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『プリキュアシリーズ』ファンの集い!2
1
:
運営
:2015/06/27(土) 19:59:43
現行作品を除く、『ふたりはプリキュア』以降の全てのシリーズについて語り合うスレッドです。
本編の回想、妄想、雑談をここで語り合いましょう。現行作品以外の、全てのSSと感想もこちらにてお願いします。
掲示板のローカルルール及び、保管庫【オールスタープリキュア!ガールズSSサイト】(ttp://www51.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1.html)のQ&Aを読んで下さい。
※現行作品や映画の話題は、ネタバレとなることもありますので、このスレでは話題にされないようお願いします。
※過去スレ「『プリキュアシリーズ』ファンの集い!」は、過去ログ倉庫に移しました。
501
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:28:50
ちゆたちが顔を引きつらせて、声を出さずに慌てる。
ミナが率直な疑問で突いてきたとおり、のどかには、幼い頃にテラビョーゲンの母体となり、以来、長く苦しい入院生活を送ってきたという過去がある。
それを知っているからだろうか? ―― ちゆが無意識で行っている自身の振る舞いの原因を求めようとしたが、隣にいるのどかの顔が目に入った途端、どうでもよくなった。
つらかった記憶を思い出しているのか、表情が曇りかけている。
守ってあげなくては ―― と、強い衝動が湧き上がってきて、胸が締め付けられる。
とっさに話題をそらそうと口を開きかけたところで、ミナがポツンと言った。
「別にどうでもええか…」
口から出かかっていた言葉を詰まらせて、ちゆが、がくっ、と頭(こうべ)を垂れた。
反対に、のどかは小首を傾げつつ、ミナを見つめ返した。
今の話の打ち切り方は、なんだか自分たちの空気を察して、あえて興味の無いように振る舞った感じだった。
(いやいや、でもミナさんだし……。むむむ……)
すぐに両目を細めて『じーーーっ』と疑り深い視線をミナの顔へと向ける。
その視線が、ふと下がって、のどかが「あっ」と小さな声を上げた。
だらんとリラックスして座っているミナが、スマートフォンを使い、少し離れた場所でラビリンたちと打ち解けているツナグの姿を動画撮影している。
隣のちゆも気付いて、眉をひそめながら声を上げようとした。……が、それを制するようにミナが自分の口もとに人差し指を当て、小さくウィンク。
ちゆがまたもや言葉を呑み込んだところで、動画撮影を続けるミナが、二人にだけ聞こえるぐらいの小声で話し始めた。
「……ツナグって、ああいう風に誰かと ―― ううん、『友だち』と話したり、何かしたりするんは初めてなんとちゃうかな? それで、せっかくやから記念に撮っといたろ思って。
ほら、ツナグ、ぎこちないけど一生懸命がんばってる」
レンズの奥で温かみを帯びているミナの眼差しを追って、のどかとちゆがツナグたちのほうを見る。
ちょうど多数の青く透き通った立方体がバラけ、そこに開いた虚空の穴からニャトランが出てきたところだった。
「おおーっ、スゲッ、本当にワープできた!」
楽しそうに興奮するニャトランに、ツナグが雑談がてらに自分の能力を説明する。
「昔、雨の日に沢に落ちそうになってた子鹿を、このチカラで助けた事があるんだけど、自分のサイズよりも大きな出入り口を作るのはメチャメチャ疲れて」
「へぇー、大変だな」
「助けたあと気を失って、沢に落ちて流されちゃったんだ」
「…ってオイっ」
次、あたしっ ―― と、ワープ体験をさせてもらおうと手を上げかけていたひなたが、二人のやり取りを聞き、ツナグに気付かれないようにそっと手を下ろして、「たはは」と力なく笑った。
代わりに、ツナグの前に出てきたのがラビリン。……出てきたというか、ペギタンに背中を押されて、半ば強引に突き出された感じだった。
「ほ…、本当にだいじょうぶラビ?」
「だいじょうぶペエ。……ほら、よく見るペエ。ニャトランの体は何ともなってないペエ」
「なんだよ、俺は人柱かよ」
腹を立ててペギタンに食ってかかっているニャトランは置いといて、ツナグがラビリンの手を取った。
「こわくないよ。安心して、ボクが一緒だから」
「わ、わかったラビ…」
502
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:29:48
そう言いつつも、やはりおっかなびっくりのラビリン。彼女の手を優しく引いて、正面に開いた虚空の中へツナグが進んでいく。
ワープ距離はニャトランの時と同様、約1メートル。
二人はすぐに出口へと到着して、ほぼ一瞬でワープの旅は終わった。
精神的に楽しむ余裕は無かったラビリンだが、すでに元の空間の面を取り戻している背後を振り返って、初めての体験に軽い興奮を覚えつつ、
「本当にワープしたラビ!」
と、ニャトランを同じような感想をこぼした。
「だから言ったペエ。何ともないって」
「ま、体の外側は何ともなくても、内側がどうなってるか分かんねーけどな。ニシシ」
「怖いコト言うなラビィィッッ!!」
今度は、ラビリンたちの様子をあたたかい微笑みを浮かべて眺めていたアスミの足元近くで空間の立方体がバラけ、虚空が開いた。
こっそりと出てきたラテが、ツナグに感謝の視線を送る。次にアスミを見上げて「わんっ」とイタズラっぽく吠えた。アスミをびっくりさせてやろうという作戦だった。
「まあっ!」
アスミはびっくりするよりも可愛らしさに心を打たれ、思わず胸の前で両手のひらを重ねて頬を染めながらしゃがみこみ、ラテを見つめ返した。
ラテ、あらかさまに残念そうな顔になる。
……そんな皆の光景を、少しだけまぶしそうに目を細めて見ていたちゆが、しみじみと言葉をこぼした。
「たしかに、これは記念として残しておく価値がありますね」
「やろ?」
ニッ、と人好きのする笑顔を見せるミナへ、ちゆがまっすぐに顔を向けて尋ねる。
「のどかの昔の話に興味はありますか?」
「んー、ぶっちゃけ私が知ったところで、お役に立てそうにもないからなぁ。のどかちゃんの助けになってやれる子は既に知ってるワケやし、それでええんやないの?」
「ふふっ。そうですね。『お姉ちゃん』らしく、のどかの助けになれるよう、がんばります」
最初に会った時と比べて、ちゆのミナに対する雰囲気はずいぶん柔らかくなっている。
のどかも自然と警戒を解いて、ミナに話しかけてみる。
「ミナさんは、何かの取材でこっちに来たんですか?」
「うん。ネットでニュースのネタを漁ってたら、この町に、しゃべるウサギやらペンギンやらネコやらがおるっていう信憑性不確かな怪情報を見つけてな」
「うっ…」
「そういう面白そうな情報見つけると、ついついフリージャーナリストとしての魂が……。それでイタリアからスッ飛んできたワケやけど、まあ、なんやかんやでニュースとしては扱われへんようになりましたとさ」
「あはは」
「ツナグを見つけた時は、この子が怪情報に書かれてたしゃべるネコなんやな…って勘違いしてしもて。
―― あ、そういえば、私な、昔、ケット・シーっていう猫の妖精たちが住む村に立ち寄ったコトがあるねん」
「ふわぁぁっ、ヒーリングアニマルじゃない猫の妖精ですか?」
「そうそう。いろいろあったけど、最終的に怒り狂ったケット・シー全員がグルカナイフ振り回しながら村の外まで追いかけてきたんや。懐かしい思い出やで」
「何をやらかしたんですか、ミナさんッッ!?」
のどかの上げた大きな声に反応して、ラテを胸に抱きかかえたアスミが小走りで近寄ってくる。
「のどかっ、『メガネメガネ』ですねっ!?」
「アスミちゃんはちょっと落ち着いてっ!?」
アスミの背後では、両目を押さえて叫びながら出鱈目に転げまわるひなたの姿が。それに巻き込まれそうになったツナグとヒーリングアニマルたちが必死で逃げ惑う。
ちゆが「ハァ…」と諦めたような溜め息をついて、話題を変えようとした。
503
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:31:50
「……その、こっちへ来る前のイタリアでは、何をしてたんですか?」
「ほら、一年ほど前、イタリアでデッカイ地震あったやん。それでな、ほんまに倒れそうになってたピサの斜塔をこっそり何とかしたろうと思て。
―― 結果、メチャクチャ派手に倒して壊してしもてん」
「アスミ、いいわよっ!」
「ハイッ!」
「ちゆちゃんもアスミちゃんも落ち着いてっっ!?」
「あ、でもな、ちゃんと責任は取ったんやで! 地元の建築家の人らに協力してもろて、代わりの斜塔建ててきたから。
……約一ヶ月前に完成したばかりの出来立てホヤホヤ、名付けて『ミナの斜塔』!」
「世界遺産を馬鹿にしてるんですか?」
ミナをきつく睨みつけるちゆ。
彼女の隣でのどかが「ん?」という表情になって、ひと月ほど前に読んだ新聞の記憶をたどった。
アホみたいに攻めまくった傾き方で建て直された斜塔……
「何ヶ月でぶっ倒れるか?」という話題で大盛り上がりのイタリア国内……
倒壊の瞬間を目撃しようと連日押し寄せる観光客……
のどかが声を上げるよりも早く、スマートフォンを取り出して操作していたひなたが呆然と洩らした。
「そっか、ミナさんって、ユニバーサル・コメディアンのミナだったんだ……」
「ユニバーサル……、えっ?」
怪訝な顔でひなたを見つめなおすのどかの後ろから、ミナが抗議の声を上げる。
「コメディアンちゃうわ! ジャーナリストや!」
それを無視して、ひなたがスマートフォンの画面をのどかに見せる。
表示されているのは、ミナが管理しているSNSアカウントのプロフィールページ。
のどかが「ふわぁっ…」と思わず声を洩らした。
―― フォロワー数:2000万。
プロフィール画像は、パンク風の荒れた感じのする女性。メガネはしていないが、よく見るとミナだ。
のどかとひなたが同時に向けてきた視線に、
「ミーアキャットに頭を蹴飛ばされて記憶喪失になってた時の写真やね。なぜかパンクロッカーしながら、お猿さん連れてガンダーラを目指してたんや」
と、ミナが説明した。
のどかとひなたは顔を見合わせて、納得したみたいに頷いた。
「「やっぱりこの人コメディアンだ」」
「コメディアンちゃうって言うてるやろ! 私はマスコミな感じの増子ミナ! 天も地も突き抜けてフリーを極めたジャーナリストや!」
「天と地どころか、マスコミもジャーナリズムも突き抜けてコメディアンを極めてるじゃないですかっ!」
「やかましいわっ!」
顔を真っ赤にして叫ぶミナ。
鼻息荒く、自分がグローバルでフリーなジャーナリストであることを証明しようとする。
「えーーっとなぁ、そう、二年ほど前の取材!
