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食るようです

1名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:27:37 ID:nzAw85Ys0
世の中には変わった建物が多い。
現在僕の通っている大学なんかその最たるものだったという。
一部のマニアでは熱狂的な人気を持つらしい建築家が手掛けた教室棟の数々は、よく映画やドラマなんかの撮影場所にもなったのだそうだ。
とはいえ素晴らしい建物にも老朽化はやってくる。
僕が入学した頃、まさに工事の真っ最中ですあった。
一部の学生、特にデザイン学科からは元のデザインを尊重した作りにして欲しいという要望も出ていたようだが、それが受け入れられたかどうかは定かではない。
ただ新しく出来上がった建物を見る限り、その意見を汲んでもらえたようには思えなかった。
とにもかくにも僕の大学生活の始まりといえば、灰色の養生シートとキンキンうるさい金属音で彩られることとなった。

日府大学は、とにかく辺鄙なところだった。
元が山だったせいで急な坂道だの階段だのがあちこちにあるし、馬鹿みたいに広いので移動にも時間がかかった。
加えて今までの教室棟は鮮やかな、悪く言えば気違い染みた彩色をしていたものがみんな布に覆われて見分けがつかなかった。
学内に林が点在するせいで見通しが悪かったせいもあり、上級生に場所を聞いても一緒に迷子になってしまうことが多々あった。
知らない人に話せば馬鹿げた話だと思われるだろう。
僕だってそう思っていた。
だけど最初からそういうものだと思っていたら、急激な変化に対応できないのかもしれない、とも思った。

さて前置きは長くなったが、唯一改修工事を免れた棟があった。
三号館こと、「ミカン」と呼ばれている教室棟だ。
あまり目に優しくない黄緑色の屋根と、ベージュが混ざったような橙色の壁が「ミカン」の特徴であった。
一階のロビーには売店とソファーがずらりと並んでいる。
昼休みになると近くの棟から学生たちが押し寄せてきて、ロビーは地獄絵図と化すのが恒例であった。
二階には自習室が、三階と四階には小さい教室が四つずつ作られていて、よくゼミの発表や話し合いなんかに使われているらしい。
まぁそれも昼休みになったら関係ないのだが。
ところで三階のトイレの近くにはもう一つ階段が存在する。
「立ち入り禁止」の札がチェーンでぶら下げられているそこは、きっと屋上に続いているのだろうと今まで興味を持ったことがなかった。
そう、今までは。

2名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:28:49 ID:nzAw85Ys0
(;-_-)(うーん、)

どうしよう、と僕はその階段の前で悩んでいた。
時刻は午後一時十五分。
講義はまだ始まったばかり。
といっても僕には関係ない、今日は午前中で授業はおしまいだったからだ。
ただそのまま、空き教室でレポートのまとめをしているうちにこんな時間になってしまったのだ。
お昼を食いっぱぐれた腹からぎゅぅと悲鳴が聞こえてくる。

で、僕はなんでこんなところに立っているのかというと、この階段を上っていった人を見かけてしまったのだ。
長い黒髪、鮮やかな青色のジーンズ、細くて指。
一瞬幽霊かと思ったのだが、その生白い手はチェーンをつまみ、そいつはさっとその下を潜っていった。
たまたまそれを見てしまってから五分は経っている。
けれどもそいつは、階段から降りてこなかった。

(-_-)(何してるんだろ)

下衆な好奇心と、見つかったらどうするという叱責が鬩ぎ合う。
結局僕は、そいつと同じようにチェーンを潜ることにした。
改装されていない唯一の教室棟。
その屋上にある景色。
もしかしたらもうすぐ無くなってしまう風景。
そして、そこに入り込んだ誰か。
どれをとっても気になるものばかりだった。
緊張で荒くなる息をいなしつつ、足早に、しかし静かに階段を駆け上った。

3名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:29:57 ID:nzAw85Ys0
踊り場にたどり着き、深呼吸をする。
階段は、思いの外長かった。
しかしここまで来てしまえば、廊下からは僕の姿を見られることはない。
未だに落ち着かない心臓に空気を送り込むように、僕は息をたくさん吸い込んだ。
今までに僕は、校則を破ったことがなかった。
今まで田舎に住んでいたせいもあり、変な噂がすぐに回ってしまうからそれを恐れていたというのもある。
だから、もしもここに来たことがばれてしまったら……と考えると気が気でなかった。
それでも僕は階段を上った。
どうしてなのかはわからない。
憑き物にでも憑かれたように、段差に足をかける。

(-_-)「ん……?」

薄暗いそこで、きらりと光るものを見つけた。
しゃがんでそっとつまんでみる。
よく見ると階段には埃が溜まっていた。
掃除があまりされていないのだろう。
もしかしたら警備員ですらもここに来ないのかもしれない。
そんなことを考えながらつまみ上げたそれに、ふぅっと息を吹きかけた。
綿ぼこりがふんわりとはがれていく。
それは銀色で、鍵のような形状をしていた。
しかし鍵というにはあまりにも細すぎるし、何より凹凸が何もなかった。
先端の方にピッと細長い穴が開けられているばかりで、僕はこれがなんなのか考え込んでしまった。

(-_-)「あっ……!」

これは、あれだ。
コンビーフの缶を巻き取る時に使う棒だったのだ!
しかしなんでそんなものがこんなところに落ちているのだろう。
もしかすると例の人物の落し物なのかもしれない、と思いつつ僕は歩みを進めた。

4名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:31:26 ID:nzAw85Ys0
……それにしても屋上にコンビーフを持っていく人って、何が目的なのだろう。
色々と訳がわからなくなりつつも、腹が鳴った。

(-_-)(コンビーフ、最近食べてないな)

塩辛い味が勝手に舌に蘇り、よだれが滲み出てきた。
それを無理やり喉奥へと追いやった。
階段を上りきると、左側に鉄扉が見えた。
鉄扉の小窓から差し込む日差しはとても明るく、少し落ち着いた気分になった。

(-_-)(開いてる)

ダイアル式の南京錠がぷらぷらとぶら下がっていた。
ドアノブに触れるとそれは存外に冷たかった。
しっかり握りしめて、右に回す。
鉄扉を押すと、それは、ゆっくりと開いた。
眩い陽光が両目を焼く。
それでもまもなくその明るさに慣れて、僕は外へと踏み出した。

(-_-)「…………!」

所詮四階建ての小さな建物、と先ほどまでは思っていた。
しかし「ミカン」の屋上は、素晴らしい眺めだった。
小高い山に位置するので、他の教室棟や町並みを見下ろすようにすべてを見ることが出来た。

(-_-)(もっと違うところも見よう)

そう思い、反対側に回ろうとした時だった。

(-_-)「!」

5名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:33:09 ID:nzAw85Ys0
ガラス張りの、瀟洒な建物があった。
これは、温室だろうか。
それにしては平屋のような作りで、ちょっと違うような気がした。
ふらふらと足取りがそちらに向く。
赤錆びた看板が転がっていて、「喫煙所」と描かれているのが読めた。
中には脚の高い丸椅子が散乱していた。
そして何故か、中では扇風機が回っていた。

(-_-)「え……」

なんで、なんで、という言葉が頭の中で渦巻く。
どう見ても不釣り合いだった。
廃墟然とした喫煙所で、稼働している扇風機なんて、どうして……。

「ああ」

と、背後で声がして、僕は悲鳴をあげた。

川 ゚ -゚)「…………」

風にたなびく黒い髪。
真っ白なワイシャツ。
藍色のジーンズ。
爽やかな印象とは裏腹に、無感動な目が僕を射る。

6名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:36:00 ID:nzAw85Ys0
(;-_-)「こ、ここで、なにして……」

川 ゚ -゚)「それはこっちの質問だ」

(;-_-)「え、えっと、……」

川 ゚ -゚)「……と言いたいところだが、答えよう」

ふ、と女の雰囲気が和らぐ。
そして、女は得意げにコンビーフの缶を取り出した。

川 ゚ -゚)「これを開ける道具を探していたんだ」

(;-_-)「……え?」

女は無表情のまま滔々と語る。

川 ゚ -゚)「ここで昼食をとるのがわたしの日課でね、今日はコンビーフにしようと昨日から心に決めていたんだよ。ところがわたしとしたことが、缶についている巻き巻きするアレをなくしてしまったのだよ」

(-_-)「あ、あの、それ」

もしかしてこれですか、と僕は階段で拾った棒を差し出した。
というか、どう考えてもこれだった。

川 ゚ -゚)「おお、ありがたい。どこで落としたのかわからなくて屋上中を探し回っていたんだよ」

嬉々とした声で、しかしやはり表情筋が一切動かないまま女はそれを受け取った。

7名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:36:54 ID:nzAw85Ys0
川 ゚ -゚)「本当にありがとう」

(-_-)「いやそんな、はは……」

と笑って誤魔化していた時に、ぎゅうぐうと一際大きく腹が鳴ってしまった。
僕は気恥ずかしくて、思わず俯いた。
初対面の人にこんな情けないところを見られるなんて、僕は本当についていなかった。

川 ゚ -゚)「なんだ、君、まだお昼を食べていないのか」

女はそう言って、僕の真横を通り抜ける。
目で追うと、彼女は自動ドアの隙間に手を突っ込んでいた。

(-_-)(いや、電気が来ていないから自動ではないか)

とにかく彼女がそれをぐいと引っ張るとドアは緩やかに隙間を開けた。
そして、

川 ゚ -゚)「よかったら、一緒に食事をしないか」

(-_-)「え、いいんですか?」

川 ゚ -゚)「構わないよ、鍵を拾ってくれたお礼だ」

(-_-)「鍵?」

隙間に体をねじ込みながら問う。

川 ゚ -゚)「コンビーフの缶を開けるやつ」

(-_-)「ああ……」

8名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:38:59 ID:nzAw85Ys0
するん、とガラス戸を通り抜ける。
女は再びドアを押して、その隙間を閉じた。

煙草の嫌な臭いは薄く、日差しが照っているわりには涼しく、案外中は快適であった。

女は丸椅子の山に近づいた。
よく見るとそこにナップザックがぶら下がっていた。

川 ゚ -゚)「はい」

(-_-)「おっと……!」

投げ渡されたそれは台形の缶であった。

(-_-)「……え?」

川 ゚ -゚)「だから今日の昼食はコンビーフと言っていただろう」

(-_-)「えっ、ちょっ、これだけ?」

川 ゚ -゚)「そうだが」

(-_-)「……うそぉ」

川 ゚ -゚)「ほんとほんと」

キコキコと手を動かしながら、彼女は答える。
どうすればいいのかわからず、僕はぼんやりとそれを見ていた。
茶と白の斑が特徴の牛と目が合う。
しかし次の瞬間には、その牛の四肢は鍵によって巻き取られ、切り離されていった。
かろうじて土台に描かれているコンビーフの文字だけが寂しく残る。
巻き取り終えた蓋は、彼女の足に踏んづけられている袋へと消えていった。
扇風機の風にたなびいていたそれは、重みが加わって若干大人しくなったように見えた。

9名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:41:10 ID:nzAw85Ys0
赤くて柔らかいほぐし肉と、半溶けの黄色い油脂。
それを眺める彼女の目線は、初めて感情を晒し出していた。
しかしそれがどんなものなのかまでは捉えられなかった。
さばさばと言葉を吐き出していた口は、いまや目の前の肉塊を食べるための器官に過ぎなかった。

川 ゚ -゚)「ん……」

恍惚さが滲み出た声が、鼻から抜けていく。
かじり取られたコンビーフは、このペースで行くとあと三口で終わってしまいそうだった。

ふとその時、彼女と視線がかちあった。

川 ゚ -゚)「食べないのか」

怪訝そうなその声に、僕は黙って首を振った。
最初はこんなものしか食べられないなんて、と思っていた。
だけど今ではなぜか、食べたくて仕方がなかった。

(-_-)「いただきます」

キコキコと、缶を開ける音が再び響いた……。

10名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:42:35 ID:nzAw85Ys0
(-_-)「素直さん、よく食べますね」

川 ゚ -゚)「そうかね」

コンビーフ女こと、素直クールは六缶目に手を伸ばしていた。
よくあれだけ脂っこいものを連続して食べられるなぁと僕は感心していた。
ちなみに二缶目を食べ終えたところで、もう満腹になっていた。

川 ゚ -゚)「疋田くんこそ、随分少食じゃないかね」

(-_-)「これでも今日は食べた方ですよ。僕あんまりご飯食べる方ではないので」

川 ゚ -゚)「もっと食べた方がいい。君は少し細すぎる」

(-_-)「ええ……」

細い、と言われてもピンとこない。
成長期に横ではなく縦に伸びすぎたので、肉がつくという感覚が僕にはわからなかったのだ。

(-_-)「というか素直さんこそそんなに食べててよく太りませんね」

ぴたっと手が止まる。
肉を咀嚼する音だけが響き、気まずい空気が流れた。
しまった、よく考えなくたって女性に体型ネタを振るのは悪かった。

(;-_-)(どうやって詫びようか……)

そんな算段をしていると、素直さんはごきゅりと肉を飲み込んだ。

11名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:43:32 ID:nzAw85Ys0
川 ゚ -゚)「食べても身に付かないんだ」

(-_-)「え、あ、そうなんですか」

はは、と笑い飛ばそうとして、僕は踏みとどまった。
彼女の眼差しがとても真剣だったからだ。

川 ゚ -゚)「食べたら自分のものになるはずなのにな」

(-_-)「…………」

むしゃり、と白い歯が肉を攫う。
空っぽになった缶は、そのまま袋に入れられた。

川 ゚ -゚)「もっと買ってくればよかったな」

(-_-)「あー……僕が食べたから、ですよね」

すみません、と言おうとしてそれは制止されてしまった。

川 ゚ -゚)「君のせいじゃない。もともとこういう質なんだ」

そう言って、素直さんは伸びをした。

12名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:44:43 ID:nzAw85Ys0
川 ゚ -゚)「疋田くん、明日は忙しいかね」

(-_-)「や、そんなことないですよ」

明日はお昼のあとに一時限だけ授業が入っていない。

川 ゚ -゚)「よかったらまた来てくれ。食事ならいくらでも用意するから」

(-_-)「素直さん……」

貧乏学生にはありがたい申し出であった。

(-_-)「……明日もまたコンビーフとか言いませんよね?」

川 ゚ -゚)「いや、明日は魚の日だ」

(-_-)「へ、魚?」

川 ゚ -゚)「そう、魚だ。楽しみにしていたまえ」

その言葉に、僕は頷くことしか出来なかった。

13名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:46:41 ID:nzAw85Ys0








午後一時過ぎに、またこの喫煙所で。







.

14名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:48:56 ID:nzAw85Ys0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
貧乏な大学生さん。こう見えてもお坊ちゃんでした

川 ゚ -゚) 素直クール
大食漢さん。こう見えても超偏食です

コンビーフ
意外とお高い缶詰。ノザキなのはクールのこだわり

15名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:50:06 ID:nzAw85Ys0
おまけ

(-_-)「ところで素直さん、なんでコンビーフの鍵なんか探してたんですか? 今まで出した缶詰にはみんなついてましたよね?」

川 ゚ -゚)「ああ、あれか。あれは今までに収集したやつだ」

(-_-)「えっ」

川 ゚ -゚)「どうも鞄が軽いと思って数えてみたら一本足りなくて探していたんだよ」

(-_-)(変態だ)

16名も無きAAのようです:2015/09/02(水) 00:06:33 ID:gqYBxvhw0

>>2の細くて指って所はミス?

17名も無きAAのようです:2015/09/02(水) 02:40:00 ID:KEeRrZzI0
鍵一本ないだけで分かるとかプロすぎる

18名も無きAAのようです:2015/09/02(水) 07:52:25 ID:9j6/h7rE0
おつおつ!面白いな
続きも期待してる

19名も無きAAのようです:2015/09/02(水) 10:51:47 ID:8c3xHhSw0
電気とおってないのに扇風機回るのか?

20名も無きAAのようです:2015/09/02(水) 21:57:11 ID:.8o4TqY.0
>>19
すきま風で回ってたんじゃ??

21名も無きAAのようです:2015/09/02(水) 22:00:39 ID:KEeRrZzI0
こまけえこたあいいんだよ!

22名も無きAAのようです:2015/09/02(水) 23:58:27 ID:PGNpvtOc0
>>16
細い指の間違えですね

投下します

23名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:00:05 ID:Mr035lQg0
午後一時を少し過ぎた頃。
「ミカン」の屋上階に行ってみると、鉄扉の鍵は既に開いていた。

(-_-)(来るのが早い!)

少し早く来たつもりだったので、僕はショックを受けながら外へ出た。
屋上には様々な大きさの水たまりが出来ていた。
深夜から明け方まで雨が降り続いていたからだろう。
それを避けつつ喫煙所を目指した。

(-_-)(あっちいな)

じっとりと汗が滲み出てくる。
猛暑も苦手だが、どっちかいうとこういう蒸し暑さの方が僕は苦手だった。
天気予報では午後になれば晴れるとは言っていたが、ここ最近のはずれっぷりを見るとあまり期待はできなかった。

(-_-)「あれ?」

喫煙所に、素直さんの姿はなかった。
その代わりに青いレジャーシートの上にナップザックと充電式の扇風機が置かれていた。

(-_-)(荷物はあるから、すぐ戻ってくるかな)

そう思いながら僕はガラス戸をこじ開けた。

(;-_-)「うええ……」

中はひどく蒸していた。
ガラス戸を開けっ放しにし、そのまま扇風機の元へと急ぐ。
靴を脱ぎ、レジャーシートの上に座り込んでスイッチを押した。
緩やかに羽根が回転し、生温い風が僕の顔面に張り付いてきた。
あまり涼しくはないが、ないよりはマシだった。

24名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:01:43 ID:Mr035lQg0
(-_-)(勝手に弄っても大丈夫だったのかな)

今更そう思いつつもう止める気にもならなかった。
そういえば素直さんはいつもこれを持って帰っているんだろうか。

(-_-)(というかあの人何者なんだろ)

どこの学科に所属しているのかとか住んでいる場所だとか、年齢すらもまだ知らない。
大人びた雰囲気や日府大の勝手には詳しそうなのでなんとなく先輩そうだという印象はある。

(-_-)(あとで本人が帰ってきたら聞いてみよう)

そう思いながら僕は扇風機の向きを調節した。

(-_-)(……昔はよく妹と扇風機の取り合いをしてたよなー)

ふと昔の記憶が蘇る。
幼い僕は風呂上がりに母親の持つバスタオルからよく逃げ回っていた。
あの乱暴な手つきで体や頭を揺さぶるように拭かれるのがどうにも苦手だったのだ。
逃げた先にはいつも扇風機があった。
そこを陣取れば僕の勝ちだという謎のルールが、その時染み付いていた。
妹は、大人しい子であった。
母親にひとしきり体を拭かれてから、僕のあとを追いかけてくるのが常であった。

川д川「おにいちゃん、さだにもおかぜちょーだい」

(-_-)「やだ」

川д川「どーして?」

25名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:03:42 ID:Mr035lQg0
(-_-)「一番先にとったのぼくだもん」

川д川「さだにもちょーだい、おねがい」

(-_-)「やだ」

川д川「ちょーだい! ちょーだい!」

(#-_-)「やだ!!」

川д川「う、うぅうう……! おにいちゃんのいじわるぅーーっ!」

びいびいぎゃあぎゃあと、子供の泣き声が頭の中に響く。
僕は扇風機から目線を外した。

「疋田くん」

(;-_-)「うぇっ……!?」

慌てて振り向くと、素直さんがこちらを見下ろしていた。

川 ゚ -゚)「待たせてしまったな、すまない」

(-_-)「い、いや平気……。っていうか僕のほうこそごめん、扇風機勝手に使って……」

川 ゚ -゚)「構わないよ、好きに使ってくれ」

スニーカーを脱ぎながら素直さんはあっさり許してくれた。
それでも居心地が悪くて、僕はうっすらと赤面した。
素直さんは僕の隣に座ると、まずこう言った。

26名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:04:41 ID:Mr035lQg0
川 ゚ -゚)「疋田くんはコカコーラとペプシコーラ、どっちが好きかね」

(-_-)「こだわりはないですけど……」

川 ゚ -゚)「そうか」

(-_-)「え、それが昼食とか言いませんよね?」

川 ゚ -゚)「まさか、だって今日は魚の日だって言っただろう」

(-_-)「あ、ありがとうございます……」

差し出されたペプシコーラを受け取りつつ、間抜けに礼を言った。
……とはいえコンビーフのみで昼食を済ませるような人である。
ツナ缶だって魚なのだから、そういう類のものが出てくるのではないかと僕は考えていた。
どうして、こんな食感覚を持つ人と食事をとろうという約束をしてしまったのだろうか。
レジャーシートの上に紙皿を広げる彼女を眺めながらつくづく考える。

(-_-)(うーん)

自分のことなのに、どうにもわからなかった。

川 ゚ -゚)「今日の昼食はこれだ」

(-_-)「……え?」

素直さんのナップザックから出てきたのは、ジップロックだった。
中にはマグロの赤身が四本、醤油らしき液体に浸かっている。
しかも、さくの状態で。

27名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:06:19 ID:Mr035lQg0
(-_-)「え、え、え?」

ジップロックの口が開く。
素直さんの手にはプラスチック製の先割れスプーンが握られていた。
それをさっくりと、マグロに突き刺した。

川 ゚ -゚)「よいしょっと」

彼女は器用にマグロをジップロックから引きずり出して、紙皿に乗せた。
ぺちょり、醤油が跳ね飛ぶ。
さらにもう一本も乗せる。
ぺちゃり、盛り付けもへったくれもない光景だ。

川 ゚ -゚)「はい」

(-_-)「はいと言われましても」

川 ゚ -゚)「一人二本じゃ足らなかったかな」

(-_-)「いや多いくらいですし、というか僕が言いたいのはそういうことじゃなくて!」

素直さんはさっと僕から視線を外した。
そして空いている皿に残りのマグロを盛り付けた。

(;-_-)(マグロとコーラって)

しかも素直さんはさらにワサビマヨネーズなるものを取り出した。

川 ゚ -゚)「これはセルフサービスでよろしく」

(-_-)「いや、僕は要らないです……」

28名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:07:53 ID:Mr035lQg0
渡された先割れスプーンをもらいながら僕はやっとそう返した。
魚の日。
それに偽りは、ない。

(-_-)「……素直さん、いつもこんな食事なんですか?」

川 ゚ -゚)「はぁ、ふぁいふぁひはひょうふぁふぁ」

(-_-)「あ、返事は飲み込んでからでいいです」

ぶちりと赤身を食いちぎった素直さんの口周りは醤油でベタベタであった。
もぎりもぎりと咀嚼する口。
こくんと小さく喉が鳴り、マグロがすとんと胃袋へと落ちていった。
口内に余裕ができたのだろう。
素直さんの真っ赤な舌が、ぺろりと醤油を舐め取った。
その瞬間、ほんの少し素直さんの目元が緩んだ。

川 ゚ -゚)「そうだなぁ、大体こんなもんだよ」

そう答えると、またすぐに素直さんは続きに取り掛かった。
むしりとられる赤い肉。
滴る茶褐色の液体。
おもむろに絞り出されるワサビマヨネーズ。
混沌としたその光景を見ながら、僕もマグロにかじりつく。

(-_-)「うわ、」

思ったよりも甘かった。
てっきりしょっぱいと思っていた僕は怯む。その瞬間、先割れスプーンからマグロが逃げ出した。

29名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:09:05 ID:Mr035lQg0
(-_-)(落ちる!)

慌てて皿を顔に近付ける。
べちゃ。
マグロ同士がぶつかり合い、顔に醤油が飛んだ。

(-_-)(あ、)

訂正、服にも、だ。
よりによって白いTシャツを着てきた日にこんなことになるなんて。

川 ゚ -゚)「疋田くん、勢いよく食べないと」

素直さんはそう言って、コーラを口に流し込んだ。
やっぱりいかれてる組み合わせだと僕は思った。

(-_-)「素直さん」

川 ゚ -゚)「ん」

(-_-)「なんでこんな食事ばっかりなんですか」

そう言って、腹たちまぎれにマグロにかじりついた。
ひんやりした食感は、咀嚼するごとに温くなっていく。

30名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:10:14 ID:Mr035lQg0
川 ゚ -゚)「好き嫌いが多いんだ」

(-_-)「はあ」

川 ゚ -゚)「まず米も小麦も嫌い」

(;-_-)(野菜じゃないんだ)

そんな心の声が聞こえたのだろうか。

川 ゚ -゚)「もちろん野菜も嫌いだ」

(-_-)「食べられないものばっかりじゃないですか!」

川 ゚ -゚)「そんなことはない、魚ならマグロとカツオとかつお節くらいなら食べられる」

(-_-)「少なっ」

川 ゚ -゚)「肉ならなんでも好きなんだけどな」

(;-_-)「偏食すぎますって…。ちゃんとご飯食べましょうよ」

川 ゚ -゚)「…………」

そう言った瞬間、素直さんは懐かしむような表情をした。

川 ゚ -゚)「……うん、まぁそうだな」

(-_-)「どうしたんです?」

川 ゚ -゚)「いや、同じようなことをしょっちゅう言ってきた友人のことを思い出してね」

31名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:11:21 ID:Mr035lQg0
(-_-)「友達、いたんですか」

思わずそう言って、はっとする。

(;-_-)「あ、ちが、す、すみませ……」

川 ゚ -゚)「失礼な、一人はいたよ」

(;-_-)「ひ、一人ですか……」

反応しづらい答えだった。
しかし別に気を悪くしたような雰囲気でもないので、僕はその話を聞くことにした。

川 ゚ -゚)「男なんだけど料理が上手な人でね、だから食事に関してはずいぶん口うるさく言われたよ」

(-_-)(男の、友達)

川 ゚ -゚)「最終的には諦めていたけどね。せめて週に一度魚と野菜食べてくれればいいやで妥協されたよ」

(-_-)「ああ、それでマグロ……」

川 ゚ -゚)「そういうこと」

(-_-)「お付き合い、長いんですか?」

川 ゚ -゚)「わたしが五歳ぐらいのときに知り合って、それ以来ずーっと付き合いがあるんだ」

(-_-)「長いんですね」

32名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:13:47 ID:Mr035lQg0
相槌を打ちつつ、どんな人なのか僕は想像しようとした。
しかしどうにもうまく出来なくて、ただ話を聞くだけに止まった。

川 ゚ -゚)「ここの大学にも通っていたんだよ。卒業できなかったんだけどね、彼……」

(-_-)「へえ……。あ、そうだ、素直さんって学科はどこに所属してるんですか?」

すると、素直さんの眉が一瞬動いた。

川 ゚ -゚)「あー……大学に通ってたのはその友達だけでね。わたしは通ってないんだよ」

(-_-)「……へ?」

川 ゚ -゚)「中卒なんだよ、わたし。で、その友達が色々と面倒を見てくれて仕事にもありつけて」

(-_-)「は、はぁ」

川 ゚ -゚)「ちょっと特殊な仕事だから暇な時が多くてね。そういう時に彼の元に押しかけてよく課題の邪魔をしたもんだ」

(;-_-)「…………」

気付くと素直さんの皿も、ペットボトルも空になっていた。
一方の僕はというと、マグロが半分と丸々一本残っていた。
話を聞いているうちに食欲が失せてしまったのだ。
コーラを飲んでお腹が膨れていたせいもあるのだろう。

川 ゚ -゚)「食べないのか?」

(-_-)「あー、はい。それにもうすぐ授業が終わっちゃいますし」

33名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:15:50 ID:Mr035lQg0
シートの上に皿を置いて、僕は頭を下げた。
この後授業を控えている身としては今のうちに撤退しなければいけなかった。
でないと廊下に人が溢れかえって、階段を降りられなくなるからだった。

川 ゚ -゚)「明日は暇かね」

(-_-)「午後一で授業あるんですよねー……」

川 ゚ -゚)「そうか」

素直さんは僕の皿を拾い、短く返事をした。

川 ゚ -゚)「なら明後日は」

(-_-)「明後日はー……、二限空いてますね、午後」

川 ゚ -゚)「そうか、だったら」

(-_-)「もう僕の分のお昼はいいですよ」

川 ゚ -゚)「……そうか」

(-_-)「あの、今度からは自分のお弁当持って行くんで」

川 ゚ -゚)「…………」

(-_-)「それでもよかったら、明後日お昼食べましょうよ」

すんなりと、噛まずにそんな言葉が出ていった。
深く考えて言ったわけではない。
でも、不思議と悪い気はしなかった。

34名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:17:10 ID:Mr035lQg0
川 ゚ -゚)「わかった」

素直さんはそう言って、またマグロにかじりついた。

(-_-)「マグロ、ごちそうさまでした」

川 ゚ -゚)「ん」

短い返事を聞いて、僕は喫煙所を出た。
雲間からは弱々しく日差しが差し込んでいた。
今日の天気予報は、少しだけ当たっていたらしい。
若干晴れやかな気分になり、僕は屋上を後にした。

35名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:18:52 ID:Mr035lQg0







明後日午後一時過ぎに、またこの喫煙所で。







.

36名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:21:28 ID:Mr035lQg0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
うっかり失言するタイプ。悪気はない

川 ゚ -゚) 素直クール
うっかり絶食するタイプ。胸はない


マグロのヅケ
特売日に買って冷凍していたマグロを使用。半解凍の状態で大学に持ってきたので食べる頃にはいい感じに溶けてたらしい

37名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 00:23:22 ID:Mr035lQg0
おまけ

(-_-)(うっわ醤油くさ……。まだこの後にも授業あるのにやだなー……)

(-_-)(というか素直さん、躊躇いもなく僕の食べかけ食べてたよな)

(-_-)(僕ああいうの出来ないんだよなー、やっぱりちょっと変わってるよ素直さん)

38名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 01:03:11 ID:QGFr1zHM0

うっかり絶食ってうっかりし過ぎだろwww

39名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 07:28:03 ID:dRi/hnnk0
なるほど充電式だったか

40名も無きAAのようです:2015/09/03(木) 10:25:16 ID:5AlfFK0k0
おつ

41名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 08:41:11 ID:YBKwIkug0
胸がない、だと……!?

42名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:13:49 ID:s3BJXeBA0
午前十一時五十分。
僕は学食にいた。
この後一緒に授業を受けるブーンとここで落ち合う約束をしていたのだ。

(-_-)「よっす」

( ^ω^)「おいすー。相変わらずヒッキー来るの早いお」

(-_-)「さっき受けてた授業の先生、いつも早く切り上げるからさ」

( ^ω^)「羨ましいおー、はい」

(-_-)「さんきゅ」

渡されたトレイを台に乗せ、僕たちは列に並んだ。

( ^ω^)「ヒッキー何にするんだお?」

(-_-)「ミックスフライ定食かなー。今日ハムとメンチと肉じゃがコロッケだってよ」

(*^ω^)「おっおっ、じゃあ僕もそれにするお、好きなものばかりだおー」

そう言って舌ったらずなこの友人は、ふくよかな頬を蕩かして笑みを浮かべた。

(-_-)「お前嫌いなものないじゃん」

フライと千切りのキャベツが死ぬほど乗った皿を貰いつつ、僕はそう返す。

( ^ω^)「好き嫌いないと人生楽しいおー。あ、ご飯大盛りで」

(-_-)「僕少なめで」

43名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:15:27 ID:s3BJXeBA0
気風のいいおばちゃんたちの声が返ってくる。
無造作に置かれた茶碗と味噌汁をトレイに乗せて、惣菜のコーナーへと向かう。
ここでは毎日三品ずつ惣菜が置かれていて、好きなものを取っていっていいのだ。
一皿百円という安さと素朴な味が売りでついつい手が伸びてしまう魔のスポットでもある。

( ^ω^)「ひじきと切り干し、どっちにしようかおー」

(-_-)「高野豆腐の煮物は?」

( ^ω^)「あれは飲み物だお」

(-_-)「頭おかしい」

( ^ω^)「だって噛めば噛むほどダシがじゅわっとするんだお?」

(-_-)「まあそうだけど……。うわ全部取ったよ、デブだ」

( ^ω^)「そんなの知ってるおー」

鼻歌交じりにブーンは答える。
僕は何も取らずにそのまま後を追う。

(-_-)「いいよなー実家暮らしのブルジョア様は」

お金を払いながら、思わず僕は呟く。

( ^ω^)「それならまだ素直にすねかじりって言われた方が気持ちいいお」

言い回しが嫌みったらしいと言われ、僕は笑って誤魔化した。
だけどそんなに怒ってはいないだろう。
ブーンは優しい奴だった。

44名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:16:21 ID:s3BJXeBA0
僕が実家とうまくいっていないことをやんわりと話した時、彼はそれ以来僕に気を使ってくれるようになった。
無理に実家と和解した方がいいとかそういう事も言わないので、とても気が楽であった。

(-_-)「うわお前醤油かけすぎじゃね?」

( ^ω^)「そうかお?」

(-_-)「つーか前から思ってたけどなんでフライに醤油かけんの?」

( ^ω^)「こっちの方が香ばしくておいしいおー、ヒッキーこそ毎回毎回中濃ソースとか飽きないのかお」

(-_-)「昔からこれ一筋だもん」

そんな事を話しながら席に座る。

(-_-)「ブーンレモンくれよ、どうせ要らないだろ?」

( ^ω^)「おっおー、助かるお」

(-_-)「さんきゅー」

フライにレモンをかけるのは好きだった。
唐揚げにも当然かける派だ。
さっぱりするし風味だって良くなる気がするのに、どうしてみんな嫌がるんだろうかと時々考える事もあった。

(-_-)(あーでも醤油とレモンは合わないかもなぁ)

大口を開けてハムカツにかじりついているブーンを見ながらそんな事を思った。
相変わらずでかい口である。
僕なら五口で食べるそれを、ブーンは二口で食べてしまうのだ。

45名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:17:16 ID:s3BJXeBA0
ご飯をもりもりとかっこむ姿に釣られて僕もどんどん食が進んでいった。
なんといっても今日のお楽しみは肉じゃがコロッケである。
粗めに潰したじゃがいもに甘辛い白滝や牛肉、ちょっと濃いめのこの味がいいのだ。
一度食べればもう病みつきになってしまうと僕は確信していた。

( ^ω^)「あー幸せだお」

(-_-)「それな」

短く言葉を交わし、再び咀嚼に集中する。
そういえば素直さんはじゃがいもも嫌いなんだろうか。
一応野菜の部類ではあるから嫌いなのかもしれない。
こんなにおいしいものも食べられないんだとしたら、それはずいぶん損している気がした。

(-_-)「なー、ブーン」

( ^ω^)「なんだお、ハムカツくれるのかお」

(-_-)「あげねえよ。じゃなくて、ブーンって昔からなんでも食えた方なの?」

うーん、とブーンは考え込む。
考えながら味噌汁をずぞぞぞとすすり、高野豆腐を口に放り込んだ。

(;^ω^)「……ゔっ!」

えづくような、しかしそれが不発に終わったような声。
胸元をどんどんと叩く仕草。

(;-_-)「ちょっ」

46名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:18:35 ID:s3BJXeBA0
慌てて水を差し出すと、ブーンは奪い取った。
そしてごきゅごきゅと盛大な音を立て、飲み下した。

( ^ω^)「危なかったおー……。ありがとだお……」

(-_-)「いっぺんに高野豆腐二個も食うからだろ」

( ^ω^)「気をつけるお」

(-_-)「つーか高野豆腐は飲み物だったんじゃないんかよ」

( ^ω^)「謹んで訂正するお。で、好き嫌いの話だっけお?」

頷くと、ブーンはキャベツをわしわしと食べながらこう言った。

( ^ω^)「子供の頃はハンバーグとフライドポテト以外食べなかったお」

(-_-)「うわデブだ」

( ^ω^)「はいはい」

(-_-)「それはともかくすごい偏食だな。親苦労したんじゃねえの?」

( ^ω^)「よく幼稚園の先生にお弁当の彩りを良くしろって怒られたってかーちゃん言ってたお」

(-_-)「それが今じゃ雑食だもんな」

( ^ω^)「夏休みにばーちゃんの家に泊まったらぬか漬けと煮物のオンパレードで食べるものなかったんだお。しかも二週間くらい預けられてたから仕方なく食べてみたら意外と慣れちゃったっていう」

(-_-)「へー」

47名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:20:11 ID:s3BJXeBA0
他に食べるものがなければ出されたものを食べるしかない。
そういうある意味極限の状態になれば素直さんも肉以外のものを食べるのかもしれないな、と僕はおもった。

( ^ω^)「突然どうしたんだお」

(-_-)「いや、よく食べるよなーってふと思っただけ」

( ^ω^)「そうかおー」

むしゃむしゃと切り干し大根をつまむ様を見ながら僕は考える。

(-_-)(素直さん、今なにしてんだろ)

48名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:21:20 ID:s3BJXeBA0
川 ゚ -゚)(ふう)

心の中でため息を吐きながら、素直クールは部屋の中を見渡した。
真夏の時よりも幾分か和らいだ日差しが喫煙所を明るく照らし、先ほどセットしたばかりの扇風機がせっせと動いていた。

川 ゚ -゚)(静かだ)

