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ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part07
580
:
◆lSx6T.AFVo
:2019/06/02(日) 20:54:26 ID:Tydw7VIs
投稿終わります。
581
:
雌豚のにおい@774人目
:2019/06/02(日) 22:58:23 ID:HeBUzZHk
>>580
更新おつかれさまです
相変わらず良い雰囲気
この変わり者な主人公と無口ヒロイン(ヤンデレ予備軍?)の関係が少女Aにどんな影響を与えるのか楽しみ
もうひとつの作品も楽しみにしてます
582
:
雌豚のにおい@774人目
:2019/06/08(土) 09:07:13 ID:NfflP/2M
10年振りに保管所とか色々見て回ってきた過疎りすぎだろ
注意していた奴らも荒らし扱いして追い出して、1人消えたところで何ともないからとか言っていた時が嘘のようだわ
まあ頑張れ、気まぐれで来ただけだけど一応応援しとくよ
583
:
雌豚のにおい@774人目
:2019/06/10(月) 21:21:20 ID:H7sVyZLM
今やなろうとかで漁っております
584
:
雌豚のにおい@774人目
:2019/06/23(日) 20:42:07 ID:qULE9GTQ
>>579
久しぶりに覗いてみたら、
気になっていた作品の続きが読めて凄く嬉しい
またぜひ投稿して欲しいです!
585
:
雌豚のにおい@774人目
:2019/08/14(水) 22:52:10 ID:QhAfZNOs
保守
586
:
雌豚のにおい@774人目
:2019/10/20(日) 03:13:19 ID:R5yAn/9c
あげ
587
:
◆lSx6T.AFVo
:2019/11/20(水) 22:06:21 ID:SPiaZ2nU
お久しぶりです。
『彼女にNOと言わせる方法』第五話を投稿します。
588
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/20(水) 22:07:07 ID:SPiaZ2nU
夏期講習、二日目。
くうぁ、と空に向かって奇妙なあくびをひとつ。
夏休みの間だけは早起きになる僕だけど、今日に限っては寝覚めが良くなかった。
未だ抜けきらない眠気が、ずるずると後ろ髪を引っ張っているせいで、妙に足元がふらつくし、それに頭もボーっとした。熱中症という単語が予測変換されるが、この不健全な気だるさを考えるとおそらく誤変換だろう。
通学路はガラガラの貸し切り状態だった。
横断歩道の横に立っている、旗を持った大人もいないし、朝の通学路を彩る赤、黒、黄の三原色も見当たらなかった。日常の光景に非日常な要素が入り込み、間違い探しをしているようなヘンテコさを感じた。
今は、夏休み真っ只中。日常に戻るには、まだまだ早いということか。
現に、僕が被っているのは黄色の学生帽ではなくて贔屓球団の野球帽だったし、背負っているのは黒のランドセルじゃなくてスポーツ用のリュックサックだった。
まるで遠足に行くような装いだけど、待っているのはレジャーじゃなくてお勉強だから、どうもテンションが上がらない。
睡眠成分が過剰に分泌されているのも、おそらくそのせいだろう。学校のある日とない日では、布団から起き上がる感慨が全く異なるのは、誰もが理解しているところだ。
眠気を追い出すために、もう一度あくびをする。もし、道路の真ん中にお布団がしいてあったら、間違いなくダイビングしてスヤスヤモードに移行するんだろな。
だけど、こうやって朝っぱらからお勉強のために行動していると、まるでお受験戦争に参戦中のお坊ちゃんのような気がしてくる。
……まあ、間違いなく気のせいなんだけどね。戦争のための武器どころか、着る服さえ持っていないんだけどね。仮に入隊を志願したところで、訓練の初日に鬼コーチから除隊通知を受け取ってサヨナラバイバイ確定コース。
そもそも、僕みたいな凡人の進路は決まっている。地元の学校に進学。それで終わり。一部のエリートくんたちを除けば、本格的に枝分かれし始めるのはまだまだ先のことであり、しばらくはローカル感あふれる学生生活が続くだろう。
でも。
僕にとっては疎遠な『将来』というものを意識したせいか、思索の枝が未来に向かって伸びていく。
589
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/20(水) 22:08:27 ID:SPiaZ2nU
僕たちは、着実に大人になりつつあった。
ちょっと前までは、「野球選手になりたい」とか「宇宙飛行士になりたい」とか無邪気に将来の夢を語っていた。しかし、背丈が大きくなるにつれて、徐々に口が重たくなってきた。
現実の輪郭が見え始めたからだ。
キラキラした夢は下方修正され、今では「将来の夢は、公務員になることです」なんて真顔で言うクラスメイトも出てきていた。
さすがの大人たちも「バカ言いなさんね!」と説教するかと思いきや、実際はお堅い夢を語る子どもを迎合し、手を叩いて称賛を送っていた。
数年前に語ったような夢を今も語っていれば、渋面をつくって、「いい加減、現実を見たらどう?」だなんて優しく諭してくるだろう。はて? あの日、「大きな夢を持ちなさい」と背中を押してくれた大人たちはどこへ行ったのかしらん。
変化は、日常にも及んでいた。
まず、みんな昔ほど無茶な遊びをしなくなった。外の遊びにあまり興味を示さなくなった。泥だらけになって遊ぶのは小さな子どもがやることであり、大きな子どもはもっとスマートに遊ぶべきだといわんばかりだった。今では、服が汚れるのを母親よりも嫌がっている。
もし今、自転車のサドルに乗って坂道を下るという度胸だめしを提案したら、一笑に付されて終わるだろう。「無茶なことはやめておこうぜ。ケガするよ」なんて、ありがたいアドバイスもくれるかもしれない。
何より顕著なのは、女子だった。
鬼ごっこでも缶蹴りでもドッヂボールでも、前はなんでも男女一緒にやっていた。一応、両者の区別はあったが、かかとで削って引いたコートの線みたいなもので、非常に曖昧なものだった。
なのに、正確な時期は不明だが、ぱたりとグラウンドに来なくなってしまった。男はあっちで、女子はこっち。より見えやすいように、新たに石灰の白線を引いたみたいだった。
業間休みの間も、昼休みの間も、教室の中で過ごしていて、昨日観た恋愛ドラマの話だったり、アイドルグループの話をしていた。そして、男子を見る目にはある種の軽蔑が含まれ始め、大声でバカ騒ぎをしている時なんかは、冷たい視線を遠慮なくぶつけながらヒソヒソ話をしていた。その目まぐるしい変わりようのせいで、今では全く違う生き物に見える。
単純だった世界が、複雑になっていた。
目に見えぬ壁、いや、階層のようなものができていて、同じクラスの仲間だというのに、誰とでも自由に話せなくなった。クラスメイトたちの振る舞いから推理すると、どうやら同じ階層の住人としか離しちゃいけないみたいで、他の階層の人と関わってしまうと格が落ちてしまうらしい。
格ってなんだ? 誰が格付けしたんだ? いたら質問責めにしてやりたかったが、どうやら主導者はいないみたい。じゃあ、誰が? なんのために? 疑問は尽きない。
590
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/20(水) 22:10:09 ID:SPiaZ2nU
僕の知らないところで勝手に協定が結ばれ、勝手に運用されていた。テーブルマナーを教えられていないのに、無理やり高級フレンチに連れていかれたようで、とても居心地が悪い。
そこでフィンガーボールの水を飲むような愚行を犯せればかえって爽快かもしれなかったけど、実際の僕はみみっちく、まわりの人の作法を盗み見ながら、なんとかその席に馴染もうとしているのだった。心では雄弁に語っているくせに、テーブルをひっくり返すような勇気を、持っていなかったのだ。
それが大人になるということはわかっていたが、内心ではちっとも納得していない。
「大人になんか、なりたくねえな」
たぶん、今が一番幸福な時間なのだ。大人になって、「あの頃は良かったなぁ」と思い返す時間の中に、僕はいるのだ。
人肌で温めたベッドのような時間の中、永遠にまどろんでいたい気がする。
だけど、成長する身体がそれを許さない。
卵の中にいる雛鳥が「ずっとこの中にいたい!」と願ったって、身体が成長すれば嫌でも殻を突き破ってしまう。人間もそれと同じで、身体が大きくなれば子どもでいることを許さない。許してくれない。
成長した精神は、今よりもずっと多くのものを捉え、シンプルだった世界を一変させる。まるで、こんがらがったゲームのコードみたいだが、ゲームと違ってACアダプターを引き抜いても終わらないから、たちが悪い。
「世知辛ぇー」
その通り! きっと世界は世知辛いのだ。でも、そんな世知辛い世界を愛せる日がくるのかもしれない、なんて自分をなぐさめる。
将来に向かって続く道は長く、そして険しい。
僕は僕らしく、抜け道を見つけて楽をしようと思っているが、それが後ろ指をさされかねない行為だってこともわかっている。
だけど、誰が好き好んでわざわざ大変な道を選ぶのだろうか。みんな、ハッピーに生きたいはずだ。面倒事はゴメンなはずだ。それなのになぜ、大人たちはを許してくれないのだろうか。
あ? いつまでもおしゃぶりをしゃぶっていないで、さっさと大人になれだって? 若い時の苦労は買ってもせよだって? なんだとコンチクショウ! そんなゴミみたいなもんが欲しいならすぐにでも転売してやるぜ。もちろん手数料込みでな!
だからこそ、鼻息を荒くして叫んでやる。
このまま、ずっと、僕も、みんなも、変わらなければいいのに!
彼とも、彼女とも、同じ関係性のまま、続いていけたらいいのに!
……そんなことは不可能だって、わかっているけど。
591
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/20(水) 22:10:45 ID:SPiaZ2nU
ってな調子で、アンニュイな気分に浸っていると、
「ん?」
校門で見知った影を見つけ、自然と口角があがる。
小気味よく駆け出し、
「雨は降ってないぜ、女王さま」
一定の速度で歩いていたサユリの手から、黒い日傘を奪い取る。
そしてサーカスの曲芸みたいに人差し指で柄を支えてバランスをとり、
「へっへーん。悔しかったら取り返してみろ」
と、挑発してみる。
日傘を奪われた彼女は手をあげた姿勢のまま、激しい太陽光の下に肌を晒すこととなった。サユリの肌は病的なほどに白いので、白日の下ではさらに白く見えた。
反応はなかった。
日傘を取り返そうともせず、上げていた腕をだらりと下げて、そのまま突っ立っていた。ジリジリと肌を焦がす太陽光を厭うでもなく、日に焼けようと焼けまいとどっちでもいい、みたいな態度で停止している。
……なんのために日傘をさしていたんだコイツ。
僕は人差し指に乗せていた日傘を左手に持ち替え、避暑地の令嬢のように両手でさしてみた。あら、意外と涼しいじゃないのよ。
「十秒以内に取り返さないと、これは僕のものになるからな」
リミットを設けてみるが、変わりなし。
ここで「男子ってほんとおバカさんね」とプリプリ怒ってくれれば可愛げがあるのだが、彼女にそれを期待するのは無駄かもしれない。
十秒経過。
サユリは、昇降口に向かって歩き出してしまった。
「え」
どうやら、日傘は僕にくれてしまうらしい。
マジで? この日傘、めっちゃ高そうなのに。母さんが普段使っているような二束三文の品とは明らかに質が違うのに。
「ちょっと待ちなされよ」
と、去りゆく背中に呼びかけると、足を止めて振り返る。
……こういうところは妙に素直なんだよな。
日傘をくるくると回しながら、相手の出方を待つが動きはなく、ただ時間だけが消費されていく。
次第に、ガマンならなくなってきた。
こうして太陽光にさらされているサユリを見ていると、背負っている薪に火がついたような、ジリジリとした焦燥感にかられた。
たとえるなら、夏空のもとに雪だるまをさらすようなハラハラ感とでもいいましょうか。溶けちゃう、溶けちゃう! って思わず叫びたくなるみたいな……。
592
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/20(水) 22:11:13 ID:SPiaZ2nU
なので、おとなしく返すことにした。
奪ったものを素直にリターンしてしまうのは悪童の名折れのような気がしないでもなかったが、悪事をすぐに正せるのは、とても勇気のいることだと思わないかい?
たぶん、サユリの中での僕に対する好感度は爆上がり中だろう。おお、自分で火をつけて、消火をするとは。マッチポンプ、マッチポンプ。
「それにしても、相変わらず暑苦しい恰好をしているな」
彼女の姿を見て、思わずそんな呟きが漏れる。
黒い薄手のブラウスに、黒のロングスカート。ついでに返却した日傘も黒。すべてが黒だった。着用している服自体は夏仕様だが、いかんせん色合いが悪い。
「この前、理科の授業でやったろ? 黒い紙に向かって、虫メガネで光を集めるとどうなった?」
頭上を指さし、
「あの燦燦と輝く太陽を見てみんさい。そんな服着てると、お前さんも黒焦げにされちまうぜ」
サユリはいつも黒い服を着ていた。春夏秋冬、季節を問わずぜーんぶ黒。オシャレなのか、オシャレじゃないのか、それすらわからなくなってくる。
「宗教上の理由とかじゃないってんなら、たまには違う色の服でも着てみたらどうだ。夏に合う、爽やかな色のやつとか。そっちの方が、見てる側としては涼しくていいんだがな」
サユリは黒のブラウスに視線を落とし、胸のあたりを指で摘まんでいた。
そして、こちらを見た。返事はなかった。
どうやら、僕の提案は響かなかったらしい。
ショートボブの銀髪を揺らし、昇降口に向かって歩き始めた。
黒い日傘をさして、黒い衣服を身にまとって、白い太陽のもとで。
593
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/20(水) 22:11:54 ID:SPiaZ2nU
「避けられているよなぁ……」
教壇に上半身をだらーっと乗せ、ポツリと呟く。
一番前の席を陣取り、予習をしていた近藤くんが微かに顎を上げる。
彼の長い身体には下級生の机はやや窮屈みたいで、ヒザをぴったりとくっつけているから内股気味になっていた。
「まあ、避けられもするでしょう。朱に交われば赤くなるという言葉があるように、阿呆に交われば阿呆になりかねませんからね。みんな、その点をよく理解しているのでしょう」
「いや、僕のことじゃなくてね」
ていうか、僕への言い草が酷すぎる。
「アイツだよ、アイツ。教室の隅っこで孤島を形成しているアイツだよ」
顎を振って指し示すと、彼はわずかに首を後方へ傾けた。
孤島という比喩は的確だと思う。
サユリの周囲には、誰も座っていなかった。なるべく前方の席に座るように、という夏期講習のルールも手伝っているのだろうが、廊下側の後方の席はちらほら埋まっているところを見ると、おそらくそれだけが原因じゃない。
みんな、氷の女王が恐ろしいのだ。
彼女にまつわる噂は、学校中に広まっている。
――いわく、氷の女王の御眼鏡に適わなかった生徒は、学校を退学となり、一族郎党が生涯路頭に迷う。
第三者が聞いたら噴飯モノの、学校の七不思議レベルに信憑性の無い噂だけど、実際にサユリという人物に会ってみれば、その笑顔も凍り付き、考えを改めるだろう。
彼女のまとうミステリアスなオーラ、それに地元の名士の娘というバックボーン。
この二つを考慮に入れると、あながちただの噂と切り捨てられないものがある。僕だって、一時期は本当のことだと思ってガタガタ震えていたしね。
なら、関わりのない生徒がどう思うかだなんて明白なわけで。
ほら、教室内の様子を見てごらんなさい。
隠れ蓑をつくる術を十分に身に付けていない低学年の子たちは、特に露骨だった。足音を聞くだけで蜘蛛の子を散らすように逃げ出すし、そばを通れば小動物のように身を寄せ合ってガタガタと震えている。
一見すると、和気あいあいとした雰囲気であるが、その端々にひりつくような緊張感があった。
「その辺、どう考えますかクラス委員長」
若干の皮肉を交えて訊いてみるが、近藤くんはノートに数式を書き付けながら「別に、いいんじゃないですか」と短く述べた。
意外な回答に、虚を突かれる。
僕は教壇から上半身を上げ、アシカのような姿勢になって訊く。
「驚いた。近藤くんがそんなことを言うだなんて。自由・平等・博愛の委員長魂は失ってしまったのかい?」
失ってませんよ、としっかり否定してから、
「だって、彼女は望んで独りになっているじゃないですか」
至極、当然のように断言した。
594
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/20(水) 22:12:21 ID:SPiaZ2nU
咄嗟に何か言い返そうとしたが、うまく言葉がでてこなくて、息を吐くだけで終える。
ジャージ先生が到着しない教室は、ワイワイガヤガヤと騒がしく、僕らの話に耳を傾けている者はいなかった。しかし、近藤くんはわずかに声を落とし、
「○○くんだって、わかっているでしょう? 彼女が誰とも関わろうとしないのは」
「……どうでっしゃろ」
ここで肯定してしまえば話が終わるので、反論をひとつ挟む。
「内心は違うのかも」
「つまり、本当はみんなと仲良くなりたいと思っているけれど、単にその一歩を踏み出すことができない。そういうことですか」
首肯する。
「それはありえませんよ」
近藤くんは容赦なく一蹴した。
「仮に、〇〇くんが言ったことが事実だとしたら、少なくとも態度には出ているはずでしょう。クラスメイトの交わす会話を羨まし気に見たりとか、輪の中に入ろうとするも後ずさったりとか。でも、彼女にそんな素振りは一切ない。むしろ、独りでいることが好ましいようです」
「僕らが気づかないだけかも。なんせ、あのポーカーフェイスだぜ。中がグツグツ煮えたぎっていても、蓋がしっかり閉まってちゃわからない」
「だったら理解してもらえるように努力すべきですよ」
熱が入ってきたのか、声のボリュームが一目盛増える。
「ツバメの子のように、ただ口さえ開けて待っていればエサが降ってくるとでも? それは虫が良すぎますよ。周囲の人にわかってもらえないのなら、わかってもらうように努力すべきなんです。たとえ不格好であっても、みじめであっても、こちらに歩み寄る姿勢さえ見せてくれるのなら、違った結果が生まれるかもしれない」
ついに机の上にペンを置いて、教師のような瞳をして僕を見る。
「でも、彼女は何もしない。誰とも関わろうともしない。つまり、独りでいたいってことなんです。単に孤独が好きなのか、それとも他人が嫌いなのか、それはわかりませんが、今の状況が、彼女にとって最も望ましいということだけは確かです。そんな人を、無理やり集団の中に引っ張り込むだなんて真似は、暴力と変わらない。違いますか?」
やや乱れた呼吸を一度整えて、眼鏡のうえにかかった前髪を払った。妙に静かな感情を瞳にたずさえ、ノートに視線を落としている。
近藤くんの言うことは正論だった。
歯に衣着せぬ冷たい物言いだったが、サユリのことを気づかっての発言であることはよくわかった。だからこそ、ベトベトした嫌みな感じはなく、正しい説教を受けた時のような心地よい爽快感があった。
だけど、僕は。
「〇〇くんが何を考えているのか大体わかりますが、あまりオススメはしませんよ。下手すれば、今後百年、恨まれるかもしれない」
「百年は嫌だなぁ」
せめて、一ヶ月くらいにしてもらいたい。
近藤くんは勉強を再開させた。
僕も席に戻った。
隣の席のサユリは、今日も窓の外を見ていた。教室の様子にも、夏期講習に参加している生徒のことにも、全く興味がないようだった。
僕は、そんな彼女の横顔を見て、ため息をつくのであった。
595
:
◆lSx6T.AFVo
:2019/11/20(水) 22:14:45 ID:SPiaZ2nU
投稿終わります。
第六話はそう時間がかからずに投稿できると思いますので、よろしくお願いします。
596
:
◆lSx6T.AFVo
:2019/11/25(月) 17:18:49 ID:OOhfG3XA
『彼女にNOと言わせる方法』第六話を投稿します。
597