イエティの子孫を自称してた毛むくじゃらのおっちゃん ―― 皆から嘘つき呼ばわりされてたけど、私が密着取材を通じて、本物のイエティの子孫であるコトを証明してみせたんやで!」
ひなたのスマートフォンをひったくってSNSの画面をスクロールさせ、目的の投稿記事を出して、のどかたちに示した。白銀の山頂で、毛むくじゃらのおっちゃんが歓喜の表情でポーズをとっている写真と、短い英文の内容。
【共有】と【共感】を示すアイコンは、共に1000万を超えている。
「本当にイエティの子孫ならアンナプルナぐらい登れて当然!
―― てなコトを思いついて試させてみたら、49回目のチャレンジで主峰の登頂に見事成功!
フフッ、世界も『もうホンモンでええわっ』って温かく認めざるを得んかったわ」
「……49回もチャレンジさせたんですね……」
「させたんとちゃうで。顔真っ青にして首を横に振るたびに酒飲ませて説得を続けてたら、そのうちノッてきて、おっちゃんが自主的にチャレンジし始めたんや」
504
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:32:35
ミナたちのやり取りを眺めていたツナグが、隣のニャトランにたずねてみる。
「ねえ、ニャトラン、いえてぃって誰かの名前?」
「うーん、いえ…てぃ……。家と……ティー? ―― 紅茶かっっ??」
「それよりもアンナプルナって何ラビ?」
「イエティっていうのは雪男のことで、アンナプルナはネパールの凄く高くて危険な山々ペエ」
ペギタンが口にした『凄く高くて』という言葉に反応して、ツナグがパァァッと目を輝かせてミナのほうを向いた。
「ねえっ! その山にはミナも一緒に登ったの!? てっぺんから海は見えた!?」
いきなり話題に食いついてきたツナグの勢いに圧(お)されて、ミナが珍しく引いてしまう。
すぐに気を取り直して答えようとするも、それより早くツナグが「あっ、待って待って」とストップをかけてきた。
「やっぱりボク、自分の目で確かめたい。ねえ、ミナ、アンナプルナってどこにあるの?」
……再びミナが気を取り直して口を開きかけた瞬間、今度はペギタンがそこに割り込んできた。
「だめペエっ、ツナグ、アンナプルナは本当に危険な山ペエっ! 命を落としている人もたくさんいるペエっ!」
「そ、そうなんだ……」
「うん、そうやで。毛むくじゃらのおっちゃんも、ちょくちょく雪崩の直撃受けて、帰らぬ人になりかけとったからな」
「登らせるなよ、そんな危険な山。ていうか、何回も雪崩の直撃受けたのに生きてるって、そのおっちゃん、本当に雪男の子孫なんじゃね?」
毛むくじゃらのおっちゃんはともかくとして、ツナグへ心配そうな視線を送るニャトラン。それに気づいたラビリンが明るい調子で言う。
「ツナグなら大丈夫ラビ。危険な場所はどんどんワープで回避しながら登ればいいラビ」
「あ、そっか。……うん、だよな」
「でも、それが出来たとしてもアンナプルナの標高は一番高い所で8091メートルペエ。ものすごく寒くて普通に行けないペエ」
「たぶんミナなら、立って歩く猫用の高性能な防寒着とか持ってるだろ。コメディアンだし。それ借りよーぜ」
「コメディアン言うなっ! ちなみに持っとるわっ! 立って歩く猫用の高性能な防寒着!」
「マジで持ってんのかよっ!」
自分で言ったクセに、正直そんな物が本当に存在するとは思ってなかったニャトランが驚いて目をまん丸に見開く。
ひなた、そのニャトランの顔が面白くて、思わず笑ってしまう。
ラテを抱いたアスミも、皆の輪に加わる。
「ペギタン、ちなみにアンナプルナ主峰のてっぺんの寒さとは、どれぐらいなのですか?」
「えーーっと……」
「あ、待って。あたしが調べてあげるっ」
ひなたがミナの手からスマートフォンを取り戻して、さくっと検索。
「標高を約8100メートルとして……うわっ、マイナス24度っ!? メチャ寒っ!」
「マイナス24度って、アイスクリームより冷たいラビ。そんなトコ行ったら、ツナグが凍っちゃうラビ」
「アイスクリーム……??」と、ツナグが口の中で言葉を転がしてみる。
さっきペギタンに説明してもらった『いえてぃ』に続き、またまた出てきた自分の知らない単語。
そっと傍らにしゃがみ込んだのどかが、気を利かせて説明してくれた。
「アイスクリームっていうのはね、牛乳とかを材料にして作る冷たくて甘いお菓子で、えっと、雪で織り上げた絹を、しっとり重ねたみたいな食感って言えばいいのかなぁ」
「……ッッ!」
完璧にイメージが伝わったわけではない。だけど、絶対に美味しい!とツナグは直感。のどかたちが持ってきてくれたお菓子の中から、そのアイスクリームというものを見つけ出そうと視線を走らせる。
505
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:33:25
「ごめんなさい」
と、近づいてきたちゆが中腰になり、ツナグに向かって申し訳なさそうな微笑みを浮かべた。
「今日は、アイスクリームは持ってきてないわね」
「……………………」
ツナグ、ショックのあまり無言になる。
「あっ…」と、ちゆが微笑みを引きつらせた。間違ったことをしたわけではないが、自分の一言が引き出したツナグの反応に、表情を陰らせてしまう。
それにいち早く気付いたのどかが、ちょっとあせって、あわわっ、とフォローに努めようとするが、とっさにうまく言葉が出てこない。
代わりに「あっはっはっ」と無意味に明るく笑いながら、ミナがツナグの前にしゃがみ込み、彼の頭をぽふぽふと右手で優しく叩く。
「ツナグは山が好きなんやねぇ……。でもまあ、アンナプルナはやめとこか。40回以上もツナグを生死のふちに立たせるのは、さすがに罪悪感覚えるしな」
横から少し厳しい顔でアスミとラテが抗議してくる。
「毛むくじゃらのおっちゃんに対しても罪悪感を覚えてください」
「ワンワンッ」
ミナはあっさりと聞き流して言葉を続けた。
「そうやな……、富士山なんてどうや? この日本で一番高い山やで」
ツナグが顔を上げた。
「一番高い?」
「それにな、富士山に登ると、海は海でも、海じゃない海が見えるんやで」
「エッ、何それっ!?」
ミナの言葉に、ツナグが俄然と興味を示す。
無論、ミナは答えを言わない。雲海だとすぐに気付いたのどかとちゆも、こっそりと笑みを乗せた視線を交し合うのみ。富士山以外の高い山からでも雲海を見れることを知っているペギタンだが、あえて水を差すようなまねはしない。
―― ひなた、ツナグと同レベルで真剣に悩む。
ミナは穏やかな笑顔で、ツナグに提案する。
「富士山、一緒に行ってみるか? めっちゃアイスクリームの美味しい店も知ってるから、富士山登る前に立ち寄って、食べさせたるわ」
「ボク、行きたいっっ!!」
思わず心からあふれ出てしまったツナグの本音。
静かに受けとめたミナが優しく両目を細めて、「…うん」とうなずく。
……いい雰囲気ではあるが、ヒーリングアニマルたちは警戒心を緩めない。
ツナグの前に、バッ、と飛び出し、盾になるように並んでミナと対峙する。
「ツナグっ、正気を失っちゃ駄目ラビ! 相手はミナラビ!」
「そうだぜっ。ミナについて行ったら、おまえまでコメディアンになっちまうぜ!」
「とりあえず不審者がツナグを連れて行こうとしてるって、おまわりさんに通報するペエ」
「ワンワンッ、ワンッ! ワンワンッ、ワンッ、ワンッ」
「こ、こいつらは……」
激しい憤りに駆られたミナがワナワナ震えながら立ち上がる。
「なに好き放題言うてくれてんねん! 誰がコメディアンや!? 誰が不審者や!?
