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☆魔法少女リリカルなのは総合エロ小説_第111話☆

1名無しさん@魔法少女:2011/08/18(木) 16:34:39 ID:tcLNLZv.
魔法少女、続いてます。

 ここは、 魔法少女リリカルなのはシリーズ のエロパロスレ避難所です。


『ローカル ルール』
1.他所のサイトの話題は控えましょう。
2.エロは無くても大丈夫です。
3.特殊な嗜好の作品(18禁を含む)は投稿前に必ず確認又は注意書きをお願いします。
  あと可能な限り、カップリングについても投稿前に注意書きをお願いします。
【補記】
1.また、以下の事柄を含む作品の場合も、注意書きまたは事前の相談をした方が無難です。
  ・オリキャラ
  ・原作の設定の改変
2.以下の事柄を含む作品の場合は、特に注意書きを絶対忘れないようにお願いします。
  ・凌辱あるいは鬱エンド(過去に殺人予告があったそうです)

『マナー』
【書き手】
1.割込み等を予防するためにも投稿前のリロードをオススメします。
  投稿前に注意書きも兼ねて、これから投下する旨を予告すると安全です。
2.スレッドに書き込みを行いながらSSを執筆するのはやめましょう。
  SSはワードやメモ帳などできちんと書きあげてから投下してください。
3.名前欄にタイトルまたはハンドルネームを入れましょう。
4.投下終了時に「続く」「ここまでです」などの一言を入れたり、あとがきを入れるか、
   「1/10」「2/10」……「10/10」といった風に全体の投下レス数がわかるような配慮をお願いします。

【読み手 & 全員】
1.書き手側には創作する自由・書きこむ自由があるのと同様に、
  読み手側には読む自由・読まない自由があります。
  読みたくないと感じた場合は、迷わず「読まない自由」を選ぶ事が出来ます。
  書き手側・読み手側は双方の意思を尊重するよう心がけて下さい。
2.粗暴あるいは慇懃無礼な文体のレス、感情的・挑発的なレスは慎みましょう。
3.カプ・シチュ等の希望を出すのは構いませんが、度をわきまえましょう。
  頻度や書き方によっては「乞食」として嫌われます。
4.書き手が作品投下途中に、読み手が割り込んでコメントする事が多発しています。
  読み手もコメントする前に必ずリロードして確認しましょう。

前スレ
☆魔法少女リリカルなのは総合エロ小説_第110話☆
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12448/1302424750/

769鬱祭りSS:2011/11/03(木) 21:57:12 ID:rapCGMXw
あとがき
以上になります。
タイトルは「マリッジブルー」ですw
一応憂鬱ってことで。
箸休めとでも思ってください。

770名無しさん@魔法少女:2011/11/03(木) 22:21:41 ID:fsDRbMnY
GJ
結婚は人生の墓場かw

771名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 00:19:46 ID:F2Kd/VuE
>>769
GJでした。そうだよな、男性もマリッジブルーになるんだよなw
あと、
>友人に助けを求める
淫獣を登場させて、あまつさえ友人なんてポジションに収めた部分だけちょっと蛇足でした。

772名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 01:55:33 ID:kDLcgSSo
>>771
頭大丈夫?

773名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 02:43:50 ID:BhPffZNs
>>771
キャラを貶す一言を、それも蔑称でナチュラルに付け加えるのは止めてくれない
ノリで言ってるにしても寒いだけです

774名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 11:51:48 ID:Nqi.js7U
これは良いSSだ……
思い切り意表をつかれた
まさかこういうやり方もあったとは
面白かった

775名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 17:54:48 ID:H//ScYt2
リリなの漫画って売れてるんか…
その割にサンクリ後のとらのあな行ったら、東方とISの独壇場だったような…。
ISの棚にチンク姉のがあったけど(リアル話)

ところで下手でも何か書いてみようかと思ってるんだが、
SS投稿する場合はどう気をつければいい?

776名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 17:57:14 ID:ilaHwFqo
>ISの棚にチンク姉
クッソワロタwww

777名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 18:16:38 ID:A16iBJts
>>775
スレの冒頭を読んで、作品の前には注意書き(エロ・凌辱・鬱・その他読み手を選びそうなジャンル)はいる

778名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 18:30:24 ID:SL8GfG8c
>>775
基本的には>>1を守ってればおk
それ以外だと、直前の投下からはある程度(1、2時間くらいは)時間を置くほうが無難ってとこぐらいかね、気をつけるのは
不安なら、>>2の書き手さん向けマナーのページまで目を通しておけば大丈夫だろ

779名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 18:33:29 ID:aE1dJxnA
>>775
>>1のローカルルールを守ればだいたいOK。
作品は投下前にテキストエディタ(メモ帳)などにまとめてコピペで投下するのがおすすめ。
誤字脱字はチェックしておくとなお良し。

780名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 18:36:04 ID:0MAHBMPE
>775
ISとリリカルのW眼帯ロリが並んでいる光景なら結構見ますが。
あれは店員さんのギャグなのか本気なのか迷うところですが。

781名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 18:42:52 ID:qw7hYk5M
DOGDAYSとVIVIDが並んでいるのは、本気で区別が付かなかった。

782名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 20:34:42 ID:SwN5sdcQ
>>781
それはない
>>775
>>780
なんかの同人小説?でなのはとISの奴があったんだが、表紙がチンク姉とラウラだったwwww

783名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 20:57:14 ID:oJXnmDwo
つまり「トーマは姉の嫁!」と主張するチンク姉というわけだな

784名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 21:21:57 ID:mt536Fmk
>>769
GJ
これはいい、普通に騙されたわwww
ハードコアなのが続いていたから良い清涼剤になりました

785名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 21:26:16 ID:ilaHwFqo
>>782
>>781はコンプエースの漫画版の話じゃね

786名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 21:38:41 ID:9S7ZXBCE
>>769
エイミィさん策士過ぎワロタ

この手の話とは逆に独り身生活が続くメイン女性陣の日記ネタ…なんて物を考えてはいましたが
割とマジで洒落にならないものが出来上がりつつあったので封印したのは内緒だw

787名無しさん@魔法少女:2011/11/04(金) 22:02:18 ID:CNicYXqo
>>786
さあ、書き上げてさらすんだ

788名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 01:23:02 ID:bsLENuHM
なのはとフェイトの友情青春系の話しが頭にあるのにいざ書くとどうしても百合方面にいってしまう

789アルカディア ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:30:57 ID:GKQJka4I
さて、随分遅くなりましたが、お次を行かせていただきます〜

790彼女達の独白 ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:32:18 ID:GKQJka4I
 SIDE:A


 晴れ渡る青い空と眩しい木漏れ日。
 犬達と庭で遊ぶのに絶好のそんな天気の日は、いつもあたしの胸の奥が小さく疼く。
 勿論、身を引き裂くような、と大げさに形容されるような痛みではないし、そんな昼下がりは犬達にフリスビーでも投げて笑いながら過ごすのがあたしの常だ。
 しかし、拭いきれない憂鬱な思いが、あたしの胸の奥にはべったりとへばりついている。
 歯痛のように、意識から追い出すことのできない痛みが、ずっとあたしを苛み続けている。
 痛みは、いつもあたしに問いかける。「本当に、それで良かったのか」と。 
 まるで悪い毒にでも冒されたようだ。勿論、解毒剤は無い。
 あたしは、自ら進んでその毒に身を委ねたのだから。

 昼下がりのティータイム、高級な紅茶と舶来品の洋菓子がバルコニーのテーブルに並ぶ。
 犬達があたしの膝にじゃれつき、あたしはその美しく柔らかな毛並みにそっと手櫛を通した。
 天気予報は、明日も晴天を告げていた。高気圧の影響で、今後一週間は暖かく穏やかな日が続くでしょう。続くでしょう。
 そう、今日のような満ち足りた日が明日も続く。明日も、明後日も、その次も、その次も、その次の次の次も、ずっとずっと続いていくのだ。
 なんという幸福。なんという安寧。
 
 しかし、この満ち足りた安寧な日々こそが、このあたし、アリサ・バニングスを日々蝕む最悪の毒に他ならなかった。




        彼女たちの独白。



 
 自分が他人と違うことを理解したのは、一体いつだっただろう。
 小学校低学年の頃のあたしが全く無理解だったのは間違いない。
 今思えば、なのはやすずかと毎日やんちゃをしていたあの頃が、あたしの一番幸福だった時代だろう。
 小学校一年生の頃のあたしは、それはそれは典型的な我儘なお嬢様だった。増長して他人を見下し、何でも自分の思い通りになるものだと信じていた。
 幼いながらに、他人とは違うことを自覚はしていたが、本質的な理解はまるでなく、自分は他の子より偉いんだという、漫然とした全能感に身を任せていた。
 そして、すずかと――なのはとの出会い。初めてできた対等の友人。あたしも周囲の子達と何一つ変わらない人間なのだと、初めて実感した。
 ……そんな、道徳の教科書のようなあたしの改心は、結果としては間違いだったわけだけど。
 

 楽しかった。普通の子達と一緒になって日々を過ごすのは楽しかった。
 掛け値無しに楽しかった。今思い出すと、本当に、涙が出るくらい楽しかった。
 しかし、小学校三年生に進学した頃から、あたしの黄金の思い出は少しづつ色褪せ始める。
 あたし達の輪を外れ、独りで悩みを抱えるようになったなのは。
 魔法の世界なんて、常識外れのとんでもないものに関わっていた彼女の心情としては、当然のものだろう。
 だが、まだ幼いあたしにとっては、どうしようもない理不尽だった。
 それでも、あたしは信じていた。いつか、なのははあたし達に悩みを打ち明けてくれるだろうと。手を貸してくれと、言ってくれるだろうと。
 そんな、淡い期待を抱いていた。
 なのはの悩み事が解決したと聞いた時、あたしは安堵と共に、若干の落胆を覚えていた。結局、なのはは、独りで悩みを解決してしまったのかと。
 ……尤も、彼女は決して独りで悩みを解決した訳ではなく、そこにはあたし達の知り得ない出会いと友情があったのだが。
 これで、なのははまたあたし達の所に戻ってきてくれる。そんな風に素直にあたしは喜んだ。
 しかし、高町なのはという少女の生きる世界は、緩慢に、あたし達の生きる世界との乖離を続けていたのだ。

791彼女達の独白 ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:33:59 ID:GKQJka4I
 少し、高町なのはについて語ろう。
 あたしの初めての友人と呼べる存在。そう呼ぶと、少々語弊があるかもしれない。
 なのはとすずか。その二人しか、あたしは友人と呼べる存在を作れなかったのだから。
 幼稚な優越感に浸ってすずかを苛めていたいたあの日、あたしの頬を叩いたのがなのはだった。
 あの日の痛みと衝撃は、今でもはっきりと覚えている。
 そしてもう一つ。小学一年生の朧げな思考ではあるが、明瞭に思ったのだ。
 あたしは、初めて、誰かに真正面から見つめて貰えた。
 当然のようにあたしを愛する両親や、屋敷の執事達とは違う。
 あたしと同じ齢の、あたしと同じ高さの視線が、正面からあたしの瞳を覗き込んでいた。
 そのことに、言葉にならない安堵と歓びを感じながらも、その頃のあたしはそれを表現する言葉を持たず、あたしの行動ルーチンは、親にも叩かれたことの無い頬の痛みに対する報復を選択した。
 端的に言えば、大喧嘩である。
 爪を立て、髪を引っ張り合った。それらの行為は加害者の立場で行ったことはあっても、相手がやり返してくることなど、全く初めてのことだった。
 教師に仲裁され、引き離される時まで、あたしは拳を振り上げて怒りを露にしていたという。
 でも、きっと――その時のあたしの口許は綻んでいたに違いない。あの日を思い出す度に、そんなことを取り留めなく思っている。

 
 あたしたちの喧嘩は、保護者の呼び出される騒ぎとなった。
 両親同士の対面。あたしは興味津々に、高町なのはの家族というものを見つめていた。
 現れたのは、取り立てて変わった所も無いごく普通の男性。喫茶店「翠屋」のマスターを勤めているという、なのはのお父さん――高町士郎だった。
 彼は飄々とした仕草であたしの父から名刺を受取り、照れくさそうに頭を掻きながら、この度は娘がご迷惑をお掛けしましたと頭を下げた。
 今はその人柄を良く知っているが、その時の彼の対応は、今思えばとんでもないものだったのである。
 あたしの父は、デビット・バニングス――日米にいくつもの関連会社を持つ大会社の経営者である。
 それを知った大人達は、誰もが平身低頭して、青褪めた顔にへつらいの笑みを浮かべながら何度も頭を下げ、逃げるように早足で去るのが常だった。
 そんな様子を幾度も目にしていたことが、あたしの幼少期の増長の一因となっていたのは間違い無い。
 なのはの父は、それを知りながら、まるで旧友に接するような気さくな態度で、サッカーなどの話題で父との談笑に花を咲かせていた。
 それは、あたしに対するなのはの態度と同じものであった。
 その後あたし達はお決まりのように意気投合し、あたしとなのはとすずかの三人は親友となった。
 互いの家を行き来するようになり、高町家の人々と親しくなって、はっきりと解った。なのははあの大らかで暖かな家族の中で育まれたのだ。
 
 
 高町なのは。彼女は、全く普通のどこにでもいる少女だった。――少なくとも、あの日までは。
 すずかの父は、あたしの父には遠く及ばない規模ではあるものの、工業機器の開発を営む会社の社長である。
 あたしとすずかは社長令嬢。そして、なのはは、喫茶店の店長の娘。
 俗な秤に染まった今なら、あの仲良し三人組の中で、なのはだけが明らかに劣る家柄の娘であることが解る。
 無論、あの時から今に至るまで、あたし達はそんな詰らないことを気にした事など一度として無いのだけれど。
 尤も、小学生だったあたし達は意識すらしなかったが、あたし達の学校、私立聖祥大学付属小学校は小学校から大学まで一貫式のミッション系スクールだ。
 そこに通っていたいた時点で、あたし達はその他多くの平凡で普通の小学生達より、ハイソサエティに属していたことになる。

 ……本当に嫌になる。この数年間で、あたしは誰かに会うとまずその社会的地位を値踏みする癖がついてしまった。
 それは、状況に応じた立ち振る舞いを要求される社長令嬢として、当然身につけるべき嗜みであったが、あたしの価値観までがそれに侵食されていくようで、時折空恐ろしくなる。
 あたし達を束縛する数限りない軛。曰く、財力、家柄、地縁、血縁、地位、年齢――。
 息苦しくはあるが、誰もがそんな面倒事で構成された現代日本の世間という海の中を泳いで生きている。
 こうやって、プライベートビーチで遊んで一日を終えることができるあたしの人生は、他人から見れば限りない程のイージーモードだ。

792彼女達の独白3 ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:35:12 ID:GKQJka4I

 しかし、なのはは誰もが逃れられない全ての軛を解いた。完全に脱却した。
 ごく普通の少女だった筈の彼女は、魔法少女という余りにも現実離れした存在となって、異世界へ旅立って行ってしまったのだ。
 社長令嬢がなんだ。日米に展開する大企業がどうした。
 それらは凡て、この世界という小さな「 」の中だけで成り立つ価値観。
 そんな既成概念の外に出たなのはこそ、真にノーブルな存在だ。
 



 
 午後になって、馴染みの来客が訪れた。あたしの親友、すずかだ。 
 なのはと違って、彼女とあたしの関係は、出会ってから大学を卒業した現在に至るまで全く変わっていない。
 否。16年間を同じ聖祥の学舎に通ったのだ。あたしとすずかは、幼馴染みや親友という言葉では言い表せない、ある意味家族以上に親密な関係を続けている。
 勝手知ったる様子で、バルコニーに訪れたすずかと視線を交え、小さく笑みを交わしてひらりと手を振る。
 今日の挨拶は、それだけで充分だった。
 青空の下での、暫しの談笑。彼女の為に用意した、上等の洋菓子と紅茶。
 誰にも邪魔されない、あたしとすずか、二人だけの時間だ。
 喋るのは他愛もない雑談。家の猫や犬の話、天気の話、新しく見つけた甘味屋の話。本当に、他愛もない雑談だ。
 だが、あたしにとってすずかとの時間は、他の何物にも掛替えの無いものだ。
 胸の奥にへばりつく鈍い痛み。昔と同じようにすずかと話している間だけ、その痛みが少しだけ薄れる。
 すずかと話すのは楽しい。本当に楽しい。
 ――例えなのはが居なくても、楽しいと錯覚しなければならない。
 
 ふと、話が途切れた。静かに青空の梢のざわめきを楽しみながら、静かにティーカップを傾ける。
 ……頃合いだろうか。
 あたしは静かに椅子を立ち、すずかに目配せをした。
 彼女はついと目を伏せ、頬を微かに染めながら肯いた。
 手を差し出すと、すずかは控えめに自分の掌を重ねる。
 あたしは、彼女の手を引いて長い廊下を歩いて自分の部屋へと向かった。
 オーク樫の重い扉が軋みを上げて閉じる。
 厚いカーテンを引いて照明を落すと、あたしの部屋は闇の帳に包まれた。


 暗闇の中でも仄白く浮かぶ美しい裸身に、そっと指を這わす。
 ぞくりと身を震わせるように、すずかの体が跳ねた。
 つい、と舌先をその肌に落し、緩慢に舐め上げる。今日の陽気のせいだろうか。微かに汗の味を感じる。
 むずかるように所在なく動く太腿に、自分の足を絡めて押さえつけた。

