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( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第三部

1 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:01:44 ID:U0jBOVFc0
第二部までのお話はBoon Roman様に収録されています。
http://boonmtmt.sakura.ne.jp/matome/sakuhin/tender/
(リンク先:boon Roman)

42同志名無しさん:2016/06/10(金) 22:00:21 ID:0mmLtdsg0
乙乙

43同志名無しさん:2016/06/10(金) 22:45:53 ID:.mXYUnnYO
復活したのか!


44同志名無しさん:2016/06/11(土) 13:41:58 ID:py5htyX20
ついに来たか

45同志名無しさん:2016/06/11(土) 18:42:20 ID:RbSbLo520
おつおつ
一年以上振りじゃないか

46 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:00:41 ID:9ibHGYpc0
投下します。

47 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:04:11 ID:9ibHGYpc0






第十七話




鴉の町 後半 (冬月逍遥編②)






.

48 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:05:15 ID:9ibHGYpc0
 キラキラ光る銀細工の渦巻き模様に彩られた、緑色のオルゴール。形は卵に良く似ている。
 渦巻き模様に囲われたくさび形の穴がひとつあった。鍵を差し込み動かせば、どこかに嵌まる。

 その感触を頼りにして、ブーンは鍵を慎重に捻った。
 音が鳴った。最初の本の数秒間。音楽というにはあまりにも短すぎるその音は、すぐに途絶えて静まってしまう。

( ^ω^)「部品の一部が欠けているみたいだ」

(´・_ゝ・`)「わかるのかい」

( ^ω^)「なんとなく。鍵自体は回る。時計屋が本体は直したって言うし、考えられるとすれば連結部の以上だよ」

 微動していたオルゴールが完全に止まった。

 ブーンは鍵を抜き出して、その丸い表面を指で撫でた。
 傾いた卵は、倒そうとしても元の位置に戻る。下部に銀細工の環があってバランスを取るようにできていた。

(´・_ゝ・`)「機械に強い人は頼りになるね」

 興味深げにオルゴールを見つめていたデミタスが、期待を込めた瞳でブーンを見上げた。

(´・_ゝ・`)「これでニュッ君もきっと喜ぶ」

( ^ω^)「えっ」

(´・_ゝ・`)「おや、直すのは難しそうかい?」

49 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:06:14 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「いいえ、むしろ直すのは自信あります。でもニュッ君は喜びますかね。勝手に直すんじゃねえって怒りそうな気がします」

 警備員の仕事の傍ら、通い詰めた喫茶店ロッシュ。
 店長のデミタスとも、店員のニュッ君とも知り合いで、顔を見合わせている。
 一度店内でお客を相手に啖呵を切ってしまったブーンに対しても、その非を咎めずに受け入れてくれていた。今となっては、足繁く通う常連の一人だ。

 だからこそ、ニュッ君がどんな人なのか、ブーンにはもうよくわかっていた。
 自分よりも若く、親に捨てられるという悲惨な幼少期を送りながら、教会の選んだ受取主であるデミタスのもとで齷齪働いている真っ当な青年だ。
 馴れ合いは好まず、怒るときは年上だろうと容赦なく怒る。

(´-_ゝ-`)「もしも怒られたら僕のせいにすればいい。僕はいくら怒られても気にしないよ」

 真剣に悩んでいるブーンに対して、デミタスの態度はどこまでもあっけらかんとしていた。

 ブーンは若干困りが小野まま、椅子の背もたれに寄りかかった。木製の固い椅子がよろけた身体を支えてくれた。

 折良く、厨房のケトルが笛を鳴らした。
 湧いたお湯をデミタスが嬉々としてドリッパーに注ぎ、サーバーに抽出されたコーヒーが溜っていく。
 ちょうどコーヒーカップ二杯分。運ばれてくるまでの過程をブーンはじっと見つめていた。全ての動作は滞りなく、流れるように執り行われていた。

(´・_ゝ・`)「それにきっと、初めから面と向かって直すなんて言っていたら絶対許してくれないよ」

( ^ω^)「ああ、それもそうですね」

50 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:07:14 ID:9ibHGYpc0
 お互いに笑いながら、淹れ立てのコーヒーを口に注いだ。
 メティスの南方の農場から運ばれてきた豆による、苦みの強いそのコーヒーは、デミタス曰く冬に良く合う味であるそうだ。

(´・_ゝ・`)「君はまたしばらくしたら旅に出るのかい」

 ブーンの向かいに座ったデミタスが首を傾げて聞いてくる。
 開店前でお客はいない。ニュッ君は買い出しに出かけている。
 このような二人きりの時間のとき、デミタスの声のトーンは普段よりもいくらか下がる。

( ^ω^)「ある程度稼いだら。今の仕事は収入も結構よくて、気に入ってはいるんですけどね」

(´・_ゝ・`)「目的地は決めているのかな」

( ^ω^)「ええ。といっても明確なものじゃないですよ。
      僕はほら、記憶がないですから、とりあえずは情報収集です。もしかしたら僕のことを知っている人もいるかもしれないし」

(´・_ゝ・`)「それはなかなか、大変そうだね。手当たり次第に当たるほかない。
      よしんば君のことを知っている人がいたとして、その人が君を恨んでいたら、君を黙って刺すかもしれない」

( ^ω^)「もちろん、警戒はしています。元々そう人のことを信じるタチじゃありませんし」

(´・_ゝ・`)「おや、そうなのかい? なんだか意外だね。人の良さそうな顔をしているのに」

51 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:08:14 ID:9ibHGYpc0
σ( ^ω^)「これは……僕も不思議でいますよ」

 凝り固まった自分の頬を、ブーンは指でぽりぽりと掻いた。

( ^ω^)「気づいたら笑っていたんです。今までずっとそうだったみたいで、解れないですね、、なかなか」

 目が覚めたときには、もう笑っていた。
 森の麓の川で、名前も思い出せないでいる自分の顔を眺めたときの衝撃はなかなか忘れられずにいた。

( ^ω^)「ニュッ君とは、真逆です。あの子はいつでも口を尖らせていますよね。あれはあれで、凝り固まっているんでしょうか」

(´・_ゝ・`)「多分そう。ここに来たときからあんな顔だったよ」

( ^ω^)「やっぱり」

 密やかな笑い声が重なり合って、穏やかに消えた。

(´・_ゝ・`)「あいつは来年で十五だ」と、デミタスの方から切り出した。

(´・_ゝ・`)「十五というと、この町ではもう大人なんだ。義務教育は十四歳で終了する。
      そのあとはみんな何かしらの職に勤めて働き始める。ほとんどの子がヘルセには残らない」

52 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:09:15 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「あれ、そうなんですか?」

(´・_ゝ・`)「気づいていなかったかな」

( ^ω^)「見落としていましたね。小さな子どもは結構いる印象を受けたのですが」

(´・_ゝ・`)「そのとおり、子どもは多い。でも十代後半以上の若者は少ない。
      この街には大した仕事も無いし、鴉が横暴を働かせている。
      首都の方が、多少の人混みに目をつぶればずっと自由に快適にすごせる。みんながそう考えるから、この町の景色は毎日少しずつ寂しくなるんだよ」

 デミタスの視線は自然と窓の外へと向けられた。郊外にあるロッシュの窓からは、柊の尖った葉の遙か先に街の建物が見下ろせた。

(´-_ゝ-`)「卒業の時、ニュッ君は全く出て行こうとしなかった」

 デミタスが、また一段と声を潜めた。
 開店前の時間であれば、決して聞こえなかっただろう、ささやかな声。

(´・_ゝ・`)「周りの同い年の級友がいなくなっても、何も言わずに僕についている。
      今年ももう十一月。彼は不満一つ言わずに仕事にのめり込んでいる。
      それはそれで、結構なことだ。でも、このままでいいのか、僕にはあまり自信がない。
      そのことをなるべく傷つけないように彼に伝えているのだけど、なかなかうまくいかなくてね」

53 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:10:15 ID:9ibHGYpc0
 コーヒーカップが音を立てて置かれた。デミタスの双眸がブーンに向けられていた。

(´・_ゝ・`)「もしもよければ、ブーンさん、あいつを外に出るよう説得してくれないかな。このまま彼の人生が留まってしまうのは、とても惜しいことと思うんだ」

 飲み干したコーヒーを片手に、デミタスは微笑んだ。
 目元は寂しげに傾いでいる。

( ^ω^)「僕の言葉を聞いてくれるでしょうか」

(´・_ゝ・`)b「うん。その点は自信を持ってくれよ。君は案外気に入られているよ」

 ニュッ君が帰ってきたのは、その話をされてからちょうど五分後だった。





     ☆     ☆     ☆

54 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:11:23 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「はあ、やだよ」

 第一声がそれだ。

「ええ」と、ブーンは肩を落とした。

( ^ω^)「そんなに嫌?」

( ^ν^)「嫌だね。外に行ったからって何があるって言うんだ。
      人がたくさんいて、めんどくさそうなことやってこんがらがっているだけだろう。
      そんなところへ首を突っ込むなんてまっぴらごめんだね」

( ^ω^)「どこもかしこも人だらけっていうわけでもないけど」

( ^ν^)「この街を出て行く必要がないんだよ」

 強い口調で主張され、ブーンは立つ瀬が無くなった。どうしようかと考え込んでいる討ちに、ニュッ君が「で」と話を続けた。

( ^ν^)「この話をどうしてしたんだ」

 デミタスの名前は、もちろんブーンは出していない。ブーンは首を大きく横に振った。

( ^ω^)「ただ僕が思いついただけ」

( ^ν^)「ほう」

 品定めするように細められた視線を受けながらブーンはじっと耐えていた。

55 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:13:14 ID:9ibHGYpc0
「おうい」と呼びかける声がした。手伝ってくれとデミタスが呼んでいる。厨房の方からだ。

( ^ν^)「たく、なんだよ今度は」

 ニュッ君はそそくさとその場を後にする。ブーンには睨みを一瞥し、大股で走り去っていく。
 カウンターの隅っこの椅子に座っていたブーンは、がっくりと肩を落として前のめりに倒れた。