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/25(月) 17:19:14 ID:OOhfG3XA
どうするべきなのか。
窓側の長いカーテンにくるくるとくるまりながら考える。
余計なおせっかいは慎んだ方がよい、という近藤くんのアドバイスに従えば、僕は何もしない方がいいらしい。
現に、今も独りで黙々と勉強しているサユリを見ていると、このままそっとしておいた方がベストなのかも、とも思ってしまう。
が、僕の心は「解せないぜ!」と声を上げているから、ややこしい。
独りよがりのエゴイズムだと言われちゃ、まさにその通りなので何も言えないが、
「むむむむ」
さらに身体を回転させ、カーテンの中にすっぽり身を包む。
教室のカーテンは、家のよりも長くて素敵だ。こうしてくるまっていると、とても落ち着く。視聴覚室にある、暗幕のように分厚くて黒いカーテンはもっと素敵だ。ちょっとほこりっぽくて、くしゃみが出るが、それも味があっていいだろう。
ただ、夏場とは相性が悪い。
すぐに蒸し暑くなって、ぷはっと顔だけを出す。
カーテンのミノムシになったまま、サユリの席にまで近づき、机の上に広げてあるテキストをのぞき込む。
どうやら算数をやっているらしいが、どの学年の範囲をやっているのかはわからなかった。グラフやら図形やらがあるのはわかるが、すぐに頭が痛くなってきた。算数によるPTSDは重いみたいだ……。
サユリ、と声をかけると、鉛筆を動かす手が止まった。銀色のショートボブを揺らし、僕を見上げる。
「お前さんもさ、内心では、みんなと仲良くなりたいって思ってたりする?」
面倒なので、直接訊くことにした。これでYESと言えば動くし、NOと言えば動かない。単純明快な解決方法であった。
でも、返答がないケースについては想定していなかった。
「おい、無視するなって」
カーテンから抜け出して、テキストとノートを取り上げる。
やるべきことを失ったサユリは、電源を落とされたロボットみたいに停止した。
奪われたノートとテキストに向かって、指先を伸ばすことすらなかった。それどころか、略奪者である僕にも興味を示さず、挙げ句の果てには窓の外に目を向けてしまった。
無関心を示すことで無言の非難を表明しているのではなく、単に全てがどうでもよくなったみたいに。
その態度に、途方もない危惧を感じる。
サユリは、間違った方向に完成されつつあるのではないか。
以前は、もうちょっと感情が豊かだった。注視しなければ捉えられない、微細な感情ではあったけど、日常の端々で時折、発露する時があった。
でも、今はその断片すら確認できない。
まるで熱を感じない。
氷。
存在感は有り余るほどあるのに、中身が比例していない。スカスカだ。感情を虫に食われたせいで、穴ぼこだらけになっているみたいだ。
装着している鉄仮面の下に、本音が隠されているならまだいい。でも、その下に何もなかったら、奈落のような暗い空洞しかなかったら。
598
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/25(月) 17:20:16 ID:OOhfG3XA
生唾を飲み込む。
なんでもいいからアクションを起こして、関心を注ごうと思った。
彼女の視界の中に入り込むため、立ち位置をずらす。
そして、整った顔の中にある双眸、艶消しを施したかのように色彩を失っている瞳を見て――天啓を得たかのように、理解した。
サユリは、何事にも無関心なのだ。
今日の朝、日傘を奪った時もそうだ。今まさに、テキストとノートを奪った時もそうだ。
普通、自分の所有物が誰かによって奪われたのなら、怒る。
当然だ。
そもそも所有しているということは、自分にとってそれが価値のあるものだからだ。反して、たとえば道端に転がっている石が側溝に落ちてしまっても何も感じないだろう。だって、その辺の石ころなんて何の価値もないし、たまたまそれを所有していて、失ったとしても、何の痛痒も感じない。
だって、どうでもいいから。
が、それはあくまでモノの話だ。意思も感情もない、物体の話だ。それならまだ、ギリギリ理解できる。
けど、仮に、それ以上の存在になってくるならば、僕はもう理解ができない。理解できたとしても恐怖しか抱けない。
銀色の少女が、急に遠くなる。
彼岸に立つ彼女が、光の速さで遠ざかっていくような錯覚に襲われる。
僕はずっと、サユリを無欲の人だと思っていた。
彼女の達観した態度も、寛容な施しも、その欲の無さから生じるものだと思っていた。しかし、壮大な勘違いをしていた。話はもっと、甚大だったのだ。
解決すべきなのは、もっと根本的なものではないのか。
再考する。
が、どこから手をつけていいのか皆目見当がつかない。取り扱う問題が膨大すぎて道筋すら立てられない。
いや、解決の方法自体はわかっているのだ。
サユリを変える方法は、たったひとつしかない。
これだけは譲れない、絶対に譲ってたまるか。そう思えるものを、たったひとつでも見つけることができたのならば、彼女は劇的に変化する。
断言してもいい。何かに対する執着心さえ復活すれば、彼女の中で、火山が噴火するような莫大なエネルギーが生じるはずだ。
けれど、
――無理だ。
瞬時に悟る。
――それは無理だ。
選択肢としてあがってくることすらない。人形に命の灯をともすようなものだ。無論、サユリは人形じゃない。それは、僕が一番よく知っている。だけど、
――それでも無理だ。
「コラ、〇〇! イタズラをするんじゃない!」
ジャージ先生の注意で我にかえる。
ノートとテキストを返すと、緩慢な動きで勉強を再開させた。まるで、背中のネジを回して動き始めるカラクリ人形のようだった。
僕は、苦々しく下唇を噛んで、それを見ていた。
599
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/25(月) 17:21:19 ID:OOhfG3XA
「いい感じですね」
採点を終えると、近藤くんは満足そうにうなずいた。
「思いのほか、順調なペースで進んでいるじゃないですか。この調子を保てるのなら、夏期講習の終盤には高学年向けのプリントにまで辿り着けるでしょう」
ふふん、と僕は誇らしげに鼻を鳴らす。
「ま、僕が本気を出せばこんなもんですよ。能ある鷹は爪を隠すっていうでしょ?」
「爪を隠す意味が、一ミクロンも理解できない」
「……眠れる獅子が目覚めたってことにしておいてくれ」
とまあ、軽口でサラッと流しはしたが、達成感で気が昂っているのは事実だった。
低学年向けのプリントなので、ある程度はクリアして当然なんだけれど、それでもやっぱり『できる』というのは嬉しかった。この『できる』という感覚を、僕は久しく忘れていた気がする。
「その感覚を、忘れないでいてくださいね」
優しく微笑んだ近藤くんを見て、彼の意図を全て悟った。
できない子にまず成功体験させるのは、教育の王道である。
……なーる。僕の反対を押し切って、一年生用のプリントからやらせたのはそういうことか。
釈迦の掌の上を飛び回る孫悟空のような気がして、ちょっとだけ気分が良くなかったけど、それ以上に、クラス委員長らしい心意気に感謝する気持ちが勝っていた。
やっぱり、いいヤツなんだなぁ近藤くん。
あと、二億光年ぶりくらいに笑顔を向けられたからマジで驚いた。いつもマイナスの感情ばっかりぶつけられていたから、警戒心がマシマシになっちまったぜ。ふぅ、幸運を呼ぶ壺のセールストークとか始まらなくてよかった。
なんて会話をしている間に、結構いい時間になってしまった。昼休みは、もう半分に差し掛かっている。
「もう中庭に行くのは難しいかなぁ」
「今度からは一人で行ってくださいよ。わざわざ中庭まで行くのは移動時間がもったいない」
「そう言いなさんなよぉ。明日からもしっかり付き合っておくれよぉ」
「お断りします。それに……先ほども述べたように、あまり彼女に関わるべきじゃないですよ。ぼ……おれたちが勝手に同席したら、貴重な昼休みに水を差すことになりますし」
口ではそう言っているが、結果として仲間はずれにしている後ろめたさがあるのか、どうも歯切れが悪かった。
……というか、そろそろツッコミしていい頃だよな。
「あのさ、近藤くん」
「はい」
「ずっと前から指摘しようと思っていたけどさ、その無理に『おれ』っていうのやめた方がいいと思うよ」
600
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/25(月) 17:22:19 ID:OOhfG3XA
固まった。
額から、急に滝のような汗が流れ始めた。
ずれていないメガネを何度も直し始めた。
「なななななな、なにを言っているんですか〇〇くん、ぼ、お、おれは前からおれを、おれのことをおれって呼んでいましたよ」
「おれがゲシュタルト崩壊を起こしている……いやいやいや、春ごろまでは一人称『ぼく』だったじゃん。いきなりおれなんて自称し始めたから違和感すごかったよ。それに、近藤くんのいう『おれ』って『れ』の部分が半音上がっているから、言い慣れてない感がバリバリ出てるんだよね。バニラオレのオレみたいな発音になっててさ」
「ほ、本当ですか……」
もうほとんど尻尾を出してしまっているが、あえて踏まずにいてやろう。
「なぜに、一人称を変えだしたのよ。ぼくでもいいじゃん。僕なんかいっつも僕って呼んでるぜ」
「〇〇くんは、いいじゃないですか。一人称が僕でも、周りから低く見られたりしませんし……」
「低く? 低くって、何がさ」
「男として、ですよ」
場所を変えたがっているような様子を見せたので、互いに弁当袋を持って、隣の空き教室に移動した。
そして椅子に座ると、就職面接のような佇まいで、きっちりと背筋を伸ばし、ヒザの上に拳を乗せた。
「クラスの皆さん……特に男子の皆さんがそうですが、おれのことを勉強しかできない、もやしっ子みたいに見ているじゃないですか」
「見ているも何も、実際にその通りじゃない。夏休み前の五十メートル走でも散々だったろう? 両手両足を一緒に出しながら走る人なんて初めて見たよ。人型ロボットの方が、もうちょっとスマートに走――」
「五十メートル走の話はやめてください!」
七三の髪を振り乱し、僕の口を塞ごうと飛びかかってきたが、蝶のようにひらりと避ける。
体勢を崩した近藤くんは、後ろ足で盛大に椅子を蹴り上げて、床に落ちていった。あわれなり。
「走る速さなんか気にするなって。それに近藤くんって背も高いし足も長いんだからさ、練習すればタイムも良くなるって」
「……足の速さだけが問題じゃないんですよ」
近藤くんは四つん這いになったまま、床に向かって呟いた。
「重要なのは、男らしいかどうかなんです」
「男らしい?」
何を言っているんだ、こやつは。
「別に、男らしくなくたっていいじゃないか。つーかさ、男らしいっていう考え自体がもう時代錯誤だよ。ほら、前に道徳の授業でやったでしょう? えーと、あれだよ、BBQ? だっけか」
「もしかしてLGBTのことを言っていますか」
「そうそうそれだよ。BLT。つまりさ、今の時代、男らしいとか女らしいとかって考え方はナンセンスなのさ。僕ら若い世代は、性的な役割に押しとどめようとする社会そのものを否定していかなくちゃ」
「どうして、こういう時に限って正論を言うのですか……」
困り果ててしまったようで、力なくうなだれる。そのまま床に突っ伏しそうな勢いだった。
僕は椅子から離れ、彼の肩をポンと優しく叩き、
「どうして、男らしくなりたいんだい」
優しい声色で訊いてみる。
一瞬で、彼の瞳が恥辱に燃え上がる。「殺すぞ……」とか呟いているのが聞こえたけど、品行方正なクラス委員長が剣呑なことを言うはずないから、おそらく空耳だろう。
しかし、猛り狂った炎もすぐに鎮火し、あとは頼りなげな煙が燻っていた。
601
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/25(月) 17:22:46 ID:OOhfG3XA
近藤くんらしくない態度に、ちょっとだけ面食らう。
彼は表立って喧伝することはないが、いつも静かな自信に満ちあふれていて、堂々と構えているのが常だった。どんな状況であっても取り乱すことなく冷静に対処し、必要とあらば教師とも敵対する勇気を兼ね備えている。
それが、今はこんなにも頼りない。
……うーむ。
どう助言したものか悩み、椅子に座りなおして、両腕を組んでうんうん唸っていると、
「……わかっていますよ、おれの考えが古臭いのも、的外れなことを言っているのも」
片膝をつき、ゆっくりと身体を起こす。少しだけ、視線が高くなる。
「でも、おれは、男らしくないといけないんです」
「どうして」
「頼られたいんです。クラス委員長だから」
激しく揺れ続けていた瞳が、すっと定まる。階段を数段飛ばしで駆け上ったかのように、急に大人びた雰囲気になった。
その変わりようにあてられてか、今度は僕が姿勢を正す番になった。
近藤くんに限らず、男子なら誰だって見下されるのは嫌だ。
だからこそ、多かれ少なかれ自分を大きく見せようとするし、都合の悪い弱さには土をかけて見えにくくする。
実際に、夏休み前の五十メートル走でタイムが芳しくなかった男子は口をそろえて不調の原因を吹聴した。
昨日、下校中に転んでできた捻挫が治っていなかったせいだ、とか、お腹の調子が悪くて集中できなかったせいだ、とか、誰もかれもが、訊いてもいないのにペラペラと懇切丁寧に、上位に食い込めなかった裏話を打ち明けてくれた。
別に、それが悪いことだとは思わない。
世を渡り歩く技術としてはありふれたものだし、特に、最近は教室内を支配しつつある例の階層のせいで、下層者のレッテルを貼られまいと自らを誇示する必要に迫られている。僕だって、その点についてはクラスメイトたちと変わらなかった。
そのような背景の中、近藤くんのタイムは惨憺たるものだった。
自分より下を見つけて安堵した男子は嬉々として野次を飛ばしたし、女子も口に手を当てて「ダサいよね」と笑っていた。
さすがの近藤くんも堪えたらしく、羞恥で頬を赤く染め、授業が終了した後もなかなか教室に帰らず、水道場の水でしばらく手を洗っていた。
その時、僕は冷やかしのひとつでもしてやろうと、彼の背後にそろそろと近づいていたのだが、声をかける直前に、
「これが、おれの実力です」
と呟いていたのが、やたらと印象に残っていた。
あの五十メートル走で、自分の失態を誤魔化さずに、ありのままの真実として生身で受け止めたのは、おそらく近藤くんしかいなかった。
でも、それは道理にかなっていたのだ。
近藤くんが男らしくなりたいのは、僕たちのように虚栄心に基づくものではなく、みんなから頼られたいという異質な動機からであり、根底からして違っているのだから。
だからこそ、カッコよかった。
これが目指すべき大人の、ひとつの在り方なのかもしれない。
なんて考えちゃうくらいにはカッコよかった。
602
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/25(月) 17:23:46 ID:OOhfG3XA
「協力しようじゃないか」
僕は椅子から立ち上がると、彼に向って手を差し伸べる。
「僕が、近藤くんを男にしてやる。男の中の男にしてやる。なあに、安心したまえ。僕の手にかかれば軟弱男子も益荒男に早変わりさ」
もしジャージ先生がこの場にいたら、友情マックスなシーンに号泣して、ジャージの袖を涙で濡らしているところだろう。
けども、
「えぇ……」
近藤くんはマジで嫌そうにしていた。泣いて喜ばれるかと思っていたのに、ゴミ当番変わってくんない? って願い出された時くらいに嫌そうにしていた。
「か、考えてみなさいよ、近藤くん! 歴史を紐解いてみれば一目瞭然だけど、師なくして成り上がれた偉人はいるかね。未開拓の地をひとりで切り開くのと、巨人の肩に乗って進むのと、どっちが簡単に目的まで到達できるのかね」
「……たしかに効率的ではありますが」
歯ぎしりをしながら、そして舌打ちを交えながら、顎に手を添えて思案し始める。
ここまで熟考するとは……親と恋人でも人質にとられたわけでもあるまいに。
「真の男になりたければ、悪魔に魂を売れってことですね……」
「悪魔じゃないよ。クラスメイトだよ」
僕のことをなんだと思っているんだ……。
ダークヒーローアニメの第一話みたいになっている近藤くんは置いといて、
「あとさ、交換条件ってわけじゃないけど、僕にも協力してくれないかな」
「今朝、言っていたことですか」
「うん」
「オススメはしませんよ。それに、どうしてそう彼女にかまうのですか」
「僕さ、トマトが嫌いなんだよね」
「急になんですか」
「加工してあるケチャップとかは平気なんだけどさ、野菜の方はもう無理。赤くて丸い外見がおどろおどろしいし、変に酸っぱいし、中はグチュッとしてて食感が悪いしで、おもっきしダメなんだよね。たまに給食でもプチトマトが出るけどさ、いつも残しているんだ」
ベーっとベロを出してみせる。
「でも、この前、家族でファミレスに行った時に、セットで頼んだハンバーグにサラダがついてて、その中にトマトがあったんだ。フォークでよけようとしたらさ、母さんにめちゃくちゃ煽られて、ついカッとなって食べてみたのよ。そしたらさ……意外と悪くなかったんだよね。そりゃ美味しくはなかったけどさ、添え物とかに出されたら食べてもいいかなと思えるくらいには悪くなかった。あんなに嫌いだったのに、どうしてだろうね」
うまいことを言おうとしていたはずなのに、喋っているうちに道を見失ってしまった。僕は、このたとえ話に、何の意味を込めようとしていたのか。
「つまり、そういうことさ」
「どういうことですか」
強引に話を打ち切ったせいで、うまく伝わらなかったみたい。
603
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/25(月) 17:24:08 ID:OOhfG3XA
だけど、まあいいや。
とにかく、事実としてハッキリしているのは、僕が大した人間じゃないってこと。
スーパーマンじゃないし、まして白馬の王子さまでもない、ただの悪ガキだってこと。
元々、スタート地点を間違えていたのだ。
身の丈に合ったことをすべきだったのに、サユリの人生そのものにまで関与しようとしたから、途中でボタンをかけ違えたのだ。
まだ親に扶養されている子どもが、誰かさんの人生に頭を悩ますだなんて、笑えるくらい大層な話じゃないか。恥ずかしい限りだぜ。身の程を知れってもんだ。
僕は、サユリを変えることはできない。
されど、彼女にとって心地のいい環境をつくることはできるかもしれない。
何も、サユリがみんなと仲良しこよしになって欲しいのではない。今よりも、ちょっとだけ彼女を見る目が優しくなればいいだけだ。ひいては、過度に疎外される現況がなくなれば、もっといい。
彼女の孤高の純度を保っていられるような環境は、きっと誰にとっても素晴らしいものなのだ。
それに、彼女は決して雲の上の人ではなく、平凡な点もたくさんある。苗字とかスゴイ平凡だしな。ついでに、サユリという名前も平凡だしな。あと平凡なところは……あれ? ない? ま、まあ、平凡という共通項さえあれば、あとはどうにでもなるだろう。うん。
近藤くんは、ゆっくりと立ち上がった。僕の手を握ることはなく、自力で立ち上がった。
「先ほども言いましたが。おれは賛成しません」
キッパリと宣言した。
「ですが、反対もしません」
最終的に下した結論は、実に彼らしいものだった。
頭のいい人ほど、自分の正しさに自信を持てない傾向にある。近藤くんも、サユリを遠巻きにしている現状を心の底からは肯定しきれないみたいだ。消極的な賛成には違いなかったが、これで十分だろう。
紆余曲折あったが、遂に合意に達することができた。
熱いシェイクハンドを交わすために、再度、ぐっと手を突き出すが、
「昼休みが終わってしまいますから」
と淡々と述べ、転がっている椅子を戻して着席し、弁当袋の封を開け始めた。
僕も向かいの席に座って、弁当袋の封を開け始めた。
「……近藤くんが優しいのか優しくないのか、どっちなのかわからなくなるよ」
こちらを一瞥し、彼にしては珍しいタイプの笑みを浮かべて、一言だけ述べた。
「優しいのではなく、厳しいだけですよ。少なくとも、〇〇くんに対してはね」
604
:
『彼女にNOと言わせる方法』
:2019/11/25(月) 17:24:49 ID:OOhfG3XA
投稿終わります。
605
:
雌豚のにおい@774人目
:2019/12/01(日) 16:36:37 ID:7wmIWH7o
>>604
投稿ありがとうございます!
続きが気になりますね(´∀`)
またぜひ投稿して欲しいです!