 一体、いつからだろう。こんなことを始めたのは。
 最初に誘ったのは、あたしからだった。
 何の変哲も無く、車輪の中の鼠のように繰り返される生活に対する、ささやかな反抗。
 とは言ったものの、今の環境にそう大きな不満があるわけではなく、むしろこんな安定した生活を与えてくれた父母には感謝をしている。
 勿論、家を出奔して非行に走る気などは更々無い。
 ただ少しだけ、ほんの少しだけ、この生活に背徳感のある刺激が欲しかったのだ。
 
 始まりは、あたしがすずかを抱きしめるだけの、幼く拙く、純情な行為だった。
 いつからだろう、すずかを抱きしめるあたしの指先に、淫らな熱が灯るようになったのは。
 すずかの背中を抱きしめていただけのあたしの指先は、虫が這うような緩慢な動きですずかの服の下に潜り、一枚、また一枚と彼女の衣服を剥いでいった。
 
 ……それは、一輪の薔薇の花を愛でていた時に湧き上がったのと同じ衝動だ。
 一枚、また一枚と美しい花弁を剝して散らし、その芯の部分に迫っていく、後ろ暗い興奮。
 すずかは、拒まなかった。

793彼女達の独白4 ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:36:58 ID:GKQJka4I
 事が済み、隣で眠るすずかを置いてあたしはそっとベッドから抜け出した。
 体に残る熱を洗い流すような冷たいシャワーを頭から浴びながら、あたしは姿見に映る己の姿を見つめる。
 見知ったあたしの瞳が、あたしを覗きこんでいた。

 ――少し、あたしについても話をしよう。
 あたし、ことアリサ・バニングスは世間一般の基準に照らし合わせれば、類稀な美女である。
 勿論、人前でこんなことを言い切ってしまえる程、恥知らずでも傲慢でもないが、そのことは客観的事実として自覚している。
 長く均整のとれた肢体、砂時計型の腰から胸にかけてのプロポーション、そして西洋人の父譲りの金髪と、日本人離れした目鼻立ち。
 あたしは幼い頃から、己が他人からかけ離れて美しい外見の持ち主であることを自覚していた。
 自身の審美眼に照らし合わせても間違いは無かったし、周囲の人間のあたしを褒めたたえる言葉には、見飽きたあたしの地位に対するへつらいとは確実に違う、真実の響きがあった。
 あたしは、人並み外れた美を与えられて生を受けたのだ。
 しかし、薔薇の美しさを決めるのはその品種のみではない。薔薇が真実美しく開花する為には、庭師の手入れが欠かせない。
 そして、あたしを育んだバニングス家の資産は、あたしを理想の女性像とも言える姿へ見事仕立て上げた。
 そう。何の面白みもない、雑誌とモデルとなんら変わらない形通りの美女に。
 

 あたしは、幼い頃から己の人生に飽きていた。
 物心ついた頃には、あたしは他人の価値を不等号で量る習慣を身につけていた。
 その価値判断に照らせば、ハイソサエティーと言える私立聖祥大学付属小学校の中でも、周囲の有象無象の人間はあたしの顔色を覗くばかりの雑魚ばかり。
 大抵のクラスメイトは、幼いなりに己とあたしとの違いを肌で感じとり、距離を置くようになった。
 勉強も、運動も、立ち振る舞いも、常に正しく一番であるように。
 あたしはスクールカーストの頂点に立ち続けた。
 思えば、それは何て孤独な優越感だったのだろう。
 それを見事に壊してくれたのが――高町なのはだった。


 それから、なのはが魔法という非日常の世界に入り込むまでの三年間が、あたしにとっての至福の時間だったことは間違いない。
 あたしたちは、三人で足りていた。三人で完結していた。
 あの、ユーノ・スクライアが、そしてフェイト・テスタロッサと八神はやてがあたしたちの仲に入り込んで来るまでは。
 ……彼女たちと出会って、なのはは変わった。変わってしまった。
 
 あたし達と過ごす時間は少しづつ減り、そして、あたし達の手の届かない魔法の世界で過ごす時間が少しづつ増えていった。
 別段、あたしはフェイトやはやてを嫌っているわけではない。
 二人とも、とても好ましい人物だと思っているし、あたしにとっても交友を結んでいる数少ない輩だ。
 しかし、彼女達と出会ったことであたしの許からなのはが去っていってしまったという事実を思う度、云い様の無い彼女たちに対する怨恨がこみ上げてくるのである。
 わかっている。これはあたしの逆恨みに過ぎない。
 この感情の本質は嫉妬だ。今の尚なのはの隣に居るフェイト・テスタロッサが、あたしは羨ましくて堪らないのだ。

 あたしの友人と呼べる人間の大部分は、なのはに紹介された魔法世界の住人だ。
 クロノ、シグナム、スバル、ティアナ……。
 皆気持ちの良い人物ばかりであるし、あたしを詰らないこちらの世界の枠で量ってへつらうようなこともない。
 あたしにとっては有り難い友人と言える。
 だが、足りない。
 どこまで行っても、あたしが本当に親友と呼べるのは、なのはとすずかの只二人だけなのだ。

794彼女達の独白5 ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:38:03 ID:GKQJka4I
 あたしとすずかが高校に進学する頃、なのははミッドチルダに移住した。完全に、あちらの、魔法の世界の住人となったのだ。
 そしてなのはを失ったあたしは、再び高校という荒野に投げ出された。
 聖祥大学付属高校では、エスカレーターだった小中と変わって、受験によって外部の人間が混じり、人間関係が一からリセットされる。
 その中で、あたしは明確な異邦人だった。
 高校に進学する頃には、あたしは女性としての美を完成させつつあった。
 加えて、家柄や学力といった下らないヒエラルキーを意識し始める年頃でもある。
 中途半端に顔がいいだけの女や、勉強ができるだけの女などは、総じていじめの対象などになり易い。
 しかし、あたしに手出ししようとする者など、居よう筈も無かった。
 どれだけ手を伸ばしても、指先さえ届かない相手の足を引っ張ろうとする愚者など居ない。
 あたしは、嫉妬の対象にも、羨望の対象にも、努力の目標にもされなかった。
 ただ、彼女たちはあたしを、自分とは無関係な世界の人間として放置するのみだった。
 あたしの傍に居てくれたのは、すずかだけだった。

 
 思い返せば、あたしならできた筈だ。彼女達と交友を結び、実りある高校生活を満喫することが。
 それだけの社交能力も経験も、あたしには備わっていたのに。
 だが、あたしも又彼女達を無視した。なのはとすずか以外の友人など、欲しくも無かった。
 自分の人間関係を拡張することを、あたしは完全に放棄していた。
 この社会の中で、人生の勝ち組と呼ばれるだけの条件を備えながら、あたしは自分の人生を何ら拓こうとしなかったのだ。
 ただ、過ぎたなのはとすずかの三人の思い出に繰り返し浸るだけだったのだ。
 

 ああ、もう認めよう。
 あたしは、なのはの事が好きだった。
 それも、唯の友人としてでは無く、性的な意味での好意をずっとなのはに抱いていたのだ。
 すずかを抱くのも、その代償行為だ。なんて醜いあたし。
 
 なのはの笑顔が、幾度も脳裏に浮かぶ。
 こんな詰らない世界の詰らない些事を文字通り飛び越えて、なのははあたしの手の届かない世界へ行ってしまった。
 ……もしかしたら、あたしもなのはと一緒に向こうの世界について行くという選択肢もあったのかも知れない。
 べつに、あちらの世界も魔法使い以外お断りという訳ではないらしいし、あたしの才能を生かせる場所など幾らでもあった筈だ。
 でも、行けなかった。
 なのはの隣に、フェイト・テスタロッサが居たからだ。
 なのはの親友。魔法使いとしてなのはを支えることが出来る、なのはと同格なパートナー。
 もしも、もしもあたしが向こうの世界に行って、なのはとフェイトが仲睦まじく戦う姿を眺めることしか出来なかったなら――。
 そんな事、想像するだに耐えられなった。
 ああ、何て妬ましいフェイト。なのはと同じ空を飛べる彼女達が羨ましくて堪らない。
 勿論、あたしがなのはの隣に居場所を見つける事も出来たかもしれない。何かの形で、なのはを支えることが出来たかもしれない。
 だが、臆病なあたしはその一歩を踏み出すことができなかたった。
 父母のこと、バニングスの一人娘であること、すずかのこと。
 自分への言い訳は、幾らでも容易く思いついた。

795彼女達の独白6 ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:40:20 ID:GKQJka4I
 あたしには、勇気が足りなかった。素直になれなかった。
 天秤が反対側に傾くのを見たくなくて、天秤に乗ることさえ放棄した。
 結果。
 なのはの人生にあたしはもう居ない。
 勿論、交友はまだ続いている。なのはがこちらの世界に戻った時には久闊を叙す。
 それでも、あの幼い頃のような、濃厚で親密な時間はもう来ない。
 今なのはとそんな時間を過ごしているのは、フェイトや、スバルや、なのはの愛娘のヴィヴィオだ。
 あたしには唯、過ぎた時間を思い返すことしかできない。

 人生で一番楽しかった時間を問われ、小学校3年生という幼少期しか挙げられないあたしは、きっと病んでいる。
 普通なら、思春期の多感な時期や、甘酸っぱい恋を経験した経験や、社会への会談を登る青春期などを挙げる筈だ。
 だが、あたしには、もう、あの頃しか思い出せない。
 きっとこれから、あれ以上楽しい時間はもう来ないのだろう。
 ただ、静かで優しい安寧の日々にくるまれて、あたしはゆっくりとここで老いていく。

 ――今日もまた、あたしはすずかを抱く。
 なのは、なのは、なのは、なのは、なのは、なのは。
 なのはの面影を彼女の向こうに思い描きながら。
 きっとそのことは、すずかも解っているだろう。
 あたしは今、彼女にとても侮蔑的なことをしている。

 すずかが息を荒げながら、濡れた瞳であたしを見上げる。
 その細い唇が、震えるながら開いた。

 すずかは、掠れそうな声でこう言った。

 ――ごめんね、アリサちゃん……。

 その後、声無く唇が小さく動いた。
 でも、あたしはアリサが何を言おうとしたのかがはっきりと解った。
 
 ――なのはちゃんになれなくて。

 なんて優しいすずか。なんて最低なあたし。
 あたしは今日も、この安寧の毒に蝕まれながら、ゆっくりと老いていく。

796彼女達の独白7 ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:41:47 ID:GKQJka4I
SIDE:S


 ……少し、わたしのお話をいたしましょう。
 何分、こういったお話をするのは初めてなので、少々冗長になるかもしれませんが、ご勘弁を。
 大したものはお出しできませんが、お茶とお菓子を用意いたしましたので、どうぞお寛ぎになってお聞き下さい。
 さて、何からお話したものでしょう。
 まずは、わたしの幼い頃の夢の話から――。

 
 あの日の夜、わたしはそっとベッドから抜け出しました。
 理由はよく覚えておりません。なにぶん、小学校に上がる前の幼い頃の事でしたので。
 その夜は両親が不在で、ひどく不安だった事は善く覚えています。
 きっと、わたしは不安で寝付けなかったのでしょう。
 それとも、夜中にお手洗いにでも行きたくなったのでしょうか?
 兎も角、わたしはこっそりとベッドを抜け出しました。
 あの頃のわたしにとって、その行為は大冒険と呼んで差し支えないものでした。
 堪え難い恐怖に抗いながら、わたしは奇妙な昂揚に体の奥がじんと熱くなるのを感じていました。
 
 夜闇に包まれた世界は、お昼の世界とはまるで別物でした。
 お屋敷の中は暗く、昼間は幾人ものメイドさんや猫達が歩き回っていたというのに、鼠一匹の気配すらせず、しん、と鎮まりかえっておりました。
 まるで知らないお屋敷に迷い込んだような心細さを覚え、わたしは窓際のカーテンを掴みながら、ゆっくりと歩きました。
 自分の足音が奇妙に反響し、まるで怪物の吼声のように聞こえてわたしは幾度も頭を抱えて蹲りました。
 
 そんな中、わたしは光の漏れている一枚の扉を見つけたのです。
 向こう側には、確かに人の気配がありました。
 その扉は、今までに開いたことのない扉の一つでした。
 まだ幼かったあの頃は、入ってはいけないと強く戒められていた部屋が沢山あったものです。
 そこも、そんな部屋の一つだったのでしょうか?
 ですが、わたしは躊躇なくその扉を開きました。
 孤独と恐怖は既に限界を迎えていたのです、その後に待ちうけているお説教のことなど、まるで頭にありませんでした。

 はたして、その扉の向こうは部屋ではありませんでした。
 階段、だったのです。
 長い長い階段が、地下に向かって伸びていました。
 その向こうに部屋があり、光はそこから漏れていたのです。

 こんな処に階段があるなんて、わたしは聞いたこともありませんでした。
 わたしは、恐る恐る階段を下り、その向こうの扉を開きました。
 ――自分がやっているのは悪いことだということは、とっくに解っていました。


 扉を薄く開くと、部屋の中には忍姉さんが立っていました。
 わたしの8つ年上の、優しく聡明な自慢の姉さんです。
 姉さんは、難しい顔をして大きな作業台に向かっていました。
 別段珍しいことではありません。機械いじりが趣味の姉さんは、善くこうしてラジオを分解したり、新しい道具を考えたりして遊んでいるのです。
 
 ですが、その日は違っていました。
 何が違っていたか、ですって?
 一目瞭然のお話でございます。

 だって。
 だって、姉さんが分解していたのは、ラジオでも炊飯器でもパソコンでもなく。
 メイドの、ノエルさんだったのです。
 姉さん付きのメイドのノエルさん。口数は少ないですが、とても優しく有能な我が月村家のメイド長さんです。
 その彼女が、姉さんの作業台の上に横たわり、人形のように分解されていたのです。
 頭蓋や胸郭の外されたノエルさんの中身は、螺子と歯車と発條と、その他のよく分らない沢山の部品でできていました。
 わたしは、恐ろしくて声も出せませんでした。
 あの優しいノエルさんがこんな姿になっていたことも恐ろしくて堪りませんでしたが、それ以上に。
 無表情で、まるで魚でも捌くようにノエルさんを分解する姉さんのことが怖くて堪らなかったのです。

 わたしは、恐怖に涙を流しながら、必至に口元を押さえました。
 見つかったら、わたしも姉さんにバラバラにされてしまうかもしれない、そんな茫漠とした悪寒がわたしを支配していました。
 ですが、所詮は子供のかくれんぼです。
 キイ、と扉が無慈悲にも鳴り響き、忍姉さんが物凄い勢いでわたしに振り向きました。

797彼女達の独白8 ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:43:10 ID:GKQJka4I
 ……わたしの夢の話は、そこでお仕舞いです。
 気づけば、わたしはベッドの中で息を荒げていました。
 夢です。
 全部、夢だったのです。弱いわたしは、両親がいない恐怖に負けて、こんな恐ろしく不謹慎な夢を見てしまったのです。
 まったく、馬鹿げた話です。
 貴方もそうお思いでしょう?
 ですが、その時のわたしは、安堵のあまり涙を零しました。
 あの夢が夢で良かった。心の底からそう安堵して、こうしていつもと同じ朝を迎えることができたことに、歓喜の涙を流したのです。

 
 姉さんもノエルさんも、いつもと何も変わりませんでした。
 わたしが恐る恐る手を伸ばすと、ノエルさんは微笑んでわたしの手を優しく握り締めてくれました。
 当然のように歯車なんて欠片もない、血の通った柔らかく温かな掌でした。

 
 あんな失礼な夢をみたことに、わたしは酷く自分に恥じ入り、忍姉さんとノエルさんに罪悪感すら抱きました。
 ですが、それも長くは続かず、すぐにいつもと同じ毎日を繰り返すようになりました。
 当然の話です。


 ――え? 話はこれで終わりかって?
 ええ、夢の話はこれでお仕舞いです。でも、わたしという人間の話は、これからなのです。
  
 
 あの夢の話はこれでお仕舞いです。
 それから連日悪夢に悩まされて、といった話もございません。毎日快眠で平和な日々を過ごしております。
 ……ですが、あの夢は、わたしに小さな疵を残していったのです。
 ほんの小さな疵です。
 何と表現したらいいでしょう。
 わたしは、酷く臆病になってしまったのです。

 おばけや幽霊が苦手な女の子など、別段珍しくはないでしょう。
 ですが、わたしの恐怖と嫌悪は、ありきたりなそれらとは、明らかに違っていました。
 おばけや幽霊のような超常の存在が『許せない』のです。
 それらの出現が怖いのではなく、それらが在ること自体が、わたしの世界を犯すこと自体が許せないのです。
 わたしは、酷くリアリストに成長しました。
 
 女の同士の他愛無い会話で、恋占いのような話をすることも勿論ありました。
 表面上はにこにことそれらの会話に加わりながらも、胸中では占いや呪いといった概念に対して、唾棄したい思いが充満していました。
 わたしは、わたしの常識が届く範囲の世界で生きていたかったのです。

