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('、`*川魔女の指先のようです
1
:
名無しさん
:2017/12/15(金) 21:32:14 ID:oTITfu5c0
はじまるよー
2
:
名無しさん
:2017/12/15(金) 21:32:48 ID:oTITfu5c0
序章 【魔法】
3
:
名無しさん
:2017/12/15(金) 21:34:48 ID:oTITfu5c0
(,,´Д`)
ギコ・コメットは眉間に刻まれた深い皺が特徴的な老紳士で、毎朝五時に起きて地元の公園に杖を突いて散歩に出かけ、一時間ほどベンチで陽に当たるのが日課だった。
彼がオータムフィールドに越してきたのは三〇年ほど昔になるが、
まるで生まれた時からこの田舎町に住んでいるかのように近所の住民と付き合い、町の行事にも積極的に手を貸すなど近所では評判の人物だった。
険しげな表情とは裏腹に非常に穏やかな性格をしており、公園で子供達と遊ぶ姿もよく見かけられていた。
夏になると洒落た帽子を被って散歩に出かけ、冬になると厚手のコートを着て散歩に出かけた。
(,,´Д`)「やぁ、ドーラさん。 おはようございます」
J( 'ー`)し「あらあら、ギコさん、おはようございます。
今日もお散歩ですか? 元気ですねえ」
散歩のたび近所に住むドーラ・カー・チャンに決まりきった言葉で決まりきった挨拶をする。
これもまた、彼の日課だった。
(,,´Д`)「ははっ、こういう日はコーヒーが美味いのでね。
それでは」
肌寒い季節の散歩には熱いコーヒーの入った魔法瓶を欠かすことはなく、散歩の終わりに彼は白い息を吐きながらベンチに腰を下ろし、濛々と湯気の立ち上るコーヒーを美味しそうに飲むのであった。
冬の匂いが強くなり始めた十一月のその日、ギコの姿はいつもと同じようにして公園にあった。
ポットから立ち上るコーヒーの香りと湯気で顔を洗い清め、その熱い液体を啜って満足げに息を吐いた。
薄らと明るくなってきた灰色の空に昇っていく白い息を見送り、夜明けまでもう間もなくであることを悟る。
4
:
名無しさん
:2017/12/15(金) 21:35:55 ID:oTITfu5c0
(,,´Д`)「あぁ、良い香りだ」
この瞬間が、この上なく幸せな瞬間だ。
一日の始まりは夜明けであり、一日の始まりは自らが生きていることをこの上なく確かに自覚させてくれる。
冷たい風に目を細め、ギコはコートの襟を立てた。
風にあおられた木々がざわめく音は潮騒に似ており、彼の生まれ故郷であるジュスティアの海辺を連想させた。
コーヒーを一口飲み、魔法瓶を傍らに置く。
(,,´Д`)「ふぅ…… 美味い……」
朝日に照らされた美しい水面、ウミネコの鳴き声、遠くに見える漁船、鼻孔に残る潮の香。
全てが懐かしい故郷。
サーフィンに命を懸け、バイクでアウトバーンを爆走し、
毎日のように友人達と酒を飲んで夜遅くまで楽しんだ若かりし日々に思いを馳せる。
狩猟用のライフルを担いで山に入り、鹿狩りをしたあの日。
クラブで一夜限りの関係を持った名も知らぬ若い娘。
輝いていた青春時代は、潮騒と共にあった。
潮の香こそないが、幻の潮騒は彼の耳に残されたまま。
静かに目を閉じ、思う。
思い出すのは故郷の香りではなく、一〇代の頃に戦場で散った仲間の事だ。
上陸艇に乗り込み、波に揺られた悪天候の初日。
船内に入り込む冷たい海水と船酔いのために嘔吐した仲間の吐しゃ物の酸っぱい臭いは、今でも鮮明に思い出すことが出来る。
最悪の船内だった。
5
:
名無しさん
:2017/12/15(金) 21:37:30 ID:oTITfu5c0
そして鋼鉄の船体が速度を落とし、いざ上陸となった時の緊張感。
心臓が張り裂けそうになり、鼓動で体が揺れた。
固い椅子に腰をおろしていながらも、少しも休んでいる気にならなかった。
