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川 ゚ -゚) ブーン系小説&イラスト練習総合案内所
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川 ゚ -゚) ここはブーン系小説読み物イラスト練習&総合案内所だ
川 ゚ -゚) 要はここではブーン系に関する相談や雑談、イラスト、30レス未満の作品投下が出来る
分からないことがあったらなんでも聞いてほしい。潜んでる住民が親切丁寧に教えてくれるぞ
川 ゚ -゚) ただし最低限、下記のルールだけは守ってくれ。あとは君達の良心と常識を信じる
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総合案内所で短編投下をする際の基本ルール
・ながら投下・連載は禁止
・一つの話は30レス以内
・誰かが投下していない限りは投下してOK
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川 ゚ -゚) よくわからない時はひとまずここを見るといい。本当にありがたいな
ttp://www43.atwiki.jp/boonkei/(ブーン系wiki)
川 ゚ -゚) ブーン系投下・活動場所はこちらだ
https://hebi.5ch.net/news4vip/(ニュース速報VIP)
ttp://jbbs.livedoor.jp/internet/13029/ (ブーン系創作板:したらば)
ttp://jbbs.shitaraba.net/internet/21864/(ブーン系創作板ファイナル:したらば)
ttp://jbbs.livedoor.jp/internet/16305/ (ブーン系小説板2:したらば)
ttp://shiba.2ch.net/test/read.cgi/siberia/1446334277/(シベリア図書館)
ttp://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/entrance/1454735690/(ラウンジ板)
ttp://jbbs.shitaraba.net/internet/22495/(o川*゚ー゚)oキューちゃん板NEO:したらば)
※前スレ
( ^ω^) ブーン系小説&イラスト練習総合案内所
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1651368564/
川 ゚ -゚) ↑ここまではざっくりと要約したテンプレだから、もう少し詳しいのは↓に続くぞ
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あなたにとって、今日は一体何の日でしょうか。
只の平日でしょうか。
小さい頃、お母さんにこっぴどく怒られた嫌な日でしょうか。
学生の頃、好きなクラスメイトと初めて話せた日でしょうか。
大人になった今では、いつも通りの出勤日でしょうか。
どんな日でも、誰かにとっては記念日だろうし、最悪な日だろうし、何でもない日に違いないでしょう。
あなたにとってはどうでしょうか。
良い日でしょうか。嫌な日でしょうか。思い出のある日でしょうか。
少なくとも、私にとっての今日は。
川#゚ -゚)「書類が減らーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!」
いつも通り、最悪な平日です。
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『祝いを乞うようです』
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8月になれば夏休みが来る。
長い休暇だ。何をしようか。
昼まで寝たっていいし、寧ろ早朝に起きてゆっくり散歩に出るのもいい。
夕方はビアガーデンに行って。夜は友人たちとコンビニで買った花火を楽しんで。プールはマストで、今年は浴衣なんかを買っちゃってみたりして。
そうだ、いっそ気になるあの人を誘って夏祭りにでも行ってみようか。
…なんて、そんなのは学生の若者たちだけが持つ特権だ。
とっくに成人を迎えたどころか、日々労働に勤しむ儚き社会人にとって、8月など、ただのクソ暑い日が続く最低最悪の時期に過ぎない。
子どもの頃から夏は心底嫌いだった。
暑いし、気持ち悪い虫はうじゃうじゃ湧くし、食べ物はすぐ痛むし、とにかくイライラしてしょうがない。
とくにここ数年の暑さはもう異常で、テレビでは連日「熱中症に注意」だの「こまめな水分補給を!」だの、毎日のように生命に対する注意喚起が報道されるほど。
今年は去年までと比べたら、なんとなーく新鮮味があるような気がしなくもないが、それも雀の涙ほどだ。
