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避難所ロールスレ
1
:
◆95S72tfpdk
:2020/04/01(水) 12:45:11
おーぷんが使用できなくなった時などにお使いください
2
:
◆1JX5HRE6hA
:2020/05/12(火) 16:21:30
空は蒼く、陽は朱く。灯りと陰の谷間、倦怠に埋もれて沈む。
終末時計は沈んで。時折、排煙に紛れて過去を想う声が聞こえるけど、街はすっかり何もかも忘れたよう。
弛たし空気に溺れて、気だるく、平和な日々が過ぎていく。
放課後、学園の家庭科室を(勝手に)貸切って、段ボールに詰めた肉と野菜とあと酒を持ち込んで。
更には真っ新なソファーまで持ち込んで、その上に彼は寝そべっていた。
「凡愚の言葉も捨てたもんじゃねぇ、なぁ?」
新聞の端の記事を読んで、似合わないぐらいの笑みを浮かべたら、満足げに畳んで仕舞う。
借りがあるんだ、それを直接伝える位の機会は欲しいけれど、きっと二度と会う事は無い。
彼がこの世界にもたらすものが世界に満ちて、目を逸らせなくなる、なんてことはあるかもしれないけど。
合いたい誰かの数を数えて、そこから会えない誰かの数を引く。残った数字は随分小さい。
守ったものの数を数えて、そこから失ったものの数を引いても、多分結果は変わらない。
器に随分と余計なものを入れてしまったから───特に、あの男は。
代わりの物をたくさん入れよう。罅の入った器が割れる位、新しく作り直せるぐらい。
なすところなく日が暮れる、その前に。そのための、宴の準備だから。
扉が開いて朱色が差す。顔を出すのが誰だって、彼はフェルト帽子を脱いで笑うだろう。
3
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/05/12(火) 23:54:14
>>2
「だーかーらー、なんで酒ばっかなんだよォ!!」
そう憤然として買い出しに行くと言い残したのが、数刻前の事。
お茶にジュースにシメの饂飩、やや趣旨の外れたお菓子達まで。
余計な物も詰め込んだポリ袋を両手に提げた帰路、澄んで浮かぶ天宮を見上げる。
護ったものがある。守れなかったものがある。
喪われた将来がある。奪い取った生命がある。
貫き通した意思がある。手折った意志がある。
振り翳した正統性で真理を目指す翼を捥いだ。そうして取り戻した蒼は、今も頭上で希望を彩に映す。
天道は新たな旅路を照らし、新たな歴史の胎動を人々に高らかに伝えるのだろう。
過去は変えられない。現在は刹那でしかない。それでも未来は書き換えられるのだと。
例え背負った荊十字を下ろすのは最期まで赦されず、死の渚で絶望を歌うとしても。
この手で摘み取ってしまった時間の分を、覚悟の燃料にして疾り続けなければならないのだから。
調子外れな鼻歌。がさりがさりと合成樹脂が擦れる音。
行儀悪くも器用に足で扉を開け、茜に移ろう空の色を室内に投射して。
少し汗ばんだ頬を肩で拭い、彼は待たせた旨を笑って謝罪するのだ。
4
:
◆1JX5HRE6hA
:2020/05/13(水) 21:47:58
>>3
「病み上がりだろう。
傷にゃ酒と肉と酒だ酒!!」
態々用意した棚に並んだ酒は実に様々。あらゆる種類をそろえてあるのは、もしかしたら気遣いなのかもしれない。
荒んで罅割れた脳に、酩酊の雫を垂らすのは悪くない。
茶に饂飩に菓子に、持ち込まれた袋を物色すれば悪くねぇと口角を上げて。羽毛で弾むソファへ着席を促すだろう。
買い出し中に、彼は段ボールから取り出した肉と野菜をさばいていたらしい。割烹着もつけずに包丁を持つ姿は、料理人は連想できないけど。
乱雑に置いた袋に生ごみを放っている。網の上に見える野菜も、大きさは乱雑。なんともらしい。
「あいつらはこねぇが、十分だろ。
何なら二人ぼっちだが、楽しんでこうや。」
ソファに放られた新聞の隅には、一面には、彼らの行先が記されている。
ふと目に入ったなら、二度と会えやしないとわかるかもしれない。きっと影が射すよな感情は湧かないけど。
5
:
◆1JX5HRE6hA
:2020/05/13(水) 21:48:17
>>3
「病み上がりだろう。
傷にゃ酒と肉と酒だ酒!!」
態々用意した棚に並んだ酒は実に様々。あらゆる種類をそろえてあるのは、もしかしたら気遣いなのかもしれない。
荒んで罅割れた脳に、酩酊の雫を垂らすのは悪くない。
茶に饂飩に菓子に、持ち込まれた袋を物色すれば悪くねぇと口角を上げて。羽毛で弾むソファへ着席を促すだろう。
買い出し中に、彼は段ボールから取り出した肉と野菜をさばいていたらしい。割烹着もつけずに包丁を持つ姿は、料理人は連想できないけど。
乱雑に置いた袋に生ごみを放っている。網の上に見える野菜も、大きさは乱雑。なんともらしい。
「あいつらはこねぇが、十分だろ。
何なら二人ぼっちだが、楽しんでこうや。」
ソファに放られた新聞の隅には、一面には、彼らの行先が記されている。
ふと目に入ったなら、二度と会えやしないとわかるかもしれない。きっと影が射すよな感情は湧かないけど。
6
:
◆1JX5HRE6hA
:2020/05/13(水) 21:48:50
//連レス誤爆です……
//お待たせしました、よろしくお願いします!
7
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/05/13(水) 23:37:55
>>4
酒の味に興味がないのか、となれば嘘になる。それこそ大人への登竜門の象徴だろう。
しかしいざとなれば寸前で日和ってしまうのがこの男、些細な悪事は時に広闊な偉業よりも難事となる。
そもここは校舎内で、などと言い訳はいくらでも生まれるのだろうが。そのうちすぐに興味に負けるのはそう遠くない未来の事。
「はーあ、つっかれたァ!」
勧められるよりも少し早く、荷物を手放せば一直線にソファへと顔から着地。下敷きになりそうだった新聞を一瞥も向けずに背凭れの上に放り上げ。
気の抜けきった声と共に俯せてだらんと手足を脱力、手伝う気のなさをこれでもかと体現していた。
「二人で食い切れっかな……大体、ちゃんと声かけてんのかよ?」
「つーか学校でやるとか俺だって聞いてねえし……見つかったらどうすんだってコレ……」
ソファで自堕落に過ごしながら、後半はほぼほぼ文句や愚痴に近い呟き。
性根は真面目であるから、このような強硬手段に抵抗が大きいのは致し方ないとはいえ。
自炊はほとんどしないからとだらけていられるのは、ここに至るまでの力仕事を大分手伝ったから許されると思っているきらいがあった。
8
:
◆1JX5HRE6hA
:2020/05/14(木) 20:54:24
>>7
最初から手伝わせる気なんてなかったし、手伝う素振りを見せれば無理にでも座ってろと言うつもりだった。
力仕事を手伝ってくれたのは分かっている。そこに関して納得しているが、それは、それとして。
素振りさえ見せないのであれば、素直に黙っているというのもなんだか腹立たしく感じる訳で。
ソファに放り投げられた体に向けて、上投げで玉ねぎを数個を放り投げて
「皮でも毟ってろ。」
「働かざる者、なんてつまんねぇこたぁ言いやしねぇ。
ただただ俺が気に入らねぇと思ったから、やっぱ手伝えや。」
怒っているというよりは、じゃれ合いの様な物だ。
それはそれとして、玉ねぎはそこそこの勢いで飛んで行ったのだけど。
「あん時一緒だった奴は呼んだよ。これぐらいの労いはねぇとな。」
友達と呼んだ少女を二人、魔術師を一人。それと作家と軍人と……は、連絡先を知りえなかった。
「軍人サマはさっさと次の仕事に行っちまって、黎明の連中は消えちまった。
誰も説明できる奴がいないもんで、誰も労っちゃくれねぇ。」
もしかすればこれから、解明された真実が皆を英雄と囃し立てるのかもしれないけれど。
騒動すら無かったかのような日常が戻って、今はただ日常が流れている。何も変わらない。
「覚えてるか?あの大天才は遂に会社に入ったとよ。
流石と言うべきはこの詩人の言葉、雲上の主神気取りにすら届かせてやった。」
そんな言葉を、世間話のように語って。
「大丈夫だろ。こちとら学園を救った英雄なんだ、コブ付きの教員程度に縛られるか。」
//申し訳ない、したらばに接続できず遅くなりました……
9
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/05/15(金) 13:57:22
>>8
「あでぇっ!?何しや――」
一個目の玉ねぎを後頭部で受け止める。生の球根は中々な硬さを誇るから、情けない声がくぐもって響いた。
のそのそと仰向けになって垂れ流そうとした文句は、続々と鳩尾に投下される次弾によって呻き声へと変わる。
渋面を隠そうともせず、それでも玉ねぎを手に取ったから、言われた事をやるくらいに手伝う気はあるらしかった。
「どいつもこいつもさっさと消えちまいやがって……礼の一つくらい言わせろっての」
「……だぁーっ!なんか腹立ってきた!アイツらの分も食ってやらァ!」
己の気の向くままに為すだけ成してふらっといなくなるのは、らしいと言えばらしいのだろうが。
そこに納得がいくかどうかはまた別だ、言えなかった言葉は蟠って悔いの底に沈むのだから。
去り行く背中に悔悟をぶつけるように、玉ねぎの皮を剥く度に頭を目がけて投げつける。本気ではないが、加減もそれほどしていなかった。
「なーに寝ボケた事言ってんだか……」
「あの性格じゃあ、経営者でもやったらとんでもねえ事になりそうだな」
呆れた調子は詩情の持つ力を軽視している訳ではない、戯れに揶揄っているようなもの。
屈託のない笑み、一度は電気の支配を命懸けで拒絶した身ではあるものの。
蒸気に取って代わる日を否定するつもりはない、全てはそこに至るまでの過程次第。
大儀そうに身体を起こし、無用の生ゴミを袋に雑然と突っ込む。ふと、窓の外の黄昏色に視線をやった。
「英雄……英雄かぁ。そういやそれだけの事をしてるんだもんな、俺達」
「……なんつーか、あんま実感湧かねえや」
//こちらもしたらばの調子が悪かったのでお気になさらず…!