606
:
雌豚のにおい@774人目
:2020/01/04(土) 15:17:44 ID:aKFulWyM
テスト
607
:
高嶺の花と放課後 第9話
:2020/01/04(土) 15:24:32 ID:aKFulWyM
第9話
秒針が時を刻む音、筆が文字を刻む音、それとしばしば震える携帯電話の着信音が僕の部屋で静かに奏でている。
正確には奏でているのを聞いてしまっている、集中していない証拠だ。
ここ最近では文化祭もいよいよ間近となり
放課後には非日常の賑わいで溢れてきている。
僕自身も看板製作をしていることもあり放課後の学校での執筆ができず少々おろそかになっていた。
だから「自分の中で溜まった不満を発散するように書きなぐる」という自分を遠くから予測する自分がいたのだが実のところそれほど不満も溜まっていなければ発散したいとも思ってはいなかった。
単なるモチベーションの低下なのかどうかは分かりかねるがおそらくそれも違うような気がする。
「…ふぅ」
ため息をひとつ吐いて筆を置きそろそろ彼女の相手をしようかと携帯電話に手を伸ばした時、来客の知らせが部屋に静かに届いた。
控えめなノック、珍しい来客だ。
「入ってもいい?」
「どうぞ」
お盆を片手にした義母がゆっくりと部屋に入ってきた。
「お隣さんからね、美味しいくず餅をいただいたの。お茶も入れてきたからどうぞ」
「ありがとう義母さん。ちょうど一息入れようと思っていたところなんだ」
「そう、ならよかったわ」
義母からお盆ごとお茶とくず餅を受け取る。
その間にも僕の携帯が震える。
「随分とひっきりなしに連絡が来るわね。時期が時期だから文化祭の連絡か何かかしら?」
その通りだ、と誤魔化すことも考えたがわざわざ隠す意味も必要もないと思ったので僕は素直に彼女について話すことにした。
「義母さん」
「ん?」
「僕、その…彼女ができたんだ」
たったそれだけのことを伝えるだけなのに気恥ずかしさで体温が上昇するのがわかる。
「あら!もしかしてこの前に言ってた子?」
「うん…高嶺 華っていう子なんだ」
すると義母さんは目を見開いて両の手の指先を合わせ歓喜とも呼べる感情を表現した。
「おめでとう、遍くん!どっちから告白したの?」
「えっと…一応向こうからかな」
告白と呼ぶにはあまりにも激しいものではあったのだが。
「そう良かったわね…もし機会があったら会ってみたいな。それじゃあもしかしてさっきから連絡来てるのは華ちゃんからかな?」
「多分、というよりかは間違いなくそうだと思う」
「随分頻繁に連絡きて…愛されてるわねぇ」
茶化すような口調で僕をからかう。
「からかうのはよしておくれよ。かなり今羞恥で頭がいっぱいいっぱいなんだ」
「あら恥ずかしがることなんてないのに。でもごめんなさい、つい嬉しくなってね」
「僕に彼女が出来て嬉しいのかい?」
「嬉しいに決まってるじゃない。子供に恋人が出来て喜ばない親なんていないわ」
608
:
高嶺の花と放課後 第9話
:2020/01/04(土) 15:25:31 ID:aKFulWyM
それにしても、と義母は付け足す。
「そんなに頻繁に連絡するのであればメールじゃ少し不便じゃないかしら。そろそろ遍くんもガラケーからスマホに変えてラインとか始めてみたらどう?」
ライン。
知らないだけで驚くほど驚かれたもの。
どうやら連絡手段の一つであることは分かったのだが。
「そう…かな。ラインってそんなに便利なものかな?」
「えぇ、そんなにメッセージが来るなら尚更よ。その携帯も使い始めて長いことだしそろそろ変えてきなさいな」
「義母さんがそう言うのであれば変えてみようかな。次の日曜日に一緒に買いに行くような感じでいいかな?」
義母は小さく笑った後、人差し指で僕の額を一度つつく。
「ダメよ遍くん。そういうのは私じゃなくて他に言う人がいるんじゃないの?」
「他の人?」
「ふふ鈍いわねぇ、彼女をデートに誘いなさいって私は言ったのよ」
「あっ…」
「お金なら心配しなくていいわ、後で渡してあげるから」
余分にね、と最後に加えながら義母は言った。
「さて、そろそろ私は出ましょうかね。遍くんが彼女の相手しないと向こうもいつ愛想つかすか分からないもの」
「ははは、ありがとう義母さん」
「いいのよ、ってそうだ。忘れるところだったわ」
急に何かを思い出したかのように一枚の用紙を僕に手渡してきた。
「なんだいこれは?」
「八文社がね、小説の公募をしてたから一応遍くんにも教えてあげようと思ってね」
内容を見てみると「ジャンルは問わない短編小説を募集」との旨の公募が書かれていた。
「八分社のホームページに載っていたんだけどね、遍くんインターネットとか疎いからもしかしたらこういうのも知らないんじゃないのかなーって思ってね」
なるほど確かにそうだ。
今はもう情報社会、文学の公募だってインターネットで行われるであろう。
義母の指摘通り、自分自身そういったインターネット等の類は苦手としていたからこのような公募を見落としていたわけだ。
「遍くん、もし本気で小説家への道を考えているんだったらまずはこういったことから挑戦していくべきなんじゃないかしら?…なんてお節介が過ぎたかな」
自嘲気味に笑みを浮かべる。
「ううん、助かったよ。義母さんの言う通りどうも僕はこういった情報収集が苦手だったからね」
「あまり苦手なことは咎めないけれどインターネット社会になってきてるから苦手が苦手なままだとこれから少し苦労すると思うわよ」
「…そうだね、克服の第一歩としてまずは華と携帯を買ってくるよ」
「そうね、それがいいと思うわ。じゃあ遍くん、頑張ってね」
「ありがとう、義母さん」
義母が部屋からでると僕はたった今まで書いていたノートを閉じ、机の中から原稿用紙を取り出した。
八文社の短編小説の公募。
一つ大きな目標ができた僕は先程まで燻っていたやる気が焚き火のように燃え上がるような感覚が湧いてきた。
「…よし」
結局その日彼女の連絡の返事を疎かにしてまでできた結果は8つほど丸められた原稿用紙だけだった。
609
:
高嶺の花と放課後 第9話
:2020/01/04(土) 15:27:39 ID:aKFulWyM
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「はいっ、あ〜〜ん」
「あ、あーん…」
甘い。
そう、甘い。so sweet
甘すぎる。
甘ったるいのが口の中に入れられたケーキなのかはたまた可憐な少女が僕の口の中にケーキを入れるという行為なのかは分かりかねる。
あるいは両方なのかもしれない。
「あなたたち、この間とは随分と変わった関係になったんじゃない?」
カタリ、と陽子さんは横から珈琲を机の上に乗せた。
いよいよ文化祭が1週間後に迫るという週末に僕と華は『歩絵夢』に訪れていた。
「えへへ、やっぱり分かっちゃうかなぁ」
「分かっちゃうもなにもバレバレよ。しかし随分小さい頃から華ちゃんを見てきてどんな男の子が恋人になるかと思ってたけど不知火くんみたいな男の子だとはねぇ」
「…ははは、僕なんかで恐縮です」
なんとも言えない居心地の悪さに乾いた笑いをすると、華からデコピンが飛んできた。
額に鈍痛が走る。
「またそーやって、自分のこと悪くゆうー」
「いたた、僕そんなこと言ったかい?」
「ゆったよ!『僕なんか』って」
「そういうつもりではなかったのだけれど無意識に出てしまったから性分ということで許してはくれないかな」
「いやよ。いくら遍でも私の好きな人の悪口は許さないんだから」
「あーあ見せつけてくれちゃって」
少々呆れたような表情で陽子さんはこちらを眺める。
「この子絶対モテるくせに男の影1つも見せないんだから。正直この間不知火くんを連れてくるまでレズかもしれないと思ってたくらいよ」
「え?僕が初めての男子だったんですか?」
「そうよ。だから私華ちゃんが男の子を連れてきたから嬉しかったのよ?」
「い、意外ですねぇ」
男子で初めて連れてこれたことが分かり口角が上がりそうになるのを珈琲を口にして抑える。
「なぁーに?不知火くんまだ私のこと尻軽女だと思ってるの?」
「ご、誤解だ。それは誤解だってば。そんなことは寸分にも思っていないさ」
「つまりあの時から脈アリだったってワケね」
「よ、陽子さんは小さい頃から華を幼い頃から知っていると言ってましたけどお二人はどのくらいのお付き合いをしてるんですか?」
なんとも居心地の悪い空気になり始めたので話題を変えなくてはと意識を働かせる。
「んー、元々この子の両親が常連さんでね。初めて来たときはこの子が小学生高学年くらいだったかな。中学生になる頃にはもう一人でよく来てたわ」
「凄いですね。僕が中学生の頃はただただ本を読んでただけですよ」
「凄い…ね。でも遍くん、女子中学生が一人で喫茶店に通うのは凄いっていうんじゃなくてませてるっていうのよ」
すると華はまるで心外だと言わんばかりに目を見開いた。
「ひっどーい陽子さん!そんなこと思ってたの!?」
そんな様子の華を陽子さんは余裕の笑みで返す。
「ふふん、確かにあなたは可愛いけど私から見たらまだまだ子供ってことなのよ。これからもどんどん自分磨かないと遍くん目移りしちゃうかもよ?」
その余裕の笑みはどうやら僕にも向けられ始めたらしい。
「いやいやまさか、むしろ愛想尽かされるのは僕の方…」
口に出してからしまったと思った。
再三注意されているのにも関わらずもはや癖となってしまっている自虐はどうにも無意識のうちに出てしまった。
これはまた咎められると恐る恐る華の様子を見る。
「…さない」
「え?」
「遍は渡さない、そう言ったのよ。誰だろうと関係ないよ」
瞬間やや驚いたような表情を浮かべた陽子さんだったが一旦目を伏せ、ため息を一つ吐いた。
「…いい華ちゃん?遍くんも。あのね、束縛っていうのはしすぎてもしなさすぎてもどちらとも問題なものなのよ。さっきから薄々感じてたけど華ちゃんは前者だし遍くんは後者。良い塩梅っていうのがあるんだからお互い直していきなさいよ。これはあなたたち二人のためを思っていっているんだからね」
610
:
高嶺の花と放課後 第9話
:2020/01/04(土) 15:28:38 ID:aKFulWyM
後は二人で話してみなさいと残し陽子さんは踵を翻し厨房へと戻っていった。
「…遍は私のことどう思ってるの?」
それは勿論
「好きだよ」
自分が思っているよりもすんなりと口から出たその言葉に自分自身が驚いた。
「私もね…遍が好き。でもきっと私の好きと遍の好きは違う」
彼女は僕ではないどこかを空虚な目で見つめながら僕へと告げてゆく。
「遍に触れたい。遍を抱きたい、抱きしめたい。遍とキスしたいし、その先だってそう。ううん、もういっそのこと遍を食べたいし、遍をこ…」
彼女は何かを言いかけた口を一旦閉じてまた開き直した。
「…とにかくそれぐらい好きなの、愛してるの。もうどうにかなっちゃいそう」
彼女はほんの少し寂しそうな笑いをしてもう一度僕に問うた。
「ねぇ、遍。私のこと"好き"?」
そして僕は同じ言葉をもう一度すんなり出すことはできなかった。
「…華はさ、どうして僕のことを好きになったんだい?君は以前言っていたよね、優しい人、かっこいい人はいくらでもいる、と。確かに僕よりかっこいい人はもとより僕より優しい人だっている。僕が特段優しい人間だと自負するつもりはないんだけどね。彼らではなく僕である理由がわからないんだ」
「…何度も何度も伝えてるつもりなんだけどなぁ。遍は私から愛されてる理由が欲しいんだね」
「理由…か。結局僕の人生で積み上げて来たものに自信がないんだろうね。だからこうして理由を求めているのかもしれない。不知火遍ってそういう弱い男なんだ」
なんとも情けない笑みを浮かべるしかない。
「じゃあはっきりと答えてあげる。私が遍を愛してる理由なんてないよ」
どうやら僕は求めていた答えにたどり着けないみたいだ。
喉から伸ばした手を舌の根に引っ込める僕を見て彼女はクスリと笑った。
「…遍、余計に私が分からなくなったって顔してるね。そうだよ、愛してる理由なんてない。ううん、理由がないから愛してるんだよ。好きな所を言えって言われたらいくらでも言ってあげるけど好きな所がなんで好きなのって聞くのってすごく野暮じゃない?だって好きなんだもの。これは頭で考えることじゃなくて思いがあふれるものなんだから」
彼女は一旦紅茶に口をつける。
「じゃあ聞いてあげる。遍はなんで本が好きなの?」
思ってもみない質問だった。
「えっ…と、本を読むことで小説の中の世界を体感できるから、か…な」
「小説の中の世界が体感できるから本が好きになったの?」
そう言われると違うような気もする。
「遍それはね、遍にとって本の好きなところの一つであって遍が本が好きな理由ではないんだよ」
「そういうことに…なるのかな」
「ふふ、ほら、理由なんていらないじゃない。好きなものがなぜ好きかなんて。だって好きなんだもの。心がそう想っているの。遍を愛してるっていう気持ちはもう私の本能だよ」
「きっと遍は私のことを好きなところをいちいち理由をつけてるんだよ。アハハ、いいの大丈夫」
彼女はそっと席を立ち上がりそのまま僕の隣へと座りこう囁いた。
「理屈じゃない、本能で好きになるってこと、これからたっぷりと時間をかけて教えてあげる」
背筋を貫かれる、普段の明るい彼女からは想像も出来ないその底冷えするその声に。
「さっ、ケータイショップに行こっか。遍がガラケーからスマホに変えてくれるんだもんねっ。ラインの使い方とか教えたいし、せっかくのデートだもん。行きたいとこ山ほどあるんだから」
611
:
高嶺の花と放課後 第9話
:2020/01/04(土) 15:29:44 ID:aKFulWyM
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「すごいや。僕のこの手には人類が積み重ねてきた研鑽の賜物が握り締められているんだね」
「あはは、大袈裟だなぁ遍は、ただのスマホだよ?」
「いやいや、いざ手にしてみると人類の進歩というのが文字通り肌から感じるよ」
「ああもう、いちいち反応が愛おしいなぁ」
「…あまりそうやって直情的に想いを伝えられると歯が浮くような気分になるなぁ」
「だって遍、こうやって伝えないとまだまだ分かってくれないみたいだからね、私の気持ち」
「…僕も努力するよ、華に愛想を尽かされてしまわないようにね」
「はいダメ〜。私が愛想尽かすことがありうるって考えてる時点ダメだよ、遍。うんでもいいの、今は。そういうのは愛する妻…じゃなくて恋人である私が教えて、支えて、染めてあげる」
腕を後ろで組み、余裕のある笑みでそう宣言される。
「さ、まだお昼すぎだもんね。どこ行こっか?」
「さっき行きたいところは山ほどあるって行ってたよね。華はどこか行きたいところがあるんじゃあないのかい?」
「私?私は遍と一緒ならどこでもいいよ。たしかに色んなところに行きたいんだけど遍と一緒ならどこでもいいかなぁって思っちゃうんだよね、えへへ」
まいったな、そう思わざるを得ない。
義母に言われた通りに華をデートに誘うまでは良かったが、肝心の何をするかをあまり考えていなかった。
己の計画性のなさを少々呪ってしまう。
「ごめんね、せっかく華を誘ったのに考え無しだった」
「んーん。いいの遍と一緒に居られるだけで私は幸せだから。遍はどこか行きたい場所とかある?」
行きたい場所というと本屋だが、デートに行くしてはいかがなものかと考えてしまう。
公募の短編小説の参考にするために、様々な文学に触れておきたいのだが、きっと僕は一人で読み更けてしまうし彼女は待ちぼうけてしまうだろう。
「…行きたい所…あっ…」
あるではないか、文学も学べてかつデートにも最適な場所が。
「どっか思い当たった?」
「華、映画に行こうか」
「わぁ…映画かぁ…いいねぇ。デートみたい!」
「…みたいというか僕はもとよりそのつもりなんだけどな…」
少々照れ臭くなり、頰を二、三度掻いてしまう。
「ふふ、そーでしたっ。それじゃあ映画館にいこっか」
「提案しておいて申し訳ないんだけれども、僕あんまり映画館とか行かないから場所が分からないんだ」
「もう、しょうがないなぁ〜」
絹のように柔らかな肌触りが指先に伝わる。
彼女の右手と僕の左手が重なり、そして熱を帯びていく。
「私が連れて行ってあげる。まかせて、場所わかるから」
「あ…うん」
どうしても彼女と結ばれた先が気になってしまい情けない返事しかできなかった。
「そうと決まれば善は急げだね。早く着けば見れる映画の種類が増えるかもしれないしね」
彼女が思いを馳せるように映画館へと駆けていく。
そしてそれに釣られれるように僕の左手から自然と駆け足になる。
少しずつ、少しずつ。彼女と並行するように歩みを進める。
やがて並行となった僕らは銀杏が香るイチョウ並木と残暑が過ぎ去りすっかり秋となった空気を通り抜けて行く。
木々を抜け、道を抜け、街を抜け。
そうやって僕らが映画館に着く頃には季節外れの汗にまみれ、秋風がひやりと首筋を撫でていく。
612
:
高嶺の花と放課後 第9話
:2020/01/04(土) 15:30:53 ID:aKFulWyM
「はぁ…はぁ…ふぅ、さて。今は何が上映中かなぁ」
息を整え、映画館の中へと踏み入れていく。
「普段僕は映画なんて見ないからどんなのをやってるかわかんないや」
「んー、友達とかから評判良かったのが確か2つくらいあった気がするん…ああー!!!」
突然、華が大きな声を出してしまったがために僕はびっくりしてしまった。
「わ、どうしたんだい」
「その2つともちょうど10分前に始まっちゃってるよぉ」
「それは…、」
なんとも悲運。
かえって走ってきた分、余計に損した気分になってしまう。
「どうしよう〜、冒頭見逃しちゃったけどまだ見れるかな。それとも別のやつを見る?」
「冒頭を逃してしまうとどうにも世界観に入り込み辛いよね。いまから見れそうなのは他に何があるかな?」
「あれとあれだね」
彼女は館内にある電光掲示板を指を指す。
ひとつは邦画、もうひとつはどうやら洋画のようだ。
「遍はどっちが見たい?」
「僕は…」
邦画の題名にちらと目をやる。
『夢少女』
見覚えのある題名だった。
「そうだ、池田秋信の原作の映画だ」
「池田秋信?」
「そっか、本の虫以外にはあまり知られない名前かもね。僕の好きな作家なんだ」
「ふぅん、他にはどんな本を書いているの」
「『王殺し』とか『顔が消えた世界で』とか書いてる人なんだけど、たぶん知らないよね」
「わかんないや、ごめんね…。んーっと、それじゃああの『夢少女』を見る?あ、それともひょっとして遍は原作読んでたりする?」
「いや好きな作家とか言っておいて恥ずかしいんだけれどもまだいくつか見てない作品があるんだ。『夢少女』もそのひとつだよ」
「じゃあそれ見よっか!」
「いいのかい?僕がいうのもあれだけど原作者は少し癖があると思うよ」
「いいの!遍が好きなものを私見てみたい!」
「それじゃあ、『夢少女』を見ようか」
僕ら二人で券売機の前まで行き、扱いがわかっていない僕に華が一つ一つ買い方を教えてくれる。
(映画館なんて久しぶりだなぁ)
綾音と出かける時もあまり映画館に来た覚えはないように思える。
きっとこの可憐な少女に出会わなければ今頃、部屋に篭っては駄文を書き続けていただろうな。
ふと目を離した隙に、華はなにやら抱えていた。
「えへへ、ポップコーン買ってきちゃった!一緒に食べよ?」
「あはは、買いすぎだよ華」
「いやいや、絶対二人なら食べきれるよ!」
原作者が僕の好きな作家だからか、久方ぶり映画だからか、それとも彼女と観る映画だからか。
僕はワクワクしながら上映ルームへと足を運ばせていった。
…。
………。
……………。
「あはは、最後泣いちゃった」
「僕も泣きそうだったなぁ」
『夢少女』を見終わった僕らは黄昏に包まれた街の中で帰路についていた。
『夢少女』
ある日からとある一人の少女の夢を見始める男の物語。
毎晩眠りにつくたびに会える彼女に心惹かれていく主人公は、募りに募った想いを少女に打ち明けると次の日から夢を見なくなる。
やがて現実が夢だと思い込むようになり自暴自棄に堕ちていく主人公だが、もう一度だけ見た少女の夢により厳しい現実を乗り越えていく物語だった。
「ね…遍」
「ん?どうしたんだい」
「私たちは…夢じゃないよね?」
不安そうな表情で僕の頰に触れる彼女も、たったそれだけのことで頰を紅潮させる僕も、きっと
「夢じゃないよ」
「嬉しい。あのね遍、私幸せなんだ。好きだよ」
僕もだ、と返そうと開いた口は不意に近づいた彼女の唇によって塞がれた。
「えへへ、付き合ってからはじめてのキスだね」
告白の時のあの乱暴な接吻は彼女の中での「付き合ってから」の期間の中には含まれていないのだろうか。
少しそんな野暮な考えが浮かぶが、僕の目の前に居たのはあの時の暴力的な感じの彼女ではなく、間違いなく僕が以前から惹かれていた夕日に美しく可憐な彼女だった。
613
:
高嶺の花と放課後 第9話
:2020/01/04(土) 15:33:15 ID:aKFulWyM
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ー
日々の学業に勤しみながら、否。
学業が疎かになっても仕方がない、そんな雰囲気があるのはあと三日で文化祭が始まるという差し迫った状況からだろう。
かく言う僕ら看板製作組もそんな慌ただしさを掻き立てる一員となっていた。
「ったくよぉ、チンタラやってたあいつらが悪いのに何で俺らが小物製作も分担しないといけないんだよ」
「ははは、仕方がないさ。メインの看板は大方終わりかけているし手伝ってあげれるのならそれに越したことはないさ」
「そうだよ〜。それに喫茶店はクラス全員の出し物だからね〜。わたしたちの仕事はみんなの仕事、みんなの仕事はわたしたちの仕事だよ〜」
「おまえら本当にいい子かよ。わーったよ、やるよやるさ!やりゃいいんだろ!」
文句こそ垂れど結局一番作業に力を入れてるのは桐生くんであり、彼こそ『いい子』に相当するだろうと考えると、なんだか滑稽に思えて来てしまう。
とはいえ少々憤慨しているのも事実らしく、養生テープを剥がす音がやけにけたたましく聞こえる。
「あー、このペースだとテープ無くなりそうだなぁ」
「確か用務員室に予備のテープがまだあったはずだけど」
「そっか。んじゃ俺、用務員室行ってくるから二人ともよろしくな」
「は〜い」
桐生くんがその場を離れると残された僕らふたりの間を沈黙が支配した。
それもそうだろう、僕はあまり積極的に話しかける性分でもないし、小岩井さんもどちらかといえばその通りだろう。
「不知火くん〜、ちょっとい〜い?」
「どうしたんだい小岩井さん?」
「不知火くんは文化祭誰と回るの〜?」
思っても見なかった質問だった。
看板製作の仲間として関わり始めてから今まで僕と小岩井さんの二人で他愛のない会話をした記憶がなかったのだ。
「僕か、あんまり考えてなかったなぁ。恐らく今年は妹と一緒に回ることになるんじゃあないかとは思っているんだけれどもね」
「じゃあ一緒に回ろ〜」
いつもと変わらない小岩井さんを象徴するかのようなのんびりとした言い方で、そんな穏やかで優しい言い方で。
「一緒にって僕とかい?」
「うん、そうだよ〜」
ああなんだ、看板製作を共にした誼みで僕を誘っているのか。
ならばと
「じゃあ、桐生くんは僕から誘おうか」
「ん〜ん、違うの。私二人で周りたいの」
文化祭まであと三日だ。
文化祭まで差し迫った状況だ。
「不知火くん、あのね」
だからいつもの放課後とは違う、クラスメイトたちの活気が溢れているこの教室で。
どうしてこうも喧騒から逃れたように彼女の声がはっきり聞こえるのだろうか。
「私、不知火くんのこと好きなんだぁ」
614
:
高嶺の花と放課後 第9話
:2020/01/04(土) 15:34:35 ID:aKFulWyM
いつものように間延びしたような口調でそう告げた。
潤んだ瞳、いつもと異なる口調、震えている指先。
そのどれもが彼女の緊張を僕に伝えるには十分なものだった。
いつも僕に付き纏うあの疑問が喉から這いずり出そうになるがそれよりも先に僕は伝えなければならないことがある。
僕の口はそれを一番よくわかっていた。
「ごめん。小岩井さん、僕にはそれができない、交際をしている女性がいるんだ。だから、ごめんなさい」
「…。そうなんだ〜。あはは、ごめんねぇ、ちょっとトイレに行ってくるね」
反射的に僕も立ち上がり付いていこうとするが他でもない僕自身が地面に足を縫い付けている。
彼女が用を足しにこの場を去ったわけではないということぐらい、さすがに僕でも分かる。
追う資格なんてないのに、付いて行ったってなにもできやしないのに。
許しを乞うてしまいたい。僕なんかを好きになってくれてありがとう。僕なんかが想いを断ってごめん。
あぁ、華はいったいどうやって彼らの想いを受け止めていたのだろうか。
この背負いきれない想いを。
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「なんでかなぁ、ふふ、あはは、なんでかなぁ」
目を覚ますと後頭部に激しい痛み、脳が揺れる感覚、血脈が流れる鼓動を強く感じる。
吐き気もする。心も痛い。心身ともに衰弱しきっている。
自分が今どういう状況に陥ってるのかすら把握していない。
最早、夢か現実かも定かではなかった。
615
:
高嶺の花と放課後 第9話
:2020/01/04(土) 15:35:18 ID:aKFulWyM
「あ、やっと目を覚ましたんだね、奏波」
(そうだ、私は不知火くんにフラれたんだ)
「ねぇ…知ってた?社会科教室って鍵は開きっぱなしだし放課後は全然人こないんだよ。告白に御誂え向きな場所だからよく呼ばれるんだぁ、ここ。アハッ、御誂え向きだなんて難しい言葉、遍の言葉遣いが移っちゃったかなぁ」
にわかには信じがたい様子のおかしい親友の姿も、今ここが現実であること認識することを難しくしていた。
夢を、悪夢を見ているのではないか。
そう思ってしまう。
「ねぇ奏波?なんで遍を好きになったのかな?ありえないよね?だって私と遍は運命の赤い糸で結ばれているんだもの。他人共が入る余地なんてない、そうよね?お姫様と王子様、二人は末永く愛し合いましたとさめでたしめでたし、物語はそこで終わるの、それ以上先に登場人物なんていらないし、増してやそれを邪魔するなんてありえないの。…まぁそれに関してはあなただけに限った話ではないんだけどね」
「文化祭かなんだか知らないけど浮かれた奴らが…いえ、そもそも登場なんてあってはいけない奴らが一人また一人と私に告白してくるのよ。私はもうすでに一人に愛を、人生を 、全てを!…捧げると誓った身なのに、その誓いをあいつらは破ろうとやってくるのよ?そうね、少し前までは煩わしいとくらいにしか思わなかったけれども今ではもう憎しみとも言える感情が湧いてくるのよ。腑が煮えくり返るとはよく言ったものね、今にも底から溢れる憎悪で内臓が爛れそうよ」
「遍がダメって言うから我慢してたけど…。…まだ私に来る分にはいいや…いいけどさ!!!遍にまで幸せをぶち壊す悪魔が忍び寄って来るのなら、あはは、もう我慢の限界だよ!!!!おかしいよ、おかしいよね?なんでわざわざ私達の愛を隠さないといけないのよ!!!」
遍といえば、確か想いを寄せた男子生徒の名がそれだった。
「じゃあ…」
「ん?」
「じゃあ不知火くんが言ってた恋人って…」
「そうよ?私よ、他に誰がいるのよ。いるわけがないでしょ。私と不知火遍は出会うべくしてこの世に生を授かって17年という時の障害を越えてやっと出会った真実の愛を誓い合う運命の恋人なんだから」
「そんな…私知ってたらちゃんと引いてたのに…」
こんな想いにならなかったのに。
同時にそう思う。
「だから言ってるじゃない、遍に口止めされているのよ。まぁ良き妻としては夫の望みをなんでも叶えてあげたいと思うけど、どうしたものかしら」
不知火くんはどうして交際を隠したがったんだろう。
いくつもわからない疑問が浮かんでくる。
しかしそのひとつひとつを解決する間も与えないように親友は続けた。
「ねぇ…奏波。あなた一体幾つの罪を犯したか自分で分かってる?」
「つ…み?」
いつもと違う様子の友人はいつもと変わらない笑みを浮かべる。
「遍と目を合わせた回数117回、遍と会話をした回数52回、遍に触れた回数12回、遍に告白した回数1回。これがあなたの罪の数よ、奏波。人はね、罪の数だけ罰を受けなきゃいけないの。だからね…」
歪なのにどこか美しさを感じるその笑みを浮かべる彼女は
「頑張ってね、かなみ?」
私には悪魔に見えた。
616
:
高嶺の花と放課後 第9話
:2020/01/04(土) 15:54:24 ID:aKFulWyM
以上で投下終了です。
あけましておめでとうございます、そして相当お久しぶりです。生きてました。
前話を投下してからもう1年半経ってました、いやぁ時が流れるって早いですね()
平成終わる前に投下するとか令和になったら投下するとかほざいてましたが全然投下できませんでしたね、本当にごめんなさい。
今回投下した9話なんですけど実は8割くらいはもう一年以上前に出来てました。
個人的に長く続けばいいなと思い、物語をどうすれば引き延ばせるだとかどうでもいい描写を細かく書いて引き延ばそうかとかそんなこと考えてるうちに書きたくないものを書いている気分になりモチベーションが底辺に落ちてました。
その後当たり前なことに気がついたんですけど面白い長編作品ってあんまり無駄なパートは入らず物語の本質を動かすストーリーをだけを書いていった結果、設定や世界観の深さゆえに長くなってるんだなぁと。
結局長くすることを目的に物語をやっていたら書きたくないことまで書いてて作者がつまんないと思いながら書いてるものを果たして他の人が面白いと思えるかと考えていました。
そんなこんながあって1年半という期間が空いてしまいしまいましたがこれからはマイペースで書きたいものを書き、結果的に長くなるのだったら御の字という気持ちでやっていきたいと思ってます。
長くなりましたが、今年もよろしくお願いします
617
:
雌豚のにおい@774人目
:2020/01/07(火) 11:17:27 ID:dKFcbCpY
生きとったんかいワレえ!乙です!
