこのハリウッドスターの自宅のような広いお庭の屋敷。
 まだ、ここに来て私が遭遇したのは、右手の甲を怪我した、温和そうな男性教師だけです。……ええ、事件の気配は今の私にも微塵もしていません。
 ただ、今の私が何を持っているのか、どうやってここに来たのか、私はこれまで誰とも会ってないのか、私の真意も背景も、今現在のこの時点ではさっぱりわからないわけです。
 この男性に何かおかしな所があるかもしれないし、この男性は心優しい青年かもしれない。私がどう認識しているのかは、今回の話ではまだまだ情報不足です。
 つまり、「後続の書き手さんにお任せします」という奴です。
 ええ、今回出番が少なくてすみません。ただ、次回以降は…………えー、多分……んっふっふ、少しは出番が増えてほしいですねぇ。



 ……以上、古畑任三郎でした。



【A-8 大道寺邸/1日目 深夜】

【小田切進@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康
[装備]:パプニカのナイフ@DRAGON QUEST-ダイの大冒険-、スターム・ルガーGP-100(6/6)@レオン
[道具]:支給品一式×2、ワイヤー@現実、クロロホルム@現実、ランダム支給品0〜1
[思考]
基本行動方針:元の世界に帰り、六角村の村人に復讐を行う。
       その過程で、使えない人間、邪魔者は消し、利用できる者は利用する。
0:まずは、古畑に対処する。
1:基本は相手の出方を伺う。どんくさい男のフリをしておこう。
2:殺す時にはただ殺さず、芸術的に殺すべし。
3:金田一、古畑は少し厄介だ。
[備考]
※参戦時期は「異人館村殺人事件」にて、金田一一に謎を暴かれる直前。
 ただし、兜礼児の殺害のみ遂行出来ていない。

【古畑任三郎@古畑任三郎】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1〜3
[思考]
基本行動方針:殺し合いからの脱出。
0:館の捜索。
1:?????
[備考]
※参戦時期は、少なくとも「VS SMAP」より後。
※ここまでの動向や心情が一切謎である為、彼が現在何を考えているのか、本当に単独行動なのか、非武装なのか、小田切にどんな印象を抱いたのか……それらは後続の書き手さんにお任せします。







【大道寺邸に放置されたあかねの死体の状況】
あかねの死体は、知世の部屋のビデオ室の客席に座らせてあります。
ただし、あかねの死体には首がありません。
あかねの首は、あかねの死体の腕に抱きかかえられ、その口には、切り取られた八本(左右の小指、薬指、中指、人差し指)の指が、指先を奥にして、まるで押し込まれるかのように詰め込まれています。
知世の部屋は既に犯人の手で片づけられており、既に幾つかの死体工作が行われているようです。
首輪は、首の上にかけたまま放置されています。

132爪を立てた少女 ◆V1QffSgaNc:2015/10/27(火) 03:53:05 ID:0BWA3FE.0
投下終了です。
えー、二点だけ、執筆中の名残的なミスを発見したので修正します。

>>129
あかねの死体は全裸ではない(制服を着たままである)はずなので、

>暗い客席に座る、全裸の女性の胴体

>暗い客席に座る、制服の女性の胴体。

>>131
小田切進の状態表

>[状態]:健康

>[状態]:ほぼ健康、右手の甲にひっかき傷(包帯で処置済)

に修正をお願いします。

ちなみに、クロロホルムでは簡単に気絶しないらしいですが、「金田一少年の事件簿」にも「らんま1/2」にもそういう描写があるので、もうそれはあんまり現実に準拠しない感じにしました。
古畑の状態表も、「健康」とか書いてありますが、ここに辿り着くまでの過程を謎としているので、後続の方が色んな都合で付け加えたければ状態表の内容は無視しても良いかと。

133名無しさん:2015/10/28(水) 08:26:59 ID:kFMEA5As0
投下お疲れ様です
古畑任三郎の独白といい、周囲が暗転してスポットライトが当たるシーンといい再現がすごいですね
読んでる途中であのBGMが聞こえてきました

134名無しさん:2015/10/28(水) 21:29:15 ID:gj2mZh.E0
投下乙です

六星が一話目から、その恐ろしさを発露させましたね。
ステルスマーダーとしてどう動くか期待しちゃいます。
そして前の人も言っていますが、古畑の再現が上手いですね。
飄々とした雰囲気で、これは六星との会話劇が楽しみです。

135名無しさん:2015/10/28(水) 23:04:21 ID:KeTyl8XM0
投下乙です!

>『誇り』のバレット
ブチャラティ、まさかのボスの肉体で参戦!
しかも暗殺チームのリーダーと同盟を組むとは!
原作では考えられなかったif展開に期待ができす。
T-1000の不気味さもよく出ていました。

>爪を立てた少女
古畑はロワでもオープニング再現するとはw
とことんマイペースな古畑はロワでもどこまでその調子でいくんだろうか?
あかねも強いんだがロワで油断したのが運の尽きでしたね。

136 ◆V1QffSgaNc:2015/11/01(日) 01:46:44 ID:vVp0OtkI0
投下します。

137暁に死して、月に再び黄泉返り。 ◆V1QffSgaNc:2015/11/01(日) 01:47:11 ID:vVp0OtkI0


 長い浜辺を海沿いに歩いて行く一人の女子高生がいた。丈を上げたセーラー服のスカートや、額に巻いた白いハチマキは海風が吹くにつれて、大きくはためいている。ショートカットの髪とそのハチマキ、そしてスカートから覗く太い脚を、見る人に、彼女が何らかのスポーツをやっている印象を与えるのは言うまでもない。
 彼女の名前は春日野さくら。
 スポーツをやっているというのは、まさにどんぴしゃりである。彼女は、ストリートファイトに明け暮れる、格闘少女なのだ。
 それも、決して弱くない。類まれな才能を秘めたその肉体は、これまでも見様見真似で多くのファイターを倒してきたほどである。

「うーん……確かにあの人だったよね」

 そんな彼女の手元には、革製の写真入れが握られていた。これは、通学の際もいつも、常に持ち歩いていた物だ。
 そして、その中に収められているのは、彼女の「心の師匠」とでもいうべき屈強な男の精悍な後ろ姿である。

『リュウ』

 写真の男は、そんな名前だった。彼も、額に白いハチマキを巻いているが、この事がまさに、さくらがハチマキを巻く理由だ。
 このさくらという少女は、ある時見かけたこの男に追いつく為に、ストリートファイトの世界に足を踏み入れたのである。
 一度は、師匠になってほしいと頼んだ相手だった。

 そして、彼は「憧れの人」だった。
 ……これではまるで恋をしている少女のようだが、恋心があるわけではない、と思う。
 ただ、強さとは何なのか、ストリートファイトとは何なのか──それを考える切欠をくれた、憧れの人に会いたいと、これまでずっと願ってきたのだ。
 以前、ようやく追いついて、一戦交えて……今はそれから少しした時だった。

 いつものようにそれを確認するように見つめながら浜辺に足跡を刻んでいるわけだが、今日は少しそれを見つめる意味が違った。

「やっぱり、この戦いに参加させられちゃってるのかな……」

 この殺し合いに参戦させられた際も──薄暗い闇の中で、確かにさくらは、その男らしき影を見ていたのである。写真ではなく、そこにいたのは生身の彼だ。
 だが、ほんの一瞬で視えなくなってしまったので、それが本当に彼なのかはわからない。もしかしたら他人の空似という事もありうる。
 少なくとも、それは幻影などではなかった筈だ……。
 そう、ここには、リュウが来ているのだ。きっと勘違いなどではない。

 ひとまずは、この殺し合いの中に“いる”という前提で、さくらは、のんびりとこの浜辺を歩きながら、その人に再び会う事を考えた。

 今も、……たとえ殺し合いが行われている真っ最中だとしても、結局、彼と会う事が、さくらの目的である。
 彼はまだまだ強くなっているのだろうか。
 さくら自身も前に戦った時よりずっと強くなっている。
 今度戦ったら、どのくらいやれるだろうか──。

 ここで会ってもまた、あの男と一戦交えて、強くなった自分を見てもらいたい。
 まあ、当面の方針はそんなところだ。

 それからは、その後ではあの人とともに、この殺し合いを始めた『ノストラダムス』も倒そうと考えている。そっちがついでになってしまうのは自分としても少し妙に感じるが、それが彼女らしい一本気な性格であった。

「ん?」

 そんなさくらの視界に、また、別の参加者の姿が映った。
 波打ち際に立ち、何か海の方をずっと見つめている、何者か……。
 背の高さを見た所では、おそらく男性だろう。しかし、少なくとも写真の男ではないのは誰の目にも明白だった。
 彼は、凛として立ち構えながら、腕を組んで海の向こうをじっと見続けている。

「誰だろう?」

138暁に死して、月に再び黄泉返り。 ◆V1QffSgaNc:2015/11/01(日) 01:47:27 ID:vVp0OtkI0

 さくらは止まる事を知らなかったので、その男との距離は徐々に近づいていった。
 中国で出会った人たちが着ていたような服を着ている……口髭の生えた初老の男性。
 そして──これは勘に近い蛾、数多のストリートファイトを経た経験からか、その男が只者ではないのをすぐに感じ取った。
 もしかしたら、結構強い相手かもしれない。……いや、おそらくそうだと思う。

 それならば。

(……あの人の事、知ってるかな? ついでに、ストリートファイトできるかも聞いてみよう!)

 そう、あの人も、あのハチマキの男の人の事を知っている可能性がある。
 その想いがさくらを突き動かす。
 さくらは通常の女子高生よりも少し無警戒であった。あらゆる情報を戦って得て来た性格のせいもある。

 今行うべきが殺し合いだとしても、彼は殆ど躊躇なく、その人に話しかけようとするかもしれない。
 さくらは、初老の男性のもとに走りだしていった。







 東方不敗マスター・アジアは、水面に映る夜の月を見ていた。
 ゆらゆらと美しく揺れる月を見ていると、──どうにも気が狂いそうになる。

(何故だ……)

 いや、実際そうなのかもしれなかった。
 自分は、おそらく気が狂っている……。
 そうでなければおかしいくらいだ。

(何故、ワシは今ここにいる……)

 自分は、かつて一度死んだ筈であった。
 弟子との死合の果てに、自然とは何か、人とは何かを知った東方不敗は──暁の下に見送られ、病魔に命を落とした。
 ……その筈であった。

 弟子の腕の中で、死と言う実感さえ覚えた。安らかでありながら、恐怖に抱かれているような想いが肉体を蝕み、やがて、遂に感覚は心だけになり、それも遂に消え去った。
 それがここに来る前の彼の最期の記憶だった。
 あまり良い気分とも言えないが、あれを経験した後は、本来ならもう二度と目を覚ます事はない……。
 しかし、彼は、どういうわけか目覚めた。
 目覚めた時はまるで、長い眠りから産み落とされたような心地である。
 死んだ記憶があるのに五代満足など、気が狂っている以外の理由で説明できるものであろうか。

(……何故、ワシを呼んだのだ) 

 波が高鳴る音を聞きながら考えた。
 自然をいくら愛しても、自然は人の疑問に答えてはくれない。

 ……殺し合い。
 又の名を、バトルロイヤル。
 その始まりに、東方不敗は『ノストラダムス』なる者の言葉を聞いたが、それはまるで東方不敗に課された『地獄』のように聞こえた。

 かのガンダムファイトを人と人との間で繰り返すような不気味な行い。
 そして、その対象者はファイターだけではなく、殆ど無作為に選ばれている。

 それを取り行う『ノストラダムス』なる者は、人を甦らせる術さえも持っているという。
 東方不敗は、ひとまずは、それを信じた。言うならば──自分自身がその証人の一人である。
 その点はノストラダムスが言った通りだ。死者の蘇生を経験した者がいるという話もされたが、そう言われた時点で彼はそれを実感していた。
 自分はまさに、その蘇った人間なのだと。
 ……しかし、納得はしなかった。

139暁に死して、月に再び黄泉返り。 ◆V1QffSgaNc:2015/11/01(日) 01:48:03 ID:vVp0OtkI0

 再三言うが、これはまるでガンダムファイトを人と人とで行うかのような、無益な争いだ。
 爆弾付の首輪などという罪な人工物を人間の首に嵌め込み、六十七名もの人間を殺し合わせようと画策する。
 この殺し合いを開いた者──『ノストラダムス』。

 なんと悪意に満ちた催しか。
 彼は、わざと東方不敗に、繰り返される過ちを見せようとしているのではないか?
 ガンダムファイトが正しい闘争などではなかったように、これもまた、戦争と同じ歪み切った争いに過ぎない。
 これが人間のする事だろうか。
 やはり、──醜い人間はいるのだと思った。

 それでも──もう二度と彼は、少数の人間の悪意に屈する事はない。
 人間も自然の一部だと……弟子たちが教えてくれた。
 人間を殺すも許されざる行いであるが、死んだ人間を蘇らせるもまた、自然に反する行いである。
 今こうして自分が生きているのもまた、その道理に合えばあってはならぬ事だろう。

 しかし。
 今から、自然の摂理に逆らい生きる自分の命を絶とうとはしない。
 これは、言うならば一つの機会だといえよう。
 かつて試みた、誤った償いは、今こそ本当の償いとなるべき時なのである。

 そう。東方不敗は一度死んだ。

 ならば──今宵の月にかけて。
 そう、この馬鹿げた殺し合いを止めるのが己の役目だ。
 たとえその過程で死が待っていようとも、何せ一度死んだ身。
 後に生きる人間や自然の為に使えるのならば、自由に使ってみせよう。
 自然に身を任せ、去りゆくのはその後で良い。

「おーい、おじさーん!」

 と、東方不敗は、後方から突きつけられた甲高い声に耳を貸すように、振り向いた。
 彼の真っ白なおさげ髪が、それと同時に風に靡いた。
 誰かが近くにいるらしい。
 とはいえ、至近距離というほどでもないので、まだ気配を察知していなかった。

「ヌゥ……」

 彼が振り向いたその先にあるのは、セーラー服の少女だった。無警戒にこちらに向かって大きく手を振り、駆け寄ってくる若い娘だ。
 ここから五十メートルほど離れた地点。
 見た所は女子高生だが、まともな女子高生に比べると少々、明るいというか、物怖じしない性格であるようだった。
 しかし、やはり、その性格はこの場においては、必ずしも長所とはなり得ない。あまりに無警戒すぎるだろう。
 こんな何もない場所で大声を出すのも警戒心が足らなさすぎるとしか言いようがない。

「……なんだ、小娘。ワシは今忙しい」
「えー。何してたの……? 暇そうにしか見えないけど」

 ザーッ、と、両脚でブレーキをかけるように止まるさくら。
 東方不敗もこういうが、結局は月を見ていただけである。
 だが、どうもこの手の軽い娘は苦手であり、つっけんどんとした態度で返したのだった。
 単に関わりたくはない。礼儀知らずな今どきの若者だ。