//のんびりお付き合いいただければ幸いです!
10
:
◆95S72tfpdk
:2020/05/15(金) 17:50:33
「……豊雲野さんが言うから来てみたけれど……」
家庭科室の前、少女佐野美珠はムッツリとそこに立っていた。
人付き合いは苦手だが、誘われたからこうしてやってきたはいいが――――異性は前提として、騒がしいのは苦手だ。
友の願いを叶えることには積極的に鳴るべきだと分かってはいるのだが、むしろこうして中を覗いてみるとだが。
「……関わっちゃいけない人まであるわね……」
勿論彼らには感謝している。世界を救った英雄なのだから。少しの無礼講程度、咎める気なんて最初から無い。
ただ、友人については話が別だ。酒まで見えるとなると、彼女には酒はまだ早すぎる。
これで悪い遊びを覚えてもらう訳にはいかないし、悪い人間に毒牙にかかっても困る……。
「というかメチャクチャ悪い人間に見えるわ」
というのは流石に偏見かもしれないが。
覗いたみたところ、まだ彼女はここに来ていないと見えたから、来ない内に引っ張って連れて帰るのが一番かもしれないと。
一応出入り口の窓硝子から様子を窺っているのだった。意識さえそちらに向かえば、見つけるのは容易いものだが。
/一応反応のソロールを置いておきますね
/反応いただければ置きで良ければ対応可能です
11
:
◆1JX5HRE6hA
:2020/05/16(土) 01:14:31
>>9
>>10
「泳いでねぇと呼吸が出来ない連中ばっかりだ。
全く我儘な連中だ。」
絶対に彼が言えた事でもないのだけど。
「ありゃ下に就くことも出来ねぇと見たね。
目標の為にプライドを抑えられんなら良いけどなぁ。」
理解者ぶって穏やかに語る。尊大さはあの大天才とすら並ぶかもしれない。
殺し合った事なんか、もう忘れているのかもしれない。もし世界が電気に染まるのであれば、きっと笑って受け入れる
「俺らがいなけりゃ今頃は空も何も残ってねぇんだ。
ふんぞり返ってようぜ。褒められやしねぇんだから───」
「お嬢様が来なすった。歓迎の用意を始めようか。」
鍋に満たされた出汁、そこに霜降る肉を放れば、かぐわしさが窓の外まで。
料理は決してうまくないが、素材だけは良質な物をそろえてある。
素材の質が料理の味その物に直結する鍋に於いて、その判断は間違ってなかった。
しかしそれ以上に気にすることがあるとすれば、用意されたグラスに注がれる液体か。
鏡面を移す琥珀色のそれは、明らかに毒牙に値する物である。当然のように二人分だが。
//ありがとうございます、よろしくお願いしますっ!
12
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/05/16(土) 18:39:15
>>10
「違いねえや。案外真っ当なライバルでもいりゃあ、ちょっとは丸くなったりしてな」
聳え立つ自尊心ですら認めざるを得ない、真っ向から張り合える相手がもしいたとするならば。
人の事を言えるかどうかも怪しい意地っ張りなのには自覚はある、冗談っぽく苦い笑みを浮かべた。
「だからって何してもいいって訳じゃないだろ……おっ、いい匂い」
「二人だけってのも悪くねえけど、やっぱ鍋っつったら大勢で楽しむモンだよな!」
納得がいかなさそうに独りごちるが、食欲を刺激する香りには細やかな悪事も些事に成り下がる。
上機嫌な様子で備え付けの食器類やらを拝借して、きっちり人数分を配膳したならば。
その足で向かうのは当然、出入口の向こうで躊躇っている人影の方。
一つ不運を挙げるとすれば、この時点でグラスに満たされた甘露の毒に、全く注意を向けていなかった事で。
>>11
『ごめんね、遅くなって……どうかしたの?』
放課後の所用を済ませた淡島豊雲野が後ろから声をかけたのは、美珠が小窓から家庭科室内を覗きこんでいる時の事。
入ろうともせず様子を伺うばかりの背中を見つけて、何を躊躇っているのだろうかと首を傾げた。
無論その中で待つものが何であるか彼女は知らない、無感動な緋と蒼の瞳が稚くぱちぱちと瞬くだけ。
『先に入っててもよかったのに――』
不可解の滲んだ言葉を、勢いよく開いた扉の音が遮った。
思い立ったら即行動の久々之千梛が、痺れを切らしてあぐねていた人影を迎え入れるべく。
そこにいた二人を交互に見て喜色満面の笑みを隠そうともせず、ただ無邪気に声をかけるために。
「なんだ、やっぱり来てくれたんだな。ありがとな!」
「ほら、早く入ってこいよ。美味そうだぜ!」
//改めてお二方、よろしくお願いします!