そう思いながら素直はレジャーシートに座り込んだ。
履いてきたサンダルを適当に床へ置くと、彼女の心はもう食事のことで頭がいっぱいであった。

川 ゚ -゚)(うまくできてるといいな)

なにせ昨夜から仕込んでいたものである。
初めて作った料理に、素直は緊張と興奮を抱いていた。
ナップザックからタッパーが取り出される。
その中に入っていたのは、鳥モモ肉の煮込みであった。
骨付きのそれを素直は引っ掴むとすぐさま口へ運んだ。

川 ゚ -゚)(うまい)

ことこと三時間ほど煮ていた甲斐があった、と素直は微笑んだ。
といっても実際には口角がほんの少しあがっただけであった。
昔から素直は感情を表に出すのが苦手だった。
いつも無表情で、気持ちを言語として吐き出すこともなく、露骨に声色が変わることもなかった。
これはもう素直が子供の時からの癖であった。
あまりにもそれが不気味だったせいか、彼女は無視されることが多かった。
いじめにもあったが、あまりにも反応がないためすぐに飽きられた。
優しく接する人もいたが、彼女は口を鎖し続けた。
どうしてだろうか、この世のものにあまり素直は興味を持つことが出来なかったのだ。
ごく少数の人間と、食事以外に関しては。
ふと素直の手が止まる。

49名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:22:22 ID:s3BJXeBA0
川 ゚ -゚)(静かすぎる)

知り合ったばかりの疋田との会話は決して弾んでいるとはいえなかった。
しかし、それでも素直はこの静寂にどことなく落ち着くことが出来なかった。
高速で運転する羽根の回転音。
それに煽られ時折揺れるレジャーシートの軽やかさ。
肉をむしられて軋む骨。
咀嚼と嚥下によって内に響く音色。
それだけでは物足りない。

川 ゚ -゚)「…………」

素直は六本目に着手した。
これが最後の一本であった。

川 ゚ -゚)(食べるのは簡単だよな)

それに至るまでの過程は膨大な時間がかかるというのに、と素直はいつも思っていた。
交わり、孕んで、産み、育て、管理し、〆て、バラして、卸し、並べ、買い、調理して、やっと口に入るというのに。

川 ゚ -゚)(噛んで飲み込むだけ)

その食事の容易さというのは、どうにも不思議で仕方がなかった。
他の命を奪い、生の糧にするという行為は、どうしてこんなにも気兼ねがないのだろう。
素直は時々そんなことを考えながら、食事をしていた。

川 ゚ -゚)「ああ」

食べ終わってしまった。
文字通り骨だけになってしまった鳥をタッパーに仕舞いこむ。
それをまたナップザックに入れた素直は、それを枕にごろりと寝転んだ。

50名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:24:08 ID:s3BJXeBA0
川 ゚ -゚)(お腹いっぱいだ)

満たされた。
これで今日を生きていける。
生きたとて、何の意味もない無為な生だが。

川 ゚ -゚)(だけども生きなければ)

ゆっくりと目が閉じられる。
素直は瞑想した。
そして心の音へ耳をそばだてた。
一定のリズムで刻まれるそれは眠気を誘った。

川 ゚ -゚)(…………)

何も考えず、何も感じず、ただその行為に集中した。
そのうち、とくんとくんという音に混ざって足音が聞こえてきた。

とくん、さり、とくん、さり。

とくん、さり、さり、とくん、さり、さり。

さり、……、さり、……。

足音が、止まる。
素直は目を開けた。

( ・∀・)「あ、起きた」

柔和な表情の男が、素直の顔を覗き込んでいた。

51名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:25:09 ID:s3BJXeBA0
川 ゚ -゚)「……久しぶりだな、モララー」

無意識に素直は笑いかけた。
モララーと呼ばれた男は、シートに座り込んだ。

川 ゚ -゚)「靴くらいちゃんと揃えたほうがいいと思うぞ」

無造作に脱ぎ散らかされたそれを見て、素直はそう言った。
モララーは全く気にせずに笑った。

( ・∀・)「相変わらずだなー」

川 ゚ -゚)「わたしより育ちがいい癖にそれはどうかと思うんだ」

( ・∀・)「お前だから別にいいかなって」

川 ゚ -゚)「おい」

( ・∀・)「遠慮しなくていい相手だからさ」

川 ゚ -゚)「まったく」

そう言いながら素直はコカコーラを取り出した。

川 ゚ -゚)「飲む? 昼食はさっき全部食べてしまったから何も残ってないんだ」

( ・∀・)「お気遣いなく。ところでまだ肉しか食ってないわけ?」

川 ゚ -゚)「たまには野菜も魚も食べてるよ」

( ・∀・)「ああそう、ちっとはマシになったのか」

52名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:25:54 ID:s3BJXeBA0
川 ゚ -゚)「ただ未だに油断すると食事を忘れてしまうんだけどな」

( ・∀・)「おいおい」

川 ゚ -゚)「一日に一食は食べるようにしてるぞ」

( ・∀・)「三食食えっての、そんなんだからガリガリなんだよ」

川 ゚ -゚)「別にいいよ、そんなに食べたいと思わないんだ」

( ・∀・)「そういや昔一週間食い忘れて部屋で倒れてたよな、貧血で」

川 ゚ -゚)「そんなこともあったな」

( ・∀・)「しかもお粥作ろうとしたら要らないとか言いやがるし」

川 ゚ -゚)「米は嫌いだって君も知ってるだろう」

( ・∀・)「胃に優しいものから食べさせないとって頭があったんだよ。なのに結局アクエリアスと牛のハラミがほしいとか言うし」

川 ゚ -゚)「肉がいいんだよ、その方が元気になるから」

( ・∀・)「まあまさか一キロもハラミ食うと思わなかったけどな!」

川 ゚ -゚)「あの時のハラミはおいしかったなぁ」

懐かしむような一言の後、会話は途切れた。
といってもほんの数秒の出来事であった。

53名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:29:52 ID:s3BJXeBA0
( ・∀・)「……昨日のことみたいに思い出せるな」

川 ゚ -゚)「忘れるわけがないだろう、君との記憶なんだから」

( ・∀・)「はは、そうか」

軽く笑い、モララーはクーの手首へと視線を移した。

( ・∀・)「長袖で暑くねえの?」

川 ゚ -゚)「慣れればどうということもない」

( ・∀・)「ああ、そう」

川 ゚ -゚)「なんだ、まだ負い目を感じてるのか?」

( ・∀・)「別に」

川 ゚ -゚)「からの?」

( ・∀・)「嘘、まだ気にしてる」

川 ゚ -゚)「気にしなくていいのに」

無意識に左手首を撫でながら、素直はそう返す。

川 ゚ -゚)「切ったのは君のせいじゃない」

( ・∀・)「俺のせいだよ、お前に死ねって言ったんだぞ」

54名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:31:09 ID:s3BJXeBA0
川 ゚ -゚)「でもそれを真に受けて切ったのはわたしだ」

( ・∀・)「ばーか、俺が言わなきゃそんなことにならなかった」

川 ゚ -゚)「馬鹿って言った方が馬鹿だ。でも悪いことばかりでもなかったよ」

( ・∀・)「たとえば」

川 ゚ -゚)「自殺未遂したってのがたちまち伝わって友達が君以外に出来なかった」

( ・∀・)「恨み言かっ」

川 ゚ -゚)「いや、わたしは君以外に友達は欲しくなかったから」

( ・∀・)「コミュ障め」

川 ゚ -゚)「でもこの間ここに人が来てさ」

( ・∀・)「……へえ、俺たち以外にここに来ようって思った奴がいるんだな」

川 ゚ -゚)「懐かしいよな、わざわざここの鍵壊して勝手に鍵を新調してさ」

( ・∀・)「まだばれてないっていうのがすごいよな」

川 ゚ -゚)「だれも立ち寄らない寂しいところだからだろう。まさか喫煙所があるとは思わなかったけども」

( ・∀・)「掃除したなー、あと扇風機も買って」

川 ゚ -゚)「冬はカイロでしのいでさ」

55名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:32:46 ID:s3BJXeBA0
( ・∀・)「そもそも誰が屋上でご飯食べたいって言ったんだっけ?」

モララーの言葉に、素直は考え込んだ。
どちらが先だったんだろうか。
それとも、違う誰かが言ったのか。

川 ゚ -゚)「忘れた」

( ・∀・)「俺も」

川 ゚ -゚)「忘れることもあるんだな」

( ・∀・)「そりゃあるだろうよ、全部のことは覚えてられないんだから」

川 ゚ -゚)「…………」

( ・∀・)「なんだよ」

川 ゚ -゚)「……寂しいことだよな、って思ったんだよ」

それを最後に、素直は再び寝転がった。

( ・∀・)「クー」

呼びかけられても、素直は瞼を閉じたまま押し黙った。
モララーは何か言いたげな表情をしたものの、結局それを言うことはなかった。

「またな」

その言葉とともに、足音が素直の鼓膜を揺らした。
さり、さり、と遠ざかる音を聞きながら、素直は眠気に身を任せることにした。

56名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:34:22 ID:s3BJXeBA0







午後一時を過ぎれば、また彼が来る。







.

57名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 12:35:23 ID:s3BJXeBA0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
一度心を許すとやたら毒舌になる人

( ^ω^) ブーン
数少ない疋田の理解者だが色々と恵まれている人物

川 ゚ -゚) 素直クール
執着したものの全てを把握していたいのに忘れてしまう一般的な俗物

( ・∀・) モララー
クーが認めた唯一の友人とは言いつつも友人の範疇を超えている気がする人

ミックスフライ定食
揚げ物三種と漬物と千切りキャベツが乗ってる豪華な定食。なんと三百円でたべられてしまう

骨付き鳥モモ肉の煮込み
白ダシとみりんと醤油で味付けしたあっさりした煮込み。落し蓋をし忘れて一度焦がしかけたもののわりとおいしくできたらしい

58名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 14:33:29 ID:dIRuRuQM0
おつおつ!面白かった
クーとモララーの関係とかヒッキーの家族とか気になる事が多い
ミックスフライ定食安っ!!

59名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 18:15:02 ID:CLcl3efo0
面白いな
期待

60名も無きAAのようです:2015/09/04(金) 18:34:30 ID:S/OHLY7k0
乙〜

61名も無きAAのようです:2015/09/05(土) 00:08:22 ID:LK9gsfBg0

いい雰囲気で好きだな
骨付き鶏ももの煮物、うちでも作ってみよう

62名も無きAAのようです:2015/09/05(土) 07:41:45 ID:VsHxwFKY0
おつ!

63名も無きAAのようです:2015/09/05(土) 13:23:14 ID:J0o.4nE60
タイトルって「食る(ほる 意味:欲する)ようです」でいいのか?
それとも「たべるようです」?

64名も無きAAのようです:2015/09/05(土) 16:01:53 ID:V6hCMs020
勝手にくーるって読んでた

65名も無きAAのようです:2015/09/05(土) 17:58:20 ID:17/M3H.w0
おまけ

( ^ω^)「ところでヒッキー」

(-_-)「なに?」

( ^ω^)「お前彼女出来たって本当かお」

(;-_-)「は、はぁ!?」

( ^ω^)「僕は聞いてしまったんだお、黒髪ロングの清楚系美女がヒッキーと一緒にいるって噂を!!」

(;-_-)(ぐっ……! 否定できない……! というか見られてたのか!?)

( ^ω^)「さあ吐け、吐くんだお」

(;-_-)「ごちそうさまっ!」

( ^ω^)「あーっ! ずるいおヒッキー! 肉じゃがコロッケを囮に逃げるなんておー!!」

(-_-)(さらば肉じゃがコロッケ……お前のことは忘れない……。というか食べたかった……)

66名も無きAAのようです:2015/09/05(土) 18:01:13 ID:17/M3H.w0
おまけを書き忘れていたので置いておきます

タイトルについては「ほる」、「たべる」、「くうる(くーる)」を掛けたものなのでこれといって決まった読み方はありません
>>63>>64も正しいということでここはひとつ

67名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 00:55:27 ID:Yh6VbZzk0
なるほど

68名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 17:48:00 ID:MSIlw0zM0
午後一時十分前。
「ミカン」のロビーで僕は素直さんとたまたま落ち合った。

川 ゚ -゚)「奇遇だな」

(-_-)「ですね」

短く言葉を交わし、僕たちは屋上へと向かう事にした。
ロビーには暇を持て余している学生たちがたむろしていて、素直さんが抱えている大荷物を不思議そうに眺めていた。

(-_-)「思ったんですけど」

川 ゚ -゚)「なんだね」

(-_-)「守衛さんとかに止められたりした事ってないんですか?」

川 ゚ -゚)「ないな」

(;-_-)(ザル警備!)

川 ゚ -゚)「正門のところにイチョウの木があるだろう」

(-_-)「あ、はい」

川 ゚ -゚)「秋になるとあれを拾いに近所のおばちゃんたちが来るぞ」

(-_-)「ええ……」

川 ゚ -゚)「時には宗教勧誘をしに来た人たちまで学内をうろついていることもある」

(-_-)(守衛さんのいる意味)

69名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 17:48:57 ID:MSIlw0zM0
川 ゚ -゚)「そういうわけだから扇風機持ってうろうろしたところでなんら支障はないのだよ」

三階に着いた。
素直さんはあたりを見渡し、人気がないことを確認するとさっと階段を上っていった。
僕もそれに倣い、後を追った。

(-_-)「そういえば四階からは屋上って見えないんですかね」

「ミカン」は凹のような形をしていて、くぼみの部分に屋上が来るようになっている。
四階の教室からはちょうどこちらを見下ろすような形になってしまう。
もしかするとそこから覗いた人に噂されてブーンの耳に入ったのかもしれないと考えたのだ。

川 ゚ -゚)「四階は窓に暗幕が貼られているんだ」

ダイアル式の錠前を外しながら、素直さんは答える。

川 ゚ -゚)「あそこはプロジェクターを使うことを前提とした部屋だから一年中閉めっきりでね」

(-_-)「へー……」

川 ゚ -゚)「鍵もついているし、そうそう滅多に人は来ないから安心しろ」

(-_-)「なるほど」

鉄扉を開けて外に出る。
緩やかな風が吹く。
薄い雲がかかりつつも青い空が広がる今日は、どことなく秋めいた気候になっていた。

70名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 17:50:22 ID:MSIlw0zM0
川 ゚ -゚)「昔は鍵がついてなかったんだが、人目につかない場所だから悪いことをする奴がいたせいでああなったんだそうだ」

(-_-)「悪いこと?」

川 ゚ -゚)「セックスとか」

(;-_-)「!?」

こともなげに言われた単語に、僕は危うくつまづきそうになった。
そんな事にも気付かず、素直さんは自動ドアを開けた。

川 ゚ -゚)「そもそもここはさ」

(;-_-)「は、はい」

川 ゚ -゚)「ただの屋上ってわけじゃなかったんだと思うんだ」

(-_-)「というと?」

レジャーシートをもらい、僕は床へと敷いた。
青いそれはバサバサと音を立てて広がった。

川 ゚ -゚)「この建物が建てられた時は今よりも喫煙には大らかで、たくさんの人がここに来たんだと思うんだ」

(-_-)「…………」

川 ゚ -゚)「きっと本当はみんなの憩いの場として設計されていたんだろうよ」

(-_-)「なるほど」

川 ゚ -゚)「……モララーが入学した時には、もう閉鎖されていたんだけどね」

71名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 17:51:57 ID:MSIlw0zM0
(-_-)「モララーさん?」

川 ゚ -゚)「わたしの唯一の友人だ」

(-_-)「ああ」

置かれた扇風機のスイッチに、白い指が伸びていく。
弱運転。
今日はそこまで暑くない。

川 ゚ -゚)「どうしてここに来たか忘れてしまったんだ」

(-_-)「忘れたんですか」

川 ゚ -゚)「わたしがここに行こうと言ったのか、それともモララーか、あるいは別の人なのか」

感慨にふけりながら、素直さんはどでかいタッパーを取り出した。
僕はコンビニで買ってきたおにぎり二つを引っ張り出した。
しゃけと梅干しだ。

川 ゚ -゚)「……まぁ、こんな話をしても仕方ないな。つまらないだろう」

(-_-)「そんな事ないですよ。僕、もっと素直さんのお話を聞きたいです」

自然と口から出ていった言葉に、僕は赤面した。

(-_-)(なんだこれ……)

引かれてしまうのでは、と不安な気持ちになった。
が、それは杞憂であった。

72名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 17:53:20 ID:MSIlw0zM0
川 ゚ -゚)「……そうか」

素直さんはそう言って、タッパーを開けた。

(-_-)「……なんですかそれ」

川 ゚ -゚)「もやしと貝割れ大根を茹でたものだ」

(-_-)「なんでその取り合わせなんです……」

川 ゚ -゚)「これしか食べられる野菜がないんだ」

そう言って、素直さんはナップザックからポン酢を取り出した。
とぽとぽとそれを回しかけ、箸で満遍なく混ぜ合わせた。

(-_-)(偏食にもほどがある……)

何度目なのかわからない感想を抱きながら、僕はおにぎりを口に運んだ。
素直さんもむしゃむしゃともやしをかっ食らった。
しゃきしゃきとした音がこちらまで聞こえてくる。
それでも彼女の表情はどことなく暗く、今までよりも勢いが少し失せていた。

(-_-)(嫌々食べてるんだなー)

モララーさんという唯一の友達に言われたから、こうして野菜を食べているだけなのだろう。
だけど逆に考えると、素直さんにそこまで影響を与えられる人間だということになる。

(-_-)(どんな人なのだろう)

僕は聞きたくて仕方がなかった。

73名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 17:55:11 ID:MSIlw0zM0
(-_-)「あの、素直さん」

川 ゚ -゚)「なんだ」

(-_-)「素直さんってなんの仕事をしてるんですか?」

とりあえず僕は遠回しに聞いてみた。
件の友人から仕事の面倒も見てもらっているという話をこの間していたはずだった。
そこから話を広げれば、きっと自然にモララーさんの話にもつながるだろうと僕は考えていた。

川 ゚ -゚)「うーん、なんて説明すればいいか」

(-_-)「そんなに特殊な仕事をしてるんですか?」

川 ゚ -゚)「まあね。疋田くんは事故物件という言葉を知っているかな」

事故物件。
そこに住んでいた人が自殺や事件、事故などで亡くなってしまった家を指す用語。
実生活ではあまり耳にすることのない、死を予感させる言葉。

(-_-)「知ってますけど……」

川 ゚ -゚)「そういう物件は、特に自殺が起きた部屋なんかは次に入居した人にそれを伝えなくてはいけないんだけどもね」

(-_-)「ええ」

川 ゚ -゚)「この告知義務というのはその次の次に入った人には通用しなくなるのだよ」

(-_-)「聞いたことあります、自分から聞かないとそういうのが伏せられている物件もあるって」

74名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 17:56:29 ID:MSIlw0zM0
川 ゚ -゚)「そう。で、わたしの仕事というのはそういう物件が出たらそこに引っ越して住むことなんだよ」

ということはつまり、素直さんがそこに住んでしまえばその次に来る人にはわざわざどんな事情があったのかを伝えなくて済むということだ。
そんな仕事があるとは夢にも思わず、僕は思わず絶句した。

(-_-)「……あの、人が死んだところに引っ越していくんですよね」

川 ゚ -゚)「そうだ」

(-_-)「怖く、ないんですか」

川 ゚ -゚)「人が死んだ場所なんかどこにでもあるからそんなには」

(-_-)「幽霊とか……」

川 ゚ -゚)「生憎霊感はないのでね」

(-_-)「……すごい仕事をしてるんですね」

川 ゚ -゚)「とは言っても依頼された物件はあくまでも仮の家みたいなものだから、荷物は最小限しか運ばないんだ。事務所を別に借りていて、大事なものや私物は全てそこに置いてある」

(-_-)「ふーん……」

おにぎりを食べる手が止まっていることに気付き、僕はようやく一口かじった。
海苔はとっくに湿気ていて、僕の唇へとへばりついていった。

川 ゚ -゚)「友人は……、モララーは不動産屋の息子でね。学のないわたしにも出来る仕事を教えてくれたんだ」

(-_-)「……モララーさんって、どんな人だったんですか?」

75名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 17:59:19 ID:MSIlw0zM0
川 ゚ -゚)「性悪でおしゃべりで何やらせてもそつなくこなす嫌味な奴だったよ」

(;-_-)「!?」

川 ゚ -゚)「そのくせ妙に正義感が強いところがあって面倒事に首を突っ込むところがあってだな」

そう語る素直さんの目は懐かしげに潤んでいた。
どっぷりと思い出に浸るような、目。
見つめ過ぎるとこちらまで深淵に引きずりこまれそうな、そんな予感がした。

川 ゚ -゚)「わたしは、むかし、」

(-_-)「?」

川 ゚ -゚)「……いや、なんでもない」

(-_-)「え、なんですか」

川 ゚ -゚)「気にしないでくれ」

(-_-)「ええ……」

その言葉の先につながる言葉が、気になった。
けれどもよく考えてみれば、出会ってそんなに日が経っていないのだ。

(-_-)(無理に聞いちゃダメだよな)

仕方がないのでもう一口おにぎりをかじろうと口元に持っていった時だった。
僕のスマホがけたたましく鳴り響いた。

76名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 18:02:03 ID:MSIlw0zM0
(;-_-)「えっ、あ!?」

ディスプレイを見ると、そこにはブーンの名前が表示されていた。

川 ゚ -゚)「出ないのか?」

(-_-)「うーん、ちょっと席外しますね」

そう言いながら僕は通話ボタンを押した。

(-_-)「どしたん?」

片手でゆっくりと自動ドアを開けつつ僕は聞く。

( ^ω^)「おいすー、暇かお?」

(-_-)「暇じゃない」

( ^ω^)「もしかして彼女としっぽりやってるところかお?」

(-_-)「ちーがーう!」

( ^ω^)「遠慮しなくていいんだお、僕も友情よりツンを取る男だからその気持ちはわかるお……」

(-_-)「違うって言ってんだろ」

( ^ω^)「でも! だからって! 隠し事しなくてもいいじゃないかお!」

(#-_-)「人の話を聞けぇぇぇ!!!」

77名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 18:04:01 ID:MSIlw0zM0
途端、ブーンの笑い声が聞こえてきた。

( ^ω^)「分かってるお、冗談だお」

(-_-)「どーだかな」

( ^ω^)「ごめんだっておー。実はこの後にある心理学の課題やり忘れたから大天才のヒッキー様にご助力を賜ろうかと思って連絡したんだお」

(-_-)(相変わらずよく回る口だ……)

ブーンの饒舌さは聞いていてうらやましいところがある。
愛嬌があるし、なにより聞いていて楽しいからむかつくという気分にはならないのだ。

(-_-)「しょうがねえなぁ……。結構範囲広いから今からじゃないと間に合わないぞ」

( ^ω^)「おっおー! サンキューなんだおヒッキー!」

(-_-)「今ミカンにいるけどどうする?」

( ^ω^)「僕がそっち行くおー、ロビーでいいかお?」

(-_-)「ん、じゃあそれでよろしく」

電話を切り、僕はため息を吐いた。
今日はゆっくり素直さんと話せるかと思ったのに、とんだ邪魔が入ってしまった。

(-_-)「すみません、ちょっと急用ができたんで今日はこれで帰ります」

素直さんは遅遅ともやしを咀嚼し、頷いた。

78名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 18:07:50 ID:MSIlw0zM0
川 ゚ -゚)「気にするな」

(-_-)「ありがとうございます、本当はもっとお話ししたかったんですけどね」

すると素直さんは、なんの気もなしにこう言った。

川 ゚ -゚)「明日焼き肉に行こう」

(;-_-)「……へ?」

川 ゚ -゚)「わたしのメアドと電話番号だ、好きな方で連絡を取ってくれ。昼でも夕方でも適当に待ち合わせして行こう」

(;-_-)「あ、あ、あの、」

川 ゚ -゚)「ああもしかして、明日も用事が? 授業が休みでも色々やることがあるなら申し訳なかった」

(;-_-)「そうじゃなくて! うれしいんです!」

思わず叫びながら、僕は手渡されたメモをポケットに突っ込んだ。

(*-_-)「授業、終わったらメールしますから! 六時過ぎくらいに、きっと!」

川 ゚ -゚)「ああ、待ってる」

その言葉を背に聞きながら、僕は慌てて喫煙所を飛び出した。
真っ赤に染まった耳を見られないように、なるべく早く。

79名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 18:12:09 ID:MSIlw0zM0







夕方六時過ぎに連絡します






.

80名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 18:15:03 ID:MSIlw0zM0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
お察しの通り童貞です

川 ゚ -゚) 素直クール
恋というものを具体的には理解していないお姉さん

( ^ω^) ブーン
実は彼女がいます、爆発しろ

もやしと貝割れ大根を茹でたやつ
もやしを熱湯でさっと茹でたら貝割れ大根を入れておいたザルでお湯を捨てて出来上がり、こんなの料理じゃない

おにぎり(しゃけと梅干し)
大学の購買で百円セールをしていたので買いましたとさ

81名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 18:16:03 ID:MSIlw0zM0
おまけ

( ^ω^)「おいすー、って顔真っ赤だお。どうしたんだお?」

(;-_-)「え? あはは、今日ちょっと暑いからじゃないかなぁ? ははは」

( ^ω^)(ヒッキーが壊れたお)

(-_-)「それより早く写せよ、今日の提出分は精神病とノイローゼの違いのまとめだから結構怠いぞ」

( ^ω^)「了解だおー、恩に着るお」

82名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 18:27:53 ID:Kwg3.0yY0
おつおつ!
もやしと貝割れ大根か……クーの食生活は本当に極端なんだな

ついに屋上以外の場所で会うのか!
いつもと違う場所で会うのってなんかいいよなあ…

あと彼女がいるブーンは爆発すればいい

83名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 21:24:23 ID:ofMUHCBE0
おつー

84名も無きAAのようです:2015/09/06(日) 23:43:45 ID:OETq9QB60
おつつつ

85名も無きAAのようです:2015/09/08(火) 01:01:18 ID:vGHllnSw0
乙!
食生活が友人に似てる
最近は玉ねぎ食べてるみたいだけどちょっと前は白ごま食べてた

86名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:18:12 ID:n5nLxdoM0
午後五時半よりも少し前。
日府駅前のカフェで僕は三杯目のコーヒーを飲んでいた。

(-_-)(あー、あー、あー)

素直さんとの待ち合わせの時刻が刻々と近付いてきている。
僕の頭の中は意味のない叫びで埋め尽くされていた。
それを打ち消そうと僕はブラックコーヒーをせっせと消費していた。

(-_-)(屋上以外で素直さんと会える)

たかが食事、されど食事。
なにせ僕は女性と二人きりで食事に行ったことがなかった。

(-_-)(あー、あー、やばい、帰りたい)

緊張だけが強調されて、僕は疎ましくなった。
くいとカップを傾けると、もう底の方が見えてきていた。
さてどうしようか。
二杯目からはおかわりが百円引きになるので調子に乗って飲んでしまっていたが、流石に四杯目はやりすぎだろうか。

(-_-)(というかやっぱり割り勘だよな、焼肉)

こすっからいことを考えながらコーヒーを飲み干した。
二つ返事で約束してしまったものの、ここで使い過ぎたら家賃光熱費食費その他に多大な影響が出てしまう。

と、その時スマホから着信音が流れてきた。

(-_-)(素直さんだ!)

昨日登録したばかりの名前が表示されていて、思わずにやけそうになる。

87名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:20:07 ID:n5nLxdoM0
(-_-)「は、はい、疋田です」

川 ゚ -゚)「素直だ、日府駅の中央改札にいるんだが」

(-_-)「あ、その先にVictory Parlorっていう喫茶店があって、今そこにいます」

川 ゚ -゚)「わかった、今向かう」

お願いします、と言う間もなくプツリと電話は切られた。
僕は慌てて伝票をレジへと持っていった。

o川*゚ー゚)o「千百五十円になります」

きゃぴきゃぴとした声の店員が言うよりも早くお金をトレイに置く。

(-_-)「レシート要らないんで!」

それだけ言うと、僕はさっさと外へと出ていった。

川 ゚ -゚)「疋田くん」

(-_-)「あっ……!」

ほんの一瞬微笑んだ素直さんは、写真に収めてしまいたくなるほどにきれいで。

(-_-)(じゃない、何考えてんだ僕は)

誤魔化すように笑い、素直さんのもとへと僕は小走りした。

88名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:20:59 ID:n5nLxdoM0
川 ゚ -゚)「待たせてしまったかな」

(-_-)「や、そんなことないです」

本当は四十分ほど早く来ていました、とは口が裂けても言えなかった。
とにかく僕は愛想よく笑うことに徹していた。
笑みを絶やしてしまったら緊張がだだ漏れてろくなことにならない気がしたからだ。

川 ゚ -゚)「ならよかった。早速お店に行こうと思うんだけれども、何か寄るところとかは?」

(-_-)「大丈夫ですよ」

川 ゚ -゚)「そうか」

会話が途切れる。
素直さんはくるりと向きを変え、さっさと歩き始めた。

(-_-)「今日行くところって素直さんの行きつけだったりするんですか?」

僕は沈黙が苦手だった。
大勢で話しているならそんなに気にならないが、二人きりだと話していないとダメだという意識が働いてしまうのだろう。

川 ゚ -゚)「週二で通ってるよ」

(-_-)「それは行きすぎじゃないですか!?」

川 ゚ -゚)「新橋のサラリーマンは毎日飲み屋に寄ってるじゃないか」

(-_-)「肉と酒を一緒にしちゃダメだと思います」

川 ゚ -゚)「ダメかな」

89名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:22:24 ID:n5nLxdoM0
(-_-)「ダメですよ、皆は素直さんみたいに毎日肉食べてればいいやって食生活じゃないんですから」

階段を降りて、素直さんは飲み屋が並ぶ路地を通り抜けた。

川 ゚ -゚)「む、そういえば疋田くんは未成年だったか」

(-_-)「あ、はい。まだ一年ですからね」

川 ゚ -゚)「じゃあ無理強いは出来ないな」

賑やかな酔っ払い達の声が聞こえてくる。
その喧騒に掻き消されてしまいそうだったが、素直さんの声はどこか寂しさを含んでいるような気がした。

(-_-)「あ、でも来月になったら二十歳になるんですよ」

川 ゚ -゚)「それはめでたいね」

(-_-)「そうしたら素直さんと一緒に飲みに行きたいです」

先行く素直さんは、振り返らない。
それでよかった。
今顔を見られたらひどい顔をしていたに違いなかった。

川 ゚ -゚)「楽しみにしておくよ」

感情が読み取れない声で、素直さんはそう言った。

川 ゚ -゚)「この通りの奥においしい焼肉屋があるんだ」

(-_-)「素直さんがおすすめするんなら本当においしいんでしょうねえ」

川 ゚ -゚)「そう言われるとなんだかこそばゆいな」

90名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:23:45 ID:n5nLxdoM0
そう言いながら素直さんは引き戸に手をかけた。
滑りが悪いのか、ガタガタと曇りガラスが揺れてそれは開いた。
同時に肉と炭が焼ける匂いとムッとした熱気が我先にと外へ逃げ出した。

ξ゚⊿゚)ξ「いらっしゃいませー!」

空になったジョッキを持った店員は元気に叫んだ。

(;-_-)「あれっ」

その顔には見覚えがあった。
ブーンの彼女の、ツン。

ξ゚⊿゚)ξ「あれ? ヒッキーじゃない」

だん!とカウンターにジョッキを置いてツンはこちらに近付いてきた。
僕は逃げ出したい気分になった。

川 ゚ -゚)「知り合いなのか」

ξ゚⊿゚)ξ「知り合いも何もおんなじ大学なんですよー。ってまさかあんた素直さんと付き合ってるの?」

(;-_-)「付き合ってない!」

ξ゚⊿゚)ξ「付き合ってないんですか!?」

川 ゚ -゚)「ないない」

ξ゚⊿゚)ξ「ふうん、そうなんですか……」

素直さんの言葉にツンは残念そうに引き下がったが、僕にはわかっていた。

91名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:24:47 ID:n5nLxdoM0
(;-_-)(絶対言いふらされる……)

思わず頭を抱えたくなったが、もうこうなっては仕方がなかった。

川 ゚ -゚)「とりあえずいつもの席に案内してもらえるか」

ξ゚⊿゚)ξ「もちろんですよー、こちらへどうぞ」

ツンはにっこりと笑い、店の奥へと歩き出した。
案内されたのは四人席の広い座敷であった。
そこには既に七輪が二つ置かれていた。

川 ゚ -゚)「準備がいいな」

ξ゚⊿゚)ξ「大体いつもこの時間にいらっしゃるじゃないですか」

川 ゚ -゚)「はは、そうか」

どこか照れくさそうにそう言って、素直さんは靴を脱いだ。

ξ゚⊿゚)ξ「それにしても素直さんがヒッキーを連れてくるなんて……。いつもお一人で来るから、二度びっくりですよ」

手渡されたメニューを受け取りながら素直さんは曖昧に微笑んだ。

川 ゚ -゚)「とりあえず濃いめのコークハイを頼む。疋田くんは何がいいかな」

(-_-)「僕ウーロン茶で」

ξ゚⊿゚)ξ「はーい、今お持ちしますね」

そう言ってツンはちらりと僕を見た。
今度会ったらゆっくり話を聞かせろ、とその目は物語っていた。
僕はそれに気付かないフリをしてメニューへと視線を落とした。
肉の種類はさることながら卵焼きやらざるそばやらバラエティに富んだメニューが載っていて思わず目移りしてしまった。

92名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:26:08 ID:n5nLxdoM0
(-_-)「あれ、素直さんはメニュー見ないんですか?」

川 ゚ -゚)「肉のメニューなら暗記しているからな。今日食べたいものはもう決まっているし」

(-_-)「なにそれやばい」

川 ゚ -゚)「教えてくれればわたしが一緒に頼んでおくよ」

(-_-)「あ、ありがとうございます。じゃあ……カルビと牛タンとハラミがいいかな」

川 ゚ -゚)「それだけでいいのか」

(-_-)「えっ」

つぅっと背中に汗が流れた。
素直さんの目は真剣そのもので、捕食者のような熱意を孕んでいたからだ。

(-_-)「それだけ食べれば十分だと思うんですよ、僕は……」

川 ゚ -゚)「ああ、少食だったな……そういえば」

ξ゚⊿゚)ξ「お待たせしましたー、コークハイとウーロン茶でーす!」

やたらでかいジョッキを、これまた勢いよくテーブルに置きながらツンは伝票を手に取った。

ξ゚⊿゚)ξ「他にご注文は?」

その声は少し緊張しているように思えた。

川 ゚ -゚)「じゃあ、頼んでもいいかな」

ξ゚⊿゚)ξ「どうぞ」

まるでこれから修羅場があるかのように……。

93名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:27:38 ID:n5nLxdoM0
川 ゚ -゚)「タレで上カルビとハラミ、味噌で豚ホルモンと牛ホルモンとコブクロ、塩でミノとハラミとハツが四人前、壺漬けカルビと豚トロと砂肝とツクネ、塩でカシラとレバー、タレと味噌でレバーが三人前、タレでザブトンと中落ちカルビ、塩で贅沢厚切り牛タンネギ抜きとミスジ、味噌でカイノミとシロコロと鳥レバー、あと馬刺しと桜ユッケと生ウインナーと豚ロース味噌漬け二人前、特上カルビと特上牛ロースと赤身もコメカミとテッポーとイベリコの肩ロースと豚足を一人前で」

(;-_-)「!?!?」

なだらかに告げられたそれは、呪文以外の何物でもなかった。

(;-_-)(スタバで注文するコピペみたいだ)

川 ゚ -゚)「あと塩でヤゲンナンコツとガツも二人前追加」

ξ゚⊿゚)ξ「塩でヤゲンナンコツとガツ……」

ぶつぶつと呟くツン。
その手に握られていたボールペンが、尋常ではない速さで動いていた。

川 ゚ -゚)「大丈夫かな」

ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫です、慣れてますから!」

そう言い残し、ツンは厨房へと向かった。

(-_-)「……素直さん、いつもこんなに頼んでるんですか?」

川 ゚ -゚)「そうだな」

(-_-)「いつもより多い気がするんですけど」

川 ゚ -゚)「肉の中でも焼肉とステーキは別格なんだ、来るとついはしゃいでしまって」

(-_-)「ついってレベルじゃねえですよ」

思わず語調を乱しながら僕はウーロン茶を持った。

94名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:29:01 ID:n5nLxdoM0
川 ゚ -゚)「とりあえず乾杯しようか」

(-_-)「ですね」

かちん、とジョッキが響き合う。
素直さんは待ちわびていたらしく、コークハイをごくごくと飲み下していた。
僕もコーヒーを飲んでいたせいか、喉がからからに乾いていたので三口ほど口をつけた。

(-_-)「コーラ好きなんですね」

川 ゚ -゚)「甘い物もあまり好きではないんだが、コーラだけは別でね」

(-_-)「え、じゃあお菓子とか食べないんですか?」

川 ゚ -゚)「あまり口にしたことがないね。もらえば一口食べる程度で……」

ξ゚⊿゚)ξ「お待たせしましたー、とりあえず味噌味のホルモン系全部とカルビまとめてになりまーす」

がたんごとんと重い音が響く。
四人席のテーブルは巨大な二枚皿によって占領されてしまった。
見たこともないような大きさのそれにはつやつやと輝くカルビたちと新鮮そうなホルモンがどっさりと乗っかっていた。