隊長の号令で腰を持ち上げると、全員がそう訓練されていないにもかかわらず腰を屈めていた。
雷の音に似た砲声と銃声が、彼らの体に原初的な防衛反応を強いたのだ。
上官の罵る声に気圧され、船から飛び出す兵士達。
海岸の向かい側に聳え立つ崖に設置された機銃が火を噴くたびに悲鳴が上がり、自分達は敵の側面から接近しているのではなく正面から突撃する形になっているのだと、その時初めて知った。
後は皆、同じ気持ちと同じ思考によって体が動いていた。
安全な場所を目指して走る、ただそれだけだ。
目の前にいた友人が電動鋸で切り裂かれた様に、体の一部を失って浜に倒れる。
その体を踏み越え、塹壕を目指してただ走る。
迫撃砲が砂浜に直撃し、砂と死体と臓物を上空に舞い上げる。
曳光弾の軌跡が流れ星のように味方に降り注ぐ。
必死の思いで辿り着いた塹壕には勇猛果敢な兵士は一人もおらず、皆同じように体を丸め、銃弾と砲弾から身を守ろうとしていた。
一緒に上陸したはずの上官は手首だけとなり、その後に作戦指揮を担当するはずだった人間は海に沈んでいた。
戦場は混沌を極め、上陸してから敵軍を叩くという作戦は最初から破たんし、どれだけ味方兵士を助けられるかという戦争が始まった。
瞼を上げると、そこには死体も敵もいない。
長閑な景色が広がり、戦争は遠い過去だという事を思い出させてくれる。
もう、戦争は終わった。
これ以上友人を鉛弾で失うこともなく、自分に鉛弾が飛んでくることもない。
平和の尊さが身に沁みてよく分かる。
安全の中に感じる平穏こそが平和なのだと、八六歳になった今ようやく悟ることが出来た。
生きているだけで幸せなのだ。
立派な家も豪華な車も美しい妻がいなくても、幸せを感じ取ることは出来る。
6
:
名無しさん
:2017/12/15(金) 21:38:17 ID:oTITfu5c0
(,,´Д`)「……いい日だ」
今、この瞬間こそが人生で最も幸せだと断言出来る。
地平線の彼方から昇る太陽が燃えるような眩い輝きを放ち、黄金の夜明けに目を細める。
そして突如として視界が暗転し、音も痛みも後悔も疑問もなく、ギコの人生は幸せの絶頂で終わりを告げた。
(,, Д )
.
7
:
名無しさん
:2017/12/15(金) 21:39:25 ID:oTITfu5c0
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
.
8
:
名無しさん
:2017/12/15(金) 21:42:56 ID:oTITfu5c0
ランニングをしていた夫婦が事切れた彼を発見したのは、死亡から三時間が経ってからの事だった。
警察の捜査で分かったのは一発の銃弾が彼の心臓を破裂させたという事と、使用された銃がドラグノフ狙撃銃(SVD)という事、そして少なくとも一キロ以上先から撃たれたという曖昧な情報だけ。
手がかりとなるはずの線条痕は犯人特定の決定的な材料とならず、犯人が相当腕の立つ狙撃手である事は間違いなかった。
ドラグノフの有効射程距離は約八〇〇メートルと中距離であり、尚且つ精度を考えると今回のような長距離の精密狙撃には不向きだ。
また、被害者の周囲には木々が密集しており、被害者の姿を視認することは勿論、銃弾を当てる事など不可能の領域だ。
それでも急所を一撃で撃ち抜くという事は、その銃が狙撃精度を高める改造が施されていて、世界一の狙撃手も裸足で逃げだすような腕を持ち合わせた人間が犯人というのは、疑う余地もない。
警察内で最も腕の立つ狙撃手はこの狙撃について短く『魔法のような技術を持った人間の犯行』とコメントを残した。
何より捜査を難航させたのが、ギコという人物が誰からも恨まれるような人間ではなく、諜報員だった経験もない、善良な一般市民という点だった。
怨恨や陰謀で殺されたのでなければ、殺害された動機が分からないままになる。