ゆっくりでええんやで、貴方の書くヤンデレが好きなのでいつまでも待ちます
618
:
罰印ペケ
:2020/01/08(水) 03:19:41 ID:P3CwXFaU
>>617
ほんとにお待たせしました、というよりほんの少しでも待っていてくださってありがとうございます!そう言った書き込みを見ると凄く嬉しくなって励みになります!
あと少しだけ宣伝というか報告です。一年半も投稿に期間が空いてしまい物語ももう覚えてない人もあると思ったので過去の話も見やすいようにカクヨムというサイトで罰印ペケというペンネームで『高嶺の花と放課後』1話〜9話を再掲しました。良かったら読んでやってください。ただ僕自身、小説書き始めたのが、昔お世話になったこのスレを少しでも盛り上げることに貢献できたらなと思って書き始めたので、引き続きスレにはいち早く物語を投下できたらなと思います。では10話でお会いしましょう
619
:
雌豚のにおい@774人目
:2020/01/08(水) 15:08:00 ID:Czj38jBs
更新乙です!
10話も楽しみにしてます!
620
:
高嶺の花と放課後
:2020/01/11(土) 05:01:53 ID:6R2YzN9.
高校2年 10月下旬
「結局、今日も小岩井来なかったな」
「…そうだね」
完成した模擬店の看板を僕と桐生くんはただ眺めていた。
あれから、小岩井さんの想いを僕が断ったあの日から四日の日々が過ぎ、文化祭を目前に控えた金曜日の放課後に至るまで僕はおろか誰も小岩井さんの姿を見ていなかった。
出来ることならば小岩井さんと桐生くんの三人でこの完成した看板を飾り付ける場面を迎えたかったが、それは僕のわがままなのだろうか。
担任の太田先生からは体調不良だという風に伝えられている。
彼女が学校に来なくなってから初日は太田先生の言葉を鵜呑みにし、二日目は彼女の体調を心配し、三日目から彼女が学校に来なくなったのは自分のせいなのではないかという考えが浮かぶようになり、時が経つにつれ随分と勝手な責任感を感じ始めていた。
否、彼女が学校に来れないのはたまたま体調不良だからだ、そんな考えは自惚れだ。
そう考えてはまた自惚れて責任を感じ。
結局、教室の入り口に模擬店の看板を立て掛けるこの時まで彼女は姿を表すことはなかった。
「こんなときに風邪を引くなんて小岩井もついてないよなぁ、不知火」
「…え?あぁうん。そうだね」
桐生くんは他愛のない会話のつもりで話しかけてきたのだろうけど、不器用な僕は生返事しかできなかった。
「あー!看板できてる!」
「いいじゃんこれ。なんか本物の喫茶店みたいで」
手が空いたのかクラスメイトの女子生徒たちが教室の外まで来て、完成した看板を見に来た。
「へへ、いいだろこれ。文化祭で普段使う一枚板の看板じゃなくて立体的に作ってそれっぽくしてんだよね。俺ら看板制作班の自慢の出来よ」
それに対して桐生くんは誇らしげに看板を紹介している。
「本当に本物の喫茶店みたい!わたし喫茶店いったことないんだけどね、あはは」
「あはは、なんだそれ。あっ、華も来なってすごいのできてるよ」
女子生徒の一人がよく知った名前を呼ぶ。
これまた不器用な僕は一瞬表情が固まってしまう。
「ん?どれどれー?あっ、凄いお洒落な看板出来てるね!」
以前桐生くんに指摘されて以来、華との関係を公にしたくないがために癖になってしまった彼女から意識を逸らす行為をしてしまう。
「でしょー!明日のやる気がみなぎってきちゃった」
「俺らはここまで頑張ったんだからお前ら当日頑張れよ?」
「まっかせてよ!なんてったって初日のトップバッターを我がクラスが誇る1000年に1人の美少女、高嶺 華が務めるんだから!」
「ちょっと恵ー、そんな大げさな表現やめてよー」
「大げさなもんですか!文化祭間近になってめちゃめちゃ男子に告白されてるでしょ〜。しかも文化祭の準備がままならないくらい」
「冗談抜きでうちの学年全員華に告ってんじゃない?こうなったらもはや全員コンプリートしたいよな」
「おっ、ちょうどいいところに男子二人いるじゃん。お二人はこの娘に告白したことは?」
あまりにも突飛な話になっている。
だがいつもであればこんな突拍子も無い会話の流れをどうすれば変えられるかと思案してみたり、あるいはただただ狼狽えるだけかもしれない。
しかしここ数日、小岩井さんの事で思い悩みできたた身としては、告白という言葉を聞くだけで少々憂鬱な気持ちになってしまう。
「いや、ねーけど」
「……。僕もないや」
「じゃあテキトーでいいからふたりとも華に告白してみてよ」
「は?いやいや意味わからんて。大体高嶺が仮に全員に告られたとしてそれがなんの意味があんだよ」
「いやいや全員に告られたらレジェンドになるじゃん、きっと将来同窓会とかやったらめっちゃ盛り上がる話題になるよ」
「だとしてもだろ。こうまでして茶化すことじゃなくね?」
「そんなマジになんなくていいからさ〜。ネタだと思って軽くやってみてよ」
「ったく。高嶺さんー好きですー付き合ってくださいー。これでいいかよ」
「うっわ、めっちゃ棒読み。あはは、まぁいいやおっけー。じゃあ次不知火くん」
621
:
高嶺の花と放課後 第10話
:2020/01/11(土) 05:04:28 ID:6R2YzN9.
意識が僕へと向けられる。
「おい、俺まだいいけど、不知火にまで強制させんなよ」
「まーまー。不知火くんも本当にテキトーでいいからね」
悪意はないのだろうけど、いや悪意がないからこそ厄介なのかもしれない。
逸らしていた意識を華へと向ける。
困惑、期待、緊張、あるいは歓喜。
僕には目の前の『高嶺の花』はそんな表情を咲かせていたように見えた。
もし僕が華に告白されていなければ、こうして僕から想いを伝えていたのだろうか。
臆病者な僕は胸に想いを秘めるだけかもしれないし
「高嶺さん、僕と付き合ってください」
想いが溢れてフラれることも承知の上で告白していかもしれない。
交際の申し出を口に出してからしまったと思った。
もし彼女がいまこの告白を受け入れたら?
僕と彼女が公に交際を行うことになる。
今まで秘密裏に交際をしていたのは全て、目立たないため、やっかみを受けないため、そして綾音に伝わらないようにするためだ。
公に交際を知られれば、きっと学年が違う綾音の元にも噂が伝播することだろう。
なにせ入学から今に至るまで数多の生徒の想いを受け入れなかった『高嶺の花』が、こんな何の特徴もない一男子生徒と交際を始めるなんて誰しもが驚嘆する事実だろう。
否、事件だ。
綾音には華のことを時期を見て、自分の口から伝えたいのだ。
こんな事件を噂で聞いた綾音は、祝福してくれるのだろうか。
悲しむのだろうか、怒るのだろうか。
分からない。
「ありがと、不知火くん。てことで次は華の番ね」
「…へ?」
「へ?じゃなくて。ほらいつもみたいにごめんなさいって」
なんなんだろうかこの女子生徒は。
何を考えているのだろうか。
人の気持ちを弄んで何が楽しいのだろうか。
それともこれはただの遊戯にしか過ぎないというのだろうか。
苛立ちが募る。
華は僕の告白を受け入れるのだろうか。
それともこんなのは茶番だと断ってくれるだろうか。
分からない。
分からない。
しかしいくら待っても華からの返事はなかった。
「…華?」
少し不審に思った女子生徒は華に声を掛ける。
僕も様子が気になり、彼女へと視線を向ける。
動揺。
先程の感情とはうって変わり、ただ一つの感情が今彼女を支配しているように思えた。
祭りを前日に控え、学生たちの喧騒で賑わう中、異様な沈黙が僕らを包み込む。
数秒にも数分にも感じる沈黙を破ったのは桐生くんだった。
「…ほら飯島いい加減にしろって。高嶺も困ってんだろ」
「ははは…確かにそーかも。ごめんね!大地くん、不知火くん、華」
「てかこっちに油売りに来てる暇あんのか?」
「それがねー聞いてよ!こっちでさぁ…」
異様な沈黙は何処へやら。
桐生くんと女子生徒は雑談に花を咲かせ始めた。
とりあえず杞憂に終わったのかと安堵しているともう一人の女子生徒に肩を叩かれる。
「ごめんな不知火。なんか変なことに巻き込んじゃって」
「あぁ、僕は気にしてないから大丈夫だよ」
その娘は僕の肩に腕を乗せると、体を前にと体重を乗せる。
自然と彼女と僕は前のめりな姿勢になり顔が近づき、爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
華と綾音以外の女子とここまで近づいたことはないので、急な接触に心臓が高鳴った。
622
:
高嶺の花と放課後 第10話
:2020/01/11(土) 05:05:38 ID:6R2YzN9.
「恵…あぁ飯島な。桐生のやつに気があって、ちょっと調査つーかリサーチみたいな。ほら桐生と高嶺ってよく噂になるだろ」
僕にしか聞こえない声量で耳打ちをしてきた。
そうか、あの女子生徒は飯島 恵(いいじま めぐみ)というのか。
などと場違いな感想を抱きつつ、どこか落胆した感情が心の奥から滲み出る。
色のある話だったがそれが僕に向けられたものではなかったからか?
やはり誰もが華にふさわしいの桐生くんと思ってるからか?
その両方なんだろうな。
「あぁまぁ…華が、高嶺があんな反応すると思ってなかったけどやっぱり桐生に気があんのかな」
「え?」
「いや、ほらなんとも本当におもってないんだったらあんなに間が空くことがあるのかなってさ」
まるで最初から僕が可能性がないという風な言い草に子供染みた反抗心が芽生える。
「…高嶺さんがどう思ってるのかは分からないけど、桐生くんは彼女がいるって言ってたよ」
「え?まじか。それって高嶺じゃなくて?」
「そうだね」
こんなことでしか反抗できない自分が情けない。
この様子じゃ僕が華の恋人だと主張したって信じない人が何人いるか分かったものではない。
「…そっかぁ。悪いな、変なことに巻き込んだ上にそんな情報教えてもらって」
「本当に僕は気にしていないから、平気だよ」
僕は嘘つきの笑みを顔に貼り付ける。
「いい奴だな、不知火。もしかしたら高嶺は桐生じゃなくて不知火のこと気にしてるのかもな」
「へ?」
彼女はそう告げると前方にかけていた体重を解くと僕の肩に乗せていた腕も下ろした。
「助かったよ、ありがとな不知火」
桐生くん、飯島さん、華の意識が僕らの方へ向いていることに気がつく。
「紗凪ー、不知火くんと何話してるのー?」
「んあ、なんでもねーよ」
彼女はぶっきらぼうに答えると僕の元を離れていった。
「こらー!三人ともサボってないで中に戻ってこい!まだ作業残ってるんだよ!」
これまた別の女子生徒が三人を教室の中に押し入れるよう戻しにきた。
全員渋々と言った表情で教室へと戻っていく。
華も教室へと戻っていくーーー
ーーー廊下と教室の境界に踏み入れる。
華が教室に入る寸前ーーー
ーーー刹那と呼べる間。
その色の無い黒い瞳がーーー
ーーー僕を射抜いた。
623
:
高嶺の花と放課後 第10話
:2020/01/11(土) 05:06:26 ID:6R2YzN9.
今まで感じたことのない暗く冷たい眼に僕の心臓を凍りつく。
「なぁ、不知火。萩原と何話してたんだ?」
「……。…え、っとごめん。聞いてなかった」
「いや、荻原と何コソコソ話してたのかなつてさ」
そうかあの女子生徒は萩原 紗凪(おぎわら さな)というのかなどと再び場違いな思考が浮かぶ。
「…桐生くん。僕って案外薄情な奴かもしれないや」
「ん?どうした急に」
「今、桐生くんから萩原さんの名前を聞くまで顔と名前が一致しなかったんだ。飯島さんにしてもそうだ」
「それは不知火があんまりあいつらと関わりがなかったからとかじゃないか?他にも人の名前と顔を覚えるのが苦手っていう人もいるし不知火もそれとかな。薄情とは違う気がするわ」
「そういうものなのかな」
「って話変えんなよ。荻原と何話してたんだよ、看板製作係のよしみだろ。教えろよ」
「桐生くんはなんで僕が話を変えたかはわかるかい?」
「…おまえやっぱり薄情なやつかも」
桐生くんの拗ねた声がなんだか可笑しくて、先ほど凍てついた心臓が解けていくのを感じる。
安堵の笑みが自然と湧いてくる。
「ははは、そうかもね」
「…まぁ不知火が平気そうならいっか」
なんのことだろうか、と思案する。
もしかして、僕が華に雑な告白を強要させられたことを気にしていたのだろうか。
否、考えすぎか。
でも、もし。
もしそうであるのならば、桐生くんは本当に気が効く人だ。
最初も僕が華を意識していることに気がついていた。
そこまで考えて、別の思考が過ぎる。
桐生くんは小岩井さんのこと気がついていたのだろうか。
ーーーこんな時に風邪引くなんて小岩井もついてないよなぁ、不知火
もし小岩井さんのことに気がついていて。
もし僕がそのことを気にしていることに気がついていたとして。
桐生くんは僕にあまり気負わないように気をつかったのだろうか。
そこまで考えて。
そんな馬鹿なと、僕は迷宮に足を踏み入れかけた思案を胸の奥へと閉まった。
624
:
高嶺の花と放課後 第10話
:2020/01/11(土) 05:08:16 ID:6R2YzN9.
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ー
夏至を迎えたのはとうの昔。
秋分すら過ぎ去り一年の短さを寒さと共に肌から感じていた。
夕刻と呼ばれる時刻でも辺りは暗く包まれ、月明かりと街灯が道を照らしている。
その中を少し駆けては、疲労を感じ足を止め、また道を駆け足で抜けていく。
ラインで手短に送られてきた「二人で話したい」というメッセージ。
文化祭の前日ということもあり、校内に残る生徒が大勢いるという予測の元、僕は校舎の中ではなく高校から少し離れた羽紅公園を逢瀬の場所として指定した。
結局あの後、小道具製作を担当している太一からトラブルが起きたと相談を受け、僕は小道具製作の手伝いをすることなった。
問題が解決する頃には、既に日は沈みきっており華も学校を出ていたようだった。
想定していた以上に時間が過ぎていたことに気がついた僕は、太一と別れの挨拶も早々に駆け足でここまでやってきた。
日頃の運動不足が祟ったのか、いくら気持ちで急いでも身体がついてきてはくれなかった。
この冷え切った空気の中で待たせているのが申し訳なくなり、息も絶え絶えになりながら約束の場所へと足を急かす。
夜道を走り、住宅街を歩きながら息を整え、階段を駆け上がる。
やがて羽紅公園が見えてきた。
ラストスパートだと、そこまで足を止めることなく走り抜く。
羽紅公園にたどり着いたときは、息が乱れに乱れ、秋の凍てついた空気で肺に痛みすら感じていた。
「…おそかったね」
息が整う前に背後から声をかけられた。
「はぁ…はぁ…ごめん、はぁ。華。太一たちの手伝いを…はぁ…していたらこんな時間になってしまった」
突然、胸倉を掴まれる。
「おかしくなぁい?私、遍の彼女だよね。どうして私よりそんな有象無象が優先されてるの?」
必死に息を整えようとした呼吸すら止まる。
すっかり暗くなった羽紅公園では、彼女の表情の半分も分かりはしなかった。
「た、確かにこんな時間まで待たせたのは申し訳なかったけど、太一たちをそんな有象無象だなんて」
そこまで僕が口にすると
ーーーーーーーパンッ
乾いた音が公園中に鳴り響いた。
急速に熱が帯びてく頰。
数巡遅れて僕が頰を叩かれたということに気がついた。
「"有象無象"だよ。私と遍以外全員そう」
あまりの突然の出来事で理解が追いつかない僕の頰に彼女の冷えた手が添えられる。
その冷たさが、一体彼女をいくらの時間待たせたのか、一体彼女がどれくらい憤怒しているのかを伝えてきた。
「ごめんね?痛かったよね?でもね、これは必要なことだと思うの。間違ってことは間違ってるって。恋人の私があなたにちゃぁんと教えてあげないといけないと思うの。うん、私いままで遍を少し甘やかしていたかもしれないね」
625
:
高嶺の花と放課後 第10話
:2020/01/11(土) 05:09:47 ID:6R2YzN9.
闇夜に目が慣れてくると彼女の顔が段々と分かってきた。
先ほど僕を射抜いたあの色のない黒い瞳で、
今、
僕を、
確実に、
捉えている。
「私と遍は運命の恋人なんだから、お互いの一番がお互いじゃなきゃあだめでしょう?私いっぱい、いーっぱいライン送ったのに遍、全然気付いてくれないし」
確かに手伝いを始めてからここに来るまで携帯を一度も見ていなかった。
「別にね、長く待たされたことを怒ってるわけじゃないんだよ?私より"有象無象"が優先されたっていうのが何よりも耐え難いの」
今ここで彼女の怒りを鎮めるには一旦、願いを聞き入れるしかないと思った。
「もう…」
「もう?」
「もう華を何より優先するから、今回は許してはくれまいか?」
僕のその言葉を聞き入れると、黒い瞳で僕を射抜きながら笑みを浮かべる。
「うん、うん。許してあげる。私は遍が間違っていたら叱ってあげるって決めたけど、どんなに間違いを犯しても"決して"見限ったりしないからね」
一先ず安堵した僕だったが、解放されない胸倉に疑問と焦燥が浮かび上がる。
「華?」
「次」
再び公園に乾いた音が鳴り響く。
二度目の張り手は、一度目よりはっきり認知でき、強く痛みが走った。
「どうして私以外の女に触れたのかな?」
彼女が何を言っているか分からなかった。
「私あんまり束縛が激しい女になりたくないから本当は嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌でも、私以外の女と会話することだけは百歩譲って許してるけど、触れるのはもう…もう我慢ができないよ」
女子に触れた覚えなどないと反論しようとした僕の鼻腔に爽やかな香りが蘇る。
もしかして萩原さんとのことを言っているのだろうか。
「もちろん触れに行った女が何よりも罪深いけど、遍にも責任があるんだよ?だからこれは罪に対する罰なの」
再び黒い瞳で僕を射抜きながら笑みを浮かべる。
「さぁ誓って。二度と私以外の女に触れないと。母だって妹だって例外は無しだよ」
いつもであれば無茶な願いだと反抗するかもしれない。
しかし胸倉を掴まれていることが、頰を二度叩かれたことが、僕を射抜く黒い瞳が、抵抗する気力を一切失わせていた。
「誓う、誓うから。許して欲しい」
「うん、うん。ありがとう遍」
今度は先程とは違い、掴まれていた胸倉は解かれた。
「でもやっぱり私って恋人に甘いっていうか遍に甘いっていうか。このくらいの罰で許しちゃうんだから、惚れた弱みってやつかなぁ」
二度にわたる張り手が甘い罰なのだろうか。
彼女の中での厳しい罰がどのようなものかと考えるだけで戦慄する。
626
:
高嶺の花と放課後 第10話
:2020/01/11(土) 05:11:08 ID:6R2YzN9.
「遍だって私に関係を公にしないって酷い約束してるんだから私だって他の女に触れない、誰よりも私を優先するって約束ぐらいしたっていいと思わない?」
関係を公にしないことがそんなに酷い約束事なのだろうか。
「遍は私のモノって、私は遍のモノって宣言したいのを必死に我慢してるんだからね私!今日だって、えへへへ、遍が私に告白してくれた時だって、えへへ。だめ、思い出しただけでニヤけちゃう」
華は両手で緩みきった頬を抑える。
「あの時、受け入れて公の関係にしたって良かったんだからね!でも何よりも愛しい遍のお願いだから我慢してたんだよ。それが…何?断る?遍の告白を?ふざけているのかしら。馬鹿にしているのかしら。遍の告白を断るなんて想像しただけで身が裂けそうになるわよ。ありえない…ありえない!!!」
綻んだ表情から一転、感情が高まったのか怒号を飛ばす。
「落ち着いて華。彼女たちは桐生くんと華が想い合っているんじゃないかと思ってあんなことをしたんだ」
「…なんで桐生くんがでてくるのよ」
「よく聞く噂だよ、桐生くんと華は美男美女でお似合いだって、裏で付き合ってるんじゃあないかって」
「下らない。顔しか見てないのね、だから有象無象なのよ。そんな奴らが真実の愛に気づくことなんて一生無いんだろうね。可哀想に。大体、仮に、本当に仮の仮の仮に、私と桐生くんが付き合ってたとしてなんの関係があるっていうの?」
「飯島さんが桐生くんのことを好いているらしいんだ。だから桐生くんの好きな人が華なのか、華が好きな人が桐生くんなのか、あるいは二人は付き合っているのだろうか知りたかったんだと思う」
「ふぅん。どうせ薄っぺらい恋愛なんでしょうけど精々頑張ればいいんじゃない?まぁ遍を私に告白させた点だけは褒めてもいいけど」
心底興味がなさそうにそう答える。
「…そうだ!遍。今から私に告白してみてよ」
「え、こ、告白って今から?」
「そうだよ今から。せっかくだしさっきの告白をちゃんと仕切り直そうよ!そーだなぁ、シチュエーションとしては文化祭を目前に控えた今日に想いを抑えきれず私を公園に呼び出して告白して文化祭一緒に回ってください!って感じかなぁ。…いいよね?」
突然の提案にただただ受け入れることしかできなかった。
「遍がまずここに待ってて、私が入り口から入ってくるから」
有無を言わせず、華は公園の入り口へと向かっていった。
まさか僕が華に告白するなんて思っても見なかった。
いや、思ってもみなかったと言えば嘘になるだろう。
もしかしたら違った未来では、こういうこともありえたかもしれない。
彼女と出会ってからのことを思い返し、さまざまなあり得た過去、あり得る未来の考える。
これからやることはそのうちの一つだと言い聞かせる。
不意に肩が叩かれる。
「ごめんね、待ったかな不知火くん」
今では最早、違和感すら感じるその呼び名に僕は応える。
「こちらこそごめんね高嶺さん、急に呼び出して」
「ううんいいの。気にしないで」
こんなやり取りを他の男子生徒たちもやっていたのだろうか。
「高嶺さんを呼んだのは、どうしても伝えたいことがあるからなんだ」
自分の大根芝居ぶりがなんとも情けなく感じてくる。
「伝えたいこと…?聞かせて、不知火くん」
きっといつかの自分が伝えたかったことを、伝えたかった気持ちを思い出し言葉にする。
「高嶺さん、あなたの事が好きです。できれば明日からの文化祭を僕と一緒に回って欲しい。よろしくお願いします」
片手を差し出し、深く頭を下げる。
彼女からの返事を待っていると差し出した右手が強く引っ張られる。
そのまま彼女に抱き寄せられ、後頭部に手を回されると彼女の唇と僕の唇が重なり合った。
「んっ…ちゅ…。もう遍ってばズルい。そんなかわいい告白してきて」
かわいいとは僕の大根芝居のことを指しているのだろうか。
何度も、何度も唇が重なり合う。
その間も強く抱きしめられる。
華の柔らかい四肢が、甘い香りが僕の情欲を駆り立て思考を奪ってゆく。
他の人に見られやしないだろうかなどと考えながら随分と長い間、接吻は続いた。
どれくらいの時が経ったか定かではないが車が一台、公園の隣を横切った時を合図に華は腕を緩め、唇を離した。
627
:
高嶺の花と放課後 第10話
:2020/01/11(土) 05:11:52 ID:6R2YzN9.