川 ゚ -゚)「悪いね融通きかせてもらって」

ξ゚⊿゚)ξ「常連さんですものー、手前にあるのが上カルビ、長いのが壺漬け、真ん中が特上で残りが中落ちです」

礼を言いつつも素直さんの心は既に目の前の肉に興味が移っていた。

川 ゚ -゚)「肉はわたしが焼くから疋田くんは適当に食べてくれ」

95名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:30:05 ID:n5nLxdoM0
そう宣言して素直さんは一台目の七輪に隙間なくホルモンを並べ始めた。
並べ終えてしまうともう一台の七輪にカルビをテキパキと乗せ、ついでに通気孔の扉も全開に開ける。
その手つきの鮮やかさときたら、僕は思わず見惚れてしまった。

川 ゚ -゚)「焼きあがるまでが暇なんだよ」

と言いつつも手元は常に動いているから僕はそわそわしてしまった。
手伝ったほうがいいのか、それとも手出ししないほうがいいのか。
迷いに迷って結局僕はストックされていた取り皿を二枚用意することしかできなかった。

川 ゚ -゚)「カルビ焼けたぞ、これは上だ。こっちは特上」

網の隅にポイポイと置かれるそれを、箸で拾い集めた。

(-_-)(いっぱいくれるけど素直さんの分はあるのかな)

こっそり見てみるといつの間にか素直さんの取り皿にはカルビがどっさりと乗っていた。
しかも徐々にその量は減っていた。
利き手ではない左手で肉を焼きながら食べていたのである。
色々と見たことのない光景に僕は混乱しつつも一切れ肉を頬張った。

(*-_-)「お、おいしい……!」

噛みしめるごとに肉の旨味と甘辛いタレの味が滲み出て、僕は思わず叫んだ。

川 ゚ -゚)「ならよかった」

短く発せられたその言葉にはどこかよろこびが含まれていた。
ここ最近になって素直さんの声は意外と感情がこもっているのだな、と思うようになった。
ただ表情に変化がないから、分かりにくいだけなのだ。

96名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:31:22 ID:n5nLxdoM0
(-_-)(もっとわかるようになれたらいいな)

そんな風に思ったのはどうしてだろうか。
こんなにも偏食で、変わっていて、普通じゃなくて、でも一緒にいて楽しいなんて。
嬉しい、と思うなんて。

川 ゚ -゚)「ホルモンも食べてみるか?」

(-_-)「あ、じゃあ少しいただきます」

川 ゚ -゚)「もしかして食べるの初めてなのか?」

(-_-)「ですね」

川 ゚ -゚)「おいしいぞ、ホルモンは。特に新鮮なものはぷりぷりしてていいんだ」

(-_-)「あー、脂がすごいんですね」

川 ゚ -゚)「でもうまいだろう」

(-_-)「おいしいですね、これお酒とだったら進んじゃいますね」

川 ゚ -゚)「だろう」

気付くと素直さんのジョッキは空になっていた。
大皿も空になっていた。
素直さんの焼肉の消費量は、普段の比ではなかった。

97名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:33:16 ID:n5nLxdoM0
ξ゚⊿゚)ξ「はい塩系でーす、あと味噌漬けと生ウインナーと豚足と桜ユッケですね」

川 ゚ -゚)「あとコークハイ」

ξ゚⊿゚)ξ「はいはい」

ツンは驚きもせずに空いた皿を片付けていった。
これがきっと素直さんの普通なのだろう。

川 ゚ -゚)「豚足いる?」

(-_-)「いやいいです……。これだとタン食べる前にお腹いっぱいになりそうなんで」

川 ゚ -゚)「そうか」

(-_-)「代わりに焼いておきますよ」

川 ゚ -゚)「助かる」

蹄を持ち、酢味噌にどっぷりとつけたあと素直さんは大きな口を開けて豚足に食らいついた。
くち、にち、と皮を削ぐ音とじゅーじゅーと肉の焼ける音が混ざり合う。
僕はなんとも言えない気分になった。
僕は、素直さんの食事しているところが好きだった。
いつも真剣であったからだ。

川 ゚ -゚)「ん、どうした?」

(-_-)「いえ、なにも」

どうしてこんなにも肉にこだわるのだろう。
聞いてみたかった。

98名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:36:03 ID:n5nLxdoM0
(-_-)「素直さんって、事務所持ってるって言ってたじゃないですか。どんなところなんですか?」

だけど、僕は言わなかった。
触れるのが怖かったのだ。

川 ゚ -゚)「元はヤのつく人たちがいかがわしい店を開いていたビルですったもんだの末に人殺しがあったんだ」

わしわしと肉を貪りながら、素直さんは返事をしてくれた。

(-_-)「濃いところですね!」

川 ゚ -゚)「そこの屋上の貯水槽から死体が出て風俗店もついでに摘発されてもぬけの空になったのさ」

(-_-)「やばい……」

川 ゚ -゚)「見つかるまでに時間がかかったそうだけどね。ああいうキャバクラやパブなんかだと製氷機とか水洗トイレくらいにしか使わないだろうからな、水の臭いが気にならなくてバレなかったんだろう」

(-_-)「なんでそんなところに……」

川 ゚ -゚)「一番最初に依頼で入った部屋なんだよ、そこの殺人部屋が」

ξ゚⊿゚)ξ「コークハイですー。あとミスジとか牛タンとか色々です!」

川 ゚ -゚)「ありがとう」

ξ゚⊿゚)ξ「なんの話してたんですかー?」

(-_-)「いいからあっち行ってろよ」

ξ゚⊿゚)ξ「けち」

99名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:39:00 ID:n5nLxdoM0
ツンが遠ざかったのを確認して、素直さんは再び口を開いた。

川 ゚ -゚)「時々思うんだよね、その時の水から出来た氷でかき氷作ってみたいなって」

(-_-)「……へ?」

川 ゚ -゚)「かき氷、作ったことも食べたこともないんだ」

(-_-)「え、ええ。……でもなんでそんなの、」

川 ゚ -゚)「冗談だよ。昔乱歩の小説で死体ごと氷で封じる話を読んで妙に印象に残ってしまったんだ。それでかき氷を作ったら人間かき氷だなーとか」

(-_-)「怖いっすよクールさん!!!」

あ、と思った。
初めて下の名前で呼んでしまった。

川 ゚ -゚)「クールさん、か」

(-_-)「すみません」

川 ゚ -゚)「この際呼び捨てでもいいよ、クーと呼んでくれても構わない」

(-_-)「え……」

突然の申し出に、肉を掴んでいたトングから力が抜けた。
肉はぽとりと落ちていく。
テーブルに脂が派手に飛び散った。

100名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:40:37 ID:n5nLxdoM0
(-_-)「く、クー……」

川 ゚ -゚)「はい」

(-_-)「っ……」

僕は、どうしようもなく顔が赤くなっていた。
もしかすると七輪の中で燻っている炭火よりも赤かったかもしれない。
とにかく恥ずかしかった。

(-_-)「いいんですか、こんな……」

川 ゚ -゚)「たまにはその名で呼ばれたいな、と」

(-_-)(たまには、)

というのは、もしかしてまたモララーさんが絡んでいるのだろうか。

川 ゚ -゚)「それに、君ならいいかもしれないって思ったんだ」

(-_-)「……クー」

川 ゚ -゚)「ん」

(-_-)「ありがとうございます」

川 ゚ -゚)「こちらこそ」

にこりと微笑んで、クーはユッケをかっ食らった。

101名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:42:42 ID:n5nLxdoM0
川 ゚ -゚)「うん、君になら見せてもいいな」

(-_-)「なにをですか?」

川 ゚ -゚)「昔の写真を」

いつのまにか最後の一切れとなったミスジを頬張り、咀嚼しながらクーは懐古するような眼差しをした。
その目がどこに向けられているのかはわからない。
だけどとても穏やかで。
淡々としている彼女から微かに生きた心地を感じさせるような、そんな目をしていた。

川 ゚ -゚)「ちょっと待っていてくれ」

クーはスマホを操作し始めた。
その間にも箸は握られたままで、

くちり、

とそれがホルモンを弄んだ。

皿にはどんどん脂が広がっていく。

川 ゚ -゚)「これだね」

そう言ってクーはホルモンを口に放り込んだ。
休まずに動き続ける頰を眺めていた僕は、差し出されたスマホへと視線を移した。

そこには二人の青年が写っていた。

102名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:43:52 ID:n5nLxdoM0
(-_-)(ブレザー着てる)

きっとこれは高校生の時に撮られたものなのだろうと考える。
カメラから視線を逸らす痩せぎすな青年。
その肩に手を回して快活に笑っているその人が、きっとモララーさんなんだと僕は確信した。

(-_-)「リア充って感じなんですね」

川 ゚ -゚)「一番平凡に近い男だったかもしれない。わたしがその道から引きずりおろしてしまったんだがな」

焼きあがったソーセージにクーは手を伸ばす。
ジュワジュワと油が滲み出るそれに彼女は躊躇いなく歯を立てた。
ぱりりと音がしてソーセージは口の中へと消えていく。
ある程度頰が動いた後、コークハイでそれは胃へと流し込まれてしまった。

川 ゚ -゚)「隣にいる痩せっぽちの男は鬱田ドクオと言って、モララーの親友だった」

(-_-)「だった?」

川 ゚ -゚)「殺されてしまったんだ」

(-_-)「へ?」

馬刺しをごっそりと箸で掴み取り、醤油も何もつけずに彼女は頬張った。
血の味しかしなさそうなその様子に思わず僕は眉を顰めた。

川 ゚ -゚)「元々無愛想な人でね。立体パズルを作るのに長けていたのにその評判に左右されずに黙々と作る姿が面白くなかった奴がいたんだ」

(;-_-)「そんなことで……」

川 ゚ -゚)「評判が欲しいのに相手にされなかった者からすると、鬱田の態度は鼻にかけているように見えたんだろう、とモララーが言っていた」

103名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:45:12 ID:n5nLxdoM0
(-_-)「ああ……」

川 ゚ -゚)「当時捜査が難航していたんだけども、モララーが深入りしてね。犯人を見つけてしまったんだ」

(-_-)「え」

川 ゚ -゚)「……彼はお人好しだからな。それ以降身近な事件が起きると首を突っ込むようになってしまったんだ」

コークハイを飲み干し、クーは再び勢いよく肉を食らう。
食べるというより食らうという言葉の方がよく似合っていた。
その勢いは恐ろしく、だけど目を離すことが出来なかった。
やはり彼女の食事する姿は、美しかった。

(-_-)「なんだかミステリー小説の主人公みたいですね」

川 ゚ -゚)「小説は小説さ」

冷たく一蹴し、クーは再び馬刺しを攫った。
にちゃ、くちゃ、と肉が寸断されゆく音が響く。

川 ゚ -゚)「探偵ごっこをしていたって、その先に待つのが栄光やハッピーエンドだとは限らない」

その言葉を最後に、クーは食事に没頭した。
まるで自分から欠けてしまったものを補うかのように。

104名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:46:45 ID:n5nLxdoM0
日府駅までの道程は相変わらず人が多かった。
既に出来上がった酔っ払い達が違う飲み屋へ向かうために移動しているからなのだろう。

川 ゚ -゚)「今日は遅くまですまなかったね」

あれきり黙っていたクーは、唐突にそう言った。

(-_-)「いえ、こちらこそご馳走になっちゃって……」

川 ゚ -゚)「気にしなくていい、大半はわたしが頼んだものなのだから」

(-_-)「でも……」

川 ゚ -゚)「いいんだよ」

そこでまた会話は途切れてしまった。

(-_-)(クーは、何を考えているんだろう)

僕にはまったく分からなかった。
この人がどんな生活をしていて、どんな風に生きてきたのか、僕は想像できなかった。
分かったことは非常に断片的なことばかりだ。
それでもただ一つ言えるのは。

(-_-)(この人の中にはモララーさんしかいないんだ)

心の奥底にまで食い込んでいるその存在を、クーはなかなか喋りたがらない。
殺された鬱田さんのことは淡々と語られるのに。

105名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:48:18 ID:n5nLxdoM0
川 ゚ -゚)「疋田くんは」

(-_-)「えっ、あ、はい?」

川 ゚ -゚)「電車で帰るのか?」

(-_-)「いや、大学の寮に入ってるんでそのまま歩きです」

川 ゚ -゚)「寮か」

(-_-)「はい。そういえばクーは何処に住んでるんですか?」

川 ゚ -゚)「今日は事務所に帰るから北日府駅に行くんだ」

(-_-)「あ、そっか。仕事用と私用とで場所変わるんですもんね」

川 ゚ -゚)「仕事用の家にはもう五日も帰っていないけどな」

そう言いながらクーは鞄から定期入れを取り出した。

川 ゚ -゚)「送ってくれてありがとう」

(-_-)「や、送るってほどでもないですよ……」

川 ゚ -゚)「話せて楽しかったよ」

(-_-)(本当にそう思っているんだろうか)

何も返さず、愛想笑いをしながらそんなことを思った。

106名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:50:02 ID:n5nLxdoM0
川 ゚ -゚)「月曜日はどうしようか」

(-_-)「午後は一時限だけなら空いてますよ」

川 ゚ -゚)「じゃあまたお昼を食べよう」

(-_-)「ういっす」

改札を通るクーを見送り、僕は小さく手を振った。
彼女はほんの少しだけ振り返り、会釈した。

107名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:50:57 ID:n5nLxdoM0







明日は会いません






.

108名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:52:35 ID:n5nLxdoM0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
クーからの扱いの悪さにちょっとやきもき

川 ゚ -゚) 素直クール
己の気持ちを審判中

ξ゚⊿゚)ξ ツン
実家が焼肉屋さんです

焼肉セット
量が多くて書ききれませんが味はどれも天下一品です、お会計はギリギリ十万以下になりました

109名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:53:16 ID:n5nLxdoM0
おまけ

ξ゚⊿゚)ξ『ちょっと聞いて聞いて』

( ^ω^)『おっおー?』

ξ゚⊿゚)ξ『例の黒髪ロングの清楚系美女、うちの店の常連さんだった』

( ^ω^)『ヒッキーの?』

ξ゚⊿゚)ξ『もち、今さっき一緒に帰ってった』

( ^ω^)『Σ(゚д゚lllノ)ノ』

( ^ω^)『どんな人なんだお』

ξ゚⊿゚)ξ『モデルさんみたいな人! すらっとしててスタイルいいし……ヒッキーより背高いのよ!』

( ^ω^)『ほーん……』

( ^ω^)(あれ、ヒッキーより背低いって聞いたんだけどな……)

( ^ω^)『ツンそれ本当に』

ξ゚⊿゚)ξ『あっごめん会計入っちゃった! またあとでLINEするね!』

( ^ω^)『がんばれおー』


ξ゚⊿゚)ξ「遅くなって申し訳ないです!」

「いえいえ、気にしないでください。ごちそうさまでした」

110名も無きAAのようです:2015/09/09(水) 22:56:08 ID:3Uu9rEdE0

呪文クッソワロタ

111名も無きAAのようです:2015/09/10(木) 00:05:09 ID:/.CakfJs0
乙!焼肉食いたくなった
十万いかないくらいって……すげえ
ますます続きが気になるな

112名も無きAAのようです:2015/09/10(木) 00:53:30 ID:SMJ9APvk0
こんな時間に読むんじゃなかった……

113名も無きAAのようです:2015/09/10(木) 06:24:44 ID:PCfVRnEE0
乙、どんどん面白くなってくなあ
背のあたりが気になる

114名も無きAAのようです:2015/09/11(金) 10:16:33 ID:VKrlHqQM0
クーの食事がエロくていいね

115名も無きAAのようです:2015/09/19(土) 12:14:48 ID:57OpHQhQ0
週2でこんな豪快な食事してるのか
うっかり絶食を差し引いても凄まじい燃費の悪さだな

116名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 13:56:47 ID:9KC/0GIY0
西日が差し込む部屋で、素直クールはぼんやりと佇んでいた。

川 ゚ -゚)(赤)

それは、放課後の色。
夕日に照らされた黒板は返り血色に染まり、机は飴色に輝いていた。
その一番前の席に、誰かが座っていることに素直はようやく気付いた。
てっきり誰もいないものだと思っていた彼女は、歩みを進めた。

川 ゚ -゚)(何故今まで気付かなかったのだろう)

その存在を認識した途端、かしゃんかしゃんという音が教室に響いた。
時折途絶えるその音は素直の鼓膜に沁みていった。
その背格好に見覚えがあった。
と同時に色褪せていた記憶が色を取り戻していった。
セピアのブレザーは暗い藍色へ、抽象的にぼかされていた頭髪も、ぼさぼさの黒髪へと変化していく。

川 ゚ -゚)(ああ)

それが誰なのかを思い出した瞬間、素直は彼の元へと駆け寄った。

かしゃん、かしゃん、と相変わらず音は続く。

川 ゚ -゚)「鬱田」

かしゃ、と音が止まる。

川 ゚ -゚)「鬱田」

もう一度呼びかける。
鬱田と呼ばれた青年は、億劫そうに振り向いた。

117名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 13:57:35 ID:9KC/0GIY0
('A`)「ああ、素直さんか。ごめん、試作品を弄っていたから気付かなかったんだ」

川 ゚ -゚)「久しぶりだな、鬱田……」

思わず素直は言葉を漏らすが、

('A`)「試作品、見てみるか?」

鬱田の反応は素っ気ないものであった。

川 ゚ -゚)「……うん」

差し出されたパズルを手に取り、素直はうなづいた。
五センチほどの人形が十五体ほど組み合わさったそのパズルは、素直にとって馴染み深いものであった。

('A`)「人間パズルという名前にしようかと考えてて」

川 ゚ -゚)「……」

('A`)「素直さんをイメージして作ったんだ」

川 ゚ -゚)「知ってる」

('A`)「でもまだ迷ってるんだ」

川 ゚ -゚)「人型にするか、口型にするか」

('A`)「完成形を人型にしようか、口型にしようか」

川 ゚ -゚)「何度も聞いたよ」

118名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 13:59:30 ID:9KC/0GIY0
('A`)「人を取り込んで更に人に成るのか、それとも人を取り込むから口を開けるのか」

川 ゚ -゚)「……とうとう完成しなかったな」

('A`)「俺、あの話のこと信じてるからな」

川 ゚ -゚)(もう、ずいぶん昔の話に思えてしまう)

('A`)「だから俺が」

川 ゚ -゚)「死んだら、わたしが」

('A`)「死んだら素直さんに、」

119名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:01:24 ID:9KC/0GIY0
川 ゚ -゚)「…………」

微睡みから覚めた素直の目に入ったのは、白々しく室内を照らす蛍光灯であった。

川 ゚ -゚)(眩しい)

固く目を閉じかけ、その前に素直は時計を見ることにした。
午前二十五時丁度。
どうやら焼肉屋から帰ってすぐに寝付いてしまったらしい。
そういえば確かに、服からは焼けた肉や脂の匂いが漂っていた。

川 ゚ -゚)(寝直そうかな)

白光から逃れるように素直は寝返りを打つ。
ベッド代わりに使っているソファーがぎしりと軋んだ。

川 ゚ -゚)(……鬱田の夢を見てしまった)

夢を反芻すると心は抉られ、悔やむ気持ちがじみじみと広がっていった。
生きている鬱田と最後に会った時の記憶。
今までに何度も再生されてきた苦い夢。

川 ゚ -゚)(ダメだ、眠れない)

素直は感傷というものがどうにも苦手であった。
もうどうにもならない過去に対して悲しい気持ちを持つと、ひどく彼女は傷付いた。

川 ゚ -゚)(そうだ、風呂にでも入ろう)

毛布をはねのけ、起き上がった素直はシャワー室へと向かう。

120名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:02:49 ID:9KC/0GIY0
シャワー室といってもそこは非常に狭く、質素な作りである。
もとはといえばスナックなどの飲み屋向きに作られた物件であり、人が住むことは想定していない。
素直がここに住むに当たってわざわざ後から誂えたスペースなので、使い勝手は決して快適とは言い難かった。
しかしそんなことは素直にとってどうでもよかった。
大事なのはここに住み続けることだけであった。

蛇口をひねると、一拍間を置いて温かな水が素直へと降り注いだ。

川 ゚ -゚)(温かい)

湯水は素直の頭を撫でた。
真っ黒に揺蕩う髪に沈み込み、じんわりと犯していく。
つぅ、と首筋に水滴が伝う。
髪の毛から流れた湯が腰や臀部をなぞり、排水口へと吸い込まれていった。

川 ゚ -゚)(鬱田)

シャンプーを手に取り、泡立てたそれを髪へと撫で付ける。

川 ゚ -゚)(鬱田は、おそらく、わたしのことが好きだったらしい)

洗っているそばからどんどん温水に押し流され、あっという間に泡はなくなってしまった。
それでも素直は髪を揉み、握りしだいた。

川 ゚ -゚)(それもモララーから聞いただけの話だから、わからない)

流水の勢いに任せて、素直は手櫛を通した。
きしみ絡まった髪が悲鳴をあげる。
が、懐古に浸る素直にはどうでもいいことであった。

川 ゚ -゚)(モララー)

唯一の、友人。

121名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:04:06 ID:9KC/0GIY0
川 ゚ -゚)(いや、それも揺らぎつつある)

リンスを髪に絡ませながら素直は疋田の顔を思い出した。

川 ゚ -゚)(彼と話していると心地良い。もっと話していたくなるし、長く話していても疲れにくい人だ)

古傷だらけの四肢に石鹸の泡を滑らせながら、素直は一つの風景を思い浮かべる。

川 ゚ -゚)(穏やかに吹く風のような人だ。わたしの心に揺らぎを与えたとしてもそれは微かな動揺しかもたらさない。ほんの少しの波紋を水面にもたらす存在)

素直は己の腹を撫でた。
凹凸に乏しい体の中で唯一膨らんでいる部分。
とはいってもその突出している量も僅かなものなのだが。
つつぅっ、と人差し指が腹の傷を撫でる。
火傷、裂傷、刺傷。
全て素直の記憶にはないものだ。

川 ゚ -゚)(まだ肉が詰まっている)

ずしりとした重みを感じ、素直は安堵した。
植物では駄目なのだ。
魚では駄目なのだ。
肉でなければいけなかった。
陸で動いているものでなければ、生きていたものでなければ、素直は生のエネルギーを甘受したという実感を得られなかった。

川 ゚ -゚)(まだ、生きている)

他の命を奪い、糧に出来ている。
生きる意志のない自分に命を与えてくれる肉はまだ尽きていない。

122名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:04:47 ID:9KC/0GIY0
川 ゚ -゚)(彼は受け入れてくれるだろうか)

蛇口をひねる。
きゅ、という断末魔とともに温水が途絶えた。

川 ゚ -゚)(今の一瞬を、永遠にしてしまおう)

しかしまだその時間には早すぎた。

川 ゚ -゚)(もっと話をしなければ、彼のことを知らなければ)

そう決意し、素直はシャワー室を後にした。

123名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:07:38 ID:9KC/0GIY0
花氷!
いかにも花氷には違いなかった。
しかし、世にありふれた、草花の花氷ではない。
そこにはいたましい断末魔の苦悶をそのままに、人間界の花が、美しい倭文子の一糸まとわぬ裸体姿が無残にもとじこめられていたのである。––––『吸血鬼』より(江戸川乱歩著)

124名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:09:03 ID:9KC/0GIY0
午前二十五時半過ぎ。
僕はパソコンを弄っていた。
いつもならとっくに眠っている時間だし、焼肉屋から帰ったらすぐ寝るつもりだった。
だけどどうにも寝付けなかった。
初めて屋上以外でクーと話したせいだろうか。

(-_-)(わかんないなー)

ぼやきながら僕は画面をスクロールした。

(-_-)「あ、これかな、クーが言ってた小説って」

ぽつりと呟きながら、僕はクーの言葉を思い出す。

川 ゚ -゚)『昔乱歩の小説で死体ごと氷で封じる話を読んで妙に印象に残ってしまったんだ。それでかき氷を作ったら人間かき氷だなーとか』

考えるに恐ろしい光景である。
死体の入った氷を、ごりごり削り出してそれを食べてみたいだなんて。
と、先ほどまで僕は思っていた。
しかしそれが、乱歩の手にかかってしまうと妖しさと恐ろしさを含んだ猟奇的な美文と化してしまうのだと僕は知った。

(-_-)(人間のかき氷、ねえ)

食べたいとは思わないが、人間の花氷なら少し見てみたいような気がした。
もしクーが、氷漬けになったらどんな姿になるのだろう。
ほんの一瞬、思考が邪な方向へと導かれて僕は慌てて頭を振った。

(-_-)(そんなことよりレポートやろう)

そう、元はと言えばレポートを書くために開いたパソコンだった。

125名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:11:00 ID:9KC/0GIY0
とはいえそんなに乗り気ではなかったので、こうして脱線してしまったのだが……。

(-_-)(レポート、レポート!)

うっかり想像してしまった青白い裸を消すように、僕は検索タブを消去した。
代わりに書きかけのレポートを呼び出した。
今から書こうとしているのは臨床心理学のレポートであった。
僕は正直この授業があまり得意ではなかった。
というのも今やっているところが、非常に曖昧で複数の意味を孕む「解離」という分野だからである。

解離。
自分らしさが分かたれてしまう状態だ、と教授は話していた。
自分らしさというのがまた厄介だ。
それは記憶であり、感情であり、知覚であり、意図であり、思考でもあり、とにかく色々な要素が組み合わさって出来ているものだ。
僕たちは当たり前のように自分らしさというものを手にしているし、意識しないで生活している。

(-_-)(こんな範囲の広い話をレポートで纏めろなんて無理があるよな)

思わず毒づきながら僕は教科書やレジュメを読み進める。

仰々しく纏めると解離というのはとても難しい現象のように思えるけども、実は案外普遍的にそれは起こっている。
例えば授業中にテロリストがやって来てそれと渡り合う妄想に耽っていたらいつの間にか授業が終わっていたとか。
大事な人が事故に遭って死んでしまったことを知った時、まるで他人事のように感じてしまったとか。
実際に鍵を閉めたのか、それとも鍵を閉めようかなと考えていただけなのかわからなくなったとか。
映画を見るのに夢中でポップコーンをブーンに全部食べられているのに気付かなかったとか。
だけどそれをわざわざ解離していたとは呼ばない。
没頭とか無我夢中とか、そういう言葉で置き換えられてしまう。
こうして授業を受けるまで、それが解離の一種だったことにすら僕は知らなかったのだ。

126名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:11:59 ID:9KC/0GIY0
そもそも解離という言葉で思い浮かべるのは……、

(-_-)(障害となる段階は、と)

解離性同一性障害、いわゆる多重人格だ。
一番重篤で、珍しい障害。
虐待などのショックを自分ではなく他人が受けたものだと記憶が分断され、それに伴って人格が分離してしまう症状が特徴である。
ビリー・ミリガンの本を読んだことで心理学に興味を持った僕にとって、少しだけ特別な思いを抱いてしまう障害だった。
とはいえその存在については学者の中でも賛否両論であった。
実際ブーンも実在しないのでは、と否定していたことを思い出した。

( ^ω^)『だってお、ヒッキー。症例に出てくる副人格が厨二病もいいところじゃんかお』

(-_-)『そうかぁー?』

( ^ω^)『猫になっちゃうとか、超能力使いとか、好きな人を殺したくて堪らなくなるとか、リアリティーないじゃんかお。後者に関しては空の境界かよって思っちゃったお』

(-_-)『うーん……』

( ^ω^)『嫌な記憶がすっぽり抜け落ちるっていうのはまあ分かるけど、それが副人格になるなんて僕はちょっと信じられないんだお』

たしかにブーンの言うことも分かる。
症例を見るとそこに飛び出してくる副人格は時々常軌を逸したものや、妄想の過ぎるものが多々ある。
だけど、現実に耐え難い苦痛しかないのなら、そこから遠く離れた空想の世界に入り浸るのはごく普通のことだと思うのだ。
ましてそれが子供のうちに体験したのなら、アニメや漫画を模倣した人格がいたっておかしくないのだと、

(;-_-)「!」

カタン、と、音がした。

127名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:13:30 ID:9KC/0GIY0
扉と一体化している郵便受けに、何かが投げ込まれた音。
画面の隅に表示されていた時計に目を向ける。
二十六時過ぎ。
こんな時間から働いている郵便屋なんかいるわけがない。

(-_-)「はぁ……」

とため息を吐いて、僕はゆっくり玄関へと向かった。
足音を立ててはいけない。
誰が何を入れたのかは分かっているのだ。
だけどこの時間に来るのは流石に初めてであった。

(-_-)(静かに、静かに)

床に落ちていたのは、やはり予想していた通り水色の封筒であった。
差出人の名前はない。
宛名もない。
早く読んで欲しいのか、封筒の口は糊付けされていなかった。

(-_-)(まだ外にいるんだろうなぁ……)

憂鬱な気分になりながら、僕は再びパソコンへと戻った。
もちろんその手紙をゴミ箱に入れるのを忘れずに。

128名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:14:58 ID:9KC/0GIY0
川 ゚ -゚)「何しているんだ、まったく」

ソファーに寝転ぶモララーに向かって、素直は呆れたようにそう言った。

( ・∀・)「まあちょっとな」

川 ゚ -゚)「退け」

言葉では怒っているものの、素直の顔は少し綻んでいた。
モララーは嬉しそうに笑い、それから素直の裸体に目を向けた。

( ・∀・)「相変わらずすげえ痕だな」

川 ゚ -゚)「仕方がない、顔に傷が残っていないだけでも幸いだ」

( ・∀・)ひでえよな、お前の親は」

川 ゚ -゚)「血の繋がりがないのだから仕方ないだろう。本当の両親とは逸れてしまったのだから」

( ・∀・)「…………」

素直の言葉にモララーは押し黙った。
その表情は複雑なもので、素直にはどうしてそんな顔をするのか見当がつかなかった。

川 ゚ -゚)「義理の子供に虐待を加える親なんていくらでもいるだろう?」

( ・∀・)「実の子供に危害加える親だっているぞ」

川 ゚ -゚)「言うと思った」

( ・∀・)「俺もクーがそう言うと思ってた」

129名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:16:29 ID:9KC/0GIY0
滑稽なやりとりに、素直は無性に可笑しく思えてしまった。
とうとうしまいには我慢出来ず声をあげて素直は笑った。

( ・∀・)「なんだよー」

川 ゚ -゚)「いや、変わらないなと思って」

( ・∀・)「お前がそう望んだからだろ」

川 ゚ -゚)「そうだな」

下着を身につけ、素直はモララーの隣へ座った。

( ・∀・)「おーいお嬢さーん、シャツ着ろよ」

川 ゚ -゚)「風呂上がりで暑いんだよ」

( ・∀・)「風邪ひくぞ。いや馬鹿だから風邪ひかないか」

川 ゚ -゚)「モララーに言われたくないな」

( ・∀・)「今遠回しに馬鹿って言ったな?」

川 ゚ -゚)「言ってない言ってない」

( ・∀・)「つーか髪の毛も乾かせよ、水垂れてんじゃねえか」

川 ゚ -゚)「そのうち乾くさ」

( ・∀・)「ずぼらな奴だなー。洗濯物も溜まってるし」

130名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:17:21 ID:9KC/0GIY0
川 ゚ -゚)「明日コインランドリーに行くよ」

( ・∀・)「今すぐ行けよー」

川 ゚ -゚)「ふふ」

( ・∀・)「なーに笑ってんだ」

川 ゚ -゚)「いや、話していると本当に楽しいなと思って」

( ・∀・)「…………」

川 ゚ -゚)「モララー」

( ・∀・)「ん?」

川 ゚ -゚)「そのうち、疋田くんに話そうと思うんだ。わたしのことを」

( ・∀・)「ほお」

川 ゚ -゚)「まだ少しだけ肉が残っているからそれを使おうと思う」

( ・∀・)「何作るんだ?」

川 ゚ -゚)「そうだな……」

素直は少し考えて、それから口を開いた。

川 ゚ -゚)「わたしだったらハンバーグが食べたいな」

131名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:19:31 ID:9KC/0GIY0






特別な人には特別な料理を用意しましょう






.