あと、ごめんな。ラテちゃんだけ何を言ってんのか、さっぱりわからんかった」
スッ…とラテの隣に進み出たアスミが、授かった神託を告げるみたいに、ラテの言葉を厳かに通訳した。
「ラテはこう言っています。 ―― もはや『メガネメガネ』では生ぬるい。眼鏡を噛み砕いて粉々にしてくれる、と」
ラテがアスミを見上げて「くぅ〜ん」と啼(な)いた。そんなこと全然言ってない。
「フンッ」と鼻を鳴らしたラビリンが勝気な表情で、ビシッ!とミナを指差す。
「ラテ様のお手をわずらわせるまでもないラビ! ―― ペギタン、やってしまうラビ!」
「なんでぼくペエ!?」
「ほほぉ? 命知らずやな。我が増子一族に代々伝わる西ドイツ式ブラジリアン柔術をマスターした私に勝負を挑むとは」
「ペ……ペエエっ!」
506
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:34:23
ペギタン、顔を真っ青にしてあせる。
増子ミナの体から立ち昇る真紅のオーラ。 ―― が、彼の目には見えているのだ。
しかし、気圧されて後ろへ下がろうとするペギタンに、ちゆから声援が飛ぶ。
「ペギタン、がんばって!」
今度はミナの目に、ペギタンの体から噴き上がる蒼い闘気が映った。
「ペエエエエエエエエエッッ!!!」
「むっ! その構えは、古代マケドニア八極拳!」
生命の危機を感じて体が勝手に後ずさろうとする。だが、ミナは意志のチカラを総動員して耐えた。
ニャトランが二人のほうを指差して、横にいるラビリンにたずねる。
「なあ、西ドイツとかマケドニアとか、……こいつら一体何やってんだ?」
腕組みしたラビリンが二人から目を離さず、瞳をギラリと光らせて答えた。
「西ドイツ式ブラジリアン柔術は、邪馬台国を発祥の地とする日本最古の格闘術ラビ。
遠・近・中距離、全てにおいてバランスよく対応できるのが特徴で、大正時代、鬼の王を倒すための戦いで『柱』と呼ばれる者たちの切り札となったことでも有名ラビ。
対して、古代マケドニア八極拳は、アレクサンダー大王が編み出したヘレニズム格闘技の一種で、近接戦最強を誇るラビ。
これを極めた者の拳は鉄をも砕くと言われ、さらに、あるスキルを取得することで、1ターンにつき最大5回までの連続攻撃が可能になるラビ。
……フフッ、数々の名勝負を目にしてきたラビリンにも、この闘いの結果がどうなるかは分からないラビ」
「いや、俺はまずおまえが何言ってんのかが分かんねーよ」
メンドくさくなって理解をあきらめたニャトランは、テキトーなノリで目の前の勝負を楽しむことにした。
「じゃあ、俺はミナを応援するぜ。そっちのほうが、なんか面白そうだしな」
関係なさそうにスマートフォンを眺めていたひなたが、「あっ!」と声を上げた。
「ミナさん、いつのまにかあたしのアカウントをフォローしてくれてる! あたしもミナさん応援しよっ!」
あっさりとミナの側についたひなたを、ジロッと睨んだちゆが、のどかを振り返って、何も言わずに微笑みかける。
「う…、うんっ、もちろん、わたしはペギタンを応援するよ」
たじっ…と軽く身を引きながら答えるのどか。
腕組みしたまま仁王立ちしているラビリンは、中立。どうやら、この勝負の審判を務める気らしい。
ラテがアスミを見上げて「わんっ」と可愛らしく吠える。ラテと視線を重ねあったままアスミがうなずく。今度はちゃんと伝わった。
「ツナグ、これを」
差し出されたヒーリングガーデンの聴診器を受け取ったツナグが、身振りを交えたアスミの簡単な説明に従って自分の耳に装着し、おそるおそるチェストピースをラテの体に当てる。
チェストピースが淡い光に包まれ、ラテの心の声がツナグの耳に流れ込んできた。
『ラテといっしょに、ペギタンを応援してほしいラテ』
「え、あ…、うん、わかった」
507
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:35:10
初めての体験に驚きつつも素直に答えたツナグ。けれど、誰かを応援するなんて今までしたことがない。元気よく吠えてペギタンを応援するラテの隣で声を出そうとするが、やはり戸惑いが大きい。
そんな彼を横目でチラッと見たのどかが、しゃがんだまま、口もとに両手を添えて大きな声援をペギタンに送った。
「ペギターーンっ! がんばれーーっっ!!」
突然の大きな声に、びっくりした顔で見上げてきたツナグへ、のどかがニコッと優しく微笑みかける。
……うなずき返したツナグが、のどかを真似て口もとに両手を添え、ペギタンへと声援を送った。
「ペ…ペギタン、がんばれーっ!」
「がんばってーっ! ほら、ツナグも応援してくれてるよーっ!」
「ペギタンっ、自分を信じて! あなたなら勝てるわ!」
「わんっ! わんっ!」
「ラテが応援しているので、わたくしもペギタンを応援します。ペギタン、がんばってください!」
ツナグたちの声援を熱として、西ドイツ式ブラジリアン柔術と古代マケドニア八極拳のぶつかり合いも盛り上がってゆく。
「虎の呼吸・伍ノ型! ―― 猛虎打線ッ!」
「甘いペエ! 覇海殺・肝臓爆発チョップ ―― 六連ッッ!!」
「ぐああああああっっ!?」
さっそくミナ応援サイドよりブーイングが飛んだ。
「待ってよ! 古代マカロニ八宝菜の連続攻撃って最大5回までって言ってたじゃん!
なのに、今、6回連続攻撃してたよ! これっておかしくないっ!?」
「そうニャ! チートだ、チートぉぉ!」
この非難に対して、ラビリンは「ノンノン」と首を横に振った。ルール的には問題ないようだ。
「あ、意外とペギタン勝てそう」
「いけるわよ! その調子よっ、ペギタン!」
「ペギタンッ、次は眼鏡ですッ! 眼鏡を狙っていきましょうッ!」
「わんわんっ!」
「ペギタンっ! がんばれっ! がんばれっ! ペギタンがんばれーっ!」
興奮のあまり身を乗り出してペギタンの応援を続けるツナグ。 ―― だが、唐突に胸にこみ上げてきた感情の塊に言葉をふさがれてしまう。
不意に黙ったツナグに、ふと、ちゆが視線を向ける。
……ツナグの両目から、静かに涙があふれていた。
「ツナグっ!?」
ペギタンの両頬をむにーっと左右から引っ張っているミナを含め、ちゆの声で全員がツナグのほうを見た。
皆のまなざしを受けて、ようやく自分が涙を流していることに気づいたツナグが、あわてて両手でごしごしと目の周りを拭いた。
「ごめん。ボク、友だちの名前を呼ぶのって初めてで……。しかも誰かと一緒に、こんなふうに大きな声で叫ぶなんて想像もしたことなくて……」
のどかの手が優しくツナグの背中をさする。そして、彼と目が合うと微笑みを表情に乗せて言った。
「これからはいつでも呼べるね、わたしたちの名前」
ツナグが放心したような顔になった。
でも、のどかの言葉に脳の理解が追いつくと、幸せのあまり泣き出しそうで、それでいて嬉しすぎてたまらないという感情が入り混じった笑みが、表情に広がり始めた。
しかし、その瞬間 ―― 。
「 ―― くしゅんっ!」
のどかが顔を背けて、可愛らしいくしゃみをした。
笑みに変わりかけていたツナグの表情は、一瞬で凍りついたみたいにこわばった。
瞳に浮かべる色は、恐怖。
……皆の目はのどかへと向いていて、誰も気づかない。
508
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:35:56
「ふふふ……、ごめんなさい」と少し恥ずかしげに微笑むのどかが、長袖インナーに包まれた左の二の腕を右手でさすった。日の光の暖かさでまぎれてしまうが、ほんの少しだけ寒気が肌を這っている。
「そろそろ朝晩も涼しくなってきたものね」
と、ちゆが、もうすっかり秋だと苦笑しつつ、のどかの体調を軽く気にして隣にしゃがみ込む。腕をさする手をとめて、大丈夫だよ、と微笑みで返すのどか。その背中に、パサッとスーツのジャケットが掛けられる。
「羽織ってたら、ちょっとは温かいやろ。……ほら、お姉ちゃんが心配してるで」
「なっ…!」
思わず顔を赤らめて、ちゆがミナを見返す。事情を知らない他の者たちが、何事かと興味津々に見つめてくるのが恥ずかしい。同じく、のどかも顔を赤らめているけれど、こっちは照れているのと嬉しいのが半々だ。
「ちゆちーがお姉ちゃんかー……」
いいなぁ…という思いを込めて感慨深そうにつぶやくひなたに、すかさずニャトランが、
「学校から帰るなり『遊ぶ前に宿題しろーっ』とか言われるぞ、絶対」
と、ツッコんだ。
ひなた、何とも言えぬ顔で「あー」と洩らしてから、のどかに向かってパタパタと手を振った。
「ちゆお姉ちゃんのこと、末永くヨロシクねー」
「あ、押し付けやがった」
ちゆが「どういう意味よっ」と軽く気色ばんで立ち上がろうとするのを、のどかが笑いながら引き止める。
「まあまあ……ちゆお姉ちゃん、落ち着いて」
「のどかまで……、もおっ!」
そんな二人を囲んで皆が明るく笑う。 ―― ツナグを除いて。
みんなと一緒に笑っていたのどかの目に、不意にツナグのうしろ姿が映った。
「……ツナグ?」
きょとんとした顔になって、呼びかける。
ツナグは自分のリュックを背負いつつ、背中を向けたまま言った。
「ごめん。ボク、今日はもう帰らないと」
皆の笑い声は、いつのまにか消えていた。
しん……とした空気にガマンできなくなったひなたが、残っていたお菓子をサッと手に取って、あえて明るい調子で話しかけた。
「ねえ、ツナグ、もうちょっとだけお菓子食べていかない? これなんて美味しいよ?