13
:
佐野美珠
◆95S72tfpdk
:2020/05/17(日) 18:47:20
>>11
>>12
すっかりと短くなって、肩ほどまでになった後ろ髪に、ピンで分けた前髪は、いつもの癖を行使できないものだからもどかしい。
軽くなった頭に反して思考は重たいまま。あんな不良達の相手をしてはやはり彼女には悪影響だという結論は揺るがない。
「あっ――――豊雲野さん」
然し厳しい顔は、背後から聞こえて声によってまったくなかったことになったかのように、ぱっと明るくなるのだった。
先ずは友に会えた喜び……とは言っても日中に十分会っているのだが。を、はっきりと見せた軽く弾むような声色に彼女の名を乗せた後。
本題に入ろうとする。勿論、その内容は、ここからさっさと退出しようというお誘いであるのだが。
「あのね、豊雲野さん。あんな不良と遊んだりしたら――――」
然しその言葉はやはり扉の音に遮られることになる。
そこには先程までじっくりと監視していた少年の一人が立っている。そうなれば勿論、もう一人が行動を起こすことだろう。
佐野美珠という少女はやはり人付き合いというものがとにかく苦手であるから、そこで驚いてしまっているし、どうすべきか分からなくなっている。
どう行動を起こそうかと、横目で友の姿を見るのであるが。
/それでは改めて、よろしくお願いします
14
:
◆1JX5HRE6hA
:2020/05/18(月) 00:40:51
>>12
>>13
「そうなりゃ鯨の空が見えるぜ。
楽しみにさせて貰おうや。」
世界を変革するだけの頭脳は黎明だけじゃない。あの男が入ると決めた会社があるのなら、その証明だろう。
「いんだよ。俺らが酒飲んで誰が泣くってんだ。
暴れなきゃいいだろ暴れなきゃ。」
大人しく酔うなら確かに迷惑は掛からないが、アルコールの影響は未知数。
「若いうちからちょっとずつ飲むんだよ。それが呑まれねぇコツだ。
……お、華が来たぜ華がァ!」
琥珀色の液体は、甘露な清涼飲料水の面をしてテーブルに並んでいる。
無邪気な少女は懸念するままにそれに手を付けてしまうか。悪意は一切ないのが質が悪い。
「さっさと座んなよ。煮詰まっちまう。」
菜と肉の甘みが充満した部屋、誘惑は中へ中へ蟻地獄の様に誘う。
着席すれば離れられない。健全な肉に相反する不良の遊びの部隊へ。
15
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/05/18(月) 09:39:19
>>13
>>14
『……?どうして?悪い人達じゃないと思うよ?』
そも前提として、彼女は彼らを不良として見ていない。その辺り、ある意味では人よりも公平で平等だ。
訝しげに首を傾げて、突如開かれた扉に呆けたように何度か瞬き。
少年もまた、目の前の二人が驚きに固まったものだから、悪意なくきょとんとして。
「何してんだ?早く来ねえと無くなっちまうぞ?」
少し出遅れた程度で間に合わなくなってしまうような用意ではないが、それはさておき。言うだけ言って満足したのか、鍋の方へ早々に戻ってしまう梛。
ちらちらと迷う視線を認めた少女は寸刻思案してから、涼しげでいいと評した、短くなった髪から覗く耳元に口を寄せた。
『……あのさ、美珠さん、わたしはね。二人でご飯を食べるのもいいんだけど、大勢で食事っていうのにも興味があるんだ』
『もちろん美珠さんも一緒に……がいいんだけど。無理はしなくてもいいんだよ』
人付き合いが得手でないのは知っていたし、無理強いを是とするでもない。ここまで付き合わせたのだって彼女の我儘であるのだから。
摘まんだ袖の行方は委ねるところではあったが、漂ってくる煮炊の匂いに関心があるのもまた否定はできなかった。
「んなモン大人になってから慣れりゃいいんだよ。なんだかんだ言ってお前が呑みたいだけだろうが」
さて先んじて備え付けの丸椅子へと戻ってきた梛少年、女性陣にソファを譲れるくらいには弁えている。
乾杯を待つ節度もまた同様だが、気付かずグラスを手に取っている様からして嗜める言葉には全くもって説得力が皆無。
16
:
◆95S72tfpdk
:2020/05/18(月) 11:28:38
開かれた扉の向こう側に立っていた二人の男子生徒に対して、美珠は何を言えることもなかった。
ただ、何事かと思えども、目の前の少年は一旦中へと戻っていったことから、取り敢えず安心して彼女の説得を再開する。
「……女性を華とか言い出す相手は信用しちゃいけないのよ、豊雲野さん」
美珠とて真面目ではない。授業を抜け出すことがしばしばあることは彼女もよく知っているだろう。
だが法を全く逸脱するような行為に対しては一線を引いている。
そもそも、女性に対して軽率にそういうことを言える輩を信用してはならないという思想を伴わせて考えを変えることを求めるのであるが。
「……でも……大勢って言ってもなんでもいいっていうわけには……うぅ……」
然し、彼女のその言葉を聞けば揺らぐ。如何に理論や理屈が整っていても、人間は情に負けることが往々にしてある。
佐野美珠にとって、淡島豊雲野という少女は正に弱点そのものであり、彼女が無理強いをしていないとしても、だ。
どうしても彼女の言うことを聞いてあげたいという衝動に駆られてしまうものだから、摘まれた袖の重みは相応以上の実感となってしまうのだ。
「き、今日だけだからね……!」
と、結局譲歩してしまうのだった。
自分の服の裾を摘んでいた指を、絡め取って手を結び、つかつかと歩いて、ソファにすっかりと腰を下ろすことだろう。
「この娘に何かあったら、すぐに帰らせてもらうので」
と分かりやすく敵意を剥き出しにしつつも、参加の意を一応は見せるのであった。
17
:
◆1JX5HRE6hA
:2020/05/18(月) 23:36:20
「取って食うとでも思われてんのか。心外だねェ。」
行動を振り返れば警戒を招く要因など無数に思いつくけれど。
「詩家は華見て詠いやするが、摘んで愛でる様な真似はしねぇよ。」
そう言う矜持があるらしい。
もしも、見境なく酒池肉林を貪る様な男であれば、きっとあの場に居やしなかった。
信用できないのならば、あだ良識が見える彼の方を信用すれば……とは言え、そちらも既に無礼講に入っているのだが。
「なんでぇ結局お前も乗り気じゃねぇか。」
四人が席に就き、一人は既にグラスを持ち乾杯を待っている。
であればやる事は一つだけ。
「じゃ、始めちまおうか。
奪い返したこの空に───乾杯!!」
麦酒を注いだグラスを手に、掲げて号令。
それに続くか、続かないかは関わらず(続かないなら少し萎びた顔で)に、四人に小皿を配布して。
「芋と白菜はまだな。
肉はもう十分いける。そいつと食ってみりゃ、快楽すら感じらぁな。」
そう言ってソファに座る二人に鍋から取り分ける。
こういうところは案外気を回すのか、しっかりと取り分け用の菜箸で。
なお差したそいつとはグラスに注がれた液体である。
18
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/05/19(火) 10:29:20
『ありがとう、美珠さん』
自ずから指を絡めて、引かれるままにソファに収まる彼女は普段と何ら変わらない無表情だったが。
香り立つ鍋への期待は、抑えきれず覗き込む様子からもよく表れている。
「そーだそーだ。人が不良みたいな言い方しやがってぇ」
一方彼の方はというと、自分が虞犯少年と思われているなど夢にも思っていない。
少し後先を考えていなかったり直情的が過ぎるだけで、これでも素行や思考は善性の人間なのだ、一応は。
不満そうに口を尖らせて、しかし無自覚といえ片手に酒では説得力は著しく低いのだが。
「おっしゃ――――乾杯!!」
そんな事はどうでもいいとばかりの勢いでグラスを掲げ、琥珀の液体を一息に半分程まで空ける。いい加減その苦味で気がついてもいいものだが。
全く何でもないように喉を鳴らしているから、ひょっとしたら以前にもジュースか何かと言いくるめられて味わった事があるのかもしれなかった。
『…………、』
対照的に回されたグラスを持ち上げるだけに留めた少女は、酒精の匂いを確かめてその何たるかを理解しているようだったが。
元より好奇が規律を上回りやすい性質であるから、ほんの一口、舐める程度の量を口に含んで。
大人の味はまだお気に召さなかったか、微かに眉を顰めてグラスを端に寄せてしまったから、なんとも分かりやすかった。
19
:
◆95S72tfpdk
:2020/05/19(火) 13:56:48
他ならぬ友の礼の言葉を背に受けながら、しっかり座るのだが。やはりというべきか、集団で鍋を突くという行為にいまいち乗り切れていない。
大勢で食事をすると、より美味しく感じる……という人種かどうかと言えば、否であるから仕方のないことでもあるが。
盛り上がる、大騒ぎをするという行為とはとんと無縁な存在であるものだから、なんとも乗り切れていないことに変わりはない。
受け取ったグラスを一応は持ち上げはする物の、華やかさや賑やかさとは縁遠いものであった。
