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アニメキャラ・バトルロワイアル3rd Part21

1管理人◆4Ma8s9VAx2:2015/03/15(日) 20:21:03 ID:???
アニメキャラ・バトルロワイアル3rdの本スレです。
企画の性質上、残酷な内容を含みますので、閲覧の際には十分ご注意ください。

前スレ
アニロワ3rd 本スレ Part20
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/13481/1336833730/

まとめwiki
ttp://www29.atwiki.jp/animerowa-3rd/

233rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 00:47:09 ID:fxNQ5zpc

さて、とりあえず、目を開けるのが怖かった。



今、泥の中に倒れ伏す僕の目の前には、いったい何が在るのだろう。
死後の世界だろうか。
誰かの死体だろうか。
どちらも在りそうで、そして見たくない物だった。

だけど、どちらも見なくちゃいけない物でもあったから。
目の前に何があっても、見なきゃ、なにも始まらないから。
僕は、阿良々木暦はゆっくりと、目を開ける。

「おはようございます」

目を覚ました時、最初に認識できたのは、少女の顔。
インデックスと呼ばれる女の子の、いつもの無表情だった。
倒れた僕の顔を覗き込むように屈んでいた彼女の銀髪が、頬にさらさらと触れている。

どうやら、死体を見るハメにはならなかったらしい。
だとしたら僕の方が……。

「痛、ッ!!」

「死んでもねーよ」と訴えるように、肉体は痛みを取り戻す。
インデックスの無表情と同じくらい『いつも通り』の、僕の身体はボロボロだった。
うーん、なんというか、安心、する。

いつも通りのボロボロ感は、いつも通りの最悪で、いつも通りの、生きているのだと示す証拠だから。
断じてマゾっけは無いけれど、今は『何もない』よりマシなのだから。

「ここ、どこだよ」

しかも幸いなことに、動けない程ひどい状態じゃないらしい。
僕も、そして周囲も。
泥溜まりがそこら中にみられるものの、まだ展示場内部としての原型を留めている場所だった。
辺りには相変わらず気味悪く変色した廊下の壁と床と、電力が途切れ動きを止めたエレベーターの扉、そしてやはり黒く変色した、階段室に続く扉。
ここはエレベーターホール、だろうか。
痛む上半身をゆっくりと起こしながら、インデックスに向き合った。

「展示場の地下1階です」

ぼそりと彼女は現在地を告げる。
展示場、地下『1階』、恐らくここより地下のフロアは全て泥の海に水没している。

全身を包む痛みに同期して、頭に戻ってくる映像がある。
地下深くに隠されていたシェルター内。
秋山澪との戦いに負けた後、襲い来る泥の波に万策尽きかけた僕を、ここまで連れてきてくれたのは他でもないインデックスだった。

「あなたが案内しろと、そう言った筈ですが?」
「そっか。ああそういや……そうだったな」

ああ、そうだ、確かにそうだ。
黒い迷宮と化した地下通路を逃げ惑う最中、彼女と合流できていなければ、いまごろ飲み込まれていたに違いない。

「希望された、『泥のない場所』は、この建物内に存在しませんでしたが、
 比較的希望に近い、『泥の少ない場所』なら、ここです」

「ありがとう、助かったよ」

淡々と告げる少女に、僕は笑顔を作って礼を告げようとして、見事に失敗した。
痛みに表情筋が固まり、不気味な表情にしかならなかっただろう。

「……はい」

素直に御礼を受け受け止める。
そんなインデックスの確かな変化を見て、僕は、まあ、特に何もしない。
良い兆候なら、それはそのまま伸ばしていって欲しいものだから。

「さて、じゃあどうしようかな、これから」

常時痛み続ける全身を、痛みに慣らしつつ、僕は思案する。
秋山との勝負には負けてしまったけれど、どうやら彼女の策もまた成就しなかったらしい。
世界の終わりは来ていない。
どうやら未だに、戦いは続いているようだから。

「ま、どうするも、こうするも、ないよな」

ならば、向かうべきところなど、今更一つしかないだろう。
忍野との邂逅は終わった。
秋山澪との対峙も終えた。
僕に飛ぶ力は無いから、空の戦いには参加できない。
じゃあ、ここから辿り着ける場所なんて、最初から一つしかないだろう。

243rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 00:49:08 ID:fxNQ5zpc

黒き泥が流れ出す中心。
必ず、戦いがあるだろう。
僕の二本の足で駆けつけられる場所で、きっと誰かが戦っている。

そこには、居るはずだ。
今の僕と違う理由で、だけど同じ思いで、戦っている誰かが。

僕に何ができるか、そんな事は分からない。
いや、含みを持たせる言い方はやめよう。
出来る事なんて、きっとないだろう。
秋山澪という一人の少女を相手に、結局なにも出来なかったように。

まして、この先に待つモノはきっと、魔法、魔術、超能力。
そういう形の企画外だ。
中途半端な半怪奇の人間じゃあ、殺されに行くようなもの。

ロクな戦力になりゃしない。
というか僕がこの場所で出来た事なんて、そもそも在るのかわからない。
僕はどうしようもなく弱い存在であって、この先もそれは変わらない事実だろう。
『できること』は、無い。

だからまあ、向かう先は間違いなく死地であって。
だけどまあ、『やれること』くらいは、残っているかもしれないから。



―――全員、生きて、また会おう。


そういう約束をした。
また出会うと。
『偶々残った、数人の他人』を相手に。


「……」


目指すは『終わり』。
その終わりがいったい何を指すのか。
きっと、もうとっくに示されている。

身体を完全に起し、階段へと歩む。
向かう先は展示場一階、全ての中心、展示ホールだ。

「じゃあ僕は、そろそろ行くから。インデックス、お前は今のうちにここから逃げ……」

「また、置いて行くんですか?」

その時、あり得ない感触が、背中に在った。

「え?」

引っ張られる様な、しがみつかれる様な。
いや、まて、これは違う。
背中だけじゃない……頭に何かとがっ……。






――――がぶ。



「あだだだだだだだだだっだだだだっッ!!!!!!」


ぼんやりとした思考は一瞬にして真っ赤に染まり。
頭頂部で痛みに一斉変換された感触に、僕は飛び上りながら何とも情けない悲鳴を上げていた。



――――がぶがぶがぶがぶ。



「うおおおおおおおおおッッ!!!」

いやいやいやいやいや、なんだこれ!
ついさっきまでそれなりにカッコつけて覚悟完了をキメてさあいくぞってノリノリだったのに!
結構決まってるような気がしてたのに!!
なんで唐突に女の子に、インデックスに!!
頭に噛みつかれ悲鳴を上げる男子高校生に堕とされてるんだ僕は!?


―――――がぶがぶがぶがぶがぶがぶ。


「マジ噛みッ! マジ噛みは勘弁ッ!」


抵抗の声虚しく、足元の泥溜まりに映るインデックスは無表情のままで僕の脳みそをかじり続けている。
かくして、シリアスムードはぶっ壊れた。
「あーもう、そういうのは聞き飽きたわい」と言わんばかりに、
インデックスは僕の脳内かっこつけモノローグを咀嚼粉砕し、
吐き出してくれた時には、もう全身の痛みが気にならないくらい、ただただ頭が痛かった。

253rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 00:51:19 ID:fxNQ5zpc

「……お前……そういうキャラだったっけ?」

「そう……だったのかも、知れませんね」

僕の頭から降りた後も、インデックスは表情を変えぬままだった。

「ですが、なんとなく、『そうしたい』、と」

そっか。

「私も、行きます」

じゃあ今の彼女も、僕と同じなのだろう。
説得は無駄という事だ。

「だったら、仕方ないか」

並んで、行く。
彼女は間違いなく主催の一人、事の発端のうち一人で、
けれどいつか天江衣が、友達になりたいと願った一人だった。

「お前、天江の友達なんだよな?」
「……いえ、考慮するとは伝えましたが」
「じゃあ結局どうしたいんだよ。今、アイツの友達になりたいと思うか?」
「……、…………ですが、彼女はもう」
「なりたいんだな。じゃあ、天江とお前は友達だ。天江は生きてるうちにお前と友達になりたいって言ったんだ。
 お前が承諾するなら、それで大丈夫だ」

僕たちは黒い展示場の中を進む。
ゆっくりと、ゆっくりと。
痛む全身とディパックを引きずり、握り続けていた紅い槍を杖にして、階段を昇り続けた。

「いいんでしょうか?」
「いいんだよ。だからさ、僕とも友達だ」
「……それはなぜ?」
「友達の友達は、友達ってことだ」

インデックスの表情は変わらない。
だけど、その瞳から、赤い血の涙を絶やさず。
その意味を、僕は問わない。

「それで、本当にいいのでしょうか?」

短い時間で、彼女はとても変化した。
要因も、過程も、何も詳しく知らないけれど、変化したのだと、僕は思う。
だけど、変わったのは彼女だけじゃない。

「じゃあ、しかたないな」

今、生き残る全て。世界に残る全て。
最初と同じで在れたモノなんて、一つも無い。
ここは何もかも、変えてしまう場所。
何故ならここは、何もかも失ってしまう場所だから。
だからこそ―――


「僕と、友達になってください」


ここに残る物は、こんなにも尊い。
何かが変わってしまっても、何かが変わらず、在り続けるものたち。
今でも手に届く、『僅か』が。


「これでどうだ」

263rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 00:52:42 ID:fxNQ5zpc



いつか僕は、何も持たない事が『強さ』だと信じていた。
失うもののない、傷つくことのない。
一切の痛みの無き場所こそ、優しい世界なのだと。
そんなふうに、思い込もうとしていた。

いつか傷を受けたことがあった。
それはまだ塞がらず、ここに来て、傷はまたたくさん増えた。
沢山のものを失った。

いつか何かを得た事があった。
ほんの少しの偶然と、ほんの少しの勇気と言葉で。
ちっぽけなモノを、手にすることが出来た。


「貴方の事を………みたいだと言っていた人がいました」
「……え?」
「耳が悪いところは、確かに似ていますね」


それは最高の出来事だったから。
こんな失うばかりの場所ですら、何かを得ることが出来ればと、強く思う。
新しい、『何か』を。

「着きましたね」

階段を上り終え、インデックスの指す方を見れば、目前には展示場ホールに繋がる扉。
それは本質的な意味で、何処に繋がっているのか。
地獄に近いどこかの戦場で在ることは確実で、紛れもない死地で、それでも僕はそれを開く。

訪れる終わりの形。
神の救済。
幸せな結末。
そのままで、終わらないために。

開け放つ扉の先。
ホールの奥から、溜めこまれた空気が吐き出され、突風と化して僕を襲った。
口の中、喉を圧力が蓋をして、一瞬息が出来なくなる。
咄嗟に目を覆って、顔を逸らして、呼吸を整えて、ゆっくりと前を向く。


目の前には、最後の戦場。
背後に飛び去っていく黒い風が明るく、僕へと告げた気がした。











―――それでは、また、失え。







◇ ◇ ◇

273rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 00:54:04 ID:fxNQ5zpc


泥の器が崩れていく。
まるで主の死に引きずられていくように。

悪を渇望する聖杯(こんげん)は潰え、ここに残るのは煉獄から続くような燃える炎。
未だ残留する無数の泥肉の群れ。

そして、一方通行と両儀式の二者のみだった。

二人は今、向き合っている。
先程まで、半ば協力関係に在ったと言っていい状況だったが、決して労いの握手を始めようという雰囲気ではなく。

ただ、次を始めようとしているに過ぎない。
共通の敵が消えたことで、両者は再び対峙する。

「で、だ。
 邪魔な汚物はこれで永久退場と相成ったワケなンだが……」

血走った目。黒く変色した血管の浮き出た白い肌。
過去最高潮の状態にあって、一方通行の肉体は今、異様を発現させていた。
まるで先ほどまで対峙していた存在の穢れを、まとめて喰らい尽くしてしまったように。

「待たせたな。ようやっと、『オマエの順番』がやってきたぜ」
「……別に、待ってた憶えはないけど……というか、まだやる気なんだ、おまえ」

対する式は、気怠く。
眼に怯みこそ見られないが、全身は疲労困憊であり、負担を隠せてはいなかった。

「なンだ、もう降参か?
 いィぜ命乞いのひとつやふたつ見せてみな、少しはキレイに死なせてやるよ。
 まァ俺の場合何したってェ? ペースト状にしかならねェけどさァ!」

言峰綺礼にトドメを刺したのはどちらだったのか。
それがそのまま、現在の差を表しているかのようだった。
かたや疲労をそのままに、かたや新たなる異常を全身に。

「まったく……元気だな……」

一方通行は最高のコンディションを維持したまま笑う。
笑う。狂ったように。
それは実に分かりやすい、異常者の振る舞いだった。

「けど、そんな下手な芝居はやめとけよ、似合ってないぞ」
 別におまえ、狂ってもいないのに」
「あァ?」

だが、式の言葉は一瞬にしてその虚飾を払っていた。
どこか痛々しいものでも見るかのように目を細め、指摘する。
この世全ての悪(アンリマユ)に精神を犯され続け、間違いなく狂気に侵されている目前の悪鬼は、
両儀式の視点ではそうおかしくはないものだと言うように。

「……やっぱ、眼がイカれてやがンだな。なンにも見えてねェンだろ?」
「ちゃんと視えてるよ。だから言ってる。
 そんなになっても、おまえは初めて会った時から変わってない。まだ、最後の線を越えちゃいない。
 何かの為に誰かを殺そうとしている。殺人鬼にも怪物にもなりきれていない、ただの殺人者だ」
 きっとオレよりも、さっきの奴よりも―――おまえのほうが、まだ全然人間だ」

そう、両儀式は今も断言する。
理由のある殺人は化物ではなく、ありきたりな人間の在り方だと。

その言葉は刃だ。
どれほど肉体をヨロイで覆っても、一切の障壁を無視して精神に触れてくる。

283rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 00:57:20 ID:fxNQ5zpc

「――――は?」


だが、それでも尚、

「ヒャハハハハハハハハハハハ!!」

一方通行は嗤った。
式の言葉を、蹴り飛ばすように。

「……オマエ……笑わせてくれるじゃねェか!
 俺がまだ人間だァ? 狂ってない? だから、なンんなンだよクソッタレが!
 どうでもいいンだよそンなモン。俺がどこの誰だろォが、正気だ狂気だ正義だ悪だ、全部意味ねェンだよ!!
 俺は、俺は、俺は――――――!」

守護(ころ)すモノだ。
アイツを泣かせるもの、アイツを苦しめるもの。
アイツにどうしても人並みの幸せってものをくれてやらない世界を。
こんなやり方しか知らないから。こんなやり方しか出来ないから。
だから、この世の狂気罪科刑罰全て、身に集めてでも絶対に―――――――


「あァ……クソ、ちくしょうが。何言ってンだよ、俺は。どうせ今すぐ殺す奴相手によォ……!」
「同感だ。オレも多分、どうでもいいことを言ってる。
 しかもそれでも構わないとすら思っている。まったくさ、どうしようもないよな」


その時、一瞬だけ、何かが緩んだのだろうか。
空気は緊迫としているのに、互いにどこか穏やかな口調で言葉を交わし合う。
だがそれも、きっと最後。

「……さっき、ああは言ったけどさ、その力はやっぱり化物じみてるよ。
 確かに、こいつは魔的だ。なら―――」

魔眼が、耀る。
灰色の痩躯に浮き上がる死線。
今は限りなく人離れしたその肉体にも、薄らと、確かな死は存在している。
そこに終わりを齎す亀裂を、突き入れる様を幻視して。

「オマエが言えたクチかよバケモノ女が。
 ……けど、あァ全くだ。こんな縁(モン)は、ここで潔く――――」

一つの世界の頂点に君臨する超能が、再び起動する。
解き放たれた能力を全開していく。
殺害方法は無限に徹底。
眼から五体に至るまで、対峙する存在を欠片も残さず粉砕するために。

「きっちり殺しておかないとなぁ―――!」
「キレイサッパリ、殺してやらくっちゃなァ―――!」

衝突する魔と魔。
和装の殺人鬼がナイフを片手に駆け走る。
旋風となり迫る影を、白髪の鬼は無形で立ち待ち受ける。





崩落していく泥の舞台。
灼熱の漆黒が埋める淵の底で、彼ら『人』の、最後の戦いが始まった。

293rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:00:22 ID:fxNQ5zpc

◇ ◇ ◇




颶風と化した一閃は一直線に、一方通行に向かって疾走する。
当然である。今の両儀式(かのじょ)にとって、対敵への攻撃手段はそれしかない。
そしてそれは今、どんな策にも勝る単純にして最強の一手である。
踏み込み、斬撃。
ただそれだけ、それのみで、両儀式は最強の超能力者を圧倒する。

それを当然に理解していた一方通行の取った行動とは、極めてシンプルだった。
正面に迫っていた式の上を征服するが如く飛翔し、彼我の距離が縦に大きく引き離された。
真下の式を睨みつけ、おもむろにポケットから数本のコーヒー缶を取り出す。
握り締める手から放された飲料水の容器は、重力だけでなく周囲の力の方向を巻き込み、星に落ちる隕石と化す。
人体が浴びればたやすく肉と骨を貫通する死の雨に、気後れすることなく式は身を翻してみせた。

「なンだァ、その目はァ?
 お行儀良くヨーイドンで正面から殴り合いするとでも思ってたのかよォ?」

展示場の吹き抜け空間にそびえる柱のひとつ、
既に根元は崩れ役目を果たしていない支柱を足場に、眼下の女を睥睨する。

「相手の土俵で踊るバカがどこにいやがる。  
 ましてやオマエみてェなバケモノ相手に」

最初から、勝負の形は見えていた。

「俺は近づかねェ。オマエは近づけねェ。
 ナマクラ振り回してせいぜいみっともなく逃げ回ってろ」

それは一方通行にしてみれば当然の選択だ。

「さァて―――どこまでもちますかねェ!」

一方通行の立つ柱が、踏みつけた衝撃に同調して激震。
根が折れ特大の砲と化して顕現する。
距離計測。
式との間合いを計算し―――

「に・げ・ン・な・よォ。
 そンなにバリエーション豊富に殺されてェのかァ!?」

俊敏に回避行動を続ける式を捉えるべく、一方通行が選択したものは線よりも面を重視した包囲攻撃。
柱一本を砕いて創る規格外の散弾だ。
延焼を続ける炎を巻き込み風を集め、飛び散った黒聖杯の成り損ないを掴んで投げ飛ばす、
この世の全てを武器に変え、たった独りを殺そうと火力を投入し続ける。

凌ぐ式に選択肢は二つしかない。
一つ、かわす。
単純明快だ。
軽やかに舞い、瓦礫の礫を避けていく。

だがそれにはいずれ限界がやってくる。
初対面の時とは違う、ここは閉鎖された屋内だ。
逃げる場所は限られて居る。
また一方通行は今や式の能力をある程度把握している。
その間合い、力の及ぼせる限界。計測して動く戦術眼が今は在る。

そして何より疲労。
先の戦いで大きく消耗している式は、動くが鈍くなっていた。
それは僅かな差異でしかない。微々たる違いだ。
しかしこの敵の前では、その差こそが命取りになる。

躱し切れない一撃が必ず来る。
それは分かっていた。
分かっていたからこそ、遂に回避不能の一撃を予感した時、迷わず行動に移れた。

303rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:03:41 ID:fxNQ5zpc

全身を穿ち貫く瓦礫の嵐。
空間的に、左右どちらも逃げ場無し。
上に飛んでも後退しても死期を早めるだけだ。

故に、握る刀(ゆいせん)に力を込める。
長大なる刃渡りを秒を数えず抜刀し、刀身を視認させぬまま納刀に達する。
『聖人』の一撃を再現する断割は、式の全身を引き裂くはずだった散弾全てを、窮地ごと薙ぎ払っていた。

それも、たったの一振りで。
明らかに斬撃の範疇を超える挙動であったが、それでも本来の聖人の動きを模倣(トレース)仕切れてはいない。
そんな事をすれば式自身の身体が持たず崩壊するだろう。
これはあくまで、唯閃に残されていた使い手の残り香、その更に残滓に過ぎない。

そして残滓の一撃ですら、式の身体に及ぼす負担は尋常ではなかった。
一振り毎に、皮膚に亀裂が走り、肉が潰れ、骨が砕ける。
それでも、目前で展開される絶死の弾幕を踏破するには、斬撃を放つ他無い故に、式は刀を振るい続ける。

命を繋いではいるが、式の肉体には次々と傷が刻まれていく、事実として詰めに入られていることは明らかだった。
間合いに近づけず、逃げ回るか切払うしかない。
時に遮蔽物に逃げ込むが、それも長くもつことは無い。

対し、一方通行は仕留めきれぬ得物を追う。
額から滴る血は、前の戦いでの傷であると無視する。
ぐずぐずと煮え立つような自らの身体の異常を黙殺して。

今はただ、冴えわたる計算と制限の取り払われた能力をフル回転させ疾駆する。
時間制限は最早ない。
代わりに、肉体が現在進行形で崩壊を続けているとしても。

能力を解放するために用いたのは、黒聖杯の魔力。
超能力者に対し、魔の力は猛毒だ。
まして呑み込んだのは呪詛の塊。

アンリマユを受け入れたと言っても、体質的な拒絶反応は消せるものではなかった。
一方通行はそれに気づかない、あるいは気づかぬフリをしているのか。
能力の行使に一切の躊躇は無かった。
まるで、それは罰の顕れなのだと受け止めるかのように。

二人、相手を傷つけながら、自らを傷つけていく。
お互い、相手を殺すために自らを削り続ける行為を続けている。
死に落ちる螺旋を描く、それはまるで円舞だった。


「――――ッ―――――――は―――」


倒れた柱の陰に、身を隠したまま、式は思う。
早くも、限界が近い。
全身の感覚が薄れつつある。

馬鹿な事を、無駄な事をしているな、と思った。
相手は遠からず崩壊する兆しを見せている。
自分を殺したとて、それは変わらない既定事実だろう。
簡単に逃げられるわけもないけれど、それでもマトモに立ち向かっているのは、何故なのか。

313rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:10:51 ID:fxNQ5zpc

同情か、親近感か、どれも違うと思う。
特に、似ているものがあるでもない。

比べるものがあるとすれば。
二度と手に入らなくなっても、残ったモノを守りたいから生きると決めた式。
常に脅かされる大切なヒトを守るため、永遠に離れることを固く刻んだ一方通行。

そこにあるのは羨望なのか。
まだ壊れていないなにかの為に懸命に抗う一方通行に、思うところが在ったのか。
その答えさえきっと、無駄なもの。
どうしようも、ないものだ。

感じるのはただ、残骸を握り締める痛みだけ。
痛みが生きる実感をくれる。かつてそう語った少女がいた。
少しだけ、分かるような気が、した。

「……それでも、ここにいるから」

生きる為に殺すという思考に疑問はない。
殺人衝動は波を引いていた。彼の命を欲しいとも思わない。
今、両儀式は紛れもない「人間」を殺す。その罰の重さを耐え切れないと知った上で。
それは生きる為というより、罪を受け入れるのに似た決意だった。


「――そろそろ、行くかな」


柱の影から出れば、待ち構えていたように浴びせられる炎風。
今度は逃げるつもりも無かった。
何故ならもう、見えているから。
両手に握り締めた七天七刀を振るうだけで、それらは簡単に掻き消えてしまうから。
続いて襲い来る雷電も竜巻も、同様の末路を辿る。
万物に内包された死に切先を通すだけで、全ては死に、還っていく。