 気に入らないものには近寄らない。ニュッ君の態度はいつでもはっきりしている。
 ニュッ君はブーンの顔を見なくなった。料理の注文を受ける際も、不自然なほどに伝票だけを見つめがら商品をきた。
 水を出すときにさえ明後日の方を向いていた。そのような接客が何日か続いた。

(;^ω^)「どこが気に入っているって言うんだ」

 と、ブーンはとうとうデミタスに愚痴をこぼした。声を潜めて聞かれないように。

56 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:14:18 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「いやはや、すまない」

 デミタスは苦笑を浮かべていた。

(´・_ゝ・`)「でも気にはなっているってことだよ。顔を合わせないってことは、図星だからさ。何もないんだったら、いくらなんでも顔は合わせられるだろう」

(;^ω^)「そうですかね」

(´・_ゝ・`)b「そうなんだよ」

 デミタスにはあまり議論する気はさらさらないらしく、ブーンの返事を待たずに厨房に引っ込んだ。
 時を同じくしてトイレのドアが開き、ニュッ君が戻ってきた。もうこれ以上、ブーンは何も口にしなかった。

 ニュッ君は今日も顔を合わせないまま、コーヒーの種類を質問してくる。
 ブーンは気を取り直して注文をした。ニュッ君は頭を下げて、厨房に引っ込んでいった。

 ブーンは今一度机に突っ伏して重い溜息をついた。

57 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:15:19 ID:9ibHGYpc0
     ☆     ☆     ☆




 ヘルセの町を囲む山々から緑は次第に消えていった。
 まばらな枯れ木に鴉が数羽、遠くへ向って鳴いている。空っ風を呼んでいるみたいだ。
 冬は専ら乾燥の季節。雪を降らせる雨雲も滅多に立ち止まらなかった。

 丘陵地帯の僅かな盆地に這うように伸びたこの町の、貴重な繁華街をニュッ君は歩いていた。
 雑草まみれの石畳を軽々と歩いていた。袋はたくさんあったが、まだ買い物にでたばかりであり、ほとんど空だった。

 コーヒー豆に、サンドイッチやパスタの材料、掃除用具に事務用品。
 事前に調べて置いた買うべき物をメモ帳に記載してある。すでに購入したものには大きく×印を書いた。
 デミタスから頼まれたものはほとんどコーヒー関連のものだけで、あとはニュッ君が自分で買うべきだと考えたものたちだった。

 大通りを見渡してみれば、幌を張った馬車に乗った買い物客が何人かいた。
 高い声で笑い合っているのが聞こえてくる。何の変哲もない平日なのに、家族連れの人もいた。

 ニュッ君は一旦見つめた後、周りに聞こえるくらいの大きな音で鼻を鳴らし、さっきよりも力強く地面を踏みしめ、帰路を急いだ。

 あと何キロあるのだろう、と頭に暗い疑問が過ぎったそのとき、脇を通る人が急に立ち止まった。
 気配を感じて、ニュッ君も振り向く。

58 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:16:14 ID:9ibHGYpc0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君!」

 飛びつかんばかりの勢いで、女性がニュッ君に握手する。
 ぶんぶん振られる両の手を、きょとんとしながら見つめるニュッ君に、女性はなおも話しかけた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「元気にしてた!? ずっと、卒業してから何にも連絡無いんだもの。心配しちゃってたんだから」

 高い声を出しながら喜んでいる彼女のことを、ニュッ君は記憶をたぐり寄せるまでもなく思い出した。

( ^ν^)「スパム先生」

 お久しぶりです、と続けようしたが、その間にも腕は振るわれ続け、なかなか言葉が継げなかった。

 メティスの国では、六歳から八年間、義務教育が課せられる。
 そこから先の高等教育は選択式で、ヘルセの街には高校がないものだから、ほとんど全ての子どもが街をでて学舎に入るか、仕事を探して街を出る。
 ごく限られた人間が街に残って暮らしを続ける。

 スパムは、ニュッ君が一年生の頃から卒業の頃まで彼のクラスの担任を受けもっていた先生だった。

59 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:17:14 ID:9ibHGYpc0
「久しぶり」と、結局スパムが言った。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「こんなところで会うなんて偶然。今日はお休み?」

( ^ν^)「いえ、買い出しです。先生は?」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「私は普通のお買い物」

( ^ν^)「あれ、でも今日は平日じゃ」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「うん」

 仕事は、と口にするニュッ君を気にせずに、スパムは道の先を指差した。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「お店巡り、一緒にしようよ。せっかく出会ったんだし」

 目を細めて言うスパムの姿は、学舎での姿よりもずいぶんと華やいでいるようにニュッ君には見えた。
 教諭としての仕事の間はずっとスーツ姿だったから、そう感じているのかもしれないかった。

60 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:19:14 ID:9ibHGYpc0
 スパムの提案通り、二人は街道を並んで歩いた。
 十四のニュッ君に対して、スパムの年齢は倍に近い。年齢差はあるが、スパムの方が頭一つ分低かった。
 話し声も甲高くて、足取りも軽やかで、年齢を感じさせなかった。

 人気のある先生だった。気さくに話が出来る態度を全面にでていた。
 生徒の誰にとっても接しやすかった。だから人気もあって、小さなミスを面白がっても、それを本気でけなす人はあまりいなかった。
 年の離れた姉くらいに思われていたのだろう。

 ニュッ君が卒業して、半年以上。思い出ももう遠くなり始めているが、ニュッ君とスパムは学舎についての話をした。
 主に話していたのはスパムの方だ。現在新しい一年生を受け持っているスパムは、今の子たちがどんな悪さをするのかつぶさに教えてくれた。
 先生方の話もしてくれた。ニュッ君が卒業してから、移動された先生もかなりいた。来年にはまたさらに移動する。
 ニュッ君が学んでいた頃から、経った二年で随分と職員の入れ替わりがあるらしかった。

 そのうちの一人にスパムも含まれていた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「一応はお休みをもらう体だけど、そのうち退職しちゃうかも」

 薬指の指輪には緑の大きな宝石がはまっていた。

61 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:20:14 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「いつの間に」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「今年の秋に式を挙げたの。相手が首都の人だから、そこへ行って割と盛大に。あ、呼んで欲しかった?」

( ^ν^)「いや別に」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「他の卒業生も呼んでないんだよね、実は」

 ニュッ君の言葉を遮るように、スパムがにっと歯を見せて笑った。

 話がしばらく途切れているうちに、大きめの八百屋に入り、野菜や果物を袋に詰めた。
 重たくなった袋はニュッ君の片腕にぶら下がる。
 スパムはここでは何も買わず、次に寄った旅行用品店で長々と商品を物色していた。
 ニュッ君は何も用は無かったが、スパムの隣を歩き続けた。

 買い物が終わり、物の重さにふらついて、吸い込まれるように街角のレストランに入った。
 椅子に座って一息ついたら、また話が湧いてきた。
 今度もまた学舎についてのことで、さっきよりもいくらか昔、ニュッ君が入学した頃の話になった。
 それはつまり、スパムの新任の話でもあった。

62 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:21:26 ID:9ibHGYpc0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ヘルセに勤めることになって、実はちょっぴり落ち込んでいたんだよね。
      ずっと首都にいたのに、いきなり山の方へいけ、だなんて。
      暮らしていた街も結構気に入っていたのに、とても通えないから出て行かなくちゃでさ、ショックだったよ」

 スパムの言葉遣いはますます砕けていった。
 姉というよりも、同年代の友達のような感覚だ。
 ニュッ君の方も、卒業してしまっているものだから、生徒と教師の間柄への意識が薄らいでいた。

 入学してから卒業するまでの平日の半日を一緒に過ごしていた、と考えると親しみを抱くのも無理はない。
 ニュッ君は心の中で考え、納得した。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君のクラスは大人しい子が多かったよね」

( ^ν^)「そうでしたっけ」

 ニュッ君が首を傾げたのに対し、スパムは首を大きく縦に振った。


ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「だから、結構助かった。
      あたしおっちょこちょいだから、一杯ミスもしていたと思うの。舐められやすかったとも思う。
      クラスをまとめるのも上手くいっていたのかどうかわからない。
      だからなおさら、無事にみんなを卒業させられて本当によかった」

63 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:22:16 ID:9ibHGYpc0
 スパムは心底安心した様子で目を細め、注文したオレンジジュースのストローに口をつけた。
 吸い込まれていくジュースの薄い影がよく見えた。

 ニュッ君はあまり口を開かず、頼んだコーヒーも飲まないままでいた。

( ^ν^)「あまり覚えていないんですよね、他の生徒のこと」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「あら、そうなの」

( ^ν^)「別にすかしているわけじゃないんですけど、なんというか、印象が薄いんです」

 言ってしまってから、ニュッ君は身体をかたくした。
 スパムの様子を横目で観察して、コーヒーを一口。思ったとおり、不味かった。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そうねえ、ニュッ君はあまりクラスメイトと話すタイプでもなかったよね」

 スパムは咎めることも無く、ニュッ君に微笑みかけてくれた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「周りの子たちよりももっと遠くを見つめていたのかもね」

64 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:23:18 ID:9ibHGYpc0
 微笑むスパムを見ているうちに、ニュッ君は強張っていた身体が解れるのを感じた。

( ^ν^)「地元に残っているの、俺くらいなものですけどね」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「なんだ、知ってるんじゃない、他の子たちのこと」

( ^ν^)「そりゃあ進路くらいは、さすがに聞こえてきましたよ。
      大抵は首都へ進学か、仕事ですよね。
      家業のあるやつや行き場の無い奴が数人、ヘルセに留まっているくらいで」

 だから、全然遠くない。
 そう続きそうになった言葉が、なんだか当てつけみたいに思えて、ニュッ君は口を閉じた。
 聞いたことをを噛みしめるかのように、スパムはゆっくり頷いていた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君。卒業して、何か変わった? 確か、デミタスさんの喫茶店のお手伝いを続けているのよね」