「……まあいいや。あたしの用はすぐに済むから!」

 彼女はあっさり話題を切り替えて、そう言った。

「ねえ、おじさん! 頭にこーんなハチマキした男の人知らない!? 探してるんだけど」
「──ハチマキ、だと!?」
「知ってるの!?」 

 この時、東方不敗が、愛弟子のドモン・カッシュを連想したのは言うまでもない。
 彼女が着用しているハチマキは白色、ドモンのものは赤色であったが、色そのものは問われなかったので、その特徴からふとドモンが捜索されているのかと思った。
 だが、彼女は、すぐに手元に写真があるのを思い出し、それを東方不敗に見せた。──そこに映っているのは、ドモンとは似ても似つかぬ男だ。

140暁に死して、月に再び黄泉返り。 ◆V1QffSgaNc:2015/11/01(日) 01:48:30 ID:vVp0OtkI0

「あ、ほら……この人!」
「なんだ、ドモンではないのか……。ならば、ワシは知らん」
「そうか……人違いか。うん……でも、ありがと!」

 目上に敬語一つ使えない娘なのかと思ったが、何故か不思議と不快感は覚えない。敬意がないわけではないのが手に取れるからだ。
 むしろ、ただの純粋な子供のような少女だった。
 思った印象とは少し違った。

(しかし……)

 本当に警戒というのを知らない。
 それはもしかすると、それは己の強さの過信が故かもしれない、と東方不敗は思う。

(ふむ……)

 東方不敗は、その少女の全身を見つめた。
 ──見れば、両腕、両脚には、女性としてはかなり発達した筋肉が備わっている。
 見た所では、ただの女子高生ではなさそうだ。ファイターとしても成り立ちそうな体つきである。
 ──だからこそ、自分は平気だと思っているのだ。
 自分ならば、たとえ相手が悪意を持つ者であろうが敗北を喫する筈がないと。
 彼女はそう思っているのだろう。

 だが、世の中には常に上には上がいる者である──頂点に立つにはその挫折を相当経験する。
 この若さでは、まだそれに気が付くより前なのかもしれない。
 本来ならば、自ずとそれを知るのが良いのだが、この状況ではそれに気づいた時には命がない可能性もあるわけだ。
 相手は殺しにかかってくるのだから。
 ……だとすれば、東方不敗はその身を以て教えるのが良いだろうか、などと考えていた時である。

「あ、それからもう一つ!」
「なんだ? 小娘」

 忘れていたかのように大きく声を張り上げたさくらに、東方不敗は答えた。
 この娘にも、これ以上、まだ用があるというのだろうか。

「ねえ、おじさんって、もしかして格闘とか拳法とかやってるの?」
「……何?」
「こんな時に何だけど、あたしとストリートファイトしない?」

 彼女が積極的に「戦闘」を求めてくる性格であったのは意外であった。
 すぐにでも東方不敗の方から彼女の油断を突いて一撃喰らわせ、一度痛い目を見せてみようと思った程なのだが、彼女自ら「ストリートファイト」なる物を望んでいるらしい。
 おそらく、近頃の若者の流行だ。路上の喧嘩試合のようなものだろう。
 東方不敗自身は、遥かにハードな「ガンダムファイト」のファイターなのだが……。
 まあ良い。受けて立たない理由はない。

「……小娘。名は?」
「春日野さくら! 高校二年」
「ほう。ならばさくらよ。……ワシの名は知っているか?」
「……えーと、ごめんなさい! わかんない!」
「フン……ならば教えてやろう!」

 格闘をやりながらにして、知らぬのかと思う東方不敗であったが、だからこそ名乗り甲斐という物がある。
 呆れながらも、どこか乗り気で、彼は張り上げた声で叫んだ。








「ワシこそ、かつて東方不敗マスター・アジアと呼ばれた男よ!!」








 ザパァ!
 まるで彼の高らかな名乗りに呼応するかのように、波が激しく跳ねた。
 東方不敗のバックで荒れる高波が、彼の凄みを伝える。
 稲妻が轟いたような気がしたが、それは気のせいである。

「……」

141暁に死して、月に再び黄泉返り。 ◆V1QffSgaNc:2015/11/01(日) 01:48:52 ID:vVp0OtkI0

 その名前を聞いたさくらが、少し首をひねりながら、考えた。
 なんだか凄そうな名前には感じたが、さくらは全くそんな名前に心当たりはなかったようだ。

「……誰?」

 東方不敗は思わずずっこけそうになるのを抑えた。
 こやつ、格闘の道を志しながら、ワシの事を知らんのか……と。
 しかし、知らないならば知らないで結構だ。
 そう、東方不敗は格闘家なのだ。実力さえ教えれば、名前や権威など必要はない。

「……まあ良い。知らぬならば、実力を以て教えてやろう」
「へへ……そう来なくっちゃ!」

 二人の格闘家が向かい合う。
 構えた後の二人の眼差しは、実に真剣な物であった。
 まるで殺し合いを始めた者たちのように……。



 浜辺を舞台にしたストリートファイトが始まる──。







──Round 1──

──Fight!!──


「ハァッ!」

 さくらは高く飛び上がり、足を伸ばして突き出した。
 まずは上段からいきなりの飛び蹴り。
 だが、東方不敗は両手を顔の前で組んでガードする。
 落下したさくらは、東方不敗の身体に向けて何度かキックを叩きこむ。
 しかし、手ごたえらしい手ごたえはない。

「フンッ」

 ──東方不敗は、攻撃を仕掛ける様子は一切なく、さくらの攻撃方法を見極めているようだった。
 それこそが隙になるであろうと考え、赤いグローブを巻いた腕を突きだし、東方不敗に向けて高くパンチを振りかざす。
 回転をかけたアッパー──その名も、咲桜拳。
 彼女は、思い切りその技の名を叫ぶ。

「咲桜拳!」
「ぬぅ……弱いわぁっ!」

 しかし、まともに受け、高く跳ね飛ばされたはずの東方不敗にダメージを与えた実感がない。
 彼の耐久値が高すぎたのだろうか。

「はぁっ!」

 着地しても尚、次の攻撃を仕掛けてこない東方不敗に向けて、もう一度攻撃を仕掛ける。
 回転蹴り──。
 スカートがめくれて、赤いブルマーがめくりあがる。まるで駒のように回りながら、相手の顔面に踵を叩きつける技。

「春風脚!」
「まだまだぁ!」

 東方不敗のガードは固い。
 それでも、波打ち際にまで追い詰められた東方不敗には逃げ場はないはずだ。
 この距離ならば──あの技も。

142暁に死して、月に再び黄泉返り。 ◆V1QffSgaNc:2015/11/01(日) 01:49:32 ID:vVp0OtkI0

「波動拳!」

 さくらの両腕から、青い波動が放出される。
 それは、リュウの使う技から唯一ほぼ性格にコピーした技──波動拳。
 流石の東方不敗も、石破天驚拳にも似た気功の技に少しは驚いたようである。

「ぬぅ……!? なかなかやるな、小娘……だが」

 しかし、彼は残像が見えるほどに素早く後方に飛び、十メートルほど離れたところで波の上に右足を乗せて立つ。
 真の達人は水の上に立つ事さえも容易なのである。

「──気力が足りんわッ! それでは余程距離を詰めねば当たる事はないッ!!」

 水上に立つ東方不敗に、さくらはぎょっとする。

「ええっ!? そんなのアリ!?」

 距離が遠ざかったゆえに、波動拳のエネルギーは空中に消える。──これがさくらの波動拳の弱点である。
 リュウの放つ波動拳に比べて、その射程があまりに短い。
 壁際に追い詰めたつもりだったさくらだが、この東方不敗を前には、海は壁ではないのだ。
 そして、次に構えたのは──呆気に取られ思わず戦いを忘れたさくらではなく、東方不敗の方であった。

「──知るがいい、小娘ッ!! この戦い、強さで生き残りたいならば……このくらいの芸当はやってみせい!!」

 東方不敗の右手に、少しだけ時間をかけてエネルギーが溜まっていく。
 これが武道を極めた者にこそ可能となる、流派東方不敗の必殺の技であった。
 本来なら滅多な事では使わないつもりであったが、この状況下、目の前の小娘に戦いの厳しさを教えるには丁度良いだろう。
 エネルギーが充分に満たされた時、

 ──東方不敗の右拳が突きだされる。

「石破天驚拳!!」

 “驚”
 掌の形のエネルギーが猛スピードでさくらに迫った。
 それは、さくらの目にもあまりに見慣れぬ攻撃であり、このさくらさえも戦慄させる技であった。
 巨大な掌が、海を裂き、波を立てながらさくらを襲う。

「くっ!」

 さくらは慌ててガードを行うが、東方不敗の一撃はあまりに強かった。
 まさに、巨大な壁が圧し掛かってくるような攻撃である。
 さくらのHPは次の瞬間、満タンの状態から丸ごと全て持って行かれていた。
 判定は言うまでもない。



──K.O.!!──



 倒れたさくらの身体を、波が一度撫ぜて引いていった。








 さくらがあっさりと敗北を喫した後、Round 2はなかった。
 これ以上戦闘を行う意味がないとはっきり悟ったのである。
 起き上がったさくらの目線の先には、海に半身を浸かりながら、こちらへゆっくりと向かい歩いて来る東方不敗の姿があった。
 尻を突きながら、まだピヨピヨとひよこの飛んでいる頭を何とか叩く。

143暁に死して、月に再び黄泉返り。 ◆V1QffSgaNc:2015/11/01(日) 01:49:54 ID:vVp0OtkI0

「やるね、おじさん……」
「わかったか、小娘。……これに懲りたら、二度と不用意に他人に声をかけん事だ。ワシが以前までのワシならば貴様は死んでおったぞ」
「……あはは。参りました」

 これはつまり──東方不敗からさくらへの手荒い教育的指導だったのだと、彼女もすぐに理解した。
 世の中にはこんな強い相手がいる……。
 この場では、あまり迂闊にこういう強い相手に戦いを申し込んでいたら死んでしまうかもしれない……。
 そういう事を、東方不敗は教えてくれたわけである。
 その想いは、確かに受け取ったさくらであった。流石の学習能力だといえよう。
 東方不敗も、さくらの態度を見て、彼女が少なからず反省しているのを理解したのか、すぐに告げた。

「……まあ良い、小娘。その白いハチマキの男に会った時は、貴様の事を話してやる」
「あ。ありがと、おじさん」

 なんとか手加減を受けていたお陰か、さくらは、すぐに立ち上がった。もう一度、自分の頬をぽんぽんと叩いた。
 もう一戦出来るといえば出来るのだが、それに意味はないであろう。お互い、敵意がない事も、どの程度の強さを持っているのかも理解したはずだ。それに、東方不敗はリュウの手がかりも持っていない。
 東方不敗は、それからもう一言付け加えた。

「──だが、その代わり、赤いハチマキをしたドモンという男に会ったならば……ワシに会うた事は内密に頼む」
「どうして?」
「……今更、顔を会わせようなどという物ではない。ワシが奴に教える事などもう何もないのだ」
「へえ、そのドモンって、おじさんの弟子なんだ」
「ああ」

 その直後に、東方不敗は、デイパックの中から取り出した武器をさくらに向けて投げた。
 さくらの足元に、一つのアイテムがどさりと落ちる。
 何だろう、と見てみた。
 それは、トンファー型警棒である。東方不敗がデイパックを確認した際に入っていた道具であったが、武器ならば腰に巻いた帯を使えば充分である。
 ましてや、こんなトンファーなど彼には必要なかった。

「ワシに武器は必要ない。身を守る為に持っていけ、小娘。いらなければ捨てても構わん」
「え? 本当に?」
「ワシにはこの身体一つあれば充分よ」

 さくらにとっても、それは随分と説得力のある一言に聞こえた。
 東方不敗は初老の男性の見た目に反して、あまりに強すぎる。それも、一切武器を使わずにして……だ。
 さくらですら、殆ど手も足も出ずに敗北を喫したほどである。
 ……まあ、さくらも武器を使うタイプではないのだが。

「あたしもそのつもりだったけど……。まあいっか! もしかしたら、何かに使えるかもしれないしね」

 さくらは、屈んで、トンファー型警棒を拾い上げ、適当に構えた。
 初めて構えたにしては、かなり上手く右腕の上でトンファーを弄んでいた。
 なかなか様になっている、と自分でも思ったようだ。
 それから、彼女はすぐに走り去る事になった。

「ありがとう! おじさん」

 そんなお礼だけを東方不敗に残して。
 しかし、東方不敗からすれば、礼も必要なかった。彼女が目の前から去り、もう少し落ち着く暇が出来ただけで充分だ。
 彼女もしばらくは平気だろう。
 ……そう、忠告をちゃんと聞いていればの話だが。





144暁に死して、月に再び黄泉返り。 ◆V1QffSgaNc:2015/11/01(日) 01:50:16 ID:vVp0OtkI0



(力が弱まっているのか……?)