……えーと、お腹いっぱいなんだったら、包んであげるから、持って帰って食べてもいいし」
ひなたに続いて、ニャトランも声を張り上げる。
「急すぎるだろっ。なあ、そんなに今すぐ帰らなくてもいいだろっ!」
ニャトランはツナグを責めているのではない。ただ、彼ともっと一緒にいたいだけだ。
二人の声に振り向くことなく首を横に振ったツナグに、今度はアスミが問いかけた。
「もしかして、気に障ることでもあったのですか?」
やっぱりツナグは静かに首を横に振った。
彼のうしろ姿を見つめて、ラテが心配そうに「くーん」と小さく啼く。
……ツナグの様子のおかしい。それは全員が感じている。けれど、なぜそうなっているのかが全く分からない。
戸惑いを表情に広げているペギタンが、ちゆと顔を見合わせた。
ちゆはペギタンにうなずき返してから、優しい声でツナグにたずねてみる。
「ツナグ、どうしたの? 何か事情があるのなら教えてもらってもいい? もし、困っているのなら、わたしたちがチカラになるわ」
「ツナグは、ぼくたちの大切な友だちペエ。なんでも相談してほしいペエ」
一瞬振り向きそうになったツナグが、ぐっとこらえて、強めの語調で返した。
「ゴメンっ、ボク……急いでるからッ!」
拒絶の背中。
ラビリンがバルコニーに立ちすくむ。ツナグが心配で声をかけようとしたが、結局、何も言えなかった。
代わりにミナを見上げて、すがるように声を洩らした。
509
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:36:30
「ミナ、なんとかならないラビ……?」
ラビリンの傍らにしゃがみ込んだミナが、その背を優しく撫でて謝る。
「ごめんな、ラビリン。ツナグの行動が誰かに命令されたり脅されたりしてるんやったらともかく、自分の意志で動いとる以上はなぁ。
理由も分からんのに、相手の意志を無視して、こっちの感情だけで無理に引きとめるコトは出来へんねん」
しかし、ミナは「それでも……」とつぶやいて立ち上がる。
「ツナグ、つらかったり、しんどかったりしたら、誰かに助けを求めるんが当たり前なんやで。それでな、逆に誰かがつらかったり、しんどかったりしたら当たり前に助けてやったらええねん。
―― もちろん、それを嫌がる人も当然におる。でもな、私は、助け合うのが人間の本当の姿なんやって、世界を取材しまくって気付いたんや」
ミナはいったん言葉を切って、「だから ―― 」と右手を伸ばして、手のひらを上向けて大きく開いた。
「苦しいことを一人でかかえ込んだらアカン。……約束する。理由を話してくれたら、みんなで絶対に助けたる」
ツナグの背中が小さく揺らいだ。
……泣いてしまいそうだった。
ここにいるみんなが大切で、みんなと巡り合えたことが幸せで、だからこそ、立ち去ろうとする決意を強めて、前に一歩踏み出す。
「本当に心配しないで。ありがとう、みんな」
ツナグの前方の空間が青く透き通った幾つもの立方体へと変化し、フワッとバラけて、虚空の入り口を開いた。
「ツナグっ」と、もう一度呼びかけたのどかが、立ち去ろうとする背に切なく微笑んだ。
「……また、あしたね」
さようならとは言えない彼女の気持ち、痛いほどわかる。
足をとめ、ツナグは黙ってうなずき返した。嘘の返事。 ―― また、あした。もう二度とみんなと会えないあした。
再び進み始めたツナグの姿は、すぐに虚空の中に消え、元の状態を取り戻した空間が、彼のいた痕跡を消した。
……しばらく全員がツナグのいた場所を見つめて佇んでいたが、やがてミナがパンッ!と両手を叩いて、みんなを見渡して言った。
「ほら、いつまでもここを私らで占拠しとくワケにもいかん。さっ、手分けして片付けよか」
明るめの口調で空気を切り替えようとする。 ―― レンズの奥の瞳は、最後に見たツナグの背中を忘れてはいない。しかし、この先、何をやるにしても、まずは目の前の事からだ。
「そうですね」
と、ちゆが率先して動く。
言いだしっぺであるミナも動こうとするが、ふと急に気になって上を向いた。
透明なシリコンゴムシートを貼り付けたような、視覚的に違和感のある空。
彼女の瞳が鋭さを帯びた。すこやか市を訪れた時から気にはなっていたが、今はそれを通り越して、明確な不愉快さをあらわにしていた。
「こいつ、まるで笑っとるみたいや」
「ミナ、どうかしましたか?」
隣に並んだアスミも、共に空を見上げていた。
「わたくしも、ここ数日、気になっていましたが、ビョーゲンズ ―― さきほどの怪物の属する勢力とは関係ないようですね」
「そうか。でも、なんかこう……高いところから、得体のしれんモノに見下ろされてる感じがして、腹が立つねん」
「この空、ツナグと何か関係がありますか?」
「わからん。まずは情報収集やな。 ―― あっ、そうや」
510
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:37:15
いったん話を切って、ちゆに呼びかける。
「ちゆちゃんのウチって旅館やってるって言うてたな。納屋でええから泊めてくれへん? まだ今日泊まるとこ決めてなかったんよ」
片付けの手をとめて、ちゆが笑いながら振り返った。
「納屋じゃなくて、ちゃんとした部屋を案内しますよ」
そして、今度は片づけを手伝おうとしていたのどかのほうを向いて、ニコッと笑った。
「のどかはいいわ。あなたの分まで、わたしがやっといてあげる」
「けど……」
「お姉ちゃんがいいって言ってるんだから、素直に聞きなさい。体調が本当に悪くなったらどうするの?」
「うぅ…」
しぶしぶといった感じで従うが、のどかの表情はちょっと嬉しそう。優しいお姉ちゃんに甘える妹そのものだ。
二人の様子を微笑ましく視界に収めていたミナとアスミが話を再開する。
「とは言っても、本格的なオカルト方面には、あまり頼れるツテがないからな。どこまで情報を集められるか……」
「なるほど、お笑いとオカルトは相性が悪いのですね」
「オイ、こらオマエ。
―― まあ、ええわ。念のため、NASAの知り合いが開発した超々小型のGPSトラッカーをツナグのリュックにこっそり貼り付けといて正解やったわ。とりあえず、ツナグの居場所は追えるな」
アスミがふむふむとうなずく。詳しい技術のコトは理解できないが、現在の状況を考えると、ツナグを居場所を特定できる手段があるのは頼もしい。
「一体いつ貼り付けたのですか?」と素朴に口にしたアスミに、ミナが気さくに答える。
「ツナグがお菓子もらったりジュース飲ませてもらったりしてた時やね」
それを聞いて、アスミの表情に、パアッ、と感心の色が広がった。
「すごいですね、ミナは! そんなに早くから、ツナグが何か問題をかかえていると気づいていたのですね!」
「えっ」
「……えっ?」
アスミが真顔になって聞き返す。
そして眉間にシワを寄せて、ミナを睨んだ。
「よもやとは思いますが、歓迎会が終わってからツナグを追跡して、わたくしたちがいないところで独占取材を決行しようとしていたのではないでしょうね?」
―― 図星。
ミナが慌てふためいて釈明を試みる。
「あ…、いや、待って。確かにあの時はそんなこと考えてたけど……っ!