仕事をしていれば軽く吹き飛ぶ新鮮味に風情も何もあったもんじゃない。
…というか、そんな中でもどうして外に出なくてはならないのか。
生命が活動するのに適しない気温下でも、何故働かなくてはならないのか。
やかましい蝉がわんさか鳴いてる炎天下、しっかりとスーツを着て働きに出ている自分があまりに馬鹿らしく思える。何がクールビズだボケが。何着たって暑いのは変わんねーだろ。
とにかく、夏は嫌いだ。もう本当に嫌いだ。良いところがあるなら教えてくれ。キンキンに冷えたビールが美味くなる以外で。
ほら思いつかないだろ。暑さのせいで脳がまともに動かないだろ。機械でもショートするんだから人間もそうなるに決まってんだろあーやってらんねー。
小説やドラマのせいでやけにキラキラしたイメージが世間に蔓延っているが、別にそんなキラキラしてないだろ。むしろジメジメジトジトしてるだろ。
そもそも”夏”って響きがもう気に入らない。なんかちょっと良さげな語感で誤魔化しやがって。もっと適切な日本語あるだろ。”死”とか。
なにが春夏秋冬だ。春死秋冬に変えろ。そもそも誰も呼んでねぇんだよ帰れよ怠い上司かお前は。律儀に毎年来るんじゃねぇ。
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川# - )「マジ空気読めよボケカス……」
(;´・ω・`)「えっ…!?ぼ、僕のこと…?」
すぐ横から聞こえて来た人の声にぎょっとする。
隣を見ると、見慣れたしょぼくれ眉毛が普段の2割増しでしょぼくれていた。
川 ゚ -゚)「あっショボンさん、違いますよ、さっきのは夏に向けて言ったんです」
(;´・ω・`)「な、夏に?よくわかんないけど、疲れたならしっかり休んでね…?」
川 ゚ -゚)「あなたに言われたくないです仕事中毒予備軍。…というか」
つっ立っている同僚から目を離し、私のすぐ隣のデスクに積み上げられた紙束をちらと見た。
川 ゚ -゚)「休んでどうにかなります?」
(;´-ω-`)「…お互い大変だね」
川 ゚ -゚)「あなたのせいで今から更に大変になりますがね。ほら、その手に持ってる書類はやく下さい、どうせ急ぎでしょう?」
(;´・ω・`)「うぐっ…ほ、本当に申し訳ない…」
川 ゚ -゚)「大丈夫ですよもう慣れましたから、空気読まずにさっさといくらでも渡して下さいボケカス」
数瞬遅れて傷付いたような顔をする同僚から、ひったくるように書類を受け取る。
「今のはあなたに向けて言いました」と念のための補足を口にしながら、いつまでの仕事なのかにだけささっと目を通した。
うわ案の定明日までじゃねぇかよゴミがくたばれ。
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(´・ω・`)「……あ、そうだ」
冴えない顔をした同僚が、なにか思い出したような声を出した。
まだ何かしら仕事を渡してくるのか。私の隣にある紙束とかPC周りに張り付けられた大量の付箋が見えないのか。
よし決めた。仕事関係だったらビンタしよう。もし明日までのやつだったらグーでいこう。
今日の夕方までだったら隣駅のホームセンターまで包丁買いにいって刺そう。
夏の暑さと夥しい仕事量でショートした脳が、おそろしく物騒なことを考え始める。
私は本気だ。そもそも昔からこのボケ同僚は気にくわなかったのだ。今までは酒に酔ったフリをして飲みの場で鼻をグーでどつく程度のことしか出来ていなかったが、今年の夏はもう一歩踏み出してもいいかもしれない。そうしよう。やっちゃえやっちゃえ。
…なーんてことを考えていたのだが。
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(´・ω・`)「あのさ」
(´・ω・`)「明日、誕生日なんだ」
などと、ふざけているにもほどがありすぎる言葉を放たれたものだから。
川 ゚ -゚)「……………は?」
結局、振り上げようとした平手も、拳も、購入予定の包丁も出番はなく。
出たのは、眼前の同僚とも良い勝負が出来そうなくらい、間抜けな私の声だけだった。
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*
川# - )「……なーんて言われたんすよ。いきなり業務時間中に。真面目な顔で」
川# - )「意味わかんなくありません?もうこれ一周回ってパワハラになりませんか?しかもアイツ、他の人にも顔合わせる度に”明日、誕生日なんです”だの”よかったら明日、おめでとうって言って下さい”だの言い回ってたんですよ」
川# - )「気持ち悪くないですか?もう流石にぶん殴ってよくないですか?あの人のポスト私が代わりに就きましょうか?」
(; “ゞ)「お、おい…飲みすぎだぞ…」