面白半分で事件が起こったとは考えにくく、彼は紛れもなく標的として選ばれ、殺された。
犯人の目星をつけるには被害者が持つ繋がりだが、彼の知人や周囲には狙撃に長けた人間はいなかった。
つまるところ、外部から雇われた何者かによって殺されたのだとしか断定はできなかった。
しかし、興味深い証言があった。
彼を昔から知る知人、友人、上官達は口を揃えて彼に勝る狙撃手などいないと証言したのだ。
ギコの正体は元軍人で優れた狙撃手として軍務に従事し、多くの功績と勲章を得た英雄だったのである。
9
:
名無しさん
:2017/12/15(金) 21:45:55 ID:oTITfu5c0
だがそれだけだった。
仮に戦争に参加した際に恨みを買ったとしても、誰が該当者なのか調べるのは不可能なのだ。
当事者の全員が殺人に加担してしまう戦場では、自分が何の気なしに撃った一発の銃弾が何を引き起こすのか、誰にも分らない。
海に投げ入れた石が魚に当たったのか気にする人間がいないように、本人ですら分からないのだ。
結局この事件の真相が明かされることはなく、遂には迷宮入りすることになる。
事件が起こったその日、一人の老女がオータムフィールドから姿を消したことを知る者は、誰もいなかった。
序章 了
10
:
名無しさん
:2017/12/15(金) 21:46:24 ID:oTITfu5c0
続きは明日
VIPで
11
:
名無しさん
:2017/12/16(土) 02:07:17 ID:wkwgiSR.0
面白そう期待
12
:
名無しさん
:2017/12/16(土) 15:52:44 ID:2kOtA.Q.O
アモーレの外伝か。期待
13
:
名無しさん
:2017/12/16(土) 19:05:57 ID:PIyqX5p20
序章から投下します
よろしければ是非
('、`*川魔女の指先のようです
http://hebi.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1513418714/
14
:
名無しさん
:2017/12/16(土) 22:17:33 ID:a.IVvQ0s0
絶倫
15
:
名無しさん
:2017/12/16(土) 23:09:56 ID:PIyqX5p20
明日は第二章をVIPに投下します
それまでにこちらに第一章を投下しておきますので、是非VIPにお越しください
16
:
名無しさん
:2017/12/17(日) 07:50:10 ID:YAAXsb060
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
第一章 【小さな謎、小さな旅】
______________________∧,、___
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
――気の遠くなるほど昔、世界の歴史を変える大きな戦争があった。
第三次世界大戦と呼ばれるその世界大戦は地上の生物を滅ぼし、都市を消し飛ばし、生命の在り方を長年に渡って変えることになった。
戦争が破滅に向かって激化する過程で多くの兵器、多くの武器が生まれた。
平和を求める人間達が作り出した強すぎるその力はやがて国だけでなく、世界そのものを滅ぼすことになったのは、何とも皮肉な話だ。
だが発明とはそういう物であり、人間の望みとは大半が己の願いとは別の方向に進むものだ。
やがて文明と呼べる物の名残が全て朽ち果て、人の生活の跡地は汚染された危険地帯と化し、人の手が介入しない空白の時代が生まれた。
時は流れ、新たに誕生した人類は新たな文明を手にした。
それは国がなくなり、代わりに数多の街が存在する文明だった。
人類の滅亡から悠久とも言える長い時間が流れ、新人類は二〇世紀半ばまでの文明を回復することに成功した。