 浜辺にただ一人残った東方不敗は、違和感を覚えていた。
 春日野さくらが軽く気を失う程度に手加減するつもりで石破天驚拳を放ったつもりが、さくらはノックアウトされても気絶まではいかなかった。
 それは、決してさくらの耐久性が高かったからではないであろう。
 思いの外、実力が発揮できなかったという実感が東方不敗の中には残っている。

(まあ良い……これだけの力が残っていれば、モビルファイター程度には負ける事もないだろう……)

 東方不敗は、それだけ考えて、その身を黒衣と仮面に纏った。
 これは東方不敗が唯一必要としたランダム支給品だ。
 これを纏う事で、東方不敗は今後、弟子に会ったとしてもその正体を明かさずに済む。

 シュバルツ・ブルーダーがそれを行ったように──。

 そう、これから先、ここに居るのは「東方不敗マスター・アジア」ではない。
 罪に惑い、弟子に完敗した一人の死者なのである。

 ──覚悟は決まった。

 この命、主催者を撃退し──この先、新しく自然を守る者たちの為に使ってみせようぞ、と。



【D-6 海辺/1日目 深夜】

【春日野さくら@ストリートファイターシリーズ】
[状態]:健康、疲労(小)、全身びしょ濡れ
[装備]:トンファー型警棒@ターミネーター2
[道具]:支給品一式、リュウの写真、ランダム支給品1〜3
[思考]
基本行動方針:リュウを探して、共にノストラダムスを倒す。
1:リュウを探す。
2:ドモンに出会っても、東方不敗の事は教えない。
[備考]
※参戦時期はZERO2終了後。
※デイパックの中身をろくに見ていません。

【東方不敗マスター・アジア@機動武闘伝Gガンダム】
[状態]:健康、放課後の魔術師の仮面と衣装着用(普段の服はその下にちゃんと着用)
[装備]:放課後の魔術師の衣装セット@金田一少年の事件簿
[道具]:支給品一式
[思考]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:人間も自然の一部と認め、それを汚すノストラダムスを倒す。
2:ドモンに直接会うつもりはない。姿と正体を隠しておく。
[備考]
※参戦時期は、死亡後。
※東方不敗を蝕んでいた病魔は取り除かれていますが、それによって減衰していた分の体力はそのままです。


【トンファー型警棒@ターミネーター2】
東方不敗マスター・アジアに支給。
精神病院の警備員たちが所持していたトンファーの形の警棒。
作中ではサラ・コナーが奪って使用しており、警備員たちを攻撃。腕を折る者まで現れた。
トンファーと言うと両手に一つずつ装着するイメージがある人もいるかもしれないが、これは片方だけ。

【放課後の魔術師の衣装セット@金田一少年の事件簿】
東方不敗マスター・アジアに支給。
「学園七不思議殺人事件」に登場する怪人・放課後の魔術師の衣装。
仮面はパプアニューギニアの仮面で、衣装はただの暗幕。つまり、衝動的な殺人を誤魔化す為に即興で怪人のフリをしていた事になる。

145 ◆V1QffSgaNc:2015/11/01(日) 01:50:44 ID:vVp0OtkI0
以上、投下終了です。

146名無しさん:2015/11/01(日) 19:04:53 ID:mC/ZNCCw0
投下お疲れ様です
ストリートファイターの再現のラウンドコールと格ゲーの常識とは違ってラウンド2がないという演出が、
格ゲー出身の女子高生VS非格ゲー出身の最強ファイターという構図を表現で来ていて非常によかったです
それにしても展開だけ見ると東方不敗がラウンド開始から程なくテーレッテーしてゲームを終了させたように見える…w

147名無しさん:2015/11/01(日) 23:49:56 ID:mOUxfRy60
投下乙です。
死亡後参戦の東方不敗は相変わらず強いなぁ。
ファイターのさくら相手に1ラウンドで決着をつけるとは。
一撃K.O.されたさくらだけど、これは相手が悪かった。

148 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:37:34 ID:6PYifF5M0
投下しますね。

149一瞬の花火 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:38:00 ID:6PYifF5M0



 幾つもの難事件や悲しき復讐鬼たちを目の当りにしてきた少年名探偵・金田一一にとって、最も悲しかった殺人事件はなんだったのろう。

 恋人の復讐の為に凶行を繰り返した、オペラ座館のファントムの事件か。
 愛した人間を──涙を流しながら、しかし──殺すしかなかった悲しい殺人マシンの、六つの館の事件か。
 友人・佐木竜太が殺された、あの赤い部屋の事件か。
 小学校来の親友が起こした、魔犬たちの巣食う研究所の事件か。
 些細なすれ違いを切欠に、金田一のかつての友達たちが殺し合わなければならなかったあの雪の降る村の事件か。
 はたまた金田一がその館に足を踏み入れたばかりに起きてしまった、悲しい誤解の事件か。

 それとも……この、一面のラベンダー畑の中で起きた、夏の青森を彩る事件なのだろうか。

 結局、どれが最も悲しかったのかは、当人すらもわからないし比べる事もないだろう。
 ただ。
 ──これだけの悲しい事件の結果を目の当りにした名探偵も、その中で共通していた事を一つだけ見抜いていた。
 そして、“その事”は同時に、殺人劇のもう一人の主人公たる多くの犯罪者たちも、名探偵と同じように知っていったのだ……。

 たとえ悪魔のような人間に出会い、大切な何かを奪われ、その人間を“殺す”しかないほど憎んだとしても、復讐の果ての殺人の後に残るのは、耐えられないほどの罪の意識と、悲しみと、虚しさだけだという事だ。

 復讐を果たした後も、かつての自分が失われていく恐怖や、止まる事のない手足の震えは止まらなくなる。
 どんな目的で始まったとしても、犯罪はやがて、後悔へと形を変えていく。
 誰にも許されない事をしてしまったという自責が、大切な物は決して元に戻らず浮かばれないという結果が、当人を苦しめる。
 殺人の悪夢は絶え間なく殺人者の夢の中に出てくる。
 血で汚れた手をどれだけ拭っても、それは決して簡単には落ちない。
 かつて、悪魔たちに殺されてしまった大事な人との優しい思い出を時に思い浮かべようとするなら……それと一緒に、自らの罪が纏わりついて放れなくなっていく。
 戦場の兵士たちが、残酷に敵を殺しながら、家で家族に温かい子守歌を歌うその切り替えが──“自分の恨みの為”に人を殺した彼らには、絶対に許されなかった。

 そして、中には、自らの死を以て幕を引こうとした者も──そして、本当にその命を自ら絶つ事で幕を引いた者もいた。

 悲しい動機を知って、──決して許されない事だとわかっていながらも──お互いがどこかで共感し合っていたはずの“名探偵”と“犯罪者”の間に、最大にして決定的な認識の違いが生まれるのは、いつも、その最期の時だ。
 確かに殺人という手段が許される事ではなかったとしても……それだけの憎しみを抱えた復讐鬼たちの気持がわかる事は、金田一にもあった。

 しかし、最後に、その罪の果てに自殺し、身体の力と、最後の心を失った犯人たちの亡骸を前にした時には、彼はこう思い続けるだろう。



 ──どんなにどん底でも、どんな暗闇の中を生きていても、やり直しのきかない人生なんてないはずなのに。
 ──生きてさえいれば、罪は償えるはずなのに。本気で望めばやり直せるはずなのに。



 ──どうして。



 ──どうして……。





150一瞬の花火 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:38:29 ID:6PYifF5M0



 ……ラベンダーの香がした。

 それは、和泉さくらが、そして、彼女の亡き父が最も好きな花の香だった。その温かい香が、彼女を暗闇の中から目覚めさせた。
 少しの躊躇と共に起き上がって見てみると、周囲は見紛う事なきラベンダーの紫色に囲まれている。どこか懐かしい、一面のラベンダー畑。暗闇の中でも星の灯りに照らされて、充分に映える不思議な色。

 彼女自身の偽りの家──それが、この蒲生邸のラベンダー荘だ。
 有名画家の蒲生剛三が資産で建てた巨大な敷地の家の別館……かつて、忌まわしき殺人事件の起きた場所であった。この屋敷の中で、二人の人間が殺された。
 ……忘れる由もなかった。

「……」

 さくら自身、その殺人事件が“終わり”を迎えた後だというのに、こうしてこの場にいるのが不思議でならなかった。
 少なくとも、さくらがこのバトルロイヤルに招かれる直前までは、さくらの周囲には何人もの観衆が見守っていた筈だ。
 そっと首に手を触れてみると、彼女の首には金属の固い物が押し付けられるように巻かれている。間違いなく、船の上で二人の命を奪った首輪がさくらの首にも巻かれているという事だった。
 つまり、バトルロイヤルは夢でも何でもなく、確かに行われているのである。

「……」

 この場所に来たせいで、あの冷たい感覚の後にここに招かれたように感じたが、いや、決してそういうわけではなさそうだ。本館で殺人事件の全貌が暴かれ、一度船の上で殺し合いの説明が行われ、再びこのラベンダー荘に来ている……というのは奇妙でしかない。
 ここに来るまでの時系列を纏めてみると、矛盾が生じた。
 バトルロイヤルの説明の後に殺人事件の説明が行われたわけではない。だが、さくらがいる場所からはラベンダー荘が見えている。

 ……“地獄”に、来てしまったのだろうか?
 それとも、自分が混乱しているだけなのだろうか?

 さくらは、ふと、自分の足元に転がっていたデイパックに目をやった。こんなデザインの鞄を持っていた事はないし、さくらのように大豪邸のお嬢様があまりデイパックなどを背負う物でもない。

「これは……?」

 思わず、声が出た。
 それを手繰り寄せて、ファスナーを開け、中の物をそっと取りだした。……やはり、自分の物と見て間違いなさそうである。
 彼女が最初に手にしたのは、地図だ。
 そういえば、“ノストラダムス”と名乗る人物は、同じように地図を支給していると言っていた覚えがある。
 地図を見ると、知っている場所の名前が書いてあった。

「“蒲生の屋敷”……ここが?」

 さくらは、自分がいるのは、見た事もない島の一角であり、そのB-2というエリアに属する場であるのを、その地図を見てようやく知った。
 蒲生の屋敷があるのは、本来なら青森県の某所である。
 いや、それだけではない。マップ中には「東京タワー」まである。「コロッセオ」があのイタリアのコロッセオならば尚の事不思議だし、どう考えてもこの場は常識では考えられないミステリーに満ち溢れていた。

 しかし──。
 さくらは、すぐに、その事に頓着しなくなった。

「……!」

 さくらの手が、わなわなと震えた。
 彼女が次に取りだしたのは、この殺し合いに招かれている人間の一覧がリストアップされた用紙だったのだ。
 和泉さくら、という彼女の本当の名前が書かれたその名簿をずっと下に辿っていくと、忘れてはならない名前がある。

151一瞬の花火 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:38:50 ID:6PYifF5M0

「金田一君……!」

 金田一一……そうだ、彼も参加していたのだ。
 あの場で、“ノストラダムス”が二人の人間を殺した時、さくらの頭の中は、恐怖とショックで真っ白になった……。だから、その後で、誰かがノストラダムスに声をかけた事の印象が少し薄れていたのかもしれない。

 ──いや、きっと、そうだった。

 さくらは、誰かが目の前で死んだ事に、恐ろしさに震えずにはいられず──そして、大好きな人がその後で、また正義感の行動を取った瞬間を見逃すほどに、心が不穏に騒ぎ続けていたのである。
 しかし、……考えてみれば、彼は、あの広間で確かにノストラダムスに反目した。まるでBGMのように聞き流していたのは、彼の声に違いない。
 思い返してみると、いつもの「ジッチャンの名にかけて」という台詞も確かにこの耳で聞いたような記憶があった……。

 金田一一──キンダイチハジメ。
 さくらの友人であり、さくらを何度も助けてくれた想い人であった。──片想い、と言ってしまえばそれまでだが。

 しかし、それがより一層、ここが地獄であるという事の信憑性を高めた気がした。
 さくらは宗教を信じていたわけではなかったが、もしかしたら、──「地獄」というものが本当にあって、それが罪人にとっての苦痛を煽る物ならば、金田一がここに連れてこられるというのは、さくらにとっても、至極の苦痛の一つだろう。
 どうして……。────どうして?

「……どうして!」

 たとえば。
 さくらだけがここに連れてこられるならばまだわかる。
 しかし、金田一が、さくらのせいで連れてこられたというのなら、それは許されてはならない。
 何故なら。

 “さくらは死んでいて、金田一は生きているはずなのだから……“

「どうして、金田一君が……」

 さくらは、その場にへたり込んだのだった。
 かつて、さくらが死ぬ時──最後に感覚を停止する聴力は、金田一の言葉を捉えていた。

──バカだよ……お前は……──

 本当に、自分は馬鹿だったのかもしれない……。
 自分でも悲しくなるほどに……。







 ──和泉さくらは、殺人者だった。

 人を殺したくて殺したわけではない。──理由もなしに殺人を行う人間ではなかったし、むしろ、大人しく、純粋で、心優しい部類の少女であった。
 そして、それは全く、演技などではなく、何かの歯車で狂ってしまったわけでもない。彼女は、今も決して、殺人などをしないだろうし、もし、困った人間がいれば手を貸そうとするかもしれない。

 そんな人間が殺人を犯す理由のパターンは絞り込める。
 事故によるもの、正当防衛によるもの、そうせざるを得ない状況に追い込まれたもの……大方そんなところだろう。

 ──彼女の場合は、彼女の純粋さを憎しみで上塗りさせるほどにあくどい人間が、彼女の殺人の被害者だったのだ。





152一瞬の花火 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:39:12 ID:6PYifF5M0



 さくらが殺したのは、さくらの父を殺した人間たちだった。
 彼女の父・和泉宣彦は芽の出ない画家で、さくらたちの家族は、北海道の高原で、貧しいながらも幸せに暮らしていたのだ。
 そんな宣彦の才能を見つけた蒲生剛三という男が、彼の絵を自分の絵として発表する為に、彼を利用し、用済みとなった時に殺した。
 蒲生の協力者には、海津という女医もいた。
 ……さくらが殺したのは、蒲生と海津──この二人の人間だ。
 そして、蒲生もさくらの身体を狙っていたし、海津はさくらを殺そうとさえしていた。──真性の下衆たちであり、さくらも、もし彼らの殺害を実行できなければ、死んでしまっていたかもしれない。
 結果的に、さくらが“勝利”した。
 順調に殺害計画は遂行され、二人の人間の命を奪うに至ったのである。

 しかし、そんなさくらの胸中に残ったのは、決して、父の無念を晴らす事が出来た達成感などではなく──むしろ、あの幸せだった家庭から遠ざかったような……いや、もう二度と手が届かないように閉ざされてしまったような、そんな感覚だった。
 ただただ、不快な物が纏わりついていた。

 だから──さくらは、全ての殺人計画を終えたら、後は自らの命を絶つつもりだった。

 ……最初はそんなつもりはなかったかもしれない。
 怪盗紳士に罪を着せたのは、「あんな連中を殺して罪に問われたくはない」からだったかもしれないし、「神出鬼没の怪盗ならば罪を着せても捕まらない」からだったかもしれない。
 画家の子供に生まれただけに、美術品を盗む怪盗紳士を許せない心は少なからずあったと思う。

 つまり、最初は上手く逃げるつもりだったという事だ。
 それでも、ある時から、全てを終え、金田一たちが館から去ったら、自ら死を選ぶつもりになった。
 もう自分には何もないと思ったからだ。もうさくらには、父も母もない。

 ……そして、何より、生きていく度に纏わりつく、忌まわしき殺人の記憶に耐えられない事も、よくわかったのだ。
 たとえ、どんな人間が相手でも、誰かを殺した時に平気ではいられなかった。

 ──そして、彼女は、金田一たちの目の前で、隠していたナイフで自らの胸を刺した。

 そう、最後の記憶──さくらの友人、金田一一がその明晰な頭脳と推理力を以て、さくらが犯した罪を全て暴いた後の事だった。
 去ったはずの彼は、真相を全て突き止めて帰って来たのである。
 真相を暴かれた時、彼の言う事には一切反論をしなかった。
 何せ、それは全て事実と寸分違わぬ物ばかりだ。
 まさに、反論の余地がないのである。“本物の怪盗紳士”の正体を暴いた時もそうだった。……彼は、本当に、偉大なる祖父・金田一耕助の血を引く名探偵として、貶す所がない。

 以前、不良の女子生徒に絡まれたさくらを助けてくれた時もそうだ。
 そして、殺人事件に巻き込まれた“振り”をしていたさくらを、勇気づけた時も……。
 あるいは、さくらが犯した罪を全て暴いた時の金田一も、それは強い正義感が成した行動だったのだろう。