川# - )「え、なんですか。まさかデルタさんもあのボケ眉毛の味方ですか刺しましょうか。じゃあなにハラにあたるんですか誕生日ハラ縮めてタンハラっすかタンとハラミを彷彿させて業務中にお腹空かせにきてるからやっぱパワハラじゃないっすか。焼きてぇ〜!レッツ人間BBQ〜!」
(; “ゞ)「あの、すいません。お水ください。ピッチャー丸ごとで」
从^―^从「あ、は〜い!」
笑顔が可愛らしい女性店員が置いてくれたピッチャーをグラスに傾け、ありったけの水を喉に流し込む。
やっぱ可愛い女の子が入れてくれた水は一味違うなぁ。私も一緒に働くならあんなKY眉毛じゃなくて年が近くて可愛い同性の子がいいな〜。
…え、不謹慎?同性でもセクハラ?今は令和?知るか。
あのクソボケナスに毎日毎日毎日毎日、めんどい書類だの仕事だのぶん投げ続けられる私の立場と変わってみろ。その後また同じセリフが吐けるなら命だけは見逃してやる。知ったような口きくなよ部外者がよぉ。
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(; “ゞ)「ま、まぁほら、いつものことじゃないか」
川# - )「いきなり変なこと言い出すのがですか?そうですね確かにいつも通りですね。職場の要望に”エレベーターのガラス張りが怖いので普通のにして欲しいです”なんて寝ぼけたこと書くカスですもんね」
川# - )「あとこちとらクソ眠いのに朝っぱらから”今日、さそり座1位だったんだよ〜!”なんて空気読まずほざいてきたりしますもんねクソがよこれって懲戒免職になりませんか?」
(; “ゞ)「ショボンくんのこと嫌いすぎだろ……」
「当然です」と付け加え、すぐまた渇き始めた喉を潤すために水を飲む。
私と同い年のくせに、私が目指していた職種で入ってきた。それも、夏のインターンを経由せず。
さぞ出来る人材なのかと思いきや、しょーもないにも程があることで一々質問してきたり、下らない案件に時間をかけたり、勝手気ままに仕事を取ってきて余計な手間を増やしたりと、散々だ。
なにより、そんなボケの”アシスト”という立場に数年甘んじている自分も気に入らない。
どれだけショボンさんに感謝されようが、外から見れば私があの無能眉毛の”下”扱いなのだ。まじ無理。法律がなかったらとっくにアイツのどこかしらの骨を折っている。だれか私の理性を褒め称えて欲しい。
( “ゞ)「……あぁ、でも、そうか。ということは、もう8月なのか」
( “ゞ)「月日が経つのは早いなぁ。年とるにつれて、時間の流れが早くなってるような気がしない?」
川#゚ -゚)「は?え、私に共感求めてます?私まだ20代なんですけど、若いんですけど。なんですかハラスメントですかちょっともう一回同じこと言ってください録音するので」
(; “ゞ)「ダルすぎる……」
スマホをさっと取り出すも、デルタさんはとっくに泡が消えたビールをちびちびと飲むばかり。
つまんねぇ飲み方してんじゃねぇぞアンタもビンタしてやろうか。
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( “ゞ)「…けどさ、確か君、ショボンくんから毎年、誕生日プレゼント貰ってなかったか?」
箪笥に強く足をぶつけて出来た痣を、ぐっと親指で押されたような気分に襲われた。
いくら上司の奢りの呑みとはいえ、ちょっと空気読めなさすぎではないだろうか。ハゲろ。
まっこと憎たらしいことにあのしょぼくれカス野郎は割とマメで、仕事仲間の誕生日などの細かいことをきちんと記憶している。
私もその対象の一人。毎年毎年、私の誕生日の3か月前に当たる7月には「何か欲しいものない?」とか、「僕らくらいの年の女性って、どういうものが欲しいのかなぁ」などと聞いてくる。
その態度がまぁ、白々しいことこの上ない。腹が立つので、今年は某超高級ブランドのバッグの名を口にしておいた。ざまーみろぉ。
あのワーカホリックのことだ。どーせ給料使わずに貯めこんでるに違いない。普段助けてやってる私に還元しろ。何なら給料全部私に振り込め。社会保険料とかはうまいこと除いて。
( “ゞ)「それに君だって、彼に助けられたことも何度かあったろ」
( “ゞ)「”誕生日おめでとう”くらい、言ってやったっていいんじゃないか?」
川;゚ -゚)「………むぅ」
上司の言葉に思わず閉口してしまう。
…まぁ、確かに、迂闊なことに私が逆に助けられてしまったこともなくはない、とは言い切れない、こともない。気がする。多分。おそらく。十中八九。
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2年目の頃。
私が初歩的なミスをして隣の部署からこっぴどく怒られた際、不本意ながら、庇ってくれたのはショボンさんだった。
ミスの穴埋めのため深夜まで残っていた私に、ふらりと職場に戻ってきたショボンさんは、やけに良さげな小さい紙袋を持ってこう言った。
『今日、確かクーさん、誕生日だよね?