( ^ν^)「ええ。そこはまったく、変わりません。高校時代から手伝っていましたし」

65 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:25:50 ID:9ibHGYpc0
 午前中に買い出しをして、午後にはお店を開いてコーヒーを届ける。
 初めは簡単なパスタしか作れなかったのが、次第に幅を広げつつある。
 掃除、洗濯といった日常の家事はたぶん他の家と変わらない。
 たまに友人がきて話してくれるが、次第に見かけなくなった。
 常連客が少しずつ出来てきてはいる。

 そんなことを雨樋から垂れる雫のようにぽつぽつと口にした。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「楽しそうで良かった」

 スパムが言う言葉が、優しくニュッ君の耳を撫でた。

( ^ν^)「そうですか」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「うん。だって、そうやってちゃんと話せるってことは、自分の居場所があるってことだもの。
      人生満喫している証拠だよ」

( ^ν^)「大袈裟っすよ」

 思っていたことをそのまま口にしたら、スパムは気さくに笑ってくれた。

66 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:29:02 ID:9ibHGYpc0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「お手伝いすることは、いつ頃から決めていたの?」

( ^ν^)「割と早いうちから決めていました。育ててもらった恩義がありますから」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そっか、ニュッ君……」

 先生は不意に口を噤んだ。
 捨て子とか、教会育ちとか、そういった言葉を先生が飲み込んだのが、ニュッ君にはわかった。

( ^ν^)「恩があるんですよ」

 ニュッ君はなるべく胸を張ってそう言った。
 奥の歯を少し噛みしめた。こうすると、傍から見れば案外笑っているように見えるものだ。

 スパムがもう一口オレンジジュースを飲み込んだ。
 空になり、小さな氷が音を立てる。脇に寄せるその薬指の先が陽の光を浴びて光った。

67 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:30:02 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「お相手、どんな人っすか」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「いい人だよ。背が高くて、ちょっとやせているけれど、活動的な人」

( ^ν^)「先生と合いそうだ」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そう? ありがとう」

 ストローを握るスパムの指がくるくると輪を描き続けた。

( ^ν^)「正直、先生は一人で生きていくタイプだと思っていました」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「それは、褒めてるのかな? それとも嘲笑?」

( ^ν^)「俺がどっちを言うと思います?」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「うーん、どっちも捨てがたいな」

 スパムは本気で悩んでいるらしかった。

68 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:31:23 ID:9ibHGYpc0
 往来を行く人の声が耳に届いてくる。
 静寂に入り込んでくる音は、どういうわけか心地よい。普段はただの騒音でしかないのに。

 人の移り変わりは激しい。外見上も、内面も。

 どちらにしても、スパムはヘルセではもう教師をしないらしい。
 ニュッ君は頭の中で整理した。喉に込み上げてくる言葉を、コーヒーとともに飲み込んだ。 

( ^ν^)「先生」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「なに?」

( ^ν^)「首都ってどんなところなんですか」

 その問が自然と出ていた。
 言ってしまったそばからニュッ君は軽く後悔し始めていた。

69 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:32:05 ID:9ibHGYpc0
 時既に遅く、すでにスパムは上を向いて考えていた。
 よく考えてくれる人だ、とニュッ君は改めて感じた。あくまでも朗らかに、スパムは質問と向き合っていた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「何て言えばいいんだろう。いろんな人が集まっていて、
      高い建物とか、大きな建物も集まっていて、船もやってくる。仕事もある。
      入ってくる人も多いけれど、出て行く人も多い。何があるのか、決まっていない、そんな場所」

( ^ν^)「なんか、ごちゃごちゃしていそう」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「嫌い?」

( ^ν^)「整理出来ていないのは気持ち悪いです」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そっか、あたしは結構好きだけどな、ごちゃごちゃしているところ。
      あ、でも別に田舎が嫌いなわけじゃないよ、これは本当」

 誰に悪いわけでもないのに、スパムは口を押さえてあたりを見回した。
 誰にも睨まれていないとわかると胸をなで下ろした。

 それから、ニュッ君をじっと見据えた。

 おどけていたときからの移り変わりが素早くて、目が合っているのに、ニュッ君は身じろぐのに遅れていた。

70 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:33:04 ID:9ibHGYpc0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君、もしかして外に出て行った子たちのこと気にしてる?」

( ^ν^)「いや」

 真っ先に口にしたが、ニュッ君はそれ以上言葉を続けなかった。

 スパムの視線は離れない。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「気後れすること無いからね」

( ^ν^)「何も言ってないですよ」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「うん、何でも無かったら聞流して良いよ。でも、もしも気にしているんだったら、応援してあげようと思って」

( ^ν^)「応援?」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君にはニュッ君の生き方があるってこと。他の子たちと違っても、変わっていても、いいってこと」

71 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:34:09 ID:9ibHGYpc0
 口を真っ直ぐ閉じた顔で、スパムが言い切り、少しの沈黙の後に、小さく笑って顔を背けた。

 代わりに今度はニュッ君が、顔を硬くして黙っていた。

( ^ν^)「そんなこと、わざわざ言わなくてもいいっすよ」

 飲み終わったコーヒーを脇に寄せて、もうしばらく先生と話をした。
 今度は一度も街の外のことや、結婚相手のことについて触れたりはしなかった。

 話題はすぐに無くなってしまった。

 ニュッ君とスパムは店を出て、すぐに別れた。





     ☆     ☆     ☆

72 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:35:51 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「おかげさまで、だいぶ貯金も貯まってきたよ」

 夜遅い時間帯に入店したブーンは、会計に伺ったニュッ君に小声で伝えた。

( ^ν^)「そりゃ、それだけの技術があれば稼ぐわな」

 ブーンの強さは以前この店内でみたことがあった。
 暴れ出していた鴉の魔人たちを、一気に三人なぎ倒したのだ。
 その姿は強烈で、ニュッ君はついさっきのことのように思い出すことが出来た。

( ^ω^)「まったく身に覚えのない技術なんだけどね」

 おどけながら言うにしては、物騒な話であるが、ブーンは自分の強さの理由を何も覚えていなかった。
 記憶がなくなる以前は、どちらかというとスポーツの類いはせず、室内に籠もっているタイプであったという。

( ^ν^)「何があったんですかね」

( ^ω^)「まあ、メティスにいるってことがまず驚きだからなあ。二つ隣の国だなんて。
      僕はてっきりラスティアで家業でも継いでいると思っていたのに」

73 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:36:51 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「なんなんすか、家業」

( ^ω^)「鉱夫だよ。穴を掘って石を集めて、価値を見いだせる人に売っていく仕事」

( ^ν^)「それだけ?」

( ^ω^)「ええ、それだけ。わかりやすいでしょう。でも価値はある。わかりやすいところだと宝石とか」

 ブーンの説明を聞きながら、ニュッ君の頭の中にはスパム先生の緑色の宝石が飾られたあの指輪が浮かんでいた。

 先生は、あれから一度お店に来て、デミタスに挨拶をした。来月には引っ越すと伝えてくれた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「結婚式の準備とか、住む場所の準備もしなくちゃいけない。意外と忙しいんだよね、のんびりできない」

 溜息をつきながら、スパムの顔は相変わらず笑って途切れることが無かった。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「新居見たい?」

( ^ν^)「いや、いいっす」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「えー、なんで」

 頬を膨らませるスパムの顔を、見つめるのも忍びなくて、ニュッ君はずっと斜め下を向いていた。
 先生が帰って、デミタスが「帰ったよ」と教えてくれるまでずっと。

 思い出に浸る頭を、ニュッ君は無理に振って雑念を掻き消した。

74 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:37:54 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「お金が貯まったら、まずどこへ行くんですか」

( ^ω^)「え」

( ^ν^)「なんすか」

(;^ω^)「いや、まさかニュッ君の方から聞いてくるとは思って無くて」

 何か、ニュッ君は言おうとして口を開いた。だけど声が形になる前に、外から音が響いてきた。

 大きく甲高い叫び声。

( ^ω^)「外?」

 ブーンが言い、ニュッ君が窓際に寄った。
 暗い夜道には街灯がいくつか見えていて、断続的に道が照らされている。
 道端に人がうずくまっていた。空をには大きな翼がはためいている。

75 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:38:51 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「また鴉か」

厨房から顔を出して、デミタスが呆れ顔で言った。

( ^ω^)「夜道なんて珍しい。あいつら夜は苦手なのに」

 すっかりこの街の日常になっている窃盗の光景だった。

(´・_ゝ・`)「ああいうのを防ぐのがブーンの仕事なのだろう? 今はいいのかい」

 食器を片付けていたデミタスが顔を出して尋ねてきた。

( ^ω^)「頼まれてはいないですから。それに無理矢理押し入るのもまずいんですよ」

(´・_ゝ・`)「というと?」

( ^ω^)「あれはあれで鴉たちの習性でもあるわけです。
      盗まれたものは、壊されるでもなく、いつまでも巣にありますから、良識のある鴉は返しにきてくれる。
      だから放っておく人が多いわけで……って?」

76 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:40:51 ID:9ibHGYpc0
 言葉の途中で、お店の玄関扉が開かれた。
 ニュッ君が、駆けたのだ。

(;^ω^)「え、どうした」

(;´・_ゝ・`)「ニュッ君!」

 呼びかける二人には、ニュッ君の動機はわからない。

 ニュッ君はひとつの確信のもとに駆けていた。
 夜の街灯の淡い光の下で、煌めく明かりが緑色であるように思ったのだ。





     ☆     ☆     ☆

77 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:41:51 ID:9ibHGYpc0
 ニュッ君の直感は半分当たっていた。

 あの夜道で聞こえた叫び声は、確かにスパムのものだった。

ヽiリ;,,゚ヮ゚ノi「指輪を盗まれたんです。あの鴉の魔人さんに。でもそれは昼間のことなんです」

 警察に事情を聞かれて、スパムは早口に答えた。動揺しているらしく、声がますます強くなっていった。

ヽiリ;,,゚ヮ゚ノi「習性で巣まで持って帰ってしまった指輪を、慌てて返しに来てくれていたんです。
       夜道に突然現れたものだからついびっくりしてつい叫んじゃって。
       指輪は無事受け取れました。だけど、そのすきにあの子が飛び込んできて」