 ……彼は本当に凄い。
 名探偵と殺人犯でありながら──二人は対立する関係でもなく、むしろ、お互いを少なからず大事に想う友人同士だったと言えよう。
 さくらは、金田一の事が純粋に好きだった。
 教室でいつも明るく笑っているクラスメイト。ちょっと馬鹿にも見えるが、いざという時には優しく、機転が利いて頼りになる男子。
 うちのクラスのみんなを笑わせてくれる太陽のような存在だった。

 本来なら決して巻き込みたくはなかったし、金田一の前で事件の全貌を明かされたくなどなかった。

 ……とはいえ、これが因果応報なのだろう。
 人を殺した報いが、“最も知られたくなかった人に、その罪を暴かれる”という結末だったに違いないのだ。





153一瞬の花火 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:39:39 ID:6PYifF5M0



 今、殺し合いの場に来たさくらの手の中には、その時と同じように、刃が握られていた。
 ナイフというにはあまりに大きい。それは、まさしく、刀そのものだった。
 刃渡りは、ギリギリデイパックに入る程度という所で、よくこんな物を持ち歩いていたのだと思ってしまう。
 しかし、結局のところ、さくらにとって、そんな事はどうでも良かった。

 いずれにせよ、死んだはず──決して、一命を取り留めたなどと言う事があるはずなかった──のさくらがこうして生きている限り、あらゆるミステリーが許される状況になっているのかもしれない。
 異常な事が付きつけられているとしても、さくらはもう“正常”など求めない。

「金田一くん……」

 感情がある限り、苦痛は決して止まない。
 心を閉ざす唯一の手段は、死ぬ事だけだ。
 たとえ、一度死んだとしても……やる事は変わらない。

 切っ先を自らの腹部に向けてみた。
 ──あの時と同じように。

「お父さん……お母さん……」

 剣を持つ手は、一瞬止まった。
 ──そうだ。
 さくらは、かつて自分が死ぬ時、もしかしたら、父や母に会えるかもしれないと少し思っていた。
 しかし、それは決して叶わなかった。この殺し合いに巻き込まれたからだ。
 だからか、あの時のように、思い切りがつかなかった。

「──」

 それに、この場には金田一がいる……。
 もし──仮にもし、自分の罪が何らかの形で、彼を巻き込んでしまったというのなら、まずはそう……彼に謝りたい。
 彼は大事な友達だった。恋人には、なる事はできなかったが……。

 昔、さくらが死のうとした時、金田一は真っ先に駆け寄り、必死になっていた。
 力を失っていくさくらの目の前で、金田一が力を振り絞り、声をあげていたのがわかった。
 そして……さくらがゆっくりと目を閉ざした時、金田一の声が死にかけた脳に届いたのだ。

──バカだよ……お前は……──

 これまで、いじめられて罵倒される事はあっても、こんなに優しく、悲しそうな語調が耳に届いた事はなかった。
 彼がどういう意味で言ったのかは、さくらにもわからない。
 しかし──少なくとも、さくらを本心から貶す意味でそんな事を言う人間でないのは、さくらもこれまでで重々理解していた。

「駄目だぁーーーー!!!」

 さくらが手を止めた時、誰か、男の声が響いた。
 はっとしてそちらを見ると、さくらとそう変わらない──といっても、少し年下だろうが──年齢の、妙な恰好をした男の子が慌てて駆け寄って来たのだ。
 その姿に、さくらは思わず、はっと、かつての金田一の姿を重ねた。

「!?」

 彼は、呆然とするさくらの元まで、すぐに近づいていた。
 そして、息を荒げ、さくらを睨むように見つめながら、刀を、強い力で思い切り奪い取ったのだ。
 だが、刀は空中で彼の手を離れ、空を舞って地面に突き刺さった。
 流石に驚いて、さくらは彼の瞳を見た。

 彼の瞳は──真っ赤になっていて、泣いているのだとわかった。





154一瞬の花火 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:40:18 ID:6PYifF5M0



 少年──ポップは、決して強い人間ではなかった。
 いや、むしろ、どんな人間よりも弱く、もしかすれば「あさましい」と言えてしまう人間だったかもしれない。
 自分が助かる為ならば仲間を置いて逃げる事だってあった。弱くて、卑怯で、どうしようもないほどに普通の人間だ……。

 しかし、そんな彼も、今は──誰よりも強い心を持つ人間になっていた。

 大事な師や旅で出会った人たち、そして心強い仲間たちと共に、バーン率いる魔王軍と戦ってきたこれまでの道程で、彼は悪に立ち向かう勇気を得た。自分に打ち勝つ正義を得た。
 それどころか、強敵を前にしても、その身一つで一生懸命に戦い続けるほど……強き戦士になった。
 勇気と正義だけは、勇者と──ダイと、並ぶほどである。

 そんな彼も、この凄惨な殺し合いに招かれた時は、すぐに……涙を流した。

 この前にあった出来事が彼にとって強い劣等感を煽る物だったせいもあるが、やはり、クロコダインという大事な仲間を喪った事が決定的だった。
 どれだけ回復呪文(ホイミ)を唱えても……死んだクロコダインには効き目はなかった。
 第一、矢に串刺しにされて死んでいるのだ──どうしようもない。それでも、何度も何度も彼にホイミを唱えた。
 結果、全てが虚しく……クロコダインはここにおらず、ポップはここにいるというわけだ。

「クソッ……間に合わなかった……クロコダインのおっさん……」

 あそこで見せたクロコダインによる反逆。
 それは、まぎれもなく彼の正義が発した強き意志。

 だが、ポップにはそれだけの勇気が無かった。
 仲間を殺されても、立ち上がる事さえできなかったのだ。
 アバンの使徒たちが持つ「アバンのしるし」が光り輝き起きるはずの大破邪呪文……ミナカトールを起こそうとした時もそうだ。
 自分は、クロコダインのように上手にやる事が出来ないのかもしれない。

 そう……。

 あの大破邪呪文を起こそうとしていた時に、ポップはこの殺し合いに招かれたのである。
 しかし、ただ一人、ポップのしるしだけが光らなかった。
 今も、その“お飾り”のしるしは、ポップの手元にある。
 少し前まではアバンという師から受け継いだ誇りだったその石を見つめても、彼の劣等感を煽り続けるだけだった。今にでも捨てたくなる。

 ……自分だけが。

 そう、五人もいて、自分だけが、この石を光らせる事が出来なかった。
 生まれながらの戦士や、勇者ではないポップのぶつかった才能の限界である。
 あの後、ミナカトールの呪文を起こす人間に“欠員”が出来たはずだが──それは一体、どうなってしまったのだろう。
 あの呪文が起こせなければ、何千、何万という人が死んでしまうとヒュンケルは言っていた。
 と、その時、ポップは思い出した。

「そうだ……ダイ……」

 クロコダインの亡骸に駆け寄ったのは、自分ともう一人。
 かけがえのない親友──勇者ダイだ。
 彼も大破邪呪文の為に必要なアバンの使徒の一人である。
 ……よりにもよって、二人も欠員しているわけだ。あの後、マァムやヒュンケルたちは──どうなったのだろう。
 とにかくあの呪文が中断された事に、安心してしまう自分の弱い心を、ポップはすぐに振り払った。

「……ダイ! いるか!? いたら返事してくれ!」

 ポップは、泣きながらも大きく叫んだ。
 しかし、彼の言葉は決して遠くまで響かない。大事な仲間の死の傷跡は思った以上に深く、声を殺して泣くのが精一杯だったのかもしれない。
 まるで喉の中だけで反響しているようだった。むせかえるような喉の痛みと、詰まった鼻では、遠くまで聞こえるほど騒がしく声を張れるわけもない。

「……クソォッ!」

155一瞬の花火 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:40:48 ID:6PYifF5M0

 ポップは、この時、一度、座り込んでしまった。
 彼の周りは、一面、紫色の植物に囲まれている。鼻が詰まっていて気にならなかったが、凄く温かい香がした。
 紫の綺麗な植物、この香り……なんという名前なのだろう。

 それで……少し落ち着いてから、ポップは手元にあったデイパックの中身を確認した。
 そう、考えてみれば、この中に入っているものは、今日を生きる糧だ。上手くすれば、意外な使い方をする事で主催打倒の手がかりになるかもしれない。

 少なくとも、どれだけ打ちのめされていようとも、ポップは「正義感」だけは捨てない人間だった。
 こんな時でも、大魔王バーンや、ノストラダムスを倒す事は頭から外していないのである。
 むしろ、それを強く願っていたからこそ、しるしが光らなかった事や、クロコダインが死んだ事にあまりに強いショックを受けていたのだろう。
 ──みんなでやり遂げる、という事が出来なくなったからだ。

「ん? 名簿……?」

 ポップは、この殺し合いに招かれた者の名前が載ったリストを手に取っていた。
 ダイを探す彼の意思が呼応したのかもしれない。
 すると、その名簿には、ダイ以外にも、ポップの知る名前が幾つか載っているのがわかったのだった。

「キルバーン……バーン……ハドラー……だって!?」

 そこにあったのは、今、ダイやポップたちが倒そうとしている者たちの名である。
 大魔王や、かつての魔王が敵になっている。一応、名目上、ポップはダイや彼らと「最後の一人」の座をかけて争っている事になるわけだ。
 ノストラダムスの言葉に乗る気はないが、もしポップが最後の一人を志す場合、実力の時点で大きな壁が出来ている。
 流石に正攻法での勝利は不可能なのは明らかである。
 彼らが同名の別人や偽物でない限りは、ポップの実力の遠く及ばない所にあるだろうし、現状ではポップも負けを認めよう。
 ダイですら、バーンなどとは今、真正面から一対一で戦って勝てるのかは微妙な所であるといっていい。
 だが……それ以上に気になったのは──。

「ノストラダムスは……あいつらより強いってのかよ!」

 そう、あの三人を拉致して連れてくるノストラダムスの実力だ。
 おそらくは、彼らより上にあるといっていい。何らかの魔法や術でも使えば別だが、彼らがそんな物に引っかかるだろうか。
 大魔王を倒すには、クロコダインを含めた何人もの仲間が絶対的に必要だった。

 ……いや、しかし、考えようによってはプラスな部分もある。
 バーンやハドラーがここに連れてこられてきているという事は、元の世界で戦っている者たちも大破邪呪文の中断以上の混乱に見舞われているわけだ。魔王軍も地上侵攻を進める事ができないという事になる。

 それに、ポップの目的は最後の一人になる事ではなく、ノストラダムスを倒す事だ……。
 もし、バーンやハドラーが同じ目的を持っているとするなら──いや。
 ハドラーはともかく、バーンやキルバーンともなると、ポップや弱者は必要とせず、そもそも協力して脱出を寝返るほど対等な関係とはしないかもしれない。

 やはり。
 ポップがすべきは、ダイとの合流だ……。
 仮にバーンたちと出会っても、上手く行くかはわからない以上、うっかり遭遇しない限りは、上手にバーンたちを避けながらダイたちを見つけたい。

(よしっ! ……泣いてても仕方ねえよな。
 今俺がやるのは、大破邪呪文(ミナカトール)を完成させる事じゃなくて、ノストラダムスを倒す事だ!
 それなら、こいつが光らなくたって……これまで通り、ダイと一緒に、勇気で乗り越えればいいんだ!)

 ポップは、そう思って思い切り立ち上がった。
 すると、ポップの視界には、先ほどまで全く見えなかった、“別の参加者”の姿があった。背の高いラベンダーたちに囲まれた場所では、お互いの姿が見えにくかったが、確かにポップはそれを確認した。

 どうやら──ポップより多少年上程度の女性である。

156一瞬の花火 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:41:26 ID:6PYifF5M0
 そして──彼女は、その手に剣を持ち、今にも自分の身体に突き刺そうとしているのである。
 あれは……。

「!?」

 ポップは、飛び上がりそうなほど驚愕した。
 苦しんで死ぬより、自らの手で命を絶とうとしたのだろうか。そう、まさにその瞬間である。──刃を自らに向けるなど。
 しかし、その少女の命がこのまま尽きるのを、ポップは強く嫌悪した。

 頭の中に浮かぶのは、やはり……。
 やはり……。

(おっさん……!!)

 クロコダインが──大事な仲間が死ぬ姿が、脳をちらついて、離れなかった。
 ポップは、止んだはずの涙を再び流し、奥歯を噛みしめた。
 いつか──そう、いつか、幼い日に両親に問うた、答え難い質問と、その答えを彼は不意に思い出した。

──どうして……──

 誰かが死ぬというのは、どういう事か。
 誰かが生きると言うのは、どういう事か。
 そして……目の前に、自ら命を絶とうとする人間がいたら、ポップは──どうすればいいのか。
 今度は、彼が泣いたまま発した叫びも、遠く響いた。

「駄目だぁーーーー!!!」

 彼は、少女の自殺を止める為に、駆け出したのだ。
 それは勇者の証や意志などではなく、彼の根っこの部分が脊髄反射を起こしたゆえの行動と言い換えても良かった。







──どうしても人は死んじゃうの!? どうしてずっと生きていられないの!?──







 そして、時間は、“現在”に戻った。

 五十メートルほどの距離を、ラベンダーをかき分けながら疾走したポップは、肩で息をしていた。
 この程度の距離では、普通はそうそう息が切れる事もない。
 しかし、泣きながら──嗚咽とともに、必死でもがくようにして、彼は、和泉さくらが死のうとするのを止めたのだった。
 さくらも、直前には躊躇していたので、結果的にはそれは無意味だったかのように思える行為だったが、実際のところ、ポップ自身が大事な事に気づくのに、大きく意味のある瞬間だった。
 遠い日の夜の事が頭に浮かぶなど……。

「──どういう理由が……あんのかは……知らないけどさ……、今……こうしてわけのわからない状況で怖いのかもしれないけど……!」

 さくらは、呆然と、彼の姿を見つめていた。
 何故か、それが、金田一少年の言いそうな事に思えたからだ。
 はっとして、目を大きく開いているさくらの顔面に、ポップは、自分が今──この殺し合いにいる誰よりも強く思っている感情を叩きつけた。

「──だけど、自分から死んじゃ駄目だ!」

 目をぎゅっとつぶり、肘で両目を擦ってから、ポップは言った。

157一瞬の花火 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:43:26 ID:6PYifF5M0
 その手の中──拳は、固く閉ざされている。何か、強い想いが、彼の拳を強く握らせていた。

「……俺の……俺の仲間だって……クロコダインだって……死にたくなかったはずなのに……あいつらに殺されちまったんだよ……!
 なのに、……なのに……、生きてる奴が、自分から命を捨てようなんて、絶対変だ……! 俺は認めねえ……!」