 学校でも、わたしは常識人といった評価を受けていました。
 友人たちの間でも、誰かの側に偏ることなく、みんなの調停役として動きました。
 普通であること。
 それが、わたしを安心させるのです。
 よく考えれば、幾人ものメイドを雇う広大なわたしのお屋敷は、既に普通の邸宅の範疇を超えている気もしますが、わたしの通っていた、私立聖祥大学付属小学校では別段驚かれる程の規模ではありません。
 わたしの親友のアリサちゃんのお家なんてもっと広いわけですし、そのくらいのアブノーマルは許容してもらえるでしょう。
 何より、わたしの望む普通は、世間の評価ではなく、瑕疵の無く変化ない日常だったのです。


 わたしは、ごく普通の、何の変哲もないどこにでもいる女の子です。
 ――少なくとも、自分ではそのつもりでした。
 いつからでしょう。わたしが、自分が他人とは違うことに気づいたのは。
 わたしは趣味は専ら読書です。幼い頃から独りで本を読むのは大好きでしたが、皆と一緒にお外で遊ぶことはあまり好きではありませんでした。
 それなのに、何故でしょう?
 わたしの運動の成績は、いつもクラスで一番でした。
 ほかの子供の達が球技などをして遊ぶのを見てじれったく感じる程に、わたしの運動神経は頭抜けていました。
 小学生の頃でさえ、なのはちゃんのお姉さんである、当時高校生だった美由希さんに互するまでの運動能力がわたしには備わっていたのです。
 何一つ、スポーツの経験のないわたしが、熱心に剣術の訓練をされていた美由希さんに並ぶというのは、どう考えてもおかしな話です。
 それは、個性や才能といった言葉で表せる範疇を明らかに超えていました。

 わたしの体の異常性は、それだけでは留まりませんでした。
 傷の治りが明らかに早いのです。小さな擦り傷や切り傷が、寝て起きたら消えていた、ということなどは何時ものことでした。
 便利なことだとお思いですか?
 客観的に利便性だけを見ればそうなのでしょう。
 ですが、それがおかしなことだと知った時のわたしの衝撃は大変なものでした。
 だって、そんなことはわたしにとって当たり前のことだったのですから。

798彼女達の独白9 ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:45:12 ID:GKQJka4I

 ……でもまあ、わたしの運動神経や治癒力は、便利な個性という言葉で、なんとか片付けてしまうことができます。
 普段生活していく上で、深く考えなければ、意識の外に追い出してしまうことができる事柄です。
 逃避かもしれませんが、忘れてしまうことができる小さな事象に過ぎません。

 あの夢だったそうです。
 きっと、年が経って大人になれば、他愛もない少女時代の夢と一笑に臥せてしまえたものでしょう。
 でも、わたしは出会ってしまったのです。

 『本物』に。

 それは、なんて名状し難き光景だったのでしょう。
 夜空におぞましき触手を広げる異形の怪物。
 その奇形のフォルムは、わたしが想像力の限りを尽してイメージしたどんな怪物よりも冒涜的で、忌わしきものでした。
 わたしとアリサちゃんは、ただ怯えながらその姿を見上げることしかできませんでした。
 当然のことです。
 ただの小学生に過ぎないわたしたちは、ただこれが悪い夢であると信じ、早く醒めてくれないかと願うことしかできなかったのです。
 だというのに、その悪夢に立ち向かう存在がいたのです。
 まるで魔法のように――いえ、お伽噺の魔法そのものに空を舞い、眩い桜色の光で怪物を焼き払う少女。
 わたしたちの大親友、高町なのはがそこに居ました。
 いつも一緒に遊んで、一緒にお弁当を食べて、一緒に笑って……わたしたちの何ら変わらぬ対等の友達と信じていた相手は、その実、遠くかけ離れた非日常の存在だったのです。

 隣にいたアリサさんが、映画のヒーローでも見るようなうっとりとした視線で、なのはちゃんを見上げていたのを覚えています。
 その日を境に、アリサちゃんがなのはちゃんを見つめる視線が、今までにはないねっとりとした熱を帯びていくのをわたしは感じていました。
 アリサちゃんは、何度も繰り返しわたしに話してくれました。
 如何になのはちゃんが凄いかを。如何になのはちゃんがわたしたちとは違う存在なのかを。
 アリサちゃんがなのはちゃんに憧れていることは間違いありません。
 魔法使いであるなのはちゃんを、心の底から敬愛しているのです。

 ……ああ、わたしもそうあれたらどんなに良かったことでしょう。
 わたしにとって、その日見た怪物と戦うなのはちゃんの姿は、悪夢の一部でしか無かったのです。
 いいえ、なのはちゃんの存在によって、わたしの悪夢はより一層深まってしまったのです。
 あの日、ただ怪物を見ただけなら、悪い幻覚でも見たのだろうと、自分を誤魔化すことができたのかもしれません。

 それが、魔法使いのなのはちゃんという、あの悪夢の夜の証人が現れたことによって、確定してしまったのです。
 その日から、わたしの世界には亀裂が入り始めました。
 あるものはある、無いものはない。
 それがわたしの世界観でした。幽霊も呪いもUFOも、そんな非科学的なものは存在せず、当然あるべきものだけが存在する。
 それが、あるべき世界の形でしょう?
 魔法使いとしてのなのはちゃん存在は、それを歪めていきました。
 図書館で出会った友人である八神はやてちゃん、彼女も魔法使いの一人という事実が、それを助長しました。
 平穏で、ごく普通の生活を送っていたはずのわたしの日常は、一皮剥けば、この世ならざるもの達が跳梁跋扈する異界だったのです。


 最早わたしには、何を信じればいいのか、何を疑えばいいのか、それすらも分かりません。
 ただ茫漠とした不安に取り憑かれ、背筋を撫でる得体の知れない恐怖に怯えるばかりの毎日です。
 なのはちゃんへの思いを深めていくアリサちゃんとは対照的に、わたしはなのはちゃんへの不信を積らせていくばかりです。
 あの日何があったのか――。
 なのはちゃん達は、わたしたちに分かり易く説明してくれました。
 わたしたちが住む世界の外のある、次元世界のこと。魔法使いの存在のこと。
 しかし、それらの説明はわたしにとって受け入れられるものではありませんでした。
 理屈が通っているのはわかります。アリサちゃんのように受け入れてしまえば楽になれることも分かっています。
 それでも、わたしは、なのはちゃん達への本能的な恐怖と嫌悪を消すことができなくなってしまいました。

799彼女達の独白10 ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:46:42 ID:GKQJka4I
 
 夢、怪物、魔法、なのはちゃん。恐ろしいものは沢山ありました。
 そんな中で、唯一絶対、これだけは安心と呼べるものが一つだけありました。
 それはわたし自身、です。
 どれだけ異様な狂気の世界に包まれようと、自分だけは正気の世界の住人でいること――それが最後の砦だとわたしは思っていました。
 愚かしくも。

 しかし、わたしは絶対に目を反らすことが出来ない、深刻な自分の異常性に直面することになったのです。
 最も忌むべき問題は、わたしの心の内側にありました。

 ――わたしが、自分の中にあるその衝動を自覚したのは一体何時頃からのことだったのでしょう?
 はっきりと自覚したのは、月の障りが安定するようになった頃でしたので、小学生時代の終わりでしょうか。
 なのはちゃん達に、わたしの世界を完膚無きまで叩き壊されてしまってからのことです。

 不意に、人が血を流しているのを見ると、口をつけて舐めたくなるのです。
 その流れる赤い雫に舌を這わせ、傷口に歯を突き立てて吸い上げたいという衝動が、わたしの体の奥底から湧き上がるようになったのです。
 他人の赤黒い血液を見つめ、その鉄錆のような香りを嗅ぐと、きゅん、と下腹が疼きました。
 大変はしたない話で申し訳ありませんが、性的な興奮を感じるようになってしまったのです。
 もっとも、それが自覚できるようになったのはもう少し分別がつくようになってからの話ですが、幼いわたしは自分でも名状し難き興奮に戸惑っていました。
 勿論、今はそれが何と呼ばれるものかぐらいは分かっています。
 変態的性欲、性的倒錯と呼ばれるものには間違いありません。
 血液性愛――ヘモフィリアと呼ぶのが一般的なのでしょうか。
 もしくは、変形した食人性愛――カニバリズムと呼んでもいいかもしれません。
 人の血の流れ出る所が好きというのは、単にサディズムの一言で片づけるには些か異常性に富んでいました。
 

 ――いいえ、違います、わたしはそんな汚らわしい変態などではありません!
 ごく普通の、どこにでもいる女の子だったはずです!
 病院なんて行きたくありません!
 わたしに病んだところなんて無い筈です! 
 魔法の世界のような異常事態に触れたことで、少し精神的に疲れているだけなのです!


 ……でも、もしかしたら、幼い頃に見たあの夢も、わたしの異常性の幼き発露だったのかもしれません。
 それとも、あの夢に悩まされて続けて、無自覚なノイローゼとなってこのような嗜好が表れたのでしょうか。
 本当のことは、もう、分かりません。


 それとも。
 それとも。
 ずっと夢だと思っているあの出来事でさえ、実は現実にあった出来事なのでしょうか。
 忍姉さんやノエルさん――わたしの家族でさえ、現実離れした狂気の世界の住人だったのでしょうか?
 もう、何もわかりません。
 わたしは、疑うことに疲れてしまいました。
 今出来ることは、闇夜の子供のように頭を抱えて震えるだけです。

800彼女達の独白11 ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:47:42 ID:GKQJka4I

 ……いえ、あともう一つ。
 体が疼いてどうしようも無くなった時、わたしはアリサちゃんに慰めてもらいます。
 アリサちゃんはとても勘が鋭く、わたしの機微を汲み取って、言葉一つ交わすことなくわたしを抱いてくれます。
 彼女の指はわたしを蕩かし、この世界の恐ろしい全てや、わたしの中で渦巻く苦衷の全てから解き放ってくれます。
 アリサちゃんは魔法の世界に憧れていても、何の変哲もない普通の女の子です。
 わたしと同じ――いえ、わたし以上に普通のどこにでもいる女の子です。
 そんなこちら側の存在であるアリサちゃんに抱かれることが、わたしにとってどれだけの安心感を与えてくれることでしょう。
 わたしは、アリサちゃんを利用して、自分の正気を日々保っています。

 ――ごめんね、アリサちゃん……。
 
 ――いつもこんな汚いわたしに付き合わせて。
 わたしは、小さく呟きました。


 ……え、どうして貴方にお話したのか、ですって?
 ただ、耐えられなかったんです。
 もう、なのはちゃんもフェイトちゃんも怖れしか感じない相手だというのに。
 今まで通りの笑顔を作って友達を装い、関係だけは崩さないようにしている自分の汚さに。
 誰かに、全部吐き出したかっただけなんです。


 ――なあんて、ウソです、全部冗談でございます。
 魔法なんてお伽話、まさか本当に信じてしまわれたわけではございませんでしょう?
 最初の夢の話から、少しHな告白まで、全部纏めてわたしの創作です。
 でも、善い暇つぶしにはなりましたでしょう?
 紅茶、冷めてしまったので新しいのに淹れ換えましょうか。
 わたしとしたことが、少し長話が過ぎてしまったようです。
 どうぞお忘れになって下さい。
 ――別段、面白いお話でもなかったでしょう?

801彼女達の独白12 ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:49:14 ID:GKQJka4I
 SIDE:N

 
 わたしは、柔らかなベッドの中で目を覚ました。
 カーテンを開くと、眩しい朝日がわたしの眠気を吹き飛ばしてくれた。
 ヴィヴィオはまだ眠っている頃だろう。

 髪をサイドテールに結って、頬を叩き、気合を入れて立ち上がる。
 今日も忙しい一日の始まりだ。

 コーヒーメーカとトースターをセットし、フライパンに玉子を二つ落とす。
 フライパンの立てる香ばしいベーコンと焼き立てのトーストの匂いにつられて、ヴィヴィオが眼を覚ました。
 左手でウサギのぬいぐるみを抱きしめ、右手で眠たげに目元を擦りながら。
 おはよう、と声を掛けると、欠伸混じりにおはよう、という返事が返ってきた。
 わたしは苦笑をしながら、ずり落ちたヴィヴィオのパジャマの肩を整える。

 ヴィヴィオと二人の朝食。
 目を輝かせながら学校や友達のことを語るヴィヴィオに、思わず目を細める。
 
 色んなことがあったけど、これが、今のわたしの幸せ。
 
 
 ヴィヴィオを見送って、ダイニングのコルクボードに目を移す。
 幾葉もの、幾葉もの写真が、所狭しと貼り付けられたコルクボード。 

 海鳴時代からの大切な人達との思い出の数々。
 一番上は、この家に引っ越してきたばかりの時の、わたしと、フェイトちゃんと、ヴィヴィオの三人で撮った記念写真。
 その下が、機動六課解散の時の写真で、その横が訓練風景。
 どんどん下っていくと、相応にわたしの姿も幼くなっていく。
 訓練校時代、リインのお誕生祝い、はやてちゃんの全開祝い。
 アースラでのリンディさんとクロノくん、無限書庫でのユーノ君と司書さん達。

 一番下には――海鳴の家と翠屋の写真。
 今は随分と遠く離れた所に来てしまったけど、わたしの故郷と言える場所、わたしの原点は今でのあの暖かい海鳴の家なのだ。
 時間を見つけては、ヴィヴィオと里帰りをしているけど、最近また忙しくてその機会は頓に少ない。
 それでも。
 このミッドチルダの地に住んでいても、わたしはあの世界で生まれ育った、高町なのはなのだ。

 最後に、わたしは一葉の写真を手に取った。
 そこには、顔を泥だらけにした、仲良し三人組――わたしと、アリサちゃんとすずかちゃんが写っている。
 これは一体、いつの写真だっただろうか。
 わたしたちは屈託の無い満面の笑顔を浮かべ、楽しくて仕方ないというように大きく口を開けて笑っていた。
 みんな、どうしているだろうか。
 幼馴染の大親友たち。
 今はすっかり会うことも少なくなったけど、わたしの心の奥底には、いつだって二人がいる。
 二人のお陰で、今のわたしがいる。二人と出会ったお陰で、今のわたしになれたのだ。
 
 これだけは、わたしは断言できる。
 ――離れてしまっても、わたしたちの友情は永遠に変わらない。
 海鳴に帰れば、また幼い頃の三人に戻って、昔のように笑い合えるのだ。
 それは、何て素晴らしいんだろう!
 
 今のわたしを作ってくれたのは、わたしが今までに出会った沢山の人々。
 家族に、先生に、仲間に、友達に、――数々の人々に感謝しながら、私は今日を生きている。
 扉を開く。
 さあ、今日も楽しく忙しい日々の始まりだ。
 高町なのは、今日も全力全開で頑張ります!



 END

802アルカディア ◆vyCuygcBYc:2011/11/05(土) 02:52:27 ID:GKQJka4I
以上です。
また妙なものを書いてしまいましたが、フルぼっこ覚悟で落としてみます。
鬱というより、サイコホラーな気も。

803名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 07:51:04 ID:myLWcN0Q

…最高に欝になった

804名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 09:05:37 ID:GVpGcjYg
うわぁ…さすがアルカディアさん、ザックリとエグってきますねぇ…
人間不信になりそうな程GJでした

805黒天:2011/11/05(土) 15:41:47 ID:bSQmqhEE
アリすず側となのは側の温度差が凄い。なのはさん、幼い頃の様に三人で笑い会える日は来ないんだよ・

806名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 18:03:34 ID:6Z4zP0vE
すげえ、というかなんというか。

ある意味、なのはの述懐が一番欝だよ……

807名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 21:58:37 ID:kKyjU3q6
なのはさんが山奥に引きこもって、
水面に映った自身を相手に訓練を続け、
無敵の強さを手に入れたにもかかわらず、
強すぎるがあまり己が敗北を渇望しださんかと心配になった。

808名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 22:18:59 ID:LGwOwJ7.
>>807
元ネタわからねえ……

809名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 22:55:45 ID:Kw1mynKU
>>802
GJ!
すずかの語り口は怪しげな雰囲気があって引き込まれました
特に夜の分解作業を目撃するところ好きです。姉ちゃんが夜こっそりメイドを解体してたら確かにホラーだ・・・


10分ぐらいしたらこっちも投下いきます

810鬼火 ◆RAM/mCfEUE:2011/11/05(土) 23:05:38 ID:Kw1mynKU
・鬱祭り参加を目指して書いてみたものの、鬱にならなかった!
・この話は、3年前に82スレ>>170-181で出てきた雑談を元ネタにしてます
具体的にはこのあたりからはじまる流れ
>170 名前:名無しさん@ピンキー:2008/08/22(金) 20:33:33 ID:FwipE8wd
>使い魔って確か人間だと出来ないんだよな
>なのはさんが死んでフェイトさんがなのはさんを使い魔にとか読んでみたいけども
>あ、でも使い魔ってなる前となった後じゃ中身はまるで別物なんだっけか
>切ない話になりそうだな



次レスからどぞ

811die hard:2011/11/05(土) 23:07:09 ID:Kw1mynKU
【die hard】
1.〔粘り強く耐えて〕なかなか死なない
2.激しく戦って死ぬ
3.〔信念などに〕執着する
4.〔慣習・考え方などが〕なかなかなくならない
5.〔記憶・感情などが〕なかなか消えない[忘れられない・断ち切れない]
6.〔癖などが〕なかなかとれない
(『英辞郎 on the WEB』より"die hard"の定義を引用)