長い時間は地球と月の距離を縮め、夜空は世界大戦以前の黒ずんだものから様変わりし、銀河と星々が作り出す見事な輝きで満たされ、さながら宝石箱の様だった。
絢爛豪華な文明を象徴した建物は軒並み風化し、崩れ落ち、そして土へと還ったその上に新たな建物が聳え立っている。
人類発展の一役を担っていた娯楽は収縮し、テレビは金持ちだけの娯楽へと移り、価格の暴落を続けていた携帯電話は豪邸を買えるほどの高級品と化した。
一般人に残された娯楽は音楽、そして少々値の張るラジオから流れる陽気な番組ぐらいだった。
デジタル製品も一部が復活をしているが、未だに民間人の手の届く値段ではない。
いつの時代、どの文明も大きく発展したと言われる時期には必ず大きな発明が伴う。
例えば、石器に代表される道具の発明や、火の発見とその活用が動物と人間を隔て、核兵器の登場によって貧困国でも大国に侵略をされずに済むようになった。
やがて道具とエネルギーという二つの発明が共に歩調を合わせ、人はより大きな力を手に入れていく事になった。
蒸気機関や電気は新たな移動手段や効率の良いエネルギーの生産を可能にし、安価で大量生産された質の良い武器や道具は戦争や生活そのものを塗り替えた。
それは、今も昔も変わっていない。
道具が進化する過程で、腕力を必要としていた弓矢は銃爪を引く力だけを要求する銃になり、従順な友であった犬は無機質な道具であるロボットへと変化した。
だが、人間が取り扱う乗り物の進化に於いて、特異な性質を持つ物があった。
それは、バイクである。
古より人の移動手段として共に在った馬の形が色濃く残され、その取扱い方なども馬にかなり近い。
時代が変わっても双方を乗りこなす者を騎手(ライダー)と呼び、バイクを鉄馬と呼ぶ名残があるのはこのためである。
鋼鉄の心臓が放つ心地よい振動が腰の下から伝わり、乗り手がそれを感じ取ることでバイクの状態を把握する。
鉄と歯車で作られた心臓は言葉ではなく音で己の状態と要求を伝え、最適なギアを要求する。
太古より人間と共に暮らしてきた馬は今ではほとんどが鉄製の機械に置き換わっているが、
それでも人間は長距離ないし短距離を駆け抜けるこの乗り物に、本来あるはずのない命の存在を少なからず感じ取っていた。
四本あった脚は二本のタイヤになり、鬣は消え失せ、空気力学の結晶とも言える鎧を纏い、餌や水の代わりに求めるのは燃料として使う少量の水と電気。
乗り手の世話に応じてその状態を生物のように変化させ、風を切り裂く爽快感を己の主に与えもするし、地獄に叩き落としもする。
人間が生み出した機械の中でも、これほどまでに心があると信じられている物はそうないだろう。
バイクは今も昔も、旅人の想いを乗せてその鋼鉄の心臓を震わせ、より遠くに、より速く駆けていく。
八月五日。
豊かな自然に囲まれた島に、バイクを自分の愛馬のように扱う人間が上陸した。
17
:
名無しさん
:2017/12/17(日) 07:52:41 ID:YAAXsb060
手練の技術者が一台一台全て手作業で整備、組み立てを行う事で有名な会社が手掛けた電動大型自動二輪車が残す低音のエンジン音は心地よく、潮騒と調和して不快なそれにならずにいた。
黄金の羽を持つ隼のように素早く、しかしカモシカの俊敏性と忍者の静音性を損なわないというコンセプトの元に開発されたそのバイクは、
太古に残された設計図を基に現在の技術者達が復元した物で、現存するのは僅かに三〇台だけだった。
トラスフレームを覆い隠すようにしてエンジン全体を包むカウルは深い輝きを秘めた蒼に塗装され、リアシートにはカーボンカラーのサイドパニアが二つと、リアパニアが一つ装備されている。
大口径左右二本出しのマフラーは後輪タイヤを挟む低い位置にあり、非常に安定感のある設計をしていた。
優秀なサスペンションや長距離走行に適した高めのハンドル位置、耐久性を重視した極太の後輪タイヤ、スポーツカー並の馬力と排気量を実現した水冷式のエンジン。