それから、注がれたアルコールをそれと知らずに、一口飲み下した。
「っ――――これ酒じゃないの……! 」
グラスを置いて、恨めしげにそう言った。気付いていない間に口に含んだが、その苦味で構成された味はどうしても苦手なようだった。
横目で見た少女がそれをちびと飲んで、脇に寄せたのを見届けると取り敢えずは安堵するが。
「……ここ学校なのに何考えてるの……」
と、呆れ果てたような、吐き出すような、改めて再確認するかのような呟きだった。
その視線は一息に酒を半分ほどまで飲んでいる彼に注がれる。その中身の正体に気付いていないとは思っていないのだから。
向けられるそれは破楽戸に突きつけるそれそのものであるのだが。
「豊雲野さんは大丈夫だった? はい、熱いから気を付けて」
取り分けられた鍋の具材を主催から受け取ると、隣に渡す。
まさか鍋にまでおかしなものが入っているとは思っていないものだから、何の警戒もなく端で摘んで、肉をもぐもぐと口の中に放った。
「……まあまあね」
と、こちらには素直でない感想を溢すに留めるのであったが。
20
:
◆1JX5HRE6hA
:2020/05/19(火) 18:38:42
乾杯の勢いのまま、グラスの中身を一気に喉へ。豪快に鳴らしたなら、もう既に顔が赤い。
「先輩思ったよりも行ける口じゃねぇの。
好きなだけ飲めや食えや、十人前はあるからよ!」
冷蔵庫を開ければ、中に積み上げられた瓶の群れ。そこから数本をテーブルに持ち出した。
今グラスにある麦酒から火酒、日本酒まで様々。望むままに、好きなだけ。
「何なら甘ったるくて飲みやすいのも用意してあんぜ。
あんた素直じゃないだろう。酩酊してみりゃ素直になるかもよォ。
俺が作ってんのに、まあまあなんてあり得んからな。」
なんてことを言いながら。
瓶に紛れて麦茶を持ってきたのは、眉をひそめた少女を見ていたのかもしれない。
押し付ける類の酒癖は無く、遠まわしで何かを間違えた気遣いは出来るらしかった。出来てないかもしれない。
「思えばこんな風に囲んじゃいるが、奇妙な集まりだよなぁ。
二人とは学園じゃ目線すら合わなかったのに、あんなところで一緒になってよ。」
次の豚肉牛肉野菜を投入し、灰汁を掬いながらふと溢す。
学校ではろくに会話もしなかった。互いの名前すら曖昧だったのに。
空を取り戻す体験だけを共にして、今は鍋を囲んでる。
21
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/05/20(水) 12:02:48
「なんだよその目……いらねえなら貰うけど」
不審なものに向けられる視線を受けても、その理由が分からないものだからグラスを空にしながら納得のいかなさそうな面持ち。
好みの激しく分かれる味なのは知るところであったから、二心なしに不得手を引き受けようとする程度に気を遣うという事はできるらしく。
早々に飲み進めるのを諦めた少女からグラスを受け取る顔色は全くの平時通り、酒精に気が付かない要因は笊の素養にもあるのだろう。
『うん、大丈夫……いただきます』
対する彼女はといえば、舌で触れたせいか匂いにあてられたか既にほんのりと頬が紅い。余程アルコールには過敏らしく。
それでも言動に影響が出る程度ではないようで、受け取った皿に盛られた肉をよく冷ましてから、小さめな一口で囓る。
咀嚼にかける時間が人よりも長いから感想に辿り着くまでもまた同様だが、それが決して負の印象でないのは綻ぶ目元からも明らかで。
「そいつを言ったら、俺だって一個下の奴らとこうやって飯食う事になると思わなかったしなぁ」
「その辺ばっかりは、今回の事に感謝してやらないでもないとは思うぜ」
菜箸で火の通ったもの、通っていないものを大雑把に分けつつ空いた皿に具材を放り込みながら、追従するように深々と頷く。
失われたものがある。辛苦に身を侵された事だって一度や二度でない。
しかしそこから得られた結晶を否定していい理由にはならない、それはただ現実に背を向けているだけでしかないのだから。
食べる事にリソースの大部分を使っている彼女が積極的に会話に混ざる事はなかったが、こくこくと相槌を打って同意を示す。
そういえば年上だったか、と首を擡げた今更な認識は、たちまち盛られた新手の具材によって瞬く間に凍結されたのだったが。
22
:
◆95S72tfpdk
:2020/05/21(木) 16:32:08
「……好きにしなさいな。私はもういいわ……」
呆れ口調で、自分がギブアップした分を久々之千へと譲る。それに対して未練はなかった。
アルコール類が苦手というのにも幾つかある。アルコール耐性が低いか、純粋に味が苦手というものなのか。
美珠は先ず、後者で躓いていた。アルコールへの耐性以前の問題で、だからこそ信じられないという目で彼を見ていたのだ。
感情の携行としてはゲテモノ食いと同じだった。
「甘い? 甘いお酒なんてあるわけないでしょう。アルコールがまず苦いんだから」
低濃度のアルコールの感じ方は個々人によって異なるという話はあるものの、エチルアルコールの味自体は苦味と甘味である。
その何方を強く感じるかについては恐らく体質や味蕾が鋭敏かによって分かれるが、アルコールが苦手という人間は、苦味を強く感じることが多い。
なので、美珠にとっては酒は苦いものである。積極的でないから、当然甘さで誤魔化す類のものを飲んだことがないというのもあるが。
「……まあ、知り合うこともなければ、話すことだって無かったでしょうね。特に私みたいなのは」
実際、事件さえなければ会話することだって無かった……今のこの場どころか、この世にすら居なかったかも知れない身ですらある。
そして隣に居る少女が居なければ、この場にだって居なかっただろう。彼女の生い立ちを考えれば、美珠にとって一連の騒動は多くの幸運を齎してもいた。
今この場に居ることが美珠にとって幸運かどうかは別としてもその言葉には頷くばかりであった。
「……火傷しないように気を付けてね」
彼女の食事の速度については重々承知しているから彼女が静かであることには心配していない。
ただほんのりと朱の差した頬を鍋の熱によるものかと、彼女に何かと世話を焼きたがるのはこういう状況でも変わらなかった。
23
:
◆1JX5HRE6hA
:2020/05/23(土) 17:41:08
「……幼な舌め。
ちっ。いいし、分かってんのが二人いれば。」
幼な舌めと悪態をつきながら、その実誰よりも幼く誰よりも顔が赤い。
あてにしたもう一人は、麦酒を水のように飲みこんでいる。酒を酒として飲んでいるのは彼だけかもしれない。
「ああっ、テメェ。そんなチマチマ食べてたら冷めちまう……
少食なら言えや、もうちょっと気にして取ったのに……」
少女の目元が綻べば、口元が緩く弧を描く。料理人気質、なんてものではなくきっと。ただただ自分の作ったものが認められるのが気持ちいいのだろう。
減った野菜を補充して、灰汁を掬って肉を足し、酒を飲む以外は自分はほとんど口にしていない。
ちょっとした鍋奉行である。
「僕はいよいよ無一文 それにしても今日は好いお天気で
終わって見りゃあ何の、悪ぃ気分じゃあねぇや。」
「おぅおぅ先輩グラスが空いちまって。
まだまだ、御休みの間は騒ぎ倒せる程度には揃えてるんだ。」
空いたグラスに次を注いでへらへらと。顔真っ赤。ちなみに今日は祝前日の、明日明後日はお休みが続く。
どこまで本気で言っているのやら。
//すいません、お待たせしました・……
24
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/05/25(月) 08:51:26
「ま、苦いし最初はしんどいのは分かるけどな。ちょっとずつ慣れていけばただのジュース――」
「あっ、バッカてめえ、勝手に注ぐなって!さてはもう酔ってんだろ!」
繰り返すが、彼は未成年の飲酒には断固として否定的だし、他人に勧めるなど以ての外である。
しかしそれは対象を酒精と認識している事が大前提、本人が酒のつもりがなければ気を遣う言葉も問題でしかない。
美珠から受け取ったグラスに口をつけるがその勢いは最初に比べれば落ちる、一気に杯を乾かすのは酒宴の号令の時だけ。
更に手付かずの器がもう一つあるというのに、せっかく空けたグラスがまた琥珀に満たされるものだから、目を剥いて声を荒げた。
『大丈夫だよ、ちゃんと冷ましているから』
『……少し温くなったくらいが、ちょうどいいんだけどな』
彼女が二人に向ける言葉はやはり無色透明、眦に浮かぶ喜色が充足を示す。
三人のやり取りを交互に眺め渡す二色の双眸は密やかな微笑ましさを湛えて、次第にとろんとした気怠さを呈し。
アルコールの匂いと場の空気だけで酩酊を兆す頬が、白菜を小さく食んで小刻みに動いた。
「その前にダダが潰れるだろうが……寝ちまってもほっとくからな」
「あ、お前らは遅くなる前に送ってくから。無理にコイツに付き合わなくていいんだぜ」
自分が食べる片手間に、菜箸で鍋の維持に徹する幹事の取り皿へと具材を次々放りこむ。
それから酒を好まない二人にはお茶かノンアルコールの清涼飲料水か、何かしらの飲み物を勧めるだろう。