「幸せだなぁ…あぁ幸せだなぁ」
本当に幸せなのか、恍惚な表情を浮かべる。
そんな表情を見て安堵したのか、足の疲労感が徐々に思い出されてくる。
「華、あそこのベンチに座っていかないかい?」
「うん、そうしよっか」
そう言って彼女はさりげない仕草で僕の腕を絡め取る。
ベンチを目の前にするとさっさと座ってしまいたい思いでいっぱいになり、少々乱暴に座り込んでしまう。
二人してベンチに座ると今度は組まれた腕の方の肩に重みを感じた。
「ありがとうね、遍。これで明日明後日は我慢できそう」
再び甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「我慢?」
「だって、遍との約束だから。関係をみんなにバラさないって。だから文化祭を一緒に回るのは我慢する」
もしかして僕は彼女に無茶な約束を強いているのではないか。
今日一日でそう思うようになってきた。
関係を秘密にすることがそこまで彼女に苦悩を与えるのであれば、反故すべきかもしれない。
でも僕らの関係が皆に知れ渡った時のことを考えると、簡単に反故することはできない。
「だから遍も守ってね?私以外の女に触れないこと、私を一番に優先すること」
「約束するよ、絶対に守る」
「えへへ、大好き」
それでもいつかは関係を明かすべきなのではないか。
その時までに覚悟を決め、綾音に伝え、華の隣を胸を張って歩ける男にならなくちゃいけない。
一つずつ前に進もう。
628
:
高嶺の花と放課後 第10話
:2020/01/11(土) 05:12:44 ID:6R2YzN9.
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「ただいま」
「おかえりなさい。随分遅かったわね」
羽紅公園にたどり着いたときには既に日は沈んでおり、太陽が時間のあてにならなかったため、時刻を把握していなかったが、僕が家に帰る頃には二十時を過ぎていた。
「明日は文化祭だからね。最後の仕上げに少し時間がかかってしまったよ」
「そう。あら遍くん、ほっぺどうしたの?」
「頰、ああ頰ね。あはは、今日作業してるときに顔にぶつけちゃってね、多分その時のやつなんじゃあないかな」
さすがに彼女に叩かれたとは言えまい。
三文芝居でやり過ごそうとする。
「大丈夫かしら、冷えピタ持ってこようか?」
僕の頰に義母が触れようとしてきた時、華との約束が鮮明に蘇り、咄嗟に避けてしまう。
「大丈夫だよ、見た目はひどいかもしれないけどそこまで痛くはないんだ」
「…。ならいいんだけど、痛むようだったら言ってね」
「ありがとう。僕は部屋に戻って着替えてくるよ」
避ける動作。
それが生んだ気まずい空気から逃れるように自室へ向かう。
ガチャリと扉を開けると僕の部屋でくつろぐ綾音の姿が見えた。
最早、見慣れた光景だ。
「おかえりっ。おにーちゃん!ってどうしたのそのほっぺ!」
綾音からの指摘も免れなかった。
よほどひどいのだろうか。
後で鏡で確認してみることにしよう。
「ああこれ、明日の準備でちょっとぶつけてしまっただけだよ」
「それにしては誰かに打たれたような…」
「ま、まぁまぁ僕は大丈夫だから。とりあえず着替えたいし出ていってもらえるかな?」
「え〜、めんどくさ〜い。兄妹なんだし、気にしない!気にしない!」
「綾音」
「ぶー。着替え終わったら言ってね」
綾音は少しだけ不貞腐れながら部屋の外へと出ていった。
「ふぅ…」
今日の疲れを一つ一つ脱いでいく。
今まであまり考えてこなかったけど、華のことを綾音になんて伝えようか。
高校生にもなって兄の部屋に入り浸る妹に彼女ができたと伝えたらはたして穏便に済むのだろうか。
そんなことを考えているうちに着替えが済んだため、綾音を呼ぶことにする。
「綾音、終わったよ」
「はーい」
扉を隔てて直ぐそこに居たのか、三秒も待たずに部屋に戻ってきた。
629
:
高嶺の花と放課後 第10話
:2020/01/11(土) 05:13:48 ID:6R2YzN9.
「お兄ちゃん」
「ん?」
「羽紅高校の文化祭ってさ、初日の午前午後、二日目の午前午後で担当が分かれているでしょ?お兄ちゃんはどこの担当になってるの?」
「あれ?言わなかったかい?僕の担当は二日目の午後だよ。とは言ってもね、僕は看板製作とか内装製作をしていたから接客はしないんだ。ただの店番さ」
「そーなんだぁ。確か喫茶店だよね、お兄ちゃんのクラス。あたしはねー、初日の午後なんだぁ」
「そうか、なら一緒に回れるのは初日、二日目のどちらかの午前中だね」
「どっちも一緒じゃダメなの?」
「駄目じゃあないけれども綾音だって一緒に回りたい人いるんじゃないのかい?ほら久美ちゃんとか」
「それだったら別に久美ちゃんたちと回るのはお兄ちゃんが店番する二日目の午後にするよ」
「でも二日目の午後って売り切れがいろんなとこで出ちゃうかもよ?」
「別にお兄ちゃんと回れればそんなの気にしないけど…。あれお兄ちゃんもしかして他の人と回る予定とかあったりするの?」
「そ、そうなんだよ。今年は珍しく友達に誘われててさ、ははは」
「友達?ならいーよ!」
駄々をこねられるかと思ったらあっさりと引き下がった。
それこそ珍しいことがあったものだ。
「どうしたのお兄ちゃん。鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
「いや、綾音のことだからてっきり二日とも一緒じゃなきゃ嫌だと言うかと思って」
「えーー!!あたしそんなに子供じゃないよーだ!それともなに?お兄ちゃんのほうこそあたしと回りたかったんじゃないの?このシスコン」
「シ、シスコンだなんて人聞きが悪い」
「いーや。お兄ちゃんはシスコンだね。ブラコンのあたしが言うんだもん、間違いない」
まさかブラザーコンプレックスの自覚があったなんて驚いた。
「じゃあいいんだね、半日だけで」
「うん!友達付き合いも大事だもんね。久美ちゃんたちとは二日目まとめて回ることにするから初日の午前中に一緒に回ろーね」
「じゃあ明日の午前中は一緒回ろうか」
「うん!あっ、そーだお兄ちゃん!」
「ん?どうしたんだい?」
「その友達って男だよね?」
実際のところ一緒に回る約束をした友人はいないのだが、ふと頭に浮かぶ友人たちを思い出す。
太一に、桐生くん。どちらも男だ。
「うんあぁそうだね。それがどうしたんだい?」
「え?どうしたもなにも、もし女友達ましてや彼女なんて言い出したらそいつ捕まえてお兄ちゃんと縁切らせないとって思って」
音が。
日常がひび割れていく音が聞こえる。
「綾音?」
630
:
高嶺の花と放課後 第10話
:2020/01/11(土) 05:14:38 ID:6R2YzN9.
「お兄ちゃんさ。最近親しくなった女、いるよね?あたしに隠しているつもりなのかもしれないけど、もうとっくに知ってるよ?いつもいい匂いするお兄ちゃんの服からくっさい女の匂いしてるもん。最初何かの間違いかなーとか思ってたけど何度も同じ臭い匂いつけて帰って来ればさすがに鈍いあたしでも気がつくよ」
義妹から今までに感じたことのない異質な雰囲気を感じる。
「何度かその女を捕まえようと休み時間にお兄ちゃんのクラスに行ってみたけど、お兄ちゃん相変わらず本読んでるし、匂いも不定期についてくるから偶々かと思ってたんだけど、ここ最近は特に多いんだよね、匂いをつけてくる頻度が」
家族になって十年経つ義妹は、僕が十年間一度も見たことのない表情を浮かべていた。
「ねぇお兄ちゃん?まさかお兄ちゃん、彼女。できたりしてないよね?」
義妹から放たれる気迫は、首を縦に振ることを許さなかった。
「そーだよねぇ!じゃあそいつ女友達?名前は?どんなやつ?教えてよお兄ちゃん」
だからといってすんなりと華の名前を口に出すこともできなかった。
「黙ってたらわかんないよ。教えて、お兄ちゃん」
なんて答えれば良いのだろうか。
いくら考えても答えは出てきやしない。
「…まぁいいや。親しい女がいるってこと確かみたいだね。あとはあたしがその女を見つけて腑掻っ捌いてお兄ちゃんに近づいたこと後悔させてあげる」
「さてとあたしはお風呂に入ろうかな。お兄ちゃんもご飯食べてきなよ。今日はカレーだよ」
それだけ言い残すと綾音は部屋を出ていった。
僕の認識が甘かったのか?
確かに綾音はブラザーコンプレックスだと思っていたし、実際にそうだった。
しかしここまでものだとは考えてもみなかった。
やはり認識が甘かったと言わざるを得ない。
「…困ったな」
昨日までの自分をここまで自由だったと思ったことはない。
明日からのことを考えると窮屈で仕方がなかった。
結局、僕は夕食を食べず、現実から逃げるように眠りへと落ちていった。
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「お兄ちゃん。あたし覚えてるからね。子供のときにした、お兄ちゃんがあたしと結婚してくれるって約束」
631
:
罰印ペケ
:2020/01/11(土) 05:19:12 ID:6R2YzN9.
以上で投下終了します。
最初に投下宣言抜けてたり、10話つけ忘れたりとなかなかガバガバでしたが、なんとか10話書けました。今回の話に関しては個人的に書きやすかったのでもう勢いのまま書いたって感じです。そしたらこんな時間です。ということでおやすみなさい、11話で会いましょう
632
:
雌豚のにおい@774人目
:2020/01/13(月) 11:44:45 ID:FccPSN8Y
待ってた!乙です!
逃げて主人公逃げて(逃げられない)
633
:
雌豚のにおい@774人目
:2020/01/13(月) 22:35:16 ID:Va.11Nyw
更新ペースが早くて嬉しいです!
続き楽しみにしています!
634
:
高嶺の花と放課後 第11話
:2020/01/27(月) 18:50:14 ID:QPsp6JPc
投下します
635
:
高嶺の花と放課後 第11話
:2020/01/27(月) 18:50:36 ID:QPsp6JPc
第11話
カーテンの隙間から溢れる光で目を覚ます。
部屋にかけられた時計で時刻を確認すると、丁度六時を過ぎた頃だった。
冬に向けて日に日に、日の出の時刻が遅くなっていくの感じる。
寝ぼけた頭を掻くと、頭髪に脂がかったものを感じ、昨晩入浴も疎かにして眠りに堕ちたことを思い出す。
「…シャワーでも浴びようかな」
起床時刻が日の出に左右される体質の身としては、秋から冬にかけての朝は余裕のないものに感じてしまう。
慣れない手つきでスマートフォンのロックを解除、ラインのアイコン上には軽く三桁を超える数値が表示されており、内容の確認を躊躇ってしまう。
再びロックをかけ、ベッドへと携帯を放り投げ、部屋を後にする。
フローリングの床が、階段が足裏を冷ましていく。
リビングへ足を踏み入れたとき、既に落胆していた気分は、さらに底へと向かっていった。
「…おはよう」
「ああ」
父だ。
老眼鏡をかけ、新聞を読み耽る姿がそこにあった。
「遍」
「はい」
「まだ…、小説家になることを目指しているのか?」
僕の将来について何度目のやり取りだろうか。
「気持ちは変わらないよ。僕は小説家になる、本気だ」
ありのままの本心を伝える。
どうせ反対されるのだろうと身構える。
が、待てど暮らせど父からの異論は飛んでこなかった。
「物書きで食える奴なんて一握りだ」とか「簡単に目指せるような甘い道じゃない」だとか否定の言葉ばかり聞いてきたが、黙られるなんて反応は初めてのことだった。
これを是と捉えて良いのか非と捉えるべきなのか。
結局、父はそれ以上口を開くことはなかったので、踵を返し脱衣所へと向かった。
636
:
高嶺の花と放課後 第11話
:2020/01/27(月) 18:51:19 ID:QPsp6JPc
部屋着を脱ぎ、洗濯物籠に衣服を入れ、浴室に入り、蛇口を捻る。
冷たい水が、神経に鋭く刺さる。
寝惚けていた意識が、はっきりと覚醒していくのを感じる。
やがて夜明けの空気で冷えた水道水は、徐々に温もりを取り戻していき、緊張した筋肉、神経が解れていく。
ーーー有象無象だよ。私と遍以外全員そう。
髪を濡らし、シャンプーを泡立てる。
ーーーお兄ちゃんさ。最近親しくなった女、いるよね?
汚れが落ちるように入念に強く洗う。
ーーーさぁ誓って。二度と私以外の女に触れないと。母だって妹だって例外は無しだよ
湯を被り、頭皮についた泡を洗い流す。
ーーーなら、あたしがその女を見つけて腑掻っ捌いてお兄ちゃんに近づいたことを後悔させてあげる
泡が残らないように入念に洗い流す。
昨日から理解のできないことばかりの連続だ。
理解しているもつもりだった。
結局何にも分かっていなかったのだ、想いが通じ合っていたと思っていた恋人のことも、十年も時を共に過ごした義妹のことも。
嫉妬、執着、独占欲。
そんな感情が自分に向けられるなんて思ってもみなかった。
いや、違う。
思うことはあったじゃないか。
だけれども、頭の片隅に浮かぶ度に「自惚れるなだ」とか、「自分なんかが」がと劣等感が否定の言葉を囁き、それを受け入れる。
それが楽だから。
本当に鈍い。
だが、自分より自分を愛している人間のことを理解することなんて出来ようか。
嗚呼、いや。僕の鈍さのことはいい。
己の不甲斐なさを嘆くことは、いつでも出来る。
問題は二人の事だ。
華は綾音のことを知っているが、綾音はまだ華のことを知らない。
綾音が華に気付いた時、何をするか想像が出来ない。
しかし二人が邂逅した時、間違いなくよからぬ事が起こるだろう。
綾音の昨晩の台詞から、流血沙汰がどうしても脳裏をよぎる。
綾音はいい子だ、そんなことしないと信じたい。
でもいつもそうやって自分の気持ちや判断を押し殺してた結果がこのザマじゃないか。
何でもいい、間に合う内に手を打とう。
そうだ、取り越し苦労だったらそれでいいじゃないか。
僕が一人ピエロになるだけだ。
そこまで考えて思考が詰む。
その後、いくら考えても二人を会わせないという其の場凌ぎしか思いつかない。
「後は…」
もう一つ。
もう一つだけ、出来ることであれば避けたい方法がある。
高嶺 華と別れる。
今ならまだ華と他人に戻れるが、綾音と縁を切ることは難しい。
というより家族なんだから不可能だ。
ならば一度、華との関係を白紙に戻した後、綾音とゆっくり話し合う。
637
:
高嶺の花と放課後 第11話
:2020/01/27(月) 18:52:15 ID:QPsp6JPc
問題は二つ。
一つ目は綾音が説得に応じてくれるか。
二つ目はそもそも華が僕と別れてくれるのか。
華と交際を始めてまだ一月も経っていない。
彼女に話し始めたのは六月の梅雨の時期だったが、毎日言葉を交わすわけでもなければ偶の放課後に少し関わる程度。
高嶺の華だと、遠くに咲き誇るものだと眺めていだ時間の方がよっぽど長い気がする。
未だ、彼女のことを分かっちゃいない、これからもっと知らなければならない。
彼女にふさわしい男にならなくちゃいけない。
ただ、彼女と別れれば
ーーー楽になるのかな
そう考えてしまった。
溢れかけた思考を閉じるように僕は、シャワーの蛇口を捻る。
「ははは…情けないな僕」
浴室の曇った鏡は、今自分がどんな顔をしているかも写しはしない。
湯冷めしない内にと脱衣所に戻り、早々に体を拭く。
もう少し、肯定的な思考になろう。
きっともっといい方法がある。
破局は本当に最後の手段として取るべきだし、同時にあってはならない手段だ。
自室へと戻り、制服へと着替えていく。
ワイシャツの袖を通した時に、ベッドへと放り投げた携帯を思い出し、それを手に取りロックを解除する。
百は超えた連絡を最初から遡り、確認していく。
『家に着いた?』
『着いたら連絡、欲しいな』
『まだスマホ見てないの?』
『どうしたの?』
『心配なの』
『すき』
『もう家に着いたんでしょ?』
『わたしわかるよ』
『無視しないで』
『ねぇ』
『連絡ちょうだい』
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
連絡の大半は、僕に対する返信の催促や不在着信の知らせるメッセージだった。
それらのメッセージは日付が変わるまで延々と続いていた。
彼女からの最後のメッセージは
『起きたら電話して』
こう綴ってあった。
時刻はもう直ぐ六時半を迎えようとしている。
秋の日の出をとうに過ぎだ時刻ではあるが、電話をかけるには少々迷惑だと思える時刻だ。
それも承知の上で、連絡を送ってきたのだとは思うのだが。
結局、綾音が起きたら電話もままならのではないかと考えた僕は、彼女の数多の連絡に気が付かず寝ていたという罪悪感もあり、鼻に電話をかけてみることにする。
まだ朝早いし、無理に起こしてはいけないだろうから、五秒かけて出なかったら電話を切ろうか。
そこまで考えたあと、すぐに繋がった。
638
:
高嶺の花と放課後 第11話
:2020/01/27(月) 18:53:00 ID:QPsp6JPc
『もしもし…』
寝起きの彼女の声に、場違いな感情が湧いてくる。
「おはよう。ごめんね、無理に起こしちゃったかな」
『んーん。それはいいの、私がお願いしたことだから。それよりも遍、なんで昨日お返事くれなかったの?』
「それもごめん。昨日、なんだか疲れてたみたいで帰ってすぐに寝ちゃったんだ」
『お家帰るまで一度もケータイ見ないで?』
「ごめん、あんまり携帯を見る習慣がなくて気が付かなかったんだ。謝ってばかりだね」
『遍はもっとケータイ見て。もっと私と繋がって。私、遍と離れただけで胸が苦しくて苦しくてたまらないの』
「ごめん、これからもっとこまめに返信するよ」
『ほんと?ちゃんとお返事してね。やくそくだよ』
「うん約束する」
また一つ、約束ができる。
『…ねぇ、今日文化祭だね』
「ああ、そうだね」
『…本当はいろんな出店に遍と見て回りたかった。いろんな遍の顔を見てみたかった』
申し訳なさで僕は、言葉を返せなかった。
『でも今日は我慢する。明日も我慢する。だからさ、来週はデート…しようよ』
「でも…来週は確か中間考査の直前のはずだよ」
『むぅ…。じゃあお家デートしようよお家デート。イチャイチャしながら、私が勉強教えてあげる…ね?』
「あ…それはいいんだけど僕の家はちょっと…」
そんな綾音と華を鉢合わせるような真似はできない。
なんとかして回避する案を模索する。
『ん?いいよ、私の家でやろ。うちの親は土日が逆に仕事あって基本いないんだぁ』
どうやら下手な言い訳を探さないで済みそうだ。
「そうしたら土曜日と日曜日どちらにしようか」
『え?土曜日も日曜日もどっちもでしょ?何を言っているの遍?』
まただ。
また彼女と僕の思想がズレている。
『二日も文化祭一緒回れないんだから二日デートしなきゃ割りに合わないよ。ううんむしろ足りないくらい。あ!そうだ、遍うち泊まっていく?』
「え?」
『そうだよ、それがいいよ。そしたらいっぱいいっぱい一緒にいられるし、ね?』
「外泊はどうだろう…。ほ、ほら華の両親は仕事って言ってたけど夜は帰ってくるのだろう?やはり迷惑がかかるんじゃあないかな」
『ううん、迷惑なんてかかんないよ。それに夜もうちにいないことの方が多いし』
嗚呼、駄目だ。
断る理由が、不自然なものしか見当たらない。
まるで泊まりたくないと言ってるみたいに。
「うん、分かった。来週末、華の家にお邪魔させていただくよ」
『うんうん。じゃあ詳しいことはまたあとでライン、するね?』
強調された語尾は、先ほどの約束を彷彿とさせる。
『じゃあ私もそろそろ支度しなくちゃ。じゃあまた学校でね、愛してる』
「…僕もだよ」
僕の返答に満足したのか、通話はそこで切られる。
右耳にかけていたスマートフォンを下ろす。
恋は難しいって誰かが言ってた。
でもそれは叶える前と叶えた後、はたしてどちらのことを言っていたのだろう。
639
:
高嶺の花と放課後 第11話
:2020/01/27(月) 18:54:38 ID:QPsp6JPc
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
憂鬱な気持ちとは対照に、見事な秋晴が広がっている。
それもそうだと思う。
僕一人の気持ちを毎日空が表すわけがないし、なんなら今日、羽紅高校の生徒に限ってはこの晴れ晴れとした空と同じ気持ちの者の方が多いことだろう。
今日は一年に一度の祭典なのだから。
「どうしたのお兄ちゃん?そんなに空見てぼけ〜ってして」
「え?はは…ああ、そうだね。ただ単に見事なまでな快晴だと思ってね」
「確かに雲ひとつないね。こういう空ってお兄ちゃんなんて言うの?」
「なんて言う?ああ、そうだね。菊日和とか言うんじゃあないかな」
「え〜、違う違う。小説だったらどんな表現するのってこと」
「小説だったら?うーん、『空さへもなんだかがらんとして』とかかな」
「今度は急に分かんなくなったよぉ…」
「あれ?知らない?宮沢賢治の『ひかりの素足』」
「んー!それも違うってば!お兄ちゃんだったらどう表現するのってこと!」
成る程、そういうことか。
はて、僕だったらどう表現するんだろう…。
「そうだね…、何一つ穢れのない鮮やかな青藍、でどうかな?」
「わぁ、なんだか素敵な表現みたい…。いいねぇ、穢れのないってところが特に」
学舎へと向かう二人の歩調が同調する。
僕の右腕から、温もりと重みが絡みつくのを感じる。
「綾音?」
「ん?なーに?」
「ああ、いや。何でもないや」
「変なお兄ちゃん」
片腕から感じる柔らかな感覚。
いつか感じた寒気にも似た感覚。
今ならはっきりと知覚できる。
いや、まだ決まったわけじゃない。
これも、昨日の歪な想いもブラザーコンプレックスの延長戦にあるだけかもしれない。
少し行き過ぎた兄妹愛。
男女愛と決めつけるのはまだ早い。
違う、そうやっていつも鈍い方へと思考を偏らせるじゃないか。
さっき反省したばかりじゃないか。
歩みながら戒める。
「あれ?不知火じゃん」
不意に女子生徒の声がする。
まさか通学中に声をかけられるとは思ってもみなかったため、先程までの思考が白紙に戻りそうになる。
ああでも、綾音も不知火だ。
綾音の知人が声をかけたのかもしれない。
その考えが間違ってたことは女子生徒の顔を見ればすぐに分かった。
「やあ、荻原さん。おはよう」
「よっ」
まさか昨日の今日で名前を忘れたりはしない。
荻原 紗凪。
女子生徒の名を思い出すと突如に右腕から痺れ、軋みを感じる。