殺風景な部屋でフェイトは立ち尽くしていた。
部屋は凍えるほど寒かった。フェイトが息を吐くたびに白いもやができた。
薄暗い室内でみるリノリウムの壁や床はいつもよりいっそう無機質な感じがした。
奥の壁に据えつけられているロッカーのようなものは、「クリプト」と呼ばれる遺体安置用の箱の引き出しだった。
この部屋にはたくさんのボディが存在するが、動き回っているボディはフェイトだけだった。
今、フェイトの目の前にも、ボディが一体横たわっている。
このボディ――高町なのはは数時間前まで生きていた。今は生きていない。
何もかもが信じられなかった。
なのはは、任務中のアクシデントで撃墜され、病院に運び込まれたが処置の甲斐なく、数時間前に息をひきとったのだという。
フェイトは朝には彼女と通信機器越しに何気ない会話を交わしたのだが、夕方知らせを受けて駆けつけた時には物言わぬ彼女と対面するはめになった。
ショックのあまり、周囲の人々の話す言葉はすべて虚ろに聞こえ、まるで現実感がなかった。
茫漠とした記憶のなかにあるクロノの説明によれば、なのははアンノウン(未確認飛行物体)によって撃墜された。
そしてこの後は、アンノウンによって受けた身体の損傷を調査するために、司法解剖にまわされるだろうとのことだ。
解剖なんてとんでもない、とフェイトは思った。

812die hard:2011/11/05(土) 23:08:34 ID:Kw1mynKU
なのはの柔らかい肌がメスによって切られ、中を開かれ、臓器を取り出され、隅々まで調査のためにモノのように弄繰り回されるのを想像すると、たまらない気持ちになった。
フェイトは親友の変色した顔を、腕を、胸を、足を、愛おしむように撫でてさすった。暗く変色した皮膚を手で押すと、そこの部分だけ元の肌の色に戻る。元のなのはに戻って欲しくて何度もさすった。
だが無駄なことだ。なのはが自分に笑いかけてくれることはもうない。「フェイトちゃん」と自分を呼んでくれる声はもう聞けない。
生まれてはじめてできた友だちは、もういなくなってしまった。自分を置いて逝ってしまった。フェイトの胸は悲しみで張り裂けそうだった。

彼女は、今にも崩れ落ちそうな黄ばんだ古紙の束を取り出した。
ここにくるまでの数時間で食い入るように読み込んだ論文の表紙に目を落とす。



   TITLE:   On the Method for the Contract to Make Humans into Familiar Spirits
           (人間を使い魔にするための魔法契約術式について)

   AUTHOR: Precia Testarossa
           (プレシア・テスタロッサ)



この論文は、違法な研究を行っていたある研究所のガサ入れに参加していた折に、偶然、見つけたものだ。
当初、タイトルと著者名を見たフェイトは仰天した。
なにしろ人間を使い魔にするという行為は、違法行為だ。
身分などの法律関係の問題や技術的なハードルを別にしても、まず倫理的観点から強く忌避される。
非人道的な技術開発の数々で知られる旧ベルカ大戦でさえ禁則事項とされた、魔導技術開発におけるタブー中のタブー。

しかし、論文の中身はそれ以上の衝撃を彼女にもたらした。
そこには往来のパラダイムを覆すようなあまりに斬新な術式構築論が記されていた。
過去の定説を粉々に粉砕していくプレシア理論に、フェイトは、度肝を抜かれた。
天才魔導工学者プレシア・テスタロッサの執念あるいは怨念が生み出した狂気の理論。
およそ正常な人間が考え出したとはとても思えないような難解で複雑怪奇な術式。
回り道、あるいはおよそナンセンスにしか思えないような箇所すらあった。まるで伝説にうたわれたアルハザードの叡智だった。
当のプレシア、そしてその使い魔リニスによって英才教育を叩き込まれたフェイトの頭脳をもってしても、その未知の理論を完全に理解することはできなかった。
特に魂魄の構成に関すると推測される部分で採用されている方式は完全に未知のもので、個々のごく細分化した術式の意味はところどころ分かるものの、全体として見たとき、どういう結果につながろうとしているのかその理を捉えることができなかった。
その箇所を見た瞬間のフェイトの気分は、たとえるなら、スペースシャトルの設計図を見せられた石器時代の原始人のようなものだった。

813die hard:2011/11/05(土) 23:09:24 ID:Kw1mynKU
捜査活動中に発見したものは何であれ本来なら上に報告し提出しなければならない。
フェイトもそのことは分かっていたが、結局、この発見は彼女の胸のうちにしまわれたままになった。
当時、フェイトは職責に反する行為をおこなってしまったことで罪悪感を覚えた。
しかし今となっては、あの時あの場所でこの論文を見つけたことは今このときのための天の采配だったのではないか、とさえ思い始めていた。

フェイトにとって残念なことに、論文の最初と最後の数ページには、虫食いやページの欠落があって、読めない箇所があった。
しかし、本体である魔法式の載っているページは中盤にあったため、綺麗なままだ。
通例、この手の論文の最初には、論文の概略や先行研究が書かれている。
そして、論文の最終部では、著者の理論の総括、そして今後の課題などが書かれる。
理論には理解不能なものもまじっているので、万全を期すには、まとめ部分に書かれていたであろう考察についても読みたかった。
しかし、とフェイトは思った。
バイクの細かな内部機構を理解していなくても操作方法さえ知っておけば運転が可能なように、個々の術式の意味を理解していなくても、書かれている術式にしたがってさえいれば魔法を発動するのに問題はない、と。
実際、完全に術式の意味を理解していなくても、魔力とデバイスの助けがあれば魔法はつかえる。魔導理論を全く知らないままデバイスを渡されて魔法を行使したかつての高町なのはが良い例だ。

だから、問題、は、ない、はずだ……。
フェイトはゴクリと喉を鳴らし、燻っている不安をいっしょに無理やり飲みくだした。
今を逃せば、この術式をつかう機会は二度と訪れないかもしれない。
他の人の目があるときはできない。解剖に回されてしまった後は論外だ。

(やるなら、今しかない……)

ポケットからバルディッシュを取り出す。
黄金の三角形に、フェイト自身の顔が映った。
バルディッシュに映った顔はひどかった。泣きすぎて目元も鼻もすっかり真っ赤に腫れ上がっている。
血のように赤い双眸がフェイト自身を見つめ返す。
一瞬、沼のように濁った瞳のなかに人を惑わす鬼火のような光がちらちらと揺れるのが見えた気がした。
おぞましいものを隠すように、フェイトはバルディッシュを掌で覆い握り締めた。
震える手を押さえながら、目を閉じ、呼吸を意図してゆっくりとしたものに変える。
イメージ上で術式の手順の最終確認をおこなう。
最終確認をおえて、フェイトが目を開いたとき、ふと、声が聞こえたような気がした。
フェイトを諭す懐かしい声がする。

『いいですか、フェイト?』

814die hard:2011/11/05(土) 23:10:34 ID:Kw1mynKU
『使い魔の術法は死亡の直前か直後の動物の肉体を依代に、魔法で生成した人造魂魄を宿らせるというものです』
『実際には、いのちを助けるわけでも、よみがえらせるわけでもない。わかりますね?』
『失ったいのちを取りもどすなんて魔法は、世界中のどこを探してもないんです』

フェイトの決心がぐらつきそうになる。
もう一度、わかりきった事実を心中で反芻した。
ここでなのはを使い魔として復活させたとしても、それは本当の「高町なのは」ではない。
頭では分かっている。それでも、フェイトはなのはと離れるのが嫌だった。
フェイトは思う。
自分は今、母親と同じ過ちを繰り返そうとしているのかもしれない、と。
いや、ひょっとすると母親よりなお性質が悪いのかもしれない。

プレシアの論文を読んだフェイトが真っ先に思いついた疑問――「どうして母さんはこれを使わなかったんだろう?」
フェイトはその答えをずっと考えていた。

理論にどこか欠陥があったのだろうか?
否。そうであるなら、論文にして残すはずがない。
プレシア・テスタロッサの術式は信じられないことに、主要記憶の継承が可能であったし、
契約の時期も、「死亡の直前か直後」という従来の動物相手の使い魔契約のような縛りがなかった。
また、使い魔は魔導師の魔力を消費して存在を維持するが、この理論ならその消費量も従来の20分の1に抑えられる。
良いこと尽くめである。
だのにプレシアはアリシアに対して用いることはなかった。
なぜか、とフェイトは考えた。
答えはひとつしか思い浮かばなかった。
きっとプレシアは分かっていたのだ。この術式を使っても、偽者ができあがるだけだと。
彼女は姿だけが似ている偽者を欲さなかった。あくまで本物の娘を求めた。
結果、フェイトが生まれた。掴まされたのは偽者だった。そして伝説の地アルハザードに一縷の望みをかけることになった。
フェイト・テスタロッサは、アリシアの偽者だ。その偽者が、今度また偽者を――

815die hard:2011/11/05(土) 23:11:26 ID:Kw1mynKU
そこでフェイトは思考を強引に切った。
残っている良識がここぞとばかりにフェイトに囁いた。
(やっぱり、こんなことはいけない。
なのはだって、きっと、こんなこと望んでない。
さあ、お別れを済ませて、ここを出て行こう。)

彼女はもう一度、台の上に載せられているなのはを見た。
頭や体は包帯でぐるぐる巻きにされていて、肌の色は暗紫色になっている。
フェイトは上から覆いかぶさるようにして、なのはの胸に顔をうずめた。
そして息を何度も大きく吸い込む。錆び臭い血の匂いと甘ったるい死の匂いがした。
「なのは」、と名前を呼んでみた。昔、教えられた友だちになるための方法だ。
なのはから答えは返ってこない。いくら名前を呼んでも人形のように表情は動かない。
フェイトの目からまた新しい涙が零れ落ちた。

フェイトは非常に閉鎖的な環境で育った少女だった。
彼女の「世界」は狭かった。母親と自分を中心に、家庭教師のリニスや使い魔の狼アルフといった存在がならぶ。
バルディッシュを数にいれても、フェイトと日常的に接触のある者は最大でも4人。
リニスはフェイトの教育を終えると消えてしまったから、都合3人。内訳は、人間1人、狼1匹、デバイス1機。
当然のことながらフェイトが心を向ける比重は、唯一の人間であり、最も近しい肉親であるプレシアに圧倒的に傾いた。
母親の存在が全てといっても過言ではなかった。フェイトは母親を愛していた。そして母親に愛されたいと思った。
だが、プレシアの愛は自分に向けられなかった。
《生きていたいと思ったのは、母さんに認めてもらいたいからだった》
《それ以外に生きる意味なんかないと思っていた》
《それができなきゃ生きていけないんだと思ってた》
自分の生きた記憶が本当に自分自身のものであるかすら定かではない、曖昧な、幻のような自分。
プレシアがいなくなり、ぽっかりと空いた穴に代わりに嵌まり込んできたのが高町なのはだった。

PT事件以後の生活は以前とは全然違った。
義母となったリンディ、義兄のクロノ、ユーノ、地球で知り合ったアリサ、すずか、そして学校のクラスメイト。
フェイトの世界は、以前とは比べ物にならないほど大きくひろがった。
だがそれでもフェイトの心的構造は変わらなかった。
以前はプレシアとフェイトが中心にいて、そのまわりにアルフやリニスがいたように。
今度はなのはとフェイトという軸を中心に、義母や義兄、アースラの職員、地球で知り合った人々が並んだ。
もちろん、こういったイメージをフェイトがはっきりと意識していたわけではない。
この年頃の子供は、それでなくとも、家族よりも気の合った同性の友人のほうに心を寄せる傾向があるのだ。
それにフェイトの生まれや過ごした環境、生来の性格があわさって、彼女の高町なのはに対する並々ならぬ執着心――それこそプレシアにとってのアリシアのような――がうまれた。

816die hard:2011/11/05(土) 23:12:20 ID:Kw1mynKU
遺体に縋りつきながら、名前を呼んだ。

なのは、

『うん』、となのはの声が答えた気がした。きっと幻聴だ。

なのは、

『うん』。また幻聴が聞こえる。

なのは、なのは、なのは、

『にゃはは、どうしたの、フェイトちゃん』

なのは、いかないで。なのは、なのは、

『……』。幻聴は困ったような苦笑を漏らした。

なのは、なのは、私が君を使い魔にしたら怒るよね?

『……』。幻聴が、少し驚き、ちょっと呆れたような吐息を漏らした。

なのは、ごめんね、嫌だよね?

『…………ううん、いいよ。フェイトちゃんなら』。あまりにも都合のいい返事がかえってきた。

それはきっと自分の願望がうみだした幻聴なのだろう。
想像の中のなのはに、自分の聞きたい言葉を言わせている。
まるでお人形遊びだ、とフェイトは思った。自分の浅ましさに叫びだしたくなった。
自分はなのはがモノのように弄繰り回される検死解剖を厭った。
だがなのはをモノのように扱おうとしているのは自分も一緒ではないか?
しかし、このままでは……

817die hard:2011/11/05(土) 23:12:56 ID:Kw1mynKU
懊悩するフェイトの脳裡に複数の映像が現われる。
《受けてみて、ディバインバスターのバリエーション!》
《名前を呼んで? 最初はそれだけでいいの》
《私、高町なのは。なのはだよ》
フェイトの中で宝箱のように大切にしまわれている美しい思い出の数々が走馬燈のように次々に映し出される。
はにかんでいるなのは。凛々しいなのは。しょんぼりとうなだれているなのは。楽しそうななのは。
これらが過去のものになり、もう永久に失われてしまうのだと思うと、急速に寒気が襲ってきた。
もう難しいことはなにも考えられなくなった。

なのは、なのは、
なのは、なのは、なのは、なのは、なのは、
なのは、なのは、なのは、なのは、なのは、なのは、なのは、なのは、
なのは、なのはなのは、なのはなのはなのはなのはなのはなのは、なのはなのはなのはなのはなのはなのは
、なのはなのは、なのはなのはなのはなのは、なのはなのは、なのはなのはなのは
なのはなのはなのは、なのはなのはなのはなのはなのはフなのはなのはなのはなのは
なのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのは、なのはなのはなのは
なのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのは
なのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはェなのはなのはなのはなのはなのは
なのはなのはなのはなのはなのはなのはイなのはなのはなのはなのはなのはなのは
なのはなのはなのはなのはなのはトなのはなのはなのは
なのはなのはなのはなのちはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのは
なのはなのはなのゃんはなのはなのはなのはなのはなのは、なのはなのはなのは
なのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはななかのは
なのはなの泣かはなののはなのはなのはなのはなのは
なのはないなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのは
なのではなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのは
なのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのは
なのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのは


……

…………

………………

818die hard:2011/11/05(土) 23:13:57 ID:Kw1mynKU

MIDCHILDA DALIY NEWS 新暦67年12月20日付記事
┌──────────────────────────────────────┐
│   【霊安室で葬儀を待つばかりだった管理局員、奇跡の生還】                 .│
│   メンラー記念病院で、タカマチなのはさん(11)が医務官から「死亡」と診断された後    .│
│   4時間後に霊安室で生き返っていたことが分かった。なのはさんは職務中に重傷を    │
│   負って意識不明のまま午後2時頃に病院に搬送された。午後3時頃に治療の甲斐  .....│
│   なく心肺停止状態に陥り、医務官がバイタルの消失を確認。死亡を宣告した。だが    .│
│   4時間後、なのはさんの友人のフェイト・T・ハラオウンさんが霊安室で遺体が動いて ......│
│   いるのに気づき、医務官を呼んだところ、バイタルが復活しているのが確認された。 ......│
│   なのはさんは再び治療室へと戻された。なお現在は、快方に向かっているとのこと。  ..│
│   この件について、病院側は担当の医務官の診断に問題がなかったか調べている。    .│
└──────────────────────────────────────┘

819die hard:2011/11/05(土) 23:14:35 ID:Kw1mynKU
高町なのはは霊安室からの帰還後、人間離れした速度でみるみる回復していった。
事故から約一ヶ月を待たずに、一般病棟に移ったぐらいだ。
あれほどの重傷を負いながらたったの一ヶ月で普通に食べたり会話したりするようになった。
そのようなことは、普通なら絶対にありえないのだが……。

地球からちょくちょくお見舞いにやってくる高町ファミリーは、「ミッドチルダの医療魔法って凄いんだなぁ」、と魔法のせいにして勝手に納得していた。
一方、なのはを診察していた医師たちは、「チキュウ人の回復力って凄いんだなぁ」、と未知の秘境たる管理外世界の生物進化の凄まじさに思いを馳せながら勝手に納得していた。

なのはが霊安室で息を吹き返したこと自体についても、周囲はとくに不審には思わなかった。
チキュウでもミッドチルダでも、こういったケースは稀ではあるが時折起こるものだったからだ。
ミッドチルダにも「通夜(Wake)」があり、夜通し親族が棺と一緒の部屋で過ごすのだが、これは死者が息を吹き返した場合に備える意味をもっているという説もあるくらいである。

フェイトからみて、なのはの記憶もほぼ完全であった。フェイトはプレシアに感謝した。
その性格も事故前と変わらずに見えた。
だから、誰もなのはがフェイトの使い魔になったとは気づいていないようだった。
フェイトが見る限り、本人すら気づいた素振りがない。
高町なのはの驚異的な回復について正しい心当たりをもつのは、さしあたってはフェイトのみのようだった。

全てがうまくいっていた。
なのはは順調に回復し、周囲はそれを見て喜ぶ。フェイトも嬉しかった。
失ったと思ったものが、かえってきたのだ。

820die hard:2011/11/05(土) 23:15:27 ID:Kw1mynKU




Feb 2
なのはは元気そうだ。
桃子さんが持ってきたノートPCでゲームをしたりアニメを見て暇を潰している。

Feb 4
なのはは最近アニメばかり見ているようだ。
なのはってこんなにアニメ好きだったかな?