口ではこう言っているが、一度背負ったものはなんだかんだで降ろせない男。本当に真夜中の校舎に置き去りになどはしないだろうし。
このまま酒に呑まれてしまわなければ、自分で吐いた言葉を実行するくらいの誠実さは示せるはずであった。
25
:
◆95S72tfpdk
:2020/05/27(水) 02:20:43
>>23
>>24
「幼な舌というか、そもそも私達は未成年だと思うけれど……?」
対象年齢からはそもそも逸脱しているじゃないか、と半ば売り言葉に買い言葉で返すのであった。
ただそう言いつつも、子供扱いされたのには年相応に腹が立つようであって、折角、久々之千に自分のグラスを手渡したというのに。
ほんの一口僅かに口に含まれて、端に寄せられた哀れなグラスに今度は美珠が手を伸ばし、それを手元に引っ張ってくる。
グラスに浮かんだ霜に指先で触れると、その苦味を思い出して渋い顔をすることになるのだが、一応口に運んでいき。
「うぇ……」
……と、正に渋い顔は苦い顔へと歪むことになるのであるが。
「いいのよ、豊雲野さんはゆっくり食べるんだから……。
焦らなくていいからね、豊雲野さんは自分のペースで食べればいいから」
彼女の食事のペースについて、知っているのは美珠くらいのものだから、それを守るためにそう言った。
過保護すぎるくらいのものが垣間見れるが、美珠にとっては日常なものであるし、彼等の前であってもとくに改めるつもりはないようだ。
アルコールにあてられた彼女の様相の変化は把握して、少しそわそわとしているのもあるが、楽しそうではあるものだから。
取り敢えずは様子見としているのであったが。
「言われなくてもそうするわよ。豊雲野さんをあんまり遅くまで付き合わせられないわ。
……送ってくれるのはありがたいけれど……」
目の前には清涼飲料水が勧められ、一応それにも手をつける予定ではあったが、今はグラスの中身をちまちまと消費することに尽力している。
送ってもらえるというのはありがたい話ではあるが、それよりも、と視線は柏村の方向へと向けられる。
「あっちを一人にするほうが、よっぽど危険じゃないかしら……うぇ」
すっかり出来上がった上で更に飲み続けている彼を一人にするほうが、目に見えて危ないという気がしていた。
そう思いながら、また酒の苦味に顔を歪めながらも、もぐもぐと鍋を食べ進めていくのだった。
26
:
◆1JX5HRE6hA
:2020/05/29(金) 00:05:43
>>25
「うめぇんなら、良いが。
……お母さまみてぇだな。画になるじゃねぇの。」
微かに頬を染める子に、甲斐甲斐しく世話を焼く母。危うくすら見えるかもしれない光景を、蕩ける程に穏やかな目で眺めていた。
酒気と少女と母と僕、えもいわれぬカクテール。やはり冬の夜の室内の、空気より良い物は無い、なんて小さく溢して。
また琥珀色の液体を喉に流し込んだ。当の昔に染まりきった赤色は、これ以上の変化を見せない。
「そうだそうだ、放っておかれたら寂しくって死んじまう。
目を覚ましたら誰も居ねぇ、楽しい宴が全部夢なんて耐えられねぇ。」
嫌に素直な言葉で語る。脂の洗われた喉は、けれどするする言葉が通る。
攻撃的で、荒っぽくて、その全部が裏返った感情。詩家でいられる程度には繊細で、面倒くさい。
「くだらねぇつまんねぇと思ってた生が、今は楽しいんだ。
……置いてくなよ。」
呂律は曖昧視線は俯き意識は浮かぶ。きっとしゃべる事を止めてしまえばもう起きていられない。そんな領域。
浮かれた空気に溺れて酔う。それがどうしようもなく心地よくて。
首を取ろうと思えば幼子にだって容易な、それぐらいの無防備さをさらけ出していた。
27
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/05/29(金) 08:38:02
「ああ、分かる。なんか親子みたいだよな」
『ひどいな。わたしが子供っぽいみたいな言い方じゃない』
大人しく世話を焼かれているのは事実だが、彼女の内面に関しては同年代と比較しても遥かに成熟している。
ようやっと自分の取り皿を空にして、それだけの量で十分に胃袋が満ちたらしく箸を置いてから麦茶に口をつけて。
本気か冗談か分かり難い、おそらくは後者の淡々とした文句に、少年は苦笑でもって謝罪を示した。
「そりゃそうだけどよ……連れてくのも危なっかしいってか……」
「置いてかれたくねえなら、もうちょいシャキッとしろっての。一人で真っ直ぐ歩けねえなら置いていくぞ」
美珠の言にも一理あるから、どうしたものかと菜箸で鍋の中をかき回して、いい具合に火の通った肉を収穫する。
空けてもすぐに満ちるグラスを傾けながら、珍しく素直な吐露に返す言葉は些か突き放すような響き。
着いて来ると言うのならば、自分の足で立って歩いて隣にいてほしい。後先考えずに走り出してしまうのをいつでも制止できるように。
とはいえ酒に溺れた頭でそこまでを汲んでもらえるとは思っていない、諦めたようにため息をついた。
「わーったよ、お前も一緒に送んぞ。ぶっ潰れたら背負ってやるから」
『美珠さんは大丈夫?あまり無理して飲まなくてもいいんだよ』
今日だけだと念を押して、中也を酩酊に誘うグラスをごく自然な所作で、ただの水が注がれたそれにすり替える。
何かを言われても焼酎だと嘯くものだから、少年は酒に呑まれた人の相手にも随分と慣れているらしかった。
それを見た少女も隣で渋面のままに、琥珀色の液体で唇を湿らせる友達が心配になったか、袖を引いて首を傾げた。
28
:
◆95S72tfpdk
:2020/05/31(日) 20:23:15
「そうよ、親子なんかじゃないわ。豊雲野さんはね……私の一番の……。
友……し、親友なのよ。親子じゃないし、豊雲野さんは立派な人なんだから」
淡島豊雲野という少女と美珠にとっての関係性は決して一方的な恩寵を与え続けるものではないと主張する。
そも彼女は幾許か達観が過ぎて日常生活が質素を極めたものであったから、それの延長で世話を焼き続けているに過ぎない。
その上で、親しい間柄であるのだと主張する。わざわざ親友と言い換えたのは、この場に於いての些細な自己主張だ。
「……まあ、それがいいでしょうね。良い区切りにもなるんじゃない?
それか先生にでも突き出すか」
一緒につれていくのが、無難な答えだろう。
酔っ払い一人を置いていくって、アルコールで死ねばそれこそ大目玉。
そんなことに巻き込まれるのは御免だ――――そんなものだから、彼の一緒に連れていくという答えには賛成の意を示した。
寂しい寂しいと喚いている彼の相手をするならば、久々之千が適切だろう……というのは面倒事を押し付ける意も少しはあったかも知れないが。
半数以上は、彼等の関係に対する信頼を含めたものだった。
「……ありがとう豊雲野さん、やっぱり止めとくわ……また大人になったら一緒に飲みましょう」
ムキになって飲み続けていたものなのだが、半杯ほどもまだ減ってはいなかった。
それでも一杯くらいは空にしてやると思っていたのだが、袖を引かれて、首をかしげる彼女の姿を見て、急に冷静になったようだ。
美珠自身もアルコールには強くないものだから、肌には朱色を差し色にしつつも、グラスをことりと机に置くのだった。
「……ま、それなりに楽しくはあったわ」
と、最後に麦茶に手を付けてから、出来る限り小さな声で呟いた。
宴もたけなわの空気を感じ取っての一言であった。
29
:
◆1JX5HRE6hA
:2020/06/02(火) 02:18:55
「や、豊雲野ちゃんが子供っぽいっつぅか、美珠が親ばかだこりゃ。ははっ!」
酔った勢いのままに笑えば何とも五月蠅く喧しい。
友達とすら言い淀んで、搾り出した親友と言う言葉。どうにも詩人好みだったのだろう。
「二人は見てるだけでも退屈しねぇや……詩がどんどん湧いてくら。
百合の少女の眼瞼の縁に、霞の玉が一つって……末永く見守らせてもらいますか。」
子供っぽい、そう言った事を否定しながらしかし。
その視線はまるで、孫や娘を見る様な、酷く生暖かい物であった。
二人にとっては邪魔でしかないかもしれない。
「あ、俺が酒に呑まれる訳が───」
歩けないなら置いていく、そう言われて唇を尖らせて立ってみれば、そのままぱたりとソファに落ちる。
一歩間違えれば鍋に突っ込んで大惨事である。そこは寸での理性が、躰を後ろに倒したようだが。
「悪ぃ、やーっぱ俺駄目だ。先輩頼むわ。」
そのままソファに身体を預けて天井を見上げて、何故だか笑って口にするのだった。
「それなりぃ?……じゃあ次は、もっとだな。
あー……先輩、ほんと、頼みますわ……」
ふわふわの意識は、しかしその言葉だけは目ざとく拾い上げて。
意識はもう半分、酩酊街に置いていってしまったようだ。返事はうんとはいだけで、歩みは酔った千鳥のよう。
合いたい誰かの数を数えて、会えない誰かの数を引く。守ったものの数を数えて、失った物の数を引く。
最後はこの日に笑った数を。足してみれば嗚呼、数字は案外小さくない。
//キリも良いのでこの辺りで〆でしょうか?長い間付き合って頂きありがとうございました!