「ところで、そっちはもしかして不知火の彼女か?」
640
:
高嶺の花と放課後 第11話
:2020/01/27(月) 18:55:16 ID:QPsp6JPc
「え?…いや、綾音は」
「はいそうです、おはようございます、先輩。いつも遍がお世話になってます」
綾音は笑みを浮かべて答える。
僕が一度だって見たことのない笑みで。
「先輩って…。年下か?その娘。案外やることやってんな不知火」
「いや、待ってくれ荻原さん。綾音は」
そこまで言いかけた時、右腕の痺れと軋みがより一層激しくなった。
言葉が続かなくなり、綾音へと視線を移す。
綾音はただ無言で僕を見ていた。
その眼はひどく暗く深い、昨晩に見た己が彼女の瞳と似ている。
「隅に置けないとか言うんだっけ?こういうの。いやしかし、彼女がいるなら尚更昨日は悪かったな」
「…昨日?昨日なにがあったんですか?」
「まぁちょっと複雑なんだけどよ、結論から言うと不知火に擬似的な告白をしてもらったんだよ」
綾音の笑みに亀裂が走る。
「流れっていうか、本当はその場にいた桐生っていう別の男子に告白してもらいたかったんだけどな」
「話がよく見えてこないんですけどなんでわざわざそんな嘘の告白したんですか?」
「んー告白させた相手が…知ってるかな、高嶺 華ってやつなんだけどそいつと桐生が付き合ってんじゃねーかって噂が前からあってな。そんで桐生に気がある、恵っていうあたしの友達が噂が本当かどうか調べたくてやった茶番なんだ」
「高嶺 華って…ああ、あの」
心臓が息をひそめる。
綾音の口ぶりだと華のことをすでに認知しているようだった。
「ま、結果は桐生に別の彼女がいたって、なんとも残酷な結果だったんだけどな」
「で」
「ん?」
「で、結果はどうだったんですか?」
「いや、だから桐生には彼女が…」
「そっちじゃないです」
「…あー、あはは…。そうだよな、彼女としてはこっちが気になるよな」
こっち、と口にした時に僕と目があったのは言うまでもないことだろう。
「それがさ、よくわかんなかったんだよな。ほとんど二人同時に告白したような感すじだけど華のやつ、返事もせず固まってただけだっんだ」
「固まってただけ?よく分からないですね、その手のことに及んでは百戦錬磨のような方が固まってただけなんて」
「…まー、あんなよく分からないカタチで告られたのは流石に初めてだったんじゃないかな。つーか、やっぱ華のこと一年も知ってるんだな」
「はい、よく噂は聞きますよ。誰も手が届かない高嶺の花が二年生に咲いてると」
「流石だなぁ。…っとまぁお二人仲良く学校向かってるところ邪魔して悪かったな。あたしは先に学校に向かうことにするわ。また後でな、不知火」
「あの…ああ、うん。また後で」
結局、誤解は解けずに荻原さんは強い歩調で僕らの先を向かっていった。
641
:
高嶺の花と放課後 第11話
:2020/01/27(月) 18:56:29 ID:QPsp6JPc
「…うーん、アイツじゃなかったな。少し匂いが違う。それにあんなガサツそうな女がお兄ちゃんに合うわけがない」
「あ、綾音。少し腕を緩めてはくれないか?指先が痺れてきたんだ」
しかし、僕の願いは聞き入れられるどころか、寧ろさらに強く右腕が締め付けれられていく。
「…お兄ちゃん、告白したんだ。ふぅん。しかもよりにもよってあんな碌でもなさそうな女に」
「い、痛いよ綾音」
「どうせ顔がいいだけの売女でしょ。色んな男に寄って集られていい気分になって」
「あ、綾音。幾ら何でも人のことそんな風に悪く言っちゃ駄目だ」
どんなに情けなくても僕は高嶺 華の彼氏だ。
彼女の悪口を黙って聞き流すことはしてはならないと静止する。
「なに?お兄ちゃんもあの女を庇うの?顔がいいから?むかつく……むかつく…むかつく、むかつく!むかつく!!!!お兄ちゃんからの告白なんてどうせなんとも思ってないんだよあいつ!ああもう!!あたしが欲しくて欲しくて堪らないものなのに!どうせあいつには数ある一つでしかないんだよ!むかつく!!!!!」
澄み切った秋の朝に怒号が響く。
綾音の怒りの止め方がわからない。
しかしこのまま黙っていられるほど、僕の腕に余裕はなかった。
「…綾音!いい加減にしなさい!朝なんだからそんなに叫んだら近所迷惑になるし、そもそも会ったこともない人の悪口も良くない!それに僕の腕も千切れそうだ」
口にしておいて随分とまぁ、ちぐはぐな説教だなと思う。
それもそうだ、綾音に怒鳴るなんてもう記憶にないくらい昔のことだからだ。
「…あっ、ごめんなさい…」
先程の憤怒はどこへやら。
随分と久しく怒鳴られた綾音は、その瞳を震わせながら腕を解いた。
指先に血が巡るのを感じる。
今周りに人がいないのが幸いだ。
少々風変わりな兄妹喧嘩を見られないで済んだ。
「…おに……んに……れた…。…いつ…せいだ。…かつく、む…つ…」
右腕に血を与える代償に、今度は俯いたまま、独り言を唱えるようになってしまった。
それにしても、会ったわけでも話したわけでもないのにあの有様。
恋人だと紹介した暁には、どうなるか分かったものではない。
楽天的な性分ではない故、あまりあてにしてはなかった解決案である『義妹と彼女の和解』というのはどうやら無理そうだ。
綾音も歩みを止めたわけではないので、そのまま学舎へと向かう。
先程まで同調していた歩調は今では不協和音を奏でている始末。
全て何事も穏便に済ませる方法はないのだろうか。
何とも居心地の悪くなってしまった通学路を歩く。
642
:
高嶺の花と放課後 第11話
:2020/01/27(月) 18:57:10 ID:QPsp6JPc
歩く。
止まる。
歩く。
その繰り返し。
結局そのまま綾音と僕が言葉を交わすことなく羽紅高校へ辿り着いた。
普段の登校時刻よりかは幾分か遅い時間なのだが、それでも一般的な登校時刻よりは随分と早い。
それだというのに生徒たちの賑わいがちらほらと聞こえてくるのは今日が祭りの日だという証拠であった。
流石にここまで辿り着いたからか、綾音の独り言はすっかり止んだようだった。
相変わらず俯いていることには変わりないのだが。
「綾音」
俯きながら歩いていた綾音はピクリと止まる。
僕はそっと綾音の頭に手を乗せる。
「さっきは僕も言い過ぎたよ。ごめんね」
先程から悔いていた気持ちを口にする。
「おにい…ちゃん」
ぎこちない手つきで綾音の頭を撫でる。
これもまた最後にしたのがいつだったのか覚えていない行動であった。
俯いていた綾音の顔が、瞳が徐々に上へ、僕へ向けられる。
「…。…い、いつまで頭撫でてるの!あたしもう子供じゃないんだよ!」
少し頰を紅潮させ僕の手を振り払う。
「あれ、駄目だったかい?昔はよく綾音にやってたような気がしてたんだけど」
「だから昔は昔でしょ!もう子供扱いはやめてよね!それにお兄ちゃん最近全然撫でてくれなかったから下手になりすぎ!」
撫でないで欲しいのか撫でて欲しくないのか。
本音がよく分からないことを言う。
何にしても、いつもの綾音に戻ったような気がして僕も安堵の気持ちが芽生える。
「はぁ、せっかくの文化祭なんだしイライラしてもしょうがないよね。…それじゃあお兄ちゃん、朝の出欠確認終わったら校門で集合ね」
「分かったよ。迷子にならないようにね」
「あー!また子供扱いしてる!」
「ははは、ごめんごめん」
懐いてくれる義妹を可愛らしく思う。
そんな関係が心地よくて僕は十年も兄を演じてきた。
演じてきたつもりだった。
確かに兄妹になった時、綾音は確か六歳だったか。
出会った時の小さな綾音を僕よりひととせしか変わらないというのに幼く感じすぎていたのかもしれない。
僕を"義兄"としては受け入れることができても"兄"としては受け入れるにはもう難しい年頃だったのではないか。
僕は綾音を本当の妹のように思ってきた。
綾音も僕のことを本当の兄だと思っているのではないかと思い込んでいた。
でも綾音が僕を義兄として見るか、異性として見るかは綾音が決めることだ。
もしかすると僕らが兄妹になるには僅かに遅かったのかもしれない。
かと言って誰かがどうこうできたわけでなければ、誰も悪くはない。
少なくても僕は綾音をずっと妹だと思ってきた。
今更、一人の女の子として見るのは無理だ。
だから、やはり、もし、綾音が僕のことを一人の異性として見てるなら、その想いを受け入れることはできないし、その気持ちを諦めるように説得するべきなのだろう。
どうかただの僕の自惚れであってほしい。
643
:
高嶺の花と放課後 第11話
:2020/01/27(月) 18:57:50 ID:QPsp6JPc
「じゃあまた後でね」
「うん、また」
再会の約束をしたのち下駄箱にて僕らは別れる。
自分の下駄箱へと向かい小さな扉を開けるとなにやらビニール袋に包まれたものがそこにあった。
「…なんだろう」
何重にも包まれたものビニール袋を一つずつ外していく。
四枚ほど外した時に一体何が包まれていたのかが分かるようになった。
「これは…」
弁当箱だ。
重さといい温もりといい中身が入っていることは明白だった。
見た目は薄いピンク色の弁当箱で、一体全体何故こんなものが入っているのか分からなかった。
「サプラーイズ」
僕の左耳に誰かが囁いた。
驚いた僕はその誰かから離れるように振り向いた。
「ひどいなぁ…。そんな顔しないでよ。あなたの彼女だよ?」
「お、驚かさないでよ、華」
華、と口にしてから慌てて周りの様子を伺う。
こんなところを誰かに、特に綾音に見られたりしたらどうなってしまうのか分かったものではない。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。誰かが来てもただのクラスメイトの会話ってことにすればいいんだから」
それよりも、と彼女は続ける。
「それね、私の手作りお弁当なんだぁ」
僕の右手に握られているのが得体の知れないものから彼女のお手製弁当へと様変わりした。
「そうなのかい?ありがとうすごく嬉しいよ。…でもどうして?」
「どうしてって、遍今日出店の食べ物とか食べるでしょ?もしかしたら何処ぞの女が作ったかも分からないものを食べるかもしれないし、そんなもの食べたら遍の体が穢れてしまうし、だから私の愛が詰まったお弁当で遍の穢れを浄化しなきゃ」
「穢れってそんな…」
そんな言い方はないのではないか?
そう言おうと思ったが言えなかった。
綾音には言えたのに華には言えなかった。
「まぁそもそも、遍に私のお弁当食べさせたいってずっと思ってたし。いいよね?これからは毎日、遍のお弁当私が作って」
「気持ちは嬉しいだけれども、毎日は流石に大変なんじゃあないかい?」
「ううん、大変じゃないよ。むしろ私が作りたいの。毎日毎日毎日、愛を、愛情を込めて作った弁当を遍が食べてくれたら、私の愛が遍の体内に入っていくってことでしょ?そんなの…、素敵すぎて言葉にならないよ」
紅潮させた両頬に手を当てる華。
644
:
高嶺の花と放課後 第11話
:2020/01/27(月) 18:58:21 ID:QPsp6JPc
まただ。
理由のある愛を求める僕と理由のない愛を与えてくる彼女。
僕の自己肯定の弱さと彼女の愛情の強さが噛み合わない歯車となって僕の心を歪めていく。
「じゃあ華が作ってくれるなら、僕はそれを毎日楽しみにした方がいいかな」
「うん!楽しみにしてて!ほんとに料理には自信あるし、冷凍食品なんて愛のないものは入れないからね!」
「あ、はは。華の愛なら解凍してしまいかねないよね。楽しみしてるよ、じゃあそろそろ」
いつ誰に見られるか分かった状況ではないため、早々に切り上げたい僕は、やや不自然な会話の切り方をし、踵を返す。
「まって」
その言葉が聞こえた時と僕の左腕を引かれたのは同時のことだった。
そして彼女の唇と僕の唇が触れ合ったのは、それより少し後のことだった。
「…ッ。愛してるよ遍」
僕の瞳を覗きながらまた囁く。
キスをされたことに気づいた時、僕は慌てて周りの様子を伺う。
誰かに見られた様子はなさそうだが、保証はない。
「…話が違うじゃないか」
「約束は守ってるよ。誰にも私たちのこと言ってない。それに…誰も見てないよ」
確証がないのになぜそんなにも自信に溢れているのか、自信のない僕にはわからない。
もう一度、強引に踵を返す。
「今回は見られてないかもしれないけど、いつ誰が見るか分からないから、今後はこういうことは控えてほしいんだ。約束…だから」
「はーいっ。ごめんね、遍。次から気をつけるからっ」
強引に会話を切り上げた僕の背中から聴こえてきたのは、いつかの日に聞いた穢れのない無邪気な少女の声だった。
645
:
高嶺の花と放課後 第11話
:2020/01/27(月) 19:01:33 ID:QPsp6JPc
以上で投下終了します。
ざっと最終話までのプロットくんで大体残り8話くらいの計算になったんですが、文化祭の1日目で1話使おうと思ったら1日目の朝で終わりました。プロットはあんまりあてにならないですね←
なのでもう少しだけお付き合いください。また12話でお会いしましょう
646
:
雌豚のにおい@774人目
:2020/01/29(水) 19:16:12 ID:wxI/KO7I
乙です
すごく良い
647
:
雌豚のにおい@774人目
:2020/01/30(木) 07:56:38 ID:yPtrlXQk
乙ですやったヤンデレ2人分読めたぞ
2人を会わせたらとにかくまずいしどっちも引く気はないしで読んでてハラハラする
648
:
◆ZUNa78GuQc
:2020/02/11(火) 13:28:38 ID:/Ln2JSgo
テスト
649
:
◆lSx6T.AFVo
:2020/02/11(火) 13:32:07 ID:/Ln2JSgo
お久しぶりです。
『彼女にNOと言わせる方法』の番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編)を投稿します。
650
:
番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編)
:2020/02/11(火) 13:32:48 ID:/Ln2JSgo
「なぁ、せっくすって知っているか」
放課後、後ろの棚からランドセルを取り出していると、横から急に声をかけられた。
見上げると、立っているのは横にも縦にも巨大な男子であった。身に着けている迷彩柄のタンクトップはパツンパツンに張りつめて悲鳴を上げ、偉そうに組まれた腕は樽のように太い。
訳知り顔で見下ろしてはいるが、瞳には知性の欠片もなく、ハリボテの城、という言葉が頭に浮かぶ。
「入るクラスを間違えているぞ、エリィ。もう秋になるんだから、いい加減に自分のクラスくらい覚えろ。ここは三組、そしてお前さんは四組。あんだーすたんど?」
「クラスは間違えてねえよ! あと、そのエリィって呼び方はやめろって前から言っているだろ」
と言って、彼はその妙に長い襟足を左右に揺らした。キューティクルがベストコンディションなのが最高に腹立つ。たぶん『襟足・長い』で画像検索したらトップにコイツが出てくる。これ以上、検索エンジンを汚すのはやめろ。
「なんかあれだよな、日曜日にスウェットで出歩いているだらしない両親に挟まれた息子って感じの髪型だよな、それ」
「俺の両親に謝れ!」
本当にその通りだったみたいなので、なんともコメントしづらい。
「ぼ、僕は、わ、悪くないと思うよ、ほら、人の目を気にしない唯我独尊の人って感じがしてさ……」
「へたくそなフォローはやめろ。目元が大爆笑してるぞ、口元がひくついてんぞ」
「で、なにしにきたのよ。もう帰るところなんだけど」
「お前に会いに来たんだよ」
言葉だけを切り取れば情熱的なセリフだが、むさ苦しいヤンキー予備軍の男子に言われても殺意しかわかない。
エリィは小憎らしい笑みを浮かべ、
「んで、話を戻すが、さっきの質問の答えは?」
「耳にしたことはある」
嘘だった。知らない言葉だった。いや、どっかで耳にしたことはある気がするが、それが何の意味を持つのかはさっぱりだった。だけど、正直に申述して目の前の阿呆男子に無知をさらすのはなんとなく悔しくて、曖昧な回答で誤魔化す。
「へっへーん。ま、おバカの〇〇にはわからんだろうよ」
「底辺同士が知識量で争うのは虚しくならんかね」
僕の苦言は耳に入っていないようで、エリィは得意げに鼻をこすっている。さすが問題児、人の話を聞かない。
やれやれと肩をすくめる。
651
:
番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編)
:2020/02/11(火) 13:33:17 ID:/Ln2JSgo
このはた迷惑な巨漢の名前はエリィという。
隣のクラスの悪童で、時折、彼の悪行が風の噂で流れてくるから、学内の知名度はそこそこあるだろう。
ま、悪行つっても、どれもこれもしょーもないイタズラばかりだ。
カツラ疑惑のあった一組の担任教師に黒板消し落としトラップを仕組んだり、学校のマドンナに恋をするピュア男子相手にニセのラブレターを送ったりとかそんなん。
ちなみに、一組の担任は本当にカツラだったし、校舎裏に呼び出された男子は背後から現れたエリィを見て号泣したらしい。やっぱ悪童だな、コイツ。
そして、問題児同士ってのは何かと顔を合わせやすい。
ガミガミ説教されている最中に、ふと横を見ると、同じくガミガミ説教されているエリィがいる。そんな場面が何度もあった。
その度に、まーたアイツか。若い時分からあんな頻度でやらかしているなんて。きっとロクな大人にならないんだろうな、とか思っていた。
「〇〇にだけは言われたくねえよ」
その遭遇率も手伝ってか、今まで一度も同じクラスになったことないのに、エリィとは自然と知己を得ることとなり、今のような奇妙な関係を築いてしまったというわけだ。たぶん、こんな繋がりはさっさと切り捨ててしまった方が僕のためになるのだろう。
「よく言うぜ。絡んでくるのは、いつもそっちからだろう」
ご明察。
生憎と小生、奇人変人が大好きなのだから仕方がないでござろう。
「〇〇、放課後は暇だろう」
「暇じゃないよ。これから河川敷に草野球をしにいくんだ。最近は、隣町の学校のやつも参加してくれているから、ついに外野を配置できるようになったんだぜ。良かったらエリィも来いよ」
「野球はまた今度だ」
「なら、サヨナラだ」
と、ランドセルを背負って帰ろうとすると、ロックし忘れてだらしなく垂れていたカブセを掴まれた。
「やめい、教科書が落ちるだろう」
「お前のランドセルに教科書が入っているわけないだろう。始業式の時からずっと置き勉だろうが」
「あ? さっきからなんだお前その態度は。僕に対してこれ以上、無礼な行いを続けるのならば、氷の女王にお願いして学校から追放させっかんなマジで。なんせ、俺と女王はマブだからよぉ……」
「脅し方が生々しいな。そして、あくまで他力本願的で自分の手を汚さないところが実に〇〇らしい……」
同じ穴のムジナにまで引かれてしまった。心外である。
ま、そもそも僕と氷の女王さまの間に、関係らしい関係はない。強いて言えば無関係。たぶん、僕のことを路傍の石程度にしか認識していないだろう。
652
:
番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編)
:2020/02/11(火) 13:33:45 ID:/Ln2JSgo
「わかった、降参。その、桃の節句? だっけか。僕にはわからんよ、答えを教えてくれ」
「どうして、ひな祭りになるんだよ。せっく、じゃなくて、せっくすだよ」
「どっちでもいいわい。んで、意味は?」
「俺もよく知らない」
「おい」
「だから、その正体を確認しようってわけよ」
彼が浮かべる下卑た笑みを見て、「あ、ろくなことじゃないんだな」と一瞬で理解できた。こやつはきっと、不健全極まりないことを仕出かそうとしている。僕を悪の道に引き込もうとしている。
「元から悪だろうよ」
勘弁してほしい。模範的な健全ボーイの僕にはそんな道は相応しくない。不埒で爛れた放課後よりも、汗水垂らして白球を追いかけている爽やかな放課後が似合うに決まっている。
「ありもしない虚像をつくりあげるな」
といって、太い腕を僕の首に絡ませてくる。
「いつも死んだ魚みたいな目をしているくせに、何が爽やかな放課後だ。今さら、健全な道を歩もうたって、そうはいかんぞ」
「失礼極まりないな。そもそも僕の目をパクっているのは魚さんサイドであって、なんならライセンス使用料を徴取したいくらいだよ」
ギブギブ、と彼の腕をタップしながら考える。
……そうだなぁ。
たまにはエリィと遊んでやるのもいいかもしれない。最近はかまってあげられなかったし。飼い犬だって、しばらく散歩しないでいるとストレスがたまって反抗的になるっていうしな。ここらでガス抜きしておかないと。
「誰が飼い犬じゃい」
と、腕の力がぐっと強くなる。
僕はわあわあ叫びながら、タップする手を速めたのだった。
学校から商店街の方へ向かう道すがら、ちょっとした大きさの公園がある。
いかにも寂れた感じの公園で、まともな遊具はひとつもなく、公園らしい要素といえばすみっこに設けられた砂場くらいだった。
だが、その砂場でさえも、長らく遊び手を失っているせいで砂がカチカチに固まっており、雑草まで生えている始末。
ベンチも木目が荒くて肌をチクチク刺すので、ご年配の方の憩いの場としてさえ機能していない。子どもにも大人にも見放された、ヒューっと木枯らしが吹く様がよく似合う、まさに場末といった公園であった。
その入り口付近に、ふたりの男子が立っていた。
両者とも鼻が低い、のっぺりとした顔立ちをしていて、黒目がやたらと大きく、黒豆を想起させるような、つぶらな瞳が印象的だった。いわゆるおぼっちゃん刈りと呼ばれるその髪型は、近所の床屋で整えてもらったものだろう。
653
:
番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編)
:2020/02/11(火) 13:34:12 ID:/Ln2JSgo
見覚えがあった。たしか、同じ学年の生徒だ。エリィと同じ隣のクラスの……。
「名前はなんだっけな……喉のあたりまで出かかっているんだけどな……たしか双子の……」
「「双子じゃないから」」
ハモって否定された。どうやら双子じゃないらしい。
……え? マジで? こんなに似ているのに? もはやクローンってレベルで同じなのに?