「おまえの能力は、形も色もその時によってバラバラだけど、常におまえの周りを囲んで走っているんだ。
 規則性がないっていう規則に基づいて動いている。まるで、星の系図みたいでさ。
 なんて言うのかな、まるで宇宙そのものを見てるようで―――本当に、綺麗だよ」

忌憚のない感想と共に、微笑して、進み続ける。
直死の魔眼、その本領を発揮する舞台が今目の前に在る。
重力や大気といった見えない要素も、超能力という加工を受けたカタチなら見切る事は可能。


飛来する砲撃を、一振りで切払う。
落下してくる圧力を一足で躱し切る。
純粋なる量に訴えて来ようが、打撃、斬撃、銃撃、全て神速の斬撃が斬り払う。
炎刃、風刃、雷刃、如何なる手段によってか、迫りくるそれらを纏めて殺す。
床や天井に罅入れる崩落すら、式は地面に刀を突き立てて、流されていたベクトルごと、全て殺す。
殺す、殺す、何もかも殺して先に行く。

空間上の、一方通行に操作された『ベクトルの線』を、片っ端から殺していく。
そう、対敵がこの世の全てを悪意に変えて殺しに来るならば、両儀式はその『全て』を殺し尽くす。


「―――!?」


瞠目する敵へと、式は確かに距離を詰めていく。
どこかの喫茶店からくすねてきたナイフを二投。
一方通行の逃げ場を塞ぐように投げ放ったのを合図にして、縮地如きの足運びで、彼我の間合いを詰めていく。
浴びせられる殺意を、殺して、殺して、殺し尽くしながら迫り行く。


「オマエ――――!」


飛来するナイフが、離脱を許さない。
一方通行は予感した。
オマエはコイツに殺される、と。
持てる全火力。
全攻撃手段を浴びせかけて尚、近づていて来る敵の姿に。

考え付く殺害手段全てを投下しても止められない相手。
いつか、己を倒した誰かのように。
最強の攻撃を悉く凌ぎ、眼前にたどり着き、拳を届かせた者のように。

323rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:13:30 ID:fxNQ5zpc


「―――――ふざけンじゃ、ねェぞ?」


認めない。全てを出し切れ。
敵は一瞬にして己を上回った。
ならば、そんなふざけた結果など、再度、書き換えろと猛り吠える。


「おおおおおおおおおおおおおおおおォォォォオォォォ」



質量の雨、プラズマ、火炎、地盤沈下、天井崩落。
何一つ通じやしない。
何をやっても、運動の根源(ベクトル)を殺される。

ならば次の手を撃て。
何でもいい、こいつを殺すための手段を探せ。
片っ端から撃ちまくれ。

そうだ、あるだろう。
まだ対敵に為にしていない殺害手段が、一つだけ。



「――――――gapwzg殺aekseh――――!!」


咆哮に顕れたのは黒翼だった。
その本質は未だ正体不明なれど、破壊力だけは疑いようがない。
何より敵は、まだこの力を解析できては居ない。
振りかざす二枚羽。
消え失せろと叫ぶと同時、漆黒を振り下ろす。


「――――!!」


目の前に迫る極撃。それでも式は怯む事無く突き進む。
黒き翅が視界を埋め尽くそうとするも、するべき事は分かっていた。
打倒すべき奔流は式とは出自の異なる物なのだろうか。
未だにハッキリとした死線を捉えることが出来ない。
一方通行の能力を見るに時間が掛かったように、この交差が終わるまでに捉え切るのは不可能だ。

ならば、出来ることは一つ。
両者ともに、最大の破壊力でもって相手を打ち砕く。
唯閃、その開放。奇しくもそれは一方通行の世界と出自を同じくし、同時に対立する世界の極点。

一方通行の翼を見切る時間は無くとも、今握る刃を理解する事ならもう十分に済んでいる。

読み取る情報(かんかく)は多岐。
之の使い手は、天草式十字凄教、それを土台にした剣術を主体とする。
が、それだけでなく、どこか式の生きてきた世界と根本的に異なる種類の魔が絡んでいる。

仏教術式・神道術式・十字教術式。
知らぬ理(ことわり)が渦を巻き、使いこなす事はやはり不可能だと訴えかける。
だが十分だ、やりかたを『参考』にできればそれでいい。

再現できなくとも編み出そう。
特殊な呼吸、自己暗示による身体組み換え強化、『聖人』。
式に馴染まない異界の魔術。
しかし、それによく似た技法なら馴染みがある。

特殊な呼吸―――この程度なら可能だ。
自己暗示――――よくやっている。
聖人――――――己は違うが比べるべくもない、何故なら己は――――――

走るノイズすらどうでもいい。
重要な技能はただ一つ。

如何なる対魔防御も異なる教義にてすり抜け『迂回して傷つける』対神格。
天使の翼を刈り取る斬撃。
その概念を創作できれば、それでいい。




「唯―――」


―――抜刀。


「―――閃」


黒と銀の閃光が通り抜ける。
落ちてくる巨大な漆黒の一翼を、両儀式は両断した。
切り落とされた羽が展示場の床に落下し、地を抉り壁を吹き飛ばす。

刹那の間断すらなく、降ろされる二枚目。
その時点で既に納刀されいてた唯閃の二撃目が、引き抜かれ迎撃する。
切断された二枚目が宙を舞い、そして、その向こうで。


三枚目と、四枚目が、既に控えていた。

333rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:22:42 ID:fxNQ5zpc

「――――gph割akn!」

否、それだけでは終わらない、五枚目、六枚目が発現する。
まるで熾天使。
この世全ての悪を喰らった体は、異界の魔術と魔術が交差した力は、ここに最大の変貌を遂げていた。

「―――――!!」

式は、死を、視る。
その無敵の翼に走る死を。
脳回路が焼き切れるほどに凝視して。
飛来する四枚の翼へと、全くの同時に、四つの斬撃を叩きこんだ。


「―――――く―――そ―――!」


それはどちらが発した言葉だったのか。
耐えきれず砕け散った唯閃の柄を握る式か。
三枚の翼を同時に殺されるのを感じた一方通行か。

ラスト一枚。
死を捉え切れず、殺し切れなかった翼が落ちてくる。
身体の限界を振り切って斬撃を行使した反動か、唯閃を振りぬいた式の右腕は動かない。
だから代わりに、懐に差し入れていた左手を抜き放つ。
落ちてくる翼へと、握るルールブレイカーを突き刺して、その時、両者の動きが同時に止まった。

「オ……マエ……!」

唯閃を囮にして、最初から、これを狙っていたのか。
ピシと、ルールブレイカーと、この世全ての悪との契約に罅が入る。
故に一方通行は刃の触れた翼を、破棄せざるを得なかった。
彼はは驚愕しながら一歩を踏み出す。
最後の翼と、短刀が同時に砕ける。

一方通行はこの世全ての悪(アンリマユ)との契約破棄こそ免れたものの、全ての翼を破壊された。
両儀式は最大の武器である七天七刀を失った。

故にここからが両者にとって、本当の正念場。
お互い間合いに入ったうえでの、両者武装解除。
開始される、クロスレンジでの殺り合い。

一瞬一瞬が生死を分ける。
一歩でも先を行ったモノが、勝者となる。

刀を失った式に対し、翼が無くとも攻撃に移れる一方通行の有利、かに見えた。
一方通行は足元に転がっていた無数の小石を蹴り上げ、右手で触れることによって射出しようとし、
そのさらに先に、一体いつ持ち替えていたのか、式の右手のナイフが一閃された。
切先が小石の弾丸を払い、空間に走るベクトルの能力を殺害する。
能力の封じられた一方通行の五体へと切り返すように、式がナイフを突き入れようとする最中、彼女の頭に突きつけられていたのは銃口だった。

それは、一方通行の左手が握り締めていたモノ。
ベクトル操作によるものではなく、懐に隠し持っていた、何の変哲もない拳銃。
能力を盛大にブラフとした、能力殺しへの切り札だった。

343rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:25:14 ID:fxNQ5zpc


血が、飛び散る。
首を傾け、急所を避けた式の動きは驚嘆に値する物であり、だがその間隔は、隙以外のなにものでもない。

間髪入れずに腕が伸びる。
破壊の魔手。
能力を取り戻した一方通行が放つ、殺人接触。

伸びる手が胴体に触れる前に、式はその腕を自らの手で受け止めていた。
一方通行は勝利を確信する。
触れる場所は何処でもいい、これで詰みだ。
血流を逆転させ、腕から全身を破砕せんとし――

「―――――あァ?」

次の瞬間、困惑に支配される。
破壊が胸にまで届かず、腕の部分だけに留まっていた事実に。


"―――義手、だと!?"


機能が停止してただのモノに戻った義手は肉体との接続を失い、結果的にベクトルの流れを途中で断ち切っている。
身代わりにした左腕のパーツに混じって、地面へと零れ落ちるペーパーナイフ。
それを式は、ブーツの爪先で蹴り上げた。


「――――がっ!!」


防御の反射は当然の如く無視し、切っ先は身を捩った一方通行の左肩に突き刺さる。
一方通行は肩に熱を感じるよりも早く、いましがた己の細い胸板へと接触していた、式のたおやかな指に底冷えしていた。
指は蠱惑的にさえ思える動きで、泥に浸すようにずぶりと、肉の内側に沈み込み。


「終わり……だ……!」


―――死ぬ。


死を、直に味わう。
今まで受けたどんな感覚よりも冷たく、深く、昏く。
抵抗の力さえ奪われていく中、全身で死の手触りを知る。
そうして指先が、己が心臓に、達しようとした刹那―――――


「オマエが、なァ」


あらん限りのベクトルを、式の腹に蹴り入れた。


「――――――ッ!!!!」


声を上げる事すら許されず。
式は叩き込まれた衝撃によって、遥か後方に吹き飛んでいた。

353rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:26:59 ID:fxNQ5zpc

一方通行に血液を逆流させる余裕が無かった故に、即死は免れたものの。
それは事実上、勝負を決める一撃だった。

先程まで身を隠していた柱に全身を叩き付けられ、両義式は沈黙する。
左腕を失い、肋骨は数本折れ、立ち上がれたところで満足に動けるかも怪しい。
少なくともこれ以上、一方通行との戦闘に耐えることは出来ないだろう。



「……まァ……なンだ。つまり、そういうこった」



死を実感し、一方通行はここに至り、直死の魔眼の本質を悟る。
確かに強力な能力だ。生者も死者も、幻想すらも殺す能力。
事実として、最強の超能力者を敗死させる寸前だった。

喉笛に刃を押し付けられる、あるいは心臓を直に掴まれた程の瀬戸際。
ほんの僅かな差で、結果は逆転していたと言えるほどの僅差。
だが。だからこそ。自分は負けず、対する敵は勝てなかった。

『全てを殺す』、ほどの規格外。

目の前の彼女はかつて一方通行を倒した彼より強く。
けれど彼とは違う。違うと、断言できる。
何故ならば、



゛ふざけた幻想だけを殺し、それ以外の全てを守ってきたアイツだからこそ、己は負けたのだから゛



結局ところ、彼女の敗因とは、ただ一つ。



「最弱(さいきょう)のアイツ以外が、俺に勝てるワケねェンだよ」



そして己の勝因を告げ、終わりの一撃を放とうとして、




「―――――ァ?」



一方通行の視界の隅に、何か、些末なものが、映っていた。







◇ ◇ ◇

363rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:28:51 ID:fxNQ5zpc





―――――そこで私は、観測を停止した。



「オマエ、何だ?」


そこに立つものに、一方通行は問いかける。


「……なァ? 頼むぜおィ。
 今更、弱い者イジメさせられンのは気分悪ィンだよ」


一方通行の目前に立つ者。
膝をつき敗北寸前の両儀式の、更に背後。

一人の男が、立っていた。
阿良々木暦という、一人の人間が。
一人の弱者が、そこには立っていた。

「……なぜわざわざ、殺されにやってくるンだよ?」

どうして、死ぬと分かっていながら、姿を現したのか。
そう、一方通行は問うている。

一方通行の目の前に立つ彼に。
同時に、彼の後ろに居る存在、インデックスの目の前に、守るように立つ彼へと。

殺すものは問いかける。
なのになぜ、一方通行の前に姿を現した。
注意を引き付ける為だけに、前に出たのだと誰の目にも明らかだ。
両儀式の死を、数秒間遅らせることしか出来ない無能。
障害として機能しないレベルの性能差。


にも、拘らず―――――


彼は、前に出た。
両儀式の死を、数秒間遅らせる為、本当に、ただ、それだけの為に。

泥だらけの学生服。
傷だらけの皮膚。
何度くじかれたか知れない心。

敵は強い。
己は弱い。
勝ち目は無い。
どうしようもない。

それでも立ち続ける者を。
立ち向かえる者を。
誰かが死ぬのを、傷つくのを、見ていられないから行ける、そんな者を。
さて、物語では何といったろうか。

373rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:32:56 ID:fxNQ5zpc

「悪い、ちょっと待っててくれ」


彼は背後に守るインデックスへと、そう言って、また一歩、踏み出す。


「すぐに戻ってくる」


がくがくと震える足で。


「大丈夫、僕は死なないし、誰も殺させない」


紅の槍を両腕に構え。



「なんて、ね。似合わないよな。
 でも、一生に、一度だけ、
 言ってみてもいいだろ。こういう―――」


目に、敵を映し。


「主人公っぽい、セリフを、さ」



この場、この一瞬だけの主役は、駆け出した。




彼の、絶対的な死を前に。


背後にいた者が、無意識に伸ばしていた手は、届かない。
すり抜ける。掴めない。
いつかのように。いつものように。

―――いつも?
――――いつもとは、いつのことなのだろう?

分からない。
だけど、分かる、今なら理解できる。

そうだ、いつもすり抜けてきた。
いつも止められなかった、何も出来なかった。
いつも私は、何も、知らなかった。知る事さえ、出来なかった。

383rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:34:13 ID:fxNQ5zpc



『――何を、望みますか?
 自己の消滅を前にして、あなたは』


どこかで流れたノイズ。
記録に残る誰かの言葉が、再生される。


『……せめて、戦いたいな、衣も。
 それは無理だって、止められるだろうって、分っているけれど
 終わる前に、衣も最後に……力になれたなら』


最後に死ぬ前に戦いたいと彼女は言った。
戦って、彼女は死んだ。

誰かの為に、生きたいと、彼女は最後まで願っていた。
ああ、その願いは、果たして、いつの、誰の、願いだったのか。


―――傍にいたい、私はあなたと共にいたい。
貴方の抱える物を代わりに背負う事が出来なくても、せめて隣で戦いたい。


「―――」


あなたは私に何も話してくれず、私を置いて行ってしまう。
私は守られていることしかできなくて、何もできなくて、傷つくあなたを知ることすらできなくて。


「―――」


だからいつも、ボロボロになって帰ってきたあなたに、微笑しか渡せない自分が悔しい。
わたしだって本当は、あなたを守ってあげたいのに、戦いたいのに――――


「―――」


そんな苦くて淡い思いは、いったい誰のものだったのか。



「――――――――――」



悲鳴すら、上がることは無かった。
彼が血を流したのは、僅かな思考の、一瞬の後。
一方通行が投射した質量が彼の右腕をばっさりと切断し。
紅い、紅い、飛沫が散る。

393rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:35:32 ID:fxNQ5zpc

インデックスの足元の床に、千切られた腕が落ちてくる。
そして遅れて、血の雨が降ってきた。
紅い血が、『歩く教会』を滑り落ちて、インデックスの頬をぬらした。

「………ぉ……がぁ……ぎ……」

彼が何を言っているのかは分からない。
それはただのうめき声だ。
痛みに咽び、弱さに打ち震える、潰されたカエルのような鳴き声でしかない。
意味をなさない、ノイズ以下の音だ。

そんなものを吐き出しながら、阿良々木暦は、未だ立っていた。
先の途切れた右腕から、鮮血が迸る。
ショート寸前の痛覚に耐える為に噛み締めた下唇から、どろどろと血が流れ出す。
そうして、もう一度、足を、踏み出す。


―――て。


踏み出して、いく。


―――って。

彼が一歩を踏み出す度に。
重なるように見える何かに。



―――まって。

脳が、粉々になっていく。
思考が、意志が、インデックスという装置を、構成するものが破壊されていく。

それは今に始まった事ではなく。
最初から加えられていた一つの機能。
ゲームの終了と同時に、破棄される予定に在った禁書目録。
その自壊装置が、駆動し続けている証。

誰かの喪失を目にする度に、ほんの少しずつ。
時をかけて、少しずつ、少しずつ、罅割れていたガラス、噛み合わなくなっていた歯車。
エラーの蓄積は遂に、致命的な狂いとなり。
砕けた機能の内側から、秘せられていた『感情』が滲み、滲み、溢れ出し―――


「―――告」


このからっぽな心に、意志を、表す。







「――――警告」

403rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:38:45 ID:fxNQ5zpc

耳に聞こえるそれは誰の声か。
この施設に在る全ての存在を、インデックスは知覚していた。

阿良々木を一撃で殺せなかったことに表情を歪めた一方通行。

自らの血に足を滑らせ、インデックスの目の前で床に倒れ伏していく阿良々木暦。

僅かに肩を震わせた、両儀式。

インデックスのさらに背後に立っていた、秋山澪。

外周廊下を駆け抜けて、ホールへと近づてくる平沢憂。

どれでもない、と断定する。


「―――――警告、第三章、第一節。
 『その行動』は自身の生命活動を著しく脅かします。即時の停止を推奨」


これは、自らが発する警鐘だ。
いま新たに一歩を踏み出し、阿良々木暦の千切れた右腕を拾い上げた存在。

一方通行の注目を集める、のみに留まらず。
阿良々木暦の右腕が掴んでいた槍を、手に取った者の口から、己自身へと発せられる。
自動書記(ヨハネのペン)という、機能のエラー音声に他ならない。

「対面する存在の敵意を確認。一方通行。学園都市最強の超能力者。
 危険度はバトルロワイアル全参加者中最大域を計測。10万3000冊の書庫の保護の為、迎撃を開始します」

壊れていく、機械の音。

「――――警告、第十四章、第十三節。
 現在の行動に意味は皆無。ヨハネのペンは残り一時間と二十三分と十八秒をもって内在する意識ごと自壊破棄され■■■■■―――警告、第十二章、第十節。
 迎撃対象に最も有効なローカルウェポンを組み上げ開■■■即刻の中止を推奨、現在の行動は禁書目録の存在理由に■■■接触した聖遺物の解析を開始。
 ■■■自動書記の機能不全、魔術の不正使用を確認、暴走状態に在ると断定、これより予定(シナリオ)を繰り上げ禁書目録の完全消去を実行しま■■■■」


ざあ、ざあ、と。
聞こえるノイズは強まっていく。

ばきん、ばきん、と。
脳裏では破砕の音が響き続ける。

全身の細胞が次々と弾け、高温の血液が沸騰し、己が存在よ速やかに終われと自動書記は筆を速める。
瞳からは血の涙がこぼれ続け、視界(がめん)は、壊れたテレビのように砂嵐が覆っていく。
ここに来て、加速度的に進んでいく全身の崩壊。

魔術の行使。
そんな事は許されない。
本来、インデックス自身からその機能は排除されている。

インデックスという、ヨハネのペンという、存在を破棄された後でなく、しかし正常でもない。
『崩壊の過程』で在ったからこそ起こり得た、これは『現象』だ。

413rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:41:13 ID:fxNQ5zpc




そう、とっくに、禁書目録は、ゲームを円滑に動かすための装置は、壊れて始めていた。
自らの機能によって、そして観測してきた『彼ら』によって、関わってしまった『彼女』らによって。
彼女もまた、例外ではなく、『変えられて』いたのだから。






「――――警告、第二十三章、第三節。
 接触聖遺物の解析―――失敗。
 禁書目録とは異なる世界の聖遺物と断定。
 内臓された■■の完全再現は不可能。
 実行可能な類似奇跡の■■警告、禁書目録の消去進行■■■■検索を開始―――成功。
 ―――迎撃対象個人に対して■■■警告、術式の発動停止を即時推奨■■■■最も有効な魔術の組み合わせに成功しました」
 






観測する端末は壊れ、消えようとしている。
『完全な機能』は崩壊した。
僅かに灯された何かの指令(コマンド)に、ブレーキすら失ったそれが暴走しているに過ぎない。
ならば、今この肉体を暴走(うご)かすものとは―――





「――警告、第■■章第■節。■の解析に成功しま■■■■。
 『ケルト神話』より英雄の記録を抜粋■■■警告、禁書目録の消去を更に加速■■■警告、聖遺物の攻勢術式再現開始■■■■。
 ■■特性により■■警告■■■■如何なる障壁も迂回無視■■運命■転■■■警告■■概念武装を■■■警告■■■■構築し■■警告■。 
 術式を固定■■■警告■■■組み込み開始■■■警告■……第一式、■■警告■■第二式、第三式■■警告警告■■■■警告警告警告警告警告――――」





『私』の、意志。
そう、これは、この時だけは、私の――――






「命名、『刺し穿つ死棘の槍』完全発動まで十五秒――――」






私の、物語だ。

423rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:44:17 ID:fxNQ5zpc



「オマエ―――――――!!」






突如、展開された術式。
紅き槍を構えた存在から発せられた異質な空気。
本能的に危機を感じ取ったのか、一方通行がすぐさま攻勢に移ろうと地を蹴った。
そこに、刃を構える銀色が、割り込む。

「鬱陶しい!!」

投擲される鉛の散弾を、両儀式は断絶させた。
ほぼ全身が機能不全陥った状況下、唯一動く右腕を振り上げ、旋回させるナイフによって断ち切る。
限界に達した肉体で、一挙動ごとに血を吐き出しながらも。

残り十五秒。
之より背後。
絶対に進ませぬと阻んでいる。



「残り、十三秒」
一撃。


銀の鉛が舞う。
威力は相変わらず一撃必殺。
対する一振りも一撃相殺。


「残り十秒」
二撃。


銀のナイフが翻る。
限界は初めから見えていた。


「八秒」
三撃。


銀と銀が衝突し、散る火花。
一振りする毎に、吐き出される鮮血と、遅くなる腕の動き。


「七秒」
四撃。


地を踏みつけた一方通行の足元から、両儀式の蹲る地面を吹き飛ばすべく衝撃が飛来する。
式はすぐさま、床へとナイフを振り下ろし、ベクトルを殺害し―――


「五秒」
五撃。


そこで詰んだ。
空中に飛び上っていた一方通行は展示場の支柱の破片を投げつける。
未だ床に突き刺さったナイフを振り上げる。
ナイフ一本を、持ち上げる為の筋力が、既に、両儀式には残っていなかった。


「残り――――」


その時、強く紅槍を握り締めた私の、更に背後から。



「――――式!」
「――――阿良々木さん!」


ホールに響き渡った、二人の少女達の声に。

433rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:46:11 ID:fxNQ5zpc




「これが本当に、最後のッ!!」
「立って――――――――!!」


―――両儀式は無意識の内に、ナイフを手放していた。
―――倒れ伏した阿良々木暦の指先が、ぴくりと動いた。


「最後の一本だからッ!!」
「約束を破らないでッ!!」


声が、届く。
空手で天に翳した式の掌へ、煌く刀身が飛来する。
刀身が中程で折れた、その刀。
殺すもの、守るもの、幾人もの手を渡ってきたその刀。
戦国より受け継がれた刀身に、一瞬だけの紫電が煌いて。