 唖然とするさくらを余所に、ポップは続ける。
 さくらも、彼の知り合いが──あの広間で殺されたピンクのワニ男だったのだと悟った。
 あれは作り物のようにしか見えなかったが、しかし、ポップの表情や言葉は偽物ではなかったし、さくらの思考は混乱を極めたようである。

「どうして!? どうして自分から命を捨てちまおうとするんだ!」

 ポップは激しい語調で問うた。
 何故か、その言葉がさくらの胸には、鋭利な刃物のように深く突き刺さる。
 どこの誰ともわからない人間の言葉であるが、他人のような気はしなかった。
 まるで、目の前に金田一がいるような気分だった。

「……君は?」
「そんな事どうだっていいだろ! わけを話してくれよ……!」

 ポップの息が整い始めた。
 ここでさくらの声を初めて聞いてから、今、自分は会話をしているのだという事に気づいたのだろう、息は整っていくのではなく、整わされ始めた。
 ポップは少し、頭の中で考えをまとめる。……あまり上手に纏まったわけではないが、ポップは落ち着いて、言った。

「俺は……俺は、みんな一緒に生きて、こんな所から脱出したいんだ……。だから、誰にも死なないでほしい……」

 さくらの瞳は曇ったまま、ポップの方を見つめていた。
 彼が誰なのかはよくわからない。……いや、彼は今、名乗る事さえも拒んだ。
 ただ単に、自殺という行為への怒りが彼を突き動かしていたのである。だから、もう一度冷静に名前を聞けば、答えてくれるかもしれない。
 だが、そんな事は、今はいい。
 彼は、そんな事よりも、さくらが死のうとした理由を知りたいらしかった。

「……」

 さくらも少し悩んだ。
 相手は初対面の人間だ。何かを打ち明けるには抵抗がいる。ましてや、それは、本来、あまり他者に向かって話す事でもなかった。
 しかし……。
 初対面の人間だからこそ、容易く打ち明けられる事というのもある。
 さくらが犯した罪とは、全く無縁な少年だ。

「……あたし、人を殺したの……」

 呟くように、俯いてそう言ったさくらに、ポップは驚いたようだった。
 殺し合いが始まって、まだそう時間は経過していなかったが……まさか、と。
 しかし、そんな様子を察してか、さくらは首を振った。

「……ううん……ここに来てからじゃないわ。ここに来る前の話よ。
 お父さんの命を奪った奴らを二人、この手で殺したの……」

 ポップは、饒舌にさくらに言葉を投げかけていたはずの口を噤んだ。
 何も言われず、ポップが少し恐れているように見えたさくらは、却って気が楽になった。
 まるで置物を相手に話しているようで、──あまり気がねする必要が無い。

「……でもね、その人たちを殺したその時思ったの。
 お父さんたちとの思い出は……私自身が、穢してしまったんだって……」

 ポップの目は、殺人を犯した人間を見る目ではなかった。
 普通の人を見て、人を殺した事のない普通の人の悩みを聞いているような気持ちになっていた。
 結局は、ノストラダムスもさくらも同じ殺人者に分類されるかもしれないが、彼女だけは除外しても良いような気持ちになる。

「あなたが誰だかはわからないけど……もし、本当に脱出したいなら、私を仲間に入れない方がいいかもしれない……」

158一瞬の花火 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:48:53 ID:6PYifF5M0

 ごくり、とポップは唾を飲み込んだ。
 さくらの重い言葉は、まるでポップの心臓を締め付けていくようだ。
 しかし、意を決して、彼は言った。

「でも……でも俺、よくわかんねえけど、──人を殺すのも悪い事だけど、自分の命を捨てるのも同じくらい悪い事だろ?
 ……それに、罪の意識ってやつを感じるなら、あんた、やっぱり悪い人じゃねえよ! ……死んじゃったら勿体ねえよ」

 今度は上手く言葉が纏まるかわからず、少し手探りになった。
 ポップには人を殺した経験などないし、それを踏まえて相手に納得のいく言葉をかけられるのかは全くわかなかった。
 ただ一つだけ。──やはり、それでも、自ら死ぬのは間違っているという意見だけは変わらなかった。

「それに、やっぱり……償う方法が死ぬしかないなんて事はないはずだぜ!
 だって、そうだろ……? 今からやり直しちゃいけないなんて、誰が決めたんだよ!」

 そして──まるで紡ぐように出たその一言が、何か、さくらをはっとさせた。
 やり直す──その言葉が、さくらの中で引っかかったのだ。
 そんな言葉をいつか、語りかけられたような……そんな気もした。

「え……?」

 そんなさくらにも気づかぬまま、ポップは続けた。
 今ポップが口にしているのは、さくらを説得する言葉というより、彼自身の願望と言った方が近かった。
 しかし、それが却ってさくらの心を揺さぶったのかもしれない。

「だって……人は必ずいつか死ぬんだ。──だから、一生懸命、生きてるんだ!
 あんただって、最後の時が来るまで、一生懸命生きて、今からだってやり直せばいいじゃないかよ!
 俺、もう誰にもクロコダインみたいに死んで欲しくないんだ……! どんな人間にだって、あがいてもがいて、一瞬でも長く生きてほしいんだ……。
 そいつが……そいつが、俺たち人間の、一番の強さだって、思ってるから……」

 クロコダインと言う仲間の死を受けたばかりだからこそ……彼は、ひたむきにそう言い続けたのだろう。もう、目の前で誰かが死ぬのを見たくは無かった。
 そして、生きている誰かが、大事な命を捨てて行くのも……。
 目を丸めたまま、さくらは、彼に訊いた。

「きみ、名前は……?」
「……俺は、ポップ。あんたは?」
「和泉、さくら……」

 苗字と名前の概念は殆どなかったが、何となくどこが名前かはポップにもわかった。
 とにかく、さくらが唖然としているのはポップにもよくわかる。
 初対面の人間をこれだけ強く説得したのだ。──誰だって少しは驚くだろう。

「……イズミ・サクラ、か。なら、サクラ……一緒に脱出したいなら、絶対大丈夫だぜ! 俺の仲間もきっと、サクラの事をわかってくれる。
 ダイっていってさ……凄く良い奴なんだぜ! まあ、俺と違って、あいつは女の子の事には、鈍感だけど……」

 それから、ポップはもう少し元気で前向きな気持ちでさくらに語りかけた。
 さくらが少しでも心を開いてくれたと思ったからだ。それはポップにとっても純粋に喜ばしい事だった。
 少なくとも、今ここで命を絶つ事はないだろうし、少しはポップの言葉を胸にしまってくれたような気がする。
 ふと、知り合いの話題で、ポップも気になる事があった。

「そうだ、サクラは……?」
「え?」
「サクラは、ここに知り合いが来てたりしないのか?」

 そう問われて、さくらは、少しだけ躊躇してから、金田一の名前を告げた。
 考えてみれば、脱出したい人間にとって、金田一はきっと、最大のブレインになる。
 彼は頭が良いだけではなく、正義感も誰よりも強い──ポップとは、きっと仲良くやれるのではないかと思った。
 さくらも、ポップに悪印象は全く無い。彼が純粋に脱出したいというのが、さくらにも伝わったのだ。

159一瞬の花火 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:49:22 ID:6PYifF5M0

「……金田一くん、っていう友達がいるわ」
「キンダイチ? ……それって、確か、ノストラダムスの正体を暴くとか言ってた奴じゃねえか! 詳しく教えてくれよ!」

 やはり、船の一室で金田一が啖呵を切ったのは間違いないらしいと、さくらは知る事になった。

 金田一は、やはりあの時も……名探偵だったのだ。
 そんな彼に想いを馳せながら、さくらは一度、ポップとちゃんと話してみる事を決めた。



【1日目 深夜】
【B-2 蒲生の屋敷・ラベンダー畑】

【和泉さくら@金田一少年の事件簿】
[状態]:健康、恐怖と震え
[装備]:神刀滅却@サクラ大戦
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本行動方針:?????
0:ポップと話す。
1:金田一くんに会いたいような、会いたくないような…。
2:自分は生きていて良いのだろうか?
[備考]
※参戦時期は死亡後。
 金田一の説得は、「バカだよ……お前は……」まで聞き取ったようです。
※金田一と同じクラスだったので、小田切進の事は知っているはずですが、現在のところ特に意識はしていないようです。

【ポップ@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
[状態]:健康、悲しみ
[装備]:アバンのしるし@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本:打倒ノストラダムス。 誰にも死んでほしくない。
0:サクラと話す。特に、キンダイチという人間の事が気になる。
1:ダイを探し、一緒にノストラダムスを倒す。
2:バーン、キルバーンを警戒。ただし、ハドラーは…。
[備考]
※参戦時期は26巻「大破邪呪文の危機…!!!」終了後。
 その為、アバンのしるしを光らせる事が出来ていません。


【支給品紹介】

【神刀滅却@サクラ大戦】
和泉さくらに支給。
「二剣二刀」の一つであり、帝国華撃団総司令・米田一基中将が持つ、霊力を帯びた直刀。
所持者を正しい方向へと導く力を授けられると言われる。
後に大神一郎に託され、「二剣二刀の儀」に使われた。

【アバンのしるし(勇気)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-】
ポップの所持品(ただし支給品枠1減)。
アバンに教えを受けた「アバンの使徒」たちだけが卒業証書代わりに持つ石。
輝聖石という特殊な石で作られており、敵から受けるダメージを軽減し、所有者の力を高める事が可能。つまり、強力なおまもりである。
いざという時には、彼らの身を守る魔力を発動するが、確実に生存を約束する物ではない。
五種類あるが、ポップが持っている石は、「勇気」の力に呼応する。

160 ◆V1QffSgaNc:2015/11/02(月) 23:49:41 ID:6PYifF5M0
投下終了です。

161 ◆vBmg.f7Zg.:2015/11/03(火) 02:33:19 ID:B.ilgdx20
投下乙です。

>暁に死して、月に再び黄泉返り。
東方不敗は死亡後からの参戦か…大好きなキャラなのでドモンの説教後で良かったです。
優しくも厳しいおじいちゃんという感じで嬉しいですね。 さくらもハツラツとしていて見ていて元気になります。

>一瞬の花火
こちらは打って変わって和泉の暗い話。バトルロイヤルを地獄と捉えていましたがあながち間違いでも無いですね。
ポップは本当にかっこいなぁ…バーン攻略の方法を知らない時期とはまた大変になりそうですね。

筆が早くておもしろいなんて凄いです。
大変遅くなりましたが、自分も投下します。

162復活の帝王 ◆vBmg.f7Zg.:2015/11/03(火) 02:35:28 ID:B.ilgdx20
『このコートは絶対渡さねええええええーーーッ』

――― バッ……バカなッ!

                       『健康な肝臓だわ、とてもいい色』

―――― まさかッ!これはッ!?

『大丈夫ですか? そんなところにうずくまって……』 

――――― オ、オレは何回死ぬんだ!?

             『おじちゃん、オナカ痛いの?』

―――――― オレのそばに近寄るなああーーーーーーーーーーーーッ


『オマエは……ドコへも……向カウコトハナイ………
特ニ……「真実」ニ到達スルコトハ……決シテ!』


-  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -  -

―――!?

 夢に魘され大量の汗をかいた男が、悪夢から逃げ出すかのように勢いよく飛び起きた。

――ハァーッ……ハァー……ハァー……

 心臓の鼓動が激しく、男は息を整えようと深呼吸している。
 その男はピンク色の髪に派手な革のパンツ、そして上は服とも言えぬ様な紐状の下着のみと、一見すると変態かパンクロッカーの様な服装をしている。
 そんな服装から首にはめられた「鉄の首輪」が妙に似合っているが、実際の男は変態でもパンクロッカーでもなかった。
 その男の名前はディアボロ、かつてイタリアで主に活動しているギャング「パッショーネ」のボスだった男だ。
 自分の正体を隠蔽し続け、ローマひいては世界を裏から牛耳る帝王になろうとしていた男だ。
 そんなディアボロが、状況を理解しようと頭を回転させる。

(……夢、なのか? いや、俺は……また―――『死んだ』のか?)

 ディアボロは、可能性の高いものとして一つの結論を導き出した。
 それは一見すると奇妙だが、ディアボロにとっては当たり前の考えといえた。
 この島に来る前、ディアボロは自分のいる場所や時間などが一切わからないような状態だった。
 なにしろ彼は様々な場所を巡り、死に続けているからだ。
 一見意味不明だが、それはジョルノ・ジョバーナのスタンドによって引き起こされた事象である。
 ディアボロは、彼によって《永遠に「真実」にたどり着くことができない》という状況に陥っているのだ。
 難しい能力だが、ディアボロは《死》という「真実」にたどり着けぬまま、死ぬという運命をたどり続けるということになっている。
 それは下手な死よりも辛い、不死のようなもの――精神が壊れる前にこのバトルロイヤルに呼ばれたことは、むしろ彼にとって幸運だとさえ言えるかも知れない。

(オレは、今度はいったいドコに飛ばされたんだ……?)

163復活の帝王 ◆vBmg.f7Zg.:2015/11/03(火) 02:37:13 ID:B.ilgdx20

 ディアボロはすでに何度も死を経験してきているため、急な場面転換は死によるものだと直結して考えてしまう。
 そのためか、あの薄暗い船内とこの島の出来事が延長線上にあるとは思わず、ここは船内とは別の時空間だと思い込んでいる。
 今のディアボロにとって、最も恐ろしい物は不注意による事故だった。

 ディアボロは少しでも死の可能性から遠ざかる為に辺りを見渡す。
 目前に広がるのは広大な海、きつい潮の匂いがディアボロの鼻を刺激している。
 周囲には照明など見当たらず、満天の星空と丸い月だけが辺りを照らしていた。
 ――どうやら今度は砂浜に飛ばされたようだ、とディアボロは自分の状況を把握する。
 とりあえず海岸から遠ざかり、草原を目指すことにする。
 些細な事で死に至る今のディアボロには、海など死の塊以外には見えなかったからだ。
 突然倒壊する恐れのある小屋のようなものから遠ざかることも忘れずに、ディアボロは草原地帯にたどり着いた。

 いくらか気分が落ち着いたところで、ディアボロはようやく体の気持ち悪さに気づく。
 汗だくで倒れていたために全身に砂が付着しており、髪まで砂だらけになっている。
 ディアボロは背負っていた肩掛け型のデイバッグを漁ると、2Lのミネラルウォーターが入っているのを見つけ、惜しみなく使って頭と体の砂を流した。
 その際、ディアボロは飛ばされた先で持ち物を持っていたのは初めてだということに気づいた。
 果たしてこれは自分の持ち物なのか、他の誰かの持ち物なのか、確かめてみる必要がある。
 ミネラルウォーターの時は手探りで漁っただけだが、中身を引っ張り出してみるとその軽さに反して実に色々なものが入っている。
 水や食料だけでなく、ランタンやコンパスなどまるで山にでも入るのかと思うほどだ。
 ディアボロは明らかに自分のものではないが丁度良い、とランタンに火を灯して手を翳す。
 季節がわからないとはいえ、深夜の水浴びは流石に少し体が冷えた。
 船中の出来事とこの島を完全に切り離して考えているディアボロは、自分以外の人間がこの場に居ること―――まして殺し合いをしていることなど、考えてもいなかった。

◆   ◆   ◆

 体を乾かしながら、ディアボロは疑問を抱き始めた。
 今までは目を覚ました瞬間にすぐに死が訪れていたが、今回は長く生き延びられているし、周囲に死を感じさせる物も今のところ見当たらない。
 誂えたかのように準備のいい荷物を持っていたりと、今回だけやけに毛色が異なっている。

(まさか……ジョルノのゴールド・E・レクイエムの能力が消えたのか?)