Feb 7
なのはの病室に白い小動物のぬいぐるみが鎮座していた。
アニメの人気キャラらしい。なのはにぴったりの白いぬいぐるみだ。可愛い。

Feb 8
病室のぬいぐるみにちゃっかりフェレット姿のユーノがまざっていた。
そんなことだからクロノにからかわれるんだよ、ユーノ……。

Feb 9
最近なのはが事あるごとに「わけがわからないよ」と言うようになった。
頭を打った後遺症かもしれない。

Feb 10
どうやらデバイスの改造に興味を持ち始めたらしい。
レイジングハートがおかしな改造をされていた。ラーメンタイマー機能は必要なの?

Feb 13
なのはがバルディッシュに高枝切り鋏機能をつけたらどうかと言いだす。
わけがわからないよ。

Feb 15
私にそろそろバリアジャケットのデザインを変えたらどうかと言いだす。
なのはの考えることはよくわからない。

Feb 17
なのはは私のバリアジャケットに不満があるらしい。
なぜ急にそんなことを言い出すのだろう。

Feb 18
なのははバール型デバイスに興味があるらしい。
レイジングハートの将来が心配だ。

Feb 19
なのはが完全に歩けるようになった。
医者が人間離れしたありえない回復力と言っていた。

Feb 21
なのはがまた私のバリアジャケットのデザインに文句をつけはじめた。
しつこい。なのははこんなにしつこ……かったっけ、そういえば。

Feb 22
深夜病院の屋上で多重魔法弾の練習をしているなのはを発見した。
ひとりで「圧倒的じゃないか。わが軍は……」と呟いて悦に浸っていた。

Feb 23
なのはは私のバリアジャケットの防御力の薄さが気になるらしい。
「紙装甲」とはっきり言われてしまった。6月の執務官試験がおわったら変更を考えよう。

Feb 25
なのはが「お父さんってロリコンなのかな?」と悩んでいた。
桃子さんと恭也さんの年齢を考えるとロリコン疑惑がでてきたらしい。

Feb 26
士郎さんはロリコンではなかったらしい。よかったねなのは。

821die hard:2011/11/05(土) 23:16:32 ID:Kw1mynKU


フェイトは病室の扉をノックした。中から快活な声が返答する。
扉を開けて病室に入ると、柑橘類の甘酸っぱい香りが鼻をついた。
小テーブルの上に、ヘタの部分が凸状に隆起したオレンジのようなフルーツが山積みにされていた。
病室は日当たりの良い個室だった。
開け放たれた窓からは暖かい日射しと、早春の清冽な風が入ってきた。
なのははパジャマ姿でベッドの上に起き上がって座っていた。
血色が良く、とても怪我人とは思えないほどだった。

「お久しぶり、フェイトちゃん。あっ、これね、デコポンっていうんだって。お母さんからの差し入れ」

「デコポン? 面白い名前だね」

「九州の親戚のひとが送ってくれたんだって。甘くておいしいの。フェイトちゃんも食べていいよ」

「うん。じゃあ、ひとつもらおうかな」

フェイトはポンカンを剥いて、薄皮のついた房をひとつ口に入れた。
爽やかな甘みが舌の上に広がる。
なのはを使い魔にした後は、体調を崩していたフェイトだったが、今は持ち直しつつあった。
周囲は、受験前の無理のしすぎやなのはの事故の心労が重なったのだろうと解釈したが、
実態は、なのはという一個の人間を使い魔にしたことによる精神的重圧と魔力負担のせいだった。
しかし今は、使い魔であるなのはの存在維持に割いている魔力リソースの負担にもだいぶ慣れた。
あまりにもうまく行き過ぎていて、怖いくらいだった。

フェイトはポンカンを一房なのはの口に放り込んだ。
なのはが美味しそうに与えられた一房を咀嚼する。
蜜柑があるとフェイトはよくその皮を剥いて、なのはに食べさせてやっていた。
動物に餌付けしているみたいで何となく可愛かったので海鳴に来た年の冬中ずっと続けていた。
そうしたら、いつの間にか習慣になってしまったのだ。
図らずも今では、「主人がペットに餌を与えている」と言っても間違いではないのだが……。

「調子よさそうだね、なのは」

「にゃはは、おかげさまでね」

彼女がこうしてここにいるのは文字通りフェイトの「おかげさま」だ。
なのはの言葉に他意はないのだろうが、フェイトはほんの少しドキリとした。

822die hard:2011/11/05(土) 23:17:27 ID:Kw1mynKU
「フェイトちゃんこそ大丈夫なの? 執務官試験の後、倒れたって聞いたけど」

なのはが気遣うようにフェイトを見ながら、言った。
重傷だったのは自分の方なのにこうして他人の心配をするあたりが如何にもなのはらしく感じられてフェイトは嬉しくなった。

「うん、もう元気だよ。心配してくれてありがとう、なのは」

ついでになのはの口にポンカンをまた一房放り込んだところで、室内にノックが響き、また新たに人が入ってきた。

まず、「あー、また二人でベタベタしてる〜!」と騒々しいアリサ・バニングス。
そしてすぐ後から、「アリサちゃん、病院なんだから静かに」と冷静な月村すずか。
最後に、女の子だらけの室内にやや遠慮がちに、「やあ」とユーノ・スクライアが顔をのぞかせる。

それから、他愛のない談笑がはじまった。互いの近況や最近の出来事がほとんどだった。
なのはの経過が順調であることを喜んだあとは、フェイトの執務官試験、そしてアリサの犬が宿題プリントを食べてしまった珍事、それから学校の体育の授業でのすずかの活躍に話が移っていった。

「それでね。すずかったら、1人で相手チームを全員倒しちゃったのよ」
「相変わらずすずかはドッジボールがうまいね」
「いえいえ。そういうフェイトちゃんだって」

地球の学校での出来事に少しユーノも関心があるようだった。
ドッジボールとは何かと尋ね、それが学校で一番人気のある遊びだと分かると、すこし羨ましそうに言った。

「ぼくもやってみたいな、そのドッジボールというのを」
「ユーノもやればいいじゃない。ルールは簡単だからすぐできるわよ」
「そうですね、アリサちゃん。今度みんなでやりましょう」

フェイトも満面の笑みで頷いた。
が、

「うんうん、そうだね。私も久しぶりにやりたいな、ドッジボール」

なのはの言葉に表情が固まった。

(えっ……)

フェイトは「ドッジボールがやりたいと言ったなのは」を、奇妙な怪物でも見るかのようにマジマジと見つめた。
確かに、顔も、声も、口調も、身振りも、全部なのは本人のものだ。
しかし。
彼女の知っているなのはは、ドッジボールの時間が好きではなかった。

明るい陽射しの中で友人たちが談笑している光景。
それが、一瞬で、澱んだ色に変わったようにフェイトの目にうつった。

「へー、珍しいじゃん。なのはがそういうこと言うなんて。明日は雨が降るかもね」
「珍しいって? ああ、なのはは運動が得意ではないんだったね。魔法はあんなに凄いのに」
「そうよ、なのはったら、昔っから体育が苦手で。水泳をさせれば溺れるし! 鉄棒をさせれば落ちるし! 50m走も9秒を切ったことがないのよ!!」
「にゃはは……」
「ドッジボールだっていっつもフェイトが……フェイト?」

アリサにつられて、なのは、すずか、ユーノがフェイトに視線を移す。
フェイトの顔が青白くなっていた。
調子が悪いのではないかと皆が心配すると、フェイトは朝食を抜いたから貧血気味なのだろうとごまかした。
そして、さりげない風を装って用事があるからとその場を辞した。

病室から病院の出口へと向かう廊下の途中、前方から高町桃子が来るのが見えた。
フェイトは軽く会釈して通り過ぎた。
桃子はいつにもましてにこやかな顔をしていた。娘が快癒しつつあるのが嬉しいのだろう。

フェイトは思った。もしも桃子が、娘の中身が別の何者かにとって代わられていると知ったらどう思うだろう。
――大丈夫。なのはは前と変わってない。
フェイトはそう思いこもうとした。
病院から出ても、しばらくフェイトはなのはのいるあたりの病室を外から眺めていた。

823die hard:2011/11/05(土) 23:18:21 ID:Kw1mynKU



Mar 1
なのはがドッジボールをしたいと言いだした。
なのはらしくないと思った。

Mar 2
学校にいっしょに登校した。
なのはの歩き方が前とちがっている気がする。

Mar 3
社会の時間、先生が原爆という兵器が落とされた都市はどこかと聞くと、なのはが手を挙げて正解を答えた。
おかしい。なのはは社会は苦手で、入院中は勉強もそんなにできなかったはずなのに。

Mar 5
なのはが砲撃の高速化に取り組むらしい。
おかしい。なのはなら高速化より威力増強を考えるはずだ。

Mar 8
密度を絞ったSLBとか連射できるSLBとか。
恐ろしすぎる。仮想標的に私を使おうとしないで欲しい。

Mar 10
なのはの部屋に盗聴器をしかけてきた。
これで家の中でのなのはの様子がわかる。

Mar 11
盗聴できなくなった。盗聴器が壊れたかどうかしたみたいだ。安物だったからだろう。
なのはが何か言いたそうな目でこちらを時々見ているような気がするけど、きっと気のせいだ。

Mar 13
なのはがペプシコーラを飲んでいた。
前はコカコーラだったはず。

Mar 15
なのはのメールの文面が前とちがうような気がする。
それに顔文字や絵文字が減ってきている。やっぱり本物のなのはとは違うのかな。

Mar 18
なのはの歯磨き粉が以前とはちがっていた。
前はメロン味をつかっていたのに、大人が使うような歯磨き粉をつかっている。

Mar 20
病院から帰ってきて以来なのはの部屋の本が増えた。
前はこんなに本や漫画やDVDを見たりすることはなかったのに。
はやては本について語れる相手が増えたって喜んでいる。

Mar 23
なのはが最近体力づくりのために自分から走りこみや筋トレをするようになった。
なのはらしくない行動が目立つ。

Mar 25
なのはが新しく考案した戦術シュミレーションを見せてもらった。
五重に罠を張り仕掛けてきた相手を動けなくしておいて砲撃で蜂の巣にするというえげつない戦法だった。
こんな怖いことを考えるなんてなのはらしくない

と思ったが、よく考えてみると、やっぱりなのはらしい気もした。

Mar 29
なのはの腹筋が割れてきたらしい。なのはは誇らしげだ。
こんなの私のなのはじゃない。

Apr 2
なのはが最近あのオレンジ色の服を着なくなった。
ジーンズをよく着るようになった。洋服のセンスも変わってしまったみたいだ。

Apr 6
最近クロノやリンディ母さんが私に休暇をとるように言う。
私は別に疲れてなんかいないんだけど。

Apr 7
久しぶりにすずかの家で5人で遊んだ。
なのはが紅茶に入れたミルクの量がこころなしか前より少ない。

Apr 8
なのはの髪型が変わった。ツインテールからポニーになった。
まるでなのはじゃないみたいだ。

Apr 9
なのはの口調がときどき以前と少し違うときがある。

Apr 10
なのはの雰囲気が変わった。アリサやすずかは分からないみたいだけど。
どうしてみんな気づかないんだろう。

Apr 11
なのはがどんどん変わっていく。
私の知っているなのはからどんどん離れていく。
最初は息をして動いているなのはを見るだけですごく嬉しくなったのに、最近見ているだけで辛くなる。
なんでだろう。

824die hard:2011/11/05(土) 23:19:53 ID:Kw1mynKU



フェイトは二度目の執務官試験受験にむけてリビングで勉強をしていた。
フェイトにとっては実技試験よりも、筆記試験のほうが難関だった。
法律科目を中心として、覚えることがたくさんあった。

フェイトが手にしている参考書には、条文とその解釈や判例についの解説がみっちりと書かれている。
法律も単純ではない。まずひとつの原則がある。しかしその原則には必ずといっていいほど例外がついてまわる。
この原則とそれに付随するいくつかの例外を覚えるだけでも大変なのに、例外にもさらにまた例外がついてくることがある。
条文に含まれる語句ひとつとっても、いろいろと解釈があって、それらの学説にも目を通す必要がある。

フェイトは思わずため息をついた。
目は字を追っていても、肝心の内容がなかなか頭に入っていかない。
考えるのは、なのはのことばかりだ。
なのはが前のなのはと違うところを発見すると、もうなんでもかんでも違って見えた。
小さな違いを発見し、数え上げるたびにフェイトはがっかりした。
そしてそういう風にがっかりする自分自身が嫌いになった。

テーブルの向かい側では、義兄のクロノがなにかのレポートを読んでいた。脇にも書類の束が見える。
また仕事を家に持ち帰ってやっているのだろうか。
昨日も徹夜で調べ物をしていたせいか、クロノの目元にはクマができている。
コーヒーと睡眠打破用のドリンクをかたわらに仏頂面で作業をしている義兄。
その様子をぼんやりと見つめながら、フェイトは何とはなしに口を開いた。

「ねえ、クロノ」
「なんだ……?」

睡眠不足で朦朧としているのか、クロノの声には張りがなかった。

「人間を使い魔にすることは法律で禁止されているけど、実際にそういう事をやった人はいるの?」

クロノは読んでいたレポートから目を離さないまま言った。

「まあ……規制対象になるぐらいだから、そういう試みをする奴はいたんだろうな……」
「でも判例集を検索してもこの条項に違反したケースは見つからなかった」
「判例集でカバーしていない時代――旧暦時代にまで遡ればあるんじゃないか?」

会話が途絶えた。
クロノはレポートを読み終えると、呆れたように頭を振って、手元の書類になにかを書き込みはじめる。

825die hard:2011/11/05(土) 23:20:37 ID:Kw1mynKU
「どうして動物は使い魔にできるのに人間は使い魔にできないんだろう?」

フェイトは小さく呟いた。自分の声がひどく遠く聞こえた。
それはクロノに尋ねているというより、ひとりごとに近かった。
だから答えは期待していなかった。
だが、クロノは作業をしながらだったが律儀に反応を返した。

「急にどうしたんだ?」

別に、とフェイトは答えた。
まさか、人間を使い魔にしてしまいました、
などとは口が裂けても言えない。
だから、別に、としか答えられなかった。

「まさか、やるつもりじゃないだろうな。フェイト?」

フェイトの心臓が跳ね上がった。
見抜かれた……?
そう思って、すぐさま内心で否定した。クロノはきっと冗談で言っているのだ。
だがそれにしては低い声だった気がする。いや、きっと気のせいだ。
フェイトは、巣穴から周囲をさぐる小動物のように、義兄の表情を慎重にうかがった。
疲労の色濃い仏頂面からはなにを考えているのかよく読めなかった。

「人間を使い魔にできないのは……それが違法だからだ」

フェイトの返答を聞かないまま、半分眠っているような声でクロノが続けた。
違法だから、やってはいけない。
法の番人らしい答えだった。しかし、フェイトが聞きたいのはその先だ。
そしてクロノならその先を聞かせてくれる気がした。

「それはどうして?」

「人が、人を隷属させ、操ることになるんだ。これを認めれば、人間という存在の……尊厳が崩れてしまう。
それに人工魂魄を入れるのだから、外見は同じでも中身は別人だ。生理的に良い気持ちはしないだろう」

まったくの正論だった。フェイトの心が暗くなる。
それでも、フェイトは縋るように言う。

「でも、もし、記憶や性格が生前と一緒のままだったら?」

「それでも……」

クロノがなにかを言いかけて、次の瞬間、ハッとしたように身をこわばらせた。
向かっていたレポートや書類の山からはじめて顔をあげ、フェイトを見た。
もう眠たげな様子は吹き飛んでいた。
口元が厳しく引き結ばれ、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。自分の失敗を悔やんでいるときの顔だった。

「フェイト……」

しばらくの沈黙の後、言った。

「君はまだ気にしているのか。自分の生まれのことを……?」

それでフェイトも気づいた。
フェイトはなのはのことを念頭に置いて聞いていたが、
クロノが言った言葉は、そのままフェイト自身にも当てはまる。
だからクロノは苦虫を噛み潰した顔をしたのだ。失言だったと。
彼は気遣うような調子で、フェイトに言った。

「君は君なんだ。誰かの代わりものなんかじゃない」

だが、それは。
今のフェイトにとっては苦い言葉だった。

「うん……わかってるよ」

それでも、フェイトはなんとか言葉を搾り出した。
気遣ってくれたクロノに、本当は気の優しい義兄に、これ以上気まずい思いをさせたくなかった。
フェイトは無理に笑顔をつくり、法律書を閉じると、リビングを出て自分の部屋に向かった。
ベッドに背をもたれかけさせて、クロノの言葉の意味を考えた。

アリシアとフェイトとプレシア。
怪我をした狼とアルフとフェイト。
死んだなのはと生き返ったなのはとフェイト。

人間模様が頭のなかでぐるぐると渦をまきながら絡み合い、考えれば考えるほどわけがわからなくなりそうだった。

――私はなんで生きているんだろう……。

突然、フェイトはこの世から自分を消し去りたい衝動に襲われた。

私はどうして生きているんだろう。
プレシア母さんが虚数空間に落ちたときに、一緒に落ちればよかった。
なのはが死んだとき、あの日、私も死ねばよかった。
そうしたらさみしい思いもしなくてすんだ。
こんな取り返しのつかないことをしてしまった私は、やっぱり母さんの娘だった。