 現場には血痕が大量に見つかった。
 鴉の魔人は今、病院に搬送されている。
 頭に受けた傷は大きくは無いが、精密な検査をして、しばらくは入院するのだという。

 ニュッ君は留置所に入り、事情聴取を再三繰り返した。

 窃盗は確かに悪事であり、習性といえども全てが許されるうわけではない。
 しかしいきなり殴りかかるのもいかがなものか。
 争点は主にその点であり、警察は被害者の方に肩を入れていた。

78 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:42:51 ID:9ibHGYpc0
 ニュッ君が解放されたのは翌日の朝だった。
 仮眠を取らされて、留置所の門を通り外へ出たのはお昼すぎだ。

(´・_ゝ・`)「おかえり」

 デミタスは門のすぐそばで待っていてくれた。

(|! ^ν^)「なんだよ、一人で帰れるよ」

(´・_ゝ・`)「いいや、連れて行くよ。このまま店へ」

 ロッシュの入り口には閉店中の看板が下がっていた。

 歩いている途中、デミタスとは口を利かなかった。
 ニュッ君も多くを語るつもりはなかった。多少奇妙に思いながらも、その沈黙を受け止めて、帰路を全うした。

(´・_ゝ・`)「ニュッ君は休んで良いよ」

 店に入ってデミタスはすぐに従業員室を指差した。
 ニュッ君は頷きを返し、シャワーを浴びて、粛々と制服に着替えた。

79 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:43:42 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「おや」

 デミタスはニュッ君を見て眉を顰めた。

(´・_ゝ・`)「休んでいればいいのに」

( ^ν^)「習慣なんだよ、帰ってきたら着替えるのが」

 答えながら、掃除用具箱に歩んでいくニュッ君に、デミタスが「おい」と声をかけた。

(´・_ゝ・`)「本当に、止めておきなさい。疲れているんだから」

( ^ν^)「疲れてねえよ。むしゃくしゃしているんだ。好きにさせてくれ」

 反論は来ないだろう、とニュッ君は踏んでいた。
 いつものデミタスなら、肩を竦めながらも自分のことを許してくれる、と。
 だけれども、デミタスが苦い溜息を吐いているのを以外に感じ、動きを止めた。

80 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:44:33 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「どうした?」

(´-_ゝ-`)「ニュッ君……ちょっとそこへ」

 デミタスの指が、テーブル席のひとつを指す。
 丸テーブルの上は綺麗に掃除されていた。

 首を傾げつつ、ニュッ君が一歩ずつゆっくりと歩み寄り、椅子を引いて腰を下ろした。
 少しの沈黙ののち、デミタスが口を開いた。

(´・_ゝ・`)「出て行きなさい」

( ^ν^)「は?」

 静かな言葉と強めの言葉が交錯して空気を冷やした。

81 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:45:33 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「今日から支度を初めて、来週には出るようにしなさい。お金の工面は私がしておくから、君は当分の計画を」

( ^ν^)「おい待てよ。何勝手に話進めてんだよ」

 ニュッ君が強い口調を刺して、デミタスが口を噤んだ。
 垂れがちの眉毛が所在なげに留まるが、視線はまだニュッ君を捕らえて放さない。

 ニュッ君はつきつけるように睨み付けた。

( ^ν^)「そういえばブーンも似たようなこと言ってたな。外に興味はないかとか、出てみないかとか、なんとか。
      あれはあんたが仕組んで言わせたのか」

「そうだよ」と、デミタスは素っ気なく答えた。

( ^ν^)「どうしてそんなこと言うんだ。俺が何か、あんたを怒らせることでもしたのかよ」

 返事はすぐには帰ってこなかった。
 デミタスは目を伏せて、指で机を軽く叩いていた。静かで薄暗い店内にトントンと音が鳴る。
 遠くで鴉の声がする。夕焼けがそろそろ空を覆い始める。

82 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:46:33 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「君の同級生は、ほとんど全員が外へ行った」

 デミタスの話は、そこから始められた。

(´・_ゝ・`)「君の学年だけでは無い。君の前の学年も、そのまた前、私の年代だって、そうだ。
      十四歳で義務教育が終われば、大人として認められる。
      公式の場にどこでもいけるし、酒や煙草も認められる。
      大人たちも、知り合いでもなければ大人として扱ってくる。平等に敬い、平等に貶す。
      行動に責任を負わされる代わりに自由を手に入れる。
      興味のある連中は、その自由を満喫するべく外へと出て行く」

 デミタスは一旦言葉を切り、ふうと息を吐いてから、「私もその一人だった」と続けた。

(´・_ゝ・`)「ここにお店を開いたのは私の父だ。
      父の体調が悪くなって、首都にいた私は出戻ってこの喫茶店を引き継いだ。
      父は結局良くは直らなくて、私が帰郷してから三年後に死んだ。
      後追いするように母も亡くなった。以来私は、このお店の店長となって働いた」

( ^ν^)「何の話だよ」

 ニュッ君が露骨に睨んだが、デミタスは少し口を閉じただけで、怯まなかった。

83 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:47:35 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「その頃私はもう二十代も後半だった。同年代にも、ちらほら出戻り組が現れ始めていた。
      喫茶店にくる連中は大抵が私の友達で、そうした連中の仲間が集まって、常連になった。
      今も続いている常連さんは、その頃できたお客だったりするんだよ。私の友達の、友達の友達、くらいのね。
      彼らのお陰で、私のお店は軌道に乗って、経営を進められた。

      お店の規模が大きくなるについれて、仕事上での人付き合いも多くなった。
      働きながら、新しい形の経営を求めて手を尽くした。
      内装を変えたり、ジュークボックスやピアノを置いたり、
      アルバイトを引き連れて街道を練り歩いたり、思いつくことはいろいろあったが、どれもほとんど成功しなかった。

      喫茶店なんてものは、大々的に宣伝するには不向きなんだろうな。
      でも私はそのことを信じなかった。認めたくなかった。
      だから、稼いだ金のうちの半分くらいを広告宣伝についやした。
      顧客が増えれば全て帳消しになる、とその頃は本気で考えていたな。
      もう三十代だったけど、大した仕事も出来ず、鬱屈とした日々をおくっていた」

 そんな日々の中で彼女と出会った、とデミタスは続けた。
 すぐに言葉を切り、目を閉じた。声を出さずに口元だけを動かしていた。
 大事な言葉の一つ一つを頭の中で練り上げているようだった。

 デミタスの昔話をニュッ君は今まで聞いたこともなかった。
 いつも一緒にいはしたが、話題になるのはニュッ君が出会ってからの日々のことばかりだった。

 その未知の領域に今から自分は入ろうとしている。ニュッ君の背中を冷ややかな汗がじとりと流れた。

84 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:49:03 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「彼女は首都の人で、この街にはたまたま観光できていた。
      そんな彼女に私の方からしつこくアプローチをした。
      この街に居座る期間は短くとも、気にせずとことん近づいた。
      どうしてそんなに頑張っていたのか、今となっては不思議だよ。よほど人肌が恋しかったんだろう。

      やがて、彼女は私のことを認めてくれた。
      一緒に暮らすことを提案された。条件として、首都に引っ越してくれと言った。
      僕は二つ返事をしたよ。お店なんて閉めればいいと思っていたからね。

      だけど、その彼女は僕とすぐ別れた。彼女はやがて僕じゃない男と出会い、君を生んだ」

 痛いほどに静かな間が開いた。
 往来の声も、鴉の鳴き声も鳴らなかった。ただ夕闇だけが徐々に色濃く落ちていっていた。

「なんで今頃になって言ったんだ」

 小さく錐のように尖った声でニュッ君が言った。

(´・_ゝ・`)「私が恐がりだからだ。君に嫌われたくなくて、ずっと隠して今まで来てしまっていた」

 すまない、とデミタスは頭を下げた。

85 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:50:07 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「そんなことじゃない。どうしてそれを、わざわざ言ったんだよ」

 首を横に激しく振って、ニュッ君の双眸がデミタスを睨み付けた。

( ^ν^)「なあ、デミタス。それを俺に伝えるってことは、何か?
 俺があんたに恩義を感じるのは間違っているって言いたいのか?」

 ニュッ君はデミタスにつかみかかるほどの勢いで詰寄った。
 睨んでいるが、その焦点はデミタスとは結べないでいる。

( ^ν^)「知らねえよ、そんなこと。俺が誰に感謝しようと構わねえだろ」

(´・_ゝ・`)「いいや」

 デミタスはようやく顔を上げた。ニュッ君の睨みをまともに受けて、瞳を揺らしながらも睨み返した。

(´・_ゝ・`)「私への恩義など見捨てて街の外へ出ろ。君は知らず知らずストレスを溜め込んでいるんだ。
      もう耐えるのはよせ。私のことをずっと構おうなどとするな。私は君を縛り付けたくないんだ」

86 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:51:03 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「わけわかんねえって」

 テーブルを蹴って、デミタスに詰寄って、ニュッ君の腕がその襟元を掴んだ。
 顔と顔が寄せ合い、鋭い視線が露骨にデミタスを突き刺した。

( ^ν^)「撤回しろよ。俺は何も聞かなかったことにするから、あんたも何も言わなかったことにしろよ。
      ここは俺の働く店で、居場所なんだ。身寄りの無かった俺が初めて安心できた場所なんだよ。
      それを初めから、嘘だったなんて、騙していただなんて、絶対言うなよ」

 握る拳が強くなり、デミタスの喉にも食い込みつつあった。
 そのまま押しつぶしそうになるのを、ニュッ君は耐えていた。

 同意の言葉は無かった。

(´-_ゝ-`)「すまない」

 と、たった一言。
 それが、ニュッ君の頭の中で何かが弾けて視界を暗くさせた。




     ☆     ☆     ☆

87 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:52:11 ID:9ibHGYpc0
 切り立った崖やむき出しの岩肌が眼前ににあり、足下にも浸食し始めている。