落ち着いて、アスミちゃん、今はちゃうねん。今はホンマにツナグをしんぱ ―― 」
「 ―― 問答無用っ!」
最後まで言わせず、アスミ、無慈悲に『メガネメガネ』を執行。 ―― と同時に、ひなたが両目を押さえて悲鳴を上げつつバルコニーの上を転げ回る。もはや阿吽の呼吸である。
一足早く、転がってくる軌道上から逃げるラテ。とっさにラビリンを抱き上げたのどかがパッと飛びのく。ペギタンとニャトランはあわてて空中へと浮かび上がって回避。しゃがんで作業していたちゆの腰に、転がるひなたがドン!と後ろからぶつかった。
「きゃっ!」
短い悲鳴を上げてつんのめったちゆが、すぐに振り向いて、ミナでもアスミでもなく、ひなたを叱った。ひなたにとっては理不尽の極みだ。
のどかは、涙目になっているひなたへ同情の視線を送ってから、一人静かに、ツナグが消えたあたりの空間を見つめた。あのうしろ姿を思い出すと、理由の分からない不安がこみ上げてくる。
(ツナグ……)
ぎゅっ、と小さくコブシを握る。
今はただ、胸が苦しい。
511
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:37:59
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
深夜、ハート展望台のバルコニーの一角で、青く透き通った立方体の群れがフワッとバラけ、小さな虚空の出口を生じさせた。中から出てきたのはツナグ。
昼間の歓迎会を思い出して微笑む。
(楽しかったなぁ、うふふ)
背中からリュックを下ろし、星明りを頼りに中身を取り出して、バルコニーの隅に丁寧に並べていく。
形の綺麗な葉っぱや色々な種類の貝殻、そして今日、日が暮れる前に海岸で拾ってきたツヤツヤした石。どれもツナグが宝物にしたくなるようなものばかり。
素敵な歓迎会を開いてくれたのどかたちへのお礼のつもりだった。
(気付いてくれるかな……。よろこんでくれるといいな)
再びここを訪れたのどかたちが、これらの品を手にして笑顔になってくれているのを想像すると、ツナグの表情にもまた、幸せそうな笑みが広がっていった。
のどか。ちゆ。ひなた。アスミ。ラビリン。ペギタン。ニャトラン。ラテ。そしてミナ。
みんなとの一つ一つの思い出を噛み締めながら、誰もいないバルコニーを見渡した。
自然と両目から涙があふれてきて、視界がぼやける。
「本当に ―― うッ」
一瞬、声を詰まらせてから、感謝の言葉を喉からしぼりだした。
「本当に…ありがとう」
涙をぬぐって立ち去ろうとしたツナグが、一歩だけ踏み出して足をとめた。もっとここにいたいという感情に、どうしても心が引っ張られてしまう。
あともう少しだけ。
念のため、この街を早めに去ることにしたが、時間的な余裕はまだ十分にあるはずだ。
(そうだ、せっかくだから掃除していこう)
リュックから古布(ふるぎれ)を出して、バルコニーの壁をごしごしこする。
ちょっとでもキレイにして、みんなによろこんでもらいたかった。
512
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:38:39
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―― 最初は自分のせいだとは気付かなかった。
異国の街の片隅でひっそり暮らし始めたツナグは、大勢の人間がどんどん具合を悪くしていくのを見て、ここは怖い場所なんだと思い、逃げ出した。
しかし、逃げた先でも同じことが起こった。
ツナグは再び逃げ出し、また同様の事態に遭遇した。
そして、気付く。空に妙な霞みがかかってきて『嫌な感じ』が増してくると、人間たちの具合が悪くなることに。
さらにもうひとつ ―― その現象は、ツナグを追うようにして発生することに。
ツナグは、人間たちが使う大きな『フネ』という乗り物に忍び込んで、もっと遠くまで逃げた。大陸を渡った。それでも現象はツナグを追って発生した。
悲しくて、こわくて、ずっと一人で耐えた。
同じ土地にいられるのは、せいぜい二週間から三週間。それぐらいなら『嫌な感じ』も、人間に影響を及ぼすほどの量には達しない。分かっているのはこの程度で、どうしたら現象の発生を防げるのかは見当もつかない。
( ―― さむい)
閉じたまぶたの裏に思い浮かべる。大きな窓のある家。 ―― そこがどこだか思い出した。かなり前に訪れた国の、ひっそりとした郊外に建てられた白い平屋だ。
老夫婦が静かに暮らしていて、天気のいい日には、おばあさんは必ず大きく窓を開いて、窓際で籐のチェアに座って編み物をしていた。
離れた場所から、それをこっそりと眺めるのが好きだった。穏やかに日々を送っているおばあさんの姿を見ていると、心に暖かさが差した。
おばあさんが自分に気付いて、優しく窓から迎え入れてくれる ―― そんなことを夢見ながら、一人でクスクス笑ったこともある。
……もし、そのたわいもない夢が叶っていたら、どんなに幸せだっただろうか。
―― 寒い、と感じてツナグはバッと身を起こした。掃除を終えて軽く休憩するだけのつもりが、完全に眠ってしまっていた。
でも、まだ周りは暗い。夜が明けていないことにホッとして、次の瞬間、はじかれたように空を見上げた。
異界の蒼さに染まった暗い空。透明な内蔵の表面を貼り付けたみたいに、空全体がうっすらと脈動している。
……『嫌な感じ』が、吐き気を催しそうなほど濃い。
「そんな……、まだ大丈夫なはずなのに……」
愕然とつぶやくツナグ。
この街に来て一週間ほどしか経っていない。早すぎる。
突然、彼の背後で、空間の面が幾つもの青く透き通った立方体となってフワッと舞い上がった。
ツナグの意思とは無関係に開いた虚空から、サーッと風が流れ込んでくる。
冷たくて、『嫌な感じ』をたっぷりと含んだ風。
「えっ?」
振り向こうとしたツナグが、バルコニーの手すりの向こう側、すなわち空中にも虚空が開いているのに気付いて固まってしまった。やはり、そこからも冷たい風が吹き出してきている。
…………何が起こっているのか分からない。ツナグの背筋がゾッと冷える。
異常は止まらなかった。むしろ加速していった。今や近くも遠くも、見渡す限りあちこちで空間が小さな立方体の群れをバラけさせ、虚空を開いている。
「あ…、あっ……」
ツナグが立ちすくむ。
恐怖。後悔。不安。絶望。全部がいっぺんに押し寄せてきて、精神が壊れそうだった。
海と山に囲まれた美しいすこやか市全域を、まがまがしい気配が覆い尽くし、深く沈めてゆく。暗く蒼い空が、嗤うみたいに何度も揺らめいた。
(つづく)
513
:
猫塚
◆GKWyxD2gYE
:2022/01/01(土) 08:47:34
……今回はここまでです。
しばらく(……かなり?)間があくと思いますが、
<後編>も頑張って投下していきたいと思います。
ちなみに、次回からツナグ地獄変が始まりますが、
『Connected World』の結末はハッピーエンドです。あと、微妙にのどちゆです。
514
:
名無しさん
:2022/01/15(土) 09:39:12
>>513
ペギタン無双に爆笑しました。増子美香強すぎぃ!
そしてツナグが切ない。後編も楽しみにしてます。
515
:
運営
:2022/01/16(日) 19:51:30
こんばんは、運営です。
例年2〜3月に行ってきたSS競作ですが、少し時期を見直した方がいいのではないかと運営で話し合いました。
これまでは、サイト立ち上げの記念日が2月ということもあり、ちょうどシリーズの入れ替わり時期、シリーズが終わった余韻もありつつ新キュアにワクワクしている時期を狙っていたのですが、SSを書くということを考えると
「まだ新キュアが始まったばかりでSSは書きにくい。一番注目を集めている現行シリーズのSSがもう少し書きやすい時期にした方がいいのではないか」
という意見が出たのです。
相談の結果、次回は「冬のSS祭り」ならぬ「春のSS祭り」ということで、4〜5月に行うことにいたします。
下記の内容で考えておりますので、どうぞ奮ってご参加のほど、よろしくお願いします!
タイトル:オールスタープリキュア!今日もトロピカってる〜!春のSS祭り2022
期間:2022年4月16日(土)〜5月8日(日)の23日間
テーマ:「やる気」または「人魚」
516
:
名無しさん
:2022/01/17(月) 01:31:04
>>515
テーマに、デパプリの「ごはん」「笑顔」も追加した方が良いのでわ?
517
:
運営
:2022/01/19(水) 19:14:40
>>516
ありがとうございます。検討しますね!
518
:
名無しさん
:2022/01/19(水) 23:30:19
タイトルも、トロプリとデパプリを掛け合わせて、
来年は来年のプリキュアに因んだタイトルにすれば、おさまりが良いような気がする御検討のほど宜しく御願い致しますぅ〜
519
:
運営
:2022/01/26(水) 06:45:49
>>518
重ね重ねありがとうございます!