『誕生日は、祝うものだから』
『良い思い出の日になるべきだし』
「これで、良い日になるかな」なんて宣う彼が私に差し出したのは、革製のパスケースだった。
当時は「くだらねーこと言ってんじゃねーぞガキかアンタはいいから黙って仕事手伝えや」と思ったものだが、まぁ、今となってはちょっとくらい、感謝の気持ちがないわけでもない。
川 ゚ -゚)(………)
川 ゚ -゚)(誕生日は祝うもの、ねぇ)
ポケットからスマホを取り出し、いつも使っている検索エンジンを開く。
断っておくが、私はあの同僚に特別な感情などない。寧ろ、悪感情の方が抱いている数としては遥かに多い。今でも毎日「アイツ、出勤途中に足の小指の骨折れてくんねーかな」と思うくらいには憎んでいる。ちなみに一番嫌いな部分は顔。なんか見てるだけで腹立つから。
ただ、まぁ、ちょっとくらいはというか。今年くらいはというか。
あんなのに借りを作りっぱなしというのは、中々にシャクなので。
川 ゚ -゚)「………デルタさん」
川 ゚ -゚)「明日、午前休とりますね」
隣の上司の反応は伺わないまま、ピッチャーに残った水を全て胃に流す。
嫌になるほど冷え切った頭は、まるで業務時間の時と同様に、手元のスマホに意識を割き始めていた。
-
*
川; ゚ -゚)「……買ってしまった」
午後1時。
自分のデスクに置いた紙袋を数秒睨み、頭を抱えた。
もうとっくに酒は抜けきっている。その状態で、わざわざ貴重な午前休をとってまでやった行動がこれだ。
無駄遣いにもほどがある。私らしくない。全くもって私らしくない。大失敗だ。
川 ゚ -゚)「…というか、今日どこ行ってるんだ。あの人」
職場に到着してすぐショボンさんに割り当てられている仕事部屋に赴いたのだが、彼の姿はなかったのだ。
こんな時間にどこをほっつき歩いているというのか。こんな日に限って外回りか?空気読めよ。
どこまで私の貴重な時間を無駄にすれば気が済むのか。やっぱり誕プレあげるのやめようかな。今からでもレシート持って百貨店戻れば返品対応してくれるかな。
( “ゞ)「お、クーさん、おはよう」
川 ゚ -゚)「…あ、おはようございます。お疲れさまです…」
( “ゞ)「……あれ、それって…」
デルタさんの視線が紙袋に注がれる。
どっかの間抜け眉毛と違って聡い人だ。まぁ今この場に至ってはただ厄介なだけだが。
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川; ゚ -゚)「…ま、まぁ。見方を変えれば私もお世話になっていると言えなくはないことに気が付いただけです」
川; ゚ -゚)「それに毎年私だけ貰っておいて、私は何もしないというのはその、矜持が傷付くというか、あの人にデカい顔させたくないっていうか…」
そこで、私は水の如く流していた言葉を切った。
自分の言い訳染みた文句が恥ずかしくなった訳ではない。
やっぱり返品対応に行こうと、気が変わったからでもない。
デルタさんが、やけに怪訝そうな顔をしていたからである。
(; “ゞ)「…昨日、いきなり午前休とるって言い出した時にちょっと思ったけど」
(; “ゞ)「君、もしかして、勘違いしてるのか?」
川 ゚ -゚)「…?勘違いって、何がです?”明日が誕生日”って、本人が言ってたんですよ」
昨日の記憶を脳内で再生する。
アルコールに浸される前の、業務時間中の出来事。
溜まりに溜まっている仕事の前で、至って真面目な顔で「明日が誕生日なんだ」と言い放ったショボンさんの姿は明確に覚えている。
あれは間違いなく昨日のことだ。
ならば、今日こそ、ショボンさんの誕生日ということに違いはない筈なのに。
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( “ゞ)「…というか、そもそも」
( “ゞ)「――ショボンくんなら、今日は今年”も”休みだぞ」
川 ゚ -゚)「……………え?」
もはや鳴き声のようにも聞こえる疑問の音が、喉から零れる。
呆気にとられる私の前で、デルタさんは頬をかきながら、「知らなかったのか?」と二の句を続けた。
( “ゞ)「ほら、彼、毎年この日は休むだろう…あ、そういえばクーさんは、毎年この時期は東京にいなかったか」
デルタさんの言葉に理解が追いつかないながらも、私は黙って首を縦に振る。