「……わ、悪い悪い。顔立ちも似ているし、勘違いしていたよ。僕は〇〇っていうんだ。おふたりさんの名前は」
「荻野だよ」
「萩野だよ」
「やっぱり双子じゃないか」
「「双子じゃないから!」」
ハモって否定された。どうやら双子じゃないらしい。
……え? マジで? こんなに息ぴったりなのに? 数年後くらいに、ふたりは実は幼い時に生き別れた双子の兄弟だったという驚愕の事実が判明しそうな気がするけど割とどうでもいいし全然興味が持てないし誰も得しなさそうなので終わりにしようそうしよう。
「今日は、この四人で作戦を決行する」
「作戦ってほど、たいそうなものでもないけどね」
萩野くん(荻野くんかもしれない)が冷静に指摘する。
僕は帰りたい気持ちを必死に押さえつけて訊く。
「エリィ、これから何をするのか端的に話せ。くれぐれも作戦名とか、うざったい要素は付け加えるなよ」
「わかったわかった」
質問を受けて、エリィは空っぽのランドセルから、一枚の円盤を取り出した。西日を反射して目にまぶしかったので、射光を手で遮る。
「せっくすの秘密は、これをみれば判明する」
彼は、ふふんと鼻を鳴らし、得意げに話し始めた。
事の顛末はこうだ。
ある日の放課後、エリィ少年はトボトボと帰り道を歩いていた。たくましい身体を猫背にして終始ため息を吐きながら、何やら憂鬱なご様子。
なぜなら、返却された算数のテストが二十二点と惨憺たる結果であったからだ(ちなみに僕は十八点だった)。
エリィの両親は、お世辞にも頭がよろしいとは言い難かったが、子の勉強面に関するしつけはやたらと厳しかった。
勉学では堕落していたであろう自身の少年少女期のことはすっかりとわきに追いやって子を責め立てるのはいかがなものか、というエリィ少年の至極真っ当な指摘には耳を貸さないだろうし、仮に口にしたらチョークスリーパーを決められることは明らかであった。
途方に暮れていた彼は、自宅への近道である住宅街裏の空き地を歩いている途中に、悪魔のささやきを聞く。
654
:
番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編)
:2020/02/11(火) 13:34:38 ID:/Ln2JSgo
——この残念テストを捨ててしまえばいい。
悪童という生き物はとかく悪の道に堕ちやすく、エリィ少年は即座に助言に従い、ランドセルからテストを抜き出すと、くしゃくしゃに丸めて草むらに投げてしまった。
満足感を胸に立ち去ろうとしたが、この少年、妙に律儀なところがあり、「でもポイ捨てするのは良くないよな」と思い立ち、捨てたテストを回収しに草むらに分け入っていった。
そして、つま先に何かを小突く感触。
視線を下げると、幾多の雨に曝され日焼けを繰り返した、カピカピに干からびた成人誌があった。表紙の色は薄れ、文字は輪郭を失い、ページは反り返っているうえに所々くっついてしまっていた。
まともに読むことができなさそうな一品であったが、羞恥心の入り混じった好奇心からそれを蹴り上げてみると、表紙がめくれ、一枚の円盤がフリスビーのように地面を滑空した。
「それがこれってわけよ」
穴の部分に指を差し込み、見せびらかすように僕らに見せた。
「ってことは、それはつまりエロエロな代物ってことかい」
荻野くん(萩野くんかもしれない)が顔を赤らめて、わなわなと震えている。どうやら事前に聞かされていなかったらしい。同じく初耳だった僕も無言で抗議の視線をよこすが、問題児はどこ吹く風で、
「おうよ。ま、俺らも高学年になるし、そろそろ大人の秘密も知っておくべきだろ」
「でも、こういうのはよくないって先生が」
「先公がなんだよ。もしかして萩野、ビビッてんのか」
「び、ビビッてはないさ。あと、ぼくは萩野じゃなくて荻野なんだけど……」
相変わらず紛らわしいな、とボヤキながら荻野くんじゃない方に目をやり、
「ところで萩野、例のブツは持ってきたか」
「一応」
「よし、それじゃあ場所を変えよう」
公園の中心に、ボーリング球を半分に切って、ところどころに大小の穴を開けたような謎のオブジェがある。
僕たち四人はその中に入り、円形になって座った。
秋になったとはいえ、まだまだ夏のしっぽが飛び出ているような時期である。オブジェの中はムッとした空気に包まれていて、男子四人が密集するのには精神衛生上よろしくない環境だった。
「今日は一日中ヒヤヒヤしていたよ。見つかったら没収だしね」
そう言いながら萩野くんがランドセルから取り出したのは、二つ折りのポータブルDVDプレイヤーだった。一目で安物とわかるプラスチック製のそれは、かなり傷んでいるように見える。
「兄貴の部屋から持ってきたんだ。古いけど、電池も取り換えておいたし、問題なく起動できるよ」
セッティングを始める萩野くんを一瞥してから、僕は横に座る荻野くんをじっと見つめる。
655
:
番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編)
:2020/02/11(火) 13:35:08 ID:/Ln2JSgo
「な……なんだい、〇〇くん。ぼくのことを凝視して」
「いや、それで荻野くんは何を持ってきたのかなって」
「いや、ぼくは別に何も……」
「は? じゃあ、何しに来たのキミは。そこはお菓子やらジュースやらを出す場面じゃないの? 無いなら、すぐに買ってきてよ」
「何も持ってきてないのはキミも一緒だろう!」
うむ、これで覚えた。萩野くんは有能で、荻野くんは無能。よっし、ようやくふたりの区別がついたぞ。
「あ、なんかディスクが入っている。多分、兄貴のかな」
口が開いたプレイヤーの中には、別のソフトが入っていた。
萩野くんは元から入っていた円盤を慎重に取り出し、ランドセルの上に置いてから、エリィの円盤をセットする。
「そもそもこれ、再生できるのかな。捨てられてから大分経っているんでしょ?」
「さあ、まだ再生していないからわかんねぇや。もしかしたら映らないかも」
「計画性皆無だなおい。せめて再生できるかくらいはチェックしなかったのか」
「う、うるせえよ。家のテレビじゃこんなもん観れないだろう」
意外とチキンだなコイツ。いや、エリィの両親がおっかなすぎるだけなのか。
「それじゃあ始めるからね」
と、萩野くんが再生ボタンを押す。
モノがチープなせいか、光度をマックスにしてもやたらと薄暗く、僕ら四人は身を寄せ合って画面を注視する必要があった。
しかし、
「始まらないね……」
▷マークを連打してみるが、画面は一向に変わらず。
悪い予感が当たってしまった。
僕は真横にいるエリィを素早く羽交い締めにした。
「よし、極刑。今から、そのうざったい襟足の断髪式を行う」
「なんでだよ、おい、離せ離せ!」
「僕の貴重な放課後を潰した罪は重いのだ」
「ハサミならあるよ」
「よくやった荻野くん。茶菓子を持ってこなかった非礼はこれでチャラにしよう。よし、エリィ。辞世の句を読め」
「だああぁ! やめろ! 他はどこ切ってもいいから襟足だけはやめろ! 襟足だけはっ!」
体格差があるのでホールドするのにも難儀する。「どうどう」と暴れ馬をなだめる武士の気持ちがわかるぜ。
656
:
番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編)
:2020/02/11(火) 13:35:56 ID:/Ln2JSgo
狭苦しい屋内闘技場で死闘を繰り広げていると、
「ねぇ、これって、せっくすって読むんじゃないの」
萩野くんが、元々プレイヤーの中に入っていたDVDの印刷面を僕らに見せる。過激でよく意味のわからない文章の中に『S』と『E』と『X』の三つのローマ字があった。しかし、悲しい哉、三人どころか四人もいるのに文殊の知恵は発動せず、低偏差値の頭は英語の読みに今いち確信が持てなかった。
「とりあえず、再生してみる?」
僕がそう提案すると、三つの頭が上下した。その肯定は知的探求心から来るものではなく、単にこのままお開きになるのは味気ないという消極的な理由からだった。特に、自身の落ち度を追及されたくないエリィはぶんぶんと頭を振っていた。
プレイヤーにDVDをセットし、蓋を閉じる。続けて電源ボタンを押すと、画面に淡い光が灯った。
後は、再生ボタンを押すだけになった。
「最後くらいは主催者に華を持たせてやるよ」
そう言って、エリィの方へプレイヤーを寄せる。
ゴクリ、と生唾を飲み込む音とともに、彼の喉仏が波打つように隆起する。
「それじゃあ……いくぞ」
爆破スイッチを押すみたいなテンションでの物言いであったので、なんとも奇妙な緊張感に包まれる。
そして震える指先が再生ボタンに触れる瞬間、
「ちょっと待ってほしい」
と、制止の声が上がった。
発言者は意外なことに萩野くんだった。彼は複雑な表情をしながら、歯切れの悪い口調で続ける。
「もしも……もしもの話なんだけどさ、これがエロエロな代物だったら、ぼくの兄貴もエロエロな人ということになるのかな」
「まあ、なるだろうな」
「ぼくの兄貴は、いつも大人しくてマジメで勉強もできて誰からも尊敬されていて、そんなエロエロな代物を持つような人じゃないんだ」
「ニュース番組のインタビューに出てくる、容疑者についての印象を話すご近所さんみたいな感じになるな。もう最後まで突き進むって決めてるんだ。水を差すんじゃない」
自分の失態をうやむやにしたいエリィは冷淡にあしらい、ボタンを押そうとすると、萩野くんがひしと腕に抱きつく。
「や、やっぱり無理だ。どうか、ご勘弁を。もし自分の兄貴がエロエロだと知ったら、今後、どんな風に接していけばいいのかわからない」
「うるせえ、引っ付くんじゃねえよ」
まとわりつく腕を振り払うと、萩野君は「よよよ」としくしく泣き出してしまった。
さすがのエリィは同情する様子を見せ、彼の肩を優しく叩く。
「安心しろ、萩野。もしお前の兄貴がエロエロな野郎だとしても、少なくともここにいる〇〇よりはマシなのは間違いない」
「こんな人間のクズと比べられたって、なんの慰みにもならないよ」
「おい、言ったな萩野くん、言ってしまったな」
657
:
番外編『エロスとブリ大根と幼馴染みと』(前編)
:2020/02/11(火) 13:36:34 ID:/Ln2JSgo
そこから、さらにひと悶着。
結局、初めの状態に戻るまでかなりの時間を要した。
十二回の延長戦まで続いた野球の試合後のように疲弊しきる中、僕は最終的な決断を下した。
「……とりあえず、見るだけ見よう。エロエロじゃない可能性もあるわけだし」
疲れ切った顔で、皆が同意する。
そして再度、四人はDVDプレイヤーに向き合うこととなった。
「それじゃあ、今度こそいくぞ」
隣であぐらをかくエリィが物々しく言った。
表情が硬いのは、禁止されているルールを破る抵抗感からだろう。
真の悪党ならば、こういう局面でも躊躇わないのだろうけど、僕やエリィみたいな小悪党には荷が重い。十八禁のアイコンを見ると、二の足を踏んでしまう。誰に迷惑をかけているわけではないのに、不安になる。
「一蓮托生だかんな」
慣れない四字熟語を使って、エリィが再生ボタンを押す。
よし、これで何かあった時はコイツに全責任を押し付けられるな。いつだって、計画を実行したヤツが一番の責任を負うのだ。ふっはっは。
何はともあれ、ようやく破廉恥な上映会の幕が上がった。
……上がらない方が良かった気がする。
658
:
◆lSx6T.AFVo
:2020/02/11(火) 13:38:08 ID:/Ln2JSgo
投稿終わります。
659
:
雌豚のにおい@774人目
:2020/02/13(木) 23:07:05 ID:GD3OkbGo
乙乙!
660
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:01:40 ID:FtphCcUY
投下します
661
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:02:10 ID:FtphCcUY
僕らのクラスの喫茶店というアイデアが採用されたのは生徒会へ出す模擬店の申請期限間際のことだった。
当然クラスTシャツだとか衣裳なんてものを用意する時間はなく、それぞれの家庭からエプロンを持ってこようということになっていた。
とはいってもそのエプロンを付けるのも初日の午前を担当する生徒だけで、おおよそクラスの四半分だ。
それでも、普段とは異なるエプロンという家庭的な風貌に浮き足立つ雰囲気を感じる。
こと高嶺の花に至っては。
「やば、高嶺。マジで何着ても似合うな」
「あいつのことだし、絶対料理とか得意そうだよな」
「それありえるな。いやー食ってみてぇなー」
クラスの男子たちの会話を聞き耳立てて盗むと、この様子だ。
改めて彼女の人気の高さが伺える。
「うちの高校の家庭科、調理実習がねぇからなぁ…。調理実習さえあれば一回は食える機会ありそうなのになー」
「ははは、お前じゃ無理無理」
「んだとー!」
彼らが食したいと望むそれは、僕の鞄の中にある。
みっともない、ちっぽけな優越感が生まれてしまう。
器が小さいと己を戒める。
662
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:03:35 ID:Wa88zeS6
「おーっす、遍っち」
背後から太一の声がした。
「おはよう、太一。遅かったじゃないか、遅刻ギリギリだよ」
「いんやぁさ、今日土曜じゃん?おれっち、目覚ましかけるの忘れちゃってさぁ…」
「つまり寝坊したということだね」
「…まぁそんなとこだ、あはは」
「まだ出欠取ってないけどほんとに時間ギリギリだよ。明日は気をつけなよ?」
「任しとけって!」
自信満々の返答に返って不安を覚え、苦笑してしまう。
太一がやってきてからすぐに担任の太田先生が締め切りだと言わんばかりに、教室へ入ってきた。
「みんな、おはよう」
太田先生の挨拶に、皆バラバラの挨拶を返していく。
「えーっと、今日は待ちに待った文化祭だけど羽目を外しすぎて、怪我をしたり、暴れたりしないようにな」
「先生ー!さすがに暴れるはないでしょー!」
どこからか茶化す声が聞こえる。
「分からんぞ?どこぞの阿呆が暴れるかもしれんからなぁ。その時は文化祭は先生が付きっきりになるからな」
「えー!!!」
クラスから笑い声が漏れる。
太田先生の台詞をどうやら冗談だと捉えたものが多いようだ。
太田先生は普段厳格でありユーモアに欠けるため、時折のそういった戯け話が嘘か真か判断が難しい。
「そうならんように最低限の秩序をもって今日と明日を過ごしなさいということだ。ほら、文化祭とはいえ立派な学校の行事だ。出欠を取るぞ、飯島」
クラスメイトたちの名前の読み上げが始まった。
あ行の名前が呼ばれて、その中で出席を確認し終えると次はか行の名前が呼ばれていく。
一人、また一人と出席していることを各々の返事で伝えていく。
そしてさ行に差し掛かる直前、か行の最後の名前が読み上げられる。
「小岩井。小岩井は今日来てるか?」
一人の女子生徒の名前。
それを読み上げられた時、浮き足立っていたクラスの雰囲気は一度、地に足をつける。
不自然な静寂が訪れる。
彼女が学校に来なくなってからもう五日経つ。
彼女の欠席が異常なものだと感じ始めてきた、そんな雰囲気を感じる。
「…まぁ、体調も万全に回復していないのかもなぁ。心配だな」
おそらく太田先生もこの雰囲気もこの雰囲気の原因も気がついているだろう。
「季節の変わり目で体調も崩しやすい時期だから、皆も体調管理しっかりするようにな。じゃあ佐藤」
小岩井さんを欠席とみなし、太一の名前が読み上げられる。
「はい」
太一の名前が読み上げられるということは、すなわち次に読み上げられるのが僕の名前だということだ。
「不知火ー」
「はい」
彼女の欠席について異常だと思っている者のうち、責任感を感じているのは僕だけだろう。
僕が彼女の想いを受け入れられなかったから。
いつもなら自惚れるなと己を戒め、それを簡単に受け入れるくせに、こういった都合が悪くなる場合だと、戒めの言葉を受け入れ難くなっている自分がいる。
どうしてこんなにも被虐的な思想に偏るのだろう。
自分の幸せを自分が一番望んでいないかのように。
663
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:04:38 ID:FtphCcUY
「…。…じゃあ最後、吉田」
「はい」
次から次へと呼ばれていった生徒の名前は、ついに最後の名前まで辿り着く。
結局このクラスにおいて、欠席はただ一人ということとなった。
「小岩井は残念だが、他の者は来れて良かった。じゃあテストも近いが今日は数少ない行事の内の一つだからしっかり楽しむようにな。それじゃあ十六時にまた教室に集まっているように、解散」
その一言を待ってましたと言わんばかりに、クラスの空気が弾けるのを感じる。
「うへぇ、テストの話は余計だよなぁ〜」
太一はすっかりテストの一言を聞くだけで、苦虫を噛み潰したような顔している。
「きっとメリハリをしっかりしろってことだよ。勉強する時はする、遊ぶ時は遊ぶ。今日明日は後者ってことさ」
「んなこたぁ、分かってるんだけどさー、やーっぱ、勉強はどうもやりたくないんだよなぁー」
「ははは、そうだね。ほらでも今日は楽しもうよ」
「そうだなぁ。遍っちどっか行きたいことあるか?」
太一にそう聞かれてからしまったと思った。
「あ…ごめん。初日の午前中は綾音と周ろうって約束してて」
苦虫を噛み潰したような表情から剣呑を孕んだ表情へ変わりゆく。
「おい!こら!このシスコン!友達よりも妹か!?というか文化祭まで仲良しこよしか!?」
割と大きな声で僕を責め立てて行く。
「ちょ、ちょっと落ち着いて。別にいいじゃないか、兄妹同じ学校だしちょっとくらい一緒に回ったって」
「いいや、普通じゃないね!文化祭を一緒見て回る兄妹は普通じゃない!」
勢いこそまくし立ててはいるが、雰囲気からは全くもって怒りを感じず、半分本心半分冗談として捉えるべきなのだろう。
けれど、太一の言う普通じゃない、という言葉を割れたガラスの破片の様になって、僕の胸に突き刺さる。
心臓が悲鳴をあげ、反論の句が告げられない。
その間も太一は大きな声を僕に浴びせていく。
徐々にクラスメイトたちの視線と注目が集まるのを感じる。
「みんなも見てるし落ち着いて太一。ならさ、太一も一緒に回ろうよ、綾音とさ」
クラス全体とは言わないが、すで周囲の生徒たちが、僕たちに注目をしているため、なんとか太一の勢いを制止しようとする。
自分で言ってから気がつく。
そうだ、別に綾音と二人っきりで回る必要はないのだと。
「…綾音ちゃんと?ふむ…よかろう」
よかった、太一の勢いにもブレーキがかかった様だ。
注目していた生徒たちも学友達の戯れと分かるや否や、既に各々の興味を文化祭へと向けていた。
幸い、周囲の生徒達以外はあまり見ていなかった様だと、一通り確認をする。
確認し終え、大丈夫そうだなと、安堵の気持ちが湧く。
が確認の時に感じた、一つの違和感。
もうすぐで安堵の気持ちで満たされるところを、一つの違和感がそれを食い止める。
もう一度、もう一度だけ、違和感の元へ、『高嶺の花』へと向ける。
「…っ」
やはりだ。
見ている。
あの黒い瞳で。
数秒かあるいは刹那とも呼べる間、僕と目を合わせた後、彼女は手元にあるスマホへと視線を下ろした。
その動作で、今朝方交わした約束を、脳裡から引きずり出される。
僕のスマートフォンが仕舞われている制服の右ポケットへ、正確には右膝へと神経を集中させる。
覚悟していた感覚は、ものの数秒で訪れた。
知らせの振動。
「…じゃあ綾音に一回連絡取ってみるよ」
小さな嘘をつき、僕はポケットからスマートフォンを取り出す。
ラインと書かれたアイコンを恐る恐る開く。
664
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:05:35 ID:FtphCcUY
『妹ってなに?』
そう一言書かれていた。
返答に困る。
哲学にも似たその質問の、彼女が満足を得られる様な回答を、僕は思いつかなかった。
指が固まっている僕へ、またメッセージが送られてくる。
『まさか私とは回らないとか言っておきながらあの義妹さんと回るとか言わないよね?』
嗚呼、やっぱりだ。
きっと華は綾音を嫉んでいる、妬んでいる。
華の嫉妬の対象は、恐らく家族だろうと関係ない。
いや、華以外の女性を優先するなと、母も妹も含め優先するなと、確かにそう言っていた。
血縁が無ければ尚更のことだろう。
僕にその気があろうとなかろうと関係がない。
『約束したよね?』
僕が固まっている間にも、彼女の追及は止まらない。
『ここで』
『今』
『言ってもいいんだよ?』
何を言うかなんて想像するまでもない。
やめて欲しいと言うのは易いが、どんな無茶なものでも約束は約束だと、それを破った僕にやめて欲しいなどと口にする資格がないと、僕が自分自身を縫い付けている。
『ねぇ』
『何か言ってよ』
『簡単な話だよ』
『私が今、あなたの約束を破るか、それともお仕置きか』
『選んで』
与えられた二択。
クラスメイトや、綾音に知られる覚悟と準備ができていない臆病者は、後者を選ばざるを得なかった。
『ごめん。どうであれ約束を破った僕が悪いんだ。後者でお願いします』
『お仕置きね。分かった言い訳は後で聞くから』
メッセージはそこで止まる。
華の様子を視界の隅で確認すると、どうやら荻原さんに話しかけられている様で、スマートフォンは仕舞われていた。
665
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:06:31 ID:FtphCcUY
「で、綾音ちゃんなんだって?」
「え?」
「え?じゃなくって。どういうことだ?今連絡してたんじゃないの?」
太一に話しかけられて漸く、現実に戻った様な感覚を覚える。
「…ああ、ごめん。今丁度別の要件で立て込んでて」
「なんだそりゃ」
これには太一も呆れた様子を隠せない。
「あはは…ごめんね。とりあえず校門へ行こう。そこで綾音は待っているはずだ」
もう一度、華を確認する。
彼女は僕に視線を向けてはいなかった。
一刻も早く、教室を出てしまいたい。
そんな焦燥が僕を支配する。
「なんか今日の遍っち変だぞ?」
「あはは…僕も変だと思う」
「その返事がすでに変だな」
この問答すら、もどかしく感じる。
僕は半ば強引に、教室への外へと歩みを進める素振りを見せる。
「あ、待てって遍っち」
「僕が変だってことは、歩きながら幾らでも聞いてあげるからさ、行こうよ」
僕は教室と廊下の境目に、一歩踏み入れる。
現実逃避するように、一歩踏み出す。
一先ずは義妹と学友、綾音と太一とこの祭りを楽しんでも良いではないか。
後のことは後で考えよう。
そう考えていた。
「あ゛遍ぇ!!!!!!!!!」
一輪の華の怒号を聞くまでは。
浮き足立っていた教室が再び静まり返る。
そして誰もがその怒号の元へと視線を向けていた。
叫ばれたのは僕の名前だけれど、きっと僕の下の名前を知っているものなど片手で数えられるくらいしかいないだろう。
それ故、怒号から間をおいて、片手で数えられる程度の視線が僕へと向けられる。
瞳孔を開いた彼女はそのまま、僕をしかと捉えながら、こちらへと向かってくる。
クラスメイト達の視線も自ずと、それを追っていく。
まさか。
そんな。
いや確かに、僕は仕置きを選んだはずだ。
僕の脳みそが徐々に固まっていく。
だけど、彼女は止まることなく、間違いなく、こちらと向かってくる。
何故?
分からない。
どうして?