駄目な子でごめんなさい……。

馬鹿なことをしてごめんなさい……。

生まれてきてごめんなさい……。

826die hard:2011/11/05(土) 23:21:42 ID:Kw1mynKU



Apr 12
体がだるい。熱をはかったら39℃を超えていた。

Apr 15
みんなお見舞いにきたらしいが、顔をあわせられない。

Apr 16
メールに返信するのも億劫だ。
やっぱりなのはの文は前とちがう気がする。

Apr 20
けっきょく一週間もやすんでしまった。
熱はさがった。でも食欲がない。

Apr 22
リンディ母さんがひどく心配するので、少し食べた。
でも味をかんじない。

Apr 25
エイミィがゲームをもってきて遊んでくれる。
けど、なにをやっても楽しくない。

Apr 29
宿題を家にわすれた。先生はめずらしくおこらなかた。
だいじょうぶなのかってすごく心配された。

May 4
エイミィはカンが鋭いから気をつけないと。

May 12
調子がでない。集中力がすぐきれる。
仕事でも現場よりデスクワークにまわされることが多い。

May 18
アリサが私がおかしいと言う。
そういえば最近なのはと話していない。おかしいな。

May 23
体重が半年前より10キロ減っていた。

May 27
夜あまりねむれない。

Jun 1
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

Jun 5
どうしてみんな私に構いたがるんだろう。
こんな私なんかに。

Jun 8
クロノが今度の執務官試験はパスしたらどうかと言ってきた。
この頃なんだか妙にやさしい。

Jun 12
はやての家で睡眠薬があるのを見つけた。

Jun 17
もうすぐ試験なのに条文全然覚えてない。
実技も駄目かもしれない。おなかが痛い。頭も痛い。

827die hard:2011/11/05(土) 23:22:51 ID:Kw1mynKU



フェイトは、沈んだ顔で管理局施設の廊下をとぼとぼと歩いていた。
二度目の執務官試験の結果の通知を先ほど受け取ったところだった。
結果は、不合格だった。

フェイトはそれを意外だとは思わなかった。むしろ当然そうなるだろうと思っていた。
ずっと調子が悪かった。
不眠症気味のうえ、食欲がない。食べても味を感じない。なにをやるにも集中力が続かない。
以前は楽しかったシグナムとの模擬戦にも心が躍らない。なにもかもがうまくいかない。

この半年、勉強はしてきた。
だが、以前――なのはの事故の前――と比べるとそれほどの熱意をもてなかった。
勉強はするが、もはや機械的な作業と化していた。
勉強中にでてくる「正義」や「自由」、「尊厳」といった文言を見るたびに、自分が糾弾されているように感じられた。
自分などに執務官になる資格があるのかどうか疑わしかった。
こんな心構えで受かるはずがなかった。

フェイトは歩きながら、廊下ですれ違う青や黒の制服を着ている人たちを眺めた。
みな立派に見えた。
自分が場違いなところにいる気がした。
そのまま歩いていくと、書店コーナーに出た。新刊案内のPOPがところせましと棚の間を踊っている。
フェイトは気分転換をしようと、そちらに足を向けた。
ファッション誌やビジネス誌コーナーを素通りして、デバイス雑誌コーナーでいくつか雑誌を手にとってパラパラとめくる。
社会科学書や人文科学書を通り過ぎて、魔導科学書を眺める。フェイトの関心は魔法関連に偏っていた。
幼い頃から読む本といえば魔導書ばかりだった。プレシアの役に立ちたい一心で読んでいた。
ハラオウン家の養子となってからも、読む本の傾向はあまり変わらなかった。
どんどん奥に、書店の奥に足を進める。

「あれ……?」

フェイトは、思いがけない人物がいるのに気づいて眉をひそめた。
その人物は立ち読みをしていた。
読んでいる本の表紙には「資格Allガイド」とある。色んな資格の内容について書かれた本のようだ。
不審に思ったフェイトはそっと音を立てずにその人物の後ろに回りこんだ。
肩越しに読んでいる頁の内容を盗み見た。
一瞬、呼吸がとまった。

そこには「執務官」・「執務官補佐」の資格について書かれていた。
フェイトは頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

突然、その人物――「高町なのは」が振り返る。

「わぁ、なんだ。フェイトちゃんか。びっくりした」

目の前のなのはにそっくりな何かは、なのはそっくりの顔で、なのはそっくりの口調で、なのはそっくりのことをしゃべった。
フェイトの胸からドス黒いものが湧き上がった。
だがそれをおくびにも出さず、何気ない風を装って尋ねる。

「……ずいぶん熱心に見てたけど、執務官に興味があるの?」

照れたように頬を掻き、視線をさまよわせるなのは。

「にゃはは……その、興味ってほどじゃないんだけど……」

「教導隊に入るんじゃないの? 前そう言ってたじゃない」

フェイトが聞くと、なのはは他にもどんな仕事があるのか色々と検討してみたい
というような趣旨のことをモゴモゴと言った。

フェイトは思った。本物のなのはなら、こんなに簡単に自分の決めた道を変えるはずがない。
なのははあれで結構な頑固者なのだ。
好きなだけ航空戦技を追求することができる教導隊は、誰がどう見てもなのはにぴったりだ。
なのは自身も、入局直後から教導隊を志望していたではないか。
空隊など空にかかわるような道に変更するのならまだ分かる。
デバイスを扱う技術系の道でもまあ納得するかもしれない。
それが、執務官?
どうみても、なのはが選びそうもない職種だ。適性にも疑問がある。
執務官は法務職だ。膨大な量の法的知識を暗記しなければいけないし、事務仕事や折衝・交渉など面倒な仕事も多い。
まったくといっていいほど興味はなかったはずだ、以前のなのはなら。

「――――官補佐なら――――ちゃんの役に――――かなって――――。
――――するより――ないから――ちゃんの魔力リソースの負担も減――――。
ね、駄目かな? あれ……聞いてる? ねぇ、フェイトちゃん。ねぇってば……」

828die hard:2011/11/05(土) 23:24:10 ID:Kw1mynKU
考え事に耽って、フェイトは相手の言う事をまったく聞いていなかった。
気づくと、なのはの姿をした何かが、不安げな瞳でフェイトを見ていた。
怖気の経つような不快感がフェイトの胃からせりあがってきた。
なのはと変わらない姿、なのはと変わらない声。しかし中身は別の正体不明の何かだ。

『だから実際には、命を助けるわけでも、よみがえらせるわけでもない。わかりますね?』
『失った命を取り戻すなんて魔法は、世界中のどこを探してもないんです』

リニスの声が脳裡に響く。
分かっていた。これが、自分の好きだったなのはそのものではないことは。
最初から分かっていた。
……いや、やはり自分は本当の意味では分かっていなかったのだ。
目の前のモノは、なのはに依存しきっていた自分の弱さが引き起こした罪そのものだった。
それをみていると、フェイトはとてつもなく気分が悪くなった。胃の中のものをぶちまけそうなくらいに。

「ううん、何でもない。そっか、なのはは、執務官にも興味があるんだね……」

目の前の何かが、微妙な表情をした。
何か言いたげだが、フェイトにそれを突っ込む気力はなかった。
フェイトは笑おうとしたが、口元はボンドで固められたかのように堅くなっていた。
それをありったけの意志の力で強引に緩めた。
多分いつものように微笑むことができたはずだ、とフェイトは思った。

「じゃあ、私、そろそろ帰るから……」

そう言いながら、フェイトはきびすを返した。

「フェイトちゃん、待って」

フェイトが声につられて一瞬立ち止まった。
その短い間に、なのはがフェイトの手を掴んでいた。
ゆっくりとフェイトは振り返った。
そこには強い光を湛えた眼差しがあった。

《最初で最後の本気の勝負――》
いつかを思い出させる眼差しだった。

「ね。フェイトちゃん、久しぶりにちょっとお話しよう?」

なのはの手は温かかった。昔と同じように。
フェイトは思わず抱きつきたい衝動に駆られた。
このなのはを、本物のなのはだと思い込んでしまえればどんなに楽だろう。

「レイジングハートをメンテナンスに出しているから、その間、暇なの。
カフェでなにか飲もうよ。それに、私、フェイトちゃんとお話したいことあるんだ」

なのはが微笑んでいた。
以前と変わらない見るものの心を温かくさせてくれるような笑みだった。

(でも……君は、やっぱりなのはじゃないんだ……)
フェイトは心の中で呟いた。
ここで、このなのはに縋りついてしまうことは、本物のなのはを裏切ってしまうような気がした。
いや、もう既に、なのはを使い魔にすると決めたあの日に裏切ってしまったのかもしれない。
だがそれでも、
いやだからこそ、

「……もう私に構わないで」

できるだけ冷たく聞こえるようにして言うと、フェイトは鬱陶しいと言わんばかりに掴まれた手を振り払った。
なのはの顔が、驚きでこわばり、それから悲しみで歪んだ。
フェイトは素早く背を向け、その場から離れようとした。
前から来た誰かと肩がぶつかったが、とっさに謝罪の言葉をかける余裕すらなかった。
ごめんなさい、と口の中で呟きながら逃げるように立ち去る。
後ろから彼女の名前を呼ぶ声が聞こえたが、もうフェイトは振り返らなかった。

829die hard:2011/11/05(土) 23:25:22 ID:Kw1mynKU



フェイトはただ歩いた。前だけを見ていた。だが、よく前が見えなかった。視界がにじんでいた。
前方にぼんやりと見えるのは、区画の出口のゲートの金属枠か。
その出口ゲートまであと十歩かそこらというとき、
突然、フェイトの首筋にぞわりと静電気のようなものが走った。

《 Sir! .... s ....n ... ing 》

バルディッシュの電子音声がノイズまじりの警告を発する。
施設内を照らしていた照明が一斉にダウンする。
どよめきがわきおこる。
すぐさま非常用灯がつき、喧騒がトーンダウンする。
だが、暗闇の中にぼうっと浮かび上がる小さなあかりは蝋燭のように心もとない。

「なんだ!」
「おかしいな。通信魔法がはたらかない」
「通信だけじゃねえ。魔力結合そのものができなくなってる」
「これは……たぶんアンチ・マギリンク・フィールドだ。それも広範囲の」

高濃度のAMFが広範囲にわたってかけられている、らしい。
すわテロかと、あたりは騒然とした雰囲気に包まれる。
どこからか地響きのような低い音が響き、局員たちの顔にさっと不安がよぎった。

「ジャーマーフィールド? しかしまさかこんなところで……!」

うわずった声で誰かが叫んだとき、雷鳴のような轟音があがった。
それとともに、フェイトが来た方向から廊下と天井が波打つようにして崩れだす。
逃げろ、と誰かが怒鳴る。
大多数の局員が一斉に出口の方向へ、つまりフェイトのいる方向へ駆け出す。
建物が崩れかけ、高濃度のAMFがかかっている状態では、ここにいてもどうにもならない。
AMFの効果範囲外へ離脱しようとするのは当然の判断だ。
フェイトもまたその流れにのろうと動き出した。
彼女が身を翻す刹那の、ほんの一瞬の間、後ろに置き去りにしてきたなのはのことが思いだされた。
そういえばなのははレイジングハートをメンテナンスに出したと言っていた……。

まがい物のなのは。フェイトが愛そうとして愛せなかったなのは。
管理局の施設で高濃度AMFが発生し建物が崩壊しかかっている、この異常事態。
たぶんテロだろう。このまま、アレが巻き込まれて亡くなってしまったらどうだろう。
都合が良いのではないか?
もともとなのはは死んでいるのだ。あの偽者が消えたところで、振り出しに――もとあるべき姿に戻るだけだ。
フェイトも苦しまなくて済む。この半年間のことは、忘れてしまえばいい。
そうすれば楽になる。

830die hard:2011/11/05(土) 23:26:39 ID:Kw1mynKU
ひどく甘美な考えだった。ここでフェイトが逃げても誰も不審に思わない。
AMFで魔法も碌に発動できないのに、わざわざ戻る馬鹿はいないのだから。
逃げたかった。知らん振りを決め込んで出口へ行きたかった。
罪に向き合えず、いつも迷いがちな弱い心が、逃げの一手を選択しようとした。
しかし今にも逃げだそうと動きだしかける体を、精神の一滴が押しとどめた。
小さいが、深く打ち込まれてなかなか抜けない楔のようなものが、
フェイトの精神の底に引っ掛かっていた。

《ただ捨てればいいって訳じゃないよね。逃げればいいって訳じゃ、もっとない》

はっと我にかえったときには、もうフェイトの体は人の波にさからって動きだしていた。
高濃度のAMFにさらされながら、必死で魔力を操作してバルディッシュを掲げ、
《Drive Ignition》
戦斧を出現させる。
バリアジャケットと自身を包み込むような薄い膜状のフィールドを起動させる。
AAAランクのフェイトの実力をもってしても、AMF下での魔力運用は至難の技だった。
しかも、もと来た道を走れば走るほどAMF濃度が高くなっていた。
せっかく起動させたフィールドが削り取られるようにどんどん薄くなる。
《The performance is being cut down by 42 percent.》

走りながらフェイトは「魔が差した」というチキュウ語の慣用句を連想した。
悪魔が心に入りこんだように一瞬の判断や行動を誤る、という意味のことばだ。
これはそのケースにあてはまるだろうか?

進行方向から、断続した爆発音と甲高い金属音、そして悲鳴の入りまじった人の叫び声が聞こえてきた。
助けを求めている人がいる。
それがわかった瞬間、フェイトの迷いの糸が切れた。
フェイトは走った。もと来た道を、崩れかけた道を、ひたすら走った。

非常灯に照らされた薄暗い視界の中、床に倒れている人々が見えた。
さらに、遠く、宙に浮かぶ妙なものが目に入った。
人間大の大きさの節足動物を連想させるおかしな機械だった。
それが縦横無尽に飛び回り、局内の壁や天井や床を破壊していた。
人間はほぼ全員倒れ伏していた。ただ一人をのぞいて。

(……!)

通路の奥の踊り場。フェイトの視界ぎりぎり。
「高町なのは」が白ジャケットをなかば赤く染めた姿で、崩れかけた壁にもたれかかっていた。
これだけの高濃度のAMF下だ。デバイスのない状態ではやはりきつかったらしい。
だが、すぐにフェイトは気づく。空間中の魔力の流れの違和感に。

(これは……この魔力素の流れは……)

SLB(スターライトブレイカー)――それも威力を絞った改良版を撃つつもりだ。
その身で実際に受けたことのあるフェイトだからこそ気づけた。

831die hard:2011/11/05(土) 23:27:34 ID:Kw1mynKU
フェイトの予感は正しかった。
見る間に、魔力の流れがなのはに向かっていく。SLBの発射シークエンスがはじまる。
場に漂っている魔力素が美しい軌跡を描いてなのはの手元へ集束していく。
おかしな機械兵器がそれに気づく。十機はあるだろうか、機械兵器が一斉になのは目がけて殺到する。

「バルディッシュ!」

《Yes, sir. Blitz Rush》

SLBの発射シークエンスはまだ途中だ。
なのはの迎撃は間に合わない。
こちらから射撃魔法を撃って援護するのも駄目だ。
AMF下でどれだけの威力・発射速度になるか不明瞭だ。
しかも、跳弾や崩れた瓦礫がなのはのほうに行く可能性が高い。

無我夢中だった。
危機にあるなのはの姿を目にした瞬間、
本物だとか偽者だとかそういったこだわりはすっかり消えていた。
守らなければ!