 ゴールド・E・レクイエムに果たして有効範囲やジョルノの死による効果の消滅があるかは分からないが、開放されてこの島に流れ着いたと考えれば辻褄が合う。
 このバッグも漂流されている間に絡みついたのかもしれない、賞味期限など気にしている場合ではないが一応食料や水は口に入れないほうがいいだろう。
 まずはどうにかしてローマに戻らなくては、とディアボロが腰をあげようとした時―――背後から低い男の声が聞こえた。

164復活の帝王 ◆vBmg.f7Zg.:2015/11/03(火) 02:38:25 ID:B.ilgdx20
「この少年についてなにか知っていることはないか?」

 ディアボロが背後からの声にビクッと驚きつつも振り返ると、そこには黒い革ジャンにサングラスの筋骨隆々な厳つい男が立っていた。
 その手には名簿を持っていて、ある一点を指差してディアボロに近づいて来る。
 レクイエムが消えたことは可能性として考えてはいるものの、勘違いで死んではたまらない、ディアボロは男に静止を呼びかけた。

「待て! それ以上近寄るんじゃあないッ! 聞きたいことがあるならその位置からにしろッ!」
「わかった。 俺は人を殺すつもりはない。
 ただ、“ジョン・コナー”という少年についての情報が欲しいだけだ」

 そう言って、男は名簿をランタンの光のもとへ投げ渡した。
 そこには“参加者名簿”と書かれていて、名前の数々が羅列されている。
 確かさっきの荷物にも入っていたな、とディアボロは思ったが、構わず男の投げた名簿を手に取る。
 すべて日本語で書かれているが、何故かディアボロは理解することができた。

「……これはなんの名簿だ?」
「このバトルロイヤルとやらの参加者の名簿だ、ノストラダムスという奴が言っていただろう」
「……ノストラダムスだと?」

 その時初めて、ディアボロの脳内で船とこの場所とが結びついた。
 “殺し合い”というワードやピエロ達の死で、すっかり自分もあの場で死んだつもりだったが、どうやら眠らされていただけのようだ。
 ならば、自分たちは『ノストラダムス』という新手のスタンド使いによって集められ、殺し合いを強要されている最中ということになる。
 ―――とすると、どうだろうか? あの船内から眠らされてここまで運ばれたなら、今までの傾向からいって2〜3回は死んでいなければおかしい。
 しかしディアボロはこうしてここにいるし、すぐに死にそうもない。

「ああ、奴はそう名乗っていた。 覚えていないのか?」
「……いや、今、思い出した」
「そうか、なら知っていることがあれば教えてくれ」
「ちなみに聞いておくが、なぜそいつを探しているんだ?」
「大切な存在だ。 守らなければならない」

 男の言葉を聞きながら、ディアボロは参加者名簿に目を落とす。
 『日本語』の五十音に従って並んでいる名前には、確かに男の言っていた“ジョン・コナー”という名前が書かれている。
 しかし、ディアボロはその名前よりも一つ上に書かれた文字に釘付けになった。

165復活の帝王 ◆vBmg.f7Zg.:2015/11/03(火) 02:40:21 ID:B.ilgdx20
(―――――――ジョルノ・ジョバーナッ!!!)

 なぜコイツの名前がここにあるのか?
 認めたくはないが、ディアボロはゴールド・E・レクイエムの能力はかなり強力だと身を持って知っている。
 奴の能力に囚われてからは情報を得る機会など無く、その後の動向を知ることはできなかったが、あれから弱くなったということは考えられない。
 それならば、『ノストラダムス』という奴はジョルノのゴールド・E・レクイエムを超えるスタンドを持っている事になるのだろうか。
 もしかすると本当にゴールド・E・レクイエムの能力が消え去っているのかも知れないが、同時にジョルノを上回るスタンド使いにディアボロはほんの少しばかり恐怖を抱いた。
 名簿を見て動揺しているディアボロに、男は無表情のまま聞いてくる。

「――なにか思い出したか?」
「……いや、そいつについては何も知らん」
「そうか、邪魔をしたな」

 そういうと、男はニッカリと笑う。
 口角は上がっているが、目が笑っておらず不気味な笑みだ。
 男は、言葉と笑顔をディアボロが受け取ったことを確認し、そのまま赤い塔の見える方向へ去っていこうとする。
 その後ろ姿をみて、ディアボロに一つの考えを巡らせた。

「待て。 オレもおまえに聞きたいことがある」
「……なんだ」
「おまえも、スタンド使いか?」
「……電気スタンドのことなら俺は使わないが、ランタンが欲しいならやってもいいぞ」
「いや、必要ない……そうだな、最後におまえの名前を聞いておきたい」

 ディアボロには、今の言葉がハッタリの類には思えなかった。
 ジョルノ、自分とスタンド使いが集められているのだから、この男やジョン・コナーとやらもスタンド使いかと考えたが、この男は違ったようだ。
 ディアボロは、ジョルノの能力が消えた可能性がある今、この男でキング・クリムゾンの能力を試してみようと考えた。
 今はゴールド・E・レクイエムの能力によって、時間を消し去ったという「真実」にたどり着けなくなっている。
 もし、キング・クリムゾンが使えたならば、完全に開放されたといえるだろう。
 この男がスタンド使いなら、不用意にスタンド像(ビジョン)を晒すのは危険だったが、そうでないなら存分に試すことができる。
 ディアボロは男が油断した隙を狙い、奇襲をかける算段を企てる。

「名前か……名簿に載っている名前で言うなら、T-800というのが俺の名前だ」

 そう言いながら男が名簿に目を落とした瞬間――― 

「『キング・クリムゾン』!!」

 ディアボロはキング・クリムゾンを発動させた。
 そのままの勢いで、キング・クリムゾンはT-800の顔面を殴り飛ばす。
 妙に固く感じたが、久しぶり故に力が安定していないのだろうと当たりをつけた。
 衝撃でT-800の体は5mほど吹き飛ぶ、普通の人間ならもう生きてはいないだろう。
 だが、問題はここからである、ゴールド・E・レクイエムの能力の影響下であれば、ここから時間が逆行し何もなかったことになってしまうが――――

166復活の帝王 ◆vBmg.f7Zg.:2015/11/03(火) 02:42:54 ID:B.ilgdx20

「時間が……逆行しないッ! フ、フハハハハハハハハハハッ!!
 ついに……ついに打ち勝ったぞッ! ゴールド・E・レクイエムにッ!」

 ディアボロの予想は当たり、キング・クリムゾンは時間を消し飛ばした。
 消し去ったのはたったの5秒ほどではあるが、これによって完全にディアボロの不安材料は無くなったのだ。
 ディアボロはこの時、真の復活を遂げたことを感じた。

「さて……T-800といったか、不思議な名だが……
 おまえの名は覚えておくぞ。 このディアボロの復活の生け贄としてな」

 そう言ってディアボロは、T-800の死体の元へ近づいていく。
 ディアボロは自身のキング・クリムゾンに絶対的な自身を持っていた。
 久しぶりとはいえ頭から上を吹き飛ばす程の威力で殴ったのだ、生きているはずもない。
 ―――そう、人間があの威力のパンチを食らって生きているはずがなかった。
 しかし今、ディアボロの腕にT-800を殴った時の違和感が蘇る。
 重く、硬い―――まるで金属を殴っているようで、結局頭は吹き飛ばずに奴は体ごと飛んでいった。
 もしや……と、ディアボロは最悪のケースを考えている。
 倒れているT-800の腕は、偶然なのか必然なのかデイバッグの中に入っている。
 ディアボロは細心の注意を払い、エピタフで予知してからT-800に近づく。
 なぜだかエピタフもキング・クリムゾン同様、5秒程度の未来しか見ることができない。

 5秒後の未来では、奴は動いていない。 予知を見ながら、ディアボロは近づいていく。
 T-800まで…………4m。

 ………3m。

 ……2m―――――!?

 その時、5秒先の未来で確かに、T-800が起き上がりデイバッグから出したボウガンをディアボロに向けて放っていた。

「な、なにッ! やはりコイツ……生きていたのかッ! 『キング・クリムゾン』ッ!!」

 迷わずディアボロは時を消し飛ばす。
 放たれたボウガンの矢を軽く避け、ディアボロはT-800に接近する。

「フンッ! 死んだフリなどと浅い知恵を働かせたようだが、このキング・クリムゾンの前にはカスの様なものよッ!」

 ディアボロはデイバッグの中から支給品の中にあったオレンジジュースを取り出し、T-800の顔面にぶち撒けた。

「これでおまえは再び時が刻み始めても目が曇って何も見えんッ!」

 キング・クリムゾンの時間跳躍が解ける。
 しかし、ディアボロはもう既にT-800の真横まで迫っていた。

「終わりだ、くらえッ!」

167復活の帝王 ◆vBmg.f7Zg.:2015/11/03(火) 02:46:51 ID:B.ilgdx20

 スタンド使いでない相手にキング・クリムゾンのパンチは避けられまい。
 ディアボロは勝利を確信した、しかし―――――ガシィッ!!
 T-800の左手は迫り来るキング・クリムゾンの拳を受け止めていた。

「バ、バカなッ!? おまえ、なぜキング・クリムゾンをッ!」

 ディアボロは驚愕をあらわにする。
 T-800は時を飛ばしたというのに素早く対応し、目潰しを物ともせずにスタンドを掴んでみせた。
 スタンドが見えている事はあの発言がハッタリだったで済むことだが、生身でスタンドを掴むなどあり得ないことだ。
 その時、T-800の頭部の最初に殴った部分が捲れ、中身の銀色が少し見えた。

(コイツ……まさかコイツ自身が自立型のスタンドッ!?)

 ディアボロは実際に見たことは無いが、部下のうちのポルポという男が自立型のスタンドを持っているという話を聞いた覚えがあった。
 だが、T-800の首には自分と同じような首輪が見える。 スタンド事態が参加者などというのはありえるのだろうか?
 大方、コイツの言っていたジョン・コナーというやつがスタンドの主なのだろう。
 コイツがスタンドというなら先ほどの名前にも納得がいくが、同時にT-1000という名前も思い出しフクザツな気分になる。
 まさか同じ人間が2体スタンドを持っているのか? もしもT-800と似たようなスタンドなら見た目で判断できない分やっかいだ。

「貴様を敵だと判断した―――排除する」

 ――T-800は立ち上がり、そのままキング・クリムゾンの拳を万力の如き力で握り潰そうと試みる。
 それと同時に、右手で器用にボウガンの矢を装填し、キング・クリムゾンへ向けて発射する。
 今、キング・クリムゾンの右腕を拘束されているため、殴り飛ばす様な大きな動作ができない。
 ディアボロは、キング・クリムゾンの左腕を射線上に出してガードする。

「―――ぐぅ! な、何ィッ!?」

 ボウガンの矢は、キング・クリムゾンの腕に弾かれずに突き刺さった。
 ディアボロは自分の目を疑った、ボウガンは支給品だということは確認したはずである。
 ジョルノのようにスタンドで創りだしたものでも無く、本来ならキング・クリムゾンを傷つけることなどできるわけもない代物だ。 
 しかし、実際はキング・クリムゾンの左腕には矢が深々と突き刺さっており、自分の腕にも激痛が走っている。

(スタンドに物理攻撃が効いてるッ!!?)

 T-800はディアボロではなく、キング・クリムゾンを優先的に狙っていた。
 キング・クリムゾンの時間飛ばしを認識ミスだと判断していた為である。
 おそらくディアボロの支給品のロボットか何かだと当たりをつけ、電磁波か何かで認識を狂わせているものだと考えている。
 実際はピンポイントでT-800だけに効果がありそうな機能などありえないのだが、時間を消し飛ばすなどT-800からは考えられない超常能力だ。
 確かに5秒ほどの間認識ができず、時間が飛んだかのような違和感を覚えたがメモリにはきちんと映像記録が残っている。
 映像の中でT-800は直前のプログラムに則って動き、状況の変化を認識できていなかった。
 それ故にT-800は認識阻害だと判断したのだ。
 意識が戻った時、即座にセンサーが左側のディアボロを感知していなかったら、T-800はパンチに気づくことはできなかっただろう。
 一々映像記録を確認して何が起こっていたのか確認していては、対応が追いつかない。
 ならば、脅威はディアボロではなくキング・クリムゾンの方だという結論に至った。

168復活の帝王 ◆vBmg.f7Zg.:2015/11/03(火) 02:52:45 ID:B.ilgdx20
「――ぬぐぅ!ぐ、ぐあああああああああああ」

 T-800はそのままキング・クリムゾンの拳を潰し、右手のボウガンを捨ててキング・クリムゾンの右腕を叩き折った。
 キング・クリムゾンが傷つくたびにうめき声を上げるディアボロ。
 ディアボロの右腕は折れ曲がっており、手からも血が流れていた。

「このッ……タンカスがァッ! よくも、やってくれたなッ!!
 このディアボロの腕をッ!――もう容赦せんぞッ!!