 日はとっくに沈んだ。明かりの無い禿げ山には、枯れ木が月明かりに照らされて墓標のように立ち尽くしている。

 ニュッ君は走る足を止めた。

 荒い息をいくつも吐き出して、膝を押さえた。
 倒れ込みそうになるのを足を踏ん張って耐え、できる限りゆっくりと岩に腰を下ろした。

 明かりがまばらに見られる、夜半のヘルセの町並みは、いつも以上に頼りない。
 山の暗黒に囲まれている。ふと目を離した隙に、全てが闇に飲み込まれてしまいそうだ。

 頼りない町の頼りない身寄りの元を、飛び出して、休むこと無く走り続けた。
 街道はすぐに抜けて、郊外の農家も通り抜けて、川沿いに進むと勾配が高くなった。
 山に入ったという実感はまるでなく、聳えつつある地面をひたすら踏みつけ前へと進んだ。

 岩山には緑がない。枯れ木と川と、それから崖。月明かりでみんな青白く光っている。

88 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:53:19 ID:9ibHGYpc0
 ニュッ君は横になった。

 首筋を通り抜ける風が心地よい。地面もほどよく冷えている。
 火照った身体は、落ち着いた。むしろ寒気さえした。
 今の季節がすでに冬であることを、ニュッ君は今更のように思い出した。

 もう少し暖かい場所を探そうと、立ち上がったところに、鴉の声がした。

 驚いて周りを見る。

 一羽、二羽じゃない。どこかに隠れている。岩の影だろうか、枯れ木の裏側だろうか。

(|! ^ν^)「冗談じゃねえよ」

 睨みを利かせながら辺り一帯を見回した。
 気になる影は見当たらない、と思った矢先、梢が揺れた。

 山は鴉たちの住処。人間とは違う世界。入ったことは未だ無い。
 夜気とはまるで別種の寒気がニュッ君の身体を包んだ。

 逃げようとするが、足が動かない。震えているのがニュッ君自身にもわかった。
 なるべく屈んで、目立たぬように。

89 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:54:20 ID:9ibHGYpc0
(|!^ν^)「勘弁してくれよ、こんなところで」

 頭を縮めて、座る。膝の間に顔をうずめ、耳だけを外に出した。

 鴉の声はなおも鳴っている。
 夜鳴きなど町ではほとんど聞いたことが無い。自分たちの住処だから、安心して鳴けるのかも知れない。

 そんなことを考えているときに、別の音を聞いた。
 はっきりとわかる、足跡だ。

 岩の固い地面に刻まれる音。
 ニュッ君は顔を上げられずにいた。

 足音が徐々に近づいてきている。

90 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:55:20 ID:9ibHGYpc0
 足の震えが直に伝わる。

 月の明かりが、途絶えた。黒い影が差している。

 そして。

「どうしてこんなところに」

 ニュッ君は首を跳ね上げた。

( ^ν^)「あ」

 どっと、安堵が立ちこめる。

( ^ω^)「ここは危険だよ」

 見知った笑顔がそこにあった。

91 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:56:21 ID:9ibHGYpc0
 枯れ枝が幾重にも重なり合った木立の奥のそのまた奥に隠れるようにしてその小屋はあった。
 季節が違えば緑の葉影の中だったのだろう。

 アルミの簡素な壁と屋根に囲われた建物だ。
 硝子窓からは白熱灯の明かりが遮光カーテンの内側からひっそりと外に漏れていた。

 中に入ると、ありがたい温もりを感じた。ストーブの中には煌々と燃える炎が見えていた。

 山の中を歩く人たちを鴉たちから守る、というのが仕事内容だとブーンはニュッ君に伝えた。
 徒歩による貿易商や、旅人などが、彼らの恩恵に与っているのだという。

 仕事に就いている人たちは当然ブーン以外にもいる。プレハブ小屋に入ったニュッ君はその何人かにもあった。
 その全員がニュッ君を一瞥すると、素っ気なく会釈して奥に引っ込んでしまった。

( ^ω^)「みんなバイトだから、仕事以外にはお互いに干渉しないんだよ。その方がいろいろやりやすいのさ」

 と、ブーンは教えてくれた。

 仕事は交代制で、二時間おきに当番が山を巡回する。
 ブーンの当番は今さっき終わったばかり。
 その時間帯の最後の最後で発見したのがニュッ君だったというわけらしかった。

92 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:57:19 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「足音を聞いて駆けつけてみたら君が蹲っていたんだ。びっくりしたよ。怖かったろ」

( ^ν^)「……少し」

 断りながらも無理矢理かぶせられた布団を握りながら、熱いコーヒーカップの把手を握った。
 色の濃いそのコーヒーはブーンが作った物だった。
 ケトルやミルをデミタスから借りて、持ち込んでこの仕事場で作っていたのだという。

 荒削りながらも芳醇な豆の香りがニュッ君の心を和ませた。
 長年かぎ続けている匂いだけに、身体もそれ相応に慣れ親しんでしまっていた。

( ^ω^)「で、どうしてあんなところにいたんだい」

 聞かざるを得ない質問を、ようやくブーンの方からしてくれた。

 ニュッ君は少しずつ喋った。
 起きたことをなるべく簡素に話そうと心がけて、それでも無理なときは当てつけるように感情を込めて。
 デミタスに何を言われたか、自分が何を言って何をしたか。
 無心で山を駆けて、気がついたら鴉のまみれた岩山に一人でいて、ブーンと出会うまでの時を順々に追っていった。

93 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:58:20 ID:9ibHGYpc0
 仕事の時間もとっくにすぎているのに、ブーンは静かに全部聞いてくれた。
 就業時間を何十分も過ぎているのに嫌な顔ひとつせず、終わると大きく頷いてくれた。

( ^ν^)「正直、俺、混乱しているみたいっす」

( ^ω^)「というと?」

( ^ν^)「なんで走ったのか、いまいち覚えていなくて。ただもうむしゃくしゃしていたらいつの間にか山にいたんすよ」

 髪をつかみ、痛みを感じるほど握りしめて、それでもニュッ君の頭の中は全然すっきりしなかった。

「綺麗な理由がないことだってあるんだよ」とブーンは言った。

( ^ω^)「とにかくそういうのは、無理に考えちゃダメだ。考えるから苦しくなる。わかる?」

( ^ν^)「なんとなく」

( ^ω^)「じゃあ、考えないようにしよう」

94 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 21:59:19 ID:9ibHGYpc0
 ブーンは胸の前で手を叩いた。乾いた音が室内に響き、またすぐストーブの音だけになった。

( ^ν^)「でも、気になっているものから目を背けていいんですか。この前は確か、忘れるなって言ってましたよね」

 初めてブーンと会った日のことをニュッ君は思い浮かべていた。母のことを忘れるなと伝えてくれたブーンのことを。

( ^ω^)「いいんじゃないかな。大切と言ったって、自分が傷ついたら元も子もないし」

 あっけらかんとブーンが答えた。

( ^ω^)「記憶を無くしたときの僕は、これからどうしていいか不安で仕方なかった。
      君は僕と違って記憶はあるけれど、同じ気持ちを抱えているんだと思う。
      僕は悩むのを止めて、前を向くことを選んだ。そうしないと、一歩も森の外へ出られなかっただろうな」

 ニュッ君のコーヒーが空になったら、ブーンが二杯目のコーヒーを注いでくれた。
 熱い把手を握りながら、一口啜って一休みした。
 所在なく見上げた窓辺からは星が見えた。遮るもののない空は異様に澄んで見えている。

( ^ν^)「ブーンさんは、いつ旅立つんですか」

「うん」ブーンはすぐに答えた。

95 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:00:21 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「もう少しずつ準備はできている。この警備の仕事も今日で終わり。明日からはいつでも出発できる」

( ^ν^)「警備の仕事、儲かるんですよね」

( ^ω^)「すごくいい。僕もびっくりしてる。こんなにいいのは初めて」

( ^ν^)「じゃあ、止めなくても、いいじゃないですか。暮らしていけるくらいもらっているんでしょう?
      旅なんかしなくても、十分じゃないですか。
      ちょっと記憶が無いくらいのことなんて、それこそ気にしなければ生きていける

( ^ω^)「記憶か」

 ニュッ君の熱くなりがちな言葉を受けて、ブーンは小さく呟いた。

( ^ω^)「もちろん記憶については気になっているし、あわよくば取り戻したいと思っている。
      でも君の言う十分は、僕にとってさほど魅力的ではないんだ。それに、旅をする目的は記憶だけじゃないよ」

96 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:02:14 ID:9ibHGYpc0
 おもむろに、ブーンは懐から手帳を取り出した、
 日常のスケジュールが綴られたページには、今日の今日までぎっしりと書かれている。
 明日からは反対に真っ白だ。

 ブーンはページをすらすらとめくっていき、最後の見開きページを見せてくれた。
 大きな、この国とあたり隣国の地図だった。

( ^ω^)φ「僕のもっている六歳のころまでの記憶を辿れば、僕の故郷はここなんだ」

 メティス国から、隣国のテーベを東に抜けて、半島を有する土地。
 かつてラスティアと呼ばれていた国の跡地をブーンは指差した。

( ^ω^)φ「まず、ここへはいずれ行きたい。これは単純に自分の出自への興味だ」

 それから、と言いながら、ブーンは自分の指をなぞっていく。
 出身地から、北へ行き、ラスティア領を西に渡ってテーベを進んでいく。

( ^ω^)φ「今メティスにいる僕はおそらくテーベを通り抜けてきたんだと思う。
        マルティアの可能性もあるけれど、エウロパの森を抜けるよりは堅実なルートだからね。
        もちろん陸路と仮定してだけど。
        そこも視てみたい。僕が忘れてしまった、けれど体験したはずの景色だ」

97 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:03:46 ID:9ibHGYpc0
 そして、と、指はメティスに辿り着き、ゆっくりと下に降ろされた。

( ^ω^)φ「視てみたい場所は他もある。
        前人未踏のエウロパの森もそう、西の荒れ地や東の砂漠、
        行ったことのないマルティア国にだって行ってみたら何かを学べるかも知れない。
        経験して、味わえるかもしれない。そういうことを考えないでいることもできる。
       でも僕は考えてしまうんだ。きっと記憶以前に、身体にその性分が刻まれているんだろう」