もう、振り上げは済んでいる。
だから力は要らない。
ただ、振り下ろすのみ。
過たず、死の点を貫かれた砲撃は四散し―――



「――――完全発動まで残り■秒――――」


展開されていた魔法陣に、亀裂が走る。
僅か十五秒の経過を待つまでも無く、私の思考が分断される。
視界は罅割れ位相がズレ、敵の姿を、もう捉える事すらできない。


「――――――――警告、■■■■■。
 ―――――――――――――――――――――――――
 ――――――――――――――――――――――――――
 ――――――――――――――――――――――――――――」


身体の感覚が掴めない。
腕の神経などとうに失せ、槍を握り締める実感すら最早ない。
敵の名、己の名、目的、全て砕け散って戻らない。
例え発動までこぎ着けたところで、穂先を何処に向ければいいか、定まらない。


定まらない狙いは乱れ、感覚の失せた腕は槍を、取り落とす。
最早、数メートル先も見えなくなった視界で、私は最後に見た。



「―――――頑張れ」


血を流しながら立ち上がる、阿良々木暦(しょうねん)の姿。
何度でも立ち上がる、主人公の姿。
『彼』が、その穂先を掴み、放つべき敵へ、狙いを定める。


「―――まだ、終わってないだろ?」


ただ、それだけ。
彼に出来た事はそれだけで、それだけが、いま必要な全てだった。

443rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:48:41 ID:fxNQ5zpc



「―――ねえ」


私は、告げる。
目の前の背中に。
立ち上がる少年に。
先を行く、いつか先に行ってしまった、もう届かない誰かに向けて。


「―――ねえ、とーま。私も」


彼に重ねる、いつかの主人公に。



「――――私も一緒にッ!!」



私自身の想いを。
ずっとため込んでいた想いを、壊れた声帯で告げていた。




「――――私も一緒に、連れて行ってッ!!」

「――――ああ、一緒に勝とうぜ、インデックス!!」



もう存在しない筈の右手が、最後に私を抱き寄せる。
振り向いた『彼』の姿は、声は、果たして幻だったのだろうか。
何もわからない。
けれど、ああ、どうしてだろう。
壊れていく私は、全ての思考が粉砕される直前に、ただ一つだけを思っていた。





神様、どうか、どうかこの幻想だけは―――――





「「―――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)」」






壊れないで、永遠に。











◇ ◇ ◇

453rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:50:11 ID:fxNQ5zpc

「あ?」


一方通行は、放たれた穂先を簡単に弾く。
飛来する槍のベクトルを『反射』させ逆方向に撃ち返す。

「……なンだァ?」

すると槍は妙な挙動をした。
反射に触れる寸前か、瞬間か、或は直後か、それは逆方向すなわち後ろに進んだのだ。
枢木スザクが示したものと同じ、反射の攻略法。
『遠ざかる槍撃』は一方通行自身へと反射され、心臓を貫きに来る。

「なンだよ?」

その程度なら予測していた。
通常の攻撃でないことは見るに明らかであったし、一方通行は既にスザクの動きを観ているのだ。
万が一の対策はしてあった。元より反射はオートではなくリモートにしてある。
増幅された計算能力を総動員し、すぐさま設定を切り替える。

「なンなンだよおィ」

斜め方向に向きを変える屈折現象は無意味だった。
一度だけあべこべな位置に飛んでいった槍は、すぐさま穂先を此方に向け直し再度飛来。
以降、同じ手は通じなかった。

「おィおィ」

槍の運動エネルギーを奪い地面に流し込む転換も大して効果が見られなかった。
一瞬止まったかに思われた槍は、すぐさま自力で運動力を取り戻し再度推進。
以降はどれだけエネルギーを奪っても無駄だった。

「おィおィおィ」

向かってくるエネルギーを利用し、動きに合わせて一方通行自身の位置を変え続けることすら。
その槍撃には意味を成さなかった。
何故かほんの少しずつ、少しずつ、穂先が、一方通行の胸元へと、迫ってくる。

「おィおィおィおィおォォォォォォォォィ!!!!!!」

それは一方通行の思考を上回るがごとき計算起動。
正しく一方通行の能力を開発した科学者の動き、ですらない。

「くそがァ!! いったい――――何を――――仕掛けやがった?」

そうであれば、今の一方通行ならば、凌ぎ切れるはずなのだ。
『この世全ての悪(アンリマユ)』を取り込んだ影響か、過去最大に回転する思考回路は刹那の間隙すら見逃さない。
万物の動きを捉え切り、理論的な攻略方法ならば、数値の勝負ならば、その悉くを上回ろう。
今の彼を傷つけられる物は、両儀式の眼や、上条当麻の腕のような、基礎数にゼロを掛けるが如き反則のみ。

しかし今ここに、また違う形の反則が存在する。
基本的な反射による防壁を初め、屈折、転換、あらゆる迎撃設定を多重に張り巡らせようと、
その悉くを次々と方法を変え踏み込んでくる。
何度弾いても、何度上回っても、どれだけ運動ベクトルを操られようと、違った角度から違ったアプローチで迫る一突き。
抗するべく一方通行は無限に己を更新し、それを更に槍撃が上回り続ける。

穂先が、一方通行に触れる。
ベクトルが操られ、離れていく。
ならばと言わんばかりに穂先は逆方向に動き、迫り、また一方通行の設定が切り替わり、
すると合わせるように槍も動きを変えるのだ。

それは既に、槍撃の挙動をしていなかった。
槍と言う形状では説明のつかない軌道だった。

一方通行の全身を嵐のように埋め尽くす刺突。
多重に屈折した紅き軌跡はまるで人一人を囲む檻の如き情景だったが、あくまで『一突き』だ。
右へ左へ後ろへ前へ、一方通行の周囲数ミリを縦横無尽駆け巡る動作は実のところ後付でしかない。

463rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:52:17 ID:fxNQ5zpc

因果逆転。
心臓を穿つという結果を確定した上で放つ、必中必殺のそれは正に宝具。
放たれたのはそういう特性の術式であり、故に回避も防御も不可能だ。

槍は今、一方通行の心臓を狙っているのではなく。
『一方通行の心臓を穿つ結果』に向かって疾駆する。
最初から当たると決まっている『運命』を相手にに、ベクトル操作も、計算能力も何の意味もありはしない。



「―――――――――は」



にも拘わらず、一方通行は抵抗する。
常に己の能力を更新し、設定を変え続け、穂先の到達を一秒でも遠ざけんとする。
決して逃れられぬ運命は刻一刻と心臓に近づいてくるが、諦める気配は微塵も無い。

「―――――――――はは」

理屈を超える奇跡の具現。
唯一要求されるのは、因果逆転の呪いを逸らすほどの幸運。
『幸運』、そんなもの、己は決して持ち得ないと知っていて。
だからこそ、



「はははははははっ、やっとかよ」



何故未だに、己が抵抗を止めないのか、彼は本当に不思議だった。



「ははははははははははははははははははははははっ、やっと俺を!!」



怒るでもない。
嘆くでもない。
滑稽だったから。

何度もあった死地と同じく。
やはり彼は笑う。

そうだ。
これでいい。
これでいいんだと分かってる。
全力の抵抗は及ばず、今度こそ完敗だ、己はもうすぐ殺される。

それでいいじゃないか。
こんな悪は、殺さなきゃいけない。
間違いは、誰かに、正しい何かに、殺されなきゃいけない。

悪を殺した、正義を殺した、ただの弱者すら殺しつくした。
ただ、守る為に。正義じゃなく、『誰かの味方』になるために。

それは願われたわけでも、命じられたわけでもない。
己自身の意志で選んだのだ。
誰か手によってではなく、己が守りたいという、くだらない我欲(エゴ)の為に。


「ははははははははははははははははははははははっ!!」

473rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:54:43 ID:fxNQ5zpc



だからそう、本当に、ああ本当に、ここに『彼女』が居なくてよかったと、心から思った。
こんな悪党の居る世界に、彼女が連れて来られなくてよかった。
悪に穢れた姿を、見せずに済んでよかった。
それだけが今の一方通行にとって、紛れもない『幸運』だったから。
ならば、これ以上なにを望むことがある。


終わる『チャンス』は何度もあった。
何度も、何度も、それを掴めず、誰かを殺して生き延びた。
俺が守る。なんて願望がそうさせた。


「――――――――は」


こんな悪は、やっぱり許しちゃだめだろう。
まして彼女の居る世界に、戻したりなんかしちゃあ、絶対に駄目だろう。
ここできっちり殺して、死なせて、終わらせて、さあ今こそ――――――――




















「―――会いてェ……」





台無しだった。


「は……なンだァ……そりゃァ……笑えねェだろ……」


まったくもって嗤えないくらい、ぶち壊しだった。
ぞぶり、と。
遂に胸をえぐった穂先が、心臓を貫くその刹那。

鮮血と共に口から漏れ出したのは、自分でも驚愕するほどに腐った泣き言で、
今までの全部を無意味にするダサい弱音で、
そしてこれまで、絶死の運命に抗い続けた本当の本当の本当の理由(ワケ)で――――



「クソ……あァ……ちくしょォ………………会いてェ……なァ…………」



彼にとって、本物の願いだった。










◇ ◇ ◇

483rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:56:47 ID:fxNQ5zpc





/夢物語








――――そうして、少女はたどり着いた。






雫が、落ちる。
ゆっくりと、天井から床へ。

時が止まったような静寂に包まれた、展示場ホール。
床に点在する黒き水たまりに、吹き抜けから差し込む月の光が映っている。
その水面は穏やかだ。
胎動していた泥の勢いは既に収まり、湿り気だけが残されたそこは、まるで雨上がりのようだった。

人の声は、ない。
一つの戦いが終わった後。
残されたものは、朽ち果てた廃墟と、力を失くした汚泥の残骸と―――


―――かつり。
と、小さく。
踏み込む音があった。
静寂の空間に、立ち入る足音が、あった。

決して力強い歩みではない。
自身のある歩みではない。
ここで舞い続けた者達に比べれば、どれだけ頼りない者だろう。
だが、迷いもまた、そこには無かった。

その歩みを奏でる者は、少女は、平沢憂は、迷いなく進む。
廃墟と化したホールの中を、真っ直ぐに。
目指したものに向かって、歩き続けて。



―――かつり、かつり……っ。


そうして、ゆっくりと、歩みは―――走りへと。
堰を切るようにして、少女は駆け出した。
目指した場所、目指した人の居る所へ。
腕を振り、真っ黒な地面を蹴り飛ばし、自分に可能な最短を実現して。

「……っ……今度は……っ!」

展示場ホールの中央に倒れ伏した、幾つかの人型。
そのうちの一つに、再会を願う人の元に。

「……今度は、間に合って……!」

少女はたどり着く。
駆け寄って、確かめて、そして、

「……っ…………」

まだ、消えてない。
死んで、ない。
彼に、真っ黒い床に横たわる阿良々木暦に、確かに息はあった。

「よかった、まだ。生きてる」

とても微弱な、力の無い生命活動であったけれど。
それでも生きていた。
僅かな呼吸。
小さな鼓動。
それらが、彼がまだ、『続いている』ことを、示していたから。

493rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 01:58:18 ID:fxNQ5zpc


「あなたを、死なせませんよ……絶対。
 約束は……まだ生きてるんだから……っ!」

また会うと誓った。
「君の手を引く」と、彼は言った。
それを嘘には、させない。

憂にとっての約束は、決して『看取る』ことではなく。
生きて、言葉を交わさなければ、認められはしないものだ。
そして何より今、憂自身の中に、彼に伝えたい言葉が在るのだから。

腕の切断された肩口を縛り、これ以上の失血を阻止する。
加えて、近くに転がっていた腕を断面に合わせ、ガムテープと添え木で固定した。
即席かつ乱暴であったが、今できる限界であり―――

「……お願い、阿良々木さん……頑張って」

どれだけ傷つけられても、再生した。
手首を落とされても、時間を掛ければ接合できた。
そんな彼の身体の強さに、賭けるしかなかった。

阿良々木暦の再生能力には限界がある。
まず即死級の怪我は直せず、血を流す度に弱まり、時間が経つほどに消耗する。
しかしまだ、今も阿良々木暦の身体は微弱ではあるが、再生を続けていた。
常人であれば憂の応急処置を受けるまでもたず、限界を迎えていただろう。

阿良々木暦は今も、生きようとしている。
例え、尽きかけた蝋燭の如き再生力だったとしても。
だから憂も、彼の命を諦めるつもりは無く。

「死なせない……絶対」

その時、ぴちゃりと、一際大きな雫の音がした。

「――――!?」

無意識に任せて腕を動かす。
素早く銃を抜き、ホールの一角に向けた。

直感が、危険を告げている。
そこでようやく、憂は改めて、周囲の状況を理解した。

阿良々木の傍には、真っ白なシスター。インデックスが倒れていた。
仰向けに倒れた彼女は、息をしていたけれど、見開かれたままの眼は何もうつしていないように虚ろで。
おそらく、もう、何もうつすことは無いのだろうと、憂は思う。
理屈ではない直感で、彼女はもう、終わってしまったのだと。

少し離れたところでは、両儀式が、蹲っている。
胸を僅かに上下させていることから、生きてはいるようだが、
疲労の為か、一言も発する余裕はないようだ

そして、更に奥には、一つの死体があった。
一方通行と呼ばれた、超能力者の屍。
胸に赤い槍の直撃を受け、黒い泥の中に、うつ伏せに沈んでいる。

503rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:00:09 ID:fxNQ5zpc




憂の銃は、そのいずれにも向けられていなかった。


「また……こうなっちゃたな。私たち」

「…………」

聞こえた声。
今、危険を感じ、反射的に銃を向けた方向を、なぜだか見たくなかった。


「なあ、まだ、こっちを向いてくれないのか。 憂ちゃん」


せめて、死を見てくれないか。
大切な人の死を、見ないふりしないでくれと。
いつか彼女から投げかけられた言葉だった。

「いいえ」

だから今、応えなければならなかった。
見なければならなかった。
例えそこに、どれだけ見たくないものが在ったとしても。

「私はもう、向き合うことにしたんです。澪さん」

顔を上げて正面から見つめる。
憂以外に、この場で唯一、動くことが出来る者。


「生きてて……よかった」


―――こちらに銃を向けて立っていた、秋山澪を。




「その男から、離れてくれ」




短く、澪はそう告げた。
銃口を憂でなく、いま憂が抱きかかえる少年、阿良々木暦へと向けながら。




「殺すつもり、なんですね」

513rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:02:48 ID:fxNQ5zpc

質問に澪は沈黙でもって肯定した。
彼を殺す。
今、その為だけに、彼女はこの危険地帯に留まっている。


「憂ちゃん。私は、まだ諦めてないんだよ」


彼に向けられた銃口は、震えていなかった。
瞳は、決意していた。

「もうすぐ、チャンスが来る。全部、取り戻せるんだよ。
 これ以上何も失うことなく。
 もしかしたら、憂ちゃん達を―――殺すこともなく」

全てを取り戻す。
そして、これ以上、何も失う事は無い。
その範疇に、憂もまた含まれている。
願望でも妄想でもなく、彼女は希望を叶えると確信していて。

素直に、憂は嬉しく思った。
あなたが大事なのだと、言ってくれたことを。

「時間が無い。急いでここを脱出しなきゃいけない」

けれど同時に、秋山澪は、こうも言っている。


「だけどね。……その前に、その男だけは、ここで殺しておかなきゃいけないんだ。
 理由を話してる時間は無い。
 けど、その男だけが『例外』なんだ。今の私にとって、唯一、殺さなきゃいけない敵なんだ」


願望を成就させる為の前提として、阿良々木暦を殺す、と。


「今からでもいい。一緒に来てくれないか、憂ちゃん。
 もう、向き合ってくれたんだろう? 悲しんでくれたんだろう?
 だったら……わかるだろう……」


ああ、分かる。
分かると思う。
決して秋山澪と同じ深度とは言わない。
けれど、失った者に向き合う悲しみ、痛み、重さに、平沢憂は向き合った。


「……わかりますよ。わからないわけ……ないじゃないですか……」


失った者に向き合う。
何の意味も無いのに、何も帰ることは無いのに、なのに心が、そうしようと叫ぶ背反。
ひたすら辛くて、痛くて、重くて。
結果、死は、帰らない過去は、乗り越える物ですらなく。
どうしようもない傷を受けて『それで終わり』の物語だ。

523rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:04:28 ID:fxNQ5zpc

だからその運命を、『どうしようもないおしまい』を、認めず抗う、彼女の気持ちが。
痛いほど、わかる。分かってしまう。
共に行く、そんな選択肢もあると思う。平沢憂は秋山澪を、絶対に否定しない。
少し前、何もなかった憂なら、そういう選択をしただろう。
この世界に来て、大切な人を失って、『それだけ』だったなら。

「だけど、私は……この人を、死なせません」

それは切迫した状況でありながら、静かな言葉の交わしあいだった。
憂は不思議に思う。
自分は誰よりも、彼を、殺そうとしていた筈なのに。

今は、こんなにも必死に、守ろうとしている。
守りたいと、思える。
まったくもって、変な運命だなあ、と。


「………」


秋山澪は、一度、悲しそうに、憂から目線を切った。
明らかな隙であり、どちらも承知していたが、なにもしなかった。
憂は静かに、澪の言葉を待っていた。


「……なんで、だよ」


改めて憂を見つめた澪がこぼした声は、悔しさに塗れていた。


「……そいつが、憂ちゃんに何をしたんだよ」


なぜ庇う。
なぜ守ろうとする。

「助けてくれたのか?
 救ってくれたのか?
 私たちの、誰か一人でも、そいつは拾い上げてくれたのかよ。
 居ただけ、じゃないか……偶々……そこに、いただけで。
 そいつは……何も出来ちゃ……いなかったじゃないか……」

そんなにも大切なのか。
ヒーローなんかじゃあり得ない。
何もしてくれなかった、出来なかった、ただの他人が。

「ここで失った誰よりも、いなくなった人よりも、大切だって言うのか?」

悲痛な叫びだった。
胸を抉る言葉だった。
静かに、静かに、憂は、口を開く。
いま、『あなたを助けたい』と言ってくれた、秋山澪へと、想いを返すために。

「澪さん……この人は……」

命を救ってくれたことが在るだろうか。
大切な人を助けてくれただろうか。
憂の心を襲った迷い、不安、絶望、それらを、取り除いてくれただろうか。

「たしかに、なにも、してくれませんでしたよ」

そう、阿良々木暦は何もしていない。
阿良々木暦は、平沢憂を助けてなどくれなかった。

533rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:07:58 ID:fxNQ5zpc

助けてくれたから、また会いたいと思ったわけじゃない。
守ろうとしているわけじゃない。

秋山澪の言う通り。
彼はヒーローじゃなかった。
無力な彼は、ただそこにいただけのようなものだった。
そこに居て、誰も助けられず、一人でひた向きに頑張って、傷ついていただけ。

「いた、だけなんです」

偶々そこに。
他の誰でもない、彼は。
平沢憂の傍に。

「いたんです」

憂が一番つらかったとき。
誰かに、そばにいて欲しかったとき。
一人じゃきっと、耐えられなかったその時に。
彼は、そこにいた。

「いてくれたんですよ……」


平沢憂は、それに何より救われたのだから。
他に、何が必要だったと言うのだろう。

憂は、澪の眼を真正面から見つめ、告げる。
まっすぐに、まっすぐに、偽りない気持ちを伝える為に。

「ねえ、澪さん。私、お姉ちゃんが死んで……死んだんだって、やっと実感したとき。
 本当の重さで、分かったとき。
 とても、とても、悲しかったんです。
 言葉に出来ないくらい、死んでしまいたいくらい、痛かったんです」

その痛みは、今も無くならない。
平沢憂が死するその時まで、痛み続ける『傷』なのだろう。

「それは、『お姉ちゃんが私を助けてくれたから』、じゃないんです。
 私を庇って死んだからでも、血が繋がっていたからでもなくて。
 私はあの人からたくさんのものを貰っていたから、それを返してあげたかった。
 ずっと、一緒にいたかった。
 ……私は、あの人の事が、すきでした」


だからもう、それが叶わない事が悲しい。
あの人と同じくらい大好きになれる人が、この先、現れるだろうか。
太陽のように輝いていた笑顔。
私の星。
私のサンタクロース。
あったかい、素敵な魔法をたくさん教えてくれた人。


「お姉ちゃんが、大好きでした」


ああ、きっと、もう、現れることはない。
何故なら彼女は、世界に一人しかいないのだから。



「だい……だい……だいっっっすき。だったんです」

「ああ、知ってるよ」



あなたの為に、何でもしてあげたいと思っていた。
何でも出来るって思っていた。
それはきっと、私の為でもあったから。
私の、夢だったから。


「もう一度、あの夢が見れるなら、それは、きっと―――」

543rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:20:29 ID:fxNQ5zpc

いつか平沢憂の胸を締め付けた、一つのユメ。
もう死んでしまった、終わってしまった夢。
続きを観れるというのなら、それはどれだけ魅力的なのだろうかと思う。
もしも憂の胸が『がらんどう』のままだったらなら、迷わず澪の手を取っていただろう。


「だけど、ここに……。
 ここにはもう……在るから。
 叶えたいって、願ってしまったから……」


しかし今、痛みと共に掴む、平沢憂の胸には、確かに在る。
『がらんどう』を、埋め尽くしたもの。
新しいユメ。
それは今までの夢とは全然違うものだ。

あの人が、戻ることは永遠に無い。
『あの人と同じ大好き』を、二度と想う事は無い。
当たり前だ、同じ『すき』は、二つとないのだから。


「ごめんなさい。澪さん」


けれどこの世界に、いちばんは、いっぱいある。
人は欲張りな生き物だ。
何かを永遠に失っても、また違う何かを得ることができる。
得たいと、想える。


「私は、あなたと一緒には行けません」


同じじゃない、代わりじゃない、唯一無二の。


「この夢を、譲りたくはないから」


それを得られた事こそを、何よりもの奇跡だと信じている。
きっかけをくれた彼に、傍にいてくれた彼に、心から感謝している。
だから、伝えなければならない言葉がある。

愛だろうか、恋だろうか、ただ大切だという、それだけだろうか。
なんて、複雑に考えるまでもない。

ただ、死んでほしくないと、居なくなってほしくないと。
いつか大切だった『彼女』や、『彼』と同じように、そして違うように。
想うことが出来れば、それだけで簡単に言えること。


「彼を、殺さないでください。私の、好きな人だから」


今、この胸の中にある、夢は。
たくさんの『彼』、そして『彼女』との関わりの中で、新たに芽生えた夢は。
抱いてしまった、平沢憂の、ユメは。

そっちには、ない。
この先、にしかない。
だからあなたと、一緒の道を歩むことは出来ないのだと。

「……それに……約束とか、しちゃいましたし」

そこでやっと、憂が澪から目を逸らし、照れたように。
付け加えるように言って、けれど次の瞬間には、もう一度、澪の眼を見つめて言った。


「私は、守ります。今度こそ」

553rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:23:47 ID:fxNQ5zpc

両者共に、今相対する者を殺すつもりなど無く。
平沢憂の手にする銃は、澪ではなく、彼女が構える凶器に向いている。
秋山澪の銃口は、憂ではなく、彼女が守る阿良々木暦に向いている。


―――S&W M10 “ミリタリー&ポリス”。
元は誰の手に在ったものなのか。
彼女の友人を初め、幾人もの手に渡ったそれを、平沢憂は握り締める。

―――FN ブローニング・ハイパワー。
元は誰の手に在ったものなのか。
彼女がこの場所で唯一、本当の意味で仲間とした少女から受け継いだそれを、秋山澪は握り締める。