検討しますね。
520
:
運営
:2022/01/29(土) 20:12:22
こんばんは、運営です。
出張所に投稿された小ネタ、こちらにも上げておきます。
たれまさ様 フレプリで「思いの重さ」
-----
ラビリンスの技術なら人の思いの強さを測る機械とか作れないかな。
「そうね、じゃあ試しに…美希のモデルの夢への思いを」ポチッ
チーン『66.52デス』
「え!?ちょっとこの機械信用できるの?アタシこんなに本気なのに!あ、じゃあブッキーの動物に対する思いを教えて!」ポチッ
チーン『82.33デス』
「わぁ!これは嬉しいかも〜♪じゃあ私も…機械さん、ラブちゃんの勉強に対する思い教えて?」ポチッ
チーン『3.14デス』
「あっはは!低っくい!!円周率じゃん!」
「むぅう…勉強は…やっぱり苦手なんだよね〜…そうだ!せつなの私に対する思いを教えて!っと」ポチッ
「ちょ、ちょっとラブ!それは…!」
ウィーンガガガギュイッギュイッ…ボンッ…チーン『99999999999999999999999』
((重っ!!))
521
:
名無しさん
:2022/06/10(金) 02:01:43
>>520
「ラブテスター」ってのが昔あったっぽい。てかあった。 任天堂。
せつな嬢はラブへの思いで手のひらビチョビチョ、機械を漏電させてこれまた故障に追い込むね。
522
:
名無しさん
:2022/06/10(金) 02:08:44
富岳をも故障させるだろう。人間が機械に打ち克つ刻が来たのだ。
523
:
Mitchell&Carroll
:2022/06/12(日) 01:32:46
『デリバリープリキュア!魂は五感に宿るの巻』
つぼみ「ボルシチ、出来ました〜!」
キュアマリン「ん〜、イイ匂い(鼻の穴全開)。ほいじゃ、一丁、ウクライナまで届けてくるっしゅ!」
つぼみ「行ってらっしゃい。ロシア軍に気を付けて」
キュアマリン「ただいま〜!」
つぼみ「おかえりなさい。喜んでもらえました?」
キュアマリン「3歳くらいのガキが「ママの作ったボルシチの方が美味しい」とか言ってたから、軽く頬っぺた、つねってやった」
524
:
名無しさん
:2022/06/12(日) 02:13:34
>>523
マリン、相変わらずの理由で変身してんな(笑)
今回は自分のためじゃなかったみたいだけど。
525
:
Mitchell&Carroll
:2022/06/15(水) 01:13:01
『逃亡者達』
「待つルン!!」
ララのかすれ声も空しく、その者達は、地球を汚すだけ汚して、宇宙へと飛び立ってゆく。ある者は夢を語り、ある者は貝をばら蒔きながら。
「せめて、地雷の一つでも撤去してから行くルン!!」
ばら蒔かれる貝に怯む事なく、ララは、その者達を裸足で追い続ける。
「せめて…せめて、太陽光パネルの残骸を片付けてから行くルン!!」
とても、ララ一人で太刀打ちできる数ではなかった。ひかるは補習、えれなは花の水やりと兄弟の世話、まどかは御稽古、ユニは昼寝――そんな中、ロケットは次々と打ち上げられてゆく。
「せめて、せめて…!!」
汚れた貝は、ララの涙をもってしても、綺麗になる事は無かった。
526
:
Mitchell&Carroll
:2022/06/15(水) 01:16:21
『風烈衆不離求愛』
羅舞「喰らえ!愛燦々(ラブサンシャイン)!!
刹那「愚唖唖唖唖(ぐああああ)!!」
羅舞「不破破破破(ふはははは)!!思い知ったか!我の愛燦々の威力を!!」
刹那「怒雄雄雄雄(ぬおおおお)!?体中に愛が漲ってくるではないか!!」
羅舞「其れが我の必殺技・愛燦々よ!!」
刹那「ならば!今こそ見せようぞ!!必殺・幸福針剣(ハピネスハリケーン)!!」
羅舞「不雄雄雄雄(ふおおおお)!?なんという数の破悪刀(ハート)だ!!だが!!全て受け留めてみせるぞ!!!」
刹那「雲往往往往(うおおおお)!!!」
羅舞「怒離也愛愛愛(どりゃあああ)!!!破破破破(はははは)!!!!どうだ、全て受け留めてやったぞ!!」
刹那「み、見事なり!!」
羅舞「貴様は我の熱い腕に抱かれる運命なのだ!!!」
刹那「無有有有(むううう)…これまでか!!」
527
:
名無しさん
:2022/06/15(水) 20:20:28
>>526
ミシェルさん絶好調!
528
:
Mitchell & Carroll
:2022/07/01(金) 00:02:15
『そうだ 日本、行こう。』
レジーナ「暑ぅ〜い…」
六花「そんな格好してるからよ」
真琴「ねぇ、なんでこんなに暑いの?」
六花「インドネシアとかマレーシアとか、東南アジアの木をみんな伐(き)っちゃったからよ」
マナ「熱を吸収するものが無くなっちゃった、って訳か…」
レジーナ「なんで伐るのよ、バカ!」
ありす「国立競技場の材料にする為です」
セバスチャン「なお、四葉財閥は一切関わっておりません」
亜久里「ほら、あそこに見えるのがそうです」
ダビィ「オランウータンが群がってるビィ」
アイちゃん「おさぅさん、きゅぴ〜」
シャルル「自分たちの棲みかに在った木を求めて、遠路はるばる、やって来たシャル」
ランス「野性の力は凄いでランス〜」
ラケル「僕だって、六花の為なら太平洋の一つや二つ、泳ぎきってみせるケル!」
セバスチャン「繰り返し申し上げますが、四葉財閥は、例の事案とは一切関わっておりません」
529
:
名無しさん
:2022/07/01(金) 20:28:17
>>528
セバスチャン、2回言ったら怪しいシャル!
530
:
Mitchell & Carroll
:2022/07/07(木) 14:25:58
『そうだ ド○キ、行こう。』
さんご「暑ぅ〜い…」
まなつ「さんごが白くなってる!?」
ローラ「骨が見えちゃってるじゃないの!!」
みのり「褐虫藻が失われてる…」
あすか「誰か、温暖化を止めてくれ!!」
キュアビューティ「プリキュア・ビューティブリザード!!」
キュアダイヤモンド「プリキュア・ダイヤモンドシャワー!!」
キュアジェラート「キラキラキラル・ジェラートシェイク!!」
まなつ「涼しい…」
キュアビューティー「取り敢えず、海水の温度を下げました」
ローラ「ありがとう!」
キュアダイヤモンド「北極の氷も、凍らせ直しといたわ」
みのり「何てお礼を言えばいいのか…」
キュアジェラート「ほら、褐虫藻だよ」
あすか「よく用意できたな」
キュアジェラート「ここに来る途中、ド○キに寄ったんだけど、無かったから海から持ってきた」
531
:
名無しさん
:2022/07/09(土) 23:47:45
>>530
いや、確かにド〇キ凄いけど、さすがにそれは……💦
532
:
一六
◆6/pMjwqUTk
:2022/07/12(火) 23:59:18
こんばんは。キュアパッション聖誕祭にギリギリ間に合ったので、掌編アップしておきます。
タイトルは「逃げない水」。1レスで収まるはずです。
533
:
一六
◆6/pMjwqUTk
:2022/07/12(火) 23:59:50
「あれは何? あんなところに池があるの?」
「どこどこ? あ、ホントだ!」
アスファルトの道の先に、突如出現したキラキラ光る水面。それを見つけたせつなと、せつなの声に反応したラブが、車の後部座席から揃って身を乗り出す。二人に答えたのは、運転席の圭太郎だ。
「あれは逃げ水だね。こんな暑くて天気のいい日には、たまに見えることがあるんだよ」
「逃げ水?」
「ほら、よく見ててごらん」
言われて二人は目を凝らす。真っ青な空の下に伸びている、からからに乾いた灰色の道。その先に広がる水は、眩しく光っていかにも涼しげに見える。だけど――。
「いくら走っても、全然近付かないね」
「まるで水が逃げていくみたいだろう? だから逃げ水って言うんだよ」
前の信号が赤に変わった。車が止まると、まるでこちらをからかってでもいるように、水の動きもぴたりと止まる。
圭太郎はバックミラー越しに、二人の娘に向かって少し得意気に微笑んだ。
「実はね。あれ、本当は水じゃないんだな〜」
「えっ、そうなの?」
心底驚いた顔のラブと、ちょっと目を見開いてから、納得した顔になるせつな。それを見て、圭太郎が嬉しそうな、そしてちょっとだけ悔しそうな顔をする。
「せっちゃんには、もうわかっちゃったか。あれはね、単なる物理現象。道路のすぐ上の空気だけが熱くなるせいで、光がうーんと屈折して、あんな風に見えるのさ」
「うぅ……難しい話はよくわかんないけど、こうして見ると水にしか見えないのになぁ。不思議だね、せつな」
「そうね」
せつなの声のトーンが少しだけ下がる。追っても追っても届かない水――それは決して手の届かないものを躍起になって追い求めていた、ついこの間までの自分の姿を思い起こさせたから。しかも、水だと思っていたものが本当は実体のない幻だった、というところまでそっくりだなんて……。
ふと視線を感じて顔を上げると、バックミラーの中の圭太郎と目が合った。その少し心配そうな顔に、せつなは慌てて微笑んで見せる。
気持ちを切り替えようと、ふ〜っと小さく息を吐いて、光る道の上に広がる空に目をやる。と、その時。
「きゃっ! え、何っ?」
頬にいきなり氷のように冷たい感触を覚えて、せつなは思わず悲鳴を上げた。
「エヘヘ〜。せつな、隙あり! ほら、本物の水はここにあるよっ」
冷たいペットボトルを手にしたラブが、してやったり、という得意げな顔でニコニコとせつなを見つめている。隣に置いてあったクーラーボックスの中から、せつなに気付かれないように、こっそり取り出したらしい。
「なんか涼しそうな水を見てたら、喉乾いちゃってさ。ハイ、せつな。本物の水――じゃなくて、ジュース飲もっ。お菓子もたっくさん持ってきたよ!」
(そうね。過去は変えられないけど、今の私には本物の水がある。自分の愚かさに気付いたのなら、これから先は――)
笑顔で差し出されたペットボトル。それを受け取ったせつなが、手の中のものをまるで宝物でも見るように愛しげに見つめる。その様子を見て、ラブが小さく首を傾げたその時、せつなが悪戯っぽく笑いかけた。
「うぎゃっ! きゃぁっ! せつな、やめて!」
次の瞬間、絶叫するラブの首筋に、ペットボトルが何度もクリーンヒットを繰り返した。
「うふふ。仲がいいわねえ、あの子たち」
動き出した車の中で、助手席のあゆみが運転席の圭太郎にそっと囁く。今日は四人になった桃園家の、初めての家族旅行なのだ。
後部座席でキャアキャアとはしゃぐ少女たちを、逃げ水はまるで祝福するかのように、遠くでキラキラと輝いていた。
534
:
一六
◆6/pMjwqUTk
:2022/07/13(水) 00:00:30
以上です。ありがとうございました。
ホントにギリギリだった💦
535
:
名無しさん
:2022/11/30(水) 19:50:10
来年は「ひろプリ」?