 身体に残った記憶は忘れずに残る。
 ブーンは譫言のように繰り返すと、ニュッ君の方を向き直った。

( ^ω^)「デミタスのやり方は上手かったんだろうけど、どうしてそうしたかはわかるよ。
        あの人は傷つく君をなるべく見たくなかったんだ。
        何も知らず、体験もせずに終わる人生の危うさを君に知って欲しかったけど、
        口ではなかなか伝えられずにいたんだ」

( ^ν^)「でも、それはあの男が勝手に心配したってだけのことだろ」

 さっきデミタスに怒ったときと同じ気持ちが胸もとまで押し上げてくる。
 吐きそうになるのをこらえて、ニュッ君はブーンを睨んだ。
 一方のブーンは涼しい顔をしていた。

( ^ω^)「そのとおり、デミタスが自分で考えていたことだ。
      君が何かを選ぶのに影響するようなものじゃない。でもね、参考にすることはできるはずだ」

( ^ν^)「参考?」

( ^ω^)「そう。あくまでも選ぶのは君。その前段階としての情報だけをデミタスは示した。それだけだ。
      君は君のやりたいことを選べば良い。そこには誰の制止もない」

98 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:04:53 ID:9ibHGYpc0
 どうする? と、ブーンが首を傾げる。

 ニュッ君は俯いていた。
 頭の中は相変わらずこんらんしていて、有象無象のイメージが氾濫していた。

 その中でも、ひとつ答えを選ぶ。自分自身の選択で。

 飲もうとしたコーヒーカップはすでに空になっていた。

 ニュッ君は息を吸い込んだ。
 濾過された空気には、先ほどの色の濃さが残っている。

( ^ν^) 「俺は……」
 語り始めたニュッ君の話を、ブーンはじっくりと聞いていてくれた。





     ☆     ☆     ☆

99 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:05:51 ID:9ibHGYpc0
 それから、三日後。
 買い物袋をぶら下げたニュッ君は往来を掻き分けて進んでいた。
 長閑な昼間。鴉の声も遠くに聞こえる。冬だというのに天気は少し暖かく、柔らかな陽射しが街を照らしていた。

 ロッシュに踏み込んで、早々に叫んだ。

( ^ν^)「おい、買ってきたぞ」

 高々と掲げる袋は、概ね食料が詰め込まれていた。はち切れるほどに詰め込まれていて、不安げに揺れている。

 キッチンから顔を出してデミタスは顔を崩した。

(´・_ゝ・`)「ありがとさん。こっちにもってきてくれよ」

( ^ν^)「やだね、俺は忙しいんだ。あんたがこれから使うんだから、料理の仕方とかちゃんと勉強しろよな」

 ニュッ君はデミタスの脇を通り抜けた。
 従業員室の中にある引き戸を開くと、簡易なテーブルが置いてあった。
 ニュッ君が準備していた大きなリュックサックも、口を開けてそこにあった。

 買ってきたばかりの荷物を、ニュッ君はひとつひとつ丁寧に押し込んでいった。

100 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:06:56 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「コーヒー飲む?」

 キッチンから声がする。
「じっとしてろ」とニュッ君は言った。

 やがて作業は終わった。

 客席にもどって、デミタスがニュッ君を見つめていた。

( ^ν^)「なんだよ、なにか用か」

(´・_ゝ・`)「一つね」

 デミタスが指を一本立てる。奇妙にその顔はニュッ君から斜め下に剃らされていた。

(´・_ゝ・`)「これを、視てくれ」

 そういって、デミタスはカウンターの下からひとつの卵形を取り出す。
 ニュッ君は苛立ちをわすれて「あ」と呟いた。

101 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:08:29 ID:9ibHGYpc0
( ^ν^)「オルゴール」

 小さな鍵はすでにデミタスの手に握られていた。

(´・_ゝ・`)「聞いてくれよ」

 デミタスはニュッ君の返事を待たずして、鍵を静かに卵形の下部にぽつんと開いていた穴に差し込んだ。
 いくらか動かして、金属のこすれる音がして、そして鍵が捻られる。





https://www.youtube.com/watch?v=d4fIEb0UA9Y
(リンク先:スカボロー・フェア/サイモン&ガーファンクル【オルゴール】)





 か細い音が重なり合って、音楽が流れた。
 静かな、流れるような、曲。悲しげな雰囲気を横たえた演奏がロッシュの中に広がった。
 コーヒーの香りと混ざり合う。

102 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:09:21 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「こんな曲だったんだな」

 デミタスが言った。
 問いかけだと気づいて、ニュッ君は首を横に振った。

( ^ν^)「俺も初めて聞いた」

(´・_ゝ・`)「どう感じた」

( ^ν^)「結構、暗いんだな」

(´・_ゝ・`)「君の母からのだけど」

( ^ν^)「……確かにいいものだと思う。でも今の俺にはいらねえよ」

 ニュッ君が言うと、デミタスが若干目を伏せ、それからすぐにニュッ君をまた見つめた。

103 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:10:31 ID:9ibHGYpc0
(´・_ゝ・`)「じゃあ、ここに置く」

( ^ν^)「え?」

(´・_ゝ・`)「この店の、カウンターの、ここ」

 とんとんと、指でカウンターの端を叩いた。レジの横のスペースは、席からもちょうど離れている。

(´・_ゝ・`)「ときどき鳴らすんだ。店内BGMに飽きたときや、静かなときに、流すと良さそう」

( ^ν^)「別にいいけど、いいのかよ。あんたを捨てた女の音楽だろ」

 そうだけど、と顔を引きつらせながら、デミタスは続けた。

(´・,_ゝ・`)「でも、ニュッ君の音楽でもあるから」

 デミタスは微笑みながら、オルゴールの球面を撫でた。

104 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:12:09 ID:9ibHGYpc0
(´・,_ゝ・`)「君の片割れはいつでもここに置いてある。いつでもここにいる。だから君も、安心して旅立てるだろ」

( ^ν^)「けっ、お互いさまだろ」

 ニュッ君は扉へと歩き出し、途中で翻ってデミタスを指差した。

( ^ν^)σ「言っておくけどな、俺はあんたに言われて旅に出るんじゃねえぞ。
        俺がしたいと思ったから旅立つんだ。だから、もういらねえ心配なんてするんじゃねえぞ」

 デミタスのことはもう振り返らなかった。
 微笑みかけたその頬を、決して見せないように注意しながら、扉を開いて一気に外へ出た。
 聞こえるはずの無いオルゴールの音が耳の奥で木霊していた。





     ☆     ☆     ☆

105 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:13:05 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「買ったんだよ」

 毛むくじゃらの背中を撫でながら、ブーンは得意げに話した。
 仕事を辞めて得られた金のいくらかを注ぎ込み、手に入れたのだろう。

 ふさふさの灰色の毛で覆われた背の低いロバだった。背中の鞍からロープが伸びて後ろの荷台に繋がれていた。

「本当に使えるんだろうな?」

 虚ろな目を向けてくるそのロバを前にして、ニュッ君は半信半疑でそう聞いた。

 ブーンは首を傾げる。

( ^ω^)?「そんなこと、歩かせてとわからない」

( ^ν^)「おい」

( ^ω^)「まあまあ。最悪の場合は背中で背負おう。さあ、荷物を」

106 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:13:58 ID:9ibHGYpc0
 ニュッ君は自分の荷物を載せた。重みが伝わったのか、ロバは苦しげに呻いた。

( ^ν^)「で、行き先は決めたかい」

( ^ω^)「ああ」

 ニュッ君はブーンの返事に答えるべく、目を閉じて、頭の中で反芻する。

( ^ν^)「首都に行く」

 まずは即答。

( ^ω^)「それから?」

( ^ν^)「それから……あとはそのとき探す。それができる旅だと思う」

 ニュッ君がにやっと笑い、空を見上げた。

107 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:15:28 ID:9ibHGYpc0
( ^ω^)「じゃ、行こうか」

 幌を牽いたロバ車が進む。ブーンの鞭を受けて、進み出すロバ。ゆっくりしているが、速度は安定している。

 目指すは首都、メガクリテ。

( ^ω^)「それ」

 一際振られた鞭が音を立てて鳴る。

 そして彼らはゆっくりと次の土地へと進んでいった。





     ☆     ☆     ☆

     ☆     ☆

     ☆

108 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:16:30 ID:9ibHGYpc0





第十七話 鴉の町 後半 (冬月逍遥編②) 終わり

第十八話へ続く





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109 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/11(土) 22:18:09 ID:9ibHGYpc0





おまけ


世界地図(描き直し版)
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2148.png





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110同志名無しさん:2016/06/11(土) 23:05:24 ID:W32zPNTQ0
ブーンさん、人変わりすぎ

111同志名無しさん:2016/06/11(土) 23:31:57 ID:6e2A/SGM0
乙乙

112同志名無しさん:2016/06/12(日) 05:01:48 ID:eGebwDJw0
アルミ製造できる技術があるのか
まあ飛行機作れるくらいだからあるか

113同志名無しさん:2016/06/16(木) 12:54:42 ID:yARrWjUQ0

次の投下も楽しみにしてます

114 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:01:15 ID:29LFM3/20
投下します。

115 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:04:17 ID:29LFM3/20
「栄枯盛衰、でございます」

 喧噪の中なのに、その老人の言葉は不思議とよくニュッ君の耳に留まった。

 ここは道半ばにぽつんと佇むこの宿屋の宴会場だ。
 広間の中央には樽酒が詰まれており、自身のある者たちが次々と蓋を開けている。
 町と町の間で日暮れを迎えた旅人たちが大勢集まっていた。
 
( ^ν^)「いきなりなんだよ、じいさん。俺、あんたと話してた覚えないけど」

「これは失礼。外の城が気になっていらっしゃるようでしたから、つい」

 木枠で囲まれた硝子の向こうには夜の森が広がっている。
 さらにその奥の山沿いに、月明かりに照らされた城が見えていた。

 高い塀の奥に、二、三の塔。
 その塔に囲まれるようにして、四角いパーツを組み合わせた積み木のような城が建っている。

「メティス城。かつてのこの町の中心地でございます」

 語る老人の後ろから、一人の影が近づいてきた。

116 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:05:03 ID:29LFM3/20
(*)^ω^)「くぁふて?」
( っ皿o)