これら全ての装備は優雅な長旅を満喫出来るよう熟考して選び抜かれ、設計された物だ。
大型のバッテリータンクには地図や小物の入ったタンクバッグが取り付けられ、旅慣れた人間がバイクを運転しているのと同時に、
黒色の輝きを放つエンジンガードと蒼いカウルに傷一つないことから、慎重に運転をする人間であることも分かる。
夏の日差しは強く、熱されて鉄板のように熱くなったアスファルトの道路は地獄の釜底を思わせる。
しかしながら空気が乾燥しているため、バイクで疾走する人間はあまり暑さを感じることはない。
むしろ、風が運んでくる海上で冷やされた空気と日差しが程よい涼しさを生み出し、夏らしさを肌で堪能出来る環境を作り出している。
四方を海に囲まれたこのティンカーベルという街は大小数無数の島々で構成され、
最も大きなグルーバー島にある観光名所としても有名な鐘楼〝グレート・ベル(偉大なる鐘)〟が奏でる美しい音色から〝鐘の音街〟、と呼ばれていた。
その環境の穏やかさと豊かな自然が長距離ツーリングを目的とするバイク乗り達に絶大な人気を得ており、毎年夏のこの時期ともなればキャンプ道具一式を載せて走るバイクを多く見ることになる。
避暑地としても優秀だが、何よりもバイク乗り達を魅了しているのがティンカーベルにある三つの島の間を移動するのに船を使わなくていい点だった。
離島を訪れるにはフェリーを使うのが普通だが、ティンカーベルは長い一本の橋が海上を通って陸と繋がっているため、容易に訪れることが出来るのだ。
大陸からティンカーベルに通じる一本の橋は〝正義の都〟と呼ばれるジュスティアと繋がっており、それ以外の街からこの島に来るためにはフェリー以外の手段がない。
ジュスティアはいわばティンカーベルにとってのお隣さんなのである。
その女性は長い船旅を終えたばかりだったが、疲労の色はどこにもなかった。
緩やかに続く海沿いの山道には、崖の向こうから絶え間なく海風が吹いている。
潮の香りを含んだ風は夏の香りを伴い、穏やかな空気を作り上げていた。
吹き付ける向かい風は車体を駆け巡ってエンジンの熱を冷やし、大型のウィンドスクリーンによって乗り手の顔を優しく撫でる微風へと変化させられていた。
心地のいい振動とエンジン音の中、グレーのジェットヘルメットを被ったその人物は左手に広がる大海原に目を向け、その青さと煌く水面を堪能していた。
精巧なステンドグラスと純度の高い宝石の美しさを併せ持った風景は、人間の心を容易に揺さぶり、穏やかな気持ちにさせてくれる。
風に乗って潮の仄かな香りが鼻孔に届く。
車の往来は皆無と言っていい。
山登りを目的とする人間は街に近い登山口に集中するため、場違いな歩行者もいない。
極まれに競技用の自転車に乗った人間か、ツーリングを目的として軽快な走りをするバイクとすれ違う。
すれ違う際に左手で挨拶をすると、半数以上のバイク乗りがそれぞれのやり方で挨拶を返してくれた。
手を振る者、ピースサインをする者、拳を突き上げる者、猛者ともなると立ち上がって両手を高々と構える者までいた。
挨拶は一瞬の内に終わるが、その後味の良さは一日以上残る。
後続車すらも今はいないため、妙な威圧感を感じることもなく、自分のペースで走行出来るし気兼ねなく挨拶も出来る。
ソロツーリングには最適な状況だった。
('、`*川
バイクのハンドルを握るのは〝武人の都〟イルトリア出身のペニサス・ノースフェイスで、穏やかな物腰と美しい容姿から柔和な印象を与える女性だった。
鳶色の瞳と垂れた目尻と眉、長く伸ばした艶やかな黒髪は幻想的な中にも危険な香りを漂わせ、二〇歳にしてすでに多くの物事を悟ったような雰囲気を放つ。
色白の肌に刻まれた傷は彼女の歴史そのものだ。
拳の皮が固くなっているのも、体に刻まれた銃創の一つ一つにも歴史がある。
18
:
名無しさん
:2017/12/17(日) 07:55:28 ID:YAAXsb060