去年までは業務の一環で、夏の短い間だが、別の県での支社の手伝いに行っていた。
それが今年になってプログラムの変更があり、支社での業務をするのは冬に変更されたのだ。
妙に今年は新鮮味がある夏だと思っていたが、その謎がようやく解けた。
そうだ。分かった。思い出した。
私はいつもこの時期、この場所にいなかったのだ。
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川; ゚ -゚)「……え…で、でも、だって」
川; ゚ -゚)「今日が、誕生日………って……」
言葉を口にしている途中で、私はゆっくりと思い出した。
数年前、彼が何気ない日常の中でぽろっと零した言葉。
『今日はさそり座が1位だった』
あの発言が何の裏もない、ただ”自分の星座が1位だった”ということを言いたかっただけのものだとしたら。
さそり座は確か、11月生まれの星座だ。
今日は8月。8月の星座といえば、確か”しし座”か”おとめ座”。少なくとも、彼が過去に口にした”さそり座”ではない。
一つの疑問が解消されると共に、また新たな疑問が沸き上がる。
彼は職業柄、言葉には割と気をつける人だ。
単語の意味や使い方だけじゃない。文章の書き方や、それこそ単なる”主語・述語”のレベルまで言葉を使うときには気をつけている。無論、話す時も同様に。
彼の言葉を正確に思い出す。
『明日、誕生日なんだ』と、彼は言った。『明日、おめでとうと言ってほしい』とも。
私だけじゃない。私以外の人間にも、全く同じ言葉を言った。
主語・述語。
小論文試験の対策をする高校生が、何よりも気を付けるべきポイントであり、文章作成や口語において最も重要な基礎的部分。
そこに着目しつつ、ショボンさんが言った言葉を頭の中で復唱する。
そうして、私はようやく気が付いた。
彼は、一度たりとも、「”僕の”誕生日だ」とは、言っていないことに。
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( "ゞ)「……まぁ、自分も詳しいことは知らないし、聞いてないけど」
( "ゞ)「メッセージでもメールでもいいから、”おめでとう”って祝ってあげて」
( “ゞ)「それだけで、彼、喜ぶと思うから」
困ったように微笑んだデルタさんは、それだけ言い残して去っていった。
全く草臥れた様子のない上司の後ろ姿を、消えるまで見続ける。
いや、正確には、ただ眼球のピントを合わせていただけで、頭の中では全く別のことを考えていた。
視線をデスクの上に移す。
ショボンさんに渡そうと買った、誕生日プレゼント。
今日は、”ショボンさんの誕生日”だと、思い込んで買ってしまったプレゼント。
川 ゚ -゚)(………彼は、一体)
川 ゚ -゚)(“誰の”誕生日を、祝ってほしかったのだろう)
今この場にいない同僚の、困ったように笑ういつもの顔が頭に浮かぶ。
どこにいるんだろう。どこに向かったのだろう。
彼は一体、誰を想っているのだろう。
-
昔、彼から言われた言葉が泡みたいに脳裏を漂う。
『誕生日は、祝うものだから』
年甲斐もなく、嬉しく感じてしまったその言葉の、裏に隠された真意は何だったのだろうか。
つっ立ったまま、グルグルとノイズみたいな思考だけが脳を走る。
もうとっくに午前休は終わり、今はもう業務時間中だというのに。
無駄な思考が止まらない。ずっとずっと、同じことを考えては、分かりっこない解を求めようとしてしまう。
そうして、結局、分かったことというのは、たった一つ。
私は、彼のことを何一つ、理解してなかったということだけだった。
-
*
今にも消え入りそうな「ありがとうございました」という運転手の声を聞きながら、僕はゆっくりとバスを降りた。
空は雲一つない快晴だ。ただでさえ年々暑くなってきているというのに、今年は特に猛暑が厳しい。
去年は確か割と曇っていたから、多少は楽だった覚えがある。
全く、晴れたら晴れで、曇ったら曇ったらで何かと不満が出るとはやはり自分も普通の人間なのだ。
そう思いながら、僕は片手に握った花束が崩れないよう注意を払いつつ、一歩一歩、坂道を上った。
駅のすぐ近くにある、毎年懇意にしている花屋。
何の因果か、今日は"花の日"とも言われている日らしく、毎年少しだけ値段をサービスしてくれる。
西日本に聳える、とある霊験あらたかな山。