 ―――――『キング・クリムゾン』ッ!!! 」

 キング・クリムゾンの能力が発動し、時は再びディアボロの支配下に入った。
 もうディアボロに油断はない。
 T-800の左腕を殴り、右手を開放させる。

「人間に化けるだけのカス能力がッ!
 我がキング・クリムゾンを倒そうなどという幻想を見たことを後悔するがいいッ!」

 キング・クリムゾンの左拳がT-800の腹に突き刺さる。
 貫通した拳に、機械じみた配線のコードが大量に絡みついている。

「最もおまえには後悔する時間など与えんがなァッ!
 おまえは自分が死んだことにすら気づかずに死んでいくのだッ!」

 ディアボロは左腕を突き刺したまま、壊れた右拳で痛みに構わずT-800の顔面を殴り付ける。
 T-800の顔の皮が剥がれ、ロボットのようなメタリックな内側が剥き出しになる。

「それがおまえの本来の姿かッ! 
 とどめだッ! そのまま死ねェーーーーーーーッ!!!」

 最後にディアボロはT-800の心臓部に貫手のように左手を突き刺した。
 ―――そして、時は再び刻み始める。

「ハァーー……ハァー、ハァー……」

 ディアボロは用心を重ねて距離をとったが、T-800はさすがに起きる気配はない。
 怪しく赤い光を灯していた瞳にも、もう光は無くなっていた。

「復活の、祝杯にしては、高くついたが……
 頂点に立つのは我がキング・クリムゾン……このディアボロだッ!」

 首輪やデイバッグの回収も忘れて、ディアボロはその場を立ち去る。
 このまま海沿いに南西の方角へ行けば、診療所があるはずだ。
 一刻も早く治療し、体を休めなければならない。

「クソッ! 忌々しい自立型スタンドめ!
 ジョルノを始末した後は、ジョン・コナーとT-1000とやらも必ずブチのめしてやるッ!」

169復活の帝王 ◆vBmg.f7Zg.:2015/11/03(火) 02:55:07 ID:B.ilgdx20

 ディアボロは憎悪を滾らせ、診療所への道を急ぐ。
 ―――――だが、ディアボロは気づいていなかった。
 
 T-800がスタンドではなく、サイボーグであるということに。
 T-800がスタンドであれば、死んだ瞬間には消えていなければおかしいということに。

 ディアボロは知らなかった。
 T-800は腹と心臓をブチ抜いただけでは死なないということを。
 T-800が、かつて下半身が千切れた状態でサラ・コナーを追い詰めた存在であることを。

 そして、今の攻防によってプログラムに異常をきたしたT-800がサラ・コナーを殺すために1984年にやってきた、あの化物に戻りかけている事を。
 ディアボロは――――まだ、知らない。



【C-5 草原・1日目 深夜】

【ディアボロ@ジョジョの奇妙な冒険 Part5 黄金の風】
[状態]:疲労(中)、右拳・右腕骨折、左腕に矢傷
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(ミネラルウォーター1本消費)、不明支給品0〜2、オレンジジュース@鳥人戦隊ジェットマン
[思考]
基本行動方針:ジョルノ・ジョバーナ、ノストラダムスのような強いスタンド使いを倒し、真の帝王として絶頂であり続ける。
     1:早く移動して腕を治療しなければ……ッ!
     2:ジョルノ・ジョバーナを始末する。
     3:ジョン・コナー、T-1000も始末する。
     4:傷が癒えるまでは、他の参加者と手を組むのもアリか……?
[備考]
※キング・クリムゾンによる時間跳躍及びエピタフによる未来視は5秒程度に制限されています。
※このバトルロイヤルにいるものは全てスタンド使いだと思い込んでいます。
※ポルナレフのシルバー・チャリオッツ・レクイエムによって死亡したため、ドッピオにはなれません。

【T-800@ターミネーター2】
[状態]:一時機能停止、腹部・左胸部が大破、顔の皮が無い、プログラムに異常
[装備]:ボウガンの矢×4
[道具]:支給品一式、不明支給品0〜2、ボウガン@ケイゾク
[思考]
基本行動方針:ジョン・コナーを守る→人類、ならびに指導者のジョン・コナーを排除する。
     1:……………。
[備考]
※参戦時期は少なくともジョンとハイタッチの遊びをした後です。
※過度なダメージとジハンキジゲンのオレンジジュースによって深層に眠っていたプログラムが蘇ろうとしています。
※再び起動するまで時間がかかります。 起動前にチップを抜き差ししなければプログラムの目的が人類の殲滅に変わります。
※ボウガンはT-800の脇に転がっています。

【支給品説明】

【オレンジジュース@鳥人戦隊ジェットマン】
ジハンキジゲンのオレンジジュース。 飲むと心の奥底に隠れていた感情や性格が出てきてしまう。
人外にも有効。 通常はランダムに切り替わり、一定時間経つと解除される。
※T-800には内部へ浸透したことや頭部へのダメージによって効果が変化しています。

【ボウガン@ケイゾク】
真山徹のボウガン、矢は全部で6本支給。

170 ◆vBmg.f7Zg.:2015/11/03(火) 02:56:10 ID:B.ilgdx20
投下終了です。

171名無しさん:2015/11/03(火) 03:27:44 ID:eQOuJDds0
投下お疲れ様です。
スタンド使いとターミネーターは惹かれ合う…?
というくらいにスタンド使いとターミネーターとのバトルが多い今ロワですが、頼もしい仲間のはずのT-800に物凄く不穏な展開の匂いが…
ディアボロは戸愚呂兄と同じループからの救済参戦
まさか自分の肉体持ってる奴がいるとは思わんだろうに…
もしブチャラティと会ったら、自分の肉体を傷つけるのか、少しはためらうのか…

172 ◆V1QffSgaNc:2015/11/05(木) 00:20:40 ID:XkQeIA9c0
投下します。

173これが私の生きる道 ◆V1QffSgaNc:2015/11/05(木) 00:21:29 ID:XkQeIA9c0



「はぁ……はぁ……」

 微かな潮の香りは、埃塗れの冷たい空気が鼻孔へと運んでいった。それを少しずつ摘まむように吸い込みながら、荒ぶる息を必死に押し殺す者がいる。
 空の蒼茫を塗したような青いチャイナドレスを纏った、齢二十に届くか届かないかの美女である。女性としてはやや高い身長とスタイルは、整った容姿と合わせて、さながらモデルのようであったが、彼女が選んだ道は、その美貌を売る道ではなく、その格闘の才能を発揮する道であった。

 この美女──春麗は、インターポールの捜査官なのである。
 中国拳法を極め、その実力は並み居る屈強な男性職員が、手加減抜きで挑んでも誰も敵わぬほどだった。一目見ただけならば華奢にも見えるが、脚部──特に大腿部──を見る機会があれば、いかに彼女が鍛え上げられた肉体をしているのかは判然とするだろう。
 彼女は、足技の達人であった。長い足から放たれるキックは猛獣すらも昏倒させるほどだ。腕も華奢には見えるが、これもやはり体重を軽々支えるほどの筋組織が、細い腕の中に綺麗に収まっているというだけだった。

 しかし、そんな彼女も、今回は普段と違って、能動的に事件に首を突っ込むわけでもなく、事件の方に招かれてしまった為、些か状況判断が遅れたらしい。
 いきなり、変な仮面の娘の襲撃に遭い、こうして倉庫群の間をすり抜け、無様にも逃げ回った結果、その中の一つに姿を隠したわけである。
 生半可な不意打ちならば返り討ちにも出来たはずが、相手も相当の格闘の達人であったらしく、おまけに春麗のよく知った武器を装備していた。
 それから先は、何の面白味もない防戦一方という状態で、何とか逃げおおせたものの、袖ごと破れた左腕の外皮からは、既に鮮血が流れ落ちている。春麗は、そんな左手を抑え、流血が床に痕跡を残すのを避けながら、一時休息している訳だった。

「はぁ……はぁ……」

 彼女自身、わけもわからぬまま飛び込んだこの倉庫群の一角。
 大麻のシンジゲートを追っていた春麗にとっては、こんな港を張りこむ時間は警察署の机に向かう時間よりも長い程お馴染みの場所だ。
 大凡、どの辺りにどういった物資が並べられているのかは察しが付く。
 ここに逃げ込めば、後は視界に入る物を巧みに利用して、追跡者の攻撃を撒く事も出来るかもしれない。
 ……尤も、背中に襲撃者の視線を残したままここへ逃げ込んだわけではないし、春麗も一時の休息を得る為にここへ入りこんだに過ぎない。
 左の二の腕あたりを見下ろすが、怪我はさほど深手でもない。これまでの戦いでも負うのも珍しくないような傷口である。しかしながら、敵の実力を見るに、今の状態では春麗の分が悪いと見えた。

「……はぁ……はあ……」

 そっと、音を殺すようにゆっくりとデイパックのファスナーに手をかけ、中の物を取りだしていく。必要なのは、灯や地図や名簿などではない。
 目当ての物──ペットボトルを掴み取ると、キャップを回す。そこからは、少し乱雑に左腕にさらさらと中の水を塗した。消毒薬も包帯もないが、血液を垂らしたままというのも気が引けたのだろう。

(何もないよりは……ちょっとマシよね)

 止血できるような物を探した所、出て来たのは女性用のパンティストッキングである。こんな物を一つの武器として支給した意図は春麗にも理解しかねたが、とにかく、今は止血という用途において、意外にも活躍しうる状況になっている。
 春麗は、それを少し引きちぎり、左腕に巻いて、口で端を加えながら結んだ。少々恥ずかしい気持ちになったが、案外、それを腕に巻いた外見は大きな違和感もなく、怪我を止血する布として、却って本来の用途が判然とし難くなっていた。
 それから、春麗はこのパンティストッキング以外に何らかの装備が無いかとデイパックを探る。
 そう……敵は既に、武器を装備していたのである。

(あのマスク……確か、シャドルーの幹部──バルログが身に着けていた物と同じだわ。
 もしかして、あんなのが流行ってるのかしら? それとも……)

 彼女を襲撃した人物は、春麗同様に中華民族衣装を纏った娘のようだったが、その相貌は両目の位置だけを細く繰り抜いたその白面に隠されていた。そして、右腕に装着されたサーベルタイガーのような鉤爪。──あれは、憎き犯罪組織シャドルーの幹部・バルログが愛用している物と全く同じであった。

174これが私の生きる道 ◆V1QffSgaNc:2015/11/05(木) 00:22:00 ID:XkQeIA9c0
 故に、パンストの下に隠れた春麗の左腕の傷口も、三本の縦線型のひっかき傷だった。
 あれを早速もって見事使いこなし、春麗を翻弄したのだから、あの襲撃者は、武具の使用に慣れているか、あるいは余程順応性が高い人間であると言えよう。
 春麗は、考えながらも自分のデイパックから、武器を取り出した。

(……こんな状況だもの。こっちも得意なモノで対抗させてもらわないとね)

 春麗の手で、カチャリと音が鳴る。
 先ほどは一時撤退させて貰ったが、捜査官としての誇りと正義感は、あの手の危険人物を野放しにして、自分だけ平然と逃げのびるのを許してはくれなかった。
 格闘で真っ向から勝負させて貰えるシチュエーションではない今、一介の捜査官として、使用できる武器は懐に入れさせてもらう事にしよう。
 射撃が得意な春麗も、支給された、このオートマチック式拳銃“グロック17”を上手く扱えるかは微妙であるし──相手によってはリュウたちのように易々と弾丸を避けてしまうかもしれないが、ひとまずそこに弾薬を込める音を聞くとともに、彼女の中には覚悟の意思が溢れたのだった。
 まさに──この倉庫群の光景など、シャドルーを追いかける仕事をしている時の自分ではないか。
 鋭利な武器を持った敵と、少し対等な状況になった気がした。

「よしっ……」

 軽く自分の気持ちを奮い立たせるように言った。
 それから、大量に積み重ねられた麻袋の影を、春麗は屈む事さえなく進んだ。
 敵もまだ倉庫内への侵入は果たしていないであろう今、本来ならば警戒する必要があるはずなのだが、麻袋は所によっては春麗の身長くらいまで高く積まれており、そこまでする必要はないように思った。
 とはいえ、まだあの仮面の娘が付近にいた場合、先に姿を見せるわけにはいかないが……。
 ──などと、考えていた時である。

 この薄暗い倉庫の入り口を、ランタンの小さな灯が倉庫の一角を照らす。無警戒に歩を進める足音がコツコツと響く。
 春麗の目の前では、壁に大きな影が映ったり、映らなかったりしていて、相手のランタンを右へ左へ動かし、何かを探そうとしている仕草を容易に想像させている。

 ──来た!

 仮面の娘は、倉庫の中を順に探索していたのだろう。
 春麗を追う影は思った以上にしつこく春麗を捜索していたらしい。付近に人影がなかった為、一度見つけた獲物を逃がさぬよう心掛けたに違いない。本格的に勝ち残りを目指す場合、敵を泳がす訳にはいかないようだ。
 しかし、春麗の準備は既に万端である。
 最後に、タイミングを見計らって再び麻袋の陰から少しだけ顔を覗かせ、その人物の姿を目に焼き付けた。──そこにあるのは、間違いなく、先ほど春麗を襲った仮面の娘だ。右腕は三本の刃を尖らせ、切っ先には微かな血の痕がまだ残っている。
 恨みは充分。理由も充分。

 そして、先に姿を見せた方が──今は、不利!

「はぁぁぁぁっ!!」

 春麗は、高く声を上げながら飛び上がると、麻袋の真上に右手を置き、跳び箱の上を撥ねるように、両脚でその上を飛び越えた。
 恐るべきはその軟体で、足は綺麗に一本の横線を作るように開いている。いわば真横に果てなく広がった跳び箱の上を飛び上がるような物だ、それくらいの芸当が出来ずしてここから不意打ちを浴びせる事は出来まい。
 力がなかったのなら、とうに逃走の道を選んでいる。

「!?」

 完全に不意を突かれたらしく、仮面の娘が少し遅れて春麗を見上げ、愕然としている。
 仮面の下が美人かどうかはわからないが──その下の目玉を広げた表情を想像して、春麗は勝気に微笑んだ。
 そして、次の瞬間、着地よりも早く、目の前の仮面のど真ん中に、左足を叩きこんだ!

「ぐぅっ……!」

 仮面の真下からの呻くような声が、春麗に手ごたえを与えた。
 それから、春麗は自分の耳に着地音が鳴ると同時──仮面に叩きつけた左足を軸に速度をつけて背中から回転する。
 右足を高く上げ、その踵が仮面の娘の右腕に激しく叩きこまれた。

175これが私の生きる道 ◆V1QffSgaNc:2015/11/05(木) 00:22:24 ID:XkQeIA9c0

 ──回し蹴り!