//ED後のおまけ映像の様な物でしたが、最後にただ平和に楽しいだけのロールが出来て満足です。本当にお付き合いありがとうございました!
//もしどこかでまた会う事がございましたら遊んでやってください。
//改めて、ありがとうございました!三度目!
30
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/06/03(水) 21:22:39
//綺麗に〆ていただいたので、美珠さんの方から何もなければこちらからは以上にしようかと…!
//こちらこそ平和なロールでとても楽しかったです!また機会があれば遊んでいただければと思いますっ
31
:
◆95S72tfpdk
:2020/06/05(金) 22:07:45
/遅くなりまして申し訳ありません
/こちらからも、綺麗に締めて頂けたので締めにしようかと思います
/これまでお付き合い頂き、ありがとうございました。またいつでもお相手致しますので、よろしくお願いたします
32
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/07/04(土) 00:07:38
よく晴れた日だった。坂の上から望む景色の壮観なカフェテリアから、恒星まで透き通る蒼穹がはっきりと見えるような。
穏やかな薫風が吹き抜けるテラスの一席を陣取って、午後の休息に身を置く一人の女性。それは何処でだって有り得る事象なのだろう。
あるいは、世界の平和を奪い取った洋上学園都市。
あるいは、未だ酸鼻の地獄を知らぬ英国学園都市。
はたまた自由と発展を夢見る、米国かもしれない。
「――そんな所で立っていないで、キミも座ったらいいさ」
しかしここは何処で、今は何時か。そんな周囲の環境など、誰に声をかけたかという事実ですら所詮は些事に他ならない。
重要なのはどの時間軸だろうと、老化を抑止して二十代後半に肉体を留めた彼女が、今ここにいる事なのだから。
深海を宿した紺青のミディアムボブ、瑠璃色のつり目がちな瞳。右耳を飾るのは特に印象的な、紋章の刻まれた大きな円形のピアス。
細身のパンツスーツに身を包み、常と変わらぬ愉快そうな笑みを浮かべたヘレナ・ブラヴァツキーその人が。
33
:
◆95S72tfpdk
:2020/07/19(日) 11:24:40
>>32
これはほんの数年ばかり、歩を進めた時間での話。少しだけ背丈が伸びたくらい現在。
これは少女、佐野美珠が英国学園都市にやってきた矢先での出来事。
「……い、いえ……」
気づけばここに導かれていたとでも言えばいいのだろうか。
ここに至るまでの過程を少女はよく覚えていなかった。
ただ、友人とはぐれて、彼女を探そうとしていたというのに。
気が付いたら目の前の人と出会い、こうしてカフェの一画までやってきた。
「私……友達を探しに行かないと……」
目の前の女性が、何者かが、少なくとも捨て置くことの出来る誰かではないことは分かっていた。
意思は友を探さなければと、求めているが、視線は無意識に……その女性へと注がれているのだ。
促される言葉に、首を縦に振らなかったが、二言、三言と重ねれば、時間の問題でもあった。
34
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/07/19(日) 20:45:12
>>33
インディゴの瞳が少女を見上げる。優しげと形容するよりは、悪戯を企んでいる子供に似た無邪気さ。
困惑と躊躇の足枷に囚われた膠着に拘う様子もなく、笑んだままにティーカップを傾ける。
「それなら尚更、下手に動き回らない方がいい」
「この街は広いからね。そう簡単には見つからないだろうさ」
なんて事はない切欠だった。何かを探して視線が落ち着かない少女へ、ティータイムの最中にふと声をかけただけの。
それが作為か無作為か、微笑が語る事はなく。つらつらと吐き出す言葉は、確かに誤りではないのだろうが。
手助けと呼ぶにはあまりにもあっけらかんとして、どうにも大事と捉えていないようだった。
「この店は景色がいいんだ。キミの探し人も、もしかしたらここから見えるかもしれないよ?」
「――ああ、キミ。彼女にも同じ物を」
一度文字通りに地獄を見た英国学園都市も、幾年もの月日を重ねて随分と在りし日の栄華を取り戻しつつあった。
そっくりそのまま再建されたカフェの景観も昔と変わらず、坂の下に広がる悠久の街並みもよく見晴らせる。
それでも特定のたった一人を見つけられるか、甚だ疑問ではあるのだが。
返事も待たずに給仕にもう一人分の紅茶を要求して、やんわりと逃げ道を塞ぐやり口はしたいように振る舞う強引さを孕んだ。
35
:
◆95S72tfpdk
:2020/07/19(日) 23:18:25
>>34
戸惑い、躊躇い、とはいえこういう状況ともなれば振り払って逃げることも手段として知っている。
気付けば此処にいて、目の前に蒼髪の大人の女性には、何処と無くこちらを弄ぶかのような気配すらも感じられるが。
それが出来ないのは、彼女に対して何か引っ掛るものがあるからなのだろう。
「はぁ……いえ、でも……」
宛てがないというのは確かにその通りではあった。
テラスから見下ろす英国学園都市の景観。知性の最先端として再建しつつあるオックスフォード学園都市。
そこに土地勘がないのは事実であったが、今も迷っているかもしれない友を置いて此処に座るのには抵抗があったが……。
「あっ……ちょっと、そんな……」
しかし、止める間もなく、自分の分の注文をされてしまってから、肩を落とし、仕方なく。
彼女の対面に座った。モダンなワンピースの、スカートの裾を抑えながら、腰を下ろす。
眼下には確かに広い景色が広がっていたが、粒の如く人々の姿を見て、肩を落とすばかりであった。
英国人のやり方とはこういうものなのだろうかと、首を傾げつつも、彼女へと視線を送った。
「えっ……と……何故、私に声を?」
相手は年上の女性であることもあって、美珠も少しばかりの遠慮を見せつつも、彼女へと問う。
日本人が珍しいといえばそれまでだが、しかしこの学園都市にもアジア人自体がいないわけではないはず。
そして何より、何か理由があって然るべきだと、何処か形と自覚のない確信もあったのだろうが。
36
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/07/20(月) 01:12:37
>>35
「大丈夫。ここも一時期に比べればずっと落ち着いたからね」
「余程下手な真似でもしなければ、そう危険な目には遭わないよ」
荒れ果て、そこらに凄絶と退廃が転がっていた頃と比較すれば。治安は大きく回復し、旅行者の数も以前と変わらない程に増えた。
それでもどれだけ目立つ風体だったとしても、群れなす人の上澄だけを眺めて特定するなど、至難だと分かっているだろうに。
意地悪くもそれを口にする事はなく、正面に腰を落ち着けた美珠へと向けるのは満足げな微笑。
「さて、どうしてだろうね。ワタシもキミも、ただ運命に導かれてここに居る。それじゃあご不満かな?」