記念すべき20周年、シリーズが続いてよかった。
536
:
名無しさん
:2022/12/03(土) 14:39:23
ヒロインガール略して「ひろがる」って訳ですかそうですかありがとうございました
537
:
運営
:2023/01/02(月) 18:24:44
運営です。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
昨年に引き続き、SS競作は4〜5月に、「春のSS祭り」として開催させていただく予定です。
後日、企画書を公開いたします。
どうぞ奮ってご参加くださいませ。
538
:
名無しさん
:2024/01/07(日) 07:34:29
今年は「わんプリ」「わんぷり」どっちなんだろう?
いずれにせよ、めでたく21年目に突入ですな。
539
:
一六
◆6/pMjwqUTk
:2024/01/13(土) 18:31:32
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
かなり遅くなってしまいましたが、フレプリのお正月のSSを書きました。
タイトルは「新しい年に」
3レスお借りいたします。
540
:
一六
◆6/pMjwqUTk
:2024/01/13(土) 18:32:50
「スイッチ・オーバー」
胸の真ん中で両手を合わせ、左右に大きく開く。それと同時にラビリンス幹部の姿が、これから赴く世界の住人の姿へと変化する。
ラビリンスで開発されたばかりの、異世界潜入のための変身システム。メビウス・タワーの一角にあるラボにて、最終チェックのための初変身だ。
イースは、鏡に映った黒髪の少女の姿を無表情で一瞥してから、着慣れない服の具合を確認し、赤いカットソーの袖口から覗いた手を見て、一瞬だけ眉をひそめた。
華奢な細い指と、小さくて薄い掌。いつもは肘上までのグローブを身に着けているから、任務の際に素手を晒すことは無い。そのためだろうか、自分の手があまりにも非力で頼りなく見えて、イースは思わずギュッと拳を握り締める。その時、隣から人を小馬鹿にしたような声がかかった。
「へぇ、なかなか可愛いじゃないか。あの世界の奴らにも、仲良くしてもらえそうだね」
「何を馬鹿なことを。任務だぞ」
イースにニヤリと笑いかけたのは、アッシュグレーの長い髪を後ろで一つに束ね、白い上着を着た細身の青年――異世界人の姿になった、三幹部の一人・サウラー。彼は吐き捨てるようなイースの言葉を聞いて、フン、と鼻で嗤った。
「もちろんさ。この姿は、異世界の人間に怪しまれないためのものだからね。だから、君がその可愛い姿で戦闘することは無い。心配は要らないよ」
「馬鹿馬鹿しい。誰がそんな心配など……」
ますます険しい顔になったイースに向かい、サウラーは右手を上げてゆっくりと広げて見せる。
「素手であることにも意味があるのさ。あの世界には“握手”という風習があるらしい。こうやって互いに武器を持っていないことを示してから、相手の手を握る。それが友好の挨拶だそうだ」
「フハハハ……くだらないな」
不意に野太い笑い声がラボに響いた。不敵な面構えで二人を見下ろしているのは、三幹部のうちのもう一人。金色の髪をして、黒いシャツの上に鮮やかなオレンジ色のベストを着込んだ大柄な青年――異世界人の姿になったウエスターだ。彼はサウラーと同じく右手を開いたかと思うと、その大きな手をブンブンと振り回し始めた。
「武器が無いから何だと言うのだ。異世界の奴らなんぞ、平手でも五人や十人は薙ぎ倒せるぞ。それに俺様はお前たちと違って、普段から素手だ!」
「……君、僕の話をちゃんと聞いてたのかい?」
サウラーが呆れた声でそう問いかけた時、ラボのスピーカーから無機質な声が流れた。
『最終チェックが完了しました。幹部の皆さんは、元に戻ってください』
「スイッチ・オーバー」
いち早くラビリンス幹部の姿に戻ったイースが、鋭い目で二人を睨みつける。
「メビウス様が完全に管理された世界では、そんな愚かな風習など、必要ない」
そう言い捨てると、イースはくるりと二人に背を向け、足早にその場を後にした。
☆
「はい、出来たわ。せつなちゃんのヘアアレンジ、これでどうかしら」
そう言いながら、レミが合わせ鏡で後ろ髪をせつなに見せる。綺麗にまとめられた黒髪を彩る、赤い椿の髪飾り。せつなが薄っすらと頬を染めて嬉しそうに頷くと同時に、長襦袢(ながじゅばん)姿のラブが駆け寄って来た。
「わっはー! せつな、すっごく似合ってるよ〜!」
「こぉら、ラブ。そんな恰好でうろうろしないの」
「え〜。だってこれも着物でしょう? 着物と同じ形じゃない」
「長襦袢は着物の下に着て、着物を汗や汚れから守るためのものだよ、ラブちゃん。要するに、下着と同じね」
「さっすがブッキー。って、え〜! あたしたち今、下着姿なの?」
「でも、こんな動きにくい格好で走れるなんて、凄いわ、ラブちゃん」
「えっへん!」
「ラブ、そんな恰好で仁王立ちして威張らないの! ブッキーも、変なところで感心しないで」
相変わらずのラブと祈里に、美希がハァっとため息をつき、せつながクスクスと笑い出す。
元日の朝早く、四人はレミの美容室に居た。ここで晴れ着を着付けてもらって、揃って初詣に行く予定なのだ。
全員のヘアアレンジが終わると、いよいよ順番に晴れ着を着せてもらう。美希がレミの助手を務め、二人掛かりで手際よく着付けていく。
浴衣なら、せつなも夏祭りの日にあゆみに着せてもらったことがあるが、晴れ着の着付けの手間と時間はその比ではなかった。
541
:
一六
◆6/pMjwqUTk
:2024/01/13(土) 18:33:35
(かつては掛け声一つで、衣服はおろか姿まで一瞬で変えられたけど……。でも着物って見ているだけで綺麗だし、着付けっていうのも、見ていて何だか楽しい)
考えてみれば、衣類を着るだけのためにこれだけの労力をかけるなんて、驚くほど非効率的な行為だ。だが、そんな時間が不思議と楽しかった。まるで一枚の布のような着物が、次第に身体に添った美しい姿になっていく過程も、それにつれて笑顔になっていくみんなの表情も、見ていて何だか心が浮き立つ。
ラブが桃色の地に小花を散らした可憐な着物を着せてもらい、祈里は山吹色を基調とした着物に小鳥の柄の可愛らしい帯を締めてもらって、いよいよせつなの番になった。
エンジ色の地に金の縫い取りが入った着物に袖を通すと、美希の手がスッと伸びて着物の中心線を背中の真ん中にぴったりと合わせてくれる。レミがせつなの真向かいに立って、裾の長さを調節し、着物を腰紐で固定して、おはしょりを整えていく。
レミの無駄のない手の動きに見入っていたせつなが、突然、ぴくりと小さく身体を震わせた。襟元を整えていた美希が、慌てて手を引っ込める。
「ごめん。アタシの手、冷たかったわよね」
「ううん、大したことないわ」
首を横に振ったせつなが、ちょっと悪戯っぽく微笑む。
「それに、手が冷たい人は心があたたかいんでしょう? ラブが言ってたわ」
「あら、せつなちゃんは優しいのね。美希なんて『ママは手があったかいから、心が冷たいのよね』なぁんて言うのよ。ヒドいでしょう?」
「心が、冷たい……?」
「もう、ママったら。そんなことばっかりよく覚えてるんだから」
キュッキュッ、と小気味よい音を立てて帯を締めながら、レミが明るく軽口を叩く。美希は口を尖らせて言い返したが、せつなは何だか力のない吐息のような声を出した。
「あ、せつなちゃん、苦しい? 帯、もう少し緩めた方がいいかしら」
「あ……いえ、大丈夫です」
「そぅお? 苦しかったら、我慢しないでちゃんと言うのよ?」
「はい」
素直に頷くせつなに微笑みかけて、レミが後ろ帯を結ぶために背中側に回る。その視線が、晴れ着の袖口から覗いたせつなの手へと流れた。その小さな手は、いつの間にかギュッと固く拳を握っている。
レミがもう一度帯の締め具合を確認してから、後ろ帯をリボンのような立て矢結びに結び始める。そして手を止めることなく、いつもののんびりとした口調でせつなに語りかけた。