132名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:20:49 ID:9KC/0GIY0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
心理学科に通ってます

川 ゚ -゚) 素直クール
買っても買わなくても近所の肉屋に日参してます

( ・∀・) モララー
どこにでも現れます

ハンバーグ(予定)
疋田のために作る特別なハンバーグ。この世で一番美味しいハンバーグだと素直は信じて疑わない

133名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:21:49 ID:9KC/0GIY0
おまけ

( ・∀・)「あれ、クーどこ行ったんだ? ……あー、風呂かな」

( ・∀・)「しっかし相変わらず汚ねえなぁクーの部屋は……。そこらへんに服脱ぎ散らかしてんじゃねえよ……」

( ・∀・)「まったく何のために一階にコインランドリー作ったんだと思ってんだよ、ばーかばーか」

( ・∀・)「つうか風呂長えなー。考え事でもしてんのかな」

( ・∀・)「早く帰ってこいよ。話し相手がお前しかいないんだからさ」

134名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 16:14:34 ID:jT80SvlQ0

なんか不穏だな

135名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 17:07:16 ID:cYniQiOg0

手紙の差出人とかいろいろ気になる事が増えてきたなー

136名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 17:24:14 ID:zgYpBwWoO
偏食、肉、心理学、食るの読み方、ハンバーグでカニバリズムを深読みしてしまった。

137名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 17:35:49 ID:EOqbah6g0

疋田変態だな

138名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 18:24:50 ID:kPl1sWpU0
>>136
俺もまだ肉が残ってるってセリフを胃の中の肉でハンバーグ作るって意味かと深読みした

139名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 21:05:18 ID:Fp4rWkM60
不穏だ、ゾクゾクしてきた

140名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 22:04:25 ID:pal.IMAQ0
おつおつ!
少し不穏な流れになってきた気がする……

141名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:19:38 ID:r0eEk06M0
午後一時丁度。

川 ゚ -゚)「疋田くん、今日は家族の話をしてくれないか」

と、喫煙所に着いた途端、クーはそう言った。

(-_-)「へ、家族ですか?」

川 ゚ -゚)「そうだ」

クーはタッパーを取り出しながらそう言った。
その大きさに気を取られながらも僕は頷いた。

(-_-)「でもそんなに面白い話はできませんよ。至って普通の家庭ですし」

川 ゚ -゚)「いいんだ、君の話が聞きたいんだ」

(-_-)「はぁ……」

若干不思議な気持ちになりながら、僕はクーの手先を見つめた。
再び同じ大きさのタッパーが取り出され、思わず苦笑した。
もう驚くことはない。
ただとにかく、こんな食生活をしていても元気な彼女が不思議で仕方がなかった。

(-_-)「今日は何を持ってきたんですか?」

川 ゚ -゚)「唐揚げだ」

(-_-)「うわーもたれそう……」

142名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:20:25 ID:r0eEk06M0
川 ゚ -゚)「大丈夫だ、塩味とにんにく醤油味の両方を作ってきた」

(-_-)「そういう問題じゃないんですけどね」

そう言って僕は助六寿司を取り出した。
今日はなんとなくいなり寿司が食べたい気分だったのだ。

川 ゚ -゚)「疋田くんは、何人家族なのかね」

(-_-)「祖父と両親と、妹がいますよ」

川 ゚ -゚)「ほう」

(-_-)「祖父は今年八十八になるんだったかな」

川 ゚ -゚)「長生きだな」

(-_-)「もう長いこと寝たきりで死ぬのを待ってる感じですよ」

川 ゚ -゚)「ふむ……。妹さんはいくつになるんだ?」

(-_-)「僕の一個下ですよ、だからそんなに離れてるっていう感じはしないです」

川 ゚ -゚)「高校生か」

(-_-)「ですねえ。一時間かけて学校行ってますよ、チャリで」

川 ゚ -゚)「一時間も……」

(-_-)「バスがほとんどないところなんで。同じ県内とは思えないくらいのクソ田舎ですよほんと」

143名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:21:31 ID:r0eEk06M0
とにかく、不便な所だった。
あるものといえば山と虫、それから畑くらいであろう。
若者のほとんどは山を出て行ってしまうし、自慢出来るものは何もない。
年寄りばかりがいるようなところであった。

川 ゚ -゚)「ほう。そういうところだと珍しい物が食べられそうだな」

(-_-)「うーん、お焼きとか酒饅頭とか……」

長らく食べていない名産品の数々を想像しつつ、いなり寿司を頬張った。
甘辛いタレがじんわりと口の中に広がり、僕は少し幸せな気分になった。

(-_-)「あ、でもクーにだったら猪鍋がおすすめですかね」

川 ゚ -゚)「猪か、美味しいよな」

(-_-)「食べたことあるんですか?」

川 ゚ -゚)「昔な。鬱田の墓参りに行こうと思って叢作市という所に行ったことがあって」

(-_-)「あ、それ僕の地元です」

川 ゚ -゚)「そうなのか」

(-_-)「ええ」

思いがけない共通点であった。
とはいえ聞いたことがない名字だ。
もしかすると僕の実家からは遠い、裾野の部分に住んでいる人なのかもしれなかった。

(-_-)(ガチの山奥だもんなぁ……実家……)

144名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:22:46 ID:r0eEk06M0
なんてことを思いながら、僕は話を進めた。

(-_-)「叢作って言っても、どこらへんに行きました?」

川 ゚ -゚)「うーん、覚えていないな。道案内はモララーに丸投げしてしまったのでね」

(-_-)「ええ……」

川 ゚ -゚)「ああでも、わりと麓の方で……。田んぼが多かったな」

(-_-)「あ、そしたら唯田かもしれないです」

川 ゚ -゚)「いいだ?」

(-_-)「うん、田んぼがあるっていうとそこらへんかなーって。元々そこで稲作やってたのが僕のご先祖だったとかなんとか」

唐揚げを貪っていたクーは、大きく目を見開いて頷いた。
それからごきゅりと肉を飲み込む音がした。

川 ゚ -゚)「へえ、じゃあ地主さんというわけか」

(-_-)「っていってもそこの田んぼは手放しちゃったんですけどね。一時すごい不作になったことがあって、その時に猟師になっちゃったらしいんですよ」

川 ゚ -゚)「面白いな……」

(-_-)「で、そのまま山の奥に引っ込んで暮らし始めたって祖父が言ってましたね」

(-_-)(本当にそうだったのか、わからないけどな)

145名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:23:51 ID:r0eEk06M0
実のところ僕はその話を信じてはいなかった。
なんでわざわざその土地を手放したのかとか、あんな不便な所に住んでいるのかとか、腑に落ちないことが多すぎるからだ。
なにかトラブルを起こして村八分になったんじゃないか、と僕は推測していた。
根拠は何もない。
が、異常に頑固だったり癇癪を起こす自分の家族を見ていると僕はそう考えてしまうのだった。
いや、僕の家族だけではない。
数少ない親族たちも頑なに人付き合いを忌避する人が多かった。

川 ゚ -゚)「疋田くん?」

(-_-)「…………」

川 ゚ -゚)「……疋田くん」

(-_-)「……あ、すみません。ちょっと考え事を……」

川 ゚ -゚)「唐揚げが食べたいのか?」

(-_-)「いや全く……」

川 ゚ -゚)「そうか。ずっとわたしの口元を見ていたから、てっきり唐揚げが食べたかったのかと」

(-_-)「え、そうでした?」

川 ゚ -゚)「気付いたら瞬きもせずにずーっと食べている所を見ていたもんだから、少し気まずかったよ」

(-_-)「え、マジですか……。すみません」

川 ゚ -゚)「謝ることはない。一個ずつ分けてあげよう」

お腹いっぱいなんで、と喉まで出かけて僕はやめた。
唐揚げが挟まれた箸がもう既に僕の口元にまで運ばれてきてしまっていたからだ。

146名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:25:37 ID:r0eEk06M0
(-_-)「……いただきます」

照れくさくなりながらも僕は唐揚げを頬張った。
しんなりとした衣が歯に張り付く。
それを舌ではがし、肉と共に噛み締めると程よい塩味が口の中に広がった。

(-_-)「おいしい……」

ほっとする味であった。
塩加減は優しく、白米と一緒に食べたら物足りないだろうと思った。
でもクーはそのまま食べてしまうのだから、これぐらいで丁度いいのかもしれなかった。

川 ゚ -゚)「もっとあげようか?」

(-_-)「いやいいですよ……」

生姜の酢漬けをぱりぽりつまみながら首を横に振った。
甘酸っぱくてすっきりとした辛味が口の中に
広がっていく。

(-_-)(口直しに丁度よかったな)

そんな事を思いつつ、僕は逆に問う。

(-_-)「そういえば、クーの家族ってどんな人だったんですか? 兄弟とかいたんですか?」

途端、彼女の顔は僅かな翳りを見せた。
もしかして触れてはいけない話題だったんだろうか。
後悔してももう遅かった。

147名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:26:40 ID:r0eEk06M0
川 ゚ -゚)「……義父母がいた」

(-_-)「義理の……」

川 ゚ -゚)「昔、実の親とははぐれてしまってね。たまたまその人たちに拾われたのだけれども、あまり子育てに向いている人種ではなかったんだ」

唐揚げに箸が突き刺さる。
さっき僕の口元に入っていった箸が、クーの口の中へと引き込まれていく。
間接キス。
ふと頭にそんな単語が過ぎり、僕は慌ててお茶を飲み込んだ。
箸が口から引き抜かれ、口内に取り残された肉は無惨に咀嚼されていく。
犬歯に引き裂かれたり、奥歯によってすり潰される肉の様を想像し、僕は生唾を飲み込んだ。
そのうち喉が蠕動し、肉は飲み込まれていった。

(-_-)「…………」

僕はじっとクーを見つめる。
おもむろに、空になったクーの口が動いた。

川 ゚ -゚)「……そろそろ行かないと、次は授業があるんだろう?」

(-_-)「あっ……」

時計を見れば確かに、次の授業まで十分を切っていた。

(-_-)「……すみません、変な事聞いちゃって」

川 ゚ -゚)「構わないよ」

クーは気にするような仕草を見せず、あっけらかんとそう言った。

148名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:27:58 ID:r0eEk06M0
川 ゚ -゚)「明日は午前中だけが授業だっけか」

(-_-)「ですね」

川 ゚ -゚)「そうしたらもっと疋田くんとたくさん話せるな」

(-_-)「……話してて楽しいですかね、僕と」

川 ゚ -゚)「当たり前じゃないか」

僕の言葉が意外だったんだろうか。
クーの目はいつもよりも見開かれていて、それが珍しくて。
それを見た僕は、なんだか嬉しい気分になった。

(-_-)「じゃあまた明日」

川 ゚ -゚)「ああ、明日」

その言葉を最後に、僕たちは別れた。

149名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:30:54 ID:r0eEk06M0
街灯の乏しい夜道を素直クールは歩いていた。
頭上では三日月が微笑み、それがかろうじて彼女の行く道を照らし出していた。

( ・∀・)「急な話だよな、引越しだなんて」

川 ゚ -゚)「そうだな。でも仕方ないだろう、仕事なのだから」

ほとんど使われていないスマホに電話が入ったのは疋田と別れてすぐだった。
その内容は今依頼で住んでいる場所を離れ、今週中にはまた違うところに引っ越してくれ、という内容であった。
引っ越し業者と打ち合わせしたり、荷物をまとめに行ったり、書類を書いたり……。
忙しなく動き続けて気付けば時刻は夜の十一時になっていた。
いつもならとっくに眠ってしまっている時間で、素直はぐったりと疲れていた。

「今度は孤独死した老人が住んでいたアパートに来てほしい」
ふと電話の声が脳裏に蘇る。
それを聞いた時から、素直はなんとなく疋田の祖父を思い浮かべていた。

川 ゚ -゚)「一人で老いを重ね、誰にも看取られずに逝くというのはどんな気持ちになるんだろうな」

( ・∀・)「寂しいだろうね。誰の記憶にも残らないし」

川 ゚ -゚)「その点では疋田くんのお祖父さんは恵まれているのかもしれないな」

( ・∀・)「さあ、どうだろうか。愛されているならその限りではないだろうけどね」

まだ見たことのない疋田の家を素直は夢想した。

地主であれば家はかなり大きいのかもしれない。
昔ながらの日本家屋で、奥まったところに祖父の部屋がある。
いつもそこは締め切られていて、電気もほとんど点かない。
カビ臭さが漂う真っ暗闇の中、その老人はか細く息をしているのみ。

150名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:31:42 ID:r0eEk06M0
時折声を出して家の者を呼ぶが、食事時以外にここへ立ち入る者は誰もいないのだ。
あるいは、もしかすると離れで暮らしているのかもしれなかった。
認知症かなにかを患っていて、時折訳のわからないことを叫び出す。
それがあまりにもうるさいものだから、離れに閉じ込められてしまっているのだ。
外から鍵もかけてしまって。

( ・∀・)「相変わらず空想が豊かなことで」

茶化された素直は眉を顰め、ふんと鼻を鳴らした。

( ・∀・)「おいおい怒るなよ」

川 ゚ -゚)「…………」

( ・∀・)「悪かったって。別にそれが変だってわけじゃなくてさ、感性が豊かだなーって褒めてんだよ」

川 ゚ -゚)「…………」

( ・∀・)「おーい、クー……」

川 ゚ -゚)「……ふふ、必死だな」

堪えていた笑いを露わにした刹那。
素直は後頭部に衝撃を感じた。

川 - )「かっ……、は……!?」

うめき声と共に空気が漏れる。
突然の出来事に混乱しながらも起き上がろうとした素直は、再び頭を打ち付けられた。

川; - )「……ぐ、ぅ、う」

はあ、はあ、と聞こえる息は誰のものなのだろうか。
生暖かい液体が首筋に流れるのを感じながら、素直はゆっくりと意識を手放した。

151名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:34:00 ID:VMby8yCg0
初遭遇
支援

152名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:34:29 ID:r0eEk06M0








明日は会えそうにありません







.

153名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:36:30 ID:r0eEk06M0
おまけ

( ^ω^)『おっおー、ヒッキー起きてるかお?』

(-_-)『起きてるけど何?』

( ^ω^)『実は明日出かける用事が入っちゃったんだお』

(-_-)『デートか! デートか貴様!』

( ^ω^)『ヾ(;^ー^)ノ』

(-_-)『図星かっ』

( ^ω^)『てへぺろっ☆だお』

(-_-)『ったくもー……。あれだろ、明日ビデオ見るからその内容まとめとけばいいんだろ?」

( ^ω^)『話が早いおヒッキー先生』

(-_-)『今度会ったら昼飯奢れよな』

( ^ω^)『もちろんだおー! ありがとうだお!』

(-_-)『はいはい』

154名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 15:42:19 ID:LnGrUEZ60
乙!毎回面白い
クーとヒッキーの穏やかな会話が好きだ

155名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 17:15:14 ID:.0/z0Xdo0
おいおいどうなるんだよ

156名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 17:40:00 ID:gUnPnUrY0

>>102辺りでクーからドクオの話聞いてるのに名字忘れたのかヒッキー……

157名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 21:56:40 ID:9c74Fb8I0
地元で鬱田って苗字を見かけなかったってことだろう

158名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 22:30:31 ID:gUnPnUrY0
あーなるほどそういう事か

159u:2015/10/02(金) 23:09:51 ID:iVcz78g20
    /:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::://ヽ:::::::::::::::|
    l:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::// ヽ::::::::::::::l
    l:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/:::「'ヽ::::::::::://   ヽ:::::::::::|
    |::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ノl:::ノ l:::::::/      ヽ::::::::|
   ノ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/ ゙゙  ノ:::/ ,,;;;;;;,,    ,,,,ヽ:::::l
   ):::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/    ノ/ __,'''i: ('''__):::l
  )::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/         ̄ ̄ン:. :「 ̄`ヾ
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  `l:::::::::::::::::::::ヽ  :l li:::::::::::::/           /´   `l  |   <ヴッ!!!
  ヽ::::::::::::::::::::::\_」 lヽ::::/            !:-●,__ ノ  /   
  ノ:::::::::::::::::::::::::::ノ | l `゙゙            ,,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,  /ヽ
,/ ヽ::::::::::::::::::::::(  l l::::::::..         /.:''/´ ̄_ソ  /  `ヽ
     ヽ:::::::::::::::ヽ | l:::::::::::...      /::// ̄ ̄_ソ  /    \
        ヽ:::::::\| l::::::::::::::::...    / :::.ゝ` ̄ ̄/ /       ヽ
           ヽ:::l l:::::::::::::::::::..      ̄ ̄;;'' /         ヽ
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              l l '''''''''''''''''''''''''''''''''''''' ̄l |             |

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160名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:20:32 ID:elzXkpGg0
午前十時半過ぎ。
僕は「ミカン」の四階にある教室にいた。
本来なら既に授業が始まっている時間だ。
しかし教室では未だに談笑の声が響いていた。
何故なら、教授がプロジェクターの設定に手間取っているからである。

(;‘_L’)「おっかしいなぁ……」

時折教授が機械に話しかけるものの、それだけで直るはずがない。
かれこれ十分近くスクリーンには目が痛くなるほどの青が表示されていた。
不意に教授はプロジェクターから離れ、教卓の上のマイクを手に取った。

(‘_L’)「ああもう……。みなさん、私語禁止ですよ」

教授の弱々しい声が賑やかな室内に響くがそれだけではどうにもならなかった。

(‘_L’)「はぁ」

小さな溜息がマイクに拾われる。
僕の周りから、クスクスと嘲笑が聞こえてきた。

(-_-)(くっだらねー)

僕はなんだか無性に腹が立ってきた。
困惑と気弱さが混ざったような、教授の薄ら笑いを見て僕は更に憤った。

(-_-)(この人も、はっきり言えばいいのに)

僕は席を立った。
「ちょっと通らせてください」
隣にいた人にそう言おうとして、僕は固まった。

161名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:21:56 ID:elzXkpGg0
川ー川「…………」

妹が、いた。
鴉色の長い髪の毛を揺蕩わせ、不揃いの長さに切られている前髪からは潰れたように笑う目が隠されていた。

(;-_-)「…………」

僕は、自分から声を掛けるのは止めることにした。
椅子は極力引かれていたからその後ろを通るのは容易かったし、何よりなんといえばいいのかわからなかったのだ。

(-_-)(なんなんだよ……)

胃が冷えたような気分になる。
いや、いい。
それよりも教授を手伝わなくては。
階段を下りきった僕に教授は気付かない。

(-_-)「先生」

(‘_L’)「お、おおっ……?」

突然背後から声をかけたせいか、教授は素っ頓狂に叫んだ。

(-_-)「……プロジェクターにつけてるコード、入れ違いになってますよ」

(‘_L’)「え……? …………あれ、本当だ」

白いジャックに黄色いコードが、赤いジャックに白いコードが刺さっているものだから、表示なんかされるわけがないのだ。

162名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:23:41 ID:elzXkpGg0
(-_-)(なんつー機械音痴……)

なにも言わず、そのまま席に戻った。
背後からは慌てて礼を言う教授の声が聞こえてきたが、それに反応出来るほどの余裕が僕にはなかった。

(-_-)(席戻るの嫌だなぁ)

ニコニコしながら待ち構えている妹が視界に入る。

(-_-)「…………」

川ー川「…………」

極力存在を無視するものの、妹の視線がありありと感じられた。

(-_-)(面倒くさい……)

その一言に尽きた。

(‘_L’)「遅れて申し訳なかったけども授業を始めます。今日はうちの大学病院が取材された時の映像を流しますので、その感想を来週提出して頂ければと思います」

川д川「つまんなそうな授業」

ぼそりと妹が呟いた。
それと同時に教室の照明が落とされ、スクリーンに映像が映し出された。

163名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:24:57 ID:elzXkpGg0
「現代ドキュメント 増える十代の自殺とその周辺」

画質はやや荒く、少し前に撮られたもののようだった。

『昨今、子供の自殺が増えています』
『何故彼らは死に急ぐのか? 答えを求め病棟へ向かった我々取材班を待ち受けていたのは子供たちの苦悩と絶望でした』

(,, д )『今は死のうとしたこと、後悔してます』

|゚ノ  ∀ )『気がつくと、体がフワーってするんです』

川  - )『死ねって言われたから死のうと思ったんです』

モザイク処理のされた少年少女たちが次々に映し出され、僕は少し胸が痛んだ。
もし死んでしまっていたら、彼らはこの場にいないのだと思うと、なんだか不思議な気分になった。

ミセ*゚ー゚)リ『こんばんは。現代ドキュメントの時間です。今日は、十代の自殺とその周辺というテーマでお送りします。今日お越し頂いたのは…………』

川д川「ねえ、お兄ちゃん」

小声で、妹が声をかけてきた。

(-_-)「…………」

僕はそれに動揺しないように、前を見続けた。
スクリーンの中では、女性アナウンサーとこの授業を受け持っている教授が出てきていた。
うちの教授が出てきたことに関して、周りの人たちはざわめいていた。
が、当の本人が注意してそれはやがて収まった。

(‘_L’)『こういった、若い方たちの自殺というのは非常に衝撃的なテーマだとは思いますが、彼らには彼らなりの理由があるんですね。その事だけでも分かって頂ければと思い、僕が受け持っている患者さんたちに協力を仰ぎ……』

164名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:26:28 ID:elzXkpGg0
(-_-)(自殺、ねえ)

死にたいと思った事はたしかにある。
だけどそれは、一時間もすれば消えてしまうような刹那的な感情だ。

(-_-)(少なくとも僕はそうだった)

だけど、他人がどう考えているかなんてわかるはずもない。
今こうして授業を聞いている人たちの中にもそう思い続けている人はいるかもしれない。

(-_-)(十代を通り過ぎれば嘘をつく事に長けてしまうし)

やがて映像はスタジオから、病院へと移った。

第一のケースではG君という十五歳の少年が、将来に不安を感じて衝動的にマンションの五階から飛び降りたことを告白していた。
成績は優秀で、友達も多い。
放課後になると大好きなサッカーに打ち込み、いじめられた経験もない。
教師や親からは「そんなことをするような子に見えなかった」とインタビューで語られるような明るい少年であったという。
そんな彼が持つ不安とは、なんだったのだろう。

(,, д )『なんかー、うまく言えないんだけど……。これから高校生になるって思ってもピンと来ないんですよ。そこでうまくやってる自分とか想像できなくて。今は幸せだけど、そんなのたまたまの結果だと思えばそれまでだし』

G君は、困ったように笑った。
顔は見えないが、きっと笑っているのだろう。
肩がすくみ、体を揺らしているのだから。

165名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:27:52 ID:elzXkpGg0
(,, д )『そう考えるとなんかすっごい怖くなって。夜中にそれが来ると寝れなくなるんですよ。それに対してどう相手すればいいのかわからなくて。それである日気付いたらベランダから落っこちてて。もう全部嫌んなっちゃって』

最後に、取材スタッフはG君にこう問うた。

『もしもこの先死にたくなったら、死にますか?』

(,, д )『しないっす。落ちた直後に意識が少しあって、その時にうわーすごいバカなことしたって涙出てきたんで。辛くなったらこの事、思い出します』

(-_-)(強い子だなぁ)

十五歳とは思えないくらいしっかりしていた。
出来ればそのまま、真っ直ぐに育ってほしいなと僕は思った。

166名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:29:25 ID:elzXkpGg0
第二のケースでは、Rさんという十七歳の少女がインタビューに答えていた。
幼少期に両親が離婚し、父親に引き取られたものの仲はあまりよくなかったらしい。
演劇部に所属していたがそれは役者としてではなく脚本や照明、音響などの裏方として活躍していたそうだ。
しかし普段は非常に大人しく、もしかするとクラスメイトからもその存在を認知されることは少なかったのかもしれなかった。
というのも高校に上がってすぐ彼女は不登校気味になり、保健室に入り浸っていたそうなのだ。

|゚ノ  ∀ )『学校行くのがなんか辛くて……。でも家にいるとあの人に怒られるし』

あの人、というのは父親のことなのだろう。
相当心的距離を置いているのが伝わってきた。

|゚ノ  ∀ )『あの人が怒鳴ると、意識がぼーっとするんです。それで、気がつくと、体がフワーってするんです』

(-_-)(解離、離人感)

とても辛かったんだろうな、と思いながらメモを取る。
凄惨な内容の自分語りに、僕は胸が締め付けられそうになった。

場面は変わる。
次はRさんと部活動を共にした人がインタビューに答えていた。
彼女はRさんの先輩に当たるらしい。

『Rさんから自殺の予兆は感じられましたか?』

从 ∀从『今にして思えばそうだったのかなーっていうのはありますね。あの頃、Rちゃんは脚本を何本も書き進めてる時で、でもどれも途中で書くのをやめちゃってたんですよ、この先が書けないんだーって』

(-_-)(脚本が書けない、か)

从 ∀从『どうしたの、って聞いたらどうしても演劇じゃ表現しきれないと。それで試しに読ませてもらったら、全部死にまつわる話ばっかりで、最後に登場人物みんな死んじゃうんですよ』

(-_-)(えぐい)

167名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:30:43 ID:elzXkpGg0
从 ∀从『でも死んだことを説明せずに、間接的に分かってもらわないといけない、その為にはどう演出すればいいのか、と真剣に悩んでたんです。今考えるとその空虚さとか、死を美化する感じとか、あの子の内面を写していたのかなーって』

再び場面は転換し、取材スタッフは問い掛けた。

『もしもこの先死にたくなったら、死にますか?』

|゚ノ  ∀ )『……したくなっちゃうかもしれないですね。とにかく今はあの人から離れたいです、遠くに行きたいです』

(-_-)(この人、死んでしまいそうだなぁ)

親子の因縁は他人の因縁よりも根深いものになりやすい。
切っても切れぬ縁であるし、何より離れることが難しいからだ。

(-_-)(いや、親子だけでもないな)

横目で妹を見ると、彼女は熱心に落書きをしていた。
盗み見していることに気付かれないよう、視線をそっと手元に戻す。

……子供であるうちは親に縋らなくては生きていけないし、生殺与奪を握る親は子供に対して自分が万能であるように錯覚してしまう。
生まれながらにして完成されてしまっている上下関係に、他人が介入することは難しい。
それどころか、産んだ恩や育てた恩、親はあなたの為を思っているからなどという言葉で相手を追い詰めてしまうこともある。
虐待された側の心理は、されていない人間にとって理解出来ない領域なのだ。

(-_-)(本当のことを全部話しても、わからない奴にはわからないのだ)

常日頃から気をつけている言葉が、頭の中に響いた。

168名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:31:54 ID:elzXkpGg0
最後は、Sさんという十一歳の少女のインタビューであった。
といっても彼女の記憶に混乱が見られるため、先の二人とは違う形式で話が進められていた。
まずはSさんの育った環境についての再現ドラマが流れた。
彼女の家は典型的な機能不全家族であった。
両親は仲が悪く、父親は滅多に家に帰ってこなかったらしい。
母親もまた家をあけることが多く、近所では当てもなく徘徊するSさんの姿が目撃されていたらしい。
心理的、肉体的虐待は日常的に行われていたためSさんは次第に自分は拾われた子であるという妄想に囚われていった。

(-_-)(無理もないだろうなぁ、生まれた時から虐待なんて……)

Sさんは、別世界に実の両親が存在していると信じていた。
妄想の中の両親はとても優しく、彼女のよき理解者であった。
しかしそれはあくまでも過去の出来事であった。
離れ離れとなってしまった今となっては、架空の両親はただ甘き思い出を反復するだけの存在に過ぎなかった。
そう、妄想の両親ですら、彼女を守る存在ではなかったのだ。
Sさんは次第に現実の両親から逃げ出したくなり、五歳の時に家出を試みた。
Sさんは隣市まで徒歩で移動し、夏祭りの会場で無事保護されたらしい。
その後両親の虐待が明るみになり、Sさんは養護施設に連れて行かれ、そこで暮らすことになったそうだ。
ところが保護された後もSさんの妄想が寛解することはなかった。
時折Sさんは壁に頭を打ち付けるなどの自傷行為や、いきなり同級生に噛み付くなどの加害行為が見られたという。
これらの行動にはSさんなりの理由があったらしいが、いずれにせよ理解できるものではないだろう。
彼女は何度か児童精神科に連れて行かれ、徐々にそれらは落ち着いていったのだという。
あくまでも、施設や教師からはそう見えたのだそうだ。
しかし彼女の妄想は未だに息衝いていた。
Sさんには仲のいい男の子の友達がいて、その子にだけそれを共有していたのだという。
その子もまた何故か、Sさんの妄想を受け止めて話を合わせていたらしかった。

(-_-)(不思議な関係だ……)

ノートに書き込むのも忘れ、僕はドラマに見入った。

169名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:32:00 ID:3qNqrfn20
初遭遇
支援

170名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:33:04 ID:elzXkpGg0
やがてSさんとその仲のいい男子はいじめられるようになった。
虐待を経験していたSさんには、同級生からのいじめはかわいいものであったらしい。
つまりSさんはいじめられても平然としていられたのだが、男子はそうでなかった。
男子はいじめに屈服し、今度はSさんをいじめるようになった。
孤立したSさんは再び情動不安定になり、そして。

『しーね! しーね!』

一つの机を取り囲み、囃し立てる男子たち。
俯いて座っていた女子は、机からカッターナイフを取り出した。
異変に気付く一人の男子。
気付かない周り。
女子は、左手首に薄刃を突き立てた。
男子たちから悲鳴があがる。
床に散らばった血を見て、知らん振りをしてきたクラスメイトたちが叫ぶ。

いじめを苦にしての、自殺。
それはあまりにも悲しい話であった。

(-_-)「はぁ……」

思わず溜め息が漏れた。

場面が変わる。
ショートカットの女児が、じっとこちらを見つめていた。

川  - )『◯◯くんは悪くないです、真に受けたわたしが悪いんです。それに◯◯くんは毎日お見舞いに来て謝ってくるし。◯◯くん以外の他の人たちはなんとも思わないですね、どうでもいい人達なんです』

(-_-)(◯◯くんは例の男子か、酷いことされたのになんで庇うんだか)


川  - )『わたしの中には◯◯くんしかいないんです。大勢に言われたからじゃなくて、◯◯くんに死ねって言われたから死のうと思ったんです』

(-_-)「…………」

171名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:35:22 ID:elzXkpGg0
川  - )『◯◯くんの言葉はすごく印象に残ります。良いことも、悪いことも。でも他の人たちの言葉はあんまり覚えられないです、すぐに頭からすーって逃げてっちゃうんです』

(-_-)(これも解離の一つだ……)

この前レポートを書いたせいか、その言葉が妙に頭によぎった。

(-_-)(あ)

いつのまにかスクリーンにはSさんではなく、一人の男子が映されていた。
これが例の◯◯くんなのだろう。

(  ∀ )『酷いことを言ってしまったって自覚はあります。取り返しのつかないことをしたって、すごく情けなくなりました』

(-_-)(よくインタビューに出たなぁ)

根は悪い子ではないのかもしれない。
が、人を一人殺しかけたということには変わりなかった。

(  ∀ )『実は昔、家出してたSさんを最初に見つけたの、僕で。その時にこの子守らなきゃ、って思ってたんですよ。なのにそれを裏切っちゃったって思って、すごい辛くて』

(-_-)「…………」

(  ∀ )『もういじめなんかしないです、二度としないです。これからはずっと仲良しでいるつもりです』

(-_-)「……………………」

最後に、スタッフは例の質問をSさんに投げかけた。

『もしもこの先死にたくなったら、死にますか?』

川  - )『多分しないと思います。でももし、』

ぷつり、と映像が途切れた。
同時に授業終了を告げるチャイムの音がスピーカーから流れてきた。

172名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:36:44 ID:elzXkpGg0
(‘_L’)「はい、これで今日の授業は終わりとなります。再三の注意になりますが、来週までに感想を出してくださいね」

ざわめきが一気に広がり、一目散に教室を出て行く人たちをぼんやりと眺めていた。

(-_-)(みんな、よくあんな暗い話を見た後に騒げるよな)

遠い世界での話だと思っているのだろうか。

(-_-)(そんなに縁遠い話でもないのに)

川д川「お兄ちゃん」

(-_-)「なんだよ」

川д川「貞子、静かに待ってたよ!」

期待に満ちた瞳で僕を見上げる姿は、まるで犬のようであった。
いや犬の方がまだ百倍もかわいいけど。

(-_-)「ああうん、はい」

川д川「むう」

(-_-)「お前な……。幼稚園児だったらお利口さんですね〜って褒めたくなるけど、大の女子高生がそんなこと出来たって褒めようって気になるわけねーだろ」

川д川「ひっどぉい」

(-_-)「つーかお前学校は?」

川д川「自主休講」

(-_-)「サボってんじゃねえよバカたれ」

173名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:38:53 ID:elzXkpGg0
適当にあしらう一方で、内心困ったことになったなと思った。
これまでにも妹が勝手に大学に来たことは何度かあった。
特に夏休みの間は酷いもので、アパートの前で座り込みをしていた時もあったのだ。
その度に根気強く説得し、なんとか実家に送り返してきたのだが……。

(-_-)(これじゃクーのところに行けないなぁ)

適当に嘘をついて追い払ってしまおうか?
……それが出来れば苦労しないのだが、きっと妹は事前に時間割を調べて来ているだろう。
だから、今日来たのだ。
午前中に授業が終わってしまい、午後が丸々空くことを知っていたから……。

(-_-)「……ここじゃ目立つから、外出よう」

川д川「貞子とご飯食べてくれるの?」

(-_-)「だってお前、そのままじゃ帰らないだろう」

川ー川「ふふふー」

(-_-)「ふふふーじゃねえよ全く」

呆れながら僕はスマホを取り出した。
今日は会えないことをクーに告げておいた方がいいだろう。

(-_-)(昼、どこに行こうかな)

甘えるように絡みついてきた左手を振り払いながら、僕はメッセージを送信した。

174名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:39:44 ID:elzXkpGg0
ピロリン、と無機質な着信音が部屋に響いた。
夢現の狭間にいた素直クールは、意識をすくい上げられるような感覚に陥った。

川  - )「ああ……」

ソファーから起き上がると、彼女は酷い頭痛に苛まれた。
三半規管がおかしくなっているのか、じっとしているのに船酔いした時のような吐き気に襲われる。
思わず素直は口元を押さえた。

( ・∀・)「起きたのか」

川  - )「ああ」

( ・∀・)「体調……は、あんまりよくなさそうだな。やっぱり入院した方が良かったんじゃねえの?」

川  - )「入院したら、疋田くんは心配するだろう」

テーブルに置かれたスマホに手を伸ばし、素直は溜め息を吐いた。

( ・∀・)「……で、医者の静止を突っぱねて来た甲斐はあったのかよ」

川 ゚ -゚)「あまり意地の悪いことを言ってくれるな」

簡略なメッセージを送信し、素直は再びソファーへと倒れこむ。

川 ゚ -゚)「……痛いなぁ」

175名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:41:21 ID:elzXkpGg0
( ・∀・)「相手が女でよかったな、男だったら死んでたかもしれないぜ」

川 ゚ -゚)「女?」

( ・∀・)「殴られた時のこと思い出してみろよ」

川 ゚ -゚)「ふむ……」


…………素直は左側の後頭部に衝撃を感じた。

川 - )『かっ……、は……!?』

うめき声と共に彼女はアスファルトに倒れ伏せた。
同時に頭上からは、ヒュン、と空気を切る音がした。
おそらく空振りしたのだろう。
相手は舌打ちしながら起き上がろうとした素直に一歩踏み込み、再度頭を打ちのめした。

川; - )『……ぐ、ぅ、う』

カラン、となにかが地面に落ちる音が聞こえた。
音は軽く、金属的なものであった。
それを最後に、素直の記憶は途切れた。

( ・∀・)「ここから分かることは三つある。まず相手は左利きだ」

川 ゚ -゚)「なぜ?」

( ・∀・)「振りかぶる時にわざわざ利き手と逆の方向からぶん殴る奴がいると思うか?」

176名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:42:35 ID:elzXkpGg0
川 ゚ -゚)「まあ、そうだけども。殺そうとしたんじゃなくて、ただいたずらに襲っただけかもしれないじゃないか」

( ・∀・)「それはどうだかなぁ。金品や鞄を物色された形跡はないし、何より空振りした時に舌打ちしてるんだぜ。お前を殺そうとしてたって線が濃厚だと思うんだけど」

川 ゚ -゚)「……恨みを買うような真似をしただろうか」

( ・∀・)「さあなあ」

川 ゚ -゚)「で、女が犯人だっていうのは?」

( ・∀・)「金属バットの類でぶん殴られたわりには軽傷だから」

川 ゚ -゚)「軽傷……」

( ・∀・)「大の男が相手だったら首の骨が折れてるに違いないだろうな。あとひょっとしたらクーよりも小柄な奴が犯人かもしれない」

川 ゚ -゚)「ふむ……」

素直の身長は百七十センチ近く、同性の平均を大きく上回っていた。
実際自分よりも高い同性に、素直は出会った事がなかった。

( ・∀・)「背の低い奴が背の高い人間を狙うとどうしても威力が殺される。二発食らってやっと脳震盪が起きたくらいだし」

川 ゚ -゚)「……犯人は、左利きの小柄な女か」

ふう、と素直はもう一度ため息を吐いた。

川 ゚ -゚)「……肉が食べたい、生肉が」

( ・∀・)「生はやめろよ」

川 ゚ -゚)「ん……」

その返事を最後に、素直は再び眠りへと落ちた。

177名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:43:23 ID:elzXkpGg0
僕は、ついこの間行ったばかりのカフェに妹を連れていった。
妹と一緒に学食に行くのはとても嫌だったのだ。

川ー川「素敵なお店だね」

きょろきょろと店内を見渡しながら妹は言った。
案内されたのは奥の席で、ここへ座るのは僕も初めてであった。
飴色の照明が優しく僕たちを照らし、遠くからはコーヒー豆を挽く音が微かに聞こえてくる。
香ばしいコーヒーの香りが漂う中、僕はメニューを広げた。
少しだが緊張が安らぎ、若干だが食欲も出てきた。

(-_-)「……何飲む?」

川д川「貞子はお兄ちゃんと一緒でいいよー」

(-_-)「あっそ。……なんか食う?」

川д川「んー……、少しだけ」

(-_-)「わかった」

店員を捕まえ、僕はブレンドコーヒー二つとカツサンド一つを頼んだ。
ここのカツサンドは値段の割にはボリュームがあって、二人で分け合えばちょうどいいだろうと僕は考えていた。

(-_-)(本当は不本意だけど、ホットサンドは高いからなぁ)

懐事情を思うとそうせざるを得なかったのである。

178名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:44:12 ID:elzXkpGg0
川д川「ねーお兄ちゃん」

店員が去ってすぐ、妹は話しかけてきた。

(-_-)「なに」

と僕も返すが、その次に出てくる言葉を僕は知っていた。

川д川「もう、家に帰ってこないの?」

(-_-)「何回も言ってるだろ。僕はこっちのほうで暮らすんだって」

川д川「どうして?」

(-_-)「山に籠って一生終えたくないんだよ、あそこは辛気臭いし」

川д川「でも自分で働かなくてもいっぱいお金が入ってくるんだよ?」

(-_-)「今はな。だけどうちの借家に住んでるのは爺さん婆さんばっかりじゃん、そいつらの先は長くないんだぜ?」

川д川「でも、」

o川*゚ー゚)o「お先に失礼します、ホットのブレンドコーヒーになります」

川д川「……、」

妹は言葉を飲み込み、僕は愛想よく店員からコーヒーカップを受け取った。

179名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:46:06 ID:elzXkpGg0
川д川「……お兄ちゃんは、故郷が嫌いなの?」

(-_-)「ん、まあ、そうだな」

お前のことも嫌いだよ、と内心付け加えた。

川д川「なんで?」

(-_-)「畑に興味ねえもん。虫も嫌いだし、娯楽もないし。あと閉塞感が無理」

川д川「…………ご先祖様が頑張って得た土地なんだよ……?」

(-_-)「そうだな」

川д川「なのにひどくない……?」

(-_-)「……最初は僕だって大学行ったら家継ごうって思ってたよ」

かちゃん、とカップとソーサーのぶつかる音が響く。
ようやく飲もうとして持ち上げたカップを、妹がそのまま元に戻したのだ。

(-_-)「そうしたら勉強なんか必要ないって親父が怒鳴り散らして、受験に必要な書類破いたりしてたの見てるだろ?」

川д川「…………」

(-_-)「それでもう、この人とは無理だって思った」

川д川「…………でも、家族だよ?」

(-_-)「は?」

180名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:49:01 ID:elzXkpGg0
川д川「お父さんのしたことはたしかに酷いことだけど、身内のしたことだよ? やっぱり仲直り、」

(#-_-)「仲直りするとかしないとかの話じゃないだろ! そんな事されたのに許せるほうがおかしくねえか!?」

o川*゚ー゚)o「あ、あのお客様……」

おどおどした店員の声に、僕ははっとした。

o川*゚ー゚)o「他のお客様のご迷惑になりますので……」

(:-_-)「す、すみません」

カツサンドの乗った皿と伝票がテーブルに置かれ、僕はぼんやりとそれを眺めた。
妹と目を合わせたくなかった。
話もしたくなかった。
これ以上話し合ったって、妹が僕の事を理解してくれるはずがないのだ。

(-_-)「……貞子」

だけど、僕は話してしまう。
言葉に出してしまう。

(-_-)「……そもそも、僕よりお前のほうが可愛がられてたじゃん」

川д川「そ、そんなこと」

(-_-)「なんでかは知らないけどさ、お前が生まれてからは親父も母さんも爺様も婆様もお前の事可愛がってさ。羨ましかったんだ」

川д川「そんなことないよ、お兄ちゃんのことも可愛がってたよ……?」

181名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:49:56 ID:elzXkpGg0
(-_-)「お前が僕のおやつを横取りしてもお兄ちゃんだから我慢しなさいって言われるし、勝手に転けたお前のそばに僕がいただけで妹をいじめたに違いないと罵られ、そうやって『悪いこと』ばかりを積み重ねてきた僕には誕生日にもクリスマスにもなにも貰えず、お年玉だってお前のほうが多くもらってきた、挙げ句の果てには僕に大学は必要ないって言ったくせに、貞子、お前にはどこに行ってもいいと家族のみんなは言って、その時の僕の気持ち、分かるか?」

ぐつぐつと腸が煮えくりかえるような、嫉妬。
惨めさや羨ましさが相俟って、僕は泣きそうになっていた。
奥歯を噛み締めていなかったら、きっと涙は出ていただろう。
だけど泣いてしまったら、母親から家に締め出されて半日庭で過ごした記憶が蘇りそうで、僕は必死に堪えた。

(-_-)「なあ、僕とお前のなにが違ったんだよ。一年早く生まれただけじゃないか。なのにどうして、みんなお前を可愛がるんだよ」

川д川「お兄ちゃん……」

(-_-)「今更家に戻ったって、子供の時と同じ扱いをされるだけに決まってるじゃないか。うっかり子供一人分の食事を用意し忘れる家が、どこにあるんだよ……。もう戻りたくないんだ」

川д川「…………」

妹はとうとう押し黙った。
僕の言葉を理解してくれたのだろうか。

(-_-)(いや、そんなはずない)

希望的観測を捨てなくてはいけない。
きっとこいつは本気で分かっていないのだ。
妹の中には可愛がられた自分の記憶しかない。
どんなに近くで悲惨なことが起きていたとしても、彼女はそこから遠ざかろうとしているはずだった。
そこに自分も関われば自分もそこに落ちてしまうから、なにもなかったように記憶を処理してしまっているのだ。

川д川「……みんな、ほんとはいい人達なんだよ」

(-_-)(ほら見ろ)

僕は、自分の考えが合っていたことに安堵して、悲しくなった。
もうこれ以上苦しむことがないように、悲しまないようにと、希望を持つことを捨てていたのに。

182名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:50:54 ID:elzXkpGg0
川д川「…………でも、たしかに、お兄ちゃんには悪い人達だったかも」

(-_-)(……え?)