「……なんてね、ちょっとした興味だよ。キミみたいに若い東洋人が、一人で居るのは珍しいから」
子供騙し紛いの事をまるで本気のように語る。余裕のある態度は、煙に巻いているようでさえ。
肩を竦めて戯けた所作、右耳を貫くピアスが慎ましやかに揺れる。微笑こそ常に保っているが、存外に表現は豊からしかった。
迂遠な言い回し、ただの好奇心で呑気に声をかける恐れ知らず。
外見や表情、表層の性質は似ても似つかない。しかしその根幹の気質の片鱗から、少女も良く知る人物との類似点を見い出せるだろうか。
束の間の沈黙に給仕がするりと割って入る。美珠の前にティーセットの一式を並べ、悠然と去って行った。
「どうぞ、召し上がれ。心配しなくても、子供に払わせるような事はしないさ」
「ああ、紅茶は馴染みがないかな。その感じだと、日本辺りから来たんでしょう?この国には旅行かい?」
トワイニングのアールグレイ。日本ではまだ輸入の始まっていない、英国人の嗜好品の一種。
容姿から出身の予想を立てるのは難しくはない、そのゆかしさも特定に一役を買って。
一見世間話のようで、実際その通りだった。見る限り、単なる会話を楽しもうとしているようだった。
37
:
名無しさん
:2020/07/20(月) 15:49:38
>>36
『ラブレスブランドのニュー・モデル・ファッション、今夏一斉発売!』
『シャーロック姉様不在の今、このエルロックがオックスフォードを守ります!』
『世界初の共産主義国家の成立か。果たしてどうなるやら……』
混ざりあった言葉達は、全て一つの音となって、耳を抜けていく。
友達を見つけるのは、後回しになってしまいそうだと、その中から見つけ出すのは、やはり諦めざるを得なかった。
椅子の上に腰を押し付けても、やはり友人に対する思いから、心は中々、落ち着けることが出来なかったが――――
「……それは……そう、でしょうか……なら……」
少なくとも、彼女の語る言葉は気休め程度にはなったことに違いない。
確かに治安は回復している。それこそ外側にでも出ない限りは危険なことに巻き込まれることはないだろう……と。
思いたがっている、美珠の肩は、その微笑みの前に窮屈げに縮んでいるのだが。
「う、運命……と……言われても……私はあまりそういうことは……。
……え、それだけ、それだけですか? ……ただの、好奇心で……」
好奇心。強い好奇心とそれを実行に移す行動力というのを、少女は身近に識っている。
例えば危険であることや、無理筋であることを、好奇心が上回って行動に移してしまう。後先のことを考えること無く。
美珠自身は持たぬものであるが、それなりの経験を経て、理解できないものではなくなっていた。
少なくとも、そういう人間もいる、と。……違和感なく受け入れられるのは、やはり、そこに類似点を確かに感じ取ったからだ。
並べられるティーセットに視線を落とす。英国式のマナーを美珠は知らない。試されているのかとすら思った。
そういう、人種的な嫌がらせというのは、覚悟していたものだ。……ティーカップを片手に、口へと運ぶ。
「あ、えっと……いいんですか?それじゃあ……いただきます……。
……美味しいです。詳しくはないんですけど……香りが……好きです」
ベルガモットに柑橘系で香り付けをしたアールグレイ。
紅茶に明るいわけではないが、強めの香りは美珠にもその楽しみ方が分かりやすいものであった。
目を丸くするだとか、大袈裟なリアクションがあったわけではないが。少なくとも、そこに落ち着きを取り戻すのに。
効果があったことは、見て分かる通りだろう。感想は、素人であることを一切隠していないのだが。
「……ええ、そうです。日本からの旅行で……友達と、二人で。
友達が……その、英国に馴染みがあるというか……心当たりがあるというか……そういう理由で……」
特殊な事情を持った友人の説明を、ありのまま彼女へと語るのは憚られる。
どうにか近いもので説明しようとするのであるが、最後にはニュアンスで理解してもらうという方向に委ねてしまうのだが。
「……私、佐野美珠って言います。えっと、ミタマ・サノ……でいいのかしら……」
そして名乗ったのは、飲んだ紅茶への最低限の礼儀であった。
名も名乗らないでいるのは、礼を失するという意図で、ぎこちないなりに、彼女へと自らを名乗る。
38
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/07/21(火) 00:58:18
>>37
「うん、それだけ。ワタシが、キミに興味があったんだ」
「そんなに緊張しなくたっていいさ。何も取って食べようって訳じゃないんだから」
至極あっさりと、さしたる理由がない事を認めた。あるいは、そう思わせない程に飄々としているだけかもしれない。
視線を逸らす事はなく、偶然の邂逅にしても行き過ぎた、言葉通りの好奇心を隠そうともせず。
両肘をテーブルに乗せ、組んだ手の上に顎を置く。首を傾げて、一挙手一投足を観測しているようだった。
「分かるよ。ワタシも沢山の国を廻ったけど、英国の紅茶は格別だ。ロシアじゃあ、こんなに繊細な飲み物はなかったからね」
英国流の作法や文学的な所感を求めているつもりはなかった。そも、彼女とて英国を拠点としていたのは数年程。
土地に際立って深い思い入れがある訳でもなく、だからこそ本当に上質な物に心を惹かれる。
拙いながらも素直な感想は、むしろ祖国の代物ではないが故の共感を齎して大きく相槌を打った。なんでもないように、彼女もまた異邦人である事を露呈した。
「へえ、そうだったんだ。こんなに遠くまで一緒に来るなんて、二人とも仲がいいんだね」
「……それで、此処を選んだんだ。そっか……」
眉を持ち上げた驚愕の仕草はわざとらしく、それでいて嘘っぽくはない絶妙なバランス。どうにもいちいち演技がかっていた。
しかしその動機を頭の中で噛み砕いている時だけは、誰かに見せるための表情のようではなかった。
もっと遠くて近くの、目の前でない何処かへ向いた思索に目を伏せたのも束の間。
「美珠くんか。ワタシの事はヘレナでもエレーナでも、好きに呼んでくれて構わないよ」
「実はワタシも、オックスフォードに来たのは最近なんだ。昔、少しだけ住んでいたんだけれど、なんだか懐かしくなってね」
そう言って笑いかけた時には、言い知れぬ感傷の瑕疵はもうどこにもなかった。
ありふれた、けれど人によっては既に亡き者となっているはずの人物を想起する名。
相手がどんな反応をするか。それすら楽しんでいるのだろう、悠然と足を組んで目を細めた。
39
:
名無しさん
:2020/07/21(火) 11:30:55
>>37
興味だけで話しかけた。それについては納得したが、かと言って観察されるのを是とするわけではない。
そもそも、その興味の対象が自分であるということに納得しているわけではないことにも後になって気付く。
なんとも本心を躱すかのような、誘うような物言いに、やはりやり難いように視線を送って。
「ええ、日本でもあまり馴染みが無いですけど……ロシア?