違う歴史を掴む。
それは彼女らが、今まで異なる道を歩んできた証明であり、
違うユメを持つに至る理由だった。
手放せないモノの為に、これから二人、違う道を歩んでいくために。

「……そっか」
「……はい」

澪が、憂が、そうして、覚悟を決めた時だった。


「―――――」


引き金が引かれることは無かった。
憂は、あり得ない音がしたことを認識する。
澪は、時間が来たことを意識する。

「――――――――a」

声を上げたのは死体だった。
いや、それは産声だったのかもしれない。
泥の中で倒れ伏したままの、一方通行の亡骸の口が、何か音を奏でている。

「――――――――――――a.a.a.a.a」

意味を成さない音の羅列を。

「―――――――――――――――l」

少女二人の語らいに、呼応するかのごとく。
心臓を貫かれた死体は。



「―――――――last――――――――――order」


一方通行は、立ち上がっていた。




◇ ◇ ◇

563rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:25:24 ID:fxNQ5zpc

世界が、逆転している。


「―――」


上は下になり、左は右と化した。
喜悦は哀切に堕ち、枯渇は飽和し、光は闇となった。
光が視界を埋め尽くしている。
意識は無意識となり、思考を埋め尽くす感情の方向性が定まらぬまま形にならなず。

―――呆然と、空を見ていた。
仰向けに倒れたまま、展示場の吹き抜け、その更に先を。
黒き嶺上は枯れ落ち、伽藍の洞の底の底から、装飾された夜空に浮かぶ、光を見つめている。

光を見続ける彼は、何を思うのか。
きっと何も思わない。何も、思えない。
既に、彼の意識は停止しているのだから。


「――――――a」


雑音が鳴っている。


「――――a―――――a」


心臓を破壊されて生きていられる命など無い。
ならば今、彼を稼働させるものは何か。
彼の燃料として駆け巡るモノは―――

―――ドクン、ドクン、と。
在り得ぬ鼓動の音が鳴る。
真っ赤な槍に刺し穿たれたはずの左胸。

不可思議な光景だった。
仰向けに倒れたままの彼の、一方通行の右胸に突き刺さっている槍が、ゆっくりとその色を変えていく。
鮮やかな紅が、塗りつぶされていく。

おぞましく、穢れた黒へ。
とっくに変調していた一方通行の心臓に侵食されるが如く、穂先から駆け上がるように染め上がる。

一方通行の鼓動とシンクロするように、展示場内で力を失っていた汚泥が、再び胎動を始めた。
黒聖杯。
言峰綺礼、そして宮永咲という依代を失ったそれは消滅の危機を前に、縋るモノを求めた。
この世全ての悪。
悪性の聖杯。叶える願いを寄越せ。
その意味を、その価値を、生まれてきた理由を寄越せと。

過去幾度、拒否されたか知れない殺戮の器。
此度も無為に消えていく運命を告げられた有象無象の汚れ達が、縋るように群がる。
沈静化し徐々に消えゆく定めだった汚泥のすべてが、彼へ寄り集まっていた。
言峰綺礼が最後に勝者と定めた存在へ。死して尚、何かを諦められない器へと。

573rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:26:14 ID:fxNQ5zpc

しかし彼の精神は既に動きを止めている。
肝心の意思が止まっているのだから、駆動させるべき方向性が定まらない。
このままではやはり、黒き聖杯の存在意義は果たせぬまま、すべてが朽ちる、筈だった。


「―――夢を、譲りたくはないから」


そんな言葉が、彼の耳に届いた。
直ぐ傍らで続けられていた、二人の少女の会話。
純粋で、まっすぐな思いのカケラ。


「………ユ……メ……」

うわ言のように口にする。
それは、なんだ。
死して止まっていた心に、染み入る響き。
死んでも忘れられない何かを、思い出してしまいそうになるほどの懐かしさが、からっぽの心に色を与えた。


「………」


眼を、開く。
ただ直上、空に在るモノを見る。

忘れない。
忘れられない。

嗚呼、いつか、遠い、いつか。
叶わない夢を見た。
決して届かない希望を、抱いてしまった。


守りたかった。
助けたかった。
共に生きていきたかった。

大切に思う彼女と。
同じ場所にいられたら、だなんて。
それはなんて、なんて分不相応な夢だったのだろう。

他人を守る方法なんて分からなかった。
助け方なんて理解できなかった。
昔から、最初から、己に出来たことなんて、一つだけ。

壊すことだけ。
ぶち壊して、ぶち壊して、ぶち壊して、何もかもぶち壊して台無しにしてしまう。
そんな最悪の方法しか知らなかったから。
なんて、愚か。そんな奴が、誰かを守ろうだなんて夢を持つこと自体が間違っていた。


「―――last――――order」


身体をゆっくりと、起こす。
すると目の前に、



アイツの、



姿が在った。

583rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:27:41 ID:fxNQ5zpc

「―――――オ―――マ――エ」


一方通行の前に立っている。
誰もが待ち続けていた彼が、もしかすると誰よりも一方通行が、希求していたかもしれない主人公(アイツ)の姿が。
幻想を殺し、幻想を守る彼が、そこに立っている、前だけを見て立っている。
一歩通行の目の前で、前を、天を見上げて、元凶の神を見据えて、彼は断ち続けている。
そうして、彼は振り向きもしないまま、一言だけ、告げた。



―――――後は任せろよ。



そうだ、ヒーローなら、既にいた。
ここにいて、そういうだろう。
幻想のみをぶち壊し、現実のすべてを守り抜く右手。
憧れて、同時に、決して己には至れないと、知っていたその在り方。
だから一方通行は、そんな幻想に心からの安堵を抱いて―――


「―――は、くだらねェ幻想だ。死にやがれ」


幻想ごとごと殺害して、踏み込んだ。
穂先を、掴む。
僅かに外していた、心臓までほんの数センチ届いていなかった紅槍を、握り締める。


「オマエの出番なンざ、もうねェンだよ」


憧れた正義の味方。幻想殺しの主人公。
それすら、己は殺して、殺しつくした果てに、ここに居る。
絶死の運命すら超え、ここに最強を張り続ける。

「どけよ、ここからは俺のハナシだ。
 死んだオマエは、あの世で悔しがりながら見てやがれ」

正義の味方には、なれなかった。
最後まで、一方通行には壊すことしか出来ない。
最悪の方法しか選べない。
だとしたらいま、この胸を埋め尽くす殺意を、全部を黒く染め上げるほどの悪意を、最後は何処に向けようか。


「じゃァな」


並び立ち、そして越えていく
霧散する幻想の背中を追い抜いて。

悪を背負う。悪を引き受ける。
結局、彼に出来ることはそれだけで、それだけが、貫ける信念だったから。

この世全ての悪。
上等だ。是非も無い。
クソッタレの悪党にはお似合いだ。
これ以上の道連れが在るものか。

「行くぜ。クソッタレどもが」

背負ってやろう。
受け入れてやろう。
そして連れて行ってやろうとも。

593rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:30:30 ID:fxNQ5zpc


左胸に突き刺さる紅き槍の、その柄を握り締め、今度こそ心臓へと、突き刺した。
足りない、もっとだ、もっと深くまで味わいやがれ、と。
自らの腕で槍を押し込み、完全に心臓を貫通させた。

「がっ……ァ……は……喜び……やがれ……俺が、オマエらに生まれてきた意味をくれてやる」

この世全てのクソッタレの悪(くろ)を、ぶつけるに足るクソッタレの善(しろ)の元へ。
届けてやるから、さあ、生まれてきた意味を果たせ。


「――――――」


見上げた空から、落ちてくるモノがあった。
白き燐光。
遂に放たれた、それは展示場という施設を跡形もなく消し飛ばす神の鉄槌だった。
再生の名を持つ神が放つ一撃が、その場全ての者の視界を埋め尽くす。

誰もが思った。
終わった、と。
最後だ、と。

そう、最後だ。
最後まで、一方通行は己らしく在ろうと思う。
壊すことしか知らないなら、何もかも台無しにすることしか、出来ないなら。
だったら最後に、最後まで―――


「――――――」


見上げた空に映る極光。
神様が願う、この世全ての善を布く、崇高なユメとやらを。
ああ、クソッタレの悪党らしく、ぶち壊して、ぶち壊して、台無しにしてやろうじゃないか。

黒き竜巻が発生する。
周囲に存在する有象無象を吹き飛ばしつつ、
泥と同化した展示場ホールの吹き抜け天井、壁を引きはがし、取り込んでいく。

実に悪党らしい哄笑と共に、最後の飛翔を実現させる。
背中に展開する翼をより黒く染め。
展示場に存在する汚泥の全てを施設ごと喰らい尽し、言葉通り、この世全ての悪を引き連れて。
一方通行は地を蹴った。




◇ ◇ ◇

603rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:32:15 ID:fxNQ5zpc


生命が、燃えていた。
鮮烈に、鮮烈に、鮮烈に。
ここは舞台、女神の御前、奇跡の下に踊れ踊れと鳴り響く。

広がる夜天の下、刃は舞う。
終わりなき舞踏を繰り広げる。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!」

咆哮。
擦り切れた喉で、ただひたすらに咆哮。
紅の機装(エピオン)、グラハム・エーカーの放つ剣閃は色褪せず、対敵する存在を追って駆けていく。

「愚かだな」

神を斬る。
などと、果たせぬ暴挙を為すべく、空を往く彼を、
リボンズ・アルマークは未だ、あしらいながら慈悲をもって見下していた。

「哀れだな」

金緑色のサーベルは届かない。
幾何億と振るおうとも、上空に立つリボーンズ・ガンダムに触れる事すら叶わない。
全て片手で払われ、その度に罰の如き両断を返され、地へと落とされ続ける。
絶対的彼我の差を、覆す未来は存在しない。

「そして何より滑稽だ。ここまで来て、まだ足掻くのかい?」

「ああそうだとも。
 確かに君は強い。百度戦おうと、千度戦おうと、敵わない神様なのだと知っている。
 ――だが、生憎だったな、私はしつこくてあきらめも悪い、俗に言う人に嫌われるタイプなのだからなッ!」

閃光が奔る。


「それに、『しつこくてあきらめも悪い』のは、私だけではないぞ」


エピオンの背後から放たれたそれはリボーンズ・ガンダムの傍らを抜け、そこに在ったファングを撃ち落した。



「そうだろう!? 枢木スザク!!」
「――援護を続けます。
 あなたはただ、前を見て戦いに専念してください。僕が、道を開きます」
「承知ッ!!」


直下からの、狙撃だった。
ヴォルケインという銘のヨロイ。
搭乗している枢木スザクにとっては操縦体系の異なる機体だった。

しかし一時的に得た、金色の片眼に視えるもの。
脳に響く微かな残留思考が、スザクを導く。
ごく短い間、共に戦った人の、いつかの思念。
移動すらまま成らいザマだが、それでも砲台に徹することで戦況に一石を投じる。
そもそもヴォルケインには飛行機能が無いのだから是非もない。

かつて夢を失い、夢を過ぎて、それでも歩き続けていた抜け殻のような誰かの思い。
彼が、世界に刻み向けた僅かな感情に沿うように。
スザクは狙い、トリガーを引く。

撃つたびに、思考に交じる量子は過ぎゆき、入れ替わる。
だから、スザクは一射ごとに、それを込めて、放った。

だってそれしか出来ないから。
だけどそれなら出来るから。
今はただ、脳裏を掠める感情(おもい)を送る。
天上に立つ存在へと。

―――誰も知れぬ。
その機体が、地上に齎された中でただ一つ、天上に立つ神の与えた力でないという事実。

613rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:33:41 ID:fxNQ5zpc


「で、だから、どうしたのかな」


そしてそんな彼らの最後の抵抗を、リボンズ・アルマークは見下していた。
下に、下に、彼らが何度立ち上がろうと、天上の目線で測り、憐れむ。
何故なら己は上位種だから。
眼下で蠢く有象無象とは違う次元に立っているから。
弱者の足掻きに余裕と慈しみを持って接するのは、上に立つ存在の義務ですらあるだろう。

断言しよう。
決して、神と同じ高度に立つことは許されない。
自信に、罅を入れる事すら為し得ない。

戦う理由の変遷など、心の持ちようなど、関係がない。
純粋に力の差で、彼らは勝つことが出来ないのだから。

背にするダモクレスに合わせ、リボーンズ・ガンダムはゆっくりと降下を続けていく。
彼の降下に合わせて、突貫を続けるグラハム・エーカーは叩き伏せられ落とされる。
幾度挑もうと、対等に並ぶ事はあり得ない。

ヴォルケインもまた同じだ。
スザクが込め、放つ弾丸は、ファングを落とすのが関の山だ。
如何なる意味においてもリボンズにまで届かないし、伝わらない。

造物主の思考は常に先を見る。
現在を生きる命(だれか)、これから作られる命(なにか)、その幸福のみを追求すればい。
死者の思い。世界を救うために犠牲になった誰か。
既に終わったモノを鑑みるなど、神はすまい。それは人間することだから――――

まったくもって詰まらぬ茶番。
くだらぬ児戯。
彼らは必死になって食い下がろうとしているが、その実、リボンズ・アルマークを肉体的に殺す事にすら、意味は無いのだ。
会場に降りたリボンズの肉体は彼本人の物であるが、同時に代わりの効く端末でしかない。

肉体を滅ぼしたところで、幾度でも作り出すことができる。
無論、多少の時間は掛かるだろうが、ヴェーダと聖杯の在る限り何度でも再生は可能だ。
だから、リボンズを殺す事すら意味は無い。
最初から、全部が無意味でしかないというのに―――

今をもって、リボンズ・アルマークが本気になる気配すら見えず。
と、そこでようやくリボンズは自分が今、自分が余裕を保っていると気が付いた。
まるで今まで、全く別の勝負をしていたような、馬鹿げた時間の浪費をしていたような感覚を。

「くだらないな」

一笑に付し。
彼は終わらせる事を決める。
それは何とも軽い決定だった。
もっと簡単に終わらせる方法に気づいてしまったから、では終わらせようというだけのこと。


「―――トランザム」


アクセス・ヴェーダ。
情報の海と、聖杯に接続された黄金の眼が、完全に予測された未来を視る。
その先は、語るまでも無い蹂躙だ。


「―――ッッッ!!」


振るわれるサーベルはエピオンの片腕を切り落とし、


「――――ぐっ!!」

撃ち漏らしたファングがヴォルケインの装甲を削り切る。


「さようなら」


数十秒先の未来、グラハム・エーカーは機体を真っ二つに裂かれ、敗死。
遅れて数秒、枢木スザクも集中砲火を浴び、死亡した。

623rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:35:18 ID:fxNQ5zpc




そんな、単純な未来が、すぐそこに視えていた。



―――さあ、いよいよだ。


地上への到達は目前。夜空に広がる純白の方陣は世界を覆い尽くし、全ての並行世界へと影響を及ぼすべく扉を開く。
極大の光が地を照らし昼と夜が逆転する。
門が、開いて行く。

白き聖杯、ここに降臨。
女神の身体を借りて、現世に、遍く世界に救済を齎す。
不完全な世界を、救おう。

その為に、聖杯(かのじょ)は作られた。
その為に、神様(ぼく)は生み出された。

信じている。
己以外の何も、信じようとしなかった神は唯一、信じていた。
彼女の価値を、彼女が瞳に映した己の価値を。

自分だけが、世界を救える、救う事が出来るのだ。
何でも出来て何もしない、そんな神はもう、いらない。

己は違う。
いつの時代も人が切に望み続け、得られなかった物をくれてやろう。

真なる、永久の世界平和を授けよう。
その形とは、何度壊れても再生する『恒久の生命』と『もう一つ』―――



「欲しかったんだろう? 幸せな結末が」



人類から、『遍く全ての悲劇を取り除く』。
潰えぬ命で、永遠のハッピーエンドを繰り返せ。


「君たちはその為に戦ったんだ。良かったじゃないか」


救われただろう。
歓喜し、感涙せよ。
お前たちの永劫求め続けたモノが、漸く、世界に満ちるのだ。


「そう、これにてハッピーエンドさ。
 君たちの死をもって、それは終わり、永遠に始まる。
 ―――嬉しいだろう?」



高速で振るわれるサーベルが、エピオンを解体していく。
ファングの集中砲火に晒されたヴォルケインも、
幾ら機体に光学兵器への耐性があるとは言え、数秒と持つまい。
だが、それより尚早く潰すべき処刑対象が、眼下に居た。


「なんだ、まだあったのか」


展示場を喰らい、蠢く黒聖杯。
発生時は山のようだった巨体はファングの斉射に押され沈静化し、既に死にかけの蟲の如き有様になっている。
だが、まだ僅かに動いていた。
漆黒の手を浅ましく、白き洗練な聖杯へと伸ばしている、つまり生きている。
数少ない、リボンズが憎悪を向ける対象が、まだ『在る』のだ。

633rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:36:41 ID:fxNQ5zpc


看過できる筈が無い。許せるはずが無いだろう。
奇跡の糧となる参加者は憐れみ慈しむべき者だが、アレは屑だ。
リボンズと聖杯の儀式を文字通り汚しかねない、唯一と言っていい障害だった。

現世界に設定した、第三の霊脈。
第一、第二を避けてまで降ろすと決めたのは、同じくここに発生するだろう汚泥を完全に潰すと、最初から決定していたからだ。
実質のところ土地の質など、リボンズの信じる完全な聖杯には関係がない。
素体が完全なのだから、地脈など第三で十分である。
奇跡をかすめ取り穢す可能性のある、無粋な汚濁があるならば、上から洗浄し消し去るのみ。

そして理由はどうであれ、リボンズはここに降ろすと決めたのだ。
ならばここが、彼女の花道。
彼女の物語を終わらせ、そして始める極点だ。

だからまず、場所を開けろ、疾く消え去れよ贋作が。
そこは我が女神の降りる地だ。


「リボーンズ・キャノン」

変形と共に、全てのファングが、砲火が、展示場に向けられる。
もはや空前の灯火となったそれにトドメを刺すべく。
放たれる燐光は、蠢く汚泥、『この世全ての悪』へと引導を渡す、紛れもない決着の閃光となった。


「――――」


決着へと、確かに繋がっていた。
いざ、この世全てに善を齎さん。
絶対の幸福が支配する、純白の世界へと―――



「――――■■gyxeq■■■gase止ggee」



異を、唱える漆黒が、ここに在る。




「■■■■laaaaa■■■■■■aaaaaaaast■■■■■ooooooooooo■■■■■■■■oooooooorder■■■■■―――――――――!!!」





燐光を放たれた展示場の『土地』が、ぐにゃりと盛り上がり、弾けた。
否、違う。
これは展示場という施設を飲み込み一体化していた、巨大なる黒の汚濁その物に他ならない。
悍ましい泥は、誰もが疎む死の具現は、こう言っていた。


――わたしは生まれてきた。
――ここに居る。確かに居る。
――その、意味が欲しい。
――意味のないまま消えたくない。
――だからねえ、使ってください。




どうかわたしたちに、生まれてきた意味を教えて―――




「―――あァ、いま連れてってやるからよォ!!」



哄笑が響き渡る。
施設ごと、形状を変化させていく。
天へと伸ばしていた手が崩れ、黒塔が砕け散り、再形成されていくそれは左右に在った周辺施設を喰らい付くし、無限に増えていく。
残っていた全ての汚濁が、死が、悪が、黒が、一つの存在に寄り集まって新たな形を成す。
その依代が今、地を蹴り、飛翔を開始していた。

643rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:40:05 ID:fxNQ5zpc


無限に滴り落ちる泥が寄り集まり、縋りつくのは一人の人間の背。
一つ一つでは弱すぎる、有象無象の具現達。
地下深くから、どれだけ手を伸ばしても届かなかった清廉。
遠すぎる天空へと、憧れた白へと、到達するべく形成するモノ。

大地を覆うほどの巨大な漆黒。
左右へと二枚展開される。
それはきっと、翼と呼ばれる形をしていた。


「ひァははははははははははははははァ!!
 おォォ待ァたせしましたねェ!! カミサマさンよォォォォォォォ!!」


響き渡る狂声。
胸を串刺しにされたまま、血だらけの天使は飛翔する。
地上に放たれた砲火の全てを貫いて。
『この世全ての悪』を引き連れて、クソッタレの悪党は空を往く。


「何だ、何だよ、何ですかァ? このザマはァ! 俺が来るまでに終われなかったンですかァ!?
 仕事が遅いぜ全知全能!! それじゃァ何もかもがご破算だ!!」


中核を失った聖杯は自己を存続させようと、繋がっていた超能力者へと群がり形を成した。
もはや彼らは切り離すことの出来ない同一個体。
最後の乱入者、一方通行が神へと、滅びを届けるべく翼を羽ばたかせる。

曲がりなりにも汚れた願望器を受け取ったモノとして。
そして駆動させ、願いを成就させる者として。
己が願望を、届かせる為に。


「愚かだな……本当に……ッ」


下方から這い出して来るようなその姿に、


「本当に、どこまで君は……」


告げるリボンズは感じ取っていた。
微かな、苛立ちを。

だってそうだろう。
誰もかれも、いい加減、『愚か』がすぎる。
そして殊更に、リボンズにとって、目の前の存在は余りにも醜悪だった。

狂声を上げながら、実際に狂い果てながら、悪を翼と背負い踊り昇ってくる、『弱者』。
決して脅威ではあり得ない。負ける気など欠片もしないモノ。
死にかけの、半分以上生きてすらいない生命の残りカス。見るに堪えぬから一秒以内に消して、それで仕舞いの塵芥。
だが、醜悪さだけは、眩暈を憶えるくらい特上の代物だったから。

見た目においてだけでない、脳量子によって伝わってくる内側はそれ以上にグチャグチャで。
余りにもみっともなくて、汚過ぎて、おぞましくて、リボンズをして一瞬、見入る程に、気持ちの悪いモノだったから。
そしてそれは、紛れない『人間』だったから。


「どこまで、君らは……」


思ってしまったのだ。
一瞬の気の迷い。
あり得ない夢想、些末な錯覚であると同時に、ともすれば彼の根底を覆してしまいかねない感想を。









『こんな愚かな人間(モノ)、本当に救えるのか?』

653rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:42:28 ID:fxNQ5zpc

それは全人類を救う神として、敗北宣言に等しいワードではなかったか。
莫迦なとすぐに吐き捨てる。
くだらないと切り捨てる。
聖杯に不可能はなく、遍くすべてを己は救うのだと、コンマ一秒も断たずにリボンズは取り直し。
その僅かな間隙こそ、全てを分けたのだと気付けない。





「■■■■cb■■■■■■■■gfx■■h■■■asf壊ghj■■■■■■■■■jhfwr■■■■■■■oas輯ue■■―――――――――!!!」



極大のGNの粒子が一方通行を焼き尽くす。
その寸前、胸の刃を、掴ませてしまった。
だからもう遅いと、ソレは嗤って。




「さいっっっこォの悪夢をデリバリーしてやるよォォォォォ!! クッソ野郎ォがァァァァァァァァァァ!!!!!」




大量の血飛沫が宙に舞う。
展開していた黒翼が再び体内へと収束し、体の中心で渦を巻く。
突き刺した呪いの紅槍へと、破壊された全身の血管を通じて、血液と一体化した汚濁を芯まで染み込ませる。
それは世界間を超えた、魔術と科学の合一だった。