我が国の首都から遠く離れた場所に位置し、更には目的地はその遥か上にあると来た。
いくら新幹線やバスなどの交通機関が発達している現代といえども、辛い道のりに変わりない。
特にこの猛暑の中では猶更だ。
(´・ω・`)「……ふぅ」
目的の場所が見え、溜まっていた息を吐く。
少し早足気味に近付くと、目的地であったそこは、自分の想定よりもずっと綺麗なままであった。
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墓石だ。
とても、馴染み深い名字が刻まれたもの。
一旦荷物を地面に置いた後、持ってきていたペットボトルの水をかけ、持参して布巾で丁寧に磨く。
目立つ汚れは見当たらないが、毎年やっていることだ。やらなければ決まりが悪いし、何より申し訳なくもある。
これなら彼女も文句を言わないだろうというレベルまで磨いた後、僕は墓石の前に胡坐をかいて座り、ゆっくりと口を開いた。
(´・ω・`)「……久しぶり。ごめんな、今年はちょっと遅くなった」
(´・ω・`)「まぁ、霊園が閉じるまでは時間あるし…うん、今年も、5時間くらいはお喋り出来そうだ」
(´・ω・`)「これ、いつもの花。毎年大変なんだぞ、この時期にデンファレを買うのって」
デンドロビウム・ファレノプシス。彼女が一番、好きだった花。
基本的には今頃の花だが、花屋で綺麗なものを見繕うとなると難しい。それも、8月という盆真っ只中のシーズンでは特に。
ただ育てるだけでなく、花を買うことの大変さも、大人になって知ったことだ。
(´・ω・`)「あとは…はい。今年の誕プレ」
(´・ω・`)「同い年の、女性の同僚からアドバイス貰って買ったんだ。色はまぁ、俺が選んだけど…ほら、お前、水色好きだったろ」
昨日の夜、大急ぎで駆けこんだ百貨店で買った、よく分からない横文字のブランドのバッグ。
まぁ、これはあくまで一度直接見せにきただけ。今日が終われば例年通り、彼女の部屋だった場所に送る予定だ。
またこれを持って移動しなければならないと思うと中々億劫だが、仕方ない。直接見せないまま渡す訳にもいかないので。
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しばらくは例年通り、下らないことを話していた。
去年より仕事が更に忙しくなったこと。
柄にもなく、ちょっとだけだが人に物を教える立場になったこと。
嫌われているっぽい同僚と、少しずつだが仲良くなれているかもしれないこと。
そんな、一方的かつ自己満足の会話を続けて、数時間。
ふと、昔の映像が脳裏をよぎった。
(´・ω・`)「……お前には、何も勝てなかったなぁ」
小学生の頃。中学生の頃。高校生の頃。
当たり前のように、いつも隣に君がいた時期。
(´・ω・`)「テストの点数も、運動も、被ってた習い事も、人としての諸々も」
(´・ω・`)「…でも、一番気に入らなかったのは、誕生日だった」
(´・ω・`)「……まさか、一番どうにもならないと諦めてたことで、勝てるようになるとは思わなかったよ」
幼い頃の記憶を思い出す。
毎年毎年、「私の方が3か月だけお姉さんだね」なんて、向日葵みたいな笑顔で笑ってた君の姿。
(´・ω・`)「…あぁそうだ。そういえば今日は、"花の日"以外にも、"地球歌の日"とか"鍵盤の日"とかでもあるらしい」
(´・ω・`)「つくづく、お前にピッタリな日だと思う。多才だったもんなぁ」
役者みたいにわざとらしく、明るい声と話題を出す。
だがそれでも、長年溜め続けた蟠りや不満は、どうにも抑えられそうになかった。
“死人に口なし”とは、よく言ったものだと思う。
残された人間がただ、いなくなった”誰かさん”が言いそうなことを、推測するくらいのことしか出来ない。
君がいなくなってからはただ、”こうすれば、君は褒めてくれるか”とか、”これは君が好きそうか”だとか、そんな下らないことだけを考えて息をするだけの人生だった。
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(´ ω `)「……腹立つんだよなぁ」
墓の前で、ドロリとした毒が漏れた。
いつもは決して人前には出さないよう、努めて溜め続けている、本音。
(´ ω `)「俺たちのクラスメイトだった奴らとか、先生だとか、知り合いたちだとか」
(´ ω `)「多分もう、お前のことなんて思い出さないまま、今日を笑って過ごすんだ」