( ^ν^)「ブーンさん、喋るのは食べてからにしましょうよ」

(*)^ω^)「ふぉお」
( っ皿o)

 片手に山盛り詰まれていたこま切れ肉をを吸い込むように片付けると、ブーンは満足げに息をついた。

(*)^ω^)「いやあ、並べられているとつい手が伸びちゃうね。で、かつてというと、メティス城は昔の首都だったのですか」

「数年前の話でございますよ」

 黄色い歯をニッと見せると、老人は窓枠に寄りかかった。若干軋む音がする。
 代わりにニュッ君は窓枠から離れ、ブーンの横に立った。
 皿にこびりついた切れ端に手を伸ばしてブーンに即座に手を叩かれた。

117 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:06:02 ID:29LFM3/20
「数年前、ラスティア城の城主ショボンと、その王女デレ、および側近を招いて宴会を開いたそうな。
 その折りに王女が魔人に襲われる事件が起きた。王女は何とか一名を取り留め、激昂したショボン王はメティス城に賠償を請求した。
 事件の原因を解明出来なかったメティス城は、国内の有力者に頭を下げてお金を工面した。
 その中で一番の有力だったのがメティス国教会でございます。
 以来この国では教会と国王の地位が反転し、首都も教会の本部があるエウリドメへと移り変わったわけでございます」

( ^ν^)「事件よりも前から、俺が物心ついたときから力関係は出来上がっていたよ。
      古い権力が健在であることを示そうとしたパーティが原因で責められたんだ。
      それ以来、城なんざ誰も見向きもしなくなってたね」

 ニュッ君はそう付け加えた。

 窓の外に聳える城からはわずかに光が漏れている。
 それでも月明かりの方がいくらか強く、霞んでしまっていた。

( ^ν^)「ところで、ブーンはラスティア出身なんだろう。この話は聞き覚えないのか?」

 ラスティア国王とその王女。その側近。
 確かに実際に起きた事件であれば、断片くらいは国民に知れ渡っていそうなものだ。

 ブーンは申し訳なさそうに目を伏せた。

118 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:07:02 ID:29LFM3/20
( 'ω`)「残念だけど、やっぱり何にも覚えていないよ」

( ^ν^)「そっか」

 記憶の無いブーンに向けて、ニュッ君の顔が暗くなる。

( ^ω^)「まあ、今ここで知れたんだからいいってことにしようよ」

 ニュッ君の肩を軽く叩くと、ブーンは宴会の中央へ足を向けた。

( ^ν^)「まだ食べるのか」

(*^ω^)「そりゃもう、そこに食べ物があるんだから」

 大股で向かって行くブーンの背中がぐいぐい遠ざかっていく。

119 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:08:02 ID:29LFM3/20
「かつての首都が衰えて、新しい首都が栄える。世はこの繰り返しなのです」

( ^ν^)「じいさん、せっかくの聞き手は行っちゃったけど」

「独り言ですよ。世の移ろいを見つめるのはまことに楽しいものなので」

( ^ν^)「はあ」

「時に旅人さん、この栄枯盛衰の世の中で、衰えを知らない者のあることをご存じかな?」

 老人の目がきらりと光り、ニュッ君へと視線が注がれた。

( ^ν^)「衰えを知らない……自然とか?」

「いやいや、れっきとした生き物で、ですよ」

( ^ν^)ゞ「さあて、なんだろ。わかんねえ」

120 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:09:02 ID:29LFM3/20
 頭を掻いたニュッ君を老人は目を弧にして見つめていた。

「その生き物の象徴を私は持っているのです」

 ああ、とニュッ君は口から零した。

( ^ν^)「売ろうってんなら、止めておきな。無駄な金を使う気はねえから」

「とんでもございません。ただ、見せたくなっただけですよ」

 老人は手を大きく横に振り、それから自分の鞄に手をかけた。
 極端に少ない荷物の中から、するするとそれが出てくる。

「ただの自慢でございます」

( ^ν^)「ほう、これは」

 月明かりが差込むわけでもないのに、それは青みを帯びた綺麗な白に際立っていた。





     ☆     ☆     ☆

121 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:10:02 ID:29LFM3/20





第十八話

蛇の町 (冬月逍遙篇③)





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122 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:11:03 ID:29LFM3/20
 宿屋から歩いて小一時間の距離に、次の町パシテーはあった。
 川沿いに広がる湿原の町だ。

( ^ω^)「やれやれ、君には失望したよ」

 門を潜ってすぐの場所にある広場にて、周りの景色をしっかり見つめて、ブーンは溜息交じりに言った。

( ^ω^)「レアものだかなんだか知らないけれど、酒の席にいた客につられて意気揚々と買っちゃうんだから、おめでたい話だね」

( ^ν^)「何度もうるせえよ。朝から同じこと言いやがって」

 苛立つニュッ君は、腕に巻いた白い布を振りかざした。
 下半分が蛇の体、上半分が人の体という、風変わりな生き物の皮だ。
 ブーンはそれを丁重に払いのけた。

( ^ν^)「蛇型の魔人なんて、俺は見たこと無かった。だから珍しいと思ったんだ」

( ^ω^)「そうはいっても、途中でも怪しいと思っただろう? パシテーからやってくる人たちがみんなそれを持っていたんだから」

( ^ν^)「そうだな……この町にいる人からすれば、ありふれたものだったみたいだな」

123 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:12:08 ID:29LFM3/20
 見渡す限り、ざっと何十人もの人が街道を歩いている。
 そのうちほとんど全員が皮を携えていた。
 鞄の持っている人、首や腰に巻いている人、手の甲に巻いている人、扱い方は様々だ。

「見ろよ、これ。昨日買ったんだぜ」

「おお、レアものですな」

「そうだろう、そうだろう」

 道行く人の会話から耳に入ってきた。

 ニュッ君が本当に苦痛そうに顔を顰める。

( ^ω^)「蛇の魔人、か」

 見かねたブーンが上を向いて呟いた。
 門の真上にとぐろを巻く蛇のモニュメント。
 下半身が蛇であり、上半身が人の姿をしている。

124 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:13:05 ID:29LFM3/20
( ^ω^)「この町には古くから続く魔人の名家が住んでいるらしいんだ。
      この人たちが作り出す皮は、その神からもたらされる恩恵とされているんだとさ」

( ^ν^)「皮が恩恵?」

( ^ω^)「御利益があるとか、そういうことかな」

( ^ν^)「ほう。というか、どこでその話聞いたんだ」

( ^ω^)「昨日の宴会で」

( ^ν^)「おい」

(*^ω^)「いやあ、飲み過ぎちゃってめんどくさくて。でもそれは置いといてだよ」

 にっと笑っていたと思ったら、急に真顔になってニュッ君を見つめた。

( ^ω^)「君はその皮をどうやって買ったのかな」

( ^ν^)「え? そりゃ、もちろんお金を出して……」

125 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:14:03 ID:29LFM3/20
 言葉の途中で、ニュッ君は口元を手で押さえた。

( ^ω^)「僕らの所持金は旅のための合資とする。旅に出た最初に日にお互いで決めたことだよね」

(;^ν^)「待って」

 ブーンの話を遮る形でニュッ君は咄嗟に手を突き出した。
 顔には珍しく焦りの色が浮かんでいた。

(;^ν^)「俺の金の範囲内で十分買えたはずだ。なにも旅行資金を着服したわけじゃない」

「いや、グレーだよ。合資したんだから、そのお金をどう使うかは話し合って決めるべきだ」

(;^ν^)「そこをなんとか」

( ^ω^)「いやいや、お金のことだからね。ここはきっちりさせないと」

 ニュッ君に乾いた一瞥をくれると、ブーンは広場を進んでいった。

(;^ν^)「待ってって」

 ニュッ君はその後をついていく。

126 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:15:11 ID:29LFM3/20
(;^ν^)「悪かったよ。相談せずにお金を遣ったことは謝る。で、俺はいったいどうすればいいんだ」

( ^ω^)「一番手っ取り早いのは同じ額を稼ぐことだね。日雇いでもいいから仕事をするか、あるいはお金が手に入るような交渉をするか」

(;^ν^)「俺は構わないけど、時間がかかるかもしれないぜ」

( ^ω^)「急いでないから、気長に待つよ」

 肩を竦めて微笑んで、それからブーンはまたニュッ君を見つめた。

( ^ω^)?「で、いったいいくら遣ったんだい」

(;^ν^)「それは」

 ニュッ君の目が宙を泳いでいく。

 ブーンの視線はなかなか離れてくれない。

 どうしようかと困り顔になった矢先に、その声は聞こえてきた。

127 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:16:43 ID:29LFM3/20
「離してください」

 女性の声だ。

 人混みの奥の奥、広場に高くそびえる時計塔の側で、フード付きのコートを着た人々が集まっていた。
 赤い外套を着たものが三名。黒い外套が一名。状況からして、声を出したのは黒い外套の方だ。

「警察を呼びますよ」

「そんなのもの、無駄だ」

 赤い外套のうちの一人がせせら笑いながら言った。

 黒い外套の裾を掴んだ腕はなかなか離れそうにない。

「無駄な抵抗はやめて大人しくこちらに」

 と、言いかけたところで赤い外套の肩が叩かれた。

( ^ω^)b「もしもーし」

「え?」

128 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:17:41 ID:29LFM3/20
(#^ω^)「おりゃ」

 事前に掬っておいた砂を顔面に勢いよく振りまいた。

 赤い外套たちが途端に目を閉じ悶絶する。

( ^ω^)σ「君」

 ブーン君は黒い外套に呼びかけた。

「え?」

( ^ω^)「足止め、手伝いますよ」

 黒い外套は狼狽えている。

 迷っているうちにも、赤い外套からまた腕が伸びてくるのをブーンが遮った。

129 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:18:44 ID:29LFM3/20
「なんだお前」