彼女の出身地であるイルトリアはヨルロッパ地方の西に位置し、比類のない軍事力を有する街として世界に知られている。
住民の銃保有率は八割――小学生以上のほぼ全員が持っている計算――を超え、何より軍への就職率は世界一である事から武人の都の名で呼ばれ、恐れられている。
彼女もまた軍人の一人として海兵隊に所属しており、今日は久しぶりの休暇を使って遠く離れたこの避暑地を訪れていたのであった。
穏やかな昼下がりの空気は、山頂に近づくにつれて冷えたものになり、肌寒さすら覚える。
ペニーの駆るバイクは滑らかにカーブを曲がり、山の奥へと進んでいた。
カモメが風に乗って並走し、やがて別れを惜しむ様子も見せずに旋回してどこかへと去る。
それを見送ると、水平線の先に浮かぶ小さな雲の群れに心が動いた。
人間とは不思議な生き物で、あり得ないと分かっていながらも多くの可能性を一瞬で連想し、それに胸を痛める事がある。
例えば、空の青に溶けて消えそうな雲の向こうの世界を勝手に創り上げ、雲の流れ行く先、雲の下の世界、そして雲がこれから作り上げる形を想像するのだ。
雲の輪郭が鮮明であればあるだけ、その思いは強くなってしまう。
雲の中に街があるのではないだろうか。
雲の下には見たことのない美しい世界があるのではないだろうか。
雲が成長し、巨大な積乱雲となって更に心躍らせてくれるのではないだろうかなど、実にささやかな想像が働く。
それはまるで意味のない行為だ。
何の生産性もなく、これといった理由もなく起こる不思議な現象だ。
しかし、その想いは空を飛ぶ発明を生み出し、空を越えた宇宙へと到達する発明まで作り出してしまった。
今ではその両方の発明が失われているが、文献に残された人類の空への執着心は称賛に値する。
空を見上げて心和ませ、そこに思いを馳せる不完全な生物であるが故に、
群青色からスカイブルーへと至る空の見事なグラデーションを見せつけられてしまえば、訓練された軍人といえども心を動かさざるを得ないのだ。
並木道に差し掛かり、ペニーの視線は正面に戻った。
木々が作り出した自然のトンネルには、木漏れ日が降り注いで緑に輝く天井を生み出している。
山肌から湧水が漏れ出ているそばを通り過ぎると、ひやりとした空気に思わず頬が緩む。
緩やかに続く勾配を上り、徐々に影が濃くなっていく。
ギアを一つ落とし、より傾斜の大きな坂道に備える。
連続した急なカーブをバイクと共に体を傾けながら丁寧に曲がり抜け、景色を楽しみながら山道を駆ける。
視線は常に自分の進行方向の先に向けられ、両脚はタンクをしっかりと挟みつつも、状況に応じて片側から押すようにして、車体を傾けた。
カーブに気を取られて速度が落ちないよう、エンジンの回転音を基に速度の維持を行う。
ほどなくして山頂に設けられた休憩施設〝ロード・ステーション(道の駅)〟が見えてきたため、立ち寄ることにした。
運転の間の小休憩、もしくはこの施設で腹ごなしをする目的で大勢の人間で賑わいを見せるロード・ステーションの駐輪場は非常に広く、優に一〇〇台近くのバイクが駐車出来る敷地があった。
ペニーはバイクを出しやすい端の方に駐車し、ヘルメットを抱えてフードコートに足を向けた。
ファーストフードから地元の名産品まで幅広く取り扱うフードコートには、たっぷりと香辛料を使った東洋の食事も並んでいた。
車やバイクで訪れる観光客の多い地域では、利用客の数と頻度を考えて休憩施設に力を入れることが多い。
飲食店は勿論の事、シャワー室や仮眠室が施設の一つとして設計されている事まである。
ペニーは喫茶店に立ち寄って具が沢山詰まったサンドイッチを注文することにした。
('、`*川「これをお願いします」
( '-')「かしこまりました」
間もなく、ペニーの注文した品がトレイに載せて渡された。
('、`*川「どうも」
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