 相手の弱点を二か所、ぶつけたような物だった。
 最初に、顔面。あの白面がいかほどの防御能力を持っているのかはわからないが、ああして密着しているという事は、そこに攻撃を受ければ、当然ながら、盾ごと押しつぶされるような痛手を追う事だろう。
 相手が娘であるのはわかっているので、同じ女として心苦しいところだが、先に仕掛けてきたのは向こうだ。
 次が、攻撃の拠点である右腕。あの鉤爪攻撃を予め封じておく事が出来る一撃。上手くすれば、一撃で骨が砕けるようなキックであるが、そんな手ごたえはなかった。余程頑丈な身体をしていると見える。
 しかし──確かに効果的だった。
 ここからは、攻撃の隙も与えず、更に攻めるのみだ。

「えいッ!」

 よろけている敵に、まるで床を滑らすようにして左足の蹴りを叩きこみ、確実にバランスを崩す。──相手は春麗の奇襲と猛攻に、かなり怯んでいるようであった。
 あまりに一方的にやりすぎて、少しは手加減もしてやろうかと思った矢先、敵は渾身の力で右腕を動かし、その研ぎ澄まされた三本の刃を春麗に向け構えた。
 それが、春麗に思い浮かんだ躊躇を完全に殺した。

「イヤァーーッ!」

 春麗は、そう叫んで、アクロバティックに身体を回転させながら、仮面娘の頭上を飛び上がる。人間の身長を優に超える高さを軽々飛び越える、人間離れした身軽さ──。
 弱った仮面娘の揺れ動く視界が、それに気付けるはずもなかった。
 これで敵に充分すぎるほどの隙が出来たわけだが、あまり激しく痛めつけまくるという程でもない。
 ──しかし、少なくとも、地面には伏してもらう。

「百裂脚!」

 そのまま、敵の真後ろに立った春麗は、片足だけを軸に立ち、恐るべきスピードとバランスで、何発もの蹴りを敵の背中に放った。
 幾つもの脚が、見る者の瞳の中に残像として焼きつけられるほどである。
 ダダダダダダダダダダダダダ……!
 仮面娘の背を、尻を、髪を、何度も叩きつけるキックの連打。
 一瞬で、百に届きかねないほどの蹴りを放つ事もできるが、春麗自身の疲労も大きく、あまり無理に百回の蹴りを叩きこむ必要もなかった。
 その四分の一でも過剰なほどであったが、多少過剰なくらいでなければ犯罪者を捕縛する事は出来ない。──そして、そのボーダーラインが、見事に敵の限界だったようである。

「ぐぁ……っ!」

 仮面娘も、後方からの連撃に耐えられず、あっけなく沈んだ。──春麗の脚が止まる。
 倉庫の床にマスク越しに叩きつけられるように倒れた仮面娘の右腕第二関節を、春麗の右脚が踏みつける。体重は強くはかけなかったが、それでも充分に右腕の自由を奪える力加減であった。
 スチャ、と音を立て、春麗が懐から銃を取り出し、仮面娘の背中に銃口が向けられた。手際は見事である。

「ふぅ、一件落着──『やったぁ!』って、両手を上げて喜びたいところだけど」

 この娘の殺意を春麗は感じ取った。故に、ここまでの行為に容赦はない。
 ──だが、これ以上は、あくまで職務を逸脱しない尋問である。

「くっ……」

 不覚を取り、奇襲とはいえ敗北を喫した仮面娘は、悔しそうな声をあげている。
 じたばたと抵抗を続け、右腕が未だ必死に動かされようとしているのを、春麗の右脚はブーツ越しに感じ取れた。
 どうやら、この娘の殺意は簡単には拭い去れない物らしい。
 一応、事情を訊こう。

「インターポールの春麗刑事です。公務執行妨害及び傷害の現行犯で簡単に事情聴取をしておきたいところですが──その前に、まず、その仮面を取ってもらおうかしら?」

 形式的な敬語の挨拶を即座に取りやめ、少々横柄に仮面娘に尋問する春麗だった。
 仮面を身に着けた相手というのは何ともやりにくい物で、会話ともなると透明な壁と戦わされているような気分だった。
 その前に、まずは仮面を取らせようとする。

176これが私の生きる道 ◆V1QffSgaNc:2015/11/05(木) 00:22:51 ID:XkQeIA9c0
 春麗自ら仮面に手をかけるより、彼女の空いた左腕に頼った。右腕の自由が奪われ、床に伏し、銃を背中に突きつけられている手前、普通の犯罪者ならばここで指示に従わない事はほぼありえない。
 ──が。
 彼女は、その“ほぼ”の例外に属する人間だった。

「春麗、か……。覚えたある。……ならば、春麗! 私を甘く見るな……!」

 そう啖呵を切ったかに思われた次の瞬間──仮面の娘は、拘束されていない左腕を胸の下に潜ませ、そのまま、左腕を思い切り伸ばした。床を蹴とばして飛ぶように、彼女は、左腕だけで、身体を飛ばしたのである。
 そして、彼女の右腕もまた、身体に釣られるようにして少し持ちあがった。──いや、春麗の身体ごと、持ち上げたのだ。力なき右腕ならば、当然ながら持ちあがる事もなく、左半身だけが寝返りを打つように天井を向くだけである。

「えっ!?」

 ──伸びきった仮面娘の右腕は、まるで、胴体と繋がった鉄骨のようだった。
 勿論、春麗は、それが宙に浮くとともに、そのままバランスを崩した。
 仮面の娘は、春麗の拘束を逃れて、宙に飛んだかと思いきや、そのまま後方に回転して見事、着地せしめたのである。

「──!」

 嘘でしょ、という春麗の心の声は、声にならない。
 愕然としたまま、少女に向き合う。

 少女の背中に突きつけていた拳銃の引き金を引く事は、結果的にはなかった。
 もしその引き金を引いてしまえば、春麗はこの少女を“殺害”する事になってしまうのが明らかだったからだ。──致命傷となりうる場所に銃を向けたのは、“威嚇”の為であって、“殺害”の為ではない。
 この少女は、おそらく、その躊躇を読んでいたわけではないが、おそらく、春麗が発砲するリスクも読んだ上で、拘束を逃れようとしたのだろう。

(半端な実力じゃない……!)

 やがて……構える春麗の前で、少女はその白いマスクを取った。
 春麗の要望に応えたわけではないのは、状況を見て明らかだ。もはや彼女の言う事を聞く必要は、拘束を逃れたこの少女にも皆無だ。
 それを取り去ったのは、彼女自身の都合による物である。

「……!」

 春麗も、その姿には驚きを隠せなかった。
 真っ直ぐに春麗を睨むその大きく円らな瞳も、仮面に隠されていた顔の輪郭も、幼い少女のようでありながら、大人びたようにも見えてしまう、不思議な色気のある美少女であったからだ。
 よもや、こんな少女の顔面に蹴りを叩きこんだのか、と春麗も思う。
 しかし、その瞳は憎悪に満ち、春麗への殺気立った思いを隠さなかった。

「ちょっと……あなた……」

 思わず見とれた春麗は、こちらへ向かってずけずけと速足で歩いて来る彼女を前に構えたが、それに対して、全く構う事なく、彼女は歩み寄ってくる。
 しかして、攻撃の気配がなく、それが春麗の反撃を躊躇させた。何かが彼女にストッパーをかけているような気がした。
 仮面をつけた時以上に、彼女の雰囲気は不気味に映った。

 そして──その仮面の少女は、春麗の眼前すれすれに立つと、思いもよらぬ行動に出た。

「──!?」

 春麗の顎に左手をそっとかけると、そのまま、春麗の頬に唇をつけたのである。
 所謂、キスだった。
 女同士である故、彼女が突然にそんな行為に出た理由は春麗にもまるでわからない。しかし、唇と唇で行うのではなく、頬に向けてそっと行うのは、何か挨拶や儀式のような“意味”を感じさせた。

「……」

 彼女は戦いを通して同性の春麗に惚れこんだわけではないらしい。──宣戦布告、と捉えるのが普通だろう。

177これが私の生きる道 ◆V1QffSgaNc:2015/11/05(木) 00:23:12 ID:XkQeIA9c0
 柔らかい感触を頬で味わい、まだ少し濡れた左の頬をゆっくりと拭った春麗は、“接吻”を終えた少女の、凛然とした瞳を見つめた。やはり、思った通りの意味であるらしい。
 そして、その気になれば本当のキスが出来てしまうほどのこの距離──何かとてつもない恐怖を覚えた。

「お前も覚えておくね、私の名はシャンプー」

 中国娘は、自らの名前を名乗る。
 ぶっきら棒で、不良めいた言い回し。黙っていれば大人しく無邪気な少女に見えるだろうが、闘争の場に相対した時、彼女の存在は悪魔にさえ見える。
 そして、彼女は即座に、再び三本の刃をぎらつかせた。仮面を外させる事に対して、この鉤爪を奪うのは格段に難易度が上がる。故に、まだシャンプーの右手は刃に覆われたままだった。
 ──殺気。
 春麗は後ろに飛ぶ。

「春麗……おまえ、殺す!」

 シャンプーの声が響くのと、鉤爪が春麗のチャイナ服の胸の下を横一文字に裂くのは、ほぼ同時だった。──今度は、肉体へのダメージはないが、少々嫌な所を破られたらしい。
 胸と腹とを繋ぐ空洞の“段差”のあたりに穴が開く。
 春麗は、もう何歩か後ろに飛び、先ほどより固く構えた。

「──フゥッ! ……あなた、やっぱり勝ち残りを望んでいるみたいね」
「……お前は違うあるか!」
「ただの格闘大会なら喜んでそうさせてもらうわ……でも、生憎、人の命を奪う趣味はないのっ!」

 春麗は、グロックを構え、シャンプーの脚を狙って引き金を引く。まずは無力化を狙った。春麗はこれでも捜査官の中で指折りの射撃の名手である。格闘戦だけでなく、警察官としてのあらゆる能力において、男性にも引けを取らない名刑事だ。
 胴のように、ずぶの素人でも命中させられるわかりやすい的を狙う必要はなかった。
 たんっ! と、銃声が鳴る。──しかし、シャンプーは、それが命中するよりも早く、右方に回避し、速度を増して春麗に肉薄した。

「アイヤァッ!」

 春麗の胸があった場所に向けて鉤爪の切っ先を向けながら、シャンプーは駆けだす。
 だが、それよりも早く、春麗は足を地面の上に置くのをやめ、飛び上がった。──シャンプーは、空中で膝を曲げる春麗の真下を駆け抜けていく。

 猪突猛進に春麗を狙ったシャンプーの一撃は、そのまま、春麗の背にあった麻袋へと突き刺さった。腹立たしそうにそれを思い切り引き抜くと、麻袋には相当大きな穴が開いたらしく、真っ白な粉が大量に零れて落ちる。
 どうやら、春麗の背にあったのは、小麦粉の山だったらしい。

「──……理由は何かしら? それだけ実力を磨きながら、こんな戦いに乗る理由は……!」
「教える必要はないあるっ!」

 再度、シャンプーの背後にいた春麗に向けて、鉤爪は空を掻く。
 春麗に接近し、一振り、二振り、鋭い刃たちが空ぶった。
 シャンプーの攻撃の角度やタイミングを読み始めていた春麗が、軽いフットワークで回避に徹したのだ。
 対して、春麗にはまだ幾つか使用していない切り札もあった。

「教えてくれなきゃ、困るのはあなたの方だけどねっ!」

 言いながら、春麗は二つの掌を床につき、倒立をするように自分の体重を持ち上げた。しかし、倒立と決定的に違うのは、両脚を開いている事である。
 そして、その手を放し、そこから繰り出されるのは、腕を床の上で回し──全身を駒のように回しながら、回転蹴りを何度も敵に叩きつける荒業。

「スピニングバードキック!」

 なんとこの技、本来なら手を一度地に着かなくてもやってみせるというのだ。
 何発もの蹴りがシャンプーの頬に命中する。春麗の脚線を見れば、まるで丸太の直撃を受けるほどのダメージを受けるのではないかという心配をする者も現れるだろう。
 シャンプーが動機を秘匿する限り、春麗も“理由なき殺人者”として、シャンプーを冷酷に追撃しなければならない。──同時に、説得も不可能になってしまうと来ている物だから、シャンプーにとってはデメリットの方が大きい。
 こんな荒業をぶつけるにも躊躇がなくなる、というわけである。

178これが私の生きる道 ◆V1QffSgaNc:2015/11/05(木) 00:23:34 ID:XkQeIA9c0
 シャンプーの身体は、その攻撃の勢いのあまり、地面を離れ、勢いよく車にでもはねられたかのように、麻袋の山に向けて叩きつけられた。

「くっ」

 吹き飛び、晴れた右の頬を左の手の甲で拭いながら、まだ戦意を喪失しないシャンプーであった。──どうやら、負けられない理由でもあるようにさえ見える。
 だが、たとえ理由がどうであれ、人を襲うスタンスである限り──そして、自らに敵対する限り、春麗はシャンプーと戦い続けなければならない。
 シャンプーは、ずきずきと痛みの残る右の頬をしきりに拭った。

「……今のは、さっきのキスのお返しよ!」
「“死の接吻”の事あるか」
「死の接吻……?」

 どうやら、先ほどの接吻にしても、何か物騒な意味があるらしい。
 そう、やはり儀礼的な何かであるようであった。──「死」という意味の。

「私たち女傑族の村の掟──もし、よそ者の女に負けたら、その相手、地獄の果てまで追いかけて殺すべし! 死の接吻はその証かし!
 中国の村の掟、絶対ね! 中国人のお前にもわかるはずある!」
「全然わかんないわよ! あなた、どこの田舎者!?」

 中国の悪い噂がまた広まってしまいそうだと思った春麗は、少し頭を抱えつつも、シャンプーの殺意は偽物ではないのを実感する。
 根本的に彼女が殺し合いに乗った理由はわからず終いであるが、いまどき殺戮の掟がある部族である以上、下手をすれば、この殺し合いに乗る事もまた宗教的な理由や儀礼的な理由による物である可能性は否めない。
 となると、真正面からの対話は不可能と見ていい。現代社会の法律を逸脱する常識が刷り込まれている以上、説得にはかなりの時間を要する事になってしまう。
 ここは、春麗も体力を消費するよりは、──手早く、自由を奪うのが良いと決定した。

「──」

 春麗は、グロックを構え、狙いを定める。
 敵は銃撃を恐れていない。──しかし、銃口の向きで回避を企てている。
 と、なると。
 ──命中率は僅か。
 だが、それでも。
 いや、だからこそ──。
 ここで決める!

 たんっ! ──と。

「──!」

 銃声が轟き、弾丸は目の前の物体を抉るように突き進んだ。──視認できないほどに素早く、それは、春麗の手の中の物体から離れて行く。

 だが……シャンプーには当たっていない。

 それどころか、シャンプーは、回避という手段さえ取らなかった。
 春麗は、全く的外れな所に弾丸を命中させたらしく、彼女が避ける必要は皆無だったのだ。それは、銃口を見ても明らかだった。
 シャンプーの脚と脚の間をすり抜けるようにして進行した弾丸は、シャンプーの真後ろにあった麻袋の山に命中した。
 何段目の麻袋かはわからないが──いや。
 しかし。
 それこそが、春麗の狙いだったのだ。

「……どうした、外したね。──撃たないならば、こっちからいくある!」
「どうぞ──」

 さらさらさらさら……。
 小麦粉が、床に零れていく。まるで砂時計が時を刻むように。
 焼けこげた小さな穴は膨れていき、下から三段目の麻袋は、形を歪ませて萎んでいった。
 四段目の麻袋が傾く。
 五段目の麻袋はそれにつられて傾いて行く。
 六段目も、七段目も……もっと大きく──。
 中身がさらさらと落ちていくのを見つめながら、春麗はニヤリと笑った。

「──ご勝手に!」


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