(´ ω `)「お前みたいな凄いやつが生まれた日だって、お前が一番楽しそうに笑ってた日だって、忘れて祝わず過ごすんだ」
(´ ω `)「……どうせお前は、”気にしないよ”なんて、笑って済ませるんだろうな」
馬鹿らしい。本当に全くもって、下らない感情だ。
けれど、どうしても腹が立つのだ。
君の生まれた日を、君のことを誰も祝わないのが、無性に苛立って仕方ないのだ。
だから偽った。誕生日の話題が出る度に、嘘を吐いた。わざと紛らわしい言い方をした。
例えその結果生まれた祝いが、君に矢印の向いていない言葉だったとしても。見当違いの祝辞だったとしても。
今日という日を、君がこの世に生を受けた日を、祝いの言葉で埋めたかったのだ。
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顔を上げる。
墓石に刻まれた名前を見る。
わかっている。こんな所に君はいない。
幽霊はきっと、歳をとらない。
僕はもう、1日たりとも、君の年下にはなれない。
けれど。
もう意味なんてないけれど。
僕がやり続けていることに価値がないことも、分かりきっているけれど。
今更だと、知っているけれど。
それでも、今日は、この日は、君が生まれた日だから。
君が、一年で一番幸せそうに、笑っていた日だから。
君が一番嬉しそうに、ケーキを食べていた日だから。
昔も、今も、100年後も、僕にとっては今日が一番、めでたい日なのは変わらないから。
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あなたにとって、今日は一体何の日でしょうか。
只の平日でしょうか。
小さい頃、お母さんにこっぴどく怒られた嫌な日でしょうか。
学生の頃、好きなクラスメイトと初めて話せた日でしょうか。
大人になった今では、いつも通りの出勤日でしょうか。
どんな日でも、誰かにとっては記念日だろうし、最悪な日だろうし、何でもない日に違いないでしょう。
あなたにとってはどうでしょうか。
良い日でしょうか。嫌な日でしょうか。思い出のある日でしょうか。
―――僕にとっては、君の誕生日でした。
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そうです。誕生日です。
君の誕生日です。
君の誕生日、だったのです。
もう僕以外誰も、覚えてないかもしれないけれど。
そんなこと、他の全人類にとってはどうでもいいことに違いないだろうけれど。
今日なんて、祝う意味も、価値も、ないのかもしれないけれど。
それでも、君が生まれた日だったのです。
どうしても、どうしても、何年経っても、今になっても。
それを、祝いたかったのです。
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祝いの言葉に、力はない。
例え地球上の人間全員が祝ったって、死んだ人間は生き返らない。
神様も、おとぎ話も、何だって信じてはいない。
けれど、もし、せめて、天国があるとするのなら。
この墓石の前に、見えないだけで、幽霊が座っているのなら。
毎年する僕の下らない話を聞いて、笑っている誰かがいるとしたら。
いつか、また、奇跡が起きて、もう一度だけ、君に逢えたなら。
沢山の花束と、プレゼントに囲まれた、君の笑顔が見たいから。
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(´・ω・`)「……あぁ、そうだ」
(´・ω・`)「一番肝心な言葉を、伝え忘れるところだった」
視線を上げる。
君の名字が刻まれた石の、その向こうを見る。
息を吸う。
はっきりと、大きな声で、堂々と。
墓に。埋まっている骨に。霊園中に。
いや、もう、いっそのこと。
天国にだって、届いてしまうくらいの本音で。
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「――――誕生日、おめでとう」
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『祝いを乞うようです』
〜おしまい〜
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