柄まで染まった様はもはや黒槍であり、
槍本来の呪いなど及びもつかないほど汚らわしく歪まされた媒介を、一方通行は己の魂(しんぞう)ごと引き抜いた。


「……なァ、おィ、選ンでみろよ?」


夢か、命か。
放たれた燐光が、五体を撃ち抜かんとする寸前。
目の前の怪物(にんげん)が、リボンズへとそう問うていた。


「―――は」

握るは、この世全て悪そのもの。
放つ己は、ただの悪党。
それでいい。さあ、届け。
全部台無しにしてこいよ、と呼びかけて。


投じられる。


黒槍の刃は、明らかにリボンズ・アルマークを『外して』いた。
見当違いの方向を飛んでいく。
狙い損じたのか、否、違う。


「―――何をした、つもりだ? 人間」


それはこの世で最も、彼の憤怒を煽る行いと言っていい。
全身を焼き尽くされてなお高らかに爆笑を上げながら墜落していく一方通行など、もはや眼中には無い。
放たれた槍の一撃の描く軌跡が網膜に焼き付く。

663rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:44:50 ID:fxNQ5zpc

漆黒の穂先は、ダモクレスを指している。
一方通行の身体を離れ、尚飛翔を続け、白き聖杯を目指している。
先のフレイヤの一撃でブレイズルミナスを失ったダモクレスに防ぐ機能は残っていない。
それが何を意味するのか。

参加者にとって、唯一の勝利条件とは何だったろうか。
そう、己が願いを、意志を、天上の聖杯に届かせる。
リボンズ・アルマークの聖杯を奪う、己が願望で、白き少女を染めることだ。

清廉なる不浄の白に、あの黒が触れた時、何が起こるのか。
純白に漆黒の願いが到達すれば、どうなるのか。
言うまでもないことだ。

全部、台無しになる。
全てが、水の泡になるに決まっている。
完全なる器が、黒き穢れによって歪められ―――――



「ざまァみろよ……は……はは……はひゃはははははははははははははっ!! ぎゃはははははははははははははっ!!」



リボンズ・アルマークの夢を、粉々に、破壊する。



「―――ふざけるなよッッ!! 人間ッッ!!」


リボンズの身体はとっくに、そして勝手に動いていた。
ふざけるな。
ふざけるな。
ふざけるんじゃないと、今まで感じた事の無い程の嚇怒に支配された。

何をしたつもりだ。
天上の奇跡に何をしようとしている。
あれはお前のような穢れが触れていい物じゃない。
いや、誰も触れていいものではないのだ。
リボンズ・アルマークだけが使っていい、手にしていい物なのだから。



――そうだ、彼女は、僕の物だ。





「―――――ぐ―――おおおおおぉぉぉッ―――」


気が付けば、リボーンズ・ガンダムは機体のモードを切り替え、
トランザムの全推力でもって、ダモクレスの正面に到達していた。
槍の軌道に割って入る。
モニターに映る画面が一瞬にして黒く染まる。
庇うようにして自らが、穢れた槍撃を浴びたのだと知って。

直後、全身に襲い掛かる不快な感触に視界が明滅した。
ぐちゃぐちゃに溶けた内面の渦。
受け止めたそれは、愚かだと見下した人間の、全身全霊の『愚かさ』そのものだった。

673rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:46:27 ID:fxNQ5zpc


「―――ねえ、リボンズ」





混濁する意識の中で。
耳元に、ヴェーダを通じて彼女の声が聞こえていた。
状況がまるで見えていないような、静かで落ち着いた、いつもの声だった。

「どうするのかしら?」
「―――黙れ! 切断するッ!!」

告げたそれは、言葉通りの意味だ。
ただちにヴェーダと、そして聖杯とのリンクを完全にシャットアウトする。

食らった一撃の正体は触媒を選ばず伝染する、言わばウイルスだ。
即座に接続を断たねば、泥の影響は機体を通じて彼女にまで及んでしまうだろう。

だが、それは同時に、
リボンズ自ら、ヴェーダと聖杯の加護を断ち切ったに等しかった。
彼女の声が、途切れてしまう。
後は、極大の呪いを叩き付けられた不快感のみが、絶えず頭に流れ込み続け。


「―――がッ」



それでも、



「それが、どうしたッ!!」


神はここに健在だ。
呪いの槍撃を機体の左肘に受け、まさにこの戦い始まって以来初めての傷を、受けた直後であっても。
ツインドライブの片方が砕け散っていたとしても。
シングルドライブになって、だから何だ、負ける要素など無い、趨勢は覆っていない。

リボーンズ・ガンダムが、神が、落されることはあり得ない。
敗北など、未だ1%たりとて、あり得ない、あり得ない―――


「―――?」


あり得ない、ことが一つだけ、目の前に在る。
あり得ない、視線を、あり得ない方向に感じ取る。
この世全ての悪を叩き付けられ、初のダメージを受け、僅かに、ほんの少しだけ僅かに、降下、後退していたリボーンズ・ガンダムよりも、上空から。

四肢の半分をもがれたガンダム・エピオン。
満身創痍のグラハムエーカーが、此方を―――


「なにを―――」


体内で炎が湧き上がる。
リボンズがリボンズで在るがゆえに、無視できない、流せない感情に。


「見下ろしているうううううう!」

683rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:48:55 ID:fxNQ5zpc



爆裂する怒りに任せて上昇する。


「なぜそうまで蒙昧なんだ、君らは!!
 これ以上、子供の駄々には付き合えんッ!!」


サーベルは翻る。
燐光は舞う。
リボーンズ・ガンダムの持てる機能を全開にしてエピオンを追い詰める。

大幅に性能が落ちたとはいえ、敵は満身創痍の雑魚一人。
一瞬で排除できると踏んでいる。
あと、一閃、一突き、一射の下に―――

「そうだな。駄々のようなモノかもしれん。
 このグラハム・エーカー、少し子供っぽいところは自覚している。
 愚かだと、そう繰り返す気持ちも分からなくはないさ」

なぜ、沈まない。
そもそもどうして、この敵はまだ生きているのか。
生き足掻こうとし続けるのか。

「私だけではない、我々全員が『愚か』なのかもしれないな。
 まったくもってどうしようもない。
 何の価値も無い、得る物のない戦いだ。
 我々の中の誰が勝者になろうと、きっと世界はそう変わるまい。
 所詮、我々は今も捨てられないモノの為に、戦う。
 利己の為、『拘り』に引きずられているだけの、それを愚かと呼ばず何と呼ぶ」

絶対に勝てないのに。
勝ったところで、意味など無いのに。

リボーンズ・ガンダムとガンダム・エピオンは苛烈な接近戦を繰り広げながら、上昇を続けていく。
グラハム・エーカーが、決して『上』を譲らないから。
リボンズ・アルマークが、決して『下』に位置することを看過できないから。
だからどこまでも昇っていく。二機は、星のように舞い上がる。

「リボンズ・アルマーク。お前が勝つことが、正しいのかもしれない。
 本当に、人の救われる結末なのかもしれない。
 だが、きっと我々全員にとって、そんな事はどうでもいいのさ」

カミサマに抵抗してきた理由は、全員がバラバラだった。
一つとして協調はない。
だけど全員別々の理由で、別々の方法で、救いを跳ね退ける事を選んでいた。
共通していたことは唯一点、譲れないモノがあったから。

恒久的世界平和だなんて崇高な願いに比べたらまるで見劣りする、他の誰かにとってはどうでもいい、思い。
ちっぽけなこだわり。くだらない希望。
だけど、彼らにとっては、絶対に譲れない。世界平和すら霞む願望だった。

「何故なら君自身、何度も言っていただろう、我々は、『愚か』なのだよ。
 救いようのない愚か者たち。『馬鹿』の集まりさ!! ああまったく救えないなッ!!
 そうとも!! 君に救われてたまるものかッ!!
 神様如きでは、到底救えたものではないッ、我々は最ッ高に!! 馬鹿で愚かな人間風情なのだから!!」

693rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:54:54 ID:fxNQ5zpc

天上に広がる大聖杯の門を目前にして、遂にリボンズの振るう剣がエピオンの頭部を貫く。
位置関係は再び逆転し、神はもう一度制空権を取り戻した。
エピオンは視界と攻撃手段をほぼ喪失し、それでも動きを止めなかった。
体当たりを仕掛けながら更なる上昇を続けていく。

「さあ出番だ!! ここで撃てなければ男子ではないぞ!!」

自爆装置を起動させながら、発破をかける相手は勿論。
背後で時を待っている、白騎士に他ならない。

「――――――ああ、最後だ」

炎上するヴォルケインの内側で、スザクは最後の一射を装填する。
ファングに撃たれ続けた機体は既に限界。
けたたましくなるサイレンは、今すぐ脱出しろと促してくる。
だが、まだ、一発残っている。
これを撃つまで終われない故に、もう一度トリガーを握り締める。

「救えない愚かさ!?
 何を言っている、そんな馬鹿げた理由で、人類救済を阻むなど!!」

リボンズはすぐさまグラハムにトドメを刺すべく、残されたファングを呼び戻し、ガンダムの左腕に握るサーベルを振り上げようとした。


「あまり、人間の愚かさをなめるなよ? 我々の馬鹿さ加減は君の信じる未来をどこまでも上回るぞ!! 神様風情が!!」


その、完全なるタイミングで、このチェス盤に、失われた筈のキングの駒が置かれたのだ。
不意に中空で炸裂した爆風により、戻されるはずだったファングが阻まれ、次々と落とされていく。

数瞬前、枢木スザクが、スイッチを押したその瞬間。
地上、誰もが忘却していたその砲門が開いていた。
自動航行で島の広範囲へ狙いを付けられるポジションへと位置を変えた、
人知れずセットされていたその、『揚陸艇の砲』から、ミサイルが発射されて。

騎士の手によって、失われた王の遺産が空に舞い上がる。
死後にまで、彼の言葉を伝えるように。

さあ、いまこそ知れ。



――――撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。



「な―――――」



それだけなら、良かったのだ。
リボンズの勝利は揺るがなかった。
全くの同時に、狙いすましたように、とある爆弾が起動していなければ。



『そォら、アフターサービスだぜ。受け取れよ、クソッタレ』


落ちていく堕天使が、指先で作った銃で、天を撃つ。



「―――――な――に?」


振り下ろそうとしていた、左腕が動かない。
左肘に突き刺さる黒槍が、内包していた極大の魔力に耐えきれず壊れる。
一宝具の、内部からの自壊、加えて内包されていた魔力の量は規格外だ。
よって当然、齎される爆力は生半可なものではない。

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。
リボーンズ・ガンダムの左腕を、内側から破壊しつくす火力が巻き起こる。
機を待ち続けていたような、内側からの一撃、偶然ではあるまい。


仕掛けたモノは学園都市最高の計算能力を所持する第一位なのだから。


「―――――?」


ファングが戻らず、突如として左腕が消失した。
迅速にグラハムを引きはがせぬまま、ヴォルケインの狙撃が迫っている。
右手に握るビームライフルしか、すぐさま振るえる武器が無い。
もしかすると、それは窮地と呼ばれる状況だったのかもしれない。

なのに茫然と、リボンズは考えていた。
はて何故なのだろう。
何かが違う。何かがおかしい。
ようやく、それを自覚している。
それはフレイヤの光を見た時から、頭にチラつく感覚だった。

703rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 02:57:51 ID:fxNQ5zpc

こんな展開はシナリオには無かった。
ただの蹂躙劇に終わる筈だった。
どこでズレたのだろう。
兆候は、きっかけは、いったいどこに。因果はどこで狂ってしまった。

一方通行が悪を背負うと決意し飛翔した時だろうか。
ならばその要因は?

インデックスが一方通行に槍を放った時だろうか。
ならばその要因は?

秋山澪が一番最初にリボンズへと人の愚かさを叩き付けた時か。
ならばそこに至った過程とは?

それはもしかすると、もっと前から少しずつ、変わっていたのかもしれない。
変わり続けていたのかもしれない。
機械に過ぎなかったインデックスを変えたのは誰だ。
臆病な女子高生に過ぎなかった秋山澪を変えたのは誰だ。

リボンズの願望を、人類救済というユメに亀裂を入れたのは。
世界を救うシナリオを変えたのは、いったい誰なのだ。

誰もが変わっていた。
誰もが少しずつ変わり、そして身近な他人という、身近な世界を変え続けた結果が。
ここに、絶対のシナリオを変遷させる。
――――世界が、変わる。


「―――そんな、ことが」


黄金の目に移る未来を台無しにする。

「あって、たまるかぁッ!!」

その時、神様の、リボンズ・アルマークの吐き出したセリフは何処までも熱烈で。
神様を名乗るには、少し人間味に溢れすぎていて。

右手に握るライフルが、炎上するヴォルケインを捉えている。
ヴォルケインもまた、リボーンズ・ガンダムを照準に収める。
両者同時に、引き金を引いた。

「―――――ぁ」

クロスする弾道はお互いの機体を焼き尽くし、直後、エピオンの自爆装置が作動する。


「―――――ぁぁぁ!!」


大聖杯を巻き込む爆発が天に広がって。
リボンズ・アルマークは、無意識に手を伸ばす。
遥かな下界、今まさに地に降り立とうとしている軌跡の聖杯。
器となった、少女の姿。
怒りとプライドに囚われて、置いてきてしまっていた大事なモノに。

「ま……て……」

待て、行くんじゃない。
戻ってきてくれ。
駄目なんだ、このままでは、僕以外のモノが触れてしまいかねないだろう―――


「君は……君は……ッ!!」


―――君は僕のモノなのに。


最後に、本当に欲しかったモノへと手を伸ばしながら。
神を名乗る存在は、実に人間らしい拘りを胸に、その全身を消滅させられていた。









◇ ◇ ◇

713rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:00:10 ID:fxNQ5zpc




――そうして少女は舞い降りた。





「Ich weis nicht, was soll es bedeuten」





ゆっくりと、ゆっくりと、城の庭園から抜け出して。
もう誰も、立つ者の居ない滅びた大地へと。





「Das ich so traurig bin」





滅びた展示場跡地。
瓦礫絨毯の中心へと、静かに、白く細い両足を付けた。




「Ein Marchen aus alten Zeiten」





そこに、動くものは居ない。
静寂が全てを支配していた。





「Das kommt mir nicht aus dem Sinn」





かつて少女は告げた、如何なる形であれ、私を奪うものが勝者だと。




「Die Luft ist kuhl und es dunkelt」




だから今も、少女は待っている、誰かに奪われるその時を。




「Und ruhig fliest der Rhein」



誰も立ち上がる者の居ない、滅びた世界の真ん中で。
願望器の降臨はここに、歌い続ける少女に、辿り着く者へ。

723rd / 天使にふれたよ ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:01:23 ID:fxNQ5zpc





「Der Gipfel des Berges funkelt」





最後の踏破。
それが、この殺し合いの、ラストだった。





「Im Abend sonnen schein」






少女は目を閉じて歌い続ける。
遠くに聞こえる、誰かの小さな足音を待ち続ける。







「Die Lorelei getan」







今はただ、口ずさむ、ローレライの詩と共に。
















【 3rd / 天使にふれたよ  -END- 】

73 ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:05:06 ID:fxNQ5zpc

『 3rd / 天使にふれたよ』

投下終了。

74 ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:05:31 ID:fxNQ5zpc
最終回、投下開始。

75ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:08:21 ID:fxNQ5zpc









――――Der Gipfel des Berges funkelt.






待っている。






――――Im Abend sonnen schein.






私はここで、待っている。






――――Die Lorelei getan.






いつか私を奪い取る、誰かの願いを、待っている。

76ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:11:20 ID:fxNQ5zpc









 














  



                       / ALL LAST 


























77ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:14:37 ID:fxNQ5zpc





雪が降っていた。


ひらひらと。
瓦礫に埋め尽くされた一面の荒野に、白き結晶が降り積もる。
それは奇跡のひとカケラ、乗せて吹き抜ける風と共に、届けられる儚いモノ。

純なる大聖杯は狭く窮屈な世界全土を覆い尽くし、空はまるで白い絵の具で染められているかのよう。
そこからぽろぽろと、剥がれ落ちたカケラの粒が雪となり、地表へと舞い落ちる。
ひっそりと、死んだように静まり返った大地へと、降り積もる。

雑音(ノイズ)の無い、静謐な世界。

その、中心に立つ少女の歌だけが、ここに響いていた。
雪と共に瓦礫の絨毯の真ん中に降り立ち、陶器のような白き裸足を地につけた少女。
降り積もるモノと同じくらい純白のドレスを着た彼女は、瞳を閉じたまま、歌い続ける。

静けさを際立たせる透明な歌声。
ローレライ。
私のもとにおいでと誘う。
もはや何も無いかのような、空虚なる世界の真ん中で、水底の魔女は誰を呼んでいるのか。

答える者は、いない。
誰も、立つ者は、いない。
全てが死に絶えたように、止まった世界には何も、いない。

少女は告げた。
私を奪うものが勝者だ、と。
ならば、ここに、願望器に、至る者こそ。

刻限は定められている。
永遠は過ぎ去っていく。
空に散った神様が、己の身体を作り直す、その時まで。
生きているなら、誰にでも、確かにその権利があるけれど。

声も、気配も、未だ、ない。

それでも、少女は瞳を閉じたまま、歌い続ける。
空虚なる世界の真ん中で、何かを、誰かを。
夢見るように、待ち続けていた。

いつか彼女を奪いに来る、誰かの願い。
遠く、遠く、果てしなく遠く。
小さく耳に聞こえてくる、誰かの足音。





――――極点は此処に、奇跡の杯は完成する。




後はそこに、注ぐ切望を示すのみ。
人の願いという名の、永遠に続く物語。



これはその終点を目指す者達の軌跡――――






◇ ◇ ◇

78ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:17:00 ID:fxNQ5zpc



/一方通行





骸の上を、歌声は通過する。




超能力者は動かない。




胸の真ん中の孔は塞がらず、血も流れぬ体は既に朽ちていた。
けれど、さくりと、傍らで小さな音が鳴ったとき。



――――は。




その死体の口元は歪んでいた。
泣いているのか、笑っているのか、狂していたのか。
もう誰にも、分からない。確認する術は無い。



――――さっさと終わらせて来い。クソッタレが。




残されたように吊り上げた口元が、ただ、告げている。
サラサラと体が少しずつ、灰になって消えていく過程で見せた、幻のような変化。


それでも、彼は笑っていた。





「………………」





歌はもう、彼のもとまで届かない。
物言わぬ骸の傍を、誰かの靴音が通り過ぎていった。






◇ ◇ ◇

79ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:18:23 ID:fxNQ5zpc



/枢木スザク




鉄くずの山に、崩れ落ちた鎧が混じっていた。
長い時間砲火に晒され、大破炎上したその機体は既に原型を留めていない。

ヴォルケインという名の、砕かれたヨロイ。
その足元で、動くモノがあった。

瓦礫の海を這いずり進む。
身体の下に敷き詰められた小石、ガラス片が擦れ、その度に血を流す。
進む為に、土を掴む指、引き寄せる五体。
枢木スザクは、目指していた。

前へ往く。

僅かでも、前進するために、地を這い続ける。
立ち上がる体力は最早ない。
ほんの少しだけ腕に残った力を使い、ほんの少しずつ近づくことしか、出来はしない。
遠く、耳に聞こえる歌の、響く方へ。

何の為に往くのだろう。
枢木スザクはもう一度、己自身に問いかける。



――――生きろ。


分かり切っている。
声が、聞こえているから。
歌に混じって、スザクにしか聞こえない声がするから。


――――生きて。


誰かの命。
誰かの願い。
誰かの―――想い。


何の為に往くのだろう。
それは、何のために生きるのかという問いの答え。


――――生きろ。
――――生きて。


願われたから。
大切だった人に。
大事だった全てに。
そう、願われていたから。
けれど、嗚呼、それは本当の、答えじゃなくて。



―――――行きたい。



誰でもない、己の想い。




――――――生きたい。

80ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:19:24 ID:fxNQ5zpc



今、歌声の響く場所へ、行きたいと思っている
確かに、生きたいと願っている。
枢木スザクの感情こそが、身体を前進させている。
他の誰でのない、枢木スザクの思いが、響く歌へと向かって行く。


「―――――――そうか」


なんだ今の僕は、俺は、こんなにも生きたかったのか。
そんな、気づいてしまえば吹き出したくなるような単純な事実に、腕の力が抜けていく。

いつか、死にたいと思ったのは本心だった。
存在ごと己を消してしまいたいと願ったのは事実だった。
それがいつ、どこで、誰によって、変えられてしまったのだろう。

ルルーシュ。
ユフィ。
そして、此処に来るまで、交錯した全ての思い。

受け取った全ての想い。
返信した自らの感情。


――――生きろ。


――――生きて。


「ああ、僕も――――」


生きて、いたい。
生きて願いを、伝えたい。
枢木スザクの想いを、願いを、受け取るべき者へと。

「行かなくちゃ……いけない……のに……」

身体はもう、動かない。
這いずる力すら、もはやない。

そうして、停止する前進。
向かう方角を知るための歌声すら、今や聞こえぬ程に減じた聴覚で―――

「………………」

聞こえた、小さな音。

「…………………そう、か」


スザクの傍らを過ぎ去る、誰かの願い。



「――――まだ、そこに在るのか」



それは前に進んでいく、誰かの足音。







◇ ◇ ◇

81ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:20:24 ID:fxNQ5zpc




/グラハム・エーカー





踏みしめる一歩は砂利を砕き、その度に口から血が漏れ出す。
全身の感覚を失くして尚、彼の身には歩み続けられる機能が備わっている。

痛みを押し殺し、一歩。
うめきながら、二歩。
響く歌声をめざし、三歩。

男は進む。
彼は、グラハム・エーカーは歩んでいた。



――――前へ。



神を名乗る者と刃を交わした時も。
空中でエピオンからの脱出を試みた時も。
パラシュート降下により大地を踏みしめた時も。
今、全身がバラバラになりそうな痛みの中でも、常に唱え続けていた言葉を想起して。

――――前へ。

男は進む。
霞む視界で、ガクガクと震える足で、ふらふらと覚束ない動きで。
はたから見れば滑稽なほど緩慢に、それでも前進を続けていた。

限界は近い。
いや、限界など、とうの昔に振り切っている。
動いているだけでもあり得ない状態なのだから、立って歩むなど無茶の範囲を超えている。
この瞬間、唐突に心臓が止まっても、決しておかしくはない。

一歩、一歩、罅割れた地面を踏み壊すように、一歩ずつ進む。
可能としているのが、彼の精神力。
常人を超えた心の在り方は、燃え尽きようとしている命を更に燃焼させる。
最後の炎をもってして、踏破を敢行する。