えっと、そちらの方から来た……のでしょうか」
日本における紅茶文化はまだ庶民には浸透していない。
輸出品としてはそれなりの質のものを作ってはいるものの、ティーハウスの誕生までまだ幾許か待つ必要があった。
それでも、上質な茶葉は、そんな日本人からして、良いものだ、と理解させるだけの質があった……そして。
彼女の言葉に、思わず聞き返した。ロシアといえば、正しく今、革命を終えたばかりの渦中の国でもあったのだから。
「はい……物静かで、でも好奇心が旺盛で、少し危なっかしくて……でも優しくて、勇気があて……。
私の一番大事な人なんです。だから……一緒に来ようって、前から約束していて」
彼女の演技がかった動作も、気にならないほどに、美珠の語る言葉は少々熱が籠もっていた。
語る内に、彼女へと感じた類似点、好奇心というものが形となってから、自覚と確信へと変形していく。
表情豊かにコロコロと表情を変える、彼女の姿は似ても似つかないものであるが、似ていると感じるのはそれでも不思議ではあった。
「ヘレナ……さんですか。えっと……えっと……!!」
彼女の名前を聞いてから、二の句を継ごうとした時に、その断片的な情報が一つにまとまっていく。
元々はロシア人であって、英国に思い入れがあり、そしてヘレナという名と、何処となく友達に似ているこの感覚。
表情は分かりやすく困惑と焦燥に駆られたものに変わっていくだろう。
当てはまるものが多すぎる、冷や汗が伝って握っていたカップが震えたので、それをソーサーの上に置く。
かちゃりと甲高い音が鳴った。
「し、失礼ですが……」
目の前の相手にどう対応するか、考えあぐねていた
だというのに、言葉は震えながらもその疑惑を確信へ至らせようとする。
それが正しいことであるのか、分からないまま。遠くに聞こえる喧騒は、遂に美珠の耳には届かない。
「……ファミリーネームをお聞かせ頂いても?」
それまで一致すれば、そうそう偶然は起こり得まい。
老境に差し掛かる紳士の、燻らせるパイプの煙が流れて、美珠の鼻腔を揺さぶった。
40
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/07/21(火) 22:12:17
>>39
「血の日曜日よりずっと昔の話だよ。彼らがあの国をどうしようと、ワタシの知った事じゃあない」
「一度気になったら、じっとしていられない性分でね。若い頃から転々としていたんだ」
国家を揺るがす大きな流れに対する言葉は、苦言や皮肉の色を映さない。
優しく語って聞かせているようで、呆れたように肩を竦めたものだから、一切の関心がないのは事実らしかった。
自ら口にする好奇心旺盛な気質は、否定するべくもないだろう。現に今、こうして見ず知らずを相手に実演しているのだから。
「随分と仲がいいんだ。羨ましいな、ワタシにはそこまで想える相手がいなかったから」
「キミ達は、人を大事にするといい。お節介だと思ってくれても構わないけれどね」
悔悟だとか、そういった過去を惜しむ湿っぽさは見受けられない。純粋に、若さ故の豊かな情緒を微笑ましげに眺めていた。
己の生き方に欠落があると知りながらも、欠片も後悔を抱いていなければ、違う道を嫉む事なく素直に訓示などできないだろう。
志を共にする同胞はいても互いを想い合う友を得られなかった、表裏に孤高と孤独を据えた人生を。
「……キミが想像している人間が、誰の事かは分からないけれど」
狼狽に揺れる琥珀の漣、焦燥に知らん顔をしてテラス席を包む陽の光。
学生層の比較的多い雑踏も、隣の卓の甘い香りも、黙々と動き回る給仕の影ですら。
泰然とした彼女の佇まいを崩す事は叶わない。秘め事を共有する悪戯っ子のように、唇に人差し指を添えた。
「彼女はあの地獄の時、この学園都市で死んでいる。そうでしょう?」
「今のワタシは、真理と叡智を求めて旅するただの遊子。それ以外の何者でもないさ」
全てを語らずとも、その質問の真意を汲んでいる時点で答えを明言しているようなものだというのに。
あまりに平然とそう嘯いて、まるでバレてしまっても構わないとでも言いたげであった。
はっきりとその名を口にしないのは、むしろ周囲を意識しての事だった。神智学の礎を築いた人間として、また衆目を集めるのを彼女は嫌っていた。
かつては成り行きでそうなったとはいえ、せっかく死を偽ってまで余計な柵を捨て去ったのだから。
ひどく迂遠な言い回しとはいえ、目の前の少女に、暗にそう扱われる事自体を厭ってはいなかった。
41
:
名無しさん
:2020/07/22(水) 00:58:33
>>40
特定の国家に対して、自身の存在意義を委ねるような相手ではないことは何となく察しはついた。
ただ、その国を転々としていたという経歴には納得するに足るだけの、好奇心を、今まさに見せつけられている。
それを疑う余地もなかった。アールグレイをまた一口、運ぶ。
「……はい、その……私にとって、いちばん大事な人……なんです。
他の誰よりも……今までも、これからも。だから、はい。これからも、大事にしていけたらと……」
普段であれば、こんなに小っ恥ずかしい事は、友人にも、面と向かっては早々言えたことではない。
聞かれていたらどうなるか。こんな風に素直に物を言えたのは、彼女自身が、全くもって赤の他人だからか。
彼女の歩んだ孤独の道に、美珠は答えることはできなかった。ただ、彼女が応援する言葉に、頷くのみであった。
その訓示の通りに歩むことを約束するくらいのことしかできず……それで答えは合っているのかと、疑問ではあった。
「――――っ」
生唾を飲み込んで、彼女の言葉を聞き届ける覚悟をした。
想像通りの相手であるならば、こうまで彼女へと警戒心を解かれてしまう理由も、論理的ではないが納得できる。
自身の落ち着かない鼓動に対して、彼女は悪戯な微笑みを口元に浮かべたままであった。
ただ、踊らせるばかりが彼女の目的でもないようだった。少なくとも、そこに悪辣な答えをもたらすことはなかった。
「……それはつまり……」
答えは殆ど出ていると言ってもいいだろう。要約の一言を、美珠はそこで切った。
彼女がそう語るならば、無粋であるだろうと、あくまでそこは彼女の言葉に則ることにした。
ただ、それは煙に巻いた肯定であると理解した。それではあくまで、美珠が導き出した答えを前提に、語ることにする。
「……じゃあ、あなたが私の思う通りの人だと、私は思うことにします。その上で……」
奇妙な偶然であった。あるいは運命か、それとも彼女がなにか齎したのか。
死人に合う可能性など、ほんの幾許とて考えたこともなかった。目の前の存在が現実であるかどうかも定かではない。
ただ、会えたのであれば。これがまさしく、現実であるというのならば。
「……私は今日、あなたに会えたことに、心から……感謝します」
伝えたいことがある。だからこの機会を与えてくれたことに、先ずは何よりの謝意をしました。
42
:
◆HnQRCeqIrM
:2020/07/22(水) 13:23:22
>>41
「あはは、まるで番だね。ワタシまで恥ずかしくなりそうだよ」
揶揄っている調子ではなかった。むしろ心に灯が点って、思わず笑みが零れてしまったかのようだった。
籍を入れた相手こそいたが、女にはそういう人間はいなかった。拒んでいた訳ではなかったが、それよりも優先すべき事があった。
かつて黎明が一翼を担った身として。碩学たる彼女を今尚慕う者こそ多々いれど、それら以上に熱を傾けるべきだと信じて疑わないモノが。
同じく人倫も軽視できる同胞ですら、二の次にしてしまえるくらいに。
「好きにするといい。それが本当に正しいか、ワタシからは何も言わないさ」
その許容が、何よりもはっきりと答えを示していた。スコーンが一つだけ残っている皿を無言で押しやる。
利発で少し感情が面に出やすい、多くを語らずとも意を汲んでくれた少女への、細やかな返礼のつもりなのかもしれなかった。
「可笑しな事を言うね。ワタシとキミが会うのは、今日が初めてだっていうのに」
「ワタシがキミにしてあげた事なんて、今ここでご馳走しているくらいだろう?」
惚けているのは言葉だけ。片眉を持ち上げたが、意表を突かれたと形容するには程遠かった。
如何なる手段で、それを見知ったのかは分からない。あるいは経緯の仔細など、全くもって知らないのかもしれない。
しかし美珠が今から言わんとしている事が、何に所以するものか理解しているのは、首を傾げて続きを促している仕草からも明白だった。
43
:
名無しさん
:2020/07/22(水) 15:33:38
>>42
「つ、つが……!! げほっ、げほっ……!」
彼女の言葉に揶揄の意図は含まれていなかったかもしれないが、少なくとも美珠自身に似た効果があったことは明確だった。
顔に昇る熱は美珠自身の錯覚によるものではなく、紅潮という形で、外見から見て分かる通りに描き出されている。
品も無く噎せてしまったことで、そこに否定も肯定も挟む余裕もなかったのは、ある意味で幸運だったかもしれない。
落ち着いた後も、動揺から落ち着きを取り戻すのに、ほんの幾許かの空白を挟む必要もあった。
「……ええ、確かに初めてです。でも……貴女にもらったものは、これだけじゃない」
差し出されたスコーンを、指先で摘んで拾い上げて、口へと運ぶ。
その話も名も聞いている。偉大なる碩学が一人。マハトマの女。……彼女はあくまで、そう名乗ることはなかったが。
彼女はあくまで、その好奇心のままに動いた。それだけかもしれない。
彼女が……その口振りのままに、全て知っているのだろう。彼女の上を行こうだなんて、そんな気持ちは欠片もない。
「……貴女は、淡島豊雲野という少女を生み出してくれた」
――――それは、彼女の実験の結果。或いは、その経過だ。
ある魔術師とともに、彼女の魂を分けて生み出された一人の少女。
今まで正しく熱を籠めて、語り続けてきた一人の少女の名だ。きっと彼女にも、覚えがある。
「あの子がいなかったら、私はこの世界が大嫌いなままで……いえ、この場にはいなかったかもしれない。
だから、貴女に感謝しないといけません。あなたには、そんなつもりなんて無かったかもしれないけれど……」
その少女がいなければ、美珠はジェームズ・モリアーティの駒として、呆気なく死んでいたのは間違いない。
誰かが、その事件を解決していたとしても、仮に生き残ったとしても、その先の鬱屈とした人生は変わらない。
あの日、自分に語りかけた少女がいなければ。
「――――豊雲野さんを生んでくれて、ありがとうございました」
……ともすれば。淡島豊雲野という少女に、彼女は非人道的な振る舞いをしたかもしれない。
それでも、彼女がいなければ、自分はこんなにも今を幸福に生きることは出来なかった。
だからそれだけは伝えたかった。貴女の生み出した一人の少女は、ここにいる一人の愚かな人間を、確かに救ってくれたのだと。
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