川д川「貞子、ずっと見て見ぬフリしてきたって、お兄ちゃんに酷いことしてきたって、今、初めて気付いたの」

(-_-)「……、は…………?」

川д川「ごめんなさい、お兄ちゃんの分の幸せまで奪ってしまって、ごめんなさい」

そう言って、貞子は泣きながらテーブルに倒れ伏した。

(;-_-)「……さだ、こ?」

川д川「わたしが、もっと早くお兄ちゃんの味方をしていたらこんなに苦しまなくて済んだのに……」

(;-_-)「…………」

目の前で起きていることが、僕には信じられなかった。
憎かった妹が、泣きながら謝っている。
ある意味彼女も被害者であったのに。

(;-_-)「……泣くなよ」

長らく続いた沈黙を、僕はやっとの事で破った。

川д川「で、でも……」

(;-_-)「お前が悪いんじゃない、悪いのは親父たちだから」

183名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:52:06 ID:elzXkpGg0
川д川「…………」

ぐすん、と鼻水をすする音がしたので僕はティッシュを差し出した。

川д川「ありがと……」

鼻をつまみ、どうにか鼻水を追い出そうとしている様を見ながら僕は夢を見ている気分になった。

(-_-)(本当に、貞子は分かってくれたんだろうか)

今まで話さなかった本音を、彼女は分かってくれたんだろうか。
分かって、くれたなら。

(-_-)(どれだけいいだろうか)

川ー川「……もう、無理に家に帰ってきて、とは言わないよ」

鼻水を拭き終えたらしい貞子は柔らかく微笑んだ。

川д川「でも、二つだけ許してほしいことがあるの」

(-_-)「なに?」

川д川「時々こうして会いにきてもいい?」

(-_-)「……勝手に大学や家に来ないなら僕はいいけど、親父たちは平気なのかよ」

川д川「んー……。なんとか説得するし、あの人達がお兄ちゃんのところに乗り込むことがないように気をつけとく!」

(-_-)「そうか」

184名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:53:40 ID:elzXkpGg0
きっと両親たちは怒り狂うだろうが、結局は貞子を甘やかすことになるだろう。
今まで貞子のわがままを通してきた罰が、両親たちに降りかかるのだと思うと僕は少し愉快な気分になった。

(-_-)「で、二つ目は?」

川д川「お爺ちゃんのお墓参りに来て欲しいの」

(-_-)「えっ、死んだの?」

僕の言葉に、貞子は呆れたようだった。

川д川「……何度か手紙を入れたとは思うんだけど」

(-_-)「……開けてない」

川д川「なんで!」

(-_-)「だ、だっていつも家に帰ってこいって書いてあるから……」

川д川「もー」

わざとらしく頬を膨らませ、貞子はコーヒーに口をつけた。

(-_-)「ごめんて……」

川д川「……別に良いけどさ」

全く良くなさそうな顔で貞子はそう言った。

185名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:55:53 ID:elzXkpGg0
(-_-)(墓参りかぁ)

僕は正直行くのが嫌だった。
嫌いな祖父の墓参りに行くというのもあるが、もっと嫌なのは風習のせいだった。

(-_-)「……それ、忌屋に泊まらなきゃいけないんだろ?」

僕の言葉に貞子は頷いた。
先祖代々から続く墓場には忌屋と呼ばれる小屋があり、墓参りをした際には必ずそこで一晩を過ごさなくてはいけないのだ。
誰かが亡くなってから一年間は、この奇習をこなさなくてはいけないので僕は苦手で仕方がなかった。
なにせ忌屋には簡易的な風呂場と寝所しかない。
山奥だから電波は届かないし、食事は持参しなくてはいけない。
何よりもうすぐ隣に墓があるもんだから、落ち着いて寝られるわけがないのだ。
弔いの為だとか、穢れを祓う為だとか言われているが僕はどうしても納得がいかなかった。

(-_-)(わざわざ怖いところに泊まるなんてどうかしてるわほんと……)

とはいえ貞子は、どうしてもこの風習を守りたいようだった。

川д川「流石にお兄ちゃん一人じゃ怖いだろうから、その時は貞子も一緒に泊まるから……」

(;-_-)「……考えとく」

結局その場では結論を出さずに、僕たちは連絡先を交換することにした。
行くとなったら、彼女に教えておかないと僕一人で忌屋に行かなきゃいけないからだ。

(;-_-)(面倒な事が次から次へと出てくるなぁ)

カツサンドを頬張りながら、僕はそう思った。

186名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:56:57 ID:elzXkpGg0







食事は話し合いの場です






.

187名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:57:56 ID:elzXkpGg0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
分かってるようで分かっていない人

川д川 貞子
全部分かっている人

川 ゚ -゚) 素直クール
まだ分かっていない人

( ・∀・) モララー
分かろうとしている人


カツサンド
四枚切りの食パン二枚を使ってソースをたっぷり染み込ませた分厚いカツとシャキシャキのキャベツが挟んである、また付け合わせにプチトマト五個とゆで卵がのっている、一皿五百九十円

188名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:59:14 ID:elzXkpGg0
おまけ

川д川「貞子トマトきらーい」

(-_-)「好き嫌いしないでちゃんと食べろよ」

川д川「えー……うーん……」

(-_-)(あ、食べた)

川д川「……やっぱりおいしくなあい」

(-_-)「でもちゃんと食べたな、前だったら絶対吐き出してたのに」

川д川「貞子成長したからね!」

(-_-)「まあ、高校生だしな……」

川д川「むう、褒めてよ!」

(-_-)「はいはい偉い偉い」

川ー川「……えへへ」

189名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 14:37:26 ID:PjTTnyd20
貞子が左利きじゃありませんように

190名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 14:55:09 ID:NRj0FUNM0
乙!!
ミステリアスだな…

191名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 15:38:09 ID:CfhjuGWg0
乙乙!クーの過去が辛すぎる
あと読んでてヒッキーの田舎がちょっと怖いと感じた
何かこう、じわじわ不安を煽る感じというか……

192名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 16:31:27 ID:/r19CKP60
ヤンデレだいしゅき

193名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 20:02:07 ID:pnIUiJ3.0

ヒッキーの過去もクーの過去も辛いなぁ

194名も無きAAのようです:2015/11/17(火) 16:33:15 ID:4zk90Y5A0
後少し?
何かどんどん解ってきた気がする!おつ!

195名も無きAAのようです:2015/11/17(火) 21:15:36 ID:D90sEHJUO
ヒッキーも何らかしらの解離があるという予想

びくびくしながら期待

196名も無きAAのようです:2015/11/18(水) 17:25:43 ID:dxe9NAng0
もしかしてクールー病もかかってるのか?だとしたら……

197名も無きAAのようです:2015/12/06(日) 00:38:35 ID:jqtq.Z1w0
七把一絡げ思い出した……
すげぇ引き込まれる期待して待ってる

198名も無きAAのようです:2015/12/06(日) 18:57:03 ID:HgdJUOCQ0
コンビーフが出てきた瞬間、反射的にスレを閉じてしまったが読んでみたら面白かった

199名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:23:11 ID:v37dldgU0
午後十二時半きっかり。
区切りのいい時間に、そのメールは届いた。

川 ゚ -゚)『悪いけど今日もそっちに行けそうにない。すまない』

さくっと書かれた文章に、僕は少し引っかかっていた。

(-_-)(今日も……?)

昨日、僕は屋上に行けないとメールをした。
クーはそれに対して、了解としか返さなかった。
だから僕は、例の場所にクーが来ていると思い込んでいた。
けれどもこの書き方だと、昨日も大学に来ていないようだった。

(-_-)『何かあったんですか?』

返事はすぐに来た。

川 ゚ -゚)『何でもないよ』

(-_-)(いや絶対あるだろ……)

そう思って、深く突っ込もうとした矢先にもう一通メールが入ってきた。

200名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:24:01 ID:v37dldgU0
川 ゚ -゚)『肉が食べたい』

画面をスクロールすると、下の方には地図が添付してあった。

(-_-)『これは……?』

川 ゚ -゚)『わたしの家までの地図だ。悪いがお金はあとで払うから肉をたくさん買ってくれないか。来るのは何時でもいいから』

(-_-)(……具合悪いのかな)

一人暮らしを始めてすぐ風邪をひいた時のことを思い出す。
食事も作れないし、買い物にも出かけられない。
ただひたすら寝る以外何もできず、じわじわと体力が削られていって、とても心細くて。
あの時はたしかブーンに助けてもらい、なんとかなったのだ。

(-_-)(んー……、あっちに安いスーパーってあるかなぁ)

どんなものならクーが喜んでくれるのか。
そんなことを考えながら、僕の昼休みは過ぎていった。

201名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:24:48 ID:v37dldgU0
結局、僕は行きつけのスーパーで食料を調達した。
ネットで配布されていたチラシやクーポンを駆使した結果、七百円近くも安く買えるとわかったからだ。

(*-_-)(いい買い物したわぁ)

一人ほくそ笑み、両手に提げた袋を持ち直す。
右手の袋にはきゅうりと人参とほうれん草が一袋ずつとサトウのご飯。
左手の袋には豚バラ肉二キロとゴマドレッシングの瓶が入っている。

(-_-)(初めて降りたなー)

きょろきょろと辺りを見回しながら、改札を出る。
北口、西口、と書かれた看板が目につく。
送られてきた地図によると西口に出ればいいらしい。
僕はゆっくりと階段を降りていった。

202名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:25:34 ID:v37dldgU0
西口には飲食店が多く立ち並んでいた。
ラーメン、居酒屋、焼肉、もつ鍋、串焼き、スペインバル、カラオケ。
そんなお店が三階建てのビルや地下に詰まっていた。
中にはテナント募集や新規オープン準備中の看板がつけられている所もあった。
入れ替わりの激しさを感じさせるそれに、世知辛さを感じた。

(-_-)(どこも人がいっぱいだ)

会社帰りのサラリーマンやおじさんを連れたケバい化粧の女性がそこへ吸い込まれていくのを見て、僕はそう思った。

(-_-)(クーはいつもこの賑やかな通りを歩いているんだ)

たまにどこかへ立ち寄ったりするんだろうか。

(-_-)(……でも肉以外食べないもんなぁ)

刺身もダメ、野菜もダメ、お菓子もダメ。
知らない人と楽しく会話もできなさそうである。

(-_-)「おっと」

酒屋の角を右に曲がる。
どうやら店の裏側になるらしく、そこは人通りが少なかった。
びかびかと光る電飾看板に目がやられかけていたので、僕的にはこっちの方がホッとする雰囲気であった。

(-_-)(でも女性が通るには危ない気がするなぁ……)

なにせ明かりが少なかった。
せっかく見つけた街灯も、疎らな光を発しているあたり、すぐにでも真っ暗になってしまいそうだった。

203名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:26:20 ID:v37dldgU0
(;-_-)(ええっと、ここの角を左に……)

そっと路地を覗き込み、僕は固まった。
ピンク色の看板に、六十分コースの文字。
その意味を理解した瞬間、僕の顔は熱くなった。
しかしそこから目が離せなかった。
チカチカと瞬くストロボの光によって、否が応でも視線はそっちに誘導されてしまうのだ。

(;-_-)(どこからどう見ても風俗街です本当にありがとうございました)

所狭しとそんな看板が立ち並ぶ通りには、数人の男が暇そうに立っていた。
きっと客引きを担っているのだろう。

(;-_-)(ど、ど、どうしよう……)

どうもこうもなかった。
地図によればこの先にある雑居ビルがクーの家なので、進むより他ないのだ。

(;-_-)(よ、よし! ……行こう!)

ビニール袋を持つ手に力を入れ、路地に足を踏み入れようとした時だった。

「おにーさんおにーさん」

(;-_-)「ヒェッ!?」

いきなり声をかけられ、僕は慌てて振り向いた。

爪'ー`)y‐「見ない顔だね、ご新規さん?」

(;-_-)「あ、えっと……」

爪'ー`)y‐「ここはどーんな子でも揃ってるよ! 要望さえ言ってくれれば口きいてあげるからさぁ」

204名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:27:33 ID:v37dldgU0
遠慮します、の一言も言えずに僕は後ずさる。
さらに男が踏み込む。
さらにさらに僕は後退する。

爪'ー`)y‐「あっはっは、そんなに怖がらないでよ」

男は人の良さそうな笑みを浮かべるが、なにせガラの悪さがすべてを相殺していた。
胸元の開いた黒いシャツ、暗灰色のスーツ、傷み始めている革靴、黙々と煙を上げているタバコ。
何もかもが恐ろしく見える。
僕はそっと後ろを見る。
が、他の客引きたちは慌てて僕から目を背けた。

(;-_-)(関わりたくないってことか)

となるとはっきり断らなくてはいけない。

爪'ー`)y‐「今の時間帯は空いてるよー、なんなら三十分タダでサービスするよう言ってあげてもいいからさ」

(;-_-)「ぁ、ぁ、あ、あの」

爪'ー`)y‐「んー?」

はくはくと口から息が逃げていく。
それをしっかり捕らえるように、僕はこう言った。

(-_-)「僕そういうんじゃなくて……」

爪'ー`)y‐「……え、女の子より男の方が好きとか?」

(;-_-)「ち、違います! 友達に会いに来たんです!」

205名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:28:48 ID:v37dldgU0
すると目の前の男は一瞬考えるような顔をし、

爪'ー`)y‐「……もしかしてその友達っていうのは、この先にあるビルに住んでたりする?」

珍獣を見るような眼差しで、そう言った。

(-_-)「そ、そうですけど。なにか?」

爪'ー`)y‐「いやあ、あの人にもとうとう最良さん以外に友達が出来たのかぁ、って思ってたのさ」

さいよし。
聞き覚えのない名前だが、クーの唯一の友達といえばモララーさんしかいない。
きっと彼の名字なのだろう。

爪'ー`)y‐「素直さんところに案内してやるよ」

ぴん、と男の指からタバコが放たれた。
タバコはころころと転がりながら地面に落ち、彼は小さく舌打ちをした。
どうやらその隣にあった水溜りにタバコを入れたかったらしい。
大股でタバコに近付き、男はそれを踏みにじった。

爪'ー`)「自己紹介、まだだったな。フォックスっていうんだ」

(-_-)「あ、えっと、疋田、です」

206名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:29:45 ID:v37dldgU0
爪'ー`)「……もしかして叢作のほうに住んでました?」

(-_-)「えっ」

思わぬところでその地名を聞き、胸が騒いだ。
なにも言えない僕に、フォックスは慌ててこう言った。

爪'ー`)「あー、昔唯田に住んでて。っていってもその後すぐ少年院に入ったりしちゃったんすけどね」

(;-_-)「そ、そうなんですか……」

こういう話にはなんて答えればいいんだろうか。
困惑しながら僕はなるべく笑うように心掛けた。

爪'ー`)「んじゃ、行きますか」

おもむろにそう言い、フォックスさんは歩き出した。
慌てて僕はその後に続いた。

207名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:32:57 ID:v37dldgU0
彼は人懐っこくて、話好きな性格だった。
普段僕がなにをやっているのか、クーとはどうやって出会ったのかを根掘り葉掘り聞かれた。
怒涛の質問攻めが終わったあと、今度は自分の兄について語り始めた。

爪'ー`)「いやービックリしたよね。院から帰ってきたら兄貴死んでるからさ。しかも同級生が刺したっていうしさ」

驚くことに、彼の兄はあの鬱田ドクオさんだった。

(-_-)「……大変でしたね」

爪'ー`)「いやぁ、オレは全然。母ちゃんの方が大変だったと思うよ」

カラカラと空っぽな笑みと共に、僕の言葉は一蹴された。

爪'ー`)「そん時に最良さんと素直さんに出会ってさぁ。二人から事情聞いて、あー兄貴にも友達いたんだーってなんか嬉しくなって」

(-_-)「ドクオさんと仲はよかったんですか?」

爪'ー`)「ぜーんぜん」

(-_-)「えっ……」

軽く言われたそれに、頭から血の気が引いた。
その直後、「別に悪くもなかったんだけど」と彼は付け加えた。

爪'ー`)「んー、なんていうの。兄貴って結構周りと距離置いてるタイプで親ともそんなにべったりって感じでもなかったし。一匹狼的な?」

(-_-)「ふうん……」

爪'ー`)「だから話し掛ければ相手してくれんだけど、あっちからはそういう事もなくて。黙々とパズルで遊んだり自分で作ったりしてる方が多かったよ」

208名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:34:05 ID:v37dldgU0
孤独を好んでいた人なのだろうか。
一人でいても苦痛ではない。
それって、どんな感じなのだろう。

爪'ー`)「ああでも別に兄貴のことは嫌いじゃないんだぜ。むしろ今でもスゲーって思ってる」

(-_-)「……どうして?」

爪'ー`)「ロクデナシだからさぁ、オレは。こんなちっせえ区画の元締めなんかどんなバカにでも出来るけど、兄貴のパズルは兄貴にしか作れねえもん」

気付くと風俗店は疎らになり、空きビルや空き店舗が目に入るようになってきた。
フォックスさんはその中でも一際目立つ大きなビルを指差した。

爪'ー`)「あそこの三階にいるよ」

(-_-)「ありがとうございます」

頭を下げると、フォックスさんは照れたように笑った。

爪'ー`)「気が向いたら店に来てもいいんだぜ」

そう言って彼はポケットティッシュを差し出した。
裏にはコスプレ風俗のチラシが差し込まれていた。
僕はなんとも答えられずに、ただはにかんだ。

209名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:35:10 ID:v37dldgU0
雑居ビルは五階建てで、一階はコインランドリーになっていた。
それ以外の部屋は真っ暗だったりダンボールやカーテンで閉め切られていた。
こんなところに人が住んでいるなんて誰が思うだろうか。

(-_-)(……エレベーター動いてるかな)

コインランドリー横のエントランスにあったそれは、かなり年季が入っていた。
恐る恐るボタンを押すと、凄まじい音を立てながら箱が降りてきた。
中に入ると機械油や埃が混ざった臭いがする。
あまり気持ちのいいものではなかった。

(-_-)(三階、ガールズラウンジ、カリブの海……)

階層表示の横には、昔の店名がそのままになっていた。
そこから察するに、一階から三階まで飲み屋やいかがわしいマッサージ店が、四階から五階はヤクザの事務所が入っていたらしい。
廃墟の海へと続くボタンを押すと、エレベーターの扉が乱雑に閉まる。
やおら動き出し、モーターが唸る音が聞こえた。

(-_-)(これ本当に大丈夫かな)

箱が持ち上げられ、すとんと落とされるような感覚。
そしてまた、扉がぶっきらぼうに開いた。
エレベーターホールには、真っ赤な絨毯が敷かれていた。
といっても土埃にまみれてかなり汚れているのだが。
そのまま真っ直ぐ進んだ突き当たりに、漆黒のドアがあった。

(-_-)(着いた)

インターホンがないので、ドアをノックしてみる。

210名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:36:18 ID:v37dldgU0
すると、

「開いてる」

と久々に聞く声がした。

(-_-)「お邪魔しまーす」

部屋の中は薄暗く、それでも物が散乱しているのが見えた。
奥に進むとカウンターとソファーを見つけた。
カウンターには発泡スチロールや本が山積みになっていて、今にも崩れ落ちそうだった。
ソファーには、人影が寝転んでいた。

(-_-)「クー?」

川  - )「ああ、悪いね、疋田くん」

ややかすれ気味の、やつれた様なクーの声。

(-_-)「大丈夫ですか?」

川  - )「まあ、それなりに」

ソファーのそばにあったローテーブルに荷物を置く僕に、クーはそう答えた。

川  - )「暗いだろう。壁際に明度を調節するつまみがあるから、好きにしてくれ」

(-_-)「はいはい」

床に落ちているコードや服らしき影を踏まない様に気をつけて、僕はつまみを探した。

211名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:37:22 ID:v37dldgU0
(-_-)(……これかな?)

つまみは思ったよりも低い位置にあった。
くるりくるりとそれを回せば、部屋は浅い夕陽色に染まった。

(-_-)「こんなもんでいいで、」

すか、という言葉は出なかった。
ソファーからちょうど起き上がったらしいクーは、何も着ていなかった。

(;-_-)「あぁああぁあああああ!?!?!?!?」

思わず手で目をふさぐ。
が、時は既に遅かった。
華奢な体つき、すらりと伸びた腕、全身に広がる火傷や沈着した痣の跡と白い肌のコントラスト、それらを隠すような黒髪。
全てが瞬時に、そして鮮烈に、脳裏に焼き付いた。

川 ゚ -゚)「すまない。君が来る前にシャワーを浴びようとしたんだけど、目眩がしてそれからずっと寝ていたんだ」

(;n_n)「わかったんでいいからなんか服着てください……」

手の隙間から漏れる光さえも、なんだか恥ずかしかった。
衣擦れの音が静かに響き、僕はため息をついた。

(;n_n)「まだですかね」

川 ゚ -゚)「着替え終わったよ」

212名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:38:40 ID:v37dldgU0
そっと手をどかす。
灰色のスウェットを着たクーが、どこか申し訳なさそうに僕を見つめていた。

川 ゚ -゚)「すまなかった」

(-_-)「……気にしてないですよ、具合が悪かったんなら仕方ないですし」

川 ゚ -゚)「それもあるけど」

(-_-)「けど?」

川 ゚ -゚)「別に君に裸を見られてもなんとも思わないというか」

(-_-)「いいからシャワー浴びて下さいよ」

川 ゚ -゚)「……それもそうだな」

そうっと立ち上がり、彼女はゆっくりと僕の横を通り抜けていった。

川 ゚ -゚)「ほんとに、ごめん」

もう一度クーが謝って、だけど僕は怒っても悲しんでもいなかった。
だから僕は、なにも言わずに台所へと向かった。

213名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:39:56 ID:v37dldgU0
カウンターを超えた先に台所はあった。
台所、といっても元は飲み屋の厨房である。
床は打ちっ放しのコン.クリートなのでいかにも寒々しく、壁紙にはヤニがすっかり染み付いていた。
二層シンクの隣には昔ながらの電熱ヒーターがたった一つだけ設置されていた。
その脇には調理器具が散乱していた。
計量カップの中に菜箸や小さいお玉が突っ込んであったり、鍋が適当に重ねられていたり。
包丁だけはさすがに危ないと思ったのか、きちんと鞘にしまわれていた。
食器棚の中にはなぜか電子レンジが突っ込んであり、長らく使われてはいない様だった。
そして一番奥の壁際には、これまた大きい業務用の冷蔵庫と冷凍庫が聳え立っていた。

(-_-)(一人暮らしならこんなでかいのは要らないだろうに)

試しに冷蔵庫の上段を開けてみる。
中はほとんどすっからかんで、味噌や砂糖や塩などの調味料しか入っていなかった。
下段を開けてみると、そこにはニリットルサイズのペットボトルが所狭しに入れられていた。

(-_-)(コーラと天然水……)

コーラはともかく、なんで水がこんなにあるのだろうか。

川 ゚ -゚)「言うのを忘れていたけれども、」

(;-_-)「ひゃっ!?」

川 ゚ -゚)「料理には必ずその水を使ってくれ。茹で水とか、野菜を洗うのも全部」

(-_-)「分かったけどいきなり後ろから声かけられると……」

川 ゚ -゚)「ん」

わかったのかわかってないのか掴めない返事をし、クーは去っていった。

214名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:41:15 ID:v37dldgU0
(-_-)「……生活用水かぁ」

ここの水が気に入らない原因があるのだろうか。
気にはなったが、今は夕飯を作るのが先である。
僕はボトルを何本か取り出した。
一本は鍋でお湯を沸かすために。
もう一本は野菜を洗うために。
残りはまた後で使うので、そのまま空いたスペースへ。

(-_-)(やっぱり変わってる)

洗う水まで指定されてるなんて、と思いつつほうれん草の泥を落とす。
それから人参の皮をむいて、いちょう切りにしてしまう。
きゅうりも同じ様に切る。
お湯が沸いてきたところで塩を少し入れ、人参を茹でる。
火が通ったら、水で冷やしてきゅうりと一緒にボウルに入れる。
ほうれん草も茹でて、食べやすい大きさに切る。
それもまたボウルの中に入れる。
さて、ここでまた新しくお湯を沸かさなくてはいけない。
今度は豚肉を茹でなくてはいけないのだ。

(-_-)(あー、クーのは別にしとこうかな)

どうせ野菜と混ぜても、彼女は食べないだろう。
お湯を沸かす間に僕はもう一つボウルを用意した。
こっちにはたくさんお肉を入れてあげよう。
そうすればきっと喜んでくれるだろうから。

215名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:42:37 ID:v37dldgU0
(-_-)「よい、しょっと!」

鍋にどさどさと豚肉を投入。
しゃぶしゃぶ用の薄切り肉なのですぐに火は通ってくれる。
とはいえ二キロもあるから、分割しないと茹できれないのだけど。
茹で上がった肉はせっせせっせと空のボウルに肉を入れる。
鍋が空いたらまた肉を入れる。
ボールに肉を移し、また肉を入れて……。

(-_-)「……」

その間、クーの体についた傷跡のことを考えていた。
肩から胸には白さを含んだ赤茶色の肌は、きっと火傷の跡だ。
形からして、熱湯かなにかをかけられたような。
二の腕や腹にかけて斑らに広がっていた青黒い痣は、古いものだろう。
あまりにも内出血がひどいと消えるまでに時間がかかってしまうのだ。
そして、クーの左手首で膨れていた一本の線。
あれは、どう見てもためらい傷であった。

(-_-)(何があったんだろう)

自傷を繰り返すうちについたものではなさそうだ。
リストカットというのは、最初はひっかき傷のようなものから始まるのだ。
痛みや血を得ようとするうちにそれはどんどん悪化し、しまいには洗濯板のような腕になる。
だけどクーの体にある切り傷は、あれ以外にないのだ。
だから、あれは、

(-_-)(彼女が死のうとした跡だ)

216名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:43:34 ID:v37dldgU0
考えがまとまるのと豚肉が茹で上がるのはほぼ同時であった。
それぞれのボウルにゴマドレッシングをどっぷりとかける。

(-_-)(聞いたらダメだよなぁ)

電子レンジにサトウのご飯を突っ込む。
ボウルの中身を混ぜ終えたら、ちょうどそれも温まるだろう。

(-_-)(でも気になるし)

味の馴染んだそれを、味見程度に食む。
しゃきしゃきとしたきゅうりの食感。
ほうれん草の甘み。
脂が適度に落ちた豚肉のさっぱりさ。
食欲をそそる人参の彩り。
香ばしいゴマの風味とまろやかな酸味。

(-_-)(おいしい)

もう一口だけ、と言い聞かせて肉を頬張る。

(-_-)(喜んでくれるといいな)

そう思いながら僕はホールへ食事を運んだ。

217名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:44:15 ID:v37dldgU0
ほどなくして、クーはホールに戻ってきた。

(-_-)「髪濡れてると風邪引きますよ」

川 ゚ -゚)「タオルでよく拭いたし大丈夫さ」

それよりも食事だ、と言わんばかりにクーは割り箸を取り出した。

川 ゚ -゚)「おいしそうだな」

肉の山を見て、クーは心底感動したように言った。

(-_-)「茹でた豚肉にゴマドレをかけただけですよ」

パキン、と割り箸を割る音が二つ。
それからいただきますという声。
僕もそれに倣い、肉へと手を伸ばした。

川 ゚ -゚)「うん、おいしいな」

(-_-)「ならよかった」

よほどお腹が減っていたんだろうか。
それきりクーは黙って、ボウルを抱え込んだ。
むしゃり、むしゃり、と肉を咀嚼する音だけが響く。
食べ進めながら僕はボウルを持つ左手を盗み見ていた。
やっぱりどうしても気になってしまうのだ。

川 ゚ -゚)「本当においしいよ」

(-_-)「え? あ、ああ……」

急にこちらを見て言うもんだから、僕は慌てて目を逸らした。

218名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:45:22 ID:v37dldgU0
川 ゚ -゚)「……疋田くん?」

(-_-)「なんでもない」

クーを視界から外し、僕はぐるりと部屋を見回した。
窓際にはチェストが置かれていた。
その上には唇の形をした置き物と、柘榴色の着物を着た女性の写真が乗っていた。

(-_-)「あの写真は……」

川 ゚ -゚)「成人式の時の写真だよ」

肉を飲み込みながら、器用にクーは答える。

川 ゚ -゚)「あんまり似合わないだろう」

(-_-)「そんなことないですよ」

川 ゚ -゚)「そうか?」

(-_-)「というか……、綺麗すぎて一瞬誰なのかと」

川 ゚ -゚)「化粧と髪型のせいだろう」

言葉は素っ気ないが、どうもクーは照れているようだった。
一瞬咀嚼音が途切れたからである。

川 ゚ -゚)「成人式なんてわたしは本当はどうでもよかったんだ」

(-_-)「そうしたらモララーさんに怒られたとか」

川 ゚ -゚)「よくわかったな」

(-_-)「だってクーの話は大体モララーさんのことばっかりだし」

219名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:46:07 ID:v37dldgU0
一瞬キョトンとしたあと、くつくつとクーは笑った。

川 ゚ -゚)「たしかに、そうだな」

着物や草履の一式は、モララーさんが用意したものだという。
もちろんレンタルなどではなく、買ったもので今でも部屋の隅に保管してあるらしい。
帯や着物全体に金糸や銀糸が織り込んであるし、正絹でできているというのだから値段はさぞかし高いだろう。

(-_-)(お金持ちのやることはスケールがでかくて怖いな)

川 ゚ -゚)「あいつは育ちがいいせいか、行事にはうるさくてね。必要ないと言っても絶対に折れなかったんだ」

気付けばクーのボウルは空になっていた。
僕のボウルには、まだ肉が数切れ残っていた。
黙ってそれを差し出すと、肉はクーの口へとさらわれていった。

川 ゚ -゚)「ごちそうさま」

(-_-)「お粗末様でした」

残った野菜で僕はもそもそとご飯を食べる。
ついつい話していると、箸が止まってしまうのだ。
それにしたって、いつもよりも食べるスピードが速かった。

(-_-)「ちゃんとご飯、食べてなかったんですか?」

川 ゚ -゚)「……食べたさ」

バツの悪そうな顔で、クーはこう言った。

220名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:46:52 ID:v37dldgU0
川 ゚ -゚)「本当は君にハンバーグを作ってあげたかったんだけど、その肉も食べてしまってね」

(-_-)「ハンバーグ?」

川 ゚ -゚)「そう、ハンバーグ」

クーは目を閉じて、それからなにかを決意したようだった。

川 ゚ -゚)「昔の話を聞いてもらうために、必要なものだった。それが、ちょっとしたトラブルでふいになってしまったんだけども、」

(-_-)「そんなの、いつでも聞きますよ」

川 ゚ -゚)「…………」

(-_-)「僕、さっきから気になってたんです。クーになにがあったのか、どうして手首にそんな傷を負っているのか」

川 ゚ -゚)「……気付いていたよ。見ていて気分のいいものじゃなかったろう?」

(-_-)「僕はそうは思いませんでした」

本心だった。
不愉快でもなく、醜悪なものでもなく。
僕が知らない空白の時間を手にしたかった。

(-_-)「教えてください」

川 ゚ -゚)「…………」

(-_-)「お願いだから」

だから、

(-_-)「クーの地獄を見せてよ」

221名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:47:41 ID:v37dldgU0




君の地獄に恋してる



.