「ねえ、せつなちゃん。どうして手が冷たい人は心があたたかいって言うのか、知ってる?」
「それは……昔からそんな人が多かったからですか?」
「ざ〜んねん、ハズレよ。だって心のあったかさなんて、同じ人でもその時々で変わっちゃうものでしょう?」
二人の会話を聞いて、ラブと祈里、それに美希も首を傾げる。
「そう言えば、理由なんて考えたことなかったね。なんでなの?」
「理由なんてあったのね……。どうしてなんですか? おばさん」
「ママ、もったいぶらないで教えてよ」
口々に問いかける娘たちに、レミはウフッと嬉しそうに微笑んでから、相変わらずのんびりとこう続けた。
「あれは元々、ヨーロッパの人が言い始めたんですって。確かイギリスだったかしら、そういう諺があるらしいわ」
「えっ? あれって外国から伝わって来たの?」
目を丸くしたラブに、レミが得意そうに頷いて見せる。
「ほら、西洋って昔から握手をする習慣があるでしょ? だから手が冷たい人は、握手をためらったり謝ったりしたことが、昔からあったみたいね」
「ああ、それは何となくわかるわ」
美希がそう言って、ハァっと手にあたたかな息を吹きかける。
「それで『そんな風にためらうなんて、手は冷たくても心があったかいんだから気にしないで』って、誰かが言い始めたんですって」
「へぇ。おばさん、物知りですね」
「ありがと。実は美容院のお客様の、素敵なマダムが教えてくれたの〜」
祈里の言葉に嬉しそうに答えてから、レミはせつなに向かってパチリと片目をつぶって見せた。
「だからね、『手が温かい人は心が冷たい』なんて大間違い。せつなちゃんみたいに優しい人が作った言葉なのよ」
542
:
一六
◆6/pMjwqUTk
:2024/01/13(土) 18:34:21
「そんな! わ、私は……」
せつなの顔が見る見るうちに赤くなり、声が震える。この世界に来る前、握手という風習について語っていた、サウラーの言葉が蘇った。
――素手であることにも意味があるのさ。こうやって互いに武器を持っていないことを示してから、相手の手を握る。それが友好の挨拶だそうだ。
(あの時私は、非力な素の自分を相手に触れさせるとは、なんて愚かな風習だろうと思っていた。でも直に触れるからこそ、相手を気づかったり、思いやったりできるのね)
あでやかな着物の柄を見つめながら物思いにふけっていると、ポンと優しく肩を叩かれた。
「はい、これで完成。素敵よ、せつなちゃん。ホントに赤がよく似合うわね」
「うわぁ、せつなちゃん、とっても綺麗!」
「すっごく可愛いよ、せつな!」
歓声を上げる祈里に続いて、ラブが今度は小さな歩幅でしずしずと歩いてきて、そっとせつなの手を握る。さっきまで強張っていたその手からは、いつの間にか余計な力が抜けていた。
「ありがとうございました」
レミに丁寧にお礼を言ってから、せつながレミと美希の顔に交互に目をやる。
「最後は美希の番よね。おばさま、もし良かったら、今度は私がお手伝いします」
「あら、それは嬉しいけど、晴れ着姿じゃ大変でしょう?」
そう言われて、せつなが着慣れない晴れ着の具合を確認するように数歩歩いて、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫です。きっとおばさまの着付けが上手なんだわ」
「せつなちゃん、着付けのお手伝いなんてしたことあるの?」
「初めてですけど、さっき三人分の美希の動きを見てましたから」
「まあ、凄いのね」
さらりとそう言ったせつなに、レミが素直に感心する。美希は、濃紺の地に大ぶりの花模様をあしらった自分の晴れ着を手にして、せつなに向かってニヤリと笑った。
「じゃあ頼んだわよ、せつな。モデルのアタシに着付けるんだから、精一杯がんばってよね」
「ええ。おばさまのお手伝い、完璧にやって見せるわ」
二人で軽く睨み合って、どちらからともなくプッと噴き出す。そんな二人の笑い声に、ラブと祈里、それにレミの笑い声も加わって一つになる。
美希が晴れ着に袖を通すと、せつなは美希そっくりの手つきで、背中の真ん中と着物の中心線をぴったりと合わせた――。
やがてレミに見送られ、晴れ着姿の四人が、クローバータウンストリートをゆっくりと歩き出す。
新年の挨拶を交わす人々の声と、楽しそうな笑い声。通りを練り歩く獅子舞の、軽快なお囃子のリズム。いつもと同じ街なのに、何だか空気が違って感じられるのが不思議だ。
年の初め――人間が勝手に作った区切りだけれど、この新しい年を、全ての時間を大切に過ごそう。出会った全ての心に大切に向き合おう。そして少しでも多くの人たちと手と手を取り合って、幸せな時間を作ることができたら――。
(私、精一杯がんばるわ)
商店街の明るく溌溂としたざわめきが、風になって天に届いたかのように、空を覆っていた雲が切れた。
キラキラした目で辺りを見回していたせつなが、眩しそうに顔の前に手を翳す。その小さな掌に、新しい年の陽の光が優しくあたたかく降り注いだ。
〜終〜
543
:
一六
◆6/pMjwqUTk
:2024/01/13(土) 18:35:23
以上です。
今年もこの掲示板と保管庫、少しでも盛り上げていきたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします!
544
:
名無しさん
:2024/01/21(日) 17:14:43
>>543
新年に相応しい素敵なお話でした。
今年も残すところあと344日となりました。いっぱいあるので、共に盛り上げていきましょう。
545
:
名無しさん
:2024/02/07(水) 16:17:21
アンドロイドプリキュア、男の娘プリキュア、動物プリキュアと来て…
いずれ、キラキラな車椅子に乗ったプリキュアとか登場するのかな?「チャレンジ!プリキュア(チャレプリ)」とか
546
:
名無しさん
:2024/02/11(日) 00:21:39
宇宙人プリキュアもいましたね。
因みに最近のバービー人形も、車椅子のバービーや、ふくよかな体形のバービー等、多様性に富んでいるようです。
そのうち、トランスジェンダーのバービー登場するでしょう。
547
:
名無しさん
:2024/02/11(日) 01:22:16
せつな
と
生八ツ橋夕子
なんか似てるよね
548
:
名無しさん
:2024/02/12(月) 12:05:46
>>547
共通点は黒髪と、生真面目そうな表情……?
549
:
名無しさん
:2024/02/13(火) 15:27:28
色白なところと、ハイライト少なめな目も…。
550
:
名無しさん
:2024/02/13(火) 15:33:04
幸薄そうなところも…。
干菓子(ひがし)は保存がきく。
なのに、せつな(刹那=極めて短い時間)とは、これ如何に…。
551
:
名無しさん
:2024/02/14(水) 23:04:49
>>550
>干菓子(ひがし)は保存がきく。
でも雨に打たれるとせつなく溶ける。
生八つ橋から何でこうなった(笑)
552
:
名無しさん
:2024/02/15(木) 16:14:00
夕子は井筒八ツ橋の商品。
八ツ橋のルーツは西尾為治(東尾ではなく)。
西尾為治の継承者は聖護院八ツ橋。でも西尾八ツ橋が本家を名乗っている。
553
:
名無しさん
:2024/02/15(木) 16:16:07
もう、だからアレだ、ひが、干菓子尾せつ子?誰ソレ?
554
:
名無しさん
:2024/02/20(火) 16:50:05
CMでパジャ麻呂が言うてる「光りたもれ〜」が「光りたアモーレ」に聞こえる。
※アモーレ=イタリア語で「愛」を意味。
その公家、画面の中心で愛を叫ぶ。
555
:
名無しさん
:2024/02/20(火) 17:00:58
パジャ麻呂の蹴鞠は欧州スタイルなんだろう、きっと。知らんけど。
556
:
名無しさん
:2024/02/21(水) 23:41:15
>>555
最後にアモーレって言ってた気がする
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