「――――――」


願望器の待つ場所へと。
何もかもを忘却し、阿修羅と化し、そうしてたどり着く。
願いを忘却したまま、何も無く、ただ。たどり着く。
そこに、何の意味があるのだろう。


「――――――ぁ」


過る空虚さに気づいたとき。
止まる筈のない前進が止まっていた。
歩み続けていた彼の目の前に、何かが転がっている。

それは、気づかないまま進み続けていれば、踏んでしまいそうになる程の小さなモノだった。
小さな身体。
壊れたように動かない、修道服の少女。

82ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:21:21 ID:fxNQ5zpc


修道服の少女は、どうしようもなく終わってしまっている。
閉じられた瞳は動かない。彼女の、砕け散った心は戻らない。

それでも、まだ、息をしていたから。
まだ、生きて、いたから。
足が、止まる。
そしてもう、動かない。

その時、グラハム。エーカーは理解した。
己は、ここまでなのだと。

絶対に、グラハム・エーカーに、彼女を跨ぐことは出来ないから。
置いて行くことが、出来ないから。
なのに、それでいいと、思えたのは何故なのか。


「―――――――」


命の燃焼が止められたことで、奇跡的に残っていた推力が霧散する。
そっと近づいて屈みこみ、少女の頬を撫で、そこに残る涙を拭った。

もう歌は聞こえない。
抱え上げたとき、今度こそ、全身の力が消えてなくなるのを感じながら。
彼は、告げた。




「―――――――行け」



傍らを通り過ぎていく、誰かの足音に。




「―――――――君に、託す」





◇ ◇ ◇

83ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:22:03 ID:fxNQ5zpc



/アリー・アル・サーシェス






罅割れた眼球が俯瞰する。



窓ガラスの全て割れたオフィスビルの屋上の柵に、その肉体は引っかかっていた。
色々な部分の欠けた体で、動いているのは眼球のみ。
視線の先には、歌い続ける小さな女神があった。




―――あーあ、もう終わっちまう。




そんな諦観と少しの落胆を滲ませながら、それでも彼は愉快気に。
既に上半身しか残っておらず、もうじき死する定めとしても。





―――だが、まだ、終わってねえ。




踊り明かした戦いの最後を見つめていた。





―――ああクソ、なんかよく視えねえな。




血が零れる。
意識が抜けていく。
歌声なんて、とっくに聞こえなくなっている。


それでも、もう少しだけ見せてくれよと。
彼は楽しそうに、声をかけた。


「なあ、おい、テメエもこっち来て観てみろよ」




傍らに近づく、誰かの足音へと。




「今回最後の戦争だ。フィナーレだぜ、切ないねぇ………」











◇ ◇ ◇

84ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:23:52 ID:fxNQ5zpc


/両義式



僅か、聞こえる歌声に、目を覚ます。


体の感覚がほとんど死んでいた。
視力と聴力以外、何も残っていないくらいに。

仰向けに寝転がったまま、見上げた空は泣いていた。
まったく、空が泣いている、だなんて、
陳腐な表現がこれほど当てはまる場面もそうそうない。

ただし泣き方は、よく言われているものと違っていたけれど。
哀しさを振り絞るような悲哀(あめ)じゃなく。
ぽろり、ぽろりと、懐かしむような、あるいは別れを惜しむような、哀切(ゆき)の空。

天頂を中心に、私に視える『線』は広がって、空を覆う。
真っ白を引き裂くように、黒い亀裂が広がっていく。
まるで、世界そのものが死に往くように、際限なく。

それがなんだか、少し嫌で。
黒線のない、純白の空が見てみたくて。

そこで私はふと思う。
私は今までどうやって、この黒い線を視界から消していたのだろうか。

分からない。
分からなくなっていることに、今更になって私は気づいた。

今までの私は、いったい何を、観ていたのだろうか。
一体何を、達観していたのだろうか。
此処まで来て、今更、見失って、しまった。

視る事も叶わなかったアイツの死。
視る事になった、誰かの死。

ずっと、この場所で感じてきた、やけに重い死のように。
天頂に広がる死線はハッキリと感じられて。

なんだ、ばかばかしいくらい簡単なコトだった。
ああ、死はこんなにも、重く切ない。
いつの間にか、無視できない程に、私はそう捉えてしまっていた。


「―――お前は、いくのか」


私は眼を閉じて、傍らへと声をかける。
いましがた、立ち上がったばかりの誰かに。


「――――そう、か」


閉じた視界に映るのは誰の死でもない、微睡。
耳に入るのは返答の声と、遠ざかっていく足音だけ。

もう、空の死は視えない。
響く歌は、聞こえない。








◇ ◇ ◇

85ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:27:05 ID:fxNQ5zpc



/阿良々木暦




―――歌が、聞こえた。



雪と共に、風に乗って届られる。
それは悲しい歌だった。

外国の、それなりに有名な、僕ですらきっとどこかで聴いたことのある曲。
日本語じゃない歌詞の意味は、良く分からなかったけれど。
少なくともいま聞こえるこの歌は、なんだか哀しくて、切なくて。
胸を締め付けられるような切望の込められた、そんな歌だと、僕は思った。

分からない言の葉の、意味、だけど分かることが一つだけ。

この歌は、呼んでいる。
僕を、僕たちを、この世界に未だに残る、生きた者達を。
生きるモノ達が運んできた、願いの訪れを待っている。
だから、行かないといけない。

幸い歌声はそう遠くない筈だ、ほんの少しの距離を歩いて、たどり着くだけ。
特別な力なんて要らない誰にだって出来る簡単な、
たったそれだけのこと、なのに……どうして……それが、こんなにも難しいんだろうか。

「――――――」

視界いっぱいに広がる、漂白されたような空から、雪が降りてくる。
言葉すら、もう発することが出来なかった。
痛みを感じることも無い。
あり得ない程の寒気が、体を覆い尽くしている。
僕はいま、いったいどんな状態になっているのだろう。

身体が動かない。
砂利の下に埋まっている両足の感覚が、酷く鈍い。
投げ出したような右腕はもう、ピクリとも動かない。
だから唯一動いた左の方で、

「―――――――」

ひ、ひ、と。
勝手に喉が鳴っていた。
自分の身体なのに、一瞬あまりの重さに気が遠のいた。
何度も何度も、左手を地面に叩き付けるようにして、無理やり上半身を押し上げる。
口から勝手に、涎なのか血なのか良く分からないモノがダラダラと流れ出てみっともない、けどそのままにする。

「………ぎ……ぅ」

ひゅーひゅーと。
過剰なまでに息を吸い、嘔吐するように吐き出す。

まだ、だ。意識を、手放すな。
まだ僕は、立ち上がってすらいないのだから。


歌は、今も聞こえている。
聞こえている。
だから、聞こえなくなってしまう前に――――

「お……ォ……おおおお……アァ……………っ」

漸く、悲鳴以下の呻き声を混じらせて、僕は重たい全身を持ち上げる。
砂利に埋まった二本脚を引き抜き、自分の足で、地面を踏みしめ。
ついでに辺り一面に、血反吐をぶちまけながら。

――――嗚呼、よかった、まだ、下半身、付いてたんだ。
なんて、迂闊にも安堵したのが、どうやら失敗だったらしい。

「――――――――――ぁ――――――れ?」

ゆっくりと全身を回っていた血が、急激な運動によって薄れる。
すっと意識が遠のいて、脳味噌がカラになったような錯覚を知る。
ああ不味い、これは駄目だ、なんて思った時には遅かった。

86ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:29:43 ID:fxNQ5zpc


身体のコントロールを失って操縦不能、前後不覚に陥る。
ふわりと気持ちが軽くなり、抱きしめられるような優しい微睡に引き込まれる。

明滅する視界の中で、僕は理解した。
このまま倒れてしまえば、二度と立つことは出来ないだろう。
分かっていた。
けれどもう、どうしようもなかった。既に傾いた体は、倒れるまで止まらない。

最後の瞬間。
僕の頬に、雪が落ち、溶けて消える。
同じくらい簡単に、意識は溶けていく。
耳に響く歌声が、願いを呼ぶ声が、ゆっくりと遠のいて――――




「――――約束」



こつん、と。
今にも倒れそうな重たい体が、誰かに支えられるのを、感じた。


「……約束、しましたよね」


寄りかかる、柔らかなもの。
血まみれの手を握る、暖かさ。
漂白された視界の中で、誰かが、傍にいるのを、感じていた。


「――――ぁ」

意識が帰ってくる。
視界が戻ってくる。
感覚すら思い出す。

真っ白い空の色。
降り積もる雪の感触。
瓦礫の絨毯の硬さ。
視界を流れ過ぎていく、亜麻色の髪。

「……手を……引いて、くださいよ……」

そして、ほほえみ。
抱きしめるように、僕の肩を支える少女が、そこにはいた。

87ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:31:11 ID:fxNQ5zpc

僕に負けないくらい、ボロボロの有様で。
やっぱり、立ってるのが精一杯な状態で。
それでも尚、彼女は微笑んでいた。

微笑んで、言った。
ほら、約束を果たして、と。
待ち望んだ時に、心を弾ませるように。

「人は、誰も救えない。助けられない。
 自分で助かるしかない……ですよね……」

「……ああ、そうだ…………」

僕たちはどうしようもない他人で、別々の物語だ。
救う事も、救われることも出来はしない。

「だけど」

そう言った彼女の手は、僕の手を握っていた。
今だけは、隣り合う僕らは、同じ物語の中にいた。


「『助け合う』ことなら、出来ませんか?」


彼女の肩が、僕を。
僕の肩が、彼女を。


「私にも、引かせてください。あなたの手」


互いの身体を、支えている。


「私の重さを少し、預けます。
 だから私にも、あなたの重さを、少しだけ、分けて……」



支え合っている。



―――Come with Me.



魔女の歌響く空の下。


「約束です」


自分の歌を誇らしく唄うように、平沢憂は囁いた。



「ああ……一緒に、行こう」


今こそ、約束を果たそう。
僕もまた、握り返す。彼女の手を。
すると感覚の鈍い足に少しずつ、血液が巡る、力が籠る。

僕たちはどうしようもない他人で、救えない愚か者で。
お互いの思いを背負う事なんて、結局最後まで出来はしなくて。
だから出来た事は、重さに倒れそうな互いの身体を、支え合う事だけだった。

血だらけの手を握り合う、熱が。
隣にいる誰かの存在が、その小さな一歩を可能にする。

耳に聞こえる歌を頼りに、終わる世界を歩んでいく。
重い体、一人じゃ立てない足。一人じゃ進めない道。
それでも、誰か、隣に居てくれたなら。
まだ、頑張れる。重さを分けあって、足はまた動き出す。


そう遠くない、むこう側。
目の前に、辿り着くべき場所が、在った。
瓦礫の上で、一人、瞳を閉じたまま、歌う女神の姿。

「……行こう、か」

きっと、その時、僕は初めて口に出していた。
僕の思う、この物語の結末。
僕の望む、どうしようもなく、救えない最後のカタチを。


「バッドエンド、目指して―――」


数十メートル先、雪降る世界の中心に立つ者。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
白き聖杯。真なる奇跡。懸ける願い。


―――――その終点の、目前。

88ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:32:56 ID:fxNQ5zpc







銃声が鳴った。





「………………が……っ!?」



腹部に直撃した圧力に、体が崩れ落ちる。
僕という支えを失った事で、平沢もまた倒れていくのが見えた。

熱が、全身を支配する。
平沢が与えてくれた物とは違って優しいモノじゃない。
これは忘れかけていた『痛み』、生命の危険信号。
数発の鉛弾が体内を抉り、抜けていくのを感じる。

全身が痛すぎて、何処を何発撃たれたのかも分からない。
だけど、いずれにせよ、既に血液は流し切った。
半吸血鬼の再生能力は、今やまるで働いていない。

全身からドクドクと血が、流れ続けている。
確信する。僕は、殺される。
今度こそ、今度こそ、死は、避けられない。


「……………お……まえ……」


大量の血を吐き出しながら、崩れ落ちていく僕は、見た。
あと残り、たった数十メートル先にあった到達点。

歌う女神。白き聖杯。真なる奇跡。
その終点の、目前にて。


一人の少女が、立っていた。
身に纏うスクールブレザー、揺れるスカート、胸元には青いリボン。
そして、風に靡く、長い黒髪。

聖杯の前に、立ちはだかるように。
自らの願いを、守るように。
僕の、阿良々木暦の、最後の敵として。



――――そこに、秋山澪が立っていた。










◇ ◇ ◇

89ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:35:59 ID:fxNQ5zpc



/秋山澪






歌が、聞こえている。



『僕の願いは――――』



認めない。
絶対に、認めるわけにはいかない。
そう思った。

銃弾は、目の前の少年の胸を確かに貫いたように見えた。
まだ生きているのは不可解だけど、どっちにしても結末は変わらない。
彼は満身創痍、既に死に体に近い。もうじき、ぜんぶ終わる。

もう目の前に、奇跡はある。
あと、一歩なんだ。
あと、ほんの少しなんだ。
あと少しで、あと少しだけ頑張れば、全て戻るんだ。

全部を、取り返す事が出来るんだ。
奪われた全部を、失くした全部を、求め続けた日常を、もう一度手にとることが出来るのに。

なのに、なのに、なのに―――

「なんで……動かないんだよぉ……!?」

ようやく立ち上がった足は、ピクリとも動かない。
間隔がマヒしたように、進めない。
痛みに支配されて、思うように身体を運べない。

だったら地を這ってでも、あとほんの少しの距離をゼロにする。
泥だらけになるなんて、なんてことない。
だけどそれじゃあ遅いんだ。それじゃ、追いつかれてしまう。
挫いた足じゃ、追い抜かれてしまうと思ったから。

私の背後、近づいてくる人に。
目の前の奇跡を、私の願いを、壊されてしまうと確信していたから。
銃を向けるしかなかった。

「あ……ぎ……やまぁ……!」

彼の血液がポタポタと、地に落ちる。
雪に染み込んで、溶けて混じる。

「そんなになって……まだ……進むっていうのか……?」
「お互い……さまだろ……?」

ボロボロの身体を撃ち抜かれて尚、立ち上がり、進もうとする少年が、私を追ってくる。
血を流しながら、聖杯を目指して、進もうとしている。
どれだけ傷ついても、辿り着けるなら構わないと言うように。

「やめろよ……来るなよ……」

だから私はもう一度だけ、銃を構えた。

「どうして……?
 いいじゃないか……なあ、叶えさせてよ……」


――――阿良々木暦。


「嫌だね。僕は、この先に行く」


私は、彼の願望を知っている。

90ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:38:33 ID:fxNQ5zpc




聖杯に告げる祈りを知っている。
フレイヤを巡る戦いの中で、彼が私に告げたコト。


『僕の願いは――――――』

『だったら、私たちは……』

『ああ、宿敵って、ことかもな』


それは私にとって、最悪の願い事だった。
そして今、再度告げられたその、終わりのカタチは、


『行こう。
 バッドエンド、目指して―――』


―――私の願いを、破壊する。


握り締める、東横桃子が残した銃。
痛めて尚、酷使し続けていた左手首は、もう感覚すら残っていなかった。
それでも弾丸はあと一発だけ残っている。あと一発だけなら、撃てる。
例えこの先、一生、左手が使えなくなってもいい。

膝をつきながら進み続ける彼の頭部に、銃口を向ける。
彼を止める。例え殺すことになったとしても。

取り戻す、私は、此処で失った全部を。
それは絶対に失くしてはいけないモノなんだと、信じているから。
この願いだけはどうしても、誰にも譲ることが出来ないから。


だから―――




「私は認めない、そんな結末……!!」



放つ銃声。
最後の一射は私の左手を代償にして、阿良々木暦の眉間を、確かに捉えていた。













◇ ◇ ◇

91ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:41:05 ID:fxNQ5zpc




/平沢憂





歌が、聞こえる。


ふと、眼を開ければ、真っ白い空が一面に広がっていた。
はらり、はらりと、頬に降る粉雪。
なんとなく、いつかの、誰かの言葉を、思い出す。


『じゃじゃーん、ホワイトクリスマスだよ――――』


ああ、綺麗だなあ。
なんて、単純で、純粋なコトを、私は思った。
現実の景色も、連想される思い出も、こんなにも鮮明で、輝いて見えて。


「綺麗……ですね……」


隣にいる誰かも、同じ思いを抱えてくれていれば、もっと素敵だ。
違う誰か、違いすぎる他人、だけどこの一瞬でも、同じ気持ちで在れたなら。
それはどんなにも、幸せだろうか、と。

「ねえ、阿良々木さんも、そう、思いませんか……?」

「ばか……やろ……」

涙が、落ちてくる。
ぽたりぽたりと、胸元に雫が零れ、そこに在る紅いものと混じり合って、雪の上に落ちていく。
それは私を抱え上げたまま、必死に止血を施そうとしている、少年の嗚咽だった。

「ああ……そっか……私……」

やっちゃったなあ。
なんて、軽い感想を抱いた。

澪さんが、引き金を引く、瞬間。
手を伸ばしたのは、咄嗟に彼を突き飛ばしたのは、何故なのだろう。
それが何を意味するのか、分かっていた筈なのに。
だけど、いま、分かることがあった。

―――私は、また選んだのだ。

示された選択肢。
『夢』か、『命』か。
いつかは選べなかった、もう一つの選択を。

「どう……して……だよ……」

その声は、愕然とする澪さんが、発していた。

「どうして……どうして……なんでだよ! なんでだよ! なんで……ッ!」

僅かに首を動かして、彼女の方を見る。
涙を溢れさせながら、絶叫する、大切な人。
とても、とても、悲しい姿だった。

「ごめんなさい……澪さん」

あなたの願いは、決して間違いなんかじゃない。
失くしてしまったモノを、永遠に去った幸せな過去を、取り戻す。
取り戻したいと願うことを、誰が否定できるだろう。

「あなたは間違って、ないんです、だけど―――」

私の願いが正しいのかも、本当は分からないけど。
だけど、知っていて欲しい思いがある。
あなたの願いは、あなたの大切だった場所は、あなたの帰りたかった『過去(きのう)』は、きっと。


「それは、あなたにしか、見る事の出来ない夢だから」

92ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:47:10 ID:fxNQ5zpc



私は、違うモノを願ってしまった。
哀しい結末の、その向こうに。
それがどれだけ怖くて、永遠に消せない傷を抱えた日々だとしても。


何かが終わってしまっても、私達が続く限り、きっとまた始まりはやってくる。
私がここにいる限り、あなたがそこにいる限り、物語は始まり続けていく。
それを、教えてくれた人達がいた。



『俺はただ――が欲しかった。
 時を止めたくはなかった。
 そこに、その先に、続くものがあると信じたから』




―――ねえ、ルルーシュさん、私の王さま。
貴方の言葉が、今なら分かる気がするんです。


ふと昔の夢を見て切なくなる日があったとしても。
私たちが続く限り、何度でも、何度でも、違う願いを、新しい夢を、また見る事が出来る。
今ならそう信じられるから。


私はもう、昨日には戻れない。今日に留まることを選べない。
この先の、知らない景色を見てみたい。
大好きな人たちと一緒に。


たとえば、ほら、いま私の為に泣いてくれる人がいる。
隣にいてくれる人がいる。
この人を守れてよかった、この人を守れる『重さ』が私の中にあって良かった。
なんて、思える。そんな、新しく出会えた、大切な人と、一緒に。


もう一度、無我夢中に、一生懸命に、なれるものを見つけたい。
新しい景色、新しい大切、新しい胸満たすユメを探し続けたい。
それはまだ、ほんのささやかで、不完全な、だけど私の見つけた、私だけの夢だから。



ねえ、お願い、私も――――





「……私も……明日が、欲しいよ……」






◇ ◇ ◇

93ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:50:25 ID:fxNQ5zpc


/ALL LAST





それが最後だった。


「ばか…………それじゃあ……お前が死んだら、意味ないだろ……」


僕の握る手の平から、ゆっくりと力が抜けていく。
抱えた身体から熱が抜けていく。
最早、それは覆せない絶対だった。

「そう……ですよね……間違えちゃいました。……ごめんなさい」
「僕に謝ってどうすんだよ」
「ああ、そっか、私が謝らなきゃいけないのは……きっと、私に願ってくれた人たち……」

平沢憂は胸元を真っ赤に染めて、僕の手を弱々しく握っていた。
僕には、どうしても理解できなかった。

「なあ……平沢」
「はい」
「なんでお前……笑ってるんだよ……」

平沢の微笑み続けるそのワケが。
さっき言ってたことが本当なら、悔しくて悔しくて、堪らない筈なのに。
痛くて、怖くて、寂しくて、泣きだしたい筈なのに。
なのになぜ、こいつは僕に笑いかけるのか。

「だって、私が泣いたら、阿良々木さん、笑えないじゃないですか……」

彼女は言った。
笑っていてほしい人の前だから、私は笑顔でいます、と。

「……………」

「阿良々木さん、寒いんですか?」

「……ん、ああ、雪が降ってるからな」

「じゃあ、こうすれば――――」


―――それはいつか、大好きだった人が教えてくれた『魔法』です。
そう、少女は耳元で囁いて。

「あったか、あったか」

未だに残る彼女の熱を、抱きしめる腕に感じた。
ああ、全く、お前は、どこまで……。
本当に寒いのはお前の方だろうに。

「ああ、暖かいな」

「えへへ……」

密着した彼女の表情は、もう見えない。
耳元で聞こえる涙の音も、聞こえないふりをする。

「ああ、最後にこれだけは、伝えなくちゃ……」

だからその声も、本当は聞こえないふりをしたかった。
何処に通じているか、分かり切っているから。

94ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:51:53 ID:fxNQ5zpc


「阿良々木さん」

光の粒子が舞い上がる。島の各地から、それは発せられていた。
この小さな世界の中で、訪れた全ての死が、天に昇る。
空に広がる白き輪の内側へと消えていく。


「ありがとう……」


彼女の身体もまた、少しずつ、少しずつ、光の粒へと変わり―――


「怖いよ……」

「ああ」

「嫌だよ……」

「うん」

「それでも、あなたが生きてて、良かった」

「…………」

僕は叫びだしくなった。


「ありがとう。此処に、いてくれて」


何もかも滅茶苦茶に壊してやりたかった。
だけど壊すものなんて、この世界にはもう、ロクに残っちゃいなかった。
何もかも、とっくに、壊れていた。

「なん、でも……」

ああ、畜生。
馬鹿だ。
僕は、僕が一番の、大馬鹿だ。


「なんでも言えよ!! 何でもいいから、望みを言えよ!!
 僕が絶対に叶えてやる。どんな不可能な事でもカタチにしてやる、だから、だから――――」

「――――ああ、そうだ、ねぇ……阿良々木さん」

だけど、もう僕の声すら聞こえていない彼女は、最後に。
夢見るように呟いた。


「私……いま、新しい夢……見つかったんです。聞いて……くれますか……?」


小さく頷いた僕に、彼女は頬を寄せて。
言葉と、吐息と、握り締めた手のひら。
抱いていた熱が、同時に、霧散する。
ふわりと、少女は光の泡となって、空へと昇っていく。