《Sonic form.》
もともと薄かった装甲をさらに薄くする。
より高い高速機動ができる反面、
攻撃に当たれば致命傷になりかねない。
だが今は速度が勝負だった。

《Load Cartridge.》
カートリッジの薬莢がニつ排出される。
一気に加速。
まだ速度が足りない。
さらにカートリッジを連続で消費。
高熱を帯びた空の薬莢が四つ弾き出される。
さらに加速。

それでも足りない。
なのはと機械兵器との間に滑り込むには、まだ速度が足りない。
《Jacket Purge.》
バリアジャケットをバージ。
装甲がほぼゼロになる。
フェイトの体に重いGがかかる。
皮膚がひきつる。
血管が収縮し、骨がギシリと音をたてる。
加速。
加速。
加速。

(間に、合え――)

機械兵器が鎌のような足をなのはに振りかぶる。
なのはのSLBのシークエンスはまだ完了してない。
フェイトが到達するまで、あと3m。
だが、加速に加速を重ねたフェイトが滑り込むには、充分。

間に合う。

そう彼女が確信した瞬間、

――がちり、と手足に枷が嵌まる音がした。

「なっ」

レストリクトロックだった。
高町なのはがもっとも得意とする拘束魔法。

「なっ。なっ。なっ」

愕然とするフェイトの目の前で、十数対の機械兵器の鎌がなのはの体を真正面から刺し貫いた。
鮮血が噴き上がって、フェイトの頬を濡らす。
同時にSLBの発射シークエンスが完了する。
肉を切らせて骨を断つゼロ距離砲撃。
なのはの指が振り払われる。圧縮された魔力が一気に解放される。
高水圧のホースから噴出する水のように、ぎゅっと締まった魔力の奔流が機械兵器を襲う。
集束砲は建物を壊すことなく、正確に機械兵器だけを打ち砕いた。神業ともいえる砲撃技術だった。
次の瞬間には、機械兵器はあとかたもなく一掃されていた。
残ったのは血の花の咲いた壁にもたれかかるように座り込んでいるなのはだけだ。

832die hard:2011/11/05(土) 23:28:43 ID:Kw1mynKU
レストリクトクロックが解除される。
フェイトは放心したように、膝から崩れ落ちた。
なにが起こったのか理解できなかった。
助けようとしたのに――

「なんで、なんで、なんで……なんで……!」

気が狂ったように同じことを呟きながら、這うようにしてなのはのもとへ向かった。
フェイトの手足は震えて思うとおりに動かなかった。自分の体ではないようだった。
なのはは滅多刺しにされてどこもかしこも血だらけだった。赤いペンキを上からぶっ掛けたような惨状。
死んでるかも……。
フェイトは卒倒しそうになる己を叱咤する。
慄きながら声をかけようとすると、なのはが目をひらいて億劫そうにフェイトのほうを見た。
それから掠れた声をあげた。

「フェ……トちゃ……泣い……てるの……?」

泣いている? 私が?
フェイトは自分が涙をこぼしていたことにやっと気づいた。
だが、今はそんなことより聞きたいことがあった。
なんであんなことをしたのか。フェイトは責めるように聞いた。

「なんでって……それ、こっちの台詞だよ……」

なのはの顔が呆れたような苦笑に変わった。

「だって……あんな……馬鹿みたいな、高速機動で突っ込んできて、
バリアジャケットも、つけないで……自殺でも、する気だったの……?
それに……私は、フ、ェイトちゃんの、つk……っか……はっ」

そこまでだった。
なのはの口からごぼりと血が溢れ出す。

「しゃべっちゃ駄目だ……今、医療班を――」

フェイトが立ち上がりかけると、なのはがフェイトの服の裾を掴んで引っ張った。
なのははまどろむような目つきで何かいいたそうに口を動かしていた。
フェイトが屈みこむと、念話でなのはが話しかけてきた。

(フェイトちゃん……お願いがあるの……)



……

…………

………………

833die hard:2011/11/05(土) 23:29:23 ID:Kw1mynKU

MIDCHILDA TODAY 新暦68年7月2日付記事
┌──────────────────────────────────┐
│  【管理局でテロ、局員1人死亡】                            ...│
│  1日午後5時50分頃、時空管理局本局M区画で機械兵器十五体によるテロ   .│
│  攻撃があり、少なくとも局員1人が死亡した。今回攻撃に使われた兵器は先   │
│  年に管理局員を襲ったものと同型であるとされる。現場の目撃証言などから  .│
│  当局は今回の攻撃を「テロ」と断定し、犯人の特定を急いでいる。         .│
└──────────────────────────────────┘

834die hard:2011/11/05(土) 23:29:57 ID:Kw1mynKU


新暦130年3月13日――。
この日、大きな事件が二つ起こった。
奇しくもどちらの出来事にもテスタロッサの姓をもつ者が関係していた。

まず一つ目。
往年の大魔導師であるプレシア・テスタロッサが遺した論文の一部が見つかったという発表がなされた。
これは昼のニュース番組でトップニュースのひとつとして扱われた。
注目を集めたのは、PT事件の主犯でもあるプレシア・テスタロッサの遺稿ということもあるが、内容が問題だった。
見つかった論文は、人間を使い魔にするための魔法契約術式について書かれたものだった。
そのテーマだけでもじゅうぶんにセンセーショナルなものであったが、見つかった論文の終章に書かれていたことが、世の魔導学者たちに衝撃を与えた。
彼女が開発した術式の場合、契約の際に人口魂魄ではなく、使い魔にする素体の生前有していた本来の魂魄を用いることができるというのだ。
人間を使い魔にするという行為の是非をとりあえず脇におくと、これは事実上、死者を完全な形で蘇らせることが可能となる画期的な術式といえる。
ところが、論文は、導入部『序論』と最後の『まとめ』や参考文献の頁のみしか見つからず、肝心の術式が書かれている『本論』の頁が欠落していた。
そのため、世間ではさまざまな論が飛び交った。
管理局が、術式を世に出すことによる混乱をおそれて『本論』の部分だけ抜き取ったのではないか。
こんなに凄い魔法術式を開発していたのなら、プレシア・テスタロッサはPT事件を起こす必要はなかったのではないか。
本当は『本論』――人間を使い魔にする術式の書かれた頁など最初からなく、誰かの捏造なのではないか……。




二つ目は、ミッドチルダの南部郊外にあるアルトセイム空港で起こった炎上爆破テロ事件だった。

「かまわん! 邪魔な車両はすべて移動させろ!」
「航空隊はまだか!」
「こっちに投光器をよこせ!」

「おい! 崩れるぞ!」

救助隊員たちの目の前でまたひとつ空港の地上施設の一部が崩れ落ちて瓦礫の山と化した。
砕けたガラスやコンクリートの残骸、熱でひしゃげた鉄骨が、救助に向かおうとする隊員達を阻む。
あたりには地獄の釜のような熱気がたちのぼり、近づく者の肌をチリチリと焦がす。
どす黒い煙、火花のような灰、鼻を刺す刺激臭がたちこめる。

「なんてこった……」

現場の救助隊員たちのリーダー格の男が歯噛みした。
火の元は何箇所もあったらしく、しかも火の回りが異常にはやかった。
アルトセイム空港全体が火に包まれていた。
航空隊からの支援がアルトセイムに到達するころには、中にいる要救助者は皆蒸し焼きになってしまっているだろう。
本局の戦技教導隊員のような卓越した技量をもつ魔導師がいればまた別だろうが、首都から遠く離れた辺鄙な田舎、ここアルトセイム地方に常時駐留している陸士部隊にはそこまでの戦力はない。

「クソ……まだ中に子どもがいるっていうのに!」

男は毒づいた。
社会科見学の一環で来ていた聖テルスン初等学校の生徒八十名のうち、十二名が空港内に取り残されている可能性が高いという報告を受けていた。
タイミングの悪いことに自由見学時間中だったらしく、避難もバラバラで、引率していた教職員も生徒全員の位置を把握できなかった。
生命反応探査装置の反応を見る限り、連絡の取れない子どもたちはほとんど地下の深部層にいるようだった。
だがどうやってそこまで行く?
辿りついたところでどうやって救助する?

835die hard:2011/11/05(土) 23:31:35 ID:Kw1mynKU
男が、黒煙と炎に包まれた空港を睨みつけていると、出し抜けに後ろから声をかけられた。

「子どもがいるの? どこ? 位置データを送って。私が行きます」

「アンタは、……」

声をかけてきたのは一人の老婦人だった。
歳をくってはいたが、凛とした佇まいの美しい老婦人だった。
どこかでみた顔だった。

「死ぬつもりですか? あんなの、AAランク級でもきつい」

「私はSランクオーバーよ」

老婦人は管理局の魔導師ライセンスを見せながら、深くソフトな声音で、もう一度データの引渡しを促した。
救助隊員の男は、データを彼女のデバイスに送りながら、脳内で老婦人の情報を検索した。
すぐに思い出した。
かつてフェイト・ザ・ブリット(鉄砲玉のフェイト)と呼ばれ、誰よりも先にすすんで最前線に飛んでいく怖いもの知らずの執務官として名が通っていた。
伝説の三提督の後継者の一人と目されていたこともある人物だったが、結局、一介の執務官という身分のまま先年退役したと聞いている。

「子どもたちは見つけ次第、小分けにして長距離転送でこっちに送ります」

そう言うと、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは飛び出した。

「バルディッシュ、レイジングハート、行くよ!」

《Get set.》
《All right.》

瞬時に、黒を基調とした服に白い外套を纏った姿に変わる。
そのまま老人とは思えぬ速さで、戦斧型のデバイスを携えて、燃え盛る業火の中に飛び込んでいった。

836die hard:2011/11/05(土) 23:32:36 ID:Kw1mynKU



「これで最後、かな」

フェイトは額に浮き出た汗をぬぐい、荒い息をつきながら呟いた。
空港内に突入した彼女は、行方がわからなくなっていた子供たちを全員探し出すことができた。
ちょうど今しがた、中距離転送魔法で、最後のグループを安全な地点まで転送させおえたところだった。

「やっぱり、昔のようには、いかないか……」

右手に持ったバルディッシュが重く感じられる。昔は軽々と振り回していたものだが。
全盛期の頃の彼女なら、この空港の最深部にも、もっとずっとはやく来れたはずだ。
転送魔法をたかが十回連続で使用したくらいで死ぬほど息があがることもなかった。
もう精密な転送魔法を使う余力は残っていない。

轟音とともに空港内部が揺れ始める。
ここももう長く持たないだろう。
フェイトの向かい側から伸びる長い通路の奥で、上階につながる扉がバァンと音を立てて消し飛んだ。
扉の吹き飛んだところから、炎が大蛇のようなうねりをあげて躍り込んでくる。

(私も年貢の納め時かな……)

フェイトは死をおそれない。
それどころか、むしろ死を渇望してきた。
なのはを死なせてしまったあの日、どんなに死にたいと思ったことか。
大切な友だちの命をもてあそんだ罪悪感。
守ると誓った相手を守りきれなかった無力感。
依存する相手を喪失したことによる空虚感。

だが約束があったから、今日まで自分から命を絶つことができなかった。
今まで何度も死にそうな目にはあったが、そのたびに生き延びた。
不思議にピンチになると、誰かが助けにきてくれた。
だが、今回はそうはいかないだろう。

フェイトは、死んでしまった大切な人たちの名前を呟いた。

なのは、

『うん』、となのはの声が答えた気がした。きっと幻聴だ。

クロノ、

『ああ』、と義兄の声が聞こえた。きっと幻聴だ。

はやて、

『なんやぁ辛気臭い顔して』。はやては幻聴でも相変わらずだった。

リンディ母さん、アルフ、ユーノ、エイミィ姉さん、シグナム、シャマル先生、リイン、ヴィータ、ザフィーラ。
みんな先に逝ってしまった。

寂しくてたまらなかった。
それでも生きつづけていたのは、なのはとの約束があったからだった。
目の前に、自分の手の届く範囲に「泣いている子」がいたら助けずにはいられなかった。

(フェイトちゃん……お願いがあるの……)
(私ができなかった分まで……私の代わりに……)
(泣いている子を救ってあげて……)

それで結局フェイトは60年近く奔走するはめになった。
まったく、すべてなのはのせいだった。
死に際に、なんてことを願うんだろう。
「助けて」とか「死にたくない」とか「私を忘れないで」とか。
普通は死ぬ間際は、そういったことを言うものではないか?
それが、泣いている子を助けてあげてだなんて……。

837die hard:2011/11/05(土) 23:33:50 ID:Kw1mynKU
フェイトは時々なのはを恨めしく思わずにはいられなかった。
後を追って死ぬほうがはるかに楽だったというのに。
なのはの願いを叶える為にフェイトは生きて奮闘しなければならなかった。
もちろん苦しいことばかりではなかった。
家族や友人、同僚にも上司にも部下にも恵まれた。
生きていくなかでは楽しいこともたくさんあった。
子どもたちの笑顔を見ると救われた気分になった。

けれど、とフェイトは思った。
もう疲れた。
疲れてしまった。
私は歳をとった。もう立派なおばあちゃんだ。
なにもかも若いときのようにはいかない。
そろそろ、みんなのもとへ……なのはのもとへ逝きたいところだった。
だが、あんなにひどいことをしたのだから、彼女とは同じ場所にいけないかもしれない。
フェイトがなのはにしたことを知ったら、なのははきっと恨みに思うことだろう。

フェイトは朝刊に書かれていた記事の内容を思い出した。
フェイトがあのとき見ることのできなかった論文の欠落部分が見つかったという報道。
プレシアの術式は、人工魂魄ではなく素体の本来の魂魄を使う術式だったという――たぶん、本当だろう。
あの魔法術式の、自分には理解できなかった箇所に織り込まれていたのだ。
なら、フェイトの使い魔になったあのなのはは、偽者などではなく、本物だった。
フェイトは驚かなかった。なんとなく予感はあった。
だが実際に事実を突きつけられると、堪えた。
時間は巻き戻せない。もう取り返しがつかない。
あれだけ本物のなのはとは違う、と悩んでいたのが馬鹿みたいだった。
否、事実、馬鹿だ。
歳を重ねた今ならわかる。人はまったく変わらずにはいられない。
なのはの成長を、偽者だからなのだ、と邪推した過去の自分を叩き殺したくなる。

フェイトは深いため息をつくと、壁によりかかって目を閉じた。

「もう泣いている子は、残ってないよね?」

《That's right, sir. 》

右手に持った戦斧――バルディッシュが肯定の意を返す。
それで彼女が安心した矢先。

待機状態で首からかけられている紅玉――レイジングハートが、

《NEGATIVE. Still we have the one. 》

否定を寄越した。

食い違う報告に首をかしげながら、フェイトは聞いた。

「レイジングハート、どこにいるっていうの?」

(泣いている子を救ってあげて……)

泣いている子がいるなら、自分は救わねばならない。
約束は果たさねばならない。
どこだ?
泣いている子はどこにいる?

彼女は立ち上がった。あたりを見回した。誰もいない。
ふと、横を見た。ガラス張りのスイング・ドアがあった。
この高温と揺れでも、奇跡的に無事のままのガラス張りのドア。
スイング・ドアに近づく。そして気づく。
泣いている子がいる。
ガラスの表面に、映っている。

レイジングハートが勝手に起動した。
フェイトの左手に収まったのは、音叉型のバスターモード。
なのはが一番得意としていた、砲撃に特化した型だ。

(フェ……トちゃ……泣い……てるの……?)

レイジングハートが、静かな口調で言った。

《Here's the last person left.... You should help her....... 》

どうしてなのはが最後にあんな願い事をしたのか。
フェイトは60年かけてやっとその意味がわかったような気がした。





END

838名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 23:34:24 ID:Kw1mynKU
おわり。ラーメン喰ってくらぁノシ

839名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 23:37:53 ID:6Z4zP0vE
乙。素晴らしい。

840鬱祭りSS:2011/11/05(土) 23:38:37 ID:HkX4IWZY
GJ
すばらしかった。

841名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 23:40:42 ID:HkX4IWZY
名前消すの忘れてた・・・

842名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 23:40:59 ID:zXGWw9KY
乙でしたー

843名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 23:49:26 ID:th311WiU
何が鬱SSだよこんなの認めないぞ。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン
フェイトもなのはも良い子過ぎるよ……せつない

844名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 23:49:56 ID:th311WiU
GJでした

845名無しさん@魔法少女:2011/11/05(土) 23:50:25 ID:GKQJka4I
乙。ブラヴォー!
お美事としか言いようの無い素晴らしいSSでした。
鬱祭りでまさかこんな爽快なSSが読めるとは。ありがとうございました!

846名無しさん@魔法少女:2011/11/06(日) 00:10:39 ID:ykh.OfGs
GJGJ
時を越えて思いがつながった…

>>808
たしか楽園の瑕のブリジットリン

847名無しさん@魔法少女:2011/11/06(日) 09:43:34 ID:FKqCZSlI
上手いですねー、途中に小ネタを挟みつつも破綻させずにこの読後感…
素晴らしかったです、GJ!

848名無しさん@魔法少女:2011/11/06(日) 14:22:06 ID:flIzJQ/M
今ここでKC版なのは読んでない者って
どの程度いるのかなぁ…?

849名無しさん@魔法少女:2011/11/06(日) 16:06:24 ID:XZW25cKo
KCって何?