222名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:48:36 ID:v37dldgU0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
タバコは臭いから苦手

川 ゚ -゚) 素直クール
タバコは臭くなるから嫌い

爪'ー`)y‐ 鬱田フォックス
タバコを吸うのはクー避けのためである

223名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:49:33 ID:v37dldgU0
おまけ

爪'ー`)「おつかれーっす」

(・∀ ・)「おつかれっす! 持ち場離れてどこ行ってたんすかー?」

爪'ー`)「んー? 道案内的な?」

(・∀ ・)「またお客さん捕まえたんすか! 流石っすね、こんな暇な時に」

爪'ー`)「んーん、違うよ。コインランドリー入ってるビルあんじゃん」

(・∀ ・)「ああ、あの幽霊ビルの」

爪'ー`)「あそこに住んでる子に用事があるんだと」

(;・∀ ・)「…………」

爪'ー`)y‐「それより火くんない?」

(;・∀ ・)「あ、は、はい……」

爪'ー`)y‐「ありがと」

(;・∀ ・)「…………」

爪'ー`)y‐(素直さんに友達、ねえ)

224名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:50:30 ID:v37dldgU0
あけましておめでとうございました

225食べ物メモ忘れてた:2016/01/08(金) 17:15:05 ID:v37dldgU0
>>222
冷しゃぶサラダ
作り方は作中の通り、野菜と肉が同時に食べられる優れもの、ブーンから作り方を教わった

226名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 17:45:43 ID:W7/8/RCc0
久しぶりだなあけおめ
午後十二時半=24時間制でいう12時30分って解釈でいいんかな……? 考えてたら昼か夜かわからなくなってきた

227名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 18:56:24 ID:FmLMEktA0
乙、支援

クーとヒッキー
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1907.png
ドクオ
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1908.png

228名も無きAAのようです:2016/01/13(水) 02:28:32 ID:bUgmObqk0
乙です
食の描写いいな
読んでたらつい食べたくなって冷しゃぶサラダ作ってしまった

229名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 09:53:29 ID:HjtaKTU60
午後七時十三分。
クーの話が始まってから三十分が経とうとしていた。
実の両親に何故か捨てられてしまったこと。
橋の下で一人泣いていたクーを拾ってくれた夫婦のこと。
なのにその夫婦から手酷く暴力をふるわれたこと。
その暴力の跡が、未だに消えないこと。
それに耐えかねて、五歳の時に家出したこと。
約半日放浪した末に、日府市内のとある神社にたどり着いたこと。
そして、そこでモララーさんと出会い助けられたこと。

川 ゚ -゚)「……警察が来るまでの間、モララーはずっとわたしのそばにいてくれた」

淡々と過去を語っていたクーは、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。

川 ゚ -゚)「その間にね、わたしのお腹がぐうぐう鳴りだしてしまってね。とても恥ずかしかったんだけど、でも仕方がなかったんだ、家にいた時はろくに食べさせてもらえなかったから」

(-_-)「そうなんですか……」

川 ゚ -゚)「ああでも、それを聞いたモララーがハンバーガーをくれたんだよ。その時に初めてまともな食事をとれたような気がする」

暗い顔をしていた僕を気遣ってか、クーは明るくそう言った。
だけど僕の心配事は、その内容の悲惨さからくるものではなかった。

(-_-)(授業で見た映像と同じだ)

現実と虚構の間で生きていた少女、S。
両親からの虐待、夏の逃避行、お祭りで出会った少年。
合致する情報があまりにも多すぎた。

230名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 09:54:18 ID:HjtaKTU60
(-_-)(……いや、でも、違うかもしれないし)

この時点ではまだ確信が持てなかった。
しかし、裏付けが取れるエピソードがまだ一つだけ残っていた。

川 ゚ -゚)「――だからね、わたしにとって肉はとても、」

(-_-)「クー」

饒舌に語っていたらしいクーを遮り、僕はじっと彼女を見つめた。
クーは、気まずそうに僕を見返した。

川 ゚ -゚)「……すまない、こんなつまらない話をして」

(-_-)「……つまらなくないよ」

川 ゚ -゚)「そうかな」

(-_-)「むしろ、こんなに大事な話を聞かせてくれてありがたいって思っているんだ」

川 ゚ -゚)「ありがたい、か」

(-_-)「滅多に話せることじゃないでしょう、それを僕に託してくれたんだから」

川 ゚ -゚)「……そういう見方も、たしかに出来るな」

柔らかな声で、彼女はそう言った。

(-_-)「……聞きたいことがあるんだ」

川 ゚ -゚)「…………」

彼女の目から左手首へ、そっと視線を移す。

(-_-)「その手首の傷は、どうしたの」

231名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:04:18 ID:HjtaKTU60
嫌だったら言わなくても、と付け加えかけて僕はやめた。
彼女は自ら袖口を捲って、僕にその傷を見せてきたからだ。

川 ゚ -゚)「モララーに助けられて以来、わたしはずっと彼に頼りっぱなしだった」

何をするにしても、何処に行くにしても、彼がいれば無敵になれる気がしたとクーは語る。

川 ゚ -゚)「わたしはね、何も持っていなかったんだ。生まれも育ちもあんな有様で、何一つとして自分の芯になり得るものがなかったんだ」

(-_-)(それは、クーのせいじゃないのに)

悪いのは彼女の両親なのだ。
生まれた時から彼らが愛情を注がなかったせいで、クーの自尊心や精神はぐちゃぐちゃに踏み潰されてしまったのだ。

川 ゚ -゚)「成りこそ人間の格好をしているが、本当に中身と言えるものはないんだ。生きていたいという意志もなかったんだ」

だけど、と小さく彼女は呟いた。

川 ゚ -゚)「モララーはそれを分けてくれたんだ。わたしに、生きていていいと教えてくれたんだ。遊びにも連れて行ってくれたしたくさんご飯も食べさせてくれた。勉強も教えてくれた、馬鹿なりに彼について行こうと必死になった。他人や生き物は大事に扱うべきだということも学んだ。傷付けてはいけないと、彼は優しいからよくよく教えてくれた」

夢を見ているような目で、クーは喋る。
僕は黙ってそれを受け止めていた。
ちりちりと、心の片隅ではつまらないという気持ちが燻っていたけど。
それでもクーの過去を知るためには必要な話であった。

川 ゚ -゚)「……だけどある日、絶交されたんだ」

昔からよくクーはいじめられていたらしい。
というのも、養護施設で度々問題を起こしていたからだそうだ。
まあそうだろう。
あの映像の情報を信じるならば、彼女の起こした行動は異常そのものであったからだ。

232名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:05:53 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「モララーに何度か怒られて、大人しく、誰も傷付けないように、普通に生きようと思っていたんだ。なのに」

(-_-)「なのに?」

川 ゚ -゚)「わたしが抵抗しなくなっても、誰もいじめを止めてくれなかった」

(-_-)「…………」

川 ゚ -゚)「モララーだけはずっと助けてくれていた。だけど、わたしが十一歳の時に……」

(-_-)「…………」

川 ゚ -゚)「……モララーのお父さんが逮捕されて」

(;-_-)「えっ……?」

川 ゚ -゚)「知り合いから預かった荷物に薬物が入っていたとかいないとか……。まあ言い方が悪くて申し訳ないけど、親の後ろ盾がなくなった途端に彼もいじめられ始めたんだ」

(;-_-)「……!」

川 ゚ -゚)「それで、もうわたしを庇いきれなくなって彼もいじめに加わりだしたんだ」

いじめはますますエスカレートした。
物が無くなったり罵倒を浴びるのは日常茶飯事だったのが、今度は度々暴力もふるわれるようになった。

川 ゚ -゚)「わたしは一人になってしまった」

クーは誰にも頼ることができなかった。
彼女にとって大人は怖くて恐ろしいものだった。
同級生たちはすべて敵に見えた。
モララーさんは、遠く離れた存在になってしまった。

233名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:06:57 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「わたしは次第に生きる気力を失っていった」

もう何をされてもクーは反応しなかった。
無視しているわけではなかった。
たしかに危害を加えられたり、口に出すのも憚れるようなえげつない罵倒を浴びせられたりもした。
けれどもその実感は、まるでなかった。
すべての事象が、他人事のように見えていたのだという。

(;-_-)(解離、状態……)

川 ゚ -゚)「そんなことが毎日続いていたから時間の流れも狂ってしまったのだけども……。果たしていつだったかなぁ」

いよいよ話は核心へと迫る。

川 ゚ -゚)「モララーに死ねと言われたんだ」

(-_-)(……ああ、)

ぴったりと、符号が合ってしまった。

川 ゚ -゚)「モララーが言うには他のクラスメイトたちが囃し立てていて、それに巻き込まれてしまったようなのだけどね。だけどはっきりと、唯一聞こえたのは彼の言葉だけだったんだ」

(-_-)「…………」

川 ゚ -゚)「だから手首を切ったんだ。薄々いつかこんな日が来るだろうと、そう思って準備していたカッターナイフで」

(-_-)「……死んでいい人なんかいないんですよ」

川 ゚ -゚)「死にたくて死んだというよりは、生きる気力が失われたから死んだだけなのさ」

苦笑いを希釈したような表情で、クーはそう言った。
この違いが君には分かるだろうか?
そんな意味合いを含んでいるような、薄い笑みだった。

234名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:09:02 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「結局死にきれなかった」

(-_-)「…………、」

それでよかったんですよとはなかなか言えなかった。
そんな適当な相槌では、彼女を傷付けてしまう気がしたからだ。

川 ゚ -゚)「その後は病院のお世話になったり、モララーからしこたま謝られて腐れ縁が続いたり、仕事を適当にあてがってもらったり……。色々なことがあったよ」

(-_-)「随分端折りましたね」

川 ゚ -゚)「一度に語っても面白くないからな、こんなつまらない身の上話なんて」

(-_-)「そんなことないです、だって」

川 ゚ -゚)「だって?」

(-_-)「……言ったでしょう、最初に。託してくれたことが嬉しいって」

川 ゚ -゚)「…………」

クーは、一度口を開けた。

川 ゚ -゚)「…………、」

けれども、そのまま再び閉ざしてしまった。
代わりに視線は宙を彷徨い、やがて床へと落ちていった。

235名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:09:50 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「……その、話されて嬉しいという感情にも限度があるじゃないか」

(-_-)「……クーの話ならなんでも受け入れるし、その覚悟もあるよ」

川 ゚ -゚)「君が考えているような話じゃないんだ」

(-_-)「クー、」

川 ゚ -゚)「だってわたしは――」

(-_-)「!」

部屋に、電話の着信音が一つ鳴り響いた。
その音で、クーははっとしたような表情をした。
僕はそれを横目で見ながら、慌ててスマホを取り出した。

(-_-)(貞子かよ……)

ブーンだったらシカトしているのに、なんてタイミングが悪いのだろう。

(-_-)(切ったら後々面倒くさいよなぁ)

きゃんきゃんと噛みついてくる様が容易に想像できる。
小声でクーに謝って、それから通話ボタンを押した。

236名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:10:33 ID:HjtaKTU60
(;-_-)「なんだよ」

川д川「あっ、もしもしお兄ちゃん? 今どこにいるの?」

(;-_-)「どこって……えーっと、友達の家?」

川д川「えー家にいないのぉ?」

むくれた声で、大げさに貞子は騒ぎ立てる。

川д川「お兄ちゃんに会おうとしたらね間違えて違う駅降りちゃったの!」

(-_-)「バカだなお前」

川д川「しかもね、出かける前にお財布チェックするの忘れてたからお金もうないの!」

(-_-)「ほんとにバカだなお前」

川д川「だからー、迎えに来て欲しいのー。ねっ、ねっ、いいでしょおー?」

(-_-)「うーん……」

ちらりとクーを見る。

川 ゚ -゚)「……この話はまた今度にしよう」

どこかホッとしたような表情でそう言うから、僕も黙って頷いた。

(-_-)「わかったよ、迎えに行く」

川д川「ほんとー? よかったあ」

(-_-)「で、今どこにいんの」

川д川「うんとねー、北日府だよっ」

237名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:11:46 ID:HjtaKTU60
(;-_-)「北日府!?」

川д川「そーだよー。……どうかした?」

(;-_-)「いや、友達の家もそこにあるからさ。すぐ迎え行けるわ……」

川д川「ほんとー? じゃああたし待ってるからね! 早く来てよね!」

ぷつり、つー、つー、と電話の切れた音。

(-_-)「はあ、まったく」

ごちながら僕はもう一度クーに頭を下げた。

(-_-)「すいません、うちのバカ妹を迎えに行かなきゃいけなくなって……」

川 ゚ -゚)「気にしないでくれよ」

手早く身支度をし、外へ出る。
ぢか、ぢか、と切れかけの蛍光灯が鳴いている。
老朽化した廊下の雰囲気と相まって、なかなか怖いものに見えた。

川 ゚ -゚)「エレベーターまで送るよ」

背後からそんな声がして、僕は少しホッとした。

川 ゚ -゚)「ボロいビルだからね、何か出そうで嫌だろう」

(-_-)「ははは……」

まして昔死体が隠されていたビルなのだから、怖いはずがなかった。
むしろこんなところに一人で住んでいるクーこそがちょっとおかしいのだ。

238名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:12:52 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「今失礼なことを考えていただろう」

エレベーターのボタンを押しながら、クーはそう言った。
僕は何も言わずに微笑んだ。
一階に降りていたエレベーターが、ゆっくりと上がる。
またあの揺れを体験しないといけないのかと思うと、少し気が滅入る。
が、仕方ない。
がたがたと扉が開き、僕はエレベーターに乗り込んだ。

川 ゚ -゚)「……今日は来てくれてありがとう」

(-_-)「どういたしまして」

会釈する彼女につられ、僕も頭をさげる。
すると、クーは茶封筒を差し出してきた。

川 ゚ -゚)「受け取ってくれ」

(-_-)「でも、」

川 ゚ -゚)「苦学生からは流石に集れないよ」

(-_-)「……、」

たしかに僕は貧乏だけど、後ろめたい気持ちになった。
しかしクーは引かないようだった。

(-_-)「……体調が良くなったら、またご飯食べましょうよ」

川 ゚ -゚)「うん、ありがとう」

239名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:13:50 ID:HjtaKTU60
そそくさと封筒をしまう僕を、クーはじっと見つめていた。
それがまた、情けない気持ちにさせた。

川 ゚ -゚)「そのうち連絡するよ」

クーの指がボタンから離れる。
途端、待ち構えていたように扉はあっという間に閉ざされてしまった。

(-_-)(今度はいつ会えるかな)

早くまた話したい。
その気持ちを、古びた箱の中に置いて僕はビルを後にした。
風俗通りは、とても静かであった。
客も、客引きも、フォックスも、誰もいなかったのだ。
ただ、看板だけが相変わらず明滅している。

(-_-)(その方が都合はいいや)

どうにもああいう、品定めするような視線は好きじゃなかった。
フォックスも、僕のことをあまり良い目では見てないような気がしていた。

(-_-)(根は悪い感じはしないんだけど、ちょっとなぁ)

するすると元来た道を辿り、あっという間に駅に着く。

「お兄ちゃーん!」

と、前方から妹の声がする。

240名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:15:48 ID:HjtaKTU60
ただし人が多すぎて、どこにいるのかすぐにはわからなかった。

(-_-)(あ、いた)

ばたばたと、左手を振りながら彼女はやってきた。

川д川「ほんとにすぐ来てくれた!」

(-_-)「すぐそこだったからな」

川д川「えへへーよかったあ」

(-_-)「というか、こんな時間になんで来たんだよ」

川д川「お泊りしようかなーって」

(-_-)「はあ????」

手にぶら下げたボストンバッグは、そういうことだったのか。

(-_-)「いやお前、学校は?」

川д川「お休み」

(-_-)「そうなのか」

川д川「……にしたの」

(-_-)「サボってんじゃねえよバカ」

ゴチンと一発ゲンコツをくれてやると、貞子は涙目で謝った。

241名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:16:45 ID:HjtaKTU60
川д川「……だってさあ、あたしが悪いけどさ、今まで話することなかったじゃん?」

(-_-)「……うん」

川д川「だから、少しでも今までの関係を変えたいなー的な……」

(-_-)「…………」

川д川「明日の朝になったらちゃんと帰るから、ねっ?」

(-_-)「……帰ったらちゃんと勉強しろよな」

川д川「はあい」

気乗りしていない貞子の返事。
と、同時にぎゅるるとお腹の鳴る音。

(-_-)「飯は?」

川д川「食べてなーい、だってお金ないし」

(-_-)「……適当でいいならなんか作ろうか?」

途端、貞子はにっこりと笑った。

川*д川「いいの!?」

(-_-)「コンビニで弁当買うよか安いしさ」

242名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:17:25 ID:HjtaKTU60
ご飯は炊いていないが、幸い手元にはサトウのご飯がある。
あとは適当なおかずを作れば、少食な貞子の胃袋は満たされるだろう。

川*д川「ごっはん、ごっはん、おっにーちゃんのごっはん……!」

(;-_-)「頼むから大人しくしてくれ……」

スキップしながら券売機へと向かう貞子。
それを追う僕。

(-_-)(こんなこと、昔は絶対ありえなかったのに)

恥ずかしくなりながらも、どこか嬉しい気持ちがこみ上げてきた。

(-_-)(ちゃんとした兄妹みたいだ)

僕は、幸せだった。

243名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:18:21 ID:HjtaKTU60
疋田を見送った後、素直は部屋に戻った。
するとソファーには見慣れた男が座っていた。

川 ゚ -゚)「モララー」

特に驚きもせず、素直はその隣へと座る。

( ・∀・)「ちゃんと話せたのか?」

川 ゚ -゚)「いいや、まだ」

( ・∀・)「なんだ、そうなのか」

川 ゚ -゚)「今日はただ食事を作りに来てくれただけだから」

自分の話をするつもりなんてなかったんだ、と言い訳するように素直は呟く。

川 ゚ -゚)「……それにあと二、三日休めば、屋上にだってきっと行ける」

( ・∀・)「そうやって大事なことを先延ばしにするのがお前のダメなところだよな」

川 ゚ -゚)「うるさい」

くつくつと笑うモララーに、素直はいやに腹が立った。

川 ゚ -゚)「洗い物してくる」

テーブルの上に置かれていたボウルをまとめ、そう宣言すると、

( ・∀・)「何食べたんだ?」

と、モララーも立ち上がった。

244名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:19:01 ID:HjtaKTU60
川 ゚ -゚)「ついてくるな」

( ・∀・)「気になるじゃん」

川 ゚ -゚)「……冷しゃぶだった」

( ・∀・)「おー、いいなぁ」

川 ゚ -゚)「どこまでついてくるつもりなんだ、君は」

( ・∀・)「久々に会ったんだ、話しようぜ」

川 ゚ -゚)「そういう気分じゃない」

台所に金属質の音が響いた。
苛立った素直が、ボウルをシンクの中に放り投げたのだ。

川 ゚ -゚)「なんだか調子がおかしいんだ」

( ・∀・)「……大丈夫かよ」

川 ゚ -゚)「わからない。とても胸騒ぎがする」

( ・∀・)「なんか悪いもんでも食べたんじゃ」

川 ゚ -゚)「ただの豚肉だぞ」

( ・∀・)「いやほら、アレとか」

川 ゚ -゚)「…………」

245名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:20:11 ID:HjtaKTU60
素直の視線は、自然と蛇口へ向かっていった。
ぴちょ、り、ぴちょ、り。
水が、少しずつ落ちている。

川 ゚ -゚)「っ……」

ぎゅぅっと力を込め、蛇口を閉める。
水は、止まった。
それから素直は、空のペットボトルが積まれた床を見た。

( ・∀・)「どうよ?」

川 ゚ -゚)「四本増えてる。ちゃんと使ってくれたんだ」

( ・∀・)「多分な」

川 ゚ -゚)「……そうだな」

調理に関する水は全てミネラルウォーターを使えと言われ、疋田はさぞ困惑しただろう。
もしかしたら、少しくらいは水道水を使っていいじゃないかと思っていた可能性もある。
素直は疋田にその理由を伝えなかった。
疋田もまた、それを聞かなかった。
お互いに、あるいはどちらかが踏み込めば、その理由を話したのかもしれないのに。

( ・∀・)「話せると思うかよ」

モララーは苦笑した。
それにまた素直も、苦い顔をして首を振った。

246名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:22:18 ID:HjtaKTU60
( ・∀・)「流石に話せないだろ、アレは」

川 ゚ -゚)「……もういい、寝る」

( ・∀・)「おーい、洗い物は?」

川 ゚ -゚)「今はその水に触りたくない」

生気のない足取りで、クーは台所を後にした。

( ・∀・)「……意地悪くするんじゃなかったな」

取り残されたモララーは、そうごちた。
ソファーにどさりと倒れこみ、素直は目を閉じた。

川  - )(気分が悪い)

素直は、自分の意思で、ちゃんと動いているはずだった。
そのつもりであった。
が、その体を機械で操作しているような違和感を覚えていた。

川  - )(世界が速く見える)

体と意志とが噛み合わないため、素直は自分の行動を把握するのに一拍遅れを取っていた。
素人撮りしたビデオのように突然場面が転換する視界。
ごうごうと耳の中で吹き荒れるような風。
否、耳鳴り。

川  - )「はー……、はー……、はー……」

素直の呼吸が乱れた。
まるで肺が鞴になってしまって、誰かが勝手にそれを操作しているようだった。

247名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:23:35 ID:HjtaKTU60
川  - )(たすけて、)

かひゅ、と口から息が漏れ、すは、と短く息が舞い戻る。
喉はからからに乾いていた。

川  - )(モララー、)

不規則な呼吸が途切れる隙を狙い、僅かな唾液を飲み込む。

川  - )「もららー、」

努めて冷静に出した声は、拙く震えていた。
そもそもこれが本当に自分の声だったのか、素直の耳は判断できていなかった。
素直はもう一度その名前を呼ぶことにした。

川  A )「モララー、」

声は若干低かった。
陰鬱な印象を与える、男の声だった。

川  - )(ちがう、ドクオはもういない)

鬱田は死んでしまったのだ。
素直が手を尽くしても、彼が蘇ることはなかったのだ。

川  - )(これはわたしのこえじゃない)

素直は再び口を開いた。

248名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:24:25 ID:HjtaKTU60
川  ー )「モララー、」

自然と口角が上がっていた。
あたりを和ませるような、人当たりのいい声だった。

川  - )(やめろ、)

またしても素直の口から、素直ではない声が出た。

川* ー )「モララーくん、」

都合の悪いことに、素直はその声を抑止できなかった。

川* ー )「モララーくん、その子は?」

川  - )(やめろ、)

川* ー )「なあんだ、モララーくんの彼女じゃないんだ」

川  - )(やめろと言っているだろう、)

川* ー )「クー! また会ったね!」

川; - )(やめろ、)

川* ー )「ねえモララー、今度屋上に行かない?」

川; - )(やめろ、)

川* ー )「ほらギコくんが前に言ってたじゃない、「ミカン」に変な小屋があるって」

川; - )(やめろ、)

249名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:25:15 ID:HjtaKTU60
川* ー )「鍵なんか壊しちゃえばいいでしょ? それで新しいのをつけちゃうの!」

川; - )(やめて、)

川* ー )「ごめーん、モララーくん。妹に話したらどーしても行きたいって言うからさぁ」

川; - )(だまって、)

川* ー )「ほら挨拶して、ミセリ」

川; - )「うぁ、」

ようやく出たその呻きは、それこそ本当の声であった。
しかし素直には、それを判断する余裕を持っていなかった。
その声はなおも主導権を握り続けた。

川* ー )「クーって本当は面倒見がいいのね。いつもだまぁってモララーくんの後ろにいるから、子供嫌いかと思ってたの」

川; - )(う、う、ぁ、)

川* ー )「いつも病気しがちで学校行けてなかったし……、ミセリも喜んでたよ。ありがとうね」

川; - )(クソおんなが、)

川* ー )「ミセリ? ああ……。ごめんね、今入院してるの。……ううん! そんなに酷くないのよ、きっとすぐ退院できるわ」

川; - )(しね、)

川* ー )「モララーは進路どうするの? やっぱり会社継ぐの? ……あたし? あたしは卒業したらギコくんと結婚するかなー」

川; - )(おまえのせいで、)

250名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:27:09 ID:HjtaKTU60
川* ー )「うん、もう同棲してるよ! ミセリもギコくんに懐いてるみたいだし……。やっと普通の家族になれたって感じかな」

川; - )(ミセリは、)

川* ー )「…………モララー、クー、」

川; - )(死んで、)

川* ー )「……うん。川で一人遊びしてるうちに、溺れたみたいで」

川; - )(違う、)

川* ー )「……あたしが、そばにいたら」

川  - )(お前が殺したんだ)

その瞬間、素直の心は憎悪を掴んだ。
ぐるぐると体の中を巡る血液が、怒りによって煮えていくのがわかった。
同時に腹の中が、すぅっと冷えていった。
が、

川  ∀ )「君がミセリを殺したんだ」

その声は、素直のものではなかった。

川  ∀ )「君が犯人だったんだ、しぃ」

――ぷつん、と素直の意識は途切れた。

251名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:28:14 ID:HjtaKTU60
かつん、と調理台に卵を一当て。
ぴりりと入った亀裂に両親指を添え、熱したフライパン目掛けて卵を割った。
じゅわわっという音が響き、それはたちまち換気扇によって吸い上げられていった。

(-_-)(今日の僕は人のために料理してばっかりだ)

フライパンの余白にソーセージを三本投入。
それから卵とソーセージに、塩胡椒を少々。
白身におおよそ火が通ってきた。
普通ならここで水をいれるらしいが、僕はそうしない。
蓋をして、弱火にしてしまうのだ。
そうすれば、ぷるぷるとろとろの半熟目玉焼きが出来るのだ。

(-_-)(よし、ご飯もチンしよう)

川д川「お兄ちゃん、なにか手伝うことあるー?」

(-_-)「大丈夫、いいよ座ってて」

川д川「そーう?」

首を傾げながら僕を見つめる貞子に、僕は頷いてみせた。
気持ちは嬉しいのだが、残念ながら台所が狭すぎた。
二人もここに立っていたら身動きは取れないだろう。

(-_-)「もうすぐ出来るからな」

蓋をそっとずらす。
塩胡椒が溶け込んだ白身。
つやつやの黄身。
軽く焦げ目のついたソーセージ。
その皮は裂けていて、脂がじわわと噴き出していた。

252名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 10:53:41 ID:HjtaKTU60
(-_-)「よし」

菜箸でソーセージを皿に移す。
目玉焼きも移してしまう。
自慢じゃないけど、箸使いは結構上手な方なのだ。

(-_-)「おっと」

ピーピーと鳴り出す電子レンジ。
が、いかんせん盛り付ける場所がなかった。

(-_-)「貞子ー、これ持ってって」

川д川「はーい」

目玉焼きを乗せた皿を差し出すと、貞子はわぁと小さく声をあげた。

川*д川「すごい美味しそう!」

(-_-)「そーか?」

ただの目玉焼きとソーセージ、誰にでも作れる料理だ。
にも関わらず、貞子はじいっとそれを見つめていた。

(-_-)「……あっちに座ってから落ち着いて見なよ」

川*д川「うんっ」

とてとてと貞子は台所を後にした。

253名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:17:22 ID:yK4lo2RI0
支援
しぃ何者だ

254名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:26:40 ID:HjtaKTU60
(-_-)(さてと)

レンジの扉を開け、ご飯を取り出す。
一つしかない茶碗にそれを盛り付けて、僕も居間へと移動した。

(-_-)「はいよ」

川*д川「ありがと!」

待っていましたと言わんばかりの貞子に、思わず笑みがこぼれた。
妹は、こんなにも無邪気に笑う人だったんだ。

(-_-)(初めて見た)

川*д川「ねーね、食べていい?」

(-_-)「うん、いいよ」

川*д川「わーい!」

いっただきまーす!と手を合わせ、貞子はソーセージを攫った。

川*д川「っ!!!!」

(-_-)「な、なに、どうしたの?」

川*д川「ううんっ…………、おいしいの……!!」

(;-_-)「……焼いただけだよ、それ」

川*д川「でもすっごくおいしいんだよ、お兄ちゃんのご飯」

(*-_-)「……そっか」

255名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:27:20 ID:HjtaKTU60
むしゃむしゃとご飯を口に放り込み、飲み込んで、またソーセージに手をつけて、ご飯を咀嚼して。
一生懸命食べている、という感じがして、ついつい眺めてしまった。
今度は白身に箸がのびた。

川*д川「なんでこんなに綺麗なんだろ……」

(-_-)「綺麗か?」

川*д川「お母さんの作るやつはなんか水っぽいじゃん」

(-_-)「ああ……」

お世辞にも僕の母親は、料理上手だとは言えなかった。
目玉焼きの黄身はかちかちに火が通っているし、水を入れすぎるせいで白身はぐじゅぐしゅになっていた。
しかもそれはまだ食べられるほうの話で、時折底がぶすぶすに焦げていることもあった。
それに関して文句を言うと、問答無用で外に放り出されてしまうから黙って食べる他なかったのだけれども。

川*д川「おいひい……」

(-_-)「ん? ああ、そう、よかった……」

だからこそこうして、そこそこ料理が作れるようになったのだろう。
そのおかげで妹も喜んでご飯を食べてくれている。

(-_-)(そう考えたら悪いものでもなかったのかもしれない)

ふ、と笑いがこみ上げてきた。

川д川「? どうしたの、お兄ちゃん」

256名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:28:13 ID:HjtaKTU60
不自然なタイミングで笑ったせいだろう。
貞子は怪訝そうに僕を見つめていた。

(-_-)「なんでもない。水、持ってくるわ」

適当なことを言って、その場から逃げる。

(-_-)(コップもう一個出さなきゃなー)

小さな食器棚を漁ると、一回も使っていないグラスが出てきた。
薄く光を通す白地に、赤い縁取り。
たしかこれは、お酒が飲めるようになった時に使おうと思って買ったものだった。

(-_-)(ま、でもいっか)

川д川「あ、ありがとー」

テーブルにそれを置くと、貞子はすぐに手を伸ばした。
見ればほぼ茶碗は空に近く、皿の上には食べかけのソーセージが一本残っているだけ。

(-_-)(もしかして喉乾いてたのな)

だとすれば悪いことをしてしまったなぁ、なんて思いながら水を飲み始めた時だった。

川д川「……お兄ちゃんは好きな人いるの?」

途端、気管に水が入り僕は盛大に噎せた。

257名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:29:23 ID:HjtaKTU60
(;-_-)「水飲んでる時にそういうこと言うなよ」

川д川「ごめんってばー。だって気になっちゃったんだもん」

(-_-)「お前なぁ……」

呆れつつも考える。
好きな人。
恋心。
この人と一緒にずっといられたら、と願いたくなるような人。

(-_-)(クー、かなぁ)

一瞬そう考えて、首を横に振った。
違う。
僕は彼女を助けたいのだ。

(-_-)(これは、恋愛感情とは、違う、ような)

川д川「いないの?」

(-_-)「んー、そうかなぁ」

断定はせず、言葉を濁しておいた。
恋とも言えるような、言えないような。
だけど今は、そうだと認めたくはなかった。

(-_-)「貞子は?」

川д川「……あたしはいるよ」

(-_-)「マジか」

258名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:31:28 ID:HjtaKTU60
心なしか貞子の頬が赤く染まった。
どんな人なのか根掘り葉掘りしたくなった。
が、いきなりそういう事を聞くのも無粋な気がした。

(-_-)「頑張れよ」

ただ一言そう言うと、貞子はにへらと笑った。
なんだか柔らかい紙でできた折り鶴のような笑みだった。

川д川「頑張るよ。いつかその人に白無垢着せるんだー」

(-_-)「……いや着るのは貞子のほうだろ」

それともあれか、同性愛者なのだろうか。
だとしたら両親はめちゃくちゃ怒るだろう。
あれは本当に古いタイプの人間で、頭は固い。
いくら可愛がられてきた貞子でも包丁を持って追い掛け回すだろう。

(-_-)(もしそうなっても僕は味方しよう)

そりゃまあ、たしかに、びっくりはした。
だけど彼らのように偏見を持たずに、受け入れてあげたかった。

(-_-)「……貞子は和服似合うだろうなぁ」

七五三の時に撮った写真を僕は思い浮かべた。
当時腰よりも下まであった髪は、美しくまとめ上げられ色とりどりの花が咲いていた。
また、燃えるような赤地の着物には大輪の薔薇が咲いていた。
帯は深緑色で、帯留めは銀糸で出来ていた。
とても素晴らしい着物で、よく似合っていた。
が、着付けが苦しかったのか、貞子はぶすっとした表情をしていた。

259名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:32:38 ID:HjtaKTU60
川д川「そうだといいなー」

最後の一口を咀嚼し終え、貞子はぽつりと呟いた。
……ふと、僕自身の七五三は全く祝われていないことを思い出した。
けれどももう、その時代には戻れないのだ。

(-_-)「似合うよ、きっとね」

胸にこみ上げてきた惨めさを、愛想笑いで封じてみせた。

260名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:33:32 ID:HjtaKTU60




それぞれの過去には様々な事情がある




.

261名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:35:45 ID:HjtaKTU60
登場人物紹介

(-_-) 疋田
いいお兄ちゃんでいたい

川д川 貞子
一線を超えたい

川 ゚ -゚) 素直クール
全てを肯定してもらいたい

( ・∀・) モララー
形が変わったとしてもずっと側にいたい

目玉焼きとソーセージ
先週疋田が特売で買ってきたものの集大成、なお卵の賞味期限はあと二日で切れてしまう

262名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:46:50 ID:HjtaKTU60
おまけ

爪'ー`)y‐(さーてそろそろ詰所から出るかぁ)

(;・∀ ・)「あっ、フォックスさん! 今日はこのまま待機でって……」

爪'ー`)y‐「は? なんで?」

(;・∀ ・)「なんかサツがうろうろしてるみたいで……」

爪'ー`)y‐「マジか」

(・∀ ・)「マジです」

爪'ー`)y‐「……ったく、客引きでとっ捕まってもつまんねえし、しゃーねえな」

(・∀ ・)「……誰か通報でもしたんですかね」

爪'ー`)y‐「んなことしたらとんでもねえことになるって、暗黙の了解なのにな」

(・∀ ・)「ほんとですよねえ」

爪'ー`)y‐(誰だ、こんなことをした奴は)

263名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 11:52:23 ID:HjtaKTU60
>>226
昼の十二時ですね
分かりにくくて申し訳ないです

>>227
まさか支援絵をいただけるとは思いませんでした
ありがとうございます!

ちなみにあと1、2回で連載終了します

264名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 15:14:59 ID:hBK0mjFc0
乙乙!毎回じわじわと不安になるな
白無垢……

265名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 17:37:32 ID:wWpPf2UI0
表現が一々美しいな。
貞子の一線越えたいって、やはりそういうことなのだろうか…
続きが楽しみだ、乙

266名も無きAAのようです:2016/02/16(火) 19:54:52 ID:weDhq4Rs0
最終回期待乙

267名も無きAAのようです:2016/04/12(火) 17:39:02 ID:d5ws4Nc.0
追いついてしもうた……
いろいろと謎が残っていてハラハラするなぁ

268名も無きAAのようです:2016/06/21(火) 09:32:53 ID:OQav4f/g0
まってる

269名も無きAAのようです:2017/02/16(木) 21:57:37 ID:dHKtdF2M0
ご無沙汰してます
やっとこさ最終話の書き溜めに終わりが見えて来たので報告いたします
今月中の完成を目標に明るく楽しく幸せなお話にするので待っててくれてる人は待っててください

270名も無きAAのようです:2017/02/16(木) 22:06:59 ID:kv9ZDcSs0
明るく楽しく幸せなお話とな

271名も無きAAのようです:2017/02/16(木) 23:43:25 ID:7ABT2Z260
待ってる!

272名も無きAAのようです:2017/02/17(金) 20:47:32 ID:mcPbp.tU0
楽しみだ

273名も無きAAのようです:2017/02/17(金) 22:38:12 ID:pfKTxSG.0
続き気になってたから嬉しい!
待ってます!

274名も無きAAのようです:2017/02/23(木) 02:14:04 ID:gN1x53ew0
やったー!!

275名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 18:33:54 ID:BMATtBqk0
今夜か遅くても明日明後日に最終話投下します
長らくお待たせしました

276名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 18:52:20 ID:pWjMwLrU0
待った甲斐があった

277名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:29:55 ID:BMATtBqk0
夢を見た。
那由他阿僧祇の和室にただ一人、正座している子供の夢。
姿はとても小さく、顔は俯いているので様子は分からない。
その佇まいは、銅像のようだった。
身動ぎ一つせず、実は精巧に作られた人形であると言われても
納得してしまう程に、生気のない子供であった。
普通であれば、走り回って遊びたがるような年頃に見える。
まして和室には、大人の姿は見えない。
では、なぜ動かないのか。
理由を鑑みて、はたと気付く。
子供は、着物を着ていた。
赤い着物だ。
業火にも見える、血色の赤だ。
着物には、大輪の薔薇が咲き乱れている。
黄金や桃色、浅葱に藤色。
目がくらむほど花は鮮やかで、だというのに、不気味だ。
ああ、そうか。
これは、別れ花だ。
死者への手向けとして、棺桶に身をやつす花々だ。
これからその人と共に燃やされてしまう、儚い花だ。
だってほら、その長い黒髪にも花は、編み込まれている。
きっと子供は死者に違いない。
納得、確信。
同時に、何故そう思ったのだろうと疑問を感じる。
その時、子供は微かに身動いだ。
体を舐める炎のように、布はゆうらり赤を揺らす。
赤。
思い出す。
僕は、思い出す。

278名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:30:38 ID:BMATtBqk0
(-_-)(貞子)

これは、七五三だ。
写真で何度も見たじゃないか。
端午の節句、誕生日、七夕、年の瀬。
僕にはそういった行事と縁を持つことがなかった。
だから、これは僕の記憶ではない。
朝早くから叩き起こされて不機嫌になったのは貞子だ。
近所の美容室からやって来たおばさんに、髪の色艶を褒めてもらえたのは貞子だ。
曽祖母の代から引き継がれて来た着物を着たのは貞子だ。
化粧品特有の粉っぽい臭いに顔をしかめたのは貞子だ。
写真屋さんが遅刻したために、一人で和室に取り残されたのも貞子だ。

(-_-)(僕は、何もしてもらえなかった)

お祝いなんて、してもらったことがない。
あの家の中で僕は、いないも同然であった。
貞子ばかりが持て囃されて、僕はいつも隠れるように生きていて。

(-_-)(そうだ、僕は影の子供だった)

そして、影から出ることのできなかった子供だ。
はたと思い出して、怒りとも絶望ともつかない熱が、僕の腹を抉る。
痛みはない。
しかし、刺されたように熱かった。

(-_-)「僕は、要らない子供だった」

何度だって受け入れて来た事実だ。
自覚した当初は気が狂いそうな程に孤独をしみじみと感じ取ってしまった。

279名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:31:34 ID:BMATtBqk0
だけどもう、それを飲むことには慣れているはずだ。
だからいちいち動揺することもない。
それなのに、

(-_-)(どうして、こんなにも胸が痛いのか)

置物のごとくそこに配置されている赤。
髪に寄せられた花々。
金太郎飴のごとく延々と引き伸ばされた室内の暗さ。
それが、僕を狂わせている原因らしかった。
平常心で見られる色といえば、帯だけ。
蕩かした闇色の中に、少しずつ抹茶を混ぜ合わせたような深緑色。
それだけが僕の好きな色だった。
そして、唯一僕が選ぶことの出来た色だった。

(-_-)(――――選ぶことの出来た色……?)

何かが狂っていた。
僕の認識が、それは違うと言っていた。
齟齬が発生している。
直ちに修正しなくてはならないと。

(-_-)(どこがおかしい?)