「邪魔だ、どけ!」

 口々に喚いている赤い外套たちをブーンが笑顔で払いのける。

( ^ω^)「まあまあ、焦らず」

 その後ろで、黒い外套は別の腕に裾を掴まれた。

 ニュッ君である。

( ^ν^)「とりあえずこっちへ」

 有無を言わさず走り出した。

 街道を曲がって別の道へ、人を掻き分け進んでいく。

「どちらに行かれるんですか」

130 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:19:40 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「知らん。とりあえず走っている」

「ええ?」

( ^ν^)「もしも希望があれば調べてみるからよ、好きなように言ってくれよ」

 直感を入り混ぜながらなるべく人に紛れるように道を選んでいった。

「あの、すいません」

 脇道へはいったところで黒い外套が呼びかけてきた。

「どうして助けてくださるんですか」

( ^ν^)「なんだかな、ブーンが勝手に助けるって血相変えて飛び出したからさ」

「さっきの人?」

( ^ν^)「そう。旅人だ。ちょっと変わってる」

 でもまあ信じていいよ、とニュッ君は苦笑いした。

131 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:20:32 ID:29LFM3/20
「では、あなたはどうして」

( ^ν^)「俺? 俺は……なりゆきで」

 頭を掻いて、一旦前を向いたニュッ君は、「そうだ」と呟いて黒い外套を振り向いた。

( ^ν^)「謝礼がほしい」

「率直ね?」

( ^ν^)「実際お金に困っているんですよ。つい無駄な買い物しちゃって」

 手に巻いた皮をニュッ君は指し示す。

 黒い外套の女性の顔がサッと真顔になった。

132 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:21:42 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「ん、あれ?」

 ニュッ君の目が、皮へと流れる。

 一度だけ開いて確認したそれは、蛇の魔人の女性の形をしていた。

 黒い外套の女性はフードを心持ちおし上げた。

('、`*川「ありがとうございます、買って頂いて」

 笑ってお礼を述べたその顔は、皮の女性とほとんど同じだった。




     ☆     ☆     ☆

133 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:22:41 ID:29LFM3/20
 道案内は最終的には女性がした。
 風車が三基並んでいる、川辺の薄野に二人は辿り着いた。
 今日みたいなことが起こるとよく逃げ込んでくるのだという。

 近くにぽつんと置かれてあった木製のベンチに腰掛けて、黒いフードを払った。

 長い髪が自由になって広がって、薄い色合いの肌があらわになった。

('、`*川「汗っかきなんです、私」

 鱗の筋がうっすらと見えている。
 彼女の名前はペニサスと言った。

 パシテーの名家であるペニサスの家は、代々続く神官の家系なのだという。
 三百年前、その家系に魔人の血が混じり、直系の親族に蛇の魔人が生まれ始めた。
 以来、魔人を拝する国教会の協力を得て、神官は司祭となり、儀式は教会公認の宗教活動とみなされるようになった。

 蛇の能力を宿した者は家督を相続し、月に一度、町の人々に訓示を言い渡す。
 その際に、家族の中の誰かの抜け殻が選ばれ、広場にある高台から側にいた人々に賜れる。

134 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:23:41 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「なんでそんな伝統ができたんだ」

('、`*川「さあ。生まれたときから続いていました。聖なるものだと扱われているんです」

( ^ν^)「蛇は不老不死だから」

 宿屋で商人に言われた言葉を思い出して、呟いた。

('、`*川「普通に病気にもなるし、死にますけどね」

 ペニサスが微笑みながら言葉を返した。

 家督を継いでいた彼女の母が亡くなったのはつい半月ほど前のことなのだという。

('、`*川「代わりに選ばれたのが私の姉でした。
     姉は母に気に入られていましたし、皮も前々から彼女のものがよく使われていましたから。
     でも、姉も病気持ちで、小屋に籠もったまま滅多に出てこないんです。それで教会の方々も焦ってしまっているみたいで」

135 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:24:41 ID:29LFM3/20
 ペニサスの視線が遠いところへと向けられる。
 あまり話したくない話題なのかもしれない。
 そう思ったニュッ君は、黙って横に座っていた。

 薄野の向こう側には幅の広い川がゆったりと流れている。
 湿地帯の上に広がるパシテーの町。
 乾いた冬の風も、ここでは湿り気を帯びている。
 夕暮れの滲んだ赤い川面に、気の早い月が浮かんで見えていた。

('、`*川「逃亡も、ここまでみたいですね」

 あくまでも冷静な口調でペニサスが言い、立ち上がった。

 風車のそばに人影が見えた。
 艶やかな赤いローブ。
 国教会聖職者の共通衣服だ。

136 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:26:11 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「あいつらは君の皮を剥ごうとしているんだな」

 合点がいったニュッ君はベンチから離れようとする。

 ペニサスはその肩に触れて抑えた。
 人のものとは違う、冷たい鱗の感触だ。

('、`*川「あなたはそのまま座っていてください。迷惑はかけたくありません」

( ^ν^)「でも」

('、`*川「謝礼なら、明日以降にお支払いします。約束しましょう。私のところへいつでも取り立てに来てください」

 お願いします、とペニサスは言い添えた。
 しばらく間をおいて、迫ってくる足音に急き立てられて、ニュッ君は小さく頷いた。

 ペニサスが頬を緩め、歩んでいく。ニュッ君の背後、風車の方角へ。
 ニュッ君は振り返らなかった。それがペニサスとの約束だった。

 薄野を踏みしめる音が遠くなる。

 耳をそばだてて、彼女がいなくなったと気づいてからも、日が沈み、空に宵の明星の輝く頃まで、ニュッ君は座り続けていた。




     ☆     ☆     ☆

137 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:27:10 ID:29LFM3/20
 ニュッ君は少しだけ、ブーンの身を案じていた。
 街道に入ってすぐの広場で、ぴんぴんしている彼と再会して、その不安は消し飛んだ。

 国教会聖職者を追い払ったブーンは宿屋に戻り、仮眠さえとって、リラックスした心地でニュッ君を探していたのだという。

 心配するようなことは何も無かった。

( ^ω^)「で、あの子は?」

( ^ν^)「……帰っちまったよ、自分から」

( ^ω^)「あらら」

( ^ν^)「明日また会う。謝礼はそのとき渡すって」

( ^ω^)「結局助けてないけどね」

( ^ν^)「ああ」

 会話はそれで打ち切った。
 食事を取り、風呂に入り、二人同じ部屋に寝た。

 ごくごく普通の、宿での一泊だった。

138 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:28:11 ID:29LFM3/20
 翌日の朝早く、喧噪によって二人はすぐに目が覚めた。

( -ω-)「外から聞こえる」

 眠たげな目を擦りながら、ブーンが窓の外を眺めた。
 部屋からちょうど道行く人々が見下ろせたのだ。

 町の広場、時計塔の側に人混みのできているのがうかがえた。

( -ω-)「行ってみようか」

( -ν-)「……ん」

 ふらついているニュッ君の腕を引いて、ブーンは身支度を調え外へと出た。

 時計塔の人混みはすさまじく、近づくのも厄介だった。
 喧噪は耳に響いた。怖がっている者、憤っている者、様々だ。

 時計塔の足下に、皮があった。
 司祭の賜る聖なる皮は、顔の一点をナイフで刺されて磔にされていた。




     ☆     ☆     ☆

139 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:29:11 ID:29LFM3/20
 白亜の教会は丘の上にあった。
 高い尖り屋根が青空を穿ち、そのまたさらに上には、十字を二重の円で囲んだ石像が飾られていた。
 メティス国教会のシンボルだ。

 教会の真正面に行かずとも、住居へは教会の脇の入り口から入ることが出来た。
 呼び鈴を押し、名前を告げると、しばらく待たされてから彼女が現れた。

('、`*川「お早いんですね」

 皮肉めいた響きはなく、本心からペニサスは驚き、そして喜んでいるようだった。

( ^ν^)「長居する旅でもないので、早めに来たんです」

 と、ニュッ君が答える。

('、`*川「そちらの方は昨日の」

( ^ν^)「連れです」

( ^ω^)「ブーンと言います」

140 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:30:11 ID:29LFM3/20
 軽く会釈を交わした後、ペニサスは二人を中へと案内した。

 赤いカーペットが敷かれた廊下をゆっくりと歩く。
 ベージュの壁が暖色のランプに照らされて優しく光る。
 教会が見えずとも、荘厳な雰囲気が粛々と染みついている。

 ここで暮らしているのはペニサスとその家族だけ。
 他の聖職者たちは町で暮らし、儀式やお祈りのときだけやってくるのだという。

('、`*川「どうぞ」

 辿り着いた部屋は応接室だった。

 黒い革張りのソファにオーク材の長テーブル。
 花瓶がひとつ、真ん中に置かれているが、花は入っていなかった。

( ^ω^)「大変な騒ぎになっていますね」

 席についてブーンが言うと、ペニサスは深く頷いた。
 明日の儀式についてはひとまず中止が確実となったらしい。

141 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/19(日) 00:31:10 ID:29LFM3/20
('、`*川「命の危険があるから、って警察に釘を刺されてしまったんです。
     定例儀式だから、国教会の人たちも最初は押し通そうとしていたんですけど、無理でしたね。
     おかげで昨夜は家の方もぴりぴりしていましたよ」

 教会に通う信者を導くのが聖職者。
 その神父を町単位でとりまとめるのが司祭。地域単位でとりまとめるのが司教。そしてその上が首都にいる大司教。
 ピンと来ていない様子だったニュッ君たちに丁寧に説明すると、ペニサスは苦笑いした。

('、`*川「といっても、私たち姉妹は傍観しているだけですけどね。
     私なんかは、皮を剥がれずに済んでほっとしているくらいです。これ、他の人には言っちゃダメですからね」

 というか、とペニサスは手を叩いた。

('、`*川「今日は謝礼のためにお越しいただいたんですよね。
     無駄話で時間を潰すのもほどほどにして、今お金を持ってきます。おいくらですか」

( ^ω^)「いや、その前に聞いて欲しいんです」

 立ち上がろうとするペニサスを制して、ブーンが声を挟んだ。


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