――――それが、この世界における、最後の『死』、だった。













【平沢憂@けいおん!  死亡】







◇ ◇ ◇

95ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 03:59:03 ID:fxNQ5zpc



歌が、聞こえている。




僕は進んで行く。
たった一人で、足を引きずりながら。
這いずるように、みっともなく、恥をしらずに進み続ける。

身体はもう、滅茶苦茶に擦り切れていたけれど。
どうしてだろう、心がヤケに冷たくて、意識が鮮明過ぎるほどにハッキリしていて。
歩くことが、出来た。

「やめろ」

誰かの、声がする。

「やめろ、行くな」

追いすがる、声がする。
知らない。僕は、何も聞こえない。

何も拾えない。
何も、何も、救えやしないから。

「いかないで……」

何も出来ない僕は、誰も救えない僕は、だけど一つだけ、決めたから。
今だけは、今だけは、選択をしようと、主人公になろう、と。
そう、決めたから。



一歩ずつ、一歩ずつ。
誰かの切望を振り切って、僕は、たどり着く。
瞳を閉じたまま、歌い続ける少女のもとに。






白き聖杯。
世界の女神。
イリヤスフィール。
彼女の、肩に、そっと、血に濡れた左手を、置いた。


「―――――」


歌が、終わる。
ゆっくりと、少女は瞼を開き、目の前に立つ僕の姿を認識する。
そうして、一つだけを、問いかけた。






「それじゃあ、問うわ。
 ―――あなたの、願いを」

96ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:04:10 ID:fxNQ5zpc


その一瞬だけは全ての雑音が消去された。
僕の頭の内側を色々なものが物凄い勢いで駆け巡る。
ここで、在った。ここに、在った。それは全てだった。

愛していた人が居た。
大切だった人が居た。
ずっと、一緒にいたい人達が居た。

失くしたモノ、消えたモノ、悲しいモノ、痛いモノ、辛いモノ。

どれもこれも、取り返しがつかない存在ばかりで。
それでも取り戻したい、返してほしいと切に思えて。
もう、会えないなんて、耐えられなくて。

叫びたかった、喚きたかった。
全部、返してくれよと。
全部、元通りにしてくれよと。
だから、ああ、僕は、僕は、僕は――――


「僕の……願いは……」


僕の、阿良々木暦の願える思いは、ただ一つ。


「10億、足りる限り全部使う。
 ここでまだ、生きている全員、元の世界に戻せ。
 余りが出ても僕はいらない。それで終わりだ」


いつかの春休みと同じ、万人に平等なバッドエンド。


「――――――」


絶叫が、僕の背中を突き刺す。

「やめろ!」

それは少女の哀切で。

「やめてくれ!」

全く以て正当な怒りで。

「そんな結末は嫌だ!」

誰にも否定できない純粋な感情だった。

「嫌だ……嫌だ……そんな終わりは……認めない!!」


女神もまた、僕に告げた。


「あなたが望むなら、なんだって出来るわ。
 死者の蘇生もできる。たとえ根源に至れなくとも、使い切れない程の魔力がある。
 ――――なのにあなたは、何も望まないというの?」

そんな、優しい、言葉を。
優しい物語を。
だから僕はもう一度だけ、後ろを振り返る。
背後に立つ、誰よりも奇跡を切望する少女と向き合った。


「なんで……そんな……こと、願えるんだよ……」


秋山澪は、弾の切れた銃のトリガーを引き続ける。
何度も、何度も。
僕を、僕の願いを、止めるように、撃ち抜くように。

「ふざけるなよ……使わないなんて……そんなの……ッ!
 私にはある、願いが在るんだ!! 死んだって叶えたい願いが在るんだ!! だから……!」

ああ、なんて、彼女は正しいんだろう。
だけど、さ。
僕にはそれを願えない。

叫びたかった、喚きたかった。
全部、返してくれよと。
全部、元通りにしてくれよと言いたかった、けどさ。

この場所には、確かに在ったんだ。
ほんの僅かでも、ここに来たから、得られた掛け替えのないモノが。

ここで見つけられた物、ここで手に入れた何かを、僕は、どうしたって嘘に出来ないんだ。
たとえそれが、いずれ消えてしまう、泡沫の感情だったとしても。
絶対に後悔すると分かっていたとしても。僕は何度でも、この願いを、選ぶだろう。

死んでしまった人に、生きてほしいと思うこと。
それは、どこまでいっても、生きている僕らの、勝手な我儘でしかない。
失われた彼ら彼女らの願いは、本当の気持ちは、僕たちには永遠に知ることが出来なくて。
だけど、それでも一つだけ、僕には信じていたい事があるんだ。

97ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:08:25 ID:fxNQ5zpc



泣き崩れる秋山の背後、薄く積もった雪に付けられた二人分の足跡。
それは誰かがそこに居た証。
僕と彼女が、目指した夢の軌跡だった。
二人で一緒に支え合って歩いた、あの時、確かに僕と彼女は、同じものを、目指していた。

そう、信じているから。

だから僕は、その夢を、最後まで、守ろう。
他の誰でもない、僕の傍にいてくれた、彼女の願いを。
ひたむきに明日を目指した、少女のユメを。

泣き叫びながら僕を糾弾する秋山と、眠りについた誰かの足跡を、最後に、目に焼き付けて。
再び、聖杯の少女と向かい合う。
そして瞳を閉じて、僕は告げた。




「僕は、誰も救わない。ただこの物語を――――」


この物語のあるがままに。


「終わらせるよ」


告げられた少女はどこか、諦めたような笑顔で、ゆっくりと告げた。



「……そう、じゃあ―――願いを、受諾した。

 


 優勝者、阿良々木暦。




 ここに、バトルロワイアルの終了を宣言するわ」
























【 バトルロワイアル  -ゲーム終了-  優勝者:阿良々木暦@化物語 】












◇ ◇ ◇

98ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:10:52 ID:fxNQ5zpc


◇ ◇ ◇














/送界式















◇ ◇ ◇

99ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:12:24 ID:fxNQ5zpc


グラハム・エーカーは自らの存在が薄まっていくのを感じていた。
身体の感覚が希薄になり、触れた物の感触が上手く指先に伝わらない。

「終わるのか……」

世界から消滅していく、というよりは元の居場所に少しずつ引っ張られている。
還っていくのだと、彼は自覚出来ていた。

「辿り……着いたのか……阿良々木暦……」

終点に至った彼の選択を、此処に残る全員が見ていた。
物語の最後、消えてしまった一人の少女だけを除いて。

「……願ったというのか。
 誰の返還でもなく、誰の希求でもなく、ただ、残るものを残すことだけを……」

修道服の少女を抱きかかえたまま、先へ行った少年の背に声は届かない。
少年の言葉もまた、おそらくグラハムが聞く事はないだろう。
運命に身を委ねるならば、もう二度と、彼らの運命が交わることは無い。

グラハムには分かっていた。
此処に残る全員が知っていた。
少年が何を願ったのか。
還っていく自らの身体が、証明していたから。


「……何処に行くのだろうな、我々は」

還る場所は、元の居場所の他にない。
けれどそこは今、自らにとって、居場所と呼べる場所なのだろうか。
変えられてしまった彼らは、元の場所まで帰り着けるのだろうか。

分からなかった。
確信を持てなかった。
それでも手のひらは、残されたものを離せない。

触れている感覚の絶えた両腕の中で、修道服の少女は薄れていた。
返還されていく兆候、阿良々木暦の願いに、彼女もまた含まれていた。


「……誓う」

壊れた少女。
だけどまだ、生きているのなら。


「必ず君達を、見つけ出す」

100ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:14:05 ID:fxNQ5zpc


例え世界が別れても。
それを新たな、グラハム・エーカーの願望とする。


「君達を、救って見せる」


悲しみの終点で選んだ、阿良々木暦の願いを知っている。
終点へとたどり着き、思いを届けてくれた者が居る。
それを無駄にしないと決めた。


「いつか私はたどり着く」


この胸に、生きる理由の在る限り。
少年の選択。
哀しい物語を、悲しいままに。

その決定を覆す。
それがグラハム・エーカーなりの、彼への礼だ。


「君らのもとに」


いつか、また。
今度はグラハム・エーカーの好きな空の下で。


「――――また会おう」


残された男は、再会を誓った。






【グラハム・エーカー@機動戦士ガンダム00  生還】


【インデックス@とある魔術の禁書目録 送還】





◇ ◇ ◇

101ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:15:37 ID:fxNQ5zpc



「やだ……」


その少女はいつまでも泣いていた。


「いやだ……!」


天に昇る光にむかって、弾丸の尽きた銃を握り締め、引き金を引き続ける。
待ってくれよと、納得できない結末に泣き叫ぶ。
終わらないで、終わらせないで、まだ終わらないでくれと。

だって、許せないから。
どうしても、失くせないから。

「まって……まってよ……私は……まだ……!」

薄れていく身体の感覚が、秋山澪を引き戻す。

「嫌だ……私はまだ……なにも、出来てないのにっ!」

意志を斟酌せず、送り返そうとする。
それに涙ながらに抵抗しても、無意味であることは誰が見ても明らかなのに。

挫いた足で、それでも消えていく光を追おうとする。
手を伸ばして、少しでも近づこうとして。
つまずいた彼女は、雪のなかに倒れこんだ。

「取り戻さなきゃいけないんだ……帰さなきゃいけないんだ……このまま消えちゃ……駄目なんだよ……!」

その隣に彼女はいた。

「なあ……秋山」

広がる雪原に、仰向けになって、両儀式は舞い上がる光を眺めていた。

「もう、いいよ。
 お前やっぱり、ちっとも向いてなかったじゃないか」

「…………し、き」

いつも通りの突き放すようでありながら。
それは彼女を知る者からすれば、あり得ないほど優しい声で。

「終わりだ」

澪ですら、その意味が理解できてしまった。

「お……わり?」

「ああ、終わったんだよ、もう」

他の誰の言葉でも、納得できなかったそれが。
なぜだか雪のように胸の澪の内側に染みていった。

「ああ、終わりだ、秋山、これで全部、全部おしまいなんだ。
 だからいいだろ、これ以上泣かなくて。煩くて……寝れない」

力が抜ける。
それは優しい、微睡だった。

「……終わり……おわ……り……そ……っか……ほんとに……終わりなんだ、これで……」

二人の少女は仰向けに、雪の中で横たわる。
昇っていく光を、一緒に見つめて。

「……やっと……終われるんだ……」

少しずつ薄れていく、互いの存在を近くに感じながら。
身体の感覚が消え去るその時まで、彼女たちは同じ風景を見つめていた。






【秋山澪@けいおん! 生還】

【両儀式@空の境界 生還】






◇ ◇ ◇

102ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:19:20 ID:fxNQ5zpc


聖杯の器は昇る光と成って、空へと姿を消した。

奇跡の過ぎ去った跡。
最も中心に近い場所に、彼らは居た。
何もかもを終わらせた少年は雪のなかで膝をつく。
放心したように、何も語らぬままで。

「君は―――」

枢木スザクは、目の前の彼に、問いかけた。
それが無粋であると知っていて、それでも。

「よかったのか? これで」

願いの是非を。
彼らしい、彼にしか選べなかった終わりの意味を。

「ああ、ははっ、もちろん……これで……」

問いかけに少年は虚空を見つめたまま。

「いい……わけ……ねえ……だろうが……」

血を吐くような悔しさを。
殺意にすら近い激情を、己自身に向けていた。


「間違ってる……間違えてるんだ! 正しいワケないだろッ!」

心からの後悔を叫ぶ。
こんな結末しか選べない己自身を、殺したいと本気で思う。


「もっと上手くやれる奴がいたんだ!! きっと、どこかに、もっとマシな、結末に出来る奴がいたんだよ!!」


己のような下手糞じゃない、偽物じゃない主人公が、どこかにいた筈だ。
全部を救ってくれるような、何もかもを取り戻してくれるような、完全無欠の希望が。

明日を望んだ少女を死なせることなく。
昨日を希求した少女を泣かせることなく。
今日を留めようとした神様すら救い上げて。

全部、笑顔で終わらせられる。
最高のハッピーエンドを描けた主人公が、どこかに、きっと――――


「―――いいや、そんな者は、何処にもいなかった。
 だから君が残った。君がたどり着いた。君が、君だけが、選ぶことが出来たんだ。
 君が正しいと信じて、選んだ。だったらそれが真実だ」

枢木スザクは否定する、阿良々木暦の後悔を。
そして肯定する、阿良々木暦の願いを。

「辿り着いたのは、君なんだ。
 僕も、誰も、君の言う完全無欠な希望が在ったとしても、此処に至ることは出来なかった。
 だからそんな仮定に意味はない。
 君がいなければ、選ぶ事すらできなかった、僕たちの思いは、届く事すら無かったから」

103ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:21:03 ID:fxNQ5zpc






「それ……でも……」

僕がもっと、上手くやれていれば―――
そう痛む思いは、阿良々木暦にしか分からない。
枢木スザクに理解することはできない。

「たどり着けなかった僕たちに、君を責める事はできないけれど。
 君はこれから、選択の責任を背負うんだと思う」

そして、その意味を、価値を、決められるのは一人だけ。

「ただ、君が君を否定する事は、君に纏わる全てを否定する事になる。
 君の選択を信じた誰かの思いを無意味にする、君の選択を糾弾した誰かを蔑ろにする。
 それだけ、分かっているならそれでいい」

明日を願った少女を笑わせたのも。
昨日を願った少女を泣かせたのも。
全部、傷として、阿良々木暦がこれから連れていく。

その傷を、間違いだったと悔やめるのも。
正しかったと胸をはれるのも。
阿良々木暦だけなのだ。


「この世界における戦いは終わった」


消えていく全て、失くして行く何もかも。
薄れる二人の身体。

「僕はこれから、僕の世界に還る。僕のやるべき事をなす為に」

終わっていく物語の中で、枢木スザクは宣言した。
今度は、己の物語を始めると。

新しく始めるストーリー。
それはやはり悲しい結末を辿るのかもしれない。


「君はどうする?」


けれど、その形は、まだ、誰にも分からない。


「君は、これからどこに行く?
 これから、どうしたい?」


「ぼく……は……」


とても、とても、哀しい物語が在った。
それは失うばかりの痛物語(いたみものがたり)。
誰もが等しく傷を受けて終わる、バッドエンドのお話だった。
けれど、それだけでは、無かったのだから。



「また、始めたいよ……もう、一度」



そして、もうすぐ、終わるのだとすれば。


「僕は見たい……あいつらが……見たかった物語(ゆめ)の続きを……」


まだ、見つづけたいと思う。
願い続ける事を、止めらなれないから。


「なら行ってくればいい」
 

さあ、次の物語を始めよう。
今はまだ先が視えなくて。
また、悲しい物語が始まるだけなのかもしないけれど。

少なくともまだ見ぬ物語が、そこに在る。
ならばせいぜい期待して。
今度は救済の、誰もが笑顔で終われるような、そんなお話を思い描きながら。

104ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:23:03 ID:fxNQ5zpc




「――――そうだ、枢木。約束、憶えてるか?」

「僕ら『全員』また同じ場所で、出会う。……だろう?」

「ああ、良かった。じゃあ、僕は楽しみにしてるから」

既に姿を消した枢木スザクは応えない。
けれど、阿良々木暦は期待することにした。
決してあり得ない物語を、自らの新しい夢として見ることにした。




いつか、どこかで。
少女が願った明日のむこうに――――




「僕は、その日をずっと、待っている」




そんな、優しい物語を描いていた。





【枢木スザク@コードギアス 反逆のルルーシュR2 生還】


【阿良々木暦@化物語 生還】









◇ ◇ ◇

105ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:24:12 ID:fxNQ5zpc


痛みなど、とうの昔に残ってはいなかった。
だから彼は、彼女は、ソレは、最後に話すことを楽しみとした。

「おーおー。もう何にも視えねえよ。すげえな、視界が割れまくって万華鏡みてえさ」

廃れたビルの屋上で、傭兵は消えていく。
光の粒子としてではなく、薄れゆく存在として。

「綺麗だねぇ……なあ?
 アンタにはどう見えてんだよ、傍観者」

アリー・アル・サーシェスは、最後に。
偶々いま自分の隣にいた者と話すことにした。

「どうもなにも、おしまいだよ。『ただのおしまい』ってやつさ。
 沢山ある終わっていく物語の、これも一つに過ぎないってことだね。
 どれだけ長く続こうと、終わってしまえば誰もがやがて忘れ去る。
 それもまた、物語の命題だ」

サーシェスが引っかかっていたフェンスにもたれかかる、火のついていないタバコを加えたアロハシャツの男。
忍野メメ。
彼と話すことが、アリー・アル・サーシェスの、最後の時間の使い方だった。

「は、違いねえな。だが俺は楽しませてもらうぜ?
 俺こそは、他でもねぇ終わりの当事者なんだからよ」

雇い主と呼ばれた忍野は否定する事なく。
戦いが始まる前における、傭兵とのやりとりを思い出す。
暗い路地裏で彼に持ち掛けた、契約のお話を。


『君に頼みたい事があるんだ――――両生類ならぬ傭兵類ちゃん?』


やりたい放題やらせてやる。
のみを条件に依頼した、たった一つの干渉ごと。


「べーつに、大したことじゃないよ。
 君こそ、まったくもって滅茶苦茶に動いていたけどね、手順を決めた意味がなかったよ。
 誰が『枢木スザクを墜落させろ』、だなんて依頼を出したんだい?」

「細けえなあ、最終的なところは一緒だったんだからいいじゃねえよ。
 ぜんぶぜんぶ、ぶっ壊れるようにする。そういうオーダーだったろ?
 任務完了だ。報酬をくれってな」

「報酬ならもう渡した。ヴォルケイン一機、前払いだったろ?」

「ああ、そういや、そうだっけか。いけねえなあ、ついつい、あげちまったよ」

サーシェスは何一つ、忍野メメの狙った通りに動かなかった。
枢木スザクに仕掛けた事、そのスザクにヴォルケインという切り札をあっさりと渡したこと。
神様にも、雇主にも、彼は縛られることなく。
まさしく『己が楽しいから』という理由のみで、動き続けた。
最後の戦いの場所で、唯一どんな思いにも縛らず。

一見して滅茶苦茶だったけれど、彼がいなければ状況がこうなっていなかった事もまた事実。
もしかすると、と忍野は思う。
間接的にであるが、彼の存在なくして、この結末は無かった。
誰も予想できなかった彼の行動こそ最も、神のシナリオを狂わせた要因だったのかもしれない。

106ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:29:51 ID:fxNQ5zpc


己のプリミティブな感情に従い続けた故の結末。
なるほど確かに、彼は救済の物語を台無しにする戦火だった。
戦争屋を名乗るにふさわしい。
恒久的に世界平和を阻み続ける、人という種の悪意がここに在る。


「なあ、俺はどうなる?」


なので敬意を払う、でもなく、蔑ろにするでもなく。
ごく普通に。
忍野メメは傭兵からの最後の質問に、正しく答える事にした。


「死ぬね。阿良々木暦が願ったのはただ『還す』ことだ。
 ここで得た『傷』を、直すことを選ばなかった。
 そして君がこれから戻る元居た世界に、いまの君を治す技術は無い」

「じゃなんだ? 俺は適当なところに落っこちて、そのまま死ぬのがオチってことかよ?」

忍野メメは開いた手のひらに落ちてきた雪を消え去るのを感じながら、己もまた送り返されていくのを感じていた。
阿良々木暦の願いが、己を含んだものなのだと理解して。

「そうだろうね」

「つまんねえなぁ……」

既に笑う余力は残っていないのか、傭兵は喉を鳴らし始めた。
くつ、くつ、と。
いや、もしかしたらそれは、泣いていたのかもしれない。
これ以上、続けられないという事実に。

「死にたくねえ……なあ……」

悲しそうに、なのに楽しそうに、サーシェスは泣き笑っている。
逃れられぬ死が、すぐそばに迫っていて尚、紛れもない悪性の熱に支配されながら、絶望するでもなく、狂うでもなく。
喉を鳴らして笑い続ける。

ドロドロのコールタールを結晶にして磨き上げるような、不思議な感情の発露だった。
だから、忍野は、別れ際に聞いてみる事にする。いつものように。


「それにしても君は元気が良いね。何かいいことでもあったのかい?」


すると傭兵は、よくぞ聞いてくれたとばかりに破顔一笑し。


「……ああ……あったさ……面白いこと尽くしだったぜ……」


泥の底でも、悪意の権化になり果てても、人は純粋に笑える生き物なのだと証明してみせた。


「楽しかった、か」

「ああ、今から……次が……楽しみで……楽しみで……たまらねえよ……」

「もうすぐ死ぬのに?」

「おっと、へっ……そうだっけ……か、……楽し……すぎて、つい、また、忘れちま……」

声が消える。
悪も、善も、中庸の傍観者も、等しく巻き込んで。
残る生命の全てが、この世界から消えていく。


何もかもが、戻されていった。








【アリー・アル・サーシェス@機動戦士ガンダム00  送還】


【忍野メメ@化物語 生還】








◇ ◇ ◇

107ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:32:46 ID:fxNQ5zpc


最後に、殺さなければならないモノがいた。
だから彼は目を覚ました。

「―――――ォ」

目覚めなければ、痛みを感じる事は無かった。
眠り続けていれば、それは静かで、安らかな幕引きだったことだろう。
散々に感じてきた悲しみも、嘆きも、これ以上与えられることは無かった筈なのに。



「――――ぎィ―――――がああああああァァァァ!!」


べしゃり、べしゃり、と。
全身から吐き出す夥しい量の血液が、狭苦しい路地裏にぶちまけられる。
一体ここがどこか、なにがどうなったのか。

痛みに咽び続ける彼には、何もわからなかった。
ただ、全身を苛み続ける痛みと、後悔と、絶望に、悲鳴を上げ続ける。
既に思考する事すらままならない意識の中で、地獄を知る。



「ァ――――――wgn――――アアアアアア――――おォォォォォ―――!!」


存在が薄れていく現象と並行して、身体が内側から爆ぜていく。
それは取り込んだ■■の拒絶反応か、能力の過剰消費化、単なる外傷によるものなのか。
原因さえも瞭然としないままで、加熱され暴発する傷の痛みを感じていた。
痛みだけが、今の彼の全てだった。

視界は捻じ曲がり前後も左右も理解できない。
聴覚はとっくにイカれて役に立たない。
嗅覚は己の吐き出す血の匂いしか嗅ぎ取れない。

狭い路地裏を、身もだえながら、さ迷い歩く。
何処に向かっているのかも知れないままで。
何処にいるのかも分からないままで。
己が動いていることすら、認知できずにそれでも。

「ぎォ……ァ………ァ…………」

歩き続けた。
罰を求めるように。
痛みを感じることを良しとして。

「――――」

その姿はまるでバーサーカー。
既に傷つけるものがいないから、残る己を痛めつけようとしているだけの壊れ者だった。
足取りは弱々しく、コンクリートの床につまずき、壁にぶつかり、
道端の屑籠をひっくり返し、水溜りに身体を突っ込みながら、泥だらけで進み続ける。

向かう座標は一切瞭然としない。
周囲の様相すら思考に入れられない。
最強を名乗るなど到底おこがましい。
簡単な視覚情報すら演算出来ない彼は、今やどんな無能力者(レベルゼロ)よりも最弱だった

「――――ァ?」

硬いモノが、両手に触れたのを感じた。
既に目の前の物を壊す力など残っておらず、軽く、力を込めて、押す。

108ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:35:22 ID:fxNQ5zpc


動かない。
目の前の壁はびくともしない。
扉の開き方すら、もうわからない。

「ご……ォ………」

リミットは近い。
終わりの瞬間はすぐそこに。
その前に果たさなければならない事がある。
やらなきゃならない責務がある。

この力の代償を、払わなければならない。
沢山のヒトを■すために振るった力は、結んだ契約の履行を求める。

だから最後に、最後に、■さなければ。
この世界を創った■■を。
働かない思考回路を独占する声にしたがって。

覚束な足取りで。
目の前に在った扉を開く。

その瞬間、足を滑らせて、床に倒れこんだ。
狭い廊下を、虫のように這って進む。
目的は、ただ一つ。もう二度と、こんなふざけた催しが起こらないように。


敵を■さなければ、
■さなければ、■さなければ、■さなければ、■さなければ、■さなければ、■さなければ、
■さなければ、■さなければ、■さなければ、■さなければ、■さなければ、■さなければ、