直すべき箇所はただ一つ。
七五三の主役は貞子であって、僕ではない。
僕ではないのだから、帯を選んだのは僕ではない。
選んだのはきっと貞子か母さんだろう。
だって貞子を可愛がっていたのは母さんだから。

280名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:32:30 ID:BMATtBqk0
母さんは、男じゃなくて女の子が欲しかったから。
欲しかったから、でも、

(-_-)(どうして)

僕は、無意識に子供と距離を詰めていた。
足を動かした覚えはない。
部屋が縮んでいた。
畳の繊維一つ一つが消失し、それを埋めるようにして、距離を詰めているのだ。
逃げてしまいたかった。
僕は、ここにいてはいけないのだ。
僕は、男だ。
紛れもなく男だ。
息が詰まる。
もう、子供は間近に迫っていた。
動けない。
僕も、子供も。

( _ )「君、は……」

誰なんだ?
声に出さぬうちに、子供はゆっくりと面を上げる。
僕は、見てしまうのが怖かった。
はっきり言うなら思い出したくなかった。
その子の顔を、きっと僕はよく知っていた。
何度も写真で見たことがあるから。
母さんや、貞子が見せてきたから。

281名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:33:12 ID:BMATtBqk0
だけど僕は、一度もその写真を見たことがない。
自力で見たことはない。
見たくなかったから。
見てしまったら、だって……。
声が漏れる。
掠れた声だ。
散々暴れまわったものの、結局何一つとして解決出来ず、
啜り泣くことしかできなかった声だ。
下腹部を、汗ばんだ手が撫で付けた。
僕の手ではない。
細くて柔い、華奢な作りをした指だ。
くすぐるようにして、僕の腹を撫でていた。

「起きた?」

バカみたいに甘ったるくて、聞いている方までバカになりそうな声が聞こえてきた。

「起きてるんでしょ?」

ぎ、と爪が右の腹に食い込んだ。
大した痛みではないはずなのに、
これ以上彼女を無視してはならないと脳は学習していた。

(; _ )「ひっ……」

媚びの代わりに、悲鳴が一つ飛び出した。
閉じたままにしておきたかった目が、はちはちと浅く瞬いた。

282名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:33:52 ID:BMATtBqk0
川ー川「おはよぉ、お兄ちゃん」

緩やかに笑んで、貞子は腰を揺らした。

ぱちゅ、ぱちゅ、

間抜けな音が、忌屋に響く。
結合部はかろうじて、お互いのスカートに隠れているので見ずに済んだ。
しかしどういう事になっているのかは、ここ数日の間に
嫌というほど覚え込んでしまった。

(; _ )「うっ、くぅぅ……」

脊髄か腰のあたりに、蛇がうねっているような感覚。
快楽に限りなく違い苦痛だ。
湿っぽい布団に、出来る限り臀部を埋め込むようにして、
なんとか逃れたいと考えていた。

川ー川「お兄ちゃん」

熱っぽい声が、耳へと寄せられる。

川ー川「すき」

我慢しないで、という甘言と共に耳を噛まれる。
くすぐったい。
同時に、疼きが酷いものへと変化していく。
情けない声を我慢していた口を緩めるには、十分すぎる刺激だった。

283名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:34:36 ID:BMATtBqk0
女のような声を出して、僕は手を振り上げる。
かしゃ、かしゃ、と鉄の擦れる音。
手錠。
墓参りを目当てに来たというのに、着いて早々に僕は殴られた。
そして気付いた時には、手も足も枷をつけられて、
どこにも行けないような風体にされていた。
分かっていても、抵抗を止めることはできない。
義理とはいえ、僕と貞子は兄妹なのだ。
なのに、こんな……。

川ー川「我慢しなくていいよ」

わざとらしい女の声に、今度こそ我慢が効かなくなった。

(; _ )「い、ゃ……ぁ、あ……っ!」

がくがくと痙攣する腰。
貞子の奥深くを突き上げるようにして、射精した。
尿意を我慢出来ずに漏らしてしまった時と同じ種類の絶望感。
しかも、避妊していない。

川*д川「いっぱい出たね、お兄ちゃん」

泣きそうになっている僕を尻目に、貞子は嬉しそうに呟いた。

川*д川「ふふ」

貞子は、スカートを捲りあげる。
今度こそ、セックスしてしまったのだという証拠をまざまざと見せつけられてしまった。

284名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:35:19 ID:BMATtBqk0
貞子は惜しむように、僕の腰から立ち上がる。
赤く擦れ、柔らかくなった僕の性器。
それが、貞子の性器から、ゆっくり、ゆっくり、撫でるように、抜ける。
視界が涙で滲む。
何度見ても慣れないし、慣れたくない光景だ。
気持ちが悪かった。
僕は、貞子とは普通の兄妹でいたかった。
だけど貞子の方は、そうは思っていないらしかった。

川*д川「あは、」

壊れたような嬌声。
その後に一拍置いて、ごぽと貞子のそれから、溢れ出る精液。

川ー川「……泣かないでよ、お兄ちゃん」

そっと貞子が寄り添う気配がして、唇にキスが落とされる。

(; _ )「おまえ、おかしいよ……」

思わず飛び出た言葉は、何度言ったことか。
それでも貞子の心には、ちっとも響かないことを知っている。

川*д川「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

そっと腰に腕が回された。

川*д川「もうあの家には、お兄ちゃんの敵はいないよ」

285名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:36:06 ID:BMATtBqk0
自分がどれだけ僕のことを好きなのか、両親に説得したこと。
本来であれば従兄弟同士なのだから、交わってもなんら問題はないこと。
当然ながら祖父は大反対したものの、相手は寝たきりであるから、
排除するのにそう時間は掛からなかったこと。
包み隠さず、僕のために尽力したのだと貞子は何度でも語る。
その内容がどれほど僕の心を軋ませるのか、気付かぬままに。

川*д川「ねーえ、いい加減泣かないでよ」

困ったように呟いて、貞子は涙を舐める。

川*д川「そんなに嫌?」

(; _ )「いや、……」

嫌だよ、と小さく呟く。
家の事も、貞子の事も、何もかもが嫌だった。

(; _ )「……家に帰して」

川*д川「お兄ちゃんの家は、あの家だけだよ」

剥き出しになったままの性器に、貞子はそっとスカートの裾を被せた。

川*д川「……じゃあさ、何が気に入らないの?」

(; _ )「ぜん、ぶ……」

そっと下腹部に視線を移し、ぞっとするような気持ちで言葉を吐く。

286名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:36:51 ID:BMATtBqk0
(; _ )「服も、やだ」

川*д川「えー、かわいいじゃん」

(; _ )「やだ」

川*д川「よく似合ってるよ、セーラー服」

改めて声にされると、羞恥によって呻き声が上がる。
最悪な服装だった。

川*д川「大体さ、お母さんも酷いよね」

貞子の手が、僕のスカーフを弄ぶ。
蛇のように光る左手は、非常に恐ろしかった。

川*д川「女の子が欲しかったから、お兄ちゃんのこと女装させてたなんてさ」

(; _ )「…………」

みし、と歯が軋む。

川*д川「それなのに、わたしを引き取ったらもうお兄ちゃんのこと
    要らないって邪険にするなんて、ねぇー」

擦り寄ってくる貞子を、僕は退けてしまいたかった。
この山を降りて、二度と近付かない。
家も早急に引っ越す。
だけど、本当に出来るのだろうか。

287名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:37:41 ID:BMATtBqk0
川*д川「でも大丈夫だよ、お兄ちゃん」

太ももをなぞる指を、反射的に挟み込もうとする足。
それすらも叶わない状況。

川*д川「今までの事もぜぇーんぶ、謝るって、お母さん言ってたから」

だからお家に帰ろ?
妹は、甘ったるく、語りかけてきた時だった。

川д川「……」

長い前髪の隙間から、貞子は窓を睨みつけた。

(; _ )「なに、」

川д川「……誰か、そこに立ってたの」

ひそと小声を落とし、貞子は立ち上がる。
窓には、障子戸が貼られている。
それをほんの少し開けて見るも、人の気配はないらしい。
しかし、貞子は未だに警戒を緩めていない。
そもそもここは私有地で、親族以外には誰が見たって獣道にしか
見えないような場所を通ってたどり着く、言わば昔ながらの墓地だ。
さらに貞子の開けた窓から察するに、今は真夜中らしい。
こんな時間帯に、人影が見えた。
となると、やっぱり尋常じゃないものを感じる。

288名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:38:24 ID:BMATtBqk0
.



ふ、

と、電気が消えた。

川;д川「っ」

暗闇の中で息を飲む気配がした。
部屋の中は真っ暗だ。
虫の鳴く音だけがいやに響いている。
立ち上がった貞子は、電気のスイッチを押したらしい。
灯りは付かない。

川д川「外だ……」

呟いた貞子は、ふらふらと歩みを進める。

(; _ )「……貞子?」

視界から完全に消えた妹を呼ぶも、返事はない。
あんなにも疎んでいた存在が、いざ居なくなると心細いものがある。
現金さに呆れつつも、四肢を拘束されているのだから
仕方がないものだろうと己を慰めている時だった。

289名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:38:56 ID:Dbi99sWQ0
支援だ

290名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:39:09 ID:BMATtBqk0
川;д川「ひっ……!」

甲高い悲鳴が、玄関口から響いた。

(; _ )「貞子っ……?」

首を持ち上げるも、景色はやはり変わらない。
そのうち、木をたたき割るような音まで聞こえてきた。

川;д川「やっ、やだ!!」

来ないでよ、と叫ぶ声に僕はいよいよ焦りを感じる。
これはひょっとして……、

(; _ )(誰かがここに侵入しようとしている?)

音から察するに、斧かなにかで扉を破壊しにかかっているのではないか。
だとすれば、危ないのは貞子である。

(; _ )(どうしよう……)

僕は何もできない。
いや、何もしなくていいのではないのか。
相手が何者なのかわからない。
もしかしたら警察なのかもしれない。
友達とも連絡を取ることが出来ずに、
ずっと放置してしまったし、その線もあり得る。
僕を助けに来たのかもしれない。

291名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:40:06 ID:BMATtBqk0
(; _ )(警察であってほしい)

希望的観測にも程がある。
意図的に停電をさせて、扉を破壊して突破して来る相手が警察のはずがない。
だけど、それ以外の相手であれば目的が読めない。
そうなるとなおのこと怖い。
祈るように、僕は推測に縋っていた。
しかしそれすらも、慌てて部屋へと逃げ込んだ貞子によって壊されてしまう。

川;д川「やばいよ、あいつ」

頭おかしいよ、と言う視線は未だ玄関口を見つめている。
彼女は何を見てしまったのか。
問いかけても、その答えが返って来ることはなかった。
独占するように、おもちゃを取り上げられないように、貞子は僕を抱き寄せていた。
まるで、侵入者の目的が僕にあるかのように。
扉が大破する音。
蹴りによって部屋を踏破するような気配。
引きずられる鉄製の何か。
暗闇に慣れてきた目は、ようやく相手の姿を捉えることが出来た。
細い人影だ。
あれだけの破壊音を出したとは思えない、燃えさしのような人影。

292名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:41:55 ID:BMATtBqk0
川;д川「……なんなの、あんた」

威嚇するような貞子の声。
抱き寄せられる僕。
からからに乾いた喉が、はくはくと息を飲み込む。

「――――」

相手は、僕を見つめていた。
灯りなど無くても分かるほどに、視線が突き刺さる。
貞子のことなど視界に入っていないようだった。

川д川「お兄ちゃんは、渡さない」

明確な反抗の意思。
しかし、それは一瞬で終わった

「ぎゃっ」

悲鳴とともに、貞子は彼方への飛んでいく。
黒い人影は、僕に背を向けて貞子へとのしかかる。
体を殴打する音が複数回、忌屋に響いた。

「枷の鍵はどこにあるのかな、疋田貞子」

穏便かつ平坦な声。
馴染み深く、ここ最近聞くことの出来なかった声に
似ていて、しかし男の声にも思えた。

293名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:42:38 ID:BMATtBqk0
「な、なんなのあんた……」

「質問の意味が分かっていないようだな」

さめざめとしたその声は、今度こそ聞き間違いようのないものだった。

(;-_-)「クー!」

呼び掛けるも、返事はない。
相変わらず、妹を殴っている音だけが響く。

「高校にも行かず、家にも帰らず、この二週間ずっと兄上を監禁していたとはね。
 なかなかの趣味をお持ちだよ、このお嬢さん」

「ああ、全く。君の言う通りだよ」

「あんた……」

「だけど、君は彼女に対して過ちを犯した」

「誰と話して、い ゙っ……!?」

「君は疋田くんの嫌がる行為をした」

「やめっ……」

294名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:43:29 ID:BMATtBqk0
「君は疋田くんの人生を狂わせた」

「ぅあっ!」

「君はわたしを殴った」

「や、やめ、あやまるから……」

「人を襲う時には躊躇っちゃいけないんだよ、お嬢さん」

「あっぁがっ」

「このように、報復を受ける事もあるからね」

「もっとも、そんな事をしないほうがいいに決まっている。そうだろう?」

「ははっ、違いない」

「いぎゃっぎゃべめっ」

「やめないよ」

「あ ゙っぎっ」

水のような音と咳き込む声が混じり始めて、
次第にそれすらも聞こえなくなった。
そして、人影はようやく立ち上がった。

295名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:44:44 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「すまない、疋田くん。迎えが遅くなったね」

久しぶりに見た彼女は、やはり冷静であった。

(;-_-)「あの……妹は……」

川 ゚ -゚)「まだ息はしているんじゃないかな、多分」

言いながらも、クーは憤慨していた。

川 ゚ -゚)「彼女の事は一切気にしなくていい。君は被害者だ。
     わたしはそれを助けに来ただけのこと。
     ……ボルトクリッパーを持って来るから、もう少しだけ待っててくれ」

呆然とした僕を置いて、クーは一人闇の中へと姿を消した。

(;-_-)「……貞子?」

しんと静まり返った暗闇から、答えは返ってこない。
ぴくりと動く気配すらもない。
クーはさっき、なんと言った?
まだ、息はしているんじゃないかな。多分。
ということは、これから先は死んでしまうのかもしれない。
かろうじて呼吸があるだけで、徐々に弱り果ててしまうのではないか。

296名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:45:57 ID:BMATtBqk0
そんなの、

(;-_-)「……あんまりだよ」

僕は、貞子が嫌いだ。
どう考えても常軌を逸している。
だけど狂っているのは、

(;-_-)(クーも、同じだ)

恐ろしかった。
震えが止まらなかった。
だからクーが戻ってきて、手錠を壊している間も、
僕は口をきくことが出来なかった。
どうやってここまでたどり着いたのか。
なにをきっかけにして彼女が動いたのか。
時折聞こえた男の声は、一体何者なのか。
何も、聞けなかった。

川 ゚ -゚)「よし、帰ろう」

クーは何事もなかったかのように、僕の手を引く。
僕もそれに倣って、立ち上がる。
何かが壊れようとしていた。
僕の中で培われてきたクーに対する信頼が、ひしゃげつつあった。

(-_-)(僕はこの人を信じていいの?)

一歩、また一歩と、僕は外の世界へと近付く。

297名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:46:37 ID:BMATtBqk0
本当にそうなのだろうか?
確かに僕は狂った妹から解放されたはずだ。
けれども、その先に待ち構えている友人は、正常なのだろうか。
木片を踏みつけながら、僕は考える。
足は遅々として進まなかった。
それが、いけなかったのだろうか。
背中が燃えるように熱く感じられた。

(; _ )「あ――――」

肺から、息が全て吐き出された。
衝撃は一度のみならず、二度三度と繰り返される。
瞬間、僕はクーの手を握り締めて崩れ落ちた。
妹の笑い声が聞こえる。

川#д川「ざまーぁ見ろ!!!!」

上擦った声に、クーが掴みかかる気配がした。

「お前、お前……なんてことを……」

298名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:47:29 ID:BMATtBqk0
悲しむような、焦るような、声。
壁へと何度も叩きつけられる、妹の哄笑。
包丁の落ちる音。
窓へと叩きつけられる妹。
ガラスと障子戸をばら撒きながら外へと転がる妹。
長い黒髪を振り乱し、怒り狂うクー。
四肢をだらりと伸ばした妹を、墓場へと擦り連れるクー。
コーキング剤のついた拝石を、片手でこじ開けるクー。
妹は気付く。
自分がどこに閉じ込められようとしているのかを。
手足をばたつかせる妹を、唐櫃へと押し込めるクー。
真っ逆さまに、妹は落ちていく。
そして何事もなく、拝石によって蓋がなされる。
今は、その土だらけの手が、僕を支えていた。

川 ゚ -゚)「疋田くん、疋田くん」

複数箇所穴が空いてしまった僕は、きっともう助からないだろう。
体はとても寒々しく、視界には白と黒の影がちらついている。
今から下山しても、間に合うはずがなかった。
それに、助かろうという気持ちもほとんど失われていた。
だって、

( _ )「……生きていたってしかたがないよ」

生まれてからずっと嫌な目にあって、少しだけ友達には恵まれて、
だけど家のことを全部相談できるような間柄じゃなし、
僕を必要としてくれる人間は、きっといないんだ。

299名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:48:27 ID:BMATtBqk0
先生たちにとって、僕は大勢いる生徒の中の一人で、きっと悲しくは思わない。
ブーンだって、友達が多いし、彼女もいるし、僕のことなんか忘れてしまう。

( _ )「くーだって、そうでしょう?」

そうだって言ってほしかった。
生きる意味がなかったら、僕の人生全部ムダだったって分かったら、
どんなに幸せなことだろう。
だってそれは、僕に嫌な思いをさせてきた人たちの行いも、
全部全部ムダで何一つ実りのあるものではなかったって言えるでしょう。

( _ )(だから、僕のことなんか要らないって言ってよ)

なのに、

川 ゚ -゚)「いいや」

クーは、首を振る。

川 ゚ -゚)「君は、数少ないわたしの友人だ」

(  ∀ )「それもかけがえのない友人さ」

声が、ふたつ、聞こえる。
クーの声。
男の声。

300名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:49:18 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「ああ、死ぬな……」

絶望したように、クーは僕を抱き寄せる。

川 ゚ -゚)「……わたしを置いて行くな」

いつもと同じ無表情であるのに、はらはらと目からは雫が落ちている。
綺麗だ、と不覚にも見とれてしまった。

川 ゚ -゚)「どうして、君も死んでしまうんだ……」

( _ )「……ごめ、ん、ね」

少しずつ、言葉を吐き出す。
いよいよ意識が途切れつつあった。
それでも、不思議と怖くはない。
自棄になって周りを突っぱねても、やはり僕は怖かった。
だけど、看取ってくれる人がここにいる。

( _ )「くー、」

川  - )「……なんだ」

( _ )「ぼく、ね、えいじっていうの」

川  - )「えいじ、」

301名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:50:12 ID:BMATtBqk0
( _ )「影の、子って、かいて、ね、えいじ」

僕は、嗤う。
こんな名前をつけた親を、嘲笑う。

( _ )「女のこが、ほしかったんだよ」

どうしても、欲しかったんだね。
おんなの子に、なって、ほしかったんだ。
きっと。

( _ )「だから、きらいななまえでさ」

だれにもよばれたことのない名前。
母にすら、えいこと呼ばれ続けていた。
ほんとうの名前なのに、本当じゃないようななまえ。

( _ )「でも、くーには、おしえたくなっちゃった」

川  - )「……えいじ」

くーは、はじめてぼくをよんでくれている。

302名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:50:54 ID:BMATtBqk0
( _ )「うん」

しあわせだ。

川  - )「えいじ」

それだけで、まん足だよ。

( _ )「……ん」

川  - )「えいじ」

( _ )「……」

川  - )「……わたしを、ひとりにしないで」

( _ )「」

川  - )「えいじ」

( _ )「」

303名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:52:26 ID:BMATtBqk0
疋田からの言葉は、もう返っては来なかった。
死んでしまった。
そう悟りはしても、素直は状況を飲み込めずにいた。
獣のような慟哭が、夜山に響く。

川  - )「一緒にいよう」

涙を零しながらも素直は、疋田の体を抱き寄せた。
体はまだ、仄温かい。

川  - )「ずっとだ」

( _ )「」

川  - )「ずっと、そばにいてほしいんだ」

( _ )「」

川  - )「この気持ちを、どうか分かってくれよ」

疋田の耳へ、素直の口は吸い寄せられていく。

川  - )「いいだろう?」

なんとかして肯定を引き出さんとする、執心。

( _ )「」

物言わぬ屍体。

304名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:54:09 ID:BMATtBqk0
川  - )「辛いことも、悲しいことも、痛いこともなし、だ」

( _ )「」

そうして、幾許かの時間が過ぎ、

川  - )「全部わたしが守るから」

( _ )「」

川  - )「居てくれるな?」

素直は、

( _ )「   」

川  - )「…………よかった」

ようやく理解へと漕ぎ着けた。
鼻をすすりつつ、素直は立ち上がる。

川 ゚ -゚)(早急に事を進めなくてはならない)

時刻は十時を少し回った頃。
田舎とはいえ、この周囲には畑が多いことはフォックスから聞いている。
農作業は存外早くから行われるものとして
心得ている素直は、明け方までに作業を終わらせる事を目標とした。

305名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:55:08 ID:BMATtBqk0
まず素直は、土だらけの手を洗うことにした。
万が一の事を考えていた素直の爪は、深爪寸前にまで切り揃えられている。
シンクを借り、持参した紙石鹸で何度も手を洗った。
その次に、素直は疋田の被服を取り払った。
赤い血に染まったセーラー服にスカート。
たったそれだけを身に付けて、疋田は凌辱に耐えていた。

川 ゚ -゚)(こんなことなら、もっと早くに打ち明ければよかった)

己が本性を曝け出すことに対して、素直は常に恐れを抱いていた。
鬱田。
モララー。
素直に深く関係した男達は、必ず不幸になる。
素直が深く人付き合いをしないように、
他人を忌避していた理由はそこにあった。

川 ゚ -゚)(まさか、わたしの全てを知る前に死んでしまうなんてな)

自嘲を浮かべつつ、疋田を抱えた素直は、風呂場へと急いだ。
簡易的な作りではあるものの、広さは十二分にある。
浴槽に疋田を折り入れ、素直は車へと戻る。
脚立、LED製のランタン、マジックテープで自作した幅広のバンド、大型のクーラーボックス、
蓋のできるバケツ、キッチンツールを入れた鞄、着替え、その他細々とした道具などなど。
常人が一括で持ち運ぶにはあまりにも多すぎる荷物量である。
しかし、現在の素直は男のそれを凌駕する力を発揮していた。

306名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:55:55 ID:BMATtBqk0
もとより、素直は自身を鬼であると信じていた。
両親は、生粋の鬼。
その両親の両親も、恐らくは鬼。
であれば、自身ももちろん鬼である。
鬼であるから、人の手には余る存在。
ゆえに人からは常に嫌われる役で、その道理に矛盾は存在しなかった。
多くの媒体で、鬼というものはそういうものだと学習していたからだ。
しかし、中には奇特な人間もいた。
それが鬱田であり、疋田であり、モララーであった。

川 ゚ -゚)(皆、いい奴だった)

ランタンを灯し、風呂場に脚立を立てる。
その山の部分に疋田の腰を乗せ、
特製のバンドによって脚立の足に足首を固定した。
次はナイフを持ち出し、首、脇、大腿の動脈を切断。
だらだらと流れる血を眺める素直の脳内では、

川 ゚ -゚)(この速さでは小一時間必要だろうな)

血抜きに要する時間を弾き出していた。
かといってその間にやる事がないわけではない。
剃刀とシェービングクリームを取り出すと、疋田の頭へと満遍なく塗りつけた。
頭髪を剃る為である。
人間の髪の毛は蛋白質から出来てはいるものの、食用には適さない。
胃酸にも溶けず、そのまま残ってしまう可能性は十分にあった。
なので、素直は綺麗に頭を剃り上げてしまうのだ。
脚立から反り返った半身から、でろりと手を投げ出している疋田。
見る者によっては不気味に思える光景だが、やはり素直は何も感じることはない。

307名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:56:43 ID:BMATtBqk0
何より、解体するのはこれが二度目であった。

川 ゚ -゚)(初めての時は流石に手が震えていたけれども、慣れるものだな)

あの時。
素直がモララーに誘われ、椎名、ミセリ、房木と食事を取っていた時代。
椎名が、房木と同棲を始めてしばらく経った頃。

川 ゚ -゚)(夏だった)

それも晩夏。
ちょうど今頃の時期であった、と素直は振り返る。
椎名ことしぃは、介護関係のコースを取っていた、と記憶は主張していた。
面倒見のいい女性で、同時に苦労も多くしてきたらしいと風の噂に聞いていた。
幼い頃に父を亡くし、後に母は再婚。
その新しい父との間に出来た妹、ミセリ。
ドラマのテンプレートであれば、両親ともにミセリのことばかり可愛がってしまい、
連れ子であるしぃは疎まれて当然、といった流れであろう。
実際はそんな事などなく、仲睦まじく暮らしていたらしい。
けれども不幸なことに、しぃの両親は、揃って事故により死亡。
たった二人、半分ずつ血を分けた姉妹のみが取り残されてしまったのだ。
しぃ本人も進んで口にしたわけではないが、子供二人だけで生きるのには
大変な苦労を強いられたのであろう。
その代わりに、互いを疎んだり、憎しみ合うような関係にはならずに済んだ。
不仲という言葉とは程遠い位置にいる姉妹。
それが、椎名姉妹であった。
とはいえ、問題が何一つないわけではなかった。

308名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:57:25 ID:BMATtBqk0
ミセリは、昔から体が弱かった。
モララーの談では、しょっちゅう小学校からしぃへと連絡が入っていたという。
十中八九、その電話はミセリの具合が悪いという内容で、
時折しぃは動揺のあまり泣き出してしまうことが多々あった。
度々そのような場面を素直が目にした時もある。
が、素直は気の利いた一言を掛けることが出来なかった。

川 ゚ -゚)(大丈夫だと言えるのは、わたしが当事者ではないからだ)

それは、あまりにも無責任な一言のように思えた。
しかし、房木は違った。
絶妙にして的確な、しぃが恐らく欲しているであろう言葉を、
房木は差し出すことが出来た。

川 ゚ -゚)(あの二人がいつの間にか付き合っているなんて、
     わたしは全然気が付かなかった)

頭髪を剃り終えた素直は、今度は眉や髭へと着手した。

川 ゚ -゚)(ミセリ)

十歳の、小さな女の子。
体の発育は遅く、低学年だと言われても信じてしまうような
背の低さがミセリの特徴であった。
ミセリは人見知りが激しく、口下手な素直と会話を交わした覚えはなかった。
しかしモララーや房木が相手であれば、年相応の反応を見せていた。
透明なガラス一枚を隔てて、素直はミセリを臨んでいた。
そこに憎しみはなく、素直は可愛いと考えていた。

309名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:58:43 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)(ただ、わたしに子守は向かない)

素直に出来ることといえば、ミセリが喜びそうな菓子を時々与えるだけであった。
その時ばかりはあのミセリも、照れたように笑って礼を言うのだ。

川 ゚ -゚)(……ミセリ)

疋田に向かって、素直は放水した。
まつ毛すらも一本も残さずに、黒々とした糸は排水溝へと追いやられていく。
男にしては、疋田は体毛の少ない方だった。
性器周りもすっかり剃り落とされていて、素直は心地のいい気分に浸っていた。
時計を見ると、十一時を回っていた。

川 ゚ -゚)(そろそろか)

浴槽の上に、蓋を取り付ける。
忌屋の中に放置されていた風呂の蓋である。
幸いにもあまり使われた形跡はない。
しかし、本来これはまな板ではない。
どうしても不潔さを取り除くことが出来ず、素直はアルコール消毒をした。

川 ゚ -゚)(気休めだな)

それでも、無いよりはマシだと素直は判断した。

川 ゚ -゚)「よい、しょ」

幾分か軽くなった疋田を、その上へと横たえる。
まず、頭を外す必要があった。

310名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 20:59:26 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「これだ」

分厚い刃を備えた、肉切り包丁。
ずしりとした重みが、素直の手によく馴染んだ。

川 ゚ -゚)「せーのっ」

ダン。
一太刀で、首がごろりと落ちた。
髄液が、とろとろと頚椎より漏れ出した。
蓋から包丁を引き抜いた素直は、指へと髄を馴染ませた。

川 ゚ -゚)「……うん」

髄液は、未だにたらたらと滴っている。
素直はそこへと口付けるようにして、髄液を貪った。
仄かに冷えた、甘い髄液。
果実や砂糖のそれとは違う、複雑にして儚い甘さだ。
塩をかけたわけでもないのに、わずかにだし汁のような味もする。
間違いなく、この瞬間しか味わえない代物であった。

川 ゚ -゚)「…………」

口の周りを拭うと、赤い汁が付着していた。
人体の六割は水で出来ている。
そして血抜きをしても、組織中に含まれている体液全てを絞ることはできない。
出来たとしても、旨味が逃げ出してしまうのは明白である。

311名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:01:59 ID:BMATtBqk0
とはいえのんびり作業をしている暇はない。
外では秋を感じさせる涼しい風が吹いているとはいえ、気温はまだ高い
しかも、ここは長らく使われていなかったと見える風呂場。
衛生的とは言えない環境だ。

川 ゚ -゚)(手早くいこう)

切り離した頭を、バケツの中へとしまう。
持参した氷で周りを埋めるようにすれば、保存と同時に血抜きにも役立つ。
脳は、脂質と水で出来ている。
一般的に水を多く含む食品は、痛むのが早い。
脳も例外ではなく、さらに脂も混じっているともなれば、
水によって脂が酸化して味は落ちてしまう。
ならばやはり、腐敗を抑える為には加熱か冷蔵、
どちらかの手段を取らなくてはならないのだ。

312名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:02:41 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)(どうしても頭は血が残りやすいからなぁ)

クーラーボックスではなく、あえて氷の溶けやすいバケツにしたのは
そういった理由も含んでのことである。

川 ゚ -゚)「性器かぁ……」

はっきり言って、男性器は食用に適さないと素直は記憶していた。
男性器に骨というものはない。
海綿体に血が集うことで、男性器は硬さを維持することができるのだ。
その海綿体はというと、加熱するとゴムのように固くなってしまう。
とてもではないが、食べられるようなものではない。

川 ゚ -゚)(それでも食べてしまったけれどもね)

一方焼いた睾丸は、砂肝にも似た食感で、にんにくと粉末のガラスープとともに
漬け込んでから焼くと、とても良いアテになるのだ。

川 ゚ -゚)「生で食う、か」

これも同じく、頭部を入れたバケツの中へと放り込む。
ちょうど満杯となった為、素直は蓋を閉じることにした。

川 ゚ -゚)「皮だ、皮」

肉切り包丁をしまい、次に取り出したのは小ぶりのナイフである。
皮を剥ぐことに特化したナイフだ。

313名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:05:07 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「まずは首から……」

喉、胸、腹、恥骨。
薄く線を引くようにして、ナイフで軽く撫ぜていく。
力を込めすぎると、横隔膜や臓器に傷をつけてしまう。
部位によっては内包している液体が肉へとこびり付き、味が落ちてしまう。
だからこそ慎重に作業しなくてはならなかった。

川 ゚ -゚)(相手が抵抗しないと楽だ)

しぃの皮を剥いだ時は、随分と苦労したと素直は回想していた。
大の字に縛り付けてはいたのだが、腰や肩を浮かせることは出来た。
それが存外に、作業の邪魔になることを素直は考えきれていなかった。

川 ゚ -゚)(今後もし、そのような機会があった時には
     関節を外してから臨んだ方がいい)

作業はスムーズに進んでいく。
軽く引っ張った皮と筋肉の間に、滑らせるようにしてナイフを入れていく。
脂肪の多い箇所は、ナイフを使わずとも引っ張れば剥がれていく。
初回はその要領を得ていなかった。
脂肪だらけになったナイフは、切れ味がひどく落ちてしまった。

川 ゚ -゚)(研げばいいだけの話だけどね)

そり、そり、とナイフの擦れる音が浴室に響く。

314名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:05:48 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)(生皮を剥がされるってどんな気持ちなのだろう)

スカリフィケーション、という施術がある。
図案の通りに火傷や皮を剥ぎ、人為的にケロイドを
作り出すことで成立する、いわば刺青の親戚だ。
しかし医療行為として認められていないので、麻酔を使うことは許されていない。

川 ゚ -゚)「どんな気持ちか聞けば良かったな」

( ・∀・)「死人に口なしってやつだね」

背後より突然現れたモララーに、素直はさして驚くこともなく頷いた。

川 ゚ -゚)「ショック死してしまうくらいだから、相当に痛かったのだろうとは思う」

( ・∀・)「そりゃな」

笑いながらも、モララーは諭すように言う。

315名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:06:37 ID:BMATtBqk0
( ・∀・)「半分以上生皮剥がされたらたまったもんじゃねえだろ」

川 ゚ -゚)「しかし、それだけの事をされても仕方がないほどにあいつは外道だった」

無論、しぃのことである。
両親を亡くして以降、彼女はミセリを虐待し続けていたのだ。
それも巧妙な手口で、周囲の同情を集めながら。

( ・∀・)「頭がおかしくなってたのさ」

川 ゚ -゚)「違いない」

せせら笑う素直に、モララーは表情を曇らせた。

( ・∀・)「……もっと早く気付いていればな」

川 ゚ -゚)「悔やんでも仕方がないさ」

景気良く皮を引き剥がしながら、素直は回想する。
ミセリが死んだのは、八月の終わる直前で、
同時に房木としぃが同棲し始めた頃でもあった。
ミセリはその日、川遊びに行くと言って家を出た。
一人では危ないから、必ず友達と一緒に行きなさい、と声をかけたのは房木である。
元来より房木は面倒見のいい男であった。
素直自身も偏った食生活について、何度か指摘を受けたことがある。
無論、それを聞き入れるような素直ではないが、
房木の言葉は歯切れよく、不愉快に思うことは一度もなかった。

316名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:07:58 ID:BMATtBqk0
また房木は大の子供好きで、ミセリのことも
年の離れた妹か何かだと思って接している節があった。
しぃの本性とは対照的に、勿体無いくらいの善性に満ちた男。
それが、房木ギコであった。
ミセリが出かけた後、二人はちょうどドライブへと出かけた。
行き先はショッピングモールで、一時間ほど買い物をしていた時だった。
ミセリらしき子供が一人で、川に入って流されて行ったと警察から連絡が来たのだ。
目撃者はミセリの通う学校の同級生と、その母親。
人違いだろうとは言えない状況であった。
二人は慌てて川へと向かった。
日府市と叢作市の間を隔てる県内最大規模の水源、設楽川。
その川辺には警察と消防の車両が集い、規制線の向こうで、
小さなサンダルを揃えられているのが見つかった。

ミ,,゚Д゚彡『……まるで、自殺じゃないか』

思わず呟いた房木の言葉に、しぃは崩れ落ちたという。
結局、遺体は翌々日になって見つかった。
下流域にある葦原に引っかかっていたという膨脹した水死体は、
ミセリだと判断できるほどの特徴を備えているようには思えなかった。
その後、ミセリの死は自発的なものではなく、事故として処理がされた。
遺書は見つからず、彼女も明確に遊びに行くと
姉に告げていたのだから、当然といえば当然であった。

317名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:08:49 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「水、死は、苦し、い、死に方、なの、に、なぁ!」

皮を引きつつ、素直は呟く。

( ・∀・)「まあね」

同意しながらも、モララーは言葉を紡ぐ。

( ・∀・)「希死念慮を抱いてる人間にとっちゃ、
       そこらへんにあるもの全てが自殺の道具に見えるものだよ」

しかし、ミセリはまだ幼かった。
最寄駅は家から遠く、線路の類も全くない。
わざわざ轢死するために、歩いて向かうのもバカらしいというものであろう。
また小柄であるために、首を吊りたくても縄を掛ける場所まで背が届く事はない。
薬局へ行っても、やはり子供相手に劇薬を売ってくれる道理もない。
となるとやはり、家のすぐ近くを流れる川へと身を投じるのが、
ミセリにとっての最適解だったのだろう。

川 ゚ -゚)「……君が説明してくれた理由も、わたしには理解できない」

理由。
自殺の動機。
モララーとこの話を蒸し返す度に、説明されてきた事由。

318名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:09:30 ID:BMATtBqk0
( ・∀・)「俺の話は信用ならない?」

川 ゚ -゚)「納得と理解は同じじゃないってことさ」

モララーの推理であれば、辻褄は合う。
しかし、だからと言って何故そんな事をと思わずにはいられないものだ。
畢竟、素直はミセリに死んでほしくなかったのだ。

( ・∀・)「何度でも説明するけどさ」

ぴち、と素直の頬に脂肪が飛んだ。
横目で眺めながらも、モララーの顔色が変わる事はない。

( ・∀・)「房木に姉ちゃんを取られたような気がして悔しかったんだよ」

川 ゚ -゚)「虐待していたクソ女のことがそんなに大事かね」

あらかた皮を剥ぎ終えた。
一息吐く暇もなく、腹と胸を裂く。
使う道具はキッチンバサミだ。
胸骨と肋骨間を通る骨は、軟骨で出来ている為に、ナイフで力を込めて
臓器を傷付けるよりも、ハサミの方がより合理的に肉を断つことができるのだ
性器を切り取った股間から喉に掛けて、布を切るように、ハサミは肉を切った。
軟骨を切除した後は、肋骨を開く。
横隔膜に包まれた臓器から、空気が抜けるような音がする。
妙な音だ。
日常生活を送る際には、絶対に聞くことのない音。

319名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:10:14 ID:BMATtBqk0
何度聞いても不愉快だ、と素直は眉をひそめた。
それを終えると次は食道と直腸それぞれに糸を結びつけた。
忌屋の片隅に積んであったゴミから察するに、
食事だけはきちんと与えられていたようである。
胃の中身や便を無駄に撒き散らすことになれば、それこそ衛生的ではない。
その次には、肝臓の裏にある胆嚢に袋を被せて切り取らなくてはならない。
胆嚢は、肝臓から作り出される胆汁を一時的に保管しておく
謂わば倉庫の役割を果たす臓器だ。
脂肪を消化するために、水と馴染ませる働きを持つのが胆汁である。
が、この液体の味ときたらとてつもなく苦いのだ。
それをうっかり傷付けて、他の部位に付着させようものなら、
その部分は食すことが難しくなる。
では食べられないのかというと、そういうこともない。
よくよく水で洗い、血を抜いた後、
レバーと一緒にパテにしてしまえば、やはり美味しく頂けるのだ。