850名無しさん@魔法少女:2011/11/06(日) 16:07:23 ID:uaDU6ViU
角川コミック。
この場合、ForceとViVidのコミックのことでしょ

851名無しさん@魔法少女:2011/11/06(日) 17:18:07 ID:HfMQL7RQ
講談社コミックかと思った

852名無しさん@魔法少女:2011/11/06(日) 17:51:02 ID:XZW25cKo
>>850
thx
一瞬>>848がコミックのつづり間違えてるのかと思った

853名無しさん@魔法少女:2011/11/06(日) 18:40:06 ID:g1SAhs8Q
KCったら講談社コミックスだろ

854名無しさん@魔法少女:2011/11/06(日) 21:32:51 ID:zVhdH5tI
>>788
いいじゃないか百合方面で
ここは別に百合禁止じゃないぞ?投下待ってるよ

855名無しさん@魔法少女:2011/11/06(日) 22:29:08 ID:p7cxwRPc
ああ、ユーノくんとヤりたい…

856ヤギ使い ◆p2QA1mcDKM:2011/11/06(日) 22:35:43 ID:fwSDDCec
鬱展開祭ってことで、それほど鬱じゃないですが、救いのないってことことで
一本おとさせていただきます。
タイトルは『破滅の刻』18禁 凌辱 スバ×ティア
NGはコテハンとかでよろしくです。

857ヤギ使い ◆p2QA1mcDKM:2011/11/06(日) 22:44:37 ID:fwSDDCec
「スバル、やめて。頼むからやめて」
そう懇願するティアナを無視して、ティアナの秘部を責めるスバルの目は虚ろで、鍛え上げられた体の股間からは、スバルに存在しないはずの異形の塊がビクンビクンと脈打っていた。
救助ミッション中に行方不明になったスバルがティアナによって旧六課の近くの廃墟で見つかったのが今朝のこと。その搬送の途中、背後からの打撃によって気絶させられ、ティアナが気づいた時にはすでにベッドに寝かされ、大の字の形に手足を拘束された状態だった。
スバルはシックスナインの体勢でティアナに覆いかぶさると、脇や太股を愛撫しながら、舌で秘部を執拗に攻める。そして、股間の異形をティアナの口へ押しつける。
「やっ、やめてっ。正気に戻って」
しかし、スバルは止めるどころか、舐めていた舌を秘部へと差し込むようにしたり、陰核を弄んだりといった激しいものへと変化せていった。
「だめ、やめて、スバルッ」
ティアナが再び呼びかけようとした瞬間、スバルの両ももがティアナの頭をまっすぐに固定し、一気に腰を突き出した。
喉の奥深くまで入り込んできた肉の塊に、ティアナは「ぐうぇっ」と言う声を漏らすが、それさえも許さないように腰を動かして口内を凌辱していく。
腰の上下に合わせて頭を無理やり動かされ、ティアナの意識は朦朧としてくる。
口内の塊が肥大化して大量の欲望が放たれた後、口が解放されるのを感じたティアナは、スバルの気が済んだのだと安堵して無意識のうちに脱力して意識を朦朧とさせていた。
しかし、それが更なる凌辱への過程でしかないと気づいた時には、すでにティアナはスバルの手によって腰を掴まれて持ち上げられ、秘部と異形がずれないように固定されながら楔を打ち込まれる直前だった。
「や、やめっ」
事態に気づいたティアナが静止の声を上げようとするが、その前にスバルは腰を突き出した。
男性の腕ほどの太さの楔がティアナの秘部を骨盤ごと無理やり押し拡げていく。その強烈な衝撃に、ティアナは声さえ上げられず、白目を剥いて空気を求めて口をパクパクと動かす。
そんなティアナに構わず、スバルは容赦なくティアナの奥深くへ突き上げていく。それによって与えられる衝撃によって、ティアナは強引に現実に呼び戻される。
骨格が軋むほど揺さぶられ、ティアナは抗う力さえ残っておらず、何度目かの絶頂を迎えた時に、とうとうティアナの子宮口は痙攣をおこして、楔の子宮へと侵入を許した。
筋肉の塊である子宮に侵入したことで、自然と楔への締め付けがに良くなり、スバルの方もリミットが来たようで、先ほどの倍はあろうかと言う大きさまで膨張すると、ティアナの子宮が膨らむほどのすさまじい量の欲望を放つ。
体内で強烈な衝撃を与え、子宮を膨張させるほどの量を子宮内に直に放出されて、ティアナは再び白目を剥いて気を失った。
ズルリ……と、ティアナの秘部から異形をスバルは抜くが、ティアナの秘部は一滴もスバルが出したものを吐き出さず、それどころかビクン……ビクン……とティアナの下腹部を脈打たせると、急激に萎んでいった。
数時間後、目覚めたティアナの目はスバルと同様に虚ろで、秘部にはスバルと同じ様に異形の塊が存在していた。
そしてこの数日後、時空管理局はティアナやスバルのような異形のモノを生やした集団によって女性局員が根こそぎ凌辱され、男性局員は性器を抉られるという死に方によって、再び壊滅することとなる。

    おわり

858名無しさん@魔法少女:2011/11/07(月) 01:02:12 ID:le9v84Ck
もがれて死ぬのはいやだなぁ・・

859名無しさん@魔法少女:2011/11/07(月) 14:29:30 ID:adqPlD8w
>>855
なのはさんが酔った勢いでユーノ君を押し倒すなんてのはギャグ系のネタで割とよく見るな
やっぱり柔和な優男は押し倒されるイメージが強いんだろうか?

860名無しさん@魔法少女:2011/11/07(月) 17:54:48 ID:.fRaxvb2
GJGJ!
こういう、共に闘った仲間は、もういない。みたいなのは切ないなぁ。

861名無しさん@魔法少女:2011/11/07(月) 21:02:46 ID:eFdLJDLY
>>802
GJ!
こういう話すごく好きだけど、なのはさんがただの愚か者になってるのが少し心が痛いぜ
あとこのすずかがなのはを実際に拒絶?してなのはさん大ショック的な話が見て見たくなった

>>838
GJすぎる
この手のネタ大好物だぜ……というか>>810で引用されてるの三年前の俺のレスじゃないか
書いてくれてありがとう。ほんとありがとう

862名無しさん@魔法少女:2011/11/07(月) 22:40:57 ID:Ehh.iCvk
10分ほどたったら本日の投下いきます
作者氏は今夜都合で来れないためIRC経由の代理投下となります

タイトルは『一番悪い子だーれだ?』
作者は槍氏

863 ◆Yari//HqpE:2011/11/07(月) 22:51:14 ID:Ehh.iCvk
鬱・ダーク祭り参加作品です。

【注意】
・非エロ
・キャラ性格改変あり
・百合要素あり
・ダーク

864だーれだ? ◆Yari//HqpE:2011/11/07(月) 22:52:59 ID:Ehh.iCvk
 たとえばそれは"もしも"の話。
 1人で膝を抱えながら涙を流す少女と、1人で車椅子の上で過ごす少女がもっと早く出会っていたら。

 孤独が怖くて、孤独が辛くて、孤独を恐れる高町なのは。
 孤独を傍受し、孤独を享受し、孤独でない事を諦めた八神はやて。

 そんな孤独に苛まれる日常で2人が"最初に"出会っていたら。
 孤独を埋めあうように耽溺して、孤独を舐めあうように依存して。

 世界が2人だけの孤島だと思ってしまうほどに狭隘で。
 世界が2人だけの楽園ならと思ってしまうほどに寂寞で。

 桃源郷のように甘く永遠に続けばとも思うほどの幸せだった。
 けれど幸福があれば不幸があるように、幸せな時間は辛い人生と等価であるように。
 始まりがあって終わりがあるように、自ら始まらせて自ら終わらせるように。

「――誰やろうなぁ」

 それは、この物語においての八神はやてが最後に呟く言葉。
 それは、桃源郷が失楽園に崩れ落ちて最愛の人を奪われた少女の――。



 ■■■ 1

 八神はやてが睡眠から目を覚ましてまず行うのは、時間を知ることでも起き上がることでも背伸びでも深呼吸でもなく。
 何よりも先に自身と同じベッドで眠る少女の愛らしい寝顔を確認することだった。

「――よかった」

 "今日も、ちゃんと傍にいてくれる"。はやては安堵して、ようやく現在の時間を確認。
 時計を見れば長針は真下を向き、短針は真上を向いていた。早朝6時、起床にしてはまだ早い。
 二度寝しようにも、一度目が覚めてしまえばそれほど眠くない。どうしようか――はやてがそう考えた折、隣の少女が小さく寝言を呟いた。

「……はやて、ちゃ……ん……」

「……はいはい。私はここにいるで」

 繊細な宝物を扱うように、はやては栗色の美しい髪をそっと撫でた。
 くすぐったそうに「んん……」と吐息をつく少女。それがとても可愛くて、同時にとても愛しかった。
 ――しばらく、この子の寝顔を眺めていよう。1時間でも2時間でも、美しいものは幾らでも見ていたいから。

「私はずーと傍にいる。だから――ずっと私の傍にいてな、なのはちゃん」

 少女の名前は高町なのは。八神はやての大切な"ともだち"で、ただ1人の"かぞく"と呼べる存在だった。

865だーれだ? ◆Yari//HqpE:2011/11/07(月) 22:54:35 ID:Ehh.iCvk

 ■■■ 2

「――で、はやてちゃんは私より先に起きてたのに、どうして起こしてくれなかったの? 目覚まし時計も勝手に止めちゃってるし」

「なのはちゃんの寝顔が可愛すぎて、眺めるのに夢中で5時間ほど過ぎてることに気づかんかった。時計を止めたのは今でも反省はしてない」

 ベッドの上でバターを塗ったトーストを口で咀嚼するなのはは少々おかんむりといった様子。
 少し行儀が悪いとも思えるが、とある事情を八神はやてが“持っている”ので仕方のないことだ。
 八神はやての持つとある事情――“足”が動かないという原因不明の病気。
 それ故に、はやては日々をベッドの上か車椅子の上で過ごすことを余儀なくされている。

 だからこそなのはは朝食――というより今回は軽食だったからこそベッドの上で食べていた。
 はやてが動かずとも、はやての手の届く距離だから。無論、普段はリビングでちゃんとテーブルを囲んで団欒をとる。
 今回は時間がなかったのだ。そんな彼女の様子を知ってか知らずか、なんの悪気も見せないはやてはベッドに座るなのはを後ろから抱きとめる形でなのはの髪を梳いていた。

「はやてちゃんが反省してくれないお陰で今日も遅刻なの」

「目覚まし時計が壊れてたってことにしておかへん?」

「それは昨日の言い訳につかっちゃったよ」

「目覚まし時計のセットを間違えた」

「それは一昨日」

「目覚まし時計を盗まれた」

「それは三日前」

「目覚まし時計をガッちゃんに食べられた」

「それは四日前――あれ!? よく考えたら私って今週まともに学校行ってない!?」

「よく考えないでも平日の終わりに気づくことやないと思うんよ」

 現在金曜日、今日が終われば残った週は休日だけである。訂正、どうやら朝に限ってはキチンとしているわけではないようだ。
 さすがに四日連続で重役出勤は不味いと思ったのか――というか、もはや11時を回っているので大遅刻には変わりないのだがそれでもなのはは学校に急ごうと準備を始めた。

 畳まれた制服に身を包み、はやてに梳かされた髪をリボンで両結びに括りあげる。
 白を強調した私立聖祥大附属小学校の制服を着こなすなのはは可憐で、思わずはやては「ほぅ」――と感慨の溜息をついてしまう。

「相変わらず反則的、いや犯罪的な可愛さやね。お願いやから誘拐だけはされんといてな?」

「されないよ! いつも思うけど、はやてちゃんは私を過大評価しすぎ。そんなに可愛くないもん私」

「ちゃうって、なのはちゃんが自分を過小評価しすぎなんよ。そこまで自信がないなんてもはや自虐の域やで」

「だからそれははやてちゃんの感覚で……って、そろそろいかないと4時間目にすら間に合わない!?」

866だーれだ? ◆Yari//HqpE:2011/11/07(月) 22:56:23 ID:Ehh.iCvk
 ばたばたと忙しなくなのはが動く。鞄を手に取り、お弁当(はやて作)をそっと入れた。
 最後は鏡で確認だ。おかしな所はないように思える。首筋に赤い虫刺されのような痕が出来ているが、いつものことなので気にしない。

「えー、ほんまに行ってまうん? おいてかないでー、わたしをすてないでー、がっこうなんていかずにわたしとあそぼー」

「うぅ……棒読みなのにそれでも引き止められそうな自分が悔しい!」

 このやり取りも毎度のことである。
 それでも毎回毎回、学校を休んではやてと過ごすという選択肢に後ろ髪を引かれてしまうのは愛故か。
 けれどその魅力的な提案を頭を振ってかき消して、部屋のドアノブに手をかけた。

「さすがにこれ以上休むと“約束”が違っちゃうもん!」

「はぁー……わかってるよなのはちゃん、行ってらっしゃい。事故には気をつけな」

「うん、行ってきます!」

「――あ!? なのはちゃん、すぐに終わるからちょっとこっち来て!」

「え、なに?」

 はやてはなのはを自分の傍に呼び寄せると、「ちょっとしゃがんで?」とジェスチャーで伝える。
 そのジェスチャーを理解して、何をするんだろう? と不思議がるも、言う通りにしゃがみ込み――。

「わすれもの」

 ちゅ――と軽快な音を立てて、はやての唇がなのはの頬に触れた。
 瞬間、湯沸かし器がお湯を沸点まで煮えたぎらせるようになのはの顔が真っ赤に染まる。
 ぱくぱくと金魚のように口を開け閉め、古のロボットダンスのようにカクカクしながらなのはは立ち上がって再び玄関口に続く扉に向かう。

「……出来れば、早く帰ってきてな?」

「……ダ、ダッシュデカエッテクル」

 ちなみに、このやり取りも週一感覚でやっているのにも関わらず、未だに初々しいバカップルのような反応だというのは、あまりにもなのはが純粋すぎる為――だと思いたい。

867だーれだ? ◆Yari//HqpE:2011/11/07(月) 22:57:44 ID:Ehh.iCvk

 ■■■ 3

 運命というものがあるように、必然というものがあるように。
 その日。高町なのはは傷つき倒れたフェレット、ユーノ・スクライアとの出会いを果たした。
 誰かの助けを求めるような声を聞いて、なのはが寝付くはやてを起こさないように家をこっそりと抜け出せばそこにあった光景は超常現象不可思議奇々怪々の幻想で。

 デバイス。ジュエルシード――そして、魔法。
 その話を聞いて、手伝ってくれと言われて、“どこかのなにかの物語”たりえるような非日常に片足を突っ込んだ少女が何を思ったか、それは当人にしかわからない。

 とりあえず彼女は荒れ果てた道路を見て慌てて逃げ出しユーノを連れて家路を急いだ。
 玄関を開ければ、誰もが寝静まったはずの我が家から――といってもここには八神はやてと高町なのはしか住んでいないのだが、奇妙な声が聞こえてくる。

「――ぁ――――ぅ――」

 泣いているような、唸っているような。苦しんでいるような、悲しんでいるような。
 よもや、はやてに何かあったのではとなのはは2人の寝室に一目散で駆け出して扉を開けた。

「いな――なのはちゃ……ううぅ、ぁ――どこ……?」

 そこでなのはが見たものは――床に這い蹲って涙を流しながらガタガタと身体を震わすはやての姿。
 怯えて、怯えて、怯えつくしていた。その怯え方は尋常ならざるもの。例えるなら視界が見えなくなるほどの吹雪が舞う雪山で独り遭難したような、そういった表現がよく当てはまる。

「はやてちゃん、はやてちゃん!」

 なのはは駆け寄ってその震える身体を暖めるように抱きしめながら声を必死にかけ続けた。
 それから何分ほど経過しただろうか。焦点の合っていなかったはやての目に、憑き物が落ちたかの如く光が戻って――。

「――どこいってたん? こんな夜中に急にいなくなるなんて」

 そこに"いた"のはいつものはやてだった。さきほどまで震えていた声も別人のように透き通っていて、落ち着いて。
 "それ"を聞いたなのはもまた、必死になって荒げていた声は消え、いつもの通り、“何事もなかった”かのように。

「ごめんね、えっと……なんていったらいいのかな……ううん……簡単にいうと――」

 てへへ、となのはがはにかみながら、どこか誇らしげに呟く。

「私、魔法少女になっちゃった」

「……おジャ魔女?」

「どっちかというとプリキュア」

「ああ、ナノハナーみたいな」

「うん。それは完全に敵の名前だね」

868だーれだ? ◆Yari//HqpE:2011/11/07(月) 22:59:53 ID:Ehh.iCvk

 ■■■ 4

 ――意外にも、はやてはなのはが魔法少女になったことをあっさりと信じたようだ。
 「危ないことだけはせんといてな?」と母親が子供に言い聞かせるようなことを毎回告げることさえのぞけば、寧ろ応援するくらいの勢いだった。

 その後のなのはが辿った出来事を、省略に省略を省略して簡潔にその後のあらすじだけを述べるとしよう。
 傷ついたり、怖かったり、悩んだり、それこそ沢山のことがあった。つまらない思い込みで未然に防げたはずの被害を起こしてしまったり、何のために自分はユーノくんを手伝っているのだろう、と思い悩むこともあった。

 その度になのはははやてに相談して甘えて甘やかして。
 遊んで笑って泣いて怒ってもう一度笑いあって、沢山のことを乗り越えていった。
 なのはと同じ年頃の魔法少女が現れたりもした。名前を聞かせてと叫んだりもした。何度もぶつかり合ったりした。
 時空管理局という存在が介入してきたり、魔法少女の母親が介入してきたり、次元崩壊の危機に直面したり、最後にはフェイトという名前の魔法少女とリボンを交換しあったり。

 ハッピーエンドとはいかなかったかもしれないけれど、必死で頑張って手に入れた1つの未来、そして友達。
 後にPT事件と呼ばれるようになる事件は終了し、なのはとはやてに再びいつもの日常が戻ってきたかに思われた――はやての9歳の誕生日。

「家族が増えたよ!」

「やったねはやてちゃん!」

 守護騎士ヴォルケンリッターと呼ばれる存在が2人の前に現れた。
 話を聞けばはやては『闇の書』と呼ばれる魔導書の主に選ばれた存在であり、はやての望みのままに動く配下が彼女らヴォルケンリッターということらしい。

 最初は騎士達全員が全員堅苦っしく生真面目なものであった。
 だからコミュニケーションを取るのも苦労をしたものだけれど、それでも数ヶ月もすれば徐々に“人間らしさ”も浮かんできて、主君とその家族に対する気高い騎士“家族”に変わっていっていたのかもしれない。
       


 “そのまま優しいはやての元で幸せな日々を過ごせれば”――という、話ではあったが。
        


 フェイト・テスタロッサが“惨殺死体”で発見されるというニュースを皮切りに、第97管理外世界『地球』においてそこに生きる生命全ての終わりを告げるラグナロクの鐘の音は、悲しげに鳴り響くこととなる。






 『だーれだ』 おわり




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