クラスメイト達の視線が僕という点で交わると、彼女は僕の左手首を引っ手繰り、僕と目を合わせずに、僕より先へ。
分からない行き先へ連れていかれる。
只、連れて行かれるしか無かった。
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ーーーーー
ーーー
ー
666
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:07:37 ID:FtphCcUY
混乱した思考を整えるのに、注力していた僕は、抜けていく人々の、怪奇な視線を気にしている余裕なんてものは無かった。
けれども、混乱している僕をどこか冷静に捉えている僕もいた。
殊の外、人は想定外の出来事が起きると、かえって冷静になる様だった。
起こってしまったことは仕方がない、これからどうすれば良いか、そんな風に思考が働く。
人々の賑わいを突き破り、さらにその奥へ。
行く手を阻む『立ち入り禁止』の札も突き破り、その先の階段へ。
上へ、上へ。
辿り着くは、屋上。
華は乱暴に、屋上の戸を開く。
引かれるがまま僕は、そのまま屋上へと踏み入れると、秋の風が僕ら二人の間を吹き抜ける。
無機質に広がるアスファルトは秋の朝日に照らされ、相変わらず雲一つない青藍はただただ美しいだけだった。
そんな美しい天と無機質な地が突如として、反転する。
背中から伝わる痛み。
日向から伝わる温もり。
そして日陰から伝わる冷たさ。
投げ…られた?
667
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:08:55 ID:FtphCcUY
我が身に起きたことを理解すると、今度は四肢に強い圧力を感じる。
目の前に広がっていた青藍を高嶺の花が覆う。
彼女の長い髪が雨の如く降り注ぎ、僕の頰を掠める。
「ね…ぇ…」
余りにも震えた声が、手が、いかに切迫した感情を抱いているのかを想像するのは容易かった。
「遍、貴方…今朝、何処で…誰と…何をしていたの?」
震えた手が僕の頰に添えられる。
昨日とは比べ物にならない程、その手は酷く冷えていた。
「あり…えない、ありえないあり得ない有り得ないアリエナイ…私と遍は、運命の恋人なんだ…赤い糸で繋がっているんだ…なのに、それなのに…うっ」
突如として華は、頰に添えていた酷く冷えた手を離し、自らの手にあてがうと、そのまま屋上の物陰へと向かっていった。
「ぅッッ…ぉぇ…ぇぇぇぇぇ…ッ」
嗚咽。
跳ねる水音。
嘔吐していた。
「気持ち悪い…気持ちワルイ気持ち悪いキモチワルイ。私と遍の世界が穢れた…。最悪…最ッッ低…、どうしてそんなことするの?どうしたらそんな非道いことができるの?ねぇ…聞ィいてるの!?遍!!!!」
「ま、待っておくれ。一体全体何をそんなに怒っているんだい?!」
上体を起こし、何について咎められているのかを問う。
それが火に油を注いだのか、華は僕の胸倉を掴み、起こしたばかりの上体を再びアスファルトに叩きつける。
「惚けないでよッッッ。貴方が今朝、何処の馬の骨とも知らない女と、腕を組んでいたそうね!しかもその女、貴方の『彼女』だそうね?おかしいなぁ…おかしいなぁ!!!!私、貴方と今朝腕を組んだ覚えなんて無いんだけどなぁ!!!!」
ここに来て、この事態を想定をしていなかった己を呪う。
間違いない、荻原さんだ。
彼女がきっと、今朝の出来事を華に伝えたんだ。
「誰よそいつ、どんな奴なのよ。一体どういうつもりなの?貴方、まさか私達の関係を知られたくないって、その女がいるからなの?ぁぁぁ…ぁあああ!!憎い…憎い。腑が煮え繰り返りそうよ!!!」
「ち、違うんだ。聞いておくれ華!今朝、荻原さんが見たのは妹の綾音のことだ」
「…妹?嗚呼……。あの…ッ」
歯軋りが鳴る。
「遍、貴方昨日約束したばかりだというのにこんなにも簡単に約束を破るの?言ったよね、妹も含めて私以外の女に触れないこと、何よりも私を優先すること。なのに破っちゃうんだ…ふぅん。…そういえば夏休みの時もそうだよね、遍はいつも私との約束を破る。やっぱり昨日のお仕置きが甘過ぎたのかな?」
仕置きが甘い、その一言で頰の痛みが蘇る。
「違うんだ!僕はなるべく触れないように努めたし、華の優先度を蔑ろにしたつもりもないんだ!」
「違う?何も違わないよ遍。約束を守るってことは貴方は私以外の有象無象に拒絶をしなければならないんだよ。だけど貴方はそれをしなかった。私ね、遍のどんな所も好きだけれども、すぐ約束を破るところと私以外を拒絶しないところが許せない。あはっ、でも安心して。昨日も言った通り、貴方を見限ることは絶対にしない。絶対に離さない。昨日のお仕置きじゃ足りないならもっときついお仕置きをしてあげる。それでも駄目ならそれよりもっときついお仕置きを。そう、何度も何度だって。私達は運命の赤い糸で繋がれた番いなの。私達の幸せの未来のためなら何度だって、繰り返してあげる」
668
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:10:01 ID:FtphCcUY
運命の赤い糸。
今、この時ほど、僕らの関係に疑問を覚えたことはない。
ーーーーーーーー何故、僕は高嶺の花と交際しているんだろうか?
この一つの問いが頭に浮かんだ瞬間、堰を切ったように、今まで押し殺していた答えが溢れてきた。
「は、華。…落ち着いて、聞いて欲しい」
一度息を整える。
返事はなく、ただ先程と同じように黒い瞳で僕を捉え続けていた。
それを肯定の意として捉えた僕は、答え合わせを続ける。
「僕は…。僕は僕のことがそれほど好きではない。だから僕のことが好きと言う君の気持ちが理解できない。僕は僕が他の人より秀でたものがあると自負したことがない。だから僕を唯一という君の言葉が理解できない。僕はいつも君と釣り合わないと思っていた。だから僕らが運命の恋人だと君のように思ったことはない」
「何を…言っているの…遍…?」
真っ直ぐ僕を捉えていた眼は左右に揺れ始め、僕の胸倉を掴む手は緩くなる。
「いつか君が言っていた運命の人というのは、きっと僕じゃない。僕らはまだ交際を始めて一月も経っちゃいない。なのに僕は君をこうして何度も怒らせる始末さ。衝突が全くないカップルが理想とは必ずしも言えないと思うけれども、少なくともこうして何度も君を怒らせた僕は運命の恋人なんかじゃないんだよ」
心の奥底では気づいていたことを、次々と告げてゆく。
一度、箍が外れればもう止まることはない。
「華…、…別れよう。僕らは本来交わるべきではなかったんだよ」
言ってしまった。
あれだけ悩んでいたことが、言葉に乗ってスルリと蛇のように己の体から逃げ出した。
ただ一つだけ、最も大切なことを残して。
「嘘…だよね?じょ、冗談だよね?遍?」
激昂に染まっていた瞳が、動揺へと塗り替えられる。
「これは嘘でも冗談でもないよ。僕は君に相応しくない」
「相応しくないって何?ふ…相応しいとか相応しくないとか、そ、そんなの関係ないでしょう…私は、私はこんなにも貴方のことが、好きなのに…愛してるのに!!」
「ごめんもっと早く気付くべきだったんだ。でも華…いや、高嶺さん、君ならもっと、もっといい人を見つけられる」
そう、早く気付くべきだったんだ、薄れてしまった初恋に。
敬称に決別の意を込める。
669
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:10:52 ID:FtphCcUY
「嫌…やめて…そんな呼び方、しないで…」
激昂していた高嶺の花が徐々に、徐々に萎れていく。
「…本当は僕なんかが別れを切り出すなんて身の程も知れないことだと思う。高嶺さん、まだ焦っちゃ駄目だ。絶対に、絶対に君の本当の運命の人は現れる。そしてそれが君の本当の幸せだと思うし、僕もそれを望んでいる」
「………」
花はとうとう枯れてしまった。
徐々に緩んでいた彼女の手は、遂に胸倉を掴むことができなくなるまで緩み、解放感を感じる。
分かってくれたのだろうか、はたまた呆れ果てたのだろうか。
どちらにせよ、これで僕達の関係は終いなんだ。
「…高嶺さーー」
「そう。…分かった」
これで最後だと、今までの感謝の気持ちなどを告げようとしたが、彼女のその一言で遮られた。
僕の破談を受け入れたのだろうか、すっかり俯いて見えなくなった表情の様子を伺う。
「…っ!」
ぞっ、とした。
先程まで僕を捉えていた瞳は光を失い、虚ろとしたものとなっていた。
それは可憐な少女のものだったとは思えない、酷く歪んだ姿だった。
その姿に、僕は何も言えずにいた。
そんな僕に馬乗りになっていた彼女はそっと立ち上がる。
「…」
一度僕を見下ろすと、そのまま無言で踵を返す。
ひた、ひた、ひた。
静かな歩みが、やけに煩く聞こえる。
屋上の出入り口のドアに手をかけ、ぎぃと錆びついた音を鳴らし、戸を開ける。
もう一度、錆びついたが鳴ると同時に、彼女の後ろ姿が扉で見えなくなっていく。
がしゃん。
少し大きな音で扉は閉まり、完全に後ろ姿が見えなくなる。
呆気ない、あまりにも呆気ない結末だ。
これで終わったのだ、高嶺華との交際が。
今更になって、鼓動が強く早く脈打つ。
僕を包んでいた夢見心地は、少しずつ失い、現実という棘が、一本ずつ僕の皮膚を刺していく。
僕自身が一番信じられなかったのだ、自ら別れ話を切り出すなんて。
だからこそ、非現実感が僕を麻薬のように酔わせていた。
しかし、酩酊はいずれ覚めるもの。
鼓動は耳鳴りがするほど煩く、全身には鋭い痛みが走り、ひゅるりと秋風が吹き付ける。
「…ぁあ。何をしているんだ僕は」
みっともなく惨めに蹲る。
下らない涙が情けなく溢れてくる。
潜在的に思っていたことであれ、ひと時の感情に任せて、無様に吐き捨てた。
取り返しのつかないことだ。
けれど後悔はしていないつもりだ。
それなのに何故、涙が出てくるのか。
鈍い僕は、自分自身の気持ちさえ、分からなかった。
670
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:13:42 ID:FtphCcUY
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
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「遅い!何してたのお兄ちゃん!!」
「あ、はは。ごめん。少しトラブルが起きてね」
結局、綾音と合流したのは僕らのホームルームが終わってから一時間以上経ってからのことだった。
「トラブルって何?!どんだけ心配したと思ってるの!?何度も連絡しても返事来ないし、本当に心配したんだよ!?」
「ごめん…」
言い訳をする気力も無くなった僕は一言謝ることしか出来なかった。
その様子を見た綾音は、様子が異常だと悟ったのか、急に鞘を収める。
「どうしたの…お兄ちゃん?元気無いよ…。それによく見たら顔もなんだか窶れてるように見えるよ?」
流石は十年妹をやってきたことはある。
僕の様子の異変など直ぐに察知していた。
「あ、はは…。いや…」
癖になってしまった空笑いと誤魔化しが出てしまったが、今更もう隠す意味もないのでは無いかと、やけくそにも似た感情が湧いてくる。
「…綾音。ごめん、僕は一つ大きな嘘をついていたんだ」
「…どういうこと?」
こうなってしまってはもう、引き下がることも出来ない。
己の心を崖の上から突き落とす。
「昨日、言ったよね?僕は昨日綾音に彼女がいないと」
皆まで言わずとも察したのか、心配の表情から一転、剣呑な様子へと様変わりする。
「どういうこと!?まさかいるの!?彼女とか抜かす女が!」
これで胸倉を掴まれるのは今日だけでも二回目の事だ。
「いたよ。でも別れた」
『いた』で強く歪んだ表情になり、『別れた』で、拍子抜けた表情へと移る。
「本当の本当にどういうことかなぁお兄ちゃん。聞きたいことが多過ぎてあたし訳分からなくなりそうだよ」
「…そうだろうね。僕も自分で何をしているんだろうって、そう思ってる」
「……。…まず彼女ってなに?昨日聞いたよね?なのに嘘ついて、あたしに黙ってた訳?」
「そうだね、…ごめん」
「いや、ごめんじゃなくて。ねぇ?なんであたしに黙ってたの?嘘、ついたの?」
「綾音はさ、もし僕が昨日彼女がいるって言っていたらどうするつもりだったんだい?」
「………」
返答は得られない。
分かってたはずだ。
671
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高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:14:35 ID:FtphCcUY
「綾音、僕のことをどう思ってる?何故、僕が彼女を隠していたことに憤りを覚えたんだい?僕に彼女がいて綾音に何か不都合でもあったのかい?」
矢継ぎ早に質問を重ねていく。
心の中に黒が溢れていく。
自分が自分じゃなくなっていくみたいだ。
「ど、どうしたのお兄ちゃん?」
「…綾音。綾音がもし、もしもだ。そんなのは有り得ないと笑い飛ばしてくれたって構いやしないだけれどもさ…」
臆病者の僕がやめろと叫んでいる。
それでも自棄になった僕は耳を塞いで戯言を吐く。
「…僕のことを好いているのかい?兄としてではなく一人の異性として」
なんとも気障な台詞を言う。
綾音は揺れる瞳の中で、答えを探している。
けれども、綾音が何と言おうとも僕の中で答えは決まっている。
「綾音。もしそうであるのならば、…そうであるのならば僕は君の気持ちには答えられない。綾音は僕にとって大切な妹だ。今更、一人の異性として見れないんだ」
緩みきっていた綾音の手に、再び力が込められる。
「…う、嘘つき…。嘘つき…、嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき!!!!!」
綾音が僕の胸ぐらを掴むという姿は、既に周囲の人たちの好奇心を煽るような痴態だったが、綾音のこの怒号が更に多くの人々の関心を引きつけた。
「あたしのことお嫁さんにしてくれるって言ったのに!!大きくなったら結婚してくれるって!!!約束したのに…、約束してたのにお兄ちゃんの嘘つき!!!」
そんな約束した覚えはないと、言い返すことはできなかった。
いつの日かに言った気もするし言ってない気もするからだ。
「綾音、僕たちは兄妹だ。血は繋がってないかもしれないけど、本物の家族と思ってる。だから性愛することを望んでないんだ」
「家族ってなによ…、兄妹ってなによ!?あたしとお兄ちゃんは血が繋がってないでしょ!?あたしたちは家族である前に、一人の男と一人の女なんだよ、そこから目を背けないでよ!いいよ…あたしのことを女の子として見れないならこれから幾らでも教えてあげるわよ!!」
胸倉から手を離すと同時に、僕の顔を鷲掴みし、強引な接吻を行う。
驚きはない。
動揺もない。
けれど、悲しさが胸を締め付けていた。
「…ッ。…ははっ、ほらお兄ちゃん。キスしちゃったよ、これで分かった?あたしが一人の女の子だって、ねぇ?」
歪んだ表情で、僕に微笑みかける。
大切な義妹の、異常なその姿に、性的な興奮を覚える訳もなく、後悔と悲哀が胸中に押し寄せる。
綾音は、そんな僕の表情を読み取ったのか、歪んだ口角が落ちる。
「ファーストキスはあたしのものだから」
「…綾音、僕はもうーーー」
「"カゾク"って便利だね」
僕の初めての接吻は既に元カノと済ませてしまっている。
そう答えようとしたが綾音によって遮られる。
672
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高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:15:15 ID:FtphCcUY
「…どういうことだい?」
「あたしが、そんな他所の女にお兄ちゃんのファーストキスを、奪われるような真似をすると思う?もう何年も前からキス、してるんだよお兄ちゃん。お兄ちゃんは寝てたから気がつかなかったかもしれないけどさぁ」
聞くときに聞けば、酷くショックな事実かもしれないのに、もう僕の心と頭は理解をしようとすらしない。
「…綾音。どうしても僕じゃなきゃ駄目なのかい?一体何が綾音にそこまでのことをさせたんだい?」
「お兄ちゃん…、愛に理由が必要?」
義妹の姿と元恋人の姿が重なる。
「…僕は必要だと思う。愛も好意も全て人の感情だ。そして感情には必ず、抱く理由がある。理由が無い感情は、それはまるで病じゃないか」
「だったら、その病に罹らせたのはお兄ちゃんだよ。責任…取ってよ」
「…。…責任、そうか…分かった」
「やったぁ!それじゃあ、結婚…してくれるんだよね?」
「綾音、最初にも言ったけれども僕は綾音の気持ちに応えるつもりはないよ。この気持ちは変わらない」
これだけは譲れない想いと主張する。
「ッッ、だったら!あたしもお兄ちゃんを諦めないからね!」
「僕が綾音に応えたくないという気持ちも、綾音も諦めないって気持ちも、どちらも人の感情だ。簡単に変えられるものではない。だから僕はこれからどれだけ時間をかけてでも説得する覚悟だ」
「だったら…さぁ!わかるよね!?あたしが絶対に諦める訳がないってことがぁ!?ねぇねぇねぇ、早く取ってよ、責任。あたしを狂わせた責任を!」
「もちろん全うするつもりだ。綾音がいつの日かちゃんと他の人を好きになるまでは、僕は二度と恋人を作らない。これが僕の責任だ」
「あは、何それお兄ちゃん?それがあたし狂わせたことに対する責任だっていうの?」
「そうだ」
「あははははははははははは」
ケタケタケタと壊れた人形のように笑う。
「意味が分かんないよ。いいよ、お兄ちゃんの気が済むまでそうしたら?あたしは絶対に諦めないし、むしろ変な虫が寄り付かなくて済むからね。好都合よ」
責任なんて格好つけて言ったが、これは責任というより、己にそんなことをする資格がないという、戒めに近いものだった。
「じゃあお兄ちゃん?あたし、ちゃんと一人の女の子だってこと。今からたっぷりと刻み込んであげる」
行こうよ、そう言って綾音は僕の腕に、腕だけではなく指を絡めてきた。
「…そうだね」
もう後戻りはできない。
今日とは言わない、明日とは言わない。
いつの日かでいい。
綾音が僕以外の人の隣に立って、その幸せを兄としての喜びとちょっとばかりの嫉妬で、迎えられる日が訪れて欲しい。
もう後戻りはできない。
やるしかないのだ。
673
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:16:37 ID:FtphCcUY
ーーーーーーーーー
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ー
午前中、綾音はあの手この手と僕を籠絡させようと試みていたが、実のところ今までとそう大差ないと感じるものであった。
しかしそれは、裏を返せば如何に僕が過ごしてきた日常が、酷く歪なものであったかを如実に語っていた。
綾音もあまり手応えを感じなかったのか、最後に別れる際には、不満げな表情を浮かべていた。
あれだけ意を決したことだったのに、僕が思う通りにも綾音の思う通りにも、お互いの気持ちの変化はあまり起こらなかった。
改めて感情というものの難しさを知った。
綾音と別れてからは一度教室へと戻ろうかとも思ったのだが、今朝の出来事による気まずさで、どうにも戻る気になれなかった。
どこを回ることもなく、ただ人気のない場所で、本当にこれで良かったのかと、何度も思考を繰り返していた。
さらには太一との約束も無碍にしたこともある。
成り行き上、仕方がなかったとはいえ、連絡を取るなりすれば良かったものなのに、乱れに乱れた僕の心に、友人との約束を思い出す余裕が生まれたのが、文化祭の初日が終わろうとした時であった。
友人にも、元恋人にも合わせる顔がない。
教室へ戻りたくない気持ちが強かったが、点呼を取らなければならない以上、そうも言ってはいられなかった。
気持ちが後ろを向いていようと歩いていれば、いつかは辿り着く。
やがて三人で作った思い出の看板が見える。
高嶺華のことは気にするな、太一にしっかりと事情を話して謝ろう。
意を決して教室へと踏み入れる。
入り口のすぐそばに太一がいた。
「ああ、太一。ごめんね…置いていくようなことをしてしまって。実はね…」
「遍っち、お前…どこにいたんだよ」
太一の視線に違和感を感じる。
やはり怒っているのであろうか。
けれどその瞳は怒りと呼ぶべきではないようなものにも思える。
否、太一だけではなかった。
クラス全員の視線が僕へと向けられていた。
教室へと踏み入れたときに感じた賑わいも、気がつけば不自然なまでに静かなものになっていた。
程度に差はあれど、誰しもが僕に対して負の感情を抱いている、そんな目で僕を見ていた。
あまりにも酷く居心地の悪い空間。
逃げ出してしまいたい気持ちに駆られる。
いや、そもそも何故こんなことになっているのか。
脈拍が異常なほどまで上昇する。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ
分からない、どうして皆は僕を見ているのか。
674
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:17:05 ID:FtphCcUY
「あ!遍。おかえりっ!もーっ、何処行ってたのー?心配したんだからね?」
不自然な静寂を打ち破るは、一輪の花。
黙って僕を見るクラスメイトも、この静寂に包まれたクラスも、僕に話しかける高嶺の花も全て、異常だ。
全てがおかしい、全てが非日常だ。
今朝と同じように高嶺の花は僕に近づくと、僕の腕を撮り、腕を絡める。
「皆、さっきも言った通り、私高嶺華と不知火遍は実は正式なお付き合いをしています!」
え?
何を言っているんだこの人は?
高らかな宣言の後、クラスはもう一度賑わいを取り戻した。
「へー、おめでとう!!」
「やるじゃん不知火!」
「華ー!お幸せにー!」
ピー、ピーと指笛が鳴り響く。
クラスメイトたちが、それぞれの反応をする。
大半がお祝いや肯定的な言葉を僕にかける一方、相変わらず僕に対する敵意とも呼べる視線はなんら変わっちゃいない。
歓迎なんぞされていないことは、肌からひしひしと伝わってきた。
そもそも、何故こんなことになってしまったのか。
高嶺華は、僕らが交際していると宣言した。
それは間違いだ、誤りだ。
違う、僕は確かにさっき別れ話をしたはずだ。
そしてそれは相手も受け入れたはずなんだ。
何故?
何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故
…なぜ?
「…言ったでしょう。"絶対に離さない"、って」
彼女の笑顔は変わらない。
変わらない笑顔のまま、小さく僕にしか聞こえない声で、底冷えした声で呟いた。
675
:
高嶺の花と放課後 第12話『イエローローズ』
:2020/02/27(木) 17:36:19 ID:FtphCcUY
以上で投下終了します。今更ですが1話ごとにタイトルをつけることにしました。今回の『イエローローズ』、つまり黄色い薔薇の花言葉は、「嫉妬」「愛情の薄らぎ」「友情」です。多分それらを意味するような内容の話だったと思います。
これは自論なんですが、ヤンデレは主人公とただ結ばれる物語では活きないと思っています。作者は拗らせてるので、ヤンデレには嫉妬して苦しんで欲しいです。そうなると今度は、主人公側に問題がでてきて、ちょっと無理のある描写が出ちゃったかなと反省してます。それでも書きたいことは書けてきてるのでちゃんと完結できるよう頑張ります。それではまた13話で。
676
:
雌豚のにおい@774人目
:2020/02/27(木) 20:32:42 ID:FfBP9nW6
乙です!毎回楽しみにしてる
ヤンデレには苦しんでほしいのすっっっっっっごくわかるから握手したい
677
:
雌豚のにおい@774人目
:2020/02/28(金) 22:50:49 ID:6wCYkwtM
ktkr!
この流れすこ
678
:
雌豚のにおい@774人目
:2020/03/20(金) 08:34:14 ID:ic0wPrO6
久しぶりの投稿お疲れ様でした
はよ続きがみたい
679
:
雌豚のにおい@774人目
:2020/03/20(金) 19:32:42 ID:pvXP6RT.
ヒロインに刺される等の暴行を受けても「こんなに愛してくれてありがとう」といったふうにヤンデレを受け入れるセリフを言う主人公いたら教えて。寝取られ要素皆無な作品で。
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