( ・∀・)「……親に愛されなかった君には分からないかもしれないけどさ、
       家族の縁っていうのは案外捨てがたいものなんだよ」

不意の呟きに、クーは胆嚢を握りつぶしてしまいそうになった。
いくらビニールの中に収めてあるとはいえ、液体の流出を止めることはできない。

川 ゚ -゚)「……今、真剣にやっているんだ」

見て分からないのか、というニュアンスを込めて、
素直は吐息を一つ生み出した。
それに対しモララーは、肩を竦めてなおも話を続けた。

320名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:10:57 ID:BMATtBqk0
( ・∀・)「よくある話だよ。虐待されている側は相手と離れた方がいい
       と分かっているのに、情に流されてしまう。それでも親だから、兄弟だから、とね」

川 ゚ -゚)「…………」

素直は無言のまま、疋田のことを考えていた。
素直が容赦なく貞子を殴りつけた後、彼は一体どのような表情を浮かべていたのか。

川 ゚ -゚)(恐れ、軽蔑。信頼の、失墜)

暗がりの中でも、それは手に取るように、素直の心へと食い込んだ。
約一ヶ月。
疋田は、貞子の良いように扱われていた。
それなのに、疋田はあの表情を浮かべた。

川 ゚ -゚)(実に不可解だ)

しかし、そう思うのは素直が二人にとって赤の他人にして第三者であるからだ。

川 ゚ -゚)「血が混ざるだけで、どうしてこうもややこしくなる」

紐を縛り終えた素直は、もう一度ハサミを握った。
縛り切った末端を、ハサミで切り離すのだ。
喉、腸、共に切り終えたら次はいよいよ大仕事に取り掛かる。
内臓というものは基本的に横隔膜に包まれるようにして存在している。
また、消火器を支える為に背中から腹膜が発達している。
逆を言えば、横隔膜を引きずり出してしまうと、
これらの臓器は一緒くたに抜くことが出来る。

321名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:11:44 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「せー、っの!」

ずぱん。
やはり空気が粘着質な音を立てて、疋田の体から抜けていった。

川 ゚ -゚)「くっ……」

もぬけの殻となった肉体の横に、引き抜いた臓器の袋を横たえる。
その重さはおよそ七キロ弱。
流石の素直も重労働が続いたために、息が切れつつあった。
しかし、休んでいる暇はない。
時刻は午前一時半。
夜明けまであと三時間弱。
それだけの時間しか残されていない。
取り急ぎ、内臓を細かく分ける。
食道、心臓、肺、肝臓、腎臓。
それぞれを軽く水洗いした後、個別に袋の中へと収めていく。
袋の中にはあらかじめ、ドラキュラマットが仕込んであった。
ドリップをそのままにしておくと、雑菌の温床となる。
鮮度を保つには欠かせない代物であった。
包装がひと段落ついたら、クーラーボックスの中へとしまっていく。
胃と腸の始末は、一番最後に取っておく。
それよりも先に肉を解体しなければならなかった。
素直は再び肉切り包丁を用意した。
肉の分断。
解体の中では一番楽な作業である。
関節ごとにバラしていけばいいのだ。
それも勢いよく、刃を振ればいい。

322名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:13:52 ID:BMATtBqk0
肉は枝ごとに切り分けてしまった方が、保存がしやすい。
細切れに切ってしまうと、空気に触れる部分が自然と多くなる上に
細胞が壊れてそこからドリップが出てしまうから、やはり肉は痛みやすくなる。

( ・∀・)「上達したな」

川 ゚ -゚)「君よりも華奢なんだよ、彼は」

モララーと比べてしまうと、疋田は頭二つ分の差が付くほどに小さかった。

川 ゚ -゚)(きっと並んで立てば、大人と子供のように見えて面白いだろうな)

密かに想像し、素直は笑った。

( ・∀・)「疋田貞子も、随分と背が小さかったね」

川 ゚ -゚)「遺伝、というやつかな」

手際よく、疋田はバラされていく。
個人が物体に変わる瞬間というものは、素直の中には存在しない。
肉であり、人である。
それはどちらも肯定できる真実であった。

川 ゚ -゚)(常人であれば、やはりこれを肉と見るのだろうか)

( ・∀・)「それとも、こんな風になっても人と呼ぶのかねえ」

素直の思考を引き継ぐように、モララーは口遊む。

323名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:14:52 ID:BMATtBqk0
同時に、最後の一刀が振り下ろされた。
枝肉をクーラーボックスへと収納した後、素直は胃と腸の洗浄へと移った。
胃の中は、殆ど空っぽの状態であった。
腸の方も、大した内容物はなかった。
それでもやはり、多少の糞便が排水溝へと追いやられていった。

( ・∀・)「しぃも、最後に漏らしていたなあ」

川 ゚ -゚)「汚い話をするな」

( ・∀・)「汚い作業をしてんのはそっちだぜ」

川 ゚ -゚)「あいつの話は聞きたくない」

かぶりを振る素直に、モララーはなおも口を開いた。

( ・∀・)「お前だって気にしてるくせに」

川 ゚ -゚)「…………」

素直の手の中には、未だ肉を断つ感触が残っていた。
台へと刃が食い込む感覚。
びりりと肩まで伝わる実感。

川 ゚ -゚)(違う)

邪念を振り払うように、素直は頭を振る。
しかし思い出したくないという気持ちばかりが
遠心に掛けられて、彼方へと飛んで行った。

324名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:15:43 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「あれは、仕方がなかった」

( ・∀・)「俺もそう思ってるよ」

嘆息の後、モララーは言葉を続ける。

( ・∀・)「……でも、俺がやった事は間違ってたのかなって」

返事を寄越す代わりに、素直は服を脱いだ。
軽くシャワーを浴びようと思ったのだ。

( ・∀・)「だけどさ」

退去する素振りを見せずに、モララーはなおも語る。

( ・∀・)「房木を助けたかっただけなんだよ」

房木の身に異変が起きたのは、ミセリの葬儀から一月も経たない内だった。
元より二人は大学を休むようになり、周りも同情の眼差しを向けていた。
やがて、しぃのみが大学へと出席するようになった。

(*゚ー゚)『房木くんはね、精神を病んでしまったの……』

悲哀たっぷりに語られるしぃの言葉を、疑う者は誰もいなかった。
何より、房木の人柄から導かれる結末は想像するに容易かった。
房木への連絡や見舞いは、全てしぃを中継して届けられた。

325名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:16:30 ID:BMATtBqk0
そのような状態が長く続くにつれて、やがて房木の話題を
口に出す者は少なくなっていった。
忘却の彼方へと追いやられた房木。
しかし、モララーだけは彼を忘れる事が出来なかった。
事態が急変したのは、九月も半ばに差し掛かった頃だと素直は記憶していた。
しぃに何度房木のことを尋ねても、要領を得ないことに
苛立ったモララーは、マンションへと向かったのだ。
しぃの留守を狙っての訪問であった。
インターホンを鳴らし、待つこと数拍。
ようやく玄関へと姿を見せた房木の姿は、見るに耐えないものだった。
髪の色艶は失せ、目の下は窪み、脂汗が滲んでいた。
そうして、一言、

ミ,,; Д 彡『たす、けて……』

呟き、倒れてしまった。
救急車によって搬送された房木の容態は、まさに重篤そのものであった。

川 ゚ -゚)「一ヶ月も昏睡して、よく助かったと思うよ」

持参した服を纏いながら、素直は呟く。
全くだ、というようにモララーは頷いた。
房木が病院に運ばれたという連絡は、当然ながらしぃの耳にも入った。
その時たまたま同席していたのが、素直であった。

川 ゚ -゚)「いかにも、余計なことをしやがってという表情をしていた」

病院へと駆けつけたしぃは、医師からきつく事情を聴取されることになった。

326名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:17:15 ID:BMATtBqk0
それをどう言い含めたのか、素直もモララーも分からない。
ただ後から聞いた話では、情緒不安定となった房木が
ODを図ったということになっていた。

( ・∀・)「普通はおかしいって気付くよな」

せせら笑うように、モララーは言う。

( ・∀・)「医者のツテもねえのに、血糖値だの血圧だのを下げる薬が
       潤沢に蓄えられてるはずがねえもん」

しかしそれ以上はプライバシーの問題として、病院は聞き出せなかった事は確かだ。
房木はそのまま精神病棟へと転院し、面会に行くことも出来ずに数年が過ぎ去った。
今となっては退院したのかどうかも、定かではない。
素直も、今更会いに行こうという気にはならなかった。

川 ゚ -゚)「ふぅ」

忌屋の隅から隅まで見回し終えた素直は、車へと乗り込んだ。
時刻は午前四時を控えた頃。

( ・∀・)「さっさとずらかろう」

その一言に、素直はアクセルを踏み込んだ。
忌屋のある叢作から、死にかけの風俗街まで約一時間半。

川 ゚ -゚)「長い夜だった」

327名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:18:33 ID:BMATtBqk0
窓を開けると、鋭利な硝子のような澄んだ風が吹き込んだ。
涼しいとも寒いともつかないそれに、素直の目元が潤む。

川 ゚ -゚)「どうして、」

ミラーを覗くと、忌わしい山が遠ざかって行くのがわかった。

川 ゚ -゚)「いつも」

舗装の禿げた箇所を巻き込み、車は大きく揺れた。

川 ゚ -゚)「わたしだけが」

衝撃によって、クーラーボックスからくぐもった音が響いた。

( ・∀・)「助けたかったんだ」

東雲を眺めながら、モララーは呟く。

川 ゚ -゚)「同じような言葉を、あの晩にも聞いた」

未だにその言葉を思うと、素直の胸は締め付けられるような目に遭った。

川 ゚ -゚)「どうして、助けたんだ」

誰もいない、がらんどうの田畑。
その隙間を縫うように広がる、狭い野良の道。
ひた走る車のハンドルを握りしめ、素直は問い掛けた。

328名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:19:45 ID:BMATtBqk0
( ・∀・)「だってお前は、永遠を信じている」

川 ゚ -゚)「…………」

無言のまま、素直は車を飛ばす。
点在する家。
破在するビニールハウス。
全てが、一つの線へと変じていく。

川 ゚ -゚)「そうだ、信じている」

ようやく言葉を吐き出したのは、赤信号に捕まってからであった。
ガソリンスタンドの輸送車が、ゆっくりと右折して、
素直の車を押し潰さんばかりに迫ってくる。

川 ゚ -゚)(そのまま倒れてしまえばいい)

素直は、破滅を願う。
一度たりとも、素直は自身を許した事がない。
自分は生きてもいい人間だと、構える事が出来なかった。
些細な隙間から死をこじつける素直を置き去りにし、
農協のマークが入った輸送車は、山へと向かっていく。
信号が青へと変わった。
瑣末な願い事を轢いて、車は突き進んでいく。
やがて素直は、小さな橋を渡った。
ミセリの死んだ設楽川の、分流である拝鳴川。
細ぞとしたその流れを見て、人を殺す力など持っていないように素直は思えた。

329名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:20:26 ID:BMATtBqk0
房木の入院後、モララーはしぃを呼び出した。
場所は素直の事務所もとい住居で、しぃの要望により、夜の八時頃に集まった。

(*゚ー゚)『余計なこと、しないでよ!』

来て早々に、しぃはモララーに対して激昂した。
緩やかにパーマがかけられた髪は、逆立っているような印象を放ち、
眼光はギラギラと病的な威力を放っていた。

( ・∀・)『まあ、とにかく座りなよ』

素直を自身の背後に置きながら、モララーは諭す。
果たしてしぃはその指示に従ったのか、素直の記憶は定かではない。
しばらく押し問答のような事をやっていた気がする、と朧げに思い出す素直。
しかしある一瞬から、その記憶は明朗なものへと変じていった。

( ・∀・)『君は、おかしいよ』

モララーは、極めて平静に返した。

( ・∀・)『正気の沙汰じゃないよ。自分の恋人に毒を盛るなんて』

(*゚ー゚)『盛ってない』

( ・∀・)『じゃあ、ミセリが死んだ途端に房木が病気になった理由を述べてごらんよ』

(*゚ー゚)『あの人は優しいから、精神を病んでしまったのよ』

熱を孕んだその声に、モララーは首を振った。

330名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:21:37 ID:BMATtBqk0
( ・∀・)『しぃ。俺から見るとね』

哀れみと侮蔑を込めて、

( ・∀・)『ミセリから房木に取って代わったようにしか見えないんだよ』

モララーは、

( ・∀・)『おそらく君は、代理ミュンヒハウゼン症候群だ』

しぃを、暴く。

( ・∀・)『君は二人に対して、病弱という属性を添加したんだ。
       そして君自身には、看病と献身に明け暮れる悲劇のヒロインという属性を』

(* ー )『……違う』

( ・∀・)『ミセリの入院は、長くても一週間程度だったね』

(* ー )『ちがぁう!』

( ・∀・)『君と離れ離れになると、ミセリの症状は治まった』

(* ー )『違うってば!』

駄々をこねるように、しぃは叫ぶ。
もうこれ以上話してくれるなと、しぃは抵抗する。
しかし、モララーは容赦しなかった。

331名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:22:50 ID:BMATtBqk0
( ・∀・)『ミセリ……。あの子も君の性を承知で、薬を飲んでいたんじゃないかな』

これは憶測だけど、と付け足した言葉をしぃは聞いていない。
黒々と瞳孔が開いた瞳で、素直とモララー、両者を見つめていた。

( ・∀・)『君からの看護を愛と錯覚していたんだ』

具合が悪くなるのは、もちろんミセリにとってマイナスの出来事だ。
しかし己が苦しめば苦しむほどに、姉は嬉々として看病する。

( ・∀・)『それがミセリから君に対する愛だった』

まさに身を潰しての献身。
しかし、二人だけの蜜月に邪魔が入った。

( ・∀・)『房木と同棲してから、ミセリの容態は随分と安定したように思える』

なけなしの良心を、房木によって揺さぶられたのか。
それとも、保身のために止めてしまったのか。
その心を知るのは、しぃのみ。
しかし確実に言えるのはただ一つ。

( ・∀・)『ミセリは、君からの歪んだ愛を受け取ることが出来なくなった』

(* ー )『…………』

記憶の中のしぃは、黙している。
構わずモララーは、口を開く。

332名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:24:32 ID:BMATtBqk0
( ・∀・)「ミセリは絶望した。苦しい思いをして
       引き止めていた姉の関心は、一人の男によって奪われてしまった』

(* ー )『…………』

( ・∀・)『しかし、それを口に出すことが出来なかった』

川 ゚ -゚)『その気持ちから、解放されたくて自ら死んだとでも言うのか』

素直の問いかけに、モララーは首を振る。

( ・∀・)『何を考え、どのように苦しみ、
       自殺という結論を選んでしまったのかは分からない』

だけど、とモララーは言葉を紡ぐ。

( ・∀・)『君が常識的な愛情を注いでいれば、ミセリは死ななかったんじゃないか』

(* ー )『…………』

唇を噛み締めているしぃに、モララーは告げる。

( ・∀・)『君がミセリを殺したんだ』

それは、決定的な亀裂であった。

( ・∀・)『君が犯人だったんだ、しぃ』

333名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:25:31 ID:BMATtBqk0
空調の音が、いやに響く夜だった。
部屋の中には三人も人間がいるというのに、誰一人として音を立てなかった。
長い長い沈黙を前にして、素直はどうしたものかと考えあぐねていた。
同時にあれほどに可愛いと感じていたミセリを、
素直は手放したいとさえ思い始めていた。

川 ゚ -゚)(要するに、そこから逃げ出してしまいたかった)

気付けば周りの風景は、緑とはかけ離れたものになっていた。
いよいよ自分は日府へと帰ってきたらしい。
素直は、安堵にも近い気持ちを抱いていた。
されど記憶の遡行は、止めることが出来なかった。

(* ー )『……い』

小さく、記憶の中のしぃは呟いた。

(* ー )『あんたなんか、大っ嫌い!!!』

絶叫と共に、しぃは拳を振り回した。

(* ー )『なに、なんなの、急に人呼び出して、
     あたしの大事な人を奪って、挙句に説教?
     冗談じゃない!』

334名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:27:41 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)『椎名、』

(* ー )『黙ってろよこのメスブタ!!』

しぃからの一声に、素直は言葉を失った。

(* ー )『あたしの家のことはあたしが決めんの、
     それをどうしてモララーがとやかく言える立場にあるの?
     意味わかんない、あんたそんなに偉いの?
     ああそっか、あんた不動産屋の息子だもんね。
     苦労知らずのお坊っちゃんだもの、あたしの気持ちなんか一つも分からない!!』

もはやしぃは、二人の知る人物とは程遠い何かになっていた。
狂人。
常人の手に余る言葉を止める術はなく、
二人はただ、見つめることしか出来なかった。
ただし一言だけ、

(* ー )『……大事にしてたんだってば』

その言葉だけは、迷子になった子供のような響きを持っていた。が、

(*゚ー゚)『壊してやる壊してやる壊してやる……』

怨嗟に塗れた呪詛を練り、

(*゚ー゚)『あんたの大事にしているものも、全部壊してやる』

しぃは、素直へと突進した。

335名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:28:44 ID:BMATtBqk0
手には、牛刀が握られていた。
肉を断つのに相応しい刃渡り五十センチ。
それが、まっすぐ素直へと向かって来た。

川 ゚ -゚)(ああ、死ぬんだ)

折檻。
幼少の家出。
自殺未遂。
友人の死。
いよいよ、ガラス越しにしか触れることの出来なかった死がやって来る。
あんなにも嫌悪していた自己の、消滅。
待ち侘びていたはずのそれに、素直は何も感じる事が出来なかった。
恐怖、歓喜、焦燥。
全てが程遠く見え、

(;・∀・)『クール!』

それは、モララーという壁によって阻まれた。

川 ゚ -゚)『……モララー?』

いくら身をまさぐれども、刃の感触はない。

(  ∀ )『か、っ……は』

崩れ落ちるモララーの肩越しに、素直はしぃを認めた。
信じられないという様子で、しぃは血に濡れた手を見つめている。

336名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:30:02 ID:BMATtBqk0
(*゚ー゚)『なんで、』

呆けたような一言に、素直はモララーの体からすべり抜けた。
摑みかかるや否や、素直は壁へとしぃの顔面を叩きつける。

川  - )『このッ……クソアマが!!!』

一度も口にした事の無い言葉が、素直の喉へと殺到する。

川  - )『フザケんな、フザケんな、フザケんな!!』

(; ー )『あゔぅっ……』

ガツ、ガツ、ガツ、と壁に赤い判が量産されていく。
泡立った悲鳴が、素直の手の中で揺れる。
しかし気分が晴れることはない。
苛立ちは、増長されるのみ。

川  - )『いー加減にしろよテメェーー!!!』

長く間延びした怒声に、ふと素直は思い出す。

川#  ゥ )『テメェーを生んだのは誰だと思ってんだ!!』

川  - )『謝って済むんだったら警察なんかいらねェんだよ!!!』

川#  ゥ )『そんなんで許されると思ってんのかテメェーはよぉ! 聞いてんのか!!!?』

川  - )『あ、や、ま、れ! あやまれー!!!! わたしに謝罪しろ!!!!!』

337名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:31:01 ID:BMATtBqk0
川#  ゥ )『上っ面なぞるだけなら誰にも出来んだよクソボケぇ!』

川  - )『わたしを傷付けやがって!!!』

川#  ゥ )『殴る方だってねぇ、痛いんだよ!!!!!!』

川  - )『痛い、痛い、痛い、痛い!!!!!』

川#  ゥ )『なのにアンタは少しも悪気がないって顔しやがって!!!!!!』

川  - )『死ねェー!!! 死んじまえェ!!!!』

川#  ゥ )『アンっタなんか一生一生役に立たないゴミなんだ!!!! クズ!! クズ!!! クズーー!!!!』

川  - )『殺す! 殺す!!』

反芻し、反響し、金切声として、放たれる。
おそらくは素直の声。
おそらくは、素直の義母の声。
いつのものかも分からない怒りが、しぃへと向けられる。
気付けば、記憶の中の素直は泣いていた。
しぃは、四肢を投げ出して気絶していた。

川  - )『……モララー!』

我に返った素直はしぃを投げ捨て、モララーへと駆け寄った。

338名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:32:18 ID:BMATtBqk0
(; ∀ )『……ク、ぅ?』

モララーは、虫の息であった。
背中から突き出ている牛刀は、モララーの肝臓を傷付けていた。
致命傷である。

川 ゚ -゚)『モララー、モララー……』

涙に塗れたその顔は、先ほどの激昂とは程遠い位置にあった。

(; ∀ )『クー……、』

川 ゚ -゚)『なぁに?』

微かに息を吐くモララーの口元へ、クーは耳を寄せる。

(; ∀ )『よく、聞いて、くれ』

川 ゚ -゚)『うん、うん』

不安定な熱を、逃しはしまいと素直は抱きしめる。

339名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:33:17 ID:BMATtBqk0
(; ∀ )『きゅ、う、きゅうしゃ、を』

はく、とモララーは息を吐く。
いや、言葉を吐いたようにも思えた。
一瞬の違和感。
しかし、

(  ∀ )「呼ぶな」

さめざめとした響きに、素直は言葉の意味を咀嚼する。

川 ゚ -゚)『……モララー?』

(  ∀ )「この機会を、逃してはいけない」

青ざめた唇は、素直に指示を出す。

(  ∀ )「食べるんだ」

川 ゚ -゚)『――――』

食べる。
人を、友人を、愛する人を、食べる。
人が人を食べるのは、狂気の沙汰。
しかし、鬼に人の道理は通用しない。
鬼は、人の肉を喰らい、その人格を身の内へと保存する事ができる。
鬼は、退治されるまで生きる事が出来る。
鬼は、殺されない限りは、永遠に、生きる。
鬼は、永遠だ。
素直が忘れかけていた理。

340名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:34:46 ID:BMATtBqk0
(  ∀ )「鬱田の時にも、お前は食べ損なっただろう?」

川 ゚ -゚)『ああ……』

素直は、思い出す。
真夏の盛りに、モララーと二人で鬱田の家へと行った事を。
扉を開けずとも、素直は直ぐに異変に気が付いた。
饐えた死臭。
吐き気を催さずにはいられない嫌悪の塊。
更に、蠅の集る気配がした。
鬱田の死体は、腐れていた。
荼毘に付され、灰と骨になった鬱田。

川 ゚ -゚)(食べて欲しいと願った鬱田を、わたしは裏切った!)

自責の念に駆られ、墓を暴き、骨を食せども、やはりそこに鬱田は宿っていなかった。
食べても、食べても、口の中が砂漠のように、飢えていく。
身の凍るような、恐ろしい記憶。

(  ∀ )「大丈夫」

モララーは、囁く。
その身を呈して、素直の能力を呼び覚まそうと、彼は語り掛ける。

341名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:36:31 ID:BMATtBqk0
(  ∀ )「お前なら、出来る」

出来る。
素直は鬼であるから。
鬼は人を喰う。
なんら矛盾はない。
悪しきことではない。
素直は、鬼だ。
絶対的に、鬼だ。
だから素直は、頷いた。
素直は、モララーの背から牛刀を取り払う。
どぱ、と血が手に染み付いた。
呻くモララー。
不安げに名前を呼ぶ声。

川 ゚ -゚)『大丈夫』

素直は、優しく微笑む。

川 ゚ -゚)『大丈夫』

素直は、モララーの首を掻き切った。

342名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:37:54 ID:BMATtBqk0
コーヒー豆を挽くように、素直はハンドルを回す。

きりきり、

きりきり、

軽快な音を立てて、歯車は肉塊を潰し合う。

みち、みち、

みち、みち、

粘り気の混じった肉が、加工口から蚯蚓のように這い出した。
脛、足、腕、皮、合わせて七百グラムのひき肉。
素直の作るハンバーグには、つなぎも香辛料も一切必要としなかった。
ほんのひとつまみの塩、たったこれだけあればいい。
現代人は比較的塩を多く摂取している為、
肉そのものにほんのりと塩味が効いているからだ。

川 ゚ -゚)(わたしは肉が食べたいのであって、
     パン粉や卵が食べたいわけではないんだ)

フレーズを反復しながら、素直は肉を練る。
コンロの上には、鉄板が勢いよく火に炙られている。
練り終わった肉塊は、豪快に火の中へと投じられる。

川 ゚ -゚)「ふう」

手を洗い、心地のついた素直はコップに水を汲んだ。

343名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:38:53 ID:BMATtBqk0
(-_-)「水を買い置きしなくて済むのは嬉しいですねえ」

川 ゚ -゚)「その節に関しては、君に随分と苦労をかけたね」

からりと水を飲み干し、素直は微笑んだ。
ほとんど使ったことがなかったので素直は忘れていたのだが、
業務用コンロは火力が強い。
古びた換気扇を持ってしてでも、
その暑気を払うことは出来ずに、額からは汗が吹き出していた。

( ・∀・)「水道の水を使っちゃいけないなんて、変な家だと思っただろ?」

(-_-)「まぁ、そういう家もあるのかなーって感じでした」

川 ゚ -゚)「余計なものが無くなって、清々したよ」

( ・∀・)「よく平気で過ごしてたよな」

(-_-)「同感ですね」

川 ゚ -゚)「まあまあ、済んだ話を蒸し返すのはこの辺にしてくれないか?」

和やかな談笑に投じながらも、素直の意識は肉に集中していた。
こんがりと片面が焼きあがったそれを見て、素直はやっとこを手に取った。

344名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:40:10 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「ぶつからないでくれよ」

( ・∀・)「へいへい」

よろよろと支えられた鉄板は、木製の鍋敷きへと着地。

(-_-)「片面しか焼かないんですか?」

川 ゚ -゚)「うちのハンバーグはこういう形なんだよ」

じゅわじゅわと油の跳ねる鉄板を、大げさに熱がりながら、
素直はリビングへと移動した。

川 ゚ -゚)「ん?」

テーブルの上で、一台のスマホが光と音を撒き散らしていた。
表示されている名前は、フォックス。

川 ゚ -゚)「……もしもし」

爪'ー`)y‐「あっ、やっと繋がった」

呆れたような物言いで、フォックスはぷすと息を吐いた。
どうもタバコを咥えている、と悟った素直の眉間にシワが寄った。

345名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:41:27 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「家賃の交渉なら後にしてもらいたいのだが」

爪'ー`)y‐「そんな用事でシャチョーさんにかける訳がないでしょうに」

せせら笑うフォックスの声は、やがて暗澹とした響きへと変わった。

爪'ー`)y‐「……テレビ、見ました?」

川 ゚ -゚)「今つけた」

その言葉に嘘はなく、フォックスに耳には興奮した様子のアナウンサーの声が届いた。

爪'ー`)y‐「そう、それですよ」

叢作市の山中にある個人墓地にて、二つの死体が見つかったというテロップ。
素直にとっては、あまりにも身に覚えのありすぎる話だが、
そこに動揺は一つも見られない。

川 ゚ -゚)「まあ、最近の警察は仕事が早いから」

爪'ー`)y‐「いやいや何呑気なこと言ってくれちゃってるの。
      下手すると車貸した俺まで捕まっちゃうでしょうが」

川 ゚ -゚)「まさか」

それこそバカにしたように、素直は笑った。

346名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:42:35 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「君は間抜けじゃあないと信用しているから、車を借りたんだよ」

その言葉に、偽りはない。
実際フォックスの方も、素直に二度車を貸した後には随分と手を回したのだ。
具体的に言うならば、車の型番の偽装、ボディやシートの交換などを
全部行った上で中古屋へ売り飛ばした。
表では言えないような仕事を嗜んでいる
フォックスにとって、そんな事くらい造作もないはずである。

爪'ー`)y‐「大赤字ですよ! 大赤字!」

憤るフォックスに、

( ・∀・)「幾ら欲しい?」

と、モララーは囁いた。

爪'ー`)y‐「逆に聞こう。幾らでアンタと縁が切れる?」

( ・∀・)「おや、ドクオの頼みを無下にするのかい?」

爪'ー`)y‐「……ほんっとタチが悪い」

(-_-)(……モララーさんって、意地が悪いんですね)

川 ゚ -゚)(あいつの家は、元からヤクザもんを相手に商売しているからな)

交渉を進めるモララーを尻目に、素直はひそひそと疋田に解説した。

347名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:43:25 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)(昔ならショバ代で幾らでも稼ぐ事が出来たけれども、
     今は暴力団追放に力を入れているからな)

(-_-)(風営法も厳しくなってるんでしたっけ)

川 ゚ -゚)(それを警察と懇意にしている最良の不動産が間に立って、
     この地区から怖いお兄さんが出ないように封じ込めているのさ)

(-_-)(こっわ)

川 ゚ -゚)(ま、困った事があればいつでもこちらから警察に突き出せば、
     彼らは路頭に迷うことになる)

(-_-)(だから逆らえない、と)

川 ゚ -゚)(話が早くて助かるよ)

(-_-)(恐ろしいコネだ)

ぶるりと身を震わせる疋田に、素直は笑う。

川 ゚ -゚)「そう言ってくれるな、えいじくん」

爪'ー`)y‐「……フォックスなんですけど」

ぶすっとした声に、素直は形だけ謝罪をする。
モララーとの交渉は無事に終わったらしく、
そのままフォックスは電話を切った。

348名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:45:26 ID:BMATtBqk0
川 ゚ -゚)「あーあ、ハンバーグが冷めちゃったじゃないか」

言いながらも、素直は余熱の残っている鉄板に生肉を押し当てた。

川 ゚ -゚)「こうやって少しずつ出来立てを食べるのが好きなのに」

(-_-)「なんというか……ユッケみたいな食べ方をするんですね」

( ・∀・)「生肉大好きだからな、こいつ」

川 ゚ -゚)「でも、おいしいんだよ」

頬張った半生のハンバーグを、素直は舌先でほぐしていく。
すると肉汁は自然と絞られて、唾液と混ざり合っていく。
ゆっくり、ゆっくり、素直は肉を咀嚼し、
旨味ばかりが先に胃の中へと落ちていった。

川 ゚ -゚)「ああうまい、赤身最高」

( ・∀・)「昨日はタン塩最高って言ってたくせに」

(-_-)「初日はレバ刺しと湯がいた脳みそがたまらんって言ってましたね」

川 ゚ -゚)「つまるところ、肉はうまいということさ」

心底幸せそうに、素直は一人呟いた。
付けっ放しのテレビでは、相変わらず同じニュースをやっていた。

349名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:46:43 ID:BMATtBqk0







君の病気は治らない






.

350名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:47:49 ID:BMATtBqk0







(だけど僕らは生きてく)







.

351名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:48:48 ID:BMATtBqk0
登場人物紹介

(-_-) 疋田影子
普通

川д川 疋田貞子
狂ってる

川 ゚ -゚) 素直クール
普通

( ・∀・) 最良モララー
普通

(*゚ー゚) 椎名
狂ってる

爪'ー`)y‐ 鬱田フォックス
狂ってない


ハンバーグ
とってもおいしくできました
今までありがとう、えいじくん
これからもよろしくね

352名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:50:29 ID:BMATtBqk0
おまけ

(-_-)「このパズルって……、鬱田さんが作ったやつですよね?」

( ・∀・)「そうだけど、それがどうかした?」

(-_-)「いや、すごいぐちゃぐちゃだけど、これで完成形なのかなあって……」

川 ゚ -゚)「正確に言うと、それは試作品なんだ」

川 ゚ -゚)「完成品の方は、犯人に木っ端微塵にされてしまった」

( ・∀・)「で、形見として仕方なくそれを貰ったわけなんだけどもな……。
       コイツ、不器用だからなぁ、壊しちゃったんだよ」

川 ゚ -゚)「本来なら人型と口型、二つの形態に変えられるはずだったんだがな」

(-_-)「じゃあ、どっちにも戻れないんですね……」

川 ゚ -゚)「ああ」

( ・∀・)「戻らないよ」

川 ゚ -゚)「もう二度と、ね」

353名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:52:21 ID:BMATtBqk0
以上で「食るようです」の投下を終了いたします
完結までに時間がかかりましたが、
気長に待ってくださった方々には頭が上がりません
ありがとうございました
乱歩奇譚みたいな話が書きたいと思って見切り発車で書いた話ですが、
サスペンスとは程遠いものになってしまったような気がします
ここ分かんねえぞという点がありましたら回答いたします


以下参考にした楽曲

「天国へようこそ 英詞版」 東京事変
「空が鳴っている」 東京事変
「ももいろクロニクル」 アーバンギャルド

354名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 21:53:39 ID:Dbi99sWQ0
髄液をすするシーンに官能を感じてしまった……作者さん乙です

355名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 22:23:47 ID:pWjMwLrU0
なんていうか、圧倒された、乙
ドクオの頼みってなんだっけ、あとドクオ殺したのは本編にいないモブで合ってる?

356名も無きAAのようです:2017/09/25(月) 23:26:12 ID:bWFxUSX60
予想以上に登場人物の過去が複雑だった。
心理学の授業が伏線になっていたのか。
あとモララーの事は全然予想出来なかった……

この作品好きだったから最終話まで読めてよかった。
本当にお疲れ様でした。

357名も無きAAのようです:2017/09/26(火) 00:01:25 ID:2LPj26Dc0
ついに終わったかぁ
完結が観れてよかった。

みんなもう元には戻れないんだなぁ
パズルみたいに。

とっても良かった。次回作にも期待

358名も無きAAのようです:2017/09/26(火) 20:23:33 ID:hhgqFc4c0

モララーのこと最後まで予想できなかった……なるほどなあ

359名も無きAAのようです:2017/09/26(火) 21:45:45 ID:DNI0HAcU0

最終話くるまで毎日読み直してたけどまた読み直すわ

360名も無きAAのようです:2017/09/27(水) 12:12:08 ID:kG9xA1Ow0
>>355
ドクオの頼みについてははっきりと明言してはいません
しかし今際のモララーに「今ここで俺を食べなければまた失われてしまうぞ」と
言われてクーは自責の念に駆られていますから
その辺りで察していただければと思います
ドクオを殺した犯人については作中には出ていませんから、モブになります

余談中の余談ですが回想において『』は実際にあったこと、
「」はそうじゃないものとして読むとゾッとするかもわからないです

361名も無きAAのようです:2017/09/27(水) 12:14:07 ID:kG9xA1Ow0
ついでに私事ですが現在はファ板の方で連載をしています
よかったら読んでみてくださいという宣伝

夢見る人に之聴く人のようです
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1493121860/l30

362名も無きAAのようです:2017/09/27(水) 18:28:14 ID:LcdJyiBY0
完結乙!
夢見る人の方も楽しく読んでるよ

363名も無きAAのようです:2017/09/27(水) 21:59:46 ID:kUvFVBAQ0
                                      _,,,、、、、、 ,,_
            ,、 -‐‐‐- 、 ,_                 ,、-''´      `丶、,,__ _,, 、、、、、,
         ___r'´        `'‐、.            /             `':::´'´     `ヽ、
      ,、‐'´  _,,、、、、、、_     ヽ`‐、         _/               ': :'          ヽ.
     /        `'' ‐-`、-、  ヽ、 ヾヽ、、_   ,、-',.'                , 、          ヽ
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   i'     ‐-、、,,_==/=ゝ ヽ\ \_i レ' ,,,、,,__./                 ,, '.` '´;            ',
.  i    ヽヽ、、,,,___,,,/-‐〃´\ヽ`、 ゝ´ ´´´. ,'                  /  Y´ヽ            ;
  ,,{   ヽ  \、丶_;;,/_//;;;;;;;;;;;;'ヽヽr'::     ,'                 , '   }   !            .i
〆'    iヾ   ヾミ 、_'´' ヾ'‐ 、;;;ソ´'、{::::::    ,'                r'.   ,'  l            .!
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{ {  { .{ヽ `、ヽ.`''''''''""´  、  ,‐-、 iゝ:::::::::::,'                ノ    ノ  、'         

http://gekiyasu-h.com/sp/main.html

364名も無きAAのようです:2017/09/28(木) 01:18:31 ID:/gPLXvH.0
乙乙。何とも言い難い読後感が残るな。ヒッキー個人には幸せになってほしかった

最後まで読み終わった後ざっと見返してみて、>>150の描写に納得がいった
ただ逆に>>133がよくわからなくなった。寝たってことかな?

365名も無きAAのようです:2017/09/28(木) 02:44:55 ID:J60rbSfM0
>>364
当時の構成の甘さが見える部分ですね
読み返して自分でもよくわからないです

366名も無きAAのようです:2017/10/06(金) 08:44:07 ID:/s3IanfE0
おつ!
無事完結して嬉しい

水はなんだったのか、野暮だけど聞いちゃう

367名も無きAAのようです:2017/10/07(土) 21:30:26 ID:61OVeAgk0
>>366
昔殺人事件があって死体は貯水槽に入っていた
クーは肉を食うことで人格を保存できると思っている
しぃが殺されたのはクーのビル

368名も無きAAのようです:2017/11/13(月) 16:07:08 ID:eRv/GSas0
うーん大風呂敷の竜頭蛇尾


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