奴を。
奴を。
奴を。
原因のアイツだけは―――――必ず―――――必ず――――


「か――――は――――っ」


また、行き止まりだった。
硬いモノが、這い進んだ手に触れる。

このまま何も映さない瞳を閉じ、灰になって消えるのは救いだろう。
けれど許せない。
落とし前をつけろ、■し続けろ、あまりに多くのモノを■し過ぎたお前は、最後までそうやって醜く■ねと己自身が掻き立てる。
だから身体を僅かに持ち上げて、そこにあったドアノブに、行き止まりの先に、手をかけて、ゆっくりと回した。

かちゃりと、扉が、静かに、開く。
這いずる体が、そうして、たどり着いた。

「ォ―――ア――――klg――――」

震える両腕で立ち上がり、血まみれの身体を起し、一歩、その部屋に、踏み込んで―――

「――――?」

そこが、己の目指していた場所と違っていたことに、気が付いた。

「―――――――」

109ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:36:35 ID:fxNQ5zpc



思考が空白で塗り潰される。
体中から湧き上がっていた声が、止む。
この時、この瞬間だけ、彼は痛みすら忘れた。
あれほど体を支配していた絶望も、悲壮も、憤怒すらも、崩れていく身体の灰に乗って、後ろ側に流れていく。

よろよろと、弱々しい、赤子のような歩みだった。
それはこじんまりとした部屋の隅に置かれた、ベッドに向かっていく。
決して高価ではない、小さなベッドの上。
ゆっくり、規則的に上下する布の内側、そこに眠る小さなもの。
ずっとたどり着きたくて、なのにずっと離れようとしていた、ちっぽけで、かけがえのない存在がいた。

帰り着いていた、その場所。
誰かと共に過ごしていた家の寝室、一方通行の、還るべき場所で。

ふかふかの羽毛布団にくるまって、穏やかな寝息をたてる少女がいた。
幸せな夢を見ているのか、口角を緩く上げて、微笑みながら眠り続けている。

その微笑みを見た瞬間。
彼は、心が、決壊するのを、感じた。


「――――――」


ため込んでいた疲れが、どっと襲ってくる。
そして急にバカバカしくなり、脱力感に任せて床に腰を下ろす。
様々な悪態が、思考が、やっと頭の中で形になった。


―――ったく、クソがきが。
人の苦労もしらねェで、なにをアホ面で寝てやがる。
まったく、まったく、ほンっとに、オマエってやつは、畜生、あァ――――




「あァ――――安心した」



―――君を守れてよかった。
生きていてくれてよかった。
笑ってくれるだけで、それだけで、嬉しかった。

血と泥で汚れた指先では、彼女に触れる事は、もう出来ないけれど。
その寝顔を見る事が出来ただけで、十分だった。

心から、救われた。
そんな馬鹿みたいに単純な己を自覚して、それでも自然と頬が緩むのを抑え切れない。

彼は少女の見る幸せなユメを夢想しながら。
守り抜いた幻想に抱かれるように、ようやく訪れた微睡に瞳を閉じた。










【一方通行@とある魔術の禁書目録 帰還】










◇ ◇ ◇

110ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:38:55 ID:fxNQ5zpc





終わる物語。



役割を終えて、消えていく世界。
残されたフレイヤが大地も空も抹消し、宇宙すら閉じていく。
誰一人残らない、捨てられた場所に、未だ残る者達がいた。

始まりの二人。
電子の世界で再会を果たす、発端である『彼』と『彼女』。


「――ふざけているッ!」


それは、彼にとって、リボンズ・アルマークにとって、絶望以外の何物でもなかった。
本来なら、再び彼女と、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと出会う場所は、こんな終わり切った電子空間では無かったのに。

「馬鹿げてるだろうッ!! こんなものは茶番に過ぎないッ!!」

現実の空の下、現実の大地を踏みしめて。
己は神として、人類を救済する確固たる願いを、彼女に届けるはずだったのに。


「救われたんだ。救えたんだ、僕になら、人を永遠の幸せを実現できたのに。
 世界を……変える事が出来たのに……」

あと一歩だったのに。
既に聖杯は使用されてしまった。
根源に届くはずの魔力は流れ出してしまった。

これではもう駄目だ。
リボンズの希求する世界のルールの改竄、その実現には至れない。
目の前にあった世界平和はただの理想に逆戻り。
いったい何処で間違えたのか、何が原因だったのか。


「あんな……あんな……馬鹿げた願いに……僕の……この僕の、聖杯が……ッ!」


ヴェーダの内側で、肉体を失った二人は向かい合う。
怒りに身を任せ叫ぶリボンズを、イリヤは静かに俯瞰し続けていた。
電子の海ですら、残り数分も持たないだろう。
肉体を失っている彼らは、元の世界に戻るすべは無い。
だからここで、二人は抹消を待つのみだ。

特にイリヤはその存在の役割を終えている。
今動いていることが奇跡に等しい。
いつ、停止してもおかしくない。
泡沫のような時間の中で、リボンズは咽び続けている。

111ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:41:25 ID:fxNQ5zpc


「人は……愚かだ……!」

「そうね」

イリヤスフィールは、リボンズの怒りを肯定する。

「こんな結末は間違っている」

「そうね……だからやっぱり、救えないのよ。最初から、きっとそうだった」

リボンズに触れようとはせず、近づこうともせず。
ただ静かに、怒りに震える彼を見つめるだけだった。

「ねえ、リボンズ」

そうして、ふと思いついたように、話し始めた。

「私はね、私の物語が欲しかったの」

以前に話したこと。
イリヤの願い、イリヤの祈り、それはどんな形をしていたのか。
無価値に消えたくなかった。
誰かに求められたかった。

――結局、私はただ、誰かから必要とされたいだけだったの。

戦いの直前、彼女は彼に、そう語っていた。



「ああ、聞いたよ。だから僕は、僕は君に―――」

「でもね、それって、すっごく簡単なコトだって気づいたのよ。
 私の……いいえ、多分『私たち』の本当の願いはね。
 ええ気づいてたのよ、本当は、もうずうっと前に……」

「君は……何を言ってるんだ?」

そう、イリヤスフィールはずっと前から気づいていた。
あの時、彼女の願いを聞いたリボンズが、答えたその時に。


―――だけどね、イリヤスフィール。僕には君が必要だ。


遅すぎる答えを得てしまった。


「うん、分かってたのよ」

「分からない……なぜ笑っている……何を納得しているんだ、イリヤスフィール……?」

この人も、同じなんじゃないか、と。
イノベイド、それは人を救うために作られた劣等種。消費される運命だった道具。
産まれながら定められていたならば、己を人と、対等だと思えるわけがない。
そして劣っているから使いつぶされる、その運命に抗うなら。

――――そうか、僕は神か。

己は上位種だと、考えるしかないのは自明だろう。
全人類を見上げていた低い視点を、見下ろせるほど高くする他に、どう落としどころを見つけられるという。
そして、そうなってしまえば、誰を己と対等だと感じられるのか。

112ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:44:53 ID:fxNQ5zpc


果てしない孤独だったはずだ。
どうしようもない孤立だったはずで、
なのに人を救う為に生み出された彼は、人を救おうとしなければ、生きてさえいけなかったのだ。
だとしたら結局のところ、唯一無二の自分を、世界に必要とされているのだと、他に認めさせる行為でしかなくて。
それは聖杯としての役割を全うすることで己の価値を得ようとした愚かな誰かと、酷く似ているように思えた。

「ねぇ、リボンズ。私の願いはね、実はもうとっくに叶っていたのかもしれないの」

「何を言っている? なにも叶えていない、僕たちは何も出来ていない、このままじゃあ、これで終わりだ。
 価値無く終わって、終わったままだ……」

リボンズ・アルマークにとって唯一、対等だと、信じられるものが在ったとすれば、それは何だろう。
彼の瞳の中に、イリヤはそれを見てしまったような気がした。
だとすれば自分たちは酷く滑稽で、そしてどこまでも救えない。

「そうね、やっぱり、叶わなかったんだと思う。
 永遠に叶わない、そういう願いもあるんだと思う。
 それがたとえどれだけ簡単でも、方法に気づけなかった私たちには……。
 あなたは最後まで、気づけないのね……リボンズらしいといえば、らしいのかしら」

自分の価値なんて自分で決めるしか無くて、だけど自分の気持ちなんてあやふやで、自信が持てないから。
人は他人の瞳の中に、鏡を作る。
そこに映る自分の価値ならば、信じられる気がするから。

ならば世界には、最初から、二人いれば十分だった。
誰の死も、永遠の命も、世界の平和も、必要は無かった。お互いが映し鏡になれるなら。
だけどそんな事は、

「気づいたところで、いまさら何の意味も無いけれど」

とっくの昔に、この物語は完結するまで止まれない所に来ていた。
イリヤが簡単な事に気づいたときには、何もかもが遅かった。
だからイリヤは目の前の彼に伝えたのだ。

いいよ。
あなたが勝っていいよ。
私を、奪い取っても、いいんだよ、と。

破綻した二人の願いを自覚していながら。
誰よりも、己を求めている人が居るという、甘美な現実を優先して。

「僕には……君が何を言っているのか分からない……君は、正しいっていうのか?
 この結末を、この終わりを!?」

「正しい終わり、間違った終わり、区別なんてきっと無いのよ。
 あるのは折り合いを付けれるかどうか。
 私は……そうね、しかたない……かな、そんなふうに思うわ」


何もかもを知って、微笑みながら最後の時を待つ少女に対して。
リボンズ・アルマークは最後まで気づけない。
己が何を願っていたのか、何を、望んでいたのか。
目の前の少女に対する、愛にすら満たないの幼稚な感情の、意味にさえ気づけず。

「いま、全員を戻した。全部で7名。参加者以外も含めれば9名か。
 ……一億円分、余っちゃったわね。じゃあこれは、私の好きに使っちゃおうかな」

イリヤ・スフィールは寂しそうに微笑みながら、最後にささやかな願い事をした。
それはありきたりな承認欲求。

「最後のわがままよ、良いでしょ? リボンズ」

113ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:48:18 ID:fxNQ5zpc


知ってほしい、認められたい、ここに居る実感を得たい。
そんな、彼女と、そしておそらく彼が願い続けた、人として当たり前な感情だった。


「何の意味があるんだ……そんな事をして……」


いよいよ、残された電脳世界に崩壊が訪れる。
全てが光の中に消えていく。
彼らに訪れるのは死ですらない、世界ごと虚無に消えて、魂さえ残らない。

「ただの失敗の記録じゃないか……! そんなものを残してどうする? なぜ、君は怒らない? 悲しみもしないんだ?」

リボンズ・アルマークは怒りと悲哀を滲ませて、少女に問いかける。
少女は応えない。
微笑んだまま、彼を見返すだけだ。

「願いが叶わないんだぞ? 許せるのか? ここまで来て、あと一歩だったのに!!」

リボンズ・アルマークは怒りと悲哀を滲ませて、少女に問いかける。
少女は応えない。
微笑んだまま、彼を見返すだけだ。

「君は良いのか? 本当にこれで!?」

リボンズ・アルマークは怒りと悲哀を滲ませて、少女に問いかける。
少女は応えない。
微笑んだまま、彼を見返すだけだ。

「分かっているのか……イリヤスフィール……。
 このままじゃ君の願いも、存在も、何もかも無価値なまま消えるんだぞ……?」

リボンズ・アルマークは力無く、絶望を込めて少女に問いかける。
少女は応えない。
当然だ、彼女はもうとっくに、その機能を停止していたのだから。



「僕は……」


光が、全てを覆い尽くす。



「僕は……嫌だ……」



閃光は遍く事象を消し去り、そして世界に、終わりが訪れた。





【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night 消滅】



【リボンズ・アルマーク@機動戦士ガンダム00  消滅】







◇ ◇ ◇

114ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:57:09 ID:fxNQ5zpc

星が、煌く。
仮初の世界が掻き消える、その間際。

最後の魔力が行使された。
聖杯という願望器それ自身が願っていた、末期の願い。
少女の、ほんの少しだけの、我儘だった。

散っていく魂の流れに乗せて、ヴェーダが記録していた情報が飛び立っていく。
終わりかけのこの場所に接続された並行世界へと。
誰も知らない物語が、流れ込んでいく。

それは記憶という形で、何処かの世界の誰かのもとに届けられる。
拡散していくストーリーだった。

それは哀しく、切なく、残酷な、けれど確かに存在したお話。

誰かと誰かが、出会ったこと。
誰かと誰かが、殺しあったこと。
誰かと誰かが、触れあったこと。
誰かと誰かが、別れたこと。


泣いたこと。
怒ったこと。
殺しあったこと。
笑いあったこと。


死んだこと。
生きたこと。



そして、夢見たこと。

鮮烈な、生と死の、戦いの、記憶。

いくつもの物語(いのち)の記録。


誰かに、知ってほしい。
そして出来れば、分かってほしい。
どうか手に取って読んでみてほしい。

それは悲しい物語、けれど明日に繋がる物語だ。

彼ら彼女らの死にざまと、生きざまに、何かを感じてほしい。
何かを、想ってほしい。
そういう形の拙い、けれど純粋な祈りの煌き。

―――駆け抜けた命の、その輝き。

願いのかけらは飛んでいく。
流れ星のように散っていく。
やがて、全部の光が飛び去った後、ゆっくりと、狭い宇宙が閉じ切って。








―――――ここに、一つの物語が、終わりを迎えていた。















【アニメキャラ・バトルロワイアル3rd  -完- 】






◇ ◇ ◇

115ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 04:59:21 ID:fxNQ5zpc



――――ひとりの少女が、そこにいた。


真っ白で、真っ黒で、真っ赤で、真っ青で、思ったとおりに変わる世界がある。
形を定めぬ不定形。何でもあって、何にもない。
ここはそういう場所だった。

天の杯が作り上げる道。
ごく短い時間、あるいは常しえの追憶を費やして、変遷し続けた伽藍の洞。
『 』が確かに存在する証左だった。

そこから繋がり、対を為す、集合無意識を内包した黄昏の神殿。
黄金の、夕焼け。
境界線の曖昧になった二つの世界。
接合し、混在し、再編される空間の最果て。

彼女はずっと、そこにいた。

永遠に広がる、黄昏の空の下で、たった一人。
足元に広がる水面の上に、ぽつりと立ったまま、暮れゆく茜色を見つめていた。

少女の黒髪と、身に着けた着物の袖が、吹き抜ける潮風に揺れている。
だからと言って何をするでも、考えるでもない。
何処にいようと、何が在ろうと、彼女は何もするつもりはない。

制止した時の中、永遠にここにいる。
ここにいる彼女は、ここにしか居られない彼女は、ずっと、ずっと、ただ、ここにいた。

足を付ける水面に映る境界線の真ん中で、あちらでもこちらでもない中間で。
何をするでもなく。誰を待つでもなく。
強いて言うなら、世界の終わりを待ちながら。
ただ、そこに在り続けた。

時に、誰かがここを通る事もあった。
あちら側から、こちら側へと通過する。
或はその逆か。

いずれにせよ、彼女の足元に在る境界を越えて、隣を通り過ぎ、光の先へと消えていく。
その度に、その背中を見送っていた。それが永遠に続くかのようだった。
とても、とても、つまない、退屈な時間だった。


けれど、この世界にも、漸く終わりが来たらしい。


日が急速に暮れていく。
陽光が無くなり、薄ぼんやりした群青が空に差し込んで来る。
一つの世界の終焉。
ならばここに留まり続ける少女も、世界と共に消えて行くのだろう。

すると繋がっていたモノがどうなるのか。
確かめる気も、彼女には起らなかった。
自己が消えるなら、消えればいい、と。少女はただ、気怠く、その時を待っていた。

しかし、その時、ちゃぷり、と。
背後から水の跳ねる音がした。

振り向く。
もう何度も見てきた光景へと振り向いて、そこに現れた誰かの姿を見る。





「――――あなたが、最後よ」

116ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 05:10:07 ID:fxNQ5zpc


事実を言葉にしたのは、きっと気まぐれに過ぎない。
本当の、本当に、最後の通過者だったから、そんな理由でしかなかった。
この世界で、ここを通った幾人もの人達。その最後に現れたのは、一人の少女だった。
どこかの高校の制服を身に纏い、亜麻色の髪をポニーテールにしている。

どうやら彼女は戸惑っているようだった。
その反応自体は珍しくない、此処に来る人は大抵そういう反応をする。
けれど彼女は、こちらの『姿』を見て、少し驚いたようだ。その理由も分かっている。

「あっちよ」

だから、違いを示すように、彼女が向かうべき先を、声に出して、指先で示した。
すると『別人である』と理解したように、少女の戸惑いの色が薄まった。

「行きなさい。みんなが待っているから」

この場所で、最初に他者へ話しかけた時と同じように、そう告げる。
いつか、目の前の少女によく似た姿をした誰かへと、示した道。


「でも少し……遅すぎたみたいね……」


けれど、今回の言葉は嘘になってしまうかもしれない。
指し示す方向、神殿の奥には、もう誰も待ってはいなかった。

最後の通過者たる少女は、来るのが遅すぎた。
既にそこに居た者達は、行ってしまった後だった。

そしていま、世界の崩壊が、天の杯が作る道を歪めている。
もう陽の日は沈んでしまった。
光の扉はくすんでいる。
今からむかったところで、先に行ってしまった者達と同じ場所に行けるとは限らない。

むしろ、たどり着ける可能性は低いだろう。
闇色に歪んだ扉の先に在るのは、混沌の道。

何処かの並行世界に連結させられるかもしれない。
全く別の宇宙に飛ばされるかもしれない。
何処にも通じていないかもしれない。
或は入った瞬間に魂を細切れにされる事さえありうる。

間に合う可能性もゼロではない、しかし、既にあの扉は異界へ続く孔と言って差し支えない。
端的に言って、何処に繋がっているのか、何が起こるのか分からないのだ。


―――この本物の『神様』の知覚をもってしても。
別世界に通じている捻じれた扉の向こうを、もうすぐ滅びゆく世界の、気だるげな全知は知り得ない。

この先、何が待っているか分からない、と。
告げられたポニーテールの少女は一人、緊張した面持ちで、ぎゅっと袖を握りしめて。

それでも一歩を踏み出した。
水面を揺らしながら、隣に立つ。
そして、さらに一歩、境界線の向こう側へ踏み越えた。

「行くのね」

指さす先で、光の扉は時が経つほどに歪んでいく。
ゆっくりと歩き出そうとする少女の背中を、もう何度目かの、旅立つ者の背中を、彼女は見送る。
最後の背中を、最後まで、見送ろうとして―――

117ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 05:16:16 ID:fxNQ5zpc


「それじゃあ、あなたは―――?」


不意に、振り返った少女と、再び目が合った。

「あなたは、どうするんですか?」

真っ直ぐに、眼を見て、発せられたその言葉。
『寂しくないの?』、と問うような。

同じことを、少女とよく似た誰かからも、聞かれていた。
だからまた同じことを、告げることにする。


―――私はここにいるわ。ここにしか、いれないもの。


例え崩壊する世界の渦中だったとしても、そのまま消える定めだとしても。
それは真実だった。普遍の理ですらあった。

言えばそれだけで、目の前の少女も理解できるだろうから。
ゆっくりと、言葉にしようとしたとき、だった。




「良ければ、一緒に―――」



「―――――――?」


ぱし、と。
掴まれていた。

「一緒に、行きませんか?」

小首を傾げながら、己の指先を見る。
扉を指していた指先、いましがた降ろそうとしていた手のひら。
それを、目の前の少女の手が、掴み取っていた。
手と、手が、繋がれている。


――――これは、なんだろう?


と、そう思った時には、遅かった。


「行きましょう」


くい、と。
軽く引っ張られる、一人の神様が、何とも間の抜けた形で、体が傾き、思わず一歩前に出てしまう。
驚くほどあっさりと、境界から出てしまっていた。
あちら側、或はこちら側か。いずれにせよ、少女の側に、引っ張り込まれていた。


「その方がきっと、一人より、寂しくないから」


そうして、手を握ったまま、ポニーテールの少女は走り出していた。


「きっと、たのしいから」


何処へ通じているかもわからない扉を目指して。
自分が今、何をしでかしたのか自覚もせずに。

「あなたの手を、引かせてください」

彼女は駆けていく。
自然、手を握られたままの存在も、引っ張られるようにして走らされていく。

着物の少女は、あまりにも簡単に起こってしまった事態に、呆然としたあと。
ちょっとだけ、どうしようか、と考えて。
まあいいか、と結論付ける。

118ALL LAST ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 05:24:04 ID:fxNQ5zpc


この事態、今後、何処かの世界で。
ちょとした大ごとになったり、するかもしれないけれど。
まあ、だとしても、それはまた別の物語だ。

そして彼女に、もとよりそういった危機意識は存在しない。
無気力な彼女はここを動くつもりも無かったけれど。
同じように、この手を無理やり振り払う気も無いのだから。

世界なんて、いつでも握りつぶせるけれど、しないのと同じ。
やる気のない神様は、一人の少女の手に引っ張られるがまま、ガランドウから連れ出されていく。


「ねえ、あなた、どこに行くつもり?」


最後に一つだけ問いかけた、その声に。
前を往く少女は、笑顔で振り返りながら答えていた。
行先の分からない扉のむこう、この先に待つ何かに、少しの恐れと、少しの期待を胸に抱いて。




「明日へ―――」



黄昏の終わり。
願いが瞬く、満天の星空の下。




二人の少女が進んでいく。
ぱしゃぱしゃと足元の水を跳ねさせて。



繋いだ手を引く少女は、神様一人を道連れに、駆けていく。


駆けていく。


どこまでも、どこまでも。





―――――遠い、夢の続きへ駆けていく。































【 ALL LAST -To the next story!- 】

119 ◆ANI3oprwOY:2015/03/16(月) 05:25:54 ID:fxNQ5zpc
投下終了です。

120名無しさんなんだじぇ:2015/03/16(月) 05:26:34 ID:EucFNrE6
投下おつでした!
文字通り全てを出し切った最終章でガンソやWもガンガン絡んでいて嬉しかった
神を挫くのが馬鹿で愚かな人間とは
ロワならではのお前たちが望んだハッピーエンドをくれてやるという救済者に救いようがないと思わせるってのがすごく好きだ

最終話は誰かが行く、誰かが来るという構図が感慨深かった
群像劇していて誰んだろと思わせてドキドキしつつも少し寂しいすべての終わりへと近づいていく物語
白降る世界に響く歌声の中聖杯に向かって誰かが歩いて行く光景が本当に綺麗で静かだった
そして至る、いつかの春休みと同じ、万人に平等なバッドエンド。ただのおしまい
明日へと続くバッドエンド。スザクじゃないけどこの結末は阿良々木さん以上にすとんとくる人はそうはいないと思う
しかしまさかサーシェス、最後の最後まで出てくるとはw
言われてみればなるほどな戦争屋だったわ。恒久平和を望んだリボンズは彼を雇った時点で終わってたのか
それぞれの表記の差もずるい。帰還にはぐっと来た
男と女の最後は、これ、リボンズの「君は良いのか? 本当にこれで!?」って自分が嫌だよくないじゃなくてイリヤに訴えかけてるのがほんと、
イリヤを対等に見ているってことなんだよな……
そして完の後にまさかの続いてそうか、お前もいたんだと思ったらすげえ
まさにしでかし。憂すごいことをしでかしてしまったwww
すげえ、ほんとすごかったです! 面白かった!

121僕は…そのレスを…ぶっ壊す!!:僕は…そのレスを…ぶっ壊す!!
僕は…そのレスを…ぶっ壊す!!

122名無しさんなんだじぇ:2015/03/16(月) 05:27:25 ID:EucFNrE6
と、いい忘れ
完結おめでとうございます!


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